検索ワード:ゲーム/60件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    家庭、五輪、ビジネス…勢い止まらぬ「ゲーム」がコロナ禍を救う

    もいるにはいます。 ですが、そういうパターンではない場合、今までは疲れ切って会社から帰宅して、子供がゲームをやっていると「勉強はしたのか」とか「こんな時間までゲームばかりやっていないで早く寝なさい」などと注意することが多く、子供たちからは煙たく思われていました。 しかし、家で過ごす自由な時間ができたため、子供がやっているゲームもつい見るようになり、さらには見ていると面白そうなので、子供に教わりながら始めてみたら見事にハマってしまったという人も多いのではないでしょうか。おかげで子供と一緒にゲームをする時間が増え、親子間のコミュニケーションが増えたという家庭も実は少なくないのです。 特に今、小学生の男子の間で大流行している「フォートナイト」という世界のeスポーツシーンを代表するような人気ゲームがあります。このゲームはバトルロイヤル系と言われる100人規模の大人数が参加し、プレイヤー自身は1人で参戦するモードかもしくは2人、4人でパーティーを組んで戦うモードで参戦し、自分たち以外をすべて倒せば勝ち、という生き残りゲームです。 この「フォートナイト」で親子がペアを組んで協力しながら敵と戦うと、息子に指示を受けたり怒られたりしながらも、たまによいプレイをすると息子から「やるじゃん」と言われるので、それがうれしくて夜中に1人で練習をするようになったり、世界大会の動画を見たりして、その規模の大きさにびっくりした、ということもあるそうです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そうした家庭内でのeスポーツに対する理解の浸透も相まってか、高校生の大会では、とんでもないことが起こっていました。テレビ東京と電通が主催して日本コカ・コーラが冠スポンサーになっている高校生向けの全国大会「Coca-Cola STAGE:0 eSPORTS High-School Championship」がそれです。感覚は高校野球の甲子園 2019年に開催された第1回大会は予選・決勝戦がオンライン、オフラインを組み合わせた大会で、参加者4716人で4日間行われた大会配信視聴者数は約136万人でした。 それが2020年に開催された第2回大会はコロナ禍で全試合が完全オンラインとなる変更はあったものの、参加者が5555人と順調に伸びたのですが、驚くべきは同じく4日間の配信視聴者数がなんと約747万人に達し、前年の約5・5倍になったのです。 なぜ高校生大会の視聴者数がここまで伸びたのかの理由は明らかになっていませんが、それほどeスポーツに興味がなかった層でもコロナ禍に動画配信などを見る機会が増え、より身近に感じられるようになったといえます。 また、高校野球の甲子園大会を見ているような感覚で、自分の通う高校や自分の住んでいる地域であったり、自分の出身地域の高校が出場しているといった理由で、受け入れられ始めたことも視聴者増加の一端を担っているのでは、と推察されます。 さて、世界に目を向けると新型コロナが猛威を振るい始めた20年4月に筆者は本サイトへに寄稿し、米プロバスケットボール協会(NBA)やF1などをはじめとする世界中のさまざまなスポーツ団体の試合開催が困難な中、その代替のためにオンライン上でeスポーツイベントを開き、今までeスポーツに興味のなかった多くの方々の耳目を集めている、という事例を紹介しました。 その動きはさらに進んでいます。筆者の寄稿が掲載された5日後に国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、新型コロナ感染拡大で大打撃を受けるスポーツ界に向けた書簡を公開しました。 その中で「一部の国際連盟はすでに遠隔競技(筆者注、公認eスポーツ大会)を開催している。こうした動きを今後さらに強化し、(IOCとさまざまなスポーツの国際連盟との)共同で作業に取り組むよう呼びかける」としました。筆者としては、今後のオリンピックにeスポーツを採択するための布石を打っているように思えます。国際オリンピック委員会(IOC)理事会後に記者会見するトーマス・バッハ会長=2020年3月、スイス・ローザンヌ (ロイター=共同) フィジカルのスポーツ団体と同じように世界中で行われる予定であったeスポーツのオフラインイベントは全て中止や延期になってしまいましたが、オンラインイベントは盛んに行われており、視聴者数などが拡大しています。 データ分析サイト「ESPORTS CHARTS」によると、アマゾンの子会社でeスポーツを中心とした動画配信サイト「Twitch」(ツイッチ)の視聴時間は、感染拡大前の19年12月と比べて20年7月は約2倍となったと伝えています。企業の参入も増加 毎年、5対5で行われる陣地取りゲームである「リーグ・オブ・レジェンド」の世界大会は過去、会場が米ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンであったり、北京オリンピックの開閉会式会場の「北京国家体育場(通称鳥の巣)」であったりと、その規模の大きさや演出の派手さで話題をふりまいてきました。そして、当然のように20年の大会は他のフィジカルスポーツイベントと同じように縮小となりました。 同年10月に中国・上海のSAIC Motor Pudong Arenaにて開催された「2020 World Championship」の決勝戦は約3万人が収容できるサッカースタジアムでソーシャルディスタンスを実行し、観客席を約6300人としましたが、事前申し込みは比較的高いゲームレベル以上のプレイヤーのみ応募可、という条件をつけたにもかかわらず、約320万人の応募がありました。 この大会のグローバルスポンサーは12社で、その中にはルイ・ビトン、メルセデスベンツ、マスターカード、レッドブルなどが名前を連ねています。 そして配信は16言語、21のプラットフォームで配信され、過去最高記録を塗り替える毎分の平均視聴者数は約2304万人、最大同時視聴者数は約4595万人となりました。 ちなみに前提条件が違うので、単純比較はできないのですが、20年の米国のプロバスケットボールでレイカーズが優勝を決めたNBAファイナル第6戦のテレビ視聴者は約829万人でした。 また、米4大スポーツといわれるアイスホッケーのNHLのスタンリーカップ・ファイナルの視聴者は約210万人、ゴルフの全米オープンの視聴者は約320万人、野球の大リーグ・ワールドシリーズの決勝となった第6戦の視聴者は約1030万人でした。 今、世界中でまだまだ新型コロナが猛威を振るう中、ライブイベントは縮小しており、企業にとってリアルな場所でのマーケティングは影を潜めざるを得ません。eスポーツ競技会「STAGE:0関西ブロック代表決定戦」で、激しいゲーム展開に熱気に包まれる会場=2019年6月、大阪市福島区の堂島リバーフォーラム しかしながら、若者が夢中なeスポーツは特にネットの中でその勢いを増して広がっており、さまざまな企業がeスポーツに参入してくる流れ、さらに参入済みの企業がマーケティング予算を増やす傾向は今後も続くと思われます。 このようにeスポーツは、コロナ禍という逆境の中で家庭だけでなく、フィジカルスポーツやビジネスにおいても大きく寄与する存在になりつつあるのです。

  • Thumbnail

    記事

    歴史で読み解く、将棋を知らない人でもわかる藤井聡太の仙才鬼才

    倉山満(憲政史家、皇室史学者) 昔は巨人の4番バッターと言えば、野球に興味がない人でも知っていたものだ。川上哲治、長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜…。そういう時代は、ゴジラ松井までだろう。 「岡本!」と言われても、私などは職業柄、前財務事務次官の岡本薫明(しげあき)氏(愛称、シゲーリン)を思い出してしまう。スポーツニュースから「今日は岡本大活躍でしたね」と聞こえてくると、「また増税か!?」などと身構えてしまう。冗談はさておき、岡本和真には申し訳ないが、「日本人が誰でも知っている日本人」がいかに少なくなったか。 戦前、勝負事で日本人が誰でも知っている日本人と言えば、相撲の双葉山と将棋の木村義雄十四世名人だった。双葉山は無敵の大横綱、木村は他の一流棋士をことごとく倒して10年間名人の地位に君臨した。時代を代表する日本人として尊敬された。 令和日本で、藤井聡太二冠は間違いなく、「日本人が誰でも知っている日本人」だろう。藤井は木村の正統後継者となる道を歩んでいる。藤井の何がすごいのか。将棋の歴史をたどりながら、位置付けてみたい。 江戸時代、将棋の名人は世襲だった。名人の地位は、大橋家(本家と分家に分かれる)と伊藤家の家元三家が独占した。一人の実力者が死ぬまで名人を名乗る。だから、名人在世中に実力者が現れても、名人にはなれない。死ぬまで待つしかない。 明治維新で将棋界の保護者であった幕府が倒れ、大橋家と伊藤家の名人位独占が崩れる。十二世名人は小野五平、十三世名人は関根金次郎が継いだ。ちなみに小野は90歳を超える長命で、関根は全盛期に名人に就くことができなかった。 昭和9年、関根は「実力制名人位」を打ち出す。家元制を廃し、実力により名人の地位を決することとなる。関根後継の名人位をめぐる戦いは翌年から行われ、2年にわたる戦いを制したのが、木村だった。 木村は、「大阪名人」を称し坂田三吉との「南禅寺の決戦」でも圧勝している。坂田は村田英雄の演歌『王将』で歌われたので有名で、人気は抜群だった。ただ、かつての関根の好敵手も、全盛期は過ぎていた。初手に「端歩突き」という定跡からはずれた一手を繰り出すが、木村は冷静に対処、有無を言わせぬ勝ち方だった。序盤中盤終盤と攻守に隙がなく、風格を見せつけるような勝ち方だった。木村義雄十四世名人 木村に肉薄した好敵手が、花田長太郎と金子金五郎だった。「序盤の金子」「終盤の花田」に対し、「中盤の木村」と言われた。 将棋において、序盤とは戦いが始まるまでの陣形を組む段階、終盤とは勝負を決する戦いの段階であり、中盤とはその中間である。何をもって中盤と考えるか自体が、戦いに臨む一つの哲学である。極端な言い方をすれば、「どのような戦い方に変化していくのか、無限に可能性があるのが序盤」であり、「一つの結論に向かって収束していく段階が終盤」である。史上初の「名人返り咲き」 将棋では、「本当の中盤は数手だけ」ということも多々ある。最近では「91手定跡」と言って、初手から91手目までが定跡化されている変化がある。つまり91手目の段階で、先手と後手のどちらが優勢か、その時点で何が最善手かを、プロ棋士が実戦で試行錯誤してようやく結論が出た、ということもあった。 この場合、92手目に何通りかの可能性があり、それに対応する93手目にも何通りかの可能性がある。という風に、中盤は92手目からの変化数手だけである。一つの局面に3通りの変化があるとして96手目まで読むとしたら、単純計算で3の5乗の243手を読む計算になる。精査するのはその243手の変化だけだが、なぜそこが勝負所なのかを判断するには、その何十倍も変化を検討しなければならない。その勝負所を「中盤」と呼んでも差し支えない。 木村無敵時代、「中盤を制する者は将棋を制する」と言われた。木村は戦いとは何かを実力と風格で示したので、今でも尊敬されている。木村が第一期実力制名人に就いて以降、八段以上の実力者による総当たりリーグ戦によって決まる挑戦者と、年に1度の名人戦を戦い、勝者が名人となる。名人戦を5期勝利したら、永世名人の称号を得る。木村は圧倒的な強さで十四世名人の称号を得た。 その牙城を2年だけ崩したのが、花田の弟子の塚田正夫だった。塚田は圧倒的な終盤力で木村を攻め崩した。相撲の横綱のごとく木村も引退するかと思われたが、2年で名人に復帰した。どの世界でも、一度奪われた地位を取り返すのには、倍のエネルギーがいるとされる。木村は史上初の「名人返り咲き」を成し遂げた。 その木村時代を終わらせたのが、大山康晴である。昭和28年の名人戦最終局で木村は「これまで」と負けを認め、対局後に「よき後継者を得た」と引退を表明する。関西将棋界の悲願で坂田が死ぬまで果たせなかった「名人位の箱根越え」を、大山が果たした。 大山の宿敵は、兄弟子の升田幸三だった。当初、升田が受け将棋、大山が攻め将棋だった。だが、升田は大山の攻めを受けかねて攻め将棋に転じ、大山は升田の受けを攻め潰せず、受け将棋に転じる。人気があったのは、常に升田だった。「新手一生」を掲げ、ファンに魅せる将棋を心がけた。将棋の定跡を次々と塗り替える升田の序盤は、ずば抜けていた。現在も「升田幸三賞」に名を残す。ただ、酒とタバコを手放せず、健康に恵まれなかった。だからその絶頂期は短かったが、記憶に残るのが升田だ。 その後、新聞各社がスポンサーとなり、名人以外のタイトル戦も次々と生まれていく。特に意表を突いたのが王将戦で、3連敗か1勝4敗に追い込まれた側は「香落ち」(ハンディキャップ戦)に追い込まれる。この制度を、「もし名人が負けたら権威が失墜するはずがない」と反対したのが升田で、「名人(つまり自分)が負けるはずがない」と強行したのが木村だった。そして皮肉にも、升田は木村を香落ちに追い込む。その香落ち戦を、「対局場である旅館のベルを押しても誰も出てこなかった」との理由で升田は拒否する(陣屋事件)。 升田は名人5期で十五世名人の資格を獲得した大山も香落ちに追い込み、勝利した。升田は少年の頃、「名人に香車を引いて勝つ日本一の棋士になる」と宣言して家出し、将棋の道を歩んだのだが、見事に実現した。今は王将戦で制度が廃止されているので、現役名人に香落ちで勝ったのは升田が空前絶後となる。 升田の絶頂期は2年で終わった。大山から王将、名人を奪ったのに加え、塚田から九段(後に十段、現在は竜王)も奪取、史上初の三冠王となった。この頃、升田は大山を苦手、大山は塚田を苦手、塚田は升田を苦手とする、三すくみだった。そこを抜け出して時代を築いたのが大山である。第6期棋聖戦五番勝負の第5局に臨む大山康晴(左)と升田幸三=1965年7月、東京・将棋会館 大山は升田に負け続けた2年間、挑み続けた。苦手の塚田を克服し、升田からすべてのタイトルを奪い返す。そして王位、棋聖と新設されるタイトルも奪い、四冠王、五冠王となる。名人に返り咲いてから13年間、あらゆる若手の挑戦を潰し続けた。特に「神武以来の天才」と称された加藤一二三(ひふみ)が20歳で名人に挑戦してきたときは4勝1敗で退ける。その最終戦は、加藤に勝ち目がない局面で、一生消えない劣等感を植え付けようとしているがごとく、なぶり続けた。大山はタイトルを奪われても、翌年には奪い返す。誰もが翻弄された大山の中終盤術 大山の絶頂期、政治の世界では佐藤栄作が7年8カ月と最近まで破られなかった最長不倒政権を樹立、野球では巨人がV9を達成する。 大山将棋の特徴は、徹底した受け将棋だ。相手に好きなだけ攻めさせる。しかし、紙一重で届かず、相手は「攻めさせられている」ような感覚に陥る。実際、大山の受けはただ受けているだけでなく、「責め」である。少しでも攻め方を誤ると、一瞬にして負けに陥る。だが、届かない。そして攻め疲れて休んだ一瞬の反撃で、一撃で仕留める。大山の中終盤術に、誰もが翻弄(ほんろう)された。  大山は目の前の勝利だけでなく、長く勝ち続けることにこだわった。たとえば「棒銀」という戦法があるが、これに対しては4二金(6八金)と備えるのが決定的な対策だと思われている。これを発見したのが大山なのだが、自身は数局しか指していない。なぜなら、この対策が決定番だと知られると、他の棋士が棒銀戦法を採らなくなるからだ。だから、最善手以外の戦い方で戦い、そして勝ち続けたのだ。口で言うのは簡単だが、実行できたのは大山くらいしかいない。 衰えが見えるが、まだまだ絶頂期に近い力を保持していた大山を倒したのが、中原誠だ。昭和48年、政界では若き田中角栄が総理の座を射止めていた。この年、中原と大山は名人戦7番勝負で、4勝3敗のフルセットの激闘を繰り広げている。第2局、中原が攻め込み勝ちと思われた終盤、大山は「8一玉」と最も危なそうな場所に逃げ込む。ところが、それだけが大山玉が助かる唯一の場所で、将棋史に残る絶妙手で激戦を制した。大山曰く、「それしか方法がないから、そこに逃げた」である。 まだまだ中原は大山に届かないと思われ、3勝2敗と追い込まれる。ここで中原は、「ここで負けても、全戦全勝でまた挑戦すればいい」と開き直る。名人挑戦者を決めるA級順位戦を、全戦全勝できるとの自信だ。 そして中原は、大山の得意戦法である「振り飛車」を2局連続で採用する。ここで幸運だったのは、大山が最も得意とする戦法が「振り飛車退治」だと知らなかったことだ。こういうとき、棋士は「大山先生に振り飛車退治の方法を教わろう」との発想になる。自分の得意戦法の弱点は、最も得意とする棋士が知っているだろうとの考え方だ。 大山もその後約20年、死ぬまでA級に留まった。つまりトップ10の実力を維持した。また、中原以外にはなかなか負けず、がんで闘病する晩年までトップ5を維持したので、「超人」とも言われる。その大山を崩したので、中原は時代を築いた。 中原将棋は攻めを基調としつつも、「自然流」と呼ばれる堂々とした棋風である。一言で言えば、「行くぞ行くぞと見せかけて、相手の無理な攻めを誘い、攻め合いの末に倒す」となる。自分は万全の体制を築いているので、攻め合いになったら勝てるとの戦い方だ。間合いをはかりながら、相手を追い詰めて、無理に攻めさせる。仮に攻めてこなければ、自分から攻めていって潰す。相手は一方的に攻め潰される恐怖から、無理な仕掛けを断行するのだ。中原誠永世十段 序盤は常に工夫をして、相手を自分の研究に引きずり込む。中盤では陣形を十分に組んでいるので負けない。仮に不十分な陣形でも耐える力量がある。終盤は正確に仕留める。 中原は、米長邦雄や加藤のような強敵と戦いながら、大山の18期に継ぐ、名人15期である。二度の返り咲きを果たしたのは、中原が最初である。十六世名人となった。十七世名人の資格保持者が、現在も現役の谷川浩司である。21歳で史上最年少の名人となった谷川については、以前「今こそ語りたい『光速』谷川浩司の凄さ」で一度書いた。並外れた羽生の「美意識」 谷川は、「できるなら、こんな勝ち方をしたい」と誰もが思うような、攻め将棋である。若い頃の谷川は、序盤の作戦負けなど意に介さなかった。多少の不利など、ひっくり返す。相手が中盤の入り口と思っているときに、詰みを読んでいる。「光速流」と称される谷川の攻めが始まったときには、相手に選択肢はない。一方的に攻められるだけで、気づいたときには首と胴体が離れている。あまりの美しい負け方に、負けた相手が感動するのが谷川将棋だ。 谷川より若い世代は、誰もが憧れた。そして谷川将棋を、血肉とするがごとく研究した。羽生善治、森内俊之、佐藤康光らだ。谷川は、中原と羽生に挟まれて、「谷川時代」を築けなかった。 象徴的なのが、平成2年と4年の竜王戦だ。2年の前年に19歳で名人と並ぶ竜王のタイトルを得ていた羽生に、谷川は挑戦した。竜王戦は賞金ランキングが最も高いタイトル戦で、竜王は「その年で最も強い棋士」と目される。羽生は他の棋戦で谷川に何度も勝っているので、谷川としても名人戦以外で最も格式の高い竜王戦で羽生を叩いておきたい。まだまだ本気の谷川に羽生はかなわず、1勝4敗で敗北した。 だが、その1勝が大きかったと羽生は振り返る。2年の竜王戦第4局、既に3連敗している羽生は、200手を超える熱戦を制した。ここで完敗しなかったことが、この1勝で谷川に対して劣等感を抱かず、「戦える!」との意識を持てたとのことだ。しかもこの200手は、引き分け模様でダラダラと手数が長いのではなく、最後までどちらが勝つか分からない緊張感が続いての200手である。 羽生は「勝敗だけにこだわるならジャンケンでよい」と語ったことがある。羽生に限らず、棋士は「美しい棋譜を残そう」との意識が強いが、羽生の美意識はまるで将棋の神と対話しているのではないかと思わされるところがある。 大山や中原の時代は自分の手の内を隠そうとしたが、羽生世代は惜しげもなく研究を披露する。将棋の真理を極める学術的共同作業であるかのように。だから、研究のレベルは飛躍的に上がり、実戦で新手が出る時代ではないと言われるようになった。「新手一勝」である。現代将棋は、誰もが思いつかないような一手を考え出しても、次には対策が出される時代なのである。 2年後の竜王戦では、谷川は満を持して羽生を迎え撃った。第1局で「5七桂」、第6局で「6九馬」と絶妙手が飛び出すが、羽生は4勝3敗で制す。絶頂期の谷川に打ち勝った。その後の羽生は、谷川ら多くの強敵と数多くのタイトル戦で戦うこととなるが、30年に及ぶ長い全盛期を築き上げる。タイトル99期は史上最高である。 羽生は歴代名人すべての長所を兼ね備えている理想の名人と評されることがある。木村の中盤、米長の終盤、升田の序盤、大山の受け、谷川の攻め、そして中原のバランス。最も棋風が近いのは、中原である。中原も羽生を自分の後継者と見なしているような節もある。第60期王位戦挑戦者決定リーグで、永瀬拓矢叡王に勝ち歴代最多勝を記録した羽生善治九段(左)=2019年6月、東京・将棋会館(鴨川一也撮影) 谷川に代わって羽生のライバルとなったのは、森内である。十八世名人資格者で、十九世名人資格者の羽生より先に、名人5期を獲得した。平成14~29年まで、名人は羽生と森内しか就いていない。「二人の世界」と評された。 森内の持ち味は、「鉄板流」と呼ばれる強靭な受けである。大山が振り飛車という最初から受け身の戦法を得意としたのに対し、森内は居飛車という攻勢を取りやすい戦法での受けが持ち味だ。今は藤井を含めた三強時代 森内は、小学生時代から羽生のライバルだった。14年に名人を初獲得したが、翌年には羽生に奪われる。この時点で羽生は名人4期。誰もが「羽生十八世名人」を疑わなかった。しかし、16年に奪い返し、17年には挑戦者となった羽生を返り討ち。その後は19年まで名人を防衛し、永世名人の資格を得た。 現在、森内は半引退状態(将棋界ではフリークラスと言う)で、名人8期。羽生は9期だが永世名人になったのは、森内が先だった。森内らも含めて「羽生世代」の割を食ったのは、谷川ら年上の棋士だけでない。年下の棋士も頭を押さえられた。その筆頭が、今年36歳でようやく初の名人となった渡辺明だ。 藤井聡太以前に中学生でプロとなった棋士は、加藤、谷川、羽生、渡辺の4人である。渡辺だけは、その実力に反して、長く名人に届かなかった。必ずA級順位戦で羽生か森内と戦わねばならなかったからである。渡辺は羽生世代との戦いのみならず、コンピューター将棋との戦いも強いられた。 21世紀に入りコンピューター将棋の進歩は飛躍的で、もはや人間の名人は太刀打ちできない。上手い比喩がないが、たとえるならミサイル60発にピストル1丁で立ち向かうようなものか。次々と繰り出されるミサイルをすべて避けながら、発射基地にたどり着けば勝てる、というような感覚である。長らくコンピューターは人間の棋士に勝てなかったが、ミサイルをかわし続ける超人が将棋の棋士である、と言えば理解できるだろうか。今やミサイルの精度が上がって、人力ではかわせなくなったが。 そして、羽生にも衰えが見られる。佐藤天彦に名人を奪われ、今や無冠に転落した。今でもトップ10の実力は間違いなく保持しているのだが、もう三強には勝てないのではないかとの悲観論もある。 二強と目されてきたのが、渡辺と豊島将之である。王を固く囲って、細い攻めをつないで勝利する渡辺。序盤中盤終盤と隙のなさが持ち味の豊島。そこに藤井聡太が割って入り、三強時代である。 ちなみに、藤井は渡辺に勝って棋聖を獲得したが、直後に渡辺は豊島から名人を奪った。その豊島に藤井は公式戦0勝4敗で、一度も勝ったことがない。かつて、大山、升田、塚田が三すくみだったのに似ている。だが、大山が棋界を制覇したように、藤井の覇権は近いと見なされている。ヒューリック杯棋聖戦五番勝負の第3局に臨む渡辺明棋聖(左)と藤井聡太七段=2020年7月、東京都千代田区(桐山弘太撮影) 豊島は名人就任直後、「お互いの絶頂期に藤井君と戦いたい」と発言したが、1年でやってきた。「将棋の代名詞」「無敵羽生」「第一人者羽生」が、もしかしたら18歳の少年に二度と勝てないかもしれず、現役の名人が地位を脅かされる。これが将棋界の現状である。 藤井も凄(すご)みは、圧倒的な終盤力である。小学校6年生で、現役プロ棋士も参加する詰将棋選手権で優勝して以来、5連覇を続けている。藤井のすごさは「価値観」 序盤の研究が進んでいる現代将棋界で、谷川以来の終盤型棋士の登場ということで、プロ間でも感嘆されている。話題となった、飛車のただ捨て「7七飛成」などは、確かに絶頂期の谷川十七世名人を思わせる。ちなみに得意戦法も「角換わり」で、谷川と同じである。そして単に強いだけではなく、勝ち方の美しさと、そこに至る読みの深さが脅威と評価されているのだ。 一般にも「10万手を23分で読んだ」と話題になった。コンピューター将棋が10万手読んで見つけた最善手を、藤井は23分で見つけたから、そのように表現された。より正確に言えば、10万手を読んだのではない。 これは、どういうことか。まず、コンピューターは正解の一手を、1万手、2万手…と読んでいっても、悪手だと判断した。実際、藤井が指したとき、解説のプロ棋士も意味が分からなかった。ところが数手進むと藤井の意図が明らかになり、そのときには勝敗は決していたのだ。より正確に言えば、「コンピューターが10万手読んでようやく正解だと判断した一手を、藤井は10万手も読まずに見抜いた」なのである。 もはや人間はコンピューターにかなわない。コンピューターは忘れないし、疲れないし、緊張しない。暗算では電卓にかなわないのと同じ理屈だ。だが、人間はコンピューターと違って、評価ができる。どんなコンピューターも、本質は計算器である。ある価値観に基づいて計算するだけである。将棋の場合だと、「敵の王様を詰ませる手を先に見つけたら勝ち」という価値観である。だから、終盤ではコンピューターは絶対的である。詰みを見つけたら絶対に逃さない。人間が「ノーミスだったら勝ち目がある」は、もはや過去の話である。 しかし、どの価値観が正しいかは、人間にしか分からない。藤井のすごさは、価値観の部分である。 そう言えば、谷川には「大局観」を重視する著作が多い。羽生も「何を美しいとするかの価値観」の重要性を一切ならず説いている。数学者が深く極めていくほどに、「哲学」を重視するようなものか。この場合の哲学とは、もちろん論理や計算の裏付けがなければならない。 大局観とは、将棋においては具体的には、形勢判断である。その判断基準は序盤中盤終盤で異なるが、いずれにしてもどちらが優勢であるかの評価が勝負を決める。藤井が優れているのは、他の一流棋士が「不利だ」「打つ手がない」と判断する局面で、「有利だ」「この局面でこの一手を指せば勝てる」と見抜ける大局観なのである。それには膨大な読みの裏付けが存在する。記者会見する藤井聡太二冠=2020年7月、愛知県豊橋市 将棋の歴史とともに、ルールを知らなくても藤井のすごさが理解できるように解説したが、いかがだっただろうか。  「藤井聡太」は、暗い時代に数少ない明るい話題である。

  • Thumbnail

    記事

    エビデンスと議論不足、偏見に満ちた「香川ゲーム条例」に異議あり

    筧誠一郎(eスポーツコミュニケーションズ代表) 2020年1月10日、ツイッターで「ゲーム禁止」という言葉がトレンド入りしました。香川県議会が「ネット・ゲーム依存症対策条例」の素案をまとめたと報じられ、インターネット上で大きな話題となったからです。 私はこの条例とその成立について、とにもかくにもエビデンス(根拠)とコミュニケーション不足が問題だと考えています。多くの人が条例に関して特に反応した主なポイントは、次の4点です。・インターネットやコンピューターゲームの過剰な利用が子供の学力や体力の低下のみならずひきこもりや睡眠障害、視力障害などの身体的な問題まで引き起こすことなどが指摘されていて、世界保健機関(WHO)において「ゲーム障害」が正式に疾病と認定された・18歳未満の子供のゲーム利用時間は平日60分、休日90分まで・スマートフォン利用は中学生以下が午後9時まで、それ以外の子供は午後10時まで(家族との連絡、学習目的は除く)・保護者はこの基準(後に「目安」と変更)を順守させるよう努めなければならない この内容に対し、数多くの批判的な意見がネット上で表明されました。それはすさまじい勢いで、全ゲームユーザーを敵に回したかのような状況でした。内容についても、感情的なものから学術的なアプローチまで、さまざまな意見であふれ返りました。 香川県の条例でゲームが注目される中、1月11~12日に、東京都主催によるeスポーツイベント「東京eスポーツフェスタ」が東京ビッグサイトで初開催されました。 オープニングセレモニーには小池百合子知事も来場し、さまざまなゲームの競技大会が開催された華やかなイベントでした。私も、メインステージで行われたトークセッション「eスポーツってなんだろう?」のモデレーターを務めました。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 登壇者は、格闘ゲームで世界王者にもなったプロゲーマーの「ももち」こと百地祐輔さん、ゲームを実況解説する「ゲームキャスター」の日本の第一人者、岸大河さん、女性アイドルグループ「フィロソフィーのダンス」のメンバー、十束(とつか)おとはさんという、異色の顔ぶれでした。十束さんはゲーミングPCを自作するほどのゲーム好きです。ゲームの経験が財産に その場では、事前の打ち合わせで予定されていなかったゲーム条例の話題に急きょ触れることになり、登壇者の意見を聞きました。すると、「世の中には、ゲームに限らず依存というものが全くないとは思わないし、特にゲームに関する問題については業界としてちゃんと向き合わなければならない」という認識で全員一致しましたが、結論としては次のようになりました。 そもそも壇上に立っている4人全員が、若い頃から毎日1時間どころではないぐらいゲームにのめり込んでいて、現在でもハードにやり込んでいる。だが、社会人として何とかやっていけているということは事実である。また、東京大学にも100人規模のゲームサークルがあるような現状がある。要は行政に規制されるべき話ではなく、若者個々人の向き合い方であり、家庭内での問題なのではないか。 特に、十束さんは条例素案がまとまったと報じられた1月10日の当日に、次の書き込みをツイッターに投稿して多くの「いいね」やリツイートを獲得しています。ゲームの利用時間制限なんてされたら思春期の私は心が死んでいたでしょう。学校に馴染めない時支えてくれたのも、引きこもりから救ってくれたのもゲームで、今このお仕事もゲームが繋いでくれた縁あってのことです。あの頃、時間を忘れて熱中したものの記憶や経験が大きな財産となる場合もあります。十束おとはの公式ツイッター 香川県の条例では「ゲーム依存によるひきこもりと、その他の障害」が問題として挙げられています。しかし、このツイートに象徴されるように、「ゲームが原因で不登校になった場合」と「学校や友達関係やそれ以外の問題により、不登校になった子供の救いとしてゲームがあった場合」の両方のシチュエーションがあります。 十束さんの場合は、まさに後者に当てはまります。しかも、十束さんのような経験を持つ人は決して少なくありません。ゲーム依存症対策条例を可決した香川県議会=2020年3月18日 私がNHKのeスポーツに関する番組にゲストで呼ばれたときのことです。同じくゲストで呼ばれていたグラビアアイドルの倉持由香さんも、やはり「引きこもり状態をゲームに救われた」という体験談を話していました。 このように、「ゲーム依存」と「不登校」の関係については、分けて考える必要があるのです。にもかかわらず 、この条例がゲームによって救われた子供の存在を重視せず、「ゲームが原因で不登校などの問題を引き起こす」という結論ありきで進められてしまったことが、問題となった要因の一つであると考えています。 そして、私がゲーム条例の最大の問題点として考えているのは、制定の根拠です。条例の制定に関しては、WHOと依存症を専門とする国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)、そして香川県教育委員会が行った調査に基づいています。WHOは「中立」だったか まず、WHOと久里浜医療センターの調査では「ゲームの使用時間が1時間を超えると、成績の低下が顕著になる」としています。 WHOは2019年5月、オンラインゲームやテレビゲームのやり過ぎで日常生活が困難になる「ゲーム障害」を新たな依存症として認定し、22年1月から適用する予定です。ただ、WHO委員のウラジーミル・ポズニャック氏は「たとえゲームに没頭している人であっても、世界中の多くのゲーマーがゲーム障害に苦しんでいると認定されることはないでしょう」とも語っています。それでも条例には、この見解が議論の俎上(そじょう)に乗ることは一切ありませんでした。 しかも、WHOの発表には、実は久里浜医療センターの樋口進院長も深く関わっています。樋口院長は、WHOで誰も問題視していなかったゲーム依存を13年からWHOに働きかけ、18年に「ゲーム依存」を「病気」と認めさせることに成功させた人でもあります。そのため、WHOの発表には樋口院長の意向が反映されたものでもあるのです。 ゲーム依存にしても他の疾病にしても、WHOは中立的かつ相反する意見を聞いてから認定を判断すべきでしょう。しかし、ゲーム依存の認定に関しては、どうも樋口院長主導の下で進められてしまったとしか思えず、私たちゲーム業界の人間にとって大きな疑問点であります。 実際、ゲーム依存の研究はまだ始まったばかりで、疾病認定は時期尚早だったのではと懸念する声も上がりました。認定までの流れを見ても分かるように、WHOの責任は重いと考えられます。 余談ですが、WHOは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の猛威が欧州や米国まで広がる中、ある取り組みを行っています。WHOが推奨する正しい感染症対策(他の人との物理的距離を取り、こまめに手洗いを行うこと)を周知する啓発キャンペーン「#PlayApartTogether(離れていっしょに遊ぼう)」をビデオゲーム業界の企業18社とともに始めたのです。日本版のホームページには「ゲームは、落ち込む時にも気分転換の手段となり、毎日の生活と人生を豊かにしてくれるものです。そして、距離の離れた友だちともゲームを通じて心をかよわせることができます」と記されています。独立行政法人国立病院機構久里浜医療センター=2018年4月、神奈川県横須賀市 話を戻すと、条例制定の根拠について、中でも疑問視せざるを得ないのが、香川県が行ったパブリックコメント(意見公募)に対する一連の流れです。 「香川県ネット・ゲーム依存症対策条例」は3月18日に成立し、4月1日に施行されました。それに先立ち、条例に対するパブリックコメントには県内に住所のある2613人と2団体、そして条例第11条に定められた県外のネット関連、ゲーム関連事業者71社から意見が寄せられました。 このパブリックコメントは、成立前日の3月17日に県のホームページに掲載されました。パブリックコメント全体のトーンとしては、コメントを寄せた質問者側が、条例を作るにあたり「ゲーム障害に関する科学的根拠はあるのか」という質問が多かったようです。質問に「無理筋」回答 パブリックコメントに対して香川県側は、教育委員会が2017年に実施した「スマートフォン等の利用に関する調査」を例示して回答しています。この調査によれば、「ネット依存の傾向にある」と考えられる生徒の割合は中学生で3・4%、高校生では2・9%となっています。 調査内容を詳細に見てみると、週1回以上利用しているアプリなどについて、小学生(4~6年)ではユーチューブなどの動画サイトが最も高く63・2%で、次いでオンラインゲームが39・8%となっています。中学生になると、ユーチューブなどの動画サイトが最も高く76・9%、次いでLINEやツイッターなどのSNSが62・8%とのことでした。 つまり、パブリックコメントの質問者側はゲーム障害の根拠について聞いたにもかかわらず、県はネットとスマホに関する調査結果を持ち出して答えていたわけで、質問と回答がすれ違っていたことになります。香川県の「根拠」を改めてまとめると、次の通りです。WHO、久里浜医療センター:ゲーム使用時間が1時間を超えると、成績低下が顕著教育委員会の調査:ネット依存の傾向にあると考えられる生徒の割合は、中学生では3・4%、高校生では2・9% このように見ると、ゲーム条例の質問に対してかなり無理筋な回答をしたと言わざるを得ません。 私もeスポーツコミュニケーションズという会社を経営している事業者ですから、当然条例の行方に興味を持っていました。その全文もくまなく確認し、パブリックコメントにもかなり長文の意見を送りました。 だから「全般的に、条例のもととなる科学的根拠を示してほしい」という質問に対し、香川県側の回答は、さまざまな調査から何とか当てはまりそうなものを持ち出して、無理やり条例を正当化できそうな答えを導こうとしているとしか見えなかったのです。一部の「ゲームをどうしても規制したい人」によって、この条例を正当化させる仕事を押し付けられた事務方の苦労を考えると、同情を禁じえません。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 私が危惧しているのは、条例成立によって、大阪市などで同様の条例を設ける動きが見られることです。しかし、前述したように、ゲームによって救われている人や、生計を立てている人もいるのが現実です。 だからこそ、政治家には、WHOや専門家のもっともらしい意見に耳を傾けることと同程度のエネルギーを、ゲームから恩恵を受けている人々にも注ぎ、公正中立な意見を聞いた上で冷静に判断していただきたい。私はそう願っています。

  • Thumbnail

    記事

    あらゆる壁を越えるeスポーツ、コロナ自粛下で見直すべき魅力と原点

    電車による通勤時間がなくなり、自宅との往復分だけ時間を余分に使えることになった。 そしてその余暇に、ゲームを選ぶ人も少なからずいるようだ。写真はイメージ(gettyimages) さらに、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大によって、フィジカルスポーツイベントの開催めどが立たない中、さまざまなスポーツ団体によるオンラインゲーム大会が開催され始めている。 そして、特にゲームをプレーしていなくても、動画配信サイトでそういった配信コンテンツを見る人々も増えている。ゲーム情報サイト、ゲームズインダストリーの4月3日の記事によると、都市封鎖(ロックダウン)が本格的に始まった2~3月にかけて、世界でのゲーム関連動画配信サイトの総視聴時間は以下の通りで増加したという。ツイッチ(Twitch、米アマゾン傘下のサービス):23%ユーチューブ・ゲーミング(YouTube Gaming、ゲーム配信チャンネル):10%フェイスブック・ゲーミング(Facebook Gaming、ゲーム配信サイト):4%ミクサー(Mixer、米マイクロソフト傘下のサービス):15% さらに3月以降、さまざまなゲームイベントがオンライン上で行われている。現役アスリートが続々参戦 例えば、米大リーグ機構(MLB)と選手会などは4月10日から、実際の選手が野球のテレビゲーム「MLB The Show 20」で対戦するトーナメント大会の「MLB The Show Players League」を開催している。 参加選手には、2018年のサイ・ヤング賞(最優秀投手賞)を受賞したタンパベイ・レイズのブレイク・スネル投手や、2019年のべーブ・ルース賞(ポストシーズンMVP)に輝いたワシントン・ナショナルズのフアン・ソト外野手が名を連ねた。全30球団それぞれ1人が出場し、総当たり方式でレギュラーシーズンを争う。 そして上位8人がプレーオフに進出し、勝ち抜けば「ワールドシリーズ」と銘打った優勝決定戦に進む。試合の模様はツイッチなどで公開され、17万5千ドル(約1890万円)を慈善団体に寄付するという。 また、ニューヨーク・ヤンキースの田中将大投手がツイッターで呼びかけ、個人開催ではあるが4月12日にスマートフォンアクションゲーム「クラッシュ・ロワイヤル」にて、「マー君CUP」という大会を開催した。プロでも一般の人でもエントリーできる1千人参加の大会をオンライン上で開き、田中投手自身も出場して200位という成績をあげた。 大会は大盛況に終え、田中投手は次回の開催も前向きに考えているようだ。そして何より、田中投手とマッチングできたプレーヤーが大喜びでツイッターに書き込むなど、この大会は大きなサプライズを与えてくれた素晴らしい試みであったと言えるだろう。 一方、米プロバスケットボール協会(NBA)でも、米スポーツ専門局ESPNと共同開催した大会「NBA 2K プレイヤーズ トーナメント」が盛り上がりを見せた。現役選手16人による、NBA公認バスケットボールゲームソフト「NBA 2K20」を用いた本大会が4月3日から開催され、ワシントン・ウィザーズから八村塁選手が出場した。トレイルブレーザーズ戦でドリブルするウィザーズの八村塁=2020年3月4日、ポートランド(AP=共同) 八村選手は1回戦でユタ・ジャズの主力、ドノバン・ミッチェル選手と対戦し見事に勝利、準々決勝に進むものの惜しくも敗れた。なお、優勝賞金10万ドル(約1080万円)は、新型コロナウイルスの感染防止支援として寄付された。 モータースポーツの最高峰であるF1では、大会が中止になったことで、3月22日からF1公式ビデオゲーム「F1 2019」を用いた「F1 eスポーツ・バーチャル・グランプリ」が開催されている。 なお、この大会では前出の2大会と比べて、出場選手が現役のF1ドライバーやF1解説者を始め、プロゴルファー、五輪の自転車競技の金メダリスト、モーターサイクルレーサー、ユーチューバー、人気音楽グループであるワン・ダイレクションのリアム・ペインのようなシンガーまでもが参加するという、エンターテインメント色の強いものとなっている。スポーツの原点とゲームの力 ここに挙げた大会はほんの一例であり、これら以外にさまざまなイベントが開催されている。それらがいろいろなメディアや会員制交流サイト(SNS)で取り上げられることにより、eスポーツにそれほど関心のなかった層にもその魅力が広がっている。 一流のフィジカル系アスリートやミュージシャン、ゲーム配信を行うストリーマーたちが真剣勝負を繰り広げ、チームや個々のプライドをかけて熱中して闘う姿を見せることで、eスポーツの面白さを体感する機会が増えてきているのだ。 eスポーツは言葉、距離、年齢、性差、障害など、さまざまな壁を越えると言われている。実はこれまでも、そういった事例は枚挙にいとまがないのだが、多くの人に認知される機会は少なかった。 だが、新型コロナウイルスによる影響でフィジカルスポーツができない中、オンライン上で数多くのeスポーツイベントが開催された。それが結果として、さまざまな人々に「スポーツ」という言葉が本来持っている「楽しみ」を提供していると言えるのではないだろうか。 今までeスポーツにあまり関心のなかった層が、実際に触れる機会が増えたことで、「コロナショック」が落ち着いたころには、若者の支持するeスポーツを取り込みたい企業などのプロモーション需要がますます高まってくると思われる。 また最近、知人の話で感じたのが、親子のゲームに対する向き合い方の変化だ。在宅勤務により親が家にいる時間が長くなったことで、子供が熱中しているゲームを、それとなく見ているうちに興味を持つ親が増えたという。子供から操作を教わりながら一緒にやり始め、プレーするうちに親子のコミュニケーションが活発になったそうだ。写真はイメージ(gettyimages) 在宅勤務が始まる前は、子供がやっているゲームをチラッと見ただけで「何をやっているかよく分からない」と言っていたのが、不思議なぐらいの変わりようである。このまま、ゲームを共通の趣味とした親子のコミュニケーションが増えれば、近頃言われている子供の「ゲーム依存」も減ると個人的には考えている。 新型コロナウイルスで暗い話題が多い一方で、ゲームを通した社会での流れが、現状に一筋の明るい材料になってくれればと、私は願うばかりである。

  • Thumbnail

    記事

    ゲームは1日60分」親だって素直にウンと言えない理由

    高橋暁子(ITジャーナリスト) 香川県の「ネット・ゲーム依存症対策条例」(仮称)をめぐって、議論が紛糾している。4月の施行を目指しており、制定されれば全国初だが、パブリックコメント(意見公募)などでは反対意見が多く寄せられたようだ。 県の条例案は、コンピューターゲームの利用時間制限が盛り込まれたものだ。第18条の2には、18歳未満の使用時間の上限が、平日は1日60分、休日は90分。ゲームの終了時間帯は、中学生以下は午後9時まで、高校生以下は午後10時までを基準としている。ただし、あくまで努力義務であり、罰則規定などはない。 本稿では条例案の意図や、条例に対する意見の実態とともに、目的を実現するために、われわれができることまでを考えてみたい。 県の公式サイトでは、条例案に対して寄せられた「県民の声」と回答が複数公開されている。寄せられた提言は、「自由権の侵害」「時代に逆行」「ゲームしても依存になると思えない」「悪影響という根拠がない」など、条例に対して異を唱えたり、抗議したりするものばかりだ。 とりわけ「県が決めることではなく、家庭の問題」という意見は、インターネット上でも多く見かけた。ただし、賛成意見はあえて送らないことが多いため、これだけで反対の方が多いと言えるわけではないだろう。 県の回答は、憲法の理念には反していないこと、子供が睡眠時間を確保し、規則正しい生活習慣を身に着けることが目的ということ、IT教育の重要性は理解していることなどを述べたものとなっている。子供がインターネットなどの依存症になるのを防ぐ条例の制定に向け議論する香川県議会の検討委員会=2019年11月、高松市 「平日は60分まで」という具体的な制限時間にも反発が多かったようだ。これは、国立病院機構久里浜医療センター(神奈川県横須賀市)による2019年11月の調査や、香川県教育委員会が2018年度に実施した調査結果を踏まえた基準値だという。学業成績の低下が顕著になる平日のゲーム使用時間と、児童生徒の平均正答率が低い傾向が出るスマートフォンなどの使用時間がともに1時間超だったからだ。 ただ、あくまで基準として規定されたものというが、60分を越えるとネガティブな影響が出るためということであれば、利用時間を短くしたいという意図が強く表れていると言えそうだ。「ゲーム漬け」解消させたい親の戸惑い ネット上では反対の意見が多いようだ。しかし、小学生以下の子供がいる保護者を対象としたウィズリープの「子供のゲーム規制に関する意識調査」(2020年1月)によると、条例について「良いと思う」は27・6%、「どちらかと言えば良いと思う」は22・2%と、約半数が賛成している。条例案に対して賛成している保護者は、確かにいるのだ。 なお、この調査では、子供のゲームのプレイ時間についてもアンケートしている。「プレイ時間を制限すべきだと思いますか?」という質問に対しては、83・45%の保護者が「制限すべき」と答えている。また、「プレイ時間は1日何時間にすべきだと思いますか?」と聞いたところ、平均は1・183時間となり、条例案が提示する時間とほぼ同じとなっていた。 筆者の周辺でも、小学生のいる家庭の多くが、子供が使うアプリやゲームなどの利用を制限する「ペアレンタルコントロール」機能などを利用している。「休日のみゲームができる」「1日1時間のみゲームができる」など、何らかの利用時間制限を掛けている家庭がほとんどで、全く制限がない家庭は少数派だ。 筆者は年間数十校以上の学校で講演しているが、一番多く寄せられる相談が「子供がゲームをやめろと言ってもやめない」ことだ。特に中学校の場合、各校に1人以上は、学業不振や学友との不和などの理由からゲーム依存状態に陥り、不登校となった生徒がいる状態となっていた。 中には、ゲームを長時間利用することで昼夜が逆転し、不登校状態となった生徒もいた。そこまで行かなくても、予備軍とみられる生徒は複数いる状態だった。 「大学生の息子がゲーム依存状態で学校も行かず、就職活動もしないがどうすればいいか」という相談も受けたことがある。少なくとも、筆者に相談をしてきた保護者や教員の多くは、子供がゲーム漬けの状態から解消される方法を真剣に求めている。 「県が決めて効果があるのか」という意見は多数あった。押し付けであり、子供たち自身の「守りたい」という気持ちが元となったわけではないため、確かに効果は乏しいかもしれない。そこで、代わりに筆者が考えるやり方は、次のようなものだ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 既に多くの学校で実施しているのが、児童・生徒の間で話し合わせて、ルールを決めさせる方法だ。自分たちの悩みや困りごとを元に、自分たちでルールを決めていくため、実効性が高まるのだ。自分の使い方を見直したり、問題について考えるきっかけとなるので、他の家庭や学校などでも検討してみてほしい。 条例案が出た背景は理解できる反面、行政に決められたくはないと思うのは当たり前だし、反対意見が出るのも当然だ。まだまだ議論の余地がありそうなので、今後も行方を見守っていきたいと考えている。

  • Thumbnail

    テーマ

    eスポーツが五輪などおこがましい

    対戦型ゲームを競技として行う「eスポーツ」に注目が集まっている。インドネシアで開催中のアジア大会では公開競技になり、米国では負けたプレーヤーが腹いせに銃乱射事件を起こした。五輪の競技化を目指す動きもあるが、とまれeスポーツは「スポーツ」なのか。現役大学生の問題提起を元にiRONNAでも考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    巨額マネー動くeスポーツ 「五輪競技化」は中国のためのもの?

    平林久和(ゲームアナリスト) 推進派と懐疑派、それぞれがもどかしい思いをしているのではないだろうか。昨今かまびすしいeスポーツについてである。 eスポーツ推進派にとって、錦の御旗になるのは五輪である。2017年10月にドイツ・ローザンヌで行われた五輪サミットで、国際オリンピック委員会(IOC)は「eスポーツの五輪競技化」に向けて前向きに検討を行う旨を発表した。2024年パリ大会から、eスポーツが五輪の正式種目になるかもしれない。 国際的なスポーツイベントでeスポーツを採用する流れはすでにできている。2022年に中国・杭州で開催されるアジア競技大会では、eスポーツが公式メダル種目になると表明されている。eスポーツ推進派の論者は、五輪を錦の御旗に掲げて「2018年はeスポーツ元年」と主張する。 しかしながら、五輪という威光をかさに着たことで反作用も起きている。「汗をかかないeスポーツ(=コンピューターゲーム)はスポーツではない」という、eスポーツ懐疑派からの素朴な批判にさらされているのだ。 「五輪種目だ」VS「スポーツではない」。こんな水掛け論が、今日も日本のどこかで展開されているのではないだろうか。本稿で筆者はゲームの専門家として、eスポーツなるものの歴史的・文化的背景についてつまびらかにしたい。推進派にとっても懐疑派にとっても、新しい視点でeスポーツを考えるきっかけとなることを期待したい。 eスポーツはどこからやってきたのか。eスポーツとはそもそも何なのか。それを知るためには長いゲームの歴史をひも解く必要がある。東京ゲームショウの会場で開かれた「eスポーツ」の対戦=2017年9月、千葉市美浜区(宮川浩和撮影) eスポーツの原点は1980年代、アメリカで自然発生的に生まれた「LANパーティー」とされる。LANとはローカルエリアネットワークの略である。ゲーム好きの複数人が所有するパソコンを誰かの家に車で運搬して集い、それらをLANケーブルで直結してプレーをする文化がアメリカに出現した。 初めはロールプレーイングゲームがよく遊ばれていた。だが、90年代に入り、銃で撃ち合う3Dシューティングゲームが登場すると、LANパーティーの愛好者は一気に増えた。撃ち合いは勝負が刺激的で、ルールも分かりやすかったからである。 このムーブメントに目をつけたのが、半導体メーカーのインテル社だった。瞬間を競う対戦型のゲームでは、パソコンの性能が良い方が有利である。そのためLANパーティーに参加するゲーマーたちは、高性能パソコンの顧客層となったのだ。韓国政府はeスポーツを広める必要があった インテルのライバル企業であるAMD社は、さらにゲーマーの心をつかむ作戦を考えた。ゲーマーのプロ連盟をつくることを発案して、1997年にプロフェッショナル・ゲーマーズ・リーグ(PGL)を結成したのだ。同連盟は「テレビゲームの父」と呼ばれ、世界初のゲーム会社、アタリの創立者でもあるノーラン・ブッシュネルを初代コミッショナーとして迎えている。このような経緯から、eスポーツの原型はアメリカで生まれた。 場面は急転換する。舞台は韓国である。 1997年、この年に韓国は通貨危機となり、国際通貨基金(IMF)からの資金支援を受けることになった。国家破綻の危機に瀕した韓国は、国ぐるみで産業の構造改革が迫られる。そこで、かつて重化学・自動車・鉄鋼産業を育成してきた国家戦略は、IT産業の振興へとシフトした。 韓国政府がIT産業の発展のため、高速ネットワークを国内に整備したことで生まれた副産物が「PC房」である。房は「バン」と発音し「室」の意味がある。PC房は日本でいうところのインターネットカフェに近い。 このPC房が急速に増えて、2000年のピーク時には3万店近くまで膨れ上がった。「PC房」は「ゲーム房」と呼ばれることもあり、どの店舗にもオンライン・ゲームが用意されていた。中でも最も多く設置され、韓国の若者たちの間で大ヒットしたのが『スタークラフト』という戦略ゲームだった。 この『スタークラフト』ブームの最中に、すなわち1999年辺りから韓国内で「eスポーツ」なる用語が使われるようになる。2000年には日本の文部科学省に相当する韓国文化観光部(現在の韓国文化体育観光部)の長官が、ゲームのことを「eスポーツ」と呼び、一部には「政府がゲームをスポーツと公認した」という見方もある。※この画像はイメージです(GettyImages) そして韓国では2000年に世界で初めての国際的eスポーツイベント「World Cyber Games」のテスト大会が開催された。この大会の賞金総額は20万米ドル、世界17カ国から174人のプレーヤーが参加したとの記録がある。 その後、韓国では今と比べても遜色がないほどeスポーツの環境が整備されていく。eスポーツのためのプロリーグ、プロチーム、中継専門チャンネルなどが2000年代の前半に立ち上がり、韓国は自他ともに認めるeスポーツのパイオニアとなったのである。ちなみに、世界のeスポーツを統括する国際eスポーツ連盟は2008年に設立され、本部は韓国・釜山にある。日本の特殊な2つの背景 このような歴史的・文化的背景を知れば、日本でeスポーツが流行しなかった理由が分かるだろう。日本にはどこの国とも異なる独特のゲーム文化があった。それはゲームセンターとファミコンに象徴される。日本ではゲーム好きが集まる場所として昔からゲームセンターがあった。他者とゲームをする場としてLANパーティーもPC房も必要がなかったのだ。 また、日本は任天堂とソニーの本社がある国でもある。ファミコン、スーパーファミコン、プレイステーションがどこの国よりも早く普及したので、伝統的にコンピューターゲームのユーザーが少ない。子供も大人もマリオ、ポケモン、ドラゴンクエストなどを好んで遊んできた。大人が真剣勝負するコンピューターゲームには、そもそもなじみがなかったのである。 すなわち、あるスポーツが栄えるか否かはその国の地理、歴史、文化がかかわっている。雪が降る国ではスキー人口が多く、当然ながら雪が降らない国では少ない。それぞれの国の歴史と文化が相まって、クリケットが盛んな国があれば、野球が盛んな国もある。ゲームの世界でも同じことが起きているのだ。 eスポーツを考えるにあたって、ゲームを離れて一点だけ付記すべきことがある。それは日本人のスポーツ観もまた、世界の中では特殊だということだ。 スポーツの語源はラテン語のdeportare(デポルターレ)とされる。この語は、日々の生活から離れることが原意であり、そこから転じて気晴らしをする、休養する、楽しむ、遊ぶなどを意味する。スポーツとは日々の生活から離れるための行為であり、ヨーロッパの各国ではチェスもスポーツの一種とされる。このように高い思考能力を用いて競われるゲームを、時に「マインドスポーツ」と呼んで区分する。「ストリートファイターV」の大会で対戦する人たち=2018年2月10日午後、千葉市の幕張メッセ(共同) ところが日本ではスポーツのことを「運動」と訳す。小学生の頃から「体育」の授業を受け、進学すると「運動部」や「体育会」で活動するように、「マインドスポーツ」の対義語ともいえる「フィジカルスポーツ」のみをスポーツと捉える傾向が強い。つまり、日本はそもそもスポーツの定義が他国とは異なる。この点もeスポーツを論じる上で踏まえておくべきことの一つである。 以上、eスポーツをめぐる歴史的・文化的背景を解説してきた。さて、そのeスポーツが五輪と接近していくきっかけをつくったのは中国である。儲かるのはあの中国巨大企業 アメリカ、韓国と比べると遅れたが、中国経済が成長し、インターネットなどの環境が整うと、eスポーツの愛好者が増えた。こうした流れに沿って、2008年の北京五輪では、eスポーツ大会「Digital Games」がウエルカム・イベントとして開催されることになった。この時はまだ公式種目ではないが、同大会は五輪ロゴの使用を認められたeスポーツ大会となった。 以後、中国でeスポーツの人気はさらに高まる。eスポーツと中国のゲーム文化や国民性は相性が良かったのだろう。だが、それ以上に経済的な後押しがあったことが、中国でeスポーツが発展した最大の原動力となった。平たく言えば、巨額なマネーが動き、eスポーツにかかわる人々が儲(もう)かる仕組みが中国ではあっという間にできたのである。 2011年、中国トップクラスの大富豪、ワンダグループ(万達集団)会長の王健林(ワン・チャンリン)の一人息子である王思聰(ワン・スーツォン)が、資産を投じてeスポーツチームを創設、運営した。すると、若き資産家たちはこれに憧れ、名誉と実利を求めてeスポーツチームをつくるようになった。日本で言えば、プロ野球球団のオーナーになるようなものだ。 チームに所属する選手たちは、賞金のほかに自分が着たユニホームやキーボードやマウス、オリジナルグッズを中国最大の通販サイト「淘宝網(タオバオ)」で販売すれば、多額の副収入を得ることができる。また、ゲーム実況者や解説者も中継番組の放映権販売やスポンサー収入で稼げる。このように中国では、eスポーツで儲かる仕組みがどの国よりも短時間、かつ高度なレベルで完成したのである。 その中国にあって、テンセント(騰訊)の動向は特に注目すべきである。テンセントは中国の巨大なIT企業で、その株式時価総額は世界の企業の中で5位である(2018年1月時点)。1位はアップル、2位はグーグルの持ち株会社アルファベット、3位はマイクロソフト、4位はアマゾン・ドット・コムに続く。昨年、6位のフェイスブックを抜いたことでも話題になった。ジャカルタ・アジア大会の「eスポーツ」でタイチームと対戦する中国選手=2-18年8月26日(共同) テンセントは自社でゲームを開発と販売を行うが、世界の名立たるゲーム企業を買収、または大型出資も行っている。近年、同社が行っている買収と大型出資案件は明らかにeスポーツの将来性を見越してのものと分析できる。 テンセントは2011年からライアットゲームズ社の筆頭株主になっている。同社は世界で最もプレーヤー数の多いコンピューターゲームで、eスポーツの種目となる『リーグ・オブ・レジェンド』を発売している。 さらにテンセントは2015年に同社の未保有株のすべて取得、完全子会社化した。2016年には同年世界で1番ヒットしたモバイルゲーム『クラッシュ・ロワイヤル』を運営するスーパーセル社の株式84・3%を86億ドルで取得。事実上、同社を傘下に収めた。IOCは五輪精神とカネを両立できるか そこで気になるのは8月18日からインドネシアの首都、ジャカルタで開催されている第18回アジア競技大会である。今大会ではeスポーツが公開競技として実施される。その競技種目は次の6タイトルである。『ウイニングイレブン 2018』(コナミ)『スタークラフトⅡ』(ブリザード・エンターテインメント)『リーグ・オブ・レジェンド』(ライアットゲームズ)『ハースストーン』(ブリザード・エンターテインメント)『クラッシュ・ロワイヤル』(スーパーセル)『アリーナ・オブ・ヴァラー』(テンセント) 6タイトル中、テンセントが直接リリースするタイトルが1タイトル、前述の傘下企業がリリースするタイトルが2タイトル、また、出資先でもあるブリザード・エンターテインメントのタイトルが2タイトル。6タイトル中5タイトルにテンセントが何らかの形で関与しているのである。つまり、今夏のアジア大会でのeスポーツは、テンセントによるテンセントのための競技といえなくもない。中国・北京で開かれたイベントで設置されたテンセントのブース=2017年4月(ロイター=共同) 今回のアジア競技大会では何の議論も起きずに前述6タイトルが決定されたが、仮に五輪でeスポーツが正式種目になるならば、競技に用いるゲームは厳正に選ぶべきだ。五輪憲章「IOCの使命と役割」の項には次の一文がある。 「スポーツと選手を政治的あるいは商業的に悪用することに反対する」 まとめていくと、日本は「eスポーツ発展途上国」「他の国と比べて遅れている」と言われることがあるが、eスポーツの普及に早い、遅いという価値観はそぐわない。もちろん、eスポーツが栄えていることは、良いことでも悪いことでもない。国によってゲームの歴史と文化は異なり、スポーツの定義も違うのだ。双方の違いについて理解し、双方を認め合うことが真の国際人の態度である。 ゆえにeスポーツ推進派は五輪を錦の御旗にするだけではなく、日本特有の文化になじむようなロジックと手段を考えるべきだ。また懐疑派は「eスポーツはスポーツではない」と叫ぶだけでは世界では通用しないことを知るべきだろう。 なお、一部報道で「日本オリンピック委員会(JOC)はeスポーツをスポーツと認めていない」「アジア大会で派遣されるeスポーツ選手は日本代表選手ではないため開会式に参加できない」という趣旨が伝えられたが、これは誤解のようだ。 JOC広報・企画部長の柳谷直哉氏によれば、eスポーツの競技団体である日本eスポーツ連合から加盟申請を現時点で受けていない。また、過去に公開競技の選手団は開会式には参加しないのが通例とのことだった。(一部敬称略)

  • Thumbnail

    記事

    ゲームがスポーツ?」小生もまた、首をかしげる一人である

    玉木正之(スポーツ文化評論家) eスポーツ(コンピューターゲーム)は紛れもないスポーツであり、五輪の正式競技となっても不思議ではない。しかし…。 2020年の東京五輪・パラリンピックの開催がいよいよ2年後に迫り、競技場の建設工事が急ピッチで進んでいる。真夏開催による酷暑と熱中症の問題や、都心の鉄道・クルマの混雑問題など未解決の諸問題もあり、あと2年間のうちにどのような解決策が具体化されるのか、少々心配ではある。 が、一方で、五輪に関する話題で、少々首をかしげたくなる事態も進行している。 それは東京大会でのことではない。6年後のパリ大会から、新しい競技が正式競技として採用されそうなのだが、それが「eスポーツ」だというので、正直言って驚いている。 「eスポーツ」とは、「エレクトロニック・スポーツ(electronic sports)」のことで、つまり「電子工学(エレクトロニクス)」を用いたスポーツのこと。早い話が、コンピューターゲームのことなのだ。 この情報を既にご存じの方でも、「あのオタクたちのゲームが、五輪の正式競技になるとはねえ」と首をひねる人が少なくないと聞く。初めて耳にした人は、「えっ!?モニター画面を見ながら、コントローラーをカチャカチャ動かすゲームが、五輪競技に!?」と仰天するのではないだろうか?  「ゲームがスポーツ?」と首をひねる人たちは、身体を(指先しか)動かさず、椅子に座ってモニター画面の映像を見続けるコンピューターゲームなど、不健康の極みであり、到底「スポーツ」とは呼べない、と考えているに違いない。対戦型などのゲームでプレーヤーが腕を競う「eスポーツ」、格闘ゲーム「ストリートファイター5(スト5)」のエキシビションマッチ技=21日午後、千葉・幕張メッセ(宮川浩和撮影) しかし今やeスポーツは、全世界的にプロの競技者(ゲーマー)が存在し、賞金総額が20億円を超す超ビッグな大会も催され、億単位の年収を稼ぐ競技者も出現しているという。 また、欧米の「SPORTS」の感覚で「スポーツ」の概念を考えた場合、コンピューターゲームは決して一概に「スポーツではない」などと斬り捨てることができないのも事実なのだ。 2020年には、東京大会だけで実施される正式競技として、サーフィン、スポーツクライミング、野球・ソフトボール、空手、スケートボードの5種類が選ばれた。 が、立候補した競技の中には、チェスやコントラクトブリッジ(トランプを使って4人でテーブルを囲んで行うゲーム)などもあり、残念ながら落選したとはいえ、それらのゲームも正式なスポーツと認められ、選考の対象になったのだ。 またアジア競技大会では、チェス、ビリヤード、競技ダンス(社交ダンス)のほか、囲碁や中国象棋(シャンチー)が正式競技として実施されたこともあった。もちろん、それらはすべて「SPORTS」なのだ。 「SPORTS」とは、もともとラテン語の「DEPORTARE(デポルターレ)」から生まれた言葉で、「日常生活(労働や仕事)から離れた遊びや祭りの時空間」という意味だ。「ゲームがスポーツ」理屈は分かるが納得できない だから今でも英和辞典でsportという言葉を引けば、「スポーツ、運動、競技、体育」といった訳語のほかに、「娯楽、遊び、遊技、冗談、おふざけ」といった言葉も書かれている。 つまり、労働や仕事など日常行う生産性を伴う作業以外の「非生産的行為」は、すべて「SPORTS」というわけなのだ。 だから椅子に座りっぱなしで、モニター画面で動くアニメーションを見つめ続け、コントローラーのキーをカチャカチャと押し続けることも、立派なスポーツというほかないのだ(逆に男女の交わりは、基本的に人間の動物的本能に根差した生産的行為であるので、「SPORTS」とは呼べないのだ)。 いや、そんな書き方は、eスポーツに取り組んでいる競技者に極めて失礼な表現といえるかもしれない。 なにしろ彼らは、インターネットで結ばれた相手と延々と数時間もかけて対戦し、雌雄を決する勝負に挑んでいるのだ。そのため一流の競技者は、常日頃からランニングでスタミナをつけ、腕や指先に疲れが生じないよう筋力トレーニングにも励んでいるという。決してソファに寝転んでポテトチップスをつまみながらできる競技ではない(らしい)のだ。 eスポーツには、2対2で闘うダブルスや、チームで争う団体競技もあるという。そして一流のプロたちが集うレベルの高い(賞金の高い)世界大会には、数万人もの観客が押し寄せ、会場の各所に設置された大型スクリーンで競技者の動かす画像(アニメーション)を見つめ、会場は大歓声や大拍手に包まれるらしい(すいません。筆者はまだeスポーツの現場に足を運んだことがなく、その興奮の実態を知らないのです)。 今年、日本のスポーツ界には大きな改革的出来事があった。まず「日本体育協会」が「日本スポーツ協会」と改称。2年後の東京五輪をきっかけに「国民体育大会」は「国民スポーツ大会」に、「体育の日」は「スポーツの日」に変わることも決まった。 スポーツとは、体育だけでなく知育も徳育も含まれる文化であり、体育にとどまらないさらに大きな意味を持つ概念なのだ。だから、このような言葉の変更には基本的には大賛成である。 しかし、eスポーツが五輪の正式競技に…と聞くと、小生はやはり首をかしげてしまう。「スポーツの本義に照らせば、明らかにスポーツの一種である」と認めるのはやぶさかではないのだが、何やら賛成しかねる意識が働く。「eスポーツ」でアジア大会の予選に出場した日本代表選手=2018年5月、東京都内(ゲッティ=共同) eスポーツを五輪の正式競技にしようとする背景には、巨額のカネを動かす世界のゲームメーカーの強大な圧力がある、という人もいるが、陸上、水泳、サッカー、球、ボクシング、柔道等々、今や巨額のカネの動かない世界的スポーツなど存在しない。ならば、巨大な産業資本がバックにあるからといって、eスポーツを排除する理由にはならい。 そこまで分かっていても、小生はeスポーツが五輪の正式競技になることに、納得がいきかねる。 それは小生が、時代遅れの古臭い年寄りになってしまっただけのことなのか。

  • Thumbnail

    記事

    ゲームオタクが輝ける場所を」eスポーツは彼らヒーローに変える

    筧誠一郎(eスポーツコミュニケーションズ代表) 多くの観客の前でコンピューターゲーム(PCゲーム)の対戦をする「eスポーツ」。欧米や中国、韓国などを中心に急激に人気が高まっており、将来的には五輪競技化も検討されています。最近になり、日本でも徐々に取り上げられることが多くなってきました。そんなeスポーツの現状と今後の可能性について論じたいと思います。  「eスポーツ」とは、「エレクトロニック・スポーツ」の略で、PCゲームを使った電子上で行われる対戦競技のことをいいます。スポーツというと、日本人は「運動」「体育」と捉えがちですが、「スポーツ」という言葉には「競技」という意味もあり、一定のルールに則って行われる競技は、すべてスポーツとして定義されます。 その大きな概念の下に、「フィジカルスポーツ」と「マインドスポーツ」というものがあります。フィジカルスポーツとは、肉体を動かして競い合うもの。多くの日本人がイメージするスポーツです。一方、マインドスポーツとは、主に思考能力を使って競技するもので、囲碁や将棋、チェスなどが代表的なものです。そうしたマインドスポーツの一つとして、eスポーツがあります。 eスポーツは、「陸上競技」という言葉が持つ意味とニアリーイコールです。陸上競技は、陸上のグラウンド上で行われるさまざまな競技の総称です。100メートル走などの短距離走もあれば、棒高跳びなどの跳躍競技や、砲丸投げなどの投てき競技も含まれます。これと同様に、eスポーツにもシューティングゲームや陣取りゲーム、スポーツゲーム、格闘ゲーム、デジタルカードゲームなどのジャンルがあります。そうした電子上で対戦相手と競い合うゲームの総称を、eスポーツといいます。 eスポーツの大会では多くの場合、選手は大勢の観客の前でステージに上がり、ゲーム機やパソコンを操作して対戦します。1対1で戦うものもあれば、チーム戦のものもあります。その対戦シーンは会場の大画面に映し出され、選手たちが披露する高度な技術に観客は興奮し、熱狂します。その様子は世界中にネット配信され、パソコンやスマートフォンで見ることができるのです。英バーミンガムで開かれた「eスポーツ」の国際大会=2018年5月(ロイター=共同) 今、世界で最も流行しているeスポーツのジャンルは、チームを組んで相手の陣地を攻め落とすタイプのゲームです。例えば、「リーグ・オブ・レジェンド」というゲームは、競技人口が1億人以上といわれています。これは世界のテニスのプレーヤー数とほぼ同じ規模になります。中国でeスポーツは「体育」科目 eスポーツに求められる能力は、瞬時にコントローラーやキーボードを操作する反射神経や、画面の中で何が行われているかを即座に判断する情報分析力、相手の意図や先の展開を読む能力も必要です。また、対戦相手の過去試合の分析や自分の弱点の洗い出しなども行います。 5対5で行うようなチーム戦になると、戦略や戦術が重要となります。ゲームによっては一試合に30〜40分ほどの時間がかかり、それを5試合も行うと、休憩時間を含めて3〜4時間以上はゲームをすることになる場合もあるため、体力も必要になります。 ゲームに夢中な人というと、「不摂生な人」というイメージがあるかもしれませんが、トップ選手たちはゲームをするだけではなく、ジムに通うなどして体力づくりもしています。そうしないと、トッププロとして活躍することはできないのです。プロ選手としてのピークは10代後半から20代半ばと言われており、その点もフィジカルスポーツと変わりません。 eスポーツは、教育の中にも取り入れられています。アメリカや中国、韓国では、多くの大学に「eスポーツ学科」があります。中国では、学校でeスポーツを教える仕組みができており、日本の文部科学省に当たる国家体育総局によって「正式体育種目」に指定されました。 日本でも、eスポーツについて学べる専門学校が続々と誕生しています。高等学校でも、選択科目にeスポーツを入れる学校が出てきているほか、普通大学でもeスポーツを専門科目にしようとする動きがあります。オープンキャンパスでパソコンなどの最新機器を使ってゲームを体験する高校生ら=2017年12月17日、大阪市(地主明世撮影) 「アジアの五輪」とも言われるアジア競技大会が、インドネシア・ジャカルタで開催されています。eスポーツはそこで公開競技として行われ、2022年の中国・杭州大会では、正式種目になることも検討されました。さらに2024年のパリ五輪では、eスポーツが正式種目になる可能性があり、国際オリンピック委員会(IOC)では本格的な議論が始まっています。eスポーツ五輪種目化は当然の流れ eスポーツが五輪の種目、というと違和感がある方もいらっしゃると思います。しかし五輪の歴史をひも解くと、かつて五輪は開催すると大赤字になるため、各国が押し付け合うような状況でした。この状況から脱するため、1984年のロサンゼルス五輪で大々的なスポンサー制度を導入したことにより黒字に転換し、それ以降、誘致合戦が活発に行われるようになりました。いわゆるスポーツビジネスがそこから発生し、拡大していったのです。 現在のIOCには、インテルやアリババなどeスポーツと関係の深い企業がスポンサーとして入っています。こうしたビジネスの面や若者からの支持が圧倒的にあることを考えれば、eスポーツが種目化するという動きは至極当然のことだと思います。 日本におけるeスポーツは「世界から7年遅れている」と私は考えています。欧米や中国、韓国とは大会の規模、社会での認知などに大きな差がありますが、2、3年で追いつきたいと考えながら活動しています。 私はかつて、ゲーム制作の仕事に携わっていた時期がありました。当時、頭の中にあったのは面白いゲームソフトを作り、それが売れるかどうかだけで、その先のことは考えていませんでした。しかし、スポーツ(競技)として真剣にゲームを楽しんでいる人たちと関わる中で、日本では彼らへの評価が不当に低いことに気づきました。 小学生の頃は、ゲームがうまい人はみんなヒーローです。それが中学、高校と続けて技術を高め、ゲームの大会で活躍しても、いつの間にか「オタク」呼ばわりされ、後ろ指を指されてしまいます。 野球が得意な人がプロ野球選手になり、サッカーがうまい人がプロのサッカー選手になるのと何も変わらないはずです。彼らは「野球オタク」であり「サッカーオタク」であるはずなのに、ゲームに情熱を傾けて懸命に取り組んでいる若者だけが、不当に扱われるのはおかしいと思います。彼らが輝ける場所を作らなければいけない。その思いが、私がeスポーツを日本で発展させたいと考える最大の理由です。「eスポーツ」と五輪をテーマにした公開討論会に臨むIOCのバッハ会長=2018年7月22日、スイス・ローザンヌ(IOC提供・共同) 読者の皆さんは、ゲームにあまりいいイメージを持っていないかもしれません。しかし、自分の能力を最大限に発揮して競い合い、勝負がついた後は相手をたたえる。そこには、とてもすがすがしいスポーツマンシップがあります。eスポーツに夢中になって、それを突き詰めようとする人たちを、ぜひ偏見のない目で見ていただきたいと思います。

  • Thumbnail

    記事

    eスポーツは五輪の「壊し屋」か、「カネのなる木」か

    eスポーツ」なのである。IOCに渦巻く賛否両論 eスポーツの定義を簡単に言えば、対戦型コンピューターゲームだ。 インドネシアで行われている第18回アジア競技大会では、公開競技としてeスポーツが実施され、日本からも代表が参加している。IOCでは、このeスポーツを五輪競技として正式採用するかどうかの議論を始めており、あるIOC幹部の話によると、現在、賛成と反対が半々ぐらいだという。 賛成派は、オリンピックマーケティングの観点から、すでに世界で1億人以上の「競技人口」を持ち、コンピューターゲームを開発する大企業がスポンサーで大会賞金額が100億円を超えるeスポーツは、非常に価値が高いと見る。 一方、反対派の意見はこうだ。五輪の理念で、アスリートは心と体のバランスを考えた向上を目指すことを推奨しており、この考えの根本には、スポーツは身体活動を伴うものであることが前提とされている。五輪を支えるのは自らの肉体を通じて、その限界に挑むアスリートである。そこには、五輪の原点、古代ギリシャのヘレニズム時代にあった「人間賛歌」の思想が隠されている。 つまり、自らの肉体を努力によって最善の状態に導くことが求められるため、十全とした身体活動を伴わないeスポーツはそもそも五輪の理念と矛盾するのではないか、という意見だ。 さらに、五輪を支える哲学であるオリンピズムは、「人間の尊厳の保持に重きを置き、平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てる」ことをゴールとしている。コンピューターゲームの多くは相手を征服するゲームであり、戦争型のものが多い。これは五輪の平和運動と相いれない。アジア大会で公開競技となるeスポーツの選手を育成する大阪市内の通信制高校=2018年8月(前川純一郎撮影) だが、五輪競技に参入していないものの、チェスの国際競技連盟は古くからIOCの承認団体であったし、中華全国体育総会は「(中国)将棋」を、陸上や水泳と同等の競技団体に当初から加えている。筆者はかつて、そのことを直接中国にただしたことがあるが、彼らの答えは「チェスや将棋は頭という身体活動を使うから」という、いたってシンプルなものだった。この理屈から考えれば、指も頭も使うeスポーツを加えてもおかしくはない。五輪参入の可能性は? そもそも日中韓が加盟するアジア・オリンピック評議会(OCA)が主催するアジア競技大会は、アジア特有の伝統スポーツにも門戸を広げることをよしとしてきた。実際、1994年の広島アジア大会では「足のバレー」セパタクローや「インドの国技」カバディが新たに実施された。 五輪でも、かつての実施競技で、綱引きがあったことはよく知られている。今やすっかりおなじみとなったスノーボードが長野冬季五輪から競技に入ったときにも、日本では驚いた人が多かったのではないだろうか。東京五輪ではサーフィンも登場する。 過去を振り返れば、第1回のアテネ五輪では、女性アスリートは参加できなかった。今、アジェンダ2020では、男女の参加人数が「平等」になることを目指している。また、五輪はアマチュアのアスリート以外は参加できなかったが、至高のスポーツ大会を目指し、プロの参加も当たり前になった。 このように五輪史を見れば、コンピューターゲームの進化と生活様式の変貌により、eスポーツを五輪競技とすることを普通に受け入れる日が来ないとは言い切れない。だが、五輪の原点が、あくまでも人間の身体を基礎としていることは忘れてはならないのではないか。 身体を鍛え、「より速く!より高く!より強く!」(「オリンピックモットー」)を求める努力の中で、人間は自らの限界とそれを超える力を学ぶのである。身体活動を理想的な状況に持っていくための日々の努力がその人の心を育て、そして競技を通じて、闘う相手を敬うことを「身体的に」学び、そこから国を超え、人種を越え、政治を超えた人と人の和が生まれる。これこそがスポーツに与えられた特権である。 だから、筆者はeスポーツに同じ経験を求めるのは難しいのではないかと考えている。だが、あえて五輪参入の可能性を探るなら、「スポーツでの平和構築」という五輪の理念を体現することが必要だろう。具体的には、バトルゲームからの転換を果たすことであり、さらに、リアルなスポーツが生み出す経験を疑似的に提供できればいいのかもしれない。アジアで初めてIOC委員に就任した嘉納治五郎 もし、参入が実現すれば、デジタル化時代における五輪競技「eスポーツ」が新たなスポーツの形と可能性を示すことができるだろう。五輪とパラリンピックが共存しているように、eスポーツもリアルスポーツとの共存が、大きな一歩につながるはずである。 日本の五輪運動の創始者、嘉納治五郎が唱えた理念「精力善用」と「自他共栄」は、柔道という身体活動から生まれた。全力で社会のために尽くし、相手への尊敬と感謝の念を忘れず自他共に栄える世の中にする努力を積み重ねることの大切さを示したものだ。 この哲学が、今回のeスポーツ五輪参入問題を解決するヒントになるのではないか。五輪の本質が問われている今こそ、嘉納の理念を生かすことが求められる。(文中敬称略)

  • Thumbnail

    記事

    世界一ゲーマー ゲームは「年齢も立場も関係なく勝負できる」

    一となり、国内だけでなく世界中から絶大な支持を受けている。日本人初の“プロ・ゲーマー”の勝負哲学は、ゲーム以外の世界からも賞賛されており、その梅原さんがこのほど、初の著書『勝ち続ける意志力』(小学館)を刊行。いまなお第一線のトップを走り続けている彼に、プロ・ゲーマーという生き方について聞いた。――そもそもプロ・ゲーマーとは、どのような職業なのでしょうか?梅原:日本では一般的に、企業がスポンサーについているゲーマーがプロということになっています。スポンサーがつくと、プロサッカーなどと同様にその企業のロゴ入りTシャツやユニフォーム的なものを着て大会に出たりするんです。2010年にぼくが日本人で初のプロとなりましたが、そこから徐々に増えてきていて、いまは8人の日本人プロ・ゲーマーがいます。日本ではまだまだマイナーですが、海外では既に10年ほど前から確立されている職業で、ある程度のポピュラリティも得ている。例えば韓国などでは、小学生を対象とした、なりたい職業ランキングの1位にプロ・ゲーマーが挙がるくらいメジャーで人気の職業なんですよ。――収入は、大会の賞金がメインになるんですか?梅原:ゲームの大会の賞金っていうのは、いまはメインじゃないですね。なぜかというと、規模の大きな世界大会でも優勝賞金はそれほど高額ではないからです。基本となるスポンサー報酬があり、大会出場以外にはゲームの大会やイベントにゲストとして呼ばれることもあります。自分の場合は、昨年末からスクウェア・エニックスのオフィシャルサポーターとして、ゲームセンターに設置するゲームをPRするような仕事や、ゲーム開発のアドバイザー的な役割も請け負うこともあるので、賞金稼ぎみたいなイメージをもたれると、ちょっと違うかもしれませんね(笑い)――梅原さんはなぜゲームをするようになったのですか?梅原氏:ゲームに初めて触れたのは5才の頃で、きっかけはいたって普通でした。もちろんゲームはすごく好きでしたけど、なにがなんでもゲームじゃなきゃダメというわけでもなかったんです。人と人が競い合うということ自体に興味があったので、年齢とか関係なくいろんな人と勝負ができるものであれば何でもよかったんですよ。でも、普通のゲームではすぐに対戦相手がいなくなっちゃって。そのときにたまたま格闘ゲームがブームになって、これは年齢も立場も関係なく思いっきり勝負ができる。そこが出発点でしたね。※この画像はイメージです(GettyImages)――一時期ゲームをやめて雀荘での仕事や介護の仕事をした以外は10代からゲームひと筋ですが、それ以外の道はまったく考えなかった?梅原氏:ゲームを仕事にしようと思ったことは一度もありませんでした。ゲーム雑誌やゲームメーカーの人から「うちに来ないか」という誘いがあったときにも、断っていたくらいだったんです。いろいろ思うところがあってゲームから離れようと決めたときも後悔はまったくなくて、自分の得意なことが活かせることをと考えた末に麻雀を始めました。挫折した自分を救った「介護職」 そこから3年続けて、それこそプロ並みの強さに到達した実感があったのですが、同時にどれだけやっても成長できていない自分に気付いて、絶望的な気持ちになってしまったんです。そのときは本当に辛くて、初めて、これまでまったく勉強をしてこなかったことを後悔しました。それから介護の仕事を始めたのは、勝負事で生きてくのはもうやめようと思ったからです。でも、介護の仕事で大切なことをたくさん学んで、ゲームができる喜びや得意なものがあるということのありがたさに気づくことができたので、再びゲームの道に進むことができました。――ゲームは一日どれぐらいの時間やるんですか?梅原氏:状況によって変わります。新しいゲームの場合、まず覚えなきゃいけないことがあって、それは時間を使うことでしか解決できない問題なので、出たばかりのときはすごいやるんですよ。ただ、そのゲームのシステムとかをある程度理解し始めると、数をこなすことの重要性は低くなる。そうなったら考える時間を増やして、実際にプレイする時間は一日5、6時間にするようにしています。――アスリートのようにゲームに向き合っていると感じましたが、何か体力作りや健康管理をしていますか?梅原氏:めちゃくちゃ鍛えたりはしないですけど、なるべく歩いたり自転車を使ったりして、体を動かすよう意識はしています。よく行くゲームセンターまで自転車で1時間かけて行き来をして、空いた時間に軽い筋肉トレーニングをする程度ですけど。あとは、毎日同じくらいの時刻に寝起きができるようするなど、身体的な生活のリズムを大事にしています。――14才で日本一、17才で世界一になって何か見えたものはありますか?梅原:見えたものというか、自分より強い人は多分もういないだろうなっていうのは、その前からなんとなくわかっていたんですよね。だから優勝したときに、結果が出て良かったなとは思いましたけど、世界大会で勝ったからといって特別それで何かが変わったというのはなかったですね。――頂点に立って奢ってしまうことはなかったんですか?梅原氏:少しはあるかな、と思っていたんですけど、全然なかったです。当時は一生懸命やってるものをバカにされたくないっていう気持ちがすごく強くて、ゲームをこんなに真剣にやってるやつがいるんだって思わせたかったんですよね。でも、自分が日本一になっても、部活とか勉強を頑張ってる友達からしてみたら、自分がゲームで日本一であることなんてどうでもいいことなわけです。有名になったといっても、ただゲームが好きな連中の間でだけ有名なので、“俺すげーんだぜ”っていうふうにはなりようがなかったですね。※この画像はイメージです(GettyImages)【梅原大吾(うめはら・だいご)】1981年5月19日、青森県生まれ。日本人で初めて“プロ・ゲーマー”という職種を築いたプロ格闘ゲーマー。14才で日本一、17才にして世界一に。一時期、ゲームを辞めて飛び込んだ麻雀の世界でも3年間でトップレベルに。ゲーム界復帰後、2010年にアメリカの企業とプロ契約を結ぶ。同年“世界で最も長く賞金を稼いでいるプロ・ゲーマー”としてギネス認定。“背水の逆転劇”と呼ばれる試合の動画再生回数は、全世界で2000万回を超える。関連記事■ 世界一日本人ゲーマー「勝負事は一直線に勝ちにいってもダメ」■ 世界一日本人ゲーマー いじめ問題は「開き直るチャンス」■ ラグビー日本代表 かつて「敏捷性」で世界と勝負できた理由■ 研究者が「小保方さんの立場も理解できる」と話す4つの理由■ 沖縄出身仮面ライダー・西銘駿 東京の電車で勝負できない

  • Thumbnail

    記事

    スマホ依存 「使用理由がゲーム」は医師に相談必要なレベル

     今やただの“電話”ではない。カメラやメール、ゲーム、SNS機能はもちろん、電車の乗り継ぎや地図などあらゆる情報を教えてくれるとあって、手放せない人が続出しているスマホ。「ないと不安」とまで感じるスマホ依存が増えている今、その問題点と対処法を緊急取材。たまには“禁スマ”してみない? ひょっとして、中毒予備軍かも!? こんな“スマホ癖”、身に覚えがありませんか──以下の8つの項目のうち、1つでも当てはまる人は、スマホの使いすぎの可能性が高い。要注意だ!!●食事中もスマホを眺めていることが多い●SNSが気になって仕方ない●友達との会話よりスマホに夢中●移動中もスマホを操作●着信があったように錯覚することがある●就寝前、スマホをしながら寝落ちする●肩こりや目の疲れがひどくなった●ほうれい線、首のシワが深くなった気がする ここで挙げた8つの“スマホ癖”は、たくさん当てはまるからといって“スマホ依存”とはいえない。気をつけなければならないのは、下記の「スマホ依存度チェック」で合計点数が31点以上になった人、特に、スマホの使用理由がゲームの人は、医師に相談が必要なレベルといえる。【スマホ依存度チェック】 以下10個の項目に対し、「まったく違う」1点、「違う」2点、「どちらかというと、違う」3点、「どちらかというと、その通り」4点、「その通り」5点、「まったくその通り」6点の6段階で評価し、合計点を算出。合計が31点以上となった場合は、スマホ依存の疑いが。不安を感じたら、専門医に相談するのがおすすめだ。(出所:Kwon M et al. PLoS ONE, 2013. 邦訳:久里浜医療センター)1.スマホばかり使っていて、予定していた仕事や勉強ができない2.スマホばかり使っていて、仕事や勉強に集中できない3.スマホを使っていると、手首や首の後に痛みを感じる4.スマホがない生活は、がまんできないと思う5.スマホを手にしていないと、イライラしたり、怒りっぽくなる6.スマホを使っていない時でも、スマホのことを考えている7.スマホの使いすぎが、生活に悪影響をおよぼしたとしても、使い続けると思う8.TwitterやFacebookなどのSNSが気になり、スマホで絶えずチェックしてしまう9.思ったより長い時間スマホを使ってしまう10.周りの人から「スマホを使いすぎだ」と言われる「ゲームのやりすぎによる“ゲーム障害”は、病気として、WHOに認められる可能性が高いんです」とは、ネット依存外来を開設する久里浜医療センターの院長・樋口進さんだ。同センターの患者には、スマホゲームに年間600万円以上課金した人もいるという。「スマホゲームに依存する患者の脳は、前頭前野の機能が低下している可能性があります。そのため、理性が働かず、衝動が抑えきれなくなって、ゲームを自力ではやめらないんです。止められると、イライラして怒りっぽくなる人も。また、小さな刺激では満足できず、興奮を求めて、課金を繰り返すようになります」(樋口さん)※画像はイメージです(GettyImages) 症状がひどくなると、学生の場合、学業が疎かになって成績や体力が落ち、生活が昼夜逆転して不登校や引きこもりに。社会人の場合は、収入以上のお金をつぎ込み、会社を辞める、離婚する、借金を抱えるなどのケースもある。 スマホのゲーム依存は、男性が陥るケースが多いというが、女性は女性で、別の危険性をはらんでいる。「女性はLINEなどのSNSにハマる人が多いんです」とは、ITジャーナリストの高橋暁子さんだ。「主婦は、ママ友同士などでLINEグループを作る人が多いんです。そこで発信したメッセージが読まれたかは“既読”マークがつくのでわかります。すぐに読まないと、無視されたなどと思われるため、マメにチェックできるよう、スマホばかり気にするようになるんです」(高橋さん) SNSが気になるがゆえのスマホ依存は、ゲーム依存のように脳に障害をもたらすほどではないが、人によっては日常生活に支障をきたす。関連記事■ スマホ依存46才男「家でのゲームは1時間」ルール作られる■ 親のスマホ依存でスマホ・ネグレクトやプチ虐待が静かに進行■ スマホ依存で引っかかり易い通信速度制限 有効な設定変更3■ スマホ依存男 必死でチェックしまくるもLINE着信ゼロ■ 社会問題としての認知乏しい「ペットロス」 早めの相談必要

  • Thumbnail

    記事

    将棋界のトップを走る羽生善治が明かした「強さ」の秘訣

    羽生善治(将棋棋士) 将棋界において、25年以上にわたって一度も無冠になったことがなく、トップの座をキープし続けている羽生善治氏。変化のスピードが速く、「情報戦」の様相を呈しつつある将棋界において、羽生氏はいかに膨大な情報を処理し、素早い判断につなげているのか? お話をうかがった。 ITの進化などによって変化のスピードが速くなっているのは、ビジネスの世界だけではなく、将棋界も同じだ。 将棋の公式戦は年間2,000局以上行なわれており、今はそれらの棋譜をパソコンで検索することが可能になっている。また、主だった対局については、インターネットでの中継も頻繁に行なわれるようになった。そのため、新しい戦型を編み出しても、すぐに研究されて、通用しなくなってしまうようになっているのだ。 さまざまな戦型が次々と試され、同じ棋士でも戦い方のスタイルがどんどん変わっている今の将棋界。そんな中で勝ち続けるためには、情報の収集と分析が欠かせない。だが羽生氏は、「情報とのつきあい方に気をつけないと、情報がかえって勝負の邪魔をすることが少なくない」と言う。第87期棋聖戦の第5局で、永瀬拓矢六段と対局した羽生棋聖=2016年8月1日、新潟市西浦区の高島屋(松本健吾撮影)「私は、対局の前に、対戦相手の最近の戦い方の傾向をチェックするようにしています。あらかじめ情報収集をしておくことのメリットは、予想どおりの展開になったとき、最初の30~40手ぐらいまでの間は、あまり考えることなく進めていけることです。前半にエネルギーを温存できるぶん、本当の勝負どころで集中力を発揮することができます。 しかし、情報収集にはデメリットもあります。1つは、物理的に多くの時間を取られてしまうこと。最新の動向を吸収することばかりにとらわれていると、自ら創造的な手を編み出していくことの研究に時間を割けなくなってしまいます。 もう1つは、情報を収集して対策を練れば練るほど、思い入れが強くなりすぎてしまうことです。ある新しい戦型を1カ月間かけて勉強し、自分のものにしたのに、そのときにはすでに時代遅れのものになってしまっていることがあります。ところが、『せっかくこんなに情報を仕入れて勉強したのに』という思いが強いと、容易に捨てられず、判断の遅れにつながることがあるのです。情報収集をしすぎたり、対策を練りすぎたりすることが、かえって時代に取り残されてしまうことになりかねないということです。 ですから、『捨てるべきときには、過去の蓄積を惜しまずに捨てる』という覚悟が重要になります」情報を覚えるのではなく全体像を把握する もちろん、羽生氏は情報を軽視しているわけではない。意識しているのは、時間が限られている中で、自分にとって重要だと判断した情報だけを適切に選択していくことだ。「選択する情報はテーマによって変わってきます。たとえば、ある戦型を体系的に分析するときには、その戦型の歴史を振り返り、転換点となった対局の棋譜をいくつか探します。また、何か新しいアイデアを得たいというときには、過去に誰かが試みた一手でヒントになりそうなものをピックアップします。テーマが違えば、必要となる情報も違ってくるのです。 そして、『これはぜひ自分のものにしたい』という棋譜については、プリントアウトをしたうえで、実際に盤に駒を並べて覚えるようにしています。第87期棋聖戦の第4局を制した羽生棋聖=2016年7月13日、島根県隠岐の島町の羽衣荘(松本健吾撮影) プリントは、ある程度溜まったら捨てています。捨てることで『ここで覚えておかないと、しばらく見ることができない』という緊張感が生まれるからです。 ただし、覚えるといっても、暗記をするというより、その場面の状況を全体像として把握しておくという感覚です。将棋の場合、『過去に見た棋譜と似ているが、歩の位置が少し違う』といったように、似て非なる場面というのが非常に多いんですね。そこで、全体像を覚えておけば、実際の対局の中で初めて経験する局面になったときでも、『あのとき覚えたあの場面の状況に似ているぞ』というふうに類推が働き、対処法が見つかることがあります。 情報は、ただ見て暗記するだけだと、しばらく経ったら忘れてしまいます。これは時間のロスでしかありません。収集した情報を経験知として活かせるように、しっかりと自分のものにすることが大切です」重視するのは、相手が「指さなかった手」 世の中の変化のスピードが速くなるということは、これまでに経験したことがない、新しい場面に遭遇することが増えるということでもある。そんな場面であってもスピーディに適切な判断をしていくため、羽生氏はどんなことを心がけているのだろうか。「過去に経験したことであれば、全体像や勝負の流れを把握することが容易です。すると、次に指すべき一手も、さほど迷わずに決められます。 ところが、経験したことがない場面では、今の状況がどうなっていて、これからどう展開させていけばいいのか、見えないことだらけです。それこそ全体の5%とか10%ぐらいしか掴めていない状態で、決断を下していかなくてはいけない。 そんな中で私が心がけているのは、たとえ5%しか見えていなくても、全体像についての仮説を立ててみることです。頭の中で海図を思い描き、大海原の中で、今、自分はどの辺りにいて、どこを目指すべきなのかをイメージするのです。 もちろん、仮説は外れることもあります。しかし、仮説検証を繰り返すうちに、次第に全体像をイメージする精度が上がっていくと考えています。 最初は、最低でも30%は見えていないと掴めなかった全体像が、20%や15%ぐらいでも掴めるようになっていくはずです。すると、『だいたいこの辺りに指せば間違いないだろう』という直感力も働かせやすくなります」 仮説を立てて検証していく力は、実際の対局だけではなく、情報を収集し、分析する中でも、鍛えていくことが可能だ。「私が棋譜を研究するときに意識しているのは、その棋士が指した手ではなく、指さなかった手のほうです。 たとえば、ある一手を指すのに60分かかった場合、その間にいろんな指し手の選択肢が棋士の頭の中で浮かんだはずです。『それは何だったのか?』『その手を指さなかったのはなぜなのか?』をイメージすることで、その棋士がやろうとしたことについての仮説を立てるのです。 そうしておくと、実際にその棋士と対戦する場面が、仮説を検証する機会になります。対局中は相手の反応も見えますから、『この戦型には相当な自信を持っているな』とか、『ここまでは分析できているけど、この先はまだ迷いがあるな』といった様子を窺うことができます。想像力を働かせることが、状況を掴む力を鍛えていくのです」 もう1つ、羽生氏が対局で大切にしていることに、直感力がある。「直感力とは、今、自分はどこにいて、どの方向に進めばいいのかを、おおまかに掴む羅針盤のようなものです。答えを見つけ出すときに、ゼロからロジカルに考えるよりも、直感力によって『だいたいあの辺りだな』と目星をつけてから、そのうえでロジカルに考えていけば、より速く答えに到達することができます」 直感力は、さまざまな場面で論理的思考を働かせながら答えを見つけ出す経験によって鍛えられていくと、羽生氏は考えている。その経験の積み重ねの中で、やがて論理の手順を踏まなくても、一気に答えに近づくことができるようになる。それが直感力なのだ。 瞬時に物事を判断する必要がある場面で大きな武器となる直感力は、ビジネスマンもぜひ鍛えておきたい力である。「大切なのは、若いうちから、いろいろと考え、工夫しなくては答えが見つからない経験を、意識的にたくさん積んでおくことです。そうすると、旅慣れた人が初めて訪れた街でも栄えている場所や危ない場所についての土地勘が働くように、未知の場面に遭遇したときにも、直感力を働かせることが可能になります」《取材・構成:長谷川 敦  写真撮影:長谷川博一》関連記事■ 「やらなくてもいい仕事」を排除すれば仕事の速度は一気に上がる!■ 進むべき道を選び出す「直感力」の磨き方■ [直感力] 直感の醸成は1人ではなし得ない

  • Thumbnail

    記事

    史上最年少プロ棋士、藤井聡太の「最強伝説」はこうして始まった

    藤井聡太(将棋棋士)聞き手=タカ大丸(ポリグロット<多言語話者>) 藤井聡太四段(10月1日付で四段に昇格)は、9月3日に最終日を迎えた第59回奨励会三段リーグ戦で1位となった。1954年に加藤一二三九段が14歳7カ月で達成した最年少記録を62年ぶりに更新し、史上最年少(14歳2カ月)プロ棋士が誕生した。過去に中学生でプロ入りを決めたのは、加藤九段のほかに、日本将棋連盟会長の谷川浩司九段、羽生善治三冠、渡辺明竜王の4名だけである。 将棋のプロになるには必ず棋士一人の推薦を得て師匠となってもらい、日本将棋連盟が運営する奨励会というプロ棋士養成機関に入会しなければならない。最初は六級からスタートするが、県代表・アマ五段と奨励会の六級がほぼ同じレベルである。小学生のうちにこの奨励会に入らないと、まずプロになることはない。 入会後は、各級・各段で規定の勝率(6連勝・9勝3敗など)を上げながら、昇級・昇段を重ねる。三段になると三段だけで構成される三段リーグ(年2回)で戦うことになるが、四段に昇格できるのは上位2名だけだ。今回の三段リーグの場合、29名が参加し、藤井四段を含め上位2名が昇段した。三段リーグは奨励会トップの棋士が集い、勝ち上がるのは容易ではない。5月1日、プロ公式戦デビュー後の連勝記録を「15」に更新した藤井聡太四段=東京・千駄ヶ谷の将棋会館(春名中撮影) 将棋の世界は三段まで無給で、四段からプロ棋士となり報酬がもらえるようになる。そして、年齢制限が厳然と存在する。26歳までに四段昇段、つまりプロになれない場合は原則退会である。三段リーグのなかで10代は3名しかいなかった。しかも2名は「19歳」である。そう考えると、藤井四段の凄みがよくわかる。 私は、藤井四段がまだ小学6年生、奨励会初段のときから、成長を見届けている。小6で初段(最終的に二段になった)という記録は、羽生三冠、渡辺竜王を上回る早さである。今回は藤井四段の母・裕子さんの同席のもと、昇段直後の心境や将棋に打ち込む思いを聞いた。年上と対局するプレッシャーはない――藤井四段が昇段を決めた例会当日、将棋連盟で待ち伏せしていたのですが、お父さまと肩を並べながら談笑する藤井四段を見かけて驚きました。多くの奨励会員は、たいてい、青ざめた顔で将棋連盟にやって来るものです。藤井聡太(以下、聡太) あの日は、それほど緊張しませんでした。――会場に入って、周囲からの威圧感はありましたか。大学生以上の棋士のなかで、1人だけ中学生が紛れ込んでいる。「こいつだけは上に行かせたくない」という思いは強いはずです。聡太 昔から大会で年上とばかり指していたこともあり、特別な違和感やプレッシャーはあまりないですね。奨励会に入会してからはとくに、同級生と対局することも少なくなりましたし。――しかし、藤井四段は第一局目を落としてしまいました。どこで間違えたのですか。聡太 あとで知ったのですが、対局相手の坂井三段は「昇段者キラー」で有名だったようです。序盤、中盤は順調だったのですが、終盤で悪くしてしまい、逆転されてしまった。――第一局が終わると、二局目の前に昼食が出ますね。その間、どのように過ごされていたのですか。聡太 昼食は食べませんでした。奨励会は東京と大阪に本部があり、大阪で行なわれる対局だと、いろいろなメニューから好きな食事を選べるんです。でも、東京の場合なぜか、おかずが詰まった弁当しか出されない。僕はチャーハンのような一品物が好きなんです。ご飯とおかずというのは何か重い感じがして、その日もお弁当は口にしませんでした。――午後の対局を前に、昇段争いは4人に絞られていました。午前中に勝った大橋三段がまず一抜けを決め、藤井三段を含む残り3人は全員負けていた。つまり、この日までに12勝4敗で首位に立っていた藤井四段が午後に勝てば文句なく昇段という局面でした。聡太 二局目は、僕が勝ったら昇段、負けたら100%昇段しないという、わかりやすい状況だったので、迷わず指せました。――これまでの戦歴を振り返って、大一番に負けたことはほとんどないのでは?聡太 じつは、わりと負けているんです。五級昇級の際に、3、4回昇級を逃しています。その後はそれほどのことはなかったと思うのですが。(補足)昨年8月、藤井聡太二段(当時)は、2連勝すれば三段昇段という場面があった。昇段を果たせば、9月からの三段リーグに参戦、この勢いで今年の3月に「中学1年生のプロ棋士」が誕生というのが私の読みだった。彼はこの機会を1勝1敗で逃した。三段昇段は昨年10月まで延び、次の三段リーグ開幕の4月まで半年もの期間が空いてしまった。これにより、藤井聡太の四段昇段が半年遅れてしまったともいえる。詰将棋が自分を強くしてくれた――現在、藤井四段は名古屋大学教育学部附属中学校に通う中学2年生ですが、プロ棋士昇格が決まり、学校の反応はいかがでしたか?聡太 学校には将棋部もないし、将棋に詳しい友人があまりいないんです。でも、新聞とかテレビに僕が出ているのを見て、“すげぇじゃん”とはいわれましたが(笑)。いま通っている学校は、カート競技で世界大会に出場している子もいたり、個人で取り組んでいることに対して、比較的大きな目で見てくれていると感じますね。先生も含めて、サラッと受け入れてくれていますよ。――授業中に将棋のことを考えることはありますか。聡太 それはないです。授業のときは授業に集中しています。師匠の杉本昌隆七段には「僕は学校に詰将棋を持参していっていたけれど」といわれたこともありますが、僕は持っていかない。頭の中で盤面が浮かぶということもありません。4月13日、将棋の竜王戦ランキング戦6組で星野良生四段(右)を破り、自身の持つデビュー後の連勝記録を「12」に更新した藤井聡太四段=大阪市の関西将棋会館――藤井四段は、将棋の場面を図面で考えるのか、棋譜で考えるのか、どちらのタイプですか。聡太 基本的に、符号で考えて、最後に図面に直して、その局面の形勢判断をしています。――5歳で将棋を始めたきっかけが、祖母・育子さんが買ってきた「スタディ将棋」(くもん出版)だったそうですね。藤井裕子(以下、裕子) それぞれの駒に矢印が付いていて、役割が一目でわかる将棋キットで、すぐに熱中していました。私の母がいうには、のめり込み方が、ほかの孫に比べて聡太だけ突出していたそうです。聡太  「スタディ将棋」の何が気に入ったのかはあまり覚えていないのですが、単純に楽しかったのだと思います。将棋なら年上の相手と対等に渡り合えるというのも嬉しかった。どんどん新しい手を覚えて、それまで勝てなかった相手に勝てることに、やり甲斐を感じていました。――この半年で急激に強くなったように感じます。3月に藤井三段(当時)と対戦したプロ棋士は「一期抜けは無理」と断言していました。一方で私の友人は、いまや三段と大駒一枚違うといいます。何があったのですか?聡太 大駒一枚は、言い過ぎです(笑)。でも、今年の5月くらいからフリーソフトを何個かインストールして、パソコン上で将棋を指すようになりました。自分の弱みや間違っていた手がわかるので、勉強になります。母「対局に負けると不機嫌になる」――プロ棋士になるための必須要件の1つに「詰将棋」があります。藤井四段はタイトル保持者を含むプロ棋士たちを抑え、2年連続「詰将棋回答選手権」で優勝していますが、詰将棋の楽しみを教えてください。聡太 詰将棋は、配置された将棋の局面から王手の連続で相手の玉将を詰めるパズルのようなもので、終盤にかけて何か筋が見えた瞬間に快感を覚えます。詰将棋が自分を強くしてくれたと思っています。――お母さまにお聞きします。5歳から将棋をずっと続けていた藤井四段をご覧になっていて、性格に何か変化はありましたか。裕子 どちらかというと、いい変化のほうが大きいですね。集中力が身に付いたことで、長時間ジッと座っていられるようにもなりました。 一方で、怒りっぽくなった印象があります。普段はほとんど怒ることはないのに、対局に負けると、不機嫌になるんです。外では抑えているのでしょうけど、家に帰ってくると、すごく悔しがっているのが伝わってきます。聡太 負けたことが許せないというより、自分の弱さを痛感させられるんです。それが純粋に悔しい。――藤井四段自身は自分の弱さをどう分析しているのですか。聡太 先ほど母は、「集中力がある」と述べましたが、自分では集中力がないと思っています。目の前の対戦相手と対局していても、隣の対局のほうが気になってしまう。10分に1回ぐらいの間隔で、隣の対局の進捗が気になってしまうんです(笑)。――自分の対局に必死で、横を見る余裕はないのでは?聡太 ほかの対局が気になる棋士は、僕に限らずたまに見かけます。三段の試合に出場している棋士のなかには、席を立って、二段以下の対局を見に行く人もいました。三段の対局を見るのは気が重いから、二段以下、つまり自分に関係ない将棋を見て気分転換をしているらしいです。裕子 私はもっと、集中したほうがいいと思うな。聡太 もちろん、つねに目の前の対局に集中できればいちばんです。でも、緊張感のある対局のなかで、集中力を持続するのは意外に難しいんです。息抜きというわけではないですが、多少、気分を緩めることも必要かなという気もします。AIとの勝負に意味はない――最近の将棋を語るうえで避けて通れないのが、AI(人工知能)との対戦です。2015年4~5月に開催された第1期電王戦では、山崎隆之叡王(八段)が将棋ソフト「Ponanza」(山本一成氏と下山晃氏が開発)に敗れました。現在、第2期電王戦でAIと対戦する棋士を決める叡王戦の本選が行なわれています。藤井四段はAIと戦うことをどう考えていますか。聡太 個人的には、今後は囲碁や将棋といった「頭脳スポーツ」の分野においては、AIは勝負の対象ではなくなっていくのではないか、という気はします。たしかに、AI棋士がだんだん強くなり、将棋の概念が狭いものになってしまう懸念はありました。一方で、これまでにない新しい指し方もたくさん発見できたことで、僕自身も将棋の奥深さを再認識することができた。同じ視点で、将棋ファンの方にも、AIとの対戦を楽しんでもらえばいいのではないでしょうか。 最終的には、プロ棋士よりAIが強くなると思います。両者の力の差はどんどん広がっていくかもしれない。たとえそうなったとしても、角落ち(上手が自分の駒のうちから角行を外して対局すること)されてまで勝負を挑むことに意味があるとは、僕は思わないです。――「将棋ファン」という言葉を述べられましたが、最近では、29歳の若さで亡くなった天才将棋棋士・村山聖の一生を描いた映画『聖の青春』が公開されたり、人気漫画『3月のライオン』(白泉社)がアニメ化されるなど、若年層のあいだで将棋がブームになっています。若くしてプロ棋士になったからこそ、将棋振興のためにご自身が果たせる役割をどう考えていますか。聡太 将棋の素晴らしさは、年齢や性別を問わず、対等に対局できること。僕みたいな若い子が大人に交じって頑張っている姿を通して、将棋の魅力をいろいろな人に伝えることができれば、と思います。――羽生善治三冠や76歳の加藤九段といったトップ棋士と同じテーブルで将棋を指せるのは、将棋ファンでなくても、羨ましく思います。聡太 加藤九段とは先日、対談しましたが(『読売新聞』10月17日付)、その年齢まで将棋を続けられる加藤先生は偉大だと思います。――最後に、プロ棋士になるにあたり、これまでサポートしてくれたお母さまへどんな言葉を贈りますか。聡太 母は、将棋に関しては、あまり口出しをせずに、いつも傍で支えてきてくれたので、本当に感謝しています。裕子 将棋に関してはよくわからないので口出しできないのですが、生活態度については、その都度注意するようにしています。息子のために将棋に集中できる環境を整えたい、とはいつも思っています。また、大勝負の前はとくに、聡太が落ち着いて試合に臨めるように、私自身も穏やかな気持ちでいよう、と心掛けています。聡太 へぇ、そうなんだ(笑)。12月には初対局が控えています。これまでと変わらずしっかり準備をして、あまり気負わずに戦っていきたい。頑張りますので、読者の皆さんにも応援していただけたら、嬉しいです。関連記事■ 「たった5%」の情報でも、仮説を立てて即断即決する■ 祝 世界タイトル奪取!商社マンボクサー強さの秘密■ 新海誠 「日本の風景」で世界を驚かせたい

  • Thumbnail

    テーマ

    三浦九段独白「あいつだけは許せない」

    「どうしても言いたいことがある」。インタビューの冒頭にこう語ったのは、対局中のスマホ不正使用を疑われたプロ棋士、三浦弘行九段だった。騒動の黒幕、家族への思い、復帰への決意…。iRONNAの独占取材で語り尽くした2時間半。一連の騒動後、三浦九段が初めて語ったあの疑惑の真実とは。

  • Thumbnail

    記事

    「どうしても言いたいことがある」 三浦九段が初めて語った騒動の内幕

    三浦弘行九段(プロ棋士) まず初めに、どうしても言っておきたいことがあります。今年1月に私の疑惑を調査した第三者委員会の報告書概要が公表されました。あれを全部読んでくれた人は「無実」だと思ってくれると思いますけど、第三者委の結論は過去に起こったことは「後戻りできない」という中身でした。要するに「悪魔の証明をすることは不可能」という意味に近いと思うのですが、これは裁判で言えば「推定無罪」という意味ですよね。でも、無実と無罪では意味がまったく異なります。私が言ってもしょうがないのかもしれませんが、私への疑惑は「無実」であり、冤罪だったということは分かってほしいんです。「疑惑は『無実』であり、冤罪だったということは分かってほしい」(瀧誠四郎撮影) 疑惑の発端になったのは、昨年7月26日に将棋会館で開催された竜王戦決勝トーナメントの久保(利明)九段との対局でした。対局中の私の行動から不正を疑い、(日本)将棋連盟に提案したことがきっかけです。「自分は気持ち良く指したいからルール作りをしてほしい」という趣旨で、対局中の電子機器の使用を規制すべきと訴えていたそうです。その提案後、連盟の理事が対局中の私の行動を監視していたそうですが、報告書にもあった通り、私にはソフト指しを疑わせる不審な行動はなかったのを理事自身が確認しています。  このとき対局したのは、丸山(忠久)九段でしたが、丸山さんは私の行動を「不審に思うことはなかった」とはっきり言ってくださったんです。疑惑の対象となった四局のうち、二局が丸山さんじゃないですか。しかも、その前にも一局指しているんで計三局なんです。つまり、疑惑が浮上してから一番多く指したのは丸山さんだった、ということになります。その丸山さんのお話をその後に告発した人がちゃんと聞いておけば、こんなことになったのかどうか。かなりうがった見方かもしれませんが、告発者は丸山さんの話を聞きたくなかったのかな、とまで思ってしまうんですよ。もしかしたら、理事も監視していたわけですから、丸山さんが不審に思わないって言えば、そもそも私の疑惑自体に矛盾が生じてしまいますからね。  もし仮に私が不正にソフト指しをやっていたのなら、丸山さんとの対局だって普通やるじゃないですか。これは言い方変ですけど。だから、最初から無理があったんですよ。私にとっては全部大事な一局ですけど、なぜか私の対局相手が勝った将棋は疑惑の対象から外して、逆に負けた将棋は対象に入れるとか、言いたくはないんですけど私を嵌めようとしたのか、それともこうしないと矛盾が生じちゃうから、どうしてもそういう結論に持っていこうとしたのか。告発者からは、この対局で私がソフト指しをして、しかもこの局面で不正をしたとか具体的に言われたんですよ。でも、そうしなければ確かに矛盾が生じてしまう。だから、都合の良いように将棋ソフトとの一致率とかを抜き出して、あたかも私が不正をしたように疑われ、事実が捻じ曲げられていったんです。どうしてこんなことにどうしてこんなことに 今の将棋ソフトは確かに強いです。プロ棋士同士の対局であれば、勝った対局というのはどうしてもソフトとの一致率が高くなる傾向はあるんですよ。形勢が悪くなってしまえば、その後お互いに最善手を続けていっても、優勢の方が必ず勝ちますよね。当たり前なんですけど。互いが100点の手を指していっても、最後は優勢の方が勝つに決まっています。だから局面が悪くなれば、必ずしも最善手ではなく、少し違ったひねった手を指して、相手の意表を突いたりすることもある。 でも、それは往々にして良い手ではないんですよ。だから、対局で勝った方はソフトとの一致率がどうしても高くなりやすいんですよ。そうだとすれば、私が丸山九段と対戦して敗れた竜王戦(挑戦者決定戦)の一局目はなぜ疑わなかったのか。おそらく、そのときの一致率は高くなかったんでしょう。しかも「負けた将棋は関係ない」という感じで告発者には言われましたから。あのときの三番勝負で私が勝った二局目と三局目は、一致率が高かったという理屈にきっと持っていきたかったのでしょう。でもね、ちょっと細かい話なんですが、二局目のとき、私は長考して悪い手を指しているんですよ。私自身が長考してコンピューターより悪い手っていうか、コンピューターがこの手は最善手じゃないっていう手を。 あのときはもちろん、それが最善手と思って指したんです。でも、対局が終わった後に反省というか、今の時代ですから、コンピューターを使ってチェックしてみると、あの指し手はコンピューターが言うところの最善手ではなかった。難しい局面だから、当然分からないまま指すってこともあるじゃないですか。あのときは私も凄い長い時間考えたんです。当然、長考した局面は、告発者も不正の疑いがないか、チェックしていたでしょう。にもかかわらず、私はそのときに悪い手を指した。だったら、これはおかしくないのか。告発者の理屈で言えば、私が不正をしてまで勝ちたいはずなのだから、わざわざ私が悪い手を、コンピューターが最善手とは思わない手を指す必要なんかないはずじゃないですか? (昨年10月11日に)連盟から呼び出されたヒアリングでも、私はそのことを強調して伝えたのですが、なぜかあまり相手にされなかったんですよ、そういうことを言っても。 結局、私の言い分は最後まで聞き入れてもらえず、連盟から処分を受けたのですが、これってある意味、無実の人を死刑にしてしまうのと同じじゃないですか。もう、何を言っても完全にクロありきで話が進んでしまっていました。私からすると、本当に不思議だったんですよ。同じ釜の飯っていう言い方は変かもしれませんが、私を疑っている人はみな、私の性格をよく知ってるはずの人たちばかりなんで。私が無実というか、シロだと分かっている人もいたと思うのに、どうしてこんなことになるんだろう。それが一番、不思議でした。《三浦九段の疑惑告発と処分に至る経緯》 三浦九段は昨年7月26日、第29期竜王戦決勝トーナメントで、久保利明九段と対戦し、勝利した。この対局をめぐり、久保九段は、夕食休憩後の自分の手番で三浦九段が長時間離席し、他にも離席がみられたことなどから強い不信感を抱き、その後の検証で離席後の指し手と将棋ソフトの指し手が一致したという事例を同29日に開かれた日本将棋連盟関西月例報告会で告発。これを受けて、連盟は8月8日付で対局中の電子機器の取り扱いや、むやみな長時間の離席、宿泊室等への立ち寄りなどを控えるべきとする通知を所属棋士に出し、同15日から始まる竜王戦挑戦者決定三番勝負について、三浦九段の行動を監視することを決めた。三番勝負では三浦九段が2勝1敗で丸山九段に勝利したが、連盟は三浦九段の行動について不審な点はなかったとしながら、10月15日から始まる竜王戦七番勝負では金属探知機の導入や荷物検査を実施することなどを決定した。 一方、三浦九段は10月3日の名人戦A級順位戦で渡辺明竜王と対局し勝利。渡辺竜王は対局中に三浦九段の離席が多いとは感じたが、ソフト指しをされたという印象は持たなかった。ところが、その翌日以降、観戦記者やソフト指しに詳しい一部の棋士との意見交換、自らソフトを使って検証した結果、三浦九段に対する疑惑を深め、同10日の会合で告発。連盟は翌日に三浦九段から事情聴取し、同12日に年内の公式戦出場停止処分を発表した。完全にシロは「悪魔の証明」 完全にシロは「悪魔の証明」  連盟の処分が決まり、謹慎する身になってからは、毎日が本当にきつかったです。その間には当たり前ですけど、将棋の勉強どころじゃないですよね。昨年12月の記者会見でもお話しした通り、やっぱりシロを証明するのが何よりも先だと。完全にシロにするっていうのは「悪魔の証明」みたいなもので難しいんでしょうけど。でもね、世間には私が無実であるというか、潔白であることを分かってもらえるように、限りなくシロだとわかってもらえるようにということで第三者委員会の調査には全面的に協力しましたよ。本当にあの2カ月半は、そういったことだけに明け暮れた期間でしたね。「完全にシロにするっていうのは『悪魔の証明』みたいなもの」(瀧誠四郎撮影) もちろん、私も苦しかったんですけど、妻はもっと、本当にすごく苦しい思いをしてたんで…。妻にもよく言ってたんですけど、「自分は無実だから大丈夫だ」「自分はそれほど苦しくない」と。たぶん、これがもし不正をやっている人だったら、本当にどうしようもない苦しさにもがいていたんじゃないか、と思うんですよね。でも、私は無実だったから、妻にもそう声をかけたこともありました。 ただ、やはり私の疑惑を調査する第三者委員会は、連盟が依頼した調査機関だったので、私の言い分をどこまで聞いてくれるのか、実は不安もあったんです。もしかすると、調査のさじ加減というか、調査が不十分であったりとか、連盟が調査の結果を握り潰して発表をしたりとか、ただただグレーみたいな結論で調査が終わってしまうとか、いろんなことが脳裏をよぎりました。 これは言い方が悪いですけど、もしそんな調査結果だった場合は、もう裁判とかで徹底的にやるしかないなと。今でもないって言ってるわけではないんですけど。当然、そうなれば最終的に長い戦いになってしまうかもしれないんですけど、それはやるしかない。でも、自分はやってないから最後には勝つというか、無実を証明できるというか、「きっと大丈夫だ」と妻には言ってました。 でも、妻からは「あなたが不正をやっていたのだったらともかく、やってもいないのになんでこんな目に遭わないといけないのか。それが一番苦しい。発狂したくなる」と本音で迫られたこともありました。ちょうどこの騒動に巻き込まれた時期に子どもの検査のための入院も重なり、私以上に心労が重なっていたと思います。 私以上に苦しんでいる妻の姿をみて、私もつらかった。でも、そんなときは生まれたばかりの子供の顔を見たり、世話をしたりしているうちに、気持ちを落ち着かせることができました。家族の支えはもちろん大きかったですけど、やはり私を最初から最後まで信じてくれた棋士仲間の存在がやっぱり大きかったですね。とくに丸山さんとか。 普段、寡黙な丸山さんが自らの不利益も顧みず、「不審に思ったことは全然ない」とそこまで言ってくださったのはありがたかったです。他にも、女流棋士の竹俣紅さんや元女流五段の林葉直子さんとか、研究会をかつてやっていた仲間とかも私のことを信じてくれました。そういうのは支えになりましたよね。《疑惑を調査した第三者委員会の結論》 将棋連盟が昨年10月27日に設置した第三者調査委員会が、調査の対象とした対局は下記の通り。① 2016年7月26日 竜王戦決勝トーナメント 対局相手は久保利明九段② 2016年8月26日 竜王戦挑戦者決定三番勝負第二局 対局相手は丸山忠久九段③ 2016年9月8日 竜王戦挑戦者決定三番勝負第三局 対局相手は丸山忠久九段④ 2016年10月3日 名人戦A級順位戦 対局相手は渡辺明竜王 調査対象となった四局について、不正の根拠として指摘されたのが、三浦九段の離席中の行動と将棋ソフトとの一致率だった。第三者委は、三浦九段本人と家族が使用したスマートフォンやパソコン、タブレット端末計9台について外部業者に解析を依頼。ソフトが示す候補手の中で最も評価値の高い指し手(最善手)と実際の指し手が一致する確率を調べたところ、上記の四対局の一致率はいずれも70%以上と高かったが、三浦九段以外の棋士でも70%を超える一致率が確認され、最も高い一致率は90・63%だった。ただ、一致率は分析ごとに相当ばらつきがあり、「不正を認定する根拠に用いることは著しく困難」と結論づけた。 また、最初に不正疑惑を指摘した久保九段との対局について、第三者委は記録された対局映像を分析した結果、久保九段が証言した「夕食休憩後に三浦九段が31分間離席した」という事実はなく、久保九段の誤認だったと断定。また、丸山九段と渡辺竜王との対局を含むいずれの対局も、三浦九段の指し手に不正行為を実行したことを裏付ける根拠はなく、実質的な証拠価値の乏しいものだったと判断した。谷川会長にはとても感謝谷川会長にはとても感謝しています  そういえば、フジテレビの『とくダネ!』って番組があるじゃないですか。謹慎中にたまたまテレビを見ていたら、メーンキャスターの小倉(智昭)さんでしたっけ。たしか番組中に「やってないと思いますけどね」って言ってくれたんですよ。もちろん、私のことはあんまり知らないでしょうし、私の性格とか人柄をそんなにご存じない方までそんなふうに言ってくれたのがすごくありがたいと思いました。これも変な言い方ですけど、さすがだなと思ったところがあるんですよ。分かるんだなっていうか。いや、あれで、ちょっと小倉さん好きになりました。 なんて言えばいいのかな、意外に外の方がそういうふうに言ってくれたのはありがたかったんですけど、じゃあ何で私と同じ世界に身を置く棋士で疑った人がいるのかな、って逆に不思議に思うこともあります。私も対局者だったら、きっと不正をしているかどうかは分かるだろうっていうのがありますんで。「谷川会長にはとても感謝しています」(瀧誠四郎撮影) もっと本音を言うと、将棋連盟があのとき「三浦は不正をやってないと信じています」という発表をしてくれていたらと思うことはあります。竜王戦を主催する読売新聞もクロと断定されない限り、「挑戦者は三浦で行くんだ」とか。その結果、第三者委員会の調査結果でシロという結論になっていれば、今回の疑惑をめぐる一連の騒動もここまで大きくならなかった気がします。 一連の責任を取って、谷川会長が辞任されました。谷川会長は私も尊敬する方でありますし、谷川会長が理事の仕事でお忙しくなった際には私が谷川会長のお仕事を引き継がせてもらった経緯もあるんですよ。私は谷川会長にはとても感謝していますし、その気持ちはきっと伝わってると思います。 実を言うと、ちょっと前に谷川会長のお兄さまからお手紙を頂いたんですよね。といっても、うちの師匠(西村一義九段)に手紙を出してくれたらしいんです。それが私の手元に来たってという話なんですけど。プライバシーのこともあるので多くは語れませんが、「自分の弟の裁定、処分を下したことについて申し訳なく思う」っていうふうに書いていただいて。私のことを疑って申し訳なかったという下りもあり、謝罪の気持ちが全面に伝わる内容でした。 もちろん、一番きつい思いをしたのは私だと思っているんですけど、ただ谷川会長が辞任されたときの様子を見ても、会長もきついんだろうなという感じは伝わったので。谷川会長も、ある意味、被害者のようなものですしね。その谷川会長のお兄さまの手紙で、自分の中にあった激しい怒りの感情みたいなものが少し収まったという気がします。私や将棋界を無茶苦茶にした人たち私や将棋界を無茶苦茶にした人たち  連盟も今回の騒動で大変な被害を被ったと思うんですけど、ただやっぱり悪意を持って、私のことや将棋界全体を苦しめた一部のメディアと一部の棋士、そして私が不正をしているという噂をまき散らし将棋界を無茶苦茶にした観戦記者の小暮克洋氏だけは、許せないという気持ちはありますね。私の場合、渡辺明竜王との対局直前に「週刊文春」が疑惑を報道するとの情報が飛び回り、連盟が急きょ出場停止処分を下しました。この文春報道が私の人生を狂わせるきっかけになったのは紛れもない事実です。平成8年7月30日、第67期棋聖戦第5局、挑戦者の三浦弘行五段が羽生棋聖を下し、タイトルを奪取。羽生の七冠独占を崩した=新潟県岩室温泉の高島屋 やっぱり間違った報道をしてしまった以上、被害にあった当事者に対して名誉を回復するための努力はメディアだってするのが筋なんじゃないですか? 元の状態に戻すのは無理なのかもしれませんが、その姿勢が伝わるような報道があれば、もちろん認めたいし、ただそれとは別に間違ったことを書いたのであれば、やっぱり誠心誠意謝るべきだと思います。  でも、現実はなかなかそうならないですよね。一度クロと決めつけて書いてしまった以上、自分たちに都合の良い、ありとあらゆる情報をつなぎ合わせて、たとえ無実の人であろうが、世間にはクロだと信じ込ませるような記事につくり上げていく。その結果、事実とは全く異なる記事だったとしても、彼らは謝罪文どころか、とことん逃げ切ろうとしますよね。 「はい、もうこれは終わりだから次」というようなのは、ちょっといくらなんでも…。そんなのを認めてしまう世の中というか、報道の在り方ってのは、誰がどう考えてもおかしいと思うんですよね。第三者委員会の発表があった後も、私のことを不正をした棋士であると言っている一部の人たちが印象操作をしている事実に、私と家族は苦しんでいます。  実は今回の騒動が起きなければ、家族が私に内緒で竜王戦第三局を見に来るつもりだったらしいんですよ。でも結局、騒動のおかげでキャンセルになって潰れてしまって…。家族はそういった楽しみも突然奪われて、しかも地獄に突き落とされたんです。他にも、私の応援のために現地に来るのを楽しみにしてくれてたファンもいるんですよ。竜王戦は直前に挑戦者が変更になりましたから、その方はホテルだったか、旅館だったかをキャンセルしてしまったんです。ファンの方までもそういう目にあってるんですよ、だから本当に申し訳ない、ファンの方には心から申し訳ないと思っています。家族だけじゃなくて、私を応援してくれる方にもつらい思いをさせたっていうのは、ちょっとやっぱりね、本当に胸が痛んでいます。  ただ、じゃあメディアが全部悪いかというと、そうとは限りません。ある記者の方なんかは、最初の報道で私のことを疑ってしまったことをすごく謝ってくれて、それを記事にしてくれました。その方の勇気というか、なんて言えばいいんですかね、間違って悪かったらきちんと謝るっていうのが、やっぱり人として一番大事なことだと思います。そういったことができる人を、私もそんなに責める気持ちにはならないんです。ただ、やっぱり繰り返しになりますけど、悪意を持って私や将棋界を苦しめた人たちとは今後も戦うつもりです。もちろん、名誉回復のためではありますが、でもそれは私だけじゃなくて、連盟も同じ気持ちでいてくれたらなと思います。第三者委「疑心暗鬼生じさせないシステム構築必要」と所感 将棋ソフトの棋力の向上により、今や連盟は未曽有の危機に直面している。 将棋ソフトが存在しなかった時代あるいはソフトの棋力が弱かった時代においては、プロ棋士同士は互いに信頼し、互いの棋力を戦わせることに全身全霊を傾け、連盟はそうした戦いの場を設けることに専心していればよかった。しかし、本調査に基づけば、将棋ソフトの棋力が最強の棋士と互角となり、これを凌駕する勢いとなった時代を迎え、対局者が将棋ソフトを使うのではないかという疑心暗鬼がプロ棋士の心の中に生じてきたことを見逃すことはできない。こうした不信感を放置すれば、やがて棋士はもちろん、次世代のプロ棋士を志す者、将棋を愛好する人々の心に影を落とし、将棋という我が国の精神文化を内部から腐食させてしまう危険を感じざるを得ない。連盟は、そうした事態を直視し、的確に対処する責任がある。 例えば、将棋の普及においても、少年少女に人知の限りをぶつけ合う尊さを教え、他方で将棋ソフトの正しい位置づけを示す必要に迫られている。公式戦においても、対局したプロ棋士に疑心暗鬼を生じさせない合理的システムを構築する必要に迫られている。電子機器を持ち込ませないための具体的手続き、故意の有無を問わず対局室(指定された休憩室等の関連領域を含む。)に電子機器を持ち込んだ場合の敗戦等の制裁、対局中の行動の規制、不正行為に対する除名を含む処分等について、現実を直視し、精神文化を守るための体系的な規程を早急に整備すべきであろう。 幸い連盟の会員は皆将棋を愛し、知力に満ちた人々である。この時代に即して将棋ソフトの正しい位置づけを大いに議論し、将棋の正しい普及と、公式戦の清廉さを守る賢い道を見出してもらいたいと切に願わざるを得ない。 最後に、当委員会は、三浦棋士が不正行為を行ったと認めるに足る証拠はないとの結論を示した。連盟は、三浦棋士を正当に遇し、同棋士がその実力をいかんなく発揮できるよう、諸環境を整え、一刻も早く将棋界を正常化されるよう要望するものである。こういうことが起きてはいけない次は絶対にこういうことが起きてはいけない いろいろありましたけど、私の復帰戦が2月13日に予定されています。相手は羽生(善治)さんです。なぜか私の人生の大きな節目というか、勝負どころで必ず羽生さんと当たるんです。偶然にしてはよくできてるなというか…。はい。大きな勝負だと必ず羽生さんと当たるんですよ。これも何かの縁なんでしょうけど。「平常心で指していつも通りの将棋をお見せすることがファンへの恩返し」(瀧誠四郎撮影) でも、今までと一番違うのはやっぱり今回の騒動があったことです。まともに実家にすら帰れない状態でしたし、今までとは全然違った状況なのは私が一番分かっています。ただ、他の人だったらこんな状況に耐えられるのかな? 今は少しずつでも普段の生活に戻していかざるを得ないですし、対局するにあたって、落ち着いて平穏な状態で指さないといけないと思ってます。復帰する以上はブランクがあろうがなかろうが、ベストを尽くすしかないと思っています。 別に今回の騒動がなかったとしても、自分の理想通りの状態で対局に臨めないことっていうのは多いですから、これはもうしょうがないと思っています。楽観的に考えるしかないというかね。ある意味、普段通りというか、むしろ調子のいいときでも、羽生さんには負けるのは普通のことですから。 ただそうですね、ちょっとこんなに期間が空いて、対局するというのは今までなかったので…。これは言い訳してるわけじゃないですけど、調子は徐々に戻っていくものだと思っていますし、そうしたらまた以前の状態と同じように勝ったり負けたりっていうかね、それぐらいには戻したいですよね。 ただ、一番の不安というか、問題なのは、もし私が負ければ、また変なことを言われるんじゃないかというのがあります。要するに、もし羽生さんとの対局で私が負ければ、「やっぱり不正をしてないから負けた」みたいなことを言われるんじゃないか、という心配はあります。 そういう意味では、ちょっと神経質になっているというか、騒動を引きずっている部分は否めません。私は騒動の当事者だから、異常に神経質になっているところもあると思うんです。だけど、他の棋士にも少なからず今回の騒動で神経質になっている人もいるんじゃないかという危惧もあります。  だからこそ、私が連盟にお願いしたいのは、私の名誉回復はもとより、私を含めた他の棋士たちも気持ちよく指せる状況づくりに心血を注いでほしい。そのためにも、電子機器の取り扱いなどの規制やチェック体制はより厳格であるべきだと思っています。 私は騒動が起きる前からこのことは言ってきたつもりですが、今回の騒動に巻き込まれたことでその思いは一層強くなったというか、私だけじゃなくて他の棋士たちも、周りの目を必要以上に意識しすぎてビクビクしながら指すのも嫌でしょうし、将棋界全体がもう次は絶対にこういうことが起こっちゃいけないという強い覚悟で臨むべきなんだと思っています。 私は勝負師です。プロである以上、平常心で指して、月並みなんですけどやっぱり良い将棋をみなさんにお見せしたい。将棋というのは勝とうと思って勝てるものじゃない。平常心であることが一番良い将棋につながって、それが一番ファンのみなさんも見たい将棋につながるんだとしたら、何よりもそれを意識して将棋と向き合いたい。できるだけ早く将棋の勉強を再開して、平常心で臨んで良い将棋をね、いつも通りの将棋をお見せすることが、私なりのファンの方々への恩返しになるのかな、と信じています。(聞き手 iRONNA編集長、白岩賢太/溝川好男)みうら・ひろゆき 昭和49年2月13日、群馬県出身。西村一義九段門下。平成4年、18歳で四段に昇段しプロ棋士に。8年、棋聖戦で羽生善治七冠(当時)を破り、初タイトルを獲得。棋聖は1期に終わるが、以後もトップ棋士の一人として活躍。順位戦A級通算15期。

  • Thumbnail

    記事

    今こそ語りたい「光速」谷川浩司の凄さ

    決めて一手ずつ指す。敵の王様を追い詰めれば、勝ち。二人で、対等の条件で、お互いに手の内がわかっているゲームである。そこに、運や情報格差が入り込む余地はない。すなわち、己の力以外の要素が入り込む余地が無いゲームなのだ。ということは、言い訳がきかない、ある意味で残酷なゲームである。負けたときに、自分が悪かった以外の理由が存在しないのだから。さらに言うと、将棋では負けた側が「負けました」と宣言して対局が終了する。この意味でも苛酷なゲームでもある。「界、道、盟」の危機 これは格闘技の話だが、「絶対にギブアップしない」という流派が話題となった。技を決められても絶対に「参った」をせず、勝機を探す流派である。他の流派からは鼻つまみ者だった。なぜか。技が決まっても負けを認めないのであれば、極めた側は怪我させるか、あるいは殺すしかないではないか。この流派は、自分より技量が優れた相手への敬意が無いから、他の流派から軽蔑されたのだった。将棋において、それは無い。アマチュアの将棋であっても。 将棋において勝敗が決まる状況は二つ。一つは、自分の王様が追い詰められた状態。合戦でたとえると敵に包囲されて切腹を求められる状況。あるいは兵力が尽きて、勝ち目がない状態である。このいずれかの状況において、負けを悟った側が「負けました」と宣言して、一局の将棋が終わる。 もちろん、王様の首が刎ねられる状況まで指し続けても良いが、既に負けている状態や絶対に勝ちが無い状況においては、負けを認めるのが美学であり作法とされる。 かつて、木村義雄十四世名人と塚田正夫名人の戦いで面白いことがあった。場所は皇居済寧館で、昭和天皇の天覧に供した。塚田名人が負けを認めた局面を不思議に思った昭和天皇が側近と指してみると、なんと負けた側の昭和天皇が勝ったのだ。これはよくある話で、プロが相手なら絶対勝てない局面でも、アマチュア相手ならどう転ぶかわからないのだ。それほどプロの世界はレベルが違うのだ。こうした美学かつ作法は、不文のルールを形成している。 また、将棋はこの世で最も完成されたルールのゲームでもある。 もし双方が最善手を指し続ければどうなるのか。人類が考え出した中で、結論が出ていない唯一のゲームなのだ。たとえば、チェスは引き分けである。囲碁は先手有利、よって後手にハンディキャップをつけることになっている。ところが将棋だけは経験則で先手有利と思われているが、結論はわからない。もしかしたら引き分けが正解なのかもしれないし、一年だけ後手の勝率が上回った年もあった。 以上、将棋というゲームは、ルールに対する絶対的な信頼性があるのがおわかりだろうか。世の中、不条理なルールで決まることが多い。それだけに不条理が無く、完成されたルールを持つ将棋は日本人が生み出した貴重な財産だろう。日本人、あまり認識していないようだが。 さて、今回の事件である。一言で述べるならば、「界、道、盟」の危機である。 将棋界、将棋道、将棋連盟を「界、道、盟」と言う。将棋にまつわる世界すべてが、将棋界である。将棋は今や国際的な広がりを見せている。ポーランド人の女流棋士もいれば、中国人がプロ棋士をめざす時代である。「界、道、盟」の危機 将棋は駒の動かし方といった江戸時代以来の明文化されたルールの他に、対局を一日で行うか二日に分けて行うかなどの運営のためのルール、そして作法のような不文のルールで成り立っている。対局者以外が「助言をしてはならない」は不文のルールであるが、この不文のルールを守る美徳こそが将棋の「道」を支えてきたのだ。 コンピューター将棋がプロ棋士に匹敵、ある面で凌駕するようになったのは近年のことである。つい十数年前はコンピューター将棋がプロと対等に戦えるなど、遠い未来と考えられてきた。だから、「対局中にスマホを見るな」などと明文化しなくても、運営に支障はなかった。 そのころ、チェスの世界ではコンピューターが世界チャンピオンに勝利しており、コンピューターチェスがプロの世界でも通用すると証明された。コンピューターチェスの有用性を認識した時点で、チェス界は二日制の対局を取りやめた。一晩目の夜、一方がコンピューターを使って研究すれば、それは一対一の勝負ではなくなる。たとえるなら、素手の格闘技で武器を持ちこむようなものである。よもやプロのチェス棋士がそんな不正を行うとは思わないが、痛くない腹を探らせないようにしようとの配慮である。 一方、将棋界ではコンピューター将棋がプロを負かすようになっても、制度改革は見送られた。将棋道に基づく性善説により、「そんなことをして勝っても意味が無いのだから、そんなことをする棋士がいるはずがないだろう」と考えられてきたのだ。それでも、対局中のスマホ持ち込み禁止を導入しようとした矢先の事件であった。 悪名は無名に優ると言ってよいかわからないが、今回の事件で世間の注目が集まったのだから、むしろこれを機会に将棋の魅力を伝えられれば良いと考えている。会見する佐藤康光会長=2月6日、日本将棋連盟 この記事を書きながら、将棋連盟の臨時総会で佐藤康光九段(元名人)が新会長に選出されたとのニュースを聞いた。難局に当たるにふさわしいと、満場一致でみなされた人選だと聞く。もちろん縁台の野次馬として、応援する次第である。 残念なのは前会長の谷川浩司九段(十七世名人)が責任を取り辞任、様々な心労が重なり、入院されたとのことだ。谷川名人――私が将棋を覚えた時の名人なので谷川名人と呼ぶ――には、お気の毒な事態と思う。組織の責任者として、自分の落ち度で一人の人間を傷つけてしまった格好になっているのだから。 私如きが言うも僭越だが、本当の意味での挫折なのではないだろうか。辛かろうと思う。繰り返しになるが、今回の事件をテコとして、すべての関係者によりよき方向に進めばと願う。谷川浩司という不世出の棋士について谷川浩司という不世出の棋士について 谷川名人は、古今東西あらゆる分野の中で不世出の勝負師と思う。徒然なるままに説明しよう。 将棋界の宝、羽生善治十九世名人(引退後に襲名予定)だろう。その知名度は圧倒的である。平成14年から平成27年まで名人位は羽生と森内俊之十八世名人(引退後に襲名予定)の二人だけが占め続けた。この14年間、羽生6勝に森内8勝である(この間の直接対決は、羽生3勝、森内6勝)。現在は佐藤天彦名人に冠位が移っているが、それでも羽生ブランドは圧倒的だ。羽生善治(右)が谷川浩司を下し五冠に返り咲いた=平成12年7月31日、箱根ホテル花月園  将棋を少しでも知る人は、史上最強の棋士に羽生善治をあげる。それでも、私は谷川浩司を不世出の勝負師にあげる。対戦成績は羽生圧勝であり、勝負どころでことごとく敗れている。けれども、私にとって羽生善治とは「あの谷川浩司に勝った棋士」なのである。 私の推定棋力アマ二段だった頃に見たのが、「谷川浩司9歳の棋譜」だった。当時一流棋士として知られた内藤国雄九段とのハンディ戦(二枚落ち、内藤九段が飛車角抜きで戦う)だったが、とてつもなく強い少年だった。プロ相手にどんどん攻めていく。まるで「罠があるなら嵌めてみろ!」と言わんばかりに。内藤九段がいなしつつも乱戦に持ち込む。そして引き分けに持ち込んであげようと手心を加えたように見えた瞬間に、谷川少年が上手の玉をとらえた。その捉え方が、切り死に覚悟で相手の懐に飛び込むような戦い方だったのに感動を覚えた。後の名人となる才能とはこういうものか、努力では追いつけない世界があると感じたものだった。 ちなみにその少し後に「羽生善治12歳の棋譜」というものも見たが、こちらはあまり衝撃が無かった。この見方が正しいのかどうかはわからないが、私の中では「谷川浩司9歳>羽生善治12歳」という構図だったので、「あの谷川に勝った羽生」なのだ。 谷川少年はプロの養成機関である奨励会に入る。全国から将棋の天才が集まり、ここに入れるのは十人に一人。そして多くが挫折して去っていく。その奨励会を谷川少年はわずか3年で駆け抜け、14歳で棋士となる。中学生棋士は、加藤一二三九段、谷川、羽生、渡辺明竜王、そして最近話題となった藤井聡太四段の五人しかいない。加藤、谷川、羽生は名人、渡辺は竜王と、そろって将棋界の最高位に登りつめている(当然、藤井四段にも期待がかかっている)。記憶の勝負師 将棋界には七大タイトルと言われる冠位が存在するのだが、名人は独特である。一つは江戸時代から続いている唯一のタイトルであること。もう一つは、最短で五年かけないとたどりつけないことである。将棋の棋士は、トーナメントあるいはリーグ戦でタイトルを争うのだが、すべて一年で決着がつく。ところが名人だけは順位戦を勝ち抜いた挑戦者が時の名人と戦い、勝敗を決する。この順位戦は、C級2組、1組、B級2組、1組、A級と勝ち上がらなければいけない。それぞれ一年をかけて戦うので、名人に挑戦するのは最短でも五年かかるのだ。  谷川は一年目のC級2組を足踏みしただけで、あとは一気に名人まで駆け上った。これは中原誠十六世名人と並ぶ最短記録である。そして21歳で名人を獲得した。こちらは史上最年少である(中原は24歳)。その後、上の世代の中原や米長邦雄、下の世代の羽生。森内・佐藤といった強豪と一進一退の攻防を繰り返している。名人は五期獲得すると永世名人を名乗る資格があるが、谷川は十七世名人である。 プロ棋士の強さを測る一つのバロメーターが、七大タイトルをいくつ獲得したかにある。記録上位には名人の中の名人とも言うべき、永世名人が並ぶ。三浦弘行八段(左)と対局した谷川浩司九段=平成14年、 静岡市民文化会館(段位は当時) 1位:羽生善治十九世97期、2位:大山康晴十五世80期、3位:中原誠十六世64期、4位谷川浩司十七世27期と続く。ちなみに5位に米長邦雄19期と続き、名人経験者を並べると、森内俊之十八世は12期、佐藤康光13期、加藤一二三8期、丸山忠久3期、佐藤天彦1期である。歴代4位は立派な成績である。 だが、私が推すのは記録ではなく記憶である。なぜ、「古今東西あらゆる分野の中で不世出の勝負師」なのか。 谷川将棋は「光速の寄せ」と呼ばれるほど、終盤が強い。将棋は大きく、序盤・中盤・終盤に分かれる。序盤はお互いが陣形を整えている段階、中盤は戦いが始まってからの段階、終盤は勝敗が決する段階である。谷川以前の棋士は終盤の入り口で相手をどう仕留めるかを読んでいた。ところが、谷川以後は中盤の入り口で収束を読む。敵は「気が付いたら首と胴体が離れていた」という負かされ方をする。「光速の寄せ」と呼ばれるゆえんである。 あまりにも美しい勝ち方ゆえに、負けた相手が感動する。あらゆる勝負の世界で、そのような勝ち方ができる勝負師が何人いるだろうか。羽生、森内、佐藤、あるいは映画『聖の青春』で有名になった村山聖らは「羽生世代」と呼ばれるが、彼らは一様に谷川将棋を目指した。棋士全員に聞いたわけでもなんでもないが、谷川以後の棋士で谷川将棋に憧れなかった人が居るのだろうか。おわりに 将棋とは様式美の世界である。完成されたルールと不文の作法が、様式美を形成している。それが「道」となっている。ところが今回、不幸な事件で「道」のみならず、界・道・盟が深刻な傷を負った。災い転じて福となす努力をしてほしいと、縁台から思う。

  • Thumbnail

    記事

    「負けて勝つ」人工知能から学ぶ棋士こそ進化できる

    茂木健一郎(脳科学者) ここでは、将棋や囲碁を題材に、人間と人工知能の関わりについて考える。思考のきっかけになったのは、最近の一連の事件であることは確かである。 昨年、グーグルの子会社ディープマインドの開発した「アルファ碁」が世界チャンピオンのイ・セドルさんを破ったことは衝撃を与えた。囲碁だけではない。将棋のソフトの能力も向上し、そのことが背景になって、将棋連盟を揺るがす事件があった。 昨年末には、インターネット上の囲碁対局サイトに「マスター」を名乗る謎の対局者が現れ、トップ棋士を相手に60連勝。後に、「アルファ碁」の進化形であったことが明らかにされた。このような時代に、人間と人工知能の関係を考える上で、将棋や囲碁が、いわば「炭鉱のカナリア」の役割を果たしていることは事実である。 以下の議論では、特定の事件や人物に言及することは敢えてしない。時事ニュースは大切だが、それによってより長い時間のスケールから見た本質が見えなくなってしまうことがあるからだ。 問題にしたいのは、次のような本質的な問題である。 人間は、急激に進化する人工知能の前に、屈するしかないのか? 人工知能時代における人間の役割は、どのようなものなのか?コンピューター将棋ソフト「ボンクラーズ」と戦い、 敗れた米長邦雄永世棋聖=2012年1月14日、 東京・千駄ケ谷の将棋会館 先に挙げた最近の幾つかの出来事で、少なくとも囲碁や将棋においては、もはや人工知能が人間を凌駕しており、人間界のチャンピオンでも勝てない状況になっているらしいということが推測されるようになった。 もちろん、興行的にはこれからも人間と人工知能の戦いが開催されるだろうが、その結果は恐らく人間の負けとなる。 それでは、囲碁や将棋において、人間どうしの対戦はもはや意味がないのだろうか? 人工知能と人間の対決は、どうなのか? そもそも、これからの時代、将棋や囲碁の棋士に存在価値があるのか? 将棋や囲碁は、時に「頭脳スポーツ」と呼ばれることがある。実際、過去に、マインドスポーツ、頭脳版オリンピックというかたちで、大会が開催されたことがあった。 結局、この問題は、「スポーツ」ということの原点に戻らないと本質が見えないと思う。そして「スポーツ」の本質に寄り添って考えることで、これからの人工知能時代における人間にとっての活路が見えてくると私は考える。スポーツとして将棋や囲碁を考える 「スポーツ」という言葉は、もともと「楽しむ」「エンターテインメント」という意味合いを持っている。勝負も大切だが、それを行うことで人間が楽しい時間を過ごせれば良いのである。 スポーツとして将棋や囲碁を考えると、たとえ人工知能が人間を上回る能力を持っていたとしてもそこには問題の本質がないことがよくわかる。 例えば、100メートル走は、現在、ウサイン・ボルト選手の9秒58が世界記録である。競技としての100メートル走の醍醐味は、生身の人間が、その身体を駆使してこれだけの距離をあれだけの速さで走るというところにある。たとえ、機械がそれ以上のスピードを出せたとしても、関係がない。 実際、自動車、新幹線、飛行機などを持ち出すまでもなく、ボルト選手以上の速さで100メートルを走る機械はいくらでもある。だからと言って、ボルト選手の偉業の意味は全く毀損されないだろう。 将棋や囲碁も同じことである。18ヶ月ごとに集積度が2倍になるという「ムーア」の法則の下高速化してきたコンピュータが、莫大なメモリを駆使し、大量のデータを解析して生み出すプログラムに、生身の人間が負けたからといって、人間の棋士の意味がなくなるわけではもちろんない。 イ・セドルさんを破った時点で、アルファ碁の開発費用は、クラウド上でCPUを駆使するレンタル代換算で、30億円に相当するという説を聞いたことがある。それだけのメモリも、電力も使っている。いわば人工知能は「電力の化物」だ。対して、昼食にうな丼を食べるだけで対局できる人間の棋士は、驚くべき省エネだということができるだろう。アルファ碁との対戦後に碁盤を見つめるイ・セドル九段=2016年3月15日、ソウル そもそも、膨大なリソースを駆使する人工知能と人間を比較するのが、土台間違っている。条件が違いすぎるからだ。それでも、将棋や囲碁といった分野で人工知能が人間を破ったのは、確かに衝撃的な出来事ではあった。これまで、どんなにエネルギーやメモリを食う高速なコンピュータでも人間の棋士には勝てないと私たちが期待し、思い込んできたのは、それだけ「思考」が特別なもので、容易に解析できない複雑なものだと考えてきたからだ。 しかし、人工知能が人間を超えないだろうという期待は破れた。コンピュータのアーキテクチャーは格段の進歩を遂げたわけではないし、人工知能の学習則も変わっていない。CPUの高速化やメモリの増大、そしてシステムをチューニングする幾つかの経験則の組み合わせによって、人工知能は人間をやすやすと超えてしまったのだ。 今後、科学や技術の発達によって、思考のメカニズムが明らかにされ、さまざまな学習のアルゴリズムも実装され、人間を凌駕する数々の人工知能が登場してくるだろう。文明の発展のためには是非とも必要なイノベーションであり、歓迎すべきだろう。 しかし、そうなっても、スポーツとしての将棋や囲碁の意義が消えてしまうわけではない。むしろ、スポーツ競技としての醍醐味は、さらに加速していくのではないか。「人工知能ドーピング」に嵌らないために すでに、将棋の棋士たちは人工知能の対局を参考にして、将棋という未知の宇宙を探索し始めている。人間が従来の経験則や感性に邪魔されて発見できないでいた「新手」について、人工知能の助けを借りて学び始めているのだ。 囲碁も同じである。アルファ碁も、それが進化したマスターも、人間の棋士では打たないような手で快勝した。人工知能は、すでに独創性を持ち始めている。その自由さにインスパイアされることで、生身の人間が対局するスポーツとしての将棋や囲碁はさらに進化し、魅力を増すことだろう。 人工知能は、運動で言えば筋肉や運動機能を鍛える「ジム」の機能を果たすようになる。将棋や囲碁の棋士が、人工知能と戦い、人工知能の助けを借りて鍛錬することで、むしろ生身の人間としての能力を高めることができると期待されるのである。 人工知能の助けを借りて人間が進化する。このような人間と人工知能の関わりは、他の分野でも生まれてくるものと思われる。デビュー戦の藤井聡太四段(右)と対局する現役最年長の加藤一二三・九段 =2016年12月24日、東京都渋谷区の将棋会館 たとえば、ネット上で100以上の言語の間の相互翻訳を提供する「グーグル翻訳」のような人工知能の発達で、将来的には、外国語を母語に直して理解することはやさしくなってくるかもしれない。しかし、その場合にも、生身の人間が何のアシストもなしに外国語を理解する「スポーツとしての外国語」の意味はなくならないだろう。 むしろ、たとえ人工知能のサービスが存在しても、自分自身の生身の脳で外国語を駆使できることがあこがれと尊敬の念を持ってみられるようになるに違いない。 人工知能は、将棋や囲碁だけでなく、さまざまな頭脳スポーツの発展を促す可能性が高いと、私は考えている。より深く、より強く考えたいというのは人間の本能の一つである。将棋や囲碁の棋士たちは、今、人工知能の切り開く新たな鍛錬の可能性を前に、身震いしているに違いない。 ところで、スポーツの醍醐味は、生身の人間がそれを行うところである。薬物の助けを借りたりするドーピングは、興ざめとなる。 同じように、人工知能で脳を鍛えるのは良いが、それに安易に頼ってしまっては、それは一種の人工知能ドーピングであり、スポーツとしての質を下げてしまうだろう。 人工知能を、人間をより高みへと進化させるきっかけとして使うか、それとも、頼ってしまって衰退するか。人工知能時代の人間には、高い倫理観が求められる。自分自身を厳しく律することこそが、人工知能時代の頭脳スポーツのアスリートが心がけるべき、一番の課題であろう。 

  • Thumbnail

    記事

    三浦弘行九段の師匠「慰謝料は1億円でもおかしくない」

     トップ棋士の一人である三浦弘行九段による前代未聞の“カンニング疑惑”は、第三者委員会が「不正の証拠なし」の結論を下したことで、日本将棋連盟の谷川浩司会長が辞任する事態に発展した。そうしたなかで、渦中の三浦九段の師匠が本誌・週刊ポストの直撃取材に答え、連盟執行部の対応を厳しく批判した──。 1月18日、会見を開いた谷川会長は、三浦九段のソフト不正使用疑惑を巡って「(対応に)不備があったことに大きな責任を感じている」と語り、島朗常務理事とともに辞任することを表明した。一方、三浦九段は2月13日に羽生善治三冠との“復帰戦”が決まった。しかし、騒動はまだまだ収まりそうにない。 「今後は将棋連盟による(三浦九段への)賠償の話が出てくるでしょう。これは高いですよ。1億円でもおかしくない」 そう語るのは三浦九段の師匠である西村一義九段(75)だ。元将棋連盟専務理事でもある西村九段は、この問題が巨額の補償問題に発展すると断言した。第三者委員会の調査報告を受けて会見する(左から)西村一義氏、三浦弘行九段=2016年12月 騒動の発端は昨年10月。三浦九段が対局中に離席し、その間にスマホで将棋ソフトを使っている疑いが、対局相手の指摘などによって浮上したことだった。三浦九段は棋界最高位・竜王戦への挑戦権を得ていたが、連盟は10月12日、挑戦者の変更を決定。三浦九段への年内出場停止処分を発表した。これに対し、三浦九段が反論文書を発表する騒動に発展していた。 疑惑の根拠となったのは、将棋ソフトと三浦九段の指し手の「一致率」だったが、将棋連盟に委嘱された第三者委員会(委員長・但木敬一元検事総長)は、昨年12月26日に「不正行為をしたと認める証拠はない」との調査結果を公表した。 その結果を受けての谷川会長の辞任劇だったわけだが、西村九段は三浦九段の受けた“損害”への補償も必要だと力を込める。「竜王戦の挑戦権剥奪と出場停止期間の経済的損失だけでも相当な金額になる。竜王戦に勝利すれば4400万円、4連敗したとしても1400万円の収入となるはずだったんですから。名人戦順位戦A級(名人位への挑戦権を10人で争うリーグ戦)の地位は保全されましたが、(欠場した対局が)最終順位に影響する。仮に今後、(B級に)落ちれば甚大な損害です。弁護士費用や精神的慰謝料を含めれば、1億円以上でもあり得ますよ」 西村九段は、連盟の初期対応に大きな問題があったと指摘する。 「10月12日に処分を決めているが、(連盟の)執行部は決定前に顧問弁護士にすら相談していない。ここが最大のポイントなんです。現在の理事会は経験不足で、未熟で、(将棋しか指せない)いわば天才バカの集まりなんです。バランス感覚のない人ばかり。理事の中でも片上大輔(35、六段)なんて、将棋はパッとしないけど東大法学部を出ていて、他の棋士よりは社会性があるだろうと思っていたが、はっきり言って中卒の私よりなかった」 西村九段は、米長邦雄前会長(故人)時代を含め、20年以上にわたって連盟の理事を務めた経験がある。それもあってか、現職理事たちへの憤りは収まらない。 「今回、第三者委員会を立ち上げたのも、外部理事(非常勤)である川渕三郎さん(日本サッカー協会最高顧問)、岡野貞彦さん(経済同友会常務理事)の2人から『証拠が明確でないのに処分してはいけない』と指摘を受けたからですよ。 私が理事だった頃、『我々は将棋のプロで、一般常識を知らないことは恥ではない。法律のことは弁護士、税金のことは税理士に相談すればいい』と理事会で提案しても、理解できない理事ばかりだった。米長前会長は長所も短所もある人だったが、そういったことは理解していましたがね」関連記事■ 疑惑渦中の三浦弘行九段の親戚「変な気起こさないか心配」■ 将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」■ 将棋スマホカンニング疑惑で朝日vs読売の「盤外戦」勃発■ 将棋界激震のカンニング疑惑 囲碁界は大丈夫か■ 将棋の電王戦 現役タイトル保持者が出ぬ一因に新聞社の存在

  • Thumbnail

    記事

    三浦九段の師匠 5月の理事選を前に蠢く派閥争いの内幕語る

     将棋界のトップ棋士の一人である三浦弘行九段による前代未聞の“カンニング疑惑”は、第三者委員会が「不正の証拠なし」の結論を下し、日本将棋連盟の谷川浩司会長が辞任する事態に発展した。 公益社団法人である日本将棋連盟は谷川会長を含む8人の常勤理事を中心に運営されている。年明け早々に谷川会長と島常務理事が辞意表明したことで、2月6日に後任を決める臨時棋士総会が開催される。次期会長は、棋士会長を務めている佐藤康光永世棋聖が有力だ。渦中の三浦九段の師匠である西村一義九段は後任人事をこう評す。 「谷川会長は、20歳の時から将棋界のトップにいて、現在は永世名人ですから、棋士の中で絶大な信頼がある。(兵庫県神戸市出身で)大阪でみんなで飲みに行く時は黙ってお金を出して、それでいて威張らないから尊敬される。 しかし、これが組織の長として向いているかは別問題。今回の事件もそういった背景から起きた。(後任に名前の挙がる)佐藤さんは棋士としての実績は谷川会長の半分以下でしょうが、人柄はものすごくいい。リーダーとしては向いているんじゃないか」将棋会館=東京都渋谷区 折しも連盟は5月に開かれる定例棋士総会で、2年に一度の理事改選も控えている。西村九段は「残りの理事も全員職を辞すべき」とも語った。谷川会長と島常務理事の辞任だけでは足りないという主張である。 「ただ、常務理事のなかにも辞めたくない人がいて、(理事の中でも)意見がバラバラなんでしょう」 将棋連盟の理事は棋士総会で選任されるが、実際には総会に先立って行なわれる「予備選挙」でその人選が決まる。投票権を持ち、理事に立候補できるのは連盟の正会員(棋士及び女流棋士ら)の232人だ。現職棋士が理事として連盟を運営する現状には無理があるのではないかと西村九段に問うと、こんな答えが返ってきた。 実は、連盟の運営に疑問を抱く棋士は少なくない。1月23日に開かれた連盟から棋士への月例報告会では、今回の騒動への対応に、棋士側から批判が相次いだ。財テク棋士として知られる桐谷広人七段はこういう。内紛の様相を呈してきた将棋連盟 「昔の連盟は棋士のことを一番に考えていましたが、今は違う。モチ代、氷代がなくなったりして浮いた金が、今回の第三者委の費用や三浦九段への補償で消えていくわけですから、全く無駄なことばかりやっている。そりゃ総辞職を求める声が出てくるのは当然ですよ」 ただ、西村九段の告発については首を傾げる。 「西村さんは米長会長体制を支えた人だが、連盟が今のようにおかしくなったのは米長会長時代からのことです。それまでは弱い棋士に救済を施し、将棋に精進できるようにしていた。それが理事の差配できる金ばかり増えた。現体制はその流れをくんでいる。 西村さんは月例報告会でも発言し、正論を述べていたと思います。ただ、今回は弟子である三浦をかばうという気持ちがもちろんあるのでしょうが、それに加えて前回の理事選で落ちたことが、現体制への批判につながっているんじゃないか」 そうした見方もあるなかで、西村九段が今回の騒動を経た5月の理事選で、再び理事に復帰しようと立候補する可能性はないのか。西村九段はこう答える。 「いやいや年齢的なこともありますから……。2年前は落ちましたが、過去には10期以上、一度も落ちたことがない。それ(=前回の落選)には色々なことがあったと思う。私は専務理事として米長前会長を支えてきましたが、棋士に対して厳しく対処してきたから恨まれている面がある。理事選は敵も味方もいない候補者のほうが当選する。自分の言葉でものをいわない人のほうが有利。まあ今は5月の総会に向けて各派閥で理事候補者を探している状態。水面下の戦いでしょう」 会員である棋士たちから厳しい批判を現執行部はどう受け止めるのか。連盟に取材を申し込んだが、「回答は控える」(広報担当者)とするのみだった。内紛の様相を呈してきた将棋連盟。今回の騒動の本当のヤマ場はまだこの先にありそうだ。関連記事■ 三浦弘行九段の師匠「慰謝料は1億円でもおかしくない」■ 疑惑渦中の三浦弘行九段の親戚「変な気起こさないか心配」■ 羽生善治の強さの秘密を最古参棋士加藤一二三九段が論じた書■ 将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」■ 五輪危機レスリング 米国や日本のスポンサーで存続可能性も

  • Thumbnail

    テーマ

    将棋スマホ不正、三浦九段にモノ申す

    三浦弘行九段の「スマホ使用」疑惑に将棋界が揺れている。そもそもプロ棋士最高位の彼にこんな嫌疑がかかること自体恥ずべきだが、真相はいまだ藪の中にあり、将棋ファンならずともその行方には関心が集まる。ただ、今回の将棋スマホ不正をめぐる騒動を考えれば考えるほど、もっと別次元の問題も見えてくるようで…。

  • Thumbnail

    記事

    結局、三浦九段はクロなのか? 将棋界の性善説を壊したスマホ不正の罪

    、人間のエキスパートから見れば、それはもう笑ってしまうほどに弱かったのです。 将棋はそれだけ奥が深いゲームでした。だからこそ400年も前からずっと遊び続けられ、いまだに多くの人が夢中になっているのです。 弱くてどうしようもないコンピュータ将棋は、長い間人間の実力者たちからバカにされ続けてきました。その対比として、強い棋士の頭脳の優秀さもさかんに宣伝されました。 しかし、1990年代中頃には次第に事情が変わってきます。将棋は最後、玉(王様)を詰ます(逃げられなくする)ことができれば勝ち、というゲームです。その「詰むや詰まざるや」という分野に限っていえば、コンピュータソフトの能力は人間の能力をはるかに上回ったのです。 とはいえ、その段階に至ってもまだ、コンピュータの実力が総合的に人間を上回るという想像は遠い未来のものでした。 1996年、棋士に対して、「コンピュータがプロ棋士を負かす日は? 来るとしたらいつ」というアンケートが取られましたが、「永遠になし」(米長邦雄九段)「私が引退してからの話でしょう」(谷川浩司九段) という見方が、代表的なものでした。 しかし、現実は人間の想像力を越えていきます。コンピュータそのもの(ハード)の性能も向上する一方で、将棋ソフトを強くするための技術や方法論も、飛躍的に進歩を遂げていきました。 2005年には「Bonanza」(ボナンザ)という名の、革命的な将棋ソフトが登場します。作者の保木邦仁(ほき・くにひと)さんは、将棋の初心者なのですが、コンピュータに自動的に学習させるという手法を取り入れて、革命的に強いソフトを開発することに成功したのです。 この頃にはすでに、ほとんどのアマチュアがコンピュータには勝てないほどになりました。自らを窮地に…「将棋そのもの」の対応 2007年、ボナンザは将棋界のトップ棋士である渡辺明竜王に公開の場で挑戦しました。ボナンザの勝つ確率はゼロに近い。事前の予想では、多くの人がそう思っていました。しかしボナンザは、竜王を相手に大善戦。結果は竜王の勝ちでしたが、あわやというところにまで追い詰めたのです。 それから数年。コンピュータの実力は、棋士も含めてほとんどの人間を追い越してしまった。 2013年、棋士とコンピュータの公開対局の場である「電王戦」で、ついに現役棋士がコンピュータに敗れました。三浦弘行九段もこのとき人間側の大将として登場し、黒星を喫しています。電王戦の最終第2局で、PONANZAに敗れた山崎隆之八段(右端)=5月22日、大津市 電王戦では以後もコンピュータが棋士を圧倒しています。 そして現在。つながった数百台のコンピュータ(クラスタ)でもなく、1台の高性能のパソコンでもなく、ポケットに入るほどの大きさのスマホで動くソフトあっても、すでに驚くほどに強い。そういう段階に至っています。 コンピュータ将棋が強くなっていった過程を丁寧にたどっていけば、四十数年という歴史はとても長い。そこには開発者たちの悪戦苦闘の跡があります。 しかし、古くからの将棋愛好者にとっては、まるで夢でも見ているかのように、あっという間にも感じられるのではないでしょうか。想像を上回る現実の変化に、意識が追いついていない人がいたとしても無理はありません。 話を元に戻しましょう。現在の将棋界の「カンニング疑惑」に端を発する騒動は、事前に防ぐことは可能だったでしょうか。「コンピュータ将棋はすでに棋士よりもはるかに強い」「スマホでもたいていのことができてしまう」「将棋界はこれまで性善説に基づくルールでやってきて、それはよき伝統でもあるのだけれど、残念ながら現在はそうとばかりも言ってられない」 そうした正しい認識を持った人の意見を尊重し、対局場(主に東京・大阪の将棋会館の一部)に通信機材の持ち込みを厳格に禁止するなど、適切な措置を取っていれば、少なくともスマホをめぐっての無用のトラブルは防ぐことはできたはず。 後から振り返ってみれば、誰でもそう言えるでしょう。 現状を正しく分析し、前もって先を見通すのは難しい。しかし、何かしらの選択を迫られ、状況が悪くなった後であれば、何がよくて何がよくなかったのかはだいたいわかる。それはまさに、将棋そのものです。 将棋界が先を見通すことができず何かしらの対応を誤ったがために、現在ピンチに立たされているのは、どうにも皮肉なことと言わざるをえません。

  • Thumbnail

    記事

    それでも三浦九段を信じたい 「AI>棋士」の不等式が示す人間の弱さ

    に、活路を見出そうとしているのである。実際、強い将棋ソフト、囲碁ソフトが現れることで、これらのボードゲームを一種の「スポーツ」として楽しむ人口は着実に増えている。 医療や法律においても、将来、人工知能が分析や判断の「エンジン」として活躍するにしても、その意味合いを解説したり、人間関係に当てはめ、実施するという役割は、やはり、弁護士、医師がやることになるだろう。ジャンボ駒で対戦する子供たち=吹田市の浜屋敷 つまり、「人工知能>>人間」という不等式は基本的に避けられないが、そのことによって人間の仕事がゼロになってしまうのではなく、むしろ異なる役割が与えられるようになると予想されるのである。それにしても、今回の竜王戦の事態は、将棋ソフトという人工知能の台頭で、人間の内面が、いかに簡単に「メルトダウン」するかということを示したと言える。 確かに、人工知能に安易に頼ろうとするならば、私たちは、急速に堕落してしまうだろう。その一方で、棋士たちが、将棋ソフトを使って強くなるケースも出てきている。ソフトの精緻な分析と読みを、いわば自分の脳を来たる「脳ジム」として活用して、棋戦での成績を上げる人もいるのである。(もちろん、その場合、実際の対戦では一切将棋ソフトを参照しないという倫理観が必要なことは言うまでもない)。 人工知能を「脳ジム」として用いれば、法律知識でも、医療知識でも、自分の脳回路にある情報の量や質を高めることができるし、そのことは、専門職業人としての資質の向上につながるだろう。 将来、英語を習得しなくても、人工知能が自動翻訳してくれる可能性は高い。しかし、その場合でも、自分の脳の中に英語回路が叩き込まれることの価値は消えないだろう。英語習得は、一種の「スポーツ」になる。その過程で、たとえば、自分のボキャブラリーサイズに合わせて、難易度が適切な教材を用意してくれるなど、人工知能が「脳ジム」としてサポートしてくれるだろう。 将来必ず訪れる、「人工知能>>人間」の時代。人工知能の台頭は、人間の脳のメルトダウンにもつながるが、一方で、脳の「強靭化」に活かすこともできるのである。 メルトダウンか、強靭化か。サボったり、ごまかしたりするのか。それとも、人工知能を「脳ジム」として活かして、一種のスポーツとして脳を鍛えるのか。これからの人工知能時代には、それぞれの人の意志の強さと、選択で、脳のメルトダウンと、強靭化という二つの運命が分かれていくような気がする。「竜王戦事件」は、その始まりに過ぎない。

  • Thumbnail

    記事

    将棋界に世代交代の波? 「羽生世代」は曲がり角の時期なのか

    (THE PAGEより2016年7月25日分を転載) 将棋のトップ棋士、羽生善治三冠(45)が「不調」ではないかと、棋界で話題になっています。2016年に入り、王将戦の挑戦に失敗。自身ワーストとなる公式戦6連敗もあり、5月には28歳の若手、佐藤天彦八段(当時)を挑戦者に迎えた名人戦も1勝4敗で敗退、名人位を失いました。現在、防衛戦を行っている棋聖戦、王位戦もこれまでの羽生三冠らしからぬ将棋内容が目立っています。また、同年代のライバルで、十八世名人資格保持者の森内俊之九段(45)、永世棋聖資格保持者の佐藤康光九段(46)も、今年度は大きく負け越しています。元「週刊将棋」編集長の古作登氏(大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員)は「長きにわたって君臨した羽生世代だが、曲がり角の年齢に来たのではないか。ここ1年が羽生世代の分水嶺になる年になるかもしれない」とみています。『ヒカルの碁』に続くか? 囲碁マンガ『星空のカラス』 羽生三冠は史上3人目の中学生棋士としてプロデビュー。19歳で初タイトルとなる竜王を獲得し、翌年失冠したものの、4か月後には棋王を奪取。以後約25年間にわたり常にタイトルを持ち続けています。1996年には七大タイトルの独占を達成、これまでの通算獲得タイトル94期と歴代1位で史上最強の棋士ともいわれます。また、苦手戦法がないオールラウンダーぶりが強さの背景にあり、終盤の意表をつく勝負手で数々の逆転劇を起こしていることから「羽生マジック」とも呼ばれました。過去にもタイトルの増減はあったものの、一度失ったタイトルを再び取り返す姿も目立ち、成績が大きく落ち込んだことはありませんでした。羽生善治棋聖=7月1日、新潟市 しかし、2016年に入り、2勝1敗でリードしていた王将戦で3連敗し、挑戦に失敗。さらに名人戦では第2局で詰みがあった局面で詰みを逃して逆転負け。そのまま1勝4敗で敗れました。また若手の永瀬拓矢六段(23)の挑戦を受けている棋聖戦も2勝2敗と接戦。7月に始まった王位戦も初戦を落としています。棋聖戦第1局では無理と見られた攻めに出て、そのまま投了。第3局も逆転負けで、解説者からは「珍しいものを見た」という声も聞かれました。 7月22日現在の羽生三冠の2016年度の成績は7勝10敗。また森内九段は3勝7敗、佐藤九段は3勝7敗で、過去高勝率を誇った3人の成績としてはかなり厳しい数字といえます。「知の格闘技」コンディション維持が必要 古作氏は「名人戦は詰みを逃したのが明らかに影響し、そのまま敗れた印象が強い。ほかでも羽生さんのパンチが届かないまま終わった将棋も見られる」と指摘。 「長年複数タイトルを保持し、厳しい戦いを続けた“勤続疲労”がいよいよ出てきたのではないか。谷川浩司九段(十七世名人資格保持者)、中原誠十六世名人も45歳前後でタイトル戦線から遠ざかった。羽生さんも45歳で曲がり角の時期といえる。将棋は知の格闘技であり、トップを維持するにはコンディショニングが大事。その面で20歳代から30歳代前半の若手と比べ、40歳代中盤の不利は否めない。羽生世代がここ1年どう戦っていくか大変注目される」と話しています。羽生善治棋聖に永瀬拓矢六段が挑む将棋のタイトル戦 「第87期棋聖戦五番勝負」最終第5局。勝利した羽生棋聖 =8月1日、新潟市西浦区の高島屋 一方で、羽生三冠は最強のコンピューターソフトと対決するプロ棋士代表を決める棋戦「叡王戦」への参加を表明したことでも話題になりました。叡王戦はエントリー制で、羽生三冠は昨年の第1回は不出場。今季も参加を見送るという見方が多く、エントリー表明は波紋を呼びました。現在叡王戦では予選を突破し、決勝トーナメントに進出しているだけに、将棋ファンの間ではソフトとの対決への期待感は高まっています。「羽生さんの気持ちの中に、複数タイトルを保持している状態でソフトと対決したいという意識があるのかもしれない」(古作氏)。 棋聖戦第4局は羽生三冠が快勝してカド番をしのぎ、8月1日に決戦の最終局を迎えます。さらに初戦敗れた王位戦、9月からは王座戦と防衛戦が続き、その合間にもほかの棋戦と過密日程が続きます。大山康晴十五世名人は69歳で亡くなるまで将棋界トップのA級を維持し、56歳でタイトルを獲得、66歳でもタイトルに挑戦するなど超人的な活躍を残した棋士もいるだけに、今後羽生三冠が調子を立て直し、さらに伝説を残していくのか。ついに若手世代がタイトル戦線の主役となるのか注目されます。

  • Thumbnail

    記事

    「スマホ不正」で大荒れの将棋界 状況証拠だけの糾弾でいいのか

    ないかと思います。機器利用を法で禁じた例もある ちなみに、法律の元で運営がなされるカジノの世界では、ゲームを有利に進めることの出来るこの種の機器の利用が明確に法律で禁止されている国や地域もあります。以下、ネバダ州法465からの転載。「ゲームを有利に進めることの出来る機器、ソフトウェア、およびハードウェアの保持および利用の禁止」 運営免許を保持するゲーミング施設内で提供されるゲーム、もしくは免許保持者およびその関係者から提供されるゲームを有利にプレイすることを目的としてデザイン、制作、改良、およびプログラムされたコンピュータ、電子機器、機器的装置、もしくは如何なるソフトウェア、ハードウェア、およびそれらの組合せとなるものを利用、所持した人間、およびそれらをもって第三者をアシストしようとすることは違法である。それら機器には以下のようなものを含む: 1. ゲーム結果の確率を予測するもの 2. すでに利用されたカード、もしくはこれから使われるカードを記録する 3. ゲームに関連する事象の発生確率を分析する 4. ゲーム内のプレイや賭け手法の戦略を分析する 但し、委員会より許可・認証された機器の一環として提供されているものは除外する。 カジノゲームにおいてもブラックジャックやポーカーなどではこの種の機器を利用すると有利にプレイができるゲームもありますが、これら機器をカジノ内で利用して遊ぶことは違法となる(少なくともネバダ州では)のでご注意下さい。(公式ブログ 2016年10月20日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    電王戦「連敗」 将棋界はコンピューターとどう向き合うべきか 

    (THE PAGEより2014年5月23日分を転載) プロ棋士(人間)とコンピューターソフトが激突する将棋の団体戦「電王戦」は2年連続で人間側が敗北を喫したことで話題になりました。チェスやオセロに続き、「将棋もコンピューターが近々人間を追い越す」という声も強まっています。将棋界とコンピューターは今後どのような関係を作っていくべきなのか。コンピューター将棋に詳しい大阪商業大学アミューズメント産業研究所主任研究員の古作登氏(元週刊将棋編集長)に聞きました。 ――過去2年の電王戦を見てコンピューターの現在の実力をどう見ますか 「ソフトから見て7勝2敗1持将棋ですから、客観的に見てもすでにトップクラスの棋士(平均的なプロ棋士に対し7割以上の勝率)に並んだと言ってもいいのではないか。ただ部分的にみるとコンピューターの実力もあれと思わせる面もまだある。対決といった面で今が一番面白い時期だと思う」 ――印象に残った対局は 「一般的にコンピューターソフトは形勢判断を強気に設定し、思い切った踏みこみをするのが強みだ。だが第四戦のツツカナ対森下卓九段で見せたツツカナの戦いぶりは、人間が指しているような手厚い負けにくい指し回しで、どちらが森下さんかわからない感じで驚かされた。この指し方がやや優勢とみられた森下九段を戸惑わせ、逆転されてしまった印象がある」 ――次回電王戦が行われる場合、連敗したプロ側はタイトル保持者の投入が求められそうですが 「今年の棋士メンバーはタイトル保持経験者の屋敷伸之九段もいたが、順位戦のランキングからいえば5人全員がトップ20に入っているわけではなく、ベストメンバーだったとはいえない。次回やるとすれば現役タイトル保持者1人、トップ10クラス1人、残り3人はコンピューターと対戦する感覚に慣れている若手強豪棋士といった構成が求められるのではないか。ただプロ棋士にとってコンピューターに敗れることは選手生命の危機ととらえられる可能性もあり、プロボクシングの興行のようなうまいマッチメークをしないといけない。先手、後手各三回ずつの六番勝負といった形式もあるのではないか」第1期電王戦の第1局で、「PONANZA」に敗れた山崎隆之八段 =4月10日、岩手県平泉町の中尊寺 ――将来コンピューターソフトがプロ棋士の公式戦に参加すべきだと考えますか 「人間同士の対局は疲れや勘違いによって逆転する。不利な状況で勝負手を繰り出し相手を動揺させるといった勝負の楽しみがある。スポーツでもミスをしない選手はいない。間違いは恥ではなく逆に面白さを与え、棋譜に味ができるともいえる。だから既存の棋戦にコンピューターが出るのはなじまないのでは。やるなら別の棋戦を作った方がよい」――将棋界は今後、コンピューター将棋とどう向き合うべきと考えますか 「携帯電話やパソコンでネット対局ができ、タイトル戦も動画サイトで中継され人気になっているようにwebと将棋は相性がよく、将棋界の幅が広がるいい傾向にあると思う。電王戦も『黒船襲来』のようにとらえず、プラスに活用することが大切だ。私は以前から自分が指した将棋の棋譜をコンピューターに解析することをやっているが、それによって自分が陥りやすいくせ、ミスが出やすい状況がかなりわかった。現在51歳だが、近年もアマチュア大会で上位入賞できたのはコンピューターを使った取り組みの効果があったと思う。自分がまったく考えない手も提示してくれるし、コンピューターは人間を補助するものとして大変有用なのは間違いない」――人工知能研究の世界ではコンピューターの進化はさらに加速し、2045年ごろには人工知能が人類の知能を超えてしまうと予測する「2045年問題」という議論も出ています 「以前はコンピューターの将棋を見ると、これはコンピューターが指しているとわかることが多かったが、最近はコンピューターに人格があるような錯覚を覚えることがある。例えば局面評価の設定を強気からネガティブに見るように変えた場合、負けるのを怖がるコンピューターが出てくるのかといった疑問も生まれる。映画・2001年宇宙の旅では、意思を持つコンピューターが出てくるが、コンピューター将棋もそのような事態が起きるのか。興味はあるが、怖い気持ちもあります」

  • Thumbnail

    記事

    もはや棋士でも勝てない? 三浦九段の疑惑を招いた驚愕の「AI棋力」

    松原仁(公立はこだて未来大学教授) いま世の中を騒がせている将棋におけるスマホのカンニング問題について考えてみたい。なお、現時点では被疑者はシロと主張していて一部の関係者は限りなくクロに近いと主張していて、シロクロはわからない。以下の議論はこの問題のシロクロには関係ないという前提で進めたい(羽生善治氏が述べたように「疑わしきは罰せず」が大原則と考える)。「第84期棋聖戦」第4局大盤解説会の三浦弘行八段(当時)=2013年7月17日、新潟市岩室温泉の高島屋(瀧誠四郎撮影) 確認しておきたいことは、コンピュータ将棋の能力はすでにプロ棋士を含めた人間を超えているということである。このことは最近のさまざまなデータが証明している。最近のプロ棋士とコンピュータの対戦はコンピュータの性能に一定の制限が設けられている。 そのような制限があってもコンピュータの方が強い(強いというのは全勝するという意味ではなく、勝ち越すという意味である)。性能が高いコンピュータを使えばさらに強くなる。将棋の言い方をするなら香1枚、角1枚は強くなる。制限なしであればコンピュータが人間よりも圧倒的に強いのは明らかである。 トッププロ棋士であればまだ勝てるかもしれないという期待を抱いてはいけない。1勝は挙げることはできるかもしれないが、制限のないコンピュータ相手に勝ち越すことは不可能と言える。将棋関係者にとってはつらいことであろうが、この事実をまず認めなければいけない。いい勝負が演出できるとすれば、それはコンピュータの性能の制限を強くした場合に限られるということである。  このようにコンピュータ将棋が強くなったのはなぜであろうか。2000年代半ばに保木邦仁(現・電気通信大学准教授)が「ボナンザ」というプログラムに将棋で初めて機械学習を取り入れた。プロ棋士の大量(数万局以上)の棋譜から盤面の評価を行う関数をコンピュータが自動的に学習するようにしたのである。その「ボナンザ」がコンピュータ将棋で最強になったことから、他の人たちもこぞって機械学習の手法(ボナンザメソッドと呼ばれる)を取り入れて、それ以降プロ棋士のレベルまで強くなった。コンピュータ将棋はなぜ強くなった プロ棋士のレベルまで強くなるには、いま書いたようにプロ棋士の棋譜からの機械学習が有効だったのだが、コンピュータがプロ棋士のレベルに到達した最近は、プロ棋士の棋譜がコンピュータにとってよい学習データではなくなってきた。プロ棋士には失礼ながら、コンピュータよりも弱い人間の棋譜はもはや参考にならないのである。いまはコンピュータ将棋同士が対戦をしてその棋譜から機械学習をしている(強化学習と呼ばれる手法である)。インターネット上で強いコンピュータ同士が24時間ずっと対局していてコンピュータ同士の大量の棋譜が生産されている。いまはそれが学習データになっているのである。 プロ棋士の棋譜から機械学習をしていたときはコンピュータ将棋は人間のような手を指していた。学習データが人間のものだったので、コンピュータ将棋が人間の定跡をなぞるようになるのは当然であった。いまや学習データはコンピュータ将棋同士の棋譜である。したがって人間とは異なるコンピュータ独自の手を指すようになってきた。最近のコンピュータ将棋の指し手がプロ棋士にとっても意外なものが多いのはそのためである。 2016年3月にコンピュータ囲碁の「アルファ碁」がイ・セドルというトップレベルの棋士に圧勝したが、この「アルファ碁」もコンピュータ将棋同様に強化学習でコンピュータ同士の対戦で強くなったものである。「アルファ碁」もイ・セドルが理解できない手をいくつも打っていたことが知られているが、それは「アルファ碁」がコンピュータ同士で対戦して機械学習をしたことによる。  そのような現状認識に基づけば、コンピュータ将棋を使えば人間よりもよい手を見つけることができるのは確かである。スマホに直接載っている将棋のアプリはパソコンに載っているものよりは弱いが、それでもプロ棋士にとって十分に参考になるレベルだと思われる。またスマホ経由で性能が高いパソコンなどに接続することも技術的に可能である(方法を教えてもらえばそれほど難しくはない)。そうすれば明らかにプロ棋士よりも強い。ということで、スマホの持ち込みが制限されていない状況では、スマホによるカンニングには明らかに効果があり、実行も可能な状況であった。身内の棋士を疑う状況 チェスは20年近く前に世界チャンピオンがコンピュータに負けていて、いまは圧倒的にコンピュータの方が強い。人間同士のチェスの重要な対局は電子機器は持ち込み不可というルールがかなり前から常識になっている。金属探知機で調べることもよくなされている。それでもチェスではスマホなどのカンニングが何度も起きている。  終盤に一手ごとにおなかを壊しているという理由でトイレの個室にこもって出てきて、いい手を連続して指していたプロ棋士がいた。彼は疑われてその個室を調べたら彼のスマホが隠してあって、接続記録を調べたらコンピュータチェスにつながっていて、それと同じ手を指していたことが判明した。彼は当然失格処分になった。将棋もチェスにならってスマホ持ち込み禁止のルールにしておけばよかったのだが、身内の棋士を疑うようで嫌だ、コンピュータより弱いことを公式に認めるようで嫌だ、などの理由で見送りになっていた。今回、カンニング問題が起きてみると、将棋界も数年前にはルール化しておくべきであった。いままさに身内の棋士を疑う状況になってしまっているのである。 人工知能はあくまで人間の道具であり、人工知能が進歩することによって人間はよりよい生活が営めるようになるはずである。しかし人工知能の進歩の過程でそれを人間が受け入れるには一定の時間がかかると思われる。その途中にはさまざまな不具合が起きる可能性がある。今回のカンニング問題もその不具合の一つである。この問題を貴重な教訓として人間と人工知能がうまく折り合いをつける方策を考えていきたい。

  • Thumbnail

    記事

    もはや棋士でも勝てない? 三浦九段の疑惑を招いた驚愕の「AI棋力」

    松原仁(公立はこだて未来大学教授) いま世の中を騒がせている将棋におけるスマホのカンニング問題について考えてみたい。なお、現時点では被疑者はシロと主張していて一部の関係者は限りなくクロに近いと主張していて、シロクロはわからない。以下の議論はこの問題のシロクロには関係ないという前提で進めたい(羽生善治氏が述べたように「疑わしきは罰せず」が大原則と考える)。「第84期棋聖戦」第4局大盤解説会の三浦弘行八段(当時)=2013年7月17日、新潟市岩室温泉の高島屋(瀧誠四郎撮影) 確認しておきたいことは、コンピュータ将棋の能力はすでにプロ棋士を含めた人間を超えているということである。このことは最近のさまざまなデータが証明している。最近のプロ棋士とコンピュータの対戦はコンピュータの性能に一定の制限が設けられている。 そのような制限があってもコンピュータの方が強い(強いというのは全勝するという意味ではなく、勝ち越すという意味である)。性能が高いコンピュータを使えばさらに強くなる。将棋の言い方をするなら香1枚、角1枚は強くなる。制限なしであればコンピュータが人間よりも圧倒的に強いのは明らかである。 トッププロ棋士であればまだ勝てるかもしれないという期待を抱いてはいけない。1勝は挙げることはできるかもしれないが、制限のないコンピュータ相手に勝ち越すことは不可能と言える。将棋関係者にとってはつらいことであろうが、この事実をまず認めなければいけない。いい勝負が演出できるとすれば、それはコンピュータの性能の制限を強くした場合に限られるということである。  このようにコンピュータ将棋が強くなったのはなぜであろうか。2000年代半ばに保木邦仁(現・電気通信大学准教授)が「ボナンザ」というプログラムに将棋で初めて機械学習を取り入れた。プロ棋士の大量(数万局以上)の棋譜から盤面の評価を行う関数をコンピュータが自動的に学習するようにしたのである。その「ボナンザ」がコンピュータ将棋で最強になったことから、他の人たちもこぞって機械学習の手法(ボナンザメソッドと呼ばれる)を取り入れて、それ以降プロ棋士のレベルまで強くなった。コンピュータ将棋はなぜ強くなった プロ棋士のレベルまで強くなるには、いま書いたようにプロ棋士の棋譜からの機械学習が有効だったのだが、コンピュータがプロ棋士のレベルに到達した最近は、プロ棋士の棋譜がコンピュータにとってよい学習データではなくなってきた。プロ棋士には失礼ながら、コンピュータよりも弱い人間の棋譜はもはや参考にならないのである。いまはコンピュータ将棋同士が対戦をしてその棋譜から機械学習をしている(強化学習と呼ばれる手法である)。インターネット上で強いコンピュータ同士が24時間ずっと対局していてコンピュータ同士の大量の棋譜が生産されている。いまはそれが学習データになっているのである。 プロ棋士の棋譜から機械学習をしていたときはコンピュータ将棋は人間のような手を指していた。学習データが人間のものだったので、コンピュータ将棋が人間の定跡をなぞるようになるのは当然であった。いまや学習データはコンピュータ将棋同士の棋譜である。したがって人間とは異なるコンピュータ独自の手を指すようになってきた。最近のコンピュータ将棋の指し手がプロ棋士にとっても意外なものが多いのはそのためである。 2016年3月にコンピュータ囲碁の「アルファ碁」がイ・セドルというトップレベルの棋士に圧勝したが、この「アルファ碁」もコンピュータ将棋同様に強化学習でコンピュータ同士の対戦で強くなったものである。「アルファ碁」もイ・セドルが理解できない手をいくつも打っていたことが知られているが、それは「アルファ碁」がコンピュータ同士で対戦して機械学習をしたことによる。  そのような現状認識に基づけば、コンピュータ将棋を使えば人間よりもよい手を見つけることができるのは確かである。スマホに直接載っている将棋のアプリはパソコンに載っているものよりは弱いが、それでもプロ棋士にとって十分に参考になるレベルだと思われる。またスマホ経由で性能が高いパソコンなどに接続することも技術的に可能である(方法を教えてもらえばそれほど難しくはない)。そうすれば明らかにプロ棋士よりも強い。ということで、スマホの持ち込みが制限されていない状況では、スマホによるカンニングには明らかに効果があり、実行も可能な状況であった。身内の棋士を疑う状況 チェスは20年近く前に世界チャンピオンがコンピュータに負けていて、いまは圧倒的にコンピュータの方が強い。人間同士のチェスの重要な対局は電子機器は持ち込み不可というルールがかなり前から常識になっている。金属探知機で調べることもよくなされている。それでもチェスではスマホなどのカンニングが何度も起きている。  終盤に一手ごとにおなかを壊しているという理由でトイレの個室にこもって出てきて、いい手を連続して指していたプロ棋士がいた。彼は疑われてその個室を調べたら彼のスマホが隠してあって、接続記録を調べたらコンピュータチェスにつながっていて、それと同じ手を指していたことが判明した。彼は当然失格処分になった。将棋もチェスにならってスマホ持ち込み禁止のルールにしておけばよかったのだが、身内の棋士を疑うようで嫌だ、コンピュータより弱いことを公式に認めるようで嫌だ、などの理由で見送りになっていた。今回、カンニング問題が起きてみると、将棋界も数年前にはルール化しておくべきであった。いままさに身内の棋士を疑う状況になってしまっているのである。 人工知能はあくまで人間の道具であり、人工知能が進歩することによって人間はよりよい生活が営めるようになるはずである。しかし人工知能の進歩の過程でそれを人間が受け入れるには一定の時間がかかると思われる。その途中にはさまざまな不具合が起きる可能性がある。今回のカンニング問題もその不具合の一つである。この問題を貴重な教訓として人間と人工知能がうまく折り合いをつける方策を考えていきたい。

  • Thumbnail

    記事

    疑惑渦中の三浦弘行九段の親戚「変な気起こさないか心配」

     将棋界で最高段位の九段にあるプロ棋士が起こした“カンニング騒動”。渦中の三浦弘行九段(42)は反論文で身の潔白を訴えるなど混迷を深めている。 三浦九段は対局中に席を離れ、スマホで将棋ソフトを使ってカンニングしたとの疑いで、10月12日に日本将棋連盟(以下、連盟)から今年12月末までの出場停止処分を受けた。三浦九段は、竜王戦(主催・読売新聞社)の挑戦権を獲得したが、10月15日の開幕目前に処分を下され、挑戦者は差し換えられた。2016年将棋日本シリーズの開催記者発表会に出席した2015年JT杯覇者の三浦弘行氏=東京都渋谷区 竜王戦中止という“最悪の事態”を免れた読売と違い、“災難”が降りかかってきたのがNHKだ。処分が発表された時点で毎週日曜日に放送しているNHK杯将棋トーナメントの三浦九段と橋本崇載八段(33)の対局を収録済みで、10月23日に放送予定と公表してしまっていた。 しかも橋本八段は、処分発表翌日にツイッターで〈(三浦九段を)1億%クロだと思っている〉と投稿(現在は削除)。橋本八段を直撃すると、「今回の騒動で将棋界に対するイメージダウンは避けられず、ただただ残念です」と語るのみ。あるNHK関係者は「竜王戦に配慮してあのタイミングの処分だったのだろうが、NHK杯はおかしなかたちで注目されてしまい、赤っ恥ですよ」とため息をつく。 処分発表に先立って連盟から連絡や相談があったのかについて、NHKは、「ありません」(広報局)と回答した。 三浦九段はいま、何を思うのか。群馬県高崎市の自宅は留守のままだった。三浦九段の親戚はこう明かす。「疑惑が出た直後には、電話で『俺はやっていないし、(竜王戦挑戦を)辞退するといった覚えもない』といっていた。いまはまったく連絡が取れない状態で、思い詰めて変な気を起こしていないか心配です」 連盟とスポンサーであるメディアまで巻き込んだ騒動は、棋界の姿を大きく変えることにもなりそうだ。 連盟はすでに対局中のスマホなど電子機器の持ち込みを禁止する内規を12月から導入することを決定した。『ドキュメント・コンピュータ将棋』(角川新書)などの著書のあるライター・松本博文氏はこう語る。「今回、三浦九段の疑惑で『離席』に白い目が向けられるようになりましたが、かつては、連盟の会長も務めていた大山康晴・15世名人(享年69)は、対局中に離席して会長としての事務処理作業をこなし、それでもなお対局に勝っていたという逸話もある。そうした棋士の人間味を表わすようなエピソードはもう生まれないかもしれません」 将棋界は、大きな分岐点に立っている。関連記事■ 将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」■ 将棋界激震のカンニング疑惑 囲碁界は大丈夫か■ 佐藤紳哉六段 電王戦でカツラがズレること心配し着用を迷う■ 大忙しの加藤一二三九段の一日と対局中に定食2つ完食の伝説■ 羽生善治の強さの秘密を最古参棋士加藤一二三九段が論じた書

  • Thumbnail

    記事

    将棋カンニング問題 疑惑を決定的にした「6七歩成」

    「九段」という将棋界で最高段位にあるプロ棋士が起こした“カンニング騒動”。渦中の三浦弘行九段(42)は反論文で身の潔白を訴え、将棋連盟やスポンサーもそれぞれの思惑を抱えて大混乱に陥っている──。 対局中に席を離れ、スマホで将棋ソフトを使ってカンニングしたとの疑いで、10月12日に日本将棋連盟(以下、連盟)から今年12月末までの出場停止処分を受けた三浦九段。疑惑が出始めたのは、今年夏のことだった。「対局中に頻繁に席を立つようになり、『三浦九段は将棋ソフトを見ているのではないか』という噂が流れ始めた。8月には全棋士に対して『対局中の離席を控えるように』との通知が出されたが、それは三浦九段への警告の意味が含まれていたと思う。実際に7月以降の主要な対局における三浦九段の指し手をある強豪ソフトで解析してみると、不自然なまでに指し手が一致していた」(連盟関係者)『ドキュメント・コンピュータ将棋』(角川新書)などの著書のあるライター・松本博文氏が解説する。「関係者の間で話題となったのが、7月26日、棋界最高位である竜王戦の挑戦者決定トーナメントの準決勝です。終盤、三浦九段は離席から戻った後、『6七歩成』という一手を指します。 その一手は、一見すると自玉が危うくなるように見えるものの、先の先まで読んでいくと勝ちにつながるという、プロでもなかなか指せない一手で、その“超人的な読み”がきっかけで、対局相手や周囲から疑念を抱かれるようになった」 三浦九段は棋界の“トップ10”である順位戦A級棋士だが、「パソコン上で動くソフトは以前から、明らかにプロ棋士よりも強い。そして現在、スマホ上で動くソフトであっても、やや力は落ちるものの、それでも十分に強い」(同前)という現実があるからこそ生まれた疑惑だった。疑問を完全否定 7月の疑惑の一局後もトーナメントを勝ち進んだ三浦九段は、竜王戦の挑戦権を獲得。しかし、10月15日の開幕目前に処分を下され、挑戦者は差し換えられた。 三浦九段は10月18日、弁護士を通じて一連の疑惑は〈全くの濡れ衣〉とする反論文を発表。同じ日に『NHKニュース7』の独占インタビューに応じ、「対局中に絶対にソフトを使っていませんし、そもそもスマートフォンに分析ができる将棋ソフトが入っていません」 と、疑問を完全否定した。 一方、2日後の20日には、10月3日の対局で三浦九段に敗れた渡辺明竜王(32)がカンニング疑惑について「間違いなく“クロ”」と断定する実名告発を掲載した『週刊文春』が発売された。 こうした批判の応酬となるのは、ソフトと三浦九段の指し手の一致率といった状況証拠はあるものの、物証はゼロだからだ。そうした状況でなぜ、連盟は出場停止処分に踏み切ったのか。前出・松本氏がいう。「竜王戦七番勝負の開幕直前に疑惑が浮上したことで、連盟は厳しい選択を迫られた。開幕後に疑惑が表沙汰になれば、竜王戦が中止に追い込まれかねない。そうなると、主催者であり、3億円以上もの多額の契約金(そのうち優勝者賞金は4320万円)を拠出する読売新聞社に対しても言い訳できない状況になる」 それを避けるために、急な処分となったとみられているが、連盟はこう説明する。「三浦九段が疑念を持たれた状況では対局できないので(竜王戦を)休場したいと申し出てきた。それで休場届を出すように伝えたが提出されなかったため、出場停止処分とした」(広報課)関連記事■ 将棋界激震のカンニング疑惑 囲碁界は大丈夫か■ ラーメン大好き小池都知事 野方ホープ全部のせ完食■ 将棋・橋本崇載八段 二歩の直前は「究極の一手を探してた」■ 将棋界を騒然とさせた羽生善治「3連続上座奪取事件」を回顧■ 関東連合元最高幹部が実名告白「逃げてると思われるのが嫌」

  • Thumbnail

    記事

    感情と無縁のコンピューター「将棋」は本当に強いと言えるのか

    い換えると、「1人対多数のパソコン」なわけで、多勢に無勢のようにも思う。将棋は、極論すると「選択肢のゲーム」なので、駒をどう動かすとどうなるかであり、原因と結果が予測しやすい。それゆえ、コンピュータで計算できるものだ。  その選択肢を、「1秒間に約2億7000万局面」も計算できるのであれば、人間のプロ棋士といえどもかなわない気がする。人間では、数十局面くらいしか読めないのではないだろうか? というか、人間同士の対戦の時は、選択肢はもっと少ないように思う。  また、人間の棋士には「感情」があり、劣勢になったときには焦りや緊張感によって、冷静な判断力が失われる場合もあるだろう。対して、コンピュータは感情とは無縁であり、ただ、ただ次なる最適の選択肢を計算するだけだ。コンピュータが強かったのは事実だろうが、それは人間ゆえのハンデがあったからではないだろうか?「PONANZA」に敗れた山崎隆之八段=4月10日、岩手県平泉町  ランダムな要素が入る、「ポーカー」や「花札」だと、コンピュータは苦手だ。たとえ量子コンピュータが実現したとしても、「ポーカー」や「花札」は確率や運が左右するため、コンピュータが必ず勝てるわけではない。  「花札」といえば、アニメ映画「サマーウォーズ」での対戦シーンが印象的だった。物語中にはスパコンも登場するが、スパコンであってもランダムな確率が左右するゲームでは、常に有利とは限らない。確率そのものはコントロールできないからだ。コンピュータ知性と対決するために「花札」を選んだのは、人間の感情的なハンデをクリアする上で、最適な方法だともいえる。「将棋」を選んでいたら、確実に負ける(笑)。  この電王戦は、いわば無差別級の格闘技みたいなもので、人間がゼントラーディ(超時空要塞マクロス)の巨人と戦っているようものだ(笑)。ソフトを作っているのは人間だから、いかにアルゴリズムを組むかという作り方も問題ではあるが、ハードの処理能力が桁違いに大きければ、複雑なプログラムを組んでも瞬時に結果を出せてしまう。 F1にはレギュレーションがあるように、電王戦にもある程度の制限は必要なのかもしれない。ハードのスペックが無制限だったら、いくらでも計算能力を高めることができてしまうからだ。(公式ブログ 2013年4月22日分を転載)

  • Thumbnail

    テーマ

    「ポケモンGO」がすぐに飽きられた理由

    熱が冷めてしまいました。いまだ話題は尽きないようですが、こんなにも早く飽きが来るのには、どうやらこのゲームならではの理由もあるようで…。

  • Thumbnail

    記事

    「ポケモンGO」なんぞ生ぬるい!

    らすれば、スマホでピカチュウとかイーブイを捕獲できるという『ポケモンGO』はまさしく我が意を得たりのゲームであり、すわ『ポケモンGO』ブームと聞いて早速DL(ダウンロード)を試みようと思ったができない。 どうも、私の使っているKDDIのアローズFJL22という機種は、『ポケモンGO』に非対応とある。高い金を払い機種変をしてまでやるつもりもないし、さりとて逡巡していると任天堂の業績には影響限定と報道され、くだんの会社の株価はS安になるわ、7月半ばから2週間と経たないうちに「ブームは下火」の報道。そこへきて『ポケモンGO』狂騒も7月最後の都知事選投開票の話題で消し飛んだ格好。急激なブームを迎えるゲームは、そのブームの終焉もまた急激だ。『たまごっち』をめぐる狂騒、『たまごっち』欲しさから全国で恐喝や窃盗、強盗の犯罪事案が相次いだ先行事例をもうお忘れか。 しかしもはや消え入りつつある『ポケモンGO』だが、普段ゲームなど無頓着な御仁が、したり顔で「人種や国籍を超えて世界に広がるゲームは初めて」などという趣旨で論評しているから胸糞が悪い。「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」は『ポケモンGO』が初めてではないぞよ。当然、『マリオ』シリーズはもとより、アーケードの『ストリートファイター』も1980~90年代当時、人種や国籍を超えて世界に広がった日本産ゲームである。 だがやはり、「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」の金字塔といえば、SLG(シミュレーションゲーム)の類であろう。代表的なものは『シムシティ』。米企業マクシスが1989年に発売したこのゲーム、ゼロから自分の描いた街を創造するSLGの金字塔であり、いまなお後継シリーズが発売され、世界中に山のような愛好家がいる。人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム SLGに共通する特徴だが、ユーザーが自分勝手にMOD(改変データ)を付け加えられる、という点だ。シムシティシリーズでは特に『シムシティ4』でユーザー発のMODが頻繁に交換され、世界中のユーザーが競ってMODを導入した。 例えばドイツのユーザーはドイツ風の古城MODを自作して頒布、日本のユーザーなら「昭和風街並み」「京都風街並み」などのMODを自作頒布するといった具合で、世界共通のコミュニティサイトもできた。まさに「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」こそシムシティである。筆者も、何千年時間プレイしたかわからない(数十万人都市として繁栄した後で、自然災害で街を全部ぶち壊す楽しみも世界共通のようだ)。 さらに「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」でいえば、『シヴィライゼーション』シリーズと、『エイジ オブ エンパイア』シリーズは外せない。前者はターン制ストラテジーゲーム、後者はリアルタイムストラテジーゲームで、プレーヤーが選択する文明の指導者になり切り、戦争や外交で自文明を勝利に導くというもの。独仏米英中露日印韓といった主要文明・国はもとより、イロコイやアラブ、ソンガイ王国など「人種や国籍」のバランスに慎重に配慮したゲームになっている。それがゆえに、「欧米偏重」などという謗りを受けることなく、世界中で「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」として愛され続けている。 この両作も筆者はそれぞれ何千時間プレイしたかは知らないが、特に『エイジ オブ エンパイア』シリーズではリアルタイムの通信対戦が可能なことから、様々な国の廃人ゲーマーと対戦する機会を得た。 すると、同じゲームのユーザーとは不思議なもので、人種も国籍も違うのにある種のコモンセンスが共有されるのである。たとえば「ラッシュ禁止」というユーザールール。ラッシュとは、文明が十分に育っていない段階で敵対ユーザーの根拠地に機動性のある騎兵やそれに随伴した歩兵集団などを侵攻させ、かの地を根こそぎ凌奪する行為であり、これを行うことは著しいゲームバランスの欠如を生むことから厳禁とされた。言葉も文化も違う日本とウクライナのユーザーが、共にこのルールを守るのだから、ゲームというのはつくづくかすがいであるなと思う。食指が向くまでもなくブームは終わる このほかにも、第二次大戦を舞台とした『ハーツ オブ アイアン』(パラドックス)があるが、これはもう、世界共通に廃人を生み出しているゲームなので本当にやめた方がよい。筆者は1936年の日本でプレイして徐々に政体スライダーを民主制に傾けていく王道プレイが好きなのだが、うっかりすると原稿をほっぽり出して数日間プレイしてしまうという、国際的にある意味危険極まりないゲームである。 このゲームも、世界中のありとあらゆる国家の指導者になり切ることができ、例えばブータン国王やフィンランド首相として第二次大戦を生き延びることが可能な、無限の可能性を秘めたストラテジーゲームの傑作であり、ユーザーによるさまざまなMODが準備、頒布されているのである。 と、勢い「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」を俯瞰してみたが、どれも共通しているのはゲームとしての完成度が高く、そしてユーザーによるMODを許可しているという点だ。熱心なユーザーは、開発者が用意した既存の枠組みでは物足りなくなり、必ずセルフ・カスタマイズを要求する。「人種や国籍を超えて世界に広がるゲーム」は、必ずMOD導入の自由度が高い。 それに比して『ポケモンGO』は、聞くところによるとMOD導入は可能なようだが、どの程度なのかは疑わしい。が、不可能ではないようだ。問題はそのMODのバリエーションの多寡だが、そもそも『ポケモンGO』を全然プレイしていない筆者は、その評価が判然とせぬ。 どのみち、「1936年シナリオのスペイン(フランコ派)プレイで英仏領アフリカに装甲車付き民兵師団で侵攻し、ラテンによる有色人種の解放を目指すフランコ版八紘一宇プレイ」等というめちゃくちゃな国策にヒャッハーしている重度の「ハーツ オブ アイアン」オタの筆者(あるいは、アルゼンチンプレイで速攻枢軸入りし、ブラジルをボコって南米統一プレイも)からすると、若干生ぬるくも見える『ポケモンGO』などに食指が向かうまでもなく、そうして向かうまでもないうちにブームも終わっていくというのであるから、ここは自然の摂理に任せ悠々静観するのが吉と思う。

  • Thumbnail

    記事

    「ポケモンGO」は世界を制したクソゲー ハリボテだから飽きられる

    イ。 ポケモンというコンテンツの活用、Googleから独立した米国企業とのコラボ、据え置き型や携帯型ゲーム機ではなくスマホを利用したこと、リアルとバーチャルの融合、外に出て遊ぶスタイル、地域振興への貢献の可能性、誰にでも遊べるゲームシステム、「ガチャ」などに頼らない課金システム、グローバルなコンテンツなど、同作品が評価される点も皆さんご存知のことだろう。批判や懸念は大衆が熱狂している証 そして、一部は前述したが、熱中しすぎてマナーが問題となること、犯罪の機会が生まれてしまうこと、「不謹慎」と言われそうな場所でのプレイが問題となることなども、すでに指摘されてきたとおりだ。これまた、「不謹慎」な言い方ではあるが、このような批判や懸念が生まれるのは、同作品がブームになっていること、大衆を熱狂させる商品・サービスであることの証拠だろう。これは今に始まったわけではなく、子供や若者を熱狂させるコンテンツというのは、社会現象になる一方で、社会問題にもなるものだ。 思えば、『仮面ライダー』やプロ野球のカードがついてくるポテトチップスがブームになった頃は、お菓子を食べずに捨てることが問題となった。「ビックリマンチョコ」だってそうだ。ファミコンが流行した頃は、ゲームに熱中しすぎることが問題となり、「ファミコンは一日、一時間」というマナーを名人が啓蒙活動を行うなどの取り組みも行われた。販売手法でも、人気タイトルとの「抱き合わせ販売」が問題となった。『機動戦士ガンダム』のプラモデルが流行した時には、売り場で将棋倒しが起きた。 この手の問題というのは、一部、注目が集まるがゆえに必要以上に可視化されることだってある。時にそれはネガティブキャンペーンのようなものになる。「成人式、荒れる若者たち」なんていう絵を撮るために、その手の問題がいつも起こっているエリアでカメラをスタンバイするようなものだ。だいたい、ポケモンGOが助長している側面はあるとはいえ、歩きスマホはもともと問題なのである。ポケモンGOの問題と、切り分けづらいものであることも意識しなくてはならない。 やっと本題だ。身も蓋もない話だが、ポケモンGOがスゴイのは「世界を制したクソゲー」だということだ。「クソゲー」とは何か? 面白くないもの、ゲームの設定や難易度に無理があるものなどのことを指す。産経新聞のような全国紙が運営するサイトでお下品な言葉を使うことは大変に緊張してしまったが、この現象を説明するためにこれほど最適な言葉はないのでご容赦頂きたい。『ポケモンGO2』こそ本物である 率直に、私はあっという間に飽きてしまった。東京の下町に住んでいるが、見渡すかぎり、ポケスポットはあまりなく、ゲームもポケモンと出会ったらボールを投げるだけ。たまに、動作が不安定だったり、現在地がずれたりもする。バッテリーの関係もあるので、スマホを起動させ続けるわけにもいかない。なんせ、『ポケモン』のことを知らない。どれがレア物のポケモンなのかも分からない。我々中年にとっては、ピカチュウよりも生中なのである。 実際、いくつかの報道ではもう海外でも日本でも飽き始めているユーザーがいることが指摘されている(もっとも、米国でも日本でもTwitter並みのアクティブユーザー数だという報道もあるが)。私もとっくに飽きてしまった。移動中に、「ちょっと起動してみようか」というくらいで、最近ではやっていたことすら忘れてしまった。飽きさせない仕掛け、畳み掛けるようなイベント設定などが弱かったと言えないか。リアルとネットの融合と言われていたが、ハリボテ感にもがっかりしてしまった。ARとVRは違うのだ。東京都墨田区の公園で「ポケモンGO」に熱中する人々 あっという間に世界を熱狂させ、株式市場にも期待感が広がったこと、街や電車でもプレイする人をよく見かけることなど、メディアでいつも取り上げられていることなどを見ると、社会現象であることは間違いないのだが。何がスゴイかというと、クソゲーなのに世界を制してしまったことではないか。 私は「ポケモンGO2」的なものこそ、本命だと見ている。強力なキャラパワーやスマホのテクノロジーを活かし、ネットとリアルを融合させた、グローバルにウケるコンテンツが今後、登場することだろう。 というわけで、ポケモンGOは世界を制覇したクソゲーとして語り継がれるだろう。そして伝説へ、というわけだ。「バンゲリング・ベイ」も「いっき」も「たけしの挑戦状」もやりようによっては世界を制したのではないかと思えてきた、という四十男にしか分からないネタで本稿を締めくくることにしよう。

  • Thumbnail

    記事

    「ポケモンGO」が開いたARというパンドラの箱

    いて任天堂は以前から心得ている。1983年、同社がファミリーコンピュータを発売し、これが家庭用テレビゲームの事実上のデファクトスタンダードとなったのは機能を思いっきり削除し、徹底的に操作を単純化してしまったからだ。 ソフトはカセットロムをスロットに装着するだけ。コントローラーも十字型ボタンと丸ボタン二つ。コントローラーのかたちはペラペラで踏んでも壊れない。しかもコードで繋がっているのでなくすこともない。おまけにコントローラー(二つ)を収納するスロットまでもが本体に用意されていた。一方、他のゲームハードはキーボードを備えていたり、パソコン代わりになったりなど多機能だったが、代えってそれが操作が複雑化し、実態を解りづらくし、ユーザー気を引くことができなかったのだ。ポケモンGOはシンプル+管理、この二つがARという馴染みにくいテクノロジーに人々を引き寄せたのだ。 次にグーグルグラスとどう違うか。これは言うまでもないだろう。あんなメガネを誰が装着したいと思うだろうか?というより、それだけのためにメガネを装着することの理由が見当たらない。しかもスマホと同価格(というかむしろ高額)。で、なんのために使うのかすらわけらないものに人は食指を伸ばしたりはしない(唯一、わけのわからないもの近年手を伸ばしたガジェットがAppleWatch。これは「Appleだからなんかやってくれるに違いない」というApple信者向けのグッズだったからだろう。ただし、Appleの新開発商品としては売れ行きはすこぶるよろしくない)。 一方、ポケモンGOは高額でないどころかタダだ(ゲーム内課金あり)。もちろんスマホは必要だけれど、もはやスマホの所有はもはやあたりまえなので、ようするにカネがかからない。で、いつも持っているのでやりたいときにサッと取り出してやることができる。手間いらずなのである。ポケモンGOが涵養するわれわれのARメディアリテラシーポケモンGOが涵養するわれわれのARメディアリテラシー こうやって考えてみると、ポケモンGOがわれわれに涵養、つまりジワジワとたたき込もうとしている新しいメディアの姿が見えてくる。それがARなのだ。これまでなんだかわけのわからなかったもの。ところが、これを普段所有しているスマホを使って実にシンプルなかたちでその使い方を教授してくれる、それがポケモンGOなのだ。言い換えれば、われわれはポケモンGOに熱狂しながら、実はARという新しいメディアテクノロジーをわれわれの日常に置こうとしているのだ。 ARはセカイカメラやグーグルグラスが志向したように、大きな可能性を秘めている。ポケモン自体はエアタグと同じ機能だが、これがセカイカメラのように様々な情報のタグとなったときにはわれわれのメディアライフを変えてしまう可能性が高い。つまり、どこかにいって何かを調べようと思ったときに、まずやろうとするのがスマホのカメラをそこにかざすということになる。もちろん、情報が管理されていること、言い換えればコスモスが用意されていることが前提になるけれど(そうしない場合はセカイカメラの二の舞になる)。 そしてもう一つ、ポケモンGOのARだけがヒットした理由がある。それは、コンテンツがポケモンだったからだ。30台半ばより下はポケモンに馴染んでいる。当然、ポケモンの遊び方も知っている。それがスマホを利用することでリアルワールドで遊ぶことができる。自分もサトシになれる。だからやりたくなる。夢中になる。だがポケモンGOに熱狂しているとき、ユーザーにはARを操作している認識はこれっぽっちもない。彼らは純粋にポケモンをゲットしている。かつての任天堂のドン山内溥は「人は機械が欲しくてゲーム機器を買うんじゃなくて、ゲームがやりたくて機械を買うのだ」と断言していた。そのとおりで、今回もユーザーはポケモンGOがやりたくてやっているだけ。でも結果としてARを操作している。だから、ARというわけのわからないテクノロジーに恐れることもない。いや、恐れを知らないのだ。だって、いつもの「ポケモン、ゲットだぜ!」なんだから。 ただし、そこにこそポイントがある。こうやってポケモンGOに熱狂する。もちろん、いずれこのゲームが飽きられるときが来るだろう。ただし、ユーザーに共通して残るものがある。それこそがARを操作するスキル=メディア・リテラシーだ。これが無意識のうちに身についてしまえば、あとはどんなARが出現しようが難なく手を伸ばすだろう。洗濯機を、電子レンジを、そしてスマホを操作するように。先頃アップルのCEOティム・クックはポケモンGOの成功を讃え、Appleが今後AR技術に注力していくことを発表したが、これは完全に正解だ。いずれわれわれはAR世界の中に身を置くことになる。ポケモンGOは、その効用を実感させられた瞬間なのだ。われわれはポケモンGOというコンテンツを借りながらARの使い方のトレーニングを受けている。これが、ポケモンGOがわれわれの近未来のメディアライフに与える大きな変化だろう。 ポケモンGOはわれわれにARライフとというパンドラの箱を開いたのだ。(ブログ「勝手にメディア社会論」より2016年8月3日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    「ポケモンGO」は真夏の夜の夢 スポットから人影が消えていくワケ

    で社会現象といえる規模の爆発的なヒットとなっているようです。 先行して世界的にヒットしていた位置情報ゲームである「イングレス」のコンセプトとユーザーがつくったゲームデータに、こちらはさらに輪をかけたモンスター級の世界的なヒットキャラクターである任天堂さんの「ポケモン」をキャラクタービジネス的に配したのがポケモンGOと、まずはざっくり最初に定義しておきましょう。 その組み合わせの妙は、このゲームの生みの親であるNianticのジョン・ハイケが言うように、チョコレートとピーナッツバターのように相性が良かったというところでしょうか。イングレスはサービス開始後数年間で一千万超のダウンロード数でしたが、ポケモンGOはリリース一ヶ月にも満たない現在で、すでに一億ダウンロードを突破しているそうです。そんなわけで、この炎天下の日本でも、スマフォ片手に路上をポケモンGOユーザーが行きかう光景が日々見られているわけです。「ポケモンGO」の国内配信が始まり、スマホを手に遊ぶ人たち=東京都、7月22日 これを見て、ビジネスの種を日々捜し求めてやまないマーケッターの皆さんや投資家の方々は、「ポケモンGOは世界を変える驚愕のビジネスプラットフォーム」である、というような進軍ラッパを吹き始めました。昨年までグーグルのお荷物扱いされていた、位置情報ゲームのスピンアウト企画を称揚する高らかなラッパの響きです。しかし、その勇壮な音色に諸行無常の響きを感じ取り、これがひと夏の夜の夢なのではないかという感想を持つのは自分だけでしょうか。 リリースしてからの、あまりのニュースのなりっぷりに、この業界から足を洗ってから久々にゲームアプリというものをやってみたところの私が、正直なところで思ったのは、このゲームの「驚愕のビジネスプラットフォーム」としての寿命、皆さんがおっしゃるのとは裏腹に、そんなに長くないんじゃないかな、というものでした。 海外ゲームにありがちな間の抜けたように見えるユーザーインターフェースもアレですし、カメラを使う捕獲シーンもギミックにすぎないし、ボールを投げつけるのにゲーム性があるとは思えない。精度の高い地図を利用しながら街の中を歩いてアイテム(モンスター)を収集するという仕掛けは魅力的ですが、その収集がある程度達成をした後にどうやってゲームを続けさせるのか。それが「ジム」と呼ばれる対戦型のキャラクターバトルなのですが、これは畢竟、強いものだけが楽しめる場所にならざるを得ません。そこはマニアが君臨すれども、ゲーム外にまで波及させるビジネスのフックになりえるかと考えると、じっと手のひらのスマホを見つめて懐疑することになります。 わたくしがポケモン世代ではないからそういう風に冷めているのかも知れないのですが、しかしよくよく回りを見渡してみれば、本来のポケモン世代は20代のはず。プレイヤーの平均年齢は、どう見てもこれより上ですよね。これはなんなのでしょうか。まあ、これより上の世代も「ドラゴンクエスト」などのロールプレイングゲームなどでならした世代でもありますし、「ビックリマンチョコ」をはじめとする「収集型」のゲーム性に親近感を持っているのではあるのでしょうが。大ブームは秋口ぐらいに収束する さて、ここで結論を言えば、このポケモンGOのウルトラ級の大ブームは、秋口くらいに収束して、たくさんのマニアユーザーを抱える普通のヒットクラスにまで収斂していくのではないかと予想しています。理由は以下のとおりとなります。 このゲームを構成するのは(1)収集→(2)育成(強化)→(3)対戦 というステージです。現在の爆発的ブームは、この(1)収集のステージでもっぱら成立しています。そもそもは対戦するために収集しているはずなのに、実際は収集がゲームの自己目的となってしまっているのではないかと想像します。では、その次のステージに、どれだれのユーザーが参入していくかというと、これはそこそこにハードルが高い。決まったジムに日夜参集し、そしてせっせとつくったモンスターのデータを持参して戦う。そして、そこには見知らぬユーザーがつくりあげたレベルの高いモンスターが君臨している・・・。 街中や公園で知らないユーザー同士がいたるところで対戦しているシチュエーションは、非常に未来的な光景といえますが、今のポケモンユーザーに、それがやりたいことなのかとじっくりと聞けば、おのずとこのゲームの先が見えてくるのではないでしょうか。 そうです。本来はとっかかりに過ぎないところで、社会現象化してしまっているので、ここから先に待ち構えているのは、コア以外のユーザーの大量離脱です。なお、プロトタイプとなったイングレスでもある一定のレベルでユーザーが離脱していくというのはよく見られた光景のようですね。 マクドナルドさんはじめ、派生ビジネスやら広告うんたらかんたらとか、位置情報ゲームのコンセプトから考えられる、いわばマーケティング的なコバンザメ商法が語られていますが、これらは収集のステージから次の段階に行ったものを想定していません。つまり現在のブームの局面を切り取って、過大評価されているということです。もちろんベンダーさんとアップルと充電池メーカーは儲かりそうですが。では、それ以上のことがあるかというと、ほとんどないだろうという結論に至ります。 私としては、そんなゲーム本来のビジネスの拡張よりも、ああこれやっていいのね、ということになった他のベンダーさんの動向が気になります。たぶん、位置情報ゲームの進化版がもっと現れてくるのではないでしょうか。つまり、ポケモンGOのヒットの正体である、ユーザーにとって間口の広い「収集」に特化するものです。 これですぐに思い出すのは、携帯GPSを使った「位置ゲー」の元祖「コロプラ」です。たぶん今頃はコロプラさん地団太踏んでいると思います。きっと仮想現実っぽく見せた対戦型の企画などは、企画会議に出てたでしょうから。このコロプラ、位置ゲーをビジネスに結びつける数々のトライをしていましたが、どうにもブレイクと呼べるところには至りませんでした。 なので、コロプラさんあたりは後悔と反省まじりで考えているのではないでしょうか。そうか、歩きながらやれるほどの精度の高い地図データ使って、その地図のロイヤリティ払ってもペイできる可能性あるんだ、とか、キャラクターでパッケージングするという手もあるんだね、とか。盛者必衰の理を表す「ポケモンGO」 コロプラさんではなくとも、「位置情報×キャラクター」「グーグルマップのデータ×仮想現実」というような企画書はたくさん出ていたでしょう。ちなみに後者のコンセプトに近いものはクオリティが高いとはいえませんがいくつかすでに存在します。そして現在、は企画会議ではなく、会社の経営会議や役員会議のような場所で「今すぐポケモンGOみたいなの作れ」と決定がなされていることでしょう。そしてその決定をもとに、企画会議が開かれ、そういえばあいつがこんな企画出していたよね・・・と数年前のプレゼン資料がひっぱりだされるわけです。まあ、ゲームビジネスの世界なんてこんなもんです。 さて、ここで後発ゲームの開発上のネックになることもいくつかありそうなので最後に触れておきましょう。ひとつは、イングレスからポケモンGOへとスピンアウトしたときに、その蓄積したデータ・・・主に「ポケストップ」として使われたユーザーの投稿データがマネできないということ。ユーザーによってジェネレートされた莫大な写真と名称データは確かに一朝一夕ではつくりあげることはできません。しかし、ポケストップって、ゲーム内の一要素にすぎず、例えこのような機能をそのまんまパクるとしても、代替方法はあるのではないかと思っていますがいかがでしょうか。ポケモンGOを楽しむ人たちでにぎわう公園=7月28日、大阪市北区 もうひとつの問題は、ナイアンティックさんがどこまで特許を押さえているかということでしょうか。しかし、それを潜り抜けて説得力あるゲーム性をつくりこむのがゲーム企画者の腕の見せどころ。そうやってゲームは進化し続けたわけですから。 以上は、スレたゲーム会社の元マーケティング担当が、ヒット商品はとりあえずクサしてみるという昔のクセを出しつつ、それが流行っているならこんなこともできるよという企画者にありがちな根拠のあまりないポジティブシンキングで予想したものです。当たるも八卦、当たらぬも八卦。しかして、沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理を表す。街歩きに涼しくなった秋口の頃に、どれくらいのポケモンGOユーザーがスマホ片手に徘徊しているか。まあ、みなさんとウォッチしてみましょう。

  • Thumbnail

    記事

    「親日派GO」誕生!? 世界的なポケモンGO旋風に焦る韓国

    と判明。この噂はあっという間に広まり、ちょうど学校が夏休みに突入した時期であったことも重なり、多くのゲームファン、ポケモンファンが該当地域に殺到した。東海岸地域は突然の「特需」に沸いている。 ポケモンGOを観光客誘致に利用しようと、市を挙げてSNSを通じた広報活動に乗り出したのは東海岸に位置する束草市である。束草(ソクチョ)市は海水浴場で有名な観光地だが、現地のリゾート地やカフェでは近くでモンスターが出ますと大々的に宣伝し、ポケモンGOユーザーを誘っている。安全に気を付けることを訴える横断幕。束草警察署が設置したもの韓国がポケモンGOを産み出せない理由「コンテンツ不在」 ポケモンGOが世界的旋風を巻き起こすと、スマートフォンやオンラインゲームの開発において実績を残していると自負する韓国では「なぜ我々はあのようなゲームを作れなかったのか?」、「韓国のゲーム業界は何をしていたのか?」と批判の声が上がった。 厳密にいえばポケモンGOを開発した会社は、日本ではなくアメリカのナイアンティック(Niantic) 社だ。だが「日本」が関わる競争には、負けることを何よりも悔しがるのが韓国である。日本で誕生したポケットモンスターというコンテンツに世界中が熱狂している、という事実に我慢ならないのは当然だ。 そしてここで多くの韓国人が示す反応は、いつも通りの、それである。世界が共感できるコンテンツを作れるか つまり「拡張現実(Augmented Reality)を利用したコンテンツ開発は韓国が先に行い、既にいくつもの試みがなされていた」などと負け惜しみと取られてもやむを得ないような開き直りをみせるか、「ゲームに対する政府の行き過ぎた規制(利用可能年齢、時間などに対する規制)が、ゲーム業界の発展を阻害している」などと誰かのせいだと宣伝してみせるのだ。あるいは、韓国生まれの人気のアニメキャラクター「ポロロ」や「タヨ」のようなコンテンツを利用した「韓国版ポケモンGO」を作るべきだと「純韓国産」に固執したオーダーを声高に叫んでみたりする。 もっとも、今回の一件に関しては冷静に分析する声も少なくない。これらの声に共通して聞かれるのは「コンテンツの不在」という問題だ。ポケットモンスターはここにきて急ごしらえで作られたコンテンツではない。長い時間をかけ、数多くのキャラクターとストーリーが蓄積され、ゲームになるずっと前から全世界の子供たちから愛されていたキャラクターだ。果たして韓国にそのようなコンテンツがあるだろうか、という議論がなされているのである。 韓国はゲーム産業が活況だ。韓国の代表産業の一つと言っても過言ではなく、優秀な開発者も少なくない。彼らが総力を挙げて取り組めば韓国も短期間のうちにポケモンGOと同じような形式のゲームを作り上げることだってできるかもしれない。だが問題は、韓国には世界に通用するコンテンツがないという点だ。ポケモンGOも、ポケットモンスターという抜群の認知度、人気を持つコンテンツが存在しなかったのならば、ここまでの人気を博すことはできなかったことは間違いない。世界が共感できるコンテンツを作れるか 日本にはポケットモンスター以外にも、ドラゴンボール、NARUTO、ワンピースなど、世界的人気を誇るコンテンツは枚挙に暇がないほど存在する。それは日本の漫画、アニメ産業とそのファンたちが数十年間かけて作り上げてきた財産ともいえる。一方、韓国には、残念ながら世界中から愛されていると言えるキャラクターがいない。国内で人気を博し、愛されているキャラクターはいるが、世界の市場にアピールするためにはまだ力不足だというのが実情だ。 大手芸能事務所が育て上げたアイドルグループや、政府が国を挙げて広報し、世界化に向けて力を注いでいる韓流ドラマの中には、世界の市場にアピールできていると評価できるものもあるかもしれない。だが、ポケットモンスターのようなキラーコンテンツは短期間のうちに作り出せるようなものではない。「親日派GO」を作る?「親日派GO」を作る? そんな焦りと苛立ちの副作用だろうか? コンテンツ不足の韓国ゲーム業界からびっくりアイディアが飛び出した。拡張現実の世界で「親日派」を捕まえる「親日派GO」を作ろうというアイディアだ。釜山地域の地方紙、国際新聞は以下のように伝えている。 一部開発者たちは親日派を処断するゲームの「親日派GO」の開発を前向きに検討している。韓国社会の広範囲に散らばっている親日派を処断するというテーマは、ゲームをする動機づけとして確かなものであるのみならず、教育的効果もあるとの判断からだ。親日人名辞典を使えば名誉棄損だと問題になることもないだろう。(2016年7月21日国際新聞) 2009年、民間研究機関である民族問題研究所が編纂した「親日人名辞典」を活用し、親日派を捕らえるゲームを作ろうという提案だ。親日人名辞典に登録されている「親日派」は全部で4776名。ポケモンGOに登場するモンスター約150種類であるから、その数は確かに「豊富」ともいえる。 しかし、親日派を見つけ出して「処断」するなどという怒りと復讐心を煽るようなコンテンツが海外に通用するなどと、彼らは本気で信じているのだろうか? むしろ韓国が憎悪を助長しているとの汚名を着せられるだけではないだろうか? もちろん、構想段階の「びっくりアイディア」の中の一つに過ぎないが、このような発想をしている中から、世界中から愛されるコンテンツが産み出せるのか、甚だ疑問である。韓国社会に足りないのはポケットモンスターのような「コンテンツ」ではなく、世界の老若男女が共感することのできる価値観や世界観であり、そしてそれを漫画やゲームの世界で丁寧に再現するために努力する「モノづくりのこころ」ではないだろうか?

  • Thumbnail

    記事

    まだまだ止まらぬポケモンGO人気、米社会への影響は?

     [WEDGE REPORT]土方細秩子 (ジャーナリスト) 日本でもサービスが始まったスマホゲーム、ポケモンGOは、最初に公開されたアメリカでは社会現象ともいえる流行を見せている。ニューヨークの地下鉄構内でポケモンGOをプレイする人に向け、誤って線路に転落しないよう注意喚起する広告(Getty Images) アメリカでのダウンロード開始日は7月6日。スマホアプリの市場リサーチを行うセンサー・タワー社によると、わずか19日でアンドロイドのみのダウンロード数が5000万に到達した。これは史上最速で、2位のカラー・スイッチ(パズルゲーム)は77日、3位のスライサーは81日だ。7月25日現在、アップルのiOSを含めたダウンロード数は7500万に達した。 しかもこれは世界の32カ所の市場のみでの数字だ。今後日本をはじめ世界中での公開が広がるにつれ、センサー・タワーは「最初の2カ月で1億ダウンロードも視野に入る」と予測する。ポケモンGOがニュースにならない日はないポケモンGOがニュースにならない日はない 7月の公開日以降、アメリカではポケモンGOがニュースにならない日はない。爆発的な人気と同時に、ポケモンGOプレイヤーの様々なアクシデントも報道される。 例えば一緒にプレイしていた少年グループが森の中で女性の遺体を発見、というまるで「スタンド・バイ・ミー」のような事件があったかと思えば、ゲームをプレイしながら運転していた、と思われる交通事故が多発。カナダでは「ポケモンを追いかけているうちに誤ってアメリカとの国境を越えてしまった」少年がニュースとなった。カリフォルニア州では2人の少年がモンスターを追いかけて崖から落ちる事件も起こった。 ニューヨーク州では、性犯罪者に対し執行猶予中あるいは保護観察中にポケモンで遊ぶことを禁じる、という条例までもが出された。性犯罪者にはGPS追跡を行うため、ウロウロされると迷惑ということ、またゲームを通じて未成年者などと知り合う機会を減らすため、などが理由として挙げられている。 ソーシャルメディアでは「ポケモンGOはすでにピークを過ぎた」という意見も聞かれるが、実際のブームはまだまだ続いている。この人気にあやかろうと、企業スポンサーも次々名乗りを上げている。日本ではマクドナルドが最初の公式スポンサーになった、とのニュースが流れたが、アメリカではファストフードだけではなくテーマパーク、ショッピングモールなど「モンスターハントのために人が集まる場所」のスポンサー、やがて始まるであろうアプリ内広告に備えた小売業など、スポンサー志望の企業には事欠かない。テーマパークの集客にも影響 例えば筆者は先日サンディエゴにある海のテーマパーク、「シーワールド」を訪れる機会があったが、入り口に「ポケモンGOのプレイヤーへの注意事項」を伝える看板があった。乗り物へのライド中にアプリを開かない、スマホを見ながら歩くときは周囲に注意を払い人とぶつからないように、などといったものだが、決して否定的ではなく「楽しいモンスターハントを」というニュアンスだ。 実際多くの子供達(ときには大人も)が園内でゲームをプレイし、多くのモンスターをゲットしていた。シーワールドがスポンサーであり園内に多くのモンスターが出るようセッティングされているためだ。ポケモンGOはこのようにテーマパークの集客力にまで影響を与える存在となっている。ポケモンGO人気でも任天堂復活ならず……ポケモンGO人気でも任天堂復活ならず…… ただし、この現象が任天堂の株価に影響を与えたか、というとそうでもない。アメリカでは7月6日から徐々に株価が上がり、18日には37ドル99セントの高値を記録した。7月5日の終値は17ドル49セントだから、12日間で倍以上になった。ところがその後は連日株価は下落、22日の終値は29ドルである。任天堂株はアメリカでは07年に76ドル80セントの最高値を記録したが、それに届くことはなさそうだ。 任天堂自身が「ポケモンGOの人気は任天堂本体の収益にそれほど影響をもたらさない」と認めたことなどもあり、市場にはすでに失望感が漂っている。ゲームボーイなどで一世を風靡した任天堂の復活、とはならないようだ。 今回の、ブームを超えた現象とまで言われるポケモンGO人気はいつまで続くのか。GPSを使った同様のゲームが今後追随すると考えられる中、次の一手をどのように展開するかにかかっている、と言える。子供が犯罪に巻き込まれるケースが増える? 一方で、ポケモンGOの脆弱性を指摘する声も増えた。アクシデントの多さだけではなく、「グーグル内の個人情報、位置情報などをあまりにもさらけ出すポケモンGOは、今後ハッカーの標的になるだろう」という見方がある。特に子供のプレイヤーが多い中、犯罪に巻き込まれるケースが増えるのでは、との懸念だ。 反対に、ポケモンGOは「コミュニティを生み出す」力がある、と称賛する声もある。家にこもってゲームばかりしている、のではなく友達と外に出て一緒にモンスターハントを行う、など「従来のゲームよりは健康的で社交的」であり、一緒に行動することで親子のコミュニケーションが増えた、などの声もある。 一つのゲームソフトがこれだけ広範囲にわたり話題となり、ニュースとなり、企業の注目を集めたケースはかつてない。ブームがいつまで続くのかは分からないが、久々の大ヒットにゲーム業界全体が刺激を受けたことは確かだ。

  • Thumbnail

    記事

    「ポケモンGO」で救われる人と地獄に落ちる人

    喚起を行っています(内閣サイバーセキュリティセンターから「ポケモントレーナーのみんなへのお願い」。 ゲームはなぜ面白いのか・ポケモンGOの魅力 そもそもゲームはなぜ面白いのか。心理学的には、主に3つのことが考えられます。  1.いつもチャレンジフルで、自分が成長できる。同じゲームでも、初心者は簡単な課題、上級者は難しい課題に取り組んでいます。いつも丁度良い難しさ、チャレンジフルな目標が目の前にやってきて、クリアするごとに自分が成長できます。  2.失敗しても恥をかかない。私たちは失敗を恐れます。失敗して恥をかくことを恐れて、行動できないこともあります。失敗に懲りて、二度としないこともあるでしょう。でも、ゲームなら大丈夫です。  3.ファンタジーがある。ゲームには、魅力的なストーリーがあります。かわいいキャラクターなども出てきます。ゲームが進むと、ラスボスをやっつけたり、お姫様が救えます。目の前の小さな目標とともに、この先の大きな目標があります。  だから、ゲームは面白いのです。さらに、オンラインゲームは、ユーザーがゲームをし続けてくれないと企業は儲かりませんから、プレイを継続させるためのあの手この手の工夫があるでしょう。  ゲームは、その進化とともに、マニアックにもなっていきました。そうなると、コアなユーザーにはよくても、初心者には敷居が高くなってしまいます。ところがポケモンGOは、子どもから高齢者まで、誰でも簡単に始められそうに思えます。囲碁やピアノよりも、ずっと簡単に始められるでしょう。そして、簡単にはクリアできない奥深さがあります。 「ポケモンGO」の危険性 実際に街中を移動しながらポケモンを探しゲットするのは、まさに自分がポケモントレーナーになった気分が味わえます。外出して歩かなければならないポケモンGOは、ゲームばかりして外に出ないという批判に応えたとも言えるでしょう。 テレビゲーム、スマホゲームの危険性・ポケモンGOの危険性 ポケモンGOに夢中で、歩きスマホをして、事故にあってしまった話が、次々とニュースになっています。もちろん、安全第一です。  ゲームは、しばしば悪者扱いされますが、ゲーム自体が悪い影響を与えるものではないでしょう。良いゲームもたくさんあります。優れたゲームは、楽しくて魅力的で、そして手軽です。 しかし実は、これが曲者です。野球や水泳よりも、ゲームはずっと気軽に始められ、そして長く続けることができます。仲間を集めることも、場所を確保することも、着替える必要もありません。一日中続けることもできます。 「歩きスマホ」への注意喚起が表示される画面=東京・上野公園 野球も水泳も、もちろん悪い事ではありませんが、毎日毎日一日中それしかしなかったらどうでしょう。体を壊します。チョコレートはもちろん悪いものではありませんが、肉も魚も野菜も食べず、3食チョコレートばかりでは体調を崩すでしょう。  ゲームも同じです。それ自体が悪くなくても、ゲームばかりに時間を使っては、心や体のバランスが崩れてしまうのです。ゲームは、気軽に楽しさが味わえるだけに、うっかりすれば麻薬的になってしまうこともあるのです。 ポケモンGOで救われる人、地獄に落ちる人 ポケモンGOで、楽しく遊ぶ人もいます。楽しく健康的な遊びは、心と体を整えます。ポケモンGOで達成感を味わう人がいます。友情を育む人もいます。運動になる人もいます。体や心の病の改善になる人もいるでしょう。 ポケモンGOで救われる人もいるでしょう。  一方、大きな事故にあった人もいます。また、これからの問題ですが、のめり込みすぎる人々が出ることも心配されます。アメリカからのニュスでは、ずいぶん遅い時間にポケモンを探す子どもが外を歩いている様子も報道されています。 学校や仕事よりも、ポケモンゲットを重視してしまう人も現れるでしょう。そうなってしまえば、人生台無しです。 これまでの例でも、ゲーム依存、ネット依存になってしまい、地獄を味わった子どもや家族たちがいます。  ゲーム、ネットの世界は、便利で楽しいものですが、あくまでもリアルな現実世界のためにあるものです。それは、釣りもゴルフも同じでしょう。 みんなでポケモンGOを育てよう ポケモンGOは、魅力的なだけに功罪両面があるでしょう。安全を守りつつ、有効な活用法を考えていく必要があります。 ゲームも、例えばお酒も、魅力的ですが、危険もあります。使用中の事故もあります。依存にもなります。その危険性を自覚した上で、楽しみ、有効活用することが必要です。  依存を治すためには、単にやめさせるだけでなく、ゲームをしない、酒を飲まない時間も、楽しく、やりがいが持てる活動が必要です。ゲーム文化を健全に育てるためには、ゲーム以外の活動の充実も必要なのです。  すでに、あっという間に世界に普及し人気を集めているポケモンGO。これはもうは、一民間企業のゲームであることを超えてしまっています。だからこそ、ポケモンGOを社会全体で育てていく必要があるでしょう

  • Thumbnail

    記事

    終わりそうにないポケモンGO協奏曲

    大西宏(ビジネスラボ代表取締役) ゲーム好きのコアな人からは評価が低いポケモンGOですが、ところがどっこい、これまでとくにゲームとは無縁だった層にまでユーザーに引き込み、さらにあちらこちちらで騒動も絶えず、まさにポケモンGOが引き起こす社会現象が広がっています。 調査会社Sensor Towerのデータを紹介したテッククランチの記事によると、「ポケモンGOのリリース1ヵ月での売り上げは、やはり大ヒットゲームとなっているClash Royaleの倍近く」の2億ドルにも達したようです。 ポケモンGO、売上高2億ドルを突破。さらなる海外展開に大きな成長可能性あり?! | TechCrunch Japan  また、アップルのティム・クックCEOがAppStoreで7月に前例のない売り上げを記録したとツイートしていますが、それはポケモンGOの1ヶ月足らずの課金売上が1億2,000万ドル以上に達した結果のようです。ポケモンGO、すでに1億2,000万ドル以上の「課金」 App Storeドル箱化への道|WIRED.jp : こういった結果を見ると、ゲームの概念を変えるイノベーションをポケモンGOが引き起こしたのかもしれません。 先日、理由あって深夜に大阪の扇町公園近くまで車で行ったのですが、こんな時間に、路上に車が並び、またたくさんの人がスマホをかざしながら歩いている光景にでくわしました。扇町公園は、ポケモンを大量にゲットできる有名スポットらしく、ニュースにもなっていた公園です。その光景を見れば、たんなるゲームを超えた「ポケモンGO協奏曲」ともいえる現象を引き起こしていると感じさせられます。 ちなみに、この公園では、このブログ主のように約1時間半で38匹ゲットしたという方もおられるようです。【大阪】ポケモンGOの人気スポット「扇町公園」でポケモンを乱獲してきた - 技術を磨くだいぱんまん : こちらの産経ビズの記事によれば、インターネット競売大手イーベイのサイトで、ポケモンを捕まえてレベルを上げた利用者のアカウントが多数出品されたり、強豪のポケモンを捕まえた人のアカウントが800ドル(約8万5000円)で売り出されたり、スマホを預かって代わりに歩いてゲームを進めるという業者のサイトも出現しているといいます。ポケモンGO、爆発的な人気に便乗 海外で権利転売、強盗も続出 - SankeiBiz(サンケイビズ) :  歩きスマホ、また車を運転しながらのポケモンGOは事故につながり危険ですが、また先日、マクドナルドの店舗の先の信号でおまわりさんが通る車をチェックしていましたが、きっとスマホのながら運転の取締だったのでしょう。お疲れ様です。 このブームがいつまで続くのか、知るよしもありませんが、先ほどのSensor Towerのブログによると、ユーザーの1日あたりの平均利用時間は、26分程度とライトユーザーが多いようです。ゲームのコアなファンには物足らないとしても、あまりのめり込まなくとも適当に楽しめることを考えると、案外このポケモンGO現象は長く続くような気がします。(2016年8月9日「大西宏のマーケティング・エッセンス」より転載)

  • Thumbnail

    テーマ

    ポケモンの原点 ~ファミコンブームの社会学

    世界中を虜にする『ポケモンGO』がついに日本上陸した。ゲームにハマる大人が続出し、各地でトラブルも後を絶たないが、この社会現象ともいえる熱狂ぶりに、30年前の「ファミコンブーム」を重ねた人も多いのではないだろうか。ポケモン列島と化した今、あえてその原点であるファミコンブームを考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    ファミコンブームのレジェンドが語る「僕が高橋名人になるまで」

    高橋名人(ゲームクリエイター) もともとゲームに興味があったかというと、そうでもなかったんです。ただ、大学に入学したころはあのシューティングゲームの元祖『スペースインベーダー』が発表された時でもありました。「インベーダーハウス」という名前のゲームセンターが次々出来て、どの喫茶店にもインベーダーのテーブル筐体が置かれていましたから、私も喫茶店に行って食事した後に100円か200円ぐらい投入して遊んでいました。その場で動かないで遊べるのがよかったのかもしれません。私が大学を中退してスーパーマーケットの青果部で働いていたときも休み時間に遊んでいて、パチンコ好きの上司からは「戻ってこないものに金かけてどうするんだ」と言われましたけどね。思えば私がビデオゲームに初めて接した機会ということになりますね。インタビューに答える高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) ハドソン入社のきっかけは、スーパー時代の昭和56年に、シャープのパソコン「MZ-80B」を買ったことから始まります。ちょうどマイコンブームのころで、ショップの店員さんに「これを買えば伝票整理が簡単だよ」と勧められたんですが、ウルトラマン世代の私は、科学特捜隊の基地でランプがいっぱいついているシーンにすごく憧れていたから、キーボードがあって文字が出てくるコンピュータを見て「かっこいいな」と、思わず手を出してしまいました。本体が28万8000円、加えてフロッピーディスクドライブとプリンター、メモリも増設したので合計75万円ぐらいかかりました。同じころに中古で買ったクルマが45万円の時代でした。 買ってはみたものの、コンピュータ初心者ですから使い方がわからない。おまけにメモリが32KB(キロバイト)と少ないので、コンピュータにBASICというプログラミング言語を読み込ませてから、実際にプログラムを読み込ませるので、全ての野菜の伝票整理なんて一週間分も入らない。1カ月単位でも根菜類といった分類でまとめないといけないから、買って二週間で無理だと気付きました。でもローンを組んで買いましたから、今みたいな銀行口座から自動引き落としと違い振込用紙が毎月届くので、その金額を見るたびにコンピュータにほこりを被らせたままではいけないと思い直し、プログラミング言語を勉強して、コンピュータにのめりこむようになりました。 パソコン専門雑誌もよく読んでいました。あるとき、裏表紙にあったハドソンの広告を見ていたら、会社の住所が私の生まれと同じ札幌市で、さらに高校に行く途中にあった会社だったことに気づいた。そのうち知人がたまたまハドソンに面接しに行くというので一緒について行ったら、知人が落ちて私は受かったんです。まるでタレントのオーディションのエピソードみたいですよね(笑)。 アマチュア無線の店として始まったハドソンですが、私が入社した57年8月にはパソコンのソフトメーカーの方がメインに変わっていました。そのころのコンピュータのプログラムはパソコン専門誌にリストがプリントされているものを、まるで写経のようにユーザーが手で打ち込んでいたので、打ち間違いでエラーが出て当たり前だったんですよ。そこで当時のハドソンの社長の工藤祐司さんが「プログラムをカセットテープに記録したら売れるんじゃないか」と考えて、商品化してみたら本当に売れたんですね。ハドソンが日本で初めてカセットテープに記録して売ったわけですが、ほかの会社も真似してやり始めたことでパソコンのソフト市場が生まれて、活性化されていきました。私が入社した57年は孫正義さんのソフトバンクが経営的に大変だったらしくて、工藤さんが「儲かったら返してくれればいいよ」とソフトを何万本か与えて、それで経営を乗り切ったみたいな話は聞いていますね。だから孫さんの「四大恩人」の一人に工藤さんが入っているみたいですね。明暗を分けた『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』 入社後は営業部に配属され、1年後の昭和58年には宣伝部に異動となりました。それまでハドソンでは宣伝に力をいれていませんでした。扱ったのは「今月の新作がいっぱい出ました」みたいな雑誌広告ぐらいのもので、社員一人いれば済んだんですね。ところが、その年の7月15日にファミコンが発売され、任天堂からシャープ経由で「ファミコン用のBASIC言語を作ってみないか」と打診があったんです。ファミコンがまだ何物か知らなかったハドソンも、カセットが30万本出ている玩具だと知り、ファミコンへの参入が決まりました。だって当時のパソコンの世界ではゲームソフトが1万本売れれば大ヒットですけど、ファミコンソフトの『ポパイ』や『ドンキーコング』なんていきなり30万本出荷していたので、経営陣もGOサインを出しますよね。ただ、まだゲームを開発する前段階だったので「『ファミリーベーシック』というBASIC言語で簡単なゲームプログラムを作るのですが、BASICは子供には絶対に分からないから、高橋が解説本を書け」という命が下りまして、この『ファミリーベーシックがわかる本』の制作が宣伝部に移った時の最初の仕事になりました。子どもが少しでも分かりやすいように漫画を描いてもらう間に10本のゲームプログラムを書いて、カセットテープに記録してセットで売り出したら、おかげさまで12万5000部ぐらい売ることができました。ゲームをする高橋名人=1998年7月23日 「高橋名人」という名前になったのは昭和60年のことです。前年、ハドソンがファミコンのゲームソフトを発売しました。アクションパズルゲーム『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』の2本を出したんですが、両タイトルを同じレベルで宣伝をしたら共倒れするということで、ロードランナーの方に力を入れて宣伝したら、その通りに110万本も売れてしまいました。そして61年に3作目としてシューティングゲーム『バンゲリングベイ』を出すことが決まりましたが、ゲームとしては面白いのですが、プレイヤーが動かすヘリコプターの操作方法が難しいんです。ちょうどナッツ&ミルクを発売したころから『コロコロコミック』編集部の皆さんと仲良くなりまして、誌面展開もさせていただきましたが、当時の子供にはちょっと面白さが伝わらなかったんでしょうね。バンゲリングベイは本数的にはうまくいきませんでした。 バンゲリングベイの発売2カ月後には『チャンピオンシップロードランナー(以下、チャンピオンシップ)』というロードランナーの続編を発売しました。全世界のユーザーが作って投稿した、非常に難易度の高いステージをまとめたゲームなんですけど、ロードランナーを知らないとまずクリアできないんですよ。ただでさえバンゲリングベイで失敗していたので、子供たちに受け入れられるかどうか不安でした。そんな時、コロコロから「コロコロまんがまつり」でステージをやってみないかという提案があったんです。コロコロまんが祭りといえば、今の「次世代ワールドホビーフェア」の前身で、漫画家さんのサイン会などが行われていました。私たちも子供がチャンピオンシップを見てどういう反応が来るのか実際に知りたかったし、コロコロもファミコンブームを肌で感じてみたいと思っていたようです。「高橋名人」が誕生したハドソン全国キャラバン 銀座の松坂屋で私がチャンピオンシップを実演してゲーム画面を見てもらうことになったのですが、1000人ぐらいの子供が集まって、イベントは大成功を収めました。実演を終えた私の前に200人ぐらい並んでいるので、「どうしたの?」と聞いたら「サインが欲しい」と言われて驚きました。サインなんか書いたことないので途中で疲れてきて、1日3回もサインが変わりました。コロコロまんが祭りには、ハドソンの将来を占うイベントということで役員が大勢来ていましたが、打ち上げで社長が「これを全国各地でやったら面白いんじゃないか」という話が持ち上がり、7月に「ハドソン全国キャラバン」がスタートすることになりました。それまでゲーム大会というのは各店舗の店頭でこぢんまりとやってるのが多かったんですけど、全国レベルで日本一を決める大会は全国キャラバンが最初だと思います。ハドソン宣伝本部宣伝部在籍当時の高橋名人=2009年10月07日 「ハドソン全国キャラバン」を行う上で話し合いを重ねて行くうちに、ラジオ体操の先生みたいに実演をする人がいるという話になったんです。まだ昔社員数が少なかった時代ですので、宣伝部のファミコン担当がまだ私一人しかいなかったので私が担当することになり、どうせだったら名前も決めようという話になり、「将棋や囲碁の最上位の人は名人と呼ばれるから、名人はどうだろう」と一言で「高橋名人」が誕生したわけです。 第1回キャラバンの競技用ソフト『スターフォース』で披露したことから、私の代名詞となった「16連射」ですが、実は第1回では16連射と言ってなかったんですよ。その後に出た言葉なんですね。子供から「敵を倒すのがすごい速いけど、どれぐらいのスピードで打っているの?」という質問があって、調べてみることになりました。ただ調べる機材が全くないもんですから、スターフォースの攻略ポイントを使って、アバウトに数えてたんです。だから翌年公開の映画で『スターソルジャー』をプレイしたフィルムをスタッフが数えてくれたら、実際は17連射していたそうです。ただ、元々ハドソンはコンピュータのソフトメーカーで、仕事柄16進数も使っていましたし、キリがいい綺麗な数字ということで16連射にしました。 皆さんによく聞かれますけど、16連射の特訓はやっていません。でもコツはお教えできますよ。16連射は指先だけでやっていると思いがちなんですけど、私は肘から指先まで全体を動かしているんです。だから腱鞘炎には絶対にならない。後は物理の問題で、同じスピードでも引き上げた指の高さを半分にすれば倍の回数で打てるからどんどん狭くしていきます。1、2ミリぐらいにするのが一番いいんですけどね。ただ、いまの私だと3~5ミリぐらいなので、もう16連射は無理ですね。調子の良い時でも13連射前半になってしまいました。 第1回キャラバンで全国を回ったことで名人人気は確かに上がっていきましたが、子供の中だけの話なんですよね。夏休み期間ですから当然と言えば当然ですけど。ファミコン人気も同じようなものでした。変わり始めたのは、年末に「クリスマスファミコンフェスティバル」というチャリティイベントを開催したときのことでした。ちょうど取材に来ていた東京新聞が翌日の紙面の見開きに「〝スーパーヒーロー〟出現」「今、子供たちのあこがれ」「ファミコン・高橋利幸名人」と大きく取り上げてくれたんです。すぐに「週刊文春」や「フライデー」から取材依頼が来ましたよ。ファミコン人気の出始めなので、ほかのマスコミも話せる人間を探していたんじゃないでしょうか。年明けに雑誌が発売されて、大人にもファミコンブームが一気に広がっていきましたね。また、キャラバンを終えた9月に発売された『スーパーマリオブラザーズ』の存在も大きかった。「ファミコンに面白いゲームがある」と口コミから広がり始め社会現象を巻き起こしたわけですから、ブームを大きく後押ししましたね。「ゲームは一日一時間」合言葉に込めた思い 「ゲームは一日一時間」という言葉は子供たちには色んなことを経験してもらいたかったという思いから出たものですが、実は第1回キャラバンから言っていました。世間では「テレビゲーム=不良」というイメージがついていたこともあって、ファミコンでも同じ印象を持たれるのはまずいということもありましたね。でも「ゲームを売る側の高橋が『遊ぶな』と言うのは何ごとだ!」とほかの関係者からクレームがあって問題になりましたが、工藤さんが「これからのゲーム業界には健全なイメージが必要だから、会社として子供へのメッセージにしよう」と判断してくれてOKになりました。この判断がお母さんたちにも受け入れられたポイントじゃないかと思うんですね。今だったら漫画による影響力が大きければ、一気に各世代に受け入れられることが多いですが、当時のコロコロコミックの読者層はほぼ小学校高学年しかいません。教育熱心なお母さんだったらコロコロを開くかもしれませんけど、お父さんは『小学六年生』のような学習雑誌でさえ読まないと思うんですよ。でも高橋名人が「ゲームは一日一時間」と言えば、お母さんたちも「名人が1時間って言っているんだからやめなさい」と言えるようになるわけですからね。高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) 第1回キャラバンのスターフォース予選では2分間のプレイで高得点を競うルールでしたが、2分間だと1面クリアぐらいしかできないんですよ。そうなると高得点を叩きだすには敵を早く倒す必要がありますから、早く打つしか方法がなくなってくるんです。中でも子供たちは1秒間に8発打たないと5万点のボーナスが入らない「ラリオス」というボーナスキャラを倒さないと決勝に進めないので、なおさら名人は子供が届かない点数を出さなきゃならなくなります。負けちゃうと「名人」の称号が崩れていくんですよね。子供って結構シビアなんですよ。デビューしたての名人が同じエリアで3回失敗して、「帰れコール」が起きましたからね。横で見ていて本当にかわいそうに思いました。私だって失敗はよくありました。ただ運が良くて、子供の前で失敗する確率が本当に少なかったんですよね。私のプレイはほぼテレビの生番組とイベントだけだったんですが、長くても5分程度なんですね。生番組で30分間もプレイはしませんし、イベントでも最初の2、3分を見せれば大丈夫でしたから。もし失敗しそうになってもポーズを押して「いいかみんな、ここからはな…」と子供に説明を入れながら、再開してミスをして「これはしょうがないよな」なんてごまかしたりもしました(笑)。だから練習時間も1日1時間ぐらいで、ゲーム開始からの5分間程度を集中的に練習しました。 今のシューティングゲームって、魅せるためのプレイと点数を取るためのプレイが違うんですね。でも私は基本的には魅せながら点数をできるだけ稼ぐというプレイをしていました。シューティングゲームの上手な人がプレイすると敵の出現位置がすぐ分かってきて、出てきた瞬間に打っちゃうから、画面の真ん中に自機以外敵が1匹もいないんですね。でもそんな画面を子供に見せても面白くもなんともないんですよ。私は宣伝部ですから、ゲームを売るためのイベントということを考えてプレイし続けると、魅せるポイントっていうのが決まってくるようになるんです。だから敵が自分の周りを一周して帰ってくるんだったら半周ぐらいはさせておいて倒したりしました。ただ、それをやるとただ敵をやっつけるスピードが遅くなるので点数がどうしても伸びないんですけど。だから点数だけ稼ぐプレイもやっておきました。でもキャラバンが2年目、3年目になると点数よりも魅せるプレイをすることだけを心がけるようになりましたね。「名人」は第1回キャラバンで私しかいませんでしたが、2年目以降は〝弟子〟たちも2代目、3代目の名人として全国を回ることになったので、点数を稼ぐプレイは彼らに任せ、私は子供たちに解説をしながらプレイして、ゲーム画面が面白く見えるようにすることに注意を払いましたね。バイクを指で止める…映画「高橋名人VS毛利名人」は悪ノリしすぎた? 昭和61年はファミコンブームが全盛を迎え、私も歌手デビューしたり『高橋名人の冒険島』という自分が主人公のゲームソフトを発売した忘れられない年になりましたが、何と言っても思い出深いのは、映画『高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』ですね。山本又一朗さん(映画プロデューサー)がハドソンに来られて、第1回の全国キャラバンを見て面白いんじゃないかと企画を持ってこられたんです。実は全国キャラバンは南北二手に別れていて、南を私が回って、北をバイトだった大学生の毛利名人にお願いしていたので、二人を対決させたいと言うんです。映画化の話に社長はじめ経営陣も乗り気で、だったら来年のキャラバンで使用するゲームで行おうと話になり、スターソルジャーでのバトルが決まりました。そこで企画に入ってもらっていた渡辺浩弐君(作家、ゲームクリエーター)と映画で何をしたらいいのかということを考えていたら、「戦うだけじゃ面白くないから訓練しているシーンも入れよう」という話が持ち上がったんです。 すでにコロコロコミックでは野生派の高橋、都会派の毛利という設定が出来上がっていたのも幸いしました。私なんて、3周巻きついていたへその緒を自分で引きちぎって生まれたことになっていましたから(笑)。その設定に乗る形で、毛利君はジムやプールサイドのトレーニングやピアノ特訓をさせることになりました。渡辺君が「じゃあ、名人はどうする?」と聞かれましたので連射特訓をやっぱり出したいと思ったので、食堂のカウンターや工事現場のハンマードリルで連射するアイディアがどんどん出てきて、すべて採用されました。中でも印象的だったのは伝説となったスイカ割りですね。本当に出来たんですかって? 出来るわけないですよ(笑)。実は下から圧縮した空気を送って割ったんですけど、なかなかきれいに割れないので10個ぐらい買って試して、軽く切れ目を入れたらようやくスパッと割ることができました。もちろんスイカはスタッフがおいしくいただきました。あと、バイクを止める指のトレーニングもありました。これは前輪ブレーキだけ掛けておいて、アクセルを吹かせば後輪は空回りしますから大したことはありません。私も「どうせやるなら楽しい方がいいよね」と悪ノリしちゃうんで、ほぼ不可能なアイディア以外はやりましたね。ゲーム見本市「E3」に設けられた人気シリーズ「ファイナルファンタジー15」の体験コーナー=6月14日、米ロサンゼルス 全盛期のゲーム業界は日本がリードしていましたが、今は海外の方が優勢になってしまいました。海外のゲーム会社は日本以上にスタッフを投入して大工場のようにあっという間に作っている。市場規模も大きいので発売当初から数百万本売れるんですよ、日本だと頑張っても百何万本売れたら御の字と考えてしまう。特に『プレイステーション4』ぐらいになってくると、もう億単位の開発費でなければ作れなくなってきます。海外のゲーム業界では日本は面白いゲームを作れなくなったと厳しい見方をしますが、海外しか見ていないからじゃないでしょうか。日本だとCGにしなくても面白いゲームがあるじゃないですか。ただ多額の費用を投入しなくてもいいようになるけど、ビジュアルが安っぽいと言われることを気にし始めると、それなりのグラフィックが必要になるので、開発費も高騰して、目標の売り上げ本数も一桁上げなきゃいけなくなる。そうするなら内容も充実させなければいけなくなるので、全てにおいて底上げが必要になってしまいますよね。でもそこそこのグラフィックだけどゲーム性さえ考えれば面白くできそうなゲームもいま出てきてますから、ゲーム機に合ったゲームを作れる環境というのを、日本はもう一度整えた方がいいのかなと思いますね。ゲーム大会で賞金を出せるシステムを それにスマートフォンのゲームアプリやソーシャルゲームが出てきて、大きく様変わりしました。だって「基本無料」が当たり前になってるじゃないですか。まずは遊んでもらって、アイテムで課金して、利益を上げていくシステムが大前提になってきている。ただ最初に広告を打って名前を広めないと、ダウンロードもしてくれない。だから結局コンシューマゲームと同様に宣伝費がかかるわけですから、「基本無料」というのはなかなか難しい。当然ですよね、スーパーの販売員さんが「おいしいですよ」と試食品を10人に配って1人買ってくれれば上出来という世界をゲームソフトでやっているのですからね。 今後日本のゲーム界が盛り返すためには、ユーザーの皆さんにも、ゲームが苦労するものじゃなくて楽しく遊べるものだと感じてもらえることが鍵になる気がします。ゲームってやっぱり遊びの一つなんですよ。ソフトの値段も決して安くはないですし、私もメーカーの人間なんで、あんまり言ってしまうとまずいんでしょうけど、作る方も買う方も遊ぶ方も気楽なぐらいの方がいいと思うんです。今の社名でも使っていますけど、「ドキドキ」という言葉を広めたいと私は思っているんです。「カワイイ」もそうですけど、日本から発生した言葉っていっぱいありますよね。ドキドキもなんか「ワクワクする」とか「驚く」とか、色んな意味が込められているので、ゲームで遊ぶ時の一つのキーワードとして広めていきたいですね。だからメーカーの方もドキドキさせてくれるようなゲームを出してほしいし、ユーザーもゲームを遊んでドキドキして欲しい。 私が代表理事を務める「e-sports促進機構」では、ゲーム大会で賞金を出せるシステムを作ろうとしています。世界ではゲームで対戦して賞金を稼ぐことができるし、大いに盛り上がっているんですが、日本ではまだまだこれからの分野で、生計を立てられる状況にはありません。法律的な問題もあるので、稼げるようになるには簡単ではないです。でもいつかは、日本でプロゲーマーが食えるような環境にしていきたいですね。ただそうなると多くのソフトメーカーの協力を得て進めていく必要があります。さらに大会を盛り上げるために、さまざまな分野の企業から寄付金を集めていかなければいけません。ドワンゴの『闘会議』みたいに、一つの冠大会の中に『みんなのゴルフ』や『ウイニングイレブン』の大会があるとみんなが集まってくれるし、盛り上がってくれれば、ユーザーはみんなドキドキしてくれますよね。その仕組みを早く確立していかなければいけないと思ってます。日本のゲームの未来は明るい! 今の子供はスマホが当たり前の時代になってきていて、幼児だって何も考えなくてもスマホを操作できますよね。つまり、操作に関するハードルがないんですよ。その当たり前の感覚を、同じ端末でもゲームと教育で枝分かれさせた方がいいのか、あるいは遊んでいくうちに勉強になるようにゲームと教育を繋げて行く形がいいのか、これから考えていかなければならないでしょうね。子供って楽しければ勉強すると私は思っていますから、例えば数学が苦手な子供でも、パズルゲームのようにすれば面白がって解けるようになる。子供はゲームを通して学ぶものがいっぱいありますから。もともとゲームがなくても昔の子供って伝承遊びから色んなことを学んできているし、例えば木登りから握力が強くなったりとか、鬼ごっこするから駆けっこが強くなったり、かくれんぼするから隠れる知恵がつきますけど、それと同じようにテレビゲームも色んな知恵を与えてくれると思うんですね。画像はイメージです スターフォースの時なんかメーカー側は誰も思ってなかったことですけど、小学生がアルファ、ベータ、ガンマ、デルタって覚えたんですよ。たまたま面の数をギリシャ文字にしていたからですけど、ゲームやるだけで身についたんですよ。『三国志』だって難しい武将の名前を覚えるようになったし。だから遊びを通してやることで覚えていくんですよ、子供って。だからその当たりをもう少し上手くやれば、それを東大に入れる子供に育てるってところにはいかないかもしれないけど、全体的な学力の底上げの部分につながっていくんじゃないかと考えています。だからそういうアプリを作っていけば、子供は絶対良い方に反応するんじゃないかなと思いますね。 私は日本のゲームの未来は明るいと思っています。新しいゲーム機が出るから可能性が出てくるんじゃなくて、今までのゲーム機を使ってもまだまだいっぱい出来る気がします。『3DS』の時に脳トレが一気に流行りましたし、『ゲームボーイ』の時にはテトリスが大ブームになりましたよね。だから日本人って新しいアイディアが出るとみんな飛びついてくれるから、ブレイクするソフトが一つでも出てくれば、みんなの大きな注目が集まると思うんですよね。ただ今は自分自身で見つけられていないのが、ちょっと悔しいですけど、誰か面白いアイディアを見つけてくれると思うので、そこに期待したいですね。(聞き手・iRONNA編集部、本江希望/松田譲)たかはしめいじん 本名・高橋利幸(たかはし・としゆき)。1959年生まれ、北海道出身。現在はタレント活動のほか、「ドキドキグルーヴワークス」の代表取締役名人としてゲーム制作業務に携わる。ニコニコ生放送のゲーム情報番組『電人☆ゲッチャ!』などでゲームプレゼンターとしても活躍中。 

  • Thumbnail

    記事

    世界が遠ざかる日本のゲーム業界 救世主は任天堂しかない!

    小野憲史(ゲームジャーナリスト) ゲームは誰が作っているのだろうか? 答えは会社員である。日本には漫画・小説・アニメ・映画・音楽・演劇など、さまざまなポップカルチャーが存在する。しかし企業に雇用されたクリエイターが主体となってコンテンツ作りを行う業界は他に存在しない。このことが、いわゆる日本型雇用形態とあいまって、多くの人事担当者を悩ます遠因になっている。 日本型雇用形態は新卒一括採用・年功序列による昇進・終身雇用制度などを特徴とする。良く知られているように、これらは高度経済成長期では効率的だったが、ひとたび経済が停滞期すると矛盾が噴出する。社会全体で正規雇用と非正規雇用(契約社員・派遣社員)の二極化が進展していることは、その一例である。これには企業が正社員を解雇することは極めて難しい点が背景にあり、リストラを巡る悲喜劇の温床になっている。 もっともゲーム業界の黎明期では、こうした問題は見られなかった。ゲーム開発に求められる技術が今よりシンプルだった、開発体制が小規模で、新人でも実務を通してさまざまな職種を体験できる機会が多かった、業界が右肩上がりだったため、転職や独立も容易だった―などが原因だ。しかし、プレイステーション2が発売された2000年ごろから、状況がかわってきた。 最大のポイントはゲーム開発の大作化だ。ゲーム開発は少数の核となるチームで企画が練られ、開発が終盤になるほどスタッフの数が増加する。そのため多くの企業では、複数のタイトル開発を、時期をずらして行うことで作業の効率化を進めてきたが、ゲームの大作化に伴ってライン数が減少した。これにより業界内で契約社員や派遣社員の割合が急増したのだ。近年では人件費圧縮を目的とした、海外企業との協業も一般的になっている。 技術革新の速度が速く、常に技術研鑽が求められる一方で、社内での昇進やキャリア制度が未整備な点も問題を複雑化させている。これには、中小企業が多い業界構造や、ゲーム開発のノウハウが属人的になりやすく体系化が難しい、技術や人材の流出を恐れるあまり業界横断的な技術共有に保守的な特性、ヒット作の有無で企業の業績や市場の動向が影響を受けやすく、中長期的な経営戦略が立てにくい―などが背景にある。陳腐化し、上書きされていく最新技術 特に過去10年間は業界の激変期で、家庭用ゲームからフィーチャーフォン、スマートフォンとトレンドが激変し、そのたびに基盤となる開発技術やゲームの開発ノウハウが変化した。最新技術がどんどん陳腐化し、上書きされていくのだ。その一方で手本となる教科書はどこにも存在しない。こうした状況では社員の自発的な自己研鑽が、最も効果的な人材教育の手法になりやすい。しかし、それが恒常的にできる人材はわずかだ。 こうした背景から、企業には優秀な人材ならいつでも、誰でも歓迎だが、実際の採用は消極的になりがちな傾向がみられる。しかも求める人材像が「自ら問題を発見し、解決策を見つけられる人」「現時点での能力もさることながら、伸びしろがある人」といった、抽象的な内容になりやすい。特にゲームの企画職についてはこの傾向が強く、どの企業も頭を悩ませているのが実情だ。「おもしろさ」を定量的に計る手段が存在しないからだ。 一方で業界には、ヒットを記録して業績が急成長した結果、とにかく人材不足という企業も存在する。こうした企業は「経験者即歓迎」という状態になりやすく、しばしば転職市場で年俸バブルを引き越す。それにつられて人材が集中するが、次第に人件費が業績を圧迫し始め、リストラに直面するのが常だ。もっとも、その頃には別の企業がまた新しいバブルを引き越し……。こういったサイクルを業界は何度も経験してきた。 これがアメリカのように人材の流動性が高い、言い替えれば企業が社員を解雇しやすい社会では、企業はトレンドの変化にあわせて社員を解雇し、新たな人材を雇用できる。人材の入れ替わりが前提となるため、知見の共有やマニュアル化も進展する。2000年代以降、ゲームの大作化にともなって、日本にかわってアメリカのゲーム産業が世界を牽引するようになったのには、こうした理由もある。人材の流動性が低いからこそ生まれる「社風」 もっとも人材の流動性が低いからこそのメリットもある。企業内に暗黙知が蓄積されやすく、それが企業ごとの特色、すなわち「社風」となって開発に反映されるため、世界に一つしかないユニークなゲームが生まれやすい点だ。この点において「日本語」というニッチな言語を主体とする日本企業は、世界の中で大きな可能性を秘めている。この頂点に位置するのが京都に本社をおく任天堂だと考えればわかりやすいだろう。 ここで改めて指摘しておきたいのは、日本的な雇用慣行がゲーム開発に影響を与えているとしても、そこには善し悪しがあるということだ。そのため企業には人材の流動性が低くなりやすい日本社会の現状や、技術革新が非常に早く自己研鑽が求められがちなゲーム業界の現状を念頭に置いた上での、現実的な採用計画や採用手法が求められる。それが実現できなければ、企業の将来も危うくなる。 中でも重要なのは、暗黙知に陥りやすい企業のノウハウ、言い替えれば「社風」をできるだけ明文化していくことだ。前述したように企業が社員に求める人物像は、どこも比較的似通っている。その一方で社風は企業ごとに異なっており、社員の行動規範に対して間接的な影響を与えている。いわば社風は創造性を育む温床だといえる。逆にどれだけ優秀や人材でも、社風にそぐわずに短期間で離職する例は少なくない。 問題は社員が社風を当たり前と捉えがちな点だ。そのためには他社からの転職組の体験談が参考になる。どのような理由で転職を決め、企業に対してどのように適合していったのか、社内でヒアリングを行うのだ。これはまた、転職者の精神的なケアにもつながる。これらはゲーム業界に固有の問題ではないが、ゲーム業界では特に必要だともいえる。ゲームは人が作るものであり、会社にとって人材は最大の資産だからだ。

  • Thumbnail

    記事

    日本でも配信開始 なぜ世界中が「ポケモンGO」に熱中するのか

    より転載)    人気キャラクター「ポケットモンスター」の世界観を実世界で楽しめるスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」の配信が日本でも始まった。米国を中心に世界中でヒットしていることを受け、ポケモンを生んだ任天堂の株価がうなぎ登り状態だ。ポケモンに関連する銘柄の株価も軒並み上昇するフィーバーぶりで、市場関係者の間で「ポケモノミクス」と呼ばれる盛り上がりを見せている。なぜ世界中が一つのゲームに熱中するのか? ポイントをまとめた。 ポケモンGOは、空想世界の生き物「ポケモン」をスマホ上で捕まえ、育てたり、プレーヤーの間で交換したり、対戦させたりするゲームだ。スマホの画面越しの風景にポケモンが出現し、対峙する。速く捕まえないと逃げられてしまう。そんな切迫感もあり、ゲームの主人公になったかのような気分を味わえるのが魅力だ。今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破 特定の場所、タイミングにしか現れない「レアキャラ」もいる。それを実現するのは、拡張現実(AR:Augmented Reality)や衛星利用測位システム(GPS)で、最新技術を駆使した新感覚のゲームだ。プレーは基本的に無料。スマホにアプリをダウンロードすれば遊べる。ただ、ポケモンを捕まえるのに使う「モンスターボール」などを追加で入手する際に課金される仕組みとなっている。 アプリは任天堂と、関連会社でカードゲームなどの商品やイベントを企画する「ポケモン」(東京都港区)、米国の「Niantic(ナイアンティック)社」の3社が組んで2013年にプロジェクトが始動、開発した。ナイアンティック社は、グーグルから独立したスタートアップで、ARを応用したゲームをいち早く手掛け、コアなファンを獲得している。 役割分担として、開発・発売元となっているのはナイアンティック社、アプリ配信に合わせた説明書の作成や告知・宣伝をポケモン、そしてゲームに関する重要な情報を通知する腕時計型の装置「ポケモンGO Plus」の開発を任天堂が担った。 ポケモンは1996年2月に任天堂の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」の専用ソフトとして発売された。ソフトは赤と緑の2種類あり、それぞれで出くわすモンスターが一部異なる。友人同士で捕まえたモンスターの対戦や交換ができることも受け、赤と緑合わせて計200万本を超える、任天堂の代表作の一つとなった。爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇 今年で発売から20周年を迎えた。発売当時、子どもだった世代は大人になったが、継続的なファンは多い。新シリーズのソフトが続々と登場し、アニメや映画にもなっており、現代の子どもにも受け入れられている。海外でも人気で、世代と国境を越えて愛され、今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破した。 爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇している。株価は19日に配信前の2倍を上回る3万円の大台を突破し、約6年ぶりの高値を付けた。時価総額も5兆円に迫る勢いだ。また、ポケモンGOと提携すると発表した日本マクドナルドホールディングス株も急騰するなど、ポケモンとの相乗効果が期待できる銘柄が買われ、市場は活況に満ちている。 ポケモンGOの大ヒットを受け、ひとまず株高という好影響は出ているものの、今後の対応次第では市場やファンの失望を買いかねない。今のお祭り騒ぎに慢心せず、再び時代に残る名作、人気キャラクターを創り出していくことが期待されている。 日本でのヒットはまず間違いないと確実視されているものの、アプリ自体がもたらす収益が、任天堂の業績を押し上げるかは未知数の部分がある。課金などによるアプリの収益配分は不明だが、開発主体のナイアンティック社が多くを占めるとみられるからだ。任天堂が得るのは「ポケモンGO Plus」の売り上げや、32%を出資しているポケモンによる間接的な利益が中心となる。 ポケモンGOは7月6日に米国、ニュージーランド、オーストラリアを手始めにリリースされ、英国、スペイン、カナダなど30カ国以上で始まっている。今後も中国や韓国など配信地域は拡大する見通しで、未配信の国ではツイッターなどで「まだー?」とため息交じりに待ちわびているファンらの投稿が絶えない。任天堂とグループ会社などが開発したゲーム「ポケモン」=米カリフォルニア州(ロイター) ポケモンGOに好意的な意見が多い一方、批判もある。街中や施設内、浜辺など「神出鬼没」のポケモンを、プレーヤーはスマホを見ながら探すため、熱中するあまり転んだり、人や物にぶつかったりといった事故が多発。また、墓地や慰霊施設といった神聖な場所にも現れているため、宗教団体から批判の声が上がるなどのトラブルも相次いでいる。

  • Thumbnail

    記事

    「ファミコン世代」はコミュ障? 子供をダメにした真犯人はほかにいる

    熊代亨(精神科医) ファミコンをはじめとするテレビゲームは、漫画やアニメと同様、「若者をダメにした真犯人」としてたびたび槍玉に挙げられてきました。 誰とも話をせずファミコンで遊び続ける子どもの姿は、昭和の大人には異様と映ったでしょうし、実際、一人でゲームばかりしていては健全な成長も難しくなるでしょう。ゲームそのものが悪影響をもたらさなくても、子ども同士で遊ぶ機会の少ない毎日を過ごしていれば、そのぶん、コミュニケーション能力を育むための機会や経験も少なくなってしまうからです。  しかし、本当に「ファミコンが若者をダメにした」のでしょうか。 ファミコンが社会現象となった1980~90年代前半は、受験戦争が最も厳しい競争率を記録し、子どもを塾や稽古事に通わせるのが当たり前になっていった時代でした。 一人でファミコンばかりしていればコミュニケーションの機会が減ってしまうのと同じように、机に向かって勉強ばかりしていても、それはそれでコミュニケーションの機会が減ってしまいます。ところが当時の大人たちはといえば、ファミコンがもたらす悪影響には敏感でも、「将来のために」と称して子どもを勉強漬けにしたり、子ども同士で遊ぶ機会を奪ってしまったりすることの弊害には鈍感でした。 職業柄、私はコミュニケーションへの苦手意識を抱えたまま大人になってしまった人に頻繁に出会いますが、テレビゲームや漫画やアニメに溺れていたような、いわゆるオタク然とした人はけして多数派ではありません。それより多いのは、子ども時代に友達と遊ぶ機会を制限され、勉強や読書や稽古事を強いられて過ごした来歴――それこそ、秋葉原連続通り魔事件の犯人の子ども時代を、いくらか穏当にしたような――を背負った人です。 思うに、子どもの心理・社会的な成長機会を奪ってしまうという点では、一人でファミコンばかりやるのも、一人で勉強や読書ばかりやるのも、弊害はあまり変わらないのではないでしょうか。「ファミリーコンピュータ」本当のターゲット ファミコンは、発売されるや子どもたちを引きつけ、やがて一大ブームとなりました。しかし私がはっきり覚えているのは、はじめのうち、ファミコンは「一人で黙々と遊ぶもの」ではなく、「娯楽の王者だった」わけでもなかったということです。 ファミコンの正式名称は「ファミリーコンピュータ」。その草創期のCMやソフトのラインナップを眺めると、ファミコンが子どもだけでなく親をもターゲットにした商品だったことが伺えます。実際、70年代の『インベーダーゲーム』を覚えているお父さんが子どもと一緒にファミコンを遊ぶ…という家庭も少なくありませんでした。 放課後も、みんなが一人でファミコンをやっていたわけではありません。鬼ごっこやケードロといった外遊びの魅力は健在で、ファミコンをやるにしても友達同士で集まって遊ぶことが多かったと記憶しています。二人用~四人用のゲームはとりわけ重宝しましたし、『ゼビウス』や『スーパーマリオブラザーズ』にしても、専ら友達とお喋りしながら遊んでいました。 当初、「一人でテレビゲームを遊ぶ」という習慣は子ども社会に浸透しきっておらず、ファミコンとて、従来の「遊びはみんなでやるもの」という習慣に沿って遊ばれがちだったのです。 こうした過去を踏まえると、ファミコン自体が子どもの一人遊びをもたらしたわけではなく、塾や稽古事で放課後のスケジューリングが難しくなり、友達同士で集まって遊ぶ機会が少なくなった結果として、一人遊びに最適な玩具としてのファミコンが“発見”されたという側面もあったように思えるのです。昭和63年2月、ファミコンソフト「ドラゴンクエスト3」の発売開始で東京・池袋の家電量販店に長蛇の列を作った ファミコンブームも後期になると、『ドラゴンクエスト』『ファイナルファンタジー』といった、一人で長時間遊びやすいゲームがセールスの中心を担うようになりました。その後、携帯ゲーム機『ゲームボーイ』が発売され、これも大ヒットしましたが、『ゲームボーイ』はディスプレイが小さく、はじめから一人で遊ぶことを前提にした設計でした。しかしこの頃にはもう、子ども社会のうちに「一人でテレビゲームを遊ぶ」という習慣が定着していたため、一人でしか遊べないことは問題とはなりませんでした。 『プレイステーション』などの後継機にも恵まれたこともあって、「一人でテレビゲームを遊ぶ」習慣は子どもから大人へと広がっていきました。今では老若男女が通勤電車のなかでゲームを遊び、そのことを非常識と咎める人もいません。それほどまでに、私達は一人でテレビゲームを遊ぶことに抵抗を感じなくなったのでしょう。「コミュニケーション社会」日本の子どもたち ベネッセ(http://resemom.jp/article/2015/11/25/28135.html)や第一生命(http://group.dai-ichi-life.co.jp/dlri/ldi/news/news0808.pdf)の調査によると、子ども同士が集まって遊ぶ機会が乏しい状況は、ファミコン世代のそれより進行しているそうです。放課後は塾や稽古事に忙しく、路上や空き地での外遊びはもとより、公園でのボール遊びすら忌避されるようになった現状では、致し方のないことでしょう。 しかし、そうだとしたら、子ども同士は一体どこでどうやって接点を持ちあい、コミュニケーション能力を育てていけば良いのでしょうか? 「学校や家庭、稽古事でコミュニケーション能力を育てればいい」と言ってしまうのは簡単ですが、現状でも学校の先生がたは手一杯ですし、学童保育を巡る状況には厳しいものがあります。家庭や塾や稽古事を介して、すべての親がコミュニケーションに富んだ時間を子どもに提供できるとも思えません。SNSやLINEが提供するコミュニケーションも部分的には役立つでしょうが、幼いうちは適切に使いこなすのが難しいうえ、表情や身振り手振りを伴ったコミュニケーションの鍛錬の機会とはならないので、それだけでは不十分です。 産業全体に占めるサービス業の割合が高く、人的流動性も高くなった日本社会は、多くの人に高水準のコミュニケーション能力を求められる、いわば「コミュニケーション社会」になりました。にも関わらず、子どもが集まって遊ぶ機会が減り、子ども時代のうちにコミュニケーションの経験を積み重ねにくくなってしまったわけですから、社会のニーズに即したコミュニケーション能力を身に付けるための難易度は、今まで以上に高くなっていると言わざるを得ません。 数十年前まで、子どもが放課後に群れ集って遊んでいればコミュニケーションの経験蓄積は無料で達成できるものでした。しかし今はそうではありません。子どもを遊ばせておきたいだけなら、携帯ゲームやスマホアプリで遊ばせるほうが、よほど簡単で安くつきますが、それではコミュニケーション能力を育てる機会が足りなくなってしまいます。 「ファミコンが悪い」「携帯ゲーム機が悪い」「スマホが悪い」と言うのは簡単ですが、この問題を遡って考えるなら、子どもがそうした一人遊びを余儀なくされ、そのことに疑問を差し挟む人も少なくなった現代の社会環境に意識を向けるべきではないでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    開く「洋ゲー」との差 凋落著しい元ゲーム王国・日本

    稲田豊史(編集者・ライター) かつて日本のゲームは世界を席巻していた。コンテンツ産業代表格、ゲームの今を追う。 1990年代から2000年代初頭にかけて、日本のゲームメーカーは綺羅星のごとく世界を席巻していた。 しかし13年、世界でもっとも売れたゲームソフトは米ロックスター・ゲームス社製の『グランド・セフト・オート(GTA)V』だ。9月17日の発売日から6週間の出荷本数は、プレイステーション3(PS3)版とXbox 360版を合わせてなんと2900万本。14年3月までの販売本数は3300万本に達している(いずれも発売元発表)。驚異的な数字である。対して13年度の国内販売数ベスト1である『ポケットモンスター X・Y』(任天堂)の世界での販売本数は1200万本近く、(14年4月の海外向けリリースによる)。『GTA V』の3分の1強に留まっている。Xbox版とPS3版を合わせると、「Grand Theft Auto V」は約3000万本 「Call of Duty:Ghost」は約1500万本を売り上げている据え置き機用のゲームソフトだけでみると、海外ゲームの「Grand Theft Auto V」が1位 現在の世界市場を席巻するのは紛れもなく海外ゲーム、いわゆる「洋ゲー」だ。その大きな特徴が、莫大な製作費である。たとえば『GTA V』の場合、製作費はなんと2億6500万ドル(約270億円)。ハリウッド超大作の映画『パシフィック・リム』の製作費が200億円程度なので、それをはるかに凌駕する規模だ。日本のゲームにはない魅力 市場が世界だからこそ打てる博打である。「海外の大作ゲームは、5年かけて100億円以上費やして製作し、世界で500万本売れればペイ、みたいな世界。日本のメーカーは到底太刀打ちできない」─。そう語るのは、今年6月に日本発売された海外ゲーム『ウォッチドッグス』(ユービーアイソフト)の日本語版翻訳監修を担当した脚本家の佐藤大氏だ。日本のゲームはその大半が日本人固有の嗜好に合わせて作られているため、マーケットが国内に限られてしまう。米国で1年に1度開催される、世界最大のコンピューターゲームイベント「E3」 (BLOOMBERG/GETTYIMAGES) 『GTA V』は「ゲーム内に作られた架空の州で主人公が自由に動きまわり、様々な犯罪に手を染める」という内容のゲーム。製作費をかければかけるほど、3DCGで作り込むゲーム内の世界を広くして、細部までリアルに描くことができる。製作費が作品の魅力に直結しているのだ。 ちなみに同作にはハリウッド女優のリンジー・ローハンをモデルにしたと思しきキャラクターが登場するが、CGがあまりにリアルで似ていたために当のリンジー本人が激怒。発売元を訴えるという珍事件も起こった。 もう1つ、日本のゲームにはない魅力が、過激な表現だ。多くの海外ゲームでは、プレイヤーが様々な武器を駆使して殺人等の犯罪行為を行うことができる。バイオレンス映画さながらの残酷な流血描写が含まれるものも多く、公共施設の破壊や器物破損もお手の物。そのため、販売に際しては海外でも日本でも年齢制限が設けられているが、国内のゲームに飽きた日本のコアなゲームユーザーが、刺激を求めて海外ゲームに流れている一側面もある。「GTA V」のゲーム画面。1つの州の街、山、海等の景色が、驚くほどリアルにつくられている (ROCKSTARGAMES/CAPCOM)ハリウッドとの蜜月度も高い 海外ゲーム業界はハリウッドとの蜜月度も高い。『バットマン』や『トゥームレイダー』をはじめとした映画のゲーム化、ゲームの映画化が絶え間なく行われているほか、13年11月に発売され、年内に世界で1400万本以上を販売したゲームソフト『コール オブ デューティ ゴースト』は、アカデミー賞脚本家のスティーヴン・ギャガンがストーリーを執筆して話題を呼んだ。有名俳優がゲームにCGとして登場するケースもある。若者の映画離れが進み、DVD等のパッケージソフトの売上も右肩下がりで苦しむハリウッドとしては、勢いのあるゲーム業界に近づいておいて損はないというわけだ。同じく「GTA V」のゲーム画面(ROCKSTARGAMES/CAPCOM) 佐藤氏は、海外ゲームソフトメーカーとのビジネス経験からこう語る。「今や北米のCGクリエイターの間には、映画会社に就職するよりゲーム会社に就職したほうが良い仕事ができるという認識があります。有名ゲームにスタッフとして参加してから、その輝かしいキャリアを携えて映画業界に行く人も増えていますね」。 親和性が高いのはハリウッドだけではない。たとえば『GTA V』をプレイ中に、ゲームの世界にあるラジオから流れる曲はすべて現実に存在する既存曲であり、使用料ビジネスが生まれている。リアルな世界観を構築するためには実在のアーティストが発表した曲であることが重要、という開発側の判断だが、もう1つ。音楽業界側がプロモーション目的でゲームに楽曲を提供することもあるのだ。 「『GTA V』のように、ゲーム内の世界が広大に構築されているゲームは、一度はじめると何時間にもわたってその世界に居続けることができるので、そこで目に入る商品や、BGMとして鳴り続けている音楽をつい買いたくなってくるんです。一種の洗脳ですね(笑)」(佐藤氏)。昨今のゲームは、ネットやTV以上にプロモーションメディアとして優秀なのだ。世界での日本市場の地位低下世界での日本市場の地位低下 一方、日本における海外ゲームのユーザー数ははそれほど多くない。海外事情に詳しく、『ゲームになった映画たち 完全版』(マイクロマガジン社)という編著もあるライター・編集者のジャンクハンター吉田氏はこう推測する。「国内の海外ゲーム人口は多くて20万から30万人。そのうちヘビーユーザーは5万人くらいで、最も濃いマニアは2万人程度しかいない」。 実際、世界一売れた『GTA V』ですら、日本における13年の販売数は60万本程度。世界売上の3000万本からすると日本の市場シェアはたったの2%ということになる。英ガーディアン紙は今年2月、「日本市場は02年に世界のゲーム市場の50%を占めていたが、10年には10%にまで低下した」と報じている。日本市場の地位はここ10余年で急降下しているのだ。 そのため、海外のゲームメーカーは近年、日本市場をかなり軽視している。その証拠に、マイクロソフトが13年11月22日に欧米ほか世界で発売したゲーム機「Xbox One」の日本発売は、遅れに遅れた9カ月以上あとの14年9月4日。「そもそも日本には海外ゲームメーカーの日本法人が少ないんです。『コール オブ デューティ』シリーズのアクティビジョン社も、08年に日本から撤退しました。そこそこ大きな作品であっても、日本では売れないからといって、日本語版を製作しない海外ゲームもあります」(吉田氏)。 実は日本のメーカーであるソニー・コンピュータエンタテインメント(SCE)が発売したゲーム機「プレイステーション4」の日本発売も、北米リリース(13年11月15日)から約3カ月後の14年2月22日だった。国内メーカーまでもが国内市場を軽視しているのだ。日本メーカーであるSCEでさえ、PS4の販売を遅らせるほど、日本市場は縮小している (BLOOMBERG/GETTYIMAGES) 海外製ゲームが日本で売れない理由の一つが、日本ではここ数年、据え置き型ゲーム機より携帯型ゲーム機が優勢であるという市場特性だ。 00年代前半以降、日本では通勤や通学時に手軽に遊べる携帯電話のゲームや携帯型ゲーム機にゲームの潮流が移っていった。対する北米などでは車での通勤・通学が多いので、携帯ゲームは日本ほど浸透せず、リビングでやる据え置き型ゲーム機が根強い人気をキープし続ける。よって海外展開する超大作・話題作は基本的に据え置き型ゲーム機用として開発されるのだ。 もう1点。特に00年代後半の米国において据え置き型ゲーム機は、単なるゲーム専用機とは思われていなかった。PS3やXbox 360といったゲーム機には、ネットフリックスやHuluといった映像配信サービスを受けられるアプリが用意されているため、「息子が買ったPS3で、父親が配信で映画を観る」といったシチュエーションが成立したのだ。いまだパッケージのDVDレンタルが主流の日本では、このようなことになりそうもない。「ゲーム王国ニッポン」の凋落「ゲーム王国ニッポン」の凋落 海外ゲームが国内で売れないだけでなく、日本製のゲームもかつてほど海外では売れていない。吉田氏は、日本のゲームが世界で勝てなくなってきた時期を00年代初頭と指摘する。きっかけはプレイステーション2(PS2)の発売だ。 「00年3月に発売されたPS2はマシンの性能が飛躍的に上がったため、性能に合わせたゲームソフトの開発に、より多くの費用、時間、そして人員が必要となりました。だけど開発費が2倍になったからといって、ソフトが2倍売れるわけじゃないですよね」。そんな状況下、01年にNTT docomoのiアプリが登場し、大ブレイクを果たす。ライトなゲームユーザーは、何千円もする重厚長大なゲームソフトから離れ、月額たった300円で楽しめる手軽なミニゲームに余暇時間を割くようになったのだ。携帯電話の爆発的な普及期であったことも、その傾向に拍車をかけた。 PS2にDVD再生機能が搭載されていた点も無視できない。当時はまだ高価だったDVD専用プレーヤー代わりの「最も安価なDVDプレーヤー」として、PS2で映画ソフトを観るユーザーが激増。皮肉なことに、PS2自身が消費者をゲームから遠ざけたのである。プレイステーション 2 (PS2) 開発費が上がり、しかもかつてのようにソフトが売れないとなれば、ゲームソフトメーカーの経営は守りに入る。野心的・革新的な企画よりも、堅い売れ行きが見込める無難な企画が多くなるのは当然の帰結。この時期からゲーム業界は「従前のヒット作の続編」や「有名アニメの原作もの」ばかりを連発するようになる。 下手にオリジナルの新作を開発するより続編を作った方が安全。たとえ前作の8掛けしか売れなくても、大コケするよりまし─そんな考えがゲームソフト業界を覆っていった。実際、「90年代にはゲームっ子だったのに、PS2発売直後くらいからゲームから離れた」という現在20~30代の男性は多い。00年代前半に新鮮味のないソフトばかりが発売され、うんざりしはじめたのだ。当然、「ゲーム王国ニッポン」の海外での評判も、徐々に陰りが見え始める。 そんなとき、彗星のごとく登場したのが、01年10月にPS2で北米版が発売された『グランド・セフト・オートⅢ』だった。「自分が悪役になれる。街を自由に動きまわれる。大人が遊べる画期的なゲームだった」(吉田氏)。 『GTA Ⅲ』の世界的ヒットを機に、海外ゲームの市場は急伸長を遂げていく。のちに『GTA』と並ぶ大ヒットシリーズに成長する『コール オブ デューティ』の1作目が登場したのは2年後の03年。以降、世界市場における日本と海外の地位は逆転する。 実は14年現在に至るも、国内ゲーム業界の状況は当時とそれほど変わっていない。莫大な製作費を安全に回収するためには、続編か人気アニメ原作しか企画を通せないのだ。 もう一つ、日本のゲームが世界と戦えない要因がある。「どうやってマネタイズするか、といったビジネス面が後れている」(佐藤氏)というのだ。 例えば海外ゲームは、企業広告や商品名をゲーム中に表示させるプロダクトプレイスメントに積極的だが、日本ではあまり浸透していない。「日本におけるゲームは、まだまだ『趣味』。アメリカでは『産業』であり『文化』。趣味にはスポンサーという考え方がないですし、日本のユーザーはそういった商売っ気を毛嫌いするので、根付きませんでした」(吉田氏)。 また、海外ゲームには出資を得るためのファンドが存在するが、日本にはほとんど存在しない。ファンド会社が少ないという事情もあるが、そもそもエンタメ作品の収益性を正当に評価できる人間が金融業界に少ない、という事情もある。 さらに、アメリカでは娯楽産業の法律まわりを専門に請け負う法律家である「エンタテインメント・ロイヤー」という職業が確立しており、彼らとエージェントがタッグを組んで、資金集めや契約、マーケティング、プロモーションなどを行っている。日本のゲーム業界が世界に打って出るには、まずはビジネスのプロを育成するところからはじめなければならない。「五右衛門風呂」から脱出せよ「五右衛門風呂」から脱出せよ 日本の携帯電話産業はガラパゴス化の末に国際競争力を失い、「ガラケー」と揶揄されるまでになってしまった。結果、日本ではアップルのiPhoneやサムスンのGalaxyといった海外製端末が市場を席巻している。 現在の国内ゲーム市場も、完全にガラパゴス化しているといってよい。日本製ゲームはごく一部を除いて海外では売れず、海外展開に積極的なメーカーはコナミやカプコンなどごくわずかだ。 これで国内ゲーム市場が順風満帆であればガラパゴスであっても問題ないのだが、無論そうではない。13年の家庭用ゲームソフト市場は約2537億円(CyberZとシード・プランニング共同調べ)。これはスマートフォンゲーム市場の5468億円の半分以下。この小さな、しかも縮小の一途をたどっているパイを、任天堂やセガ、コナミやカプコンといった大手ゲームメーカーがとりあっているのだ。 これはまるで、小さな五右衛門風呂にぎゅうぎゅうに詰め込まれたゆでガエルのような状態だ。狭いスペースの争奪戦。しかもお湯は煮えたぎり、苦しみが増すばかりの我慢大会である。しかし世界には大きな市場が広がっている。ガラパゴス化を食い止め、世界市場に打って出るためには、狭苦しい湯船から脱出する覚悟が必要だ。 日本ゲームが世界を席巻し、再び「ゲーム大国」に返り咲く日は、果たして来るのだろうか?

  • Thumbnail

    記事

    「初めて触れたときのワクワクを思い出して」 TVゲームは一生の伴侶

    畑史進(フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター) TVゲーム初体験を覚えているだろうか? 僕よりも高い年齢の方ならファミコン、SG-1000より以前のハード(ゲーム機)カセットビジョン、ゲームウオッチ、テレビゲーム15だろうか?それともテレビテニスだろうか?僕と同年代の方ならスーパーファミコン、プレイステーション、セガサターン。若い方だとゲームキューブ、プレイステーション2、Xboxという方もいるでしょう。 TVゲームと言うのは面白いもので、家電製品、アクセサリー、衣服などとは違って「本体・ハード」だけではTVゲームとの出会いは始まってすらいない。「ゲームソフト」を買って「本体」にセットして初めて本当の出会いが始まるのだ。 さらに面白いのは、両親や親しい人から梱包(こんぽう)紙に包まれてプレゼントされたり、ある日突然家で本体の箱を目にした瞬間にいろいろ心がワクワクしたではないだろうか? 「これから何が始まるんですか?」 「あのゲーム・このゲームがやってみたい」 「TVゲームだ!すぐに開けなきゃ!」etc… またこんな経験もあったはずだ、興味ない自分の中では「クソゲー」同様のゲームをプレゼントされ、とりあえずと思って触ってみるとガッツリハマってしまったこともあるはずだ。その時皆さんは間違いなく熱中していたのだ。 僕が生まれた頃には既にTVゲームはバブルが大きくなる象徴のように空前の大ブーム真っ最中であった(らしい) 僕のおやじの世代は「インベーダーゲーム」が喫茶店を始め大ブームになり「ギャラクシアン」「パックマン」「マリオブラザーズ」「ドンキーコング」等のアーケードゲームが隆盛し、日本中の100円玉がゲーム筐体に吸い込まれ、その行く先にファミコンのような家庭用ゲーム機が誕生し、ゲームセンターに行かなければできないようなゲームたちが、家庭でもカラーテレビにつなげば家でも気軽にお金のことを気にせず思う存分ゲームができるという時代だった。かなりの衝撃だったと思う。 話は脱線するが、「ドンキーコング」等多くのアーケードゲームは日本より先にアメリカでは「インテレビジョン」「コレコビジョン」「ATARI2600」で発売されていた。 ファミコン本体の値段が1万4800円でソフトが一本5千円程度。 2万円でお気に入りのアーケードゲームが遊び放題、200回も遊べば十分もとが取れる(ただしアーケード版とは違う箇所がグラフィックなど多くあり、説明はここでは割愛する)。 しかし、それだけで終わるのではなく魅力的なソフトも多くSG-1000やファミコン向けに発売され瞬く間に家庭用ゲーム機は家庭の中心的存在になった。その象徴として、当時幾つかの日本映画にもファミコンがカメオ出演していた。「マルサの女」では「スーパーマリオブラザーズ」が映り、「男はつらいよ」でも寅さんのおい、満男の部屋にはスーパーファミコンが置かれた。ファミリーコンピューター 多くのソフトメーカーが生まれ、ファミコンの普及にあやかって自分たちのアイデアを披露してきたのもこの頃が特に多かった。「ロックマン」「悪魔城ドラキュラ」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「スウィートホーム」等アーケードゲームでは味わえないジャンルのゲームが生まれ、「ポートピア連続殺人事件」「ファミコン探偵倶楽部」「探偵神宮寺三郎」など、まるで小説を自分自身が入り込んで体感するような芸術性あふれるゲームも次々出てきた。 またファミコンをパソコンとして考えてみると敷居が非常に低くゲームをプレイしてマイコンに興味を持ち、自身も新たな作品を披露したくなるという相乗効果もあり、パソコン普及にも一役買ったのは間違いないだろう。 僕の初めてのTVゲーム体験はアーケードゲームではなくシャープから発売された「ツインファミコン」でのディスクシステム版「スーパーマリオブラザーズ」だった。3,4歳の頃とうっすらと覚えているのはダッシュからのジャンプができなくてただ穴に落ちるのが面白かったことだ。幼稚園の頃には「ウルトラマン倶楽部 怪獣大決戦」にドハマリ。数多くあるファミコンゲームの中でも特にお気に入りのゲームで今でも自身のオールタイムナンバーワンファミコンゲームだ。それからはさまざまな友達の家に方々訪ね歩いて自分の家では買ってもらえないさまざまなゲーム機・ソフトに触れてここに至るわけです。「初めて触れた大変」こそ重要 こう思い返してみると、若い人たちにとってはファミコンがいかに素晴らしいものだったのかと聞こえてくだろうが、それは違う。 今を生きる人たちにとっても、TVゲームとの出合いは人それぞれであり、それぞれの入り口となったゲーム機、ゲームソフトがあるはずだ。僕も当然Nintendo64以降はその時代にいたので背景は理解できるが、初めて触れた体験ではない。「初めて触れた体験」そこにおのおの一度ぶり返って思い出してほしい。 その時には高騰したワクワクがそこに実際あったわけだ、いやあったはずだ。ゲームボーイやスーパーファミコンなどのゲーム機 現に僕もいまだに新しいゲーム機が出ると発売日にお店にすっ飛んでいき、「ワクワク」しながらゲーム機とソフトを抱えて6畳一間の部屋に(引っ越ししたい)帰ってきて「ウキウキ」してセットしている。新作のゲームが発表されると「ワクワク」して発売日まで待ってしまうそれらが自分にとって未体験ゾーンだったら尚更だ。 「クソゲー」なんてつかまされた日にはスイッチオンにして開発者、クリエイター相手に怒り狂う。傍から見ればただの危険人物かもしれないが、「ゲーム好き」がやってるただの一興であり時間もたてば笑い話にしてしまう。 何が言いたいのか? 単刀直入に言いましょう。「そのワクワクをいつまでも捨てないでほしい」と声を大にして言いたいのだ。 TVゲームに飽きたという人から話を聞くと多くの人が「複雑になった」「ワクワクしなくなった」「いい年して恥ずかしくなった」「ファミコンが至高だった」と多くの人が答えるのだ。 そんな理由で良いのか!?今でも多くのゲームクリエイターたちがアイデアを巡らせ素晴らしい、心から面白いといえるゲームが作られている。 日本は世界中から尊敬されるほど多くの名作ゲームが生み出され、「ユートピア」としてみられていたことを読者の方はご存じだろうか?いや今でもそう見ている人たちは多いといっても過言ではない。「日本ならでは」の素晴らしいアイデアの詰まったゲームは世界からも絶賛されリスペクトされ、尊敬されるクリエイターも多い。 現にディズニー作品「ミッキーマウス!」という作品ではミッキーが作中「トーキョー」に訪れた際に一部の画面がファミコンテイストになるワンシーンもあるほど。 去年は「ピクセル」という映画も公開されたが出てくるほとんどの元ネタのゲームは「日本製」だったのだ しかし日本のTVゲーム事情は一時よりも随分と下火になった。 スマホゲームの台頭もその原因だろうが、それだけではない。 あらぬ根拠を世に垂流したえせ学者が支持を得たりとTVゲームは人気者の宿命を経てすっかり縮こまってしまった。 皆さんにはそのようなことを忘れて(なかったことにして)、かつて好きだった人は今一度自分自身の心に問いかけてほしい。その時のワクワクを「世間と切り離して」思い出してほしい。ゲームに夢中になったあの時の出来事をそして再び手にとってほしい。 未だ触ってすらいない人は一度でも良い、食わず嫌いにならずに触ってほしい。 もしもいまだにファミコン・スーパーファミコン様なゲームがプレイしたいのであれば、広く探せば必ず有志が作って、さまざまな販売もされているので手にとってプレイしてほしい。 必ずスマホゲームとは違う、気軽に、気兼ねなく、夢中になれるゲームがそこに有る! (毎週木曜日掲載)畑史進 フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター。日々、ゲームネタを漁りながらニコ生放送にも出演。スター・ウォーズ解説員、TVゲーム解説員としても活動中。

  • Thumbnail

    記事

    急拡大するソーシャルゲーム 世界で勝てない日本のゲーム業界

     [WEDGE REPORT]WEDGE編集部 米アップル社のApp StoreからダウンロードするゲームやFacebook内で仲間と楽しむソーシャルゲームの市場が急拡大している。一方で家庭用ゲームの市場は縮小の一途を辿り開発者たちも次々と家庭用からソーシャルゲームに鞍替えしている。家庭用ゲームが消滅するわけではないが、旧来型の開発体制や流通構造を見直さなければ「クールジャパン」の象徴であるゲーム業界は世界で勝てない。 「発売から半年も経過せずに、しかもこれほど大幅な値下げをしたことは、任天堂の過去の歴史にはありませんでした」 2011年度に全世界で1600万台という目標を掲げながら、4~6月の販売数が71万台と販売不振に苦しむ、任天堂の最新携帯ゲーム機「ニンテンドー3DS」。打開策として同社は7月28日に1万円の値下げを発表した。冒頭の言葉は、そのことに触れた岩田聡社長の弁である。年末には、ビッグタイトルを投入することで巻き返しを図ると宣言したが、株価は下げ止まらず5年10カ月ぶりの水準にまで落ち込んだ。 「お客様から(中略)ご期待いただいている水準に達していないと、深く反省するとともに、心よりお詫び申し上げます」 累計販売数は1億本以上。日本を代表するゲームである「ファイナルファンタジー(FF)シリーズ」。その、最新作FF14(Windows版)の発売から2カ月後の昨年12月10日。発売元のスクウェア・エニックスの和田洋一社長は、謝罪コメントと、プロデューサーの更迭を発表した。家庭用ゲーム機プレイステーション3版の発売時期は未定のままだ。6750万人が遊ぶゲーム トラブル続きの日本のゲーム業界。「クールジャパン」の代表格だが、「世界一」とは言えない状況だ。 1990年代後半、日本の家庭用ゲームソフトは欧米市場で半数近いシェアを占めていたが、最大の北米市場でも3割まで低下した。10年、日米英で任天堂の「ニュー・スーパーマリオブラザーズ・Wii」は580万本販売されたが、最も売れたのは米国のActivisionが発売した「Call of Duty: Black Ops」で1540万本だった。ニンテンドーDSは全世界で1億4000万台以上売れたが、ユーザー数が7億人以上とされる世界最大のSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)Facebook内では数千万人が遊ぶ「ソーシャルゲーム」がいくつもある。 ソーシャルゲームとは、基本的に無料で1人でも遊べるが、他人と協力し、課金アイテムを購入することで、有利に進められるゲームだ。代表的なのは、アメリカのZynga(ジンガ)社が提供する「FarmVille」で、ユーザー数は6750万人(10年月間平均)である。 「ソーシャルゲームとかネットの世界が盛り上がる一方で、任天堂はパッケージソフトが中心。自分のやりたいことができないから会社を辞めました」 こう語るのは、約10年働いた任天堂を退社し、08年にゲーム開発会社entersphere(東京都・町田市)を立ち上げた岡本基氏である。岡本氏は、任天堂の情報開発本部でフィットネスゲーム『Wii Fit』のトレーニング及びバランスゲームの内容を考える、トレーニングディレクターなどを担当していた。現在は、会員が150万人を越えるソーシャルゲーム「ヱヴァンゲリヲン」などのヒット作品を手がけている。拡大するソーシャルゲーム市場 右表のように、ソーシャルゲームの市場規模は今後拡大が見込まれる。家庭用ゲームが主力の世界最大規模のゲームソフトメーカー、米Electronic Artsは1000人規模のリストラを実施する一方、ソーシャルゲームなどに強いPop Cap Gamesを7月に買収。国内SNS大手のグリーも、米大手ソーシャルゲーム関連のOpen Feintを今年の4月に買収した。 家庭用ゲームソフト大手のカプコンで、「ロックマン」シリーズなどを手がけた名物クリエーターの稲船敬二氏は同社を退社し、昨年12月に「comcept」を設立。今年の秋にソーシャルゲームの新作を出すと発表した。 一方、苦戦しているのが家庭用ゲームだ。国内の家庭用ゲームソフト市場は10年近く3000億円前後で推移。海外市場も、08年には米国で1兆2000億円、欧州で1兆円前後あった市場規模がそれぞれ10年には、1兆円、8000億円まで下落した(ファミ通ゲーム白書2011より)。上表のように、今後も下落を続けるという調査結果もある。 簡潔にいえば、1台数万円するゲーム機と、4000~6000円のゲームソフトを購入して初めて遊べるのが家庭用ゲームの特徴だが、ソーシャルゲームはパソコンや携帯電話、スマートフォンで遊べる。 スマートフォンにネット上からダウンロードして遊ぶゲームも一般的になった。無料のものが多く、有料でも1本100円~1000円台が大半だ。家庭用ゲームは、実際に遊んでみないと楽しさが分からないというリスクがある。値段が安ければ、面白くなくても懐は傷まない。価格の点でも家庭用ゲームは不利な状況である。 通信規格が3G以上の携帯電話は、日本ではほぼ普及率が100%だが、いちよし経済研究所の調べでは、北米では10年の59%から15年には95%へ、西欧でも47%から80%に達する見込み。スマートフォンの普及率も、日本が7%から80%、北米で33%から84%、西欧で24%から56%と予測されている。ソーシャルゲーム市場はますます拡大していくだろう。ユーザー目線なき流通構造ユーザー目線なき流通構造 「メーカー、流通、ゲーム雑誌の関係を見直さないと、日本の家庭用ゲーム産業は負のスパイラルから抜けられない」 あるゲームソフト会社社長は、ゲーム業界の状況をこう憂えた。象徴的事例が、昨年12月に発売されたニンテンドーDSのゲームソフト「二ノ国 漆黒の魔導士」である。 「二ノ国」は、スタジオジブリがアニメーション作画、久石譲氏が音楽、企画・制作を「レイトン教授」シリーズ等のヒットを飛ばすレベルファイブが担当。NHKスペシャルの「世界ゲーム革命」でも紹介され、業界団体主催の日本ゲーム大賞「フューチャー賞」を受賞。ゲーム雑誌大手の『週刊ファミ通』において、「プラチナ殿堂入り」するなど高評価を受けた。 だが、発売初週の消化率(出荷本数に対して売れた割合)が33%と低迷。家庭用ゲームソフトは小売店の買い取りが基本なので、在庫消化のために安売りの対象となった。 近年の家庭用ゲームの不振から、新作が手堅く売れるシリーズ物に偏重するなか、ヒット確実視の作品が躓いたことは、「市場の縮小傾向に拍車をかけた」(関係者)との指摘がある。 「二ノ国」は業界内で評判が良かったが、過剰に小売店が仕入れた原因の1つは、「仕入れ担当者がゲーム雑誌の評価やメーカーの実績をもとに仕入れる量を決めている」(ゲームソフト会社幹部)点にある。 ゲーム雑誌で高評価を得る要素は、単純にゲームの面白さだけではない。「ゲーム雑誌にとって、メーカーは広告のクライアント。雑誌とは別に、人気ゲームの攻略本は数十万部売れるドル箱で、出版にはメーカーの協力が必要。ビッグタイトルに低い点数はつけにくい」(関係者)事情があり、ユーザーの視点がないがしろにされやすい面がある。 また、「メーカーも、高評価を得るため過剰に広告費を支払っている面もあり、しわ寄せが開発費にきている」(前述のゲームソフト会社社長)。 メーカー、雑誌、小売りの都合が優先され、業界とユーザーの間に距離感が生まれている。開発現場は町工場レベル開発現場は町工場レベル 「日本のゲームソフト開発現場は、言葉は悪いですが町工場レベル。合理的な開発スタイルを採用した海外勢に追いつかれてしまった」 家庭用ゲームソフトの開発を行うゼロディブ(東京都・千代田区)の原神敬幸社長は、こう警鐘を鳴らす。 海外のゲームソフト開発の現場では、「ゲームエンジン」と呼ばれる、主要な処理を行う共通プログラムが普及している。例えば、ゲーム上で人間が「歩く・走る」といった動作を一からプログラムする必要がなくなり、開発の省力化につながる。その分、操作のし易さや、効果的な演出など、「ゲームをいかに面白くするか」という部分に専念できる。 「日本の開発者は、人間の動作ひとつにも細かいこだわりを持ち、一からプログラムしなければ気が済まない人も多い」(原神氏)ため、海外勢にあっという間に開発ノウハウの面で追いつかれたという。 開発プロセスも内向きだ。アメリカでは、多数のテストプレーヤーを雇い、上げられた声を開発にフィードバックする。冒頭で紹介したファイナルファンタジーの謝罪文において、プロデューサーの田中弘道氏は「構造的な問題でユーザーの皆様からのフィードバックを迅速に反映することができませんでした」と述べている。同社広報も「発売前にテストプレイは実施した。だが、その意見を十分反映できた訳ではなかった」と語る。日本のゲームソフトは「プロデューサーの作品」という色合いが強く、開発に外部の目が入りにくくなっている。 リスクの少ない国内に安住し、海外の市場開拓を怠った面もある。家庭用ゲームの黎明期、国産ゲームは黙っていても海外で売れた。だが、ゲーム機の性能向上に伴い、表現方法が多様化し、国ごとの好みがはっきりと分かれてきた。 現地のニーズを取り入れるため、海外スタッフの活用を試みたが失敗も目立った。「何でも言うことを聞く国内協力会社との仕事が中心のプロデューサーも多く、言語や文化の違うスタッフを満足に使いこなせなかった。数十億円の損失を出した会社もあった」(業界関係者)。成功事例もあるが「リスクを冒すより利益の出る国内市場に注力しようという雰囲気だった」(前述の業界関係者)という。 日本のメーカーにとって、国内市場は今も重要な位置を占める。だが、旧態依然とした体制を温存したままでは、海外に打って出る力を蓄えられないばかりか、国内ユーザーにも見限られるだろう。

  • Thumbnail

    記事

    『たけしの挑戦状』には北野映画のエッセンスがつまっている

     家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(任天堂)・通称ファミコンが1983年に発売されると、日本中の子どもたちがゲームに熱狂し、社会現象にまでなった。計1200以上のタイトルが発売されたゲームのなかから、お笑いコンビ「浅草キッド」の玉袋筋太郎が師匠の名前を冠したゲーム『たけしの挑戦状』(タイトー/1986年12月10日発売)を紹介する。 * * * オレが最初に紹介するゲームっていったら、やっぱり師匠のゲーム『たけしの挑戦状』。これしかないじゃない。 このゲームってさ、北野映画のエッセンスが全部つまってるんだぜ。沖縄行ったりとか、街中でヤクザと殴り合いのケンカしたりとか、まんま『ソナチネ』や『アウトレイジ』じゃない!北野武氏 じゃあ、早速やってみよう。ええと、これ最初に何やるんだっけ……。確か「げーむをさいかいする」を選んで、そこにいるオヤジを殴ったら……うわっ! いきなりゲームオーバーだよ。たまんないなあ、最高すぎるよ。 師匠曰くタイトーに行って2時間くらい喋ったらできたゲームらしいけど、う~ん。これはやっぱり大したゲームだ。見てよこの看板、「極東興業」とか「スナックあぜ道」だもん。ネーミングセンスも半端ないよね。 スナックで酒飲むなんて場面もあるけどさ、今はこんなゲーム出せないんじゃないの? 楽しすぎてもう3杯目だよ。そういや、今オレの芸能活動もスナックを中心にしてるからね、ゲームはすべてに通じるわけですよ。あっ、また飲んじゃったよ。このスナックって『2コン』のマイクでカラオケ歌えるんだよね。ちょっとやってみよう……。「こしょうちゅう」ってオイ! いやあ、それにしても主人公が自宅に戻って奥さんに対してやることの選択肢が「かあちゃん ねようぜ」って、すごすぎるでしょ。とりあえず「いしゃりょう はらう」を選んでみるよ。あっ、殴られて死んだ! 難しすぎるよ、ほんと。当時「攻略本を読んでも解けない」って苦情があったらしいけど、納得だね。 そもそもこのゲームって何するゲームだっけ? えっ、たまたま手に入れた地図を頼りに財宝を探しに行く? そうだったっけ? 攻略本持ってたらちょっと見せてくれない?●たまぶくろ・すじたろう/1967年生まれ。お笑いコンビ「浅草キッド」のボケ担当。スナック愛好家として知られる一方、かつてMONDO TVで放送されていた『ゲームレコードGP』のMCを務めるなどゲームにも造詣が深い。関連記事■ 初訪問のスナックで居心地良く過ごす方法を玉袋筋太郎伝授■ スナックの作法 「名刺交換をしてはいけない」とスナック通■ スマホゲームプレイしすぎ無職男 ハロワ待ち時間で腱鞘炎に■ 紳助「出張ホスト業参入でその筋の人にすごまれ廃業」の証言■ 全日本スナック連盟会長・玉袋筋太郎 スナックの良さを力説

  • Thumbnail

    記事

    伝説のクソゲー 楽しいかより楽しむスタンスこそ大事

    1度はつかまされたことがあるだろう。しかしそれは本当に「地雷」だったのか、「クソ」だったのか。風俗、ゲームから端を発し、仕事への姿勢まで、作家で人材コンサルタントの常見陽平氏が考察する。 * * * もう、だいぶ前ですが、『週刊SPA!』の7/17発売号に「[風俗大ハズレ体験]地獄変」という特集が載っていました。タイトルだけでのけぞりそうになりましたが、内容はそれ以上でした。「ソープに行ったら、友達の母ちゃんが出てきた」「暴力を振るわれた」なんていう凄い話が出ていましたよ。 同じ号だったと記憶していますが、同誌での風俗ライターなどによる座談会が熱かったです。その中で、ある風俗ライターが良いことを言っていたのですよ。「風俗嬢に地雷女なんて、いない。どの嬢とも、その時間、どう楽しむかという視点が大事なんです」そんな内容でした。この話を聞いて、なるほど、物事には「楽しむ」というスタンスが大事なのだと思ったのです。 今年の夏の出来事だったのですが、この話をある公開パネルディスカッションの時に思い出しました。11月2日(金)に阿佐ヶ谷ロフトにて『またーりファミコン語り ~あの日僕たちは少年だった~』というイベントに出演しました。ライターさやわかさんの新作『僕たちのゲーム史』(星海社新書)の発売記念イベントで、彼と私の他に、ライターの赤木智弘さん、西森路代さんの4人でまたーり語りましたよ。80年代に子供だった私たちがあの頃のファミコンと遊びをまったり語ったのでした。現在に続くゲーム史、西森路代さんの女子目線アイドルトークもあり、実に楽しい3時間でした。 そのときにいわゆる「クソゲー」の話が出ました。若い人はクソゲーという言葉自体、知らないかもですね。クソみたいなゲームのことで、面白くないゲーム、明らかにゲームとして崩壊しているものなどを指します。伝説のクソゲーは『いっき』 私の思い出に残るクソゲーと言えば、『バンゲリングベイ』(ハドソン 1985年)というゲームですね。ヘリコプターを操縦して、敵の秘密兵器の工場を破壊するというものなのですけど、なんか地味なのですよ。ただ、あれはあれで良ゲームだったのではないかという意見も出ました。その時も話題になったのですが、このゲームのWikipediaの項目をみると、元々大人向けのゲームだったのに、当時、『コロコロコミック』(小学館)でゲームの告知を行なっていたわけですが、明らかにゲームのターゲットと読者層がずれていたのですね。でも、当時、もともとのゲームの対象に告知できるメディアも少なかったわけで。実際の内容が優れていたとしても、ターゲット以外の人がやるとつまらなく感じるのですね。 他にも、伝説のクソゲーとして「いっき」(サン電子)というゲームがあったわけですが、元々のアーケードゲームはなかなか面白かったそうで、ファミコンへの移植が上手くいかなかったというわけですね。実際にはかなり売れたらしいですが。 ここで思いついたのは「楽しむ」というスタンスです。「楽しい」かどうかではなく、どんなものでも「楽しむ」というスタンスが大事なのではないか、と。そして、「楽しい」ことは「楽」じゃないな、とも。「楽しむ」というスタンスがあれば、あの「バンゲリングベイ」も「いっき」も、もっと楽しかったんじゃないか、と。 もちろん、この「楽しむ」というスタンスはたまに悪用されていて、「やりがいの搾取」が行なわれている明るいブラック企業などでは、きつい仕事、きつい目標を「楽しもう!」という言葉の連呼でごまかしたりしているわけですが。 会社や仕事に対して「嫌なら辞めろ」という論をよく見聞きするわけですが・・・。明らかに自分と合わない場合や、ブラック企業なら別ですが、楽しむというスタンスが大事だと思ったわけです。 私も仕事と大学院の両立にやや悩み気味だったわけですが、困難を乗り越えるプロセスを楽しまなければと思った次第です。クソゲーよりはずっとずっと楽しめるはずです。はい。関連記事■ 自粛・節電ムードで『人生ゲーム』などアナログ玩具が人気■ 【プレゼント】展示機器はプレー無料 ゲームエキスポ入場券■ LINE 人気理由は「スタンプ可愛いからでしょ」と運営社社員■ パチスロ版モンスターハンターが近々登場 ゲーマーも期待?■ ゲームセンターに集まる高齢者「スリルと快感を味わえる」