検索ワード:イデオロギー/133件ヒットしました

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    「核」「原子力」をマジックワードにしてしまった罪

    島の話」を「原発の話」とイコールで結びながら語り続けた。最近も、吉永小百合が、彼女自身の反核・脱原発イデオロギーに絡める形で福島の問題を言あげることに対して福島県内からも具体的な反発の声が上がっています。要は、「原発事故によってとんでもなくダメになってしまった福島はかわいそう=>だから、絶対に脱原発を達成すべき」という、ありがちな論理で活動を続けるんですが、ろくに事情も知らないのに「原発事故によってとんでもなくダメになってしまった福島はかわいそう」などと勝手な認識を押し付けられることに対して「『だから、絶対に脱原発を達成すべき』っていうあんたのイデオロギーのために福島ネタを利用すんじゃねーよ。『かわいそう』とか何様だ。うぜーよ」と反感を買うのは当然のことです。 ただ、この話自体、構造としては、これまで4年間、知識人が繰り返してきたパターンを踏襲しているだけではあります。吉永小百合だけが悪いわけではないのでサユリストもご安心いただきたい。 他にも、「文明の反省をして再エネルギーを」と、ろくに再エネの一長一短ある性質を勉強することもなく前のめりに語り続けるパターンとかもありました。実際に、再エネ導入はテクノロジーとしても、あるいは制度・政策としても一筋縄ではいかない実態が明るみに出るにつれて、その人たちは無責任にも今黙っている。これらのパターンが結局、生産性のない同語反復の中で陳腐化し、反発を受けたことはあっても、何ら被災当事者のためにならなかったのは「4年後」の結論にせざるを得ないと思います。 そういう大きな話に対して、冒頭に私がお話ししたような細かい話があります。つまり、山本さんにご指摘頂いた「地方の問題」です。福島の問題は日本が抱えるこまごまとした問題の集積だということ。帯にも書きましたが、放射線や原発の問題ではなく、もう少し地方の問題として見ていかないと、この問題は解決しないことは自明です。もちろん、どちらの視点で見ていくことも重要です。ですが、問題解決志向でいくなら地方の問題として見ていくべきだというのがこの本の視点です。 とはいえ、本にない話をすることで、この本がより立体的になるとも思いますので、あえて「原発・放射線の問題」として福島の問題を見ていくこともしてみましょうか。『はじめての福島学』では、扱う範疇外でしたので粗い分析のままにお話しますし、山本さんの今後のお仕事かと思いますが、例えば、2011年から2013年くらいにかけて、新聞ならば朝日新聞、東京新聞を中心に、ご研究されている「日本人と核」の系譜に並べられる新しい「夢」が繰り返し表現されましたね。つまり、「脱原発+再エネでみんなハッピー」的な「夢」です。この「夢」は、震災直後からでてきて、散々強調され、しかし、2014年頭くらいから、急速に退潮していった。理由は色々あるかと思います。FIT(固定価格買取制度)の不整合が指摘されてきたこと、飯田哲也さんら再エネ系のオピニオンリーダーが政治活動に強くコミットする中でメディアへの出演の機会が減っていったこと、そして、2014年初頭の都知事選で「脱原発+再エネ」を表看板に掲げた細川護煕・小泉純一郎連合の惨敗。そんなことが、2011年から数年間のモラル・パニックに陥っていた日本社会を「夢」から醒めさせていった。2014年9月、反原発ライブに登壇し、あいさつする小泉純一郎元首相(右)と細川護熙元首相(宮崎裕士撮影) 元より、原子力にもとから詳しいリアリティズムの論者は、再エネは使えない、それが使えるならもとから広まっていると話していた。FITにも変に政治が介入すると失敗するということが海外の事例からわかっていると言っていた。そうやって「夢」に「現実」をぶつけて醒めさせようとする言論はスルーされていた。ただ、やっぱりあれ夢だったよねと感じ始めている人も出てきているという現状はあります。 ただ、社会はいつでも夢をみたがるものです。なぜあんな大きな夢を語ったのか。そして、そこから数年とたたずに、すぐに醒めざるを得なかったのかというと、先ほどの結論から、当事者として現実に向き合わざるを得なかったというのは大きいでしょう。チェルノブイリの話ならもう少し夢を語り続けることもできたのだろうが、そうではない。(「後編/みんな福島を語っていい」につづく)かいぬま・ひろし 社会学者、福島大学うつくしまふくしま未来支援センター特任研究員。1984年福島県いわき市生まれ。東京大学文学部卒。同大学院学際情報学府修士課程修了。現在、同博士課程在籍。専攻は社会学。学術誌のほか、「文藝春秋」「AERA」などの媒体にルポルタージュ・評論・書評などを執筆。読売新聞読書委員(2013年~)。主な著書に、『漂白される社会』(ダイヤモンド社)、『フクシマの正義「日本の変わらなさ」との闘い』(幻冬舎)、『「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか』(青土社)など。第65回毎日出版文化賞人文・社会部門、第32回エネルギーフォーラム賞特別賞。やまもと・あきひろ 神戸市外国語大学専任講師。京都大学大学院文学研究科博士課程修了。博士(文学)。 著書に『核エネルギー言説の戦後史1945-1960』(人文書院 2012年)、『核と日本人』(中公新書 2015年)などがある。関連記事■ 夏だ! 海だ! 沖縄だ! 青春だ! ……でも男2人。 ■ 「関白」の座ゲット! 九州の超強い大名「島津」攻略! 絶好調にしか見えない秀吉でも、官兵衛コワイ……!?■ ぼーっとしたいときは高速バスに乗る(前編)<移動時間が好きだ>

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    吉永小百合が脱原発の助っ人に スポンサー獲得の皮算用も

     どっこい、この2人のご隠居はまだまだ涸れてはいなかった。東京都知事選で一敗地にまみれた「小泉純一郎-細川護熙」元首相コンビが再結成される。  5月7日に、両氏が発起人となり、原発ゼロ社会を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」を立ち上げる動きが明らかになった。今年秋に行なわれる福島県知事や、来年の統一地方選挙で脱原発の候補者を支持する国民運動を展開するというのである。  しかも、都知事選の教訓から、今回は両氏以上の“大物助っ人”を担ぎ出した。団塊世代の永遠のマドンナ、吉永小百合である。脱原発を訴えるロックフェスティバルに参加した小泉、細川両元首相=2014年9月、東京都江東区  吉永といえば、福島第一原発の被災者が書いた詩を全国各地で朗読するなど、脱原発活動に積極的に取り組んできた。都知事選でも、同じ脱原発を掲げる細川氏に応援メッセージを送っている。 「2人は、細川さんが熊本県知事だった頃からの知り合い。別荘が隣同士で、細川夫人とともに家族ぐるみのお付き合いをしている関係です」(細川氏に近い人物)  吉永は小泉―細川コンビが設立する同会議の賛同人に名を連ねるという見方が有力だ。  かつて学生運動の闘士だった団塊世代のサユリストたちが昔を思い出して、脱原発運動に加われば、予想を超えた“団塊パワー”を生み出すかもしれない。しかし、国民運動には軍資金も必要になる。  「同会議は、自然エネルギー普及に賛同する企業や団体からの寄付を集めることになるだろう。吉永さんがCM出演しているシャープは、太陽光パネルの大手メーカーでもある。同会議の趣旨には理解があるのではないか。これが日立や東芝など原発メーカーのCMに出ていたら、吉永さんが賛同者になるというわけにはいかなかったかもしれない」(同前)  どうやら、大物助っ人の招聘にはスポンサー獲得を目論む皮算用もあるようで……。関連記事■ 都知事選脱原発争点化を批判の読売 東京都の尖閣購入は高評価■ 小泉純一郎氏 11月の福島県知事選に進次郎担ぎ出すプランも■ 創価学会婦人部 女性遍歴が激しい舛添氏に反感と学会関係者■ 小泉元首相が小沢氏と新党結成も 東京五輪時に進次郎首相へ■ 都知事選で原発を争点化の是非 江川紹子氏・鎌田慧氏の意見

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    「あいつらアホか」安保法制をめぐる妄想合戦の馬鹿馬鹿しさ

    西村眞悟(元衆院議員)   敗戦から七十年が経過し、「日本を永久に武装解除されたままにしておくために起案した」(チャールズ・ケーディス大佐)憲法九条の施行から六十八年が経過している。そして、現在、国会でいわゆる安保法制議論(妄論)が行われている、というわけだ。では、その議論とは、一体、何だ? 私の知り合いで、TVで「その議論」を見て聞いた人の総ては、馬鹿馬鹿しいと言った! 弁護士の大先輩が、電話をかけてくれて、「テレビを視てたら、アホらしいて、あいつらアホか、メシ食いに行こう」と誘ってくれた。国会前で連日展開された安保法案反対のデモ。反対派は「戦争法案」と決め付け 憲法違反とするが、事はそれほど単純ではない=昨年9月 つまり、その議論とは、現場の現実から遊離した「妄想合戦」なのだ。何故、そうなのか。「日本を永久に武装解除されたままにしておくために起案した憲法九条」の枠内の議論であるからだ。馬鹿馬鹿しいではないか。 この「」の中の言葉は、憲法九条を起草したチャールズ・ケーディスが、一九八一年四月に、産経新聞の古森義久記者に語ったことばである(産経新聞朝刊、平成十九年七月一日)。彼は、一九四六年二月、三十九歳の時、我が国を軍事占領していたGHQ(連合軍総司令部)の民政局次長・陸軍大佐であり、米統合参謀本部やマッカーサー総司令官から命じられて、十数人のスタッフを率いて十日足らずで一気に「日本国憲法」を書き上げた。  その米統合参謀本部やマッカーサー総司令官が、ケーディスに「日本国憲法」の起草を命じた目的が、「日本を永久に武装解除されたままにしておくため」であった。日本語も日本も知らない三十九歳のケーディスとスタッフが、「日本国憲法」の起草を命じられて十日足らずで書き上げた。その三十五年後に七十五歳になっていたケーディスに古森記者が取材した前掲記事によると、彼は、「びっくりするほどの率直さで答えた」という。 そして、古森記者は「こちらの印象を総合すれば、日本の憲法は、これほどおおざっぱに、これほど一方的に、これほどあっさりと書かれたのか、というショックだった」と書いている。さらに、「神聖なはずの日本国憲法が実は若き米人幕僚たちによってあわただしく作られ、しかも日本人が作ったとして発表されていた、というのだ」と小森氏のショックは続く。 極めつけは、次のくだりである。「同氏(ケーディス)はまず第九条の核心ともいえる『交戦権』の禁止について『日本側が削除を提案するように私はずっと望んでいたのです。何故なら、交戦権というのが一体、なにを意味するのか私にはわからなかったからです』と述べて笑うのだった。」戦争するための法案かと質問すれば「その通りだ」と明言する 何ということであろうか! 書いた本人が正直に「一体なにを意味するのか私にはわからなかった」と笑いながら告白しているのに、それから、六十八年後になっても、街頭には、「九条を守れ」というプラカードを掲げて人が立てば、TVカメラはそれを全国に放映し、国会内では、九条の枠内で延々と馬鹿馬鹿しい議論が続いている。 憲法九条を書いたこのケーディスという野郎、今は年齢百五歳のはずだ。生きていても亡くなっていても、古森記者に、「びっくりするほどの率直さで答えた」ことを評価し、「無邪気なヤンキーのあんたが意味が分からんと書いた九条を、まだ日本の国会の○○が盲信しとるぞ」と報告し、「あいつらに化けて出て、お前は○○か」と言ってくれと要請したい(○○とは「あ」と「ほ」)。 自民と公明の与党は、一年以上にわたって「自衛権」のうち、「あれはできる」が「これはできない」の議論を大真面目に続けてきて、こんどは国会で、社会党的先祖返りをした野党が加わって、くそ暑い中、やっている。  与党のもともと馬鹿馬鹿しい妄想の上に、野党の、さらに馬鹿馬鹿しい妄想が積み重なっているのであるから、たまったものではない。私に電話をかけてくれた先輩の、「馬鹿馬鹿しいからメシ食いに行こう」が極めて適切で正しい。 さて、馬鹿馬鹿しいことにこだわっていても生産的ではない。従って、ことの本質を述べたい。日が落ちても続く、国会前の安保法案反対デモ。 警官隊との小競り合いが続いた=2015年9月16日、国会前 まず第一に、国家の自衛権は、国家が国家であれば、制限なく行使するのだ。緊急事態の中で、「あれは行使できるが、これは行使できない」というような自衛権はない。 従って、内閣総理大臣(大統領)が、(自衛権を)「行使する」と言ったら、それだけで議論の余地はない、議論終了。これが「最高指揮官」というものだ。 あとは「最高指揮官」から、緊急事態に対処することを命じられた指揮官の「本能と知性」(ドゴール将軍)に委ねられる。これがシビリアン・コントロールというものだ。 安倍総理は、与党内の馬鹿馬鹿しい議論の前に、集団的自衛権を「行使する」と明言した。よって、これで十分である。アメリカは、この安倍総理の明言を受けとめ評価して、四月二十九日の上下両院での安倍演説に拍手したのである。 我が国にいま必要なことは、「平和のための戦略」である。「平和のための戦略」とは、即ち、「平和を願うならば、戦いに備えよ」ということである。 現在の国会に欠落しているのは、これだ。現在、マスコミが全国に放映したがるプラカードには「戦争するな」と書かれている。これに対して、責任在る者は、次の通り答えねばならない。  「戦争ができなければ平和を守れない」  「軍備よりも福祉を」というスローガンに対しては、「国防は最大の福祉である」と断固として答えなければならない。国会内の○○が、「この法案は、戦争をするための法案でしょう」と質問すれば、「その通りだ」と明言しなければならない。 我が国を取り巻く情勢は、これほど厳しい!(「西村眞悟の時事通信」2015年7月13日分を転載)

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    2016年、サヨクの大暴走が始まる

    昨年は朝日新聞やTBSといった左翼メディアの存在感がどうも薄かった気がします。ただ、同じ左派勢力の中でも学生団体SEALDsだけが目立った1年でもありました。では今年はというと、やっぱり彼らしか思い浮かばないのです。安保法制のときもそうでしたが、また彼らの「大暴走」が見られるのでしょうか?

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    日本共産党 「大衆党」に党名変更なら自民圧勝の構図崩壊か

    るのだが」(民主党ベテラン議員)というのが本音だ。 実は共産党支持者からも「大衆党」や「国民党」などイデオロギー色を排した党名に変えてほしいという声があがっている。実際、欧州の共産党には現実路線に転換して党名を変え、「国民政党」へと脱皮したケースが少なくない。ドイツでは東西統一後、共産党メンバーが左派政党に合流、「左翼党」という名で野党第一党となり、イタリア共産党は1990年代に「左翼民主党」と党名を変えて左翼連合「オリーブの木」の一角として政権に加わった。 日本共産党にとって、他の野党が総崩れ状態のいまが国民政党へと脱皮する好機でもある。共産党の志位和夫委員長(左)と山下芳生書記局長=2015年12月24日、国会内(斎藤良雄撮影)「自己犠牲の精神で毎日献身的に『赤旗』を配っている古参党員や指導部は共産党という党名に誇りがある。党名が変わればぞろぞろ古参党員の離党者が出るでしょう」(元共産党中央委員会常任幹部会委員の筆坂秀世氏)といわれているが、若い党員からは「だからこそ党名変更だ」という声が出ている。「書記局の古参の人たちはもう長くない。志位さんも本当は分かっている。あとは決断のタイミングだけ」(党関係者)というのである。可能性としては、7月の参院選公示直前、最もインパクトの大きいタイミングで志位氏が動くことも予想される。民主、維新、共産、生活、社民の野党党首会談の席上、志位氏の「党名も安保政策も変える。私は野党連合の一兵卒でいい」という爆弾発言に他党党首は気圧され、頷くしかなくなるのではないか──。 そうした展開の仕掛け人は、野党統一名簿での選挙を提唱する小沢一郎・生活の党代表だ。「小沢氏は志位氏らと何度も会談して現実路線への転換を促した。現在は松野頼久・維新の党代表の指南役として民主党との合流を勧める一方、共産党には党名を変更すれば民主、維新、生活と一緒に日本版オリーブの木に参加できると決断を迫っている」(小沢側近) 参院選の決戦場となる32の1人区では、「野党が統一候補を立てれば、自公など改憲勢力による3分の2どころか、自民の単独過半数確保も難しくなる」(政治ジャーナリスト・野上忠興氏)と予想されている。 共産党が「大衆党」に看板を換えた時、自民圧勝、憲法改正のシナリオに狂いが生じる。 関連記事佐野眞一氏 山口組社内報の仕事誘われ心動かされた過去告白理想追求したプロレス内最左翼団体に連合赤軍を重ねる意見もボディビルにのめり込む人の心理に迫ったノンフィクション佐野眞一氏 「SEALDs」らのデモと「60年安保」の違いを分析デモは出会いの場 全共闘世代の武勇伝に女子大生「すごい」

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    慰安婦見舞金は朝日新聞が払え!

    森口朗(教育評論家、東京都職員) あっと驚く日韓外相会談とその後の両外相の発表により、多くの良識人のはらわたは煮えくり返っていると想像しています。また、今回の件でいわゆる保守層が「今までと変わらず安倍政権支持派」と「騙された!売国政権打倒派」に分断された事も憂慮すべきです。 どちらの思いも痛いほど判りますが、ここは冷静になって我々ができること、すべきことは何かを考えてみましょう。 その前に発表された原文を眺めながら今回の日韓外相合意の意味を確認したいと思います。まず我が国の外相発言から(1)慰安婦問題は,当時の軍の関与の下に,多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり,かかる観点から,日本政府は責任を痛感している。安倍内閣総理大臣は,日本国の内閣総理大臣として改めて,慰安婦として数多の苦痛を経験され,心身にわたり癒しがたい傷を負われた全ての方々に対し,心からおわびと反省の気持ちを表明する ここにカリカリくるのは止めましょう。ただの河野談話・村山談話のコピーです。安倍総理が、これを踏襲するとした時点から、この手の文書が出る際にこの文言が入るのは織り込んでおくべきです。(2)日本政府は,これまでも本問題に真摯に取り組んできたところ,その経験に立って,今般,日本政府の予算により,全ての元慰安婦の方々の心の傷を癒やす措置を講じる。具体的には,韓国政府が,元慰安婦の方々の支援を目的とした財団を設立し,これに日本政府の予算で資金を一括で拠出し,日韓両政府が協力し,全ての元慰安婦の方々の名誉と尊厳の回復,心の傷の癒やしのための事業を行うこととする。 この日韓外相発言の肝はここです。後ほど解説します。(3)日本政府は上記を表明するとともに,上記(2)の措置を着実に実施するとの前提で,今回の発表により,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。あわせて,日本政府は,韓国政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。 これは、日本がポイントを取ったところです。ただし韓国外相発言に比較すると下手に出てる感があるし、曖昧さもあるし、どうせ韓国は蒸し返すし、という事で反安倍派となった方は「甘すぎる」と怒りますが、今の時代に文書化されなくても蒸し返した時点でただでさえ低い韓国の国際的信用はさらに低くくなるのですから、「変わらず安倍支持派」の言うように、ある種の「トラップ」と捉えることも可能です。日韓外相会談と共同記者発表を終え、記者団の質問に答える岸田外相=2015年12月28日、ソウルの日本大使館(共同)次に韓国の外相発言(1)韓国政府は,日本政府の表明と今回の発表に至るまでの取組を評価し,日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で,今回の発表により,日本政府と共に,この問題が最終的かつ不可逆的に解決されることを確認する。韓国政府は,日本政府の実施する措置に協力する。「日本政府が上記1.(2)で表明した措置が着実に実施されるとの前提で」と精一杯の見栄を張っていますが中身はありません。ただし岸田外相の1(2)こそが肝であることがここでも判ります。(2)韓国政府は,日本政府が在韓国日本大使館前の少女像に対し,公館の安寧・威厳の維持の観点から懸念していることを認知し,韓国政府としても,可能な対応方向について関連団体との協議を行う等を通じて,適切に解決されるよう努力する。 ここは、撤去を約束させてほしかった。どうせできませんが、できない事を約束させて朴政権を詰ませる点に意義があったと思います。でも、撤去に向けて協議するだけで韓国内は大混乱になるでしょう。(3)韓国政府は,今般日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で,日本政府と共に,今後,国連等国際社会において,本問題について互いに非難・批判することは控える。「日本政府の表明した措置が着実に実施されるとの前提で」とさらに念を押して相変わらず偉そうですが、要は岸田外相発言の1(2)は絶対に実現してね、という事です。 次に肝である1(2)の内容をさらに分解すると、I.韓国政府が財団を設立するII.日本政府の予算で資金を一括拠出するIII.日韓両政府が事業を実施する、の3点になります。 私が激怒したのは、もちろんIIIです。 日本国の意思として強制連行など行っていない慰安婦、つまりはただの戦時売春婦に何故、日本国民の税金を払わなくてはならないのか。ふざけるな!村山氏が首相を勤めた自さ社政権でさえ、政府も出資金を出したものの「女性のためのアジア平和基金」を通じて、しかも韓国の慰安婦に限定せずに見舞金を支給したのに、安倍政権は村山政権以上の売国政権か! と、怒り心頭になり1(2)の文言を眺めておりました。 そこで、はたと気がついたのです。岸田外相は、一言も「日本国民の税金で」とは言っていない。「日本政府の予算で」としか言っていないのです。しかも、金額10億円などというのはマスコミネタで、額だって明示されていません。 「予算って、要は税金だろ!?」 いえいえ、そんな事はありません。野田政権に潰されましたが、石原元都知事が尖閣列島を購入しようとした際に使おうとした手法を思い出してください。 石原知事はご自身の信念から、尖閣列島の土地が中国人に売ることが可能な私有地であることを危惧していらっしゃった。しかし、都政に関係のないことに都民の税金を使う訳にはいかない。そこで、全国民に訴え基金を募り10数億円で都有地にしようとしたのです。それでも日本は民主国家ですから、税金以外で集めた金であっても一旦「予算」化しなければ購入できません。都の「予算」で購入しなければ都有地にはならないのです。 今回の慰安婦問題は、この手を使うのに相応しい案件です。日本国家による慰安婦の強制連行などなかった。だから日本国民の税金を使うべきではない。しかし、一方で口頭といえ外相が明言したことを行わなければ、日本国の信用と名誉に関わります。 だから、日本国内で浄財を呼びかけ基金をつくる。そして、その金を「予算」化して韓国が作った財団に寄付する。そうすれば、我々の先人、あるいは明治政府の名誉も辛うじて守ることができるのではないでしょうか。 従軍慰安婦が日韓の政治問題化したのは、朝日新聞の捏造記事が発端であり、本来、この金は朝日新聞が出すべきものです。私案のように一度基金として金を集めてから予算化するのであれば、最大責任者の朝日新聞に負担させることも可能です。また、この問題を大きくした河野氏や村山氏なども私財を供出すべでしょうし、左派は「かわいそうな従軍慰安婦様のため」、保守派は「先人の名誉を守るため、税金を出させぬため」に浄財を寄付してくれるのではないでしょうか。ここまで磐石だった安倍政権が、今回の慰安婦交渉で最も熱烈に安倍総理を支えた人達の支持を失いかけています。本私案は、政権の危機を救う妙手になると自負しているのですが、いかがでしょう。 ちなみに、私が別のサイトで行っている「慰安婦見舞金は朝日新聞が払え」キャンペーンは大勢の賛同を頂いています。これが国民の声、少なくとも安倍政権を支持してきた人たちの声なのです。(森口朗公式ブログ 2015年12月29日分を転載)

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    「SEALDs」の限界は今の日本のリベラルの限界

    小谷哲男(日本国際問題研究所 主任研究員) 戦後70年の節目の年が終わろうとしている。2015年は、安倍政権の歴史認識と平和安全保障法制に国内外の注目が集まった。歴史認識問題は、8月の安倍総理談話が中韓など一部を除いて国外で歓迎され、国内でも大きな反発はみられず、一応の決着がついた。総理談話の線に沿って、韓国との間で長年の懸案だった慰安婦問題についても、進展があった。一方、平和安保法制は国際社会からは概ね歓迎されているが、国民の多くの理解を得られたとはいえないのが実情だ。 平和安保法制への国民の理解が深まらなかったのは、野党の非建設的な批判が影響した。法案の審議が始まった当初、野党は攻め手を欠き、法案の中身よりも、重箱の隅をつつくような質問が相次いだ。ところが、衆院の憲法調査会で3人の憲法学者が同法案について「違憲」と意見表明すると、野党はこれに便乗し、「違憲な」法案の破棄を求めるようになった。加えて、戦後70年という節目に多くの国民が戦争の悲惨さや不戦の誓いを新たにする中、野党やリベラル系メディアがこれを「戦争法案」と呼び、国民の不安を煽った。2015年夏、安保法制に反対する市民の反対運動が各地で起きた(Getty Images)かつてはあった建設的な議論が失われた日本 特に民主党の対応は無責任だった。民主党政権時代でも、集団的自衛権の行使と集団安全保障への参加の拡大は検討されていた。にもかかわらず、岡田・枝野執行部は対案をとりまとめることを放棄し、代わりに「反対のための反対」という道を選んだ。民主党の中でも、長島昭久議員などから建設的な対案を求める声も上がったが、執行部にかき消された。結果として、民主党は支持を伸ばすこともなく、国民の信頼を失い、解党の一歩手前に自らを追い込んだ。 維新の党は集団的自衛権の行使にも前向きだったため、安保法制に当たって自民党と協力できる余地もあった。だが、内部抗争を抱えた維新の党がまとめた対案は、集団的自衛権の行使を個別的自衛権の拡大で行うというものであり、また海上交通への脅威に対しては自衛権の発動は行わないという非現実的なものだった。集団的自衛権の行使を個別的自衛権の拡大とするのは、そもそも国連憲章違反になる。また、日本は貿易立国であり、第二次世界大戦の敗戦も通商破壊と海上封鎖によってもたらされたことを考えれば、海上交通の保護は最重要課題の1つだ。維新の党が現実的な対案を出せなかったため、結果として安保法制に関して公明党の影響力が増すことになった。 有識者や市民団体、著名人も、法案の中身を理解しないまま、反対運動を繰り広げた。特に、SNSを利用し、全国でデモを繰り広げた学生団体「SEALDs」に注目が集まった。野党やリベラルな知識人は安保闘争の再現を狙ってか「SEALDs」を持ち上げたが、デモでは「安倍を叩き切る」など過激な主張も出てきたため、国民の共感を得ることに失敗した。「SEALDs」の限界はまた、今の日本の言論界におけるリベラルの限界を表している。 かつて、日本では『中央公論』と『世界』を中心に、現実主義者と理想主義者が論陣を張る論壇が存在した。現実主義者は勢力均衡の観点から日米安保を肯定し、理想主義者は「一国平和主義」の立場から非武装中立を唱え、議論を戦わせてきた。前者の代表だった故高坂正堯教授は、非武装中立論が勢力均衡を無視している点を批判しながらも、理想主義者たちが日本国憲法の平和主義の理念を国際政治に取り入れようとする努力を評価した。国家が追求すべき価値を考慮しないなら、現実主義は現実追従主義になってしまう。どのような国家を目指すのかという視点を、かつての理想主義者たちは提供しようとしていたのだ。 しかし、今日の日本には論壇は事実上存在せず、双方が交わることのない議論を繰り広げている。日本から論壇が消えた主な理由は、リベラルな知識人が現代の国際社会において日本が追求すべき国家像を提供できていないからだ。中国による現状変更や、イスラム国によるテロ、シリアの難民問題など、国際社会が直面する問題を解決するには、武力を否定し、対話を呼びかけるだけではだめなことは火を見るより明らかだ。リズムに乗って「戦争反対、憲法守れ」とただ叫ぶ「SEALDs」の姿は空虚に映り、彼らの思考停止を物語っていた。多くの国民は彼らの運動に理念がないことを見抜いていたのではないか。 他方、現実主義者たちは日本の目指すべき価値を提示し、それを実践するようになった。実際、安倍首相とそのブレーンたちは、第一次政権では、民主主義や人権保護、法の支配という普遍的な価値を重視する「価値外交」を提唱し、第二次政権はそれをさらに発展させた「積極的平和主義」を国家安全保障戦略の哲学としている。 積極的平和主義とは、一言で言えば一国平和主義の否定だ。戦後の日本では、長らく日本だけが平和であれば、国際社会の問題に関わるべきではないという考えが広がっていた。その背景には、戦争への深い反省という一面があったことも否定できない。しかし、日本の平和と繁栄は国際政治とは切り離すことはできない。積極的平和主義は、この事実を踏まえ、積極的に国際社会の問題に取り組み、それによって日本の安全と繁栄を確保することを目指している。安保法制は、積極的平和主義を実現するための手段安保法制は、積極的平和主義を実現するための手段 積極的平和主義は、日本の戦後70年にわたる平和主義への絶対的な自信に裏づけられたものだ。この点は、戦後70年の総理談話に表現されている。総理談話に関しては、村山談話で使われた「お詫び」と「侵略」、「植民地支配」というキーワードが入るかどうかという点に注目が集まってしまったが、重要なのはより大局的な観点からのメッセージだった。70年談話は、日本がかつて国際秩序への挑戦者となり、国内外に多大な損害と苦痛を与えたことを深く反省し、国際社会に復帰した後は、国際システムの受益者となって安全と繁栄を享受する一方、不戦の誓いを実践してきたことを評価している。その上で、中露や北朝鮮などが国際システムに挑戦する動きを見せる中、これを守っていく決意が込められている。 安保法制は、積極的平和主義を実現するための手段だ。従来の憲法解釈では、国際システムに対する挑戦に有効に対処できないため、安保法制が必要だったのだ。ただ、恣意的なパネルの使用など、政府による法案の説明に不適切なものがあり、安倍首相を含め政権側の言動におごりが見えたことも国民の支持が十分広がらなかった一因だろう。政権がおごるのは、野党やメディアの批判が的外れだったからでもある。橋下徹前大阪市長らとの会談後、ホテルから出てくる安倍晋三首相=2015年6月19日、東京都千代田区 国民の間に安保法制に関する理解が広がっていないからといって、国民がこれに反対しているわけではない。安保法制成立直後に各社が行った世論調査では、内閣支持率が不支持率を一時下回り、安保法制についても評価しないが過半数を超え、評価するは3割程度に留まった。ただし、評価しない理由は、議論が尽くされていないというものが7割ほどで、法案の中身よりも審議の進め方に対する不満が見て取れる。 安保法制は3月に施行され、4月には南スーダンのPKOで駆けつけ警護が可能となる。日本の防衛に関しても、日米防衛協力のための指針(ガイドライン)に沿って、作戦計画や運用に変更があるだろう。緊張が高まる南シナ海で、日米が共同作戦を行うこともあるかもしれない。自衛隊の任務が実際に変わる中、安保法制に関する国民の理解を再度丁寧に行う必要がある。 安保法制は、決して戦後日本の安全保障の大転換などではない。日本人は、戦後を通じて憲法の平和主義の理念を維持しながらも、国際政治の現実の中で現実的な政策を積み重ねてきた。今回の法制は、特に冷戦後に日本が直面してきた課題に取り組むために必要最低限の措置を講じるものだ。 「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」が2014年5月に出した最終報告書では、集団的自衛権の全面行使と国際安全保障活動への全面参加が提言されていた。しかし、政府はこれを受け入れず、集団的自衛権の限定行使と、集団安全保障への部分参加とし、それを安保法制に反映させた。つまり、実際の安保法制の中身は、慎重な世論を背景に、かなり抑制的な中身となっている。言い換えれば、日本の平和主義の理念は十分に反映されているのだ。 政府はこの点を丁寧に国民に説明する必要がある。一方、日本国民はもっと自らの平和主義に自信を持ち、国際社会における日本の役割を議論するべきだろう。

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    「いざ鎌倉」今年は左翼が暴走、自爆する

    小坪慎也(行橋市議会議員) 平成28年、今年の左翼の予測になる。一言で言えば自爆の年となるだろう。もしくは墓穴の年である。衆参ダブル選も囁かれるが、この可能性は高いと考える。だからこその「自爆」という予測だ。ダブル選となれば野党に不利。焦りが行動上の暴発となり、自滅・自壊していくように思う。私にも経験があるからだ。私自身、民主党政権下において同様の焦燥感を抱いた。振り返りつつ、予測してみたい。自民党本部で行われた新年仕事始めに出席した左から、 安倍晋三総裁、谷垣禎一幹事長、高村正彦副総裁= 2016年1月4日、自民党本部(寺河内美奈撮影) はっきり言うが、自民党は弱体化している。支持率は好調だが、得票数は減少傾向。支持者たちの高齢化も進んでいる。民主党に政権を奪われた麻生解散、惨敗に終わったあの選挙こそが得票的には最高潮であったのだ。敗北した原因は、「反自民」が民主党という一つの枠に収まっていたため。なぜ安倍内閣において圧勝できたかと言えば、理由は同じくで野党が分散していたからだ。 野党結集ともなれば、民主党に政権を奪われた際どころではなく、凄まじいまでの惨敗を喫することになる。ゆえに「ダブル選」が囁かれている。ダブル選となれば、自民党は勝利できるだろう。 この流れで読むと「ダブル選とは良い物」と錯覚する方もいると思うが、私はこれを評価しない。有権者への誤魔化しであり、制度としては許されているものの、政治の常識から言えば誉められたものではない。恐らくダブル選となるのだろうが、経験してみればわかる。あれは、わけがわからないのだ。もっと言えば、わけがわからないようにするのがダブル選の目的である。 衆議院選挙で、(1)小選挙区の投票、(2)比例の投票(政党名)、参議院で、(3)選挙区、(4)全国比例(候補者への個別投票)。計4パターンの投票を行うことになる。しかも衆参の比例は投票方法が異なるのだ。4パターンの候補者が「うちは○○の選挙で戦うのですけど」と大挙して押しかける。 選挙を支える現場も大混乱だが、有権者も大混乱である。ネットユーザーも右往左往して「どうしたらいいの?」となるだろう。そして、わけがわからないうちに終わっているはずだ。盛り上がりもなく、ただ混乱のみを残し、数か月後には「なんかバタバタしていたなぁ」という感想が残るのみだ。 ダブル選は、陣営にも異常なまでも負荷をかける。膨大なマンパワーが必要で、これを支えることができるのは、自民党を形成する各種団体(医師会・歯科医師会・薬剤師会・農政連など)や、公明党(創価学会)、民主党(連合)、共産党のみである。他の野党は全滅と言っていい。ダブル選に立ち向かうためには、まずもって強固な支持母体が必須条件なのだ。 そして、どうあっても与党に有利になる。与党は勝利するだろう、そういう制度だからだ。私は自民党支持者であるが、自民の勝利を喜びはするものの、ダブル選挙という手段を評価することはどうしてもできない。有権者の混乱を意図的に生じさせた上での、まやかしの勝利に思えてならないからだ。ダブル選の複雑な投票に対応できるのか 左寄りの支持母体も列挙したが、歯が立たない。戦えるだけの強固な支持層があったとしても、歯が立たぬ理由があるのだ。政権交代の際のように野党が勝利を納めるためには「選挙区調整」などをもって、反自民の声を一本化する必要がある。ダブル選の場合、これが不可能だからだ。安保法案採決に抗議する市民集会で「廃案」を訴える共産党の志位和夫委員長(中央)。民主党の岡田克也代表、社民党の吉田忠智党首らも駆けつけた=2015年7月15日、国会正門前(共産党提供) 想像して欲しい。民主、維新、共産が野合したとしよう。協議の結果、仮に合意を得たとする。衆院の小選挙区は民主、衆院の比例は共産。参院の選挙区は維新、参院の比例は民主。調整などつくわけないと思うが、仮に調整がついたとして、このような複雑な投票が果たしてできるのだろうか。末端の実務者として言わせて頂くが、まず不可能である。4パターンもあるのだ。 混乱状況を伝えるため具体例を挙げる。例えば私の住む福岡11区。野党連合は、「衆院・小選挙区は社民」としたとしよう。ここは候補者名を覚えてもらわねばならない。「衆院・比例は共産」としたとする。ここは共産党という党名を浸透させる必要がある。「参院・選挙区は維新」としよう。これは福岡県全域、11区以外も維新の候補者名を覚えてもらう必要がある。さらに「参院・全国比例は民主」とする。こちらは候補者名だ。そしてこれが福岡10区となれば、小選挙区は別の候補となる。8区、9区でも異なるのだ。 そして各小選挙区は、国政復帰を狙う「元職国会議員」たちが多数いる。民主党時代の元議員たちだ。選挙区調整とは、彼らに断念してもらうという調整に他ならない。政治生命を断ち、人生を諦めろと言うに等しい。簡単につく調整ではない。調整がついたとしても大混乱となるだけだ。 その点、自民・公明の動きはシンプルだ。選挙区は自民、比例は公明と連呼すれば終わる。ある意味では今まで通りである。この点では「民主党」という大きな枠組みのみで戦い、「政権交代!」のみを連呼した小沢氏は、やはり天才だと思う。あれだけの得票を叩き出した、最高潮の自民党を撃破したのだから。今年は、左翼が自爆する年 本記事を読んで頂いているのは、多くはネット保守層であると思うが、初めて聞いたという方も多いように思う。だが、ネットユーザーにとって「初めての知識」であったとしても、左翼は違う。彼らはこの仕組みをよく理解している。ネットは、特定分野の知識が凄まじく詳しいのみで、リアルの選挙支持層が常識として持っている知識を有していない場合も多い。左翼は知っているのだ、自らが終わるということを。 ここに焦燥感、焦りが生じる。確実に生じる。振り返って頂きたいのだが、民主党政権の誕生前夜、いまは古参となった保守陣営がどのような焦りを感じていたか記憶にあるだろうか。効果も見えぬ中、ギャンブルパンフで初めてのポスティング。ネットがリアルに踏み出した、あの日。焦りと危機感から、誰しもが何か出来ぬかと駆け回った。中には事故とも言える悲劇もあったし、いま思えば暴走と言われても仕方ない動きもあった。民主党政権誕生前夜、暴発したのは保守であった。今回、ダブル選挙を前に、焦りから暴走するのは左翼である。 手に取るようにわかる。暴走には2パターンあるだろう。ネット上からリアルに踏み出した結果の暴発と、時代の変化に追従できなかった古参左翼によるものだ。一つ目は、皆様も想像がつくのではないか?シールズの一件のように、web上で動いてきたネット左派層、彼らの暴走である。ネット上には目に余る暴言も多数ある。保守陣営の論調も、中には言葉が激しすぎるものがある。私は、実はこれが嫌いだ。リアルでは通用せぬし、足を引っ張るのみだからである。受け入れられる言葉使いをして頂きたい。古参左翼の暴走 ネット上で、保守・リベラルは「延々と不毛な論争」を継続してきたわけだが、左派陣営の言葉使いも凄まじいものがある。リアルで面と向かって言えば、警察を呼ばれかねないようなものまである。ここまで書けば、想像がつくだろうか。そう、同じノリで話してしまい、選挙の致命傷となるような暴言を吐いてしまう、というものだ。政治経験も浅く選挙経験も皆無に等しい彼らに、発信力のみを持たせればこうなるのは自明であり、陣営の自己崩壊のきっかけとなるリスク要因となっていくのだろう。 次に、古参左翼の暴走だ。党の存続の危機となれば、いざ鎌倉と必死にもなるだろう。特に社民は消滅の危機に陥るように思う。本記事を読む読者には伝わらぬかも知れないが、彼らなりに党を愛し、数十年に渡って愛し支えてきたのだ。党が消えるともなれば、ギリギリのラインで無理もしてくる。かつて取った杵柄と、高齢となった身体に鞭を打って頑張ると思うが、悲しいかな時代が違う。彼らが持っているのは古い知識だ。いまはネットもあるし、公選法も随分と厳しくなった。ほんの十年前までは(いまと比較すれば)「なんでもあり」みたいな時代もあった。この時代の古い常識のままに「無理やり頑張った」先には、恐らく悲劇しかない。かつては左派に寛容な時代もあったが、この点も変わっている。古参の左派活動家たちが、罪の意識もなく「うっかり」で足を踏み外していく。 衆参ダブル選挙の生じさせる「混乱」について詳述したが、ネット保守層は恐らくピンと来ないように思う。だが、対峙する陣営は凄まじく焦るのだ。焦りまくるのだ。結果、とんでもない事態が起きまくるのだろう。そこをネットが刈り取っていく。かつてはなかった風景だ。小さな現場の話では済まず、拡散と周知をもって手に負えなくなる炎上が多発する。陣営は総崩れ。これが具体的な予測である。 暴発、暴発と書いたが、他山の石として聴いて頂きたい。ネット上で言論活動を繰り返してきた私だが、多くのネットユーザーたちから支えられていまのポジションに在る。しかし、同じように対峙する陣営からは批判に晒されてもきた。中には凄まじいまでの暴言もあった。かつては「ヤスクニヒトモドキ」「ヒノマルゴキブリ」と言われたこともある。(一応モザイクはかかっているが)読み取れる状態で車のナンバーも晒されている。風景から察するに、市役所で撮影されたものだ。 反論すれば同じ立場になってしまう。口実を与えてしまうだけだと我慢してきた。燃料となるのみだとわかってはいるが、心は穏やかではなかった。我慢してスルーしてきたのだが、今になって考えれば「左派からの攻撃」は総合的期にはプラスの効果しか残さなかった。 Read Only Menber、通称ROM。数年がかりのバッシングを、市民は見ていたのだ。集まったのは、私への同情のみであった。特に地元においては、私の活動から応援してくれている方よりも「凄まじいバッシングに耐える姿」ゆえ頂いている支援のほうが多い。これは私自身も悔しいのだが、私の活動以上に「見苦しい非難」は私の名を良い方向で売ってくれたのだ。 言いたいことはわかるだろうか。ダブル選挙に焦りまくった左派陣営が何をしでかすか、という話である。ネットスラング交じりで、ほぼ殺人予告のような暴言を垂れ流す。「ネット上のみ」であれば双方ともに慣れているのだろうが(慣れてはいけないのだけど)、それがリアルに飛び火したことを考えて欲しい。何の予備知識もなく、それらの耐性も持たぬままに「突然、あのような激しさ」に触れた場合、左派陣営の支持者すらドン引きとなる。 人口7万人の小さな市でさえ、この有り様なのだ。これが全国展開された場合、影響規模はどのレベルになるか想像もできない。ネットが集積し、再拡散していく中、左翼は自壊していくのだろう。 ここで冒頭の言葉を繰り返させて頂きます。平成28年、今年の左翼の予測になる。一言で言えば自爆の年となるだろう。もしくは墓穴の年である。衆参ダブル選も囁かれるが、この可能性は高いと考える。だからこその「自爆」という予測だ。ダブル選となれば野党に不利。焦りが行動上の暴発となり、自滅・自壊していくように思う。私にも経験があるからだ。私自身、民主党政権下において同様の焦燥感を抱いたものだ。 手に取るようにわかる。彼らは自ら滅びの道を歩むのだろう。時代の変化に追従できず、ネットという新しいジャンルへの対応に苦慮する中、喧騒の中、滅びて行くのだろう。

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    古舘伊知郎はこれから何をするのか?

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師) 古舘伊知郎氏のテレビ朝日系「報道ステーション」降板が発表された。ネット上では、ジャーナリズムの危機だとか、これで批評型ニュースがなくなるとか、圧力じゃないかなど、様々な意見が飛び交っている。物事の変化について、その背景や文脈を読むことも、権力の監視も大事なのだが、もう12年も務めたこと、古舘伊知郎氏の年齢ももう60代となっていることなどを考えると妥当だとも思う。 ヤフトピに載ったスポニチアネックスの記事によると「現在の契約が終了する来年3月いっぱいで出演を終了したい」と申し入れがあり、テレビ朝日側は契約更新を打診して慰留したが、最終的には「新しいジャンルに挑戦したい」という本人の意思を尊重したという。とある。 勘ぐるのも自由だし、健全な批判精神は大事なのだが、「日本のジャーナリズムはこのままでいいのか問題」と、古舘伊知郎氏というタレントのキャリアの話は分けて考えるべきではないか。そして、「日本のジャーナリズムはこのままでいいのか問題」をジャーナリズムに関わる人間が論じるなら、それは評論家でも傍観者でも一般市民でもなく、当事者なのだから権力に屈しないジャーナリズムを自ら実践しつつ、建設的な意見を言えばいい。「報道ステーション」の降板が決まり笑顔で記者会見する古舘伊知郎氏=2015年12月24日、東京・六本木(斎藤浩一撮影) 私はむしろ、古舘伊知郎氏が「報道ステーション」から解き放たれることの可能性に期待したい。彼の言う「新しいジャンルに挑戦したい」という一言がとても気になっている。最近、諸事情で(趣味のためではなく)プロレスに関する資料を買い漁って読んでいるのだが、その際、彼のプロレスの実況のことを思い出した。 猪木がハルク・ホーガンのアックスボンバーを食らってベロ出し失神した際の「ここで猪木コール、猪木コール!ここで猪木コールだ!渇き切った時代に送る、まるで雨乞いの儀式のように、猪木に対する悲しげな、ファンの声援が飛んでいる!」などは、あまりにも有名だが(数々のプロレス本で、この結末というのは、誰も知らなかったそうで、古舘伊知郎氏はこのフレーズをとっさに考えたのだろうな、と思う。あるいはもともと考えていたフレーズが出てきたのか)、その他にも数々の名フレーズを生み出した。「人間山脈」「一人民族大移動」「過激なセンチメンタリズム」などの表現に、私は毎週興奮した。F-1の実況も当初、賛否を呼んでいたが、話題になったのは間違いない。 その後の「報ステ」だが時に波紋を呼びつつも、彼はこのポジションでいいのかといつも考えていたりしたものだ。いや、プロレス実況とは違い、すっかり大人の古舘伊知郎氏になっていたと思うのだけど。そして、これで批評型ニュースがなくなるという意見もあるのだが、彼は古舘伊知郎らしい仕事を「報ステ」でどれだけしたのだろうというのが、私には謎なのだ。いや、たまにしか見ないからあれなんだけど。 ベテランである彼が、これからどんな仕事をするのか、残りの人生で何をやるのかというのが気になっている。もっと言うならば、これは世の中全体の流れとも重なっている。高齢者の起業などが話題になる今日このごろ。私は「若者の可能性にかけろ」というもっともらしい言葉もいいのだけれども、このようなベテランが、余生で何を残すか(それこそ若い世代を応援することも含めて)ということに期待するのである。 というわけで、残り約3ヶ月で「報ステ」において彼が何をするのかと、その後の彼に期待している。それこそポスト田原総一朗論争なんてものもあったわけだが、彼が急浮上する可能性だってある。いや、田原さんと同じことなどできないのだけど、存在として、大化けすることだってあるわけで。参議院選に立候補するという展開も面白い。 ベテランに何かあるたびに、世の中終わった、昭和が終わった的なノスタルジーっぽい発言をする中高年を自分も含めて見かけるわけだけど、危機感、問題意識は大事だが、相手の気持ちと、自分のできることも考えようぜと思う今日このごろ。お疲れ様でした!(「陽平ドットコム~試みの水平線~」2015年12月24日分を転載 )

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    佐野眞一氏「SEALDsは面白いノンフィクションにはならない」

     学生時代、左翼運動にどっぷり浸かっていた経験を持つノンフィクション作家・佐野眞一氏は現在60年安保闘争当時、全学連委員長だった唐牛健太郎の評伝を取材中だが、SEALDs(シールズ=自由と民主主義のための学生緊急行動)に代表される昨今の大衆運動には、取材者としてまったく触手が動かない、と語る。一体なぜか。* * * 私の入った大学(早稲田大学)は学生運動が盛んで、私も入学と同時にある党派に誘われて入った。だが、すぐに内ゲバの季節に入った。左翼運動とはこんなものだったのか。その現実に幻滅して、自分の方から学生運動とは一線を引いた。 その頃、昔の活動家仲間と喫茶店に入り、別れて外に出ると、救急車がその店の方に急行していくのが見えた。翌日の新聞に、活動家がバールで頭蓋骨陥没という記事が載ったのを見て震えがきた。それ以来、学生運動とは完全に決別した。 これは大学卒業後のことだが、歴史学者の網野善彦の『異形の王権』を読んでいて、中世に流行した覆面と石礫は権力の及ばないアジール(聖域)に向かっての庶民のはかない抵抗ではなかったか、という記述にぶつかって心から驚かされた。 覆面とはすなわちヘルメットや催涙ガス除けのマスクのことであり、石礫とは文字通り投石のことである。統治権力が及ばない世界に対しては、覆面で顔を覆って素顔を隠し、見えない場所から石礫でも投げる以外に憂さの晴らしようがない。なるほど、われわれ世代の学生運動は各地の成人式で暴れる若者とあまり変わらなかったのかも知れない。 要するにわれわれの学生運動は、中世の抵抗運動と地つづきであり、大人になるためのイニシエーション(正式の社会人に承認されるための通過儀礼)の一種だった。そう思うと、学生運動も若気のいたりでやったとばかりは言えなくなった。 それは60年安保闘争を闘った唐牛健太郎も、安倍総理の安保法制化に反対するSEALDsの若者も、あまり変わりがないのかもしれない。ただ、唐牛健太郎の評伝をこれから発表しようとする者の立場から一言だけ言わせてもらえば、唐牛らが反対運動をしていた時代に生きた日本人には、歴史の等高線がしっかり刻まれていた。 唐牛らが打倒を叫んだ岸信介は、単なる保守反動ではなく、戦前は満州国をつくり、戦後は巣鴨プリズン入りしても自説を曲げず、アメリカと対等な条約を目指した。そういう意味では腹の据わった政治家だった。 唐牛を支援するフィクサーにはフィクサーとしての信念があり、左翼運動をぶっ潰そうとする右翼には日本の将来を憂える“国士”としての誇りがあった。それらの魅力的なバイプレイヤーたちがいるからこそ、唐牛の人生はノンフィクションとして書くに値する。そう私は信じて、いまも唐牛の足跡を追い続けている。 それではSEALDsは、書くに値するノンフィクションになるだろうか。国会内で記者会見する「SEALDs」のメンバーら=2015年11月6日 即断は避けなければいけないが、直感で言えば、あまり面白い作品にはならないような気がする。それは彼らに魅力がないというより、彼らを取り囲む人々の世界に、歴史の等高線がなく平板だからではないか。これでは「物語」が生まれようがない。 それはサヨクに限らない。日本人はいつからアドレナリンを放出させる「物語」をなくしてしまったのだろうか。関連記事佐野眞一氏 山口組社内報の仕事誘われ心動かされた過去告白理想追求したプロレス内最左翼団体に連合赤軍を重ねる意見もボディビルにのめり込む人の心理に迫ったノンフィクション佐野眞一氏 「SEALDs」らのデモと「60年安保」の違いを分析デモは出会いの場 全共闘世代の武勇伝に女子大生「すごい」

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    民主党は極左を排除して「リベラル純化」せよ

    八幡和郎(徳島文理大教授、評論家)世界のリベラルの常識からはずれて極左化する民主党 菅直人元首相や政治学者の山口二郎氏などが「民主党はリベラルに純化すべき」だといったようなことをいっている。 私も自民党の保守路線に対して民主党がリベラルを旗印に対抗軸を確立し、政権の受け皿として代替選択肢であって欲しい。民主党が党名を野党再編のなかで改称するなら「リベラル党」がいいのでないかとも思う。 しかし、世界の政治用語の常識に従えば、「リベラル純化」とはこの両氏のような極左分子を排除することを意味すべきだ。 山口氏がリベラルだったことなどなかったし、菅氏は首相在任時まではリベラル左派といえなくもなかったが、離任後は極左的だ。  東西冷戦終結後における世界の政治では、伝統的な価値観と市場経済への信頼を基調とする保守政党が一方にあり、市場化の流れは容認しつつも、その行き過ぎへの歯止めとか、人権、環境などにおける新しい思想を擁護するリベラルないし穏健左派の政党があって、それが交代で政権を担うのが普通だ。 イギリスでは保守党と労働党、フランスでは共和党と社会党、ドイツではキリスト教民主党と社会民主党。アメリカでは共和党と民主党だ。 アメリカでは二大政党しかないようなものだが、ヨーロッパでは環境派、地域政党、宗教政党、それに過激な左翼や右翼が中小政党として二大政党で吸い上げきれない声を国会で反映させるために存在し、政権参加することもある。 二大政党それぞれのカラーについては、アメリカでは反社会主義が国是みたいなもので、民主党の左派といってもヨーロッパの中道派以上に右寄りであるなど、それぞれの国で違いがあるが、国際的信用を失ったり政策の激変の繰り返しで経済が疲弊しない程度の差で中道右派と中道左派で二大政党になっている。民主・維新の統一会派運営協議会設置総会に臨む岡田克也代表(右)と松野頼久代表=2015年12月15日、国会内(斎藤良雄撮影)  その意味で、岡田克也民主党代表が、翁長雄志沖縄県知事の陳情に対して「辺野古移転以外に選択肢はない」ことを明言したことなどは良かったと思う。辺野古移転は鳩山政権の末期に政策修正してから揺るぎない民主党の方針のはずで、その方針維持がニュースになって意外と受け取られるのは困ったことだが、遅ればせながら態度を明確にしたことは結構なことだ。 リベラルを標榜する限りは、少なくともアメリカや西ヨーロッパの信頼を日本国家が失うような政策提案はやめてほしいし、それは、民主党が政権復帰に値する選択肢であり続けるための最低条件なのである。安倍談話で歴史認識論争は終わったはず安倍談話で歴史認識論争は終わったはず 民主党政権は経験不足と小沢代表時代の浅ましい権力欲から人気取りで非現実的なマニフェストを掲げて政権をとったが、思い通りにいかず一期で下野した。それならば、民主党政権時代より現実的な政策を打ち出すことに踏み切ってこそ、政権復帰の可能性もあるし、また、何かの拍子で復帰したときに前回より長持ちすることになるはずなのだ。 ところが、実際には思いっきり左翼バネを働かして野党らしい野党になってしまった。安保法制についていえば、アメリカとの軍事協力は戦後一貫して、すこしずつだが前進してきた。安保条約締結、安保改定、PKO創設、そして、今回の後方支援である。 これから、世界情勢が軍事協力の必要性を減らすような方向に行ったらいいのだが、そうでないなら、少しずつ協力を前進させざるを得ない。そのときに、憲法違反で解釈はこれからも変えられないのでこれ以上はびた一文無理と言ってしまっては、憲法を改正しない限り対米関係がもつわけない。 辺野古の問題は、自民党政権の時代に、いちおう沖縄も了解したものを、あたかも妙案があるかのように「最低でも県外」といい、それがめどが立たないといって辺野古にもどったのは民主党政権なのだから、尻ぬぐいを安倍政権にしてもらっている立場らしい謙虚さが当然だ。 なにもアメリカの顔色ばかりうかがうのがいいのでないが、日本はアメリカの共和党と民主党と両方がいちおう納得するような外交をすれば、だいたい安泰なのである。アジア各国もヨーロッパもそれなら納得せざるを得ない。 ところが、これまで、戦前から日本は共和党政権とはうまくやれたが、民主党政権とはぎくしゃくし続けて、ルーズベルト大統領との悪い関係が太平洋戦争につながった。そういう意味では、安倍首相も当初は民主党のオバマ首相との関係がもうひとつしっくりしなかったが、周到な努力を重ねて、アメリカ議会での演説と「70年談話」でリベラル派の信頼も勝ち得た。 「70年談話」の示した歴史認識は、ひとことでいえば、あの戦争で「日本は道を誤った」。しかし、「日本が何もかも悪かったのではない」「近代日本の世界への功績も認めるべきだ」ということだったと思う。とくに、アメリカのリベラル勢力にも十分に説得的なものであったことが重要でまさに安倍外交の完全勝利だった。 そして、歴史認識問題はこれで決着がついたのだと思う。保守派の安倍首相が「日本は何も悪くない」という立場を否定したのだから、そういう考え方は個人的な意見としてはともかく、現実的な外交の場で日本政府はもはや取れない。 一方、「日本がすべて悪かった」といわなくても、アメリカのリベラルも納得したのだから、日本の左派が全面謝罪しないと世界で通用しないと言い張ってももはや説得力はないからだ。 それに対して民主党(日本)のいまの傍観者的な立場では、アメリカの民主党政権すら説得できないし、まして、共和党政権になったらどうして付き合っていくつもりだろうか。 中国や韓国とも、安倍政権の足を引っ張ることでお褒めを頂いているだけで、過去と違って世界的覇権を狙って膨張する中国にどう対処するかなんのビジョンも持っていない。 それに、中韓との関係が悪化したのは、民主党政権時代の稚拙な外交で意味なく摩擦を激化させたからで、安倍政権になってむしろ改善しつつある。国際標準と意識がずれている「日本のリベラル」国際標準と意識がずれている「日本のリベラル」  イスラム過激派問題でも民主党は歯切れが悪い。欧米のリベラル派や左派はイスラム過激派に融和的ではない。明確なリベラル派であるアンジェリーナ・ジョリーが「日本が戦後70年で成し遂げたことは明白だ。同盟国、友人、優れた民主国家、経済大国の日本は、現在、国際的な平和と安全のために主導的役割を果たそうとしている。日本は中東に安定をもたらし、過激主義と戦うため、20億ドル以上の支援を表明している。誇るべき貢献だ」といっているのを見ても、国際標準のリベラルの論理と日本でリベラルと自称する人の意識がいかにずれているか如実になっている。 そもそも、奴隷として女性を売買し、女子教育施設にテロをしかけるイスラム過激派ほど女性の人権を踏みにじっている勢力はないはない。それにリベラルや左翼だと称する女性が融和的なことほど不思議なものはない。 経済政策では、アベノミクスを効果が出てないと批判するが、代替案の提案はどこからもないに等しい。それどころか、原発の再稼働や輸出、武器輸出、TPPなどをはじめ、経済成長に役立つ改革にはだいたい政府より後ろ向きだ。 そんななかで、原発については、少なくとも再稼働については、経済的に明らかに有利だという世界の常識を前提に議論して欲しい。原発に限らず、経済的には損だが、他の配慮でやらないということがあっても良いと思うが、経済的にもお得だと強弁してしまっては、真摯な議論ができなくなってしまう。 経済対策については、本当は民主党が自民党より大胆な政策を打ち出せるはずという面もあるはずなのだ。医師会と農協は自民党支持層の核心だ。ならば、民主党は彼らに遠慮せずに改革へ切り込みをできたはずだが、政権獲得時もやらなかったし、いまもやろうといない。それでは、だめだ。社民党の吉田忠智党首 ただし、私は自民党より保守的な小政党があって良いと思っているのと同様に、社民党的な左派政党の価値も認めたい。アメリカ以外にはどこでも非共産党系の左派政党がある。あるいは、社会党や労働党に左派がいる。そういう価値観を持つ人は一定割合いるのだから、受け皿は必要だし、現在の世界で基調となっている市場経済重視の政策に対しては、彼らのような立場からの批判はあってしかるべきでもある。 日本の民主党で、国際的な尺度ではリベラルといえないような左派はむしろ社民党と合体して二大政党の枠外に出れば野党らしい野党としてそれなりの存在感を示せるはずだ。 そもそも社民党は、共産党と戦わないから衰退した。共産党は西欧的な民主主義の政党であるか疑わしいままだ。少なくとも社民党にしても民主党左派にしてもその点においては疑わしい存在でないのだから、社民党は共産党と戦うことで勢力を広げるべきだし、それがリベラルな民主党と連立を組むことで自公連立との対立軸になることは可能なはずだ。 その場合に、社民党は鳩山内閣のときのように、単一の問題で意見が通らないというだけで連立離脱などするべきでない。小政党の意見が議席数以上には通らないのは当然だ。 公明党でも自民党と意見が違うことも多いが、批判があっても安直に連立解消とまではいわない。そういうのが、世界的に常識的な連立政権の作法であるべきだと思う。共産党は西欧民主主義の政党に一新せよ共産党は西欧民主主義の政党に一新せよ 共産党については、もちろん、ヨーロッパの共産党のように西欧民主主義の政党として生まれ変わる可能性はあるし、そうすべきである。ただ、そのためには、党名も変えるべきだし、宮本・不破時代への反省を明らかにするのが大前提であろう。 また、自民党や民主党の政府の政策への批判は明快だが、もし、共産党が政権をとったらどんな国にしたいのかよく分からない。かつてのソ連のような国なのか、あるいは、キューバあたりがモデルなのだろうか。 しばしば、フランスではミッテラン政権に共産党が参加したことがあるのだから、同じではないかという人がいる。しかし、フランスではレジスタンスの過程で、共産党は主力として参加し大活躍した。そして、解放直後の第一次ドゴール政権にも参加した。 そういう経過もあってのことだ。それに、国防や外交については関与させないことになっていたとはいえ、そもそも、もともと反日的な日本の共産党と違って三色旗のもとでレジスタンスの主力として戦ったフランス共産党の愛国心に疑問はない。 ちなみに、フランスで保守政権が徴兵制を廃止したとき、共産党は社会党ともに反対している。ヨーロッパでは左派は徴兵制が民主的で公平だと支持するのが普通だ。徴兵制がいいとは思わないが、国防を真面目に考えない日本の左翼とは大違いである。 選挙協力については、選挙区調整までは、ぎりぎり容認範囲であるが、いまなお西欧的な民主主義の範疇に入らないままの現在の共産党では、それ以上に共闘に踏み込むのは筋が通らない。それをやってしまったら、万が一、政権をとっても、先進民主主護国として非常識な左寄り過ぎる政策をとって短命で終わるしかあるまい。  いずれにせよ、いまの日本の政治地図が保守と極左に二分化されて、リベラルとか穏健左派といえる政治家がほとんどいないというのは、まことに不思議でよろしくないと思う。※日本の自称リベラルの非常識さについては当欄の「悪辣なテレビショッピングと化した古舘伊知郎と『報道ステーション』」や夕刊フジの連載を元にした拙著「誤解だらけの平和国家・日本」(イースト新書)で詳しく論じています。

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    2016年はサヨクが滅び、真の左翼が根付く記念すべき年になる

    中宮崇(サヨクウオッチャー) 我が国には反戦平和だの人権だの反差別だのを騙り、平気で暴力的に他者の人権を踏みにじり差別する「サヨク」ばかりがはびこり、真の左翼は希少種である。私は長年そう主張してきたが、先日あるすばらしい本に触れることができたことにより、更に確信を深めた。 松尾匡「新しい左翼入門 相克の運動史は超えられるか」(講談社現代新書)がそれである。 私はかねてから、真の左翼が存在しないことこそが日本の悲劇であるとの思いを抱いてきた。悲劇を終わらせるためには、独立した個々人の幸福を追求する真の左翼が存在する必要がある。そうした未来への道標となってくれるのが、本書「新しい左翼入門」だ。本書を読んだ私は、いわゆる「ろくでなし子事件」を思い起こさずにはいられない。 複雑な事件であるが、ざっくり簡潔に説明してしまおう。反社会的サヨク組織「しばき隊」の構成員、新潟日報上越支社坂本秀樹報道部長がインターネット上で匿名で左翼人権活動家高島章弁護士を誹謗中傷した上、愚かにもその実名が暴露され謝罪に追い込まれた。それを芸術家ろくでなし子が揶揄した。彼女は自分の女性器をモチーフとした作風で知られており、昨年にはわいせつ物頒布等の罪等の疑いで逮捕され現在も法廷闘争中であるが、実はしばき隊は彼女の逮捕に反対してきた。ところがろくでなし子が構成員新潟日報上越支社坂本報道部長による卑劣な誹謗中傷を揶揄した途端、しばき隊は手のひらを返し彼女を「レイシスト」「ネトウヨ」と無根拠に決めつけ組織的に攻撃し始めたのである。 詳しくは本誌にろくでなし子本人が寄稿した以下の記事をご覧頂きたい。ろくでなし子独占手記「ぱよぱよちーん」騒動の全真相http://ironna.jp/article/2402 サヨクがアーティストなどを反権力のために持ち上げ悪用し、都合が悪くなると平気で悪魔化し粛清する。地道に人権活動を行う弁護士までも根拠無く「ネトウヨ」「レイシスト」と決めつけ攻撃する。サヨクのこうした醜い卑劣な生態については、私は以前本誌においても、サヨクどもが「サイコパス」だと言える数々の症例http://ironna.jp/article/2184という記事を書いたことがある。 松尾匡「新しい左翼入門」は、サヨクのそうした卑劣さは戦前から一貫した変わらぬ病理であるということを描き出している。 例えば我々日本人の多くは、戦前は「右翼」が軍国主義を支え戦争を支持したと思い込まされている。しかし「新しい左翼入門」は、そうした思い込みを以下のように次々と否定する。 陸軍が初めて公然と思想や政治に口出しした『陸軍パンフレット事件』では、保守政党がこぞって大反発して、議会で陸軍大臣が吊るし上げられる中、ひとり社会大衆党は陸軍を熱烈支持します日中戦争にもすぐ賛成し、文部省が「国体の本義」を出すと、早速それを支持する綱領を掲げます自由主義者の斎藤隆夫衆議院議員が国会で日中戦争を批判した有名な「反軍演説」に対しては、斎藤議員をクビにするための懲罰動議に賛成し、麻生は、これに同調しなかった党首の安部磯雄はじめ八人を党から除名しました サヨクというものは所詮「反戦」だの「人権」だのを都合よく騙り悪用する二枚舌の卑劣漢に過ぎない。自分たちの利益になるのであれば平気で戦争にさえ賛成する。支那の核保有や大虐殺、北朝鮮による拉致や恐怖政治にまで賛成し支援してきたサヨクどもの醜悪さは、戦後急に発露したわけではないのである。 つまりサヨクというサイコパスは、既に四半世紀近くもの長きに渡り我が国にしつこく巣食い、非道の限りを尽くし、しかもその悪行の前科を隠蔽するばかりか「正義の担い手」であったかのごとく歴史を捏造してきたのである。リスク評価もまともにできないサヨク しかし、インターネットの発達等により、特にここ数年はそうしたサヨクどものやりたい放題が通用しなくなってきた。反日マスコミがいくら捏造・偏向報道に勤しもうと、サヨクどもの過去の卑劣さは白日の下に晒され、現在の卑劣さは即座に世界中に拡散される。いくらSEALDsが国会前デモで「安倍は人間じゃねえ! たたっ斬る!」と喚こうが騒ごうが、自民党の天下は揺るぎもしない、いやそれどころか、反差別を唱えながら平気で敵を差別し殺害宣告までして憚らぬサヨクの病理をネット等で知った人々は、サヨクに対する反感を強め、それを報じぬ反日マスコミへの不信感を抱く。相対的に政権は更に支持を集め、サヨクどもはますます凋落する。 しばき隊新潟日報上越支社坂本報道部長による誹謗中傷事件を見てもわかるように、サヨクというものは卑劣で凶暴であるだけではなく、リスク評価もまともにできず犯罪さえ簡単にバレてしまうようなバカ揃いである。自分たちが一般市民から反感を買っているという事実さえ理解できない。何しろサヨクとは、思い上がった選民主義のサイコパスそのものであるからだ。 「診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち」(早川書房)で、著者のロバート・D.ヘアはこう指摘する。サイコパスはナルシスティックで、自分の価値や重要性に関してひどく慢心したものの見方をする。まったく驚くべき自己中心性と権利感覚の持ち主だ。彼らは、自分が宇宙の中心にいると思っていて、己のルールに従って生きることが許されている優秀な人間だと思っている 本当に「優秀」であるならば救いもあるが、優秀なサヨクなど存在しない。ネット上の誹謗中傷でさえ簡単にバレてしまう愚か者ばかりだ。そんなナルシスティックなバカサヨクどもが、前回の総選挙において安倍自民党が勝利を収めた際に「正義のオレサマが敗北したのは、オレサマに耳を傾けぬ愚民どものせいだ!」と一斉に喚き散らしたのも当然のことだ。彼らサヨクの辞書に反省とか自省という文字は存在しない。警察官との小競り合いを繰り返す安保法案反対のデモ隊=2015年9月16日、国会議事堂前 (早坂洋祐撮影) そんな愚かなサヨクどもは、ここ数年大いに焦っている。まともな者からは誰にも耳を傾けてもらえないのだから当然だ。その焦りの結果が、ろくでなし子事件等における過激化、先鋭化だ。本来味方になり得るはずの左翼人権派弁護士やアーティストまで粛清し、最近では朝日新聞のことまでも「右翼新聞」などと攻撃するサヨクまで湧く始末だ。 サイコパスどもが疎外感を強め過激化するとどうなるか、過去にいくらでも好例が存在する。内ゲバによる血なまぐさい粛清で知られる連合赤軍リンチ事件は、浅間山荘事件を始めとする過激なテロへのプレリュードであった。地下鉄サリン事件を等を引き起こしたオウム真理教も、多くの信者を殺害するなど、教団内部での粛清の存在が明らかとなっている。 最早、既存のサヨクどもに未来はない。連中は近いうちに必ず、浅間山荘事件やオウム地下鉄サリン事件のようなテロを引き起こし日本中を震え上がらせることであろう。そのための対策を今から綿密に行っておくべきだ。 では、我が国のサヨクが自滅した後の左翼は一体どうなるのか?松尾匡「新しい左翼入門」は、あるべき左翼の姿をこう描いてみせる。 「自分を公正な商人に、自分の抱く理論や価値観を、その商人の自慢の商品になぞらえてみればいいのです。ひとかどの商人は、自分の商品こそが、広く人々のニーズにあって受け入れられるのだと信じて売るのです」 サヨクが滅び、真の左翼が我が国に根付く記念すべき年。憲法改正を争点とする総選挙も噂される2016年はそんな年になるのかも知れない。

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    左翼の資金源はアレだった!? 官公労に巣食う「専従活動家」の真実

    論壇の人間が受け入れたがらない現実だが、その謎を解く鍵がある。 左派は、専従活動家を多くもつ。これはイデオロギーに拠らず、事実として認識して頂ける点だろう。専従とは、政治活動のみで生計を立てている者のことで、左派には専従が大量にいるのだ。左派活動のみを行えば良いわけで、これは活動上も非常に有利である。 それに対し、保守派の多くは通常の仕事をし生計を立てた上で、プラスアルファの部分を保守活動に充てているのが実態だ。大事な家族との時間や、いわゆるプライベートを削り取って、それを捧げて活動を行っている。想像すればわかるように、いわゆる鶴の機織り状態なわけだ。 心を込めて打ちこむ分、美しい反物というアウトプットにはなっており、素晴らしい成果を立ててはいる。しかし、ボロボロになっていく羽も現実としてあり、在る者は職業などの社会的ステータスを断念し、在る者は家族に負担をかけている。私だって批判されて仕方ない面はあったし、まったく後悔がないとは言えない。 保守派は、少数精鋭の兼業活動家。対する左翼は、膨大な専従活動家。瞬発力と気合で乗り切れる部分に関しては押し返してみせるが、大型の案件やマンパワーを消費する場合には劣勢に立たされてきた。今後も同様の状態は継続するだろう。 特に憲法改正を視野に入れれば、ネット上での優勢とは裏腹に、保守陣営は間違いなく苦境に立たされる。いつまでも鶴の機織りを続けさせる状態では、事態は悪化する一方である。左翼は働いていない、その現実は、ここまでの影響を与えてくる、極めて根源的な問題だ。 左翼が働いていない理由は、シンプルに「陣営として資金力を持つ」ゆえだ。ここに動員の謎も、専従として活動家を養っていける構造も、全てがつまっている。一言で説明するならば、労働組合と言いたい。しかし、保守の中でもアンテナの高い方が読まれるだろうから、二言目、三言目を続けることをお許し頂きたい。 単に労働組合と述べることは、実は誤っている。実際は、「官公労の闇」と述べるべきだし、歴史を振り返るならば民社党の大敗にまで遡るべきだろう。となると、保守からは評価もされる山口二矢氏の行いについても、負の側面を論じる必要がある。労働党を持たぬ我が国の政治状況についても述べねばならない。 左翼の資金源の多くは、労働組合に依存していると言っていい。この場合の資金源とは、単に金銭を指すものではなく、専従職員を出す、人的負担をも含む。その場合、多くは労働組合によるものだと言っても過言ではない。雇用確保に向けた日本経団連前でのデモンストレーションで、シュプレヒコールを上げる労働組合。=東京・大手町  2009年 1月14日  組合費は、天引きの場合が多く、働いている以上、「ほぼ自動的に」安定して得ることができる。安定した収入は、非常に大きな意味をもつ。似た例で言えば、太陽光などの自然エネルギーは24時間安定しているわけではないため、その他の発電の代替にはなりえない。これと同じことが言える。 何がしかの政治案件があり、瞬発的な寄附が集まる場合もある。しかし、組合費を原資としたものは恒常的に入ってくるため、例えば事務所を開設したり、人員を雇い入れて専従活動家を養成することができる。固定費に相当する部分を増強したいのだが、そのためには安定した組織への収入と、それに伴う予算化が必要だ。これを満たしているのは、組合費以外にはありえない。 では、「労働組合=左翼」と言っていいかと言えば、それは実態と異なる。ネット保守陣営は、とかくこの点を誤解しがちであるが、それは現実とは乖離した常識だ。結果的に組合全体は左に触れているように見えるが、それは「上を抑えられている」ためである。 労働組合とは、様々な産業により多くの組合をもつ。正式には、各種産別の単組という用語で説明される。産別とは、産業別労働組合の略称であり、単組とは企業別労働組合である。具体的な名を挙げることは避けるが、ある産業分野においては保守に近い思想をもつ。また単組レベルで見ると、社として保守側にあり、結果的に組合も極めて保守色が強い場合もある。 各社の組合が単組であり、産業ごとに足並みを揃えたものが産別である。様々な産業があり、各種産別の集合体が連合である。そう、民主党の話題となった際、よく耳にした連合。正式には、日本労働組合総連合会である。 単組レベルで見ると左派とは言えない、そして各種産別で見ても左派とは言えない。しかし、これが連合となると一気に左派色が強まる。それはなぜか。 その答えは、「官公労」という言葉に集約される。官公労とは、国家公務員・地方公務員・公共企業体職員などの労働組合で、官公庁にある労組の総称として扱われている。いわゆる自治労(全日本自治団体労働組合)や日教組(日本教職員組合)などが官公労である。 一人の政治家として連合を外から俯瞰した際、「官公労が連合を左に捻じ曲げている」ように見える。異論は受け付けるが、恐らく多くは出ないだろう。連合とは、右も左もいるノンポリ集団であるのだが、この意思決定機関の部分を、左の官公労が奪取しているという構図だ。 言い換えれば、連合の内部において官公労が力を失えば、連合は左の集団ではなくなる。というよりも、本来は、連合自体も左翼ではなく脳みそを蝕まれている状態だ。なぜ官公労は、ここまで発言力を有するのか。それは一重に金である。官公労は、強烈なまでの資金力を有する。 官公労の問題点を指摘してきたが、では官公労の実態はどのようなものだろうか。市議として、各自治体の公務員と接してきたが、私個人の体験談として官公労の実態、公務員の実態を述べさせて頂きたい。最大の問題は、構造と制度であり、チェックオフの問題を解決する必要がある。官公労の実態 実は官公労を組織する一人一人にもイデオロギーなどありはしない。多くの公務員は自治労に入っている実態にあるようだが、それは「左翼活動を頑張ろう!」と思って入っているわけではない。想像して欲しい、地方自治体の、例えば市役所に行ったとして、窓口のお姉さんから、奥にいる課長のおじさん、若い係長、市民の前では笑顔で応対し、実はすっごい左!!! という例はどれほどあるだろう?もちろんゼロとは言わないが。 自治労を構成する公務員一人一人を見た場合、実は左巻きと言える人間は、ほとんどいない。市議という立場で、様々な自治体職員を見てきたが、連合を構成する産別の中でもイデオロギー的には相当に薄い集団だと認識している。 ここからは公務員批判にも聞こえるかも知れないし、逆に擁護に聞こえる方もいるかも知れない。公務員とは、自ら考えない仕事なのだ。それを有権者は批判する場合があるが、オリジナリティを出すことは、余り求められないし、さじ加減という冗長性を持たされてはいない。Aという方とBという方がいたとして、ほぼ同様の相談を自治体の窓口でした場合、Aさんには手厚く保護して、Bさんは放置とはいかない。これは厳格に制度として運用されており、そのルールを作るのは政治である。 公務員は(人でありながら)機械の側面を求められる場合もあり、決められたルールに基づき公平に運用することを求められる職業とも言えるのだ。だからこそ争いを嫌い、結果的に議論となる話を嫌う。お分かりかと思うが「左で左で、すっごい左!」なんて色を職場で、全開で出している方には(数名しか)お会いしたことはない。いるにはいるが、ごく少数なのだ。 しかしながら、安定した職業である公務員、ここからの組合費は(組織として考えれば)おいしい。凄まじく美味しい存在なのだ。安定した多額の収入がどれほど組織に寄与するかは前述の通りだが、公務員の組合とは、この観点で言えば最強である。雇用主側から給与を支払う際、先に組合費を天引きした上で(残りを)給与として支払う方法を「チェックオフ」という。言い換えれば、組合に入っていてもいなくても、自動的に引かれて行く。 チェックオフに異論を述べることは、政治に物申すことでもあり、地方公務員が自ら口にすることはあり得ない。また地方議員がチェックオフの廃止を求めた場合、想像できると思うが、職労(地方版の自治労)に支援された地方議員が全力でこれを潰す。 公務員が職務上、求められる内容は述べた通りだが、「大過なく、事を荒立てず」生きていたいのだ、そしてバカ正直に組合費を取られ続ける。問題の根幹は、組合の存在すら法的にはグレーの公務員に対し、チェックオフが認められている点にある。結果、膨大な資金力を官公労は手にする。 納めた組合員(公務員)は左が主ではないと述べた。むしろ、そこにイデオロギーはない。しかし、膨大な、チェックオフに基づき天引きで集められた資金が、左に渡る。そして官公労の上層部は、ここにおいては凄まじく左である。説明するまでもないだろう、事例を挙げるまでもない。 官公労において役が上がっていくと、なぜか左に傾倒していく。共に在る政党が社民であったり、民主であったり、連携する政治が左であるためだろう。この「少数の左」に多額の資金が渡り、「安定した多額の予算」という凄まじい武器をもって、官公労は連合全体を左に捻じ曲げている。私は、左の資金源をこのように推定している。 「労組が左」という状態を受け入れてはならない。 そういうものだと受けて入れている保守層も多い。実は異常事態なのだ。そして、ここに全ての問題が集約されているため、「労組=左」を常識と思っている方は、一旦、それをリセットして頂きたい。延々と述べてきたため理解して頂けると思うが、それぞれの労働者が左というわけではない。「労組=左」は異常事態「労組=左」は異常事態 考えてもみて欲しい。働いている以上、管理職を除けば、なんらかの労組に入っている方が多い。言い換えれば、そこのおじさんも、隣のお兄さんも、サラリーマンであれば、誰も彼もが労働組合に入っている。「組合=すっごい左」であれば、貴方の周囲の方々も、貴方に内緒で「すっごい左」なのだが、そんな映画みたいなことはない。 正直、誰も彼もがどうでもいいと思っており、政治をするために仕事をしているわけではない、というのが実態だろう。当たり前だ、そこにいるのは「普通の国民」に過ぎないのだから。世論調査の結果通りであり、その答えは「正直、興味などない」となる。 であれば、組合がたくさんくっついた連合の場合、組織としての思想が左に触れることは、実は非常におかしな状態なのだ。官公労の闇とタイトルを振ったが、官公労が資金力(しかも安定予算)を武器に、意思決定フローに色濃く介入しているためだと推定する。 ならば、保守の労組はあってはならないのか。そんなことはない、かつては在った。民社党(民主社会党)の存在こそが、その証明となる。元は社会党である、と言えば条件反射で「左でしょ?」と答える保守が多いと思うが、ちょっと待ってほしい。社会党の右派が独立(脱党)して結党した政党である。漫画に例えると、ドラゴンボールのピッコロ大魔王と神様の関係だ。 例えば、拉致問題を国会で取り上げたのは、民社党委員長の塚本三郎議員の代表質問です。大きく取り上げてくださった西村眞悟先生も民社党の出身であり、実父の西村栄一先生は第二代の委員長を務めておられました。反共を掲げ、いまの次世代の党などより遥かに右に振った政策を進めていました。「国家安全保障会議」の名称を唱えたのも民社党です。社会党と異なり、専守防衛に立つ自衛隊は合憲との立場をとりました。 そして反全体主義・反共の全労会議(全日本労働組合)を支持母体とし、保守系労組は確かにそこにあったのでした。では、なぜ保守系労組は衰退していったのでしょう。ここからは過去の経緯になり、現在の問題点の指摘からは離れますが、これからのことを考えるにあたり教訓とすべき点は多々あります。民社党の衰退 結党直後の昭和35年(1960年)、40議席から17議席まで落ち込み、深刻な打撃を受けました。昭和35年(1960年)10月12日、浅沼稲次郎暗殺事件が勃発。浅沼稲次郎(日本社会党委員長)は「米国は、【日中共同の敵】」と述べ、かつ【台湾は中国の一部】で、(当時、返還されていなかった)沖縄は日本の一部ですが、これはアメリカ帝国主義のためという演説を行いました。演説中の浅沼委員長を、当時17歳の山口二矢(おとや)少年が小刀で殺害した事件が、浅沼稲次郎暗殺事件です。逮捕後、「後悔はしていないが償いはする」と口にして裁判を待たず、東京少年鑑別所内で「天皇陛下万才、七生報国」と遺書を残して首吊り自殺しました。本会議で記者会見する浅沼稲次郎  浅沼委員長は、昭和天皇・皇室を敬愛していたことでも知られ、ここは今の左翼とは異なります。非常に人気が高く、刺殺後は44万人もの集会、デモに37万が参加したと言われます。党首を刺殺された日本社会党は、「弔い合戦だ!」として躍進。その煽りを受け、民社党は40議席から17議席と、改選前の半分以下という惨敗を喫しました。 のち、70年後半から80年前半にかけては党勢を回復。1983年には39議席を獲得しましたが、この間に労働組合の左傾化が異常に進行していったと考えています。労組という団体に対し、対になる政党が衰退していたため、左派による労組浸食が浸食していったのでしょう。私の生まれる以前の話ゆえ、様々な先輩方に当時のことを聞き取りしていった感想です。 現在の日本には、本当の意味で労働者のことを考える労働党が存在しておりません。労働者を代表したはずの政党は、労働者の問題を取り上げず、なぜか中国や韓国の国益を代弁しています。政党政治の本筋を鑑みるに、想定されていない状況にあると言ってもいいでしょう。それもこれも、民主主義である以上、国民の判断であり、国民の責任と言うべきなのかも知れません。 民社党のその後ですが、大半の議員は新進党に移籍し解党。所属議員により民社協会が立ち上げられました。事実上の後継とされた新進党ですが、党内対立を経て解党分裂、自由党・改革クラブ・新党平和・新党友愛・黎明クラブ・国民の声に。結果的には、現在の民主党に合流しています。時代の一コマ、ボタンの掛け違えとは不思議なものです。 最後にまとめますが、左翼活動家の一部は働いていません。それは左派陣営の強力な資金源に拠るもので、労働組合の存在を抜きには語れません。安定した継続収入は組織体の維持には、大きな効果を発揮し、官公労の発言力が非常に大きくなっています。地方公共団体(地方行政)のチェックオフの廃止が処方箋となるでしょう。 本来、イデオロギーと無関係なはずの労働者の集合体が、極めて左に触れている現状は異常な状態で、保守派はこれを常識として受け入れてはなりません。それが労組をイデオロギーの呪縛から解き放つ第一歩になるからです。歴史を振り返れば、確かに保守系労組が存在した時代があったのです。左の労組しかいない現代労組が異常なのです。 リアルへの影響として、鶴の機織り状態、自己犠牲で成り立っている保守陣営は、戦線の各所で破綻しつつあり、憲法改正の国民投票においては私たちの陣営は負けてしまうでしょう。早急に改善が必要な分野であり、左翼はなぜ働いていないのか?というシンプルな疑問は、これからの日本の政治を占う上で、極めて重要な問題です。 動員と、左派のデモについて官公労を絡めて一例を示しましょう。長い記事をお読み頂き感謝しておりますが、このような私の文字は本テーマに興味のある方に向けた文章であり、そこまで政治に興味のない方に伝わるものではないと認識しております。 そこで左派系デモと、その実態を示した漫画を用意しました。拙Blogで申し訳ありませんが、お読み頂けると幸いです。(個人でサーバーを管理しているため、大きなアクセスがあると表示されない場合がございます。その際は時間をおいてご確認頂けると幸いです。)【漫画でわかる】左翼デモ、動員の実態~自治労による日当疑惑(資料付き)https://samurai20.jp/2015/10/m-demo/この原稿の一部の論拠、及びリンク先の漫画の論拠として 「交通費込2,000円(家族1,000円)をお支払いします」と書かれた、ある自治体の職労が配布したビラも掲示しています。(「いまは)画像加工しております。) 本原稿を含め、デマデマうるさいと感じた場合には、当ブログ側で「画像加工」を廃し、自治体名を公開させて頂きます。

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    サヨクは働いていないのか

    若者が「反体制」にあこがれるのは、いつの時代にもありました。むしろよく見極めねばならないのは、その背後にいる人たちです。

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    恐るべき執念と地道すぎる努力 左翼をナメてはいけない

     今回のテーマは仕事をしない左翼ということだそうだ。しかし、さすがにこれは左翼に失礼ではないかと思う。 平和安全法制をめぐる一連の反対運動は「日本が戦争に巻き込まれる!」と一般の国民がある日自発的に集まったものではない。動員の手際、騒ぎの起こし方、マスコミ向けアピール、どれ一つとってもすべてプロの仕事だ。仕事をサボっているやる気のない活動家にできる芸当ではない。いくら相手が左翼だからと言って、こういうプロの仕事に対するリスペクトを失ってはいけない。いわれなき誹謗中傷はやめるべきだ。 一連のデモがある特定の政治的主張をもった集団によってどれほど支えられていたかはすでに客観的なデータで明らかになっている。産経新聞社とFNNが9月12、13両日に実施した合同世論調査によれば、このデモに参加する人々の41.1%が共産党を支持し、14.7%が社民党を支持し、11.7%が民主党を支持し、5.8%が生活の党を支持している。同時期に行われた各社の世論調査における政党支持率とはかなり大きな開きがあることに気づく人も多いだろう。明らかにデモ参加者の母集団は一般的な国民とは一致しない。 また、同アンケートによれば、国会周辺など各地で行われている安全保障関連法案に反対する集会に参加した経験がある人は3.4%にとどまったということだ。デモに参加している人は、政治的に偏った人の集団であったことが一目瞭然である。そもそも、このデモには国民の95%以上が参加していない。いつから国民の5%程度の政治的に偏っている人が「一般の国民」になったのだろうか? さらに、今回話題となったSEALDsという学生団体はSNSを通じて若者が自発的に集まった団体ではない。この団体は今年の6月に設立記者会見を開いている。その際に登場した9名の代表メンバーのうち3人が島根県にある1学年15人のキリスト教系全寮制高校の卒業生である。SEALDsの中心メンバーにはこの高校の出身者が9名いる。また、都内の2つのキリスト教系私立高校の卒業生も割合が高い。彼らは高校時代から友人であり、そのネットワークを使って集まったのだ。「大学生がSNSで自然に集まった」というのは嘘である。 しかも、島根県の全寮制高校に代表されるこれらのキリスト教系の学校は、どちらかというとキリスト教左派の教員が実権を持っているらしい。平和、反戦などの美名のもとに、日本人の加害者意識ばかり強調する偏った教育が行われているとのことだ。都内の2つの高校についてもその点は共通だ(卒業生の行動から類推するにこの点については間違いないと思われるが、各種メディアによる後追い取材で確証が得られることを期待したい)。国会前の安保関連法案反対の集会で、成立阻止を訴える参加者=9月14日夜 しかし、マスコミは安保反対デモに集まった集団をどうしてもプロとは認めたくないようだ。「強権的な政府に立ち向かう無垢の一般市民」という構図がどうも彼らの「予定稿」であり、願望なのだ。最初からそういうものの見方で報道しているからこそ、民主党や共産党が野党という無責任な立場を利用して、国会内で行った乱暴狼藉の数々は目に入らない。審議を拒否し、本来の論点とは関係ないレッテル貼りばかりしてまともに質問せず、最後は力ずくで審議を妨害した民主主義の敵は民主党と共産党だったが、そのことを批判するマスコミは圧倒的な少数派だ。 さらに、マスコミはことあるごとに平和安全法制について「説明不足」などといい加減な論評をしていた。支那の軍備拡張と侵略行為のエスカレートという国際情勢の変化の核心部分にまったく触れようとせず、憲法解釈に論点を矮小化して問題の核心を隠し続けた。野党の乱暴狼藉は一切批判しなかった。最後まで法案の中身を説明しようと躍起になっていた安倍総理に説明の機会を与えなかった。 今回の平和安全法制は、強権的な政府に強引に押し切られたのではない。議論よりも実力行使とプロパガンダを徹底的に推進した民主党と共産党、そしてそれに加担したマスコミと、デモを動員したプロたちによって実力で妨害されたのである。 しかも、マスコミは今回の平和安全法案において本来語るべき真のリスクを国民から隠した。真のリスクとは、南シナ海、東シナ海での侵略行為、チベット、ウイグルでの人権弾圧、人権派弁護士の理由なき拘束、これらを平然と行う支那という独裁国家である。支那の乱暴狼藉は華麗にスルーし、なぜか日本政府はすぐに戦争したがる悪い国だと厳しく批判を向ける。この奇妙なダブルスタンダードこそが、デモ隊とマスコミに共通する行動パターンだ。一体それがどの国の国益になるのか、考えればすぐにわかる。 しかし、プロがいかに「芸術的」な仕事をしようが動かせない事実がある。今回のデモは特定の団体によって呼びかけられたものである。これらの団体の一部は共産党の支持団体だったり、民主党の支持団体だったり、極左暴力集団のダミー団体だったり、素人を偽装する大学生であったり(しかも、反日教育で有名な特定の高校の卒業生中心)、といった事実である。 これらの事実を並べてみて、左翼の執念と地道すぎる努力に恐怖を感じる人も多いのではないか。1学年15人の全寮制高校を運営し、私学助成金をもらいながら徹底した反日教育を数十年にわたって地道に行う忍耐力。朝日新聞の一面に広告を掲載する財力、そして左翼組織同士が連携してワンイシューで政府にゆさぶりをかける行動力、マスコミとの連携や共通プラカードの配布など作戦運用能力。これらの力を左翼はいまだに持っている。これは本当に大変恐ろしいことだ。 安保法制の次は原発や沖縄問題など、手を変え品を変え、左翼はこの力を使ってくるだろう。彼らはとにかく弾を撃ちまくって、インパクトが大きいところにさらに大きな戦力を投入してくる。極めて合理的な戦法だ。 左翼がサボっているように見えたとしたら、それは左翼をナメすぎだ。我々が戦っている民主主義の敵はそれほど恐ろしい連中だということを忘れてはならない。

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    日本のリベラルが考えるべき8つのこと

    原田 泰 (早稲田大学政治経済学部教授・東京財団上席研究員) 前々回本欄に執筆した「なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか」(2014年9月5日)が、読者の皆様のお蔭で話題になったことから、今度は、「日本のリベラルはどうしたら良いのか」というお題を編集部からいただいた。読者の皆様、大変ありがとうございます。「リベラルでないお前から、そんな話は聞きたくない」とおっしゃる方もいるだろうが、まあ、私の話を聞いて欲しい。 リベラルとは、一般に、雇用、労働条件、人権、少数派への寛容、女性の社会進出、社会保障政策、格差、弱者保護、情報公開などに敏感な政治的立場と平和主義を示すものであるだろう。「なぜ日本のリベラルはリフレ政策が嫌いなのか」では、リフレ政策が雇用を拡大し、労働条件を改善し、格差も縮小するものなのに、なぜリフレ政策に反対なのかと問うたものだ。リベラルが考えるべき8つのこと 日本のリベラルが第1にするべきことは雇用に関心を持つことである。リフレ政策が嫌いなら、それに代わる、効率的な雇用拡大政策と労働条件の改善策を見出さなければならない。 第2は、人権である。日本のリベラルは、日本の人権侵害には敏感だが(ただし、後述するように、本気でないと思われるところもある)、旧共産圏諸国と途上国の人権侵害には鈍感だった。このような態度では国民に信用されない。私は、人権外交は、リベラルの一つの旗になるのではないかと思う。ここでの人権は、言論・信条・結社・集会の自由、不当な拘束の禁止、男女差別の禁止、児童労働の禁止などだが、生存権もある。 現行の日本の生活保護制度が認めている生存権は、財政負担が重すぎて、すべての国民に保障することはできない。生活保護を受けている人は人口の1.6%だが(国立社会保障・人口問題研究所、「生活保護」に関する公的統計データ一覧)、それ以下の所得で暮らしている人は13%であるという(橘木俊詔『格差社会』18頁、岩波新書、2006年)。現在の生活保護予算は地方負担を含めて3.8兆円であるから、すべての人に生活保護水準の所得を保証するためには、31兆円(3.8×13÷1.6)の予算が必要になる。この生存権と、貧しい国の人々が日本に移住することの両方を認めては、財政的に収拾がつかなくなる。欧米のリベラルは移民に寛容だが、日本のリベラルは、移民の財政コストをどうするかを考えておかなければならない。 一方、生存権を除外した人権には、財政負担がない。これを世界に押し広げることは、リベラルの本気度を示すことになる。保守派の論調は、まあ、それぞれ国によって事情がある訳だからということになるから、これはリベラルとして違いを出せる。世界に押し広げる以上、日本でも本気にならないといけない。 私は、日本のリベラルが、20日間もの長期の拘束を伴う検察の取り調べに本気で批判的でなかったことは問題だと思う。こんなに長い間、毎日、「吐け」と尋問されるのでは、人質司法と言われても仕方がない。これは、正当な理由がなければ拘禁されないという憲法第34条に反するのではないだろうか。また、これを一つの理由としてアメリカはアメリカ兵士の犯罪容疑に対して引き渡しを拒むのだから、拘束期間を短くすれば、アメリカが引き渡しを拒む理由もなくなるはずである。違いを見せにくい部分も… 第3は、LGBT(レスビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)、性同一性障害など、少数派への寛容さの強調である。しかし、そもそもLGBTなどに文化的に不寛容だったアメリカが寛容になり、東京オリンピック・パラリンピック時には日本は寛容さを見せないといけないので、保守派も寛容にならざるを得ない。だから、リベラルの違いを見せにくい。そもそも、戦国武士の多くはバイセクシュアルだった訳で、伝統に回帰するだけのことかもしれない。 第4は、女性の社会進出への後押しである。ただし、これも違いを見せにくい。保守派は、専業主婦は日本の文化と考えているのかと思っていたら、むしろ女性の社会進出を後押ししている。リベラルとして違いを出すなら、自民党の女性の社会進出がどちらかと言えばエリート女性に傾いているような気がするので、そうでない女性を援助するという姿勢が必要になるのではないか。 第5は社会保障政策である。しかし、自民党はアメリカの共和党とは異なって、社会保障の拡大に反対な訳ではない。自民党に、共和党のティーパーティーのように、「国民皆保険制度は社会主義で、人民の自由を侵害するものだ」などと言う人はいない。これも違いを見せにくい。 少数政党であれば、財政を無視してより多くの福祉を唱えていても良いが、政権を取るつもりならそうはいかない。しかも、自民党もかなり財政を無視した社会保障政策をすでにしている訳だから、なおさら違いを見せにくい。 ただし、日本の社会保障政策には、それによって格差を縮小していないという問題がある。日本の社会保障政策は、貧困層に重い負担と低い給付、非貧困層に軽い負担と手厚い給付を行っているという。これは、必ずしも貧しい訳ではない高齢層に、多額の年金が給付されているからである(阿部彩「第1章 日本の貧困の実態と貧困政策」、阿部彩他編『生活保護の経済分析』東京大学出版会、2008年)。社会保障政策の本来の機能を取り戻すことはリベラルの課題となるのではないか。 第6は、情報公開である。朝日新聞が、朝鮮の女性を強制連行したという吉田清治証言の虚偽を認めたが社長の進退は語らず、原発の吉田昌郎調書の誤りを認めて進退を語ったのは、私には理解できない。吉田証言は虚偽であるが、吉田調書の記事は読み誤りである(おそらく、反原発のストーリーを作りたくて読み誤ったのだろう)。虚偽の方が読み誤りより罪が重い。吉田証言についてこそ、進退を語るべきだった。そもそも、情報公開があれば、読み誤りはなかった。情報公開の重要性を示す事例ではないだろうか。より積極的な情報公開を求めることもリベラルの旗となる。 第7は環境と原発である。国民の半分余りは脱原発だろうが、○○をしないだけでは政権を取れないだろう。環境と言っても、空気と水はかなりきれいになり、これ以上きれいにするのはかなり費用がかかるだろう。CO2削減も費用がかかる。半分以上の人が賛同する旗を立てることができるだろうか。 第8は平和主義だが、日米安全保障条約の下で、アメリカの軍事力が圧倒的で、日本がアジアの中で圧倒的な経済力(軍事力に転化しうる)を持っていた時代では、日本が悪いことをしなければアジアは平和という平和主義ですんでいた。しかし、そういう状況ではなくなったのだから、これまでの平和主義ではやっていけない。私には、ここで自民党と違いを出せるとは思えない。ただし、こちらから刺激するようなことは避けるべきだという違いは出せるかもしれない。リベラルの打ち出すべき違い という訳で、日本のリベラルは、雇用に関心を持ち、人権の旗を世界に掲げ、普通の女性の社会進出を後押しし、社会保障政策で格差を縮小し、より情報公開を求めることで違いを出せるのではないだろうか。環境の旗をうまく立てることができるかどうかは分からない。考えてみると、自民党は公共事業を含む大きな政府が好きなのだから、本来大きな政府が好きなリベラルとしても、反公共事業と平和主義の他には違いが出しにくいのは当然かもしれない。

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    サヨクどもが「サイコパス」だと言える数々の症例

     「九条の会」などでの活動でサヨクの中心的人物である精神科医の香山リカは、自分の気に入らぬ保守勢力や「ネトウヨ」などを精神病患者であると勝手に「診断」することで定評がある。2012年7月に代々木公園で行われた反原発サヨク集会においても彼女は、「原発推進をしようとする人達は精神科医から見ると、心の病気に罹っている」などと発言し問題となったが、彼女に限らず、サヨク勢力が敵を精神病患者扱いすることは日常茶飯事である。そんな差別的な連中が普段は他人に対して偉そうに「反差別」だの「ヘイトスピーチ反対」だのと喚いているのだから、サヨクこそ病気と言うべきであろう。 2000年頃に話題となった本に、ロバート・D.ヘアの「診断名サイコパス―身近にひそむ異常人格者たち」(早川書房)というものがある。「サイコパスはいろいろの話を、したり顔でまくしたてることも多い。よくあるパターンは、自分が社会学、精神医学、薬学、心理学、哲学、詩、文学、絵画、法律などに精通しているように見せることだ」との記述は、香山のために書かれているとしか思えぬほどだ。 香山は今年4月24日の「虎ノ門ニュース 8時入り!」において、対立する青山繁晴のファンを「信者」と中傷し、無職ニートであるかのように決めつけ「仕事しろよ」と暴言を吐いた。それに対する批判が大きくなると、謝罪もそこそこにツイッターにおいて、更なる中傷投稿を行い開き直った。ところが、その呆れた態度に対する風当たりが強くなった途端、なんと自分はそんな投稿はしていない、ツイッターのアカウントが乗っ取られたのだという、子供だましの見え透いた言い訳で逃げ切ろうとしたのである。 ヘアは言う。「想像力が貧困なのか、それとも自分のことしか考えていないためか、サイコパスは自分の正体が見破られる可能性に驚くほど無頓着か、見破られないと確信をもっているかに見える。嘘を見破られたり、真実味を疑われたりしても、めったにまごついたり気おくれしたりしない。あっさり話題を変えたり、真実をつくりかえて嘘のうわ塗りをする」。 これは香山だけに見られる症状ではない。私は90年代半ばのインターネット黎明期から今で言うところの「チャット」に類する、様々なネットサービスを利用してきたが、そこに湧くサヨクどもに共通して見られる病的異常性である。例えば、サヨクがインターネット上の匿名性を悪用し、複数のアカウントを取得し、自分の投稿した手前勝手な主張に対して別アカウントで「凄いですね!感動しました!」などと自作自演で礼賛するというのは、極めてよく見られる症状だ。しかしそこは「想像力が貧困」なため、極めて簡単に自作自演がバレる。バレるとサヨクはどう言い逃れするかと言うと、これも「想像力が貧困」なために言い訳もどの患者も似たりよったりで、「アカウントを乗っ取られた!」だの「妹がオレのアカウントを使って書き込んだのだ!」と来るのが定番だ。 昨年3月に閉鎖された「ヤフーチャット」は特にそうした病的なサヨクが大量に巣食うインターネットサービスであった。全体の8割以上が、そうした病的サヨクであったと考えている。そのため、当時から逮捕者を含め、数多くの犯罪者を輩出し、現在でも当時私がよくヤフーチャットで見かけた常連が犯罪や問題行動を起こし、大きく報じられることがある。 2010年には、ヤフーチャットでも自称「民主党犬塚直史参議院議員秘書」として有名だった男がツイッター上で敵対者に「SOB(サノバビッチ)」と差別発言を行いニュースとなったし、2014年3月には、地主の親のスネかじりの上に生活保護にまでたかっていた当時24歳の自称「セレブニート」の男が強盗殺人の上「ヤフーチャット万歳!」と叫び逮捕され、国民を震撼させた。 なぜヤフーチャットにはそのように突出した割合で病的なサヨクが集中したのであろうか。原因は色々考えられるが、ろくにキーボードさえ打てぬ馬鹿、もといオツムの不自由なサヨクでも、簡単に使えたサービスであったというのが最も大きな理由であろう。何しろヤフーチャットは、特に特別なソフトやアプリをインストールしなくても、ホームページを見ることができる程度のことしか出来ぬサヨクでも簡単に利用できたのだ。また当時としては珍しく、キーボードで文字を打ち込まなくても、パソコンとマイクさえあれば音声で同時に多数の参加者と会話することができたのであるから、そりゃオツムの不自由なサヨクも集まるというものだ。 香山リカを含め、サヨクは普段から「反差別」だのと偉そうに喚いているくせによく「ネトウヨは低学歴の無職ヒキコモリだ!」などと無根拠に呆れたヘイトスピーチを行う。ところが、ヤフーチャットに巣食うサヨクどもこそ、そうした「低学歴のヒキコモリ」がほとんどであった。 私は当時から中宮崇という実名でネットでも活動していたため、ヤフーチャットでも自分の執筆活動を含め、全てのプロフィールがワンクリックで誰にでも確認できるようになっていた。ところが、その誰にでもできることがサヨクどもには全くできないのだ。 例えば、彼らサヨクの多くは作家志望である。学歴も職歴も、根性も良心も何もないくせに、生まれながらの偉大なる才能があると信じ込んでいるのだ。そしてある日、一発逆転で作家様になれると思いこんでいるのである。そのため、当時既に執筆活動を行っていた私に対して、中宮崇という名前をグーグルで検索してみるどころか、ワンクリックでプロフィールを確認するだけのオツムもないくせに、「お前はそんなことでは絶対に活字デビューできない」と「罵倒」するのはよく見られる症状であった。そんなサヨクどもが「オレは芥川賞に”応募”するのだ!」などという「自慢」をする症状を目撃したことも、一度や二度ではない。芥川賞は応募するものではなく、選ばれるものなのだということさえ知らぬしグーグルで調べようともせぬ程度のオツムの不自由な連中なのだ。 私のプロフィールを確認するような類まれなサヨクでさえ、「高専出なんだ(笑)。高校も行けず、専門学校しか行けないような低学歴なんだ(笑)」などと恥ずかしげもなく平気で「学歴差別」してしまう、いや、したつもりになって悦に入る症状も珍しいことではなかった。高校受験を経験した者であれば当然高等専門学校が国立の教育機関であり、それが他の高校と比べどれほどのレベルのものであるか知っているものだと思うのだが、サヨクは高校受験の経験さえ無いと考えざるを得ない。 サヨク雑誌「週刊金曜日」が出版に関わり、Amazon Kindleにおいて0円でばらまかれている電子書籍に、「殺すな、殺されないために!: 6月21日、戦争立法に反対する学生デモ(京都市)スピーチ集」というものがある。その中に、16歳の時に日本の高校を辞めて一人でオーストラリアに留学し、現在ニュージーランドの大学に在籍する女子大生が登場する。彼女は言う。「なんで、わざわざ遠いニュージーランドから、高い交通費かけて、片道28時間以上かけて、私はデモに参加していると思いますか」。いや、金持ちの親に甘やかされて親のスネをかじっているからでしょうとしか言いようがない。ヤフーチャットに巣食うサヨクも何かにたかって生きている連中が殆どで、毎日朝から晩までチャットに居座りマイクでしゃべりまくり、突然部屋に母親が入ってきて「いい加減働いてよ!」などと言う泣き声混じりの親子喧嘩が中継されることも珍しい事件ではなかった。 作家志望で親のスネかじりと来れば、「自費出版」の出番だ。ヤフーチャットに巣食うサヨクどもの「自費出版」症状率は異常に高い。なぜそれがわかるかというと、四六時中「オレサマは本を書いた作家様である!」と自慢をし、あわよくば売りつけようとするからだ。当然「自費」出版であることは言わない。アマゾンのホームページには、読者が本の感想を投稿できるレビュー機能があるのだが、そうしたサヨクどもの本をアマゾンで検索すると、なんと出版日以前の日付で「感動しました!素晴らしい本です!」とどう見ても自作自演の幼稚にバレる「想像力が貧困」な書き込みが、8割以上の確率でされているのもご愛嬌だ。 そうした自費出版症のサヨクの中で、私が聞いた最も酷い例を紹介しよう。普段ヤフーチャットでしか会話したことがないサヨクどもが、ある日居酒屋で飲み会をすることになった。協調性も何もない彼らのこと、当然揉め事になったらしく、後日チャットで連日のようにその飲み会の時のことで罵倒しあっていたのだが、中でも一人の参加者が、殆ど犯罪者としか言えない振る舞いをして特に顰蹙を買っていた。 彼は何と、財布も持たず無一文でやってきて、いざ飲み会が終わり集金の段階になると「会費の代わりにオレの(自費)出版した詩集をみんなにやる!」と言って、無理矢理押し付け一円も払わず立ち去ったと言うのだ。 ヘアは「診断名サイコパス」でこう主張する。「サイコパスは社会の捕食者であり、生涯を通じて他人を魅惑し、操り、情け容赦なくわが道だけをいき、心を引き裂かれた人や、期待を打ち砕かれた人や、からになった財布をあとにのこしていく」「サイコパスはナルシスティックで、自分の価値や重要性に関してひどく慢心したものの見方をする。まったく驚くべき自己中心性と権利感覚の持ち主だ。彼らは、自分が宇宙の中心にいると思っていて、己のルールに従って生きることが許されている優秀な人間だと思っている」。 平日の昼間から国会前に「デモ」と称してたむろし、「安倍は人間じゃねえ!たたっ斬る!」と喚き、「ハンガーストライキ」と称して座り込みつつこっそり飲み食いしてなぜか「募金」を集める連中を見るにつけ、私はヤフーチャットがまた復活したかのような感覚に襲われるのである。

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    元共産議員 左派の「安保ハンターイ!」はロックフェス的だ

    モに対する不満の声は高まっている。子連れでデモを行なう人々に対し、高須クリニック院長の高須克弥氏が「イデオロギーの定まらない子供をデモに利用するな! 猛暑日に炎天下を子供に歩かせるな! 熱中症になる!」と批判。“ホリエモン”こと堀江貴文氏が「あほですね」と賛同したことが話題を呼んでいる。 彼らの飛躍した主張にも疑問の声が上がっている。テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」(7月24日深夜放送)に出演したピースボート英国代表の川崎哲氏が、米国の核軍縮が進まない現状について「日本が足を引っ張っている」といい、日本の外務省が米国に核を維持するよう要請していると指摘した。これには、司会の田原総一朗氏はじめ出演者一同から「おかしい」と突っ込みの声が。放送後、インターネットで「ピースボート代表が袋叩きに」と話題になった。 安保関連法案に反対する人たちが続々と集まる国会前で、柵を押さえ込む警察官ら=9月18日 安倍政権には不満があっても、昔ながらの反戦リベラル的な主張には与したくない──こうした国民の空気感は、実際の数字にも表われている。政権の支持率低下が話題をさらっているが、政党支持率は依然として自民党が31%と群を抜き、民主7%、維新5%、共産4%と、野党の支持率は上向いていない。共産党政策委員長だった筆坂秀世・元参院議員は、こう分析する。「左派・リベラル勢力が国民の支持を得ないのは、彼らが欺瞞の上での議論しかできていないからです。たとえば共産党や社民党、民主党は安倍政権の安保法制について、盛んに『違憲だ』といいますが、本当に『憲法を守る』ことを徹底させて議論するなら、自衛隊は解散すべきだし、日米安保そのものを破棄すべきだ、といわなければならない。そんなこと、どの野党もいっていないでしょう。 安倍政権の安保法制に反対ならば、じゃあ日本の安全保障を具体的にどうしていくのか、そういう議論が何もできない。単に『ハンターイ、ハンターイ』と叫んだって、それは悪いけどロック・フェスティバルで騒いでいるような話と同じ。そういうことは国民にも肌感覚で伝わっています」 安倍政権にはNOだが、ステレオタイプの左派にもNO。国民は、いったいどこに期待すればいいのだろうか。

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    「兵は詭道なり」反戦平和を唱える人々の向かう先   

    著者 長尾勝男「兵は詭道なり」孫子の第1編始計偏の冒頭に書かれた言葉である。 兵とは、軍事のこと詭道とは、正道ではない道、ごまかしの道と言う意味である、従ってこと軍事(兵を用いること)に関することを誤りだと指摘することは簡単で、一言「これは正道ではない」と言えば済むからである。 東大法学部の石川健治教授はBSフジのプライムニュースで「安全を追求すると自由を支えるロジックが壊されて行く」と述べている。つまり憲法という論理的な枠組みを超える安全保障は却って国民の自由や人権が脅かされると言う主張である。 最近、マスコミやSNSに登場するSEALDsやママの会の民主主義と自由を守ろうと言うスローガンにも共通しているように見受けられる。 確かにスイスの例に見られるように国民皆兵が前提にあって国民にNOは無い、もし選択の自由があれば国是は瓦解する。と言うとスイス国民は政府を信用しているからで腹の内が定かでない日本とはどだい国情が違うと反論する向きもあろうかと思うが、外敵が攻めてくることに日本もスイスも違いはない。逸に自国の平和と安全を守ろうとする国民の気概の差にあるように私には思える。 その対極にあるのは無抵抗主義であろう、正確には非暴力・非服従運動である。インドのガンジーが有名であるが彼は当時の英国の圧政に丸腰で立ち向かう、アムリトッサルの虐殺事件では400人が射殺されている。それでも民衆は銃口に向かって進んだ。 果たして日本で非軍事と話し合いによって民主主義と自由を徹頭徹尾保持しようと主張する人々にその覚悟があるのだろうか?残念ながらそれはあり得ない。自分やその子供や家族の生命第一がこの人々の生活信条にある中からおよそそれを犠牲にしようなどと言う発想が生まれるはずはないからである。しからば外国例えば中国・韓国や北朝鮮軍が我が国に武力侵攻した場合国民は彼らの思うままに服従するのであろうか。服従したくなければ他国に逃れざるを得ない、結果難民となり流浪の民となる道が待っている。チベットのダライラマのように国外に亡命政府を樹立するケースもあるかもしれない。 ここにもれっきとした標本がある。嘗てのユダヤ人でありパレステイナ人であり現在のシリアの人々である。 ただ、同じ日本人でありながら同朋を国外に追い出す或いは支配者側にまわって傀儡として生き残る方法が残されている。むしろその形が蓋然性として最も高いと言えよう。 私は反戦平和を唱える人々の向かう先をかように予見する。 始めから外患誘致を狙って防衛力の弱体化をはかり同盟国との離間を企図して後ろ盾を無くし我が国と対立し属国化を望む国による支配の上に余禄に与ろうとする戦略である。 さて、日本を取り巻く国際環境を俯瞰すれば、東アジアにおける日本は微妙な立ち位置にあるのは確かである。力による現状変更を前提とする中露2大国とこれを快しとしない欧米の間にあり内外に渉って揺さぶられている現実がある。現在のところ米国に与する我が国は同盟政策が採られており地理的にも最前線に位置している。それだけ風当りが強くなるのは当然で国論も徐々に(左右の)対立が先鋭化して来ている。 「汝、平和を欲するなら、戦い(戦争)に備えよ」まさに、ローマ帝国の軍事学者 ウェゲティウスとされるこの言葉こそ現在の我が国の国防戦略に相応しい選択肢であろう。平和のカギは平時における準備にこそ存するのであって、紛争に巻き込まれることを恐れたり、敢然と立ち向かう姿勢を示すと相手に無用の刺激を与えるとしてこれを躊躇すれば却って相手を増長させ我が国が今手にしている平穏な暮らしは手元から霧散することは明らかである。 少なくとも今俎上にある平和安全保障法制の制定は完全とは言えないまでも、備える方向に進んでいることは間違いない。 だが、現実の世界は更に進んでおり、湾岸戦争などにおける多国籍軍や対IS掃討作戦における有志連合など集団防衛の体制による場合が一般的になりつつある。 平和に対する脅威または侵略行為に対して国連安全保障理事会の全会一致による制裁(軍事・経済)措置が機能不全をきたしている現状を補完する形で集団的自衛権(51条)及び個別的自衛権が認められている訳であるが、このうち集団的自衛権は密接な関係を有する国家が互いに協同して外部の脅威に対抗するものであり内部の脅威に対する集団安全保障の制裁から集団防衛による抑止へと変化してきている。 最近自衛隊OBの識者の中に中国を含めた集団安全保障体制を提唱する意見が見受けられるがこれは極めて危険である。 集団安全保障体制では違反国に対して他の加盟国が圧倒的に優位であることが前提となる何故なら違反の対象国が軍事大国(中国のような)の場合制裁を課そうとして却って返り討ちに遭うことが考えられるからである。 実際に昨年6月リムパック(環太平洋合同演習)に日米を含む22か国が参加、今回初めてこれに中国が加わった。この演習中こともあろうに中国が秘密裏にハワイ沖に情報収集艦を派遣していたことが露見した。7月21日米国防総省当局者はこのような行為は不躾であると不快感を示したのは当然である。 協調外交などと理屈をつけて近寄るとこちらの手の内を全部知られてしまう国だと認識するべきである。 かつて、欧州におけるNATO(北大西洋条約機構)の例に倣い米国主導で太平洋アジア条約機構(日本・韓国・豪州・英国・タイフィリピン)を設立しようとする動きがあった。だが、結果は日本を嫌う韓国の反対で実現しなかった経緯がある。 従って、米国のみならずフィリピン・ベトナム・タイなどによる中国・ロシア・北朝鮮を共通の脅威とする東南アジア諸国と我が国の間に集団防衛体制を構築することが我が国安全保障政策のうえで最適な方策ではないだろうか。 現在の世界情勢は軍隊とは言えない武装集団や組織による他国への侵攻など宣戦布告などの予告なしに平和を脅かされるケースが派生しており国防上複雑多岐な機能を備える必要性が覗える。

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    安倍政治は、立憲主義の否定であるどころか「法治主義」の否定

    保立道久(東京大学史料編纂所名誉教授) 安保法案を考える上で、今日、BLOGOSにのった「安保法を通そうとしている国会議員には立法する正統性がない。一人一票運動の升永英俊弁護士が指摘 」という記事はきわめて重要だと思う。 中枢の一節を引用すると、下記の通りである。去年の11月に出た最高裁判決で、5人の裁判官がとても重要なことを言った。最高裁の15人の裁判官のうち、「違憲状態だけど選挙は有効」と言った、我々からすると悪い裁判官が11人いたが、そのうちの5人が非常に重要なことを言った。その5人は判決の補足意見で、「違憲状態の選挙で選ばれた国会議員は国会の活動をする正統性がない」と言い切った。これは恐ろしいほど、重要なこと。選挙で選ばれたのに、国会活動をする正統性がないと言った。 私もそう思う。しかも現在の自民党は、先回の総選挙では、比例は自民党は33パーセントの支持であるから、国民のなかでの厳密な支持率、純得票率は17、16パーセントとである。 最高裁の裁判官の3分の一が、国会議員に正統性がないといい、支配政党は2割以下の支持率である。そういう中で憲法(解釈)を変えようというのは、いくら何でも無理が多い。しかも、その行為を、当面憲法をかえるのは無理だからというのは卑怯もいいところである。人倫の許すところではない。 どういう立場であろうと、この安保法案を潰すことは決定的に重要だ。国の形の基本がかかっている。これを許せば、いいかげんなことをやっても自由という風潮を認めることになる。国家というものは、どういう場合でもいい加減な扱いをしてはならないものだ。参院平和安全法制特別委で答弁する安倍首相=7月30日午前 このような国会の構成を明瞭に変化させなければならない。議員は国民への奉仕者、国民の召使いである。その僭上を許してはならない。 歴史家としては、この法案が通った場合は、現在の支配政党はアメリカの戦争協力を拒否せず、戦争に自衛隊を派遣することが目にみえている。そのような戦争を日本の戦争史のなかでどう位置づけることが可能なのかを考えてしまう。  私は、第二次大戦に突入した日本国家の体制は天皇制ファシズムであるという、歴史学の古典的な定義に賛成である。もちろん、歴史学のなかでもファシズムの定義についてはいろいろな議論があるが、私は日本ファシズムは戦争先行形ファシズムであると考えている。一般には、Creeping Fascism(徐々に迫ってくるファシズム)といわれるが、どういう風に忍び寄ってきたかといえば、「満州事変」という戦争によって、また日清・日露以来の戦争によって、兵隊が従軍し、その戦争体験を自己合理化するという過程が先行したということである。これはCreeping Fascismという考え方と背反する訳ではない。戦争先行形ファシズムを明瞭に考えることによって、Creeping Fascismの姿も明瞭になるということである。 現在の安倍政治がファッショ的手法をとっているというと、ファシズムという言葉は大げさである。「ファシズムなんで何のこと」という反応が返ってくる。しかし、ともかく戦争をすれば、その経験をさせれば、それに慣れさせることを先行させるというのが戦争先行形ファシズムなのである。 そして、現在の安倍政治は、立憲主義の否定であるどころか「法治主義」の否定であると私は思う。「法的安定性」よりは国家中枢の判断を信頼せよ、そうでないのは偏っているというのは、古典的な「赤攻撃」である。そして法治主義の否定がファシズムの法的な規定としてはもっとも重要なものであることはいうまでもない。 ただ、念のために確認しておきたいことは、そのことと、安倍政治がファシズムになりうるかどうかは別問題であるということである。ファシズムというのは思想ではないとしても「思想的」雰囲気がなければやっていけないものだ。そういう思想的雰囲気を現在の支配政党が作り上げることができるとは思えないのである。  安保法案に賛同を表明する人々の考え方は、思想と言うべき内容を欠いている。国家主義ではあるが、それはほとんど官僚主義と区別できない。安倍政治がもってきたのは、実際上、中枢官僚が唯々諾々といわれたことをやっているからである。 それは国家主義ではあるが、いわゆる「反知性主義」でさえないと思う。「反知性主義」は19世紀に一種の思想運動・宗教運動としてヨーロッパでうまれたもので、神秘主義、非合理主義となってヨーロッパファシズムをささえた。しかし、現在は、そのような思想としての「反知性主義」も存在する訳ではないと思う。 「反知性主義」は知性の支配、テクノクラートの支配に対する拒絶、世間通常の「知性」を鼻にかける人々への嫌悪という点では、十分に存在の理由があるというのが、私の考え方。そのような反知性主義が「右翼」の基盤となるのである。その意味では「右翼」にも「右翼」の存在理由があるというのが私の考え方。 しかし、現在は、日本には「右翼」は存在しづらい。つまり、現支配政党はアメリカべったりである。安保体制そのものがそうなのである。そういう中で、右翼というものが存在しがたい。そういう不思議な思想状況に、日本はある。 最近、鈴木邦男氏の『右翼は言論の敵か』(ちくま新書)を読んだが、右翼は本当につらそうだ。私は歴史家なので、古典的な左翼である(つもりである)。しかし、こういう問題では右翼も左翼も、保守も進歩もないと思う。 問題をごまかし、曖昧にし、人倫に反する行動は許し難い。  以下は、再録。吉見義明さんの『草の根のファシズム』の書評である。戦争先行形ファシズムの概念をラストで論じてある。吉見義明『草の根のファシズム』(東京大学出版会、1987年) アジア太平洋戦争ののち、だいたい三〇年が経過した一九七〇年代。多数の従軍・戦闘体験の記録が刊行され始めた。本書は、それらを戦争の時代状況のなかで丁寧に読みとき、戦争体験のもつ意味を構造的に論じている。「昭和史」論争と本書の意味 この国の歴史学にとって重大なのは、本書が「昭和史論争」といわれた歴史認識論争に対する回答となっていることである。この論争のきっかけは、アジア太平洋戦争の時代を描いた通史、『昭和史』がベストセラーとなったことであった。戦争中も反戦の姿勢を維持していた遠山茂樹が中心となった叙述には相当の迫力があり、『昭和史』は人々が自己の戦争体験を内省する「よすが」として大きな役割を発揮したのである。 とはいえ、研究方法や史料の量と種類の限界もあって、『昭和史』は政治史を中心とした「骨組み」が目立ち、積極的に民衆個人の意識状況に踏み込むことはできなかった。これが「人間が描けていない」という、やや「ないものねだり」な批判を招いたのである。これらの批判には、歴史教育の目的は(国や共同体のための)「自己放棄」であるというような、どうかと思うものもあったが、『昭和史』の執筆者は誠実な姿勢をとって、叙述を全面的に練り直して『昭和史(新版)』を刊行した。今、この経過を見直してみると見事なものだと思う。 しかし、それでも『昭和史(新版)』にはさまざまな限界があった。それを明瞭に示したのは松沢弘陽の懇切な批判であって、松沢は「新版」がなお抱えている欠陥として(1)多様に分化している民衆の存在を「国民という単一の概念」でくくったこと、(2)国民の絶対多数が積極的に戦争協力の道を歩んだことの内因分析が弱いこと、(3)被害体験にくらべて加害の歴史が描かれていないことなどを指摘した。これがその後の現代史研究の最大のテーマとなった事情については、大門正克編『昭和史論争を問う』が、右の松沢論文などの関係文献を収録しつつ、詳細にあとづけている。 この松沢の指摘に対して、冒頭にふれた多数の従軍・戦闘回想記録の精細な読み込みによって、初めて真っ正面から答えたのが、吉見の本書であるということができるだろう。つまり、吉見は(1)戦争体験にかかわる民衆内部のエスニックな差別・分裂の様相を論じ、(2)「満州」や「南洋」に対して民衆が戦争利益を求め、実現し、そしてその欲望が潰える様相を描き、さらに(3)アジア・太平洋の民衆に対する利用・虐待・陵辱・殺害などの実態についても、そのいわば見取り図とでもいうべきものを描いたのである。これらが戦争体験記を書いた個人々々の「生」に対する周到な歴史理解を前提としていることは特筆されるだろう。ファシズムと民衆の戦争体験 まず第一章「デモクラシーからファシズムへ」は、一九三一年の満州事変によって戦争の雰囲気が社会をおおうなかでも、一九三六年の二・二六事件に対しては人々が強く反発したことを確認している。しかし、民衆は徐々に戦争の方向に流されていった。その根底にはアジアに対する優越的な「帝国」意識と、それと裏腹の関係にあった「天皇制自由主義」というべき政治意識の色調があったことが、人々の手紙や日記などの一次史料によって明らかにされる。衝撃的なのは決定的な影響をあたえたのが、従軍者の中国での戦闘行為そのものであったことである。出征者の戦死のみでなく、出征者の行った掠奪・陵辱・殺害行為への参加それ自体が、兵士の心を呪縛し、それが家族に及ぶ。こうして一九四〇年ころまでに、数十万の兵士が帰還するなかで、人々は本気になって戦争を支えはじめた。 第二章「草の根のファシズム」は、これを前提として、天皇制ファシズムが確立する様子を論ずる。もちろん、それはストレートに進んだのではなく、一九四〇年代初頭には、戦争経済によるインフレ・物不足に対する民衆の不満が深刻な社会不安を招いた。このときまことしやかに米騒動の再来が噂されたという。しかし、結局、「欲しがりません勝つまでは」という世論が形成され、それが新体制運動に流し込まれた。人々はむしろ「真面目に」状況を理解してしまい、地域社会の内部にファシズムに響き合う状況が作り出されていったのである。 このなかで植民地・占領地での生活、戦争状態の下での渡航と出征が一つの自然な風景となっていく。ここに「草の根のファシズム」と「戦場からのファシズム」とが相乗して強化しあうという天皇制ファシズムの「国際的」性格があった。しかも、この状況は、沖縄県人、アイヌ、ウィルタとチャモロ人、朝鮮人、台湾人に対する差別をも自然なものとうけとめるとい、北東アジア全域におよぶ民族的差別によって支えられていたという。この部分の記述は広範囲すぎて要約しがたいが、是非、一読されるべきものだと思う。 第三章「アジアの戦争」は「インドネシアの幻影」「ビルマの流星群」「フィリピンの山野で」「再び中国戦線にて」という構成で、各地の戦争の悲惨と悲哀にみちた風景が順次に描き出される。まず戦争の「南洋」への広がりが過不足なく概観されている。日本史の研究にとっては、どの時代においても日本を南からみる視点、島尾敏雄のいうヤポネシアの視点を確保しておくことはどうしても必要だろう。私が想起するのは、大学院時代の師の一人、ギリシャ史の大家・太田秀通先生がビルマで負傷されて片腕を切断されたことである。歴史学を学ぼうという方には、その負傷の経過を記した文章の入っている『歴史を学ぶ心』を是非御読みいただきたいと思う。「南方」における戦争は、人々に戦争の利益を夢みさせたが、日本兵の戦死の大多数は、この地域における戦争末期の餓死であったこともよく知られている。 吉見は、それにつけ加えて、この地域における日本軍の敗走が壊滅的なものであっただけに、敗戦後の現地社会との関係も多様となり、痛切な経験と反省が日本人意識の根底に及んだ場合も多いという。大岡昇平の『俘虜記』『レイテ戦記』などを読めばわかるように、そこでは「加害」経験の意味と悲惨な結果の捉え直しが行われる場合があったのである。しかし、これと対比して、勢力圏として日本軍が死守の体制をとっていた中国においては、群体が、完全な敗北と潰走・自壊以前に降伏した場合が多かった。吉見は、それによって、東南アジアとは違って、「自衛・聖戦」の意識の枠組が最後まで崩壊することなく、そのまま戦後にもちこされることが比較的多かったという事実を摘出している。 最終章「戦場からのデモクラシー」は戦争体験がどのように戦後の民衆意識を規定したかという見通しのもとに、天皇制ファシズムへの民衆的な支持が「ひびわれる」様相が論じられる。アジア・太平洋における戦況が有利であるかのような誇大宣伝によって民衆的な支持を調達する仕組みは、サイパン島陥落以後、本土空襲のなかでまったく機能しなくなったが、しかし、それにもかかわらず戦争の呪縛は強く、大多数の民衆の戦意は崩壊の一歩手前で持ちこたえたという。そのために人々は敗戦とともに呆然とする状況に追い込まれたのであるが、しかし、人々の終戦体験は、実際には、「内地」と「外地」の相異、さらに戦闘経験や共犯責任の深浅、負傷や飢餓などの痛苦のあり方によってきわめて多様であった。 問題は、その空隙をぬって、人々が、しばしば戦争経験を脇においてアジアに対する優越意識、帝国意識は維持し、日本再建に貢献するという明るい気持ちに切り替えるという変わり身の早さをみせる場合が珍しくなかったことである。こうして、戦争体験の特徴に規定された戦後民主主義が大きな限界をもっていたことが冷厳に指摘されるのである。 しかし、他方で、吉見は、敗戦がたしかに「草の根のファシズム」からの離脱をもたらしたことも確認している。そこで大きかったのは、ともかく戦争は嫌だという「戦場からのデモクラシー」であって、それによって「戦場からのファシズム」に支えられた「草の根のファシズム」は駆逐されたという訳である。このような経過は、日本国憲法の示す「平和と民主主義」が単に一国に関わるものではなく、東アジア全域における戦争の惨禍によってあがなわれたものであったことを正確に示している。天皇制ファシズムとは何か 最近発行された吉見の新著『焼跡からのデモクラシー』は、それに引き続く終戦経験を論じたものであるが、ここではそれを紹介するのではなく、むしろ著者の天皇制ファシズム論を確認しておきたい。そもそもファシズムとは、暴力を中核にもって議会と法治主義それ自体を否定するデマゴーグ支配である。問題は、その支配が人間のもっとも野蛮で倒錯的な欲望を大衆的に組織することを鍵とし、その中枢には政治思想というよりも虚構に虚構を重ねる「神秘」と非合理の妄想世界があったことである。そこには強い偏見と排除の論理があり、しばしば身体的な差別や肉体的暴行への嗜癖、さらには殺人などの倒錯が巣くっている。私見では、ファシズムは大衆をその明示的もしくは暗黙の共犯者として動員する体制なのである。しばしばナチスが「下からのファシズム」であるのに対して、天皇制ファシズムは「上からのファシズム」であるなどと図式的に区別されることが多いが、両者は、この本質において共通する。『草の根のファシズム』の示した天皇制ファシズムの特徴は、それが戦争先行形ファシズム、つまり戦争の加害経験を中核として形成されたファシズムであったということであろう。そもそも天皇制ファシズムを推し進めた主体の中枢は軍部と、その下に組織された在郷軍人会であったこともいうまでもない。その意味では日本ファシズムは上からも下からも直接に戦争の色の濃い軍事的ファシズムだったのである。これが太平洋戦争が、ナチスをも超える様相をもって、国民全員を動員し、合理的な引きどころもない「無謀」なものとなった最大の原因である。 よく知られているように、吉見は、日本の戦争史料が湮滅・秘匿されている最悪の状況の下で、さらに粘り強く研究を進め、「慰安所」の設置・拡大と女性の強制的な性奴隷化の実態を史料によって明らかした(『従軍慰安婦』)。右のファシズムの定義からも明らかなように、そもそも「従軍」性奴隷は、けっして部分的な問題ではなく日本の戦争体制、ファシズム体制において本質的な問題である。著者は、その強靱な学術的論理によって、その中核を究明することに成功したのである。参考文献遠山茂樹ほか『昭和史』(岩波新書、旧版一九五五年、新版一九五九年)吉見義明『従軍慰安婦』(岩波新書、一九九五年) 同『焼跡からのデモクラシー』(岩波書店、二〇一四年)大門正克編『昭和史論争を問う』(日本経済評論社、二〇〇六年)太田秀通『歴史を学ぶ心』(青木文庫、二〇〇〇年)※「保立道久の研究雑記 歴史家の発想と反省」より転載。

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    「反知性主義」とバカにする愚

    最近よく耳にする「反知性主義」と言う言葉。かくいう自分たちは知性的で、安倍政権を支持する国民は「バカ」で「無知」とでも言いたいのでしょうか。いやはや、この方たちは相も変わらず、上から目線でレッテルを貼るのがお好きなようで…。

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    どちらが「反知性主義」? 安保法制反対こそ反知性主義だ!

    メディア裏通信簿(月刊正論8月号から転載) 編集者 スポーツジムのライザップを、ご存じですか。 女史 知ってるよ。よくテレビでダイエットのCMやってる。「ヤセなかったら30日間全額返金保証」「結果にコミットする」とか宣伝しているジムでしょ。週刊新潮が批判記事を載せていたけど、それがどうかしたの? 編集者 毎日新聞6月1日付夕刊でコラム「牧太郎の大きな声では言えないが…」が、「急に痩せて大丈夫か」「リバウンドは?」と、CMを見て「心配」している友人の話を書いていたんです。なぜ、こんな中途半端な批判を載せているんだろうと思って読んでいると、急に話が飛躍して「『アメリカの戦争に巻き込まれるのではないか?』と心配する」と安保法制批判を始めたんです。挙げ句の果てには、安倍晋三首相のことを「『反知性主義』と呼ぶ人もいる」と言い始めた。ライザップから安倍政権批判に結びつけるとは、メチャクチャだなと思いまして…。 教授 強引が過ぎますね。(笑) 編集者 この頃よく使われる、この「反知性主義」という言葉には何か意味があるんですかね。 女史 「反知性主義」は、安倍政権批判のための用語になっているよね。「知性」とか「主義」とか立派な言葉を使っているけど、深い意味なんか無いんじゃない。ただの悪口。「バカだ」「ウヨクだ」とか言っちゃうとただの罵詈雑言だけど、「反知性主義に陥る」というと、もっともらしく聞こえるじゃん。朝日新聞は去年12月7日付夕刊のコラム素粒子で「1年前は首相の靖国参拝と前沖縄県知事の辺野古容認で騒然。片や延命し片や座を失う。民意とはを考える暮れ。/今年よく聞くようになった言葉。歴史修正主義、反知性主義。曲がり角の道しるべを見のがさなかっただろうか」と書いてた。要するに、靖国参拝と米軍基地の辺野古移転をしたら、歴史修正主義で反知性主義だって言うんだよ。深い考察なんか何もないでしょ。文藝春秋こそ「反知性主義」 教授 他人を「反知性主義」と言うからには、自分たちは知性的だという認識なんでしょう。文藝春秋の文芸誌文學界7月号では、「戦後70年大型企画 『反知性主義』に陥らないための必読書50冊」という特集で、50人の学者や評論家たちに1冊ずつ挙げさせていました。ここに登場する人たちも、自分たちにかなり知性があると思っているのでしょうか。いずれにしろ、企画した編集部は安倍政権を支持する国民を「反知性主義だ」と言いたいんでしょうね。 女史 この企画で半藤一利さんは「日米同盟の強化、さらに進んで軍事力の強化の必要が叫ばれ、『反知性主義』という言葉が流行している」と、あからさまに政権批判してたね。 編集者 ただ、そうではない人もたくさんいましたし、本当に、政治的な意図があって特集を企画したのでしょうか。 先生 あったに決まっているさ。企画冒頭の編集部で書いたと思しき文には「内外を席巻する声高で性急な応酬。その不毛を乗り越えるために必要な真の教養とは何か」とある。「声高で性急な応酬」とは、安倍政権の方針と、それに対する批判だろ。「不毛」な「応酬」を乗り越えるためには、「反知性主義に陥らない」教養が必要だといっているわけだから、安倍政権を支持する保守系論者、雑誌正論のようなメディアを「反知性主義」といっているようなものだろ。 教授 正論は彼らから見ると反知性主義者の巣窟ですよ。(笑) 女史 けど、面白い文章を書いてた人もいたよ。例えば、文藝春秋社から出した『イスラーム国の衝撃』という本で有名になった東京大学准教授の池内恵さんは、いきなり、その文藝春秋を批判してるの。月刊文藝春秋で半藤さんが対談していたISIL特集を「茶飲み話で長大な紙幅を費やしている」「こんな雑誌作りをするのも、唯々諾々と手にとって読む読者も、反知性主義そのものだろう」って、バッサリ斬ってんの。 教授 彼はいいことを書いていますね。「世に出る『反知性主義関連本』の著者はというと、どう考えてもまさに反知性主義者そのもの」「反知性主義に陥りたくなければまず、声高に他人を『反知性主義』と罵っているような人々の名前で出た本は読まない、というところから始めるというのが鉄則」…まさに、その通り。相手に「反知性主義」とレッテルを貼って頭から否定すれば、主張の内容がどんなものでも耳に入ってこないから、議論にならない。まさに反知性主義的な態度ですね。 先生 そもそもこんな特集を文學界がやること自体が変だよ。「文學」と何も関係ないんだから。 教授 かつて米ソの対立が激しかった頃、集英社の文芸誌「すばる」が、文学者に米国の核を批判させる特集をしていましたが、あれに似ていますね。米国は、経済的に弱体化したソ連共産党独裁政権を崩壊に追い込むために意図的に軍拡競争を仕掛けていたのに、そういうことを全く考察せず、米国の核だけを批判するという愚かな特集でした。文學界も、その轍を踏んでいますね。 それか、単純に自分の雑誌が売れないことをひがんでいる可能性もありますね。売り上げは、お笑い芸人の又吉直樹さんの小説に頼りきってましたから。(笑) 女史 そもそも「『反知性主義』に陥らないための必読書50冊」なんて、あるのかな。上野千鶴子さんなんか、ただ、自分の本を挙げて、宣伝してたけど。(笑) 先生 『反知性主義 アメリカが生んだ「熱病」の正体』という、いい本を書いた森本あんりが、自分の本を挙げていないのとは対照的だな。しかし、森本が自著をあげないものだから、この本が50冊から漏れている。しかも、もともと「反知性主義」を論じたリチャード・ホーフスタッターの『アメリカの反知性主義』も50冊に入っていない。「反知性主義」がテーマの特集としては失格だな。 教授 確かに、この本に触れている人はいても、必読書として挙げた人はいませんでしたね。 女史 「反知性主義」を論じたいのなら、まず『アメリカの反知性主義』こそ必読なのにね。 先生 書家の石川九楊という人にいたっては「日本国憲法」を挙げている。それは本じゃないから。憲法の名前だから。(笑) 教授 わざと『日本国憲法』という名前をつけた解説書や学術書があるから、そのことを言っているんでしょうね。(笑)結果にコミットしない 先生 そもそも「反知性主義」は、anti-intellectualismの日本語訳だけど、インテリつまり知識人達の特権的な地位や傲慢さに対する至極まっとうな反感という一面もあるんだよな。それはホーフスタッターすら認めている。彼は反知性主義を「完全に除去できるとはいわない」と明言しているからね。文學界の編集部員はホーフスタッターを読んだのかね。 反知性主義を完全に除去できない大きな理由は、まず宗教だよ。彼の本には、反知性主義がキリスト教信仰と無関係ではないと書いてある。福音書や創世記における記述を読めば、反知性主義を生む土壌がキリスト教や聖書の中にあるのは明らかだよ。 教授 宗教や信仰には科学や論理、合理主義だけでは解明しきれない神聖な部分、つまり知性が及ばない領域がありますが、知性を重視するあまりこの領域を軽視する一部のインテリを批判したのが反知性主義でもあるのです。 それから、アメリカの反知性主義批判は、民主党が党派争いで共和党批判をするための理論にも使われるのです。アメリカでは、田舎に住む信仰心が厚い人には共和党支持者が多くて、都市に住むリベラルなインテリには民主党支持者が多いですから。 先生 ただ、民主党支持者だってキリスト教の信仰者が多いから、単純には分けられないけどな。共和党だろうが民主党だろうが、信仰心をアピールしないと、米国大統領には当選できない。いずれにしろ、日本で「反知性主義だ」と声高に叫んでいる人はこういうところに全く触れず、ただ誹謗中傷の道具に使っている。 女史 内田樹さんは『日本の反知性主義』という本まで出したよ。「現代日本の反知性主義はそれとはかなり異質なもののような気がしますが、それでも為政者からメディアまで、ビジネスから大学まで、社会の根幹部分に反知性主義・反教養主義が深く食い入っていることは間違いありません」って書いてる。 教授 大学にも「反知性主義・反教養主義が深く食い入っている」なんて言うなら、まず、ゆとり教育ですっかり本を読まなくなった学生をなんとかするため、左翼と決別して、教育改革に取り組んだらよかったんですよ。 先生 教育社会学者の竹内洋が、強力な知性主義のない日本には強い反知性主義もない、日本にあるのは「半」知性主義に過ぎないとみている。米国の知性主義はハーバード大学から生まれたそうだが、日本の東大、京大はそれほどの大学ではないから、日本に知性主義はない、だとすると、反知性主義も生まれようがないだろう(笑)。東大出身の内田センセイは、どう考えているのかね。 編集者 ただ、東大や京大入試は、やっぱり難関ですよ。 教授 いま「反知性主義だ」と煽っている知識人、それから自分が知識人の一種だと思っているマスメディアの人たちには、自分たちの意見が多くの国民から反感を買っているということに対する不満があるのではないでしょうか。 例えば、集団的自衛権や安保法制の反対を声高に訴えても、なかなか安倍政権が倒れない。そりゃ、そうですよ。国民は中国や北朝鮮、多発するテロを見ていますから、知識人達の無責任な平和論にはだまされない。しかし、知識人やマスコミは、自分たちの方が間違っているのに、それを認めたくないから、安倍政権を支持している国民を上から目線で「反知性」つまり「バカ」だと蔑んでいるのです。傲慢なもの言いですよ。 編集者 しかし、国民にとって本当に大事なのは、自国をどうやって守ってくれるのか、ですよね。無責任に平和論を振り回すだけではなく、ライザップじゃありませんが、「結果にコミットする」知識人じゃないと、信頼できないというのはよく分かります。 女史 (笑)ただ、「結果にコミットする」って言いたいだけじゃん。「反知性主義」批判は、去年ぐらいから言われている「マイルドヤンキー」論ともかぶってるんじゃない。低学歴低収入で、地元が好きで、地元のショッピングモールが好きで…そんな「マイルドヤンキー」と呼ばれる人たちが最近のナショナリズムを支えていて、安倍政権を支持している、という考え方だね。そういう人たちを下に見て、政権批判をしているの。 教授 それを、ちょっと、知識人っぽく言い換えると、「反知性主義」になるわけですね。 先生 そういう見方の元祖が、今やその権威も失墜しつつある左翼の大政治学者、丸山真男だな。工場主や自作農、学校教員といった日本の中間層を「亜インテリ」と軽蔑して、戦争を起こした日本ファシズムの原動力と位置づけた。自分は東大出の文化人で、真のインテリだから違うけどね--というわけだよ。彼を信奉する東大出のエリートが集まったのが、いまや地に墜ちた朝日新聞だな。 教授 マスコミが「反知性主義」を叫ぶのは、左翼インテリの権威が落ちたことの裏返しかもしれませんね。臆病な違憲論 編集者 憲法学者がこぞって安保法制に反対したといって、左派マスコミが大喜びしていましたね。東京新聞6月11日付の朝刊では反対の研究者の名前を200人ほどをズラリと並べていました。対する賛成の学者で名前が挙げられていたのは3人だけ。後から10人の名前を平沢勝栄衆院議員が挙げていましたが、それにしても残念ながら、憲法学界では賛成派が完全な少数派ですね。 教授 政治的に左翼の思想を持つ学者が多い学界ですからね。日本共産党にとっては名誉なことかもしれませんが、東京新聞に載っていた反対の研究者には、共産党支持者と見受けられる人物がかなりいましたね。 しかし、南シナ海や東シナ海で中国の脅威が高まり、年金機構に対するサイバー攻撃も、中国が関わった可能性が新聞で報じられているのに、こういう憲法学者たちは、日本の安全保障に危機感を抱かないのでしょうか。憲法学者たちも無責任。結果にコミットしない知識人なんですね。 女史 なんか、教授まで「結果にコミットする」って言いたくなってきちゃったみたい…。でも、米国の高官も同時期に、中国からサイバー攻撃を受けたと言及してたし、知識人も、中国の脅威ぐらいは考えるべきだよね--。 編集者 衆議院の憲法審査会では、自民党側の参考人として招かれた早大の長谷部恭男教授らが「憲法違反」だと発言してしまいました。人選に当たった自民党筆頭幹事、船田元衆院議員は批判されていますね。 教授 あの憲法審査会の場は、安保法制ではなく、立憲主義について意見を聴く場でした。それなのに、民主党議員が集団的自衛権について質問し、違憲の意見を引き出した。要するに、民主党が法案潰しに利用したのですね。 先生 それにしても、反対を公言している長谷部たちを呼んできた船田はあまりにセンスが悪いというか、脇が甘いというか…。 長谷部を含む違憲論者がおかしいのは、個別的自衛権は合憲なのに、なぜ集団的自衛権だけが違憲なのか説明しないこと。同じ自衛権なのに、なぜ合憲と違憲と分けるのか。安倍政権は、あくまで自国の自衛のためにしか集団的自衛権を認めていないから、最高裁の砂川事件の判例にも合致するのは明らかだから、「自衛権の行使自体が違憲だ」「自衛隊の存在が違憲だ」と最高裁判例を否定すればいいが、それもしない。憲法9条の下で、自衛権を認めるためにかなり苦しい論理を展開した最高裁判例を否定する勇気のない半端な左翼学者に、集団的自衛権だけを否定する資格はないね。 編集者 なぜ自衛隊自体が違憲といえないかというと、国民から総スカンを食らうからですよね。 先生 そういうこと。国の存立のため自衛隊がなければならないのは、みんな分かっているから、否定できないんだよ。そもそも、自民党推薦の学者が違憲と言ったと騒いでいるけど、どの政党の推薦学者だということは、その説が正しいかどうかということには、まったく関係ない。 教授 反対の学者が多いというのも本質的ではありません。学説の正しさは学者の多数決で決まるものではありません。どんなに少数でも、正しい方が正しいのです。あえて多数決なら、民主主義ですから国民の多数決です。学者ではありません。そもそも反対している憲法学者は国際政治の現実も、安全保障の現場も知らない。一つの観点に過ぎませんね。関口宏氏、若者に“説教” 先生 TBS系サンデーモーニングは、この月も偏向がひどかったね。5月17日の放送でも安保法制を取り上げたけど、元防衛相の森本敏以外は、司会の関口宏以下みんな反対。毎日新聞記者の岸井成格は「事実上の憲法改正、安保改定」と非難するし、中央大学教授の目加田説子は「武力行使に道を開く」。マスコミが言うような海外での武力行使は安倍総理がしないと明言したのに、無視だよ。 編集者 でも、サンモニにしたら、森本さんを出演させているのは珍しいですね。わずかに偏向報道を改善していますね。 先生 首相補佐官の礒崎陽輔に、ツイッターで批判されまくったから、アリバイ工作したんだろ。 教授 森本氏は、せっかく出演したのに、ほかの出演者から袋だたきに遭っていましたね。(笑) 先生 沖縄の米軍基地移転問題をとりあげたコーナーも、メチャクチャだったぞ。基地の前にいる反対派には本土の運動家がたくさんいるのに、フォトジャーナリストの安田菜津紀が「ゲート前で座り込みをしている人達の気持ち」を一生懸命語るし、時事通信解説委員長の軽部謙介にいたっては「沖縄の側に立つ政治家がいない」。日本国憲法には、国会議員は「全国民を代表する」と書いてあるだろ。たとえ沖縄でも、一部の県民だけの利益を代表してはいけないはずだ。最後は、関口が「ぜひ若い人達に色んなことを分かってもらいたい」だって。お前こそ、少しは分かれよ。 教授 この番組はスポーツコーナーの人気が高くて、いい企業がだまされてスポンサーにつくらしいです。スポンサー企業も、もっとよく考えてほしいですね。 先生 安保法制では、朝日新聞が反対一辺倒の大キャンペーンをしている。2~3日に1回は社説でも安保法制。6月9日付の社説は「『違憲』法制-政治権力は全能ですか」の見出しで、「自省と自制を欠き、ブレーキのはずれた人たちに、国の存立がかかった判断を委ねられるか」。完全に慰安婦問題誤報の反省は忘れている。 女史 自省も自制も忘れて、ブレーキが外れたのはどっちよ? 教授 マスコミは自分たちの知性を過信して暴走し、どんどん常識から離れていっています。これこそ、まさに反知性主義が批判するインテリの傲慢でしょう。 先生 ただ安倍総理も、自衛官のリスクが増すということは初めから国民に伝えるべきだったと思う。危険が増せば国民も自衛官をより尊敬するし、自衛官も誇りをもってそれに応える。当初、リスクが上がることを認めなかったのは、いただけなかったな。 教授 「リスクが上がる」と単純に言うと、「危険だからやめよう」という間違った方向に国会審議が進むのを恐れたという側面はあるんだと思いますよ。右の内輪モメと朝日の訂正 先生 朝日新聞の話が出たから思い出したんだけど、かつて蜜月だった田母神俊雄とCS放送の日本文化チャンネル桜代表、水島総が非難合戦をしていることを報じた朝日が、訂正を出していたな。朝日は右派論壇の内輪もめを面白いと思ったんだろうが、正確に報じないとな。これは産経新聞や正論など保守メディアも同じだぞ。左右の論争はいいが、ただの茶化しや悪口になってはいけない。 女史 田母神さんがツイッターで「水島氏が自分の言っている事に自信があるなら是非私と同席のテレビ番組で言い分を述べて欲しい。私が不在のチャンネル桜で一方的に私を糾弾することは卑怯である」とつぶやいてたね。 先生 水島はCSという公共の電波を使っているのに対し、田母神は主にツイッター。不公平だと感じるんだろ。それはそうかもしれない。ただ、チャンネル桜の視聴者より、田母神のツイッターを読んでいるフォロワーの方が数が多いだろうから、どっちがどうか、分からんけどな。 編集者 いずれにしろ、事実関係は私には分かりませんので…。 女史 口数少なっ。二人とも正論の常連筆者だから板挟みだね。彬子さまインタビューの裏側 先生 正論7月号に彬子女王殿下でインタビューが掲載されていたが、薨去されたお父上の寛仁親王殿下へのお気持ちが伝わってきて、とてもいいお話しだったな。 編集者 インタビューした者の一人としても光栄です。 先生 ただ、その10日後に発売された文藝春秋7月号に掲載された女王殿下の御手記には、お母上への批判があったのに、正論では、それに一言も触れられていなかったな。週刊新潮6月11日号が「『彬子女王』が月刊誌に書かなかった母『信子妃』」という記事を載せていたが、あれは正論も取材不足が皮肉られてんじゃないか。 編集者 天下の週刊新潮に広告も出していないのに、「正論」の名前を出してもらい、写真まで載せてもらいましたから、いい宣伝になったんじゃないですか。 女史 志、低すぎっ。 編集者 文藝春秋の御手記は批判部分はほんの少しなのに、編集部は、そこだけ大きく見出しにとりました。煽り過ぎですよ。週刊誌じゃないんですから。私たちも当然、彬子女王殿下がそういう感情をお持ちのことは存じ上げていましたが、畏れ多くておたずねするのは避けたのです。 女史 遠慮したのかー。でも文藝春秋には出ちゃった。 編集者 まあ、文藝春秋は総合雑誌の雄で、以前から皇族方のインタビューも載るし、天皇、皇后両陛下が外国をご訪問されたときは、侍従長の手記が載ります。 教授 正論が気後れするほど文藝春秋が権威ですか(笑)。ただ、皇族方は必ずしも有名な雑誌に登場されるわけではないし、そもそも、皇族ではなく誰であろうと、本当に語りたいことがあれば、少々、無名な雑誌でも出たがるはずですよ。たとえば週刊金曜日の6月12日号には、阪田雅裕氏ら内閣法制局長官の経験者が2人が登場して、安保法制や安倍政権を批判しています。この雑誌は一部の過激な左翼以外にはあまり読まれていない。本来なら法制局長官クラスの高級官僚OBが登場する雑誌ではないけど、それでも発言したいから出てくるわけです。 編集者 しかし、彼らは集団的自衛権の悪口が言えれば、なんでもいいのではないですか。左翼雑誌以外からは、不信の目で見られていると思いますよ。 教授 確かに、反知性主義を恐れる彼らは、国民から自分たちの非現実的な意見が見放されないか不安なのかもしれませんね。 先生 BSフジのプライムニュースは、相変わらずフジテレビにあるまじき報道をしている。6月3日の放送では、韓国で「佳子内親王殿下を慰安婦に」という大暴論を、東海大学准教授の金慶珠が「韓国人になりすました日本人の仕業」と言い放った。 女史 これはサイテーだね。 編集者 フジサンケイグループとしても、許せない発言です。生放送の終わり際に、勝手に発言したために、番組では、どうしようもなかったのだと思います。 先生 確かに翌4日の放送で、キャスターの反町理が訂正したが、この日は、中国の朱建栄が、南シナ海の南沙諸島で進められた埋め立て工事について「軍事基地ではない」と言い張った。誰が見ても軍事目的だし、中国だって認めているのに、ウソばかり! 5日も中国人の見方で凌星光が「中国の軍事費は対GNP比1・3%」と強弁してた。いい加減な中国当局の情報を垂れ流しているんだ。 教授 朱建栄氏は厳密に言うと、中国当局の見解と違いますね。いいんですかね。また、本国で拘束情報が流れたりして。(笑) 先生  フジテレビはいい番組もあるけどな。5月22日のドラマ「連続企業爆破テロ40年目の真実」も見ごたえがあった。40年前に産経新聞が連続企業爆破事件の逮捕の方針を報じたスクープの裏側をドラマ化していた。元社会部記者である編集者の先輩記者が果たした歴史的スクープだろ。後輩として感想を聞かせてくれよ。 編集者 え? そういえば、そんなドラマやってたような…。 女史 みてないの? 編集者 裏番組で面白いお笑い番組を放送していたので…。 教授 編集者の「反知性主義」は、ちょっと深刻ですね…。(文中敬称一部略)

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    「反知性主義」を鍛え直す

    反知性主義論の系譜  「反知性主義」という言葉が近年にわかに注目を浴びるようになり、今年の流行語大賞の候補になるかもしれないという。この言葉をテーマに本や雑誌の特集が組まれ、わたしも何度かその執筆に加わった。ただ、それらの特集は、「反知性主義に陥らないために」などと銘打たれており、この言葉が人々にどのような意味で受け止められているかをよく示しているものの、それがわたしの理解とは大きく異なっており、執筆に躊躇を覚えることもあった。その執筆依頼の趣意書に拙著が引用されたりしていれば、なおさら居心地が悪い。『反知性主義』森本あんり著(新潮社) すでに何度かインタヴューや対談で語ったことだが、わたしの『反知性主義』(新潮社刊)は、こうした近年の「反知性主義」論ブームとはひとまず無関係に書かれたものである。同書で説明したように、「反知性主義」という言葉には特定の名付け親がある。 1950年代のマッカーシー旋風をきっかけに、アメリカの反知性主義の歴史をたどったホフスタッターがその人である。以後このテーマは、アメリカ研究の分野ではしばしば論じられてきており、たとえば5年前のアメリカ学会でも、わたしを含む4人の研究者によるシンポジウムで取り上げられている。もちろん、反知性主義などという言葉が日本のメディアに登場するずっと以前のことである。 今回のわたしの著書は、自分がそれまでに考えたり書いたりしてきたことを一般向けに書き直したもので、たまたまその刊行時期が別の著者たちによる反知性主義論と重なったまでである。日本に反知性主義はあるのか 言葉というものは時代や文脈ごとに新しい意味を獲得し内容を変化させてゆくので、「反知性主義」という言葉が以前とはまったく別の意味をもって使われるようになったとしても不思議ではない。わたしはこの言葉を使う者がすべてアメリカ史における用語法を踏まえるべきだと主張したいわけでもないし、半世紀前の議論を今後もそのまま繰り返していればよいと考えているわけでもない。 ただ、以上のような経緯から、「現代日本の反知性主義をどう考えるか」などと質問されると、やや醒めた答え方をせざるを得ない。それぞれの論者がこの言葉に盛りつけている意味が曖昧なままで、結局は各自が自分なりの定義による同語反復の議論を繰り広げるばかりだからである。 もしこの言葉を本来的な意味で受け止めるなら、問われるべきなのはむしろ、現代日本に反知性主義と呼べるものが存在するのか、ということでなければならない。 教育社会学者でちょっとダジャレ気味の竹内洋によると、日本にあるのは「反」知性主義ならぬ「半」知性主義だけである。筋金入りの知性主義がないところでは、それに対抗すべき先鋭な反知性主義も生まれない。そして反知性主義の批判に晒されることのない知性主義は、自らを研ぎ澄ます機会をもつことなく鈍磨してゆく。現代日本がかつてのような知的生産力を失って閉塞状況にあるとすれば、それはこのような悪循環がもたらした当然の帰結だろう。反知性主義が蔓延しているからではない。反知性主義が足りないから、知性が前進しないのである。反知性主義に必要な腹の括り方 では、なぜ日本に反知性主義が根付かないのか。それは、反知性主義に必要な覚悟や信念がないからである。知性のヘゲモニーに対抗するには、それに負けないだけの精神の力が必要である。知性は権力と結びつきやすい。そして、権力と結びついた知性は固定化し、特権階級化し、自己永続化を図る。反知性主義とは、このような結びつきに楔を打ち込もうとする努力である。したがってそれは、知性そのものや知性の本来的な活動に対してではなく、それが結びついた権力に対する反対でなければならない。初期のハーヴァード大学の紋章 ピューリタニズムに始まるアメリカ史では、これは「ハーヴァード主義・イェール主義・プリンストン主義」に対する挑戦となる。これら東部のエリート大学の出身者がどのようにして徹底的な知性主義を築き上げたか、かつそれにも関わらず、その権威に対して何の学歴もなしに昂然と立ち向かうことのできる精神がどのようにして立ち現れたか、ということが焦点となる。このように峻厳で創造的な相克の歴史からすると、日本が「学歴社会」であるというのもまた微温な幻想と言わざるを得ない。 知性が結びつく相手は、学問や政治の権力ばかりではない。芸術や宗教の分野にもあり、芸能界やスポーツ界にもある。人々はそれを「伝統」「通説」「巨匠」「大家」などと呼ぶ。権力という鎧を身にまとった知性は、まさにその故に硬化し、自らも発展や改革の余地を失ってしまう。だから反知性主義は、知性の刷新と進化をもたらすのである。反知性主義が掲げる「知性への反対」は、あくまでも「既存の」知性への反対である。それは、知性そのものの蔑視や欠如であるよりは、「新たな知性」の模索と開拓である。 ここで思い出されるのが、日本人は「異端」好きだ、という丸山眞男の言葉である。ただしそれは、居酒屋の隅で「どうせオレは異端だから」と愚痴をこぼすだけの「隅っこ異端」である。正統に挑戦するだけの胆力もなく、表舞台では既存の正統とお行儀よく共存してしまう異端である。反知性主義を掲げるなら、こんなチープな異端であってはならない。無責任な万年野党の独り言であってはならない。それは、「学界の風雲児」などとマスコミにもてはやされることでもなく、そもそも異端を標榜することではなく、正々堂々と「正統」を名乗り出ることである。当該分野の内部で「自分こそが王道である」と正面切って立ち上がり、その言葉に自分の存在をかけることである。そういう覚悟もなしに、反知性主義を標榜するのは滑稽である。不屈の巡回伝道師アメリカ批判の根拠としての神学 そのような正面切っての挑戦に必要な精神の根拠を与えてくれるものは何か。アメリカ史では、それは宗教的確信であった。反知性主義のうねりは、アメリカ社会を繰り返し大きく変貌させてきた平等主義的な信仰復興(リバイバル)の波となって現れた。だから反知性主義の由来を尋ねることは、アメリカのキリスト教史を追うことになるのである。リバイバル集会では、大銀行の頭取とすすけた炭坑夫が同じ粗末なベンチに並んで座る。どちらも神の前には一人の罪人にすぎず、どちらも恵みによって救われるべき尊い人格だからである。反知性主義は、このラディカルな平等主義を養分として成長した。 なお、日本では「欧米」と一括りにされるが、「欧」と「米」ではキリスト教の形態はまったく異なる。アメリカは、何とかして旧世界たるヨーロッパから知的にも宗教的にも独立したいと願い続けた国である。アメリカをキリスト教の「本家」や「本場」のように考えている人があるが、もはやそういう時代ではない。そして神学は、アメリカ批判の根拠を手に入れるために必須の学問である。アメリカのキリスト教を批判することなくして、アメリカの中枢を批判することはできないからである。 考えてみると、「学者・パリサイ人」という当時の知的・宗教的権威にラディカルな否定を突きつけたのは、イエスであった。その点ではお釈迦様も同じだったし、性質は異なるがムハンマドもそうである。宗教的な確信は、地上の権力を怖れない。ものわかりのいい仏教とか、飼い慣らされたキリスト教とか、牙の抜けたイスラム教だけの世界には、反知性主義は育たないのかもしれない。

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    宗教的情熱こそが「反知性主義」の原点である

     最近、「反知性主義」という言葉を目にしたり、耳にしたりする機会が多くなった。 よく読んでみると、この「反知性主義」という表現は「バカ」や「無知」の言い換えに過ぎない場合が多い。 要するに、「あの人はバカだ」、「あの政治家は無知だ」というのでは、あまりに品がないから、「あの人は反知性主義的だ」などと表現することが多い。確かに、「バカ」と罵るよりも「反知性主義だ」と批判した方が、上品そうに感じる。 しかし、本来、「反知性主義」とは、独特の意味合いを持つ言葉であり、ただの「バカ」や「無知」とは異なる概念だ。 この独特な意味をもつ「反知性主義」を分かりやすく解説したのが、森本あんり氏の『反知性主義』(新潮選書)だ。 残念ながら、有識者とされる人々が某誌で「反知性主義に陥らないための必読書」などというタイトルで、様々な本を列挙していたが、言葉の本来の意味を意識しながら、必読書を推薦していた人は、極少数にとどまっていたように思われる。「反知性主義」をただの「バカ」や「無知」とのみ認識している人が余りに多い。 森本氏に従えば、「反知性主義」という言葉は、1952年の大統領選挙の際に誕生した言葉だという。共和党の候補者がアイゼンハワー、民主党の候補者がスティーブンソン。スティーブンソンは、プリンストン大学出身の俊英であった。これに対して、アイゼンハワーはノルマンディー作戦を指揮した将軍として名をはせた人物ではあったが、知的には凡庸とみなされていた。 結局、この大統領選挙は、知的に凡庸とされたアイゼンハワーの圧勝に終わる。アメリカ国民は、知的に優れたスティーブンソンより、アイゼンハワーを選んだのだ。 何だ、そういうことなら、日本でもあるではないか、と思われた方もおられるだろう。 例えば、戦後の日本で圧倒的に人気のある総理大臣は田中角栄だ。彼は小学校しか出ていないにもかかわらず総理大臣にまで登りつめ、「今太閤」とも呼ばれた。「金権政治の権化」のように批判されることも多いが、現在に至るまで、「田中角栄が好きだ」と公言する人は多い。逆に、インテリ、秀才と目された宮澤喜一のことを好きだという人はすくないだろう。語学に堪能なインテリ政治家、宮澤喜一は日本国の大衆の心を掴むことは出来なかった。田中角栄には人間としての温かみを感じるが、宮澤喜一からは、冷たい雰囲気しか伝わってこないと、多くの日本国民は感じていた。中曽根総理・田中角栄会談後、イヨッ!のポーズでホテルを出る田中角栄=1983年10月 従って、政治家が知性のみで選ばれない、という現象は、アメリカ独自の現象ではない。民主主義社会において、政治家を選ぶ基準は「知性」のみではない。これは当然の話で、知性のみで政治家が選ばれるのならば、選挙ではなく、試験を課せばいいということになるだろう。 アメリカの「反知性主義」の特徴は、それが宗教的な概念であるということだろう。 「キリスト教」と一口に言っても、その教えは様々だ。カトリックとプロテスタントという区分くらいは、多くの日本国民に知られているが、その中にも様々な教えが存在している。 「反知性主義」の根底に存在するのは、神の前では、全ての人々が平等であり、知性の有無によって人間の価値は変わらないという強い信念だ。 アメリカでは、当初、牧師になるのは教養溢れるインテリというふうに相場が決まっていた。大学でキリスト教神学を専門的に学んだインテリたちが牧師となった。ハーバード大学などの名門校出身のインテリが牧師となって、人々に説教をした。従って、教会では、大衆には理解するのが難解な説教が行われていた。 こうした「知的な宗教」に反旗を翻す「信仰復興運動」こそが、アメリカの「反知性主義」の原点なのだ。 自分たちの信仰は、本物といえるのだろうか。 そういう、素朴な疑問に多くの人が陥り、宗教的関心が一気に高まる現象が、アメリカでは起る。この際に登場するのが、極めて雄弁で、反権威的な宗教者だ。人々の心を鷲掴みにし、従来の権威を否定する。神は知性の有無によって人間を区別しない。ただ、純然たる信仰のみが人間を救う。これが彼らの信仰の核心だ。 彼らは多くの牧師たちが行ったような難解な説教はしない。誰にでもわかりやすい説教を行う。洋の東西を問わず、大衆は、わかりやすい表現を好む。多くの人々が熱狂的に、素朴な信仰を尊ぶようになる。 神の前では、知性の有無は無関係であり、ただ信仰が重要である。 こうした信念こそが「反知性主義」の原点なのであり、それは単純な「バカ」や「無知」とは異なる概念なのだ。 日本において「反知性主義」を「バカ」や「無知」の言い換えとして理解していても無害だろうが、今でもアメリカを動かし続ける「反知性主義」をそのようなものとして認識するのは誤りだ。 森本氏の著作を一読することを強くお勧めしたい。

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    安倍晋三政権の「反知性主義」

    「反知性主義」とはもともとアメリカのキリスト教原理主義者達が進化論等の科学的分析に対し反発した事等を指したものでした。かなりの社会的地位のある人達が平然と科学的分析を否定し、キリスト教の絶対性を説くといった現象は他の国にはあまり見られないものでした、アメリカ建国以来、何度かにわたって訪れたリバイバリズム(信仰復興運動)とも密接な関係があるとされています。 アメリカという国自体、旧イングランドを脱したピューリタン達が神との新しい契約のもとで「新しいイングランド」を創設するという壮大な実験でした。そしてそのリーダーシップをとったのは高学歴の牧師達でした。彼等は入植後わずか一六年で牧師養成機関としての大学、ハーバード大学を作ったのでした。知性を重んじるこうした動きは、次第に権威と結びつき、アメリカのエスタブリッシュメントになっていったのです。 こうした権威に対して民衆に信仰を取り戻すという運動として、新たな布教運動が拡がっていったのです。その主導者達は教会を持たず牧師の資格も持たず命がけで土地・土地を巡り布教活動をしていったのでした。大衆をターゲットにし、神の前の平等を説く彼等の辻説法は、人口が爆発的に増え、同時に生まれた字も読めず教養もない層に熱狂的に受け入れられたのでした。それが反知性主義の原点であり、極端に言えば、アメリカという国の原点だったのです。つまり、アメリカの反知性主義はアメリカ的宗教革命だったということもできるのでしょう。 そして、反知性主義は大衆民主主義(マス・デモクラシー)が拡大する中で権力が大衆に媚(こ)びる手段にもなってきたのでした。知識人、あるいはインテレクチュアル、は社会のエリートであっても少数派です。知性主義を否定し、法の前の平等、実用主義等を説き、権力が直接大衆にアッピールするためには反知性主義は有力な手段の一つにもなりうるという訳なのです。 そして、現在の日本。2015年6月8日、文部科学省はこれまでの学部を「社会の要請」にあわせて見直しを行うように全国の国立大学に対して通知を行ったのでした。中でも、文学部をはじめとした人文系の学部、大学院に対して廃止や配置転換を求める意向だと理解されています。社会に直接役に立つ理系の学部を拡張し、人文科学系を縮少し「社会の要請」に答えるというのですが、こうした即物的プラグマティズムで学問を評価してしまう事は、まさに反知性主義であり、学問そのものの深い意味を否定することではないでしょうか。日本武道館で行われた東京大の入学式=4月13日、東京都千代田区 古代ギリシャでは「哲学」は学問一般を意味し、認識論、倫理学、存在論等を含むとされていました。まさに学問一般の原点が哲学だったのです。哲学を意味するフィロソフィーは直訳すれば愛智学。ソクラテスやプラトンが確立した学問の原点でした。 しかし、今回の文科省の通知はその哲学を含む人文科学系の学問の縮少を意図しているもののようなのです。長い一六世紀(1450年~1640年)から続いてきた近代資本主義が終焉を迎え、新たな地平を求めなければならない現代は、従来にも増して本来の「哲学」が求められる時代ではないでしょうか。フランスの歴史家マルク・ブロックは現代が「かつてないほどに哲学的な問いに直面する時代」だと言っています。 世界的にも人文科学系学部の縮少の動きが起こっているようで、2010年には大陸哲学研究で知られるミドルセックス大学哲学科が廃止の危機に瀕しています。その時、多くの世界的哲学者達、スラヴォイ・ジジェク、エティエンヌ・バリバール、デヴィッド・ハーヴェイ等が強い抗議の意を表明しています。哲学をかつてない程必要としているこの時代、逆に哲学研究は世界的に軽視されてきているのです。 日本では長い間、特に第二次世界大戦後、大学の自治、学問の中立性が重んじられてきました。たしかに、哲学や文学は直接的、短期的には社会に「役に立つ」ことはないのかもしれません。しかし、長いスパンで見た時、その役割は極めて大きなものだといえましょう。こうした人文科学の中長期的な役割を守るためにも、大学の自治、学問の中立性は守られるべきです。文部科学省のその時々の政策によって大学の内容や学問のあり方が変わってしまうのは問題だと言わざるをえません。学問は「政治的」であってはならないからです。 もちろん、大学は独善的であってはなりませんし、大きな時代の流れには対応して行くべきでしょう。しかし、その事と短期的に社会の役に立つべきだということとは全く別のことです。役に立たないと言われる学問を根気よく続けることも、又、大切なことなのではないでしょうか。そして理系の学問に比べ人文科学系の学問は相対的にはそうした性格を持っているといっていいのでしょう。日本の大学では長く最初の2年を教養を身につける期間として専門分野に入る前に幅広い分野の学科、特に人文系の学科を課してきました。近年、専門性を重んじるあまりそうした教育を軽視する傾向が若干強まってきたことは残念なことです。専門的に深い知識を身につけることと、幅広い分野に通じていることとは両立しますし、両立しなくてはなりません。専門的知識さえ身につければいいという考え方は、ある意味では、「反知性主義」だということができるのでしょう。本物のインテレクチュアルは深い専門知識を持つとともに、幅広い知識を持つ人達でしょう。かつてのレオナルド・ダ・ヴィンチ、あるいは、アルベルト・アインシュタインはともに深く幅広い知識を持っていました。そして人文科学的教養はそうした幅広く深い知識のベースになるものなのでしょう。

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    保守かリベラルか

    翼」と色分けすることに何の意味があるのか。二項対立を煽る構図は建設的な議論の妨げになりはしないのか。イデオロギー論争を考える。

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    日本の右傾化「左翼が夢物語ばかり掲げたから」

    ジャーナリストでアムステルダム大学名誉教授のカレル・ヴァン・ウォルフレン氏は、30年以上にわたって日本政治を研究し『人間を幸福にしない日本というシステム』をはじめ数多くの話題作を発表してきた。「真の独立国」になれないまま戦後70年を歩んできた日本には何が必要なのか、ウォルフレン氏が語った。* * *(私は)京都精華大学人文学部専任教員の白井聡氏との共著で『偽りの戦後日本』(KADOKAWA刊)を出版した。白井氏は『永続敗戦論』(太田出版刊)で注目された新進気鋭の学者であり、戦後の歪んだ日米関係をわかりやすく表現できる優れた有識者だ。憲法記念日に開かれた憲法集会で発言する作家の大江健三郎さん=横浜市西区 白井氏は「日本の右傾化」について強い危惧を示していたが、私はそれを許した左翼の罪が大きいと考えている。戦後日本では左翼が理想論ばかり唱えて現実的な対案を出せなかった。作家の大江健三郎氏や社会党の党首を務めた土井たか子氏が象徴的な存在だろう。ひたすら平和を唱え、国民に対して「戦争はダメだ」「軍隊を持ってはいけない」というだけで、議論を深めようとしなかった。 左翼は「憲法を守ってきた」と自負しているが、大きな間違いだ。憲法9条が「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」と規定しているにもかかわらず世界で最も高価な軍隊の一つである自衛隊の存在に目をつぶってきた。日本に軍隊はない、と主張したところで海外には全く説得力がない。自衛隊違憲論にしても理想論を掲げただけで、社会党は本気で政権交代を起こそうともしなかった。 少しでも軍事力を持てば日本が戦争に突き進むという考えは、日本を一人前の国家と認めていないに等しい。その点において、日本の左翼はアメリカにとっても都合の良い存在だった。憲法は、アメリカが日本を従わせるのに都合が良いものとして作られたのだから。 左翼が夢物語ばかり掲げてきた結果として生まれたのが、右派に支えられた安倍政権である。改憲の主導権を右翼に握らせてしまった罪は大きい。 私は日本の憲法は現実に即したかたちに改正すべきだと考えている。たとえば9条は「日本は主権国家として、他国と同様に交戦権を有する。しかし、過去の歴史の反省に立ち、自らの領土が脅かされた場合を除き、武力に訴える行為は取らない」と明記すればいい。それだけで平和憲法として世界に誇れるものになる。 思考停止した左翼の護憲でもなく、歴史を真剣に学ばない安倍氏の掲げる改憲でもない別の道がある。実現するには日本人自身が声をあげなければならない。それが「真の独立国」への道となる。

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    世界とは全く異質の「日本のサヨク」

    ている職業人には、他に生活の術がない。たとえば進歩的を自称する大新聞やその他のマスコミ関係者、特定のイデオロギーを固守する原理主義政治家、教育という職業の本分を放擲して自らの地位向上と保全だけに力を注ぐ日教組かぶれの教育者はその典型である。 戦後の日本人に自虐精神を植え付けた西欧文明一辺倒の一流知識人は、功なり名を遂げることが出来たが、後発の二代目知識人はこの先も自らの職業的命脈が尽きるまで、自虐精神を拠り所にして祖国を誹謗し続けることができるだろうか。 さて、この特殊な環境で育った日本の知識人の多くが、現在も知的職業といわれる仕事に就いたままである。列挙すると学者、評論家、高級官僚、教育者、マスコミ業、労組職員などである。もちろん彼等の中には、それぞれの職業の現場において、次第に現実に目覚める者がないわけではない。しかし、それ以外の多くは、現実とは無縁の思考と行動のままである。この実態こそ、日本のサヨクが特殊扱いされる所以である。関連記事■ 当たり前のことを言える時代 風向き変わり萎縮する左派言論人■ 「紀元節は嘘だらけ」日教組教師発言に見る左傾■ 「タカ」も「ハト」も不毛だ

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    戦後左翼はなぜかくも劣化したのか

    後の歴史をつくったのはなぜだろうか。 その最大の原因は、自民党が英米の保守党とは違って、良くも悪くもイデオロギーをもたないからだろう。それは特定の政治的主張のもとにあつまる結社というよりは、地元の面倒を見る政治家とその個人後援会の集合体であり、野党はこれに対抗できる集票基盤をもたない。 この状況は、戦後70年たっても変わらないので、「平和憲法を守れ」とか「非武装中立」のような理念を対置しても、ほとんどの国民は関心をもたない。彼らの生活を改善する具体的な対案を左翼は出せなかったのだ。全共闘運動というバブル 学生運動は60年安保の敗北で勢いを失ったが、60年代後半の世界的なベトナム反戦運動と結びついて、学生運動が盛り上がった。それが各大学でできた全共闘(全学共闘会議)だが、これは全学連のような全国組織をもつわけではなく、自然発生的にできたノンセクト・ラディカルの集団だった。 それは一種のバブルだったが、規模は世界的だった。フランスでは革命運動が政権を追い詰め、アメリカでも極左のマクガバンが大統領候補になった。当時は頭の悪い学生でも「反帝反スタ」とかいえば格好よく見えたので、「おれ意識高い」と見せるために、デモに行ったのだ。炎上し煙を上げる大阪市大の時計塔に突入する機動隊員たち。隊員の多くは20代の若者だった=昭和44年10月4日、大阪市住吉区 ノンセクト・ラディカルは、思想的にはマルクス主義とはいえない。当時、社会主義国の実態は学生にも知られるようになり、それが「地上の楽園」ではないことはわかっていた。60年安保のころは、それを「スターリニズム」と批判していたのだが、反スターリニズムを自称する党派も似たようなものだった。 だから党派をきらう学生の集まった全共闘は、アナーキズムに近かった。それを支えたのは、ベ平連(ベトナムに平和を! 市民連合)に始まった反戦運動の現状否定的な情熱だったが、全共闘が掲げた闘争の目的は学費値上げ反対といったプチブル的な要求ばかりで、何が実現すれば闘争に勝利したことになるのか、彼らにもわからなかった。 ただ街頭デモで機動隊と闘うことには、スポーツのような快感があった。最盛期には、日比谷公会堂を埋め尽くす数千人の群衆が集まり、これだけいれば何かできるのではないかという気分もあった。しかし肝心の何をするのかが、はっきりしなかった。当初は「大学解体」というのが辛うじて全共闘運動の統一スローガンだったが、これも具体的に何をするのかは不明だった。 60年安保のときと違うのは、貧しさがモチベーションになっていなかったことだ。それは当時もっとも熱心に読まれたマルクスのテキストが『経済学・哲学草稿』だったことでもわかる。ここで彼が論じたのは、労働者の疎外だった。それは世界的にマルクスの初期の文献が発掘されて研究が進んだという面もあったが、もっと大きいのは『資本論』でマルクスが予言した労働者の窮乏化という現象が起こらなかったことだ。 戦後しばらくは日本も発展途上国に近い状況にあり、飢えと貧困を克服することが何よりも切実な欲求だった。資本主義は、限られた富を資本家が独占するシステムとして憎まれ、社会主義は「無政府主義的な」資本主義に代わって計画的に経済を運営することによってすべての人々を豊かにする経済システムだと考えられた。 しかし60年代後半までには、そういう幻想も消えていた。労働者が不満をもったのは賃金ではなく、工場の単純労働で「疎外」されているという気分だった。これはヘーゲルやマルクスの「本質の対象化」という意味のEntfremdungとは違うのだが、世界的にそういうロマンティックな意味で使われるようになった。 この時期にスターになったのがマルクーゼやハーバーマスなどのフランクフルト学派で、マルクーゼは資本主義を「寛容的抑圧」の体制と規定し、それに反逆する学生を支援した。彼らも既存の社会主義は批判しており、具体的な未来像を描いていたわけではないが、「資本主義も社会主義も人間疎外だ」という時代の気分には合致していた。 しかしアナーキズムは、その定義によって組織として持続することがむずかしい。全共闘の中でも中核や革マルなどの党派が分派活動をやり、それに反発するノンセクトが離反して、1969年にピークを記録した全共闘運動は、5年もたたないうちに消滅した。 私が大学に入ったのは、この学生運動の衰退期だった。キャンパスで白昼に殺人事件が起こり、犯行声明まで出ているのに、警察は家宅捜索もしなかった。公安は、明らかに極左が内ゲバで自滅するのを放置したのだ。彼らのねらい通り、内ゲバの激化とともに極左勢力は急速に衰退した。公害反対運動の心情倫理 70年代以降は、連合赤軍のように少数の極左が出る一方で、大部分の学生は戦線を離脱し、「ノンポリ」化が進んだ。そういう中で、新左翼のよりどころは公害反対運動になった。公害は資本主義のもたらす必然的な悪であり、公害病患者はプロレタリアートに代わって左翼のアイコンになった。 しかし新左翼の運動そのものは世界的に退潮期に入ったので、運動の主役はマルクス主義者というよりはエコロジストだった。彼らの思想的な背景はさまざまだが、反企業的な面は新左翼を継承していた。 中西準子は、日本の反公害運動の草分けだ。宇井純の弟子で、高木仁三郎などと同じ第二世代である。70年代の反公害運動は、今よりはるかに困難だった。そもそも公害というのがよく知られていないうえに、情報が出てこない。役所も企業をかばい、民放も新聞もスポンサーに遠慮してほとんど伝えなかった。 参議院議員までつとめた共産党員の子として生まれ、マルクス主義の影響を受けた中西は、東大の助手時代に反公害運動に身を投じ、その結果として23年間、助手を続ける。しかし反対だけでは何も変わらないと気づき、流域下水道に代わって小規模な「いい下水道」を提案する。これが藤沢市などに採用されて、日本の下水道は大きく変わった。 しかし小規模な下水道でも、ごく微量の発癌物質は残る。それをどうしようか思い悩んでいるとき、中西は1987年にアメリカの議会図書館で「発癌リスクの許容度」のデータを見てショックを受ける。それまでの「安全管理」は、死者をゼロにすることが目的で、一定の死亡率を許容することはありえなかったが、これを機に彼女は「リスク」という概念を日本で広めようとする。 しかし反対派は彼女を「体制側に転向した裏切り者」と批判し、離れていった。彼女はその後、横浜国立大学や産業技術総合研究所で、日本で初めて「リスク」と名のついた研究組織をつくり、さまざまなリスクを定量的に調査する。チェルノブイリ事故の現場も調査し、最大のリスクは強制退去による生活破壊だったことを知る。 流域下水道は環境に悪いばかりでなく、きれいな水と汚水を混ぜて処理するので効率が悪く、流域全体をつなぐインフラに莫大なコストがかかる。汚水だけを個別に処理する中西の方式のほうがコストが安いので、全国の市町村が彼女の提案を受け入れ、小規模下水道が普及した。工場も「下水」に混ぜて流すのではなく「汚水」として管理するため、環境基準を守るようになった。 純粋な「汚染ゼロ」の心情倫理を主張した人々は何も変えられなかったが、汚染のリスクを最小化した中西は日本の下水道を変え、環境を改善したのだ。運動の目的が政府や大企業を糾弾してストレスを解消することならゼロリスクを叫んで原発を止めるのが気持ちいいだろうが、その代わりに石炭火力を焚いたら環境汚染は悪化する。 行政も企業も環境汚染を最小限にしたいとは思っているが、「リスクをゼロにしろ」といわれても、ビジネスをやめるわけには行かない。結果的には絶対反対の運動は無視され、社会を変えることはできないのだ。いけだ・のぶお 〔株〕アゴラ研究所所長、SBI大学院大 学客員教授、学術博士(慶應義塾大学)。1978年東京大学経済学部を卒業後、NHKに入社。報道番組の制作に携わり、1993年に退社。1997年慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科博士課程を中退。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現職。日本を代表するブロガーとして積極的な言論活動を展開している。著書に『資本主義の正体』(PHP研究所)、『原発「危険神話」の崩壊』(PHP新書)、『朝日新聞 世紀の大誤報』(アスペクト)、『日本人のためのピケティ入門』(東洋経済新報)他多数。関連記事■ 安倍政権の「蜃気楼政治」―取り戻す日本はどこにあるのか■ 官房長官・菅義偉のマネジメント力■ [格差社会]どん底の貧困に救いはあるか■ これから10年、伸びる業界・沈む業界■ 大規模な事業創造は「超」業界で発想せよ!

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    レッテル貼りで安心している限り右左の分類はなくならない

    鈴木邦男(一水会顧問)片方の翼しか持ってないような偏った存在ではない この原稿に向かっている前の晩、猪野健治さんにお会いした。ヤクザや右翼を題材に、日本の戦後史を見事に描いた稀代のジャーナリストであり作家だ。文京区で行われた小さな集会で私が話をしたのだが、なんと客席にいらした。ビックリした。わざわざ春日部市から来たと仰る。嬉しかった。光栄だった。 よく世間では、私の肩書に新右翼と書かれる。実は、こう命名したのが猪野さんだ。今までの右翼と違って、<言論>で闘う右翼だという意味で、野村秋介さんや私たちのことを「新右翼」と呼んだ。 新右翼の代表的存在と言われる野村秋介さんだが、でも当の野村さん自身は、「右翼は差別用語だ」と嫌っていた。自分たちは片方の翼しか持ってないような偏った存在ではない。自分たちの主張こそ、王道であり、日本の真ん中なのだという思いだった。 そのことを表すのが、野村さんが唱えた「YP体制打倒」というスローガンだ。それまでの右翼の看板は「反共」だった。ロシア革命により最初の共産主義国家が生まれ、その後、続々と東欧やアジアで革命が起こっていた。今の若い人たちには想像もつかないだろうが、第2次大戦後の世界は東西対立の時代だった。資本主義・自由主義の西側諸国と、共産主義・社会主義諸国の東側諸国だ。 だから日本の戦後右翼は、第一の敵が共産主義であり、それゆえの反共だった。でも、僕は何となくしっくりと感じてはいなかった。僕が右翼の学生運動に一生懸命だったころは、左翼や全共闘の連中は「安保体制打倒」がスローガンだった。それに対して反共というのでは、(当時全共闘がよく使ったこと言葉だが)主体性がないように思ったのだ。3月13日、モスクワでロシア下院のナルイシキン議長と会談する鳩山由紀夫元首相(中央)と「一水会」の木村三浩代表(共同) その疑問に答えたのが、野村さんが作った「YP体制打倒」という言葉だった。Yとはヤルタ会談、Pとはポツダム宣言のことだ。ポツダム宣言といえば、先日、安倍首相が共産党の志位委員長の質問に答えて「つまびらかに読んでいない」と答弁したのが記憶に新しい。おいおい、待ってくれよ。安倍首相は、戦後レジュームからの脱却を唱えていたはずだ。その戦後レジュームを決定づけたのがポツダム宣言なのに、それをよく知らないとは、しかもそれを公言するとは、あいた口がふさがらないとはこのことだ。 閑話休題。本稿への編集者からの注文の一つに、「右翼・左翼という分類が現代も亡くならない理由、悪影響」について書け、というのがあった。 なくならない理由、それはレッテル貼りをすれば、安心できるからだろう。それこそ「つまびらかに」知らなくても、レッテルが貼ってあれば、その人の言うことや本を読まなくても、わかった気になれる。例えば、戦後の右翼は親米だが、新右翼は反米だ。だから、一水会の木村三浩代表がウクライナに行って、現地の生の報告をしても、「なんせあの人は反米だからな」と決めつけて、真面目に話を聞こうとしない。鳩山由紀夫元首相の発言も「あの人は宇宙人だから」と耳を傾けない。自分がちゃんと勉強しなくても、レッテルを貼ってしまえば、安心できる。 ちゃんと勉強してくれればわかってもらえると思うが、一水会や新右翼は反米なのではない。対米自立なのだ。だから、ほとんどの右翼が、体制擁護の立場から原発推進を支持する中で、我々は、反原発を掲げている。新右翼の更なる進化形として 今、「一水会や新右翼は」とうっかり書いてしまったが、実は、一水会は、新右翼という自己規定をやめた。えっ、ウソだろ! と思う方は、ホームページを覗いてほしい。「一水会独自活動宣言」という文章が、平成27年5月22日付で発表されている。 宣言のきっかけは、木村代表が鳩山氏とともにクリミヤを訪問した一連の言動が、戦後右翼のイメージを傷つけると右翼陣営から批判されたことにあるが、それはある意味では、私たちを新しい道へいざなう導きの糸ともなった。 一つは現実へのコミットの仕方である。私は拙い文章を綴ったり、インタビューを受けたり、大勢の前で話をすると言った、諸々の言論活動をもって旨とし、木村代表は、一水会を軸に、政治家や運動家との連携を模索して、グローバルな運動展開を推進している。 このグローバルということは、新しい道へのキーワードの一つだと思っている。その表れが、2010年に東京で開いた「世界平和をもたらす愛国者の集い」だ。フランスから国民戦線のジャン=マリー・ル・ペン党首(当時)ら欧州の愛国政党の代表が来てくれた。イラク戦争の前に、数次にわたりバクダッドなどを訪問したこともあるし、今回のクリミヤだけでなく、木村代表の精力的な東欧やロシア歴訪なども、新しい道を象徴する活動だと自負している。 思えば、中国革命の父・孫文を支援した頭山満、インドやフィリピンの独立運動を援助した内田良平の両氏ら、戦前の日本の右翼は汎アジア主義だ。その目配りは、国際的なものだったと言える。 いまは右翼の主要な言論人の一人と思われている三島由紀夫だって、愛国心という言葉には嫌悪を示していた。自決(昭和45年)の2年前に朝日新聞に、「愛国心 官製のいやなことば 日本は『大和魂』で十分」という文章を寄稿している。一部を引用してみよう。 「この言葉には官製のにおいがする。また、言葉としての由緒ややさしさがない。どことなく押しつけがましい」 「もし愛国心が国境のところで終るものならば、それぞれの国の愛国心は、人類普遍の感情に基づくものでなく」 私も全く同感だ。日本を愛するという気持ちは、自明のこととして心の中に持っていればいい。声高に「俺は愛国者」だと言う輩に、本当の愛国者はいない。愛国者ということで、正義は我にありと居丈高になり、意に沿わない人に対しては「非国民」とか「朝鮮人」とかのレッテル貼りをしたがる(私も、「コーブ」を上映した映画館の前で、上映反対には反対とピケを張っていたら、「鈴木邦男は北朝鮮に帰れ!」とマイクでがなり立てられたことがある)。 自分の家族や故郷、友人・知人を愛して、自然に国を愛する気持ちが生まれるのだ。その気持ちには右も左もない。元赤軍派議長の塩見孝也さんのように、愛国心という言葉を使うのが口惜しいのか「パトリシズム」(愛郷心と訳すのか?)とかたくなに呼ぶ人もいるが、それはそれ。心根の部分は同じだと信じている。 さて、そんなわけで、これからも右左というレッテル貼りに煩わされることなく、微力ながら、日々、言論活動を続けていきたい。関連記事■ 戦後70年 落ち着いて歴史を語れる国に■ 「タカ」も「ハト」も不毛だ■ 「右翼」「排外主義」狂奔するレッテル貼り

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    思想の「左右」発生の根源を探究した葦津珍彦

    先崎彰容(東日本国際大教授) 昭和40年代のことである。一人の在野思想家が時代と格闘していた。彼は言う。「現代は群雄割拠の時代であり、戦国乱世の前夜」である、と。当時、国際社会はアメリカとソ連の二極対立の時代が終わり、第三世界のさまざまな国家が自己主張を始めていた。日本国内でも多くの論客が処方箋を示し、自分こそ正しいのだ、こう主張して群雄割拠していた。 時は昭和43年の、いわゆる「全共闘革命」前夜だった。網野善彦が、三島由紀夫が、そして橋川文三が、つまりこれまで取りあげてきた思想家たちが、時代を正確に見定めようともがいていた。神道家、思想家の葦津珍彦 その同じ場所で、葦津珍彦はまなざしを明治にむけ、自分の生きている時代を冷静にとらえようとしていた。 葦津珍彦は戦前からの右翼である。福岡に生まれ右翼の巨人・頭山(とうやま)満に師事した葦津は、いっぽうで左派の鶴見俊輔らと親交をもち、「思想の科学」に寄稿すら頼まれた。理論派の右翼として橋川文三からも一目置かれた人物、それが葦津珍彦だった。現代が乱世であるならば、激動を生きた戦国武士の気概をもって、しかし冷静に書物をひもとかねばならない。 戦後日本を診るためには、葦津にならって戦国時代から明治、さらには昭和までを広く学ぶ必要があるのだ。 たとえば中江兆民と聞いて、人は何をイメージするだろうか。「東洋のルソー」と呼ばれ革命と自由民権を擁護した兆民は、フランス社会思想を紹介した左翼だと思われている。だが一度でよいから、兆民の生涯と著作に接してほしい。すると兆民が頭山満と親交をもち、幸徳秋水を弟子とし、何より西郷隆盛と勝海舟を尊敬していた事実に出くわすではないか。彼が漢文を使いこなし、『孟子』を愛読してやまなかった事実があるではないか。 中江兆民・頭山満・幸徳秋水・内田良平。これらの思想家たちが、単純な右翼/左翼の区分をこえて活躍していた時代。この時代を明らかにできれば、現在の混乱も理解できる、葦津はそう考えた。日本において、思想の左右が誕生してくるその瞬間、沸騰し激動する瞬間をとらえれば、今、自分の置かれている状況を冷静に位置づけることができる、そう考えたわけだ。 葦津が尊敬する頭山満その人が、多面的で巨大な人物だった。「アジア主義」と呼ばれる思想をもった彼のもとには、中国革命の父・孫文が、インドの詩聖タゴールが、亡命インド人独立運動家のボースが集った。日本はアジアと連帯し、帝国主義で迫ってくる西欧諸国に対抗するのか、しないのか-。70年前のあの戦争の意義を担う運動を、頭山は展開していたのだ。 だから葦津は、戦前右翼の代表的存在だった内田良平に対しても、次のような冷静な議論を展開できたのだ。「内田的右翼の弱みは、あまりにも日本国を信頼しすぎ、日本人的自負に流れたところにある。この思想的特徴は、ひとり黒龍会のみのものではなく、日本右翼の歴史をつらぬいている」と(「明治思想史における右翼と左翼の源流」)。 終戦から70年を迎える今年、本屋を歩いて気づいたことがある。 それは周辺諸国を批判する本が売れているという事実であり、反原発や東電批判といった分かりやすい権力批判があふれていることだ。前者のアジア批判は「右」に、後者の権力批判はかつての「左」に分けることができる。だがしかし葦津や頭山を参照すれば、そう単純に人間の思想が一つの色に染まるわけがないことに気がつく。彼らに比べ、いまの私たちは、異常なまでに単純化していないか。 世間が混沌(こんとん)の度合いを深め、世のなかが見えにくくなるほど、出来合いの価値観・世界観に飛びつきたくなる傾向を、私たちはもっている。本屋に渦巻くはげしい言葉のほとんどは、「不安」が原因としか思えない。 葦津珍彦。この「右翼」の言葉が、ますます貴重なものに思えてくる。葦津珍彦(あしづ・うずひこ) 明治42(1909)年、福岡県生まれ。戦前は家業の神社建築業に携わる一方で、右翼の立場からナチス思想や軍部の強権政治を批判し、発禁処分を受ける。戦後は神道家として、国家神道解体後の神社護持活動や、神社専門紙「神社新報」の主筆となるなど活躍。著書は『永遠の維新者』『国家神道とは何だったのか』など多数。平成4年、死去。せんざき・あきなか 昭和50年、東京都生まれ。東大文学部卒業、東北大大学院文学研究科日本思想史専攻博士課程単位取得修了。専門は近代日本思想史。著書に『ナショナリズムの復権』など。関連記事■ 「右傾エンタメ」批判の嘘■ 当たり前のことを言える時代 風向き変わり萎縮する左派言論人■ 「紀元節は嘘だらけ」日教組教師発言に見る左傾

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    生きづらさと右翼と左翼 そして名指されていない99%の私たち

    「左翼試験」に通っていない私 20代前半の頃、2年くらい右翼団体に入っていて、やめた。 そうして30代前半で、格差や貧困問題に取り組み、取材するようになったら今度は「左傾化した」と言われるようになった。 よって、とりあえず自分のことを「左翼」と自称してみると、元赤軍派のオッサンに、「マルクスも読んでないくせに何が左翼だ!」と怒られた。 右翼の時は「右翼です」と言っても誰にも否定されなかったのに、左翼に「なる」にはどうやらなんらかのハードルをクリアしなければならないようである。で、私はその「左翼試験」に通っていないらしいので、以来、人から「左翼」と言われても「いや、元赤軍派のバリバリ左翼な人に左翼認定されなかったので左翼じゃないっす」と答えるようにしている。 右翼と左翼、あなたはその違いを明確に答えられるだろうか? 以前、『右翼と左翼はどう違う?』(河出文庫)という本を、いわゆる「右翼」「左翼」と言われる人たちに取材して出版した。その本を読んだ読者からの手紙の中でもっとも驚いた感想は、中学生の女の子からのものだった。 「私はこの本で、右翼と左翼をずっと勘違いしていたことがわかりました。これまで私は、右翼のことを『元気がある状態』、左翼のことを『元気がない状態』だと思っていました」 どうやら彼女はネットで「ヘサヨ」とか「このウヨが!」などの言葉に触れるうち、文脈的にそう理解していたようなのである。「頑張れば報われる」に騙された さて、ではなぜ私が右翼団体に入ったり、左翼と言われるようになったりしているかについてだが、自分なりに整理してみると、もっとも根本にあるのは「生きづらい世の中(と自分)」という問題である。 97年、22歳で右翼団体に入った時、私は北海道から単身上京して4年目の高卒フリーターだった。バブルはとっくに崩壊。世の中は、知らないうちに「就職氷河期」ということになっていた。飲食店のバイト先では「時給が高い日本人より時給が安くて働き者の韓国人と取り替えたい」なんて普通に言われた。90年代なかば、おそらく戦後の日本で初めて「若者が外国人労働者化する」事態が起きていた。自分の身に何が起きているのか、よくわからなかった。だけど、国際的な最低賃金競争の最底辺にいる自分のライバルはどう考えても外国人労働者で、彼らと自分を差別化するものは、「日本人であること」しかなかった。 当時の私は、いつも苛立っていた。貧乏だし、バイトはすぐクビになるし、将来の見通しはまったく立たないし、こんな生活からの脱出方法はわからないし、その上これらすべてが「自己責任」と言われるし。 それまでの人生で、「頑張れば報われる」という言葉を嫌というほど聞かされてきた。とにかく歯を食いしばって受験戦争に勝ち残り、人を蹴落としまくっていい学校、いい大学、いい会社に入ることが人生最大の目標であり「幸せ」への近道である、と。そうして頑張ってきた自分たちが社会に出る頃、「バブルが崩壊したので、『頑張れば報われる』という言葉は嘘になりました」と梯子が外された。 騙された。教育に、大人たちに嘘をつかれた。そう思った。右翼団体に入る2年前の95年に起きたふたつの事件も、そんな思いを補強した。95年1月、阪神淡路を襲った大震災。私は戦後日本の繁栄が、一夜にして瓦礫の山となるのを目撃した。テレビで。その2ヶ月後、オウム真理教によって地下鉄にサリンが撒かれた。私は戦後日本を下支えしてきた価値観そのものが崩壊するのを見た。テレビで。物質主義、拝金主義を否定するオウムの登場を受け、大人たちは「戦後日本の教育、戦後日本の価値観が間違っていたのではないか」なんてしたり顔で議論していた。テレビで。 そうだ。私は間違った教育を受け、間違った価値観の中で生きてきたからこんなにも生きづらいのだ。私の目の前には、まるで焼け野原のような光景が広がっていた。だけど、その焼け野原は、「安定層」には見えないのだ。これまでのすべての価値観が通用しない時代に突入したのだと思った。だって、頑張ったところでたかが「就職」すらできないのだ。早く、早く「正しい」価値観を、「新しい」価値観を探さなくては。焦燥の中、思った。 そうして行ったのが、右翼、左翼と言われる人たちの集会だった。彼らの思想も左右の違いすらもわからなかったけれど、「右翼や左翼と呼ばれる人々は政治や世の中に怒っているらしい」ということだけは漠然と知っていた。本気で「愛国」に傾いた偉いオッサンたち 最初に行った左翼の集会は、専門用語ばかりで何を言ってるんだかさっぱりわからなかった。次に行った右翼の集会は、ものすごくわかりやすかった。「お前らが生きづらいのは、すべてアメリカと戦後民主主義が悪いのだ!」。なんのことだかさっぱりわからなかったけれど、私は生まれて初めて「生きづらいのはお前のせいじゃない」と免責された。それまでやめられなかったリストカットがその日から、ぴったり止まった。私はこれを「右翼療法」と呼んでいる。そうして「教育に嘘をつかれた」という心の隙間に「教科書で教えてくれない靖国史観」がすんなり入り込んできた。 最初の頃は、楽しかった。大学にも入れず、企業社会からは排除され、地域社会も友達もなく、どこにも居場所がなかった私は、「国家」に鮮やかに包摂された。時給1000円程度の使い捨て労働力でしかなかった私は「憂国の志士」として団体内で熱烈に必要とされた。 だけど、2年でやめた。きっかけはいろいろある。 右翼団体に入った翌年の98年、小林よしのりの「戦争論」が出版された。大東亜戦争を肯定的に描き、特攻隊を勇敢に描くその漫画は、若者たちを熱狂させた。周りの友人たちも熱烈にハマっていた。「国家に命がけで必要とされる特攻隊」に憧れる「マトモな必要のされ方をしていないフリーター」の友人たちを見て、なんとなく、醒めていく自分がいた。 そんな頃、「新しい歴史教科書を作る会」が出てきたり、国旗国歌法が成立したりした。世の中が本気で「右傾化」していくのを肌で感じていた。私はそれを、なぜだか喜べなかった。強烈な違和感だけがあった。自分のような社会の日陰者が、世の中へのアンチテーゼのように「愛国」と叫ぶことに意味があるのだと思っていた。それなのに、なんだか「偉いオッサン」たちが本気で「愛国」に傾く姿に、気持ちは急速に醒めていった。 ちょうどその頃、右翼内で「憲法」に関するディベートがあり、憲法前文を初めてちゃんと読んだ。それまで団体から言われるがままに「押しつけ憲法反対」とか言いながら、私はちゃんと憲法を読んでいなかったのだ。そうして初めて読んだ憲法前文に、右翼のくせにうっかり感動してしまった。戦争への痛切な悔いや、日本だけじゃなく世界を見据えた理想が描かれたこの憲法を、なんで右翼の人は否定してるんだろ? 素朴に思った。そうして99年、私は右翼団体をやめた。自分が「左翼」だとは思わない「プレカリアート」に救われた 翌年の00年、私は物書きデビューし、それからはあまり政治にはかかわらず、「生きづらさ」や自殺、自傷の問題などを取材していた。その間、若者の間ではネット心中が流行し、20代、30代の死因の1位を自殺が独占し続けた(今もそうだ)。私の周りでも多くの若者が自ら命を絶ち、そのたびに「なんで?」と頭を抱えた。どうしてこの社会は、少し不器用だったり優しすぎたりする人が生きることを許されないのだろう? 「競争に勝てない奴、生産性のない奴には価値がない」なんて暴力的な価値観が支配しているのだろう? 死者が出るたび、思った。学校で、職場でいじめに遭い、長い間ひきこもっていたり、うつ状態にある人が多かった。過剰なノルマの下での過労自殺と思われるケースもあった。 彼らの自殺の背景には、個人の問題だけでなく、構造の問題があるのでは? そんなことを考えていた06年、「プレカリアート」という言葉と出会った。不安定なプロレタリアートという意味の造語に惹かれて行った集会で、社会学者の人が「新自由主義」について話していた。馬鹿だった私は、その時初めて「新自由主義」という言葉を知った。過酷な市場原理主義のもとでの生きづらさや自殺の問題についての解説を聞いて、初めて「自分の周りで死んでいった人たち」と今の世の中の在り方―生産性と利益だけが重視され、即戦力でコミュ力があってどんなに長時間労働をしてもパワハラを受けても倒れたり自殺したりしない体力と精神力のある人しか生き残れない社会―の問題が繋がった。 それから生きづらさの背景にある競争社会、選別、不安定労働、過酷すぎる労働、市場原理主義が覆い尽くした社会や「役に立つ」人間でないと生きることを許されない空気、格差社会や貧困といった問題に取り組み、取材、執筆だけでなく「生きさせろ!」と生存権を求めるデモなんかを主催し始めたら「左傾化した」と言われるようになったというわけだ。ちなみにこれらはプレカリアート運動と呼ばれ、スローガンは「無条件の生存の肯定」である。この言葉に、私自身、随分救われてきた。 で、そんなことを続けていたら11年3月に原発が爆発し、脱原発デモに参加するようにもなり、第二次安倍政権になったら秘密保護法とか生活保護引き下げとか集団的自衛権とかが怒濤の勢いでやってきて、それぞれ「なんか違うだろ」と思うのでやっぱりデモなんかに参加していて、今に至るというわけだ。自分が「左翼」だとは思わない ただ、私はそういう自分が「左翼」だとは思わない。原発が爆発する前から、おかしいと思うことには声を上げてきた。だけど原発が爆発して、強く強く、思った。「声を上げないと、勝手に“賛成”“容認”の方にカウントされてしまうのだ」と。だから、なんかおかしいと思ったことには積極的に声を上げている。それだけのことだ。そしてそこには左右の垣根はない。脱原発デモをしている中には右翼の人もいるし、格差、貧困問題に警鐘を鳴らす右翼の人もいる。 というか、冷戦が集結して25年、従来の「右翼」「左翼」という分け方では通用しない時代になっていると思うのだ。 そして今、大きな問題は、冷戦終結後に世界を席巻し続けるグローバリズムではないだろうか。 その中で、富める者は更に富み、中間層は没落し、貧しい者が増え続けるという二極化が進んでいる。別にわざわざ線引きする必要はないけれど、今あるもっとも大きな対立は既に「右翼」「左翼」などではなく、「1%の富裕層が世界の富の約半分を独占している」ような資本主義の在り方に対して、それを容認するのか、それとも是正しようとしているか、というもののように思う。 で、私は是正した方がいいと思う。やっぱり「どんなに頑張っても一定数の人は絶対に報われない社会」は、社会や人間への信頼を奪っていくからだ。 「頑張っても報われる」が嘘になってから20年以上。今、復権すべきは「頑張ったらそれなりに報われる社会」ではないだろうか。そういう社会は、変なバッシングとかヘイトスピーチとかしなくても済む社会に思えるのだ。 ちなみに私が右翼だった頃、敵はアジアではなく、アメリカだった。今、ネット右翼などと言われる層がアジア蔑視に基づく発言をしているのを見ると、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」は遠い過去になり、経済的な日本の立ち位置がこれほど変わったのかと、ある意味、しみじみする。 ということで、ただひとつ言えること。 それは既に対立軸は「右翼」「左翼」ではなく、おそらく一部の「持てる者」と、99%の「持たざる者」だということだ。これからこの問題にどう取り組んでいくのか。99%である私たちを名指す言葉は、まだない。関連記事■ 1日5人が餓死で亡くなるこの国■ 「タカ」も「ハト」も不毛だ■ 母子家庭の子供は「問題行動を起こす」という言説の欺瞞

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    あの日から真剣に考えた現代社会の「右」と「左」

    。 私は困ったときには本当に信頼できる方々に、そのヒントを聞きに行くよう心掛けています。そこで、このイデオロギーに関する難しい問題について、萱野稔人さん、鈴木邦男さん、田原総一朗さん、三橋貴明さん、という著名な4人の方々に、「右」「左」とはそもそも何か、昔と今の「右」「左」に違いはあるのかなど、疑問に思っていたことをぶつけてみました。それをまとめたのが『ナショナリズムをとことん考えてみたら』(PHP新書)という一冊ですが、みなさんとの対談の中で、現代の日本社会における「右」「左」の輪郭を、おぼろげながらですが、自分なりに理解できるようになりました。 たとえばソ連が崩壊するまでの冷戦期には、「右」と「左」の区分けはそれほど難しいものではなかったのではないでしょうか。左がいわゆる「革新」を指したことに対し、右はそうした「革新」へのカウンターパートである「保守」あるいは「体制」であった、といえるのかもしれません。しかし、冷戦が終結した後、そこから右と左の区分けは極めて複雑かつ曖昧になっていったように思えます。 今ではそれを論じる際、国家の役割の範囲などさまざまな軸があるようにも思えますが、4人の方のお話を伺いながら「なるほど」と思ったのが、その軸の一つとして「グローバル化」をどう考えるか、ということでした。現代において「保守」は何を「保守」するのか、ということにつながるのかもしれませんが、冷戦時代にはそれが「革新」からの「保守」であったものが、今ではグローバル化という巨大な力による国柄としての「保守」という見方もできるでしょう。 そうした視点を持って考えてみると、たとえばまさに今、ヨーロッパ各国を揺るがす移民問題は、推進派であれば「左」、慎重派であれば「右」という区別もできるのかもしれません。日本ではまだ移民問題はそれほど人々の身近に迫ったものではありませんが、ヨーロッパでは私が幼少期を過ごしたスイスでも、憲法改正によって移民制限が公然と行われるほどの関心事です。そうした軋轢の中で、フランスの『シャルリー・エブド』襲撃事件などが引き起こされているのです。 その一方で、たとえばそうした「グローバル化」という軸に対し、いわゆる冷戦崩壊前の「右」「左」の価値観、つまり体制VS反体制という価値観が同時並行的にメディアで語られ、右、左の概念がさらに分かりにくくなっているように思えます。結局、各自がそれぞれの「右」「左」の価値観に従って語り合うわけですから、そもそも議論がかみ合うはずもありません。 その結果、「あいつは右だ」「左だ」という「レッテル貼り」が横行し、ますます対話の機会が減り、さらに議論はどんどんたこつぼ化していくような気がしてならないのです。おそらく、いま「右」や「左」を考えるときに必要なことは、あまり自分の立場に固執せず、場合によっては「右往左往」するくらいの柔軟性ではないでしょうか。 世の中はどんどん複雑になっています。だからこそ、ある問題に対して、いとも簡単に解が出るようなことはありません。であれば、自分とは立場が違うと思われる人と積極的に「対話」を継続してこそ、本当に生産的で意味のある議論が成り立つのではないでしょうか。 私は「炎上」という苦い経験をしたからこそ、これからも恐れることなく積極的に「右往左往」しようと思っています。それが、これからも「政治を語る意味」につながっていくのだと、私は信じています。関連記事■日本の右傾化「左翼が夢物語ばかり掲げたから」■レッテル貼りで安心している限り右左の分類はなくならない■「タカ」も「ハト」も不毛だ■「右翼」「排外主義」狂奔するレッテル貼り■「右傾エンタメ」批判の嘘