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    大統領選で日本を覆いつくした米メディアのソフトパワー

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員) 米国の大統領選挙に関して日本人は当然投票権を持っているわけではありません。しかし、多くの人が米国大統領選挙に関心を持っていたことも事実です。そして、大半の人がヒラリー勝利を確信していたものと思います。 実際にはヒラリー勝利は「米国メディアがそう報じたこと」以外はほとんど無根拠な予測でしかなく、トランプ氏がヒラリーを破ったことで皆が幻想を見せられていたことが分かりました。このことについて筆者は散々論じてきたので今回は割愛します。興味ある人はこちらまで。(なぜ有識者は「トランプ当選」を外し続けたのか?) 今回、筆者が伝えたいことは、巨大なメディアを有している国のソフトパワーについてです。 ソフトパワーは元々ジョセフ・ナイ(クリントン大統領時代のブレーン・知日派)によって提唱された通貨、文化、その他諸々多様な要素を含む国力の新しい概念でした。そして、この概念はグローバル社会におけるハードパワー(軍事力)に匹敵する力として様々な批判を浴びながらも定着したものになっていると思います。 今回、米国大統領選挙に関する日本の様子を見ていて、筆者が感じたことは「この国は簡単に米国のプロパガンダにやられる、ソフトパワーとしては三流国なのだ」ということです。 日本のメディアは米国の報道を垂れ流し続けて何の疑問もなく、そして国内からもほとんど報道内容がおかしいという検証もなされないわけです。ヒラリー万歳報道に散々騙された挙句、更に米国メディアの「かくれトランプ支持者」なる言い訳報道を何の検証もなく鵜呑みにしているわけです。オレオレ詐欺が無くならないわけだとしみじみします。 まさに文化的・メディア的な植民地状態を露呈した有り様であり、米国のメディアが持つ影響力は日本にとって非常に脅威だと感じました。米国エスタブリッシュメントの代弁者 さらに、単純に日本のメディアが米国メディアの丸写しであるというだけでなく、そこに登場する有識者の大半も米国エスタブリッシュメントの代弁者に善意によって自然となってしまう構造があります。ハーバード大学 それらの有識者とされる人々は官僚・学者・メディアの人間ですが、彼らは米国滞在中に大学・メディア・役人などの極めてリベラルな人たちと接触する機会を多く持つことになります。 そして、日本人は米国政治における基礎的な政治教育を受けることないので、先方のエリート大学などに留学して教育を受けてすっかりリベラルに染め上げられてしまいます。更に、ハーバードをはじめとした米国のエリート大学の中でエスタブリッシュメントとの人間関係が出来上がります。なぜ米国民の半数は屈しなかったか 彼らが米国の友人に聞いたとか、米国でヒアリングしたとか、という際に接触しているのは、リベラルなエスタブリッシュメントばかりなので情報にバイアスがかかります。 そのため、これらの人々が日本のメディアに出て解説を行うことでメディアの偏りが一層加速する形になります。これは陰謀説というよりも、人間ってそういうものだよね、っていう話だと思ってください。彼らが悪いというよりも構造上仕方がないことなのです。 こうして米国エスタブリッシュメントの無自覚な代弁者が出来上がっていくものなのです。筆者は一方に偏り過ぎた情報のみが真実として日本に入ってくることには強い疑問を感じます。 米国のように優れた大学などの教育機関を有していると、世界各国から人材を受け入れてネットワークを作ることができるという「ソフトパワー戦略の見本」を示してくれているとも言えますが…なぜ米国民の半数は屈しなかったか 私たちのような外人(日本人)がすっかりヒラリー大統領だと思い込まされていたにも関わらず、米国では何故半数の人々がヒラリーを拒絶するような不屈の精神を発揮できたのでしょうか。 それは共和党系のグラスルーツ(草の根団体)による政治教育の結果です。米国共和党系の保守派グラスルーツは長年のCNNを筆頭とした偏向報道に対して非常に深い懸念を抱いています。そのため、大手メディアは常に民主党に偏向していることを自らの支持者に伝えているため、もはや米国共和党支持者にとっては米国メディアの偏向報道は慣れっこ&スルーになっているわけです。 更に、どのテレビ番組が放映時間の何分間で偏向報道を行ったのか、を計測して発表するような非営利団体まで存在しており、大手メディアは国民側からも常に監視されています。もはや権力と化したメディアは国民に根差したグラスルーツに監視される存在になっているのです。日本もメディア報道に振り回されないリテラシーを また、共和党側からはリベラルに偏重する米国の大学への信頼も地に落ちているため、その代替機関として政府から独立した民間シンクタンクが発達しています。これらの組織は自由主義の立場(米国のリベラル=大きな政府の反対)から独自の提言・レポートを生産しており、共和党支持者はシンクタンクからの情報を信頼しています。 上記の通り、米国内ではメディア・大学・政府を牛耳るエスタブリッシュメントに対抗するソフトパワーが準備されており、 米国民はそれらの情報を摂取しているため、多少メディアが煽ったところで簡単に騙されにくい構造ができあがっています。メディア報道に振り回されないリテラシーを 日本は独自のメディア情報網が非常に脆弱であり、米国における情報収集能力でも上記の有り様という状況になっています。そのため、一朝一夕で日本独自の情報発信組織を作ることは困難です。 そこで、一般的なメディアなどに対する免疫をつけることから始めるべきでしょう。 筆者は特に今回のヒラリー勝利の誤情報を国会議員ですら信じ込んでいた人も多かったことを懸念しています。このような貧弱なソフトパワー・脆弱な国家のままでは簡単に外国にひっくり返されるのが関の山だからです。今回、ヒラリーが必ず勝つと思っていた国会議員の人たちはリテラシーが低すぎて外交に携わって頂くのが心配で仕方がありません。 そのため、初歩としては、日本国内のメディア・大学などのリベラル偏向に対する米国流のグラスルーツの対抗措置を参考にして、日本版のリテラシーを高める試みを実践していくことが望まれます。そうすることで、外国メディアに対するリテラシーを高めることは自然とできるようになってくるでしょう。 米国エスタブリッシュメントが有する圧倒的なソフトパワーを見せつけられたこと、それが今回の大統領選挙における日本人としての最大の収穫だったと感じています。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年11月14日分を転載)

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    報道の敗北、トランプの勝利 「世論調査」はなぜ外れた

    克洋(JX通信社 代表取締役) 下馬評ではヒラリー・クリントン氏(民主党)有利との見方が圧倒的だったアメリカ大統領選で、ドナルド・トランプ氏(共和党)が「逆転」勝利を収めた。事前に州毎の選挙人獲得予想を明らかにしたアメリカの主要メディアは10社以上あったが、その殆どがヒラリー氏勝利を予想していた。接戦を予想していた社でもヒラリー氏が10人前後リード、離れていた社では100人近い選挙人数の差を予想する社すらあった。2回連続「ほぼ完全的中」のネイト・シルバー氏が大敗北 中でも目を引いたのは、過去の大統領選で驚異的な的中率が注目されてきた「ファイブサーティエイト」のネイト・シルバー氏の予想だ。 ネイト・シルバー氏は、現職のオバマ大統領がミット・ロムニー候補(共和党)に勝利した2012年の前回大統領選で、全選挙区の勝者を的中させた。その前の、オバマ氏とジョン・マケイン候補(共和党)が争った2008年大統領選でも、1州を除き勝者を的中させたことで注目を浴びた。その後彼が開設したWebメディア「ファイブサーティエイト」の名前は、まさにその大統領選の選挙人の総数「538人」に因んだものだ。 そのファイブサーティエイトの最終の予測では、70人近い差でヒラリー氏が勝利するとしていた。そして、同サイトが開票前最後に公開した「ヒラリー氏が勝利する確率」は実に71.4%に達した。対するトランプ氏はわずか28.6%だった。 シルバー氏の予想手法の基本は、過去の世論調査のデータとその正確性の差異から情勢を確率論的に分析するものだ。それが今回大きく外れる結果となった背景には、後述する元の調査データの「不正確さ」に加え、それに影響された個別の州での情勢の読み誤りの積み重ねがあると見られる。 アメリカの大統領選挙は、全国世論調査では数ポイント差の僅差でも、(一部の州を除き)州毎に1票でも上回った候補がその州の選挙人を総取りする方式(winner takes all)だけに、州ごとのミスの蓄積が大きな誤差につながってしまう。トランプ陣営すら負けを覚悟?出口調査も外れ多く トランプ陣営すら負けを覚悟? ちなみに、今回外れたのは上記のような事前の世論調査だけではない。期日前投票や当日投票の出口調査でも、主要メディアの調査では「ヒラリー氏が大統領にふさわしい」とする回答が最多となるなど、開票状況と食い違う内容がかなり目立った。 それがために、最初の州の投票締め切り直後には、トランプ陣営の上級顧問が取材に対して「奇跡」でも起こらない限り逆転は無理、と話すなど、トランプ陣営ですら勝利は厳しいと見ていた節がある。ある全米ネットワークの選挙特番のキャスターは「(トランプ氏が)自ら不正の温床と呼んでいたシステムの上で、トランプ氏は勝利を収めつつある」との趣旨のコメントをした。 こうした現象が示す意味は「データに忠実であればあるほど、情勢を読み誤りやすかった」ということだ。シルバー氏をはじめとする専門家の予想の大半が完全に外れた背景には、いわゆる「隠れトランプ支持者」の存在が調査結果を歪ませる影響を与えた、とする分析が多い。つまり、調査会社の調査に対して「私はトランプ支持者です」と答えることを躊躇する有権者が、結果に大きな歪みを与えるほど多く存在したのではないか、とする仮説だ。トランプ氏は「ポリティカル・コレクトネス」(政治的公正さ)を無視した過激な課題提起を行い、それがためにKKKなどに代表される人種差別的主張をする勢力の支持すら得てきた。トランプ氏を支持すると名乗ることが、社会的にレイシストだと誤解されると恐れた「隠れトランプ支持」の有権者がかなりの数存在したのではないか、という見立てだ。 加えて、フロリダ州などでは、トランプ氏側のネガティブキャンペーンや投票日間際のFBIのヒラリー氏に対するメール問題捜査に関する動きの結果、本来ヒラリー氏に入ったはずの票がリバタリアン党や緑の党の独立系候補に流れ、最終的に僅差でトランプ氏が勝つ結果を産んだという指摘もある。 結果として、いわゆるポリティカル・コレクトネスを無視した候補やその支持者には、ポリティカル・コレクトネスを前提に「建前」を聞くかのような従来の世論調査が通用しない、という新たな課題を突きつけられたのかもしれない。 これは、既存の報道機関や世論調査を担う専門家にとって、非常に深刻な問題だ。リスク排除のための調査が逆にリスクにリスク排除のための調査が逆にリスクに そもそも、選挙情勢を探る世論調査とは、不透明感や不確実性を排除するために行われるものだ。つまり、その調査の結果導き出された「全うな予測」がこうも外れるということは、調査が不確実性を抑えるどころか逆に増やすことになる。不確実性即ちリスクを値踏みし、あるいは払拭するためにやっている調査が、逆に疑心暗鬼を生じパニックを誘う原因を作ったわけで、私たちを含む世論調査の担い手には重大な課題が突きつけられている。 実際、昨日までNYダウ平均株価や日経平均株価など、世界の株式市場は「ヒラリー有利」を織り込んで安定ないし上昇していたが、きょうになって「トランプ氏勝利」のリスクが一気に可視化されると瞬く間に「パニック売り」の様相となった。日本時間きょう午前中のうちに、日経平均先物は瞬く間に800円以上値下がりし、メキシコペソは米ドルに対して過去20年で最大の下落を記録した。夕刻になり、株安はアジアから欧州にも波及し「トランプ・ショック」が広がっている。 ただ、こうした世論調査をめぐる問題自体は、実は突然降って湧いた問題ではない。昨年2015年にイギリスで行われた総選挙で注目され始めた問題だ。 元々、2015年イギリス総選挙では、当時のデービッド・キャメロン保守党政権とエド・ミリバンド氏率いる野党・労働党がいずれも過半数を取れない「ハング・パーラメント」の状態になる、との見立てが世論調査機関や報道機関の「相場観」だった。ところが、蓋を開けてみるとキャメロン保守党が大勝しただけでなく、大きな躍進が「危険視」されていた極右のUKIP(英国独立党)が1議席の獲得にとどまるなど「過去70年で最悪」(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)と評されるほどの外れ方だった。 イギリスの世論調査機関や報道機関にとってこの傷跡はまだ生々しく、今年6月のBrexit(ブレグジット:英国のEU離脱問題)を問う国民投票に際しては、各社が調査手法の課題を徹底的に洗い出し、改善を図ったとされる。しかし、それでも6月23日の投票日前日までの調査で「残留派がやや有利」とする相場観に反し、結果は「離脱多数」となった。 今回のアメリカ大統領選がBrexitと同じようにならないか、という心配はアメリカでも事前に議論されてはいたが、専門家はアメリカで長く、多く積み重ねられた世論調査の実績など様々な理由を総動員して「イギリスとは違う」とする見立てを説明する向きが目立った。今回、図らずもこの「外れ世論調査」問題がイギリス以外でも発現する問題だということを、衝撃的な結果をもって突きつけられたわけだ。 「社会調査」としての世論調査の限界をどう克服するか、これからのトランプ政権の行方と合わせて、重要な課題が浮かび上がってきた。(「Yahoo!ニュース個人」より2016年11月9日分を転載)

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    トランプ負けの世論調査はなぜ外れたか―を想像する

    【WEDGE REPORT】『情報参謀』(講談社)の筆者が米大統領選を分析小口日出彦 米大統領選の帰趨が定まった11月10日(木)の朝、Wedge編集部から「なぜ米国の大手報道機関などによる事前予想がことごとく外れたのか原因を論評できないか」との打診をいただいた。 答えは「残念ながらわからない」。 私は、ごく普通の日本の人々よりは少し強い興味を持って米大統領選を眺めていたが、しょせん“眺めていた”に過ぎず、手元には世論調査の手法や推移、事前予想報道を遡る記録もないので判断する材料がない。なにより、日本に居たのでは「リアルな気配」を感じることもできなかった。 しかしながら、「世論調査に基づく予想がことごとく外れた」のは事実のようだ(ニューヨークタイムズが投票日当日朝にトランプ勝利80%と発表して大騒ぎになったことは除く)。 この事実について、私の想像を述べておく。ノールカロライナ州でのトランプ氏勝利を速報するCNN(GettyImages)世論調査回答者が「調査にスレた」のではないか 世論調査に基づく得票予測が成り立つには、「調査回答者がまともに答えている」という前提がある。「まとも」というのは「正直に」とか「まじめに」、と言葉をかえてもよいが、とにかく「私はA候補とB候補ならAに投票する」という意思をまともに回答してくれるという暗黙の前提である。 私は、この前提が大きく崩れているのではないか――と疑う。というのは、「世論調査的な聞き取り」に、多くの一般の人々がスレ切ってしまう――という状況の変化が近年非常に加速したと、容易に想像できるからだ。 買い物に行く、レストランを予約する、旅行に行く、といった当たり前の行動をするたびに「いかがでしたか?」質すアンケートが、電子メールやSNSメッセージで続々と着信する。うっかりしていると著名な場所に入っただけで「XXさんがYYにチェックインしました」というメッセージが本人の意思と関係なくSNS上に発信され、友人知人に「Like(いいね)!」をクリックしてくれと勝手に求める。 米国はこうしたマーケティング行為上の個人情報の扱いは、日本に比べたらずっとオープン(情報利用に関する許諾=パーミッションの幅が広い)である。消費財の購買者リストなどは堂々と流通しているし、政治分野でも政党支持者のリストがかなり整備され流通している。 そうした社会的土壌は、地域や教会、学校などのコミュニティ活動(米国っぽい活動)を活性化するのに寄与してきたのだと思う。しかし、かつて集会や電話を通じて呼びかけられた情宣活動が、ネットの時代になって大量かつ高頻度で繰り返されるようになったら「うっとおしい」と疎んじられる傾向がイヤでも強まるだろう。オバマ大統領の初当選の頃には目新しい情宣経路と評価されたツイッターも、いまでは当たり前の(もしかすると使い古された)道具というイメージが主流だろう。 こうした感覚の変化をもたらしたのは、当然のことながらスマートフォンやタブレットなどのデバイスが広く一般に出回ったことだ。そしてデバイスが浸透していく過程で、人々は「マーケティング」にさらされた。そのさらされ具合は、新聞、ラジオ、テレビといったこれまでのどの情報経路よりも強力で直接的な印象を与えたと思う。 調査にスレた人々は、「問いかけ」にまともに答えなくなっていく。あまり深く考えることなく無難な答えを選んだり、遊び半分に本心と違うことを答えたり、極端に悪評選択肢ばかりを選んでみたり……あるいは最初から「ジャンク」として回答そのものを拒否したり。選挙世論調査もそうした行動の中に巻き込まれ、信用できる調査結果から遠ざかっているのではないか――と私は疑う。「政治への嫌気感」が結果を大きく左右する時代 「政治への嫌気感」が結果を大きく左右する時代  今回の米大統領選が、終盤に来てとてつもない激戦、それも政策論争ではなく互いに泥を投げつけ合う文字通りの泥仕合になったことも世論調査による予想を難しくしたと思われる。 片や女性差別発言、片や電子メールの不適切利用による犯罪疑惑。こうしたことが争点となったとき、まずごく当たり前の有権者が抱く感覚は「政治への嫌気感」だろう。政治への嫌気感とは、合理的であろうと感情的であろうと、どこかの政党あるいは候補者にシンパシーを抱いていた有権者でさえ「どっちでもいい……」と飽きれてしまう感覚である。『情報参謀』(講談社) この感覚は一票でも多い得票を目指す政党や候補者の側からすると極めてやっかいだ。表面上、支援者のように見えて、実際の投票行動は気まぐれになる危険が増すからだ。どうせなら離反されるなら、むしろ徹底的に嫌われてしまう方が対処しやすいくらいだ。 トランプ vs クリントンの大統領選は、当初から乱戦模様だったが、その乱戦が嫌気感を醸成していったことは想像に難くない。この嫌気感が強くて大きいとき、有権者は、世論調査にまともに回答することもイヤになる。そして往々にして「少なくとも世の中の流れのママにはさせないぞ」という反感が投票行動の動機となったりする。この場合「世の中の流れ」には「メディアから発表される世論調査の動向」も含まれるので、世論調査の結果そのものが反対の行動を促す原因になったりするのではないか――と想像するのである。 ひとつ私がよく知っている事象を述べるなら、ここで想像したことは決してヨソゴトではない。 国政に関する日本の世論調査を長い期間で分析すると、ここ数年は「選挙の直前に無党派層が大きく減少する」傾向が顕著に表れている。平時は「支持政党特になし」と回答している人々が、選挙が近づくと急に支持政党を分明にするように態度を変えるのである。しかもその支持成分の推移を細かく追いかけていくと、「先週は共産党支持だったが今週は自民党支持に変わったとしか考えられない」ような極端で短期的な変化が繰り返される動態が読み取れる。 私はこのように揺れ動く人々を「気まぐれ層」と名付けているが、その動きは決して無視できない。気まぐれ層は、おおむね有権者の2割程度居る。気まぐれ層の4分の1程度がなにかのきっかけで投票日に同じ傾向の投票行動をすると、その投票を受けた政党ないし有権者は勝つ。衆院選の全国の小選挙区で同じような現象が起これば「政権の交代」が起こる。これが「風が吹く」という現象である。 風が吹くときに政治の行方を左右しているのは、普段から政治に関心を持ってイデオロギーや政策の支持不支持を決めている有権者ではない。選挙直前になにかのきっかけで「気まぐれに」行動した有権者――ということになる。それでいいのか? 今年6月の英国のEU離脱の国民投票、そして11月の米大統領選挙に、このような「風が吹いた」現象があるとすれば、世論調査はあまり正しい結果をもたらさなかったのも無理もなかったのかもしれない。 ではどうすれば……。あまり嬉しい感じはないのだが、おそらく検索エンジンやSNSプラットホームのトラフィックを分析することが最もよく世論を表象するのではないかと思う。平時における政治事象への関心の高さ低さから、選挙戦の支持の趨勢まで、よーく見渡せるビッグデータはそこにある。が、表に出てくることはないのだろうなあ――と嘆息。

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    トランプ大統領で合衆国「内陸」と「沿岸」の分断が進む

    【大前研一氏が米国の今後を分析】 アメリカ大統領選挙の事前予想のほとんどは、苦戦はしても結局、ヒラリー・クリントン氏が勝利するだろうというものだった。ところが、接戦をものにしたのはドナルド・トランプ氏だった。この結果によって米国で進む「分断」について、経営コンサルタントの大前研一氏が解説する。 * * * アメリカ大統領選挙で共和党のドナルド・トランプ氏が勝利し、「トランプ・ショック」が世界に走った。イギリスのEU離脱(ブレグジット)に続いてアメリカも「内向き」「保護主義」になり、「反グローバリズムに突き進む」という報道が相次いでいる。米ニューヨークで9日、大統領選で当選が決まり演説するトランプ氏(ロイター) たしかに、トランプ氏が掲げている「アメリカ第一主義」(America First=アメリカの利益最優先)は、19世紀前半のモンロー主義の時代から繰り返されてきたアメリカ孤立主義の“伝統”だ。 そしてトランプ氏は、その伝統的な白人保守層が優勢な内陸部のエリア、いわば“内陸合衆国(United States of Inland)”の支持を得て、様々な人種・民族で構成されているリベラルな東海岸と西海岸のエリア、いわば“沿岸合衆国(United States of Coastal)”を牙城とする民主党のヒラリー・クリントン氏に勝利した。 しかし、アメリカの人口動態を見れば、この先、黒人、ヒスパニック、中国系、インド系、旧ソ連・東欧系などの人口が増えて白人の人口は減る一方だから、おそらく今回の大統領選は“内陸合衆国”が“沿岸合衆国”に勝てる最後のチャンスだった。アメリカが抱えている最大の問題 この“内陸合衆国”と“沿岸合衆国”の分断こそ、今のアメリカが抱えている最大の問題である。“内陸合衆国”は、ラストベルト(Rust Belt=さびついた工業地帯/中西部から北東部にかけての製造業が廃れた地帯)をはじめとするロッキー山脈以東の南部を含む農業や重工業などの古い産業が中心の地域で、平均年収は約5万ドルだ。 一方の“沿岸合衆国”は、東海岸のボストンやニューヨークの金融業が世界をリードし、西海岸のサンフランシスコ・ベイエリアやシアトルなどにICT産業が集積しているため、平均年収は約15万ドルに達している。つまり、今回の大統領選挙は“5万ドル対15万ドル”の戦いだったとも言える。 そういう構図の中で、トランプ氏は衰退した古き良き“内陸合衆国”の現状に不平・不満を募らせて変化を求めている「中流・白人・男性」にフォーカスし、「不法移民の強制送還」「メキシコ国境に壁を建設」「イスラム教徒の入国禁止」「TPP(環太平洋経済連携協定)の破棄」といったエクスクルーシブ(exclusive=排他的)な公約を打ち出した。 本来、政治家というものは1票でも多くの票が欲しいから、多種多様な意見を取り込んでインクルーシブ(inclusive=包括的)になるものだ。ところが、トランプ氏は政治家ではないので、エクスクルーシブな主張を徹底的に展開し、その訴求力によってインクルーシブな政治家の典型であるヒラリー氏を打ち破ることができたのである。 とはいえ、総得票数ではヒラリー氏がトランプ氏を上回っていた。2000年の大統領選挙で当選した共和党のジョージ・W・ブッシュ元大統領より総得票数が多かった民主党のアル・ゴア氏の時と同じである。ということは、結局ヒラリー氏は選挙戦術を誤ったのである。

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    「世論調査」の信頼を失墜させた米メディアのトランプ批判

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 米大統領選の結果は非常にドラマチックなものだった。英国の欧州連合(EU)離脱を問う国民投票(今年6月23日)の結果を凌ぐほど、サプライズな結果だった。トランプ氏の勝利を予測したメディアは少なく、大多数の欧米の主要メディアはクリントン氏の勝利を信じていた。残念ながら、当方もトランプ氏の勝利は「想定外」と受け取ってきた一人だ。トランプ氏  米大統領選後、「世論調査」一般に対する風当たりが急速に高まってきた。当然の反応だろう。「世論調査」をバッシングする前に、なぜ「世論調査」がその精確性を失っていったのかを少し考えてみた。  「世論調査」の場合、過去の選挙データ、有権者の地域、職種、年齢、所得、学歴等のデータをもとに、最近の世論の動きを予測していく。その「世論調査」は多少の誤差が生じたとしても大きな間違いはない、と受け取られてきた。  「世論調査」は社会の動向を知るうえで不可欠な手段と受け取られ、メディア機関も率先して独自の「世論調査」を実施して、世間のトレンドをいち早く分析し、報道してきた。文字通り、「世論調査」は黄金時代を迎えていた。それが英国のEU離脱を問う「世論調査」ごろから風向きが変わり、米大統領選の結果は「世論調査」への死刑宣告が下されたような状況に陥っているのだ。  「世論調査」の方法は本来、科学的だ。決してサイコロを転がして予測するわけではない。統計学上の知識と社会学的分析を駆使し、社会の動向を解明していく。そのプロセスに大きな問題はないはずだ。  しかし、最新の動向を分析しようとすれば、過去のデータのほか、直接情報を収集しなければならない。過去のビック・データではもはや社会の変化を正確には予測できなくなってきたからだ。そこに落とし穴が控えているわけだ。  時代は迅速に変化する。短期間に情報を入手し、それを解析しなければならない。どうしてもミスが出やすい。ゴミ・データの処置も必要だ。しかし、それらのミスは努力すればクリアできる課題だ。問題は、その新しい情報を提供する側に見られ出したことだ。今後は性悪説に基づく「世論調査」が必要? 「世論調査」は、人間は正直に答えるという「性善説」に基づいている。その情報提供者が何らかの理由から恣意的にうそ情報を語るケースは考えていない。うそ情報に対する「世論調査」側の対応は十分ではないのだ。もちろん、標本調査による誤差(標本誤差)を計算に入れるが、うそ情報による誤差が大きくなれば、その「世論調査」の信頼性は土台から大きく揺れる。 考えてみてほしい。「世論調査」(標本調査)で人が皆うそを答えた場合、「世論調査」はその瞬間、存続できない。「人が皆、正直に答えた」という前提がなくして「世論調査」は成り立たないからだ。換言すれば、「世論調査」は過去のデータを分析、それに基づく予測は可能だが、新しい変化、動向を予測することは難しくなる。そして多くの人が「世論調査」に期待しているのは本来、後者だ。 今回の米大統領選では「隠れトランプ票」といわれる支持者がいた。世間から激しいバッシングを受けるトランプ氏を支持すると答えられない有権者が多数存在していたという。悪評価の高いトランプ氏を支持すると表立っていえば、自身が誤解される恐れがあるからだ。一種の自己防衛だ。 その責任はトランプ氏だけではなく、同氏をバッシングしたメディア側にもあることは明らかだ。メディアが特定人物、候補者を支援する一方、その対抗者、候補者を容赦なく批判する。だから、「隠れトランプ票」のような現象が出てくるわけだ。それは同時に、「世論調査」の精確性、信頼性を傷つける。トランプ氏優勢の速報に沸く支持者 特定な候補者を支援するあまり、どうしてもデータを正しく解説できなくなる。中立性、客観性に問題が生じる。ましてや、メディアが誘導質問し、恣意的に操作した場合、世論調査は元共産政権下の旧ソ連・東欧の国家官製メディアになってしまう。「世論調査」の客体選択で無作為抽出ではなく、有意抽出の場合、その危険性はもちろん拡大する。   残念ながら、情報時代の今日、正直に答える代わりににうそ情報を提供し、自身のプライバシーを守ろうとする人が増えてきている。皮肉なことだが、情報社会が過度に発展すれば、情報を隠蔽しようとする動きが同時に高まってくるのだ。「世論調査」は冬の時代を迎えてきた。人はうそをつく存在だ。これからは人間性悪説に基く「世論調査」を開発していかなければならなくなるわけだ。《上記の内容は、当方の一方的な「世論調査」に関する悲観的な見通しを述べただけに過ぎない》(長谷川良公式ブログ 2016月11月12日分を転載)

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    トランプ勝利を予測していた高須院長「日本が偉大になる!」

    クリニックの高須克弥院長が世の中の様々な話題に提言するシリーズ企画「かっちゃんに訊け!!」。今回は、アメリカ大統領選に勝利した、共和党のドナルド・トランプ氏についてお話をうかがいました。 * * *──アメリカの大統領選で、共和党のドナルド・トランプ候補が勝利しましたね。高須:僕が予想していた通りだよ! 正しいことしか言わない人だし、敵を作ってでもしっかり発言して、行動する人だから。自国のことを思っているアメリカ国民なら絶対にトランプさんに期待するはずだよね。──今回の大統領選は、ヒラリー・クリントン氏のほうが優勢だと伝えられていたところで、徐々にトランプ氏が追い上げてきて、最後の最後で抜き去ったという展開でした。高須:確かに選挙戦そのものは、かなり混迷していたと思う。政策論よりも足の引っ張り合いだったからね。でも、そんななかでもトランプさんは、現状を否定して、アメリカを変えるということはしっかりアピールしていた。嘘ばっかりで媚びている政治家とは違う。敵が増えてもいいから、本音をぶつける。そういう姿に惹かれる人は多いんだよ。 トランプさんは、選挙戦では問題発言もあって、汚い言葉を使っていても、選挙で勝った途端に紳士になったでしょ。本当に信用できるね。その辺の政治家だったら、当選した途端に本性を現して、どんどん悪人になっていくもんだよ。アメリカ国民は、そこをしっかり見極めることができた。素晴らしい選挙だったね。──院長は、この連載でも4月の時点でトランプ支持を表明していましたね。「トランプは日本にとって最高の大統領」とも評していました。高須:そう。トランプさんは確かに親日派ではない。日米同盟の見直しも求めている。でも、だからこそ、日本にとってはメリットがある。だって、今まではアメリカの傘の下にいたわけだ。いわば隷属していたようなものだよ。でも、トランプさんは、日本を突き放そうとしている。それはつまりアメリカと対等な関係になるっていうこと。やっと日本はアメリカから独立できるんだよ。会談前、トランプ次期米大統領と握手を交わす安倍首相 =11月17日、ニューヨーク(内閣広報室提供・共同)──日本から米軍を撤退するとも発言していました。高須:いいことだと思うよ。日本がアメリカのパシリではなくなるということだからね。日本人としては単純に嬉しいことだよ。それにトランプさんはそれを望んでいるんだからね。単なる属国がほしいのではなく、より強力な仲間がほしいということだよ。まあ、日本もやっと言いたいことが言えるようになるわけで、そうなったら今と力関係が逆転する可能性だってある。アメリカが日本の顔色をうかがってくるかもしれない。 トランプさんは「Make America Great Again!」ってスローガンを掲げていたけど、むしろ「日本が再び偉大になる!」というチャンスなのかもね。──トランプ氏は自由貿易がアメリカ人の雇用を奪っているという考え方で、TPPの破棄を宣言していました。高須:アメリカのTPP離脱は間違いないだろうから、仕切り直しにするべきだと思う。日本も含めて、これから新たな枠組みを作り上げていけばいいんだよ。今までだったらアメリカの言いなりだったけど、トランプさんが相手なら日本も言いたいことを言えるんだから、今よりももっといい条件で仕切り直せるんじゃないかな。──国際社会における日本の立ち位置も変化しそうですね。高須:やっぱり今まではずっと敗戦国のままだったけど、やっとここで脱皮ができるんだからね。もう謝り続ける必要もないと思うよ。堂々と胸を張って、前を向いて日本としての主張ができるようになる。素晴らしいことだね。 * * * 見事トランプ勝利という予想を的中させた高須院長。今後もその慧眼で日本の未来を予測し続けていただきたいです!【プロフィール】高須克弥(たかすかつや):1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。脂肪吸引手術をはじめ、世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。昭和大学医学部形成外科学客員教授。医療法人社団福祉会高須病院理事長。高須クリニック院長。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。『ブスの壁』(新潮社、西原理恵子との共著)、『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)など。■ ディズニーランド アニメがメインコンセプトではないのだ■ 米のピザ配達員の人件費が安いのはチップ支払う習慣あるため■ 業田良家氏選出 アメリカの医療・医療保険制度問題告発の書■ 元外交官が「米国にとってネットは言論操作の場所」と説く書■ 米の低レベル高校生、殺人事件が日常の街等をリポートした本

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    ヒラリー・クリントンはなぜ「ガラスの天井」を破れなかったのか

    支持者に向かって「最も高いところにあり、最も硬いガラスの天井を破ることができなかった」と語り掛けた。アメリカで最初の女性大統領の誕生という夢はあっけなく破れた。得票総数ではドナルド・トランプ候補を上回ったものの、選挙人の数では大きく水をあけられての敗北であった。米大統領選の敗北を認めたヒラリー・クリントン氏=11月9日、米ニューヨーク(AP) アメリカでは、女性が投票権や中絶権、社会や職場で男性と同等の権利を獲得するためにどれだけ戦ってきたかを知っている。女性の戦いの歴史は迫害の歴史であり、投獄の歴史であり、流血の歴史だった。女性たちは戦いを通してさまざまな女性の権利を獲得してきた。そうした歴史の中から戦後、フェミニスト(女性解放)運動が始まった。フェミニスト運動に関わった60代、70代の女性にとって初の女性大統領の誕生は、運動の最終的な目的のひとつであった。クリントン候補こそ、その夢を実現する理想の女性であった。 だが選挙をつぶさに観察してきた筆者が感じたのは、女性大統領が誕生するかもしれないという熱狂ではなく、女性の間にある妙に冷めた雰囲気であった。むしろ女性が女性の大統領を選ぶべきだという“女性カード”論は影を潜めていた。クリントン候補が“女性カード”を使うことに批判的な声の方が多かった。むしろ反発を招いたと言った方が正確だろう。逆に女性を性の対象としてはばからないドナルド・トランプ候補が女性の支持を得て当選したのである。 高卒以下の労働者階級の白人女性だけでなく、大卒の白人女性も、また本来なら民主党支持者であるラテン系の女性もクリントン候補には投票しなかった。ラテン系女性の28%はトランプ候補に投票している。2008年の大統領選挙で初の黒人大統領誕生の原動力となったミレニアム世代の若者の姿はそこにはなかった。 オバマ候補を支えた若者や女性たちは“オバマ連合”と呼ばれ、多くの人がボランティアで選挙運動に参加し、小口の政治献金をし、演説会場では熱狂した。だが、クリントン候補の演説会場には、そうした熱狂は感じられなかった。オバマ候補を支援したミレニアム世代の54%がクリントン候補に投票したが、オバマ候補が獲得した60%を大きく下回った。神話にすぎなかった「女性カード」神話にすぎなかった「女性カード」 クリントン候補は、ビル・クリントン元大統領のファーストレディーから上院議員になり、さらにオバマ政権の国務長官と華麗なキャリアを持ち、十分に大統領の資格を備えていた。国務長官時代の4年間に112カ国を歴訪している。北京で開かれた世界女性会議では女性の権利のために戦う姿勢を世界に見せた。家庭も子供も手に入れた。手に入れていないのは大統領の職だけであった。ダーツの的になったクリントン氏(左)とトランプ氏。イスラエルの首都エルサレムで、海外に居住する共和党員が催したイベントに登場した(ロイター) しかし同時にファーストレディー時代から絶え間なく批判され、保守、リベラルを問わず多くの“ヒラリー嫌い”がいた。常に称賛と批判が相半ばしていた。今回の大統領選挙では国務長官時代のベンガジ事件での責任、私的電子メールを使っての公務と機密漏洩疑惑、金融機関から高額の謝礼をもらっての講演、クリントン基金の金銭問題などで批判され、彼女の「正直さ」と「信頼性」が問われ続けた。  ではクリントン候補の敗北は「ガラスの天井」が理由だったのか。アメリカでの女性を取り巻く環境は大きく変わっている。まだ深刻な性差別が残っているが、女性の社会的な活動の場は確実に増えている。2014年の『フォーブス』誌の調査では、大手企業500社の中で女性CEO(最高経営責任者)がいる企業は24社であった。米議会の両院の議員総数535議員のうち女性議員は104名(約20%)である。この数字が多いのか少ないのかはそれぞれの判断によるが、決して少ない数ではない。企業の中間管理職ははるかに多いだろう。企業社会では既に「ガラスの天井」は随分高くなっているのである。 大統領選挙で「女性対男性」は焦点にはならなかった。“女性カード”にまったく効果はなかったと言ってもよい。むしろ現実には逆効果にさえなった。ジャーナリストのペグ・タイヤは「そもそも女性票というものは存在しない」と指摘する。女性だから、男性だからといって投票行動が異なるわけではないというわけである。女性だから女性候補に投票すると考えるのは“神話”なのである。アメリカの女性有権者の多くは“ジェンダー”ではなく、“党派”や“宗教”により忠実なのである。すべての女性が女性を大統領に選ぶことを重要だと思っていないのである。白人女性の53%が女性蔑視論者とみられるトランプ候補に投票している。「変革」を求めたアメリカ「変革」を求めたアメリカ 今回の選挙の争点は「エスタブリッシュメント」対「忘れられた人々」であった。トランプ候補を支持したのは高卒以下の労働者であった。民主党の大統領予備選挙でサンダース候補を支持したのは巨額の学生ローンを抱え、アメリカンドリームを夢見ることさえできなくなった若者たちであった。いずれも格差の急激な拡大の犠牲者であり、ワシントンのエリートに忘れ去られた存在であった。米ニューヨークで、大統領選の結果の速報を聞いて落胆するクリントン氏の支持者ら=11月8日(ロイター) アウトサイダーであるトランプ候補は既得権を壊し、既存の秩序を“変革”すると主張したのに対し、インサイダーであるクリントン候補は既得権を擁護し、社会を変革するのではなく、“進化”させると主張した。この時点で、勝負あったのかもしれない。  もうひとつの要因はアメリカ社会の保守化かもしれない。政治的に不適切な発言(英語で“ポリティカル・インコレクトネス”という)をしたとき、従来だったら、政治生命や社会生命を絶たれるのが普通であった。女性を蔑視する発言も同様である。だが、トランプ候補にとって致命傷にはならなかった。政治的不適切発言は逆に喝采を浴び、女性蔑視発言に対しても保守派のキリスト教指導者は「ロッカールームでの男の発言だ」と容認する発言を行っている。  最初に引用したように、クリントン候補は「ガラスの天井」を破れなかったと発言しているが、「ガラスの天井」ゆえに大統領選挙で敗北したわけではないと考えるほうが現実に近いのではないだろうか。いつとは予想できないが、そんな遠くないうちに、アメリカで女性大統領が誕生することは間違いない。

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    ヒラリーを心底嫌ったアメリカの本音

    敗北したヒラリー・クリントン氏の言葉が印象的だった。彼女は紛れもなく超大国の最高指導者に最も近づいたアメリカ人女性だったが、その天井は高く、あまりに硬かった。米国初の女性大統領が幻に終わったのはなぜか。米国社会に底流するホンネを読み解く。

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    政治ウォッチャーが読み違えるほど酷かった「ヒラリーの自滅」

    櫻田淳(東洋学園大学教授) ドナルド・トランプの登場は、「衝撃」の一語を以て語られる。その「過激」や「奇矯」を印象付ける言動の故に選挙戦当初は泡沫候補としか目されていなかったトランプが、共和党候補指名を勝ち取り、遂には本命と目された民主党候補としてのヒラリー・クリントンを下した風景は、2016年米国大統領選挙における「奇観」であろう。韓国・ソウルの米国大使館が主催する大統領選の開票状況を見守るイベントのポスター=11月9日(AP) しかしながら、既に指摘され始めている事実であるけれども、CNNが11月16日で伝えた選挙結果(ミシガン州を除く)に拠れば、此度の選挙に際してドナルド・トランプが獲得した6100万票弱という一般投票数の値は、前回の2012年選挙でミット・ロムニーが獲得した6100万票弱という値とは然程、変化がない。片や、強調されるべきは、ヒラリー・クリントンが獲得した6200万票弱という値は、前回選挙でバラク・H・オバマが獲得した6600万票弱という値に比べても、約400万票も下回っているという事実である。此度の選挙の実相を表現する言葉として相応しいのは、実は「トランプの勝利」はなく「ヒラリーの自滅」なのであろう。 此度の選挙に際して、筆者を含めて多くの米国政治ウォッチャーがドナルド・トランプの当選を予測しなかったことを揶揄する向きがある。ただし、特に筆者が読み違えたのは、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア、オハイオといった諸州での動向の評価である。要するに、トランプ当選を予測できなかったのは、「その辺りの州で、ヒラリーが想定されていた以上に弱かった」ことを読み切れなかった故に過ぎない。 加えて、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニアの諸州での結果は、得票率にして1パーセント前後の僅差に終っていた。さらにいえば、前に触れたように、ヒラリー・クリントンが総得票数ではトランプを100万票程も上回っていた事実は、どのように評価されるべきか。トランプは、「旋風」という言葉の印象の割には米国社会の圧倒的な支持を集めたわけではなく、ただ単に選挙制度に助けられて当選したともいえる。故に、トランプの当選の「衝撃」を過大に見積もるならば、此度の選挙の評価は無論、今後の展望を誤ることになるであろう。本物の「衝撃」が世界中に走るとき ドナルド・トランプの登場に世界中に「衝撃」を与えるとすれば、それは、彼が次期大統領の座を占めたという事実というよりは、彼が実際に披露する政策展開の中身に拠るであろう。もっとも、トランプが政権掌握後に展開するであろう対外政策の中身を展望するのは難しい。トランプが次期大統領と呼ばれるようになって以降の数日の言動から判断できるのは、彼の実際の政策展開が選挙戦中に示された線から大分、修正されたものになるであろうということであるけれども、その修正の幅がどのようなものなるかを見極めるのは、トランプ政権の外交陣容の顔触れを観てからの話になるであろう。 寧ろ問われるのは、日本を含めてトランプの登場を迎える側の国々の姿勢であろう。「米国史上初の太平洋系大統領」と自らを呼んだバラク・H・オバマとは対照的に、トランプにアジア・太平洋方面、あるいはアフリカ方面との格別な「親和性」や「縁」を観るのは難しい。「最も非西洋的な西洋国」と称される現在の米国にあって、その非西洋的な要素を体現する層からトランプが著しく嫌われた事実は、そうしたトランプの対外認識の相を示唆している。 そうであるならば、「最も西洋的な非西洋国」である日本がトランプを迎える姿勢としては、日本が米国のアジア・太平洋関与の「ゲート・ウェイ」であるという自己規定を確認し、その「ゲート・ウェイ」としての日本の価値をトランプや彼の周辺に認識させていくことが大事になるであろう。それは、日米同盟の重要性や意義を確認するという域に留まらない覚悟やそれに即した役割を、日本に求めることになるであろう。 トランプがアジア・太平洋方面、あるいはアフリカ方面の外交事情に不案内であるならば、特にアジア・太平洋方面での関与の仕方を指南していく姿勢こそ、日本に相応しいであろう。たとえばTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)の扱いもまた、「トランプの米国」の時代の到来にあっては、そのような文脈で理解されるべきものである。TPPは、アジア・太平洋方面に対するトランプの理解と関心の浅さと、それを正す日本の役割とを象徴しているのである。 ドナルド・トランプの登場それ自体は、「衝撃」と呼ぶには決して適切ではない。トランプの言動に幻惑されて彼の政策他展開への評価や対応を誤った結果、彼から予期も期待もしない政策対応を呼び込んだ瞬間にこそ、本物の「衝撃」が世界中に走るのであろう。

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    民衆が鉄槌を下した「強欲資本主義」 ヒラリー・クリントンの蹉跌

    堤未果(国際ジャーナリスト) 2016年11月8日。第45回アメリカ大統領選は、日米のマスコミ報道を翻し、共和党のドナルド・トランプが勝利した。 この結果を見たある独立メディアの記者は私にこう言った。「まるで旧ソ連支配体制崩壊のきっかけとなった『グラスノスチ(情報公開)』を見ているようだ」 国内の大手有力メディア59社中57社がヒラリー側についたにもかかわらず、ヒラリーは激戦州の大半を失い敗北、上下院も共和党に取られる結果となった。〈トランプのような、女性蔑視で下品極まりない差別主義者が大統領になるなど、悪夢でしかない〉 そんなヒラリー支持者たちの悲痛な叫びと、カナダ移住サイトがパンクしたというニュースを見て、同じようにヒラリー優勢を流し続けた日本のマスコミを信じた人々は、首をかしげているだろう。支持者に手を振るヒラリー・クリントン氏(左)と、肩に手をかけるクリントン元大統領=11月9日、ニューヨーク(AP) だが今回の選挙戦はトランプ勝利よりヒラリーの敗因に、商業マスコミと大衆の温度差に、その本質が隠されている。 「嫌われ者対決」と呼ばれた二者択一で、「排外主義」への嫌悪感より大きな争点となったのは、超富裕層が政治を金で買い、自分たちだけが儲かれば良いという「金権政治」への怒りだった。そしてまた、過去数十年で「株式会社国家」と化したアメリカで、足下が崩れてゆくことに気づかずに、大衆への影響力を過信していた、企業マスコミの敗北でもあった。 そもそもこの選挙戦自体、序盤から異色だった事を思い出して欲しい。既存の2大政党の外から来た候補者2人が国民の支持を集め「サンダース・トランプ現象」を生み出した。その背景にあるのは、過去数十年アメリカが推し進めてきた「グローバル資本主義の副作用だ。 NAFTAなどの自由貿易で生産拠点が海外に移り国内の2次産業が疲弊、かつて中流層や大卒者が得ていた所得は1%層株主の懐に入り、国内に還元される税金の大半がタックスヘイブンへと消えてゆく。彼らは法外な資金力で政治家を買収し、アメリカの政治は金で買える投資商品となった。 そこで彗星のように現れて「超富裕層だけが儲かる自由貿易条約」に反対し、「政治と業界の癒着を断ち切る」と訴えたオバマ大統領に期待がかけられたが、蓋を開けると彼もまた、巨額の政治献金への見返りに、グローバル企業とウォール街を利する政策をせっせと実行、対テロ戦争を拡大し、NAFTAのステロイド版と呼ばれるTPPを推進する始末だ。 1%層は潤ったが格差は拡大。フードスタンプ受給者4300万人、労働人口の4割が職につけず、学資ローン債務は1兆ドルを超え、ホームレスシェルターには人があふれ、頼みの綱だったオバマケアも肝心の薬価と保険料が上がり、来年さらに約25%の値上がりが来るという。トランプを利した企業メディアの強欲 政権交代も黒人大統領の「チェンジ」も幻想だったという失望が、投票率低下と2大政党離れを加速させ、1%から選挙献金を受け取らず、金権政治とグローバリズムに反旗を翻すサンダース・トランプ両者への期待になった。 だが民主党は党大会でサンダースではなくヒラリーを指名。この時点で、本戦の争点となる国民の関心が、党派を超えた「政治とカネ」である事に気づかなかったのは、自らも金権政治に浸かり、民の声に疎くなっていた民主党幹部の最大の誤算だろう。その後党幹部によるサンダース降ろしの工作がバレて委員長が辞任、これが結果的にサンダース支持者のヒラリー離れにつながってゆく。 女性でベテラン政治家でも、ヒラリーはワシントン支配体制のイメージが強すぎる上に、国務長官時代に巨額の献金を受けたサウジやカタールなどへの武器供与疑惑や、ウォール街からの平均20万ドルという法外な講演料や講演録、CNNとの癒着などがこの間次々にウィキリークスなどから暴露され、まさに国民が不審を抱く「政治とカネ」の象徴を思わせてしまう候補者だった。 アメリカの選挙は莫大な広告費が動く。CBSニュースのCEOが予備選の時にした発言はこうだ。「奴はアメリカにとっては良くないが、テレビ局にとってはとんでもないドル箱だ。ドナルドをじゃんじゃん映せ!」 目先の金に飛びついた企業メディアの強欲が、結果的に業界との癒着を批判するトランプを利することになったのは皮肉な結果といえるだろう。泡沫候補とあなどっていたトランプを、主要メディアが視聴率欲しさに予備選で映しまくった事が、トランプの知名度を一気に押し上げた。 ヒラリー対トランプの一騎打ちになった時、慌てた彼らは一斉にトランプを叩いたが、これがさらにヒラリーにとって裏目に出てしまう。トランプ選対がここぞとばかりにソーシャルメディアでヒラリーと企業メディアを批判、腐った既得権益(国民の敵)として描くことで、民の怒りをあおることに利用したからだ。 選挙終盤でFBI長官がヒラリーのメール問題を再捜査すると公言し、すぐにそれを引っ込めた事も、かえって隠蔽したような印象をふりまいた。金銭が絡むこの疑惑は、新政権になった後も捜査が続けられてゆく。 既存の二大政党対立でもイデオロギーでもなく、今回の選挙戦はまさに金の流れが全ての中心だった。勝利したのはトランプ個人ではなく、彼が選挙キャンペーンですくいとった有権者の「金権政治」への怒りに、ヒラリーが癒着しすぎたワシントンの「支配体制」が負けたに過ぎない。 そしてまた、ウィキリークスやFBI内部からの情報が選挙戦を大きく動かしたという事実は、世論は自分たちが動かせるという、企業マスコミの奢りに対する民衆からの鉄拳だ。 今後必ず来るだろう、1%側からの凄まじい巻き返しにトランプがのまれてしまうかどうかは未知数だ。彼の排外主義は警戒し、厳しく監視してゆかなければならない。だが一度火がついた「トランプ・サンダース現象」の方は、今後も消えることなく、他国に飛び火してゆくだろう。

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    幻の「女性大統領」ヒラリーよりもトランプを選んだ米国社会の深い闇

    、将来的に一般への開示義務がある。「楽だったから」というクリントン側の主張する理由は、不十分であるとアメリカ国民は感じたのだろう。「公開するのがまずい何かがあったのかもしれない」という疑惑は最後までぬぐえなかった。特に夫であり、元大統領のビル・クリントンとともに運営する「クリントン財団」をめぐる不透明なカネの流れとメール問題との関連で、夫妻そろっての「ダーティーさ」がさらに目立つ形になってしまった。クリントン氏 金融業界などとの親密な関係が選挙戦の最中でも何度も問題視されてきたほか、テレビカメラの衆人環視の中で気絶するなどの健康不安もあった。 さらに、クリントン側の選挙戦術がまずかったのではないかという指摘もあがりつつある。一般投票の数で勝って、選挙人の数で負けるというのは、選挙戦術が甘かったといわざるを得ないためだ。トランプは、それまでクリントンが確実に勝つといわれていたペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシン3州をひっくり返した。特に製造業が目立つ地域ではトランプがうまく得票を重ねた。結局、この3州での逆転が雌雄を決する形となった。 クリントンは選挙に必ずしも強い候補ではない。2008年の民主党の予備選でオバマに競り負けたほか、今年の民主党予備選もスキだらけだった。クリントンは実際の予備選開始前の選挙運動である「影の予備選(シャドー・プライマリー)」の段階から、世論調査で他の候補予定者を大きくリードしてきた。圧倒的な資金力と組織力で今回の選挙は勝てると予想されていたが、実際蓋を開けてみると、予備選ではバーニー・サンダースの追い上げで独り勝ちムードは吹き飛んだ。本選挙でも“型破りの敵役”であり、あれだけひどいレベルの候補者だったトランプに対しても、クリントンは勝てなかった。そもそもクリントンは候補者として弱かったのかもしれない。 反実仮想をしてみたい。もし当選したとしても、クリントン政権の政治的状況は厳しく、何とも言えない膠着状態が予想されたのではないか。そもそも、クリントンがもし競り勝っていても、選挙直後の高揚感は全くといってなかっただろう。クリントン夫妻はそろって退場 というのも、下院では共和党が多数派を維持されると予想されていたためだ。下院で共和党が多数派を奪還した2010年秋の中間選挙以降、オバマ政権が望んだ政策はことごとく議会・共和党側の反対に遭い、息が詰まるような膠着状態が続いてきた。クリントン候補の集会で演説するオバマ大統領 かつてとは異なり、現在の議会では、政治的分極化の中で、民主党と共和党が協力・妥協することは非常に難しくなっている。「クリントン新政権の発足時の議会との関係は、オバマ政権の3年目以降と同じ」と考えただけでも、クリントン政権の誕生はとんでもない停滞が続くことが予想されていた。この閉塞感に耐えられなかったアメリカ国民も多かっただろう。 さらに、トランプが斬新すぎる「変化」を打ち出したのに対し、クリントンの場合はどうみてもオバマ政権からの「継続」がポイントだった。そもそも同じ政党の大統領が3期続くのは、極めてまれである。近年では1988年の選挙で勝利し、3期連続の共和党政権となったジョージ・H・W・ブッシュぐらいである。 いずれにしろ、25年近く民主党の政治の中枢にいたヒラリー・クリントン、さらには夫のビル・クリントン元大統領もこれで退場を迫られることとなった。一つの時代が確実に終わる。ただ、トランプ新政権が生み出す次の時代がどのようになるのかは、全く不透明だ。閉塞状況の先に何があるのだろうか。さらなる不透明感を生んでしまった責任の一端は、ヒラリー・クリントンにもある、といったら、厳しすぎるだろうか。

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    米国大統領選私見 女性大統領はいつ生まれるか?

    で、フロレンティナは米国初の女性大統領を目指し、当選を果たす。この本を読んだ20代の私は、「やっぱりアメリカなら、きっとそういうことも近い将来にあるのだろう」と思った。しかしながら、その予想は大幅に間違いであったと2016年時点で言わざるを得ない。ヒラリー・クリントン氏は、2008年の大統領選ではオバマ現大統領との民主党指名候補争いの時点で負け、今年は共和党候補のトランプを制することができなかった。 この理由について、民主党政権から共和党への揺り戻しであったり、米国における市民の断絶、はたまた米国がブッシュ家とクリントン家で四半世紀も統治されることになってよいのか、データを読み間違えて最終版に民主党が選挙キャンペーンの手を抜いた、など、さまざまな論点から議論が為されている。「なぜヒラリーが勝てなかったか? それは彼女が女性だから」という論旨のブログ記事もあった(末記参照)。この点について、少し違う論点を指摘したいと思う。ヒラリーの心理ギャップ ヒラリー・クリントンはある意味、「完璧な女性大統領候補者」であった。その真骨頂は「敗北宣言スピーチ」に現れていると思う。負けは負け、勝てないことがわかった時点で、あのようなスピーチを短時間に準備できる才能やブレインに恵まれ、それを堂々とこなされていた。だが、その「完璧さ」が実は、彼女の名前と合っていない。Hillaryというファーストネームは、「hilarious」という語を想像させる。「大はしゃぎの、愉快な」という意味になるが、子ども時代は別として、大人になったヒラリーのパーソナリティーとはかけ離れた印象がある。米ニューハンプシャー州マンチェスター近郊で、笑顔を見せるビル・クリントン元大統領(右)とヒラリー・クリントン前国務長官=2月9日 もう一つ、似たような心理ギャップは、政党のカラーコードだ。クリントン氏は民主党であり、民主党のカラーは青で、共和党が赤である。生得的かどうか別として、トイレの表示に象徴されるように、赤と青が対として用いられる際には、赤は女性を、青は男性を表すことが多い。しかしながら今回、女性のクリントン氏が民主党なので、そのカラーコードとして「青」を使わなければならなかった。これも潜在的な違和感になったかもしれない。 これは認知心理学において「ストゥループ効果」と呼ばれるもので、文字の意味と色が合っていない場合に、その認識が微妙に遅れてしまうという現象があることを根拠にしている。例えば、「赤」という文字が「青」で書かれていると、「赤」で書かれた場合よりも色名を応える問題の答えが遅れる。逆に、文字を読み取る場合にも同様のことが生じる。 余談であるが、某日本の航空会社は日の丸を背負って「赤」をコードカラーとしているが、その関連ショップが「ブルースカイ」という名前であるにも関わらず、やはり赤を使っていることも、色の認知との不一致があるので損をしていると思う。赤と馴染みの良い名前に替えた方が印象はずっと良くなるだろう。 人間はアンビバレントな生き物である。ポリティカリー・コレクトに振る舞う人でも、その判断には理性と感情のせめぎ合いがある。あるいは、意識レベルと無意識レベルの葛藤がある。大雑把に言えば、大脳皮質と扁桃体の好みや判断は常に一致する訳ではない。 上記の脳科学的な観点から予測するのであれば、女性大統領候補は共和党から立候補した方が、カラーコードを最大限に選挙キャンペーンに活かせるという意味で若干有利な気がするが、より保守的な同党からは、副大統領候補にはなっても、大統領候補には当面、難しいかもしれない。ミシェル・オバマ氏に期待 あるいは、女性大統領候補としてのキャラクターとしては、ヒラリーという名前に相応しい若さや華やぎが必要だったのだろうが、この点についても、「強いアメリカ」に夢を抱く人々が「大統領候補はタフでなければならない」と信じている限り難しい。「若い女性」は「タフ」というイメージから遠くなる。支援者らに米大統領選での敗北を表明する民主党のヒラリー・クリントン氏。右はビル・クリントン元大統領=11月9日、ニューヨーク しばらく前に機上で見たハリウッド映画で『エンド・オブ・ホワイトハウス』というものがあり、米国大統領がテロリストに乗っ取られたホワイトハウスの中でアクションを繰り広げていた。舞台を英国に移した続編『エンド・オブ・キングダム』でも同様だ。これは米国民にとっての大統領のイメージの反映かもしれない。実際には、戦闘の前線に赴くことなく、ボタン一つでその行方を左右することができるのが現代であるにも関わらず。 何歳くらいの女性なら強さと若さのバランスを取れるのだろう? 2008年の選挙戦の折、党指名候補戦後半でのクリントン氏には疲れが滲んでいたことを思い出す。今回の選挙でも、中盤あたりで調子が良くなさそうなときがあったように思う。年単位で行う米国大統領選の難しさを痛感する。世界で女性がトップになっている国は直近の英国を含め、いくつもあるが、米国大統領というポジションは、選挙の長さに加えて選挙人制度という観点からも、まだまだ難関のように思う。 女性は「次世代を生むことができる性」であるため、いわゆる厄年(30代前半)に良いキャリアを積む作戦をよく考えないといけないし、さらにその後は更年期障害をどのように乗り越えるかという問題もある。人口の半分を占める人材をうまく活用するためには、「米国初の女性大統領」は極めて象徴的なロールモデルとなるだろう。ちなみに、ロスノフスキ家の娘のフロレンティナが物語の中で大統領になったのは50歳直前くらいだったと記憶している。 現ファースト・レディであるミシェル・オバマ氏は、今回の選挙戦で露出度が高まり、良いスピーチをしたことも知れわたったので、政治家としての経験も詰めば(必須ではないことは、今回のトランプ氏の例もあり)、2020年か、遅くても2024年あたりに良い戦いができるかもしれない。今後に期待したい女性である。(大隅典子の仙台通信 2016年11月12日分を転載)【参考記事】ハフィントン・ポスト もう隠すのは止めよう。ヒラリーが嫌われる理由はただ一つ、女性だからだ。個人ブログtarareba722's blog 〈私訳〉ヒラリー・クリントン敗北宣言スピーチ全文和訳Wikipedia 選出もしくは任命された女性の政府首脳の一覧ニューズウィークジャパン 米大統領選、クリントンはまだ勝つ可能性がある──専門家 Analyst Sees Possible Trump-Clinton Tie

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    積もり積もったクリントンへの「うんざり感」

    して次期大統領に選ばれることを予想しただろうか。大勝利を収めたトランプ氏(左)。クリントン氏に対するアメリカ社会の本音は…(ロイター)トランプ氏の大勝利の要因 なぜ、こんなことになったのか。一番よく聞かれる分析は「静かなる有権者によるエスタブリッシュメントの否定」だ。このラインの分析によると、「静かなる有権者」の大部分は米国の中西部、つまり、ひと昔前は製造業や鉄鋼業で栄えていたが、テクノロジーの発達や国際貿易の広がりに伴い雇用を失い、活気を失った地域に住んでいる。そして彼らは、ワシントンDCが象徴するエリート層に見捨てられたと感じており、トランプ氏が選挙期間中訴え続けた「アメリカを再び偉大な国に(make America Great again)」というスローガンに強く共鳴し、トランプ氏を議会共和党指導部が批判すればするほど、メディアがトランプ氏の問題発言やスキャンダル疑惑を報じれば報じるほど、エスタブリッシュメントが自分たちの候補者を貶めていると感じ、これまで現状に幻滅して投票にもいかなかったような有権者層が大挙してトランプ氏の支持に動いた、というのである。 確かに、トランプ氏勝利には、そのような「静かなる有権者」の支持が役割を果たした部分は大きいだろう。しかし、大統領選挙や過去の大統領の演説などのデータを集めている米国大統領制プロジェクト(American Presidency Project)によれば、今年の選挙の投票率は57%前後で、1972年以降の大統領選挙の平均的な投票率とそれほど変わらない。つまり、「現状とエスタブリッシュメントに不満を抱えた有権者がどこからともなく大挙して現れ、トランプ氏に投票した」という説明だけではなぜ、1984年以降一貫して民主党大統領候補が勝利してきたウィスコンシン州や、2008年と2012年の大統領選挙でオバマ大統領が勝ち取ったペンシルベニア州やミシガン州ですべて平均5%の差をつけてトランプ氏が勝利したのかは説明できないのだ。 次によくあげられる理由は「クリントンはオバマ大統領を当選に導いたコアリションを維持できなかった」というものである。2008年、2012年ともに、オバマ大統領が当選した背景には、民主党の固定票に加えて30歳以下の若い有権者の間の絶大な支持と、有色人種(特に黒人)の絶対的な支持、さらに、オバマ大統領が掲げた「変化」のメッセージに惹かれた無党派層の支持があった。クリントン氏は、予備選での苦戦が象徴するように、この3つの層をつなぎとめておくことができず、このことが予想外の敗北につながった、という分析である。確かに、USAトゥディをはじめ主要紙の出口調査の結果を見ると、30歳以下の若い有権者でクリントン氏に投票したのは50%強に過ぎない。9割近くがクリントン氏に投票した黒人以外の有色人種も、3割以上がクリントン氏に投票していない。しかも、クリントン氏が絶対的に有利だと思われた女性票も割れている。クリントンに対する「うんざり感」クリントンに対する「うんざり感」 実は、今回の選挙の結果の最大の理由は、投票率の低さにあるのではないか。最近のアメリカの政治で言われるのは、共和党、民主党、それぞれが持っている固定票は、それぞれ有権者全体2~3割程度に過ぎず、選挙の行方を左右するのは(1)無党派層の投票行動、(2)固定票層をどれだけ投票所に向かわせることができるか、ということである。特に、今回の大統領選挙は、トランプ氏、クリントン氏ともに有権者の「不人気度」が極めて高かったため、どれだけ、コアな支持者を民主、共和それぞれが投票所に向かわせることができるかが選挙の行方を左右するという指摘が早くからされていた。今年の選挙の結果は、共和党の方が、より多くのトランプ支持者を投票所に向かわせることに成功したことの反映だと捉えるのが一番、説明がつくのではないか。 そしてそのような低い投票率を招いた最大の原因は、単純に言えばアメリカの有権者の大部分が「クリントン」という名前に感じていた「うんざり感」ではなかっただろうか。言い換えれば、「ヒラリー・クリントン」という人間が米国政治の表舞台に立ち続ける姿を見るのに大部分の有権者が飽きてしまった、ということだ。大統領夫人として1992年に知名度が全国区になってから20年あまり、ヒラリー・クリントンは常に、大統領夫人として、上院議員として、そしてオバマ政権の国務長官として、常にアメリカ政治の中枢を歩き続けていた。彼女の資質や能力の高さについて疑問に思う人はもはやいない。だが、20年、彼女の名前を聞き続けてきたアメリカの有権者のかなりの数の人は「もうクリントンはいいよ。他に誰かいないの」という気持ちを持ってしまったのではないだろうか。 その「うんざり感」を感じさせる証左は、身近なところにもあった。私は、大統領選で激戦州と言われるバージニア州の北部に住んでいる。クリントン氏がバージニア州でかろうじて勝利した最大の理由は、私が住んでいる地域とその近郊が圧倒的にクリントン氏に票を投じたからなのだが、2008年、2012年の選挙ではオバマ大統領のプラカードを自宅の前庭に立てている家を近所でたくさん見かけた。ところが、今年は、クリントン支持のプラカードを庭に立てている家は近所でもほとんどみかけなかった。近所の人や、子供の学校の友達の父兄と話していても一番よく聞いた言葉は「トランプもクリントンもどちらも嫌。ゲイリー・ジョンソン(無所属で立候補した候補)がもう少し国際感覚があればよかったのに」だった。 クリントン氏が圧倒的に強いはずのバージニア州北部ですら、こんな感じである。他の州ではおそらく、さらに「うんざり感」の空気が強く漂っていたことだろう。「アメリカ初の女性大統領」というだけでは克服できないこの「うんざり感」が、予備選でサンダース上院議員の大健闘につながり、本選では「トランプは絶対に嫌」な有権者のかなりの数を家にとどまらせ、「トランプも決して好きではないけど、クリントンはもう嫌だから」という有権者を投票所に向かわせる結果になってしまったのではないか。「トランプ政権になっても、自分は絶対に政権入りしない」「トランプ政権になっても、自分は絶対に政権入りしない」 そうは言っても、誰も当選すると思っていなかったトランプ候補が次期大統領になってしまった今、アメリカはどうなってしまうのか。選挙終了直後からのトランプ氏の言動を見ていると、遅まきながら次期大統領という立場の重みを事態の重大さに気が付いたのかもしれない。当選後の勝利宣言の演説の内容は、クリントン候補に対する批判は一切なく、非常に穏当なものだった。また、当選から2日後の11月10日、トランプ次期大統領はメラニア夫人を伴ってワシントンDCを訪れ、オバマ大統領やライアン下院議長などと一通り面会したが、面会の冒頭でカメラに映った同氏の顔は、これまでにないほど神妙なものだった。ほぼ毎日のように問題発言や差別発言ともとれる言動を繰り返していたトランプ氏とは全く別人のようだ。 一つの物差しになるのは、主要閣僚を支える政府の幹部職にどのような人たちが指名されるのかである。すでにメディアでは、国務長官候補にニュート・ギングリッチ元下院議長、国土安全保障長官候補にルディ・ジュリアーニ元ニューヨーク市長など、政治家としての旬は10年以上前に終わったイメージが強い人たちの名前が取りざたされ、不安感を煽っているが、政権が代わるたびに人事が行われる「政治任用職」の数は4000とも5000ともいわれる。レーガン大統領は当選後、自分の周りを優秀なアドバイザーで固めることで自らの知識や経験の不足を補ったと言われるが、トランプ次期大統領に同じことができるかである。 ここでの問題は、大統領選挙期間中に、候補者としてのトランプ氏の数々の問題発言や差別発言に反発して、「トランプ政権になっても、自分は絶対に政権入りしない」と公言した、過去の共和党政権で重要なポストについた経験を持つ人間が内政、外交、安保にまたがってかなりの数いることだ。自身のフェイスブックで「トランプ氏には投票しません」と発信したコンドリーザ・ライス元国務長官のほか、トランプ氏を支持しないだけではなく、実際にクリントン氏に投票したと公言した有力な関係者も、ブッシュ前大統領のスピーチライターを務めたデイビッド・フラム氏や日本でもよく知られているリチャード・アーミテージ元国務副長官など、多数いる。トランプ次期大統領が彼らのように、自分に対して過去、批判的なことを言った人物であっても、彼らの専門性を買って政府の要職に指名するだけの度量の広さを見せることができるかは、大統領としてのトランプ氏の物事へのアプローチを測るうえで一つの重要な物差しになるだろう。 さらに、トランプ氏が、共和党が多数党であるとはいえ、選挙期間中、自分に批判的だった議員が多数いる議会とどのような関係を築いていくかも重要だ。特に、ポール・ライアン下院議長とミッチ・マコーネル共和党上院院内総務は、どちらも選挙期間中、トランプ氏が差別発言や問題発言をするたびに、かなりオープンにトランプ氏の批判をしてきた。ライアン下院議長に至っては、トランプ氏の女性蔑視発言が録音されたテープが公になってからは、トランプ氏と一緒に選挙集会に出ることさえ拒み、議会選挙候補者に対し「自分が当選することだけに集中してほしい」という発言までしており、トランプ氏は本来であれば顔も見たくないだろう。しかし、大統領として、選挙期間中に公約として掲げた政策イニシアチブを実現するためには、議会からの協力なしに大統領ができることは非常に限られる。特に、実現のために立法化が必要な場合は、大統領がむしろ議会に「お願い」する立場になることも少なくない。大統領としてのトランプ氏はここでも試されることになる。約束した「変化」の実現は難しいのでは約束した「変化」の実現は難しいのでは そして、トランプ次期大統領にとっての最大の課題は、自分を当選させてくれた支持層との関係である。国内では選挙期間中のトランプの発言とは裏腹に、かつて鉄鋼業や製造業、農業で栄えた町が、これまでと同じ産業で再活性化できる可能性は少ない。国内インフラ整備には政府予算の投入が必要になるが、政府への歳入を増やすためには、増税がやむを得ない場合もあるが、これは「減税」を掲げているトランプ氏の政策と真逆になる。また対外的には「限定的関与」を謳っていても、それがいかに「言うは易く、行うは難し」かは、オバマ政権の8年間をみるだけでわかる。トランプ氏は9月の外交政策に関するスピーチで、「自分が大統領になったら、米軍幹部に対して、IS壊滅のための作戦を30日以内に提出するように要請する」といったが、ISやかつてのアル・カーイダで壊滅させることができる計画を30日で作れるようであれば、オバマ大統領やブッシュ前大統領が既に作らせ、実行に移しているだろう。 つまり、トランプ次期大統領が選挙期間を通じてアピールしてきた政策のかなりの部分は、そんなにすぐに変えることができないものばかりだ。しかし、トランプ氏はこれまで、支持者に対して「変化はすぐにやってくる」とアピールしている。支持者の期待は高いが、すぐにトランプ氏が約束した「変化」が感じられなければ、2年後の中間選挙で、今回の大統領選挙で彼に投票した支持者も、それ以外の有権者も、厳しい判断を下すだろう。 今回の大統領選挙は初めから終わりまで「想定外」だった。今はアメリカも世界も、トランプ次期大統領が就任後、「想定外」に安定した政権運営の手腕を発揮する可能性にかけるしかないのかもしれない。

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    女性問題を抱えてもクリントンより「ベター」で勝利したトランプ

     長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) 米大統領選の詳細な分析は米国問題の専門家に委ねるとして、欧州に居住する立場から、当方の感想を述べたい。ヒラリー・クリントン氏(69)が敗北し、女性初の米大統領という夢は次回以降の大統領選まで待たなければならなくなった。ドナルド・トランプ氏(70)は実業家であり、ワシントンの政治ばかりか、政界にはこれまでタッチしてこなかった政治の素人だ。投票を終えて疲れた表情を見せるクリントン氏(右)と夫のビル・クリントン元大統領 対抗候補者だったクリントン氏がファースト・レデイーを皮切りに、上院議員、オバマ政権下では国務長官まで務めた政治キャリアを誇るのとは好対照だ。プロの政治家に素人の実業家が戦った大統領選だった。TVの政治討論でクリントン氏がトランプ氏を圧倒したのも当然だったわけだ。 そして選挙結果はどうだったか。クリントン氏の華やかな政治キャリアは米国民の支持を獲得できなかったばかりか、逆効果をもたらした可能性が考えられる。米国民はワシントンの政界も世界の政情についても熟知していないトランプ氏を選んだのだ。選挙結果は、プロのボクサー選手がアマチャアの選手に負けたような状況となった。 もちろん、民主党の大統領候補者だったクリントン氏が当選すれば、オバマ政権の8年間と合わせて12年間、民主党の大統領時代が続くことになるから、むしろ米国民は変化を期待し、その言動が不確かな共和党候補者のトランプ氏を選んだ、とも受け取れる。  今回の米大統領選は、米国民が既成政治、政治家に対して想像を超えた不信感、嫌悪感を抱えていることを明らかにした。ワシントンの政治を知らないゆえに、国民はトランプ氏をクリントン氏より「ベター」と判断したわけだ。選挙のプロを誇る政治家は今後、その戦略を変えなければならなくなるだろう。「階級の壁」で敗北したクリントン 当方はこのコラム欄で「トランプ氏はレーガンにあらず」(2016年9月23日参考)と書き、トランプ氏とロナルド・レーガン元大統領(任期1981~89年)との相違を書いたが、トランプ氏はレーガンには似ていないが、イタリアのシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相と酷似している。1983年1月、日米首脳会談でレーガン大統領(左)と握手する中曽根康弘首相 ベルルスコーニ氏はトランプ氏と同様、実業家であり、政治の素人だった。ベルルスコーニ氏は選挙に勝利し、首相として長期間、イタリアの政界に君臨した。トランプ氏は選挙戦で女性問題が追及され、ビジネスのやり方を批判された。ベルルスコーニ氏も同様だった。ベルルスコーニ氏は「イタリアのメディア王」と呼ばれ、トランプ氏は「不動産王」と称され、両者とも世界有数の富豪家だ。そのベルルスコーニ氏が首相となり、トランプ氏が今回、米大統領に当選したわけだ。 女性問題を抱える候補者は対抗候補者やメディアの攻撃を受け、苦戦するものだが、米国民はトランプ氏の女性問題に寛容な対応をする一方、クリントン氏のメール問題を含むその政治活動に対しては強い不信感を払拭できなかったのだ。 補足するが、クリントン氏が女性初の米大統領という栄光を勝ち取れなかったのは、米国社会に“ジェンダーの壁”があったからではない。“階級の壁”があったからだ。クリントン氏に代表される一部特権エリート社会に対する大多数の国民の無言の抵抗だ。 トランプ氏は9日未明(現地時間)、ニューヨークで勝利宣言をし、その中で「私は2つに分裂した米国社会を再統合するために努力する」と表明している。トランプ氏の前には、政治活動の後半、数多くの裁判問題を抱えたベルルスコーニ元首相のような道を行くか、レーガン元大統領のように米国民からいつまでも愛される政治家の道を歩むか、2つの道が待っている。(長谷川良公式ブログ 2016年11月10日分を転載)

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    世紀の悪夢か「トランプ劇場」は終わらない

    まるで悪夢でも見ているようだ。米大統領選に勝利したトランプ氏の満面の笑みとは裏腹に、日本の投資家はどん底に突き落とされた気分だっただろう。米国民の「選択」は世界の混迷を一層深めるのか、それとも劇的な変化をもたらすのか。「トランプ劇場」はまだ終わらない。

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    トランプ大統領と引き換えに米国民が手にした「危険な劇薬」

    手嶋龍一(外交ジャーナリスト、作家) 8年前の開票日、アメリカは久々に前途に光明を見出して、バラク・フセイン・オバマ大統領の誕生を心から喜んでいるように見えた。ニューヨークの摩天楼を走るタクシーが一斉に「WE CAN CHANGE」とクランクションを鳴らし、感動を分かち合っていた光景が蘇る。「アメリカの唄」がこの国の隅々に響き渡ったと誰もが実感したのだった。だが、この国を包んだ高揚感は瞬く間に消えていった。マイノリティ出身の若き大統領ならアメリカの現状を変えてくれる―それは幻想に過ぎなかったことが分かると、人々を深い絶望に突き落とした。今回の大統領選挙は、スキャンダルを暴きたてる共和、民主両陣営の応酬は派手だったが、驚くほど躍動感に乏しい戦いだった。それは8年前の夢から覚めた反動そのものだったのである。米大統領選の開票速報を報じるテレビが映し出された外国為替のディーリングルーム=9日、東京(ロイター) ヒラリー・ローダム・クリントンという政治家は、じつに選挙戦に弱い候補だ―。過去8回のアメリカ大統領選挙を現地で取材し、2000年と2004年の大統領選挙で「当選確実」の判定に携わった経験に照らしてそう思う。FBI(連邦捜査局)がクリントン国務長官時代のメール捜査を終えていないと選挙戦の終盤に公表した。これによって共和党のトランプ候補の猛追を許してしまったとアメリカのメディアは解説している。だが、そうなのではない。選挙戦ではあらゆる情報が乱れ飛ぶ。これしきの疑惑で、すでに勝利を固めたと見られていたブルー・ステート(民主党獲得州)が次々に激戦州に逆戻りしていくことなどありえない。そもそもクリントン陣営の支持基盤があまりに脆弱だったのである。 最終盤では、オハイオ、フロリダ、ノースカロライナ、ペンシルベニアが主戦場となり、これまでクリントン陣営が獲ると見られてきたニューイングランドのニューハンプシャー州やメーン州までブルーから灰色の激戦州に逆戻りしてしまった。そしていざ票が開いてみるとそれらの大半がトランプ陣営の手に落ちたのだった。メール問題の再燃がきっかけで支持基盤がはらはらと崩れていく。それほどにヒラリー・クリントン氏は選挙の大一番に弱い政治家だった。 それゆえ、クリントン前国務長官が大統領選挙に名乗りを挙げて以降、ひたすら苦しい戦いを強いられてきた。民主党内の候補者選びでは、バーニー・サンダース上院議員に終始追い詰められ、続く本選挙でも共和党のドナルド・トランプ候補に最終盤で抜き去られてしまった。一年余りに及んだ大統領選挙戦を通じて、21世紀のアメリカ社会の底流にどれほど不満のマグマが渦巻いているか。敗れたクリントン氏は、草の根に鬱積する不満の凄まじい勢いを肌で感じ取ったことだろう。 いまのワシントンの政治家たちは自分たちの願いを掬い取ってくれない。草の根の有権者は既成の政治家の象徴としてクリントン候補に厳しい判定を下したのだった。十分な学資がなく、州立大学にも進めない若者たちは、民主党内の候補者選びで党内最左派のサンダース上院議員のもとに結集した。クリントン候補は若者向けの施策をあれこれアピールしてみたが、最後まで手ごたえは得られなかった。 クリントンは「ガラスの天井」を打ち破ろうと、初めての女性大統領の誕生を訴えた。筆者はアメリカでも女性が社会に進出するためになお多くの課題を抱えていることを承知している。そのうえで言うのだが、女性大統領の出現を至高の訴えとして選挙戦を戦う時代の認識がすでに過去のものだったと思う。長くアメリカ政界の中枢を歩んできた本命候補ヒラリー・クリントンという政治家が知らず知らず「賞味期限切れ」を迎えていたのかもしれない。健全な中間所得層の再創出を 「メキシコ国境の向こう側には、中国が新鋭の工場を次々に建て、中国製品が無税でアメリカ国内に流れ込んでいる。これによって勤勉な白人労働者は職を奪われつつある」 トランプ候補はこう述べて、アメリカがメキシコと結んだNAFTA・自由貿易協定によって、優良企業が次々にアメリカから逃げ出し、失業者を大量に生み出していると人々の怒りを煽り立てた。米大統領選挙の遊説を行うドナルド・トランプ氏=5日、フロリダ州フェアグラウンズ(AP) 不動産王トランプ氏を共和党の大統領候補に押し上げたのは、プアー・ホワイトと呼ばれる所得の低い白人の労働者層だった。彼らの多くは高校からそのまま社会に出た人々だ。こうした人々はトランプ氏に現状を変える期待を託そうとした。そしてメディアの予想を覆して第45代大統領の座に押し上げたのだった。 大統領選挙の主戦場、製造業が多いオハイオ州やかつて自動車の州と言われたミシガン州などでは、白人の労働者層がトランプ候補をこぞって支持した。かつての民主党の支持基盤はあっという間に切り崩されてしまった。来年一月下旬にホワイトハウスに入るトランプ次期大統領には、アメリカにいまこそ健全な中間所得層を創り出す政策を望みたい。富裕層への減税だけではアメリカ経済の再生はない。中間所得層の支持を得られなければ一期だけの政権に終わってしまうだろう。次の選挙での勝利は見えてこないはずだ。堅実な経済政策は、ひとりアメリカのためだけでなく、国際社会の安定に不可欠なのである。 トランプ候補は、女性スキャンダルのゆえに超大国の威信を傷つけたのではない。アメリカはなによりもアメリカの国益のために―。そう訴える「アメリカ・ファースト」主義のゆえに、世界を主導してきたアメリカに対する信頼を根底から揺るがしてしまったのである。自国の国益を剥き出しに追い求める主張は、この国に伏流している孤立主義を顕在化させ、不健全なナショナリズムを刺激してしまう。それは危険な劇薬なのである。 「日本や韓国は自ら国を守るべきだ。北朝鮮の核の脅威に対抗したいなら核武装すればいい」 トランプ候補は、この選挙戦を通じて、日本が自国の安全保障に十分な金を出そうとせず、同盟国のアメリカにあまりに多くを依存してきたと言い放った。 戦後のアメリカには、民主、共和いずれの政権かを問わず、決して変えようとしなかった外交・安全保障政策の本音があった。それは、東アジアでは日本に、欧州にあってはドイツに核のボタンを決して渡さないというものだった。決断すれば直ちに自前の核を保有できる日独両国に核兵器を持たせてしまえば、アメリカは超大国の地位を放棄せざるを得なくなるからだ。 しかし、トランプ候補は、堂々と日本やサウジアラビアの核武装を容認する姿勢を示した。それはイスラエルの核を公然化させ、イスラムの核を中東全域に広げることになる。やがてはIS・イスラム国にも核兵器がわたる危険を招いてしまう。受け身の姿勢が日米関係を損なう オバマ大統領を現職として初めて被爆地広島に赴かせたのも、こうしたトランプ発言が背景にあったと言っていい。しかも、アメリカ国内に戦前の「アメリカ・ファースト」主義を蘇らせ、日本やドイツ、さらにはサウジアラビアの核武装を公然と容認して、これらの国々に燻っていた核保有の議論を勢いづかせてしまった。 「日本はアメリカが攻撃されても何もしない。そうならば日米安保条約を再交渉すべきだ」 トランプ候補はこう述べて、日米安保条約を俎上に挙げて、廃棄に含みを持たせる発言もしている。南シナ海のパラセル諸島付近の海域で実弾演習する中国海軍=7月8日(新華社=共同) これらのトランプ発言の本質は、アメリカが西側同盟の盟主であることをやめ、超大国たることをやめてしまうと宣言している点にある。新興の軍事大国中国は海洋大国の旗を掲げて、南シナ海に、東シナ海に進出を試みている。クリミア半島の併合を機に米ロが厳しく対立するなか、その間隙を縫って中国は、南シナ海に7つの人工島を建設し、九段線の内側をわが領域と主張している。そして七つの人工島を造成し、3千メートル級の滑走路を造って軍事基地化を進めている。こうしたなかで、日米同盟の弱体化させてしまえば、21世紀という時代にとめどない混乱をもたらしてしまうだろう。 トランプ次期大統領は「アメリカを再び偉大にする」をキャッチフレーズに掲げ、選挙戦を戦った。だがアメリカがなお偉大であるためには、世界で尊敬されるリーダーでなければならない。戦後のアメリカは、一時の自国の利益よりも国際社会のために行動してきた。それゆえ、アメリカを再び偉大にしたいと考えるなら、国際社会、とりわけ自由の価値観を分かち合う国々との連携が何より大切だろう。日米同盟こそ新政権が確かな船出をするための試金石となるだろう。 日米同盟は軍事的な結びつきだけではなく、理念の同盟である。トランプ次期大統領は東アジアの要石、ニッポンと絆を強め、日本もまたトランプ次期政権に同盟のあるべき姿を率先して示す時である。日本は大胆に行動を起こす時だろう。 新しいアメリカの政権は、親日か、反日か。そんな心配をする受け身の姿勢こそが、日米関係を損なう元凶だといっていい。中国が海洋進出を図る東アジアの海を波静かなものにするため、日本はいまこそ主導的な立場をとるべきである。トランプ次期政権の出現を自由という至高の価値を日米で分かち合う太平洋同盟をさらに揺るぎないものにする好機としてほしい。

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    日本経済をどん底に突き落とすトランプの「米国中心主義」の現実味

     加谷珪一(経済評論家) 投票日を迎えた米大統領選挙は、土壇場でトランプ氏が逆転勝利するという予想外の結果となった。市場はクリントン候補の当選を織り込んでいたので、ちょっとした混乱状態に陥っている。トランプ大統領誕生ということになると、何が飛び出してくるか分からず、しばらくは不安心理が台頭することになるだろう。だが、ここは事態を冷静に受け止める必要がある。大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏 トランプ氏には暴言が多く、こうした部分にばかり世間の注目が集まってしまう。しかし過激発言を除外すると、トランプ氏の主張は、実はオバマ大統領との共通点も少なくなかった。背景にあるのは、米国がかつては国是としていた孤立主義であり、石油の生産拡大と人口増加がそれを可能にしている。 米国経済はトランプ氏の大統領就任によって意外と好調に推移する可能性がある。一方、日本など世界各国にとっては大きな試練となるだろう。 トランプ氏の大統領就任で最初に懸念されるのは米国の自由貿易体制である。トランプ氏は当初、メキシコとの国境に壁を作ると宣言、NAFTA(北米自由貿易協定)やTPP(環太平洋パートナーシップ協定)について否定的な見解を示していた。これらの公約を本当に実現するということになると、米国を中心とした自由貿易体制は一気に崩れてしまうことになる。 もっとも、トランプ氏が指名を受諾した共和党大会では、「国益に反する貿易協定には反対する」という曖昧な言い回しに修正された党綱領が発表されており、トランプ氏も最終的には何らかの妥協を迫られる可能性が高い。米国経済とメキシコ経済がすでに一体化した状態にあることを考えるとNAFTAからの完全撤退は難しいだろう。 ただ、我々が理解しておく必要があるのは、トランプ氏が掲げる米国中心主義というのは、思いつきで発言したようなレベルの話ではないという点だ。この考え方は、目立たない形でオバマ政権の時から始まっているものであり、すでに米国社会の大きな潮流となっている。背景にあるのは石油生産の拡大と人口の増加である。米国は元来引きこもり 米国はシェールガスの開発が進んだことから、すでにサウジアラビアを抜いて世界最大の石油産出国となっている。数字の上では米国はすべてのエネルギー源を自国で賄うことができる。また米国は、継続的に人口が増加する数少ない先進国であり、このトレンドはしばらくの間、継続する可能性が高い。シェールガスの採掘=米ペンシルベニア州 客観的に見た場合、現在の米国は世界でもっとも多くの富を持ち、すべてのエネルギーを自給できる国ということになる。しかも人口は年々増加を続け、優れたテクノロジーまで保有している。 経済学の理論では、経済成長の水準は資本投入、労働投入、テクノロジーの3要素で決まるとされており、米国はそのすべてにおいて突出した環境にある。米国は基本的に他国に一切頼らずに国家を運営できるのだ。  米国が世界の警察官として国際問題に積極的に関与するようになったのは第二次大戦後のごくわずかな期間だけである。モンロー主義(第5代大統領モンローが提唱した欧州との相互不干渉政策)に象徴されるように、元来、米国は引きこもりの国であり、国際問題に対する関心は極めて低い。 そんな米国がグローバル社会に積極的に関与するようになったのは、大国としての野心が出てきたという側面はあるものの、石油の影響が大きいことは明白である。逆にいえば、中東の石油に頼る必要がなくなった今、米国が中東にコミットする必然性はまったくない。 米国民は現状の政治に対して怒っているといわれているが、その根底には、これだけ有利な条件が揃っているのに、なぜ多くの国民がその利益を享受できないのかという不満がある。過激で非常識な発言にもかかわらずトランプ氏に対して強い支持が集まったり、オバマ政権が不評といわれながらも2期8年の任期をまっとうできたのは、こうした米国の状況に対して両氏のスタンスが整合的だったからである。 オバマ氏は議会や一部世論からの強い圧力があったにもかかわらず中東問題への無関心を貫き、日米関係についても冷淡な態度を取り続けた。オバマ氏とトランプ氏は正反対の存在に見えるが、自国中心主義的という点では共通点が多いのだ。日本にとっても険しい道 この点で考えると、TPPとNAFTAを比べた場合、トランプ氏が妥協する可能性が高いのは米国市場との関連性が高いNAFTAであってTPPではない。トランプ氏が自らの公約実現をアピールする材料として、TPP撤退を打ち出してくる可能性は否定できないだろう。ある程度の妥協が図られるにしても、関税撤廃スケジュールの変更や米国企業の日本進出条件などにおいて、日本側が不利になる要求が出てくる可能性は十分にある。 トランプ氏の大統領就任は日本を含め各国経済に大きな影響を与えることになるが、米国自身の経済は意外と堅調かもしれない。先ほど説明したように、米国は現在、非常に恵まれた環境にあり、長期的な成長余力が高い。しかもトランプ氏は、クリントン氏を上回る巨額のインフラ投資を公約として掲げている。これが実現した場合、米国経済は順調に推移する可能性が高い。 トランプ氏は、自著で1兆ドル(約102兆円)という巨額のインフラ投資を主張しており、8月にはクリント氏が主張する金額の少なくとも2倍の金額を投じるとも発言している。クリントン氏は総額で2750億ドルの投資を公約に掲げているので、この2倍以上ということになれば約6000億ドルである。5年で均等に支出した場合、各年度における直接的な経済効果は1200億ドルと計算される。 米国のGDPはすでに18兆ドルと日本の4倍近くもあり、インフラ投資が直接的にもたらす効果はGDPの0.7%程度しかない。だが、インフラ整備は今後の成長の原動力となるものであり、労働者の雇用が増えるなど消費にも好影響を与える。現状の米国経済において投資を拡大するメリットは大きいだろう。 もしこの規模の財政出動となれば国債の追加発行は避けらないので、金利は上昇する可能性が高く、この部分だけを取り上げればドル高要因となる。一方、トランプ氏は為替水準についてたびたび言及しており、ドル高が米国の労働者を苦しめていると主張している。この点ではトランプ氏の大統領就任はドル安要因といってよいだろう。当初は市場のショックなどもありドル安が続くことになるが、財政出動の規模が見えてくる段階で、為替の水準も落ち着き所を探る可能性が高い。一時1ドル=101円台をつけた為替相場=11月9日、東京都内 穏やかなドル安が定着すれば、米国経済にとってはプラスである。少なくとも経済的に見た場合、トランプ氏の大統領就任は、日本など世界各国にとっては険しい道となるが、米国にとって悪い話ではない。トランプ氏の主張する米国第一主義はまず経済面において実現するのかもしれない。

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    どうなる「トランプ円高」 毒舌の裏にある4つのホンネ

    ている。 この世界中の投資家たちが「リスク・オン」と「リスク・オフ」のいずれに傾斜するかは、最近ではアメリカ大統領選挙とアメリカの金融政策によって大きく左右されてきた。そして今日もまた、「イベント資本主義」の性格がよく表れた相場になった。日本経済にはもちろん短期的には不運なことといえるだろう。(画・小鳥こたお) またトランプ・ショックと同時に、世界経済の関心は、アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が年内に利上げをするかどうかにも集まっている。FRBのフィッシャー副議長は、雇用情勢を受けて利上げの根拠が強まったことをコメントしている。フィッシャー副議長は早期利上げをけん引している人物なので割り引きが必要だが、いずれにせよFRBの政治力学的にも利上げは確実である。 問題は、それが次回のFRB会合が行われる12月14日なのか、あるいは年をまたぐかの違いだけである。トランプ勝利による影響を読むのは困難だが、トランプ氏の主張は金融緩和の継続に行き着く可能性が高いので、FRBとしてはいまのうちに利上げしたいだろう。それは利上げのための利上げといえ、「政治的」な色彩のものだ。 今後の為替レートの動向は、日本とアメリカの金利差や日米マネタリーベース比率などで判断する方法があるが、より根源的なのはもちろん日本銀行とFRBの金融政策のスタンスの相違である。FRBはアメリカの雇用情勢の改善を受けて、それが「完全雇用」であると判断しての利上げスタンスである。対して、日本では完全雇用には遠い状況にある。そのため日本では金融緩和の政策スタンスが今後も継続していく。この両国の金融政策のスタンスは、ここ1年近く変更はないはずだ。そのため、実はFRBが今回利上げしてもそれは単なる「イベント」でしかない。 だが前述したように、ここ数年の世界経済は「イベント資本主義」化の様相を強めているので、この利上げにより円安ドル高により傾斜する蓋然性は大きい。このことは日本経済にとっては(輸出増加や企業のバランスシート好転など)好ましい影響を与えるだろう。ただアメリカ経済は今後も追加的に利上げが行われる可能性は低いという見方も有力だ。雇用が改善していても必ずしも労働参加率の上昇を伴っていないし、またインフレ率も目標に比較して低いままだ。問題はトランプ・ショックよりも国内にある つまり2007年以降からの「大停滞」を十分に脱していないまま、金融政策スタンスが引き締め傾向にあり、それがアメリカ経済のパフォーマンスを実力以下のままに低迷させているという指摘は根強いものがある。またたとえ回復傾向にあったとしてもすでにピークアウトであるという見方も同じように有力だ。これらの事実は、トランプ政権の金融政策に対する見解にも大きく影響しそうだ。「政治的」な利上げが年内に行われても、アメリカ経済の経済指標の低迷や、制度改革などの政治的圧力などを受けて継続的な利上げにはつながらないのではないか。官邸に入る安倍晋三首相=11月9日午前、首相官邸(斎藤良雄撮影) 日本経済をみてみると、「リフレ派は敗北した」などという悪質なデマが、アベノミクスを批判したがるマスコミでもてはやされている。しかし雇用状況をみれば、ほぼ20年ぶりの改善が継続中だ。雇用が改善し続ければ、もちろん経済成長率も上昇していく。また最新の統計でも明らかなように、雇用が改善すれば、その帰結として経済格差が縮小し、また相対的な貧困率も改善していくだろう。 問題はこの流れを止めてはいけないことだ。(経済にとってはそれがすべてであると言っても過言ではない)雇用状況の改善を異常なほど無視する勢力が、マスコミだけではなく、論壇やもちろん政治勢力にも存在している。特に銀行や国債市場関係者には、根強いアベノミクス批判勢力が存在している。その「金融マフィア」的な勢力にとっては、日本銀行のマイナス金利や国債の一層の買い取り増加は、自らの収益モデルを破壊するものと映るのだろう。だが、一部の「金融マフィア」の強欲的な姿勢に配慮して、国民経済をなおざりにしてはいけない。 トランプ・ショックはしばらく続くだろう。だが、問題は海外ではなく国内にある。より一層の金融緩和、財政政策の拡大を行い、さらに完全雇用、賃金上昇を目指して政府と日銀は協力すべき時だ。

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    トランプ政権誕生! 戦後日本は対米自立から「自主防衛」の新時代に

    、ある種の保守非主流派たる「反米保守」の立場から、短期的にはトランプ政権誕生で混乱するも、長期的にはアメリカからの自立を促すトランプ政権の方が、日本や日本人にとって良薬である、ということだ。この理論はほうぼう、私が自著『草食系のための対米自立論』をはじめ、繰り返しテレビやラジオ媒体等でも開陳してきたものである。 ところが、それはあくまで「もしトランプ政権が誕生したら」という、可能性の乏しい机上の空論を基にした「思考実験」の類であって、実際にトランプ政権が誕生するという可能性については、十中八九ないであろう、という立場をとっていた。この理由は、内外の大方の政治予想と同じである。 日本のリベラルは(いやアメリカ国内や他の先進国のそれも)、トランプのヘイト的な言説ばかりを取り上げて禁忌し、白人労働階級の怒りを軽視していた。結局は、知性が勝利すると思い込んでいた。それはインテリの大きな奢りであり、また大きな間違いであった。アメリカの白人層、とくにラスト・ベルト(五大湖の周辺とその南東部一帯の旧製造業地帯=ミシガン、ペンシルベニア、ウィスコンシン、オハイオなど=で、民主党の強力な地盤だったが、今回軒並みトランプが勝利した)に住む人々、そしてその中でもさらに片田舎(デトロイトやクリーブランドのさらに奥のほう)は私たちが想像するより、もっとずっと病んでいたのである。 言い訳するわけではないが日本人にラスト・ベルトの実態がわかるはずがない。日本の観光客やビジネスマンが行くのは、せいぜい西海岸と東海岸、そしてディズニーのあるフロリダとハワイとグアム・サイパンくらいのものだ。そして、前提として日本の製造業はラスト・ベルトほど崩壊していない(むしろ、会社によっては結構調子が良い)。 他方、日本の親米保守(主流派)は、トランプ政権が誕生して日米同盟が棄損されること「のみ」を恐れ、「ヒラリー幻想」ともいうべき願望(通常、日本の親米保守は親共和党だが、今回ばかりはトランプよりもましという理由でヒラリー支持に回った>詳細は拙記事参考のこと)に縋りついたのである。この「ヒラリー幻想」については、米大統領選挙直前でも、一部の保守派から提示されてたが、大きな流れにはならなかった。すでに高騰する防衛関係銘柄「防衛予算増」「自主防衛」を見越し、すでに高騰する防衛関係銘柄 日経平均は、今次選挙の愁眉のところであったフロリダ州(選挙人29名)をヒラリーが失陥するのが濃厚となったところから急落し、一時1000円(11月9日)近くも落とした。これは当然トランプ政権誕生による強烈な保護主義による日本輸出産業の打撃、トランプ政権誕生による先の見えない不安定要素を織り込んだものとして、多少恐慌の感はあるものの、道理である。米大統領選の動向が注目される中、乱高下し下げ幅が一時1000円を超えた日経平均株価を示すモニター=9日午後、東京・東新橋 しかしと同時に賢明な投資家は、すでに鋭敏にトランプ政権誕生を念頭に入れ、トランプ政権による日米同盟空文化による在日米軍のさらなる縮小や撤退の方針に備え、防衛に関係する銘柄を買いあさっている。つまり日本が強制的に自主防衛せざるを得ないことを直感的に感じ取っているのだ。 この大荒れの相場の中でも、東京計器 (7721)、石川製作所 (6208)、豊和工業 (6203)のみは、値上がり銘柄のTOPに躍り出ている。いずれも防衛・軍事関係産業で、トランプ政権誕生による日米同盟弱体化により、是が非でも日本が防衛予算を増やさざるを得ない近未来を織り込んでいるとみて間違いなかろう。戦後日本の終わり トランプにより強制的に「戦後レジーム」終了 戦後日本は、吉田ドクトリンを忠実に守ってきた。それは「親米」・「軽武装」・「経済重視」の三点セットである。むろん、自民党の中の派閥によりこの度合いに幅はあるが、基本的には現在の安倍政権も、この流れから大きく逸脱することはなかった。しかし、公然と「日本から米軍を撤退する」等と宣言してはばからないトランプが大統領になると、この吉田ドクトリンの前提たる「親米」の部分が、向こう側から拒否されているのだから成立しなくなる。 そして「アメリカとの蜜月」を前提としたアメリカからの庇護を前提とした、「軽武装」路線も当然成立しなくなる。「憲法を改正して吉田ドクトリンを破棄する」ことがある種の「戦後レジームからの脱却」なのだと保守派・改憲派はこれまで叫んできた。 すると、「戦後レジームからの脱却」とは、日本側の努力ではなく、唐突に、トランプによって成就することになる。こうなるともっとも狼狽するのは、ヒラリー政権誕生によって「日米蜜月」が、まがいなりにも続くと考えてきた政権与党や、親米保守(保守主流)である。彼らは今、衝撃を通り越して恐慌しているだろう。 トランプ政権誕生によって、戦後日本がひっくりかえる。いやもうひっくりかえってしまった。アメリカの同盟国、つまり韓国やオーストラリアも同様であろうが、とりわけアメリカに庇護を求める傾向にあった日本ほど、トランプ政権誕生による衝撃の度合いは大きい国はないであろう。進む憲法改正気運進む憲法改正気運 しかし、トランプ政権誕生による「アメリカの庇護の終わり」は、元来保守派が夢想してきた対米自立、自主独立、憲法改正の機運を、たちまち高めることになるのは自明である。これは日本にとって大きなチャンスと捉えることができる。「日本はアメリカの属国だ」などと様々な方向から揶揄され、自嘲気味に日本人はそう自らを呼称してきた。そして戦後70年以上、この国の保守派・右派は、常に日本側からの努力によって「その属国の鎖」を断ち切ることを夢想していた。 が、その「属国の鎖」は、日本側からの努力ではなく、アメリカ側からの唐突の終焉によって断ち切られるだろう。「とりあえず日米同盟を強化し、漸次的にわが方の自主的防衛力を高めていく」などと悠長なことを、親米保守の多くは思っていた。だが、そんな夢想はもう通用しない。 日本は、対中(対北朝鮮)抑止力を自前で(どの程度を自前で用意するのかは不明だが)早急に準備し、政治も外交もアメリカに頼ったり、アメリカの庇護を求めることなく、自分の意志で決めることを強いられる時代に突入するのだ。繰り返すように、これは困難な道だが、しかし長期的には日本や日本人にとって乗り越えるべき試練なのである。 当然、トランプ政権が誕生しても、現実的には議会や共和党穏健派との協力は不可欠なので、これまでの言動が軟化する可能性は十分にある。だが、明らかに大きな方向として、トランプ政権下、アメリカは日本への関与を減らすだろう。「中国が攻めてきたから助けてほしい?知ったことじゃない。自分の国は自分で守れよ」と、トランプならそう一蹴してはばからないだろう。 もう北朝鮮のミサイル発射にも、中国の海洋進出にも、あらゆる外交課題について日本はアメリカに頼ることはできない、と考えて臨むよりほかない。日本の後ろにもうアメリカは無いのだと覚悟するよりない。もう与野党で馬鹿な議論、誹謗合戦をしている暇はない。日米同盟を経済的な損得で考えることも難しくなった。挙国一致でアメリカを頼らない「自主防衛」の構築を、たとえ防衛費の負担が多かろうと、急がなければならない。 しかしこれは、当たり前のことなのだ。自分の国のことを他国に憚らず自分で決め、自分で守るのは、トランプ(大統領)に言われることなく、自明の理屈なのである。 アメリカに頼って、アメリカに守られながら生きる日本の時代、つまり「戦後」は、2016年11月9日のきょう、終わったのである。(2016年11月9日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    トランプ大統領誕生「静かなる田舎者」がアメリカを変えた日

    山本一郎(個人投資家・作家) 山本一郎です。お祭り騒ぎが好きです。 今日11月9日、開票が行われたアメリカ大統領選挙ですが、先ほどドナルド=トランプ陣営が事実上の勝利宣言を行ったとのことです。また、議会選挙も共和党の勝利に終わりまして、アメリカ政治は一風変わった「トランプ大統領」の選出をもって歴史的な転換点を迎えることになりそうです。 すでに各種メディアでは投票結果に対する属性別の内容から「アメリカ人の真意」を知ろうと結果報道を開始すると思われますが、数字だけ見ていきますといろんな統計モデルで事前の投票予測をかいくぐる形で各種調査機関は「ヒラリークリントン女史優勢」を伝えていました。選挙人の予測で80人近い”読み違え”をする調査機関もあったようですが、その背景には”静かなる地方”の地滑り的な共和党支持、または内向き志向を選挙結果からは読み取れます。で演説するトランプ氏=11月7日、米ノースカロライナ州 事前予想では「トランプさん支持者はどの政策を支持しているのか」の分析が進んでいたようですが、実際のところ、投票前日に発表された調査結果でもトランプ優勢とみられるこれらの赤い地区でも「クリントン優勢」と見られる箇所が多かったのが特徴です。 これらが投票日になって突然トランプさんに2.8%以上の得票の下駄を履かせる事件があったか、と言われるとこれといってないわけで、つまりは「最初からトランプ支持者か、ヒラリー女史に投票をしないことは決めていた」有権者がいた、ということになります。 逆に、ヒラリー女史に投票した人たちが多かった地域は、テキサス州、フロリダ州などを除き、明らかに都市部が中心です。都市に住む穏健なリベラル層がヒラリー女史に投票したのかなと思いきや、政治的コミットの強い人がヒラリー女史を支持し投票の中心になったと判断がつくデータが特になく、現在まだ混沌としています。 ここで強く鼻につくのは、いわゆる「負の支持率」、すなわち「ヒラリー女史を勝たせたくない」有権者対「トランプさんを勝たせたくない」有権者の争いです。まだすべての地区を解析したわけではありませんが、ヒラリー女史を強く支持する層よりも、トランプさんを絶対勝たせたくないと回答する層が都市部に多く、これらのほうがヒラリー支持者よりも固くヒラリー女史に投票する傾向が強く見受けられます。逆もまたしかりです。 そうなると、今回のアメリカの大統領選挙とそれに伴う議会選については、実は壮絶な譲り合い対決なのではないかとさえ感じるところです。選挙中盤でも「トランプさん支持者は強力な反知性主義者ではないか」という中傷が都市部を中心に、またSNSでも盛んに喧伝され、TwitterやFacebookなどでも多数の声が上がり、かなりの部分がクリントン陣営の工作だったと思われますが、実際の地方の得票の流れを見る限り、ほぼ完全に地滑り的にトランプ票になっております。 それも、トランプさんを熱烈に支持する層よりもヒラリー女史を嫌う層がトランプさんに投票したようです。ネット系の調査会社でも、政治的発言において有権者のメジャーなスタイルは「トランプさんは好きではないけど」という前置きとなる文節が多数計測されるなど、トランプの過激な姿勢を支持することは留保しつつヒラリー女史を支持しないことを説明する感じの人たちがネットでは多かったのでしょうか。地方在住者の圧倒的反乱 その点では、トランプさんに投票した人が支持するトランプさんの政策上位に「移民反対」「国際化反対」「普遍的人権への距離感」といった、従来のアメリカのナショナルインタレスト(国益を守るために必要だとされる概念)が入っていることに気がつきます。ある意味で、世界に冠たる経済力と軍事力を持つアメリカを実現する政策に対して、アメリカ国民がNOと言った、という話になります。 もしも、これらが本当にトランプ”新”大統領の政策に組み込まれることになるとTPPが批准されないどころか、移民やグローバリズム、人権に関する考え方は大きく後退する政策が打ち出される可能性さえもあります。とりわけ、アメリカの行き過ぎた人権主義、ポリティカルコレクトネスといった概念は、アメリカの地方(田舎)に住む有権者からすると、息苦しく、言いたいことも言えない世の中で、気の合う人たちとだけ地域やネットで交流するという、文字通り分断されるアメリカを体現するようなバックグラウンドになっているのかもしれません。 トランプさんを支持したり、ヒラリー女史を毛嫌いした有権者が選挙を地滑りさせたのは、これらの「繁栄から取り残された白人層」ばかりではありませんが、いままでの理想主義や、ある種の綺麗事に対する地方在住者の圧倒的反乱であった、とも言えましょう。何しろ、選挙人を落としたとはいえカリフォルニア州でもほかの週でも、予測されていたよりもトランプさんに投票していた人の所得は低くありませんでした。米共和党全国大会で演説する同党大統領候補のドナルド・トランプ氏 =7月21日、米オハイオ州 これから多くの論考がこの大統領選を巡って出てくるかと思いますが、どうも直近では、理想を実現しようとした共産主義が行き詰まってソビエト連邦が崩壊したのと同じく、異なる立場の人たちを融合しようという理想を掲げて人権やポリティカルコレクトネスを追い求め、世界の標準になろうとしたアメリカのリベラリズムを行き詰まらせてしまったのかもしれません。 世界の指導的立場になるために無理な背伸びをするのはやめ、もっと内向きに、現実的な政権運営を求めているのがいまのアメリカ人の有権者の総意のようにも感じられますが、もう二週間ぐらいすると分析も進み、もっともっといろんなことが分かっていくでしょう。 私個人としては、どのような結論であろうとも、民主主義である以上は結果を尊重し、受け入れなければならないと思います。それが良いとか悪いとかではなく、現実として受け止め、それをどのように咀嚼して日本社会が対策を打っていくのか、充分に議論していくべきだろうと考えます。 とりあえず、ロシアとの関係もそこまで劇的に変えられそうにないならば、このアメリカ大統領選の選挙結果で日本国内が解散総選挙なんてことはまずないだろうと思ったりもしますが、まずはトランプ陣営もヒラリー陣営もお疲れ様でした。(Yahoo!個人より2016年11月9日分を転載)

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    落合信彦・陽一氏の親子対談 劣化する世界を生き抜く知恵

    父は、常に世界の現場からリアルな人々の姿、リアルな国の姿をレポートし続け、その著作は最新刊『そして、アメリカは消える』に至るまで130冊以上に及ぶ。  この2人の目に、未来はどう映っているのか。史上初の親子対談──。 〈2人の話題は、直近に迫っていたアメリカ大統領選と、アメリカが抱える問題から始まった〉 落合信彦:この9月にアメリカで大統領選について取材してきたばかりだけど、ホームレスが増えていて、格差が拡大していた。オバマ政権の8年間で、かなり格差問題が広がったと言える。 落合陽一:僕も最近、出張でアメリカに行く機会が多いんだけど、確かに格差がものすごく広がっていると感じる。  例えばシリコンバレーがあるサンフランシスコやボストンは高学歴の勝者が集まる街になっていて、景気がいい。サンフランシスコは、安全な地区に住もうとするとワンルームの家賃が月3000ドル(約30万円)もする。1年間の生活に必要な賃金が1000万円と言われていて、普通の人には住めない。上流階級の人ばかりが集まっている。一方で、それ以外の街を見ると庶民の生活は全然よくなっていない。 信彦:もともとアメリカには中産階級が80%以上もいたんだ。それが今では、30%ほどに落ち込んでいる。 陽一:お父さんは(最新刊の)『そして、アメリカは消える』の中で、ドナルド・トランプとヒラリー・クリントンの戦いを「絶望の大統領選」と言っていて、「アメリカはこの50年、劣化し続けてきた」と指摘しているよね。でも、「劣化」はアメリカに限ったことじゃない。僕は、その意味ではイギリスも劣化しているし世界中が劣化していると思う。 信彦:イギリスはEUから離脱する選択をした。それでポンドは大きく下落して、国が混乱した。アメリカはオバマが「世界の警察官」の役割を放棄して、中国やロシアが好き勝手なことを続けている。世界中が劣化して「ジャングル化」してしまったんだ。 米フロリダ州ペンサコラでの集会で、大統領選の共和党候補トランプ氏を「スーパーマン」になぞらえたTシャツを着た支持者=11月2日陽一:ただ、経済的な面からは、アメリカは「劣化」していなくて成長し続けているとも言えるんじゃない? 信彦:経済と民度は違う。ウォール・ストリートはカネのことばかりを考えている。ヒラリーはウォール・ストリート向けの講演会を開いて、1回2000万円も3000万円も講演料を受け取っている。  経済は成長しているけれど、反面、カネの亡者がアメリカを支配してしまったんだ。ヒラリーやトランプだけではなくて、アメリカの政治家がみんなカネ、カネ、カネになっている。心あるアメリカ人たちは皆、トランプにもヒラリーにも投票したくないし、もう政治には期待できないと言っていた。陽一:アメリカの格差拡大は、移民の流入が増えて、多民族国家化が急激に進んでいることも大きいと思う。  以前の「強かったアメリカ」は、多民族ではあったけれども上部構造が基本的には白人社会だった。もちろん功罪はあるけども、その上で「ケネディ」とか「レーガン」といった、国を象徴するようなリーダーがいたよね。それが、多くの移民が入って国の“オーラ”が変わったように見える。信彦:オバマは多くの移民を入れて、彼らに多額の税金をバラ撒いた。それによって中産階級が没落した。オバマの罪は大きい。 陽一:『そして、アメリカは消える』では50~60年かけてアメリカが劣化してきたと書かれているけれど、僕は、アメリカに限らず世界の劣化は「インターネットの登場」の影響が大きいと思う。  例えば日本でも、1980年代や1990年代はもっとアメリカ大統領選のニュースや難民問題などが報じられて、多くの人々がそれについて考えていたはずだよね。でも今は、そんなことはない。大統領選について報じられるとしても、トランプなら「女性問題」だし、ヒラリーなら「メール問題」。“スキャンダルトーク”ばかりになっている。演説する共和党大統領候補のドナルド・トランプ氏と支持者ら=10月13日、オハイオ州シンシナティ 信彦:子供の口ゲンカのような大統領候補者討論会も、面白おかしく取り上げられるばかりだったな。それをワイドショーのように楽しんでいるんだから、国民のレベルも劣化してしまった。  テレビは芸能人の不倫とか、誰と誰が付き合っているとか、そんなことばかり垂れ流している。メディアが国民を劣化させているとも言える。  そもそも、新聞社やテレビ局の社長や政治部長が、安倍と頻繁に会食していることからしておかしいだろう。アメリカなら絶対に許されない。日本の新聞社やテレビ局はそうやって政権に飼い馴らされることを喜んでいる。そんなメディアに、政治を監視することができるわけがないんだ。 陽一:僕は、インターネットの登場であらゆるものがポピュリズムに支配されるようになったと思う。大衆からのフィードバックがすぐ返ってくるようになって、目の前の数字や人気ばかりを追うようになった。  極端に言えば、みんなiPhoneの新製品やグーグルの新サービスのほうに興味を持って行かれて、政治は完全に対岸の火事。ネットで流れているニュースを見ると、そんなのばっかり。iPhoneは触れるけど政治は触れないから。それがポピュリズムの結果じゃないかな。  お父さんの本で書かれているみたいに、「アメリカの未来はどうなるのか」「世界はどうなっていくのか」ということを本気で考えるような報道も風潮もなくなった。でも僕は、それは劣化じゃなくて人類の「適応」と言えると思うんだよね。 【関連記事】 元外交官が「米国にとってネットは言論操作の場所」と説く書 米の低レベル高校生、殺人事件が日常の街等をリポートした本 日本在住34年米教授 日本のエロ本を“世界的下品”と形容 ディズニーランド アニメがメインコンセプトではないのだ 米のピザ配達員の人件費が安いのはチップ支払う習慣あるため

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    少し「愚か」に見えた方が勝つ? 米大統領選、過去の大接戦と圧勝劇

    早稲田塾講師・坂東太郎の時事用語(THE PAGEより2016年11月9日分を転載) アメリカ大統領選の一般投票が8日(現地時間)、始まりました。事前の支持率では、民主党クリントン候補の優勢が伝えられてきましたが、私的メール問題のFBI捜査報道などもあり、最終盤には共和党トランプ候補の猛追を受け、接戦になっていると報じられています。 世界最大の経済大国にして軍事大国。唯一の超大国とも呼ばれるアメリカのリーダーを決める選挙は、過去も多くのドラマを生んできました。大統領選の過去の大接戦や圧勝劇を、戦後に絞って考察してみます。 1929年に発生した世界恐慌の克服に加えて、第二次世界大戦の指揮を採った民主党のフランクリン・ルーズベルト大統領は史上最多の4選を果たしました。対日戦争終了直前に亡くなり、憲法の規定によってトルーマン副大統領が昇格します。 対日戦争の終結や戦後処理を担った後の1948年、トルーマンは大統領選に立候補しました。基盤の民主党が分裂するなど敗色濃厚とみなされていたにもかかわらず、共和党候補に奇跡の逆転勝利。結局民主党は約20年間、共和党を退け続けました。なおルーズベルト大統領の4選を期に憲法が修正され、51年からは現在と同じ4年2期までとなりました。 この48年選挙で共和党の一部から候補に擬せられたのが第二次世界大戦欧州戦線の英雄であったアイゼンハワー陸軍元帥です。この時は固辞しましたが、次の52年選挙では共和党の切り札としてトルーマン後継のスティーブンソン候補との勝負となります。 スティーブンソン候補はイリノイ州知事。政治家の名家の生まれで弁護士。大変な雄弁家でまさにエリートの趣があります。アイゼンハワー候補は政治経歴がない「ただの軍人」でホワイトハウス入りしても何もできないと印象づけようとしました。 アイゼンハワー候補はそこを逆手に取って民主党政権末期に起きた汚職事件を取り上げて清潔さをアピールしました。また日本が敗戦で中国・朝鮮半島から撤退した後に共産主義勢力が台頭し、50年から始まった朝鮮戦争の戦局がはかばかしくなかったので軍の英雄にかける国民の期待も強まりました。「選挙ピン」の威力 支持者が身につける「選挙ピン」の威力も大いに発揮されました。“I Like Ike(私はアイクが好き)”はドワイト・「アイク」・アイゼンハワーの応援スローガンで、「ライク・アイク」の韻が評判となり口ぐせのように広まります。結果は48州(当時。アラスカとハワイがまだ未加盟)のうち39州を制して地滑り的勝利を果たし20年間の民主党支配を終わらせました。 56年の大統領選挙も同じ顔合わせでアイゼンハワー大統領が前回より多い41州を制しました。「ただの軍人」であっても、その軍歴が輝く朝鮮戦争の終結や回りに有能な人物を配して安定した政権運営をしたのが評価されたようです。【接戦】1960年「ケネディ×ニクソン」 ホワイトハウス奪還に燃える民主党は、4年2期を終えたアイゼンハワー大統領後の大統領の座をジョン・F・ケネディ候補に託します。ハーバード大学出身の43歳。米国白人の主流であるプロテスタントではなくカトリック教徒。今でいう「イケメン」でニューフロンティア政策を高々と掲げました。 ただこの時点でケネディ候補は相当な知名度を持っていたとしても、ライバル共和党のニクソン候補にはかないません。アイゼンハワー政権8年の間、副大統領の要職にあり、最初は30代でした。スピーチもうまく、いまだ国民的人気の高いアイゼンハワー氏の協力も十分に得ていたからです。 両者の選挙で一番の話題となったのは、この時初めて行われたテレビ(まだ白黒)討論会です。見た目の印象などを留意してはつらつとした健康さを見せつけたケネディ候補に対して、ニクソン候補は直前まで病気であったという不利もあって内容はともかく視覚的な敗北を背負い込んでしまいました。 結果は歴史的僅差。勝ったのはケネディ候補24州に対してニクソン候補は26州と上回りました。しかし獲得選挙人の数でケネディ候補がまさり大統領の座を射止めたのです。 アメリカ大統領選挙は直接選挙ではなく、州ごとに決まっている選挙人をどれだけ獲得できるかで決まります。選挙人数は上院議員(2人)と下院議員(人口比例)を合わせた数で原則として勝者総取りです。選挙人が20人以上の州でケネディ候補4勝(ニューヨーク45、ペンシルベニア32、イリノイ27、テキサス24)、ニクソン候補2勝(カリフォルニア32、オハイオ25)とリードしたのが決め手となりました。ケネディ米大統領【圧勝】1964年「L・ジョンソン×ゴールドウォーター」 ケネディ大統領は1963年に暗殺され、残余期間をジョンソン副大統領が昇格して務めた後の大統領選です。ジョンソン候補は副大統領の時には「何もしていない」とからかわれてもいましたが、米副大統領は誰に限らず「ほとんど仕事がない世界最高の役職」ともいわれ、いわば職務に忠実であったに過ぎないと後に評価されています。大統領昇格後は公民権法を制定して黒人への差別を法的に取り除くなどの実績を挙げました。 共和党候補となったゴールドウォーターは公民権法に反対した事実からジョンソン陣営より「人種差別主義者」「極右」のレッテルを貼られて追い詰められます。失言も目立ち攻撃される材料にこと欠きませんでした。ケネディ人気と同情の余光に加えてネガティブキャンペーンに成功したジョンソン候補は50州のうち44州を獲得、得票率61.1%は史上最高という圧勝を収めました。【接戦】1968年「ニクソン×ハンフリー」 ジョンソン政権の末期、米軍が南ベトナム側で加わっていたベトナム戦争が泥沼化し、政権批判が次第に強まります。大統領が自身の再選を諦めたため民主党は次期候補者選びに苦労しました。最も人気があったロバート・ケネディ上院議員が暗殺されて一層混迷。結局ハンフリー副大統領が民主党の指名を受けるも、政権の一翼を担っていたため党内反戦派からは当初嫌われていました。 またもともとは民主党のウォレス前アラバマ州知事が公民権法反対、ベトナム戦争強硬解決を訴え第三党「アメリカ独立党」から出馬しました。同党と民主党は地盤が重なっていてハンフリー陣営としては痛手となります。 対する共和党はベトナムからの「名誉ある撤退」を主張したニクソン元副大統領が浮上しました。1960年大統領選の敗北後、不遇をかこっていたニクソン氏も64年の共和党大敗以降その実力が再評価されていたのです。 選挙はニクソン圧勝の見通しから一転し、ジョンソン政権の手法から距離を置き始めたハンフリー候補が巻き返すも32州でニクソン候補が勝利し念願の大統領への切符を手に入れました。72年も圧勝して再選されるも一大政治スキャンダル「ウォーターゲート事件」で猛反発に遭い74年に辞任しました。レーガン×カーター【圧勝】1980年「レーガン×カーター」 ウォーターゲート事件の余波が収まらず共和党政権への批判が強いなか76年に民主党はカーター候補を担いで当選。民主党が政権を奪還しました。 しかしカーター大統領の任期中は外交で失点ぞろい。79年に反米のホメイニ師率いるイラン・イスラム革命が起きてアメリカ大使館が占拠され、人質救出の軍事作戦を行ったものの失敗。さらに革命に基づく石油高などで経済も不振に陥りました。同年にはライバルのソ連によるアフガニスタン侵攻を許してしまいました。 俳優からカリフォルニア州知事を務めたのが共和党のレーガン候補です。後の共和党の基本路線になる「レーガノミクス」を掲げて経済再生を訴えるとともに軍事面では「強いアメリカ」復活を訴え圧勝しました。84年も圧勝で再選されます。 民主党のビル・クリントン大統領後継のゴア候補と父も大統領を務めたブッシュ候補の激突。アメリカ大統領選挙史上もっとも接戦となった選挙の一つです。あまりの混戦でフロリダ州では再集計となりました。得票はゴア候補が上回るも選挙人獲得数でブッシュ候補が勝ちました。 1996年の大統領選挙(クリントン勝利)と00年を比較すると多くの州で民主から共和勝利となっています。・ウェストバージニア(5人)・・・・南部・ケンタッキー(8人)・・・・南部・テネシー(11人)・・・・南部・フロリダ(25人)・・・・南部・アーカンソー(6人)・・・・南部・ルイジアナ(9人)・・・・南部・ニューハンプシャー(4人)・・・・東部・オハイオ(21人)・・・・中西部・ミズーリ(11人)・・・・中西部・アリゾナ(8人)・・・・西部・ネバダ(4人)・・・・西部 対して96年は共和だったが00年は民主という州はありません。つまり南部の6州(64人)をブッシュ候補は一挙に民主党から引き抜いた上に、中西部のオハイオとミズーリを手に入れたのです。特に選挙人21人を数えるオハイオの獲得は大きな勝因でした。 92年と96年の選挙で勝利を収めたクリントン候補は南部のアーカンソー州知事を務めています。00年の共和党ブッシュ候補はテキサス州(南部)知事出身。テキサスは選挙人34人の南部最大の州です。そこで地滑り的に南部票が民主から共和に移動したと推察されます。 もっともゴア候補も南部テネシー州選出の上院議員で「南部対決」だったにも関わらず南部票はブッシュ候補がゴッソリさらっていったのです。大統領選テレビ討論会で話すゴア氏とブッシュ氏(奥)=2000年、ミズーリ州セントルイス少し「愚か」に見えた方が勝つ? ブッシュ候補の勝因(ゴア候補の敗因でもある)はさまざま取りざたされています。面白い推論を1つご紹介します。それは「共和党候補が少し愚かに見えた方が勝つ」というものです。 ブッシュ候補は、大統領になってからも一部に“おバカ”エピソードを引いたジョークが広まります。同じような系譜に「ただの軍人」アイゼンハワー氏や「俳優上がり」のレーガン氏がいます。 前述の通り、アイゼンハワー候補に敗北したスティーブンソン候補はピカピカのエリートで、カーター候補はやせても枯れても現職、ゴア候補も見るからに「エリートが服を着ている」ような言動が売りでした。ふつうに考えると後者が勝ちそうなものですが、しばしば「傲慢」「相手への敬意を欠く」とみられるようです。 対して、多少発言などに難がある共和党候補には有権者が、愛すべき性格とか親しみやすいとか実直といった評価を与えられがちです。今回の「ヒラリー×トランプ」も民主党(ヒラリー・クリントン候補)がこれ以上ないというほど光り輝く経歴の持ち主に対して、トランプ候補は政治経験はありません。意外なようで、過去の大統領選挙を振り返ると案外とおかしくない組み合わせといえるかもしれません。ばんどう・たろう 毎日新聞記者などを経て現在、早稲田塾論文科講師、日本ニュース時事能力検定協会監事、十文字学園女子大学非常勤講師を務める。著書に『マスコミの秘密』『時事問題の裏技』『ニュースの歴史学』など。

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    トランプ氏の功績とドゥテルテ大統領の共通点

    西村眞悟(前衆院議員) フィリピンの大統領ロドリゴ・ドゥテルテについて書いた以上、アメリカの大統領候補ドナルド・トランプについても書いておきたい。  二人とも、土着の顔をして、年齢は七十一歳と七十歳と既に成熟しているのに、不良少年の様な、予想のつかないことを言うが、後で考えると国民の支持が集まるのももっともだと思わせる点で、一貫している。支持者を前に演説するロドリゴ・ドゥテルテ氏=5月7日、マニラ(共同) 土着の顔とは、フィリピンのドゥテルテは、上流階級のスペイン系やシナ系ではなくミンダナオ、スペインと三百年間の「モロ戦争」をして次ぎに一九一五年までアメリカに抗戦していたミンダナオの顔だ。 アメリカのトランプは、映画のバックトゥーザフューチャーに出てくる成金になった乱暴者の顔だ。フィリピンのドゥテルテ氏は、既に大統領に就任していて、法治を無視した麻薬犯罪者の現場での射殺を公言し実行しているのに、八十パーセントという国民の支持を得ている。  それは、大多数のフィリピン民衆が、放任され多発する犯罪被害に苦しみ、上流階級が麻薬密売による巨額の資金の恩恵を受けていることを知っているからだ。 他方、トランプ氏は、白人ブルーカラーの支持を受けて予備選挙を勝ち抜いてきたが、 白人ブルーカラーの支持層が、そのまま大統領選挙において大金持ちの不動産成金の彼を支持し続けるかどうかは分からない。  とは言え、競争相手のヒラリー・クリントン氏にこれから支持を伸ばす要因があるのかと言えば、ナイ、としか言えない。従って、ドナルド・トランプ大統領誕生の公算大である。 そこで、その彼ら二人が、それぞれ、国内で何をしようが内政のことなので構わないが、国際状況に関して何を言っているのかについて記しておきたい。 二人に共通しているのは、ええ歳をしているのに、国際情勢に関する理解が欠如しているということだ。 まず、南シナ海に関して、アメリカ軍がベトナムから撤退した一九七二年に中共軍がすかさず、ベトナム東方沖の西沙諸島に軍事侵攻して実効支配を確保したこと、また、アメリカ軍がアジア最大の海軍基地であるフィリピンのスービック基地から撤退した一九九一年十一月直後に、 中共軍がフィリピン南西沖の南沙諸島に軍隊を侵入させ、以後、今日の海を埋め立てて軍事基地を構築する現在まで領有を続けていること、つまり、ベトナムやフィリピンが現に中共の侵略を受けていることを、知らないかのようなドゥテルテ大統領の反米と対になった対中接近の言動は、自国を裏切ると共に、我が国に対する脅威を呼び込むものと言わざるを得ない。 次ぎに、トランプ大統領候補は、アメリカの防衛ラインを一体何処かと思っているのか。防衛ラインの意識すらないのか。アメリカの防衛ライン、それは、オホーツク海と西太平洋ではないか。共に、我が国の北と東に沿った海である。  この二つの海域に、ロシアと中共が自由に原子力潜水艦を潜航させれば、アメリカ本土の如何なる大都市も、ロシアや中共の核弾頭ミサイル(SLBM)の射程に入る。  従って、アメリカの太平洋を守る第7艦隊はもちろん我が国も、我が国自身を守ると同時にアメリカをも守っているのである。  それにもかかわらず、アメリカのアジアに展開する軍事力は、アメリカ本土防衛とは無縁の無駄な軍事力であり、日本はただ乗りしている、かの如き発言をするトランプ候補は、国際情勢と国防に関して無知である。 この発想のままで大統領になれば、国の安全を無視して、金銭取引だけに関心を示して強盗(中共)とも取引をする成金ビジネスマンが大統領の地位をハイジャックしたようなことになり、アメリカの国益崩壊をもたらすのみならず我が国を含む東アジアを中共の覇権下に売り飛ばしかねない。 以上の通り、ドゥテルテ大統領もトランプ大統領候補も、我が国にとって、最悪の国際情勢を呼び込む可能性が大いにある予測しがたい人物である。  しかし、彼らの出現が、我が国に関してプラスに作用する点も指摘しなければならない。   それは、彼らが、我が国の自立、則ち、戦後体制からの脱却を促していることだ。我が国と国民は、独立自尊の体制、つまり、我が国は、他国の大統領が何者であっても、自力で国家の存立を確保する体制を確立しなければならない。このことを、ドゥテルテ及びトランプ、特に、トランプが、我が国に思い知らせてくれている。 例えば、歴代アメリカ大統領は、我が国やNATOに「核の傘」をかけて核攻撃から守っていると言っていた。ところが、トランプは、アメリカの都市に対する核攻撃の危険を冒してまでも他の国を守ることはできないと言っている。 つまり、アメリカの「核の傘」はないと言っているのだ。「アメリカの核の傘はない」、これは、かつて、フランスの核保有への動きを阻止しようとするアメリカのケネディー大統領にドゴールが言った言葉である。 ドゴールは、ケネディーに言った、 「ニューヨークやワシントンに、核爆弾が落ちる危険を冒してアメリカはフランスを守れるのか」と。その時、ケネディーの顔は蒼白になったと伝えられている。ドゴールの言ったことが図星だったからである。 今、フランス人ではなく、アメリカに、「アメリカの核の傘はない」と言う大統領が出現しようとしている。従って、我々は、ドゴールのように! 自らの力で、如何にして核の攻撃を抑止するか、 この死活的な国家的課題に目覚める時が来た。私は、この時を告げてくれた土着の顔をした正直者のトランプを、高く評価する。

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    ドナルド・トランプが米大統領になる日

    知事同様に、トランプは米国WASPにとっての仮想の敵のメタファーを、メキシコや日本やイスラム教というアメリカ以外の人種や宗教で囲った。かつては、このような差別は致命的なNGとされていたが、トランプの教養やマナーよりも、再優先すべきは「強いアメリカよ再び!」だったのだ。そのためにはアメリカ人の結束が必要であり、本音で語れる、エリートではない市井の層の声だった。 そして、トランプ大統領が生まれた…。 トランプは最初に、TPPを反故にし、各国の輸入に関して関税を再開する案を打ちたてた。石油に関する権利関係においての中東関係への戦争も、イスラエル支援も一気に削減。シェールガスと太陽光へと舵取りをおこなった。 何よりも大きいのが、軍事費の大削減。それらを教育と医療にまわした。もちろん、日本への駐留基地も全撤退を表明し、日米安保条約を至急再検討課題とした。 石油価格は、米国が中東から手をひき、シェールとロシアの油源と手を組むこととなった。世界にトランプタワーのビジネスモデルを展開する。日本からは米軍基地がなくなり、領空の回避地域がなくなり、空の完全自由化によって、空の便が最大効率化が図れるようになった。トランプが米国を超内向きにし、海外に関して手をださなくなったことにより、内需が高まり、戦争に頼ることなく経済が回り始めた。 北朝鮮も米国にアピールする必要がなくなり、いつでも日本に侵略できる機会を得るようになった。日本も独自の武装を余儀なくされた。 世界は、まさかアメリカが自国に引きこもることによって、このトランプ政権の4年の間に一斉に自助努力をしはじめたのだった。アメリカは、世界の警察を辞任し、自国だけの警備となった。 ドルは、一時期かなり売られて安値となったが、アメリカ経済の内需の安定により通貨としての価値を取り戻しつつある。 アメリカの大統領を、バカに任せれば、世界は一瞬の平和を勝ち取ることができたのだ。しかし、その後のアメリカを誰も予測はできなくなってしまった。(「KandaNewsNetwork」より2016年3月15日分を転載)

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    政治のポピュリズムと経営のポピュリズム

    的損失が大きいにも関わらず、移民排斥などジョンソン元ロンドン市長らによるポピュリズムが支持を集めた。アメリカ大統領選でも、同じように移民排斥を訴えるトランプ氏があれよあれよという間に共和党候補の指名を獲得した。反緊縮を唱えるギリシャのチプラス政権も、典型的なポピュリズムだ。中国・ロシア・北朝鮮や中東・アフリカ諸国のような非民主的・閉鎖的な国家を除くと、世界的にポピュリズムが台頭している。  われわれ日本人は、米英など他国のことを笑えない。消費税増税が再延期されたのも、社会保障の改革がなかなか進まないのも、国民の反発を恐れた結果である。タレント議員が増長していることに象徴される通り、日本は英・米・ギリシャ以上にポピュリズムに毒されている印象だ。  「国民の総意で決めるのは民主主義そのもの。どこが悪いんだ」「結果的に正しい政策が行われれば、別にポピュリズムでもなんでも良いではないか」などとポピュリズムを擁護する意見がある。しかし、平均的な国民の感情論をそのまま政策にするのと、優秀な政治家を選んで慎重に政策を検討するのとで、どちらが優れた政策を実現できるかは、改めて論じるまでもないだろう。  近年、ポピュリズムが台頭しているのは、インターネット、とくにSNSの影響が大きい。かつて政治家以外で政治的意見を表明できるのは、新聞社・テレビ局といった大マスコミの関係者に限られた。ところがSNSの普及によって、全国民が気軽に政治的意見を表明できるようになった。選挙で政治家を選ぶ民主主義国家では、政治家がネット世論を気にせず政策を決めるのは難しい。  ポピュリズムは、消費税増税延期に見るように、どうしても短期的な利害を優先し、長期的な重要課題をないがしろにしがちだ。政治家は、ポピュリズムの弊害を丁寧に国民に説明し、ポピュリズムに左右されにくい政治システムを構築する必要がある。もちろん、こうした改革は国民の受けが悪く、政治資金問題で政治家が信用を失っている状況では、実現はかなり難しそうだ・・・。  ところで、ポピュリズムの風潮は、政治の世界だけでなく、企業経営にも確実に及んでいる。それは、経営者が株主のことを過度に意識する「株主重視経営」だ。  もともと企業は株主のものであり、株主が自分の手で経営するのが普通だった(オーナー経営者)。しかし、企業が大規模化・専門化・複雑化すると、オーナー経営者が経営するのは困難になる。そこで株主は、株の値上がりと配当を受けることに甘んじ、経営はプロの専門経営者に任せるようになる(所有と経営の分離、サラリーマン経営者)。国民が政治家に政治を委ねるのと同じく、株主は経営者に企業経営を委ねたのだ。  ところが最近、株主が企業経営について発言する動きが広がっている。かつての“シャンシャン総会”は姿を消し、経営者は総会で株主との対話に努めるようになった。株主懇談会のようなもっとフランクに対話できる場を設ける企業が増えている。IR部門は株主向けの会社説明会を充実させている。  経営者が株主と対話するのは悪いことではない。ただ、株主を意識しすぎると、どうしても短期的な視点に陥ってしまう。たとえば、配当の多寡は理論的には株主にとって損得ないが(ⅯⅯ第2命題。配当も内部留保も株主のもので、配当と内部留保の選択はお金の置き場所の違いにすぎない)、すぐ手元に現金がほしい高齢個人投資家の声を重視して配当を増やすと、内部留保が減り、将来の長期的な成長に向けた投資が抑制されてしまう。  株主は経営のプロではない。経営者に対して素人考えで妙な口出しをするよりも、企業の業績と株価をチェックし、不満なら株を売却すると良い。株を売却すると株価が下がり、警報を鳴らされた経営者は経営の問題点を反省する。株式売却が最も効率的に経営者を規律付ける、という伝統的な考え方を“ウォールストリート・ルール”と言う。昨今、ウォールストリート・ルールよりも“物言う株主”が注目を集めるが、本当に物言う株主の方が有効なのか、厳密な検証が必要ではないだろうか。  国民が政治のことを、株主が経営のことを「わかってるよ」と考えるのは、ずいぶんな思い上がりだ。政治や経営に関心を持つのは素晴らしいことだが、良い政策を決定・実行できない政治家を選挙で落選させること、業績・株価が上がらない経営者を総会でクビにすることが先だ。  国民の声で政策が決まるなら、政治家は不要だ。株主の声で経営方針が決まるなら、サラリーマン社長は不要だ。「結果が出るのをゆっくり黙って見ていてくれ!」と自信を持って言える政治家・経営者の出現に期待したいものである。(日沖コンサルティング事務所『経営の視点』より2016年8月29日分を転載)

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    なぜトランプは日本が嫌いなのか

    米大統領選は大詰めを迎えた。初の直接対決となった第一回テレビ討論会では、トランプ氏が「大統領らしさ」を意識し、普段の暴言を抑制。だが、「日本嫌い」で知られ、自国第一主義を貫く氏の政治理念は今も変わっていない。トランプが思い描く「米国の進路」は、日本にとって吉となるか、凶となるか。

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    バブル止まりの日本への認識!「国際感覚ゼロ」トランプがヤバすぎる

    前嶋和弘(上智大学総合グローバル学部教授) この記事をお読みになる読者の方ならご存知のようにアメリカの大統領選挙は、予備選挙と本選挙という2つの異なった戦いがある。予備選は党内での大統領候補指名を勝ち取る選挙である。弱小政党の候補はいるものの、基本的には民主・共和両党の中で指名を獲得した候補者どうしの一騎打ちが本選挙である。 この2つの戦いについて、近年の大統領選では一種の法則がある。それは、予備選の段階での戦略を本選挙段階では微妙に変えていかなければ勝てないという法則である、これはなぜか。そもそも予備選の投票率は良くて3割と非常に低いため、予備選に行くような人々は、非常に党派的だ。この層を対象にしなければ勝ち抜けるのが難しく、打ち上げる公約も極端なものになりがちである。これに対し、本選挙の方は、投票率も6割ほどで、有権者は自分の政党支持者だけではない。そのため、より広い層を対象にした戦略に微調整しなければならない。米大統領選候補者討論会、トランプ氏のバッジをつけるボクシングプロモーターのフドン・キング氏=9月26日、ヘンプステッド(AP) 例えば、2008年選挙でのオバマ陣営は、予備選ではイラク戦争反対を掲げ、徹底した「反戦候補」に自らを位置づけ、民主党左派を固めていった。しかし、予備選での勝利が現実的になった段階で「イラク戦争は反対、対テロ作戦の一環であるアフガニスタンの方はむしろ米軍を増派すべきだ」と「現実路線」「中道路線」に舵を切っていった。そのバランス感覚がオバマの「三軍の長(コマンダー・イン・チーフ)」としての資質を証明することになり、安全保障に詳しく、退役軍人の英雄的な存在である共和党候補のマケインに対しても、引けを取らなかった。 それでは、今回の2016年選挙で世界を騒がしているトランプの「三軍の長」の資質はどうだろうか。 予備選とここまでの本選挙を比較して、トランプの場合、何も大きくは変わっていない。「変わらない」というのは、もちろん、ほめ言葉ではない。 特に国際関係でいえば、メキシコ国境での「万里の長城」建設、イスラム教徒の入国禁止、NATOや日米安保の見直しの可能性、ロシアに対する肯定的な数々の発言など、「国際情勢に無知」と思えるような発言ばかりを繰り返してきた。予備選の段階の「一人悦に入って吠えている、傲慢で野卑な人物」のまま、現在に至っている。 トランプに一票を投じるため、一挙に共和党予備選になだれ込んだ「白人ブルーカラー層」にとっては、「職を取られたのは不法移民のせい」「なんとなく怖いムスリムは入国禁止」「自分たちの財政が怪しいのになぜほかの国を助けないといけないのか」という本音を初めて代弁してくれる候補がトランプだった。私たちにとっては驚いてしまうような暴言だが、彼らにとっては胸がすくような名言であり、「国際感覚なし」の発言こそが、予備選段階でのトランプ勝利の大きなポイントだった。この言葉そのものをトランプは実際には自分自身が信じていないような気すらするが、少なくとも、暴言を続けることは勝利への近道だった。東アジア情勢に対する無知東アジア情勢に対する無知 予備選段階でのトランプの発言は、私たち日本人にとっては、トランプは日本を含め東アジアの情勢に対して全く知らないことに驚く。「非関税障壁ばかりの日本の貿易慣行」「日本はアメリカ人の雇用を奪うだけ」「日米安保は片務的。もっと負担を」というのはどう考えても素人発言である。「日本嫌い」なのかと思わせるぐらい東アジア情勢に無知な発言が続いた。 これは何なのだろうか。いろいろ考えてみると、思いつくのは、ニューヨークの不動産業者として脚光を浴び、時代の寵児となったころ、不動産業者としてライバルは日本だった事実である。その時の印象が強かったのではないか。「安倍首相はずる賢い」という言葉も今の日本ではなく、バブル期の日本をイメージしての言葉だったのではないだろうか。 おそらく日本の理解が80年代末か90年代はじめで終わっている気がする。それもあって過去25年ほどの間、日本の現地法人がアメリカでどれだけの雇用を支えてきたのかは全くふれたことがない。 中国に対する認識も北朝鮮に対する認識も危なっかしい。共和党予備選の討論会の時には中国がTPPに入っているという発言をトランプはしており、他の候補者にたしなめられてはいるが、それ以後も「TPPの黒幕は中国」という日本からすれば驚いてしまうような説をずっと吹聴している。8月19日の演説でも「NAFTAは見直し。TPPは脱退」と強調するのに続けて「中国とのとんでもない貿易協定に反対する」といかにもTPPに中国が入っているように論じている。少なくともかなりのトランプ支援者はそう考えているのではないか。 「ビジネスマンとして議論をする」のがトランプのモットーだ。もし、トランプ大統領が誕生した場合、中国とさしで話し合って丸められる可能性もあろう。その中で割を食うのは同盟国日本であり、トランプの無知は日本に対して大きなリスクである。 このようにトランプの国際感覚のなさには絶句することが多い。国際情勢をこれほど理解していない大統領候補は、アメリカが覇権を握った第二次大戦後、皆無である。「国際感覚ゼロ」は売り物であってはならない。 8月下旬現在の世論調査を見ると、トランプが大統領になる可能性がかなり遠ざかっているのは、日本にとってとりあえずは朗報かもしれない。 上述したように本選挙では幅広く支持を得なければならず、これまでの公約を微調整する必要がある。実際に、少しずつ変わっていく可能性はまだある。8月中旬から、選対幹部を一新し、ラテン系の人々との会合を持ち、「優しいトランプ」をメディアにアピールした。選挙陣営やトランプ本人の最近の発言を聞いていると、「ムスリム入国禁止」や「メキシコ国境に万里の長城建設」といった実現不可能な政策ともいえない政策について、少しずつ言葉は変えていく余地をみせつつある。 ただ、そうなると、予備選でがっちり心をつかんだ「白人ブルーカラー層」をどのように保っていくのかは難しい。トランプにとっても板挟みだろう。 どれだけトランプが変われるのか、あるいは変われないのか。引き続き注目したい。

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    トランプ台頭に思う日系移民の辛い過去

    のお隣の島、エリス島にある移民博物館に展示されている。このエリス島は、1892年から62年間に渡ってアメリカ合衆国移民局が置かれていた場所で、この島を通って1200万人がアメリカに移住をしてきたそうだ。 世界中からアメリカにやってきた移民たちの古いパスポートが壁一面に並ぶ中、日本人のパスポートはイサヨさんを含めて3人分あった。明治に発行されたものが1枚、イサヨさんのを含めて大正発行が2枚。 パスポートといっても写真がついているわけではなく、墨筆に朱印が押された手形のような紙切れである。広島県佐伯郡に戸籍があったイサヨさんは、このパスポートが発行された当時18歳と6カ月で、渡米目的は夫の呼び寄せにより、とある。吉田イサヨさんのパスポート(著者撮影) 当時の年齢は数えだから、本人はおそらく実際にはまだ17歳半だっただろう。夫というのは、当時よく行われていた写真結婚の相手だったのだろうか。 今ならまだ高校生の年齢で、移民の花嫁としてはるばるアメリカに来てどのような一生を送ったのだろう。 「排日移民法」で入国は困難だったはずだが… 帰宅してから博物館のサーチエンジンを使ってみると、彼女が上陸したのは1925年となっていた。ところがその1年前の1924年1月、米国政府はJohnson Reed Act、通称悪名高き「排日移民法」を設置している。後の太平洋戦争開戦の遠因になったという説もあるこの法律により、日本からの移民の入国は極端に制限されるようになった。 それではイサヨさんは、どうして1925年に入国できたのか。不思議に思って博物館に問い合わせると、色々な興味深いことがわかった。 まずどういうわけなのか、サーチエンジンで出てきた彼女の到着年、1925年は間違っていた。 博物館の担当者が調べてくれたところによると、彼女は1917年12月22日に日本を出発し、1918年1月15日にサンフランシスコに上陸。パスポートは、遺族によって1988年にこの移民博物館に寄付をされたのだという。「黄禍」と呼ばれた日本人 日本からどのようなルートをたどってエリス島に上陸したのか不思議だったが、これも謎がとけた。この移民博物館で扱っている資料は、エリス島から入国した移民のものだけではなかったのである。“黄禍”と呼ばれた日本人 私が子供のころは、海外に行くのはごく一部の、恵まれたお金持ちの人だけだと思っていた。だから19世紀末から、日本人が移民としてアメリカに大勢渡っていたと知ったときは、驚きだった。 低賃金でも文句を言わずによく働いた日系移民は、そのうちアングロサクソン社会に脅威をもたらすようになり、Yellow Peril(黄禍)と呼ばれる反アジア移民、後にはもっと日系にターゲットをしぼった反日運動に面することになった。 イサヨさんがサンフランシスコに来る5年前の1913年には、California Alien Land Law of 1913、俗に排日土地法とも呼ばれる法の成立によって、米国市民権獲得の資格がない日系人は、土地が購入できないという法が設置されている。博物館には他の日系移民の写真も展示されている(著者撮影) おそらくその頃に撮影されたものだろう。サンフランシスコの一般民家の軒先に、「Japs keep on moving. This is a white man’s neighborhood.」(ジャップは立ち止まるな。ここは白人の住居地である)と巨大なバナーが掲げられ、女性がそれを指差している写真も、博物館には展示してあった。 私は1980年からニューヨークで36年暮らしてきたけれど、少なくとも面と向かってジャップと呼ばれたことはまだ一度もない。日本人だからといってあからさまな差別を受けることはほとんどないと言って良いと思う。 だがイサヨさんが移民してきた当時は、アジア系に対する差別は公然とあった。当時の日系移民たちは、どれほどの思いを耐え偲んできたのだろう。もうあのような野蛮な時代が来ることは、二度とないだろう。と思っていたのだけれど、このところ雲行きが怪しくなりつつある。ニューヨーカースピリットと対極のトランプ あのドナルド・トランプが、共和党の大統領候補の指名を受けることほぼ確定、というではないか。本人は生まれも育ちもニューヨークなのに、主張することはことごとく、リベラルなニューヨーカースピリットと対極にあるトランプ。 ニューヨークの予備選では共和党で圧勝したが、私の周辺ではトランプを支持する声は聞いたことがない。ニューヨークタイムズをはじめとする大手メディアにも、トランプを批判、揶揄する記事は山ほど出ているが、擁護する意見はまったくといって目にしない。 一体、彼の支持者はどこにいるのだろうか。そう不思議に思っていたら、先日一人出会った。 彼はフィギュアスケート界の大物、ディック・バットンである。1948年と1952年の二度の五輪で金メダルを獲得し、長年米国テレビでコメンテーターとしても活躍してきた。86歳になった現在、パークアベニューにある豪華なコンドミニアムで悠々自適の隠居生活を送っている。アメリカの移民問題が孕む矛盾 本人は競技引退後、ハーバード大学院ロースクール卒業。絵に描いたような共和党であるバットンは、自宅での単独インタビューに応じて私にこう語った。 「認めようが認めまいが、アメリカ合衆国の政府を運営していくのは、ビジネスの一種。この国最大のビジネスなのです。そして株主は国民たち。ドナルド・トランプならビジネスマンとして、手際よくこなしていくでしょう」ニューヨーカースピリットと対極の主張で快進撃を続けるトランプ氏(左端:著者撮影) トランプの支持者は一般的に、社会に不満を抱いた低収入、低学歴の白人と言われてきたが、こうしたバットン氏のような階層にも支持者がいるということは驚きだった。実は、ニューヨークのスケート関係者はトランプにちょっとした借りがある。80年代にセントラルパークにある屋外リンク、ウォールマンリンクの改装を成功させた立役者がトランプだったからだ。アメリカの移民問題が孕む矛盾 ニューヨーク市が6年と1200万ドルの予算をかけてもうまくいかずに醜態をさらした改装工事を、トランプは請け負ってからわずか数カ月で完成させた。それ以来、一部のニューヨーカーの間で、トランプは「エゴの塊ではあるが、やるときはやる」という評価もあるのだろう。 とはいうもののことが米国大統領となると、その責任の重さは冗談ごとではすまされない。何よりバットンが口にした、「株主であるアメリカ国民」の中に、我々マイノリティは含まれていないことは確実である。 アメリカ人の友人が、ある日ポスターをFBに書き込んだ。こちらを睨んだネイティブアメリカンの顔写真にこんなコピーがついている。 So you’re against immigration? Splendid! When do you leave?  (移民に反対? そりゃ素晴らしい。で、いつお発ちかね?) 本来正当なアメリカ人といえるのは、彼らネイティブアメリカンのみである。バットン氏もトランプ自身も、元を正せば移民の子孫に間違いない。アメリカの移民問題を考えると、いつも芥川龍之介の「くもの糸」を思い出す。それにしてもこの大統領選、一体どういう顛末になるのか。ニューヨーカーたちは息を呑んで見守っている。

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    米左翼メディアが垂れ流すトランプの「ネガキャン」に騙されるな

    であり、出す政策が印象論ばかりで具体策が何も無いからである。ヒラリー氏の演説を一時間聞いたところで『アメリカ初の女性大統領』以外の要素はほとんど出てこない。だから、ネガティブキャンペーンに終止する結果になるわけだ。 自由の国であったはずのアメリカであるが、ここ数年、ポリティカル・コレクトネス(政治的公平)といわれる『差別やヘイトを理由にした言葉狩り』は日本以上のものがあり、ここに不満を持つ国民も多かった。例えば、議会の議長であるチェアマンはマンが男性形であるため、男女を問わないチェア・パーソン、スチュワーデスが女性形だからという理由でキャビンアテンダントに変更されたのがその典型である。そして、それを聖域にした不可触化(タブー)が行われてきたのである。 しかし、ここに不満を持つ米国民は多く、あえて不可触に触れ、議論を始めたのがトランプ氏だったわけだ。だからこそ、メディア特にリベラルメディアにとって、彼は絶対に許せない存在であり、そこに不満を持つ多くの米国民の支持を集めることが出来たのである。『選挙演説としては正しい』トランプ氏の主張 また、彼の主張は明確であり、『アメリカファースト』アメリカ第一主義を唱え、その具体策に関しても非常にわかりやすいものであったのも彼への支持の要因になっているといえる。『中高齢層には古き良き強いアメリカ』 『若年層には保護主義と不法な労働者追い出しによる雇用の拡大』 『恐怖にはイスラム教徒排斥』と具体的かつ不満を持つ米国人にはとても魅力的に見えるオプションが並んでいるのだ。 私はトランプ氏の主張は、その是非と実現性を除いて『選挙演説としては正しい』と考える。選挙は国民の意志を問うものであり、国民の意見の代表者が政治家であるからなのだ。 そして、日本製品批判はかなりの的外れではあるが、経済政策の方針に関しては米国にとって正しいと考える。リーマン・ショックにより米国を中心とした先進国と新興国の構図は大きく変わった。 米国金融が世界を席巻している状況においては、米国から新興国への投資利益が金利や配当という形で米国に還流し、それがサービス業を中心とした経済と雇用の拡大を生み出していた。しかし、リーマン・ショックによりこの構造は破壊され、米国には投資利益がほとんど還流せず、安価な人件費で作られた新興国産品のみが流入するようになった。新興国の安価な産品の流入=雇用の略奪であり、これでは一部のグローバル企業の資本家を除き、米国労働者は貧しくなるばかりだからである。だからこそ、中国などからの製品に課税を行うことは労働者の保護と国家の発展基盤に繋がると思われるからなのである。共和党の米大統領候補トランプ氏 但し、前段で述べたようにそれが日本に向けられるのは間違っているといえる。なぜならば、特に自動車を中心に米国で売られている日本製品は主に米国製であるからなのである。日米自動車摩擦と貿易摩擦交渉により、日本のメーカーは日本からの輸出をやめ、現地生産に切り替えたのだ。 また、電気など他の製品も完成品輸出であり消費者向け商品の生産(BtoC)から、主要部品や生産機械などの生産(BtoB)に業態を変えており、ほとんど摩擦が生じない構造になっているからなのである。問題があるとすれば、日本のメーカーが中国やASEANなどで生産し米国に輸出している産品であり、それは日本製ではないからなのである。また、多くの日本のメーカーは新興国の賃金上昇により最終消費地生産に切り替え済み又は切り替える方向で生産計画を進めており、北米向けはNAFTA(米国自由貿易協定地域)で作られているものが中心になってきているからである。 トランプ氏の日本批判発言は無知が原因であると考えられ、この点に関しては、きちんと説明すれば問題にならないと考えるものである。また、日本によくある誤解として、大統領になればなんでも出来るというものがあるが、これは全くの間違いであることも述べておきたい。日本の総理と違い米国の大統領は議会演説以外、議会には参加しない。そして、米国大統領の権限は、非常時などの統制権と議会が出してきた議案に対する拒否権があるのみであり、あくまでも議会が優先する仕組みなのである。だからこそ、議会との関係が悪化すれば裸の王様になってしまうため、実際に必要なのは議会対策ということになるのだ。 そして、議会対策として考えるならば、日本としては関係が深く、政権与党である自民党とのパイプが太い共和党のほうが望ましいのであろう。その場合、トランプ氏の勝利は決して悪いばかりではないといえる。

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    トランプは反日主義者か? 日本人には理解できない米国の本音

    差別主義者、白人優越主義者である。と同時に、トランプ氏はこうした主張をすることを通して、保守的な白人アメリカ人の感情に訴え、支持を拡大する戦略を取っているともいえる。 同氏の人種差別的行動や発言はアメリカのメディアによって明らかにされている。たとえば、父親のフレッド・トランプ氏は連邦司法省から事務所を賃貸する際に黒人を差別していると告訴されている。また父親は極端な人種差別集団であるKKK(白人優越主義秘密結社クー・クラックス・クラン)の集会に参加して逮捕された経歴を持つ。こうした考え方はトランプ氏にも引き継がれ、自らが経営するトランプ・プラザホテルの経理担当者に黒人がいたのを知って、「黒人に俺のお金を触らせるな」と担当者を叱責している。また、殺害された白人の81%は黒人が犯人であると、黒人に対する差別を露骨に表現している。事実は15%である。保守国家アメリカの姿保守国家アメリカの姿 黒人に対する差別にとどまらず、メキシコ人に対しても同様な差別感を隠さない。メキシコの不法移民は殺人者であり、強姦者だという常軌を逸した発言も行っている。さらに、よく知られていることだが、アメリカとメキシコの間に壁を建設するという発想も、そうした差別意識から出ているのは間違いない。 自らの大学に対する集団訴訟に関して、連邦判事がメキシコ系アメリカ人であることを指摘し、批判されている。トランプ氏は自著の中で「自分の会社は多くのメキシコ人に雇用を提供している」と反論しているが、同氏の言動を見る限り、そうした主張を額面通りに受け取るのは難しい。またトランプ氏の白人至上主義の発想はドイツのヒトラーに対する共感にも見て取れる。民主主義とは程遠いロシアのプーチン大統領礼賛の中にも、同じメンタリティーを感じ取ることができる。 先に指摘したように、こうした言動は、支持基盤を拡大するうえで一定程度の効果を発揮している。ニューヨーク・タイムズのリン・ヴァーヴレック記者は「トランプ候補は国民に深く根差した人種差別の意識をうまく利用している」と指摘する(2016年2月23日)。 トランプ氏の最大の支持層は保守的な白人労働者階級といわれる。トランプ氏を支持する有権者の20%がリンカーン大統領の奴隷解放宣言は間違いであったと答えている。こうした状況は日本人には理解し難いといえる。アメリカは基本的に宗教的で保守的な国である。世論調査機関のピュー・リサーチ・センターの調査(2015年11月実施)では、アメリカ成人の89%が神の存在を信じていると答えている。63%は“確信”をもって神の存在を信じていると答えている。 共和党の大統領候補選びの過程で、必ず候補者の問われる質問に「神の存在を信じるか」「進化論を信じるか」というのがある。日本の常識では考え難い質問であるが、宗教的かつ保守的なアメリカ人にとっては候補者を判断する極めて重要な問題である。そうした宗教的な観点から、中絶反対、同性婚反対といった主張が出てくる。2016年の共和党の政策綱領の中に、学校での性教育は中止し、「禁欲を教えるべきだ」という政策が掲げられている。それが、アメリカのひとつの現実である。アメリカ社会の対日観アメリカ社会の対日観 トランプ氏が反日的かという問いに関していえば、直接的に日本人に対する差別的な発言は見つけられなかった。しかし、現在でも依然としてアメリカ人の中に反日的な意識が残っていることは間違いない。1917年にカリフォルニア州は日本人とインド人の土地の所有を禁止している。また、同州では日本人とアメリカ人の結婚を認めていない。 太平洋戦争中、日系アメリカ人は強制的に財産を奪われ、キャンプに収容されている。フランクリン・ルーズベルト大統領は妻のエレノアの反対を押し切って、同法案に署名している。レーガン大統領はその措置に関して日系アメリカ人に謝罪し、慰謝料を支払っている。だが、昨年12月にアイオワ州で行われた世論調査では、トランプ氏の支持者の48%が日系アメリカ人の強制収容は間違っていなかったと答えている。これも日本人からすれば驚くべき結果であり、もうひとつのアメリカの現実であり、トランプ氏の支持者の姿である。ちなみにセオドア・ルーズベルト大統領は白人優越論者であったが、日本人に対しては好意的であった。 8月5日、トランプ氏はアイオワ州の集会で演説し、「皆さんがご承知のようにアメリカは日本と条約を締結しています。その条約では、日本が攻撃されたとき、アメリカは全力で日本を守らなければなりません。もしアメリカが攻撃されたら、日本は何もする義務はないのです。彼らは居間に座って、ソニー製のテレビを見ていることができるのです。こんなことで良いのですか」と、いつもの口調で聴衆に訴えかけた。8月5日、米アイオワ州デモインでの集会に参加したトランプ氏(ロイター=共同)トランプの日本イメージは1980年代 従来から、トランプ氏は安全保障に関する日本の“フリーライド(ただ乗り)”を批判し、日本の基地負担を増やすべきだとか、沖縄からの撤兵、さらに北朝鮮の脅威に対抗するために日本に核兵器開発を認めるべきだと語り、物議を醸してきた。アイオワ州の集会での発言も、そうした流れの中にある。さらに同氏は、中国と日本を「アメリカから雇用を奪っている」とも批判している。こうした発言は、アメリカの孤立主義者の考え方である。 共和党の主流派はアメリカの国際的な役割の必要性を説くが、評論家のパット・ブキャナンに代表されるペレオコンサバティブ(超保守主義者)は、アメリカは国際的なコミットメントから手を引くべきだと主張しており、トランプ氏の主張もこれに呼応したものである。トランプ支持者の宗教的、保守的な白人労働者階級にとって、こうした日本批判、孤立主義の主張は心地よく響く。 おそらくトランプ氏は日本に関する知識があまりないのであろう。「ソニー製のテレビ」という言葉を持ち出すのも、彼のイメージにあるのは、通商摩擦が深刻で、日本が世界第一の経済大国になると言われた“1980年代の日本”のイメージであろう。ただ、日本のメディアを見ていると、トランプ氏の発言に過剰に反応していると思われる。 選挙中は、支持層に訴えかけるためにさまざまなレトリックが使われる。それが、そのまま政策に反映することはあまりない。ただ、注意すべきことは、そうした過激で差別的な発言を受け入れる素地がアメリカ社会にあるということである。トランプ氏の発言を無視する必要はなく、正確に分析する必要があるが、冷静な対応が必要である。

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    日米同盟の関係見直し? トランプ発言が日本に与えた衝撃

    猪野亨(弁護士) 米国では、大統領予備選挙が行われ、共和党では当初の予想に反し、過激な発言を繰り返すトランプ氏が指名獲得を手中にしました。安倍自民党政権がトランプ氏の発言に右往左往しています。 トランプ氏の注目発言はこれです。日本の駐留米軍の経費を全額、日本に負担してもらう。米国の牛肉に38%の関税をかけるなら、日本車の輸入には38%の関税をかける。 石破氏が早速、反応しています。 「石破氏 『トランプ氏、安保条約よく読んで』 全額負担で」(毎日新聞2016年5月7日) 「石破氏は、日本は納税者の負担で他の多くの同盟国よりも多くの駐留経費を負担している▽日本に米軍基地があることで地域の平和と安定に寄与している▽米国の国益にも寄与している−−と説明。在日米軍は同条約に基づいて『極東における平和と安全』のために駐留しており、『ひたすら日本の防衛のために負担しているのだから、経費は日本が持つべきだというのは、条約の内容から論理必然として出てこない』と反論した」 これはトランプ氏への反論にもなっていないし、ましてやトランプ氏の支持層にとっては雑音でしかないでしょう。日米安保条約の最初の目的といえば、米国が自国の利益にならないようなことをするはずもなく、米国の利益のために日本を属国にしたというものです。石破茂前地方創生担当相 表現などは異なりますが、確かに石破氏のいう主張は従来の日本政府の見解でもあるのですが、しかし、それは米国が東西冷戦においてライバルのソビエトが崩壊してからは、唯一の超大国として、さらには世界市場を力によって維持するという世界の警察官を自負したしばらくの期間までです。 時代は既に米国が同盟国に負担を求める構図に変わっています。米国がその軍事力をもってしても世界の警察官としての役割を果たすことが現実に無理ということが米国の中でも認識されてきたということもでもあります。 今や米国の経済は傾き、財政赤字も極限に達している中で、世界の警察を自認しているような悠長なことは言っていられるような状況ではなくなったということです。オバマ政権のときから、アフガニスタン、イラクからの撤退が大きな課題になっていたのも、これ以上の財政負担ができなくなったし、何よりもそれに見合うような経済効果もなかったからです。 力の政策を推し進めてきたブッシュ政権が行ってきた政策の破綻がその象徴になりますが、米国ではいよいよ国民(有権者)もその矛盾をはっきりと意識したということでもあります。テロとの戦争に勝者はない 力の政策は変えない、それらは全て他の同盟国に押し付けるという選択です。トランプ氏が同盟国への負担を求める発言は、恐らく米国の中では民主党支持層の中にも支持が拡がることでしょう。それは裏を返せば日本に対する不満でもあるわけで、日本車への輸入に高額の関税を掛けるということは、同様に一定の支持を拡げることになります。 もはやトランプ大統領が誕生するかどうかは、全くの幻想ではなくなりました。米国内の矛盾を外的要因に向けることによって国内の統一を図ろうとする力(バランス)が働こうとしているのです。 そうなると民主党での指名の獲得がほぼ決まったクリントン氏の政策動向にも影響を与えないわけがありません。自国民ではなく、第三国への負担を求めるような政策は、米国大統領選挙では競って主張されることがありますが、その典型的な場面とも言えるからです。 石破氏は、このような米国を取り巻く経済環境、有権者意識の変化を理解できないのか、意図的に無視しているのか、従来の日本政府の見解を繰り返しているだけであり、トランプ氏にはともかくとして、米国有権者にも通用しない陳腐化した主張なのです。 石破氏としては、先に安保関連法を制定し、これからは米国のために自衛官の命を提供しようとしていた矢先のことですから、非常に動揺していることがうかがえます。 「平和という名の戦争国家 日本人に血を流させます! 結果は永遠に米国の属国だ」 結局、日本国家が選択肢として考えなければならないのは、さらなる大幅な負担増(財政面のみならず、自衛官の命を惜しみなく差し出す)を申し出て米国の機嫌を取るのか、米国との同盟関係を解消して新たな道を選択するのかということにならざるを得なくなります。 しかし、いずれにしても力で世界の平和は維持できないということは、これまで力で抑えきれなかったことをもってしても自明のことです。テロとの戦争に勝利はありません。カネも出し、日本の若者の命を差し出しても、それに見合うものがありますか?トランプ氏の発言は、私たちにも同様の問題を突きつけていることを自覚すべきことを物語っているのです。(「弁護士猪野亨のブログ」より2016年5月9日分を転載)

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    9・11式典を途中退席 健康不安はクリントン候補の死角となるか

    仲野博文(ジャーナリスト) (THE PAGEより転載) アメリカ大統領選挙まで60日を切った9月11日、ニューヨークでは15年前に発生した同時多発テロの犠牲者を追悼する式典が開催され、ヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの両大統領候補も出席した。式典開始から間もなくして、クリントン氏は体調不良を訴えて会場を去るのだが、その様子を捉えた動画がネットにアップされ、凄まじい勢いで拡散。動画ではよろめいて膝から崩れるクリントン氏が、抱えられるようにして車に乗り込む様子がはっきりと確認でき、以前から指摘されていた健康不安説を再燃させる結果となった。クリントン陣営は当初、脱水症状が原因で気分が悪くなったのだと説明したが、のちに医師から肺炎と診断されていたことを明らかにした。健康状態を不安視する有権者が増える一方で、肺炎に関する事実を公表しなかったクリントン陣営に対する不信感も高まり始めているようだ。9月11日、米ニューヨークで、米中枢同時テロの追悼式典に出席した際の ヒラリー・クリントン氏 現地時間11日朝から世界貿易センター跡地で開催された追悼式典に出席したクリントン氏は、式典が始まって約1時間後にシークレットサービスの職員らに連れ添われる形で会場を離れ、車に乗り込もうとした際にはふらついた状態で膝から崩れ落ちかける一幕もあった。この様子を式典に参加するために会場の外にいたチェコ出身の元消防士の男性が動画撮影し、ツイッターに投稿したことによって、クリントン氏が膝を崩す形で倒れかけたシーンが瞬く間に世界中に知れ渡った。ツイッターで動画を公開した男性にはアメリカやチェコのメディアから取材申請が殺到し、2日の間に約2万6000通のメールが届いたのだという。 この男性はチェコメディアの取材に対し、自身が撮影した動画がこれほどの反響を呼ぶとは想像していなかったと語っている。動画の中でクリントン氏が膝を崩す格好で倒れかけるシーンは僅か数秒のものであったが、アメリカの有権者や世界中のメディアの関心を引くには十分すぎる内容であった。 クリントン陣営は当初、クリントン氏が暑さによって体調を崩したと発表していたが、のちに医師から肺炎と診断され、体調不良を起こす前日にも抗生物質を服用していたことを明らかにしている。・Zdenek Gazdaさんが撮影した動画「Hillary Clinton 9/11 NYC」クリントン候補をめぐっては、以前から健康不安説がささやかれ、最近では遊説先で演説を行った際に咳を繰り返していたことをメディアに取り上げられ、何らかの体調不良に見舞われているのではないかと話題になっていた。8月中旬にはクリントン氏の医療記録のコピーとされるものがネット上で拡散したが、医療記録は偽物であったことがすぐに判明している。また、8月末から9月初頭にかけて、アメリカ国内ではグーグルの検索ワードで「クリントンの健康状態」が上位にランクインしており、アメリカ人有権者の間でクリントン候補の健康状態が大きな関心事となっていた矢先に、クリントン陣営は肺炎の事実について発表を強いられたのだ。ウィキリークスや保守系メディアがバッシング 残り60日を切り、米大統領選挙は終盤戦に突入している。このタイミングでクリントン候補が肺炎と診断されたことは、選挙戦を優勢に進めてきた民主党サイドにとってはこれまでの勢いを変えてしまう可能性がある懸念事項で、一方でトランプ陣営にとっては起死回生のチャンスにもなり得る。加えて、今回の大統領選挙ではクリントンとトランプの両候補が自らの医療記録の公開には及び腰となっているが、クリントン陣営が肺炎の診断を受けた公式に発表したため、透明性の欠如に憤る有権者も少なくない。ウィキリークスや保守系メディアがバッシング ネット上にはクリントン氏の健康状態に関するさまざまな情報が氾濫しており、中には陰謀論めいた話も少なくない。クリントン氏の健康状態に関して当初ささやかれていたのは、彼女の頭部の負傷に関するものであった。2012年12月、当時米国務長官だったクリントン氏は、追跡検査で頭部に血栓が発見され、そのまま病院で抗凝血薬を使った治療を数日にわたり行った。血栓が見つかる数週間前、クリントン氏はウイルス性胃腸炎による脱水症状が原因で転倒し、頭部を強打していた。9月15日、選挙戦を再開した民主党大統領候補のヒラリー・クリントン氏 2012年の頭部負傷や、その後行われた血栓の治療、そして高齢も懸念され(大統領選挙直前の10月26日、クリントン氏は69回目の誕生日を迎える)、医療記録を公開して、健康状態についてクリアにしておくべきとの声は以前から少なくなかった。民主党候補者の指名争いでライバルであったバーニー・サンダース氏がクリントン氏よりも高齢のため(サンダース氏は75歳)、「健康問題」はサンダース氏に集中する形となり、クリントン氏の健康状態をめぐって大きく議論されることもあまりなかった。 ボストン在住のフォトグラファー廣見恵子氏は、米大統領選挙で各候補の動きを追うために全米各地を訪れ、クリントン氏の遊説にも何度も足を運んでいる。廣見氏がクリントン氏を最後に間近で目にしたのは、7月12日にニューハンプシャー州ポーツマスで行われた集会だった。廣見氏によると、それまでに何度もクリントン氏の遊説などを取材していたにもかかわらず、クリントン氏から健康上の不安を示すような様子は全く見られなかったのだという。「8月頃からクリントンの健康問題が話題になり始めましたが、私が行った取材の中ではそういった様子は全くなかったため、肺炎のニュースにも正直驚いています」と、廣見氏は語る。  クリントン氏の健康状態を問題視し、クリントン叩きを大々的に展開し始めたのが、アメリカ国内の保守系メディアやタブロイド紙だ。「健康に不安を抱えるクリントン氏に大統領職を全うできるかは疑問で、大統領選挙から即刻撤退すべし」という論調で、クリントン叩きに躍起になるメディアもあれば、クリントン氏のランニングメイトとして選挙戦を戦うティム・ケイン氏をすぐに大統領候補にするべきと伝えるメディアまで出る始末だ。また、ウィキリークスはツイッターに4択のアンケートを投稿し、「クリントン氏の本当の病状は何だと思うか?」という質問でクリントン氏の健康不安を煽り、激しい批判に晒された。問題のツイートはその後削除されている。求められる情報公開、吉と出るか凶と出るか求められる情報公開、吉と出るか凶と出るか 大統領候補や現職の大統領の健康状態が大きな関心事になったのは、いつ頃からなのか。歴代のアメリカ大統領について研究する歴史家のロバート・ダレック氏は2008年にNPR(米公共ラジオ)のインタビューの中で、「歴史的に見て、大統領や大統領候補者は自らが患っている慢性的な病気について公表するのを避けてきた」と語っている。 第一次世界大戦後にパリ講和会議を開催し、国際連盟の創設に尽力した第28代大統領のウッドロウ・ウィルソンは大統領時代の晩年に脳梗塞を発症した。一命は取り留めたが、左半身不随と重い言語障害が残り、職務の継続は無理な状態であったが、アメリカ国民に脳梗塞の発症はウイルソンの死後まで伝えられることは無く、ウイルソンは大統領職を最後まで全うした。逆に健康状態がよく知られていた例も少なくなく、第21代大統領のチェスター・アーサーは腎臓病、第35代大統領のジョン・F・ケネディは慢性痛に苦しんでおり、それらの情報は有権者の間でも周知の事実であった。ワシントンで開かれた党会合で並ぶコリン・パウエル氏(左)と ヒラリー・クリントン前国務長官=2014年9月 マサチューセッツ州選出の元上院議員ポール・トソンガス氏は1984年に悪性リンパ腫の治療に専念するために政界を引退したが、1992年の大統領選挙で政治の世界にカムバックし、大きな話題を呼んだ。トソンガス陣営は「癌に打ち勝った候補者」として強さをアピール。これに共感した有権者は多く、トソンガス氏は大統領選挙の序盤で後に大統領になるビル・クリントン氏よりも多くの支持を集めるほどであった。トソンガス氏のケースは異例中の異例で、ほぼ全ての候補者は自らの病気について積極的に情報公開することはない。 SNSで拡散された映像や、ネット上で広がる根拠のない噂に対応するため、クリントン氏にはより積極的な情報公開が求められているが、健康についての情報公開が吉と出るか凶と出るかは不明だ。 健康不安以外にも、トランプ氏同様に支持率が急落する爆弾をいくつも抱えている。クリントン氏は先週、LGBTの集会に演説を行い、トランプ支持者を激しく批判した。「トランプ支持者の半分は哀れな人たちで、人種差別主義者、性差別主義者、同性愛者嫌い、イスラム教徒嫌い……。そんな人間ばかりだ」と発言。度を越えた発言と捉えたアメリカ人は少なくないと報じられている。また、これからのクリントン財団の運営の仕方や、ウォール街との付き合い方、国務長官時代のメール問題に対する見解など、アメリカ人有権者の間で根強く残る「クリントン嫌い」の要因を払拭する必要がある。 この時期に民主党の大統領候補が変わる可能性はほぼゼロだが、医療記録から財団運営の詳細まで、有権者がクリントン氏に期待することの一つが「透明性」であることは間違いない。なかの・ひろふみ ジャーナリスト。1975年生まれ。アメリカの大学院でジャーナリズムを学んでいた2001年に同時多発テロを経験し、卒業後そのまま現地で報道の仕事に就く。10年近い海外滞在経験を活かして、欧米を中心とする海外ニュースの取材や解説を行う。ウェブサイト

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    トランプ旋風が生み出す尖閣戦争の危機

    【WEDGE REPORT】高橋一也(ジャーナリスト) 「トランプ“大統領”誕生は日本にとっての悪夢」とまで語られる米国大統領選挙でのトランプ旋風。この「悪夢」の本質とは何であろうか。 それは、日米関係の骨幹である日米同盟についての無理解だろう。トランプ氏の「安保タダ乗り」「核武装容認」「在日米軍撤退」などの発言は、これを如実に表している。 アジアにおける米国のプレゼンスを支える日米同盟について、トランプ氏はなぜ、ここまで無理解な発言を続けるのか。日米同盟が米国のアジア・太平洋地域における経済的繁栄の最重要インフラであることは常識であり、日米同盟なしに米国の対中国政策もありえないのだがーー。トランプ氏と前ロンドン市長・ジョンソン氏を揶揄するポスター、ロンドン市(Gettyimages)「冷戦思考」が支えるトランプの対日政策 防衛省のある研究員は、こうしたトランプ氏の対日政策には、「冷戦思考」の軍事顧問が影響を与えていると指摘する。 「トランプ氏の安全保障ブレインは、元海軍少将のチャールズ・クービック氏と現役陸軍少将のバート・ミズサワ氏であるといわれます。 クービック氏は、オバマ政権でリビアとの平和交渉を非公式に担当した、自称中東通です。彼は、イラク戦争に海兵隊の工兵部隊として従軍したとの触れ込みですが、実際には常駐経験はなく、月に数回程度、それも税金対策としてイラクを訪れていたにすぎません。 一方でミズサワ氏は、アフガニスタンや上院軍事委員会で勤務したこともあるため、米国の軍事戦略には通暁しており、ブレインの中ではまともな方だと思います。彼は名前から分かるとおり日系人ですが、日本勤務の経験はなく、子供の頃に空軍軍人だった父とともに、三沢基地に短期間住んだことがあるだけです。 そんな彼らに共通するのは、中東重視です。アジアや中国問題に疎く、中東やロシアを重視する冷戦思考が彼ら戦略思想の根底にあります。また、米軍には、実戦ばかりで損な役回りの中東派と、実戦はないのに優遇されている太平洋派の間で、感情的なしこりもあります。 このような戦略思想や感情的なしこりを持つ彼らの考えが、トランプ氏の対日政策に影響を与えているのは間違いないでしょう」(防衛省の研究員)グーグルでもヒットしない者たち ちなみに、トランプ氏のブレインの能力不足については、すでに米国で問題視されている。3月に5人の政策アドバイザーが発表された際には、「グーグルでもヒットしない者たち」と話題になったほどだ。 では、日本に理解がなく、能力もないブレインに影響されたトランプ氏の対日政策は、どのような影響を与えていくのだろうか? 戦略国際問題研究所(CSIS)でアジア地域の外交・安全保障を研究するザック・クーパー氏は、「同盟関係に変化はない」と指摘する。 「米国の強さは、数十年にわたって、共通の価値観を根底とした世界的な同盟の要となってきました。なかでも日米関係は安全保障、経済、文化の面で、米国の同盟関係の強さの源です。トランプ氏が日本や他の同盟国を傷つける発言をしても、米国における同盟についての価値観に変化はなく、同盟は今後も続くでしょう」(クーパー氏) クーパー氏の発言は、プロの外交官や専門官の意見と共通する。だが、この種の意見には、希望的観測と長い時間をかけて築き上げてきた日米関係を覆させないという自負心が背景にあり、当然、日本へのリップサービスも込められているとみるべきだろう。 だが、今年3月にトランプ氏不支持を表明する共和党関係者の署名を報じて話題になった、ニュースサイト「War on the Rocks」のライアン・エバンス編集長は、トランプ氏の利己的な性格が与える影響を懸念する。 「トランプ氏は、米国が掲げている重要な理念であるグローバルコモンズへのアクセスと商業の自由を可能とする国際秩序を守ることについて、理解していないし、理解しようともしていません。 この理念によって最も恩恵を受けているのは米国であるにもかかわらず、トランプ氏は国家の利益について考えておらず、自己の利益を優先し、自分の会社との敵対関係しか頭にないのです」(エバンス編集長) このようなトランプ氏が唱える孤立主義的な外交・安全保障政策については、氏が属する共和党においてでさえ、懸念を示す向きが多いことは周知の通り。 というのも、これまでの共和党は、前回の大統領選挙でオバマ大統領に敗れたマケイン上院議員がアジア重視を鮮明にして、アジア・太平洋地域の海軍力強化に努めており、米軍のアジアへのコミットを強く支持してきた。それを覆すような発言を続けるトランプ氏は、共和党にとって、票が集まる人気者であると同時に、厄介者でもあるのだ。米国不在が生み出す中国の危険な挑戦米国不在が生み出す中国の危険な挑戦 しかし、ここにきてトランプ氏の大統領就任の可能性に戦々恐々とする米国で、日本は「普通の国」に生まれ変わるべきとの意見も出てきている。知日家として知られる世界戦略トランスフォーメーション研究所所長のポール・ギアラ氏も、そんな日本の再生をと唱える一人だ。 「トランプ氏の対日政策は、日本が非対称的な同盟関係を再考する機会となるでしょう。これは、日本のいびつな平和主義の終わりを意味するという点で、重要です。 実際、日本は少しずつではありますが、いわゆる『普通の国』として軍事力を持つことにより、新しい安全保障政策を打ち出し、“米国に使われる立場”から“経済的パートナー”へと変わりつつあります。 これは、日本が最前線国家として、中国と北朝鮮との摩擦に直面しており、ロシアやイラン、イスラム過激派に対しても、責任ある国家として対応しなくてはならなくなってきた。そのため、結果的に米国との関係性にも変化が現れ始めているのです」(ギアラ氏) ギアラ氏は、インタビューに際して「トランプ支持者ではない」と断った上で、日本がこれまでの日米同盟を見直す時期にきていると強調している。図らずも、トランプ氏の無理解な対日政策がトリガーとなり、日本が親離れする形での日米関係の見直し論が浮上しているのだ。 しかし、中国との間でスプラトリー(中国名:南沙)諸島の領有権問題を抱えるフィリピンの大統領政策担当スタッフであるアレハ・バーセロン氏は、「日米関係の見直しはアジア諸国に悪影響を与える」と懸念を示す。 「トランプ氏が大統領になれば、危険なシナリオを招く可能性があります。それは、アジアにおける米国のプレゼンス不在による、中国の覇権的行動の拡大です。 トランプ氏は、これまで日本やフィリピン、ASEAN諸国が築き上げてきた、アジアの平和と安定にほとんど興味がありません。彼が大統領に就任するということは、アジア諸国に対する米国の関与を著しく損なわせるとともに、それら諸国との安全保障条約を一方的に破棄するという、最悪の事態を招く可能性があります。 これまでアジア諸国の後ろ盾であった米国のプレゼンスが弱まれば、中国はその脅威を気にかけることなく、覇権的行動を強めることができるのです」(バーセロン氏) 中国が6月9日にフィリゲート艦1隻を尖閣諸島の接続海域に侵入させたことに続けて、中国戦闘機が空自戦闘機に空中戦を仕掛けたと報じられたこと(6月30日付産経新聞)は、記憶に新しい。中国がこのように軍事的挑発を強めている背景には、トランプ氏の対日政策が、米国からの“誤ったメッセージ”として受けとられている可能性が考えられる。 中国による南シナ海の領有化や北朝鮮による核・ミサイル開発にみられるように、アジアは世界で唯一残された、国家間における戦争の危機を内在する地域だ。過去にも、朝鮮戦争やイラクのクエート侵攻などは、「米国はアジアに関与しない」と受け取れる、“誤ったメッセージ”が発端となり起こったことであることを忘れてはならないだろう。 日本政府には、米国大統領選の推移を見守るだけではなく、米国の主要な同盟国として、従来に増して日米同盟の重要性を国内外に発信し、アジア地域の平和と安定を維持するために、“誤ったメッセージ”を払拭していく努力が求められる。このような積極的な関与こそが、新たな日米関係に求められる姿ではないであろうか。

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    日米同盟解体・自主防衛のコストは25兆5319億円

     今後考えられる在日米軍の縮小・撤退は、日本を安全保障上の危機に晒すことになる。ドナルド・トランプ氏が米大統領になるか否かにかかわらず、日本における米軍の力が減じていくのは避けられないだろう。ならば、どう自力で国を守るかを考える必要がある。制約が多い自衛隊ではなく、国際的に見てもスタンダードな国防軍の創設を想定したとき、どれくらいのコストがかかるのか。 国防軍を創設する場合、現実的に大きな壁となるのは、コスト(費用)だ。「日米同盟にも、コストがかかっています。一方、仮に日米同盟がない場合にどのくらいのコストがかかるのか。自主防衛を議論するにはそうした総合的な評価が必要です」 そう語るのは、防衛大学校の武田康裕教授だ。武藤功・防衛大学校教授との共著『コストを試算! [日米同盟解体]』(毎日新聞社)での試算を紹介しよう。●日米同盟のコスト 日本の防衛費は4兆6453億円(数字は武田氏が利用した2012年度予算に基づく)で、これには米軍の駐留に関わる経費負担も含まれる。日本は「思いやり予算」などで在日米軍の駐留経費や米軍再編関係経費など4374億円を負担しており、この額が同盟維持の「直接経費」となる。島嶼防衛のための上陸訓練後、乗ってきたゴムボートを上陸用舟艇(LCU)に運ぶ陸上自衛隊と米海兵隊の隊員=2012年9月22日午前、米国・グアム島西部のアプラ港米海軍基地(大西史朗撮影) 同盟維持にかかるコストは他に「間接経費」がある。「税収や経済効果など、基地があることで日本が失う利益(機会費用)は約1兆3284億円。これを直接経費の4374億円と合算した計1兆7658億円が日米同盟を維持する総コストになります」(武田教授)●自主防衛のコスト 日米同盟は米軍が「矛」、自衛隊が「盾」の役割を担う。仮に完全自主防衛するためには、[1]島嶼防衛のための部隊と輸送力(2993億円)[2]攻勢作戦を担う空母機動部隊(1兆7676億円)[3]対地攻撃能力と対空戦闘能力を持つ戦闘機(1兆1200億円)[4]日米が共同開発したミサイル防衛システムに代わる情報収集衛星や無人偵察機(8000億円)[5]ミサイルを打ち込まれた場合に被害を最小化する民間防衛体制(2200億円)が新たに必要になる。総額は4兆2069億円だ。 また仮に日米同盟が解体するとなれば、日本の国際的な評価が下がり、貿易額の減少、エネルギー価格の高騰、円・株式・国債価格の下落による経済低迷が想定される。これらを「間接経費」というが、貿易額が6兆8250億円で、円・株式・国債価格の下落が12兆円、エネルギーが最大2兆5000億円で、合計21兆3250億円となる。 直接経費と間接経費の総額は、最大25兆5319億円に達すると武田教授は推計する。  以上は「日米同盟解体」という極端なケースを仮定した試算だが、より現実的なのは、日米同盟を維持しつつ、日本の防衛力を高め、機能を拡充する方法だろう。 「トランプ氏が日本の経費負担増を求めるなか、日米同盟の枠組みを維持したまま、日本の防衛努力を現状より増やす方向もあり得る。核の傘に加え、ミサイル防衛システムを支える高度な技術と情報を米軍に頼りつつ、尖閣など島嶼防衛やシーレーン対策で日本の負担を増やせば、それに応じて負担が軽減される米国は歓迎するだろう」(武田教授)  このやり方なら全面自主防衛より低コストで安全保障を維持できる。関連記事■ 「米国内の日米同盟破棄論」少数意見だが米孤立主義の反映■ 安倍首相 抑止力の意味を含め日本独自の打撃力を備えるべき■ 米国内の日米同盟「縮小論」 どんなシナリオで進むのか■ 米国元高官「日米同盟の役割理解できなかったの鳩山氏だけ」■ 「子ども手当1年分で日本は空母を持てる」と櫻井氏指摘

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    11戦無敗のトランプを破る秘策とは?

    【海野素央のアイ・ラブ・USA】海野素央(明治大学教授、心理学博士) 今回のテーマは「大統領候補テレビ討論会の見所(2)」です。「テレビ討論会の見所(1)」では、民主党のヒラリー・クリントン候補の健康問題と絡めて非言語コミュニケーションの重要性を指摘しました。 本稿では、まずテレビ討論会における共和党のドナルド・トランプ候補に対する有効な戦略を紹介します。次に、討論会でどのようにしてクリントン候補がオバマ大統領の出生地に関するトランプ候補の撤回発言を活用できるのかについて説明します。さらに、感情のコントロールと移入についても述べ、そのうえで討論会のポイントをまとめてみます。ワシントンD.C.のドナルド・レーガン国際空港でニアミスしたクリントン専用機(手前)と、トランプ専用機(奥)、(GettyImages)ブレンド戦略 これまで研究の一環として10州のクリントン陣営に入り、戸別訪問、電話による支持要請及び有権者登録を行ってきました、戸別訪問は昨年の8月から積み重ね、合計で2971軒になりました。その中でトランプ支持者はもちろんですが、同候補に傾いている無党派層の中に、ある傾向が存在することが明らかになったのです。彼らは、トランプ候補を「本物」とみなし、情熱的な姿に魅力を感じているのです。その一方で、クリントン候補の内政並びに外交・安全保障政策に関する知識にはそれほど価値を置いていないのです。 テレビ討論会で政策論争となった場合、クリントン候補の豊かな知識がトランプ候補を圧倒するという見方が確かにあるのですが、筆者は必ずしもそれがクリントン候補に優位に働くとはみていません。トランプ候補は、これまでメール及びクリントン財団の問題を最大限に活用し、クリントン候補を不正直で偽物であるというレッテルづけに一定の効果を上げてきました。討論会で不利な立場に立たされると、トランプ候補は「自分は世界の大統領になるのではない。米国の大統領になるのだ」と主張し、外国政府から献金を受けたクリントン財団を批判し反撃するでしょう。それに加えて、クリントン候補の削除された約3万3000通のメールにも触れ、攻撃を畳み掛けてくるでしょう。討論会でトランプ候補は、知識よりも正直や信頼に価値を置く無党派層に訴えるのです。大統領としての資質 クリントン候補の立場に立ちますと、内政及び外交・安全保障政策の知識をひけらかすよりも、トランプ候補の確定申告非公開やトランプ財団のフロリダ州パム・ボンディ司法長官に対する不正政治献金問題を攻撃し、クリントン財団の便宜供与疑惑及びメール問題と「ブレンド」してしまう戦略が効果的でしょう。ブレンド戦略とは、種類や品質が相違したコーヒー豆を混合して薄めるように、相手の攻撃を弱めるための他の議論や争点を持ち出して混ぜてしまう戦略です。 慈善事業に従事するはずのトランプ財団が、再選を狙うフロリダ州ボンティ司法長官の関連団体に2013年9月、2万5000ドル(約225万円)の政治献金をしていたのです。ガーディアン(電子版)によりますと、当時フロリダ州の検察当局はトランプ大学の詐欺問題の捜査を検討していましたが、同司法長官は十分な証拠はないとして捜査を取りやめたのです。 クリントン候補支持を表明している民主党のジェリー・コノリー下院議員(バージニア州第11選挙区)はワシントンでテレビ討論会に関する筆者のインタビューに次のように答えてくれました。4月23日、米ユタ州ソルトレイクシティで開かれた共和党大会の会場の外で見かけたTシャツには「トランプ、ヒラリー ストップ」とプリントされていた(AP) 「メディアは、クリントン財団とトランプのフロリダ州司法長官への不正な政治献金の問題を同等に扱っています。これは間違いです。クリントン財団が便宜を図ったという証拠はありません。トランプが彼女(ボンディ司法長官)に献金をした証拠はあります」 ちなみにメール問題に関しては、下院外交委員会に所属するコノリー議員は次にように述べました。 「メール問題よりも、トランプが日本と韓国の核保有を容認した発言の方が問題です」大統領としての資質 テレビ討論会でクリントン候補は、トランプ候補を米軍最高司令官になる資質に欠ける候補として描くでしょう。「核のボタン」を任せることができない危険人物として有権者に訴えるのです。 それに加えて、トランプ候補の資質を問う新たな問題が発生しました。トランプ候補は、2011年からオバマ大統領の出生地は米国ではないと述べて、大統領の資格がないと主張してきました。どころが、同候補は突然その発言を撤回したのです。その狙いは、アフリカ系の票の獲得であることは明らかですが、同候補の大統領になる適性を問われる発言が含まれているのです。 トランプ候補は、2008年クリントン陣営がオバマ候補(当時)の出生地の論争をはじめ、自分が今それを終わらせたと記者会見で発言したのです。これは事実に反します。しかも、同候補は自身の認識の誤りに基づいた発言に謝罪するどころか、オバマ大統領の出生地の論争に自分が終止符を打ったとして手柄にしているのです。 この件に関して、クリントン候補はテレビ討論会でトランプ候補に訂正並びに謝罪を求めるでしょう。クリントン候補は、トランプ候補を「嘘つきドナルド」と直接呼ばないまでも、そのような印象を有権者に与えて同候補の大統領になる資質を問う絶好の機会を得たのです。感情のコントロールと移入感情のコントロールと移入 トランプ候補は、前述しましたようにテレビ討論会でメール問題及びクリントン財団における便宜供与疑惑を突いて、クリントン候補に対する不信感を増幅させる戦略をとるでしょう。同候補はトランプ候補に追い詰められたとき、感情的になって議論しないことが必須です。というのは、有権者の中には女性は感情的でリーダーには適格ではないというステレオタイプ(固定観念)を持った有権者がいるからです。同候補が、トランプ候補の攻撃に感情的になってしまうと、米軍最高司令官に女性は適さないというステレオタイプを強化してしまう危険があるのです。 第2回目のテレビ討論会では、トランプ・クリントン両候補に感情移入の有無が求められます。第2回目の討論会は市民集会の形式をとり、会場の「決めかねている」有権者が直接候補者に質問をします。その際、候補者は質問をした有権者の立場に立って感情移入ができるか否かが問われます。討論会で感情移入の欠如が致命的になったケースを以下で紹介しましょう。8月26日、米ネバダ州ラスベガスで開かれた会合に参加したトランプ氏(ロイター=共同) 1992年の大統領選挙は、経済が最大の争点でした。選挙はH・W・ブッシュ大統領、ビル・クリントンアーカンソー知事(共に当時)、テキサス州の富豪家ロス・ペロー氏の3つどもえの戦いでした。市民集会の形をとったテレビ討論会で、会場のアフリカ系の若い女性が3人の候補者に次のような質問をしたのです。 「国の財政赤字は、3人の生活にどのような影響を与えていますか」 この質問に、ブッシュ大統領は不可解な表情を浮かべながら「あなたの質問の意味がよく分からない」と答えてしまったのです。それに対して、クリントン知事は「あなたは家を失った人を知っているのですね」と言いながら、質問をしたアフリカ系の有権者に歩み寄ったのです。同知事は、この有権者に感情移入をして理解を示し、彼女との物理的及び心理的距離の双方を縮めて味方につけることに成功したのです。 この2人の対応の相違が、選挙戦に影響を与えました。ブッシュ大統領は経済状況が悪い中で生活に苦しんでいる国民が多いのにもかかわらず、それに対する認識が欠如しているという印象を有権者に与えてしまいました。しかも討論会の最中に、同大統領は腕時計を見てしまったのです。この動作は、「討論会に集中していない」「早く終わりたい」というメッセージを有権者に発信してしまいました。 討論会後、これらの場面がメディアによって繰り返し放映されたのです。市民集会のスタイルをとる討論会では、会場で質問をした有権者に対する感情移入の有無が勝敗を決すると言っても過言ではありません。コイントス 最終弁論で有権者に好印象を残すチャンスが高いのは後攻めです。運としか言いようがないのですが、コイントスで勝ち後攻めを選択する必要があります。12年米大統領選挙の第1回目のテレビ討論会でロムニー元知事はコイントスに勝ち、後攻めを選び有利に立ちました。最終弁論において有権者に記憶に残る言葉を発することができるかが極めて重要な要因になります。テレビ討論会のポイント さて、トランプ候補は共和党候補指名争いで11回のテレビ討論会をこなし、容赦なく相手候補を攻撃しノックアウトしてきました。その一方で、本選に入ると同候補は大統領らしく振舞い柔軟な姿勢も見せています。テレビ討論会で、主としてどちらのスタイルをとるのか、あるいは混合型をとるのかにも注目です。言い換えれば、どちらのトランプ候補が討論会に登場するのかです。いずれにしても、同候補はクリントン候補にとって決してくみし易い相手ではないことは確かです。 トランプ・クリントン両候補にとってテレビ討論会の成否は、第1に効果的な非言語コミュニケーションの実践、第2に相手に攻撃された際の有効なブレンド戦略の活用、第3に感情のコントロール、第4に会場で質問をした有権者に対する感情移入、第5に効果的な最終弁論、にあると筆者はみています。

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    トランプを支持しているのは誰か?アメリカ「極右化」の真実

    は雇用喪失を経験し、増え続ける移民・難民は受入国に経済的、社会的、政治的な摩擦を引き起こしつつある。アメリカの共和党の大統領候補にドナルド・トランプ氏が指名されたのも、こうした流れとは無縁ではない。 アメリカの平均的な労働者の実質賃金は1990年代以降、ほとんど上昇していない。またブルーカラーの就業率の低下傾向も続いている。こうした反動は共和党のトランプ候補に限らず、民主党の予備選挙でベニー・サンダース候補が自由貿易協定の破棄を主張したことにもうかがえる。歴史的に見れば、ファシズムの台頭は中産階級の崩壊と経済危機が重なり、敵を特定の民族や移民に求めたときに共通して見られるものである。トランプ現象に代表されるアメリカ社会の動きは、まさにこうしたアメリカ社会の動向を反映したものといえよう。米ノースカロライナ州での集会に出席した共和党大統領候補トランプ氏(ロイター=共同) トランプ候補の最大の支持層は高卒以下の労働者である。アメリカの世論調査機関ピュー・リサーチの調査では、高卒以下の白人の57%がトランプ候補を支持しているのに対して、クリントン候補を支持する比率は36%にすぎない。逆に大卒以上の高学歴者では、クリントン候補支持52%に対して、トランプ支持は40%と逆転している。こうした高卒ブルーカラーは特に厳しい経済状況に置かれている。トランプ候補はそうした層に対して「ブルーカラーの経済的苦境の原因はメキシコから不法移民が大量に流入する一方、中国などの途上国によって雇用が奪われている」と訴えかけ、大きな共感を得ている。 トランプ候補の主張する自由貿易協定破棄や1100万人といわれる不法移民の強制送還という主張は、喝采をもって受け入れられている。ただ多くの専門家はブルーカラー層の経済的な困窮は移民とは直接関係ないと分析しているにもかかわらず、トランプ候補の主張は過剰に扇動的であるにもかかわらず、多くの国民の支持を得ている。 特に南部のブルーカラー層はもともと保守的で、共和党支持層であった。だが共和党は大企業の代弁者として積極的にグローバリゼーションを進めてきた。その結果、保守的なブルーカラー層は共和党支持層でありながら、共和党指導部から見捨てられてきた。彼らは必ずしも政治意識が高いとは言えず、投票所に足を運ぶことも少なかった。また労働組合が大きな支持層である民主党支持に転じることもなかった。トランプ候補はこうした共和党と民主党の狭間に落ちていた「南部の声なきブルーカラー層」の代弁者として喝采を持って受け入れられたのである。トランプ候補は演説で「我々は労働者の党になる。過去18年間、実質賃金が上昇せず、怒りに満ちている人々の党である」と訴え、続けて「多くの有権者は共和党指導部に不満を抱いている」と党執行部を批判している。 大企業の代弁者である共和党執行部は自由競争を柱とする新自由主義の政策を実現してきた。その結果、国民の所得格差は耐え難い水準にまで拡大し、政府への不満は極限にまで達しつつある。FRB(連邦準備制度理事会)の調査では、55歳から64歳の退職間際の人々のうち19%は将来に対する備えは全くない状況に置かれている。労働者の30%が十分な貯蓄も持っていない。将来に対する不安は限界まで高まりつつある。そうした中で、共和党執行部から疎外され、リベラルな民主党を受け入れることができない保守的なブルーカラー層がトランプ支持者となっている。トランプ現象とキリスト教白人国家の終焉トランプ現象とキリスト教白人国家の終焉 さらにアメリカ社会に特有な現象がある。それは「白人プロテスタントの国家」であるアメリカ社会の変質である。数十年後にはメキシコなど中南米から移民してきたヒスパニック系アメリカ人が人口構成上最大のグループになり、しかもヒスパニック系アメリカ人の大半はカトリック教徒である。アメリカが「白人プロテスタントの国家」でなくなるのは、もはや時間の問題となっている。原理主義者と呼ばれる保守的なプロテスタントであるエヴァンジェリカル(福音派)は焦燥感を強めていた。 そうした状況のなかでトランプ候補は“白人至上主義”を唱え、外交政策でも「アメリカ・ファースト」をスローガンに掲げ、軍事的にも政治的にも強力な伝統的アメリカ社会の再構築を訴え、支持を拡大してきた。「アメリカを再び偉大な国家に」というトランプ候補のスローガンは魅力的に響いた。 共和党は1964年以降、公民権法に反対し、黒人層を切り捨て、最大の有権者を抱える「白人の党」へと変わっていった。そのプロセスで黒人層だけでなく、穏健派も排除し、ひたすら保守主義の政策を推し進めてきた。だが、遠からず白人が少数派に転じることが明白な状況に直面した共和党執行部、共和党が大統領選挙で勝利するためには、白人の党を脱皮し、より広範な支持層、具体的にはヒスパニック系アメリカ人に代表されるマイノリティーや女性を取り込む必要性を感じていた。 特に2012年の大統領選挙でのミット・ロムニー候補の大敗を契機に、共和党全国委員会は路線変更を模索し始めていた。だが、トランプ候補はそうした党執行部の意向とは別に、縮小しつつある白人層の支持層を深化さようとしているのである。それがトランプ候補と共和党主流派の間に決定的な亀裂を引き起こしている。 さらにトランプ現象の特徴は、キリスト教原理主義者といわれるエバンジェリカルの支持を得ていることだ。エバンジェリカルは大統領選挙の帰趨を決定するほど大きな力を持っている。特に2008年の大統領選挙でブッシュ大統領が地滑り的勝利を収めたのは、エバンジェリカルの支持を得たからである。 トランプ候補は3度離婚し、まともに聖書を引用できず、どうひいき目にみても敬虔なクリスチャンとはいえない。当初、エバンジェリカルはトランプ候補に反対するのではないかとみられていた。だが、奇妙なことに、現在、エバンジェリカル層はトランプ候補の最有力な支持層になりつつある。 その理由のひとつは、トランプ候補が積極的にエバンジェリカル層に支持を訴え、それが功を奏しているからだ。同候補はキリスト教に帰依すると語っている。エバンジェリカルは別名“ボーン・アゲイン・クリスチャン(生まれ変わったキリスト教徒)”と呼ばれる。エバンジェリカルの思想には、宗教から離れていたが、苦悩を経て再び神に導かれてキリスト教に帰依する者こそが本物のクリスチャンであるという考え方がある。 たとえば、エバンジェリカルは、ブッシュ大統領(息子)はアルコール中毒になるなど苦しい経験を通してキリスト教を再発見した“ボーン・アゲイン・クリスチャン”であるとして支持した。ブッシュ大統領は当選後、ホワイトハウス内で聖書研究会を主催するなど、エバンジェリカルに傾斜していた。同様に、エバンジェリカルは非宗教的なトランプ候補を“生まれ変わったクリスチャン”として受け入れているのである。 エバンジェリカルは保守的なブルーカラー層と同様に現状に不満を抱いている。具体的には2015年に最高裁判所が同性婚は合憲であるという判決を下したことで不満を募らせている。中絶問題など倫理的な問題に関してエバンジェリカルの主張は社会的に退けられつつある。 それに対してトランプ候補は積極的にエバンジェリカルの主張を受け入れ、それを共和党政策綱領に盛り込んでいる。具体的には、キリスト教を国家宗教にする、性的マイノリティであるLGBTを差別する法案を合法化する、LGBTに反対の最高裁判事を任命する、伝統的な結婚形態を支持する(同性婚反対)、公立学校で聖書の勉強を義務付ける、死刑制度を復活させる、性教育を止める、肝細胞の研究助成を中止する、中絶を禁止するために胎児に人権を認める憲法修正を行うなど、日本人としては理解しがたい項目が共和党政策綱領に織り込まれている。それらはエバンジェリカルの主張そのものである。孤立主義はアメリカのジェネ(遺伝子)である孤立主義はアメリカのジェネ(遺伝子)である 外交政策でもトランプ候補は「アメリカ・ファースト」を主張し、孤立主義を訴えている。インテリ層は、その政策をヒトラーの政策と同じだと批判している。共和党主流派の現実主義の外交専門家は、トランプ候補の外交政策を非現実的と退ける。だが、アメリカ社会は伝統的に孤立主義の傾向が強い。ニューヨークの公園ユニオンスクエアに一時設置されたトランプ氏の裸像(AP=共同) たとえば初代大統領のジョージ・ワシントン大統領は大統領職を去るにあたって行った演説のなかで「我が国の偉大な行動ルールは、諸外国と経済的関係を拡大する際、できるだけ政治的な関わりを持つべきではない」と語っている。モンロー主義を待つまでもなく、ワシントン大統領の遺伝子はアメリカ政治に組み込まれている。第1次世界大戦にも、第2次世界大戦の際にも、アメリカ国民は参戦に反対し続けた。トランプ候補は、そうしたアメリカ社会の孤立主義を巧みに喚起しているのである。 さらに共和党政策綱領の中には、英語を公用語にする、不法移民への恩赦を禁止する、不法移民を排除するためにメキシコ国境に壁を建設する、銀行の規制緩和を進める、消費者保護を中止する、労働組合を縮小させるといった超保守的な主張も盛り込まれている。トランプ候補が想定するアメリカ社会は“過去のアメリカ”である。クリントン候補が“アメリカの将来”を訴えているのとは対照的である。 トランプ現象は明らかにアメリカ社会の右傾化を反映したものである。ただ、アメリカ社会がすべてトランプ化しているとみるのは間違いである。一時、世論調査でトランプ候補がクリントン候補をリードしたが、最近の世論調査では再びクリントン候補がトランプ候補を大きくリードするなど、巻き返している。トランプ候補の無教養と思える発言が同候補に対する支持率の低下を引き起こしている。共和党の議会議員、インテリ層は現在でもトランプ候補の引き下ろしを画策している。多くの議員は、トランプ候補を擁して選挙戦を戦えないと主張し始めている。トランプ現象は一時的なものである。ただ、その背景にあるのは、先に述べたように「白人のプロテスタント国家」アメリカが確実に終焉に向かっており、それに対する根強い不満が存在している。アメリカが直面している問題は、将来、アメリカは国家としてどのようなアイデンティティーを確立すべきかということである。

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    極右化する世界「トランプ現象」を考える

    いま、世界の政治が右傾化を強めているという。EU離脱や反移民を主張する排外主義、中でも今秋の米大統領選の主要候補、ドナルド・トランプ氏の過激な発言はそれを象徴する。ポピュリズムが席巻する世界の政治情勢を「トランプ現象」から読み解く。

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    トランプの意味する「法と秩序の回復」

     [海野素央のアイ・ラブ・USA]海野素央 (明治大学教授、心理学博士) 今回のテーマは、「法を守り秩序を回復する候補」です。異例づくしとなった共和党全国党大会でしたが、不動産王のドナルド・トランプ候補は、約75分間の指名受諾演説で、明確なメッセージを発信しました。指名受諾演説を行うトランプ氏(GettyImages) その1つが、「法を守り秩序を回復する候補」です。トランプ候補は、混沌とした米国社会に法と秩序を取り戻すと主張したのです。「私はあなたの声になる」というメッセージも放ち、有権者の声を代弁すると述べました。さらに、同候補は「米国第1主義」を全面に出し、米国の利益を最優先する意欲を示しました。本稿では、これらのメッセージを分析した後で、民主党候補の指名が確実となっているヒラリー・クリントン候補のトランプ候補の指名受諾演説に対する反応について述べます。その上で、民主党全国大会でクリントン陣営が、トランプ候補とクリントン候補をどのように描いているのかについて比較します。 まず、指名受諾演説でトランプ候補が発した「法を守り秩序を回復する候補」からみていきましょう。米国社会では、南部ルイジアナ州、中西部ミネソタ州及び南部テキサス州で発生した警察官とアフリカ系による相次ぐ銃乱射事件に不安と動揺が広がっています。学校、職場、映画館及び空港などで銃乱射やテロがいつでも起こり得るという懸念が、国民に多かれ少なかれあるのです。トランプ候補の「法を守り秩序を回復する候補」には、白人の警察官とアフリカ系の衝突を解決し、秩序を取り戻すという意味が含まれています。現在、米国社会が直面している状況や雰囲気を察知した同候補は、指名受諾演説の中で不安定要因を挙げて混沌とした社会を描き、自分だけが問題解決ができると豪語したのです。 ちなみに、トランプ候補が使っている「法と秩序の回復」及び「物言わぬ多数派」は、リチャード・ニクソン元大統領が公民権運動やベトナム反戦運動で混沌とした米国社会の中で発信したメッセージです。同候補は、1960年代後半と現在の社会における混乱及び不安に類似点を見出しているのです。トランプ・バージョントランプ・バージョン トランプ候補は、ニクソン元大統領が用いた「法と秩序の回復」というメッセージを「トランプ・バージョン」に変えて発信しています。たとえば、上で説明した白人の警察官とアフリカ系の衝突に加えて、不法移民を標的にしたメッセージとして活用しています。 昨年6月16日に出馬して以来、トランプ候補は不法移民は麻薬売買人、犯罪者及び強姦者であると繰り返し主張してきました。同候補は、不法移民は法を犯し秩序を乱す犯罪者というレッテルを貼ったのです。米国とメキシコの国境に建設をする壁は、「法を守り秩序を回復するための壁」であると言いたいのです。 もう1点、指摘します。「法を守り秩序を回復する候補」には重要な隠されたメッセージが存在しているのです。有権者がこのメッセージを耳にすると、「法を守らなかった候補」を連想する仕掛けになっています。その候補は自分のルールで物事を進めてしまう候補です。私的なメールアドレスを使って公務を行ったクリントン候補のことです。「法を守り秩序を回復する候補」は応用範囲が広いので、本選でトランプ候補の核となるメッセージとして用いられるでしょう。「あなたの声になる」と米国第1主義 指名受諾演説でトランプ候補は、「私はあなたの声になる」と強調し、有権者の声を代弁して戦い、米国を最優先させることを誓いました。では、「あなた」とは一体誰を指しているのでしょうか。 全ての有権者であるかもしれませんが、党の結束を図りたいトランプ候補は、宗教保守派に焦点を当てています。さらに、本選で鍵を握る無党派層を狙って発信したメッセージとも解釈できます。ただトランプ候補の内心は、指名受諾演説の舞台に上げてくれた熱烈な支持者である白人労働者と退役軍人でしょう。「私はあなたの声になる」というメッセージは、特に彼らの心に突き刺さったことは確かです。 次に、トランプ候補の米国第1主義です。08年米大統領選挙では共和党の指名を獲得したジョン・マケイン上院議員(アリゾナ州)は、「国が1番(カントリー・ファースト)」をスローガンにして戦いました。勿論、国とは米国を指しています。マケイン上院議員は米国民を最優先するという意味で、「国が1番」というメッセージを発したのです。トランプ候補のように、大国である米国がグローバルな利益よりも、自国のみのそれを最優先して徹底的に追求していくというメッセージではありませんでした。同候補の米国第1主義には、偏狭な自文化中心主義的な色合いが濃く出ており、仮に大統領に就任した場合、米国が大国の役割を果たすのか強い疑問を持たざるを得ません。 指名受諾演説におけるトランプ候補の非言語メッセージも看過できません。演説を行っている間、同候補はほとんど怒った表情をして、社会の不公平さに対する怒りや不満を抱いている有権者と感情共有を行っていたのです。ダイナミックな動作をとりながら、間を十分とり、沈黙といったパラ言語(副次言語)を効果的に活用し、会場の代議員の反応を「傾聴」していた点にも特徴がありました。結局、同候補の非言語メッセージが、言語メッセージのパワーを高めていたと言えるのです。「壁」対「橋」「壁」対「橋」 クリントン候補と副大統領候補に起用されたティム・ケイン上院議員(バージニア州)は、即座にトランプ候補の指名受諾演説に反応しました。 第1に、クリントン候補は、トランプ候補が放った「私は自分1人で問題解決できる」というメッセージを取り挙げました。「一緒になればもっと強くなれる」というスローガンを掲げているクリントン候補は、米国社会が直面している諸問題を個人で解決するのではなく、協力し合ってチームで解決する立場をとっています。クリントン候補が集団主義的なアプローチに重点を置いているのに対して、トランプ候補はカーボーイのジョン・ウェインのように個人で問題解決を図ろうとしている点が対照的です。 第2に、クリントン候補はトランプ候補が力を込めて語った「私はあなたの声になる」について批判したのです。クリントン候補は、ある集会でトランプ候補が「あなたのことを語っていると思いますか」と支持者に質問を投げかけました。クリントン候補は、女性蔑視や反移民の発言を繰り返すトランプ候補が「あなたのことを気遣っていると思いますか」という意味を込めて支持者に尋ねたのです。 第3に、ティム・ケイン上院議員(バージニア州)は、同じ集会でユーモアを込めながら、若者に向かって以下の3つの効果的な質問を投げかけました。 ・「『お前はクビだ』と言う大統領がいいですか、それとも『あなたを雇います』と言う大統領がいいですか」 ・「障害者や女性、メキシコ系、同盟国をこけおろす大統領を欲しますか、それとも人と人の間に橋を架ける大統領を欲しますか」 ・「自分第1主義の大統領がいいですか、それとも子供・家族第1主義の大統領がいいですか」 言うまでもなく、前者がトランプ候補で、後者がクリントン候補です。要するに、クリントン候補とケイン上院議員は、「トランプ候補は、あなたの声に耳を傾け、意見を代弁し、気遣う大統領には決してなりません。自分第1主義の大統領になるのです。私たちは協力し合って米国社会が抱えている問題を一緒に解決していきましょう」というメッセージを発信したのです。 7月25日から東部ペンシルべニア州フィラデルフィアで、民主党全国大会が開催されました。民主党は、トランプ候補を人と人の間に「壁」を作る大統領として、一方、クリントン候補を移民、同性愛者、障害者、女性及び家族や子供を気遣い、人と人の間に「橋」を架ける大統領として描いています。

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    民主主義とほら吹きとの戦い

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 7月20日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、同紙のウルフ副編集長が、もし西側政府のエリートが国民の怒りに耳を傾けなければ、民主主義国家と開けた協力的な世界を共存させようとする努力は挫折するだろうと述べています。論説の要旨は、以下の通りです。iStock明確で、簡単で、間違った答え 米国のジャーナリストで痛烈な風刺で知られるH.L.Menckenは、すべての複雑な問題について、明確で、簡単で、間違った答えがある、と言った。確かに西側世界は多くの市民の不満という複雑な問題に直面している。同時に米国のトランプや、フランスのル・ペンのような政権を狙う者が、国家主義、移民排斥、保護主義と言った、明確、簡単で、間違った解決を提案している。 では、市民の反発をどう説明するか。 答えの重要な部分は経済である。生活水準が上がること自体いいことである。と同時にそれは民主主義を下支えする。民主主義の下では、すべての人の生活水準が同時に良くなることが可能である。生活水準が向上すれば、人々は経済的、社会的混乱に対処できる。他方、生活水準が向上しないと怒りを生む。 実質所得が長期にわたって停滞したのは、金融危機とその後の回復が弱々しかったためである。その結果、ビジネス、行政、政治のエリートの能力と誠実さに対する国民の信頼が失われた。そのほかにも、高齢化(特にイタリア)、国民所得に占める賃金の比率の低下も実質所得の長期停滞をもたらした。 国民の不満の原因は、それ以外にも文化環境の変化や移民がある。移民については、豊かな国のほとんどの国民にとって、市民権は最も価値のある資産であり、外部の者と共有することに憤りを感じる。Brexitは一つの警告であった。 それでは、何がなされるべきか。 第1に、繁栄は相互依存によってもたらされることを理解する必要がある。主権の主張と世界的な協力の必要性を調和させることが重要である。国自体ではできないこと、すなわち基本的な世界の公共財の供給に焦点を当てるべきである。この点から今優先すべきは気候変動である。 第2は資本主義の改革である。金融の役割が大きすぎる。株主の利益が重視され過ぎている。 第3に各国ではできない分野での国際協力で、脱税対策が最も重要だろう。 第4に投資、技術革新の推進、最低賃金の引き上げなどにより経済成長を加速させることである。 第5にほら吹きと戦うことである。労働者の流入を防いでも賃金を変革できない。輸入制限は高くつき、製造業の雇用比率を上げることに繋がらない。 なによりも問題の重要性を認識すべきである。長期停滞、文化的混乱、政策の失敗が重なると、民主主義の正統性と世界秩序のバランスが揺すぶられる。トランプ候補は一つの結果である。このバランスを取り戻すため、想像力に富み、野心的な考えが提示されなければならない。容易ではないが失敗は許されない。我々の文明そのものの運命がかかっている。 出 典:Martin Wolf ‘Global elites must heed the warning of populist rage’(Financial Times, July 20, 2016)トランプの台頭の要因 すべての複雑な問題について、明確で、簡単で、間違った答えがある、というMenckenの言葉は名言です。最近の典型的な例は、論説が言及しているように、トランプ米大統領候補です。 論説は、西側世界に見られる国民の不満、怒りの主たる原因は実質所得の長期停滞である、と言っています。トランプの支持者の中心が、所得の伸びていない白人の中、低所得者層であるとの指摘は夙に行われています。 米国経済は失業率の大幅低下等マクロ的には欧州、日本と比べて好調ですが、実質所得が上がらないことで、国民が景気回復を実感できず、景気回復に取り残されていると感じていることが不満や怒りに繋がっているのでしょう。 国民の不満、怒りの主たる原因は経済的なものですが、国民の不満や怒りは政治現象です。トランプの共和党大統領候補選出、ル・ペンの大統領選の有力候補への台頭は、その典型例です。 論説は、長期停滞に政策の失敗などが重なると、民主主義の正統性と世界秩序のバランスが崩れると言っています。これは国民の怒りに対する答えが、自国優先策になりやすいことを反映した懸念です。トランプの貿易、安保政策は典型例です。 論説は国際協力の重要性を強調していますが、国際協力の推進の前に、国内政治をただす必要があります。トランプの台頭は、共和党がオバマ政権反対を最優先させ、国民の不満に耳を傾けなかったことが大きな要因でした。 その点から言うと、論説の5つの対策は、議論を広げ過ぎている感があります。気候変動は確かに重要ではありますが、国民の不満に耳を傾けるという点から言えば、やはりとりあえず実質所得の向上を最優先させるべきでしょう。 国民の不満、怒りに正しく対処しないと、民主主義の下支えにひびが入り、経済的、社会的混乱に対処しにくくなります。同時に、移民排斥、保護主義が広まれば、戦後の国際秩序が挑戦を受けます。論説は我々の文明そのものの運命がかかっていると言っていますが、あながち誇張とは言い切れません。

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    「トランプ発言」は米国民の本音 熱狂を呼ぶ国益優先の世界観

    三浦瑠麗(国際政治学者)初の本格的な政策演説 アメリカ大統領選挙における共和党の予備選が事実上終わりました。焦点となっていたインディアナ州の予備選でトランプ氏が圧勝し、クルーズ、ケーシック両候補は選挙戦から離脱、トランプ氏が共和党の指名を得るのはほぼ確実な情勢となったのです。民主党側のヒラリー氏有利と並び、本選の構図はトランプ対ヒラリーということになります。夏に行われる党大会や本選に向けてまだまだ話題を提供してくれそうですが、本日は、4月27日に行われたトランプの初の本格的な政策演説について考えたいと思います。 同演説についての日本での受け止め方は、ゴールデンウィーク直前ということもあって、初めてプロンプターを使ったとか、日本を含む同盟国の負担増が求められたとか、表面的な分析に終始しているきらいがあります。しかし、「トランプ大統領」が実現すればもちろんのこと、仮にしなかったとしても、米国と世界の未来にとってとても重要な示唆に富む演説であったと思っています。集会で支持者から歓迎を受ける共和党大統領候補のトランプ氏=6月18日、米アリゾナ州 そもそも、トランプ氏が躍進を続けているのは、米国民の本音を体現しているからです。そして、この時点でトランプ氏が初の本格的な政策演説を行ったということは、米国民の本音を体系化する段階に来たということです。実は、私自身たいへん感心してしまったというのが正直なところです。時代の雰囲気に言葉が与えられたという印象を持ったからです。ひとたび言葉が与えられると、我々はその前の世界には戻れないのではないかとさえ思っています。 トランプ氏自身は自らをレーガン大統領になぞらえることを好みます。既存の政治に対するアウトサイダーで、国民に分かりやすい言葉で語る、それでいて、米国の強さを象徴する存在であるという。トランプ氏の外交演説には、確かにレーガンを意識した部分が多々見受けられます。もっとも端的にそれが表れているのは、「外交チーム」の総入れ替えを明確にしている部分でしょう。レーガンも、当時の外交エスタブリッシュメントを軽視し、カリフォルニアやテキサスから引き連れた子飼いの「カウボーイ」達に重責を担わせています。 しかし、私は、「トランプ外交」を考える際にもっとも参考になるのは、ニクソン大統領の政策なのではないかという印象を持ちました。ニクソン外交を表現する際にもっとも使われるのが「現実主義」ですが、トランプ氏の演説は同氏流の現実主義宣言であったと思っています。トランプ氏は、冷戦終結後から民主・共和双方の政権の下で進められた普遍主義に対して極めて懐疑的です。 それは、端的にはブッシュ(子)型の介入主義の否定であり、同時に、クリントン=オバマ型の国際協調路線への懐疑でもあります。米国外交は普遍主義と現実主義の間を、そして国際主義と孤立主義の間を揺れ動いてきたわけですが、トランプ演説は2016年という時代背景を背負った現時点での、共和党的な世界観をとてもよく体現したものに仕上がっているのです。トランプが指摘する米国外交の問題点 結果として、共和党内の意見も割れています。外交政策に限らず、トランプ氏への支持を躊躇するライアン下院議長や、自身も大統領候補であった上院軍事委員会の大物であるグラハム議員が批判的な一方で、上院外交委員会のコーカー委員長や、ブッシュ政権期のタカ派の代表格であるボルトン元国連大使らは積極的に評価しています。この時期の大統領候補の政策への賛否は、政治的な駆け引きや政権参画への思惑も入り混じるものですから額面どおりに受け取るわけにはいきませんが、少なくとも俎上に乗る対象にはなってきたということです。トランプが指摘する米国外交の5つの問題点 では、トランプ外交演説ではどんなことが語られたのか、紹介しましょう。演説の冒頭で、冷戦終結以降の米国外交を批判的に振り返るのですが、そこではこの期間の米国外交について、行き当たりばったりで、イデオロギー化しており、世界に混乱を招いただけであると酷評します。そして、自分が大統領になれば、米国外交に目的と戦略を再導入して平和を達成できるとするのです。演説の中で繰り返される言葉が、America First、あるいはAmerican Interestという言葉です。まさに、アメリカ第一主義の考え方です。集会で手をふる米共和党大統領候補のトランプ氏=7月26日、米ノースカロライナ州 外交とは、そもそも国益の追求のために行うものですから、米国の大統領が米国の国益を第一に置くのは当たり前のことなのですが、この点を何十回も繰り返さなければならないところ現在の米国外交の混乱があるように思います。つまり、何を米国の国益としてとらえるか、あるいは、どのような時間軸で米国の国益を定義するかという点が争われているわけです。トランプ外交は、少なくとも米国の国益をより直接的に、より短期的に捉えるという特徴を持っています。この点が現実主義と親和性が高い点でもあり、私がこれまで米国の「普通の大国」化と言ってきた発想です。 演説では、現在の米国外交の5つの問題点が指摘されます。これらの問題点の裏返しがそのまま政策提言の柱になっていきます。順にみていきましょう。 第一は、米国の総合的な国力の基盤である経済力の停滞に対する懸念です。外交演説の最初に、米国外交の停滞の根源には米国経済の相対的な縮小があるという認識を持ってくるあたりはビジネスマンの感覚とも符合するのでしょうし、的確な発想です。大統領候補として、内政上の課題とも重複が多く、攻めやすい課題ということもあるでしょう。特に、トランプ氏のこれまでの発言では米国経済について短期的な悲観主義、長期的な楽観主義が特徴的でした。この点が修正されたのであるとすれば候補者として大きく成長したと評価してもいいでしょう。米国経済の相対的な退潮こそ、米国の国益と現在の世界秩序への大きな脅威だからです。 第二は、同盟国の「タダ乗り」についてです。米国が米軍の前方展開その他の政策を通じて同盟国の防衛を引き受けているにもかかわらず、同盟国は資金的にも、政治的にも、人員としても十分に貢献していないという。そこでは米欧の主要な軍事同盟であるNATOを例にとり、防衛費をGDPの2%水準とするという基準が提示されています。日本に当てはめれば防衛費を現状の5兆円から10兆円水準へと倍増するということになります。 同時に目を惹いたのが、同盟国とともに地域の安全保障上の脅威認識を再確認しようと呼び掛けてもいるということです。どのくらい本気で言っているのか判断が難しいわけですが、東アジアにおいて中国や北朝鮮の脅威を「再確認」した場合に、どのようなことが俎上に上るのか。その際、日米の役割はどのように分担されるのか、興味深いところです。アメリカの力に基づく平和の持続 第三は、同盟目の不信を招いているという指摘です。この点は、主にイスラエルを意識した発言であると思われます。イスラエルの安全保障を軽視したイランとの核合意は、オバマ外交の最大の過ちであるというのは、大統領選挙期間中に各候補から聞かれた共和党全体のコンセンサスに近いものですから。ただ、中東以外にも、オバマ政権がロシアを意識するあまり東欧でのミサイル防衛の約束を反故にしたことにも言及していますから、米国のコミットメントへの不信が世界中に広がっているという認識はあるものと思われます。 第四は、米国がその挑戦者達から尊敬を勝ち得ていないという指摘です。これは、ロシアと中国を念頭においた発言です。特徴的なのは、米国が優位な立場から交渉する限りにおいて両国との妥協可能性はあるとする発想であり、米ロや米中が必然的に対立する運命にはないとする世界観です。その、妥協可能性が何を意味するのかは明確に語られなかったものの、米国の経済力をより的確に活用するということが示唆されます。例えば、北朝鮮問題について中国の正しい行動を促すために、経済制裁その他の経済的手段が有効であるということです。 最後の第五は、米国外交が明確な目的意識を失ったという指摘です。復興と国際的な仕組みづくりを主導した第二次大戦後の米国や、共産主義に打ち勝つことを目的とした冷戦期の米国外交には明確な目的意識があったのに対して、現在の米国外交は行き当たりばったりであり、特に、中東外交の混乱はひどいという指摘が繰り返されます。それに対する処方箋が、冒頭の米国第一主義であり、信頼される米国であり、地域の安定を最重視する姿勢の強調です。大事なのは安定であって、民主主義を広めることでも、リベラルな価値観を広めることでもないという考え方を明確にしています。パクス・アメリカーナの持続 トランプ氏は政権奪還を目指す野党共和党の候補者ですから、現政権が進める外交政策に批判的であるのは当然のことでしょう。しかし、トランプ外交演説にはそれを超えた米国外交の根本的な発想の転換が主張されているのです。それは、冷戦に勝利し、グローバリゼーションとイノベーションを牽引して世界経済を拡大し、自由と民主主義を広めるために努力した結果がこれか、という米国民の不満に根差しています。 米外交の問題点に続いて提示された戦略は、ブッシュ(子)政権期のテロとの戦いを名目とした介入主義でもなく、クリントン・オバマ政権期の自由主義的な発想に基づく多国間協調路線でもなく、ストレートにアメリカの力に基づく平和(=パクス・アメリカーナ)の継続を目指すものでした。そこには、誰しも孤立主義の匂いをかぎ取ったことでしょうが、演説を収束される際に繰り返されたのは「平和」という言葉でした。米国が力を取り戻すことで、21世紀はかつて人類が経験したことがない水準で、平和と繁栄を達成できるという。米国からみた中国への脅威は経済力 米国の安全と繁栄に対する本質的な脅威については、イスラム過激主義と米国経済の相対的な退潮があげられます。イスラム過激主義については、世界の人口構成の中長期的な展望と、米国に対する本質的な敵意と妥協不可能性の観点が強調されます。オバマ大統領やヒラリー前国務長官が、イスラム過激主義と正面から向き合わず、ISに対しても「封じ込め」政策に終始していることを激しく非難しています。ただ、これまでのトランプ氏と異なるのは、イスラム過激主義との闘いにおいては、イスラム教国の同盟国やロシアとの協調が必要であるとの観点が提示されることです。オバマ米大統領 米国の経済力の相対的な退潮について多くが語られたのが対中関係においてです。米国から見たときに、中国の脅威とは第一義的には軍事的なものではなく、経済的なものであると。中国の軍事力は、米本国にとってはいまだ直接的な脅威と言える水準ではない一方で、対中貿易を通じた米国製造業の衰退や、米国の財政赤字が中国の資金力によって支えられている現実への脅威認識です。米国から見る世界においては、中国との対立も協力可能性も、その主戦場は経済分野であるということです。 そして、米国の力を再確立するために米軍の能力を再確立することが急務であり、米軍の優位性は誰からも疑問視されてはならないと。そのために挙げられた第一の課題が核兵器体系の更新であり、核抑止の再確立です。この点は、歴代政権が正面から取り組んでこなかった安保専門家の根本的な課題認識であり、オバマ政権の「核なき世界」路線からの明確な決別です。その他にも、海軍や空軍の量的な拡大や装備の更新、人工知能やサイバー攻撃などの新しい技術においても世界をリードする強固な意志が表明されました。 トランプ氏の外交政策を支える根本的な世界観は、冷戦後の世界において形成された「リベラルな国際秩序」(Liberal International Order)への懐疑です。懐疑というよりも、そんなものはそもそも存在したのかという苛立ちに近い感情でしょう。現に、ロシアはクリミアで、中国は南シナ海でリベラルな国際秩序とは正反対の行動を繰り返しているにもかかわらず、世界にはそれを止めさせる力はないではないかと。そして、リベラルな世界観を声高に主導していた欧州でさえ、100万人規模の難民が押し寄せれば見るも無残に腰砕けではないかと。冷戦後に語られた理想主義は、結局は1920年代のそれに似ていて、本当に世界の平和を守る力はない、平和を守れるのは米国の力だけである。いやむしろ、大国間の平和が保たれれば、辺境に紛争が存在してもかまわないという発想です。世界の文脈と東アジアの文脈と トランプ外交演説には、ある意味、典型的な共和党的発想と言える部分が多く含まれます。米軍の優位を絶対的なものとすることは、レーガン政権期を通じて形成された発想と通じるものがあります。米軍の中身について、冷戦型の大量展開型の軍隊から、テロ、宇宙、サイバーなどの新しい脅威へも機動的に対応できる軍への転換を目指すというのは、ブッシュ(子)政権期のラムズフェルド国防長官が目指した路線です。また、実際の米軍の展開は質量ともに圧倒的な優位な状況においてのみ行われ、いざ展開する場合には「勝つために戦う」という発想も、レーガン政権期のワインバーガー国防長官や、ブッシュ(父)政権期のパウエル統合参謀本部議長の発想と同じです。グローバリゼーションへの懐疑的な視点 しかし、トランプ氏には従来的の共和党的な路線からの逸脱も見られます。特徴的なのはグローバリゼーションに対しても懐疑的な目を向けている点です。この点が従来型の共和党的候補と大きく異なる点でしょう。その必然的な帰結は、外交全般における孤立主義的傾向です。経済分野では保護主義的傾向が強まるでしょうし、安全保障分野では米国の核心的な利益とはみなされない地域やテーマに対しては、介入に消極的となることが予想されます。 その点から、トランプ外交の世界的な文脈と東アジア的文脈とのズレが生じてくることになるでしょう。米国民のほとんどは、西太平洋の局地戦に米国の核心的利益を見出すことはありません。日本人が理解すべきは、その事実はトランプが勝とうがヒラリーが勝とうが変わらないということです。最初から開き直ってネゴシエーションの対象としてくるか、米国のコミットメントは不変であると最後まで言い続け、最後に梯子を外すかの違いに過ぎません。 「トランプ大統領」が想定しうる事態となってきたことを受け、世界中で外交・安全保障専門家が右往左往しています。トランプ外交演説の原則をそのまま日本の文脈に当てはめれば、在日米軍の駐留費は全額負担し、防衛費全体を10兆円規模に増やし、中国や北朝鮮の脅威への対処についてゼロベースで米国と交渉することになります。20世紀後半の日本外交の転機となったニクソン・ショックと同規模の、トランプ・ショックということになるでしょう。 なにせ、相手は合理性と損得で考えるディール・メイカーです。しかも、これまでの経緯論にこだわらずに、ゼロ=ベースで思考する日本が最も苦手なタイプです。多少救いがあるとすれば、この黒船がいつやって来そうなのかほぼほぼわかっているということでしょうか。

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    暴言のエスカレートでトランプ陣営は崩壊寸前?

    。党大会後の世論調査で、いきなりヒラリーがトランプに10%近い差をつけてしまったからだ。 ちなみに、アメリカの大統領選というのは獲得票の単純集計で決まるわけではない。州ごとに決まっている選挙人数を、その州で勝利した候補は「総取り」するというルールになっており、全部で538の選挙人中270を取れば当選ということになる。この選挙人数の獲得においては、俗に「スイング・ステート」あるいは「バトル・グラウンド」と言われる中道州の勝敗がモノを言う。米共和党全国大会で演説する同党大統領候補の不動産王、ドナルド・トランプ氏=7月21日、米オハイオ州(ロイター) 最新のデータによれば、勝敗を分ける中道州についても、フロリダ、ペンシルベニア、ミシガン、オハイオなどで軒並みヒラリーが大差でリードしている。獲得選挙人数の予測を集計すると、ヒラリーが362対176で勝っているというデータもある(政治サイト「リアル・クリアー・ポリティクス」の集計)。一体何が起きているのだろうか? 一つには、共和党大会の後に行われた民主党大会が「オールスター・キャスト」で盛り上がったということがある。現職のオバマ大統領、ミシェル夫人、バイデン副大統領、ヒラリーの夫であるクリントン元大統領、そしてライバルのサンダース候補など、大変な顔ぶれが揃ったわけで、トランプ一家ばかりが目立っていた共和党大会に「差をつけた」というのは事実だろう。 問題はそれだけではない。ここへきてトランプ候補の言動が、「コントロール不能」になっている。本来なら、この時期には、本選を意識して「大統領らしい」言動に変えていかねばならないはずなのだが、相変わらずの「暴言・放言」が続いているだけでなく、その内容が、身内であるはずの共和党内からも「ヒンシュク」を買っているのだ。 発端は、イスラム教徒の戦没米兵一家の問題だった。イラクでアメリカ兵の息子が戦死した、イスラム教徒のキズル・カーンという人物が、民主党大会でスピーチを行ったのだが、そこに、トランプへの批判が含まれていた。つまり合衆国憲法が「信教の自由」を保障しているのにもかかわらず、トランプが「イスラム教徒の入国禁止」を主張しているのはおかしい、という主張を展開したのだった。 これに対してトランプは、猛然と反論というか、罵倒を始めたのである。例えば「誰があのスピーチを書いたんだ? ヒラリーのスピーチライターか?」とか、「横で(カーン氏の)奥さんが黙っていたが、イスラム教のために女性は発言が禁じられていておかしい」などという具合だ。 これは、大問題になった。トランプには、いくらでも謝罪するタイミングがあったにもかかわらず、ズルズルとケンカを売り続けた結果、「トランプは戦没者の一家をバカにしている」という批判が、共和党内からも上がるようになったのである。 完全に「暴言モード」が止まらないトランプだが、8月6日(土)には、相変わらずの日本批判もやっている。「アメリカが攻撃されても日本人は戦ってくれない。どうせ家でソニーのテレビでも見ているだけだ」ということで、要するに安保条約など止めてしまえというのである。材料は以前と同じだし、「ソニーのテレビ」がどうとかという表現には絶望的なレトロ感があるのだが、それはともかく、同じ暴言でも表現がエスカレートしているのが「2016年夏バージョン」の特徴だ。 さらに問題となったのは、「修正第2条」発言だ。「修正第2条」というのは、合衆国憲法の中の「武装の権利」を保障した条項のことだが、8月9日(火)にノース・カロライナ州で行ったスピーチで、トランプは「ヒラリーは(大統領になったら)修正第2条を潰すかもしれない。ヒラリーが指名した判事が揃ったら誰も手出しはできない」と述べている。 要するにヒラリー政権になったら銃規制が強まるというのだが、問題はその後だ。「でも『修正第2条の連中』が何とかするだろう」。そうトランプは放言したのである。本人は否定しているが、「誰も手出しができなくなった後で、銃保有派の人々が何とかするだろう」とは、ヒラリーに対する暴力を教唆していると言われてもおかしくない。 8月10日(水)には、「ISISの創設者はオバマ、ヒラリーも共同創設者だ」という放言をしたが、今では「この程度」ではあまり話題にならなくなってきている。メディアも、社会もマヒしてきているのだろう。もちろん、それは許容しているということではない。 一連の暴言騒動と並行して、共和党の主流派との間にも再び亀裂が走るようになった。中でも、党内の最高権力者であるポール・ライアン下院議長について、カーン氏の問題で同議長が批判をしたことに腹を立てたトランプは、議長の「再選を目指した予備選」において、「支持せず」という表明を行った。 これはまさに政界激震という事態である。背景には「現職の議長でも予備選の洗礼を経ないと再選に出馬できない」という厳格なルールを逆手に取って、「トランプ派の候補が刺客に立っていた」という事実があっただけに、深刻な問題となった。 さすがにトランプは後になって「不支持」を撤回したし、8月9日の予備選ではライアン議長が80%以上の票を取って圧勝したために「事なきを得た」が、この確執を契機として、党内の動揺は激しくなっていった。特に11月の総選挙で、このままいくと、トランプ批判のモメンタムが、そのまま共和党の議員への批判にもなり、共和党が「上院の過半数を失う」という恐怖が広がっているのだ。 そんな中、リチャード・アーミテージ氏など共和党系の「安全保障のスペシャリスト50人」が連名でトランプ不支持を宣言したり、共和党の環境長官経験者人も同様の宣言をしたりするなど、党内に「脱トランプ」の「ドミノ現象」が起きつつある。 中には「負けず嫌いのトランプは、どこかで選挙戦を放棄するのでは?」という見方も出ているし、その方が11月の上下両院議会選挙の「足を引っ張らない」という声もある。事態の急展開に動揺した共和党全国委員会は、ラインス・プリーバス全国委員長が「トランプ氏には自分のゴルフ場で休暇を取ってもらっていた方がよかった」というホンネを漏らすなど、もはや共和党の選挙への態勢は崩壊を始めたと言っていい。関連記事民主党大会、影の主役はサンダース【速報】異例ずくめの共和党大会、報ずるメディアも大混乱!党内抗争の次は、大中傷合戦スタート!

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    感情論が導いた英EU離脱 排除すべきは無責任なナショナリズム

    宮家邦彦(CIGS研究主幹) 6月23日の国民投票の結果には一瞬絶句した。英国の大衆迎合型民族主義を過小評価したことを思い知らされた。同日付本紙コラムで筆者はこう予想した。 ・英国の欧州連合(EU)離脱の悪影響は経済面に限られない。 ・離脱賛成が過半数を占めるということは、英国有権者が抱く反EUの民族主義的感性が、加盟維持という国際主義的理性を凌駕したということ。 ・あの英国でも大衆迎合主義的ナショナリズムが本格的に始まったことを意味する。国民投票の結果を喜ぶEU離脱派の人々 それでも筆者はイギリス人がEU離脱を選択する可能性は低いとどこか楽観していた。最後は英国の理性が感情を抑えると信じたかったのだ。英国EU離脱の経済的悪影響については既に多くの記事が書かれている。本稿では国民投票結果が今後の国際政治に及ぼす影響につき考えてみたい。力で現状変更厭わぬ帝国 昨年末あたりから筆者は繰り返しこう書いてきた。 ・現在世界中で醜く、不健全で、無責任な、大衆迎合的ナショナリズムが闊歩している。 ・21世紀に入り世界各地で貧富の差が一層拡大した。前世紀後半までそれなりの生活ができた中産階級が没落し始めたからだ。 ・彼らの怒りは外国、新参移民と自国エスタブリッシュメントに向かう。強い不平等感を抱く彼らは何に対しても不寛容で、時に暴力的にすらなる。 筆者はこれを「ダークサイドの覚醒」と呼んできた。欧州大陸での反イスラム・反移民の極右運動や米国のトランプ旋風だけではない。中東「アラブの春」運動や中国で習近平総書記が進める反腐敗運動などの政治社会的背景も基本的には同じだ。それがあの英国ですら起きたのだから、もう世界的に定着したと考えてよいだろう。 この傾向はポスト冷戦期の終焉とともに顕在化し始めた。ポピュリズムとナショナリズムは欧米の自由民主主義的な現状維持勢力を劣化させる一方、力による現状変更も厭わない「帝国」を生みだしつつある。最初は愛国主義者プーチン大統領のロシア。ジョージア、ウクライナ、クリミアなどへの軍事介入がその典型例だ。続いて中国。習近平総書記が進める「中国の夢」も力による現状変更を正当化するものだ。政治家に求められるのは制御能力 中露だけではない。大衆迎合的民族主義が帝国主義と合体する可能性はイランやトルコにも見られる。今後はこれまで世界秩序を維持してきた自由・民主・市場経済を重視する勢力が求心力を失って分裂傾向を強める一方、権威主義的・非民主的勢力が、前者の凋落によって新たに生まれる「力の真空」を埋めていくだろう。政治家に求められる制御能力 日本は何をすべきか。第1にパニックは禁物だ。確かに市場では政治的不確実性がパニックとボラティリティ(数値の乱高下)を生んでいる。しかし、この現象が一過性でないことは述べた通りだ。今後もダークサイドの覚醒は長期化し世界各地に波及していくだろう。であれば今後はこの状態を「新常態」と覚悟する、冷静で理性的な判断が必要となるだろう。 第2はデマに惑わされないことだ。既に一部では、これからユーロは暴落しEUは崩壊し、英国は分裂するなどとまことしやかに報じられている。しかし、離脱の連鎖反応を恐れるEU主流は逆に結束を強めるから、ユーロへの悪影響は少ないだろう。しかも、英国の離脱には通知から2年間の交渉期間が必要だ。ダークサイドからの逆襲を受けた欧州エリートの粘り腰も過小評価すべきではない。EU離脱派が勝利したことを受け、辞意を表明するキャメロン首相 そもそも、今回の衝撃はリーマン・ショックとは若干異なる。後者がサブプライムなど米国バブル崩壊に端を発した経済問題であるのに対し、今回の原因はより政治的側面が強く複雑だからだ。最後に重要なことは、ダークサイドを制御する能力だ。この制御に失敗した政治家は、キャメロン英首相であれ米共和党主流派であれ政治生命を失った。そうした危険が将来、日本に生じないという保証はない。普遍的価値を尊重し連携を 産経新聞(25日付)に「英国人は外部から指示されればされるほど、拒否する気性がある。論理的に正しくても、感情的に反発する」とあった。なるほど、では、同じ島国・日本にも同様の気質はないのか。これらは日本国内の左右のダークサイドに共通してみられる傾向ではないのか。 中国の新華社通信は「西側が誇りとしている民主主義の制度が、ポピュリズムや民族主義、極右主義の影響にはまったくもろいことが示された」と報じたそうだ。しかし、民主的国民投票など実施できない独裁国家・中国にそれを言う資格はない。 今回の英国EU離脱騒動は日本にとって対岸の火事ではない。日本人が得るべき教訓は、常に理性的に行動し、決して感情的にならないこと。そして、無責任な左右のナショナリズムを排しながら、普遍的価値を尊重する勢力との連携を貫くことの重要性である。

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    角栄とトランプ共通点 反エリート期待の空気と娘の存在

     アメリカ大統領選挙候補の指名レースで注目を一身に集めるドナルド・トランプ氏。型破りな言動が反発を買う一方で熱狂的な人気を集め、予備選序盤からの快進撃は「トランプ劇場」と称された。その背景を分析すると、日本の歴代総理で随一の人気を誇る田中角栄との共通点が浮かび上がってきた。 角栄が首相に就任したのは1972年。7年8か月続いた鉄道官僚出身の佐藤栄作首相の後継を決める自民党総裁選は、「角福戦争」と呼ばれた。大蔵省出身のエリートである福田赳夫優位の下馬評を角栄がひっくり返す劇的な結末に、国民は喝采を送った。長く続いた官僚政治の閉塞感が庶民宰相誕生の背景にあったのだ。 トランプ人気にも似た空気が読み取れる。候補者選びが始まった当初、本命と見られていたのは父と兄が大統領経験者のジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事。同氏に「退屈」「低エネルギー」のレッテルを貼って支持を広げた。そこにはやはり名門エリート一家への不満、物足りなさがあった。「政治は数、数は力、力はカネ」の“名言”は、角栄流政治の象徴といわれる。その資金力が首相にのぼりつめるには欠かせなかった。 米国の大統領選ではテレビCMに巨額を投じる必要があるため通常は各種団体からの寄付が不可欠だが、トランプ氏の場合、総資産45億ドルといわれる自前の財力がある。『トランプ革命』(双葉社刊)の著者・あえば直道氏(政治評論家)が指摘する。「お金があるから寄付を求める必要がなく、関係各所を気にしてペコペコする必要もなくなる。有権者はそれを『ウソがない』と評価している」 こうした共通点の他にも2人には共通点がある。角栄の娘・眞紀子氏は「晩年、病に倒れた角栄が座る車イスを押して、有権者の前で父に代わって演説した」(政治評論家の小林吉弥氏)。トランプの娘・イヴァンカ氏も父を支える。父と同じペンシルベニア大卒の元モデルで、トランプ氏の会社の役員も務める。 選挙活動にも同行。共和党唯一の女性候補だったフィオリーナ氏に対しトランプ氏が「あの顔を見ろ、誰が投票するだろうか」と女性蔑視の暴言を吐いて批判されそうになると、「父は性差別主義者だと思わない。そんな考えなら私が彼の会社で要職に就くことはなかった」と即座にフォローする。その機転から有権者の人気も高い。“じゃじゃ馬娘”の存在は、どちらの父も心強く思ったことだろう。関連記事■ 角栄とトランプの共通点 ビジネスマンとしての実績■ トランプと角栄の共通点に人の心を動かすスピーチ術■ トランプと角栄 人心掌握術と突破力という共通点■ 江沢民、トウ小平 田中角栄が被告になった後も敬意払い訪問■ 田中角栄 北方四島交渉でソ連に「イエスかノーか?」と強気

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    フォースで世界は覚醒するか? 時代の寓話としてのスター・ウォーズ

    」としての側面を持つ。以下、具体的に見ていこう。 〈三部作・その1〉がスタートした1970年代後半、アメリカはベトナム戦争の失敗や、ウォーターゲート事件(1972年、当時の米大統領リチャード・ニクソンが起こした政治スキャンダル。ニクソンは1974年に辞任)などによる威信失墜を経て、本来のあり方に立ち戻ることをめざしていた。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved ベトナム戦争当時、同国がしばしば「帝国主義的」と批判されたのを思えば、「邪悪な銀河帝国が、共和国の理想を信じる正義の反乱軍によって打倒される」という物語は、このような時代の風潮を寓話的に表現したものになる。事実、ジョージ・ルーカスの評伝「スカイウォーキング〈完全版〉」(デール・ポロック著、高貴準三監訳、ソニー・マガジンズ、1997年)によれば、銀河帝国を支配する「皇帝」の人物像は、ニクソンをモデルに構想されたのだ。 同三部作のクライマックスとなる「ジェダイの帰還」では、エンドアという森林の惑星を占領した帝国軍が、原住民のゲリラ的抵抗の前に敗北するものの、「スカイウォーキング」はこれについても、「地獄の黙示録」(1979年のベトナム戦争映画)のルーカス版だと述べた。「地獄の黙示録」の監督はフランシス・コッポラだが、同作品はもともとルーカスが監督する予定になっていたのだから、この記述も決してコジツケではない。 他方、〈三部作・その2〉がスタートした1990年代末は、アメリカが冷戦に勝利し、自由と民主主義の旗印のもと、世界全体を一極支配するかに見えた時期だった。まさに「繁栄を誇る共和国」というところだが、2001年の同時多発テロ、そして2003年のイラク戦争を契機として、アメリカの覇権は揺らぎ、威信もふたたび落ち始める。 「繁栄を誇る銀河共和国が衰退、邪悪な銀河帝国へと変貌する」という物語も、時代の風潮を寓話的に表しているのである。「スター・ウォーズ」の世界では、「フォース」という超能力が大きな役割を果たすものの、このころのアメリカでは、テロリスト容疑者を拷問することが「フォースの悪用」にたとえられた。 フォースを悪用する者は、「ダークサイド」(暗黒面)と呼ばれる怒りと憎しみの世界に堕ち、帝国派となってしまうのだから、これは「アメリカが帝国になる」と言うにひとしい。エピソード1の題名「ファントム・メナス」(見えざる脅威)が、テロリズムを想起させることも、関連して付け加えておこう。覚醒の寓話は生まれるか覚醒の寓話は生まれるか すなわち「スター・ウォーズ」シリーズを、ただエピソード順に並べることには、2000年代を1970年代の前に持ってくるというか、イラク戦争をベトナム戦争以前の出来事と位置づけるような不自然さも伴う。 しかも現在の世界の状況は、「帝国にたいする共和国派の勝利」よりも、「共和国にたいする帝国の勝利」のほうに近い。なにせ内外の少なからぬ識者が、格差の拡大やテロの脅威、難民問題などを受けて、全体主義的風潮が社会に台頭する危険を警告するにいたっているのだ。 新作「フォースの覚醒」は、〈帝国滅亡後、新共和国を築く物語の始まり〉(=エピソード順による位置づけ)と、〈共和国滅亡後、帝国に抵抗する物語の始まり〉(=製作順による位置づけ)という二つの役割を、同時に果たさねばならなかったのである。この二重性がどう処理されたかは興味深いところだが、注目されるのは、こうやってスタートした最終三部作、ないし〈三部作・その3〉が、いかなる結論に達するかだろう。『スター・ウォーズ/フォースの覚醒』 (C) 2015Lucasfilm Ltd. & TM. All Rights Reserved 物語上の理屈(=エピソード順の展開)にしたがえば、共和国滅亡の経験に学び、帝国に乗っ取られないような新共和国を築けば万々歳になる。だが時代の流れ(=製作順の展開)にしたがえば、帝国は1980年代にいったん滅んだあと、2000年代半ばに共和国を倒して復活を果たした。 となれば、ふたたび帝国(ないし帝国派)を倒して新共和国を築いても、いずれまた帝国に乗っ取られる堂々めぐりが待っているのではないか? それとも共和国派は、決してダークサイドに堕ちることのないフォースの使い方を発見できるのか? 〈三部作・その1〉と違い、もはや敵を倒しさえすればいいことにはならないのだ。 こう考えるとき、今回の三部作も時代の寓話たるべき宿命を背負っていることは疑いえない。「フォース」を直訳すれば「力」になるものの、力は使い方次第で善にも悪にもなりうる。 その意味で「フォース」が覚醒することは、世界全体が調和や秩序に覚醒する契機かも知れないし、逆に破壊や戦乱、あるいは全体主義へと突入する契機かも知れない。これはまさに、われわれが直面する状況を反映したものと言えよう。 今までの「スター・ウォーズ」を振りかえるとき、〈三部作・その1〉は勝利の寓話であり、〈三部作・その2〉は敗北の寓話だった。ならば〈三部作・その3〉がめざすべきは、勝利の寓話の繰り返しではなく、「覚醒の寓話」でなければならない。 くだんの寓話がどこまで説得力を持つかは、製作陣の力量もさることながら、時代の流れによっても左右されるだろう。くしくも今年、アメリカでは大統領選挙が行われるものの、「スター・ウォーズ」がそれと足並みをそろえるかのごとく復活したのにも、偶然を超えた符合が感じられるのである。

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    米大統領選で危険な候補がウケる理由

    ほぼ1年をかけた長期レースの幕が開いた米大統領選。ブッシュ家とクリントン家の「王朝対決」と言われた当初の見方から一転、2つの異変が起きている。大本命のヒラリー・クリントン氏の失速と大富豪、トランプ氏の快進撃だ。なぜ、トランプ氏のような危険な主張を掲げる候補が支持されるのか。

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    メール問題はきっかけに過ぎない 失速するヒラリーは勝てるのか

    そんな中で、極めて知名度の高いクリントン氏に支持が集まるのは当然の話である。むしろ、1990年代からアメリカ政治の中心にいたクリントン氏に対して、彼女に対する好き嫌いの評価はすでに定まっており、知られすぎたクリントン氏がブームを起こすのは容易でなく、これから支持を大きく重ねていくことは難しい。むしろ何かネガティブな事が起きた場合に、他の選択肢が頭に浮かばず、何となく支持していた人たちが剥がれ落ちる可能性の方が高かった。 ブームという言葉を賞味期限と言い換えることもできる。クリントン氏は名門女子大であるウェルズリー・カレッジを卒業し、その後エール大学ロースクール、そしてトップランクの弁護士として、社会で活躍する新しい女性像の先駆者として走り続けてきた。そうした彼女にとって、その最終ゴールが「初の女性米大統領」ということになるのだろう。そんな彼女が当選すべき旬の時期は前回立候補した2008年であった。あるいは準備が不十分でもブームを巻き起こすという点で言えば、ファーストレディから去って間もない2004年の米大統領選の時期だったのかもしれない。 だが、これまで彼女を支持してきた女性たちが60代あるいは70代となる一方、現在は、彼女を知らない若者たちが多く有権者となっている。選挙のカギを握るそれら無党派層は、70~80年代に時代の寵児だった彼女のことはほとんど知らない。素晴らしい働きをした国務長官時代のクリントン氏のことは認識しているが、そのことは今回のメール問題で帳消しにされようとしている。また新たな女性の有力候補も出てきている。共和党でヒューレット・パッカードの最高経営責任者(CEO)だった、カーリー・フィオリーナ女史が静かに、しかし着実に支持を集め始めている。鮮度という点ではこちらのほうが遥かに高い。 とはいえ、こうした逆風であっても、現時点ではクリントン氏が民主党候補者として敗れることは想定できない。先に紹介したサンダース氏がブームを引き起こしているとはいえ、現実的に勝ち残るためには様々な面で不安が残るためだ。一つはアメリカにはやはりそぐわない社会主義思想。また米大統領選挙は、人員と資金をいかに集めるかという総力戦であり、その点で態勢が不十分だと思えるからだ。彗星のごとく現れて当選したようにみえるオバマ大統領も、実はその組織づくりや資金集めは極めて周到なものだった。 そこで注目すべきは、現在副大統領のジョー・バイデン氏である。彼は現時点で出馬を表明していない。また副大統領として堅実に仕事をこなしているが、存在としては地味で国民的な人気を博しているとは言えない。そのため現在、クリントン氏を脅かす存在とは思われていない。しかしながら、サンダース氏がこの後も勢いを保ち、一方のクリントン氏の失速が止まらないようだと、「勝てる候補者」としてバイデン氏が押し出されてくる可能性も否定できない。 失速を乗り越えてクリントン氏が民主党で大統領候補として指名を獲得した場合はどうだろうか。その場合に、共和党候補者としてジェブ・ブッシュ氏のような正統派の候補者が出てきた場合には、互角の勝負となるか、あるいは成算があるかもしれない。一方、現在トップを走る異端児の億万長者、ドナルド・トランプ氏が勝ち残って出てきた場合には、同氏の勢いに苦戦を強いられよう。 最後に、全く学問的でもないし事実に基づいて記述するジャーナリズム的でもないが、お許しいただければ、私の感覚的なことを付け加えさせていただきたい。 それは人間の運不運である。彼女の夫、ビル・クリントン氏は極めて運に恵まれた人間であり政治家である。大統領になる選挙期間中も大統領に就任後も、あれほどのスキャンダルに見舞われた米大統領は記憶にない。一時、弾劾の危機にまで直面した。そうした振る舞いに対して共和党を含む一部の人からは激しい嫌悪感が示された。だが、常に明るく陽気に振る舞ったビル・クリントン氏は、経済が好調だったこともあって、そうしたマイナスをものともせず最終的には高い支持率を得て2期8年の任期を終えた。2012年の米大統領選でも現職のバラク・オバマ氏が苦戦する中、夏の党大会でクリントン元大統領は彼を強く支持する演説を行って最も熱い拍手を受けた。今でも世界各地から講演依頼が引きも切らない人気者である。 しかし、彼は回りの人の運を全て奪っているように思えてならない。8年間、副大統領として彼を支え続けたアル・ゴアはビル・クリントン氏の後任の座を狙って大統領選を戦ったが敗れた。その際にはクリントン氏が引き起こしたスキャンダルであったにもかかわらず、「スキャンダルまみれの民主党のホワイトハウス」からの決別というムードが、ゴア氏にマイナスに働いた。ヒラリー・クリントン氏も同様で、スキャンダルの当人であるはずの夫は無傷で、その際のマイナス・イメージを一人で背負わされてしまっている感は否めない。そうした不運が彼女にはついて回るような気もする。 だが、米大統領選はまだ始まっていない。私はクリントン氏の失速についてネガティブな要素を取り上げて説明したものの、クリントン氏は現時点で選挙に必要な人員と資金において万全であり、クリントン氏のこの先の当選可能性を全て否定的に断言するものではない。予想は局面によって大きく変化することを改めて述べておきたい。

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    「トランプ現象」の虚実 「深読み」とメディアの論理

    が、ドナルド・トランプの「快進撃」であろう。この「トランプ現象」の要因を深読みし、「かつてないようなアメリカ政治の根本的な地殻変動」という見方もある。ただ、この現象は、どこまで本物なのだろうか。考えてみたい。人気を集めるテレビの有名人 ほとんどのアメリカの国民にとって、トランプは、テレビのバラエティ番組に頻繁に出演し、あっと驚くような放言で世間を騒がせる不動産成金、といったところだろうか。何度か大統領選や知事選への出馬をにおわすなど、過去に政治的な野心を見せたことはあったが、テレビの有名人の域を超えない。 そもそも泡沫候補にすぎないトランプが、これまでの各種世論調査では共和党の立候補者の中ではトップに立ち、共和党支持者の中で30%近い高支持を集めている。さらに奇妙なのが、退役軍人批判や女性差別につながる発言にしろ、通常なら大きなダメージとなる失言に近い放言を繰り返せば繰り返すほど、むしろ支持率が高くなっていることである。強硬な移民排斥や中国の為替操作、さらには、日本の安保ただ乗り批判など、まともな「政策」といえないような放言も支持者には好評のようだ。 トランプ現象はどう考えてもありえない。一方で、このポピュリズムを絵に描いた男を支援するような何か大きな変動がアメリカ政治に起きているのではないかと深読みをすることができる。 深読みはいくつでもできるが、主なものは2つであろう。国民の政治不信と政治的分極化 まず、国民のアメリカ政治に対する強い政治不信がこの現象を生み出していると解釈できる。オバマ大統領への支持率は不支持の方が支持を上回ることも頻繁にあり、現在も40%台と長年低迷を続けている。大統領に対する支持よりもひどいのは、連邦議会への支持率でこれは、ここ数年、10%台という史上最低レベルを続けている。 2016年選挙の主役とみられている候補たちは、国民にとってこの既存の政治にどっぷりつかった人物とみられているのかもしれない。共和党の予備選争いの最大のライバルである、ジェブ・ブッシュにしろ、民主党で一番人気のヒラリー・クリントンにしろ、10年前、20年前の手あかのついた感がある。共和党の中でスコット・ウォーカーら本流ともいえる候補が軒並み、支持率で伸び悩んでいるのも、既存のエスタブリッシュメント距離の近さが一因となっていると解釈できる。 アメリカ国民は既存の政治に飽き飽きしている中、全く新しい斬新さをトランプに求めているのかもしれない。ちょうど、リアリティ番組の『アプレンティス』のように、トランプなら、「ユー・アー・ファイヤード(お前はクビだ!)」と既存の政治家にノーを突きつけてくれるかもしれない、という期待である。 「トランプ現象」のもう一つの深読みが、最近のアメリカ政治を象徴する「政治的分極化(政治的両極化)」のなれの果て、という見方である。政治的分極化とは、リベラル派と保守派で世界観が真っ二つに割れる度合いが進み、しかもリベラル派と保守派内での結集も目立つ「2つのアメリカ」現象である。国民世論にしろ、議会内での議員の行動様式にしろ、分極化が目立っている。 分極化がさらに進み、移民排斥を主張する層など、より右に向かっている共和党の中の層がさらに台頭し、トランプを支持しているのではないかと解釈できるのである。つまり、トランプを押すほど、右が右に行きすぎてしまっている、という見方である。 共和党支持者の中でも最も国際的感覚に疎い層がトランプを押しているとすると、トランプがまかり間違って当選した場合、その後の政策はその層に引きずられる部分もあるため、国際的な反発も危惧される。メディアの「競馬予想」 ただ、筆者はいずれの深読みも基本的に正しいものの、やや拡大解釈すぎると強く感じている。というのも、大統領予備選をみつめる政治関係者・マスメディアと、一般の国民とはかなりの温度差があるためである。 過去30年間、アメリカの大統領予備選は毎回、どんどん前倒しされる傾向にある。各候補者は正式立候補前に予備選が始まる2年ほど前から、予備選段階の最初の戦いとなるアイオワ州やニューハンプシャー州に入り、組織作りを始めたり、テレビで選挙CMを放映することもある。これは最初の段階で勝利し、選挙戦に勢いをつけるためだが、この長期化する「影の予備選」の動きをマスメディアは頻繁に伝えるだけでなく、今年のように予備選が実際に始まる半年も前から連日報道を続ける。ただ、その報道は「誰が本命の馬か」「誰が対抗馬で、だれがダークホースか」などの支持率をめぐっての競馬予想が中心である。政策についての報道は極めて少ない。 それもあって、国民はそれぞれの候補の政策上の立ち位置などをしっかり理解しているとは到底思えない。実際、トランプは富裕層増税などリベラル的な政策も打ち出しているが、メディアはわかりやすい移民排斥政策ばかりを伝える。トランプの政策については、減税をどうしたら達成するのか、これまでの発言ではさっぱりわからない。もちろん外交もほとんど未知数だ。情報が少ない分、共和党の最右翼に位置するような「分極化のなれの果て」の層は誤解している気もする。 影の予備選が早く、長期化する中、メディアは競馬予想には大騒ぎだが、政策論は置いておかれている。支持者に対するまともなデータもない中、候補者の政策に全く疎いまま「しょっちゅうテレビでみる、エネルギッシュに叫んでいる人」を国民は「支持」といっているだけのような気がしてならない。真の現象になるか 大統領選挙は候補者が長期戦の中、もまれながら成長を続けていく。その成長物語を国民が自分たちの物語として共鳴しながら、見ていくプロセスがユニークだ。 トランプが予備選の実際の開始後も支持を高めているには、かなりの困難が伴う。トランプが候補者として“成長”し、自分の政策を理解させたうえでより多くの支持者を取り込めるようになるまで、「トランプ現象」は割り引いてみておいた方がいいであろう。(『Yahoo!ニュース個人』より2015年9月4日分を転載)

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    トランプブームが示す米国民の憂鬱

    青木伸行(産経新聞ワシントン支局長)米大統領選は「人気投票」 ホワイトハウスへの道のりは長い。過酷なサバイバル・レースであり、資金力、組織力、気力の三拍子がそろわないと勝ち抜けない。何より、米国の大統領選挙は「人気投票」という側面が強く、この点が、日本の議院内閣制の下での首相選びとは違うところだ。 民主、共和両党の候補者選びレースでは目下のところ、2つの潮流がある。 一つは、共和党では「不動産王」の異名を取るドナルド・トランプ氏の勢いが止まらず、本命と見られていたジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事が、支持率の低迷にあえいでいること。もう一つは、民主党の最有力候補であるヒラリー・クリントン前国務長官の支持率が、下降線をたどっていることだ。 政策論争は脇に置き、2つの潮流を、「人気」を推し量る一つのバロメーターである人物評に即してみると、言い得て妙で興味深い。 米キニピアック大学は8月に実施した世論調査で「候補者の名前を聞いて、最初に思い浮かべる言葉は?」という質問を、有権者に投げかけた。答えは、クリントン氏については「嘘つき」「不誠実」「信用できない」「経験」「強さ」―の順だ。 クリントン氏は、長官在任中に私用のメールアカウントを公務に使っていた問題などを追及されており、これまでの釈明を含む対応のまずさと不透明さが、「嘘つき」などのイメージを与えてしまっている。支持率低下の要因も、まさにここにある。元々ある「やり手だが、人間味が感じられず冷たい」といった負のイメージが、メール問題によって増幅されている格好でもある。 逆に、「経験」と「強さ」が売りだが、共和党支持者の間では「唯一の訴求点は、女性であることだけ」という陰口が絶えない。 ブッシュ氏はどうかというと、「ブッシュ」「家族」「正直」「弱さ」「兄」―。父と兄が大統領だったブッシュ氏にとり、「ブッシュ王朝」「エスタブリッシュメント」というイメージを、いかに払拭するかが課題となっている。このため、陣営も「『ブッシュ』ではなく『ジェブ』だ」と、しきりにアピールしてきた。だが、有権者の目には「ジェブらしさ」が映らないようだ。 また、イラク戦争に踏み切り米国に後遺症をもたらした前大統領の兄は、「負の遺産」という側面があり、これを引きずったままだ。 穏健派のブッシュ氏には、保守層の票を取り込むことが大きな課題でもある。しかし、「弱さ」はとりわけ保守層に毛嫌いされ、激しい口調で強硬な発言を繰り返すトランプ氏との対比で、いっそう「弱さ」が印象づけられる結果となっている。「トランプ現象」の秘密 では、トランプ氏はどうだろうか。「傲慢」「自慢」「間抜け」「実業家」「道化師」と、まるでいいところはない。だが、そこに「トランプ現象」の秘密が隠されているといえる。 支持者の間からは「彼の演説は激怒、皮肉、侮辱に満ちているが、型にはまった用意された発言ではなく、自分の言葉で話している」との声が聞かれる。トランプ氏は、極論すれば「アジテーター」に過ぎないのだが、彼を支持することは既存の政治と政治家に対するアンチテーゼだというわけだ。 そうした既存の政治と政治家に対する飽き足りなさは、政治と無縁な元神経外科医のベン・カーソン氏の支持率が、再び上昇傾向にあることにも現われている。 トランプ氏は、いわば不満のはけ口となっており、その中核をなすのが保守層である。連邦最高裁判所が今年6月、同性婚を合憲と判断したことに象徴されるように、米国社会のリベラル化が進んでいるうえ、オバマ大統領は、イラン核合意やキューバとの国交正常化など、立て続けにレガシー(政治的遺産)を手中に収めている。勢い、保守層の間には危機感と不満が鬱積し、これを「怒りのグループ」と称する政治アナリストもいる。 怒りの矛先は、「党内のふがいないエスタブリッシュメント」へと向けられ、その反動として、トランプ氏の支持率を押し上げ、「トランプ現象」が生じていると分析されている。 しかし、トランプ氏への支持は保守層のみならず、穏健層や中間層などに幅広く広がっており、かつて政府機関の閉鎖をもたらした党派対立の先鋭化や、「決められない政治」に対する嫌気感が、根底にあるようにみえる。その意味で「トランプ現象」は、米国の政治が深刻な状況に置かれ続けていることの反映だといえよう。国民に夢を抱かせる候補者不在 オバマ氏はかつて、「チェンジ」を掲げ彗星のごとく登場した。その後、国民の失望を買うことになりはしたが、国民を鼓舞し、国民に夢を抱かせるような候補者は今回、見当たらない。 クリントン氏はオバマ氏との距離感に腐心している。彼の支持率がレガシーの形成に伴い回復基調となり、これを基本的に踏襲するというシグナルを送ることで、自身に対するオバマ氏と国民の支持を引きつけようとしている。一方では、オバマ氏との差別化をどれだけ図り独自色を打ち出せるか、も重要である。 後者についてはクリントン氏の経済政策が、「オバマノミクス」「オバマ大統領のステレオから流れる海賊版レコードのようだ」と評されるなど、オバマ政権の政策に比べ極端な違いはない。 そのうえ、彼女の最たる「参謀」が夫のビル・クリントン元大統領ときては、「3期目のオバマ政権」に加え、「3期目のクリントン政権」と揶揄されるのもうなずける。その分、安定した政権運営が期待できることと、やはり「初の女性大統領」が売りであろう。 クリントン氏にとり気がかりなのは、ジョー・バイデン副大統領の動向だろう。関係筋によると、本人はやる気ありだが、クリントン氏がもう一段、苦境に立たされ民主党内に危機感が高まるかどうかを、見極めようとしているという。 バイデン氏が出馬すれば、オバマ氏はレガシーなどの「継承者」として、バイデン氏を支持する意向だとされ、クリントン氏にマイナスであることは言うまでもない。 クリントン氏には当面、10月に予定されている議会での公聴会を乗り切ることが、大きな課題となっている。トランプ氏の存在は共和党にマイナス 共和党候補者を見渡すと、安定感という点ではブッシュ氏がずば抜けているように思う。ただ、オバマ政権とクリントン氏、そしてトランプ氏に対する攻撃を通じ、前述のように「ジェブらしさ」を強烈にアピールするか、あるいはトランプ氏の“自滅”を待つしか再浮上する道はなさそうだ。 そのトランプ氏については当初から、「候補指名を受ける可能性がない先頭走者だ」(バージニア大学のラリー・サバト教授)といった見方が根強い。 理由は「過去にも率直な物言いの人物が、一定の注目と支持を集めたものの、敗退した例が多くある」(同)こと。さらに「有権者の一部は、不満のはけ口としてトランプ氏を一時的に支持しているにすぎず、彼の大統領としての資質を信頼しているわけではない。支持者はいずれ離反するだろう」(政治アナリスト)という見立てにある。 そうした見立てに反し、仮にトランプ人気が失速しないまま来年2月のアイオワ、ニューハンプシャー、サウスカロライナ各州などでの予備選・党員集会に突入した場合、「トランプ氏に核のボタンを預けていいのか」という指摘もある中で、支持者が実際に票を投じるのか注目される。米国民の良識が問われるだろう。 また、トランプ氏が無所属となった場合でも、共和党にとっては、ただでさえ複数の保守派候補に分散してしまっている保守票を、奪われる恐れもある。いずれにせよ、トランプ氏の存在は共和党にはマイナスだ。 有力候補者がこの先、米国をどこへ導こうとしているのか。現状ではそれがまだ判然としない。有識者などの間では依然、最終的に「クリントン対ブッシュ」になるとの観測が有力なのだが、その構図のままだとすると、米国民にとってはいささか憂鬱な指導者選びの長期レースが展開されることになる。

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    「東京でシボレー走ってない」のトランプ氏日本叩きは筋金入り

    イボーイ誌1990年5月号のインタビューで、彼はこう述べている。 「日本の科学者は車やVTRを作り、アメリカの科学者は日本を守るためのミサイルを作っている」 「日本人はウォール街でアメリカの会社を買い、ニューヨークで不動産を買っている。(中略)どうみても彼らはこちらをコケにするためだけに法外な金額を払っているとしか思えない」関連記事■ 日本人のSEX 回数はギリシャの29%で快感達成率は伊の41%■ 釜本邦茂氏 メダル取ったメキシコ五輪組はロンドン組より上■ 【キャラビズム】誰でも知っている安くて財産になる二つの単語■ 男性器 日本人は米国人より0.1cm、韓国人より3.4cm長い■ 革命家として活動し39歳で処刑されたチェ・ゲバラの生涯辿る本

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    共和、“トランプ”降ろしも表面化 本格始動した米大統領選

    佐々木伸(星槎大学客員教授) 米国は7日のレーバーデーを契機に次期大統領選の指名争いが本格化始動した。民主党は本命のヒラリー・クリントン前国務長官(67)の勢いに陰りが見え始める一方、共和党は大方の予想を裏切って異端児の不動産王ドナルド・トランプ氏(69)がトップを走り、これを引きずり降ろそうという動きも表面化、早くも波乱含みの展開だ。米政治は来年11月8日の投票日まで大統領選一色に染まる。暴言、放言に人気 いい意味でも悪い意味でも選挙戦を振り回しているのはトランプ氏だ。8月のロイター通信の調査によると、乱立した共和党17人の候補の中で、トランプ氏は支持率30%と、マイケル・ハッカビー前アーカンソー知事(60)の10%、ジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事(62)の8%などを圧倒して首位を維持している。 同氏の人気が急上昇したのは、富裕な実業家としての知名度や、手垢に汚れた「ワシントン政治家」ではないことに加え、暴言、放言とも取れる歯に衣着せぬ発言だ。同氏の際どい発言を面白がるメディアが大きく報じ、相乗効果で人気にさらに拍車がかかる、といった具合だ。先月のテレビ討論会は2400万人が視聴、討論会では史上最多を記録した。NYマンハッタンのホテルでトランプ氏の登場を待つ支持者たち(Getty Images) そうした発言の第1弾はメキシコからの移民を「レイプ犯」などと決め付けたことだ。差別的な発言に少数派から強い反発を受ける一方、この率直な物言いを一部の白人が喝采した。 また党の重鎮であるマケイン上院議員を批判、同議員を擁護した同僚の議員に怒って、その議員の携帯電話番号を公の場で発表するという信じられない行動にも出た。さらに討論会の女性司会者から厳しい質問を受けたトランプ氏は「彼女の目に血が見えた。どこであれ血が出ていた」と生理を示唆したとして問題になり、女性団体から非難された。 トランプ氏は相次ぐ黒人の暴動についても、「法と秩序」を強調して白人警官の暴力を「99.9%正しい」と正当化、白人の偏見にアピールするような発言を繰り返し、ライバルで、メキシコ人の妻を持つブッシュ元フロリダ州知事がスペイン語を話すことに疑念を投げ掛けた。 日本や中国に対しても米国の雇用を奪っているなどと口を極めた敵視発言を繰り返し、今月に予定されている中国の習近平国家主席の国賓としての訪米をキャンセルするようホワイトハウスに要求した。もはや党の害毒 一方でトランプ氏に同調の動きも 当初はこうしたトランプ氏の人気はすぐにも失速するという見方が大勢だったが、父親と兄が大統領という「ブッシュ王朝」出身のブッシュ氏らが支持率を下げるのを尻目に、各種の世論調査で高い支持率を維持。この事態に共和党の一部は大慌てで“トランプ降ろし”に乗り出し始めた。 共和党が懸念しているのは、トランプ氏の差別的な発言などが党としてのイメージを著しく悪化させ、このままでは本戦で民主党候補に惨敗を喫しかねないからである。米有力紙の調査によると、トランプ氏を「好ましくない」とする人が80%を超え、黒人、ヒスパニック系の有権者で「支持する」とするのは15%しかいない。仮に本戦でクリントン氏との一騎打ちになった場合は大敗するという結果だ。 もう1つ、党が憂慮しているのが他の候補者がトランプ人気に後れを取るまいとして、同氏の主張に同調するような動きを見せていることだ。例えば、黒人の暴動に対する主張は、トランプ氏の白人警察官擁護にクルーズ上院議員やウオーカー・ウイスコンシン州知事らの候補者も賛同するような発言を展開し始めている。 共和党は前回の選挙で、黒人やヒスパニックなど少数派からの支持の取り込みに失敗、この反省に立って今回の選挙では、少数派も重視した政策や主張を前面に出すはずだった。ところが、差別発言や少数派に厳しいトランプ氏の言動がこうした党の政治的思惑を大きく狂わせてしまった。 党の指導部や戦略立案者らの間では、トランプ氏の挑発的な言動がもはや共和党にとって害毒になっているとの見方が急速に強まり、保守派の一部団体は同氏に反対する広告キャンペーンを開始しようとしている。しかし本人は否定しているものの、党内の反発が広がれば、トランプ氏が脱党して第3党を作るというシナリオも現実味を帯びてくる。“トランプ旋風”がこのまま吹きまくるのか、それとも消えてしまうのか、長丁場の大統領選の大きな焦点だ。ささき・しん 星槎大学客員教授。共同通信社客員論説委員。ベイルートやカイロ支局長を経て外信部副部長、ニュースセンター長、編集局長などを歴任。