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    東京五輪「1年延期」に安堵するなかれ

    新型コロナウイルスの感染拡大で、東京五輪・パラリンピックが「1年延期」となった。ただ、安堵感が広がる一方で、懐疑的な声も少なくない。「中止よりマシ」なのだろうが、種目によっては選手に多大な負担増を強いかねず、経済的側面もやり方を誤れば大損失を招くだけだ。「1年延期」にどう対峙すべきなのか。

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    ボクシング元世界王者が危惧、階級制種目「五輪1年延期」の重み

    も心身ともに充実してピークの状態で戦えていたのは、5年くらいだった。加えて、ボクシングのような階級制スポーツは減量があるため、他のスポーツに比べ「年齢による影響」は大きい。しかも、これは若い選手ほど顕著にあらわれる。選手の経済的救済も必要 そして、日本のボクシング代表選手のほとんどが20代前半だ。彼らの体はまだ成長している段階のため、厳しい減量が求められている。たった1年ではあるが、今年と来年の開催では、選手のパフォーマンスも大きく変わってくるだろう。  また、「身体的な影響」に伴い「精神的な影響」への懸念もある。日々の節制や、体重コントロール、毎日のハードな練習など、ボクシングに限らず、アスリートには多くのプレッシャーがかかる。 そこから早く解放されたいという思いもあるだろう。また、新型コロナウイルスがどこまで長引くか先行きが見えない不安もある。彼らの不安を解消するためにも、一刻も早い今後のスケジュールの決定が求められる。 延期が決まったことで、選手活動を続ける上での「経済的な影響」も出てくるだろう。五輪延期に限らず、経済的な不安を抱える選手は多い。特にマイナースポーツなどではスポンサーもつきにくく、仕事をしながら競技を続けている選手も少なくない。 アルバイトを続けながら練習に励み、休みの日には、自らスポンサー営業を行うという選手もいた。そのため五輪が1年先延ばしにされたことで、競技を続けるための資金集めに苦労する選手も増えるだろう。 新型コロナウイルスの影響で企業への救済措置は多いが、選手のための措置はあまり聞かない。今回の影響で五輪への夢が閉ざされ、引退する選手が出てもおかしくない。選手への救済措置も検討すべきだろう。 近年はビジネスが先行した「商業五輪」と呼ばれている。五輪開催は大きな経済効果をもたらすため、スポンサーや放映権など、「カネ」を生み出す企業の意向が重視される傾向にある。 だが、五輪で主役となるのは企業でもスポンサーでもない、選手たちだ。選手ファーストを掲げるのであれば、選手たちの意見にもっと耳を傾けてほしい。  今回の一連の騒動が始まった当初、選手たちは困惑を隠せなかったようで、「ベストな状況でできるなら延期した方がいい」との声も聞かれた。日程が決まらなければ、それに向けての準備や調整などの計画も立てられないからだ。東京五輪延期を受けて発足した「大会実施本部」の第1回会合に参加する室伏広治スポーツディレクター(中央)ら=2020年3月、東京都中央区(矢島康弘撮影)  冒頭でも指摘したが、特にボクシングのような階級制で減量が不可欠な種目の選手は、調整が非常に難しくなる。 五輪は世界最高峰の選手たちが集まり、最高のパフォーマンスを見せてくれるからこそ価値がある。主役である選手のことを第一に考え、安心して競技に専念できる環境を整えてほしい。2021年の東京五輪が、選手ファーストで開催されることを切に願う。

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    日本のオリンピック招致、もう「夢見る」だけでいい

    大峰光博(名桜大人間健康学部准教授) 東京五輪・パラリンピックの開催が約1年延期されることが決まった。課題は山積しているが、通常開催や2年後の開催、そして中止といった他の選択肢と比較すると、現状では、多くの人々にとって最もダメージが少ない選択肢だったといえる。 早速、2021年の開催に向けて議論が活発になっているが、本稿では新型コロナウイルスの世界的に影響を及ぼした今回の延期を踏まえ、今後の招致の在り方に焦点を当てながら、五輪のさらなる未来について論じたい。 2020年1月29日、日本オリンピック委員会(JOC)は2030年の冬季五輪・パラリンピックについて、札幌市を国内の候補地とすることを決めた。 JOCが札幌を国内の候補地として決定した際、北海道の鈴木直道知事は「五輪が道内で開催されることは、北海道の魅力を全世界に発信することなどにより、地域の活性化や観光振興につながる。連携を強めて取り組みたい」とコメントした。しかし、五輪開催が地域の活性化や観光振興につながるかは極めて疑わしい。 経済学者で米スミス大のアンドリュー・ジンバリスト教授は、著書『オリンピック経済幻想論:2020年東京五輪で日本が失うもの』で、五輪による経済効果を検証し、地域の活性化や観光振興につながらない点をデータに基づいて示した。事実、前回と前々回の冬季五輪・パラリンピック開催地、韓国・平昌(ピョンチャン)とロシア・ソチも、大会終了後に人はあふれていない。 また、政治学者で米パシフィック大のジュールズ・ボイコフ教授が著書『オリンピック秘史』で指摘したように、五輪は民間企業に利益をもたらす一方、納税者にリスクを負わせる偏った公民連携の構造を有する。近年、住民投票の結果から招致撤退が相次いでいることは、五輪開催後に重くのしかかる財政負担から、地域活性化や観光振興につながらない証左となっている。 JOCが札幌を国内の候補地に決定した1月時点で、新型コロナウイルスの影響は、日本国内で顕在化していなかった。ところが早くから感染者が確認され、現在も東京に次ぐ感染者数の北海道では、拡大防止のための厳しい戦いが続いており、とても招致活動どころではない。日本オリンピック委員会(JOC)の理事会であいさつする山下泰裕会長(右から3人目)。同4人目は田嶋幸三副会長=2020年1月(代表撮影) ただ、北海道や日本で新型コロナウイルスが終息した後も、札幌は招致活動を再開すべきではなく、また、日本に暮らすわれわれも活動を支持すべきではない。まず上述したように、五輪が地域の活性化や観光振興につながらないからだ。 それに、札幌のある北海道には、07年に財政再建団体に指定された夕張市が存在する。鈴木知事も11年から夕張市長を2期務め、約353億円の赤字解消を進めた。市職員の給与カットや人員削減、医療機関の縮小、小中学校の統廃合、図書館や公衆便所の閉鎖といった歳出カットだけでなく、水道料金の値上げといった負担も市民に課された。結局、ツケを支払う日本国民 市庁舎は経費節減のため午後5時になると暖房が切られるため、室温が氷点下まで低下することもあるという。市のホームページには現在も「借金時計」が示され、市民の厳しい生活環境が伝わってくる。 札幌市の秋元克広市長は鈴木知事と同様に「JOCとともに国や競技団体と連携を進め、オール北海道、オールジャパンによる招致体制の構築に取り組んでいきたい」と五輪開催に意欲を示していた。「オール北海道」という掛け声のもと、招致活動に多額の資金が投入されることで、道の夕張市への支援が削られることを懸念する。 秋元市長はオールジャパンによる招致体制構築のため、2月6日に萩生田光一文部科学相を訪れ、活動支援を要望した。当然のことながら、招致活動の支援には、税金が投入される。ただ、JOCの竹田恒和前会長が、東京五輪招致の際に不正な支出を行ったという疑いから退任に追い込まれたように、今も招致活動には不透明な支出も存在する。これも招致活動に反対する理由である。 さらには、東京五輪の男女マラソン・競歩コースの札幌移転で明らかになったように、追加的な財政負担が必要になった際に、国際オリンピック委員会(IOC)が負担を行うことはない。「オリンピック競技大会の組織運営と開催について、なんら財政的な責任を負わない」という五輪憲章第36条をもとに、IOCは開催都市や開催国に負担を押し付けるだろう。 これらの問題が解決されないまま招致活動を進めれば、多くの負の遺産を生むことになる。この点は、札幌や北海道に限定されず、他の自治体においても同じ話である。 72年札幌五輪でつくられた施設の再利用が可能な北海道が他の自治体と比較して、五輪の招致や開催に伴う痛みを最も軽減できるだろう。だが、五輪に伴う経費の中で、施設の建設に関わる費用は一部である。 今回の東京五輪でも明らかになったように、開催都市が計画した予算内で大会が実施されることはなく、それも大幅に予算を上回る結果となる。ボイコフ氏は、1960年から2012年までに開催された五輪が例外なく予算を超過しているという英オックスフォード大による研究成果を紹介している。結局、ツケを支払うのは国民である。 日本国内には、夕張市のほかに財政再建団体に陥る可能性がある自治体も存在する。五輪による一時の熱狂よりも優先されるのは、医療機関や学校、図書館といった公共サービスの充実だ。今回の新型コロナウイルスの影響から、医療機関の充実がいかに重要であるかを、われわれは改めて認識させられた。北海道の鈴木直道知事(左)と札幌市の秋元克広市長(右)を表敬訪問したJOCの山下泰裕会長=2019年10月、札幌市中央区 特に、北海道は、その重要性がさらに高まったであろう。そして短期的な経済効果よりも、水道料金の引き下げや税負担の軽減が国民の幸福につながる。 五輪を招致し、開催する資格があるのは、財政的な余裕がある都市や国である。現在の北海道と日本には立候補する資格がない。今こそ、立ち止まる勇気を また、周知のように、急激な景気悪化から、今後、政府が大規模な財政出動を検討している。さらに、五輪の延期に伴い、全国的にさらなる人的、財政的負担が強いられる。今こそ、進む勇気ではなく、立ち止まる勇気が求められている。 筆者は五輪やIOCを全面的に否定する立場にはない。中高の部活動でバスケットボールに取り組んだきっかけは、92年のバルセロナ五輪で結成された米国のドリームチームに集い、卓越したパフォーマンスを見せるマイケル・ジョーダンやマジック・ジョンソンに心を奪われたからだ。また、大学で取り組んだトライアスロンでは五輪出場を夢見た時期もある。 ただ当時は、五輪にまつわる問題は一部の人間だけが知り得る話であり、顕在化していなかった。現代になって、多くの人々が五輪の招致・開催に多くのリスクがあることに気づいており、今回の延期によって、さらに痛感させられたことになる。 仮に、札幌市への招致を強引に行って開催までこぎつけた際には、オリンピアンやパラリンピアンも批判の対象となりかねない。あなたたちのせいで税負担が増し、受けられるべき公共サービスを削られることになってしまったと。このような結果を看過するようでは「アスリートファースト」とは到底呼べない。 上述のように、現在、住民投票の結果から招致撤退が相次いでおり、五輪の招致は売り手市場ではなく、買い手市場になっている。IOCも危機感を持っており、立候補都市を増やすため、立候補にかかる手数料の減額や複数の都市での開催を容認し始めている。 19年6月、招致活動から撤退した都市が相次いだ26年冬季五輪の開催都市について、IOCはイタリアのミラノとコルティナダンペッツォの共催を決定した。決選投票で敗れたスウェーデンも、ストックホルムとオーレの共催を提案していた。 これまでの五輪の中で、IOCの苦境を見極め、成功を収めたことで有名なのが、1984年のロサンゼルス五輪である。大会委員長のピーター・ユベロス氏による巧みな戦略にもあって、五輪の商業化が本格化したと言われているが、実は開催にあたり立候補した都市がロサンゼルスだけであったことはあまり知られていない。華やかだった1984年ロサンゼルスオリンピックの開会式(共同) 76年のモントリオール五輪で、モントリオール市が抱えた莫大(ばくだい)な負債がその後の立候補都市の減少に拍車をかけた。そのような買い手市場で、ロサンゼルス市は赤字が出た場合には、IOCに補償させる取り決めを行ったのである。 IOCのさらなる変革が期待される中、札幌や他の自治体がIOCの顔色をうかがって立候補に乗り出すことだけはあってはならない。

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    東京五輪は「2年延期」がベストだったのか

    新田日明 (スポーツライター) 果たして無事に開幕を迎えられるのか。東京五輪・パラリンピックは1年程度の延期が決まった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受け、IOC(国際オリンピック委員会)は予定通りの開催を断念。調整を行った上、近々にも新たな大会スケジュールを決定する見込みだが、とにかく難問は山積している。 現状で予想される新たな日程プランを複数出しながら施設の確保、宿泊及び輸送、スタッフとの契約延長など大会運営の根幹にかかわる事項一つひとつの見直しに日本側は着手。東京オリンピック・パラリンピック大会組織委員会が中心となって、これらの〝超難解なパズル〟を何とか組み立てるべく水面下で早くも動き出している。 日本政府の安倍晋三首相はIOCのトーマス・バッハ会長との電話会談を終え、東京五輪の開催時期について「遅くても21年の夏までに、ということで合意をしたところ」と述べた。今のところ、ちょうど1年延期となる2021年7月末の開催が濃厚とみられている。水泳、陸上の世界選手権とバッティングするが、いずれの大会主催側も要請があれば日程を変更する用意があるとの意思を表明済みだ。 2021年春の開催説もささやかれているとはいえ、真夏の酷暑を避けられるメリットだけで推し進める考えには同調できない。延期の期間が短ければ短いほど世界には新型コロナウイルスの脅威に対し、まだどうしてもさいなまれそうな雰囲気が漂う。 実は東京五輪に延期論が飛び交い始めた頃、大会組織委員会やJOC(日本オリンピック委員会)の中からは「1年延期」に難色を示す指摘も少なからず出ていた。その一派が声を大にしながら主張していたプランが「2年延期」である。 たった1年程度で新型コロナウイルスのパンデミックが沈静化し、WHO(世界保健機構)の終息宣言が見込めるとは到底思えない。だからこそ東京五輪に向けて2年延期の長いスパンを設け、史上最凶ウイルスの完全な撲滅に取り組むべき。あくまでも五輪開催は人類がウイルスとの戦いに勝利してからの話である――。その主張を終始一貫し続けていたのだ。 延期リミットとされ、最も実現の可能性が高い2021年夏の開催についても専門家の間では「たとえ、この頃であったとしても新型コロナウイルスの世界的に感染リスクが劇的な形で下がるかどうかは非常に不透明で難しい」と分析する向きがくすぶっている。東京五輪・パラリンピックの延期決定から一夜明け、日時が表示されたカウントダウンクロック 3月25日午前、JR東京駅前(原田史郎撮影) これまで2年延期派が懸念していたのは、2021年の春か夏に延期を決めたものの新型コロナウイルスの蔓延が治まらず、結局今年と同じように大会数カ月前で開催断念という最悪の流れにつながってしまうこと。もし、こうなってしまうと今度ばかりは大会の再延期が当然ながら絶望的になる。 ただでさえ現時点でも東京五輪の延期に伴う莫大な軍資金が必要とされているところに、一度ならず二度までも再延期によって多額のカネを要するとなれば日本はダブルパンチを食らって完全にパンクしてしまう。そういう背景を鑑みれば、東京五輪の2021年大会は開催前に不測の事態が起こったとしても「再延期」はまず不可能で「中止」とせざるを得ない可能性のほうが圧倒的に高いだろう。「1年程度の延期はどう考えても短過ぎです」 アスリートたちにとっても東京五輪の1年程度の延期は必ずしも全員が歓迎している決定事項ではない。新型コロナウイルスの悪影響が続けば、練習環境も整わず満足な調整は延々とできないままということになる。パンデミックに終息の見込みが立たない中、大会本番までのスケジュールには十分過ぎるほどの余裕があるわけでもない。 日本代表に決まっていない候補選手たちも本来であれば実戦を重ねた末に予選へ出場し、何とか夢の切符をつかみたいところだ。 だが政府や行政から出された自粛指令によって今も悶々とした日々を過ごしており、最長で来夏開幕となる東京五輪に向けたシナリオを組むメドすら立っていない。 その挙句、もし延期→中止のダブルショックを受けるとなると精神的に計り知れないほどの大きなダメージを彼らアスリートたちは被ることになるだろう。 おそらく、それはアスリート生命を揺るがせてしまうほどの致命的なものになってしまうはずだ。桜の花と台場の海上に浮かぶ五輪マーク  東京都港区(川口良介撮影) 団体競技で東京五輪の代表権獲得を目指す男子選手は「ハッキリと言いますが、僕は『2年延期』が希望でした。1年程度の延期はどう考えても短過ぎです」と言い切る。そして、こうも続けた。 「アスリートファーストとは言いますが、1年程度の延期に決まったことはどちらかと言えば日本政府や大会組織委員会の思惑のほうに重きを置いた結果なのかなという気がしています。もちろん、2年後になってしまったら今のレベルを保てないという代表選手が多く出てくることも当然でしょう。ただ、それでもコロナを封じ込めるために『1年程度』では、どう考えても足りないのではないでしょうか。そう思っている世の中の人はきっと多いと思いますよ。何となく見切り発車で延期し、結局中止になってしまったら元も子もないです」 コロナショックの勢いに歯止めがかからないことを考えると、明らかに短い1年程度の延期決定にはややギャンブル的な発想も絡んでいるような気がしてならない。

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    1964年の東京パラ 日本の障害者像と異なる外国人選手の衝撃

     いまでは「第2回パラリンピック東京大会」として知られている。現行方式とは異なり、事故による脊髄損傷などで下半身麻痺となった車椅子の人を対象とする国際大会だった。この1964年のパラリンピックについて、『アナザー1964 パラリンピック序章』を上梓したノンフィクション作家・稲泉連氏が迫る。 * * * 1964年のパラリンピックは、出場者や運営を支えた人々に、大きな刺激を与えた大会となった。会場で彼らが交流した車椅子の外国人選手たちの姿が、それまでの日本における「障害者像」とはあまりに異なっていたからである。 例えば、2人の日本人女性選手のうちの1人だった笹原千代乃氏は、「私なんかは日本人選手の中で、いちばんうつむいていたから、彼らの明るさが本当に不思議でねェ」と振り返る。 彼女がとりわけ興味を持ったのが、女性外国人選手たちの脚の美しさだった。脊髄損傷で車椅子の生活を送る人の脚は、どうしても痩せて細くなりがちだ。リハビリの概念が希薄だった当時は尚更そうだった。だが、オランダ人の女性選手たちの脚は太く、それがどうしても気になった彼女は、語学奉仕団の1人に通訳を頼んで話を聞いてみた。すると、ストッキングに綿を入れて綺麗に見せていると言うのである。「彼女たちはそんなふうにおしゃれにも気を使っていてね。それに、聞けばみんな結婚していて、子供もいて、家にはプールがあって、自動車を運転していて…と次々に言うの。私、驚いちゃって」 療養所や労災病院の「入所者」や「患者」だった日本人選手は体格も華奢で、会場ではうつむきがちの者がほとんどだった。 一方で上半身が見事に鍛えられた外国人選手たちは、弁護士や教師、官僚や音楽家といった専門職であることも普通だった。 腕の力でクルリと車椅子を回転させる様子や、ポケットから煙草を取り出して火を付け、実に洒脱な雰囲気で談笑する彼らの立ち居振る舞いは、1960年代に生きる日本人のイメージする「障害者像」を大きく覆したのだった。写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 別府の療養所から出場した近藤秀夫氏もこう振り返る。「とにかく、笑顔もなくぼそぼそと話す日本人選手と比べて、外国人選手たちは誰もが堂々としていました。その姿を見ていると、日本の施設の職員たちが言う『自立』と、彼らにとっての『自立』との間にはかけ離れた何かがあるんだ、と私は思ったものです。 今なら私もその理由が分かる。要するに、社会での生活を自分自身がコントロールしているという自信というのでしょうか。結婚もして、普通の人たちと同じように街の中で生きている、という自信のようなものが、彼らの堂々とした雰囲気の背景にはあったんですね」取材・文/稲泉連関連記事■1964年の東京パラリンピック出場者が振り返る当時の空気感■56年前聖火リレー走った三遊亭小遊三、面倒くせぇなと思った■東京五輪「1年延期」でメダル可能性高まる競技と選手は■稲垣吾郎と高橋尚子氏、パラリンピックイベントで見せた表情■介護業界で働く北原佐和子 女優との共通点について語る

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    五輪延期でどうなる? スポンサー契約、森氏去就、嵐の活動

     東京五輪の開催延期で、多方面で対応に追われている。抽選に当たって購入したチケットや、選ばれたボランティアはどうなるのか。大会組織委員会に聞くと、「検討中です」と答えるのみ。都の元職員で、五輪招致活動の推進担当課長を務めた鈴木知幸・国士舘大学客員教授はこう分析する。「開催施設が変わり、収容人数も減る可能性がある。延期で参加できなくなった人には払い戻しや辞退を認めるという柔軟な対応を取らざるをえない。様々な問題を解決しなければならないため、方針決定にはまだ時間がかかるでしょう」 組織委員会も問題を抱えている。森喜朗会長ら理事の任期は昨年6月からの2年間。開催時期次第で、再度、評議員会での選出が必要になる。「その時点で森会長は83歳になっている。健康状態次第ではすんなり“任期も延長”となるかはわからない」(組織委関係者)という状況だ。 スポンサー企業も対応に追われる。「IOCからの正式な連絡が来ていないのでコメントできない」(ワールドワイドオリンピックパートナーのパナソニック宣伝広報部)と、様子見の姿勢だが、あるスポンサー企業の関係者はこう打ち明ける。「スポンサー契約は今年12月で切れるため、来夏開催だと追加の契約料が発生するかもしれない。CMは撮り直さずに使い続ければいいが、出演タレントとの契約延長が必要です。支出がどれほど増えるか、現時点では見当もつかない」 そんな中で最も注目されているのがアイドルグループ・嵐の去就。NHKの東京五輪スペシャルナビゲーターを務めているが、昨年1月、「2020年12月31日をもって活動を休止する」と発表している。五輪とともに嵐の活動も“延長”されるのか。「NHKは会見で変更する考えはないと発言したが、問題はメンバーのモチベーション。芸能界を見渡しても代わりになる存在はいないだけに、もうひと頑張りしてもらうしかないのでは」(芸能評論家の三杉武氏) 活動休止も“延期”となることを期待する声は大きくなりそうだ。関連記事■4月から事実上の「首都封鎖」、その先に待ち受ける事態は?■安倍首相別荘訪問者 小泉、森、榊原に加え“悪だくみ”人脈も■田嶋幸三氏のコロナ陽性発覚で「妻ルート」が心配される理由■韓国で「放射能五輪」キャンペーン 2020年の日韓関係は■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」

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    東京五輪「中止か否か」議論の違和感

    がる中、東京五輪の対応を巡って賛否両論渦巻いている。ただ、議論は結局、経済的ダメージの懸念が中心で、スポーツの祭典としての視点を欠いている感が否めない。そもそも、こうした議論の前にやるべきことがあるのではないか。

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    結局カネの懸念だけ、東京五輪「中止か否か」議論の前にやるべきこと

    武田薫(スポーツライター) 7月24日開催予定の東京オリンピックは、新型コロナウイルスの感染拡大によって中止か否かの瀬戸際に立たされている。 残るは4カ月。森喜朗組織委員会会長をはじめ、橋本聖子五輪担当相、小池百合子東京都知事らは「開催以外の選択肢は考えていない」と強調するが、猛威を振るうウイルスの正体がつかめないのだから、「やる」という心意気だけを聞かされても始まらない。 ただ、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が「開催する」と言い続けることには、それなりの意味がある。 オリンピックは過去3度中止した。1926年のベルリン、40年の東京(代替地ヘルシンキも)、44年のロンドンはいずれも大戦によって中止に追い込まれたのだが、これらも大会回数に加えられている。オリンピック運動の本質が選手のパフォーマンスよりも、開催自体に存在意義を置いていることを示唆したものだ。 古代オリンピックがそうだったように、近代オリンピックも大会中は武器を置くという「平和的機関」としての絶対的意義。「今年は都合が悪いから来年に」という相対的な姿勢は、少なくともこれまではとってこなかった。延期という選択肢はなく、残された時間、IOCはギリギリまで開催に向け努力するだろう。 1908年にはローマ開催の予定が、ベスビオ火山の噴火で半年前にロンドンに移されている。ロンドンは近代スポーツの発祥地、まして2大会前に開催しているから、いつでも受け入れは可能だが、今回のウイルス禍は汎地球規模だから会場変更で片付かない。「やる、やらない」という仮定の話より、もっと論議することはあるように思う。 今回の東京オリンピックの最大の課題は、アマプロ問題と考えてきた。オリンピックは84年のロサンゼルス大会でオープン化に踏み切ってアマプロの垣根をとり払った。 ところが、アジア域でリーダー的存在のわが国では、伝統に脚を取られて改革が進まず、いまだにアマチュアリズムが4年に1度だけプロ集団を統括するような変則の形態が続いている。最近も曖昧なアマプロ関係を露呈した例があった。東京五輪に向け、聖火を採火する巫女姿の女性(右手前)=2020年3月、ギリシャ・オリンピアのヘラ神殿(代表撮影) 3月6、7日に兵庫県三木市でテニスの国別対抗戦デビス杯のプレーオフが行われ、日本はエクアドルに3連敗し、ファイナル出場権を失った。課題山積の「選考」 エースの錦織圭が故障明けで戦えないのは分かっていても、格下相手の鉄板試合とみられていたが、第2エースの西岡良仁が直前に渡米し、日本はいわば「飛車角」落ち。西岡の離脱は、新型コロナウイルスの急速な感染拡大によって次のツアーの主戦場である米国本土が封鎖される恐れがあったからだ。 しかし、事情はエクアドル代表も同じである。日本がリスク回避をし、相手はリスクを背負って乗り込んだ―その気持ちの差がはっきり出た。 デ杯を統括する日本テニス協会強化本部は「今年から個人戦を優先させる」(岩渕聡監督)方針に切り替えた。それでも、デ杯は日本のテニスの屋台骨であり続けただけに勝ちたかったが、ここにもう一つ、オリンピックという踏み絵があった。 テニスの場合、オリンピック出場には世界ランク60位内を確保しておく必要があり、西岡はその時点で48位。デ杯の日の丸を捨てて個人戦優先(ランキング)という背後では、オリンピックの日の丸が密着し「(西岡の離脱は)オリンピックのことも考えてくれてありがたかった」(土橋登志久強化本部長)という複雑な心境があった。 日本オリンピック委員会(JOC)から協会への助成金は代表成果に比例し、強化本部のスタッフのほとんどがJOC派遣コーチ、ツアー経験者はいない…。残れとも、行けとも、どちらとも言えない指揮系統。代表としても結果を出したい選手たちが、アマプロの垣根を挟んで、糸の切れた凧(たこ)のような状態になっている。 マラソンでも同じようなことが起きている。オリンピック代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は話題を呼んだ新方式だったが、多くの問題も残した。マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)でスタートする(左列手前から)大迫傑、設楽悠太ら=2019年9月、東京・明治神宮外苑(代表撮影) 暑さの残る9月15日、本番とほぼ同じコースでの一発勝負はいいアイディアと思われたが、MGC予選が終わったところで腰を抜かした。世界陸連(WA)が出してきたオリンピック参加標準記録が、前回リオの2時間19分を大幅に縮めた2時間11分30秒(男子)だった。 MGCの予想記録は、暑さを勘案して2時間12分前後、〝一発選考レース〟で代表が決まらないという惚けた可能性が出てきた。3カ月後にどうにかMGC5位までの代表入りを認めさせたが、世間知らずを露呈した。国内人気に目を奪われ、海外マラソンが厚底シューズで大幅にスピードアップしている現実を知らなかった。経済の担保はない五輪憲章 確かにマラソンは日本のお家芸だった。60年代前半、2時間20分を切ったランナーがアメリカの1人に対し、日本には30人近くと、現在のケニアの様相を呈していた。 マラソンを支えたのが、戦後に誕生した実業団という形態だ。米国の奨学生制度、社会主義圏の公務員アスリート(ステートアマ)に対峙させたシステムは、戦後の日本のスポーツを飛躍的に強化普及させ、海外選手がうらやんだ。 ところが、91年の世界陸連理事会で胸ゼッケンの社名は広告、実業団はプロと規定された。かつて瀬古利彦を脅かした中山竹通(たけゆき)は「ぼくはプロです」とコメントしてコーチに叱られたそうだが、アマプロ論議をスルーしている内に、マラソンはアフリカ勢によるプロランナーの世界になった。 国内大会に招待されたケニア勢にとってペースメーカーは引っ張る役目ではなく前半を抑える役目。アマチュアに構っていられないと、自分たちで別のレースをしている。 賞金の多寡はあれ、84年以降、あらゆる競技がプロ化を進めてツアー、リーグ、世界選手権などが発展した。陸上競技の現在の世界記録はほとんどオリンピック以外で作られたものだ。 オリンピックの名誉に変わりはないとはいえ、4年というオリンピック単位がまどろっこしくなっているのも事実だ。話は戻るが、そうしたそれぞれの競技日程の点からもオリンピックの延期は難しいことになる。 プロとはカネの話しだけではなく職業意識だ。スポーツはいまや社会生活に欠かせないリフレッシュ機関であり生活風景となっている。 国際大会だけでなく日本独特の大会もあり、箱根駅伝、高校野球、インターハイは今も若いアスリートたちの目標だが、図らずも新型コロナウイルスの急速な伝播が示したように、いまやスポーツも日本国内の規範だけで話しは留まらないところにきている。お台場海浜公園で水上に設置された五輪マークのモニュメント=2020年1月 オリンピックを「やるか、中止か」の議論を聞いていると、話しはまるで経済問題である。オリンピック憲章は経済を全く担保していない。この機会に、アマプロ論議を一歩でも進めないかぎり、スポーツはわれわれの実感から少しずつ遠ざかっていくのではないか、それが心配だ。

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    五輪マラソン最後の1枠最有力、大迫傑が見せた「賢者の選択」

    酒井政人(スポーツライター) マラソンの東京五輪代表争いがクライマックスを迎えようとしている。男子はマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)で2位以内に入った中村匠吾(富士通)と服部勇馬(トヨタ自動車)の代表が内定。3位の大迫傑(すぐる、ナイキ)はMGCファイナルチャレンジで日本陸連の設定記録を突破する選手がいなければ代表内定となる。 大迫は自ら五輪チケットを奪いに行くべきか。それとも、果報を待つべきか。日本記録保持者の動向が注目されていた。 そのような中で、大迫は3月1日の東京マラソンにエントリーした。最後の1枠は「東京決着」の予感が漂ってきた。 MGCファイナルチャレンジで日本陸連が定めた設定記録は大迫が保持する日本記録を1秒上回る2時間5分49秒。冷静に考えると、この記録を上回るのは簡単ではない。日本陸連の瀬古利彦マラソン強化戦略プロジェクトリーダーは「私が大迫の立場なら出ない」と話すほどだ。 男子のMGCファイナルチャレンジは、昨年12月の福岡国際、3月1日の東京、同8日のびわ湖毎日の3レースが指定されている。福岡国際は、日本人トップ(2位)の藤本拓(トヨタ自動車)のタイムが2時間9分36秒で、条件を満たすことができなかった。びわ湖は、大会記録が2時間6分13秒で、前回の優勝タイムが2時間7分53秒。設定記録に届く可能性は極めて低い。 チャンスがあるとすれば、高速コースの東京しかない。大会記録は2時間3分58秒で、3年連続して設定記録を上回るランナーが出現。2年前の大会では設楽悠太(ホンダ)が2時間6分11秒の日本記録(当時)、井上大仁(ひろと、MHPS)も2時間6分54秒をマークしている。MGC男子、スタートする(左列手前から)大迫傑、設楽悠太ら=2019年9月(川口良介撮影) 大迫が東京に参戦するのは「賢者の選択」といえるだろう。まずはメンタル面。自分が出場しないレースで誰かが設定記録をクリアした場合、後悔することになるが、同一レースを走って負けたとなれば、納得の結果となる。まだある大迫のアドバンテージ そして、「MGC3位」というアドバンテージを生かしてレースを進めることができるのもメリットだ。設定記録に届くか微妙な状況でも、自らレースを引っ張る必要は全くない。 日本人トップ選手の背後について、悠々とレースを進めることができるのだ。当日の気象状況などを見て好タイムが望めないと判断すれば、「欠場」という選択肢をチョイスすることもできる。 また、大迫のマラソンキャリアを振り返ると、17年4月のボストン(3位/2時間10分28秒)と12月の福岡国際(3位/2時間07分19秒)、18年9月のシカゴ(3位/2時間5分50秒)と19年3月の東京(途中棄権)と、1シーズンに2回のマラソンに出場してきた。今季は9月のMGC(3位/2時間11分41秒)を走っている。2時間17分30秒(6位)だった12月のホノルルは、本人がコメントしているようにトレーニングの一環だったこともあり、東京出場によりシーズン2回のリズムを継続した方が絶対にいい。 マラソンは間隔が空きすぎると、レース感覚が鈍ってくる。本番を見据える意味でも、東京もしくは3~4月のマラソンを走り、8月の東京五輪というスケジュールがベストの流れになるだろう。 東京マラソンは3年前にコースが一部リニューアルして、高速コースとなった。前回は中間点を1時間2分2秒、30キロを1時間28分16秒で通過し、優勝タイムは2時間4分48秒だった。冷雨の厳しい条件で日本人トップだった堀尾謙介(中大、現トヨタ自動車)は2時間10分21秒に終わったが、気象条件に恵まれれば、2時間5分49秒の設定記録をめぐる戦いは面白くなる。 今回の東京マラソンは東京五輪だけでなく、日本新記録で実業団マラソン強化プロジェクト「Project EXCEED」の報奨金1億円もゲットできる。2本のニンジンがぶら下がっている状況だけに、ラストでは「未知なるパワー」が絞り出される可能性もある。東京マラソンの出場者会見で、マラソンの日本記録更新に意欲を示す設楽悠太=2020年1月28日 東京マラソンには前日本記録保持者の設楽、18年アジア大会・金メダルの井上が出場予定。設楽はMGCで果敢な飛び出しを見せており、東京では日本記録の奪還を目指している。「厚底」勢が大爆発? 井上はMGCで完走した27人中最下位に沈んだが、世界のマラソンを席巻しているナイキの厚底シューズにチェンジ。ニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝)では最長の4区で17人抜きを演じると、設楽が保持していた区間記録を22秒も塗り替えた。ともに条件さえ整えば、ビッグチャンスを狙える位置にいる。 他にも、昨年の東京で22・5キロ付近までトップ集団に食らいついた佐藤悠基(日清食品グループ)、昨年9月のベルリンで2時間8分56秒の自己ベストをマークした村山謙太(旭化成)らが高速レースにチャレンジすると予想する。 なお、大迫、設楽、井上、佐藤、村山の5人はナイキ厚底シューズの愛用者だ。同シューズはニューイヤー駅伝で8人、箱根駅伝で12人に区間新をもたらしている。東京マラソンでは厚底シューズの新モデルが「登場」予定で、その威力が大爆発するかもしれない。 少し悩ましいのが東京マラソンのペース設定だ。今回は世界歴代3位の2時間2分48秒を持つ前回覇者のビルハヌ・レゲセ(エチオピア)を筆頭に、2時間3分台が2人、同4分台が5人と、国内レースでは「史上最強」ともいえる海外勢が揃う。大会側は男子のペースメーカーを2パターン準備する予定で、ファーストは「2時間2分台」、セカンドは「2時間4分40秒~5分30秒くらい」のフィニッシュタイムをイメージしているという。 ただし、外国人ランナーがペースメーカーを務める場合、予定通りに進まないことは珍しくない。設定記録突破を目指すには、どこで走るのかという「選択」もポイントになる。ニューイヤー駅伝、4区で力走するMHPSの井上=群馬県太田市(代表撮影) 大迫がシカゴマラソンで日本記録を打ち立てたときは、中間点を1時間3分04秒で通過して、25キロ以降にペースアップしている。終盤がフラットコースの東京マラソンでは、うまく高速レースに乗り、30キロまでに「貯金」を作る戦略が有効になる。 ラストは「東京五輪」と「1億円」という二つのモチベーションがランナーたちのポテンシャルを極限まで引き出すだろう。「2時間5分49秒」以内を突破する選手は現れるのか。東京五輪を目指す日本人ランナーたちの激戦に刮目(かつもく)したい。

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    野球離れには「改革3本柱」これで日本のプロ球界が面白くなる

    、時間と場所は限定されるものの、ボール遊びが自由にできる「子どもの遊び場事業」を進めている。昨年末、スポーツ庁の調査で分かった小学生の体力低下への対応につながっている。 筆者が少年期を過ごした1970年代は、ボールとバットさえあれば「どこでも」野球で遊べた時代であり、周囲も少々のことは目をつぶってくれていた。巨人戦のテレビ中継や野球マンガ、アニメには、大人から子供までくぎ付けになった。 今思えば、巨人の底知れぬ強さが庶民の生活を豊かに彩っていたのかもしれない。しかし、その憧れだったプロ野球は、今も親会社の経営手段としてのビジネスモデルに大きな変化は見られない。 その理由は、昭和29年8月に国税庁が出した「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について」という通達にある。これにより、職業野球団(プロ野球球団)に対して親会社が球団に支出した広告宣伝費、また球団が出した赤字を補塡(ほてん)しても親会社の経費とすることができ、球団に対し支出した賃付金までも損金にできるため、実質上は親会社の節税にも寄与しているのである。年々上昇する選手年俸はサラリーキャップ(年俸上限)制度のない日本野球機構(NPB)のチーム経営の行方を左右する。 この特権が与えられたNPBの球団数は今もセ・リーグとパ・リーグそれぞれ6球団、計12のままだ。2019年シーズンのセ・リーグの総観客動員数は約1490万人、1試合平均では約3万4700人、一方、パ・リーグは約1170万人で1試合平均約2万7千人になる。東京・千代田区がキャッチボールなどが可能な場所を設けるための実証実験で、ボール遊びなどで遊ぶ子供たち=区立和泉公園 これまで、不動の巨人人気に支えられてきたセ・リーグだったが、パ・リーグとの差は年々縮まっている。実はNPBの年間観客数、約2600万人は米大リーグ機構(MLB)の約6800万人に次ぐ、世界2位の集客を誇るプロスポーツリーグである。 MLBでは各30球団、レギュラーシーズンでそれぞれ162試合を行うから、その数字になるのもうなずける。とはいえ、2季連続で7千万人を下回り、観客数減少が取り沙汰されているものの、リーグ全体の収益は飛躍的に拡大している。そこには日米プロスポーツリーグの経営手法に大きな違いがある。MLBの背中が遠のくNPB 日本人選手として2人目のメジャーリーガー、野茂英雄投手がロサンゼルス・ドジャースに入団した1995年は、前年8月から始まったプロスポーツ史上最長のストライキの影響で、ファン離れのダメージは深刻だった。94年シーズンのリーグ収入は約14億ドルでしかなく、NPBの約1300億円と大差はなかった。 そのMLBが、現在103億ドルまで収益を拡大させ、米スポーツビジネスを牽引(けんいん)している。一方、NPBはその後も大きな進展を遂げることなく2018年シーズンの収益は1800億円程度にとどまる。 MLBの背中が遠のいた理由には、「リーグ主体の経営体制」によるマネジメントにある。放映権ビジネスの拡大やスタジアムの「ボールパーク化」、スポンサーシップビジネスにおけるアクティビティ化、さらにはITの進化などで後れを取っているからだ。 ここに、わが国の野球事情で、さらに深刻なのは「野球離れ」に伴う競技人口の減少が加わる。野球人口は5年連続で減少しており、特に中学校の軟式野球部員で顕著である。また、甲子園球場での春夏大会を頂点とする高校硬式野球も盛り上がってように見えるが、部員は約14万人と5年連続で急減している。 一方で、現在の野球統括団体は18団体を数えるが、とても連携が取れているとは言い難いのは、わが国のスポーツ組織の特徴でもある。 日本における「野球離れ」の起源として、94年に発足した日本プロサッカーリーグ、Jリーグによる影響は大きい。さらに、近年のプロ化を目的としたスポーツリーグの設立が活発化しており、競技者と観客を含めた子供の取り合いが必死に繰り広げられている。そこに海外サッカークラブも参入するありさまである。豪快な弾丸ライナーを左翼に放った巨人・長嶋茂雄=1971年5月撮影 現在、アルファベットを頭文字にしたスポーツリーグは既に14団体にも及ぶが、これらに所属するチーム経営は極めて厳しく、本来のプロスポーツの姿とは程遠い。 わが国のスポーツは明治期以降、富国強兵の一環で「国民的統合」の手段として、帝国主義化の中でのナショナリズムやアマチュアリズムと融合していく。特に、野球は「武士道精神」のもとで「根性論」や「勝利至上主義」、そして「スポーツでお金を儲けてはならない」ことが美学とされ、アマチュアスポーツを次第に崇高させていく。 「甲子園」という高校野球、さらには「都市対抗」という企業スポーツがメディアの恩恵を受けながらその名残を今も残す。その後も、わが国のスポーツチームは企業の広告手段として、プロスポーツビジネスの発展を拒み続けたアマチュアスポーツのプロ化現象としてはびこるのであった。 さて、先日行われた私が教鞭(きょうべん)を執る経済学部のゼミナール発表会で、ゼミ生からNPBのボールパーク化と観客動員数との関係について興味深い内容が発表された。2014年から18年までのチーム勝率とボールパーク化指数との関係から、次の四つのセグメントに分類してそれぞれ該当する球団を示したのである。「ボールパーク」を目指すわけ〔ボールパーク化が進むチーム〕勝利至上的フランチャイズ型経営:福岡ソフトバンク、広島、北海道日本ハムサービス至上的フランチャイズ型経営:東北楽天、横浜DeNA〔ボールパーク化が進まないチーム〕勝利至上的宣伝媒体型経営:巨人、埼玉西武親会社依存型経営:阪神、東京ヤクルト、中日、オリックス、千葉ロッテ 過去10年間の観客動員数が年々増加したチームは、ボールパーク化が進む広島とDeNA、楽天の3球団であったという。広島は2016年からリーグ3連覇を果たす好成績を残している。 ただ、DeNAと楽天はチーム成績との相関性なく着実に観客動員数を伸ばしており、ファンの定着は勝敗うんぬんだけではないことを示した。一方MLBでは、その要因について既に20年前から着目されている。 そもそも、わが国の野球観戦ほど、過酷で苦痛なものはなかった。入場ゲートでは、施設管理業者のアルバイトスタッフから笑顔もなしにお出迎えを受ける。 狭いコンコースをかき分けて観覧席にたどり着いても、視界がダイヤモンドからずれ気味で、お客さんの頭も気になるし、何よりシート間隔が狭い。観客のことを考えているとは到底思えない。 一息つこうと売り子からビールやつまみを買うが、よくよく考えれば、その売り上げは球団には入らない。周りに顰蹙を買いながらようやくトイレにたどり着くも決して奇麗とは言えない。試合中は鳴り響く鳴り物で会話を楽しむどころではない。この環境で3時間近く観戦するだから、もはや「パーク(公園)」とは似ても似つかない。 そもそも、なぜスタジアムがボールパークを目指す必要があるのか。答えの一端は、MLBのオープン戦となるスプリングトレーニングキャンプから見て取れる。 筆者は、毎年3月に米アリゾナ州で行われる通称カクタス(サボテン)・リーグに参加するサンフランシスコ・ジャイアンツに同行している。レギュラーシーズン前とあって、スター選手の出場がまばらにも関わらず、スタジアムは多くのファンで埋め尽くされる。米大リーグ春季キャンプオープン戦レッズ戦の一回、レッズ・ボットに対して投球するマリナーズ・菊池(右)=2019年2月、ピオリアスタジアム(山田俊介撮影) 思い思いにこの空間を楽しんでいるのはファンだけはない。スタジアムのスタッフやボランティアも同じ思いで働くので、その意味ではディズニーランドと変わらない。つまりは、選手を含め、ここで働く人全てが楽しくなければ、来場するファンだって楽しめないのだ。 思想は内野の芝生にも表れている。外野だけではなく、内野にも天然芝が張られているのは、「プレーヤー・ファースト」の視点だけではない。これからのNPBに不可欠なこと スタジアムを訪れる多くのファンが興じているのは内野芝をバックにした写真撮影だが、スタッフが丁寧に管理することで芝生の美しい緑が保たれている。「ボールパーク」というファンサービスを提供する空間であることを、スタッフ全員の責任として自覚しているのである。 ここからは、日本の野球について、今後のNPBのマネジメントを中心に提言したい。リーグ主体の経営体制が不可欠なことは言うまでもない。 これまで、先駆者たちがリーグ刷新を試みながらも、既得権益者がその知恵を否定し続けてきた。しかし、そろそろ「『チームビジネス』だから」から「『リーグビジネス』だからこそ」に、意識変革が求められている。 まずは、多くの魅力ある白熱した商品としての「試合」を提供するにあたって、リーグ側が推し進めるべきは「戦力均衡」である。その実現に向けて、サラリーキャップの導入、ドラフト制度の刷新、レベニューシェア(売り上げを分け合う)の三つの柱を機能させる。 主な効果として期待されるのが、戦力と財務状況の均衡である。二つの均衡をつくり出すことで、どのチームが優勝してもおかしくない状況を生み出し、ファンとスポンサーに期待感を創出させるのである。先述の国税庁通達には、金額的制限なり条件なりを付与すべきであろう。 そうしたところで、チーム数を16球団に拡大し、セ・パ両リーグの再編に手を付けたい。両リーグを東西2地区に分け、各8球団によるリーグに編成し直し、ポストシーズンの活性化を実現させるのだ。 これらによって、現行のクライマックス・シリーズよりも試合数の増加が期待でき、さらなる収益拡大につなげられる。日本シリーズは、今まで通りポストシーズンを勝ち抜いた両リーグチャンピオンチームで争えばいい。 もし、Jリーグが国際標準に合わせる形で9月開幕に移行すれば、1年を通して野球とサッカーが楽しめることできるとともに、ファンやスポンサーの食い合いも回避できる。 各球団には、支配下に複数のファームチーム保持を義務付ける。現行でいえば、2軍に加えて、全チームが3軍を編成するのである。既にソフトバンクは3軍を本格稼働させて、育成選手だった千賀滉大(こうだい)投手や甲斐拓也捕手を輩出した自慢の選手育成にさらなる磨きをかけている。日本シリーズを盤石の強さで3連覇し、記念撮影する(前列右2人目から)ソフトバンクの王球団会長、孫オーナー、工藤監督ら=2019年10月23日、東京ドーム(村本聡撮影) ファーム専用の球場、タマホームスタジアム筑後は、2軍独自のマーケティング展開拠点だけでなく、地域にも開放されたボールパークとして機能している。MLBがスプリングトレーニングキャンプで使用するベースボールファシリティー(施設)に近い。「スポーツ先進国」は看板倒れ? 各球団がチームとファシリティー環境を全国的に配備することで、大都市に集中しがちなプロスポーツチームを分散させ、地域社会にも積極的に開放する。こうして、地域社会への娯楽を提供するとともに、「遊び」と「するスポーツ」として野球人口増加を目的に、サービスを至上とするフランチャイズ型の球団経営を目指す。 場合によっては、各地で運営されている独立リーグとの統合も考えられよう。チーム人件費は地域のフランチャイズを有するNPB球団が充当し、運営資金はリーグからのレベニューシェアで賄う構造である。 スポーツファシリティー建設を促進させるためには、税制面での「支援」も必要となる。わが国のスポーツビジネスが発展しない大きな理由の一つに、莫大な税金支出からスタジアムが保持できないことにある。本来なら、スタジアムはスポーツビジネスの拠点となるはずなのに、わが国ではコストと捉えられてしまうのだ。 したがって、ほとんどのスタジアムが行政からの「借り物」となり、十分なサービスを提供できない現状がある。東京ドームは巨人や読売新聞グループ本社と直接の資本関係のない株式会社東京ドームが所有しており、巨人戦での飲食や物販の売り上げが同社に計上される。 賃貸料を支払った方が安いのか、固定資産税などを支払った方が安いのか、球団含めた親会社の経営戦略に委ねるが、スポーツチームがスタジアムを保持する理由は何も勝敗だけの問題ではないことも理解しなければならい。 ところで、東京ドームには車いす席が何席用意されているかご存じだろうか。公式戦でたったの22席である。 サンフランシスコ・ジャイアンツがスプリングトレーニングキャンプで使用する1万2千人収容のスコッツデールスタジアムでさえ、100席が用意されている。スポーツ先進国とは言いがたいスポーツ環境がわが国には普通に存在している。 MLBでは、毎年ダイバーシティー・ビジネス・サミットが開催されているが、「The doors of baseball are always open to everybody.」(野球の扉は誰に対しても常に開いている)というメッセージが込められている。プロ野球オーナー会議に臨む各球団オーナーら=2019年11月27日(長尾みなみ撮影) つまり、プロスポーツチームにおいても、社会的責任を果たすことが最大のマーケティングになる、このことをリーグ自体で公言しているのと同じだ。欧州のプロスポーツチームも、公共財として社会的連帯経済を基盤とするソーシャル・エンタープライズ(社会的企業)として、地域との関係性を高めながら人々の繋がりに貢献している。 東京五輪の開催が迫る日本において、最も歴史と人気のある野球が、この国を豊かにしなければならない。その中核を担うNPBのマネジメントが今まさに問われている。

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    二兎を追うしかない森保監督「融合」に立ちはだかった理想と現実

    清水英斗(サッカーライター)「森保を解任しろ!」「もう限界だ!」 U-23(23歳以下)アジア選手権がグループステージ敗退に終わり、森保ジャパンにかつてないほどの逆風が吹きすさぶ。それは戦術不足や采配などピッチレベルの不満も多いが、それ以外に、A代表と五輪代表を兼任する体制について疑問を呈する向きも多い。森保一監督の解任、あるいは兼任の中止を迫る声は勢いを増すばかりだ。 「兼任」に対して懐疑的な声が増えたのは、昨年11月の「はしご」が始まりだった。 11月は、A代表のワールドカップ(W杯)2次予選、アウェーのキルギス戦を14日に戦った後、森保監督は帰国し、既に11日から合宿中のU-22日本代表に合流した。そして17日のU-22コロンビア戦で指揮を執ると、0-2で敗戦。その後、再びA代表へ合流し、19日のベネズエラ戦で指揮を執ったが、こちらも1-4で完敗した。 行ったり来たりの、はしご采配。それで結果が出たのなら文句は言われない。しかし、出なかった。それどころか、内容も乏しく大敗した。「1チームに集中した方がいい!」「(五輪代表を担当する)横内コーチに任せた方がいい!」 そんな声が出てくるのも無理はない。その前月である10月、U-22日本代表は南米遠征でU-22ブラジル代表と親善試合を行い、3-2で勝利を収めたばかりだった。 指揮を執ったのは横内昭展(あきのぶ)コーチである。9月の北中米遠征ではU-22メキシコ代表に0-0で引き分け、U-22アメリカ代表に0-2で敗れ、結果は出なかったが、10月はサッカー王国に勝利を収めたことで、先行きへの期待が膨らんでいた。 その直後の11月、指揮が森保監督に代わると、コロンビアに完敗。表層的な事実だけを追うなら、森保監督の動きが良い流れに水を差したように見える。2020年1月、サッカーU-23アジア選手権のカタール戦に臨む森保監督(右)と横内コーチ=タイ・ラジャマンガラスタジアム(中井誠撮影) もっとも、森保監督の指揮下でも、トレーニングの落とし込みや交代選手への指示は横内コーチ主体で行っているため、戦術的な影響がどれだけあったのかは微妙なところだ。それ以上に、この11月はA代表でプレーする堂安律(PSVアイントホーフェン)や久保建英(たけふさ、マジョルカ)をU-22代表へ招集した「融合開始」のタイミングでもあった。彼らを含めてメンバーが入れ替わったので、連係の積み上げがいったん弱くなったことは大きい。 しかし、だからこそ普段はA代表で、特に堂安とは分かり合っている森保監督が、最初から五輪代表に帯同してコミュニケーションを取っていれば、「融合」をスムーズに進めることは期待できた。森保監督が2チームをはしごした、兼任のデメリットは間違いなくある。「兼任」の良しあし また、このデメリットはA代表にも波及している。ベネズエラ戦のメンバーは、キルギス戦から9人が入れ替わり、初招集も4人いた。森保監督としては彼らとコミュニケーションを取り、プレーの要求を行い、選手からも何かを引き出す必要はあった。  しかし、ベネズエラ戦は1-4で完敗。「結果の責任については、準備の段階での私の選手、チームに対する働きかけだと思うので反省しないといけない」と森保監督は語ったが、そもそもU-22代表をはしごしたために、働きかけの機会が減ったのは間違いない。 二兎(にと)追う者は一兎(いっと)をも得ず。兼任のデメリットが、A代表と五輪代表の両方で足を引っ張ったのが、11月の代表活動だった。 単純に忙しすぎる、というのもある。12月から1月にかけての森保監督は、東アジアE-1選手権、U-22ジャマイカ戦、年始はすぐにタイへ移動してU-23アジア選手権と、合宿や試合ばかりで休みを取れていない。11月とは違い、スケジュールかぶりこそなかったが、これほどの忙しさの中で各チームの準備や分析に全力を尽くすことができたのか、その点も疑問が残る。 ならば、やはり兼任は中止した方がよいのでは? というか、そもそも、なぜ兼任監督なのか。一度、兼任のメリットとデメリットを整理しておく必要がある。 主な兼任のメリットは二つだ。・A代表と五輪代表で選手が行き来しやすくなる・複数のチームが一貫性を持ち、同じ哲学、同じコミュニケーションで指導できる 一方、デメリットは既に述べた通りだ。・監督が一つのチームに集中できない(スケジュールかぶり+過重労働)2019年11月、キリンチャレンジカップ杯の前半、ベネズエラに4点目を奪われ、両手を広げるGK川島ら日本イレブン=パナスタ メリットとしては、「A代表と五輪代表で選手が行き来しやすくなる」ことが第一に挙げられる。過去の日本代表でも起きたが、別々の監督が率いると、各自が結果を出すために、選手の「綱引き」が発生してしまう。 原則はA代表優先。ロンドン五輪では当時U-23世代にもかかわらず、ちょうどマンチェスターU入りの決まった香川真司(サラゴサ)が招集されなかったように、A代表優先の方針が貫かれてきた。踏み込んだ「融合」 しかし、今回は東京である。自国開催の五輪は、過去の大会に比べて、重要度がはるかに高い。時にはセオリーを破り、「五輪優先」の判断も必要になってくる。 そこで、A代表と五輪代表を兼任監督に任せることで、指揮系統の摩擦が起きないようにした。これが兼任の大きなメリットだった。 とはいえ、就任1年目は、このメリットがあまり生かされていない。ロシアW杯のメンバーを大幅に入れ替え、若手を抜てきした森保監督だが、東京五輪世代でA代表入りしたのは堂安と冨安健洋(ボローニャ)の2人だった。アジアカップ後に広げても、久保建と板倉滉(フローニンゲン)くらいだ。 たかが3、4人がA代表と五輪代表を行き来するだけなら、兼任などと大げさな体制を組まなくてもいい。2人の監督の間に技術委員会が入り、「今は五輪優先の時期」「ここはA代表優先で行く」と調整すれば、それで済む話だ。 しかし、森保監督はより大胆な戦略を展開した。堂安や冨安らの自然発生的なA代表入りだけでなく、実力的には時期尚早なU-22世代の選手も含め、やや強引にでもA代表との融合を進めた。 それが昨年6月の南米選手権(コパ・アメリカ)、12月のE-1選手権である。上田綺世(あやせ、鹿島)や大迫敬介(広島)をはじめ、かなり多くのU-22選手をA代表に組み入れた。自然発生ではない、森保監督による人工的な融合である。 A代表ともU-22代表ともいえない中性的なチームは、兼任監督でなければ組めない編成だった。どちらの大会も結果は出なかったが、むしろ各国のA代表を相手にこれで結果が出る方が驚く。もちろん、現地側から「大会軽視」とそしりを受ければ返す言葉はない。 そうまでして強引に融合を進めた目的はもちろん、東京五輪に向けたU-22世代の徹底強化である。そして目的はもう一つ、W杯最終予選に向けたA代表の準備も挙げられる。 4年前を思い返すと、リオデジャネイロ五輪で活躍したU-23世代の大島僚太(川崎)が、W杯最終予選の初陣となるアラブ首長国連邦(UAE)戦で、ヴァイッド・ハリルホジッチ元監督によってスタメンに抜てきされた。しかし、準備期間はほとんどなし。大島は持ち味を発揮できず、試合もUAEに1-2で敗れ、苦しい最終予選の始まりとなった。 本大会を見据えれば、五輪で国際経験を積んだU-23世代が、A代表の新陳代謝を促すのは大事なことだ。2014年W杯に臨んだザックジャパンを思い返すと、ロンドン五輪世代の山口蛍(神戸)、齋藤学(川崎)、大迫勇也(ブレーメン)、柿谷曜一朗(C大阪)らの突き上げは遅く、W杯本大会の7~8カ月前からようやく始まった。2013年11月、サッカー日本代表の新オフィシャルユニホーム発表会見で話すザッケローニ監督と(右から)山口、大迫勇、柿谷、高橋秀ら=千葉・成田市(山田俊介撮影) その点、ハリルジャパン時代は、結果的には本大会に選ばれなかったが、井手口陽介(G大阪)や浅野拓磨(パルチザン)、久保裕也(シンシナティ)らが、最終予選の途中から抜てきされ、融合が進められた。しかし、最初に大島の融合に失敗したこともあり、当時は最終予選の敗退が現実味を帯びたのも確かである。やはり「絵に描いた餅」? もう少しリスクを抑え、スムーズに融合できないものか。 最大のネックは、8月に五輪を終えた後、9月の最終予選スタートまで親善試合が1試合も組めないことである。五輪世代をスムーズに抜てきするなら、A代表との融合は五輪の以前から始め、手応えを得なければならない。つまり、この半年のうちに森保監督が、やや強引に進めてきたコパ・アメリカやE-1選手権の中性的なチームは東京五輪だけでなく、W杯最終予選を見据えた「種まき」でもあった。 二兎追う者が、二兎ともに得る。そのための兼任監督。6月のコパ・アメリカ以降は、A代表と五輪代表の間で選手の行き来が活発になっており、森保ジャパンは思い切ったトータルの成長戦略を進めてきた。その考え方は面白い。 ところが、である。実際のチーム作りは、描いた理想の通りには進んでいない。実践段階では多くの問題を抱え、ともすれば絵に描いた餅になりかけているのが、正直なところではないか。 なぜか。それは二つ目の兼任メリットが、十分に生きていないことに起因する。 「複数のチームが一貫性を持ち、同じ哲学、同じコミュニケーションで指導できる」ことが兼任のメリットであるはずだが、その実感がない。むしろ、11月のU-22コロンビア戦、12月のE-1選手権、1月のU-23アジア選手権と続く中で、選手の方からは「毎回『初めまして』で難しさがある」「毎回イチからのやり直しになる」といった声が漏れてくる。はて、兼任監督がもたらす「一貫性」のメリットは、どこへ行った。 一貫性のメリットがあまり感じられないのは、A代表で4バック、五輪代表で3バックと、異なるシステムを用いていることもあるが、より大きいのはチームマネジメントだろう。森保監督はチーム戦術の構築について、あまり細かい指示をせず、選手の自立を促し、自ら対応力を発揮することを求めてきた。これは重要なポイントだ。 監督の中に答えはあっても、それ以上に、選手の中から主体的に導かれる答えを待つ。試合中の指示も「サイドに開け!」ではなく、「サイドに開いてはどうか?」といった提案だ。これは「森保式」というより、西野朗(あきら)前監督から受け継がれた手法でもある。 焦(じ)れったく、時間のかかるやり方ではあるが、このように培って完成した組織は、各自が進んでチームに関わろうとする「選手自立型」「全員参加型」の性格を備えることになる。近年はベンチを含めたチームの一体感が重視されているが、森保監督はそれを「西野式」に学び、戦略的に目指している。2019年11月、サッカーW杯アジア2次予選 キルギス戦を控え、練習に臨む森保一監督(中央)=ビシュケク(蔵賢斗撮影) ただし、こうしたチームの成長は実践的であり、経験的だ。試合を行う中でトライ&エラーを繰り返し、選手からさまざまなアイデアを引き出さなければならないが、それはその場にいた選手しか共有できない。しかも兼任体制により、A代表と五輪代表で選手の行き来を増やしているため、「初めまして」が頻繁に起き、選手依存の連係は毎回ゼロに戻ってしまう。 つまり、兼任のメリットがケンカしているわけだ。選手の行き来を活発に行える一方、一貫した森保監督の指導メソッド「選手自立型」は時間と体験を要するため、上記のように連係面で問題を抱えやすい。兼任のメリットが実感できなければ、当然デメリットばかりが残ることになる。「真の目的」は成し遂げられたか もちろん、決め事がゆるいのは仕方がない。競争と発掘のフェーズでチームを固め過ぎると、新しい選手が入りづらくなるからだ。 とはいえ、あまりにも決め事がなく、最低限のグループ戦術すら連係を取れなければ、選手を見極める基準は1対1やフィジカルばかりだ。グループでどう攻め、グループでどう守るか。サッカーの重要な能力を見極める視点が欠けてしまう。それは発掘のフェーズとしても問題があった。 最低限の連係すら怪しいという不安は残るが、ともかく東京五輪の発掘フェーズはほぼ終了した。3月の代表活動からは堂安、久保建、冨安、中山雄太(ズウォレ)、板倉、前田大然(だいぜん、マリティモ)、三好康児(アントワープ)といったU-23欧州組に、場合によっては大迫勇ら24歳以上のオーバーエージ枠も加わり、チームの様相ががらりと変わる。強化フェーズは仕上げの段階、「本番のチーム作り」に移行する。 代表は登録メンバーが固まってからが本当のチームだ。競争が終わり、全てのライバルが真のチームメイトになる。チームの質は総合的に変わり、対戦相手も決まることで、詳細な戦術の積み上げも始まる。 ある意味、この半年間は、大胆に競争と融合のフェーズを進めたことで、兼任体制では最も結果を出しづらい時期だった。とはいえ、この期間の真の目的は「選手の成長」である。それは成し遂げられたのか。 正直なところ、種まきが成功したかどうかはよく分からない。どんなに見つめても、ただの地面。芽が出るかどうかは予測できない。 また、これからのこの仕上げフェーズでも、「兼任」のメリットとデメリットは差し合いになるだろう。 報道されている通りなら、3月の代表活動は森保監督が五輪代表に専念し、堂安、冨安、久保建、大迫勇らが招集される。五輪代表にとっては最高の強化機会だ。2019年6月、エルサルバドルに勝利し、堂安(左)とタッチを交わす久保建。中央は冨安=ひとめぼれスタ しかし、一方のA代表は監督と主力数人を欠き、W杯2次予選の残りを戦わなければならない。おそらく6月の代表活動も同様だろう。 仮に五輪代表の試合が今ひとつで、A代表もミャンマーやモンゴルにまさかの敗戦を喫することがあれば、「兼任」への批判は一層強くなるだろう。逆に素晴らしい成果を見せれば、風向きは変わるかもしれない。 二兎追う者は、二兎ともに得るのか、それとも、一兎をも得ずか。これから森保ジャパンは緊張感漂う、収穫の時期を迎える。

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    パワハラ指導を防ぐ文句も言い合える関係とは?

    強いため、どうしても“目下”の者が“目上”の者に意見しにくいという空気がある。そのため特に育成年代のスポーツにおいては選手が指導者に対して自分の意見を言うことができる雰囲気作りと相性が悪いのは確かだ。 だが「選手が自分に意見や主張することが許される空気」というのはスポーツのチーム作りにおいては必要不可欠なものであり、指導者の非常に大事な仕事の一つでもある。 スペインを含む欧州ではそれが当然のこととして指導者の仕事になっている。例えばマンチェスター・シティを率いるグアルディオラ監督もピッチ脇で選手やスタッフと互いの意見をぶつけ合いながら激論することなどよく見る光景だ。私もスペインで監督をしていた時はほぼ毎回の練習や試合で、ある日はチームの戦術について、ある日は選手のポジションや起用法について、ある日は練習方法について、他にも挙げればきりがないほど、選手と喧々諤々の意見や主張のぶつけ合いをした。 その中には正直選手からの文句に近いものもある。もちろん受け入れがたいことや腹が立つこともある。 だがスポーツにおいては選手も指導者も、まずは互いの主張やそこから議論になることを逃げてはならない。かつて現地でU-12のチームの監督をしていた時、クラブの上司に言われたことがある。 「文句も意見の一つだ。(選手の)保護者が何か言ってきたときは聞き流すか自分(その上司)に回せばいい。だが選手が言ってきたことは例えそれが文句だったとしてもまずは聞け。そうでないとその選手は不満を抱えたまま自分を抑えてしまう。その姿勢はチームの雰囲気に悪影響を及ぼすから、選手の表現には制限はかけるな。その上でどう対応するかは監督であるお前が決めればいい」 言うまでもないが、選手の文句やわがままを全てそのまま受け入れろというのではない。選手が感じていること、思っていること、考えをまずは理解した上で解決策を探れ、と言っているのだ。 もし何か腑に落ちないことや感じていることがあるなら、選手も指導者も互いに遠慮せずに言い合う。その中でお互いに納得できる着地点を探るのが、スポーツにおける本来のコミュニケーションなのだ。 ただし勘違いしてはならないことが2点ある。それはその意見のぶつけ合いは決して自分だけのためではなく、あくまでチームがよくなるため、という視点を原点にしたものでなければならないということ。また最終的な決断はあくまで監督や指導者がするものである、ということだ。 監督や指導者の最も重要な仕事は“決断する”こととそれを選手に“要求”すること。決断を下すまでのプロセスは選手も指導者も互いにチームを良くするため、互いの意見をぶつけ合って築いていくものだが、最後に決めるのはチームの責任者である指導者だ。 例えば試合に臨むにあたってどのようなメンバーで、どのような戦い方で、誰をどのポジションに起用するのか、最後はその全てが指導者による決断だ。そしてチームが勝利するためにそれを選手たちに要求する。選手もその決断はリスペクトしなければならない。もしどうしても納得できないのであれば、チームを移籍するなど他の居場所を探す他ない。選手にはその権利がある。 だからこそ、“決断して”“要求した”からには、望み通りの結果が出なかった時に責任を取るのは指導者だ。選手ではない。2019年08月07日】【湘南ベルマーレ対アトレティコ・パラナエンセ】湘南の曺貴裁監督(撮影・蔵賢斗) 指導者の仕事は日常的に“決断”と“要求”の連続だが、決断するまでのプロセスにおいて指導者の意見がもっとも強いわけではないし、偉いわけでもない。あくまで指導者はチームの決断に対しての最後のスイッチを持っているだけであり、そのスイッチを持つことに対する責任を負うことが仕事である。 そしてその決断を導き出すためには、チームに属しているメンバー全員が自らの意見や主張を自由に言い合うことができなければならない。選手は指導者の決断に対して、指導者は選手の考えに対して、互いのリスペクトが必要不可欠なのだ。 選手と指導者の間にもし何か言えない空気があるなら、そのチームのパフォーマンスは最大まで発揮できているとは言い難いだろう。やざわ・しょうご 大学卒業後、スポーツカメラマンやライターとして活動するも、学生時代から携わっていたサッカー指導者としての道を本気で志すため2015年、スペインのバルセロナに。現地の監督養成学校にて監督ライセンスを取得し、現地の少年から大人までの監督、 コーチを歴任する。 スペイン監督最高ライセンスを取得し、現在は国内クラブの育成年代を指導する。

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    驚異の記録連発、厚底シューズ「禁止」にモノ申す

    酒井政人(スポーツライター) エチオピアの英雄、アベベ・ビキラは1960年のローマ五輪を裸足(はだし)で走り、2時間15分16秒2の世界記録で金メダルに輝いた。その4年後、東京五輪ではシューズを履いたアベベがベイジル・ヒートリー(英国)の記録を1分44秒も塗り替える2時間12分11秒2の世界最高記録で再び金メダルを獲得した。 4年間で約3分のタイム短縮は「シューズ」というギアの影響が多分にあったことだろう。当初、アベベはシューズの使用を嫌がっていたというが、現在は裸足よりもシューズを履いた方が速く走れるということが常識になっている。 2度目の東京五輪を迎えようとしている現在。今度はナイキが仕掛けた厚底シューズが「常識」を覆している。 これまでレース用で使うスピードタイプのシューズは「薄くて軽い」が常識だった。シューズが100グラム軽くなると、マラソンのタイムが3分近く縮まるという研究データもある。余計な機能をそぎ落として、1グラムでも軽くすることで、エネルギー効率を高めたのだ。 その流れの中で、ナイキは軽量化以上に、推進力を得られやすくすることと着地のダメージから脚を守ることにシフトチェンジ。反発力のあるカーボンファイバープレートを、航空宇宙産業で使う特殊素材のフォームで挟むという「厚底シューズ」を完成させた。 『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』の踵(かかと)部分の厚さは37ミリ。薄底シューズの3倍近くある。それでいて重量は28センチで片足190グラムと薄底シューズとさほど変わらない。東京都千代田区のスポーツ用品店のランニングシューズ売り場に展示されたピンク色のナイキの厚底シューズ 速さの秘密は硬質なカーボンファイバープレートにある。地面を蹴る直前に湾曲して、元のかたちに戻るときに、グンッと前に進むのだ。加えて、プレートを挟んでいる「ズームXフォーム」にも最大85%のエネルギーリターンがある。その二つの効果が従来にはない「速さ」と「持久力」を可能にした。厚底は規定に抵触しているか その結果、ナイキの厚底シューズは世界のメジャーマラソンを席巻。時計の針も大きく動かした。 2018年9月のベルリンではエリウド・キプチョゲ(ケニア)が従来の世界記録を1分18秒も短縮する2時間1分39秒という驚異的なタイムをマーク。昨年10月のシカゴではブリジット・コスゲイ(ケニア)が従来の女子世界記録を一気に1分21秒も塗り替える2時間14分4秒をたたき出した。 ナイキの厚底シューズを履いたランナーたちが好タイムを連発していることに、一部で「疑惑の目」が向けられている。1月15日、複数の英国メディアが、ワールドアスレチックス(国際陸連)が新規則でナイキの厚底シューズを禁止する可能性が高いと報じたのだ。現在、専門家による調査が行われており、1月末にも結果が公表され、3月の理事会で何らかの回答が出るという。 即刻禁止ということはなく、少なくとも3月までは従来通りに使用できるし、禁止されない可能性もある。 国内では、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)ファイナルチャレンジが男女とも2レースずつ残っている。男子は3月1日の東京マラソンと同月8日のびわ湖毎日マラソン。東京五輪代表を獲得するには、日本陸連の設定記録、2時間5分49秒を突破しなければならない。設定記録は大迫傑(ナイキ)が厚底シューズで打ち立てた日本記録を1秒上回るタイムだ。 使用率が8割を超えた箱根駅伝と同様に、東京とびわ湖でもナイキの厚底シューズを着用するランナーが多いと予想する。2019年1月2日、箱根駅伝往路で一斉にスタートする選手たち。大半が厚底シューズを履いている=東京・大手町 ワールドアスレチックスは、「使用される靴は不公平な補助、アドバンテージをもたらすものであってはならず、誰にでも比較的入手可能なものでなければならない」という規定を設けている。ナイキの厚底シューズに使用されているカーボンファイバープレートは他メーカーでも採用されており、同シューズは一般発売されている。現状、ナイキの厚底シューズが規定に抵触しているとは思えない。 ただし、ナイキは「厚さは速さだ」というキャッチフレーズのもと、ソールの厚さを武器にする新戦略を推し進めてきた。現在発売している『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』は、最初の厚底シューズである『ズーム ヴェイパーフライ 4%』と比べて、ミッドソールのフロント部分が4ミリ、ヒール部分が1ミリ厚い。12年前の騒動が重なる 昨年10月にウィーンで行われた非公認レースでは、キプチョゲが「超厚底」ともいえるプロトタイプのシューズで42・195キロを1時間59分40秒で走破している。ソールを厚くすることで、エネルギーリターン(反発力)を高めているのだ。 では、ナイキの厚底シューズにどのような「制限」が加えられるのか。英国メディアの中でも論調が異なっていて明確ではないが、ソールの「厚さ」が規制されるか否かという問題になるだろう。 ソールを厚くすることでエネルギーリターンを増やすことができたとしても、その分、シューズは重くなり、安定感も失われていく。ソールを厚くすれば、速く走れるという単純なものではない。ナイキの厚底シューズは企業努力の賜物(たまもの)だ。 もし、ソールの厚さに制限が加えられることになり、これ以上「厚さ」を増すことができなければ、この2~3年に起きたような好記録の連発はなくなるだろう。メーカーは数年後を見据えて商品の開発をしており、突発的な「ルール変更」は大きな損害になる。 各メーカーがどのようなコンセプトで商品を作っているかは、メーカーが発表するまで分からない。ワールドアスレチックスは大手メーカーにヒアリングした上で、新規則を定める必要があるだろう。 今回の騒動は、12年前に競泳界で起きた英スピード社の高速水着「レーザー・レーサー」のときと似ている。レーザー・レーサーはその後、使用禁止となったが、多くの種目で当時樹立された記録を上回っている。「超厚底」シューズを履いて、特別レースで非公認ながら、マラソン史上初となる2時間切りを達成した男子マラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ=2019年10月、オーストリア・ウィーン(ロイター=共同) アスリートたちのスピードアップはテクノロジーの発展とともにある。厚底シューズが「制限」されることになったとしても、そのルール内でシューズは進化して、これからも記録はどんどん短縮されていくだろう。 ただし、アスリートたちがトップレベルでいられる期間は長くない。素晴らしいギアがあるならば、それを生かして、最大限のパフォーマンスを発揮したいと考えているアスリートたちは多い。彼らのささやかな願いは届くのだろうか。

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    判定だからこそ見えた「最強王者」井上尚弥の極意

    木村悠(元世界ライトフライ級王者) 11月7日に行われたワールド・ボクシング・スーパー・シリーズ(WBSS)決勝戦で、世界ボクシング協会(WBA)と国際ボクシング連盟(IBF)バンタム級王者の井上尚弥(大橋)が、WBAスーパー王者のノニト・ドネア(フィリピン)に勝利し、世界にその名を知らしめた。今回は、この偉業を成し遂げた井上の強さや潜在能力について分析したい。 そもそも、井上が出場したWBSSは、階級最強を決めるトーナメントだ。現在のボクシングは、WBAとIBF、世界ボクシング評議会(WBC)、世界ボクシング機構(WBO)の主要4団体に各チャンピオンが存在しており、どの王者が一番強いかは明らかではない状態だった。 そのため、今回のトーナメントでは、同じ階級の王者(4団体)と上位ランカーだけが参加でき、その中で「最強」を決める戦いとなっていた。まずは、決勝で死闘を見せた2人を振り返ってみよう。 井上は昨年10月の初戦で、元WBA世界バンタム級スーパー王者のファン・カルロス・パヤノ(ドミニカ共和国)と対戦。1ラウンド(R)で井上の最初に出したワンツーでパヤノがダウン。そのまま立てず、わずか1分でKO勝ちとなった。 続く準決勝は、5月にイギリスのグラスゴーで行われ、IBF世界バンタム級王者のエマヌエル・ロドリゲス(プエルトリコ)と対戦した。無敗の王者相手に1Rは苦戦を強いられたが、続く2Rでは、井上の左フックが炸裂し、ロドリゲスがダウン。その後も2度のダウンを加え、KO勝利となった。 このように、井上は世界クラスを相手に圧倒的な強さで決勝まで駒を進めた。そして、決勝の相手となったのは、フィリピン出身のノニト・ドネアで、フライ級からフェザー級まで、5階級を制覇した偉大な王者だ。「フィリピーノフラッシュ」(フィリピンの閃光)と呼ばれ、キャリア18年で45戦40勝(26KO)5敗(WBSS決勝前時点)の戦績を誇る。WBSS決勝の第5ラウンド、井上尚弥に攻められるドネア(左)=2019年11月、さいたまスーパーアリーナ(山田俊介撮影) ドネアは、井上の2倍以上のキャリアと、軽量級ながら1発で試合を終わらせるパワーを備えたボクシング界のレジェンドだ。年齢は36歳となり、ベテランの域になるが、今回の試合のために階級を下げてトーナメントに出場してきた。 ボクシング界のレジェンドが、わざわざ階級を下げてまで、参戦すること自体が驚きだ。1回戦は、WBA世界バンタム級スーパー王者のライアン・バーネット(北アイルランド)と対戦したが、4Rにバーネットが腰を痛めるアクシデントで試合を棄権して準決勝に。歴史に残る一戦 続く準決勝は、WBO世界バンタム級王者のゾラニ・テテ(南アフリカ)と対戦予定だったが、試合直前に肩を負傷して棄権した。このため、代役として出場した世界ランカーのステファン・ヤング(アメリカ)と対戦。ドネアが得意としている左フックが炸裂し、6RのKOで決勝進出を決めた。 圧倒的な強さで決勝まで進んだ井上に対して、ドネアは運も重なり決勝までたどり着いた感がある。そのため大方の予想では、井上の前半、もしくは中盤でのKO勝利の予想が多かった。だが、ボクシング界のレジェンドだけに、ドネアの奮闘によって予想以上の熱戦となった。 「井上VSドネア」の歴史的な一戦を見ようと、試合会場のさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)には、約2万2千人のボクシングファンが詰めかけた。決勝の2Rにドネアが放った左フックで井上が目の上をカットして出血。(試合後に判明したが、この負傷で右目を眼窩底骨折していた)そこから、両者の激しいペース争いとなった。 一進一退の攻防が続き、9Rには井上がダウン寸前まで追い詰められた。だが、11R、井上の右アッパーからボディのコンビネーションで、ドネアからダウンを奪う。KO寸前まで追い詰めたものの、ドネアはベテランらしい粘りと技でしのぎ、規定の12Rで勝負がつかず判定に持ち越された。 判定の結果は、3-0で井上がWBSSトーメントを制した。すでに言い尽くされた感はあるが、海外メディアも「年間最高試合だ」と称賛の嵐だったように、プロボクサーとしてのキャリアを持つ筆者としても歴史に残る一戦だったと思う。 井上の底力を詳細に分析してみると、最大のポイントは、2Rで骨折というキャリア最大のピンチに陥ったところで、戦い方を大きく変えたことだ。それまでは、前傾姿勢で攻撃的なスタイルだったが、上体を後ろ重心に変えたのだ。 要するに、相手のパンチが届かない距離を保ちながらチャンスを狙う「アウトボクシング」に切り替え、ジャブを起点に立て直していった。その場の状況に合わせて戦い方を変え、臨機応変な戦いで流れを引き戻した。試合中のけがは、普通ならパニックに陥るものだが、状況を理解し、瞬時に戦法を変えた判断能力も相当高いレベルにあるといえる。WBSS決勝の第2ラウンドで、ドネア(手前)と打ち合う井上尚弥=2019年11月、さいたまスーパーアリーナ(中井誠撮影) 井上といえば、派手なノックアウトばかりが注目されがちだが、今回の試合で、パワーと技術面の巧妙さだけでなく、キツイ場面を乗り越えるメンタルの強さも見せてくれた。骨折した中で12Rを戦い抜くことは、当然だが、容易なことではない。「ガードの上からでも効いた」 また、流れを変えたダウンシーンでは、フック系の外のパンチを多用して、ドネアの意識を外側に散らしていた。そこから、アッパーで中を意識させておいて、最後はダウンに持ち込むボディ打ちに繋がった。繰り返すが、井上はまさに心技体がそろった「最強」にふさわしいボクサーであることを証明したといえよう。 ところで、筆者は現役時代、井上と手合わせをする機会があった。そのときは、筆者が所属している帝拳ジムに出稽古にきたのだ。井上は高校生だったと思うが、当時からプロのジムでも「強い選手がいる」と噂になるような存在だった。 実際に打ち合うスパーリングではなく、感覚をつかむためのマスボクシング(パンチを当てないスパーリング)だったため、井上の強さを充分に体感することはできなかった。だが、感覚的にはなるが、距離が遠くてパンチを当てさせない距離感は、当時から抜群のものを持っていたと思う。 井上とスパーリングをした選手に話を聞けば、彼のパンチ力は、「ガードの上からでも効いた」などとの逸話がたくさんある。筆者もプロボクサーとして、一度本気で手合わせしておけばよかったと悔やまれてならない。 今回の勝利で、井上はWBAスーパー、IBFのベルトを保持している。この階級には、他にもWBC王者のノルディーヌ・ウバーリ(フランス)や、今回のWBSSを棄権したテテといった強豪がいる。 井上もこの階級に留まるようなので、両選手との対戦も気になるところだ。特にウバーリは、WBSS決勝と同日に行われたWBC世界バンタム級王座統一戦で、井上の弟で暫定王者の拓真(大橋)に勝利しており、今後の対戦候補として有力と言えるだろう。WBC世界バンタム級王座統一戦の12ラウンドで、打ち合う井上拓真(左)とノルディーヌ・ウバーリ=2019年11月(今野顕撮影) また、今後はアメリカの大手プロモーション会社と契約し、世界を舞台に闘っていくことになろう。「パウンド・フォー・パウンドランキング」(全階級で誰が一番強いか)でもトップ5に入っており、このランク入りは日本人ボクサーでは初の快挙で、井上の存在が日本ボクシング界を牽引していることはまちがいない。 まずはけがの静養が第一だが、来年の春をメドに試合が組まれる可能性が高い。ぜひとも、ボクシングの本場アメリカで金字塔を打ち建ててほしい。

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    アーモンドアイが最強である理由

    <潜入取材>アーモンドアイの強さの秘密を探るため、国枝栄厩舎、ノーザンファーム天栄、一口馬主の出資者など、関係先を取材。速くて賢くて可愛い「最強牝馬」アーモンドアイの素顔に迫る。テーマ『「女帝」アーモンドアイを侮るな』https://ironna.jp/theme/1074

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    東京五輪マラソンで「惨劇」を繰り返させない最後の策が残されている

    酒井政人(スポーツライター) 国際オリンピック委員会(IOC)が、猛暑が懸念される東京五輪のマラソンと競歩を札幌市で開催すると発表した。30日からのIOC調整委員会で、大会組織委員会と東京都などと議論するというが、既に多くの問題点が浮き彫りになっている。ここでは「アスリート」の立場から、札幌開催の賛否を考えてみたい。 マラソンと競歩の開催場所変更については、直前に行われていたカタール・ドーハの世界陸上の影響が大きかったといわれている。振り返ると、国際陸上競技連盟(IAAF)のセバスチャン・コー会長が開幕前の記者会見で、「私たちの医療チームは大きな警鐘を鳴らしている」と高温多湿の状況で行われるマラソンと競歩の安全面に懸念を示していた。 大会初日に行われた女子マラソンは23時59分という深夜スタートにもかかわらず、気温は32・7度、湿度は73・3%というコンディションのもとで行われた。現地で取材していたが、少し歩くだけで汗が噴き出てくるくらい不快な気候だった。 レースは予想通りのスローペースとなり、2時間32分43秒という優勝タイムは1983年から始まった世界陸上で最も良くなかった。出場68人中、28人が途中棄権しており、日本陸連のある幹部は「日中にレースをしたら死人が出ていたかもしれない」と漏らしていた。 男子50キロ競歩も女子マラソンと同じような気象条件で、47人がスタートしたものの、ゴールできたのは失格を含めて28人だった。金メダルに輝いた鈴木雄介(富士通)ですら、終盤は徒歩のような速度に落とす場面もあった。優勝タイムの4時間4分20秒は、大会記録に30分以上も遅れ、過去のワースト優勝記録と比べても10分以上も悪かった。 この「惨劇」を見れば、東京五輪のマラソンと競歩を涼しい場所で開催しようと方向転換することは理解できる。大会スタッフやボランティア、観衆を含めての安全面を考えると意味のある決断になるだろう。世界陸上の男子50キロ競歩で、体に水を掛けながらレースする鈴木雄介=2019年9月、ドーハ(共同) しかし、2020年の夏に東京で五輪が開催されるのが決定したのは6年も前だ。その時点から逆算する形で準備してきたアスリートたちはどう思うだろうか。  特に、日本は地元の利を生かすべく、東京五輪が決まってから「暑熱対策」をより強化してきた。その成果もあり、昨夏のジャカルタ・アジア大会の男子マラソンでは井上大仁(ひろと、MHPS)が優勝。ドーハ世界陸上は女子マラソンの谷本観月(天満屋)が7位、男子競歩は鈴木と山西利和(愛知製鋼)で50キロと20キロの「ダブル制覇」を達成した。札幌で薄れる「アドバンテージ」 さらに、東京五輪を見据えて、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)シリーズを設立。2017年8月の北海道マラソンからスタートして、9月15日には本番とほぼ同じコース、本番に近い気象条件の中で「一発型選考会」のMGCを行ったばかりだ。 MGCで2位以内に入った選手は東京五輪代表が即内定となり、男子は中村匠吾(富士通)と服部勇馬(トヨタ自動車)が夢舞台の切符をつかんだ。2人は大学時代(中村は3年時、服部は2年時)に五輪の東京開催が決定している。 中村は駒沢大の大八木弘明監督から「マラソンで東京五輪を目指して一緒にやらないか」と声をかけられ、大学卒業後も大八木監督の指導を受けてきた。服部も東京五輪を意識して、大学4年のときにはリオデジャネイロ五輪選考会だった2月の東京マラソンに出場している。 中村は「暑くなれ」と思ってMGCを迎えていたが、札幌開催となると、「暑さに強い」という折角のアドバンテージが薄れてしまう。日本勢は本番とほぼ同じコースを走ったという経験を生かすことができない。 そして、MGCで2位以内に入れなかった選手にとっては、もう少し涼しいコンディションならば違う結果が出たかもしれない、と思う選手が出てきてしまう。4年に1度のオリンピックは、アスリート人生の中で何度もチャンスがあるわけではない。彼らの気持ちをIOCはどう考えているのだろうか。 ドーハ世界陸上では日本以外にも東京五輪を見越して、さまざまな暑さ対策をしている国や選手がいた。国際大会でメダルを獲得したことのある海外の競歩選手は、「準備しないもののために競技会を変更しないで」と会員制交流サイト(SNS)で批判している。2018年8月の北海道マラソンで札幌市街地を走るランナー 今回の流れを受けて、開催都市の東京都はIOC側にマラソンのスタート時間を1時間前倒して、これまで通り東京で開催することを提案するという。しかし、これも効果としてはほとんど意味がない。 東京の気象条件を気象庁のホームページで確認したところ、マラソンスタート予定時刻の午前6時は、今年の8月2日(女子開催予定日)が気温27・7度、湿度93%。同9日(男子開催予定日)は気温27・5度、湿度86%だった。近代五輪29回目で「異例事態」 これが午前5時でも、8月2日が気温27・1度、湿度94%で、同9日は気温26・9度、湿度90%となる。日差しの強さは違うかもしれないが、レース中の気温は1~2度しか変わらないのだ。 では、札幌開催になるとどうなるのか。今年の8月2日と9日の気温を比べると、朝6~8時は東京よりも4~8度ほど低かった。 ただ、それでも22度を上回る。マラソンでトップ選手が最高のパフォーマンスを発揮できる気温は10度前後なので、気温20度でもまだまだ暑い。 マラソンが開催都市で実施されないことになれば、近代五輪29回目で初めてのこととなる。五輪競技の会場決定はIOCと国際競技団体(IF)の間で取り決められていることを考えると、東京都ではなく、日本陸連がIAAFに働きかけるなど、毅然(きぜん)とした態度で「東京開催」を主張すべきだろう。 五輪憲章には「開会式を含めて、16日を超えてはいけない」という規定がある。個人的には、憲章の改正を求めた上で、マラソンと競歩は11月に行うなど、開催時期を遅らせる提案をしてもらいたいと思う。 というのも、近年の世界陸上は世界の「トップ・オブ・トップ」というべきマラソンランナーが出場を回避する傾向が強くなっているからだ。今回のドーハ大会でも大物2人は出場せず、別のレースに参戦している。東京五輪とほぼ同じコースで行われたMGCの男子で、27キロ付近を力走する(右から)中村匠吾、大迫傑、服部勇馬ら=2019年9月15日、東京・銀座 5000メートルと1万メートルの世界記録保持者のケネニサ・ベケレ(エチオピア)は9月29日のベルリンマラソンで世界記録まで2秒に迫る2時間1分41秒で優勝。マラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ(ケニア)は10月12日のウィーンで行われた「INEOS 1.59 Challenge」というIAAF非公認のイベントで、42・195キロを1時間59分40秒で走破している。彼らが出場の意欲を見せるようなレース環境を整えないと、オリンピックといえども「世界一」を決めるレースにはならない。 近年のスポーツ界は「アスリート・ファースト」という言葉が強くなっている。今回の札幌開催はどうだろうか。アスリートたちの声はIOCやIAAFに届いているのか。4年に1度の夢舞台を本気で目指してきた選手たちへのリスペクトを忘れてはいけない。

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    競馬の常識を覆すアーモンドアイが見せた「天賦の片鱗」

    び続けた。 そういう意味では、不思議な、新種の強さを見せた馬でもあった。 ここで少々自慢話を。昨秋、スポーツ誌で競馬特集をすることになり、秋華賞の前の段階で、同誌編集長を含む3人の編集者と打ち合わせをした。そのとき私は、「今東西にいる現役馬で、古馬の男馬を入れても一番強いのはアーモンドアイですよ」と言った。それならば、と、同誌で4ページほどアーモンドアイの特集を組むことになった。 あり得ないタラレバだが、あの桜花賞の直線入口で、同じ位置からディープインパクトやオルフェーヴルがスパートしたとしても、そう大きな違いにはなっていなかったのではないか。そう思っていたので、オークスの楽勝劇は、特に驚かされることのない「普通に強いレース」だった。アーモンドアイ(中央)を管理する国枝栄調教師(右)と根岸調教助手=2019年10月、美浦トレセン 秋華賞の前、アーモンドアイを管理する国枝栄調教師にインタビューした。私は「アーモンドアイは、現時点ですでに古馬を入れても一番強いのでは」と訊(き)いた。同師は特に驚く様子もなく、「まあ、ウオッカやジェンティルドンナを追いかける存在になってほしいとは思っています」と笑みを浮かべた。その口調から、師もその時点で「この馬が一番強い」と思っていることが伝わってきた。師が早くから感じた「スケール」 さらに私が「マックスビューティの桜花賞を思い出しました」と言うと、師は「印象の強烈さでは、私がこの世界に入る前に活躍したテンポイントに通じるものがありましたよね」と、1970年代後半にトウショウボーイ、グリーングラスとともに「TTG三強」を形成した牡(おす)の歴史的名馬の名を挙げた。 そして、手前を何度も替えることに関しては「よその厩舎(きゅうしゃ)ですけど、イスラボニータもそうでしたよ。体は柔らかいのに、体幹はしっかりしていた」と2014年の皐月賞馬に言及した。序盤掛かり気味になりながら完勝したオークスについては「前半折り合いを欠いてロスがありましたね。ディープインパクトの菊花賞を思い出しました」と、師の口から、牡の名馬の名が次々と出てきた。 このように、国枝調教師は、早い時期からアーモンドアイに、「牝馬」という枠を超えたスケールの大きさを感じていたのだ。 昨年は、レース直後、熱中症になったように歩様が乱れることが何度かあったが、古馬になってからは改善されている。 手前をたびたび替える癖も以前ほどではなくなってきた。もともと「悪癖」だったわけではないので、替えなくなっても、また頻繁に替えるようになっても、気にする必要はないのかもしれない。 ドバイターフ完勝後の帰国初戦となった安田記念では、序盤の不利が響いて3着に敗れた。しかし、国枝師が「今までで一番強いと思うレースをしてくれた」と話しているように、最後に見せた脚の鋭さは歴史的名馬のそれだった。トウショウボーイ(左手前)を退け、第22回有馬記念を制したテンポイント(右)。3着のグリーングラス(左奥)とともに「TTG三強時代」を形成した=1977年12月、中山競馬場 約5カ月ぶりとなる天皇賞・秋でも、アーモンドアイだけの「特別な強さ」を見せてくれるはずだ。そう信じて競馬場に行きたい。

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    移りゆく時代に寄り添う「秋の盾」これぞ天皇賞たる瞬間

    山田順(ジャーナリスト) 今回の天皇賞は、さまざまな意味で注目される天皇賞となった。まずは、天皇陛下の即位礼正殿の儀後、初めて行われる天皇賞だということだ。 天皇賞といえば、その起源は、明治時代の「The Emperor's Cup(エンペラーズカップ)」までさかのぼり、優勝馬の馬主には「皇帝陛下御賞盃」が授けられた。この伝統は今も続いていて、現在でも優勝賞金のほか、優勝賞品として皇室から盾が下賜されている。今年はどの馬主が、この名誉ある盾を授けられるのだろうか。 次に、競馬そのものとしての注目だが、これは、ここまで豪華なメンバーが顔をそろえたことが、過去になかったのだ。なにしろ、GI馬10頭が出走する。中でも最大の注目は、1番人気確実の女王、アーモンドアイと2番人気に違いない3歳チャンピオン、サートゥルナーリアの対決だ。  ただ、競馬ファンの一人としての私の注目は「クリストフ対決」である。アーモンドアイの鞍上(あんじょう)は、クリストフ・ルメール、サートゥルナーリアはクリストフ・スミヨンということで、くしくも同じクリストフをファーストネームに持つ外国人ジョッキーの対決となった。果たして、どちらがこのレースを制するのだろうか。 普通に考えれば、テン乗り(初騎乗)のスミヨン騎手が不利で、既にアーモンドアイをお手馬にしているルメール騎手の方が有利だろう。2人ともフランス競馬を本拠としたジョッキーだが、その乗り方はかなり違う。 10度のフランスリーディングを獲得したスミヨン騎手だが、乗り方はどちらかと言うと荒っぽく、また、本人の性格もきつい。日本では、かつてジャパンカップ(JC)でブエナビスタに騎乗して勝ったが、2着のローズキングダムの走行を妨害したとして降着処分を受けている。 その際、日本の裁決方法に文句をつけ、関係者から顰蹙(ひんしゅく)を買ったことがある。スミヨンは、フランスでも香港でもトラブルを起こしたことがある。第132回天皇賞・秋をご観戦された天皇、皇后両陛下=2005年10月30日、東京競馬場(斎藤浩一撮影) それに対して、ルメール騎手の乗り方は柔らかく、性格は温厚だ。日本中央競馬会(JRA)の通年免許を取得してからは年間最多勝を記録したこともあり、まさに優等生といっていいだろう。 果たして、東京競馬場の長い直線で、2人のクリストフはどのように馬を追ってくるのだろうか。ちなみに、どちらも、父親は障害競走のジョッキーだった。時代によって性格を変えたGI さて、本稿は予想コラムではないので、ここからは、私自身の天皇賞・秋の思い出を振り返りながら、「天皇賞とは何か」を考えてみたい。今回も含め、現在私たちが目にしている天皇賞は、過去の天皇賞ではない。これほど、時代によって性格を変えたGIは珍しい。 私が今も鮮やかに思い出す天皇賞は、1971年、6歳(旧年齢表記、現5歳)牝馬ながら名だたる牡馬たちを蹴散らして勝ったトウメイである。「牝馬は天皇賞を勝てない」と言われていた時代の話だ。なにしろ、当時の秋の天皇賞は、春と同じ3200メートルという長距離戦であり、牝馬には勝ち切るスタミナはないと思われていたからだ。しかも、トウメイは小柄で「マイル(約1600メートル)の女王」と呼ばれていた。 しかし、トウメイはやってのけてしまった。日本ダービー馬ダイシンボルガード、菊花賞馬アカネテンリュウを差し切ったのだ。この勝利に、当時「競馬の神様」と呼ばれた評論家の大川慶次郎氏は「トウメイはオールマイティーだった」と述べて脱帽した。 続いて、今もこの目に鮮明に残るのは、80年のプリテイキャストの大逃げだ。プリテイキャストも6歳牝馬で、惨敗を繰り返していたので、全く人気はなかった。 ところが、柴田政人騎手を背に逃げに逃げた。向正面では後続に約100メートル以上の差を付けたので、誰もがこれは持たないだろうと思った。人気のカツラノハイセイコ、ホウヨウボーイなどの牡馬が必ず差してくるだろうと思った。しかし、直線を向いても何も来ず、なんと2着のメジロファントムに7馬身差をつけて優勝した。 私は後に、予想紙『日刊競馬』の評論家、柏木集保氏と知己になるが、このとき、彼だけが「展開次第で逃げる可能性大」とプリテイキャストに本命印を打っていた。この予想で、彼は一躍予想界のスターとなった。 このように、天皇賞は古馬による長距離戦であり、しかも、1度勝った馬はその後出走できない「勝ち抜け戦」だった。天皇賞は、天皇から盾が下賜されるのだから、その名誉は一度だけとされていたのである。 しかし、81年に国際招待競走のJCが創設され、古馬の競走体系が変わるともに、天皇賞・秋は中距離の2000メートルに短縮された。これによって性格は大きく変わり、JCに向かう古馬のトライアル戦、また、古馬の中距離チャンピオン決定戦に位置付けられた。第82回天皇賞・秋、歴史的大逃げを演じ、7馬身差で圧勝したプリテイキャスト(柴田政人騎手)。左から2頭目は2着のメジロファントム=1980年11月23日、東京競馬場 また、勝ち抜き制も廃止され、87年からは4歳馬(現3歳馬)も出走できるようになった。84年、距離変更後の最初の勝ち馬は、前年の三冠馬ミスターシービーである。 中距離になり、スピード競走になった天皇賞で、私が衝撃を受けたのは、85年の天皇賞で、ミスターシービーに次いで三冠馬となった本命になったシンボリルドルフを、根本康弘騎手騎乗のギャロップダイナが差し切ったことである。ギャロップダイナはまだ条件馬で全くの人気薄(13番人気)で、単勝8820円は当時としての天皇賞最高配当となった。天皇が天皇賞を観戦した日 今も「あっと驚くギャロップダイナ!」というテレビで流れたレース実況のフレーズが耳に残っている。ちなみに、根本騎手は引退後に調教師となり、現在はアイドル藤田菜七子騎手の師匠である。 その後、天皇賞は数々の名勝負、ハプニングの舞台となった。91年には大本命、武豊騎手騎乗のメジロマックイーンが1位入線するも最下位の18着降着処分となり、逃げた2着のプレクラスニーが6馬身も離されたというのに天皇賞馬となった。 このとき、私はプレクラスニーからの馬券を持っていたので歓声を上げたが、本命馬のハプニングに場内は騒然とした雰囲気に包まれた。プレクラスニーに騎乗していたのは当時19歳の江田照男騎手で、今でも大穴をあけるジョッキーとして有名である。 JCの創設以来「国際化」が唱えられてきたが、天皇賞が外国馬に開放されたのは、2005年になってからだった。しかし、JCの地位が国際的に低下し、外国馬がほとんど来なくなったので、これまで、天皇賞・秋に出走した外国調教馬はいない。 東京競馬場の芝コースとそれによる高速馬場は、欧州の馬場とは全くの別物である。私として、このような日本独特の高速競馬は貴重だと思っているが、日本の競馬人はいまだに残る「欧州至上主義」から、全く性格の違う凱旋(がいせん)門賞制覇に執念を燃やしている。 2005年、天皇、皇后両陛下(現上皇、上皇后両陛下)が臨席される「天覧競馬」が実施された。天皇が天皇賞を観戦した例は史上初めてであり、天皇自身による競馬観戦も、1899(明治32)年以来106年ぶりのことだった。 このときのレースも私には鮮やかによみがえる。勝ち馬は5歳牝馬ヘヴンリーロマンス、なんと14番人気という超人気薄だった。騎乗した松永幹夫騎手はウイニングランの後、踵(きびす)を返してヘヴンリーロマンスをメーンスタンドへ向かわせて帽子を脱ぎ、両陛下に最敬礼をした。まさに、天皇賞が天皇賞たる瞬間がそこにあった。 私の年下の友人でギャンブル評論家の松井政就(まさなり)氏は、「天覧競馬だから、間違いなくヘヴンリーロマンスが勝つ。ヘヴンリーは『天』ですよ」と、数日前から言っていた。彼は、今「夕刊フジ」に競馬コラムを連載している。2005年10月、第132回天皇賞・秋を制したヘヴンリーロマンスの馬上から松永幹夫騎手は天皇、皇后両陛下に一礼した=東京競馬場(斎藤浩一撮影) ここまで書いて思うのは、天皇賞では牝馬がかなり勝っているということだ。ヘヴンリーロマンスの後も、08年にはウオッカが、10年にはブエナビスタが優勝している。 最近は言わなくなったが、安倍晋三内閣は「全ての女性が輝く社会づくり」を提唱している。果たして、アーモンドアイは来るのだろうか。出走馬16頭のうち、牝馬はアーモンドアイとアエロリットだけである。

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    「女帝」アーモンドアイを侮るな

    「即位礼正殿の儀」の直後の開催で、例年以上に注目を集める天皇賞・秋。皇室と競馬の関わりは長く、天皇賞の前身である「エンペラーズカップ」は明治38年に始まった。史上最多となるGI馬10頭が出走するが、主役は他でもない、世界にその名を知らしめ、まさに「女帝」の称号がふさわしい最強牝馬、アーモンドアイだ。

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    日本の競走馬が世界的に劇的に強くなった歴史を振り返る

     平成19(2007)年、日本は国際セリ名簿基準委員会(ICSC)の格付けで世界で16番目の「パートI」国となり、競馬一流国と認められた。「国際化」の象徴ともいわれる出来事だったが、それで何が変わったのか。競馬歴40年のライター・東田和美氏が、競馬の国際化についてつづる。* * * それまでは日本でGIレースを勝っても、海外では「GI馬」とは認められず、海外のセリ名簿に実績として記すことができなかった。 競馬の開催日数や出走頭数、馬券売上や賞金は世界トップレベルでも、出走馬に制限があり、世界の馬に広く門戸を開いていないというのがその理由。かつてはクラシックをはじめ、外国馬が出られないレースが多かったのだ。JRAは馬産地関係者などと粘り強く折衝を重ね、徐々に出走制限を緩和させていくことで、「国際化」を推し進めていった。 いまでは多くのレースが国際レースとなり、外国調教馬(以下「外国馬」と表記)が出走できるようになった。 ジャパンカップ(JC)はまさに国際化を目指す第一歩として昭和56(1981)年に創設され、第2回などは外国馬10頭に対し日本馬が5頭だけと、国際レースにふさわしいものだった。平成9(1997)年までにJCに出走した外国馬は140頭以上、17回のうち12回は外国馬が優勝と、その強さを見せつけられるばかりだった。 ところが後にヨーロッパに遠征して凱旋門賞で2着にはいるエルコンドルパサーが勝った平成10(1998)年あたりから、日本馬が優勢になり、その後の21回で外国馬の優勝はわずかに2回。招待レースであるにもかかわらず、出走馬も徐々に減っていった。2000年には1着賞金がそれまでの倍近い2億5000万円に、さらに27(2015)年からは3億円になったが、外国馬は掲示板に載ることすらなくなってしまった。1993年11月、凱旋門賞馬アーバンシーやブリーダーズカップ・ターフ馬コタシャーン(7)を抑えて、ジャパンカップを制したレガシーワールド(8) しかしJCが果たした役割は大きい。世界最高峰のレースといわれる凱旋門賞には、今年も日本馬が3頭出走。今では日本馬が挑戦するレースとなっているが、JCにはこれまで8頭の凱旋門賞勝ち馬が出走してきている。世界的名馬を次々送り出した「超大物」 その後の世界の競馬を考えると、最も「大物」だったのは平成5(1993)年の牝馬アーバンシー。3歳で凱旋門賞を制覇(ちなみにこのときの2着はホワイトマズル)。JCでは10番人気8着に終わったが、引退後、母親になってからの成績が凄まじい。英愛ダービーを勝ったガリレオ、凱旋門賞馬シーザスターズを筆頭に、GI馬を4頭も世に送り出す。 ガリレオは種牡馬として初年度からGI馬を輩出、9年連続で英愛リーディングサイヤーになっており、その子14戦14勝のフランケルや、エネイブルの父ナサニエルなども種牡馬として成功を収めている。 そんな名馬でもJCで勝つことができなかったが、世界の一流馬が日本の競馬場で走る姿は、ファンにとってはたまらない魅力だし、世界の競馬状況をも知らしめてくれた。来日した凱旋門賞馬のうち4頭は日本で種牡馬となり、日本競馬の発展に大いに貢献した。 マイルやスプリントGIでは、一時香港馬などが狙いを定めて来日し、結果を出していたが、近年はやはり日本馬だけの争いとなっている。 凱旋門賞をはじめ、日本馬の海外遠征は当たり前になり、海外GI勝利も意外ではなくなった。さらに、海外競馬の馬券も買えるようになった。しかし、国内のレースを見る限り日本競馬の「国際化」はまだまだこれからといわざるを得ない。●ひがしだ・かずみ/今年還暦。伝説の競馬雑誌「プーサン」などで数々のレポートを発表していた競馬歴40年、一口馬主歴30年、地方馬主歴20年のライター。関連記事■競馬 華々しいGIの「裏開催」へわざわざ出かける愉しみ■競馬シーンを変えた「WINS」 今や特有の雰囲気は消えた■全ての競馬ファンが泣き武豊が泥酔した「沈黙の日曜日」■ワイド馬券 馬連や馬単でスランプに陥った時や穴党にも■馬券シェアわずか3%の「枠連」、あえて買うタイミングとは

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    ウオッカ、エアグルーヴ…牡馬に伍して活躍した平成の名牝馬

     ダービーをはじめ7つのGIを勝ったウオッカが、平成最後の月に繋養先のアイルランドで死亡した。彼女に代表されるように、平成は多くの名牝が牡馬に伍して活躍した時代でもあった。競馬歴40年のライター・東田和美氏が、競馬の歴史を彩った牝馬についてお届けする。* * * 平成16年(2004年)、JRAは創立50周年を記念して52頭の「時代を駆け抜けた名馬たち」をレース名に刻んだが、牝馬はたった2頭。昭和61(1986)年の三冠馬メジロラモーヌと平成9年(1997年)の天皇賞(秋)などを勝ったエアグルーヴだけだった。 いまファン投票などで「平成の名馬たち」を50頭選ぶとすると、10頭を超える牝馬がランクインするだろう。ウオッカとエアグルーヴはもちろん、ブエナビスタ、ジェンティルドンナ、ダイワスカーレット、スイープトウショウなど牡馬を破ってGIタイトルを獲得した馬も数多い。三冠牝馬もスティルインラブ、アパパネ、ジェンティルドンナ、そして、3歳にしてジャパンカップを驚異のレコードで勝つアーモンドアイという怪物も現われた。年度代表馬も牝馬が7回受賞している。 かつてクラシック戦線である程度の結果を出した牝馬は、早めに繁殖に上がるケースが多かったが、平成に入って古馬牝馬の活躍が目立ってきた。3年の安田記念とスプリンターズSを勝ったダイイチルビーをはじめ、ニシノフラワー、シンコウラブリイ、ノースフライトなど、「切れ味」を生かすだけでなく、牡馬に競り勝つ強さも兼ね備えていたが、それでも主戦場はマイルまでだった。 平成8年、新たに3歳馬(当時は4歳)限定のGI秋華賞が新設、これまで3歳馬に限定されていたエリザベス女王杯が古馬にも開放され、牝馬路線の充実も図られるようになった。この年JRA初の女性騎手が3人誕生したのも、この流れと無縁ではないのだろう。第138回天皇賞・秋 ダイワスカーレット(青帽)をハナ差抑えて優勝したウオッカ(14)=2008年11月2日、東京競馬場(佐藤雄彦撮影) しかし牝馬限定路線に反発するかのように、翌9年にエアグルーヴが天皇賞(秋)を牝馬として17年ぶりに勝つ。ジャパンカップでも日本馬最先着の2着に入り、この年牝馬として26年ぶりの年度代表馬に選出された。 この後、平成中期(10年代)は、サンデーサイレンス牡馬や外国産馬に押され、男勝り牝馬の活躍は数えるほどだったが、平成後期になってからはウオッカ、ブエナビスタ、ジェンティルドンナが入れ替わりで古馬戦線の主役に君臨、平成後期10年のジャパンカップでは牝馬が6勝と牡馬を上回り、年度代表馬も5回受賞した。クラブ馬が欲しい「実績」 さて、そんな未来の女傑になろうかという3歳牝馬による今週のフローラS(平成12年までは4歳牝馬特別)だが、残念ながらこのレースで出走権を得てオークスを制したのはレディパステルとサンテミリオンの2頭だけ。平成では1番人気が10勝2着7回と堅実そうに見えるレースだが、一筋縄ではいかない。 ダービーのトライアル青葉賞は2着まで、プリンシパルSにいたっては1着だけしか権利を得ることができないが、オークストライアルのフローラSではかつて3着までに出走権が与えられていた(昨年から2着までに優先出走権)。1、2着をめざすためには勝つための乗り方を考えなければならないが、3着狙いでよいのなら、また別の乗り方があり、そのために紐が荒れてきたのかもしれない。 昨年は1番人気のサトノワルキューレが強い競馬で勝ったが、2着には13番人気パイオニアバイオが入って、馬連は万馬券となった。三連単の発売が始まった平成17年以降、1万円以下は1回だけ。100万馬券が2回、ここ3年はいずれも二桁人気馬が絡んで22万、39万、11万と荒れている。 GIIでありながら1勝馬が10勝。未勝利を勝った次のレースで馬券に絡んで高配当をもたらしたケースも目立つ。1つミッションをクリアして肩の荷が降りたところで、思い切った乗り方を目論むことができるとも考えられる。 人気はOP勝ちのあるウインゼノビアやヴィクトーリアなど500万条件を勝っている馬に集まりそうだが、重賞4着があるシャドウディーバやパッシングスルー、もしかしたらとんでもない大物かもしれないセラビアといったところも穴人気になりそう。 高配当を出しているのは、むしろ前走条件戦で敗れているキャリア豊富な馬。とくに愛馬会(クラブ)所属馬はこの先新規募集を控えて「オークス出走」という実績を作りたいところ。フォークテイルやレオンドーロあたりがパドックで気持ちよさそうに歩いていたら、連下につけておくというのもいいかもしれない。●ひがしだ・かずみ/今年還暦。伝説の競馬雑誌「プーサン」などで数々のレポートを発表していた競馬歴40年、一口馬主歴30年、地方馬主歴20年のライター関連記事■馬券回収率を検証 1番人気馬はどれだけ強いのか■単勝、馬連、三連単──どの馬券で勝負する?■単勝1倍台の人気馬 賢い馬券の買い方は?■平成競馬を代表、武豊の功績とは一体なんだったのか■ワイド馬券 馬連や馬単でスランプに陥った時や穴党にも

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    笑顔だけじゃ見過ごす渋野日向子の「凄ワザ」

    いまれなる点がある。それは「ゴルフに取り込まれ過ぎていない」ことである。 もちろん、ゴルフはメンタルスポーツともいわれ、競技への集中度がスコアに直結することはいうまでもない。しかし、以下の三つの点で、単に「集中する」ことよりも、さらに上のメンタルコンディションを保っているのではないかと感じられるのである。 まず、彼女は常に物事を「俯瞰(ふかん)」で見ているようにみえる。時にお菓子を食べながら、時に緊迫した場面でもキャディーと談笑しながら、時にあたかもプレー終了後のようにギャラリー対応をしながら、どこか人ごとのように、ゴルフに向き合っている。 ただ、これが渋野なりのよい距離感でプレーと向き合っている証しでもあり、一歩空けてゴルフと向き合うことが、よい結果につながっているのだろう。 自分のことであっても、物事を遠い空を飛ぶ鳥の目で俯瞰するようにしてみたり、人ごとのように一歩引いて考えられる。実は、強いメンタルを作り上げるうえで必須の要件である。 不安になったり、結果が伴わなかったりすることもあるだろう。そんなとき、人はマイナスの気分に陥り、悩みのスパイラルに取り込まれやすくなる。 しかし、直面している事態を全体的・総合的に見れば、よい結果が出ていた過去も思い出せたり、自分がこれからすべきことを冷静に考えられたりする。とりわけ1ホールごと、1ショットごとの浮き沈みが激しいゴルフ競技においては、実は集中すること以上に重要な、安定感につながる力なのではないかとさえ思わされる。デサントレディース東海クラシック初日、ティーショットを放つ渋野日向子=2019年9月20日、新南愛知CC美浜C(戸加里真司撮影) また、彼女はプレー中に自分に課す目標設定が上手だ。インタビューにおいて、しばしば「攻める」「攻めたい」という言葉が出てくる。これはそもそものプレースタイルが攻めるスタイルであることに起因しているのであろうと思うが、重要なのは、この目標には「失敗」がないということである。 目標というのはあくまで理想であって、当然達成されない場合もある。しかし「攻める」という目標は、よい結果が出ようが出まいが、彼女がその意志を持って打ったショットである限り、達成されているのである。「数値目標」はもろ刃の剣 自分で立てた計画が成功するかしないかは、次のモチベーションに必ず関わってくる。人間心理の大原則からいえば、ストイックな人間など実はおらず、全ての行動のモチベーションはその前の成功体験に依存する。 その意味でいえば、渋野は常に成功体験の中に身を置くことができ、モチベーションが維持できる。さらにプレースタイルとの歯車ががっちりハマって、スコア的にもよい結果が出ようものなら、相乗効果はさらに発揮される。 全英女子で見せたような、彼女のバックナイン(残り9ホール)での強さの秘密は、ここにあるように思われる。通常、競技の後半ともなれば、身体の疲労も表れ、一方でゴールが近づいてくることから、さまざまなプレッシャーやストレスに晒(さら)され、精神が乱されやすい環境に置かれる。 しかし、自分の中の戦略上、「成功」していれば、余計な重圧や邪念、身体の変化に振り回されにくい精神状態を作ることができる。 「◯ホールではバーディーを取る」、「◯ホールではフェアウエーをキープする」などといった目標を立てると、達成できているうちは良いが、具体的であるがゆえに、「失敗」という結果を負うリスクもある。一般によく立てられやすい「数値目標」は、実はもろ刃の剣なのである。 渋野は違う。「バーディーをたくさん取りたい」。「たくさん」というのは、いくつか数が決まっているわけではない。つまり、その日のコンディションやコースの難しさによっては、1、2個でも「たくさん」になるのだ。 さらに、「切り替えのうまさ」も渋野の特徴である。ボギー以下のスコアでホールアウトした直後のホールで、バーディー以上の良い成績を出す確率を表す「バウンスバック率」がその象徴ともいえるが、彼女からは「悪いスコアを出してしまった怒りを転化してパワーに変えている」旨の発言があった。日本女子プロ選手権第1日、ホールアウトし同組の上田桃子と抱き合う渋野日向子。2アンダーでオーバーパーなしの連続ラウンドをツアー新記録の29に伸ばした=2019年9月12日、チェリーヒルズGC 確かにそれもあるだろうが、アドレスの際は、それ以前にお菓子を食べていようが、談笑をしていようが、常に一定のリズムと表情、ルーティーンで入れているように見える。「ボールを打つ」となったら、「自分が何に心を向け、何をすべきか」ということが本人の中で明確になっているのだろう。 もちろん、そこには上述した「俯瞰してみる力」や「適切な目標設定を立て、自分を成功体験の連鎖に置く」ことも背景として作用していると考えられる。 29ラウンド連続オーバーパーなしの国内ツアー新記録を打ち立てた安定感は、まさに彼女の精神力のしなやかさに裏打ちされている。さらなる新しい記録を打ち立てることのできる「ゴルフ新人類」ともいえる彼女のメンタリティの進化に、今後も期待し続けたい。

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    「マラソン舐めるな」MGCは陸連にイラつく選手のガチバトルになる

    武田薫(スポーツライター) 東京オリンピックのマラソン代表選考レース、MGCが9月15日に開催される。スタートは午前8時50分(女子は9時10分)、スタート・ゴールが明治神宮外苑(本番は国立競技場)という点を除けば、来年の本レースとほぼ同じコースで、上位2人がオリンピック代表に決まる。予想気温22~25度だから厳しいが、本番は女子が8月2日、男子は9日だから弱音を吐いてはいられない。 MGCとはマラソングランドチャンピオンシップの略で、2年前から国内5大会(女子は4大会)を代表選考会の出場資格を得る指定競技会(MGCシリーズ)にして、最終的に男子30人、女子10人が出場することになった。川内優輝のように出場辞退した選手もいる。 マラソンの代表は3枠で、残り1枠は12月から来年3月までの国内指定大会で、MGCシリーズの最高記録を上回る設定記録(男子は2時間5分49秒、女子は2時間22分22秒)を突破した選手に与えられる。3枠目の名称は「マラソングランドチャンピオンシップファイナルチャレンジ」。新聞記事ではこれだけで3行になり、いかにも大げさなところがMGCの特徴でもある。 日本陸連がこの企画を持ち出した背景はマラソンの低迷だ。 1951年に田中茂樹がボストンマラソンで優勝して以来、日本のマラソンは実業団組織を固めつつマラソンランナーを輩出してきた。64年の東京オリンピック代表となった寺沢徹、君原健二、円谷幸吉がその顔で、80年代に宗茂、宗猛、瀬古利彦、中山竹通らの切磋琢磨(せっさたくま)によって、お家芸としての地位を固めた。 瀬古が福岡国際マラソン3連覇からボストン、ロンドン、シカゴを次々に制した80年代は、国際化とは言ってもいまのグローバル化までは進んでいなかった。90年代のグローバル化の波の中でケニア勢が「市場参入」してから、日本のマラソンは低迷を始める。マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)公式記者会見。フォトセッションに臨む出場選手ら=2019年9月13日、東京都新宿区(納冨康撮影) 1991年の世界陸上東京大会の谷口浩美の金メダル、翌92年のバルセロナオリンピックでの森下広一の銀メダルが分岐点で、この2人が共に実業団連合の老舗クラブ旭化成の選手だったことは意味深長だ。今回のMGCに旭化成は1人も代表を送り出せなかったからだ。 すなわち、日本のマラソンの低迷は単にケニア参入という海外現象が理由ではなく、日本のマラソンの質的な問題だったのではないかということに思い当たる。苦肉の策 女子マラソンにも同じようなことが言える。男子が低迷した90年代から、有森裕子がバルセロナで銀、アトランタで銅、高橋尚子がシドニー、21世紀に入ってから野口みずきがアテネで、共に金メダルを獲得し、他にも鈴木博美、浅利純子、渋井陽子らがメダル獲得や記録更新の話題を次々に提供した。 しかし、この上げ潮は小出義雄、藤田信之、鈴木従道、鈴木秀夫といった指導者の高齢化とともに尻すぼみになった。 女子マラソンのオリンピック加入は84年のロサンゼルス大会で、参加者は50人(男子107人)という後発種目。グローバル化の中で世界に時差を取り戻され、野口が2005年のベルリンで出した2時間19分12秒の日本記録は手の届かないところに行ってしまった――。 日本人に最もなじみ深いマラソンが、東京オリンピックを前に何の話題も提供できない。とにかく、2020年に向けて盛り上げようという苦肉の策が、MGCシリーズである。 マラソンの代表選考が毎回もめるから、一発選考で公明正大にやろうという考えは、とってつけた理由だろう。条件の異なるマラソンで一発選考することが公明正大でベストな手段とは必ずしも言えない。 MGCという一発選考が可能になったのは、単に80年代の瀬古や中山というスーパースターがいなくなったからだ。当時は、大会すなわち主催する新聞社が選手を奪い合い、「一発」に断固反対していたことを忘れてはいけない。 MGCは「東京オリンピックを盛り上げる」手段で、日本のマラソンを強化する目的意識はない。 結果論として、強化につながればいいという日本陸連の「奇策」に過ぎず、この竹やり戦術のような考え方に疑問を抱いている選手も多数いる。オリンピック後、福岡国際マラソンや大阪国際女子マラソンなどの伝統レースはどうなるのか? オリンピックという真夏のイベントに、夏の種目でもないマラソンの将来を預けていいのかとの議論もあるわけで、9月15日のレースには、こうした考え方の違いも潜んでいる。 レース当日の予想気温は22~25度。暑さとの戦いになるが、このレースの最大の特徴は、記録は問わず順位を競うところだ。ペースメーカーもいない。過去の例でも、代表選考レースは相手をけん制し合う消極的な展開になりがちだ。 記録は関係ないから、無理をせずに相手の様子をうかがって35キロ過ぎに勝負をかける戦術で、その先頭集団の核となるのが井上大仁と考えられる。 ジャカルタ・アジア大会で日本勢として32年ぶりの優勝を果たした井上大仁=2019年8月25日、インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場(松永渉平撮影) 自己ベストの2時間6分54秒は参加する大迫傑(2時間5分50秒)、設楽悠太(2時間6分11秒)には及ばないが、1年前のアジア競技大会で金メダルを獲得するなど安定性が夏の耐久レース向きだ。大迫、設楽、昨年暮れの福岡国際で優勝した服部勇馬(2時間7分27秒)などの有力選手は、井上をマークして展開するというのは妥当な予想だ。だが、そうなるだろうか。 大迫が仕掛けないはずがない こうした常識的な展開予想は、これまでのマラソンからの理屈で成り立っている。今回の見どころは、これまでの理屈がまかり通るのかにある。そのレース展開では、これまでと何も変わらないからだ。そう考えたときにカギを握るのが大迫の走りだろう。 大迫は長野の佐久長聖高校から、早稲田大学、日清食品と一貫して名門チームのエースとして活躍してきた日本を代表するランナーだ。 そのエースが安泰な日本の生活を捨て、4年前に、家族とともに渡米。プロランナーとして、シューズメーカーのナイキが主催するオレゴン・プロジェクトに合流した。かつて瀬古のライバルと言われたアルベルト・サラザールをヘッドコーチに長距離種目のスピードを追求するチームで、ナイキは2017年に「Breaking2」と銘打ったフルマラソン2時間切りの記録会を開き、リオデジャネイロの金メダリスト、エリウド・キプチョゲが2時間25秒で走った。これは非公認記録だが、キプチョゲは昨年のベルリンマラソンで2時間1分39秒の世界記録を作った。 こうした環境に飛びこんだ大迫が、優勝タイムが2時間12分前後と予想されるレース展開に唯々諾々と従うだろうか。あるいは「意識する選手は大迫だけ」とライバル意識をむき出しにする大迫と同学年で今年28歳になる設楽が、大迫に何も仕掛けず代表切符にこだわるだろうか。 この2人は昨年、日本記録を更新して1億円のボーナスを手にしたアマチュアとプロだ。オリンピック代表選考レースではあるが、オリンピック、代表選考レースを度外視した意地がどうぶつかるかが最大の見どころになる。リオ五輪陸上男子10000メートル決勝、序盤に並んで走る大迫傑(左から3人目)と設楽悠太(右から2人目)=2016年8月13日、リオデジャネイロの五輪スタジアム(撮影・桐山弘太) MGCは陸連が来年の東京オリンピックだけを考えた「ドロナワ企画」にすぎない。しかし、選手はその手には乗らない。それぞれの目標を胸に準備してきたはずだ。80年代に瀬古利彦を脅かした中山竹通は、長野の山奥から神戸のダイエーに入ったときのことをこう話したことがある。 「コーチなんか誰でもよかった。練習メニューが欲しかっただけだ。与えられたメニューをことごとく越える練習をやりたかったし、やった」  マラソンを舐めるなよ、そんなレースを見たい。【読者プレゼント】※抽選で5名様に武田薫氏の新著『オリンピック全大会 人と時代と夢の物語』(朝日選書)をプレゼントします。下記よりご応募ください。https://questant.jp/q/QPUVM14N ■「速くも高くも強くもない」オリンピックに何を求めるか■元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点■別次元になったサニブラウンは男子リレーに馴染めるか

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    「速くも高くも強くもない」オリンピックに何を求めるか

    武田薫(スポーツライター) この度、『オリンピック全大会』(朝日選書)という本を書いた。最初の本は2008年の北京大会の前に出し、今回は北京、ロンドン、リオデジャネイロ3大会を加えた増補改訂版だ。幻に終わった1940年、前回の64年、目前に迫る2020年、三つの東京大会の比較考察も書き加えた。高価な本(税込1994円)だから宣伝して買ってもらおうと思ったわけではなく、書かなかった幾つかのことを思い出したのだ。 私はスポーツ新聞に11年、勤めていた。野球部、整理部と回り、運動部にいたのは3、4年で長くはなかった。1983年に退社しようとしたら、世話になった先輩に「運動部にとって一番大事なオリンピックが終ってからにしてくれ」といわれ、計画を1年延長し、85年1月に退社してポルトガルに行ったのだ。 退社の話が進んだ頃、私と同じころに運動部長になった上司から電話がかかってきた。 「本当はな」と言われたことには、84年のロサンゼルス大会に私を派遣しようと思ったそうだ。デスク全員の反対でそれはかなわなかったと言う。上司の気持ちは有り難かったが、オリンピックはわずか2、3年の経験者を送り出す舞台ではないという理由はもっともだ。何か違うことをやりたかったそうだ。新しい部長にも慰留され、振り返れば、あんなに人に惜しまれたことはその後にはない。 私は整理部時代、勤めの合間に近くの上智大学でポルトガル語を勉強していた。日本のポルトガル語といえばブラジル関係だが、私はポルトガル本国をイメージしていた。そしてある時、『トラック&フィールド』という雑誌をめくっていたら、ポルトガルが出てきた。 当時はマラソン全盛で、84年のロサンゼルス大会では瀬古利彦の金メダルは間違いなしと言われていた。福岡国際、東京国際、ボストンと5連勝し、その対抗馬が、いま大迫傑のコーチであるアルベルト・サラザールやロバート・ド・キャステラだった。 雑誌では、83年のロッテルダムマラソンで優勝したド・キャステラが「ポルトガルのロペスは要注意だ」とコメントしていたのだ。カルロス・ロペスという名前は聞いたこともなく、上智大教授(当時)のジャイメ・コエリョ神父に現地の新聞を見せてもらい、大使館にも行って話を聞いた。当時の大使館の文化担当は映画監督のパウロ・ローシャで「あのヒトは~、すっごいぞ」と教えてくれた。根拠までは言わなかった…。 そして私は「瀬古に強敵出現」という記事を書き、別に社内では評価されなかったが、瀬古の師匠だった中村清監督が電話をかけてきた。正確には村尾慎悦マネジャーから「どこで調べた」と聞かれた。ロサンゼルスオリンピック、男子マラソン、力走する瀬古利彦選手(中央)。しかし魔の35キロ地点から遅れ、14位に落ちた。 ロペスは76年のモントリオール大会の1万メートルでの銀メダルを最後に音信が途絶え、82年にいきなり復帰してヨーロッパ記録を出していた。マラソンをやるという話までは聞こえていなかったのだ。 ロサンゼルス大会で、その37歳のロペスが優勝した。私はレースを池袋の喫茶店のテレビで見た。瀬古が帽子を脱ぎ捨てたのも覚えているが、それをリスボンで見ていたはずだった。翌年の5月、38歳のロペスが2時間7分12秒の世界記録を作ったニュースをリスボンで聞き、86年の東京国際マラソンは途中棄権、それが引退レースになった。速くも高くも強くもない 私はスポーツライターになろうと思って会社を辞めたわけではなかった。向こうに着いてすぐ世界クロスカントリー選手権がリスボン郊外で開かれ、澤木啓祐団長が日本選手団を引き連れてきた。日本陸連から世話をしろと連絡があり、特にその必要もなかったが、そこでロペスやロザ・モタ、フェルナンド・マメーデといったトップ選手と親しくなったのだ。 テニスの全仏オープンに出掛けたのも85年のリスボンからだ。それからテニス記事を書き始め、週刊朝日で池波正太郎らの担当編集者だった重金敦之さんの目に止まって、朝日ジャーナルのノンフィクション大賞に「カルロスが走るまで」を書くことになる。それが佳作に引っかかった縁で連載を書き、書籍化された『ヒーローたちの報酬』(朝日新聞社)を読んだフジテレビのプロ野球ニュース編集長・矢野順二さんに長いこと世話になり…。 『オリンピック全大会』は1896年のアテネ大会から書いている。もちろん見たわけではない。私が取材したのはソウル、バルセロナ、アトランタ、シドニーで、バルセロナとアトランタは辞めた新聞社が派遣してくれたから、よほどの幸せ者だ。 読者には見てきて書いたような印象があるかもしれない。それは各大会をストーリーとしてとらえているからで、それがこの本の特徴といえば特徴かもしれない。多くのオリンピック書は記録を中心に書かざるを得ないが、スポーツライターの私には、スポーツの興味はとどのつまり記録ではないと考えているフシがある。 オリンピック憲章の「より速く、より高く、より強く」は知られている。しかし、もはや100メートルもマラソンも、棒高跳びも走り高跳びも、オリンピック記録は世界記録とかなりの差がある。 「より強く」にしろ、年齢制限のあるオリンピックのサッカーはワールドカップから見れば格下だ。それでも開催することに意味があるということになる―。男子マラソン1位でゴールし、日の丸を手に笑顔の井上大仁=インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場(撮影・松永渉平) 来年は酷暑の大会が懸念されているが、それはとっくに分かっていたこと。私の懸念はマラソンの日本代表だ。体調不良に陥ったとき、日の丸で埋まった沿道で棄権できるだろうか。マラソンは2時間15分前後だが、テニスは3時間超えもある。錦織圭は「鍛えられた選手よりお客さんが心配だ」と話す。「速くも高くも強くもない」なら、オリンピックは何を求めているのか。 リスボンで会った澤木さん、2度も遊びに来た友人で作家の関川夏央さん、重金さんも「労作だな」と言ってくれた。あいつ、まだやっていたのか、そう驚いたのだと思う。【読者プレゼント】※抽選で5名様に武田薫氏の新著『オリンピック全大会 人と時代と夢の物語』(朝日選書)をプレゼントします。下記よりご応募ください。https://questant.jp/q/QPUVM14N ■別次元になったサニブラウンは男子リレーに馴染めるか■元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点■大坂なおみは今のメンタルで戦い続けられるか

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    阪神を変えたはずの「矢野ガッツ」思わぬブレーキ

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 今年のプロ野球もオールスターゲームを終えて後半戦に突入しました。セ・パ両リーグともに混戦を抜け出したチームが出たと思えば、また差を詰められるなど、まだまだ見どころいっぱいです。 それどころか、ここ最近は思いがけない見どころが注目されています。それは、阪神タイガースの矢野燿大(あきひろ)監督の「矢野ガッツ」とも呼ばれる、感情を前面に出す姿が話題になっています。本稿では、監督が感情を表に出すことに関する心理学的な効果を考察してみましょう。 今までの野球の監督といえば、審判への抗議以外では大きくテンションを上下させることはあまり見られませんでした。感情を出すのは主にコーチの仕事であり、「親玉」である監督は戦場の殿様よろしく、本陣にドンと構えているものでした。 戦国武将、武田信玄が軍旗に用いたことでも知られる孫子の「風林火山」にある「動かざること山のごとし」ではありませんが、確かに大将である監督がむやみに動くと周りも困惑します。プロ野球においては監督、すなわち「殿」なので、ベンチという本陣からむやみに動かないことが、監督のあるべき姿として定着していたわけです。 しかし、矢野監督は違いました。サヨナラ本塁打を放った選手を、祝福の喜びをあらわにしながら誰よりも早く出迎えたりしています。交流戦西武戦の8回、安打を放った糸井にガッツポーズの阪神・矢野監督=2019年6月、甲子園(松永渉平撮影) また、大差で負けている時でも、単打1本でガッツポーズしたり、と選手のプレーに対する情緒的なリアクションが目立ちます。それも密かなものではなく、これまでのプロ野球監督のイメージを覆すほど大きなリアクションなのです。 このような矢野監督の行動に違和感を覚えたファンもいるようです。やはり、殿様は殿様らしく、監督は監督らしくあってほしいものなのでしょうか。一部のファンには、あるべき監督像が壊れてショックだったのかもしれません。心の中に「人が住む」 しかし、監督が選手のプレーに感情を表すことは、心理学的視点で考えると決して悪いことではありません。人には「社会的促進」と呼ばれる効果があります。 これは、人が見ていてくれることでパフォーマンスが上がる現象です。ただし、「物理的」に見ていてくれる人がいるということだけではありません。 「心理的」に見ていてくれる、つまり心の中に見ていてくれる人がいることも大事なポイントです。人は心の中に「人が住んでいる」生き物なので、どのような人が心の中に住んでいるかによって、大きな影響を受けるのです。 そして、人の脳というものは、人の感情に強く反応します。つまり、感情をあらわにする人ほど印象に残るのです。 したがって、「矢野ガッツ」によって、矢野監督は選手たちの心の中に住むことができるのです。そして、「自分のプレー(いいところ)を見ていてくれる!」と感じさせることで、社会的促進をもたらすといえるのです。 特に、監督という大将が心の中にいてくれることは、大きな促進効果があります。人にはおのおの「社会脳」というものがあり、「社会脳」は本能的にリーダーを求めます。そして、リーダーに評価してもらい、褒め称えてもらうことに喜びを感じるように作られているのです。延長12回、サヨナラ満塁本塁打の高山(手前)と抱き合い、大喜びの阪神・矢野監督=2019年5月、甲子園 皆さん偉い人に褒められて、嬉しくなったりやる気がアップしたりした経験はありませんか。リーダーに褒められると、脳はドーパミンで知られる報酬物質を分泌するので、私たちはとても気持ちよくなります。 この状態になれば、ストレスホルモンを減らすため、免疫系が活発になって健康状態も向上します。余計なことも考えずに済むので、自分のミッションにより深く集中できます。「矢野ガッツ」がプレッシャー? さらには、気持ちが前向きになるので、何事も建設的に考えられます。精神的にも余裕が生まれるから、仲間にも優しくなれるし、人間関係も良くなります。褒め称えてくれるリーダーの存在はいい事だらけなのです。 いいプレーを感情全開にして褒め称えてくれるリーダーが心の中にいてくれると、選手たちはいつも褒め称えてもらっているような気持ちになれます。したがって、矢野監督のように、大きな感情表現で選手の心の中に存在し続けられる監督は、選手のパフォーマンスもチームの雰囲気も良くしてくれるのです。 ところが「社会的抑制」という効果もあります。これは社会的促進の反対で、「見ていてくれる」ということでパフォーマンスが落ちてしまう現象です。 では、社会的促進と社会的抑制を分けるものとは、いったい何でしょうか。それは、パフォーマンスに自信が持てるかどうかにかかっています。自信が持てないと「見ていてくれる」ことがプレッシャーにつながって、逆にパフォーマンスが落ちてしまうのです。 いいプレーを全力で褒めてくれる矢野監督が心の中にいる場合、よくないプレーで褒められなかった場合、選手としては喪失感や自分への失望を強く感じてしまいます。プレーに自信がなければ、監督の期待を裏切ることが怖くなってしまい、心の中の監督の存在が選手を追い詰めてしまいかねないというリスクがあるのです。 とはいえ、阪神は優秀な選手が揃った伝統あるチームです。選手たちも「これは誰にも負けない」といえる得意プレーを持っていることでしょう。9回、厳しい表情で試合を見つめる阪神・矢野監督(中央右)=2019年6月、倉敷 ただ、阪神は結果が伴わないシーズンが多いことが特徴といえます。それでも、今季はここまで「矢野ガッツ」に支えられながら、選手たちのベストパフォーマンスが引き出されてきたようです。 7月に入って、6連敗を喫するなど正念場を迎えていることは間違いないでしょう。「矢野ガッツ」がプラスとマイナス、最終的にどちらの影響を及ぼすか、まだまだ目が話せないシーズンになりそうです。■ V確率ゼロ、丸流出でも4連覇を狙える広島カープの「極意」■ 「アニキ」の愛は伝わらない? 金本監督スパルタ式の限界■ 阪神にも敗れた侍ジャパンがWBCを制する方法はこれしかない

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    別次元になったサニブラウンは男子リレーに馴染めるか

    武田薫(スポーツライター) 7月21日に行われた国際陸連主催のダイヤモンドリーグ第10戦(ロンドン)の100メートルで、24歳の小池祐貴が日本歴代2位に並ぶ9秒98で4位になり、20歳のサニブラウン・ハキーム(9秒97)、23歳の桐生祥秀(9秒98)に次いで、日本選手では3人目の9秒台選手が誕生した。 小池は桐生と同学年で高校時代は桐生の後塵(こうじん)を拝してきた選手だが、慶応大に進んでから200メートルで力を伸ばし、社会人1年目の2018年、ジャカルタのアジア大会で金メダルを獲得している。 来年の話をするのは気が早いが、オリンピック代表の選考基準は既に決まっていて、日本選手には厳しい条件になった。これまでは標準記録を突破すればよかったが、これからは今季から導入された世界ランキングが必要になる。ランキングの基となるポイントは国内では足りず、世界選手権を頂点にダイヤモンドリーグに参戦して順位を争わなければ稼げない仕組みだ。そこに参戦するためには記録がカギになる。 オリンピック標準記録は100メートル=10秒05、200メートル=20秒24。記録の有効期間は2019年5月1日から2020年の6月29日だから、小池、サニブラウンは記録面ではOK。桐生はどこかで突破しなければいけない。今季、100メートルで10秒を切ったスプリンターは日本の2人を含めて14人いる。ここ5年では38人が9秒台で走り、世界記録9秒58は10年前の2009年にウサイン・ボルトが出したもの。歴代まで広げると127人が10秒の壁を破っている。いまさら騒ぐなという感じである。 今季のランキングは、現時点(7月23日)でサニブラウンが世界9位、小池が11位、桐生が18位、山県亮太(27)が56位、多田修平(23)が61位。オリンピックの決勝に進めるのはサニブラウンだけという現実だが、4人を組み合わせた4×100メートルリレーになると俄然(がぜん)、金メダルが狙える位置になるのだから不思議だ。 日本の男子400メートルリレーは2004年の北京、16年のリオデジャネイロオリンピックで銀メダルを獲得している。17年の世界選手権でも銅メダル、今回のダイヤモンド第10戦でも、急きょ、組み替えたメンバーで37秒78で英国に次いで2位に入っているから、抜群の安定性を世界に実証済みである。理由は実に単純だ。ダイヤモンドリーグ第10戦の男子400メートルリレーで、第3走者の桐生(右)からバトンを受けるアンカーの白石=2019年7月21日、ロンドン(共同) 日本代表の2度の銀メダル・メンバーには1人も9秒台選手がいなかった。個々の走力では劣るのに4人目が走り終われば勝っているのは、走力以外の要素、バトンパスの差しかない。ドミノ倒しのように進む精緻なアンダーハンドパスが勝因なのだ。サニブラウンをどうするか リレーのバトン渡しは、前走と次走が腕を思いきり伸ばし、目視を入れながら、バトンの端から端で受け渡すオーバーハンドパスが一般的だ。走行距離は短くするが、リレー段階で減速し、次走者の体勢が崩れて加速も鈍る。アンダーハンドパスの場合は、次走者が加速しながら差し出す手のひらに、加速・接近してきた前走者がバトンを下から収める形になる。 2人の走者が加速状態で、互いの腕振りの過程で渡すのが理想。スピードの段差を消し滑らかな連続継走を追究する―。だったら、みんなやればいいと思うが、アンダーハンドパスはチームの呼吸が整わないとできないのだ。互いの歩幅、呼吸などを合わせるためには、選手のセンスと共に、合宿などでの親密な交流が重要になる。国内向け、ともいえる。 7月のロンドンでは1走から多田―小池―桐生とつなぎ、アンカーに初めて白石黄良々(23)を起用した。サニブラウンが故障で欠場したための応急措置、それでも日本歴代3位の37秒78だった。オリンピックでは当然、9秒台の3人をつないで頂点を狙いたいところだ。が、順風満帆ともいかない。 個人競技の陸上競技で、スプリンターは100メートル、200メートルの進歩を追究する。リレーは、あくまでも特殊種目である。各選手に、国内だけでなく世界の舞台が求められていることは前段で触れた通りで、サニブラウンはアメリカの大学で日々研鑽(けんさん)して10秒を切った選手だ。アンダーハンドパスの「代表チーム」とは離れた認識の下で競技生活を送っている。合宿をするからと、昔のように召集することはできないだろう。 東京オリンピックの陸上競技で最も活躍が期待されるのは、男子の競歩と400メートルリレーである。いくらメダルが取れるからと言っても、個人競技の本質部分を見落とすと、おかしなことになる。男子400メートルリレー準決勝に出場したサニブラウン・ハキーム(手前)=2019年6月5日、オースティン(共同) 現段階では、1走に堅実な多田を置き、そこから小池、桐生、そして最後はサニブラウンの爆発力に頼むのが理想の順番だろう。スタートが苦手とされるし、アンカーならバトン継ぎは1度でいい。10月にドーハで行われる世界選手権の舞台がぶっつけ本番の試験になる。代表と個人―。サニブラウンのバトンさばきをよく考えたい。■元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点■宗茂が語った「箱根駅伝『物語』はもういらない」■大坂なおみは今のメンタルで戦い続けられるか

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    久保建英ら五輪世代を救う森保ジャパン「10番中山雅史」の記憶

    それでも、当時の日本代表がベスト16に進出する上で、この2人を功労者に挙げる人は少なくない。 チームスポーツにおいて、サブ組の気持ちのやり場は常に難しい。それが如実に表れるのが、試合翌日の練習だ。試合でプレーした選手たちは、疲労を抜くため、ピッチの外周をジョギングしている。 その一方、サブ組はピッチ中央で厳しいフィジカルトレーニング、激しいミニゲームに取り組む。試合に近い負荷を与えることで、レギュラー組とのコンディション、身体のリズムを合わせるためだ。 しかし、このとき必死に身体を追い込むサブ組と、レギュラー組の間には、明らかな序列ができる。「あのプレーはどう」「あの相手はどう」と、談笑を交えながらジョギングするレギュラー組を尻目に、サブ組は必死に自分を追い込んで、アピールしなければならない。 それでも、出番があるかどうかはわからない。徒労に終わるかもしれない。そんな先行き不透明な中、サブ組だけで練習を行う選手の気持ちについて、元日本代表DFの岩政大樹氏は、筆者とともに出演した『スカサカ!ライブ』で、「あれは精神的につらい」と語っていた。 2002年に話を戻すと、そんな気持ちが萎(な)えがちなサブ組の練習中、チームを引っ張っていたのが、中山と秋田だった。このレジェンドたちが、必死に自分を追い込むなか、若い選手が手を抜くわけにはいかない。日韓W杯予選リーグ チュニジアー日本 ベンチに下がった中田英寿(7)を出迎えるFW中山雅史(中央)とDF秋田豊=2002年6月(斉藤浩一撮影) 2人がもたらす、ピリッとしたムード。しかし、チームを盛り上げるときは、思いっきり盛り上げる。メリハリだ。 そして、アンタッチャブルになりがちな選手のことも「オラッ」といじる。短期大会において、勢いと一体感は何より大切だ。チームの何たるかを知る2人のベテランは、文字通りトルシエジャパンのラストピースだった。「出遅れ」の焦りを変える 同じくベスト16へ進出した2010年の岡田ジャパンも、負傷を抱えて実戦から遠ざかっていた川口能活(当時磐田)を、あえて第3GKとしてサプライズ招集した。川口は選手同士のミーティングでも、率先してまとめ役になり、チームの団結を促した。当時、周囲から全く期待されていない岡田ジャパンが前評判を覆す上で、川口が果たした役割は大きかった。 ベンチの雰囲気=チームの団結。大舞台で結果を残すためには、実はこれが最も大事な要素である。 森保一監督がどう考えるかはわからないが、東京五輪を控えた今回のコパ・アメリカの位置付けを鑑(かんが)みれば、岡崎と川島が3試合全部にスタメン出場する可能性は低いだろう。しかし、経験豊かな彼らがベンチに座ることの意味が、どれほど大きなものになるか。 この東京五輪世代には「出遅れ」の焦りを感じる選手も少なくない。DF冨安健洋(シントトロイデン)はすでにA代表でレギュラーを獲得しているし、コパ・アメリカに招集されていないMF堂安律(フローニンゲン)も同様だ。 レアル・マドリードに移籍するMF久保建英(たけふさ)も先のキリンチャレンジカップに途中出場し、鮮烈なデビューを果たしたばかりだ。U-22世代の選手が焦りを感じるのは当然であり、特に海外移籍後、クラブで出場機会を得られていないDF板倉滉(こう、フローニンゲン)らは、ここでアピールしなければ、という思いの強さが空転するリスクもある。 岡崎と川島には、チームの「万能薬」としての効き目が期待される。同世代チームにありがちな、ぬるい空気をピリッと引き締めたり、時には同世代ならではの焦燥感を解きほぐしたり、あるいはコパ・アメリカという未知の強豪への心構えを解いたり…。ともすれば、ブラジルW杯の日本戦に現れたコートジボワールのFWドログバのように、途中出場で試合の空気を一転させる存在に。日本―エルサルバドル 後半、相手GKと交錯したMF久保建英=2019年6月9日、ひとめぼれスタ 2人とも、声の大きな選手である。ミックスゾーン(取材エリア)ではいつも2人の声が遠くまで聞こえているし、練習中も川島の迫力あふれるコーチングが響き渡っている。 岡崎と川島は、チームに勇気や元気をもたらす類いの選手であり、この2人の姿こそ、中山や秋田、川口の系譜に連なる。森保監督は『10番中山雅史』の歴史を紡いだ。コパ・アメリカが楽しみである。■ 森保ジャパン新エース、中島翔哉に代わる「サッカー小僧」を探せ■ 日本人はなぜ「4年に一度の祭り」としてサッカーを消費するのか■ 昌子源が届かなかった「50センチ」に世界との差を見た

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    大坂なおみは今のメンタルで戦い続けられるか

    武田薫(スポーツライター) 5月26日の日曜日、テニスの全仏オープンが開幕した。4大大会の第3弾となる同大会の会場はパリ郊外にあるブローニュの森の近くにあり、その地名から「ローランギャロス」と呼ばれる。最大の注目が、女子シングルスの第1シードに座った大坂なおみである。 昨年の全米オープン、今年の全豪オープンを連続で制覇し、全4大大会連続優勝の「グランドスラム」を達成するチャンスが残る。女子では、シュテフィ・グラフ(1988年)やセレナ・ウィリアムズ(2003、15年)など過去に5人しか達成していない金字塔だ。 全仏の特徴は赤土のクレーコートである。芝の上で始まったローンテニス(テニスの正式名)もいまやハードコートが主流。ハードコートではパワーもスピードもストレートに反映され、イレギュラーもないから実力がしっかり評価できる。一方、クレーコートは非日常との戦いになる。足元が滑り、パワーが削がれてラリーが続く。天候の影響を受けて球脚は微妙に変化する――。心身ともフレッシュでなければ、とても2週間は勝ち抜けない。 現在世界ランキング1位の大坂は大舞台に強いのだが、見通しはあまり良くない。4大大会の中でも特に全仏は実績がなく、それよりも全豪オープン優勝以降のツアー成績がパッとしないのだ。ここまで6大会に出場して10勝6敗、一度もベスト4に勝ち残っていない。ナンバーワンとしては物足りない。 メジャー大会に2度も優勝すれば環境は一変する。そんな「シンデレラ」状態に、コーチ解任、ウエア契約の変更も重なって内面はかなり混乱しているはずだ。最近、彼女のチームに気になる変化があった。 4月第3週のシュツットガルト(ドイツ)大会から、茂木奈津子トレーナーがチームに復帰した。昨シーズン一緒だった茂木トレーナーは語学堪能で大坂と良好な関係を築き、全米オープンの優勝にも立ち会った。それだけに昨年暮れの解任は意外で、シーズン途中の復帰もまた不思議な人事だ。 大坂は復帰についての理由を明らかにしないが、こんなことが考えられる。  昨シーズンからの飛躍の立役者、コーチのサーシャ・バインの解任で心配されたのが精神面だった。テニスは8割がメンタル勝負と言われ、大坂のプレーは確かに不安定になったのだが、そんな折、3月のマイアミ大会に姉の大坂まりが推薦出場した。 なおみが大好きな1歳上の姉は世界ランク340位の現役選手。マイアミはトップ全員集合の大会で姉さんに出番はなかった。推薦出場に何らかの交渉があったのはもちろんだが、姉妹は久々に合流できた。シングルス準々決勝で勝利して4強入りを果たし、歓声に応える大坂なおみ=2019年4月26日、シュツットガルト(共同) 大坂なおみは無邪気、無垢、純粋……強さと繊細を併せ持ったところが魅力だけに、周囲は精神面の安定を模索している。姉の推薦出場、茂木トレーナーの復帰はその舞台裏を物語っているだろう。個人競技のテニスは、かようにチームプレーとなったのだ。高額賞金がもたらしたもの 現在の大坂チームの構成は、ヘッドコーチがジャーメーン・ジェンキンス、フィジカルトレーナー(PT)がアブドゥル・シラー、アスレチックトレーナー(AT)が茂木奈津子、マネジメント会社IMG出向のスチュアート・ドゥグッドは辣腕マネジャーといわれ、加えてハイチ系米国人の父親レオナルド・フランソワ。また、4大大会には日本テニス協会の吉川真司ナショナルコーチが、助っ人としてつく。 ジェンキンスは元NCAA(全米大学体育協会)チャンピオンで昨年までビーナス・ウィリアムズのヒッティングパートナーだった。シラーはNFL(米プロフットボール)のトレーナーからセレナのチームに招かれた「筋肉の専門家」だ。ジェンキンスの弟は現在もセレナのチームの一員で、前コーチのバインも以前はセレナのヒッティングパートナー。大坂チームは、ウィリアムズ一家の経験や情報を吸収した専門家集団ということだ。心技体の技と体をジェンキンスとシラーが受け持ち、心の部分を茂木トレーナーがカバーする構造である。 日本のスポーツ界のトレーナーのほとんどは、マッサージや鍼灸(しんきゅう)による肉体整備を担当する。茂木トレーナーは慶応大学からスポーツマッサージ専門学校で学んだ異色のキャリアを持つ。一方、シラーのようなPTは選手の肉体を作り上げるのが仕事になる。選手にスピードが必要と判断すれば、そのためのトレーニングメニューを作り、サーブを強化するために上半身を鍛える。日本にPTがいないのは、プロとアマチュアの違いからくる文化の差なのだろう。 テニスにチーム体制を持ち込んだのは、1980年代のマルチナ・ナブラチロワだった。そして、現在のように役割分担が細分化されたチームの定着は、ロジャー・フェデラー、ウィリアムズ姉妹以降のこと。専門家の中には悪いヤツもいて、マリア・シャラポワのケースのようにドーピングが発覚したりする。 チーム経営には当然、金がかかる。高額賞金がもたらしたシステムとも言えるし、昨年、30歳を過ぎて全米、ウィンブルドンで準優勝したケビン・アンダーソンはこう話していた。 「37歳のフェデラー、32歳のナダル、31歳のジョコビッチなど、高齢選手が衰えを知らず活躍している理由は、賞金分配が上に厚いのも一因だ。莫大な賞金で各分野の優秀な専門家をチームに加えてキャリアを延長させることができる―」新コーチのジャーメーン・ジェンキンス氏(右)と練習する大坂なおみ=2019年3月6日、米カリフォルニア州インディアンウェルズ(共同) ウィリアムズ姉妹の頭脳が大坂に流れ込んでいるが、それでも心の安定まで得ることはできない。大坂、そして錦織はローランギャロスでどんな活躍をするだろうか。チームが陣取るファミリーボックスに悲喜こもごもの2週間が始まる。■大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理■大坂なおみを待ち受ける日本の「国籍ルール」はここがヘン■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情

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    元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点

    武田薫(スポーツライター) 5月12日に行われた仙台国際ハーフマラソンで川内優輝に会った。1週間後に挙式を控え、独身最後の大会なのだと笑っていたが、いつになく引き締まった表情は、慶事とは思えないものだった。 「公務員ランナー」あるいは「史上最強の市民ランナー」として名をはせた川内は、3月末に10年間勤めた埼玉県庁を退職してプロ活動に入った。現在の目標は東京オリンピック(五輪)ではない。10月5日にカタールのドーハで開かれる世界陸上選手権を目標としている。 東京五輪の代表資格は満たしているが、陸連からの内定通知はまだない。陸連としては、人気者に五輪の代表選考会「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)」に出てほしい。しかし、そのMGCは世界選手権の3週間前にあり、陸連は重複出場を認めていない。それならば、と川内はMGC、すなわち東京五輪より世界陸上を選んだ。このレースがプロ転向した川内の最初の勝負になる。 過去10年でほぼ100回のフルマラソンを走り、自己ベストは6年前の2時間8分14秒。これは現役選手では10番目の記録で、トラックでのタイムも劣るために、川内はスピードのない選手と評価されてきた。 これまでは県職員としての勤務があって、単独ではできない追い込み練習は週末のレースで代替させたが、さすがに夏の走り込みまではできなかった。 今年は6月から北海道の釧路を拠点に、じっくりスピード強化に取り組む計画で、記録は必ず伸びると確信している。新たなマラソン人生に期待し、その動機付けとして据えたのが世界選手権なのだ。プロとは単に金の話ではない。自立であり、経済的自立が競技生活の自立に結び付く。 水泳の北島康介、体操の内村航平、もっと前には女子マラソンの有森裕子もプロ宣言をした。ただ、彼らの場合は競技プロとしてではなく、肖像権やイメージを確保するいわば権利プロであり、国内限定のプロだ。私は彼らをダミープロと呼ぶ。平たく言えば、競技力を前提に稼ぐのではなく、「後払い」である。 国内ではバスケットボール、バレーボール、卓球などが相次いでプロリーグを結成しているが、競技でまっとうな金額を手にできるのは野球、テニス、相撲のほかは辛うじてサッカーくらいである。 今年1月の全豪オープンで優勝した大坂なおみの賞金は3億円で、水泳やバドミントンの賞金大会とはケタが二つも違う。さらに問題なのは、日本独自の実業団の存在だろう。仙台国際ハーフマラソンで走る川内優輝=2019年5月12日、仙台市 国際陸連は1991年の東京会議で、日本選手が胸につける企業ロゴを広告と認定した。実業団は実質プロだが、80年代に活躍した中山竹通が「オレはプロだ」と言って厳重注意を受けたように、建前だけ残ったままなのだ。ある程度の記録を持つマラソン選手には出場料も出ており(裏で)、こうしたガラパゴス的な矛盾を挙げればきりがない。だからこそ、川内優輝のプロ宣言の必然性に注目したい。 プロ宣言は、2018年4月のボストンマラソンで優勝し、帰国した空港だった。マラソンで食っていけると確信したのだろう。その判断は正しい。川内と金栗四三の共通点 90年代のケニア勢の出現後、日本のマラソンは低迷した。ボストン、ロンドン、シカゴといったメジャー大会での活躍は途切れ、走る姿すら見かけなくなった。招待を受けられないからだ。都市マラソン発祥のボストンを制した川内なら、国内大会はもとより、アフリカ勢ばかりの国際大会でも「目玉選手」として売り込める。 一体、川内はどんなプロランナー像を描いているのだろう。 「ぼくは子供たちのロールモデルになりたい。努力すれば、必ずできるんだということを伝えたい。プロにもロールモデルにもいろいろとあると思います。オリンピックでメダルを目指す人もいるでしょう。ぼくは、自分のできることをやるだけです」 トップランナーなら、誰でも努力している。見てほしいのは、川内のマラソンランナーらしいしたたかさ、合理性、適応性だ。 10年前に埼玉県庁に入った頃の目標は福岡国際、東京マラソンといった冬のレースで勝つことだった。暑さに弱いと自覚していたからだが、福岡も東京も選手権の代表選考レースだったため、成績が上がった結果、世界選手権の代表に3度、アジア大会にも出ることになった。 本命ではない夏のレースを、新たな挑戦と捉えると同時に、別のメリットも頭にあったはずだ。 公務員は約3年に1度、必ず異動がある。県民注目の代表選手になれば、県の人事課は彼を馴染(なじ)んだ職場環境=競技環境から引き離すことはできない。タダでは起きない計算強さ、順応力が、ボストンの優勝を導いたのだ。 やっぱり暑さは苦手ということが分かったから、プロ転向して、わが道を歩み始める…。自分の目標をとことん追求する知恵としたたかさこそ、マラソンランナーの証しである。 NHKの大河ドラマ『いだてん』で紹介されている金栗四三もそれほど才能があったわけではない。 初めてのマラソンで世界記録が出ると、大会関係者も「おかしい」と思って何度も距離を測り直し、結局、結論は出なかった。出場した3度のオリンピックも2度は棄権している。防府読売マラソンで2連覇を果たした川内優輝=2018年12月16日、山口・防府市陸上競技場 金栗が評価されるべきは、オリンピックより、スポーツで初めて「子供たちのロールモデル」になったことだ。小学校で模範演技をするとき、金栗はマラソンのようにではなく、めちゃくちゃに全力で校庭を周回したという。そうすることで子供たちを驚かせ、走ることが目指すに足るものということを全国に伝えていった。 日本のマラソンは低迷を脱していない。いまこそ川内優輝のプロ転向の必然性を素直に受け止め、日本のアマプロ問題の論議を進める機会だと思う。■箱根駅伝は日本陸上界にとって「正義」か「悪」か■宗茂が語った「箱根駅伝『物語』はもういらない」■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!

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    V確率ゼロ、丸流出でも4連覇を狙える広島カープの「極意」

    また、開幕から4カード以上連続して負け越したチームが優勝した前例はなく、早くも「優勝確率0%」というスポーツ紙の見出しも躍った。 4月10日のヤクルト戦では、延長十回に大量12点を失う、象徴的な惨敗を喫した。昨季までセ・リーグ3連覇を成し遂げたカープの突然の凋落(ちょうらく)。「カープに何が起きたのか?」という論調の報道も目立っている。 とはいえ、まだ開幕してわずか2週間である。どんなに強いチームだろうと、年間通して独走し続けるわけではない。晴れの日もあれば、雨の日も風の日もある。それがペナントレースというものだろう。カープにとっては、最初にいきなり集中豪雨がやってきただけ、というポジティブな考え方もできる。 なにしろ、現在の主力の多くは20代から30歳までの若い年齢層である。若くして修羅場をくぐってきたキャリアが生きるのは、むしろこれからだ。この時点で優勝を絶望視するのは、いくらなんでも気が早すぎる。 一方で、気になることもある。主軸の丸佳浩がフリーエージェント(FA)権を行使して巨人に移籍して、精神的支柱だったベテランの新井貴浩が引退したことは間違いなく痛い。ただ、丸の穴は走攻守にポテンシャルの高い野間峻祥(たかよし)が奮闘して、今のところ最大限のカバーをしている。2019年3月31日、広島戦の五回、九里から適時二塁打を放った巨人・丸。左は広島・田中広=マツダスタジアム(福島範和撮影) 攻撃以上に綻(ほころ)びが目立つのは、守備面である。2016年の優勝時にはリーグ143試合でチーム合計67失策(守備率・988)と安定していたものが、今季は開幕15試合で早くも19失策(守備率・968)。守備の乱れがチーム成績の悪化に直結している。 カープは天然芝のマツダスタジアムを本拠地としている。天然芝のグラウンドは、打球が不規則にバウンドしやすく、多少のミスはつきものではある。絶妙な「サジ加減」 だが、守備の名手として知られ、6年連続でゴールデングラブ賞に輝いた菊池涼介や、田中広輔の二遊間コンビまでミスが目立っており、若い投手陣を支えきれなくなっている。当然、今後チーム状態を立て直していく上で、守備の改善は急務になる。 そんな気になる部分はあるものの、今後もカープが極端に弱体化していくことは考えにくい。いくら主力が抜けようとも、この球団には独特のスカウティングと好素材を育て上げる育成ノウハウがあるからだ。 そもそもカープの今の隆盛があるのも、ドラフト戦略の成功に他ならない。1998年から2012年まで15年間にわたって、カープはBクラスに沈む「冬の時代」があった。 主力のスター選手や外国人選手は好条件を提示する他球団に移籍していった。加えて、ドラフト上位候補選手が希望球団に入団できる「逆指名制度」が当時存在していたため、有望な新人選手を確保するのも苦労した。 それでも2006年を最後に逆指名制度が撤廃されると、カープ独自のスカウティングが生きるようになった。 苑田聡彦(としひこ)スカウト統括部長はドラフト候補について語る際、「ウチの練習に耐えられる体かどうか」という言葉を口にする。カープのドラフトを一言で言えば「素材重視」である。完成度の高い即戦力よりも、大化けする可能性のある素材型を狙うことが多い。そしてファームで、カープ伝統の豊富な練習量をこなすことで開花へと導くのだ。 今や不動の4番に座る鈴木誠也は、その典型である。二松学舎大付高(東京)時代は投手だった。その鈴木をカープスカウト陣は「野手の方が開花する可能性が高い」と見込み、さらに地道な調査力を生かして、他球団に先んじてドラフト2位で指名した。2019年4月10日、延長十回に一挙12点を許し、ヤクルトに大敗した広島はベンチも観客もガックリ=マツダスタジアム(加藤孝規撮影) 情報があふれる現代において、ドラフト会議でスカウトが存在すら知らない「隠し玉」はほとんどいない。他球団も評価する中で、誰を何番目に獲るか。そのさじ加減がカギを握るのだが、近年のカープはその点が実にうまい。「個人」から「家族」へ チームの中核を担う鈴木も菊池涼も、そして17年に15勝を挙げた薮田和樹もドラフト2位指名だった。ドラフト会議直後は「順位が高すぎるのでは?」という声もあった。だが、いずれも他球団の動向を調査した上での判断であり、彼らの存在なくては今のカープはなかっただろう。 田中広に至ってはドラフト3位指名だが、13年ドラフト当時の球団の評価は「外れ1位候補」だったという。まさか3位まで残っていると思わず、スカウト陣は獲得を諦めていた。ドラフト会議当日にテーブルについた松田元(はじめ)オーナーが、「(3位まで田中広が)指名されとらんぞ」と気づいて慌てて3位指名。幸運なエピソードに思えるが、カープスカウト陣が力量を見極める力が確かだったとも取れる。 こうして獲得した若い有望選手を、野村謙二郎前監督が根気強く起用して芽を出し、2015年に緒方孝市監督が就任したころになって花が咲いた。それがリーグ3連覇へとつながっていった。 黄金期を迎えても、編成陣は着々と種を蒔いていた。近年のドラフト会議では、17年に夏の甲子園で6本塁打を放った捕手の中村奨成(しょうせい)を1位指名し、昨年は超高校級ショートの小園海斗(かいと)を1位指名。近未来のスター候補の獲得に成功している。 他にも、16年のドラフト4位でシュアな打撃が魅力の坂倉将吾ら、イキのいい若手は育ちつつある。働き盛りの主力に衰えが見えてきたとき、彼らがスムーズに台頭できればチームは安泰だろう。2019年4月、ヤクルト戦の延長十回、1死満塁で山田哲のゴロを失策、勝ち越しを許した広島の二塁手菊池涼=マツダスタジアム(加藤孝規撮影) シーズン前、菊池涼にインタビューする機会があった。丸という同学年の戦友が抜けた痛手を認めながらも、菊池涼はこうも言っていた。 「個々の力だけじゃ絶対に優勝はできない。それはこの3~4年の間にずっと感じていることなので。『個人』が『一丸』とか『家族』という言葉に変わって、みんなでカバーし合ってシーズンを戦い抜く。それが一番大事なので、そのことしか考えてないです」 選手も球団もファンも、一枚岩となって戦うための時間は十分にある。何度も言うように、シーズンはまだ始まったばかりだ。■ 前田健太を失ったからこそ広島カープは優勝できた?■ 「巨人軍は非情なのか」長野と内海、功労者を放出した意味■ 松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感

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    萩野公介が苦しむ「理想と現実」を力に変えた身近な手本

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 競泳の日本選手権が盛り上がりを見せています。来年に迫った東京五輪で日本勢の活躍を、日本中が楽しみにしている中で、ますます注目を集めています。 しかし、今回は別の意味でも注目が集まりました。リオデジャネイロ五輪の金メダリストで、東京五輪でも2連覇が期待される萩野公介選手が出場を見送ったからです。理由はアスリートに付き物のけがや体調不良などではなく、一種の気持ちの問題のようです。そこで本稿では、荻野選手の決断を心理学的に考えてみたいと思います。 荻野選手は、競泳男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した実績のある24歳です。競泳界のみならず、日本の現役アスリートとして最高の選手の一人です。 当然のことながら、国民はその活躍に期待し、勇気をもらい、日本人として誇りに感じていました。仮に、けがを理由に欠場した場合、荻野選手がコメントの中で復活を誓っていたら、私たちは自身の苦難を荻野選手の苦難に重ねて、勇気をもらえたことでしょう。 しかし、今回の出場見送りは事情が違いました。3月15日に欠場を発表したコメントで、萩野選手は「自分が『こうありたい』という理想と現実の結果の差が少しずつ自分の中で開いていき、モチベーションを保(たも)つことがきつくなっていきました」と明らかにしたからです。さらに今回の欠場により、優勝すれば東京五輪代表が決まる韓国での世界選手権出場も事実上消滅したわけです。 それにしても、このコメントは、まるで引退を示唆するかのように受け取れます。一般の国民感覚では、24歳は引退を考えるには早すぎる年齢です。2019年4月2日、競泳日本選手権、初日の競技が行われた東京辰巳国際水泳場(納冨康撮影) しかも、荻野選手は厳しい練習で世界の頂点を勝ち取り、この先も頂点に君臨し続けられるだけの立場にいるのです。才能だけでなく、実績がさらなる支援を呼ぶことで、そういった環境も整っているのです。 極端な言葉を使えば、荻野選手が望めば「世界が手に入る」のです。にもかかわらず、荻野選手はなぜ勝ち取ったポジションを手放すような心境になったのでしょうか。「モチベーションの方程式」 ここで、心理学の「モチベーションの方程式」をご紹介しましょう。心理学において、モチベーションは次の方程式で表すことができます。モチベーションの強さ=「欲求」×「誘因」×「達成期待」 この方程式から荻野選手の心理を考えてみましょう。まず、欲求とは「何かが欲しい」「何かが足りない」という渇望、または「これが楽しい」「これは嫌だ」という好き嫌いのことです。 荻野選手は五輪チャンピオンですので、水泳界では既に「世界を手に入れている」といえます。「もっともっと…」といい意味で貪欲に望まないのであれば、欲求の方向性は「これが楽しい」「これは嫌だ」に限られてきます。 しかし、コメントにもあるように、水泳を続ける中で「理想と現実」の乖離(かいり)が「楽しくない」「嫌だ」という心境になったようです。水泳へのモチベーションという意味では、欲求が大きく下がってしまったことでしょう。 二つ目の誘因とは、人を引きつける何かのことです。欲求と連動していますが、個人の中ではなく、あくまで環境の中にあります。 アスリートであれば、競技会での栄光に結びつくでしょうが、萩野選手は金メダルを獲得しているわけです。次の五輪での金メダルは、まだ獲得していないころと比べると、誘因としての価値が下がってしまっていることは想像に難くありません。2016年8月6日、リオ五輪競泳男子400メートル個人メドレーの表彰式を終え、メダルを手にする優勝した萩野公介(右)と3位の瀬戸大也(川口良介撮影) 最後の要素、達成期待は「自分にはできる」という実感です。これもコメントから察するに、「理想を現実にする」という達成期待が持てなくなったように見えます。まだ24歳なので早い気もしますが、達成期待を持てないときは、本人が頑張っても、周りが励ましても持てないものです。 もし「国民の期待に応えてヒーローになる」ということが誘因になるような、称賛欲求がもっと強ければ、東京五輪という晴れ舞台に向けて、モチベーションを保てたかもしれません。しかし、荻野選手はそういうタイプではなかったようです。称賛欲求の強い「先輩」 では、称賛欲求をモチベーションにできるタイプの選手とはどのような選手なのでしょうか。実は、荻野選手のマネジメントもしている金メダリストの「先輩」北島康介氏は、まさにこのタイプなのです。 冗談を交えながらとはいえ、北島氏はいまだに選手としての競技復帰に意欲を隠しません。五輪2大会連続で同一種目2冠と、萩野選手を大きく超える実績を持ち、欲求は既に満たされているかのように思われますが、北島氏はそうではないようです。 実は、称賛欲求とは限りない欲求の一つです。一度、その喜びを覚えてしまうと簡単に手放せなくなります。常に注目され、そして称賛を浴びることは、社会的存在としての人類の根本的な欲求の一つだからです。 北島氏は現役時代から「ビッグマウス」と言われ、世間やメディアの注目を集め続けました。つまり、注目と称賛をモチベーションに変えられる、類まれなタイプの選手だったといえそうです。サッカー界では、本田圭佑選手も近いタイプでしょう。 北島氏は、今回の欠場について「金メダリストだからできる判断」と萩野選手本人に伝えたそうです。自分と荻野選手との違いを、先輩として意識しているのかもしれません。 水泳は戦前戦後の活躍を通じて、「日本のお家芸」とも言われる競技です。世界が日本の後塵(こうじん)を拝していた時代には、国民に夢と希望を与えてくれました。もちろん、今でも日本選手の世界での活躍が、私たち、そして未来ある子供たちを勇気づけてくれています。2004年8月、アテネ五輪男子100メートル平泳ぎで優勝し、ガッツポーズする北島康介 ひょっとして、荻野選手は北島氏や本田選手のようなタイプではなかったのかもしれません。それでも、リオ五輪で私たちに夢と勇気をくれた功績が色あせるわけではありません。 何事も長く続けていると、嫌になってくることもあります。また、24歳の将来ある若者なので、モチベーションが再び高まるかもしれません。私たちは荻野選手の実績を讃えつつ、温かく見守れればと思います。■ 神童から金メダリストへ 萩野公介に見る「天才」の育て方■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 池江璃花子「白血病」親切の押し売りが患者を悩ませる

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    「氷上の王子」羽生結弦がナルシストに映って見える理由

    本スケート連盟の技術的強化策の結晶といえるだろう。しかしながら、フィギュアスケートは、いわゆる「競技スポーツ」とは趣が異なる。 日本におけるフィギュアスケートの位置付けは、単なるスポーツの域を超えている。どちらかといえば、芸能や芸術に近い趣を持っているのではないだろうか。このことが、選手のパフォーマンス向上に一定程度貢献しているように思われるのだ。 そもそも、フィギュアスケートはショー要素の強い競技である。もともと欧米で発達してきた競技であるゆえ、競技を採点するのも欧米人が多い。その中で、日本的な音楽や振り付けのもとに芸術性を発揮したとしても、評価されるのが難しいという側面もある。世界フィギュア 女子SPで2位につけた坂本花織=2019年3月20日、さいたまスーパーアリーナ そのため、フィギュアスケートで評価され得る表情を作り、アクションをし、ドレスコードをまとい、どちらかというと本来の日本人の特徴とは違った表出、つまり内面的にではなく外面に対して、全面的に自己表現をしなければならない。 もちろん「日本人は、全員が内向きだ」というつもりはない。しかし、それぞれの個性があるにもかかわらず、ある種の画一的な表現方法を求められる中で、しかも、それが日本文化とは異なっているものだとしたら、単に技術を向上させる以上の精神力が必要とされる。スケーターに「なりきる」 具体的には、求められる、つまり点数的に評価されるスケーター像に「なりきる」必要があるのだ。 選手はあれだけ多くの観客に見守られながら、そして複数の審判員に頭からつま先まで、まさに身体の動きの細かなところまで評価対象として注目されながら、練習して作り上げてきたパフォーマンスを発揮しなければならない。 そのためには、いい意味での勘違いや思い込みがないと、平常心を保ち、実力、つまり培った技術を具現化することは難しい。「自分はベストなパフォーマンスができるスケーターだ」「自分が中心となって観客を虜(とりこ)にするんだ」「パフォーマンスでリンクを支配するんだ」などという意気込みを持ったり、あらかじめ設定した曲や振り付けの世界観や、ストーリーに身も心も入り込むのだ。 ここに、日本におけるスケート文化が寄与しているであろうことがうかがえる。スケートファンは、まさにトップスケーターに対して心酔しており、極端にいえば成績そのものよりも、美しさや華麗さ、奇麗さ、優雅さを求め、異性としての理想、同性としての憧憬(しょうけい)を抱き、まさに羨望(せんぼう)の的として見ている向きが強い。 メディアの取り上げ方やテレビ中継の演出、さらにはファンの応援の仕方から見ても、それは明らかである。世界フィギュアの男子SPで3位発進の羽生結弦=2019年3月21日、さいたまスーパーアリーナ 現に、羽生結弦は「氷上の王子」とも呼ばれ、「王子様っぽい有名人」のランキングでは、芸能人の中にただ一人混じって上位に位置づけられている。また、女性選手の衣装として人気が高いものはアニメやディズニーキャラクターの「プリンセス」に近いものがある。 そんなファンたちに見守られ、応援されながら、選手たちはリンクの上に立つことができるのだ。王子様やプリンセスになりきって、あらかじめ作り上げられた数分間のストーリーや世界観に入り込むことを強烈に促進する、最高の舞台である。 心理学では「メタ認知」といって、自分で自分を俯瞰(ふかん)してみることが精神的適応や安定につながるという考え方がある。しかし、フィギュアスケート競技に関しては、むしろ自分を客観的に見るというよりは、あえて視野を狭くして、自分の主観にとらわれたり、ナルシスティックになる体験の方が、役に立つのではないかと思う。その環境を作っているのは、ファンであり、国民であり、日本で醸成されたスケート文化なのだろう。築かれた「独自の地位」 その意味では、現在の日本選手の躍進は、そのような精神状態と態度を醸成した、選手とファン、そして日本のスケート文化との相乗効果で作り上げられたものであるとも言える。 もちろん、世界的大会での好成績は、選手個々人の血のにじむような努力が大前提である。一方、時にはファンの圧がプレッシャーになったり、雑音に惑わされることもあるだろう。 しかし、日本において、フィギュアスケートが美的なエンタメコンテンツ、スポーツをベースにした芸術や芸能であり続けることは、競技人口が増えることにつながるし、スポンサーも獲得しやすくなる。 それは、才能のある選手が競技に参加する確率が高まる、すなわち次のスターが出てきやすくなることにつながる。もちろん、選手の強化費用が一定に保たれ、強くなりやすい練習環境が整えられることにもなる。 そのように考えると、フィギュアスケートというのはスポーツの中でも独自の地位を築いていると言える。そもそも、コアなファンの多くは勝ち負けや点数に焦点を当ててないにもかかわらず、その美や存在の有様を重要視する価値観が、選手の実力を最大限発揮する精神状態に寄与している可能性があるのだ。世界フィギュア 女子SPの演技を終え、下を向く紀平梨花=2019年3月20日、さいたまスーパーアリーナ 現状の欧米的価値観に基づいたフィギュアスケートのルールが変わり、構成点(技術点)が無くなりでもしない限り、このような競技の性格は変わることはないだろう。その意味では、今後の日本選手のさらなる躍進も想定されるところではある。 とはいえ、選手強化の主体である日本スケート連盟には、一定の結果が出ていることに胡座(あぐら)をかかず、科学的な観点からの技術向上に注力することを期待する。 特に、フィギュアスケーターの中で少なくない人数が摂食障害を抱えていることは、国内外のトップ選手による告白でも明らかだ。一部では、いまだに不健康で非科学的なトレーニング法や精神論、体型維持の方法に依拠することで強化策が成立していることも、今後の課題として見逃してはならないのである。■ 羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」■ 「フィギュアの新星」紀平梨花、強さの秘密はここにある■ スポーツ心理学で読み解く羽生結弦「最強メンタル」の秘訣

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    今季絶不調でもイチローが「引退勧告」に耳を貸さない理由

    には引退を「勧告」するコラムニストもおり、今季のイチロー選手の評価には賛否が分かれています。 また、スポーツマンシップの観点でも厳しい目が向けられています。スポーツの競技会とは才能あふれるアスリートたちがしのぎを削り、厳しい競争に勝ち抜いて初めて出場できる栄光の舞台です。 キャンプやオープン戦でイチロー選手以上の結果を出しながら出場できない選手がいたとしたら、「営業優先でスポーツマンシップを蔑(ないがし)ろにしている」と批判されても仕方がないでしょう。批判の対象は球団や監督だけでなく、出場するイチロー選手にも向けられかねません。 尊敬されていた大選手がスポーツマンシップを蔑ろにした誹(そし)りを受ける。仮にこんな事態になったとしたら、ある意味で悲劇でしょう。インディアンスとのオープン戦の五回、空振り三振に倒れるマリナーズ・イチロー=2019年3月、米アリゾナ州ピオリア(山田俊介撮影) 一方でイチロー選手は、引退を考えていない発言を繰り返しています。昨年のマリナーズ入団会見では「最低50歳までプレーしたい」と意欲を示し、今年公開された動画でも「できないと思っている人々をギャフンと言わせたい」と述べています。つまり、プロフェッショナルとしての意欲は全く衰えていないようです。日本人には少数派 晩節を汚すリスクを抱える一方で、一向に衰えないプレーへの意欲を隠さないところを見ると、今の「逆境」を楽しんでいるようにも思えます。筆者はこのイチロー選手に「生粋のチャレンジャー(natural born challenger)」のメンタルを見ました。 実は「チャレンジ精神」とは、ある程度持って生まれたものなのです。そして、持って生まれてしまった人はチャレンジにしか自分を見いだせないことが多いのです。 このタイプの人はまず大きな困難に直面したときに不安になるのではなく、逆にワクワクします。「何が起こるんだろう」「何ができるんだろう」が「不安の言葉」ではなく、「ワクワクの言葉」になるのです。日本人には少数派だと言われています。 そして、慣れ親しんだものでは満足できません。常に新しい「何か」を求め続けます。常に成功だけでなく仮に失敗して何も得られないことがあったとしても、何かを求め続けるのです。 また、このメンタルの持ち主は頑固でマイペースでもあります。もちろん、普段は社交的に振る舞えるわけですが、自分が求めている物事に関して、人の意見や助言は受け付けません。誰も彼の決意は変えられないのです。2016年6月、パドレス戦の九回にメジャー歴代最多安打記録を更新、ファンの声援にヘルメットを取って応えるマーリンズ・イチロー(リョウ薮下撮影) イチロー選手はこのような生粋のチャレンジャーの要素を全て併せ持っているように、筆者には見えます。ですから、周囲がどれほど心配しても、イチロー選手の中にはこの状況を楽しむ何かが失われることはないでしょう。 周囲の心配や批判をよそに、イチロー選手は開幕戦で快音をとどろかせることしか考えていないことでしょう。心配も懸念も、オープン戦で活躍できなかったことで招いたものです。 逆に言えば、開幕戦で活躍すれば、周囲の雑音一掃できるわけです。イチロー選手のメンタルは、もはやその準備しかしていないように思えます。そんな「生粋の挑戦者」の日本でのプレーをぜひ応援したいですね。■「最低50歳現役」イチローの言葉は日本球界をナメている■清原とは正反対! イチローが42歳でも輝けるのは筋力に頼らないから■「さらば宝石」イチローとダブる伝説の天才打者「E」

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    女子ゴルフ放映権、ネット中継は露骨な「性表現」を助長しかねない

    で、曖昧な状況のまま半世紀以上も放送されてきたという経緯は、欧米とは異なる日本特有の、マスメディアとスポーツとの密接な結びつき方と無関係ではない。iRONNAには年初に、箱根駅伝について寄稿させていただいたが、このとき焦点を当てたのも、マスメディア企業体が主催し、自ら積極的に報道する「メディア・イベント」としての特性だった。 女子プロゴルフの放映権問題は、日本独特のメディア・イベントの伝統と、インターネットの普及に伴うグローバルスポーツのビジネス再編との間で、齟齬(そご)が大きくなっている表れといえるだろう。 繰り返しになるが、これは決して新しい問題ではない。『週刊東洋経済』の記事をもう一つ紹介すると、約10年前の2009年10月13日号には、実業家の成毛眞氏が「テレビのゴルフ中継にモノ申す」というコラムを寄稿しており、プロゴルフの放映権問題に触れている。 「僕が怒っているのは、プロゴルファーに放映権料が入らないことではない。タダなのに放送時間が短いことなのだ」と述べ、成毛氏は録画放送の物足りなさを指摘している。「テレビはもはやライブメディアとしての役割も商売も放棄したよう」で、「既存メディアがその役割を放棄して自滅するのは一向に構わないが、ネットの前に立ちふさがるのだけはやめたほうがよい」。正論である。女子プロゴルフツアー開幕戦2日目、単独首位に立った比嘉真美子。放映権問題ではプレーヤーズ委員長(当時)として選手側の立場を訴えた=2019年3月、琉球GC もっとも、10年前と状況が決定的に異なっているのは、放送局にとってもインターネットはもはや「未開の荒野」ではなく、対立的というよりも補完的な関係が形成されているということだ。例えば近年、テレビを主戦場とする芸能人や制作者が、地上波では社会的に容認されなくなった過激な企画や演出をネット動画で実践するという展開が散見される。 放映権問題をめぐっては、「テレビ=録画放送、ネット=生配信」という二項対立が議論の前提となっている。だが、メディアの形式が変わるということは、単に同時性の有無だけでなく、女子プロゴルフの魅力の表れ方にも少なからず影響を与えることになるだろう。ネット配信に潜む「視線」 どういうことか。結論を急がず、別の女子スポーツを事例として、歴史的な補助線を引いてみたい。 日本では第2次世界大戦後間もなく、女子プロ野球チームが設立され、一時的に人気を博していた。メディア史研究者で早大の土屋礼子教授によれば、その背景には1946年創刊の日刊スポーツによる強い後押しがあったという。 男子の高校野球や社会人野球、プロ野球は既に朝日新聞や毎日新聞、読売新聞といった全国紙と強く結びついていて、戦後の新興勢力であるスポーツ新聞が新たに入り込める余地は小さい。そこで日刊スポーツは、戦前のアマチュアリズムを尊ぶ日本的野球道ではなく、明るく華やかなショービジネスとしての野球を意識した宣伝方法で女子プロ野球を盛り立てたのである。 1950年に日本女子野球連盟が結成され、加盟4球団によって記念試合が行われた。だが、ライバルスポーツ紙は女子野球を露骨に皮肉り、多くの新聞や雑誌も見せ物的な興味に基づいて、これを取り上げたという。 新聞と雑誌は、一斉にこの女子プロ野球最初の公式試合を報じたが、その取り上げ方は大きく二つに分かれた。一つはまともな女性のスポーツとして、まじめな女性の職業として、女子プロ野球を真剣に論じ育成しようという態度であり、他方は、女子野球はしょせん「腕より顔」であり、「お色気六分技量四分」の見せ物であるとする見方である。(土屋礼子「創刊期のスポーツ紙と野球イベント ―女子プロ野球と映画人野球」『戦後日本のメディア・イベント 1945-1960年』世界思想社、2002年) 女子プロ野球を「健全なスポーツ」として育成するのか、あるいは見せ物的な視線を甘受し、「華やかなショービジネス」として展開するのかという基本路線の違いは、選手や球団の間に不協和音をもたらした。結果的に、日刊スポーツによる手厚い支援にもかかわらず、女子プロ野球は2年足らずの短命に終わった。 このことを踏まえて、女子プロゴルフに話を戻そう。健全なスポーツとしての魅力と、ショー的見せ物としての魅力は、必ずしも良い意味ではなく、今日の女子プロゴルフにも併存している。 というのも、中高年男性向けの総合週刊誌には、女子プロゴルフ選手に関して、露骨な性的表現を含むセクシズム(性差別)やルッキズム(外見至上主義)がはびこっていて、一部のネットメディアもこれに同調しているからだ。むろん、テレビの情報番組やバラエティー番組においても、雑誌ほど露骨ではないにせよ、女子プロゴルフの扱いに対して、こうした視線が潜んでいることが珍しくない。2019年3月2日、女子プロゴルフツアー開幕イベントに参加した日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長 仮に、LPGAが放映権を一括管理し、有料動画配信を行う業者に販売することになったとしたら、こうした現況にどのような変化が生じるだろうか。テレビだからこそ抑制されていたセクシズムやルッキズムを、図らずも助長することにはならないだろうか。 逆にLPGAが主導権を握ることによって、プロスポーツとしての魅力をさらに高めることに寄与できるだろうか。こうした点も視野に入れて、建設的な議論を望みたい。■松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感■プロアマ騒動、片山晋呉も悪いがそれだけじゃない■日本人には高すぎたミドル級の壁、それでも村田諒太なら超えられる

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    松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) ファンの「暴走」により、スポーツ選手やアイドルが危険な思いをしたり、実際に負傷する事件が続いています。最近では、中日の松坂大輔投手がファンに腕を引っ張られるという「事件」がありました。 「事件」はファンサービスで花道を歩いている最中に起きました。松坂投手はその影響で古傷を抱える右肩を痛め、キャンプからの離脱を余儀なくされました。結局、右肩の炎症だとわかり、2週間程度はボールを投げないノースロー調整となり、万全の状態での開幕1軍は絶望的となってしまいました。 ファンは松坂投手をけがさせようと思っていたわけではないかもしれません。わざわざ時間を作って出向くわけですから、応援したい気持ちももちろんあったことでしょう。 しかし、結果としては、松坂投手と中日にとって大損害を与えることになってしまいました。ファンはなぜこのような行動を取ってしまったのでしょうか。本稿では心理学の視点から考えてみましょう。 私は、このたびのファン心理には松坂投手に対する「妙な親近感」があったのではないかと考えています。その感覚を抱いたわけには、大きく三つの心理学背景が考えられます。 まず、一つ目は「単純接触効果」です。これは、人が全般的に持っているものであり、単純に目にする機会が多いだけで親しみを覚えやすいという現象です。心理学では繰り返し確認されている効果です。2018年4月、日本球界復帰後初となる勝利を挙げ、お立ち台で笑顔を見せる中日・松坂 「平成の怪物」と呼ばれる松坂投手のように、高校卒業後のルーキーから20年来にわたって活躍していると、ファンにとっての親近感は絶大になっているでしょう。そして、多くの場合で、心理的な距離は物理的な距離に反映されます。熱心なファンは物理的に近づくことを自然に感じることでしょう。カギ握る「群集心理」と「匿名性」 ただし、親近感に畏敬の念のようなものが伴う場合は、逆に近づくことを遠慮する場合もあります。尊敬の対象であれば、心理的な距離の近さと遠慮で物理的な距離が相殺されて、程よい距離感にいたはずです。 スポーツ選手やアスリートは私たちにはない特殊な能力があるから、選手でありアスリートなのです。本来であれば尊敬の対象になるはずですが、なぜ遠慮のない距離になってしまったのでしょうか。 遠慮のない距離のカギを握るのが、「群集心理」とそれに伴う「匿名性」です。群集心理とは、周りの群衆の影響を受けた個人が、自らの考えや判断ではなく、安易に場の雰囲気に流されてしまう現象です。 人は社会を作るために「同調」という能力を獲得しました。このおかげで組織だった行動が取れるのですが、場の雰囲気が正しくない方向に向かっていても、逆らえずに流されてしまうのです。 誰かが選手を尊敬しない雰囲気を作ってしまうと、その雰囲気が場を支配します。同調の効果で心はその雰囲気に逆らえません。 こうして、本来は尊敬しているはずの選手に対して、遠慮のない態度が作られるのです。また、群集心理では責任が群衆に分散され、自己責任を意識しなくなります。「自分」というものが隠されている「匿名性」が高い心理状態の中で、無責任な行動に出てしまいやすいのです。2019年2月9日、集まったファンにサインする中日・松坂 最後に、「誇大自己」の影響も考えられます。誇大自己とは「自分は素晴らしい」「自分はすごい」という錯覚です。私は「殿様錯覚」とも呼んでいます。錯覚に酔うのは「気持ちいい」 この錯覚に酔いしれると私たちは高揚した心理状態になってとても気持ちいいのです。この気持ちよさに酔いしれてしまうと、癖になります。 ただ、現代社会で、私たちは誇大自己に浸るチャンスを簡単にはもらえません。競争も厳しく、格差社会も広がる中で、私は錯覚に酔いしれるチャンスに飢えている男性が増えているという考察をしてきました。 そして、スポーツは誰もが評論家気分を味わえるチャンスです。その中で一部のファンの中には「『上から目線』の偉そうなだけの評論家」となって、誇大自己の錯覚を楽しむ方もいるようです。 誇大自己は、人を卑下すればするほど風船のように膨らんで、ますます気持ちよくなるという性質を持っています。ファンとしてはあってはならないことですが、その中で選手を卑下するような態度が作られてしまいやすいのです。 このように、単純接触効果、群集心理と匿名性、誇大自己がファンの中で重なると、妙な親近感が生まれてしまい、遠慮のない、そして危険な行動に結びつく可能性が考えられます。 私の理解では、ファンとは憧れの対象を尊敬するものです。尊敬したい思いのあまり、残念なところにも注目することはあるかもしれませんが、それが卑下する態度になってはいけません。「ここが惜しい」、「これがもったいない」という思いで時には厳しいことを言うのは愛情の裏返しではありますが、尊敬する思いをなくしてはいけません。室内練習場に移動する車に乗り込む中日の松坂=2019年2月11日、北谷公園野球場(甘利慈撮影) 例えば、ジャニーズ事務所所属のアイドルを応援する人たちの間では、先輩ファンが後輩ファンにマナーを教える文化が根づいているようです。このような文化を窮屈に感じることもあるようですが、日本にファンの文化、本当に応援する文化がますます根付くことを願っています。■ 「巨人軍は非情なのか」長野と内海、功労者を放出した意味■ 「壊れゆく巨人」高橋由伸はなぜ心を閉ざしたか■ 巨人澤村のはり治療ミスと重なる江川卓「禁断のツボ」事件

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    池江璃花子「白血病」親切の押し売りが患者を悩ませる

    中村幸嗣(血液内科医、元自衛隊医官) 競泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを公表しました。世間に大きな衝撃を与えたこのニュースを、マスコミが連日取り上げています。 ただ、番組に出演してもらえる医師が少ないせいか、専門外のコメンテーターによるいい加減な情報も飛び交っています。このような状況に、幹細胞移植を受けた経験のある腫瘍内科医、米テキサス大MDアンダーソンがんセンターの上野直人教授は「興味本位の臆測だけのコメントは困る」とフェイスブック上で憂慮しています。 白血病が急性か慢性かなど、詳細も不明な状況で言及するのは難しく、私も一度は寄稿をためらいました。それでも、闘病に前向きな池江選手のツイートを目にし、血液内科医として改めて本稿を進めてみたいと思います。 ただし、現時点で池江選手個人の疾患情報がなく、具体的な病状やその後の治療について全く何も言えないことは前述の通りです。ここでは、あくまで一般論として「急性白血病の治療」「治療後のアスリート復帰」「親切の押し売り」、そして「完治」に関して論じます。 まずは、急性白血病の治療に関してです。「血液のがん」白血病は、現代では型や遺伝子ごとに、世界保健機関(WHO)により細かく分類されており、治療や予後も異なります。この違いによって、幹細胞移植や昔の骨髄移植が必要かどうかなど、最終的に決定されます。また、「急性」か「慢性」か、「骨髄性」か「リンパ性」かといった、大まかな診断は約1~2日で判明します。 そして急性白血病では、治療メニューや薬の種類は異なりますが、骨髄性もリンパ性も、まずは大量の抗がん剤や分子標的治療薬などを使った「寛解(かんかい)導入療法」を行います。血液や骨髄中から白血病細胞を顕微鏡検査で見えなくする状態、いわゆる「完全寛解」を目指します。 その際、抗がん剤の影響で、白血病細胞だけではなく正常の白血球も消失させるため、患者の免疫が低下してしまいます。それでも、抗がん剤や分子標的薬を使用するのは、正常細胞より白血病細胞を死滅させやすいということが、治療の上では大事だからです。肺炎を含めた感染症予防や、感染再発の場合には治療を行い、輸血により出血を防止しながら、正常細胞だけが回復するのを待ちます。一般的に、この1回の治療経過が約1~2カ月かかります。 この時点で、白血病細胞が見た目上無くなり、正常細胞が回復してきたら、完全寛解となります。注意してほしいのは、この状態では「治癒」ではないということです。この時点で治療をやめたら、すぐ再発することが多いからです。2019年2月、競泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを報じる秋葉原駅前の街頭テレビ(川口良介撮影) 寛解と判断されれば、すぐに「地固め療法」と呼ばれる抗がん剤などを用いた第2段階の治療を、白血病のタイプに応じて半年から2年掛けて数回行います。そうして、先ほど説明した完全寛解状態が5年以上続けば、ようやく完治となります。 最近は、特定のタイプの白血病では、遺伝子検査も取り入れることで、寛解や完治の診断をしています。治療直後や再発後に幹細胞移植が行われるタイプの白血病もあり、ケース・バイ・ケースといえます。アスリート復帰は? 一方で、タイプによっては寛解に至らない白血病患者も当然存在します。そういう患者に対しては、さらに踏み込んで、特殊な治療の組み合わせを模索していくことになります。 完治の割合(病気が再発しない5年生存率)についても、白血病のタイプや患者の年齢によって異なります。成人白血病全体における割合は、幹細胞移植を行うことで40~50%ぐらいになります。昔よりは上昇していますが、そこまで高いものではありません。 ただ、タイプによっては、5年生存率が90%近くある白血病もあります。また、昔であれば移植が絶対必要だったタイプでも、分子標的薬の投与と化学療法を実施することで、移植しなくても70%前後の完治が望める状態にまでなってきています。 また、概して予後のいい小児白血病に比べて、池江選手のように、主に15~39歳の思春期・若年成人期を指す「AYA(アヤ)世代」が発症する白血病は患者数が少なく、対策が遅れていると言われてきました。現在では治療法を子供用に少し変更することで、治療効果の改善が続いています。その結果、リンパ性では治療成績が向上してきています。 一方、急性骨髄性白血病の5年生存率は化学療法だけだと30%ぐらいです。ただ、感染症など合併症のコントロールがかなり効くようになり、いくらかは改善しています。 こちらも、移植の併用により、40~50%とやや改善します。治療成績はこの30年少しずつですが向上しています。また、急性前骨髄球性白血病(APL)という特殊な白血病は別で、5年生存率は移植がなくても90%前後に達しています。 急性リンパ性白血病は先述の通り、型によって治療成績はかなり異なります。そして、移植治療の成績は40~50%は骨髄性とそれほど変わりません。 次に、池江選手特有の話になりますが、白血病克服後のアスリート復帰について考えてみましょう。患者は社会復帰に向けてリハビリを行うわけですが、治療終了後だけではなく、治療中からでも可能です。寛解導入療法の最中にリハビリを併用する病院も多いですが、昔では考えられなかったことです。2018年8月、ジャカルタアジア大会の競泳女子100メートルバタフライ決勝で優勝した池江璃花子(納冨康撮影) それゆえ、寛解を維持し退院できた患者は時間がかかっても、退院後の日常生活復帰はほぼ問題ないレベルに達しますが、アスリートは少し話が違います。退院後、発症前のレベルにどこまで戻すことができるかは、治療中から治療後にかけて対応できるかどうかにかかっています。 治療中の体調に問題がなければ、軽めの運動を続けることは悪くないと思います。その際「治療に悪影響を及ぼさない程度」という条件がつきますので、主治医やコーチを含めて集約的な対応が求められます。医者と患者「完治」のミゾ Jリーガーやプロ野球の投手、ラグビー代表に北米プロアイスホッケー(NHL)選手など、白血病を乗り越えて復帰したアスリートが数多くいます。彼らは、発症から約1~2年後で戻っています。それゆえ確約は決してできませんが、復帰は間違いなく不可能ではありません。 今回の公表を受けて、報道では「頑張れ」「東京五輪までに治して」「白血病に負けるな」「応援している」というトーンが主体でした。私もその一人ではあります。でも、一部には、彼女にそのような言葉を掛けるのは「親切の押し売り」ではないかという意見も存在することを紹介したいと思います。 普通に「頑張れ」と表明することが、「応援している自分に酔っているだけで彼女にいらないストレスをかけている」という意見があります。多発性骨髄腫を患う写真家の幡野広志さんや、米在住のがん研究者、大須賀覚さんからも注意喚起がされています。とても難しい話であり、簡単に解決はできません。 以前、幡野さんと話したときに、医師が考えた「最善」の治療と、その治療のためには副作用も我慢しろという、患者への「強制」の問題を指摘されました。二つの強制が、医師と患者の間で解釈に大きなずれが生じ、ジレンマとなっているというのです。 確かに、患者一人ひとりの気持ちに寄り添って治療を模索することは、大切だと理解しています。とはいえ、医療の非常識や間違った知識を強制されることに対して、私はどうしても寛容になれません。 実際の臨床でも、医療的におかしな処置であっても、患者の価値観を重視し希望に沿えるよう努めますが、「医療的にはおかしい」と患者には明確に伝えています。医療者として、患者の希望に全て寄り添い、対応することが全部正しいわけではないと考えているからです。 また、マスコミが報じる白血病の「完治」という言葉に対して、「自分の白血病は完治してないのに、マスコミが『白血病が完治する』というのはおかしい」という意見も見かけました。つまり、「40~50%が絶対に完治する」と報じることに問題があるというのです。実際、直接対話した患者からも「『完治する』という言葉はおかしい。『運が良ければ完治する』と言わなければ」と指摘されたことがあります。 背景には、発症前の状態に100%回復するイメージを「完治」に抱く患者と、完全寛解状態が5年以上続き、病気再発も命を落とすこともないことを「完治」とする血液内科の定義に隔たりがあるからです。私も血液内科医として「完治」の定義に従っている以上、この指摘は受け入れなければいけません。2018年8月、パンパシフィック選手権の公式練習で、外国選手と談笑する池江璃花子選手(左)=東京辰巳国際水泳場 もちろん家族に対しては、少し厳し目に説明しています。しかし、まだ治療前で、状態もわからない患者に「完治しないかもしれない」という否定的なことを私は伝えたくはありません。患者が治療に前向きになれば、治療成績は向上するからです。 実際、池江選手と同じ18歳で白血病を発症した女優の吉井怜さんも、「一緒に乗り越えよう」という医師の言葉に元気付けられたことを述べています。たとえ確率的にあまり高くなくても、「完治する」という希望を前面に出すことは間違いではないと、医療者として考えています。■ 「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■ 神童から金メダリストへ 萩野公介に見る「天才」の育て方■ 競泳日本を圧勝させた「攻め」から「待ち」への転換コーチング

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    「政権が倒れるぞ」大坂なおみ国籍問題

    「政権が倒れるぞ」。全豪オープンテニスで優勝した大坂なおみの二重国籍問題をめぐり、毎日新聞の潮田道夫客員編集委員がツイッターでこうつぶやき炎上した。常識的に考えれば「政権が倒れる」とは思えないが、潮田氏自身の願望もあったのだろうか。せっかくなのでこの問題を一度整理しましょう。(写真は共同)

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    大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理

    山岡鉄秀(AJCN代表) ジャーナリストで帝京大学教授の潮田道夫氏のツイートが論議を呼んでいる。 大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手をすると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君。(2019年1月27日) このツイートを見たら、誰だって強い違和感を抱くだろう。その辺の誰かがつぶやいただけなら笑われておしまいだろうが、名のあるジャーナリストで、しかも大学教授となるとそういうわけにもいかない。私も潮田氏の経歴を知って驚愕(きょうがく)した。東京大学経済学部卒業。1974年に毎日新聞社入社。経済部、政治部、ワシントン特派員、経済部長、編集局次長、論説委員、論説委員長、専門編集委員などを経て2013年からは客員編集委員。 いわゆるエリートである。だから深刻なのだ。 大坂は米国を拠点にしているのだから、今年10月に迎える22歳の誕生日までに米国籍を選ぶ方が合理的である。もしそうなったら、われわれ日本人ファンはがっかりするが、それでも「日本人の心」を宿した「なおみちゃん」を応援し続けるだろう。それがまともな日本人の発想だ。ましてや、安倍政権は何ら関係ない。潮田氏の発想は全く日本人的ではなく、驚きを禁じ得ない。2018年4月、英国を破って、フェド杯WG2部復帰を決め、日の丸を手にする(左から)土橋登志久監督、奈良くるみ、大坂なおみ、二宮真琴、加藤未唯 私はこの事実を知らされるまでこのツイートを見ていなかったし、見ていたとしても反応しなかっただろう。いや、それどころか見なかったことにしようとするだろう。なぜならば、このツイートを見て私の胸によみがえるのは昨年1年間、ケント・ギルバートさんと朝日新聞を追及している際に何度も味わった「ほの暗い絶望感」があったからだ。 ケントさんと私は、イデオロギーを横に置き、純粋に朝日新聞の「自己矛盾」を追及した。歴史認識を巡る議論ではなく、朝日新聞自身の一貫性のなさ、すなわち「欺瞞(ぎまん)性」を事実に基づき、理論的にとことん追及した。 朝日新聞の社員であれば、世間一般では「エリート」「インテリ」で通って来た。高学歴なのも当然である。朝日との「顕著な共通性」 しかし、8度に及ぶ書簡交換で送られてきた朝日新聞の回答は、われわれに衝撃を与えた。ケントさんは「慇懃(いんぎん)無礼」だと怒ったが、むしろ私は「内容の空虚さ、論理的整合性の欠如」に愕然(がくぜん)とした。 どれほど論理破綻しても、それを認めず、何が何でも自分たちの偏狭なイデオロギーにしがみ付く。その結果、まともな回答もできなくなり、ついにはとてもプロが書いたとは思えない文章を平気で返してきた。朝日の回答は、まさに「証拠? ねーよ、そんなもん」の世界に満ちていたのである。 彼らは「何かが壊れている」と感じた。朝日新聞追及の顛末をまとめたケントさんとの共著『日本を貶め続ける朝日新聞との対決 全記録』(飛鳥新社)にも書いたが、確かに朝日新聞にはマルクス主義的な「反日活動家メンタリティ」という伝統がいまだに宿っており、特異な精神構造を維持している。しかし長年、日本を離れていた私は朝日新聞の異常性と並行して「現代日本における高学歴エリート・インテリ層の劣化と瓦解(がかい)」が急速に進行しているのではないか、という気がしてならなかった。 だから、朝日新聞の回答書簡を読むたびに、私は「日本という国は壊れかけているのではないか。それは戦後のいびつな教育に起因しているのではないか」との思いを徐々に抱くようになった。それは、不誠実な朝日新聞への憤りとは別に、漠然とした不安と焦燥感、そして「ほの暗い絶望感」とでも形容すべき感情である。 潮田氏のツイートを見た瞬間、その忘れかけていた「ほの暗い絶望感」がよみがえってきた。笑う気にも怒る気にも、なれなかった。 そしてもう一つ、朝日新聞との顕著な共通性が見て取れる。自己の思想信条から意識的に距離を置くことができず、強引な「結び付け」を行ってしまうことである。 私が朝日新聞に対して疑念を抱くようになった契機は多々あるが、最大のものはやはり1989年の「サンゴ事件」だ。朝日新聞のカメラマンが自作自演で沖縄・西表島のサンゴに傷を付けて落書きし、その写真と手書き原稿をもとに、企画報道室の記者が書き直し、虚構の新聞記事を書いたとされる捏造事件だ。サンゴ汚したK・Yってだれだ これは一体なんのつもりだろう。(中略)この「K・Y」のイニシャルを見つけたとき、しばし言葉を失った。(中略)日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かもしれない。だけどこれは、将来の人たちが見たら、80年代日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の…。にしても、一体「K・Y」ってだれだ。「朝日新聞東京本社版」1989年4月20日付夕刊一面より沖縄・粟国島近海のサンゴ礁(ゲッティイメージズ)  この記事の大きな特徴は、貴重なサンゴに傷をつけて落書きする、という不届きな行為を日本人全体の精神的貧困とすさんだ心に無理やり結び付けているところだ。普段から「日本人を民族として貶めたい」という欲求に駆られていたとしか思えない飛躍ぶりである。われわれの二つの「望み」 件の潮田氏のツイートにも類似した飛躍がある。大坂なおみが米国籍を選択したら、どうして安倍政権が倒れるのだろうか。本人どころか誰にも全く説明できない飛躍であり、「安倍政権を倒したい」という潮田氏の願望に無意識に結びついているとしか思えない。 第三者から見れば、極めて無理な発想なのだが、ご本人にとっては自然なのだろう。なぜ、自身の思想信条から距離を置いて、事実を客観的に捉えられないのか。 しかし、われわれには「望み」がある。二つ例を挙げたい。まずは大坂なおみ、その人が「希望」だ。グランドスラム初優勝を飾った昨年の全米オープンテニスの表彰式で、彼女が取った態度が今も忘れられない。 準優勝のセリーナ・ウィリアムズがプレー中に審判に暴言を吐くなど、試合が終わっても会場は異様な雰囲気に包まれていた。そんなセリーナのかんしゃくで晴れの舞台を台無しにされ、表彰台でセリーナびいきの観客からのブーイングを受けたとき、大坂はとっさにキャップのつばをずり下ろし、涙を隠した。 それでも、彼女は理不尽な扱いに怒ろうともせず、「優勝してどんな気持ちか?」という質問には答えずに「皆がセリーナの応援をしているのは知っていたわ。こんな終わり方になってごめんなさい。私が伝えたいのは『試合を見てくれてありがとう』っていうこと。ありがとう!」と観客に呼びかけた。そして、セリーナに対しても「あなたと試合ができて本当に感謝しています。ありがとう!」と伝えたのである。 私を含む多くのファンが「なぜ君が謝るんだ!」と心の中で憤りながら、同時に彼女の美しい心持ちに感動し、涙がこみ上げて来たのではないだろうか。もちろん、大坂にはこれからもずっと日本を代表して輝かしいキャリアを築いてほしい。 でも「なおみちゃん」がどんな選択をしても、われわれ日本人はずっと日本人の心を宿した彼女を応援し続ける。それが日本人だ。政権とは何の関係もない。潮田氏にはせめて、その事実だけでも気付いてほしい。2019年1月、テニスの全豪オープン女子シングルスで優勝し、笑顔で記者会見する大坂なおみ(共同) もう一つは、教育制度の大きな変化である。「AI(人工知能)時代」を迎えて、大学の在り方も知性の測り方もそうだが、日本の教育制度はようやく変わらざるを得なくなった。マークシートで1点を競い合い、高学歴エリート層を築いてきた無意味な学習から、一日も早く脱却しなくてはならない。 求められるのはAIが代替できない創造力と柔軟な知性だ。日本は今、「失われた30年」を経て、「二流先進国」に脱落する危機にある。それは根本的に、「日本的教育の敗北」を意味する。「壊れかけたインテリ」という戦後教育の残骸を乗り越えて日本を再興するためには、若い知性の育成が何よりも急がれる。■ 日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

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    大坂なおみを待ち受ける日本の「国籍ルール」はここがヘン

    方が、実情に合わなくなってきているという理由の方が大きい。人の移動がこれだけ激しくなって、経済活動やスポーツのみならず、文化一般でも国際的な活動をする人が増えれば当然である。重国籍に対しての各国の国籍法の対応状況 しかしながら、日本では二重国籍選択の手続きがかなりいい加減である。 過日、立憲民主党の蓮舫議員が台湾との二重国籍状態だったことが発覚し、しばらく世のうるさ方の俎上(そじょう)にのって喧(かまびす)しい議論と相成った。しかし、これは国益にかかわる政治家のことであり、やはり問題にならざるを得ないというのは理解できなくもない。 実はオーストラリアでも議員が英国籍を保有しているということで問題になったことがある。国籍の問題ではなくとも、例えば、ミャンマーでは現行憲法では英国籍の夫(死去)との子供(英国籍)を持つがゆえに、アウン・サン・スー・チーは大統領になれない。二重国籍は黙認が実情 これは極端ではあるが、インドではかつての首相候補だったソニア・ガンディーの出生地がイタリアだったというだけで批判を浴び、首相に就任できなかったということもある。バラク・オバマ前米大統領が国籍問題でずっと執拗(しつよう)なネガティブキャンペーンを張られていたことも記憶に新しい。しかし、これはどれも国益を預かる政治家の問題であり、一般人では特に問題が生じるような話ではない。 事実、日本の法務省のスタンスは「二重国籍は黙認」というのが実情である。 これは日本の法律と海外の法律との整合性が取れないことに起因する。例えば、ブラジルは原則として国籍離脱が認められていない。よって日本国籍を取得したブラジル人は自動的に二重国籍にならざるを得ない。蓮舫議員のケースでいえば、日本が国家として承認しているのは中華人民共和国だが、本人が台湾(国)籍を主張した場合、どちらの法を適用しても両国にとっておかしなことになる。 こうして日本のように単一国籍の原則が、世界の実情にそぐわなくなっているというのは、当の法務省も認めるところであり、これまで何度か法務省内でも議論になり、検討事項となっているようだ。要するに、日本の国籍に関する法律が「ガラパゴス化」しつつあることを意味する。 こうした中、大坂なおみが日米どちらの国籍で東京五輪に出場するのか、ということが話題になっている。もし彼女が一般人であったならば、法務省も目くじらを立てることはなく、二重国籍状態のままでいただろう。だが、彼女はテニスの世界四大大会のうち二大会連続制覇という偉業を成し遂げた時の人である。とかく国籍問題に口うるさい人間が跋扈する日本社会では、簡単にはいかないだろう。 そうすると「国の代表」と皆が思っている五輪選手として、彼女もいずれはどちらかを選ばなければならなくなる。五輪のルールでは、国籍変更などがあった場合、所属する国を変更することができる(ただし国籍変更後3年間の猶予期間がある)。全豪オープン女子シングルス決勝前日、決勝に向けた調整で笑顔を見せる大坂なおみ=2019年1月25日、豪メルボルン(共同) むろん、国籍変更に関してスポーツ界ではそれぞれルールがある。ところが、日本の国籍法が世界のさまざまな国籍法と齟齬(そご)をきたしているように、世界の196カ国、さらにはまだ承認されていない国、または無国籍者などを受け入れているスポーツ界はさらに難しい事態に直面している。しかし、その解決策は意外とシンプルなこともある。 例えばサッカーの場合、ナショナルチームの所属について、国籍という概念よりも、どの国のパスポートを保有しているかということが重視される。例えば、北朝鮮代表の経験がある現清水エスパルスの鄭大世(チョン・テセ)の国籍は韓国だが、彼は北朝鮮のパスポートを保有しており、さらには韓国でも日本でも代表として試合に出場した実績がないため「北朝鮮代表」で国際大会に出場した経歴を持つ。大坂のコメントを改訳? 彼はもちろん韓国Kリーグに所属したこともあるから、韓国のパスポートもある。さらに言えば、在日コリアンとしてパスポートに準ずる日本在住の外国籍に発行される渡航書類も入手可能だろう。つまり、日本と韓国、北朝鮮のどの国でも代表選手になろうと思えばなれたわけである。こういうケースは日本では珍しがられるだろうが、国境を陸で接して人々が行き来する国では常識である。 スポーツ競技であるから、ナショナルチームの所属のルールをつくるが、そこに過剰な意味は見いださないというのがスポーツ界のおおよその考え方だ。事実、五輪憲章ではスポーツに過剰なナショナリズムを持ち込まないことが求められており、むしろその壁を越えることがスポーツの使命でもある。 国籍や民族といったものは、一人の人間の実存の前にはフィクションに過ぎない。大坂なおみの「アイデンティティーは深く考えない。私は私」というコメントを聞くと、こうした思いをさらに強くする。 さて、「グローバリズム」は資本主義の拝金主義的な拡大であるといった「古臭いガラパゴス」民族主義左翼のような物言いをされることがしばしばある。それがまたインターネットというグローバリズムの権化ともいえる場所でのことなのだから、皮肉なものである。 グローバリズムとは資本だけが越境するものではない。ヒト・モノ・カネ、さらには情報や文化までもが越境する。大坂なおみの存在もその一つだ。そこには、やはり貴重な何かがある。 日本のガラパゴスルールは「国籍唯一の原則」という古いルールをいまだ更新できず、世界の潮流からまた少しずつ後退していくのである。そういえば、台湾のイケメン選手と結婚した卓球の福原愛の子供も、いつか国籍を選ばなければならないだろう。その時、また国籍唯一の原則や台湾か、中国かという古臭い問題に法務省は再び頭を抱えることになるのだろうか。テニス全豪オープン女子シングルス準決勝で決勝進出を決め、笑顔でインタビューを受ける大坂なおみ=2019年1月24日、豪メルボルン(共同) 大坂なおみについて言えば、日清食品のアニメCMで彼女の肌の色が白く描かれ、いわゆる「ホワイトウォッシュ」(有色人種の見た目を白人に近づけて描くこと)という差別行為ではないかと物議を醸した。しかも、この騒動について言及した大坂のコメントが誤訳(改訳?)され、さも「何も問題はない」と語っているかのように報道されてしまったことも話題になり、グローバルな21世紀とはとても思えない事態が立て続けに起きている。 今後、グローバル社会に直面する意識の問題は、二重国籍問題に限らないだろう。わたしたちは、むしろ今回の議論を大坂なおみという「グローバリズムの申し子」が古臭い日本社会にプレゼントしてくれた課題として前向きに受け止めていくべきではないだろうか。■日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

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    NHK朝ドラ『まんぷく』と重なる大坂なおみ日清CM騒動

    西川りゅうじん(マーケティングコンサルタント) 「物事に動揺する人がいますよね。それはとても人間的なことです。でも、私はそういうことに自分のエネルギーを無駄遣いしたくないと思うことがあります」「今日の第3セットでは、文字通り、自分の感情を消そうとしました」 大坂なおみが、2018年9月の全米オープン優勝に続き、2019年1月、全豪オープン優勝後に発した言葉だ。 21歳にして、何事にも惑わされず、グランドスラム四大大会のうち2大会を連続で制し、世界ランキング1位にまで上り詰めた不屈の精神力には、本当に頭が下がる。彼女が自らの手で勝ち取った実力と実績は、人種、肌の色、民族、国籍、性別、年齢といった社会における区別を超越している。 日清食品による漫画『新テニスの王子様』とコラボした「カップヌードル」の広告動画で、大坂の肌の色が実際より白く描かれていると国内外のメディアやネット上で取り沙汰されたが、それでも彼女が動揺することはなかった。 もとより、日清食品は、大坂の実力がどこまで伸びるか未知数だった2016年11月からスポンサー契約を結んで応援し続けており、意図的にホワイトウォッシュ(非白人を白人のように描くこと)したり、揶揄(やゆ)したりするつもりなどなかったのは明らかだ。 しかし、同社は、国内外からの批判の高まりを受け、全豪オープン開催中の1月23日、動画の公開中止を余儀なくされた。広報担当者は、応援を目的に動画を作成したが「当初の目的とは大きく異なる状況になった」とし、「社会の中でいろいろな議論が起きている状況で、動画の公開を続けることで大坂の選手活動に影響があると判断した」と述べた。日清食品の広告動画で肌を白く表現された大坂なおみ選手(右)。左は錦織圭選手(日清食品グループ公式チャンネルのユーチューブより) また、「日清グループは、基本的人権を尊重し、性別や年齢、人種などに配慮して企業活動を行っており、広告宣伝においても同じポリシーを掲げています。今後はより一層人権や多様性を尊重しながら、慎重に広告宣伝を進めるようにいたします」とコメントした。 日本人の多くは、「大坂には雑音に惑わされず自分のプレーに集中してもらいたい」、そして、「日清食品に悪意はないのだから、そこまで目くじらを立てなくても」という気持ちだったに違いない。ただ、日本は島国で均質性が高い社会のため、欧米に比べて、人種や肌の色について鈍感な点があるのも否めないだろう。 動画は日本の消費者を対象にしたものだったが、大坂の存在感が大きくなり世界的に注目される中、ネットを通じて世界中で同時に見られる時代になったこともあり、そういった感覚や意識の違いに批判が集中してしまったのだ。 今後、日清食品をはじめ日本企業が、大坂がごとく今回のような問題に動揺せず、多様性を超越し、世界で勝利するには、どうすればよいのだろうか。日清の「洗礼」は2度目 今回、日清食品は、人種や肌の色といった多様性に関して同じように無頓着な私たち日本人と多くの日本企業に代わって、アメリカをはじめ国際社会から本格的な洗礼を受けたのだという見方もできよう。 事態が大きくなった経緯をみてみると、全豪オープン期間中の1月19日にジャパンタイムズが掲載した「大坂がホワイトウォッシュされている表現を見た」という記事に続いて、22日に米紙ニューヨーク・タイムズが「肌を白く表現し、ヘアスタイルも変わっているなどと日本で批判を受けている」と報道した。 さらに、イギリスのザ・ガーディアン、BBC、アメリカのCNNといった欧米メディアが次々に取り上げた。それがブーメランとなって日本に戻り、国内のマスメディアでも大きく報じられるに至った。 しかし、日清食品がアメリカン・スタンダード、グローバル・スタンダードの洗礼を受けたのは、これが初めてではない。筆者には、同社の歴史上の危機として、NHKの朝の連続テレビ小説『まんぷく』でも描かれた事件と二重写しに見える。 日清食品の創業者・安藤百福(ももふく)氏は、戦後、アメリカ軍が主導する連合国軍総司令部(GHQ)から、当時の日本ではありがちだったどんぶり勘定を指摘され、脱税の嫌疑で訴追されている。 同氏は、1910年(明治43年)、日本統治時代の台湾に生まれた。22歳の若さでメリヤスを販売する会社を設立し、その後もさまざまな事業を手掛け、成功を収めていた。 しかし、戦後間もない1948年(昭和23年)、日清食品の現社長・安藤宏基氏が生まれて直後のこと。地元の若者を雇い、奨学金として現金を支給していたのだが、「その奨学金は所得であり、源泉徴収して納税すべきなのに怠った」という罪に問われる。百福氏は、4年間の重労働の刑に処され、巣鴨拘置所に収監。個人名義で所有していた不動産はすべて没収された。チキンラーメンを食べる創業者会長の安藤百福氏=2006年8月、大阪市淀川区西中島・日清食品本社(柿平博文撮影) 収監後、GHQは百福氏の名を挙げて「納税義務に違反した者は厳罰に処す」という内容の談話を発表した。後に彼は、この事件について、「みせしめに使われたようだ」と述べている。 その後も泣きっ面に蜂で、新設された信用組合の理事長に就任するも、組合は破綻し、無一文になる。 残った大阪府池田市の借家で、「失ったのは財産だけ。その分、経験が血や肉となって身についた」と考え、自らを奮い立たせた。そして、世界初のインスタントラーメンを発明したのだ。 日清食品には、大坂が生まれた大阪で、安藤百福氏が苦難の末に再起を図ったように、この難局をプラスに転じてもらいたい。行き過ぎた「言葉狩り」 ところで、肌の色についてのみならず、「何でもかんでも、アメリカの基準、欧米の基準が世界の正しい基準なのか?」という議論は、今に始まったことではない。 記憶に新しいところでは、2017年の大みそかに放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)の年末特番で起こった議論だ。ハリウッド映画『ビバリーヒルズ・コップ』で黒人俳優・エディー・マーフィーさんが演じた刑事役をまねて、ダウンタウンの浜田雅功さんが黒塗りメークで登場した。 このメークが「人種差別」という批判があるとニューヨーク・タイムズやBBCなど欧米メディアが報じたのだ。この時も日本国内で賛否両論が巻き起こった。今回の日清食品の動画が議論を呼んだ際にも、「肌を黒くし過ぎることによってブラックフェースの批判を受けることに慎重だった可能性もあり、より安全で明るい方向性を採ったのでは」という声もあった。 肌の色だけではない。半分日本人で半分ハイチ人の人を英語で「ハーフ・ジャパニーズ、ハーフ・ハイチアン」と言うが、日本では両親のどちらかが日本人でない人をすべて「ハーフ」と呼ぶ。また、両親のいずれか一方が「ハーフ」の人を「クオーター」と呼ぶ。 しかし、「ハーフ」だけでは「半分」、「クオーター」だけでは「4分の1」の意味になり、海外では通じない。まるで、人間として半人前か切れ端のようだから、「ハーフ」や「クオーター」という言葉自体を使うべきではないという意見もある。  英語圏では、通常、両親が異なる人種の人を「バイレイシャル」、いくつかの人種の血を引く人を「マルチレイシャル」、あるいは総称して「ミックスト」が一般的だ。しかし、直訳すれば、二重人種、多重人種、混血であり、日本人の一般的な感覚からすれば、その方が直截(ちょくさい)的で失礼な印象を受ける。 今や英語圏では、黒人を表していた「ブラック」という表現は消え、「アフリカン・アメリカン」と呼ぶが、日本でも「アフリカ系アメリカ人」に統一すべきなのか。 1980年代に多民族国家のアメリカで始まった、性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用することを指す「ポリティカル・コレクトネス」(PC)を、日本がそのまますべて受け入れ続けてよいはずがない。※写真はイメージです(GettyImages) チェアマンがチェアパーソン、キーマンがキーパーソンならまだしも、ウルトラマンを「ウルトラパーソン」、アンパンマンを「アンパンパーソン」にすればよいのか。行き過ぎた「言葉狩り」「表現狩り」は避けねばならない。 欧米でも「PCにはもうウンザリ!」と思っている人も少なくない。トランプ大統領は「PCは、現在、アメリカが直面する最大の課題だ」と述べたことがあるが、米国民が彼を大統領にしたのは、そういった風潮によるところも大きい。2018年末に、マリスト大学世論研究所が発表した無党派層に関する調査でも、53%が「これ以上のPCには反対」としている。 しかし、思想家や表現者、ジャーナリストや政治家ならいざ知らず、企業人は複雑さを増すばかりの社会の多様化と欧米メディアのPC至上主義に正面から向き合わねばならない。そんな時代状況の中、人種や肌の色について、売り手よし・買い手よし・世間よしの「三方よし」を実現する道はあるのだろうか。「はだ色」が消えたワケ ところで、今回問題となった「肌の色」だが、日本における「はだ色」とは、どんな色だろうか? 私たちが子供の頃、お絵描きで肌の色を描く際に使った、クレヨンや色鉛筆の「はだ色」は、もはや存在しない。 2000年前後から、「はだ色」の呼び方は、「うすだいだい」、または、薄いオレンジを意味する「ペールオレンジ」に変わりだし、2005年頃には、ほぼすべてのクレヨンや色鉛筆から「はだ色」という表記は消え去った。 そもそも、「はだ色」とは、明治維新による開国にともない、異国の人たちと触れ合う機会が増えた結果、日本人が肌の色の違いを意識するようになり、その名が付いたといわれる日本固有の慣用色だ。  今や「はだ色」の捉え方、表現のあり方について考えねばならないのは、日清食品のような世界各国で事業を展開する大企業だけではない。 なぜなら、どんな企業であれ、インターネットによって、自社のサイトや会員制交流サイト(SNS)などで発信した動画や写真やイラストを、世界中の人がリアルタイムに見ることができる時代になっている。また、経済のグローバル化の進展によって、あらゆる業種・業界で、さまざまな肌の色の人と接する機会が出てくる世の中になっているからだ。 そしてさらには、日本国内の消費、および、労働のマーケットを客観的に考えれば、「はだ色」が従来の「はだ色」だけではない時代が到来しているのだ。 厚生労働省の人口動態調査によれば、父母の一方が外国籍の子供の出生数は、総出生数の1・9%。実に新生児の約50人に1人に当たる年間約2万人に上る。 一方、1993(平成5)年の外国人労働者は10万人弱、そのうち、約6万人が中南米出身の日系人だった。ところが、2017年には約128万人に増加。四半世紀で13倍ほどに膨れ上がった計算だ。平成の前半までは、韓国、中国、日系人など、比較的似た肌の色、顔かたちの人が多かったが、近年は人種、肌の色、民族、国籍も多様化の一途をたどっている。 驚くべきことに、NHK特集『外国人“依存”ニッポン』の調査によれば、2017年度に新宿区で新たに成人した人の45・8%、約2人に1人、豊島区でも38・4%、3人に1人以上が既に外国人なのである。 政府は少子高齢社会を支える労働力確保を目的に、2019年4月から新たに創設した在留資格「特定技能」を取得した外国人労働者を、5年間で最大で34万5000人受け入れることを決定した。今後、日本人の多様化はいやが応でも加速していく。 そんな近年、幼稚園や保育園、小学校では、10色や20色以上もの、まさにいろいろな「はだ色」がそろったクレヨンや色鉛筆を児童や生徒に提供する所が増えてきた。※写真はイメージです(GettyImages) 昔から、優れた先生は、太陽も空も肌の色も一つの色だけで塗りつぶすような教育をよしとしなかった。それでは、思考停止に陥り、感受性と自ら考える力を育むことはできないからである。平成に続く新たな時代を迎えつつある今、私たち日本人一人一人が、自分で感じて考え、iRONNA(いろんな)「はだ色」を選ぶ時代が到来しているのだ。■ 日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

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    毎日記者ツイート炎上で大坂なおみが日本に失望しないことを願う

    ン決勝でペトラ・クビトバを制して優勝し、男女通じてアジア人初の世界ランキング1位になりました。これはスポーツ界のみならず、明るいニュースに乏しい昨今、まれに見る歴史的な快挙と言えるでしょう。試合そのものも素晴らしい内容だったし、抜きん出た実力に似合わないシャイな性格は、そのキャラクターでも世界を魅了しました。 私が完全に大坂のファンになったのは、昨年夏の全米オープンで彼女が初優勝したときです。力強いショットを生み出す恵まれた体格は、北海道出身の母親と、ハイチ出身の父親のミックス、それに米国の育成環境が融合して生まれたのだという解説を聞いて以来、私はずっと彼女に注目してきました。 今回の全豪オープンで大坂を応援していたのは、もちろん私たち日本人だけではありません。彼女の父親の出身地ハイチでも、地元のテレビ局が彼女の全試合を生中継し、国を挙げての熱狂ぶりでした。 日本のテレビ局よりも、ハイチのテレビ局の方が、より熱く彼女を見守っていたようです。彼女がハイチの国籍を持っていないにもかかわらず、ハイチのマスメディアは彼女に非常に好意的でした。 日本のメディアは、ハイチのそれに比べると、彼女の戦績を後追いしている感が否めません。とりわけネット上で交わされた日本の議論は、彼女の偉業とはほど遠い、ガッカリするような内容でした。 毎日新聞客員編集委員で帝京大教授の潮田道夫氏が「大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手すると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君」とツイートしたところ、それに反応した作家の百田尚樹氏が「ふーん、毎日新聞の編集委員というのは、こういう考え方をするのか。クソみないな人間やね!」とツイートし、このやりとりが炎上しました。 いい年をした大の大人が、他人を指して「クソみたいな人間」と人格否定する発言には驚きましたし、「毎日新聞の編集委員というのは」とひとくくりにする浅薄な言論には、ベストセラー作家としての知性のかけらも感じられません。まるで子供のネット掲示板レベルのやりとりです。ネット上の議論というのはここまで落ちぶれたのでしょうか。 一方で引用された潮田氏のツイートも、ジャーナリストとは思えない、とんでもない論理の飛躍です。「大坂なおみが米国籍を選択する」すなわち「政権が倒れる」とは、いったいテニスと日本の政権にどういう因果関係があるのか、首をかしげるばかりです。大坂の優勝を報じるオーストラリアの地元紙(共同) 百歩譲って潮田氏のツイートを「風が吹けば桶屋が儲かる」式に解釈してみるとするなら、「日本とアメリカの二重国籍である大坂が、米国籍を選択して日本人選手じゃなくなると、多くの日本人はガッカリするだろう」ということが言いたかったのだと理解することはできます。 大坂は2020年の東京オリンピック強化指定選手に認定されていますから、日本オリンピック委員会としては、彼女にはぜひとも日本人でいてもらわないと困るのでしょう。熱意はハイチに及ばない 彼女が日本人選手でなくなることによって「政権が転覆する」とは私にはとても思えませんが、できれば大坂が日本国籍を選択してくれればいい、という願望は私にもあります。もちろん大坂本人が決める問題であって、日本と米国、どちらの国籍を選ぼうと彼女の自由です。第三者にとやかく言う権利はありません。 だからこそ、彼女に選択してもらえる、魅力ある国でなければならない、というだけです。日本人であることと米国人であることの、メリットとデメリットを彼女が天秤にかける日が来るかもしれません。日本のメディア、特に公共放送であるNHK、あるいは政府は、どれだけ本気で彼女を応援してきたか。それが問われる日がいずれやって来るということです。 相撲の世界では、米国籍の力士が日本国籍を取得して帰化したという事例もあるのはご存じの通りです。それだけ日本の相撲に魅力があったと言えるでしょう。 一方で、ノーベル賞を取るような科学者が、日本では満足な研究費が出ないと言って米国籍を取得した「頭脳流出」も実際に起こっています。どちらに転ぶ可能性もあるのです。 大坂自身、国籍問題にナーバスになっているかもしれません。そうした重要な時期に、潮田氏のような大メディアの編集委員が冗談にしろ、今回のツイッターのような発信をすることこそ、彼女が日本に失望するきかっけになりかねません。 幸いにして大坂は今のところ、テニスの世界では日本人選手として登録することを選択し、メンタリティーも日本に魅力を感じてくれているようです。主要スポンサーも日清食品やヨネックスなど、日本の大企業が多く支えています。彼女が日本国籍を選択してくれる要素は多々ありますが、冒頭で述べたように、メディアとしての応援の熱意はハイチに及ばないという現実もあります。 彼女が大ファンだというフィギュアスケートの羽生結弦は、個人としては史上最年少で紫綬褒章、そして国民栄誉賞も受章しています。「大坂にも同様に」とはあえて言いませんが、日本のメディア、あるいは政府が彼女に対してできることはあるはずです。国民栄誉賞の表彰状を安倍晋三首相から受け取る羽生結弦選手=2018年7月、首相官邸(春名中撮影) 肌の色が違う、外国人の血が混じっている、日本語がたどたどしい、そんなことを理由に彼女に差別的な視線を向けるようなことは、間違ってもあってはなりません。 一部の日本人の中には「日本人は純血民族だ」などと誤った言説に基づく民族意識を持っている人もいますが、言うまでもなく日本人は大陸から、半島から、その他さまざまな血が混じり合って成立していることは歴史的にも明らかです。 日本から本当に有能な人材を海外に流出させてはならない。その点では本稿でツイッターを引用させていただいた潮田、百田両氏も、同意してくれるのではないかと思います。大坂の活躍をきっかけに、複数の民族から生まれる日本人のパワーと価値を、われわれは改めて認識すべきではないでしょうか。■日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

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    大坂なおみ会見、テニスと無関係質問だらけになった複雑背景

     全米オープンテニスで優勝を果たし、世界を驚かせた大坂なおみ選手(20才)が、東レ・パンパシフィックオープン(9月17~23日)出場のため、13日早朝に日本に帰国。会見には150人もの報道陣が集まった。 テレビのニュースでは「今? 眠い」「お寿司はおいし~い!」といった大坂選手のユニークな受け答えが報じられ、その人柄に頬を緩めた視聴者も多いだろう。 だが、会見の裏側では、多くの報道陣がピリピリとした緊張感に包まれていた。ある民放キー局の局員が明かす。 「今、大坂選手に対しては『NGワード』があるんです。それは『彼氏や恋人の話』。将来的な話、例えば結婚願望があるかどうかの質問も“絶対にするな”と釘を刺されています」 その背景には、全米オープン決勝で戦ったセリーナ・ウィリアムズ選手(36才)の、主審に対する猛抗議があるという。 「暴言などを理由にペナルティーを科されたセリーナは、“男子であれば罰せられなかった”として、女性への差別だと訴えました。全米オープンではこのセリーナの激昂ばかりが問題視され、大坂選手の優勝に“みそ”がついてしまった。もしその直後の会見で“彼氏はいるか”や“結婚したいか”など、男性アスリートにはしないような質問を大坂選手にすれば、日本のメディアが“女性を蔑視している”と海外から批判されかねないし、セリーナバッシングが再燃しかねません。関係者が“決勝戦のゴタゴタを蒸し返したくない”と考え、テレビ局に通達しているそうです」(前出・局員) その影響というわけではないだろうが、会見では「カツ丼や抹茶アイスクリームはもう食べた?」など、テニスとはまったく関係のない質問が相次いだ。2019年1月、テニスの全豪オープン女子シングルスで優勝し、記者会見する大坂なおみ(共同) それでも笑顔で答えていた大坂選手だが、ある記者に、 「海外では、大坂選手の今回の優勝が、“古い日本人像を見直したり、考え直したりするきっかけになっている”との報道もある。ご自身のアイデンティティーをどう考えるか?」 と質問された時には、 「テニスのこと? それって質問なの?」 と怪訝な表情を浮かべ、 「私はあまり自分のアイデンティティーについて深く考えません。私は私」 とキッパリ答えた。この瞬間をのぞけば、終始おだやかな表情で質問に答えていた大坂選手。でも内心では「せっかくテニスで世界一になったのに。テニスに関する質問はないの?」と思っていたのかも。 東京五輪は「日本代表」として出場することが期待されている大坂選手。メディアの質問が原因で「日本は嫌」なんて思わないでくださいね!関連記事■ 大坂なおみの祖父「日本人として試合に出続けたらうれしい」■ 石原さとみ、ドラマ打ち上げで「悔しい」「全責任は私」と涙■ 中居正広、声を酷使するプロが頼る「駆け込み寺」に極秘通院■ 田中圭 メガネ&キャップ、ハーフパンツで少年のような私服姿■ 田中圭、超多忙でも自宅夕食のため即帰宅の愛妻家生活

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    大坂なおみの祖父「日本人として試合に出続けたらうれしい」

    アはセリーナ選手の抗議や観客らの態度を酷評。「全米テニスが大坂選手にしたことは恥ずべきこと。これほどスポーツマンシップに反する出来事は記憶にない」などと批判する記事を掲載した。 逆に、“神対応”が称賛された大坂選手について、日本メディアも大きく持ち上げた。だが、どのメディアも触れていない盲点がある。 それが国籍問題だ。彼女は、ハイチ系アメリカ人の父と日本人の母を持つ。大阪で生まれ、3才の時にアメリカに移住し、現在はフロリダ州在住。日米の二重国籍を持つが、テニスプレーヤーとしてはこれまで“日本人”を選択してきた。 「彼女は2016年のリオ五輪前から“東京五輪は日本代表として出場してメダルを取りたい”と公言している。今年4月の国別対抗戦フェドカップでは、日本代表として戦ったことで、実質、東京五輪で米国代表を選ぶことはなくなったとみられています。オリンピック憲章では、一度、その国を代表した選手は、3年が経過しないと他国の代表になれないためです。彼女は日本企業の日清食品に所属していますし、このまま国籍も日本を選ぶとみられています」(スポーツ紙記者) しかし、そうも楽観視できない現状がある。 「日本の法律では22才になるまでにどちらかの国籍を選ばなければなりません。つまり、それまでに彼女の気持ちが変われば、アメリカ人になる可能性もゼロではないのです。実際に2年前に、アメリカは大坂の父親に対して“あらゆる面倒を見る”とアプローチをかけたことがある。その時は日本を選んだが、大坂の今の実力、そしてアメリカも若手が育っていないことなどを考えると、今後、アメリカが大坂に本気で再接近することも充分考えられます」(前出・スポーツ紙記者)大坂なおみの全豪オープンテニス優勝を喜ぶ祖父鉄夫さん=2019年1月、北海道根室市 アメリカはグランドスラムの開催国であり、日本よりも環境が整っている。大坂選手は日本語は聞き取ることはできるが、しゃべるのは片言。何より日本にほとんど住んでいない彼女が、日本国籍を選ぶハードルは、決して低いものではない。 大坂選手が22才になるのは来年の10月。それまでにどういった選択をするのか。現在の心境を北海道根室市に住む、大坂の祖父・鉄夫さんに代弁してもらった。 「東京五輪には、日本代表として出場したいという気持ちは変わっていないようです。ただ国籍については、直接本人に聞いたことがないので、ぼくには断言できませんな。まぁ、じいさんには関係ないことだからね(笑い)。でも日本人として、この先も試合に出続けてくれたら嬉しいね」 ぜひ、日本人として初となる金メダル、世界ランク1位を目指してほしい。関連記事■ 福原愛、宮里美香… 錦織圭の過去の恋人と現在意識する女性■ すでに大人気・松岡修造の娘、宝塚はいじめ阻止の態勢■ 片山晋呉に激怒した「プロアマ」招待客はどんな人物か■ 松岡修造熱血語録 分娩室の妻に「勝負だ、勝負に出ろ!」■ 吉澤ひとみ逮捕の4日後、義母が緊急搬送 自殺未遂か

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    稀勢の里引退、日本人横綱の重圧

    「最弱横綱」と罵られ、在位2年で引退に追い込まれた稀勢の里の土俵人生が幕を閉じた。ガチンコ相撲道を貫き、日本人の期待を一身に背負いながら、晩年は度重なるけがに苦しんだ。唯一の日本人横綱としての重圧も計り知れない。「生真面目で不器用」。そんな稀勢の里の引き際を考えたい。

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    「バブル横綱」稀勢の里を引退に追い込んだ日本人の叶わぬ思い

    稀勢の里を壊した 稀勢の里見たさにファンが押しかけ、チケットは売れに売れた。「満員御礼」。そのため、スポーツ運営というより見世物興行が実態といえる日本相撲協会は、これまでの横綱には見せなかった「大甘」の態度に終始した。昨年9月の秋場所千秋楽から出場8連敗という横綱としてのワースト記録をつくるまで、彼を追い込んでしまった。 もし、ただ一人の日本人横綱でなかったら、どうなっていたのかと、ここで冷静に考えてみてほしい。 稀勢の里が横綱に昇進したのは、2017年の初場所を14勝1敗で初優勝したからである。あのとき、横綱審議委員会(横審)は全会一致で横綱に推挙した。しかし、この推挙に対しては「2場所連続優勝でもないのに横綱にするのはおかしい」という批判が起こった。 これに対して相撲協会は、横審の内規に「大関で2場所連続優勝に準ずる好成績を挙げた力士」とあるので、これを適用したと説明した。ただ、この説明は苦しかった。なぜなら、内規の第1項では「横綱に推薦する力士は品格、力量が抜群であること」とあり、第2項でも「大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする」とあるからだ。「2場所連続優勝に準ずる好成績」は3番手の理由にすぎなかったのである。 つまり、稀勢の里の横綱昇進は、「品格、力量が抜群であること」より、「日本人横綱待望」というバブルに押されたものだったと言えるのだ。2019年1月、横綱稀勢の里の引退を伝える大阪・道頓堀の大型モニター しかし、こうした批判を稀勢の里は次の春場所で連続優勝することでかき消した。13日目に横綱日馬富士との対戦で土俵下に落下して左大胸筋と左上腕を痛めて敗戦を喫し、さらに14日目に横綱鶴竜に敗れたものの、千秋楽に本割と優勝決定戦で大関照ノ富士を連破したのである。これで、稀勢の里フィーバーは一気に過熱した。しかし、この優勝が稀勢の里を壊してしまったのである。 稀勢の里は、引退会見で「昔の自分に戻れなかった」と悔し涙を流したが、時間は元には戻せない。 ただし、2場所連続優勝を果たした2017年の初場所と春場所をさらに冷静に振り返れば、春場所では「宿命のライバル」である白鵬は5日目から休場していたし、初場所でも珍しく後半に失速した。日馬富士と鶴竜の2横綱も、ともに初場所で途中休場していた。 そのため、この2場所連続優勝には、それほどの記録的な価値はない。あるのは、稀勢の里が相撲人生でただ一度の大チャンスをモノにしたということ。そして、それを可能にしたのが、日本人による「日本人横綱」への熱い思いだった。「史上最弱、最悪の横綱」 その後の稀勢の里は、今さら書くまでもないが、横綱としてはあまりにひどい記録を残してしまった。横綱として在位12場所で36勝36敗97休。2017年夏場所からの8場所連続休場は年6場所制となった1958年以降では、貴乃花の7場所連続を抜いて横綱の最長連続休場を更新した。 さらに、2018年九州場所の初日からの不戦敗を除く4連敗は1場所15日制でワースト。2018年秋場所千秋楽から今場所にかけて続いた土俵に上がっての8連敗も1場所15日制でワーストとなってしまった。 もし後世の人間が記録だけで振り返れば、稀勢の里は「史上最弱、最悪の横綱」だったとなるだろう。もっと言えば、常に強くあらねばならない横綱の「威厳」と「品格」を貶(おとし)めた横綱ということになるだろう。 ここで、稀勢の里を、彼とは正反対のキャラクターと思える横綱朝青龍と比べてみたい。朝青龍は優勝25回、歴代最長タイの7連覇、ただ一人の年6場所完全優勝など輝かしい記録を残した大横綱だが、日本人からは愛されなかった。 常に「品格」や「身勝手行動」が問題視され、相撲協会からは二度の厳重注意と2場所出場停止を受けている。神聖とされる土俵の上でガッツポーズをしたり、相手力士とにらみ合いをしたりと、その態度は横綱としては異例のものだった。 特に問題視されたのが「サッカー事件」である。けがの診断書を協会に提出して巡業を休んだ後、母国モンゴルに帰りサッカーをしたことが発覚して大ひんしゅくを買った。 要するに、朝青龍は「強ければ何をしてもいい」という横綱で、「ヒール」として土俵を支配した。その結果、暴行事件で引退ということになった。まさに稀勢の里とは好対照である。ただ、彼がモンゴル人でなかったらどうだったかと考えると、日本人が相撲と横綱に何を求めてきたかが浮き彫りになる。2019年1月16日、稀勢の里の引退を伝えるモニターを見るファン=両国国技館(今野顕撮影) 稀勢の里の引退報道で、印象に残った記事がある。多くのメディアが「お涙頂戴」報道に終始する中で、産経新聞の「稀勢の里がつくった負の遺産 失墜した横綱の権威」は、的確に問題点を指摘していた。以下、その核心部分を引用する。 横綱が想起させる「常勝」や「孤高」といったイメージは日本の宝といっていい。スポーツ界に限らず、横綱と称されるのが各分野の頂点に立つ存在であることは、日本人には説明するまでもない。歴代横綱の血のにじむような努力のたまものだ。 勝てなければ土俵を去る潔さは、ぱっと咲いては散る桜の花と同様、日本人の琴線を揺さぶってきた。和製横綱として重圧を一手に引き受けてきた稀勢の里が現役を退いた相撲界は、横綱の権威回復という重い課題を突き付けられている。(奥山次郎)最も日本的な民主的組織 確かに、その通りではないだろうか。大相撲は近年、不祥事続きである。八百長事件や暴行事件、傷害事件などが繰り返され、そのたびに相撲のあり方が問題になってきた。そんな中で、「日本人vs外国人力士」という構図まで生まれ、朝青龍や白鵬というモンゴル人の最強横綱が出たことで、日本人の「相撲ナショナリズム」はヒートアップした。 私はこれまで何度も述べてきたが、相撲は純粋なスポーツではない。欧米流の優勝劣敗を決める競技ではない。それは「横綱が何人もいる」という、極めて日本的な組織ヒエラルキー(階層)に表れている。スポーツ競技なら、常にチャンピンオンは一人でなければならない。そして、チャンピオンは負けた時点で、その座を追われるのだ。 また、相撲は他のスポーツでは考えられない構造になっていて、幕内を最上位に、以下十両・幕下・三段目・序二段・序の口という六つの階層から成り立っていて、入門すれば誰でもすぐにでも最下層から土俵にデビューできる。横綱と同じ土俵に立てるのだ。 これは、実に「民主的」である。もちろん、日本的な意味での「民主的」ということだが、こんなスポーツは日本だけだろう。 だからこそ、横綱は、フィクションであるとはいえ「威厳」と「品格」を求められるのである。最も日本的な民主的組織の頂点に立つ者の行動が問われるのだ。 こうした日本的な伝統は、何があろうと守っていくべきだと、私は考える。とすれば、もう少し昇進をフェアにすべきだろう。昇進にあたり、その都度昇進条件が検討されるのでは、横綱の「威厳」と「品格」は保たれない。ここに「日本人だから」などという情緒的判断は入れてはならないと思う。2019年1月、現役引退の記者会見を終え、東京・両国国技館の相撲教習所を出る横綱稀勢の里。右は田子ノ浦親方 稀勢の里が去ったことで、昭和61年度生まれの「花のロクイチ組」では大関豪栄道や小結妙義龍、平幕の栃煌山が残った。また、横綱では白鵬と鶴竜が残った。しかし今、関脇貴景勝や小結御嶽海などの新しい世代の台頭が目覚ましい。 彼らがやがて最高位に上っていくことを思えば、相撲協会は内規にある「大関で2場所連続優勝に準ずる好成績を挙げた力士」を削除すべきではないだろうか。「2場所連続優勝」に絞ってしまえば、横綱の「威厳」と「品格」は少なくとも保たれるはずである。■ 「ガチンコより人情相撲」貴乃花が角界を去らない道はあった■ 「ガチンコと品格」を求めたら、相撲になかったことがバレてしまう■ なぜ日本人は日馬富士引退に無関心でいられるのか

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    稀勢の里「土俵人生」の引き際はいつだったか

    西尾克洋(相撲ライター) 最後まで、こんなに振り回されることになるとは思わなかった。 稀勢の里、引退。 考えてみると、稀勢の里という力士に私たちは良くも悪くも振り回され続けてきた。勝つときは白鵬だろうが朝青龍だろうが圧倒する。だが、負けるときは碧山や栃煌山にさえ何もできずに天を仰ぐ。素晴らしい可能性を見せたかと思えば、絶望的な現実に突き落とす。こんなことを、毎場所繰り返すのだ。 強い力士は、強くなればなるほど応援の声は少なくなる。強さは畏敬の対象になるせいか、また望まなくても結果が出るせいか、たたえられることはあっても勝利を切望されなくなる。判官びいきというのはそういうところから生まれる感情ではないかと思う。 逆に弱い力士は、可能性を見いだせなくなれば見放される。好きでも嫌いでもなく、無関心になってしまうからだ。悪さが良さをかき消してしまえば、力士に対する興味は失われていく。マイナスの大きさは、力士にとって致命的なのである。  だが稀勢の里は、強さと弱さを交互に見せながら歓声を集めた稀有(けう)な力士だ。 いつもどこかで稀勢の里が気になり、良いときは共に喜び、悪いときは共に悲しむ。もう応援するまいと思いながら指と指の隙間から翌日の相撲をつい見てしまう。なぜかそういうときに限って目の覚めるような相撲で勝つ。そしてまた、稀勢の里の応援に戻っていく。 応援したくなるのは、少し力が足りないからこそだという話を聞いたことがある。応援の力で足りない部分を埋めたくなる、という心理が働くらしい。そして、そういう存在を人は「アイドル」と呼ぶのである。その視点から見ると、稀勢の里はアイドルといえるのではないだろうか。両国国技館で稀勢の里の引退がアナウンスされると、応援団から「ありがとう」と声がかけられた=2019年1月、両国国技館(撮影・佐藤徳昭) アイドルはいつも完璧を目指してステージに立つ。だが一方で、どうしても力量が及ばぬ部分が出てしまうことがある。必死で自らの役割を演じようとしているからこそ、及ばずににじみ出てしまう「ほつれ」が愛らしくてたまらない。 「完成度の高い中に見せる、生身の女の子のほつれ」こそがアイドルの魅力であると語ったのは、アイドル評論家としても名を馳せるヒップホップ・グループ「ライムスター」の宇多丸氏であるが、稀勢の里もまた「ほつれ」てしまうからこそ愛らしい力士だったと私は思う。 長らくアイドルだった稀勢の里が、強さを求めて努力し続ける。そしていつも最後には失敗してしまう。力士生活14年目の2016年まで優勝は未経験。しかし準優勝の回数は実に12回。どれだけ相撲ファンが彼に対して希望と絶望を見たかがよく分かると思う。稀勢の里は愛すべきアイドルで、彼のファンはアイドルとしての稀勢の里を愛(め)でながらも、アイドルからの卒業を願い続けた。 そして、その思いはついに報われた。 2017年初場所で初優勝を果たし、ついに稀勢の里は横綱へと昇進した。アイドル力士卒業の瞬間 稀勢の里はアイドルだからこそ愛された。だが、横綱になるということはアイドルから卒業することを意味する。 横綱というのは孤独な立場だ。常に優勝を争うことが求められ、成績が及ばなければ批判にさらされる。批判されるだけならまだいい。不振が続けば「激励」という名の引退勧告を受けることもある。 そもそも横綱はアンタッチャブルな存在だからこそ、暴走してしまうことも多い。いつも完璧が求められ、時にその「反動」が出てしまうほど、自分を保つのが難しい立場なのだ。だからこそ歴代横綱の大半は在位中に不祥事を犯してしまう。ゆえに横綱を監視する意味も含めた「横綱審議委員会」という組織が必要になるわけである。むろん、彼らがその役割を果たしているかというのはまた別の話だが…。 横綱になると、本場所でも巡業でも毎日土俵入りする。横綱は化粧まわしの上から注連縄(しめなわ)を巻く神聖な存在だ。そうあるために稀勢の里は常に努力し、努力に見合った成果を出さねばならなくなったということだ。 結果から言えば、稀勢の里が横綱になれたのは、あの2017年大阪場所だけだった。 12連勝で迎えた13日目、日馬富士に敗れて生命線である左腕を痛めた。翌日の鶴竜戦は相撲にならなかった。誰もが諦めた千秋楽で、ただ一人、稀勢の里だけが諦めていなかった。 相撲が取れない体であることは誰の目にも明らかだったが、横綱としての使命感が稀勢の里を突き動かした。しかも、無謀な戦いを挑んだのではない。本割では立ち合いの変化で勝利を強引に手繰り寄せ、優勝決定戦ではここしかないというタイミングで逆転の小手投げを打った。 あの時、稀勢の里は私たちが愛したアイドルではなかった。横綱としての務めをこれ以上ないほど果たし、人々の心を打った「英雄」だった。瞬間最高視聴率は約33%を記録した。逆転優勝し、内閣総理大臣杯を受け取る稀勢の里(左)=2017年3月、エディオンアリーナ大阪(中島信生撮影) だが、けがの代償はあまりに大きかった。 稀勢の里が「横綱」に戻ることは、なかった。 そして「アイドル」に戻ることもまた、なかった。 8場所連続休場に、横綱連敗記録の更新。出場すれば金星を配給し、何よりも左で攻める稀勢の里の相撲が完全に失われてしまった。横綱として求められる神聖な強さはそこにはなく、目覚ましい強さと絶望的なもろさを交互に見せる愛すべきアイドル性も喪失していた。卒業の決め手は「応援」 横綱としての立場が稀勢の里を動かすところまでは良いのだが、体がついてこない。まだアイドルとしての稀勢の里だった頃は、横綱としての体を持ちながら心が伴わなかったことを思うと、皮肉なのだが、心だけで勝てるほど大相撲は甘くない。 横綱は、強いからこそ横綱だ。立派に振る舞うことも求められるが、それは必要最低限の条件であり、プラスアルファではない。だからこそ横綱は地位が保証されているし、強さを保つためのシステムとして休場してもとがめられることはない。もちろん休場が続けば立場は悪くなるが、強行出場して成績が残せないのであれば休めるというのは、それだけ横綱にとって強さが大切だからだといえるだろう。 土俵で強さを見せられなくなったとき、そして見る者が応援で後押ししようとしてしまったとき、その横綱は身を引くべきではないかと私は思う。そう、横綱はアイドルであってはならないのだ。 思えば「憎らしいほど強い」とさえ評された名横綱、北の湖も晩年は大声援が後押ししていたという。だが、それを当の北の湖は自らの衰えと受け止めたという話も耳にしたことがある。衰えた大横綱に対して、かつての姿を見たいがために歓声で後押ししようという心理が働くことがあるが、これは完璧な姿しか見せられないはずの横綱の「ほつれ」を目の当たりにしたということなのだ。 稀勢の里という希代のアイドルが去った後、角界に必要なのは彼に匹敵するような愛される力士を育てること。そして、アイドルを超えて横綱として君臨する力士を育てることだと私は思う。  最初はアイドルでもいい。だが、強さを求めて鍛錬を重ね、良いドラマも悪いドラマも共有し、完璧な姿をいつも見せ続ける存在になっていく。その過程を見ているからこそ、人は横綱に対して畏敬の念を抱くことになる。 稀勢の里は、たったの15日間ではあったが、横綱としての強さを見せることができた。そして、その15日間の陰には、声援を受けながらもそれに応えられずにもがき、苦しむ日々があった。稀勢の里は引退会見で涙を浮かべた=2019年1月、両国国技館(福島範和撮影) こんなことならば横綱に昇進しなかった方が良かったのではないかと言う人も大勢いる。名大関として息の長い活躍をした方が良かったのではないかと言う人もいる。 しかし私は思う。「アイドル力士」から、唯一無二の存在である「横綱」に稀勢の里はなれた。そのドキュメンタリーを多くの人と共有し、心を動かしたのだから、稀勢の里は横綱として素晴らしい土俵人生を送ったといえるだろう。■稀勢の里休場「モンゴル脅威論」がさらなる悲劇を生む■相撲協会にとっても痛い「最弱横綱」稀勢の里の不甲斐なさ■稀勢の里が火をつけた「日本VSモンゴル」仁義なき抗争

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    稀勢の里に横綱の品格を求めた「無能な上司」横審が憎たらしい

    藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士) 横綱稀勢の里が引退した。小学生のころから類いまれなる相撲の才能を発揮していた萩原少年は、中学卒業後に鳴戸部屋に入門、17歳9カ月で十両昇進を果たした。新入幕も貴乃花に次ぐ年少2番目の記録(18歳3カ月)と、稀勢の里はまさに「稀(まれ)な勢い」で番付を駆け上がった。 その後も9回の三賞受賞や、三役(小結、関脇、大関)としても総じて安定した成績を収め、2016年には年間最多勝にも輝いている。何より、横綱に昇進するまでたった1日(不戦敗)しか休まなかったことは特筆すべきことだ。また、対戦成績でも横綱鶴竜には大きく勝ち越し、現役最強横綱の白鵬相手でも10勝以上挙げており、才能と努力、日ごろの鍛錬のなせる業である。 ところが横綱に昇進してからの2年余りは、初の場所である2017年3月場所で優勝を飾ってから、まさに苦難の連続であった。横綱日馬富士との一番で痛めた左肩の影響で、決して万全とはいえない心身状態が続いたことから、本来の相撲が取れなくなってしまった。結局4回にわたる全休と途中休場を重ね、引退まで本来の輝きを放つことはなかった。 そのような稀勢の里の姿に対して、「受けて立つ相撲を取るべし」「横綱の品位が貶(おとし)められた」「負けても土俵に上がる姿が痛々しい」「そろそろ決断を下すときだ」などと揶揄(やゆ)する声が上がった。本人にも確実にその声は届いていたことだろう。ただでさえ自分自身のコンディションが満足のいかない状態であったのにも加え、周囲からの猛烈な批判にも晒(さら)され続けたその心中は、察して余りあるものである。 これまでの言動や態度、関係者の証言から、彼は相撲とファンに真摯(しんし)に向き合いながら「相撲道」に邁進(まいしん)してきたことがうかがえる。荒磯親方として後進の指導にあたる際にも、その姿勢は続けられていくだろう。 しかし、彼を取り巻く環境は、一人の横綱の個性を最大限発揮できるようなものになっていただろうか。言うまでもなく、人は置かれる環境によって心身のパフォーマンスが大きく左右されるものである。2018年11月、横綱審議委員会の定例会合に臨む北村正任委員長(右から3人目)ら=福岡市内のホテル 私には、角界やそれを取り巻く環境は、伝統と格式を盾にした、思い込みと過去への執着にまみれた世界としか見受けられなかった。それが稀勢の里のパフォーマンスを著しく低下させ、けがからの回復過程に悪影響を与えたようにしか思えない。 例えば、会社員であれば、自分の処遇に裁量を持つ上司が仕事のできない「無能者」である場合、その環境は、処理の難しいストレスフルな状況として仕事のパフォーマンスに悪影響を及ぼすことが大いにある。 ストレス理論からすると、身近なものの死や自身の大病のような、人生の中でまれに起こる大きな出来事(ライフイベント)よりも、日常的に続く相対的に小さなストレスの原因(デイリーハッスルズ)の積み重なりが、人の心身に大きな影響を及ぼすことが知られている。稀勢の里の「無能な上司」 稀勢の里にとっての「無能な上司」は、横綱審議委員会(横審)である。相撲に関してはほぼ素人といってよいメンバーから構成される集団、あるいは個人から、自身の横綱としてのあり方や相撲の取り口、さらには抽象的な「品格」などという表現を利用して批判にさらされ続けたことは、さぞかし心理的負担が大きかったことだろう。横審に反論することもできなければ、横審という組織が変わることも全く期待できないからだ。 横審の存在意義はともかくとして、横綱を「批判してはならない」という意味では決してない。批判する一方で、稀勢の里という横綱の個性を大前提として、個性を生かすという考え方やムードが本当にあったか、そこが疑問である。 これは今に始まったことではないが、どちらかといえば、横審はやはり「理想の横綱のあるべき姿」に稀勢の里を当てはめようとすることが前提のように感じられた。そもそも、横綱に推挙した決断自体が「日本人横綱が長きにわたって不在である」ことへの否定の表れのように見えてしまう。 自戒を込めていえば、国民やメディアが「日本人横綱」を期待する心も、改めなければならない。日本人横綱という属性への期待は、単に記憶の中にある過去の大横綱の幻影を現役力士に投影する心理にほかならない。時代の変化に適応できていない、ただのノスタルジーの発揮なのである。 稀勢の里自身も、ファンや国民の期待に応えようとするあまりに「唯一の日本人横綱」という立場に縛られ続けたであろうことは、本当に残念でならない。 ところで、そもそも稀勢の里は「メンタルが弱い」「大事な場面で実力を発揮できない」と心理面などに起因する勝負弱さが欠点の一つであるといわれてきた。だが私は、これまでの発言や態度から、むしろ反対に精神的な強さを感じている。 確かに、父親の萩原貞彦さんは「少年時代は泣き虫だった」というエピソードを話していた。また、中学2、3年次の担任である若林克治さんの「アンバランスな印象の子でした。見た目は大人以上に大きいのに、中身は子供なんですから」との評もある。 しかし、人は子供のころの弱点を自身で認識していたり、他者からの指摘を受け続けると、その後の成長の過程で人生上の「克服すべき課題」として位置付けられ、結果、むしろ弱点が強みに変わることも少なくない。稀勢の里の、決して逃げず、言い訳もしない姿を見ていると、私にはこのタイプに映るのだ。大相撲初場所3日目、栃煌山に寄り切られ3連敗を喫し、土俵下でうつむく横綱稀勢の里=2019年1月15日、両国国技館(福島範和撮影) 横綱に昇進してからというもの、稀勢の里はけがとの戦いや国民からの期待という重圧に耐え続けてきた。この2年間が、相撲道追求の結果として身につけた強靱(きょうじん)な精神力と、ファンをはじめとして周囲への配慮を最も重要視する彼の思いを基盤にして成立したのだとしたら、横綱として不名誉な記録を残してもなお現役続行にこだわった今までの彼の意思と、このタイミングでの引退の決断を、われわれ国民は最大限尊重すべきではないだろうか。 稀勢の里が土俵から去った角界は、今後も横綱としてのありさまを、極めて抽象的で画一的な偶像に求めるのだろうか。もしそうならば、大相撲は脚本家の筋書きによるフィクションドラマとしてエンターテインメント路線に走るか、科学技術をフル活用して、AI(人工知能)を搭載した「横綱ロボット」の開発に注力した方がよい。 伝統や格式、文化を維持することは、人がそれに合わせることではない。人や時代に合わせて、伝統や文化を再創造していくことに他ならないのである。■ 「ガチンコより人情相撲」貴乃花が角界を去らない道はあった■ 「ガチンコと品格」を求めたら、相撲になかったことがバレてしまう■ なぜ日本人は日馬富士引退に無関心でいられるのか

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    貴景勝が優勝しても、白鵬が高笑いしている理由

    新田日明(スポーツライター) 相撲界に久々の新風が吹き込んだ。小結・貴景勝が九州場所で初優勝。13勝2敗で賜杯を手にし、2014年秋場所の初土俵から26場所での幕内最高優勝は元横綱・曙に並んで史上4位タイのスピード記録となった。 まだ22歳で来年は大関昇進の期待もかかる。将来の相撲界を背負って立つ新たなスター候補の誕生に世間は大きく沸きかえっているが、日本相撲協会の上層部からみればおそらく複雑な思いもあるに違いない。元師匠の花田光司氏の存在がどうしてもチラついているからだ。 花田氏の協会退職に伴い、所属していた貴乃花部屋が消滅。千賀ノ浦部屋に転籍して迎えた最初の場所で、いきなり最高の結果を出した。 花田氏もとい元貴乃花親方と対立を深めていた協会上層部にとって、その元師匠の遺伝子を受け継ぐ貴景勝の台頭はかつての怨敵の育成手腕に再び評価が集まる流れとなるのは必至だけに苦々しく感じるところもあるはずだ。次代を担うべき人気日本人力士の誕生を欲しているのはもちろんだが、貴乃花の「貴」と元師匠の尊敬する戦国武将の上杉謙信の後継者・景勝が四股名に含まれている貴景勝がこの絶妙過ぎるタイミングでインパクトを残したのだから協会内を占める「反貴乃花派」の既存勢力は諸手を挙げて万歳三唱とはいくまい。 しかしながら旧態依然とする日本相撲協会に風穴を開けて欲しいと願う世の多くの人たちは、逆境にもめげず栄誉に輝いた貴景勝に惜しみない拍手と賛辞を送っている。そして来年は大関昇進から角界の頂点である横綱へ――。反貴乃花派を黙らせるぐらいの勢いとともに神速の出世街道を歩んで欲しいと、その期待感は高まる一方だ。 ただし忘れてはいけないことがある。九州場所では横綱が不在であったことだ。3人の横綱は貴景勝が優勝した今場所の取り組みをどういう思いで見ていたのか。 ただ無双の横綱・白鵬は休場中もきっと高みの見物だったであろう。自分を脅かす存在が角界に現れない今、誰が台頭して賜杯を手にしようとも自身が復帰する次の場所において真っ向から挑戦を受け止め、それを難なく退ける絶対的な自信を持っているからである。 その自信の裏打ちとして無双横綱を支えているのが強靭な精神力と肉体だ。22歳の貴景勝に対し、白鵬は一回り近くも上の33歳。決して若くない年齢でありながらも、なぜここまでコンディションを維持しながら史上最高となる幕内最高優勝41回など数々の記録を塗り替え、他の力士の高い壁として今も頂点に立ち続けられるのか。2019年1月、両国国技館で行われた優勝額贈呈式で額を受け取る新関脇の貴景勝 それは角界の頂点に立ちながらも栄位に甘んじることなく、他の若い力士たちの追随を許さないほどの稽古量を誇り続ける点に加え、ヨガや断食などこれまでの慣例にとらわれない心身の鍛錬に取り組む「粉骨砕身」の心を持ち合わせているからに他ならない。 一方で、その白鵬に関する評判は芳しくない。張り差しやかち上げといった取り口が汚いとか卑劣だと言われたり、土俵外の言動が横綱としての品格に欠けているとの指摘も数多く出ていたりするなどとかくバッシングのオンパレードだ。明確な反則技となっていないにもかかわらず取り口うんぬんにイチャモンがつけられるのはどうかと思うが、後者に関しては同意しなければいけない点がある。無双横綱の隠れた「礎」 元横綱・日馬富士の暴行現場に居合わせながら、それを〝黙認〟していた愚行はその最たる例だ。この一件の真相については各方面で憶測も含めて今も論じられているが、すでに世間的には白鵬にも罰則が課せられて落着しており、ここで四の五の言うことは控えたい。とはいえ、ここから白鵬が稀代のヒール横綱となったことは紛れもない事実であろう。 そういう流れがあるゆえに、世の中の多くの人が「打倒・白鵬」を成し遂げる力士の誕生を願っているのは言うに及ばない。しかし残念ながら白鵬は多くの人に嫌われつつも無双横綱として今後も他の力士の高い壁であり続けるはずだ。九州場所で優勝した貴景勝に肩入れしたい気持ちは山々だが、ここまで相撲取材を現場で続けている観点から冷静に見ていくら急成長を遂げているとはいえ、白鵬の牙城切り崩しは一筋縄でいくまい。 ちなみに2020年の東京五輪まで現役を続けることが現在の白鵬にとって最大のモチベーションとなっている。その目標を完遂すべく、尋常でない心身の鍛錬を極み続けていることは先に述べた通りだが、無双横綱にとっての「礎」はこれだけではない。実は唯一の日本人横綱である稀勢の里の体たらくにも白鵬はコンディション面で大きく助けられている。 九州場所で稀勢の里は一人横綱として出場したが、初日から4連敗という5日制が定着した1949年夏場所以降は初となる不名誉な記録を作った挙句、またしても休場した。先場所こそ10勝5敗で辛うじて2ケタ勝ったものの、その前までは歴代ワーストとなる8場所連続休場。普通ならば即座に引退勧告を向けられても不思議はないレベルだ。 ところが稀勢の里は昨今の相撲人気を支える日本人横綱であることから協会幹部やご意見番となる横綱審議委員会の面々も明らかに大甘で〝延命〟が看過されてしまっている。ここ最近は毎場所ごとにメディアやファンから「引退目前」と言われ続けているクセに結局は無風のまま。先場所をのぞいて休場ばかりなのにもかかわらず、こうして「横綱」を名乗れている現状をみれば、それは明らかだろう。 一応、九州場所の千秋楽で横審の委員の1人が「来場所出ないと。これ以上の延命はない」とメディアに発言したが、これは委員会全体の総意ではなく個人の言葉であり、無論「引退勧告」ではない。この程度では単にハッパをかけただけに過ぎないだろう。トップである北村正任委員長が「辞めろとは言わない。来場所頑張ってほしい」と述べていることも、横審が稀勢の里への大甘な姿勢を継続させていることを如実に物語っている。大相撲九州場所初日、稀勢の里(手前)をはたきこみで破る貴景勝=2018年11月11日、福岡国際センター(林俊志撮影) 中立の立場を自認している古参の日本相撲協会関係者が次のように補足する。 「要するに稀勢の里が、これだけ休んでも許されたという〝悪しき実績〟を残してしまったのだ。白鵬の立場なら『時々休んでも文句を言われる筋合いはない』と考えたとしても無理はないはず。アンチ白鵬の相撲ファンを中心に『適度に休場しながらコンディションを整えているからズルい』などといったシュプレヒコールが挙げられているが、それは残念ながら的を射ていたとしても説得力はない。『それじゃあ、稀勢の里はどうなんだ』という話になるからだ。しかも白鵬は今年になってようやく初の連続休場があったぐらいで、3場所連続休場に至ってはこれまで一度もない。悪いイメージばかりが先行しているからアンチの人たちがツッコミを入れたくなる気持ちは分からないでもないが、説得力にかけるバッシングなど白鵬にとっては柳に風。結局のところ対抗馬となるべきはずの稀勢の里がだらしないのに周りから過保護にされている流れがあるから、白鵬は今後も堂々と自分のペースで相撲をとり続けることができるのだ」 来年の初場所から休場明けの白鵬は満を持して復帰してくるだろう。無双横綱にとってすべてが〝都合のいい環境〟となっている今の相撲界で成り上がっていくのは容易なことではない。 だが白鵬との不仲がささやかれた元貴乃花親方の「分身」でもある貴景勝が元師匠に代わって牙をむいていく構図には、やはり何かをやってくれそうな期待感が膨らむ。とにかく強く精神的にも図太い百戦錬磨のヒール横綱を22歳の若武者がぶっ倒す。現段階で可能性はあまり高くないかもしれないが、そんな未来がこの先にあることを信じている。

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    貴景勝か、阿武咲か、あるいは… 次の日本人横綱が出る法則

     一人横綱の稀勢の里が早々に休場に追い込まれた九州場所の土俵では、日本人の若手力士たちが躍動した。初場所で進退が懸かる稀勢の里が“徳俵”に立たされている中「次の日本人横綱」に最も近いのは誰か──。 3横綱に加え、終盤戦に入って大関・豪栄道まで不在となった場所で注目を一身に集めたのは、22歳の小結・貴景勝だった。 初日に稀勢の里を破ると一気に勢いに乗った。場所前に師匠・貴乃花が突然の引退を表明し、千賀ノ浦部屋へ移籍という事態に見舞われながら、九州場所で最後まで館内を盛り上げた。 一方、横綱昇進後11場所目にして9回目の休場となった稀勢の里。初場所では、貴景勝とともに今場所を沸かせた大栄翔(前頭9)、阿炎(前頭7)ら若手ガチンコ勢が番付を上げてくるため、初日から難敵との対戦が必至だ。「32歳という年齢もあり、引退は遠くない」(担当記者)という見方が出るのは当然だろう。 ただ、関係者の間では「次の日本人横綱誕生は近い」という声も少なくない。「今年も年間最多勝力士の勝ち星数が70勝に届かず、これで4年連続です。横綱とそれ以外の力士の実力差が縮まっている証拠で、新横綱誕生が近い“サイン”です」(ベテラン記者) 年6場所制となった1958年以降、年間最多勝が2年以上連続して70勝に届かなかったケースは今年を含めて4回しかない。「たとえば1968~1969年は、大鵬と柏戸の衰えが明らかになった時代で、1970年1月場所後に玉の島と北の富士が横綱に昇進した。他のケースも同様でした」(同前) そして今も、“横綱候補”として名前が挙がる若手力士は決して少なくない。大相撲初場所5日目、嘉風(右)をつきだしで下した阿武咲=2019年1月17日、両国国技館(中井誠撮影)第2の北の湖になる!「次の日本人横綱は貴景勝しかいない」と断言するのは好角家として知られる作家の高橋三千綱氏だ。大卒力士はダメ!「番付のうえで近いのは大関の高安だが、彼はなれないと思う。カチ上げ気味の立ち合いと安定感のない引き技という、すっきりしない取り口が気に入らないので、横綱になってほしくないだけなんだけど(笑い)」 高橋氏は、横綱には“魅力的な個性”があってほしいと力を込める。「貴景勝はハッキリ言って、体形も相撲も不細工です。モテそうになくて、僕は『ウシガエル貴景勝』と呼んでいる。ウシガエルは何でも食ってしまう悪役なんですよ。あのふてぶてしさがいいじゃないですか。貴景勝にはかつての北の湖のような、憎たらしいほど強い横綱になれる“見た目の素質”がある」 だが、気懸かりな点もある。実は、昨年1月の入幕以来、「寄り切り」で勝ったことが一度もないのだ。 力士の取り口には大きく「突き押し相撲」と「四つ相撲」の2タイプがあるが、綱を張るには「四つに組んで勝てる力士」であるべき──これは、貴景勝の師匠にして平成の大横綱と呼ばれた貴乃花の“教え”だ。「2016年に豪栄道が全勝で初優勝した秋場所後の巡業中、当時の巡業部長だった貴乃花親方が豪栄道に『突き押しはもういい。これだけ力がついたのだから、これからは四つ相撲の稽古をした方がいい』とアドバイスしていた」(前出・ベテラン記者) 突き押しが得意の力士であっても、綱を狙うなら「相手にまわしを与えても勝てる取り口」が必要という考え方だ。元師匠の教えを実践できるかが、貴景勝の今後の課題だろう。大卒力士はダメ! 九州場所で土俵を沸かせた若手力士の面々を見ると、貴景勝のほかにも阿炎、大栄翔、北勝富士(前頭1)、阿武咲(前頭13)など、突き押しを得意とする力士が多い。 幕内で四つに組んでも強さを見せる日本人力士というと正代(前頭4)、朝乃山(前頭5)、遠藤(前頭12)などがいるが、「“横綱になれない”というジンクスのある大学出身力士ばかり」(協会関係者)で、期待感はあまり高くない。 そうしたなか、「阿武咲を“次期横綱候補”に推したい」と力説するのは、やはり好角家である漫画家のやくみつる氏だ。「同じ1996年生まれの貴景勝とは小学校時代からのライバルですが、取り口の幅では阿武咲のほうが上。今は突き押しが最大の武器ですが、阿武咲は器用なので組んでも安定感が出てくるでしょう。 ただ、横綱になるにはあと3年くらいはかかるように思います。その頃には、昭和の大横綱・大鵬の孫である三段目の納谷や埼玉栄高でその同級生だった琴手計が出てくるのではと注視していますが、まだ真価はわからない」 さらに、貴景勝、阿武咲の2人のライバル関係に割って入りそうな“もう一人の同級生”の存在もある。「秋場所で幕下優勝を果たした極芯道(十両13)です。同級生2人へのライバル心は強く“出遅れを取り戻したい”と公言している。角界では、阿炎、朝乃山、輝(前頭6)、矢後(十両1)、炎鵬(十両10)ら『1994年生まれ』と、貴景勝ら『1996年生まれ』のどちらが次代の頂点を極める黄金世代になるか、密かに関心を集めているのです」(若手親方) 強い日本人横綱の登場を、多くの相撲ファンが待っている。関連記事■ 稀勢の里現役続行を願う声、「引退後」の相撲界を憂うため■ 花田景子さん 体のライン出るタイトな黒Tシャツ姿の写真5枚■ 元貴乃花親方 今後の活動を聞かれ率直な思いを吐露■ 綿菓子作りに精出す元貴乃花親方がくらった「報道管制」■ 番付1枚で年収1600万円が0円に転落 力士の恐ろしい現実

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    稀勢の里、成績と反比例するようにグッズは売れている謎

     好調が伝えられながら、九州場所で初日から4連敗の後、休場した横綱・稀勢の里。完全ガチンコ場所ならではの展開といえるが、稀勢の里の現役続行を望む声は根強い。背景にあるのは、稀勢の里引退後の大相撲への危機感だ。 角界に横たわる大きな問題として「モンゴル互助会」の存在がある。 昨年の日馬富士による暴行事件をきっかけに立ち上げられた協会の第三者委員会(暴力問題再発防止検討委員会)は、10月に報告書をまとめた。そこではモンゴル人力士たちの間で所属部屋を超えた上下関係があることを問題視。下位の力士が昇進した際に、先輩力士が自動車や高級腕時計といった高価な品を贈るといった慣行があることについても、憂慮する見解を示した。「部屋を超えた力士同士の貸し借りや上下関係が存在することは、“ガチンコ相撲”と相容れないという問題意識が示された格好です。そうしたモンゴル互助会の頂点にいるのが白鵬という状況。ただ、第三者委の報告を受けても、協会が何かを具体的に是正する方向には動いていない」(ベテラン記者) 何より、横綱の白鵬と鶴竜が揃って休場した場所のほうが盛り上がっていることは、ファンが一番よくわかっている。「今場所は貴景勝(小結)ら新鋭に上位陣が軒並み倒される“下克上場所”。3横綱が休場した名古屋場所も、関脇の御嶽海が優勝する戦国場所になり、幕内下位の豊山や朝乃山などの若手日本人力士が活躍して館内は沸きに沸いていた」(同前)2019年1月、両国国技館では稀勢の里のグッズは引退後も販売されていた=(佐藤徳昭撮影) 稀勢の里が引退すれば、そうした誰が優勝するかわからない“完全ガチンコ場所”が見られなくなるかもしれないのだ。 福岡国際センター正面の土産物売り場では、成績と反比例するように、姿絵手形色紙などの稀勢の里グッズが飛ぶように売れていた。グッズを手にしたファンたちも、初場所での完全復活を祈っているはずだ。関連記事■ 「絶好調」稀勢の里の休場、完全ガチンコ場所であるがゆえ■ 花田景子さん 体のライン出るタイトな黒Tシャツ姿の写真5枚■ 九州場所を休場する白鵬の野望と相撲協会の思惑と稀勢の里■ 番付1枚で年収1600万円が0円に転落 力士の恐ろしい現実■ 稀勢の里に「休場時の貴乃花親方の稽古姿を見せたい」の声も