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    「実演されている米国流民主主義」米大統領選挙から何を学ぶ

    岡光序治(会社経営、元厚生省勤務) 来年11月の大統領選挙に向けいまアメリカでは共和党の討論会が始まり、10月には民主党のそれもスタートする。 現在は候補者絞り込みの“Vetting process”。それぞれの政党がもっともふさわしい候補者を選ぶためであるが、特定の立候補者に献金しようとする個人や団体が献金の無駄回避のためも含め、いわゆる「身体検査」=候補者適格審査の進行中。 キャンペーンや集会などにおける立候補者の主張や討論の際の発言、質問への回答などが判断材料となり、世論調査が行われ、その時点での各党における各候補者の支持状況がわかる。8月末時点での各党のフロントランナーは、民主:クリントン(州によっては、サンダース)、共和:トランプの各氏である。 これから何が起き、どう展開するのかを予測するのは難しい。誰が各党の大統領候補に指名され、選挙結果がどうなるか、わからない。しかし、大統領選出に向けての壮大なプロセスからは、アメリカ流の民主主義や「政治」を学ぶ多くの材料が提供されているように思う。日本に居て知りうるアメリカで流れているニュースをもとに―自分の英語力の限界を感じつつも、現状の一端を述べてみたい。 論争の争点は、経済・財政、外交、移民・女性など広範にわたっている。いくつか具体例を挙げると、オバマケア(低所得者層が民間保険を購入する際に連邦政府が補助金を出す皆保険制度)、TPP、金融規制改革法(ドト・フランク法)や経済成長の数値目標、イランとの核合意、キューバとの国交回復、ロシアや中国への対応、不法移民問題、女性の妊娠中絶をめぐる問題、地球温暖化対策、教育改革、所得格差是正など。 政治的にはoutsiderでstraight-talkerといわれているトランプ氏が多くの共和党支持者の支持を取り付け、共和党のfrontrunnerとなっていることがとても興味を引いている。Email疑惑で支持を失いつつあるクリントン氏との対比で考えると、トランプ氏の正直さが支持を得ている大きな理由の一つと言えそうだ。クリントン氏のEmail問題 同氏は、国務長官時代、official accountとprivate accountとを使い分けないで“convenient”(本人の発言)だから個人アカウントだけを使った、何も間違ったことはしていない、と言っている。  国務省が認めたところによると、それは55,000ページあるとのこと。同省は、逐次、発表しているが、近時、そのメールのうち7,000ページを公表し、国務省Mark Toner氏は約150通は”classified”(機密扱い)と認定されたと言っている。クリントン氏は、いかなるclassified emailも送受信していないと否定しているが…  Emailを把握し、政府内の情報機関が内容チェックし、公表する役所のあり方に感心するー日本の霞が関では想定できない。  市民は、彼女が完璧にhonestとは信じられない、と言うし、批判者は、公的なアカウントを使わないことにより彼女のメールが野ざらしとなり(機密が保たれず)、ハッカーや外国のエージェントの好餌になったと非難している。(クリントン氏がprivate accountのみの扱いにしたのはオバマ氏にその内容を知られたくなかったためであると報道しているメディアもある。)  最近の世論調査では、クリントン氏は5月以来民主党支持者の約20%を失ったと言っている。(このニュースは9月1日付VOA) Emailがこんなにも問題視されるのは、ネット社会になっている証左ともいえる。誰もがのぞき見されたり、突然に”炎上”の対象となったり、密かに対抗手段を講じられたりする。 我々は成熟した自由な社会に生きている。誰もが自由に発言できるはずだ。しかし、今の日本では、特に有名人になれば、その一言や発言の一部が取り上げられ、メディアやネットの集中砲火を浴びる危険が高い。その結果、多くの人が八方美人的発言しかしなくなっている。 この視点から、アメリカの政治現象を見ると、「政治」の世界だからなおさらかもしれぬが、歯に衣着せぬ発言が飛び交っている。  特に、トランプ氏はbillionaireで自分のキャンペーンは自身でファイナンスできるので、つまりdonorsの献金に頼る必要がなく、献金者―特に大型献金する大企業などへの義理立てや遠慮は無用の立ち位置に居て、自身の信念を正面から言える。(トランプ氏の出現はアメリカにおける政治献金やロイビストの在り様を問いかけているのかもしれない。)アメリカ国民、恐るべし! 大統領選挙を通して実演されているアメリカ民主主義から学ぶべきものが多くあるように思う。 民主主義を論ずるなら、お互い発言に対する寛容さを保ち、うそを言わず、なじるのではなく合理性に基づいて正面から論じ合う率直さを共有し、公開し、問題を自ら受け止め、自分の頭で考え、その考えに基づき自ら行動する当事者性・自律性と責任を持ちたいと、痛感するものである。(「先見創意の会」コラムより2015年09月22日分を転載)※ 先見創意の会 最新のコラム/オピニオン/海外トピックス

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    林忠彦、黄金期のアメリカを歩く

    光田由里(美術評論家)《徳間書店『AMERICA 1955 林忠彦写真集』より》 ただ一度のアメリカ 1955 年のアメリカ。第二次大戦で疲弊したヨーロッパをよそに、戦場とならなかったアメリカは、まさにゴールデン・エイジと呼ぶべき繁栄を謳歌していた。それまでヨーロッパの伝統には遠く及ばないと、自他ともに低く評価されていたアメリカ文化が、独自の輝きを放って世界に伝播しヘゲモニーを握り始めるのがこの時代である。 一方で、日本は敗戦後10 年が経過してようやく人々の生活が安定し始めてきたものの、当時1ドル360 円の固定相場で、海外渡航は大幅に制限されていた。当然ながら敗戦国意識が強く残っていたこの時期に、写真家・林忠彦(1918-1990)は戦勝国アメリカに飛んだ。ニコンS2と大口径レンズを与えられ、林が日航機で太洋を横断して、ロサンゼルス、ニューヨーク、ハワイをかけめぐり撮影した写真があったことは、長く忘れられてきた。Copyright (C) 林忠彦. All Rights Reserved. 林忠彦は敗戦まもない時代に、東京の人々の生々しい傷としたたかなエネルギーを撮った写真家として、記憶され歴史に残されている。彼のただ一度の渡米は見過ごされがちだったが、当時、アメリカを撮りえた写真家は数少なく、写真雑誌を中心に次々発表されたこれらの写真は話題を呼んでいた。 その仕事が戦後70 年を経て、新たに編まれ、ここに1 冊にまとまった写真集として出版される。わたしたちは林のレンズがとらえたアメリカを、初めてまとめて眺めることができるわけだ。 この『AMERICA 1955』を開く時、わたしたちは彼の代表作『カストリ時代』(※)と見比べないわけにはいかない。まずは10年の時をはさんで戦勝国と戦敗国の光と影の対照を見るだろうか。 あるいは短い異国の旅のスナップと、運命共同体の一員ならではの練られた視線の、状況の違いを指摘するむきもあるだろう。逆に、アメリカでもあくまで市井の人たちに興味を抱き人間性に対等に共感しようとした彼の、どこを撮っても変わらぬ持ち味を知るという発見もある。 現在から見返せば、70 年の時の経過は確実に「戦後」を遠くに置き、ここに写る人たちのほとんども写した作家ももはやいない。遠い時をこうして何度でも甦らせるのが写真の使命でもある。こうしたことをすべて含めて、この本は写真家・林忠彦の仕事を改めて見なおす機会になることだろう。カストリ時代 林のカメラは第二次大戦敗戦まもない東京の、焼野原に生きる人々を活写して時代の肖像を作り上げた。 自身も北京からの引揚者だった林は、焼け跡となった東京にひしめく、帰還兵、孤児、家を失った人たち、食べ物や仕事をもとめる人たちの群れにレンズを向けた。ようやく帰国しても故郷の徳山(現在の周南市)に落ち着くことができず、あてもないまま上京した林は、1946 年の群衆のなかの一員だった。非常事態の、ダイナミズムをもった人間ドラマに林は共感せずにはいなかっただろう。借り物のカメラを抱えて、すすけた衣服で空腹をかかえた人たちを追って上野、新橋、銀座、四谷と東京を駆け巡り、彼らが発する不思議にポジティブなエネルギーを、林は見事に撮り押さえていったのだった。これらをまとめてのちに出版した写真集に、『カストリ時代』という名がつけられたのは、いかにも彼にふさわしかった。 カストリとは、物資欠乏中の敗戦直後、ちまたで飲まれた質の悪い、カストリ焼酎から由来する言葉だという。「粕取り」でつくった焼酎には問題ないそうだが、ヤミ酒を毎晩飲み続けた林に言わせると「まったく鼻をつまんで飲まなきゃ飲めないような、なんでできたかわからないような、ただアルコール度が強いだけの酒だった」らしい。こうした粗悪な焼酎は、3 合飲めばつぶれる、ということから、まず3 号ほどで廃刊になってばかりいる当時の大衆雑誌を指すようにもなった、という定説がある。 当時の俗流雑誌が総称して「カストリ雑誌」と呼ばれたのは、質の悪い紙にセンセーショナルな言葉を掲げた雑誌がいくつも発刊されてはすぐに廃刊になり、また別の雑誌が次々登場するという、敗戦直後の空前の出版ブームが背景だった。物資欠乏中ではあっても、戦時中に読み物に飢えていた人たちの欲望が堰を切ってこれらを求めた。林が撮り進めた市井の人たちの焼け跡生活は、こうした雑誌を飾って人々に共有されたのである。カストリ酒をあおりつつ、酒場を事務所代わりにして編集者らと連絡を取り、カストリ雑誌に次々写真を提供していったエネルギッシュな林忠彦。まさにカストリ時代を体現した写真家だった。 土門拳を中心に展開した「リアリズム写真」は有名だが、戦災者たちの敗戦風俗を撮るという共通点において、林忠彦のほうが3年ほど時代を先んじている。林の敗戦後の初動は早かった。しかも彼の写真の魅力は、わかり易く強調された、一種のドラマ性にある。その魅力のあり方は、林の「カストリ」と土門の「リアリズム」の違いでもあるだろう。時に仰角を使って子どもを背負う母親と焼け跡背景にモニュメント性を加え、あるいはともに笑いながら犬と遊ぶ少年たちのポーズを撮って、1 カットのなかに見どころを作り上げる。読者たちと写される人たちを、同じ地平の上で彼のカメラはつなごうとする。林の持前のサービス精神が、強靭な写真的造形力をともなって、幅広い人たちに強い訴求力を発揮する写真を生み出した。林はおそらく意識的に、彼の写真を人間ドラマとなるよう磨いていった。1 枚の写真のなかにストーリーを読み込めるようしつらえた彼の写真は、映画のスティルのようである。 林忠彦の浩瀚な伝記を書いた岡井耀毅は彼の手法を「林独特の手法となる環境セッティング写真」(『評伝 林忠彦』)と呼んで、「その人物の個性を周囲の環境の中にとらえる手法で、状況に応じて適宜注文をつけて一種の“ 演出” の下に撮り収めるのである」と説明した。これは林が有名な織田作之助、太宰治の傑作ポートレートを酒場で撮って、文士たちの肖像シリーズというライフワークを始めた1947 ~ 48 年頃のスタイルを指した説明であるが、少なくとも「アメリカ」以前の林の写真全般にあてはまる方法だといえるだろう。その人自身のリアルな状況のなかで人物を撮るのは、グラフ雑誌の取材方法でもある。ストーリーを受け取りやすく状況に託し、シャープな造形のなかに人をすばやくとらえる林の腕前は、抜きんでていた。アメリカで狙ったもの さて、戦後10 年で人気写真家となった林忠彦は、いよいよミス・ユニバース日本代表選考の東京大会の撮影会に加わった。参加した11 人の撮った写真が審査され、ミス日本の世界大会出場を取材する特派員が選ばれるのだ。林は審査会で圧倒的多数票を獲得して選出されたという。メーカーからカメラとレンズの支給を受けて、ミス日本とともにカリフォルニア、ロングビーチに渡ったのは1955年の7月のことだった。カストリの写真家が戦勝国・アメリカに飛んだのである。 帰国後に雑誌によせた「滞米写真」を見ると、林はやはり、人間を撮る写真家なのだとわかる。1955 年、ゴールデン・エイジのアメリカ人たちのくつろいだ素顔にせまろうと、写真家が身を乗り出しているのがわかる。 日本は1952 年までアメリカ軍(名目上は連合国軍)の占領下にあった。US ARMY のGI たちは東京のちまたに溢れていたのである。林のカメラは占領軍の軍服を着た人たちの、街での姿を写してもいた。勤務から一歩離れた彼らの、私人としての顔を林はねらっていたように見える。それから10 年近くがたってついに占領が解かれたのち、林は幸運にもアメリカの地を踏んで、異国に送り込まれた軍人ではなく、ふつうに暮らす、アメリカの市井の人たちの素顔にせまろうと努めたのだった。 巨大な都市、すべてにおいて日本よりはるかに近代化されてみえるニューヨークの街を、慣れない様子で歩き始める林忠彦。「このなかからヒューマニスチックなものを拾いだすのには相当期間滞在しなくては、とつても撮れるものではないと痛感した」(林忠彦「アメリカ撮影日記」『サンケイカメラ』1955 年11 月号・原文ママ)とため息をつきながら、林は街にもぐりこもうとする。ボヘミアンの街、グリニッジ・ビレッジに惹きつけられ、友人をみつけて酒を飲みに通う。あるいは週末のコニーアイランドのにぎわいに驚きながら、夢中でシャッターを切ったのも、にわか雨に驚いたひとたちがふと無防備に見えたからではなかっただろうか。すべりこめる街のふところのようなところを彼は求めていた。 日本の敗戦風俗で名を上げた林が、アメリカ市民たちの人間臭い日常を撮ろうと走ったこの同じ年、ニューヨーク近代美術館では、有名な写真展「ザ・ファミリー・オブ・マン」展が開催されていた。 林が到着したときにはすでに会期は終了していたから彼がそれを知っていなくとも不思議はないが、翌年の1956 年、東京・日本橋髙島屋を巡回会場にして大々的に開催されたときは、話題くらいは聞いたはずである。 「ザ・ファミリー・オブ・マン」展は、ニューヨーク近代美術館の写真部門責任者、エドワード・スタイケン(1879-1973)がキュレーションを行った、有名な展覧会である。世界中の人たちの誕生、愛、争い、死などの生の営みを500 点あまりの写真で総合的に見せる壮大な企画で、当初68 か国から約300 人の写真家の作品を集めた。建築家・丹下健三の協力の下、大小のパネルに仕立てた写真を空間全体を使ったインスタレーションに仕立てたのは、1930 年代から各地博覧会で行われた写真壁画の展示を発展させたものといえる。世界各地、広い時代スパンで人間ドラマを網羅的に編集し、個々の写真家はほぼ匿名の扱いだった。雑誌を主な発表媒体に仕事をしていた林忠彦にとっては、写真を展示すること自体も、同展の方法や写真の扱いも、まるで異質に思えたかもしれない。 日本に巡回したときは、幾人かの日本人写真家の作品も加えて展示されたものの、林は関与しなかった。しかしながら同展のテーマ「人間家族」は、林がアメリカで行おうとしたことと、意外に近いのではないだろうか。かつての敵国に日常を生きる人たちがいることを実感しようとし、彼は『カストリ時代』でそそいだ被写体への共感を異国でも奮い起こそうとしたのだった。 対照点としての『AMERICA 1955』は、こうしたことに気づかせてくれる。林忠彦のもう一つの重要作品といえるだろう。※1980 年、朝日ソノラマ発行。敗戦後まもない日本のスナップを集めた、林の代表作。みつだ・ゆり 美術評論家。西宮市生まれ、京都大学文学部卒業。近現代美術史および写真史を専門とする。渋谷区立松濤美術館学芸員をへてDIC 川村記念美術館学芸課長。著書に『Words and Things: Jiro Takamatsu and Japanese Art 1961-72』(DaiwaPress)、『高松次郎 言葉ともの─日本の現代美術1961-72』(水声社)、『写真、芸術との界面に 写真史 一九一〇年代─七〇年代』(青弓社、日本写真協会学芸賞)ほか。主な展覧会カタログに『The New World to Come Experiments inJapanese Art and Photography 1968-1979』(Museum of Fine Arts, Houston,Yale University Press)、『A New Avant Garde Tokyo 1955-1970』(ニューヨーク近代美術館)、『野島康三 作品と資料』(美術館連絡協議会優秀カタログ賞)、『安井仲治写真集』(共同通信社刊、倫雅美術奨励賞)ほか多数。

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    もう戦争は終わった-その平穏にこそアメリカの豊かさがある

    の高橋敬緯子と、その隣りの林忠彦。二人の笑顔が明るく、晴れがましい。 昭和30年(1955)。日本にアメリカ文化は押し寄せてきていたが、当時、実際にアメリカに行くことが出来る人間は限られていた。だから、この時代、飛行機のタラップで手を振る姿は、特別な、誇らしいものだった。海外旅行が当り前になってしまった現代ではもうよほどの大スターでもなければこういうことをしないが、アメリカが遠かった時代には、特別な儀式だった。 林忠彦が乗り込む飛行機は、日本航空のもの。戦後、日本は連合国軍(実際はアメリカ)に占領されていた。自国の航空会社を持てなかった。ようやく日本航空が設立されるのは、対日講和条約が調印された昭和26年(1951)のこと。翌年、対日講和条約が発効し、日本は占領時代を脱し、独立国に復帰する。もうオキュパイド・ジャパンではない。 羽田空港が国際線の空港として再出発するのが昭和30年の5月。林忠彦は直後の7月に新しいターミナルビルから日本航空の飛行機に乗り込んだ。 タラップの出発風景をとらえたこの一枚の写真の背後には、そうした新しい日本がある。日本の社会はようやく戦後の混乱期を脱し、復興に向かっている。翌年には経済白書が「もはや戦後ではない」と謳う。Copyright (C) 林忠彦. All Rights Reserved. タラップの林忠彦の笑顔には、新しい時代の明るさを感じさせる。ミス・ユニバースに代表を派遣する。日本の社会にも余裕が生まれてきている。 今回、林忠彦のアメリカ滞在中の写真をまとめて見たが、まず何よりの特色は、明るいことだろう。季節が夏ということもあって陽光はまぶしいし、人々の表情も屈託を感じさせない。カメラを覗く林忠彦自身の気持が明るいからに違いない。 「遠いアメリカ」「憧れのアメリカ」に来ている。その高揚した気分がどの写真にもあふれている。はじめて目にする豊かな社会に対する驚きが想像以上に大きかっただろう。確かに表面的な写真ではあるが、あの時代、はじめてアメリカに足を踏み入れた人間として、まさにその表面にこそ魅了されている。ニューヨークの表面というべきショウウィンドウの写真など、「ぴかぴかのアメリカ」に驚嘆している当時の一日本人の初々しさを感じさせる。 ついこのあいだまで、焼跡と闇市のカストリ時代を体験した林忠彦が、豊かなアメリカに圧倒されたことは想像に難くない。後年、こう語っている。「飛行機がサンフランシスコ上空にさしかかった途端に、こんなに裕福な国と戦争をしたのか、無謀なことをしたものだと愕然としたよ」(岡井耀毅『評伝林忠彦』)。正直な感想だろう。芝生で若い夫婦が幼ない女の子とくつろいでいる写真がある(p.15)。ロングビーチだろうか。女の子が母親とキスをしている。芝生に寝そべっている父親がその女の子を抱き上げている。微笑ましい。偶然見かけた家族を撮ったものだろうが、林忠彦の得意とした「演出写真」のようにも見える。 この写真には、明るさがあふれている。実際、1950年代のアメリカは第二次世界大戦の勝利国として明るく、豊かな「グッド・イヤーズ」を謳歌していた。ドルは世界でいちばん強い通貨だった。 アメリカは1929年の大恐慌以来、経済不況、そして第二次世界大戦とハードな時代を体験してきた。それがようやく終わって、平和が戻ってきた。 とくに1953年に朝鮮戦争が事実上終わってからは、アメリカ社会は世界に類のない繁栄を誇った。他方で、冷戦の脅威はあったが、経済的には順風満帆だった。当時のアメリカ人が何よりも大事にしたのが家庭だった。戦争から戻ってきた若者たちが結婚し、新しい家庭を持った。子供を作った。いわゆるベビーブーマーの時代である。 若い夫婦と子供の写真には、50年代アメリカの明るさ、幸福がある。この家族はもう一枚の写真にも登場している(p.15)。郊外住宅地のささやかな家にビニールのプールを置き、夫婦が幼い女の子を遊ばせている。これはもしかしたら「演出」がほどこされているかもしれないが、林忠彦が、アメリカの明るさの核に家族の幸福を見たことは確かである。 アメリカの豊かさは、物質的なものだけだったわけではない。もう戦争は終った。若者たちが故郷に戻ってきた。そして家庭を持った。その平穏にこそアメリカの豊かさがある。 日本でものちに放映されるアメリカのテレビのホームドラマ、「パパは何でも知っている」や「うちのママは世界一」が大人気になったのは、当時のアメリカ人が、家庭こそ幸福の場と考えていたからに他ならない。 林忠彦はそこを正確にとらえている。この若い夫婦は、決して金持ではないだろう。それでもなんと幸福そうなことか。 ニューヨークに行っても、林忠彦の目は家族に向けられる。通りをうしろ姿を見せて歩く家族連れ。買い物帰りだろうか、この家族も金持ではないだろうが、ささやかな休日を楽しんでいる様子がうかがえる。 公園のブランコで遊ぶ三人の子供をうしろから撮った写真も動きがあっていい。大都市のなかで子供が遊んでいるのは、その町が安全なことをあらわしている。また、50年代のアメリカが子供を大事に育てていたことのあらわれでもある。 夏のニューヨークの風物詩だった、消防用の水で子供たちが裸になって遊ぶ姿も幸福感にあふれている。屋台の並ぶ庶民的な通りを、四人の子供たちが手をつないで歩いてゆくところをうしろから撮った写真も可愛い。あるいは、若い母親が双子をベビーカーに乗せて歩いている写真。現代のニューヨークにこんなに子供がたくさん観られるかどうか。 林忠彦はさらにコニーアイランドにも足をのばす。ニューヨーク市ブルックリン区南端の大西洋に面した砂浜の大遊園地。 19世紀になってからニューヨークの人間たちの夏の遊び場所としてにぎわうようになった。東京における湘南海岸にあたる。一説にホットドッグはここから人気が出たという。 何よりもここは、家族の憩いの場所である。子供連れが夏の休日を過ごす。林忠彦は、ここで自身、休日を楽しむような明るい気持でさまざまな人間をとらえている。 玩具の銃を構える女の子。名物のボードウォーク板張りの遊歩道)を歩く若いカップル。砂浜で寝そべる若い四人の男女。降り出した雨の中を走る黒人のカップル。ワンダー・ホイール(大観覧車)と、その乗車券を売る男。ベンチで休憩中の黒人の男の子(左手に靴磨きの道具が見える)。 ここにはのち1960年代にあらわれてくる「病めるアメリカ」はない。まだ平穏なアメリカが林忠彦によってとらえられている。降り出した雨もすぐに止むに違いない。林忠彦は、いちばんいい時期のアメリカに行き、「グッド・イヤーズ」を見たことになる。 冷戦の緊張はあったものの、アメリカには中産階級という社会層が生まれ、小市民の暮しを慎ましく楽しんでいる。当時の大統領、共和党のアイゼンハワーは第二次世界大戦の英雄とはいえ、退役軍人であり、「いつもゴルフを楽しんでいる大統領」と愛されていた。愛称をもじって「アイ・ライク・アイク」が選挙のキャッチ・フレーズとなり、二期を務めた。 林忠彦は、若い夫婦や家族の姿に、50 年代の良きアメリカの幸福を見ている。そこには日本人としての羨望の思いもあっただろう。 写真のなかのアメリカ人は、大金持でもないし、極端に貧しくもない。ごく平均的なアメリカ人と思われる。林忠彦は彼らにこそ共感している。当時の日本には、まだ彼らのような普通の中産階級が育っていなかったのだから。 少しく驚く写真がある。コニーアイランドの通りを黒人の母親が二人の女の子を連れて歩いている。三人ともおしゃれをしているのは、休日のおでかけだろう。この写真に驚くのは、50年代のアメリカは黒人差別が強かったから。それでも、こういう黒人の家族のおでかけがあった。その当り前さは、前述した、雨に降られてあわてて走り出した若い黒人のカップルの写真にもあらわれている。Copyright (C) 林忠彦. All Rights Reserved. 明るいアメリカ。幸せなアメリカ。もしかしたらアメリカ人の写真家よりも、日本からやってきた、かつての敵国の人間である林忠彦のほうがはるかにそれに敏感だったかもしれない。アメリカ人から見れば、あまりに当り前で普通に見えたことが、ついこのあいだまでカストリ時代を経験した敗戦国の人間には、とても貴重な、特別な風景に見えた。 無論、アメリカのかげりを感じさせる写真も何点かはある。「ヒロシマ」と書かれたプラカードを持った平和運動らしい小さなデモ。ホームレスか、あるいは酔払いか、上半身裸で路上に座り込んでいる男。左足が義足の老人(p.103)。公園のベンチで眠り込んでいる黒人の若者。山積みになった廃車(車の墓場)。 ただ、林忠彦は、それを社会派風に「このアメリカを見よ」と大仰にはとらえていない。あくまでも、これも普通のアメリカのひとコマだとしている、カメラと被写体とのあいだに穏やかな距離感がある。覗いてもいないし、冷たく観察しているのでもない。いわば自分もまた町を歩く一人の歩行者として自然にとらえている。 まだアメリカが遠かった時代に、圧倒的な大国に行き、これだけ普通の感覚を保ち続けていたことに驚かされる。かわもと・さぶろう 評論家。1944年、東京生まれ。東京大学法学部卒業。朝日新聞社を経てフリーの評論家に。著書に『大正幻影』(サントリー学芸賞)、『荷風と東京「断腸亭日集」私註』(読売文学賞)、『林芙美子の昭和』(毎日出版文化賞・桑原武夫学芸賞)、『白秋望景』(伊藤整文学賞)、『マイ・バック・ページ』、『いまも、君を想う』、『サスペンス映画ここにあり』など多数。また訳書にトルーマン・カポーティ『夜の樹』、『叶えられた祈り』などがある。  

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    米中蜜月の終わり

    「世界の警官はやめた」。アレレッ!? 米国って“風に立つライオン”じゃなかったの!?

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    次世代に誇りある国を残すために 新たな日本へ脱皮必要

    衛協力のための指針(ガイドライン)」を見直し、安保法制の整備を明言し、力を発揮しようとする強い日本がアメリカにとっての国益だと判断したからであろう。 アメリカの影響力はかつてない程、低下した。世界の警察ではないと宣言したアメリカの眼前で、中東ではISIL(イスラム国)らテロリスト勢力が跋扈(ばっこ)する。オバマ大統領のイランとの交渉は、イランの核保有につながるとして、サウジをはじめ、アラブ諸国との間に深刻な溝をつくった。欧州諸国は中国のアジアインフラ投資銀行(AIIB)に加入した。ロシアも中国も力の外交に踏み切り、強硬路線を変える兆しは見られない。 このような中で、いま、アメリカにとっての唯一の選択が日本との緊密な協調関係なのである。アメリカが強い日本を必要とするように、日本もアメリカを必要とする。両国の国益がぴったり合致する中で新しい関係が生じているのだ。 中国も事態を的確に把握している。5月26日発表の国防白書で、中国の安全にとっての「外部からの阻害と挑戦」は、日本の安保政策の転換と、地域外の国、つまりアメリカの南シナ海への介入だと明記した。中国政府が公式文書で仮想敵として日米を具体的に示しているのである。 国際政治の大きな潮流としてこのような構図が生まれているとき、日本はいかにして自国を守り、国際社会の平和構築に貢献できるのか。 5月30日、シンガポールの「アジア安全保障会議」で、アシュトン・カーター米国防長官は中国名指しで、「直ちにかつ永続的に(南シナ海での)土地の埋め立てをやめるべきだ」と批判した。中国人民解放軍の孫建国・副総参謀長は翌日、岩礁埋め立ては「軍事、防衛上の必要性を満たすため」だと反論した。 初めて正式に、南シナ海の埋め立てが軍事目的であることを認め、中止する気はないと言明したわけである。 強気の中国は、アメリカ軍に対する抑止力も着実に向上させつつある。シンクタンク『国家基本問題研究所』企画委員、冨山泰氏の指摘だ。 5月21日、中国空軍の最新鋭爆撃機H6Kが沖縄本島と宮古島間の宮古海峡上空を通過し、西太平洋上で日帰り訓練を行った。同機の巡航ミサイルは核弾頭搭載も可能で米軍のアジア戦略の重要拠点グアムを攻撃する能力を持つ。アメリカが南シナ海に介入するとき、中国はグアムを叩(たた)く能力を手にした。 アメリカにとって深刻な危機であり、アメリカ軍の行動が制約を受ける可能性は否定できない。それでもカーター国防長官は、現在、中国の人工島の12海里外で行っているP8対潜哨戒機による偵察行動を、12海里内で展開する可能性を強調する。海洋の自由と法治を掲げるアメリカには一歩も引く気配はない。 中国とアメリカの主張がまっ向からぶつかり、相互に軍事力を誇示するこの緊張は戦後最大の危機といってよいだろう。 これが日本にどう関わってくるのか。カーター長官は「同盟国およびパートナー」との協力で対中抑止力を構築するとして、中心軸に3カ国による協調、日米豪、日米韓、日米印の協調を挙げた。いずれの場合も日米が基軸となっており、アメリカのみならずアジア全体の日本に対する信頼が窺(うかが)える。 カーター長官はまた、ベトナム、マレーシア、フィリピン、インドネシアとの多層的な軍事協力に触れて、アジア全体で、国際規範を逸脱した中国に抑止力を効かせる意図を強調した。 日本がすべきことは何か。激しく変化する国際情勢と中国の脅威をまず、明確に見据えることだ。そのうえで、アメリカもアジア諸国も自立した強い国としての日本に期待していることに気づきたい。 国会論戦でガイドラインの見直しと安保法制の整備を国民への説明もなくアメリカで約束したのはおかしいと民主党は論難する。だが、ガイドライン見直しは民主党政権のときに始まったのではなかったか。 中国の脅威に国際法と外交で対応できる状況を創り出すためには逆に十分な軍事力が必要である。いま、そのことを学び、現実に根ざした安全保障政策を駆使する日本へと、脱皮するときである。さくらい・よしこ ジャーナリスト、国家基本問題研究所理事長。1945年ベトナム生まれ。米ハワイ大学歴史学部卒。米クリスチャンサイエンスモニター紙東京支局などを経て80年から96年まで日本テレビ『NNNきょうの出来事』メーンキャスター。著書に『気高く、強く、美しくあれ』(小学館)、『中国に立ち向かう覚悟』(同)など。2010年正論大賞受賞。

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    ワシントンで「いかに日本人が理解されていないか」を痛感した

    葛城奈海(キャスター、女優) 「韓国や中国のロビー活動がすごい」という話は、よく耳にする。だが、日本にいる限り、一民間人がそれを体感する機会はなかなかないのではないだろうか。 私は昨年12月、米ジョージタウン大学「日米リーダーシッププログラム」という研修に参加するため、ワシントンDCを訪れた。ブッシュ政権時代にホワイトハウス高官だった面々を講師に迎え、安全保障やリーダーシップについての講義を受けた。連邦議会議事堂特別ツアーや、シンクタンクでのランチミーティングなど、硬軟織り交ぜたプログラムは刺激も充実感もたっぷりだった。 そんな中、特に印象的だったのが、「いかに日本人が理解されていないか」を実感したことだ。 ヘリテージ財団で昼食会が行われたときのこと。われわれが案内されたのは、皮肉にも「韓国ルーム」だった。壁には寄付者とおぼしき韓国人の肖像画が掲げられ、米韓の友好を示す写真もたくさん飾られていた。 そこで、ホスト役の米国人は「何かあったとき、われわれは韓国人が何を考えるかは分かるが、日本人がどう思うかは分からない」と語った。日本人との人材交流も、日本からの寄付も極めて限定的だという。 その言葉を裏付けるかのように、こんな質問を受けた。 「野田佳彦前首相は、愛国心に目覚めて尖閣諸島(沖縄県)を国有化したのではないですか?」 ヘリテージ財団といえば、石原慎太郎元都知事が「日本人が日本の国土を守るため、東京都が尖閣諸島を購入することにした」と宣言した場所である。そこで、このような質問を受けたことに、尖閣への思い入れも強い私としては少なからず衝撃を受け、こう応じた。 「それは違います。野田前首相は、東京都が購入したら中国と大騒ぎになると恐れ、事なかれ主義で国有化を決めたのだと私は理解しています」 米国の知識人にさえ、これほど日本が理解されていないのだと痛感した。一般の米国人に至っては、日本人と中国人、韓国人の区別がつかない人も多いという。 ちょうどDC赴任中の通信社勤務の友人とも会ったが、彼女も「中国人は嫌われているけれど、何を考えているかは理解されている。日本人はニコニコしているだけで何を考えているのか分からないと思われている」と話していた。 白状すれば、私はそれまで米国の覇権主義が鼻につき、積極的に米国と関わろうとはしてこなかった。だが、この訪米でそれを猛省した。交流することと、媚びることは違う。 「ロビー活動」というと、日本人は何かオドロオドロしい印象を抱いてしまいがちだが、そんな大げさものでなくてもいい。一民間人が自分の思いを伝えるだけでも、何も伝えないのとはまったく違うのだ。

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    不可解で危険な中国の言い分 米国による平和は維持できるか

    などとは言わない。10年後に国際問題の分析者は、シャングリラ・ホテルで開催されたあの会議が、パクス・アメリカーナ(米国による平和)維持に成功したか、あるいはパクス・シニカ(中国による平和)への転換点だったかを決める重要な会議だったと公平な評価を下すに違いない。どこの国が何を仕掛けているのか。日本の立場はいずれにあるのか。その見分けもつかずに「米国の戦争に巻き込まれる」など、低次元の議論に熱中している日本の一部国会議員に、鉄槌(てっつい)が下される日も遠くないと確信する。 カーター米国防長官が会議で行ったスピーチの全文を読んでみたが、感情を抑えつつ緻密な対応が網羅された見事な演説だった。長官はまず問題の平和的解決のために、中国を初めとした関係国すべての埋め立てを中止するよう求めた。第二はあらゆる国が持っている航行、飛行の自由の原則を守れとの要求である。第三は中国が南シナ海で進めている行動は国際法と規範に反するとの指摘だ。 2011年秋に打ち出されたアジアに軸足を移すピボット政策、あるいは勢力均衡を調整するリバランス政策はあってないような状況が続いていたが、米国は軍事、外交、経済面でアジア太平洋に長期にわたって関わり続けることを約束した。不可解で危険な中国の言い分 リバランス政策の中心は米軍の存在であり、兵器はバージニア級原子力潜水艦、海軍のP8ポセイドン哨戒機、最新ステルス駆逐艦ズムウォルト、最新空母搭載E2Dホークアイ早期警戒管制機をアジア太平洋地域に配備する。同盟国や友好諸国との関係強化の必要性も強調された。とりわけ安倍晋三首相の名を挙げて日本との同盟関係は重視されている。 ラッセル国務次官補(東アジア・太平洋担当)の2月および5月の議会証言は、中国への姿勢が一層厳しく、同時に日本、フィリピン、豪州重視の姿勢がより鮮明になっている。カーター長官はシンガポールからハノイ、ニューデリーに飛び、ベトナムおよびインドとの軍事協力関係を強化した。同長官は中国が建設しつつある人工島の12カイリ以内に米軍機と艦艇を入れる検討を事務当局に命じた。行動に出るかどうかはオバマ大統領の胸三寸である。 不可解で、それだけに危険なのは中国の言い分だ。シャングリラ対話に中国代表団を率いてきたのは、中国人民解放軍の孫建国副総参謀長だ。孫氏はカーター長官に真っ向から反対し「南シナ海の埋め立ては正当かつ合法だ」と主張した。係争中の地域に中国の主権があるとの態度は、会議に先立ち北京を訪問したケリー米国務長官に対して王毅外相が「主権を守る中国の意思は岩のように固い」と言明したのと軌を一にする。 ただし、挑発を非難している国々が挑発をしているのであって、それは中国ではない、との言い方は通用するだろうか。記者団との質疑応答の際に、南シナ海を包むように示された九段線の根拠として、国連海洋法は漢時代には適用できないと答えた。ローマ時代に遡(さかのぼ)って領有権を主張したら、いまの世界はどうなるのか。英エコノミスト誌は「お粗末な答え」「乱暴な議論」「子供っぽい」と軽蔑の用語を連ねた。改憲こそ日本の生きる術だ 米国防総省が中国の軍事力に関する年次報告の中で「特記-進展する中国の海洋戦略」の題を設け、「黄海、東シナ海、南シナ海を戦略的重要性を持つ海域と見なしてきた」と叙述したのは11年だ。6年前に中国は対海賊活動を行うため艦隊をソマリア沖に派遣し、14年には米主導のリムパックに参加したが、1年半前には南沙諸島の埋め立ては本格的に開始されていた。率直に言って、米国の対中認識は甘い。 米国は不退転の決意を示したのか。訪中したケリー長官に習近平国家主席は改めて新型大国関係を呼びかけ、「広い太平洋は二つの大国を収容できる能力がある」と述べた。5月31日付ウォールストリート・ジャーナル紙は対中政策で米軍部内には硬軟両論があってまとまらないという。「一部分析者たちは、中国が自分の裏庭で大きな影響力をふるうのを認める代わりに、米国が中立的緩衝地帯まで撤兵する大きな取引を考えたらどうかとの議論もなされてきた」そうだ。日本は改憲以外に生き延びる術があるのだろうか。たくぼ・ただえ 国家基本問題研究所副理事長、法学博士、杏林大名誉教授。昭和8年生まれ。早稲田大卒業後、時事通信社でワシントン支局長、外信部長、編集局次長兼解説委員などを歴任。杏林大では社会科学部長などを務めた。第12回正論大賞受賞。産経新聞新憲法起草委員会委員長も務めた。主著は『戦略家ニクソン』など。関連記事■ 「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国■  「米中冷戦時代」の到来か 対立も辞さない習近平■ 良識ある沖縄の人々に尋ねたい なぜ国際情勢に無頓着なのか

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    米中新冷戦時代の陰謀

    世界には完全な社会主義国家が二つある。ひとつは北朝鮮であり、もうひとつはキューバである。私は先日キューバを訪れる機会を得た。今回はキューバをとりまく情勢とリアルなキューバの姿を伝えたいと思う。

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    革命の島を理解する3つの観点

    なぜアメリカは接近したのか アメリカがキューバに急接近した理由として、オバマ大統領の功績作りという説がある。2016年にアメリカ大統領選挙を控え、民主党も成果を残さなければならない。世界はいま、スターバックスやマクドナルドなど、どの国にも同じ店が並び、食生活を始め、文化のあらゆる面が画一化されてしまっている。2014会計年度末の9月28日当時の段階で、スターバックスは世界65カ国に2万1千店舗を展開していた。アメリカはキューバに接近することで、資本主義の新たなフロンティアを開拓する狙いがあるのだろう。 とは言えキューバ政府は革命以来、外国企業に(土地を含めた)不動産を所有することを認めていない。現地でヨーロッパ企業のホテルやレストランはちらほら見かけたものの、資本率は49%までであって、運営もキューバ政府と共同という形式をとっていた。キューバ政府が講じてきたこれらの政策は、依存を生みやすい交流を排除することで、支配⇔服従の関係から独立して国民経済を守ってきた。キューバ共産主義青年同盟(UJC)による行進  一方、アメリカの力は政府の直接の介入によってではなく民間企業などの進出を通じて他国におよぶ。だからこそ、政府が新たなフロンティアを開拓することで利益を得るのは米国を拠点とする私営企業であって、これはオバマ大統領の功績、ひいては民主党が来年の選挙を有利に運ぶための戦略に繋がると言えよう。 さらには、台頭する中国への抵抗も狙いの一つであると考えられる。キューバを走る車のなかに、フォードやシボレーといったアメリカ製の近代的な車は一台もなかった。あるのは、中国製と韓国製、もしくはヨーロッパの新型車であった。いかに中国の製品が安かろう悪かろうで語られるとはいえ、実際にハバナでの中国製車の氾濫や巨大な中国大使館を見ると、アメリカも安心はできないのだろう。 国際政治学者として著名な高坂正堯氏は、名著『国際政治』のなかで権力闘争の変容についても述べた。つまり、「先の大戦後の権力政治は大きく変わり、それまでの権力闘争の目的は、より大きな領土を獲得することだったが、それはもはや今日の権力闘争の目的ではなく、今日の権力闘争の目的は、同じ政治原理を持つ国を広げることである」。この一節は冷戦下の社会主義諸国と自由主義諸国の対立のさなかに書かれたことであっても、それから半世紀を経た今、多少の状況は変わったが、今回のキューバをめぐる情勢にも当てはまる、普遍的な国際政治の枠組みを捉えた本質である。つまり、かつてに比べ社会主義国の肩身が狭くなったことは否めないが、国際社会を構成する各国家が、いかなる性質の国家であるかということは、国際社会のあり方に影響をおよぼす重要な要因である。 1982年、アメリカはキューバをテロ支援国家に指定し、他国に制裁金を課してまで様々なかたちで経済封鎖をおこなってきた。キューバ経済は困窮し、外国物資を買う資金もなく、目抜き通りを一つ超えれば街はぼろぼろの状態が続いている。キューバ国民の不満が募っていることは想像に難くない。オバマ大統領を中心に展開される米キューバ関係には、今後も注目していきたいところである。自由なき社会主義国 成功した社会主義国のモデルとして、またかつてはアメリカの脅威として、その名を世界に轟かせたカリブに浮かぶ小さな島国。日本でも昨年からキューバ特集が多く組まれ、キューバの魅力として、キューバ国民がどんなに幸せな生活を送っているのか目にした方も少なくないであろう。しかし、海岸に沿って車を走らせると、あることに気がついた。 キューバを愛した文豪家として知られるヘミングウェイは、広大な敷地をもつキューバの邸宅で一つの作品を書き上げた。のちにノーベル文学賞を授賞した『老人と海』である。年老いた漁師のサンチャゴが、カジキマグロを捕りに航海したときのことが描かれている。漁師たちのあくせく働く場面からは、船着場には無数の帆かけ舟がたまっているような情景を想像させられたものだが、どこを見渡しても舟の姿が見当たらない。これは一体どうしたことか。 日本では、社会主義国でありながら幸福度の高い国として紹介されてきたキューバだが、日本でみる報道がすべて事実だと思ってはいけない。社会主義国を取材することはそう簡単なことではないからである。キューバは他国と比較しても取材ビザ(報道関係者が取材を目的として渡航する場合に取得しなければならないビザ)の取得が難しいことで知られている。なぜなら、キューバが社会主義国だからだ。完全なる社会主義国は世界に二カ国あり、一つは北朝鮮で、残りはここキューバである。当然、テレビやラジオ、新聞を含めてキューバのメディアはすべて国営であり、外国の報道機関が取材する際にはキューバのプレスセンターを介して行われる。キューバ政府は自分たちが伝えたいキューバしかみせようとしないし、外国メディアの側も事前に取材したい内容を伝えて、取材する場所をピンポイントで指定されるしくみになっている。さらに、報道機関が現地の人々にインタビューを試みても、彼らは胸の内を話そうとはしない。外国メディア側は確固たる根拠がなければ報道できないので実名入りのインタビューを成功させることが勝負となる一方で、 キューバ人としては、反政府的な内容で報道されてしまうとのちに報復されかねない恐怖心があるのだ。親しくなったキューバ人からこんな話を聞いた。「この国には自由がない。カストロがすべてを操っている。」、と。彼のお兄さんは9年前にアメリカに亡命したという。日本でみる報道がキューバの魅力に限定されるのは、つまりは言論統制の裏返しであることを我々は注意しなければならない。亡命したお兄さんについて語ってくれたキューバ人男性と そんなこともあって、実のところ、毎年2万人のキューバ人が故郷と家族を捨て国外に逃亡していることは日本ではあまり知られていない。この舟数の少なさは、国民の国外逃亡を阻止するためにキューバ政府が舟の所有に規制をかけているためだった。 私は、映画『スカーフェイス』で、米国に亡命したキューバの政治犯トニー・モンタナ役を演じるアル・パチーノを思い出す。映画序盤、米国に政治犯として亡命したはいいが、なかなか入国を認められないトニー。やがて彼はしびれを切らし、自分を取り押さえようとする米国人に社会主義国家キューバの惨状を吐露する場面がある。  「お前はアカか?奴らの下では考える自由も感じる自由もない、まるでヒツジだよ。一日10時間、タダ働きの奉仕労働、ポリが街中に張り込んでて一挙一動を監視している。食い物は3食タコ、耳からタコが出る、クツはソ連製、履くと底が抜けて指が出る…ガマンできるか?なあ、俺はコソ泥なんかじゃねぇ。キューバの政治犯トニー・モンタナだ。カーター大統領の言う人権を認めて貰おうじゃないか!」 これは少々行き過ぎた表現だとしても、キューバの人々の中にはやはり上記の呪詛を裏返しにしたような「自由の国アメリカへのあこがれ」というものがある。キューバで生きるということ そんなキューバ人の国民性を感じた例がもうひとつある。 キューバでは労働者は皆「公務員」という扱いになる。レストランの給支係でさえである。「公務員」と聞くと日本では安定した収入をイメージする人が多いだろう。しかし聞くところによると彼らの給料は配給を含めても一ヶ月と生活出来ない程の微々たるものである。ではどうやって食い繋いでいるのだろうか。ハバナにある配給所 ある日、ステーキを食べにレストランへ行った。焼き加減をミディアムレアと注文し待つことしばし。やがて給支が皿に盛り付けられた巨大な肉をニコニコしながら持ってくる。すると突然、わざとらしい大仰な素振りで「申し訳ありませんお客様!ミディアムレアと注文されていたのに、こちらの手違いでミディアムで肉に火を通してしまいました。こちらはお下げいたします。もうしばしお待ちを。」とこうくる。この下げられた肉が何処へ行くか…読者の皆様にはもうお分かりであると思う。これぞ「キューバ的人情」というやつだ。 私達は社会主義国の国民と聞くと同情の念を持って見てしまうが、それもまた一つの偏見である。どんな状況でも人間は助けあいながらどっこい生きていくのである。葉巻を吹かし、アフロ・キューバンのリズムに耳を傾けながら高層ビルに遮られない雄大な空を眺めることは日本では出来ない。 彼らにも彼らなりの幸せがあるのだ。そこに優劣をつける権利は誰にも無い。関連記事■ 米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性■ ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか■ 断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

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    米国に外交的勝利したキューバ、国交正常化交渉は諸刃の剣

    の外遊先に米国を選び、わずか3カ月後の同年4月に米国各地を訪問している。彼は米国政府に、共同でラテンアメリカの開発に取り組もうと呼びかけたが、アイゼンハワー大統領は理由をつけて彼に会おうともしなかった。カストロはハーバード大学を訪問した際、高校生のときにハーバードへの入学を志望して不合格だったことを、後にケネディ大統領の補佐官になる同大学政治学部長マクジョージ・バンディに告白している(バンディはその場で、不合格の決定を取り消すので、ぜひ今から入学してくださいと返答した)。流暢な英語で、全米各地の記者会見で質問に答えるフィデルには、後年の反米主義者の片鱗も見られない。 カストロは革命の目的に社会的公正を掲げており、革命成功後すぐに農地改革を発表した。キューバには米国企業が大農園を所有しており、これらの農園が農地改革の対象になったため、企業は米国政府に農地改革をやめさせるよう、圧力をかけた。しかしカストロは革命前の伝統的政治家の歴代大統領たちと異なり、信念を曲げておとなしく米国の言うことを聞くような若者ではなかった。 キューバ南岸の瀟洒な都市シエンフエゴスの郊外には、当時から米国企業の石油精製施設が立ち並び、キューバの石油製品の供給を独占していた。米国政府は農地改革への報復として、これらの米系石油会社に、キューバでの石油精製をやめるよう命令した。エネルギー供給を断たれたキューバは、やむなくソ連への接近を決断するのである。 ちなみにカストロが実施した農地改革は、所有農地の上限を約27ヘクタールに制限するもので、大農園には打撃であるが、たとえば米国自身が第二次世界大戦後に日本や日本の旧植民地で実施した農地改革に比べれば、ずっと穏健なものであった。にもかかわらず、米国政府はこの改革を「共産主義的」と決めつけ、結果としてキューバをソ連陣営へ追いやったのである。ソ連崩壊後のキューバ・米国関係ソ連崩壊後のキューバ・米国関係 冷戦期、ソ連は米国にこれほど近いキューバの地政学的価値を評価し、第三世界向け援助の半分をキューバ一国へ送るほど優遇した。キューバは、ソ連陣営に参加した社会主義国がソ連通貨ルーブル建てで域内貿易を行うコメコン体制に組み込まれ、ソ連・東欧をはじめとした社会主義国に砂糖を輸出し、工業製品や食料、消費者物資をそれらの国々から輸入するようになった。キューバの貿易額の7割がソ連、東欧を含めると8割がコメコン諸国との貿易であった。ソ連崩壊後、キューバは突然これらの国々との関係を失い、革命後最悪の経済危機に突入した。 米国はこの時期、キューバ革命はこの危機の中で早晩崩壊するだろうと見ていた。1992年のトリセリ法は、対キューバ経済制裁強化法であるが、これは革命体制の崩壊を早めることが目的だった。しかしキューバは持ちこたえ、その4年後に制定されたヘルムズ=バートン法(経済制裁全面解除を大統領の手から連邦議会の手に移した)によっても、体制を突き崩すことはできなかった。オバマ大統領が今回の発表で、米国の対キューバ政策は効果がない、と明言したのは、この経緯を踏まえている。ハバナで国交正常化交渉を開始した米国(左側)とキューバの代表団(共同) 1998年に、ローマ法王ヨハネ=パウロ二世(当時)が、革命後初めてキューバを訪問した。法王は「キューバは世界に、世界はキューバに門戸を開くべきだ」と演説し、米国の経済制裁については人道に反する、と非難した。連邦議会は、法王の批判に応え、食料・医薬品・医療材料の人道物資に限り、キューバへの輸出を認める法案を提出して、2001年に可決された。以来米国は、食料の83パーセントを輸入に頼るキューバの主要な食糧供給国となり、小麦、大豆、冷凍鶏肉などを輸出して、現在キューバの輸入相手国第4位にまで上昇している。 オバマ大統領は、就任直後の2009年に、キューバ系米国市民の多くが求めていた、キューバの親族訪問と親族送金の制限を撤廃した。年に何度キューバの親族を訪問してもよいし、滞在期間にも上限がなくなった。親族への外貨送金も制限がなくなった。年間10億ドルとも20億ドルともいわれる親族送金は、年にもよるがキューバの観光業やニッケル産業など、主要産業一つが稼ぎ出す外貨に匹敵する。危機的なキューバ経済を陰から支えているのである。 しかしオバマ大統領は、周囲の期待にもかかわらず、それ以上の対キューバ政策見直しは行わないままであった。その大きな理由は、キューバ革命後すぐに、革命に反対して亡命してきた保守系キューバ系市民の政治力である。革命後、所有していた資産を失い、あるいは革命前のバティスタ軍事独裁政権を支持していたために、キューバから米国に亡命した人々は、革命前のキューバ社会の上層・中上層に属していた。さらに米国が当時キューバからの亡命者に奨学金や雇用支援など、米国社会に定着するためのさまざまな支援を行ったため、キューバ系は短期間で米国社会に足場を築いていった。 これら初期の亡命者グループはカストロ政権に対する反感を持ち続け、米国の連邦政府に圧力をかけて、米国の対キューバ政策を通じてキューバ革命体制を打倒しようとしてきた。ソ連崩壊後、西側諸国対東側諸国という対立構造はなくなり、またキューバに対するソ連の軍事援助も停止したため、キューバが米国の安全保障上の脅威ではなくなった。しかしこの国際環境の変化が、敵対的な対キューバ政策を変えることがないよう、この亡命キューバ人の保守派は常に圧力をかけてきたのである。彼らはキューバから近いフロリダ州にとくに多く、現在もマリオ・ディアス=バラルト下院議員や、マルコ・ルビオ上院議員などを中央政界へ送り込んでいる。彼らはオバマ大統領の対キューバ政策変更にも、強硬に反対してきた。国交正常化交渉以降の動き国交正常化交渉以降の動き 2014年12月17日の国交正常化交渉発表は、オバマ大統領とラウル・カストロ国家評議会議長の両方がほぼ同時にそれぞれの国のテレビで発表する、という形を取った。オバマ大統領はその席で、キューバに対する敵対的な政策は54年間機能しておらず、むしろ関与によりキューバの民主化を促すべき、と、政策の変更について説明した。他方ラウル・カストロは、正常化交渉よりも、それに先立って実現した「5人の英雄」(スパイ容疑で米国で収監されていたキューバ人5名を、キューバではこう呼んできた)のうちまだ収監されていた3名が釈放されたことに詳しく時間を割き、また「両国は交渉の対話にあたり、互いの違いを尊重すべき」と述べ、国交正常化の目的がキューバの民主化や人権改善を促進することである、というオバマ大統領に対して釘を刺した。 ラウルはさらに3日後、キューバの国会に当たる全国人民権力議会の通常会期中に演説し、「オバマの公正な決定に国民ともども感謝」しつつも、経済・通商および金融封鎖(制裁のことをキューバは封鎖と呼ぶ)の解除が両国関係の改善の肝として残っていること、大統領がその権限の許す限り封鎖の緩和に動くよう求めた。17日の演説と同様、「わが国の独立と自立が侵されることがないような、双務的な形で、対等な関係を保って」交渉が行われることを望むと述べた。その直後に「当該国の国内管轄権に属する事項に介入することがないよう」と述べ、米国の民主化要求に予防線を張っている。「国家の独立や民主主義、政治体制や国際関係について、キューバと米国の両政府の間には大きな違いがあり」、その違いを相互に尊重することを米国に求めている。そのうえで、これらの条件が守られれば、どのようなテーマについても対話が可能だ、としている。つまり米国が相手国の国内政治のありように干渉する姿勢を改め、キューバの体制を尊重する態度を見せれば、どんな内容でも議論できる、ということである。これは米国の外交姿勢とは相容れない。 このすれ違いは今年1月21日にハバナで開催された第1回正常化交渉の席で、さらに鮮明になった。米国はキューバの反体制派への支持を表明し、キューバ政府が人権状況を改善するように求めた。米国のジェイコブソン代表は、ハバナ滞在中に反体制派との朝食会を計画したが、キューバ政府から止められた。キューバ側のビダル代表は、「この少人数のグループは、キューバ社会を代表しているわけではなく、またキューバ国民の利益を代表してもいない」と述べ、人権問題の改善や民主化を正面から求めてくる米国の働きかけをさえぎった[注1]。また人権問題については、昨年起こった、米ミズーリ州ファーガソンの白人警官による黒人少年射殺事件を挙げて、米国は他国の人権問題を云々するより、自国のそれを何とかすべきではないか、と反論した。 民主化や人権問題の解決を米国が持ち出せば、キューバ側は国交正常化の条件に経済制裁の全面解除を要求した。キューバ政府はここで、米国にとっては実現が非常に難しい経済制裁全面解除という高いハードルを設けたわけで、国交正常化実現のためには大変厳しい条件である。オバマ大統領は、国交正常化を単独で決定する権限が法的に保障されているが、対キューバ経済制裁の全面解除のためには、1996年に成立したヘルムズ=バートン法により、連邦議会の承認が必要となっている。ヘルムズ=バートン法は経済制裁解除の条件として、キューバが複数政党制を認め、自由な選挙を実施する準備が整ったことを確認することと、カストロ兄弟が政治権力から退くことを挙げており、どちらもキューバの現政府には受け入れがたい条件である。それでもこれらの条件は、連邦議会が達成できたと主観的に判断して承認すれば乗り越えることはできるかもしれない。 問題は、現在の連邦議会は上下院とも共和党が多数を占め、オバマ大統領の今回のキューバ政策転換についても、厳しく批判していることである。たとえばオバマ大統領がラウル・カストロ議長と共に、国交正常化交渉開始を発表した12月17日、その日のうちに、フロリダ州に次いでキューバ系が多く住む東部ニュージャージー州の州議会上院は、オバマの決定を批判する声明を発表した。まずキューバ政府の人権侵害、キューバ国内の経済的な困難に対するカストロ兄弟の責任を追及し、また革命体制が米国に脅威となっていると主張して、キューバに収監されていた米国人アラン・グロス[注2]と3名のキューバ人スパイを交換したのは愚かな選択だった、と批判した。 フロリダ州選出のキューバ系上院議員のマルコ・ルビオは発表から3週間が経過した今年1月7日付けで、オバマ大統領に公開書簡を送り、キューバの人権状況に懸念があること、とくに発表の後で十数名の反体制派がデモをしたという理由で逮捕されていると指摘、人権状況の改善はみられないと批判した。正常化交渉の結果、両国に大使館が設置されることになった場合、彼が所属する外交委員会で駐キューバ大使の任命に反対すると言明した。 これら共和党の保守派、とくにキューバ革命に反対して米国へ亡命したキューバ系の議員たちの反対にもかかわらず、オバマ大統領は今後もキューバとの対話を進めるだろうと考える。最大の理由は近年の米国世論およびキューバ系米国人コミュニティの世論の変化である。 1990年代以降、キューバから米国へは毎年3~4万人が移民してきている。これら新世代のキューバ系は革命後に生まれた世代で、革命を人生の一部として成長した。彼らは初期の亡命世代のように革命を打倒したいという望みはなく、むしろ国に残した家族に制限なく会ったり、彼らに自由に送金したりすることを望んでいる。国交正常化や経済制裁の解除にも賛成する。革命直後に移民してきた世代が高齢化する一方で、これら新世代は年々数が増えているのである。 たとえばフロリダ国際大学キューバ研究所が2014年2~5月にマイアミのデイド郡に住むキューバ系米国人に対して実施した調査[注3]によれば、68パーセントが国交正常化に賛成、52パーセントが経済制裁の継続に反対している。これが18歳から29歳の若年層に限れば、国交正常化に90パーセントが賛成、経済制裁の継続には62パーセントが反対となる。ただし国際テロ支援国リストにキューバが含まれていること(キューバ以外の国は現在、イラン、スーダン、シリアのみ)については、63パーセントが賛成しており、これは世代にかかわらずほとんど一定である。 さらにオバマ大統領の発表直後に、キューバ系だけでなく米国民全体に対して行われたABCニューズとワシントンポストの共同世論調査[注4]によれば、64パーセントの国民が国交正常化に賛成し、68パーセントが経済制裁の終了に賛成し、74パーセントがキューバ渡航禁止措置の解除に賛成した。1998年の同様の調査では国交正常化に賛成したのは38パーセント、経済制裁解除に賛成したのは35パーセントだったので、関係改善に賛成する人が16年間で大幅に増加したことになる。 つまりオバマ大統領は、これらのキューバ系および米国全体の世論の変化に対応して、今回の政策変更を発表したとも考えられる。オバマは1月20日、正常化交渉の前日に行われた一般教書演説で、連邦議会に対キューバ経済制裁の見直しを呼びかけた。経済制裁解除を議会に求め、国交正常化からさらに大きく一歩踏み込んだ。この積極姿勢の背後には、世論の後押しがあるのである。共和党の保守派議員もそれぞれ自身の選挙区の動向には気を配らなければならないので、今後も関係改善に賛成する国民が増えていけば、彼らの意見も変化する可能性がある。 また2014年には、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席が相次いでキューバを公式訪問している。冷戦は終結したが、新たに米国と覇権を競いそうな大国が出現し、彼らが友好国キューバに接近しつつある現在、米国の政策転換は、新大国に対する牽制ともとれる。中間選挙が終わって1カ月後の電撃的な発表であった12月の国交正常化交渉開始発表は、もちろんオバマ大統領が選挙結果に責任を持たなくて済むようになったことが大きいが、時代の変化に即し、国際関係の変化に対応したものと考えられる。今後の展望今後の展望 1月15日に、オバマ大統領はキューバに親族がいない米国市民がキューバに送金する場合の上限額を、3カ月ごと500ドルから2000ドルへ引き上げた。さらにキューバ系市民を含む米国市民が米国へキューバ産品を持ち帰ることも、400ドルまでの上限つきで許可すると発表した。キューバ産品のうちキューバ産葉巻やラム酒などのアルコール類は100ドルまでとなっている。文化・学術交流や人道支援など、以前から例外として認められてきた12分類のキューバ渡航のケースについて、米財務省の許可は必要ないとした。財務省の許可申請にはこれまで手続きに数ヶ月かかっていたので、交換留学や宗教関係者や援助関係者のキューバ渡航などが、容易に実現できることになった。この発表に対して、早速共和党議員からは、キューバ政府が12月以来人権問題や民主化問題について何も進展をみせていないのに、米国政府だけが一方的に緩和策を発表していくのはいかがなものか、と批判が出たが、大統領は前述した世論の支持を背景に、反対派の声は意に介さず前進しようとしているようにみえる。 オバマ大統領の決断により、米国・キューバの関係はかなり変わることが期待される。経済制裁は前述したように、共和党が多数を占める連邦議会で承認される可能性は低い。オバマ大統領は自分が一人で決められる部分について、対キューバ政策を変えていくだろう。すなわち、国交正常化を何らかのレベルで実現すること、テロ支援国家リストからキューバを外すこと、そして経済制裁の部分的解除にあたるが、キューバに親族や姻族がいない米国市民にもキューバ渡航を認め、(渡航に伴い必要になる)キューバ国内でのドル支出を認めること、それに関連して米国銀行のキューバとの(一部)取引を認めること、革命初期から途絶している両国間の郵便サービスや定期航路を再開すること、などが考えられる。 一点目の国交正常化については、キューバが1回目の交渉で述べたように経済制裁全面解除を条件にすると、完全な正常化は難しい。米国側はとりあえず、大使館設置を実行目標にすると述べている。二点目のテロ支援国家問題は、1982年、キューバがアフリカのアンゴラに出兵し、民族主義左翼政権に加担してアパルトヘイトを実施していた南アフリカと戦い、中米のニカラグアやカリブ海のグレナダの左翼政権に軍事支援を行っていた、つまり「革命輸出」を行っていたことから、米国務省がテロ支援国家リストにキューバを含めたことに始まる。ソ連崩壊以来、キューバの海外での軍事的な活動はほぼ完全に停止しており、キューバ政府は過去20年間、テロ支援国から自国を外すよう、米国政府に求めてきた。 今回の国交正常化交渉は、象徴的な意味では小国キューバの外交的な勝利である。キューバ革命の民族主義と平等主義に反対して圧力をかけてきた超大国米国の断交と経済制裁に半世紀以上耐え、米国政府がその政策を引っ込めることに同意しつつあるわけであるから、実際に米国と戦火を交えて勝利したベトナムほどでないにせよ、大きな勝利であると評価できよう。 また歴史的に、キューバは米国からの武力侵攻を常に恐れてきた。米国の経済的な締め付けと同時に、軍事的な脅威がキューバをソ連に走らせた。その意味では、今回の関係改善が成功すれば、キューバにとって米国の脅威が低下することを期待できる。1月26日にフィデル・カストロは5カ月ぶりに共産党機関紙『グランマ』に不定期連載している『フィデルの省察』を掲載したが、そのなかで今回の正常化交渉にほとんど触れていないものの、最後の段落で「平和を守ることがすべての人々にとっての義務である」「米国とであれ、ラテンアメリカのどの国とであれ、平和的解決によって、国際慣習に即した合意に達するべき」と述べている。敵対的関係でも、平和的な話し合いによる解決を望む、とフィデルが言明する裏には、米国の軍事的脅威をこの機会に減らすことがキューバ革命体制の今後の生き残りにも必要だと考えているようにも読める。とくにカストロ兄弟が高齢になっている今(フィデル88歳、ラウル83歳)、彼らが生きている間に米国の武力侵攻の可能性を減らしておけば、彼らの死後、革命体制の存続がより保証されると考えたのではないかと思われる。 他方経済的には、もし米国人観光客のキューバ渡航が認められれば、観光収入が大幅に増加するだろう。現在キューバに来る300万人近い観光客のうち、3分の1にあたる100万人はカナダからの観光客である。米国人観光客がキューバに合法的に来られるようになるとすれば、少なくともカナダから来ている数くらいは米国からも来るだろう。米国からの訪問者数は、キューバ側の統計によれば10万人足らず(2013年)だが、これが10倍に増えれば、観光収入に大きなプラスとなる。 キューバは現在、2001年からベネズエラとの間にキューバ人医師とベネズエラ原油のバーター貿易を行っており、優遇価格でベネズエラ原油を輸入できている。しかし2013年にベネズエラ側でこの協定を推進していたチャベス大統領が死去し、その後もベネズエラ経済が悪化の一途をたどっているため、このキューバにとって有利な協定がいつまで続くかが不透明になっている。今回の国交正常化交渉開始のための水面下での交渉は、チャベス大統領が死去してすぐ後に始まったと報道されているが、これはキューバ側の危機感の表れである。ベネズエラに大きく依存した現在の経済を立て直すために、米国との関係改善に動いた可能性がある。 しかし、ラウルが繰り返し言明しているように、キューバ政府は米国政府に対し、「違いを認め合う」「対等な立場で交渉を」という表現で、キューバの国内問題に介入しないよう求めている。キューバ政府にとっての至上命題は、革命体制の存続である。冒頭で述べたように、キューバ国民の日常の社会の中に、米国文化や米国からの情報はほとんど血肉となって共存している。これほど近くにある米国なので、それはある意味当然のことだが、両国関係が深まって、米国からの文化的・社会的影響が深まれば、ちょうど東欧で起こったように、下からの変革が体制の不安定化につながる可能性がある。キューバ政府はそれをよくわかっていて、繰り返し米国政府に釘を刺し、米国が近づきすぎないよう、適度な距離を保っておきたい、というのが本音ではないかと思われる。つまり近づきたいが、近づきすぎると危険、という難しい舵取りを迫られるという意味で、諸刃の剣なのである。 キューバ政府にとって、今回の政策転換が諸刃の剣になる可能性があるもう一つの理由は、両国の移民問題に変化が生じることである。冷戦期に制定されたキューバ調整法などにより、キューバ人が米国に移住する際には他国よりも優遇された条件が適用される。たとえば米国の陸地に足を着いた移民希望者は、米国査証を持っていなくても米国入国が認められ(普通は強制送還である)、永住権(2年)や米国籍(5年)取得に必要な滞在期間も短い。政治亡命とみなされるからである。国交正常化が実現すると、この優遇政策は廃止されるといわれている。 キューバ経済は、既得権者の抵抗もあり、中央集権的な性格からなかなか抜け出せないでいる。大学を出ても、平均月収が18ドルの公的部門労働者の雇用はあまり魅力的ではない。キューバの若者の夢は、自分の将来に展望が持てないキューバにとどまってがんばるよりも、米国に移住することなのである。自分の夢を米国移住に賭けられるのは、上記のキューバ人に有利な移住制度が米国に存在することが大きい。国交正常化が実現して優遇政策がなくなれば、米国への移民は他国民と同じ程度に難しくなる。 革命体制に不満を持つ層は若年層に多いとされており、米国へ移民するのも若い世代が中心である。移住が難しくなってキューバにとどまらざるを得なくなった若い市民の体制への不満が高まる可能性がある。このいわゆる不満分子の国外移住による「ガス抜き」を重視するなら、キューバ政府にとって、国交正常化は実はしないほうが得策だということになる。同じことは、経済制裁にもいえる。キューバ政府は、とくにフィデル・カストロが引退するまでは、経済危機を米国の経済制裁のせいにしてきた。経済制裁がなくなれば、経済の不振を米国のせいにするのは難しくなる。したがって経済制裁も、ある意味であったほうが便利、という存在である可能性もある。 米国はキューバ革命にとって長年の仮想敵国であり、同時に普通のキューバ人にとっては、愛憎半ばする存在でもある。ある意味では米国は常に、キューバにとっての「大本命」であった。冷戦中はその本命は交響曲の重低音パートのように、キューバ外交や革命の構成要件に大きな影を落とし、主旋律はソ連だが、その底部に常に米国の音が響いているような感じだった。さらに文化的にはキューバ社会の血肉として、切っても切れない存在だったのだが、その米国がついに対外関係の主旋律に飛び込んできて、名実共に最も重要な隣国になったとき、キューバ革命体制をどのように作り上げるかが問われている。 オバマ大統領の任期はあと2年だが、その間にどこまで関係が改善するか、またこれも公式に任期をあと3年に区切ったラウル・カストロ国家評議会議長が、その間にどこまで改革を実施し、対米関係に向き合うか。カストロ兄弟の年齢問題も含め、不透明な部分も残るが、ラウル・カストロが繰り返し、今回の交渉以前から述べているのは、政府同士が「対等な交渉」「相手国の体制の違いを尊重する」ということである。他方米国政府は、キューバ政府よりも「政府に抑圧された」キューバ国民の政治・経済活動の自由を促進しようとしている。このままでは平行線であるが、今後も交渉は続くはずであり、どこかで両国が折り合えるかを注視していきたい。脚注1. 米国政府の代表団は、キューバ政府の反対にもかかわらず、1月23日に反体制派を朝食会に招いた(UPI http://www.upi.com/Top_News/World-News/2015/01/23/US-delegation-meets-with-Cuban-dissidents-in-Havana/2981422029783/ )。キューバ政府は不同意は表明したが、米国代表団の活動は制限せず、今回は両国間の価値観の相違を許容したといえる。2.  アラン・グロス(Alan Gross)は2009年にキューバのユダヤ人協会に衛星通信機器を無償供与したが、この行為がスパイ行為であるとみなされ、キューバで収監されていた。米国で同じようにスパイ容疑で逮捕・拘禁されていた5名のキューバ人問題と共に、両国間の関係改善の障害になっていたが、国交正常化交渉に先立ち、グロスとキューバ人たちを同時に釈放することで障害を取り除いたのである。3.  https://cri.fiu.edu/.../cuba-poll/2014-fiu-cuba-poll.pdf4. http://abcnews.go.com/blogs/politics/2014/12/poll-finds-broad-public-support-for-open-relations-with-cuba/(ジェトロ・アジア経済研究所 キューバ情勢レポート「キューバと米国の国交正常化交渉をめぐって」(http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Latin/Radar/Cuba/201502.html)2015年2月、より転載)やまおか・かなこ 日本貿易振興機構・アジア経済研究所 地域研究センター ラテンアメリカ研究グループ主任研究員。専門分野はラテンアメリカ研究(キューバ)、国際関係、政治学。早大法卒。シカゴ大大学院国際関係学科修士課程修了後、89年に入所。94年より2年間キューバ共産党中央委員会付属アジア・オセアニア研究所客員研究員としてハバナ駐在経験を持つ。11年7月より現職。関連記事■ 米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性■ ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか■ 断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

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    第2のキューバ危機回避 米の深謀遠慮

    大統領とキューバのカストロ国家評議会議長とが4月10日、パナマで会談して以来、交渉は急速に進展した。アメリカ国内では、キューバからの亡命者を中心に国交正常化に反対する声もあるが、キューバとの関係改善に関しては、これを単に左派オバマ政権の軟弱外交と片づけるわけにはいかない。今回の国交正常化の背後には、アメリカの国益を踏まえた深慮遠謀が存在しているようだ。 第1に指摘したいのは、この国交正常化により、アメリカは第2のキューバ・ミサイル危機を回避したという点だ。昨年7月、習近平はキューバを訪問し、それ以来、両国は、中国の最新鋭のミサイル駆逐艦をキューバに常駐させる方向で準備を進めていた。キューバは2012年以来、中国海軍艦艇の派遣を依頼していたのである。米中両国間では、まさに新冷戦とも呼ぶべき緊張状態が生まれつつあるが、中国とすれば、アメリカの最も近くにある反米国家キューバに、ミサイル駆逐艦を常駐させるというのは、非常に大きな戦略的優位となるはずであった。ところが米中関係の進展に合わせ、キューバはこの一旦は合意した中国海軍艦艇のキューバ常駐を撤回した事が、5月下旬になって明らかになったのだ。謂わば、オバマ政権は第2のキューバ・ミサイル危機を事前に回避したのだ。第一次キューバ・ミサイル危機とは言うまでもなく1962年10月、ソ連がキューバに核ミサイルを持ち込もうとした時に生じた米ソ核戦争勃発の危機であった。 アメリカ側の第2の狙いは、タックスヘイブン潰しである。アメリカはブッシュ・ジュニア政権以来、2つの目的の為にタックスヘイブン潰しを進めてきた。第1は、テロ資金を根絶する為である。テロの資金はアングラマネーであり、アングラマネーを根絶やしにする為にはタックスヘイブンを徹底して規制する必要がある。第2は、米国のみならず、先進国も途上国も悩んでいる税収不足の解消である。多国籍企業や一部の富裕層はタックスヘイブンを巧みに利用する事により、納税を回避してきた。極端な節税ないしは脱税である。先進国各国はOECDやG20の枠組みを生かしながら、こういった租税回避の動きを大胆に規制してきた。特に2008年のリーマンショック以降は、タックスヘイブンにおける巨額資金が世界の金融システムそのものを不安定化させる事もあり、その規制はあまりマスコミの表面に現れる事はなかったが、大胆に進展してきていた。 代表的なタックスヘイブンとしてはスイスや英国のシティがあげられるが、このシティと連動してタックスヘイブンとしての機能を大胆に発揮してきたのがカリブ海に散在する英国海外領と旧英国領の独立国である。そしてこのカリブ海のタックスヘイブン・ネットワークの地理的中心に存在するのが、キューバであった。キューバはキューバ・ミサイル危機以来、かたくなに反米の砦を崩そうとしなかった。周辺のカリブ海諸国や英国海外領土と連動しながら、キューバは事実上、カリブ海タックスヘイブン・ネットワークの中心的役割を果たしていたのである。 更に、この役割と表裏一体の関係にあるが、キューバは中南米の麻薬や覚せい剤がアメリカに流入する際の中継地点としても極めて重要であった。アメリカ側からすれば、キューバに対する経済制裁を解除する代わりに、タックスヘイブンとしての役割と麻薬中継基地としての役割を同時に放棄させる。これがアメリカの本音である。 キューバ側も長年の経済制裁によって、国内経済は疲弊の極に達している。1950年代産のアメリカ製自動車が未だに走り回っている。近年、ベネズエラのチャベス大統領が元気であった頃は、同じ反米の同盟国という事で石油供給の支援も受けていたが、最早、それも不可能になった。国内は極端なモノ不足に陥っている。ベネズエラから支援を受ける以前、米ソ冷戦時代においては勿論、ソ連がキューバを支えていた。キューバは砂糖を輸出する代わりに、ソ連から貴重な石油を安価に輸入する事ができた。ソ連としては冷戦の最前線の基地であるキューバを経済的に支えていたのである。しかしソ連が崩壊してから、既に24年も経った。最後の反米同盟の盟友であったベネズエラのチャベス大統領も他界した。狡猾な中国外交にキューバの安全保障を頼り切る事はできないし、当の中国経済がバブル崩壊しつつある事は誰の目にも明らかである。革命の指導者フィデル・カストロも、その弟であるラウル・カストロ国家評議会議長も、中国の支援に頼る事は危険すぎると判断し、長年の感情的な確執を乗り越えて、アメリカと国交正常化する道を決断したのであろう。 民主党のオバマ大統領は、国交正常化を行なうには、適切なパートナーである。米共和党内では、亡命キューバ人勢力がかなりの影響力を保持しており、共和党政権下では国交正常化はかなり難しくならざるを得ない。オバマ政権在任中に国交正常化を決断したのは、キューバの指導者にとっても極めて合理的な判断であったろう。 米国の保守派内ではキューバとの国交正常化に反対する者も多いが、長期的に見れば両国間の国交正常化はアメリカの国益にも資するところが大であろう。オバマ政権にとっても数少ない外交上のレガシーとなるはずである。 ちなみに、昭和天皇陛下が薨去された折、フィデル・カストロ国家評議会議長(当時)は、日本大使館を弔問に訪れた。キューバ国は半旗を長期間に渡って掲げ、哀悼の意を表した。フィデル・カストロは共産主義者である前に民族主義者である。キューバ問題をイデオロギー的な視点のみで見ることは間違っている。関連記事■ 米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性■ ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか■ 断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

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    米・キューバ、国交正常化は何をもたらすか

    「キューバ危機」から半世紀をへて動き出した米国とキューバの国交正常化交渉。しかし、政策転換により変革を促したい米国に対し、キューバは社会主義体制の維持を貫こうとする。両国対立の歴史に終止符は打たれるのか。そして国際社会への影響は。

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    オバマが外交攻勢を開始 中南米で影響力を競う米中

    や投資をして、経済面を中心に中南米との関係強化を目指してきました。今年1月8‐9日には、中国・ラテンアメリカ・カリブ諸国共同体フォーラム(CELAC・反米のベネズエラが主導し、中南米33か国が加盟する地域機構)の閣僚級会合が北京で開催されました。習近平は、その会議で、インフラ整備や資源開発などに2019年までに350億ドルの借款を約束し、2020年から10年間に2500億ドルを投資する意向もあると述べました。貿易についても、上記記事にあるように、今の2570億ドルを2019年までに倍増したいと述べました。中国は、従来の路線を引き続きとっています。 しかし、石油価格が半減したなかで、ベネズエラは経済が大きな困難に直面し、対外債務についてデフォルトを起こしそうになっています。中国のベネズエラに対する債権の額については、約500億ドルと言われていますが、これがデフォルトになると大変です。ベネズエラのマドュロ大統領の1月訪中で、どういう話が行われたか、詳細は不明ですが、中国は緊急融資にすんなり応じなかったようです。 他方、米国は、キューバとの国交正常化に踏み切りました。オバマのレガシー作りなどと言われていますが、外交は相手がいる話で、キューバ側にも国交正常化に踏み出す事情が必要です。キューバは、ベネズエラからの石油の支援で経済が維持されていましたが、これが思うように行われなくなったことが対米関係の調整にキューバを向かわせた一因ではないかと思われます。 石油価格の下落は、中南米における地政学的状況に大きなインパクトを与えてきています。 石油価格の下落で、ベネズエラは厳しい状況にあり、中国にとってはエネルギー利権を安価に入手する機会になり得ます。中国の対ベネズエラ政策は今後、その方向で展開されるでしょう。すなわち、利権の獲得と支援をセットにしたものになってくる可能性があります。 日本企業も原油価格が低い今、中南米に限らず、より一般的に、エネルギー利権、LNG価格の長期契約での有利な取引を探求できればよいと考えます。関連記事■ 「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略■ 移民「毎年20万人」受け入れ構想の怪しさ

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    女性政治犯にも暴力、「政権に従え」強要…キューバ刑務所の現実

    めた。関連記事■ 国連人権決議は金正恩氏への「核爆弾」である■  「イスラム国」は空爆国が育てた■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略

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    米・キューバの国交正常化交渉が宿す三つの象徴性

    るというのが現状であり、民主・共和双方が支持を取り込もうと躍起になっているのだ。 かつて、キューバ系アメリカ人の多くは、キューバからの亡命者が多く、カストロ政権が支配するキューバへの強硬策を支持していたが、潮目は変わったようである。米国の経済制裁は、カストロ政権を倒すことに効果はなく、むしろ、一般的なキューバ国民を苦しめているだけであった。冷戦が崩壊して、キューバと米国以外の国々との経済的交流も活発化してきており、キューバ系アメリカ人の間には、この流れに乗り遅れるなという発想も生じている。このような世論の変化が今般の政策変更を後押ししたことは間違いない。 三つ目の象徴性は、今回の政策変更が典型的なレガシー・ビルディングであることである。オバマ政権は、二期目の中間選挙を終えた今、選挙のプレッシャーにさらされていない。このような時期には、政権の偉業=レガシーとなるような政策に取り組む例が多いのである。それまでの政治的現実から解放され、異なる論理や優先順位で政策判断を行う道が開けるからだ。上下両院を共和党に支配され、オバマ政権が内政において大きな成果を上げられる可能性は少ないので、大統領の権限が強い外交分野に注目が集まることになる。 この種のレガシー・ビルディングには良い部分もあるのだが、米国の同盟国である日本にとっては要注意でもある。それまでの政策の常識とは異なる判断が行われる可能性があるからだ。例えば、対中国や対北朝鮮で、米国の政策がガラッと変わってしまうこともあり得る。オバマ政権は、米国の外交政策における東アジア重視を掲げる割に、実際には掛け声倒れの感があるので、それほど可能性が高いとは思わないが、大統領が北朝鮮との国交正常化に舵を切る可能性も否定はできない。実際、キューバやイランに対してはこれまでとずいぶん違う方向に向かっている。 変化の可能性がもっとも高いのは、対中国政策であろう。米国の冷戦後の対中国政策は腰が定まっておらず、その時々で大きく揺れ動いてきた。安全保障分野では、中国を脅威とみなす一方で、米国企業は中国市場でのシェア獲得にしのぎを削っており、米政府もそれを後押ししてきた。オバマ政権が残りの任期中に、この分野で大きな政策変更を行う可能性は否定できない。 米国の対キューバ政策の変更が日本に与える影響は大きくないが、米国が政策を急旋回する可能性は日本にとって他人事ではないのである。関連記事■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略■ 中華人民共和国は最後の「盗賊王朝」だ■ ナショナリズムという「病」

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    断絶中も裏でつながっていた米国とキューバ

    省し、情報調査局情報課で研修生をしていたときだ。先輩の課長補佐が、キューバ勤務から戻ったばかりで、「アメリカとキューバの関係は、外から見ているほど、悪くはないよ」と言って、スイス大使館の話を聞かせてくれた。外交の実態とはこういうことかと筆者は興奮した。 89年11月にベルリンの壁が崩れ東西冷戦が終焉(しゅうえん)し、91年12月に崩壊した。キューバはソ連と軍事的につながっていたから米国の脅威だった。裏返して言うならば、外国の核の傘に入っていないキューバは、社会主義を掲げていても、米国にとって脅威ではない。しかし、米国の歴代大統領がキューバとの正常化に踏み込めなかったのは、フロリダに集中して居住するキューバからの移民が、社会主義政権に対する強硬策を主張する強力なロビー活動を展開していたからだ。オバマ大統領は、キューバ移民を敵に回しても、キューバとの関係正常化を選択した。その動機は、歴史に名前を残すことだと思う。 今回の米・キューバ関係正常化には、バチカン(カトリック教会)が大きな影響力を行使したようだ。<米政府高官によると今回、両国政府はローマ法王とカナダ政府の仲介で2013年6月から秘密裏に接触を続けてきたという>(12月18日、産経ニュース) 米国とバチカンのインテリジェンス協力は、キューバだけでなく、中国、中東でも積極的に行われている。世界宗教が外交に与える影響が可視化された事例としても本件は興味深い。

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    ヒト・モノ・情報はキューバを変えるのか

    しすぎれば、批判の火の手はさらに燃えさかる。関連記事■ 不動産バブル崩壊でも人民元が増長する秘密■ アメリカを巻き込んだコミンテルンの東アジア戦略■ 移民政策の本当の怖さ

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    シェール革命は失敗なのか

    石油に依存するわが国にとって、原油安は福音だ。だが、そう楽観もしていられない。シェール革命のウソが金融システム崩壊の引き金になるかもしれないからだ。シェール革命が引き起こす危機の本質とは。そして、2015年の世界経済の波乱要因とは。

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    世界市場の乱高下の仕掛け人は誰なのか

    EC(石油輸出国機構)の価格支配力はすでにない。必ずしも需給を反映しないし、政府にも統制力はない。 アメリカのエクソン・モービルをはじめ、原油の市場シェアを寡占している石油メジャー(大手6社のうち3社が米企業)は、自ら巨額のマネーを運用しながら、原油の投機筋と一体となって市場を動かしている。石油メジャーと投機マネーが資金を引き揚げない限り、こんな原油安は起きないのだ。 では、彼らの狙いはどこにあるのか。 米国でシェール開発を手がけている100近いベンチャーの大半は中小の事業者だが、原油価格が50ドルを割り込んで採算が合わなくなっている。今年1月に米テキサス州のシェール企業、WBHエナジーが60億円の負債を抱えて破綻したが、今後、破綻が相次ぐと見て間違いない。それらの会社や生産設備を二束三文で買い叩くのが石油メジャーだ。 一方、原油投機のヘッジファンドなどはスーパータンカー(超大型石油タンカー)を仕立て、原油を安値で買い漁って満載し、価格が再び上昇するのを待ち受けている。 つまり、石油メジャーやヘッジファンドのように、一見原油安で損しそうなプレーヤーほど、長期的に見れば利益を得る仕組みになっている。原油価格が上昇に転じるとしたら、地政学的なリスクが高まったときである。 彼らは原油価格の下落でロシアが窮地に陥ることも織り込み済みだ。ルーブル安によるインフレで国民生活は苦しくなり、プーチンに対する支持率は低下しつつある。支持率回復のため、新たな戦争を始める可能性は十分ある。 火種はそれだけではない。サウジが減産しないのは、シェール潰しではなく、産油国内の主導権争いが理由だ。 サウジの「20ドルまで下がっても減産しない」という宣言は、他の産油国に対する恫喝だ。現実にそこまで下がると、余裕のあるサウジと違い、他の産油国は経済的に困窮する。暴発の危険があるのはイランで、サウジとの間で紛争が起きても不思議ではない。 紛争により原油価格が上昇すれば、石油メジャーが傘下に収めたシェール企業は再び利益を出し、投機筋もぼろ儲けできる。別に意外な話ではない。似たようなシナリオは過去に何度も繰り返されてきたのである。関連記事■ 日本はLNGバカ高購入 日本の電力事情知るカタールがふっかけた■ 経済の千里眼氏 原油価格が2割落ち込めば日本株暴落もある■ 円高で光熱費は安くなる? 電気やガスは3か月後になる■ シェールガス開発で天然ガスは半値、原油も大幅引き下げへ■ 金融コンサルタント「原油価格高騰は日本経済に大チャンス」

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    シェール革命はサブプライム危機の二の舞か

    関連記事■ シェール革命で、日本は戦後最大のエネルギー危機をむかえる!■ 資源インフレは再来する■ アメリカがアベノミクスに味方する理由〔1〕

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    地を這うオバマ人気と上昇する米経済

    これからの世界を占う上で、レイムダック化したオバマ大統領と米国経済強気論のあいだには何があるのか。米国で進行中の極端な格差は、日本にとっても他人事ではないようだ。安倍総理、どうかご用心召されよ。

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    「根拠なき熱狂」の再来か、「根拠なき安心感」へのしっぺ返しか

    2015年、中央銀行にとって試練の年近藤駿介(評論家、コラムニスト) 2015年の金融市場は、長期金利の低下、原油価格の下落、ドル高、株価横這いという形でのスタートとなりました。 2015年の金融市場の最大の関心事は米国の利上げ時期にあることは間違いありません。しかし、FRBによる利上げ時期が最大関心事になり、市場がそれを織り込みに行く中で長期金利は低下傾向を強めるという捻れ現象が起きていることは興味深いことです。終値が1万7千円以下まで下がった日経平均を示す株価ボード=1月6日午後、大阪市中央区(沢野貴信撮影) 個人的には2015年は日米欧の中央銀行にとって試練の年になるような気がしています。 まず、米国。市場のコンセンサスは2015年夏場からの利上げというものですが、個人的にはFRBの利上げはもっと先になるような気がしています。 それは、成長率こそ年率5%と11年ぶりの伸びを示しているものの、インフレ率は前年比+1.3%と、半年前の+2.1%をピークに明らかに低下傾向を示し、2%というインフレターゲットから遠ざかって来ているからです。 FRBが利上げに動くためには、少なくともディスインフレ懸念が払拭されることが必要です。インフレ懸念が全くなく、ディスインフレやデフレ懸念が残る中で利上げに踏み切るということは、実質金利(=名目金利-インフレ率)の上昇を通して、米国経済に悪影響を及ぼすからです。 インフレターゲットに届かない中でFRBが0金利政策から脱出するとしたら、市場金利の上昇に追随する形で政策金利を引き上げる以外にありません。市場金利に追随する形であれば、政策金利の上昇が実質金利の上昇を招かないからです。 FRBは1994年にインフレ懸念が顕在化する前に、当時のグリーンスパンFRB議長が「先制攻撃(Preemptive Strike)」と称してインフレに先行する形で利上げに踏み切った実績を持っています。しかし、潜在的なインフレリスクが高まってきていた1994年当時と、5%成長を達成してもディスインフレ懸念が払拭されない現在とは大きく状況は異なっており、イエレン議長はとても「Preemptive Strike」を決行できる状況にはありません。 そうした中で、原油価格の下落などもあり、頼みの市場金利も低下傾向を示して来ています。米国の2年国債の利回りは、10年債利回りが年末にかけて1ヶ月で0.1%近く低下する中、FRBの夏場利上げを織り込む形で年末には0.73%と、1か月前から0.2%上昇して来ていました。しかし、年明けには世界的な金利低下の影響もあり、0.67%へと低下して来ており、FRBが市場金利を追認する形での利上げに踏み切り難い状況になっています。 つまり、FRBは、経済指標の面からも、市場金利の面でも、利上げに踏み切り難い状況に陥りつつあるということです。金融市場が利上げを見込んでいる夏場に向けてFRBが利上げに踏み切れない状況が鮮明になって行くとしたら、市場はどのような反応を示すのでしょうか。 グリーンスパンFRB元議長が市場の予想を裏切る形で1994年から利上げに踏みきったことで債券市場は混乱しましたが、それを尻目に株価はグリーンスパン元議長の有名な「根拠なき熱狂」発言を引出すまで上昇し続けました。 今回もFRBが利上げに踏み切れないという想定外の状況に陥った場合、株式市場は「根拠なき熱狂」を続けるのでしょうか。 FRBの利上げの陰に隠れた格好になっていますが、個人的にはECBの量的緩和にも注目しています。 FRBは打ち止め、日銀は拡大、ECBはこれからと、現在日米欧の金融緩和のステージは明確に異なっており、市場はこうしたステージの違いを前提に動いています。金融緩和のステージの違いを金融市場は織り込んでいますが、もう一つの日米欧の金融政策の相違点は織り込んでいないように思えます。それは、準備預金に関するものです。 FRBも日銀も、法的準備預金には付利をしていませんが、それを上回る超過準備預金にはそれぞれ0.25%、0.1%の付利をしています。これに対して、ECBは、法定準備預金には一定の金利を付利していますが、超過準備預金には付利をするどころかマイナス金利を採用しています。 超過準備預金に付利をしている日米両国による量的緩和は、結果的に供給されたマネーのほとんどが中央銀行にもどり、準備預金総額が法定準備預金の18~20倍に達するという異常な状態を作り上げました。一方では、こうした異常な準備預金残高は、中央銀行の付利によって、供給された資金が中央銀行に戻るという実質的不胎化効果も生み、これがインフレ抑制効果を発揮していたとも言えるものです。 しかし、ECBは超過準備預金に付利しないばかりか、マイナス金利を適用しますから、日米のように中央銀行が供給した資金が中央銀行に還流し、実質的不胎化効果を発揮することは日米ほど期待できません。つまり、ECBが供給する資金は、中央銀行に戻ることなく世界の金融市場を彷徨い続ける可能性があるということです。 このECBによって供給された、ECBに還流し難いマネーはどこに流れるのでしょうか。ECBによる大規模な量的緩和は、FRBや日銀が行って来た「中央銀行に還流する可能性の高い量的緩和」とは異なっていることを市場はまだ認識していないように思います。 FRBが市場の想定通りに夏場に利上げを実施できるのか、ECBが「中央銀行に還流する可能性の低い資金」、換言すれば「バブルを生みかねない資金」をコントロールできるのか。2015年の金融市場は、これまで中央銀行も投資家も経験したことのない状況に足を踏み入れることになります。 このように金融政策が非常に難しくなるなか、日本は金融の専門家ではなく、行政官である日銀総裁に金融政策を委ね、まさに「神のご加護を」といった状況です。 日本のマスコミや専門家達は年末から盛んに「根拠なき安心感」を振り撒いています。確かに、ECBによって「バブルを生みかねない資金」が供給される可能性もありますから、「根拠なき熱狂」の再来があるかもしれません。しかし、結果はともかく、2015年の金融市場は彼らの主張ほどは簡単ではないということは肝に銘じておいた方がよさそうです。(ブログ「近藤駿介 In My Opinion」より)■ 総理、ただちに成長政策の総動員を (田村秀男氏)

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    「世界の警察官」を放棄 不安抱え続ける同盟国

    田久保忠衛(杏林大学名誉教授) 昭和8年、千葉県生まれ。外交評論家、杏林大学名誉教授。早稲田大学法学部卒。時事通信社でワシントン支局長などを歴任。59年に杏林大学教授、平成8年から現職。専門は国際政治。著書に『戦略家ニクソン』(中公新書)など。第12回正論大賞受賞。 安倍晋三首相の顰(ひそ)みに倣って地球儀を俯瞰(ふかん)すれば、日本の頼みの綱であるオバマ米大統領が「世界の警察官」役を放棄すると宣言したことではっきりした米国の「内向き」傾向に、同盟国や友好国が今年も不安を抱いた状態が続いていくということになろうか。 目に見えないタガが外れ、ロシアや中国周辺、中東での秩序は乱れている。シリアとイラクにかけては国家でない「イスラム国」が、ちょうど日本と同じ面積を何となく実効支配している異常は、鬱陶(うっとう)しいことこのうえない。疑問視された大統領の指導性 20世紀初頭にカリブ海に進出してきた外国の影響力を排除するために、セオドア・ルーズベルトは「でっかい棍棒(こんぼう)片手に猫なで声」外交を展開したが、オバマ政権は棍棒を使う意思がないとみられているところに、国際情勢混乱の一因が潜んでいるように思われる。 とりわけ、国際テロリスト勢力に対して、手の内を明かすような発言をホワイトハウスの最高司令官が口にしてはやりにくい、との気持ちが米国防総省の制服組にはかなり前から存在していたようだ。 どの部隊を何年何月までに撤収させるとか、地上戦闘部隊は投入しないとの発言を繰り返せば、性悪な敵に重要なヒントを与えてしまう。 さて、昨年12月に、アシュトン・カーター氏がチャック・ヘーゲル国防長官に代わり、次期国防長官に指名された。オバマ政権ではロバート・ゲーツ、レオン・パネッタの2国防長官が辞任しているから、4人目の国防長官となる。これは異例だし、ゲーツ、パネッタ両氏はそれぞれ回想録を書き、ホワイトハウスのあまりに細かい管理(micro-management)と大統領の指導性不足に注文をつけている。機能不全のホワイトハウス 事実上、更迭されたヘーゲル氏の人事をめぐるごたごたで明らかになったのは、デニス・マクドノー大統領首席補佐官、スーザン・ライス同補佐官(国家安全保障)ら大統領側近が壁を作り、国防総省だけでなく国務省との風通しがまことに悪くなっているという事実だ。ヘーゲル長官はシリア、ウクライナ、イスラム国問題などでホワイトハウスの戦略が不明であるうえ、決定に時間がかかるのに我慢ができなかったのだろう。 米国の内向きという曖昧な表現の実体を解明するのは難しいが、謎の葉を一枚一枚はがした末にたどりつく芯はホワイトハウスの機能不全だ。新国防長官に就任するカーター氏は物理学者で兵器の性能にも詳しいし、パネッタ国防長官の下で副長官として年間6千億ドルの国防総省関係予算を扱った経験を持つ。 英誌エコノミスト12月6日号は、カーター氏が2006年に北朝鮮に対して先制爆撃をすべしと論じたタカ派であることをオバマ大統領は知っているかね、とちゃかしたような記事を載せていたが、オバマ政権に残された2年間にはヘーゲル時代と別の政策が打ち出されるのか、あるいは外交・防衛に明るいといえない側近の壁は揺るがないのか。2年は続く米国の内向き傾向 戦後の冷戦は、突如として始まったベルリンの壁の崩壊を機にあっという間に終焉(しゅうえん)してしまった。ソ連帝国は74年間で歴史の幕を閉じた。代わって登場したのが1プラス6の国際秩序だ。軍事力、経済力、技術力、情報力などずば抜けた国力を持つ米国を、フランスのユベール・ベドリーヌ元外相は「ハイパー・パワー」と称した。その下で日本、中国、ロシア、英国、フランス、ドイツの6プレーヤーがそれぞれの役を演じてきた。しかし、1プラス6の時代も長くは続かなかった。中国、インド、ブラジルなどの諸国が著しく国力を増強させ、なかんずく中国はあっという間に米国に次ぐ世界第2の経済力、軍事力をつけてしまったのである。 米国は国力を維持し続けているし、移民などによる人口増で、主要国が抱える少子化問題に悩む必要はない。さらにシェール革命でエネルギーは自立から輸出国に転換する勢いがあるが、他の諸国の国力増大があるから、あくまでも相対的な国力低下にすぎない。 だが、オバマ大統領はイラクから撤退し、16年にはアフガニスタンからも撤兵する。海外で棍棒を使いたくないとの大統領の気持ちは強く、国防長官にカーター氏が指名されたにもかかわらず、内向きの傾向は少なくともあと2年間は続くと見なければならない。 米国にべったり寄りかかって棍棒を軽視してきた日本が何をすべきかはおのずと明らかだろう。ソフトパワー重視もいいが、アニメと日本食のPRを熱心に試みても尖閣諸島や小笠原諸島に不法に入ってきた中国船には何の効果もない。米国との絆を強めつつ日本は何をすべきか。安倍晋三首相はご自身が運命の人であることを自覚しておられると信じている。■ 中国大船団 自衛隊・機動隊で制圧せよ (一色正春氏)

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    米国経済強気論の真相を読む

    客員研究員、経済同友会調査役などを経て現職。ホームページ「溜池通信」を運営中。著書に『1985年』『アメリカの論理』(いずれも新潮新書)など。「景気が悪い」とは口にしにくい 先日来、いろいろな人に聞かれるのだが、「米国経済は好調だというのに、なぜオバマ大統領は人気がないのか」「なぜ、中間選挙であそこまで負けなければならなかったのか」――これが意外と答えにくい質問なのである。 表面的にいえば、米国経済は好調である。実質国内総生産(GDP)は2014年4―6月期が年率4.6%増、7―9月期が3.9%増となっている。国際通貨基金(IMF)は、10月7日の「世界経済見通し」で、米国経済の成長率を2014年に2.2%、15年は3.1%と予測している。 ちなみに世界各国のほとんどが下方修正されるなかで、米国のみが上方修正であった。 あるいは雇用情勢はどうか。一時期は10%を超えていた失業率は、足元では6%以下にまで低下している。市場の注目を集める非農業部門雇用者増減数は、2014年は毎月のように20万人を超えている。金融危機下にあった2008年と09年には、合計で870万人もの雇用が失われたが、その後の四年間では1000万人もの雇用が創出されている。 財政赤字も、すでにGDP比3%以下にまで改善している。税収が増加する一方で、予算の強制支出削減措置が効いた形である。 さらに株価は、といえばもちろん史上最高水準にある。これらの指標を見て「景気が悪い」とは、少なくともエコノミストとしては口にしにくいところである。悲観的な「民の声」 しかるに2014年11月4日の中間選挙は、与党・民主党に対して厳しい結果となった。景気指標が改善しているのにオバマ大統領の人気は地を這うがごときで、民主党の候補者たちはいかに「自分はオバマと違う」か、を懸命に説明しなければならなかった。もっとも、そういう努力はえてして裏目に出るもので、共和党は8年ぶりに上院における多数派の地位を獲得し、下院では第2次世界大戦後では最多の議席数を確保した模様である(一部に未確定議席があるため)。 いくら景気指標が好転していても、有権者の受け止め方はきわめて悲観的なものであった。以下はすべて、CNN(ケーブルニュースネットワーク)の出口調査で示された「民の声」である。*国が向かっている方向は……正しい:31%、間違っている:65%*経済状況を……心配している:78%、心配していない:21%*国の景気は……良い:29%、それほどではない、悪い:70%*あなたの家計は……良い:28%、悪い:25%、同じ:45%*ワシントンの政府を信用するか……まあまあ:20%、あんまり:79% 簡単にいってしまうと、景気回復の恩恵に浴しているのは、どうやら富裕層に限られている。いくら景気指標が良くなったとしても、4年前や6年前に比べてそのことを国民の大多数が実感していない。さらに将来の見通しが明るいか、と尋ねれば大方の答えはノーだったのである。 英『エコノミスト』誌によれば、オバマ政権下の6年間でGDPは8%増えているが、中央値の家計所得は逆に4%も減少しているという。ここは「中央値(メジアン)」で見るという点がキモである。平均値の家計所得は、ごく一部の富裕層によって全体が嵩上げされてしまうが、こういうときは「100人中50番目の家計」に着目しなければならない。 これはにわかには信じがたいデータである。6年前といえば、リーマン・ショックで米国経済が大混乱に陥っていた時期だ。失業率も10%に達していた。それよりも、いまのほうが中央値の家計所得が少ない。いったい何が起きているのだろうか。 おそらく20世紀までの米国経済は、GDPの伸びとともに普通の家計所得も伸びるというごく自然な姿が保たれていた。ところが21世紀になると、両者の乖離が始まってしまう。 ブッシュ時代には低金利政策から派生した「住宅バブル」があり、普通の家計が持ち家の評価額上昇分をキャッシュに換えて消費に回す、といった贅沢が許された。それくらい銀行が気前よくカネを貸してくれたのである。ところが、2008年のリーマン・ショック以降は、そんなことは夢のまた夢となり、いまでは持ち家比率も低下している。 また米連銀(連邦準備制度理事会=FRB)は、金融危機からの脱出のために三次にわたる「量的緩和政策」に打って出た。すなわち、中央銀行が膨大な量の国債や住宅担保債券などの資産を買い入れ、市場にマネーを供給し続けたのである。おかげで米国の株価は史上最高値まで駆け上がり、住宅市況も最悪期を脱した。資産家にとってはまことに結構な政策というべきであった。 結果として以前にも増して貧富の差は拡大し、「1%の富裕層とそれ以外の99%」に社会は分断されてしまった。こんな「閉塞感」が、中間選挙での地滑り的な結果につながったと見るべきであろう。 オバマ大統領にとっては気の毒な事態といえるかもしれない。米国経済が抱えている問題は、グローバル化の進展や技術の進化、産業構造の転換などの大きなうねりの結果として生じている。大統領を責めてどうなるものでもない。そして勝利した共和党は、それほど貧しい人たちに優しい政党であるとは言い難い。 選挙予測の定番、「クック・ポリティカルレポート(Cook Political Report)」のエイミー・ウォルター記者は、開票速報の夜に今回の中間選挙に対して次のような総括(Election Night Takeaways)を下している。*すべての政治はナショナルである。“All PoliticsIs National.”*選挙はいつも大統領への信任投票である。“Elections Are Alwaysa Referendumon the President.”*オバマ連合(女性、若者、マイノリティ、都市住民など)は議会選挙では通用しない。“The Obama Coalitiondoes Not Work at the Congressional Level.”*やっぱり経済だよ、馬鹿野郎。“It’s the Economy, Stupid.”* メッセージで負けていたら票にはつながらない。“You Can’t Winon Turn-out If You Are Losingon Message.” いちいちごもっとも。 それにしても米国で進行中のこの事態は、日本にとっても他人事ではない。アベノミクスはたしかに一部の富裕層や大企業を潤したけれども、中間層以下はいい目を見ていないのではないか。現在、解散・総選挙が戦われているが、ここでも似たような異議申し立てが成立するかもしれない。 安倍さん、どうかご用心召されよ。「綻び」だすアメリカ社会 経済成長は続いているものの、一人ひとりが貧しくなっている米国社会の現状を、余すところなく描いているのがジョージ・パッカー著『綻びゆくアメリカ―歴史の転換点に生きる人々の物語』(NHK出版)である。1960年生まれのジャーナリストである著者は、ごく普通の同世代人たちが過ごしてきた人生模様を浮き彫りにした。 登場するのは、南部のタバコ農家から起業した男性、金融界から転身したワシントンのインサイダー、自動車工場で働く黒人のシングルマザー、そしてシリコンバレーで成功を収めた億万長者……。彼らの人生を縦糸とし、時に誰もが知っている有名人のエピソードが横糸として絡む。テレビ界の人気司会者であるオプラ・ウィンフリー、量販店チェーン「ウォルマート」の創業者のサム・ウォルトン、そして政治家のニュート・ギングリッチやブッシュ政権の国務長官を務めたコリン・パウエルや、クリントン政権で国家経済会議委員長に就任した経済アナリストのロバート・ルービンといった人たちである。 本書が描いているのは既視感のある風景である。製造業は国際競争に敗れて海外に移転していくが、労働組合は無力で働く者たちを守ってはくれない。サービス業では全国規模のチェーンが拡大して、地場の商店を押し流していく。故郷の街は荒れ果ててしまっていまでは見る影もない。他方では金融やITなどが急成長を遂げているが、その成果を享受できるのはごく一部の限られた人たちである。そして政治は、どんどん普通の人の利益から懸け離れていく。 いわば同時代を生きるアメリカ人たちの群像史である。今日の米国は、保守とリベラル、あるいは一%と九九%に分断されているといわれるが、その「綻び(Unwinding)」とはまさしくこの本に描かれているように展開してきたのであった。 読了後は嫌でもこう感じざるをえない。「これほどの規模ではないかもしれないが、似たようなことはわれわれの周囲でも確実に起きているのではないか」。 ところが残念なことに、「なぜこうなってしまうのか」をいまの経済学はうまく説明できないでいる。 ローレンス・サマーズ元財務長官は、問題は成長率が十分に伸びない点にあるとして、「長期停滞論」を唱えている。以前の経済に比べて、需要が決定的に足りていないのだ。したがって、いまこそ政府が大胆な投資を行なう必要があると説く。が、いささか旧式のケインズ経済学の焼き直しのようにも聞こえる。 フランス人経済学者のトマ・ピケティは、話題作『21世紀の資本』(みすず書房)のなかで格差を是正しなければならないと説く。ごく一部の人たちに使い切れないほどの富が集中してしまうと、社会全体の消費性向が下がってしまうからだ。かといって、同書が提言している「グローバルな累進課税」が実行可能であるとはとても考えられない。 世界経済を浮揚させた日本発のサプライズ ということで、話は元に戻ってしまう。そもそも原因が特定できていないのに、治療法を提示できるはずもない。エコノミストの仕事とは、バックミラーに映る過去のデータを参照しながら、説得力のある形で未来を思い描くことである。しかるにいまは、「不透明性」が眼前を塞いでしまっている。 いっそ割り切って資本家の側に立ってしまえば、いまの米国はチャンスに満ちていると達観することもできる。 ニューヨークの人気エコノミストランキング(『インスティテューショナル・インベスター』誌)において35年連続1位という途方もない記録を打ち立てているISIグループの創立者エド・ハイマン氏は、2013年から米国経済の先行きに非常に強気になっている。 古くからの「日本ファン」でもあるハイマン氏は、毎年秋になると東京を訪れ、岡三証券の法人セミナーで米国経済の見通しを語ってくれる。リーマン・ショックの2008年以来、筆者はそのパネルディスカッションのお相手を務めさせてもらっている。 2013年のハイマン氏は「アメリカン・ルネッサンス(American Renaissance)」という言葉で、米国経済の中長期的な潜在力の高さを語ってくれた。それは人口の増加であり、シェール革命であり、ハイテク産業の強さであり、金融政策の成功であり、あるいは膨大なインフラ投資需要があることなどであった。 みずからを「コントラリアン(逆張り屋)」と称するハイマン氏だが、正直なところ「ここまでいっていいのかな」と隣で聞いていて不安になるほどであった。 その予測は見事に的中した。もしも2013年秋の時点で米国株式市場に全力で投資した人がいれば、株高に円安も手伝って大きなリターンを上げることができたはずである。 2014年は11月6日にハイマン氏と議論をする機会があったが、今回も米国経済強気論はいささかも揺らいでいなかった。そこで筆者はこんなふうに尋ねてみた。「米国経済は来年も良さそうだ。しかし世界にはいくつもの不安要素がある。欧州経済(Euro)、新興国経済(Emerging)、原油価格の急落(Energy)、そしてエボラ熱(Ebola)の問題もある。今後を見る上で、あなたが最も警戒している要素は何か?」 ハイマン氏の答えは、「量的緩和(QE)の巻き戻しが不確実だということ(End of QE)」であった。ゼロ金利政策は5年も続き、米連銀のバランスシートは0.8兆ドルからじつに4.5兆ドルにまで拡大した。そして量的緩和第3弾(QE3)は、10月29日の連邦公開市場委員会(FOMC)で正式に終了したのである。 この不安はその直後、10月31日のハロウィンの日に発動された黒田バズーカこと日銀の追加緩和策によって中和された。世界同時株安は一気に同時株高に転じた。文字どおり日本発のサプライズが、世界経済を浮揚させる形となった。訳のわからない金融政策 しかしQEという政策は、いまだにわかっていないことが多すぎる。たしかに米国経済は、三次にわたるQEによって改善を見た。しかしそれは、「毎月一定額の資産を中央銀行が買い入れた(フロー)」からなのか、それとも「中央銀行が巨額の資産を保有していた(ストック)」からなのか、それさえじつはわかっていないのだ。 重ねてQEはなぜ効いたのか、と尋ねた筆者に対し、ハイマン氏は「それがわかるにはさらに5年間は必要だ」と答えてくれた。いささか意表を突かれた気がした。米国の金融政策は、それくらい訳のわからない実験を行なってきたのか。そして米連銀は、とうとう「出口政策の入口」にたどり着いたとはいえ、この先も手探りの金融政策を続けなければならないのだろうか。 2015年は、しかるべきタイミングで利上げが行なわれるだろう。衆目の一致するところ、6月のFOMCが有力であるという。とはいえ、それはいままでがそうであったように、会合のたびに0.25%ずつ利上げが行なわれるといった単純な図式を意味しない。さまざまな景気指標を細かく見ながら、慎重な形で実施されていくのであろう。 その一方で、4.5兆ドルに膨れ上がったバランスシートは、少しずつ減らしていかなければならない。そうでないとこの次に米国経済が不況に陥ったときに、政策を発動する余地がなくなってしまう。米連銀のイエレン議長は2015年、この難題に挑戦することになる。繰り返される選挙パターン 2015年の米国は、完全にレイムダック化したオバマ大統領と、上下両院を制圧した共和党の対立の下に幕を開けることになる。互いに協調路線を歩むのではないかとの見通しもあったが、それは期待外れに終わりそうである。 オバマ大統領はアジア太平洋経済協力会議(APEC)や金融世界経済に関する首脳会合(G20q)などの外遊から戻ると、中間選挙の大敗をまるで意に介していないかのように、行政権限で不法移民問題に取り組むと宣言した。当然のことながら、共和党側は反発している。仮に与野党の協調機運が進むのであれば、一部でささやかれていたように「通商問題での妥協成立から、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉の前進へ」といったシナリオも現実味を帯びてくる。ただしオバマ大統領は、相変わらず「自分は間違っていない」と確信しているようで、中間選挙の敗北を機に柔軟路線に転じる様子は見られない。これまでどおり、共和党議会との衝突の図式が続くと考えておくほうが無難であろう。 これまでどおりワシントン政治の機能不全が続くのであれば、2016年の大統領選挙を先取りする動きが加速していくだろう。当面の注目点は、ヒラリー・クリントン前国務長官がいつ出馬宣言をするか。他方、共和党内は候補者が乱立気味で、決定までに時間を要するという2012年選挙のパターンを繰り返しそうである。 正直なところ、誰が2016年選挙を制するにせよ、中間選挙で示された有権者の不満が、簡単に解決できるとは筆者にはとても思えないのである。■ 財務省を「成敗」した安倍総理 屋山太郎(政治評論家)■ アベノミクスは失敗か? 経済政策の論点はこれでわかる! 松尾匡(立命館大学経済学部教授) ■ オバマの嘘・「尖閣を守る」を信じてはいけない 日高義樹(ハドソン研究所首席研究員) 

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    2015年の米国経済 順調に拡大続け世界経済を牽引する見通し

     好調が続く米国経済。2015年半ばにもFRB(米連邦準備制度理事会)による利上げが予想され、先進国各国が金融緩和を続けるなかで、いち早く金融引締めに転じようとしている。はたして2015年の米国経済はどうなるのか、元ドイツ証券副会長の武者陵司氏(武者リサーチ代表)が解説する。* * * 大前提として、2015年の世界経済は先進国が牽引して好調に推移すると見ている。10月に発表されたIMF(国際通貨基金)の世界経済見通しによると、2014年の世界経済の成長率は3.3%(米国2.2%、ユーロ圏0.8%、日本0.9%、新興国4.4%)、2015年は、世界経済3.8%(米国3.1%、ユーロ圏1.3%、日本0.8%、新興国5.0%)となっている。好調な米国経済が順調に拡大を続け、世界経済を牽引する構図だ。 米国経済が2015年も力強い成長を続けると予想される理由は、大きく3点ある。 1つめは、米国にはペントアップ・ディマンド=積み残した需要が残っていることである。今回の景気回復局面では、企業の設備投資や民間の住宅投資は、まだまだ需要不足が残っていて、積み上げる余地がある。 2つめは、企業から家計への所得配分が本格化すること。米国の労働分配率は、景気拡大期がすでに4年間続いているにもかかわらず、生産性の上昇などにより、過去最低水準にとどまっている。それが、失業率の低下など雇用環境の好転で、ようやく給与・賃金が増えていくのではないか。そうなれば、消費という強力なエンジンが加わり、経済成長が加速する。 3つめは、クレジットサイクル(信用循環)が、これから拡大局面に入ることだ。クレジットサイクルは、長期的な経済変動を規定する条件だが、2011年に底入れした後は弱含みとなっている。企業債務の対GDP(国内総生産)比率も上昇せず、家計債務の可処分所得に対する比率は低下中だ。まだ回復のごく初期の段階で、信用不安やバブルの恐れはない。 以上のことから、利上げが実施されても、米国景気が腰折れするようなことは、まずないと言っていいだろう。■ 今後10年間、経済大国中国が握る「米国を黙らせるカード」■ 月100万利益女性投資家とFXカリスマ主婦 経済底打ち指摘■ 【書評】異色エコノミストと若き哲学者が経済を徹底討論■ 中国不動産バブル崩壊の影響はドバイ・ショックの1000倍説■ 武者陵司氏「来年内にNYダウ1万3000ドルで世界的株高に」

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    議員の役割 日米でこれだけ違うのか

    今回の総選挙は、11月初めの米中間選挙から1ヶ月あまり後に行われる。双方とも世論を二分するような争点があまりないといった類似点がある一方、当選した議員が実際の立法活動で果たす役割には両国で相当の違いがある。日本でも、個々の議員が真の意味で立法に携われる環境が必要なのではないだろうか。

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    米中間選挙は「勝者なき選挙」  レーム・ダック化するオバマ政権

     辰巳由紀 (スティムソン・センター主任研究員)  11月4日、アメリカでは中間選挙が行われた。選挙前の予想どおり、共和党が上院で52議席を確保して過半数を獲得、下院でも議席を伸ばし、243議席を確保した。本稿執筆時点で、まだ結果が確定していない選挙区も若干、残っているが、オバマ政権の最後の2年間は上下両院とも共和党が多数党を占めることが決定した有権者は共和党を積極的に選択したわけではない 米国のメディアはもちろん、日本のメディアでも、今回の中間選挙の結果については「民主党大敗」を前面に出した報道が主流を占める。しかし、実は見落とされがちなのは、中間選挙は大統領にとっては負け戦になることが多いということだ。 カリフォルニア州立大学サンタ・バーバラ校が集積したデータを見ると、1934年以降、中間選挙の際に上下両院で議席を増やしたのは第1期ルーズベルト政権(1934年)と第1期ブッシュ政権(2002年)のみだ。1996年の大統領選挙で圧倒的勝利で再選を果たしたクリントン大統領でさえ、第2期の1998年に迎えた中間選挙では下院で5議席を増やしたのみにとどまっている。つまり、2期目に入った政権が中間選挙で負けるのは米国政治サイクルの中の必然であり、オバマ大統領率いる民主党は、今回の選挙では「負けるべくして負けた」ともいえるのだ。 特に、今年の中間選挙の行方を左右した大きな要因は、民主党が提示した個々の政策に対する反感というよりも、有権者の間に広まっている、既存の政治システムに対するいら立ちや怒り、将来についての漠然とした不安だった。 このような悲観的なムードの根底には、2008年に「変革」を訴えて当選したオバマ大統領が政権を発足させてからの6年間、有権者が期待していたような劇的な変化が感じられていないことへの失望といら立ちがある。国内では景気回復の実感は薄い。オバマ大統領が公約に掲げた財政再建も、移民制度改革も進んでいない。目に見える数少ない実績だったはずの「国民皆保険制度」も導入の手続きでつまずき、制度の効果を実感できるまでには至っていない。大学は出たものの就職もままならず、多額の学生ローンを抱えて、両親との同居を余儀なくされる若者も増えている。 国外を見れば、2008年に公約に掲げたイラクとアフガニスタンからの戦闘部隊撤退は実現したが、ISISに代表されるイスラム教過激派テロ集団はその残忍性を増し、彼らの活動が活発化するにつれ、再び中東に米軍を投入することになってしまった。アフリカでのエボラ出血熱の流行に対する米政府の対応にもむらがあり、国民の不安感は増長した。そんな現状を横目に、ワシントンではオバマ政権と議会共和党は対立を繰り返し、2013年10月には連邦政府が一時閉鎖される事態まで起きた。このような状況に有権者がやり場のない怒りやいら立ちを抱える中で行われたのが、今回の中間選挙だったのだ。 つまり、共和党の大勝利は、有権者が共和党を積極的に選択した結果ではないのだ。投票後のCNNの出口調査では、民主党に前向きなイメージを持っていると答えた有権者は44%、共和党に対して前向きなイメージを持っていると答えた有権者は40%と、僅差ではあるが、共和党に対する見方がより厳しい結果が出ていることが、それを物語っている。 確かに、現在の共和党は、選挙までは「反オバマ」の一点で辛うじてまとまりを見せていたが、その内実は昔ながらのエスタブリッシュメント、リバタリアン、新孤立主義派、茶会運動支持者、社会問題保守派などの寄せ集めだ。共和党が議会で多数党となった後も、これらのグループが、これまでのように内輪もめに明け暮れ、オバマ大統領からの提案に「ノー」としか言えない状態に逆戻りすれば、2016年の選挙で有権者から厳しい判断を下されるのは必至だ。 つまり、今回の選挙は、数字だけみれば共和党の大勝に見えるが、実際は「勝者なき選挙」だったのではないだろうか。国内問題を巡る政権運営への影響大 とは言え、今回の中間選挙での民主党の大敗によりオバマ大統領のレーム・ダック(死に体)化は確定したと言わざるを得ない。であるとすれば、この現実は今後2年間のオバマ大統領の政権運営にどのような影響を与えるのであろうか。 一番、影響が出るのは国内問題を巡る政権運営だろう。確かに、最低賃金引き上げ、移民制度改革、通商問題、法人税減税など、共和党との間で議論をし、立法化を進める余地が残っている案件もある。しかし、より大きな政策問題、例えば、財政再建の手法や、共和党が「オバマケア」と名付けて、その廃止を主張する国民皆保険制度などについては、両者が歩み寄る余地がどれだけあるのか、疑問が残る。 特に、前者については、2015年9月末には現在の連邦政府予算に関する合意が失効する。実は、米連邦政府は予算年度上は既に今年の10月1日から2015年度に入っているのだが、2015年度予算が成立していないため、現在は、今年12月10日を期限とした予算継続決議を元に、2014年度予算と同程度の支出を行っている状態なのだ。しかも、2013年には、財政再建を目指した連邦政府予算の枠組みに関してオバマ大統領とべイナー下院議長が原則合意に達したものの、ベイナー下院議長が茶会運動の支持を基盤にする共和党下院議員の同意を取り付けることができずに合意が反故になり、同年10月の連邦政府閉鎖に至ってしまった経緯もある。2015年度予算の成立もおぼつかない中で、2016年以降の財政再建について合意が成立するのかについては、早くも悲観的な見方が出ているのが実情だ。 外交・安全保障問題についてはどうか。外交や安全保障政策は、基本的には大統領の専権事項であり、共和党が議会の両院で多数党となったことで、個々の政策に直接的影響を与えるケースは少ないだろう。短期的にはイランとの核交渉に対する議会の視線が一段と厳しくなることが予想される以外は、具体的な案件はない。 しかし、連邦議会は、上下両院の外交問題委員会や軍事委員会で、議会が関心を持つ問題については積極的に公聴会を開催し、政府内外の関係者を参考人として招致して証言させ、質疑応答を通じて活発な議論を行う。政府からの情報提供が不十分である、あるいは定期的な情報提供が必要と判断される場合には、省庁に報告書の提出を義務付ける法律を成立させたり、予算法案に当該条項を挿入したりする場合もある。例えば、国務省がテロ国家に関する年次報告書を毎年議会に提出し、国防省が『四年毎の国防見直し(QDR)や人民解放軍の軍事力を評価する報告書を毎年それぞれ議会に提出するのは、これらの報告書の提出が法律によって義務付けられているからだ。 特に、共和党が上院でも多数党になったことで、各委員会の委員長ポストが全て共和党に異動することになる。例えば、外交委員会ではボブ・コーカー上院議員が委員長職に、同委員会のアジア太平洋小委員会では、2016年大統領選出馬も囁かれるマルコ・ルビオ上院議員が、軍事委員会では、ジョン・マケイン上院議員がそれぞれ、委員長に就任することが確実視されている。特に、マケイン上院議員やルビオ上院議員は、イラン問題をはじめとする中東情勢や中国、北朝鮮問題について強硬な姿勢を持っていることで知られており、彼らが委員長職に就任する来年1月以降、活発に公聴会を開催し、これらの問題について政府高官の証言を求めていくことで、これらの問題についての対応に関する説明を厳しく求めていくことが予想される。オバマが残り2年間に向けて何を学ぶか上院軍事委員長に就任する見込みのマケイン議員 日本にとっては、共和党が多数党になる議会が北朝鮮や中国に対して、断固とした姿勢を明確に示してくれることは、日本がこれらの国との間に抱えている懸案を考えると歓迎すべきことだろう。しかし、日本にとってプラスになることばかりではない。実は、日米関係、特に日米同盟のマネージメントに直接的な影響が出る可能性もある。マケイン議員が上院軍事委員長に就任することで、沖縄の普天間飛行場移設問題にも再び議会の関心が向く可能性があるからだ。 マケイン議員は、かねてよりグアムにおける海兵隊基地建設に対して「税金の無駄遣い」として批判的で、2013年国防省歳出法案をめぐる議論の中でグアムでの施設建設のための予算をつけないように強硬に主張した。日本で11月の沖縄知事選以降、普天間飛行場移設に向けた動きが停滞するようなことがあれば、上院軍事委員長としての立場から、これまで取ってきたグアムの代替施設建設に反対する姿勢をより明確に打ち出す可能性は強いだろう。 このように内政から外交・安全保障問題まで多岐にわたる問題への対応をめぐって、オバマ政権が今後2年、どのような政権運営を見せるのか。鍵となるのはオバマ大統領が今回の敗北を経て、残り2年間に向けて何を学ぶかだろう。 2006年中間選挙で、今回のオバマ大統領に負けず劣らずの大敗を喫したブッシュ大統領は、選挙後、ラムズフェルド国防長官を更迭し、ホワイトハウスのスタッフの刷新を図り、イラク情勢やリーマン・ショックへの対応に苦しみながらも、当時議会で過半数を持っていた民主党のペロシ下院議長やリード民主党上院院内総務と、建設的な話し合いができる関係を作った。オバマ大統領が同じように人事刷新を断行し、議会との調整にこれまで以上に自分が積極的に前に出るような思い切った方向転換ができれば、残り2年の任期で「レーム・ダック」の評価を吹き飛ばすような実績を上げることも可能だが、その鍵を握るのは、よくも悪くも、オバマ大統領ただ一人である。辰巳由紀(たつみ・ゆき) スティムソン・センター主任研究員、キヤノングローバル戦略研究所主任研究員。東京生まれ。国際基督教大学卒業後、ジョンズ・ホプキンス高等国際問題研究大学院で修士号取得。在米日本大使館専門調査員、戦略国際問題研究所(CSIS)研究員などを経て2008年より現職。2012年よりキヤノングローバル戦略研究所主任研究員を兼任。専門は日本の防衛政策、日本の国内政治、日米安全保障関係、米国の対アジア安全保障政策。

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    「明確な争点なし」が共通点 日米ともに信任投票?

     今回の総選挙が、政党間での政権交代はもちろん、与党内での首班交代につながると思う方はまずいないだろう。その意味でこの選挙は、政治・選挙システムは大きく異なるものの、大統領の地位には影響を及ぼさない米国の中間選挙と似た性格を帯びたものになりそうだ。  折から、米国では11月4日に中間選挙の投票が行われたばかりだが、「近年まれに見る争点がない選挙」(ワシントン・ポスト紙)との声が高く、盛り上がりに大きく欠けた。。下院に続いて上院でも共和党が多数を獲得したことで、「政権と議会の緊張関係が一段と高まる」などとも報じられているが、議席数をみれば、米国政治の潮流を変えるようなインパクトは少ない。特に内政面では、オバマ大統領の残り任期2年間は、重要問題では政権と議会がお互いに譲らず、手詰まり状態が続く可能性が高くなっている。 時期的に近接して行われることになった日米両国での選挙を取り巻く類似点、相違点はどのようなものだろうか。■ 「経済」に最も高い関心も、両党とも具体的な政策不在 ギャラップ社が中間選挙の投票約1ヶ月前の9月末に実施した世論調査では、有権者が「極めて重要」「とても重要」と考えた政策課題の上位は、1・経済(88%)2・雇用(86%)3・連邦政府が正常に機能すること(81%)4・イラク、シリアでの「イスラム国」の動き(78%)5・男女間での賃金平等(75%)6・財政赤字(73%)の順だった。 このうち「連邦政府の機能」は、昨年10月には議会の上下両院対立によって歳出法案が成立せず、約半月にわたって連邦政府が業務を停止したことなど、米国独特の事情を背景にしているもので、「イスラム国」は米国が歴史的にも、21世紀に入ってからのイラク介入などによっても中東情勢に強い関心を抱いていることによる。 その他の4項目は日本でもほぼそのまま、今回の総選挙で意識されている課題となっている。いずれも、広い意味での経済問題に属しており、少なくとも先進国間では「政治は経済によって動く」ことを証明している。  ギャラップの調査では、各課題について「(民主・共和)どちらの党がより良い結果を出せると思うか」を質問。6課題のうち、民主党を評価する意見が多かったのは「男女間での賃金平等」のみで、「雇用」はほぼ同率だったが、他の4項目では過半数が共和党を高く評価した。実際の選挙結果を見ても、オバマ政権に対する失望感と合わせ、有権者のこのような受け止め方が議席の増減に直結したといえる。■中間選挙は72年ぶりの低投票率 とはいえ、今回の中間選挙は、「記憶にある限り、一番退屈で新味がない選挙戦だった」(コラムニストのデビッド・ブルックス氏)。全国平均投票率は36.4%と、第二次大戦中の1942年以来実に72年ぶりという低さを記録し、選挙民の関心の低さを如実に示す結果になった。 この最大の原因が、国民を二分するような明確な争点が最後まで現れなかったことだ。 前回2010年の中間選挙では、医療保険制度改革(オバマケア)の是非や、不法移民規制などが重大な争点となった結果、共和党が圧勝し下院で4年ぶりに多数派に。08年選挙で大統領ポストをはじめ上下両院でも多数を占めた民主党の勢いが完全に止まり、米国政治が大きな転機を迎えることになった。 これに対して、最も関心が高い経済問題についても目新しい公約は両党からあまり聞かれることないままで終始。米国の景気自体は、日本や欧州に比べると上向き傾向を示しているだけに、リーマンショック当時などと比べれば切実さは少なかったこともあり、結局は政党レベルで広がりを見せた政策・公約は見当たらなかった。 投票の結果、共和党が上院で多数派となり、下院でも議席差を拡大したが、大統領の拒否権を覆せる3分の2に遠く及ばないのはもちろん、上院で重要法案の討論を終わらせて投票を強制させるのに必要な60票もはるか彼方。これから2016年大統領選までは、ブッシュ前政権の最後の2年間と同じように、両党とも主要な政策課題は動かしにくい状況が続くとの見方が圧倒的だ。米国での投票風景■日本も「信任投票」か 一方、日本の現状を見ると、同様に明確な争点を欠いている感は強い。景気の先行きに以前よりも不安感が強まっている中で不思議な現象ではあるが、解散の最大の理由である消費増税を、当初の予定通り「来年実施すべき」という政党が存在していないのだから当然ともいえる。 さらに、現在の日本は近年で最も野党の勢力が弱い時期に入っており、選挙民の関心をひきつけるような政党がなかなか見当たらない。となれば今回の総選挙が安倍政権、ないしはアベノミクスに対する信任投票の色を帯びることは避けがたく、米中間選挙以上に、現政権に対する評価が示される場となりそうだ。 オバマ大統領の場合、任期6年目の現在での支持率が概ね40%台で、昨年夏ごろからは常に不支持が支持を上回る状態になっており、同時期に支持率が3割台にまで落ちたブッシュ前大統領には勝っているとはいえ、歴代大統領の中でも「レイムダック化」は激しい(クリントン元大統領は、6年目で60%以上の支持を得ていた)。 これに対し、各種世論調査での安倍内閣への支持率は解散前で概ね40%台後半と、オバマ大統領のそれと大きくは変わらないが、不支持率が支持率を上回る状況は出ていない。となれば、やはり今回は米中間選挙以上に、自民の議席がどのように変動するかが、唯一の焦点にならざるを得ないのかもしれない。 (iRONNA編集部)

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    議員の役目は立法ではないのか  

     米国政治に関する日本国内での報道、情報は外国に関するものとしては圧倒的に多いものの、大半のケースでは政治システムの基本的な部分に関する説明が省略されてしまい、行政府=政府が強力な日本と同じようなシステムで動いているのでは-との錯覚さえ生みかねない。米国の三権分立は徹底しており、特に内政では日本人が平均的に抱いているであろうイメージより議会(さらには連邦最高裁判所)の力ははるかに強いし、大統領=行政府が主導する外交・軍事でも歳出面を中心にした議会の発言権は小さくない。 このことや、議員は個々の意思で立法活動に動くことが多いことなどを知らないと、例えばなぜ米国では議員らに働きかけて依頼人の利益増進を図る「ロビイスト」という職業が相当数、公然と存在するのか、理解できないことになりかねない。 ■議員個人が埋没する日本の国会 米議会の主な特色を挙げると、・     党議拘束がない・     第二院(上院)の権限が極めて強い・     すべての法律は議員立法-と日本や欧州諸国などと異なる部分が多い。どんな政治システムでもそうであるように、長所・短所はそれぞれあるものの、米国の議員が世界で最も自主性が強く、慨して政策立案能力にも長けていることはこれらの基盤から生まれている。 いったん当選すれば政府提出法案に対して、党議に従って賛成または反対することが(表面から見える)主な仕事となってしまう日本。当選回数を重ね、与党なら行政府の一部である大臣になることが「出世」と認識されるこの政治システムが、選挙前後以外は大半の議員の存在は薄らいでしまい、不祥事などでも起こさない限り、注目されない環境を作ってしまっていないだろうか。 「押し付け憲法」下でも、米国式ではなく英国に近いものとされた議会制度だが、議員個人がより、能力を発揮して本来の仕事であるはずの立法活動を行う国会は実現できないのか。米国の状況を伝える。 ■一人の議員がキャスティングボートを握ることも  米議会では上院、下院とも党議拘束は基本的に存在しない。下院議長、各委員長など院内人事案件で所属党の方針に反する票を投じれば除名などの処分を受けることになるが、それ以外の法案審議では、院内の党指導部や大統領に従う必要はなく、各議員の信条や、選出選挙区の事情に従って態度を決することが一般的だ。  この結果、議会内の共和・民主両党指導部にとっては、いかに自党所属の議員票をまとめるか、対立党所属議員で見込みがある層を切り崩せるかが極めて重要な任務になっている。これらの工作は上層部同士ではなく、個人を対象に行われることが普通で、よくも悪くも議会政治をダイナミックなものとする。  上院を例にとれば、来年初頭まで有効な現会期では民主党が(同党に近い無所属議員を含め)10議席差で優位、今回の中間選挙を受けた次会期では現時点で(決選投票が行われる1州を除き)共和党が6議席差で優位になるが、実際の議会審議で投票結果がこの党派構成どおりになることはかなり少ない。 オバマ現政権の最大の実績とされる「オバマケア」法案をめぐる上院審議では最終段階で、共和党穏健派のスノウ議員(当時)か、民主党保守派のネルソン議員(同)のいずれかの賛成を得ることが成立に必須になった。結局、後者の賛同を得ることで成立したが、その際にはネルソン議員が要求した、法案の一部修正が受け入れられたように、たった一人の議員がキャスティングボートを握ることもままあるのだ。 ■一票の格差60倍以上、強大な権限持つ上院共和党上院院内総務のマコーネル議員。日本での知名度は高くないが、共和党最高実力者の一人。  日本の参議院や英国の上院(貴族院)に代表されるように、二院制を採用する大半の国では、第二院は権限が小さくなるよう定められている。しかし、米国の場合はこれらとまったく異なり、上院の権限が極めて強い。  上院と下院は立法機関としてまったく同等の権限を持っており、すべての法案は両院で可決されない限り、大統領の署名を求めることができない。それに加え、憲法では上院の専権事項として・     宣戦布告・     外国との条約批准・     連邦裁判所判事人事の承認・     閣僚、大使など主要な政府人事の承認などが定めている一方、下院が優越しているのは予算案の先議権程度だ。  さらに上院の定数は1州2人で100人と、435議席がある下院に比べ、議員1人の重みが違うことも、上院の存在感を強めている。2008年の大統領選が民主党オバマ、共和党マケイン両上院議員の争いとなったように、上院で名声を得ることは、州知事に次いで大統領への有力な道になっている。 このように上院や上院議員の権限が強いのは、米国が”United States”の名の通り、各州の連合体としての性格を強く有しているからに尽きる。2010年の国勢調査で最も人口が多かったカリフォルニア州は約3700万人(東京都、神奈川県、埼玉県の全部と、千葉県の約半分を合わせたのに近い数字)、最も少ないワイオミング州は約56万人(東京都八王子市の人口とほぼ同じ)と60倍以上の格差があるが、両州の上院議員数も議員の権限もまったく変わらないし、異議を唱える声が真剣にあがったこともない。この点は、米国の個性といって間違いない。 ■ 少数党所属でも新人でもチャンスあり 米国では、大統領をはじめとした行政府には、法案を議会へ提出する権限は一切ない。国家の根幹をなす予算法案・歳出法案も例外でなく、ホワイトハウスは毎年初めに行政府としての要求をまとめた「予算教書」を議会へ送るが、これは形式としては拘束力を持たない「要請」または「勧告」で、実際の法案はホワイトハウスに近い議員によって提出される。 また、予算(歳出)の割り当てをめぐる攻防も、政府案が決定されるまでが事実上の勝負であり、国会の予算委員会、本会議はいわば各党のパフォーマンスの場になっている日本とは違う。半年を軽く超える議会での審議が本番だ。原案どおりに通過することは絶対無く、両院で数多くの修正が付される(この過程で、各議員の力関係などによる地元への利益誘導が露骨に行われていくが、少なくとも結果は明白に公表される)。  予算以外でも無論、行政府=ホワイトハウスの意向が影響する法案は少なくないが、議員が個別に行う立法はそれをはるかにしのぐ。この土壌では、少数党の議員といえども、立法過程で蚊帳の外に置かれることはなく、特定問題に関しては考えが近い対立党議員らと組んで多数派工作を行い、最終的に法律として成立することも珍しくない。各議員が擁する政策スタッフや、議会予算局(CBO:Congressional Budget Office)などの機関は決して飾り物ではないのだ。  とはいえ、院内総務や委員長などの主要ポストを得るには、実力もさることながら当選を重ねて所属党内の序列を上がっていく必要があることは、米国も日本と変わらない。だが、たとえ2年ごとに選挙が繰り返される下院でも、現職がほとんどの場合圧倒的有利という国柄もあり、「1年生議員」でも本人の能力やスタッフしだいで、政治目標を実現させやすい環境にあるのは間違いない。(iRONNA編集部)