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    「東京五輪辞退」川内優輝を責められるか

    2020年の東京五輪を控え、今秋行われる男子マラソン代表選考会「MGC」の出場資格メンバーが発表された。その中にはプロに転向したばかりの元公務員ランナー、川内優輝の名もあるが、彼は五輪の出場辞退を表明している。期待をよそにあえて五輪を辞退し、わが道を突き進む川内流マラソン道の極意に迫る。

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    元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点

    武田薫(スポーツライター) 5月12日に行われた仙台国際ハーフマラソンで川内優輝に会った。1週間後に挙式を控え、独身最後の大会なのだと笑っていたが、いつになく引き締まった表情は、慶事とは思えないものだった。 「公務員ランナー」あるいは「史上最強の市民ランナー」として名をはせた川内は、3月末に10年間勤めた埼玉県庁を退職してプロ活動に入った。現在の目標は東京オリンピック(五輪)ではない。10月5日にカタールのドーハで開かれる世界陸上選手権を目標としている。 東京五輪の代表資格は満たしているが、陸連からの内定通知はまだない。陸連としては、人気者に五輪の代表選考会「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)」に出てほしい。しかし、そのMGCは世界選手権の3週間前にあり、陸連は重複出場を認めていない。それならば、と川内はMGC、すなわち東京五輪より世界陸上を選んだ。このレースがプロ転向した川内の最初の勝負になる。 過去10年でほぼ100回のフルマラソンを走り、自己ベストは6年前の2時間8分14秒。これは現役選手では10番目の記録で、トラックでのタイムも劣るために、川内はスピードのない選手と評価されてきた。 これまでは県職員としての勤務があって、単独ではできない追い込み練習は週末のレースで代替させたが、さすがに夏の走り込みまではできなかった。 今年は6月から北海道の釧路を拠点に、じっくりスピード強化に取り組む計画で、記録は必ず伸びると確信している。新たなマラソン人生に期待し、その動機付けとして据えたのが世界選手権なのだ。プロとは単に金の話ではない。自立であり、経済的自立が競技生活の自立に結び付く。 水泳の北島康介、体操の内村航平、もっと前には女子マラソンの有森裕子もプロ宣言をした。ただ、彼らの場合は競技プロとしてではなく、肖像権やイメージを確保するいわば権利プロであり、国内限定のプロだ。私は彼らをダミープロと呼ぶ。平たく言えば、競技力を前提に稼ぐのではなく、「後払い」である。 国内ではバスケットボール、バレーボール、卓球などが相次いでプロリーグを結成しているが、競技でまっとうな金額を手にできるのは野球、テニス、相撲のほかは辛うじてサッカーくらいである。 今年1月の全豪オープンで優勝した大坂なおみの賞金は3億円で、水泳やバドミントンの賞金大会とはケタが二つも違う。さらに問題なのは、日本独自の実業団の存在だろう。仙台国際ハーフマラソンで走る川内優輝=2019年5月12日、仙台市 国際陸連は1991年の東京会議で、日本選手が胸につける企業ロゴを広告と認定した。実業団は実質プロだが、80年代に活躍した中山竹通が「オレはプロだ」と言って厳重注意を受けたように、建前だけ残ったままなのだ。ある程度の記録を持つマラソン選手には出場料も出ており(裏で)、こうしたガラパゴス的な矛盾を挙げればきりがない。だからこそ、川内優輝のプロ宣言の必然性に注目したい。 プロ宣言は、2018年4月のボストンマラソンで優勝し、帰国した空港だった。マラソンで食っていけると確信したのだろう。その判断は正しい。川内と金栗四三の共通点 90年代のケニア勢の出現後、日本のマラソンは低迷した。ボストン、ロンドン、シカゴといったメジャー大会での活躍は途切れ、走る姿すら見かけなくなった。招待を受けられないからだ。都市マラソン発祥のボストンを制した川内なら、国内大会はもとより、アフリカ勢ばかりの国際大会でも「目玉選手」として売り込める。 一体、川内はどんなプロランナー像を描いているのだろう。 「ぼくは子供たちのロールモデルになりたい。努力すれば、必ずできるんだということを伝えたい。プロにもロールモデルにもいろいろとあると思います。オリンピックでメダルを目指す人もいるでしょう。ぼくは、自分のできることをやるだけです」 トップランナーなら、誰でも努力している。見てほしいのは、川内のマラソンランナーらしいしたたかさ、合理性、適応性だ。 10年前に埼玉県庁に入った頃の目標は福岡国際、東京マラソンといった冬のレースで勝つことだった。暑さに弱いと自覚していたからだが、福岡も東京も選手権の代表選考レースだったため、成績が上がった結果、世界選手権の代表に3度、アジア大会にも出ることになった。 本命ではない夏のレースを、新たな挑戦と捉えると同時に、別のメリットも頭にあったはずだ。 公務員は約3年に1度、必ず異動がある。県民注目の代表選手になれば、県の人事課は彼を馴染(なじ)んだ職場環境=競技環境から引き離すことはできない。タダでは起きない計算強さ、順応力が、ボストンの優勝を導いたのだ。 やっぱり暑さは苦手ということが分かったから、プロ転向して、わが道を歩み始める…。自分の目標をとことん追求する知恵としたたかさこそ、マラソンランナーの証しである。 NHKの大河ドラマ『いだてん』で紹介されている金栗四三もそれほど才能があったわけではない。 初めてのマラソンで世界記録が出ると、大会関係者も「おかしい」と思って何度も距離を測り直し、結局、結論は出なかった。出場した3度のオリンピックも2度は棄権している。防府読売マラソンで2連覇を果たした川内優輝=2018年12月16日、山口・防府市陸上競技場 金栗が評価されるべきは、オリンピックより、スポーツで初めて「子供たちのロールモデル」になったことだ。小学校で模範演技をするとき、金栗はマラソンのようにではなく、めちゃくちゃに全力で校庭を周回したという。そうすることで子供たちを驚かせ、走ることが目指すに足るものということを全国に伝えていった。 日本のマラソンは低迷を脱していない。いまこそ川内優輝のプロ転向の必然性を素直に受け止め、日本のアマプロ問題の論議を進める機会だと思う。■箱根駅伝は日本陸上界にとって「正義」か「悪」か■宗茂が語った「箱根駅伝『物語』はもういらない」■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!

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    V確率ゼロ、丸流出でも4連覇を狙える広島カープの「極意」

    また、開幕から4カード以上連続して負け越したチームが優勝した前例はなく、早くも「優勝確率0%」というスポーツ紙の見出しも躍った。 4月10日のヤクルト戦では、延長十回に大量12点を失う、象徴的な惨敗を喫した。昨季までセ・リーグ3連覇を成し遂げたカープの突然の凋落(ちょうらく)。「カープに何が起きたのか?」という論調の報道も目立っている。 とはいえ、まだ開幕してわずか2週間である。どんなに強いチームだろうと、年間通して独走し続けるわけではない。晴れの日もあれば、雨の日も風の日もある。それがペナントレースというものだろう。カープにとっては、最初にいきなり集中豪雨がやってきただけ、というポジティブな考え方もできる。 なにしろ、現在の主力の多くは20代から30歳までの若い年齢層である。若くして修羅場をくぐってきたキャリアが生きるのは、むしろこれからだ。この時点で優勝を絶望視するのは、いくらなんでも気が早すぎる。 一方で、気になることもある。主軸の丸佳浩がフリーエージェント(FA)権を行使して巨人に移籍して、精神的支柱だったベテランの新井貴浩が引退したことは間違いなく痛い。ただ、丸の穴は走攻守にポテンシャルの高い野間峻祥(たかよし)が奮闘して、今のところ最大限のカバーをしている。2019年3月31日、広島戦の五回、九里から適時二塁打を放った巨人・丸。左は広島・田中広=マツダスタジアム(福島範和撮影) 攻撃以上に綻(ほころ)びが目立つのは、守備面である。2016年の優勝時にはリーグ143試合でチーム合計67失策(守備率・988)と安定していたものが、今季は開幕15試合で早くも19失策(守備率・968)。守備の乱れがチーム成績の悪化に直結している。 カープは天然芝のマツダスタジアムを本拠地としている。天然芝のグラウンドは、打球が不規則にバウンドしやすく、多少のミスはつきものではある。絶妙な「サジ加減」 だが、守備の名手として知られ、6年連続でゴールデングラブ賞に輝いた菊池涼介や、田中広輔の二遊間コンビまでミスが目立っており、若い投手陣を支えきれなくなっている。当然、今後チーム状態を立て直していく上で、守備の改善は急務になる。 そんな気になる部分はあるものの、今後もカープが極端に弱体化していくことは考えにくい。いくら主力が抜けようとも、この球団には独特のスカウティングと好素材を育て上げる育成ノウハウがあるからだ。 そもそもカープの今の隆盛があるのも、ドラフト戦略の成功に他ならない。1998年から2012年まで15年間にわたって、カープはBクラスに沈む「冬の時代」があった。 主力のスター選手や外国人選手は好条件を提示する他球団に移籍していった。加えて、ドラフト上位候補選手が希望球団に入団できる「逆指名制度」が当時存在していたため、有望な新人選手を確保するのも苦労した。 それでも2006年を最後に逆指名制度が撤廃されると、カープ独自のスカウティングが生きるようになった。 苑田聡彦(としひこ)スカウト統括部長はドラフト候補について語る際、「ウチの練習に耐えられる体かどうか」という言葉を口にする。カープのドラフトを一言で言えば「素材重視」である。完成度の高い即戦力よりも、大化けする可能性のある素材型を狙うことが多い。そしてファームで、カープ伝統の豊富な練習量をこなすことで開花へと導くのだ。 今や不動の4番に座る鈴木誠也は、その典型である。二松学舎大付高(東京)時代は投手だった。その鈴木をカープスカウト陣は「野手の方が開花する可能性が高い」と見込み、さらに地道な調査力を生かして、他球団に先んじてドラフト2位で指名した。2019年4月10日、延長十回に一挙12点を許し、ヤクルトに大敗した広島はベンチも観客もガックリ=マツダスタジアム(加藤孝規撮影) 情報があふれる現代において、ドラフト会議でスカウトが存在すら知らない「隠し玉」はほとんどいない。他球団も評価する中で、誰を何番目に獲るか。そのさじ加減がカギを握るのだが、近年のカープはその点が実にうまい。「個人」から「家族」へ チームの中核を担う鈴木も菊池涼も、そして17年に15勝を挙げた薮田和樹もドラフト2位指名だった。ドラフト会議直後は「順位が高すぎるのでは?」という声もあった。だが、いずれも他球団の動向を調査した上での判断であり、彼らの存在なくては今のカープはなかっただろう。 田中広に至ってはドラフト3位指名だが、13年ドラフト当時の球団の評価は「外れ1位候補」だったという。まさか3位まで残っていると思わず、スカウト陣は獲得を諦めていた。ドラフト会議当日にテーブルについた松田元(はじめ)オーナーが、「(3位まで田中広が)指名されとらんぞ」と気づいて慌てて3位指名。幸運なエピソードに思えるが、カープスカウト陣が力量を見極める力が確かだったとも取れる。 こうして獲得した若い有望選手を、野村謙二郎前監督が根気強く起用して芽を出し、2015年に緒方孝市監督が就任したころになって花が咲いた。それがリーグ3連覇へとつながっていった。 黄金期を迎えても、編成陣は着々と種を蒔いていた。近年のドラフト会議では、17年に夏の甲子園で6本塁打を放った捕手の中村奨成(しょうせい)を1位指名し、昨年は超高校級ショートの小園海斗(かいと)を1位指名。近未来のスター候補の獲得に成功している。 他にも、16年のドラフト4位でシュアな打撃が魅力の坂倉将吾ら、イキのいい若手は育ちつつある。働き盛りの主力に衰えが見えてきたとき、彼らがスムーズに台頭できればチームは安泰だろう。2019年4月、ヤクルト戦の延長十回、1死満塁で山田哲のゴロを失策、勝ち越しを許した広島の二塁手菊池涼=マツダスタジアム(加藤孝規撮影) シーズン前、菊池涼にインタビューする機会があった。丸という同学年の戦友が抜けた痛手を認めながらも、菊池涼はこうも言っていた。 「個々の力だけじゃ絶対に優勝はできない。それはこの3~4年の間にずっと感じていることなので。『個人』が『一丸』とか『家族』という言葉に変わって、みんなでカバーし合ってシーズンを戦い抜く。それが一番大事なので、そのことしか考えてないです」 選手も球団もファンも、一枚岩となって戦うための時間は十分にある。何度も言うように、シーズンはまだ始まったばかりだ。■ 前田健太を失ったからこそ広島カープは優勝できた?■ 「巨人軍は非情なのか」長野と内海、功労者を放出した意味■ 松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感

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    萩野公介が苦しむ「理想と現実」を力に変えた身近な手本

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 競泳の日本選手権が盛り上がりを見せています。来年に迫った東京五輪で日本勢の活躍を、日本中が楽しみにしている中で、ますます注目を集めています。 しかし、今回は別の意味でも注目が集まりました。リオデジャネイロ五輪の金メダリストで、東京五輪でも2連覇が期待される萩野公介選手が出場を見送ったからです。理由はアスリートに付き物のけがや体調不良などではなく、一種の気持ちの問題のようです。そこで本稿では、荻野選手の決断を心理学的に考えてみたいと思います。 荻野選手は、競泳男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した実績のある24歳です。競泳界のみならず、日本の現役アスリートとして最高の選手の一人です。 当然のことながら、国民はその活躍に期待し、勇気をもらい、日本人として誇りに感じていました。仮に、けがを理由に欠場した場合、荻野選手がコメントの中で復活を誓っていたら、私たちは自身の苦難を荻野選手の苦難に重ねて、勇気をもらえたことでしょう。 しかし、今回の出場見送りは事情が違いました。3月15日に欠場を発表したコメントで、萩野選手は「自分が『こうありたい』という理想と現実の結果の差が少しずつ自分の中で開いていき、モチベーションを保(たも)つことがきつくなっていきました」と明らかにしたからです。さらに今回の欠場により、優勝すれば東京五輪代表が決まる韓国での世界選手権出場も事実上消滅したわけです。 それにしても、このコメントは、まるで引退を示唆するかのように受け取れます。一般の国民感覚では、24歳は引退を考えるには早すぎる年齢です。2019年4月2日、競泳日本選手権、初日の競技が行われた東京辰巳国際水泳場(納冨康撮影) しかも、荻野選手は厳しい練習で世界の頂点を勝ち取り、この先も頂点に君臨し続けられるだけの立場にいるのです。才能だけでなく、実績がさらなる支援を呼ぶことで、そういった環境も整っているのです。 極端な言葉を使えば、荻野選手が望めば「世界が手に入る」のです。にもかかわらず、荻野選手はなぜ勝ち取ったポジションを手放すような心境になったのでしょうか。「モチベーションの方程式」 ここで、心理学の「モチベーションの方程式」をご紹介しましょう。心理学において、モチベーションは次の方程式で表すことができます。モチベーションの強さ=「欲求」×「誘因」×「達成期待」 この方程式から荻野選手の心理を考えてみましょう。まず、欲求とは「何かが欲しい」「何かが足りない」という渇望、または「これが楽しい」「これは嫌だ」という好き嫌いのことです。 荻野選手は五輪チャンピオンですので、水泳界では既に「世界を手に入れている」といえます。「もっともっと…」といい意味で貪欲に望まないのであれば、欲求の方向性は「これが楽しい」「これは嫌だ」に限られてきます。 しかし、コメントにもあるように、水泳を続ける中で「理想と現実」の乖離(かいり)が「楽しくない」「嫌だ」という心境になったようです。水泳へのモチベーションという意味では、欲求が大きく下がってしまったことでしょう。 二つ目の誘因とは、人を引きつける何かのことです。欲求と連動していますが、個人の中ではなく、あくまで環境の中にあります。 アスリートであれば、競技会での栄光に結びつくでしょうが、萩野選手は金メダルを獲得しているわけです。次の五輪での金メダルは、まだ獲得していないころと比べると、誘因としての価値が下がってしまっていることは想像に難くありません。2016年8月6日、リオ五輪競泳男子400メートル個人メドレーの表彰式を終え、メダルを手にする優勝した萩野公介(右)と3位の瀬戸大也(川口良介撮影) 最後の要素、達成期待は「自分にはできる」という実感です。これもコメントから察するに、「理想を現実にする」という達成期待が持てなくなったように見えます。まだ24歳なので早い気もしますが、達成期待を持てないときは、本人が頑張っても、周りが励ましても持てないものです。 もし「国民の期待に応えてヒーローになる」ということが誘因になるような、称賛欲求がもっと強ければ、東京五輪という晴れ舞台に向けて、モチベーションを保てたかもしれません。しかし、荻野選手はそういうタイプではなかったようです。称賛欲求の強い「先輩」 では、称賛欲求をモチベーションにできるタイプの選手とはどのような選手なのでしょうか。実は、荻野選手のマネジメントもしている金メダリストの「先輩」北島康介氏は、まさにこのタイプなのです。 冗談を交えながらとはいえ、北島氏はいまだに選手としての競技復帰に意欲を隠しません。五輪2大会連続で同一種目2冠と、萩野選手を大きく超える実績を持ち、欲求は既に満たされているかのように思われますが、北島氏はそうではないようです。 実は、称賛欲求とは限りない欲求の一つです。一度、その喜びを覚えてしまうと簡単に手放せなくなります。常に注目され、そして称賛を浴びることは、社会的存在としての人類の根本的な欲求の一つだからです。 北島氏は現役時代から「ビッグマウス」と言われ、世間やメディアの注目を集め続けました。つまり、注目と称賛をモチベーションに変えられる、類まれなタイプの選手だったといえそうです。サッカー界では、本田圭佑選手も近いタイプでしょう。 北島氏は、今回の欠場について「金メダリストだからできる判断」と萩野選手本人に伝えたそうです。自分と荻野選手との違いを、先輩として意識しているのかもしれません。 水泳は戦前戦後の活躍を通じて、「日本のお家芸」とも言われる競技です。世界が日本の後塵(こうじん)を拝していた時代には、国民に夢と希望を与えてくれました。もちろん、今でも日本選手の世界での活躍が、私たち、そして未来ある子供たちを勇気づけてくれています。2004年8月、アテネ五輪男子100メートル平泳ぎで優勝し、ガッツポーズする北島康介 ひょっとして、荻野選手は北島氏や本田選手のようなタイプではなかったのかもしれません。それでも、リオ五輪で私たちに夢と勇気をくれた功績が色あせるわけではありません。 何事も長く続けていると、嫌になってくることもあります。また、24歳の将来ある若者なので、モチベーションが再び高まるかもしれません。私たちは荻野選手の実績を讃えつつ、温かく見守れればと思います。■ 神童から金メダリストへ 萩野公介に見る「天才」の育て方■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 池江璃花子「白血病」親切の押し売りが患者を悩ませる

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    「氷上の王子」羽生結弦がナルシストに映って見える理由

    本スケート連盟の技術的強化策の結晶といえるだろう。しかしながら、フィギュアスケートは、いわゆる「競技スポーツ」とは趣が異なる。 日本におけるフィギュアスケートの位置付けは、単なるスポーツの域を超えている。どちらかといえば、芸能や芸術に近い趣を持っているのではないだろうか。このことが、選手のパフォーマンス向上に一定程度貢献しているように思われるのだ。 そもそも、フィギュアスケートはショー要素の強い競技である。もともと欧米で発達してきた競技であるゆえ、競技を採点するのも欧米人が多い。その中で、日本的な音楽や振り付けのもとに芸術性を発揮したとしても、評価されるのが難しいという側面もある。世界フィギュア 女子SPで2位につけた坂本花織=2019年3月20日、さいたまスーパーアリーナ そのため、フィギュアスケートで評価され得る表情を作り、アクションをし、ドレスコードをまとい、どちらかというと本来の日本人の特徴とは違った表出、つまり内面的にではなく外面に対して、全面的に自己表現をしなければならない。 もちろん「日本人は、全員が内向きだ」というつもりはない。しかし、それぞれの個性があるにもかかわらず、ある種の画一的な表現方法を求められる中で、しかも、それが日本文化とは異なっているものだとしたら、単に技術を向上させる以上の精神力が必要とされる。スケーターに「なりきる」 具体的には、求められる、つまり点数的に評価されるスケーター像に「なりきる」必要があるのだ。 選手はあれだけ多くの観客に見守られながら、そして複数の審判員に頭からつま先まで、まさに身体の動きの細かなところまで評価対象として注目されながら、練習して作り上げてきたパフォーマンスを発揮しなければならない。 そのためには、いい意味での勘違いや思い込みがないと、平常心を保ち、実力、つまり培った技術を具現化することは難しい。「自分はベストなパフォーマンスができるスケーターだ」「自分が中心となって観客を虜(とりこ)にするんだ」「パフォーマンスでリンクを支配するんだ」などという意気込みを持ったり、あらかじめ設定した曲や振り付けの世界観や、ストーリーに身も心も入り込むのだ。 ここに、日本におけるスケート文化が寄与しているであろうことがうかがえる。スケートファンは、まさにトップスケーターに対して心酔しており、極端にいえば成績そのものよりも、美しさや華麗さ、奇麗さ、優雅さを求め、異性としての理想、同性としての憧憬(しょうけい)を抱き、まさに羨望(せんぼう)の的として見ている向きが強い。 メディアの取り上げ方やテレビ中継の演出、さらにはファンの応援の仕方から見ても、それは明らかである。世界フィギュアの男子SPで3位発進の羽生結弦=2019年3月21日、さいたまスーパーアリーナ 現に、羽生結弦は「氷上の王子」とも呼ばれ、「王子様っぽい有名人」のランキングでは、芸能人の中にただ一人混じって上位に位置づけられている。また、女性選手の衣装として人気が高いものはアニメやディズニーキャラクターの「プリンセス」に近いものがある。 そんなファンたちに見守られ、応援されながら、選手たちはリンクの上に立つことができるのだ。王子様やプリンセスになりきって、あらかじめ作り上げられた数分間のストーリーや世界観に入り込むことを強烈に促進する、最高の舞台である。 心理学では「メタ認知」といって、自分で自分を俯瞰(ふかん)してみることが精神的適応や安定につながるという考え方がある。しかし、フィギュアスケート競技に関しては、むしろ自分を客観的に見るというよりは、あえて視野を狭くして、自分の主観にとらわれたり、ナルシスティックになる体験の方が、役に立つのではないかと思う。その環境を作っているのは、ファンであり、国民であり、日本で醸成されたスケート文化なのだろう。築かれた「独自の地位」 その意味では、現在の日本選手の躍進は、そのような精神状態と態度を醸成した、選手とファン、そして日本のスケート文化との相乗効果で作り上げられたものであるとも言える。 もちろん、世界的大会での好成績は、選手個々人の血のにじむような努力が大前提である。一方、時にはファンの圧がプレッシャーになったり、雑音に惑わされることもあるだろう。 しかし、日本において、フィギュアスケートが美的なエンタメコンテンツ、スポーツをベースにした芸術や芸能であり続けることは、競技人口が増えることにつながるし、スポンサーも獲得しやすくなる。 それは、才能のある選手が競技に参加する確率が高まる、すなわち次のスターが出てきやすくなることにつながる。もちろん、選手の強化費用が一定に保たれ、強くなりやすい練習環境が整えられることにもなる。 そのように考えると、フィギュアスケートというのはスポーツの中でも独自の地位を築いていると言える。そもそも、コアなファンの多くは勝ち負けや点数に焦点を当ててないにもかかわらず、その美や存在の有様を重要視する価値観が、選手の実力を最大限発揮する精神状態に寄与している可能性があるのだ。世界フィギュア 女子SPの演技を終え、下を向く紀平梨花=2019年3月20日、さいたまスーパーアリーナ 現状の欧米的価値観に基づいたフィギュアスケートのルールが変わり、構成点(技術点)が無くなりでもしない限り、このような競技の性格は変わることはないだろう。その意味では、今後の日本選手のさらなる躍進も想定されるところではある。 とはいえ、選手強化の主体である日本スケート連盟には、一定の結果が出ていることに胡座(あぐら)をかかず、科学的な観点からの技術向上に注力することを期待する。 特に、フィギュアスケーターの中で少なくない人数が摂食障害を抱えていることは、国内外のトップ選手による告白でも明らかだ。一部では、いまだに不健康で非科学的なトレーニング法や精神論、体型維持の方法に依拠することで強化策が成立していることも、今後の課題として見逃してはならないのである。■ 羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」■ 「フィギュアの新星」紀平梨花、強さの秘密はここにある■ スポーツ心理学で読み解く羽生結弦「最強メンタル」の秘訣

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    今季絶不調でもイチローが「引退勧告」に耳を貸さない理由

    には引退を「勧告」するコラムニストもおり、今季のイチロー選手の評価には賛否が分かれています。 また、スポーツマンシップの観点でも厳しい目が向けられています。スポーツの競技会とは才能あふれるアスリートたちがしのぎを削り、厳しい競争に勝ち抜いて初めて出場できる栄光の舞台です。 キャンプやオープン戦でイチロー選手以上の結果を出しながら出場できない選手がいたとしたら、「営業優先でスポーツマンシップを蔑(ないがし)ろにしている」と批判されても仕方がないでしょう。批判の対象は球団や監督だけでなく、出場するイチロー選手にも向けられかねません。 尊敬されていた大選手がスポーツマンシップを蔑ろにした誹(そし)りを受ける。仮にこんな事態になったとしたら、ある意味で悲劇でしょう。インディアンスとのオープン戦の五回、空振り三振に倒れるマリナーズ・イチロー=2019年3月、米アリゾナ州ピオリア(山田俊介撮影) 一方でイチロー選手は、引退を考えていない発言を繰り返しています。昨年のマリナーズ入団会見では「最低50歳までプレーしたい」と意欲を示し、今年公開された動画でも「できないと思っている人々をギャフンと言わせたい」と述べています。つまり、プロフェッショナルとしての意欲は全く衰えていないようです。日本人には少数派 晩節を汚すリスクを抱える一方で、一向に衰えないプレーへの意欲を隠さないところを見ると、今の「逆境」を楽しんでいるようにも思えます。筆者はこのイチロー選手に「生粋のチャレンジャー(natural born challenger)」のメンタルを見ました。 実は「チャレンジ精神」とは、ある程度持って生まれたものなのです。そして、持って生まれてしまった人はチャレンジにしか自分を見いだせないことが多いのです。 このタイプの人はまず大きな困難に直面したときに不安になるのではなく、逆にワクワクします。「何が起こるんだろう」「何ができるんだろう」が「不安の言葉」ではなく、「ワクワクの言葉」になるのです。日本人には少数派だと言われています。 そして、慣れ親しんだものでは満足できません。常に新しい「何か」を求め続けます。常に成功だけでなく仮に失敗して何も得られないことがあったとしても、何かを求め続けるのです。 また、このメンタルの持ち主は頑固でマイペースでもあります。もちろん、普段は社交的に振る舞えるわけですが、自分が求めている物事に関して、人の意見や助言は受け付けません。誰も彼の決意は変えられないのです。2016年6月、パドレス戦の九回にメジャー歴代最多安打記録を更新、ファンの声援にヘルメットを取って応えるマーリンズ・イチロー(リョウ薮下撮影) イチロー選手はこのような生粋のチャレンジャーの要素を全て併せ持っているように、筆者には見えます。ですから、周囲がどれほど心配しても、イチロー選手の中にはこの状況を楽しむ何かが失われることはないでしょう。 周囲の心配や批判をよそに、イチロー選手は開幕戦で快音をとどろかせることしか考えていないことでしょう。心配も懸念も、オープン戦で活躍できなかったことで招いたものです。 逆に言えば、開幕戦で活躍すれば、周囲の雑音一掃できるわけです。イチロー選手のメンタルは、もはやその準備しかしていないように思えます。そんな「生粋の挑戦者」の日本でのプレーをぜひ応援したいですね。■「最低50歳現役」イチローの言葉は日本球界をナメている■清原とは正反対! イチローが42歳でも輝けるのは筋力に頼らないから■「さらば宝石」イチローとダブる伝説の天才打者「E」

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    女子ゴルフ放映権、ネット中継は露骨な「性表現」を助長しかねない

    で、曖昧な状況のまま半世紀以上も放送されてきたという経緯は、欧米とは異なる日本特有の、マスメディアとスポーツとの密接な結びつき方と無関係ではない。iRONNAには年初に、箱根駅伝について寄稿させていただいたが、このとき焦点を当てたのも、マスメディア企業体が主催し、自ら積極的に報道する「メディア・イベント」としての特性だった。 女子プロゴルフの放映権問題は、日本独特のメディア・イベントの伝統と、インターネットの普及に伴うグローバルスポーツのビジネス再編との間で、齟齬(そご)が大きくなっている表れといえるだろう。 繰り返しになるが、これは決して新しい問題ではない。『週刊東洋経済』の記事をもう一つ紹介すると、約10年前の2009年10月13日号には、実業家の成毛眞氏が「テレビのゴルフ中継にモノ申す」というコラムを寄稿しており、プロゴルフの放映権問題に触れている。 「僕が怒っているのは、プロゴルファーに放映権料が入らないことではない。タダなのに放送時間が短いことなのだ」と述べ、成毛氏は録画放送の物足りなさを指摘している。「テレビはもはやライブメディアとしての役割も商売も放棄したよう」で、「既存メディアがその役割を放棄して自滅するのは一向に構わないが、ネットの前に立ちふさがるのだけはやめたほうがよい」。正論である。女子プロゴルフツアー開幕戦2日目、単独首位に立った比嘉真美子。放映権問題ではプレーヤーズ委員長(当時)として選手側の立場を訴えた=2019年3月、琉球GC もっとも、10年前と状況が決定的に異なっているのは、放送局にとってもインターネットはもはや「未開の荒野」ではなく、対立的というよりも補完的な関係が形成されているということだ。例えば近年、テレビを主戦場とする芸能人や制作者が、地上波では社会的に容認されなくなった過激な企画や演出をネット動画で実践するという展開が散見される。 放映権問題をめぐっては、「テレビ=録画放送、ネット=生配信」という二項対立が議論の前提となっている。だが、メディアの形式が変わるということは、単に同時性の有無だけでなく、女子プロゴルフの魅力の表れ方にも少なからず影響を与えることになるだろう。ネット配信に潜む「視線」 どういうことか。結論を急がず、別の女子スポーツを事例として、歴史的な補助線を引いてみたい。 日本では第2次世界大戦後間もなく、女子プロ野球チームが設立され、一時的に人気を博していた。メディア史研究者で早大の土屋礼子教授によれば、その背景には1946年創刊の日刊スポーツによる強い後押しがあったという。 男子の高校野球や社会人野球、プロ野球は既に朝日新聞や毎日新聞、読売新聞といった全国紙と強く結びついていて、戦後の新興勢力であるスポーツ新聞が新たに入り込める余地は小さい。そこで日刊スポーツは、戦前のアマチュアリズムを尊ぶ日本的野球道ではなく、明るく華やかなショービジネスとしての野球を意識した宣伝方法で女子プロ野球を盛り立てたのである。 1950年に日本女子野球連盟が結成され、加盟4球団によって記念試合が行われた。だが、ライバルスポーツ紙は女子野球を露骨に皮肉り、多くの新聞や雑誌も見せ物的な興味に基づいて、これを取り上げたという。 新聞と雑誌は、一斉にこの女子プロ野球最初の公式試合を報じたが、その取り上げ方は大きく二つに分かれた。一つはまともな女性のスポーツとして、まじめな女性の職業として、女子プロ野球を真剣に論じ育成しようという態度であり、他方は、女子野球はしょせん「腕より顔」であり、「お色気六分技量四分」の見せ物であるとする見方である。(土屋礼子「創刊期のスポーツ紙と野球イベント ―女子プロ野球と映画人野球」『戦後日本のメディア・イベント 1945-1960年』世界思想社、2002年) 女子プロ野球を「健全なスポーツ」として育成するのか、あるいは見せ物的な視線を甘受し、「華やかなショービジネス」として展開するのかという基本路線の違いは、選手や球団の間に不協和音をもたらした。結果的に、日刊スポーツによる手厚い支援にもかかわらず、女子プロ野球は2年足らずの短命に終わった。 このことを踏まえて、女子プロゴルフに話を戻そう。健全なスポーツとしての魅力と、ショー的見せ物としての魅力は、必ずしも良い意味ではなく、今日の女子プロゴルフにも併存している。 というのも、中高年男性向けの総合週刊誌には、女子プロゴルフ選手に関して、露骨な性的表現を含むセクシズム(性差別)やルッキズム(外見至上主義)がはびこっていて、一部のネットメディアもこれに同調しているからだ。むろん、テレビの情報番組やバラエティー番組においても、雑誌ほど露骨ではないにせよ、女子プロゴルフの扱いに対して、こうした視線が潜んでいることが珍しくない。2019年3月2日、女子プロゴルフツアー開幕イベントに参加した日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長 仮に、LPGAが放映権を一括管理し、有料動画配信を行う業者に販売することになったとしたら、こうした現況にどのような変化が生じるだろうか。テレビだからこそ抑制されていたセクシズムやルッキズムを、図らずも助長することにはならないだろうか。 逆にLPGAが主導権を握ることによって、プロスポーツとしての魅力をさらに高めることに寄与できるだろうか。こうした点も視野に入れて、建設的な議論を望みたい。■松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感■プロアマ騒動、片山晋呉も悪いがそれだけじゃない■日本人には高すぎたミドル級の壁、それでも村田諒太なら超えられる

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    松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) ファンの「暴走」により、スポーツ選手やアイドルが危険な思いをしたり、実際に負傷する事件が続いています。最近では、中日の松坂大輔投手がファンに腕を引っ張られるという「事件」がありました。 「事件」はファンサービスで花道を歩いている最中に起きました。松坂投手はその影響で古傷を抱える右肩を痛め、キャンプからの離脱を余儀なくされました。結局、右肩の炎症だとわかり、2週間程度はボールを投げないノースロー調整となり、万全の状態での開幕1軍は絶望的となってしまいました。 ファンは松坂投手をけがさせようと思っていたわけではないかもしれません。わざわざ時間を作って出向くわけですから、応援したい気持ちももちろんあったことでしょう。 しかし、結果としては、松坂投手と中日にとって大損害を与えることになってしまいました。ファンはなぜこのような行動を取ってしまったのでしょうか。本稿では心理学の視点から考えてみましょう。 私は、このたびのファン心理には松坂投手に対する「妙な親近感」があったのではないかと考えています。その感覚を抱いたわけには、大きく三つの心理学背景が考えられます。 まず、一つ目は「単純接触効果」です。これは、人が全般的に持っているものであり、単純に目にする機会が多いだけで親しみを覚えやすいという現象です。心理学では繰り返し確認されている効果です。2018年4月、日本球界復帰後初となる勝利を挙げ、お立ち台で笑顔を見せる中日・松坂 「平成の怪物」と呼ばれる松坂投手のように、高校卒業後のルーキーから20年来にわたって活躍していると、ファンにとっての親近感は絶大になっているでしょう。そして、多くの場合で、心理的な距離は物理的な距離に反映されます。熱心なファンは物理的に近づくことを自然に感じることでしょう。カギ握る「群集心理」と「匿名性」 ただし、親近感に畏敬の念のようなものが伴う場合は、逆に近づくことを遠慮する場合もあります。尊敬の対象であれば、心理的な距離の近さと遠慮で物理的な距離が相殺されて、程よい距離感にいたはずです。 スポーツ選手やアスリートは私たちにはない特殊な能力があるから、選手でありアスリートなのです。本来であれば尊敬の対象になるはずですが、なぜ遠慮のない距離になってしまったのでしょうか。 遠慮のない距離のカギを握るのが、「群集心理」とそれに伴う「匿名性」です。群集心理とは、周りの群衆の影響を受けた個人が、自らの考えや判断ではなく、安易に場の雰囲気に流されてしまう現象です。 人は社会を作るために「同調」という能力を獲得しました。このおかげで組織だった行動が取れるのですが、場の雰囲気が正しくない方向に向かっていても、逆らえずに流されてしまうのです。 誰かが選手を尊敬しない雰囲気を作ってしまうと、その雰囲気が場を支配します。同調の効果で心はその雰囲気に逆らえません。 こうして、本来は尊敬しているはずの選手に対して、遠慮のない態度が作られるのです。また、群集心理では責任が群衆に分散され、自己責任を意識しなくなります。「自分」というものが隠されている「匿名性」が高い心理状態の中で、無責任な行動に出てしまいやすいのです。2019年2月9日、集まったファンにサインする中日・松坂 最後に、「誇大自己」の影響も考えられます。誇大自己とは「自分は素晴らしい」「自分はすごい」という錯覚です。私は「殿様錯覚」とも呼んでいます。錯覚に酔うのは「気持ちいい」 この錯覚に酔いしれると私たちは高揚した心理状態になってとても気持ちいいのです。この気持ちよさに酔いしれてしまうと、癖になります。 ただ、現代社会で、私たちは誇大自己に浸るチャンスを簡単にはもらえません。競争も厳しく、格差社会も広がる中で、私は錯覚に酔いしれるチャンスに飢えている男性が増えているという考察をしてきました。 そして、スポーツは誰もが評論家気分を味わえるチャンスです。その中で一部のファンの中には「『上から目線』の偉そうなだけの評論家」となって、誇大自己の錯覚を楽しむ方もいるようです。 誇大自己は、人を卑下すればするほど風船のように膨らんで、ますます気持ちよくなるという性質を持っています。ファンとしてはあってはならないことですが、その中で選手を卑下するような態度が作られてしまいやすいのです。 このように、単純接触効果、群集心理と匿名性、誇大自己がファンの中で重なると、妙な親近感が生まれてしまい、遠慮のない、そして危険な行動に結びつく可能性が考えられます。 私の理解では、ファンとは憧れの対象を尊敬するものです。尊敬したい思いのあまり、残念なところにも注目することはあるかもしれませんが、それが卑下する態度になってはいけません。「ここが惜しい」、「これがもったいない」という思いで時には厳しいことを言うのは愛情の裏返しではありますが、尊敬する思いをなくしてはいけません。室内練習場に移動する車に乗り込む中日の松坂=2019年2月11日、北谷公園野球場(甘利慈撮影) 例えば、ジャニーズ事務所所属のアイドルを応援する人たちの間では、先輩ファンが後輩ファンにマナーを教える文化が根づいているようです。このような文化を窮屈に感じることもあるようですが、日本にファンの文化、本当に応援する文化がますます根付くことを願っています。■ 「巨人軍は非情なのか」長野と内海、功労者を放出した意味■ 「壊れゆく巨人」高橋由伸はなぜ心を閉ざしたか■ 巨人澤村のはり治療ミスと重なる江川卓「禁断のツボ」事件

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    池江璃花子「白血病」親切の押し売りが患者を悩ませる

    中村幸嗣(血液内科医、元自衛隊医官) 競泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを公表しました。世間に大きな衝撃を与えたこのニュースを、マスコミが連日取り上げています。 ただ、番組に出演してもらえる医師が少ないせいか、専門外のコメンテーターによるいい加減な情報も飛び交っています。このような状況に、幹細胞移植を受けた経験のある腫瘍内科医、米テキサス大MDアンダーソンがんセンターの上野直人教授は「興味本位の臆測だけのコメントは困る」とフェイスブック上で憂慮しています。 白血病が急性か慢性かなど、詳細も不明な状況で言及するのは難しく、私も一度は寄稿をためらいました。それでも、闘病に前向きな池江選手のツイートを目にし、血液内科医として改めて本稿を進めてみたいと思います。 ただし、現時点で池江選手個人の疾患情報がなく、具体的な病状やその後の治療について全く何も言えないことは前述の通りです。ここでは、あくまで一般論として「急性白血病の治療」「治療後のアスリート復帰」「親切の押し売り」、そして「完治」に関して論じます。 まずは、急性白血病の治療に関してです。「血液のがん」白血病は、現代では型や遺伝子ごとに、世界保健機関(WHO)により細かく分類されており、治療や予後も異なります。この違いによって、幹細胞移植や昔の骨髄移植が必要かどうかなど、最終的に決定されます。また、「急性」か「慢性」か、「骨髄性」か「リンパ性」かといった、大まかな診断は約1~2日で判明します。 そして急性白血病では、治療メニューや薬の種類は異なりますが、骨髄性もリンパ性も、まずは大量の抗がん剤や分子標的治療薬などを使った「寛解(かんかい)導入療法」を行います。血液や骨髄中から白血病細胞を顕微鏡検査で見えなくする状態、いわゆる「完全寛解」を目指します。 その際、抗がん剤の影響で、白血病細胞だけではなく正常の白血球も消失させるため、患者の免疫が低下してしまいます。それでも、抗がん剤や分子標的薬を使用するのは、正常細胞より白血病細胞を死滅させやすいということが、治療の上では大事だからです。肺炎を含めた感染症予防や、感染再発の場合には治療を行い、輸血により出血を防止しながら、正常細胞だけが回復するのを待ちます。一般的に、この1回の治療経過が約1~2カ月かかります。 この時点で、白血病細胞が見た目上無くなり、正常細胞が回復してきたら、完全寛解となります。注意してほしいのは、この状態では「治癒」ではないということです。この時点で治療をやめたら、すぐ再発することが多いからです。2019年2月、競泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを報じる秋葉原駅前の街頭テレビ(川口良介撮影) 寛解と判断されれば、すぐに「地固め療法」と呼ばれる抗がん剤などを用いた第2段階の治療を、白血病のタイプに応じて半年から2年掛けて数回行います。そうして、先ほど説明した完全寛解状態が5年以上続けば、ようやく完治となります。 最近は、特定のタイプの白血病では、遺伝子検査も取り入れることで、寛解や完治の診断をしています。治療直後や再発後に幹細胞移植が行われるタイプの白血病もあり、ケース・バイ・ケースといえます。アスリート復帰は? 一方で、タイプによっては寛解に至らない白血病患者も当然存在します。そういう患者に対しては、さらに踏み込んで、特殊な治療の組み合わせを模索していくことになります。 完治の割合(病気が再発しない5年生存率)についても、白血病のタイプや患者の年齢によって異なります。成人白血病全体における割合は、幹細胞移植を行うことで40~50%ぐらいになります。昔よりは上昇していますが、そこまで高いものではありません。 ただ、タイプによっては、5年生存率が90%近くある白血病もあります。また、昔であれば移植が絶対必要だったタイプでも、分子標的薬の投与と化学療法を実施することで、移植しなくても70%前後の完治が望める状態にまでなってきています。 また、概して予後のいい小児白血病に比べて、池江選手のように、主に15~39歳の思春期・若年成人期を指す「AYA(アヤ)世代」が発症する白血病は患者数が少なく、対策が遅れていると言われてきました。現在では治療法を子供用に少し変更することで、治療効果の改善が続いています。その結果、リンパ性では治療成績が向上してきています。 一方、急性骨髄性白血病の5年生存率は化学療法だけだと30%ぐらいです。ただ、感染症など合併症のコントロールがかなり効くようになり、いくらかは改善しています。 こちらも、移植の併用により、40~50%とやや改善します。治療成績はこの30年少しずつですが向上しています。また、急性前骨髄球性白血病(APL)という特殊な白血病は別で、5年生存率は移植がなくても90%前後に達しています。 急性リンパ性白血病は先述の通り、型によって治療成績はかなり異なります。そして、移植治療の成績は40~50%は骨髄性とそれほど変わりません。 次に、池江選手特有の話になりますが、白血病克服後のアスリート復帰について考えてみましょう。患者は社会復帰に向けてリハビリを行うわけですが、治療終了後だけではなく、治療中からでも可能です。寛解導入療法の最中にリハビリを併用する病院も多いですが、昔では考えられなかったことです。2018年8月、ジャカルタアジア大会の競泳女子100メートルバタフライ決勝で優勝した池江璃花子(納冨康撮影) それゆえ、寛解を維持し退院できた患者は時間がかかっても、退院後の日常生活復帰はほぼ問題ないレベルに達しますが、アスリートは少し話が違います。退院後、発症前のレベルにどこまで戻すことができるかは、治療中から治療後にかけて対応できるかどうかにかかっています。 治療中の体調に問題がなければ、軽めの運動を続けることは悪くないと思います。その際「治療に悪影響を及ぼさない程度」という条件がつきますので、主治医やコーチを含めて集約的な対応が求められます。医者と患者「完治」のミゾ Jリーガーやプロ野球の投手、ラグビー代表に北米プロアイスホッケー(NHL)選手など、白血病を乗り越えて復帰したアスリートが数多くいます。彼らは、発症から約1~2年後で戻っています。それゆえ確約は決してできませんが、復帰は間違いなく不可能ではありません。 今回の公表を受けて、報道では「頑張れ」「東京五輪までに治して」「白血病に負けるな」「応援している」というトーンが主体でした。私もその一人ではあります。でも、一部には、彼女にそのような言葉を掛けるのは「親切の押し売り」ではないかという意見も存在することを紹介したいと思います。 普通に「頑張れ」と表明することが、「応援している自分に酔っているだけで彼女にいらないストレスをかけている」という意見があります。多発性骨髄腫を患う写真家の幡野広志さんや、米在住のがん研究者、大須賀覚さんからも注意喚起がされています。とても難しい話であり、簡単に解決はできません。 以前、幡野さんと話したときに、医師が考えた「最善」の治療と、その治療のためには副作用も我慢しろという、患者への「強制」の問題を指摘されました。二つの強制が、医師と患者の間で解釈に大きなずれが生じ、ジレンマとなっているというのです。 確かに、患者一人ひとりの気持ちに寄り添って治療を模索することは、大切だと理解しています。とはいえ、医療の非常識や間違った知識を強制されることに対して、私はどうしても寛容になれません。 実際の臨床でも、医療的におかしな処置であっても、患者の価値観を重視し希望に沿えるよう努めますが、「医療的にはおかしい」と患者には明確に伝えています。医療者として、患者の希望に全て寄り添い、対応することが全部正しいわけではないと考えているからです。 また、マスコミが報じる白血病の「完治」という言葉に対して、「自分の白血病は完治してないのに、マスコミが『白血病が完治する』というのはおかしい」という意見も見かけました。つまり、「40~50%が絶対に完治する」と報じることに問題があるというのです。実際、直接対話した患者からも「『完治する』という言葉はおかしい。『運が良ければ完治する』と言わなければ」と指摘されたことがあります。 背景には、発症前の状態に100%回復するイメージを「完治」に抱く患者と、完全寛解状態が5年以上続き、病気再発も命を落とすこともないことを「完治」とする血液内科の定義に隔たりがあるからです。私も血液内科医として「完治」の定義に従っている以上、この指摘は受け入れなければいけません。2018年8月、パンパシフィック選手権の公式練習で、外国選手と談笑する池江璃花子選手(左)=東京辰巳国際水泳場 もちろん家族に対しては、少し厳し目に説明しています。しかし、まだ治療前で、状態もわからない患者に「完治しないかもしれない」という否定的なことを私は伝えたくはありません。患者が治療に前向きになれば、治療成績は向上するからです。 実際、池江選手と同じ18歳で白血病を発症した女優の吉井怜さんも、「一緒に乗り越えよう」という医師の言葉に元気付けられたことを述べています。たとえ確率的にあまり高くなくても、「完治する」という希望を前面に出すことは間違いではないと、医療者として考えています。■ 「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■ 神童から金メダリストへ 萩野公介に見る「天才」の育て方■ 競泳日本を圧勝させた「攻め」から「待ち」への転換コーチング

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    「政権が倒れるぞ」大坂なおみ国籍問題

    「政権が倒れるぞ」。全豪オープンテニスで優勝した大坂なおみの二重国籍問題をめぐり、毎日新聞の潮田道夫客員編集委員がツイッターでこうつぶやき炎上した。常識的に考えれば「政権が倒れる」とは思えないが、潮田氏自身の願望もあったのだろうか。せっかくなのでこの問題を一度整理しましょう。(写真は共同)

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    大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理

    山岡鉄秀(AJCN代表) ジャーナリストで帝京大学教授の潮田道夫氏のツイートが論議を呼んでいる。 大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手をすると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君。(2019年1月27日) このツイートを見たら、誰だって強い違和感を抱くだろう。その辺の誰かがつぶやいただけなら笑われておしまいだろうが、名のあるジャーナリストで、しかも大学教授となるとそういうわけにもいかない。私も潮田氏の経歴を知って驚愕(きょうがく)した。東京大学経済学部卒業。1974年に毎日新聞社入社。経済部、政治部、ワシントン特派員、経済部長、編集局次長、論説委員、論説委員長、専門編集委員などを経て2013年からは客員編集委員。 いわゆるエリートである。だから深刻なのだ。 大坂は米国を拠点にしているのだから、今年10月に迎える22歳の誕生日までに米国籍を選ぶ方が合理的である。もしそうなったら、われわれ日本人ファンはがっかりするが、それでも「日本人の心」を宿した「なおみちゃん」を応援し続けるだろう。それがまともな日本人の発想だ。ましてや、安倍政権は何ら関係ない。潮田氏の発想は全く日本人的ではなく、驚きを禁じ得ない。2018年4月、英国を破って、フェド杯WG2部復帰を決め、日の丸を手にする(左から)土橋登志久監督、奈良くるみ、大坂なおみ、二宮真琴、加藤未唯 私はこの事実を知らされるまでこのツイートを見ていなかったし、見ていたとしても反応しなかっただろう。いや、それどころか見なかったことにしようとするだろう。なぜならば、このツイートを見て私の胸によみがえるのは昨年1年間、ケント・ギルバートさんと朝日新聞を追及している際に何度も味わった「ほの暗い絶望感」があったからだ。 ケントさんと私は、イデオロギーを横に置き、純粋に朝日新聞の「自己矛盾」を追及した。歴史認識を巡る議論ではなく、朝日新聞自身の一貫性のなさ、すなわち「欺瞞(ぎまん)性」を事実に基づき、理論的にとことん追及した。 朝日新聞の社員であれば、世間一般では「エリート」「インテリ」で通って来た。高学歴なのも当然である。朝日との「顕著な共通性」 しかし、8度に及ぶ書簡交換で送られてきた朝日新聞の回答は、われわれに衝撃を与えた。ケントさんは「慇懃(いんぎん)無礼」だと怒ったが、むしろ私は「内容の空虚さ、論理的整合性の欠如」に愕然(がくぜん)とした。 どれほど論理破綻しても、それを認めず、何が何でも自分たちの偏狭なイデオロギーにしがみ付く。その結果、まともな回答もできなくなり、ついにはとてもプロが書いたとは思えない文章を平気で返してきた。朝日の回答は、まさに「証拠? ねーよ、そんなもん」の世界に満ちていたのである。 彼らは「何かが壊れている」と感じた。朝日新聞追及の顛末をまとめたケントさんとの共著『日本を貶め続ける朝日新聞との対決 全記録』(飛鳥新社)にも書いたが、確かに朝日新聞にはマルクス主義的な「反日活動家メンタリティ」という伝統がいまだに宿っており、特異な精神構造を維持している。しかし長年、日本を離れていた私は朝日新聞の異常性と並行して「現代日本における高学歴エリート・インテリ層の劣化と瓦解(がかい)」が急速に進行しているのではないか、という気がしてならなかった。 だから、朝日新聞の回答書簡を読むたびに、私は「日本という国は壊れかけているのではないか。それは戦後のいびつな教育に起因しているのではないか」との思いを徐々に抱くようになった。それは、不誠実な朝日新聞への憤りとは別に、漠然とした不安と焦燥感、そして「ほの暗い絶望感」とでも形容すべき感情である。 潮田氏のツイートを見た瞬間、その忘れかけていた「ほの暗い絶望感」がよみがえってきた。笑う気にも怒る気にも、なれなかった。 そしてもう一つ、朝日新聞との顕著な共通性が見て取れる。自己の思想信条から意識的に距離を置くことができず、強引な「結び付け」を行ってしまうことである。 私が朝日新聞に対して疑念を抱くようになった契機は多々あるが、最大のものはやはり1989年の「サンゴ事件」だ。朝日新聞のカメラマンが自作自演で沖縄・西表島のサンゴに傷を付けて落書きし、その写真と手書き原稿をもとに、企画報道室の記者が書き直し、虚構の新聞記事を書いたとされる捏造事件だ。サンゴ汚したK・Yってだれだ これは一体なんのつもりだろう。(中略)この「K・Y」のイニシャルを見つけたとき、しばし言葉を失った。(中略)日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かもしれない。だけどこれは、将来の人たちが見たら、80年代日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の…。にしても、一体「K・Y」ってだれだ。「朝日新聞東京本社版」1989年4月20日付夕刊一面より沖縄・粟国島近海のサンゴ礁(ゲッティイメージズ)  この記事の大きな特徴は、貴重なサンゴに傷をつけて落書きする、という不届きな行為を日本人全体の精神的貧困とすさんだ心に無理やり結び付けているところだ。普段から「日本人を民族として貶めたい」という欲求に駆られていたとしか思えない飛躍ぶりである。われわれの二つの「望み」 件の潮田氏のツイートにも類似した飛躍がある。大坂なおみが米国籍を選択したら、どうして安倍政権が倒れるのだろうか。本人どころか誰にも全く説明できない飛躍であり、「安倍政権を倒したい」という潮田氏の願望に無意識に結びついているとしか思えない。 第三者から見れば、極めて無理な発想なのだが、ご本人にとっては自然なのだろう。なぜ、自身の思想信条から距離を置いて、事実を客観的に捉えられないのか。 しかし、われわれには「望み」がある。二つ例を挙げたい。まずは大坂なおみ、その人が「希望」だ。グランドスラム初優勝を飾った昨年の全米オープンテニスの表彰式で、彼女が取った態度が今も忘れられない。 準優勝のセリーナ・ウィリアムズがプレー中に審判に暴言を吐くなど、試合が終わっても会場は異様な雰囲気に包まれていた。そんなセリーナのかんしゃくで晴れの舞台を台無しにされ、表彰台でセリーナびいきの観客からのブーイングを受けたとき、大坂はとっさにキャップのつばをずり下ろし、涙を隠した。 それでも、彼女は理不尽な扱いに怒ろうともせず、「優勝してどんな気持ちか?」という質問には答えずに「皆がセリーナの応援をしているのは知っていたわ。こんな終わり方になってごめんなさい。私が伝えたいのは『試合を見てくれてありがとう』っていうこと。ありがとう!」と観客に呼びかけた。そして、セリーナに対しても「あなたと試合ができて本当に感謝しています。ありがとう!」と伝えたのである。 私を含む多くのファンが「なぜ君が謝るんだ!」と心の中で憤りながら、同時に彼女の美しい心持ちに感動し、涙がこみ上げて来たのではないだろうか。もちろん、大坂にはこれからもずっと日本を代表して輝かしいキャリアを築いてほしい。 でも「なおみちゃん」がどんな選択をしても、われわれ日本人はずっと日本人の心を宿した彼女を応援し続ける。それが日本人だ。政権とは何の関係もない。潮田氏にはせめて、その事実だけでも気付いてほしい。2019年1月、テニスの全豪オープン女子シングルスで優勝し、笑顔で記者会見する大坂なおみ(共同) もう一つは、教育制度の大きな変化である。「AI(人工知能)時代」を迎えて、大学の在り方も知性の測り方もそうだが、日本の教育制度はようやく変わらざるを得なくなった。マークシートで1点を競い合い、高学歴エリート層を築いてきた無意味な学習から、一日も早く脱却しなくてはならない。 求められるのはAIが代替できない創造力と柔軟な知性だ。日本は今、「失われた30年」を経て、「二流先進国」に脱落する危機にある。それは根本的に、「日本的教育の敗北」を意味する。「壊れかけたインテリ」という戦後教育の残骸を乗り越えて日本を再興するためには、若い知性の育成が何よりも急がれる。■ 日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

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    大坂なおみを待ち受ける日本の「国籍ルール」はここがヘン

    方が、実情に合わなくなってきているという理由の方が大きい。人の移動がこれだけ激しくなって、経済活動やスポーツのみならず、文化一般でも国際的な活動をする人が増えれば当然である。重国籍に対しての各国の国籍法の対応状況 しかしながら、日本では二重国籍選択の手続きがかなりいい加減である。 過日、立憲民主党の蓮舫議員が台湾との二重国籍状態だったことが発覚し、しばらく世のうるさ方の俎上(そじょう)にのって喧(かまびす)しい議論と相成った。しかし、これは国益にかかわる政治家のことであり、やはり問題にならざるを得ないというのは理解できなくもない。 実はオーストラリアでも議員が英国籍を保有しているということで問題になったことがある。国籍の問題ではなくとも、例えば、ミャンマーでは現行憲法では英国籍の夫(死去)との子供(英国籍)を持つがゆえに、アウン・サン・スー・チーは大統領になれない。二重国籍は黙認が実情 これは極端ではあるが、インドではかつての首相候補だったソニア・ガンディーの出生地がイタリアだったというだけで批判を浴び、首相に就任できなかったということもある。バラク・オバマ前米大統領が国籍問題でずっと執拗(しつよう)なネガティブキャンペーンを張られていたことも記憶に新しい。しかし、これはどれも国益を預かる政治家の問題であり、一般人では特に問題が生じるような話ではない。 事実、日本の法務省のスタンスは「二重国籍は黙認」というのが実情である。 これは日本の法律と海外の法律との整合性が取れないことに起因する。例えば、ブラジルは原則として国籍離脱が認められていない。よって日本国籍を取得したブラジル人は自動的に二重国籍にならざるを得ない。蓮舫議員のケースでいえば、日本が国家として承認しているのは中華人民共和国だが、本人が台湾(国)籍を主張した場合、どちらの法を適用しても両国にとっておかしなことになる。 こうして日本のように単一国籍の原則が、世界の実情にそぐわなくなっているというのは、当の法務省も認めるところであり、これまで何度か法務省内でも議論になり、検討事項となっているようだ。要するに、日本の国籍に関する法律が「ガラパゴス化」しつつあることを意味する。 こうした中、大坂なおみが日米どちらの国籍で東京五輪に出場するのか、ということが話題になっている。もし彼女が一般人であったならば、法務省も目くじらを立てることはなく、二重国籍状態のままでいただろう。だが、彼女はテニスの世界四大大会のうち二大会連続制覇という偉業を成し遂げた時の人である。とかく国籍問題に口うるさい人間が跋扈する日本社会では、簡単にはいかないだろう。 そうすると「国の代表」と皆が思っている五輪選手として、彼女もいずれはどちらかを選ばなければならなくなる。五輪のルールでは、国籍変更などがあった場合、所属する国を変更することができる(ただし国籍変更後3年間の猶予期間がある)。全豪オープン女子シングルス決勝前日、決勝に向けた調整で笑顔を見せる大坂なおみ=2019年1月25日、豪メルボルン(共同) むろん、国籍変更に関してスポーツ界ではそれぞれルールがある。ところが、日本の国籍法が世界のさまざまな国籍法と齟齬(そご)をきたしているように、世界の196カ国、さらにはまだ承認されていない国、または無国籍者などを受け入れているスポーツ界はさらに難しい事態に直面している。しかし、その解決策は意外とシンプルなこともある。 例えばサッカーの場合、ナショナルチームの所属について、国籍という概念よりも、どの国のパスポートを保有しているかということが重視される。例えば、北朝鮮代表の経験がある現清水エスパルスの鄭大世(チョン・テセ)の国籍は韓国だが、彼は北朝鮮のパスポートを保有しており、さらには韓国でも日本でも代表として試合に出場した実績がないため「北朝鮮代表」で国際大会に出場した経歴を持つ。大坂のコメントを改訳? 彼はもちろん韓国Kリーグに所属したこともあるから、韓国のパスポートもある。さらに言えば、在日コリアンとしてパスポートに準ずる日本在住の外国籍に発行される渡航書類も入手可能だろう。つまり、日本と韓国、北朝鮮のどの国でも代表選手になろうと思えばなれたわけである。こういうケースは日本では珍しがられるだろうが、国境を陸で接して人々が行き来する国では常識である。 スポーツ競技であるから、ナショナルチームの所属のルールをつくるが、そこに過剰な意味は見いださないというのがスポーツ界のおおよその考え方だ。事実、五輪憲章ではスポーツに過剰なナショナリズムを持ち込まないことが求められており、むしろその壁を越えることがスポーツの使命でもある。 国籍や民族といったものは、一人の人間の実存の前にはフィクションに過ぎない。大坂なおみの「アイデンティティーは深く考えない。私は私」というコメントを聞くと、こうした思いをさらに強くする。 さて、「グローバリズム」は資本主義の拝金主義的な拡大であるといった「古臭いガラパゴス」民族主義左翼のような物言いをされることがしばしばある。それがまたインターネットというグローバリズムの権化ともいえる場所でのことなのだから、皮肉なものである。 グローバリズムとは資本だけが越境するものではない。ヒト・モノ・カネ、さらには情報や文化までもが越境する。大坂なおみの存在もその一つだ。そこには、やはり貴重な何かがある。 日本のガラパゴスルールは「国籍唯一の原則」という古いルールをいまだ更新できず、世界の潮流からまた少しずつ後退していくのである。そういえば、台湾のイケメン選手と結婚した卓球の福原愛の子供も、いつか国籍を選ばなければならないだろう。その時、また国籍唯一の原則や台湾か、中国かという古臭い問題に法務省は再び頭を抱えることになるのだろうか。テニス全豪オープン女子シングルス準決勝で決勝進出を決め、笑顔でインタビューを受ける大坂なおみ=2019年1月24日、豪メルボルン(共同) 大坂なおみについて言えば、日清食品のアニメCMで彼女の肌の色が白く描かれ、いわゆる「ホワイトウォッシュ」(有色人種の見た目を白人に近づけて描くこと)という差別行為ではないかと物議を醸した。しかも、この騒動について言及した大坂のコメントが誤訳(改訳?)され、さも「何も問題はない」と語っているかのように報道されてしまったことも話題になり、グローバルな21世紀とはとても思えない事態が立て続けに起きている。 今後、グローバル社会に直面する意識の問題は、二重国籍問題に限らないだろう。わたしたちは、むしろ今回の議論を大坂なおみという「グローバリズムの申し子」が古臭い日本社会にプレゼントしてくれた課題として前向きに受け止めていくべきではないだろうか。■日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

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    NHK朝ドラ『まんぷく』と重なる大坂なおみ日清CM騒動

    西川りゅうじん(マーケティングコンサルタント) 「物事に動揺する人がいますよね。それはとても人間的なことです。でも、私はそういうことに自分のエネルギーを無駄遣いしたくないと思うことがあります」「今日の第3セットでは、文字通り、自分の感情を消そうとしました」 大坂なおみが、2018年9月の全米オープン優勝に続き、2019年1月、全豪オープン優勝後に発した言葉だ。 21歳にして、何事にも惑わされず、グランドスラム四大大会のうち2大会を連続で制し、世界ランキング1位にまで上り詰めた不屈の精神力には、本当に頭が下がる。彼女が自らの手で勝ち取った実力と実績は、人種、肌の色、民族、国籍、性別、年齢といった社会における区別を超越している。 日清食品による漫画『新テニスの王子様』とコラボした「カップヌードル」の広告動画で、大坂の肌の色が実際より白く描かれていると国内外のメディアやネット上で取り沙汰されたが、それでも彼女が動揺することはなかった。 もとより、日清食品は、大坂の実力がどこまで伸びるか未知数だった2016年11月からスポンサー契約を結んで応援し続けており、意図的にホワイトウォッシュ(非白人を白人のように描くこと)したり、揶揄(やゆ)したりするつもりなどなかったのは明らかだ。 しかし、同社は、国内外からの批判の高まりを受け、全豪オープン開催中の1月23日、動画の公開中止を余儀なくされた。広報担当者は、応援を目的に動画を作成したが「当初の目的とは大きく異なる状況になった」とし、「社会の中でいろいろな議論が起きている状況で、動画の公開を続けることで大坂の選手活動に影響があると判断した」と述べた。日清食品の広告動画で肌を白く表現された大坂なおみ選手(右)。左は錦織圭選手(日清食品グループ公式チャンネルのユーチューブより) また、「日清グループは、基本的人権を尊重し、性別や年齢、人種などに配慮して企業活動を行っており、広告宣伝においても同じポリシーを掲げています。今後はより一層人権や多様性を尊重しながら、慎重に広告宣伝を進めるようにいたします」とコメントした。 日本人の多くは、「大坂には雑音に惑わされず自分のプレーに集中してもらいたい」、そして、「日清食品に悪意はないのだから、そこまで目くじらを立てなくても」という気持ちだったに違いない。ただ、日本は島国で均質性が高い社会のため、欧米に比べて、人種や肌の色について鈍感な点があるのも否めないだろう。 動画は日本の消費者を対象にしたものだったが、大坂の存在感が大きくなり世界的に注目される中、ネットを通じて世界中で同時に見られる時代になったこともあり、そういった感覚や意識の違いに批判が集中してしまったのだ。 今後、日清食品をはじめ日本企業が、大坂がごとく今回のような問題に動揺せず、多様性を超越し、世界で勝利するには、どうすればよいのだろうか。日清の「洗礼」は2度目 今回、日清食品は、人種や肌の色といった多様性に関して同じように無頓着な私たち日本人と多くの日本企業に代わって、アメリカをはじめ国際社会から本格的な洗礼を受けたのだという見方もできよう。 事態が大きくなった経緯をみてみると、全豪オープン期間中の1月19日にジャパンタイムズが掲載した「大坂がホワイトウォッシュされている表現を見た」という記事に続いて、22日に米紙ニューヨーク・タイムズが「肌を白く表現し、ヘアスタイルも変わっているなどと日本で批判を受けている」と報道した。 さらに、イギリスのザ・ガーディアン、BBC、アメリカのCNNといった欧米メディアが次々に取り上げた。それがブーメランとなって日本に戻り、国内のマスメディアでも大きく報じられるに至った。 しかし、日清食品がアメリカン・スタンダード、グローバル・スタンダードの洗礼を受けたのは、これが初めてではない。筆者には、同社の歴史上の危機として、NHKの朝の連続テレビ小説『まんぷく』でも描かれた事件と二重写しに見える。 日清食品の創業者・安藤百福(ももふく)氏は、戦後、アメリカ軍が主導する連合国軍総司令部(GHQ)から、当時の日本ではありがちだったどんぶり勘定を指摘され、脱税の嫌疑で訴追されている。 同氏は、1910年(明治43年)、日本統治時代の台湾に生まれた。22歳の若さでメリヤスを販売する会社を設立し、その後もさまざまな事業を手掛け、成功を収めていた。 しかし、戦後間もない1948年(昭和23年)、日清食品の現社長・安藤宏基氏が生まれて直後のこと。地元の若者を雇い、奨学金として現金を支給していたのだが、「その奨学金は所得であり、源泉徴収して納税すべきなのに怠った」という罪に問われる。百福氏は、4年間の重労働の刑に処され、巣鴨拘置所に収監。個人名義で所有していた不動産はすべて没収された。チキンラーメンを食べる創業者会長の安藤百福氏=2006年8月、大阪市淀川区西中島・日清食品本社(柿平博文撮影) 収監後、GHQは百福氏の名を挙げて「納税義務に違反した者は厳罰に処す」という内容の談話を発表した。後に彼は、この事件について、「みせしめに使われたようだ」と述べている。 その後も泣きっ面に蜂で、新設された信用組合の理事長に就任するも、組合は破綻し、無一文になる。 残った大阪府池田市の借家で、「失ったのは財産だけ。その分、経験が血や肉となって身についた」と考え、自らを奮い立たせた。そして、世界初のインスタントラーメンを発明したのだ。 日清食品には、大坂が生まれた大阪で、安藤百福氏が苦難の末に再起を図ったように、この難局をプラスに転じてもらいたい。行き過ぎた「言葉狩り」 ところで、肌の色についてのみならず、「何でもかんでも、アメリカの基準、欧米の基準が世界の正しい基準なのか?」という議論は、今に始まったことではない。 記憶に新しいところでは、2017年の大みそかに放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)の年末特番で起こった議論だ。ハリウッド映画『ビバリーヒルズ・コップ』で黒人俳優・エディー・マーフィーさんが演じた刑事役をまねて、ダウンタウンの浜田雅功さんが黒塗りメークで登場した。 このメークが「人種差別」という批判があるとニューヨーク・タイムズやBBCなど欧米メディアが報じたのだ。この時も日本国内で賛否両論が巻き起こった。今回の日清食品の動画が議論を呼んだ際にも、「肌を黒くし過ぎることによってブラックフェースの批判を受けることに慎重だった可能性もあり、より安全で明るい方向性を採ったのでは」という声もあった。 肌の色だけではない。半分日本人で半分ハイチ人の人を英語で「ハーフ・ジャパニーズ、ハーフ・ハイチアン」と言うが、日本では両親のどちらかが日本人でない人をすべて「ハーフ」と呼ぶ。また、両親のいずれか一方が「ハーフ」の人を「クオーター」と呼ぶ。 しかし、「ハーフ」だけでは「半分」、「クオーター」だけでは「4分の1」の意味になり、海外では通じない。まるで、人間として半人前か切れ端のようだから、「ハーフ」や「クオーター」という言葉自体を使うべきではないという意見もある。  英語圏では、通常、両親が異なる人種の人を「バイレイシャル」、いくつかの人種の血を引く人を「マルチレイシャル」、あるいは総称して「ミックスト」が一般的だ。しかし、直訳すれば、二重人種、多重人種、混血であり、日本人の一般的な感覚からすれば、その方が直截(ちょくさい)的で失礼な印象を受ける。 今や英語圏では、黒人を表していた「ブラック」という表現は消え、「アフリカン・アメリカン」と呼ぶが、日本でも「アフリカ系アメリカ人」に統一すべきなのか。 1980年代に多民族国家のアメリカで始まった、性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用することを指す「ポリティカル・コレクトネス」(PC)を、日本がそのまますべて受け入れ続けてよいはずがない。※写真はイメージです(GettyImages) チェアマンがチェアパーソン、キーマンがキーパーソンならまだしも、ウルトラマンを「ウルトラパーソン」、アンパンマンを「アンパンパーソン」にすればよいのか。行き過ぎた「言葉狩り」「表現狩り」は避けねばならない。 欧米でも「PCにはもうウンザリ!」と思っている人も少なくない。トランプ大統領は「PCは、現在、アメリカが直面する最大の課題だ」と述べたことがあるが、米国民が彼を大統領にしたのは、そういった風潮によるところも大きい。2018年末に、マリスト大学世論研究所が発表した無党派層に関する調査でも、53%が「これ以上のPCには反対」としている。 しかし、思想家や表現者、ジャーナリストや政治家ならいざ知らず、企業人は複雑さを増すばかりの社会の多様化と欧米メディアのPC至上主義に正面から向き合わねばならない。そんな時代状況の中、人種や肌の色について、売り手よし・買い手よし・世間よしの「三方よし」を実現する道はあるのだろうか。「はだ色」が消えたワケ ところで、今回問題となった「肌の色」だが、日本における「はだ色」とは、どんな色だろうか? 私たちが子供の頃、お絵描きで肌の色を描く際に使った、クレヨンや色鉛筆の「はだ色」は、もはや存在しない。 2000年前後から、「はだ色」の呼び方は、「うすだいだい」、または、薄いオレンジを意味する「ペールオレンジ」に変わりだし、2005年頃には、ほぼすべてのクレヨンや色鉛筆から「はだ色」という表記は消え去った。 そもそも、「はだ色」とは、明治維新による開国にともない、異国の人たちと触れ合う機会が増えた結果、日本人が肌の色の違いを意識するようになり、その名が付いたといわれる日本固有の慣用色だ。  今や「はだ色」の捉え方、表現のあり方について考えねばならないのは、日清食品のような世界各国で事業を展開する大企業だけではない。 なぜなら、どんな企業であれ、インターネットによって、自社のサイトや会員制交流サイト(SNS)などで発信した動画や写真やイラストを、世界中の人がリアルタイムに見ることができる時代になっている。また、経済のグローバル化の進展によって、あらゆる業種・業界で、さまざまな肌の色の人と接する機会が出てくる世の中になっているからだ。 そしてさらには、日本国内の消費、および、労働のマーケットを客観的に考えれば、「はだ色」が従来の「はだ色」だけではない時代が到来しているのだ。 厚生労働省の人口動態調査によれば、父母の一方が外国籍の子供の出生数は、総出生数の1・9%。実に新生児の約50人に1人に当たる年間約2万人に上る。 一方、1993(平成5)年の外国人労働者は10万人弱、そのうち、約6万人が中南米出身の日系人だった。ところが、2017年には約128万人に増加。四半世紀で13倍ほどに膨れ上がった計算だ。平成の前半までは、韓国、中国、日系人など、比較的似た肌の色、顔かたちの人が多かったが、近年は人種、肌の色、民族、国籍も多様化の一途をたどっている。 驚くべきことに、NHK特集『外国人“依存”ニッポン』の調査によれば、2017年度に新宿区で新たに成人した人の45・8%、約2人に1人、豊島区でも38・4%、3人に1人以上が既に外国人なのである。 政府は少子高齢社会を支える労働力確保を目的に、2019年4月から新たに創設した在留資格「特定技能」を取得した外国人労働者を、5年間で最大で34万5000人受け入れることを決定した。今後、日本人の多様化はいやが応でも加速していく。 そんな近年、幼稚園や保育園、小学校では、10色や20色以上もの、まさにいろいろな「はだ色」がそろったクレヨンや色鉛筆を児童や生徒に提供する所が増えてきた。※写真はイメージです(GettyImages) 昔から、優れた先生は、太陽も空も肌の色も一つの色だけで塗りつぶすような教育をよしとしなかった。それでは、思考停止に陥り、感受性と自ら考える力を育むことはできないからである。平成に続く新たな時代を迎えつつある今、私たち日本人一人一人が、自分で感じて考え、iRONNA(いろんな)「はだ色」を選ぶ時代が到来しているのだ。■ 日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

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    毎日記者ツイート炎上で大坂なおみが日本に失望しないことを願う

    ン決勝でペトラ・クビトバを制して優勝し、男女通じてアジア人初の世界ランキング1位になりました。これはスポーツ界のみならず、明るいニュースに乏しい昨今、まれに見る歴史的な快挙と言えるでしょう。試合そのものも素晴らしい内容だったし、抜きん出た実力に似合わないシャイな性格は、そのキャラクターでも世界を魅了しました。 私が完全に大坂のファンになったのは、昨年夏の全米オープンで彼女が初優勝したときです。力強いショットを生み出す恵まれた体格は、北海道出身の母親と、ハイチ出身の父親のミックス、それに米国の育成環境が融合して生まれたのだという解説を聞いて以来、私はずっと彼女に注目してきました。 今回の全豪オープンで大坂を応援していたのは、もちろん私たち日本人だけではありません。彼女の父親の出身地ハイチでも、地元のテレビ局が彼女の全試合を生中継し、国を挙げての熱狂ぶりでした。 日本のテレビ局よりも、ハイチのテレビ局の方が、より熱く彼女を見守っていたようです。彼女がハイチの国籍を持っていないにもかかわらず、ハイチのマスメディアは彼女に非常に好意的でした。 日本のメディアは、ハイチのそれに比べると、彼女の戦績を後追いしている感が否めません。とりわけネット上で交わされた日本の議論は、彼女の偉業とはほど遠い、ガッカリするような内容でした。 毎日新聞客員編集委員で帝京大教授の潮田道夫氏が「大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手すると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君」とツイートしたところ、それに反応した作家の百田尚樹氏が「ふーん、毎日新聞の編集委員というのは、こういう考え方をするのか。クソみないな人間やね!」とツイートし、このやりとりが炎上しました。 いい年をした大の大人が、他人を指して「クソみたいな人間」と人格否定する発言には驚きましたし、「毎日新聞の編集委員というのは」とひとくくりにする浅薄な言論には、ベストセラー作家としての知性のかけらも感じられません。まるで子供のネット掲示板レベルのやりとりです。ネット上の議論というのはここまで落ちぶれたのでしょうか。 一方で引用された潮田氏のツイートも、ジャーナリストとは思えない、とんでもない論理の飛躍です。「大坂なおみが米国籍を選択する」すなわち「政権が倒れる」とは、いったいテニスと日本の政権にどういう因果関係があるのか、首をかしげるばかりです。大坂の優勝を報じるオーストラリアの地元紙(共同) 百歩譲って潮田氏のツイートを「風が吹けば桶屋が儲かる」式に解釈してみるとするなら、「日本とアメリカの二重国籍である大坂が、米国籍を選択して日本人選手じゃなくなると、多くの日本人はガッカリするだろう」ということが言いたかったのだと理解することはできます。 大坂は2020年の東京オリンピック強化指定選手に認定されていますから、日本オリンピック委員会としては、彼女にはぜひとも日本人でいてもらわないと困るのでしょう。熱意はハイチに及ばない 彼女が日本人選手でなくなることによって「政権が転覆する」とは私にはとても思えませんが、できれば大坂が日本国籍を選択してくれればいい、という願望は私にもあります。もちろん大坂本人が決める問題であって、日本と米国、どちらの国籍を選ぼうと彼女の自由です。第三者にとやかく言う権利はありません。 だからこそ、彼女に選択してもらえる、魅力ある国でなければならない、というだけです。日本人であることと米国人であることの、メリットとデメリットを彼女が天秤にかける日が来るかもしれません。日本のメディア、特に公共放送であるNHK、あるいは政府は、どれだけ本気で彼女を応援してきたか。それが問われる日がいずれやって来るということです。 相撲の世界では、米国籍の力士が日本国籍を取得して帰化したという事例もあるのはご存じの通りです。それだけ日本の相撲に魅力があったと言えるでしょう。 一方で、ノーベル賞を取るような科学者が、日本では満足な研究費が出ないと言って米国籍を取得した「頭脳流出」も実際に起こっています。どちらに転ぶ可能性もあるのです。 大坂自身、国籍問題にナーバスになっているかもしれません。そうした重要な時期に、潮田氏のような大メディアの編集委員が冗談にしろ、今回のツイッターのような発信をすることこそ、彼女が日本に失望するきかっけになりかねません。 幸いにして大坂は今のところ、テニスの世界では日本人選手として登録することを選択し、メンタリティーも日本に魅力を感じてくれているようです。主要スポンサーも日清食品やヨネックスなど、日本の大企業が多く支えています。彼女が日本国籍を選択してくれる要素は多々ありますが、冒頭で述べたように、メディアとしての応援の熱意はハイチに及ばないという現実もあります。 彼女が大ファンだというフィギュアスケートの羽生結弦は、個人としては史上最年少で紫綬褒章、そして国民栄誉賞も受章しています。「大坂にも同様に」とはあえて言いませんが、日本のメディア、あるいは政府が彼女に対してできることはあるはずです。国民栄誉賞の表彰状を安倍晋三首相から受け取る羽生結弦選手=2018年7月、首相官邸(春名中撮影) 肌の色が違う、外国人の血が混じっている、日本語がたどたどしい、そんなことを理由に彼女に差別的な視線を向けるようなことは、間違ってもあってはなりません。 一部の日本人の中には「日本人は純血民族だ」などと誤った言説に基づく民族意識を持っている人もいますが、言うまでもなく日本人は大陸から、半島から、その他さまざまな血が混じり合って成立していることは歴史的にも明らかです。 日本から本当に有能な人材を海外に流出させてはならない。その点では本稿でツイッターを引用させていただいた潮田、百田両氏も、同意してくれるのではないかと思います。大坂の活躍をきっかけに、複数の民族から生まれる日本人のパワーと価値を、われわれは改めて認識すべきではないでしょうか。■日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

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    大坂なおみ会見、テニスと無関係質問だらけになった複雑背景

     全米オープンテニスで優勝を果たし、世界を驚かせた大坂なおみ選手(20才)が、東レ・パンパシフィックオープン(9月17~23日)出場のため、13日早朝に日本に帰国。会見には150人もの報道陣が集まった。 テレビのニュースでは「今? 眠い」「お寿司はおいし~い!」といった大坂選手のユニークな受け答えが報じられ、その人柄に頬を緩めた視聴者も多いだろう。 だが、会見の裏側では、多くの報道陣がピリピリとした緊張感に包まれていた。ある民放キー局の局員が明かす。 「今、大坂選手に対しては『NGワード』があるんです。それは『彼氏や恋人の話』。将来的な話、例えば結婚願望があるかどうかの質問も“絶対にするな”と釘を刺されています」 その背景には、全米オープン決勝で戦ったセリーナ・ウィリアムズ選手(36才)の、主審に対する猛抗議があるという。 「暴言などを理由にペナルティーを科されたセリーナは、“男子であれば罰せられなかった”として、女性への差別だと訴えました。全米オープンではこのセリーナの激昂ばかりが問題視され、大坂選手の優勝に“みそ”がついてしまった。もしその直後の会見で“彼氏はいるか”や“結婚したいか”など、男性アスリートにはしないような質問を大坂選手にすれば、日本のメディアが“女性を蔑視している”と海外から批判されかねないし、セリーナバッシングが再燃しかねません。関係者が“決勝戦のゴタゴタを蒸し返したくない”と考え、テレビ局に通達しているそうです」(前出・局員) その影響というわけではないだろうが、会見では「カツ丼や抹茶アイスクリームはもう食べた?」など、テニスとはまったく関係のない質問が相次いだ。2019年1月、テニスの全豪オープン女子シングルスで優勝し、記者会見する大坂なおみ(共同) それでも笑顔で答えていた大坂選手だが、ある記者に、 「海外では、大坂選手の今回の優勝が、“古い日本人像を見直したり、考え直したりするきっかけになっている”との報道もある。ご自身のアイデンティティーをどう考えるか?」 と質問された時には、 「テニスのこと? それって質問なの?」 と怪訝な表情を浮かべ、 「私はあまり自分のアイデンティティーについて深く考えません。私は私」 とキッパリ答えた。この瞬間をのぞけば、終始おだやかな表情で質問に答えていた大坂選手。でも内心では「せっかくテニスで世界一になったのに。テニスに関する質問はないの?」と思っていたのかも。 東京五輪は「日本代表」として出場することが期待されている大坂選手。メディアの質問が原因で「日本は嫌」なんて思わないでくださいね!関連記事■ 大坂なおみの祖父「日本人として試合に出続けたらうれしい」■ 石原さとみ、ドラマ打ち上げで「悔しい」「全責任は私」と涙■ 中居正広、声を酷使するプロが頼る「駆け込み寺」に極秘通院■ 田中圭 メガネ&キャップ、ハーフパンツで少年のような私服姿■ 田中圭、超多忙でも自宅夕食のため即帰宅の愛妻家生活

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    大坂なおみの祖父「日本人として試合に出続けたらうれしい」

    アはセリーナ選手の抗議や観客らの態度を酷評。「全米テニスが大坂選手にしたことは恥ずべきこと。これほどスポーツマンシップに反する出来事は記憶にない」などと批判する記事を掲載した。 逆に、“神対応”が称賛された大坂選手について、日本メディアも大きく持ち上げた。だが、どのメディアも触れていない盲点がある。 それが国籍問題だ。彼女は、ハイチ系アメリカ人の父と日本人の母を持つ。大阪で生まれ、3才の時にアメリカに移住し、現在はフロリダ州在住。日米の二重国籍を持つが、テニスプレーヤーとしてはこれまで“日本人”を選択してきた。 「彼女は2016年のリオ五輪前から“東京五輪は日本代表として出場してメダルを取りたい”と公言している。今年4月の国別対抗戦フェドカップでは、日本代表として戦ったことで、実質、東京五輪で米国代表を選ぶことはなくなったとみられています。オリンピック憲章では、一度、その国を代表した選手は、3年が経過しないと他国の代表になれないためです。彼女は日本企業の日清食品に所属していますし、このまま国籍も日本を選ぶとみられています」(スポーツ紙記者) しかし、そうも楽観視できない現状がある。 「日本の法律では22才になるまでにどちらかの国籍を選ばなければなりません。つまり、それまでに彼女の気持ちが変われば、アメリカ人になる可能性もゼロではないのです。実際に2年前に、アメリカは大坂の父親に対して“あらゆる面倒を見る”とアプローチをかけたことがある。その時は日本を選んだが、大坂の今の実力、そしてアメリカも若手が育っていないことなどを考えると、今後、アメリカが大坂に本気で再接近することも充分考えられます」(前出・スポーツ紙記者)大坂なおみの全豪オープンテニス優勝を喜ぶ祖父鉄夫さん=2019年1月、北海道根室市 アメリカはグランドスラムの開催国であり、日本よりも環境が整っている。大坂選手は日本語は聞き取ることはできるが、しゃべるのは片言。何より日本にほとんど住んでいない彼女が、日本国籍を選ぶハードルは、決して低いものではない。 大坂選手が22才になるのは来年の10月。それまでにどういった選択をするのか。現在の心境を北海道根室市に住む、大坂の祖父・鉄夫さんに代弁してもらった。 「東京五輪には、日本代表として出場したいという気持ちは変わっていないようです。ただ国籍については、直接本人に聞いたことがないので、ぼくには断言できませんな。まぁ、じいさんには関係ないことだからね(笑い)。でも日本人として、この先も試合に出続けてくれたら嬉しいね」 ぜひ、日本人として初となる金メダル、世界ランク1位を目指してほしい。関連記事■ 福原愛、宮里美香… 錦織圭の過去の恋人と現在意識する女性■ すでに大人気・松岡修造の娘、宝塚はいじめ阻止の態勢■ 片山晋呉に激怒した「プロアマ」招待客はどんな人物か■ 松岡修造熱血語録 分娩室の妻に「勝負だ、勝負に出ろ!」■ 吉澤ひとみ逮捕の4日後、義母が緊急搬送 自殺未遂か

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    稀勢の里引退、日本人横綱の重圧

    「最弱横綱」と罵られ、在位2年で引退に追い込まれた稀勢の里の土俵人生が幕を閉じた。ガチンコ相撲道を貫き、日本人の期待を一身に背負いながら、晩年は度重なるけがに苦しんだ。唯一の日本人横綱としての重圧も計り知れない。「生真面目で不器用」。そんな稀勢の里の引き際を考えたい。

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    「バブル横綱」稀勢の里を引退に追い込んだ日本人の叶わぬ思い

    稀勢の里を壊した 稀勢の里見たさにファンが押しかけ、チケットは売れに売れた。「満員御礼」。そのため、スポーツ運営というより見世物興行が実態といえる日本相撲協会は、これまでの横綱には見せなかった「大甘」の態度に終始した。昨年9月の秋場所千秋楽から出場8連敗という横綱としてのワースト記録をつくるまで、彼を追い込んでしまった。 もし、ただ一人の日本人横綱でなかったら、どうなっていたのかと、ここで冷静に考えてみてほしい。 稀勢の里が横綱に昇進したのは、2017年の初場所を14勝1敗で初優勝したからである。あのとき、横綱審議委員会(横審)は全会一致で横綱に推挙した。しかし、この推挙に対しては「2場所連続優勝でもないのに横綱にするのはおかしい」という批判が起こった。 これに対して相撲協会は、横審の内規に「大関で2場所連続優勝に準ずる好成績を挙げた力士」とあるので、これを適用したと説明した。ただ、この説明は苦しかった。なぜなら、内規の第1項では「横綱に推薦する力士は品格、力量が抜群であること」とあり、第2項でも「大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする」とあるからだ。「2場所連続優勝に準ずる好成績」は3番手の理由にすぎなかったのである。 つまり、稀勢の里の横綱昇進は、「品格、力量が抜群であること」より、「日本人横綱待望」というバブルに押されたものだったと言えるのだ。2019年1月、横綱稀勢の里の引退を伝える大阪・道頓堀の大型モニター しかし、こうした批判を稀勢の里は次の春場所で連続優勝することでかき消した。13日目に横綱日馬富士との対戦で土俵下に落下して左大胸筋と左上腕を痛めて敗戦を喫し、さらに14日目に横綱鶴竜に敗れたものの、千秋楽に本割と優勝決定戦で大関照ノ富士を連破したのである。これで、稀勢の里フィーバーは一気に過熱した。しかし、この優勝が稀勢の里を壊してしまったのである。 稀勢の里は、引退会見で「昔の自分に戻れなかった」と悔し涙を流したが、時間は元には戻せない。 ただし、2場所連続優勝を果たした2017年の初場所と春場所をさらに冷静に振り返れば、春場所では「宿命のライバル」である白鵬は5日目から休場していたし、初場所でも珍しく後半に失速した。日馬富士と鶴竜の2横綱も、ともに初場所で途中休場していた。 そのため、この2場所連続優勝には、それほどの記録的な価値はない。あるのは、稀勢の里が相撲人生でただ一度の大チャンスをモノにしたということ。そして、それを可能にしたのが、日本人による「日本人横綱」への熱い思いだった。「史上最弱、最悪の横綱」 その後の稀勢の里は、今さら書くまでもないが、横綱としてはあまりにひどい記録を残してしまった。横綱として在位12場所で36勝36敗97休。2017年夏場所からの8場所連続休場は年6場所制となった1958年以降では、貴乃花の7場所連続を抜いて横綱の最長連続休場を更新した。 さらに、2018年九州場所の初日からの不戦敗を除く4連敗は1場所15日制でワースト。2018年秋場所千秋楽から今場所にかけて続いた土俵に上がっての8連敗も1場所15日制でワーストとなってしまった。 もし後世の人間が記録だけで振り返れば、稀勢の里は「史上最弱、最悪の横綱」だったとなるだろう。もっと言えば、常に強くあらねばならない横綱の「威厳」と「品格」を貶(おとし)めた横綱ということになるだろう。 ここで、稀勢の里を、彼とは正反対のキャラクターと思える横綱朝青龍と比べてみたい。朝青龍は優勝25回、歴代最長タイの7連覇、ただ一人の年6場所完全優勝など輝かしい記録を残した大横綱だが、日本人からは愛されなかった。 常に「品格」や「身勝手行動」が問題視され、相撲協会からは二度の厳重注意と2場所出場停止を受けている。神聖とされる土俵の上でガッツポーズをしたり、相手力士とにらみ合いをしたりと、その態度は横綱としては異例のものだった。 特に問題視されたのが「サッカー事件」である。けがの診断書を協会に提出して巡業を休んだ後、母国モンゴルに帰りサッカーをしたことが発覚して大ひんしゅくを買った。 要するに、朝青龍は「強ければ何をしてもいい」という横綱で、「ヒール」として土俵を支配した。その結果、暴行事件で引退ということになった。まさに稀勢の里とは好対照である。ただ、彼がモンゴル人でなかったらどうだったかと考えると、日本人が相撲と横綱に何を求めてきたかが浮き彫りになる。2019年1月16日、稀勢の里の引退を伝えるモニターを見るファン=両国国技館(今野顕撮影) 稀勢の里の引退報道で、印象に残った記事がある。多くのメディアが「お涙頂戴」報道に終始する中で、産経新聞の「稀勢の里がつくった負の遺産 失墜した横綱の権威」は、的確に問題点を指摘していた。以下、その核心部分を引用する。 横綱が想起させる「常勝」や「孤高」といったイメージは日本の宝といっていい。スポーツ界に限らず、横綱と称されるのが各分野の頂点に立つ存在であることは、日本人には説明するまでもない。歴代横綱の血のにじむような努力のたまものだ。 勝てなければ土俵を去る潔さは、ぱっと咲いては散る桜の花と同様、日本人の琴線を揺さぶってきた。和製横綱として重圧を一手に引き受けてきた稀勢の里が現役を退いた相撲界は、横綱の権威回復という重い課題を突き付けられている。(奥山次郎)最も日本的な民主的組織 確かに、その通りではないだろうか。大相撲は近年、不祥事続きである。八百長事件や暴行事件、傷害事件などが繰り返され、そのたびに相撲のあり方が問題になってきた。そんな中で、「日本人vs外国人力士」という構図まで生まれ、朝青龍や白鵬というモンゴル人の最強横綱が出たことで、日本人の「相撲ナショナリズム」はヒートアップした。 私はこれまで何度も述べてきたが、相撲は純粋なスポーツではない。欧米流の優勝劣敗を決める競技ではない。それは「横綱が何人もいる」という、極めて日本的な組織ヒエラルキー(階層)に表れている。スポーツ競技なら、常にチャンピンオンは一人でなければならない。そして、チャンピオンは負けた時点で、その座を追われるのだ。 また、相撲は他のスポーツでは考えられない構造になっていて、幕内を最上位に、以下十両・幕下・三段目・序二段・序の口という六つの階層から成り立っていて、入門すれば誰でもすぐにでも最下層から土俵にデビューできる。横綱と同じ土俵に立てるのだ。 これは、実に「民主的」である。もちろん、日本的な意味での「民主的」ということだが、こんなスポーツは日本だけだろう。 だからこそ、横綱は、フィクションであるとはいえ「威厳」と「品格」を求められるのである。最も日本的な民主的組織の頂点に立つ者の行動が問われるのだ。 こうした日本的な伝統は、何があろうと守っていくべきだと、私は考える。とすれば、もう少し昇進をフェアにすべきだろう。昇進にあたり、その都度昇進条件が検討されるのでは、横綱の「威厳」と「品格」は保たれない。ここに「日本人だから」などという情緒的判断は入れてはならないと思う。2019年1月、現役引退の記者会見を終え、東京・両国国技館の相撲教習所を出る横綱稀勢の里。右は田子ノ浦親方 稀勢の里が去ったことで、昭和61年度生まれの「花のロクイチ組」では大関豪栄道や小結妙義龍、平幕の栃煌山が残った。また、横綱では白鵬と鶴竜が残った。しかし今、関脇貴景勝や小結御嶽海などの新しい世代の台頭が目覚ましい。 彼らがやがて最高位に上っていくことを思えば、相撲協会は内規にある「大関で2場所連続優勝に準ずる好成績を挙げた力士」を削除すべきではないだろうか。「2場所連続優勝」に絞ってしまえば、横綱の「威厳」と「品格」は少なくとも保たれるはずである。■ 「ガチンコより人情相撲」貴乃花が角界を去らない道はあった■ 「ガチンコと品格」を求めたら、相撲になかったことがバレてしまう■ なぜ日本人は日馬富士引退に無関心でいられるのか

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    稀勢の里「土俵人生」の引き際はいつだったか

    西尾克洋(相撲ライター) 最後まで、こんなに振り回されることになるとは思わなかった。 稀勢の里、引退。 考えてみると、稀勢の里という力士に私たちは良くも悪くも振り回され続けてきた。勝つときは白鵬だろうが朝青龍だろうが圧倒する。だが、負けるときは碧山や栃煌山にさえ何もできずに天を仰ぐ。素晴らしい可能性を見せたかと思えば、絶望的な現実に突き落とす。こんなことを、毎場所繰り返すのだ。 強い力士は、強くなればなるほど応援の声は少なくなる。強さは畏敬の対象になるせいか、また望まなくても結果が出るせいか、たたえられることはあっても勝利を切望されなくなる。判官びいきというのはそういうところから生まれる感情ではないかと思う。 逆に弱い力士は、可能性を見いだせなくなれば見放される。好きでも嫌いでもなく、無関心になってしまうからだ。悪さが良さをかき消してしまえば、力士に対する興味は失われていく。マイナスの大きさは、力士にとって致命的なのである。  だが稀勢の里は、強さと弱さを交互に見せながら歓声を集めた稀有(けう)な力士だ。 いつもどこかで稀勢の里が気になり、良いときは共に喜び、悪いときは共に悲しむ。もう応援するまいと思いながら指と指の隙間から翌日の相撲をつい見てしまう。なぜかそういうときに限って目の覚めるような相撲で勝つ。そしてまた、稀勢の里の応援に戻っていく。 応援したくなるのは、少し力が足りないからこそだという話を聞いたことがある。応援の力で足りない部分を埋めたくなる、という心理が働くらしい。そして、そういう存在を人は「アイドル」と呼ぶのである。その視点から見ると、稀勢の里はアイドルといえるのではないだろうか。両国国技館で稀勢の里の引退がアナウンスされると、応援団から「ありがとう」と声がかけられた=2019年1月、両国国技館(撮影・佐藤徳昭) アイドルはいつも完璧を目指してステージに立つ。だが一方で、どうしても力量が及ばぬ部分が出てしまうことがある。必死で自らの役割を演じようとしているからこそ、及ばずににじみ出てしまう「ほつれ」が愛らしくてたまらない。 「完成度の高い中に見せる、生身の女の子のほつれ」こそがアイドルの魅力であると語ったのは、アイドル評論家としても名を馳せるヒップホップ・グループ「ライムスター」の宇多丸氏であるが、稀勢の里もまた「ほつれ」てしまうからこそ愛らしい力士だったと私は思う。 長らくアイドルだった稀勢の里が、強さを求めて努力し続ける。そしていつも最後には失敗してしまう。力士生活14年目の2016年まで優勝は未経験。しかし準優勝の回数は実に12回。どれだけ相撲ファンが彼に対して希望と絶望を見たかがよく分かると思う。稀勢の里は愛すべきアイドルで、彼のファンはアイドルとしての稀勢の里を愛(め)でながらも、アイドルからの卒業を願い続けた。 そして、その思いはついに報われた。 2017年初場所で初優勝を果たし、ついに稀勢の里は横綱へと昇進した。アイドル力士卒業の瞬間 稀勢の里はアイドルだからこそ愛された。だが、横綱になるということはアイドルから卒業することを意味する。 横綱というのは孤独な立場だ。常に優勝を争うことが求められ、成績が及ばなければ批判にさらされる。批判されるだけならまだいい。不振が続けば「激励」という名の引退勧告を受けることもある。 そもそも横綱はアンタッチャブルな存在だからこそ、暴走してしまうことも多い。いつも完璧が求められ、時にその「反動」が出てしまうほど、自分を保つのが難しい立場なのだ。だからこそ歴代横綱の大半は在位中に不祥事を犯してしまう。ゆえに横綱を監視する意味も含めた「横綱審議委員会」という組織が必要になるわけである。むろん、彼らがその役割を果たしているかというのはまた別の話だが…。 横綱になると、本場所でも巡業でも毎日土俵入りする。横綱は化粧まわしの上から注連縄(しめなわ)を巻く神聖な存在だ。そうあるために稀勢の里は常に努力し、努力に見合った成果を出さねばならなくなったということだ。 結果から言えば、稀勢の里が横綱になれたのは、あの2017年大阪場所だけだった。 12連勝で迎えた13日目、日馬富士に敗れて生命線である左腕を痛めた。翌日の鶴竜戦は相撲にならなかった。誰もが諦めた千秋楽で、ただ一人、稀勢の里だけが諦めていなかった。 相撲が取れない体であることは誰の目にも明らかだったが、横綱としての使命感が稀勢の里を突き動かした。しかも、無謀な戦いを挑んだのではない。本割では立ち合いの変化で勝利を強引に手繰り寄せ、優勝決定戦ではここしかないというタイミングで逆転の小手投げを打った。 あの時、稀勢の里は私たちが愛したアイドルではなかった。横綱としての務めをこれ以上ないほど果たし、人々の心を打った「英雄」だった。瞬間最高視聴率は約33%を記録した。逆転優勝し、内閣総理大臣杯を受け取る稀勢の里(左)=2017年3月、エディオンアリーナ大阪(中島信生撮影) だが、けがの代償はあまりに大きかった。 稀勢の里が「横綱」に戻ることは、なかった。 そして「アイドル」に戻ることもまた、なかった。 8場所連続休場に、横綱連敗記録の更新。出場すれば金星を配給し、何よりも左で攻める稀勢の里の相撲が完全に失われてしまった。横綱として求められる神聖な強さはそこにはなく、目覚ましい強さと絶望的なもろさを交互に見せる愛すべきアイドル性も喪失していた。卒業の決め手は「応援」 横綱としての立場が稀勢の里を動かすところまでは良いのだが、体がついてこない。まだアイドルとしての稀勢の里だった頃は、横綱としての体を持ちながら心が伴わなかったことを思うと、皮肉なのだが、心だけで勝てるほど大相撲は甘くない。 横綱は、強いからこそ横綱だ。立派に振る舞うことも求められるが、それは必要最低限の条件であり、プラスアルファではない。だからこそ横綱は地位が保証されているし、強さを保つためのシステムとして休場してもとがめられることはない。もちろん休場が続けば立場は悪くなるが、強行出場して成績が残せないのであれば休めるというのは、それだけ横綱にとって強さが大切だからだといえるだろう。 土俵で強さを見せられなくなったとき、そして見る者が応援で後押ししようとしてしまったとき、その横綱は身を引くべきではないかと私は思う。そう、横綱はアイドルであってはならないのだ。 思えば「憎らしいほど強い」とさえ評された名横綱、北の湖も晩年は大声援が後押ししていたという。だが、それを当の北の湖は自らの衰えと受け止めたという話も耳にしたことがある。衰えた大横綱に対して、かつての姿を見たいがために歓声で後押ししようという心理が働くことがあるが、これは完璧な姿しか見せられないはずの横綱の「ほつれ」を目の当たりにしたということなのだ。 稀勢の里という希代のアイドルが去った後、角界に必要なのは彼に匹敵するような愛される力士を育てること。そして、アイドルを超えて横綱として君臨する力士を育てることだと私は思う。  最初はアイドルでもいい。だが、強さを求めて鍛錬を重ね、良いドラマも悪いドラマも共有し、完璧な姿をいつも見せ続ける存在になっていく。その過程を見ているからこそ、人は横綱に対して畏敬の念を抱くことになる。 稀勢の里は、たったの15日間ではあったが、横綱としての強さを見せることができた。そして、その15日間の陰には、声援を受けながらもそれに応えられずにもがき、苦しむ日々があった。稀勢の里は引退会見で涙を浮かべた=2019年1月、両国国技館(福島範和撮影) こんなことならば横綱に昇進しなかった方が良かったのではないかと言う人も大勢いる。名大関として息の長い活躍をした方が良かったのではないかと言う人もいる。 しかし私は思う。「アイドル力士」から、唯一無二の存在である「横綱」に稀勢の里はなれた。そのドキュメンタリーを多くの人と共有し、心を動かしたのだから、稀勢の里は横綱として素晴らしい土俵人生を送ったといえるだろう。■稀勢の里休場「モンゴル脅威論」がさらなる悲劇を生む■相撲協会にとっても痛い「最弱横綱」稀勢の里の不甲斐なさ■稀勢の里が火をつけた「日本VSモンゴル」仁義なき抗争

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    稀勢の里に横綱の品格を求めた「無能な上司」横審が憎たらしい

    藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士) 横綱稀勢の里が引退した。小学生のころから類いまれなる相撲の才能を発揮していた萩原少年は、中学卒業後に鳴戸部屋に入門、17歳9カ月で十両昇進を果たした。新入幕も貴乃花に次ぐ年少2番目の記録(18歳3カ月)と、稀勢の里はまさに「稀(まれ)な勢い」で番付を駆け上がった。 その後も9回の三賞受賞や、三役(小結、関脇、大関)としても総じて安定した成績を収め、2016年には年間最多勝にも輝いている。何より、横綱に昇進するまでたった1日(不戦敗)しか休まなかったことは特筆すべきことだ。また、対戦成績でも横綱鶴竜には大きく勝ち越し、現役最強横綱の白鵬相手でも10勝以上挙げており、才能と努力、日ごろの鍛錬のなせる業である。 ところが横綱に昇進してからの2年余りは、初の場所である2017年3月場所で優勝を飾ってから、まさに苦難の連続であった。横綱日馬富士との一番で痛めた左肩の影響で、決して万全とはいえない心身状態が続いたことから、本来の相撲が取れなくなってしまった。結局4回にわたる全休と途中休場を重ね、引退まで本来の輝きを放つことはなかった。 そのような稀勢の里の姿に対して、「受けて立つ相撲を取るべし」「横綱の品位が貶(おとし)められた」「負けても土俵に上がる姿が痛々しい」「そろそろ決断を下すときだ」などと揶揄(やゆ)する声が上がった。本人にも確実にその声は届いていたことだろう。ただでさえ自分自身のコンディションが満足のいかない状態であったのにも加え、周囲からの猛烈な批判にも晒(さら)され続けたその心中は、察して余りあるものである。 これまでの言動や態度、関係者の証言から、彼は相撲とファンに真摯(しんし)に向き合いながら「相撲道」に邁進(まいしん)してきたことがうかがえる。荒磯親方として後進の指導にあたる際にも、その姿勢は続けられていくだろう。 しかし、彼を取り巻く環境は、一人の横綱の個性を最大限発揮できるようなものになっていただろうか。言うまでもなく、人は置かれる環境によって心身のパフォーマンスが大きく左右されるものである。2018年11月、横綱審議委員会の定例会合に臨む北村正任委員長(右から3人目)ら=福岡市内のホテル 私には、角界やそれを取り巻く環境は、伝統と格式を盾にした、思い込みと過去への執着にまみれた世界としか見受けられなかった。それが稀勢の里のパフォーマンスを著しく低下させ、けがからの回復過程に悪影響を与えたようにしか思えない。 例えば、会社員であれば、自分の処遇に裁量を持つ上司が仕事のできない「無能者」である場合、その環境は、処理の難しいストレスフルな状況として仕事のパフォーマンスに悪影響を及ぼすことが大いにある。 ストレス理論からすると、身近なものの死や自身の大病のような、人生の中でまれに起こる大きな出来事(ライフイベント)よりも、日常的に続く相対的に小さなストレスの原因(デイリーハッスルズ)の積み重なりが、人の心身に大きな影響を及ぼすことが知られている。稀勢の里の「無能な上司」 稀勢の里にとっての「無能な上司」は、横綱審議委員会(横審)である。相撲に関してはほぼ素人といってよいメンバーから構成される集団、あるいは個人から、自身の横綱としてのあり方や相撲の取り口、さらには抽象的な「品格」などという表現を利用して批判にさらされ続けたことは、さぞかし心理的負担が大きかったことだろう。横審に反論することもできなければ、横審という組織が変わることも全く期待できないからだ。 横審の存在意義はともかくとして、横綱を「批判してはならない」という意味では決してない。批判する一方で、稀勢の里という横綱の個性を大前提として、個性を生かすという考え方やムードが本当にあったか、そこが疑問である。 これは今に始まったことではないが、どちらかといえば、横審はやはり「理想の横綱のあるべき姿」に稀勢の里を当てはめようとすることが前提のように感じられた。そもそも、横綱に推挙した決断自体が「日本人横綱が長きにわたって不在である」ことへの否定の表れのように見えてしまう。 自戒を込めていえば、国民やメディアが「日本人横綱」を期待する心も、改めなければならない。日本人横綱という属性への期待は、単に記憶の中にある過去の大横綱の幻影を現役力士に投影する心理にほかならない。時代の変化に適応できていない、ただのノスタルジーの発揮なのである。 稀勢の里自身も、ファンや国民の期待に応えようとするあまりに「唯一の日本人横綱」という立場に縛られ続けたであろうことは、本当に残念でならない。 ところで、そもそも稀勢の里は「メンタルが弱い」「大事な場面で実力を発揮できない」と心理面などに起因する勝負弱さが欠点の一つであるといわれてきた。だが私は、これまでの発言や態度から、むしろ反対に精神的な強さを感じている。 確かに、父親の萩原貞彦さんは「少年時代は泣き虫だった」というエピソードを話していた。また、中学2、3年次の担任である若林克治さんの「アンバランスな印象の子でした。見た目は大人以上に大きいのに、中身は子供なんですから」との評もある。 しかし、人は子供のころの弱点を自身で認識していたり、他者からの指摘を受け続けると、その後の成長の過程で人生上の「克服すべき課題」として位置付けられ、結果、むしろ弱点が強みに変わることも少なくない。稀勢の里の、決して逃げず、言い訳もしない姿を見ていると、私にはこのタイプに映るのだ。大相撲初場所3日目、栃煌山に寄り切られ3連敗を喫し、土俵下でうつむく横綱稀勢の里=2019年1月15日、両国国技館(福島範和撮影) 横綱に昇進してからというもの、稀勢の里はけがとの戦いや国民からの期待という重圧に耐え続けてきた。この2年間が、相撲道追求の結果として身につけた強靱(きょうじん)な精神力と、ファンをはじめとして周囲への配慮を最も重要視する彼の思いを基盤にして成立したのだとしたら、横綱として不名誉な記録を残してもなお現役続行にこだわった今までの彼の意思と、このタイミングでの引退の決断を、われわれ国民は最大限尊重すべきではないだろうか。 稀勢の里が土俵から去った角界は、今後も横綱としてのありさまを、極めて抽象的で画一的な偶像に求めるのだろうか。もしそうならば、大相撲は脚本家の筋書きによるフィクションドラマとしてエンターテインメント路線に走るか、科学技術をフル活用して、AI(人工知能)を搭載した「横綱ロボット」の開発に注力した方がよい。 伝統や格式、文化を維持することは、人がそれに合わせることではない。人や時代に合わせて、伝統や文化を再創造していくことに他ならないのである。■ 「ガチンコより人情相撲」貴乃花が角界を去らない道はあった■ 「ガチンコと品格」を求めたら、相撲になかったことがバレてしまう■ なぜ日本人は日馬富士引退に無関心でいられるのか

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    貴景勝が優勝しても、白鵬が高笑いしている理由

    新田日明(スポーツライター) 相撲界に久々の新風が吹き込んだ。小結・貴景勝が九州場所で初優勝。13勝2敗で賜杯を手にし、2014年秋場所の初土俵から26場所での幕内最高優勝は元横綱・曙に並んで史上4位タイのスピード記録となった。 まだ22歳で来年は大関昇進の期待もかかる。将来の相撲界を背負って立つ新たなスター候補の誕生に世間は大きく沸きかえっているが、日本相撲協会の上層部からみればおそらく複雑な思いもあるに違いない。元師匠の花田光司氏の存在がどうしてもチラついているからだ。 花田氏の協会退職に伴い、所属していた貴乃花部屋が消滅。千賀ノ浦部屋に転籍して迎えた最初の場所で、いきなり最高の結果を出した。 花田氏もとい元貴乃花親方と対立を深めていた協会上層部にとって、その元師匠の遺伝子を受け継ぐ貴景勝の台頭はかつての怨敵の育成手腕に再び評価が集まる流れとなるのは必至だけに苦々しく感じるところもあるはずだ。次代を担うべき人気日本人力士の誕生を欲しているのはもちろんだが、貴乃花の「貴」と元師匠の尊敬する戦国武将の上杉謙信の後継者・景勝が四股名に含まれている貴景勝がこの絶妙過ぎるタイミングでインパクトを残したのだから協会内を占める「反貴乃花派」の既存勢力は諸手を挙げて万歳三唱とはいくまい。 しかしながら旧態依然とする日本相撲協会に風穴を開けて欲しいと願う世の多くの人たちは、逆境にもめげず栄誉に輝いた貴景勝に惜しみない拍手と賛辞を送っている。そして来年は大関昇進から角界の頂点である横綱へ――。反貴乃花派を黙らせるぐらいの勢いとともに神速の出世街道を歩んで欲しいと、その期待感は高まる一方だ。 ただし忘れてはいけないことがある。九州場所では横綱が不在であったことだ。3人の横綱は貴景勝が優勝した今場所の取り組みをどういう思いで見ていたのか。 ただ無双の横綱・白鵬は休場中もきっと高みの見物だったであろう。自分を脅かす存在が角界に現れない今、誰が台頭して賜杯を手にしようとも自身が復帰する次の場所において真っ向から挑戦を受け止め、それを難なく退ける絶対的な自信を持っているからである。 その自信の裏打ちとして無双横綱を支えているのが強靭な精神力と肉体だ。22歳の貴景勝に対し、白鵬は一回り近くも上の33歳。決して若くない年齢でありながらも、なぜここまでコンディションを維持しながら史上最高となる幕内最高優勝41回など数々の記録を塗り替え、他の力士の高い壁として今も頂点に立ち続けられるのか。2019年1月、両国国技館で行われた優勝額贈呈式で額を受け取る新関脇の貴景勝 それは角界の頂点に立ちながらも栄位に甘んじることなく、他の若い力士たちの追随を許さないほどの稽古量を誇り続ける点に加え、ヨガや断食などこれまでの慣例にとらわれない心身の鍛錬に取り組む「粉骨砕身」の心を持ち合わせているからに他ならない。 一方で、その白鵬に関する評判は芳しくない。張り差しやかち上げといった取り口が汚いとか卑劣だと言われたり、土俵外の言動が横綱としての品格に欠けているとの指摘も数多く出ていたりするなどとかくバッシングのオンパレードだ。明確な反則技となっていないにもかかわらず取り口うんぬんにイチャモンがつけられるのはどうかと思うが、後者に関しては同意しなければいけない点がある。無双横綱の隠れた「礎」 元横綱・日馬富士の暴行現場に居合わせながら、それを〝黙認〟していた愚行はその最たる例だ。この一件の真相については各方面で憶測も含めて今も論じられているが、すでに世間的には白鵬にも罰則が課せられて落着しており、ここで四の五の言うことは控えたい。とはいえ、ここから白鵬が稀代のヒール横綱となったことは紛れもない事実であろう。 そういう流れがあるゆえに、世の中の多くの人が「打倒・白鵬」を成し遂げる力士の誕生を願っているのは言うに及ばない。しかし残念ながら白鵬は多くの人に嫌われつつも無双横綱として今後も他の力士の高い壁であり続けるはずだ。九州場所で優勝した貴景勝に肩入れしたい気持ちは山々だが、ここまで相撲取材を現場で続けている観点から冷静に見ていくら急成長を遂げているとはいえ、白鵬の牙城切り崩しは一筋縄でいくまい。 ちなみに2020年の東京五輪まで現役を続けることが現在の白鵬にとって最大のモチベーションとなっている。その目標を完遂すべく、尋常でない心身の鍛錬を極み続けていることは先に述べた通りだが、無双横綱にとっての「礎」はこれだけではない。実は唯一の日本人横綱である稀勢の里の体たらくにも白鵬はコンディション面で大きく助けられている。 九州場所で稀勢の里は一人横綱として出場したが、初日から4連敗という5日制が定着した1949年夏場所以降は初となる不名誉な記録を作った挙句、またしても休場した。先場所こそ10勝5敗で辛うじて2ケタ勝ったものの、その前までは歴代ワーストとなる8場所連続休場。普通ならば即座に引退勧告を向けられても不思議はないレベルだ。 ところが稀勢の里は昨今の相撲人気を支える日本人横綱であることから協会幹部やご意見番となる横綱審議委員会の面々も明らかに大甘で〝延命〟が看過されてしまっている。ここ最近は毎場所ごとにメディアやファンから「引退目前」と言われ続けているクセに結局は無風のまま。先場所をのぞいて休場ばかりなのにもかかわらず、こうして「横綱」を名乗れている現状をみれば、それは明らかだろう。 一応、九州場所の千秋楽で横審の委員の1人が「来場所出ないと。これ以上の延命はない」とメディアに発言したが、これは委員会全体の総意ではなく個人の言葉であり、無論「引退勧告」ではない。この程度では単にハッパをかけただけに過ぎないだろう。トップである北村正任委員長が「辞めろとは言わない。来場所頑張ってほしい」と述べていることも、横審が稀勢の里への大甘な姿勢を継続させていることを如実に物語っている。大相撲九州場所初日、稀勢の里(手前)をはたきこみで破る貴景勝=2018年11月11日、福岡国際センター(林俊志撮影) 中立の立場を自認している古参の日本相撲協会関係者が次のように補足する。 「要するに稀勢の里が、これだけ休んでも許されたという〝悪しき実績〟を残してしまったのだ。白鵬の立場なら『時々休んでも文句を言われる筋合いはない』と考えたとしても無理はないはず。アンチ白鵬の相撲ファンを中心に『適度に休場しながらコンディションを整えているからズルい』などといったシュプレヒコールが挙げられているが、それは残念ながら的を射ていたとしても説得力はない。『それじゃあ、稀勢の里はどうなんだ』という話になるからだ。しかも白鵬は今年になってようやく初の連続休場があったぐらいで、3場所連続休場に至ってはこれまで一度もない。悪いイメージばかりが先行しているからアンチの人たちがツッコミを入れたくなる気持ちは分からないでもないが、説得力にかけるバッシングなど白鵬にとっては柳に風。結局のところ対抗馬となるべきはずの稀勢の里がだらしないのに周りから過保護にされている流れがあるから、白鵬は今後も堂々と自分のペースで相撲をとり続けることができるのだ」 来年の初場所から休場明けの白鵬は満を持して復帰してくるだろう。無双横綱にとってすべてが〝都合のいい環境〟となっている今の相撲界で成り上がっていくのは容易なことではない。 だが白鵬との不仲がささやかれた元貴乃花親方の「分身」でもある貴景勝が元師匠に代わって牙をむいていく構図には、やはり何かをやってくれそうな期待感が膨らむ。とにかく強く精神的にも図太い百戦錬磨のヒール横綱を22歳の若武者がぶっ倒す。現段階で可能性はあまり高くないかもしれないが、そんな未来がこの先にあることを信じている。

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    貴景勝か、阿武咲か、あるいは… 次の日本人横綱が出る法則

     一人横綱の稀勢の里が早々に休場に追い込まれた九州場所の土俵では、日本人の若手力士たちが躍動した。初場所で進退が懸かる稀勢の里が“徳俵”に立たされている中「次の日本人横綱」に最も近いのは誰か──。 3横綱に加え、終盤戦に入って大関・豪栄道まで不在となった場所で注目を一身に集めたのは、22歳の小結・貴景勝だった。 初日に稀勢の里を破ると一気に勢いに乗った。場所前に師匠・貴乃花が突然の引退を表明し、千賀ノ浦部屋へ移籍という事態に見舞われながら、九州場所で最後まで館内を盛り上げた。 一方、横綱昇進後11場所目にして9回目の休場となった稀勢の里。初場所では、貴景勝とともに今場所を沸かせた大栄翔(前頭9)、阿炎(前頭7)ら若手ガチンコ勢が番付を上げてくるため、初日から難敵との対戦が必至だ。「32歳という年齢もあり、引退は遠くない」(担当記者)という見方が出るのは当然だろう。 ただ、関係者の間では「次の日本人横綱誕生は近い」という声も少なくない。「今年も年間最多勝力士の勝ち星数が70勝に届かず、これで4年連続です。横綱とそれ以外の力士の実力差が縮まっている証拠で、新横綱誕生が近い“サイン”です」(ベテラン記者) 年6場所制となった1958年以降、年間最多勝が2年以上連続して70勝に届かなかったケースは今年を含めて4回しかない。「たとえば1968~1969年は、大鵬と柏戸の衰えが明らかになった時代で、1970年1月場所後に玉の島と北の富士が横綱に昇進した。他のケースも同様でした」(同前) そして今も、“横綱候補”として名前が挙がる若手力士は決して少なくない。大相撲初場所5日目、嘉風(右)をつきだしで下した阿武咲=2019年1月17日、両国国技館(中井誠撮影)第2の北の湖になる!「次の日本人横綱は貴景勝しかいない」と断言するのは好角家として知られる作家の高橋三千綱氏だ。大卒力士はダメ!「番付のうえで近いのは大関の高安だが、彼はなれないと思う。カチ上げ気味の立ち合いと安定感のない引き技という、すっきりしない取り口が気に入らないので、横綱になってほしくないだけなんだけど(笑い)」 高橋氏は、横綱には“魅力的な個性”があってほしいと力を込める。「貴景勝はハッキリ言って、体形も相撲も不細工です。モテそうになくて、僕は『ウシガエル貴景勝』と呼んでいる。ウシガエルは何でも食ってしまう悪役なんですよ。あのふてぶてしさがいいじゃないですか。貴景勝にはかつての北の湖のような、憎たらしいほど強い横綱になれる“見た目の素質”がある」 だが、気懸かりな点もある。実は、昨年1月の入幕以来、「寄り切り」で勝ったことが一度もないのだ。 力士の取り口には大きく「突き押し相撲」と「四つ相撲」の2タイプがあるが、綱を張るには「四つに組んで勝てる力士」であるべき──これは、貴景勝の師匠にして平成の大横綱と呼ばれた貴乃花の“教え”だ。「2016年に豪栄道が全勝で初優勝した秋場所後の巡業中、当時の巡業部長だった貴乃花親方が豪栄道に『突き押しはもういい。これだけ力がついたのだから、これからは四つ相撲の稽古をした方がいい』とアドバイスしていた」(前出・ベテラン記者) 突き押しが得意の力士であっても、綱を狙うなら「相手にまわしを与えても勝てる取り口」が必要という考え方だ。元師匠の教えを実践できるかが、貴景勝の今後の課題だろう。大卒力士はダメ! 九州場所で土俵を沸かせた若手力士の面々を見ると、貴景勝のほかにも阿炎、大栄翔、北勝富士(前頭1)、阿武咲(前頭13)など、突き押しを得意とする力士が多い。 幕内で四つに組んでも強さを見せる日本人力士というと正代(前頭4)、朝乃山(前頭5)、遠藤(前頭12)などがいるが、「“横綱になれない”というジンクスのある大学出身力士ばかり」(協会関係者)で、期待感はあまり高くない。 そうしたなか、「阿武咲を“次期横綱候補”に推したい」と力説するのは、やはり好角家である漫画家のやくみつる氏だ。「同じ1996年生まれの貴景勝とは小学校時代からのライバルですが、取り口の幅では阿武咲のほうが上。今は突き押しが最大の武器ですが、阿武咲は器用なので組んでも安定感が出てくるでしょう。 ただ、横綱になるにはあと3年くらいはかかるように思います。その頃には、昭和の大横綱・大鵬の孫である三段目の納谷や埼玉栄高でその同級生だった琴手計が出てくるのではと注視していますが、まだ真価はわからない」 さらに、貴景勝、阿武咲の2人のライバル関係に割って入りそうな“もう一人の同級生”の存在もある。「秋場所で幕下優勝を果たした極芯道(十両13)です。同級生2人へのライバル心は強く“出遅れを取り戻したい”と公言している。角界では、阿炎、朝乃山、輝(前頭6)、矢後(十両1)、炎鵬(十両10)ら『1994年生まれ』と、貴景勝ら『1996年生まれ』のどちらが次代の頂点を極める黄金世代になるか、密かに関心を集めているのです」(若手親方) 強い日本人横綱の登場を、多くの相撲ファンが待っている。関連記事■ 稀勢の里現役続行を願う声、「引退後」の相撲界を憂うため■ 花田景子さん 体のライン出るタイトな黒Tシャツ姿の写真5枚■ 元貴乃花親方 今後の活動を聞かれ率直な思いを吐露■ 綿菓子作りに精出す元貴乃花親方がくらった「報道管制」■ 番付1枚で年収1600万円が0円に転落 力士の恐ろしい現実

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    稀勢の里、成績と反比例するようにグッズは売れている謎

     好調が伝えられながら、九州場所で初日から4連敗の後、休場した横綱・稀勢の里。完全ガチンコ場所ならではの展開といえるが、稀勢の里の現役続行を望む声は根強い。背景にあるのは、稀勢の里引退後の大相撲への危機感だ。 角界に横たわる大きな問題として「モンゴル互助会」の存在がある。 昨年の日馬富士による暴行事件をきっかけに立ち上げられた協会の第三者委員会(暴力問題再発防止検討委員会)は、10月に報告書をまとめた。そこではモンゴル人力士たちの間で所属部屋を超えた上下関係があることを問題視。下位の力士が昇進した際に、先輩力士が自動車や高級腕時計といった高価な品を贈るといった慣行があることについても、憂慮する見解を示した。「部屋を超えた力士同士の貸し借りや上下関係が存在することは、“ガチンコ相撲”と相容れないという問題意識が示された格好です。そうしたモンゴル互助会の頂点にいるのが白鵬という状況。ただ、第三者委の報告を受けても、協会が何かを具体的に是正する方向には動いていない」(ベテラン記者) 何より、横綱の白鵬と鶴竜が揃って休場した場所のほうが盛り上がっていることは、ファンが一番よくわかっている。「今場所は貴景勝(小結)ら新鋭に上位陣が軒並み倒される“下克上場所”。3横綱が休場した名古屋場所も、関脇の御嶽海が優勝する戦国場所になり、幕内下位の豊山や朝乃山などの若手日本人力士が活躍して館内は沸きに沸いていた」(同前)2019年1月、両国国技館では稀勢の里のグッズは引退後も販売されていた=(佐藤徳昭撮影) 稀勢の里が引退すれば、そうした誰が優勝するかわからない“完全ガチンコ場所”が見られなくなるかもしれないのだ。 福岡国際センター正面の土産物売り場では、成績と反比例するように、姿絵手形色紙などの稀勢の里グッズが飛ぶように売れていた。グッズを手にしたファンたちも、初場所での完全復活を祈っているはずだ。関連記事■ 「絶好調」稀勢の里の休場、完全ガチンコ場所であるがゆえ■ 花田景子さん 体のライン出るタイトな黒Tシャツ姿の写真5枚■ 九州場所を休場する白鵬の野望と相撲協会の思惑と稀勢の里■ 番付1枚で年収1600万円が0円に転落 力士の恐ろしい現実■ 稀勢の里に「休場時の貴乃花親方の稽古姿を見せたい」の声も

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    森保ジャパン新エース、中島翔哉に代わる「サッカー小僧」を探せ

    清水英斗(サッカーライター) サッカーアジアカップ・グループリーグのトルクメニスタンとの初戦で、日本代表は3-2で辛うじて勝利を収めたが、足場の脆(もろ)さが浮き彫りとなった。確かに、2000年にレバノンで行われた大会を除けば、日本が圧倒的な実力を見せつけて、アジア杯を制したことは記憶にない。04年も、11年も、薄氷を踏むような戦いの末にたどり着いた僅差の優勝だった。 それでも、タイトルという結果は記憶以上に濃いものだ。昨今は「アジアは優勝して当たり前」という空気が日本サッカーに広がっている。それが「強豪国のプライド=勝者のメンタリティ」であればよいが、「根拠のない自信=油断」になると、どうなるか。 残念ながら、初戦を見る限りは、後者だったと言わざるを得ない。予想外の苦戦は、たるんだわれわれ日本人の頬を引っ叩(ぱた)くものになった。ただ、この苦味を初戦で味わい、どうにか結果を得たことは、今後を考えれば理想的だった。 それにしても、なぜこれほどの苦戦を強いられたのか。 理由の一つは、トルクメニスタンが組織的なチームであり、ゾーンディフェンスとカウンターの戦術を細かく整備してきたことにある。後述するが、その内容は日本に対する研究の跡が見られ、実際に大きな効果を発揮していた。 理由の二つ目は、日本が準備不足だったことだ。守田英正(川崎)の負傷と、遠藤航(シントトロイデン)の発熱により、起用できる守備的MFがゼロになってしまった。そこで追加招集したのは、サイドバックの塩谷司(アルアイン)。ボランチも多少は経験したが、本職ではない。 予備メンバーを用意しなかった日本は、長期オフに入って実戦から遠ざかっているJリーグ組から呼ぶことも不可能だ。もし、予備メンバーを用意していれば、山口蛍(神戸)や今野泰幸(G大阪)などMF候補はいたはずだ。2019年1月9日、前半でトルクメニスタンに先制点を許し、渋い表情の日本代表の森保監督(右端)=アブダビ(共同) その結果、センターバックのDF冨安健洋(シントトロイデン)を、かつてのボランチ経験を買ってコンバートすることになった。ところが、MF柴崎岳(ヘタフェ)との急造コンビは、どうにも機能しない。冨安はサイドへ行き過ぎるし、柴崎もスペースを守る意識が低い。このコンビではセンターバック前の「バイタルエリア」と呼ばれるスペースを管理できず、カウンターを食らい放題だった。 日本の1失点目も2失点目もカウンターを仕掛けられ、中央を割られて失点につながっている。ボランチの準備不足が重くのしかかった。消えた「新エース」 そして、苦戦を強いられた三つ目の理由には、日本代表の新エースを右ふくらはぎのけがで欠いた影響を挙げておく。昨夏、森保一監督の就任以来「10番」を背負い続けてきた中島翔哉(ポルティモネンセ)である。 トルクメニスタンは、中央に絞ってボールを奪い、攻撃的な両サイドハーフがすばやく出ていくカウンター戦術を採った。この戦術の有効性と、日本が中島を欠いたことは密接に結びつく。 中島のプレースタイルはドリブルだ。左サイドに開いてボールを受け、1対1で仕掛けることを好む。相手が誰だろうと、味方が誰だろうと、同じプレーをする。中島はそういう分かりやすいタイプ。チームに1人いれば心強い、でも2人は要らない、そんな「ボール小僧」である。 もし、日本の左サイドに中島がいれば、中央突破に偏りすぎず、サイドを使ったシンプルな仕掛けができたはずだ。必然、トルクメニスタンの守備が中央に絞ることは難しくなる。 また、再三のカウンターで起点になった8番、MFルスラン・ミンガゾフも、中島の仕掛けに対して2対1で守備のヘルプに回らざるを得ない。高い位置でカウンターに絡むことはできなかっただろう。 実際、後半になって、MF原口元気(ハノーバー)が左サイドの大外にポジションを修正し、中島のごとくドリブルの仕掛けを増やすと、一気にゲームは好転。これが打開の糸口になった。 見事な修正だったが、そもそも中島がスタメンなら、この問題は起こらない。いや、中島がスタメンなら、トルクメニスタンも普段使っている4-4-2を捨て、日本対策の5-4-1を用いること自体なかったかもしれない。この対策はウイングドリブラーの中島がいない状況で、より効果を発揮するものだからだ。2018年11月、ベネズエラ戦に先発出場した日本代表MF中島翔哉。アジア杯は直前のけがで欠場した=大分銀行ドーム(蔵賢斗撮影) この辺り、サッカーの戦術はじゃんけんのようなものだ。中島を欠いた日本はグーを出せなくなった。何を出すか迷っているうちに、トルクメニスタンは、どうせグーはないだろうと安心してチョキを出してきた。これでは分が悪い。そこで後半、日本は原口をグーと明確に切り替えることで、この試合を乗り切ったわけだ。 ただし、中島が出場していれば、最初からトルクメニスタンが違う戦術を用いた可能性はある。そうなれば結局、日本は別の状況で苦戦を強いられたかもしれない。そこは分からない。「中島がいれば全て解決」などと言い切れるほど、サッカーは単純ではない。 それでも、一つ言えるのは、中島のような個性がハッキリした選手がいると、チームとして何を出すのか整理しやすいということだ。クラブにない日本代表の難しさ 選手への日ごろの取材で、時折「クラブチームと代表の違い」を聞くことがある。そこで誰もが口をそろえて答えるのは、「代表は普段一緒にプレーしていない選手とチームを作るのが難しい」ということである。 クラブで毎日一緒に練習していれば、細かい動き方は感覚レベルで共有できる。何か修正を伝える必要があったとしても、「おい!」で十分かもしれない。 しかし、代表チームになると、話は別だ。みんなが違う常識、違うセオリーの中でプレーし、身体がそれに慣れている。細かい部分の連係まで、しっかりと言葉にして、すり合わせなければ、思わぬズレを生むことになる。それが代表チームの難しさだ。 だからこそ、中島タイプの価値は大きい。このボール小僧は、クラブだろうが代表だろうが、いつも同じプレーをする。受けたいところで受け、仕掛けるだけの繰り返しである。左サイドに開いてボールを欲しがっているので、預ければ何かをしてくれる。代表という難しい環境であっても、中島だけはわかりやすい。それは、彼が唯一無二の武器を持っているからだ。 例えば、日本の攻撃が中央に偏ってしまったとする。相手の守備もそこを狙っている。もっとサイドから仕掛けたい…。その瞬間、11人の頭に同じ絵が降ってくる。 「ショーヤ!」 攻撃が真ん中で詰まれば、あのボール小僧に預けて、サイドから仕掛けさせればいい。たとえ代表であっても、同じイメージを共有できる。分かりやすい中島のプレーは、味方にとっても分かりやすいからだ。2019年1月9日、アジア杯・トルクメニスタン戦の前半、攻め込むMF原口元気(蔵賢斗撮影) トルクメニスタン戦は、「10番」という芯を失ったチームが迷走した。それは必然でもある。これまで唯一無二のドリブラーに呼応し、周りがバランスを整えてきたのだから。それがいきなり不在となれば、このチームがじゃんけんで何を出せるのか、手探りになるのはやむを得ない。 一方、同じドリブラーでも、原口は中島とは異なり、これまでどんな状況でも、どんなポジションでも、チームのリクエストに献身的に応えてきたタイプである。その原口が後半のように、再びボール小僧の姿に戻るのか。あるいは長友佑都(ガラタサライ)らとの絡みで、柔軟に連係的に、中島には出せないじゃんけんを出していくのか。そこは今後の見どころになるだろう。 乞うご期待である。アジア杯は始まったばかりだ。■ 乾と柴崎「ボールがない時間」で示した世界レベル■ 西野朗は日本サッカーの何を変えたのか■ 最先端のサッカーから遠ざかる本田圭佑の「柔軟力」

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    箱根駅伝のドラマがちょっぴりウザい

    今やすっかり正月の風物詩となった箱根駅伝だが、テレビで完全生中継が始まったのは平成の始まりとほぼ時を同じくする。ただ、走行中に倒れ込む選手を執拗にカメラが追い回し、ストーリー仕立ての美談に演出する放送内容は賛否も絶えない。箱根駅伝に視聴率狙いのドラマは必要か。

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    箱根駅伝は日本陸上界にとって「正義」か「悪」か

    酒井政人(スポーツライター) 正月の箱根路を走る学生ランナーたちはキラキラと輝いている。それはいつの時代も変わらない。一言で言えば「美しい」のだ。研ぎ澄まされた肉体と若さ。彼らの汗と涙。それに笑顔。全てがまぶしく感じられる。「青春」という甘美な言葉も、彼らの継走を表現するには物足りない。  だからこそ、多くの人を魅了してやまない。約11時間ものドラマは、今や驚異的な視聴率を稼ぎ出す一大コンテンツになった。しかしながら、筆者はそこに違和感を持たないわけではない。憧れの舞台として眺めた箱根駅伝、本気で目指していた箱根駅伝、その後スポーツライターとして取材を重ねてきた箱根駅伝。その姿は少しずつ変わっているからだ。 箱根駅伝は、関東学生陸上競技連盟が主催しており、「学生主体」で発展してきた。しかし、それは建前であって、箱根駅伝にまつわる「利権」を握っているのは紛れもなく大人たちだ。2018年はスポーツ界の問題がいくつも噴出した。学生長距離界も例外ではない。暴行、パワハラ、金銭問題。これらの元凶の大半は指導者だった。 箱根駅伝は誰のものなのか。主役は選手であって、指導者は彼らをサポートする存在のはずだ。だが、逆に選手たちを利用して、甘い汁を吸おうとする輩がいるのも事実である。 その美しくない姿を見るたびに、やるせない気持ちになるのは筆者だけではないだろう。箱根駅伝は学生ランナーたちの夢や目標であって、「絆の物語」だと思っている。いや、そうあってほしい、という願望はあるが、かつての美しい光景は少しずつ汚れている。 箱根駅伝が世間の注目を集めるビッグイベントになったことで、多くの大学が本格強化を始めた。実業団などで活躍した「プロ監督」を招聘して、強化資金もどんどんつぎ込んでいくようになった。第95回箱根駅伝、一斉にスタートする各校の1区走者=2019年1月2日、東京・大手町(萩原悠久人撮影) その結果、有望な高校生ランナーのスカウト合戦が過熱した。大学の魅力や指導理念、過去のキャリアを伝えて選手勧誘を行うのであればいいが、マネーゲームとなる場合もある。授業料免除はもちろん、中には大卒の初任給を超えるような「奨学金」を受け取っている選手もいる。 箱根駅伝で少し活躍したぐらいで、「国民的ヒーロー」に祭り上げられてしまうのも問題だろう。不思議なことに、陸上競技の日本選手権よりも、関東学生のローカル大会である箱根駅伝の方が、メディアの取材は殺到する。しかも、大会が始まるずっと前から、「箱根取材」は始まっている。バカ騒ぎに便乗しない男たち 5月の関東学生対校選手権(関東インカレ)、9月の日本学生対校選手権(日本インカレ)では男子長距離種目になると、記者の取材エリアであるミックスゾーンが大混雑する。入賞すらできなかった学生ランナーにまで、カメラを向けてインタビューをしている有り様である。しかも選手たちに「箱根」のことを聞いている。熱心と言えばそれまでだが、記者の多くは長距離種目以外は見向きもしない。はっきり言えば、こんな過熱報道が選手たちを勘違いさせる。事実、大した実力もないのに「スター気取り」という選手も少なくない。 箱根駅伝は「正義」か「悪」か。日本のマラソン界が低迷すると、そんな議論が決まって持ち上がる。強豪大学のある監督は「箱根は陸上界にとって悪ですよ」と本音を漏らしたことがある。それは「世界」につながらないという意味だ。学生長距離界は「箱根至上主義」に傾き、世界に羽ばたくための準備が中途半端になっている。大学側もオリンピック選手を輩出するより、箱根駅伝に出場する方が、かえって学校のPRになると思っている節がある。 将来を見据えて学生ランナーを指導する別の監督も「あの距離のレースは五輪や世界選手権の種目にありませんし、極端な上りを競うこともないわけです。箱根で何かを成し遂げたとしても、マラソンにつながることもないような気がします。全く異質な種目をやっているわけですから。それに私自身、大学から指導者としての給料をいただいているからには、箱根の優勝を是が非でも目指していかなければいけません」と苦悩を話す。 ただ、最近は大迫傑(ナイキ・オレゴン・プロジェクト)、設楽悠太(ホンダ)、井上大仁(MHPS)、服部勇馬(トヨタ自動車)など、箱根駅伝を経由して、マラソンで活躍する選手も出てきている。彼らに共通するのは「バカ騒ぎ」に便乗するような愚か者ではない、ということである。特に大迫と服部は学生時代から箱根駅伝の「先」を見つめて、行動を起こしてきた。 昨年、フルマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立した大迫は、学生時代から箱根駅伝に向けたトレーニングではなく、トラック(5千メートル、1万メートル)のタイム短縮を目指してスピードを磨いた。福岡国際マラソンで14年ぶりの日本人Vに輝いた服部は大学在学中からマラソンに挑戦。ターゲットである2020年東京五輪から逆算する形で取り組んできた。二人とも自分なりの目標を見据えた中での箱根駅伝だったわけだ。 むろん、五輪という高い目標を掲げる選手がいる一方で、箱根駅伝が夢という学生もいる。求めるレベルが異なる者たちが同じ集団で混じり合うのも学生スポーツの魅力である。2011年1月2日、第87回箱根駅伝1区、区間賞の走りで独走を続けた早大・大迫傑(斎藤浩一撮影) 以前、大迫を取材したときに、箱根駅伝が選手として成長する上で役立っているのか、と聞いたことがある。彼の答えはちょっと意外なものだった。「僕の走りに関しては特にありません。でも、大学を卒業してからも付き合っていける友人を見つけられたことは、すごく良かったと思います」と話してくれたのである。 大迫の感覚は「学生スポーツ」を考える上で、ヒントになるような気がする。筆者は大学を卒業して20年近くなるが、大学1年のときに「俺たちが4年のときには箱根で優勝するぞ!」と仲間と熱い言葉を交わしたのを覚えている。実際は予選会すら突破できなかったのだが、今でも大学時代の仲間とは強い絆で結ばれている。 視聴者が抱くようなイメージである「美しい姿」。学生スポーツはそれぐらいがちょうどいい。1月3日の昼過ぎ、ゴールの東京・大手町にこだまする歓喜の声は、いつまでも学生ランナーたちのものであってほしい、と切に願う。■「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!■ボストンマラソン3位の大迫傑は瀬古利彦を越えられるか

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    宗茂が語った「箱根駅伝『物語』はもういらない」

    いという考えです。しかし、テレビ局はそれを映すことによって、視聴率を上げるという部分もあるでしょう。スポーツというよりも、ドラマ化しているのが箱根駅伝中継なのです。脚光を浴びて勘違い 箱根駅伝の高低差や距離の長さが問題視されることがありますが、私からすれば、全然問題ないと思っています。私は中学2年の時に5日間にわたって行われた大分の県内一周駅伝に出場して3回走ったこともありました。それぞれ11キロ、15キロ、10キロだったと思います。それだけ走っても何ともなかったですね。18~22歳の選手をつかまえて、「過酷すぎてあんまりだ」と言うのは、ちょっと違うのではないでしょうか。 今や箱根駅伝だけが別格の大会になってしまい、まだ力がないのに脚光を浴びている選手が意外と多くて、このまま実業団に行っても、苦労するだろうなというのが見ていても分かります。そういった点でも、箱根駅伝というのはすごい力を持っているなと思うんです。しかし、そんな中でも這(は)い上がって、強くなってくる選手が本物でしょう。 最近は、スピードのある若い選手がマラソンに目を向け始め、少しずつ変わってきていますね。東洋大時代に箱根駅伝で活躍し、昨年12月の福岡マラソンで優勝した服部勇馬(トヨタ自動車)は、自分はマラソンで行くと、強い意志を持っており、話を聞くと、いい練習をやっているなと思いました。 彼はジャカルタ・アジア大会で金メダルを獲った井上大仁と一緒に合宿をやって、自分の甘さを感じたということで、それまで40キロを3回くらいだったのを今回、7回走って、45キロも1回走ったといいます。大体、フルマラソンをやるならそれくらいの回数がいいというのは、これまで自分たちがやってきて分かっていますので、これだったら走るよね、というのが分かるのです。ロサンゼルスオリンピック、マラソン、4位となった宗猛の健闘をたたえる宗茂=1984年8月13日(メモリアル・コロシアム) オリンピックでの苦い思い出ですが、調整段階の失敗で結果が出せなかったことがありました。私たち兄弟と瀬古利彦は昭和59年のロサンゼルスオリンピックの時、夏場のトレーニングでミスがあったのです。暑い中で練習をやりすぎて疲労がたまり、レースで最高の自分を出すことができませんでした。そんな中でも、弟の猛は少し調子を上げていって、結果的に4位に終わりましたが、もっと上を狙えたのではないかと今でも思っています。日本人は2時間を切れるか 平成3年に東京で行われた世界陸上で、谷口浩美が金メダルに輝きましたが、われわれの反省を踏まえて涼しい場所でトレーニングさせ、結果を出せたということもあるのです。  今、男子マラソンの上位記録のほとんどがケニアとエチオピアの選手です。しかし、オリンピックや世界陸上になると3人しか走れないという決まりがありますから、日本の選手にもチャンスは出てくると思います。 2時間5分台の日本記録を持つ大迫傑(ナイキ)は高い能力があり、2時間4分台で走る力はあるのではないでしょうか。3分台はどうかというと、それはわかりません。そのためにはもっとスピードが必要でしょう。 ケニアのエリウド・キプチョゲは2時間1分台という驚異的な世界記録を打ち立てました。彼は、2時間を切ることを目標にしていますね。日本人の場合は、1万メートルを26分台で軽く走ることができる選手がきちっと練習を積み上げていけば、不可能ではない世界になりますが、まずは、そこまでのスピードを今の日本人選手に出せるかどうかというところです。 マラソンは、2時間ちょっとの時間を考えながら走るスポーツです。そうなってくると、自分のいろんな部分をコントロールしながら走ることが必要になります。42・195キロという距離の中で、自分はどういう方向で、どんな気持ちで、最高の結果を出すのかということをレースの途中途中で瞬時に判断しながら走ります。駅伝の場合は、行けるところまで行っちゃえと苦しみながら耐えて走ったりする。そういうところも駅伝とマラソンの違いかもしれません。シカゴ・マラソンにおいて3位でゴールする大迫傑。2時間5分50秒で日本新を達成=2018年10月7日、シカゴ(AP=共同) 大会で結果を残すために一番重要なことは、しっかりとした練習を積み上げることです。練習なくして結果はついてきませんから。しかし、誰にも負けない練習を目いっぱいやっても結果は出ません。誰にも負けない練習をちょっと余裕を持ってできたら、その選手が一番強いでしょう。(聞き手/iRONNA編集部、川畑希望)そう・しげる 旭化成陸上部顧問。昭和28年、大分県生まれ。佐伯豊南高校卒業後旭化成に入社。現役時代は弟の猛と共に双子のマラソンランナーとして陸上界を牽引。53年の別府大分毎日マラソンで2時間9分5秒6を記録。当時世界歴代2位の記録で日本人として初めて2時間10分の壁を破った。モントリオール、モスクワ、ロサンゼルス五輪日本代表。旭化成陸上部監督時代は全日本実業団駅伝6連覇に貢献。多くの五輪選手を輩出した。宮崎県延岡市に「宗茂気功健康塾」を開設。■「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!■ボストンマラソン3位の大迫傑は瀬古利彦を越えられるか

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    箱根駅伝「完全生中継」から見えてくる日テレの功罪

    れば、日本テレビが放送するのは自然な流れだったが、当時は乗り気ではなかったという(杉山茂「「ラジオ・スポーツ」から「テレビの華」へ ―放送技術を結集させた箱根駅伝」『箱根駅伝の正体を探る』創文企画、2016年)。 というのも、箱根の山岳中継は過酷を極めるためだ。日本テレビは80年代、全区間生放送に備えて中継が可能な場所を徹底的に調査し、中継車の大改造も行ったという。長年にわたって箱根駅伝を手掛けた日本テレビの黒岩直樹氏によれば、第一回の中継では、踏切で1号車が先頭ランナーに抜かれてしまったり、箱根での宿泊や食事の手配が間に合わなかったりと、ハプニングが続出したらしい。 それでもお笑い中心の「おせち番組」(=年末に撮りだめして、新年に放送される番組)に飽きていた視聴者には支持され、予想を上回る平均18%の視聴率を記録した(黒岩直樹「わたし流番組論49 たすきの瞬間のドラマ ―箱根駅伝を撮る」『月間民放』2000年3月号)。 そして1989年に初めて、全区間の完全生中継が可能になった。その一方で、日本テレビは事前収録したVTRを効果的に挟んで、注目選手やその人間ドラマを丁寧に紹介した。黒岩氏によれば、箱根駅伝は単なるスポーツ中継ではなく、「スポーツ・ドキュメンタリー生中継」を基本コンセプトとしてきたという(同上)。 1988年には箱根を全国大会にする提案も持ち上がったが、初代プロデューサーの坂田信久氏は、テレビ中継を行うことで箱根駅伝を変えてはいけないという考えから、これを断ったという。長年の番組スポンサーも、企業名を露出することよりも、大会を共催して支えようという考えの方が強いらしい(『週刊東洋経済』2008年1月26日号)。第95回箱根駅伝、2区の川澄(右)へたすきをつなぎ、倒れ込む大東大1区走者の新井康平=2019年1月2日、横浜市・鶴見中継所(斎藤浩一撮影) 日本においては、マスメディア企業体が主催し、自ら積極的に報道する「メディア・イベント」は枚挙にいとまがないが、複数の新聞社や放送局によって今日まで育まれてきたところに、箱根駅伝の特異性がある。 それでも、日本テレビによる中継が始まったことで、箱根駅伝を取り巻く環境は大きく変化した。例えば、従来は1月中旬に開催されていた「全日本大学駅伝対校選手権大会」が88年度から11月に変更され、全国大会が地区大会の前哨戦に位置づけられるという「逆転」が生じた。 また90年代に入ると、箱根駅伝で上位に入った大学は全国的に知名度が高まり、受験志願者が増える傾向がみられるようになった。これに大学経営陣も敏感に反応した。テレビ中継の開始後に選手育成を強化し、優勝を経験した大学も少なくない(生島淳「大学全入時代がもたらした箱根駅伝の「経済戦争」」『エコノミスト』2010年1月5日号)。テレビ中継の功罪 その結果、才能のある高校生が強豪校から熱心に勧誘され、優れた選手が関東に遍在するという事態が一層進んだ。さらに、優秀な選手が箱根駅伝を区切りに競技生活を終える「箱根駅伝燃え尽き症候群」も、ますます問題視されるようになった。 これらの問題に対しては、まったく異なる見方もできる。スポーツ人類学に取り組む瀬戸邦弘氏は箱根駅伝を、国際スポーツの価値体系とは必ずしも折り合いがつかない、地域独自の文脈に根差した固有の価値体系を有する「エスニック・スポーツ」として捉えている。 瀬戸氏の指摘で興味深いのは、日本テレビが当初、箱根山中の電波状態が脆弱(ぜいじゃく)であることを踏まえて、生中継が中断したときの予備映像、いわば「つなぎ」のコンテンツとして制作した「箱根駅伝今昔物語」が、思わぬ形で果たした役割である。 箱根駅伝を支えてきた人々に焦点を当て、そのライフヒストリーを紹介しながら、大会の歴史を伝える名物コーナーだが、瀬戸氏はこれによって「箱根駅伝という番組自体が90年を超える時空間を自由に行き来する歴史的でありながら、共時的なバーチャル空間として成立することになった」という。 要するに、各大学の競走部(陸上部)の中で集団の記憶として受け継がれていた伝統重視の価値観が、番組を通じてクリアに可視化され、視聴者との間で広く共有されることになったのである。 明治期以降に成立した体育会運動部文化の延長線上にあると捉えれば、箱根駅伝の創設理念には反するが、オリンピックを頂点とする国際スポーツ文化の価値体系とは容易に馴染(なじ)まない。「箱根駅伝燃え尽き症候群」を嘆くのは、あくまで国際スポーツ文化の価値体系に基づく見方である(瀬戸邦弘『エスニック・スポーツとしての「箱根駅伝」』『文化人類学研究』14巻、2013年)。第94回東京箱根間往復大学駅伝、転倒する国学院大9区・熊耳智貴さん=2018年1月、神奈川県横浜市(撮影・斎藤浩一) 箱根駅伝で活躍した選手に対して、次は国際的な大舞台で結果を残すことに期待をかけるのも、逆に体育会運動部の伝統的な価値観を再生産しているのも、いずれもマスメディアに他ならない。この乖離を調停することは、箱根駅伝に関わる新聞社や放送局の使命ではないだろうか。 そしてこの議論こそが、選手に対する安全配慮のあり方を反省的に見直すことにも直結するだろう。持久力をつけるために長距離をひたすら走り込むという練習法によって、国際的な舞台で活躍できるスピードが身につかないという「箱根駅伝有害論」は戦前から指摘されていた(1938年には早稲田大と慶應義塾大が出場を辞退している)が、それどころか選手生命に関わる故障につながりかねないリスクを伴っていることも、現在では広く知られている。 テレビ放送の高視聴率、すなわち「国民的行事」あるいは「正月の風物詩」としての定着が、次なる変革に対する足止めになるのは望ましいことではない。冒頭で述べたように、箱根駅伝の伝統を裏打ちしているのは、メディア・イベントとしての革新に他ならないのだから。■「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!■ボストンマラソン3位の大迫傑は瀬古利彦を越えられるか

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    「商品化した箱根駅伝」競技的役割はもう終わった

    川上祐司(帝京大経済学部准教授) 「スポーツ」の語源、ラテン語の「deportare」(デポルターレ)とは、人間として必要不可欠な真面目な事柄から一時的に離れた「遊び」を意味する。そして、人間は常に「俗」、つまり今の生活から逃れたいという願望を持つ。その先は「遊」の世界か、それとも神のみぞ知る「聖」の世界なのか。スポーツイベントには、この両者がひしめき合う。 スポーツイベントの「聖地」として、海外ではテニスの英ウィンブルドン、ゴルフの米オーガスタなどが思い浮かぶ。どちらのイベントも、地域コミュニティーとともに自律したイデオロギーによって運営され、スポーツの持つ触媒機能が俗社会の発展にも寄与している。一方、わが国で言えば、野球の甲子園、ラグビーの花園、そして駅伝の箱根であろうか。しかし、これらはメディアが「商品化」したスポーツ、つまりメディアスポーツのイベントなのである。 通称「箱根駅伝」。正式名は東京箱根間往復大学駅伝競走で、毎年1月2日、3日に行われる関東学生陸上競技連盟(関東学連)主催のローカル大会である。したがって、出場資格は関東学連所属の大学にとどまり、その多くが首都圏内に拠点を置く。 わが国の陸上競技のアスリートたちは、まずは地元高校の陸上部に入部して、京都で開催される全国高等学校駅伝競走大会を目標にする。しかし、そこは既に箱根駅伝への入り口でもあり、関東学連に所属する大学を目指して都大路を駆け抜ける。そして彼らはこぞって上京するのである。 以前、関東学連が箱根駅伝を第100回の記念大会となる2024年から「全国化」を検討しているという報道があった。だが、関東学連とそれ以外の大学との競技レベルの差は、10月開催の出雲全日本大学選抜駅伝競走(出雲駅伝)や、11月の全日本大学駅伝対校選手権大会(全日本大学駅伝)の結果を見ても明らかだ。果たして、競技レースとして成立するのか、現状では懐疑的である。2018年11月、全日本大学駅伝でゴールする青学大のアンカー・梶谷瑠哉。2年ぶり2度目の優勝を果たした しかし、このレベル差も、この大会の特別後援である日本テレビが、まるでドラマのように生中継で映し出す。繰り上げスタートはその象徴である。実際には、正月の道路渋滞対策として掲げられたこのルールも、トップチームとの差を10分以内に襷(たすき)をつなぐという過酷なレースとして、さらなる「宣伝効果」を高めている。中継の視聴率は毎年30%近い驚異的数字を誇り、テレビ視聴率ランキングで常に上位を連ねる。 日テレは2014年以来4年連続となる年間世帯視聴率3冠を獲得したが、この学生ローカル大会が同局の経営に大いに貢献していると言えよう。だが、果たして選手たちはその恩恵を享受できているだろうか。力走する大学生たちには未成年も少なくないが、彼らのゼッケンには、特別協賛の国内大手ビールメーカーのロゴがプリントされている。「スポーツ先進国」米国では信じられない光景である。「マラソン強化」役割はどこに もちろん、箱根の高い宣伝効果を、関東学連所属の各大学も見過ごすわけにはいかない。こぞって箱根駅伝出場を目指し、陸上部の長距離部門強化を打ち出す。そして駅伝競技部として独立して、箱根駅伝の常連校として名を連ねるのである。 大きなアルファベット一文字が刻まれたユニホームの伝統校とは対照的に、漢字で記された大学名は駅伝新興校の特徴でもある。その模様は既に10月に開催される予選会から始まっている。たとえ本戦に出場できなくとも、大学としての「箱根出場プロジェクト」はある程度のパブリシティーが期待できる。少子化が進むわが国にとって、今や大学の学生確保は死活問題であり、箱根駅伝は関東学連所属大学にとっては有効なマーケティング施策であることは間違いない。 箱根駅伝と出雲駅伝、全日本大学駅伝を併せて、いつしか「三大学生駅伝」と称されるようになった。両大会も箱根駅伝のように、在京キー局が主宰や後援として位置づく。いわゆる「わが社もの」であるメディアスポーツのイベントは、わが国メディアの特有のビジネスモデルであり、ここに放映権ビジネスの概念はない。 箱根駅伝は文字通り、東京箱根間往復217・1キロを10区間で2日間かけて優勝を争う。1人当たりの距離は常に議論の的になる。一方、出雲駅伝は約45キロ、6区間で争われ、レース時間も約2時間前後で完結する。レースが高速化されるにつれ、記録更新のたびに距離が変更されるコース設定は、まるでテレビの放送枠に合わせているかのようだ。そもそも、この距離設定はわが国の陸上長距離界において意味があるのか。あと数十キロは欲しいとする競技関係者の意見に対し、キー局幹部はただただ苦笑いするだけだ。両者の目的は根本的に違い過ぎる。 そもそも駅伝とは、1912年ストックホルム五輪男子マラソン代表の金栗四三の発案で、長距離強化に向けてマラソン選手を一度に多くの選手を作り出すことが目的であった。しかし、今やマラソンでの世界記録との差は、既に4分以上も開いてしまった。第95回箱根駅伝、2区の梶谷(右)からタスキを受ける青学大3区走者の森田歩希=2019年1月2日、横浜市・戸塚中継所(矢島康弘撮影) 日本実業団陸上競技連合は2020年東京五輪でマラソンのメダル獲得に向け、強化プロジェクトを創設し、日本記録更新選手への褒賞制度を設けた。実際に、昨年のシカゴマラソンで日本記録を出した大迫傑(すぐる)が褒賞金1億円を受け取っている。 しかし、実業団チームに所属していない大迫は、元旦に行われる同連合主催の実業団駅伝大会(ニューイヤー駅伝)に出場する必要がない。ニューイヤー駅伝に向けて調整する実業団選手たちを尻目に、賞金対象となるマラソンへの調整をいそしむ。駅伝が果たすスポーツ競技的役割は、もはや終焉(しゅうえん)しているのではないか。 今、日本の学生スポーツでもお手本にしようとしている全米大学体育協会(NCAA)とは、米国の約1300大学が加盟する非営利団体である。現在、23競技88大会を運営しているほか、「スチューデントアスリート」と呼ばれる学生約36万人の教育と競技の双方の支援を行っている。箱根駅伝で50億円? 2017年のNCAAの収入は約10億ドルで、そのうち8億2100万ドルがアメリカンフットボールとバスケットボールのテレビ放映権収入である。これらの高いメディアバリューがNCAAの財源となり、最終的には学生たちに還元されている。 では、「日本版NCAA」構想が進められているわが国の大学スポーツの現状はどうなのか。明らかにテレビ放映権ビジネスを期待できるスポーツイベントは箱根駅伝ぐらいであろうか。しかし、先述の通り「わが社もの」スポーツイベントのビジネスモデルではテレビ放映権の概念はなく、当然のことながら協会からの配分金もない。 一般的には、わが国の体育会所属選手の多くは自ら部費を納めて活動しているため、経済的負担も大きい。加えて、学生の本業でもある授業もそこそこに、練習グラウンドに足を運ぶ。夜遅くまで及ぶ練習の疲れだろうか、翌日居眠りする体育会学生たちの授業態度は決して誇れるものではない。また平日開催の試合も日常的であり、各大学競技団体もこの状況を後押ししているかのようだ。したがって、一般学生との学力差は明白で、授業へのモチベーションもさらに低下する。 その様子を熟知する在校生たちは、果たして彼らを心から応援することができるのか。テレビ越しに映る選手たちと現実との乖離(かいり)がなんとももどかしい。 こうしてみると、学生の教育と競技支援に十分貢献できていないメディアスポーツが、弊害となっているのは明らかである。その姿は、長引く不況の影響で崩壊した企業スポーツともよく似ている。今こそ大学スポーツの根本的な改革が求められる。 日本版NCAAも、正式名称が大学スポーツ協会、略称がUNIVAS(ユニバス)と決まり、「選手の安全確保」「学業との両立」「大学スポーツのブランド力向上」の3本柱を軸に、引き続き議論が進んでいるようだ。しかし、その議論を無視するかのように、テレビメディアと広告代理店はメディアスポーツ化を推し進めている。テネシー大戦で攻め込むゴンザガ大の八村塁(左)=フェニックス(USA TODAY・ロイター=共同) 箱根駅伝ほどのイベントであれば、スポンサーシップ収入と2日間のCM提供料を合わせても、優に50億円を上回る計算になろう。極論を言えば、この収益的恩恵を大学スポーツに関わる全ての学生たちが受けることができるかが、ユニバス本来の業務ではないか。 学生スポーツは単に勝敗だけの問題ではない。そのためにも、改めて大学スポーツ憲章といえる「ミッションステートメント」の確立と、メディアスポーツからの脱却に向けた各競技組織の自律が不可欠である。第100回記念大会がその節目となることに期待したい。■「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!■ボストンマラソン3位の大迫傑は瀬古利彦を越えられるか

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    「アレが人生の頂点だった…」箱根駅伝がもたらす功と罪

    う夢物語。ファンならずとも楽しみである。だが、彼らを待ち受ける未来は、必ずしも明るいとは限らないと、スポーツジャーナリストの酒井政人氏が指摘する。 「1964年の東京から2016年のリオまでの五輪のマラソンで、入賞した9名(12回)のうち、箱根駅伝で活躍したのは、バルセロナ五輪8位の谷口浩美氏(日体大卒)とアテネ五輪6位の諏訪利成氏(東海大卒)くらい。ロンドン五輪6位の中本健太郎氏(拓殖大卒)も箱根に出場していますが、お世辞にも活躍したとはいい難い。箱根での成績と五輪は直結していないのが、日本長距離界の実情です」 事実、ソウルとバルセロナの五輪2大会連続で4位入賞を果たした中山竹通や、バルセロナ五輪銀メダリストの森下広一、日本記録保持者の高岡寿成らは、箱根未経験者だ。 箱根の山で見事な走りを見せた選手が、五輪はおろか早々と陸上競技の舞台から降りてしまうことも少なくない。彼らにとって、五輪は遠いステージなのだ。 その代表例が「新・山の神」と謳われ、東洋大学を3度の総合優勝に導いた柏原竜二だ。柏原は4年間、箱根駅伝の山登りの難所といわれる5区(23.4km)を任され、4年連続で区間賞という偉業を達成した。自分の前に8人のランナーが走っていても、あっという間にごぼう抜き。その走りは圧巻だった。2012年6月、陸上日本選手権の男子1万メートルに出場した富士通の柏原竜二(96番)=大阪・長居陸上競技場(鈴木健児撮影) 東洋大学卒業後は、実業団の名門・富士通に入社。しかし、相次ぐけがに泣かされ、大学時代の栄光とは一変。2015年にシドニーマラソンに挑戦するも、2時間20分45秒で7位と、箱根駅伝での輝きは見られなかった。 2017年3月、突如現役引退を発表。6月には第2の人生として、同社のアメリカンフットボール部「富士通フロンティアーズ」のマネジャーに転身したことを明らかにした。28才での引退には、「早すぎる」と、惜しむ声が相次いだが、柏原本人は引退後のインタビューで、その胸の内をこう明かしている。 「周囲からは、かなり悩んでから引退を決断したと勘違いされがちですが、『昨季(2016年)の1年でけがをしたら、結果が出なかったらやめよう』という思いでやっていたので、ずるずると競技生活への未練を引っ張ることはなかったですね。自分の中では、東京五輪を目指すことよりも、引退後の人生の方に気持ちが向いていたんです。今は、競技者としての経験を、会社にどう還元するか、日々考えています」 “後悔なき引退”だったことを強調した。活躍するとスポンサーが近づく箱根で活躍するとスポンサーが近づいてくる 期待されながらも、大成することなく引退に追い込まれた箱根のスターは柏原だけではない。“箱根史上最高のランナー”との呼び声高い、渡辺康幸(現・住友電工陸上競技部監督)は、早大4年時(1996年)には各校のエースが集まる“花の2区”で、9番手でタスキを受け、8人をぶち抜いてトップに立つなど、いくつもの伝説を残した。卒業後は鳴り物入りでヱスビー食品に入社したが、計7度のアキレス腱の故障の影響で、五輪でのメダルを期待されながらも思うような成績を残せなかった。 三代直樹は順天堂大4年時(1999年)、不滅の記録といわれた渡辺康幸の2区の区間記録を2秒更新し、順天堂大の総合優勝の立役者となった。富士通入社後は、2003年の東京国際マラソンで4位に入賞したものの、坐骨神経痛などに苦しみ2008年に引退を余儀なくされた。 今を時めく青学大の黎明期。エースとして支えた出岐雄大は4年時(2011年)に“花の2区”で11人抜きの激走を見せて、後の王者となる礎を築いた。出岐は中国電力に入社して、リオ五輪出場を目指したが、25才の若さで競技生活から離れている。 将来を嘱望された彼らが、マラソン選手として大成できなかった理由の1つに“箱根駅伝という甘い蜜”があるという。 法政大時代、トレードマークのサングラスからビジュアル系ランナーとして注目を浴びた徳本一善氏(現・駿河台大駅伝部監督)が言う。 「もともとぼくは、箱根駅伝には興味がなかったんですが、チーム事情で出場することになったんです。実際に“箱根”を走って、いちばん強く感じたのは、スポーツ選手としての価値や周囲の空気がガラッと変わるということ。箱根で活躍するとスポンサーからスポーツ用品の提供を受けたり、ファンからも定期的にプレゼントが届いたりする。一般の人が一夜にしてアイドルになったような気分になってしまうんです。そういった過熱感が“箱根がすべて”という思考になり、箱根駅伝で燃え尽きてしまう選手も少なくないと思います」 出雲駅伝や全日本駅伝は全国大会なのに対し、箱根駅伝は関東の大学しか出場できない地方大会。それにもかかわらず、五輪同等、いやそれ以上の知名度と影響力を誇っているのだ。大学生にして、人生の頂上に立つという“魔力”が箱根には存在するのである。 「実業団には、元日に行われるニューイヤー駅伝がありますが、箱根と比べると、注目度やテレビ局の力の入れ具合がまったく違います。選手がやることは何も変わらないのに、視聴者の関心度も天と地ほどの差があります」(徳本氏)2001年1月2日、箱根駅伝往路 3区の竹崎(右)にタスキをつなぐ法大2区のランナー徳本一善(左、中島信生撮影) 箱根で活躍した選手が社会人になると、そのギャップに戸惑うことがあるという。前出の出岐は現役を退いた際、「箱根駅伝以上の目標を見いだせなかった」と、その理由を語っている。 「箱根で燃え尽きてしまうランナーが一定数いるのは間違いありません。実業団に入った後、注目度などの違いに戸惑い、モチベーションが急激に低くなる選手もいます」(徳本氏) 前出の酒井氏も、大学と社会人の違いについてこう語る。 「大学は4年間という期間がありますが、実業団にはないため、自身でモチベーション維持をしなければなりません。これがうまくいかず、やる気を失っていく選手は多い」関連記事■ 出雲駅伝と箱根予選会を席巻、「ナイキの新シューズ」の衝撃■ 27歳で引退した山の神・柏原竜二 駅伝界に残した真の功績■ 最強の靴職人 アディダスとの専属契約解消で青学大が激震■ 箱根駅伝通「早稲田ファンは叱咤ばかり。選手は萎える」■ 2017年に引退 力の限り走り続けた男性6人の万感の幕引き

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    東京五輪マラソン代表候補に青学大OBゼロ、なぜか

    てきたが、設楽と服部は東洋大、大迫は早稲田大で駅伝の大エースだった。なぜ青学大OBは伸びないのか」(スポーツ紙デスク) その原因は何か。陸連のマラソン部長を務めた経験を持つ旭化成陸上部総合監督・宗猛氏はこういう。「個々人の特性もあるから、原因を一言でいうのは難しい。重要なのは選手それぞれが課題克服の練習をしているか。服部選手も、35km以降を苦手にしてきたので、後半にスピードを落とさないためのメニューにしたと、トヨタの佐藤(敏信)監督から聞きました」 “マラソンで勝つため”の練習が重要なのだ。出雲駅伝で2年ぶり4度目の優勝を果たし、記念写真に納まる青学大の選手。左端は原晋監督=出雲ドーム 青学大で指導する原晋監督は、2016年に在学中の下田がマラソンに挑戦し、10代日本新を更新した際、「将来性を見越してリオ五輪代表にすべき」と提言するなど、“ビッグマウス”で日本マラソン界をざわつかせてきた。結果的に下田は選出されず、東京五輪代表選考は原監督にとってもリベンジの場となるが、現状ではむしろ青学大OBたちは“マラソンでの将来性”を発揮できていない状況である。 MGC出場権が得られるレースはあと3つ。原監督の教え子から、切符を掴む選手は出るのか。関連記事■ みやぞん 24時間TVトライアスロンのギャラは「1100万円」か■ マラソン設楽悠太 「日本新で報奨金1億円」の使い途■ 2019年の箱根駅伝 青学大の5連覇を阻止するならどの大学か■ マラソン岩出玲亜「コーチ略奪トレ」不倫疑惑2ショット写真■ 五輪有力・美女マラソン選手に「新婚コーチ略奪愛」を直撃

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    崖っぷち『RIZIN』の大博打、格闘技「大晦日特番」は生き残れるか

     2010年に「Dynamite!」が終了したTBSは、11年から井岡をメーンにしたボクシング中継をスポーツバラエティーに組み込み、大みそかの格闘番組を続けることになる。一方、テレビ東京もボクシング中継に参戦し、15年にはPRIDEを主催した団体の代表が立ち上げたRIZINをフジテレビが放送した。 ただ、かつては視聴率15%と健闘していた井岡のタイトルマッチは16年に5・5%まで落ち込み、テレ東もフジも17%超の日テレ『笑ってはいけない』シリーズに遠く及ばなかった。ブームのころは「相乗効果」もあったが、今や視聴率の「食い合い」になってしまったのである。 17年の大みそかは、井岡の引退表明を受けたTBSが、テレ東と契約していたワタナベジムを「強奪」するという禁断の手を使った。これで「駒」を失ったテレ東はボクシング中継からの撤退を余儀なくされた。ただ、同ジムの世界ライトフライ級王者、田口良一をメーンに据えたTBSの視聴率は5%台にとどまり、総合格闘技とキックボクシング、二つのRIZINトーナメントを中継したフジも4~6%台と伸び悩んだ。 こうした状況だけに、今年の大みそかは、崖っぷちのRIZINが打った博打が大きな話題を呼んだ。なんとボクシング5階級制覇、50戦無敗のまま引退したフロイド・メイウェザーを起用し、4階級下の無敗キックボクサー、那須川天心と対戦させると発表したのである。 ただし、試合はボクシング形式だが、決着が付かない3ラウンドのエキシビションマッチ。しかも、主催者は当初、「豪華エキシビション」と言わずに「真剣勝負の果たし合い」だと宣伝していた。この「誇張」一つをとっても、いかに主催側の尻に火が付いた状況だったか分かるだろう。 各スポーツ紙ではメイウェザーのファイトマネーを「10億円」「15億円」「30億円」と書き立てていたが、そんな予算が現在の年末興行にあるわけがない。高視聴率が見込めるフィギュアスケート中継でさえ、放映権料は5千万円程度である。観戦チケット収入を単価と席数で計算してみても、興行収益は最大3億円程度であり、格闘界のギャラ相場を全く知らないとしか思えない。 多数の出場者報酬と興行経費を差し引いてみれば、その規模はたかが知れている。明らかに金儲(もう)けのためにやっているショーイベントなのに、大赤字覚悟で何十億円も払えるわけがないのである。 しかも、試合の出場交渉をする上で、ビッグイベントは選手に足元を見られやすい。特に、大みそかの場合は、人気の高い外国人選手がクリスマスから年始までバカンスしていることが多い。そのため、スケジュールこそ空いていても、相場より高いファイトマネーを要求してくる。格闘技ブームのころのように、放映権料が高い時代であれば支払えたが、予算規模が縮小した現在ではそれも難しい。2018年11月、記者会見するフロイド・メイウェザー そう考えれば、超大物メイウェザーはあくまで「エキシビション」だからこそ出場を承諾したのであり、報酬も「公開スパーリング程度にしては割高」な程度だと分かる。彼が米国で過去に1試合で100億円単位のファイトマネーを手にしてきたのは、視聴ごとに課金されるテレビのPPV(ペイ・パー・ビュー)が単価1万円であっても購入が殺到するほどのコンテンツだったからだ。儲かるビジネスモデルがあってこそ高額報酬は発生する。 では、なぜメイウェザーがそこまで稼ぐことができたのかといえば、彼の言動が世間を強く引きつけるものだったからだ。時に対戦相手を口汚く挑発し、時にはファンを焦らす。メイウェザーは名言を連発することで、試合の価値を異様に高めるのが上手だ。「客寄せパンダ」としてのスキル メイウェザーは、米経済誌フォーブスが毎年発表する「スポーツ長者番付」で何度も1位を獲得したが、その年の試合に限って、1年がかりで行われた巧妙な話題作りの後に実現したものばかりだ。 一方、日本の「営業努力」といえば、前述の通り、テレビマンやプロモーターによるものがほとんどだ。米国では選手自身が稼ぐための言動をするわけで、エンターテインメント先進国との意識の違いは明らかだ。 実は今回のRIZINには、堀口恭司vsダリオン・コールドウェル、浅倉カンナvs浜崎朱加というタイトルマッチ2試合が組まれている。それでも、メイウェザーのエキシビションがタイトル戦を差し置いてメーンになったのは、「客寄せパンダ」としてのスキルが群を抜いているからだ。 格闘界のスターだった魔裟斗(まさと)の後継として期待の大きい那須川が、勝敗が付かないはずなのに「KOする」と宣言したのも、世界的な千両役者に追いつこうとするための「宣伝文句」にすぎない。 では、RIZINと2年連続で一騎打ちとなったTBSのボクシング中継はどうだろう。今回、なぜマカオで世界ボクシング機構(WBO)スーパーフライ級王座決定戦を行うのかといえば、引退届を提出した井岡が日本のボクシングライセンスを持たないためであり、いわば「抜け道」を用意した形だ。 対戦相手のドニー・ニエテスも3階級制覇を果たしたフィリピンの英雄であり、4階級制覇が懸かるマッチメークとしては、以前よりもシリアスな展開が予想される。ただ、井岡はメイウェザーのようなセルフプロデュースができないから、試合内容で勝負という感じだ。 マカオでの開催は、中継費用も日本より高くなるが、TBSは人気スポーツバラエティーの「SASUKE」に組み込む形でリスクを分散させた。いつ試合が始まるか分からない視聴者にチャンネルを合わせてもらうための「抱き合わせ商法」ともいえる。 テレビショーでは視聴者という世間を相手にするため、主催者と番組サイドがあらゆる策を駆使するのは当然のことだ。だが、しょせん選手以外がやることであり、外側の演出にすぎない。やりすぎると茶番の印象も強くなる。 確かに、主役である選手が黙って汗をかく姿は美しいのかもしれない。だが、苦境にある格闘界で大金を稼ぐには、やはりスターとしての振る舞いが求められる。2018年11月、フォトセッションで握手を交わすフロイド・メイウェザー(左)と那須川天心= あるテレビディレクターは「昔は『10分たって面白くなければチャンネルを変えられる』と言われたものですが、それが今は1分か2分」と言っている。試合中なら1ラウンド3分間に満たないわけで、その間に視聴者をつなぎ留めなければならないのだから、過酷な話であるのは確かだ。 それでも、テレビ中継に出演している以上、選手は視聴者と観客の目を意識する必要がある。メディアの質問に「頑張ります」とだけ言って、試合を淡々とこなすだけでは、移り気なユーザーがこのマイナースポーツに興味など示すわけがないことを自覚すべきだ。■「独裁者」山根明を生んだボクシング界の悲哀■日本人には高すぎたミドル級の壁、それでも村田諒太なら超えられる■「ガチンコと品格」を求めたら、相撲になかったことがバレてしまう

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    塚原夫妻「パワハラ無罪」の違和感

    体操女子の宮川紗江選手が、日本体操協会の塚原千恵子・女子強化本部長らのパワハラを告発した問題で、第三者委員会の調査結果はシロだった。宮川選手は「信じられない」と落胆したが、意外な結末の裏にはパワハラの定義をめぐる難しい解釈もあったようだ。体操界を揺るがした騒動の本質を読む。

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    「パワハラ認定できない」日本体操協会、変革を阻害する5つの論点

    水野基樹(順天堂大学スポーツ健康科学部 先任准教授) 「人生の節目となる瞬間は、自分でそれと分からない(We don’t recognize the most significant moments in our lives when they happen.)」。これはアメリカのハリウッド俳優であるケビン・コスナーが実在するMLBメジャーリーガー役を演じた映画『フィールド・オブ・ドリーム』における象徴的なセリフである。 2018年8月29日、体操の2016年リオデジャネイロ五輪女子代表の宮川紗江選手が記者会見を開き、日本体操協会の塚原夫妻をパワハラ告発した。今後、宮川選手が今回の行為を回顧的にみたとき、まさに自分自身の人生を一変させる出来事(転機)となるであろう。 それと同時に今回、第三者委員会が下した判断をみても、選手側が協会側を告発することの困難さも露呈した。以下、日本体操協会のパワハラ問題について改めて考えてみたい。 本稿では、①最近のスポーツ界において問題が表面化したいくつかのケースを概観して、②その表面化の背景として組織内部のホイッスルブロワーの存在を指摘する。そして、③日本体操協会の今回の一連の問題の論点を整理して、④マネジメント理論および組織理論からその解決の糸口を探ってみたい。最後に、⑤今後のスポーツ組織の発展に向けて、スポーツ組織のガバナンスおよびダイバーシティの問題と、組織変革を阻害する組織慣性について論及したい。 2018年に入り、1月の女子レスリングにおけるパワハラ問題に端を発し、5月の日本大学アメリカンフットボール部の悪質タックル問題、7月の日本ボクシング協会による助成金不正流用問題、そして8月には、日本大学チアリーディング部と日本体操協会におけるパワハラ問題と、スポーツ界の不祥事が相次いだ。これらの問題に共通するのは、いずれも内部によるリーク(告発)、いわゆる「ホイッスルブロワー(Whistle Blower)」による問題の表面化という点である。 ホイッスルブロワーとは、警笛を吹く人をさし、特に組織の不正を告発する内部通報者という意味で用いられる。サッカーやラグビーなどスポーツの試合においては、一定のルールの中で勝負をする際に、ルールに違反した選手には審判が笛を鳴らす。そしていったんプレーを中断して、ルール違反をした選手に注意や処分を与えてから試合を再開する。宮川紗江選手への暴力行為について謝罪する日本代表の速見佑斗コーチ(手前)=2018年9月、東京都港区西新橋(撮影・今野顕) ビジネス界でも同様に、組織内で不正が行われていた際には、内部告発者が声を挙げて、健全な経営に回帰するよう働きかけるという制度がある。先日の日産ゴーン元会長の逮捕や食品の偽装表示事件など、組織内部からの通報を契機として企業不祥事が明らかになった事例は枚挙にいとまがない。協会側と選手側のズレ 組織が内部通報の制度を設置することによって、組織内部の自浄作用を高め、かつマスコミなどの組織外部への通報による風評リスクなどを減少させることにもつながる。ちなみに、報復人事などから内部告発者を保護するための制度としては、イギリスの公益情報開示法やアメリカのホイッスルブロワー法などがあり、日本でもこれにならって2006年に公益通報者保護法が施行されている。 スポーツ界では、ホイッスルブロワーによって、2018年1月に日本レスリング協会におけるパワハラ問題が表面化し、4月になって第三者委員会による再発防止策がまとめられた調査報告書が提出された。 この調査報告書の中では、栄和人氏による権力の集中と日本レスリング協会という組織の閉鎖性が指摘されている。とりわけ、レスリング女子日本代表選手の選考プロセスの不透明性の解消などは、今後の女子レスリングの発展に向けて喫緊を要する課題である。 この一連の不祥事が原因であるか否かは定かではないが、今年8月に開催された第18回アジア競技大会(ジャカルタ)では、水泳や陸上競技などの金メダルラッシュを横目に、レスリング女子は史上初の金メダルなしに終わった。栄和人氏から西口茂樹氏へと強化本部長がバトンタッチされたが、かなり厳しい船出になったのではあるまいか。 一方で、2013年に同じくホイッスルブロワーによってコーチによる女子選手へのパワハラが表面化した全日本柔道連盟であるが、これを契機に組織改革に乗り出し、かなりの成果を収めていると評価できよう。柔道界で縦横無尽に意見が言い合えるような組織風土の確立に向けて、全日本柔道連盟の理事会がイニシアチブを発揮して抜本的な組織改革を進めている。 例えば、理事会の会長に企業経営者を抜擢(ばってき)する、または理事メンバーに女性や外部人材を登用する、代表選手の選考プロセスに関する情報開示など、ドラスチックな制度改革を推し進めている。そのような取り組みが競技結果にも表れてきており、2016年のリオデジャネイロ五輪において、柔道男子チームは全7階級でメダルを獲得するという活躍をみせた。 さて、日本体操協会のパワハラ問題について考えてみたい。宮川紗江選手への暴力行為で、2018年8月に速見佑斗コーチが日本体操協会から無期限の登録抹消などの処分を受けた。その処分を不服として、今度は宮川選手が代理人を通じて速見コーチのパワハラ行為に疑義を挟み、ひいては日本体操協会の塚原千恵子強化本部長と塚原光男副会長からパワハラを受けたと告発するに至った。会見に臨む、世界選手権女子日本代表候補の宮川紗江選手=2018年8月29日、東京都千代田区の弁護士会館(宮崎瑞穂撮影) 一連の騒動を整理すると、パワハラに対する協会側と選手側の捉え方の違いと、日本体操協会のガバナンス(統治)体制の不備がこの問題が根底にあるように思えてならない。本当にパワハラじゃないのか まず、厚生労働省によると、そもそもパワハラとは6種類に分類される。身体的な攻撃、精神的な攻撃、人間関係からの切り離し、過大な要求、過小な要求、個の侵害の6つである。 今回の宮川選手のケースでは、主に塚原千恵子強化本部長による「人間関係からの切り離し」パワハラに該当する可能性があったと思われる。すわなち、幼少期から指導を受けている速見コーチを宮川選手から切り離すだけではなく、味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)の利用や国際大会への派遣の制限など、一連のパワハラに包含されると考えるのが妥当だろう。 絶大なるパワー(権限)を持つ塚原千恵子強化本部長による、日本体操界においての言動がメディアによって多数報道された。今回、第三者委員会は「不適切な点はあったものの、パワハラは認定できなかった」と報告したが、一方で特別調査委員会を設け、さらなる検証をするという。 ところで、強化本部長という立場(職位)にあれば、協会に所属する関係者(選手やスタッフなど)に相応の権限を行使してもよいのかどうか考えてみたい。 組織論で有名なチェスター・バーナードは、「上位者からの伝達ないし命令が、下位者によって受容されて初めて、その伝達ないし命令は、権限をもつことができるとする基本的立場に立っており、下位者の権限の受容を可能にするものとして伝達体系を重視する。これが、いわゆる権限受容説といわれるものである。この権限受容説においては、現実の命令と服従の関係において、下位者の主体性を尊重し、下位者の受容ないし同意が、正当な権限関係が成立するための前提条件となるのである」と述べ、上司が権限を行使する際には、部下がそれを受け入れて初めて両者における権限関係が存在すると主張する。塚原千恵子強化本部長=2016年8月10日、東京都(鈴木智紘撮影) 翻って、このような観点に立脚して、今回の日本体操界の問題を一瞥(いちべつ)すると、協会側(塚原千恵子強化本部長や塚原光男副会長)と選手側(宮川選手と速水コーチ)の間に権限関係は存在しないと思われる。すなわち、協会側が選手の主体性や自律性を尊重せずに、恣意(しい)的に選手を操作しているような印象を受けるからである。 今後の解決策としては、協会側と選手側の双方での信頼関係に基づいた活動が行えるような、換言すれば、双方で権限関係が成立するような組織体制を構築するしかない。その際には、組織論におけるパワー理論(Power Theory)の理論的枠組みが有用であると思われる。日本体操協会の問題点 先に社会問題になった日本ボクシング連盟もそうであるが、日本体操協会に限らず、多くのスポーツ組織のマネジメント(運営)は、現役時代に活躍した元選手が中心となって担っていることが多いという現実がある。この事実自体は決して悪いものではないが、問題の中枢は、立場はボランティア(いわゆる名誉職)であっても、業務(運営)はプロフェッショナルが求められる時代を迎えているということである。  渦中の塚原千恵子氏も朝日生命体操クラブで監督を務めることで収入を得る傍ら、ボランティア的に日本体操協会の強化本部長も兼務している。選手を送り出す側の体操クラブの監督が、代表選手を選抜する日本体操協会の強化本部長を兼務しているということが問題を厄介にしているのである(ねじれ現象が起きている)。とはいえ、生活の糧を得るためにスポーツクラブの監督を務めること自体は問題ではない。このような人材を協会の本部長として任命することにこそ組織的なジレンマがあると思われる。 2020東京五輪に向けて、スポーツ組織のガバナンス体制が適切に構築され、スポーツ界全体が社会の信頼を得ていくことが求められている。スポーツ組織の健全かつ適正な業務の運営(コンプライアンス)が求められているのである。ボードメンバー(理事会)が中心となって、さまざまなイノベーションを起こしていかなければならないであろう。 今後、日本体操協会においては、いかにしてガバナンス(統治)を強化し、ダイバーシティ(多様性)を進展させていくかという大きな問題に、真摯に向き合わなければならないであろう。 一般的に多くの組織においては、なるべく大きな変革は起こさずに、現状を維持したいという組織慣性(Organizational Inertia)という働きが機能するといわれる。しかしながら、大きな成功を収めている企業は、現状に甘んじずに、常にイノベーションを起こそうとする。パワハラ問題で会見し、頭を下げる日本体操協会の二木英徳会長(中央)ら=2018年8月、東京都渋谷区(佐藤徳昭撮影) スポーツ界も同様に、時代の変化に合わせて組織に変革を起こさなくてはならない。現場のスポーツチームにおいても、昨今のスポーツ科学(スポーツ医学、スポーツ生理学、スポーツ栄養学、スポーツ心理学、スポーツ人間工学など)の発展により、選手への指導法やトレーニング法も急速に変化している。 さらに、選手やチームを統括するスポーツ組織においても、組織慣性にとらわれずに、変化・前進しなければならない。こういった考え方は、スポーツ組織のためではなく、まさに選手の利益に帰することに他ならない。「アスリート・ファースト(選手第一)」という言葉だけが先走っているが、選手のために本当の意味でスポーツ組織が組織慣性を打ち破らなければならない時期にきているのである。そのためのキーワードが「ガバナンス」と「ダイバーシティ」である。

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    「自覚なきパワハラ」塚原千恵子氏も陥った加害者の心理的メカニズム

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 体操女子のリオ五輪代表、宮川紗江選手に対する日本協会の塚原千恵子女子強化本部長のパワハラ問題が大きな波紋を起こしました。10日に協会が公表した第三者委員会の報告では「悪性度の高い否定的な評価に値する行為であるとまではいえない」と、千恵子氏と夫の塚原光男副会長の宮川選手に対するパワハラは認定されませんでした。 とはいえ、塚原夫妻側に「不適切な点が多々あった」と指摘しており、宮川選手も「信じられない」と話していると伝えられるように、日本体操界を揺るがした騒動の決着までは時間がかかりそうです。 ところで、問題が明るみに出た9月、千恵子氏側は幕引きを図るつもりでマスコミ各社に「宮川紗江選手に対する謝罪」と題したファクスをリリースしましたが、この「謝罪」がさらに批判を呼ぶこととなりました。塚原氏のリリースは何かが間違っていたようです。 では、千恵子氏にはこの事態がどのように見えていたのでしょうか。そして、そもそもパワハラを疑われる行為に至ったのは、どのような思いからだったのでしょうか。本稿は千恵子氏を糾弾するものでも擁護するものでもありませんが、ここでは本件を通してパワハラが発生する心理学的なメカニズムを考えてみましょう。 パワハラの加害者は、自分の行為がパワハラであるという自覚がない場合が多いです。さらに、加害者に良識が足りなくてパワハラが生じている場合もあれば、良識があっても生じてしまう場合もあります。 言い換えれば、たとえあなたがどんなに良識のある人でも、立場と状況がそろえば加害者になってしまうリスクが有るのです。まずは、あなたが加害者にならないために、良識のある人がパワハラに至るプロセスから考えてみましょう。 パワハラは加害者の「社会的パワー」を背景に、弱い立場の人がパワーに逆らえない余り、被害者になることが特徴です。では、社会的パワーとは何でしょうか。このパワーは、実は加害者が持っているものではありません。社会または組織が加害者に与えたものなのです。 では、なぜ社会や組織は加害者にパワーを与えてしまうのでしょうか。それは、社会や組織の目的を達成するために与えています。2018年12月10日、臨時理事会後に記者会見する日本体操協会の山本宜史専務理事 したがって、社会的パワーには達成すべきミッションがセットになっています。言い換えれば、パワーを活用して人を動かしてミッションを達成できる人に、社会的パワーは与えられるのです。 もちろん、このパワーは与えられた人個人のものではありません。良識のある人はそのことをよく分かっていて、当然ながらミッションを達成するために使います。しかし、ここで人の脳の構造的な問題がネックになります。 実は人の脳ではミッションを達成するためのネットワークと、人の気持ちを察して思いやるネットワークは別物です。そして、この二つのネットワークは同時には働かないように作られています。お互いに抑制し合う関係にあるのです。おもちゃを振り回す子供 したがって、パワーを持つ人がミッションの達成に全力になってしまうと、立場の弱い人の気持ちが分からなくなるのです。そのため、時に強引に人を動かそうとしてしまいます。 その中で、ミッションに協力的でないメンバーに対して、批判的になることもあります。時に批判がエスカレートして人格を否定するような態度になることもあるのです。 立場が弱い人にとって、これは恐ろしいことです。相手は権力者ですから、尊厳を傷つけられて内心は憤っていても、社交的な笑顔で対応してしまうこともあります。こうしてミッションに忠実な権力者は、本当は「立場が弱い人はいたわるべきだ」という良識を持っていたとしても、時にパワハラの加害者になってしまうのです。 権力者が自分に与えられた社会的パワーを自分の才能や能力と錯覚してしまうと、さらにパワハラが起こりやすくなります。ミッションのために預かっているパワーであることを忘れて、子供がおもちゃを振り回すかのようにパワーを使ってしまうからです。 これは残念ことですが、大きな実績を評価されて立場を得た人、長く立場にある人に多いようです。社会的パワーを実績に対する報酬や実力のように勘違いしてしまうのです。 このような加害者には時に脅しのような態度も伴います。自分が絶対的な正義と信じているので、自分の思い通りに動かない人は間違っている人ということになります。 間違いを犯す愚かな弱者を導く英雄のような気持ちになっているのです。なので、ためらいなく脅したり、将来を呪(のろ)うような言葉を投げつけるのです。 良識があったパワハラなのか、錯覚に陥っていたパワハラなのか、実際問題として線引きが難しいところです。その中間的な事例も多いようです。 千恵子氏の場合も確かな根拠はない状況ですが、マスコミへのリリースなどを見る限りパワハラの自覚がなかったことは間違いなさそうです。パワーを持つ人は自分がパワハラを冒すリスクを考慮して弱者の気持ちを気遣う配慮が欲しいものですね。2011年10月、世界体操の予選を翌日に控え、練習で選手らに指示を出す塚原千恵子監督(門井聡撮影) なお、実はパワハラ被害者の多くは事態を問題として取り上げてもらえません。黙ってパワハラに耐えている被害者も少なくないのです。 なぜなら、パワハラは加害者と被害者の圧倒的な社会的パワー(権威)のアンバランスを背景にしているからです。圧倒的なパワーの余波で、誰にも取り合ってもらえない場合もあります。万が一被害者になってしまったときに、宮川選手のように広く知ってもらう手立ても考えておきましょう。■ 伊調馨「パワハラ騒動」に思うスポ根主義の弊害■ 相撲協会の「パワハラ」に耐え抜く貴乃花親方の男気■ 「日本型ハラスメント」がなくならない理由はコレだった

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    「五輪の名花」チャスラフスカなら宮川紗江の勇気を喜んだと思う

    長田渚左(ノンフィクション作家) 「スポーツ界は今年、問題が山積ですね」と、言われることが多い。 ニュースやワイドショーがせっせと取り上げるので目立っているが、別に今年が多いわけでなく、むしろ今まで面(おもて)に出なかった問題が露呈されているに過ぎない。 各々の問題に通底しているのは、パワーハラスメントである。 1月のレスリングに始まり、5月のアメフト、7月のボクシング、そして8月の体操。 今年、まだ春が浅いころ、伊調馨選手が「パワハラがあって、思うように練習ができない」と悲痛な声を挙げたとき、私はテレビで「レスリングに限らず、他の競技団体でもいろいろ聞きます。思い切って選手たちも言いたいことを言って、外に膿を出した方が2020へ向かっては良いはずです」と述べた。 ただし、アメフト界の暴力強要がつまびらかになろうとは思っていなかったが…。 しかし、この一連のことを広角で眺めてみると、日大アメフト問題の加害者であり、同時に被害者である選手も、今回の体操の宮川紗江選手も実名で顔を出して、会見をしたことに心から声援を送りたい。 特に体操の宮川選手の発言は注目すべきだと思った。 彼女は二つのことをテーマにしている。一つは体操協会上層部の一新と改革、もう一つは自分にとって2020年東京五輪でも一緒にやっていきたいと願う、速水佑斗前コーチに暴力への気づきを促したことだ。2018年8月、会見に臨む、世界選手権女子日本代表候補の宮川紗江(右)。速見コーチの暴力を認めた上で、日本協会・塚原女子強化本部長からの「パワハラ」もあったと訴えた 彼女はコーチの暴力を自分のことが憎くてやっていたことではないと十分に知っている。暴力はあったと認めながらも、今後も一緒にやっていきたいコーチだと初めから言っていた。「蛸壺」から出る若い力 一方、速水コーチは「自分も殴られて育ってきたので、(殴られることには)感謝の気持ちが根底にあった。それは本当に間違いだったと今回学んだ」と言っている。つまり暴力を振るうことを今まで悪いとは思っていなかったのだ。 もちろん、体操協会上層部の改革は大切だが、最も身近で、いつも生命を懸けての練習を一緒にやってきた人を、変えたことは大きい。「叩かれたら、叩き返す」「殴られたら、殴り返す」というような硬質ではない強さを彼女は示し、大切な人を変化させることに成功した。 実はささやかな体験だが、公立中学に通っていた私はテニス部に所属していたが、先輩に殴られて退部した経験がある。「なぜ殴られなきゃならないのか?」という理不尽な思いで翌日には退部届を出したが、周囲は特段、問題とも思っていなかった。つまり周囲の仲間はもっと殴られていたし、暴力の容認は日本中に蔓延していたのである。 ヨーロッパ、アメリカではコーチという仕事の地位が日本とは比べられないほど高い。それはお金を取れるくらい教える技術があるという意味でもあり、逆にどう指導していいのか分からず、口で説明することなく殴った、となれば即クビになっても当然だといわれる。 高い給料を貰うということは、あのコーチなら知識の引き出しがなく、技術や心理、悩みの解決ができるという意味なのだ。だからコーチは、とても勉強している。自分の体験だけ、自分の経験以外を処理できないコーチでは人を教えられないからだ。 日本のスポーツ界は、見事なまでのタテ社会であり、上意下達は迅速かもしれないが、他の社会や他の競技と、自分たちを比較する意識が決定的に欠けている。 それぞれの競技団体は「蛸壺型」と評されるが、いま壺を破壊して大会に出ようとしているのは、若い選手たちだ。 サイド、広角で見ると、数年前の女子柔道のパワハラ問題から、徐々に各競技の若手選手たちが、声を挙げるようになってきた。2018年9月、体操女子の宮川紗江選手への暴力行為について記者会見を終え、深々と頭を下げる速見佑斗コーチ 当然だが、一人一人は選手であると同時に人間なのだ。どんな選手でありたいかということは、どういう人間でありたいか、ということと同じ意味である。そのことの根底にあるのがスポーツマンシップである。 自分の尊厳を相手も尊重してくれると信じて委ねること。互いがフェアでありたいという了解が、互いを高める。そのことを今、スポーツ界は改めて噛み締めてほしい。「五輪の名花」が示した勇気 一つ前の東京五輪、1964年大会で大活躍した女子体操のベラ・チャスラフスカ(チェコスロバキア、現チェコ)という選手がいた。彼女は日本でもその美貌が脚光を浴び、しかも圧倒的な実力で人々を魅了した。東京大会で3個の金を獲得、続く68年メキシコ大会でも4個の金を獲ったが、その後の人生は信念という言葉を抜きに語れない人生を送った。 メキシコ大会前に、当時のチェコスロバキア政府が打ち出した自由改革路線、いわゆる「プラハの春」を支持する知識人たちが発表した「二千語宣言」に署名した。人が生きる上での自由を書いた文章で、これに感銘を受けた彼女は何もためらわずに署名した。 署名賛同者は10万人を超えるほどの広がりを見せたが、その後ワルシャワ条約機構の加盟国の軍隊がチェコスロバキアを制圧した。ロシアの軍事力を後ろ盾にしたチェコスロバキアの共産党政権は、彼女に書名を撤回するように執拗に迫った。あらゆる手を使って政府は彼女の気持ちを変えようとさせたが、ベラは意志を変えることはなかった。 約20年間、彼女に自由はなく、さまざまな圧力や尋問が繰り返された。彼女は名前を偽って変装して、清掃の仕事などで糊口をしのいだ。 私は彼女の人間としての強さに興味を持ち、約24年にわたって取材をした。疑問はただ一つ。「なぜ彼女をさまざまな迫害や圧力にさらされながらも自分というものを持ち続けられたのか?」ということだった。だから何とかホンネを引き出そうと、折に触れて問い続けた。-周囲の人々が変化してゆく中で、あなただけが署名を撤回しなかった。その勇気について聞かせて下さい。ベラ「勇気、オドヴァハ、オハヴァハ…いつも面白い質問をするのね。それほど私なんか勇気がある方ではありません。むしろ、私の勇気は自分の良心に背く恐れから生まれたんでしょうね。例えばコミック雑誌や童話の主人公のように、初めから勇気を持っている人なんて極めて稀だと思う。ただ、私は自分自身を裏切ることはただの一度もできなかった」 また異なる機会には、彼女はユーモアを込めて、こう言った。2014年10月10日、1964東京五輪50周年記念祝賀会に出席したベラ・チャスラフスカさん(今井正人撮影)「……寝覚めの悪いことだけはしたくなかった。私は日本人から刀や兜(かぶと)までプレゼントしてもらっています。だからサムライの精神を持っている。一度言ったことは変えない」 2020年東京大会を心から楽しみにしていたが、残念なことに2年前の夏、74歳でこの世を去った。繰り返しになるが、どんな選手でありたいかということは、どんな人間として生きるか、と同義語である。 ベラ・チャスラフスカという人が生きていたら、今の時代の日本の若い選手たちの告発や主張を心から喜んだと思う。「日本のスポーツ界は今、変わりつつあるのね…」と。■ 伊調馨「パワハラ騒動」に思うスポ根主義の弊害■ 相撲協会の「パワハラ」に耐え抜く貴乃花親方の男気■ 「日本型ハラスメント」がなくならない理由はコレだった

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    パワハラ排除へスポーツ界に必要なのは「桑田真澄」

    かったので、今回はその3回目として紹介したい。 西田さんは、経営者や会社員、プロ野球やサッカーなどのスポーツ選手、教育者などの能力開発指導に長年たずさわってきた。大脳生理学と心理学を利用することで脳の機能にアプローチし、育成する手法(SBTスーパーブレイントレーニング)はよく知られる。現在は、株式会社サンリの会長として、経営者のための「西田塾」を主宰し、全国各地での講演を続ける一方、本などを書き著す。Q プロ野球の巨人の投手だった桑田真澄さんが、現役のころに西田さんのもとを訪ねたようですね。 桑田さんは、脳のことをもっと知りたいと私のところに来たのです。私と会う前に、解剖学から運動生理学まで念入りに勉強をしているようでした。私は多くのスポーツ選手からメンタル面の相談を受けたり、実際にメンタルトレーニングをしたりしてきました。当時の彼の勉強量は、ほかの選手をはるかに上回っていました。まず、その姿勢に驚いたのです。 勉強だけでなく、あの落ち込む力もすばらしい! 試合などで思い描いたような結果が出ないと、あれほどに落ち込む選手は少ないでしょうね。桑田さんのほかの選手と大きく違うところが、落ち込む力なのです。 当時、私は彼から、メンタルトレーニングの一環として日記を送ってもらっていました。私がそれを拝見し、気がつくことなどを書いて送り返します。そのやりとりをしばらくしていました。交換日記みたいなものです。内容をこの場で公にすることはできませんが、その日誌を見たら、ほとんどの人がきっとびっくりしますよ。彼の真摯な姿勢に心打たれるものがあるはずです。2018年6月、東京ドームを訪れた桑田真澄氏(矢島康弘撮影) たとえば、試合で登板し、相手のチームに打たれ、負けたときなどは、自宅から外には出たくないようなのです。ちきしょう、という悔しい思いがものすごく強くて、落ち込んでしまうのかもしれませんね。ほかの選手は落ち込んだ状態から、なかなか抜け出せない。中には、スランプに陥ったり、心身症やうつ病などになる人もいます。 桑田さんは、早いうちに超回復するのです。しかも、一気に…。筋肉だけじゃなくて、心も超回復していくわけです。このやろう、ちきしょう~~、こんなことじゃ負けないぞ、というように。否定的なものを自らのエネルギーに変えられるのです。 彼は大変な勉強家ですから、私とのやりとりなどを通じて脳の仕組みなどを正確に理解しました。今では、研究者のように理論的に説明できるくらいになっているでしょうね。監督のマネジメントに疑問Q 桑田さんは現役のころ、コーチやほかの選手と距離がある、と一部の雑誌や新聞では報じられているようでした。 彼は、私にそんな不満などは一切言わなかったのですが、当時の報道では、たしかに桑田さんの考えを否定する人たちがいたようですね。桑田さんの意識や考え方、知識などのレベルがほかの選手やコーチ、監督などと比べると高すぎたのだと私は思います。 彼が現役のころ、試合や練習などについて言っていたことの多くは正しい、と私は思っていました。しかし、その考えや言い分が当時のプロ野球界で必ずしもすべて受け入れられたわけではないのかもしれません。 私のスポーツ選手のメンタルトレーニングの経験をもとにいえば、プロ野球に限らず、日本のスポーツで監督やコーチをしている人のマネジメント能力は概して低い傾向があるのです。 たとえば、プロ野球の監督の中にも、様々な意味でだめだなと思える人がいます。こういう監督は、得てして自分よりも賢い選手を認めない傾向があります。中には、「俺の言うことを素直に聞く奴こそが、いい選手」と考えている監督もいるようです。あるいは、「俺より賢くて、俺の言うことをきちんと聞く奴だったら、ナンバー2にするのに最適」と思っている監督もいると聞きます。 こういうレベルの監督やコーチから「俺よりも賢くて、俺の言うことを聞かない優秀な奴」とみられると、なかなか認められないのです。それが、今までの日本のスポーツ界だったのです。Q 現役のころから桑田さんの見識は、ほかの多くの選手とは違うように私には見えました。数年前の報道では、桑田さんはスポーツ界の体罰について厳しい見方をされていましたね。 私が面識をもったころから、桑田さんは学校やプロスポーツでの体罰に一貫して強く反対をしていました。おそらく、私と会う以前から反対の立場だったのでしょうね。 彼のこういう見識は、当時のプロ野球界では広くは認められなかったのかもしれません。しかし、社会では早いうちから、特に意識の高い人たちに認められていました。これからの時代は、「桑田さんの言い分は正しい」ともっと広い層で受け入れられるはずです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) これは私の考えですが、一部の高校野球の監督を見ていると、「鍛える」と称して今なお、平気で生徒を殴っています。なぜか、自分の子どもには殴らない。殴ることで選手が鍛えられ、上達する、つまりは「教育」になると信じているのならば、親として、まずはご自身の子どもを殴るべきでしょう。殴るべきは、自分の子どもではないでしょうか。それで、「教育」の効果などを考えたほうがいい。それができないのならば、生徒を殴るべきではないと私は思います。 最近では、女子のレスリングや体操でも、体罰をはじめとしたパワハラが問題視されました。若い選手の意識が少しずつ変わりはじめているのだ、と思います。監督やコーチなどの指導者層の意識や考え方、マネジメントも変えていかざるを得なくなるはずです。私は30年以上前から、日本のスポーツ界のリーダーたちにマネジメント能力が乏しいことを問題視してきました。その意味でも、桑田さんのような指導者がもっと増えるべきなのです。清原の西武入りは正解Q 桑田さんのPL学園時代の同期生(1983~86年)には、清原和博さんがいます。清原さんは、西武ライオンズや巨人で活躍をしました。ともに50歳を超えた今は、2人の人生の明暗がはっきりとしているように思います。 清原さんが、巨人に移った後、スランプになった報道などを見聞きし、私は清原さんも私のところでメンタルトレーニングを受けたほうがいい、と思っていました。 清原さんはPL学園の選手として甲子園に出場し、大活躍し、卒業後、西武ライオンズに入団します。巨人は、1985年のドラフト1位で桑田さんを指名しました。清原さんは巨人に入りたかったようですが、それが、かなわなかったのです。 ここからは、私の分析の中の想像の話であることをあらかじめお伝えしておきます。清原さんは西武ライオンズに入り、実は正解だったのだと思います。このころの彼は、たしかに輝いていました。優秀な選手だったのです。 当時、西武には秋山幸二さんがいました。清原さんは、秋山さんのことを先輩として敬意を払いながらも、野手として、バッターとしては尊敬していなかったのだろうと私はみています。もちろん、秋山さんの打撃センスなどを十分認めていたでしょう。清原さんのすばらしいことは、パリーグを代表する強打者・秋山さんをも尊敬しなかったことなのです。尊敬しない能力は、プロで生き抜くならば必ず身につけることです。 プロの世界では「この選手はすごいな」と思った瞬間にだめになります。「すごい」と思ったら、脳がそのように反応します。その選手の5年先、10年先が決まってしまうのです。プロに入ること自体、すごいに決まっているのです。あえて、それを脳に思い込ませるべきではないのです。アマチュアは違いますよ。 アマチュアはむしろ、大いに尊敬し、学ぶべきです。私のプロ選手のメンタルトレーニングでは、「今は抜けないけど、この選手には2年後にこのようにして追い抜かす」などと教え、自己暗示をかけるようにします。いつまでに、どのようにして勝つか、と脳に錯覚させる…。プロでは尊敬した瞬間にその選手以上にはなれないようになっているのです。清原さんがこのようなことを心得ていたのかどうかは、私はわかりません。ただ、清原さんは秋山さんよりも、自分のほうが上だと思っていた可能性は高いのではないかな、と思います。 ところが、彼は巨人に移ってから、変わってしまったのです。「尊敬しない。人を認めない」という彼がはじめて認めたのです。当時の巨人の4番打者・松井秀喜さんのことを「この男はすごい」と思ったのではないでしょうか。その瞬間から、清原さんは平凡な選手になったのです。少なくとも、松井さんを抜かすことはできなくなりました。巨人時代の成績は、西武のころの輝かしいものにはなりませんでしたね。年齢的な衰えもあったのかもしれませんが、清原さんのすばらしい力をなくしてしまったことが大きな理由だと私は思います。あのころ、松井さんを認めるべきではなかったのです。2018年8月21日、夏の甲子園決勝を観戦した清原和博氏(撮影・甘利慈) 松井さんは先輩の清原さんに敬意を払いながらも、「俺のほうがはるかに上」と思っていたのではないか、と思います。清原さんを相手にはしていなかったのではないでしょうか。だからこそ、巨人の4番を守り抜き、大リーグでも輝かしい実績を残したのだろう、と私はみています。 清原さんは、プロ野球の選手として大成するためにしてはいけないことをしてしまったのです。西武のころのように、ほかの選手を認めない姿勢を守り抜くべきでした。そのために、脳の仕組みなどを覚え、脳をいわば錯覚させるべきでした。巨人のころに、そのような知識を獲得すべきだったのです。だから、私のところへきて、メンタルトレーニングを受けたほうがいいと考えていたのです。 清原さんは、西武のころの調子を取り戻すことができずに、スランプとなりました。心理的に弱い面があることも、当時、報じられていましたね。その後、オリックスに移った後も大活躍することなく、引退しました。最近の報道を見聞きすると、惜しい気がします。参考と尊敬は違うQ 桑田さんには、尊敬する投手はいなかったのでしょうか? 勉強熱心な桑田さんには参考になる選手は、たくさんいたでしょう。彼は、自分のためにその選手たちのよい部分などをどん欲に取り入れていきます。ただし、監督やコーチが「あの選手のこういう練習方法がいい」と言ったところで、自分が取り入れる必要はないと思ったら、取り入れないでしょう。それが、桑田さんのマネジメント能力の高さであり、すばらしいところです。彼からすると、参考と尊敬は違うのでしょうね。Q 桑田さんは選手としての意識が高く、立派な見識を持つ一方、なんとなくかわいくないイメージがしますね…(苦笑)。清原さんの言動には現役のころから賛否両論があるのでしょうが、私などは人間としてかわいい感じがしなくもないです。ところで、今後、会社員は清原型でいくべきですか、それとも桑田型でいくべきでしょうか。 「かわいい」という言葉が何を意味するのかにもよるのでしょうが、ある意味では、清原さんはかわいい男かもしれませんね。私は、桑田さんもかわいい男だと思いますが。大変な努力家であり、勉強熱心で、ひたむきですよ。あれほどの見識をもつ桑田さんは今後、すばらしい指導者になっていくはずです。プロ野球界でも、桑田さんが認められる時代にしだいになっていくでしょう。 会社員はあえていえば、清原型で行くしかないと思います。多くの会社は今後、桑田型よりも、清原型を求めますから…。すでに会社では人工知能が、桑田型の働きをするようになっています。つまり、大量の知識や情報を獲得し、きちんと調査し、理解・分析したうえで、自分にとってプラスになるものを受け入れ、成長するような姿勢です。それはまさに桑田さんそのものであり、そのような仕事を今後は人工知能がするのです。 たとえば、今までは、ロジカルシンキングを学ぶだけでも、一定の効果があったのです。実際、私は社員の研修などでも、論理的な思考を身につけるためにロジカルシンキングを長年、教えてきました。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) しかし、人工知能は、人間よりもはるかに精度の高いレベルの論理的思考を身につけています。これからは、論理的思考よりは、クリティカルシンキングが必要になります。「それは違う」という否定から入っていくクリティカルシンキングが、より大切になるのです。 これは、清原さんが西武ライオンズのころの思考に近いものがあります。ただし、特に会社員の場合はある程度の論理的思考があり、そのうえにクリティカルシンキングが必要になります。このあたりを誤解すると、大きな問題になりえます。よしだ・のりふみ ジャーナリスト・記者・ライター。ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、『震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

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    スポーツ界の「ドン」「女帝」生まれる要因の2パターン

    用疑惑、日本レスリング協会の栄和人前強化本部長による伊調馨選手へのパワハラ騒動など、今年のアマチュアスポーツ界は“横暴な権力者”の問題で揺れ続けている。 スポーツジャーナリストの谷口源太郎氏によれば、アマスポーツ界に「ドン」や「女帝」が生まれる要因には、2つのパターンが存在するという。「ひとつは実績のある元選手が協会内で発言力を持ち、地位を固めていくケース。強化部長など要職について、自身のノウハウを余すところなく伝え、有名選手を育てることで、指導者としての実績も重ねる。そうして組織内で権力を強める。 もうひとつは政財界の大物や、事務方出身の人物が力を持つパターン。各競技団体の会長を政治家や大企業の社長が務めている例が少なくないが、これは国庫補助金を受けやすく、大会スポンサーもつきやすくなるから。多くは形だけの名誉職ですが、自身が競技経験者だったり、政界引退後の“肩書き”を欲する人間の場合、実務にも口を出し、実権を握ろうとするケースも目立つ」2018年8月、臨時会議後、取材に応じる日本体操協会の二木英徳会長(中央)と具志堅幸司副会長(右)、山本宜史専務理事 そうした調整を担う非競技者の事務職員がいつしか陰の権力者になることもある。前者に関していえば、山根氏や塚原氏などに加え、スケート界における橋本聖子氏、柔道における上村春樹氏らの名が挙げられる。後者に関しては、ラグビー界における森喜朗氏などが思い浮かぶだろう。関連記事■ 女子体操パワハラ問題で掘り返される30年前の「塚原採点」■ 日本体操協会・塚原副会長が語っていた「夢は武道館ライブ」■ アジア大会で金0の女子レスリング 栄和人氏復帰はあるか■ スポーツ界の「ドン」や「女帝」の存在、プラスに働くことも■ 中国スポーツ界のドーピング 亡命医師が初証言

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    女子体操パワハラ問題で掘り返される30年前の「塚原採点」

    い。関連記事■ 日本体操協会・塚原副会長が語っていた「夢は武道館ライブ」■ 山根前会長、田中理事長…スポーツスキャンダルの“主語”が変化■ 吉田沙保里、栄和人氏謝罪会見の夜の姿と五輪への懸念■ 記者のセクハラ・パワハラ問題 世代間ギャップはなお歴然■ レスリング栄氏のパワハラ問題 愛弟子吉田沙保里を直撃

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    日本人には高すぎたミドル級の壁、それでも村田諒太なら超えられる

    木村悠(元世界ライトフライ級王者) 世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王者として2度目の防衛戦に臨んだ村田諒太が10月20日、同級3位のロブ・ブラントに判定で敗れ、王座から陥落した。防衛を重ねていくとの期待が強かっただけにファンだけでなく、関係者も大きなショックを受けたことだろう。 村田について、まず特筆すべきは、プロとアマチュア両方で世界王者になった偉業だ。アマチュア時代、2012年のロンドン五輪で金メダルを獲得し、その後、プロのミドル級で世界王者になった。しかも、ミドル級という日本人には体格的に不利な階級での偉業である。 普通、アマチュアよりプロの方が、レベルが高いと思われがちだが、一概にそうとも言えない。そもそも、日本のアマチュアボクシングは、長く五輪でメダルを獲得できていなかった。だが、ロンドン五輪で村田が金メダルに輝き、これは実に1964年の東京五輪から48年ぶりの快挙だった。 さらにいえば、五輪で金メダルに輝いたのは、過去に村田を合わせて2人しかいない。五輪のチャンスを逃した筆者からすれば、その難しさを実感している。五輪の全メダリストを考えても、これまで5人しかいない。一方、プロの世界チャンピオンは約90人にのぼっており、どれだけ困難なことかは、数字が物語っている。 このように、プロは多くの世界チャンピオンを輩出しているが、アマチュアは強豪国が多く、国際大会で勝つのが非常に難しい。プロ加盟していない国も多く、キューバやロシアなどの選手は技術のレベルも高い。 ボクシングで五輪に出場するためには、世界選手権で上位進出するか、アジア予選で勝ち抜かなければならない。韓国や北朝鮮、中国に加えて強豪のモンゴルやカザフスタンやウズベキスタンといった旧ソ連系の国を相手に勝って枠を取らなければならない。 要するに、各階級の出場枠を取るのは難易度が高く、五輪に出場するだけでも相当のハードルなのである。現在、プロで大活躍している井上尚弥や3階級王者の井岡一翔、世界タイトルを11回防衛した内山高志、12回防衛の山中慎介もアマチュア出身だが、誰一人として五輪には出場できず、いずれもアジア予選で敗退している。 筆者は34歳で、村田よりも2つ年上だが、アマチュア時代、全日本チームのメンバーとして一緒に国際大会に出たり、国内での合宿でチームメートとして練習したりしていた。やはり、村田は高校時代から逸材だった。アマチュアの全国大会で5冠に輝き、ジュニアでありながら成年の全日本選手権でも準優勝していた。  国内大会ではヘッドギアを着用するアマチュアだが、試合ではレフェリーストップを量産していたほどである。筆者に言わせれば、村田は常に対戦相手に恐怖を抱かせる「怪物」のような存在だった。 先に述べたように、村田はアマチュアで華々しい実績を残した後、プロに転向した。プロデビュー戦では当時の東洋チャンピオンを2回TKOで圧倒し、観客を驚かせた。プロとアマチュアはルールが違うが、それでもあっという間に試合を終わらせた村田のデビュー戦は衝撃的だった。 その後、筆者が所属していた帝拳ジムに移籍してプロでもチームメートとなった。 メディアでは明るく丁寧な対応をする村田だが、ジムではよくイタズラをしたり、冗談を言ったりするムードメーカーでもあった。2度目の防衛戦に向け調整する、WBA世界ミドル級王者の村田諒太 =2018年10月、米ラスベガス(共同) 筆者はかつて、村田とともに走り込みのキャンプを行ったが、その身体能力の高さによく驚かされた。アスリートは長距離が速くても、短距離は遅い持久力系の選手と、長距離よりも短距離に長けた瞬発系の選手に分けられる。 普通は筋力のバランスで得意、不得意があるものだが、村田にはそれがない。持久系のトレーニングは誰よりも速く、短距離のダッシュであっても群を抜いた。ここまで飛び抜けた能力を持つ選手はめったにいない。その類(たぐ)い稀(まれ)な身体能力を生かし、村田はプロに入っても勝ち続けた。村田ならまだやれる 村田のボクシングスタイルは非常にシンプルだ。ガードを固めてプレッシャーをかけ続けながら強いパンチを打ち込む。余計なパンチはあまり打たず、一撃で相手を仕留める。パンチ力と圧力があるからこそできるスタイルだ。 パンチの強さは世界のボクサーにも引けを取らない。ガードも高く、プロでダウンの経験もないという打たれ強さも兼ね備えている。ただ、前回のブラント戦やアッサン・エンダム戦でもそうだったが、強いパンチを打ち込もうとする余り、ジャブや手数が減ってしまうのが難点である。 次に階級の視点からみてみよう。そもそも、日本を含むアジアのボクシングは、軽量級を主戦場としている。先にも記したが、日本の世界チャンピオンは約90人に上る。だが、ウエルター級以上の重量級の世界チャンピオンは村田を含めて3人(輪島功一と竹原慎二)しかいない。体格の面からもアジアの選手は軽量級が多く、村田のようにミドル級でチャンピオンになった例はアジアを見渡しても非常に少ない。 また、ミドル級は競合が多く世界的な層も厚い。世界的スター、フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオは、村田の一つ下のスーパーウエルター級で活躍していた。そのため、その前後の階級は強い選手が多い。 前回の試合では負けてしまったが、カザフスタンの英雄、ゲンナジー・ゴロフキンもいるし、ゴロフキンに勝ったメキシコのサウル・アルバレスもいる。他にも、アメリカ出身のジャーメル・チャーロやカナダ出身のデイビッド・レミューなど、名実備えた選手が多い階級である。 こうした重量級の迫力とスピード、テクニックを兼ね備えた選手が多いだけにボクシングの本場、アメリカでも人気の階級だ。スピードに加え、パンチ力もテクニックもある、三拍子そろった選手がいくらでもいる。非常にレベルの高い階級と言える。 そして、ファイトマネーも桁(けた)違いだ。日本でのタイトル戦とは比べ物にならない。海外放送の放映権関係などの影響も受けてファイトマネーも跳ね上がる 。 そんな厳しい階級で戦い続けてきた村田だが、ベルトを失い、今後どうするのか。やはり人気のある階級だけに、その分チャンスがめぐって来るのも難しい。村田もブラントに負けたことで、ビッグマッチへのチャンスが遠のいたのは確実である。WBA世界ミドル級戦の11回、ロブ・ブラント(右)のパンチを浴びる村田諒太=2018年10月、米ネバダ州ラスベガス(共同) とはいえ、勝てばゴロフキンと東京ドームでの試合の話もあっただけに、今は村田本人が一番落胆しているだろう。本人も語っていたが、すぐには決められないとの言葉は、周囲の環境が普通の選手と比べてあまりに違うからである。 今後の動向に注目が集まるが、村田をよく知る筆者としては、今はゆっくり休ませてあげてほしいと強く感じる。世界戦はそれに臨む本人しか分からない大きなプレッシャーの連続だ。自分の人生を賭けてその一戦に向かっていくだけに、進退を決めるのは難しい。体と気持ちを休めることで、見えてくることもあるだろう。 ただ、村田のボクシング界における影響力はあまりに大きい。 筆者もこのまま終わってほしくないし、村田の実力ならまだやれると強く思う。時間をかけ、悔いの残らない決断をしてもらいたい。

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    泣き虫先生独白「愛のムチなしに本当の指導ができますか」

    山口良治(元伏見工業高校ラグビー部監督) 最近、アマチュアスポーツ界で「パワハラ」と騒がれることが多いですが、思うことはたくさんあります。 なんでも「言ったもん勝ち」という風潮で、これでは指導者が何もしないことが正解のように感じてしまいます。しかし、「手を触れあう」ことなしに、本当に指導が行き届くのか、疑問に思ってしまうのです。 私はかつて伏見工業高校(現京都工学院・京都市伏見区)のラグビー部で監督をしていました。いわゆる「不良」が多い学校でしたが、顔が一人一人違うように、育った環境やしつけられ方がそれぞれ違います。両親が不仲だったり、逆に甘やかしすぎだったりね。 お母さんが早くに亡くなって、いつもお弁当を持ってきていない生徒もいました。その生徒にはおにぎりを渡したりしましたよ。思い出すだけで涙が出てきます。一人一人の人生の背景を思うと、たまらなかった。私は生徒のその先の人生まで考えて、本気で向き合って接していました。 当時、学校内でラグビー部は「山口収容所」なんて呼ばれていましたが、多い時で120人ぐらい部員がいました。指導した生徒は、みんなラグビーの試合中に大きなけがや事故なく、指導生活を終えられたことを、私は誇りに思っているんです。 学校の中には悩みを抱える生徒を見て見ぬふりする教員もいて、「なんでほっとくんだ」っていう憤りが強かった。もちろん、そういう気持ちを正当化してくださいと今言うつもりもないですがね。本当は、知らん顔をしている先生のほうが「賢い」んでしょうけど、私はほっとけなかった。 私は、その生徒がもし自分の息子や弟だったらと考え、本気で愛情を持って接するからこそ、親の前で泣きながら生徒に手を上げたこともありました。本当に一生懸命やっていればわいてきます、涙なんてものは。ほっとけなくて、伝えるために手を上げる、その判断は非常に難しいものでした。レギュラー一人一人にジャージを渡す山口良治・伏見工総監督(右)=2008年1月、奈良県(吉澤良太撮影) とはいえ、スポーツを指導することは、大変難しいことです。特にラグビーというスポーツは、恐怖に打ち勝ち相手にぶつかっていかなくてはいけません。体操の宮川紗江選手が体罰を受けていたと報道され話題になりましたが、体操も同じでしょう。あんな高い鉄棒で技を決めたり、平行棒から飛び降りたり、命の危険もありますし、怖いはずです。つらいこともたくさんあるでしょう。 ただ、指導する側はその恐怖を代わってあげることができないだけでなく、怖いことをやらせなくてはいけません。その恐怖に打ち勝てるようにするための指導を、パワハラや体罰だと選手が感じないようにと考えながら、また周囲の目を気にしながらするなんて、果たしてできるのでしょうか。 宮川選手はコーチの意図が分かっていたんだと思いますよ。命がかかった練習の時、コーチの一言で救われたことは多々あったでしょう。そんな関係性を知らない人たちが外から騒ぎ立ててニュースになっていく今の世の中は、なんだかおかしな方向にいってしまうのではないかと危惧しています。日大アメフト問題の本質 日大のアメフトの問題も、監督をしていたら、「相手を狙え、やっつけろ」なんて当然言いますよ。あれは言った言わないの問題ではなく、実際にラフプレーをした選手のスポーツマンシップが問題だと思います。 アメフトという危険なスポーツをやるにあたって、敵味方関係なくスポーツマンシップにのっとって信頼関係を築くのは当然です。もちろん、監督とのコミュニケーションの問題もあるでしょうが、やった選手はレギュラーになりたいとか、試合に出たいという気持ちから故意にあのような行為に至ったものなら、私には理解しがたいですね。 一連の体罰やパワハラの問題は、親子関係にも通ずると思います。このところ、若者の残念なニュースも多い。最近、バイクの事故で若者が複数亡くなりましたね。誰か間違っていることを教えてあげられる大人はいなかったのかと、歯がゆい思いを抱くことが多いです。 愛に飢えている子供たちがほっとかれているんじゃないでしょうか。今は親が手を上げても「体罰だ」と言われます。でも、親のしつけがしっかりしているのが本来の日本でしょう。 親には子供の命を守る責任があります。それにもかかわらず、言わなくてはならないことを言わない親が多い。「言ったもん勝ち」のハラスメントで、親子のしつけすら揺らいでいるわけですから、スポーツの指導はさらに難しくなるのではないでしょうか。 今の「言ったもん勝ち」のハラスメントが加速すれば、ますます「何もしない大人」が増えるでしょう。私も75歳になり、本当は表に出ず何も言わない方が楽だったのですが、元指導者として気になるニュースですし、誰かが言わなければならないだろうという気持ちがあったからこそ、インタビューを引き受けたわけです。日本一を決め感極まり、スタンドでガッツポーズをする伏見工の山口良治監督(中央)=1993年1月7日、東大阪市の花園ラグビー場 私がお伝えしたいことは、単純に「体罰を容認せよ」ということではありません。指導者と選手の間にあるものを言葉にするのが非常に難しいですが、一番大事な問題の本質は、「愛情を伝えられているか」ということだと思うのです。技術は伝えることができるかもしれませんが、目に見えないものを伝えるには愛情が必要なんです。選手に「勇気」を奮い立たせてほしい時、言葉で説明して伝えるなんてできますか。 時代は変わったと思います。しかし元指導者としてどうしても「言ったもん勝ち」の風潮と、今の若者たちが心配です。本当に大事なことは「愛」なんだと、そして「愛」を本気で伝えるにはどうしたらいいかを、世の皆さまに今一度考えてほしいと思います。(聞き手/iRONNA編集部、中田真弥) やまぐち・よしはる 京都市立伏見工業(現・京都工学院)高校ラグビー部総監督。昭和18年、福井県生まれ。日本体育大卒。元ラグビー日本代表。50年に伏見工業高校ラグビー部監督に就任、後に総監督を務める。全国的に無名だったチームを育てあげ、また情に熱い指導が多くの反響を呼び、テレビドラマ『スクール☆ウォーズ』の主人公、滝沢賢治のモデルとなった。

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    「体罰禁止で指導者が去勢される」ヤクザ先生が憂う教育の危機

    野々村直通(開星高校前野球部監督・教育評論家) 人間が人間を教育(指導)する世界はロゴス(理論)ではなくカオス(混沌)である。論理で成立するのであればコンピューター教育や人工知能(AI)で事足りる。なぜ人から人なのか。ここを正しく認識せずして「人間教育」は語れない。女子体操の宮川紗江選手の訴えはその原点を炙(あぶ)り出して見せた。18歳のいたいけな少女は都内で記者会見し、練習中に暴力があったことを認めた上で処分の軽減を求め、速見佑斗コーチの指導継続を訴えた。  「1年以上前までたたかれたり、髪を引っ張られたりした」と暴力を認めた上で「暴力は許されずコーチも反省している」とし、「処分が重すぎる。速水コーチと東京五輪で金メダルを目指したい」と述べた。 彼女にとっては「暴力」と受け止めたことはなく、命やケガの危険性がある場合に厳しく指導されており、本人も家族も納得していたという。その一方で、塚原千恵子強化本部長らからパワハラを受けていたとも主張。「五輪に出られなくなる」などと圧力をかけられたほか、海外派遣選手の恣意(しい)的な選考があったと訴えたのは記憶に新しい。 この事件は二つの要素を含んでいる。「暴力」と呼ばれる速見コーチの体罰と塚原夫婦の「権力」を使ったパワハラである。連日、テレビのワイドショーは大騒ぎした。その中で特に気になったのは、速見コーチの一連の行為が疑いもなく、暴力という代名詞で報道されたことである。しかし、これは指導過程における「体罰」なのである。暴力は傷害であり、犯罪である。 むろん、体罰は行き過ぎれば暴力であるが、あくまでもこれは指導過程の一貫である。そのことを彼女も理解しているので、暴力を受けたという自覚がないのである。 体操は誠に危険をはらんだ競技である。競技中の事故で半身不随になったり、亡くなった人もいると聞く。彼女によれば、コーチからは集中力を欠いたり、遊び半分のように練習したときに叩かれたことがあったという。 速水コーチの行為はどうあれ、その方向性(ベクトル)は宮川選手をより伸ばすために用いられている。一方、塚原千恵子氏のパワハラは、宮川選手の思いから見れば、選手生命を閉ざし、意欲をなくす方向へと向けられている。どちらが正義に近いのか、一目瞭然であろう。 しかし、そのことに触れるコメントを一切聞くことはなかった。宮川選手から見ればコーチの行為は「善行」、塚原氏の行為は「悪行」である。私は、ワイドショーなるテレビ番組が「私刑(リンチ)ショー」であると感じている。一つの悪者を決めつけるとあらゆる人たちが徹底的に叩く。スタジオにはMC(司会者)に賛同する者たちが呼ばれ、台本に沿って悪者を締め上げる。その悪者の代表は体罰である。 「体罰=暴力=悪」であるという金科玉条(きんかぎょくじょう)の印籠を振りかざし、大衆はそれにひれ伏すという図柄である。世界的トランペッター、日野皓正(てるまさ)氏の体罰事件のときもワイドショーは大々的に扱ったが、そのビンタ事件のときは動画が流れた。すると叩かれた生徒の態度の一部始終が放映されるや、形勢は一気に逆転。ついには有名芸能人が「俺でもあんなやつはビンタくらいする」という発言が出た。男子中学生への体罰について会見するジャズトランペット奏者・日野皓正氏=2017年9月1日、羽田空港(撮影・佐藤徳昭) 決定的だったのは、空港でマスコミに取り囲まれ、すかさず詰め寄られると日野氏はこう言い放った。「君らのようなマスコミが日本文化を駄目にしてきたんだ!」と。「現場の関係も分からぬ者たちが論理だけで言うな。本当の師弟のぶつかり合いを前時代的な遺物として葬るな!」「モノづくりや真剣な教育はそんな単純なものではない!」などと言いたかったに違いない、と私は拝察する。これはあくまで私見であるが…。 その後、日野氏に同調する世論を敏感に読み取ると、この事件は何事もなかったかのように報道されなくなったのである。追い込むことは選手に必須 そもそも朝日生命体操クラブという私的な指導者が夫婦で体操協会の幹部であり、絶大な権限を持っていることも歪(いびつ)である。過去において、正式な競技会で自クラブの選手に不可思議な採点方法で高得点を与え、他チームから大会をボイコットされた前歴を持つ指導者である。ボクシング協会による審判不正「奈良判定」に匹敵する不祥事であるが、その責任を取って一度は役職を引いた人間が再び重要ポストに返り咲いたことも、面妖なことである。 塚原光男副会長と親交のある人物は彼のことをこう証言する。「さっぱりしていて男気で、よく若い者を食事に連れて行ったりする優しい人です」と。しかし、パワハラとこの人物像とは何の関係性もない。「巧言令色 (こうげんれいしょく) 鮮(すくな)し仁」である。何よりも悪いのは、守りたい組織と自分が経営するクラブが等価値となっており、そんな夫婦が協会の上層部で権力を振るっていることである。 組織の長に登り詰めた人間が「権力」の魔力に陥って、「公」と「私」の使い分けができなくなった典型とも言える。彼らは私(自分)を優先したパワハラを行った。18歳の少女を権力が集中している夫婦の通称「千恵子部屋」という部屋に一人呼ぶことの意味と、その恐怖が彼らには理解できないのだろう。彼らは「私」を行使したが、私は「公」(選手)を育てる過程での体罰、パワハラは必要であるという信念を持っている。 技術(理論)を超える精神論が結果を導くために不可欠であることは、衆目の一致するところだろう。どんなに立派な技術や体力を保持しても最後は「心が体を動かす」のであり、メダリストや一流アスリートは結局のところメンタル(精神)を語る。「根性論」は過去の悪癖の代名詞だが、どんなに科学的、理論的といえどもその実践は根性論からなる精神の昂(たか)まりである。強い精神力を作るためにも本人を鍛錬して“追い込む”ことは必須である。開星高校の野々村直通監督(当時)= 2011年8月14日、甲子園球場(恵守乾撮影) その追い込みの過程でパワハラ扱いされ、指導者が追放されていいのか。情熱ある指導者がその熱を削がれ、去勢され、優しいだけの指導者になっていいのか。日本は、すべてが中庸で、ナチュラルで、ニュートラルな中性的民族に向かっているようで強い危機感を覚えている。 「暴力」は犯罪である。しかし、「体罰」はそもそも教育における指導の手段の一つであり、「学校教育法」で禁止されている現状があるというだけのことである。体罰は本当に「絶対悪」なのか。どんな状況においても絶対に行使してはならないものだろうか。今こそ真剣な論議が待たれるところだが、今の軟弱な日本では遥かに望むべくもないことであろう。

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    駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!

    酒井政人(スポーツライター) 10月21日に福岡県で開催されたプリンセス駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝予選会)の「四つんばい」スパートが賛否の議論になっている。箱根駅伝に出場経験のある筆者としては正直、こんな問題に世間がヒートアップしていることに少しあきれている。なぜなら、今回の駅伝についての「本質」を分かっていない人が多いからだ。 実はこの件、いくつもの問題が絡んでいる。一つずつ整理して考えていきたい。 まずは選手の立場から見てみよう。2区(3・6キロ)に出走した岩谷産業の飯田怜は入社1年目の19歳。高校時代は、全国大会で華々しく活躍した実績はなく、テレビ中継されるようなレースでかなり緊張したことが予想される。そして第2中継所まで約250メートルというところで転倒、思わぬアクシデントでパニックになったことが考えられる。 その後は、脚の痛みから、両手と両膝をついてアスファルトの上を進んだ。駅伝を走る場合、まず頭に浮かぶのが「次走者」のことだ。はってでもタスキをつなげるのは、駅伝ランナーの「本能」ともいえる。その行為について、筆者は良かったとも悪かったとも思わないし、彼女の頑張りを見て、感動するのは自由だとも思う。 しかし、飯田は第1中継所に入るのが遅れ、1区の走者のタスキを数秒遅れて受け取っている。1秒を争う駅伝選手として、致命的なミスを犯したことを考えると、個人的には褒められない。 選手としての判断でいうと、残り約250メートルとはいえ、両膝を擦りむいてでも進むということが「正しい選択」だったかも疑問が残る。※画像はイメージです(ゲッティイメージズ) ちょっと昔の話になるが、日清食品グループに所属する佐藤悠基は、東海大1年時に出場した全日本大学駅伝予選会(1万メートルレース)で驚くべき行動を取った。左足甲が「ちょっと気になった」という理由でレースをやめたのだ。 残りはトラック2周。歩いてでもゴールできない状況ではなかったが、彼はそうしなかった。自分の脚を優先させたのだ。涙のタスキリレーとチーム事情 チームは全日本大学駅伝の出場を逃したものの、佐藤は3週間後の日本学生陸上対校選手権(日本インカレ)1万メートルで、1年生にして優勝を果たした。その後も躍進を続け、世界選手権やオリンピックにも出場した。もし、あのとき無理をしていたら、その後の活躍はなかったかもしれない。 また、先日のシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立した大迫傑(すぐる)も、早稲田大4年の時には、チームの主将でありながら、箱根駅伝(1区間21~23キロ)のためのトレーニングはしていない。チームを離れて、5000メートルや1万メートルのトラック競技に向けた練習でスピードを磨いている。最後の箱根は1区で区間5位に終わったが、その後の大活躍は周知の通りだ。 駅伝には「チームの絆」があり、それが大きなパワーにつながることもある。そして、汗の染み込んだタスキを次の走者に託す姿は、日本人の琴線に触れるものだろう。だけど、選手にとっては、駅伝以上に大切なものがあるのも事実なのだ。 次にチーム事情が挙げられる。飯田が所属する岩谷産業は、陸上部が発足して2年目で、選手は7人しかいない。そのうち飯田を含む3人は高卒1年目だ。プリンセス駅伝は6区間のため、選手層が薄くて、キャリアの少ない選手たちで予選突破を果たすのは、簡単なことではなかった。 レース後、飯田は右脛(すね)の骨折で全治3~4カ月と診断されている。転倒時に痛めたのか、疲労骨折なのかはわからないが、疲労が原因だとしたら、以前から右脛に不安を抱えていた可能性がある。チーム状況から飯田を起用せずにはいられなかったとなると、飯田を責めることはできない。 異変に気づいた広瀬永和監督は「棄権」を申し出たが、飯田が続行の意思を示したため、涙のタスキリレーとなった。テレビ中継では、飯田のすぐ後ろを歩いていた審判員の「あと70メートル、俺は行かせてやりたい」という言葉が入っており、沿道の観客からも「頑張れ!」という声援があっただろう。2018年10月、シカゴマラソン、3位でゴールする大迫傑。2時間5分50秒で日本新を達成した(AP=共同) さらに、バイクカメラが飯田の真横についた。こうなると選手の方も止めるに止められない。周囲の重圧がリタイアを決断できなかった原因になった可能性もある。 各中継所では通常、先頭のチームが通過してから一定時間で繰り上げスタートとなる。飯田が第2中継所にたどり着かなければ、チームは棄権となるが、3区以降の選手はレースを続けることはできる。チームとして予選通過ができなければ、「予選敗退も途中棄権も同じ」と割り切って考えることができれば、膝を擦りむく必要はなかったかもしれない。 視聴者も理解しないといけないことがある。それは、実業団選手の大半は「走る」のが仕事だということだ。趣味でやっているわけでもなく、ボランティアでもない。会社が給料を支払い、練習環境も整えてくれる。駅伝は「スポーツ中継」か その代わりに、「走る」ことで会社をアピールする役割を担う。そう考えると、飯田の頑張りも特別なことではない。仕事が終わらないため、残業したくらいのことだ。 そして、今回の件で最も問題視すべきはテレビ放映の仕方だと思っている。駅伝は「スポーツ中継」「スポーツドキュメンタリー」「スポーツショー」のどれになるのか。プリンセス駅伝はクイーンズ駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝)の予選会であり、14位以内に入ると本戦の出場権をつかむことができる。 「スポーツドキュメンタリー」や「スポーツショー」なら、今回のようにアクシデントのあった選手をクローズアップしてもいい。しかし、「スポーツ中継」だとしたら、今回の放映方法がベストといえるだろうか 四つんばいになった飯田をカメラが執拗(しつよう)に追いかけ、5分近くもテレビ画面を占領することになる。実況するアナウンサーも「ここで途切れさせるわけにはいかない!」と熱い言葉を発していた。そして、タスキがつながると、「思いはつながった! 岩谷産業!」と興奮気味だった。 サブ画面では1号車のカメラが先頭集団を映し出していたとはいえ、その間にトップが入れ替わるなど、「14位以内」の争いは大きく変化した。「スポーツ中継」ならば、トップ争いをきちんと状況する必要があったのではないだろうか。 岩谷産業は飯田のアクシデントの影響で、2区を終えて本戦出場のボーダーラインと4分46秒差だった。予選突破は絶望的な状況だったことを考えても、岩谷産業を追いかけるのは、必要最低限で良かったと思う。創部2年目で初出場したチームが最下位に転落したとしても、本来ならニュースにならないのだから。2018年10月、プリンセス駅伝で優勝のゴールテープを切るワコールのアンカー(第6区)福士加代子(鳥越瑞絵撮影) これまで駅伝のアクシデントを目の当たりにしてきたが、選手のブレーキや繰り上げスタートなどテレビ実況は大げさにあおる傾向がある。そして、ささいなことも美談に仕立ててしまうメディアにも問題があるだろう。もう少し、ドライな中継で、選手たちが本当に目指しているものを、しっかりと映してほしいと思っている関係者は少なくない。 近年は、インターネット上で自由な言論が繰り広げられている。今回の件も、「感動した」「涙が止まらない」という声がある一方で、「早くリタイアさせるべきだった」という主催者側や監督に対する批判もあった。 人が頑張る姿は美しい。しかし、表面上のことだけを見て判断するのではなく、物事の「本質」を見極めた上で、本当の「評価」を下していただきたいと思う。

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    「壊れゆく巨人」高橋由伸はなぜ心を閉ざしたか

    菊地高弘(ライター、編集者) 高橋由伸監督の辞任が決まった。3年間の任期で巨人はリーグ優勝することはかなわず、全ての年で首位広島から10ゲーム以上も離された。今年も3位ながら、クライマックスシリーズのファイナルステージに進出したが、高橋監督は言い訳をせずに「チームの勝敗は監督が背負う」と、責任を取った。 だが、高橋監督には同情すべき事情もある。2015年には現役選手として77試合に出場して、打率・278、5本塁打を記録。さすがに全盛期の力は残っていなかったものの、代打打率・395をマークし、人気面でもチームトップクラスだった。現役続行の意思もある中、コーチ経験すらなく突然監督に就任したという経緯があった。 さらに、阿部慎之助、村田修一(2017年退団)、長野久義といった主力選手がベテランの域にさしかかり、チームとして過渡期にあった点も気の毒だった。今季は春先から岡本和真、吉川尚輝という次世代の主力候補を登用。岡本が4番打者に定着するなど、世代交代に向けて一定の成果が見える中での監督辞任だった。 球団は慰留したというが、高橋監督の意志は固かった。プロは結果が全て。それが高橋監督の美学なのだろう。 元巨人ファンの筆者からすると、この辞任は「潔い」「早すぎる」といった感想以前に「ようやく解放されるのか」という実感の方が強い。監督業は楽しい、つまらないという観点で務まるものではないだろうが、ベンチで采配を振るう高橋監督の仏頂面を見るたびに「やらされている感」を覚えずにはいられなかった。指揮官としての自分のスタイルを固める準備期間もないまま監督に祭り上げられたのは、やはり不幸だった。厳しい表情で試合に臨む高橋由伸監督=2018年10月、甲子園球場(矢島康弘撮影) その一方で、不可解なニュースも報じられた。高橋監督の辞任に伴い、鹿取義隆ゼネラルマネジャー(GM)も退任し、岡崎郁スカウト部長も異動することが発表されたのだ。 一見、監督だけに責任を押しつけない、球団としての「けじめ」にも思える。だが、実際はそうだろうか。何しろ、鹿取氏がGMに就任したのは2017年の6月13日。前任者が成績不振の責任を取り、辞任したことによる人事だった。つまり、鹿取氏はわずか1年4カ月足らずで責任を取らされることになる。 昨オフから2018年開幕にかけての主な補強といえば、先発ローテーション候補の野上亮磨(前西武)のフリーエージェント(FA)獲得と、2017年本塁打王のゲレーロ(前中日)の獲得。さらに上原浩治(前カブス)の復帰があった。いずれも大きな成果は挙げられなかった。 しかし、わずか1年4カ月で編成に結果を求めるのは酷としか言いようがない。不運続きのドラフト 昨年のドラフト会議にしても、鹿取氏が編成面の最高責任者になってわずか4カ月で臨まなければならなかった。ドラフト1位指名で清宮幸太郎(現日本ハム)、村上宗隆(現ヤクルト)と高校生スラッガーの入札を相次いで外す不運もあった。 「捕手と二塁手を指名し過ぎ」という批判もあったが、今季は3位指名の大城卓三、5位指名の田中俊太が1軍戦力になっている。他にも成長途上の選手もおり、ドラフトの成否がはっきりするのは数年後のことである。 そして2018年のドラフト会議まで1カ月を切ったタイミングでのGM解任。つまり、鹿取氏はGMとして年間通して腰を据えてドラフトに取り組むことなく、任を解かれることになる。現場で走り回るスカウトは健在だとしても、岡崎部長が解任されたことで、新体制で臨むドラフトは急場しのぎになる危険がある。 そもそも、鹿取氏が1年4カ月で責任を取らされたとあっては、後任の編成責任者が誰になろうと強烈なプレッシャーがかかることは間違いない。必然的にFA補強、外国人補強、ドラフト指名では「すぐ使える選手」が最優先されるはずだ。 ドラフト会議で指名される選手は「バランス型」と「ロマン型」に大別される。なんでもソツなくこなせて大きな穴がない「バランス型」に対して、大きなポテンシャルを秘めながらも穴もあるのが「ロマン型」だ。すでに近年の巨人のドラフトは「バランス型」に偏る傾向があったが、その流れはますます加速するだろう。 しかし、他球団を見渡してみると、そんな刹那的な補強戦略で成功しているチームはない。リーグ3連覇を成し遂げた広島にしても、10年ぶりにリーグ優勝を果たした西武にしても、近年のドラフトで獲得した「ロマン型」をしっかりと大看板へと育成したことが優勝につながっている。西武の4番に君臨している山川穂高など、「ロマン型」の最たる例だ。近年、球界をリードしているソフトバンクや日本ハムもまた、方法は違えど育成を重視している点では共通している。清宮幸太郎サイドを訪ねる(左から)巨人の岡崎郁スカウト部長、石井一夫球団社長、鹿取義隆GM=2017年10月、東京都内(長尾みなみ撮影) 巨人は2016年に3軍制を復活(以前は「第2の2軍」と呼称)させるなど、育成を充実させようという機運もあった。だが、獲ってくる選手の多くが「バランス型」では、いくら実戦経験を積ませても大化けする見込みは小さい。 一部では、新監督就任が決まった原辰徳氏と鹿取氏が犬猿の仲だから、鹿取氏が身を引いたという見方もある。とはいえ、今後に及ぼすであろう影響を考えても、鹿取氏のGM解任は拙策と言わざるをえない。萎縮する球団関係者 かつて栄華を極めた名門の斜陽。なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。 私は今春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)という書籍を上梓した。そこで元巨人ファン、現巨人ファン、球団関係者に取材するなかで強く印象に残ったのは、今の球団周辺にいる人々の過剰とも思えるほどの萎縮である。 中核に近づこうとすればするほど、取材に応じてもらえないという現実があった。球団、応援団、周辺メディア。こちらに巨人を不当に貶(おとし)める意思はなく、その旨を丁寧に説明しても扉は固く閉ざされていた。 かつての巨人には長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜といった、日本人なら誰もが知っている国民的スターがいた。そんな「太陽」を失ったいま、巨人というチームの周辺は分厚い靄(もや)に包まれている。 その靄は、おそらく2011年11月、当時の清武英利球団代表が渡邉恒雄会長に反旗を翻した「清武の乱」以降、より濃くなったと思われる。清武氏が代表解任後も球団と数々の訴訟を戦ったことは、清武氏の著書『巨魁(きょかい)』(ワック)に詳しい。2011年11月、日本外国特派員協会で会見を開いた清武英利・元巨人球団代表兼GM(左)(山田俊介撮影) 「何か余計なことをすれば粛清される…」。そのおびえに満ちた雰囲気が、今の巨人という球団全体に広がっているように思えてならない。高橋監督のあの無表情は、巨人の現状を象徴していたのではないだろうか。 球団内部には、人気復興に向けて奔走している関係者も大勢いるし、ファンサービスに手を抜かない選手もたくさんいる。だが、球団全体の萎縮が解けない限り、再建することは難しいのではないかと感じる。 巨人は再び輝きを取り戻すことができるのか。今のところ、その望みは原新監督の一身に背負わせることになりそうだ。それはくしくも、3年前に高橋監督が背負わされた重荷でもある。

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    「ガチンコより人情相撲」貴乃花が角界を去らない道はあった

    コミュニケーション」である。 全ての組織は人でできている。官庁にしても、企業にしても、学校にしても、スポーツ団体にしても、人でできている。つまり、組織で発生する全ての問題というのは人間関係である。そして、人間関係はコミュニケーションなしでは成り立たない。 これまで私は取材で数多くの会社を訪問したが、問題がある会社というのはすぐ分かるものだ。露骨な派閥争いがあったり、上が恐怖政治を敷いていたりして、人間関係が良くない。 それが雰囲気ですぐ伝わってくる。社員同士なのにあいさつをしなかったり、役職者が下の者に大声で怒鳴っていたりする。こういう会社は、決まって業績が悪化する。 それに対して、人間関係が良好な会社は本当に業績がいい。米国の調査研究で、成功する組織とどんなに優秀な人間をそろえても失敗する組織を比較したところ、成功する組織は人間関係が良好で、失敗する組織は人間関係がうまくいっていなかったという。 つまり、全ては人間関係であり、良好な人間関係をつくるために必要なのはコミュニケーションである。日本の場合は、組織内では必ずあいさつを交わし、話し合わなければならないことがあれば、お互い誠意を持って話す。そうして、一つ一つのことを丁寧に対処していく。これが伝統である。 ところが、貴乃花親方(もう元親方だが)と相撲協会の間には、全くコミュニケーションがなかった。2018年9月25日、引退届を出し、記者会見する貴乃花親方(松本健吾撮影) 八角理事長(元横綱北勝海)は記者会見で「なんで辞めるんだろうと、最初思いました」と言ったが、実に白々しかった。また、「親方としていろいろありましたけれど、私も一緒に協会を引っ張っていく。今はいろいろと勉強のときなんだと思っていましたので、『いつか』とずっと思っていました。ただ、今回辞めるということで非常に残念です」と続けたが、本当にそうなら、一度でも、一対一で彼と本音で話し合うべきだったろう。そうすれば、頑固一徹だが純粋でもある貴乃花を救えたかもしれない。 貴乃花も貴乃花である。なぜ、とんでもない人間のアドバイスや、相撲には無益な宗教を受け入れ、協会とまともに話そうとしなかったのか。代理人同士の争い 今となれば、バカバカしいとしか言いようがない騒動を、長年の相撲ファンの声で総括してみたい。旧国技館があった蔵前のとある酒場に、60代後半の3人(A、B、C)が集まった。以下は、そのときの「たわいもない話」である。A:それにしても、日馬富士(元横綱)を損害賠償で提訴した貴ノ岩(前頭)の代理人弁護士の会見はひどかった。彼らは職務に忠実なのはいいが、相撲に対する愛情のかけらもない。「請求金額は2413万5256円です」とシャーシャーと言うんだから、見ていられなかった。B:民事訴訟で慰謝料や逸失利益を請求するのは当然の権利だが、その前に、当事者同士で何とか話させる努力をすべきだった。同じモンゴル人なんだから、いくら貴乃花が証言も外出も禁止していたからといっても、それはなかったと思うね。事件発覚後、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)と日馬富士はわびに来ると言っていたのではないか。C:要するに弁護士や代理人なんていうのは、仕事としてやっているだけで、角界などどうでもいいんだ。交渉なんてものは、どちらの顔も立てられる、優れた「仲介者」がいないとうまくいかない。A:確かに、今回の日馬富士側の回答も代理人を通してだった。結局、金額を拒否だ。そして、貴乃花も「代理人に任せておりますので私の口からは言えません」だ。これでは、問題は長引くだけだ。B:今回驚いたのは、貴ノ岩の請求額に「懸賞金の逸失900万円」とあったこと。懸賞金は勝たなければもらえない。1本6万2千円で、手数料や積立金を引くと本人には3万円だ。だから900万円を得るには、1回5本もらったとしても60勝しなければならない。いったい、どういう計算をしているのかと思ったね。C:ともかく、代理人なるものが入るほど事態は悪化する。本当の解決策は直接のコミュニケーション。代理人や弁護士なんていうのは最悪だ。相撲協会に限らず、レスリング、体操、ボクシングと不祥事があった所は、みんな代理人が出てきて、続いて第三者委員会が作られ、ガバナンスが叫ばれる。最近の日本は、みんな同じ病気にかかっているとしか思えんよ。A:確かにそうだ。貴乃花の会見も、協会に対する部分は、弁護士がつくった経緯文面を読み上げているだけ。最近は、みんなお利口になって、少しでも揚げ足を取られたくないとそうしている。ひどいもんだ。2018年10月、提訴後、記者会見する原告の貴ノ岩関代理人の佐藤歳二弁護士(中央)ら=東京・霞が関の司法記者クラブB:ひどいといえば、「引退届」と「退職届」の受理するしないは、ただの代理人同士の争い。しかも、引退届を退職届だと思ってほしいと上申するなどありえない。もし、引退届で貴乃花を退職させたら、不当解雇となって協会が処分を受けかねない。 代理人のレベルが低すぎる。さらに、原本でなくコピーに押印して提出など、代理人はいったい何をやっているんだ。わざと混乱させているとしか思えない。オレだったら、こんな代理人は即刻クビだ。「善と悪」の二元論C:そう考えると、かつて「注射」を仕切った「中盆」(仲介人)は本当に偉かった。板井(元小結、板井圭介氏)こそ本当の代理人だ。「ガチンコ」には仲介がないから、すぐこじれる。力と力は土俵ではいいが、人間関係は解決しない。B:今回、テレビ報道を見ていて、つくづく思ったのは、いまだに「相撲協会=悪、貴乃花=正義」という構図で報道していることだ。コメンテーターもみんなそうだ。改革者である貴乃花がなぜ辞めざるをえなくなったのか。なぜ、そこまで追い込まれてしまったのか。それを一生懸命説明しようとしている。A:それは仕方ないね。人間の脳というのは、そういう二元論で説明されないと理解できないようにつくられているからね。「悪と善」の対立が、もっともわかりやすい。これを超えられるのは人工知能(AI)だけだろう。C:もっともらしいことを言うコメンテーターより、貴闘力(元関脇)が一番はっきり言っていた。ただ、説明をもっとしないと、一般にはわからんだろうな。A:なんて言っていた?C:「(貴乃花)本人は正直、協調性はあまりない。全部、直球で勝負する」とね。続けて、確かこうも言った。「そういう人間だから、ガチンコで横綱にも勝った。そういう生きざまで来ているからしょうがないんです」B:確かにその通りだ。ガチンコは土俵だけにしておけばよかったということか。C:ただ、ガチンコだからこうなったとはいえない部分がある。テレビは、今回の騒動の発端が貴ノ岩暴行事件にあるとしているが、そうじゃない。協会が貴乃花にあきれたのは「裏金顧問」とつるんだからだ。2018年9月30日、断髪式を終え、伊勢ケ浜親方(左)に一礼する元横綱日馬富士=東京・両国国技館A:裏金顧問は、まだ協会と係争中だろう?C:そうだが、先日(8月28日)、彼は協会に対して「不当解雇」だとして起こした裁判で負けている。裁判所は「雇用したという事実はない」とし、「雇用の証拠として提出された採用辞令は偽造である」と認定した。まったくひどいもんだ。角界の騒動は「カネ」A:協会が裏金顧問に対して起こした損害賠償請求(1億6500万円)はどうなった?C:まだ裁判中だ。B:結局、これも協会側が勝訴すると思うが、そうなれば、今回のことがなくとも、貴乃花は責任を取って辞めるしかなくなるだろう。 なにしろ、北の湖(元横綱、前理事長、故人)に取り入ったこのコンサルタントに、貴乃花も丸め込まれ、70億円の債券を協会に買い取らせようとしたんだからな。その後、裏金顧問が追放されたときも、貴乃花は協会に乗り込んで「なぜだ」と詰め寄っている。 このとき、八角と尾車(元関脇琴風、事業部長)は貴乃花の目を覚まさせればよかったと思うね。C:結局、角界の騒動というのはカネの問題。その典型が年寄株の問題だろう。今年の理事選で、貴乃花は自分と陣幕親方(元幕内富士乃真、貴乃花の長男、花田優一氏の岳父)の2票しか取れなかった。つまり、阿武松親方(元関脇益荒雄)を立てざるをえなくなり、阿武松に8票も流れた時点で、貴乃花一門は崩壊していた。だから、「今さら他の一門に入らなければ…」なんて締め付けなくても、協会は放っておいてもよかったのでは。B:あの理事選の敗退は、自ら招いたタネだ。伏線は、貴乃花部屋付きの音羽山親方(元幕内光法)を退職させてしまったことだろう。光法は2010年(当時安治川親方)の理事選で、所属の立浪一門を裏切って貴乃花に投票した。このとき、貴乃花は光法を「生涯かけて守る」と言った。その約束が守れないのだから、一門の心は離れるに決まっている。C:貴乃花は運が悪い。自分が動かせる年寄株は「小野川」しか持っていない。しかし、これは自分をかわいがってくれた北の湖からの借株。北の湖の弟子の北太樹が引退することになって、返さなければならなくなった。2018年10月1日の臨時理事会後、会見に臨む日本相撲協会の八角理事長(福島範和撮影)B:そうはいっても、他の株を引っ張るなど何とかすべきだろう。それがこの世の義理というものだ。A:北太樹といえば、小野川襲名が決まってすぐ、愛人とホテル密会をフライデーされているのだから、もう、この辺は複雑で「テレビ頭」では問題の整理がつかない。積年の恨みB:一代年寄は大鵬、千代の富士(辞退して「九重」襲名)、北の湖、貴乃花の4人しかいないので、これで全員いなくなった。それから、貴乃花一門が消滅したので、また昔の一門制に戻ったわけだ。C:そもそも、貴乃花は一代年寄ではなく、当初予定していた名跡「藤島」を襲名してもよかったと思うね。いずれにしても、二所ノ関一門内の理事候補者談合に反発したことで、自ら立候補して当選、貴乃花一門を旗揚げした。ここまではよかった。 しかしこの後、一門の繁栄に腐心すればいいのにガチンコを貫いて、協会内の人間関係を壊してしまった。後ろ盾の北の湖を失えば、こうなるのは仕方なかっただろうな。A:今回の協会との対立は、内閣府に出した告発状を事実無根と認めることと、所属先の一門を決めることにあったという。しかし、それは引き金に過ぎないと思うが、どうだろうか。C:その通りだろう。貴乃花としては阿武松グループが二所ノ関一門に戻ったことが許せなかったのだと思うね。これでは、これまでしてきたことが全てパーになってしまう。 しかも、二所ノ関一門の総帥といえば尾車だ。犬猿の仲で有名だ。さらに、二所ノ関一門には、貴乃花を恨んでいるとされる高田川親方(元関脇・安芸乃島)がいる。A:それもまた年寄株の問題か。C:そうだ。安芸乃島は引退後、二子山(貴乃花の父、元大関貴ノ花)から「山響」株を譲り受けることになっていた。ところが貴乃花が父親に「山響」株をねだったため、安芸乃島は仕方なく二子山が別に持っていた「藤島」株を借りて部屋付き親方になった。その後、二子山が病床に伏したために部屋を継ぐことになった貴乃花は、「藤島」株の価格を釣り上げて安芸乃島の取得を妨害した。1995年1月、明治神宮で雲竜型の土俵入りを披露する横綱貴乃花。左は太刀持ち安芸乃島 そこで、安芸乃島は立田川部屋へ移籍を申し出たが拒否され、仕方なく、自主破門という形で、二子山部屋を継承した貴乃花部屋を去ったのだ。A:それは根深い問題だね。今回、貴乃花を引き止める話もあったが、それには立田川親方が大反対したと言われているけど、本当だろうか。相撲はスポーツじゃないC:いや、それは分からない。ただ、反対した親方はもっといたはずだ。朝日山親方(元関脇琴錦)が一番貴乃花に同情的で、伊勢ケ浜一門に橋渡しをしたという話がある。伊勢ケ浜親方も、日馬富士の件を水に流して受け入れるはずだったと言われるが、これは協会の趨勢(すうせい)ではなかったということだろうね。A:結局、貴乃花がいなくなったことで、角界は何かトクをしたのかね。B:どうだろうか。ワイドショーなどでは、かつて国民的アイドルだった大横綱がいなくなったので、相撲人気が衰えるなんて言っているが、そんなことはないだろう。 NHKが全取組を生中継している限りは安泰だ。これは、高校野球と並んで、日本にはなくてはならないコンテンツということだから、どんな不祥事があっても関係ない。かえって、トラブル続きの方が視聴率も上がるというものだ。C:それに、今は高齢社会だ。高齢者がカネを持っている。人気が衰えるはずがないだろう。B:相撲は興行、見せ物であって、純粋なスポーツではない。そんなことはみんな分かって楽しんでいる。声援を送っている小学生、実はうちの孫だが、「人情相撲」を説明するとちゃんと分かるんだ。本気で相撲を取ったら、あんな固くて狭い土俵だから、けが人だらけになってしまう。 それを言うと「注射」も理解する。「相撲はふつうのスポーツじゃないんだね」と私に言う。大人だけだ。頭でっかちで、ガバナンスだのフェアプレーだの言っているのは。2003年6月、断髪式で二子山親方からはさみを入れられる元横綱貴乃花=両国国技館A:まあ、それは言い過ぎだが、やはり今回のことで問題にしたいのは、当事者同士がとことん話し合わないことだ。代理人に丸投げで、会見というと代理人も一緒に付いてくる。 これは本当に変だ。貴ノ岩にしろ、貴乃花部屋で問題を起こした貴公俊(たかよしとし、幕下)にしろ、子供ではない。ちゃんと会見して、自分の言葉で話すべきだ。C:まあ、相撲取りはしゃべりが苦手だから、どうしようもないが、だからといって、面倒なことは弁護士、代理人ばかりに任せていると、そのうち、相撲人気は本当に衰えるかもしれないな。

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    日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう

    茂木健一郎(脳科学者) 日本人がテニスの4大大会「グランドスラム」で優勝する。今まで叶うことがなかったそんな夢を、大坂なおみ選手が実現した。これは凄いことである。 決勝の相手は「絶対女王」とも讃えられるセリーナ・ウィリアムズ選手。大坂選手は子どもの頃から彼女のプレイを見て憧れていたという。テニス界のレジェンドを破っての優勝は、この上なく純粋な歓びによって祝福される「快挙」であるはずだった。 だが、実際にはセリーナ・ウィリアムズ選手が、試合中に審判に暴言を吐いたり、ラケットを叩きつけて壊すなど、大荒れの試合となった。表彰式でも、ウィリアムズ選手をひいきするような発言があったり、大坂選手が「すみません」と詫びたり、その偉業を祝福する流れとは程遠い展開となってしまった。 もちろん、大坂選手が成し遂げたことの素晴らしさに変わりはない。時間がたつにつれて「雑音」は消え、その偉業の本質だけが残っていくだろう。 何年かたったら、今回の決勝戦のゴタゴタなど、みな忘れてしまっているかもしれない。それくらい、大坂選手のテニスは素晴らしかった。 振り返って、日本国内では大坂選手が「日本人」として初のグランドスラム優勝を達成したことを讃える声がある一方で、さまざまな「雑音」が聞こえてくるのも事実である。 私個人としては、このような「雑音」は意味がないと思っている。ただ、「雑音」には時代や人々の無意識の本質が現れる。大坂選手の優勝をきっかけに、日本人の不安や恐れ、そして夢が顕在化したのだと思う。以下ではそのことについて考えてみたい。 日本人が今、最も不安に思っていることの一つは、グローバル化とその中でのアイデンティティーの喪失なのではないだろうか。 自分たちの今までのやり方が通用しなくなる。いわゆる「ガラパゴス化」であり、国内では優れているものが世界では通用しない。 英語圏では、「ビッグ・イン・ジャパン」(Big in Japan)という言い方がある。日本国内ではビッグであり、スターであるけれども、国際的には無名の存在を指す。ただ、そこに日本らしさが表れてもいるので、「ビッグ・イン・ジャパン」は愛される存在でもある。全米オープン女子シングルスで初優勝し、表彰式で涙を流した大坂なおみ。右はセリーナ・ウィリアムズ(米国)=2018年9月8日、ニューヨーク(ゲッティ/共同) 日本人が国際的に活躍することに日本人が熱狂するのは、グローバル化の中で日本の立ち位置が揺るがされている不安の裏返しでもある。「ビッグ・イン・ジャパン」だけでは、世界に通用しないと薄々感じ始めているのだ。 その意味では、今回の大坂選手の全米オープン優勝というニュースは、うれしいことのはずであった。文字通り、グローバルな競争で一位になったからである。 では、なぜ「雑音」が生じるのかと言えば、大坂選手が「典型的な日本人」なのかどうか、という迷いがあるからに他ならない。「典型的」でないことの迷い 日本人が「ビッグ・イン・ジャパン」を乗り越えて世界で活躍すると、なぜ安心するのか。それは、彼らが自分たちの「村」の仲間だからである。仲間が世界で活躍したという事実は、自分たちも可能性があるし、何よりも自分たちのやり方は間違っていなかったと確認できる。 だから、「典型的な」「普通の」日本人が世界で活躍すると、わが事のように喜ぶ。そんな心情が日本人にはある。 その意味で、大坂なおみ選手が「典型的な」「普通の」日本人なのかという点に迷いを感じる人が少なからずいる。だからこその「雑音」なのだろう。 大坂選手は、日本人のお母さんと、ハイチ系米国人のお父さんの間に生まれた。その身体能力も、外見も、本当に素敵なのだが、多くの人が思い浮かべる「日本人」のイメージとは違っているのかもしれない。 むろん、何が「典型的」で「普通」なのかというのは時代によって異なる。厚生労働省のデータによれば、日本における国際結婚の割合は概ね3%台のようである。その意味で、さまざまな背景を持った子どもたちの数は今や決して少なくはない。 アメリカでは、どんなエスニックの背景を持った人でも「典型的な」アメリカ人になる。かたや、日本ではそこまでの意識の変化が進んでいない。 日本「村」の「村民」として、大坂選手を自分たちの「仲間」だと思えるかどうか。 この点に、今回の快挙を「雑音なし」に純粋な喜びとしてお祝いできるかどうかの分かれ目があるのだろう。 私個人は、純粋に喜んだ。一方で、そうではない方々もいた。そんな方々が、さまざまな雑音を立てたに違いない。 しかし、結局のところ、雑音は雑音に過ぎないとも思う。 これからの日本をどう発展させていくか。そのことを考えると、大坂なおみ選手の快挙は、大いに参考にすべき「成功事例」だと思う。 まず、エスニックな背景のさまざまな方が、日本に縁を持って活躍する機会をつくること。 大坂なおみ選手が、子どもの頃にニューヨークに移住し、テニスの練習を続けて、ツアーの転戦などもグローバルな厳しさの中で闘ったように、日本の偏差値入試のような「ビッグ・イン・ジャパン」の世界ではなく、最初から世界の文脈の中で人材を育てること。 日本には天然資源がない。私たちにあるのは「人的資源」だけである。日本人の勤勉さ、創意工夫は世界的に評価されている。問題は、それをどう発展させるかだろう。力強いサーブを放つ大坂なおみ。最後まで平常心を保ち、四大大会初の頂点に立った=2018年9月8日、ニューヨーク 今回の決勝戦でも、大荒れのウィリアムズ選手に対して、終始冷静さを保ち、相手へのリスペクトを忘れなかった大坂選手のひたむきな態度は、「日本人の精神性」として人々に強い印象を与えた。 大坂選手が、競技のために栄養学的に考えられた食事を抜きにすれば、試合後真っ先に食べたかったものは、カツ丼やカツカレーだったという。これはもう「普通の日本人」の女の子の感覚そのものである。 大坂選手は、その精神性においては「典型的な」「普通の」日本人の気持ちを引き継いでいる。大切なのは、そのことだけである。大坂なおみの日本的な純粋さ 日本の良さをどう発展させるか。グローバル化の時代に、どう適応するか。そのためには、日本の精神性のコアを大切にしつつ、日本や日本人を狭く捉える偏屈さから開放されていくしかない。 かつて、テニスの4大大会、ウィンブルドンは広く世界の人たちが競技するように開放され、その結果英国人選手が優勝できなくなった。 そのことは「ウィンブルドン現象」とも揶揄(やゆ)されたが、結果としてテニスの聖地、ウィンブルドンの地位は上がっている。 日本の大相撲は、外国出身力士の活躍で、日本出身力士が優勝できず、長らく横綱にもなれない時期が続いた。 そのことをあれこれと言う「雑音」もあったが、結果として、国技館は世界の人たちが熱い心を持って訪れる大人気のスポットとなり、大相撲人気は国際的な広がりを見せている。 グローバル化の中、日本らしさや、日本人の精神性は、そんなに簡単に失われるものではない。そして、その精神性の良いところは、外国の方々にも影響を与えて、取り入れてもらえるものである。 「典型的な」「普通の」日本や日本人が何なのかということについて、狭い考えを持つべきではない。ましてや、それを「雑音」として人に押し付けるべきではない。 大坂なおみ選手は、試合前のインタビューで、セリーナ・ウィリアムズ選手のことを「愛している」と発言した。 また、対戦する時にはただのプレーヤーになるけれども、試合が終わってハグする時には、またウィリアムズ選手に憧れる一人の少女に戻る、とも発言した。 このような発言は、最良の意味で、日本的な純粋さが表れていると言えないだろうか。 今や世界中の人が愛する、日本のアニメや漫画の登場人物たちが見せる、どこかナイーヴな純真にも似て。あえて言えば、それこそが「もののあはれ」である。全米オープン女子シングルスで初優勝し、にこやかな表情で凱旋会見に臨む大坂なおみ=2018年9月13日、横浜市西区(宮崎瑞穂撮影) 結論を言おう。今回の大坂なおみ選手の全米オープンでの優勝は、日本人としての素晴らしい快挙だった。  彼女の闘いぶり、そして発言には日本の精神性の良さが如実に表れていた。大切なのはそれだけであって、それ以外のことはすべて「雑音」である。 雑音は、インターネットを一時的に騒がせることはあっても、やがて消えていく。そして、後には本質だけが残る。 日本をこれから発展させるのは、雑音に惑わされず、本質を見つめ、それに寄り添う矜持(きょうじ)と勇気であろう。大坂なおみ選手が、その「素晴らしいお手本」となってくれたのである。

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    eスポーツが五輪などおこがましい

    対戦型ゲームを競技として行う「eスポーツ」に注目が集まっている。インドネシアで開催中のアジア大会では公開競技になり、米国では負けたプレーヤーが腹いせに銃乱射事件を起こした。五輪の競技化を目指す動きもあるが、とまれeスポーツは「スポーツ」なのか。現役大学生の問題提起を元にiRONNAでも考えたい。

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    巨額マネー動くeスポーツ 「五輪競技化」は中国のためのもの?

    ナリスト) 推進派と懐疑派、それぞれがもどかしい思いをしているのではないだろうか。昨今かまびすしいeスポーツについてである。 eスポーツ推進派にとって、錦の御旗になるのは五輪である。2017年10月にドイツ・ローザンヌで行われた五輪サミットで、国際オリンピック委員会(IOC)は「eスポーツの五輪競技化」に向けて前向きに検討を行う旨を発表した。2024年パリ大会から、eスポーツが五輪の正式種目になるかもしれない。 国際的なスポーツイベントでeスポーツを採用する流れはすでにできている。2022年に中国・杭州で開催されるアジア競技大会では、eスポーツが公式メダル種目になると表明されている。eスポーツ推進派の論者は、五輪を錦の御旗に掲げて「2018年はeスポーツ元年」と主張する。 しかしながら、五輪という威光をかさに着たことで反作用も起きている。「汗をかかないeスポーツ(=コンピューターゲーム)はスポーツではない」という、eスポーツ懐疑派からの素朴な批判にさらされているのだ。 「五輪種目だ」VS「スポーツではない」。こんな水掛け論が、今日も日本のどこかで展開されているのではないだろうか。本稿で筆者はゲームの専門家として、eスポーツなるものの歴史的・文化的背景についてつまびらかにしたい。推進派にとっても懐疑派にとっても、新しい視点でeスポーツを考えるきっかけとなることを期待したい。 eスポーツはどこからやってきたのか。eスポーツとはそもそも何なのか。それを知るためには長いゲームの歴史をひも解く必要がある。東京ゲームショウの会場で開かれた「eスポーツ」の対戦=2017年9月、千葉市美浜区(宮川浩和撮影) eスポーツの原点は1980年代、アメリカで自然発生的に生まれた「LANパーティー」とされる。LANとはローカルエリアネットワークの略である。ゲーム好きの複数人が所有するパソコンを誰かの家に車で運搬して集い、それらをLANケーブルで直結してプレーをする文化がアメリカに出現した。 初めはロールプレーイングゲームがよく遊ばれていた。だが、90年代に入り、銃で撃ち合う3Dシューティングゲームが登場すると、LANパーティーの愛好者は一気に増えた。撃ち合いは勝負が刺激的で、ルールも分かりやすかったからである。 このムーブメントに目をつけたのが、半導体メーカーのインテル社だった。瞬間を競う対戦型のゲームでは、パソコンの性能が良い方が有利である。そのためLANパーティーに参加するゲーマーたちは、高性能パソコンの顧客層となったのだ。韓国政府はeスポーツを広める必要があった インテルのライバル企業であるAMD社は、さらにゲーマーの心をつかむ作戦を考えた。ゲーマーのプロ連盟をつくることを発案して、1997年にプロフェッショナル・ゲーマーズ・リーグ(PGL)を結成したのだ。同連盟は「テレビゲームの父」と呼ばれ、世界初のゲーム会社、アタリの創立者でもあるノーラン・ブッシュネルを初代コミッショナーとして迎えている。このような経緯から、eスポーツの原型はアメリカで生まれた。 場面は急転換する。舞台は韓国である。 1997年、この年に韓国は通貨危機となり、国際通貨基金(IMF)からの資金支援を受けることになった。国家破綻の危機に瀕した韓国は、国ぐるみで産業の構造改革が迫られる。そこで、かつて重化学・自動車・鉄鋼産業を育成してきた国家戦略は、IT産業の振興へとシフトした。 韓国政府がIT産業の発展のため、高速ネットワークを国内に整備したことで生まれた副産物が「PC房」である。房は「バン」と発音し「室」の意味がある。PC房は日本でいうところのインターネットカフェに近い。 このPC房が急速に増えて、2000年のピーク時には3万店近くまで膨れ上がった。「PC房」は「ゲーム房」と呼ばれることもあり、どの店舗にもオンライン・ゲームが用意されていた。中でも最も多く設置され、韓国の若者たちの間で大ヒットしたのが『スタークラフト』という戦略ゲームだった。 この『スタークラフト』ブームの最中に、すなわち1999年辺りから韓国内で「eスポーツ」なる用語が使われるようになる。2000年には日本の文部科学省に相当する韓国文化観光部(現在の韓国文化体育観光部)の長官が、ゲームのことを「eスポーツ」と呼び、一部には「政府がゲームをスポーツと公認した」という見方もある。※この画像はイメージです(GettyImages) そして韓国では2000年に世界で初めての国際的eスポーツイベント「World Cyber Games」のテスト大会が開催された。この大会の賞金総額は20万米ドル、世界17カ国から174人のプレーヤーが参加したとの記録がある。 その後、韓国では今と比べても遜色がないほどeスポーツの環境が整備されていく。eスポーツのためのプロリーグ、プロチーム、中継専門チャンネルなどが2000年代の前半に立ち上がり、韓国は自他ともに認めるeスポーツのパイオニアとなったのである。ちなみに、世界のeスポーツを統括する国際eスポーツ連盟は2008年に設立され、本部は韓国・釜山にある。日本の特殊な2つの背景 このような歴史的・文化的背景を知れば、日本でeスポーツが流行しなかった理由が分かるだろう。日本にはどこの国とも異なる独特のゲーム文化があった。それはゲームセンターとファミコンに象徴される。日本ではゲーム好きが集まる場所として昔からゲームセンターがあった。他者とゲームをする場としてLANパーティーもPC房も必要がなかったのだ。 また、日本は任天堂とソニーの本社がある国でもある。ファミコン、スーパーファミコン、プレイステーションがどこの国よりも早く普及したので、伝統的にコンピューターゲームのユーザーが少ない。子供も大人もマリオ、ポケモン、ドラゴンクエストなどを好んで遊んできた。大人が真剣勝負するコンピューターゲームには、そもそもなじみがなかったのである。 すなわち、あるスポーツが栄えるか否かはその国の地理、歴史、文化がかかわっている。雪が降る国ではスキー人口が多く、当然ながら雪が降らない国では少ない。それぞれの国の歴史と文化が相まって、クリケットが盛んな国があれば、野球が盛んな国もある。ゲームの世界でも同じことが起きているのだ。 eスポーツを考えるにあたって、ゲームを離れて一点だけ付記すべきことがある。それは日本人のスポーツ観もまた、世界の中では特殊だということだ。 スポーツの語源はラテン語のdeportare(デポルターレ)とされる。この語は、日々の生活から離れることが原意であり、そこから転じて気晴らしをする、休養する、楽しむ、遊ぶなどを意味する。スポーツとは日々の生活から離れるための行為であり、ヨーロッパの各国ではチェスもスポーツの一種とされる。このように高い思考能力を用いて競われるゲームを、時に「マインドスポーツ」と呼んで区分する。「ストリートファイターV」の大会で対戦する人たち=2018年2月10日午後、千葉市の幕張メッセ(共同) ところが日本ではスポーツのことを「運動」と訳す。小学生の頃から「体育」の授業を受け、進学すると「運動部」や「体育会」で活動するように、「マインドスポーツ」の対義語ともいえる「フィジカルスポーツ」のみをスポーツと捉える傾向が強い。つまり、日本はそもそもスポーツの定義が他国とは異なる。この点もeスポーツを論じる上で踏まえておくべきことの一つである。 以上、eスポーツをめぐる歴史的・文化的背景を解説してきた。さて、そのeスポーツが五輪と接近していくきっかけをつくったのは中国である。儲かるのはあの中国巨大企業 アメリカ、韓国と比べると遅れたが、中国経済が成長し、インターネットなどの環境が整うと、eスポーツの愛好者が増えた。こうした流れに沿って、2008年の北京五輪では、eスポーツ大会「Digital Games」がウエルカム・イベントとして開催されることになった。この時はまだ公式種目ではないが、同大会は五輪ロゴの使用を認められたeスポーツ大会となった。 以後、中国でeスポーツの人気はさらに高まる。eスポーツと中国のゲーム文化や国民性は相性が良かったのだろう。だが、それ以上に経済的な後押しがあったことが、中国でeスポーツが発展した最大の原動力となった。平たく言えば、巨額なマネーが動き、eスポーツにかかわる人々が儲(もう)かる仕組みが中国ではあっという間にできたのである。 2011年、中国トップクラスの大富豪、ワンダグループ(万達集団)会長の王健林(ワン・チャンリン)の一人息子である王思聰(ワン・スーツォン)が、資産を投じてeスポーツチームを創設、運営した。すると、若き資産家たちはこれに憧れ、名誉と実利を求めてeスポーツチームをつくるようになった。日本で言えば、プロ野球球団のオーナーになるようなものだ。 チームに所属する選手たちは、賞金のほかに自分が着たユニホームやキーボードやマウス、オリジナルグッズを中国最大の通販サイト「淘宝網(タオバオ)」で販売すれば、多額の副収入を得ることができる。また、ゲーム実況者や解説者も中継番組の放映権販売やスポンサー収入で稼げる。このように中国では、eスポーツで儲かる仕組みがどの国よりも短時間、かつ高度なレベルで完成したのである。 その中国にあって、テンセント(騰訊)の動向は特に注目すべきである。テンセントは中国の巨大なIT企業で、その株式時価総額は世界の企業の中で5位である(2018年1月時点)。1位はアップル、2位はグーグルの持ち株会社アルファベット、3位はマイクロソフト、4位はアマゾン・ドット・コムに続く。昨年、6位のフェイスブックを抜いたことでも話題になった。ジャカルタ・アジア大会の「eスポーツ」でタイチームと対戦する中国選手=2-18年8月26日(共同) テンセントは自社でゲームを開発と販売を行うが、世界の名立たるゲーム企業を買収、または大型出資も行っている。近年、同社が行っている買収と大型出資案件は明らかにeスポーツの将来性を見越してのものと分析できる。 テンセントは2011年からライアットゲームズ社の筆頭株主になっている。同社は世界で最もプレーヤー数の多いコンピューターゲームで、eスポーツの種目となる『リーグ・オブ・レジェンド』を発売している。 さらにテンセントは2015年に同社の未保有株のすべて取得、完全子会社化した。2016年には同年世界で1番ヒットしたモバイルゲーム『クラッシュ・ロワイヤル』を運営するスーパーセル社の株式84・3%を86億ドルで取得。事実上、同社を傘下に収めた。IOCは五輪精神とカネを両立できるか そこで気になるのは8月18日からインドネシアの首都、ジャカルタで開催されている第18回アジア競技大会である。今大会ではeスポーツが公開競技として実施される。その競技種目は次の6タイトルである。『ウイニングイレブン 2018』(コナミ)『スタークラフトⅡ』(ブリザード・エンターテインメント)『リーグ・オブ・レジェンド』(ライアットゲームズ)『ハースストーン』(ブリザード・エンターテインメント)『クラッシュ・ロワイヤル』(スーパーセル)『アリーナ・オブ・ヴァラー』(テンセント) 6タイトル中、テンセントが直接リリースするタイトルが1タイトル、前述の傘下企業がリリースするタイトルが2タイトル、また、出資先でもあるブリザード・エンターテインメントのタイトルが2タイトル。6タイトル中5タイトルにテンセントが何らかの形で関与しているのである。つまり、今夏のアジア大会でのeスポーツは、テンセントによるテンセントのための競技といえなくもない。中国・北京で開かれたイベントで設置されたテンセントのブース=2017年4月(ロイター=共同) 今回のアジア競技大会では何の議論も起きずに前述6タイトルが決定されたが、仮に五輪でeスポーツが正式種目になるならば、競技に用いるゲームは厳正に選ぶべきだ。五輪憲章「IOCの使命と役割」の項には次の一文がある。 「スポーツと選手を政治的あるいは商業的に悪用することに反対する」 まとめていくと、日本は「eスポーツ発展途上国」「他の国と比べて遅れている」と言われることがあるが、eスポーツの普及に早い、遅いという価値観はそぐわない。もちろん、eスポーツが栄えていることは、良いことでも悪いことでもない。国によってゲームの歴史と文化は異なり、スポーツの定義も違うのだ。双方の違いについて理解し、双方を認め合うことが真の国際人の態度である。 ゆえにeスポーツ推進派は五輪を錦の御旗にするだけではなく、日本特有の文化になじむようなロジックと手段を考えるべきだ。また懐疑派は「eスポーツスポーツではない」と叫ぶだけでは世界では通用しないことを知るべきだろう。 なお、一部報道で「日本オリンピック委員会(JOC)はeスポーツスポーツと認めていない」「アジア大会で派遣されるeスポーツ選手は日本代表選手ではないため開会式に参加できない」という趣旨が伝えられたが、これは誤解のようだ。 JOC広報・企画部長の柳谷直哉氏によれば、eスポーツの競技団体である日本eスポーツ連合から加盟申請を現時点で受けていない。また、過去に公開競技の選手団は開会式には参加しないのが通例とのことだった。(一部敬称略)

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    「ゲームがスポーツ?」小生もまた、首をかしげる一人である

    玉木正之(スポーツ文化評論家) eスポーツ(コンピューターゲーム)は紛れもないスポーツであり、五輪の正式競技となっても不思議ではない。しかし…。 2020年の東京五輪・パラリンピックの開催がいよいよ2年後に迫り、競技場の建設工事が急ピッチで進んでいる。真夏開催による酷暑と熱中症の問題や、都心の鉄道・クルマの混雑問題など未解決の諸問題もあり、あと2年間のうちにどのような解決策が具体化されるのか、少々心配ではある。 が、一方で、五輪に関する話題で、少々首をかしげたくなる事態も進行している。 それは東京大会でのことではない。6年後のパリ大会から、新しい競技が正式競技として採用されそうなのだが、それが「eスポーツ」だというので、正直言って驚いている。 「eスポーツ」とは、「エレクトロニック・スポーツ(electronic sports)」のことで、つまり「電子工学(エレクトロニクス)」を用いたスポーツのこと。早い話が、コンピューターゲームのことなのだ。 この情報を既にご存じの方でも、「あのオタクたちのゲームが、五輪の正式競技になるとはねえ」と首をひねる人が少なくないと聞く。初めて耳にした人は、「えっ!?モニター画面を見ながら、コントローラーをカチャカチャ動かすゲームが、五輪競技に!?」と仰天するのではないだろうか?  「ゲームがスポーツ?」と首をひねる人たちは、身体を(指先しか)動かさず、椅子に座ってモニター画面の映像を見続けるコンピューターゲームなど、不健康の極みであり、到底「スポーツ」とは呼べない、と考えているに違いない。対戦型などのゲームでプレーヤーが腕を競う「eスポーツ」、格闘ゲーム「ストリートファイター5(スト5)」のエキシビションマッチ技=21日午後、千葉・幕張メッセ(宮川浩和撮影) しかし今やeスポーツは、全世界的にプロの競技者(ゲーマー)が存在し、賞金総額が20億円を超す超ビッグな大会も催され、億単位の年収を稼ぐ競技者も出現しているという。 また、欧米の「SPORTS」の感覚で「スポーツ」の概念を考えた場合、コンピューターゲームは決して一概に「スポーツではない」などと斬り捨てることができないのも事実なのだ。 2020年には、東京大会だけで実施される正式競技として、サーフィン、スポーツクライミング、野球・ソフトボール、空手、スケートボードの5種類が選ばれた。 が、立候補した競技の中には、チェスやコントラクトブリッジ(トランプを使って4人でテーブルを囲んで行うゲーム)などもあり、残念ながら落選したとはいえ、それらのゲームも正式なスポーツと認められ、選考の対象になったのだ。 またアジア競技大会では、チェス、ビリヤード、競技ダンス(社交ダンス)のほか、囲碁や中国象棋(シャンチー)が正式競技として実施されたこともあった。もちろん、それらはすべて「SPORTS」なのだ。 「SPORTS」とは、もともとラテン語の「DEPORTARE(デポルターレ)」から生まれた言葉で、「日常生活(労働や仕事)から離れた遊びや祭りの時空間」という意味だ。「ゲームがスポーツ」理屈は分かるが納得できない だから今でも英和辞典でsportという言葉を引けば、「スポーツ、運動、競技、体育」といった訳語のほかに、「娯楽、遊び、遊技、冗談、おふざけ」といった言葉も書かれている。 つまり、労働や仕事など日常行う生産性を伴う作業以外の「非生産的行為」は、すべて「SPORTS」というわけなのだ。 だから椅子に座りっぱなしで、モニター画面で動くアニメーションを見つめ続け、コントローラーのキーをカチャカチャと押し続けることも、立派なスポーツというほかないのだ(逆に男女の交わりは、基本的に人間の動物的本能に根差した生産的行為であるので、「SPORTS」とは呼べないのだ)。 いや、そんな書き方は、eスポーツに取り組んでいる競技者に極めて失礼な表現といえるかもしれない。 なにしろ彼らは、インターネットで結ばれた相手と延々と数時間もかけて対戦し、雌雄を決する勝負に挑んでいるのだ。そのため一流の競技者は、常日頃からランニングでスタミナをつけ、腕や指先に疲れが生じないよう筋力トレーニングにも励んでいるという。決してソファに寝転んでポテトチップスをつまみながらできる競技ではない(らしい)のだ。 eスポーツには、2対2で闘うダブルスや、チームで争う団体競技もあるという。そして一流のプロたちが集うレベルの高い(賞金の高い)世界大会には、数万人もの観客が押し寄せ、会場の各所に設置された大型スクリーンで競技者の動かす画像(アニメーション)を見つめ、会場は大歓声や大拍手に包まれるらしい(すいません。筆者はまだeスポーツの現場に足を運んだことがなく、その興奮の実態を知らないのです)。 今年、日本のスポーツ界には大きな改革的出来事があった。まず「日本体育協会」が「日本スポーツ協会」と改称。2年後の東京五輪をきっかけに「国民体育大会」は「国民スポーツ大会」に、「体育の日」は「スポーツの日」に変わることも決まった。 スポーツとは、体育だけでなく知育も徳育も含まれる文化であり、体育にとどまらないさらに大きな意味を持つ概念なのだ。だから、このような言葉の変更には基本的には大賛成である。 しかし、eスポーツが五輪の正式競技に…と聞くと、小生はやはり首をかしげてしまう。「スポーツの本義に照らせば、明らかにスポーツの一種である」と認めるのはやぶさかではないのだが、何やら賛成しかねる意識が働く。「eスポーツ」でアジア大会の予選に出場した日本代表選手=2018年5月、東京都内(ゲッティ=共同) eスポーツを五輪の正式競技にしようとする背景には、巨額のカネを動かす世界のゲームメーカーの強大な圧力がある、という人もいるが、陸上、水泳、サッカー、球、ボクシング、柔道等々、今や巨額のカネの動かない世界的スポーツなど存在しない。ならば、巨大な産業資本がバックにあるからといって、eスポーツを排除する理由にはならい。 そこまで分かっていても、小生はeスポーツが五輪の正式競技になることに、納得がいきかねる。 それは小生が、時代遅れの古臭い年寄りになってしまっただけのことなのか。

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    eスポーツは五輪の「壊し屋」か、「カネのなる木」か

    春日良一(スポーツコンサルタント) オリンピック競技大会は創設以来成長し続けてきた。1896年に開催された第1回のアテネ五輪、競技種目数は9競技42種目に過ぎなかった。それから120年後の第31回リオデジャネイロ五輪では、28競技306種目に増えている。 この「巨大化」の流れについて、主催者である国際オリンピック委員会(IOC)も危機を感じていた。1992年のバルセロナ五輪の後、時のIOC会長、アントニオ・サマランチは「今後の大会では選手上限を1万人とする」と宣言した。しかし、現実にはその後も1万人に収まることはなく、リオでは1万1237人に膨れ上がった。 そして、2013年9月にIOC会長に就任したトマス・バッハは、打開策として中長期指針「アジェンダ2020」を発表した。これは巨大化による大会開催経費の増大問題や、それに伴う開催立候補都市の減少を意識したものであり、招致段階からの経費削減を図る姿勢も示されている。そして、夏季五輪については、選手1万500人、役員5千人、そして種目数310を上限とする指針を定めた。 しかし、2年後の東京五輪では、上限を超える33競技339種目が決定している。参加選手も、上限の1万500人を超えることも間違いないだろう。 理想と現実は違うと言ってしまえばそれまでだが、なぜこのような現象が起こるのか。実は、この現象に、現在IOCで検討されているeスポーツの五輪競技化の鍵が隠されている。国際オリンピック委員会の第7代会長、アントニオ・サマランチ=2000年9月撮影 その一つに、1984年のロサンゼルス五輪がある。76年のモントリオール五輪は、閉幕後、市民がその負債を何年も背負わなければならない事態に追い込まれ、それ以降の大会運営の見通しは決して楽観できるものではなかった。だが、ロサンゼルス五輪の組織委員会は、米政府や都市の援助を一切受けずに、五輪を黒字に導くという離れ業をやってみせた。 黒字の立役者として、組織委会長で実業家のピーター・ユベロスの功績がたたえられているが、実は、その裏にサマランチの手腕があった。それまで商業的利用を一切禁じてきたオリンピックシンボル、あの青・黄・黒・緑・赤の五輪マークを商業利用することに踏み切ったのである。求められ始めた「二兎」 それは五輪の理念である「スポーツで平和な世界を構築する」、いわば平和運動を支えるための資金を自らの努力で得ていくことを表明した瞬間であった。サマランチの決断によって、五輪は今後も開催される「持続可能性」を広げたのである。 五輪の「持続可能性」を支える商業利用は「オリンピックマーケティング」と呼ばれている。トップスポンサーと呼ばれる企業が巨額な資金を投じ、自社製品を五輪のポジティブなイメージで売り出し、世界展開させることに成功したのが良い例である。 さらにテレビ放映権や入場券収入なども取り込むことで、オリンピックマーケティングが進化していく。その過程で、人気のある競技の採用も求められるようになる。 「サマランチベビー」と呼ばれるトライアスロンやビーチバレーなどはこうして五輪種目に追加されてきたのである。その一方で、サマランチによる「選手1万人宣言」は、結果的に実現が遠のくことになった。W杯ボルダリング第5戦 準決勝に進んだ野口啓代=2018年6月 アジェンダ2020を提言したバッハが会長に選ばれた五輪総会で、折しも東京開催が決定したが、東京五輪でも追加種目が認められた。若者たちをターゲットとした種目が求められ、五輪の肥大化を回避することはできなかった。なぜなら、東京大会から採用されたスケートボードやスポーツクライミングは、アジェンダ2020が求める「五輪の持続可能性」にとって欠かせない種目でもあったからだ。 要は、五輪の「持続可能性」を考えた場合、資金調達とともに次世代である若者の参画が重要になるということだ。参画にはアスリートとしての参加はもちろん、観客としての応援も含まれる。そのためには、若者が関心を寄せやすい新たな競技が求められる。 資金調達と若者の参画、この二つを同時に解決することができる競技はないか。そこで浮かび上がってきたのが「eスポーツ」なのである。IOCに渦巻く賛否両論 eスポーツの定義を簡単に言えば、対戦型コンピューターゲームだ。 インドネシアで行われている第18回アジア競技大会では、公開競技としてeスポーツが実施され、日本からも代表が参加している。IOCでは、このeスポーツを五輪競技として正式採用するかどうかの議論を始めており、あるIOC幹部の話によると、現在、賛成と反対が半々ぐらいだという。 賛成派は、オリンピックマーケティングの観点から、すでに世界で1億人以上の「競技人口」を持ち、コンピューターゲームを開発する大企業がスポンサーで大会賞金額が100億円を超えるeスポーツは、非常に価値が高いと見る。 一方、反対派の意見はこうだ。五輪の理念で、アスリートは心と体のバランスを考えた向上を目指すことを推奨しており、この考えの根本には、スポーツは身体活動を伴うものであることが前提とされている。五輪を支えるのは自らの肉体を通じて、その限界に挑むアスリートである。そこには、五輪の原点、古代ギリシャのヘレニズム時代にあった「人間賛歌」の思想が隠されている。 つまり、自らの肉体を努力によって最善の状態に導くことが求められるため、十全とした身体活動を伴わないeスポーツはそもそも五輪の理念と矛盾するのではないか、という意見だ。 さらに、五輪を支える哲学であるオリンピズムは、「人間の尊厳の保持に重きを置き、平和な社会の推進を目指すために、人類の調和のとれた発展にスポーツを役立てる」ことをゴールとしている。コンピューターゲームの多くは相手を征服するゲームであり、戦争型のものが多い。これは五輪の平和運動と相いれない。アジア大会で公開競技となるeスポーツの選手を育成する大阪市内の通信制高校=2018年8月(前川純一郎撮影) だが、五輪競技に参入していないものの、チェスの国際競技連盟は古くからIOCの承認団体であったし、中華全国体育総会は「(中国)将棋」を、陸上や水泳と同等の競技団体に当初から加えている。筆者はかつて、そのことを直接中国にただしたことがあるが、彼らの答えは「チェスや将棋は頭という身体活動を使うから」という、いたってシンプルなものだった。この理屈から考えれば、指も頭も使うeスポーツを加えてもおかしくはない。五輪参入の可能性は? そもそも日中韓が加盟するアジア・オリンピック評議会(OCA)が主催するアジア競技大会は、アジア特有の伝統スポーツにも門戸を広げることをよしとしてきた。実際、1994年の広島アジア大会では「足のバレー」セパタクローや「インドの国技」カバディが新たに実施された。 五輪でも、かつての実施競技で、綱引きがあったことはよく知られている。今やすっかりおなじみとなったスノーボードが長野冬季五輪から競技に入ったときにも、日本では驚いた人が多かったのではないだろうか。東京五輪ではサーフィンも登場する。 過去を振り返れば、第1回のアテネ五輪では、女性アスリートは参加できなかった。今、アジェンダ2020では、男女の参加人数が「平等」になることを目指している。また、五輪はアマチュアのアスリート以外は参加できなかったが、至高のスポーツ大会を目指し、プロの参加も当たり前になった。 このように五輪史を見れば、コンピューターゲームの進化と生活様式の変貌により、eスポーツを五輪競技とすることを普通に受け入れる日が来ないとは言い切れない。だが、五輪の原点が、あくまでも人間の身体を基礎としていることは忘れてはならないのではないか。 身体を鍛え、「より速く!より高く!より強く!」(「オリンピックモットー」)を求める努力の中で、人間は自らの限界とそれを超える力を学ぶのである。身体活動を理想的な状況に持っていくための日々の努力がその人の心を育て、そして競技を通じて、闘う相手を敬うことを「身体的に」学び、そこから国を超え、人種を越え、政治を超えた人と人の和が生まれる。これこそがスポーツに与えられた特権である。 だから、筆者はeスポーツに同じ経験を求めるのは難しいのではないかと考えている。だが、あえて五輪参入の可能性を探るなら、「スポーツでの平和構築」という五輪の理念を体現することが必要だろう。具体的には、バトルゲームからの転換を果たすことであり、さらに、リアルなスポーツが生み出す経験を疑似的に提供できればいいのかもしれない。アジアで初めてIOC委員に就任した嘉納治五郎 もし、参入が実現すれば、デジタル化時代における五輪競技「eスポーツ」が新たなスポーツの形と可能性を示すことができるだろう。五輪とパラリンピックが共存しているように、eスポーツもリアルスポーツとの共存が、大きな一歩につながるはずである。 日本の五輪運動の創始者、嘉納治五郎が唱えた理念「精力善用」と「自他共栄」は、柔道という身体活動から生まれた。全力で社会のために尽くし、相手への尊敬と感謝の念を忘れず自他共に栄える世の中にする努力を積み重ねることの大切さを示したものだ。 この哲学が、今回のeスポーツ五輪参入問題を解決するヒントになるのではないか。五輪の本質が問われている今こそ、嘉納の理念を生かすことが求められる。(文中敬称略)