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    「LGBTなんて言葉なくなればいい」元女子高生の僕が伝えたいこと

    杉山文野(フェンシング元女子日本代表) 「それはお前がいい男に抱かれたことがないからじゃねえか?」。僕が「本当は男なんです」とカミングアウトしたとき、フェンシングのコーチからこう言われました。 僕はLGBTの中の「T」、トランスジェンダー(心と体の性が一致しない人)です。幼稚園のころから、自分は男だと思って男の子たちとサッカーをして遊んでいました。でも、小中高と女子校に入ることになり、周りには女の子しかいない状況に「なんだかおかしいぞ?」と自分の性別に対する違和感を意識するようになったんです。 昔からスポーツが好きでしたが、その中でフェンシングを続けるきっかけになったのも、ユニホームに男女の差がほとんどなかったからなんです。当時、剣道は女子だけ赤胴に白袴、テニスはスコートが主流でしたし、バレーボールもブルマー。男女の差がはっきりと出るユニホームを着るのが本当に嫌だったんです。 小学生のころは、男子相手でもテクニックで打ち負かしていました。でも中学校に上がるころになると、第2次性徴が始まり、一気に体格差が出てくるようになりました。こうなると、ついこの前まで簡単に勝てていた男子の体があっという間に大きくなって、力もスピードも勝てなくなりました。それに比べて、自分の体はどんなにトレーニングをしてもなかなか筋肉がつかない。さらに、生理が始まって体調の変化もあるし、「体の変化」で男女の差が出てくるのは、自分にとってとても悔しいと感じるようになりました。 フェンシングは一般的に貴族のスポーツのように言われますが、実際はボクシングと変わらないくらい泥臭いスポーツなんです。フェンシングだけではないと思いますが、フェンシング協会もクラブチームもかなり体育会系で、男尊女卑というか、男性優位な風潮が当時はありました。 例えば、合宿に行っても食事の準備や洗濯は女子がやって、男子の先輩は練習が終わればパチンコに行ってしまう、なんてこともありました。男子選手が筋トレで体力がもたなかったりすると、「お前オカマかよ!」とか、「情けねえな、女じゃあるまいし」とか、そういった発言が当たり前のようにありました。もっと言えば「お前は女なんだから」と、どうしても女性を見下すような雰囲気がありましたね。元フェンシング女子日本代表の杉山文野さん(撮影 iRONNA編集部、松田穣) でも、当時のフェンシング仲間はすごく楽しくて良い人たちばかりでした。ただ、良い人であることと、差別的な表現をしてしまうことは、まったく別軸にあったように思います。誰も悪気はなく、男尊女卑のような表現をするのが当たり前だったんです。当時はジェンダーやセクシュアリティに関する情報がほとんど出ていなかったからなんだと思います。 2004年にフェンシング日本代表入りを果たし、世界選手権に出場した1年後に引退するまで、自分はずっと「僕」だと思っているのに、「女子」の部に出ているのはなぜなんだろう、と葛藤を繰り返していました。別に悪いことをしているわけでも、ドーピングをしているわけでもないのに、常に罪悪感のようなものが自分に付きまとっていたんです。アスリートとしての道をこのまま進んでいれば、自分らしくなれないし、かといって男性ホルモンの投与や性別適合手術を受ければ、選手を続けることができない。当時はその二者択一しか選択肢がなかったんです。自分にもあった「男尊女卑」 今振り返れば、100%競技に集中しているつもりでも、それと同じぐらいのエネルギーを、性別違和の悩みに使っていたんじゃないかと思っています。白いTシャツ1枚じゃ胸が透けてしまうけれど、ブラジャーはつけたくなかったし、スポーツブラをつけていても違和感が常にありました。女性用の更衣室でシャワーを浴びるにも、他の人と一緒の時間に入らないようになんとか時間をずらしたり、練習後に男子選手が気持ちよさそうにTシャツを脱いで裸になってパタパタ仰いでいるのをうらやましく思ったり、ホントに些細なことなんですが、いつも性別違和と向き合っていました。 そんな現役時代でしたが、実は本当に身近な人にはカミングアウトをしていました。クラブチームの仲間は「文野は文野だよね」と受け入れてくれましたが、だからといって単純に心が晴れやかになるわけではありませんでした。 なぜなら、自分が本当は男で、これから男に移行していきたい、みたいな話をしているのに、女子選手に負けたりすると、僕の心の中にもある種の男尊女卑的な部分があって、「女子なんかに負けてしまって」と思ってしまうんです。かといって男子にはかなわない。だからフラストレーションはたまる一方でした。周りは自分を受け入れてくれたにもかかわらず、自分の方が逆に居場所がないように感じることがありましたね。 それでも、自分にとって師匠と呼べるような人にカミングアウトしたときは「何があっても俺がお前の師匠であることは変わりない」と言ってもらって、すごくありがたいと思いました。一方で、別の信頼していたコーチをはじめ、大半の人からは、冒頭の言葉のように「いい男に抱かれたことがないから、そんなこと言うんじゃねえか?」というような反応が多く、やっぱりスポーツ界でカミングアウトするのは難しいなと実感しました。フェンシング現役選手時代の杉山文野さん こんな自分の体験を踏まえても、いま現役選手がカミングアウトするのは難しいと思います。本当はカミングアウトしたからといって、解決するわけじゃないんですよね。カミングアウトすることで、逆に居場所がなくなってしまうこともあります。僕は引退したから言えますけど。 メダルをとった選手で、実はLGBTだという人を個人的に何人か知っていますが、「やっぱり言えないよね」と言っていました。なぜなら、特にメダルをとった選手は、家族にとっても自慢の息子や娘だし、地元やファンにとってもヒーローという期待が膨らむ中で、もしカミングアウトしてしまえば、それ自体が裏切り行為になってしまうのではないかと不安を抱えてしまうからです。 だから、カミングアウトするということは、本当の自分をオープンにすると同時に、「これまで黙っていたのは、みんなに嘘をついていた」と言うのと同じなんです。東京五輪はチャンス もちろん、わざと嘘をついているわけではないし、嘘をつかざるを得ない状況に追い込まれていた事情があるからなんですが、これは社会の責任だと僕は思っています。でも、はっきり社会の責任だと声を大にして言いづらいのも事実です。自分のせいだと、責任や罪悪感を強く感じてしまう状況でカミングアウトするのは、とてもハードルが高いんです。 その一方で、スポーツは社会を変える力があると信じていますし、2020年の東京五輪は大きなチャンスになり得ると思っています。リオ五輪の時には、パラリンピックと合わせて50人以上がカミングアウトしたり、試合後に公開プロポーズしたり、いろいろなことがありましたよね。なぜそういうことをするかというと、五輪という世界中から注目をされているときに発信しなければ、私たちの声を取り上げてもらえないからです。だから、タイミングを見計らって情報発信するんですよね。 東京五輪では、実は取り組みの一つとして、世界初のLGBTパレード「アジアンプライド」をやってみたいと思っています。「ワールドプライド」という世界規模のLGBTパレードは既にありますが、アジアという枠組みではやったことがないので、台湾や韓国など、アジア各国と連携してできればと考えています。「世界初のLGBTパレード『アジアンプライド』を実現したい」と語る杉山文野さん(撮影 iRONNA編集部、松田穣) また、2020年に向けてアライ(LGBTを理解し、支援する人)アスリートの人たちにも、表に出てもらいたいと考えています。現役選手がカミングアウトするのはまだまだ難しいけど、それを理解してくれる人、支援してくれる人を可視化することで、スポーツ界でも発言しやすい環境をつくっていくことから始めていけたらと思っています。 スポーツ選手って、子供たちの憧れの的じゃないですか。そういう人たちがカミングアウトできるようになったら、それは本当に大きな夢と希望になります。僕だって、会う人会う人に「元女子高生です」なんて言いたくないですから。でも、言わないと「いない人」になってしまいます。近い将来、LGBTなんて言葉がなくなればいい。そのために、今はまだ言わなきゃいけない時代なんです。(聞き手 iRONNA編集部、中田真弥)すぎやま・ふみの フェンシング元女子日本代表、株式会社ニューキャンバス代表。1981年、東京都生まれ。早稲田大大学院教育学研究科卒業。LGBT(性的少数者)の支援に取り組むNPO法人「東京レインボープライド」共同代表理事、NPO法人「ハートをつなごう学校」代表として、講演会やメディア出演など活動は多岐にわたる。日本初となる渋谷区・同性パートナーシップ証明書発行に携わり、渋谷区男女平等・多様性社会推進会議委員も務める。著書に『ダブルハッピネス』(講談社)。

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    東京五輪は「閉じた世界」LGBTの集大成となるか

    ナル」というネットワークも生まれることとなりました。「プライドハウス」設置への苦闘 そして同年、国際オリンピック委員会(IOC)がオリンピック憲章を改定し、「根本原則」第6項において「性別および性的指向」に関する差別禁止を表明したのも、これら一連のソチ冬季五輪期間に行われたさまざまな活動が大きな契機となってのことでした。 私が初めて「プライドハウス」と出会ったのは、2015年夏にカナダで開かれた「プライドハウス・インターナショナル」の会合でした。パンアメリカン大会(南北アメリカ大陸の各国が参加)に合わせ、トロントのLGBTセンター「The 519」が期間限定で「プライドハウス」となり、2016年のリオ五輪、2018年の平昌冬季五輪での設立を目指すチームも参加しました。 私が代表を務めるLGBTの支援団体「グッド・エイジング・エールズ」が、シェアハウス、カフェ、街のステーションなどの企画運営、職場づくりのカンファレンスやランニングイベントの開催をしていたこともあり、2020年の東京五輪に向け、日本での「プライドハウス」立ち上げを勧められました。 会合では、「プライドハウス」の過去の取り組みや課題、実施に至るまでのノウハウがシェアされると同時に、各国各地の地域性・独自性を活かしながら、いかに持続可能な取り組みとして、その都度、バトンを渡していくことができるかについて議論されました。 また、直近のリオ五輪、平昌五輪、そして2020年東京五輪での「プライドハウス」においては、施設としての大小や形にとらわれず、ホスピタリティ、情報発信、自由参加可能なスポーツ企画、教育プログラムという4つの機能の実現を目標にしたい、という緩やかな意志の共有もありました。 個人的には、ブラジルから参加したジェフ・ソウザさん、韓国から参加したキャンディー・ダリム・ユンさんとは意気投合し、「お互いのプライドハウス実現をサポートし合おう!」と誓い、トロント以降も連絡を取り合う仲となりました。昨年のリオデジャネイロ五輪で設置されたLGBTの拠点「プライドハウス」で写真に納まる松中権さん(右)(筆者提供) そして2016年夏、仕事の関係でリオに滞在していた私は、五輪開催に合わせてジェフさんたちが立ち上げた「プライドハウス」のオープニングイベントに参加しました。その際、ジェフさんから、国外に発信されるブラジルの陽気なプライドパレードのイメージとは裏腹に、国内でのLGBTなどへの政府や自治体や企業のスタンスは非常にドライだと聞きました。最終的にどこからもサポートを得られず、「プライドハウス」はトランスジェンダー女性のシェルターの一部を借りて実施するなど、苦労が多かったようです。東京五輪が集大成になる とはいえ、リオ五輪では「カミングアウトしたオリンピアンが過去最大数」「試合後に同性カップルのプロポーズ」など、明るいニュースが報道されました。ただ、現在も年間数百人のトランスジェンダー女性がヘイトクライムで殺害されているなど、ブラジルのLGBTの実情についてはほとんど語られることがなかったのも現実です。 こうした流れの中で開かれた平昌五輪は、キャンディーさんをはじめとする韓国チームが、五輪に向けて、いくつもの取り組みを実施してきました。あまり報道されていませんが、平昌五輪の倫理憲章に記された、LGBTなどのコミュニティーへの差別禁止条項の周知や、期間中の差別被害のモニタリング機能を果たすことを宣言したほか、具体的な被害状況を寄せられる通報フォームも立ち上げました。 また、「正しい表現や単語を使う」「存在を居ないことにしない」「HIV/AIDSの正確な情報を提供する」など、オリンピック史上初めて、LGBTなどに関するメディア向けの表現ガイドラインの提供も行っています。 その一方で、韓国ではキリスト教信者や保守層のLGBTなどに対する根強い抵抗によるコミュニティーとの衝突もあります。文在寅(ムン・ジェイン)大統領が選挙前に「同性愛に反対」と発言したことへの抗議活動で逮捕者も出ており、国内で強力な支援体制を得ることができず、本格的な「プライドハウス」の設置には至りませんでした。左からプライドハウスインターナショナルのケフ・セネットさん、韓国プライドハウス担当のキャンディーさん、松中権さん(筆者提供) そして迎える2020年東京五輪はどうでしょうか。世界各国で相次ぐ同性婚の合法化の流れ、IOCによるトランスジェンダー選手の参加条件の明確化など、国内外を合わせてもLGBTなどに関する社会的関心が高まっており、集大成の時期になると言えるでしょう。 だからこそ、日本でも設立を目指す「プライドハウス」は、専門家や企業、自治体、教育機関、メディアなど、より多くの機関が関わっていくべきだと考えています。差別や偏見を具体的に取り除き、来場者に「安心」をいかに提供できるか。実際に起こっている被害をキャッチし、当事者を守り、いかに「救済」することができるか。そして、社会が性に関する多様性を受け止め、いかに多くの人が互いを「祝祭」し、リスペクトしあえる場を作りあげることができるかが重要です。 これらの役割を担える「プライドハウス」を模索しつつ、組織委員会と連携し当事者選手に向けた取り組みだけでなく、五輪後も形を変えて機能を継承していけるよう、みなさんとともに議論し、実現していきたいと考えています。 先日、東京都議会での一般質問を受けて、東京都としてオリンピック憲章の理念に基づく条例を制定する動きが出てきたというニュースが飛び込んできました。単なる理念条例にとどまることなく、LGBTなどに関する担当部署の設置を視野に入れ、2018年度内の成立を目指すようです。こうした2020年東京五輪に向けた動きを生かしていくことが、私たちの使命だと考えています。

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    「フェアな東京五輪」への道は甘くない

    鈴木知幸(国士舘大客員教授、元16年東京五輪招致推進担当課長) 「2017年版オリンピック憲章(JOC日本語版)」のオリンピズム根本原則には、「すべての個人はいかなる種類の差別も受けることなく、オリンピック精神に基づき、スポーツをする機会を与えられなければならない。オリンピック精神においては友情、連帯、フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる」とうたわれている。この「いかなる種類の差別」とは「人種、肌の色、性別、性的指向、言語、宗教、政治的またはその他の意見、国あるいは社会のルーツ、財産、出自やその他の身分などの理由」と個別的に列挙されている。 この差別禁止事項は、2003年版の憲章まで「オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく…」とだけ書かれていて、個別事例は列記されていなかった。しかし、2004年版から「人種、宗教、政治、性別、その他の理由に基づく国や個人に対する差別」と、初めて4つの個別事例が書き込まれるようになった。 その後、2014年2月に、ソチで行われた冬季五輪の開会式において、前年成立したロシアの「反LGBT法(反同性愛法)」は人権侵害だとして反発した米、英、仏、独など欧米諸国の要人が開会式を欠席したことで世界が注目した。だが、日本の安倍晋三首相はプーチン大統領に配慮して出席しており、日本は人権問題への意識が低いのではないかとの批判もあった。2014年2月、ソチ冬季五輪の開会式に出席した安倍晋三首相(中央、代表撮影) これを機に、2014年12月の国際オリンピック委員会(IOC)総会において、事前にIOCが提言していた「オリンピック・アジェンダ2020」を踏まえて、憲章の「いかなる種類の差別」の中に、「性的指向(Sexual Orientation)」が書き加えられたのである。その憲章改正を受けて、2020年の東京五輪・パラリンピックの大会基本計画にも多様性を認め合う対象として、性的指向が明記されている。 したがって、東京都がダイバーシティ(多様性)を表明しているなら、東京五輪の開閉会式で、ロンドン五輪と同じくLGBTなどの性的少数者の権利をテーマの一つに加え、日本も積極的に取り組んでいることを世界にアピールしてほしいと願う関係者は多いはずである。その上で、このテーマを具現化するためには、大会中ではカミングアウトした人々だけでなく、すべての参加者が、相互理解のもと安心して使用できる更衣室、トイレ、宿泊機能などの整備を推進するとともに、それを保証する法整備や制度設計を整えることは言うまでもない。パラリンピックで浮上する異論 もちろん、大会開催中に該当者の利便性を確保するだけで終わってはならない。大会後に日本国民がLGBTの権利を理解し支持するようダイバーシティへの啓発を進めて、社会的レガシーにしていくことこそが、五輪開催の意義の一つとして評価されることになるだろう。2017年7月、LGBT自治体議員連盟を発足させた東京都豊島区の石川大我区議(左端)ら地方議員 憲章における「差別禁止」は、五輪の大会運営全般に差別があってはならないという趣旨だ。さらに、前述した「フェアプレーの精神とともに相互理解が求められる」とは、競技者同士が公平性について相互理解することが、スポーツのフェアプレーであると解することができる。 IOCと国際競技団体(IF)は、五輪競技者の公平な参加条件を定めるために、さまざまなアンチ・フェアネスと戦ってきた歴史・経緯がある。特に、アンチ・ドーピングは五輪の公平性を守る戦いそのものだと言っても過言ではない。 もともと、ドーピングは競技者の健康・生命を守ることで取り締まりを始めたが、すぐに健康を害しないドーピングが現れた。現在は、薬物などによる競技能力の操作は、インテグリティ(高潔性、正義)に反するとして厳格に対処しているところである。しかし、すでにゲノム編集による遺伝子ドーピングなど、先天的に優位性を操作できる懸念にまで及んでおり、ドーピングのアンフェア排除の限界説までささやかれ始めている。 また、両足義足のパラリンピック選手が五輪種目に出場を希望したときには、義足の反発力が走力を高めているとして出場が拒否された問題も公平性が争点になり、現在も続いている。なお、パラリンピックは、国際パラリンピック委員会(IPC)が、競技の価値として「公平(Equality)」を挙げており、「多様性を認め、創意工夫をすれば誰もが同じスタートラインに立てる」とアピールしている。その公平性の確保のためにIPCは、パラリンピック競技を身体機能別に細かく区分し、種目数(メダル数)を大幅に増やす創意工夫をしている。例えば、東京パラリンピックでは22競技537種目まで区分されているのである。 したがって、身体機能の区分に異論を訴えられた事例はあるが、男女の所属判定に翻弄されたケースは、まだ表面化していない。ただ、近年のパラリンピックは競技レベルが向上し、メダル合戦も熾烈(しれつ)になりつつあり、いずれ五輪のような男女区分にも異論が出てくることは否めない。メダル争奪戦の弊害 一方、五輪競技は、男性と女性(混合は男女一緒という意味)の区分しかできず、東京五輪の場合は、33競技を男子、女子、混合の339種目に区分してメダルを設定している。このため、競技性の公平性を厳密に確保しようとすれば、男女の区分へ異論が集中することは必然である。 現在の五輪は、近代オリンピック創設者のクーベルタン男爵が「オリンピックは参加することに意義がある」と言っていた時代ではない。賛否は別にして、1分1秒を厳しく争う国家ぐるみのメダル争奪戦になっており、競技者はメダル獲得によって人生が激変する時代である。だからこそ、勝つためにはどのような不公平も許せないことは競技者共通の思いであり、IOCも公平性確保を厳格化しているのである。皮肉にも、健常者がパラリンピック選手と同様のハンディを設定すれば、パラリンピックに出場できるのかという反論もあり、これではパラリンピック大会の存在意義さえ問われかねない。 その他には、競技ルールの変更や競技器具の開発制限、イスラム教下での女性スポーツ制限など、競技の公平性にかかわる問題は枚挙にいとまがない。したがって、あらゆるスポーツ競技者が、相互理解を踏まえて公平な条件でスタートラインに着くということは、そう簡単なことではないのである。2016年8月、リオデジャネイロ五輪の陸上女子800メートルで優勝した南アフリカのキャスター・セメンヤ(中央、桐山弘太撮影) 憲章で差別が禁止されている性的指向の中で、スポーツ競技力に大きな影響を及ぼすのは、LGBTのトランスジェンダーと、両性具有者である。 特に、生物学的な男女の運動能力的な差異は、陸上競技の短中距離や投擲(とうてき)競技のように、走力、重量対応力、瞬発力などによるパフォーマンス差に大きく表れる。その影響は男性ホルモン量に最も起因するといわれている。そのため、サッカーのようなチーム競技やスキルが中心の競技ではなく、個人の身体能力をシンプルに競い合う陸上競技などの成績において顕著に表れるのである。とりわけ、競技力の公平性の議論に一石を投じたのが、両性具有と診断された陸上中距離のキャスター・セメンヤ選手(南アフリカ)である。セメンヤ選手に対しては、さまざまな擁護と反発の見解がある。 擁護する見解には、オリンピズムにおいて最も守らなければならない根本原則は「スポーツをすることは人権の一つ」であり、先天的な有意差をとがめてホルモン調整を強要したり、競技条件を厳しくして排除することは、人権無視も甚だしいという理由による意見が多い。「旧優生保護法」への懸念 一方、現に五輪競技が男性種目と女性種目に区分されていることは、競技能力を区別することであって差別ではない。したがって、公平な条件でスタートラインに立つことを保証するために、ホルモン調整などさまざまなコントロールを参加条件にすべきである。それを怠れば明らかに逆差別となり、新たな不公平を生むという見解である。その懸念が表れたのが、リオデジャネイロ五輪で、セメンヤ選手が女子800メートル走で驚異的な記録で優勝したときである。その時に2位以下の選手から異論が噴出したことは察するに余りある。 もちろん、IOC、国際陸上競技連盟(IAAF)、スポーツ仲裁裁判所(CAS)とも静観したり、手をこまねいていたわけではない。苦慮したうえでそれぞれの判断を下しているのである。特にIOCは、現在のところ、男性選手が女性選手として出場する場合には、性別適合手術を受けていなくても、性自認が女性であることを宣言して4年間変更しないこと、および、テストステロン値(男性ホルモンの一種)が、過去12カ月の間一定レベルを下回っていることを証明することとしている。しかし、この現行案でも、すべての参加者に相互理解が及ぶことは程遠く、不可能に近い。 だからこそ、東京五輪におけるLGBT対応は、大会中にすべての人々が快適に五輪を享受できるよう、行動や生活などすべてのバリアフリーを徹底することが前提となる。実際に、東京都はLGBTを担当する部署の立ち上げをようやく表明した。4月から担当課長を置いて、五輪憲章の理念に沿った条例の制定を目指すという。また、大会組織委員会も十分な対策を検討しているところである。2017年10月、東京五輪の開幕まで1000日となり、カウントダウンボードをお披露目。小池百合子東京都知事(後列左から3人目)もイベントに参加した その上で日本が、世界に向けてさまざまな人権問題に取り組み、その制度設計や法改正を進めていくというメッセージを発信する必要がある。ただその際に、個人的に懸念しているのが「旧優生保護法」への対策である。日本では現在、旧優生保護法に基づき不妊手術を受けた被害者に対する救済処置を巡って議論が続いている。もし、この現状を放置したまま、東京五輪でLGBTの積極的な救済を訴えても、国民も世界からも懐疑的に見られる懸念を拭い去れない。 何より、大会後の継続が最も重要であり、日本国民が2年後の東京五輪におけるLGBT対応への理解を通じて、ダイバーシティ社会の構築が加速され、未来に向けた社会的レガシーになっていくことを期待したい。その一方で、五輪の持続可能性には、スポーツ競技の公平性を絶対的価値として維持していくことが重要であることも共有すべきである。 憲章を通じて、いかなる差別も廃止する根本原則と、スポーツの本質である競技の公平性には、どうしても二律背反に陥るところが生じてくる。IOCはその現実を認めつつも、個人の尊厳と競技の公平性を両立していく議論を続けてほしいと願うばかりである。

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    寂しすぎる平昌五輪の経済効果、文政権は「宴の後」に苦しむ

    スやチームプレー、また各国選手との交流など、多くの日本国民は感動に包まれたことだろう。宴が終わると「オリンピックロス」の感情がいやでも芽生えてくるが、他方で経済的なロスも気になるところだ。燃え上がる平昌冬季五輪の聖火=2018年2月(共同) オリンピックやサッカーのワールドカップはその開催地域だけではなく、一国全体にも大きな経済効果を与える。開催が決定されれば、会場や道路などインフラ投資が活発化し、また五輪関連投資などで海外からの旅行客も次第に増加していくと考えられるからだ。この事象だけ捉えれば、開催国の経済浮揚に貢献することが多い。だが、五輪が終わればブームも一段落し、経済が減速しないかが話題の焦点になる。 では、平昌五輪の経済効果はどのくらいだろうか。韓国経済全体に与える影響をみると、過去の五輪開催国の「平均像」に比べてかなりパフォーマンスが悪いことがはっきりしている。この点について、日本銀行が公表した「2020年の東京オリンピックの経済効果」という展望論文が参考になる。過去の五輪開催国では、開催前の5~2年にかけて実質国内総生産(GDP)成長率が有意に上昇し、また開催年までに実質GDPの水準も累積で10%ほど上昇するという実証研究が紹介されている。 開催5~2年前というのは、2013年から16年の4年間である。この間の韓国実質成長率の平均は約2・9%である。リーマン・ショックの影響を受けた09年、そしてその反動増ともいえる10年を除いて、21世紀の韓国の実質成長率の平均は4・2%程度なので、この数値と比較するとそれほど高くはない。 また細かくみると、2014年に3・3%をピークにして低下している。このときから失業率も悪化傾向にあり、特に若年失業率は2桁前後に留まったままである。朴槿恵(パク・クネ)前大統領が失脚した背景には、この雇用不安や不満があったと思われる。ちなみに実質GDPの累積増は、従来の五輪開催国の中ではかなり高い。もちろん、この累積増も五輪開催以前の実質成長率の平均値が高いので、五輪の経済効果が目覚ましいとするには寂しすぎるのである。平昌五輪の経済効果が「寂しい」理由 五輪経済効果の「寂しさ」の原因の一つは、韓国の輸出が2014、15年と大きく減少したことにあるだろう。韓国は経済規模の半分ほどの輸出額がある、いわば「輸出依存国家」だ。だが、肝心の輸出が15年に前年比7・9%減、16年も同5・9%減と落ち込んだ。2017年に入ると輸出は堅調で、また実質成長率も3・1%に回復している。だが、回復を主導したのは投資であった。五輪効果が直近でようやく出てきたというよりも、韓国銀行の金利引き下げなどの緩和政策が効果を発揮している可能性がある。実際に輸出の堅調は、ここ数年では最もウォン安が進んだことに原因がある。ただし、雇用情勢の方は相変わらずで、17年も失業率・若年失業率ともに悪化したままである。 韓国にとって平昌五輪の経済効果、それ自体は「寂しい」。さらに五輪開催の最大のメリットともいえる、海外からの観光客数も17年から減少傾向にある。今年の数値はまだ分からないが、17年は約2割の大幅減だった。その主因は「THAADショック」による中国からの観光客の減少である。 韓国政府は米軍の最新鋭迎撃システム、高高度防衛ミサイル(THAAD)を北朝鮮の脅威への備えとして配備することを決定した。中国がその報復として、団体旅行客の訪韓を禁止したからだ。その後、昨年末の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の北京訪問、そして習近平国家主席(総書記)との首脳会談によって「雪解けムード」が生まれた。韓国も平昌五輪開催に併せた中国観光客のビザなし来韓を可能にした。だが、いくつかの報道をみる限り、中国人観光客が大幅に増加しているという感じではなさそうだ。2017年3月、韓国・ソウルの繁華街、明洞。中国語表示の看板が目立つものの、中国人団体観光客は姿を消していた(桜井紀雄撮影) このように平昌五輪における韓国経済への「事前効果」は目立つものではない。では、「宴の後」はどうだろうか。もともと五輪の経済効果に目ぼしいものがないのだ。しかも、17年の実質経済成長率が3%台に上昇したのは、むしろ金融緩和政策が限定的に効果を発揮したからだろう。 ところで、いま「限定的」としたのは理由がある。韓国の金融緩和政策は経済全体を好転させるには、かなり不足した状況にあるからだ。特に雇用状況の改善には一段どころか二段ぐらいの緩和措置が必要だ。だが、韓国銀行は昨年末に11年以来の金利引き上げを行った。事実上の緩和政策の転換であろう。現状の韓国のインフレ目標である2%を達成していて、その意味では金融政策は「合格点」とみなす向きもある。だが、このインフレ目標水準は、韓国の雇用改善には低すぎるのである。韓国経済の命運を握っているのは?2017年4月、韓国・釜山で開かれた就職説明会に参加した若者ら(聯合=共同) 韓国では2桁前後の高い若年失業率を構造的問題に求めるのが「通説」だ。一般的には、大卒の若者たちが大企業に就職希望を集中させる「雇用のミスマッチ」や、定年の延長効果によって新規採用が手控えられたことが指摘されている。だが、ここ数年の若年失業者の9~10%台への上昇は、経済成長の減速、そしてそれに伴う物価水準のデフレ傾向と歩みを同じくしていた。例えば、インフレ目標の中央値が3%であり、なおかつそれを上回るインフレ率であった当時の若年失業率は、高いとはいっても平均して7~8%台だったのだ。つまり、今でもインフレ目標を3%に高めれば、若年失業率を押し下げる余地がある。その意味で一段の緩和が韓国経済にとって効果的だろう。 ただ、筆者は、さらに「一段」緩和が不可欠だと考える。文政権は公的雇用の増加や最低賃金引き上げに伴う企業への補助の大規模な財源が必要とされている。この財源調達においても、積極的な金融緩和政策が力になるはずだ。それが難しいのは、韓国政府が金融緩和政策をより進めると、自国の抱える対外債務がウォン安で膨らむことを懸念しているからだ、というのが「通説」である。だが、この種の懸念は賢明ではない。実際にインフレ目標が3%だったとき、韓国では対外経済危機が生じただろうか。むしろ韓国経済は輸出に大きく牽引(けんいん)されて好調だったのである。 一方、貿易構造が似ていた日本の輸出企業は韓国のライバル企業に苦戦していた。なぜなら、当時の日本は事実上デフレ政策を採り、円高スタンスだったからだ。だから、今の韓国銀行が低いインフレ目標を採用し、金利引き上げスタンスを維持するならば、日本の競争企業にとっては幸運だろう。言い換えれば、韓国の輸出企業にとっては苦難を意味するのである。 要するに、韓国にとって平昌五輪の経済効果はほとんど大したことはない。むしろ金融政策のあり方が、今までも、そしてこれからも韓国経済の命運の多くを握っていることになる。 文政権は五輪期間中、「ほほ笑み外交」をはじめ、北朝鮮寄りの人気取り政策へあからさまに傾斜した。その政治的な成果は国際的には否定的だろう。それどころか、70%を超えていた大統領支持率が一時50%台に急落した世論調査でも明らかなように、韓国国内でも同様である。文政権の行方は、むしろ不十分な金融政策と、北朝鮮への過度な「融和」的姿勢の行方にかかっている。

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    くまのプーさんと羽生結弦「本番に強い」心理を生む2つのコト

    藤井靖(明星大学心理学部准教授、臨床心理士) まさに完璧な演技だった。羽生結弦選手の繊細かつ大胆な演技の裏に、心理的な強さを垣間見た。 もちろん今回の結果は、われわれフィギュアスケートの門外漢にはイメージし得ないほどの厳しいトレーニングと、大けがからの復帰をかけるプレッシャーと常に戦う日々を積み重ねてきた結晶であることは自明の理である。 しかし、世界におけるトップ・オブ・トップの戦いの中では、技術の高さはもとより、いわゆる「本番に強い・弱い」、「大舞台に強い・弱い」といった違いが結果に影響することは想像に難くない。男子SPの演技を終え、歓声に応える羽生結弦=江陵(共同) そのため、多くのプロスポーツ選手はメンタルコーチを帯同させるなど、メンタルコンディションの管理は、もはや目標を達成するための当たり前の準備として認知されている。 羽生選手は今回、まさに「本番に強く、大舞台に強い」を強靱(きょうじん)な精神力をもって体現した。彼の心理的な強さはどこにあるのだろうか。これまでの言動や振る舞いから、その要素を探ってみたい。 一つは、「精神的な孤独力」のように思える。 現代における彼と同世代の青年の友人関係をみると、自分が必要だと思った以上に深く人間関係を築こうとしないが、一方で自分だけが孤立することを恐れるが故に、「なんとなく群れる」傾向が認められる。つまり、自分の周りには誰もいない、という状況よりは、それほど親しいとはいえない友人であっても身近に誰かがいる状況を求める傾向にあるのだ。 これは、対人関係における他者との適切な距離感をつかむことの苦手さともいえ、現代型うつ(非定型うつ)や社会的ひきこもりの一因とも考えられている。 当然のことながら、人間は社会的な動物であり、人と交わりながら、協力しながら、時に支えあいながら生きている。そのため、他者の存在を求めるという心理は至極当然ともいえる。 一方で、人間関係に疲れたり、自分への期待感に押しつぶされそうになったり、他者に対するマイナスの感情に心が支配されることもある。それが、仕事でのパフォーマンス発揮や課題克服の妨げにもなりうる。羽生を支える二つの要素 とりわけ羽生選手のように超有名で、ましてや前回五輪のディフェンディングチャンピオンともなると、周囲からの期待が時に重圧になったり、他者からの批判やねたみの声が聞こえてくることもあるだろう。さらにいえば、今回は直前にけがを負って練習ができない時期もあった。その時の雑音は相当なものであっただろう。 こうした際に自分を支える一つの要素は、英国の精神科医、ドナルド・ウィニコットが言及した「一人でいられる能力」である。羽生選手のこれまでの「自分について語る姿」から、この力がしっかり備わっているように感じられるのだ。 「一人でいられる能力」とは、実際に社会的に孤立していることを指しているのではない。誰かと一緒に過ごしながらも、自分と他人とを違う「個」として受け入れ、自分の中で区別したり、他者との心理的距離感を適切に保った状態である。フィギュア男子SP、演技を終えた羽生結弦のもとには無数のくまのプーさん人形が投げ込まれた=江陵(松永渉平撮影) この能力が高いと、周囲の雑音はそれはそれとして距離を保ったり、自分が目標を達成するために他者の助言を受け入れながらも、常に自分の物差しで物事を考えていくことができる。そのプロセスは、氷上でたった一人で最初から最後まで演技を完結することには当然プラスに働くのではないかと考えられる。 なお、「一人でいられる能力」の高さは、5歳までの親の育て方に起因すると考えられている。その意味では、今回の結果は羽生選手の養育者(父母などの家族)の成果ともいえるのかもしれない。 二つ目は「マインドフルな心の状態」を作る力である。 これは、「今自分がやるべきこと」に、限りなく100%に近く意識を集中できる能力である。人間は誰しも、過去と未来を抱えながら「今」を生きている。しかし、プレッシャーがかかる場面や緊張する状況においては、過去や未来のことに意識が及ぶことが多い。 例えば、会議の前に「あー、こないだの会議でプレゼン失敗しちゃったな…」とつい考えてしまうのは過去へ意識が及んだ状態であるし、大事な面接の前に「うまく受け答えができなかったらどうしよう…」という思考が頭を支配してしまうのは、未来に関する不安が高まった状態といえる。羽生から全く感じられない「囚われ」 いずれにしても、過去や未来に心が囚(とら)われた状態では自分のパフォーマンスを十分に発揮することにはつながらない。 「競技への集中力の高さ」は羽生選手の演技を見ていれば誰もが感じるところであるが、当然のことながら、彼も過去や未来への囚われと戦いながら日常を生きているだろう。 しかし、演技中の彼からは、その囚われは全く感じられない。競技中にマインドフルな心の状態を保つ術を身につけているのであろう。 もしかすると、彼が愛してやまない「くまのプーさん」は、その一翼を担っているのかもしれない。過去や未来に意識が及んでしまって、「今」目の前にある課題に集中できなくなっているときは、身体の五感を使って、自分の身の回りの環境を体感することが、マインドフルな心の状態を高めるとされている。男子SPの演技を終え、ブライアン・オーサーコーチ(手前)と抱き合う羽生結弦=江陵(共同) 例えば、演技前にプーさんのぬいぐるみやグッズを触って、その感触を確かめたり、弾力を感じたりする。視覚を使って、その愛らしいフォルムを眺める。あるいは、時に匂いを嗅いでもよいだろう。  そのほかには、観客の歓声を一つの環境音としてただただ聞いたり、周りを通る人の足音に傾聴したり、シューズで地面の感覚を足の裏で感じてもよい。彼は数十個のイヤホンを所有するほどこだわりを持っているようだが、周りの音をシャットアウトして好きな音楽を聴くことがその機能を持っているのかもしれない。  つまり、過去や未来への心配や不安に気持ちが及んでも、とにかく「今」自分の身体や周りに起こっていることに注意を向けることを意識するのである。 もちろん、実際に彼がどんな形でマインドフルな心理状態を作り出しているかについては、誰にも分からない部分があるし、仮にプーさんに触っていたとしても彼にとっては一つのルーティンであり、経験的に学習された準備の一つであろう。  いずれにしても、五輪の大舞台でいかんなく力を発揮した彼の精神力は、心理学的にみても、ただただ驚かされるばかりである。

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    羽生結弦「異次元の強さ」の秘密

    高く、そして美しい。日本人アスリートのあまりに華麗な演技に魅了され、会場は割れんばかりの拍手と歓声。演技後、氷上の真ん中で両手を広げ、「どうだ」と言わんばかりの表情をみせた彼は、まさに絶対王者であった。「異次元の強さ」をみせつけた男子フィギュア、羽生結弦。その強さの秘密に迫る。

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    羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

    してここまで揺るぎのない完璧なスケートができたのでしょうか」 羽生は柔らかな微笑のままに答えた。 「オリンピック(という舞台)を知っています。元(ソチ五輪)のチャンピオンでしたから」 その言葉は、異なる次元の自信を口にしたように思えた。 あの言葉は、こんな風に訳すことができないだろうか。「以前は雲の中しか歩けなかったのですが、今は海の上も歩けるようになっています」 改めて言うが、大怪我をして平昌五輪出場が危ぶまれた羽生は、もう一人の羽生のことだったのだろう。 少しの不安もなく、何の問題も抱えていないどころか、試合に出たくて仕方のない羽生が今、氷上にいることは間違いない。 以前、彼と同じようにとんでもない自信を見せ、本番でとびきりの強さを見せたアスリートを取材したことがある。 アテネ、北京と五輪二大会連続で金メダルを獲得した競泳の北島康介である。「人間丸ごとの闘い」 実はその北島を五輪候補選手として平井伯昌(のりまさ)コーチが推したとき、所属先のコーチ全員が反対していたことをご存じだろうか。 理由は単純明快だった。北島よりも速い選手が他にもいたからである。では、なぜ平井コーチは北島をオリンピックの看板選手に育てたいと思ったのか。 「メンタルの強さです。五輪は人間の総合力の勝負の舞台です。タイムは表に出るので惑わされる。しかし国際舞台での勝負は、人間丸ごとの闘いなのです」北京五輪・競泳男子100メートル平泳ぎ決勝、世界新記録で二連覇を達成し、ガッツポーズで雄叫びをあげる北島康介=2008年8月(浜坂達朗撮影) そして平井コーチはこうも言った。 「練習を重ね、だんだんタイムが出て速くなっていくと、さらに野性が増して、メンタルが強くなっていくと思いがちですが、そういう訳にはいかないことも多い気がしていました」 つまり、持って生まれたメンタルの強さや野性味を減らさないようにすることの方が大切らしい。 羽生結弦というアスリートは他人に対してとても優しい。「くまのプーさん」も大好きで、ぬいぐるみを眺めているときなど、「ゆず君」「ゆずちゃーん」という声がかかると、そちらを向いて、ニコッと笑顔を返す。それはリラックスをしているときの彼であって、他人にはほとんど見せない練習中は、鬼のようにストイックらしい。 あるドキュメンタリー番組で、羽生が怪我をした瞬間を見たが、納得ができずに、ずっとずっと気が遠くなるほど、長時間のジャンプ練習を繰り返した中で起きたものだった。 その映像で鬼気迫るほどの野生が羽生を支えていたことがわかった。 しかも、彼の持ち味である、彼のとびきりの自信は表面的には硬質には表れないのも特徴だろう。 羽生のコーチであるブライアン・オーサー氏は大会前、平昌五輪への期待を聞かれ、こう言っていた。 「…羽生をみくびってはいけない」 たぶんオーサー氏は、「野生」を源にしたケタはずれのメンタルを羽生が持っていることを、身をもって知っていたのである。

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    「フィギュアを観る喜びを与えてくれる」観戦マニアが語る羽生結弦

    山真氏インタビュー 政治的な側面ばかりが注目されている平昌五輪が2月9日に開幕した。現在の日本で冬季オリンピックの花形種目といえばフィギュアスケートだろう。今回も宇野昌磨選手、宮原知子選手など注目選手は多いが、とりわけ耳目を集めるのが羽生結弦選手だろう。 しかし「フィギュアスケートは敷居が高い」「採点や見方がよくわからない」という声もよく聞く。そんな方たちのために『羽生結弦は助走をしない』(集英社)を上梓したフィギュアスケート観戦歴38年のエッセイスト、高山真氏に「フィギュアスケートの見方」について話を聞いた。――06年のトリノオリンピックで、荒川静香さんのイナバウアーをテレビで観て、美しいなと思ったことはあるのですが、それ以降フィギュアスケートを観ようと思っても用語がよくわからなかったりと、正直言うと見方がよくわかりません。そういう方って意外と多いと思うんです。2006年トリノ冬季五輪、ジャッジ席前でイナバウアーを決める荒川静香=2006年2月23日、イタリア・パラベラ競技場(撮影・岡田亮二)高山:見方というある種の「作法」は気にせずに、まずは平昌五輪のフィギュアスケートを観てみれば、これまでのスポーツ観戦では味わったことのない興奮や血の騒ぎ方、喜び方が自分の中にあることを発見するかもしれません。こういう本を書いておきながらなんですが、見方という作法よりも、そういった感覚的なことのほうが大事なのではないかと考えています。 また、この本に書いたことは、あくまでも長年フィギュアを観ている私のツボであって、書いたことが必ずしも正解というわけではありません。正解は、人の数だけあっていい。 たとえば、ゴルフが好きな人の中でも、胃がキリキリするような短いパットに興奮する人もいれば、胸がすくようなロングショットに興奮する人もいますよね。同じくフィギュアに関しても、ツボは人それぞれ違いますから。――それでは高山さんのツボとは?高山:フィギュアスケートのそもそもの成り立ちは「氷の上に図形(フィギュア)を描くこと」です。 ジャンプは人目を引きますし、得点配分がいちばん高いのもジャンプではありますが、基本はスケート靴の刃がいかに複雑に、そしてスピーディーかつスムーズに動いて図形を描き続けるかだと思います。私のツボもまさにそこにあるんです。4回転ジャンプだけじゃない魅力――ニュース番組のスポーツコーナーを観ていると、4回転ジャンプなどの大技についての解説が多いので、ジャンプに注目するのが正しいのかと思っていました。高山:テレビや新聞などでは、4回転ジャンプの種類や飛ぶ数、その成否が話題になることが多いですね。 ここでフィギュアスケートの演技をダイヤモンドのネックレスにたとえてみます。1つは、ごく普通の紐でいくつかのダイヤモンドを結びネックレスにしたもの。もうひとつは、ダイヤモンドを見事な細工を施したプラチナのチェーンで結びネックレスにしたもの。ジャンプをダイヤモンドとして、ごく普通の紐やプラチナのチェーンにあたるのが、描き出した図形だと考えます。その図形が複雑にスピーディーになめらかに描かれるほど、プラチナに近づいていく。 どのダイヤモンドも同じクオリティだとしたら、当然見事な細工を施した後者のほうが素晴らしいですよね。ネックレス全体を競い合うのがフィギュアスケートだと私は思っているんです。――フィギュアスケートは採点競技です。採点は、ダイヤモンドであるジャンプなのか、それともチェーンの部分、どちらが大きく影響するのでしょうか?高山:フィギュアスケートの採点は、テクニカルエレメンツとプログラムコンポーネンツの2つを合計した得点で順位が決まります。 テクニカルエレメンツは、ジャンプ、ステップ、スピンの3つの技術のクオリティが加算方式で計算されます。平昌冬季五輪2018フィギュアスケート男子ショートプログラム(SP)で演技する田中刑事=2018年2月16日、韓国・江陵アイスアリーナ(撮影・松永渉平) 一方のプログラムコンポーネンツは「演技構成点」とも呼ばれ、どんなスケートの技術を持っているか、音楽の解釈はどうか、男子のフリーなら4分30秒という時間内で演技のバランスを持っているかなど、簡単に言えばテクニカルエレメンツ以外のスキルを採点します。かつては芸術点と呼ばれていましたが、いまはより細分化され、以前より明確になっていると私は感じています。 先ほどの例で言えば、フィギュアスケートの採点は、ダイヤモンドの見事さそのものもジャッジされますが、結局はネックレス全体の価値を観るものだと私は思っています。 ただ、採点などを気にせずに、はじめのほうに申し上げたようにまずは美ししいと思うかや、血が騒ぐか、自分が味わったことがない種類の感動があるかどうか、というところから入るのがおすすめかな、と。平昌五輪の注目点 おそらくWEDGE Infinityの主要な読者層である40代の男性と私は年齢的に近いと思うのですが、いい大人にもなると今回のフィギュアスケートも含め、新しい物事、いままで知らなかった趣味や芸術に対して腰が引けてしまうのは痛いほどわかります。プライドも高くなり、いまさらなにも知らないところからスタートするのも恥ずかしい、億劫だとつい思ってしまいがちですよね。だから、誰かに見方などの教えを請うのではなく、フィギュアの演技を観て、きれいなものはきれい、カッコイイものはカッコイイというプリミティブな感動を取り戻す楽しさを重視してもいいんじゃないかと。――私も40歳ですが、新しいものになかなかチャレンジできません。高山:そうですよね。私も先日、若い人からスノーボードに誘われたんですが、0.2秒で断ってしまいました(笑)。健康面の理由もありますが、これが25歳くらいなら「やってみようかな」という気持ちになっていたかもしれないなと考えると、肉体以上に精神の老化を切実に感じましたね。 私は、スポーツ以外にも映画を観るのが好きなんですが、なかでもヌーベルバーグの『突然炎のごとく』や『死刑台のエレベーター』などに出演し活躍した女優のジャンヌ・モローさんをリスペクトしています。彼女が、2002年に来日した際に、幸運なことに1対1で1時間インタビューできることになったんです。そこで当時74歳だった彼女に「あなたのように人生の長い時間輝くために、一番必要なことはなんですか?」と聞くと、彼女は間髪入れずに「好奇心」と答えた。そして「好奇心を分かち合える人の存在」だとも。 肉体の老化は仕方がないにしても、精神の老化を止めるには彼女が言うように新しいことへ対する好奇心って本当に大切だと思うんですよね。――2月16日から平昌五輪でフィギュアスケート男子シングルが行われますが、誰に注目というのはありますか?平昌五輪男子SPの演技を終えた羽生結弦=2018年2月16日、韓国・江陵アイスアリーナ(納冨康撮影)高山:私は、フィギュアスケートそのもの、それに打ち込んでいる選手全員を本当にリスペクトしています。そのなかで、毎年倍々ゲームのように新しい「観る喜び」を与えてくれるのが羽生結弦選手。それで書き始めたのが今回の本です。ただ、タイトルに羽生結弦選手の名前は入っていますが、彼一人に絞ったつもりはありません。羽生選手以外の選手にもかなりページを割いています。ただ、好きなスケーター全員を好きなだけ書こうと思ったら、それこそ新書にもかかわらず、広辞苑くらいの厚さになってしまう(笑)。選手の「生き様」を見てほしい だから、オリンピックに出場する選手の誰に注目してほしいというのは難しい。先ほどのネックレスの例で言うならば、ハリー・ウィンストンのネックレスも、カルティエのネックレスも、ブシュロンのネックレスも……とどのネックレスにも目を奪われる。だからあげればキリがない。どのネックレスが好きかも人によって違いますが、私は人の好みにまで立ち入るつもりはないですし。――選手は人生をかけて挑むわけですからね。高山:実は、私は格闘家の友人が多く、たまに招待してもらうので、観に行くことがあるんです。ルールもいまいちわからず、ましてやジャッジたちがどうやって採点いるかなんてまったくわからない。でも、彼らの熱いものを感じます。要するに、生き様が発光している様を観たい気持ちがあるんでしょうね。生き様を発光させられる人なんてそうはいません。スポーツ選手のなかでも選ばれし人たちがオリンピック選手になる。そういったフィギュアスケーターたちの生き様をぜひ観てもらい。『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』(高山真、集英社) またもう中年だから新しいスポーツを観るのは遅いと思っている方がいれば、もったいないことだと思います。新しい喜びや感動に対し、新鮮で謙虚な気持ちでいることは、新しいスポーツを好きになること以上に大事なのかもしれません。 フィギュアスケートを観て、合わないと思うならそれでいいと思うんです。人それぞれ好き嫌いがあって、合う合わないがあって当然ですから。ただ、ほんのすこしでも面白いと思う気持ちがあるのならば、そのプリミティブな感情にフタをする必要はないし、その感情に少しでもポジティブな影響を、この本が与えられたのだとしたら万々歳かなという気がしますね。ただし、あくまでも「私のツボ」なんですけどね。――早くも3刷りとかなり売れていると聞いていますが、反響はどうですか?高山:この本を読みながら、映像を見返すと新しい発見があるというご意見や、いままで2Dで見えていたものが、この本を読んで3Dに見えるというご意見をいただき本当に嬉しいです。私の本が、読者の方々がお持ちの「好奇心」と、ちょっとだけでも何かを分かち合う時間が持てたのかな、と思える……。それが本当に幸せです。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。ブログ:http://golazo-sala.cocolog-nifty.com/pinga/

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    スポーツ心理学で読み解く羽生結弦「最強メンタル」の秘訣

    己コントロール」できる能力が抜群に高いといえます。欧米で普及するスポーツ心理学 そもそも4年に一度のオリンピックは、選手にとってなかなかポジティブな精神になれないものです。ポジティブになろうとしてもプレシャーが増幅するだけです。そういう意味でも自分ができることを値踏みできる力が必要になります。自分の状態に見合った意識に変えていくことができるのです。トップ選手の多くはこの能力を持っています。 また、「縦型思考」と「横型思考」があって、普通の人は横型です。今回のフィギュアスケートショートプログラムも、素晴らしい演技をした羽生を目の当たりにしてしまったライバル選手が次々とミスをした。これはだれかと自分を比較してしまう横型なんです。縦型思考ができる選手は、オリンピックのような大舞台で能力を発揮できるケースが多いのです。 一方で、羽生は「発明ノート」という練習日誌をつけていると聞いています。コーチからいわれなくても、自分が練習でできたことやできないことを自己分析して、セルフコーチができるんです。なぜできないのかを逆算して客観評価できる。うまくいかないのは目標の置き方であり、それを再設定できない場合です。男子SPの演技を終え、笑顔の羽生結弦。右はコーチのブライアン・オーサー氏=2018年2月、江陵(共同) これは「ダブルゴール」といって最高目標と最低目標を明確化する手法です。うまくいかないときは最低目標を目指せばいいわけです。仮に羽生が風邪をひいて、徹夜明けでフラフラでも、できるものを最低目標に置くという考え方です。 これまで自己コントロール能力を中心に話しましたが、周囲の人たちをうまく取り込める能力も羽生にはあると思っています。たとえば、絶対に自分を理解してくれる人の存在を大切にする。羽生の場合は、まず、コーチです。調子が悪くて自身の判断で4回転サルコーに変えても理解してくれという安心感です。これは選手に大きな精神的余裕をもたらします。 私はこうしたメンタル面の鍛錬は、一定の知見を持った専門家が指導することによって、生まれながらにその能力が備わっていなくても、可能になると考えています。よく、普段の試合では勝てるのに、オリンピックになると勝てない選手がいますが、欧米では、これらのスポーツサイコロジー(スポーツ心理学)がかなり普及しており、克服しているのが現状です。米メジャーリーグやドイツのサッカーチームなどにも専属の専門家がいるぐらいです。 日本では、まだスポーツサイコロジーを取り入れている選手は少数です。選手一人ひとりの身体能力や、指導力なども日本は向上し、世界に通用する選手は増えていますが、将来的にオリンピックやワールドカップといった大舞台でこれまで以上に勝てるようになるにはこのスポーツサイコロジーをもっと取り入れていく必要があります。 羽生は今日のショートプログラムのように、「獲得型」をうまく活用できれば金メダルは期待できます。さらに、肉体的、身体的な衰えなどがなければ、3連覇、4連覇も現実としてありえるのではないでしょうか。(聞き手、iRONNA編集部 津田大資) ふせ・つとむ スポーツ心理学博士。昭和38年、東京生まれ。スポーツ心理学を応用したトレーニング指導会社「Tsutomu FUSE, PhD Sport Psychology Services」代表取締役。慶応大講師、慶応大スポーツ医学研究センター研究員。ノースカロライナ大グリーンズボロ校大学院にて博士号取得。高校時代、早実野球部で全国準優勝、慶応大野球部で全国大会優勝。これまでに、プロ野球、Jリーグ、社会人、大学、高校のチームや選手を中心にメンタル指導を担った。

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    ショパンのピアノ曲と羽生結弦が相性ぴったりな理由

     フィギュアスケート男子ショートプログラムで66年ぶりの五輪連覇を狙う羽生結弦が、圧巻の滑りで首位に立った。2分50秒の演技中に流れた曲は、ショパンのピアノ曲「バラード第一番」。今季が3シーズン目の使用となるこの曲は、3度の世界記録を出した勝負曲であり、羽生自身が「最も心地よい」と語る相性ぴったりの曲でもある。なぜショパンと羽生の相性はいいのか。ショパン研究家で国立音大大学院の加藤一郎准教授(61)に話を聞いた。 音楽史上で「バラード」という名前をつけて曲を作ったのは、ショパンが初めてでした。19世紀初頭、ヨーロッパでは文学の世界でバラード(物語詩)が流行りましたが、ショパンはそれを音楽に取り入れ、ロマン派と民族主義を融合させた「バラード」の様式を打ち立てました。 ポーランドの国民的詩人、アダム・ミツキェヴィチの詩集をショパンは15、16歳のころに読んだ、と後にシューマンが本に記しています。バラードは計4曲あり、いずれも現実には起こらないようなドラマティックなストーリーです。湖に棲む人魚と、それに恋した狩人の物語。人魚は人間の女性に化身して狩人の心を奪い、最後は湖の中に引きずり込む、といった毒のある部分もあります。 詩の内容をそのまま音楽に描写したということではないでしょうが、ショパンが詩を読んだときのインスピレーション、イメージや情景を音楽化したということは容易に考えられます。 ショパンが書いた4曲のバラードのうち、『第一番』は20代半ばごろの作品といわれていますが、それまでにいろんな詩を読んでいて、詩からインスピレーションを得て、英雄的な要素、物語の持つ神秘的な要素、自分の民族や伝統をこよなく愛し、それを侵略者から守る、というような強い思いがにじんでいるのが特徴です。 ポーランドは悲劇的な国で、ショパンが生きた19世紀初めごろは、ロシア、ドイツ、プロシアによって3国分割されていました。ショパンに限らず、時代に翻弄された芸術家が民族の伝統を受け継ぐために作品を残した例はいくらでもあります。当時はロマン派と民族主義が合体していたとはいえ、ショパンも一人の人間ですから、感情的に民族主義がどうしても強く出る。祖国の英雄を敬うなど、きっといろんな感情が含まれていたのだと思います。演技する羽生結弦=江陵(共同) バラードは、ショパンがもともと持っていた優雅さ、洗練、物語詩というものが融合した世界です。特に『第一番』は若々しくて、英雄の持つ強さ、壮大さがあって、しかもそれに対する敬愛の念が深い。この優雅さや気品は、羽生選手のスケーティングを見ていると、技のキレや、立ち姿ともぴったり合う。ただ、4回転を飛べばいいというのではなく、前後の流れとか、非常に気品があって、ただ力任せで滑っているのとは、まるで違うように思います。 もともとこの曲は9分半ありますが、曲の初めは前口上のような序章です。それが「次に何が始まるのか?」と問いかけるような響きに変わっていく。その後、ノーブルな、テンポの遅い「大人のワルツ」が始まります。子どもが弾くような子犬のワルツじゃなくて、ほの暗い、叙情的な、大人のワルツ。静かな旋律でも、それがだんだん変化を遂げていく。ショパンの場合、変幻自在のパッセージワークも魅力の一つです。音の移ろい、終わった後、次のテーマがしんみりと出てくる。吟遊詩人がリュートを弾くような、私的なメロディが出てきて、暗く激しくなる。 羽生選手の演技では、9分半の曲を2分40秒程度に編集しているので、曲の一部が急に飛んでしまったり、不自然さを感じる部分もありますが、重要なところはちゃんと使っているので、ショパンらしさを感じることができます。羽生とピアニストの共通点 これは感覚的なものですが、羽生選手は、本当に音楽をよく理解しているんじゃないかなと思います。おそらく、とってもこの曲を気に入っているのではないでしょうか。例えるなら、彼自身が音楽の世界に入ってしまった、という感じさえします。 ただ、ピアノ曲は一人でやるわけですから、オーケストラに比べると打ち出しは弱くなる。叙情的なものや優雅さはオーケストラでは出せない。独特の激しさ、エモーション、人間の心がそのまま出てくるような…。ピアニストの個人的な感情も演奏には反映されるので、羽生選手はそれをよく聞き取って、音楽を深く理解しているのではないかと思います。 もっと初心者というか、分かりやすい、誰もがよく耳にする音楽を使う人が多いと思いますが、この曲は彼が使ったことによって、広く一般に知られるようになりました。ただ、「音楽とスポーツの融合」というのは、きっちりとはできないと思います。それでも羽生選手は理想に向かって挑戦し続けているということなんですかね。演奏するピアニストのクリスティアン・ツィメルマン(C)林喜代種 この曲を弾いているのはポーランドのクリスチャン・ツィメルマンです。1975年のショパン国際ピアノコンクール優勝者で、現代のピアニストの最高峰と言えます。演奏回数は、最近は多くないですが、人として善を尽くし、演奏を通して人々に愛を与えることができる孤高の芸術家です。もちろん技術的にも完璧で、こんなピアニストはめったにいません。 ツィメルマンは2011年の東日本大震災で、国外に逃げていく人がいる中、逆に海外から日本にやってきた人の一人で、本当に人間愛にあふれている。この人間愛が音色にも滲んでいるのか、非常に美しく、若いときは「鍵盤の貴公子」と呼ばれたぐらいです。それでも自分の技術をひけらかすことをしないのがツィメルマンのもう一つの魅力です。 こうした愛や美に対する意識の高さは、気品や優雅さにつながっている羽生選手と共通するところがあるのではないでしょうか。羽生選手は動きがきれいでムダがないし、バランスもいい、演技がとても考え抜かれている。まさに一流の演奏と一流の演技が見事にコラボレーションした理想だと、感動しましたね。 要するに羽生選手はよく音楽のことをわかっている人なのです。3拍子といっても、スケートですから、3拍子で滑ることはできません。音楽のプログラムで滑ると、激しい部分でしかジャンプできないことになってしまい、不都合が出てくるのです。 だから、完全に音楽を演技に取り入れることはできませんが、羽生選手が音楽をよくわかっているからこそ、それに乗せたスケーティングが可能になるのです。音楽をそのまま演技にもっていくことは難しい中で、音楽的内容を考えて自分の技を決めているのではないでしょうか。 羽生選手はけがから復活して平昌五輪に臨んだようですが、よほどの精神力がないと、今回のような演技はできないと思いますよ。美しい好青年ですが、内面には非常に強い精神力を秘めている。そもそも世界から注目されている中で、これほどの結果を出すのは簡単にはできません。今後の演技にも期待したいですね。(聞き手、iRONNA編集部 川畑希望)かとう・いちろう 国立音楽大学准教授。東京藝術大学卒業、スイス・ヴィンタートゥア音楽院留学。杉浦日出夫、米谷治郎、マックス・エッガー、クリストフ・リスケの各氏に師事。その他、ザルツブルクでタチアナ・ニコラーエワ、デンマークのランダースでコンラート・ハンゼンのマスターコースを受講。各地でリサイタル、オーケストラとの共演、室内楽、伴奏などの演奏活動を行い、NHK-FM等に出演する。著書に『ショパンのピアニスム―その演奏美学をさぐる』(音楽之友社、2004年)など多数。

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    66年ぶりの五輪金メダル連覇狙う羽生結弦を科学で斬る

    玉村治(スポーツ科学ジャーナリスト、科学ジャーナリスト) 平昌五輪最大の関心の一つは、ソチ五輪フィギュアスケート男子の覇者・羽生結弦が、1948年と1952年の五輪で金メダルを獲得したディック・バトン(米国)以来66年ぶりの金メダル連覇を達成できるかにあるだろう。けがで本番に間に合うか気がかりだが、体もメンタルもたくましくなっただけに、身体状況に合わせた戦略を組み立てしっかり調整してくることは間違いない。20歳の宇野昌磨も国際舞台で経験と自信を積み重ねており、五輪の初舞台で思い切った滑りができれば金メダルに手が届くところにある。宇野の躍進は羽生への刺激だけでなく、プレッシャー分散の意味でもとてもいい材料だ。 4回転ジャンプ全盛で、高得点時代に突入したフィギュア男子は、4回転の出来が勝敗を左右する。しかし、それは技術だけではない。完成度、「美しさ」「流れ」が大事な要素を占める。そこを重視した持ち味の演技ができれば、羽生の勝利の確率は高まるだろう。ジャンプ、演技の完成度、メンタルの視点で分析する。 昨年12月に名古屋市で開かれたグランプリファイナルで優勝したネイサン・チェン(米国)と2位の宇野選手の得点表(図1)とグラフ(図2)見て欲しい。宇野は0.5点の僅差で負けたものの五輪への大きな踏み台となった。 詳細な説明をする前に、採点の仕組みを簡単に解説する。 フィギュアスケートの勝敗は前半のショートプログラム(SP、演技時間2分40秒±10秒)と後半のフリー(演技時間4分30秒±10秒)の得点の合計点で決まる。それぞれ、ジャンプ、スピン、ステップの完成度などをみる技術点と、うまさ、流れ、リズムなどを評価するスケート技術、演技構成、振り付け、表現力、音楽の解釈の5つの演技構成点(ファイブコンポーネンツ)で採点される。 男子の場合、技術点はSPで7演技、フリー13演技で採点される。うちジャンプの回数は上限があり、SPは3演技、フリーは8演技で、一つは最低「アクセル」ジャンプを入れなくてはならない。ジャンプ、スピンなどには選手が選んだ技の難易度によって「基礎点」があり、それに、いくつかの観点から評価する出来栄え点(GOE=Grade of Execution)が加算される。GOEは3からマイナス3まで幅広い。演技が回転不足だったり、失敗したりすれば基礎点も減点される。SP、フリーともに演技後半は基礎点が1.1倍になる。そのため4回転ジャンプを後半にまとめることが多い。演技構成点は各10点の計50点満点。フリーでは合計点は2倍される。審判は9人。図1 グランプリファイナルにおける宇野とネイサン・チェンのSPとフリーの採点表図2 得点におけるジャンプの比重が大きいのがわかる このグラフから読み取れるのはジャンプの比重が極めて大きいということだろう。得点を稼ぐには、4回転ジャンプを何回成功したかが大きなカギを握る。4回転全盛のきっかけは羽生だった? 宇野はフリーで4種類5回の4回転ジャンプを試みた。チェンは3種類5回の4回転ジャンプを挑んでいる。ともに後半は疲労からか回転不足と判定されたが、ソチ五輪で羽生がサルコーとトウループの2種の4回転ジャンプ2回(1回転倒)で金メダルを獲得したのに比べ、確実に4回転ジャンプは増えている。まさに4回転全盛が窺える。 4回転全盛のきっかけを作ったのは、実は羽生だ。2010年のバンクーバー五輪から4回転が注目されたが、ソチ五輪でも4回転ジャンプは2回ほど。それがここ数年、4~6回の4回転ジャンプになった。高得点時代に突入したのは、羽生が史上初めて300点台を超えた、2015年11月のNHK杯からと言っていいだろう。この時はSPで100点、フリーでも200点を超え、合計322.4点(現時点では歴代2位)を記録した。世界に衝撃を与えた。 さらに2016年に、羽生は世界で初めて国際大会で4回転ループに成功した。1988年のカート・ブラウニングが4回転トウループ、1998年にティモシー・ゲーブルが4回転サルコー成功に次ぎ、歴史を刻む画期的な出来事だった。 それ以後、2017年12月10時点で、国際大会において300点超えは14回ほどあったが、そのうち5回が羽生、宇野4回、ハビエル・フェルナンデス(スペイン)2回、チェン1回の順だ。日本選手の活躍は目覚ましく、歴代上位3位の座にはいずれも羽生が独占する。 図3は、歴代最高点となった2015年12月のグランプリファイナルと、同3位の2017年4月の世界選手権の採点表だ。図3 羽生のグランプリファイナル(2015)、世界選手権(2017)の採点表 2015年のグランプリファイナルで羽生は2種3回の4回転を、世界選手権では3種4回の4回転を試み、ほぼ完ぺきに成功させている。特にグランプリファイナルでは、GOEの満点3点が2回もある。  羽生に勝つには、4回転を、より多く飛ばなくてはならないと思うのは、自然の流れである。1人が演技する4回転ジャンプは4種~5種、回数も5~6回とエスカレートしてきたのにはこうした背景がある。 図4を見て欲しい。チェンは、今年ループに成功し、5種類の4回転ジャンプをものにした。5種類の4回転を成功したのは、世界で初とも言われる。図4 平昌五輪で有望選手が国際大会で成功(○)した4回転。△は練習などで成功 ライバルらの努力を前に、羽生もさらに進化を目指した。4回転全盛時代に対応しようと、ルッツにも挑戦し、昨年秋にきれいに成功した。しかし、4回転ジャンプは足への負担が極めて大きい。つま先で蹴る「トウ系」ジャンプと異なり、エッジ系は進行方向にエッジ(刃)を垂直方向に向けて、ブレーキをかけそのエネルギーで跳躍するため足に大きな負担をかける。ルッツはエッジ系ではないが、それでも体重の3倍~5倍ほどが足首にかかると言われる。昨年11月、ルッツ成功に向けた練習で、羽生が足首の靱帯(じんたい)を損傷したのもそのためだ。このけがが引き金となり、その後のNHK杯、全日本選手権などの欠場にもつながった。図5 トウループ。右足外側のエッジに体重を乗せた状態で、左のトウ(つま先)を蹴って踏み切る。両足を蹴るため助走のカーブと同じ方向に回転するため、エネルギーが効率よく高さと回転に振り分けられる。トウを蹴らないのがループ(出典:「図解スポーツ百科(悠書館)」図6 フリップ。前向きに助走して踏み切る直前に後ろ向きとなって、トウで蹴って飛ぶ。ジャンプ直前は左足内側のエッジに体重をかける(出典:「図解スポーツ百科(悠書館)」図6 フリップ。前向きに助走して踏み切る直前に後ろ向きとなって、トウで蹴って飛ぶ。ジャンプ直前は左足内側のエッジに体重をかける(出典:「図解スポーツ百科(悠書館)」羽生の4回転ジャンプ、どこがスゴいか 羽生の4回転ジャンプはどこが優れているのだろうか。 4回転を成功させるには、ジャンプの高さが欠かせない。滞空時間を確保するためだ。 もう一つ重要なのは回転速度だ。滞空時間が短くても、回転速度が速くなれば4回転の成功率は高まる。それには、踏み切る前に助走速度を一定以上に高める必要がある。4回転成功の目安は、0.63~0.67秒の滞空時間で、毎秒5.7~6回ほど回転速度が必要だ。 羽生の助走速度に比べ、宇野はそれを上回る。筋肉も含め強靭な身体能力を持っているのが強みだ。ただ、実際のジャンプの見栄えは回転速度だけでなく、体の柔軟性、身のこなし、筋力のバランス、腕などの使い方などが関係する。助走速度だけで決まらないところが難しいところであり、面白いところである。 羽生のフリーの演技の特徴は、ジャンプ時の姿勢の良さ、完成度だけでなく、ジャンプ前後の演技の流れにある。助走速度をあげるため、加速に当てる時間を短くし、演技が止まらない。それが出来栄え点(GOE)の高さに現れる。 図8を見て欲しい。図8 羽生が高得点を挙げた2015年のGPファイナルと2017年の世界選手権の時のフリー技術点とGOE 300点超えなど高得点時の羽生のGOEの高さは突出する。GPファイナル、世界選手権フリーの13演技で、GOEの合計はそれぞれ25.73、22.96。各演技のGOEは最高3点なので、平均1.98、1.77となる。この数字は他の追随を許さない。図9 2017年のグランプリファイナルにおける宇野とチェンの技術点とGOE 昨年のGPファイナルにおけるチェンと宇野のGOE(図9)と比較してみるとその差、すごさは歴然としている。宇野は平均0.27、チェンは0.22しか加点されていない。4回転ジャンプはするものの完成度は低く、さらには演技が流れないということを意味する。 その辺の事情は、1月に出版された『羽生結弦は助走をしない』(高山真著、集英社新書)に詳しく記されている。フィギュアスケートに対する思い入れが深い著者の洞察は鋭く、優れており、そこには羽生の滑りについて、「(ジャンプなどから次の演技に移る)トランジションの密度の濃さ」「足さばきのほとんどすべてを音楽にからめていく見事さ」「助走をしないほど濃密な演技」と評している。羽生は、4回転だけでなく、その前後の演技を考えていることが窺える。羽生のメンタルが強くなった この演技の完成度の高さから五輪本番では、無理して、難度(基礎点)の高い4回転を飛ぶ必要もないという声が上がるのも自然だ。ケガにつながったルッツより、基礎点は低いもの完成度の高いサルコー、ループ、トウループでまとめた方がいいというものである。羽生はサルコー、ループ、トウループは完成度も高く「武器になる」と語っている。ただ、平昌五輪では4回転を4回ほど飛ばなくては優勝できないとも言われている。もちろん4回転を減らし、3回転、コンビネーションの完成度をあげて,着実にGOEを獲得するという戦略はある。ただ、それを羽生が許すか、GOE重視の演技に切り替えるかは、けがの癒え具合とそれで遅れた可能性のある練習不足の度合いにかかっているだろう。 羽生のけがは懸念材料であるが、それをはねのけるほど練習、準備、スケートにかける思い入れ、メンタルはかなり強くなった。 ソチ五輪の後に、羽生の金メダルの裏にスタミナをつけるための食事について解説した。この4年間、食事以外にも体幹を鍛え、けがをしにくい体作りに取り組み、モチベーションの維持などにも苦労はあっただろう。勝って当り前、負け続ければ「終わり」という烙印を捺される、五輪金メダリストという重圧と向き合ってきた。逃げることなく果敢に練習し、さらに準備を続けてきた。平昌五輪フィギュアスケート男子SPの羽生結弦(4回転トーループ)=2018年2月16日、韓国・江陵アイスアリーナ(納冨康撮影) その一端が、ソチ五輪金メダル獲得をサポートした城田憲子さんの近著『日本フィギュアスケート 金メダルへの挑戦』(新潮社)に書かれている。 同書によれば、城田さんは、ソチ五輪後、羽生の4年間の重圧と、身体にかかる負荷の大きさを考え、躊躇することなく「一年間の休養」を提案したという。多種類の4回転ジャンプ時代の突入を考慮してのことだった。 これに対し羽生は「でも、休んだら駄目なんですよ、城田さん」と答えたという。プレッシャーと向き合う覚悟を感じたという。 ルッツの練習で右足首の靭帯を損傷したのは、名伯楽のブライアン・オーサーコーチの「4回転の種類を増やす必要はない」という反対を押し切ってのことだった。先ほども触れたが、ルッツなしのトウループ、サルコー、ループで十分な得点は十分に稼げるからだ。コーチの指導を振り切ってルッツに挑戦したのも「さらなる高みを目指す、自分への挑戦でもあった」からだ。羽生と若きライバルたちの戦い 羽生にとって、4年間は短いようで長く、長いようで短かっただろう。フィギュア男子のSPは2月16日、フリーは2月17日。20歳と若く伸び盛りの宇野は、大会を経験するたびに技が上達している。1月の全米選手権を制したネイサン・チェンは若干18歳。315.23の高得点をマークするなど4回転ジャンプの精度を飛躍的に高めている。五輪は厳しい戦いになることは間違いないが、羽生にとって宇野の頑張りは、自らを発奮させる材料となっている。羽生自身も23歳と若く、「まだ、負けられない」と思いも強いことが推測される。金メダル候補としては、ほかにも中国の金博洋、フェルナンデスらも侮れないだろう。 五輪に臨む羽生のプログラムで、SPは、ジェフリー・バトル振り付けのショパン作曲の「バラード第一番」の調べにのる。フリーはシェイ=リーン・ボーン振り付けの「SEIMEI」。 この二つは、2015年に300点台の得点を記録し、高得点時代を切り開いたNHK杯の時と同じプログラムだ。同じプログラムではあることに危惧する声もあるが、「何よりすべてのエレメント(要素)を支えるスケーティングスキルが、ソチ五輪に比べ、格段にレベルアップ」(「金メダルに挑戦」)しており、問題はない。男子SPで4回転サルコーを決める羽生結弦=2018年2月16日日、江陵アイスアリーナ(松永渉平撮影) けがを癒し、雑念にとらわれず、冷静な滑りができれば確実に得点は向上するだろう。その先には、ディック・バトン(米国)以来66年ぶりの金メダル連覇がある。羽生、同じく金メダルが期待される宇野、さらには田中刑事の滑りに日本だけでなく、世界が注目する日が待ち遠しい。■修正履歴:2ページ目でルッツジャンプをエッジ系と記載していましたが正しくはトウ系でした。お詫びして訂正致します。該当箇所は修正しております。(編集部 2018/02/02 18:22)たまむら・おさむ スポーツ科学ジャーナリスト、科学ジャーナリスト。小学校より野球をはじめ、大学では投手として活躍。スポーツを科学的に分析することを得意とし、バンクーバー、ロンドン五輪、ワールドカップサッカーなどで取材。

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    平昌五輪フィギュア男子・団体戦率いる宇野昌磨、連覇目指す羽生結弦

    田村明子 (ジャーナリスト)  いよいよ平昌オリンピックが開幕する。平昌から車で30分程度の江陵にあるアイスアリーナで行われるフィギュアスケートは2月9日の団体戦の男子とペアのSPから開始される。 2月7日には、前日に現地入りした宇野昌磨が本番のリンクで初の公式練習を行った。会場の江陵アイスアリーナは、昨シーズンの2月にオリンピックテストイベントを兼ねた四大陸選手権が行われた場所である。宇野はネイサン・チェン、羽生結弦に次いで3位だった。いよいよオリンピック会場に入って、どのような気持ちかと聞かれると、宇野はちょっとこまったような表情で、こう答えた。 「まだなんか、オリンピックという実感がないです」 練習リンクには一般観客も入っておらず、選手もすでに現地入りしたのは団体戦への出場が決まっている選手たちがほとんどで、公式練習にもまだ半数ほどしか来ていない。報道陣もまだ来ていない顔ぶれも多く、いずれは満員になるプレスルームも現在はまだまばらである。そのためもあるのか、宇野もいよいよ本番という実感はあまりないという。 ショートプログラムになるかフリーになるかはまだ発表されていないものの、羽生結弦が団体戦に出場しないこともあって、宇野は日本チームのトップ選手として団体戦に出場することになる。これまでジャパンオープンや国別対抗戦など、団体戦を何度か経験してきた宇野は、そのたびに「足を引っ張らないように」という気持ちになっていたという。だが今回は自分が、日本チームを引っ張っていく役割を自覚しているのだろう。 「今回は思いっきりやって少しでも貢献できるように頑張りたい。その経験を個人戦にも生かしたいと思っています」と力強い言葉を口にした。平昌五輪フィギュアスケート男子SP演技終了後ガッツポーズを出す宇野昌磨=16日、韓国・江陵アイスアリーナ(納冨康撮影) 男子の個人戦は、2月16日のショートプログラム、2月17日が決勝のフリープログラムとなる。一週間の間に、本番のプログラムを団体戦(ショートかフリーどちらか一つ)、個人戦(ショートとフリー)合わせて3本滑ることになる。心配されるのは、体力的な負担である。そのことについて聞かれると、宇野はこのように答えた。 「プログラムの練習に関しては、今シーズンで一番詰めた練習ができた。でも試合の疲れというのは練習とは違うので、どんな疲れが残るかわからない。だからといって(団体戦で)手を抜くわけにいかない。疲れたら一刻も早く回復できるようにするだけかなと思います」 一方気になるのは、11月に右足の靭帯を痛めた羽生結弦が、現在どのくらいまで体調を戻してきているのかということである。羽生の新しい面が見えた 怪我をしてから、ほとんどこれといった大きなニュースも報道されていなかった羽生だが、2月6日にすでに現地入りしているコーチのブライアン・オーサーが、江陵アイスアリーナでメディアにこのように語った。 「練習はうまくいっています。それははっきり言えます」とオーサー。痛みもなくなり、ジャンプの練習も再開して、日々回復してきているという。 「この期間、私は彼の新しい面を学んだし、彼自身も自分のことを改めて学んだのではないかと思います。彼がとても冷静でいたことに、私は強い印象を受けました」 11月9日、NHK杯の公式練習中に4ルッツの着氷を失敗して転倒した羽生は、右足関節外側靭帯損傷で全治4,5週間という診断を受けた。だが炎症が骨にも及んでいたことなどから回復が遅れ、12月末の全日本選手権には欠場。だがこれまでの実績を評価して平昌オリンピック代表に選ばれた。 「2か月半前に、彼と顔を突き合わせて綿密に計画をたてました。大事なのは、小さな目標を細かくたててそれを達成していくことでした。絶対に間に合う、予定通り出場することは可能だ、と彼に告げたんです」とオーサー・コーチ。平昌五輪フィギュアスケート男子SP演技を終え、ブライアン・オーサーコーチらに迎えられる羽生結弦=2018年2月16日、韓国江陵アイスアリーナ(撮影・松永渉平) 本人は2月11日にカナダのトロントから、コーチの一人であるトレイシー・ウィルソン、そしてトレーニングメートのハビエル・フェルナンデスと一緒に現地入りをすることが予定されているという。最後に報道陣の前に姿を見せてから、まるまる3か月の月日が流れているだけに、公式練習ではカメラマンもレポーターも殺到するであろうことが予想される。 いきなり大舞台でのぶっつけ本番になるが、オーサーは「それについては心配していない。彼はすでに必要な経験はたくさん積み重ねてきている」と太鼓判を押す。 ソチオリンピック金メダリストの羽生がここでタイトルを守ることができたら、男子としては1948年と1952年のオリンピックを連覇した、アメリカのディック・バットン以来66年ぶり。 羽生以外の優勝候補は、アメリカのネイサン・チャン、スペインのハビエル・フェルナンデス、そして宇野昌磨である。どのような戦いが繰り広げられるのか。いよいよ始まろうとしている。たむら・あきこ ジャーナリスト。盛岡市生まれ。1977年米国に単身留学し、1980年から現在までニューヨーク在住。著書に『ニューヨーカーに学ぶ軽く見られない英語』(朝日新書)、『知的な英語、好かれる英語』(生活人新書)、『女を上げる英会話』(青春出版社)、『聞き上手の英会話』(KADOKAWA/中経出版)など。翻訳書も多数。フィギュアスケートライターとしても知られており、『銀盤の軌跡』(新潮社)などの著書もある。

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    「金与正ブーム」に少女時代ソヒョンも巻き込んだ文政権の思惑

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 平昌冬季五輪では各国選手が連日、白熱した競技を展開している。強風や猛烈な寒さの中での大会運営ということもあり、競技によってはテレビ観戦している筆者にもひやひやさせる場面が多い。それでも会場のボランティアや応援する人たち、そして選手たちの五輪に取り組む姿勢は見ていて心地いい。 だが、他方でこの五輪は開催前後から国際政治の最大の注目場所となった。もちろん北朝鮮側のいわゆる「ほほ笑み外交」攻勢のためである。金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長と、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の実の妹である金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会第1副部長らの高位級代表団が韓国入りしてからの過熱報道は、五輪そのものへの関心を上回るものがあった。韓国の文在寅大統領(手前右端)との会談に臨む北朝鮮の金永南・最高人民会議常任委員長(奥右)、金与正・党第1副部長(奥左)ら=2018年2月10日、韓国大統領府(聯合=共同) 特に注目を浴びたのは、各種報道で「実質ナンバー2」「金委員長に直言できるただ一人の人物」などと評されている与正氏の発言と動向であった。確かに、故金日成(キム・イルソン)主席の直系が韓国を訪問したのは初めてである。さまざまなメディアでは、与正氏が金委員長の「親書」を携えて、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に平壌での首脳会談を提案したことが報道されている。 この一連の報道を分析してきて、韓国・日本のメディアが「金与正ブーム」とでもいう空疎な現象に貢献している、と批判的に見ざるを得ない。まず韓国到着後、初めて文大統領と会談したときの与正氏の表情が、顎をしゃくりあげた感じでまさに相手を睥睨(へいげい)するかのような視線、いわば「女王様」的表情だったことが大きく報道された。 「白頭血統」というのだそうだが、故金日成主席に始まる北朝鮮の「金王朝の王女」とでもいうべき印象を、その写真は伝えている。だが、このような「白頭血統」なるものの起源、つまり抗日戦士として北朝鮮の独立に貢献した金主席の話は極めて誇張されたものである。ソ連による傀儡(かいらい)政治家として当初は祭り上げられた人物ではないか、というのが正しい見方だろう。南北協調で仕掛けた「アイドル戦略」 郵便学者の内藤陽介氏による『北朝鮮事典-切手で読み解く朝鮮民主主義人民共和国』や『朝鮮戦争:ポスタルメディアから読み解く現代コリア史の原点』などの著作を読むと、北朝鮮、金一族の政治的な宣伝工作(プロパガンダ)がどのように構築されていったかがわかる。つまり「白頭血統」や「金王朝」なるものはアイドル(偶像)の中でも最も虚偽性の高いものである。そのようなアイドルの欺瞞(ぎまん)的な側面を全開にした「女王様然」とした表情を垂れ流すメディアの印象操作には、やはり北朝鮮のイメージ戦略にくみしたと評されても仕方がないだろう。平昌冬季五輪の開会式で、北朝鮮の金与正氏(中央右)と金永南最高人民会議常任委員長(同左)の近くに座る安倍首相(右端)とペンス米副大統領=2018年2月9日(聯合=共同) この北朝鮮の政治的プロパガンダとしての「アイドル」の利用は、金委員長の父親である故金正日(キム・ジョンイル)党総書記からの得意芸であった。金総書記は、映画や音楽など文化部門への造詣があり、それを政治的手段としても利用していた。 今回は、美女ぞろいといわれる三池淵(サムジヨン)管弦楽団を韓国に先行して派遣し、まるで父親譲りの「アイドル攻勢」をしかけてきた。これは今回の「ほほ笑み外交」戦略の露払いとなり、またのちに触れるように金与正氏の訪韓イベントのクロージングにも役立っている。 もちろんこのような北朝鮮の「アイドル戦略」は、なにも北朝鮮単独で行われたものではない。韓国政府の強い協力がなければ不可能である。しばしば報道では、文政権が米国と北朝鮮の間にはさまれて苦境に陥ったとする評価があるが、本当だろうか。五輪の開催日程はとうの昔に決まっていたわけだし、そもそも金与正氏が来韓する情報はかなり以前から流されていたという。つまり、文政権にとっては別に政治的に苦境でもなんでもなく、まさに北朝鮮と共同演出した「金与正ブーム(仮)」なのだろう。 しかも、金与正氏の在韓最終日には、三池淵管弦楽団のコンサートを文大統領と隣り合わせで観劇するというクロージングまで用意した。さらに北朝鮮の「公式アイドル」といえる牡丹峰(モランボン)楽団の団長である玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏が登場し、歌唱を披露したという。安倍発言は問題視されるべきか ここでも、韓国政府は北朝鮮と共同のサプライズを仕掛けている。韓国の人気ガールズグループ、少女時代の「末っ子」で人気の高いソヒョンとのコラボを企画していたのだ。報道では公演当日に依頼があったというが、日本でも人気の高い少女時代の、ソヒョンが単独で出演してきた背景には何があったのだろうか。三池淵管弦楽団の公演の舞台で、楽団の歌手と共に歌うK―POPグループ「少女時代」のソヒョン(右端)=2018年2月11日(聯合=共同) 実は、ソヒョンは昨年末に従来の所属事務所から契約満了時での退所を表明していた。ただし、その後も少女時代そのものには残るらしい。いまのマネジメントが具体的にどうなっているのかわからないが、少女時代全員の出演ではなく、ソヒョン単独だったのは事務所からの退所が関係していると思われる。 また、韓国大統領府がソヒョンに目をつけたもうひとつの理由として、彼女がかつて潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長を「尊敬する人物」として挙げ、国連の活動イベントの際に面談したことが報じられている。そのほかにも、母校の大学に巨額の寄付をするなど社会的な活動が目立っていたからかもしれない。いずれにせよ、韓国政府が北朝鮮の「アイドル攻勢」に積極的に関与した証拠でもあるだろう。 さて、平昌五輪は永遠には続かない。米国は北朝鮮に変わらぬ強硬姿勢を示しており、今後は金融制裁など以前から効果的といわれてきた手法を駆使するだろう。韓国政府が北朝鮮の「ほほ笑み外交」という政治的プロパガンダに実質的な協力を行い、多くのメディアも知ってか知らずか加担してしまった。韓国国内でも世論の分断が加速するかもしれない。 訪韓した安倍晋三首相は、文大統領に対して「米韓合同軍事演習を延期すべきではない」と発言した。日本では、文大統領が「内政問題」だとして不快を示したことに、安倍批判が自己目的化した識者たちが、またも安倍発言を問題視している。しかし、米韓合同軍事演習は日本を含めた北朝鮮、そして中国・ロシアへの広域的な安全保障政策の一環であり、その延期に意見を表明することは間違いではない。韓国での分断も注意すべきだが、日本の世論の、あまり合理的な意見に基づくとはいえない分断にも注意が必要だろう。

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    「政治一色」平昌五輪は失敗だった

    平昌冬季五輪が開幕した。とはいえ、話題の中心は急きょ参加した北朝鮮の動向ばかりで、肝心の競技はそっちのけである。南北統一の機運を高めたい韓国と包囲網の分断を狙う北朝鮮の思惑が交錯し、汚れなきスポーツの舞台はもはや「政治ショー」に変わった。曲がり角に来た五輪、その意味を考えたい。

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    北朝鮮乗っ取り「平壌五輪」金正恩の真意

    李相哲(龍谷大教授) 平昌冬季オリンピックが平壌に乗っ取られるのではないかという懸念が現実味を帯びてきている。1月22日、韓国の国会議員会館で開かれた韓国の「党政協議会」で与党「共に民主党」政策議長の金太年(キム・テニョン)は「地球村の祝祭である冬季オリンピックが来月、平壌で開かれる」と発言し、周りが慌てる珍風景がテレビを通して伝えられた。国会議員すら平昌五輪を「平壌五輪」と勘違いするほど平和の祭典であるはずの五輪は南北の政治ショーの場に変わりつつある。 そもそも北朝鮮で五輪参加の資格を取得したのは2人。フィギュアスケート男女ペアのみだ。北朝鮮が2人のために140人の芸術団に229人の応援団、各種名目の支援チームなど500人にのぼる人員を送るわけがない。他の目的があるからだ。 時間稼ぎと国際世論の分断、韓国国内の攪乱(かくらん)、北朝鮮のイメージ改善などさまざまな目的もあるが、何より重要なのは国際社会の包囲網を崩すことだ。国際社会の制裁に苦しむ金正恩(キム・ジョンウン)政権は、平昌五輪を利用して制裁の包囲網崩しに取り掛かっているが、まずは一番もろい韓国にターゲットを絞ったとみられる。 その思惑は五輪が始まる前に既にはっきりと表れている。平昌五輪の前夜祭に芸術団を派遣すると表明した北朝鮮は1月21日、玄松月(ヒョン・ソンウォル)を団長とする実務者代表団を韓国に送り込んだ。韓国のホテルに到着した北朝鮮応援団とテコンドー演武団の一行=2018年2月(共同) 一時、金正恩委員長の「愛人」との報道がながれ、韓国でその名が知られるようになった玄の訪韓は、世界中の注目を浴びた。北朝鮮の存在感を遺憾なく世界中に知らしめた玄の訪韓は、韓国に「南南葛藤(韓国国内の世論を分断し、韓国人同士で喧嘩をさせること)」を誘発、反発を買う場面もあったが、なにより「5・24措置」(2010年、北朝鮮が韓国の軍艦を爆沈させ、40人の兵士が水死、6人が失踪した事件を受け、韓国政府が科した制裁措置)を無力化するという目的の一部は達成した。 現在南北をつなぐ陸路は主に三つ。南北軍事境界線沿いに設けられた南北共同警備区域の板門店を通るルート、金大中(キム・デジュン)大統領時代に着工、2004年に稼働をはじめた「開城工業団地」を経由して韓国の坂州市に至る京義線ルート、そして朝鮮半島東海岸沿いの金剛山観光のために開いたルートだ。 玄が韓国にやってきたのは開城工業団地ルートだったが、直後の1月23日、金剛山で行われる予定の文化行事(後にキャンセル)のための施設点検名目で北朝鮮を訪れる韓国代表団は金剛山ルートをつかった。これで制裁を課した三つのルートのうち二つが事実上、「開放」されたことになる。 北朝鮮は、当初、芸術団員140人は板門店ルートを通って韓国を訪問したいと持ちかけたが、土壇場(どたんば)になってルートを変えた。五輪開幕まで4日しかない2月4日夜、北朝鮮は唐突にも北朝鮮の芸術団「三池淵管弦楽団」を万景峰号にのせて海路を使って韓国に行くと通報してきた。 目的は韓国独自制裁を無力化するためだ。2010年5月以降、韓国は北朝鮮の船舶の韓国港へは接岸を禁止している。朴槿恵(パク・クネ)政権時代の2016年3月以降、韓国政府は北朝鮮に寄港したことのある船舶は180日間韓国の港に寄港できない措置を取った。そのような制裁措置を取り崩すために、いま南北が共に躍起になっている。南北の不透明な関係 三池淵管弦楽団一行が平壌を出発したのは2月5日、韓国政府の韓国政府が海路を使っての入国を許可するかしないかで「慎重に検討」している最中だった。文在寅(ムン・ジェイン)政権は「例外措置」として万景峰号の入港を認めると発表したが、事前合意があったとしか思えない。海路の利用は合意文書にはなかったが、水面下で南北は、北朝鮮代表団の訪韓につき、原則的に如何(いか)なるルートを通じてやって来ようが許容することにしたのではないか。警官隊と入港に反対する人たちが衝突する中、韓国東部・東海市の港に入港する北朝鮮の貨客船「万景峰92」=2018年2月(共同) 空のルートもそうだ。1月31日、韓国はチャーター便を借りてスキー選手を含む45人の代表団を北朝鮮に送った。韓国政府は、アジア最大規模を誇る馬息嶺スキー場で北朝鮮選手らと合同訓練を行うために選手団を送ると説明したが、目的は他にあったようだ。北朝鮮に送り込んだ選手らは平昌五輪の出場権を持っていない選手のみ。しかも訓練はたったの3時間ほどだった。 国連制裁決議「2270号」は、国連加盟国は、北朝鮮に航空機、乗務サービスを提供してはならないことになっている。しかもアメリカは北朝鮮に乗り入れした飛行機のアメリカへの入国を禁止する措置を取っているが、文政権は「例外措置」として北朝鮮へ航空機を飛ばし、閉ざされた空路を開けてあげたのだ。 平昌五輪が開幕する9日にソウルを訪問すると発表した北朝鮮の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議議長(名目上北朝鮮を代表する役職)は、世界中のほとんどの国が乗り入れを拒否する高麗航空を利用するとの情報もある。これも文政権は例外措置として認めるとみられる。 韓国の有力日刊紙「朝鮮日報」は7日付社説で「文政権は例外を乱発して対北朝鮮制裁の原則を取り崩し、効果が表れ始めた制裁を前面にたって揺さぶっている」と批判した。平昌五輪の開幕式に出席するため代表団を率いて訪韓するアメリカのペンス副大統領は「五輪メッセージが北朝鮮にハイジャック(拉致)されようとしている」「韓国と北朝鮮がオリンピックで如何(いか)なる協力をしようとも国際社会で孤立させなければならない北朝鮮という国家の本質を隠すことはできない」(2月5日、アラスカにて)と南北の不透明な関係に懸念を示す。 ところが、韓国の与党、共に民主党議員の一人はペンス副大統領の訪韓を「めでたい家に、哭(こく)しにくるんだ」とアメリカを批判、安倍総理の五輪出席を「他人の宴に出て勝手に踊る(『グッ』と呼ばれる韓国シャーマニズム儀式をする)つもりだ」と批判する。 文大統領の対北朝鮮政策の助言役で左派陣営の重鎮である統一部元長官の丁世鉉(チョン・セヨン)は、「北朝鮮が憲法上の国家首脳である金永南を平昌五輪に送るのには対話へのメッセージが盛り込まれている」と語り、南北首脳会談の話を持ち込むだろうと歓迎する姿勢だ。北朝鮮も韓国も勘違いしているとしか思えない。平昌五輪は南北の祭りではなく、地球人の祭りのはずだ。(文中、一部敬称略)

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    南北統一五輪で文在寅が狙う韓国保守派「根絶やし計画」

    重村智計(早稲田大名誉教授) 韓国人は「統一」の言葉に憧れ、心躍らせる。金大中(キム・デジュン)元大統領や盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領は、この感情を利用し支持率を上げた。北朝鮮も韓国から資金を獲得するために、「夢見る統一」の言葉で韓国人の心をつかんだ。だが、さすがの韓国人も南北指導者の「三文芝居」にようやく気が付いたようだ。女子アイスホッケーの南北合同チーム結成に50%が反対し、賛成は40%にとどまった。南北指導者の陰謀はかつての力を失っている。文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率も急落した。 南北の陰謀は「同床同夢」に近い。何より北朝鮮を延命させる「制裁破り」で協力している。韓国では、左翼政権が長期独裁化を目指し、政権内の極左グループは北朝鮮による南北統一に憧れる。「統一旗」の入場は、童話の「裸の王様」の再現だ。「統一」は現実的ではないのに「統一五輪」とはやし立てている。 北朝鮮は開会式前日の8日に、平壌で人民軍創建70周年の軍事パレードを見せ、平和の祭典に「凍風」を送った。また一方で、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員会委員長を送り込む「微笑作戦」を見せた。制裁対象の貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」が芸術団「三池淵(サムジヨン)管弦楽団」団員を載せて韓国に入港した。 万景峰号は、石油製品を満タンに入れて帰国するとの指摘がある。まさに南北協力の制裁破りだ。金永南氏に権限はほとんどない。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は妹の金与正(キム・ヨジョン)氏を9日、ソウルに派遣した。金委員長が信頼する唯一の人物である。開幕式の翌日に文大統領との昼食会が設定されたが、南北首脳会談について話し合うとの観測がしきりだ。2018年2月9日、韓国・仁川国際空港に到着した金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正氏(中央、聯合=共同) 軍事パレードではひな壇の顔ぶれが注目された。なぜ平昌五輪前日に軍事パレードを行うのか。金委員長による軍の完全掌握と「党優位」の誇示に必要だった。 社会主義国家では「共産党が軍に命令する」。父親の金正日総書記は「先軍政治」により、「軍が党に優越」する体制を築いた。金委員長は「党が軍に指示する体制」復活に政策転換したが、軍幹部の抵抗が激しく、多くの幹部が処刑、追放された。 人民軍創建記念日は、昨年までの4月25日から2月8日に変更された。朝鮮労働党の創建記念日は1945年10月10日である。現在の朝鮮人民軍が創設された1948年2月8日を記念日とすることで、「党優位」の論理につながるからだ。4月25日は1932年に満州で創設された「朝鮮人民革命軍」(抗日遊撃隊)の記念日で、「軍優位」の理屈が残ってしまう。つまり、8日の軍事パレードは軍の抵抗勢力への「勝利宣言」で、どうしても来年まで延期するわけにはいかなかったのである。韓国は密かに巨額資金を送った? 米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席は開会式に出席しない。韓国の置かれた状況を物語る。安倍晋三首相が辛うじて文大統領のメンツを救った。安倍首相の参加には批判もあるが、日本がはっきりものを言うためには正しい外交選択だ。韓国の文化は、はっきりものを言い合うのに慣れている。それなのに日本の政治家は遠慮しすぎた。 けんかの必要はないが、日本の立場は明確に伝えるべきだ。信頼関係を築くには、隣の大国としての品位が大切だ。慰安婦問題で攻撃される朴裕河(パク・ユハ)教授や李栄勲(イ・ヨンフン)教授らに、安倍首相との面会の機会を与えてほしい。 北朝鮮は「大韓民国」を認めない。「存在しない」とのフィクションを維持しているからだ。日本では理解できないだろうが、「正統性」のためだ。正当性は儒教文化最大の政治的基準である。北朝鮮は、金日成主席が日本帝国主義と戦争し「勝利した」事実を「国家の正当性」にする。韓国には、日本帝国主義軍と戦争した指導者はいないから「正当性はない」として、「大韓民国は存在せず、南は米帝国主義の傀儡(かいらい)政権」とのフィクションにしがみついている。 平昌五輪を「平壌五輪」と批判する人たちがいる。ソウルでは「北朝鮮参加のために巨額の資金を送った」との声がささやかれる。金大中元大統領は南北首脳会談のために、「5億ドル(約500億円)」の現金を送っていた。北朝鮮との交渉には「数億ドルの現金が必要」というのが常識だ。車両で現金が運ばれたとの観測も出ている。北朝鮮スキー場での南北合同練習にも、使用料が支払われたのか。韓国北東部、麟蹄のホテルで開かれた韓国側主催の夕食会に参加した北朝鮮応援団の女性ら=2018年2月7日(韓国統一省提供・共同) 文大統領の支持率は70%から50%台に落ちてしまった。なぜ北朝鮮の五輪参加を求めたのか。文大統領の学生時代は、北朝鮮に国家の正当性があると主張する『解放前後史の認識』という著作シリーズが、学生の間で大人気だった。文大統領と任鐘晢(イム・ジョンソク)大統領秘書室長らは、この著作に影響を受けた世代だ。 文政権の狙いは、五輪後の南北首脳会談と北朝鮮への制裁緩和だ。その次は憲法改正を行う。韓国大統領の任期は1期5年だ。それを2期8年が可能になるように変更し、文大統領も再選出馬できれば、およそ10年間政権を握れる。その間に韓国の保守派を根絶やしにする戦略だ。 だが、文政権には、北朝鮮が「南朝鮮革命と軍事統一」の戦略を捨てていないとの現実認識はない。米中央情報局(CIA)のポンペオ長官は1月23日に「北の核開発の目的は朝鮮半島再統一だ」と韓国に警告した。これまでは、米国の攻撃を抑止するためとの判断が一般的だった。「再統一戦略の一環」という認識を打ち出したことで、北朝鮮の統一戦略に関する文書や証拠を手に入れた事実をうかがわせた。米国は、韓国への軍事侵攻と同時に米国への核ミサイル発射の危険があると受け止めている。 宴の後には、北の核とミサイルの実験が待っている。韓国世論は分裂し、文在寅大統領の支持率は下落するだろう。北朝鮮への制裁はさらに強化され、北では軍と党の摩擦が強まる恐れがある。朝鮮半島をめぐる緊張は高まる一方だ。

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    「スポーツの上に政治がある」平昌五輪、統一コリア実現の舞台裏

    春日良一(スポーツコンサルタント) オリンピックは何をもって成功裏に終わったといえるのか。今、2020年東京五輪大会組織委員会の面々に「東京五輪の『成功』とは何ですか?」と問えば、異口同音に「大会が無事に終了すること」と答えるだろう。 無事に大会が終了するという意味で、平昌五輪が成功する確率はかなり高まった。それは年頭、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が「新年の辞」で参加を宣言したからである。それまでは、大会2カ月前の競技別エントリーが期限になっても、北朝鮮オリンピック委員会は正式手続きを行っておらず、「五輪不参加」というのが大方の見方であった。韓国専門家の中には「100%参加は有り得ない」と断言する人もいたほどだ。2018年の「新年の辞」を発表する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信撮影・共同) しかし、締め切りを過ぎても、国際オリンピック委員会(IOC)は諦めなかった。本来なら、この時点でエントリーがなければ参加できない。しかし、トーマス・バッハ会長は「最終エントリーである大会1カ月前の個人エントリーまでに手続きをすればOKだ」と表明したのである。 五輪参加で最も重要とされるのはエントリーの有無だ。公平性を保つための伝統的なルールであり、ミスをすれば国内オリンピック委員会(NOC)の委員のクビが飛んでしまった例もある。だからこそ、バッハ会長の表明は異例中の異例、いやこれはもう「特例」と言っていい。五輪の伝統を崩してでも、北朝鮮の参加を最後まで待とうとしたのである。この時点で、筆者はIOCが平昌五輪組織委員会、南北両国のNOCに水面下で働きかけているのではないかと思っていた。 なぜなら、北朝鮮には1996年からIOC委員として活動する張雄(チャン・ウン)氏がいるからだ。IOC委員はオリンピック理念を実現するために貢献する使命がある。今年一杯で退任する張委員が「最後の奉仕」として南北友好の五輪実現に努力しないはずがない。五輪運動に携わり、彼自身を見てきた筆者にはそう見て取れた。 ただ、政治が絡む問題は非常に繊細な対応が必要なのは言うまでもない。昨年6月、張委員は「スポーツの上に政治がある」とメディアに語り、統一コリアチームの実現が簡単ではないことを示唆していた。一方で「(北朝鮮と韓国の)2カ国が決めることではなく、IOC委員が話し合う問題」と断言もしていたのである。いち早く「統一コリア」を実現した日本人 実際に、金委員長の「新年の辞」を皮切りに急展開した「統一コリア」の動きは、1月20日にIOC本部で行われた平昌組織委、両国NOCとの四者会談で結実する。バッハ会長は平昌五輪に北朝鮮選手22人の参加や南北合同行進を認めたことを発表したのである。そして、五輪初の南北合同チームが女子アイスホッケーで実現することになった。 しかし、新年の辞から南北会談、四者会談という、わずか半月の流れは外交常識に照らし合わせても、あまりに早すぎ、出来過ぎの感は否めない。この急展開を冷静に読み解けば、「北朝鮮のエントリーを待つ」と事実上認めたバッハ会長の発言がサインになる。新年の辞はあくまでのろしであり、バッハ発言のあった昨年12月以降にこのシナリオが大きく動き出したとみるのが合理的だろう。2017年6月、世界テコンドー選手権が行われた韓国・茂朱で、板割りを披露するIOCのバッハ会長(共同) それは昨年6月、バッハ会長が世界テコンドー選手権の閉会式に出席するために韓国入りしたところから始まる。文在寅大統領が示した南北合同チームの結成案について、バッハ会長は文大統領の表明に感謝した上で「五輪は相互理解や対話、平和の精神に基づいている」と述べている。しかも、北朝鮮政府との交渉のキーパーソンとなる張委員は、元世界テコンドー連盟会長でもあった。名誉総裁として世界テコンドー選手権に来韓した張委員とともに、IOCは北朝鮮へのアプローチに本腰を入れたはずだ。 実際、IOCは文大統領との会談後、北朝鮮選手が平昌五輪に参加できるように支援することを確約している。この支援を決めた理事会から、IOCによる統一コリア実現への具体的アクションが始まったのだろう。 実は過去にも「統一コリア」を実現した人物が日本にいた。1991年、千葉県で開催された世界卓球選手権を成功に導いた当時の国際卓球連盟(ITTF)会長、荻村伊智朗氏である。荻村氏は実現のために、自ら北朝鮮に何度も出向いて、選手強化に励んだ。世界一を競う場で実力が違いすぎれば、チームとしてまとまらないからだ。荻村氏の努力の結果、南北の実力差は解消され、参加が実現した。南北の卓球選手はともに戦う空気が生まれ、統一旗の下で素晴らしいパフォーマンスを披露し、女子団体では強豪中国を破って優勝したのである。 この時の北朝鮮側の交渉相手が張雄委員であり、彼の統一コリアへの情熱もこの結果に結びついている。また、今回の統一コリア実現に慎重だったのも、あの世界卓球の経験があったからだ。だが、並大抵なことではないからこそ、女子アイスホッケーの合同チームも使命のために団結し、想像以上の力を発揮できる可能性がある。もし、このチームが決勝ラウンドに進むことになれば、その反響は想像を絶するだろう。スポーツが政治を利用する だが、女子アイスホッケーをはじめ、統一コリアに対して「スポーツの政治利用」「文政権の行き過ぎた北朝鮮融和策」などと批判的な意見が韓国国内でも多く聞かれる。確かに、五輪では過去にも「スポーツの政治利用」に対する批判の声が挙がったことはある。その代表的な大会が1936年のベルリン五輪だ。ナチス指導者、アドルフ・ヒトラーが国威発揚の機会として利用し、「ナチズムにオリンピックが利用された」と言われる。しかし、ヒトラーが国を挙げて作り上げたベルリン五輪の遺産が今も受け継がれていることも事実である。聖火リレー、開会式の入場行進、放鳩、これらはすべて「平和のシンボル」として継承されている。 それだけに、今回の統一コリア実現を「スポーツの政治利用」という一方的な視座で捉えるべきではない。五輪の原点とは「スポーツによる世界平和構築」である。1894年6月23日にIOCが創設されたのは、帝国主義が蔓延する欧州で世界戦争の危機を感じたからだ。古代オリンピックを復活させ、世界の若人が同じルールの下に競技することで、互いの尊敬と友情を育むことを知る機会を創出したかったのである。 また、五輪はたとえ国家間の紛争状態があっても、この祭典の期間は中断して参加しなければならないという「休戦」の思想がある。これは古代オリンピックから受け継ぐ尊い精神だ。実際、1992年のボスニア紛争で、当時のサマランチ会長は世界で初めて「五輪休戦」を訴えた。それ以降、開催のたびに国連総会でこの思想への支援決議が採択されている。 金正恩政権は長距離弾道ミサイル「火星15」発射実験を強行するなど、今も「先軍政治」を優先し、核ミサイル開発に注力する姿勢を崩していない。一方、米国も北朝鮮に対する圧力を強め、朝鮮半島の緊張は続いている。その風穴をスポーツが開けたとみることはできないだろうか。現状では、少なくとも五輪期間の「休戦状態」は確保できそうである。軍事でも外交でも解決が難しい状況の中で、五輪は政治を利用して、平和を生み出そうと努力している。韓国と北朝鮮のアイスホッケー合同チームが着るコートに付けられたワッペン(左)。朝鮮半島の右側に竹島(右端)が刺しゅうされている=2018年2月5日(聯合=共同) 統一コリアは、多くの識者が指摘するような、韓国と北朝鮮両政府が五輪を利用するために実現したのではないと信じたい。むしろ、IOCがスポーツを利用して、朝鮮半島の融和の実現に動いて結実したとみるべきである。互いに息切れしつつある文大統領と金正恩政権に「スポーツ王国の元首」が救いの手を差し伸べたというのは、言い過ぎだろうか。 平昌五輪は本当の意味で成功するのか。閉会式の最後、IOC会長は必ず「この大会は史上最高の大会であった」と高らかに宣言する。恐らく平昌五輪もそう祝うのだろう。しかし、混迷を深める現代世界では、五輪が逆に政治を利用して、平和や対話、そして和解を図る道具にしていかなければならない。統一コリアがその証になったとき、平昌五輪は歴史的成功を収めたと胸を張れるだろう。

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    「五輪停戦」で金正恩の勝利、文大統領の危険な「前のめり外交」

    2日(韓国取材団・共同) 1月9日の南北会談は金正恩のプロパンガンダ勝利となった。南北は北朝鮮の平昌オリンピック参加に合意した。南北会談と「五輪停戦」は金正恩を平和の人と印象付けることになった。 これはひどく苛立たしいことだ。しかし金正恩の深謀は韓国と米国の間に楔を打ち込むことだ。今や文在寅(大統領)には米韓分断にならないことを明確にする責任がある。 戦略問題は米国としか話をしないとの、これまでの北の一貫した政策からすれば、新年の金正恩の南北会談提案は驚きであった。北の宣伝によれば韓国は米国の傀儡政権だ。最大の例外は金大中が南北首脳会談開催と引き換えに数百万ドルを北に支払った2000年だった。2000年の首脳会談により南北は「太陽政策」と呼ばれる短い融和の時期に入ったが、この間多額の対北援助が行われた。 文在寅は開城工業団地(北にとり毎年1億ドルの外貨収入源)を含む太陽政策を復活したいと考えている。先ず核、ミサイル開発を縮小すべきとの米国の政策に相反して、文在寅は5月の大統領就任時から対北直接対話を呼びかけてきた。北はこれを相手にせずミサイルの完遂を進めてきたが、今は南北会談により政治的利益を得ることができると考えている。 恐らくトランプ政権は五輪のために韓国の考えに従うことにしたのであろう。韓国は五輪の期間定例の軍事演習の延期を求め米国はこれを黙認した。 北はオリンピックの後も会談を継続し、それにより韓国を米から離反させることを狙っているかもしれない。国連制裁が効果を発揮し、燃料の流れは段々と減り、輸出による外貨収入も難しくなっている。そのような状況なので韓国との関係改善は非常に魅力的になってきた。しかし文在寅には大きな制約が掛かっている。国連制裁のため資金援助は困難であり、また北の急速な核兵器開発の結果半島の緊張が高まり韓国の対米軍事依存は高まらざるを得なくなっている。 米国はオリンピックの間も韓国沿岸にカール・ビンソン空母軍を展開すると明らかにしている。このような米軍の展開こそが、戦争を脅かしながら平和を求めるような金正恩との融和よりは一層信用できる平和の保証になる。出典:‘North Korea’s Peace Games’(Wall Street Journal, January 9, 2017) この社説は全くの正論です。北は五輪終了後も対話を継続させ米韓離反を狙っているかもしれないとの指摘は的確です。韓国主要紙の反応も総じて文在寅の対応に諸手で賛同ということではありません。文在寅は優先順位を理解していない 10時間を超える会談の後、3項目の共同合意文書が発表されました。合意の第一は北の平昌五輪への参加です。第二は、「軍事的緊張状態の緩和」について、南北の偶発的な衝突を防ぐため軍の当局者の会談を開催すること、第三は、「南北関係の改善」につき問題の解決は韓国と北朝鮮の「当事者同士で行う」ことです。 五輪に参加する北側高官代表団、選手団、応援団の派遣と北側関係者の滞在の便宜を南側が保障するという内容も共同文書に入っているといいます。これに対し、この滞在支援は国連制裁に反するのではないかとの指摘が出ています。制裁のためか、北は高麗航空の使用ではなく陸路で入るということです。韓国政府は制裁との関係につき米国や国連と協議すると述べています。 今後、開城工業団地、金剛山観光開発の再開を北が求めてくる可能性も排除できません。制裁の厳格な実施が最重要であることを韓国に念押しすべきです。 北の五輪参加は良いことですが、最重要問題の非核化は議論されませんでした。会談で韓国側が非核化に言及したところ、北は峻拒したといいます。南北会談の限界とリスクを表しています。今後南北で軍当局者会談が開催されるでしょうが、過去の例も考えると、大きな成果は期待できません。北は米軍の展開や合同演習の中止を強く求めるでしょう。 南北関係に関する南北の文言には齟齬が出ています。韓国の発表では「われわれ民族が韓半島(朝鮮半島)問題の当事者として対話と交渉を通じて解決していくことにした」(9日夜韓国政府発表)であるのに対し、北側の発表は「われわれ民族同士の原則で、対話と交渉を通じて解決していくことにした」(10日未明朝鮮中央通信報道)となっています。南北間の言葉使いとして北側の文言には特別の意味が込められており、米韓同盟に楔を打つ考えが一層明確になっていると言われます。 文在寅の、危なっかしいともいえる前のめりの外交には、一層の注意が必要です。文在寅は今の優先順位を十分に理解していないのではないかと思われます。更に文在寅は従来から北朝鮮問題では韓国が運転席にいるべきだとか、韓国がリードすべきだと述べています。過去の失敗も余り理解していないようです。南北対話が持続的に成功した例はないのではないでしょうか。南北融和を図る度に核問題がうやむやにされ、その間に北は核、ミサイルの開発に邁進し、今日の事態に至っています。核問題は今が最後のチャンスです。1月10日、ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見を行う文在寅大統領(共同) 1月10日に文在寅はトランプと電話で会談、南北会談の結果を伝えた。韓国側の説明によれば、両首脳は米韓間の協力を強化することで合意し、南北協議が「米朝間の対話」につながる可能性もあるとの見通しを示したといいます。しかし最近も米韓間の対外説明に齟齬があった事例が指摘されており、懸念が残ります。 今後、北の五輪参加準備がうまく進めば、ともかく3月中旬までは今の状態で推移するでしょう(オリンピック2月9~25日、パラリンピック3月9~18日)。しかし、五輪の後は元のギアに戻し、対北圧力を強めていかねばなりません。その間も対北制裁は効いてきます。

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    南北会談 印象に残った北朝鮮の余裕と韓国の弱腰ぶり

     臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になった著名人をピックアップ。記者会見などでの表情や仕草から、その人物の深層心理を推察する「今週の顔」。今回は、南北会談での韓国・北朝鮮両国代表の心理戦を読み解く。 * * * 2018年元日の朝、薄いグレーのスーツを着た金正恩朝鮮労働党委員長が、「新年の辞」で平昌五輪への参加を表明した途端、南北閣僚級会談が2年5か月ぶりに開かれた。和やかな雰囲気で始まり、北朝鮮側の代表団は融和ムードを演出していたというが、その心中はどうだったのだろう。 会談が開かれたのは、軍事境界線にある板門店の「平和の家」。韓国側にあるこの施設に、北朝鮮の代表団は軍事境界線を徒歩で渡ってきた。軍事境界線は幅数センチで段差のあるコンクリートの帯。簡単にまたぐことができるその段差を、彼らはまたぐことなくわざわざ踏みつけ、その上に一度上がってから韓国側にやってきたという。わずかではあるが高い位置から、韓国側に足を下ろしたことになる。 それを、分断の壁をなくそうというアピールという見方もあるが、隠された意図はそれだけではないだろう。というのも、高さは力を意味するのだ。人は高い所にいる者は力が強く、低い所にいる者は力が弱いと感じる。軍事境界線をまたげば、高さは変わらず北朝鮮と韓国は対等となるが、段差に上がれば、北朝鮮側は韓国よりも高い位置から会談に向かうことになる。 つまり、自分たちが韓国よりも上、南北問題に対する主導権も自分たちにある、ということを示す意図があったのではないだろうか。そう思って会談を見ると、終始、北朝鮮側がリードしていたのも腑に落ちる。 北朝鮮の李善権祖国平和統一委員会委員長と、韓国の趙明均統一相は並んで姿を見せたが、会場に入る瞬間、李委員長の肩が趙統一相より前に出て、李委員長が先に入った。またどちらの代表団も全員が書類を脇に抱えているのに、李委員長だけ手ぶら。内容が頭に入っているのだろうが、一人だけ手ぶらというのは、それだけ自分の権力や優位性を誇示している。 強面でいかつい印象の李委員長は笑みを浮かべ、韓国側の施設なのに両手を広げて着席を促し、始めから主導権を握る。緊張した面持ちの韓国側の代表団は、背筋を正して椅子に座ったが、北朝鮮側は皆、肩を張って、ややふんぞり返った格好だ。これは、相撲協会の理事会で貴乃花親方が見せていた、あの対決姿勢と同じ。この姿勢を見ると、彼らの融和ムードがあくまで演出にすぎないことがわかる。 また融和ムード演出はこんな所にも出ていた。以前なら、握手する手を指し出すのは韓国側。だが李委員長は今回、微笑みながら自分から手を差し出した。映像に納まる二人の姿を見ると、その意図が“融和”だけでないことがわかる。悠然と立って握手する李委員長と、テーブルを挟んで前のめりになって手を伸ばす趙統一相。この会談でどちらが優位に立っているのかを、象徴するような写真となっていたからだ。南北会談で握手する韓国の趙明均統一相(右)と北朝鮮の祖国平和統一委員会の李善権委員長=2018年1月9日、板門店(韓国取材団・共同) 今回、北朝鮮側は全員がスーツ。新年の辞で金委員長がスーツだったことを考えれば、それに倣ったともいえるが、スーツ姿の方が親しみやすく感じるのは確かだ。人は自分と似ている者に好感を持ちやすいという性質がある。 そんな諸々を考えると、融和というより、韓国を懐柔しているように見えてくる北朝鮮。果たして平昌五輪では、どんなパフォーマンスを見せるのだろうか。関連記事■ 韓国メディアの「良心的日本人」 竹島、慰安婦等問題の見解■ 高梨沙羅 「オルチャンメイク」に似ていると韓国で大人気■ 高須院長 韓国の慰安婦問題再交渉は「無視すればいい」■ 親北を掲げる文在寅政権の先は「赤化統一」と暗黒の生活■ 平昌五輪後に米の先制攻撃で米朝軍事衝突勃発も

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    北朝鮮は平昌五輪で破壊工作に乗り出すか

    が30年前、乗員乗客115人を乗せた国際線KAL機を空中爆破させたのは、翌1988年に迫ったソウル・オリンピックを阻止するためだった。彼女は工作機関の朝鮮労働党対外情報調査部の部長からこう命令されたという。「南朝鮮の飛行機を落とす理由は、1988年オリンピックを前にして南朝鮮の傀儡どもが二つの朝鮮を策動しているのでこれを防ぎ、敵に大きな打撃を与えることにある」「二つの朝鮮を策動」とは、北朝鮮とだけ国交のあったソ連や中国など共産圏が、ソウル五輪参加を機に韓国を認める動きを見せていたことを意味する。そのためKAL機爆破テロで「危ない韓国」「不安な朝鮮半島情勢」を国際社会に印象付け、ソウルで五輪開催ができないようにしようとしたのだ。1987年12月、大韓航空機爆破テロ事件で逮捕され、ソウルの金浦空港に移送された金賢姫元工作員(共同) 北朝鮮のこの懸念は歴史的に見れば的中している。ソ連・中国など共産諸国はその後、韓国との国交樹立に向かい、ひいては「ベルリンの壁」崩壊という東西冷戦終結につながった。共産圏の支持・支援を失った北朝鮮は国際的に孤立し、100万単位の餓死者を出す「苦難の行軍」を余儀なくされ、さらに核開発に走ることになる。 あれから30年。「朝鮮半島危機」のなか韓国ではまたオリンピック開催が迫っている。冬季五輪開催地の「ピョンチャン(平昌)」は国際的には「ピョンヤン(平壌)」とよく間違われるが、韓国北端で北朝鮮と分断された江原道に位置する。北朝鮮としては指をくわえたままでいるわけにはいかないだろう。30年前を教訓にするために 金正恩はピョンチャン五輪にどう出るか? かねてからの「朝鮮半島核戦争の危機」を国際社会に印象付けるため、1988年方式で五輪妨害・破壊工作に乗り出すかもしれない。あるいは「30年前の失敗」を教訓に、和平あるいは平和を演出し、軍事圧力をかける米韓や制裁強化の国際社会を反転させようとするのか。 国際社会としては30年前の「まさか」を教訓に心構えと備えは欠かせないが。 東アジアでは今後、オリンピック開催が相次ぐ。ピョンチャン冬季五輪の後は2年後の2020年に東京五輪、その2年後の2022年には北京冬季五輪が予定されている。 オリンピックはしばしばきわめて政治的である。思い出せばソウル五輪の前には、1980年モスクワ五輪はソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する米国、日本など西側諸国がボイコットし、1984年のロス五輪はソ連、東ドイツなど共産圏が対米報復でボイコットしている。そのため東西両陣営が久しぶりに勢ぞろいした1988年ソウル五輪は「壁を越えて」が合言葉になった。平昌五輪の開会式出席についての記者団の質問に答える安倍晋三首相=2018年1月24日午前、首相官邸(斎藤良雄撮影) 今回のピョンチャン五輪は「北朝鮮の影」を意識せざるをえない。日本の安倍首相も中国の習近平主席も国内で基盤を固め、自分たちのオリンピックも控えているだけに開会式出席は必至である。国際的に影が薄かった(?)韓国の文在寅大統領にとっては存在誇示の絶好のチャンスだ。少し格落ちだが、小池東京都知事はどのタイミングでピョンチャンに出かけるのだろう。新年の東アジアは北朝鮮情勢を念頭に“オリンピック外交”が見ものである。【PROFILE】くろだ・かつひろ/1941年生まれ。京都大学卒業。共同通信ソウル支局長、産経新聞ソウル支局長を経て産経新聞ソウル駐在客員論説委員。著書に『決定版どうしても“日本離れ”できない韓国』(文春新書)、『隣国への足跡』(KADOKAWA)など多数。関連記事■ 平昌五輪後に米の先制攻撃で米朝軍事衝突勃発も■ 文在寅政権中枢は親北派だらけ 北朝鮮の理解者を内外にPR■ 北朝鮮ミサイル発射 早朝でも安倍首相の血色がよかった理由■ 北の漂着船 元軍人の漁師を強制送還すると1人83万円かかる■ 中国尖閣攻勢は米にとって「日本の国難」との深刻な懸念

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    首相は平昌五輪に出席すべきか

    安倍晋三首相が平昌冬季五輪の開会式に出席する意向を表明した。「慰安婦合意について日本の立場を伝えていきたい」。首相はこう語ったが、慎重論が渦巻く中での訪韓決断に政権内でも賛否が分かれる。スポーツの祭典と割り切るべきか、五輪の政治利用と捉えるべきか。その是非を考える。

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    「恨みは善意からも生まれる」総理の平昌出席は危険かつ愚行である

    つの事例であろう。こうした文大統領の思惑に、日本があえて付き合う合理的な理由は率直に乏しいであろう。オリンピックは「スポーツの祭典」であるという建前の下に、安倍総理が平昌に赴くべき根拠は薄弱なのである。人の恨みは善行からも生まれる 前に触れた政権与党部内の「安倍訪韓期待論」は、日本が対韓強硬姿勢の一色に塗り込められたわけではなく、その故に韓国に対して「善意」を表そうとしたことを内外に示す限りにおいて、相応の意義を持つのであろう。大体、現下の北朝鮮を典型的な事例として、周囲の国々に対して、殊更に「悪意」や「敵意」を向ける対外姿勢が、真っ当なものであるはずはない。既に「氷河期」に入ったとおぼしき日韓関係の現況下、日本が「善意」を忘れなかったと知られることは、わが国の声望の上でも意義深いことかもしれない。 ただし、政治の文脈における「善意」の意味を考える際には、ニコロ・マキアヴェッリが『君主論』(『マキアヴェッリ語録』塩野七生、新潮社版)書中に残した次の一節を参照することが大事である。 「人を率いていくほどの者ならば、常に考慮しておくべきことの一つは、人の恨みは悪行からだけではなく善行からも生れるということである。心からの善意で為されたことが、しばしば結果としては悪を生み、それによって人の恨みを買うことが少なくないからである」マキアヴェッリの『君主論』(iStock) このマキアヴェッリの言葉を踏まえるならば、「善意」の政治上の効果を素朴に信じるのは、率直に危険にして愚かなことである。文大統領麾下の韓国政府は、仮に日本が安倍訪韓という体裁で「善意」を示した場合の見返りとして、どのような「善意」を日本に示すつもりであろうか。そうしたことが曖昧にされたままの安倍訪韓は、日本の国益に照らし合わせて有害なものにしかなるまい。 加えて、確認されるべきは、「東京2020」という催事が日本という国家にとって持つ意味である。安倍総理が平昌五輪開催式に出席しなかった場合、文大統領が「東京2020」の折に訪日するのを期待するのは、客観的に難しくなるであろう。「安倍訪韓期待論」には、そうしたことへの懸念もまたいくばくかは反映されていよう。しかしながら、「東京2020」に先立ち、来年に平成の次の御代が来ることを思えば、その折に海外から顕官貴賓を迎えることになる「大礼」こそ日本という国家にとっては最も重要な祭事であろう。 代替わりの際の「大礼」は、当然のことながら、その重要さにおいて「東京2020」がしのぎ得るものではない。「東京2020」という高々、スポーツイベントに過ぎぬものに過度の意義を持たせて、日本の国家路線や対外政策方針をねじ曲げない配慮こそが肝要であろう。「平昌2018」への対応は、そうした距離感を問うているのである。

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    安倍首相「平昌五輪欠席」の政治判断に反対する

    倍晋三首相は出席すべきであり、国会日程を理由に欠席することにも反対である。 世界の国家元首に対して、オリンピック開会式への招待状を出すことは、いつから始まったのか不明だが、少なくとも「オリンピック憲章」と昨年公開された「開催都市契約」には、その必要性も否定的見解も記載されていない。 国際オリンピック委員会(IOC)も、各国の政府代表が、開会式へ出席することや、政治的理由をつけて拒否することについて、評価も批判もしていないのである。開催国の元首が世界の国家元首に招待状を出すのは、主役である開催国が高評価を得るために長年の慣例として行われてきただけである。 また、オリンピック大会のたびに厚遇が保障されているオリンピックファミリーにも、IOCは国家元首を入れていない。それどころか、オリンピック大会の「開催期間中、政府またはその他の機関の代表、その他の政治家が、大会組織委員会(OCOG)の責任下にある競技会場において演説することは、いかなる種類のものであれ認められない」とオリンピック憲章で禁止されており、政治家の発言さえも封鎖しているのである。にもかかわらず、国家元首のオリンピック開会式出席は、開催国に対する重要な評価の一つになり、その参加人数や拒否理由などが、大会ごとに話題となるなど注目され続けているのである。 翻(ひるがえ)ってみれば、2008年の北京五輪では、チベット弾圧などの人権問題を批判する欧米諸国が開会式出席のボイコットをちらつかせた。しかし、中国も改善をアピールし、すべての国連加盟国に招待状を送るなど猛烈に巻き返し、結果的に100人以上の各国要人の出席を確保した。これは当時の過去最高人数であり、日本も聖火リレーの混乱を批判しながらも当時の福田康夫首相が出席している。 2014年のソチ冬季五輪は、ロシアが「同性愛宣伝禁止法」を制定したことに反発した欧米諸国の首脳が多数欠席し、結局出席した国は四十数カ国にとどまった。なお、この時の日本政府は、安倍首相が「北方領土交渉」を進めるためとして出席しており、一部の国から批判を受けている。リオデジャネイロ五輪に至っては、開催国ブラジルのルセフ大統領が弾劾手続きで職務停止中となり政情不安になったことで、世界から批判が殺到し、40人ほどしか参加しないという結果に終わった。2014年のソチ冬季五輪の開会式に出席した安倍晋三首相(中央)=ロシア・ソチのフィシュト五輪スタジアム (代表撮影) このように、各国が開催国への批判を理由に五輪開会式の出席可否を決定することは、国家間の政治的対立をあおることになり、その応酬が続いている。 そして、今回の安倍首相の参加可否が注目されている中で、自民党の二階俊博幹事長が「国会と五輪出席は、両方とも大変重要な政治課題」という旨の発言を公然としており、そのことをマスコミも違和感を覚えていないことが、この問題の根深さを物語っている。「平昌欠席」を黙殺するIOC こうした開会式への国家元首の出席について、自国の重要な政治課題として決定している現状をIOCが黙視しているのは極めて不可解である。この問題を政治介入あるいは政治利用と認識することを、IOCはあえて避けているとしか思えない。オリンピック憲章には、IOCの使命と役割として「スポーツと選手を、政治的または商業的に不適切に利用することに反対すること」と定めているのであって、IOCはこの悪しき傾向を断じて黙殺すべきではない。 したがって、オリンピック憲章に示されている「開会式のプロトコル(儀礼上の約束事)」の中に、開催国と世界各国が、開会式への国家元首の出席可否を開催国に対する政治的メッセージに利用しないよう追記すべきである。 IOCは、過去に国連総会の場を通じて、何度もオリンピックの自治を働きかけてきた。2014年10月には「スポーツの独立性と自治の尊重およびオリンピック・ムーブメントにおけるIOCの任務の支持」を全会一致で取り付け、2015年4月にも、バッハ会長が国連本部で「スポーツは世界を変える力を持ち、さらに重要な役割を果たす時代が来た。スポーツは政治的に中立な立場でなければならない」と演説し、絶賛を得ているのである。記者会見するIOCのバッハ会長(左)=2017年12月5日、ローザンヌ(AP=共同) 今回の開会式出席問題についても、IOCが国連の場で、開催国に代わって五輪開会式には無条件に出席するよう要請し賛同を得るべきではないだろうか。 五輪の開会式は、政治的に中立な「スポーツという部分社会」の場であり、その上サッカーのワールドカップのような選抜された国の集まりではなく、国連加盟国数を超える世界のすべての国と地域が一堂に会することができる唯一無二の機会だからである。このような国際的な場が他にあろうか。  そのような世界の場において、安倍首相が国会日程を理由に開会式を欠席したとしたら、韓国はいわゆる慰安婦問題への抗議のためと受け取ることは明白である。そして、2年後の東京五輪開会式には、韓国大統領が報復で欠席することを覚悟しなければならない。 問題は日韓の応酬だけではない。このような五輪開会式への参加可否に関して、政治的主張の悪しき応酬が続けば、2020年の東京大会でも、日本政府にとっては不本意な理由をもとに、開会式をボイコットする国家元首が出てくることは十分予想される。例えば、ノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)による、「核兵器禁止条約」に日本が加盟しないことを批判する国がボイコットする懸念を考えたことはないのだろうか。 そのためにも、今回の安倍首相の出席について、微力は十分承知ながら、日本オリンピック委員会(JOC)は平昌五輪開会式への参加を促すよう、日本政府に働きかけることを期待したい。しかし現在のところ、JOCにその気配が感じられないのは残念である。 

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    どこが「南北融和の象徴」か、安倍首相の平昌五輪出席は論外である

    池井優(慶應義塾大学名誉教授) 国際的スポーツの祭典オリンピック、世界中のトップアスリートが集まり、大会の模様はマスメディアを通じて世界中に報道されるビッグイベントである。当然、為政者はそれを政治、外交の手段として利用しようと考える。1936年、ベルリン五輪開会式で開会宣言をするヒトラー(共同) 戦前の典型的な例は、1936年のベルリン大会であった。ナチスが政権を取る以前に開催が決定していたオリンピックに、指導者ヒトラーは当初消極的であったが、「ナチスドイツを世界に宣伝する機会にしよう」と態度を一変させ、国家を挙げて大会の準備と開催に取り組むことになった。そして狙いは的中した。特に外国のメディアに対し、通信設備を完備し便宜を図ったため、「前畑ガンバレ」で有名になったラジオの同時中継も可能となり、記録映画『民族の祭典』の各国における上映とあいまって、世界がヒトラー率いるナチスドイツの組織力を高く評価する有力な手段となった。 戦後のオリンピックを政治的利用した具体例としては、1980年のモスクワ大会が挙げられる。大会を成功させたいソ連(現ロシア)は、万全の準備を整えて開催に備えた。しかし前年12月、アフガニスタンで親ソ派によるクーデターが発生、ソ連は軍隊を駐留させて弱体政権を守ることにした。これに反発したアメリカのカーター大統領は、ソ連軍隊がアフガニスタンから撤退しなければ、アメリカは選手をモスクワに送らないと示唆した。同時に、日本、西ドイツなどに同調するよう呼びかけた。「1番安上がりの対米協力」の手段として不参加を決めた日本をはじめ、結局66カ国が不参加、次のロサンゼルス大会にソ連、東欧諸国は参加せず、まさにオリンピックは政治外交の手段として利用されたのである。 戦後いくつかの分断国家が生まれた。東西両ドイツ、韓国と北朝鮮、南北ベトナム、中国と台湾である。国家が2つに割れた場合、オリンピックへの参加はどうするのか。4つの選択肢がある。①両方とも参加しない②どちらか一方が参加する③両方とも参加する④統一チームで参加する。今回の平昌大会のケースは④だが、過去にも例がある。 ドイツの場合、1956年の第7回冬季大会に東西両ドイツの選手が統一チームを結成して参加、以後同年のメルボルンでの夏季大会、そして1968年のメキシコ大会まで、国旗、国歌は旧ドイツ旗にオリンピックマークを付けた統一旗を掲げ、国歌に代わりベートーベンの第九交響曲「歓喜の歌」を使用することで問題は解決した。金正恩の明け透けな狙い 韓国と北朝鮮も2000年のシドニー五輪の開会式で、朝鮮半島をあしらった統一旗、朝鮮民族が生んだ名曲『アリラン』を使用して南北合同行進をしたことがあった。大会直前、韓国の金大中(キム・デジュン)大統領が平壌を訪れ、金日成首相と会談したことは「南北融和」ムードの反映であった。だが、南北朝鮮の合同行進はこの大会とアテネ、トリノの3大会に限られ、以後別の国として参加している。 今回の平昌冬季五輪は「民族融和の象徴」といった単純なものではない。北朝鮮は核ミサイル問題で世界、特にアメリカを敵に回している状況の下、選手のみならず大応援団を平昌に送り、「平和ムード」を印象づけて米韓合同軍事演習の中止を求めるなど米韓離間を策し、さらには国際的包囲網に穴をあけ、韓国から経済援助を引き出そうと意図していることは明らかである。 一方、韓国の文在寅政権はこの冬季五輪を成功させ、南北関係改善のきっかけにしたいともくろんでいる。そして国際オリンピック委員会(IOC)、韓国、北朝鮮、平昌五輪組織委員会の四者会議で次のような決定がなされた。①開会式で朝鮮半島旗を掲げ「コリア」の名で合同入場行進②アイスホッケー女子で南北が合同チーム結成③北朝鮮の選手22人が3競技・10種目に出場④合同チームは国旗の代わりに朝鮮半島旗、国歌の代わりに『アリラン』を使用するという中身である。②のアイスホッケー合同チームの結成について、文大統領は「歴史の名場面になる」と誇らしげに語ったが、単独で参加した場合とは異なり、選手の出場機会を奪うだけではなく、にわかに結成したチームが五輪で活躍する可能性は低いと言わざるを得ない。ソウルの韓国大統領府で行った記者会見で、質問に答える文在寅大統領=2018年1月10日(聯合=共同) しかも慰安婦問題をめぐり、韓国は「最終的かつ不可逆的」に決着したはずの日韓合意の見直しを迫っている。これに対し、日本は「政権が変わろうとも国家間の約束は守るべきだ。日本は1ミリたりともその立場は変えない」(河野外相)との姿勢を貫くが、先のトランプ大統領訪韓の折には、文大統領主催の晩餐(ばんさん)会で元慰安婦の女性にトランプ氏とハグさせるパフォーマンスを演出するなど、日韓関係は冷え込む一方である。さらには、核の脅威のみならず、拉致問題解決の糸口さえ示さない北朝鮮の思惑も見え見えである。そう考えれば、安倍首相の平昌五輪出席などもとより論外であろう。

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    なぜ安倍首相は平昌五輪に行くべきではないのか

    門田隆将(ノンフィクション作家)  私は、日々、変わっていく“観測報道”に驚いている。韓国で2月9日に始まる平昌冬季五輪開会式への安倍首相の「出席・欠席」問題である。なぜ、日本はこうなんだろう、と。 安倍首相は、平昌五輪開会式に出席してはならない。国会云々ではない。日本の首相たる安倍晋三氏は、日本国民を代表して毅然と「欠席」しなければならない。 五輪を政治利用するのではない。北朝鮮との共同チーム編成など、五輪を政治利用しているのは韓国である。日本は、きちんと選手団も派遣するので、そんな次元には立っていない。現に日本政府の高官は出席する。だが、将来の韓国との真の友好のためにも、安倍首相は行ってはならないだろう。 今年、安倍首相が「欠席の意向」を固めたことを1面トップでスクープしたのは、1月11日付の産経新聞だった。記事にはこう書かれていた。 〈(安倍首相の欠席の理由は)表向きは1月22日に召集予定の通常国会の日程があるためとするが、慰安婦問題の解決を確認した2015年12月の日韓合意をめぐり、文在寅政権が日本政府に新たな措置を求める姿勢を示したことを受けて判断した〉 つまり、首相は、「最終的、かつ不可逆的な解決」で決着した韓国との慰安婦合意が反故(ほご)にされたことで、平昌五輪開会式への出席を取りやめることを決断したのだ。当然の判断だろう。安倍首相欠席の意味を韓国の国民がどう受け止めるのか、それは韓国側の問題である。衆院本会議で施政方針演説をする安倍晋三首相 =2018年1月22日、国会(宮崎瑞穂撮影) しかし、その首相の決断をさまざまな人々が覆そうとしている。日本という国の不思議さは、そこにある。踏まれても、蹴られても、それを乗り越えて「相手にすり寄る姿勢」である。日本外交の基本は、「どこまでも ついていきます 下駄の雪」という都々逸(どどいつ)に歌われた姿勢に最もあらわれている。 現在の安倍政権を除き、日本は、ひたすら「中国と韓国」の意向に寄り添ってきた。どれだけいわれなき批判を受けようと、国旗を焼かれようと、史実に基づかない非難を受けようと、ただ、黙って「友好」のために口を噤(つぐ)んできた。 中国の場合でいえば、中国が天安門事件(1989年の六・四事件)で世界中から制裁を受け、孤立を深めていたとき、これに「手を差し伸べ」て、「立ち直らせた」のは日本である。 中国は、国際社会からの非難がつづく中、1992年2月に、悪名高きあの「領海法」を一方的に制定し、中国の赤い舌と呼ばれる「九段線」を設定した。 これによって、東シナ海、南シナ海のほとんどの島嶼(とうしょ)を「自国のものである」と言い始めたのだ。もちろん、尖閣諸島(中国名:釣魚島)も、このときから「中国領」とされた。 しかし、日本はこの時、国際社会が唖然とする信じられない行動に出た。当時、駐中国大使だった橋本恕氏が中国の国際的孤立を打破するために精力的に動き、多くの日本の親中派の政治家・官僚を動かし、領海法の制定発布8か月後の1992年10月に、なんと、「天皇訪中」を実現するのである。微笑外交の限界 当時の宮沢喜一首相、加藤紘一官房長官、小和田恒外務事務次官、橋本恕・駐中国大使の罪は測り知れない。日本の領土である尖閣諸島まで「自分たちのもの」と主張し始めた中国に、いわば国際社会復帰への“お墨付き”を与えたのだ。 中国の民主活動家たち、いや、中国を脱出し、世界中で人権活動をおこなっている中国の人々が、今も「日本だけは許せない」と憤る理由はそこにある。そして、問題は、これによって果たして中国と日本は真の友好関係を結べただろうか、ということである。南北会談で握手する韓国の趙明均統一相(右)と 北朝鮮の祖国平和統一委員会の李善権委員長=2018年1月9日、板門店 「特定アジア」という言葉がある。反日感情が極めて強い中国と韓国、そして北朝鮮を指す言葉である。「特亜三か国」とも言う。特に、中国と韓国は、いずれも慰安婦の「強制連行」という史実に基づかない虚偽をもとに日本と日本人の名誉を貶めつづけている。 「女子挺身隊」を慰安婦と思い込んで報道した朝日新聞と、それを鵜呑みにした韓国の人々が、国家総動員体制下で軍需工場等で働いた14歳以上の「女子挺身隊」を慰安婦と混同し、世界中に「少女像」を建てまくっているのは周知のとおりである。これは「あり得ない喜劇」として、いつか国際社会に認識される日も来るだろう。 しかし、相手がどんなことをやろうと、日本は安倍政権が誕生するまで“微笑外交”をつづけてきた。今回もまた、平昌五輪開会式への安倍首相の「出席」を求める声が政界とマスコミの間に澎湃(ほうはい)と湧き起こっている。 日韓議員連盟という、うわべの「友好」と「利権」に群がった超党派の議員懇談会のメンバーが必死に安倍首相の出席を促しているのである。彼らこそ、韓国との「通貨スワップ」を復活させろという主張をおこなっている元凶でもある。 中国や韓国に日本が毅然とした姿勢を示したことは殆どなく、そのために「日本には強く出ても大丈夫」と舐められ、「真の友好」から逆に遠ざかって来た“愚”が、またくり返されるのだろうか。  そんなことは「二度とくり返さない」、そして、日本は毅然として「是は是、非は非」という姿勢を貫くことを国際社会に示すために、安倍首相は、絶対に「平昌に行ってはならない」のである。(「門田隆将オフィシャルサイト」より2018年1月22日分を転載)

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    「秘密外交」の無残な結末、また韓国にだまされるのか 

    樫山幸夫 (産經新聞前論説委員長)  「盆と正月が一緒に来る」という言葉がある。新年を迎えた韓国が、まさにそれだった。1月9日に板門店で南北閣僚級会談が行われ、翌10日には、文在寅大統領が慰安婦問題での日韓合意に関して、あらためて日本に謝罪を求めた。「盆と正月」がいい形でやってくるならおめでたいが、残念ながら、そうはならなかった。とくに慰安婦合意についての大統領の方針には、常識ある国々、人々があっけにとられただけでなく、日韓関係がいよいよもって「マネージ不能」(河野太郎外相)に陥るという深刻な状況をもたらした。韓国は、しかし、そういう国なのだろう。誤解を恐れずにいえば、過去に同じ目にあっているにもかかわらず、また騙された日本政府の外交的失敗でもあった。韓国の非を鳴らすだけでなく、自ら反省することも必要だろう。 1月10日の記者会見での文大統領の発言、慰安婦合意検証に関する韓国政府の方針はすでに日本のメディアで報じられているので、その詳細を繰り返す必要はあるまい。ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見に臨む 文在寅大統領=2018年1月10日 それにしても驚くのは、先進国クラブ、OECD(経済協力開発機構)に古くから加盟し、世界で11位(2016年)の経済大国である韓国の指導者がいまだに前世紀の発想から抜け出せずにいることだ。絶望的なことだが、そのことを議論しても詮ないことなので、やめておく。 むしろ釈然としないのは、こういう結末になることはわかりきっていたのに、〝秘密交渉〟を進め、10億円の拠出を余儀なくされた日本政府の甘い外交姿勢だ。しかも、日本国民の税金から支払われたその拠出金は、すでに多くの元慰安婦や遺族に給付された後であるにもかかわらず、韓国側が〝凍結〟するという。日本側の意思が踏みにじられた形になってしまった。 〝秘密交渉〟については、韓国政府が昨年暮れに公表した「慰安婦問題日韓合意検証報告書」で暴露された。 報告書によると、局長協議が難航したため、谷内正太郎国家安全保障局長と李丙●(王ヘンに其)国家情報院長(当時)が別ルートでの非公開の交渉を展開した。最終的な合意内容についても、日本側がソウルの日本大使館前の少女像の撤去や第3国での像、碑の設置への善処、「性奴隷」という言葉を使用しないことを求め、韓国側は「適切に解決されるよう努力する」「韓国政府は支援しない」「公式名称は〝日本軍慰安婦被害者問題〟だけ」などと約束したという。 慰安婦の象徴とされる少女像がソウルの日本大使館前に設置されていることは、外交官や外交使節団の身分を規定したウィーン条約に違反し、米国内などでの像設置は、日本に対する誤解を助長する結果になっている。日本としては極めて重大な問題であるはずで、それを非公開にしたという判断は理解できない。韓国は非公開の約束について何ら手段をとらずに放置しており、この部分が両国民にはっきりと公開されていたら、その後の展開は違ったものになったかもしれない。 河野外相は、非公開部分が公表されたことについて、「両国首脳間の合意であり、正当な交渉を経てなされた。合意に至る過程に問題があったとは考えられない」と説明しているが、いささか歯切れが悪い。  日本側としてみれば、10億円で「最終的、不可逆的な解決」が実現するなら安いと考えたのだろう。しかし、そうだとしたら、甘かったという他はない。いや、日本政府は、いずれ韓国政府が問題を蒸し返してくることはわかっていたのではないか。しかし、慰安婦問題に固執していた当時の朴槿恵政権を宥めなければならなかったことに加え、北朝鮮情勢を抱えて日韓関係が不安定になることを嫌った米国から、さまざまな形での要請があったであろうことも想像がつく。やむをえず合意をはかった苦しい決断だったのかもしれないが。予想された結末 2015年暮れの合意当時から、それを危ぶむ声は少なからず存在した。最初は歓迎しておいて、蒸し返されてから「それ、みたことか」と批判に転じる結果論とは違う。合意発表の翌日、15年12月29日付産経新聞の「主張」は早くも「本当にこれで最終決着か」という見出しで、「韓国側は過去、日本側の謝罪を受け、何度か決着を表明しながら蒸返した経緯がある」と強い懸念を表明した。今回まさに、それが的中したというべきだろう。 こうした危惧を抱いたのは、ひとり産経新聞だけではあるまい。やはり日本が資金を拠出したアジア女性基金の教訓から、同じ轍を踏むのではないかとの懸念はあちこちから指摘された。 アジア女性基金は村山内閣当時、戦後50年にあたる1995年に発足が決まった。民間からの募金と政府の支出で50億円を超える基金を創設。韓国やオランダなど元慰安婦の女性たちに見舞金・償い金を支給する事業だったが、韓国では、慰安婦支援団体などが「日本の責任回避のためのまやかし」などと反発、元慰安婦に受取り拒否を説得した。一部支給を受けた人たちもいたものの、韓国内で反発が高まっただけで、何ら問題の解決につながらなかった。 今回、日本が拠出した10億円について、2018年1月9日の朝日新聞夕刊は、17年末の時点で、健在の元慰安婦47人のうち34人に各1億ウォン(約1000万円)、亡くなった199人のうち58人の遺族に各2000万ウォンを支給する手続きがとられたと報じている。 それを中断して、資金を凍結するというのだから、元慰安婦や当事者以外の意思によって事業が挫折するという意味では、アジア女性基金とまったく同様だ。 文大統領は、あらためて日本側の謝罪を求めるともいう。 日本はこれまで、何度謝罪してきたことか。 今回の合意がなされた15年12月28日、ソウルでの岸田文雄外相(当時)と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相(同)との共同記者会見で岸田外相は、「心身にわたり癒やしがたい傷をおわれたすべての(慰安婦の)方々に心からお詫びと反省を表明する」という安倍首相のメッセージを伝えた。 そもそも、1965年2月、日韓基本条約仮調印のため訪韓した当時の椎名悦三郎外相は、「両国間の長い歴史の中に不幸な時期がありましたことは遺憾な次第でありまして、深く反省するものであります」と明確に謝罪している。 さらに戦後50年の大きな節目だった1995年8月15日の村山富市首相の談話は、「植民支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた」ことを認め「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持を表明する」と大きく踏み込んだ。 昨年12月30日付の読売新聞朝刊によると、1990年、韓国の盧泰愚大統領が来日した際、宮中晩餐会での天皇陛下のお言葉にある「痛惜の念」という表現は、陛下のご意向をくんで用いられたという。1984年、全斗煥大統領来日晩餐会での昭和天皇のお言葉、「遺憾」より強い表現となっている。 それでも足りず、さらに謝罪せよという。まさか、そんなことはしないとは思うが、仮に日本政府が韓国の意向を受けて、あらたな謝罪をしたとしても、また同じことが繰り返されるだけだろう。 文大統領は当初、合意の破棄も辞さない姿勢を見せていたが、さすがに思いとどまったようだ。だからといって、大国とは思えない振る舞いをする韓国への批判や嘲笑が軽減することはありえない。  河野外相の談話にあるとおり、日韓関係はもはや「管理不能」になりつつあり、韓国とはもう、やっていけないと感じる人も少なくないのではあるまいか。1月11日付の産経新聞朝刊は、「韓国は放っておくしかない」という見出しのコラムを掲載した。溜飲を下げ、同感した読者も少なくないだろう。北朝鮮の祖国平和統一委員会の李善権委員長(右)と握手する 韓国の趙明均統一相=2018年9日、板門店(韓国取材団・共同) しかし、それでいいのか。韓国を「放っておく」ことは、日韓、さらに言えば日米韓3国の連携を解消することにつながる。それによって、誰が得をし、ほくそ笑むか。考えるまでもないだろう。 文大統領会見前日の9日、板門店で開かれた南北閣僚級会談では、平昌五輪への北朝鮮参加問題、緊張緩和のための軍当局者による会談などで一定の進展がみられたようだ。北朝鮮との対話を模索しながら無視されてきた文大統領は、会談が実現したこと自体大きな成果と感じているだろう。 しかし、日韓を離反させたうえで、文政権をいっそう自らに引きつけることができるとあらば、北朝鮮にとってはこれ以上望めない成果だ。しかし、核・ミサイルの脅威にさらされている日本や米国にとっては危険このうえない。日米関係強化で韓国を引き戻せ 対日関係が冷却化するような事態をあえて引き起こし、北朝鮮との対話に前のめりになる文政権に対し、日米、とくに日本はどう臨めばいいのか。心情的にはともかく、現実のさまざまな状況を考慮すれば、韓国を「放っておく」ことは難しいだろう。繰り返すが、北朝鮮、そして背後に控える中国を利する結果を招くだけだからだ。 とりあえず、日本がすべきことは、米国との連携をいままで以上に強化することだろう。韓国は対米関係を考えるときに、常に日米関係に強い関心を払う。「日米」に比べ、「韓米」が後れをとることを極端に嫌う。「日米」が、いっそう関係を緊密化すれば、韓国としても心中穏やかではなくなる。そうしておいて、韓国を日米に回帰せざるを得ない状況を作り上げるべきだ 南北関係の推移を注視していくことも重要だ。南北対話を警戒する向きが日本国内にあるが、対話自体は本来、大いに歓迎すべきことだろう。南北間の問題だけを協議するなら朝鮮半島の緊張緩和にもプラスになるはずだ。ただ、核・ミサイル問題について、韓国が安易な妥協をして日米を窮地に陥れるようなことは避けてもらわなければならない。菅官房長官が、北朝鮮の五輪参加を歓迎しながらも、北朝鮮に圧力をかけ続けていくことを強調したのは、こうした期待と懸念を踏まえてのことだろう。日米は韓国に、詳細に南北関係の状況について説明を受け、韓国が対話一辺倒にならないよう牽制していく必要もあろう。 韓国が対話を通じて北朝鮮の核・ミサイル問題を完全に解決できるなら、こんなすばらしいことはないが、韓国にそういう外交手腕があるとはとうてい思えないし、北朝鮮も相手にすまい。事実、9日の協議でも、この問題は議題にすらならなかったようだ。身の丈にあった南北対話を推進するよう日米は強く求めるべきだ。  北朝鮮をめぐる日米韓3カ国の連携には長い歴史がある。最初は、1996年1月、当時北朝鮮国民を苦しめていた水害被害の救済、食糧支援をめぐる次官級協議だった。それ以来、機会あるごとに、緊急のテーマをめぐって首脳、外相、次官級、局長級などさまざまなレベルでの対話が行われてきた。取材に応じる安倍首相=2018年1月12日、首相官邸 この連携の枠組みはなんとしても維持しなければならない。それが存在すること自体、北朝鮮、中国への牽制になるからだ。文大統領が〝宥和政策〟を追求するとしても、日米韓の連携の効果まで否定することはできまい。 今回の韓国政府の方針をめぐって、安倍首相の平昌五輪開会式出席見送りがとりざたされている。 首相自身は1月12日、今回の問題について「韓国が一方的にさらなる措置を求めてくることは、全く受け入れることができない」としながらも、「合意は国と国との約束で、これを守ることは国際的、普遍的原則だ。韓国側に実行するよう強く求めていく」と述べ、比較的抑制した対応ぶりを示した。韓国をことさら非難、糾弾するだけではいいい結果を生まないことを認識しているのだろう。 個人的考えだが、首相が五輪開会式に出席するのはむしろ悪くはないかもしれない。出席することで〝大人の態度〟を示し、韓国政府に、自らの行動を省みる機会を与える方が生産的ではないか。 それにしても、中国といい、ロシアといい、韓国といい、〝厄介な隣人〟たちに囲まれている日本の外交には、したたかさが求められる。韓国にだまされるようなことは、もうこれ以上あってはならない。

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    北の思惑通りに動く韓国 平昌五輪ならぬ“平壌五輪”に

     韓国・文在寅政権の迷走が平昌五輪まで歪め始めた。慰安婦日韓合意を覆す新たな要求を突き付けたかと思えば、対北朝鮮協議では差し出された“撒き餌”になりふり構わず飛びついている。2月9日の開幕を前に、この五輪は、一体どこに向かっているのか。「国会日程を見ながら検討したい」──平昌五輪開会式の出席について、安倍晋三首相は15日、欠席の可能性をにじませた。 無理もないことだろう。韓国政府が慰安婦問題をめぐる2015年合意を覆してきたことで日韓関係に再び暗雲が立ちこめ、“祝賀ムード”は吹き飛びつつある。北の言いなりじゃないか! 奇しくも、平昌五輪には各国首脳の「欠席」の表明も相次いでいる。 ドーピング疑惑で選手団が参加できないロシアのプーチン大統領の出席は期待できず、米国もトランプ大統領ではなくペンス副大統領が出席する方針だ。さらに16日、「中国からは韓正・政治局常務委員が訪韓する方向で調整中」と公表され、習近平・国家主席の“欠席”が決まった。 北朝鮮の核問題を巡る6か国協議のメンバー国の首脳の欠席表明が続いているのだ。さらに安倍首相まで欠席を検討する背景にあるとみられるのが、慰安婦日韓合意を巡る問題、そしてそれと表裏一体の関係にある“北との接近”である。 韓国の康京和外相が慰安婦問題について「日本の自発的な真の謝罪を期待する」との要求を発表したのは1月9日だった。その日、北朝鮮との南北対話は大きく動いた。 金正恩・朝鮮労働党委員長が元旦の演説で「五輪に代表団を派遣する用意がある」と述べたことに文政権が反応し、電撃的に閣僚級会談を開始したのだ。 そこで北朝鮮の五輪参加が合意に至ると、実務者協議では230人規模の応援団の派遣を北側が表明。「美女軍団」の来訪を韓国側は即座に歓迎した。この間、北朝鮮は「非核化」の要求にはゼロ回答を貫いた。2017年4月、韓国・江陵で開かれたアイスホッケーの大会で記念撮影する韓国と北朝鮮の女子チームの選手ら(共同) 北主導のシナリオに乗るばかりの文政権の姿勢には韓国内でも困惑が広がった。アイスホッケー女子で韓国側が合同チームを提案したことには、韓国代表のカナダ人監督が「北朝鮮選手を起用しろという圧力がないことを希望する」と吐露した。譲歩を求めてくる北朝鮮 もちろん、“平和の祭典”に参加することが北朝鮮の核・ミサイル放棄につながるならば、意味のあることだろう。しかし、元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏は、むしろ逆のシナリオを懸念する。「五輪成功という成果を前に浮き足立つ文氏の足元を見て、北側が“土壇場で不参加”をちらつかせながら、様々な譲歩を求めてくる可能性がある。すでに北朝鮮代表団の滞在費用を韓国側が負担することについて、“制裁違反”にあたるかもしれないと指摘されている。今後、北側は金銭的支援など様々な要求を突きつけてくるのではないか」 それが金正恩体制を今のまま永らえさせることにつながりかねないわけだ。 そもそも日韓の緊迫化と南北の接近が同時に起きたことも偶然とは思えない。2017年5月の大統領選の際、日韓合意の破棄を主張した元慰安婦の支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」は親北団体として知られ、代表の夫と妹が北のスパイ事件への関与を疑われ有罪判決を受けた過去がある。2018年1月、協議前に握手する北朝鮮首席代表のクォン・ヒョクボン文化省芸術公演運営局長(左)と韓国首席代表の李宇盛・文化体育観光省文化芸術政策室長(韓国統一省提供・聯合=共同) 慰安婦を巡って日韓が仲違いすれば、制裁を課す近隣国の足並みが乱れることにつながり、北朝鮮にとって都合がいいことは確かだ。「北側の思惑通りに文氏が動いてしまっている現在の状況は、平昌五輪ならぬ、“平壌五輪”とでも呼びたくなる。肝心の安全保障問題で何一つ譲歩を引き出していないのに、あたかも融和ムードが解決につながるかのように勘違いしている」(ジャーナリストの室谷克実氏)関連記事■ 平昌五輪メイン会場 観客一斉移動で揺れるといわれる安普請■ 平昌五輪 ボイコットも出る一方でモーテルが「1泊12万円」■ ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■ 北朝鮮は平昌五輪で破壊工作に乗り出すか■ 慰安婦問題 繰り返される手のひら返しと河野談話への流れ

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    マスコミが「男性限定」を「女性差別」とレッテル貼る理由

    子都知事が「違和感がある」と言えば、丸川珠代五輪相も「男女平等が原則」として会員規約の変更を促し、「オリンピック憲章が禁じた“差別”に抵触する」として大会組織委員会などが要望書を送付する事態にまでなっている。 世間では完全に悪者扱いの霞ヶ関カンツリーだが、ゴルフ関係者からは同情の声も上がっている。元『月刊パーゴルフ』編集長でスポーツジャーナリストの角田満弘氏はこう言う。「五輪会場だから問題になっているだけで、ゴルフ場が男性限定であることはおかしくない。そもそも霞ヶ関カンツリーは同好の士の集まりであるプライベートクラブで、メンバーの人選について第三者が口を出すのはおかしい。女性を受け入れるも受け入れないも、クラブの自由のはずです」 五輪会場に選ばれたばかりに霞ヶ関カンツリーはとばっちりを受けたようにも見えるが、こうした“意見”は表に出しにくい。「男女平等」が錦の御旗となった現代では表立って異論を唱えると“女性差別主義者”のレッテルを貼られかねないからだ。 上智大学の碓井広義教授(メディア論)はこう言う。「特にテレビの視聴率を支えているのが女性というのもあって、日本のマスコミは『男性限定』を批判の対象にしがちで『女性差別』の事例として取り上げるところがあります。私も『女性専用車両』が登場した時は“なんじゃこりゃ”と思いましたし、痴漢冤罪防止用の男性専用車両だってあっていいじゃないかと思うのですが(笑い)。そうした意見は憚られてしまう」 こうして男性限定だけが叩かれている間に、世の中には映画館の「レディースデイ」や飲食店での「レディースセット」「女子割」など、「女性限定」のサービスが増え続けているのだ。もちろんこれらもサービス提供者の自由である。関連記事■ 上杉隆氏 深夜のゴルフ場に忍び込んで「泥棒ゴルフ」の過去■ 18歳美人プロ ショートパンツから伸びる健康的な美脚が素敵■ 中村寅吉プロ カナダカップ勝利で日本のゴルフ環境一変した■ 「美人すぎるキャディ」と話題の藤田美里 19歳の眩しい美脚■ ファッション業界も注目する19歳の美女プロゴルファーの笑顔

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    3兆円かかってもいいじゃないか!小池さん「選手第一」をお忘れなく

    をベストなボート、カヌー会場として、選んでいる国際競技連盟(IF)の承認が必要であり、最終的には国際オリンピック委員会(IOC)理事会の決定を受けなければならないことがあるので、当初から五輪を知る関係者には実現不可能なものに思えた。五輪には五輪のルールがある 10月19日から文部科学省が主催した「スポーツ・文化・ワールド・フォーラム」の招きで来日したIOCのバッハ会長は、10月18日に都庁を訪れ、表敬訪問の形で小池知事と会談した。その際明確に、最初に決めたことを守るとともに「選手第一主義」と「ひとつの選手村」の大切さを強調した。ボート、カヌー会場のことは一切触れていないが、彼がここで主張したかったことは、「オリンピックにはオリンピックのルールがある」ということだった。記念撮影に応じるトーマス・バッハIOC会長と小池百合子都知事=10月18日、都庁(荻窪佳撮影) バッハ会長は、初の五輪金メダリストのIOC会長である。1976年モントリオール五輪フェンシングフルーレ団体で金メダルを獲得したが、それよりも重要なのが1981年にバーデンバーデン(当時西ドイツ)で開催されたオリンピックコングレスに選手代表として演者を務めていることである。このコングレスは五輪運動において五輪大会に次ぐ貴重なイベントで、IOCは8年に一度の開催を理想としてきた。世界中のスポーツ関係者が一堂に介して、オリンピック運動の今後について語り合う場であり、未来のオリンピックへの展望を共有する場である。そして、この第11回オリンピックコングレスの最も重大な議決の一つが「選手の声」を聞く、選手委員会の創設にあった。 選手代表のトマス・バッハはこの選手委員会の創設メンバーとなった。すなわち彼は、物を言えるオリンピック選手の先駆けであり、以降の彼の歩みは理想的なIOC会長になるための訓練の日々とも見て取れる。オリンピックの将来はこの時から彼の双肩にかかったと言っても過言ではない。その詳細は省くが、1991年にIOC委員となって以来、様々なIOC委員会での働きで頭角を現し、1996年にIOC理事となってからは、誰もが認めるIOCの実力者となっていった。その懐にあった最も大事な至言は「選手がオリンピック運動の要である」という思想であり、それがバッハの掲げるオリンピックアジェンダ2020(アジェンダ2020)の根幹のひとつ、選手第一主義に繋がる哲学なのである。 その哲学を持したバッハ会長から見て、小池知事が掲げた都政改革の中に浮上した東京五輪会場見直しは、スポーツが政治に対して解決しなければならない問題であり、特に分村を前提とする長沼ボート場への変更案は、選手第一主義への無理解を示し、それへの啓蒙にバッハ会長自らが動くしかなかったのである。新都知事の政治的なパフォーマンスという実態 実は2014年に舛添知事が誕生した際にも五輪会場見直し問題が浮上した。その結果、自転車競技場は静岡に、ヨットは江の島にと、東京五輪が掲げていた8㎞圏内の歴史上最もコンパクトな五輪の理想は崩れかけていった。しかし一方で、アジェンダ2020の掲げる持続可能な五輪開催のための節約についてのベクトルもあり、IOCはこの提案を受け入れた。しかし、それは最終的な決心でなければならなかった。この落としどころに妥協したIOCが驚いたのは、再び小池新都知事が誕生したと同時に8㎞圏内のコンパクト五輪の理念を覆す長沼ボート場案が浮上したことである。 これにIOCとOCOG、開催都市、JOCの調整を任される調整委員会委員長のコーツが直ぐに嚙みついたのも無理はない。寝耳に水。知事が変わる度に東京五輪の理念が崩れていくように見えたのだから、ここで釘をさすしかないではないか。東京五輪の重要なパートナーである開催都市の首長に。そこで、バッハ会長来日時にIOCはこの問題についての収拾を図ろうと決心したのである。 IOCから見れば、東京五輪は開催が決定した直後からスポーツを政治的に利用しているように思えてしかたがない。招致時代の猪瀬知事から舛添知事に代わった途端に国立競技場の問題が浮上し、当初予算では実現が不可能として、予算縮小の上での再コンペが行われた。スポーツ界の歴史が詰まった1964年東京五輪のレガシーは無残にも取り壊され、その上に建築が予定されているのは、陸上の世界選手権が開催できるかどうかも分からないスタジアムである。 そして、今回、小池知事のPTの提案は、国際競技連盟(IF)が将来的なボート競技やカヌー競技の拠点としての構想をも見込んで認証した海の森水上競技場を移設すると言うのである。 この両者の「改革案」は都民、国民目線で経費削減という正論に見えるだろうが、その実態は新都知事の政治的なパフォーマンスである。最もメスを入れやすい東京五輪の予算への斬り込みを行い、日本では弱小で、もっとも言うことを聞きそうなスポーツへのお達しを行おうというものである。 誤算は小池知事側にあったと見る。バッハ会長が来日中に見せたのはスポーツ外交の基本的戦略である。一方、都知事の豊洲問題や五輪問題のメスの入れ方は政治的戦略である。後者が敵を潰すことによって結果を得るのに対して、前者は敵を生かして解決する方法である。 10月19日のバッハ・小池会談を急遽小池知事側の要望で公開にしたことをPT側は透明性の戦略としているが、この種の会談をオープンにすることについては、前任のロゲ会長以来IOC側は日常としているし、アジェンダ2020を掲げるバッハ会長にはすべての人を五輪のステークホルダーに抱えるという目的があり、そのためのオープン化は急速に進んでいる。私が関わっていたサマランチ体制ではありえなかったことだが、IOC総会が今ではネットストリーミングで見られるようになったのは、その一端である。五輪憲章を否定する小池知事の常識 スポーツ外交の肝は、スポーツ的な臨機応変な対応であり、仕組まれたシナリオを超えるような、その時にベストな判断を引き出すやり方である。そして、相手の主張を生かして、自らの場において一つの繋がりを見つけることである。四者会談の提案はまさにそうで、都知事と組織委員会が対立関係にある構造を、IOCが自ら下りてきて、日本政府も巻き込んで、同じ場で日本オリンピック委員会(JOC)とともに解決しようということである。 アジェンダ2020で五輪経費削減を目指すIOCの主張を敷衍(ふえん)して、資金を拠出する所が権限を持つという小池知事やPTの常識は、政財界で通用しても、五輪運動の場ではただの政治的介入に見られる。五輪組織委員会を都の監理団体に置くという発想は、五輪憲章の否定となり、IOCが絶対に受け入れることはないだろう。なぜなら、そもそも五輪の理念は、スポーツによる世界平和実現なのであり、世界のトップアスリートが人間の限界に挑戦する姿を、国を超え、政治を超え、宗教を超え、あらゆる垣根を超えて、称え、そして支える中で、平和への希望を有するという確かなる信念を共有することなのである。政治からの自律を貫かなければならない。福島県庁でのフラッグツアーを終え、記者の質問に答える小池百合子都知事(右)=11月2日(桐原正道撮影) PTが出した、このままでは3兆円かかるという警鐘を受けて、我々が賢察しなければならないことは、五輪運動が世界平和構築の残された一縷の望みであり、そのために我々が五輪開催準備にいくらをかけるべきなのか? そして、どうやってその費用を捻出するのかという試行錯誤である。バッハ会長はその場を四者会談に求めている。 五輪を政治的パフォーマンスに利用しようとすれば、オリンポスの神は黙ってはいない。そのことは舛添知事の末路を見れば明らかである。日本ウエイトリフティング協会会長としてスポーツの現場の声に耳を傾けてきた小池知事ならば、IOCのスポーツ外交に応じていくセンスがあると信じたい。 優秀なPTは、今回のIOCのスポーツ外交を見てギアを変えた。今後はIOCの選手第一主義に合わせてくるだろう。それはボート、カヌー会場の候補地から、彩湖を外し、長沼ボート場を残し、かつ海の森水上競技場の選択肢を二つにしたことからも伺える。従来案の常設に加え、仮設を提案した。これによって、小池知事が長沼を選択しない可能性を増やし、海の森水上競技場の仮設を選べば、都民ファーストを尊重したことになるとともに、もし常設を選択すれば、IOCへの忠誠を示しつつ、かつ都民への貢献も示すことができる。PTが動かなければ491億円が300億円になることはなかったからである。 1964年の東京五輪が歴史に残るほどの評価を得たことはIOCの記憶にある。信頼できるはずのパートナーだった日本がリオ五輪の準備段階にも劣る七転八倒を繰り返している。日本贔屓だったバッハ会長も疑心を抱かざるをえない状態になっている現実がある。小池知事がどこまでオリンピズムに近づけるかどうか? オリンポスの神は見ているはずだ。

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    東京五輪費用「3兆円」暴騰のカラクリ

    いったいどんな見積もりをすれば、ここまでバカげた金額になるのか。東京五輪の開催費用をめぐるゴタゴタである。「世界一カネのかからない」と謳った五輪計画はどこへやら。今や3兆円とも言われる巨額予算に膨らんでしまった。民間企業なら一発アウトだが、この暴騰劇の裏にはカラクリがあった。

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    宴の後に必ずやってくる「オリンピックの崖」を侮るなかれ

    ルなどは、なんと五輪前に不況に陥ってしまっています。 そんな中、唯一不況にならなかったのはアトランタオリンピック。なぜなら、アメリカでは1990年にIT革命が起きて、その勢いが強くてオリンピックの落ち込みがカバーされたからです。ちなみに、アトランタオリンピックは1996年に開催されましたが、アメリカではその前年の1995年にマイクロソフトがWindows95を販売し、Amazonがスタートしています。さらに、1998年にはGoogleが登場。こうした次世代産業の快進撃がオリンピック不況をカバーしたのです。 翻ってわが国を見ると、残念ながら日本には、落ち込みをカバーしてくれそうな次世代を担う成長戦略がありません。泥縄式で大阪万博を誘致するなどと言っていますが、そんなことではカバーしきれないでしょう。だとしたら、終わった後のことも考えて、なるべくコンパクトな五輪にしておくべきでしょう。 山高ければ、谷深し。五輪に多額のお金をかければかけるほど、宴の後の支払いも大きくなる。いま、不動産業者では「オリンピックの崖」という言葉がささやかれていて、崖に落ちる前に儲けられるだけ儲けておこうというのがコンセンサスになっているようです。けれど、五輪で儲けられない私たち庶民は、いっせいに崖から転がり落ちそうです。だとしたら、今から五輪後の不況に備え、浮かれず家計の紐を引き締めておきましょう。

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    ムダ三昧の東京五輪、天下りが集う「虎ノ門」の最も罪深きヤツら

    みれば、社長も財務部長もいない会社ということ」。東京五輪を巡っては、東京都、組織委員会、JOC(日本オリンピック委員会)、日本パラリンピック委員会、文部科学大臣、五輪担当大臣という6者が「調整会議」という場で重要事項を審議するという形になっていた。だが、この会議はこの半年でもわずか2回、数時間しか開かれておらず、何も機能していなかった。 トップがいないのであれば、決まるものも決まらない。この構造のもと、第二の問題が出てくる。「都職員の社会を知らないビジネス慣行」である。各競技の会場について任せられた都職員は招致時のプラン──臨海地域の選手村から半径8キロメートル以内──に忠実に計画を進めた。その条件だけで限定してしまえば、立地に余裕がないため、コストを上げてでも条件に対応しようとする。また、前述のように、コストの総額をチェックする人間もいないため、個々の費用は制限なく積み上げられる形になった。 民間企業の取引であれば、こうした杜撰な見積もりは絶対に起きえない。建設費であれば、設計図はもちろん、資材やパーツの選定まで含めてコスト管理をし、合理的な価格を導く。それでも、決裁者に目を通してもらう際は、何度も検証させられる。それが一般企業のコスト意識であり、ビジネス慣行というものだ。コスト感覚のない都職員にこれだけの大きな事業を任せてしまったのが、まずは間違いだったとは言える。「虎ノ門」という伏魔殿 付け加えるなら、これが税収の少ないほかの道府県であれば、話も違っていただろう。いかに国から補助金を得たとしても、小さくない税負担を市民に求めるのであれば、むやみに高いコストは許容できないからだ。だが、幸か不幸か、東京はお金だけはある。それがおかしなコスト増を加速させた一因だろう。 だが、一連の問題で、もっとも罪深く映るのは第三の要因、「元首相」「元大蔵次官」といった大物名誉職の存在と「虎ノ門」という伏魔殿である。 今回の2020年東京五輪で、「国際オリンピック委員会(IOC)」と契約をしているのは、開催地となる「東京都」と「JOC」の二者しかない。重要なところなので念押しで記すが、契約の当事者には「政府」も入っていないし、「組織委員会」も入っていない。会談を前にあいさつを交わす、小池百合子東京都知事(左)と森喜朗組織委員会会長 そしてIOCから権限委譲をされているのは「組織委員会」なのだが、この組織委員会は東京都の外郭団体で、その出資金の97.5%(約57億円)を東京都が出していた。9月末の報告書が上がってから、組織委員会は東京都に出資金の返還を申し出て、11月末までに57億円は返還される予定だが、それまでの関係で言えば、組織委員会は東京都の下請け機関にすぎなかった。その長が森喜朗氏で、事務総長が大蔵事務次官だった武藤敏郎氏である。  構造的に言えば、組織委員会は東京都の意向を汲み、東京都の方針のもと動くべき存在だったはずである。だが、これまでの報道から浮かぶのは、組織委員会は都との連携を密にしているわけでもなく、ほぼ個別に活動をしてきたような状態だった。なぜなら(五輪後にも有形無形で貢献するという)「レガシープラン」では東京都と組織委員会のそれぞれで別々のものがつくられていたのである。いかに連携がなかったかがうかがえる。 そうした問題が露見していく中で、大物名誉職の人たちはいったい何をしていたのか。90年代半ば、霞が関で官僚問題が出てきた後、猪瀬直樹氏が『日本国の研究』(文藝春秋)として引っ張りだしたのが、虎ノ門という地区に潜む特殊法人の問題だった。 官僚は事務次官を目指す出世レースに落ちこぼれると、定年前に退職していく。その先に就くのが天下りとしての特殊法人だった。各省庁にひもづいて予算をもらい、ちょっとした事業を請ける。民間企業であれば3日で終わるような事務仕事を1カ月かけて行う。それだけ生産性が低いにもかかわらず、理事への報酬は年数千万円が支払われる。こうした仕組みが「虎ノ門」問題だった。つながる豊洲問題と五輪問題 おもしろいことに、いま問題の組織委員会も拠点を置いているのは虎ノ門である(虎ノ門ヒルズ)。組織委員会は国ではなく、東京都の外郭団体。少なくない報酬・待遇で大物政治家や官僚に役職を与えて回してきたのがこの団体である。国からお金を引き出し、大きな事業を行えば、それだけで特殊法人は「何かやった」という体裁になる。それが天下りが集う「虎ノ門」に長年潜む病理だった。今回の東京五輪問題も、結局は似た仕組みのもとで問題が放置されてきたのではなかったか。東京五輪の組織委員会が拠点を置く虎ノ門ヒルズ 名誉職の人たちは、「よかれ」と思って決裁をしてきたのかもしれない。だが、それは本当に都民や国民の目線に立っていただろうか。都民への調査も行わず、大きな事業案ばかり膨らませて「都民のため」と言われても、何を根拠にそう信じていいのかもわからない。「虎ノ門」の人たちは、都よりも都民を説得できる根拠や論理をまずは提示すべきだろう。  最後にもうひとつ、気になっていることがある。同じく紛糾している、豊洲市場との関連だ。虎ノ門ヒルズができ、臨海の五輪会場へ抜けるという環状2号線ができたのは2014年3月。この道はかつて進駐軍のダグラス・マッカーサーが命じて建設が始まったが、用地取得で難航し、途中で建設が中断されていた。だが、晴れて「マッカーサー道路」が開通したことで、築地市場の移転計画と連動し、その道はさらに豊洲へとつながろうとしている。 この道路の建設は2005年に着手されたものだが、2001年の12月の豊洲市場への移転決定といい、今回の東京五輪の決定といい、臨海部の再開発もじつにうまく連動していることに気づく。実際、築地市場が豊洲に移転しないことには、このマッカーサー道路も開通せず、再開発もうまく回らない。その意味で、ゼネコンにとってはどちらも巨大なプロジェクトとして、五輪も豊洲もつながっているのである。 いったい誰がこの絵を描いてきたのだろう。こうすることで誰が儲かるのだろう。そう考えると、想像は膨らむばかりなのである。

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    既存施設でも相当の整備費は必要 「復興五輪」に違和感あり

    鈴木知幸(日本スポーツ法学会理事、元16年東京五輪招致準備担当課長) 10月18日、バッハ会長は小池都知事と会談した際に、小池知事の「復興五輪」発言に戸惑いを見せましたが、安倍総理と面会した時には、バッハ会長自ら、複数種目を被災地で開催することを提案しました。 おそらく、総理との面会前に、組織委員会側からバッハ会長に、すでに内定している「野球」と「ソフトボール」の2種目(1競技)の予選1試合を福島県で開催することの提案について、進言したのだと思います。福島県を訪問し、県営あづま球場を視察する世界野球ソフトボール連盟のフラッカリ会長(左から2人目)=11月19日 いうまでもなく、「複数種目」とは野球とソフトの2種目であり、複数競技ではありません。ということは、ボート・カヌー競技場を宮城県長沼に変更することは、IOCとして認めないという意味だと思います。 なお、その後に、組織委とIOCは、バスケットボールやバレーボールの1次リーグを復興地での開催を検討すると言い出しました。それにIFの反発も考えられますが、それ以上に、いくら既存施設といえども、五輪仕様に施設設備を整備するには相応の経費が掛かります。 野球・ソフトボールについても、1試合だけだとしても、五輪仕様にするためには整備費が相当に必要になりますせっかく整備するなら、1試合といわず、1次リーグ戦の全試合を実施すべきではないですか。もっと、しっかりとした企画を検討したうえで、提案すべきです。 さて、小池知事が改めて、「復興五輪」を2020年大会のテーマにするのであれば、「復興」と「五輪」の間に、接続語をはさんで説明してほしいと思います。「復興(に貢献する)五輪」、「復興(支援に感謝する)五輪」、「復興(の証しを示す)五輪」ですか、あるいは、別の接続語ですか? 「復興五輪」のテーマをはっきりとして、国民・都民に説明すべきではないでしょうか。  また、「復興五輪」は東日本大震災だけではありません。すでに、熊本県知事が熊本災害にもご協力いただきたい旨の申し入れがありました。これからの4年間にも新たな災害が起こらないと言えません。すべての災害復興を対象にしたメッセージにしてほしいと思います。 なお、すでに、東北被災地にキャンプ地の誘致支援や、聖火リレーの東北シフトなど、国内調整で出来ることは計画されています。加えて、先日、組織委の森会長は、被災地をくまなく通過する聖火リレーを計画するために、IOCの規定である「コースの一筆書き」と「100日以内」を緩和してほしい旨のお願いすることを明らかにしています。 招致段階のビジョンだった「未来をつかむ(Discover Tomorrow)」は、いまや国民の記憶にもありません。災害は世界で多発しています。その主因の一つが「地球温暖化」にあるとすれば、リオ五輪の開閉会式のテーマ(8月25日の「リオ五輪の開閉会式のテーマは環境」をご覧ください)のように、世界に向けて、災害復興五輪を発信してほしいと、私は思います。(「鈴木知幸のスポーツ政策創造研究所」ブログより2016年10月31日分を転載)

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    迷走する東京五輪、2度目の開催地として世界に発信すべきこと

    【オトナの教養 週末の一冊】『東京オリンピック 「問題」の核心は何か』 小川勝氏インタビュー本多カツヒロ (ライター) 2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、8月に就任した小池百合子都知事の下、費用や各競技の開催地を巡り見直しや議論が盛んに行われている。果たしてオリンピックは無事に開催出来るのか。 3兆円超との試算もある巨大化するオリンピックはどのような方向性に向かっているのか。またそもそもオリンピックとはどのような大会なのか。2回目の開催となる東京はどのような役割を担うべきなのか。『東京オリンピック 「問題」の核心は何か』(集英社)を上梓したスポーツライターの小川勝氏に話を聞いた。――まず、オリンピックは各競技の世界大会と同じく、その競技の世界一を決定する大会なのかという疑問があります。『東京オリンピック 「問題」の核心は何か』(小川勝、集英社)小川:1952年~72年までIOCの会長だったアベリー・ブランデージは、自伝の中で「オリンピックの目的は世界一を決めることではなく、オリンピックルールに従った世界一を決めること」と書いています。本来、オリンピックは各競技の世界選手権とは本質的に違うものでなければなりません。 近代オリンピックの創設者であるクーベルタン男爵は、若者の教育に特に関心のある教育者でした。彼は若者をどうすれば成長させられるか、向上させられるかと考える中で、スポーツが有効であると考えました。 オリンピック憲章の「オリンピズムの根本原則」のはじめには「オリンピズムは肉体と意志と精神のすべての資質を高め、バランスよく結合させる生き方の哲学である」と書かれており、開催目的としてこのオリンピズムへの奉仕を掲げています。 またオリンピズムの定義では、平和主義と差別行為の禁止といった態度をスポーツを通して養うこと、こうした原則をオリンピックを通して伝えていくことが開催する意義なのです。このオリンピズムを世界に広める運動をオリンピック・ムーブメントと言います。 また、オリンピックは招待大会であるため、オリンピックの度に、各国のオリンピック委員会に、国際オリンピック委員会から招待状が届く。つまり、オリンピックオリンピックルールに従う人たちの世界一を決める大会なんです。ですから、招待状が届かなければ、いくら強くても参加すら出来ない。国別メダルランキングはOK?――招待状が届かないのにはどんな理由があるのでしょうか?小川:例えば、ある国のオリンピック委員会内が、オリンピック憲章に相応しくないと判断されれば招待されないことはあり得ます。 実際にリオオリンピックでも、クウェートは政府による同国オリンピック委員会への干渉により、クウェート・オリンピック委員会の資格停止処分は解除されず、選手は個人参加という形になりました。 ただ、その国で内戦や紛争が起きていたとしても招致状を送らない理由にはなりません。紛争や内戦はその国のオリンピック委員会が引き起こしているわけではありませんからね。 また、オリンピック憲章ではいかなる差別の禁止の他にも、選手間の競争であり国家間の競争ではないことや、広告、デモンストレーション、プロパガンダなどを許可していません。他のスポーツ大会を見ると競技会場のあちらこちらに企業スポンサーの看板などが見られますが、オリンピックの場合見当たらないのはそのためです。許可されているのは、例えば水泳選手ならば水着やキャップに元から付いているメーカーのロゴのみで、それ以外のメーカーロゴを入れるのは禁止されています。――ただ、会場の外ではコカ・コーラなどのメーカーのロゴを目にすることはありますね。小川:それはTOP(The Olympic Programme、ワールドワイドオリンピックパートナーとも)と呼ばれる企業スポンサーで、そういったスポンサーを付けないと、200カ国近い規模の国々が参加する大会を開催することは来ません。企業からの収入なしで運営しようとすれば、選手一人当たり数百万円にも及ぶ参加費を徴収して、往復の交通費も選手が自ら払わなければならなくなり、貧しい国の選手は参加出来なくなってしまうのではないか、と思われます。ですから、オリンピックはある部分では偽善と言えば偽善なんです。――また、大会は選手間の競争であり、国家間の競争ではないということですが、テレビ番組などで国別メダルランキングなどを報道することは問題ないのでしょうか?小川:オリンピック憲章では組織委員会などがメダルランキングを作成することを禁じていますが、メディアが報道する限りは問題ないと思います。一般的な興味として、国別メダルランキングを作ると日本は何番目になるのかという視聴者の関心もあると思いますしね。 現在のオリンピックは、主催はIOCで、実際の開催に当たっては開催都市とその組織委員会が主催者であり、特に近年の夏のオリンピックでは開催都市がある国の政府が財政保証を事実上することになっていますから、むしろ主催者側になる開催都市、組織委員会、政府がどのようにオリンピックを捉えているかが問題となります。そう考えると、日本の組織委員会や政府はオリンピック憲章をちゃんと読んでいないか、読んでいたとしても、あまり理解していないんだなという印象ですね。本当に経済効果は見込めるのか――具体的にはどういう部分でしょうか?小川:政府が15年11月に閣議決定した「2020年東京オリンピック・パラリンピック」の準備、運営に向けた基本方針を読むと、日本を世界へ発信してアピールすること、経済効果を得ることが繰り返されています。しかし、オリンピック開催の目的はオリンピズムを広め、開催都市の市民へオリンピック・ムーブメントへの理解と協力を求めることで、それが組織委員会の責務です。政府がメダル数を重視することや開催都市が経済的恩恵を受けることではありません。 要するに政府はオリンピックを単なる一大スポーツイベントと捉えているとしか思えません。 もちろん、政府や組織委員会の中にもより専門的な部署の人たちはオリンピック憲章を理解しているでしょうから、原則はこうなんですよと言ってあげなければいけない。――メディアを見ていても経済効果については盛んに報じられています。小川:現在の夏のオリンピックは巨大になったため、開催都市にとって大きな負担です。この負担を強調すると、オリンピックを開催したいと手を挙げる都市がなくなってしまうのはIOCも理解していると思います。だからこそ「オリンピックを開催すると経済効果がありますよ」とIOCもJOCも盛んに喧伝するんです。 2020年オリンピック招致で最終段階まで残ったのはスペインのマドリード、トルコのイスタンブール、そして東京でした。IOCの調査によると、3つの中で一番地元の支持率が低かったのが東京で70%。招致するにはギリギリのこの支持率で何とかするためには、スポーツやオリンピックに興味のない人達を納得させる必要があり、経済効果を強調することになったのだろうと思います。ただその経済効果が、誰にとっての経済効果なのか、その内容については、よく考えてみたいところですよね。オリンピアン、パラリンピアンと記念撮影に臨む小池百合子都知事 左は登坂絵莉選手=11月23日、東京都江東区(納冨康撮影)――では、これだけ巨大になったオリンピックで、本当に経済効果は見込めるものなのでしょうか?小川:経済効果はあると思います。ただし、プラスとマイナスの面があります。 まず、プラス面としては期間中に多くの外国人観光客が訪れることで消費増が予想されますし、オリンピックのために建設される競技場や練習場、道路などの公共投資もあります。 しかし過去の例を見れば、トータルでマイナスの方が大きかった大会もあるんです。1976年のモントリオールオリンピックでは、巨大競技場などが原因で約10億ドルという巨額の赤字を出しました。 マイナス面としては、開催期間中は非常に警備が厳しく、規制が敷かれるために一般の人も普段どおりに移動できないとか、それから定期的に東京へビジネスで来ている人達などはホテルの宿泊費が高くなったり、交通機関も混雑するということで、そもそも来なくなってしまうこともある。そういった面も考えられます。2回目は、無駄な公共投資が生まれやすい――様々な競技を行うための競技場建設を巡っては現在もカヌー、ボート競技の会場予定地である海の森水上競技場は環境や大会後の使用方法などを巡って議論されています。そこで宮城県の長沼や前回の東京オリンピックで使用した埼玉県の戸田などを整備して使用するのはどうかという案が浮上しています。「海の森水上競技場」の会場予定地=東京都江東区(伴龍二撮影)小川:例えば前回のリオや北京のような新興国で開催するならば、インフラも整備途上でしょうから、多少公共投資を大胆に行っても長期的に見れば良い投資になるかもしれません。 敗戦からの復興の途上にあった日本で行われた1964年の東京オリンピックも公共投資で様々なものを整備しました。しかし国の税金で作った代々木第一体育館、第二体育館、日本武道館というスポーツ施設は、50年以上経った現在でも毎日のように使用されています。ただし、武道館は一部寄付金も使われています。いずれにしろ、現在でもこれだけ使用されていれば税金の無駄遣いとはならず、長期的に見れば良かったのではないでしょうか。 しかし、2020年の東京オリンピックは2回目で、無駄な公共投資が生まれやすい。だからこそ、工夫が必要で、2回目のオリンピックをうまく運営出来ればオリンピックはまだまだ持続可能であることを示せると思うんですよね。――2012年ロンドンオリンピックの際、小川さんのご著書『オリンピックと商業主義』のインタビューをしました(過去記事参照)。その時に、ロンドンは競技場などに工夫を凝らし、持続可能な大会を目指しているという話でした。この方向性は現在どうなっているのでしょうか?小川:当時のIOC会長だったジャック・ロゲは持続可能性に関心があり、00年のシドニー、04年のアテネ、08年の北京大会のあと、12年のロンドン五輪では競技数を2つ減らし26競技としました。彼の基本的な考えは、オリンピックは26競技を基本とし、そこに開催都市が大規模なインフラ投資を行なわなくても出来る2つの競技を加えても良いというものでした。 また、競技会場についても水泳会場だったロンドンのアクティクス・センターは期間中の収容人数を1万7500人、開催後は2500人になるような構造に設計しました。 しかし、現在のIOC会長トーマス・バッハの考えは、競技数ではなく種目数で制限しようということで、リオでは28競技306種目となりました。加えて、開催都市が開催可能であれば東京オリンピックのように、競技を追加してもいいという規則に変わりました。 こうした背景からジャック・ロゲ路線であれば、東京でも持続可能な大会にしやすかった。もちろんトーマス・バッハもあまりに巨大化するのは良くないとは思ってはいるんです。しかし、オリンピック競技になりたいというスポーツ団体は後を絶ちません。要するに現在の28競技と決まっている枠の中で、スポーツ界における政治的な争いになっているんです。開催都市の人間の関わり方――そこまで各スポーツ団体がオリンピック競技を希望する理由とはなんでしょうか?小川:正式競技になれるかどうかでまず大きく変わるのが金銭面ですね。 正式競技になればIOCから企業スポンサーや放映権料の分配金があります。また、日本のように正式競技になれば、文科省から補助金が出るというように政府からの補助金などにより非常に収入が増えます。 もう1つ大きいのがオリンピック開催時にメディアに取り上げられる回数が増えるため普及が進むことです。いわゆるマイナーな競技にとって、一般の人達にルールを覚えてもらうのは重要なことで、ルールが分からないと試合を見てもなかなか興味を持てませんからね。その土台を作れるのは正式競技になる大きなプラス面ですね。 正式競技にするかどうかを決めるのはIOCの人達ですから、様々なスポーツ団体から政治的な圧力を受けているでしょう。それにノーと言えたのがジャック・ロゲで、バッハは一定の縛りをかけているとは言え持続可能路線をはっきり示す人ではなかったということです。――最後に、私は東京都民なのですが、開催都市の人間として巨大化するオリンピックに対し、何か出来ることはありますか?小川:IOCは、誰かから税金を集めているわけではありません。国際的な任意団体なので、この組織に対しモノを言える立場の人はほとんどいません。そうした中でモノを言える立場なのは、まず選手と、IOCはスイスで法人格を取得しているのでスイス国民。そして開催都市の住民です。開催都市の協力なくしてオリンピックは開催出来ませんから、IOCや大会組織委員会、開催主体である東京都に対し都民にはモノを言って欲しいですね。 現在の東京オリンピックの「開催費用」について、都の調査チームは3兆円を超える可能性もあるという報告書を出しています。東京都の税金で作る新規の競技場は前回と比べ少なく、既存の競技場を借りて開催します。運営に係る費用で言えば、その既存の競技場や練習会場の借り上げ、さらに仮説施設の建設などが、28競技以上に増えたことで膨れ上がります。 中でも、運営費の中で大きな割合を占めるのが警備費用。例えば競技会場の出入りなどのいくつかの警備は民間の警備会社に依頼することになっています。こうした運営費に関しては、大会組織委員会がIOCから分配してもらったお金や、国内での企業スポンサー契約や、チケットの売上などから賄うことになっていますが、現状ではどうやら足りそうもありません。そうなると、都の税金をつぎ込むことは招致段階で決定しています。そうなると運営に関しても都民もモノを言える立場になります。――ただ、実際どのように意見を伝えれば良いのか分からない人も多いと思います。小川:東京都や組織委員会へSNSを通じて意見を伝えることも出来ますが、本筋であるべきは東京都議会で議論をしてもらうこと。地元の都議会議員に「この問題はどうなっているのか」「都議会で議論して情報公開をしてください」「こういう方法でやれば運営費を下げられます」と伝えることです。来年には東京都議会選挙がありますから、議員さんも熱心に話を聞いてくれるでしょう。そうして提案したことが都議会の議論に反映されれば非常に価値のあることだと思いますね。 確かに、新国立競技場問題にしてもなかなか情報公開は進みませんでしたが、それを突破口としてどんどん情報が公開された例もあります。いかに議論を活性化するかが重要ではないでしょうか。 自国開催のオリンピックはそうそうあるものではありません。だから、お金のことなんて気にしないでやってしまおうと思ってしまいがちですが、そう思っている限り持続可能なオリンピックを示すことは出来ません。2度目のオリンピックを開催する東京だからこそ、赤字も無駄なインフラも作らなかった、開催して意義があったと都民やIOCが思えるようになれば、と思います。

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    東京五輪の経済効果、海外の五輪はどうだった?

    (THE PAGEより2013年9月19日分を転載) 2020年に開催が決まった東京五輪について、その経済効果が話題になっています。官民が独自に試算した経済効果の規模は3兆円から150兆円まで大きな幅がありますが、過去に行われた海外の五輪の経済効果はどうだったのでしょうか。東京五輪(右)・パラリンピックを記念して発行される千円硬貨 =9月28日、大阪市北区の造幣局 東京都が試算した2013年~2020年までの7年間の経済波及効果は、日本全体で約2兆9600億円です。その内訳は、観光や広告などサービス業が6500億円、建設業が4700億円、商業が2800億円となっています。 一方、民間の見方はもう少し強気で、SMBC日興証券では経済効果を4.2兆円と計算しています。これは観光や飲食の消費額を大きく見積もったためで、そのぶん鉄道やタクシーなどへの波及効果も増え、全体の金額を押し上げています。このほか経済効果を150兆円と試算するエコノミストもいます。 では、近年他国で行われた五輪での経済効果はどのくらいだったのでしょうか。単純比較できるデータがないので参考程度ですが、英国政府は今年7月、2012年ロンドン五輪開催後の1年間の経済効果が総額99億ポンド(約1兆5000億円)に達したと発表しました。2008年の北京五輪では、建設投資が約2800億元(約4兆4800億円)に上ったと報じられています。英政府発表「1兆5000億円」に疑問も ロンドン五輪の99億ポンドの内訳は、各国要人や企業への投資誘致・輸出促進活動によって対英投資が25億ポンド、売上高が59億ポンドそれぞれ増加。さらに五輪関連業務を手掛けた実績が評価され、14年にブラジルで開催されるサッカーのワールドカップなどの海外イベント関連で、英企業が計15億ポンドの契約を獲得したそうです。一方で、2020年までに280~410億ポンドの経済効果が見込まれるとの民間調査機関の試算もあります。 ただし英国政府発表の経済効果については、五輪がなくても生じたであろう数字が含まれているのではないかという疑問が出るなど、地元メディアでは必ずしも額面通りには受け止められていません。BBCは、ロンドン以外では「期待していたほど契約が増えていない」とする中小企業団体の不満を伝えています。 北京五輪の場合、開催決定翌年の2002年から開催前年の2007年の間に、インフラ関連などの投資が毎年GDP(国内総生産)成長率を0.3~0.4ポイント押し上げたとされています。北京市に限れば毎年関連投資が100億元程度行われ、GDPを1~3ポイント押し上げたと見られています(みずほ総合研究所の2008年8月のレポート)。 もっとも、中国の場合、五輪開催の前年に14%を超えた経済成長率が、開催年と翌年は9%台に鈍化しました。2004年のアテネ五輪開催に約1兆4300億円の費用をかけたとされるギリシャの場合も、五輪後に経済にブレーキがかかり、今は債務問題で国中が大混乱しています。これらの結果からは、五輪開催後に必ずしもその国の経済が良くなったわけではないという現実が伺われます。 すでにインフラが整っている先進国は、途上国ほど投資は伸びず、また経済規模が大きいので、五輪による経済波及効果の恩恵も少ないという見方もあります。むしろ五輪開催は巨額投資を伴い、企業の生産や消費を活発化させて景気浮揚が見込める一方、国の財政負担が過大になれば、国民につけが回る懸念もあるという指摘もなされています。

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    小池都知事 五輪会場見直しの切り札は森喜朗氏への辞任勧告

     進撃を続ける小池百合子・東京都知事。一方で小池新党の影に怯える自民党は小池氏最大のブレーンで「都政改革本部」特別顧問の上山信一・慶応大学教授を追及の標的に定めつつある。東京都特別顧問の上山信一慶応大教授 都政記者は「上山顧問には2つの大きな失策がある。五輪調査チームのリーダーである上山氏は村井嘉浩・宮城県知事と同郷で、ボート競技会場を宮城に持っていこうと小池・村井会談を根回しした。自民党も共産党もそのやり方を“まさにブラックボックス”と批判している」と、語る。小池氏が都知事選の際に東京都議会自民党のあり様を「ブラックボックス」と批判したが、それがブーメランのように戻ってきている。 もちろん、小池氏も手をこまねいているわけではない。自民党とは逆に、「小池劇場」を盛り上げることで来年7月の都議選本番までに4000人を超える希望者を集めた小池政治塾の第2次、第3次応募者を5000人、1万人と増やしていけるかが勝負になる。 形勢が不利になれば新たな“悪役”をクローズアップさせることで国民の支持を保つのが小池氏が小泉純一郎・元首相から学んだ「劇場型政治」の手法だ。 ターゲットにしたのは石原慎太郎・元知事。石原氏は豊洲の盛り土問題で公開ヒアリングを求められていたが、それを固辞して都の質問に文書で「細かいことは覚えていない」などと回答していた。 小池氏はその石原氏に改めて経緯の聞き取り調査に応じるように要請し、豊洲の盛り土疑惑の“犯人捜し”に焦点をあてる方針だ。 都議会にもカウンターパンチを用意している。「都議の報酬半減」条例である。9月からの都議会では小池氏の選挙公約だった「知事給与半減」条例が全会一致で成立し、都知事の年収を2896万円から約1448万円に引き下げた。その結果、東京では都議の報酬(約1708万円)の方が知事より高いという逆転現象が生まれている。 小池氏は先に自分の給料を引き下げたうえで、都議選を前に4000人の塾生が「都議も半額に下げるべき」と主張して有権者に都議の報酬がいかに高過ぎるかを訴える作戦だ。自民党都議に対する“兵糧攻め”になる。政治塾を運営する政治団体「都民ファーストの会」会計責任者の音喜多駿・都議がこういう。「都議の報酬半減は都議選に向けた争点になっていくでしょう。自民党はなんとしても半減を阻止したいでしょうが、知事給料の半減条例には賛成しながら、自分たちの報酬引き下げは嫌だと抵抗すれば都民の批判を浴びるはずです」 知事給料半減を認めた段階で、自民党都議たちは小池氏の“仕掛け”に嵌っていたのだ。そして五輪の会場見直し問題での小池氏の“切り札”が、見直しに強硬に反対する“五輪のドン”森喜朗・元首相(五輪組織委員会会長)への辞任勧告だろう。 すでに布石は打たれている。森氏は都政改革本部が五輪の会場整備計画の見直しを求めたことに「極めて難しい」と反対した(9月29日)。それが報じられると上山氏がツイッターでこうつぶやいて“会長交代”を求めたのだ。〈おっしゃるとおりだが、無理ならほかの人に頼んだらいかが?〉 五輪見直し問題がいよいよ膠着状態に陥り、事態打開のために小池知事が自ら森氏の組織委員会会長の退任を迫れば、小池VS森の頂上作戦で小池劇場が盛り上がり、求心力を盛り返すことは間違いない。だが、それは官邸の思う壺でもある。自民党大臣経験者が語る。「安倍総理や麻生副総理、菅官房長官にとっても森さんは目の上のたんこぶ。小池氏がクビ取りに動いてくれるなら好都合と考えている。しかも森さんのことだから激しく抵抗して都知事側も返り血を浴びるはずだ。 小池氏は第1次安倍内閣の防衛大臣時代に“防衛省の天皇”と呼ばれた守谷武昌・次官を更迭し、総理に相談もないまま大臣留任はしないことを表明した。安倍総理はあのときの小池氏のやり方を“任命権者のオレの面子を潰した”といまも許していない。森さんと相討ちになれば、あのときの借りも返すことができる」「小池劇場」の演目は熱しやすく冷めやすい「4000人のなかまたち」の動向によってエピローグが大きく変わる。関連記事■ 森喜朗氏 4年後の都知事選で「小池vs丸川」狙いか■ 都議会のドンのパーティで都庁幹部が迫られた「踏み絵」■ 東京都知事選 自民党候補者選びを迷走させる「2人のドン」■ 都議会のドン・内田氏 石原都知事に泣いて馬謖を切らせた■ 新都知事候補 最有力・小池百合子氏を直撃

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    1964年東京五輪に学ぶ借金を残さないレガシー五輪とは?

    はレガシーとして恒久施設にする」といいますけど、それが実に怪しいのです。昭和39年10月24日、東京オリンピック閉会式で行進する各国選手=国立競技場 長野五輪のボブスレー、リュージュ競技場も、韓国の冬の五輪以降は取り壊しの方向です。そもそも、1964年の東京五輪で使用した国立競技場を壊しておいて、レガシーもないでしょう。ロサンゼルスオリンピックは、1932年建設の競技場を1984年に再利用しています。やればできるのです。未だスクラップ&ビルドの考えで、物事を推し進めるのは、時代遅れに思えます。 そんなわけで、1964年の東京五輪の予算とレガシーを検証し、2020年の東京五輪はどうあるべきか、考えてみたいと思います。 1964年東京五輪の総予算は、ざっと1兆円と言われています。現在の貨幣価値に換算すると約4兆~5兆円(日銀の統計、家計支出&物価指数の変遷では当時の4.1倍)となります。当時の一般会計の3割もの支出があったと言われ、莫大なお金がかかりました。しかし、競技関係の設備費は、400億円弱と意外に少ないのです。64年の東京五輪で一番お金がかかったのは、インフラ関係です。東海道新幹線が、東京五輪開会式の10日前に開通。同様に東京モノレールを始め、首都高、環状7号線、日本武道館、岸体育館、駒沢競技場などがオリンピック直前に次々と完成し、今もレガシーとして見事に残っています。 その中でも白眉なのは、東海道新幹線でしょう。旧国鉄内からですら新幹線は不要と言われ、それをひとりで跳ね除け、東京五輪までに絶対開通させると奔走したのが、第4代国鉄総裁の十河信二です。3000億円という国家予算の1割以上のお金が必要と分かり、予算の半分で提示し、閣議決定を先行させた。予算不足で頓挫はいけないので、世界銀行からお金を借り、国家レベルの約束事にして無理やり開通させた伝説の人です。 後に彼は予算オーバーの責任を取り、総裁を辞め開通式に呼ばれていません。しかし、国鉄マンからは、“新幹線の父”として慕われました。亡くなって故郷・愛媛県の新居浜に遺骨が戻るときは、新幹線のグリーン車に安置所が設けられ、窓際には遺影が飾られます。各駅に停まるたび、多数の駅員が敬礼で見送ったそうです。 右肩上がりの高度経済成長時期だから、予算オーバーでも切り抜けられた。新幹線計画は、その典型でありましょう。改めて2020年の東京五輪を見てみると… 改めて2020年の東京五輪を見てみると、経済成長は今後、あまり見込めせん。人口も減りつつある。予算オーバーをしては、後で払えるかすらおぼつかないのです。ビッグプロジェクトのリニア中央新幹線は、2027年頃の開業予定で間に合いません。強いてやるならIT関連の整備と、キャラクターなどのソフト面の充実です。つまり2020年の五輪開催を契機に、やるべき大きなインフラ整備は、あまりないのです。 続いて競技施設建設の過剰な要求ですが、これは、ほどほどになさるがよろしい。元々、2020年の真夏に開催することが、大いなる妥協なのですから。夏季開催は、92年のバルセロナオリンピック以降、IOCの暗黙の了解事項(2000年のシドニー大会は例外)になっています。それはアメリカのメジャースポーツのイベントが少ない時期に開催したい意向を汲んでのことです。それにより視聴率もUPし、多額の放映権料がIOCに入ってくる。いわば五輪ビジネスのために、日本政府は真夏の開催を受け入れたのです。 この日本で真夏に開催をしながら、アスリートファーストもないでしょう。選手村の分村はけしからんって、だったらまずスケジュールを10月に戻してください。そのほうがよっぽど、アスリートのためになると思いませんか? 要するにオリンピックは政治的思惑と組織の利権で動いているのです。施設のレガシー化にしても、北京やアテネの旧競技施設の荒廃ぶりを見れば、お分かりでしょう。競技施設の分散化も、ロンドン五輪ではスコットランドからウェールズまで、全展開でした。 IOCの注文と、実際に行われていることの違いに、驚きを隠せません。日本がお金持ちと思われて、要求が厳しいのかも知れませんけど…。 日本のメダル獲得数は、96年のアトランタオリンピックが最悪で、金が3、全部で14という有様でした。その後、これではいかんと強化策が実施され、アスリートが続々育ったのです。リオが最多の41メダルで、2020年はこの上を狙おうといわれてます。それは素晴らしい考えですが、競技会場はどんなものだろうが条件は一緒ですよね。だからメダル獲得と、立派な競技施設は、関係あるようでさほど関係ないと思います。まさか、日本選手に有利な競技場を作るとか、そういうのはあり得ないですしね。 どんな競技場だろうが、選手同士の条件は皆一緒。だったら、ほどほどの施設でいいと思うのですが…。低経済成長と人口減時代にふさわしい、オリンピックにしてほしいです。つまり1964年の東京五輪を反面教師と見たほうが良さそう。そう考えると、借金を残さないことこそがレガシーだと思うのですが、いかがでしょうか?関連記事■ 羽田~成田空港都心直結線整備事業 東京五輪に間に合わず■ 馬術部に所属していた木村佳乃、馬との関係は恋人のよう■ 見納め国立競技場豆知識 トラックの下に女性用立ち小便器等■ 31歳芸人 猫ひろし同様五輪マラソン走るべく海外移住を示唆■ 五輪で6種目すべてに男女の区別がない現在唯一の競技とは?

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    リオ五輪、日本人メダルラッシュの理由

    表彰台で輝く選手たちの姿に列島が歓喜に沸いた。リオ五輪で獲得した日本勢のメダルは史上最多の41個。むろん、メダルだけがすべてではないが、それでも日本人が飛躍した背景にはきっと何かあるはずだ。4年後の東京五輪を見据え、日本勢メダルラッシュのワケを読み解く。

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    金メダルにふさわしい対価って? 日本の報奨金1千万円は高いのか

    土性沙羅、 登坂絵莉、吉田沙保里=8月21日、マラカナン競技場 21日に閉幕したリオデジャネイロ・オリンピック。日本の獲得メダル総数は41となり、4年後に開催される東京大会に向けて大きな希望を残す結果となった。207カ国が参加した今大会では、コソボや南スーダンのような初出場国もあれば、アメリカや中国のように「メダル獲得常連国」として知られる国々もあり、それぞれの国を代表して今大会に出場した選手の思いや練習環境は様々だ。 日本はロンドン大会におけるメダル獲得数からさらにメダルを3つ増やし、合計で41個のメダルを獲得した。ロンドン大会から、金メダルを5つ、銅メダルを4つ増やし、逆に銀メダルの数は6つ減る形となった。41個のメダルを獲得したことで、日本はメダル獲得数ランキングでフランスに次ぐ第7位にランクインした。金メダルだけの数でカウントすれば、フランスを抜いて6位となる。リオデジャネイロ大会では初出場のコソボが女子柔道で金メダルを獲得したり、リオ五輪後の引退を明言している男子陸上のウサイン・ボルトが期待通りに3個の金メダルを獲得し、男子サッカーではブラジルがマラカナンで死闘の末にドイツを破り優勝するなど、各競技で様々なドラマがあった。 ドラマチックな展開が続いた17日間であったが、「メダル」に関していえば、1つだけ変わらないものがあった。メダル獲得総数の上位5カ国はロンドン大会と変わらず、アメリカ、中国、イギリス、ロシア、ドイツが「メダル大国」の座を今大会もキープした格好だ。大会前にドーピングの隠ぺい問題で出場資格をはく奪された選手を多く出したロシアも、終わってみれば56個のメダルを獲得し、メダル獲得総数で4位につけている。5位のドイツとフランスはそれぞれ合計で42個のメダルを獲得しているのでタイ記録となるが、金メダル獲得数に限って見ると、ドイツの17個に対してフランスは10個という結果に終わっている。 オリンピックに参加する多くのアスリートが最終的な目標に掲げるメダルの獲得だが、メダルそのものの価値はどれくらいなのだろうか?メダルそのものの価値は、金メダルで約6万円、銀メダルで約3万円、銅メダルに関しては約300円程度の相場になる。しかし、メダルの獲得は様々なインセンティブをアスリートに提供する。メダル獲得の恩恵は国によって異なるが、オリンピックでメダルを獲得することによって一財産築くことのできる国もあれば、メダル獲得の報奨金が全く出ない国もある。英国ではメダル獲得への報奨金はゼロ英国ではメダル獲得への報奨金はゼロ  メダル獲得数と報奨金の関係で興味深いのは、いわゆるスポーツ大国とされる国々ではそれほど多くの報奨金が選手に支払われていない点だ。CNNによると、金メダルを獲得したアスリートに支払われる報奨金のトップ5カ国はアジア勢が独占しているが、それらの国々は報奨金の高い順から台湾、シンガポール、インドネシア、タイ、マレーシアとなっており、メダル獲得総数でいえば決してスポーツ大国とは言えない国が並んでいる。ちなみに6位はブラジルで、そのあとにカザフスタン、アゼルバイジャン、フィリピン、キルギスタンが続く。団体総合と個人総合の2個の金メダルを手にする体操の内村航平=8月11日、リオデジャネイロ 日本でもメダリストには報奨金が支払われる。金メダルに500万円、銀メダルに200万円、銅メダルに100万円という報奨金の設定となっており、団体やリレーで出場した選手には、別の規定額で1人ずつ支払われる仕組みになっている。体操男子で2冠に輝いた内村航平選手には1000万円、金・銀・銅のメダルを1つずつ獲得した競泳男子の萩野公介選手には800万円が支払われる。日本オリンピック委員会がメダリストに支払う報奨金の総額は1億4600万円に達している。 報奨金の高い台湾やシンガポールの例も紹介しておこう。重量挙げ女子53キロ級で金メダルを獲得した台湾の許淑浄選手は、台湾教育省と台湾オリンピック委員会から合計で約1億円を受け取る予定で、国からの報奨金としては最高額となる。台湾が獲得した金メダルは彼女による1つだけであった。競泳男子100メートルバタフライで金メダルを獲得したシンガポールのジョセフ・スクーリング選手には、同国の国家オリンピック評議会から約7500万円の報奨金が支払われる。インドネシアでは金メダリストに約3800万円、タイでは約2900万円がそれぞれ金メダリストに支払われると報じられており、国を挙げてのメダル獲得策がアジアで顕著なのが近年の特徴だ。 前述したアメリカなどの「スポーツ大国」における報奨金の額は、アジア勢と比べると意外に低い。5カ国の中で最も報奨金の額が高かったのはロシアで、金メダリストは約1800万円を手にする。金メダリストに与えられる報奨金は、中国が約320万円で、アメリカは約250万円、ドイツは約200万円となっており、イギリスに関しては報奨金そのものが存在しない。また、アメリカではメダリストの報奨金にもしっかり連邦税と州税が課せられ、金メダルと銀メダルも課税対象となっている。ウサイン・ボルトの年収は30億円 2000年のシドニー大会に出場した元競泳選手のジェフ・ヒューギル氏はフォックスニュースの取材に対し、「現金でのボーナス支給はアスリートにとって有り難い話ではあるが、アスリートはそれだけをモチベーションにしているわけではない」と断言。スポーツマネージメントを専門とするミシガン大学のステファン・シマンスキー教授は、「メダル獲得者に大きなインセンティブを用意する国は、オリンピックなどの国際大会でまだ大きな結果を出せていない国が多く、欧米のスポーツ大国に少しでも肩を並べたいという思いから、多額の現金を用意する傾向にある」と、CNNのインタビューで語っている。リオ五輪男子200メートル決勝。優勝し、ポーズをとるジャマイカのウサイン・ボルト =8月18日、リオデジャネイロ 報奨金の額がそれほど高くないにもかかわらず、アメリカやイギリスといった国々がメダルを取り続けている理由として挙げられるのが、有名アスリートが民間企業とのスポンサー契約によってすでに経済的に潤っているからというものだ。また、プロ選手への門戸が広がっている現在のオリンピックでは、報奨金よりも「国を背負って」という気持ちでプレーするアスリートが多いのも事実だ。米タイム誌は19日、リオ五輪に出場した有名アスリートの年収を取り上げたが、競泳のマイケル・フェルプス選手の年収が約12億円、陸上のウサイン・ボルト選手の年収が約30億円、米バスケットボール男子代表のケビン・デュラント選手の年収が約36億円になると伝えている。男子サッカーで優勝を果たしたブラジル代表のキャプテンとしてチームを牽引したネイマール選手は、米フォーブス誌による「世界で最も稼ぐアスリート」で21位にランクインしており、スポンサー契約を含めると年収は約38億円だ。 オリンピックでの活躍によって、これらのスター選手の「市場価値」が上昇する可能性もゼロではないが、彼らはすでに大金を稼ぐアスリートとして完成しており、オリンピックは「自国を代表して出場する大会」や「個人の限界に挑むための大会」という位置付けではないだろうか? 世界的に知られた選手であっても、競技によって選手間の収入差が存在することは間違いない。しかし、プロスポーツにおけるマネタイズが発展し、有名アスリートをイメージモデルとして起用する企業が世界中に溢れる中、メダル獲得の大きな原動力の1つとして考えられていた報奨金制度も、やがて変わりつつある存在なのかもしれない。

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    騒げば騒ぐほど遠のく五輪メダル リオで日本が結果を残せた理由

    がらも、メダルの結果に少なからず繋がっているように思えるからである。 一体、選手団本部とは何か。日本オリンピック委員会(JOC)は五輪やアジア大会への参加のために日本代表選手団を形成するが、その構成の中心に本部と呼ばれる統括的機能を設けている。本部は選手村内に設置され、選手と役員を24時間体制でケアする。 1982年、インドはニューデリーで開催された第9回アジア競技大会の日本代表選手団本部が私にとって初めての選手団体験である。選手団本部は団長、副団長、強化担当役員、総務担当役員、渉外担当役員などが設けられ、その下に本部員が配属されて選手団運営に関わる。私は渉外担当として、組織委員会や各国選手団との折衝が主な仕事であったので、アジア大会が重視する文化交流に重きを置いた活動が中心であった。 しかし選手団役員にとって、最も大事なことはメダルの数、特に金メダルの数であった。それに気づくには一日とかからなかった。それまでアジアトップの座を譲らなかった日本が、この大会で中国に越される可能性があったからだ。それで団長以下、競技の結果に一喜一憂する姿を日々見ることになった。本部室の壁には金メダル、銀メダル、銅メダルの大きな一覧表が作られる。金を取ればそこに選手名が書かれる。まるで国政選挙の政党開票センターにいるかのようだ。「天才スイマー」を押しつぶした選手団長崎宏子(1983年撮影) 時の団長は水連会長の藤田明。中国勢にメダル競争で圧倒されそうになる中、長崎宏子が三つの金メダルを取るという快挙をなしとげ、団長のメンツは保たれた、しかし、こうした日本選手団のあり方に、現地組織委員会のコンパニオンを務めるニューデリー大学の精鋭たちは「日本は文化交流のためにインドに来たのではないのか? 文化行事には一切出席しないし、まるで金メダルを取りにきた狩人みたいだ」と言った。この言葉は選手団本部新人の私にも、メダル至上主義ぶりが選手団本部のあり方として本当に正しいのだろうかという疑問を抱かせた。その疑問は、2年後のロサンゼルス五輪でさらに深いものになるのである。 1984年のロサンゼルス五輪は「片肺五輪」と呼ばれた。前大会のモスクワ五輪がソ連のアフガニスタン侵攻に抗議する西側諸国の政治的圧力でボイコットを受けたお返しに、今度は共産圏の諸国が参加しなかったからだ。小学生でモスクワ五輪代表に選ばれてから、日本新記録を更新し続け、前年のプレオリンピックで1位となった水泳界の彗星、長崎宏子には長年低迷を続けた日本水泳界の期待がかかっていた。水泳界はもちろんのことだが、日本のメディアもプレ五輪で地元の新聞に「かわいい日本人形が1位となった!」と形容された長崎をずっと追いかけた。 当時の日本体育協会(体協)競技力向上委員長を務めた水泳出身の福山信義は真剣に日本の選手強化に取り組んでおり、水泳に初めて高地トレーニングを採用した。それまで絶好調だった長崎は、開催年に入ってから平泳ぎ特有の膝痛に悩まされ始めていた。しかし、ナショナルチームの新しいトレーニングに取り組む姿勢を崩すわけにはいかず、休むことなく練習し続けた。16歳の少女にかかる重圧は相当なものであったにもかかわらず、膝痛を緩和する手段に体制は頓着しなかったのである。 選手団全体がメダルの数を追い求める中で、私自身はこのままだと長崎はベストパフォーマンスに至らず終わってしまうかもしれないと不安だった。「ライバルだった東ドイツの選手は出ない。普通に泳げばメダルは確実なはずだ」。そう見込んでいた多くの関係者の期待にクエスチョンマークを付けたのは私だけだったかもしれない。結果は平泳ぎ200メートル4位、100メートル6位、ともに入賞だったが、「敗北」と表現された。この時の選手団本部の体制では選手にプレッシャーをかけるだけの機能しか果たせずに終わったのである。ただ金メダル総数が体操などの活躍で10という二ケタになったことで、かろうじて成功と言い訳ができたに過ぎなかった。JOC独立を促したソウル五輪の「惨敗」 この頃、選手強化を司る競技力向上委員会は、ナショナルトレーニングセンターを設立して国を挙げての選手育成計画を策定するべく「21世紀プラン」を策定した。これには西ドイツのゴールデンプランなど各スポーツ先進国の視察や情報収集などを含めた長年の努力が蓄積されていた。だが、素晴らしいプランはできあがったものの、その実践にはなかなか踏み出せなかった。予算の目途が立たなかったのである。実はこの「21世紀プラン」が、1993年に発足するJリーグの百年構想の土台であったことはあまり知られていない。ソウル五輪の開会式で旗手をつとめるシンクロナイズドスイミングの小谷実可子=1988年9月17日 1988年のソウル五輪は2大会ぶりの西も東も参加する「完全」五輪となった。その大会で日本はわずか4つの金メダルに終わる。このいわゆる「惨敗」が契機となり、JOC独立論が浮上する。それまで体協の一委員会として、日本を代表する国内オリンピック委員会だったJOCが体協から独立して独自に選手強化を進めなければ、日本のスポーツ力は発展が見込めないという危機感からであった。多大な労力を費やして策定した「21世紀プラン」も机上の空論とされ、予算がつかぬままの状態であった。 一刻も早くこの状況を改革しなければならないという切羽詰まった危機感がJOC独立を促進した。そして体協の若手役員が結成する会が中心となってJOC独立を密かに進めた。その中心に西武鉄道のオーナー、堤義明もいた。堤はJOCが自ら選手強化資金を捻出できる組織になり、それによって選手強化の理想的なプランを実現するようにならなければと考えていた。 そして1989年8月、JOCは独立した。それからすべてが一変していく。これまで取り入れられなかった若手職員の意見が抽出される環境に変わった。 ソウル五輪までの選手団本部の実情はこうだった。相変わらずメダル獲得者一覧の大きなボードが本部を占める。そこに競技担当、輸送担当、総務担当などのオフィスがある。それぞれの競技を応援に行く役員たちの世話に追われる。選手をサポートするための労力はそちらにそがれる。さらに試合が終わり、夜のとばりが下りれば、別室に設けられた役員サロンがオープンする。 そこでは体協部長クラスの本部役員が、その他の本部役員と競技力会談を毎夜開く。しかし中身はと言えば「今日は良かった。○○でメダルが取れたから」程度の話である。そしてウィスキーのボトルがどんどん空いていく。本部役員におべっかを使う競技団体の監督も加わり、そのサロンは毎夜大盛況となる。真摯な戦略会議は選手とコーチに任せ、自分たちは大会を楽しむ。あわよくばメダルをたくさん持って帰れれば、体協での地位も安泰。メダルが取れなければ、それはそれで選手と選手強化策の至らなさと言えばすむ。選手サポートの弊害となった日本の悪習 かような選手団本部を改革したいと思っていた私にとって、1989年のJOC独立は希望あふれる出発だった。当面は、長野五輪招致に専念せざるを得なかったが、その成功後、1992年のバルセロナ五輪は新生JOC最初の夏の五輪であり、その本部構成はまさに選手のための機能集団とするべく考えられたものになった。 日本の選手団本部役員は、いわゆる名誉職である団長、副団長、総務主事、その他役員と実務を司る事務局で構成される。対組織委員会対策、他国選手団対策などの実務は本来「Chef de Mission」と言われる団長がすべて司ることになっている。しかし、日本語での団長はあくまでも名誉職であり、かような実務を団長に任せることはできない。バルセロナ五輪の団長が時のJOC会長、古橋廣之進(水連会長)であったと言えば納得いただけると思う。「フジヤマのトビウオ」に資格認定交渉や選手村配宿交渉を託すことができようか。閉会式に先立って、大会を総括した日本選手団の橋本聖子団長(右)と山下泰裕副団長=8月21日、メインプレスセンター(森田達也撮影) そこで機能集団とするために本部員以下で構成する本部役員会を作り上げた。まず私自身をActing Chef de Mission(団長代行)にして、組織委員会や他国NOCそして国際オリンピック委員会(IOC)との交渉を選手団代表としてすべて取り仕切った。そこから本部員に選手のための労働を託していった。いわゆる「チーム」を作ったのである。これによって、逆にその「チーム」を支援しようと実際に仕事をする役員が出てくるようになった。役員と選手の壁が消え、日本代表選手団が風通しの良い機能集団に変わろうとしていた。 これがなぜ重要かというと、選手やコーチたちと本部の信頼関係が築けるからである。本部に行って相談すれば大丈夫という安心感が競技に及ぼす影響は大きい。体調の悪い時にリラックスして話せる本部と、体調が悪いなどと言えず「頑張ってきます」としか言えない本部の違いと言ったらわかりやすいだろうか。 また、日本選手団を編成する場合、JOCは選手団編成委員会を設けて、各競技団体の代表と折衝する。五輪憲章とIFの規定に基づき組織委員会が決めたエントリーフォームに基づいて選手数と役員数が必然的に決まるために、その枠内での交渉となる。選手数が決まれば役員数が決まるが、この役員の人選は競技団体に任される。そしてここに日本独特の慣習があり、それが選手サポートの弊害になっていた。五輪選手団に入るという名誉を得たい役員が山ほどいる競技団体では、選手のためではなく、役員のための論理を働かせるからだ。競技団体に長年尽くしてきてくれたのだから、褒賞として今度の五輪の総監督に推すなど、まさに年功序列というべきか。あの選手の専属コーチを選手のために役員枠に入れてあげようという発想には決してならないのである。メダルの先にあるものを目指さなければメダルは手元に来ない 当然ながら、実際に困るのは選手である。その選手を助けるために私ができたことは、枠外役員交渉である。枠外役員、いわゆるExtra Officialである。組織委員会は選手村に入れる役員数を上回る必要な役員については、各NOCとの交渉に付す。これは1984年のロサンゼルス五輪から出てきた概念であり、1998年のカルガリー冬季五輪から資格認定カード(ADカード)とともにしっかりと定義づけられた。そこで、本当に役に立つ役員に対してADカードを出すために組織委員会と交渉するのである。それによって「選手のための役員」を帯同することができる。この交渉によって、私が取得したExtra OfficialのADカードの数は常に他のNOCを上回った。本来ならば、本当に必要な役員を選手と同様に選考するシステムがあればいいのだが、それができないときの苦肉の策であった。 しかし最も大切なのは、選手団本部が選手のための機能集団であるとJOCに根付かせたことである。 こうした選手団本部の変革がすぐに奏功したのが、競泳女子200メートル平泳ぎの岩崎恭子の金メダルではないだろうか。ロサンゼルス五輪で日本を一人で背負って戦った長崎宏子が果たせなかった夢を、14歳の無垢なアスリートが誰の注目も浴びずにやってのけた瞬間だった。選手団本部が機能集団化することで選手と本部の垣根が取り払われ、信頼関係が生まれる。選手は自分に集中しながら、選手村生活を快適に送ることができる。バルセロナの選手村の風通しの良さが起こしたとも言える奇跡だった。バルセロナ五輪の競泳女子200メートル平泳ぎで優勝、史上最年少で金メダルに輝いた岩崎恭子=1992年7月27日 あれから24年もたったリオ五輪。12個の金メダルを獲得した。バルセロナの4倍ということになる。日本選手団本部の改革が浸透してきた証と見る。 私は「メダル、メダル」と騒げば騒ぐほど、メダルが遠のく気がしていた。なぜか。メダルの先にあるものを目指さなければメダルは手元に来ないからだ。JOCは必ず大会前に金メダル獲得目標を掲げる。しかし、それが達成されたことがあるのは1964年東京五輪だけだ。 時の強化本部長の大島鎌吉日本選手団団長は「15個の金メダル」を約束した。そして、16個を獲得した。大島は後にオリンピック平和賞を授与されるほど、スポーツで世界平和の構築を掲げるオリンピック精神を持った哲学者であり実践家でもあった。彼の金メダルの先には平和があった。 既にJOCは2020年東京五輪で金メダルを20~33個獲得して世界3位に入るという目標を掲げている。だが、その心の奥にメダルを超えるゴールを持っていなければ実現できない。そのことに気付いた人材がリーダーシップを取っていれば、また何か新しい風が吹くだろう。今はそれを期待するしかない。 選手は選手自身のゴールのために、そして役員はその選手のゴールのために! そういう選手団本部が完成すれば、さらなる飛躍が望めるはずだ。吉田沙保里を育てた栄和人コーチが語っていたではないか。「選手の夢を実現させることだけが私の仕事、それ以外はいらない」と。

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    メダリストを育てた一番の主役は彼らの「お父さん、お母さん」

     小林信也(スポーツライター) 序盤から予想以上の活躍で、日本はロンドン五輪の38個を上回る過去最多41個のメダルを獲得した。金メダルはロンドン五輪の7個から5個増えて12個だった。躍進の要因はなんだろう? ひとつに、日本選手の「気質の変化」と「主体性」を強く感じた。特に序盤戦、メダルを獲った選手たちの明るさ、力強さ。自分自身の気持ちで戦い、誰かにやらされている感じがない姿に感銘を受けた。リオ五輪競泳男子400メートル個人メドレー表彰式を終え、メダルを手に顔を見合わせて笑う1位・萩野公介(右)と3位・瀬戸大也=8月6日 、ブラジル・五輪水泳競技場 従来、日本のスポーツは、監督やコーチにやらされ、好きで始めた競技のはずが、いつしか監督・コーチに従属し、支配されている感が強かった。いまも野球など、団体競技の多くはその傾向が残っている。ところが、体操、水泳などの選手たちにそんな雰囲気は感じられなかった。自分の意思が真ん中にあり、技術や戦略の決定も選手自身が行っている。金メダルを獲った体操男子団体にはもちろんコーチ陣がいて、しっかりと選手をサポートしていたには違いないが、それほど前面で目立っていない。団体予選は4位と大きく出遅れた。決勝でも最初に落下があり、厳しいスタートとなった。そこから巻き返しての優勝。これは、やらされている選手には出せない力、自らの意思で勝利への情熱を燃やしたからこそ溢れ出た底力ではないかと感じた。かつての日本は、予選は1位で通過するが決勝の大舞台でもろさが出て負けるイメージだった。ところがリオ五輪では多くの種目でその逆になり、粘り強さが目立った。個人総合で連覇を果たした内村航平も同じ。内村航平のそばに鬼コーチの存在はない。言い換えれば、選手と監督・コーチの関係がいい意味で変わってきたと言えるだろう。 水泳は平井伯昌コーチをはじめ名コーチの存在がクローズアップされる種目だが、かつての鬼コーチのイメージとは違う。選手の才能を引き出すため、選手を主体にして、コーチの感性や知識・経験を提供し最大限のサポートをしている関係だ。選手は自らコーチを選び、コーチの力を借りている。 萩野公介は200m個人メドレー決勝、最後の50mのターンを終えたところで5位だった。残る種目は以前なら世界に最も大きな差をつけられていた自由形。ところが萩野はそこから猛スパートし、先行する3選手を抜いて2位に入った。常識を覆す快挙だ。レスリング女子63キロ級 金メダルを獲得した川井梨紗子は栄和人チームリーダーを豪快に2回投げ、喜びを爆発させる=18日、カリオカアリーナ(大橋純人撮影) テニスの錦織圭もプロフェッショナルだから当然だが、自分に最適で必要な要素を持ったコーチを選び、自らの力量を積み上げ、五輪の舞台で銅メダルを獲得した。 卓球の水谷隼も、幼少期、少年期こそ鬼コーチに育てられたが、16歳でドイツ留学する頃には選手として自立し、コーチの支配から卒業して実力を磨き、団体決勝のシングルスでは中国選手を撃破した。 後半は、女子レスリングを筆頭に、強い師弟関係の勝利もあったが、優勝後に川井梨紗子選手がマットに上がった栄和人チームリーダーを豪快に投げ飛ばして喜びと感謝を表すなど、鬼コーチとの信頼の深さと親近感を印象付けた。明らかに、日本選手の気質、監督・コーチとの関係は変わっている。大いに歓迎すべき変化だ。誰がメダリストを育てたか? もう一つ、強く認識してほしい現実がある。誰がメダリストを育てたか? メダルラッシュで、国を挙げての選手強化、科学的な施設充実の成果を誇らしげに評価する動きもある。確かに、2020年東京五輪に向けて、スポーツ庁が創設され、強化予算が40パーセント増加したことなどは追い風になっているだろう。だが、メダリストを育てた主役は国でも連盟でもない。今回のリオ五輪ではとくにそれが目に付いた。 メダリストを育てたのは、彼らの「お父さん、お母さん」だった。体操男子個人総合決勝。スタンドから声援を送る(左から)白井健三の父・勝晃さん、母・徳美さん、内村航平の母・周子さん、加藤凌平の母・由美さん=8月10日、リオ五輪アリーナ 内村航平が体操を始めたのは、3歳の時に両親が始めた体操教室だったことはよく知られている。白井健三の父も体操選手だった。 水谷隼が卓球を始めたのも、父親が主宰する卓球スポーツ少年団の一期生としてだった。吉田沙保里が、レスリングを始めたのも父親が自宅で開いていたレスリング道場。石川佳純の母親は、我が子の卓球への情熱を知ると自宅を改造し卓球場を作った。福原愛の英才教育についてはいまさら言うまでもない。柔道の100キロ級で銅メダル獲った羽賀龍之介の父親は惜しくもソウル五輪出場を逃した柔道家。羽賀の最初の師匠は父だった。このように、メダリストたちを競技の道に誘い、熱心に情熱を注いで基盤を作ったのは大半が両親なのだ。それも、自宅に施設を作るほどの半端でない入れ込みようで栄光への道を拓いた。メダリストを育てたのがお父さんお母さんだという事実を私たちはしっかり認めた上で、今後の強化ビジョンを作り上げるべきだろう。国や連盟が前面に出てきて、今回以上の成果が期待できるとは限らない。もちろん、父母が直接サポートしたジュニアの時代から、うまく次の世代での環境作りに成功した選手がメダルに到達している。 水谷隼にとってはそれがドイツ留学だった。福原愛は中国での経験だったろう。吉田沙保里は、至学館大学(当時は中京女子大)がその受け皿だった。 最後に、「日本の」メダルラッシュに沸いているが、日本勝利の要因に多くの外国人指導者たちの存在があることも忘れてはいけない。卓球は中国人指導者や日本に帰化して活躍した中国人選手たちの存在がレベルアップに大きく貢献した。タカマツペアが史上初の金メダルを獲得したバドミントンの躍進も、長く日本チームを指導し続けた韓国人コーチに支えられたものだ。ナショナリズムに沸く一方で、国際協力があってこその勝利だという側面もしっかりと胸に刻んでおきたい。

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    競泳日本を圧勝させた「攻め」から「待ち」への転換コーチング

    平井伯昌(競泳日本代表ヘッドコーチ) 「どんな指導をしたんですか?」 「どうすればオリンピック選手が育つんですか?」 最近になって、そんな質問を受ける機会が多くなった。私がコーチを担当している北島康介、中村礼子、上田春佳という3人の選手が、そろって北京オリンピックの代表選手として出場したからである。北京五輪男子100メートル平泳ぎ決勝で優勝した北島康介=2008年8月(共同) ご存じのとおり、康介は100メートルと200メートルの平泳ぎで、アテネにつづき二大会連続の金メダルを獲得した。また、礼子も200メートル背泳ぎで、同じように二大会連続の銅メダルを手にした。春佳に関しては残念ながら決勝進出はならなかったが、200メートル自由形の予選では日本新記録のタイムで泳ぎきった。それぞれの選手が、それぞれにベストをつくした結果だと思う。 コーチとして、私が指導をするときに気をつけているのは、何よりも選手自身の人間性を把握し、本質を見抜くということ。それがいちばんの原点だと考えている。それができていないと、それぞれの選手に対応することもできないし、お互いの信頼関係も築くことができない。それができて初めて、きつい練習にも耐えることができるし、困難なハードルを乗り越えることもできる。オリンピック、という共通の夢に向かって闘えるのである。 だが、オリンピックで世界の頂点に立つことだけが、最終目標では決してない。速い選手や、記録に挑戦できる選手を育てることだけが、コーチの役割ではないのだ。水泳を通じてみんなのお手本になる、社会の中でみなさんの役に立っていける人間になってもらいたい。水泳を通じて人間を磨いてもらいたいと思っているのだ。そんな私自身の「指導」に対する姿勢やスタンスを、本書から読み取ってもらえれば幸いである。 指導者は謙虚な心をもて コーチとして私がオリンピック選手を輩出することができたのは、もしかしたら自分が選手としてはほとんど実績がなかったからかもしれない。大学3年生のときに、奥野が入ってきたときも、不思議と嫉妬は感じなかった。 自分でもある程度の成績を残したことがあれば、指導する際にどうしても自分の体験が含まれてしまう。その体験の「負」の部分、こだわりやコンプレックスが、眼鏡を曇らせてしまうことはあり得る。自分の目の前の選手をあるがままに受け入れる「謙虚」さが大切なのだと思う。 東スイの大先輩である青木先生からは、こんな教えも受けた。「コーチとして選手を指導するときには、まず大胆な仮説を立てろ」というものである。 選手をこんなふうに育てたいとか、こんな泳ぎをめざしたいとか、まずは仮説を立て、それにはどんな解決すべき課題があるのかを見つける。その上で指導しなければいけないと教えられたのだ。ともすると、元選手だったという人がコーチになった場合、固定観念ができてしまっていることが多い。たとえばスタートはこうでなければいけない、泳ぎはこうあるべきだ、という先入観で見てしまうのだ。それを判断基準にして選手を見るから、「なんでこんな泳ぎしかできないのか」といった不満をもってしまいがちになる。初心者を怒鳴りつけるのは愚の骨頂 その固定観念をみずから崩して、新しい仮説を立て、選手を目標に向かって導いていける人は、指導者として大成できるのではないか。だが、そこがなかなか難しいところで、どうしても自分の経験が邪魔をしてしまうケースが多いのだ。 私の場合は、選手時代にも水泳を専門的に教わったことはあまりなかった。スタートはどうやって構えたらいいのか、膝は曲げたほうがいいのか伸ばしたほうがいいのか。自分なりに工夫し、いろいろと考えながら試行錯誤を繰り返していた。幸いにも、私には固定観念がほとんどなかったのだ。平井伯昌コーチ(右)と練習を確認する萩野公介=8月1日、五輪水泳競技場 東スイで最初に初心者の指導を担当したことも、私にとってはラッキーなことだった。相手は当然、水泳の初心者だから泳げない。泳げない子に水泳の「イロハの、イ」から教えるのが仕事だ。 パートタイマーのコーチの中には、「君は、なんでこんなことができないんだ!」と怒ったりするコーチがいた。そんなシーンを何度か目の当たりにして、初心者を叱りつけるのは、まさに愚の骨頂だと思った。そもそも泳げないから、教わりに来ているのだ。まずはそのことを前提として教えることこそが大切なのではないか、とつくづく考えさせられた。 そのためには何が大事かといえば、やはり初心者と同じ目線で向き合うことである。変なプライドや実績などを忘れて、とにかく謙虚になること。誰でも最初は泳げなかったのだから、自分が初心者だった頃のことを思い出せば、自然に謙虚な気持ちになれるはずだ。 生徒たちに向かって上からものを言うような態度は、反発を買ったりするだけだ。上から目線や、腹を立てて怒鳴るだけでは思うような指導はできない。初心者に限らず、どんな人を相手にする場合でも、指導者はまず謙虚な心をもつ必要がある。それが、指導者としての「イロハの、イ」であることを忘れてはならないと思う。 攻めのコーチングから待ちのコーチングへ コーチとして初めて選手を指導するようになったのは、25、6歳の頃だった。選手たちから見れば兄貴分みたいな感じだったからだろうか、私が教えることはみんな素直に聞いてくれた。その結果として、記録が驚くほど急激に伸びたのだ。そうなると、コーチである私を選手の親たちはチヤホヤしてくれる。私より10歳は年上である保護者たちが、自分の力量を認めてくれたと思うと悪い気はしなかった。 ところが、逆にちょっとでもうまくいかなかったときは、その反動がくる。まるで手のひらを返したように責め立てられるのだ。試合で記録が伸びなかったりすると、それこそケチョンケチョンに貶されてしまう。そんなことで悩んだ時期もあった。 それとは反対に、才能のある選手が出てくると、どうしても自分でコーチをしたいから、みんながその選手にチヤホヤする傾向になることがある。これまでの経験から、私はそれだけは避けようと思っていた。一定のレベルに達するまでじっと我慢 「速い選手も遅い選手も、みんな一緒なんだ」という気持ちでトレーニングしていかなければならない。ある選手だけを特別扱いすれば、結局はその選手が周囲から妬まれるし、コーチも他のコーチから妬まれることになる。何もいい結果につながらないのだ。 選手にしてみれば、コーチから、「お前は才能があるから頑張れ」と言われて認められたら、悪い気はしないはずだ。それがわかっているから、コーチとしてはついつい口に出したくなる。だが、本気になって育てようと思ったら、しばらくは黙って見守ってやるべきではないかと思う。男子200メートル個人メドレー準決勝de萩野公介の平泳ぎ=リオデジャネイロ(共同) 選手がある一定のレベルに達するまで、じっと我慢して待っていたほうがいい。伸びる選手は必ず頭角を現すし、やがてはそれを選手や親などのグループも認めるようになる。そのときになって初めて、認めてやり褒めてやればいいのだ。 「こいつはきっと強くなる」。そう思いこむことも、ときには必要かもしれない。だがそれと同時に、もうちょっと客観的に眺めながら、待つという姿勢が大切なのではないか。そう思うようになった。それまでの「攻めて、攻めて」というコーチングから、「待ちのコーチング」へ。私のコーチング・スタイルが変化してきた。  ひらい・のりまさ 1963年、東京都生まれ。82年、早稲田大学社会科学部へ入学。在学中に選手からマネージャーへ転向。卒業後、東京スイミングセンターに入社。96年から北島康介選手の指導に当たる。2004年、アテネオリンピックで北島選手に金メダルをもたらし、「金メダリストを育てる」という自身の夢をも叶える。現在、東洋大学法学部准教授、同大学水泳部監督の他、日本水泳連盟・競泳委員長。16年、リオオリンピックでは萩野公介選手が金メダル、星奈津美選手が銅メダルを獲得。関連記事■ 東京オリンピックの野球はアマチュアチームにしろ<日本野球よ、それは間違っている!>広岡達朗■ 砕け散ったガッツポーズ<大人気書籍『規格外』試し読み>篠原信一■ 新国立競技場問題、A案に決まったから終わり、ではない<どうなる?新国立競技場>森本智之

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    なぜ日本サッカーは世界の「壁」を越えられないのか

    河治良幸(スポーツジャーナリスト)リオ五輪サッカー男子・決勝。ドイツとのPK戦の末に優勝を決め、喜ぶブラジルのネイマール=8月20日、ブラジル・リオデジャネイロのマラカナン競技場 リオ五輪は21日(日本時間の22日)の閉会式で全日程を終えた。サッカー男子の決勝は20日に行われ、開催国のブラジルがドイツと延長戦の末にPK戦を制して悲願の金メダルを獲得。最後にPKを決めたネイマールの涙は全世界に感動をもたらした。 試合は1−1のまま120分で決着が付かず、PK戦で決着という形になったが、両チームともにレベルが高く、大会の中での成長を感じられる決勝だった。決勝の前日に筆者はJ1の浦和レッズ×川崎フロンターレを取材し、試合後にリオ五輪代表のキャプテンをつとめた遠藤航に話を聞く機会を得た。そこで大会で勝ち上がることがチームをより成長させるのではないかと聞くと、遠藤航は「だからこそ勝ち上がりたかった」と言葉に悔しさをにじませていた。 振り返れば手倉森誠監督の率いる日本チームも3試合の中で確かな成長を見せ、3試合目のスウェーデン戦は手堅い内容ながら、しっかりと勝ち点3を取ることができた。しなし、同時キックオフで行われていたナイジェリア×コロンビアはすでに首位通過を確定させていたナイジェリアがコロンビアに敗れたため、日本の予選リーグ敗退が決まったのだ。 初戦は最終的に銅メダルを獲得することになるナイジェリアとの試合だった。FWの久保裕也を直前にクラブの事情で招集できなかったこともあり、[4−3−3]というシステムで臨んだが、序盤に4点が入る流れから前半の終了間際と後半の立ち上がりに追加点を許すと、GK櫛引政敏のミスから5点目を奪われた。そこから諦めることなく浅野拓磨と追加招集の鈴木武蔵のゴールで1点差としたが及ばず、5−4で敗れてしまった。この試合で露呈してしまったのが世界大会の雰囲気とナイジェリア人選手のリズムにうまく対処できなかったことだ。 1失点目は右ウィングのエゼキエルを中島翔哉と藤春廣輝が数的優位で突破され、ワイドからのシュートを櫛引が手前に弾いてしまったことが直接の要因だが、ゴールを決めたサディク・ウマルに決められたのは二列目から日本のペナルティエリアに侵入するMFのミケルを大島僚太が見逃し、そこにセンターバックの植田直通がチェックに行ったため、ゴール前のコースが空いてしまっていた。またゴール前に詰めていたサディクとオグヘネカロ・エテボが交差に動き出した時に、塩谷と右サイドバックの室屋成の対応が甘くなったこともある。つまり守備におけるあらゆる負の連鎖が生んだ失点だったのだ。痛すぎた5失点 そこからすぐに追い付き、直後に2点目を喫しながら再び同点ゴールを決めて追い付くという両者で“ドタバタ劇”を演じると、42分にはカウンターから塩谷がサディクに翻弄される形で最後は植田のクリアミスをエテボに流し込まれ三たびの勝ち越しを許した。さらにサディクに塩谷と室屋の2人が付きながら突破されかけ、塩谷のファウルでPKを与えてしまう形で4失点目。さらに裏へのロングボールを櫛引が足で処理に行ってしまい、こぼれ球をエテボに流し込まれて5失点目となった。 そこから浅野と鈴木がともに持ち味を生かして1点差に迫ったことはポジティブに捉えることもできるが、5失点のほとんどは普通なら考えにくいやられ方であり、ナイジェリアの身体能力に手こずった部分も含めて、国際経験の不足が招いたものだった。4チームのうち2チームしか勝ち上がれないレギュレーションを考えれば初戦を落とすというのは非常に痛い。リオ五輪サッカー男子1次リーグB組日本対コロンビア。指示を出す手倉森監督=8月7日、マナウス 結局この敗戦が響いたわけだが、コロンビア戦はナイジェリア戦ほど個の力で劣勢ではなかっただけに、中央突破かエースのテオフィロ・グティエレスに決められたミドルシュートはともかく、2失点目のオウンゴールは痛かった。GK中村航輔が足で弾いたボールを信じられない形で藤春がオウンゴールをしてしまったが、カウンターから遠藤が破られ、さらに植田と塩谷のコンビがタイトな対応ができずシュートを打たせてしまった流れもあった。 その状況から2点のビハインドから浅野と中島のゴールで2−2に追い付いたことはU−23アジア選手権の韓国戦で0−2から逆転勝利した経験も生かされたはずだが、今回は逆転まではできず引き分けで勝ち点1となり、もし3戦目でスウェーデンに勝利しても、コロンビアがナイジェリアに引き分け以下でなければ予選リーグを突破できない状況となった。 2試合続いた熱帯地域のマナウスからサルバドールに会場を移したスウェーデン戦は[4−4−2]と[4−4−2]のいわゆる“ミラーゲーム”となったが、日本は持ち前の機動力とコンビネーションでスウェーデンの守備ブロックを崩しにかかった。しかし、最後はクロスを高さに勝る相手DFに跳ね返されるなど、なかなか決定的なゴールチャンスを作れないまま迎えた後半、途中出場で攻撃を活性化させた矢島慎也が左サイドを破った大島のマイナスクロスにスライディングで合わせ待望の先制点をあげた。疑問視されたオーバーエイジ そこから手堅い守備とポゼッションを駆使した攻撃で時計を進めた日本はスウェーデンのパワープレーにも破られることなく1−0で勝利を飾った。しかし、試合が終了してすぐにもう1つの試合結果を伝えられた日本の選手たちはしばらく、その場で呆然とするしかなかった。1勝1分1敗。手倉森誠監督が4年間をかけて育てたチームは確かな成長を見せたが、予選リーグの突破はならなかった。リオ五輪、サッカー男子1次リーグ日本対スウェーデン。スライディングしながら決勝ゴールを決める日本・矢島慎也(中央奥)=8月10日、ブラジル・サルバドルのフォンチノバ・アリーナ  多くのファンに疑問視されたオーバーエイジに関しては欧州組の招集が厳しくても、より国際経験のあるA代表の主力クラスを入れるべきだったという意見が出るのも当然だろう。ただ、U—23アジア選手権からリオ五輪までの間にケガ人が続出し、左SBやCBなど手薄なポジションが生じたことも影響したことは確かだ。彼らをチームに組み込むタイミングが本番直前になったことも戦術理解や連携面の問題に影響したと見られ、予選が無い東京五輪で事前にテストの場を設けるなど改善策も求められる。 この結果を受け日本サッカー界としては4年後の東京五輪に向け、リオ五輪での課題を検証して次につなげることは重要だが、今回の大会を経験した選手は2年後のロシアW杯がある。そして9月にはアジア最終予選が始まる。リオ五輪の最終メンバー発表において手倉森監督はリオ五輪でメダルを獲得することを目標として掲げながら、そこが選手たちのゴールではなく、大目標がロシアW杯であることを主張した。 遠藤や浅野、南野といった“ハリル・ジャパン”経験者はA代表に定着し、主力争いに割って入れるか、さらにA代表にステップアップできる選手が出て来るか。もちろん今回の大会ではメンバー外となった選手にもチャンスはある。「僕らの世代がどんどんロシアまでにA代表の主力を脅かしていないといけない」と遠藤。リオ五輪での予選リーグ突破、そしてメダル獲得はならなかったが、ロシアで躍進するために、彼らの成長が日本の力になる。

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    五輪3回出場、障害馬術の第一人者が教える「本番で結果を出せる人」

    中野善弘(乗馬クラブクレイン取締役)8月5日に開幕したリオデジャネイロオリンピックオリンピックという大舞台においては、普段とは雰囲気や緊張感がまったく違うという。どのアスリートも多くの時間を練習に費やし、本番に挑む。だが、本番でその力を十分に発揮できる人もいれば、できない人もいる。その違いは何か。障害馬術日本チームがリオデジャネイロオリンピック出場を決めた際のコーチを務め、他にも馬術の国際大会で監督やコーチを歴任している中野善弘氏に、「本番で結果を出せる人と出せない人の違い」について伺った。オリンピックの障害馬術も、これを読めばぐっと興味深く観ることができるはずだ。意外と知られていない「障害馬術」の世界 私がやっている障害馬術という競技は、競技アリーナにさまざまなデザインの障害が設置され、障害についている番号順通りに飛越しなければなりません。 馬にとっては初めて見る障害、苦手な障害もあり、本番までのトレーニングの成果が試されます。 障害は高さや幅が違い、オリンピックなどのトップレベルの大会では高さ160cm、幅200cmにもなります。連続して設置された障害やカーブの途中にある障害もあり、馬が飛びやすいようにどう誘導するか、また、どうすればより早いタイムでゴールを切れるかを選手は考え、競技に臨みます。 通常のルールは「減点法」で、障害の落下、障害の拒否、拒止は減点4、落馬、2回の反抗、コース間違い等は失権となります。 そうしたミスなく規定タイム内でゴールできた選手のうち、一番減点の少ない者同士でジャンプオフ(決勝競技)が行なわれ、また改めて決められたコースを無過失で、タイムの早い人馬が1位となります。実はセンスの良い人ほど本番で失敗する? 日本トップクラスの障害馬術選手から若手選手まで、多くの選手を指導してきましたが、どんなレベルの選手にも共通して言えることは、「センスの良い人や成功体験のある人ほど、本番で失敗に陥りやすい」ということです。 その理由は、“自分の感覚”を一番に信じてしまうからです。 つまり、周囲からのアドバイスを柔軟に取り入れることができず、「自分基準でここまでできていれば大丈夫」という勝手な自己判断で本番を迎えてしまうため、前評判以上の結果が出せないのです。 たとえば、本番直前の練習では人馬ともに十分に仕上がっているかのチェックを行ない、もし仕上がり状態が不十分な場合、監督やコーチがアドバイスをします。監督・コーチは選手を客観的に見ることができるため、本人が気づけない些細な変化や不調にも気づくことができます。結果を出せる選手はこのアドバイスを元に調整を行なうのですが、センスの良いとされる選手や成功体験のある選手ほど、『これくらいできていれば、あとは自分次第で本番もなんとかなるだろう』と安易に考え、この調整を軽視しがちです。その結果、本番で失敗してしまうのです。成績が乱高下しがちな選手の特徴とは成績が乱高下しがちな選手の特徴とは? さらに、こういう人たちはスランプに陥りやすいという特徴があります。スランプになって初めて自分を客観視し、人の助言が耳に入ってくるようになるのです。成績が乱高下する傾向にある選手の多くは、こうしたタイプと言えます。 一方、トップアスリートの中でも常に良い成績を出せている人は、どれだけ成功体験を積み重ね、センスが磨かれても自分を過大評価せず、他者からの助言を柔軟に取り入れます。だから本番でも結果が出せ、スランプに陥ることもないのです。 これは他のスポーツはもちろん、ビジネスでも同じでしょう。職場では監督・コーチは上司にあたると思います。皆さんもいろいろと細かい要望や指摘をされ、うんざりするといった経験がある方も多いと思います。 アドバイスをするコーチ 特に入社3~10年目くらいで、1人である程度仕事をこなせるようになり、成功体験も持ち始めた頃のビジネスパーソンに多いのではないでしょうか。 自分の感覚を持つことはもちろん重要ですが、客観的な意見に素直に耳を傾け、時には自己流を軌道修正することが、結果を追い求める上では重要なのです。人間も馬も「押し付け」には反発する 結果を出せる人は「意思の強い人」というイメージを持っている方も多いと思います。もちろん、自分の意思を貫き通すことは悪いことではありません。しかし、個人競技ならともかく、チーム競技になるとそれだけではうまくいきません。自分の意思を押し通すことで、相手の感情を害し、それが物事を悪い方向に進めてしまうことが多々あるからです。実際、トップアスリートの多くは強い意思を持ちつつも、「相手の感情」を尊重するという特徴があります。 実は、これは馬術においても一緒です。相手は『馬』ですが、馬も人間と同じく意思を持つ生き物です。そのため、選手の指示を受け入れてくれないこともあるのです。 そんなときに、ムチを使って自分の意のままに馬を動かそうとすると、逆に反発され、障害でミスをしたり馬が立ち止まってしまったりすることになります。それが嵩じて、落馬という事故につながることもあります。 これは、センスの良い馬を相手にしているときほど当てはまります。結果を残せる選手は、その時々の馬の状態を正確に察知し、『馬が力を100%発揮できているか』『気持ちよく障害を飛べているか』を常に意識しているのです。最後は「メンタルトレーニング」が勝負を分ける優秀なスタッフほど「相手の感情」に寄り添う 相手が人間の場合も同様です。交渉の際、自分の意思を押し付け“相手をコントロールしてやろう”というマインドでは、物事をうまく進めることはできません。相手の経験やスキルが自分よりも優れている場合、反対に相手の意のままに操られてしまうこともあります。 私は、障害馬術選手の育成以外に、乗馬クラブクレインの関東にある6つの事業所の運営責任者も担っていますが、やはり優秀なスタッフほど「相手の感情を意識する」ことを心がけているように思います。 乗馬体験にいらっしゃるお客様や新たに入会したいというお客様に対し、一方的に伝えたいことを話すのではなく、「相手がなぜ乗馬に興味を持ったのか」「何がネックになっているのか」「心地よい空間と感じてくれているか」を意識して話を進められるスタッフほど、お客様との関係構築も上手くいきますし、結果にもつながっているようです。「いつも通り」ができないと、馬は混乱する 本番に強い人の最後の条件、それは「普段から本番を意識したメンタルトレーニングを行なっているかどうか」ということです。 意外と知られていませんが、障害馬術という競技は当日までどのようなコースを走るのか、どういった障害が設置されているのか開示されません。人間だけは下見といって、本番15分前にコースを歩くことができるのですが、馬は本番で初めてそのコースを走ることになります。 人間の役割は、15分の間に障害と障害の間を馬に何歩で走らせるか、ミスなく早くゴールするために、どこで勝負をかけるかを判断すること。そして何より重要なのが、普段の練習時と変わらない乗り方をすることです。 たとえば、人間が緊張していつもとはコントロールの加減が違ったりすると、馬は「あれ? いつもの指示とは違うな。どう動けばいいんだ?」と混乱してしまうのです。 競技自体はわずか2~3分程度なので、緊張で通常通りの乗り方ができないと、立て直す間もなく競技はあっという間に終わってしまいます。最後は「メンタルトレーニング」が勝負を分ける 本番でいつも通りの乗り方をするためには、普段の練習の際から本番を想定したメンタルトレーニングをしておくことが何よりも重要です。 私は今年58歳になりましたが、現役の障害馬術選手として大会に出場しています。 本番で最高のパフォーマンスをするために、練習を行なう際は、『これはすごく大きな大会……観客もたくさんいる……周りの選手にもカッコ悪いところは見せられない!』と本番と同じ心理状況に持っていき、障害を飛ぶようにしています。練習でこれを繰り返すことで、プレッシャーを味方につけ、緊張すればするほど結果を出せる体質に変わってきました。 仕事も同様だと思います。いくらプレゼンの練習をしたところで、本番では相手がみな難しい顔をしていて最悪の雰囲気の中で話をしなくてはならないこともありますし、予測もしなかった質問が飛び交ったりもします。そうした“いつもとは違う状況”で力を発揮するには、普段から意図的にその状況を作り出し、トレーニングをする必要があります。 この時のポイントは、環境だけでなく意識もその状況下に置かれた状態に持っていくことです。プレゼンであれば、自分の話す内容だけを練習するのではなく、その場の緊張感などを想定し練習をするのです。たとえば「ドアを開けた瞬間、5名の参加者が座っている。笑顔はなく部屋全体が緊張感に包まれ、全ての視線が自分に注がれている。心臓の音も聞こえるし、手にも汗をかきはじめた。声も上ずってしまいそうだ。この空気に飲み込まれてはいけない」などと、できるだけ具体的に、本番に置かれるであろう心理状況に近づけるのです。「キャリアを積み重ねても、人の意見に素直に耳を傾けること」「相手の意思を尊重すること」「本番を意識したメンタルトレーニング」を意識することで、本番で結果を残せる人材を目指しましょう。なかの・よしひろ 乗馬クラブクレイン取締役。過去4回オリンピックへの出場(内1回は直前で棄権)を果たすなど、日本のトップ障害馬術選手として活躍。アジア大会では、2度(ソウル[‘86年]・広島[’93])団体で金メダルを獲得。2005年には、国内競技500勝を達成する。現在は、乗馬クラブクレインの関東圏にある6事業所を束ねる支社長と障害馬術部門のコーチを務めるほか、公益社団法人日本馬術連盟の障害馬術本部副強化委員を兼務し、若手選手の育成や大会運営などにも力を注ぐ。関連記事■ 山本昌・野球界最年長投手のやる気の源とは?■ 『スッキリ!!』の敏腕リポーターが語る「強い自分の作り方」■ 「仕事より健康優先」がハイパフォーマンスを実現する

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    なぜ日本男子マラソンは低迷を続けるのか、東京五輪への再建策とは

    (THE PAGEより転載) リオ五輪の最終日を飾る男子マラソン。「入賞」を目指した日本勢の戦いは想像以上に厳しかった。5kmを15分31秒という落ち着いた入りも、左アキレス腱痛に苦しんだ北島寿典(安川電機)が、3km手前で遅れる。給水時などにペースが上がったものの、スローな展開は変わらず、中間点の通過は1時間5分55秒だった。ここから徐々にペースが上がると、石川末広(Honda)が苦しくなり、27km過ぎで佐々木悟(旭化成)もトップ集団から引き離された。 日本勢は「ペースの上げ下げがあった」と口にしたが、世界のトップランナーが“本気の走り”を見せたのは30km以降だった。2時間4分33秒のタイムを持つレミ・ベルハヌ(エチオピア)が前に出て先頭集団が一気にばらける。そして、35km過ぎにエリウド・キプチョゲ(ケニア)がアタック。持ち味のスピードで最後まで押し切り、2時間8分44秒で金メダルに輝いた。2位はフェイサ・リレサ(エチオピア)で、3位はゲーリン・ラップ(米国)だった。男子マラソン序盤に並走する日本の佐々木(中央左)と石川(同右)。雨中のレースで日本勢は惨敗した=サンボドロモ発着周回コース(代表撮影) 日本勢は佐々木が16位で2時間13分57秒、石川は36位、北島は94位という無残な結果に終わった。優勝したキプチョゲは4月のロンドンで世界歴代2位の2時間3分05秒を叩き出している選手。日本勢とは自己ベストで5分以上の開きがあった。 世界のマラソンは高速化が顕著になっている。それをけん引しているのが、スピードのある選手たちだ。今回のメダリストを見ると、キプチョゲは北京五輪5000mで銀メダル、ラップはロンドン五輪1万mで銅メダルを獲得している(リオ五輪1万mでも5位)。ふたりは5000mで12分台、1万mで26分40秒台の自己ベストを持っているのだ。5000mの自己ベストを比較すると、日本勢(マラソン代表は石川の13分42秒が最高)とは40~50秒もの大差がついている。 近年の世界大会は、スローペースで進んだとしても、どこかで必ず「高速レース」になる。そのときに、日本勢は、5kmで30秒ほどの差を簡単につけられてしまうのだ。スピードでは太刀打ちできなくても、「夏マラソンでは勝負になる」という日本人のポジティブな発想は“幻想”になりつつある。 4年前のロンドン五輪では中本健太郎(安川電機)が5位入賞を果たしているが、メダル争いに絡んだわけではなく、終盤に順位を上げての快挙だった。冷静に考えてほしい。いまの日本は世界のトップと互角に戦えないのは明らかだ。 男子マラソンは2002年に世界記録(2時間5分38秒/ハーリド・ハヌーシ)と日本記録(2時間6分16秒/高岡寿成)が誕生した。その後、世界記録は6度も塗り替えられ、現在は2時間2分57秒(デニス・キメット)だ。反対に日本記録は、一度も更新されていない。それどころか2時間6分台すら誰もマークすることができず、現役最速タイムは今井正人(トヨタ自動車九州)の2時間7分39秒という寂しい状況が続いている。そのせいか、日本実業団連合が『Project EXCEED』をスタートさせて、日本記録の更新に1億円(監督・チームにも5000万円)の報奨金を出すと発表したが、選手にはあまり響いていない印象だ。なぜ高速化への対応が遅れたのか アフリカ勢に完敗することが目に見えているなか、なぜ日本勢は高速化への対応が遅れたのか。 ひとことでいうと、「現実を逃避し続けてきた結果」だと筆者は感じている。男子マラソン16位でゴールした日本の佐々木悟(右)=8月21日、サンボドロモ発着周回コース(撮影・大橋純人) 現在、日本の実業団チームにはリオ五輪1万mで銀メダルを獲得したポール・タヌイ(九電工)のような世界トップクラスの選手が所属しているが、日本人はトラックや駅伝で、彼らと真剣勝負をしてこなかった。トラックでは早々と勝負をあきらめ、ニューイヤー駅伝(全日本実業団駅伝)では「インターナショナル区間」を設けて、外国人選手を締め出している。世界と本気で戦う気持ちがあるなら、国内の大会から強い外国人選手と真っ向勝負すべきだろう。 日本国民に大人気である箱根駅伝の熱狂も、マラソン強化に役立っているとは言い難い。ソウル五輪の5000m・1万m日本代表で、拓殖大で13年間の監督経験もある米重修一も、「単純にレベルは上がりました。でもこの中から1万m26分台ランナーが本当に出るのか心配になりますよね。私は監督時代、突っ込んでブレーキすることは怒らなかったですけど、イーブンペースで行くような選手が大嫌いでした。そんな駅伝をやっていたら世界で勝負できませんから」と箱根ランナーの将来性を危惧している。 日本のマラソンはチームごとの強化が基本スタイルだが、日本陸連も「強化策」を考えて、取り組んでいる。しかし、うまく機能していない。リオ五輪の「メダル」を目標に掲げて、2014年4月に『ナショナルマラソンチーム』(以下NT)を始動したものの、空回りに終わったからだ。 発足時の会見で、酒井勝充・強化副委員長(中長距離・ロード部門統括)は「リオ五輪でメダルおよび上位入賞者を目指すための取り組みです」とNTの目的を話していた。その最大の目玉は、合同合宿で選手の医科学データをとり、「暑さへの適正」を代表選考に生かそうとしていたことだ。当初は、北京世界選手権とリオ五輪は、合同合宿で取得したデータも選考基準になるため、NTに入ることは選考に「優位性」があるという説明だった。しかし、その後、「NTの選手を優先的に選ぶ」という条約が撤廃されるなど、日本陸連のチグハグな強化策に選手や関係者は戸惑っている。ただでさえ実力が足りない日本勢 ただでさえ、実力が足りない日本勢だが、他国のマラソン選手と違い、「駅伝」というミッションもある。男子の場合は12月初旬に福岡国際、2月下旬に東京、3月初旬にびわ湖と世界大会のマラソン代表選考レースが開催される。そして元日にニューイヤー駅伝だ。現状のスケジュールだと駅伝とマラソンを両立するのは難しい。ニューイヤー駅伝で優勝経験のある選手は、駅伝とマラソンの関係についてこんなことを語っていた。94位でゴールした日本の北島寿典=8月21日、サンボドロモ発着周回コース(撮影・大橋純人)「チームとしては駅伝の優勝が最大の目標になります。そのため、福岡を走るのは難しい。かといって東京やびわ湖だと、ニューイヤー駅伝のあとに少し休んでからマラソン練習をすると時間が足りません。マラソンでタイムを狙うとしたら、9月のベルリンか10月のシカゴ。あとは4月のロンドンしかないんじゃないでしょうか」 マラソンは42.195kmの勝負だが、ニューイヤー駅伝は最長区間でも22km。当然、トレーニングの中身が変わってくる。そう考えると、駅伝はマラソンの邪魔でしかない。たとえば、世界大会の選考レースを11~1月に固めてしまい、全日本実業団駅伝を3月に開催するかたち(もしくはマラソンを1~3月、駅伝を11月前半にする)にするなど、競技日程を見直す必要があるだろう。  暑さに強く、攻めのレースができる今井正人(トヨタ自動車九州)、マラソンに本格参戦して「成功」の道を模索している佐藤悠基(日清食品グループ)、2月の東京マラソンで外国人勢に食らいついた村山謙太(旭化成)、大学3年時から東京五輪を明確に意識して取り組んでいる服部勇馬(トヨタ自動車)、それから日本長距離界のエースになった大迫傑(ナイキ・オレゴンプロジェクト)。ポテンシャルを考えれば、世界でもおもしろい戦いができる選手たちはいる。 彼らの能力を最大限に発揮できるような“環境づくり”が日本マラソン界にとって急務になるだろう。2020年の東京五輪まで、もう時間はない。 (文責・酒井政人/スポーツライター)

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    苦境をはね返す日本選手の逆転力

    大西宏(ビジネスラボ代表取締役) さまざまな選手から感動をもらえているリオ・オリンピックですが、鳥肌が立つような劇的な逆転勝利が目立ちます。終盤を迎えての女子フリースタイルで登坂、伊調、土性3選手のいずれもが逆転勝利の金メダルでした。またそれに続くように、バトミントン女子ダブルス決勝では高橋・松友選手が、最終ゲームで16-19と追い込まれながら、連続6ポイントをとる鳥肌が立つような大逆転優勝です。この勢いに乗って男子400メートルリレーもメダルを期待したいところです。 女子だけでなく、もちろん男子も記憶に残る大逆転劇はありました。記憶に残っているだけでも体操個人総合で内村選手が最終種目鉄棒で奇跡的な大逆転金メダル、テニスの準々決勝で錦織選手が第3セットでタイブレークに突入し、モンフィス選手にマッチポイントを握られてから5ポイント連取の逆転勝利とか、 卓球男子団体決勝で水谷選手が2対2で迎えた第5ゲームで7-10からの大逆転も記憶に残るゲームでした。 水谷選手といえば、卓球男子シングルスで銅メダルを獲得した際のガッツポーズに、野球評論家の張本さんが「あんなガッツポーズはダメ。手は肩より上げちゃダメ」と理解不能な注文をつけていましたが、卓球を武士道の一種と間違っているのでしょうか。ネットにかつて張本さんがド派手に手を上げながらジャンプする写真が拡散され、大恥をかいておられましたが、張本さんも、世界の舞台で活躍する若い世代の気持ちやスタイルをもっと理解しないと年寄りのたわごとで終わってしまいます。金メダルを獲得した高橋礼華(右)・松友美佐紀ペア(甘利慈撮影) 勝って獲る銅メダルが多かったこともあるのかもしれませんが、今回のリオ・オリンピックでは日本の選手たちが苦境にもめげず、試合に向かっていって勝ちをとるシーンが多かったことが印象に残ります。 苦境をはね返す日本選手の逆転力といえばいいのでしょか。なにか新鮮さを感じるのです。しかも、それはかつて強調された『根性』とは異なっています。 今回のリオでは『根性』という言葉はほとんど聞かなくなりました。かつての『根性』が強調された時代は、むしろ日本は、苦境に弱く、追いつめられると、そのプレッシャーに心が折れ、あっさりと負けてしまうことが多かったように思います。 冷静なゲームの組み立てや判断力、応援してくれた人たちに勝って応えたい気持ち、勝利への執着心が、神がかったような集中力を高め、逆転を呼び込んだのでしょう。そんな精神力はきっと積み重ねてきたハードな練習による技術、体力、気力から生まれてくるのに違いありません。 強い選手を生み出すのに、必要なのは育てる環境だということでしょう。『根性』で勝てるほどオリンピックは甘くありません。 韓国がその時代変化に乗り遅れてしまったようで、ロンドンでは日本を超える金メダルをとっていましたが、今回は惨敗です。 おそらく、韓国も生活が豊かになり、もはやハングリー精神や日本には負けたくないという目標では選手のモチベーションアップにつながらなくなり、さらに選手を育てる環境づくりに遅れをとってしまったことが原因だと思います。 なにか強いスポーツ選手に必要なものがなにかを教えてくれているようなリオ・オリンピックですが、東京オリンピックも選手が活躍できる環境づくりをぜひとも優先してほしいものです。オリンピックは、競技場などの箱モノは主役ではなく、あくまで選手が主役なのですから。 どうも、選手を育てる環境づくりよりは、無責任に東京オリンピックの予算は1兆円だ、2兆円だという箱モノ大好きな人たちがおられますが、そういった人たちは早々に引退願いたいものです。 それにしても、現在金メダル12のうち、女子が8つというのも、「女性の時代」を感じさせますね。政治の世界も世代交代と女性比率を革命的にあげれば日本も経済の停滞から抜け出し、グローバル競争のなかでも大逆転ができるようになるかもしれません。(2016年08月19日「大西宏のマーケティングエッセンス」より転載)

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    オリンピックは曲がり角 「平和の祭典」が空しく響く実像

     猪野亨(弁護士) リオデジャネイロでは4年に一度のオリンピックが開催されています。日本人選手も活躍されているそうですが、見てみようという興味があまり沸きません。この小林よしのり氏の「反戦番組よりオリンピック」を読むまでは、このテーマで意見を述べようという気にもならなかったかもしれません。 従来、左翼は、①何故、マスコミは日本人選手ばかりを報じるんだ、②国と国との闘いではない、と批判していたが、今年は、そのような声も聞かれないというのです。 ①はともかく、金メダルがいくつだ、とかそのたびに大はしゃぎするマスコミの姿などには私はほとんど共感が持てません。金メダルというよりもオリンピック自体が世界的にもみても曲がり角に来ているのではないでしょうか。閉会式を前に会場で盛り上がる人たち=8月21日、リオデジャネイロ(共同) ロシアの選手の組織的なドーピング問題は、恐らくロシアだけではないんだろうなと思います。日本の選手はドーピングとは無縁だろうとは思いますが、国威発揚につなげたいという各国の指導者たちの思惑は常にあるわけであり、それは日本も例外ではありません。日本も外国でも自国の選手が金メダルを取ればインスタントナショナリズムが巻き起こる瞬間です。 東京オリンピックが決まったときも高揚感ばかりが演出されていました。その東京オリンピックですら、カネのかけすぎとか利権だとかが遅まきながらクローズアップされるようになり、今となっては東京オリンピック開催を決めたことを疑問に思っている人たちも少なくはないと思います。「東京オリンピックに1兆8000億円が必要だとわかっていたら招致に賛成しましたか?」 リオデジャネイロでの開催も直前の政情の不安定化など問題も山積していました。ジカ熱の蔓延は、選手の参加意欲を削ぐものとなり、オリンピックの体をなしていないのかもしれません。国家間の対立を超えてオリンピックはあるんだと言われても、本当にそうなのかなと思うこともあります。反戦報道を縮小してしまうマスコミ 柔道では、エジプトの選手がイスラエルの選手と対戦し、敗退した後に「礼」と「握手」をしなかったことについてブーイングが起きたということですが、エジプト国内でも試合を辞退しろ(要はイスラエルの選手との試合をするな)という声があったといいます。「【柔道】エジプト選手、イスラエル選手との握手を拒否…会場はブーイングなど波紋呼ぶ」(スポーツ報知2016年8月13日)「12日行われたリオデジャネイロ五輪の柔道男子100キロ超級1回戦で、イスラエルのオル・サソンがエジプトのイスラム・エルシェハビに一本勝ちした後、握手しようと手を差し出したが、エルシェハビ選手が拒否、会場からブーイングを浴びた。」イスラエルのサソン選手(左)の握手を拒むエジプトのエルシェハビ選手=8月12日 確かに、このエジプトの選手ですが、試合に勝っていたら「礼」も「握手」もしたのかもしれません。負けたからしなかったというようにしか見えなかったのかもしれません。ただ、イスラエルという中東の侵略国家に所属する選手との対戦であり、長いことオリンピックという「平和の祭典」を通して共存を模索してきたということになるのでしょうが、やはり侵略国家イスラエル問題を黙認したままで「平和の祭典」と言ってもみても空々しく聞こえてきます。 利権とドーピングとナショナリズムというオリンピックの特徴がますます色濃くなってきており、オリンピック自体が曲がり角に来ているのではないでしょうか。それにしてもオリンピック報道だけは欠かさず、反戦報道を縮小してしまうマスコミの姿勢は、昨今の安倍ウヨク政権の意向ばかりが反映されています。

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    ロシアの五輪参加を条件付で認めたIOC裁定の是非

    によるドーピングを指摘され、「ロシア選手団のリオ五輪参加を拒否すべき」と勧告を受けていたIOC(国際オリンピック委員会)の緊急理事会が24日、開かれ、ロシア選手団のリオ五輪参加を条件つきで認め各競技のIF(国際連盟)に最終判断を委ねた。 ロシアの共同責任と個人の権利の間をとった“灰色決着”で、各国際競技団体に判断を丸投げした形だが、この裁定を巡って、国内外で賛否が渦巻いている。さっそく勧告を無視されたWADAは、「ロシアの国家主導のドーピングは、スポーツの高潔性を脅かすもの」と主張して、IOCの裁定を批判。米国とカナダのそれぞれのアンチドーピング機関も、「IOCはリーダーシップを発揮できなかった」と、ロシアの参加を拒否しなかったIOCの判断を叩いた。 米メディアも「USA TODAY」が「IOCは魂を売った。強力な組織からの圧力があった」と、強烈に批判すると同時に、さっそく各国際競技団体の反応を伝えた。 ロシアの参加に反対の姿勢を示したのは、ウエートリフティング連盟。米国バイアスロン協会のCEOの「トーマス・バッハ(IOC会長)は、クリーンな選手に背を向けた」というコメントも紹介された。 一方、国際テニス連盟は、リオ五輪のロシアのエントリーを承認したと発表。体操と水泳の国際競技連盟も、それぞれIOCの裁定と同じく包括的にロシア選手団全員の参加を拒否するという考えには、反対の姿勢を明らかにした。日本もJOCや選手らが、おおむねロシア選手に出場機会が残った裁定に理解を示した。リオデジャネイロで開かれたIOC総会=8月2日 8月5日の開幕まで、ほとんど時間がない中でドーピングがクリーンな選手をしっかりと証明することが可能なのか、などの問題も残ったままで、IOCが曖昧な裁定を下したことで、競技団体ごとに、ロシア選手を全面拒否するか、一部を受けいれるかが、バラバラになるという異常事態を招くことになった。 スポーツの国際情勢に詳しいスポーツ総合研究所の所長で、東海大学国際教育センター教授の広瀬一郎氏は、「基本的には五輪の選手選考は、IF(各国際競技団体)が行うものであるという原則がある。1984年から五輪にプロが参加したが、それを認めていなかった日本では“選手選考は各国際競技団体がするものだから私たちは知らない”という立場を貫いたことがあるが、今回のIOCの裁定も、五輪の原則に従ったにすぎない。 ロシアの国家としての共同責任を問うと、それは政治的な判断になりかねないため、あえて避けたのだろう。東海大学国際教育センター教授今後、認める団体、認めない団体が出てくる中で、クリーンさを保ち、政治的な色を消すことにもつながり、五輪精神にも反しないギリギリの判断をしたと思う」と、今回のIOCの裁定を評価した。 IOCのトーマス・バッハ会長は同日、電話を通じて記者会見した。「集団の責任と(ドーピングに関与していない)個人の権利の間でバランスをとらねばならなかった」と語り、苦渋の決断だったことをにじませた。 バッハ会長は今回の措置について、「極めて深刻な問題であり、(ロシアが国として)共同責任を取らねばならない」と述べた。一方で「クリーンな選手を競技に参加させれば、(反ドーピングの)手本となる」と語り、個々のロシア選手を慎重に審査した上で、クリーンな選手だけを参加させることを決めたと説明した。 今後、ロシアの選手たちは外国の機関で検査を受け、国際競技団体に出場を認められる必要があるが、リオ五輪開幕は来月5日で、時間は極めて限られている。だが、バッハ会長は「それ以外、選択肢はない」と述べた。 一方でバッハ会長は、世界反ドーピング機関(WADA)調査チームの報告について、「問題の一部しか触れられていない。我々は100%完全な調査を行う」と強調。今後、露スポーツ省や政府当局などを対象にした徹底調査を行うという姿勢を鮮明にした。 今回の緊急理事会では、ドーピング疑惑を最初に告発した露女子陸上中距離のユーリア・ステパノワについて、リオ五輪の競技への出場を禁じることを決めた。ただし、「将来の告発者を勇気づけた」(バッハ会長)ことから、夫と共にリオ五輪に特別に招待することを決めた。

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    五輪はドーピングの闇と決別できるか

    栄光と偉業。4年に一度、スポーツの頂点を競う五輪は世界を魅了する。ただ、その輝かしい光景を瞬時に暗転させるのがドーピングである。ロシアによる国家ぐるみの隠ぺいが発覚し、競技よりも注目が集まるリオ五輪。スポーツは誰のためのものか。ドーピングの闇とオリンピズムの意義を考えたい。

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    悪徳警官も五輪モード! ヤバすぎる「犯罪都市」リオの真実

    ジカウイルス感染症に対する不安など、開幕前から多くの懸念材料が浮上しているが、最も懸念されているのがオリンピック期間中の犯罪の増加だ。 リオデジャネイロを州都にもつリオデジャネイロ州は、ブラジルで最も小さな州の1つだが、約1600万人が暮らし、州都リオデジャネイロの人口は約650万人だ。リオデジャネイロはブラジルで犯罪発生率が最も高い地域ではないが(ブラジルでは一般的に南部よりも北部の方が治安は悪いことで知られている)、近年の景気悪化に比例する形で犯罪も増加している。今年1月から5月の間にリオデジャネイロ州で発生した殺人事件は2083件。昨年の同時期と比較して、13%も増加していた。 単純に計算しても、1カ月の間に400人以上が殺害されており、ニューヨーク市や日本全体で1年間に発生する殺人事件の件数を超えている。国連薬物犯罪事務所が発表した統計によると、2014年にブラジル全土で発生した殺人事件は5万674件で、他国を大きく引き離す形で世界ワーストとなっている。世界第2位の人口で知られるインドよりも殺人事件が多く、殺人事件の被害者となる確率はアメリカの6倍以上となっている。近年、ラテンアメリカやカリブ海諸国で凶悪犯罪が増加傾向にあるが、年間1万件以上の殺人が発生する11カ国の中で、約半数となる5カ国がアメリカ大陸(アメリカ、ブラジル、メキシコ、ベネズエラ、コロンビア)にある。 リオデジャネイロの治安の悪さを象徴するものとして、たびたび名前があがるのがファベーラと呼ばれるスラム街で、公用地や権利関係で係争中の土地に住民が勝手に家を建て、そのまま大きなコミュニティに成長するケースも少なくない。リオ周辺には26のファベーラがあり、リオ市民の4人に1人がファベーラで暮らしているというデータも存在する。ファベーラで使われる電気は、近くの電線から無許可で盗用しているものがほとんどで、電力会社にとっては頭の痛い問題だが、リオのファベーラ内だけで1万以上の商店や企業が存在するといわれており、ファベーラの電力消費量も相当なものだ。 住民が勝手に住み着いて暮らしているという背景があるため、ファベーラの存在を認知するブラジルの自治体はほとんど存在せず、むしろ「負の象徴」として、外国人には見せたがらない風潮もある。グーグルマップでも、これまでファベーラのある地域は空白になっていることが多かったが、グーグルは1日にリオのファベーラもグーグルマップ内に追加。カメラを付けたスタッフがファベーラ内部で撮影した写真を見ることもでき、ネットでもファベーラの詳細を少しずつ知ることが可能になり始めた。 ファベーラは貧富の差が激しいブラジル社会を象徴するものだ。ファベーラで暮らす多くの市民が市内で低賃金の仕事に就き家計を支えているが、ファベーラで暮らす住民の中には貧しさから犯罪に手を染める者も少なくない。南米で最大の人口を抱えるブラジルは麻薬の巨大市場という顔も持つが、近年のリオデジャネイロではコカインの取引や、それを原因とするギャング同士の抗争事件も頻繁に発生している。また、ファベーラを拠点とするギャングの中には誘拐を専門とする組織もある。 ファベーラを拠点とする犯罪組織のリーダーで、ネムという通称で呼ばれていたアントニオ・ロペス受刑者はリオ市内で発生した多くの殺人や誘拐に関与した容疑で2011年に逮捕され、禁固12年の刑を下されたが、ファベーラにおけるネムの人気は現在も高いままだ。ネムはコカイン密売による儲けの多くをファベーラの住民の生活改善に費やした。貧しい家庭には食料から処方箋薬までを分け与え、住民の教育から葬儀まで、日々の生活のあらゆる部分で経済的に援助を行ってきた。ファベーラの住民から「リオのロビン・フッド」と呼ばれたネムは、皮肉にもファベーラ内にブラジル政府ですら実現できなかった福祉社会を作り上げていたのだ。貨物窃盗が犯罪の新たなトレンドに貨物窃盗が犯罪の新たなトレンドに 窃盗や強盗といった殺人以外の犯罪になると、その数はさらに増加する。窃盗に関しては日常茶飯事で、安全だと考えられていた選手村の中でも、先月末に火災報知器が鳴ったために外に避難したオーストラリアの選手団が、外にいたわずかの時間でコンピュータや衣類を盗まれる事件が発生している。 ブラジルで近年、大きな問題となっているのが貨物を狙った窃盗だ。2014年にはブラジル国内で1万7000件以上の貨物窃盗が発生し、地元メディアの報道によると、被害総額は600億円近くに達したのだという。貨物窃盗は犯罪組織にとって新たな収入源となっており、多くのケースで組織的に犯行が行われているのが特徴だ。貨物窃盗が最も多い都市はサンパウロだが、増加率が最も高いのはリオデジャネイロで、2010年から2015年の間に約2600件から約7200件に激増している。 リオデジャネイロでは1日に、ドイツの放送局がオリンピック中継で使うための機材がコンテナごと盗まれる事件も発生している。総額で約5000万円相当の放送機材が入ったコンテナを積んだトラックは、リオの港から市内の倉庫に移動中に襲撃された。運転手は無傷で、通報を受けた警察が捜査を開始。程なくして、市内北部で放置された放送機材が発見されている。警察は容疑者の特定と拘束に努めると発表したものの、五輪開催前の事件にエドゥアルド・パエス市長は激怒。地元テレビ局のインタビューの中で、「警察内部にはリーダシップが必要だ」とコメントし、警察の対応の遅さを批判している。 23日にはリオデジャネイロ郊外を走行中の郵便局のトラックが襲われ、運んでいた荷物や郵便物が奪われる事件が発生した。奪われたものの中に五輪のチケットが含まれていたことが判明。郵便局からの連絡を受けて、リオ五輪組織委員会は襲撃にあったトラックで運ばれていたチケットをすべて無効化し、再発行したものを購入者に届けると発表している。何枚のチケットが盗難被害に遭ったのかについては、組織委員会は具体的な言及を避けた。 警察の対応の遅さは今に始まった話ではない。リオデジャネイロを拠点にするシンクタンクが発表したデータによると、市内で発生した殺人事件が実際に解決する割合は5件に1件。窃盗などの事件で警察に通報があった場合、それらが解決する可能性はさらに低くなる。一見すると職務怠慢にも思える状況だが、地元警察にも言い分はある。景気低迷は自治体の財政にも大きく影響し、リオデジャネイロの警察ではトイレットペーパーから文具まで、必要な備品すら手に入らない状態に陥り、市民からのカンパに頼る警察署まで出ている。また警察車両の燃料が配給制になった時期もあり、「ガソリンの無駄遣い」を防ぐために警察がパトロールの回数を大幅に減らしたこともあった。リオでは警察官による犯罪も発生リオでは警察官による犯罪も発生 警察官が犯罪に加担するケースも珍しくはない。ブラジルを含めたラテンアメリカの国々では、現職警察官が誘拐や麻薬ビジネス、契約殺人などに手を染めるケースがたびたび報道されている。24日にはニュージーランド人柔術選手のジェイソン・リーさんが、リオデジャネイロ市内で警察官に銃を突きつけられ、しばらく拉致される事件も発生している。 ニュージーランドで柔術のチャンピオンとなったリーさんは、1年前からリオデジャネイロで柔術のトレーニングを行っているが、24日に自家用車でリオ市内のハイウェイを走行中、複数の警察官から停車を求められた。停車後すぐに銃を突きつけられ、別の車に乗せられたリーさんは、市内の数カ所のATMに連行され、総額で約8万円を引き出して手渡したところで解放された。警察官はリーさんに「今起きたことを他言するな」と言って立ち去ったのだという。 景気低迷は多くの失業者を生み(オ・グローボ氏は6月、ブラジル国内における若年層の失業率が過去2年で10ポイント以上増大し、26%に達したと伝えている)、結果として犯罪も増加した。しかし、景気低迷の影響で予算削減の標的となった警察には増加した犯罪をカバーできるだけの力もなく、容疑者を拘束する前に射殺してしまうケースも今年になって増加傾向にある。また、安月給を補うために警察官の立場を利用して犯罪に加担する警察官が一定数いることも大きな問題だ。 ブラジル政府は威信をかけてオリンピック期間中の治安維持に努める構えだ。大会期間中、リオデジャネイロ周辺には8万5000人の警察官と国軍兵士がパトロールに投入されるが、これは4年前のロンドン大会の倍以上となる人員数だ。ブラジル政府は緊急予算として、約800億円の支出を決定。これにより、大会期間中の治安維持は一定のレベルをキープできると楽観視されているが、大会終了後に再びリオデジャネイロ州の警察が財政難に直面するのは間違いない。すでに五輪終了後の警察官の給与カットやリストラまで囁かれており、大会前から「予測不能なニュース」が相次いで報じられるリオ五輪のなかで、唯一確実視されているのが大会後の治安悪化というのは皮肉な話だ。 五輪の開催地返上は前代未聞の話になるが、ブラジル国民から噴出する開催に対する批判や、低迷を続ける景気と減少することのない凶悪犯罪を考えると、五輪の開催地変更がもっとブラジルの国内外で議論されるべきではなかっただろうか? サッカーのワールドカップでは、当初1986年大会のホスト国に決定していたコロンビアが景気停滞と治安悪化を理由に1983年に開催権を返上し、大会はメキシコで開催された。2016年の五輪開催地が決定したのは2009年。ブラジルは2007年に6.1%、2008年に5.1%の経済成長率を記録したが、2010年をピークに下降が続き、2015年の経済成長率は−3.8%であった。スポーツの祭典は世界中のスポーツファンに至福の数週間を与えてくれるだろう。しかし、開催国の国民を幸せにする大会になるのかには疑問符が付く。