検索ワード:アメリカ/270件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    大坂なおみ「反黒人差別行動」で直面する、政治色とスポーツの分水嶺

    武田薫(スポーツライター) 新型コロナ禍によって、すべてのスポーツが一時息を止めた。この夏に開かれるはずだった東京五輪・パラリンピックでさえ、1年の延期を余儀なくされ、来年の開催もおぼつかない。どの競技も、この空白から何とか抜け出そうと必死に努力している。 テニスのプロツアーは、男女とも3月から大会を封鎖してきた。グランドスラム4大会も、1月の全豪オープンは辛うじて開催したが、伝統のウィンブルドン選手権は中止、全仏オープンは5月から9月末に延期となった。 全米オープンも、その開催地であるニューヨークがパンデミック(世界的大流行)に陥ったため難しいとみられていたが、予定通りに8月31日、どうにか開幕にこぎつけた。大坂なおみ(日清食品)が快進撃を続けており、このまま無事に終わってほしい。しかし、昨年男子の覇者、ラファエル・ナダル(スペイン)や女子のビアンカ・アンドレスク(カナダ)をはじめ、ヨーロッパ勢を中心に欠場者が続出している。特に女子はシモナ・ハレプ(ルーマニア)を筆頭に、世界ランクトップ10のうち、6選手が渡米を見合わせる事態になった。 テニス・ツアーの最大の特徴は世界ツアーにある。世界的に新型コロナウイルスの感染が収まらない中、今回の全米オープンを主催する全米テニス協会(USTA)は慎重に対策を練った。 会場はニューヨークのマンハッタンとイーストリバーの対岸にあり、主要空港のJFK空港とは地続きだ。空港近くに専用ホテルを用意し、会場と宿舎を包んだ「バブル(泡)」内に選手を閉じ込めて外部との接触を遮断する形式をとった。無観客で、選手随行者数を3人に制限し、現場の取材記者は通信社と地元紙の11人、写真は3社のみ、会見はすべてリモートだ。 そこまでして大会を実施したのは、中止がもたらす莫大(ばくだい)な損失だ。中止すれば損失は2億8千万ドルとも言われ、開催すれば地元テレビ局からの放映権料1億8千万ドルが入る。そして何よりも、「とにかく始めよう」というテニス界全体の意思が開催を後押しした。女子ツアーの年間賞金総額だけで1億3900万ドル(2018年実績)というビッグマーケットを、漫然と閉じておくわけにもいかなかった。 それでも失敗は許されない。USTAは予行演習を兼ね、本来はシンシナティーで行われるウエスタン&サザン・オープン(W&Sオープン)を全米会場に移動した。これは男子では4大大会に次ぐ格のマスターズ、女子も東レ・パン・パシフィックオープン・テニス(PPO)と同じプレミア5というハイレベルの大会だ。 本大会(W&Sオープン)において錦織圭(日清食品)は、直前のPCR検査で陽性となって欠場したが、大坂は攻撃的なプレーで準決勝まで勝ち進んだ。よい感じで大会が進行していた矢先、大きな問題が発生した。 勝ち残った最大のスター、大坂が準決勝を棄権すると会員制交流サイト(SNS)で突如発信したのだ。なぜ彼女は棄権すると発表したのか。その背景には、昨今米国で深刻化している黒人差別問題がある。6月3日、米東部ニューヨーク市で行われた黒人男性死亡事件の抗議デモ。元警官全員が訴追されても各地でデモが続いている(上塚真由撮影) この問題の発端となった、ミネソタ州ミネアポリスで白人警察官の暴行によってジョージ・フロイド氏が死亡したのが、コロナ禍の真っただ中の5月20日。 その後「Black Lives Matter(BLM=黒人の命は大切だ)」と、黒人差別撤廃を訴える抗議行動が全米で展開され、大坂もボーイフレンドの黒人ラッパーと共にミネアポリスの抗議集会に参加し、SNSを通じて日本のファンへ理解を求めていた。棄権騒動から一転 ただ、アスリートである大坂の政治的発言に対し、批判の声も上がった。しかし、それに対して彼女は「イケア(家具メーカー)で働いていたら、ソファの話しか許されないのか」と反論し、さらにはボーイフレンドが集会で逮捕される事件さえ起きた。 そして8月23日夜、今度はウィスコンシン州ケノーシャで黒人男性のジェイコブ・ブレーク氏が警官によって銃撃され、重傷を負った事件が起きる。翌24日には、大坂はW&Sオープン緒戦を突破し、25日には3回戦で年下であるダイアナ・ヤストレムスカ(ウクライナ)に圧勝、翌26日の準々決勝ではアネット・コンタベイト(エストニア)に逆転勝ちを果たした。 なおこの26日には、米プロバスケットボール(NBA)と米大リーグ機構(MLB)の一部チームが抗議行動に賛同して試合が中止(延期)となっている。そしてその26日の夜に、大坂は自身のSNSで棄権を表明したのだ。翌27日(木曜日)には、エリーゼ・メルテンス(ベルギー)との準決勝の日程が発表されていたにもかかわらずである。SNSで彼女は、次のような趣旨の投稿をした。  私は明日(27日)の準決勝でプレーすることになっていました。私はアスリートである前に黒人女性です。黒人女性として、いまは私のプレーを見るより注意を喚起しなければいけない大切なことがあると思います。私がプレーしないことで劇的な変化を期待はしていませんが、白人中心のテニス界で議論が起きれば、正しい方向への第一歩となるでしょう。 「大坂なおみがBLMを叫んで大会を棄権」という、ネットを通じて発せられたメッセージはたちまち世界中に拡散した。この発信から数時間後、今度は全米オープンを主催するUSTAとプロテニス選手協会(ATP)および女子テニス協会(WTA)から、国際テニス記者協会(ITWA)と各報道機関にメールが届いた。そのメール(意訳)には、以下のように書かれていた。 テニス界は総体として、目の前の合衆国で再び起きた人種的不平等、社会的不義に対し一貫して反対する立場にあります。USTA、ATP、WTAは機を逸することなく、27日(木)の大会を中止することを決定しました。大会は28日(金)に復帰します。 そして翌27日(日本時間の28日)、大坂は一転して出場すると発表し、28日の準決勝でメルテンスに勝利。試合後の会見で、彼女はSNSでの棄権表明について以下のような趣旨の発言をした。 準々決勝の後でNBAの抗議行動を知り、私も声を上げるべきだと思い、マネジャーを通してWTAと電話で話しました。みんなが私の考えに賛同して、1日ずらすということになったので、あのSNSを出した。私は棄権するとは言っていません。次の日にプレーしないと言っただけで、それは水曜日、今日は金曜日です。だからプレーしました。女子シングルス3回戦でダイアナ・ヤストレムスカを下した大坂なおみ。準々決勝に進んだ=ニューヨーク(共同) 日本国内のメディアは、彼女が棄権することに対して当初同情論に偏って大騒ぎになった。しかしその当人から直接「棄権」を否定されたとあって、メディアはあっと驚くどんでん返しで2度も仰天することになった。ただ、そもそも当初の「棄権」という報道は誤報だったのだろうか? 確かに、大坂の最初のSNSでは「棄権(withdrawもしくはwalkover)という言葉は使っていない。だが、準決勝の日程が出た後に彼女は「By not playing(プレーしないことで)」とSNSで発言している一方、WTAと相談したことやその後1日延期になった経緯には触れていない。スポーツの政治利用 野球やバスケットボールと違い、個人競技のテニスでは「プレーしない」は「棄権」が常識であり、「延期」はない。では大坂はなぜ「話し合ってWTAが賛同し、明日は中止になった」と書かなかったのか。USTAとWTAも、彼女と話し合ったことには一言も触れず、さらにはウィスコンシン州の事件など具体的な名詞は避けている。この単純な手続きを省いた背後に、多くのテニス関係者が疑問を抱いた。 思い出すのは、68年のメキシコシティー五輪の出来事だ。当時も黒人による公民権運動が激しく繰り広げられ、指導的立場にあったマーティン・ルーサー・キング牧師がオリンピック開催の半年前に暗殺されていた。 すると、陸上200メートルで1位と2位に入った米国の黒人選手が表彰台の国旗掲揚で黒い手袋をはめ、拳を突き上げる抗議行動に出た。彼らのメッセージは、この大会で本格的に始まった衛星中継に乗って瞬時に世界中に広まった。「ブラックパワー・サリュート」と呼ばれるこの行動は、「黒人差別に抗議する」という点で先日の大坂のSNS発言と同じ趣旨であろう。しかし、2人は即刻選手村を追放され、米国選手団からも除名処分を受けている。 そこには、冷戦時代の真っただ中でスポーツを政治や思想から切り離そうという共通認識が存在していた。しかし、彼女のとった行動は、動機はさておきスポーツの場を利用したという点では明らかな政治行動であり、メキシコシティー五輪の事件と変わらない。だが、半世紀前なら出場停止処分もあり得た行為に対し、USTAのビリー・ジーンキング名誉会長が「誇りに思う」とツイートするなど、反応は当時と真逆になった。 この大坂の「棄権事件」が不可解であった原因として、米国内の空気が読めないことにある。それは、SNS時代の「壁」に起因する。USTAが彼女のメッセージに対し「スポーツの政治利用」などという理屈を掲げれば、全米オープンも開催できないほどの大騒動になる。 リモート取材では現場の緊張感は共有できない。だからといって、主催者が「なおみを支持する」と表現することもできない。時は大統領選挙戦の最中のニューヨークであり、選手会組織であるATPやWTAには民主党支持者も共和党支持者も、白人警官を擁護する選手もいる。下手をすれば、彼女が周囲から「その弱みを承知の上で抗議行動した」と受け取られる可能性さえある。 もちろん、大坂自身も知らない背景があるとは思う。彼女が電話を受けた主催者側は、8月27日を「差別への抗議」として大会を一時的に閉鎖し、テニス界の意思表示としてこの騒動を治めるつもりだったのではないだろうか。白人警官に暴行され死亡したジョージ・フロイドさんの名前が入ったマスクを着け、入場する大坂なおみ=9月8日、ニューヨーク(AP=共同) 人種問題はもちろん重要なテーマだが、全米オープンの主催者らは目の前に「コロナ禍でのテニス再開」というとんでもない難問を抱えていた、オリンピック委員会も注目する、コロナ禍真っただ中での試みなのだ。しかし、それでは人種問題を掲げた大坂の立場が消えてしまう。だからこそ彼女は先にSNSで自分のリーダーシップを発信し、大会組織がその後に延期を表明したのかもしれない。 この先走ったSNS発信は、コロナ後のテニス界が新たなヒロイン、大坂から始まると強調したかのようであり、主催者はこの行動が前例になることを恐れたようにも思える。 彼女はピュア(純粋)、イノセント(無邪気)と言われ、実際にウソの言えない正直な若者だ。だが、彼女の立つプロツアーという舞台、黒人女性として背負った背景はそれほど単純なものでもなく、生き馬の目を抜く世界である。東京五輪へ投げかけるもの 大坂は、日本人の母、ハイチ系米国人の父親の間に生まれた。3歳にして米国に移住し、ニューヨークからフロリダで育った。それでもテニスにおいて、全米協会ではなく日本協会にサポートを求めた理由は、米国には同世代に素質があふれており、一方で日本では若手育成に行き詰まっていたからだ。想像の域を出ないが、ハイチ系は国内で少数派という黒人同士の力関係もあるだろう。 同じ黒人プレーヤーとして時代を作ったビーナス、セリーナのウィリアムズ両姉妹(米国)を手本として育ち、コーチングスタッフに、サーシャ・バイン、ジャーメン・ジェンキンス、アブドゥル・シラーという、ウィリアムズ姉妹の元スタッフを登用し、大坂はメジャー2冠を達成した。彼女自身は、グランドスラム女子シングルスの優勝回数通算23回のセリーナを尊敬し、2年前の全米決勝ではその憧れの人を倒して衝撃のデビューを果たした。しかし、黒人だから一枚岩というわけではない。姉妹らもまた、黒人選手として苦難を味わってきた。 ただ、そのセリーナも男女差別に関しては攻撃的なメッセージを発しつつ、人種問題にはほとんど触れなかった。セリーナと保守派のトランプ大統領とは古くから親交がある。うがった見方をすれば、彼女の今回の行動には脱ウィリアムズの影が見え隠れする。実際今年5月にはコーチであるシラーとの契約を終了し、ウィリアムズ色が一掃されている。 28日、大坂はSNS発信の段階でセリーナから連絡があったことを認め、内容は「言いたくない」と言った。また、セリーナは記者会見で「なおみの考えはそれでいいと思う。私は違う。宗教的(spiritual)に別の考えがある」と話している。真実はもはや、闇の中だ。 そして、大坂は「棄権」を翻して臨んだ準決勝に挑み、勝利した。ただ、その後、右ふくらはぎの故障で決勝を棄権した。ちなみにプレミア大会決勝で棄権した例は、97年の東レPPOでシュテフィ・グラフ(ドイツ)がマルチナ・ヒンギス(スイス)との決勝を避けた例ぐらいしか思い浮かばない。SNS騒動も異常であったが、実は決勝での棄権も特異な事件でもあったのだ。 大坂は昨年、女性アスリートとして史上最高の約41億円の収入を手にした。抗議ストに出たNBAの80%は黒人選手であり、大リーグも多くの黒人選手の技能に多くを依存している。マラソンを筆頭にした陸上競技など、80年代から拡大してきたプロスポーツ市場は黒人アスリートが大半を占め、そこに差別はない。夕日を浴びる国立競技場(共同通信社ヘリから) ゆえにスポーツが「抗議行動へのツール」となったなら、それはスポーツのプロ化の「終着点」とも言える。では大坂が最大の目標とする東京五輪はどうなるのだろうか。 国際オリンピック委員会(IOC)、あるいは日本オリンピック委員会(JOC)は、もし今回の彼女と同様のことがあったとき、「黒人女性」としての主張、さらには「選手の政治的主張」を受け入れるのだろうか。大坂は昨年、米国との二重国籍から日本国籍を選択した「日本人」である。私たちは米国内の空気は読めないが、いずれ間もなく、今回のような問題も自分事として捉えなければいけなくなる。 同じ8月28日、実はテニス界には別の衝撃的事件が起きていた。男子世界ランク1位でATPの選手委員会代表を務めるノバク・ジョコビッチ(セルビア)が代表辞退を決め、選手組合は分裂に入ったのだ。コロナ禍の中で、テニス界では新しい波が押し寄せている。 そしてテニスは常にスポーツの先端を走ってきた。SNSが隆盛しているこの時代、大坂が提起した問題は私たち日本人自身にも、その答えを迫られている。

  • Thumbnail

    テーマ

    大坂なおみ「棄権騒動」が広げた波紋

    全米オープンでベスト4入りを果たした大坂なおみだが、W&Sオープンで反黒人差別を訴えた「棄権騒動」の波紋が広がっている。延期後に出場したとはいえ、タブーとされるスポーツに政治色を帯びさせたとの見方があるからだ。東京五輪でこうした事態になればどう対応すべきか。スポーツは分水嶺に立たされているのかもしれない。

  • Thumbnail

    記事

    持病悪化だけが理由か?安倍辞任劇を導いたいくつもの「限界」

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 安倍晋三首相が辞任を表明した。表面上の理由は、2007年の辞任と同様、持病の潰瘍性大腸炎の悪化だった。これは偽りではないかもしれない。だが、別の深い理由もいくつか考えられる。 一つは、東京高検検事長の定年延長問題だ。その背景には、カジノを含む統合型リゾート施設(IR)事業をめぐる汚職事件を中心とした一連の疑惑回避があったとの情報もある。 実際、賭けマージャン問題で元東京高検検事長の辞職が波及したとみられ、7月に就任した新検事総長はカジノ疑惑を再び厳しく追及している。また、度合いこそ分からないが、菅義偉(よしひで)官房長官が、地元である横浜へのカジノ誘致計画に関係しているという疑惑もくすぶっている。そのような疑惑の真相が今後明かされれば、重大な政権の危機になるだろう。 そもそも、横浜へのカジノ誘致には、米国のトランプ大統領の有力支援者である世界のカジノ王が関係しているとされる。だが、コロナ禍もあってカジノ王の関連企業は日本から撤退しており、こうした現状を踏まえ、安倍首相とトランプ大統領の関係にも何らかの影響があったとの見方もある。 もう一つは、カジノ問題に加え、今秋の米大統領選で、トランプ大統領の再選が困難との情報がもたらされていることに不安を募らせた可能性だ。私は、トランプ大統領が再選されるとみているものの、日本では民主党候補のバイデン氏勝利予想の方が強い。 そしてさらに重要なのは米国と中国の対立激化だ。中国は、米国が南シナ海の軍事化に関し、中国側に新たな制裁を発表する直前だった8月26日、同海域に向け弾道ミサイル4発を発射した。その前には、米軍機が飛行禁止空域を通過して中国の軍事訓練を偵察し、中国が激しく抗議している。 米中はかねてから5G(第5世代移動通信システム)の主導権争いに加え、貿易面での対立、新型コロナをめぐる対応など摩擦が深刻化している。その上でのミサイル発射であり、米中の本格的な軍事衝突は遠い先の話ではない。 そこで、問題になるのが、安倍首相の長期政権を支えた菅官房長官と二階俊博幹事長の存在だ。安倍首相は、菅、二階両氏とは政治理念が同じとは言えないが、中選挙区時代に鍛えられた剛腕と調整力が「安倍一強」の後ろ盾でもあった。厳しい表情で記者会見に臨む安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 その菅氏をめぐっては、先に述べたような不安がある。二階氏に関しては、ワシントンDCに本拠を置くシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の報告書で、名指しで「親中派」とされている。今秋の人事異動でこの2人を外さなければならないとすれば、安倍政権は成り立たないといっても過言ではない。 自民の有力政治家である二階氏をワシントン筋が言及したことは、過去の例ではロッキード事件以来とも言えるレベルであり、それぐらい米国は中国に対して本気なのだ。  こうした種々の問題が重なったことこそが、急な辞任劇の深層にあるとの見方が消えないゆえんだ。意外にも「平時のリーダー」 これまでの安倍首相の状況を見ていると、意外かもしれないが「平時のリーダー」だったように思う。当初は困難だとされた集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法を難なく成立させ、さらに選挙は連戦連勝。コロナ禍は「国難」とされたが、日本だけの問題ではない。 要するに広い意味では、いずれも平時の出来事であり、真の危機はまさに、一触即発ともいえる米中対立と、迫りくる中国の日本への脅威と言えなくもない。この危機こそ、安倍首相にとっては「想定外」であり、健康問題も含めて対峙する余力がなくなったと見るべきではないか。 そして誰もが懸念するのが、ポスト安倍だ。これまで記してきたような状況を踏まえれば、親中派の岸田文雄政調会長は望ましいとは言えない。石破茂元幹事長に関しても、複数の防衛省筋から、「実は防衛問題が分かっていない」という批判を聞いている。 ならば、河野太郎防衛相か茂木敏充外相かとなる。もう少し幅広く見て、コロナ対応で奔走する西村康稔経済再生担当相や高市早苗総務相も悪くない。ただ、上記のポスト安倍の面々をワンポイントリリーフにして、その後、本命を首相に据えるといった考え方もある。 また、立憲民主との合流で、残された国民民主の玉木雄一郎氏による新党が一定の規模を維持した場合、連立政権に組み入れて公明の比重を減らし、憲法改正を実現に導くというシナリオもあり得る。 そして、本命のポスト安倍を考える上で、触れておきたいのが、来年に延期された東京五輪・パラリンピックだ。コロナ感染拡大が終息するにはまだまだ時間を要するとの見方が大勢で、すでに来夏でも開催は無理という見解は多い。 東京五輪が完全に中止になれば、東京都の小池百合子知事は「税金の無駄づかいをなくす」という大義をもってこれを受け入れ、責任を取って知事を辞任。その次の総選挙で衆院議員に返り咲き、一気に女性初の首相を狙っても不思議ではない。 以前の寄稿「ポスト安倍に小池知事も参入?評価を分けるリーダーの危機管理センス」でも記したが、小池氏は防衛相だった2007年、問題が発覚した防衛事務次官(のちに収賄罪などで有罪確定)を更迭し、自らも辞任した。このとき、ワシントンに赴き米国の有力者の了解を得た上で実行しており、こうした動きは国際政治に精通している証左だ。 このときからワシントンでは「小池は使える」という評価が高まったように思う。私が毎日、米メディアを見ていても「小池首相待望論」ではないかと思える記事は時折目にするのだ。記者会見で、安倍首相の辞任意向について「非常に残念」と述べた東京都の小池百合子知事=2020年8月28日、東京都庁(桐山弘太撮影) いずれにせよ、近いうちにポスト安倍は決まることになるので、推測や願望はほどほどにしておく。重要なのは、米大統領選の結果がどうであれ、米中の紛争も現実味を帯びている中で、日本のかじ取りを任せられるのは、安全保障と経済の立て直しを第一に考慮しなければならないことだ。これらを踏まえれば、やはりワシントンとのパイプを持つか、もしくは精通した人物を選ぶべきだろう。

  • Thumbnail

    記事

    アメリカも警告、沖縄に蔓延する中国「思想侵略」にはこう戦え

    仲村覚(日本沖縄政策研究フォーラム理事長) 米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が7月末に発表した「日本における中国の影響力」と題する報告書が注目されている。 自民党の二階俊博幹事長と今井尚哉(たかや)首相補佐官が、安倍晋三首相の対中政策に大きな影響を与えている「親中派」のキーマンとして名指しされている。ただ、このことはメディアで大きく報じられたが、「中国の沖縄工作」に触れた部分はあまり知られていない。 約50ページに及ぶ報告書は、2018年から2年をかけ、約40人の専門家にインタビューするなどしてまとめられた。その中では、「中国の沖縄工作」についても多くの文字数が割かれている。 日本の安全保障上の重要懸念の一つとして、沖縄の人々が日本政府や米国に対する不満を理由に「独立を宣言」する可能性を指摘している。中国の最重要ターゲットも、米軍基地の多い沖縄であり、外交や偽情報、投資を通じて、沖縄独立を後押ししているという。 さらに、日本の公安調査庁が2015年と17年の年次報告『内外情勢の回顧と展望』で、「中国の影響力により沖縄の世論を分断する可能性の問題を取り上げた」とし、その内容を紹介している。まずは『内外情勢の回顧と展望』を改めて確認してみよう。 2017年版では「在日米軍施設が集中する沖縄においては、『琉球からの全基地撤去』を掲げる『琉球独立勢力』に接近したり、『琉球帰属未定論』を提起したりするなど、中国に有利な世論形成を図るような動きも見せた」と記されている。さらに「『琉球帰属未定論』を提起し、沖縄での世論形成を図る中国」というコラムでは、次のように解説している。 人民日報系紙「環球時報」(8月12日付け)は、「琉球の帰属は未定、琉球を沖縄と呼んではならない」と題する論文を掲載し、「米国は、琉球の施政権を日本に引き渡しただけで、琉球の帰属は未定である。我々は長期間、琉球を沖縄と呼んできたが、この呼称は、我々が琉球の主権が日本にあることを暗に認めているのに等しく、使用すべきでない」などと主張した。
 既に、中国国内では、「琉球帰属未定論」に関心を持つ大学やシンクタンクが中心となって、「琉球独立」を標ぼうする我が国の団体関係者などとの学術交流を進め、関係を深めている。こうした交流の背後には、沖縄で、中国に有利な世論を形成し、日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいるものとみられ、今後の沖縄に対する中国の動向には注意を要する。「内外情勢の回顧と展望(平成29年1月)」(平成28年の国外情勢)公安調査庁米有力シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が発表した調査報告書「日本における中国の影響」の表紙 CSISの報告書は、慶応大教授の言葉を借りて、「中国は日本に影響を与えるために間接的な方法を使用している。資金調達を通じて沖縄の動きに影響を与え、沖縄の新聞に影響を与えて沖縄の独立を推進し、そこに米軍を排除するなどの隠れたルートがある」と指摘した。その上で、「中国は日本に、文化外交、二国間交流、国営メディア誘導などの温和な影響活動と、強制、情報キャンペーン、汚職、秘密の戦術などのより鋭くより悪質な活動の両方を展開している」と結論付けている。 筆者もこの報告にあるように、沖縄の琉球独立工作があらゆる面で進められていると認識している。特に、10年9月に起きた尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖での中国漁船衝突事件直後から急加速してきた。危険すぎる「思想侵略」 これまで、自らを日本人と異なる琉球人という自己認識を持つ沖縄県民はほぼ皆無だった。自らを「ウチナーンチュ」(沖縄の人)という自己認識があっても、日本人という認識を持たない人もほとんどいなかった。 しかし、ここ10年間で沖縄は大きく変わってしまった。自らを日本人ではなく琉球人との「アイデンティティー」と、「沖縄は日本に植民地支配されている」という「歴史」を背景に、政治活動をする若者が多数出てきているのである。誰かに洗脳されたとしか筆者には思えないが、政治家になる若者がターゲットとして狙われたのだろう。 もし、琉球独立を公然と主張するこのような若者が、国会議員に当選すれば、沖縄の未来は危うくなる。「スパイ防止法」のない日本で長年続けられてきた「思想侵略」は、危険領域に達していると言わざるを得ない。 では、中国の標榜(ひょうぼう)する「琉球帰属未定論」は、今後どのように展開されていくのだろうか。カギとなるのが、13年5月12日の中国共産党機関紙、人民日報のウェブサイト「人民網」に掲載された論文にある。 それは「琉球問題を掘り起こし、政府の立場変更の伏線を敷く」というタイトルにも表れている。その論文には、中国は三つのステップで「琉球再議」を始動できるとし、次のように提言している。 第1ステップ、琉球の歴史問題を追及し、琉球国の復活を支持する民間組織の設立を許可することを含め、琉球問題に関する民間の研究・議論を開放し、日本が琉球を不法占拠した歴史を世界に周知させる。政府はこの活動に参加せず、反対もしない。 第2ステップ、日本の対中姿勢を見た上で、中国政府として正式に立場を変更して琉球問題を国際的場で提起するか否かを決定する。一国の政府が重大な地政学的問題において立場を調整するのは、国際的に珍しいことではない。その必要が確かにあるのであれば、中国政府はこのカードを切るべきだ。 第3ステップ、日本が中国の台頭を破壊する急先鋒となった場合、中国は実際の力を投じて沖縄地区に「琉球国復活」勢力を育成すべきだ。20〜30年後に中国の実力が十分強大になりさえすれば、これは決して幻想ではない。日本が米国と結束して中国の将来を脅かすのなら、中国は琉球を日本から離脱させ、その現実的脅威となるべきだ。これは非常にフェアなことだ。 さて、現在の日中関係はどのステップに位置するのだろうか。筆者はまもなく第3段階に突入すると見ている。沖縄・尖閣諸島周辺の領海で、日本漁船を追尾した中国海警局の巡視船=2020年4月10日(金城和司さん提供) まず、国際社会は米国を中心に、対中包囲網を構築しつつある。日本は心もとない面もあるが、結果的に米国側に付いて、対中姿勢を強めていくことになる。 また、現在は尖閣諸島をめぐって、日中がかつてない緊張した関係にある。この二つの要素から、「琉球再議」第3段階の「日本が中国の台頭を破壊する急先鋒」に該当するため、中国が沖縄に「琉球国復活」勢力育成を実行する段階に突入することになるだろう。中国にとっては、沖縄の独立工作が思うようにいかず、準備不足の部分も多いと思うが、それでも最終段階にさしかかっていると見ている。もはや推測不可能 現在、日本の対中安全保障の課題としては、尖閣諸島周辺海域に、中国海警局の武装公船などが連日のように侵入していることが挙げられる。また、8月16日の休漁期間終了後、尖閣諸島領海に多数の中国漁船を送り込んでくる可能性も指摘されている。 海上保安庁と沖縄県警、自衛隊は、尖閣諸島で起きるさまざまな事態を想定して、対処方法を検討し、訓練を続けているとみられる。だが、これだけでは、中国による尖閣・沖縄侵略に対峙(たいじ)する「図上演習」は不十分といえる。 軍事的な側面について、自衛隊はもれなく想定できるだろうが、琉球独立工作を含む中国の外交的反応は、現時点で既に日本人の想定を超えており、推測不可能だからだ。 例えば、中国が日本政府を飛び越して、沖縄県に直接「尖閣諸島と東シナ海の共同開発」を提案し、玉城デニー知事が提案を受け入れた場合、どうなるだろうか。しかも、沖縄の新聞が世論を誘導し、沖縄経済界も共同開発を望んだら、どうなるだろうか。 常識的には、外交権は日本政府に属するため、外交権のない沖縄県には不可能だ。しかし、国連では2008年以降、自由権規約委員会と人種差別撤廃委員会から日本政府に「琉球・沖縄の人々を先住民族と認め、その権利を保護すべきだ」という勧告が5回も出されていることを忘れてはならない。 琉球独立派が、国連人権理事会などに「琉球の自己決定権がないがしろにされた」「中国と沖縄の外交を認めよ」と訴えかねない。訴えを受けた国連も「琉球・沖縄の権利を保護せよ」と日本政府に勧告を出す危険性がある。 万が一日本政府が妥協して、沖縄が中国と独自外交を展開することになった場合、その先に何が待ち受けるのかは、語るまでもないだろう。中国の思惑通り、沖縄を日本の「一国二制度」行政区にし、中国によるコントロールを強化していくに違いない。沖縄県議選の大勢が判明し、記者の質問に答える玉城デニー知事。知事の支持派が過半数を維持した=2020年6月8日 CSISも報告書で危惧するように、中国は尖閣関連の混乱に乗じて、あらゆる手を使って沖縄を日米から引き剥がしに動いてくるはずだ。ぜひとも、尖閣有事の図上演習には、自衛隊のみならず、外務省や公安調査庁も参加してほしい。 その際には、琉球独立につながる沖縄の政界や経済界、マスコミ、国連の各組織の動向も「要素・要因」として組み込む必要がある。それらの要因をしっかり米軍と共有して対処することこそ「中国の野望」を打ち払う最善の策ではないだろうか。

  • Thumbnail

    記事

    敵か味方か、ハリスより黒人票を動かすカニエ・ウェストの本気度

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 今秋の米大統領選の民主党候補、バイデン氏は8月11日、ハリス上院議員を副大統領候補に指名した。初の黒人女性副大統領候補であることについては画期的である。母はインド移民の生物学者で、父はジャマイカ移民(黒人)の経済学者だ。ハリス氏は、カリフォルニア州検事総長などを経て2017年から上院議員となり、現在55歳。 バイデン氏がハリス氏を副大統領候補にした背景には、彼が得意としトランプ氏が苦手とする黒人票と女性票を固めたい意向があるのだろう。特に4年前と同様に重要な激戦州で意外にもバイデン氏の支持が盤石でないことが重視されたようだ。 だが、ハリス氏は昨年の民主党大統領候補選びに参戦していた際の実績などを考慮すると、それほど黒人の支持は高くない。強いて言えば、「女性」だから女性にアピールすることが期待される程度だろう。 いずれにしてもハリス氏は副大統領候補に決まったばかりで、バイデン氏にとってどれほど効果があるか分からない。むしろ、米国ではミネソタ州ミネアポリスで起きた警察官による黒人暴行死事件の余波が根強いだけに、米国における黒人の政治支持構造を分析する方が重要ではないだろうか。そう考えると、別の注目すべき人物の存在が浮かび上がってくる。 米国の建国記念日である7月4日、カニエ・ウェストという黒人が無所属での大統領選への立候補を表明した。ウェスト氏はミュージシャンであり、人気ラッパーとして知られる。これまでにも大統領選への出馬をほのめかすなどしていたが、何度も立ち消えになっていた。 しかし、今回はこれまでと少々違う。今回は米電気自動車メーカー、テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)がウェスト氏の支持を明らかにするなど、それなりの有力者を巻き込んでいるのだ。 そもそも、米国の大統領選は各州に候補者登録をしなければならない。人口が多い重要州のテキサスを含むいくつかは、すでに候補者登録を打ち切った後だ。そのため540人の代議員のうち、それらの州に割り当てられた225人を確保できない状況だ。 だが、ウェスト氏は、オクラホマでは候補者登録ができた。他にも候補者登録を締め切っていない州で登録を目指しており、勝敗を分ける激戦州のウィスコンシンとオハイオ、そして超大票田のカリフォルニアなどでも候補者登録に挑戦。8月初旬時点で代議員88人分の州に候補者登録できているとされる。ハリス上院議員=2019年1月、米カリフォルニア州(ロイター=共同) 一方、ウィスコンシン、イリノイ、ニュージャージーなどでは候補者登録に必要な署名を集めて提出したものの、州の選挙管理委員会が内容を精査した結果、不備が多く登録はされないようだ。オハイオ、カリフォルニアなどでも同様の状態になれば、(あり得ないが)候補者登録ができた全ての州で勝ったとしても代議員の過半数271人に到達せず、選挙に出ていること自体が全くの「冷やかし」になる。 だが、候補者登録に州民の署名が必要ないバーモントやコロラドなど、12を超える州の候補者登録申請は8月中旬だ。ウェスト氏は最後まであきらめないかもしれない。署名集めも有力な業者に依頼している。カニエ・ウェスト氏、今回は本気? つまり、ウェスト氏は今回、かなり本気なようなのだ。ウェスト氏は黒人ながらトランプ氏の強い支持者だった。実際、立候補表明してから、妊娠中絶反対など共和党的政策を主張している。宗教にも熱心である。 彼は立候補を表明したとき、トランプ氏への支持を捨てたと言った。だが、同時に「黒人の側にも自助努力が足りなかったのではないか?」、「民主党の黒人過保護政策が、黒人をダメにしてしまっていないか?」という趣旨の発言も繰り返している。 もちろんバイデン氏の「自分に投票しない黒人は黒人ではない」という発言にも激怒している。同じようなことをFОXテレビの黒人女性キャスターであるキャンディス・オーウェンズ氏が、しばしば主張していて、それも米国社会に影響を与えている。 実際、民主党は、米国の4100万人の黒人すべてに対し、南北戦争以前の奴隷制度の謝罪として、莫大な賠償金を払う決議をしようとしている。これは南北戦争以前の奴隷の子孫だった黒人に対する過保護政策との批判もある。 しかもこれを実現した場合、6兆ドル以上が必要になる。このような過保護政策が真に米国の黒人のためになるのかも疑問だ。 実際、7月中旬に実施されたワシントンポストとABCの合同世論調査では、回答者の63%が反対。黒人回答者の82%が賛成だったが、白人の賛成は18%にとどまっている。 前後関係その他から見ても、ウェスト氏の立候補表明は、バイデン氏を支持する黒人票を割り、バイデン氏を落選させるための作戦である可能性もある。前記のようにいくつもの州で立候補届出ができなかったのは事実で、無所属候補が各州で二大政党の候補より多くの票を獲得して代議員を得た例はないと言ってよい。だが、地方の州だけでも彼が本気で選挙運動を行えば、バイデン氏の黒人票が割れトランプ氏に有利になる。 ちなみにウェスト氏に依頼されて署名集めを行っている専門業者は、共和党系の業者だ。いくつもの州で共和党関係者がウェスト氏を支援していることが確認されている。現に、オハイオに提出されたウェスト氏の大統領選代議員10人中6人が共和党関係者だった。 トランプ政権は関係を否定しているが、実はウェスト氏に紹介した可能性もある。バイデン氏の黒人票を割るためなのか、あるいはウェスト氏の本気度に動かされたのか。 ただ、ウェスト氏はメンタル面に問題があるとされ、今回の立候補も本気ではないとの声も多い。実際に署名を集めて立候補届出をして却下された州では、メンタル面の問題を指摘する声が出たため、精査が行われた州もある。カニエ・ウェスト氏=2019年11月、米ニューヨーク(AP=共同) 指摘したのは、もちろん民主党関係者である。だが、彼は宗教活動に熱心で共和党的な発言が多いだけに、トランプ氏の票が割れるという見方もある。また、彼が多くの若者に愛されるスターであることは大きい。黒人支持が脆弱なバイデン氏 5月にワシントンポストに掲載された全米民主主義基金などの分析によると、警察の残虐行為と人種差別に対する全国的な抗議の中で、デモの多くで主導権を握った若い黒人有権者はバイデン氏に懐疑的だ。主要な結果を整理すると、以下のようになる。・65歳以上の黒人有権の91%がバイデン氏に投票・18~29歳の黒人有権者の68%がバイデン氏に投票・18~29歳の黒人有権者の13%はトランプ氏に投票 また、6月に実施されたワシントンポストと大手リサーチ会社イプソスの世論調査では、黒人有権者の92%が11月にバイデン氏に投票する意思を示している。その理由については、ほぼ半々に分かれている。50%が主にトランプ氏に反対しているためであるとし、49%は主にバイデン氏を支持すると回答している。 つまり、特に若い黒人のバイデン氏支持は意外に脆弱で、せいぜい反トランプ感情の受け皿でしかない。ハリス氏が副大統領候補になってもあまり変わらないかもしれない。 ハリス氏が副大統領候補に指名される前日の8月10日に行われた政治ニュースメディア、ポリティコの世論調査では、バイデン氏はいまだトランプ氏を9ポイントリードしているが、回答者の9%が態度を未定としている。そしてウェスト氏の支持率は2%だ。ただ、2%の支持を第三候補に獲られたことで、ゴア氏もヒラリー氏も、あのような負け方をしている。しかも人気ラッパーだけに20代のウェスト氏に対する支持率は6%もある。こうなると、若い黒人有権者は、ウェスト氏が州内で候補者登録した場合、バイデン氏ではなくウェスト氏に投票する可能性が低くない。 過去の大統領選を振り返ると、2004年に再選を目指したジョージ・W・ブッシュ氏が、黒人票の11%を獲得して勝利。16年のヒラリー氏に対して、トランプ氏は黒人票の8%で勝利した。 こうした中で、調査会社のラスムッセン・レポートは7月のホワイトハウスウォッチで、黒人の21%がトランプ氏の再選を支持していると報告。5~6月の各種調査会社の世論調査でトランプ氏の黒人支持が10%を割り込んでいたが、これが「異常」だったことが分かった。ホワイトハウスでトランプ米大統領(手前)と抱き合うカニエ・ウェスト氏=2018年10月(ゲッティ=共同) 異常だったというのは、トランプ氏に対する黒人の支持率は、そもそも20%程度あり、コロナ不況や今回の黒人暴動で一時的に下落していただけなのだ。減税による景気刺激に影響された黒人雇用の増大や、間違いを犯した黒人の社会復帰支援、そして学校民営化による黒人の子供に合った教育など、トランプ政権による改革は黒人の20%近い支持を得ている。 この20%という数字は、共和党の大統領としては、異例の高い黒人支持率だ。ちなみに、民主党候補は95%の黒人票が獲得できなければ当選しないとされている。黒人社会でも進む「分断」 このように実は底堅いトランプ氏に対する黒人の支持を、ハリス氏を副大統領候補にしたからといって、バイデン氏は打破できるだろうか。 より深い問題がある。米国の黒人の1、2割が、南北戦争以前の奴隷の子孫ではなく、アフリカ大陸などから60年代以降に移民として来た人々だ。その人々の多くは、努力して働いて子供を良い学校に行かせ、比較的エリートとして生活をしている。オバマ氏も、そしてハリス氏も、その典型だろう。 そこまで行かなくとも今回の黒人暴動で、仲間の暴力的行動を抑止した黒人も少なくない。そのような人々が抗議デモで、どのようなプラカードを掲げていたかと言えば「学費無償化」といった建設的で実現不可能とは言えない主張が多い。その人々が、カレッジぐらいは卒業していたであろうことは、想像に難くない。  このような人々の代表がウェスト氏だと考えてもよいのではないだろうか。つまり、今の米国では黒人の間でも、エリートと非エリートと中間層の違いが拡大しているのである。 こうした分裂現象は、黒人だけではない。ユダヤ系も従来型のリベラルが8割、宗教熱心な保守系が2割。前者が反トランプ、後者が親トランプなことは、言うまでもない。ヒスパニック系もキューバから来た人の子孫は反共産政権の立場から共和党支持、他は民主党支持だが、二世、三世以降で米国社会に溶け込み努力し裕福になった人は共和党支持も多い。 また、共和党は今、民主党とは違う医療費の透明性向上改革を断行中であり、これはオバマケア以上に医療費を下げられるのではないかとされ、特に女性の高い支持を得ている。トランプ氏が女性有権者に弱いとされているが、今後どうなるかは分からない。 さらに、今年の米国国勢調査の中間報告によると、10代の米国人は、ついに白人が過半数を割った。それよりも重要なことは10代よりも70歳前後の、いわゆる団塊の世代の方が人口に占める割合が増加する趨勢にあることだろう。 米国でも合計特殊出生率は、08年のリーマン・ショック後には少なくとも白人では1・7%と日本と大差がない。また、黒人やヒスパニックの人口増加率も次第に頭打ちになってきている。こうなると、当然若者よりも70歳前後の意見の方が社会の中心になる。これは、4年前や今年の、大統領候補の高年齢を考えれば分かるであろう。 これまで述べてきたように、大統領候補としてのウェスト氏は、話題性はあるとしても、考慮しなければならない存在とは言えない。彼は実際には候補者登録不備などの理由で大統領選に立候補できない可能性もある。 奇跡が起きて彼が大統領になったところで、米国を再統一することは無理だろう。それは、ハリス氏が副大統領候補になったことでバイデン氏の名の下に米国民が糾合することが、選挙前後に一時的にあったとしても同じなのだ。米デラウェア州で演説するバイデン前副大統領(左)とハリス上院議員=2020年8月12日、(ロイター=共同) それくらい米国の社会は人種、年齢その他の問題で、今まで以上に分断されているのだ。この点を理解しなければ今後の日米関係を望ましい形で維持することは難しいだろう。

  • Thumbnail

    記事

    偉人像も歴史の一端、破壊相次ぐ米人種差別抗議デモの深層

    非とは別の問題なのである。 すなわち、州(State)とは、本来国家であり、州が集まった連邦国家が「アメリカ合衆国」なのだ。そして、各州は、任意に合衆国を離脱できるとする考え方は、南北戦争までかなり有力に唱えられた。重なるかつての日本 事実、合衆国憲法をそう解釈する余地はある。南北戦争は、州の連邦離脱の権利をめぐる戦いでもあった。むろん、南部諸州の連邦離脱と「独立」は、奴隷制維持が目的であったから、州権と奴隷制が無関係の独立した問題であったとまでは言えない。 とはいえ、南北戦争は、奴隷制を廃止した自由州対奴隷州の戦いという単純な図式では捉え難い面がある。南部連合の構成州は、全て奴隷州であった。しかし、自由州ではあっても、奴隷州との境界付近には、奴隷を所有していた者が存在した。 そして、ミズーリ、ケンタッキー、デラウェア、メリーランドの4州は、奴隷州でありながら、連邦にとどまったのである。また、これらの4州以外にも、境界州と呼ばれた地域では、州内が連邦離脱か残留かをめぐって分裂し、家族や隣人を引き裂く、時として流血の対立を生んだ。内戦とは悲惨なものである。 今日、喧(かまびす)しい米国の分断などとは、およそ比較を絶している。何しろ、双方に61万8千人もの死者を生じたのである。第二次世界大戦の戦死者約32万人と比べて、絶対数で、またそれ以上に対人口比で、米国が経験した最大の「戦争」であった。 当時の米国の総人口は、約3100万人と見積もられている。現在の日本で、5年にわたる250万人の戦死者を出す内戦が起こったようなものなのだ。戦争終結後、この深く開いた傷口を癒すこと、南北の和解が求められたことは怪しむに足りない。 だが、自分たちの生活様式、価値観を武力によって変更させられたという恨みは、南部の大農園主に限らず、広く零細農民も含む南部白人に抱かれていた。その恨みには、北部軍のシャーマン将軍のとった焦土戦術のように、かなり残忍で非人道的な連邦軍の行為も寄与している。 傷口の癒しが、南部では、自らの勇戦敢闘の歴史を顕彰し、南部独立、彼らに言わせれば祖国の防衛に一命を捧げた犠牲者を讃えるという形で現われたのは、やはり不幸なことであった。 とはいえ、そのことを一概に非難すべきなのか。南部連合軍の兵士の大半を占めたのは、南北戦争を描いた小説『風と共に去りぬ』(1939年に映画化)に描かれたような貴族的大農園主ではなかった。彼らの多くは、奴隷などほとんど所有していなかった零細農民、その他の庶民たちだった。映画『風と共に去りぬ』の一場面 そして、史上初の軍需生産が戦争の帰趨を決した戦争でもあった南北戦争において、当初より産業基盤を欠く南部で、女性を含む多くの労働者が戦争に貢献して働いた。それは、かつての日本にどこか重なりはしないだろうか。 今日、米国との戦争に敗れた結果として日本に民主政治がもたらされ、多くの改革が可能になったと認める人も、そのためには、都市無差別爆撃、原爆使用は必要であったと言われれば、素直に同意はしまい。真珠湾攻撃や緒戦の勝利、その後の日本軍の奮戦を今なお語り継ぐことには、心情の深いひだに刻まれたある種の日本人の意地があるように思う。複雑なジェファーソンの評価 かつて名門イェール大には、ジョン・カルフーンの名称を冠したカレッジが存在した。そのカルフーンとは、奴隷制擁護論者の先鋒として隠れもなかった人物である。2018年になって、それを改称したこと自体は適切でも、彼が、イェールの卒業生であり、2期にわたって合衆国副大統領であったという事実は変わらない。 そして、かかる「歴史の清算?」をどこまで徹底するのかについて、いずれ米国人も立ち止まり、議論が生じるのではないか。 3年前の17年8月には、私が思い出多い研究生活を、1年8カ月近く過ごした典型的な田舎の大学町、バージニア州シャーロッツビルが、一躍有名になる事件が起こった。市中心部の公園にあった南部連合軍総司令官、リー将軍の騎馬像撤去をめぐって、賛成反対両派が衝突し、死者まで出す惨事となったのである。 その騒動の音が聞こえていたであろう、そこから歩いてほんの数分のバージニア大構内には、創立者にして第3代大統領、トーマス・ジェファーソンの銅像が佇立していた。彼が、起草に深く関与したとされる「独立宣言」は、冒頭に「All men are created equal」(すべての人間は平等につくられた)と謳う。 その彼は、しかし生涯奴隷を手放さなかった南部の大農園主であった。所有していた奴隷は600人にも及んだという。後に駐仏大使に任じられたとき、妻と死別していた彼は、パリに赴任後、13か14歳であった黒人の少女奴隷、サリー・ヘミングスを呼び寄せる。 彼女の肖像の類は残っていない。肌の色は黒くなく、一見黒人には見えなかったという。実は、死別したジェファーソンの妻の異母姉妹に当たるとも言われ、であれば父親は白人であったことになる。 ジェファーソンの所有物であり、30歳年下のサリーとの関係が、いかに始まったか、それが合意の上であったのかは分からない。とにかく、愛人となったサリーとの間に子供をもうけていたことは、ほぼ確認された事実だ。 子供の子孫が、ジェファーソンとの血縁確認を求めて訴訟を起こし、裁判所命令で墓が開けられて、遺体のDNA鑑定が行なわれたからである。クレーンで重い墓石を動かし、石棺を釣り上げたのだ。 では、第3代大統領としての彼の彫像、肖像は、すべて公共の空間から撤去して博物館に収納すべきなのだろうか。彼の肖像が刷られた3ドル札(日本の2千円札並みに珍しいものだが)は、すべて回収溶解すべきなのか。ワシントンDCにあるトーマス・ジェファーソン像(ゲッティイメージズ) 今日彼を、偽善者と謗(そし)ることはたやすい。しかし、一方で、彼の著作、書簡は、民主政治理論上重要な位置を占めているし、政治家としても非凡の才を発揮したと、私は考えている。そもそも、独立宣言に署名した56人のうち40人、さらに第12代までの大統領のうち、ジョージ・ワシントンを含む10人が奴隷の所有者であったのだ。評価は総合的に 歴代大統領や各国首脳が詣でるアーリントン国立墓地の一角には、482柱の南部連合軍兵士と軍属が眠っていることは、米国人にも、あまり知られていない。彼らが個人として奴隷制に賛成していたかどうかはともかく、まさか奴隷解放のために戦ったとだけは言えないだろう。 そこで、彼らの墓をあばいて、どこか他の墓地に移設せよということになれば、さすがにどこまでやれば収まるのかという話になろうかと思う。先に挙げたイェール大では、そもそも大学名の由来するイライヒュー・イェール(Elihu Yale)が、東インド会社で奴隷貿易に関わっていたとも言われている。 ウィキペディアに、はっきりと「slave trader」(奴隷商人)と記してあるのは事実だ。とすれば、単に一カレッジどころか、大学の名前を変えろという話になってしまう。どこでどう線引きをするかを、冷静かつ真摯に議論しなければならない。 こうしたモニュメントの扱いを判断するにおいて、いくつかの考慮すべき点を挙げてみたい。まず、人物像、肖像画の場合、当然ながらその人物の経歴、何を語り、何を為したかが問われなければならない。 その場合、評価は多面的総合的であるべきだ。バージニア大構内のジェファーソン像は、何よりも同大学の創立者の一人としての彼を、記念顕彰することが目的であると認めてよい。彼が、私生活で何をしたかは、無関係とまでは言えぬにせよ、像を撤去する理由にはしにくいと思う。 だが、最近では撤去すべきとの声もあるようだ。また、大学構内の別の場所にある彼の座像が、人種差別主義者と強姦犯を表す「racist+rapist」(おそらくはヘミングスに対して)と落書きされたと伝えられる。今後のことは、分からない。 例えが適切かどうかは自信がないが、早稲田大構内にある大隈重信像を、「対華21カ条要求」問題当時の総理大臣であったからという理由で撤去せよという主張にどう対応すべきであろうか。 また、名門プリンストン大は、研究機関や学生寮の名称から、かつて総長を務め後に28代大統領となったウッドロウ・ウィルソンの名前を廃止したと発表した。彼が、人種差別に加担していたとの理由である。彼が、総長として、プリンストンへの黒人の入学を認めなかったことは事実であろう。此度の大学自身の決定は、尊重されなければならない。 しかし、個人がどのような人物であったかに加えて、その表現のされ方も問われるべきであろう。セオドア・ルーズベルトは、第26代大統領として、独占禁止政策を推進し、富の公正な分配への関心を示したし、野生動物・自然保護に一定の業績を残した。セオドア・ルーズベルト元大統領(ゲッティイメージズ) だが、その外交政策、白人優位の人種観に批判があったことも事実であり、評価は難しい。とはいえ、このたびニューヨーク博物館の正面から、彼の騎馬像の撤去が決定されたことには、納得できる。なぜなら、この像は、馬上のルーズベルトの両脇に、黒人と先住民の男性が徒歩で付き従っているものであり、ルーズベルト自身の評価とは別に、白人優位と植民地主義を連想させるからだ。的外れなピラミッド批判 一方、首都ワシントンにある奴隷解放記念碑には、微妙な点がある。確かに、第16代大統領、エイブラハム・リンカーンが、足元の半裸の黒人男性を見下ろしているように見える。いかにも尊大な奴隷解放者のごとくである。  しかし、この像は、元来解放された奴隷たちの募金で建立されたことを忘れてはならない。足元の元奴隷は、リンカーンに跪(ひざまず)いているのではなく、軛(くびき)を脱して自由な人間として、今まさに立ち上がろうとしている瞬間なのだと解釈することもできるのだ。こうした像をどうするかは、冷静な議論が必要であり、決して実力による破壊に委ねてはならない。 全米で、既に多くの像が実力で引き倒された。復元されることもあってよいし、博物館に収納する措置もとられよう。その場合には、事なかれと死蔵するのではなく、均衡のとれた解説を付して展示するべきだ。 加えてそのいくつかは、復元せずに、引き倒され破壊された状態で展示し、何が起こったかを解説する措置がとられるべきである。ある時期に顕彰して建立され、後に評価を異にする人々によって破壊されたという「歴史」を後世に伝えるためにだ。 先に記したが、実際イェール大のジョン・カルフーン・カレッジは改名された。しかし、建物の門に刻まれた、ジョン・カルフーンの文字と、扉の上の彼の正面レリーフは残された。1933~2018年まで、この人物の名前を冠していたという「事実」を、消去せずに残したのである。 さすがに、逸脱事例であろうとは思うものの、今年6月7日、英国ブリストル市で、奴隷商人の像を引き倒して海中に投棄した活動家たちは、その後、ギザのピラミッドの破壊をエジプト政府に要請したという。 奴隷によって建造された遺跡だからという理由らしい。あまり真面目に反応するのも躊躇(ためら)われるものの、二点指摘しておきたい。 第一に、奴隷制の糾弾は、普遍的な価値の追求であり、国境を超える内容であるとは認めるとしても、外国にある遺跡について口出しすることは、無条件には許されるべきではない。エジプト人には、「大きなお世話だ」と言う権利がある。 第二に、最近では、ピラミッドの建設は、奴隷ではなく賃金労働者によって担われたという説が有力なのであり、奴隷制批判は的を外している。 とはいえ、このような議論は、まずそれぞれの国の国民がすべきである。要するに、南部連合と奴隷制に関連する像、記念碑、名称に関する議論は、何よりもまず米国人がすべきだ。当然だが、米国の歴史は、基本的に米国人のものだからだ。米バージニア州知事が撤去を表明した南軍司令官像。土台部分に多数落書きされている=2020年6月、バージニア州リッチモンド(ゲッティ=共同) このことについて、外国人であるわれわれは、安直に口出しすべきではない。人種差別は悪だ、奴隷制は悪だという一般論を語ることと、ある特定の人物の彫像や、ましてや墓をどうするかなどについて語ることは、全く別のことであると、よくよく肝に銘じるべきであろう。

  • Thumbnail

    記事

    香港の国家安全法導入でアメリカが香港から資金引き上げへ

     米国政府が香港で所有する不動産などの資産を売却するほか、香港政府に認めてきた経済的な優遇措置の廃止の手続き開始の準備を進めていることが明らかになった。中国政府が香港での国家安全法導入に対抗するためのものだ。米国による一連の措置が実施されれば、他の欧米諸国も追随する可能性もあり、香港の国際的な貿易・金融センターとしての地位に大きな打撃となることは必至だ。 香港のウェブメディア「香港01」によると、米政府が売却を検討しているのは香港島南部の南区寿山村道の米国総領事館職員宿舎として使われている6階建てのビル。米政府は1948年に購入しており、現在の不動産価値は100億香港ドル(約1400億円)に上る。 米ブルームバーグ通信も米国務省の海外資産担当者が香港総領事館に送った電子メールのなかで、「国務省資産管理局はグローバルな再投資プログラムの一環として、米政府は保有している海外不動産を定期的に見直している」と指摘。そのうえで、香港の職員宿舎ビルをはじめ、他の職員用の福祉・娯楽施設などの売却検討も始めていることを明らかにした。 同通信によると、これは中国政府が香港に国家安全法を導入することで、米国資産の差し押さえや米国市民の拘束・逮捕の恐れがあるため。米政府は今後、香港からの資金引き揚げを拡大し、米国民の帰国を促していくとみられる。 米政府は1992年制定の「米国・香港政策法(香港関係法)」で、香港の「一国二制度」が守られていることを前提に、香港を関税や査証(ビザ)発給などの面で中国本土とは異なる地域として優遇してきた。だが、トランプ米大統領はこうした措置の取り消しに着手すると明言。さらに、軍事・民生両方に利用できる高度な先端技術の輸出規制についても言及している。 また、ポンペオ米国務長官もさきに米国が香港に認めてきた特別扱いを「続ける状況にはない」と議会に報告したことを明らかにしている。※写真はイメージです(ゲッティーイメージズ) これらの措置が実施されれば、香港に進出している米国企業約1300社、米国人従業員8万5000人の撤退も検討されるとみられる。 このため、在香港米国商工会議所のタラ・ジョセフ会頭はトランプ氏の会見を受けて「香港にとっても、米国にとっても悲しい日となった」と声明を発表している。 一方、中国国務院(中央政府)で香港・マカオ政策を所管する国務院香港マカオ事務弁公室の張暁明副主任はこのほど「国家の安全保障という『譲れぬ一線』が強固になればなるほど、『一国二制度』の余地は広がる」と指摘し、香港の国家安全法制制定の必要性を改めて強調。そのうえで、「国家安全法によって、香港の国際的な貿易・金融センターとしての地位はさらに強固になる」との楽観的な認識を示している。関連記事■香港民主活動の女神「本当に怖いけど、声を上げ続ける」■NHKが林鄭月娥氏の名を「蛾」に誤植、香港人に大ウケ■コロナで8か国100兆ドル賠償請求に中国「ならリーマンは?」■中国軍が空母を含む陸海空軍の大規模演習を南シナ海で実施へ■FedExのパイロットが中国で拘束 ファーウェイ事件の報復か

  • Thumbnail

    記事

    ボルトン暴露本が示唆、トランプ政権ゆえに強靭化する日本の防衛力

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) ボルトン前大統領補佐官の著書『それが起きた部屋』が波紋を広げている。本稿では、その内容に触れつつ、今ワシントンで何が起こっているか、そして日本への影響はどれほどなのか、分析してみたい。 というのも、私が昨年9月に寄稿した「ボルトン解任で『日本の核武装』が現実的になった」で論じたことがまさに現実になりつつあるのだ。 これを踏まえてボルトン氏の著書を評価してみると、意外なことが浮かび上がってくる。ボルトン氏の著書の中で最重要部分は、トランプ氏がウクライナ大統領に対し、バイデン前副大統領の裏マネー疑惑を暴くことと引き換えに、米国による軍事援助を行うと、電話で話した部分だろう。 これはトランプ政権が何度も否定しているが、その場にいた閣僚級の人物の証言は、初めてに近い。ボルトン氏の著書の題名が『それが起きた部屋』なのは、そのような理由によると思われる。 では、ボルトン氏は、ウクライナ疑惑でトランプ氏が弾劾されそうになったとき、何ゆえ証言を拒んだのだろうか。これに関してボルトン氏は、ウクライナ問題だけでトランプ氏を弾劾しようとした民主党の戦略が不十分であり、トルコの銀行の裏マネー問題まで追及しなければ、不十分と思ったからであると述べている。 このウクライナとトルコの裏マネーなどは、元ニューヨーク市長でトランプ氏の顧問弁護士、ジュリアーニ氏が個人的に任されていた問題である。ワシントンの官僚機構にいたボルトン氏には、このような「個人外交」が望ましくないと思えたのだろう。 だが、既存の官僚政治に捉われず、真に米国と世界の利益を追求するのが、トランプ政治である。トランプ氏がモデルにしているものと思われるジョン・F・ケネディ元大統領も、キューバ危機の際に、ワシントンの官僚に頼らず、タスクフォースを弟で外交と無関係な司法長官だったロバート氏に任せた。 それを考えるとジュリアーニ氏個人に複雑なバルカン情勢を任せたトランプ氏の判断は、間違っているとは言えない。 余談だが、ジュリアーニ氏の裏マネー問題を追及していた連邦検事のバーマン氏が解任され、その後にトランプ氏の友人で証券取引委員会(SEC)委員長だったクレイトン氏が指名されそうである。だが、前後して米国最高裁は、SECには明確な被害者のいる金融犯罪に強制的に介入する権限があるものの、それ以外の場合には強制権限がないという判断を示した。トランプ大統領(左)の暴露本を出版したボルトン前大統領補佐官=2018年6月、カナダ・シャルルボワ(ゲッティ=共同) クレイトン氏は在野からリーマン危機を克服しようとした金融専門の法律家である。リーマン危機とは不動産担保制証券の破綻が、同じ会計の中で行われていた石油などの先物に影響して莫大な追加保証金が発生したため、あのような不良債権が生じた。 それを会計科目の付け替えなどで隠蔽していたウォール街の金融機関が、米国の会計年度の終わりである9月末に、それを隠しきれなくなって破綻を宣言したのが、リーマン危機だった。 新型コロナ封鎖で5月に石油の先物がマイナスになった。リーマン危機以上の追加保証金である不良債権を、ウォール街の金融機関が隠している可能性は低くない。歴代国防長官が反トランプ このままでは今年9月に世界が金融的に破滅する。それを防ぐためにクレイトン氏を、強制力を持つウォール街を含む地区担当の連邦検事にする必要があったのではないか。 だが、前任者のバーマン氏が手続的な問題を理由に自主的な退任を拒否。実は彼には、よりよい上級職が用意されていた。このバーマン氏の辞任拒否も、ワシントン改革を目指すトランプ氏に対する司法省筋のクーデターの一種だったのかもしれない。 このように今ワシントンでは、トランプ改革勢力対既成勢力の闘いが続いているのである。 話を戻すと、ボルトン氏は、トランプ氏を騙して対イラン戦争を起こさせようとし、また反米テロ集団だったタリバンと和解することでアフガンから撤退するというトランプ氏の計画をリークして一度は中断させた。 この中東からの撤退は、米国の正規軍、つまりワシントン既成勢力の一部にとって、とても望ましくないものだ。特にトランプ氏は大統領になる前から、アフガンの治安を正規軍ではなく、「ブラックウォーター」のような民間軍事会社に任せる方針だったのでなおさらだった。 歴代の国防長官らが、トランプ氏不支持を言い出したのも、それが原因ではないかと思われる。中にはボルトン氏と共にイラク戦争を起こしたパウエル元国務長官もいる。 その2人の上司だったジョージ・W・ブッシュ元大統領が、バイデン氏を応援するという話まであった。これは立ち消えになったものの、ブッシュ氏のスタッフ数百人が、バイデン支持の方向で動くとの情報がある。バイデン氏はワシントン既成勢力の糾合として、それを望んでいる。そして逆にトランプ氏も、ワシントン既成勢力と自分との闘いを明確にできるとして歓迎している。 ボルトン氏もバイデン支持を表明したことがあった。これも立ち消えになったが、ボルトン氏は今回の著書で200万ドルの印税が入る。そのマネーを少なくとも共和党が今年、上院で過半数を割らないようにするために使う意向を示している。 だが、ボルトン氏から献金を受けているとみられる共和党の極右上院議員も、トランプ氏の支持者に遠慮してか、ひた隠しにしている。ブッシュ氏も、ボルトン氏の助言通りアフガンやイラクの占領政策を行なっていたら上手くいかなかった関係上、彼を信用していないという。 バイデン氏個人も、ボルトン氏の選挙応援は、ありがた迷惑だったようだ。民主党リベラル系のメディアも、ボルトン氏による今までの数次に渡る中東での戦役や、核軍縮条約の反故によって、この著書と作者には批判的である。2020年6月23日、米ニューヨークの書店に並べられたボルトン前大統領補佐官の回顧録(ロイター=共同) あの『TIME』誌でさえ、この著書の中で描かれるトランプ氏の無知、感情的、自己中心的という描写は、これまでのトランプ本でも描かれていたのと同じなので、トランプ支持者には何の影響もないだろうと論説している始末である。 つまり日本は、この著書の概ねは気にする必要がないと言えるだろう。むしろワシントンの中で大きな潮流の変化が起ころうとしていることに注目すべきだ。石油危機に日本はどう備える? 日本でも報じられているが、トランプ氏が中国に自身の再選のために協力してほしいと要請したという話は、トランプ政権の『それが起きた部屋』の閣僚のみならず、中国政府からも否定された。だが、ボルトン氏の著書では、トランプ氏に再選されたら、台湾を放棄するのではないかとまで述べている。 しかし、米国政府は、ボルトン氏が政権を去ってから、中国通信大手のファーウェイへの半導体の供給を、世界的に禁輸し、そのため米国の産業界にとって、台湾の半導体メーカーが生命線になっている。台湾防衛法も上院に提出されている。 仮にバイデン氏が大統領になっても今の米国の雰囲気では、中国の(情報通信を含めた)世界支配と闘う方針はブレないのではないか。 中東情勢に関しても今まで述べた通りであり、ボルトン氏は第2期政権でトランプ氏はイスラエルからも引けていくのではないかとまで主張している。 エルサレム首都宣言までしたトランプ政権が、そんなことをするとは思えないが、パレスチナを刺激しないためにヨルダン渓谷にトンネルを作ることにクシュナー大統領上級顧問(トランプ氏の娘イヴァンカ氏の夫)が反対したことを、ボルトン氏は問題視しただけである。 クシュナー氏の政権内の発言権が、かなり強いことはボルトン氏の著書からも読み取れる。だが、そもそもクシュナー家はイスラエルのネタニヤフ首相と一家ぐるみで親しい。ゆえにトランプ2期目があるとして、イスラエルは守られるだろう。だが、他の中東諸国からは前述のように引けていく可能性が高い。 その後に大きな紛争が中東で起こり石油が来なくなったら、日本はどうするのか。自ら石油を取りに行く軍事力を持つのか。米国のシェール石油を購入するのか。今から日本は戦略を立てておく必要がある。 一方、北朝鮮に関しては、どうだろうか。ボルトン氏は元々、北朝鮮との対話路線には否定的だった。ボルトン氏の著書によれば、トランプ氏は北朝鮮もイランも金融制裁で弱体化させ、その上でクリントン氏やオバマ氏以上の和解を行う考えを持っていた。それについてボルトン氏はもちろん反対だった。 そこで第2回米朝会談について、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の寧辺核施設解体と引き換えに、米国が北朝鮮への経済制裁を全て解除するという交渉を、トランプ氏が相手にせず、席を蹴って帰ったことは評価している。 それと同時に現実主義者であるボルトン氏は、寧辺核施設の解体は、北朝鮮全体の非核化の、大きな一歩にはなったとも主張している。ボルトン前米大統領補佐官=2019年9月、ワシントン(AP=共同) これに関しては保守系のFOXテレビなどが、タカ派のボルトン氏がいなくなった今こそ、その方向で北朝鮮と和解するべきだとも主張している。だが、北朝鮮全体の非核化とは、米国が北朝鮮を軍事的に占領できても、2年はかかると言う専門家もいる。つまり手遅れだ。トランプが強化する日本の安全保障 日本は来年以降、誰が米国の大統領でも、米国まで届くミサイルを北朝鮮が持たなければ、核武装した北朝鮮と和解してしまうことを覚悟するべきだろう。 冒頭で触れた昨年9月の寄稿でも書いたが、こうした場合、バイデン氏のようなワシントン既成勢力の一員が、日本が核武装して自ら北朝鮮に対峙することを許すことはあり得ない。ワシントン既成勢力には、日本だけは核武装させないという強い意志があるからだ。 だが、トランプ氏はそうではないだろう。日本が今までと違って米国に負担をかけず、自ら北朝鮮などと対峙する覚悟を決めれば、日本の核武装を許容する余地がトランプ氏個人にはあるかもしれない。少なくとも4年前の選挙中に、そのような発言をしたのは事実だ。 ボルトン氏の著書の中で触れられたと言われているが、トランプ氏は日米安保の維持経費として8500億ドルを要求したそうである。これも日本政府は否定している。 だが、著書の中では、トランプ氏が北大西洋条約機構(NATO)からの脱退を考慮した際に、ボルトン氏が説得して止めたという部分もある。前述のようにトランプ氏は、アフガンなどからの撤退も、本気で考えている。 ボルトン氏本人でさえ、沖縄米軍基地の台湾移転論者だったことも忘れてはならない。米国は次第に日本から引けて行く傾向にあるのだ。 それを考えると日本は、来年以降、誰が米国大統領でも、核武装してでも自国は自国で守る覚悟を決めるほかはない。バイデン氏が大統領でも北朝鮮や中国との大戦になったとき、日本を一方的に守ってくれる保証はない。彼は党内左派の票欲しさに、米国は国内の格差問題解決に注力し、そのためには海外での軍事行動は控える方針をとる可能性がある。2019年5月9日に朝鮮中央通信が配信した「火力攻撃訓練」の写真。米国防総省は弾道ミサイルと断定した(朝鮮中央通信=共同) それでいてワシントン既成勢力の中心人物として、日本が軍事的に強くなりすぎないようにするという考え方に変わりはない。繰り返すが、トランプ氏にはこうした発想はないだろう。 これらを踏まえれば、日本はトランプ再選のために貿易その他で協力するべきだ。そうすることによって来年以降の自国の安全を買えると思えば安いものである。 配備に10年近くかかるという地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を断念し、敵基地攻撃ができる巡航ミサイルに切り替えるというのも、北朝鮮有事や米中の紛争が早ければ今年中にも起こり得ることを踏まえれば重要になる。 このような危機に対処するには、配備に時間のかからない巡航ミサイルを購入するというだけではなく、カネで日本の核武装を許す可能性が少しでもあるトランプ政権を支える思惑が、安倍晋三総理にはあるのかもしれない。これは非常に優れた構想である。このような構想力があるのならば、安倍総理に今後も期待したい。

  • Thumbnail

    記事

    米中に淘汰された日本、復権の機はコロナ後の新グローバリズムにある

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 今考えれば、1992年前後が世界経済の大きな分岐点だったかもしれない。日本経済でいえば87年に勃発した不動産バブルが崩壊現象を見せたのがまさしく91年後半~92年である。日本はピークを打ってバブルの終焉が始まっていた。日本にとってその衝撃は決して小さいものではなかった。 だが、まさしくそのときに世界では巨大な変革が起こっていた。91年末にソ連が崩壊。中国は92年に社会主義市場経済への転換を行った。全世界が資本主義に移行するというビッグバンが勃発した。 この92年に米国を中心に今のグローバリズムによる世界経済の形成が動き出した。いわば世界経済の「パラダイムチェンジ」が行われた。そのもたらされたものを大局で見れば、グローバリズムの勝者は米国、そして中国であり、敗者は日本にほかならなかった。 92年以前の日本はグロ-バリズムとは対極にある「ニッポン株式会社」という垂直統合型経済で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に登りつめていた。系列、グループ、下請けといった閉鎖的なシステムで成功した。 しかし、92年をターニングポイントに世界はグローバルな水平分業型経済に移行し、「ニッポン株式会社」は徐々に解体されていった。「世界の工場」は中国に移り、日本は電子部品、関連部材、半導体・液晶製造装置、半導体関連検査機器、工作機械などで中国のサプライチェーン(部品の調達・供給網)に組み込まれる形で生き残った。   日本の製造業が中国に本格的に進出を開始したのは2002年である。トヨタ自動車などトヨタグループ各社が中国に進出した。世界最大クラスの自動車企業が中国に進出し、これに伴って関連部品企業がこぞって中国に製造拠点を設けた。 これ以前はスーパーなど流通業、繊維、ビール、電気機器などの各産業が中国に進出していた。トヨタグループの進出を一つの契機として日本製造業が雪崩を打って中国進出を行った。日本の「空洞化」は決定的なものになった。 2000年代前半、中国で乗り物といえば自転車が圧倒的に主流だった。だが、巨大なマーケットが徐々に顕在化する兆しを見せていた。いち早く中国に進出していたフォルクスワーゲンが成功を見せてシェアを固めた。貧富の格差が生まれ、クルマを持つ富裕層はすでに現れていた。トヨタ自動車として進出をこれ以上は遅らせることはできなかった。中国天津市のトヨタ自動車工場=2002年10月 中国はソ連崩壊後に社会主義市場経済を標榜し、国外から資本を呼び込む「改革開放」を行った。当初は日本企業の多くは懐疑的だった。だが、あっという間に「世界の工場」に飛躍を遂げる中国のサプライチェーンに組み込まれていった。激化する「米中貿易戦争」 トヨタ自動車の世界的な成功は、垂直統合型から水平分業型への転換にあったといえる。トヨタ自動車は「日米貿易摩擦」の深刻化から米国に本格的に進出せざるを得なかったわけで、ローカルコンテント(部品現地調達)の洗礼を受けた。 その後クルマをマーケットに近いところでつくる体制に移行し、欧州、中国と世界化を果たした。日本の工場は、輸出向けではなく、国内マーケットへの新車供給を基本とする役割に切り替える配置変更を行った。トヨタ自動車は、連結収益がいくら上昇しても、これは北米マーケットで稼いだもので国内が稼いだわけではないと国内賃上げは一切行わなかった。 デンソー、アイシンなど傘下の部品サプライヤーには世界のどの自動車企業に部品を売ってもよいシステムに切り替えた。トヨタ自動車もグループ外でもよい部品サプライヤーがあれば併用して購入する。ただし、トヨタ自動車に納入する部品は「より安くしろ、品質は上げろ」という苛烈な要求は変わらない。傘下の部品サプライヤーに「親離れ(=子離れ)」を迫った。自社サプライチェーンを「最適化」に向けて再構築したわけである。 ところでグローバリズムが大きく絡んでいるのだが、「米中貿易戦争」が激化するばかりだ。問題は国内総生産(GDP)で世界2位という経済大国になった中国の覇権主義の傾向にある。 習近平国家主席の根底にあるには、「中華民族の偉大な復興」(=中国の夢)とみられる。中国の巨大経済圏構想である「一帯一路」やハイテク産業振興策「中国製造2025」はその発露であり、中近世に世界を制覇していたかつての偉大な「中華帝国」を復興するといった志向である。「中華民族の偉大な復興」はなにやら米国のトランプ大統領の選挙スローガンとほとんど同じ。これではどうしても「新冷戦」、米中による覇権の衝突が避けられない。 新型コロナウイルスでは2019年末に中国・武漢で起こっていた事態を明らかにして世界に警告することを怠った。新型コロナウイルスに世界が苦しんでいるのを尻目に香港、ウイグル、チベットなどへの露骨な弾圧を憚(はばか)らない。 全国人民代表大会(全人代)で香港への「国家安全法制」適用を決め、高度な自治を認めていた「一国二制度」を事実上破棄した。南シナ海では人工島を「西沙区」「南沙区」として行政区に組み込み実効支配を押し進めている。尖閣諸島でも中国公船が日本漁船を追い回すなど行動を活発化させている。この夏には南シナ海で空母「山東」、あるいは「遼寧」を総動員して陸海空軍合同の大規模軍事演習を行うとして緊張を高めている。 中国は米国に並ぼうとする経済大国になったが、共産党一党独裁をやめようとしない。多様な政党、多様な意見や価値観を認めない。民主主義や基本的人権は採用しない。グローバリズムによる水平分業の恩恵で「世界の工場」になったが、それはあくまで手段でしかない。目指すのは「中華民族の偉大な復興」、すなわち世界の覇権であることを隠そうとしない。中国全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席(左)と李克強首相=2020年5月28日、北京の人民大会堂(共同) 米中貿易戦争は激化の一途をたどってきたが、2020年1月に一時的な「休戦」となった。米国は対中追加関税第4弾分の税率を15%から7・5%に引き下げる。それ以外の関税は引き下げや撤廃は行わない。中国は米国から農産物、工業製品など今後2年間に2千億ドルの輸入拡大を行う。さらなる「新冷戦」の様相 これで当面は落着するとみられていたが、新型コロナ禍が勃発して雲行きが変わった。トランプ大統領の米国は新型コロナ禍の損害賠償を中国に請求しており、応じなければ報復措置として関税を課すとしている。 トランプ大統領は、さらに安全保障の面から中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の締め出しを各国に呼びかけている。これに対して中国は米国からの農産物輸入を停止する動きを見せて牽制するなど激しく反発。米中貿易戦争は再び激化の兆しを見せてきている。米中の激しい非難の応酬は、「新冷戦」の様相を帯びつつある。 めまぐるしい米中の「新冷戦」の応酬に目を奪われていると本質が見えなくなる。92年のグローバリズム経済勃発時に戻れば見えてくるものもある。冒頭にグローバリズム経済の勝者は米国と中国だったと述べた。リアルにいえば、勝者は米国の資本、そして中国を支配している共産党だったと言わなければならない。 92年当時、系列、下請けといった垂直統合型の「ニッポン株式会社」の一国資本主義に米国はたじろいでいた。例えば、この時代はアップルのパソコン「マッキントッシュ」は1台50万円を超えていた。値段が高くても高性能の商品は売れるというのが米国資本の信念だった。 しかし、性能がよい商品でも高くては売れないという現実を抱えていた。北米でつくれば、高い人件費で製品が高価格にならざるをえない。 これに対して「ニッポン株式会社」は系列、下請けといったシステムに加えてトータルクオリティーコントロール(統合的品質管理、TQC)、「カイゼン」といったマニュファクチュア(工場制手工業)に強みがあった。「カイゼン」を念仏のように唱えて製品を日々改良するという愚直なシステムで、パナソニック、ソニーなどは自社製品に驚くべき進化をもたらした。パナソニックグループなどではカイゼンはほとんど信仰に近い趣すらあった。 その当時TQC運動は、労働時間外に行う自発的学習ということで残業代は発生しないという慣行が認められていた。TQCに残業代が支払われることになったのは2000年代に入ってからだ。04年頃、パナソニックに並ぶカイゼンの元祖・トヨタグループは、「労働基準局のご指導によりTQCによるカイゼンは労働に変わった」と。 米国はことあるごとに「ニッポン株式会社」という一国資本主義システムをアンフェア、閉鎖的、と目の敵にした。日米貿易摩擦では日本車をハンマーで叩き壊すという「ジャパンバッシング」が行われた。しかし、マーケットでは「よいモノを安く」という日本のマニュファクチュアは優位にあった。 米国の資本にとっては、とりあえず人件費が格安だった中国を「世界の工場」にしてサプライチェーンを確立することが己の利益だった。中国にとっては資本、設備、技術が入ってきて、そして格安の労働力を提供することで国内に雇用・賃金が生み出されるのだから棚からボタ餅である。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) ここで「パラダイムチェンジ」が勃発した。すなわち米中の「ウインウイン関係」から動き出したのがグローバリズムということになる。米国資本は、グローバリズムという世界資本主義の「ルール変更」、あるいはグローバリズムという「新ルール」の構築で勝者になった。「グローバルスタンダード」が変わったわけで日本製造業もこれに追随するしかなかった。米中に共通する「一国主義」 米国資本は勝者となり膨大な利益を手にした。だが、米国の労働者たちは失業して没落を余儀なくされた。工場が廃屋になり「ラストベルト」(衰退した工業地帯)が広がった。米国の貧富の格差はすさまじいものになった。 工場と雇用は中国に移動し、今では中国は習主席が言う「小康社会」(ほどほど余裕のある社会)に変わった。米国の労働者たちの所得がそっくり中国の労働者階級の所得に移転した。とはいえ、米中の賃金格差は巨大で、中国の労働者が得たのは「小康社会」でしかない。グローバリズムの勝者は中国共産党にほかならない。ただ、ささやかには中国の労働者もその勝者の一部といえる。中国は、社会主義市場経済(資本主義)を選んだことで共産主義理念を捨てたのか、極端なほど貧富の格差を放置している。 工場が中国に移転して雇用を喪失するという現象は、日本の労働者にとっても同様だった。系列、下請け、TQC、カイゼンなどを強みにした「ニッポン株式会社」のマニュファクチュアは有効性がなくなり、製造業は空洞化した。「アベノミクス」でゼロ金利にするなどどう頑張ってもGDPの高成長が戻らないという日本、そのデフレ経済の根底にあるのが92年からのグローバリズムの進行だ。 本来、国というものは「一国主義」なのだが、それを声高に主張したのはトランプ大統領の米国である。グローバリズムは、米国の資本に膨大な利益をもたらした。 しかし、トランプ大統領のみならず共和党、民主党としても、共産党一党独裁を捨てず民主主義を認めない中国が米国と世界の覇権を争う存在になったこと自体が面白いことではない。米中の貿易収支の大幅赤字も黙認することができない。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)でもいち早く経済再開をしている中国にいら立ちを隠せない。 前回の大統領選では、グローバリズムで失業し没落している米国の労働者階級の票をかき集めたのはトランプ大統領だった。今秋の大統領選では、新型コロナ禍の直撃で米国経済の停止が長引いており、トランプ大統領の下馬評は有利から不利に変わっている。それだけにトランプ大統領はパンデミックの非はすべて中国にあると非難をやめない。 習主席も「一国主義」ではトランプ大統領に何一つ負けていない。中国はリーマンショック時の08年に4兆元(当時のレートで57兆円)の国内インフラ投資を行った。これをテコにGDPで世界2位の国家に飛躍した。中国はそれだけで決して満足しない。中国の長期戦争は、健国100周年にあたる2049年に米国と並び立つ世界の覇権国になるまで終わらない。 米国、日本、ドイツ、あるいは韓国、台湾などの資本が大挙して中国に進出するといったグローバリズムの恩恵で、中国は徒手空拳で復活を遂げた。しかし、復活した中国が発信しているのは、世界の覇権国家になるという「一国主義」そのものだ。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) 日本にとって、中国を「世界の工場」とするグローバリズムを見直すという世界的な機運は千載一遇かもしれない。日本企業系の工場を中国集中型からアジア諸国に分散するだけではなく、日本国内に復帰させる方策が求められる。避けられぬ「パラダイム」の再構築 「経済安全保障」の面から補助金などで優遇して国内に工場を戻す。水平分業による「世界最適配置」のサプライチェーンだけではなく、国としての「クライシスマネジメント」を想定してこれを再構築する。 日本は与野党、あるいは地方自治体なども選挙の票になるということで保育園ばかりに補助金を流し込んできている。中国が中央政府、地方政府とも「中国製造2025」で半導体など次世代の自国ハイテク産業の高度化にアンフェアなほど巨額補助金を注ぎ込んでいるのと極めて対照的だ。 中国が自国ハイテク企業に巨額で不透明な補助金を注入しているは競争上アンフェアであり問題が多い。だが、新しい「富国」を目指して次世代ハイテク産業育成を目指すのはまっとうといえる。アップルが中国で「iPhone」を製造しているように中国は世界のハイテク製品の製造基地になっている。 しかし、アセンブルされたそれらのハイテク製品の中に中国製部品は使われていない。中国が半導体などを筆頭に産業マニュファクチュアの高度化を目指していること自体は当然の動きである。 問題は、グローバリズムの推移の中で無策に中国の「中国製造2025」向けに半導体関連部品、半導体・液晶製造装置、検査機器、工作機械などを供給してきた日本である。それによって日本製造業は収益を得ているのだが、このまま推移すれば2025年以降には日本は中国から半導体を輸入する側に回る可能性もないとはいえない。少なくとも中国はそうした構図を目論んで「中国製造2025」に取り組んでいる。 問題は2025年以降という先々のことだけではない。現状でもあらゆるモノの製造を中国に依存している。過剰な「中国依存」はすでに大きなリスクになっている。医薬品原薬製造なども圧倒的に中国が押さえている。 中国は新型コロナ禍で自国が非難されると、「中国が医薬品原薬の輸出を止めなかったことを世界は感謝すべきだ」と。中国へのサプライチェーンの極度の集中をを逆手にとって世界に感謝を要求している。2020年6月7日、中国政府が公表した新型コロナウイルス感染症に関する白書について、記者会見場で習近平国家主席の映像にカメラを向ける報道関係者ら=北京(共同) 世界が中国に感謝すべきなのか。中国が世界に感謝しなければならないのか。新型コロナ禍は、中国に「世界の工場」、すなわちサプライチェーンが集中している今の世界経済の破綻をあぶり出している。グローバリズムという世界経済の背骨ともいうべきパラダイムが、新型コロナというパンデミックによって、再構築を迫られていることだけは確かである。

  • Thumbnail

    記事

    新型コロナで中国のGDPアメリカ逆転はかなり早まったか

    前のパンデミック「スペイン風邪」だ。その後、景気刺激策を連発した欧米ではインフレが加速、1929年にアメリカの株バブル崩壊に端を発した世界恐慌へとつながっていった。 世界恐慌はスペイン風邪から約10年後に到来したわけだが、今回の新型コロナ禍でもアメリカや日本をはじめとする世界各国が緊急経済対策のために国債を乱発しまくるので、これから世界経済が大混乱することは避けられない。もしかすると、身勝手なリーダーによる「一国主義」の加速や原油価格の暴落が引き金となって、戦争が勃発する恐れさえあるだろう。 実際、新型コロナ禍への対応では、各国指導者の危機管理能力のなさが露呈した。アメリカのトランプ大統領は、失業急増と株価下落などで支離滅裂な言動を繰り返し、もはや常軌を逸している。安倍晋三首相も対応が後手後手かつ粗略で、事業規模200兆円超の緊急経済対策は中身がなく、実効性が非常に疑わしい。自らがコロナウイルスに感染したイギリスのジョンソン首相しかり、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領しかりである。※写真はイメージ(Getty Images) また、米中首脳は新型コロナをめぐっても責任をなすりつけ合う不毛ないがみ合いを続けているが、ここで想起されるのは、スペイン風邪の前後に起きた「世界の主役」の交代だ。 19世紀の世界の主役は、七つの海を支配したイギリスだった。しかし、1870年代末にアメリカがGDP(国内総生産)でイギリスを超え、第一次世界大戦・スペイン風邪後に1人あたりGDPでも逆転が決定的となり、それ以降、イギリスがアメリカを上回ることは二度となかった。そして、主役が交代すると、世界秩序が大きく乱れる。その時と同じことが、もしかすると、現在のGDP第1位のアメリカと第2位の中国の間で起きつつあるのではないかと思うのだ。中国躍進の壁 たとえば、感染症対策で世界最強と謳われたCDC(疾病対策センター)を擁するアメリカは、新型コロナへの対応が遅れ、感染者数も死者数も世界最多になっている。このためトランプ大統領は「(発生地の)中国がひどい間違いを犯した。愚かな人間がいたのだろう」「断交してもいい」などと中国に責任転嫁するとともに、経済活動の再開を強引に推し進めている。しかし、本稿執筆時点(5月26日)では、アメリカが感染終息に向かっているとは言えず、経済活動の再開を急げば、さらなる感染拡大を招きかねないだろう。 かたや中国は、新型コロナの「封じ込め」に成功したと喧伝する一方で、すでに経済活動を再開し、感染が拡大している他の国々にマスクや防護服などの医療物資を提供する「マスク外交」も展開している。これから中国が世界で主導権を握ってくると、たとえば自動車はEV(電気自動車)化が一気に加速して中国のメーカーが台頭するだろうし、IT業界でも「BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)」が世界を席巻すると思う。 そういう中でも、「GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)」をはじめとするアメリカの優良企業は生き残るだろう。だが、大勢として世界経済全体のバランスは、アメリカから中国に大きくシフトしていくと思われる。 従来のペースで行くと、GDPで中国がアメリカを抜くのは今から10年後の2030年頃と見られていた。しかし、それが今回の新型コロナ禍によって、もっと早まる可能性もある。 ただし、その前に大きな問題がある。中国共産党の一党独裁体制である。自国の経済圏を世界的に拡大するための「一帯一路」構想は21世紀の“新・植民地主義”であり、そのドクトリン(基本原則)のままで中国企業を受け入れる国は少ないだろう。※写真はイメージ(Getty Images) したがって、これから中国企業がグローバル化するためには、(情報を全部共産党に吸い上げられるような)一党独裁体制が弱体化するプロセスと同時進行することが前提条件になる。逆に言えば、共産党による一党独裁支配が終焉しない限り、世界のリーダーにはなれないと思う。●おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は小学館新書『経済を読む力「2020年代」を生き抜く新常識』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。関連記事■デジタル国家になれない日本 現金給付もテレワークも遅れ■大学のオンライン授業 どうすれば学生は寝なくなるのか■コロナで8か国100兆ドル賠償請求に中国「ならリーマンは?」■アメリカ大統領選挙 トランプ氏にコロナ逆風は吹くか■トランプ氏提唱「体内に日光を照射でコロナ対策」は効くのか?

  • Thumbnail

    記事

    コロナ禍がかき乱す、トランプ再選の行方を占うアメリカの真実

    今村浩(早稲田大社会科学総合学術院教授) 今秋、大統領選挙が行われるアメリカが、新型コロナウイルス禍により混迷を極めている。現状、全米の経済活動は「徐行運転」で再開されている。ただ、地域によっては、やや強引な「見切り発車」と思われる例もあり、今後のコロナ感染の推移は、執筆時点の5月末では全く分からない。それでは、コロナ禍による大統領選延期はあり得るのか、またそもそも可能なのだろうか。 実は、合衆国憲法には投票日についての規定はなく、任期についての定めがあるだけである。修正第20条1項には「4年ごとの大統領選の翌年の1月20日正午に正副大統領が交代する」と規定している。 憲法自体の修正は時間が足りないので無理であろう。だとすれば、今年の11月3日に全米で行われるはずの大統領選挙人選挙、すなわち大統領選は連邦議会の法改正により、少なくとも1月20日の新大統領就任に間に合う範囲でなら、延期は可能だ。 これに関連する連邦法は、1792年と1845年に制定された。前者は、各州の裁量により12月第1水曜日の選挙人投票日の34日前までに行うことができた。しかし、州ごとに五月雨式に投票が行われると、先行州の結果が後続州に影響することを嫌い、「大統領選は11月第1月曜日の翌日の火曜日」という現在まで続く形になったのである。 現在では事実上、この大統領選で勝負がつく。しかし、公式にはその後、各州で選挙人が会して正式な副大統領に投票する。そして封印した投票結果を首都ワシントンの上下両院合同本会議で、副大統領の司会の下に開票するという手続きを踏まなければならない。 この手続きに要する期間を考えれば、現実的には今年のクリスマス休暇前ぐらいまでであれば、大統領選を延期できないことはない。だが、現時点では、期日延期どころか、コロナ感染防止の観点から、むしろ投票所に人口が密集することを避けられる郵便投票の是非が論じられている。 いずれにせよ、憲法上の規定がなくとも問題は山積みだ。大統領選に合わせて、連邦議会の上下院議員に加えて、州レベル以下の公職者を選ぶことになっているからだ。そのため、連邦法改正だけでは延期できない選挙が膨大にある。各州議会の対応が間に合わない可能性もあり、たとえ40〜50日程度の小幅であっても、大統領選の延期は難しいのではないだろうか。 続いて、コロナ禍の中で再選を目指す現職、ドナルド・トランプ大統領の再選戦略について考えてみよう。 通常の任期では憲法上3選が禁じられている合衆国大統領について、半ばジョークとして言われていることがある。それは「大統領1期目の最大の課題と目標は、4年後に再選されること。2期目のそれは、歴史に自分の名を残すこと」というものだ。 そうは言うものの、従来の大統領はまず、就任直後しばらく選挙戦の傷を癒やす。そして「支持者のみならず、全国民のための大統領なのだ」という姿勢を取っている。 だが、トランプ氏は2017年の就任式からひと月と置かず、フロリダ州で自身の支持者を集めた大集会を開いてしまった。どこまで本気かはともかく、異例ずくめと言われるトランプ氏の就任後の行動の中で、最初に私が驚いたのはこの動きだった。 これは事実上、20年の選挙に向けたキックオフと受け止められた。トランプ氏は正直な人ではある。同時に、トランプ氏の選挙公約を実行しようとする姿勢は、すなわち「自分を支持しなかった人々が良しとはせぬ政策を愚直に実行しようとする」ことでもある。 歴代大統領は国民の統一のために、国民の間で意見の大きく分かれる公約の実現に性急に取りかかることには慎重であった。とはいえ、選挙公約を愚直に実行しようとすることが「ポピュリズム」と非難されるべきかどうかは、議論の分かれるところであろう。 17年の当選から今年の初めまでの3年間、トランプ氏の再選戦略はまずまず順調に推移し、進展してきた。ところが新型コロナウイルスによって、現在は全て一変したかに見える。 とりあえず、コロナ直前のトランプ政権の3年間について評価しておこう。正直に言えば、私自身トランプ氏を過小評価していたと反省するところがある。トランプ氏の3年間の実績には、認めざるを得ないことも多い。2020年5月28日、米ホワイトハウスで中国への対抗措置を発表するトランプ大統領(UPI=共同) まず彼に対する批判は、政策自体もさることながら、手法や政治姿勢、言動に向けられてきた。これらはどうでもよいとまでは言わない。しかし私にとっては、しょせん外国の大統領だ。同じような発言や振る舞いを、安倍晋三首相が行うのとはわけが違う。 話題にすべきは政策実績である。二つの視点から、それについて述べたい。侮れないトランプ氏の実績 一つ目は「好況の創出」である。トランプ氏が掲げて実現した公約として、製造業を含む雇用拡大がある。コロナ直前まで株式市場は好調であり、アメリカは好況に沸いていたと言ってよい。もちろん、全国民が等しく潤っていたかはともかくの話だ。 もっとも、バラク・オバマ政権時代の最後期あたりから景気は上向き始めており、トランプ政権初期では彼の功績ではないと言うこともできた。しかし、それから3年にもわたって持続していた好景気を、いつまでも前政権の功績に帰することはできまい。 トランプ氏の二つ目の実績として「対外政策」を挙げたい。17年12月6日、トランプ氏はエルサレムをイスラエルの首都と認定し、テルアビブにある大使館の移転手続きを開始する旨を発表し、西欧を含む国際社会の批判を浴びた。しかし、エルサレムを首都として承認すること自体、実はビル・クリントン元大統領が1992年の大統領選に名乗りを挙げた際に掲げた選挙公約であった。これは95年にエルサレム大使館法として連邦議会で議決されたものの、民主・共和を問わず歴代大統領は正面から反対せずに、実行を先延ばしにしてきたのである。 もちろん「なぜ今になって?」という感は否めない。しかしこれもまた、彼の愚直なまでに選挙公約を実行しようとする姿勢の延長線上だと理解できる。 中東に関しては、イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を無人機を使って殺害した。これが今年に入って間もない1月3日であったことは、もうほとんど忘れられている。 この直後、アメリカとイランの全面軍事衝突かと思われたが、イランの「反撃」はかなり抑制されたものにとどまった。イランは勝算なしと見て自制したのであろう。さらに1月28日、新たな包括的中東和平案を発表している。内容は、総体としてイスラエルに有利なものであった。これらの一連の政策の背景には、やはりアメリカでのシェールオイルの生産量増大がある。 アメリカの原油産出量は、ロシア、サウジアラビアを凌駕(りょうが)するまでに伸長している。これはすなわち、中東原油への依存度低下を意味し、堂々とイスラエルに肩入れできるようになった。これは中東に緊張をもたらす軍事行動への敷居が低くなったということも意味する。 ソレイマニ司令官殺害は、決して衝動的な短慮に発したものではあるまい。イランの対応を読み切った上で、1月初頭に北朝鮮による核・大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験の再開に対する警告効果をも計算した周到な作戦であったと私は考えている。 また、1月15日には中国と「第1段階」の貿易協定で合意した。その内容は、かなりアメリカの主張の通った点ばかりが目に付くものであった。つまり、中国に大幅な譲歩を強いたのであり、トランプ氏の勝利であったと言える。 だが、トランプ氏が公約に掲げたようなこれらの一連の動きがアメリカを再び「偉大」にしたのかどうか、一概には言えない。そもそも「偉大」とは何を意味するかによって、正反対の評価もできよう。 ただし、政治経験の乏しさや、側近、要職者の目まぐるしい交代ばかりに目を奪われ、果ては弾劾訴追で任期を全うできないかもしれないなどという評価は、弾追が空騒ぎに終わった今、完全に誤っていたといえる。 トランプ氏は18年の中間選挙で、下院の過半数を失う手痛い敗北を喫した。しかし、中間選挙はそもそも政権党に分が悪いものなのだ。1862年以後の中間選挙39回で政権与党が勝ったのは、わずかに2回にすぎない。その2回も第2次大戦と9・11テロという国家的危機のときである。 中間選挙史上、政権党の最大敗北は、議席数では2010年にバラク・オバマ政権時の民主党が下院で63議席を失っている。94年のクリントン政権時の民主党は下院で54議席を失った。共和党の場合、ウォーターゲート事件の影響で74年のジェラルド・フォード政権時に、下院で48議席を失った。議席の減少率からして、これこそが中間選挙史上最大の政権党の敗北であるとすることもできよう。これらに比べれば、トランプ氏の議席減は、よく踏みとどまったと言えなくもない。 なおかつ、トランプ氏は着々と再選に向けて手を打ってきている。それは、「黒人」「ヒスパニック」「ユダヤ」の3つの民主党支持の少数者集団に、くさびを打ち込もうとする試みである。2020年6月5日、米東部メーン州で話すトランプ大統領(AP=共同) 一つ目の黒人層は堅固な民主党の支持基盤であり、他の先進民主国には同様の例を見いだせない。もちろん、黒人層の過半数を取り込めるなどとは誰も思っていない。しかし16年の大統領選では、それでも8%の黒人がトランプ氏に投票した。さらに4~5%の黒人層に食い込むことができれば、大きな違いを生み出せる。大統領選は決して全国で得票数を争うのではなく、州ごとの争いであるからだ。 激戦州、接戦州でのわずかな票の上積みが、その州の選挙人の総取りにつながる。人種差別の時代には大学から締め出されてきた黒人に、トランプ氏は高等教育の機会を提供してきた「歴史的黒人大学」への連邦補助金支給法に署名し、これを成立させた。さらに黒人が不満を募らせている刑事司法制度の改革を図るなど、黒人層を意識した政策も実行してきたのである。大統領の苦難 二つ目のヒスパニック層に関しては、黒人をしのぐ(妙な言い方だが)全米最大のマイノリティー集団となり、黒人ほどではないにせよ、民主党に傾いている。それでも先の大統領選では、ヒスパニック系票の3分の1近くがトランプ氏に向かったとみられる。 ロイター通信と調査会社イプソスが昨年7~9月に実施した世論調査では、トランプ氏に対するヒスパニック系の支持率は29%に達した。そして彼らの多くは、アリゾナやフロリダといった激戦州に住んでいる。黒人層と同じく、ヒスパニック系へのわずかな浸透が巨大な差を生むことができるのだ。ただ、ロイターによれば、昨年5月から約半年間にわたるトランプ陣営の戦術は物議を醸しかねないと指摘している。 それはすなわち、英語とスペイン語のフェイスブック投稿の内容が全く違うため、「言語別差別化宣伝」だともいえる。英語では「不法移民取り締まり強化」への支持を呼びかける一方、スペイン語ではその点にほとんど触れていない。代わりに「アメリカ経済は好調だが、民主党はベネズエラ式社会主義を望んでいる」といった内容が表示されているのである。 そして、三つ目のユダヤ系については、前述したイスラエル寄りの政策が、同じく民主党に傾きがちな少数派のユダヤ系の票を意識したものでもあろう。それに加えて、トランプ氏は中絶反対派にも接近した。強硬な中絶反対派は、今日アメリカでは多数派ではなくなっている。実は、トランプ氏は政界に進出するまで中絶容認派であり、大統領選でもこうした社会文化争点に対する態度をあいまいにしていた。 しかし、1月24日、ワシントンで行われた人工妊娠中絶反対を訴える恒例の大規模行進デモ「マーチ・フォー・ライフ(命のための行進)」に現職大統領として初めて出席し、演説している。中絶反対派はキリスト教福音派(エバンジェリカル)と重なるところが大きく、トランプ氏がつなぎ留めておきたい層なのである。 ただコロナ禍により、トランプ陣営の再選戦略が大きく狂ってしまったといえよう。彼のお気に入りの大規模なコンサート風支持者集会を開くことは、もはやできない。とはいえ、ウイルスは党派を選びはしない。民主党のジョー・バイデン前副大統領も自宅からインターネットを介した「巣ごもり選挙」を余儀なくされている。候補者が自宅にとどまって選挙運動を行うのは1896年のウィリアム・マッキンリー大統領以来、実に124年ぶりのことになる。 なお、トランプ政権のコロナ対応への評価は世論調査を見る限り、高くない。しかし、トランプ氏に同情すべき点もなくはない。まず考慮すべき点は、都市封鎖や外出制限などの発動権限が州知事に帰属するということだ。 憲法上、明文で連邦政府に帰属する権限以外は各州の権限なのだ。都市封鎖を解除し、経済活動を再開しようとしても、大統領にできるのは「経済を再開できる一般的な条件を指針として示すこと」にとどまる。知事が従わなくとも、どうすることもできないのである。 さらに大統領には、それが連邦憲法に違反すると判断されない限り、州法に介入することはできない。南部中心にいくつかの州の州法では、白人至上主義の秘密結社「クー・クラックス・クラン(KKK)」取り締まりのために、公共の場所で顔を布で覆うことを禁じていた。 コロナ対策として、マスク着用の推奨や義務化に関し、こうした州法の改正や効力停止の措置が必要であったことはあまり知られていない。トランプ氏のマスクの嗜好は自ら決められても、これらは大統領がどうこうできないのだ。 ところで、アメリカがコロナ対策に難儀している理由として、アメリカ人自身が政府の干渉や強制に対して警戒し、強い拒否反応を持つということを挙げておきたい。参考に、ギャラップ・インターナショナル・アソシエーションが世界30カ国で行った「新型コロナウイルスに関する国際世論調査レポート」を見てみよう。 質問の中で「ウイルス拡散防止に役立つなら、自分の人権をある程度犠牲にしてもかまわない」に同意する割合が示された。アメリカは45%にとどまり、対象国中、下から2番目となった。ちなみに最高はオーストリアの95%で、他にもイタリア93%、タイ85%、フランス84%、韓国80%と目を引く。では、アメリカ人は少しわがままだといえるのだろうか。実はワースト2のアメリカを大きく引き離し、32%しか同意しなかった堂々最下位の国がある。 それは、わが日本である。確かに、昨今「マイナンバーで管理されるのは嫌だ。でも、給付金はすぐよこせ」とよく耳にするが、その両立は基本的にできない相談だろう。それはさておき、話をトランプ氏のコロナ対策に戻そう。 コロナに対するトランプ氏の対応を困難にしているもう一つの要因は、アメリカ全土で一様に感染爆発が起こっているわけではないことだ。さらに、共和党と民主党の支持州と相関しているので、事態はより複雑になる。 アメリカの政治的分断を語る際によく使われる表現に、共和党支持者が多い州は「赤」、民主党支持者が勝る州は「青」というものがある。これは必ずしも州内全てが「真っ赤」「真っ青」というわけではない。もちろん誇張はあるものの、この区分とコロナ禍の関係が実に興味深い。2016年米大統領選の各州の結果。赤が共和党、青が民主党(Getty Images) 赤の州と青の州を、各州知事の党籍で便宜的に分けてみる。そして、アメリカ疾病対策センター(CDC)が公開している全米感染者マップと比較すると、感染者の約3分の2が青の州に見られることが分かる。死者数でも人口当たり死亡者数でもほぼ同様の結果である。 別にウイルスが民主党を好むわけではない。青の州は人口の密集した大都市圏を含んでおり、大勢の人々が利用する公共交通機関が発達している。これらは、ウイルスの伝播(でんぱ)に好都合な環境である。トランプ氏の選挙戦法 そうなると、結果として党派に沿った反応が現れることは避けにくい。民主党優位の青の州に住み、感染爆発と医療サービスの逼迫(ひっぱく)、そしてその崩壊に直面する人々は、嫌でも厳格な都市封鎖と行動制限を受け入れざるを得ない。なにせ命あっての物種だからだ。ところが感染がさほど致命的ではない共和党優位の赤の州の住民は、厳格な都市封鎖など不必要な負担だと考える。 こうしてコロナ禍が終息していない地域が残る中で、いったん停止された経済活動を、いつ、どのようなペースで再開するかについての議論は、おおむね政党の方針に沿ったものになってしまう。知事は自州だけを考えて発言し行動すればよいが、大統領はそうはいかない。 トランプ氏は、経済再開の方向に傾いた姿勢を示している。しかしコロナの流行にも配慮せねばならず、いわば両にらみで臨まなければならない。ゆえに大統領は、どちらか一方だけに肩入れしにくいのだ。 いずれにせよ、トランプ氏の好景気を背景にした再選シナリオは霧消してしまった。現状では、コロナ対応をめぐる「トランプか、バイデンか」の信任投票の色合いが濃くなっているとする向きがメディアを中心に強い。しかし、現職大統領である候補者が臨む大統領選で、現職者への信任投票でなかった選挙などそもそもあっただろうか。 実はコロナ禍以降でも、大統領選の基本的構図は見かけほどには変わっていない。コロナ禍があってもなくても、トランプ氏を忌避する者は、誰であれ民主党候補者に投票するであろうし、トランプ氏の信者もまた忠実に投票すると思われる。 4年前と同様「不人気投票」に持ち込んで、重点州で僅差でも勝って、選挙人票で過半を制する。これがトランプ陣営の基本戦略だと考えられるし、それはコロナ以前からの姿勢でもある。  ただ仮に上記の戦略が維持されれば、今回の大統領選でトランプ陣営は前回以上の困難に直面するだろう。それは対戦相手だ。かつて共和党の指名争いが候補者乱立で混迷した際に、このようなジョークがあった。共和党を結束させられる候補者が1人だけいる。それは、ヒラリー・クリントンである。 クリントン元国務長官は、とにかく彼女を好きな人からは大いに好かれ、嫌いな人からはとことん嫌われるという人物のようだ。トランプ氏とは、その点だけ好一対であり、前回の大統領選は両者の「不人気投票」の末に競り勝つことができた。 その点、バイデン氏は熱狂的な支持者もいない代わりに、彼をひどく嫌悪する者もいない。良くも悪くも影の薄い人物なのである。穏健とは、そういうことも一面にあるのだ。そのような人物に対する嫌悪をかき立てることは容易ではない。とはいっても、過去の女性問題に関する今後の展開次第で変わる可能性はある。 現時点では、変動目まぐるしい世論調査から最終結果を予想することはできない。ただ、トランプ氏に不吉なことがいくつかある。まず、無党派層や65歳以上の高齢者層でバイデン氏がリードしている。これらがどう推移するか、目が離せない。 また、今年の大統領選の勝敗を決するとみられるアリゾナ、フロリダ、ミシガン、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの6州だが、前回はトランプ氏が全て僅差で制していた。しかし、現在の支持率では全州でバイデン氏に後れを取ってしまっている。ここで、2016年の選挙結果と政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」による最新支持率(5月30日時点)を挙げてみよう。※いずれも「リアル・クリア・ポリティクス」の統計による これら6州の選挙人団は計101人にも達する。今回これらの半分でも失えば、トランプ氏の再選はほぼ絶望的となる。中でもペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンの北部3州は12年に民主党のオバマ氏が勝利し、4年後にトランプ氏が僅差で獲得した州である。 ウィスコンシンは1988年以来計7回、ペンシルベニアとミシガンでは92年以来6回、民主党候補が勝利し続けている。それゆえ、16年の大統領選では意外な結果と受け止められた。現在はこの3州でバイデン氏がリードしており、とりわけペンシルベニアではやや差が広がっている。 しかし前回も、3州の支持率で、トランプ氏はクリントン氏を一貫して下回っていた。特にミシガンでは投票日直前の10月後半の時点で、その差は12ポイントにも達していた。今後も注視していく必要はあろうが、結局はふたを開けてみるまでは分からない。目につくバイデン氏の欠点 とはいえ、従前の大統領選とは趣を異にする点もある。一連の予備選を通して候補者が決まる現在のやり方が定着してからは、一つのパターンが出来上がった。予備選に投票するのは両党の熱心な支持者であり、アメリカ人全体の中では、共和党は保守寄りに、民主党はリベラル寄りに偏っている。 そうした票を競い合う中で両党の候補者は、保守寄り、リベラル寄りに偏り過ぎていく。そうしなければ予備選では勝てないからだ。しかし、晴れて大統領候補者の座を確実にした後には、候補者は自らの位置を中道寄りにシフトしていかなければならない。 ところが、本来中道のはずのバイデン氏は、民主党候補者の座を確実にしてからも、むしろリベラル寄りにかじを切っているように見える。それはやはり、指名争いから撤退したバーニー・サンダース上院議員の支持者をにらんでのことであろう。あまりに露骨な中道シフトは、熱心なサンダース氏の支持者に加え、同じく撤退したエリザベス・ウォーレン上院議員の支持者の失望と離反を招く。 これらの支持者は、まさかトランプ氏に流れないであろうが、棄権してしまうかもしれない。それを避けようと、バイデン氏はかなり際どい綱渡りを試みているように見える。すなわち、リベラル左派の意見を取り入れつつも全面的に採用はせず、郊外住宅地に住む中産階級の穏健な民主党支持者や、白人労働者階級が離れない程度の政策にとどめておくという芸当である。 バイデン陣営は、環境、医療保険制度改革、経済、教育、司法制度改革、移民制度の六つの政策分野について政策チームを設置した。6月中にも提言を行ない、選挙公約に反映させるためである。その一つ、環境問題チームの共同議長に起用されたのは、米国史上最年少の下院議員として話題となったアレクサンドリア・オカシオコルテス氏であった。彼女は民主党急進左派の顔として、紛れもないサンダース支持派である。 彼女はバイデン氏の指名が確実になってからも、しばらくは距離を置いていた。その彼女の起用は、将来の化石燃料全面廃止といった過激な政策を取り込むことで、サンダース支持派をつなぎ止めようとする意図に出たものであろう。しかし、もう一人の共同議長には、2004年の選挙で大統領候補者であった穏健派と目されるジョン・ケリー元国務長官を充てて、均衡を取ろうとしている。 ところで、トランプ氏はほんの少し前までサンダース氏の公約を社会主義として批判してきた。だがそのトランプ氏が、現代アメリカ史上最大規模のリベラル、社会主義的の政策、それも総額3兆ドルを越えようかという救済策を推進するとは、大いなる皮肉と言うほかはない。 とはいえ、トランプ政権発足から早いもので約3年5カ月がたった。ようやくこの人の類いまれな人となりにも慣れてきたように思う。おそらくは、他に例を見ない彼の能力の一つは、謝罪も訂正も躊躇(ちゅうちょ)も一切せずに前言を翻し、なおかつ「いや、最初からそのつもりだったのだ」と言い募って、恬(てん)として恥じずにいられる、あるいはそう見えることなのではないか。 これは皮肉でもなんでもない。実際、一貫性や整合性などという、つまらぬものにこだわる気の弱い私には、到底まねのできぬ芸当である。トランプ氏はこれからもトランプ氏であり続けよう。2020年6月5日、米東部デラウェア州の集会で話すバイデン前副大統領(ロイター=共同) 一方、バイデン氏にはさほど「アクの強さ」が感じられない。逆に不安が付きまとうのは、その失言癖である。最近もラジオ番組で黒人の司会者にこう言い放った。私かトランプのどちらを支持するか迷うようなら、君は黒人じゃない。you ain’t black” if ”you have a problem figuring out whether you’re for me or Trump. 上記の発言後、バイデン氏はこう陳謝している。(黒人の)偉そうな保護者気取りであってはならなかった。黒人社会が支持してくれて当然だなどと思ったことは、誓って一度もない。I should not have been so cavalier. I’ve never,never,ever taken the African American community for granted. いささか旧聞に属するものの、もっと見逃せない発言もある。2016年8月15日、ペンシルベニア州におけるクリントン氏の応援演説において、日本の核武装を容認するかのような当時のトランプ氏の発言を批判し、こう述べた。彼(トランプ)は、核武装を禁止した日本国憲法をわれわれが書いたことを、分かっていないのではないか。Does he not understand we wrote Japan’s constitution to say they couldn’t be a nuclear power? 全く根も葉もないでたらめを言ったわけではない。この人の「失言問題」は、その内容と別にある。それは、大局ではほぼ事実ではあっても、それを粗暴で直截(ちょくさい)に過ぎる仕方で語ってしまう点、要するにデリカシーを欠いているのだ。政治家としてのバイデン氏の欠点は、軽率さなのである。デモの先にある未来 実は過去にもそうした発言をした大物政治家はいた。それは1999年11月19日、カリフォルニア州シミ・バレーのロナルド・レーガン記念図書館にて、ジョージ・W・ブッシュ元大統領が行った外交政策についての演説である。彼は「真にアメリカ的国際主義」と銘打った演説において、過去のアメリカの「寛大な」外交政策に触れ、日本についてこう述べた。われわれは、日本を打倒した国民である。そののち、食料を配給し、憲法を書いてやり、労働組合の設立を促し、女性に投票権を与えてやった。報復を予期していた日本人は、代わりに慈悲を得たのだ。 ただし当時のブッシュ氏はテキサス州知事であり、有力とはいえ、大統領選の共和党候補者の、そのまた候補者の一人にすぎなかった。彼が大統領に就任してからは、さすがに公式にはこの種の発言は伝えられていない。ところがバイデン氏は現職の副大統領の地位にありながら、日本に関する上記の発言をしてのけたのである。 確かに副大統領は閑職であり、大統領が死亡するのを待つだけが仕事だと揶揄(やゆ)される。それでもやはり、公式には大統領職継承第1順位にある要職ではある。そのような地位を考えれば、失言と言うより暴言に近かった。 「日本国憲法はアメリカ製」という見方は、実はアメリカで広く共有されている。2016年の演説時の映像には、バイデン氏の背後で何度も深くうなずくクリントン氏が映っている。ある意味で、これは戦慄(せんりつ)すべきことなのではないか。かの国の態度に、そうした「両国を対等ではない、日本を一段下に見る意識」、今風には上から目線気味に感じることがままある。捉えようによっては、単に私がひがみっぽいだけなのかもしれない、とはいえだ。 それでも、アメリカ人にとっての憲法典とは、政治について、いわば「デモクラシー教」の神聖な経典のようなものである。だから「書いてやった相手」をどうしても対等だとは思えないのであろう。ただし、この憲法を一言一句も手直しすることなく時を過ごしてきたわれわれ自身にも、大きな原因と責任があることは言うまでもない。とにかくトランプ氏と同じく、これからもバイデン氏はバイデン氏としてあり続けよう。そしてバイデン氏がトランプ氏より付き合いやすい相手か、世界の指導者にふさわしい人物なのかについて、私は懐疑的なのである。「未知の天使より、見知った悪魔を」とまで言っていいものか、ためらわれはするのだが。 最後に、6月に入って急速に拡大した警察官による黒人男性暴行死に対する抗議行動が、大統領選にどのように影響するか考えておきたい。 抗議運動自体がどう終息するのか、しばらく続くのか、確かな見極めもつかない今の時点で、あまり断定的なことは言えない。しかし、意外にもこの暴動が選挙に決定的な影響は与えない可能性もある。確かに、黒人層に大きな不満が存在していることは紛れもない事実である。しかし、それは警察の暴力だけではなく、経済不況やコロナ禍も複合した不満だ。 コロナが流行する前の10年間、黒人の経済状況は着実な改善を見てきた。11年から今年2月までに、黒人の失業率は16%から5・8%に低下し、白人の約2倍とはいえ、半世紀で最低の水準となっていた。黒人の生産年齢における就業者比率も今年2月に59%に達し、白人より2ポイント弱低いだけであった。 だが、コロナ禍については、黒人の在宅勤務率は低いため、ウイルスにさらされやすい。結果的に、黒人層の犠牲者は人口比で突出して高くなった。学校閉鎖に伴って行われたオンライン授業でも、都心部の黒人層は郊外住宅地の中産層に比べ、通信環境や機器などの十分な準備や対応ができなかった。これらの苦境に対する不満に、警察の暴力事件が火をつけたのだ。 ただ、元来黒人の9割近くは民主党支持者であり、先述のように前回トランプ氏に投票した黒人は8%にすぎなかった。今回の件で黒人支持者がトランプ氏を離れることはないだろう。というより、離れるも何も、とっくの昔に共和党を離れてしまっている層だからである。 無論、黒人が「覚醒」することで大幅に投票率が上昇したり、前回の8%まで失ってしまえば、話は違ってくるかもしれない。とりわけ、ほんのわずかの票で勝負の決まる接戦州では勝敗を左右し得ないともいえない。しかし、人種や階層を問わず、アメリカ国民の間に「コロナ」「不況」「抗議運動」の3点セットによる閉塞(へいそく)感、無力感が広がるようなら話は違ってくる。2020年6月3日、米東部ニューヨーク市で行われた黒人男性死亡事件の抗議デモ(上塚真由撮影) そうした場合、とりあえず現政権を取り換えてみる、という方向の選択をするかもしれない。別にバイデン氏や民主党をさして好まなくともだ。また、そうした行き詰まり感を打破しようとする欲求は、1968年に「法と秩序」を掲げた共和党のリチャード・ニクソン元大統領に勝利をもたらした。80年のロナルド・レーガン元大統領の勝利も、79年末に起きたイラン米大使館人質事件をめぐるジミー・カーター政権の不手際などの行き詰まりを打破したいという感情が働いたのかもしれない。 「陰鬱(いんうつ)な天候から脱して抜けるような青空を見たい」という漠然とした感情は、「いったん広がってしまうと手に負えなくなりがち」という点で、ちょうど新型コロナウイルスに似ている。どれほど政策を語っても、効くことはないからだ。抗議運動があと5カ月も続くとはさすがに考えにくいが、コロナの感染爆発の終息と不況からの脱出の兆しが見えてこなければ、トランプ氏の再選は危ういものとなろう。

  • Thumbnail

    記事

    ポスト安倍に小池知事も参入?評価を分けるリーダーの危機管理センス

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 米ミネソタ州のミネアポリスで起きた白人警察官による黒人男性暴行死事件に対する抗議デモが全米に広がり、一部が暴徒化したため31の州が非常事態を宣言し、3万人以上の州兵が動員された。 デモの一部暴徒化は「ANTIFA」(アンティーファ)と呼ばれ、反ファシズムを標榜する極左過激勢力が背景にあるとみられており、トランプ政権はアンティーファを「国内テロ」団体に指定する意向を示した。5月末に彼らを監視していた連邦政府のテロ対策専門警備員が銃撃され1人が死亡しており、デモ隊の8割はアンティーファだという情報もある。 今回のデモでアンティーファは、ワシントンDCの歴史的建造物であるリンカーン記念館まで、黒人差別の象徴として破壊しているとされる。これが事実なら、黒人差別への抗議ではなく破壊のための破壊で、州兵の動員も当然と言えるだろう。 しかし、州兵を動員すれば、アンティーファ以外の真に善意で黒人の人権尊重のためにデモに参加した人が傷ついたりする可能性がある。平和的な抗議行動を取り戻すためにアンティーファと闘っている黒人がいるのも確かだ。 まして、6月1日になってトランプ大統領は、各州が州兵で暴徒を鎮圧できない場合を踏まえ、正規軍の投入まで示唆した。これについては賛否が渦巻き、その後トランプ大統領は事実上撤回したが、州兵で足りなければ正規軍投入を検討するという考えこそ、部分ではなく全体を守る意味で、後述するように真の危機管理である。 一方、パンデミック(世界的大流行)となった新型コロナウイルスに対する日本政府ないし東京都の緊急事態宣言には「行き過ぎ」だったのではないかとの批判も多い。 特に東京都の小池百合子知事に関しては、国の緊急事態宣言による休業要請にない飲食業や遊興業の一部を少なくとも都内では国と交渉して付け加えるなど、自らの存在感を誇示するようにも見えた。だが、それぐらい「行き過ぎ」をするのが危機管理だとも言える。 そして本当に「行き過ぎ」だったのだろうか。およそ2カ月前を振り返れば、緊急事態宣言が7都府県に発令された3日後の4月10日時点で、東京都の感染者増加率は、3月19日時点でのカリフォルニア州と同じくらいである。この日、外出自粛要請を出したカリフォルニア州では、4月10日現在の感染者数は約2万人でだった。 これに対して感染爆発(2週間前より感染者数が10倍)になった以降の3月22日に外出自粛要請を出したニューヨーク州では、4月10日現在の感染者は17万人である。つまり小池知事が危機管理のために「行き過ぎ」た対策をとったとは言えない。 だが、ニューヨーク州のクオモ知事は違うように見えた。明らかに今秋の大統領選を意識し、あわよくば民主党の大統領候補を視野に、「行き過ぎ」を行い必要以上に問題を大きくしたとの見方がある。2020年5月7日、米ニューヨーク州で記者会見するクオモ知事(ロイター=共同) こうしたクオモ知事の言動の背景には、民主党の大統領候補選びの混迷がある。有力者の一人だったサンダース上院議員は予備選から撤退したが、それは積極的な選挙運動を停止したにすぎない。予備選の残された州で使われる投票用紙には彼の名前も残っている。クオモ知事に残る疑念 そもそも、民主党の大統領候補であるバイデン前副大統領については「物忘れ」のひどさや、セクハラ疑惑、息子の裏金疑惑などがあり、不安材料が多すぎる。 ゆえに、バイデン氏が今後の予備選挙で過半数をそろえられないことがあったり、順調に過半数の代議員を確保できたとしても、民主党幹部らの説得により、クオモ知事に民主党大統領候補の地位を譲ることになるのではないかという観測さえあった。 いずれにしても4月上旬のいくつかの世論調査で、多くの人がバイデン氏よりクオモ知事が大統領候補として望ましいと答えた。クオモ知事は民主党だけに当然ではあるが、トランプ氏と競うかのように一日に何度も記者会見を開き、誇張が目立った。次のような一例がある。 ニューヨーク州は4月初旬時点で、3万台以上の人工呼吸器と14万人分の病床が必要だとして、その提供を大統領に求めたが、シアトルに本部がある国際的な医療関係統計調査機関、保健指標評価研究所(IHME)の試算では、これはそれぞれ、約5千台と2万3千床だった。つまり、自らが脚光を浴びるために相当誇張した数字を主張していた可能性が高いという。 これについては、トランプ大統領も直感的にクオモ知事の誇張を見抜いていた。3月下旬にFOXの番組に出演した際、クオモ知事の主張する数字への疑念を表明。いずれにしても3万台の人工呼吸装置を直ぐには作れないという「常識論」を主張した。 これに対し、クオモ知事は「2万5千人を殺す気か!」と絶叫し、それに多くのリベラル派メディアが追随した。こうしてスーパースターとしてのクオモ知事のイメージが作られていったのだ。特にCNNでは、キャスターの一人でクオモ知事の弟が、トランプ大統領の演説のビデオを編集し、「トランプがすべき準備をしていなかった」という誤った議論を助けるための欺瞞を行った。 実際は、トランプ大統領は1月末には、米疾病予防管理センター(CDC)を活性化し、タスクフォースを作り、公衆衛生に関する非常事態宣言により中国からの旅行制限をしていた。それが3月13日の国家非常事態宣言に繋がっていくのである。この連邦政府の非常事態宣言により、以下のことが可能になった。•財政、人事、サービス、ロジスティックス、および技術支援の形での州への連邦支援の活性化•社会保障法を含む他の法律で緊急規定を引き起こすこと•個人、組織、州政府、地方自治体に対する規制要件の緩和•国家インシデントマネジメントシステム (NIMS)およびその他の緊急対応システムのアクティブ化 これらを見ても分かるように、米国は連邦制なので、日本以上に非常事態の対応は州(地方自治体)の役割であり、それをサポートするのが国の役割である。実際、米国では州の非常事態宣言の方が重視される傾向があり、クオモ知事もトランプ大統領に先駆けて3月7日に宣言している。この州による宣言で、以下のようなことが可能になった。米ニューヨークの医療センターで、新型コロナウイルス用区画の近くを歩く医療関係者=2020年5月26日(ゲッティ=共同)•州緊急対応計画と相互扶助協定の活性化•州緊急オペレーションセンターとインシデントコマンドシステム(ICS)の活性化•資金を支出し、人員、設備、備品、備蓄を配備する権限•対応活動に関与する人々のための法的免責および責任保護の活性化•規則および規制(および許可されている場合は法令)の一時停止および放棄 このように米国では、国家と州の役割が「合わせ鏡」のようになっているが、非常事態対処の主体は日本以上に地方自治体(州)にあり、その足りない部分を補うのが国家の役割になっている。危機管理に伴う厳しさ そのためクオモ知事は、前述のような派手なパフォーマンスができるのである。休業させる業種に関して最後まで国との調整に苦労した東京都の小池百合子知事とは違うのである。 今回クオモ知事は、州内の緊急に必要ない人工呼吸装置を州兵に探させて、それを収集して必要な病院に運ばせたりしている。また、外出自粛に違反した場合、罰金を最大1万ドルとした このような権限があるにもかかわらず、なぜクオモ知事は感染爆発が起こるまで外出自粛命令を出さなかったのかという疑問がある。少々悪意が過ぎるかもしれないが、ニューヨーク州を悲惨な状況にすることで、自らに注目を集め、大統領への道を目論んでいたのではないかとさえ思う。 実際、ニューヨーク市だけで全米の新型コロナ感染による死亡者の3割近くにのぼっている。それがなければ米国の死亡率は通常のインフルエンザとあまり変わらない。コロンビア大の分析によると、ニューヨークが1週間早く外出禁止令などを出していた場合、メトロエリアで1万7千人以上の命が救われたとしている。 それどころかクオモ知事は連邦政府の指針を無視して新型コロナに感染した高齢者を介護施設に戻した。結果として5400人が介護施設で亡くなった。これは米国における介護施設での死亡者の20%以上である。共和党が調査に乗り出しており、介護施設で亡くなった人の家族でクオモ知事を「人殺し」呼ばわりしている人もいるという。 ニューヨーク州は人口1900万人中、約2万7千人が新型コロナで亡くなった。だが、約4千万人で最も人口の多いカリフォルニア州は約2800人。テキサス州は、約2900万人で2番目に人口が多いが、死亡者は1121人にとどまっている。これらの州がニューヨーク州より死亡者が少ないのは、むしろ感染したら生命に危険の及ぶ介護施設の入所者らに対策を集中したからである。 それは逆の視点から見れば、感染しても助かる可能性の高い若者への対策を減らしたということだ。その結果、亡くなった若者もいたかもしれないが、全体としての死亡者数を減らすことができた。阪神大震災以来、日本でも取り入れられるようになった「トリアージ」(助かる可能性のある人を優先的に救助する)の考え方だろう。真の危機管理とは、こうした厳しさを伴うものだ。 日本における在り方にもいまだ賛否があるが、憲法に組み入れるかどうかは別として、何らかの強制力を伴った緊急事態法の整備を急ぐべきではないだろうか。日本は米国と違う中央集権国家であり、東京以外の道府県の財政力も弱すぎる。米国の州兵のような制度もない。日本版緊急事態法は、国家が中心となるべきだろう。そうすれば米国のような地域による不整合は避けられる。 一方、日本で最も感染者が多い東京都を任された小池知事はどうだろうか。小池知事は「希望の党」を結党した2017年秋の都議選での失敗に学んだのか、評価はさまざまあるが、今回のコロナ対応では自身の存在誇示は比較的抑制的だったように思う。記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年5月29日、東京都庁 それでいて一部の遊興業を休業要請に加えさせるなどのリーダーシップも発揮している。安倍晋三首相と小池氏は過去の失敗から学んで進歩し続けることや、危機に強いリーダーシップなど似た部分がある。ポスト安倍候補に小池知事も そもそも小池知事は、2007年に防衛大臣に就任した当時に断行した事務次官の更迭は、ワシントンでも高く評価された。 今回のコロナ対応についても、5月末に感染者数が増えているにもかかわらず、東京都の経済再開を「ステップ2」に進め、その数日後には感染率が再び増加したため「東京アラート」を出している。個人の人命に関わる感染リスクと都や国全体に関係する経済再開のバランスを、ギリギリで巧みに決断した。これも一つの「トリアージ」的な危機管理である。 また、2017年の総選挙の際、「排除する」という発言は重大な失言と思われてしまったが、この発想こそが「トリアージ」であり、危機管理で最も重要な発想でもある。 もし次の解散総選挙で都知事を辞し、衆院議員候補として再度出馬すれば当選する可能性が高いだけに、ポスト安倍の意外な有力候補なのかもしれない。今回の経緯を見ても彼女であればクオモ知事のようなことはしないだろう。 特にコロナ問題で米中関係は今まで以上に悪化し太平洋上で両国の超音速戦略(核)爆撃機が、お互いを牽制し合う状況にまでなっている。日本のメディアはあまり報道しないが、日本上空で米国の戦略爆撃機と航空自衛隊の戦闘機の合同訓練まで始まっている。いつ熱い戦争が起きても不思議ではない。特にコロナや香港の問題で米中関係は緊張の度合いを高めている。 こうした危機にもリーダーシップを発揮できる可能性が高い小池知事ならば、ポスト安倍も順当のようにも思われる。特に今回のコロナ対応は彼女にとってよいトレーニングになったように思う。 今まで述べてきたように危機管理や国家安全保障とは、マニュアルのない状態でギリギリの決断をすることである。まして先述のような米中の超音速戦略(核)爆撃機による攻撃などで、もし仮に1千万人以上の都民を強制避難させるような事態が起きたとしたら、非常に強力な強制力を持った、真の緊急事態法の整備は急務であり、今回の教訓が生かされるだろう。 米国では国家と州の「合わせ鏡」がなければ緊急事態は機能しない。そこでクオモ知事の行動にもトランプ大統領による一定の歯止めもあったことは先述した。米フロリダ州で発言するトランプ大統領=2020年5月30日(UPI=共同)  また、バイデン氏の副大統領候補で有力なミシガン州のホイットニー知事も、自らの指導力誇示のために州議会の反対を押し切って非常事態宣言を延長しようとして、共和党関係から訴訟を起こされたりしている。やはり日本では前述のような自治体の能力不足などの理由からしても国家中心でなければ機能しないだろう。 それでは真の緊急事態に間に合わないという意見もあるが、クオモ知事やホイットニー知事のようなケースを考えると、緊急事態宣言は内閣の一致で行い、1カ月以内に衆参両院の過半数の同意がなければ無効になるというような歯止めが必要なことは、確かだと思われる。

  • Thumbnail

    記事

    アフターコロナ「中国の野望」はトランプの自滅で動き出す

    せた」と語っている。当時のWHOはそんな米国に文句の一つも言えなかったのである。 変化の理由には、「アメリカ・ファースト」を前面に押し出すトランプ政権の4年間で、パクスアメリカーナや米国のソフトパワーの減衰を、世界の多くの国や国際機関が感じ始めたことが挙げられる。 昨年トランプ政権が仕掛けた「華為(ファーウェイ)包囲網」も、中国に対する為替操作国認定も、以前だったら西側先進国が米国と歩調を合わせ、中国も大きな打撃を被ったはずだ。 注目は欧州の米国離れだ。新型コロナ問題で中国への逆風が強まる中、独通信大手ドイツテレコムは第5世代(5G)移動通信網を構築する上でファーウェイの技術が必要だと有力紙「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」に答えたという。 中国の視線もこの点に向けられている。武漢の封鎖解除がまだ解かれない中、イタリアやドイツ、フランス、スペインなどに医療物資やスタッフを送り込み、支援に動いたのは象徴的だ。2020年3月、ブリュッセルで記者会見するフォンデアライエン欧州委員長(AP=共同) さらに4月29日には、欧州連合(EU)欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長と電話会談した李克強首相が、「中国は欧州とともにワクチンや新薬の開発を行いたい」と語った。新型コロナ後の争奪戦が予測される分野での協力を持ちかけた形だ。 米中の対立が激化する中、「西進」へと邁進する中国の選択は結実するのか。今後の世界の趨勢を決める大きな要素だ。 米国にはそれを阻止する力は十分あるが、トランプ政権が「新型コロナの武漢研究所発生説」や「台湾のWHO加盟」を持ち出す嫌がらせや、「中国と戦っている」というパフォーマンスに終始するなら、中国に吹く新型コロナの逆風はいずれ追い風に変わるだろう。それは米国の政治家の利益にはなっても、国益のための行いではないからである。

  • Thumbnail

    記事

    ざわめいたポスト金正恩、なぜ最愛の妹「与正」はダメなのか

    重村智計(東京通信大教授) 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長がメーデーの5月1日に姿を見せた。中部順川(スンチョン)のリン酸肥料工場の完工式に出席したと北朝鮮国営メディアが報じたのである。 20日ぶりの登場に、「死亡説」「重篤説」を主張していた識者は批判に晒された。一方で、「手術もしていない」説や「影武者」説も浮上するなど混乱は続き、疑問もいまだに解消されていない。北朝鮮側が3日に韓国との軍事境界線付近で発砲したのも異常だ。 北朝鮮と韓国は工作国家である。この前提と認識がないのに、公式発表を完全に信じれば騙される。朝鮮半島問題を取材する記者の常識だ。 かつて、北朝鮮は「地上の楽園」と自らの国家を宣伝したが、帰国した在日朝鮮人の多くは「地上の地獄」で人生を失った。日本人拉致も「していない」と言い張り続けた。 34年前、韓国国防省は、北朝鮮が拡声器による政治宣伝放送で「金日成(キム・イルソン)主席死去」を伝えたと発表した。だが1週間後、平壌空港に降り立ったモンゴルのバトムンフ書記長を金主席が出迎えるサプライズを行った。今回の金委員長「登場」も、この事件を思い起こさせる。 北朝鮮問題に関する報道や情報は、三つのポイントで見極める必要がある。「親北朝鮮の専門家」か、「反北朝鮮の立場」か、「公平な立場の日本人」か、だ。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権のように、北朝鮮に気を使って「何でもかんでも支持」する立場は信用できない。 今回、なぜ影武者説が出たのか。金正日(キム・ジョンイル)総書記に影武者がいたからだ。2020年5月1日、北朝鮮・順川の肥料工場完工式でテープカットを行う金正恩朝鮮労働党委員長。左から2人目は妹の金与正党1副部長(朝鮮中央通信=共同) 少なくとも2人の日本人が「金正日の影武者」と面会していた。1人は日朝貿易会の幹部、もう一人はイリュージョニストの引田天功(プリンセス天功)さんだ。情報機関の関係者は、声紋分析の結果から南北首脳会談や日朝首脳会談に現れたのは影武者だと、今も疑う。 日本では、本物と偽物を見分けることはできなかった。それほど、北朝鮮の影武者技術は優れているのだ。「金正恩登場」最大の謎 天功さんは、金総書記には整形手術した3人の影武者がおり、1人は女性だったと証言した。確かに写真を詳細に分析すると、喉頭(のどぼとけ)のない金総書記がいた。 こうした過去の事実から、金委員長にも影武者が存在すると言われてきた。20日ぶりに登場した金委員長の映像を点検した、ジャーナリストの西岡省二氏は「でもすっきりしない」と書いているが、正常な判断だといえる。 なぜ4月15日の金主席生誕記念日に、主席を安置する錦繍山(クムスサン)太陽宮殿に参拝しなかったのか、20日間何をしていたのか、なぜ愛用の腕時計をしていないのか、なぜ高官が4人しか同行しないのか-。いまだに解けない疑問が尽きないが、「金正恩登場」の謎は他にもある。 韓国の朝鮮日報は5月3日、大統領府の高官が「金委員長は手術していないと判断している」と語ったと報じたが、「根拠を示さなかった」とも付け加え、高官の名前と役職も明らかにしなかった。相手が匿名報道を求めたので、信用できないと判断したのだろう。 最大の謎は、米韓両首脳が真実を全く語っていないことにある。共にあれほど大騒ぎして会議まで開いたのに、何も言わないのはおかしい。 米国のトランプ大統領は1日に「今はコメントできない。適切な時期に発表する」と述べつつ、翌日「彼が健康なのはうれしい」とだけツイッターに投稿した。米情報機関が、はっきりするまで発言を控えるように、大統領に要請している様子が浮かび上がる。 文大統領も同じ状況なのだろう。いったい2人は何を待っているのか。情報機関は、声紋分析できる「声」が欲しいのに、映像で声を出さないから疑念が晴れないのだ。写真だと、いくらでもごまかせる。2020年5月3日、北朝鮮との軍事境界線に近い韓国・坡州の軍監視所で歩哨に立つ兵士(AP=共同) そのような中で3日に、南北軍事境界線付近の南側にある韓国側の監視所に向け、北朝鮮側から発砲があった。朝鮮人民軍では、中央の命令がない限り、「誤射」など絶対にありえない。誤射したら、関係者が処罰されてしまう。 もし、指示があったとすれば、国内引き締めのために軍事緊張を高めたのか。指示がなかったのであれば、軍の統制が乱れていることになる。「後継者」どう決まる? 金委員長の妹、金与正(キム・ヨジョン)朝鮮労働党第1副部長は、委員長から最も信頼され、また直言できる唯一の人物だ。5月1日の工場完工式典でも、金委員長に寄り添っていた。ただ、彼女の少しやつれた様子が、事態の深刻さを示唆した。 各国メディアやいわゆる専門家は、金委員長が姿を消した間、「後継者は金与正だ」という報道や分析を根拠もなしに広げた。これらの主張は、「金正恩が妹を後継者に指名した」との脱北者情報や、「妹にしか相談しないので、一番信頼されている」といった情報をもとにしているが、誰も金委員長に直接聞いたわけではあるまい。 脱北者のほとんどは、金委員長と接触できる地位にはなかったから、指導層の動向や人物像を知るはずがない。それでも自分を売り込むために、反北朝鮮の立場から確認できない情報を語る傾向がある。 何より、朝鮮半島の政治では、後継者を指名した途端に独裁者の地位が危うくなる、という歴史的な伝統を知らない。すぐに後継者に取り入る集団が形成されるから、実力ある人物が生まれやすく、「二重権力」体制ができる。 だから、南北朝鮮の指導者は、優秀で実力のある人物をナンバー2にしなかった。北朝鮮の崔竜海(チェ・リョンヘ)最高人民会議常任委員長も、全く力のない人物と知られているほどだ。 それでは、後継者はどのように決まるのか。北朝鮮では、金主席の血統が正統な指導者の最大の条件だ。 指導者に不幸がありそうな場合は、まず金主席の娘で金総書記の妹、金敬姫(キム・ギョンヒ)氏が主催する「家族会」が開かれる。会では、家族の意向として金主席の血統につながる人物が選ばれる。その上で、労働党と人民軍の長老に相談して同意を得る。 現在、党は敬姫氏が握っている。軍は呉克烈(オ・グンニョル)元国防副委員長が掌握している。2人の同意で後継者は決まる。2018年4月、文在寅大統領との会談に臨む北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と妹の金与正氏=板門店(韓国共同写真記者団撮影) 後継者候補には誰がいるのか。よく知られるのは、金総書記の異母弟の金平一(キム・ピョンイル)氏と、金委員長の兄の金正哲(キム・ジョンチョル)氏、金主席の隠し子だった敬姫氏の夫で2013年に処刑された張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長が養育した金賢(キム・ヒョン、張賢とも)氏だ。この他にも、金主席と金総書記の隠し子が3人ほどいるといわれる。 いずれにしろ、儒教文化の根強い北朝鮮で、女性が指導者になる可能性はほとんどない。与正氏を後継者に指摘する論調は、北朝鮮の伝統と歴史、文化、そして内部の人間関係をよく知らない分析でしかない。

  • Thumbnail

    記事

    大統領選は混迷?コロナ大災厄で再燃するアメリカの「急所」

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 新型コロナウイルス問題は、米国民の医療保険に関する意識の一部を変えたようだ。米大統領選民主党候補であったサンダース氏が叫んだ「全ての人にメディケアを!」という政策に賛同する人が増えたとされる。しかし、彼は予備選撤退を余儀なくされた。なぜだろうか。 その答えは、米国の医療保険制度について知る必要がある。米国の医療保険制度は非常に複雑である。そこで以下の記述は、あくまで概略であるということを事前に断っておきたい。 米国の医療保険は、元々は1920年代から徐々に民間の生命保険、損害保険会社が始めた。そのため60年代には、65歳以上の高齢者で医療保険無加入の人が下の世代より多くなり、そこで「メディケア」という公的医療保険制度が導入された。 これは10年以上米国に合法的に居住していた人が収入の2・9%を払っていれば(雇用されている人は半分を雇用主に払ってもらえる)、65歳以上ないし重度の障害者などになった場合に適用される。 60日までならほとんど自己負担なしで入院できる(60日以降に関しては、徐々に上がっていき、150日以上は全額である)。追加として約135・5ドルの保険料を毎月払えば、外来診療および今回も問題になったようなワクチンや人工呼吸器などの特殊な治療も年間183ドルまでは無料で、その後は自己負担20%である。ただ、精神科は45%、検査は無料である。 メディケアは大部分の薬に関しては適用されていなかったので、2003年から追加料金を毎月支払えば、医師から処方される薬剤の費用が補償される。ただし、この部分に関しては、慈善団体や労組、民営医療保険会社なども関係しているため、保険料や補償内容は標準化されていない。だが、平均的な世帯の保険料は月30~50ドルくらいで、そして場合によっては薬剤費の100%が補償されることもある。 米国在住の私の知人で65歳以上の人が、何度も心臓関係の大手術を受けたが、1回の入院でほとんど費用を払わずに済んでいたようだ。これは北欧諸国並みに充実した医療福祉制度と言えるだろう。導入したジョンソン大統領が「偉大な社会」をスローガンにしたのも分かる気がする(他に彼は都市のインフラ整備など、後のオバマ政権のモデルとなった部分が多い)。 では、65歳未満で重度の障害者でもない低所得者はどうするのか。そのような(オバマケアができてからは米国政府が定める貧困線を33%まで超えている)人々向けに「メディケイド」という公的医療保険がある。米ニューヨーク市の病院で、新型コロナウイルスの感染歴の有無を調べる抗体検査を受けるため、列に並ぶ市民ら=2020年4月(上塚真由撮影) これは連邦政府から補助金を得ているものの、メディケア以上に各州に任されており、不安定である。そのため1990年代までは加入者は米国民の約10%だったが、2000年以降は約20%に増加した。 それぐらい米国では、2000年以降格差が拡大し、また医療費が高騰していたのである。「オバマケア」の矛盾 そこでオバマケアが登場した。これは65歳未満でメディケイドの対象にならない人でも、例えば既往症があったり、収入不安定などの理由で民営医療保険に入れない人が米国には多かったが、そのような差別を医療保険会社に禁止した。 また、米国の医療保険は掛金が高いので敢えて入らない人も多いが、そのような人には所得税を2・5%上げるといったペナルティーのようなものがあり、逆に(貧困線を33%以上超えている)低所得者には、民営医療保険に入るための補助金が出る。 これは一見、よいことのように思われるが、医療福祉に関する公的資金が激増することは言うまでもなく、各州も共和党も強く反発した。また、健康上のリスクの高い人を多く加入させたため、民営医療保険会社の掛金も高騰し、今まで普通に民営医療保険に加入していた人の生活が圧迫されるほどだった。 自己負担分も増えて医療保険の使い勝手も悪くなった。そこで補助金をもらっても医療保険に入れない人はおろか、オバマケアが成立したおかげで、むしろ無保険状態を望む中流生活者が増えたとも言われている。 そこでトランプ氏が大統領になってからオバマケアの廃止を試みたが、共和党にも貧しい州選出の議員や、リベラル派の議員もおり、その反対で実現できなかった。そこで共和党は、全国民に保険加入を強制するのは米国憲法違反であるという訴訟を起こしており、また、トランプ氏の税制改革によって少なくとも医療保険に加入しない人への罰金的増税は廃止された。 いずれにしても以上のような諸事情から、いまだに米国民の10%近い約3千万人の無保険者がいる。オバマケア成立時には無保険者は米国民の約20%だったが、オバマケアによって2020年には5%未満になるはずだった。 このように無保険者が多く医療保険の使い勝手が悪いという米国の実態が、新型コロナ問題を悪化させた一因ではないか、という考え方は、当然に広まった。そこで先に述べたように、サンダース氏の主張への賛同者も増えたにもかかわらず、なぜ、予備選撤退を余儀なくされたのだろうか。 彼の主張する「全ての人にメディケアを!」という政策を実現すると、何と36兆ドルもの費用がかかる。そんなカネが、どこにあるのかということだ。費用の問題をクリアできたとして、果たして「全ての人にメディケアを!」政策は、今回の新型コロナ問題のような状況に、効果的に対処できただろうか。米ニューヨークの民家で、新型コロナウイルスによる重症の高齢男性患者に処置を施す医療従事者ら=2020年4月(ゲッティ=共同) 例えば、メディケアは個人の医療費補償なので、それだけのカネを使ったとしても集中治療室や人工呼吸器までは、それほど増やすことはできなかったと思われる。そのような連邦補助金は既に別に存在し、それを使って、そのような設備を整えず、別のインフラ整備などを重視したニューヨーク州のクオモ知事の責任を追及する声が、米国でも徐々に高まっている。彼のトランプ批判は、自らの責任逃れの側面が強い。新型コロナ深刻化の背景 そして、設備に関し米国は、実は国民皆保険が実現している欧州諸国よりも、全米では充実し数も多かったのである。その欧州諸国でも多数の人が亡くなったのは、国民皆保険のために多くの人が病院に殺到し、医療崩壊が起きやすかったからであるという考え方もできる。 ただし、その欧州諸国では、病院の約半分が、営利を考えなくてよい公立病院である(ちなみに日本は約2割)。ところが米国では15%にとどまる。そのため営利の面で非効率的な地方に医療機関が少なく、7700万人の米国民が医療機関不十分な地域に住んでいるという。これも新型コロナが米国で猛威を振るった原因の一つかもしれない。 その代わり米国では、約1万2千にのぼる地区保健センターがある。これは約1300の非営利団体(NPO)によって経営され、2900万人以上の米国民に、精神科や歯科など、メディケアの対象になり難い分野を含め広く医療サービスを提供している。 サンダース氏ら民主党左派は、この地区保健センターの拡充にも力を入れてきたが、これには共和党も積極的に協力してきた。政府からの補助金予算が一時的に失効した2018年、105人の共和党議員が延長に賛成している。多くの補助金を得るには、十分に役立っていることを政府に説明しなければならないという、ある種の競争原理が働くからかもしれない。 一方、バイデン氏は、この地区保健センターへの年間補助金が今は56億ドルであるものを、およそ倍額にすると公約している。また、政府の計画によって医療保険の補償内容の選択肢見直しも公約に盛り込んでいる。これは、保険料が高い代わりに補償が厚いプランと補償が薄い代わりに保険料が安いプランを選ばせ、オバマケアの(経費的な面も含めた)持続可能性を高めるといったことなどだ。 ただし、これはメディケアの低レートで保険会社に払い戻しを行う可能性がある。人々が安い方のオプションを支持し民間保険を解約すると、医師や病院は彼らの収入が減少し、一部の保険会社はサービスを停止し、他の医療保険会社は、完全に閉鎖するだろう。 それでも民営医療保険会社の経営に悪影響を与えるのではないかと共和党は反論しているが、いずれにしても米国という国は、やはり競争原理によって活力ある社会を築くことが好きなようだ。バイデン氏の政策を見ていても、それに近いのは理解できる。テレビ討論会で発言するバイデン前米副大統領=2020年3月、ワシントン(AP=共同) 今回の新型コロナ対策に失敗したのも、米疾病予防管理センター(CDC)、米食品医薬品局(FDA)などが、その官僚主義のために、検査キットや人工呼吸器を、必要なとき、必要な場所に届けられなかったことが原因という意見も米国では多く、ワクチンの開発などを迅速に行なっている民間の医薬品会社への期待の方が大きいようだ。 ところでサンダース氏の考えていた「米国版国民皆保険」制度は、36兆ドルもの予算を使っても足りないため、この民間の製薬会社や病院などの受け取り分を40%も削減しなければならなくなるという。これでは製薬会社や医師などの士気が上がらず逆効果だという批判も、米国社会では多いのである。サンダース撤退の深層 だが、同時に米国の医療費のうち3割以上が、製薬会社や民営医療保険会社の、必要以上の利潤になっているという研究もある。オバマケアは、それを促進した側面があり、そのため製薬会社が大量に生産した合法的な鎮痛剤の過剰摂取によって廃人になる人が、コカインで同様になる人と同じくらいの比率になり、重大な社会問題になっていた。 そこでトランプ氏が登場したという側面もあるのだ。トランプ氏が大統領に就任以降、製薬会社、病院、薬局そして米国独特の処方箋管理組合などの競争を促進したり、日本でいう保険の点数の数え方を変えたりすることで、これらの組織が効率のよい仕事を行うようになった。 その結果として、医薬品などの値段を下げるため、努力をしてきた。それは民主党が下院で多数になってから、むしろ彼らの一部の協力を得て、軌道に乗りつつある。これによる薬価の切り下げこそが、米国における医療福祉問題解決の肝であると言っても過言ではないだろう。 米国の医療費の3割以上が医療関係業界の不当な利潤になっているのは、メディケアという公的制度があるために、競争原理が働いてこなかったためであるという考え方もある。民営医療保険会社も、メディケアの補償内容や自己負担を参考に、ビジネスを組み立てているからである。 そうして彼らの得た不当利潤のかなりの部分が、オバマ氏やヒラリー氏に流れているという噂は、ワシントンの一部で執拗に囁かれていた。それもヒラリー氏落選の理由の一つなら、そのカネの力で彼女がさまざまな妨害工作を行ったため、サンダース氏は予備選撤退に追い込まれたという説もある。「全ての人にメディケアを!」が実現したら、民営医療保険会社や製薬会社が儲からなくなり、ヒラリー氏にカネが入らなくなるからである。 だが、サンダース氏も実は2019年の1年間だけで160万ドルの献金を、医薬品業界や民営医療保険の会社から受け取っている。「目こぼし料」の意味もあるだろう。 しかし、同時に「全ての人にメディケアを!」が実現したとしても、メディケアという競争原理が働かないシステムでは、これらの業界は(今より少なくなっても)不当利潤を得続けることが不可能にはならない。所詮サンダース氏も、ヒラリー氏やオバマ氏、バイデン氏らと「同じ穴の狢(むじな)」なのではないか。 少なくともバイデン氏がオバマケアの持続可能性を高めようとしている理由は、もうお分かりだと思う。バイデン氏にセクハラ問題が持ち上がり急に立場が苦しくなった4月末になって、ヒラリー氏が彼の支持を表明した理由も言わずもがなだろう。オバマ前米大統領(左)とバイデン前副大統領=2015年1月(UPI=共同) やはりトランプ氏と共和党が考える「競争原理による民間活力活性化」政策こそが、最終的な解決策なのである。CDCやFDAといった政府機関も、NPOのような形ででも、政府の外に出した方が、他の類似したNPOなどとの競争によって、よりよい仕事をするのではないかと思う。先進国として異常 また、CDCという官僚組織で働く科学者の、経済に配慮しない科学専門家の立場からの硬直した悲観的発表により、米国経済は不安定化を増したと言えないだろうか。トランプ氏の楽観的発言は、米国経済を下支えする上では間違っていないと思う。無責任発言という批判は妥当とは言えない。 むしろニューヨークの担当者が、トランプ氏以上に楽観的な発言を最初は行なってきたことも、ニューヨークの状況悪化の原因の一つと言えるが、全く追及されていないことの方が重要だ。 トランプ氏は大統領になる前からアフガンの正規軍を民間軍事会社に置き換える戦略で、その方向で今でも動いている。やはり民営化こそが公的組織による硬直化や非能率を解決する万能薬なのである。 一方で、新型コロナ問題による米国経済の急速な悪化は、トランプ氏の再選に黄信号を灯した。しかし、米国民は「戦時」的な状況では、大統領の下に団結する。トランプ氏の支持率は、むしろ上がった時期もあった。ただ、新型コロナ問題による失業者の増大で、トランプ氏の支持率は低下傾向にある。 とはいえ、バイデン氏は1年前から誰の目にも明らかだった極度の「物忘れ」が悪化しているとされ、セクハラ問題も再燃している。とても大統領になれるとは思えない。そして医療政策に関してだけでも今まで述べてきたような問題がある。 そこで新型コロナ問題で注目されたニューヨーク州のクオモ知事を、バイデン氏に健康を理由に辞退させて、代わりに大統領候補にする案が、4月初旬には有力だった。ある世論調査では、民主党支持者の56%が、バイデン氏よりクオモ知事が大統領候補として望ましいと答えた。しかし、前述のようにクオモ知事が自らの失敗糊塗と(大統領候補としての)存在誇示のため必要以上に問題を大きくしているという認識が4月下旬には広がり、この数字は見事に逆転してはいる。 いずれにしても前述のように、米国では国民の約2割以上が十分な医療施設のない土地に住んでいる。クオモ知事の失政とは断言できないが、ニューヨーク州でも都市部以外は同様で、そこと都市部の往来も同州の異常な感染の多さの原因の一つかもしれない。また、約1割が医療保険を持たないという米国の現状は、どう考えても先進国としては異常である。それが中国以上に新型コロナ感染が拡大した理由の一部と考えられても仕方がない(本当に中国の感染者が米国より少ないのかについては大いに疑問もあるが)。 地区保健センターを拡充するのみならず、医療保険問題に関しても本気の改革が必要であることを、新型コロナ問題は米国民に示した。しかし、医療保険改革が民主党的な「大きな政府」の考え方で行われれば、むしろ製薬会社などの不当利潤を増やし、米国の国家財政を破綻させかねない。米ホワイトハウス=2017年2月、ワシントン(松本健吾撮影) トランプ氏が再選されれば、民主党の一部と協力して、まず薬価を下げる。そして可能ならメディケアも部分的に民営化して、オバマケアと上手く接続させればよい。こうして真に効率のよい「国民皆保険」を米国で実現したとするならば、それを後世の人は「トランプケア」として感謝するだろう。もし、新型コロナ問題のようなものが再発しても、よりよい対応ができるようになることは言うまでもないだろう。

  • Thumbnail

    記事

    消えた金正恩、重篤情報を解き明かす8年前の「秘密」

    重村智計(東京通信大教授) 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の動静が4月12日から途絶えた。「植物状態」から「地方滞在」まで、未確認情報が飛び交っている。 米国のトランプ大統領は重篤報道を「不正確でフェイク・ニュース」と否定した。韓国大統領府は「近く姿を見せる」と強調するが、「健康回復」とは言っていない。 米韓の指導者は今後のため、復帰に必死の期待を語るように、まさに「金正恩頼み」の状況だ。一方、中国当局者と医療関係者は、最悪の事態は政治的な「死」だと述べた。 確認された事実が何だったか、おさらいしておこう。金委員長は、2日遅れの4月12日に開かれた国会に当たる最高人民会議を欠席した。 さらに、15日の金日成(キム・イルソン)主席の生誕記念日「太陽節」に、金主席を安置する錦繍山(クムスサン)太陽宮殿に参拝しなかった。北の最大の祝日に、欠席は絶対ありえない。健康不安説が生まれたのは、この欠席からだった。 トランプ大統領は18日に、金委員長から書簡を受け取ったと述べた。だが、12日に手術を受けていた金委員長は、この時点で書簡を送る状態にはなかった。深刻な事態を示唆するかのように、北朝鮮は19日に「書簡を出していない」と否定した。 翌20日に、米CNNが「心臓手術で重篤な状態」と報じたことで、衝撃が世界を駆け巡った。トランプ大統領は23日に「報道は正しくないと聞いている。CNNは古い文書を基にしている。フェイク・ニュースだ」と否定し、金委員長の生存を強調した。2020年4月23日、米ホワイトハウスで記者会見するトランプ大統領(左)とペンス副大統領(AP=共同) 23日にロイター通信が、事情に詳しい3人の中国当局者の話として、中国共産党中央対外連絡部(中連部)の高官が、医師団を率いて23日に平壌(ピョンヤン)入りしたと報じた。一方で、米政策研究機関スティムソン・センターの北朝鮮分析サイト「38ノース」は、金委員長の特別列車が21日から東部の元山(ウォンサン)に停車している、と伝えた。 ロシアのイタル・タス通信は平壌に特派員を駐在させている。その特派員が22日、「平壌のスーパーマーケットに数百人の買い占めの行列が続く」と報じた。記事には「平壌では過去に見られなかった現象だ。生活必需品を備蓄しようとしている」と書かれていた。中国中連部「訪問」の秘密 ただ、平壌でスーパーに来るのは富裕層と軍・党幹部の家族だ。彼らは「金正恩異変」の情報を密かに知り、買い占めに走ったようだ。異例の光景は高官たちの不安を物語る。 以上が確認された事実だ。では、この事実から事態をどう分析するか。それには、報道されない正確な事実の確認と知識が不可欠だ。それを持たない専門家は「小説」を語るに過ぎない。 まずは、確認された事実から何が分かるのか。ずばり、金委員長の病状は峠は越えたが、なお不安定である。なぜ分かるかといえば、中連部高官の訪朝が容態を指し示しているからだ。 実は、報道されていない秘密だが、2011年12月の父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記の死亡2日前に、中連部長が代表団を率いて平壌入りしていたのである。金総書記の病状を確認し、死後の指導体制を協議するためだ。こうして、中国は北朝鮮の安全を保障し、後継体制への支持を表明した。 中連部は北朝鮮労働党との公式の窓口機関であり、部長職は習近平国家主席に直結する高い役職だ。今回も中連部長が訪朝したが、下っ端では北朝鮮が相手にしないからである。となれば、金委員長の命に別条はないとしても、政治的には決して楽観できないと判断される。 さらに、金委員長は、既に心臓病と糖尿病の持病が確認されていた。昨年はペースメーカー手術も受けたという。 心臓疾患は祖父、金主席以来の遺伝的なものだ。このため、北朝鮮は心臓病専門の医師を養成し、在日の商工人が病院や最高水準の医療機材を贈った。また、上海・復旦大の心臓病の権威と頻繁に交流している。 この事実から、中国の医療関係者は手術で糖尿病との合併症が起きた可能性について検討している。最悪の場合は意識不明の状態で、軽い場合でも言語障害や歩行障害になるという。この見立てが「植物状態」情報の源流である。北朝鮮の最高人民会議について報じる街頭の大型テレビ=2020年4月14日、平壌(共同) 可能性はどうなのか。中国の医師団は、北朝鮮の要請がないと入国できない。ということは、術後の状態悪化を示唆する。リハビリが必要な状態なのだろう。 もし、口が動かず、ろれつも回らず、何を言っているのか判別できない状態であれば、指導者としては致命的だ。トランプ、本当の「フェイクニュース」 すなわち、政治的な死を意味するわけだが、この状況を一番心配しているのが韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領だ。だから、韓国大統領府も「近く姿を見せる」と強調しても、「健全だ」とは言わない。 文大統領は15日に行われた総選挙で大勝したが、「お先真っ暗」だ。今年の経済悪化は明らかで、米韓、日韓、南北関係も最悪の状況に陥る。今後の政権運営のために、金委員長との首脳会談が必要不可欠になる。 トランプ大統領の事情も同じだ。今秋の大統領選で勝利するために、米朝首脳会談を予定していた。それができないとなると、再選戦略が狂う。 つまり、米韓両首脳の未来が金委員長の健康にかかっていることになる。だから、トランプ大統領は「重篤報道はフェイクニュース」と否定したのである。 実は、トランプ大統領が「金委員長の書簡を受け取った」事実はなかった。手術は確認したが、生死が分からず、アドバルーンを上げたのだ。また、術後の状態も確認できず、CNNに「重篤」情報を流したのである。 一方、外貨獲得を統括する朝鮮労働党39号室の元幹部で、米在住の李正浩(リ・ジョンホ)氏が「14日の短距離巡航ミサイルの複数発発射で事故が起きた」と述べている。爆発か、暗殺かは明らかにしていない。 李元幹部は、13年12月に処刑された張成沢(チャン・ソンテク)元国防副委員長の側近で、北朝鮮の裏資金の流れを担当、命の危険を感じ、14年10月に韓国に亡命した。最近になって日韓メディアの取材に応じ、韓国の左派政権が秘密資金を提供したことで、北朝鮮は核開発を推進でき、国家崩壊を防いだと証言した。トランプ米大統領と電話会談する韓国の文在寅大統領(中央)=2020年4月18日、ソウル(韓国大統領府提供・共同) 朝鮮半島問題では日々、韓米中朝各国の情報工作機関が偽情報を流している。北朝鮮の朝鮮中央放送は26日、金委員長が中朝国境に近い北部の両江道(リャンガンド)の三池淵(サムジヨン)地域の労働者に感謝状を贈ったと報じた。 だが、日時は明らかにしていない。「38ノース」による金委員長の特別列車の衛星写真分析を意識した対抗情報だろう。こうした混乱情報は日常茶飯事だ。 だからこそ、可能性の高い分析力と判断力のある人物の意見を自ら探す必要がある。日本には、真実を知る人々が必ずいる。いい加減な予測に騙されず、自分の常識的判断力を信じることが大切なのである。

  • Thumbnail

    記事

    これは差別か?新型コロナにおびえるワシントンの奇妙な出来事

    ナウイルスの感染が進むにつれて、日本でも緊急事態宣言が発令され、外出自粛要請が始まっている。 すでにアメリカでは3月からニューヨークなどでいわゆる都市封鎖(ロックダウン)が始まり、私の住むワシントンDCでも職場の消毒と立ち入り禁止、公共交通機関使用禁止、外出禁止令など、状況が次々進展していった。感染患者も増え続け、すでにアメリカ全土では2万人以上が亡くなっている。 しかし、同じ非常事態といっても、東京で経験するものと、アメリカのワシントンで経験するものとでは大きく違う。東京は通勤も可能であり、飲食店や理髪店も営業している。 一方、ワシントンでは、政府関係者と医療関係者、インフラ業者など必要最小限の人を除いて、先にも触れたが、通勤は禁止、公共交通機関の利用も禁止、飲食店はテイクアウト(持ち帰り)ないしデリバリー(出前)のみで、理髪店でさえ営業禁止。だが、ビルの建設などの現場では工事を続けている。 そして、東京とワシントンで日本人が直面する大きな違いの一つは、いわゆる「差別」の問題があるかどうか、である。 今回の新型コロナウイルスは、中国の武漢で最初に確認された。ゆえに、中国系の人を見ると、アメリカでは「コロナ」と呼んで嫌がらせをする事例や、中国人のみならず、見た目が似ている北東アジア系から東南アジア系まで、つまり日本人に対しても、嫌がらせや、時に暴力の対象となったのである。 ただ、私の実体験からすると、この「差別」の問題は、過剰にクローズアップされている側面もあるように感じている。そこで、私の「差別」と言えなくもない実体験を記しておこうと思う。それは、外出禁止令などが発令される直前の通勤時、発令後の運動時やスーパーマーケットでの買い物のときに起きたものである。このときは、めずらしく仕事仲間などとは一緒ではなく、1人で他の人々と接する機会があった。 普段であれば、アメリカでは、あいさつのときに笑顔を浮かべ、敵意を示さないようにする。実際に、さまざまな国から来た多くの民族と接するため、相手が危険な人物ではないかどうか、常にチェックする必要があり、笑顔は大事な情報だ。 しかし、新型コロナウイルスの感染が広がり始めてからは、私は、笑顔が出るような雰囲気ではなくなり、緊張感を覚えるようになった。電車に乗った瞬間に、何か、空気が凍るのである。 運動時もジョギングしていると、皆、大きく私を避ける。感染を防ぐために距離をとる「ソーシャルディスタンシンング」(社会的距離)ということが推奨されているため、別に悪い行為ではない。新型コロナウイルスの影響で閑散とする米首都ワシントンの桜並木=2020年3月(共同) だが、あまり大きくそれるので、私が北東アジア系だから差別しているのではないか、などと考えてしまう。顕著なのは、スーパーでの経験だった。以前は、笑顔であいさつしていた人が、私があいさつしても返してくれなくなり、笑みも浮かべなくなったのだ。私は当然、「無礼だな」と思ってしまう。表情に現れた「恐怖」 しかし、そうしたときに、相手の顔をよく見ると、理解できなくもないと思えるのだ。なぜなら、皆の顔には明らかに恐怖の表情があったからである。 多くの人たちは、北東アジア系の私が電車に乗ってきたとき、ジョギングで走ってきたとき、スーパーで買い物をして近づいてきたとき、差別したかったのではない。怖かったのである。 感染するかもしれない、医者ですら死に至る病気、という恐怖が社会全体に高まってきたとき、「とにかく怖い」という表情が顔にはっきり出ていた。だから、悪意があって、私を害しようとしているのとは違うのである。それは差別なのだろうか。 スーパーでは別の体験もあった。レジに並んでいた際、隣のレジが空いたようなのである。だが、アメリカでは陳列棚が高く、隣のレジが空いたのかどうか、私はよく見えなかった。しかも、北東アジア系の私は、自分が差別されるかもしれない、と思って慎重に行動していた。ゆえに、空いたかもしれないレジにすぐに行くことはせず、別のレジに並んだままでいたのである。 空いたかもしれないレジ係は黒人女性だった。そのとき、レジ係の女性が私にこう言ったのだ。「私ではダメな何か理由でもあるのか」。このレジ係の女性が言いたかったことは、私が黒人だからいやなのか、つまり黒人を差別しているのか、という意味が含まれている。 アメリカ人はよくジョークを言うだけに、半分は冗談も含んでいたのかもしれないが、こういったことを言う場合、半分は本気だ。 ということは、私は北東アジア系であることで差別されるかもしれないと思っており、一方、レジ係の女性は黒人だから差別されるかもしれないと思っている。結果として、全然差別しているわけではないのに、差別に見えてしまっている、ということが起きたのだ。 こうして見ると、私の実体験については、差別があったと言えるだろうか。私も、相手も、差別を意識して生活しているが、実際には、多くの物事は悪意を持ったものではない。ただ、こういった社会に生きる以上、自衛措置は必要なだけであろう。 また、自衛措置にはどのようなものがあるだろうか。恐怖を感じている人に、それ以上、恐怖を感じさせないようにするのが、自衛措置の目的である。悪いことをしているわけではないので、堂々と背筋を伸ばして歩く。弱いわけではないから、強そうに歩く。だが、他人への礼儀や優しさを忘れない。政府や自治体の方針にはきちんと従う。こういった行為は、よき市民としてのあるべき姿だ。閑散とするワシントン。新型コロナウイルス感染拡大で、多くの公共エリアが閉鎖されている=2020年3月(ロイター=共同) ただ、もし、そうした自衛措置をとっても危険な雰囲気になってくれば、どうするべきだろうか。例えば、今回の感染拡大に関して、中国に対する怒りを抑えられないほど盛り上がり、「真珠湾攻撃」や「米同時多発テロ」と並べて語られるようになれば、われわれ日本人は、中国人ではないことを示さなければならなくなるかもしれない。 単純に考えれば、日本国旗に頼る方法があるだろう。外出するときは、日本とアメリカの国旗がついたバッジやワッペンをつけて行くという方法だ。実際に、日本はアメリカの同盟国であり、そういった自衛措置は、アメリカでの生活をより安全で、よいものにするだろう。このように、新型コロナウイルス問題は、在米日本人に、われわれが日本人であることを再認識させたのである。

  • Thumbnail

    記事

    なぜ今アメリカで「社会主義」が注目されるのか

    西山隆行(成蹊大学法学部教授) 冷戦期、アメリカは社会主義・共産主義と対峙する資本主義圏の盟主としての地位を確立していた。現在、そのアメリカで、社会主義という言葉に大きな注目が集まっている。 ドナルド・トランプ大統領は、2月に行った一般教書演説で、アメリカを社会主義の国にしてはならない、そして、アメリカは決して社会主義の国になる事はないと強調した。冷戦期の国際情勢や社会主義国の状況を知るものからすれば、何を当然のことを言っているのだろうという気がしなくもない。 だが、今日のアメリカでは、社会主義という言葉に対するとらえ方が以前とは大きく変化している。1940年代、アメリカで社会主義と言えば、様々な企業等を国家が管理する考え方だとされた。しかし、今日では、社会主義という言葉は、政府による管理や統制よりも、平等と結びつけて理解されるようになっている。 アメリカで近年、社会主義と言う言葉に好意的なイメージを抱かせるきっかけを作ったのは、2016年大統領選挙で民主党候補となることを目指していたバーニー・サンダースであろう。従来型権力の象徴的存在であったヒラリー・クリントンに対抗し、革命を訴える自称民主社会主義者であるサンダースの主張は、とりわけ若者の心をとらえた。そして、2018年の中間選挙では、サンダースが連邦議会上院で三選を達成したのみならず、ニューヨーク州でアレクサンドリア・オカシオ・コルテス、ミシガン州でラシダ・タリーブら社会主義者を称する人物が当選している。 彼らの当選を可能にした社会的背景としては、近年のアメリカにみられる大きな経済格差がある。アメリカの富の大半が上位1%の富裕層に独占されていると批判し、我々は99%だとのスローガンを掲げて富の偏在を批判したウォール街選挙運動と連続性が見いだせる。 他方、社会主義という言葉にソフトな印象を与えたきっかけは、ひょっとするとティーパーティ運動かもしれない。ウォール街選挙運動とは対照的に、徹底的な小さな政府の実現を主張してバラク・オバマ政権期に登場したティーパーティ運動の活動家は、オバマ政権による医療保障改革を社会主義的医療として、そしてオバマをレーニン(マルクス主義的社会主義者)やヒトラー(国家社会主義者)に並ぶ社会主義者(民主主義的社会主義者)であるとして、強く批判した。 だが、オバマが成立を目指していた国民皆医療保険は、日本やカナダでも実現しており、決して過激な制度ではない。このような主張を受けて、一部のアメリカ人、とりわけ、冷戦を経験していない若い人たちの間に、社会主義とは必ずしも過激な考え方ではないという印象を作り出した可能性があるように思われる。 この点を考える上で興味深いのは、共和党支持者と、民主党内で社会主義を提唱する人たちの間で、社会主義と言って思い浮かべるものが大きく異なっていることである。トランプに代表される共和党の政治家が近年、社会主義を想起させるものとして取り上げるのは、ベネズエラの事例である。 これに対し、サンダースが社会主義の例として出すのは、北欧のスウェーデンやノルウェーである。これらの国々は、社会主義ではなく社会民主主義の国だというべきであろう。これは民主党を支持する若者の間に他国や歴史に対する知識が欠如していることの表れであるが、彼らが提唱している社会主義の概念は世界標準でいえばかなり「穏健」なものなのである。2020年3月4日、米東部バーリントンで記者会見するサンダース上院議員(ゲッティ=共同) では、アメリカ国民は社会主義という言葉をどのようにとらえているのだろうか。2018年のギャラップ社の調査によると、民主党支持者の57%が社会主義に好意的な立場をとっているのに対し、共和党支持者で社会主義に好意的な立場をとるのは16%に過ぎない。共和党支持者は、現在アメリカが社会主義的な方向に進んでいることに対して懸念を示している。同様の調査結果は、フォックス・ニュースの調査等からでも明らかである。 選挙との関連でいえば、2015年6月にギャラップ社が行った調査によれば、社会主義者に投票するかと問われた場合、50%程度の回答者が投票したくないと回答しており、その割合は、イスラム教徒、無神論者、イスラム教徒、同性愛者に投票したくないと回答した人の割合より高い。右でも左でもない「穏健派」 また、2018年8月の、YouGovの調査では、民主党支持者の41%、無党派層の29%が、社会主義者を自称する人物が大統領候補になることに対し好意的な立場を示す一方で、ためらいを感じる、あるいは非常に不愉快であると回答した人の割合は、民主党支持者の59%、無党派層の71%に達しており、民主党支持者の間にも、社会主義者を自称する人に投票したくないという考えが強く残っていることを示している。このような状況を考えると、トランプ大統領が民主党候補のことを社会主義者と批判しているのは、効果的な戦略だと言えるだろう。 実際、この状況は、民主党の政治家の間に大きな分断をもたらしている。アメリカは領土が広大なこともあり、地域によって社会的な構成が大きく異なっている。一般的には、東海岸や西海岸の大都市部では圧倒的にリベラル派が強いのに対し、農村地帯や郊外では保守的な傾向が強い。そして、社会主義者を自称する政治家は、多くの場合、圧倒的にリベラルな有権者が多く、左派的な立場をとっても民主党が負けるとは考えられないような地域から選出されていることが多い。 他方、選挙で二大政党のいずれが勝利するかがわからない激戦の選挙区から出馬している人々は、穏健な有権者の支持を勝ち取らなければ勝利できないこともあり、民主党に社会主義のイメージがつくのを避けようとする。そして、民主党が以後の議会選挙で多数を勝ち取るためには、このような激戦区で勝利を積み重ねることが極めて重要なため、主流派やナンシー・ペロシ下院議長ら指導部は、党の政治家が左派的傾向を示すのに歯止めをかけようと努めている。それが、オカシオ・コルテスら左派的傾向の強い政治家の間で党主流派に対する不信感を生み出す原因となっている。 2020年大統領選挙をめぐって、スターバックスの元CEOであるハワード・シュルツの動向にも注目が集まっている。シュルツは、2020年の民主党の大統領候補と目されている人物たちを、過激な立場をとる者として強く批判している。例えば、富裕層に対する増税を強く提唱している、マサチューセッツ州選出の上院議員であるエリザベス・ウォーレンの主張について、ニュースの良いヘッドラインになるかもしれないが、実現可能性がなく馬鹿げていると一蹴した。なお、大統領選挙に出馬する年齢には達していないが、同様に富裕層増税を提唱しているオカシオ・コルテスについては、勉強不足であり、非アメリカ的な人物だと手厳しく批判している。 シュルツは、カリフォルニア州選出の上院議員、カーマラ・ハリスについても手厳しい。ハリスは、「全ての人にメディケアを(メディケア・フォー・オール)」と呼ばれる立場に賛同している。 アメリカでは国民皆医療保険が公的に制度化されておらず、政府が提供する医療保険は、退役軍人や公務員を対象とするものを除けば、児童向けのもの(CHIP)、貧困者向けのもの(メディケイド)、高齢者や一部の障碍者向けのもの(メディケア)しか存在しない。それ以外で医療保険を必要とする人々は民間医療保険に加入しているのであり、その比率は非常に高い。 このような状況を踏まえて、メディケアの対象を拡大することで、政府が提供する医療保険制度を利用したいと考える人は利用できるようにしようというのが「全ての人にメディケアを」の基本的立場である。だが、ハリスは先日、比較的穏健なそのような立場を乗り越えて、いずれ民間医療保険を全て廃止し、医療保険をメディケアに一元化することも将来的な目標とするべきだと発言した。 シュルツはこの発言をとりわけ強く批判している。シュルツによれば、そのような考え方はアメリカ的でなく、仮にそのようなことが認められれば、他の産業、例えばコーヒー産業等についても、国営化することになってしまうというのである。 このような状況を受け、シュルツは、もし民主党が穏健な立場に立つ柔軟な人物を大統領候補に据えないようならば、自ら第三党候補として立候補すると宣言している。彼が想定している穏健な候補とは、オバマ政権の副大統領であるジョー・バイデンや、元ニューヨーク市長のマイケル・ブルームバーグなどである。彼は、民主党が左派的な候補を選出すれば、その左派的な立場にも、右派的なトランプにも賛同したくない、穏健な有権者の支持を集めて勝利できると主張している。ハワード・シュルツ氏は米スターバックスコーヒーの「中興の祖」として知られる 他方、シュルツは、自らが立候補を検討する最大の理由はトランプ大統領の再選を阻止することにあると明言している。民主党の候補が最終的に決定するのは2020年の7月から9月であることを考えると、それまでの間、第三党候補としての立場を維持するには莫大な費用がかかる。だが、たとえその費用が無駄になったとしても、民主党が穏健派候補擁立するならばトランプの再選を阻止することができるため、自らの立候補を取り下げるとしているのである。 2010年の連邦議会選挙前後から、ティーパーティ派が共和党を右傾化させ、党の在り方を大きく変質させたと指摘された。それと同様の現象が現在、民主党の側にも起こっているのであろうか。2020年大統領選挙に向けて、民主党の動向に注目する必要があるだろう。

  • Thumbnail

    記事

    バイデン、サンダース、トランプ「コロナリスク」が直撃するのは誰か

    前嶋和弘(上智大総合グローバル学部教授) 11月の米大統領選に向けた民主党の候補指名争いは、3月3日の「スーパーチューズデー」の結果、事前の各種世論調査で劣勢だったバイデン前副大統領が14州中、10州を抑えて形勢を大きく変えた。米ニューヨーク・タイムズ紙は、4日の社説で「死の淵からよみがえった奇跡」ともてはやす。 確かに潮目が変わった感がある。10日に開かれた6州の予備選・党員集会で、バイデン氏が重要州のミシガンなど3州で勝利を確実にした。さらには、世論調査を見ると、17日のオハイオ、フロリダなど4州での戦いでも、多くの州で今度は選挙戦を優位に進めている。 ただ、この情勢の変化とともに今後の大統領選の流れを大きく左右しかねないワイルドカードへの注目が集まっている。世界を震撼(しんかん)させている「新型コロナウイルス(COVID-19)」というカードだ。 新型コロナウイルス問題は米国の場合、日本よりも約1カ月遅れで大きな社会問題となっている。初期段階まで、感染がワシントン州などの西海岸の一部州に限られ、感染者も中国への渡航歴がある人たちばかりだった。そのため、感染の深刻化に対する懸念は、日本から見れば、だいぶ遅れていたともいえる。 状況が変化したのは、カリフォルニア州で中国への渡航歴がない感染者が確認された2月26日だった。さらに、その後はニューヨークなどの東海岸などにも広がっていった。 一部の大学では、授業をオンライン形式にするなどの対応が進んでいる。テキサス州オースティンで、3月13~22日に行われる予定だった音楽祭や映画祭などの大規模イベント「サウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)も中止になった。2020年2月、米南部サウスカロライナ州チャールストンで行われた民主党討論会で発言するサンダース上院議員(左)とバイデン前副大統領(ロイター=共同) 一種の社会的パニック状態に突入しつつあるのも、日本と似ている。ワシントンやニューヨークの友人によると、消毒用アルコールがどの店でも売り切れているという。 買い占めは一部の食料品にも及んでいる。実際の感染状況以上に、消費者心理は日本と同じようなオーバーリアクション状態になりつつある。利用された「トランプ叩き」 3月8日(米時間)現在、米国での感染は33州、532人になり、死者も21人となった。日本の10日正午現在の感染者数514人、死者9人を既に超えている。数を単純に比較すべきではないかもしれないが、今や「日米逆転」の状況になっている。 この社会的パニック状態が米国で「政治化」しつつあるのだ。新型コロナウイルス対策については、スーパーチューズデー直前から「トランプ政権の対応が悪い」など、民主党候補にとって格好の「トランプ叩き」の材料になっていた。特に、「米疾病対策センター(CDC)の予算をトランプ政権が削減した」というのが、各候補による政権非難の常套句(じょうとうく)になっていた。 「CDCの予算をトランプ政権が削減」したかどうか、実際には微妙だ。政府全体の予算見直しの中、トランプ政権は毎年の予算教書で、CDCの予算削減を要求し続けてはいる。 ただ、議会側の反発もあり、他の多くの政府予算と同じように、ここ数年のCDCの予算はほとんど変わっていない。2020年会計年度(2020年10月~21年9月)は77億ドル(約8千億円)と感染症対策を専門に担う司令塔の組織が不在の日本から見るとかなり潤沢な額である。2020年10月からの2021年会計年度に向けた予算教書でも、今のところ7億ドルほど減額要求となっているが、議会の本格審議はこれからである。 一方、トランプ大統領にとっては、景気にも大きな影響があるため、的確な対応をアピールしなければならない。二転三転した後、7日、CDCに乗り込んで記者会見したのもその一環である。 記者会見を見たが、「感染者数が増えるのは、それだけ検査を含めた対策をしっかりやっているからだ」というレッドフィールド所長の横で、トランプ氏は念を押すように「しっかりやっているんだ」と妙に強調していた。その言葉からは、逆に今後の感染拡大に対する世論の反応をかなり気にしているのが明らかだった。2020年3月6日、米疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド所長(右)の隣で記者団に語るトランプ大統領=アトランタ(Hyosub Shin/Atlanta Journal―Constitution提供・AP=共同) 新型コロナウイルスの感染拡大は急務であるため、トランプ政権と議会が協力して、3月6日にはワクチンの開発や企業の支援などに充てる費用として、83億ドルというCDCの年間予算を上回る規模の緊急対策法を成立させている。緊急性から考えれば当然かもしれないが、社会的パニック状態が予算そのものの大きさも「政治化」させているといえる。 実際の感染そのものが、今後の大統領選自体にも、今後大きな影響を与えていくのは必至だ。各種政治イベントは選挙の年には欠かせないが、そのイベントが感染源となりかねないからだ。選挙に直結する「あの問題」 3月7日、既に首都ワシントンでも感染が確認されており、政治の中枢に影響が及ばないか懸念が出ている。前日には、2月末にワシントン近郊で開催された全米最大の保守団体「米国保守連合」(ACU)の年次総会、CPAC(保守政治行動会議)に感染者がいたことも判明した。 この保守系の一大イベントには、スピーカーなどとして、トランプ氏やペンス副大統領、閣僚、ホワイトハウス高官らが多数出席していたが、接触の機会はなかった。また、同じように感染者が確認されたイスラエル支持のロビー団体、米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)にも、ペンス氏やポンペオ国務長官、連邦議員ら多数が参加していた。 もし、大統領が感染してしまえば、政治そのものが動かなくなる。これは民主党側の候補者も同じことだ。 そして、選挙により直結する「今後の選挙集会はどうなるのか」という議論まで広がっている。トランプ氏は8日現在、選挙集会の日程を変えないことを宣言はしているものの、今後はどうなるか予想できない。 選挙への影響は、まず民主党の指名候補争いに影響が出てくるかもしれない。重症化しやすい高齢者に感染が広がるようなイメージが付いた場合、その勢いが、「若者に強い」サンダース上院議員よりも、「高齢者に強い」バイデン氏に影響をもたらす可能性すらある。また、集会を減らす形での投票となった場合、民主党側の「反トランプ」の士気も全く高まりづらいだろう。 さらに、民主党も共和党も、夏の党大会を開催できない前代未聞の事態も考えられる。その際は、オンラインで投票するようなことになれば、不正アクセス対策というコンピューターの「ウイルス」対策も急務になってしまう。 共和党への影響は、トランプ氏の支持率の源泉が好景気にある以上、新型コロナウイルスが景気に与えるダメージが何よりも懸念される。2020年3月10日、新型コロナウイルスのため、サンダース米上院議員がオハイオ州クリーブランドの施設で予定していた選挙集会の中止を伝える案内(ゲッティ=共同) 的確な対応を進めることができず、感染者が増え続ける事態が一定期間続けば、景気は停滞し、再選もおぼつかなくなってしまう。ただ今後、感染者が急激に減少し、株価も回復した場合、「新型コロナを撃退した大統領」として、政権側に有利になることは必至だ。 「新型コロナウイルス」という米大統領選の行方を左右しかねない「ワイルドカード」には、さらなる注視が必要だ。

  • Thumbnail

    記事

    酒と女と横須賀ドブ板通り、沖縄だけでは語り尽くせぬ米兵街の素顔

    スタンド」に立ち寄ると、オレンジとバニラをミックスさせたCHU-HIをオススメとして出してくれた。 アメリカのアイスクリームにそのようなフレーバーがあるらしく、それを再現したそうだ。グラスはプラスチックのカップ。どこでも好きに持ち出していい、ということなのだろう。もちろん、支払いは一杯ずつ支払う「キャッシュオン」である。 甘いCHU-HIをいただきながら、古い横須賀もドブ板通りも知らないという店のバーテンダーの女性と話していると、ひっきりなしに若い外国人がやってくる。もちろん、皆米兵か軍属の人たちである。ときに隣に日本人女性の姿もある。そしてプラカップのCHU-HIを飲みながら、どこかに消えていく。 朝鮮戦争の頃からあるという、ドブ板通りの真ん中にあるウナギ屋にも聞いてみると女将が思い出話をしてくれた。 「昔はキャバレーや女のコのいる店ばかりだったのが、今では本当に減ったわよ。米兵はお金ないから、みんなCHU-HIとか飲んでいるしね。みんな日本ではあんまり飲まないのよ。どっか他の国で飲んできちゃう」。ウナギのかば焼きで、その店のレモンハイを飲んでいる私に自信たっぷりに教えてくれた。「立ちんぼもいなくなったしね」 ドブ板通りといえば、街娼の女性と米兵目当てにやってくる女性と切っても切れない街だった。米兵目当ての女性は、そろいもそろって皆、黒髪のロングである。それが外国人からエキゾチックで魅惑的な女性にみられる秘訣だ。港の兵士は、酒と女を必要とする。 そこで無軌道な若者がいれば、さまざまな事件を起こすこともある…というよりも、それはドブ板通りでは日常茶飯事であった。そして相手は米兵である。まるでニューヨークやシカゴやデトロイトのダウンタウンが日本にあるようなものだ。しかし、その環境を別段に不思議だと感じず、なんとかして共存をしようとしてきたのも、この街の人たちである。日本の中のアメリカ 「ドブ板に住んでいて、何かいいことがあったかって? そりゃないな」 ミスタードブ板通りとでも言ったらいいか、横須賀の不良少年がそのまま年をとり、古希を迎えたかのような風貌が印象的な、横須賀ドブ板通り商店街振興組合の越川昌光理事長にも話を聞くが、この質問にはにべもない。 「米兵にはやられっぱなしだったな。来る日も来る日もシャッターが壊されたとかなんだの、そんな話ばかりだった」 もちろんそれだけではない。犯罪数は劇的に減ったとはいえ、近年も米兵による犯罪行為は後を絶たない。横須賀における米兵の犯罪は、敗戦後、横須賀に米軍が上陸した8月30日その日から始まっている。進駐軍として兵士が上陸を開始したわずか2時間後、まずは民家に押し入り時計などの金品を奪う事件を起こした。 そこから2時間後、今度は民家に押し入った米兵により母娘が強姦されるという事件も起きた。連合軍が上陸したこの日、神奈川県内では強姦、傷害、暴行、物品奪取などの事件が202件発生、そのうち192件は横須賀市内のものだったという。上陸からわずか数時間のことである。 もちろんこれは戦後の混乱の中でのことであり、米軍上陸当日の8月30日に記録されている事件も、警官が拳銃や帯刀をしているのを見つけたそばから戦場で敵兵を武装解除しているつもりなのか、次々と脅して奪っていったというのが大半であった。米兵にとって日本は戦場だったということもあるだろう。しかし、これらの民間人に対する犯罪も続いていった。 戦後すぐの時代には、そのような米兵の犯罪は日本中いたるところで起きており、そのほとんどは泣き寝入りが実情だった。占領軍は、それら米兵の犯罪を報道することを禁止していた。その後も痛ましい事件は現在に至るまで続いていた。強盗やひったくり、早朝に酔っぱらった兵士による乱暴狼藉、さらには強姦事件や殺人事件。その都度、横須賀市民は抗議の声を米軍に上げてきた。 「治外法権だからね」と、越川理事長は言う。それは今でも続いている。深夜のどぶ板通り。迷彩服の憲兵ばかりが目立つ(筆者提供) 米軍の駐留を法的に根拠づける日米地位協定は、事実上米兵の治外法権を認めているものだ。よって、米兵の犯罪は日本では条件を満たさない限り捜査も裁判もできない。夜のドブ板通りには、SP(憲兵)がバーやレストランにまで入ってきて巡回している。もちろんこれは犯罪抑止に重要なことだが、もっぱらの理由は日本の警察権が米兵に及ばないことが多いからだ。 それでも横須賀市民はそれに地道な対応をしてきた。なんとか共存はできないものかと、市や県を通じた米軍への陳情を繰り返し、連絡会のようなものをつくったりして、少しずつ関係を築いていった。 横須賀市民は、これまで基地反対運動をどちらかというと冷ややかな目で見てきた。空母の母港化でも原子力潜水艦の寄港でも、戦前から海軍、戦後は海上自衛隊の街だったこともあり、反戦平和の軍隊アレルギーのようなものは比較的少なかった。経済的に基地に依存しているということもあったし、米軍軍属と個人的な関係がある者も多かった。1970年代、横須賀市の商店街連合会は、原子力潜水艦の寄港が社会問題化する中で、いち早く寄港に賛成する決議を採択している。 米軍関連のデモや反対運動は横須賀市内でも幾たび繰り返されたが、そのデモに動員される人たちは必ずしも横須賀市民ではなかった。そのため、むしろデモの騒音や交通への影響に批判の声が高まっていった。最近では08年に第七艦隊の空母ジョージ・ワシントンが初めて入港したときも反対運動はあった。しかし、横須賀市民の反応は極めて冷静だった。基地の町、横須賀 この辺の事情は『米軍基地と神奈川』(栗田尚弥編著/有隣新書)に詳しい。同著によれば、ジョージ・ワシントン入港に際し、地元紙の『神奈川新聞』までもが、市民の反応が鈍いこと、その反対運動が横須賀市民を巻き込んだものとは言えない、とも伝えている。おそらく横須賀が一番米軍基地関連で騒然としただろう第七艦隊空母ミッドウェイの母港化(1973年)のときも、そのデモは横須賀市民が起こしたものでないとも指摘する。 反対運動の舞台は横須賀ではあったが、運動の主役が横須賀市民だったとは必ずしも言い難いものがあった。運動の主役は市民の他に市外、県外から集まったさまざまな思惑を有する抗議団体であり、このような現象は、ミッドウェイ以前の原子力潜水艦の寄港からすでに始まっていたのである。『米軍基地と神奈川』 そして、それらの反対運動に対して「いつもながらの『よそからのデモ』」と横須賀市民が冷ややかに受けとめていたことも当時の神奈川新聞は伝えている。 個人的体験だが、私は横須賀の海上自衛隊の総司令部がある街に生まれた。だから小学校の同級生の親の職業は自衛官である人が圧倒的に多かった。近所には軍属の子供たちや、日本で生まれ育った米兵や軍属とのハーフの子供たちがいた。その中で「米軍基地反対」という発想は子供の頃はなかったし、それは生まれ育った街全体もそうだった。 最近、沖縄の米軍基地反対運動で「ヤンキーゴーホーム」というシュプレヒコールが差別的だという奇妙な議論が、ネット上であった。もし、このシュプレヒコールが本当にあったとしたら、たぶんこれは外からやってきた運動家が言っているのではないかと、私はすぐに想像した。沖縄の基地周りに住む人は、一人や二人の米軍関係者や軍属の家族やハーフの人たちと日常的につきあっているはずで、その人たちを差し置いて「ヤンキーゴーホーム」とは言えないからだ。 80年代に横須賀市の隣にある逗子市で、森を切り開いて米軍家族向けの住宅をつくるという話が大変な反対運動にあったことがある。「池子の森(自然公園)を守れ」という環境運動と、ぼんやりとした米軍アレルギーのようなものがこの運動を盛り上げていたが、横須賀市民の私たちは非常に冷めていた。  そもそも、その反対運動が唱えている人たちも池子の周辺の森を切り開いてアスファルトとコンクリートで固められた住宅街に住んでいるではないか。当時、私の生まれた軍港の街も刻々と住宅開発が続いており、幼年時代に遊んだ山々が次々と丸坊主になっている最中だった。 そして横須賀市民は、米軍基地を問題視するよりも外からやってきて事情も分からないまま、よく分からない平和や非核や反原子力を唱えて混乱を持ちこまれることを嫌って、米軍と共存する方を選んでいた。  沖縄の反基地運動があれだけ県民を巻き込んで大きなものとなっているのに、横須賀は全く何もないというのはどうしてなのか。ドブ板通り商店街の越川理事長に質問をぶつけてみると、答えはシンプルだった。 「飛行機だろうね。横須賀は空母は入るが、艦載機は厚木に行く。その違いが大きいと思う」 横須賀を母港とする空母は、艦載機を太平洋上で発艦させて格納庫が空の状態で入港する。艦載機は厚木飛行場に向かい、空母が入港している間に機体の整備や離発着の訓練もそこで行う。軍用機は騒音と事故がつきものだ。厚木は騒音や事故で、かつて大きな問題を抱えていた。77年には、厚木基地から離陸直後のF4ファントムが火災を起こし、同市青葉区の住宅地で墜落した事故が起きている。この事故の火災で母子3人が死亡している。 その厚木ですら昔のような反対運動は影をひそめつつある。基地の敷地の拡張や住民対応を地道に進めてきたことが、住民の理解を得てきたということだ。 一方、周囲に住宅が密集した沖縄県の普天間飛行場や嘉手納(かでな)飛行場は、厚木など比べ物にならないほど危険度が高い。事故の不安におびえるのは当然であろう。騒音に関してはもちろんのことだ。 沖縄でのオスプレイ配備反対運動に対して、「オスプレイだけが危険だというのは過剰反応ではないか」という批判も、もっともではある。けれども、あれだけ住宅地に囲まれた場所なのだ。安全性に疑念があるといわれる軍用機が配備されることに感情的になるのも、私には十分理解できる。沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場=2018年9月16日(共同通信社ヘリから) さらには米兵の数も違う。基地内外に居住する米軍関係者の人数は沖縄県だけで約5万人超。横須賀を含めた神奈川県の2倍以上である。基地の面積に至っては10倍以上で、在日米軍基地の約70%、沖縄県の総面積の15%ほどを占める。普段から米軍の振る舞いや思惑に抑圧されている被害感情が高まるのも十分に理解できる。 ドブ板通りでさえ「住んでいて何一ついいことはなかった」という感情になるのだから、沖縄が県を上げて感情的になるのも当たり前の話だ。明日の横須賀 横須賀市民はこのような条件の違いがあるとはいえ、米軍を受け入れ続けてきた。おそらく市民の思いの裏側には、犯罪などのデメリット以上に、基地の街の魅力と経済的なメリットが上回っていることがある。 反戦や反核といったテーマに賛同するところはあったとしても、それを日常生活が上回ったということだろう。さらには米軍との関係がそれなりに友好的に進んでいることも事情として大きい。 ドッグタグが店頭にぶらさがる、前述の米軍払い下げ品のミリタリーショップ「カキタ」の入口には、若店主と年配の米軍将校との2ショット写真が飾られている。米軍基地のジェフリー・キム横須賀基地司令官(2016~19年在任)だ。米軍と地元有志とのパトロール活動のときの写真だという。 若店主に、一緒に司令官と写っている写真について聞いてみると、こんなことを教えてくれた。 「地域の商店街と基地司令部の関係は、最近ではとてもいいんですよ。この写真は、地域パトロールを近隣住民と一緒に米兵がやったときの写真ですね。このときはわざわざ司令官まで来てくれたんです。地域のゴミ拾いなどを米兵とやるのも定期的に行っています。非常に関係はいいですね」米軍放出品の店「カキタ」で、ドックダグの横に、三代目と基地司令官。司令官は巡回パトロールまで参加してくれたという(筆者提供) 米兵の犯罪などについて聞いてみるが「最近はめったに聞かなくなった」とのこと。深夜外出禁止令が効いているのだろう。最近では、横須賀基地に配属になった米兵とその家族は、必ず日本での生活や文化の違いなどに関するレクチャーを受けることになっているという。そこに横須賀市を通じて、商店会は講師を頼まれたり、米兵の集いなどに呼ばれることもあるらしい。 「街を歩いていると、米兵やその家族からあいさつされる。定期的な意見交換会もやっていて、それなりに好評だ。これはみんなの努力だよ」と、越川理事長はうれしそうだ。 一方で、米軍の深夜外出禁止令のため、ドブ板通りの夜の商売はかなりの影響を受けているとも越川理事長は言う。 「もっぱら米兵相手という商売は厳しいと思う。夜のバーなどの店主がつくっていた協会も加盟店が減っているとも聞いている。それで、みな昼間の商売に転換しつつある。見たかい? バーが昼間の営業を始めているのを」 ドブ板通りの米兵相手の夜の店だけではなく、横須賀市は人口減に苦しんでいる。近隣の横浜や藤沢といった市が人口を伸ばしていくのに対して、横須賀市は全国の人口減ナンバーワンという不名誉な記録を2013年に残している。このことから横須賀市や経済界は、イメージアップと観光地化を進めていて「米軍と海上自衛隊の基地の街」をセールスポイントにしようとしている。 「海軍カレー」や「ネイビーバーガー」、そして「スカジャン」、さらにオタク向けにはオンライゲーム『艦隊これくしょん』(艦これ)の「聖地」として、横須賀がプロモーションされている。 ドブ板通りは、これらのすべてがある。そして、バーは昼間の営業をはじめ、海軍カレーやネイビーバーガーを売り、ドブ板通りの目抜き通りには「艦これ」のマニアをターゲットとする店ができた。横須賀市のバックアップも受けながら、官民一体で生き残りをかけて変わり始めたのが、この街なのだ。 不思議なことである。沖縄の基地反対運動の一方で、かたや米軍や基地をイメージアップに使う横須賀がある。越川理事長は「実は…」と明かしてくれた。 「今度、沖縄の人たちから話を聞かせてくれと、あっちに呼ばれているんだ。ドブ板と横須賀の経験を話してくれ、とね」 それでは最後に、と少し意地悪かもしれない質問をしてみた。 「ところで、一人の日本人として米軍基地は必要だと思いますか?」 「必要だ」。即答である。「それは日米関係ということもあるのだろうけれど、それよりもドブ板と横須賀のためだ」 私はその答えに少し考え込んだ。そして、この基地の街で生きていくためには、「日本」や「日本人」という大きな主語は似つかわしくないかもしれない。そうして横須賀は戦後生き抜いてきたのだろう。 取材を終えて、横須賀駅まで歩いて帰る。港には米軍か自衛隊か、いくつもの潜水艦が並んで係留されている。ドッグヤードからの、まばゆいばかりのライトが水面に光っている。 煮えたぎるような横須賀とドブ板通りの時代は終わりつつあり、そして新しいドブ板通りの時代が始まっている。

  • Thumbnail

    記事

    混迷の米大統領選、ブティジェッジもかすむ「隠れた勝者」の存在感

    今村浩(早稲田大社会科学総合学術院教授)  今年のアメリカ大統領選挙最大の不確定要因は、何と言っても「民主党の候補者が誰になるのか」ということであろう。対決の構図が全く描けないのでは、予想も何もできはしない。その意味で、初戦となるアイオワ州の支持者集会を注視していた。ところが思わぬ展開というか開票の失態で、肝心の候補者の勝敗よりも、アイオワ州の支持者集会自体に疑問が呈されることになったのは御承知の通りである。 とりわけ、何と言っても、3年にもわたって2016年選挙の正当性に疑問を言い立ててきた民主党が、自身の設計した制度でつまずいて、その信頼性を損なってしまった、俗に言えば「コケて」しまったのだから、民主党に好意的でない向きにはこたえられない展開となった。 やれ、「(ローマ教皇選出のための中世以来の)コンクラーベですら、煙の色で結果を知らせられるというのに」だの、「民主党の投開票管理能力は、古代アテネにも及ばない」だの、揚げ句は「ニューハンプシャー州予備選挙について、民主政治にとって朗報だったのは同州が票の集計の仕方を分かっていたことだ」とか、もういいように言われている。ついには哀れ、アイオワ州民主党委員会委員長が辞職に追い込まれた。 アイオワ州が先陣を切る特権が正当か、そもそも支持者集会という形式が適切なのかということは、確かに重大な問題ではあろう。しかし、アイオワとニューハンプシャーという、失礼ながら、取るに足りぬ小州が、かくも大きな影響を及ぼすのは公正なことなのかという疑問は、実は4年ごとに提起されてきた。 長らく大統領選挙を見続けている身には、正直「あぁ、またか」という感想しかわかない。確かに、両州とも人種の多様性に乏しく、アメリカ全体を代表する州とは言えないだろう。しかし、ではどの州ならアメリカの縮図と言えるのか? 実は、そんな州はありはしない。結局こうした議論は、アメリカ全土で同じ日に予備選を実施するのが公正だということに落ち着く。それはまた別の問題を孕(はら)むから、ここでは、これ以上は触れない。 アイオワ州とニューハンプシャー州の結果を手短に論評しておこう。現時点(2月16日)のアイオワでの全票開票確定とされる得票率は以下の図を参照されたい(ただし、アイオワの結果には再集計の申し立てがなされており、結果はまだ変動するかもしれない。しかし、大幅には変わるまい)。数字はReal Clear Politicsより引用。図:編集部作成 何と言っても、穏健中道派の敗者はジョー・バイデン氏、急進左派の敗者はエリザベス・ウォーレン氏であると言える。バイデン氏の場合、とにかく過去にアイオワ州で4位になって指名を得た者はいないのだから、縁起が良くないことこの上ない。実は、支持者集会というやり方は、圧倒的多数でなくとも、熱心な支持者を持つ候補者に有利であり、バイデン氏のような、強烈な個性を持たない、よく言えばマイルドな、悪く言えば退屈な候補者には、そもそも向かないとは言える。 しかし、ニューハンプシャー州は予備選であり、そんな言い訳はきかない。しかも得票率で伏兵エイミー・クロブシャー氏の半分にも及ばぬ、主要候補者中、事実上の最下位となった。ここまで下位に甘んじるとは予想外と言ってよかろう。ウォーレン氏も南隣のマサチューセッツ出身という地の利を生かせず、クロブシャー氏にも大きく差をつけられた。同じく急進左派のサンダース氏に、完敗したと言ってよい。 一方、アイオワ州では、得票率で僅差(誤差の範囲とも言える)であれ首位に立ったピート・ブティジェッジ氏は、0・1ポイント差で後塵(こうじん)を拝したバーニー・サンダース氏と並ぶ紛れもない勝者であろう。さらに、ニューハンプシャー州では隣接州の出身であるサンダース氏にわずかに後れを取るだけの2位につけ、同じ数の代議員を確保した。ただし、全国支持調査の平均(2月16日時点)では、23・6%で首位のサンダース氏に対して10・6%のブティジェッジ氏は大差をつけられている。 隠れた勝者は? とはいえ、当初は20数人がひしめいた大混戦が、やっと5人ほどに絞られただけだとも言えるし、全国調査の平均では、首位の候補者、現時点ではサンダース氏ですら、辛うじて4人に1人の支持を得ているにすぎない混戦状態に変わりはない。そこで大局を見るならば、緒戦の真の勝者はドナルド・トランプ大統領であるとの、うがった論評は一面の真理を突いている。  しかし、今一人の勝者とまでは言わぬにせよ、この失態と混乱、番狂わせの混戦にまんざらでもない人物がいるように思う。それは、マイケル・ブルームバーグ氏である。彼は2月中の党員集会・予備選には参加しない、と言うか参入時期が遅かったため正式には参加できなかった。それでも参入したのは、混戦を抜け出す候補者は出てこないものと読んだからであろう。 2018年の民主党の規則改正で、従来は一連の予備選で抜け出して先頭を走る候補者に結集して、早期に指名を確定させてきた特任代議員の投票が制限された。 7月13日に予定されるミルウォーキー大会第1回投票で、特定の候補者が、一般代議員の誓約を基準にして代議員総数の約6割の圧倒的な過半数を得る見込みとなった場合以外は、特任代議員は投票できない。1回目の投票で過半数の1990票を得る候補者が出ず、再投票となったときには特任代議員も投票できる。故に、ブルームバーグ氏は党大会の1回目の投票では、すんなりと候補者が決まらないという可能性に賭けたと言える。 すなわち、バイデン氏がこのまま失墜していけば、左派の票をサンダース、ウォーレン両氏が奪い合い、ブルームバーグ氏が中道派の支持を、ブティジェッジ氏、クロブシャー氏と競い合う構図に持ち込める。中道派とは政策路線もさることながら、とにかくトランプ氏に勝てる候補者を求め、サンダース、ウォーレンでは左寄り過ぎてトランプ氏の再選を許してしまうと危惧する層のことでもある。 一方、クロブシャー氏の善戦には瞠目(どうもく)すべきものがある。アイオワ州での善戦は、彼女が北隣の州であるミネソタ州の出身という「地の利」を若干割り引く必要があるにせよ、ニューハンプシャー州での躍進で今しばらく目を離せない候補者になったと言える。2月3日、米アイオワ州デモインで支持者らを前に話す(左から)サンダース上院議員(共同)、ブティジェッジ氏、ウォーレン上院議員(ともにロイター=共同)、バイデン前副大統領(AP=共同)、クロブシャー上院議員(ゲッティ=共同) そこで、未知数のクロブシャー氏を一応視野の外に置き、仮にブルームバーグ氏がブティジェッジ氏との対決となれば、前ニューヨーク市長と前サウスベンド市長という経歴が、いやでも対比して取り沙汰されることになろう。共に市長経験者とはいえ、両氏の実績と経験の差は覆うべくもない。 片や知らぬ者なき世界的大都市であり、一方はアメリカ人でさえどの州にあるのかほとんど知らない人口10万人ほどの小都市である。しかも、元来共和党でありながら民主党に転じて、市政を超党派で運営したブルームバーグ氏だ。これこそ分断に悩むアメリカに必要な資質と実績だと宣伝しうる。事実、共和党から立候補した市長選挙では、民主党支持者の票を得なければ当選できたはずはないから、うそではない。黒船、ブルームバーグ氏 何かにつけて富豪だ、富豪だと言われるトランプ氏の17倍もの個人資産を持つというブルームバーグ氏は、既に一切の献金を受けない旨表明し、テレビ広告に前代未聞の1億2500万ドル(約137億円)以上の資金を投じる予定であるという。選対本部には、有給スタッフ2400人を擁し、既に撤退した民主党候補者の陣営スタッフを高給で雇い入れていると言われる。また、トランプ氏とは違い、私生活は質素であり、女性スキャンダルが出てくる可能性も低い。 無論「金権候補者」という非難は今後ともついてまわろう。早くから、とりわけサンダース、ウォーレン両氏は、それを公言してはばからなかった。当面の火種となるかもしれないのは候補者討論会への参加問題であろう。従来民主党は、主要全国世論調査の平均支持率と小口献金額についての基準を定め、それを満たした候補者にのみテレビ中継される討論会への参加を認めてきた。 そして、その条件を次第に厳格化して乱立気味の候補者を淘汰(とうた)しようとしてきたのである。ところが、ネバダ州支持者集会に先立つ2月19日の候補者討論会に参加する条件が1月31日に発表され、小口献金についての条件が撤廃されたのだ。一切の献金を受けない方針のブルームバーグ氏に参加する道が開かれたことになる。このことは、民主党指導部の急進リベラル派外しの陰謀だと、サンダース、ウォーレン支持者を憤激せしめることになろう。 ただし、ブルームバーグ氏の思惑が実現するには、バイデン氏のあまりに急速な失墜は、かえって望ましくなかろう。バイデン氏が予想よりも低迷しつつも、いわば「死に体」のまま、ずるずると3月に入るというのが、むしろ望ましい。その意味では今月末のサウスカロライナ予備選に注目したい。 民主党有権者の6割が黒人という同州にバイデン氏は望みをかけているであろう。現時点では、そこでのバイデン氏の支持率は、まだ首位を維持している。しかし2月11日まではサンダース氏に14ポイント差をつけていたのに、最新の数字では6・5ポイント差に追い上げられている。  同州の有権者からは勝って当たり前と見られてしまい、またしてもメディアが勝手に勝敗の基準を引き上げてしまうであろう。ただ勝つだけではなく、2位以下に大差をつけて大勝を博す必要があると言い出すに決まっている。それがかなわなければ、いよいよ撤退の臆測が流れ始め、ブルームバーグ氏としては、ついに出番がきたということになるのであろうか。2019年12月11日、COP会場でのイベントで講演するブルームバーグ前ニューヨーク市長=マドリード(共同) 混迷するばかりで、党をまとめる穏健中道派の候補者を絞り込めず、トランプ氏に漁夫の利を与えてしまいそうな、まさにそのとき、白馬の騎士よろしく登場する。そんなことを思い描いているのかもしれない。ただし、そのためには、3月のスーパーチューズデーで一定の成果を収めなければならないことは言うまでもあるまい。ブティジェッジ氏の当選はあるか? これ以上の予想は、ネバダ州とサウスカロライナ州の結果を見るまでは控えておくとして、躍進著しいブティジェッジ氏について述べたい。とはいえ、実は彼の将来は、あまりに前例がなく全く予測不可能だ。 当面の課題は、クロブシャー氏と同じく黒人層への浸透である。地元のインディアナ州もミネソタ州と同じく、白人が人口の8割以上を占める。両者とも緒戦のアイオワとニューハンプシャーを乗り切ることに精いっぱいで、黒人層への対応に手が回らなかったのであろう。しかし、何でも起こり得るというのは、何も言っていないに等しいから、ここでは彼の躍進の原因について、以下の図を用いながら他の候補者との対比で考えてみたい。 仮に「候補者とは自身が実現したい、実現すべき政策のメッセンジャーである」とするならば、その候補者が人気を集めて当選するには二つの評価基準があることになる。一つ目は「メッセージ(政策)の内容、それ自体」これを横軸とする。二つ目は「メッセンジャーの人物像やキャラクター」こちらを縦軸とする。縦軸には、経歴、背景、宗教、人格等々があり、それはメッセージの実行能力の評価にもつながる。当たり前だが、2軸共に新味がなく平凡であるなら人気も出ず当選しない。 では、両方とも新鋭で革新的であればよいのかというと、そうでもない。 具体的には、従来の基準ではあり得べからざる属性と個性を持つ破天荒の人物が、これまた従来の基準では極端な(保守的であれリベラルであれ)政策を公約に掲げるとしよう。その人物に魅力を感じ政策に共鳴する人々は、政策も人物も新鋭で革新的であると、少し「引いて」しまうかもしれない。つまり、両者のいずれか一方は、安心できる旧来的、伝統的なものである方が受け入れられやすい。 ブティジェッジ氏とサンダース氏とは、この意味で完全な対極に位置する。サンダース氏は、前回の選挙で既に「民主的社会主義者」を公言していた。それは、アメリカにおいては、革新的な主張であったし、今もそうである。しかし、サンダース氏は長い政治経歴を持ち、物議を醸すような前歴はない。ブティジェッジ氏との対比で言えば、高齢であることは指摘せざるを得ない。一方その政策は、単一事業体(おそらく連邦政府)による全国民対象の医療保険制度、大学無償化を含み、巨額の財源、つまり「増税」を要する。 ブティジェッジ氏はと言えば、彼の人物像は誠に新鋭的である。何より自ら公言する同性愛者であり、当選すれば女性の大統領を待たずして史上初の「ファースト・ジェントルマン」が誕生する。さらに、地中海の小さな島国マルタからの移民を父に持つ。 世界中からの移民で成り立つアメリカにあっても、絶対数は少なく珍しい。つづりからは、にわかに発音しにくい姓は、多分マルタが、かつてアラブに支配されていた歴史に由来するのであろう。ハーバード大学からローズ奨学金でオックスフォードに留学している。絵に描いたような超エリートコースである。小都市の市庁舎から州を飛び越えてホワイトハウスを狙うとは、まさしく前例がない。 しかも、38歳という若さはサンダース、バイデン両氏の孫であってもおかしくない。ところが、彼の掲げる政策は伝統的な民主党のそれであり、民主党の基準では穏健なものである。費用を勘案して医療保険の一元化には慎重であり、公立大学の学費無償化や学費ローンの免除を唱えはしても、全家庭、全債務者を対象にはしていない。「大部分の」ということのようだ。銃規制強化をうたうのも、民主党候補者としては標準的である。 ただし、いくつか注意するべき点もある。銃規制については、実はサンダース氏の立場は微妙に見える。犯罪が多発する大都市とは違い、地元バーモント州では、あまりに厳格で一律の銃規制は好まれていない。自身が狩猟を趣味とし、全米ライフル協会からの寄付も受けていた。 また、民主的社会主義者を自称はしていても産業の公有化を唱えてはおらず、日本を含む他の主要先進民主国からすれば、特に過激ではない。巨大IT企業に対する厳しい独禁政策を提唱してはいても、国有化は提案していない。国民皆保険が既に実現している日本から見ればサンダース社会主義とは、いわばノンアルコールビール程度である。 対照的な二人の個性 人物像としては、アメリカでは、かつてほどではなくとも、まだまだ宗教が重要である。サンダース氏はユダヤ教徒である。しかし、彼の信仰が大きな話題にならないことは、近年のアメリカの大きな変化の象徴として印象的である。一方、ブティジェッジ氏は敬虔(けいけん)な聖公会派キリスト教徒である。同派はカトリックや福音派と異なり、同性愛を容認していることで知られる。とにかく、確かな信仰心を持つ点については2人とも問題はない。 2人のことを要約すると「新鋭な経歴・プロフィルな一方、民主党としてはむしろ平凡な政策のブティジェッジ氏」と、「よく知られた、なじみのある人物像と大胆で革新的な政策のサンダース氏」という、ちょうど対偶の関係にあると言えよう。この両者が折り合うことは困難であると言わざるを得ない。 ただし、前例のない破天荒な人物が物議を醸す政策を掲げて選挙を戦い、現に今ホワイトハウスにいることも事実である。トランプ氏の経歴は、前例がないという点でブティジェッジ氏をもしのぐ。トランプ氏には公職に就いた経験もなければ、軍務も経験していない。 だが、ブティジェッジ氏にはどちらの経験もある。また、トランプ氏が信心深い人物だとはあまり思われていない。彼の信仰心を理由に彼に投票した人などいないであろう。 アメリカの政党は、近年開放性を追求するあまり、外部からの敵対的買収に脆弱(ぜいじゃく)になってしまっている。サンダース氏が完全なアウトサイダーかどうかは、議論の分かれるところであろう。しかし、議会内の民主党会派に属さず、無所属議員であり、アメリカ的基準では過激で極端な政策路線を取る以上、主流でないのは間違いない。2020年1月15日、米アイオワ州デモインで開かれた大統領選の民主党候補者討論会に出席した(左から)バイデン前副大統領、サンダース上院議員、前サウスベンド市長ブティジェッジ氏(ゲッティ=共同) 今まさに、民主党は、敵対的買収に直面していると言えるのかもしれない。しかし、4年前敵対的買収を防ぎきれなかった共和党は、結果としてホワイトハウスの奪還に成功した。アメリカの政治は、既に前回の大統領選挙から未知の領域に入ってしまったのかもしれない。であればなおさら、何が起こっても驚くべきではないのであろう。※文中の選挙結果や世論調査の数字は、米政治専門サイト「Real Clear Politics」による。

  • Thumbnail

    記事

    「大虐殺人事」と文在寅メンツ潰しで透ける金正恩政権のいらだち

    重村智計(東京通信大教授) 北朝鮮では、昨年の大晦日(おおみそか)から新年にかけて、幹部の「大虐殺」が行われていた。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の側近とされる李洙墉(リ・スヨン)党副委員長と李容浩(リ・ヨンホ)外相の姿が消えた。2人は党中央委員会総会の終了後に撮影された記念写真に写っておらず、各国の情報機関は解任と判断した。 李党副委員長は元スイス大使で、金委員長のスイス留学の面倒を見た「恩人」だ。スイス銀行に預けられた秘密資金の管理者であり、多くの秘密を握っている。 そんな「キーマン」の解任だけに衝撃は大きい。これで、祖父・金日成(キム・イルソン)主席と父・金正日(キム・ジョンイル)総書記に仕えた老幹部はほぼ一掃され、金委員長直属の「若手家臣団」がずらりと並んだ。 解任された老幹部たちは「若造に何ができるか」と不満を隠さなかった、と平壌(ピョンヤン)では噂されている。北朝鮮は解任された高官の氏名を公表していない。 1月1日、朝鮮中央通信が大晦日に終了した党中央委総会で新たな幹部人事が決定したと報じた。同通信によると、党副委員長に4人が任命されており、同数の4人が解任されたことになる。そのうちの1人が李洙墉氏だ。さらに、政治局員3人と政治局員候補6人が入れ替わり、10人の党部長や4人の閣僚も交代したと報じられた。 およそ20人の最高幹部クラスが新任された。公表されない解任と新任の幹部を含めれば、100人規模の人事が行われたことは想像に難くない。文字通り「大晦日の虐殺人事」である。 ところが、メディアはこの大人事異動を無視した。人事の裏には、平壌の勢力争いが常に隠されている。クーデター容疑で処刑した叔父の張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長につながる高官の残党が、粛清されたとの観測がある。2019年12月30日に開かれた、朝鮮労働党中央委員会総会の3日目の会議(朝鮮中央通信=共同) 唯一うまく立ち回り、生き残ったのは金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長だけだ。なかなかしぶとい男である。 北朝鮮は昨年12月20日に、年末の党中央委総会で「重大問題を討議、決定する」と発表していた。ただし「重大問題を討議する」と述べても、「(重大問題を)決定する」と表現したわけでない。「テレビ芸者」の悲哀 「重大問題」について、日本のテレビでは、あるコメンテーターが「大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験と核実験再開の決定」という誤った見通しを述べた。人工衛星を発射する可能性を指摘している人もいた。 だが、予想していた「重大決定」がなかったにもかかわらず、自らの見立て違いを誰も釈明することはなかった。いい加減な見通しを重ねるコメンテーターは、業界で「テレビ芸者」と呼ばれる。元外交官で評論家の宮家邦彦氏からも「朝鮮問題の専門家は、ウソ解説をしてもバレないからいい」とからかわれてしまう。 では、なぜ「重大問題」を、ICBM発射実験や核実験の再開、人工衛星の発射と誤解してしまったのか。重大問題を「日本の」ものだと考えてしまい、北朝鮮にとってのもの、という理解がなかった。 要するに北朝鮮の「重大問題」とは人事だったのである。結局その番組では、「それは違う」と反論した専門家ではない弁護士だけが「やるやる詐欺」に騙されなかった。常識が専門家に勝った瞬間である。 常識で考えれば、ICBMや核実験の再開は国連の追加制裁を招くだけだ。それに中国とロシアも面目を失う。 中央委総会の演説では、北朝鮮の指導者が「世界は新たな戦略兵器を目撃する」と述べた。日本のメディアも「新たな戦略兵器示唆」などと、演説を大きく取り上げた。 しかし、金委員長は「目撃する」と口にしただけで、「新たな戦略兵器を発射する」とは述べてはいない。だから、勝手に「発射」と解釈してはならないのである。「やるやる詐欺」の天才、北朝鮮であれば、パレードで公開するぐらいが関の山だ。2019年12月31日、朝鮮労働党中央委員会総会に出席した金正恩党委員長(朝鮮中央通信=共同) 金委員長は演説の最後に「われわれの核抑止力の幅と深度は、米国の今後の北朝鮮に対する態度によって調整される」と強調した。トランプ大統領へのメッセージであった。トランプ大統領に「少し譲歩してくださいよ。私も軍の強硬要求に苦労している」と訴えている。 「幅」「深度」といった表現は曖昧で、具体的な言葉を避けることで米国を刺激しないようにした。また、直接「ICBM実験」や「核実験」の言及を避けている。この弱気発言の裏には、北朝鮮経済の困難がある。また、北朝鮮軍の「核は絶対に手放さない」構えとトランプの「完全非核化」要求のはざまで揺れる金委員長の苦境がにじみ出ている。「大晦日総会」の謎 北朝鮮は昨年の大晦日に党中央委総会を終えた。4日間の会期、それも大晦日まで行われたのは異例だ。実は、米朝両国は年末までギリギリの交渉を秘密裏に行っていた。その合意を新年元旦に公表し、「指導者の成果」を大々的に宣伝するつもりだったが、目論見は外れた。 交渉の目的はズバリ、第3回米朝首脳会談の実現と米朝双方の譲歩であった。だが、大晦日までに合意できなかったため、元日恒例の施政方針に当たる「新年の辞」の発表が見送られたのである。 秘密交渉を裏付けるような奇妙な談話が、北朝鮮外務省の金桂冠(キム・ゲグァン)顧問から発表された。1月11日に「トランプ大統領から8日に、金委員長宛ての書簡が届いた」ことを明かしたのだが、「韓国の仲介は必要なかった」とも述べていたのである。金委員長とトランプ大統領の良好な関係を強調した談話に、「韓国の仲介はいらない」とわざわざ付け加えたのはなぜか。 実は前日の10日に、韓国大統領府の鄭義溶(チョン・ウィヨン)国家安保室長が「トランプ大統領の書簡を金委員長に送るよう依頼され、南北間の『緊急連絡通信』で伝えた」と述べていた。この対応に北朝鮮側が激怒、「文在寅(ムン・ジェイン)のやるやる詐欺」だと受け止めたのである。翌日、直ちに異例の反応を行ったことでも明らかだ。 金顧問は「トランプ大統領の書簡は北朝鮮に直接送られてきた。(文大統領は)米朝間の特別な連絡ルートの存在を知らないようだ」と皮肉った。それどころか、「米朝間の『仲介者』役割への未練があるようだが、米朝指導者の親しい関係に割り込むのは僭越(せんえつ)だ」と韓国を激しく非難した。 談話で、南北対話を呼びかける文大統領の横っ面を引っぱたいた格好だ。文大統領のメンツは大きく傷ついた。 文大統領としては、米朝対話で韓国が大きな役割を果たしている、と宣伝するはずが、北朝鮮を「余計なことをするな」と怒らせ、かえって「南北対話には応じない」と通告されてしまったのだ。年頭記者会見を行った文在寅大統領は南北経済協力事業の早期再開に強い意欲を表明したが…=2020年1月14日、ソウル(韓国大統領府提供・共同) 金委員長は、文大統領を「嘘つき」と表現するほど信用していない。米国の了解なしには、南北経済協力事業の開城(ケソン)工業団地や金剛山(クムガンサン)の再開もできない。「独自には決定できない」と分かったからだ。 どうやら、南北の首脳会談と対話は2020年になっても無理のようだ。

  • Thumbnail

    記事

    「イラン司令官爆殺」日本の振る舞いはおのずとこうなる

    櫻田淳(東洋学園大現代経営学部教授) イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」を率いるカセム・ソレイマニ司令官が米軍部隊の攻撃によって殺害された一件を前にして、中東情勢の一層の緊迫を懸念する声が高まっている。 確かにイラン国内では、「英雄」として語られたソレイマニ司令官が殺害されたことは激しい反発を生じさせている。同国の最高指導者、アリ・ハメネイ師は早速「激しい報復」を宣言し、モハマド・ジャバド・ザリフ外相も「米国はならず者的な冒険主義がもたらすあらゆる結果の責任を負う」と警告した。 また、1月4日の朝日新聞によれば、マジド・タフテ・ラバンチ国連大使は、米CNNテレビとのインタビューの中で、「われわれは目を閉じていられない。間違いなく報復する。厳しい報復だ」と語った上で、「軍事行動」に踏み切ると表明した。 もっとも、ハメネイ師が宣言した「報復」にせよ、ラバンチ大使が表明した「軍事行動」にせよ、それが具体的に何を指しているのかは定かではない。それは、高々、イラクを含むイラン周辺に展開する米軍をターゲットにして何かをするというものでしかないのであろう。 米国のドナルド・トランプ大統領は「戦争を招く行動は取っていない」と早々に表明したけれども、仮にイランが実際に「報復」の挙に出た場合には、イラン国内52地点を標的にして反撃すると語っている。事態のエスカレーションの鍵を握っているのは、イラン政治指導層だということになる。 むしろ日本として注視すべきは、このイランを含む中東方面での緊張が、北朝鮮情勢を含む極東方面への対応にどのように跳ね返るかということである。 北朝鮮は昨年末以来、大陸間弾道ミサイル(ICBM)・潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)発射再開を匂わせつつ、対米挑発に走る兆しを示してきた。しかし、此度(このたび)の事態を前にして、米国が「泥沼に落ちる」展開を望んでいるはずである。 米国の疲弊は、それ自体が北朝鮮に対する圧力の減殺を意味する。米国との「冷戦」が始まった中国にとっても、米国の疲弊が歓迎される事情は、同様であろう。イラン・テヘランの橋に掲げられた最高指導者ハメネイ師(右)と殺害されたソレイマニ司令官の写真が使われた看板=2020年1月4日(共同) 米国といえども中東と極東の二つの方面で戦端を開くのは容易ではないという事実からは、そうした結論が導かれる。しかし、中国や北朝鮮の安全保障上の圧力に直接に曝(さら)される日本にとっては、中東方面での米国の疲弊は、全く歓迎できるものではない。英国に学ぶ「初期対応」 ゆえに、米政府が「そうは問屋が卸さない」という意識の下に中東方面での緊張をコントロールしようとする限りは、そうした緊張がほどほどに高まったとしても、それ自体は日本にとってネガティブなことにはならない。 昨年10月のイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)最高指導者、アブバクル・バグダディ容疑者殺害の際にせよ、此度のソレイマニ司令官殺害の際にせよ、トランプ政権下の米軍が実行しているのは、個人をターゲットとして特定して「首を取る」という作戦である。こういう「斬首」作戦が次々に成功裏に実行されているという事実を適宜示すだけでも、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に対する牽制(けんせい)として十分に作用しよう。 それでは、日本の対応はどのようなものであるべきか。参考になるのは英国の対応である。1月5日のNHKによれば、ベン・ウォレス国防相は米国のマーク・エスパー国防長官と意見を交わした際、英国の初期対応を示した。それは、次に挙げる三つを骨子とする。(1)関係当事者全てに対して事態の沈静化を要求する。(2)ソレイマニ司令官爆殺に絡む米国の立場に理解を表明する。(3)ホルムズ海峡の「航行の自由」確保に向けた具体的な行動を取る。 これらの三つの対応は、米国の同盟国としては、誠にふさわしい。米国の「武力の濫用(らんよう)」を非難した中国の王毅外相とザリフ外相の会談に示されるように、中露両国がイランの後ろ盾になろうとする動きが鮮明になっているのであれば、対米支持の旗幟(きし)を明らかにした英政府の判断は正しいと思われる。 本来ならば、日本もまた、この英国の三つの対応と同じことをすべきである。けれども実際には、(3)の対応に踏み込むのはいろいろと制約があろう。 昨年末、有志連合の枠組みを離れて決定された海上自衛隊の艦艇・哨戒機派遣は、「調査・研究」を目的にしているのである。そうであるならば、日本政府は最低限でも「ペルシャ湾やホルムズ海峡で『航行の自由』が脅かされる事態は、日本としては絶対に容認しない」と内外に宣明する必要がある。 ペルシャ湾やホルムズ海峡は、日本が展開する「自由で開かれたインド・太平洋」構想で想定される圏域の西の突端(とったん)に位置するけれども、そこへの関与に際して日本が認定する「死活的な利害」が何であるかは、明示されるべきである。無論、(1)と(2)は自明の対応である。首脳会談に臨むイランのロウハニ大統領(左)と安倍晋三首相=2019年12月20日、首相官邸(春名中撮影) 日本にとっては、今後の事態のエスカレーションによって米国が「泥沼に落ちる」光景を見たくないのは確かである。しかし、その一方で米国の安全保障上の影響力や意志を揺るがせる対応は、厳に慎むべきものである。 このようにして、中東情勢と極東情勢は連関する。当節求められるのは、中東情勢の当座の推移に幻惑されずに、日本が最も優先すべき利害が奈辺にあるかを見極める議論であろう。

  • Thumbnail

    記事

    大統領選に群がるアメリカ版「団塊の世代」に風穴はあくか

    前嶋和弘(上智大総合グローバル学部教授) 「なぜ70歳代ばかりなのでしょうか?」。2020年の米大統領選挙について講演すると、いつもこの質問を受ける。 確かに、民主党有力候補のジョー・バイデン前副大統領は現在77歳。支持率でバイデン氏を追うバーニー・サンダース上院議員が78歳、エリザベス・ウォーレン上院議員も70歳であり、トップ3には全て70代が並ぶ。 さらに、2019年11月末に出馬表明したばかりのマイケル・ブルームバーグ元ニューヨーク市長も77歳だ。もしバイデン、サンダース、ブルームバーグの3氏が大統領になった場合、1期目を終えた時点で80歳を超える。 これまで就任時の最高齢記録が70歳220日の現職のドナルド・トランプ大統領だったが、ウォーレン氏を含めて、大統領に就任すれば、この記録を大きく破ることになる。記録保持者のトランプ氏も2期目スタートは74歳になる。 極めて高齢の候補ばかりが有力であることは否めない。なぜ、こんなにも高齢化しているのだろうか。明確な答えはないものの、二つの仮説を挙げてみたい。 最初の仮説は、そもそも米大統領の経験者が長寿であり、年齢の高さが一般社会とは異なるという可能性である。 1959年に69・9歳だった米国の平均寿命が、2016年には78・9歳まで上昇しているように、そもそも寿命が延びていることは間違いない。ただ、統計以上に大統領経験者は比較的長生きだ。2019年10月、米ニューヨークの公園で開かれた大統領選の集会に出席したサンダース上院議員(ゲッティ=共同) 第2次世界大戦が終結した1945年以降に就任した米大統領は13人いる。そのうち、直近30年で亡くなった大統領は一昨年94歳で死去したジョージ・H・W・ブッシュ氏や、06年没のジェラルド・フォード氏(93歳)、04年没のロナルド・レーガン氏(93歳)と、いずれも90歳を超えている。 存命の大統領経験者では、フォード氏の後を受け、77年に第39代大統領に就任したジミー・カーター氏が95歳で最年長となる。フォード氏の前任のリチャード・ニクソン氏(1994年没)が81歳で亡くなったのは、むしろ若い方だといえる。世代交代は難しい? 30年以上前に亡くなった大統領までさかのぼってみると、リンドン・ジョンソン氏は64歳でこの世を去ったが(73年没)、ハリー・トルーマン氏は88歳(72年没)、ドワイト・アイゼンハワー氏は78歳(69年没)であった。63年に46歳で暗殺されたジョン・F・ケネディ氏を除けば、第2次大戦後の大統領の没年齢平均は80代半ばとなる。 なぜ大統領が長寿となっているか、原因は不明だ。とはいえ、大統領経験者として、比較的裕福な生活を送ることができるため、高いレベルの医療を受けることができるのは確かだ。 また、大統領時代の忙しい日程から学んだ摂生方法を退任後も実施するなど、いろいろあるのかもしれない。いずれにしろ、大統領が比較的長寿なら、70代でも「高齢化」とはいえないし、執務にも支障はないのかもしれない。 もう一つの仮説が世代交代の難しさである。特に、米国版「団塊の世代」の図太さが、政治の世界では次の世代交代を阻んでいるという見方である。 トランプ氏は1946年生まれで、現在73歳である。実はビル・クリントン氏と、その直後に就任したジョージ・W・ブッシュ氏はいずれもトランプ氏と同じ46年生まれだ。 ちなみに、前回の2016年選挙の民主党候補で、トランプ氏と大統領の椅子を争ったヒラリー・クリントン元国務長官は1947年生まれで、彼らの1歳下にあたる。トランプ氏の前任で、就任時47歳、現在58歳になるバラク・オバマ前大統領の8年間を除けば、93年からずっと同年齢の大統領の政権が続いているわけだ。 米国の世代分類の中で、「ベビーブーム世代」は1946年から64年生まれと幅広い。この1946年というのは、米国では第2次大戦終結直後のベビーブームが始まった時期である。ベトナム戦争や公民権運動など若者による激しい戦いの時代を生き抜いてきた世代である。2019年11月、米南部ルイジアナ州ボージャーシティーでの支持者集会で演説するトランプ大統領(ロイター=共同) 92年の大統領選では、クリントン氏は戦後生まれという「若さ」を強烈にアピールし、世代交代を訴えた。当時の対立候補は24年生まれで、世界恐慌を経験し、第2次大戦に従軍した「GI(兵隊)世代」(「偉大なる世代」という名称もある)のジョージ・H・W・ブッシュ大統領だったが、現職の強みを生かせなかった。 2020年の選挙戦も、米国版「団塊の世代」の前後がいまだ政治の中心であることを示しているのかもしれない。「ミレニアル世代」の可能性 ただ、初期の「ベビーブーム世代」がいまだ強烈だとはいえ、新しい動きも見られる。民主党の立候補者の中に、現在37歳と若いインディアナ州サウスベンド市のピート・ブティジェッジ前市長もいるからだ。 大統領選の被選挙権は35歳であり、この年齢を少しだけ上回る。各種調査の支持率で4位につけており、民主党候補最初の指名争いである2月3日のアイオワ州の予備選では、同じ中西部州出身ということもあって、現在各種支持率で1位を記録している。 もし民主党の予備選を勝ち抜いて、共和党の予備選を勝ち抜くことが確実なトランプ氏を破ったとするなら、就任時43歳のケネディ氏よりも若く、ブティジェッジ氏は史上最年少で大統領の座に就く。 上述の通り「ベビーブーム世代」は幅広く、ジョージ・W・ブッシュ氏、クリントン夫妻、トランプ氏が世代初期とすると、オバマ氏は末期に属することになる。 これに続くのが、1965年から80年代初めごろに生まれた「X世代」、そして部分的に重なるが、81年から96年生まれで2000年代に成人を迎えた「ミレニアル世代」だ。1982年生まれのブティジェッジ氏は「ミレニアル世代」の初期に属する。 年配の候補がそろう中、自分の若さが「政治的未熟さ」と見られないように、ブティジェッジ氏は今のところ、自分からはあまりアピールしていない。それに、バイデン氏やサンダース氏と比べて、年齢の半分以下であるのはやりにくいところもあるだろう。ただ、ブティジェッジ氏の健闘次第では、2020年大統領選が高齢化する印象が薄れるかもしれない。 特筆したいのは、「ミレニアル世代」が人口的に「ベビーブーム世代」を上回って迎える最初の大統領選が2020年である点である。長年しぶといほど目立っていた「ベビーブーム世代」が今後はしぼんでいくターニングポイントに達したのかもしれない。2019年11月、米ニューハンプシャー州ロチェスターの選挙集会で演説するブティジェッジ・サウスベンド市長(AP=共同) その「ミレニアル世代」の台頭を象徴するのが、ブティジェッジ氏なのだ。70代の「ベビーブーム世代」の有力候補が立ちはだかる中、ブティジェッジ氏が大統領になった場合、かつてのクリントン氏がそうであったように政治の世界にも世代交代が一気に来るのであろう。 実際にその波が押し寄せるのかどうか。まずはブティジェッジ氏が支持率で1位に立つアイオワ州の2月の党員集会の動向が注目される。

  • Thumbnail

    記事

    北朝鮮「やるやる詐欺」に引っかかるお粗末な日本の交渉人

    重村智計(東京通信大教授) 北朝鮮問題を考える基本は、何が起きても驚かないことにある。そうして、朝鮮半島で戦闘が起きる可能性や日本を攻撃する可能性はまずないと判断した上で、万が一の事態に対応しておくことだ。 政府も報道機関も世論や国民の不安を煽るべきではない。米朝の交渉関係者によれば、北朝鮮の狙いはズバリ米朝首脳会談にある。 北朝鮮の朴正天(パク・チョンチョン)朝鮮人民軍総参謀長は12月14日に談話を発表し、7日と13日夜に北西部、東倉里(トンチャンリ)の「西海(ヘソ)衛星発射場」で「重大な実験を行った」とした上で、「戦略兵器開発にそのまま適用されるであろう」と述べた。さらに「対話にも対決にも不慣れであってはならない」と国民に訴えた。この談話は、米朝対話への意向を強調している、と読むべきである。 また、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射に直接触れてはいない。ところが、日米韓のメディアは「北朝鮮がICBM実験準備か」などと報じ、日本を飛び越えてミサイルを発射することなどを予測し、まんまと北朝鮮のシナリオに乗せられてしまった。 北朝鮮が「発射する」「核実験する」と一言も言っていないのに、勝手にメディアが報じる。まるで「振り込め誘導」や反社会的勢力の脅しに似た「詐欺的手口」だ。 ことの始まりは、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が「年末までの回答」を米国に求めた発言だった。それに対し、米国のトランプ大統領が正恩氏を再び「ロケットマン」と揶揄(やゆ)し、さらに「米軍を使いたくないが、必要ならば使う」と言及した。 要するに、北朝鮮に強硬な行動に踏み切らせないための「脅しのシグナル」だったわけだ。既に北朝鮮の強硬策への転換を示唆する情報を米国は得ていたという。2017年9月、国連総会で演説するトランプ米大統領。状況次第で「完全に破壊する」と北朝鮮を威嚇した(AP=共同) トランプ氏が意図的にこうした発言をしたのならなかなかの策士といえるだろう。しかし、ただの受けを狙った発言なら、北朝鮮の政治文化に無知だったというしかない。 米国人はいまだ北朝鮮の政治文化を理解できていない。北朝鮮でも韓国でも、政治行動の基準が「忠誠競争」と「メンツ」であるのは明らかだ。「証拠」はどこにある 指導者を誹謗(ひぼう)中傷されたら、命がけで相手をやっつけるのが忠誠心の表明になる。その上で、指導者のメンツを守らなければ、忠誠心を疑われてしまう。 そのため、北朝鮮の政府高官は次々とトランプ氏を口汚くののしった。5日に崔善姫(チェ・ソンヒ)第1外務次官が「老いぼれのもうろくジジイ」と吐き捨てれば、金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長も9日には「イライラした老人、老いぼれと呼ばざるを得ない時がくるかもしれない」と「老いぼれ」という言葉を重ねた。 とはいえ、英哲氏の発言からは「呼ばざるを得ない時がくるかもしれない」と弱気に表現しており、米国を怒らせたくない思いは明らかだ。この表現では弱すぎると思ったのか、ライバルの李洙墉(リ・スヨン)党副委員長が同日に「(金正恩)国務委員長の機嫌を損ねることもありうるトランプの放言は中断されるべきである」との談話を出した。 発言はあくまで忠誠競争であって、トランプ氏に「金委員長に対する非難はしないでほしい」との強いお願いが込められていた。ところがその後、北朝鮮は重大実験に言及するようになったにもかかわらず、証拠写真は発表されなかった。いつもなら、正恩氏の視察と重大実験の写真が公表されるはずだ。 北朝鮮高官がICBM発射や核実験に関して「やるやる」発言を繰り返す背景には、トランプ氏に12月末までの回答期限を設定した失敗がある。外交交渉は期限を切った方が負ける。回答がなければ、自分の首を絞める結果になるからだ。 もし、トランプ氏の回答がなければ、正恩氏はメンツを失ってしまう。忠誠競争で北朝鮮高官が次々登場し、「やるやる」発言を繰り返す目的は3度目の米朝首脳会談にある。「トランプ大統領が北朝鮮の強気を恐れて、首脳会談を懇願してきた」という形に持っていきたいのだ。 北朝鮮では、経済制裁により国民の生活が悪化している。高官の談話に込められた、何としても制裁の一部でも解除してほしい、との悲鳴が聞こえてくるようだ。事実、韓国では北朝鮮政府や機関の現金や外貨不足が指摘されている。 そのような中で、米国のビーガン北朝鮮担当特別代表が急きょ韓国入りし、文在寅(ムン・ジェイン)大統領や政府高官と会談し、万が一の事態に対応する準備を協議した。韓国は米国に対して北朝鮮との高官協議を求めており、米朝高官協議の再開を対立の突破口にしたいようだ。北朝鮮の国防科学院で行われた「超大型多連装ロケット砲」の試射を視察する金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同) なぜなら韓国は、正恩氏が軍をほぼ掌握したため、強硬策に出るのではないかと心配しているからだ。韓国はICBM発射ではなく「人工衛星発射」に踏み切ると見ている。その場合、米朝関係が悪化して不測の軍事衝突に発展するのを恐れている。 来年11月に大統領選を控えるトランプ氏と、「年末までの回答」にメンツがかかる正恩氏にとっての活路は、米朝首脳会談しか残されていない。緊張と軍事衝突の危機を演出しなければ、実現に向けた妥協に至らない朝鮮問題の「いつものシナリオ」が展開されている。俺と接触したがっている 人工衛星の発射が事態の解決にならないことを、米朝当局者は理解している。それでも、軍部強硬派をなだめるためには、「一触即発の危機」と、それを回避した偉大な指導者という筋書きが常に求められるのだ。 米韓両国は「人工衛星発射」などの事態に対し、追加の国連制裁を準備している。一方、中国とロシアは国連安全保障理事会で米朝双方に「対話による解決」を求めた。 中露を無視して、北朝鮮が強硬策に踏み切るのは難しい。米大統領選が終わるまで、米朝交渉は棚上げになる。トランプ氏が大統領選で敗北すれば、国連制裁が維持されたままで米朝交渉はさらに先延ばしになってしまう。北朝鮮にとっては悪夢の一言だ。 だから、北朝鮮の指導者にとって、日朝交渉に乗り出す余裕はない。北朝鮮の統一戦線部幹部とかろうじて繋がっていたパイプは中断状態にある。 その一方で、日本の政府高官が宋日昊(ソン・イルホ)日朝交渉担当大使と接触している、という噂が流れている。本当であれば日本政府の大失敗だ。これまで宋氏との交渉は数多く行われたが、全く成果を挙げていないからだ。指導者への「忠誠競争」と「メンツ」を立てるために、外交よりも工作を優先した「やるやる詐欺」は今後も続くだろう。 宋大使は高官ではなく、正恩氏に直接面会できない「低官」だ。元々は外交官でなく、工作機関統一戦線部所属の日本語通訳だった。正恩氏と繋がっているかどうかテストもせずに、彼と接触してはならないのである。 北朝鮮からの情報によれば、実は日本担当の責任者はまだ決まっていない。英哲氏が担当していたが、19年2月の米朝首脳会談の失敗で外された。 指導者のこうした意向を受け、英哲氏と外務省の間で権限をめぐる争いが続いている。宋氏は7日、10月31日の短距離弾道ミサイル発射を非難した安倍晋三首相を「ならず者」と非難する談話を発表したが、この談話もこうした内部争いの結果だという。英哲氏の許可を得た談話ではなく、外務省の有するギリギリの権限を濫用した駆け引きだ。北朝鮮の飛翔体発射に関し取材に応じ、引き揚げる安倍首相=2019年10月31日、首相官邸 北京の北朝鮮筋によると、宋氏による安倍首相への「批判談話」は、日本政府高官との接触を狙った工作だというのだ。政府高官と接触するメリットは、日本を翻弄できるだけではない。宋氏は「日本政府は俺と接触したがっている」と豪語し、外務省の工作成果を誇示することだろう。 日本政府には、北朝鮮外務省と英哲氏との成果争いに巻き込まれないような対応が求められる。平壌(ピョンヤン)の内幕を正確な情報から得るべきであって、「低官」の接触に喜んではいられないのである。

  • Thumbnail

    記事

    アメリカをマジギレさせた韓国「GSOMIAファイター」の誤算

    重村智計(東京通信大教授) 日韓軍事情報保護包括協定(GSOMIA)破棄通告の効力をいつでも終了できる前提のもとに停止する-。11月22日夕方、土壇場に韓国大統領府が発表したこの声明の背景には米国の怒りがあった。 米国は米韓同盟崩壊の危機を感じ、最大限の圧力をかけ続けた。期限直前には、上院も協定の重要性を訴え、韓国に破棄再考を求める決議を全会一致で採択するという異例の対応を見せた。 米国との同盟関係を危うくする政権は日本でも韓国でも持たない。その現実にようやく気がついた文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、外交でも完敗を喫した。 韓国大統領府の金有根(キム・ユグン)国家安保室第1次長が記者会見場に立ち、声明を発表したのは協定期限切れの約6時間前のことだ。表現には、多くのごまかしと政権の苦悩が散りばめられている。改めて全文を確認してみよう。 「韓日両政府は、昨今の両国間の懸案解決に向け、それぞれ自国が取る措置を同時に発表する。わが政府はいつでも韓日軍事情報包括保護協定の効力を終了できる前提の下、2019年8月23日発表の終了通告の効力を停止させることにし、日本政府はこれに理解を示した。韓日間の輸出管理政策対話が正常に進められる間は、日本側の3品目の輸出規制に対する世界貿易機関(WTO)への提訴手続きを停止させる」 この声明では、日韓両国が「同時発表する」と述べ、あたかも日韓が合意に達したようにごまかしている。だが、日本側は同時に発表したわけではない。 あくまで「日本側が譲歩したから合意した」と演出しようとしているわけである。「GSOMIA破棄通告停止」に「日本政府は理解を示した」と述べ、あたかも日韓の合意があったかのように表現した。 さらに、WTOへの提訴手続きを「停止させる」と言及したことで、明らかにGSOMIAと輸出管理問題を関連付けて、国民に強調しようとしている。権力は、メディアや国民に真実を語りたがらないという「ジャーナリズムの常識」を裏付ける事例である。 ところで、今回の発表で奇妙だったのは、協定に関する記者会見に金第1次長が初めて登場したことだ。GSOMIA破棄を強行したのは金第1次長ではなく、金鉉宗(キム・ヒョンジョン)国家安保室第2次長だったからだ。 金第2次長は上長である国家安保室長や外相、国防相よりも力があり、他の省庁の人事にも介入すると言われた。しかも反日、反米の姿勢が強いとされる。 康京和(カン・ギョンファ)外相や鄭景斗(チョン・ギョンドゥ)国防相の意向を無視できるほどの実力者で、「GSOMIAファイター」とまで呼ばれた。ところが、その金第2次長は会見に姿を見せず、逃げてしまった。2019年8月23日、GSOMIAの破棄に関して会見する韓国大統領府の金鉉宗・国家安保室第2次長(共同) 実は、金第2次長は22日まで米ワシントンを訪問していた。そのうえで、大統領府で行われる国家安全保障会議(NSC)会合に間に合うように帰国していたのである。 彼を交えたNSC会議で、ワシントンの怒りを報告し「破棄通告停止」を決めたのだから、彼の威信は崩れた。8月のGSOMIA破棄発表の際、彼は「米国の理解を得た」と述べていたが、真っ赤な嘘であった事実が明らかにされたのである。韓国人の血がのぼる「言葉」 米国のポンペオ国務長官は、金第2次長の「米国も理解している」と発言した直後に深い「失望」を表明している。disappointed(失望)は日本語と違い、絶交や人格否定の意味を含む強く激しい言葉だ。 また、21日に米上院で超党派議員が提出したGSOMIAの継続を求める決議を全会一致で採択したのも、協定の破棄回避を決定的にした。政府と議会が一致して韓国を批判したら、誰も韓国を擁護できない。 その恐ろしさに韓国はようやく気がついたわけである。政府と議会が怒る理由は、協定破棄の背後に「超大国中国への韓国の期待と傾斜」「在韓米軍撤退要求で米韓同盟崩壊」を目指す韓国左派の意向があると警戒した。 直前の世論調査で、韓国国民の過半数が協定破棄に賛成した。多くの韓国人は「日本」「軍事」という言葉を目にすると、瞬時に頭に血がのぼる。文大統領はこの感情を利用して、日韓関係の破壊にいそしみ、反米政策を採り続けたのだ。 GSOMIA締結を強く望んでいたのは米国だった。米情報機関によると、米国が入手した機密情報が韓国経由で北朝鮮に流される事実をつかみ、頭を痛めていた。 このため、米国は日本に機密情報の70%以上を教えても、韓国には5割程度しか伝えない、と言われていた。それでも、日本に与えた情報が韓国経由で北朝鮮に伝わることを警戒し、日韓にGSOMIA締結を求めた。 韓国で「左翼」という言葉は新聞報道でも使われず、「革新勢力」「進歩勢力」と呼ばれる。韓国の「左翼」は北朝鮮を支持し同調する人たちの意味で、文在寅政権は明らかに左翼勢力を糾合した政権である。韓国のMBCテレビの番組に生出演し、参加者の質問を受ける文在寅大統領=2019年11月19日、ソウル(聯合=共同) 彼らの多くは、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領などの保守政権下で逮捕や拘束され、不利益を受けた人たちだ。1965年に結ばれた日韓基本条約を不平等条約や国際法違反だとして、見直しを求める方針で一致している。 だから、慰安婦問題や徴用工問題で、日本政府に補償や賠償させることで日韓基本条約を骨抜きにし、再交渉につなげる戦略を展開した。その道具として、慰安婦問題と徴用工問題に関する判決が利用された。その先に待つのは米韓同盟の解消だ、と米国は警戒したのである。韓国左派の「こだわり」 文大統領が、GSOMIA破棄を決断した裏には、中国への恐怖と尊敬がある。韓国の歴代政府は、中国の脅威を決して口にすることはない。中国の反発を恐れると同時に、中国がやがて超大国になると展望しているからだ。 「将来の超大国」に対応するためには、日本と米国との関係を徐々に弱体化させる必要がある。特に、日本がアジアの二流国に没落することを期待している。 また、文在寅政権を支える左派勢力が強く意識しているのが、在韓米軍の撤退だ。 韓国の左派勢力は、国家の正統性が北朝鮮にあると考え、「反体制運動」を展開した人々の集まりだ。彼らの考えからすれば、他国の軍隊が駐留する韓国は「独立国家」ではないことになる。一方、北朝鮮は外国軍隊が駐留しないため、真の「独立国家」に位置付けられる。 だから、韓国が本当の独立国家としての正統性を確立するには、在韓米軍の撤退が不可欠だと考えている。韓国政治で絶対に譲れない儒教的価値観が正統性だからだ。 しかも、「北朝鮮が韓国に戦争を仕掛けることはなく、脅威にはならない」と考えている。この安全保障に対する理解が、日米とは全く異なるのだ。 このように、GSOMIAの破棄問題には、文在寅政権と韓国左派が考える日韓基本条約の再交渉と北朝鮮支援、そして対中政策という「三つの期待」が隠されていた。韓国・平沢の米軍基地を訪問した康京和外相(中央)。左はエイブラムス在韓米軍司令官=2019年9月20日(韓国外務省提供・共同) 日本は、「日韓友好」の美名に惑わされずに、韓国に対して冷徹な現実認識で臨む必要があることには変わりない。ただ、外交においては、「文政権と国民を分離する」戦略をとって、韓国国民の反発を買う言動や政策を避けなければならない。 だからこそ今回、韓国から破棄通告の停止を引き出したのは、現実認識と戦略に立った日本と、米国との協力による勝利の証しだといえる。こうして、文外交は全面敗北の道をたどったのである。

  • Thumbnail

    記事

    GSOMIA破棄で示したかった韓国・文政権の野望

    界大戦後、朝鮮半島は南北に分断され、北を支援するランドパワー・中国とロシア、南を支援するシーパワー・アメリカなど西側諸国の間で戦争が起こり、朝鮮半島は日本の支配が終わった後、再び戦火に包まれたのである。 このように朝鮮半島の歴史は勢力圏を朝鮮半島全域に拡大しようとする大陸のランドパワーと、それを阻止しようとする太平洋のシーパワーの衝突の歴史であり、その構図は現代でも基本的には変わっていない。 こうした歴史の事実を振り返れば、地政学上、韓国が発展するには二つの道しかないことがわかる。 それは、太平洋のシーパワーと連帯して大陸のランドパワーに対峙するか、もしくは大陸のランドパワーに寄り添い、太平洋のシーパワーと対峙するかである。実際に現代の韓国がこれまで進んできた道はシーパワーと連帯する道であり、米韓同盟はまさにそのシンボルである。韓国はこれまで米国の核の傘のもと安全を確保し、日本の莫大な経済支援を受けながら経済発展を遂げてきたのであり、日米韓のシーパワーの連帯こそが韓国の発展の源泉であることを忘れてはならない。 ところが、文大統領の国家観は韓国発展の基盤となってきたシーパワーの連帯を否定し、大陸のランドパワーに寄り添おうとしているようにさえ見える。李氏朝鮮時代への回帰である。 地政学を海軍戦略へと発展させた著名な米国の戦略家であり、海軍軍人だったアルフレッド・セイヤー・マハンは100年以上前、次のように説いた。「いかなる国家もランドパワーであるならシーパワーにはなれず、シーパワーであるならランドパワーにはなれない」。このマハンの指摘が正しいことは次のようにすでに近代の歴史が証明している。▼ランドパワーの帝政ロシアはシーパワーになろうと南下政策を進め、日本に撃退された。それを契機に国家の威信が傷つき、革命が起きた。▼ランドパワー・ドイツは二つの世界大戦を通して海岸線を拡張してシーパワーへの転換を図ろうとしたが失敗し、結局、破滅した。▼冷戦時代のランドパワー・旧ソビエトは海洋支配を試みたが、シーパワーの西側諸国との冷戦に敗れ、結局、国家が崩壊した。▼シーパワー・日本は第二次世界大戦前、大陸へ進出し、ランドパワーになろうとしたが失敗し、破滅した。 国家は本来備えている地理的要因からどのような国家になれるかは自ずから限定されており、輸送や通信の技術がいくら進歩しても、その特性は変えられない。その意味で、文政権のめざす新しい国家戦略が最終的にどのような結末を迎えるのか、すでに過去の歴史が明らかにしているところである。 この文政権の地政学的チャレンジに呼応して、大陸のランドパワーは一斉に反応している。日本の輸出規制をめぐって日本と韓国の対立が先鋭化すると、ロシアと中国は7月23日、日本海の上空で共同の軍事演習を始め、戦略爆撃機や早期警戒機を日本の竹島の上空に意図的に進入させた。そこは韓国が防空識別圏を設定している空域であり、日本と韓国の対立をあおり、日米韓の連帯を牽制しようという意図が明確にうかがえる。北朝鮮が5月9日に発射した短距離弾道ミサイル(朝鮮中央通信=共同) また、韓国が8月22日、日本とのGSOMIA破棄を決定すると、北朝鮮は24日、国連安保理決議に違反する短距離弾道ミサイルを発射し、ロシアも同日、北極圏のバレンツ海から最新型のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射実験を行った。これら一連の出来事が韓国のGSOMIA破棄決定の前後に集中して起きていることは、明らかに大陸のランドパワーが日米韓のシーパワーの連帯に揺さぶりをかけようとして行ったものである。 このように日本の輸出管理の強化に対して、文政権がGSOMIAを破棄し、歴史問題を絡めて日本非難を繰り返していることは、背景に「反日」を利用して韓国を新しい国家に変貌させようとする文大統領の野望があることを強く想起させる。しかし、それは、これまで緊張しつつも安定を維持してきた東アジアに地政学的な大変動をもたらす極めて危険な実験であると言わざるをえない。

  • Thumbnail

    記事

    ブルームバーグが呼び覚ますヒラリーの「黒い噂」

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 前ニューヨーク市長のブルームバーグ氏が、来年の民主党大統領候補選びに名乗りを上げたことを受け、ワシントンでは困惑が広がっている。それは彼の出馬に刺激されて、先の大統領選挙で出馬したヒラリー・クリントン氏も再び立候補する可能性が出てきたからだ。そしてこれは、全世界にとって悪夢の始まりといっても過言ではないだろう。 まず、ブルームバーグ氏が出馬に名乗りを上げた理由は、以下のような背景があったと思われる。 ①民主党の候補者選びが混戦している。 ②2020年はスーパー・チューズデー(予備選挙及び党員集会)が前倒しになり、特に500人の代議員を持つ大票田のカリフォルニアの予備選挙が3月初旬に行われる。 ③党則の改正により、予備選挙の結果に左右されない特別代議員は、予備選挙で過半数の代議員を取った候補者がいなかった場合にのみ、党大会で投票できることとなった。 こうした背景から、ブルームバーグ氏は、スーパー・チューズデーで大勝利して多くの代議員を得た上で、夏の党大会で特別代議員を説得して過半数を確保し、大統領候補になる戦略のようだ。そのため初戦で勢いを付けるために重要と言われるアイオワ、ニューハンプシャーなどでは、党員集会や予備選挙を戦わない方針だ。これらの州は最初に予備選挙などが行われるため候補者の勢いが重視されるが、人口の少ない地方の州なので代議員数は多くはないからだ。 ただ、このブルームバーク氏の戦略には、いくつもの問題がある。第一に、カリフォルニアなどでは黒人も多く、オバマ前大統領の後継者と思われているバイデン前副大統領が有利だ。ブルームバーグ氏はニューヨーク市長時代に、日本の警察官職務執行法と似た条例を制定し、黒人差別的と批判された。他にも最低賃金の引き上げなどにも反対していたことなど、黒人票は期待できない。 第二に、2008年に弁護士で元ニューヨーク市長のジュリアーニ氏(共和党)が、アイオワやニューハンプシャーなどを無視し、大票田のフロリダに賭ける戦略を取り、失敗している。この年、彼は共和党内で有力視されていた。 第三に、90年代以降、選挙の年の前年秋になって立候補を表明した人は、党内で有力だったにもかかわらず、誰も大統領候補になれなかった。  これら以外にも問題がある。著名な世論調査会社「Five Thirty Eight」(ファイブサーティエイト)が2019年初めに作成したグラフがあるが、縦軸が(ネット)好感度を、横軸が民主党的な価値観を表しており、これに2020年の民主党大統領選挙に立候補しそうな人をあてはめてみると、他の立候補予定者が45度線に近い場所にいるのに対し、ブルームバーグ氏は右に外れた場所にいる。 また、ハフィントンポストが10月初旬に行った世論調査では、民主党支持者の83%が、現状の候補者に満足している。そのためか、FOXが11月3日に発表した世論調査では、ブルームバーグ氏が立候補した場合、必ず投票すると答えた人は6%しかいなかった。「考慮する」を入れても38%にとどまった。前ニューヨーク市長のブルームバーグ氏(共同) ただ、今年1月段階に行われた複数の世論調査では、ブルームバーグ氏の支持率は平均して3%しかなかった。つまり、直近では倍になっており、その理由は主要候補の混戦にあるとみられる。ブルームバーグ氏は、ここに勝機を見いだしたのだろう。また、別の著名な世論調査機関「Real Clear Politics」(リアルクリアポリティクス)の調査では、ウクライナ疑惑の影響で40%以上あったバイデン氏の支持率が25%まで低下し、ウオーレン上院議員に一瞬でも抜かれたのも大きいと言われる。複雑化する政治ニーズ 余談だが、候補者選びのディベートを繰り返す度に、バイデン氏の「物忘れ」の酷さが明確になり、7月には支持率が25%にまで落ちていた(その後、一時30%台まで回復し、ウクライナ疑惑が小康状態になった後も30%台に戻ってはいる)。この7月の時点でトランプ氏がバイデン氏に脅威を感じていたからといって、リスクの高いことをするとは思えない。大統領として当然のことだが、自国の有力政治家の裏マネー疑惑解明が目的だったと考えてよいだろう。 いずれにしてもブルームバーグ氏は、ウオーレン氏が主張する富裕層増税は、米国の経済活力を減退させるとして反対してきた。同様に経済活力向上のため、銀行業務への規制にも反対している。また、ユダヤ系であるため中東情勢に関しては共和党以上にタカ派だ。この辺がブルームバーグ氏を、民主党の中では「右」に位置付けている理由だろう。 ただ、彼は銃規制や地球温暖化対策に関しては、非常な積極論者である。しかし、銃規制や温暖化対策に積極的な民主党の若手のホープが2人も候補者選びから脱落している。それを考えてもブルームバーグ氏が大統領候補になるのは容易ではない。ちなみにブルームバーグ、バイデン、ウオーレンそしてトランプ各氏は、70歳代半ばで、高齢だ。彼ら自身が米国での団塊世代であり、その世代の支持が中心と言われている。民主党の若手のホープたちは、いま20代くらいのミレニアム世代の支持が多い。 だが、米国でも白人は少子化が進んでおり、移民によって若年人口が増えているように見えるに過ぎない。そのため、ミレニアム世代の政治的ニーズは非常に複雑で、それを二大政党が吸収できなくなっている。ミレニアム世代の棄権率は、非常に高い。 実際、若手のホープで最も支持の高い候補者でも支持率は10%未満だ。だが、逆に見ると、従来の二大政党とは異なる政策の組合せを行う候補者が現れれば、その人物が非常に有利になる可能性もある。ただ、トランプ氏については、選挙の前年に作成された好感度と党の政策との一致度を表したグラフで、45度線から外れていたにもかかわらず、当選した。彼の支持者は中高年の貧しい白人が多かったとされているが、若者同様に政治的ニーズが複雑化していたとも考えられる。 今の米国は税制、規制、銃問題、環境問題などにおいて、今までと同じ政策パッケージでは、国民の複雑化したニーズに応えられなくなっている。それを理解した上で、2020年の大統領選挙だけではなく、これからの米国の政治全般を予測し、そして日米関係に関する戦略を練ることが、今後の日本にとって重要になる。 そのためには、ファイブサーティエイトのグラフのような分析の中で、45度線から外れた候補者でも注目し、その人物の当選に備え、あるいは主張している政策パッケージを分析することが重要だ。このような考え方を2016年当時からしていれば、多くの日本の有力な政府機関や大企業などが、トランプ氏当選を予測し、それに備えた政策を準備しておくこともできたかもしれない。 ちなみに私は2016年の大統領選挙の直後に、ニューヨークとワシントンを取材して回ったが、その際、日本の有力な政府機関や大企業の関係者から「トランプ氏が当選すると思っていなかったので、彼とパイプがなくて困っている」と相談されたことが何度もあった。 こうした米国民の政治的ニーズの複雑化にブルームバーグ氏も活路を見いだしたのだろう。だが、彼にとって強大なライバルになり得る人物がいる。その人物こそ、冒頭で触れたヒラリー氏だ。FOXの世論調査では、ヒラリー氏が立候補した場合、確実に投票する人と回答したのは27%で、「考慮する」まで含めると65%を超え、ブルームバーグ氏を大きく引き離した。政治集会で演説するヒラリー・クリントン氏=2016年11月、オハイオ州クリーブランド ヒラリー氏であれば今からでも巨額の資金を集めることが可能だ。2016年の組織を復活させれば、組織力についても問題はない。彼女は米国の公共放送PBSの番組で、意欲満々とも受け取れる発言をしている。ブルームバーグ氏と同様のことを、彼女も考えたのかもしれない。奇矯な言動が目立つヒラリー その一方で、彼女はニューヨーク・タイムズなどに対しては、「最終的に州の取り方で勝てる候補を民主党が選ぶことの方が重要だ」とも述べている。先の大統領選では、全米でトランプ氏に300万票上回ったにもかかわらず、州の取り方で負けた経験を踏まえた発言だろう。あのときも3つの激戦州のトータル8万票差で、ヒラリー氏は負けている。 現状を見てみると、11月4日に発表されたニューヨーク・タイムズの調査結果では、激戦州と考えられる6つの州のうち、4つでバイデン氏の支持率がトランプ氏の支持率を上回っている。だが、サンダース氏やウオーレン氏の場合、逆に4つの州でトランプ氏に引き離されている。 とはいえ、いずれも2016年の3つの激戦州で、トランプ氏が直前までヒラリー氏に負けていた支持率差程度である。ゆえに、トランプ氏がバイデン氏を倒す可能性も十分ある。これを踏まえてトランプ陣営は、既に各州の住民の政治的ニーズを調査し、それをコンピューターで分析した精密な選挙戦略を立て始めている。 確かにFOXの調査でも、トランプ氏の支持率は、例によって40%台で低迷していて、バイデン、サンダース、ウオーレン各氏の誰と戦っても負けが予想されている。だが、それは現段階での全国レベルでの数字である。先に述べた州の取り方の問題だけではない。バイデン氏は前述のように重度の「物忘れ」がある。サンダース氏も何度か心臓発作を起こしている。ウオーレン氏は医療改革などで具体的な財源を示していない。3人が有利な激戦州は、それぞれ違う。そう考えると6つの激戦州で勝てそうな状況になれば、ブルームバーグ氏にも、そしてヒラリー氏にも勝機がないとは言えない。 前述したが、民主党の候補者選びが混乱している理由は、誰も予備選で過半数を取れなければ、党大会で特別代議員が投票する制度改革のおかげで、誰もが絶対的な支持を受けられなくても、数の勢いさえ見せつければ党大会で逆転できると考えているからだ。そのためか比較的無名の若い女性議員も何人か立候補している。その一人でヒラリー氏と親しかった女性議員に対して、ヒラリー氏が「あなたは民主党を分裂させてトランプを再選させようとしているロシアのスパイだ」と急に言い出し、物議を醸したことがある。 このように、ヒラリー氏はトランプ氏との大統領選挙に敗れて以来、奇矯な言動が多く、それが日に日に悪化している。それだけではない。 多くの有力者に少女の性接待を行うことで富豪になったと言われるエプスタインという人物が、性接待に関する容疑で連邦拘置所に拘置中、自殺する事件が8月に起きた。エプスタイン氏の顧客には、ヒラリー氏の夫であるビル・クリントン元大統領もいた疑惑があり、それをトランプ支持の有名芸能人がツイッターで指摘。これをトランプ氏がリツイートしたことがあったが、そのとき、ヒラリー氏は「あと数日でエプスタインは自殺する」と事前に言っていたというツイートなどが、米国中で何百万も飛び交ったという。安倍晋三首相(右)との会談を前に握手するビル・クリントン元米大統領 =2015年3月、首相公邸(代表撮影) また、ヒラリー氏の電子メール問題を追及し、もう少しで動かぬ証拠をつかみかけていたジャーナリストが、曖昧な内容の遺書を残して自殺したり、「これ以上、不正に手を貸すことは良心が許さない」と言っていた、ヒラリー氏の選挙対策本部(正確には民主党本部)のサーバー管理者が何者かに背後から射殺されたりしている。 ロシア疑惑に関しても、若手のホープたちは解明に積極的で、ベテラン民主党議員が消極的という不思議な現象がある。ロシア疑惑でもウクライナ疑惑でも、ヒラリー氏関係のロビースト事務所などが莫大なマネーを動かしていた疑惑の方が重要で、それに民主党のベテラン議員も深く関係しており、それを隠蔽するためにトランプ氏に罪を被せようとしているとの見方がある。また、それを明らかにすることで、若手のホープたちは自らの支持率浮上を狙っているのかもしれない。 一方、若手のホープではないが、オバマ前大統領が自ら本命の後継者と考えているとされるパトリック元マサチューセッツ州知事も、ブルームバーグ氏の次に出馬を表明。彼は黒人だが、金融ビジネスで成功しており、ユダヤ系で大富豪のブルームバーグ氏とは似た部分もある。「ヒラリー大統領」は悪夢 そもそも、オバマ前大統領やヒラリー氏が医療改革にこだわったのは、医療保険会社を通じて金融市場にマネーを回し、ウオール街を儲けさせるためだったという説もある。いずれにしてもビル・クリントン時代の金融規制緩和などが、世界的な格差拡大の元凶であることは間違いない。 これと戦って、額に汗してモノを作ったり売ったりする人々の雇用を守ろうとしているのがトランプ氏であり、ヒラリー氏やパトリック氏、そしてブルームバーグ氏を含む金融ビジネスに近い民主党の候補者らこそが、米国と世界を格差拡大で混乱させようとしていると理解することも可能だろう。このように考えると、金融界や医療保険問題に近しい民主党の候補者が米国大統領になるのは、極めて望ましくない。特にヒラリー氏の奇矯な言動を踏まえれば彼女が米大統領になることは、悪夢であることは想像がつくだろう。 また、ヒラリーもユダヤ系の多い金融ビジネスとの関係からか、中東情勢に関してはトランプ氏よりタカ派である。むやみに中東戦争を起こされては、石油調達の面などを考慮すれば、日本への影響は甚大だ。だが、彼女の周囲には金融ビジネスで世界を動かす勢力がいる。そのマネーの力は侮れない。 2016年の大統領選挙でヒラリー氏はいくつかの激戦州で、1%未満の差でトランプ氏に敗れたため、大統領になれなかった。実は、このような事態には、同年夏時点で複数の世論調査機関が予測していた。 だが、なぜか多くの米国の主流メディアや学者らが、「トランプが勝つはずがない」などと軽々しく断言していた。その答えは、「エプスタイン氏の死」やヒラリー氏の関係者の自殺や他殺が教えてくれたように思う。ヒラリー氏がトランプ氏に敗れるという予測をすれば、予測実現効果が起きかねない。その結果、エプスタイン氏らのようになりたいと思う人が、誰もいなかったのであろう。ホワイトハウスで記者団の取材に応じるトランプ大統領=2019年9月(UPI=共同) このように、ヒラリー氏、そして民主党の金融界に近い政治家を巡っては、多くの恐怖がある。バイデン氏の息子もウクライナ問題だけではなく、中国マネーを使って米国の精密機械の会社を中国の兵器会社に売却している。多くの国務省の関係者がウクライナ問題でトランプ氏に不利な証言をしているが、共和党の反対尋問を受けると曖昧なことしか言えず、何かを恐れているようにも思える。 これが今の米国の実相である。それをよく理解して日本は米国と向き合うべきだろう。【イベントのお知らせ】当サイト執筆陣の吉川圭一氏が代表を務めるグローバル・イッシューズ総合研究所と一般財団法人尾崎行雄記念財団の共催(協力/産経デジタル「iRONNA」、近代消防社)によるパネルディスカッション「阪神大震災と地下鉄サリン事件から25年-あの時、何が起こったか?あれから何が変わったか?」が、令和2年1月21日(火)午後6時~8時に、憲政記念館(東京都千代田区永田町)で開催されます。パネラーは自衛隊元高官の松島悠佐氏と濵田昌彦氏で、日本の危機管理の課題などについて問題提起します。参加費は2千円(当日受付にて)。参加希望者は、氏名・所属・電話番号を「info[a]ozakiyukio.jp」へ電子メールでお送り下さい([a]をアットマークに置き換えてください)。メールで申込み頂いた時点で受付完了となり、財団などから確認の連絡は致しません。急遽中止など緊急の場合のみ連絡致します。

  • Thumbnail

    記事

    「GSOMIA狂騒曲」日韓が口をつぐむアメリカの本音

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 11月23日に期限を迎える日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)をめぐって、メディアの事前報道が過熱した。率直に言わせてもらえば、なぜ大騒ぎをするのか、全く理解できないほどの過熱ぶりであった。それだけのエネルギーがあるのなら、もっと大事なことを論じてほしかったというのが、私の率直な思いである。 北朝鮮が度重なるミサイル実験を通じ、ミサイル技術を向上させているのは事実である。軍事面において、日本と韓国が関連情報を直接やり取りできるGSOMIAによって、ミサイルに関する情報を素早く正確に共有できることも確かであろう。だから、協定延長に意味がないとまでは言わない。 さらに言えば、ひたすら非難の応酬になっている現在の日韓関係を見れば、何か一つでも両国が合意に達することがあれば、少しはホッとできるという要素があるかもしれない。その合意に、長期的な視点では問題があるとしても、一息ついている間に、本筋の徴用工問題などで対話をする雰囲気が醸成されることを期待する向きもあるかもしれない。 しかし、軍事的な正解が、必ずしも政治的にも正解だとは限らない。また、GSOMIAがこれほど問題になる背景にあるのは、そもそも日米韓関係の実体が政治面でゆがんでいることにある。 その実体面での関係を正常化させる努力はしないまま、GSOMIAだけを何とかしようとしても、手術が求められる患部を放置したまま、湿布で痛みを緩和して済ませるようなものであり、患者の容体が深刻化するだけだ。議論が過熱する背景にある日米韓関係の歪みこそ正されるべきではないか。 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の発言を見ていると、果たしてどういう日米韓関係を望んでいるのか、さっぱり分からない。ご自分も分かっていないのではないか、とさえ感じる。 そもそも、GSOMIAを必要だと思っているのかどうか。日本による輸出管理の強化措置を踏まえ破棄を決定したことは、それが冷静な判断ではなく激情に駆られたものとはいえ、絶対に必要だというほどの思い入れはないのだろう。 しかも、韓国国民の多数がGSOMIAの破棄を支持しており、市民運動に依拠して誕生し、政権運営をしてきた文大統領も、本音はそこにあるのかもしれない。ソウルの韓国国防省前でGSOMIA破棄を訴える市民団体メンバーら=2019年11月15日(聯合=共同) 一方で、韓国側から聞こえてくるのは、日本が輸出管理の強化を撤回すれば、GSOMIAを失効させることはしないということであった。ということは、GSOMIAが、別の何かと引き替えできる程度の軽い気持ちから破棄が決められたものだとしても、本当は存在していた方がいいというのが、文大統領の本音なのだろうか。 文大統領が目指しているのは、まずは北朝鮮の非核化を実現し、さらには南北統一を実現することだ。しかも、それを平和的な話し合いで成し遂げようとしているはずだ。文大統領に残った「恨み」 それならば、日米韓の軍事関係の強化から距離を置き、その軍事的結束を緩めることをテコにして、北朝鮮に働きかけるという選択肢があったはずなのだ。 GSOMIAは北朝鮮を直接の視野に置いた協定なのだから、破棄することは対北朝鮮外交の打開のために生かせる格好の手段だったのに、文大統領の頭にはなかった。あったのは「日本が韓国を信頼できない国だとして輸出管理の強化措置をとった」という恨みだけだったように思う。 文大統領の政治姿勢はいびつだ。盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領以来の左派政権を誕生させたのは、北朝鮮を敵と位置づけ、それに異を唱える勢力、思想を徹底弾圧する軍事独裁政権を打倒した市民の力であった。だから、慰安婦問題や徴用工問題に見られるように、軍事独裁政権下では声に出せなかった日本による植民地支配時代のことを、今あれほど糾弾するのである。 その長期間にわたる軍事独裁を支えたのは、他でもない米国であるし、日本も経済では支えた面があった。そして、民主化運動を誕生させた最大の動機は、多大な犠牲を生んだ80年の光州事件における軍事弾圧を在韓米軍司令官が許可したことにあった。だから現在の韓国の市民運動家たちは「米国は韓国国民の命を大切にしない」とみなしている。 ところが、文大統領はそのような市民の声は大事にしていない。「市民主導政治」は、日本に対しては発揮できても、米国が支配する軍事分野には及んでいないのだ。かえって軍事同盟を絶対化する古い政治に縛られている。 文大統領が市民主導政治を貫くというのであれば、「GSOMIAをどうすべきか」といった細かい問題にこだわって、日本だけを批判の相手にしていてはいけない。客観的には、戦後ずっと続いてきた日米韓の「軍事一体化」そのものを解消するかどうかという、根幹の問題に手をつけるべきなのだ。そうでなければ、文大統領は早晩市民から見放され、引きずり下ろされることになるだろう。 日本もまた、岐路に立つ日米韓関係を正確に把握していないようだ。結果として、適切に対応しているようにも見えない。 日本は、北朝鮮のミサイル対応を理由に、GSOMIAを維持したいとの考えを韓国に何回も伝えている。だが、文大統領は「安全保障面で信用できないとして輸出管理の優遇措置対象から韓国を外した日本と、軍事情報を共有するのは難しい」と反論してきた。2019年11月15日、ソウルの大統領府でエスパー米国防長官(左から2人目)と握手する文在寅大統領(韓国大統領府提供=共同) これに対する日本の反論は弱々しい。「輸出管理と安全保障は別問題」と反論しているというが、韓国を優遇措置の対象から除外するにあたって、日本政府は徴用工問題への報復措置であることを隠すため、「韓国の対応に、安全保障面で信用できない事態が生まれたからだ」と繰り返し説明した。今になって、別問題だと言っても支離滅裂である。 日韓関係は「同盟」とは呼ばれない。しかし、戦後の日米韓は、北朝鮮をはじめとするアジアの社会主義を標的にした事実上の同盟関係を結んできたと言っても間違いはないだろう。 日本は、いわば準同盟の相手に公然と「軍事面で信用できない」と表明したのである。今になって、日本政府はミサイル問題での日韓連携が必要だと言うが、その連携を崩してきたのが日本なのだ。日本の「脅威」が消えた? しかも、日本がそういう態度をとれたのは、実は本音では、以前ほど北朝鮮を「脅威」と見ていないからではないのか。昨年末、韓国軍によるレーダー照射問題が焦点となった際、韓国が事実関係を認めないことに怒り、問題を公然化したのも日本側だった。 脅威が目の前にあると本気で信じているならば、たとえ準同盟国の言動に問題を感じていても、その脅威の前で暴露するようなことはしない。戦後の日韓はそのような関係だった。安倍政権は、そのようなことはもはや不要だと判断したのである。 つまり、韓国だけでなく日本を見ても、北朝鮮を脅威とした日米韓の結束は転機を迎えているということだ。韓国を軍事面で信用しないと公言する日本政府の「勇み足」も、その実態の反映なのだ。それならば、実体面での変化を素直に受け入れ、変化に対応した新しい外交を目指すべきではないか。 日本はこれまで、国連による北朝鮮人権非難決議の共同提出国に加わっていたが、今回は外れた。「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と無条件で対話したい」という、安倍晋三首相の言明を何とか実現するテコにしたいのであろう。 実は、日本政府も変化に対応した新しい外交を模索しているのだ。ただし、この程度ではインパクトは小さい。北朝鮮からの反応もないようだ。 ならばいっそのこと、GSOMIAの失効をバネにすることで、北朝鮮との関係を再構築すべきではないか。既に述べたように、軍事的正解が必ずしも政治的正解というわけではない。 GSOMIAを延長して、北朝鮮のミサイル情報を瞬時にやり取りすることは、ミサイルからの安全確保上、米国を経由するよりも即時性という点で意味があるだろう。けれども、米国経由でもやり取りできる、つまり軍事面での利益がなくなるわけではないのだから、拉致問題をどう動かすかという点に、知恵と力を使うべきだと思う。 具体的に言おう。日本と韓国は準同盟関係にあるといっても、米韓合同演習に加わっているわけではない。 そういうオモテに見える現実を上手に利用して、「日本は自衛の場合を除き、北朝鮮に対する軍事行動をとるための態勢は一切とらない」という宣言ぐらいしてもいいのではないか。ただ、膠着(こうちゃく)した拉致問題を動かす上で、宣言程度では足らないことを忘れてはならない。2回目の会談後、トランプ米大統領と握手する安倍首相=2019年8月、フランス南西部ビアリッツ(共同) それにしても、日米韓の関係をこれほどゆがませたのは、最近の米国の「迷走」にある。米国は3国関係をどうしたいのか、はっきりさせる必要がある。 GSOMIAの失効期日を前に、エスパー国防長官をはじめ、米高官が何人も韓国入りして説得に当たった様子は壮観とも言えた。韓国を説得できる立場にない日本としては「米国効果」を期待していたであろう。しかし、米国の説得には何の効果もなかったどころか、かえって韓国の自主独立の気概を駆り立てたように見えた。「脳死」する日米韓 それは当然である。この問題を説得するのに、米国以上に不似合いな国はないからだ。 エスパー長官は「GSOMIAが失効すると、北朝鮮や中国に間違ったメッセージを与える」と強調したそうだ。けれども、それが本当に間違っているのであれば、トランプ大統領が発するメッセージは間違っていないとでも言うのか。 冒頭で述べたように、北朝鮮では、国連安保理決議に違反する弾道ミサイルの発射実験が行われている。トランプ大統領は、日本や韓国が当事者となる短距離ミサイルの場合「問題ない」と繰り返し表明している。 GSOMIAで焦点となるのは、どうやってミサイル情報を素早く交換するかだ。だが、トランプ大統領はミサイルの発射自体に問題ないと「お墨付き」を与えているのである。 問題のないミサイルであれば、何のために情報交換がそれほどまでに必要なのか。大統領を説得できない国防長官が、米国の権威をかさに着て、他国を強引に説き伏せるなどみっともないとしか言いようがない。 最近、フランスのマクロン大統領が、北大西洋条約機構(NATO)の現状を「脳死」と表現したことが話題になった。対「イスラム国」(IS)作戦で重要な貢献をした少数民族クルド人でさえ平気で見捨てるトランプ大統領なのだから、「自分の国だけは米国が助けてくれる」とNATO加盟国も思えなくなっているのも無理もないだろう。 実は、日米韓の軍事関係でも同じような事態が進行している。NATOと異なり、心理面での米国依存から抜けきれない日本と韓国だから、いまだに表面化していないだけだ。 今、米国が日本と韓国に対し、米軍駐留経費の負担を、それぞれ現行の4倍、5倍にせよと提案していることが報じられている。一方で、日韓を目がけた北朝鮮のミサイルは問題にしていない。 この現実を目の当たりにして、米国は自国のもうけになるなら駐留するが、もうからない他国防衛には本気ではないと、誰だって本音では思っているはずだ。日韓の政府高官も心の奥で思っていても、何十年もの習慣に縛られて口にできないだけなのだ。2019年7月25日、北朝鮮が発射した「新型戦術誘導兵器」(朝鮮中央通信=共同) だから、どこからどう見ても、今問われているのは「GSOMIAをどうするか」という枝葉末節の問題ではない。「日米韓の関係を今後どうしていくのか」という本質的なことなのだ。 議論すべきは根幹の問題である。より明確に言えば、頼りにならない米国をあてにせず、どうやって日本の防衛戦略を構築していくのか、ということだ。問題点をあぶり出すことができただけ、「GSOMIA狂騒曲」は無意味ではなかったといえるのではないか。

  • Thumbnail

    記事

    米国が「世界の警察」をやめる前に日本は独り立ちできるか

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) シリア北部(トルコとの国境地帯)からの米軍撤収を決めたトランプ大統領に批判が集まっている。米下院は10月16日、反対決議案を共和党からも多くの賛成者が出て圧倒的賛成多数で可決した。以前にもシリアからの撤収に関しては上院の3分の2の多数で反対決議が通ったことがある。ウクライナ疑惑で上院の3分の2の多数が必要とされる弾劾の危機に晒(さら)されているトランプ氏が、なぜ急にシリア北部からの撤収を言い出したのか?  その背景にはワシントン内部での「内戦」状態がある。トランプ氏としては、それを突破し、当初からの公約である「世界に広げ過ぎた米国の軍事力をできるだけ縮小する」ことを実現したいのではないか? そうなれば日米安保などの関係で、日本にも大きな影響が出てくる。この問題に関して考えてみたい。 いまワシントン、特に共和党内部では、ウクライナ問題とシリア問題を巡って、分裂があるようだ。例えばウクライナ問題ではトランプ氏擁護派の議員が、シリア問題ではトランプ氏を批判したりしている。ところが、これが彼らや共和党そしてトランプ氏に有利にも作用している。 このような議員は、トランプ氏と自分は一体ではないと主張して、次の選挙を有利に戦える。共和党を支持する田舎の選挙民にとっては、シリア問題にあまり関心がない。シリア北部にはキリスト教徒も多いため、キリスト教保守派の反発はあるものの、これからの最高裁判事指名などを考えると、ウクライナ問題でトランプ氏が弾劾されたりしたら困る。 このように共和党に有利な状況もある。しかし10月8日に発表されたワシントン・ポストの世論調査によれば、共和党支持者の20%がトランプ弾劾を支持しているという。さらに保守系のFOXが10月9日に発表した世論調査によれば、米国民の51%が、トランプ弾劾を支持しているという。この数字は、ワシントン、特に共和党を震撼(しんかん)させた。 しかし両調査でも、トランプ氏の支持率は40%台半ばで安定したままである。共和党支持者内でのトランプ弾劾賛成が増えたのは、共和党内の反トランプ系議員の発言などの影響が大きいのではないかと思われる。つまり一過性のものである可能性も低くない。FOXの調査でもトランプ氏の絶対的支持者である貧しい白人や地方居住者の間では支持率が10%前後も増えていて、シリア問題を懸念しているはずのキリスト教保守派の間でも5%支持率が上昇している。 非常に興味深いのは、米国で最も信頼される調査機関ゾグビー社(Zogby)が、同じ時期に行った調査の結果だろう。この調査によれば、米国民の53%が弾劾調査を支持。反対は40%。47%が弾劾手続きも支持。反対は41%だ。 ところが米国民の46%が、トランプ氏は来年の大統領選挙で再選されると考えている。そう考えない人は33%なので非常な大差である。 この調査でも、トランプ氏への支持が最も低い女性とヒスパニック(中南米系)以外の人々の間では、若者、高齢者、大都市居住者、地方居住者、労働組合員、富裕層、どれを取っても2020年にトランプ氏が再選されると思う人が思わない人を上回っている。女性とヒスパニックの間でも、再選されると思う人と思わない人は、40%前後で拮抗(きっこう)している。 この調査では、トランプ氏とウクライナ大統領の電話会談を不適切と考える人は46%。考えない人は40%。分からないが14%。 FOXの調査では、弾劾に値するか、適切だったか、それとも不適切だったが弾劾には値しないか?―という聞き方をしている。すると後者の二つを足した数字が、弾劾に値すると、ほとんど同じ40%台半ばなのである。 つまり米国民は調査などによって真実を知りたがっているのではないか? その真実次第では、トランプ氏再選は十分以上にあるということだろう。 例えば共和党内の調査では、2020年の下院の選挙で95の激戦選挙区で、共和党の候補が民主党の候補を、平均して10%近くもリードしている。2016年にトランプ氏がヒラリー氏に勝った下院選挙区に、いま31人の民主党下院議員がいるが、これらの選挙区でも共和党候補者が10%以上リードしている。 このままの情勢でトランプ氏や共和党に有利な真実が次々と明らかになり喧伝(けんでん)されれば、トランプ氏再選の可能性は非常に高い。では米国民が知りたがっている「真実」とは何か? それはFOXの調査の中にヒントがある。この調査によれば、民主党の下院議長やウクライナ疑惑を調査しているペロシ下院情報委員長(民主党)の支持率は、トランプ氏を下回っているのである。トランプ米大統領のウクライナ疑惑に関し、下院情報特別委員会が公開した内部告発の文書=2019年9月26日(AP=共同) 米下院情報特別委員会のシフ委員長は、9月に突然退任したウクライナ担当特別代表ボルカー氏が提出した通信記録のうち、弾劾に有利なメールだけを一般公開した。実はボルカー氏が提出した通信記録の中には、トランプ氏がウクライナ大統領にバイデン前副大統領関係の調査を強制した事実はないことを示すものもあったはずなので、共和党側は全ての通信記録の公開を迫っている。民主党ペロシ議長への不信 しかも中央情報局(CIA)職員と報じられる内部告発者が事前にシフ委員長と相談していた事実が露見し、さらにシフ氏のスタッフの中に二人もオバマ時代の国家安全保障会議(NSC)などで内部告発者と同僚だった人物がいることも判明。そこでシフ委員長が公正でないとして共和党側は彼の解任を求めている。 さらに内部告発者は、オバマ時代にバイデン氏のウクライナ訪問に同行したこともある。これではバイデン氏を庇(かば)うために真実ではないことを言っていることも疑われる。 内部告発者の首席弁護士バカジ氏は、そのような事実を否定しているが、同氏は非常に強固な反トランプ派だ。彼の事務所の若い弁護士ザイド氏は、かつてムラー特別検察官にロシア疑惑に関する調査の内容の機密部分を公開することを提案したことがあり、また政府の情報開示などに関するプロジェクトにも関わっているが、このプロジェクトはヒラリー氏や反トランプの大富豪ソロス氏と深い関係がある。 ウクライナの天然ガス会社とバイデン氏の息子の癒着には、ペロシ下院議長その他の何人かの民主党有力政治家の息子たちも関わっていた事実も判明した。 トランプ氏がウクライナ側に汚職の調査を頼んだと聞いたペロシ氏が、正式の手続きを経ずに弾劾調査を始めた理由は、そこにあるのかもしれない。 このような事実は少しずつ米国のメディアも報道し始めていて、そのためFOXの世論調査のようなペロシ氏たちへの不信のような結果が出ているのかもしれない。いずれにしてもウクライナ疑惑とはロシア疑惑と同様、民主党が自らの不正をトランプ氏に押し付けている部分が大きい。 そして弾劾の調査や手続きが進めば、バイデン氏の息子や内部告発者も議会で証言せざるを得なくなるかもしれない。少なくとも共和党は、それを主張している。 そうなれば、今まで述べてきたような民主党に不利な「真実」が米国民の目に明らかになる。それを米国民も望んでおり、そうなればトランプ氏の再選の可能性も高まる。 もちろん民主党としては、それは望ましくない。 10月10日、バイデン氏の圧力で天然ガス会社の不正追及を断念したことが納得できないウクライナ検察関係者をトランプ氏の顧問弁護士、ジュリアーニ元ニューヨーク市長に紹介した2人の在米ウクライナ人が、ロシアからの莫大(ばくだい)な資金を資金洗浄して、トランプ氏の関係団体に献金していたとして司法省に逮捕されている。 これも今後の捜査を見守らなければ断言できないが、ロシア疑惑と同様、司法省、連邦捜査局(FBI)そしてCIAの中にも反トランプ派が多いことの逆の証明のようにも思われる。 ウクライナ疑惑の内部告発者も、サウジ人ジャーナリスト暗殺事件を仕組んでサウジ王家とトランプ一家の協力を妨害したと思われる人々も、ともにCIA関係者である。司法省やFBI、CIAだけではない。国務省も同様である。 ジュリアーニ氏はウクライナ疑惑への介入に関しても追及されているが、トルコのビジネスマンと協力したトルコ、イラン間での裏マネー作りに関しても追及されている。 それにも関連してトルコ人の在米イスラム教指導者で、反エルドアン大統領派であるギュレン師のトルコへの引き渡しに関係したとも言われる(引き渡しは実現しなかった)。 これはトルコのエルドアン政権とトランプ政権のパイプを太くし、また逆にイラン内の反体制派とのパイプを作ることが目的だったようだが、ロビー活動に関する規制などに触れている可能性もあるらしい。この情報は国務省筋から出たものである。 国務省はトランプ政権になってから弱体化され、2010年には2万3千人の外交官が採用されたが、2018年には9千人未満だった。トランプ氏はエリート官僚の組織よりも優秀な個人に仕事を任せるスタイルである。そういう意味でキューバ危機の時のケネディに似ている。 それが既存のワシントン政治、民主、共和両党の議員だけではなく官僚によるものにも、真に国民のためになるものではないのではないかという疑問が広がり、トランプ氏が当選した大きな理由だったと思われる。 そのため今回のジュリアーニ氏や中東和平をめぐるクシュナー大統領上級顧問のような人々の動きが出てくる。それが既存の国務省の官僚などには非常な不満がある。米ホワイトハウスで開かれた行事で話すトランプ大統領=2019年10月15日、ワシントン(AP=共同) 11日に元ウクライナ大使が議会で、トランプ氏に不利な証言をしたようであるが、そのような背景を考えると国務省の組織防衛が目的であって、信用できないのではないか? 発言内容を精査すると、明らかに民主党を庇(かば)っている。 そしてトランプ政権の「今の弾劾調査は適正手続きにのっとっていない」として下院の弾劾調査に協力しない方針に反して、その後も国務省の官僚による下院での証言は続いている。いかに彼らが国務省の組織防衛に必死かが分かるように思う。それは果たして米国や世界のためになるのだろうか?弾劾手続きの疑問 なお米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を解任されたボルトン氏は、超タカ派ではあっても「国務省の官僚」の側面もある人物だった。ウクライナ疑惑は、彼の関係からリークされたのではないかという説が、ワシントンの一部で囁(ささや)かれている。 このようにトランプ氏が米国と世界のためになる新しい柔軟な政治を実現するには、民主党だけではなく司法省や国務省そして既存の官僚組織と結びついた共和党の政治家とも闘う必要があるものと思われる。 10月18日、首席大統領補佐官代行のマルバニー氏は、このような国務省の官僚主義を批判し、またウクライナへの軍事援助をしばらく保留にしていた理由として、2016年の大統領選挙における民主党本部の電子メール流出問題に関し、ウクライナに調査を依頼する意味もあったと述べた。 そこで弾劾手続きが不思議な意味を帯びてくる。仮に上院での弾劾裁判が始まったとする。共和党支持者内におけるトランプ氏の支持率の高さを見ると、最終的に3分の2の多数で弾劾されることはないものと思われる。以前のシリア撤収反対決議とは重みが全く違う。しかし何名かの賛成者は共和党からも出るのではないか? 共和党の上院議員の中には2020年の選挙で再選が危ぶまれている人が10人前後もいて、この人々は2018年の中間選挙後に、何度もトランプ氏の通したい法案に反対したり、通したくない決議に賛成したりしている。この人々は当然シリア撤収に反対したりしている。だが、そうすることで彼らの一部は、トランプ弾劾に反対しやすくなっている。 また「小さな政府」論者である保守系草の根運動「ティーパーティー」(茶会)は、実は民主党的な「大きな政府」論者であるトランプ氏とは相いれない。しかし2020年以降に党内の主導権を握るため、トランプ弾劾には強硬に反対している。「小さな政府」論者の彼らが、米国が世界に広げ過ぎた軍事力の撤収に賛成する可能性は低くない。 そのような側面もあるものの、何人もの共和党の有力議員がウクライナ問題やシリア問題でトランプ氏に批判的な立場に立っている。彼らは長くワシントン政治に関わってきた。民主党と同様に官僚機構との結び付きの強い人々である。 そこで弾劾裁判で賛成に回った共和党議員には、対抗馬を立てたりスキャンダルを追及したりする方法で、ワシントンから追放する。ないし弱体化させる。それをやってもらうため8月に以前トランプ政権の元首席戦略官だったバノン氏と和解したのかもしれない。 もちろん弾劾裁判のプロセスで、多くの民主党有力者の政治生命がなくなるような「真実」が、出てくるかもしれない。 こうして2020年以降のワシントンがトランプ氏に完全に掌握されたら何が起きるか? それは今のシリア情勢が教えてくれているように思う。 トランプ氏は大統領になる前から外交問題では2つの悲願があった。1.  ロシアと和解、協力して、イランや中国をけん制し、米国にとっての脅威を払拭する。2.  アフガンその他の駐留正規軍を民間軍事会社にできるだけ置き換える。 これは二つとも既存のワシントンの官僚や政治家が彼らの利権や体面を守るために嫌がることなのである。しかし米国と世界に新しい安定をもたらすことを考えると、そうした方が望ましいように思われる。 いま米軍のシリア北部からの撤収によって、イランが後押しする同地域の反米勢力が、一時的には有利になっている。しかしシリアを自らの勢力圏と見做(みな)すロシアと、中東情勢全般に関して交渉することは、より望ましくなったという考え方もある。 実際、10月13日、米国政府はロシアやアサド政権とクルド人の間で協力関係ができたため、より多くの米軍をシリアから撤収させると表明。米軍が両者の挟み撃ちに会うような危険な状態に置かれたからとも言えるが、この三者とトルコの間で力の均衡が成立すれば、米軍がいなくなっても、この地域の安定は保てるかもしれない。 ワシントンの専門家の中にも、クルドが迅速にアサド政権との協力を打ち出したことを以って、アサド政権の力の回復の証明と理解し、それによるISの復活阻止も含めたシリアにおける秩序回復を支持することは、米国にとって現実主義的な対応であると考える人々もいる。 そして10月14日からロシア軍が、トルコ軍とシリア軍およびクルド人勢力の間に入って、米国に代わって力の均衡を作り出そうとしている。これは水面下で行われたトランプ氏とプーチン氏の取引の結果である可能性もあると思う。 これは昔からの協力者シリアのアサド政権のためだけではない。クルド人の脅威を恐れるトルコにも、クルドの脅威から同国を守ることで、ロシアは大きな影響を持てる。  シリア北部で実施された合同パトロールから戻る米国、トルコ両軍=2019年9月8日(ロイター=共同) 北大西洋条約機構(NATO)で二番目の軍事大国で、ロシアが外洋に出るために必要な海峡を抑えるトルコに対する影響力を増やすのは、ロシアにとっても望ましく、今までもミサイル防衛システムの売却などを行ってきた。今後米国がトルコの行き過ぎた軍事行動に干渉するにも、ロシアの仲介が重要になってくるかもしれない。 このように、ロシアに異常接近しているトルコが、シリア北部で戦闘を開始してくれたので、米国としても今後トルコを批判しやすくもなる。実際、既にトルコに対する経済制裁が始まっている。そして、この経済制裁をめぐって、シリア問題で民主党と協力してトランプ氏を批判してきた共和党議員の一部とトランプ氏の協調が起こる可能性もある。民間軍事会社の活用 10月17日、米国政府はペンス副大統領とポンペオ国務長官をトルコに派遣し、シリア北部における軍事行動の停止を説得させた。 そして4日間の戦闘停止と、その間にクルド人勢力が20マイルの緩衝地帯を設けることで合意した。この合意にはトルコと米国が協力しての「イスラム国」(IS)対策も部分的に含まれている。 ただし、トルコのエルドアン大統領は、決して「停戦」という言葉を使わず、また緩衝地帯ができたら、そこのパトロールもトルコが行うと主張している。またクルド人勢力が緩衝地帯を作る約束を守らなければ、攻撃を再開するとも言っている。今後の動向は予断を許さないと思われる。 そこでワシントンの政治家の間では、トルコへの経済制裁を強化する法案なども構想されているのだが、今まで述べたような親トランプ、反トランプあるいはウクライナ疑惑重視、シリア問題重視などの違いにより、まとまるのは難しい状況である。 また10月11日の紅海(こうかい)におけるイランの船舶に対する攻撃を、サウジの責任とするイランの主張に対し、米国が2千人の兵士とミサイル防衛システムをサウジに派遣した。 これらの問題が進展していけば、トルコにおけるサウジ人ジャーナリスト暗殺事件の真実を明らかにし、サウジと米国が協力してイランと対峙(たいじ)するというトランプ氏が構想した方向に、サウジと米国が進路を切り替えやすくなるかもしれない。 なおロシアもサウジに対して数十億ドルの取引を締結した。先に述べたトルコの場合と同様、米国とロシアの協力による新しい中東のバランスが着々と作られつつあるようにも思われる。 いずれにしても今後のシリア情勢次第によっては、撤収した米軍の代わりに民間軍事会社が派遣されるという展開もあるかもしれない。それをさらにアフガンにも応用するためにも、ロシアの背後からの協力は欠かせない。 実際、米国はいったんは反故(ほご)になったタリバン勢力との交渉を再開している(この交渉がいったん頓挫したのもボルトン氏関連からのリークが原因ではないかとワシントンの一部ではうわさされている)。 この交渉は基本的に、タリバンがアルカイダなどとの関係を清算する代わりに、米国はアフガンから撤収するというものである。しかし1万4500人もの米軍を撤収させた後のアフガンの治安維持などには、やはり民間軍事会社の派遣が必要になるのではないか? 仮に撤収のプロセスだけだとしても…。 なおロシアもシリアなどでは民間軍事会社を使っている。21世紀には世界各国が民間軍事会社などに自国の安全保障戦略を任せ、できるだけ正規軍を使わない時代になるのかもしれない。 冒頭で述べたように、シリア北部からの米軍の撤収に関して10月16日、米国の下院で共和党の一部(60人)以外全員が賛成する非難決議が可決された。今後、トルコへの厳しい制裁を含んだ法案が共和党内からも提出される可能性もある。 しかし、トランプ氏は「トルコ、シリア、クルド間の抗争は彼らの問題である」として非難決議に反論。そして「クルド族はシリア政府によって十分に守られている」とも言っている。やはりシリアの背景にいるロシアとの裏交渉ができている可能性もあると思う。 そして同じ日に発表されたエコノミストの世論調査では、米国のシリアからの撤収を共和党支持者の6割近くが支持している。つまり少なくとも共和党内のシリア撤収反対派は、彼らの支持者の意向に反していて、トランプ氏の方が共和党支持者の意向に沿っているのである。そして最初に述べたように来年の選挙で共和党は、決して不利な状況ではないのである。 このようにトランプ政権は2020年以降も続き、しかも世界からは次第に軍を撤収させる方向になる可能性が高いのである。トランプ氏としては、そのためにはイランと中国だけは安全な状態にしたいようであるが、できるだけ軍事力を使わず、金融制裁等で両国の力を弱めたいようである。 サウジ石油施設攻撃の問題でイランの中央銀行を世界から封鎖した。今回の経済交渉で中国に少しの妥協をしたが、それは2020年の大統領選挙のために米国内の景気に最低限の配慮をしただけで、中国から米国への投資の制限等を止める気配はない。サミットの夕食会を楽しむ(左から)トランプ米大統領、安倍首相、ロシアのプーチン大統領=2019年6月28日、大阪迎賓館 このように考えると2020年以降の日本は、石油の問題をめぐり中東で、そして南シナ海などの情勢をめぐり対中国で、かなりのことが軍事的にも自分でできるようにならないと、生きて行けなくなってしまう。 そういう意味でも10月18日に安倍政権がペルシャ湾への自衛隊の派遣を決定したのは間違ってはいない。しかし今のフルスペックの集団的自衛権も使えない自衛隊の自衛隊派遣で十分だろうか?  やはり一刻も早く憲法を改正し、軍事予算もできるだけ多く使うべきだろう。憲法改正に手間取るようなら日本版民間軍事会社を設立し、それを中東に派遣するようなことも考える時期ではないか。言うまでもなくトランプ、プーチン両氏との協力が不可欠であり、以上のことができるのは安倍総理しかいないと私は考える。

  • Thumbnail

    テーマ

    習近平の逆ギレで始まる「中国の暴走」

    建国70年を迎え、中国の習近平政権は過去最大規模の軍事パレードで軍拡路線をアピールした。一方で、経済大国に成長しながら、共産党一党独裁という政権の異質さは変わっていない。覇権主義を突き進み、悪しき原点と評される「毛沢東時代」に立ち戻ろうとする中国は、暴走の果てにどこへ向かうのか。(写真は共同)

  • Thumbnail

    記事

    渡邉哲也×吉川圭一対談 覇権争いで剥がれ始めた中国の「仮面」

    になっていますが、この根底には世界の大きな覇権争いが存在するわけです。どういうことかと言えば、中国はアメリカに対して太平洋の分割を迫り、覇権国家であるアメリカの体制を壊そうとした。それに対してアメリカ側は安全保障上の問題も含めて現代戦に持ち込みました。大量破壊兵器が生まれた現代としてはかつてのようないわゆる武力だけの紛争ではなく、経済も大きな戦争の要因になっている。だからよく米中貿易戦争という言葉がありますが、正しくは「米中戦争貿易版」と考えた方がよいでしょう。 そしてアメリカとソ連の冷戦終結後、グローバリズムが世界に広まっていきましたが、これは、モノ、カネの移動の自由ということです。グローバリズムとは、一つのルールで世界が動くことを意味しますが、中国はその自由側社会、つまり西側社会に入ってくるとき、西側社会のルールのもとで活動すると言っていたのに、実際は資本移動の自由どころか、国有企業の改革もしなかった。結局、開発独裁型の経済をそのまま維持し、しかもそれが軍事と連動しているので、アメリカは圧倒的に不利なわけですね。あくまで中国は自分たちのルールでやっていますからね。 例えば日本やアメリカの企業が完全な民間資金でビジネスをやっている一方で、中国企業はバックに国がついていていくらでも資金が調達できる。これを同じ土俵で戦えるかというのがアメリカ側の言い分なわけです。中国は世界貿易機関(WTO)に入るとき、完全な資本の自由化と、国有企業をなくして民営化していくと言った。でも、それを守っていない。また、国際通貨基金(IMF)からの特別引出権(SDR)についても為替の自由化を約束しておきながら、これもやっていない。人民元は管理変動相場制で管理するかたちで、いわゆる人民元レートを自由に移動できる、自由に調整できるから好きなようにビジネスができる。こういうような状況なわけですね。 これに対して改善しろと言っているのがアメリカですが、それをすると崩壊に面している中国のバブルがもうもたないという中で、さてどうするかというのがこの米中貿易戦争の始まりだと思いますね。 吉川 まさに渡邉さんのおっしゃる通りで、やはりトランプ大統領の登場を見ていると、冷戦時代に当時のキッシンジャー国務長官が中国と協力してソ連の包囲網をつくったように、今の状況ではロシアと協力して中国を封じ込めないといけないという視点が生まれました。ただ、既存のワシントンの政治家や官僚が、冷戦思考から抜けきれず、特にウクライナのクリミア問題以来、反ロシアで固まってしまっている中で、「ならばトランプさん、君やらないかね」というような空気になったことも、トランプが大統領になるきっかけだったと、私は思いますね。 渡邉 そうですね。いわゆる新たな冷戦の始まりを米中の間において言えば、南シナ海における「航行の自由作戦」の本格化ですから、2010年あたりからですよね。それでいわゆる米露に関してはウクライナ問題が2014年の2月、ソチオリンピックの直後です。この二つによって世界の分断が始まったと言えますね。そして、それが「鉄のカーテン」なのか、いわゆる「竹のカーテン」なのかと、最近よく言われますが、もちろんかつての冷戦は「鉄のカーテン」で、これはアメリカとソ連。今、言われているのが「竹のカーテン」でアメリカと中国ですが、ロシアは今、どちらかというとフリーハンドの状況ですね。中国経済の現状や先行きなどについて対談する渡邉哲也氏(右)と吉川圭一氏=2019年9月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 吉川 この前、尖閣諸島の上空を中国とロシアの爆撃機が飛行した際、中国側が飛ばしたのは最新鋭のものでしたが、ロシアが飛ばしたのは冷戦時の中古とは言わないけれども、それぐらい古い年式のものでした。私はこれを見て、やはり、ロシアとしては半身の構えなんだなと、使った爆撃機の性能からそう思いましたね。イスラムのテロ対策と称してロシアに相談もなくカザフに中国軍を送ったことも、ロシアの対中不信感の原因になっている。一方で、中国もプーチン大統領を取り巻く財閥などを信用していないので、ロシアに本気で投資をしていない。 渡邉 中国とロシアは、そもそも国境に面して互いに敵対していますが、敵対していることを表に出さないという空気があります。今の北朝鮮情勢もそうですが、中国とロシア、どちらもどっちつかずで動いているじゃないですか。 吉川 私はどちらかというと、北朝鮮は、今はもうロシアに近く、金正恩朝鮮労働党委員長は習近平国家主席が叔父や兄を使って自分を排除しそうになったから、叔父や兄を殺したと聞いています。北朝鮮のミサイルの技術などは明らかにロシア製ですからね。狙われるグリーンランド 渡邉 いずれにせよ、中国とロシアは核心的な利益の部分で確実に対立するものがあります。それは「水」です。ロシアの水を中国は水源として狙っていると言われていて、ここに関してロシアと中国は絶対的に敵対することになります。 吉川 私もワシントンにいたとき、ロシア大使館の関係者と話をすると、公の席ではなく、酒席では、中国からの不法移民がシベリアには多すぎると聞きましたね。このままだとシベリアを取られてしまいそうだと、相当警戒していますね。 渡邉 そうですね。今は、習近平が打ち出した経済圏構想「一帯一路」がよく言われますが、新たな軍事的対立点になろうとしているのは、北極海です。北極海においてはロシアと中国は完全に対立しているわけです。中国がかなり北極に進出しており、これに対してアメリカもロシアも、中国は北極隣接国ではなく、開発権限はないと主張していますからね。 吉川 北海道の土地も中国資本がかなり買い漁っています。中国の船が年中北極に行く海路を抑えるためではないかと聞いていますが、実際どうしようとしているのでしょうか。 渡邉 それについては、ロシアと中国、アメリカの三つ巴(どもえ)の中でトランプはグリーンランドを買いたいと言っています。 吉川 その通りです。私もそれを申し上げようと思っていたのです。 渡邉 メキシコとアメリカの国境の壁の話もそうですが、グローバリズムというものは、カネの移動の自由化なのでしょうが、トランプが壁を作ると言って大統領選で勝利しましたが、これらはカネの間に壁を作っていくということだと思います。その壁の意味というのは、象徴的な意味合いの方が強いと思います。難民対策という面もありますが、例えばモノで言えば、中国に対する関税、すなわちそれが壁です。今、中国人にビザ規制をしていますが、これも壁と言えます。 吉川 ですが、アメリカは中国を為替操作国指定はしたし、そろそろカネに関する壁作りも始めるということではないでしょうか。 渡邉 為替操作国指定をして、そろそろ始めるというより、すでに始まっていますね。結局、トランプのビジネス、いわゆる口先介入というかツイッター介入というのはすごく分かりやすくて、規制のかけ方も分かりやすい。株価が最高値をつけたところで中国に対する再規制をツイッターで宣告することで、株価が下落する。そしてまた戻ると、再規制をかけるという具合です。それで足りない場合は、米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げなどで、さらに金融支援をさせるかたちで株価をうまくコントロールしながら、中国に制裁をかけているのです。要するに、株価連動政治ということです。経済評論家の渡邉哲也氏=2019年9月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 吉川 トランプの減税で一度よくなったアメリカの景気が今年の第1四半期に3%成長だったのが、第2四半期には2%成長になり、来年には1%台になるかもしれません。失業率は下げ止まりしていますが、トランプを当選させた自動車工場などで働いている人の失業が実は30万人ぐらい出てしまっており、その辺がトランプの大統領再選に関して気にしているところです。 ただ、トランプの政策をもってしても、なかなか中国に進出したアメリカ企業の工場などが、アメリカに戻ってこないので、そのためかもしれません。中国に進出したアメリカ企業の8割以上が「トランプ関税」の影響を感じていますが、今ある工場などを中国から撤退させることを予定している企業は1割ほどです。中国のまやかし 渡邉 ところで、米中貿易戦争の中で進んでいる協議の中に、資本移動の自由があります。中国の場合、中国で出た利益を国外に持ち出せないので、結果的に撤退できないという事態になっています。中国に資本移動の自由を認めさせることができれば、いわゆる利益を持ち出すかたちで海外に移すことができる。でも、これができないので、企業の中にはその中国からの撤退ができない企業がたくさんあります、実際「チャイナプラスワン」(中国でのリスクを避けるため他国にも拠点を設ける)というかたちで中国工場を最小限にとどめつつ、別の国に工場をどんどん移している。もう7割以上の企業が今年に入って、中国拠点の規模縮小や中国以外の国で始めています。 吉川 実はそのトレンドは、トランプの関税政策が始まる前から、東南アジアの方が、労働賃金が安くなってきたので、もう始まっていた流れを加速させたということでしょうね。 渡邉 そうですね。だいたい2012年あたりからチャイナプラスワンを始めていて、ベトナムやミャンマーなどが低賃金の国と言われ、こうした中で2015年8月に中国株式のバブル崩壊がありましたよね。あの辺りから中国の景気がかなりおかしいと、気がついているわけですよ。ただ、中国共産党の目もあるので、表立って中国からの離脱は言わないですが、もうすでにTシャツなどの縫製の移転はかなり進んでいました。 それから、中国の一番のまやかしというか誤解は、14億人いる人口に関するとらえ方ですね。そもそも、中国の社会構造は一種の「カースト」で、実際日本人と同等レベルの生活ができる人は5千万人しかいない。そしてこの5千万人を含んだ1億5千万人が経済協力開発機構(OECD)加盟国レベルとされています。また、この1億5千万人を含んだ3億人が都市住民と言われ、残りは地方住民。さらに、地方住民の中の3億人だけが将来的に都市住民なれるわけです。要するに、14億人のうち8億人は農工民を中心とした貧困層という構造なのです。 吉川 なるほど、経済が都市部に集中しているアメリカの方が14億人いる中国よりも、本気で大規模な核戦争になったときに脆弱だと言う人はいますが、中国も都市部への極端な集中はしていますね。 渡邉 集中はしていますが、中国とアメリカの違は人権のあるなしですよね。中国はかつての偉大なる毛沢東が中国人は半分死んでも大丈夫というような話をしていました。 吉川 そう。だから習近平もそういう意味のことを言っていますよ。アメリカに「やれるものならやってみろ」と言っていますよ。 渡邉 ただそれはもう結局、最終的というか、最悪な手段という選択で、互いに核を保有して抑止する「相互確証破壊」の世界に入ってくるわけですね。 吉川 でも最近は人権問題などでアメリカのリベラル派も対中国強硬路線になってきました。保守派は安全保障問題などで反中。要するに、今はもうアメリカは国をあげて反中国で、実はトランプが来年の再選のために対中関税などで経済を悪化させたくないため、最も中国と特に経済問題でディール(取引)したがっているといった不思議な話になってきています。グローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏=2019年9月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 渡邉 先にも述べましたが、中国は開発独裁国家ですからね。だから一番みなさんが勘違いしているのは、中国共産党というだけに、共産主義国家だと思っている人が多いでしょうが、巨大な開発独裁国家であって決して公平分配は目指していません。むしろ世界で一番格差の大きい共産主義を名乗る国家です。 吉川 そうですね。習近平の娘は香港に何百万ドルもする不動産を持っていると言われているぐらいですからね。 渡邉 中国の本当の現状を知るには、日本のバブル崩壊期に何が起きたかを考えれば非常に分かりやすいですね。日本がアメリカの不動産を買い漁っていたとき、日本の銀行の自己資本がおかしいと言われて「ジャパンプレミアム」と呼ばれていましたが、日本の銀行がアメリカ市場でお金を借りる際に、アメリカの銀行に比べて2%前後高い金利にされていました。今はもう「チャイナプレミアム」がつき始めているわけですよ。例えばその典型なのは、中国の通販大手「アリババ」などは、ニューヨークのマーケットで株式公開ができない。だから今香港にマーケットを移して、資金調達をしようと思った矢先に、大規模デモが起きて香港でも資金調達ができなくなったわけです。 吉川 それから、中国の国内総生産(GDP)が、世界のGDPで占める割合が15%だとされていますが、人民元ベースでカウントすればそうなるというだけですよね。その人民元による貿易決済は、世界の貿易決済の1、2%程度。このギャップが非常な問題だと思います。 渡邉 そうですね。だから結果的には、中国の人民元というのはしょせん中国人、中国企業が借りているのも中国人が稼いでいるのも人民元なので、潰れるときは一番に潰れていくわけです。現在の日本円と、日本のバブルが弾けたときの円はまったく違うわけです。なぜかといえば、バブルが弾けたときの円は金融ビッグバン以前だったので為替が自由化されてない国内通貨だったからです。ですから、中国の人民元も今は国内通貨で、日本のバブル崩壊のときと同じような位置付けと言えます。「戦わずして勝つ」 吉川 為替操作国としてIMFに認められれば、中国大陸にある1200億ドルを引き上げてしまうこともできます。香港情勢が悪化すれば、1992年の特例法によって、香港にある800億ドルも引き上げることも可能です。すると中国は人民元をドルで買い支えることができなくなるので、人民元は40%前後大暴落するでしょう。いずれにしても80年代に日本に対してアメリカがやった同じことを中国に対してやっているということですね。 渡邉 成功体験を持つ人がやっていますからね。日本のバブル崩壊のプロセスを追っかけていけば、どうやって内側に倒していくことができるかを知っている人たちがやっている。 吉川 だからそういう意味で、全面核戦争にならないために、「戦わずして勝つ」というかたちで中国を弱めていければ一番ありがたいですがね。 渡邉 こうした中で、さて日本はということになりますが、日本企業も必然的にアメリカか中国か、いずれかを選ばなければいけないのですが、当然、安全保障の問題もあって中国を選べない。特に親米でも何でもないけれど、アメリカを選択した上で、日本市場や世界中のマーケットに中国がシェアをとってきた商品があり、それが追い出されていくので、結果的にそこに枠ができるわけですよね。 この枠は、よくよく考えればかつて日本企業が持っていたもの。ならば、取り返せばいいということですよ。14億人という中国の巨大市場がなくなる恐怖を語る人はいますが、先に述べたように、中国は14億人ではなく、実質的には1億5千万人ですから。しょせん日本と同じ規模しかないことを認識すれば、それほど怖いことでもないでしょう。 吉川 たしかに自由貿易協定(FTA)の問題も含めて、日本企業は、トランプ政権の恩恵を受けることが期待できるわけで、5G(第5世代移動通信システム)もそうですが、アメリカと中国が全面戦争になるときのために宇宙軍を創設して新スターウォーズ構想もあって、こうした中から日本企業に商機があるではないかと思います。 渡邉 そうですね。中国通信大手の華為技術(ファーウェイ)が象徴的ですが、5年以内にアメリカ国内から中国製通信機を全面排除するということで、そのために協力業者を探して育成していくというアメリカの方針が出ましたから。それに合わせて日本の通信企業も今動いていています。コストの面でも、これまで中国で生産していたものを生産地移転などで対応できると言っていますからね。 いずれは日米のFTAが結ばれると思いますが、アメリカはバイオ分野にしても最先端の技術を持っていますが、作る技術がない。でも、日本は作る技術と材料を持っています。だから日米がきちんと組めばウィンウィンで、非常によい関係が生まれ、今までとは違う経済効果をもたらすはずです。要は中国やヨーロッパがなくても、日米両国が手を組むことによって大きな変革を生み出すことができますよと、一連の日米協議で口説いたという話を聞いています。ファーウェイ製品を扱う北京の店舗(UPI=共同) 吉川 とにかく日米で5Gの先にある5・1Gや6Gを構築していけば、日米が世界を支配できるということですね。今アメリカは挙国一致で中国との対決姿勢に入っているわけですから、ここで日本はアメリカとのスクラムを崩すわけにはいきませんね。渡邊さんが先ほどおっしゃったように、変に中国の市場が巨大だとか、そういう幻想に惑わされはいけないということですね。 わたなべ・てつや 経済評論家。昭和44年生まれ。日大法学部卒。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業運営などに携わる。著書に『本当にヤバイ!欧州経済』(彩図社)など多数。近著に『「中国大崩壊」入門 何が起きているのか? これからどうなるか? どう対応すべきか?』(徳間書店)。 よしかわ・けいいち 政策コンサルティング事務所「グローバル・イッシューズ総合研究所」代表。2016年まで米国ワシントンDCにも拠点を持ち、 東日本大震災を契機に一般社団法人日本安全保障・危機管理学会防災(JSSC)ワシントン事務所長として、日本に米国と同様の危機管理専門省庁の立ち上げを目指す政策提言活動に取り組む。2017年以降は日本国内をベースに、テロ対策や米国政治に関する政策提言活動を続ける。著書に『救世主トランプ—“世界の終末”は起こるか?』(近代消防社)、『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(同)など多数。

  • Thumbnail

    記事

    習近平は「米中経済戦争」にむしろ救われた

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) 中国経済に関する評価は、常に好悪の両極端に振れてきた。この現象は、インターネットを主な情報源として、現地を見ることもなく、また現地の人々と話すこともなく発信されるレポートがあふれて以降、さらに顕著となっている。 中国経済の盛衰は常に変化してきた。当然のこと、日本の書店でよく見かける大混乱や大失速はもちろん、大崩壊といったことが予測されるような話題ではない。 ここ数年、日本の新聞は四半期ごとの中国経済統計が発表されるたびに、「中国経済、減速が鮮明」との見出しをつけて報じてきた。 確かに、中国自身が認めているように、「高速発展」の時代は2012年の時点で終わっている。その後は、「ニューノーマル(新常態)」という言葉が使われるようになったように、中国経済は量から質への転換のプロセスに入った。 つまり、数字が下がることを織り込んだ上で「変革のプロセス」に入ったのである。ゆえに、その数字が良くないと批判するのは不思議な話だ。 本来、中国経済の未来を判断するのであれば、まず「質的転換」の進捗(しんちょく)状況を分析すべきである。具体的には、第2次産業依存の体質から第3次産業中心へのシフトの状況であったり、製造業における高付加価値化の進展具合である。株式市場「科創板」の取引開始を記念し、中国・上海で行われた式典=2019年7月22日(共同) 経済発展の牽引車から、いまや成長の足かせとなった重厚長大型産業を中心とした「オールドエコノミー」の体質改善が進んでいるか否かの見極めも必要だ。換言すれば、中国経済のダメージは、個人消費の不振やニューエコノミーの育成不良、はたまたオールドエコノミーのリストラが進まないといった状況から評価されるべきなのだ。「不景気」は出口なしか 財政面では、主に2008年の世界金融危機に際して出動した4兆元の投資が重くのしかかり、足を引っ張っている。景気刺激策として財政出動をしなければならない状況に追い込まれれば、それは宿題の先延ばしになる分だけ、経済にはダメージとなるだろう。 現状、北京などで取材すると、誰もが「中国の景気は良くない」と答える。 だが、日本をはじめとする休日の海外旅行の勢いは衰えず、電子商取引(EC)も隆盛を続けるように、深刻な影響とはいえないだろう。問題の深浅をどう判断してゆくべきかは、「中国大崩壊が始まった」「中国が世界経済の覇者となる」といった漫画チックな話ではなく、精緻に分析していかなければならないことだ。 景気は明らかに陰っていて、かつては大行列だった高級レストランに閑古鳥が鳴いている様子は、北京に行けば目にすることができる。それは狂乱の好景気が終わったことを意味しているが、いわゆるニューノーマルへの変化という範囲に収まる低速化なのか、それ以上のことなのか。 中国は今年、預金準備率を用いてマネーの供給量を増やそうとしたが、昨今の米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)がともに金融緩和を決めたような動きの中で、中国人民銀行は緩和に追随しないことを表明している。まだ、そこまでは必要ないとの判断だと理解された。 中国経済は前述のような高速発展期を過ぎて、減速を余儀なくされている。だが、この停滞は出口の見えない落ち込みかと問われれば、そうではない要素も多くみつかる。少なくとも政治的な影響は小さい。 本来、習近平政権は経済発展の落ち込みとサプライサイド(供給側)改革という名の大リストラで大きな逆風にさらされるはずだった。2017年11月、北京で開かれた歓迎式典に臨むトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席(共同) しかし、ここに米中経済戦争という要素が持ち込まれたおかげで、政治的にはむしろ救われている。というのも、人々の不満を一身に受け止めるはずだった景気の問題は、全て「米国の圧力のせいだ」と居直れることとなり、国民も落ち込みに耐える心構えを持てたからである。緩やかな「脱米」 一方、米国の圧力に晒されることで被る物質的なダメージはどうかといえば、現状を見る限り、乗り越えられないレベルではなさそうだ。カギとなるのは最先端産業と国内の大市場、加えて貿易の中身の転換が、そのダメージを緩和できると考えられるからだ。 例えば、スマートフォン市場である。安全保障上の脅威を理由にトランプ政権は華為技術(ファーウェイ)排除に動いたが、2019年4~6月のスマートフォンの出荷台数からは、同社が窮地に陥っている状況は見えてこない。むしろ、中国国内での出荷台数を伸ばし、米アップルを抑えて2四半期連続で世界シェア2位をキープしているほどだ。 スマートフォンを含め、多くの高付加価値製品は中国市場で旺盛な伸びが期待されている。今やスマートフォンに関しては、世界のおよそ3分の1が中国で売れていて、今後の伸びも期待されている。自ら成長市場を持つ強みは明らかだ。 また中国のスマートフォンメーカーは、飽和市場である西側先進国では苦戦しているものの、今後の伸びが期待されるインド市場ではシェア1位の小米科技(シャオミ)を筆頭に3位の維沃移動通信(ビーボ)、4位の広東欧珀移動通信(オッポ)、5位の伝音控股(トランシオン)と上位にひしめいている。この趨勢(すうせい)は今後、多くの新興国・発展途上国で、一つのモデルになるといえよう。 というのも、中国は米中経済戦争が激化して以降、緩やかな「脱米」に舵(かじ)を切っている。これは米国との対決姿勢を鮮明にするという意味ではなく、保険の一つとしての「米国離れ」だと考えられる。 貿易面では、少しずつ対米輸出への依存の割合を減らし、「一帯一路」沿線国とアフリカへのボリュームを高めていくというものだ。5Gスマホの販売を始めた北京のファーウェイ販売店=2019年8月16日(共同) 世界金融危機のなかで、先進7カ国(G7)の役割に限界が指摘され、20カ国・地域(G20)へと主導権が移行されていったように、今後の経済発展は、先進国から新興国や発展途上国へとシフトしていくことが考えられる。 このトレンドと、中国の「脱米」がシンクロする可能性は決して低くない。

  • Thumbnail

    記事

    米中貿易戦争、なぜ中国は自らが勝てると考えるのか

    立花聡(エリス・コンサルティング代表・法学博士) 米中貿易戦争はある折り返し地点を経過したのである。その折り返し地点は8月だった。 まず、8月までの経過を見てみると、中国は基本的に「引き伸ばし戦術」だった。米側との通商交渉は一進一退しながらも、正面衝突を避けてきた。その目的は来年(2020年)の米大統領選でトランプ氏が落選すれば、次の新大統領との再交渉に持ち込み、対中政策の緩和を引き出すというものだった。 いわゆる「他力本願」の戦術でもあった。しかし、この「引き伸ばし戦術」が決定的な破綻を迎えたのは、中国が5月に合意内容を反故にしたときだった。 昨年から交渉が始まって合意されたほとんどの内容を一旦白紙撤回した中国を前面に、トランプ氏は怒りを抑えきれず、交渉テーブルを蹴った。そこからトランプ氏は制裁の度合いを一気に高め、中国が望んでいた「再交渉」はついに実現できなかった。 つまり「他力本願」ということで依存してきたトランプ氏は中国が望んでいた通りの行動を取らなかった。それは中国の企みが見破られてしまったからだ。バイデン氏が次期米大統領になれば、トランプ氏路線の撤回も可能になるという中国の企みがとっくにばれていた。 ここまでくると、もう受身的な他力本願では無理だと中国は判断し、戦術の変更に踏み切る。能動的な出撃に姿勢が一変した。 8月23日中国は、合計750億ドル相当の米国製品に追加関税を課すと発表した。大方の報道は、これがトランプ米大統領が発動を計画する対中関税第4弾に対する報復措置としていたが、それは間違った捉え方である。 出撃ではあるが、報復ではない。逆に米国の報復を引き出すための出撃であった。案の定、中国の読みが当たった。 トランプ氏はすぐに反応し、わずか数時間後に、すでに発動済みの2500億ドル分の追加税率を10月1日に25%から30%に、9月以降に発動する対中制裁関税「第4弾」の追加税率を10%から15%に引き上げると発表した。 貿易戦争がこれで一気にエスカレートした。中国はもはや「引き伸ばし戦術」に固執しなくなった。いや、一転して攻撃型戦術に転じたのだった。なぜそうしたかというと、貿易戦争の激化という結果を引き出そうとしたのではないだろうか。非常に逆説的ではあるけれど。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 貿易戦争が激化すれば、米中の両方が傷付く。それは百も承知だ。それでも戦いをエスカレートさせようとするのはなぜか。答えは1つしかない。戦いの末、中国よりも米国のほうがより深刻な致命傷を負うだろうという読みがあったからだ。あるいはそうした「賭け」に出ざるを得なかったということではないだろうか。「我慢比べ」と「傷比べ」 まず、米国が負い得る「傷」を見てみよう。何よりも米経済がダメージを受け、景気が後退する。 特に対中農産品の輸出が大幅に縮小することで、米農民の不満が募る。それが来年(2020年)の大統領選にも影響が及びかねない。トランプ氏は大票田の農民票を失うことで、当選が危うくなることである。むしろこれは中国がもっとも切望していたシナリオではないだろうか。 「引き伸ばし戦術」でじわじわ攻めても、そのシナリオが実現せず、トランプ大統領が続投することになった場合、まさに中国にとっての地獄になる。あと4年(任期)などとてももたないからだ。そこで一気にトランプ氏を追い込む必要が生じたのである。中国の力で倒せないトランプ氏を、米国民の票で倒すしかない。ここまでくると、逆説的に米国の民主主義制度が中国に武器として利用されかねない。 次に、中国の「傷」はどんなものだろうか。すでに低迷していた中国経済の衰退が加速化し、対米関税の引き上げによって特に大豆やトウモロコシ等の供給が大問題になり、食用油や飼料価格が急騰すれば、肉類や食品価格も押し上げられ、インフレが進む。 物価上昇が庶民の生活に深刻な影響を与え、民意の基盤を揺るがしかねない。ただ、中国の場合、1人1票の民主主義制度ではないゆえに、トランプ氏のようにトップが政権の座から引き摺り下ろされることはないのである。 庶民の生活苦は一般に政治に反映されにくい、あるいは反映されない。そこは逆説的に中国の強みとなる。つまり民意による政治の毀損、その影響が他の形で致命的に至りさえしなければ、中国は我慢比べの結果で米国に勝つ可能性があるわけだ。 これに対して米国は逆だ。たとえ長期的に国益になるといえども、短期的な「民意への耐性」面をみると、民主主義国家の脆弱性が浮き彫りになる。 この局面の下では、トランプ大統領にとって取り得る政策の選択肢はあまり残されていない。それはつまり、中国の「傷」をより深いものにし、より短期的に致命的なものにする、それしかない。関税の引き上げはもちろんのこと、何よりも外資の中国撤退、サプライチェーンの中国からの移出が最大かつ最強の武器になる。 これからの1年が勝負だ。トランプ氏は米国企業の中国撤退を命じると言ったが、それは単なる冗談ではない。直接命令の代わりに法や政策の動員が可能であろうし、実際に中国国内のコスト高がすでに外資の撤退を動機付けているわけだから、それをプッシュする力を如何に加えるかである。 そうした意味で、中国は危険な「賭け」に乗り出しているといっても過言ではない。その賭けに負けた場合、中国にとって通商や経済の問題だけでは済まされない。深刻な政治問題、統治基盤の動揺にもつながりかねない。 昨年(2018年)12月18日、習近平主席が改革開放40周年大会で、中国の未来について「想像し難い荒波に遭遇するだろう」と述べた。さすが偉人だけにその予言は当たっている。

  • Thumbnail

    記事

    「ウクライナ疑惑」でむしろトランプ再選の可能性が高まった!

    ントン氏の電子メール疑惑の再捜査の追い込みに入っている。ヒラリー・クリントン米上院議員(クリントン前アメリカ大統領夫人)UPI=共同 前述のようにウクライナの検察関係者からの通報を司法省は無視している。今回のウクライナ疑惑も内部告発によって発覚したが、その内容は伝聞に基づくもので、そもそも伝聞に基づく内部告発は取り上げない規則だったはずなのである。 そのため告発を受けた国家情報長官が、これを議会に取り次ぐ必要がないと考えたのも、間違いだったとは言えない。ところが告発が行われる直前に規則が改正され、伝聞による内部告発も有効になるようにされてしまっていた。民主やヒラリーが乗っ取り ロシア疑惑も同じだったが、司法省その他が民主党やヒラリー氏に乗っ取られている。そして多くの不正利益をむさぼっていると思われるのである。 その中には中国が南シナ海に進出した直後の2013年12月にバイデン氏が副大統領として北京を訪問した12日後、ハンター氏が中国銀行から数十億ドルを引き出してBHRというファンドを設立した問題もある。ハンター氏はBHRの株を43万ドル分以上、2019年6月の時点でも持っていたことが確認されているが、このBHRは設立以来、世界のエネルギーと兵器産業に莫大(ばくだい)な投資を行ってきたことの方が問題だろう。 さらに2015年にBHRと中国航空宇宙公司がミシガン州の自動車会社を買収した問題でも議会の調査でハンター氏の介入が明らかになっている。この自動車会社の製品は兵器転用可能なので国家安全保障に関わる問題だったからである。にもかかわらず、この会社は中国に買収され、この会社の技術が今では中国の戦闘機生産に使われていると言われている。 いま米国でトランプ弾劾を主張する人々は、トランプ氏が軍事援助と引き換えにウクライナに調査を強制したのなら、それは国家安全保障上の問題であり、ロシア疑惑のような選挙関係のみの場合とは異なると主張している。確かにバイデン氏がウクライナ政府に検事総長を解任させる取引に使ったのは軍事援助ではない普通の援助だった。 しかし、軍事援助と引き換えの取引は、トランプ氏もウクライナ大統領も否定している。そして真に国家安全保障に脅威を与えるようなことを、中国との間で、己のファミリーの利権のために行ったのは、バイデン氏および彼を庇(かば)い立てする民主党の方なのである。 確かにトランプ氏の対中経済制裁のために米国の景気は後退してきている。だが、それでも来年の成長率は予測でも1・6%。今後の動向次第では、もっと高くなる可能性もあると思う。 また、今年の夏から短期金利が長期金利を上回る、いわゆる「逆イールド」現象が起きている。これは普通、景気後退の予兆ではある。だが景気後退が起こるまで18カ月はかかると言われていて、これは大統領選挙の後になることを意味する。 しかも原因が長期運用の余裕がなくなった中国マネーによる短期運用の増加という一過性のものだったからか、逆イールド現象が起きたらすぐに起こるはずの株式の暴落も起きなかった。それほど米国経済は堅調なのである。 そのためかインフレと失業を足した数字も6%程度。これが10%を超えればトランプ氏の再選は赤信号だが、このまま行けば再選される可能性の方が高い。 日本は当面、「トランプのアメリカ」と付き合っていくしかない。それは中国との貿易で儲けるのは難しくなり、米国との絆を経済、軍事両面で強くしていくこと以外の道はないことを意味する。そして、そうしなければ南シナ海情勢の悪化など、日本にとって致命的なことにもなりかねない。記者団らに話すドナルド・トランプ大統領 =2019年2月19日、米ホワイトハウス(ロイター=共同) それは民主党政権になったとしても同じなのだが、トランプ政権の方が民主党政権よりも信用できることは、今まで述べてきたことからご理解いただけると思う。バイデン氏のように中国に軍事情報を売るような政治家が、民主党には他にもいる可能性は、クリントン家と親しいロビイスト会社のウクライナ問題との関わりなどから考えても、低くないように思われる。 そして今後ウクライナ疑惑の真相が明らかになってくれば、大統領選で民主党が勝つ可能性は、ますます低くなる。つまりトランプ再選の可能性は高くなるのである。われわれ日本人は、そこをよく考える必要があるだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057

  • Thumbnail

    記事

    戦争をしないトランプが日本にとって「不都合」な理由

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 9月14日にサウジの石油施設が攻撃された事案は、イランとの戦争を勃発させるだろうか。そして日本に少なくとも石油の側面で大きな影響があるだろうか。その疑問に対する回答は、現段階では限りなく「No!」に近い。では日本は何もせずに安心していてよい状況なのか。それを考えてみたい。 まず、イラン戦争は起こるか。そもそもトランプ大統領が米国外での戦争を積極的に望まず、イランとは交渉と経済制裁で諸問題を解決しようとしている。米国民も支持政党にかかわらず8割以上が、その方針を支持している。米軍も90万人の巨大な陸上兵力を持ち、ロシア製の高性能なロケットその他を保有するイランとの全面戦争を望んでいない。そしてイランも80年代のイラクとの戦争で人口の2%近い100万人が死亡し、国家経済などに重大な悪影響が出た現象を繰り返したくはない。 サウジアラビアもまた、この事案まで日産1200万バレルの石油を精製してきたが、確かに今回の攻撃で半分近い570万バレルが精製できなくなった。だが、サウジは早ければ9月末には日産1200万バレルを回復できるのではないかと考えている専門家もいる。 また、日本を含む重要な顧客向けに備蓄している石油が1億8000万バレルもある。つまり、実は大きな影響があったとは言い切れないのである。 実際、国際石油価格は、この事案前の1バレル約60ドルから、65ドルに上昇した程度である。これは比較的穏やかな変化であると市場関係者は受け止めている。 さらに米国も自国が産油国になった関係上、80年代には1日200万バレルを中東地域から輸入していたのが、今では半分以下である。そのためトランプ政権成立以前から言われている「米国は中東地域に軍を展開させている必要があるのか?」という論調が、米国の有力なメディアやシンクタンク報告書の紙面を踊っているほどなのである。 しかし、サウジがその防衛を米国に依存しており、地域のバランスを考えると、米国も簡単に放棄してしまうわけにはいかない。20カ国・地域(G20)首脳会合 記念撮影に臨む、サウジアラビアのムハンマド皇太子(奥)とドナルド・トランプ米大統領(右)=2018年11月30日、アルゼンチン・ブエノスアイレス(ロイター=共同) そこで9月20日、トランプ政権は、サウジとアラブ首長国連邦(UAE)に、防空システムと追加の兵力を送ることを決定した。ただし国防省高官は、これは防衛的な措置であり、サウジなどに追加派遣される部隊は、数千人規模にはならないだろうと述べている。つまり政治的、象徴的な意味が大きいのである。 それよりも非常に重要なのは、同時に発表されたイランへの新しい金融制裁だろう。 トランプ政権は9月20日、前述のサウジなどへの軍事的支援と同時に、イランの中央銀行および国家開発基金に対する新しい制裁を発表した。その結果、これらの金融機関が米国に持つ資産は凍結され、米国に拠点を持つ金融機関や企業との取引も停止させるだけではなく、これらイランの金融機関とビジネスを行う外国企業などの米国市場へのアクセスも禁止することができる。 ムニューシン米財務長官によれば、これらのイランの金融機関は、レバノン、シリア、イラク、イエメンなどで活動するヒズボラなどの国際テロ組織に資金を供給してきたという。例えば今年1月に国家開発基金は、「イスラム国」(IS)などのテロ組織に48億ドルもの資金提供を行っているという。 このような問題は以前から続いていて、そのため米国は昨年、イラン中央銀行のバリオラ・セイフ総裁を国際テロリストに指定するという非常に珍しい措置を既にとっていた。もちろん他国の中央銀行に対する金融制裁が異例なものであることは言うまでもない。イラン戦争は起きない! もともと米国のイラン強硬路線は、単に核武装阻止だけではなく、テロに対する支援を止めさせることにあった。例えばレバノン、シリア、イラクを中心に展開してイスラエルを狙い、米国の裏庭ベネズエラにまで進出しているイスラム教シーア派民兵組織ヒズボラは、シリアとイラクだけでも、そこに展開する米軍5200人の20倍以上の兵力を持つ。このヒズボラやイエメンからサウジを狙い今回の石油施設攻撃を行ったと言われるテロ集団などに対し、イランは莫大な資金援助を行ってきた。 そのための重要な送金ルートで、イラン国家開発基金だったわけだが、これは確かにイランの核開発などにも予算を回している。イランの核開発問題に関しては、イラン核合意に参加した欧州の国々などは、いまだに同合意を尊重し、米国の対イラン制裁には積極的ではない。 しかし、国際的なテロ対策が目的であるということになれば、この度の金融制裁に関しても、積極的に協力する可能性がある。例えばイランの中央銀行や国家開発基金が、新しい秘密口座を開設することへの取り締まりなどである。 それが成功すれば、テロ対策に非常に効果的なことは言うまでもない。それだけではなくイランの国内経済が破綻寸前になり、現政府が国民の蜂起で崩壊する可能性もある。それには時間がかかるかもしれない。しかし最初に述べたような理由で軍事攻撃を行うよりはベターと思われる。 もしボルトン氏が国家安全保障会議(NSC)の大統領補佐官を続けていたとしたら今回の石油施設攻撃を契機に一気に対イラン戦争が起こったかもしれない。しかし石油施設の攻撃は、彼の解任から数日後に起こった。そしてイランへの金融制裁などが決定される2日前の9月18日に後任のロバート・オブライエン氏が大統領補佐官になっている。 オブライエン氏はボルトン氏が国連大使時代に副官として仕え、歴代の共和党大統領候補の選挙参謀も勤めたタカ派に近い人物ではある。しかし基本的には在野の弁護士としての業績や経歴の方が大きく、トランプ政権になってからも国務省の国際人質救出交渉担当者として辣腕(らつわん)を振るった。つまり米国人を人質にするような国際テロ組織の問題には精通していると思われる。 そして基本的には交渉人タイプの人材なので、ボルトン氏のように自らの意見を推し進める(そのためにNSC内部の決定プロセスを不透明化する)のとは違い、NSCの決定プロセスを重視するだろうと言われている。 就任2日で、どれくらい影響があったかは分からないが、このような決定スタイルが、この度の金融制裁などには適していることは確かだろう。 ボルトン氏からオブライエン氏に大統領補佐官が交代する期間に、サウジでの石油施設攻撃が起こっている。何か大きな力が働いたのかもしれない。こう考えてみるとアクシデントがない限り当面はイラン戦争はないと考えてよいだろう。スウェーデン・ストックホルムを訪れたオブライエン米大統領特使(AP=共同) だが、それは日本にとって、望ましいわけではない。この金融制裁や今までの石油輸出への制裁が続いて、しかしイランが米国となかなか妥協しない、あるいはイラン政府が倒れない状況が、長く続いたとすると、今年の年末くらいから、1バレル80ドルに近い石油の値上がりが起こる可能性がある。 世界の国内総生産(GDP)の1・2%を占めるイランの経済が大打撃を受ければ、その影響が世界経済に出るからである。これは今の米中間の貿易戦争と同じ0・2~0・3%も世界のGDPを縮小させる。特に中東の石油や経済への依存度が高い日本経済には、はるかに大きなダメージが予想されるように思う。 では日本は、どうしたらいいのか? たとえ苦しい時期はあっても、米国のイラン金融制裁に積極的に協力し、イランを妥協ないし崩壊に追い込むしかないと思う。 米国に逆らってイランと石油などで取引しても、あるいは石油の備蓄を増やしたりしても、米国の金融制裁の世界のGDPなどへの影響は打ち消せない。いずれにしても日本は米国との関係なしに世界では生きて行けない。 特に今回の金融制裁のターゲットが核開発阻止だけなら英仏独などと協力できなくはないかもしれないが、テロ対策が真の目的であることが明確になってきたので、ますます積極的に協力せざるを得ない。また、積極的な協力を正当化できるとも言える。具体的にはイランの金融機関の秘密口座開設の取り締まりなどが重要だろう。 その結果として時間はかかってもイランの現政権が米国に協力的になり、あるいは崩壊してイランが民主化されれば、それがテロ対策も含めて日本にとっても最も望ましい最終的解決になるだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057

  • Thumbnail

    記事

    トランプが「ビンラーディン息子暗殺」をアピールできないワケ

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 9月14日、トランプ大統領は、2011年に米国特殊部隊によって暗殺された9・11テロの首謀者ウサマ・ビンラーディンの息子ハムザ・ビンラーディンを、やはり米国特殊部隊が暗殺したことを確認する声明を出した。 ハムザは2015年にネットを通じて父親の後継を宣言し、その後は彼の父親譲りのカリスマ性の下、ウサマ暗殺以降、壊滅状態に近かったアルカイダは、急速に力を回復しつつあった。トランプ氏の声明に対してアルカイダは、今のところ否定ないし肯定する声明を何も出していない。いかに彼が重要な人物だったかは理解できるだろう。 これはトランプ氏にとっては重大な業績のはずなのである。しかしトランプ氏は暗殺の日付を明らかにしない。米国内では実は7月中に暗殺されていたらしいという情報が多い。 では、なぜ今になって発表したのか? 9・11から18年目の節目という意味もあるだろう。DNA鑑定などに手間取っていたのかも知れない。 しかし、同時にアフガンからの撤退のためにアルカイダをかくまっていたタリバン勢力と和平会議を行うつもりだったのが、ボルトン氏その他の反対でキャンセルせざるを得なかった。そのボルトン氏は直後に解任された。それから1週間後というタイミングには非常な意味があるのかもしれない。 アフガンからの撤退に道筋を付けたいトランプ氏としては「アルカイダを安全にした。だからタリバンと対話をしても大丈夫である」。そのようなメッセージを国内外に送りたかったのではないか? だが、米国の専門家筋では、今アフガンにいるテロ勢力の中で、最大なのはタリバンであり、2001年のアフガン戦争後より巨大化していて、とても米国が信用してアフガンの今の政府と協力させることができる状況にないと考えられている。 ちなみにアフガンには数千人の訓練された「イスラム国」(IS)の戦闘員もいる。アルカイダはなんと数十人規模の戦闘員しかアフガンには残っていないのではないかと言われていて、それもハムザ暗殺がアフガン情勢を安定させるとは言い切れない理由とも考えられる。 ただ、アルカイダは南アジア中心に多くの支部を持っている。それは数百支部にも上ると言われている。 実際、ハムザは父親暗殺後、スンニ派とシーア派の枠を超えて、イランの庇護(ひご)を受けていた時期がある。その時期に彼は米国大使館襲撃などを計画したエジプトのアルカイダの指導者であるアブドラ・アフメド・アブドラの娘と結婚している。 トランプ氏のハムザ暗殺確認の声明から数時間後、そのイランに支援されているイエメンの国際テロ組織がサウジの石油精製施設をドローン攻撃した。被害は同国の石油輸出の半分を停止させるほどのもので、これは世界の石油需要の約6%に相当するという。攻撃で損壊した国営石油会社サウジアラムコのアブカイクの石油施設(米政府、DigitalGlobe提供・AP=共同) また、タリバンの指導者たちはトランプ氏との会談キャンセルの数日後にロシアを訪問し、協力を模索している。イランもロシアと協力して、イスラエルを狙うシリアのテロ集団を支援している。さらに、それと同時に米国本土まで標的にできるベネズエラのテロ集団も支援している。 実はトランプ氏がボルトン氏を解任してまでイランとの対話路線にこだわったのは、彼の真の目的がイランの核武装阻止だけではなく、この国際テロへの支援を止めさせることにあるからだ。イランへの「アメとムチ」 核武装阻止だけだったら、特にサウジや欧州諸国の協力を得ることができれば、軍事力による空爆などでも解決ができなくはない。しかし、テロ勢力支援を止めさせるには、イランの現政権を打倒しなければ難しい。それは、今述べたような各国の協力が得られたとしても、陸上戦を含む大惨事を起こす可能性が非常に高い。 米国の対外介入を減らすことを公約に掲げて当選したトランプ氏としては、それは避けたい。そこでイランとの対話と制裁という「アメとムチ」によって、テロ集団への支援を止めさせることを考えているものと思われる。 しかし、それは簡単なことではないのではないか? ましてイランの国際テロへの影響は、部分的なものである。 例えばアルカイダのナンバー2であるアイマン・ザワヒリは、2014年にパキスタンの軍艦を奪って米国の軍艦を攻撃し、パキスタンと米国の間に戦争を起こそうとする大計画を実行しようとした。ザワヒリは力を失いつつあるという情報もあるが、だが、同時にタリバンとの協力関係の要(かなめ)であるという情報もある。 いずれにしてもザワヒリやオサマは、カリフ(預言者ムハンマドの後継者)制や領土保有を重視するISとは、ライバル関係にあった。しかしISが領土などを失った今は、アルカイダとISは接近しているとも言われている。 そして両組織共に、いわゆる国際テロよりも、むしろ各国内にいる当該国内の不満分子をネットで誘導してテロを起こさせる「一匹狼(おおかみ)」型テロに、この数年は力を入れてきた。 この問題は重要で、特に最近は米国でも、イスラムの一匹狼型テロと、例えば米国内の人種差別主義者による大量殺人とを分けて考えない傾向になってきている。そのように考えるとき、米国内で9・11以降に何らかの意味で「テロ」によって殺された人の数は、イスラム過激派が関係するものよりも、人種差別主義者によって起こされたものの方が、多いと言われている。 私も拙著『サイコ型テロへの処方箋』(近代消防社)の中で、相模原市の障害者施設で起きた事件などを、国際テロと区別せずに対応するべきだと主張した。それが米国内でも最近の銃撃事件などの影響で、同じ傾向が出てきたようである。 ある研究によれば、世界166カ国を所得別に分類すると、このような「国内テロ」は下位20%の国では世界の7%しか起こっていないのに対し、60位から20位の国の間では83%で起こっている。真に貧しい者は、テロを考える余裕もなく、豊かであればテロを考える必要は少ない。現状に不満を持つ中上級の部分からテロが起きる。 これは各国でも同様だと思う。※写真はイメージです(GettyImages) 現状に強い不満があるが、決して(少なくとも世界標準で)極貧なわけではない人は、何らかの意味で「テロ」を起こすとき、ネットで必ず事前準備をする。アニメ制作会社「京都アニメーション」の事件の犯人も、インターネットカフェで事前にいろいろな検索をしていたらしいが、プライバシー問題があるため閲覧履歴が消されているという。容疑者に対する通信傍受 いわゆるGAFA(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン)には、テロの事前準備をしている人が、分かっているはずだと思う。実際、これらの会社は、子会社などを使って、イスラムのテロに走りそうな人々を、ネットを介して「逆洗脳」するようなことはやっている。しかし、警察などとの直接協力には非常に慎重である。 そこで米国でもオバマ政権末期くらいから、令状がなくても個人のパソコン履歴を連邦捜査局(FBI)などが調べられるようにする法整備が、少しずつ進んでいる。また、最近の人種差別主義者によるテロを契機として、家族や同僚の申し立てにより、72時間まで令状なしに人を拘束できる「レッドフラッグ法」の制定も考えられている。この問題と日本で応用できるかに関しては『サイコ型テロへの処方箋』で詳しく書いた。 こうしたネットを通じたものも含む個人の通信記録の傍受に関しては、9・11以降ブッシュ二世政権がセットした「ステラウインド・プログラム」により、国家安全保障局(NSA)が米国では部分的に行っていたが、機密情報を暴露したスノーデン証言の影響などもあり、トランプ氏は最近、同プログラムは現在閉鎖していると表明している。 このステラウインド・プログラム以外にもブッシュ二世政権の設立した愛国者法により、米国国内ではテロ容疑者に対する通信傍受は、非常に簡単にできるようになっている。また、1990年代からあった「軍用装備転用プログラム」により、警察が連邦政府の助成金で、機関銃、装甲車などの軍用装備も購入できる。やはり9・11以降に作成された「ウォッチ・リスト」には、米国国民4600人を含む120万人が登録され、米国への入国や飛行機への搭乗を禁止されている。 実はアルカイダもISも、いったんは壊滅に近い状態になったものの、前記のように世界各国の支部をベースに復活してきている。ハムザが暗殺されたからといって、ザワヒリらの存在を考えると、アルカイダが再び弱体化する保証もない。イラン系のテロ集団の恐ろしさは、サウジの石油施設攻撃でも証明された。ネットを使ったテロ誘導の方法もある。そして彼らは東京オリンピックでテロを起こすことで、自分たちの復活をアピールしたいと考えている! 日本は一刻も早く日本版の監視プログラム「ステラウインド」、「軍用装備転用プログラム」、「ウオッチ(監視)リスト」あるいは「レッドフラッグ法」などを整備するべきだろう。私は『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防社)という書籍も書いているが、そのための取材を通じても、まだ日本のテロ対策は十分とは感じられない。 このまま東京オリンピックを迎えたら、重大テロが発生するかもしれない。それは外国から入って来たテロリストによるものとは限らない。京都アニメーションで起きたような不祥事が、オリンピック開催中に競技場からは遠い場所だったとしても、外国人観光客が多く集まるような場所で起こったら、どうするのか?東京五輪まで1年を迎えた新国立競技場=19日午後、東京都新宿区(本社チャーターヘリから、納冨康撮影) このように考えてみると、ハムザ暗殺は決して世界を安全にしたわけではない。まして東京オリンピックが安全になったわけではないのである。 以上の文章で私が展開した諸々の提言が、オリンピックまでに少しであっても日本でも実現することを願うものである。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057■ボルトン解任で「日本の核武装」が現実的になった■宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない■「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

  • Thumbnail

    記事

    ボルトン解任で「日本の核武装」が現実的になった

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 9月10日、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が解任された。その深層を分析してみると、トランプ政権の実態が見えてくる。そして、それは日米安保の大幅な見直しにもつながっていく可能性が極めて高いのである。 そもそもボルトン氏が前任者のマクマスター氏に代わって国家安全保障会議(NSC)の大統領補佐官になったのは、ポンペオ氏が中央情報局(CIA)長官からティラーソン氏に代わって国務長官になるのと、ほとんど同時だった。部下を戦死させたくない制服軍人のマクマスター氏と石油会社の社長だったティラーソン氏は、共に対イラン強硬路線に反対だった。 ボルトン、ポンペオ両氏は、共にタカ派として知られていた。北朝鮮に対しても先制攻撃論者だったが、二人ともNSCの大統領補佐官や国務長官に任命される前後から、トランプ政権が目指していた北朝鮮との対話路線に積極的になった。つまり、この人事は明らかに対イラン強硬派シフトであったのだ。 日本にとっては残念ながら、この段階で少なくともイラン問題が米国の目から見て解決するまで「二正面作戦」を避けるためにも、北朝鮮とは融和路線を進むことが、トランプ政権の方針だった。 だがトランプ政権は、サウジアラビア人記者、カショギ氏殺害事件を契機として、サウジの協力を得るのが難しくなった。欧州(おうしゅう)諸国を巻き込んだ対イラン有志連合の形成にも手間取っている。いずれにしてもトランプ大統領は、少なくとも2020年の再選までは、流血の大惨事を避けたいと本気で考えているようである。 と言うよりも、トランプ氏はこれまでワシントン既成勢力が行ってきた政治を改め、例えば外交に関しては過度な世界への介入を止めることを主張して大統領になった。そして、マクマスター氏ら制服軍人を含めた既存のワシントンの官僚や政治家を徐々に廃して、この公約の方向に自らの政権を変化させてきた。 ところが、ボルトン氏は印象とは違って、トランプ政権の中では珍しいくらいのワシントン既成勢力派だった。その中では最もタカ派的で、また個人としては真面目な理想主義者だったにすぎない。 それに対して、ポンペオ氏は2010年に下院議員になった元弁護士で、しかも将来は大統領の地位を狙っているとも言われている。ポンペオ氏がトランプ氏の方針に忠実だったのは当然だったかもしれない。 実は、ボルトン氏もこれまで多くの同僚たちとの摩擦が問題になったことはあっても、上司との関係は常に良好だった。しかし年齢も70歳。国家に対する最後の奉仕という気持ちもあったかもしれないし、いずれにしても個人としては実に真面目な理想主義者である。そのため、ボルトン氏は次第にトランプ氏の思惑を外れて対イラン、対北朝鮮その他で、強硬路線をひた走り始めた。 ここで同氏がワシントン既成政治派だったことの影響が出てくる。多くの元同僚を集めることで、NSCを彼は乗っ取ってしまったのだ。イランへの限定的空爆が行われそうになったのも、ボルトン氏がトランプ大統領に正確な情報―100人規模の戦死者が出ることなどを直前まで知らせなかったためだった。このような状況は、その数カ月前から始まっていた。 やはりワシントン既成勢力の一員というべき制服軍人のマティス氏が国防長官を解任されてから、国防長官代行だったシャナハン氏は、民間企業出身でワシントン政治に慣れていなかった。そのためボルトン氏に影響されることが多かった。 そこでシャナハン氏を解任し、ポンペオ氏と学生時代から親しいエスパー氏が国防長官に任命される人事が、イラン空爆の直前に行われた。そこでイラン空爆が直前に中止された経緯がある。ボルトン氏の後任候補 実はエスパー氏も制服軍人なのだが、少なくとも対中強硬派で、しかも宇宙軍創設には積極論者だった。ワシントン既成勢力である古いタイプの軍人や国防省官僚らが、ポストの奪い合いなどを嫌って宇宙軍創設に反対しているうちに、米国は宇宙軍で中国やロシアに後れをとってしまっていた。そこで宇宙軍を創設することもワシントン既成勢力打破を目的とするトランプ政権の重要な役割だった。 それを任されていたのが、ボーイングの元副社長で、理系でキャリアを積んだシャナハン氏だった。彼であれば制服軍人以上に上手くできたかもしれない。 さらに、仮に日米安保の大幅な見直しが行われることがあれば、どの在日米軍基地が本当に米国にとって必要で、どれは撤退させてもよい―といった計算も、コンピューターのプロである彼であれば、できるだけ多くの基地を守りたい制服軍人よりも的確にできただろう。 しかし、理系の彼はワシントン政治のプロであるボルトン氏に影響されすぎた。そこでシャナハン氏も解任され、ポンペオ氏に近く、部下を戦死させることを嫌う制服軍人であるエスパー氏が国防長官になった。これはボルトン氏とのバランスをとるためだったと思われる。 しかし、ボルトン氏は自らの理想と信念をひた走り続けた。イラン、北朝鮮、日本であまり報道されていないベネズエラなどに対して、これまで以上に強硬路線を主張した。そのため軍事境界線で行われた3回目の米朝会談のときは、モンゴルに出張させられていたほどである。 このような摩擦が何度も続き、ボルトン氏の解任の最後の決め手になったのは、9月7日、数日後に予定されていたアフガンのタリバン勢力とのキャンプデービッド和平協議を、トランプ政権がキャンセルせざるを得なくなったことだと言われている。これはテロ勢力との和解に反対する強硬派のボルトン氏によるリークも大きな原因の一つであるとワシントンでは考えられている。 このアフガンからの撤退問題に関しては、トランプ氏は大統領になる前から、正規軍を民間軍事会社に置き換えることを構想している。それは当然、制服軍人を中心としたワシントン既成勢力が嫌うことである。リークはボルトン氏からだけのものだったのだろうか? いずれにしても副補佐官、クッパーマン氏がしばらくは大統領補佐官代行になることになった。ボルトン氏に近すぎる彼が正式に大統領補佐官になる可能性は低いが、ないとは言えないようにも思う。彼はシャナハン氏と同様、ボーイングと非常に縁深く、宇宙軍の創設や世界の米軍展開見直しなどにおける活躍が期待できるからである。ホワイトハウスの執務室でトランプ米大統領(左)の話を聞くボルトン大統領補佐官=2019年8月20日、ワシントン(ゲッティ=共同) ほかにボルトン氏の後任として名前が挙がっているのは、みな今までイランや北朝鮮との対話路線で活動してきた人ばかりである。いずれにしても、今後のトランプ政権はアクシデントがない限り、当面はイランとも北朝鮮とも対話路線でいくことになるだろう。 その結果として、米国まで届く核ミサイルさえ持たなければ、核武装したままの北朝鮮と米国が和解する事態も考えられないわけではない。そうなれば日本は北朝鮮の核の脅威に常に曝(さら)されることになる。日米安保見直しの可能性 ボルトン氏がいてくれれば、日本に味方してくれるのに―と考える日本の保守派は多いかもしれない。しかし、そう一概には言えないだろう。 ボルトン氏は米国の愛国者で米国の国益を何よりも重視してきた。日本が国連安保理常任理事国になることを積極的に支援し始めたのも、彼が主導したイラク戦争が中国の反対で国連による容認決議がとれなくなってからであり、ブッシュ一世政権時代は湾岸戦争に中国も国連で容認したこともあり、その後の日本の安保理常任理事国入りに積極的ではなかった。 拉致問題に非常に積極的に協力してくれたのも、北朝鮮を追い詰めるための手段だ。そしてボルトン氏も実は沖縄米軍基地撤退論者だったはずなのである! この最後の問題も、私のワシントン時代の経験からすると、制服軍人以外のワシントン既成勢力―特に国務省の官僚の共通認識に実は、なってしまっているように思う。ボルトン氏と言えどもワシントン既成勢力の、それも国務省高官の一人である。 そのワシントン既成勢力を打倒することが歴史的使命であるトランプ政権もまた、米国が世界に広げすぎた手を縮めて、その分の予算で国内の格差問題などに注力することが目的だ。 そう考えると、シャナハン氏、クッパーマン氏といった理系のプロ的な人々が、米国の外交政策を取り仕切るようになったときが、米国が日本に日米安保の大幅な見直しを要求してくるときなのではないかと思う。 その際に米国は、核を持ったままの北朝鮮と和解し、日本は常に北朝鮮による核の脅威の下におかれるかもしれない。 日本は、それに備えて憲法を改正し、軍事力を増強するしかないだろう。だが日本の力だけで足りるだろうか? 一縷(いちる)の望みは今の米国の「反中」は本気だということだ。南シナ海でも航行の自由作戦を繰り返し、ボルトン氏の沖縄米軍撤退論も、その替わりに台湾に米軍基地を置くことを主張していた。中国だけではなく、中東方面での有事を考えるとき、在日米軍基地はロジスティクスの拠点として重要なものも多く、そんなに多くの在日米軍基地を削減できるか疑問もある。 今の米中の経済摩擦は、単なる貿易や技術の問題だけではない。通信技術の問題は、軍事力による世界覇権―特に宇宙軍やサイバーの問題と密接に関係している。 むしろここに、日本が米国に協力できる部分があるのではないか? 技術的な問題の一部だとしても、日米共同の宇宙戦やサイバー戦が行えるようになれば、中国や北朝鮮の核の脅威も低減させることができるかもしれない。 いずれにしても米国から購入するような形でも、もう日本も核武装も考える時期だと思う。それはワシントン既成勢力が、最も嫌がることではある。しかし彼らを打倒する歴史的使命を帯びたトランプ氏は、2016年の予備選挙の最中に一度とはいえ、口に出しているのだ。会談の前に握手するボルトン米大統領補佐官(右)と河野太郎外相(当時)=2019年7月22日、東京都千代田区の外務省(佐藤徳昭撮影) もし実はワシントン既成勢力の一員だったボルトン氏が、大統領補佐官のままだったら、それを許してくれただろうか? 今回の「ボルトン失脚劇」は、タカ派とハト派の対立というより、ワシントン既成勢力とトランプ改革政治の対立だった。いずれにしても制服軍人以外は、両者共にそろそろ在日米軍基地の大幅な見直しを考えていることは共通している。 しかしトランプ氏には日本の核武装も含めた既成勢力とは異なるビジョンがある。これからも日本はトランプ政権の人事その他の動向を注視し、その先手を打って協力するようにしていかなければ、世界の中で生き残ることができなくなってしまうだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057■宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない■トランプ政権誕生を暗示した?三島由紀夫「50年後」の予言■「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

  • Thumbnail

    記事

    トランプ政権誕生を暗示した?三島由紀夫「50年後」の予言

    を希求している。 この点に関して私は、次のように考えている。 キリスト教が欧州文明のものだとすると、アメリカ大陸も日本も異界の地だった。その異界の地でキリスト教が突然変異を起こしたものが、米国における福音派その他の宗教保守派であり、そして日本における芥川龍之介、太宰治、三島由紀夫の文学ではないか? 米国福音派にしろ、日本の芥川、太宰、三島の文学にしろ、物質世界の存在や理性主義を、人間の純粋精神を抑圧するものとして、否定的に考える傾向がある。2019年7月7日、米ニュージャージー州の空港で、記者団に語るトランプ大統領(AP=共同) だが、それは物質や理性を重んじ過ぎた結果ではないか。米国は物質や理性を英国より重んじる社会である。芥川、太宰、三島にしても、日本の近代化=物質主義化の過程の中で、理性主義を徹底的に身につけた人々であった。米国福音派の信仰や、芥川、太宰、三島の思想は、理性や物質世界の限界を、米英経験論以上に深く悟ったために出て来たものとも考えられる。 その観点からすれば、芥川、太宰、三島の最期を、単なる“自殺”と理解するべきではないだろう。一種の「純粋精神」を貫き、物質世界や理性主義の限界を突破して、より高いステージに進んだと理解するべきだろう。そして、それは米国の福音派等が聖書の世界終末の預言を心の底から信じ、リセットとしての“世界の終末”を希求するのと、類似しているのではないか?来るべき「世界終末」 この“米英経験論をも超えた理性主義の克服”という意味で、トランプ氏の“脱理性主義”と、福音派等の宗教保守思想とが、交錯するのではないか? そのような観点から本書では、思想史の一般的な考え方とは異なり、あえてトランプ流“脱理性主義”と、福音派等の宗教保守思想を、一括して「反理性」主義と表記したい。 理系志望だった青年時代の私は、極めて理性主義的な人間であった。だが、大病をして医学(理性)的には解消できない後遺症と闘いながら生きて行かざるを得なくなり、そのため「反理性」主義と極めて良く似た考え方をするようになった。そうした境地に私をいざなったのは、三島由紀夫の文学であった。そのためか私は、米国の福音派等の宗教保守派にも、強い親近感を持っている。 本書で、私がトランプ氏と彼を支持する福音派等の宗教保守派に関して、非常に肯定的な書き方をした理由も、そこにある。そしてトランプ政権が中東や南シナ海で戦争を仕掛けるタイミングと、それを予想するための考え方を提示したのも、米国福音派的な、そして芥川、太宰、三島的な「“世界終末”への希求」による部分が大きい。三島は、“自分の思想は、自分の死後50年後に実現する”と言い残した。三島の死から50年後とは、2020年に当たる。実を言うと、私が“2020年に中東か南シナ海で戦争が起こるのではないか?”と考えるのは、この言葉に触発されたからである。 「明日、世界が滅びるとしても、私は今日、庭にリンゴの木を植える」という有名な諺がある。“世界終末”は、来るかもしれないし、来ないかもしれない。人間は、自分そして愛する家族や友人が、これからも最低限幸福に生きていくために、今日を生きるしかない。 トランプ政権によって起こされるかもしれない中東や南シナ海における戦争を始めとする諸々の事態に直面した際、本書が少しでも多くの人々の被害軽減に役立つなら、それはそれで喜ばしい。 しかし、本書の中で繰り返し触れたように、経済のグローバル化や人工知能の発達の強い副作用は、それと闘おうとするトランプ大統領の努力にもかかわらず、発症の時期を遅らせるだけで、人類社会に対し、重大な悪影響を及ぼして行くだろう。それは悲惨な結果に結びつく可能性が高い。東京オリンピックのボクシングの見物に会場を訪れた三島由紀夫=1964年10月 つまりトランプ氏の行動にかかわらず、リセット――“世界の終末”は必ず起こる。人類が理性主義や物質世界から解放されて、「純粋精神」に満ちた世界へ立ち返るべき時期は、そう遠い未来ではない。その時における心構えを考える上で、本書が少しでも役に立つならば、これ以上の幸いはないと思う。トランプ大統領の「文化防衛論」トランプ大統領の「文化防衛論」 2018年6月中旬よりメキシコ国境での不法移民親子の引き離しが米国で問題化した。この問題を考えている内にトランプ政権を成立させた思想と三島由紀夫の「文化防衛論」との共通性に気付いた。つまり精神的、文化的“共同体”の防衛である。 この「親子引き離し」問題に関しては、トランプ政権の不寛容政策のために極端になっている部分は否定できないが、不法移民の親が裁判中は子供を米国保健福祉省が預かるというのは、クリントン、オバマ政権が決めたものである。2018年は極端な状態が起きて政治問題化したため、トランプ大統領は応急処置の一環として、不法移民親子を軍事基地に収容するように命じた。これも実はオバマ政権でも1回は行われた政策なのだが、その時の収容人数は7000人だった。2018年は2万人以上の収容が必要だという。つまりオバマ時代における最悪の年の3倍もの不法移民が、米国に殺到したのである。 これは白人プロテスタントの共同体としての米国の危機と言わねばならない。実際、米国の保守派の間では、カトリック教団が「親子引き離し」問題等に批判的なのは、カトリック系が多い南米系移民を増やすことで、米国でのカトリックの影響力を増そうとする陰謀との意見が広まっている。そのためかトランプ大統領の前戦略顧問のバノン氏が、彼自身カトリック教徒にも関わらず、保守派枢機卿等と協力してフランシスコ教皇を退位に追い込もうとしているという噂も流れている。 これは『英霊の声』で三島由紀夫が、左翼以上に厳しい昭和天皇批判を行ったことを思わせる。他にもフランシスコ教皇はLGBTに寛容な発言を行う等、宗教者失格である。バノン氏を応援したい。 ただ、カトリックだけではなく、共和党支持の宗教保守派の一部にも、「親子引き離し」には批判的な宗教者がいるという。宗教といえども精神的、文化的“共同体”の同一性が保たれて初めて成立する。宗教だけではない。人権も同様である。国連人権理事会が同問題に関して批判した翌日、米国は同理事会を脱退している。表面上はパレスティナ問題が主要因であるが…。スティーブン・バノン氏=2017年12月(宮崎瑞穂撮影) 人権も理性主義の見地から精神的、文化的“共同体”を破壊するものになっているのではないか?人権も精神的、文化的“共同体”同一性保持の範囲内でのみ成立すると考えるべきだろう。また国際機関等も、グローバル化や理性主義の見地から、精神的、文化的“共同体”を破壊するものになっている。日本も国連人権理事会等を、脱退するくらいで良いだろう。 米国の国連人権理事会脱退から数日後、難民に寛容だったEUも、政策転換を表明。世界は国際主義的見地による移民、難民に寛容な方向から、精神的、文化的“共同体”防衛論の方向にシフトしつつある。この流れを日本人も理解し促進しなければならない。安易な人権主義的見地から移民、難民の保護等を考えるべきではない。突き放す良い意味の冷酷さを、日本人も身に着けるべき時だろう。よしかわ・けいいち 政策コンサルティング事務所「グローバル・イッシューズ総合研究所」代表。2016年まで米国ワシントンDCにも拠点を持ち、東日本大震災を契機に一般社団法人日本安全保障・危機管理学会防災(JSSC)ワシントン事務所長として、日本に米国と同様の危機管理専門省庁の立ち上げを目指す政策提言活動に取り組む。2017年以降は日本国内をベースに、テロ対策や米国政治に関する政策提言活動を続ける。著書に『911から311へ—日本版国土安全保障省設立の提言』『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防新書)など多数。

  • Thumbnail

    記事

    2020年「世界の終末」米中南シナ海戦争の現実味

    h of China's neighbours are set to profit?”では、南部中国アメリカ商工会が調査したところ、米国の中国からの輸入関税が高過ぎるため、219社の内70%が、生産拠点を中国外に移転させることを検討している。米国の関税政策も中国との戦争が可能な状況を作ろうとしているとも見られる。 逆に南シナ海を射程に入れる中国南部にも、中国は中距離ミサイルを、やはり500発以上、保有している。それも南シナ海周辺での局地戦の形ででも、米国に勝てる体制を作っていると考えられる。INF保有の「意味」 そこで米国がINFを保有する意味が出て来る。南シナ海を射程に入れる中距離ミサイルが配備された中国南部を狙うことが出来る場所に米国のINFが配備されれば、もし南シナ海の人工島等を米国が攻撃したりしたとしても、中国は報復核攻撃が難しい。そこにある中距離ミサイルが破壊されるだけではない。 そのような位置にある米国のINFは、中国の重要地帯にも届くのである! その到達時間は短く、中国が米国をICBMで脅かしたとしても、このINFの方が早く到達するため、米国を中国は核で脅かすことは難しくなる。前述のように潜水艦発射の核ミサイルは、報復攻撃には使えるものの、安定性等の点で十分ではない。また前述のように攻撃を行えば、位置を特定されて撃沈される。 INFが中国を射程内に入れて展開されれば、米国に対する中国の優位は成り立たなくなる。そこでボルトンNSC担当大統領補佐官はロシア側に、中国の中距離核戦力はロシアにも脅威となっていると、ロシアが米国と共に、中国の中距離核戦力の脅威封じ込めのため、軍備管理交渉に中国を加えるようロシア側に呼びかけている。それが上手く行かなければ、中国南部を射程に入れる地域への米国のINF配備という結果になる。具体的には台湾やインドの東岸沖の島等が有力な候補地だろう。 またNational Interestが10月22日に配信した前掲記事では、まず巡航ミサイルその後に弾道ミサイルを配備する方式で、北日本、グアム、南フィリピン、北オーストラリアも重要な候補地だという。これにより、いわゆる“第一列島線”の内側の海を、中国に自由にさせないことが出来ると同記事は主張している。(注:2019年2月、米国が日本を含む、これらの地域に、まず核を搭載しない中距離弾道ミサイルの配備を始めるという情報が、流れ始めた)このようなシステムが一部でも配備されたとしたら、それは南シナ海戦争――少なくとも人工島の破壊と、それに対抗する中国による米艦船への攻撃等が、近い可能性が低くない。中国も重要地帯への先制核攻撃の恐怖から、地上発射の核ミサイルは使えない。 あるいは人工島解体と中距離ミサイルの撤廃ないし配備中止を巡って、米国と中国が交渉に入るかも知れない。1980年代の米ソが、核兵器等の軍縮に入って行ったように…。あるいはキューバ危機の時のように…。偶発的に大規模な核戦争に発展しないと、今度は断言できないかもしれないが…。特に中国が潜水艦発射核ミサイルを完成させる2020年代以前に、何らかの意味での西太平洋地域へのINF配備が実現したら、それが要注意のタイミングだろう。 National Interestが10月14日に配信した“How to Goad China into a War in the South China Sea”によれば、2020年に米国は、今までにない大規模なリムパックを、南シナ海で行う予定である。それに米国は中国を参加させない方針である。そこで中国を敵に回すのが怖い東南アジア諸国の中には、そのリムパックに参加しない国も出て来ると思う。しかし“中国封じ込め”のために参加する国もあるに違いない。G20に出席するため来日した習近平国家主席=2019年6月、大阪空港(代表撮影) このタイミングで前述のような場所に米国のINFないし中距離弾道ミサイルが配備されるとしたら…。そして2020年の大統領選挙で、トランプ氏が劣勢に立たされたとしたら…。そして、その時に中東大戦が起きる状況でなかったとしたら…。その時が南シナ海戦争が、最も起こり易いタイミングだろう。われわれ日本人も、準備をして置かなければいけない。 例えば水中発射ミサイルを発射可能な潜水艦を保有しておくとか…。実は日本は、それを実現できる技術力はあるのである。更にNewsweekが11月15日に配信した“U.S.‘COULDLOSE' ITS NEXT WAR:REPORT SHOWS MILITARY WOULD‘STRUGGLE TO WIN' AGAINST RUSSIA AND CHINA”によれば、米国の軍事力は相対的に落ちて来ていて、少なくとも中露両国を相手にした“二正面作戦”に勝つ可能性は、極めて低いという。特にハイテク兵器分野での開発競争の遅れが深刻であるという。 その分野でも日本は、米国を助けられる力は、まだまだある。例えば日本の自動車会社の電気自動車のシステムは、敵のハイテク・システムを麻痺させる電磁波の発生装置としても、米国製のものより優れているという説もある。また前にも書いたように米国は、このような劣勢を挽回するため、宇宙軍を創設しようとしているが、これもロケットや衛星の誘導システムの一部では、日本が米国より良い技術を持っているという。米国宇宙軍創設にも日本は、可能な限り積極的に協力すべきだと思う。そして米国が宇宙軍を創設するタイム・リミットも、やはり2020年であることは要注意である。「中国!中国!」と絶叫 更にFOXが2019年1月17日に配信した“Trump announces new missile defense plan with focus on sensors in space”によれば、トランプ大統領は国防省で新ミサイル防衛構想と言うべきものを発表。宇宙にセンサーを張り巡らして、敵のミサイルが発射される前に探知して迎撃するシステムを確立すると言う。これは同記事の中でも、これから実現のための研究を始める段階であり、費用や効果の点で疑問も多いと述べられている。 だが同時に、ロシアや中国が開発した極超音速ミサイルに対抗するには、必要であるとも書かれている。この記事によれば、トランプ氏は、イラン、北朝鮮、ロシア、中国といった具体名は言わなかった。しかし同席したシャナハン国防長官代行は、それらの国々の名前を上げた。彼は宇宙軍構想も、最初から任されていた。 ロイターが1月3日に配信した“For Shanahan, a very public debut in Trump's cabinet”によれば、シャナハンは2019年の年明けに、事実上の国防長官として国防省高官達に対して演説した時、“今後の米国は、アフガンやシリアではなく、中国に焦点を集中するべきだ”と「中国!中国!中国!」と絶叫した。 この新ミサイル防衛構想が2020年までに実用化されるとは思えないが、特に対中国関係のものが部分的にでも2020年までに何らかの目処が付くようであれば、それも要注意の信号だろう。何れにしてもシャナハンの“就任演説?”を見ても、ロシアと中国との二正面作戦を、米国が避けたがっていることは間違いない。そうなれば安倍総理のトランプとプーチン双方との信頼関係は、米国と中露の“二正面作戦”を回避し、日米露(そしてインドやオーストラリア等)が協力して中国を封じ込める上で、非常に意義あるものになる可能性がある。 2018年12月初旬のG20で、トランプ大統領は、プーチン大統領との会談をキャンセルした。しかし安倍総理は、両方と会談している。更に中国を刺激しないため米国との首脳会談に慎重だったインドとの間に立ち日米印首脳会談を実現したのも安倍総理である。トランプ大統領がプーチン大統領との会談をキャンセルしたのは、表面上はロシアがウクライナの艦船を拿捕した事件である。 だが例えばFOXが11月29日に配信した“Ian Bremmer: I'd Be‘Very Surprised' If Trump and Putin Don't Meet Informally at G20”によれば、実際には国内の“ロシア疑惑”が進展しているためではないかと考えられている。7月に米露会談が延期されたのと同じで明らかに、理性主義者によるトランプ氏の“脱理性主義的外交”に対する妨害である。何れにしても安倍総理とトランプ、プーチン両氏との関係で、日米露首脳会談を実現させ、ウクライナ問題等にも一定の解決を付けたとしたら、それは日米露による中国包囲網に繋がる。 そもそもロシアがINF全廃条約を破ったのは、中国の脅威に晒されたからだ。Newsweek前掲記事でも最近の中露接近に強い懸念が表明されている。そこに楔を打ち込むことは不可能ではない。そのNewsweek前掲記事でも、北朝鮮の脅威にも言及されているが、日本人が気にかけている北朝鮮情勢は、以上のようなプロセスの一部として処理されるのではないかと思う。 トランプ氏は2019年3月に入って2020年度軍事予算増額の方向になっている。彼は本気なのだ。何れにしても、われわれ日本人は、南シナ海戦争に備えて準備をして置かなければいけないのではないか? 2020年までに…。南シナ海を航行中の護衛艦「いずも」=2017年6月、南シナ海(自衛隊ヘリから、松本健吾撮影)   そして、それは中東戦争以上に、日本を巻き込む核戦争つまり“世界の終末”になる可能性が高い。INF等の使用により…。やはり、それへの覚悟を決めておくことこそ、最重要なことかもしれない。(起筆:2018年11月19日) よしかわ・けいいち 政策コンサルティング事務所「グローバル・イッシューズ総合研究所」代表。2016年まで米国ワシントンDCにも拠点を持ち、東日本大震災を契機に一般社団法人日本安全保障・危機管理学会防災(JSSC)ワシントン事務所長として、日本に米国と同様の危機管理専門省庁の立ち上げを目指す政策提言活動に取り組む。2017年以降は日本国内をベースに、テロ対策や米国政治に関する政策提言活動を続ける。著書に『911から311へ—日本版国土安全保障省設立の提言』『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防新書)など多数。

  • Thumbnail

    記事

    韓国と対峙するうえで想定すべき「国際世論戦」

    渡瀬裕哉(パシフィック・アライアンス総研所長)日韓慰安婦問題、元徴用工訴訟、そして輸出管理の問題をめぐって亀裂を深める日韓関係――。日本政府は安全保障の観点から、韓国の「ホワイト国」除外を決めた。気鋭の政治アナリストでパシフィック・アライアンス総研所長の渡瀬裕哉氏は、安倍政権の決定を支持しながらも、国際世論戦における悪手を指摘。日本が真にとるべき道を提言する。 安倍政権閣僚のメディア向けメッセージが適切なものにならなかった理由の一つは、本人たちは認めないだろうが、輸出管理見直し措置が参議院議員選挙を意識したものだったこともあるだろう。 対ロ外交、対イラン外交、G20に関しても選挙戦にインパクトを与えるほどに目覚ましい成果が上がったとはいえず、今年に入ってから「外交の安倍」の看板に有権者から疑問符が付き始めたことは否めない。 また、保守系の支持者からも同政権に対して過剰に阿る人びとを除いて、同政権の韓国の振る舞いに対する中途半端な対応についてフラストレーションが溜まっている状態も生まれていた。 そこで、直近の外交交渉相手のなかでは最弱国である韓国に対し、自国内の手続きを変えるだけの措置で実行できる手段を用いて、国威発揚のデモンストレーションを実施することは、選挙向けに手っ取り早く外交成果を得る方法としては妥当なものといえる。 そのため、選挙戦略上の趣旨から、韓国の輸出管理に関する安全保障面の懸念のみに言及すべきところで、自ら徴用工などの歴史問題という余計な話題に触れざるをえなかったのだろう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 3年間も放置されてきた問題に対して同見直し措置が選挙直前に実施されたこと、そして選挙期間中の最終盤に外務大臣が駐日韓国大使を説教したことなど、WTO(世界貿易機関)での係争開始を見据えた場合、デメリットしかないタイミングだといえる。 万が一、閣僚の発言を根拠の1つとして韓国側の主張がWTOで認められる事態となった場合、日本政府は韓国に対して自国内の輸出管理すらも自由に運用できない状況に追い込まれることになる恐れもあり、それらの安易な発言を行なった人びとはどのように政治責任を取るつもりなのだろうか。トランプの「対日カード」 さらに、文大統領がトランプ大統領に日本政府の輸出管理運用見直しについて仲裁を依頼したことが明らかとなっている。 もちろん安倍首相とトランプ大統領はきわめて良好なリレーションを維持しているため、韓国側の主張が理不尽な形で日本に押し付けられる可能性は高くないだろう。 ただし、韓国側から対日関与の依頼がトランプ大統領に行なわれたことは、同大統領にとっては興味深い対日カードを新たに1つ手に入れたことを意味している。 安倍政権とトランプ政権との貿易交渉は参議院議員選挙後に大詰めを迎える段階となっているが、そのような重要な局面において本件はトランプ大統領に無用な借りをつくってしまうことになるだろう。 仮にトランプ大統領が同見直し措置の問題に介入する場合、それは日本の対韓政策の敗北といえる。 したがって、安倍政権はトランプ政権による介入を絶対に回避しなくてはならないため、トランプ政権は労せずして日本政府に対してきわめて有効な貿易交渉カードを手に入れたことになる。 また、ロシアや中国は安倍政権が両国に対して強い態度に出てこない姿勢を笑っているに違いない。ロシアは北方領土を奪って平気な顔をしているどころか、領土交渉も日本側から果実を引っ張り出した上で意図的に内容を後退させている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 中国は現地邦人を不当に拘束した上、急速な軍拡を実施しながら日本に対する示威行為を繰り返している。 筆者には、傍若無人な振る舞いを繰り返す国々に対して生温いメッセージを送りながら、韓国という弱国にしか強気に出られない政権と、中露両国がまともに外交交渉を行なうとは思えない。きわめて粘着質の国 しかも、同見直し措置の意図すら純粋な安全保障目的ではなく、参議院議員選挙目的のように見えかねない現状に鑑み、両国の独裁者たちから日本が鼻で笑われても仕方ないだろう。 日本国民は単発の行為としては「よくやった」と思える外交措置であったとしても、それに伴うメッセージや実行のタイミングなどの全体像を踏まえた上で、二国間交渉ではなく多国間レベルの視座をもって日本政府はどのように振る舞うべきか、ということを意識するべきだ。 二国間交渉において交渉相手をやり込めることは当然のこととして、交渉行為自体を第三国との交渉に有利な影響を与えるように設計し、政権担当者がそれらの設定を踏まえた発言を行なえるよう事前に準備しておくことが重要だ。 少なくとも外交政策を展開し始める前に、必ず国際的な世論戦の形を想定してからスタートするべきである。 筆者は今回のように参議院議員選挙直前という「事前に周到に準備された発言」以外の不測の発言が飛び出しやすい環境で、韓国半導体産業に対する締め上げに直結する重要なカードを切るという安倍政権の判断には疑問をもたざるをえなかった。 WTOでの訴訟の結果が出るまで数年かかる見通しであるが、結果が出るころには安倍政権は次の政権に道を譲っていることになるだろう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 今後、韓国のようなきわめて粘着質の国と対峙するにあたっては、将来的に責任をもつことができる政権が万全な体制を築いて戦いを挑むようになることに期待したい。関連記事■ 混迷の日韓関係、日本政府が行なった“手痛い悪手”■ 海軍反省会ー当時の中堅幹部が語り合った400時間の記録■ 韓国が日本政府を侮辱し続けても、止められない「ごね得」■ 日米開戦を「近衛総理に一任」した及川古志郎海相を、元・海軍中堅幹部はどう評価するのか■ 拡大する韓国の武器輸出 日本が国益のために「取るべき行動」

  • Thumbnail

    テーマ

    「弱肉強食」新冷戦で喰われるニッポン

    東西冷戦終結から30年。今や米国と中国の対立が激化し、「米中新冷戦」時代に突入したと言われる。米中の覇権争いと、その裏でうごめくロシア。国際秩序は崩壊状態といっても過言ではなく、国家間のパワーバランスの変化も目まぐるしい。この混迷を読み解けば、日本が乗り越えるべき試練は自ずと見えてくるのではないか。

  • Thumbnail

    記事

    「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

    堅持といった各国共通の大きな議論にはなっていない。 その背景にあるのが、トランプ大統領の登場以降の「アメリカの変質」にある。「保護主義に対抗」というかつての先進7カ国(G7)やG20の決まり文句は、トランプ氏の「アメリカ第一主義」に真っ向から対立する。さらに、お決まりの「気候変動対策」も同じだ。 その米国の態度の変化の向こう側にあるものは、もちろん「壊し屋」的なトランプ氏の手法だろう。ただ、国際関係を見ていくと、やはり中国の台頭がアメリカの変質を促進しているのは言うまでもない。 つまり、G20という多国間の国際秩序が揺らいだ背景には、米中対立の中で、「やり方を変えないといけない」という米国側の焦りがあったといっても言い過ぎではないだろう。 過去の米国の対中政策は「ヘッジ(強硬論)」と「エンゲージメント(関与論)」のいずれかを使い分けるというバランスが基本だった。特に、1989年の天安門事件以降は、中国に対する米国の姿勢は非常に厳しかった。 だが、貿易パートナーとしての中国の存在が大きくなってくる中、基本的には自由貿易の枠組みに入れて「関与」し続ければ、中国の国家資本主義的な体制が減るという見方が米国の中で大きくなっていった。その象徴的なものが2000年に立法化された「対中恒久正常通商関係(PNTR)」法であり、中国に恒常的に最恵国待遇を与えることになった。その結果として、中国の世界貿易機関(WTO)加盟が認められることになる。2019年6月28日、G20大阪サミットで首脳の特別行事を終え、トランプ米大統領(左)と握手する安倍首相。右は中国の習近平国家主席 ただ、この見方が「間違い」であるということが、トランプ政権発足前後から米国内ではコンセンサスになっている。中国はWTOの仕組みの中で、中国側が逆に他の国を「自由でない」と主張ができるようになってしまったためである。 中国の場合、知的財産権も守らない。米国の貿易赤字は増えていく。「中国だけが結果的に得をする」状況に対するいら立ちが極めて大きくなっているわけだ。緩まない「矛先」 2018年10月4日、ペンス副大統領がハドソン研究所で行った演説は、中国に対する米国の生ぬるい態度を自己批判するものだった。「米国は、中国に自国の市場へのオープンなアクセスを与え、WTOに招いた。これまでの政権は中国があらゆる形の自由を尊重するようになると期待し、こうした選択をしたが(中略)その期待は裏切られた」とペンス氏は指摘した。 トランプ氏は2016年大統領選で「貿易赤字は是正せねばならない。対中国はその筆頭」「政権発足初日に中国を為替操作国と認定する」と公約した。「貿易赤字がその国にとって有害である」という見方は、学術的には支持されていない。だが、トランプ氏の支持層には「グローバル化は中国に米国の雇用が流れた」というわかりやすいメッセージに支持者は歓迎した。 トランプ氏は「貿易赤字こそが問題」と提唱する経済学者のピーター・ナバロ氏を選挙戦からのアドバイザーとしてだけでなく、政権発足後は貿易戦略のブレーンとして登用した。為替操作国の方はまだ行われていないが、貿易赤字解消の政策は、実際にメキシコ、カナダとの北米自由貿易協定(NAFTA)見直し、米韓自由貿易協定(FTA)の見直しなどとともに、中国に厳しく迫っている。 対中強硬の動きが本格的に明らかになったのは第1回米朝首脳会談の直後の2018年6月15日である。自動車や情報技術製品など、中国からの輸入品計1102品目に対し、500億ドル規模の追加関税措置を行うと発表した。ここから米国側の「どんどん中国を締め上げていく」という動きが明確化した。 トランプ政権は2018年中に各種中国製品に対して3度の制裁関税を課している。先述の500億ドルのうち、7月に自動車など340億ドル(25%)分、8月に半導体など160億ドル(25%)分を課し、9月には日用品など2000億ドル(10%。2019年5月10日に25%)分に適用した結果、制裁関税は計2500億ドルに達している。 これに対して、中国もそれぞれの制裁のタイミングに合わせて、大豆など340億ドル(7月、25%)、医療器具など160億ドル(8月、25%)、家電など600億ドル(9月、5から10%。2019年6月1日に最大25%)の報復関税を課している。米国も2019年5月に第4弾として、これまでに対象外だった3250億ドルに25%関税をちらつかせた。 結局、冒頭で述べたG20に合わせて行われた米中首脳会談で、関税の先延ばしを決めている。ただし、あくまでも延ばしただけであって、まだ中国への矛先は全く緩んでいない。米ハドソン研究所で演説するペンス副大統領=2018年10月4日、ワシントン(AP=共同) 中国に対する圧力は貿易だけではない。トランプ政権の対中政策で特筆されるのが、貿易戦争と安全保障政策の密接な関連である。トランプ氏やナバロ氏が重視していた対中貿易問題に対して、官僚や利益団体、シンクタンク研究員など、政権周辺の安全保障に関心のあるグループが乗っかっていった。 トランプ政権は2017年末に国家安全保障戦略(National Security Strategy)、2018年1月に国家防衛戦略(National Defense Strategy)、2019年6月にはインド太平洋戦略(Indo-Pacific Strategy)を掲げてきた。いずれも主なターゲットは中露だが、その中でも中国を強く意識している。根底にある「不信感」 その根底にあるのが、中国の国家資本主義に対する不信感である。技術なり、あるいは盗んだ情報なりを吸い上げて、国や軍に渡してしまう可能性を危惧している。 「いかなる組織及び個人も、国の情報活動に協力する義務を有する」という中国の「国家情報法」(2017年6月)の第7条や、中国のハイテク発展ロードマップである「中国製造2025」などが、トランプ政権の危惧をより大きくさせている。それもあって、第5世代移動通信システム(5G)を基盤とするハイテク武器への影響が問題となり、最大手の華為技術(ファーウェイ)に代表される中国通信系企業の製品の利用に対して、大きな制限をかけようという動きがあるのは言うまでもない。 トランプ政権の動きも急だ。2019年度国防権限法(2018年8月)では米政府の情報システムの調達企業からファーウェイと中興通訊(ZTE)、海能達通信(ハイテラ・コミュニケーションズ)、杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)、浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)という中国企業5社を排除した。 その他、大統領令13873(サイバー空間などで国家安全保障にリスクがあるとする企業の通信機器をアメリカ国内の企業が使うことを禁止)、商務省のエンティティリスト(米連邦政府の許可を得ることなく、外国企業が米企業から部品などを購入することを禁止)などでの規制強化を進めている。 G20という多国間の国際秩序が、中国という「異分子」をうまく飼いならせなかった現実にあって、多国間秩序を引っ張ってきた米国そのものも大きく変貌しつつある。 ただ、2020年の大統領選に向けて、トランプ氏にとっての最大の懸念は景気後退である。トランプ氏としても支持者への影響を考えながら、貿易の面では少しずつ取引や妥協をしていく可能性もないわけではない。 貿易問題では、ある程度合意できるかもれない。しかし、安全保障上の脅威としての中国の問題は、既にトランプ政権だけでなく民主党を含む、ワシントンのコンセンサスとして広く認識されるようになっている。 米国の対中世論全体を見ても、中国に対する一般の見方も厳しくなっているほか、安保では民主党側も相乗りしている。これまでには机上の空論とみられていた中国を米企業のサプライチェーン(部品調達網)から外す「デカップリング」論も正面から議論されるようになっている。中国・北京にあるファーウェイのショールーム=2019年5月20日(UPI=共同) 安保の面での「中国叩き」はだいぶ続くとみられる。米国とソ連の「冷戦」は代理戦争を含めて、実際にかなりの軍事衝突があった。今回の米中の場合は、当面の軍事衝突こそないものの、軍拡が続く中国をけん制しながら静かに展開する「冷たい戦争」が長く続くものとみられる。 形骸化するG20の向こう側には、米中の激しい2国間対立の世界が広がっている。■ 米中貿易戦争「日本が得する」逆転シナリオが一つだけある■ 「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場■ 習近平はなぜ金正恩に6年間の「借り」を返す気になったのか

  • Thumbnail

    記事

    宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない

    宮崎正弘(評論家)吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 宮崎 日本のメディアは、アメリカと中国の貿易摩擦を「米中貿易戦争」と報じています。もちろん貿易戦争には間違いないですが、そもそも米中は基本的に長い間衝突の構造にあります。今は単に関税のかけ合いのレベルなので、これはいずれ終わります。お互いにものすごく傷ついていますからね。むしろ決定的なのは、関税をかけたことによって中国の経済構造がガラッと変わったことでしょう。中国で生産できないものはすべてベトナム、カンボジアに移しています。つまり、中国の「産業の空洞化」をもたらす構造変化が起きたということです。これが一番大きい問題です。 二番目に大きいのは、アメリカが為替操作国として認定すると脅しをかけていますが、逆に今、人民元はものすごく弱いということです。弱い通貨を強くするために、一番稼いできたドルをすべて人民元の買い支えに使っているわけです。こうしたことで、中国の経済力が弱まっています。これはおそらくトランプではなく財務長官あたりのアイデアだと思いますが。 そして米中対立というのは、貿易戦争の関税かけ合いレベルから、第5世代移動通信システム(5G)のテクノロジー覇権争奪戦に完全に移っているわけです。で、この流れから、私はまもなく金融戦争が始まるだろうという見立てをしています。 吉川 なるほど。先の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)でトランプがアメリカのマイクロチップを中国通信機器大手のファーウェイに売っていいよ、中国人のハイテク技術者へのビザ優遇もしますよということは言いましたが、だからといってファーウェイ製品をアメリカが買うわけではないのです。国内の規制を緩めるつもりはないでしょう。 中国人技術者のビザの件も、アメリカのメディアをこまめに見ていると、アメリカのどのハイテク企業も、理系の大学も、中国人の専門家にビザを申請するときには米連邦捜査局(FBI)がうるさく調べにくるので、できるだけもう取りたくない、という実際の現場の温度感が分かります。 宮崎先生がおっしゃっているようなアイデアで中国を徐々に弱めつつ、5Gの問題ではアメリカが中国に先んじるよういろいろな手を打っていくのではないでしょうか。米中新冷戦について対談する宮崎正弘氏(右)と吉川圭一氏=2019年7月、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 宮崎 中国はすでに相当先んじていますからね。いろんな側面から考えられますが、まずは特許の問題でしょう。4Gのときはことごくアメリカが特許を押さえていて、ファーウェイでさえOS(基本ソフト)は「アンドロイド」です。それをひっくり返すのはファーウェイもできない。 もう一つできないことは、半導体を中国が作ること。今の時点で半導体を20%作ったなんて豪語していますが、それはどの程度の半導体か分からない。さらにアメリカは「半導体製造設備は売らない」と言っている。これが決定的で、中国は半導体を作れないということなのです。 アメリカがここまで焦っているのは、将来のマーケットの取り合い程度ではないということ。例えば、米国の最新鋭ステルス戦闘機「F35」の部品は中国製が相当入ってきていましたが、それによってF35の性能が落ちる、ということが起こっているわけです。逆に中国はミサイルの性能が上がっています。コンピューターの精度やドローン技術、航空産業、宇宙産業の技術、すべてアメリカから盗んだものによって成り立っている。アメリカはうかうかしていたら、圧倒的な軍事的優位という立場が脅かされると、アメリカ人の心底に恐怖感がある。だからあんな強い態度で臨んでいるわけで、ちょっとやそっとではこの対立は終わりません。中国が白旗を上げるか、共産党がつぶれるまで続くか、そこまでは分かりませんが。もし、トランプが次の選挙で敗れることになれば、また別の展開になるかもしれません。トランプは再選する! 吉川 私はトランプが苦戦しそうなのは、ハリスという民主党上院議員ぐらいだと思っています。ハリスは黒人で女性ですが、それ以上にトランプと同じように2016年までワシントンにいなかった。冷戦終結以来のワシントン政治は、ローテーションで同じ顔ぶれが政治を行ってきました。政治家も、官僚も。彼らの理性一辺倒でマニュアルにはまった政治では、もうアメリカの国家も国民生活も保てなくなっています。そこで今までワシントンにいたことのないトランプが出てきたと、私は考えています。今年3月に出版した『救世主トランプ-“世界の終末”は起こるか?』(近代消防社)でも、そのように書かせて頂きました。 それを考えるとハリスならトランプと良い勝負ができそうに思いますが、2000年や2016年のような状況になっても、地方の保守的な票の力でトランプが勝つでしょう。そもそもハリスは新人議員で思想的にも穏健派とは言えない。民主党の候補者になるのも簡単ではないと思います。 ハリス以外は左翼メディアに応援されていてもアメリカ国民の多数からも嫌われている極左か、あるいは2016年以前のワシントン政治にどっぷり浸かってきた、それも親中派的な候補が多い。今アメリカでは左翼メディアまでが反中です。それを考えるとトランプと似たような3人目の独立候補が出て票が割れない限り、トランプは再選されると私は今の段階では思っています。 その反中国テクノロジー競争の話に戻すと、5Gでアメリカが中国を上回れば、サイバー攻撃で中国に対抗できるという算段もあるでしょう。 今年の春ぐらいにワシントンでずいぶん評判になった、ブルッキングス研究所のオハンロン氏の著書の中で、「もし尖閣が中国に占領されたらどうするか」ということが書かれていました。日本の海上自衛隊と米海軍で取り囲んで、あとは中国に経済制裁をした上で、サイバー攻撃みたいな形でやんわりと出て行ってもらうというのが主旨です。これがアメリカでずいぶん評判になったのですが、裏を返せばアメリカとしては日本のために本気の戦争はやりたくない、自国の若者の血を日本のために流したくない、という空気になっているということですね。 イラン攻撃も、トランプは実際の攻撃を思いとどまった後、サイバー攻撃を考えたとされていますが、そのサイバー攻撃をイランは撃退したと主張しています。イランも北朝鮮もロシアの技術が入っており、米中だけではなくロシアも入って、イラン、北朝鮮、ベネズエラが駒として動いています。北朝鮮とイランの間には、おそらくロシアの仲介により、ミサイルや核の協力関係があるとされています。アメリカの裏庭のベネズエラに、イランの支援する国際テロ組織の支部ができて、ロシアも軍事顧問団的なものを送っているようです。 非常に複雑な立体地図の中で、トランプとプーチンと習近平がどう動くのか、それに対して日本も先読みして安倍晋三首相がどう動くか。それによって日本がこれからの生き残れるのか決まってくると思います。G20首脳会議のデジタル経済に関する特別イベントであいさつする安倍晋三首相(中央)。左はトランプ米大統領、右は中国の習近平国家主席=2019年6月、大阪市住之江区(代表撮影) 宮崎 もう一つ、昨年の10月4日に、ペンス米副大統領が演説で「われわれは今までハッカー戦争で受け身だったけれども、これからは攻撃型に変える」と言っています。それと宇宙軍を作ることも明言しています。 これがどういうことかと言えば、例えば5Gで中国が先んじた場合、通信速度は現状の100倍ぐらいになる。今0・001秒差ぐらいなのが、0・00001秒ぐらいの差で中国のハッカーが米国防総省(ペンタゴン)の中枢に入り込んで命令系統をズタズタにしたら、アメリカは戦えない。だから宇宙軍を作って、アメリカが先に中国の指揮系統を叩く、そういう戦争になっていくと思いますね。ソ連型と異なる「中国崩壊」 吉川 そういうことも今までのワシントン政治では既成勢力の予算獲得競争などで上手くいっていなかったのが、トランプが大統領になってから軌道に乗り始めた。そのようなサイバー攻撃や宇宙軍がしっかりしていれば、超音速で飛ぶミサイルも、事前に宇宙から索敵しておいて撃墜することなどもしやすくなります。そういう新スターウォーズ構想のようなものをトランプは中間選挙の後に明らかにしました。 最初のスターウォーズ構想は、レーガン大統領が言い出したものです。まったく同じことは当時のソ連には技術的にできなかったから、ソ連は降参して冷戦は終結したわけですが、それと同じような形にもっていこうとしているのではないかと考えています。 宮崎 ソ連の場合、経済制裁を受けていましたが、ソ連には全く輸出するものがなかった。原油とウォッカとマトリョシカくらいじゃないでしょうか。でも、中国は山のように輸出するものがあって、外貨が入ってくる。だから、経済的に中国を干すというのはなかなか難しい。つまり、ソビエト型の崩壊というシナリオは考えにくいでしょう。 吉川 そうでしょうね。ただ国際政治の理論で、「軍事競争というものは量的な競争であり、量的な競争をやっていれば接戦になるので熱い戦争になるけれども、質的な競争は一方が急激に伸びて圧倒的に勝つ可能性があるので、もう片一方が何らかの形で降りざるを得なくなる」という考え方もあります。米ソ冷戦はそういう形になったわけですが、今回の米中の5Gやサイバーというのも、質的競争で決着がついてくれればいいなと思います。 宮崎 先ほど米中対立は、次に金融戦争になると言いましたが、アメリカにはもう一つ癪(しゃく)に障っていることがあるからです。それは「ドル体制」という戦後のブレトン・ウッズ体制を中国がひっくり返そうとしていることです。 中国が進めているのは、まず人民元の勢力圏を作ること。アジアインフラ投資銀行(AIIB)なる奇怪な銀行をつくって、それから国際通貨基金(IMF)に人民元が入ってきた。そして通貨スワップ、もしくは人民元決裁権を方々に広げています。例えばタイでは食堂に入っても人民元が使えるぐらいです。ロシアとの貿易決済も一部人民元にしています。 これをどうやってアメリカが食い止めるかなのです。つまり、通貨覇権を絶対に死守するということですが、これから使うであろう手というのは、中国の外貨を払底させるというのが一番でしょう。そうすると人民元という価値がぐっと下がりますから。二番目に実行するのは、中国の銀行の信用力を崩壊させることです。こういうわれわれには全く見えない手を打っているのだろうと思います。完全に機密になっているので、今は想像でしか言えませんが。 ただ、こうした状況を見ていると、中国は自壊が始まっているようです。何しろ、中国の負債総額が日本円で6千兆円ぐらい、一説によれば9900兆円という見方もあります。ただ、中国の国内総生産(GDP)は1千兆円ぐらいあるでしょう。このGDPの飛躍をどこで止めるかですが、そもそも大半が不動産投資です。だから簡単で、金融を閉めたら不動産投資にいかない、いかないばかりかこれまで不動産のローンを組んだ人たちは相当哀れな結末になるのではないかと思います。要するに、アメリカが金融面における攻撃を始める前に、中国が自滅していくのではないでしょうか。すでに包商銀行が危うくなって、中国政府が救済しました。徐々にアメリカで起きたサブプライムによる破綻で起きたリーマン・ショックと似た状況になっている。中国政府もまだ小さな銀行は助けますが、次に大手がひっくり返ったときは危ないですよ。評論家の宮崎正弘氏=2019年7月、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 吉川 アメリカの新聞を見ているだけでも、25%の関税のおかげで輸出ができなくなって困った中小企業を助けるために、そういう中国の大手銀行が積極的に貸出するように中国政府が命令して貸し出した。しかし、お金をもらった中小企業は何をやっているかというと、どうせ新しい工場を建てても輸出はできないから、不動産投資をやっている。どんどん中国経済の実態がなくなってきているわけで、関税政策が中国の金融崩壊を速めているのは確かですね。親中派も多い自民党 宮崎 ではこの状況に日本はどうすればいいのかと言っても、74年間憲法を変えられない国が主体的にどうしようと言っても無駄な気がしますし、基本的なことを言うしかない。自分が正しく判断したことを、主権を行使してやりなさい、という。これはどの国でも基本でしょう。リーマン・ショックのときには、三菱UFJ銀行が銀行を買わされて、野村証券が、中東かどこかのリーマンブラザーズを強制的に買わされたじゃないですか。ということは、中国が悲鳴を上げて日本に助けを求めたときに、お人好しな自民党政権はやっぱり助けると思います。 吉川 そうですね。自民党は親中派も多いですからね。 宮崎 そうそう、そこが危ない。特に伊藤忠商事はまだ、中国に投資していますから。中国と心中するつもりなのでしょうか。 もう一つ留意すべきは、大々的に生産しているトヨタ、日産、ホンダが結局どうするかでしょう。最悪のシナリオはかつての満洲と同じように財産を全部おいて逃げ帰ってくることですね。中間的なシナリオとしては、トランプが仕掛けた今の貿易規制がますます強化されるでしょうから、日本企業のハイテク部門やケミカル関係など、すべて影響を受けることになります。 吉川 すでに昨年末の段階で、南部中国アメリカ商工会の調査によると、会員企業の約7割が中国からの撤退の準備をしているそうです。別の統計ですが、オバマ政権末期には456億ドルもの対中投資を米国企業はしていたのに、2018年は20億ドル。サプライチェーンは切断され始めています。そうなれば、経済・金融・技術面での覇権争いで、アメリカが優位になれるだけではありません。軍事的な「熱い戦争」をしてもアメリカは困らなくなる。 私は南シナ海問題がこれからもっと深刻になってくると思いますね。南シナ海はほかに比べて水深が深いので、水中発射でアメリカまで届く核ミサイルを装備した潜水艦を沈めておけます。ですから、アメリカは南シナ海で行われる中国の軍事訓練に非常にナーバスになっていて、人工島やミサイル発射台を撤去してほしいと強硬に言っていますし、南シナ海では部分的に「熱い戦争」になる可能性もあるのではないでしょうか。 第一列島線である沖縄、台湾、フィリピンあたりに、核は積まないにしても中距離弾道ミサイルを置いておけば中国をつぶせるという戦略が、ワシントンのシンクタンクからも正式に出ています。そのために米国は中距離核戦力全廃条約(INF)から撤退しました。結局80年代の欧州と同じで、そういうものを一度配置して、中国側が南シナ海から撤退するならアメリカもそれを撤去し、かつ関税も下げるというような取り引きが、トランプと習近平の間で来年の選挙後ぐらいにあるのではないかと予想しています。 宮崎 G20前後に言っていたトランプの日米安保条約破棄というのは冗談ではなく、かなり本気の部分があると言えます。でも、それは大いに歓迎すべきことではないかと思います。わが国が主権国家であるならば、自分で防衛するのは当然ですからね。それをトランプは早くやれと言っているわけです。 吉川 米ソ冷戦が終結したときにアメリカが一方的に日本を守らなければいけない理由がなくなったので、日米安保の見直し、日本の憲法問題、核武装など何から何まで考えなければならなくなることを、冷戦終結当時に何人かの先生と話した記憶があります。 ところが、そこへいわゆる「瓶の蓋(ふた)」論が出てきた。「もし米軍が撤退したら、日本はすでに相当な能力を持つ軍事力を、さらに強化するだろう。誰も日本の再軍備を望んでいない。だから、われわれ(米軍)は(軍国主義化を防ぐ)瓶の蓋なのだ」という考え方です。そしてクリントン政権というものができてしまった。彼は非常に理性的な学歴エリートで、その彼と体質を同じくするワシントンの役人も、日本が軍事大国になるのは脅威ではないかという考え方だったわけです。その考え方をする官僚らが25年もワシントン政治を仕切ってしまった。本来、私の認識では25年前に出るべき「日米安保の見直し」論が、クリントン政権以来、延び延びになっていたのが、今になって出てきたのではないかと思います。吉川圭一氏=2019年7月、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 宮崎 その前に、1980年に日米安保改定20周年のシンポジウムを開催しており、これはフォード前大統領と岸信介元首相が共催したものです。そのときにアメリカから「もう改定して20年も経っているのだから、中身が不均衡なものをより対等なものに改定する必要がある」と提案がありました。日本の新聞も報道はしましたが、それで終わってしまう。誰も重視していなかった。日米安保の改定というのは本来なら日本が言い出すべきですが、そのままずるずると時間だけが過ぎていったのが事実です。 だからトランプは「非常にアメリカだけ負担が大きい、それからアメリカだけが犠牲になる」と認識している。戦争でもし闘っても、日本はそれをソニーのテレビで見ているだけだと、不満がマグマのように噴出しているのが分かります。障害は日本の現行憲法 吉川 トランプは大統領選挙、特に予備選挙の最中からそういうことを言っていました。今回トランプから日米安保の見直し論が出てきたのは、イランのことがあるからだと思います。 イランがアメリカの無人機を攻撃したので、それに対する報復攻撃をやろうとしたが、直前で思いとどまった。そのときに、日本は消費する石油の6~7割をペルシャ湾から買っているにもかかわらず、日本がペルシャ湾の防衛をやらないのはおかしいのではないかとツイッターでつぶやいて、G20後の記者会見でもそのことは言っていました。こういう一連の流れからすると、トランプは本気なのではないかと私は思いますね。 宮崎 本気であることが分かる一方で、トランプは日本に関する勉強をほとんどしてないから、理解度は低いですね。北朝鮮危機のときも、日本に協力しろ、と言ったら日米安保条約、日米地位協定、それから日本の憲法があってできないということを初めて知ったようで、本当にびっくりしたという話もあった。日本は戦争に巻き込まれるようなものではなく、後方支援や終わった後の地雷処理とか、そういう協力しかできないことを今はだんだん分かってきたのではないでしょうか。 だから次にその不満をどこにぶつけるかというと、結局日本の障害になっている憲法だと。だから、憲法改正を迫るのは内政干渉になるけれども、形を変えて言ってくるのではないかと思いますね。 吉川 「在日米軍基地駐留経費の日本側負担を何倍かに値上げしろ!」などですね。それくらい言われたらさすがの日本人も、そんなお金を払うなら憲法を改正して強力な自前の軍隊を持った方がよいと目覚めるかもしれません。米国製の兵器と今まで引き取ってきた米国債を交換してもよい。その代わりに、むしろ在日米軍基地駐留経費を今までは7割負担していたのを5割にしてくれと交渉する。最初から5割と言えば6割にされてしまうので、3割と言っておいて5割で手を打つ。それくらいのことを日本がしてもよいと思います。 そうなれば、在日米軍基地の見直し問題も出てきます。マティス国防長官が退任後、しばらく国防省のトップが不在でしたが、今年6月にボーイング社の理系重役だったシャナハン国防長官代行が国防長官への指名を断ったのです。彼はボルトン大統領補佐官に影響されてイランとの早期開戦論者だった部分があるので、イランとの流血の大惨事を少なくとも来年の選挙まではしたくないというトランプの意向が、もしかしたら少しあったのかもしれない。そしてポンペオ国務長官の陸軍士官学校時代からの友人で、マティスと同様に元制服軍人だからこそ部下を戦死させるようなことは避けたいエスパーが国防長官に就任しました。 ただ、本当に日米安保を見直すということになった場合、「この基地とこの基地は日本の領土上になくてよい」などとコンピューターで計算して交渉をするなら、シャナハンが最適だったと思います。エスパーのような制服軍人はどちらかというと、日本の軍事基地は守りたい方が多いのです。 日米安保を大きく見直す、日本側も憲法を大きく見直さざるを得ないという話が出てくるとしたら、エスパーから民間出身の人に再び国防長官が代わったときではないか、と今の段階では思っています。米ホワイトハウスで、エスパー国防長官(左)を見やるトランプ大統領=2019年7月(AP=共同) 宮崎 いずれにしても、すべてまた劇的に変わり始めるのは選挙の後でしょう。その前に中国の自滅が金融面で始まると思いますがね。 吉川 それと中国国内の知的財産権保護と産業補助金制度撤廃という米国の主張が関税などの圧力で実現するか?そうすれば5Gでもアメリカが中国に巻き返しできるかもしれない。 これは、われわれ日本人には既視感があります。80年代に日本がアメリカにされたこととよく似ています。あのときは、そういう日本国内の構造改革そしてドル安誘導や国際決済銀行の規制がバブル崩壊へと繋がりました。そういう意味でも宮崎先生の考えは間違っていないと思います。 みやざき・まさひろ 昭和21年、金沢市生まれ。早稲田大中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長を経て、貿易会社を経営。58年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇へ。著書に『拉致』(徳間文庫)『中国大分裂』(文藝春秋)『出身地で分かる中国人』(PHP新書)『中国権力闘争 共産党三大派閥のいま』(文芸社)など多数。 よしかわ・けいいち 政策コンサルティング事務所「グローバル・イッシューズ総合研究所」代表。2016年まで米国ワシントンDCにも拠点を持ち、 東日本大震災を契機に一般社団法人日本安全保障・危機管理学会防災(JSSC)ワシントン事務所長として、日本に米国と同様の危機管理専門省庁の立ち上げを目指す政策提言活動に取り組む。2017年以降は日本国内をベースに、テロ対策や米国政治に関する政策提言活動を続ける。著書に『911から311へ—日本版国土安全保障省設立の提言』『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防新書)など多数。■「米国はもう崖っぷち」5G戦争、ファーウェイ排除のウラ側■「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない■日本の円圏構想をパクった中国の「一帯一路」はどうせ失敗する

  • Thumbnail

    記事

    新冷戦から生まれた中露印の新勢力「3G」から恐怖は始まる

    欧米諸国が結束する自由主義陣営が対峙する「東西冷戦」は、軍事だけではなく文化、スポーツにまで及んだ。アメリカと張り合ったソ連は結果的に敗北したが、ロシアでは往年の栄光に浸る人々が増加している。モスクワ都心にはソ連スタイルのカフェやレストランが人気で、少なくとも15軒を数える。 その日、私はロシアの友人、ドミートリーと「ドクトル・ジバゴ」で久しぶりに軽めの昼食をとる約束をしていた。真っ白なテーブルクロスが敷かれたテーブルを囲んでドミートリーはシベリア名物のペリメニ(羊肉の水餃子)を口に運びながら、世にも奇妙な物語を披露する。 「ある日、モスクワの狭い通りを、ロシア男性が運転するソ連製のオンボロ車が走っていました。その前には2台の自動車が快走しており、それぞれの車の運転手は神と悪魔だったらしい。その道の先は、行き止まりになっていた。 神は急に右折して繁華街が広がる大きな通りに向かいましたが、悪魔はその手前を左折し、路地に迷い込みました。後を追うロシア運転手は2台の自動車の動きを見定めてからどちらに曲がるべきか、迷うことはありませんでした。神を追うかのように右方向のウインカーを出しておいて、実際には悪魔の方に左折しました」 悪魔を追いかけるロシア人。どうやら建前では神を崇拝するそぶりを見せながらも、悪魔にすっかり魅了されてしまっているようだ。そんなロシア人を率いる最高指導者、ヴラジーミル・プーチン大統領は2016年11月24日、ロシア地理協会が主催するコンテストで入賞した9歳の男児ミロスラフ君の肩を引き寄せ、こう問いかけた。 プーチン「ロシアの国境線は、どこで終わっていると思う?」 ミロスラフ「ベーリング海峡のところです」 プーチン「正しくないね。ロシアの国境線には終わりがないんだよ」 プーチン氏が意味ありげな表情でニヤリとすると、授賞式の会場から大きな拍手が巻き起こった。少年の言う海峡とは、アメリカ領のアラスカとロシア北東端を隔てる水域だ。ソ連邦の崩壊で領土がすっかり縮小してしまったロシアなのだが、プーチン氏は失地回復どころか、まるで大英帝国に匹敵する「プーチン帝国」を築こうと目論んでいるように私には思える。 先の友人の例え話には続きがあり、悪魔を追って左折したロシア人を、中国をはじめとしてトルコ、イラン、そしてインド、北朝鮮の各指導者が追随するのだ。私は、まるでロシアが先導する「悪魔の館」に彼らが結集し、暗闇のなかでコソコソと悪巧みするような不穏な気配を感じる。露モスクワで会談後、合意文書の署名式に出席したウラジーミル・プーチン露大統領(右)と中国の習近平国家主席=2019年6月5日(AP=共同) 2019年7月23日、衝撃的なニュースが報じられた。ロシアと中国の爆撃機が約11時間にわたって編隊を組み、日本海と東シナ海の上空で初めての共同警戒監視活動を展開したと言うのだ。極東アジアでの中露による軍事的な存在感を強烈にアピールするもので、日米軍事協力体制の最前線に中露の軍事的脅威が迫っているに等しい。中露訓練に北朝鮮が参加の意思? 実は両国の軍事協力はかつて、大規模に実施されたことがある。2018年9月11日から1週間、ロシア極東やシベリアで繰り広げられた軍事演習「ボストーク(東方)2018」に、中国軍とモンゴル軍が参加していた。その規模は1981年以降、最大規模だったと言われている。 そもそも中露の軍事協力が本格化したのは、2017年6月7日のことだ。カザフスタンで両国の国防相が会談し、ロシアのショイグ国防相は中国の常万全国防相(当時)に「2020年までの防衛軍事協力」を約束した。両国軍による軍事演習を初めて実施し、軍事機密の共有、さらには軍事ドクトリンの整合性を盛り込んだ。 中露の共同訓練が確認された翌々日の7月25日、北朝鮮が動いた。G20の閉幕直後にトランプ大統領と文在寅大統領とそろって首脳会談した金正恩委員長だったのに、北朝鮮はロシア製の「イスカンデル」にきわめて似た弾道ミサイルを2発打ち上げた。おそらく、シリアでロシア軍が使用しているミサイルが転用されたのだろう。 北朝鮮がミサイルを発射したのは、中露による共同訓練に参加する意思を示したのではないだろうか。中露と北朝鮮が警戒しているのは、8月に予定されている米韓合同軍事演習であり、韓国大統領府は「計画通りに実施される」と表明している。今年の夏は「中露+北朝鮮」対「米韓」の対立が激化する危険性が高まっている。まさに「新冷戦」の始まりだ。 プーチン政権は、中露関係の強化だけでは飽き足らないようだ。反米同盟の拡大を画策し、インドに触手を伸ばしている。2018年12月以降、アメリカはインドの市場開放が不十分だと非難し、関税優遇措置を停止すると宣言。アメリカへの不信感を募らせるモディ首相は、ロシアに急接近している。 インドは、ロシア製の最新型地対空ミサイルシステムのS400を購入する契約を結んだ。総額は50億ドルに達し、インドとアメリカの関係にきしみが出ている。トランプ政権の発足以降、両国は中国を牽制するための信頼関係を醸成してきたが、一気に亀裂が走っている。 ロシアの思惑は、どこにあるのだろうか。2014年以降に拡大した欧米諸国の経済制裁でロシア経済は衰退したために、東方外交に舵を切り、中国との関係改善に乗り出した。しかし、中国の経済成長も超高齢化社会を迎えて、将来は先細りになると予想されている。経済統計によれば、2024年にはインドは中国を抜いて世界一の人口を擁し、2030年にはインド経済は飛躍的に台頭する。プーチン氏はいつまでも中国に依存すれば、共倒れになると危惧している。インドとアメリカの摩擦につけこんで、将来を見据えてインドを取り込む戦略にプーチン氏は打って出た。 プーチン氏は、インドと中国が放つアメリカへの不満に勢いづいて、こう息巻いた。 「ロシア、インド、中国の3カ国の枠組みは保護主義や単独行動主義、不法な制裁を否定する。3カ国の協力関係は著しく発展しており、安全保障と財政の各分野での協議が発展している」左からインドのモディ首相、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席 反米を軸にまさに「3G(グル)」の巨大な勢力圏が誕生しようとしている。3カ国とも核保有国であり、日本海から西太平洋、東シナ海、インド洋に及ぶ軍事的な影響力は絶大である。3カ国の総人口が世界で占める割合は38%、世界の陸面積の20%に達する。「日本は祈る」は通用せず プーチン氏は今年6月に大阪で開催されたG20の直前、フィナンシャル・タイムズのインタビューで、欧米諸国を厳しく批判した。 「現代の自由主義といわれる思想は結果的に、時代遅れになっています。その思想のいくつかの要素は、単に現実とマッチしていません。多文化を認めることが大切です。移民問題が発生すると、自由主義思想は機能不全を起こし、自国の住民の利益を優先するハメに陥っているのです」 プーチン氏の発言は、移民と難民への対応で苦慮するアメリカとヨーロッパ諸国にはびこる民族排外主義を念頭に置いている。自由主義を掲げてきた諸国の自己欺瞞を非難しているかのようだ。ただ注意しなければならないのは、プーチン氏は自由主義に代わる新しい思想を打ち立てているわけでも、まして移民問題を解決する施策を提案しているわけでもない。 ロシアにも中央アジア諸国からの出稼ぎ労働者の問題が生起しているが、プーチン政権は武力で弾圧しているだけである。国際政治は一般的な理念よりも国益を優先に、ときには陰謀や策略も辞さないリアルポリティックスの時代に逆戻りしているかのように映る。まさに弱肉強食の権力政治家が跋扈するのである。 日本は、北方領土交渉でプーチン政権にすっかり揺さぶられてしまった。平和条約の締結さえも、困難な状況にある。プーチン氏は2019年6月22日、ロシアの国営テレビ局のインタビューで北方領土を日本に返還する「計画はない」と言明した。 そして、8月2日にはメドベージェフ首相が択捉島を訪問する。実は択捉島、国後島、色丹島には2011年以降、中国の水産関連企業が進出し、新しい工場が続々と建設されている。 2018年9月には中国の通信機器大手「ファーウェイ」が、サハリンと北方3島を結ぶ光ファイバー回線の海底敷設工事を完了した。北方領土はいまや、中露蜜月関係のシンボルのように見える。最悪の場合には中露首脳会談が択捉島や国後島で開催されたり、中露軍事演習が北方領土で実施されたりする事態も想定しておかねばならない。 日本を取り巻く国際状況をざっくり描くと「日米+α(EU)」と「3G+α(北朝鮮、トルコ、イラン、シリア)」の対立構図が浮き彫りになる。ただトランプ大統領は自国ファーストを掲げており、必ずしもEU諸国と友好的とは言えない点があり、日本への反発を強める韓国は「3G+α」に寝返るかもしれない。そうなれば、3Gの最前線と立たされる日本の防衛政策は緊急に再検討を迫られる。 米ソ冷戦は両国が直接的に衝突しなかったという点では、日本では「祈りの平和」で済んだ。でも現状は、緊迫度がまったく違う。日本に近い朝鮮半島、日本が天然資源を依存する中東、さらにはベネズエラ内戦(「アメリカ」と「ロシア、中国、北朝鮮、イラン、トルコ」の勢力に分断)など地雷はいくつも点在している。ちょっとした事件や小競り合いを契機に、アメリカと中露が軍事的に全面衝突する危険性は十分にある。G20大阪サミットが閉幕し、トランプ米大統領(右)と握手を交わす安倍首相=2019年6月29日、大阪市 だからこそ、日本の防衛政策を根本的に考え直す時期にきている。明治維新もそうであったように、日本は外圧があってこそ、自国を変革できる。集団自衛権を含む憲法改正の必要性を、皮肉にも「新冷戦」が迫っている。■北方領土は返さない! ロシア「反日アイヌ民族」の正体■「プーチンは一島も返さない」最悪シナリオは中国への北方領土売却だ■安倍外交85点の理由は「欧米と仲良く、中国と喧嘩せず」

  • Thumbnail

    記事

    中国からの投資が9割減、問われるトランプの経済政策

    土方細秩子 (ジャーナリスト) ピーク時の2016年には年間460億ドルもあった中国から米国への直接投資が2018年には48億ドルにまで落ち込んだーー。リサーチ会社ローディアムが発表した数字が波紋を呼んでいる。もちろん理由の一つは中国が貨幣流出を防ぐために国外投資に規制をかけたことだが、2016年はトランプ大統領就任の年。そこから現在までの間に貿易摩擦などもあり、投資額が激しく落ち込んだ、と指摘されている。 中国による米国企業への投資内容を見ると、トップはエネルギー関連、次いで不動産関連となる。企業への直接投資、買収などが含まれるが、昨年1年間で中国の投資家は総額130億ドルにも及ぶ米国内の資産を売却したという。 この傾向は今年も続き、アンバンは米国内の高級ホテルを、HNAグループも米国内数十億ドル規模の不動産を、フォーサム・インターナショナルはニューヨークの不動産を、ダリアン・ワンダ・グループは映画会社レジェンダリー・エンタテイメントの株式売却を試みている。 この中には米政府が主導した売却もある。例えばHNAが今年に入り売却したマンハッタンのビルは、「トランプタワーに近い高層ビルである」という保安上の理由から米政府が売却を迫ったもので、HNAはこれにより多額の損失を出したと報道された。逆に中国企業が買収しようとした米企業に対し、「個人の情報保護や国家安全の見地から」米政府が売却を阻止したケースもある。 とかく批判されながらも、中国マネーが米経済を活性化させてきた、というのは事実だ。特にミシガン、ミズーリ、サウスカロライナ、テキサスなどでは中国マネーが雇用促進の原動力にもなり、カリフォルニア、ニューヨークでさえ都市開発の要の部分を中国マネーが請け負っていた面が大きい。 エンターテイメントの部分も然りだ。中国は今や世界最大の映画市場であり、ゲーム市場でもある。ハリウッドは中国との共同制作という形で中国からの投資を引き出し、中国市場に受ける映画を作ることで採算を取ってきた経緯がある。ゲームに至っては世界の市場の5割強が中国であり、ソフトからハードまでこの巨大市場を目指しての競争が続いている。(出所)リサーチ会社ローディアム 1980年代を思い起こしてみれば、米国の困惑がよく分かる。当時バブル期の日本は米国の不動産を買い漁っていた。ロサンゼルスのボナベンチャーホテル、ニューヨークのロックフェラービルなど、ランドマークとも言える建物を日本企業が買収し、米国では激しい日本叩きが巻き起こった。しかしバブル崩壊によりこうした建物や日本による投資が冷え込んだことが米国経済にも影響した。 今回の中国投資の減速でも同じことが言える。米国では黄禍論などと言われ、あまりにもアジアパワーが強すぎることへの警戒が巻き起こるが、いざその影響が米国経済の停滞に及ぶと、今度は待望論が巻き起こる。いわく、中国からの投資が減少したことにより特にラストベルトと呼ばれる地域への影響が大きい、トランプ支持基盤でもあるこの地域の経済をトランプ自身が苦しめている、などである。原因は中国かトランプか この問題、表面的な部分よりも根が深い点がある。それは「どちらが“先”の原因であるのか」という部分だ。先にも述べた通り、中国からの投資が減少したのはトランプ政権による関税圧力などの貿易摩擦も一因ではあるが、それ以前に中国政府による外国投資規制が行われていた。つまりトランプ大統領が政権についた時にはすでに中国マネーの後退は始まっていた。 トランプ大統領による中国への不信感、批判はここに端を発するものかもしれない。このまま中国がラストベルト地帯への投資を減少させれば地域経済はより疲弊し、それが「Make America Great Again」という自身のスローガンに反することになり、支持率が減少する。それゆえに中国を批判し、関税圧力などの政策を実施した。 関税圧力というのはある意味自国への企業誘致の方法でもある。日本の自動車メーカーが現地生産率を上げ、「米国産の日本車」を前面に打ち出すようになったのも元はと言えばこうした日本叩きや圧力に対抗する策でもある。 ただし中国の場合、米国に進出して現地生産するような企業がまだ少ない、というのがネックとなる。現在に至っても中国メーカーの車は一部のEVバスなどを除いては米国で販売されていない。また今のところはまだ価格面で競争せざるを得ない中国製品にとって、米国での生産はコストがかかり競争力を失う原因にもなりかねない。 しかし米国の経済学者などからは「米中双方が不信感を抱き合い、貿易摩擦の解消のきっかけすらつかめない現状は行く行く米経済に悪影響を及ぼす」という警戒感をあらわにしている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 一方で米国にとっての明るいニュースは、直接投資が減少する一方で中国によるベンチャーキャピタルは増加している、という点だ。特にシリコンバレー周辺で、中国による投資は31億ドルを記録した。ただしこれも技術移転や機密保持の観点から規制がかけられる可能性が無きにしも非ず。 もし中国企業や個人が米国内の資産売却を急激に進めれば、特に不動産のバブル崩壊のような現象が起こる可能性もあるし、企業の倒産、失業率の増加にも中国投資の減退が関わってくるかもしれない。二選目を目指すトランプ大統領にとって、中国マネーの扱いは難しいものになりそうだ。ひじかた・さちこ ジャーナリスト。ボストン大学コミュニケーション学部修士課程終了、パリ、ロサンゼルスでテレビ番組製作に携わり、1993年より米国でフリーランスのジャーナリスト活動を行う。

  • Thumbnail

    記事

    櫻井よしこ氏「米中対立はどちらかが倒れるまで続いていく」

    国は相変わらず憲法9条に縛られたまま、自力で自国を守ることすらできない。櫻井よしこ氏は、日本がすがるアメリカと中国との対立は長期化すると言い、憲法改正の必要性を訴える。* * * 日本を取り巻く国際情勢はかつてないほど厳しさを増しています。 米中対立は基本的に中長期的にわたって続き、さらに深刻化していくことが予想されます。トランプ政権の一連の動きを見れば、米国が問題視しているのが貿易赤字だけではないことがわかります。知的財産の不正入手、企業の最先端技術を提供させるなどの不公正な取引、発展途上国に対する「債務の罠」、そしてチベットやウイグルへの弾圧をはじめとする人権問題。これらはすなわち共産党による一党独裁体制、中国のあり方そのものです。 中国の経済成長の基盤は知的財産を盗むことで成り立っており、これをやめるわけにはいきません。また、中国の国防費は表向きで約15兆円、実際にはその1.5倍から2 倍と見られていますが、それと同等かそれ以上の予算を割いているのが武装警察やサイバーポリスといった国内治安対策です。これほどのお金を投入して、激しい弾圧を加えることによって中国共産党はようやく国内の不満を押さえ込んでいるのです。 人権問題の改善は共産党の一党支配の崩壊につながりますから、根本のところで中国が米国と妥協することは絶対にあり得ません。2019年5月3日、第21回公開憲法フォーラムで基調提言を行う櫻井よしこ氏(桐原正道撮影) 2018年12月、トランプ大統領と習近平主席がG20で会談し、貿易摩擦の「一時休戦」をアピールしましたが、その一方で米国はカナダに要請し、中国の通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」の創業者の娘で最高財務責任者(CFO)の孟晩舟氏を逮捕しました。 一時的に対立を回避するようなポーズを見せながらも、米中対立はどちらかが倒れるまで続いていくでしょう。「我慢する時」の習近平 中国側はトランプ政権はあと2年、再選されても6年で終わることを見越していますし、景気の悪化などで米国内での国民の不満が高まれば、トランプ政権は政策を変えると読んでいます。一党独裁体制の中国とは違い、民主主義国家は弾圧で国民を押さえ込むことはできないからです。 習近平は「今はじっと我慢する時」と考え、日本に対して盛んに秋波を送っていますが、やっていることはまったく変わっていません。それは尖閣諸島への領海侵犯を続け、東シナ海の日中中間線付近で新たなガス田の掘削を始めたことからも明らかです。 2017年10月の共産党大会で、習近平は3時間20分にわたる大演説を行い、中国は2035年までに世界一の経済大国になり、建国100年に当たる2049年までには軍事力でも米国を追い抜いて、「国際社会の諸民族の中に中華民族がそびえ立つ」と言いました。 中国共産党の価値観を世界に浸透させて、その教えの下で人類運命共同体を築き上げる。逆らう者は徹底的に弾圧する。このような中国の野望、中国が描く世界秩序を決して実現させてはなりません。 米中対立において、日本が米国側に立つのは当然のことです。さらに長い歴史の中で育んできた人間重視の穏やかな価値観をもとに、独自の旗を立てて国際社会の中で大きな役割を果たしていくべきだと思います。 そのためにも、日本は節度と責任ある民主主義国家として、憲法改正を実現し、国の基盤である経済力と国防力を整えていかなければならないのです。●さくらい・よしこ/新潟県長岡市出身。ハワイ州立大学卒業。元日本テレビ「きょうの出来事」キャスター。1995年、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で大宅賞受賞。執筆・講演活動を続ける一方、インターネット放送「言論テレビ」を運営中。最新刊は『韓国壊乱』(PHP新書、共著)。関連記事■櫻井よしこ氏、世界で一つの変な憲法の改正は今が最後の好機■朴前大統領の弾劾訴追を見れば韓国立法・司法の歪み分かる■櫻井よしこ氏「韓国とは悪い関係でなければ幸せ、程度でOK」■ケント氏「議論すら許さない日本のリベラル派は全体主義者」■ケント氏「憲法によって危険に」櫻井氏「日本は商人の集合体」

  • Thumbnail

    記事

    日米同盟破棄したら中国は尖閣強奪、韓国は謝罪と賠償要求

     G20後に板門店を訪れ金正恩・朝鮮労働党委員長と電撃会談したアメリカのドナルド・トランプ大統領。それに先立つ6月25日、米ブルームバーグ通信がトランプ大統領による「日米同盟破棄発言」を伝えた。 記事によればトランプ大統領は、日本が攻撃されれば米国が援助することを約束するが、米国が攻撃された場合は日本の自衛隊による支援が義務ではない日米安全保障条約について「あまりにも一方的だと感じて」おり、「日米安保を破棄する可能性」について側近に漏らしたという。 トランプ大統領は29日、G20サミット閉幕後の記者会見でも日米安全保障条約について「不公平な条約だ」と不満を表明し、安倍晋三・首相に対し「片務性を変える必要がある」と伝えたことを明かしている。 もし「日米同盟破棄」が現実となれば、日本の外交・防衛は抜本的な見直しを余儀なくされる。 1960年に締結された日米安保条約では、米国は日本の防衛義務を負う。その代わり、日本は在日米軍基地や空域を提供し、さらに年間約2000億円という巨額の米軍駐留経費を負担している。 在日米軍が撤退するとなれば、米軍駐留経費の負担はなくなるものの、日本は隣国の脅威に一気に晒されることになる。産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏が言う。「中国はこのところ沖縄・尖閣諸島周辺の日本領海への公船の侵入を活発化させている。もし東アジアにおけるアメリカの最前線部隊である在日米軍がいなくなれば、中国人民解放軍は即座に尖閣諸島強奪作戦を開始する可能性がある。場合によっては沖縄まで標的になるかもしれない。 それに乗じて北朝鮮やロシアも一気に動き出す。中国を敵に回せば国連の安全保障理事会は機能しない。自衛隊の戦力だけで侵略行為をしのぎきるのは不可能です。アメリカを頼ろうにも、同盟破棄してしまえば積極的な介入は期待できません。2014年にロシアがクリミアに侵攻した時のように、中国に対して軍事力は投入せず、抗議や経済制裁をするのみではないか」 そのような事態に備えるためには、現在5兆3000億円に膨れ上がっている防衛予算を、さらに上積みしなければならない状況も考えられる。元駐韓大使で外交評論家の武藤正敏氏は、韓国の動きも注視すべきと指摘する。「トランプ発言はブラフだと見ておくべきだが、片務性を正したいという意思があるのは間違いない。仮に日米同盟が破棄されるならば、より重要度が低い米韓同盟も破棄され、在韓米軍も撤退する可能性が高い。すると、韓国は中国と北朝鮮の影響下に入ることが、自国の安全保障につながると考える。 米軍撤退によって野心を再燃させた北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が核・ミサイル開発に邁進しても韓国の文在寅・大統領では対応しきれず、日本は核の脅威に晒されることになる。日米会談を前に、トランプ米大統領と共に長女イバンカ大統領補佐官(手前左)と娘婿クシュナー大統領上級顧問(同右)を迎える安倍首相=2019年6月28日、大阪市(代表撮影) 一方で韓国は慰安婦問題や徴用工訴訟などでの反日姿勢をさらに強め、これまで以上の謝罪や賠償を日本に突き付けるでしょう。G20での日韓首脳会談が見送られるなど戦後最悪とされる日韓関係のもとでは、そうしたリスクもゼロではありません」 これまでの経緯を考えれば、トランプ大統領と金正恩委員長の「友好的演出」は一時的なものにすぎない可能性は十分にある。再び北朝鮮が強硬路線に走り、韓国も反日姿勢を強めれば、まさに四面楚歌状態──その中で求められるのは高度な外交手腕だが、60年の長きにわたって日米同盟に依存するばかりだった日本の政治家や外交官に、各国と立ち回る能力があるかは疑わしいのが現実だ。 トランプ大統領の「日米同盟破棄」にどれだけ現実味があるかは今のところ全くわからない。だがトランプ発言は、日本外交が「主体的な安全保障体制とは何か」を真剣に考える契機となったのは間違いない。関連記事■日米同盟破棄で日本は繁栄か沈没か 外交論客3人が分析■中国富豪男の夢「蒼井そらを1晩300万円でセッティングしろ」■ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■もし日韓戦わば… 軍事力の差は歴然だった■韓国で女児の胸が大きくなる「性早熟症」、囁かれる原因

  • Thumbnail

    記事

    トランプと金正恩が電撃会談で仕掛けた「天敵封じ」

    重村智計(東京通信大教授) 米国のトランプ大統領は6月30日、北朝鮮の領土に入り、出迎えた金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長をホワイトハウスに招待した。一方、金委員長はことし9月の米ニューヨークでの国連総会に出席し、演説で「非核化」を宣言し、ホワイトハウスを訪問する検討を始めた。 気をつけておきたいのは、米朝首脳の再会で核問題が直ちに解決するわけではない。むしろ最大の成果は、非核化に向けての強大な抵抗勢力が「朝鮮人民軍」であるとの認識を共有した事実にある。だから、両首脳は人民軍を説得しようと「敵対から平和へ」を強調した。 金委員長の発言は、これまでの立場では考えられない内容だ。会談冒頭で「敵対関係だった両国がこのように平和の握手をすること自体、昨日までと変わった今日を表現している」と述べ、「敵対関係」の終わりを強調した。 明らかに朝鮮人民軍を意識した発言だ。かつて北朝鮮攻撃を口にしたトランプ大統領の行動を「並々ならぬ勇断」と表現した。異例の言及にほかならない。 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は首脳会談5日前の6月25日、米国を「米帝国主義」と攻撃したうえで、「いかなる戦争にも対処できる」と警告した。ところが、同日の政府機関紙、民主朝鮮は「米帝」の表現を使わずに「米国」と表現した。 これは、北朝鮮内部の対立と不安定さを示唆している。北朝鮮では、昨年6月の首脳会談以後「米帝」の表現を使っていなかった。板門店での米朝首脳会談を伝える2019年7月1日付の韓国主要各紙(共同) 「米帝」批判の復活は、軍部の不満と反発の強さを明らかにしている。iRONNAでも述べた通り、金委員長は2月の米朝首脳会談の失敗や米スパイ狩りの影響で、国内でかなり追い詰められていた。 人民軍幹部や若手将校は非核化に同意せず、「『核を最後まで放棄しない』との金正日(キム・ジョンイル)将軍の遺訓に反している」と抵抗している。軍部が米国を「米帝国主義」と表現しているのも、この表れだ。北朝鮮、唯一の「世論」 つまり、トランプ大統領の「呼びかけ」は、窮地の金委員長を救う行動だったのである。会談翌日、労働新聞は一面全面を使い、「歴史的な会談、トランプ米合衆国大統領」との見出しを掲げて米朝首脳会談を伝えた。 それだけではなく、「両首脳の大勇断は、敵対国家として反目した両国に前例のない信頼を創出した」と称賛したのである。異例の表現だ。 労働新聞の記事が、「抵抗勢力」である人民軍を対象に書かれたのは明らかだ。北朝鮮の「世論」というものは軍部にしか無いからだ。 そもそも、北朝鮮がこれほど手放しで米国の大統領を持ち上げたことはない。米大統領は帝国主義の頭目であり、北朝鮮を攻撃するかもしれない最大の敵であったからだ。 トランプ大統領も「金委員長に感謝したい。あなたのおかげで、互いによく知り合えた。すぐにもホワイトハウスに招待したい」「かつては、ここで大きな戦争があった。今は正反対(平和)だ。私の名誉であり、委員長の名誉だ」と金委員長をたたえた。人民軍を意識して持ち上げたのは明らかだ。 米大統領の板門店(パンムンジョム)訪問は、間違いなく歴史を変えた。まず、米朝両首脳の再会が、大阪の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)中に投稿されたツイッターを通じて実現した事実だ。新聞やテレビ報道でも、外交官のやり取りでもなく、首脳間のSNS(会員制交流サイト)交信で実現したのである。 この事実は、報道と外交に革命的な変化をもたらした。両首脳は、今後もSNSを通じて意見を交換できるだろう。 トランプ大統領の行動は、金委員長と北朝鮮軍部の「メンツ」を守った。朝鮮半島における最大の価値観の一つが「メンツ」だ。彼らはメンツを汚されると怒り、命をかけるほどのけんかになる。2018年9月、国連総会で演説するトランプ米大統領=ニューヨーク(ロイター=共同) 北朝鮮は公式に、韓国が自国の領土であるとの「フィクション」を維持している。ただ、現実は米帝国主義が支える傀儡(かいらい)政権が実効支配している、と解釈している。北朝鮮のフィクションからすれば、歴代米大統領は北朝鮮の「メンツ」を無視し、韓国を訪問してきたわけだ。金正恩が描く「シナリオ」 だが、トランプ氏は、板門店の南北軍事境界線を越えて北朝鮮領に入り、指導者への「入国」のあいさつという仁義を切った最初の米大統領だ。しかも、その際に韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を同行させなかった。これは、北朝鮮の指導者と軍部を満足させる行動だった。 もちろん先述の通り、これだけで核問題が解決するわけではない。金委員長が「非核化」でどこまで譲歩するかは、明らかでない。G20直前に平壌(ピョンヤン)で実現した中朝首脳会談では「十数年内の完全非核化」で合意したと、北朝鮮高官は明らかにする。 北朝鮮の高官によると、金委員長が数年前から「国連総会で演説し、制裁を解除させる」との意向を側近に明らかにしていた。トランプ大統領は、これを知ってホワイトハウスに招待したのだ。来年の大統領選での再選を果たすため、金委員長をホワイトハウスに招いて会談すれば、大きな成果を誇示できるわけだ。 金委員長が描くのは、9月の国連総会の時期に訪米し、総会と安保理で演説し「非核化を宣言して、制裁解除を求める」とのシナリオだ。米政府関係者によると、金委員長は国連総会出席の検討を指示したという。 一方、トランプ大統領のもう一つの狙いはノーベル平和賞だ。板門店では、米朝首脳再会のテレビ演出に文大統領を同行させず、首脳会談にも参加させなかった。あいさつを許しただけで、文大統領を徹底して「排除」した。 これは、同じようにノーベル平和賞を狙う文大統領の追い落としを狙った行動だ。文大統領は6月にスウェーデンとノルウェーを訪問したが、実はノーベル平和賞受賞を働きかけるためであった。トランプ大統領もノーベル平和賞候補に推薦されており、文大統領に受賞させるわけにいかないのである。2019年4月、施政演説を行う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同) ホワイトハウスでトランプ大統領と金委員長の会談が実現することになれば、国際法上で米朝国交正常化への準備段階を意味する。トランプ大統領は大統領選を見据えて、2年連続のホワイトハウス会談を計画しているだろう。その際に「非核化」と米朝国交正常化で合意して、北朝鮮の軍部を抑え込む作戦だ。 金委員長の訪米とホワイトハウスでの会談が実現すれば、来夏の東京五輪への参席も可能になる。五輪期間ごろには、日朝首脳会談が実現し、拉致問題解決と日朝・米朝同時国交正常化への動きも見えてくるだろう。■ 金正恩最愛の妹、将軍様の料理人も狙われた平壌「暗闘の季節」■ 反安倍メディアに騙されるな!日朝会談「無条件」は方針転換ではない■ 金正恩が「完全な非核化」に初めて言及した意味

  • Thumbnail

    記事

    トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン

    黒井文太郎(軍事ジャーナリスト) 主要国の首脳が一堂に会する20カ国・地域(G20)首脳会議では、もちろん国際問題が話し合われる。国際問題にもいろいろあるが、最も重要なのは「戦争」の危機だ。中でも現在、注目されているのが、イランと米国の対立だろう。 もっとも、そもそも緊張を作ったのは米国側だ。オバマ前政権が結んだ核合意ではイランの核とミサイルの開発は止められないとして、昨年5月に米国が核合意から離脱し、独自に制裁強化に動いたことで、両国関係は悪化したのだ。 また、今年4月に米国が、イラン最高指導者直系の軍事組織「イスラム革命防衛隊」を外国テロ組織に指定したことに、イランが強く反発。米国は「テロの情報がある」として5月上旬から大規模な軍の増派をしたが、そんな最中の6月13日、ホルムズ海峡東方のオマーン湾で民間のタンカー2隻が攻撃された。米国はイランの犯行と断定したが、イランは否定している。 さらに6月20日には、ホルムズ海峡近くを哨戒していた米軍の無人偵察機が、革命防衛隊に撃墜される。イランは米軍機が領空侵犯したためとしているが、米軍側はそれを否定、国際空域を飛行中に攻撃されたと発表した。両国とも「相手が悪い」との主張だ。 その後も両国は互いを非難している。6月24日には米国がイランのハメネイ最高指導者を対象とする制裁を発表したが、それに対してロウハニ大統領は翌25日「極めて愚か。精神的な障害に陥っている」などと批判。それに対してトランプ大統領も同日、「イラン指導者の声明は無知で侮辱的であり、現実を理解していない。いかなる攻撃も、圧倒的な力に直面する。地域によっては、それは壊滅を意味する」と応じた。すると今度はハメネイ最高指導者が翌26日、「イランは40年間無敗だ」と応戦している。 しかし、こうして激しく互いを非難し合ってはいるものの、両国とも自分たちから戦争に討って出ることは否定している。ロウハニ大統領は6月26日にフランスのマクロン大統領と電話会談し、「イランは米国との戦争は望んでいない」と発言しており、米側でも同日、エスパー国防長官代行が「われわれは戦争を始めるつもりはない」と語った。イランの首都テヘランで会談する最高指導者ハメネイ師(右)と安倍首相=2019年6月13日(イラン最高指導者事務所提供・ロイター=共同) ただし、両国とも互いに相手が挑発してくるなら受けて立つというスタンスで、特に米側は、トランプ大統領は同じ26日に「戦うとしても地上部隊は出さない」など、空爆ならあり得ることを示唆している。そのような状況で開催されるG20だが、イラン問題での論点は主に3つある。 一つ目は、イランの核問題だ。トランプ大統領としては、圧力をかけることでイラン側を屈服させ、核ミサイル開発能力の破棄まで持っていきたい。そこで米国としては、国際的にもイランに対する圧力の包囲網を敷きたいところだ。しかし、国際社会はその流れにはない。同調しているのは、イランと敵対するイスラエルやサウジアラビアなどごく一部にとどまる。核合意に参加したのは、国連安保理常任理事国5カ国とドイツだが、米国以外はいずれも核合意破棄は支持していない。むしろ米国の核合意復帰を望んでいる。 したがってG20では、米国側の呼びかけで核問題での対イラン包囲網が形成される可能性は低い。参加国で同調しそうなのはサウジアラビアのみで、むしろ核合意の有効性回復を呼び掛ける声が多数を占めそうだ。米国に同調するのは2カ国だけ 二つ目は、タンカー攻撃と米無人機撃墜に関するイランへの非難についてだ。タンカー攻撃や無人機撃墜を受けて、米国はイランの挑発的行動を非難する論調で各国の支持を集めようともしているが、それもG20の場では困難だろう。タンカー攻撃では、イランの犯行である決定的証拠がまだ示されていない。無人機撃墜でも、米国とイランの主張のどちらが正しいのかがまだ決着していない。 これらの問題で、G20参加国で米国に同調しているのは、サウジアラビアとイギリスにとどまる。ドイツはタンカー攻撃については「イランの犯行である強力な証拠がある」(メルケル首相)との見方だが、それでも対イラン包囲網には参加していない。 フランスのマクロン大統領は「G20でトランプ大統領とイラン問題を話し合いたい」と語っており、G20でももちろんさまざまな局面で話し合われるだろう。しかし、対イラン包囲網を形成したいトランプ大統領に対し、主要国はむしろ緊張が激化しないよう米国、イラン両国に自制を求めており、トランプ大統領をなだめることになりそうだ。 以上のように、G20参加国の多くは、イランの核問題に関しては、核合意を支持しており、米国の核合意離脱を支持していない。 また、タンカー攻撃や無人機撃墜で高まる米国とイランの対立に対しても、多くの国はイランを非難するというより、両国に自制を求めるという姿勢に立っている。 そして三つ目は、いくつかの国にとって悩ましいホルムズ海峡の安全の確保だ。米国とイランの緊張が続けば、またタンカーが攻撃される事態も予想される。ホルムズ海峡の安全は、国益に直結する重要問題だ。 そこでトランプ大統領が打ち出しているのは、米国単独ではなく、ホルムズ海峡の安全で利益を得ている国々が、自ら同海域の安全保障に責任を負うべきとの考えだ。それは米国側に立ってイランに対処するということに他ならないため、当然ながらG20の主要な合意になることはないが、米国は個別の会合ではこれを持ち出す可能性が高い。 米国ばかりがコスト負担することには反対というのは、トランプ大統領のいわば信念だ。 その要求に対しては、原油の輸出側であるペルシャ湾岸の産油国では、サウジアラビアなどすでにペルシャ湾で活動している軍のある国は、その役割の拡大というかたちで協力していく流れにある。問題は輸入側の国々で、その主力はアジアの国々、中でも中国と日本だろう。日米首脳会談 共同記者会見で話すトランプ米大統領=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) G20でもトランプ政権としては、そうしたコスト負担という観点から原油輸入国に負担を求めてくる可能性がある。中国はもちろん米国とはそこは主張が相いれないから、矢面に立つ国はあるとすれば、やはり日本となるだろう。 トランプ大統領は日米安保条約の片務性にも不満を表明しているが、それらの分野における日本の負担増を要求するトランプ大統領に対し、そうした要求をこれまでのようなトランプ大統領個人を徹底的に褒める手法でかわしていけるか、安倍首相の対応にも注目したい。■「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない■サウジ記者殺害「事件の黒幕」ムハンマド皇太子とは何者か■「21世紀最凶の殺戮者」プーチンがもたらす憎悪の世界