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    錦織圭は「投球術」で聖地を粘り抜く

    間もなく開幕するテニスのウィンブルドン選手権で気がかりなのが、錦織圭の相性の悪さだ。いくらフルセットマッチに強い粘りが身上の錦織とはいえ、ベテランの域に入れば、効率のよい勝ち方が求められる。錦織が20代最後の「聖地」を戦い抜くため、どうやらヒントになるスキルが別の球技にありそうだ。(写真は共同)

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    錦織圭、20代最後のウィンブルドンで見せてほしい「投球術」

    武田薫(スポーツライター) テニスはシーズン真っ盛り、舞台は赤土コートの全仏オープンからドーバー海峡を越え、芝の深緑も美しいウィンブルドン選手権へと移ろうとしている。 日本勢も、男子は錦織圭、女子は大坂なおみが話題を提供してくれているが、29歳のベテランになった錦織には「そろそろメジャータイトルを」の期待がかかる。全米オープンで、日本選手として初めて4大大会の決勝までコマを進めたのは、もう5年も前のことだ。 4大大会が1968年にプロに門戸を開いて以降、日本勢はなかなか上位に勝ち進めなかった。90年代に入って、女子は伊達公子が全米オープンを除くメジャー3大会でベスト4に勝ち進んだが、選手層の厚い男子は、松岡修造が95年のウィンブルドンでベスト8に入った1度だけしかなかった。「女性上位」だった日本の勢力図に、錦織圭が飛び出したものだから、ファンも喜んだ。 錦織のプレーの特徴は素晴らしいボールコントロールにあり、「ショットメーカー」と呼ばれる。テニスで最も難しい技術はボールの方向を変えることだが、錦織はフォアハンド、バックハンドともその切り返しを自在にこなす。ベースライン深く、サイドラインぎりぎりにボールを飛ばして相手を押し込んで振り回すものだから、見ていて面白く、それが彼の人気の大きな理由だ。 錦織対策として、対戦相手が考えるのが、打ち合いを早めに切り上げることだ。ビッグサーブ一発で決めれば切り返される恐れもないが、錦織はリターンゲームを磨いているし、プレッシャーのかかった試合で、時速200キロを超すファーストサーブがいつも決まるわけではない。全仏オープンのような球足の遅いクレーコートではどうしても打ち合いになる。 そこで考えられるのが粘りだ。錦織の体格は身長178センチ、73キロ。パワー時代の今、選手の体格は190センチが当たり前で、長丁場の体力勝負になれば、錦織はかなり劣勢になるからだ。さらに4大大会では、ツアー大会より2セット多い5セットマッチだ。しかも、頂点まで7試合あるだけに、省エネ、効率のいい勝ち方が求められる。全仏オープンテニスの男子シングルス準々決勝、第2セットでポイントを奪われ悔しがる錦織圭=パリ(共同) 「タンクが空っぽになった頃に上位と当たるのは避けたい」。錦織はそう言っているが、今年ここまでを振り返ると、全豪オープンではフルセットを3試合も戦い、準々決勝のノバク・ジョコビッチ戦では疲労困憊(こんぱい)で途中棄権を余儀なくされた。 先の全仏オープンでも、王者ラファエル・ナダルと対戦するまでフルセット2試合、それも日没順延で3試合連戦を強いられ、消費時間でナダルとの差は4時間もあった。ほぼ2試合多く戦った勘定のハンディを背負ったわけで、結局1-6、1-6、3-6と、全く見せ場がなかった。今こそ集中力の「出し入れ」を 必然、課題は効率性となる。面白い数字がある。5セットマッチは、グランドスラム4大会と国別対抗戦のデビス杯(昨年まで)だけで採用される長期戦だが、錦織はそこで通算23勝6敗と、現役選手で最高の勝率を誇っている。 体力はなさそうだが、土壇場に強い。「負けそうで負けず、勝ちそうで勝てない」印象がここにある。ハラハラドキドキのドラマチックな試合展開はファンを引き付けるが、ヘロヘロになって、フェデラーやナダル、ジョコビッチという強豪の待ち受ける最終段階で、持てる力を発揮できないのはいかにも惜しい。 フルセット勝負では、肉体疲労と同じほどに、精神疲労も蓄積されている。危ない場面が幾度も重なれば、緊迫感が揺らぎ、集中力が途切れていく。 格下相手の序盤戦で無駄をなくすという理屈は、プロ10年の本人も分かっているが、序盤にリードしたところで、ふっと集中力が途切れることは以前から指摘されてきた。ただ、3時間近い試合を通して集中力を維持するなど土台、無理な注文だ。 野球のピッチングに「出し入れ」という言葉がある。これはストライクゾーンの幅の使い方を意味し、メジャーリーグでは「コマンド」という言葉を使う。制球力をいかに使うか、3ボールまで許されるカウントをどう使うか、捨てながら拾うという「探りの勝負勘」は、天性もあるが、それを意識する余裕ができれば身につくものだ。男子シングルス準々決勝の第2セット、ラファエル・ナダル(左奥)にゲームを奪われた錦織圭=2019年6月4日、パリ(共同) 錦織は今年の暮れには30歳になるベテランとはいえ、「集中力を出し入れする」までの余裕はまだつかんでいないように感じる。そういうふうに見れば、先はそう暗くない。 ヘロヘロになって負けてはいるが、故障明けだった昨年のウィンブルドン以降の4大大会ではベスト8、ベスト4、ベスト8、ベスト8。ジョコビッチとナダル以外に、これほどの結果を出している選手はいない。間もなく始まるウィンブルドンは4大大会の中で最も成績が悪いが、このレベルを維持すれば、夏には全米オープンを頂点とした得意のハードコートが待つ。 今回のウィンブルドンは、一つ錦織の気持ちの「出し入れ」に注目してみたい。■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 大坂なおみは今のメンタルで戦い続けられるか■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

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    久保建英ら五輪世代を救う森保ジャパン「10番中山雅史」の記憶

    清水英斗(サッカーライター) サッカーの南米選手権(コパ・アメリカ)に挑む日本代表は、東京五輪世代の18人をベースに、海外の所属クラブから承諾を得た中島翔哉(アルドハイル)、柴崎岳(ヘタフェ)らのA代表、いわばオーバーエージを数人加えた23人で編成されている。 Jリーグはシーズン中で、さらに欧州クラブも派遣義務のない大会への招集を渋るケースが多いため、今回のA代表は特殊な構成となった。チーム編成のコンセプトは、来年の東京五輪さながらであり、強化スケジュールを組みづらい五輪代表に実戦を積ませる上では、絶好のシミュレーションになる。 しかし、相手は南米のA代表だ。U-22(22歳以下)を中心とした若い日本代表が、コパ・アメリカという世界最高峰の舞台で力を出し切ることができるのか。 仮に、日本がFW大迫勇也(ブレーメン)やDF吉田麻也(サウサンプトン)といったフルメンバーを集めたとしても、それでも分が悪い相手ばかりだ。さらに南米選手特有の激しいチャージや、審判の目を盗む行動など、海千山千の猛者が織り成す未経験のサッカーに、若いA代表が面食う可能性もある。もっとも、今回のコパ・アメリカはビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)が導入されるため、抑止力はありそうだ。 それ以外にも、状態の悪いピッチを意に介さないダイナミックな技術、殺気すらほとばしるプレッシングなど、南米のA代表には度肝を抜かれるパフォーマンスが多々ある。その勢いや雰囲気に若い選手が飲み込まれてしまっては、東京五輪のシミュレーションとしても消化不良になりかねない。 そんな不安を抱きつつ、日本の招集リストを眺めると、FW岡崎慎司(レスター)、GK川島永嗣(ストラスブール)の名前が飛び込んでくる。昨夏のロシアワールドカップ(W杯)以来、A代表から遠ざかり、今季はクラブでも出場機会が少ない2人だが…。ロシアW杯、エカテリンブルクの宿舎に到着した(左から)GK川島、岡崎、乾=2018年6月(共同) しかし、コパ・アメリカのメンバーに彼らの名を発見した瞬間、2002年のFW中山雅史(当時磐田)とDF秋田豊(当時鹿島)の偉大なる「父性」を思い出したのは、おそらく筆者だけではないはずだ。 あれは2002年、日韓W杯直前の出来事だった。長らくA代表から遠ざかっていた中山と秋田が、トルシエジャパンの最終メンバーにサプライズで名を連ねた。「10」を背負ったストライカー 当時、中山は34歳、秋田は32歳。一線の戦力として計算されたわけではない。しかし、直前で落選したMF中村俊輔(当時横浜M)に代わり、中山が着けたのは背番号10。本来は9番の泥臭いストライカーが背負う、数奇な運命だった。 結局、本大会で中山がプレーしたのは、途中出場1試合のみ。秋田は出場しなかった。それでも、当時の日本代表がベスト16に進出する上で、この2人を功労者に挙げる人は少なくない。 チームスポーツにおいて、サブ組の気持ちのやり場は常に難しい。それが如実に表れるのが、試合翌日の練習だ。試合でプレーした選手たちは、疲労を抜くため、ピッチの外周をジョギングしている。 その一方、サブ組はピッチ中央で厳しいフィジカルトレーニング、激しいミニゲームに取り組む。試合に近い負荷を与えることで、レギュラー組とのコンディション、身体のリズムを合わせるためだ。 しかし、このとき必死に身体を追い込むサブ組と、レギュラー組の間には、明らかな序列ができる。「あのプレーはどう」「あの相手はどう」と、談笑を交えながらジョギングするレギュラー組を尻目に、サブ組は必死に自分を追い込んで、アピールしなければならない。 それでも、出番があるかどうかはわからない。徒労に終わるかもしれない。そんな先行き不透明な中、サブ組だけで練習を行う選手の気持ちについて、元日本代表DFの岩政大樹氏は、筆者とともに出演した『スカサカ!ライブ』で、「あれは精神的につらい」と語っていた。 2002年に話を戻すと、そんな気持ちが萎(な)えがちなサブ組の練習中、チームを引っ張っていたのが、中山と秋田だった。このレジェンドたちが、必死に自分を追い込むなか、若い選手が手を抜くわけにはいかない。日韓W杯予選リーグ チュニジアー日本 ベンチに下がった中田英寿(7)を出迎えるFW中山雅史(中央)とDF秋田豊=2002年6月(斉藤浩一撮影) 2人がもたらす、ピリッとしたムード。しかし、チームを盛り上げるときは、思いっきり盛り上げる。メリハリだ。 そして、アンタッチャブルになりがちな選手のことも「オラッ」といじる。短期大会において、勢いと一体感は何より大切だ。チームの何たるかを知る2人のベテランは、文字通りトルシエジャパンのラストピースだった。「出遅れ」の焦りを変える 同じくベスト16へ進出した2010年の岡田ジャパンも、負傷を抱えて実戦から遠ざかっていた川口能活(当時磐田)を、あえて第3GKとしてサプライズ招集した。川口は選手同士のミーティングでも、率先してまとめ役になり、チームの団結を促した。当時、周囲から全く期待されていない岡田ジャパンが前評判を覆す上で、川口が果たした役割は大きかった。 ベンチの雰囲気=チームの団結。大舞台で結果を残すためには、実はこれが最も大事な要素である。 森保一監督がどう考えるかはわからないが、東京五輪を控えた今回のコパ・アメリカの位置付けを鑑(かんが)みれば、岡崎と川島が3試合全部にスタメン出場する可能性は低いだろう。しかし、経験豊かな彼らがベンチに座ることの意味が、どれほど大きなものになるか。 この東京五輪世代には「出遅れ」の焦りを感じる選手も少なくない。DF冨安健洋(シントトロイデン)はすでにA代表でレギュラーを獲得しているし、コパ・アメリカに招集されていないMF堂安律(フローニンゲン)も同様だ。 レアル・マドリードに移籍するMF久保建英(たけふさ)も先のキリンチャレンジカップに途中出場し、鮮烈なデビューを果たしたばかりだ。U-22世代の選手が焦りを感じるのは当然であり、特に海外移籍後、クラブで出場機会を得られていないDF板倉滉(こう、フローニンゲン)らは、ここでアピールしなければ、という思いの強さが空転するリスクもある。 岡崎と川島には、チームの「万能薬」としての効き目が期待される。同世代チームにありがちな、ぬるい空気をピリッと引き締めたり、時には同世代ならではの焦燥感を解きほぐしたり、あるいはコパ・アメリカという未知の強豪への心構えを解いたり…。ともすれば、ブラジルW杯の日本戦に現れたコートジボワールのFWドログバのように、途中出場で試合の空気を一転させる存在に。日本―エルサルバドル 後半、相手GKと交錯したMF久保建英=2019年6月9日、ひとめぼれスタ 2人とも、声の大きな選手である。ミックスゾーン(取材エリア)ではいつも2人の声が遠くまで聞こえているし、練習中も川島の迫力あふれるコーチングが響き渡っている。 岡崎と川島は、チームに勇気や元気をもたらす類いの選手であり、この2人の姿こそ、中山や秋田、川口の系譜に連なる。森保監督は『10番中山雅史』の歴史を紡いだ。コパ・アメリカが楽しみである。■ 森保ジャパン新エース、中島翔哉に代わる「サッカー小僧」を探せ■ 日本人はなぜ「4年に一度の祭り」としてサッカーを消費するのか■ 昌子源が届かなかった「50センチ」に世界との差を見た

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    大坂なおみは今のメンタルで戦い続けられるか

    武田薫(スポーツライター) 5月26日の日曜日、テニスの全仏オープンが開幕した。4大大会の第3弾となる同大会の会場はパリ郊外にあるブローニュの森の近くにあり、その地名から「ローランギャロス」と呼ばれる。最大の注目が、女子シングルスの第1シードに座った大坂なおみである。 昨年の全米オープン、今年の全豪オープンを連続で制覇し、全4大大会連続優勝の「グランドスラム」を達成するチャンスが残る。女子では、シュテフィ・グラフ(1988年)やセレナ・ウィリアムズ(2003、15年)など過去に5人しか達成していない金字塔だ。 全仏の特徴は赤土のクレーコートである。芝の上で始まったローンテニス(テニスの正式名)もいまやハードコートが主流。ハードコートではパワーもスピードもストレートに反映され、イレギュラーもないから実力がしっかり評価できる。一方、クレーコートは非日常との戦いになる。足元が滑り、パワーが削がれてラリーが続く。天候の影響を受けて球脚は微妙に変化する――。心身ともフレッシュでなければ、とても2週間は勝ち抜けない。 現在世界ランキング1位の大坂は大舞台に強いのだが、見通しはあまり良くない。4大大会の中でも特に全仏は実績がなく、それよりも全豪オープン優勝以降のツアー成績がパッとしないのだ。ここまで6大会に出場して10勝6敗、一度もベスト4に勝ち残っていない。ナンバーワンとしては物足りない。 メジャー大会に2度も優勝すれば環境は一変する。そんな「シンデレラ」状態に、コーチ解任、ウエア契約の変更も重なって内面はかなり混乱しているはずだ。最近、彼女のチームに気になる変化があった。 4月第3週のシュツットガルト(ドイツ)大会から、茂木奈津子トレーナーがチームに復帰した。昨シーズン一緒だった茂木トレーナーは語学堪能で大坂と良好な関係を築き、全米オープンの優勝にも立ち会った。それだけに昨年暮れの解任は意外で、シーズン途中の復帰もまた不思議な人事だ。 大坂は復帰についての理由を明らかにしないが、こんなことが考えられる。  昨シーズンからの飛躍の立役者、コーチのサーシャ・バインの解任で心配されたのが精神面だった。テニスは8割がメンタル勝負と言われ、大坂のプレーは確かに不安定になったのだが、そんな折、3月のマイアミ大会に姉の大坂まりが推薦出場した。 なおみが大好きな1歳上の姉は世界ランク340位の現役選手。マイアミはトップ全員集合の大会で姉さんに出番はなかった。推薦出場に何らかの交渉があったのはもちろんだが、姉妹は久々に合流できた。シングルス準々決勝で勝利して4強入りを果たし、歓声に応える大坂なおみ=2019年4月26日、シュツットガルト(共同) 大坂なおみは無邪気、無垢、純粋……強さと繊細を併せ持ったところが魅力だけに、周囲は精神面の安定を模索している。姉の推薦出場、茂木トレーナーの復帰はその舞台裏を物語っているだろう。個人競技のテニスは、かようにチームプレーとなったのだ。高額賞金がもたらしたもの 現在の大坂チームの構成は、ヘッドコーチがジャーメーン・ジェンキンス、フィジカルトレーナー(PT)がアブドゥル・シラー、アスレチックトレーナー(AT)が茂木奈津子、マネジメント会社IMG出向のスチュアート・ドゥグッドは辣腕マネジャーといわれ、加えてハイチ系米国人の父親レオナルド・フランソワ。また、4大大会には日本テニス協会の吉川真司ナショナルコーチが、助っ人としてつく。 ジェンキンスは元NCAA(全米大学体育協会)チャンピオンで昨年までビーナス・ウィリアムズのヒッティングパートナーだった。シラーはNFL(米プロフットボール)のトレーナーからセレナのチームに招かれた「筋肉の専門家」だ。ジェンキンスの弟は現在もセレナのチームの一員で、前コーチのバインも以前はセレナのヒッティングパートナー。大坂チームは、ウィリアムズ一家の経験や情報を吸収した専門家集団ということだ。心技体の技と体をジェンキンスとシラーが受け持ち、心の部分を茂木トレーナーがカバーする構造である。 日本のスポーツ界のトレーナーのほとんどは、マッサージや鍼灸(しんきゅう)による肉体整備を担当する。茂木トレーナーは慶応大学からスポーツマッサージ専門学校で学んだ異色のキャリアを持つ。一方、シラーのようなPTは選手の肉体を作り上げるのが仕事になる。選手にスピードが必要と判断すれば、そのためのトレーニングメニューを作り、サーブを強化するために上半身を鍛える。日本にPTがいないのは、プロとアマチュアの違いからくる文化の差なのだろう。 テニスにチーム体制を持ち込んだのは、1980年代のマルチナ・ナブラチロワだった。そして、現在のように役割分担が細分化されたチームの定着は、ロジャー・フェデラー、ウィリアムズ姉妹以降のこと。専門家の中には悪いヤツもいて、マリア・シャラポワのケースのようにドーピングが発覚したりする。 チーム経営には当然、金がかかる。高額賞金がもたらしたシステムとも言えるし、昨年、30歳を過ぎて全米、ウィンブルドンで準優勝したケビン・アンダーソンはこう話していた。 「37歳のフェデラー、32歳のナダル、31歳のジョコビッチなど、高齢選手が衰えを知らず活躍している理由は、賞金分配が上に厚いのも一因だ。莫大な賞金で各分野の優秀な専門家をチームに加えてキャリアを延長させることができる―」新コーチのジャーメーン・ジェンキンス氏(右)と練習する大坂なおみ=2019年3月6日、米カリフォルニア州インディアンウェルズ(共同) ウィリアムズ姉妹の頭脳が大坂に流れ込んでいるが、それでも心の安定まで得ることはできない。大坂、そして錦織はローランギャロスでどんな活躍をするだろうか。チームが陣取るファミリーボックスに悲喜こもごもの2週間が始まる。■大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理■大坂なおみを待ち受ける日本の「国籍ルール」はここがヘン■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情

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    元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点

    武田薫(スポーツライター) 5月12日に行われた仙台国際ハーフマラソンで川内優輝に会った。1週間後に挙式を控え、独身最後の大会なのだと笑っていたが、いつになく引き締まった表情は、慶事とは思えないものだった。 「公務員ランナー」あるいは「史上最強の市民ランナー」として名をはせた川内は、3月末に10年間勤めた埼玉県庁を退職してプロ活動に入った。現在の目標は東京オリンピック(五輪)ではない。10月5日にカタールのドーハで開かれる世界陸上選手権を目標としている。 東京五輪の代表資格は満たしているが、陸連からの内定通知はまだない。陸連としては、人気者に五輪の代表選考会「MGC(マラソングランドチャンピオンシップ)」に出てほしい。しかし、そのMGCは世界選手権の3週間前にあり、陸連は重複出場を認めていない。それならば、と川内はMGC、すなわち東京五輪より世界陸上を選んだ。このレースがプロ転向した川内の最初の勝負になる。 過去10年でほぼ100回のフルマラソンを走り、自己ベストは6年前の2時間8分14秒。これは現役選手では10番目の記録で、トラックでのタイムも劣るために、川内はスピードのない選手と評価されてきた。 これまでは県職員としての勤務があって、単独ではできない追い込み練習は週末のレースで代替させたが、さすがに夏の走り込みまではできなかった。 今年は6月から北海道の釧路を拠点に、じっくりスピード強化に取り組む計画で、記録は必ず伸びると確信している。新たなマラソン人生に期待し、その動機付けとして据えたのが世界選手権なのだ。プロとは単に金の話ではない。自立であり、経済的自立が競技生活の自立に結び付く。 水泳の北島康介、体操の内村航平、もっと前には女子マラソンの有森裕子もプロ宣言をした。ただ、彼らの場合は競技プロとしてではなく、肖像権やイメージを確保するいわば権利プロであり、国内限定のプロだ。私は彼らをダミープロと呼ぶ。平たく言えば、競技力を前提に稼ぐのではなく、「後払い」である。 国内ではバスケットボール、バレーボール、卓球などが相次いでプロリーグを結成しているが、競技でまっとうな金額を手にできるのは野球、テニス、相撲のほかは辛うじてサッカーくらいである。 今年1月の全豪オープンで優勝した大坂なおみの賞金は3億円で、水泳やバドミントンの賞金大会とはケタが二つも違う。さらに問題なのは、日本独自の実業団の存在だろう。仙台国際ハーフマラソンで走る川内優輝=2019年5月12日、仙台市 国際陸連は1991年の東京会議で、日本選手が胸につける企業ロゴを広告と認定した。実業団は実質プロだが、80年代に活躍した中山竹通が「オレはプロだ」と言って厳重注意を受けたように、建前だけ残ったままなのだ。ある程度の記録を持つマラソン選手には出場料も出ており(裏で)、こうしたガラパゴス的な矛盾を挙げればきりがない。だからこそ、川内優輝のプロ宣言の必然性に注目したい。 プロ宣言は、2018年4月のボストンマラソンで優勝し、帰国した空港だった。マラソンで食っていけると確信したのだろう。その判断は正しい。川内と金栗四三の共通点 90年代のケニア勢の出現後、日本のマラソンは低迷した。ボストン、ロンドン、シカゴといったメジャー大会での活躍は途切れ、走る姿すら見かけなくなった。招待を受けられないからだ。都市マラソン発祥のボストンを制した川内なら、国内大会はもとより、アフリカ勢ばかりの国際大会でも「目玉選手」として売り込める。 一体、川内はどんなプロランナー像を描いているのだろう。 「ぼくは子供たちのロールモデルになりたい。努力すれば、必ずできるんだということを伝えたい。プロにもロールモデルにもいろいろとあると思います。オリンピックでメダルを目指す人もいるでしょう。ぼくは、自分のできることをやるだけです」 トップランナーなら、誰でも努力している。見てほしいのは、川内のマラソンランナーらしいしたたかさ、合理性、適応性だ。 10年前に埼玉県庁に入った頃の目標は福岡国際、東京マラソンといった冬のレースで勝つことだった。暑さに弱いと自覚していたからだが、福岡も東京も選手権の代表選考レースだったため、成績が上がった結果、世界選手権の代表に3度、アジア大会にも出ることになった。 本命ではない夏のレースを、新たな挑戦と捉えると同時に、別のメリットも頭にあったはずだ。 公務員は約3年に1度、必ず異動がある。県民注目の代表選手になれば、県の人事課は彼を馴染(なじ)んだ職場環境=競技環境から引き離すことはできない。タダでは起きない計算強さ、順応力が、ボストンの優勝を導いたのだ。 やっぱり暑さは苦手ということが分かったから、プロ転向して、わが道を歩み始める…。自分の目標をとことん追求する知恵としたたかさこそ、マラソンランナーの証しである。 NHKの大河ドラマ『いだてん』で紹介されている金栗四三もそれほど才能があったわけではない。 初めてのマラソンで世界記録が出ると、大会関係者も「おかしい」と思って何度も距離を測り直し、結局、結論は出なかった。出場した3度のオリンピックも2度は棄権している。防府読売マラソンで2連覇を果たした川内優輝=2018年12月16日、山口・防府市陸上競技場 金栗が評価されるべきは、オリンピックより、スポーツで初めて「子供たちのロールモデル」になったことだ。小学校で模範演技をするとき、金栗はマラソンのようにではなく、めちゃくちゃに全力で校庭を周回したという。そうすることで子供たちを驚かせ、走ることが目指すに足るものということを全国に伝えていった。 日本のマラソンは低迷を脱していない。いまこそ川内優輝のプロ転向の必然性を素直に受け止め、日本のアマプロ問題の論議を進める機会だと思う。■箱根駅伝は日本陸上界にとって「正義」か「悪」か■宗茂が語った「箱根駅伝『物語』はもういらない」■駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!

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    白鵬「日本国籍取得」にバッシングが止まないのはなぜか

    山田順(ジャーナリスト) ムンフバト・ダバジャルガル少年は、小学生のとき伯父の牧場で過ごした夏休みが忘れられない。井戸で水をくみ、馬に乗って羊の世話をし、草原を走るウサギを捕まえて焼いて食べた。祝日には、羊の丸焼きを丸かじりし、馬乳酒を飲んだ。 父はレスリングでモンゴル初の五輪メダリストの英雄、母は元外科医という家庭で何不自由なく育ったため、ブフ(モンゴル相撲)には真剣に取り組んだことはなかった。それが、15歳のとき、日本の相撲に憧れ、両親に日本行きをせがんだ。両親は「日本の厳しい相撲に耐えられるわけがない。すぐに戻ってくる」と、泣く泣く送り出した。 2000年10月、6人の力士志望者といっしょに来日し、大阪の物流会社、摂津倉庫の相撲部に入った。しかし、他の志望者は次々に入門が決まるも、力士候補としては小柄で体格も痩せ型の少年を受け入れてくれる部屋はなかった。 一肌脱いだのは、既に来日して活躍していた旭鷲山だった。師匠の大島親方(当時、元大関旭国)に頼み込み、宮城野(元幕内竹葉山)部屋に押し込んでもらった。弱小部屋を率いる宮城野親方は、この色白の少年に全く期待していなかったという。ともかく、力士としての体格をつけさせるため、入門から2カ月間は稽古をさせず、ひたすら牛乳を飲ませ、吐くまで食べさせたという。 初土俵は2001年3月。番付が付いた5月場所は序の口で3勝4敗と負け越した。しこ名は、色白だったことから白鵬と付けられたが、当時は誰もこの少年が将来の横綱になるとは思わなかった。 その白鵬が、ついに日本人になることを決意し、日本国籍取得に動き出したことが報道された。すると、案の定というか、バッシングの声がインターネットを中心に沸き起こった。 このバッシングを生み出している根底には、白鵬には日本として、さらに言えば横綱としての「品格」が欠如しているという考え方がある。2019年4月、4月春巡業で取材に応じる横綱白鵬 また、日本国籍を取得すれば、日本人として東京五輪で土俵入りする。さらに、引退後は親方として白鵬部屋を興し、ゆくゆくは理事長になる可能性がある。そうなれば、「日本の国技」はモンゴルに乗っ取られてしまうという感情的反発がある。 今、世界では移民問題から「外国人排斥」の動きが広がっている。こうしたナショナリズム回帰の風潮も、白鵬バッシングに勢いを与えている。 白鵬が尊敬し、目標としてきたのが、「昭和の大横綱」双葉山である。双葉山は、大分県の石炭を運ぶ回漕(かいそう)業の家に生まれた。6歳のとき右目を痛めてほぼ失明し、9歳のとき母を亡くし、13歳のとき父の船が沈没して九死に一生を得た。なぜ問題視されるのか 立浪部屋に入門したのは15歳で、このとき、身長173センチ、体重70キロと、力士としては小柄で痩せ型の双葉山は将来を期待されなかった。白鵬と同じである。 それが猛稽古で横綱に昇進し、26歳で69連勝という前人未到の大記録(当時は年2場所)を達成する。その後も、4連覇するなど大横綱として君臨し、32歳で引退した。引退から1年後、有名な「璽光尊(じこうそん)事件」で、入信していた新興宗教の教祖とともに警察に逮捕されている。 しかし、翌年、相撲協会の理事になり、45歳で理事長に就任して相撲協会の発展に尽力した。ただ、劇症肝炎のため56歳という若さで、惜しまれながら死去した。 双葉山が活躍したのは、今の年配相撲ファンが子供だったか、生まれていなかった時代なので、当時、「品格」がどのように扱われていたか、私にはわからない。しかし、今のように口うるさく言わなかったのではないだろうか。 双葉山には自伝的著書があり、『相撲求道録』(黎明(れいめい)書房)というタイトルだった。だが、新版となって刊行されたときは、『横綱の品格』(ベースボール・マガジン新書)と変えられていた。 白鵬はこれまで、先輩のモンゴル人横綱、朝青龍と同じように嫌われてきた。「日本スゴイ」「日本人は素晴らしい」メディアは、ことあるごとに白鵬の行為を問題視した。テレビのコメンテーターも、相撲協会の幹部も、白鵬の行動を問題視することが多かった。 特に、2017年の九州場所での振る舞いに厳しい意見が飛び交った。土俵下で1分間にわたって「あれは待っただ」と抗議したことや、千秋楽表彰式での「みんなでバンザイ三唱」は、「著しく『品格』に欠く」と非難された。 さらに、立ち会いでの「かち上げ」はプロレスの「エルボー」だとして、「危険行為だ」「横綱のするようなことではない」と激しく批判された。2018年11月、大相撲九州場所開催中の福岡国際センターに設置された第35代横綱双葉山の写真コーナー そして、この春場所の千秋楽、全勝優勝で復活を決めた後の表彰式で、またも白鵬はやってしまった。「三本締め」である。それから1カ月もしないうちの「日本国籍取得報道」だから、バッシングの嵐が吹き荒れるのも無理はない。 しかし、白鵬がなぜ日本国籍を取得することに、ここまで感情的に反発するのだろうか。もちろん、法的には何の問題もない。日本国籍を取得すれば、「日本国籍を持たない者は親方になれない」とする規定をクリアできる。 そうなれば、これまで4人しかいない「一代年寄」となり、白鵬部屋を開ける。さらに、横綱以外はなれないとされる理事長にもなれる。尊敬する双葉山と同じ道を歩めるのだ。「品格」の定義なし モンゴルの草原で育った少年と、大分で石炭船に揺られて育った少年とどこが違うのか。相撲に対して抱いていた夢は同じである。 横綱審議委員会は、横綱に推挙するとき、必ず「品格、力量抜群に付き」と文面に記す。ただ強いだけではダメで、横綱という地位にふさわしい「品格」を要求する。 しかし、この「『品格』とは何か」に関しての定義がない。日本人なら誰もがそうあるべきだとする振る舞い、それが「品格」ではないかとされる。 「品格」で思い出すのは、ハワイ出身の大関小錦が横綱になれるのに十分な成績を残しながら、なれなかったことである。小錦は、1991年九州場所から92年春場所までの3場所で13勝(優勝)、12勝、13勝(優勝)という成績で、横綱に推挙されたが見送られた。 当時、作家の児島襄氏が『文藝春秋』に「『外人横綱』は要らない」という論文を寄稿した。その中で、児島氏は「国技である相撲は、守礼を基本とする日本の精神文化そのものであり、歴史や言語の違う外国人には理解できない」とつづっていた。つまり、横綱の「品格」は日本人だけしか持ち合わせていないものとしていたのである。 ところがその後、曙(あけぼの)、武蔵丸、朝青龍と、外国人横綱が次々と誕生した。となると、この論理は当然破綻する。日本人だけしか持ち合わせていないはずの「品格」を、相撲協会が外国人も持つことを認めたことになるからだ。 よって、白鵬がモンゴル人だからといって、「品格」を問うのはおかしいということになる。すなわち、今となっては、「品格」と「日本人」を切り離して、別のものとして考えなければならない。 そうなると、「品格」を求めることは、日本人が外国人を排斥するための「方便」ということになる。日本人同士でもこれは同じだ。2019年3月、千秋楽に優勝を決め、インタビューを三本締めでしめた白鵬(林俊志撮影) 私たちは、嫌いな相手に対して、よく「『品』のないやつ」などと言う。前記したように「品格」には定義がないから、「品格」が何かは個々人によって違う。 となると、私たちは、その人間が好きか嫌いかでこの言葉を使っている。白鵬が批判された「待った」「バンザイ」「かち上げ」を「いいじゃないか」と弁護する人間もいるのだから、これほどいい加減で、使い勝手がいい言葉はない。 結局、ひいきの力士に対して、その理由を「『品』があるから」などという人間はほぼいないから、「品格」を問題にするのは嫌いな力士に対してだけである。ファンなら昔から知っている つまりは「『品格』がない」などと言っているが、要するに、外国人が嫌いなだけなのである。しかも、相撲の本質を知らない人間ほど、「品格」を口にする。 「品格」だけを問題にすれば、日本人にも「『品格』がない」人間はいっぱいいるし、力士はどちらかといえば「品格」欠如人間の集まりである。そんなことは相撲ファンならとうの昔に知っているから、大鵬と柏戸が拳銃を不法所持していても、輪島が年寄株を抵当に入れて借金して廃業しても、双羽黒がおかみさんを突き飛ばして部屋を飛び出しても、「品格」など言ったことはない。 相撲部屋で暴行事件が頻発しても、たびたび八百長が発覚しても、相撲は続いてきている。力士に「品」を求めたら、相撲が伝統文化として存在できるわけがない。 私は昔、力士を取材したことはあるが、現在は単なる「相撲ファン」である。ただ、相撲の表裏を知ったうえで、土俵を楽しんで観戦している。たまに、夕方に升席に入り、お茶屋から届いた焼き鳥などを頬張り、仲間と酒を酌み交わす。そうして、ひいきの力士の取り口に拍手を送ったり、罵声を浴びせたりする。 「いやあ、注射がうまいな」「また星を売ったのか」「いや、あれは人情相撲だ」などと言い合うのが楽しいのである。ガチンコの大一番で、子供たちが「頑張れ!」と叫んでいるのを聞くと、ああ、「これが相撲なんだ」と思う。 かつて、大関琴光喜が好きで、いつ朝青龍に勝てるかと仲間と言い争ったことがある。しかし、琴光喜は2002年に大関昇進を争うなど、実力では朝青龍と互角だったにもかかわらず、28連敗を喫した。琴光喜が負けるたびに、仲間からこう言われたものだ。 「ほらな、やっぱりまた星を売ったじゃないか」。琴光喜ほどばくち漬けだった力士はいないだろう。  それにしても、2011年に発覚した八百長問題で、当初から関与を認めて調査に協力し、結局引退届を出した春日錦(当時竹縄親方)と恵那司、千代白鵬の3人は今どうしているだろうか。あのとき、引退した清瀬海は「立ち合いは強く当たって流れでお願いします」とメールしたが、これこそ相撲の「呼吸」というものだ。大相撲技量審査場所初日、八百長問題で10人が土俵を去り、寂しくなった十両土俵入り=2011年5月、両国国技館(千村安雄撮影) 土俵は「神聖な場所」、横綱は「神様」とされているが、そんなものは「建前」であって現実ではない。相撲ファンなら、土俵は「欲望に満ちた場所」、横綱は「知力に長(た)けた者」であることは、みな知っている。 相撲ファンの誰が、相撲に「品格」を求めているというのだろうか。もういい加減、「品格」が日本人だけのものという根拠なき考え方はやめたらどうだろうか。そんな見方をしていたら、この厳しい現実に置いてきぼりにされる。 最後にひとこと言いたい。「品格」を言うなら、それは横綱ではなく政治家に言え。権力者は謙虚でなければならない。■ 稀勢の里に横綱の品格を求めた「無能な上司」横審が憎たらしい■ 白鵬よ、「相撲道は礼に始まる」をもうお忘れか■ 「闘う親方」貴乃花も屈した相撲協会の恐るべき暴力体質

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    V確率ゼロ、丸流出でも4連覇を狙える広島カープの「極意」

    菊地高弘(ライター、編集者) 春から広島東洋カープの周辺が騒がしい。 3月29日のセ・リーグ開幕から5カード連続で負け越しを喫し、4月15日現在、借金7の最下位に沈んでいるからだが、5カード連続負け越しは球団史上初の事態だという。また、開幕から4カード以上連続して負け越したチームが優勝した前例はなく、早くも「優勝確率0%」というスポーツ紙の見出しも躍った。 4月10日のヤクルト戦では、延長十回に大量12点を失う、象徴的な惨敗を喫した。昨季までセ・リーグ3連覇を成し遂げたカープの突然の凋落(ちょうらく)。「カープに何が起きたのか?」という論調の報道も目立っている。 とはいえ、まだ開幕してわずか2週間である。どんなに強いチームだろうと、年間通して独走し続けるわけではない。晴れの日もあれば、雨の日も風の日もある。それがペナントレースというものだろう。カープにとっては、最初にいきなり集中豪雨がやってきただけ、というポジティブな考え方もできる。 なにしろ、現在の主力の多くは20代から30歳までの若い年齢層である。若くして修羅場をくぐってきたキャリアが生きるのは、むしろこれからだ。この時点で優勝を絶望視するのは、いくらなんでも気が早すぎる。 一方で、気になることもある。主軸の丸佳浩がフリーエージェント(FA)権を行使して巨人に移籍して、精神的支柱だったベテランの新井貴浩が引退したことは間違いなく痛い。ただ、丸の穴は走攻守にポテンシャルの高い野間峻祥(たかよし)が奮闘して、今のところ最大限のカバーをしている。2019年3月31日、広島戦の五回、九里から適時二塁打を放った巨人・丸。左は広島・田中広=マツダスタジアム(福島範和撮影) 攻撃以上に綻(ほころ)びが目立つのは、守備面である。2016年の優勝時にはリーグ143試合でチーム合計67失策(守備率・988)と安定していたものが、今季は開幕15試合で早くも19失策(守備率・968)。守備の乱れがチーム成績の悪化に直結している。 カープは天然芝のマツダスタジアムを本拠地としている。天然芝のグラウンドは、打球が不規則にバウンドしやすく、多少のミスはつきものではある。絶妙な「サジ加減」 だが、守備の名手として知られ、6年連続でゴールデングラブ賞に輝いた菊池涼介や、田中広輔の二遊間コンビまでミスが目立っており、若い投手陣を支えきれなくなっている。当然、今後チーム状態を立て直していく上で、守備の改善は急務になる。 そんな気になる部分はあるものの、今後もカープが極端に弱体化していくことは考えにくい。いくら主力が抜けようとも、この球団には独特のスカウティングと好素材を育て上げる育成ノウハウがあるからだ。 そもそもカープの今の隆盛があるのも、ドラフト戦略の成功に他ならない。1998年から2012年まで15年間にわたって、カープはBクラスに沈む「冬の時代」があった。 主力のスター選手や外国人選手は好条件を提示する他球団に移籍していった。加えて、ドラフト上位候補選手が希望球団に入団できる「逆指名制度」が当時存在していたため、有望な新人選手を確保するのも苦労した。 それでも2006年を最後に逆指名制度が撤廃されると、カープ独自のスカウティングが生きるようになった。 苑田聡彦(としひこ)スカウト統括部長はドラフト候補について語る際、「ウチの練習に耐えられる体かどうか」という言葉を口にする。カープのドラフトを一言で言えば「素材重視」である。完成度の高い即戦力よりも、大化けする可能性のある素材型を狙うことが多い。そしてファームで、カープ伝統の豊富な練習量をこなすことで開花へと導くのだ。 今や不動の4番に座る鈴木誠也は、その典型である。二松学舎大付高(東京)時代は投手だった。その鈴木をカープスカウト陣は「野手の方が開花する可能性が高い」と見込み、さらに地道な調査力を生かして、他球団に先んじてドラフト2位で指名した。2019年4月10日、延長十回に一挙12点を許し、ヤクルトに大敗した広島はベンチも観客もガックリ=マツダスタジアム(加藤孝規撮影) 情報があふれる現代において、ドラフト会議でスカウトが存在すら知らない「隠し玉」はほとんどいない。他球団も評価する中で、誰を何番目に獲るか。そのさじ加減がカギを握るのだが、近年のカープはその点が実にうまい。「個人」から「家族」へ チームの中核を担う鈴木も菊池涼も、そして17年に15勝を挙げた薮田和樹もドラフト2位指名だった。ドラフト会議直後は「順位が高すぎるのでは?」という声もあった。だが、いずれも他球団の動向を調査した上での判断であり、彼らの存在なくては今のカープはなかっただろう。 田中広に至ってはドラフト3位指名だが、13年ドラフト当時の球団の評価は「外れ1位候補」だったという。まさか3位まで残っていると思わず、スカウト陣は獲得を諦めていた。ドラフト会議当日にテーブルについた松田元(はじめ)オーナーが、「(3位まで田中広が)指名されとらんぞ」と気づいて慌てて3位指名。幸運なエピソードに思えるが、カープスカウト陣が力量を見極める力が確かだったとも取れる。 こうして獲得した若い有望選手を、野村謙二郎前監督が根気強く起用して芽を出し、2015年に緒方孝市監督が就任したころになって花が咲いた。それがリーグ3連覇へとつながっていった。 黄金期を迎えても、編成陣は着々と種を蒔いていた。近年のドラフト会議では、17年に夏の甲子園で6本塁打を放った捕手の中村奨成(しょうせい)を1位指名し、昨年は超高校級ショートの小園海斗(かいと)を1位指名。近未来のスター候補の獲得に成功している。 他にも、16年のドラフト4位でシュアな打撃が魅力の坂倉将吾ら、イキのいい若手は育ちつつある。働き盛りの主力に衰えが見えてきたとき、彼らがスムーズに台頭できればチームは安泰だろう。2019年4月、ヤクルト戦の延長十回、1死満塁で山田哲のゴロを失策、勝ち越しを許した広島の二塁手菊池涼=マツダスタジアム(加藤孝規撮影) シーズン前、菊池涼にインタビューする機会があった。丸という同学年の戦友が抜けた痛手を認めながらも、菊池涼はこうも言っていた。 「個々の力だけじゃ絶対に優勝はできない。それはこの3~4年の間にずっと感じていることなので。『個人』が『一丸』とか『家族』という言葉に変わって、みんなでカバーし合ってシーズンを戦い抜く。それが一番大事なので、そのことしか考えてないです」 選手も球団もファンも、一枚岩となって戦うための時間は十分にある。何度も言うように、シーズンはまだ始まったばかりだ。■ 前田健太を失ったからこそ広島カープは優勝できた?■ 「巨人軍は非情なのか」長野と内海、功労者を放出した意味■ 松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感

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    萩野公介が苦しむ「理想と現実」を力に変えた身近な手本

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 競泳の日本選手権が盛り上がりを見せています。来年に迫った東京五輪で日本勢の活躍を、日本中が楽しみにしている中で、ますます注目を集めています。 しかし、今回は別の意味でも注目が集まりました。リオデジャネイロ五輪の金メダリストで、東京五輪でも2連覇が期待される萩野公介選手が出場を見送ったからです。理由はアスリートに付き物のけがや体調不良などではなく、一種の気持ちの問題のようです。そこで本稿では、荻野選手の決断を心理学的に考えてみたいと思います。 荻野選手は、競泳男子400メートル個人メドレーで金メダルを獲得した実績のある24歳です。競泳界のみならず、日本の現役アスリートとして最高の選手の一人です。 当然のことながら、国民はその活躍に期待し、勇気をもらい、日本人として誇りに感じていました。仮に、けがを理由に欠場した場合、荻野選手がコメントの中で復活を誓っていたら、私たちは自身の苦難を荻野選手の苦難に重ねて、勇気をもらえたことでしょう。 しかし、今回の出場見送りは事情が違いました。3月15日に欠場を発表したコメントで、萩野選手は「自分が『こうありたい』という理想と現実の結果の差が少しずつ自分の中で開いていき、モチベーションを保(たも)つことがきつくなっていきました」と明らかにしたからです。さらに今回の欠場により、優勝すれば東京五輪代表が決まる韓国での世界選手権出場も事実上消滅したわけです。 それにしても、このコメントは、まるで引退を示唆するかのように受け取れます。一般の国民感覚では、24歳は引退を考えるには早すぎる年齢です。2019年4月2日、競泳日本選手権、初日の競技が行われた東京辰巳国際水泳場(納冨康撮影) しかも、荻野選手は厳しい練習で世界の頂点を勝ち取り、この先も頂点に君臨し続けられるだけの立場にいるのです。才能だけでなく、実績がさらなる支援を呼ぶことで、そういった環境も整っているのです。 極端な言葉を使えば、荻野選手が望めば「世界が手に入る」のです。にもかかわらず、荻野選手はなぜ勝ち取ったポジションを手放すような心境になったのでしょうか。「モチベーションの方程式」 ここで、心理学の「モチベーションの方程式」をご紹介しましょう。心理学において、モチベーションは次の方程式で表すことができます。モチベーションの強さ=「欲求」×「誘因」×「達成期待」 この方程式から荻野選手の心理を考えてみましょう。まず、欲求とは「何かが欲しい」「何かが足りない」という渇望、または「これが楽しい」「これは嫌だ」という好き嫌いのことです。 荻野選手は五輪チャンピオンですので、水泳界では既に「世界を手に入れている」といえます。「もっともっと…」といい意味で貪欲に望まないのであれば、欲求の方向性は「これが楽しい」「これは嫌だ」に限られてきます。 しかし、コメントにもあるように、水泳を続ける中で「理想と現実」の乖離(かいり)が「楽しくない」「嫌だ」という心境になったようです。水泳へのモチベーションという意味では、欲求が大きく下がってしまったことでしょう。 二つ目の誘因とは、人を引きつける何かのことです。欲求と連動していますが、個人の中ではなく、あくまで環境の中にあります。 アスリートであれば、競技会での栄光に結びつくでしょうが、萩野選手は金メダルを獲得しているわけです。次の五輪での金メダルは、まだ獲得していないころと比べると、誘因としての価値が下がってしまっていることは想像に難くありません。2016年8月6日、リオ五輪競泳男子400メートル個人メドレーの表彰式を終え、メダルを手にする優勝した萩野公介(右)と3位の瀬戸大也(川口良介撮影) 最後の要素、達成期待は「自分にはできる」という実感です。これもコメントから察するに、「理想を現実にする」という達成期待が持てなくなったように見えます。まだ24歳なので早い気もしますが、達成期待を持てないときは、本人が頑張っても、周りが励ましても持てないものです。 もし「国民の期待に応えてヒーローになる」ということが誘因になるような、称賛欲求がもっと強ければ、東京五輪という晴れ舞台に向けて、モチベーションを保てたかもしれません。しかし、荻野選手はそういうタイプではなかったようです。称賛欲求の強い「先輩」 では、称賛欲求をモチベーションにできるタイプの選手とはどのような選手なのでしょうか。実は、荻野選手のマネジメントもしている金メダリストの「先輩」北島康介氏は、まさにこのタイプなのです。 冗談を交えながらとはいえ、北島氏はいまだに選手としての競技復帰に意欲を隠しません。五輪2大会連続で同一種目2冠と、萩野選手を大きく超える実績を持ち、欲求は既に満たされているかのように思われますが、北島氏はそうではないようです。 実は、称賛欲求とは限りない欲求の一つです。一度、その喜びを覚えてしまうと簡単に手放せなくなります。常に注目され、そして称賛を浴びることは、社会的存在としての人類の根本的な欲求の一つだからです。 北島氏は現役時代から「ビッグマウス」と言われ、世間やメディアの注目を集め続けました。つまり、注目と称賛をモチベーションに変えられる、類まれなタイプの選手だったといえそうです。サッカー界では、本田圭佑選手も近いタイプでしょう。 北島氏は、今回の欠場について「金メダリストだからできる判断」と萩野選手本人に伝えたそうです。自分と荻野選手との違いを、先輩として意識しているのかもしれません。 水泳は戦前戦後の活躍を通じて、「日本のお家芸」とも言われる競技です。世界が日本の後塵(こうじん)を拝していた時代には、国民に夢と希望を与えてくれました。もちろん、今でも日本選手の世界での活躍が、私たち、そして未来ある子供たちを勇気づけてくれています。2004年8月、アテネ五輪男子100メートル平泳ぎで優勝し、ガッツポーズする北島康介 ひょっとして、荻野選手は北島氏や本田選手のようなタイプではなかったのかもしれません。それでも、リオ五輪で私たちに夢と勇気をくれた功績が色あせるわけではありません。 何事も長く続けていると、嫌になってくることもあります。また、24歳の将来ある若者なので、モチベーションが再び高まるかもしれません。私たちは荻野選手の実績を讃えつつ、温かく見守れればと思います。■ 神童から金メダリストへ 萩野公介に見る「天才」の育て方■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 池江璃花子「白血病」親切の押し売りが患者を悩ませる

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    「氷上の王子」羽生結弦がナルシストに映って見える理由

    藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士) 日本は「フィギュアスケート大国」であるといえる。特に、荒川静香がイナバウアーを武器に女子シングルで金メダルを獲得したトリノ五輪前の2005年ごろから、次々とトッププレーヤーを輩出している。現在でも冬季五輪2連覇中の羽生結弦をはじめ、紀平梨花、宇野昌磨、宮原知子、田中刑事、三原舞依、坂本花織らが、同じ日本選手として互いに切磋琢磨(せっさたくま)し、国際大会でもしのぎを削り続けている。 これは、1990年に図形に従って正確に滑る「コンパルソリー(規定)」演技が廃止されたことと無関係ではないだろう。廃止以降、競技におけるジャンプの重要性がさらに高まり、小柄な体とアジリティー(敏しょう性)を持つ、日本人をはじめとしたアジア系選手には有利になったことが背景にあると考えられる。 とはいえ、近年における日本選手躍進のトレンドは、日本におけるスケート文化の根付きと、長年の日本スケート連盟の技術的強化策の結晶といえるだろう。しかしながら、フィギュアスケートは、いわゆる「競技スポーツ」とは趣が異なる。 日本におけるフィギュアスケートの位置付けは、単なるスポーツの域を超えている。どちらかといえば、芸能や芸術に近い趣を持っているのではないだろうか。このことが、選手のパフォーマンス向上に一定程度貢献しているように思われるのだ。 そもそも、フィギュアスケートはショー要素の強い競技である。もともと欧米で発達してきた競技であるゆえ、競技を採点するのも欧米人が多い。その中で、日本的な音楽や振り付けのもとに芸術性を発揮したとしても、評価されるのが難しいという側面もある。世界フィギュア 女子SPで2位につけた坂本花織=2019年3月20日、さいたまスーパーアリーナ そのため、フィギュアスケートで評価され得る表情を作り、アクションをし、ドレスコードをまとい、どちらかというと本来の日本人の特徴とは違った表出、つまり内面的にではなく外面に対して、全面的に自己表現をしなければならない。 もちろん「日本人は、全員が内向きだ」というつもりはない。しかし、それぞれの個性があるにもかかわらず、ある種の画一的な表現方法を求められる中で、しかも、それが日本文化とは異なっているものだとしたら、単に技術を向上させる以上の精神力が必要とされる。スケーターに「なりきる」 具体的には、求められる、つまり点数的に評価されるスケーター像に「なりきる」必要があるのだ。 選手はあれだけ多くの観客に見守られながら、そして複数の審判員に頭からつま先まで、まさに身体の動きの細かなところまで評価対象として注目されながら、練習して作り上げてきたパフォーマンスを発揮しなければならない。 そのためには、いい意味での勘違いや思い込みがないと、平常心を保ち、実力、つまり培った技術を具現化することは難しい。「自分はベストなパフォーマンスができるスケーターだ」「自分が中心となって観客を虜(とりこ)にするんだ」「パフォーマンスでリンクを支配するんだ」などという意気込みを持ったり、あらかじめ設定した曲や振り付けの世界観や、ストーリーに身も心も入り込むのだ。 ここに、日本におけるスケート文化が寄与しているであろうことがうかがえる。スケートファンは、まさにトップスケーターに対して心酔しており、極端にいえば成績そのものよりも、美しさや華麗さ、奇麗さ、優雅さを求め、異性としての理想、同性としての憧憬(しょうけい)を抱き、まさに羨望(せんぼう)の的として見ている向きが強い。 メディアの取り上げ方やテレビ中継の演出、さらにはファンの応援の仕方から見ても、それは明らかである。世界フィギュアの男子SPで3位発進の羽生結弦=2019年3月21日、さいたまスーパーアリーナ 現に、羽生結弦は「氷上の王子」とも呼ばれ、「王子様っぽい有名人」のランキングでは、芸能人の中にただ一人混じって上位に位置づけられている。また、女性選手の衣装として人気が高いものはアニメやディズニーキャラクターの「プリンセス」に近いものがある。 そんなファンたちに見守られ、応援されながら、選手たちはリンクの上に立つことができるのだ。王子様やプリンセスになりきって、あらかじめ作り上げられた数分間のストーリーや世界観に入り込むことを強烈に促進する、最高の舞台である。 心理学では「メタ認知」といって、自分で自分を俯瞰(ふかん)してみることが精神的適応や安定につながるという考え方がある。しかし、フィギュアスケート競技に関しては、むしろ自分を客観的に見るというよりは、あえて視野を狭くして、自分の主観にとらわれたり、ナルシスティックになる体験の方が、役に立つのではないかと思う。その環境を作っているのは、ファンであり、国民であり、日本で醸成されたスケート文化なのだろう。築かれた「独自の地位」 その意味では、現在の日本選手の躍進は、そのような精神状態と態度を醸成した、選手とファン、そして日本のスケート文化との相乗効果で作り上げられたものであるとも言える。 もちろん、世界的大会での好成績は、選手個々人の血のにじむような努力が大前提である。一方、時にはファンの圧がプレッシャーになったり、雑音に惑わされることもあるだろう。 しかし、日本において、フィギュアスケートが美的なエンタメコンテンツ、スポーツをベースにした芸術や芸能であり続けることは、競技人口が増えることにつながるし、スポンサーも獲得しやすくなる。 それは、才能のある選手が競技に参加する確率が高まる、すなわち次のスターが出てきやすくなることにつながる。もちろん、選手の強化費用が一定に保たれ、強くなりやすい練習環境が整えられることにもなる。 そのように考えると、フィギュアスケートというのはスポーツの中でも独自の地位を築いていると言える。そもそも、コアなファンの多くは勝ち負けや点数に焦点を当ててないにもかかわらず、その美や存在の有様を重要視する価値観が、選手の実力を最大限発揮する精神状態に寄与している可能性があるのだ。世界フィギュア 女子SPの演技を終え、下を向く紀平梨花=2019年3月20日、さいたまスーパーアリーナ 現状の欧米的価値観に基づいたフィギュアスケートのルールが変わり、構成点(技術点)が無くなりでもしない限り、このような競技の性格は変わることはないだろう。その意味では、今後の日本選手のさらなる躍進も想定されるところではある。 とはいえ、選手強化の主体である日本スケート連盟には、一定の結果が出ていることに胡座(あぐら)をかかず、科学的な観点からの技術向上に注力することを期待する。 特に、フィギュアスケーターの中で少なくない人数が摂食障害を抱えていることは、国内外のトップ選手による告白でも明らかだ。一部では、いまだに不健康で非科学的なトレーニング法や精神論、体型維持の方法に依拠することで強化策が成立していることも、今後の課題として見逃してはならないのである。■ 羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」■ 「フィギュアの新星」紀平梨花、強さの秘密はここにある■ スポーツ心理学で読み解く羽生結弦「最強メンタル」の秘訣

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    今季絶不調でもイチローが「引退勧告」に耳を貸さない理由

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 12試合で25打数2安打、打率0割8分。これは今季開幕戦を控えたマリナーズのイチロー選手のオープン戦成績です。3月20、21日に東京で行われる米メジャーリーグの開幕戦メンバーとして来日したイチロー選手ですが、オープン戦の結果を受けて、開幕戦出場に疑問の声が上がっています。 イチロー選手は既に一時代を築き、多くの人から尊敬を集めています。「無理に選手を続けて晩節を汚すよりも、引退しては…」という識者も増えてきているようです。 しかし、当の本人はというと、今のところ意欲しか口にしていません。どうやらイチロー選手は逆境で燃えるタイプのようです。本稿では、イチロー選手がどのようなメンタルでこの状況を楽しんでいるのか、心理学の観点から考えてみましょう。 まずは背景から整理してみましょう。そもそも、米国のリーグ戦なのに日本で開幕戦を行うことに、疑問の声が少なからずありました。 ただ、日本の野球ファンにとっては超一流のゲームを体感できる貴重なチャンスです。日本も野球の一流国の一つであり、そのリスペクト(尊敬)もあるからこそ日本で開幕戦を行う意義が見いだせるとも言えます。 特に、今回は日本が生んだレジェンド、イチロー選手の7年ぶりの「凱旋(がいせん)」でもあります。日本の野球ファンにとっては「お祭り」の意味もあり、大きな期待を集めています。実際、マリナーズのスコット・サービス監督も日本開幕カードでイチロー選手の出場を示唆し続けてきたので、大いに盛り上がることが期待されていました。2012年3月、日本開幕戦の一回にフラッシュを浴びて打席に立つマリナーズ・イチロー=東京ドーム(斎藤浩一撮影) しかし、オープン戦での絶不調が伝えられて風向きが変わります。今季のイチロー選手はマリナーズとマイナー契約を結び、キャンプとオープン戦には招待選手として臨んでいます。ここで開幕戦への出場にあたり、誰もが納得する結果を出していれば、日本のファンも米国のファンも活躍を楽しみに、素直に応援できたことでしょう。「営業優先」批判も ただ、オープン戦では先述のような残酷な結果に終わってしまいました。打率も1割を切っている状況もさることながら、何より3月1日を最後に、18打席連続で安打が出ていません。 調子が上向いている気配すら感じさせないのです。その中で「イチロー選手は開幕戦でも快音を響かせることなく終わるのではないか」と心配する声が上がるようになりました。 イチロー選手は昨年5月に球団の「会長付特別補佐」に就任し、一度は事実上のフロントメンバーにもなりました。その中で現役にこだわって選手を続けることは素晴らしいチャレンジです。 しかし、結果が伴わず、期待を裏切り続けてしまうと、チャレンジとしては素晴らしいかもしれませんが、「物語としては美しくない」と感じる人も増えてしまうことでしょう。実際、米メディアの中には引退を「勧告」するコラムニストもおり、今季のイチロー選手の評価には賛否が分かれています。 また、スポーツマンシップの観点でも厳しい目が向けられています。スポーツの競技会とは才能あふれるアスリートたちがしのぎを削り、厳しい競争に勝ち抜いて初めて出場できる栄光の舞台です。 キャンプやオープン戦でイチロー選手以上の結果を出しながら出場できない選手がいたとしたら、「営業優先でスポーツマンシップを蔑(ないがし)ろにしている」と批判されても仕方がないでしょう。批判の対象は球団や監督だけでなく、出場するイチロー選手にも向けられかねません。 尊敬されていた大選手がスポーツマンシップを蔑ろにした誹(そし)りを受ける。仮にこんな事態になったとしたら、ある意味で悲劇でしょう。インディアンスとのオープン戦の五回、空振り三振に倒れるマリナーズ・イチロー=2019年3月、米アリゾナ州ピオリア(山田俊介撮影) 一方でイチロー選手は、引退を考えていない発言を繰り返しています。昨年のマリナーズ入団会見では「最低50歳までプレーしたい」と意欲を示し、今年公開された動画でも「できないと思っている人々をギャフンと言わせたい」と述べています。つまり、プロフェッショナルとしての意欲は全く衰えていないようです。日本人には少数派 晩節を汚すリスクを抱える一方で、一向に衰えないプレーへの意欲を隠さないところを見ると、今の「逆境」を楽しんでいるようにも思えます。筆者はこのイチロー選手に「生粋のチャレンジャー(natural born challenger)」のメンタルを見ました。 実は「チャレンジ精神」とは、ある程度持って生まれたものなのです。そして、持って生まれてしまった人はチャレンジにしか自分を見いだせないことが多いのです。 このタイプの人はまず大きな困難に直面したときに不安になるのではなく、逆にワクワクします。「何が起こるんだろう」「何ができるんだろう」が「不安の言葉」ではなく、「ワクワクの言葉」になるのです。日本人には少数派だと言われています。 そして、慣れ親しんだものでは満足できません。常に新しい「何か」を求め続けます。常に成功だけでなく仮に失敗して何も得られないことがあったとしても、何かを求め続けるのです。 また、このメンタルの持ち主は頑固でマイペースでもあります。もちろん、普段は社交的に振る舞えるわけですが、自分が求めている物事に関して、人の意見や助言は受け付けません。誰も彼の決意は変えられないのです。2016年6月、パドレス戦の九回にメジャー歴代最多安打記録を更新、ファンの声援にヘルメットを取って応えるマーリンズ・イチロー(リョウ薮下撮影) イチロー選手はこのような生粋のチャレンジャーの要素を全て併せ持っているように、筆者には見えます。ですから、周囲がどれほど心配しても、イチロー選手の中にはこの状況を楽しむ何かが失われることはないでしょう。 周囲の心配や批判をよそに、イチロー選手は開幕戦で快音をとどろかせることしか考えていないことでしょう。心配も懸念も、オープン戦で活躍できなかったことで招いたものです。 逆に言えば、開幕戦で活躍すれば、周囲の雑音一掃できるわけです。イチロー選手のメンタルは、もはやその準備しかしていないように思えます。そんな「生粋の挑戦者」の日本でのプレーをぜひ応援したいですね。■「最低50歳現役」イチローの言葉は日本球界をナメている■清原とは正反対! イチローが42歳でも輝けるのは筋力に頼らないから■「さらば宝石」イチローとダブる伝説の天才打者「E」

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    女子ゴルフ放映権、ネット中継は露骨な「性表現」を助長しかねない

    飯田豊(立命館大産業社会学部准教授) 女子プロゴルフの放映権問題に関して、放映権の一括管理を目指す日本女子プロゴルフ協会(LPGA)の小林浩美会長の姿勢に対して、民放テレビ局が猛反発している。昨年12月には日本テレビが系列局主催の3大会中止を発表する事態に発展した。結局1月に撤回されたが、ツアー開幕直前の2月末にも、民放各局の社長が相次いで放映権問題に言及し、来季の放送断念を示唆するなど、一層混迷が深まっている。 筆者は対立している双方の内部事情を知る立場ではない。だが、LPGAにとっては、これが長年の懸案であったことは間違いないようだ。例えば、『週刊東洋経済』2010年5月15日号では、当時の樋口久子会長がこの問題に触れている。 LPGAは現在、公式競技を除くと、テレビ局から放映権料をもらっていない。米国の男子プロツアーは高額の放映権収入で潤っているが、日本の場合は「トーナメントを行うから放映してください」という「お願いベース」で始まったからだ。そこが米国との大きな違い。日本にはテレビ局が主催するトーナメントも多く、放映権を巡る対応は今後の検討課題と考えている。 放映権の所在がずっと不明確で、曖昧な状況のまま半世紀以上も放送されてきたという経緯は、欧米とは異なる日本特有の、マスメディアとスポーツとの密接な結びつき方と無関係ではない。iRONNAには年初に、箱根駅伝について寄稿させていただいたが、このとき焦点を当てたのも、マスメディア企業体が主催し、自ら積極的に報道する「メディア・イベント」としての特性だった。 女子プロゴルフの放映権問題は、日本独特のメディア・イベントの伝統と、インターネットの普及に伴うグローバルスポーツのビジネス再編との間で、齟齬(そご)が大きくなっている表れといえるだろう。 繰り返しになるが、これは決して新しい問題ではない。『週刊東洋経済』の記事をもう一つ紹介すると、約10年前の2009年10月13日号には、実業家の成毛眞氏が「テレビのゴルフ中継にモノ申す」というコラムを寄稿しており、プロゴルフの放映権問題に触れている。 「僕が怒っているのは、プロゴルファーに放映権料が入らないことではない。タダなのに放送時間が短いことなのだ」と述べ、成毛氏は録画放送の物足りなさを指摘している。「テレビはもはやライブメディアとしての役割も商売も放棄したよう」で、「既存メディアがその役割を放棄して自滅するのは一向に構わないが、ネットの前に立ちふさがるのだけはやめたほうがよい」。正論である。女子プロゴルフツアー開幕戦2日目、単独首位に立った比嘉真美子。放映権問題ではプレーヤーズ委員長(当時)として選手側の立場を訴えた=2019年3月、琉球GC もっとも、10年前と状況が決定的に異なっているのは、放送局にとってもインターネットはもはや「未開の荒野」ではなく、対立的というよりも補完的な関係が形成されているということだ。例えば近年、テレビを主戦場とする芸能人や制作者が、地上波では社会的に容認されなくなった過激な企画や演出をネット動画で実践するという展開が散見される。 放映権問題をめぐっては、「テレビ=録画放送、ネット=生配信」という二項対立が議論の前提となっている。だが、メディアの形式が変わるということは、単に同時性の有無だけでなく、女子プロゴルフの魅力の表れ方にも少なからず影響を与えることになるだろう。ネット配信に潜む「視線」 どういうことか。結論を急がず、別の女子スポーツを事例として、歴史的な補助線を引いてみたい。 日本では第2次世界大戦後間もなく、女子プロ野球チームが設立され、一時的に人気を博していた。メディア史研究者で早大の土屋礼子教授によれば、その背景には1946年創刊の日刊スポーツによる強い後押しがあったという。 男子の高校野球や社会人野球、プロ野球は既に朝日新聞や毎日新聞、読売新聞といった全国紙と強く結びついていて、戦後の新興勢力であるスポーツ新聞が新たに入り込める余地は小さい。そこで日刊スポーツは、戦前のアマチュアリズムを尊ぶ日本的野球道ではなく、明るく華やかなショービジネスとしての野球を意識した宣伝方法で女子プロ野球を盛り立てたのである。 1950年に日本女子野球連盟が結成され、加盟4球団によって記念試合が行われた。だが、ライバルスポーツ紙は女子野球を露骨に皮肉り、多くの新聞や雑誌も見せ物的な興味に基づいて、これを取り上げたという。 新聞と雑誌は、一斉にこの女子プロ野球最初の公式試合を報じたが、その取り上げ方は大きく二つに分かれた。一つはまともな女性のスポーツとして、まじめな女性の職業として、女子プロ野球を真剣に論じ育成しようという態度であり、他方は、女子野球はしょせん「腕より顔」であり、「お色気六分技量四分」の見せ物であるとする見方である。(土屋礼子「創刊期のスポーツ紙と野球イベント ―女子プロ野球と映画人野球」『戦後日本のメディア・イベント 1945-1960年』世界思想社、2002年) 女子プロ野球を「健全なスポーツ」として育成するのか、あるいは見せ物的な視線を甘受し、「華やかなショービジネス」として展開するのかという基本路線の違いは、選手や球団の間に不協和音をもたらした。結果的に、日刊スポーツによる手厚い支援にもかかわらず、女子プロ野球は2年足らずの短命に終わった。 このことを踏まえて、女子プロゴルフに話を戻そう。健全なスポーツとしての魅力と、ショー的見せ物としての魅力は、必ずしも良い意味ではなく、今日の女子プロゴルフにも併存している。 というのも、中高年男性向けの総合週刊誌には、女子プロゴルフ選手に関して、露骨な性的表現を含むセクシズム(性差別)やルッキズム(外見至上主義)がはびこっていて、一部のネットメディアもこれに同調しているからだ。むろん、テレビの情報番組やバラエティー番組においても、雑誌ほど露骨ではないにせよ、女子プロゴルフの扱いに対して、こうした視線が潜んでいることが珍しくない。2019年3月2日、女子プロゴルフツアー開幕イベントに参加した日本女子プロゴルフ協会の小林浩美会長 仮に、LPGAが放映権を一括管理し、有料動画配信を行う業者に販売することになったとしたら、こうした現況にどのような変化が生じるだろうか。テレビだからこそ抑制されていたセクシズムやルッキズムを、図らずも助長することにはならないだろうか。 逆にLPGAが主導権を握ることによって、プロスポーツとしての魅力をさらに高めることに寄与できるだろうか。こうした点も視野に入れて、建設的な議論を望みたい。■松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感■プロアマ騒動、片山晋呉も悪いがそれだけじゃない■日本人には高すぎたミドル級の壁、それでも村田諒太なら超えられる

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    松坂大輔の右肩を「破壊」したファンの妙な親近感

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) ファンの「暴走」により、スポーツ選手やアイドルが危険な思いをしたり、実際に負傷する事件が続いています。最近では、中日の松坂大輔投手がファンに腕を引っ張られるという「事件」がありました。 「事件」はファンサービスで花道を歩いている最中に起きました。松坂投手はその影響で古傷を抱える右肩を痛め、キャンプからの離脱を余儀なくされました。結局、右肩の炎症だとわかり、2週間程度はボールを投げないノースロー調整となり、万全の状態での開幕1軍は絶望的となってしまいました。 ファンは松坂投手をけがさせようと思っていたわけではないかもしれません。わざわざ時間を作って出向くわけですから、応援したい気持ちももちろんあったことでしょう。 しかし、結果としては、松坂投手と中日にとって大損害を与えることになってしまいました。ファンはなぜこのような行動を取ってしまったのでしょうか。本稿では心理学の視点から考えてみましょう。 私は、このたびのファン心理には松坂投手に対する「妙な親近感」があったのではないかと考えています。その感覚を抱いたわけには、大きく三つの心理学背景が考えられます。 まず、一つ目は「単純接触効果」です。これは、人が全般的に持っているものであり、単純に目にする機会が多いだけで親しみを覚えやすいという現象です。心理学では繰り返し確認されている効果です。2018年4月、日本球界復帰後初となる勝利を挙げ、お立ち台で笑顔を見せる中日・松坂 「平成の怪物」と呼ばれる松坂投手のように、高校卒業後のルーキーから20年来にわたって活躍していると、ファンにとっての親近感は絶大になっているでしょう。そして、多くの場合で、心理的な距離は物理的な距離に反映されます。熱心なファンは物理的に近づくことを自然に感じることでしょう。カギ握る「群集心理」と「匿名性」 ただし、親近感に畏敬の念のようなものが伴う場合は、逆に近づくことを遠慮する場合もあります。尊敬の対象であれば、心理的な距離の近さと遠慮で物理的な距離が相殺されて、程よい距離感にいたはずです。 スポーツ選手やアスリートは私たちにはない特殊な能力があるから、選手でありアスリートなのです。本来であれば尊敬の対象になるはずですが、なぜ遠慮のない距離になってしまったのでしょうか。 遠慮のない距離のカギを握るのが、「群集心理」とそれに伴う「匿名性」です。群集心理とは、周りの群衆の影響を受けた個人が、自らの考えや判断ではなく、安易に場の雰囲気に流されてしまう現象です。 人は社会を作るために「同調」という能力を獲得しました。このおかげで組織だった行動が取れるのですが、場の雰囲気が正しくない方向に向かっていても、逆らえずに流されてしまうのです。 誰かが選手を尊敬しない雰囲気を作ってしまうと、その雰囲気が場を支配します。同調の効果で心はその雰囲気に逆らえません。 こうして、本来は尊敬しているはずの選手に対して、遠慮のない態度が作られるのです。また、群集心理では責任が群衆に分散され、自己責任を意識しなくなります。「自分」というものが隠されている「匿名性」が高い心理状態の中で、無責任な行動に出てしまいやすいのです。2019年2月9日、集まったファンにサインする中日・松坂 最後に、「誇大自己」の影響も考えられます。誇大自己とは「自分は素晴らしい」「自分はすごい」という錯覚です。私は「殿様錯覚」とも呼んでいます。錯覚に酔うのは「気持ちいい」 この錯覚に酔いしれると私たちは高揚した心理状態になってとても気持ちいいのです。この気持ちよさに酔いしれてしまうと、癖になります。 ただ、現代社会で、私たちは誇大自己に浸るチャンスを簡単にはもらえません。競争も厳しく、格差社会も広がる中で、私は錯覚に酔いしれるチャンスに飢えている男性が増えているという考察をしてきました。 そして、スポーツは誰もが評論家気分を味わえるチャンスです。その中で一部のファンの中には「『上から目線』の偉そうなだけの評論家」となって、誇大自己の錯覚を楽しむ方もいるようです。 誇大自己は、人を卑下すればするほど風船のように膨らんで、ますます気持ちよくなるという性質を持っています。ファンとしてはあってはならないことですが、その中で選手を卑下するような態度が作られてしまいやすいのです。 このように、単純接触効果、群集心理と匿名性、誇大自己がファンの中で重なると、妙な親近感が生まれてしまい、遠慮のない、そして危険な行動に結びつく可能性が考えられます。 私の理解では、ファンとは憧れの対象を尊敬するものです。尊敬したい思いのあまり、残念なところにも注目することはあるかもしれませんが、それが卑下する態度になってはいけません。「ここが惜しい」、「これがもったいない」という思いで時には厳しいことを言うのは愛情の裏返しではありますが、尊敬する思いをなくしてはいけません。室内練習場に移動する車に乗り込む中日の松坂=2019年2月11日、北谷公園野球場(甘利慈撮影) 例えば、ジャニーズ事務所所属のアイドルを応援する人たちの間では、先輩ファンが後輩ファンにマナーを教える文化が根づいているようです。このような文化を窮屈に感じることもあるようですが、日本にファンの文化、本当に応援する文化がますます根付くことを願っています。■ 「巨人軍は非情なのか」長野と内海、功労者を放出した意味■ 「壊れゆく巨人」高橋由伸はなぜ心を閉ざしたか■ 巨人澤村のはり治療ミスと重なる江川卓「禁断のツボ」事件

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    池江璃花子「白血病」親切の押し売りが患者を悩ませる

    中村幸嗣(血液内科医、元自衛隊医官) 競泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを公表しました。世間に大きな衝撃を与えたこのニュースを、マスコミが連日取り上げています。 ただ、番組に出演してもらえる医師が少ないせいか、専門外のコメンテーターによるいい加減な情報も飛び交っています。このような状況に、幹細胞移植を受けた経験のある腫瘍内科医、米テキサス大MDアンダーソンがんセンターの上野直人教授は「興味本位の臆測だけのコメントは困る」とフェイスブック上で憂慮しています。 白血病が急性か慢性かなど、詳細も不明な状況で言及するのは難しく、私も一度は寄稿をためらいました。それでも、闘病に前向きな池江選手のツイートを目にし、血液内科医として改めて本稿を進めてみたいと思います。 ただし、現時点で池江選手個人の疾患情報がなく、具体的な病状やその後の治療について全く何も言えないことは前述の通りです。ここでは、あくまで一般論として「急性白血病の治療」「治療後のアスリート復帰」「親切の押し売り」、そして「完治」に関して論じます。 まずは、急性白血病の治療に関してです。「血液のがん」白血病は、現代では型や遺伝子ごとに、世界保健機関(WHO)により細かく分類されており、治療や予後も異なります。この違いによって、幹細胞移植や昔の骨髄移植が必要かどうかなど、最終的に決定されます。また、「急性」か「慢性」か、「骨髄性」か「リンパ性」かといった、大まかな診断は約1~2日で判明します。 そして急性白血病では、治療メニューや薬の種類は異なりますが、骨髄性もリンパ性も、まずは大量の抗がん剤や分子標的治療薬などを使った「寛解(かんかい)導入療法」を行います。血液や骨髄中から白血病細胞を顕微鏡検査で見えなくする状態、いわゆる「完全寛解」を目指します。 その際、抗がん剤の影響で、白血病細胞だけではなく正常の白血球も消失させるため、患者の免疫が低下してしまいます。それでも、抗がん剤や分子標的薬を使用するのは、正常細胞より白血病細胞を死滅させやすいということが、治療の上では大事だからです。肺炎を含めた感染症予防や、感染再発の場合には治療を行い、輸血により出血を防止しながら、正常細胞だけが回復するのを待ちます。一般的に、この1回の治療経過が約1~2カ月かかります。 この時点で、白血病細胞が見た目上無くなり、正常細胞が回復してきたら、完全寛解となります。注意してほしいのは、この状態では「治癒」ではないということです。この時点で治療をやめたら、すぐ再発することが多いからです。2019年2月、競泳の池江璃花子選手が白血病と診断されたことを報じる秋葉原駅前の街頭テレビ(川口良介撮影) 寛解と判断されれば、すぐに「地固め療法」と呼ばれる抗がん剤などを用いた第2段階の治療を、白血病のタイプに応じて半年から2年掛けて数回行います。そうして、先ほど説明した完全寛解状態が5年以上続けば、ようやく完治となります。 最近は、特定のタイプの白血病では、遺伝子検査も取り入れることで、寛解や完治の診断をしています。治療直後や再発後に幹細胞移植が行われるタイプの白血病もあり、ケース・バイ・ケースといえます。アスリート復帰は? 一方で、タイプによっては寛解に至らない白血病患者も当然存在します。そういう患者に対しては、さらに踏み込んで、特殊な治療の組み合わせを模索していくことになります。 完治の割合(病気が再発しない5年生存率)についても、白血病のタイプや患者の年齢によって異なります。成人白血病全体における割合は、幹細胞移植を行うことで40~50%ぐらいになります。昔よりは上昇していますが、そこまで高いものではありません。 ただ、タイプによっては、5年生存率が90%近くある白血病もあります。また、昔であれば移植が絶対必要だったタイプでも、分子標的薬の投与と化学療法を実施することで、移植しなくても70%前後の完治が望める状態にまでなってきています。 また、概して予後のいい小児白血病に比べて、池江選手のように、主に15~39歳の思春期・若年成人期を指す「AYA(アヤ)世代」が発症する白血病は患者数が少なく、対策が遅れていると言われてきました。現在では治療法を子供用に少し変更することで、治療効果の改善が続いています。その結果、リンパ性では治療成績が向上してきています。 一方、急性骨髄性白血病の5年生存率は化学療法だけだと30%ぐらいです。ただ、感染症など合併症のコントロールがかなり効くようになり、いくらかは改善しています。 こちらも、移植の併用により、40~50%とやや改善します。治療成績はこの30年少しずつですが向上しています。また、急性前骨髄球性白血病(APL)という特殊な白血病は別で、5年生存率は移植がなくても90%前後に達しています。 急性リンパ性白血病は先述の通り、型によって治療成績はかなり異なります。そして、移植治療の成績は40~50%は骨髄性とそれほど変わりません。 次に、池江選手特有の話になりますが、白血病克服後のアスリート復帰について考えてみましょう。患者は社会復帰に向けてリハビリを行うわけですが、治療終了後だけではなく、治療中からでも可能です。寛解導入療法の最中にリハビリを併用する病院も多いですが、昔では考えられなかったことです。2018年8月、ジャカルタアジア大会の競泳女子100メートルバタフライ決勝で優勝した池江璃花子(納冨康撮影) それゆえ、寛解を維持し退院できた患者は時間がかかっても、退院後の日常生活復帰はほぼ問題ないレベルに達しますが、アスリートは少し話が違います。退院後、発症前のレベルにどこまで戻すことができるかは、治療中から治療後にかけて対応できるかどうかにかかっています。 治療中の体調に問題がなければ、軽めの運動を続けることは悪くないと思います。その際「治療に悪影響を及ぼさない程度」という条件がつきますので、主治医やコーチを含めて集約的な対応が求められます。医者と患者「完治」のミゾ Jリーガーやプロ野球の投手、ラグビー代表に北米プロアイスホッケー(NHL)選手など、白血病を乗り越えて復帰したアスリートが数多くいます。彼らは、発症から約1~2年後で戻っています。それゆえ確約は決してできませんが、復帰は間違いなく不可能ではありません。 今回の公表を受けて、報道では「頑張れ」「東京五輪までに治して」「白血病に負けるな」「応援している」というトーンが主体でした。私もその一人ではあります。でも、一部には、彼女にそのような言葉を掛けるのは「親切の押し売り」ではないかという意見も存在することを紹介したいと思います。 普通に「頑張れ」と表明することが、「応援している自分に酔っているだけで彼女にいらないストレスをかけている」という意見があります。多発性骨髄腫を患う写真家の幡野広志さんや、米在住のがん研究者、大須賀覚さんからも注意喚起がされています。とても難しい話であり、簡単に解決はできません。 以前、幡野さんと話したときに、医師が考えた「最善」の治療と、その治療のためには副作用も我慢しろという、患者への「強制」の問題を指摘されました。二つの強制が、医師と患者の間で解釈に大きなずれが生じ、ジレンマとなっているというのです。 確かに、患者一人ひとりの気持ちに寄り添って治療を模索することは、大切だと理解しています。とはいえ、医療の非常識や間違った知識を強制されることに対して、私はどうしても寛容になれません。 実際の臨床でも、医療的におかしな処置であっても、患者の価値観を重視し希望に沿えるよう努めますが、「医療的にはおかしい」と患者には明確に伝えています。医療者として、患者の希望に全て寄り添い、対応することが全部正しいわけではないと考えているからです。 また、マスコミが報じる白血病の「完治」という言葉に対して、「自分の白血病は完治してないのに、マスコミが『白血病が完治する』というのはおかしい」という意見も見かけました。つまり、「40~50%が絶対に完治する」と報じることに問題があるというのです。実際、直接対話した患者からも「『完治する』という言葉はおかしい。『運が良ければ完治する』と言わなければ」と指摘されたことがあります。 背景には、発症前の状態に100%回復するイメージを「完治」に抱く患者と、完全寛解状態が5年以上続き、病気再発も命を落とすこともないことを「完治」とする血液内科の定義に隔たりがあるからです。私も血液内科医として「完治」の定義に従っている以上、この指摘は受け入れなければいけません。2018年8月、パンパシフィック選手権の公式練習で、外国選手と談笑する池江璃花子選手(左)=東京辰巳国際水泳場 もちろん家族に対しては、少し厳し目に説明しています。しかし、まだ治療前で、状態もわからない患者に「完治しないかもしれない」という否定的なことを私は伝えたくはありません。患者が治療に前向きになれば、治療成績は向上するからです。 実際、池江選手と同じ18歳で白血病を発症した女優の吉井怜さんも、「一緒に乗り越えよう」という医師の言葉に元気付けられたことを述べています。たとえ確率的にあまり高くなくても、「完治する」という希望を前面に出すことは間違いではないと、医療者として考えています。■ 「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界■ 神童から金メダリストへ 萩野公介に見る「天才」の育て方■ 競泳日本を圧勝させた「攻め」から「待ち」への転換コーチング

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    「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情

    藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士) 錦織圭が、全豪オープンテニス男子シングルス準々決勝で、第1シードの世界ランキング1位、ノバク・ジョコビッチに挑んだが、右脚の負傷により無念の途中棄権となった。 錦織はこのゲームで、右太ももをテーピングでぐるぐる巻きにするなど、満身創痍(そうい)だった。それもそのはず、ここまで勝ち進んだ4試合中、3試合でフルセットの激闘を演じ、計5試合で14時間39分もの間、コートに立っていたのだ。 ところで、テニスの男子ツアーを統括するプロテニス選手協会(ATP)では、選手のいろいろな特徴をデータ化してランキング化しているが、過去1年間で「プレッシャーのかかる場面で一番強い」のは、錦織であるとされている。 この指標は、ブレークポイントでのゲーム獲得率、ブレークポイントのセーブ率、タイブレークの勝率、ファイナルセットでの勝率から算出されている。中でも、錦織のファイナルセットにおける勝率は、キャリアを通して76・5%であり、歴代トップを誇るという。つまり、長時間の戦いを繰り返しながら勝ち上がった全豪のようなプレースタイルは、彼の精神力と粘り強さ、勝負強さに裏付けられているのだ。 しかし、強い精神力の一方で、錦織のプレー中の態度にはしばしば苦言が呈されている。例えば2017年の全仏オープンでは、対戦相手にブレークを許したタイミングでラケットをコートに叩きつけて、破壊してしまった。 インターネット上では「態度の悪さにがっかり」「憧れている子供たちには悪い見本になる」などという批判と失望の声があがった。元プロテニス選手でスポーツキャスターの松岡修造氏も中継放送中に「よくないですね。錦織選手らしくない」と不快感を表明したこともあった。全豪オープン男子シングルス4回戦でカレノブスタと対戦し、ラケットを投げつける錦織圭(共同) もちろん、テニス選手にとって一番重要な商売道具であるラケットを破壊することは、決して褒められた行為ではない。実際、大会ごとに「コード・バイオレーション」として罰金が科されることが多い。 しかし、心理学的観点から見ると、彼の「怒り」の表現はパフォーマンスに対してプラスに働いているとみることもできる。 通常、日本人のスポーツ選手は、怒りに限らず感情を表出した場合、パフォーマンスが低下していくことが多い。それは、日本では感情を大っぴらに表出する行為は慎むべきであり、自制することが善とされ、怒ること自体がマイナスの行為であると刷り込まれているからだ。「完璧」への異常なこだわり 実際、常に冷静で平常心を保つことが、望ましいメンタルコントロールだとして、ジュニア選手への教育も行われている。何より、ラケットという道具に怒りをぶつけることに「バチが当たる」「勝利の女神に見放される」などと考えてしまいやすいのは、日本人ならではである。 だが、人の感情は実はそう簡単にコントロールできるものではない。 殊に錦織は、サッカー元日本代表MF本田圭佑との対談の中で、「どうしてもきれいなショットが決まらないと嫌だったり、曖昧なポイントの取り方が嫌だったり、相手のミスでポイントを取ってもうれしくなかったり」と「完璧」に対する異常なまでのこだわりを示し、それがプレー中の怒りにもつながっていることを示唆している。 自分自身のプレーへのこだわりに起因した感情だとすれば、なおさら「感情的にならない」などということは不可能であろう。 感情の生起によって、パフォーマンスを落とさないための重要な要件は「ネガティブな感情をきちんと終わらせ、ポジティブな感情に至るプロセスを作る」ということである。おそらく、彼はこのプロセスができているからこそ、怒りをパフォーマンスに転化できているのではないか。 つまり、怒りの感情に苛(さいな)まれて、その感覚に留まり続けていれば、いずれ冷静さを完全に無くしてしまうことにつながる。しかし、行為自体が決して褒められたことではないことを前提にしても、ラケットを投げつけることで、自分の「怒り」を終わらせることにつながっているのだ。 スポーツ心理学の権威であるジム・レーヤー氏の理論でいえば、人が逆境に置かれた際、「ダメだ」「もう無理だ」という「諦め」の感情が、「再び戦いを挑む」というチャレンジの感情に、直接的にはつながらない。全豪オープン男子シングルス4回戦、逆転勝ちで8強入りを果たした錦織圭=メルボルン(共同) テニスのようなターンオーバー(攻守交代)が頻繁に生じるスポーツでは、プレーヤーが劣勢に置かれ、「もうダメかもしれない」と気持ちが切れてしまいそうになる瞬間は数多くあるだろう。フルセットの戦いになるとすれば、シーソーゲームになっていることが多いわけだから、なおさらである。 その際、気持ちをつなぐのはまさに「怒り」なのである。そして、怒りを何らかの形で発散することにより表れてくるのは、チョーキング、つまり「ビビる」「不安になる」という感情だ。 ナーバスになり、落ち着かなくなったり、呼吸が速くなり、視線が定まらなくなったりする。実は、これが良いサインであり、怒りを処理できた証しである。気持ちがリセットされ、一度不安になることによって、冷静に次の「チャレンジ」の気持ちを見いだしやすくなる。すなわち「切り替え」に成功するのである。精神的な強さの「皮肉」 先に言及したように、人の感情はそれが自分のものであっても、簡単にコントロールできるものではない。しかし、「諦め→怒り→不安→挑戦」という基本的な感情のプロセスを踏むことで、ネガティブな諦めをポジティブなチャレンジに転化することは可能なのだ。その過程の中で、怒りはエネルギーとしても欠かせないのである。 そもそも、生理学的や脳科学的に見ても、怒るということは動物の本能ともいえる。敵に襲われて戦うときはもちろん、逃げるときであっても、人は全力の反応を示す。 つまり、生存するためには絶対に必要な本能なのであり、スポーツで極限状態に置かれた際に怒りを表出し、脳内にノルアドレナリンやアドレナリンといったホルモンが分泌され、身体のパフォーマンスを上げているという事実も忘れてはならない。もちろん、その後怒りを正しく処理し、冷静な判断と両立させることはいうまでもない。 いずれにしても、一見ネガティブに思える「怒り」の感情が、彼のフルセットにも及ぶ激闘を支えていることに間違いない。一方で、それは身体的な負担にもつながっている。 皮肉なことであるが、精神的な強さを持っているからこそ、身体に負担がかかっているのだ。勝負強いということは簡単に負けないわけで、試合が長引くということにつながる。 また、先に挙げた脳内ホルモンは平常の状態とは違う興奮した身体状態を維持させるものでもある。いわば、自分の身体に無理をさせ続けているということである。 つまり、錦織の「怒り」はハードワークが信条の彼のプレーを支えるものでもあり、一方でリスクにもなるということだ。 実際、彼は足先から膝、腰、背中、腹筋、肘、手首に至るまで数多くの故障を経験し、海外メディアを中心にして「ツアーで最も壊れやすい選手」「ガラスの肉体」などと報道されることも多い。全豪オープン男子シングルス3回戦、フルセットの激戦を制し、コートに両手と両膝をつく錦織圭(ゲッティ=共同) しかしながら、2018年シーズンに限っていえば、70戦あまりを戦って、棄権は1回のみである。冒頭に記述したように、全豪オープンでは今季1度目の棄権にはなったが、2018年の結果が、精神的な強さと身体的な強さ、双方の発揮という意味で、ベストバランスに近づいている証しだとすれば、われわれは今季、錦織のさらなる飛躍を目の当たりにすることができるかもしれない。■日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物■「フィギュアの新星」紀平梨花、強さの秘密はここにある

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    「巨人軍は非情なのか」長野と内海、功労者を放出した意味

    菊地高弘(ライター、編集者) それは衝撃のニュースだった。正月気分が抜け切らない1月7日。フリーエージェント(FA)となり、広島から巨人へと移籍した丸佳浩の人的補償として、巨人の生え抜きベテラン選手である長野久義が広島に移籍すると両球団から発表されたのである。 巨人は2018年12月20日にも、西武からFAで獲得した強肩捕手、炭谷銀二朗の人的補償として、かつての左腕エース、内海哲也を失っている。相次ぐ人気選手の流出に球界は騒然となった。 メディアの論調は、人的補償の対象にならない28人のプロテクト枠に功労者である両選手を入れなかった巨人に対して「非情」と批判する向きが多かった。内海も長野も、アマチュア時代に他球団からドラフト指名を受けながら入団を拒否して、数年後に希望球団の巨人に進んだ経緯がある。 長野に至っては日大時代の06年、社会人野球のホンダに在籍した08年の2度にわたり、指名を拒否してまで巨人入団にこだわった。そんな2人の入団経緯もあり、批判に拍車をかけた感がある。 私は複数のメディア関係者から「元巨人ファンの立場から、この事態をどう見ますか?」と聞かれることがあった。昨年4月、私は今や国民的球団ではなくなった巨人とファンの関係について調査した『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)という書籍を上梓していたためだ。 ただ、誤解のないようにしておきたいのは、「元巨人ファン」は必ずしも「アンチ巨人」ではないということだ。私自身も元巨人ファンだが、巨人に対して「もう恋愛感情はないけど、幸せを祈っている」という「元彼感覚」のスタイルである。巨人を批判することに血道をあげる「アンチ」とは一線を画す。 その立場から見れば、今回の功労者流出劇は「仕方がなかったのでは」という感想しかない。内海と長野を熱烈に応援していた巨人ファンには気の毒ながら、「生え抜きを大事にする」と「強くなる」は必ずしもイコールではないからだ。2011年10月、横浜戦のお立ち台で笑顔を見せる巨人・長野久義(左)と内海哲也=東京ドーム(吉澤良太撮影) そもそも、巨人が丸や炭谷を補強したのは「結果が出ていないから」という、実にシンプルな理由があったからだ。球団ワーストタイの4年連続で優勝を逃すという危機的状況があり、昨年10月のドラフト会議では根尾昂(大阪桐蔭高、中日ドラフト1位)や辰己涼介(立命館大、楽天1位)といったスター候補のクジを外した。 昨シーズンに大ブレークした若き主砲の岡本和真や、上積みの期待できる正二塁手候補、吉川尚輝といった楽しみな選手はいるものの、他に来季から看板選手になりうる有望な若手は乏しい。となれば、補強は新外国人かFAしかない。話題にすらならない王者 内海も長野も、2018年は奮起してまずまずの成績を残したとはいえ、動きから衰えは隠せない。それでも、西武と広島から請われて移籍するのだから、球界の人材活用という意味では喜ばしいこととも言える。 その一方で、この騒動を通して実感したのは、「やはり巨人は『12球団の一つ』になってしまった」ということだ。 巨人戦が全試合、地上波テレビで生中継され、翌日の学校や職場で話題に上る時代は、もはや過去のこと。教養感覚で巨人の結果を気にしていた層は、今や野球そのものから関心を失っている。 野球ファンにとって衝撃のニュースであっても、長野を「ちょうの」と読めない国民がいても珍しくない現代では、日々目まぐるしくタイムラインを流れていくトピックの一つにすぎない。 実際、アマチュア野球を取材していても、「巨人以外の球団には入りません」という選手は見当たらなくなった。かつては定岡正二(1975~85年在籍)のように、巨人からトレードされることを拒否して、現役引退するほどの選手もいたが、内海も長野も移籍を受け入れたように、現代ではそんな例は起こらないだろう。 また、これは邪推でしかないが、かつての巨人であれば球団オーナーあたりが「人的補償のプロテクト枠が28人では少なすぎる」と訴えて、制度改正を促してもおかしくないようにも思える。そんな点からも、元巨人ファンとしては隔世の感を抱くのだった。 むしろ違和感があるとすれば、原辰徳監督就任後の急速なフロント人事の変化である。もちろん、新監督がやりやすいようにサポートするため、チームをより強くするための判断だろうとは思う。2018年12月、西武に移籍し、記者会見でポーズを取る内海哲也投手 とはいえ、ドラフト会議2週間前に編成トップのゼネラルマネジャーとスカウト部長を交代させたことは、理解に苦しんだ。球団主導の人事というより、新監督の意向に沿いすぎている感は否めない。 ただ、昨年10月のドラフト会議で、1位の高橋優貴(八戸学院大)を指名した後は、育成選手を含めて9人連続で高校生を指名している。1位の高橋にしても「即戦力」というより「素材型」だけに、「未来を担う若い原石を育てよう」という球団としてのメッセージを感じた。巨人が球団主導で夢のあるチームへと強化していくかどうか、今後もひっそりと見守っていきたい。 いずれにしても、元巨人ファンとしては、巷の話題にすらならない巨人を見るのは忍びない。巨人には2019年シーズン、そして未来の野球界、さらには野球に関心の薄い層の日常を揺り動かすようなエネルギッシュな戦いぶりを期待したい。■ 「壊れゆく巨人」高橋由伸はなぜ心を閉ざしたか■ 巨人澤村のはり治療ミスと重なる江川卓「禁断のツボ」事件■ 26億円補強は大失敗! いまの巨人に「常勝球団」の称号は荷が重い

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    森保ジャパン新エース、中島翔哉に代わる「サッカー小僧」を探せ

    清水英斗(サッカーライター) サッカーアジアカップ・グループリーグのトルクメニスタンとの初戦で、日本代表は3-2で辛うじて勝利を収めたが、足場の脆(もろ)さが浮き彫りとなった。確かに、2000年にレバノンで行われた大会を除けば、日本が圧倒的な実力を見せつけて、アジア杯を制したことは記憶にない。04年も、11年も、薄氷を踏むような戦いの末にたどり着いた僅差の優勝だった。 それでも、タイトルという結果は記憶以上に濃いものだ。昨今は「アジアは優勝して当たり前」という空気が日本サッカーに広がっている。それが「強豪国のプライド=勝者のメンタリティ」であればよいが、「根拠のない自信=油断」になると、どうなるか。 残念ながら、初戦を見る限りは、後者だったと言わざるを得ない。予想外の苦戦は、たるんだわれわれ日本人の頬を引っ叩(ぱた)くものになった。ただ、この苦味を初戦で味わい、どうにか結果を得たことは、今後を考えれば理想的だった。 それにしても、なぜこれほどの苦戦を強いられたのか。 理由の一つは、トルクメニスタンが組織的なチームであり、ゾーンディフェンスとカウンターの戦術を細かく整備してきたことにある。後述するが、その内容は日本に対する研究の跡が見られ、実際に大きな効果を発揮していた。 理由の二つ目は、日本が準備不足だったことだ。守田英正(川崎)の負傷と、遠藤航(シントトロイデン)の発熱により、起用できる守備的MFがゼロになってしまった。そこで追加招集したのは、サイドバックの塩谷司(アルアイン)。ボランチも多少は経験したが、本職ではない。 予備メンバーを用意しなかった日本は、長期オフに入って実戦から遠ざかっているJリーグ組から呼ぶことも不可能だ。もし、予備メンバーを用意していれば、山口蛍(神戸)や今野泰幸(G大阪)などMF候補はいたはずだ。2019年1月9日、前半でトルクメニスタンに先制点を許し、渋い表情の日本代表の森保監督(右端)=アブダビ(共同) その結果、センターバックのDF冨安健洋(シントトロイデン)を、かつてのボランチ経験を買ってコンバートすることになった。ところが、MF柴崎岳(ヘタフェ)との急造コンビは、どうにも機能しない。冨安はサイドへ行き過ぎるし、柴崎もスペースを守る意識が低い。このコンビではセンターバック前の「バイタルエリア」と呼ばれるスペースを管理できず、カウンターを食らい放題だった。 日本の1失点目も2失点目もカウンターを仕掛けられ、中央を割られて失点につながっている。ボランチの準備不足が重くのしかかった。消えた「新エース」 そして、苦戦を強いられた三つ目の理由には、日本代表の新エースを右ふくらはぎのけがで欠いた影響を挙げておく。昨夏、森保一監督の就任以来「10番」を背負い続けてきた中島翔哉(ポルティモネンセ)である。 トルクメニスタンは、中央に絞ってボールを奪い、攻撃的な両サイドハーフがすばやく出ていくカウンター戦術を採った。この戦術の有効性と、日本が中島を欠いたことは密接に結びつく。 中島のプレースタイルはドリブルだ。左サイドに開いてボールを受け、1対1で仕掛けることを好む。相手が誰だろうと、味方が誰だろうと、同じプレーをする。中島はそういう分かりやすいタイプ。チームに1人いれば心強い、でも2人は要らない、そんな「ボール小僧」である。 もし、日本の左サイドに中島がいれば、中央突破に偏りすぎず、サイドを使ったシンプルな仕掛けができたはずだ。必然、トルクメニスタンの守備が中央に絞ることは難しくなる。 また、再三のカウンターで起点になった8番、MFルスラン・ミンガゾフも、中島の仕掛けに対して2対1で守備のヘルプに回らざるを得ない。高い位置でカウンターに絡むことはできなかっただろう。 実際、後半になって、MF原口元気(ハノーバー)が左サイドの大外にポジションを修正し、中島のごとくドリブルの仕掛けを増やすと、一気にゲームは好転。これが打開の糸口になった。 見事な修正だったが、そもそも中島がスタメンなら、この問題は起こらない。いや、中島がスタメンなら、トルクメニスタンも普段使っている4-4-2を捨て、日本対策の5-4-1を用いること自体なかったかもしれない。この対策はウイングドリブラーの中島がいない状況で、より効果を発揮するものだからだ。2018年11月、ベネズエラ戦に先発出場した日本代表MF中島翔哉。アジア杯は直前のけがで欠場した=大分銀行ドーム(蔵賢斗撮影) この辺り、サッカーの戦術はじゃんけんのようなものだ。中島を欠いた日本はグーを出せなくなった。何を出すか迷っているうちに、トルクメニスタンは、どうせグーはないだろうと安心してチョキを出してきた。これでは分が悪い。そこで後半、日本は原口をグーと明確に切り替えることで、この試合を乗り切ったわけだ。 ただし、中島が出場していれば、最初からトルクメニスタンが違う戦術を用いた可能性はある。そうなれば結局、日本は別の状況で苦戦を強いられたかもしれない。そこは分からない。「中島がいれば全て解決」などと言い切れるほど、サッカーは単純ではない。 それでも、一つ言えるのは、中島のような個性がハッキリした選手がいると、チームとして何を出すのか整理しやすいということだ。クラブにない日本代表の難しさ 選手への日ごろの取材で、時折「クラブチームと代表の違い」を聞くことがある。そこで誰もが口をそろえて答えるのは、「代表は普段一緒にプレーしていない選手とチームを作るのが難しい」ということである。 クラブで毎日一緒に練習していれば、細かい動き方は感覚レベルで共有できる。何か修正を伝える必要があったとしても、「おい!」で十分かもしれない。 しかし、代表チームになると、話は別だ。みんなが違う常識、違うセオリーの中でプレーし、身体がそれに慣れている。細かい部分の連係まで、しっかりと言葉にして、すり合わせなければ、思わぬズレを生むことになる。それが代表チームの難しさだ。 だからこそ、中島タイプの価値は大きい。このボール小僧は、クラブだろうが代表だろうが、いつも同じプレーをする。受けたいところで受け、仕掛けるだけの繰り返しである。左サイドに開いてボールを欲しがっているので、預ければ何かをしてくれる。代表という難しい環境であっても、中島だけはわかりやすい。それは、彼が唯一無二の武器を持っているからだ。 例えば、日本の攻撃が中央に偏ってしまったとする。相手の守備もそこを狙っている。もっとサイドから仕掛けたい…。その瞬間、11人の頭に同じ絵が降ってくる。 「ショーヤ!」 攻撃が真ん中で詰まれば、あのボール小僧に預けて、サイドから仕掛けさせればいい。たとえ代表であっても、同じイメージを共有できる。分かりやすい中島のプレーは、味方にとっても分かりやすいからだ。2019年1月9日、アジア杯・トルクメニスタン戦の前半、攻め込むMF原口元気(蔵賢斗撮影) トルクメニスタン戦は、「10番」という芯を失ったチームが迷走した。それは必然でもある。これまで唯一無二のドリブラーに呼応し、周りがバランスを整えてきたのだから。それがいきなり不在となれば、このチームがじゃんけんで何を出せるのか、手探りになるのはやむを得ない。 一方、同じドリブラーでも、原口は中島とは異なり、これまでどんな状況でも、どんなポジションでも、チームのリクエストに献身的に応えてきたタイプである。その原口が後半のように、再びボール小僧の姿に戻るのか。あるいは長友佑都(ガラタサライ)らとの絡みで、柔軟に連係的に、中島には出せないじゃんけんを出していくのか。そこは今後の見どころになるだろう。 乞うご期待である。アジア杯は始まったばかりだ。■ 乾と柴崎「ボールがない時間」で示した世界レベル■ 西野朗は日本サッカーの何を変えたのか■ 最先端のサッカーから遠ざかる本田圭佑の「柔軟力」

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    「フィギュアの新星」紀平梨花、強さの秘密はここにある

    長谷川仁美(ライター) 21日に開幕した全日本フィギュアスケート選手権。日本のトップスケーターが集結するが、その中でも大きな注目を集めているのが、女子シングルの紀平梨花(きひら・りか)だ。 今季、ジュニアから上がったばかりの16歳だが、シニアのデビューシーズンにグランプリ(GP)シリーズ2戦(NHK杯とフランス国際)とGPファイナルで優勝したのは、日本人選手としては初めてのことだ。そんな紀平の強さはどこにあるのだろうか。 技術面でよく知られているのは、トリプルアクセルを跳べることだ。3回転半回るこのジャンプは、女子選手では、世界でも9人しか公式戦で跳んでいない。彼女はその7人目になる。 初めて公式戦で成功させたのは、2016年9月のジュニアGPリュブリャナ(スロベニア)大会でのことだった。それほど難しいジャンプのため、ジャンプの難易度に従って定められている「基礎点」が高いうえ、紀平は、ショートプログラム(SP)で一つ、フリーでは二つのトリプルアクセルを入れる構成にしていることが、彼女が高得点を出す一つの要因だ。 さらに、トリプルアクセルを含めた紀平のジャンプは、いずれも踏み切りのエッジが正確で、着氷時にも回転不足することがないクリーンなものだということも大きい。今季のルール改正で、回転不足のジャンプは厳しく判定されることとなったのだが、回転不足でジャンプを降りてくることがほとんどない彼女は、予定通りの「基礎点」を得ることができる。GPファイナル初出場で優勝し、メダルを手に笑顔を見せる紀平梨花=バンクーバー(共同) しかも、「さあ、跳びますよ」と構えて長く助走を取ってからではなく、プログラムの流れの中でジャンプを跳ぶことなどから、各ジャンプの「出来栄え点(GOE)」も高く評価されている。今季のルール改正では、このGOEが「プラス3~マイナス3」の7段階から「プラス5~マイナス5」の11段階と広がったため、紀平のジャンプは昨季以上に高い得点と評価されることが多いのだ。 紀平の高い技術は、ジャンプだけにとどまらないのも強さの要因だろう。スピンではさまざまにポジションを変えたり足を替えたりするのだが、そうしたときに軸がぶれることも少なく、また、基本的な滑り(スケーティング)も非常に滑らかでスピードがある。失敗を全て生かす 滑らかなスケーティングに関しては、アイスショーでのあるシーンが印象的だった。一つ前の出演者が終わったあと、次の出演者は暗転した氷上で足慣らしのために滑るのだが、その暗闇の中で滑るシルエットから「とても滑らかなスケーティングだな」と思うスケーターがいて、名前がコールされると紀平だった、ということが何度かあった。 スケーティングの滑らかさは、芸術面を評価する「演技構成点」の「スケーティング技術」で高得点となるし、全体のスピードやスケート技術全体の質の高さとつながる。実際、GPファイナルのフリーでは、演技構成点の5項目のうち、4項目が10点満点の9点台と、非常に高く評価された。 技術以外の部分にも、今季の紀平の強さの要因は見られる。 何よりも、今の彼女は「シニアデビューシーズンの勢い」というものに満ちあふれている。比較的近い年齢の選手たちと和気あいあいとした雰囲気の中で戦ってきたジュニア時代と比べて、シニアになると小さなころからテレビで見てきたトップ選手たちと、シリアスで時にピリピリとした空気の試合に出場することになる。 そんなシニアデビューシーズンというのはとても緊張するものであり、かつ、失うもののないシーズンでもある。まだシニアでは何の実績もないからこそ、守るものもなく、ただ真っすぐに駆け抜けていける。その真っすぐな清々(すがすが)しいエネルギーを、今の紀平から強く感じるのだ。 とはいえ、勢いのままにただ駆け抜けているわけではない。昨季、一昨季と経験してきたさまざまな失敗を、全て生かそうという気持ちが彼女にはある。フィギュアGPファイナル、女子シングルで優勝した紀平梨花のフリー=バンクーバー(共同) 紀平が靴を新調するのは、左足は約2カ月に1回、右足は約半年に1回の頻度だそうだが、大会までに慣らすことを考慮して、大会と靴を新調するタイミングを計算したり、靴に付けるブレード(刃)の位置も試行錯誤を重ねた。また、大会での演技直前は、緊張しすぎてしまわないようにトレーナーなどと話をして笑ったりしてから集中するようにしている。今季の彼女は、これまでの失敗や悔しさを「今季から頑張るために、全部経験しておいたような感じです」と捉えて、自分の糧にしているのだ。「身体能力」+「努力」 さらに、GPファイナルのフリーでは、演技中にミスしたジャンプを、残りのプログラム内で挽回した。演技中のとっさの判断を実際の演技で見せることができたのは、そこまでに既に「ミスしたときにはどうするか」と想定して練習していたからこそだ。そうした準備も怠らずに試合を迎えていたのである。 身体能力の高さも際立っている。幼稚園のころに片手で側転ができ、8段の跳び箱が跳べたという紀平。筋肉がつきやすい体質で、「筋トレ前と筋トレ後に体重計に乗って、体脂肪率がどれくらい変化したのか見るのが好きです」と、国内外の移動時にも、大きめの体重計を持ち運んでいるという。 とはいえ、身体能力の高い選手が、筋トレをすればトリプルアクセルが跳べるというものではない。トリプルアクセルを練習で初めて跳べるまで、そして、それを試合で何度も失敗して悔しい思いをし、練習を繰り返して試合で安定して決められるものにしたのは、紀平自身の努力の賜物(たまもの)だ。 「ジャンプは腕で跳ぶ」と言われるほど、踏み切るときに右腕を強く振るのだが、トリプルアクセルを何度も練習してきた彼女は、「そのために肩幅が広くなってきたし、右腕の方が、力こぶがいい感じになってきています」と話していた。また、今年の春に2年ぶりにイタリアのスケート靴メーカーに足型の採寸に行ったところ、「多分トリプルアクセルでぎゅっと踏み込むから」足の横幅が広くなっていたという。 さらに、前述したように左足の靴の方が新調するスピードが速いのは、トリプルアクセルは左足で踏み切るために左足に力を強くかけるからだという。それほどにトリプルアクセルの練習を重ねてきたことが、今季の彼女の躍進の陰にはあるのだ。フィギュアGPファイナルの公式練習から引き揚げる紀平梨花(右)と宮原知子=2018年12月、バンクーバー(共同) それに、同じクラブで一緒に練習している平昌五輪4位、宮原知子の存在も大きい。「知子ちゃんは努力家で、少しずつ上達している姿を凄いなと思っています」と、努力することの大切さを肌で感じてきた。 今季の活躍は全て、スケートに懸けてきた彼女の努力の結実といえるだろう。そしてもう一つ、「たくさんの人たちから応援していただいているのだから、勝つしかない。こんなに時間をかけてスケートに人生を懸けてきたからには、もうこの道は変えられない。スケートで絶対頑張るぞ、という気持ちです」と、スケートに取り組んでいることも重要だ。 「シニアデビュー」というスケート人生の中の一つの特別なシーズンを、ポジティブに過ごしていること、こうした気持ちの持ち方も、紀平の強さの一番の要因だろう。■ スポーツ心理学で読み解く羽生結弦「最強メンタル」の秘訣■ 羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」■ くまのプーさんと羽生結弦「本番に強い」心理を生む2つのコト

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    バルサ化進むJ1神戸「スピードが命」三木谷会長の本気度

    清水英斗(サッカーライター) レギュラーシーズンが終わったJリーグでは、移籍の動きが騒がしくなっている。その中でも桁外れのスケールを見せているのが「バルサ化」を標榜(ひょうぼう)するJ1ヴィッセル神戸だ。 元スペイン代表&元バルセロナ。米国のメジャーリーグサッカー(MLS)でプレーしていたFWダヴィド・ビジャの神戸加入が発表された。37歳と年齢を重ねたストライカーではあるが、ニューヨーク・シティでは4シーズンで124試合出場80ゴール。今シーズンも26試合出場15ゴールと、数字から衰えは感じられない。神戸は計算の立つ点取り屋を獲った。 ともすれば、このビジャも序章にすぎないのかもしれない。続くビッグネームは、イングランド・プレミアリーグ、チェルシーのFWセスク・ファブレガス、独ブンデスリーガ、バイエルン・ミュンヘンからの退団が発表されたFWアリエン・ロッベンなど、枚挙にいとまがない。今後も次々と挙がりそうだ。 同じく元バルセロナのDFアドリアーノも、トルコのベジクタシュからの移籍が濃厚になっている。左サイドを主戦場としつつも、左右のサイドバックとウイングなど、異なるポジションをこなす元バルサ戦士。存在感は地味かもしれないが、実は来季、かなり効いてくる補強になる気配はある。 これらの動きの背景には、Jリーグが来季から外国人選手の出場枠を3から5に増やす改定があった。現状はMFアンドレス・イニエスタ、FWルーカス・ポドルスキ、FWウェリントンと、さらにアジア連盟加盟の外国選手を追加できるアジア枠のGK金承奎(キム・スンギュ)で埋まっているが、その枠自体が増えるわけだ。 さらに、この増える枠を、今から整理する動きも神戸には見られる。来季改定ではアジア枠が消滅するため、韓国などアジアの選手も、一般の外国人選手と同じ扱いになる。2018年12月、J1神戸の入団会見で記者の質問に答える元スペイン代表FWダビド・ビジャ=ノエビアスタジアム神戸(撮影・甘利慈) 今シーズン、多くの試合で神戸のピンチを救った韓国代表GK金承奎はJリーグ屈指の実力を持つ選手だが、終盤は出場機会を失った。終盤4試合では、前川黛也(だいや)がスタメンを勝ち取っている。神戸は金承奎の放出で1枠を空け、さらなる補強を狙うのではないか。 ウェリントンを放出した場合、外国人枠はイニエスタ、ポドルスキ、ビジャ、アドリアーノで、さらにもう1人獲得できる。セスクは既に難色を示しているが、その1枠がロッベンに充てられるのか、果たして。三木谷氏「半年間」の改革 「時間を無駄にしたくない、ということが第一にあった」。神戸で何らかの動きがあるたび、この言葉が脳裏に去来する。 今年9月、神戸は吉田孝行監督を解任し、新監督にスペイン人のフアンマヌエル・リージョ氏の就任を発表した。上記のコメントは、その記者会見で、三木谷浩史会長(楽天会長兼社長)が監督交代の理由について語ったものである。 神戸は5月のイニエスタ加入から、わずか半年で次々と改革を打ち出してきた。 リージョ氏は、バルセロナの選手であり、指揮も執ったジョゼップ・グアルディオラ監督が師と仰ぐ人物であり、バルサ哲学を注入するには最適の指揮官だ。選手についても、シーズン途中にもかかわらず、足りないポジションを次々と補強した。 J2FC岐阜からウイングの古橋亨梧(きょうご)、J2徳島ヴォルティスからセンターバックの大崎玲央、さらに左利きのカタール代表DFアフメド・ヤセルをJリーグ提携国枠で獲得。さらに来季はビジャ。おそらく、アドリアーノ。もしかすると、ロッベンも。 神戸の触手は、トップの選手と監督にとどまらず、コーチ陣にもバルサの流れをくむスタッフを集め、6月にはイニエスタを育てた育成手腕で知られる、アルベルト・ベナイジェス氏を招聘(しょうへい)した。もう、本気も本気。驚くべきスピードである。 札幌のミハイロ・ペトロヴィッチ監督は、J1第25節の神戸戦に3-1で勝利した後、イニエスタやポドルスキを擁する神戸について、記者会見で次のように語った。 「サッカーは個人競技ではありません。コレクティブ(組織的)な戦いです。ビッグネームがいると、チームが機能しないというのは、サッカーの世界ではよくある話です」2018年12月1日、仙台戦の前半、攻め上がる神戸MFイニエスタ=ノエビアスタジアム神戸 確かに、2、3人のビッグネームを獲っただけで優勝できるほど、Jリーグは甘くない。だが、神戸は名選手にとどまらず、監督やコーチ、育成ディレクターまで手を広げ、招聘している。チームではなく、クラブごとバルサ化を目指す神戸の改革は、トップダウン・コレクティブだ。事態はペトロヴィッチ監督の予想以上の角度で進んでいる。「バルサ化」たった一つの成功例 もちろん、所詮(しょせん)コピーはコピー。元祖にはなれないのも然(しか)り。だが、今の神戸の方向性で、成果を挙げた例が一つある。イングランド・プレミアリーグのマンチェスター・シティだ。 グアルディオラ監督だけでなく、テクニカルディレクターにはバルセロナの元選手で、クラブの要職も務めたチキ・ベギリスタイン氏を2012年から招聘した。投資を惜しまず、今の地位まで駆け上がった同クラブは、バルサ式トップダウン改革の先輩だ。 神戸はバルセロナになれるか。というより、マンチェスター・シティと同じ道を歩めるか。 その鍵がまさにスピードである。神戸は世間を騒がせる大改革を、5月のイニエスタ加入から、わずか半年で次々と繰り出してきた。 「時間を無駄にしたくない」。トップダウンはスピードが命。バルサ化を目指すと言っても、神戸には根付くものがない。悠長なことを言っていれば、改革のエネルギーは沈下するばかりだ。2018年7月、柏に勝利し、神戸・イニエスタ(手前)を迎える楽天の三木谷浩史会長兼社長=ノエビアスタジアム神戸 「投資して終わり」ではなく、「投資し続ける」こと。トップダウンで刺激を与え続ける。そして、それが軌道に乗れば、育成の方でも受け皿を作っている。トップチームを見て、「神戸のサッカーをやりたい」という有力な選手が、神戸のユースなどにも集まってくるようになれば「ミッション・コンプリート」だ。 イニエスタとは3年半の契約を結んでいる。ここが一つの分岐点。それまでにトップチームを軌道に乗せられるか。 「時間を無駄にしたくない」。バルサ化に絡む神戸の動きの中で、この三木谷会長の一言が、一番印象に残っている。

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    「窃盗症と拒食の心理」元マラソン女王が陥ったアスリート魂の限界

    藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士) 12月3日、執行猶予期間中の万引で、窃盗罪に問われていた元女子マラソン日本代表の原裕美子被告に対し、前橋地裁太田支部で再度の執行猶予を付けた「懲役1年、保護観察付き執行猶予4年」の判決が言い渡された。 原被告は記者会見をはじめ、複数のメディアで、現在の心境や、自身が窃盗症(クレプトマニア)であることを明かしたうえで、更生を誓っている。もし、これが、社会的な繋がりが構築され、孤独ではないことや家族のサポートを含めた安定した治療環境があること、精神・身体的に回復傾向にあることに裏づけられているとしたら、何よりである。 そもそも窃盗症というのは、どんな疾患なのか。日本を含め、世界で日常臨床に使用されている米国精神医学会「精神障害の診断と統計マニュアル」第5版では、以下の診断基準が示されている。窃盗症(クレプトマニア、Kleptomania)A.個人的に用いるためでもなく、またはその金銭的価値のためでもなく、物を盗ろうとする衝動に抵抗できなくなることが繰り返される。B.窃盗に及ぶ直前の緊張の高まりC.窃盗に及ぶときの快感、満足、または解放感D.その盗みは、怒りまたは報復を表現するためのものではなく、妄想または幻覚への反応でもない。E.その盗みは、素行症、そう病エピソード、または反社会性パーソナリティー障害ではうまく説明されない。 Aは、窃盗症患者と、自分の欲しい物だけを盗むことが常習化している人やお金がなくて盗む人などと区別するための項目である。ただし、窃盗症であっても、自分にとって全く必要のないものを盗むという人は少ない。欲しい物であっても、必要以上に大量に盗んだり、最初は必要だったものだが、盗む時点ではそれほど必須の物ではなく、本人も後に考えると「何でこんなものを盗んだんだろう」と思うことも多い。 すなわち、Cの基準から分かるように、もはや盗んだ物よりも「盗む」行為自体が目的になっている。たとえそれが監視カメラに写っていることが認識できていたり、摘発されるリスクが高いことを認知できていたとしても、自分で歯止めを利かせることは難しい。また、本人も自身の罪の意識によって、次第に、しかし確実に精神的に追い込まれていくのである。閉廷後の記者会見で、涙ながらに謝罪する原裕美子被告=2018年12月3日、太田市役所 そして、犯罪行為でもあることから、強い後悔を感じながらも周囲に相談することもできない。こうして精神的や社会的に孤立し、さらに症状が悪化するという悪循環が形成されていく。 ところで、窃盗症に合併する疾患で圧倒的に高率なのが、摂食障害である。原被告も患っていることを告白しているが、摂食障害は拒食や過食を主症状とし、自身の体型認知の歪みや、太ることへの強い恐怖を伴う精神疾患だ。合併例では、過食が窃盗の原因になっていることも多い。 摂食障害には、サブタイプと呼ばれるいくつかの型がある。原被告の場合、拒食と過食・嘔吐(おうと)を伴う神経性やせ症(むちゃ食い/排出型)というタイプで、長い病歴のいずれかの時期に一定期間経験していることが報道から推測できる。拒食と過食は表裏一体 拒食という「食べないこと」と、過食という「食べる」という行為は一見相反する行動のように思えるが、「食行動の異常」という観点からみれば、表裏一体のものである。 言うまでもなく、過食は大量の食べ物を摂取する行為だが、そのためには、当然多くの食料が必要になる。例えば、コンビニで買い物カゴいっぱいの食料を買い込み、それを一度に食べ、そして一気に吐く。これを毎日もしくは高頻度で繰り返す事例はまれではない。 そうすると、生活費における食費の割合が異常に高くなり、社会人であれば、ひと月の給料を簡単に使い果たしてしまう。大事な貯金に手をつけたり、多額の借金に及ぶ場合もある。そして、それもできなくなると、「窃盗してでも食べ物を手に入れたい」となってしまう場合があるのである。 では、なぜ食べて吐くを繰り返すのか。その理由の一つは、過食や嘔吐に夢中になっている時間は、本人が抱える全てのストレスを感じることから逃れられるからだ。原被告も、減量や体形維持の負担、競技者としてのプレッシャー、その他私生活におけるさまざまな精神的重圧から、その時間だけは逃れられていたのであろう。 ストレスフルな厳しい状態に置かれていればいるほど、行為が習慣化し、本人の中でゆがんだストレス対処の方法として定着する。さらにいえば、初めは過食のためにしていた窃盗も、いつしか窃盗という行為自体にも、過食と同じようなある種のすっきり感やストレスから逃れられた感覚が伴うようになり、病理に発展していくのだ。 以上のような経過は、臨床的に決して珍しいことではない。アスリートでなくても、「痩せたい」という日常的に経験される自然な感情に基づいてダイエットを始めることはある。しかし、完璧主義など元々の性格も相まって、いつしか過度な拒食習慣になり、過食や嘔吐を伴う可能性も生じる。さらに、窃盗症だけではなく、鬱病や不安症など他の疾患を合併するまでに至ることがあるのだ。つまり、摂食障害のきっかけは、ほとんど全てが本人や周囲が重大な結果を予測し得ない「ありふれた行動」なのである。トレーニングする選手時代の原裕美子被告=2014年1月(寺河内美奈撮影) その意味で、率直に言えば、トップアスリートを監督や指導を行う立場にある人たちの一部は、心理や行動を強制に近い形でコントロールすることの負の影響を軽視し過ぎている。 私が心理カウンセリングや認知行動療法の臨床現場で出会ってきた中では、新体操や陸上、フィギュアスケート、水泳選手から、バレリーナ、ボクサー、柔道家まで、幅広いジャンルで摂食障害を抱えたアスリートが少なくない。 また、外見や体重が仕事に影響するという共通点からいえば、モデルやアイドルの中にも監督的立場にある人から体形・体重コントロールを指示されている人たちが、一定数確実に存在する。テレビを見たり、メディアの仕事で出会うたびに、外見や言動から「この方は大丈夫だろうか?」と気になってしまうのは、もはや私の職業病である。スポーツに命をかけるな それらの人たちに共通していえることは、指導者や監督者が最適なパフォーマンスを引き出すことを意図して行っている食事指導、ウエートコントロールが、深刻な心理的負荷に確実に繋がっていることである。 アスリートの自己決断に基づかない指導者の指示による食行動のコントロールは、失敗が許されない。なぜなら、任意に設定された通りの身体作りができないことは、競技上の目標に達することができないと信じられているからだ。つまり、アスリートとしての存在価値にも関わってくる。 一般の会社員に置き換えれば、「1カ月後に目標体重まで減量できなければ、クビになります」と言っているのと同義である。 「トップアスリートだから、それぐらい厳しいのは当たり前」という言葉で片付けてはいけない。食事をとるという行為は、人間の根源的な欲求の一つであり、過度なコントロールをかけることは避けるべきなのである。ましてや、それが仕事上の価値や存在そのものの評価に直結するという環境設定は、行うべきではない。 摂食障害の患者たちは、もはや「自分の人間としての価値は体重や体形に依存している」という症状(思い込み)にとらわれ、そこから抜け出せなくなっている。つまり、過度に体重や食事をコントロールすることは、摂食障害の精神症状をも生み出すことになっているといっても過言ではないのだ。 確かに、陸上競技、特に長距離種目において、身体を絞って体重を軽くすることは即効性があり、好記録に繋がることは否定できない。中学生や高校生のレースを見ても、体脂肪率が低く、引き締まった身体の生徒が上位層を占めていることが多い。一方、下位層では幾分脂肪のついた、とはいえ発育期として自然な体つきをしているという光景が見受けられる。マラソンコースを試走する選手時代の原裕美子被告=2010年12月(鳥越瑞絵撮影) しかし、これは後に起こる身体・精神的なリスクを考慮しているとはいえない。特に女性は、食事をコントロールし過ぎることによって栄養不足になり、月経が止まったり、女性ホルモンであるエストロゲンが生成されにくくなることで骨粗鬆(こつそしょう)症に近い状態になり、骨折を繰り返すこともあり、いずれ競技どころではなくなることもある。 それは一時的なものではなく、中高生であれば発育期にも重なっていることから、本当の意味で競技に必要な身体作りをすることができずに、選手寿命が結果として短くなるという例も少なくない。原被告も、特に競技人生後半は、疲労骨折などのケガに悩まされ続けたという。 重要なのは「スポーツ競技に命をかける」ということなど、あってはならないということだ。スポーツはあくまでも人生の一部であり、人生の全てではない。もちろん、競技者本人の心理としては自身の全てをかけて競技に臨むというのは自然な発想である。しかし、そのあり方を多面的に見て、選手本人のあるべき姿や利益に方向づけていくのが、指導者の役割である。あのランナーが金を獲れたワケ 殊に、摂食障害は命にも関わる疾患である。前提として、慢性的な飢餓状態が持続すると、脳が萎縮し、疲労感や満腹感、空腹感などの感覚がまひしてしまうなど、通常の精神状態ではなくなり、病気によって生じた考え方、物の見方、行動の仕方が、あたかも自分自身の元々の性格や生き方であるかのように感じられることもある。 そして、病状が悪化すると、多臓器不全などの重篤な身体合併症や、餓死、自殺に至りうる。とはいえ、薬物治療や認知行動療法などの非薬物治療を通院、入院を適宜組み合わせて適用することにより、回復することは十分可能である。 しかしながら、痩せても痩せても「まだ痩せたい」と考えてしまう「拒食の心理」は、本人の中で病識(自分が病気であるという感覚)に結びつきづらい。そのため、医療機関などの専門的治療期間に繋がらない場合も多く、本人にとって、発症してからでは失われるものはあまりにも大きい。 改めて、即効性のある指導法や練習法に固執することについて、再考する時期にきているのではないだろうか。アスリートは誰しも、最初は自分が好きで始めた競技を、できれば可能な限り長く続けたいという欲求を持っている。 単に目先の利益だけではなく、スポーツを人生の一部として捉え、セカンドキャリアも見据えつつも、選手寿命を保つことを前提とした指導観が全ての指導者や監督者に求められるだろう。 とはいえ、「成績を追求することが結果的にはその後の競技人生を延ばす」という見方もあるだろう。しかし、マラソン競技においても、シドニー五輪女子マラソン金メダリストの高橋尚子さんは、20代前後までは無理なく身体の成熟を図ってきたという。女子マラソンで世界選手権に2度出場した原裕美子被告。2007年の世界陸上大阪大会は18位に終わった 高橋さんの大学時代の体格指数(BMI)は10台前半であったとされており、多くの一流長距離ランナーの多くが5以下の値であることを考えれば、大きな乖離(かいり)がある。しかし、彼女は20代中盤で世界に通用するランナーまで成長し、20代後半で世界の頂点に立った。 結果的に、金メダルを取ることができたのは、成長過程の10代から20歳ごろまでに心や身体の土台作りを達成でき、選手としての寿命が延びたことが一因なのではないだろうか。 一方、原被告は高校時代から厳しい減量の日々だったようだ。そもそも、10代や20代の早い段階で選手としてのピークを迎えさせ、世界に通用する成績を残そうとすること自体が、最終的に最高の成績を残すという目標を前提にすると確からしくないともいえる。日本で近年、世界最上位クラスに値する成績を残した女子ランナーがほとんど出ていないことが、その裏付けかもしれない。■ 駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!■ ボストンマラソン3位の大迫傑は瀬古利彦を越えられるか■ ここがヘンだよ! 揉めてないのに揉めたがる女子マラソン選考

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    稀勢の里休場「モンゴル脅威論」がさらなる悲劇を生む

    山田順(ジャーナリスト) もはや再起は不可能。このまま引退するのが妥当だ。もし本人がそれを望まず、再起を果たすために強行出場するなら、それこそ本当の悲劇が起こる。 どう見ても、初場所の復帰では、今場所休場した白鵬、鶴竜の両横綱をはじめとするモンゴル勢にボコボコにされる。さらに、ガチンコの日本人力士も徹底して金星を狙いにくる。となると、土俵上で立ち往生して泣き顔になる横綱稀勢の里の哀れな姿を、私たちは何度も見なければならない。 それは、もう勘弁してほしい。これ以上、日本相撲協会も、そして相撲ファンも、稀勢の里を傷つけて何になるというのだろうか。  稀勢の里がここまで追い込まれたのは、誰もが知るように、「日本人横綱の誕生」を願った相撲協会とファンの思惑と、本人が徹底してこだわった「ガチンコ道」である。 それゆえ、本人は「もう1回チャンスをもらいたい。このままでは終われない」と懇願していると聞くが、ここはもうはっきりと引導を渡すべきだろう。 どう歴史をひもといても、ここまでブザマで情けない姿を晒(さら)した横綱はいない。今回の11月場所は初日から4連敗。しかも、ガチンコ負けだから、救い難いものがある。 これは、11日制だった1931年春場所の宮城山以来87年ぶり2人目のことだ。さらに、1場所15日制がスタートした1949年夏場所以降では初めてのことというから、この時点で引退しなければおかしい。大相撲九州場所3日目、稀勢の里(左)は北勝富士に突き落とされ3連敗となった=2018年11月13日、福岡国際センター そうさせない「見えない力学」が働いているのは分かる。だが、それを理由としたら、横綱の権威と伝統、いや相撲そのものが崩壊してしまう。 稀勢の里のこれまでの戦歴を見ると、生涯戦歴は800勝492敗90休(100場所)、幕内戦歴も714勝449敗90休(84場所)と、かなりのものを残している。しかも、この星取りがすべてガチンコなのだから、本人の努力、精進には頭が下がる。 ところが、この稀勢の里の「ガチンコ道」に報いなかったのが、相撲協会とファンの「御都合主義」である。横綱にしてはいけなかった こんなことを書くと「今さらなんだ」とひんしゅくを買うだろうが、そもそも稀勢の里を横綱にしてはいけなかった。2016年11月場所を振り返ってみよう。このとき、稀勢の里は珍しく連戦連勝し、優勝候補の筆頭だった。しかし、終盤に崩れ、終わってみると12勝3敗の準優勝で終わった。そして迎えた2017年初場所、綱取りがかかっていたわけではなかったが、鶴竜と日馬富士、大関豪栄道の途中休場に助けられ、さらに弟弟子の小結高安の援護射撃も受けて、14勝1敗で初優勝してしまった。 これに喜んだのが相撲協会と横綱審議委員会だ。ファンの盛り上がりを受けて、「2場所連続優勝、あるいはそれに準ずる成績」をゆるゆるで適用してしまったのだ。 こうして横綱になった稀勢の里のその後は、以下の通りである。休場を繰り返し、出場すれば「金星支給マシン」と化した。横綱在位11場所:休場9場所(途中休場も含む)戦歴:36勝32敗89休(優勝1回) この稀勢の里の36勝のうちの13勝は、横綱昇進後に連続優勝を果たした2017年3月場所のときのものである。このとき、稀勢の里は大関照ノ富士を本割と優勝決定戦で続けて下して逆転優勝したが、その後この2人がどうなったかは、書くまでもないだろう。ガチンコを貫くと悲劇しか起こらないのだ。 普通、歴代の大横綱たちは、ガチンコだけでは身が持たない、地位を失うと知って、場所中の何番かは「注射」をして星を稼いできた。例外は、貴乃花ほぼただ一人である。 稀勢の里の得意技は「左四つ」「寄り」「突き」で、これまでの決まり手を見ると、「寄り切り73%」「突き落とし18%」「上手投げ9%」の三つしかない。いかに不器用で、実直に「ガチンコ道」を貫いてきたかが、これで分かる。 今場所前、稀勢の里は「絶好調」が伝えられた。スポーツ紙も「出稽古で手応え 稀勢もちろん優勝」(『日刊スポーツ』11月7日付)と、期待を煽った。2017年1月、大相撲初場所千秋楽、初優勝を果たし、賜杯を受け取る稀勢の里(左)=両国国技館(今野顕撮影) 稀勢の里は先代の師匠である鳴戸親方(元横綱隆の里、故人)の方針から、出稽古にはほとんど出ていなかったが、今場所だけは違った。場所中に対戦が予想される力士のところに積極的に出稽古に行き、好成績を残していた。 ところが、蓋を開けると4連敗。初日の小結貴景勝戦で右膝を痛めたこともあったが、得意の「左四つ」に持ち込むのを焦り、おっつけをせずに左を差そうとして、相手に左を封じ込められるという不甲斐ない相撲が続いた。 2日目に敗れた東前頭筆頭の妙義龍とは、出稽古の三番稽古では13勝2敗、同じく3日目に黒星を喫した西前頭筆頭の北勝富士とは9勝3敗だったのに、簡単に敗れてしまった。「モンゴル脅威論」が悲劇を生む 稽古と本番は違う。本番がガチンコなら、相手は百も承知の得意技「左四つ」にさせない相撲を取るに決まっている。 稀勢の里休場を受けて、いまだに「再起」を望む声が強い。それはたった一人の日本人横綱を失えば、今後はモンゴル勢の天下になってしまうという危惧があるからだ。日馬富士がいなくなっても、「モンゴル互助会」は今も機能している。もちろん、その頂点に君臨するのは大横綱となった白鵬だ。 白鵬は、日本国籍取得の準備をしていると伝えられている。つまり、引退後は親方として相撲協会に残り、モンゴル勢の後押しで理事になる青写真を描いているという。現在の宮城野部屋の関取は全員、白鵬の「内弟子」なので、もはや宮城野部屋は「白鵬部屋だ」と相撲記者は言う。 現在、モンゴル出身の親方は友綱親方(元関脇旭天鵬)、錦島親方(元関脇朝赤龍)、春日山親方(元前頭翔天狼)の3人である。ただし、現役力士は白鵬、鶴竜を含めて22人もいる。彼らはいずれ親方になる可能性が高いから、そのうち相撲協会はモンゴル出身親方が一大勢力になるだろう。 白鵬は今場所、鶴竜とともに休場した。大記録を次々に塗り替えた後は、けがによる休場が多くなった。今年に至っては、今場所も含め年間6場所中2勤4休である。 白鵬が2020年の東京五輪まで現役を続けたいと願っているのはよく知られている。その理由は、五輪の開会式で土俵入りを果たしたいからだという。 現在、稀勢の里休場で「モンゴル脅威論」が急速に盛り上がっている。しかし、それを封じ込めるために、稀勢の里にさらに現役を続けさせるとしたら、それこそ、さらに悲劇を生むのは、既に書いてきた通りである。2018年9月、引退断髪披露で最後の土俵入りに臨む元横綱日馬富士(中央)。右は露払いの横綱鶴竜、左は太刀持ちの横綱白鵬=東京・両国国技館 もし、日本人横綱がそれほど大事なら、なぜ、日本人力士同士でガチンコ対決を続けるのか。星を潰し合い、挙げ句の果てに休場者続出という場所を続けているのか。それでは、稀勢の里は見殺しではないか。 現在の土俵には、日本独特の「秩序形成力学」が働かなくなった。注射とガチンコが混在して、「国技」という伝統文化をつくり上げてきたが、それが消えてしまった。 相撲は興行ではなく、完全なスポーツになりつつある。むしろ、「伝統文化」を守っているのはモンゴル勢のほうである。このままでは相撲は、パーフェクトな格闘技として、力士の身体が壊れるまで本気で闘わせる、実に残酷極まりない競技になる。果たして、それでいいのだろうか。

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    日本人には高すぎたミドル級の壁、それでも村田諒太なら超えられる

    木村悠(元世界ライトフライ級王者) 世界ボクシング協会(WBA)ミドル級王者として2度目の防衛戦に臨んだ村田諒太が10月20日、同級3位のロブ・ブラントに判定で敗れ、王座から陥落した。防衛を重ねていくとの期待が強かっただけにファンだけでなく、関係者も大きなショックを受けたことだろう。 村田について、まず特筆すべきは、プロとアマチュア両方で世界王者になった偉業だ。アマチュア時代、2012年のロンドン五輪で金メダルを獲得し、その後、プロのミドル級で世界王者になった。しかも、ミドル級という日本人には体格的に不利な階級での偉業である。 普通、アマチュアよりプロの方が、レベルが高いと思われがちだが、一概にそうとも言えない。そもそも、日本のアマチュアボクシングは、長く五輪でメダルを獲得できていなかった。だが、ロンドン五輪で村田が金メダルに輝き、これは実に1964年の東京五輪から48年ぶりの快挙だった。 さらにいえば、五輪で金メダルに輝いたのは、過去に村田を合わせて2人しかいない。五輪のチャンスを逃した筆者からすれば、その難しさを実感している。五輪の全メダリストを考えても、これまで5人しかいない。一方、プロの世界チャンピオンは約90人にのぼっており、どれだけ困難なことかは、数字が物語っている。 このように、プロは多くの世界チャンピオンを輩出しているが、アマチュアは強豪国が多く、国際大会で勝つのが非常に難しい。プロ加盟していない国も多く、キューバやロシアなどの選手は技術のレベルも高い。 ボクシングで五輪に出場するためには、世界選手権で上位進出するか、アジア予選で勝ち抜かなければならない。韓国や北朝鮮、中国に加えて強豪のモンゴルやカザフスタンやウズベキスタンといった旧ソ連系の国を相手に勝って枠を取らなければならない。 要するに、各階級の出場枠を取るのは難易度が高く、五輪に出場するだけでも相当のハードルなのである。現在、プロで大活躍している井上尚弥や3階級王者の井岡一翔、世界タイトルを11回防衛した内山高志、12回防衛の山中慎介もアマチュア出身だが、誰一人として五輪には出場できず、いずれもアジア予選で敗退している。 筆者は34歳で、村田よりも2つ年上だが、アマチュア時代、全日本チームのメンバーとして一緒に国際大会に出たり、国内での合宿でチームメートとして練習したりしていた。やはり、村田は高校時代から逸材だった。アマチュアの全国大会で5冠に輝き、ジュニアでありながら成年の全日本選手権でも準優勝していた。  国内大会ではヘッドギアを着用するアマチュアだが、試合ではレフェリーストップを量産していたほどである。筆者に言わせれば、村田は常に対戦相手に恐怖を抱かせる「怪物」のような存在だった。 先に述べたように、村田はアマチュアで華々しい実績を残した後、プロに転向した。プロデビュー戦では当時の東洋チャンピオンを2回TKOで圧倒し、観客を驚かせた。プロとアマチュアはルールが違うが、それでもあっという間に試合を終わらせた村田のデビュー戦は衝撃的だった。 その後、筆者が所属していた帝拳ジムに移籍してプロでもチームメートとなった。 メディアでは明るく丁寧な対応をする村田だが、ジムではよくイタズラをしたり、冗談を言ったりするムードメーカーでもあった。2度目の防衛戦に向け調整する、WBA世界ミドル級王者の村田諒太 =2018年10月、米ラスベガス(共同) 筆者はかつて、村田とともに走り込みのキャンプを行ったが、その身体能力の高さによく驚かされた。アスリートは長距離が速くても、短距離は遅い持久力系の選手と、長距離よりも短距離に長けた瞬発系の選手に分けられる。 普通は筋力のバランスで得意、不得意があるものだが、村田にはそれがない。持久系のトレーニングは誰よりも速く、短距離のダッシュであっても群を抜いた。ここまで飛び抜けた能力を持つ選手はめったにいない。その類(たぐ)い稀(まれ)な身体能力を生かし、村田はプロに入っても勝ち続けた。村田ならまだやれる 村田のボクシングスタイルは非常にシンプルだ。ガードを固めてプレッシャーをかけ続けながら強いパンチを打ち込む。余計なパンチはあまり打たず、一撃で相手を仕留める。パンチ力と圧力があるからこそできるスタイルだ。 パンチの強さは世界のボクサーにも引けを取らない。ガードも高く、プロでダウンの経験もないという打たれ強さも兼ね備えている。ただ、前回のブラント戦やアッサン・エンダム戦でもそうだったが、強いパンチを打ち込もうとする余り、ジャブや手数が減ってしまうのが難点である。 次に階級の視点からみてみよう。そもそも、日本を含むアジアのボクシングは、軽量級を主戦場としている。先にも記したが、日本の世界チャンピオンは約90人に上る。だが、ウエルター級以上の重量級の世界チャンピオンは村田を含めて3人(輪島功一と竹原慎二)しかいない。体格の面からもアジアの選手は軽量級が多く、村田のようにミドル級でチャンピオンになった例はアジアを見渡しても非常に少ない。 また、ミドル級は競合が多く世界的な層も厚い。世界的スター、フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオは、村田の一つ下のスーパーウエルター級で活躍していた。そのため、その前後の階級は強い選手が多い。 前回の試合では負けてしまったが、カザフスタンの英雄、ゲンナジー・ゴロフキンもいるし、ゴロフキンに勝ったメキシコのサウル・アルバレスもいる。他にも、アメリカ出身のジャーメル・チャーロやカナダ出身のデイビッド・レミューなど、名実備えた選手が多い階級である。 こうした重量級の迫力とスピード、テクニックを兼ね備えた選手が多いだけにボクシングの本場、アメリカでも人気の階級だ。スピードに加え、パンチ力もテクニックもある、三拍子そろった選手がいくらでもいる。非常にレベルの高い階級と言える。 そして、ファイトマネーも桁(けた)違いだ。日本でのタイトル戦とは比べ物にならない。海外放送の放映権関係などの影響も受けてファイトマネーも跳ね上がる 。 そんな厳しい階級で戦い続けてきた村田だが、ベルトを失い、今後どうするのか。やはり人気のある階級だけに、その分チャンスがめぐって来るのも難しい。村田もブラントに負けたことで、ビッグマッチへのチャンスが遠のいたのは確実である。WBA世界ミドル級戦の11回、ロブ・ブラント(右)のパンチを浴びる村田諒太=2018年10月、米ネバダ州ラスベガス(共同) とはいえ、勝てばゴロフキンと東京ドームでの試合の話もあっただけに、今は村田本人が一番落胆しているだろう。本人も語っていたが、すぐには決められないとの言葉は、周囲の環境が普通の選手と比べてあまりに違うからである。 今後の動向に注目が集まるが、村田をよく知る筆者としては、今はゆっくり休ませてあげてほしいと強く感じる。世界戦はそれに臨む本人しか分からない大きなプレッシャーの連続だ。自分の人生を賭けてその一戦に向かっていくだけに、進退を決めるのは難しい。体と気持ちを休めることで、見えてくることもあるだろう。 ただ、村田のボクシング界における影響力はあまりに大きい。 筆者もこのまま終わってほしくないし、村田の実力ならまだやれると強く思う。時間をかけ、悔いの残らない決断をしてもらいたい。

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    駅伝「四つんばい」を美談に仕立てたテレビ中継に異議あり!

    酒井政人(スポーツライター) 10月21日に福岡県で開催されたプリンセス駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝予選会)の「四つんばい」スパートが賛否の議論になっている。箱根駅伝に出場経験のある筆者としては正直、こんな問題に世間がヒートアップしていることに少しあきれている。なぜなら、今回の駅伝についての「本質」を分かっていない人が多いからだ。 実はこの件、いくつもの問題が絡んでいる。一つずつ整理して考えていきたい。 まずは選手の立場から見てみよう。2区(3・6キロ)に出走した岩谷産業の飯田怜は入社1年目の19歳。高校時代は、全国大会で華々しく活躍した実績はなく、テレビ中継されるようなレースでかなり緊張したことが予想される。そして第2中継所まで約250メートルというところで転倒、思わぬアクシデントでパニックになったことが考えられる。 その後は、脚の痛みから、両手と両膝をついてアスファルトの上を進んだ。駅伝を走る場合、まず頭に浮かぶのが「次走者」のことだ。はってでもタスキをつなげるのは、駅伝ランナーの「本能」ともいえる。その行為について、筆者は良かったとも悪かったとも思わないし、彼女の頑張りを見て、感動するのは自由だとも思う。 しかし、飯田は第1中継所に入るのが遅れ、1区の走者のタスキを数秒遅れて受け取っている。1秒を争う駅伝選手として、致命的なミスを犯したことを考えると、個人的には褒められない。 選手としての判断でいうと、残り約250メートルとはいえ、両膝を擦りむいてでも進むということが「正しい選択」だったかも疑問が残る。※画像はイメージです(ゲッティイメージズ) ちょっと昔の話になるが、日清食品グループに所属する佐藤悠基は、東海大1年時に出場した全日本大学駅伝予選会(1万メートルレース)で驚くべき行動を取った。左足甲が「ちょっと気になった」という理由でレースをやめたのだ。 残りはトラック2周。歩いてでもゴールできない状況ではなかったが、彼はそうしなかった。自分の脚を優先させたのだ。涙のタスキリレーとチーム事情 チームは全日本大学駅伝の出場を逃したものの、佐藤は3週間後の日本学生陸上対校選手権(日本インカレ)1万メートルで、1年生にして優勝を果たした。その後も躍進を続け、世界選手権やオリンピックにも出場した。もし、あのとき無理をしていたら、その後の活躍はなかったかもしれない。 また、先日のシカゴマラソンで2時間5分50秒の日本記録を樹立した大迫傑(すぐる)も、早稲田大4年の時には、チームの主将でありながら、箱根駅伝(1区間21~23キロ)のためのトレーニングはしていない。チームを離れて、5000メートルや1万メートルのトラック競技に向けた練習でスピードを磨いている。最後の箱根は1区で区間5位に終わったが、その後の大活躍は周知の通りだ。 駅伝には「チームの絆」があり、それが大きなパワーにつながることもある。そして、汗の染み込んだタスキを次の走者に託す姿は、日本人の琴線に触れるものだろう。だけど、選手にとっては、駅伝以上に大切なものがあるのも事実なのだ。 次にチーム事情が挙げられる。飯田が所属する岩谷産業は、陸上部が発足して2年目で、選手は7人しかいない。そのうち飯田を含む3人は高卒1年目だ。プリンセス駅伝は6区間のため、選手層が薄くて、キャリアの少ない選手たちで予選突破を果たすのは、簡単なことではなかった。 レース後、飯田は右脛(すね)の骨折で全治3~4カ月と診断されている。転倒時に痛めたのか、疲労骨折なのかはわからないが、疲労が原因だとしたら、以前から右脛に不安を抱えていた可能性がある。チーム状況から飯田を起用せずにはいられなかったとなると、飯田を責めることはできない。 異変に気づいた広瀬永和監督は「棄権」を申し出たが、飯田が続行の意思を示したため、涙のタスキリレーとなった。テレビ中継では、飯田のすぐ後ろを歩いていた審判員の「あと70メートル、俺は行かせてやりたい」という言葉が入っており、沿道の観客からも「頑張れ!」という声援があっただろう。2018年10月、シカゴマラソン、3位でゴールする大迫傑。2時間5分50秒で日本新を達成した(AP=共同) さらに、バイクカメラが飯田の真横についた。こうなると選手の方も止めるに止められない。周囲の重圧がリタイアを決断できなかった原因になった可能性もある。 各中継所では通常、先頭のチームが通過してから一定時間で繰り上げスタートとなる。飯田が第2中継所にたどり着かなければ、チームは棄権となるが、3区以降の選手はレースを続けることはできる。チームとして予選通過ができなければ、「予選敗退も途中棄権も同じ」と割り切って考えることができれば、膝を擦りむく必要はなかったかもしれない。 視聴者も理解しないといけないことがある。それは、実業団選手の大半は「走る」のが仕事だということだ。趣味でやっているわけでもなく、ボランティアでもない。会社が給料を支払い、練習環境も整えてくれる。駅伝は「スポーツ中継」か その代わりに、「走る」ことで会社をアピールする役割を担う。そう考えると、飯田の頑張りも特別なことではない。仕事が終わらないため、残業したくらいのことだ。 そして、今回の件で最も問題視すべきはテレビ放映の仕方だと思っている。駅伝は「スポーツ中継」「スポーツドキュメンタリー」「スポーツショー」のどれになるのか。プリンセス駅伝はクイーンズ駅伝(全日本実業団対抗女子駅伝)の予選会であり、14位以内に入ると本戦の出場権をつかむことができる。 「スポーツドキュメンタリー」や「スポーツショー」なら、今回のようにアクシデントのあった選手をクローズアップしてもいい。しかし、「スポーツ中継」だとしたら、今回の放映方法がベストといえるだろうか 四つんばいになった飯田をカメラが執拗(しつよう)に追いかけ、5分近くもテレビ画面を占領することになる。実況するアナウンサーも「ここで途切れさせるわけにはいかない!」と熱い言葉を発していた。そして、タスキがつながると、「思いはつながった! 岩谷産業!」と興奮気味だった。 サブ画面では1号車のカメラが先頭集団を映し出していたとはいえ、その間にトップが入れ替わるなど、「14位以内」の争いは大きく変化した。「スポーツ中継」ならば、トップ争いをきちんと状況する必要があったのではないだろうか。 岩谷産業は飯田のアクシデントの影響で、2区を終えて本戦出場のボーダーラインと4分46秒差だった。予選突破は絶望的な状況だったことを考えても、岩谷産業を追いかけるのは、必要最低限で良かったと思う。創部2年目で初出場したチームが最下位に転落したとしても、本来ならニュースにならないのだから。2018年10月、プリンセス駅伝で優勝のゴールテープを切るワコールのアンカー(第6区)福士加代子(鳥越瑞絵撮影) これまで駅伝のアクシデントを目の当たりにしてきたが、選手のブレーキや繰り上げスタートなどテレビ実況は大げさにあおる傾向がある。そして、ささいなことも美談に仕立ててしまうメディアにも問題があるだろう。もう少し、ドライな中継で、選手たちが本当に目指しているものを、しっかりと映してほしいと思っている関係者は少なくない。 近年は、インターネット上で自由な言論が繰り広げられている。今回の件も、「感動した」「涙が止まらない」という声がある一方で、「早くリタイアさせるべきだった」という主催者側や監督に対する批判もあった。 人が頑張る姿は美しい。しかし、表面上のことだけを見て判断するのではなく、物事の「本質」を見極めた上で、本当の「評価」を下していただきたいと思う。

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    「壊れゆく巨人」高橋由伸はなぜ心を閉ざしたか

    菊地高弘(ライター、編集者) 高橋由伸監督の辞任が決まった。3年間の任期で巨人はリーグ優勝することはかなわず、全ての年で首位広島から10ゲーム以上も離された。今年も3位ながら、クライマックスシリーズのファイナルステージに進出したが、高橋監督は言い訳をせずに「チームの勝敗は監督が背負う」と、責任を取った。 だが、高橋監督には同情すべき事情もある。2015年には現役選手として77試合に出場して、打率・278、5本塁打を記録。さすがに全盛期の力は残っていなかったものの、代打打率・395をマークし、人気面でもチームトップクラスだった。現役続行の意思もある中、コーチ経験すらなく突然監督に就任したという経緯があった。 さらに、阿部慎之助、村田修一(2017年退団)、長野久義といった主力選手がベテランの域にさしかかり、チームとして過渡期にあった点も気の毒だった。今季は春先から岡本和真、吉川尚輝という次世代の主力候補を登用。岡本が4番打者に定着するなど、世代交代に向けて一定の成果が見える中での監督辞任だった。 球団は慰留したというが、高橋監督の意志は固かった。プロは結果が全て。それが高橋監督の美学なのだろう。 元巨人ファンの筆者からすると、この辞任は「潔い」「早すぎる」といった感想以前に「ようやく解放されるのか」という実感の方が強い。監督業は楽しい、つまらないという観点で務まるものではないだろうが、ベンチで采配を振るう高橋監督の仏頂面を見るたびに「やらされている感」を覚えずにはいられなかった。指揮官としての自分のスタイルを固める準備期間もないまま監督に祭り上げられたのは、やはり不幸だった。厳しい表情で試合に臨む高橋由伸監督=2018年10月、甲子園球場(矢島康弘撮影) その一方で、不可解なニュースも報じられた。高橋監督の辞任に伴い、鹿取義隆ゼネラルマネジャー(GM)も退任し、岡崎郁スカウト部長も異動することが発表されたのだ。 一見、監督だけに責任を押しつけない、球団としての「けじめ」にも思える。だが、実際はそうだろうか。何しろ、鹿取氏がGMに就任したのは2017年の6月13日。前任者が成績不振の責任を取り、辞任したことによる人事だった。つまり、鹿取氏はわずか1年4カ月足らずで責任を取らされることになる。 昨オフから2018年開幕にかけての主な補強といえば、先発ローテーション候補の野上亮磨(前西武)のフリーエージェント(FA)獲得と、2017年本塁打王のゲレーロ(前中日)の獲得。さらに上原浩治(前カブス)の復帰があった。いずれも大きな成果は挙げられなかった。 しかし、わずか1年4カ月で編成に結果を求めるのは酷としか言いようがない。不運続きのドラフト 昨年のドラフト会議にしても、鹿取氏が編成面の最高責任者になってわずか4カ月で臨まなければならなかった。ドラフト1位指名で清宮幸太郎(現日本ハム)、村上宗隆(現ヤクルト)と高校生スラッガーの入札を相次いで外す不運もあった。 「捕手と二塁手を指名し過ぎ」という批判もあったが、今季は3位指名の大城卓三、5位指名の田中俊太が1軍戦力になっている。他にも成長途上の選手もおり、ドラフトの成否がはっきりするのは数年後のことである。 そして2018年のドラフト会議まで1カ月を切ったタイミングでのGM解任。つまり、鹿取氏はGMとして年間通して腰を据えてドラフトに取り組むことなく、任を解かれることになる。現場で走り回るスカウトは健在だとしても、岡崎部長が解任されたことで、新体制で臨むドラフトは急場しのぎになる危険がある。 そもそも、鹿取氏が1年4カ月で責任を取らされたとあっては、後任の編成責任者が誰になろうと強烈なプレッシャーがかかることは間違いない。必然的にFA補強、外国人補強、ドラフト指名では「すぐ使える選手」が最優先されるはずだ。 ドラフト会議で指名される選手は「バランス型」と「ロマン型」に大別される。なんでもソツなくこなせて大きな穴がない「バランス型」に対して、大きなポテンシャルを秘めながらも穴もあるのが「ロマン型」だ。すでに近年の巨人のドラフトは「バランス型」に偏る傾向があったが、その流れはますます加速するだろう。 しかし、他球団を見渡してみると、そんな刹那的な補強戦略で成功しているチームはない。リーグ3連覇を成し遂げた広島にしても、10年ぶりにリーグ優勝を果たした西武にしても、近年のドラフトで獲得した「ロマン型」をしっかりと大看板へと育成したことが優勝につながっている。西武の4番に君臨している山川穂高など、「ロマン型」の最たる例だ。近年、球界をリードしているソフトバンクや日本ハムもまた、方法は違えど育成を重視している点では共通している。清宮幸太郎サイドを訪ねる(左から)巨人の岡崎郁スカウト部長、石井一夫球団社長、鹿取義隆GM=2017年10月、東京都内(長尾みなみ撮影) 巨人は2016年に3軍制を復活(以前は「第2の2軍」と呼称)させるなど、育成を充実させようという機運もあった。だが、獲ってくる選手の多くが「バランス型」では、いくら実戦経験を積ませても大化けする見込みは小さい。 一部では、新監督就任が決まった原辰徳氏と鹿取氏が犬猿の仲だから、鹿取氏が身を引いたという見方もある。とはいえ、今後に及ぼすであろう影響を考えても、鹿取氏のGM解任は拙策と言わざるをえない。萎縮する球団関係者 かつて栄華を極めた名門の斜陽。なぜ、こんなことになってしまったのだろうか。 私は今春、『巨人ファンはどこへ行ったのか?』(イースト・プレス)という書籍を上梓した。そこで元巨人ファン、現巨人ファン、球団関係者に取材するなかで強く印象に残ったのは、今の球団周辺にいる人々の過剰とも思えるほどの萎縮である。 中核に近づこうとすればするほど、取材に応じてもらえないという現実があった。球団、応援団、周辺メディア。こちらに巨人を不当に貶(おとし)める意思はなく、その旨を丁寧に説明しても扉は固く閉ざされていた。 かつての巨人には長嶋茂雄、王貞治、原辰徳、松井秀喜といった、日本人なら誰もが知っている国民的スターがいた。そんな「太陽」を失ったいま、巨人というチームの周辺は分厚い靄(もや)に包まれている。 その靄は、おそらく2011年11月、当時の清武英利球団代表が渡邉恒雄会長に反旗を翻した「清武の乱」以降、より濃くなったと思われる。清武氏が代表解任後も球団と数々の訴訟を戦ったことは、清武氏の著書『巨魁(きょかい)』(ワック)に詳しい。2011年11月、日本外国特派員協会で会見を開いた清武英利・元巨人球団代表兼GM(左)(山田俊介撮影) 「何か余計なことをすれば粛清される…」。そのおびえに満ちた雰囲気が、今の巨人という球団全体に広がっているように思えてならない。高橋監督のあの無表情は、巨人の現状を象徴していたのではないだろうか。 球団内部には、人気復興に向けて奔走している関係者も大勢いるし、ファンサービスに手を抜かない選手もたくさんいる。だが、球団全体の萎縮が解けない限り、再建することは難しいのではないかと感じる。 巨人は再び輝きを取り戻すことができるのか。今のところ、その望みは原新監督の一身に背負わせることになりそうだ。それはくしくも、3年前に高橋監督が背負わされた重荷でもある。

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    「ガチンコより人情相撲」貴乃花が角界を去らない道はあった

    山田順(ジャーナリスト) とうとう貴乃花(元横綱)が相撲協会から追放された、と言っていいのかどうか。いまだに、なぜこうなったのか、角界事情に明るくない一般人は腑(ふ)に落ちないだろう。かくいう私も、ここまでしなくてもよかったのではないかと、今も思い続けている。 しかし、この事態を総括する論考を書かなければならなくなり、行き着いたキーワードが「人間関係」と「コミュニケーション」である。 全ての組織は人でできている。官庁にしても、企業にしても、学校にしても、スポーツ団体にしても、人でできている。つまり、組織で発生する全ての問題というのは人間関係である。そして、人間関係はコミュニケーションなしでは成り立たない。 これまで私は取材で数多くの会社を訪問したが、問題がある会社というのはすぐ分かるものだ。露骨な派閥争いがあったり、上が恐怖政治を敷いていたりして、人間関係が良くない。 それが雰囲気ですぐ伝わってくる。社員同士なのにあいさつをしなかったり、役職者が下の者に大声で怒鳴っていたりする。こういう会社は、決まって業績が悪化する。 それに対して、人間関係が良好な会社は本当に業績がいい。米国の調査研究で、成功する組織とどんなに優秀な人間をそろえても失敗する組織を比較したところ、成功する組織は人間関係が良好で、失敗する組織は人間関係がうまくいっていなかったという。 つまり、全ては人間関係であり、良好な人間関係をつくるために必要なのはコミュニケーションである。日本の場合は、組織内では必ずあいさつを交わし、話し合わなければならないことがあれば、お互い誠意を持って話す。そうして、一つ一つのことを丁寧に対処していく。これが伝統である。 ところが、貴乃花親方(もう元親方だが)と相撲協会の間には、全くコミュニケーションがなかった。2018年9月25日、引退届を出し、記者会見する貴乃花親方(松本健吾撮影) 八角理事長(元横綱北勝海)は記者会見で「なんで辞めるんだろうと、最初思いました」と言ったが、実に白々しかった。また、「親方としていろいろありましたけれど、私も一緒に協会を引っ張っていく。今はいろいろと勉強のときなんだと思っていましたので、『いつか』とずっと思っていました。ただ、今回辞めるということで非常に残念です」と続けたが、本当にそうなら、一度でも、一対一で彼と本音で話し合うべきだったろう。そうすれば、頑固一徹だが純粋でもある貴乃花を救えたかもしれない。 貴乃花も貴乃花である。なぜ、とんでもない人間のアドバイスや、相撲には無益な宗教を受け入れ、協会とまともに話そうとしなかったのか。代理人同士の争い 今となれば、バカバカしいとしか言いようがない騒動を、長年の相撲ファンの声で総括してみたい。旧国技館があった蔵前のとある酒場に、60代後半の3人(A、B、C)が集まった。以下は、そのときの「たわいもない話」である。A:それにしても、日馬富士(元横綱)を損害賠償で提訴した貴ノ岩(前頭)の代理人弁護士の会見はひどかった。彼らは職務に忠実なのはいいが、相撲に対する愛情のかけらもない。「請求金額は2413万5256円です」とシャーシャーと言うんだから、見ていられなかった。B:民事訴訟で慰謝料や逸失利益を請求するのは当然の権利だが、その前に、当事者同士で何とか話させる努力をすべきだった。同じモンゴル人なんだから、いくら貴乃花が証言も外出も禁止していたからといっても、それはなかったと思うね。事件発覚後、伊勢ケ浜親方(元横綱旭富士)と日馬富士はわびに来ると言っていたのではないか。C:要するに弁護士や代理人なんていうのは、仕事としてやっているだけで、角界などどうでもいいんだ。交渉なんてものは、どちらの顔も立てられる、優れた「仲介者」がいないとうまくいかない。A:確かに、今回の日馬富士側の回答も代理人を通してだった。結局、金額を拒否だ。そして、貴乃花も「代理人に任せておりますので私の口からは言えません」だ。これでは、問題は長引くだけだ。B:今回驚いたのは、貴ノ岩の請求額に「懸賞金の逸失900万円」とあったこと。懸賞金は勝たなければもらえない。1本6万2千円で、手数料や積立金を引くと本人には3万円だ。だから900万円を得るには、1回5本もらったとしても60勝しなければならない。いったい、どういう計算をしているのかと思ったね。C:ともかく、代理人なるものが入るほど事態は悪化する。本当の解決策は直接のコミュニケーション。代理人や弁護士なんていうのは最悪だ。相撲協会に限らず、レスリング、体操、ボクシングと不祥事があった所は、みんな代理人が出てきて、続いて第三者委員会が作られ、ガバナンスが叫ばれる。最近の日本は、みんな同じ病気にかかっているとしか思えんよ。A:確かにそうだ。貴乃花の会見も、協会に対する部分は、弁護士がつくった経緯文面を読み上げているだけ。最近は、みんなお利口になって、少しでも揚げ足を取られたくないとそうしている。ひどいもんだ。2018年10月、提訴後、記者会見する原告の貴ノ岩関代理人の佐藤歳二弁護士(中央)ら=東京・霞が関の司法記者クラブB:ひどいといえば、「引退届」と「退職届」の受理するしないは、ただの代理人同士の争い。しかも、引退届を退職届だと思ってほしいと上申するなどありえない。もし、引退届で貴乃花を退職させたら、不当解雇となって協会が処分を受けかねない。 代理人のレベルが低すぎる。さらに、原本でなくコピーに押印して提出など、代理人はいったい何をやっているんだ。わざと混乱させているとしか思えない。オレだったら、こんな代理人は即刻クビだ。「善と悪」の二元論C:そう考えると、かつて「注射」を仕切った「中盆」(仲介人)は本当に偉かった。板井(元小結、板井圭介氏)こそ本当の代理人だ。「ガチンコ」には仲介がないから、すぐこじれる。力と力は土俵ではいいが、人間関係は解決しない。B:今回、テレビ報道を見ていて、つくづく思ったのは、いまだに「相撲協会=悪、貴乃花=正義」という構図で報道していることだ。コメンテーターもみんなそうだ。改革者である貴乃花がなぜ辞めざるをえなくなったのか。なぜ、そこまで追い込まれてしまったのか。それを一生懸命説明しようとしている。A:それは仕方ないね。人間の脳というのは、そういう二元論で説明されないと理解できないようにつくられているからね。「悪と善」の対立が、もっともわかりやすい。これを超えられるのは人工知能(AI)だけだろう。C:もっともらしいことを言うコメンテーターより、貴闘力(元関脇)が一番はっきり言っていた。ただ、説明をもっとしないと、一般にはわからんだろうな。A:なんて言っていた?C:「(貴乃花)本人は正直、協調性はあまりない。全部、直球で勝負する」とね。続けて、確かこうも言った。「そういう人間だから、ガチンコで横綱にも勝った。そういう生きざまで来ているからしょうがないんです」B:確かにその通りだ。ガチンコは土俵だけにしておけばよかったということか。C:ただ、ガチンコだからこうなったとはいえない部分がある。テレビは、今回の騒動の発端が貴ノ岩暴行事件にあるとしているが、そうじゃない。協会が貴乃花にあきれたのは「裏金顧問」とつるんだからだ。2018年9月30日、断髪式を終え、伊勢ケ浜親方(左)に一礼する元横綱日馬富士=東京・両国国技館A:裏金顧問は、まだ協会と係争中だろう?C:そうだが、先日(8月28日)、彼は協会に対して「不当解雇」だとして起こした裁判で負けている。裁判所は「雇用したという事実はない」とし、「雇用の証拠として提出された採用辞令は偽造である」と認定した。まったくひどいもんだ。角界の騒動は「カネ」A:協会が裏金顧問に対して起こした損害賠償請求(1億6500万円)はどうなった?C:まだ裁判中だ。B:結局、これも協会側が勝訴すると思うが、そうなれば、今回のことがなくとも、貴乃花は責任を取って辞めるしかなくなるだろう。 なにしろ、北の湖(元横綱、前理事長、故人)に取り入ったこのコンサルタントに、貴乃花も丸め込まれ、70億円の債券を協会に買い取らせようとしたんだからな。その後、裏金顧問が追放されたときも、貴乃花は協会に乗り込んで「なぜだ」と詰め寄っている。 このとき、八角と尾車(元関脇琴風、事業部長)は貴乃花の目を覚まさせればよかったと思うね。C:結局、角界の騒動というのはカネの問題。その典型が年寄株の問題だろう。今年の理事選で、貴乃花は自分と陣幕親方(元幕内富士乃真、貴乃花の長男、花田優一氏の岳父)の2票しか取れなかった。つまり、阿武松親方(元関脇益荒雄)を立てざるをえなくなり、阿武松に8票も流れた時点で、貴乃花一門は崩壊していた。だから、「今さら他の一門に入らなければ…」なんて締め付けなくても、協会は放っておいてもよかったのでは。B:あの理事選の敗退は、自ら招いたタネだ。伏線は、貴乃花部屋付きの音羽山親方(元幕内光法)を退職させてしまったことだろう。光法は2010年(当時安治川親方)の理事選で、所属の立浪一門を裏切って貴乃花に投票した。このとき、貴乃花は光法を「生涯かけて守る」と言った。その約束が守れないのだから、一門の心は離れるに決まっている。C:貴乃花は運が悪い。自分が動かせる年寄株は「小野川」しか持っていない。しかし、これは自分をかわいがってくれた北の湖からの借株。北の湖の弟子の北太樹が引退することになって、返さなければならなくなった。2018年10月1日の臨時理事会後、会見に臨む日本相撲協会の八角理事長(福島範和撮影)B:そうはいっても、他の株を引っ張るなど何とかすべきだろう。それがこの世の義理というものだ。A:北太樹といえば、小野川襲名が決まってすぐ、愛人とホテル密会をフライデーされているのだから、もう、この辺は複雑で「テレビ頭」では問題の整理がつかない。積年の恨みB:一代年寄は大鵬、千代の富士(辞退して「九重」襲名)、北の湖、貴乃花の4人しかいないので、これで全員いなくなった。それから、貴乃花一門が消滅したので、また昔の一門制に戻ったわけだ。C:そもそも、貴乃花は一代年寄ではなく、当初予定していた名跡「藤島」を襲名してもよかったと思うね。いずれにしても、二所ノ関一門内の理事候補者談合に反発したことで、自ら立候補して当選、貴乃花一門を旗揚げした。ここまではよかった。 しかしこの後、一門の繁栄に腐心すればいいのにガチンコを貫いて、協会内の人間関係を壊してしまった。後ろ盾の北の湖を失えば、こうなるのは仕方なかっただろうな。A:今回の協会との対立は、内閣府に出した告発状を事実無根と認めることと、所属先の一門を決めることにあったという。しかし、それは引き金に過ぎないと思うが、どうだろうか。C:その通りだろう。貴乃花としては阿武松グループが二所ノ関一門に戻ったことが許せなかったのだと思うね。これでは、これまでしてきたことが全てパーになってしまう。 しかも、二所ノ関一門の総帥といえば尾車だ。犬猿の仲で有名だ。さらに、二所ノ関一門には、貴乃花を恨んでいるとされる高田川親方(元関脇・安芸乃島)がいる。A:それもまた年寄株の問題か。C:そうだ。安芸乃島は引退後、二子山(貴乃花の父、元大関貴ノ花)から「山響」株を譲り受けることになっていた。ところが貴乃花が父親に「山響」株をねだったため、安芸乃島は仕方なく二子山が別に持っていた「藤島」株を借りて部屋付き親方になった。その後、二子山が病床に伏したために部屋を継ぐことになった貴乃花は、「藤島」株の価格を釣り上げて安芸乃島の取得を妨害した。1995年1月、明治神宮で雲竜型の土俵入りを披露する横綱貴乃花。左は太刀持ち安芸乃島 そこで、安芸乃島は立田川部屋へ移籍を申し出たが拒否され、仕方なく、自主破門という形で、二子山部屋を継承した貴乃花部屋を去ったのだ。A:それは根深い問題だね。今回、貴乃花を引き止める話もあったが、それには立田川親方が大反対したと言われているけど、本当だろうか。相撲はスポーツじゃないC:いや、それは分からない。ただ、反対した親方はもっといたはずだ。朝日山親方(元関脇琴錦)が一番貴乃花に同情的で、伊勢ケ浜一門に橋渡しをしたという話がある。伊勢ケ浜親方も、日馬富士の件を水に流して受け入れるはずだったと言われるが、これは協会の趨勢(すうせい)ではなかったということだろうね。A:結局、貴乃花がいなくなったことで、角界は何かトクをしたのかね。B:どうだろうか。ワイドショーなどでは、かつて国民的アイドルだった大横綱がいなくなったので、相撲人気が衰えるなんて言っているが、そんなことはないだろう。 NHKが全取組を生中継している限りは安泰だ。これは、高校野球と並んで、日本にはなくてはならないコンテンツということだから、どんな不祥事があっても関係ない。かえって、トラブル続きの方が視聴率も上がるというものだ。C:それに、今は高齢社会だ。高齢者がカネを持っている。人気が衰えるはずがないだろう。B:相撲は興行、見せ物であって、純粋なスポーツではない。そんなことはみんな分かって楽しんでいる。声援を送っている小学生、実はうちの孫だが、「人情相撲」を説明するとちゃんと分かるんだ。本気で相撲を取ったら、あんな固くて狭い土俵だから、けが人だらけになってしまう。 それを言うと「注射」も理解する。「相撲はふつうのスポーツじゃないんだね」と私に言う。大人だけだ。頭でっかちで、ガバナンスだのフェアプレーだの言っているのは。2003年6月、断髪式で二子山親方からはさみを入れられる元横綱貴乃花=両国国技館A:まあ、それは言い過ぎだが、やはり今回のことで問題にしたいのは、当事者同士がとことん話し合わないことだ。代理人に丸投げで、会見というと代理人も一緒に付いてくる。 これは本当に変だ。貴ノ岩にしろ、貴乃花部屋で問題を起こした貴公俊(たかよしとし、幕下)にしろ、子供ではない。ちゃんと会見して、自分の言葉で話すべきだ。C:まあ、相撲取りはしゃべりが苦手だから、どうしようもないが、だからといって、面倒なことは弁護士、代理人ばかりに任せていると、そのうち、相撲人気は本当に衰えるかもしれないな。

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    日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう

    茂木健一郎(脳科学者) 日本人がテニスの4大大会「グランドスラム」で優勝する。今まで叶うことがなかったそんな夢を、大坂なおみ選手が実現した。これは凄いことである。 決勝の相手は「絶対女王」とも讃えられるセリーナ・ウィリアムズ選手。大坂選手は子どもの頃から彼女のプレイを見て憧れていたという。テニス界のレジェンドを破っての優勝は、この上なく純粋な歓びによって祝福される「快挙」であるはずだった。 だが、実際にはセリーナ・ウィリアムズ選手が、試合中に審判に暴言を吐いたり、ラケットを叩きつけて壊すなど、大荒れの試合となった。表彰式でも、ウィリアムズ選手をひいきするような発言があったり、大坂選手が「すみません」と詫びたり、その偉業を祝福する流れとは程遠い展開となってしまった。 もちろん、大坂選手が成し遂げたことの素晴らしさに変わりはない。時間がたつにつれて「雑音」は消え、その偉業の本質だけが残っていくだろう。 何年かたったら、今回の決勝戦のゴタゴタなど、みな忘れてしまっているかもしれない。それくらい、大坂選手のテニスは素晴らしかった。 振り返って、日本国内では大坂選手が「日本人」として初のグランドスラム優勝を達成したことを讃える声がある一方で、さまざまな「雑音」が聞こえてくるのも事実である。 私個人としては、このような「雑音」は意味がないと思っている。ただ、「雑音」には時代や人々の無意識の本質が現れる。大坂選手の優勝をきっかけに、日本人の不安や恐れ、そして夢が顕在化したのだと思う。以下ではそのことについて考えてみたい。 日本人が今、最も不安に思っていることの一つは、グローバル化とその中でのアイデンティティーの喪失なのではないだろうか。 自分たちの今までのやり方が通用しなくなる。いわゆる「ガラパゴス化」であり、国内では優れているものが世界では通用しない。 英語圏では、「ビッグ・イン・ジャパン」(Big in Japan)という言い方がある。日本国内ではビッグであり、スターであるけれども、国際的には無名の存在を指す。ただ、そこに日本らしさが表れてもいるので、「ビッグ・イン・ジャパン」は愛される存在でもある。全米オープン女子シングルスで初優勝し、表彰式で涙を流した大坂なおみ。右はセリーナ・ウィリアムズ(米国)=2018年9月8日、ニューヨーク(ゲッティ/共同) 日本人が国際的に活躍することに日本人が熱狂するのは、グローバル化の中で日本の立ち位置が揺るがされている不安の裏返しでもある。「ビッグ・イン・ジャパン」だけでは、世界に通用しないと薄々感じ始めているのだ。 その意味では、今回の大坂選手の全米オープン優勝というニュースは、うれしいことのはずであった。文字通り、グローバルな競争で一位になったからである。 では、なぜ「雑音」が生じるのかと言えば、大坂選手が「典型的な日本人」なのかどうか、という迷いがあるからに他ならない。「典型的」でないことの迷い 日本人が「ビッグ・イン・ジャパン」を乗り越えて世界で活躍すると、なぜ安心するのか。それは、彼らが自分たちの「村」の仲間だからである。仲間が世界で活躍したという事実は、自分たちも可能性があるし、何よりも自分たちのやり方は間違っていなかったと確認できる。 だから、「典型的な」「普通の」日本人が世界で活躍すると、わが事のように喜ぶ。そんな心情が日本人にはある。 その意味で、大坂なおみ選手が「典型的な」「普通の」日本人なのかという点に迷いを感じる人が少なからずいる。だからこその「雑音」なのだろう。 大坂選手は、日本人のお母さんと、ハイチ系米国人のお父さんの間に生まれた。その身体能力も、外見も、本当に素敵なのだが、多くの人が思い浮かべる「日本人」のイメージとは違っているのかもしれない。 むろん、何が「典型的」で「普通」なのかというのは時代によって異なる。厚生労働省のデータによれば、日本における国際結婚の割合は概ね3%台のようである。その意味で、さまざまな背景を持った子どもたちの数は今や決して少なくはない。 アメリカでは、どんなエスニックの背景を持った人でも「典型的な」アメリカ人になる。かたや、日本ではそこまでの意識の変化が進んでいない。 日本「村」の「村民」として、大坂選手を自分たちの「仲間」だと思えるかどうか。 この点に、今回の快挙を「雑音なし」に純粋な喜びとしてお祝いできるかどうかの分かれ目があるのだろう。 私個人は、純粋に喜んだ。一方で、そうではない方々もいた。そんな方々が、さまざまな雑音を立てたに違いない。 しかし、結局のところ、雑音は雑音に過ぎないとも思う。 これからの日本をどう発展させていくか。そのことを考えると、大坂なおみ選手の快挙は、大いに参考にすべき「成功事例」だと思う。 まず、エスニックな背景のさまざまな方が、日本に縁を持って活躍する機会をつくること。 大坂なおみ選手が、子どもの頃にニューヨークに移住し、テニスの練習を続けて、ツアーの転戦などもグローバルな厳しさの中で闘ったように、日本の偏差値入試のような「ビッグ・イン・ジャパン」の世界ではなく、最初から世界の文脈の中で人材を育てること。 日本には天然資源がない。私たちにあるのは「人的資源」だけである。日本人の勤勉さ、創意工夫は世界的に評価されている。問題は、それをどう発展させるかだろう。力強いサーブを放つ大坂なおみ。最後まで平常心を保ち、四大大会初の頂点に立った=2018年9月8日、ニューヨーク 今回の決勝戦でも、大荒れのウィリアムズ選手に対して、終始冷静さを保ち、相手へのリスペクトを忘れなかった大坂選手のひたむきな態度は、「日本人の精神性」として人々に強い印象を与えた。 大坂選手が、競技のために栄養学的に考えられた食事を抜きにすれば、試合後真っ先に食べたかったものは、カツ丼やカツカレーだったという。これはもう「普通の日本人」の女の子の感覚そのものである。 大坂選手は、その精神性においては「典型的な」「普通の」日本人の気持ちを引き継いでいる。大切なのは、そのことだけである。大坂なおみの日本的な純粋さ 日本の良さをどう発展させるか。グローバル化の時代に、どう適応するか。そのためには、日本の精神性のコアを大切にしつつ、日本や日本人を狭く捉える偏屈さから開放されていくしかない。 かつて、テニスの4大大会、ウィンブルドンは広く世界の人たちが競技するように開放され、その結果英国人選手が優勝できなくなった。 そのことは「ウィンブルドン現象」とも揶揄(やゆ)されたが、結果としてテニスの聖地、ウィンブルドンの地位は上がっている。 日本の大相撲は、外国出身力士の活躍で、日本出身力士が優勝できず、長らく横綱にもなれない時期が続いた。 そのことをあれこれと言う「雑音」もあったが、結果として、国技館は世界の人たちが熱い心を持って訪れる大人気のスポットとなり、大相撲人気は国際的な広がりを見せている。 グローバル化の中、日本らしさや、日本人の精神性は、そんなに簡単に失われるものではない。そして、その精神性の良いところは、外国の方々にも影響を与えて、取り入れてもらえるものである。 「典型的な」「普通の」日本や日本人が何なのかということについて、狭い考えを持つべきではない。ましてや、それを「雑音」として人に押し付けるべきではない。 大坂なおみ選手は、試合前のインタビューで、セリーナ・ウィリアムズ選手のことを「愛している」と発言した。 また、対戦する時にはただのプレーヤーになるけれども、試合が終わってハグする時には、またウィリアムズ選手に憧れる一人の少女に戻る、とも発言した。 このような発言は、最良の意味で、日本的な純粋さが表れていると言えないだろうか。 今や世界中の人が愛する、日本のアニメや漫画の登場人物たちが見せる、どこかナイーヴな純真にも似て。あえて言えば、それこそが「もののあはれ」である。全米オープン女子シングルスで初優勝し、にこやかな表情で凱旋会見に臨む大坂なおみ=2018年9月13日、横浜市西区(宮崎瑞穂撮影) 結論を言おう。今回の大坂なおみ選手の全米オープンでの優勝は、日本人としての素晴らしい快挙だった。  彼女の闘いぶり、そして発言には日本の精神性の良さが如実に表れていた。大切なのはそれだけであって、それ以外のことはすべて「雑音」である。 雑音は、インターネットを一時的に騒がせることはあっても、やがて消えていく。そして、後には本質だけが残る。 日本をこれから発展させるのは、雑音に惑わされず、本質を見つめ、それに寄り添う矜持(きょうじ)と勇気であろう。大坂なおみ選手が、その「素晴らしいお手本」となってくれたのである。

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    愛娘も見放した栄和人「夜遊び解任」の内幕を私が教えよう

    小林信也(作家、スポーツライター) 至学館大学女子レスリング部の栄和人監督が解任された。6月14日に栄氏が一連のパワハラ問題などについて謝罪した、あの記者会見からわずか3日後のことだっただけに、驚きと戸惑いが広がった。 実は、私は謝罪会見の翌日、明治杯レスリング全日本選抜大会の2日目に駒沢体育館(東京都世田谷区)で栄氏に会っていた。ここ数週間の取材経緯があり、至学館大の谷岡郁子(くにこ)学長とお会いする約束をしていた。 谷岡学長を探して至学館大関係者の席に向かうと、思いがけず栄氏から声をかけてくれた。そして、両手で握手を求められた。随分前に栄氏を一度取材したことはあるが、ほぼ初対面のようなものだった。 栄氏は前日に私がコメンテーターとして出演したテレビ番組を見て「あなたの発言に勇気づけられた」と言った。番組出演者の大半が「これは本気で謝っていない」と栄氏を辛辣(しんらつ)に批判する中、このとき私は「(栄氏の)質疑応答の受け答えには含みを感じるが、謝罪自体は真摯に感じた」などと述べたことを記憶している。恐らく、その発言を指していたのだろう。 栄氏と軽くあいさつを済ませた後、私は谷岡学長の隣に座った。続いて栄氏が座ったため、私の右隣に谷岡学長、左隣に栄氏という2人に挟まれる形で観戦した。それからしばらく、2人とは交互にじっくり話す機会を得た。2018年6月15日、レスリング全日本選抜の会場で、客席から観戦する至学館大の谷岡郁子学長(左)とレスリング部監督の栄和人氏(右)。中央は筆者=東京都世田谷区の駒沢体育館 「リオ五輪のとき、選手村の食事では減量がうまくいかない選手もいる。だから30分も離れたホテルで手料理を作り、それを毎日取りに来てもらった」。谷岡学長が当時のこんなエピソードを披露すると、栄氏がおもむろ自分のスマートフォンの中に入っていた五輪選手村での食事風景の写真を探し、見せてくれた。テーブルを囲む選手たちの中には、一連のパワハラ騒動の被害者である伊調馨の顔もあった。 「リオでもこうやってね、(伊調とは)一緒にやっていたんですよ…」。その言葉をつぶやいた栄氏の顔はどこか寂しそうだった。そんな思い出話などを続けているうちに、女子65キロ級1回戦のマットに栄氏の長女、希和さんが登場した。「実はね、右肩を痛めているんですよ」。栄氏も不安そうにマットを見守った。 試合が始まると、谷岡学長がすぐに「希和、行けー!」と大声で叫んだ。試合中はずっと大声援だった。一方、栄氏は私の横で何か独り言をつぶやくように戦況を分析していた。そしてリードを奪われて第1ピリオドを終えたとき、「この相手、強いんですよ」と栄氏が耳打ちしてくれた。なんと、希和さんの相手は今年3月のアジア選手権で準優勝した今井海優(自衛隊)だった。谷岡学長「半端ない」 試合終了間際、ブザーが鳴る寸前に希和さんのタックルが決まり、相手のバックを取った。レフリーはすぐにポイントのコールをせず、希和さん側のセコンドが「チャレンジ」を申請したため、結果はビデオ判定に持ち込まれた。 その間、谷岡学長は「見た! 私見てた。間違いなく時間内に決まってる!」と何度も繰り返し叫んだ。そして、希和さんの勝利がコールされると、谷岡学長は「よし!」と腕を振り下ろし、勢いよく立ち上がった。その瞬間、向こう隣に座っていた希和さんの母親(レスリング元世界女王、坂本涼子さん)とガシッと抱き合い、満面の笑みで両手を握り合った。その様子を見て、谷岡学長の選手への熱い思いがよく伝わった。 また、他の試合でも至学館大の選手が劣勢のまま終盤に差しかかると、谷岡学長は両手で髪をむしり取らんばかりに興奮しながらマットを見守っていた。選手が敗れると両手を挙げ、この世の終わりかのような形相でため息をついた。まるで、我が子に寄せるような強い思いが伝わった。選手一人ひとり、一つひとつの勝負にこれほどまで激しく入れ込む人はそういない。一緒に観戦した谷岡学長の懸命な応援ぶりに「この人半端じゃないな」と素直に敬服した。一連のパワハラ騒動の最中、谷岡学長が何度も繰り返した「選手ファースト」の言葉は紛れもなく本心だったのだろう。 世間やメディアは、栄氏が現場復帰からわずか3日で監督を解任されたことについて、谷岡学長を非難し、彼女の矛盾や横暴さを指摘する向きが強い。だが、今は2020年東京五輪につながる重要な時期である。 レスリング選手にとっては、サッカーで言うところのW杯予選であり、高校野球で例えるなら春のセンバツにも匹敵する重要な大会である。この大会の勝ち負けで、東京五輪出場がぐっと近づくこともあるし、遠ざかりもする。レスリング関係者にとってはそれほど重要な大会だったのである。だからこそ、試合中に他のことを考える余裕などなかったのだろう。 にもかかわらず、試合をじっくり観戦こともなく自分のスマホをいじり、時には通話したり、しかも自らの教え子である至学館大の選手同士の試合があっても、知人と焼肉ランチに出掛けた栄氏の行動はあまりに異質だった。彼のレスリングへの「思い」のなさは、理屈抜きに「仲間の中に入ってこれない人がいた」と谷岡学長に言い放たれても仕方がないだろう。レスリング全日本選抜女子65キロ級決勝 伊藤彩香(右)に敗れ、優勝を逃した栄希和=駒沢体育館 それでも「選手ファーストと言いながら、監督を留任させたり解任したり、選手に動揺を与えているのは、むしろ感情的で一貫性のない谷岡学長ではないか」という批判もある。 こうした批判が出るのは、栄氏の処遇を谷岡学長がすべて一存で決めているという、メディアや世間の思い込みがあるからだろう。そもそも、谷岡学長は栄氏の留任を決めたときも、解任を決断したときも、吉田沙保里はもとより、至学館大の選手たちに率直な気持ちを尋ねている。 一連の騒動で最初に表舞台に出た今年3月の記者会見の印象があまりに強烈で、彼女のことを「他人の意見など聞かない人」「すべて一人で決めるワンマン学長」といったレッテルを張る人が多いようだが、取材を通して私は谷岡学長と選手たちの「心の距離は近い」と感じたことだけは間違いない。引導を渡した栄氏の長女 谷岡学長には、栄氏の現場復帰についても、その経緯を聞いた。監督留任を決めたのは、選手全員が「栄氏に監督をやってほしい」と望んだからだったという。だが、その心は「監督に教えてもらわなければ強くなれない」「金メダルを獲るのに栄氏が必要だ」というニュアンスではなかった。 パワハラ問題で断罪され、非難を浴び、憔悴しきって自宅から出ることもできなくなった監督の健康と未来を選手全員が案じたのである。「栄氏に早く元気になってほしい」。そのために一番ふさわしい場所は「監督」という席しかない。そういう思いの方がどうも強かったようである。 谷岡学長は、私に「本当はセコンドについてほしかった」と何度も繰り返した。確かに「栄氏はセコンドの天才です」と3月の記者会見でも言っている。そして「前半でリードを奪われ、普段の力を発揮できない選手をインターバルのときに栄氏はたった一言で選手を甦らせ、勝利に導いた試合をこれまで私は何度となく見ています」とも教えてくれた。 彼女の言葉を聞く限り、現場復帰の決断は「栄氏自身が元気を回復し、自分の原点を思い起こすきっかけになればいい」との思いの方が強かったことは間違いないだろう。そのためには「セコンドについて、タオルで選手の汗を拭いてあげたり、マットのすぐ下で声援を送ることからもう一度始めてほしかった」と残念そうに語ったのは印象的だった。しかし、栄氏は大会初日も2日目もセコンドに決してつこうとはしなかった。 もっと言えば、栄氏がセコンドにつくか、つかないとかはどうでもいいのかもしれない。むしろ勝負に対する情熱の喪失や、選手に気持ちが寄り添っていない現実を目の当たりにしたことに彼女は落胆したのである。そして、週刊誌に掲載されたキャバクラ嬢との夜遊びも、「解任の理由ではない」とは明言したものの、教え子である二十歳前後の女子選手にしてみれば、心が離れる一因になった可能性は否めない。記者会見で頭を下げる栄和人氏=2018年6月14日、駒沢体育館(高橋朋彦撮影) 谷岡学長によれば、解任について吉田沙保里をはじめ、選手たちに尋ねてみたところ、一様に同じ気持ちだったらしい。「現場復帰からわずか3日で解任」と世間は言うが、世界選手権の代表選考がかかった今大会は、選手にしてみれば一年にも等しい重さを持っているのである。 栄氏解任の記者会見が終わった後、会場の外で谷岡学長にバッタリ会うと、静かにこう言った。 「あれは、選手の親切心だったのですね」 一度は栄氏を「監督として留任させてほしい」と声を上げたのは、監督思いの選手たちの優しさだったのである。その気持ちの重さに気づかず、結果的に踏みにじる形になった栄氏自身、今回の解任は受け入れる以外に方法はなかっただろう。 「(監督は)もうダメですね…」。栄氏に引導を渡した選手の中には、悲しいかな、栄氏の長女、希和さんも含まれていたという。

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    プロアマ騒動、片山晋呉も悪いがそれだけじゃない

    小林信也(作家、スポーツライター) 男子ゴルフの国内ツアーで5度の賞金王に輝き、通算31勝をマークしている片山晋呉が、5月30日のプロアマ戦で一緒に回った招待客を激怒させ、「その人が途中でラウンドをやめて帰った」というニュースが大きく報じられた。 日本ゴルフツアー機構(JGTO)の青木功会長はこの問題を把握後、速やかに「極めて深刻であると受け止めている」とコメント。JGTOは野村修也理事と外部弁護士からなる調査委員会を設置し、今月中に懲戒・制裁委員会を開いて処分内容を決定すると公表した。また、報道によると、片山は招待客に直接謝罪したという。 片山といえば、国内では2000年に初の賞金王となり、04年から3年連続賞金王に就いたほか、01年の全米プロ選手権で4位タイ、09年マスターズで4位に入るなど、世界の舞台でも実績のある「日本を代表するプロゴルファー」の一人だ。通算25勝で得られる永久シード権を持っている史上7人目の選手でもある。 いったいあの日、プロアマ戦で何があったのか。複数の報道を総合すると、JGTO主催の国内メジャー「日本ツアー選手権森ビル杯」開幕前日に行われたプロアマ戦の最中、スタートの13番ホールを終えた時点で、前のホールが詰まっていたため、片山は13番グリーンでパッティング練習を続けた。 片山と一緒に14番に向かおうとした招待客の男性が、来るように促したものの、片山は「まだ前が詰まっているじゃないですか」などと発言し、応じなかった。片山の行動が男性の逆鱗(げきりん)に触れ、その場でラウンドを止めてクラブハウスに引き揚げ、JGTOに通告したのである。 この同伴者は、プロアマで片山とのラウンドを希望し、願いがかなってプレーしていたという。それだけに期待が大きく、期待を裏切られたため憤りも深かったのだろう。2018年4月、パナソニックオープン3日目、16番でパーセーブしポーズを決める片山晋呉=茨木CC(岡田茂撮影) 翌日に試合初日を控えるプロが、プロアマの途中でグリーンの状態やボールの転がりを確認すること自体は、ごく普通の行動だ。だが、同伴者がプロと一緒に気持ちよくプレーできるように務めたり、同伴者が望めばワンポイントアドバイスを送るなど、同伴者に対するホスピタリティーが求められる場でもある。 JGTO発足時に定めた準則にも「プロアマトーナメントで同伴アマチュアに不適切な対応をしたり、不快感を与えるような態度をしてはならない」と明記されている。また、16年に就任した青木会長が男子ツアーの人気回復のためプロアマ戦を重視する方針を強く打ち出し、選手会長の石川遼副会長もファンサービス強化を打ち出した直後の出来事だった。 つまり、同伴者をそっちのけにし、自分のプレーにばかり集中するのはマナー違反だという認識は「現在のプロなら共有している」という前提があるだけに、片山が非難されているのだ。スポンサーへのサービスは過剰か そもそも男子プロツアーは、1990年代には年間40近い大会を開催していた。バブル経済が追い風にあり、人気選手が話題の中心にいた。ところが、長引く景気低迷に加え、突如出現した石川や松山英樹といった新星たちが次々と米ツアーに飛び出すなどしたため、今季は26大会にとどまっている。 一方、女子ツアーは3月から11月までほぼびっしり、38大会が予定されている。男子よりも女子にスポンサーが集まる要因は、若く魅力的なニュースターが次々に登場している華やかさに加え、「プロアマの楽しさ」「女子プロ選手のホスピタリティーの素晴らしさ」があると言われている。 かつて、トーナメントに協賛するスポンサー企業は、冠に名前が付く露出効果を重視していた。知名度が上がり、好感度が上がることで、企業のイメージや業績が向上すれば、一定の協賛対価が得られるという評価だ。 ところが、景気低迷とともに、ステークホルダー(利害関係者)に対する企業の責任が厳しく問われる時代に変わり、漠然とした効果のために1億円を超える広告費を投下する姿勢が疑問視されるようになると、協賛効果にも具体性が求められるようになった。そんな中、プロアマ戦は、「スポンサー企業が取引先や関連企業のVIPを招待し、親交を深めるための重要な舞台」と、評価がより一層高まっている。 シニアツアーについては、今季から台湾で公式戦が行われるようになった。メインスポンサーは以前から交流の深い台湾企業だが、シニアツアーの主催者でもある日本プロゴルフ協会(PGA)の倉本昌弘会長によれば、開催の決め手は「台湾に赴任している日本企業の担当者がシニアプロたちと一緒に回れるプロアマの評価が高かったから」だという。 要するに、協賛企業にとってプロアマ戦は、大会そのものの協賛価値と同じか、それ以上の重要性があり、それほど位置付けの高い舞台だというわけだ。それだけに、本大会や自分の成績ばかりに傾注し、大会をサポートするスポンサーやプロアマ招待客を軽視した片山の認識の低さが浮き彫りになっているのだろう。2018年4月、東建ホームメイトカップのプロアマで話をする(右から)JGTOの青木功会長と石川遼副会長=東建多度CC(岩川晋也撮影) ところで、報道に接して、片山の態度に落胆する声が多い一方、プロアマのあり方に疑問を呈し、むしろJGTO側に再考を求める声も上がっている。 大胆な意見や提言で知られるプロゴルファーでツアー解説者のタケ小山氏がラジオ番組で、「選手よりスポンサーが重視される構図自体、間違っている」「選手たちがスポンサーに感謝するのは当たり前だが、過剰なサービスまで必要なのか」「ギャラリーが入らなくてもスポンサーが賞金を出してくれれば試合が成り立ち、テレビ中継が付くという構図が本末転倒」などと語り、インターネット上で話題になっている。これもまた一考に値する一つの提言ではある。 だが、残念ながら、スター選手のプレーが見たいからお金を払って見に行く、それだけでツアーが成り立つ状況でないのが日本のゴルフの実情だ。それに、プロ選手は単に技を磨き、卓越した技を見せさえすれば、それでいいのか、議論の分かれるところだろう。この機会をとらえて、「プロフェッショナル」のあり方についても、問題提起すべきではないだろうか。

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    日大「危険タックル」議論の核心はそこじゃない

    小林信也(作家、スポーツライター) 日本大学アメリカンフットボール部の「危険タックル問題」が連日メディアで報じられ、議論が続いている。騒動が起こって2週間が過ぎた辺りから「これほど騒ぐのは異常」との指摘もネットでは出始めているようだが、それはこの問題の本質や全貌をよく見ていない傍観者の呟(つぶや)きではないだろうか。 職場や社会においてパワハラの排除が進む中、いまだにスポーツ現場では、選手や子どもの心を踏みにじる監督・コーチの高圧的な指導がはびこっている。今回の出来事は、そんな旧態依然のスポーツ界に刃が突きつけられた出来事だと感じている。 これまで不祥事が起きても当事者の問題を追及するだけでスポーツ界の体質そのものにはメスが入れられなかった。私はこれまで一貫して不祥事の温床がスポーツ界にあり、単に個人の問題として片付けるべきではないと主張し続けてきた。 スポーツ界においては、パワハラや昔ながらの精神論、根性論が勝利によって美談にすり替わるカラクリがある。多少の厳しさは仕方がなく、勝つためには必要であるといった世論は崩されないまま今日に至っている。 女子レスリングのパワハラ問題もその一例だろう。「栄和人監督が伊調馨さんにそんなひどいことをしているとは思わなかった」という感想が大勢だろうが、栄監督の厳しさは十分承知されていた。それでも「金メダル」という結果が出て、選手が感激の涙を流せば、たとえパワハラ監督でも理屈抜きに「名将」と呼ばれ、世間はもてはやす。高校野球もその典型である。 相手に重大なケガをさせるプレーを選手に指導し、励行(れいこう)させるチームは少なくない。強いチームがそれをやれば、「同じようにやらなければ勝てない」と考えるチームは当然出てくる。私が昨シーズンまで監督を務めていた中学硬式野球でもその影響が及んでいた。強い高校のまねをして、ルール違反ぎりぎり、というよりも実際にはルールに抵触しているのだが、巧みに審判の目をごまかすプレーにしばしば直面したことがある。 「勝てばいい」という価値観が日本のスポーツ界、少年野球などのジュニア世代の現場にまで広がっている。本来は、もっと大切なものが当然ある。勝利はゲームの目的であっても、その競技に取り組む究極の目的ではない。日大フェニックスの伝統を創った篠竹幹夫元監督も「勝負は結果にすぎない」と繰り返し語っていたという。今では短絡的に「勝てばいい」の発想がまん延し、日本のスポーツ状況はさらに貧しくなってきていると思う。会見する日本大アメリカンフットボール部の井上奨コーチと内田正人前監督(右)=2018年5月23日、東京都千代田区(松本健吾撮影) 話をアメフトに戻そう。内田前監督が関西学院大学との定期戦後の囲み取材で語った「選手はよくやった」「もっといじめますけどね」といった言葉(出典・週刊文春オンライン)にも、問題の本質がにじみ出ている。 メディアや世間では「動かぬ証拠」が必要であり、「監督の指示があったのか、なかったのか」ということが重大な論点になっている。確かに、訴訟であれば証拠の積み重ねは必要だが、これはスポーツの現場で起こっていることであり、そもそもパワハラは心の問題である。監督やコーチが選手の心にどんな作用を与えようとしているか、指導者と選手の関係のいびつさこそが問題なのである。「宮川は優しすぎる」の意味 個人の気持ちが尊重にされる現代において、スポーツの現場では指導者側の都合や一方的な価値観の押し付けによって選手の心が踏みにじられ、もてあそばれているのが実情である。いみじくも内田前監督が同じ囲み取材の中で「法律的には悪いかもしれないけど」と語っている。 それは彼らの指導方針が法律の枠に縛られず、彼らの価値観にのっとって行われていることに起因する。言い換えれば、刃物や凶器を使わずに選手の心をズタズタに傷つける犯罪行為に等しい。私が声を大にして叫びたいのは、今も日本中の多くの現場で「人を育てる」「心を育てる」と言いながら、自分たちの勝利のために子どもや若者たちの心を土足で踏みつける大人たちの悪行が繰り返されている現実だ。スポーツに携わる指導者たちは一刻も早く気づくべきである。 「高校時代は好きだったアメリカンフットボールが、大学に入ると…」。日大の宮川泰介選手が記者会見の中で語った言葉がある。最も切ないのはこうした言葉に接したときだ。しかし勝利至上主義のプロモーションを受け、判断力がまひしている多くの日本人は「厳しいのは当然だ」と、それ以上の発想を巡らせない。むしろ、それは「選手の心の弱さのせいだ」と考えがちである。 スポーツの指導者が真っ先に考え、指導の根底に常に置くべき基本、それは「競技を好きになってもらう」ことだ。勝利を目的にするチームほど、「好きは当然」「勝つためには好きの次元を超えなければならない」といった傲慢(ごうまん)さがまかり通る。そして、好きになることより勝つことが優先される。 井上奨前コーチが退場後に言ったとされ、会見でも追認した「宮川は優しすぎる」といった言葉も、私が呆然とするスポーツ界の慣用句の一つだ。多くのスポーツ選手は、競技力の向上を通して、優しく、たくましい人間になりたくて日々精進を重ねるのではないだろうか。 豊かな発想や瞬時の判断力がスポーツを通して磨かれることがスポーツの良さの中核にある。ところが、勝つことを目的とする現場では優しさは悪とされがちだ。優しさが心の根にあってこそ、「まさかのときに大切な人を守れる」たくましさが育つのではないか。 「相手を傷つける」「相手を壊す」気持ちを根底に置いた人間がどんな方向に向かうかは、言うまでもないだろう。ここにも、勝利至上主義に毒された日本の問題点がはっきりと見える。アメフト大学日本一を決める「甲子園ボウル」日本大学対関西学院大学の試合=2017年12月17日、西宮市の阪神甲子園球場(山下香撮影) あえて付け加えるが、こうした温床を許しているのは、多くの国民の「スポ根ドラマ好き」な体質でもある。金メダルを獲る、優勝する、甲子園に出る、といった結果さえ出ればすべてを許し、美化して感動する。多くの日本人がその危険性に気づかなければ、スポーツが好きになったばかりに間違った方向に導かれる環境に身を投じる子どもたちを救うことができない。今回の騒ぎが、これを打破し改善する大きなきっかけになるのではないかという期待を抱いている。そうしなければ、勇気を持って過ちを認め、謝罪した宮川選手の思いと行動にも応えることができない。宮川選手を試した理由 この問題を引き続き議論し、共有する必要があると感じているのは、はっきりと理由がある。本稿はアメフト及びスポーツの側面に絞って書いたが、この問題の背景には大学経営とスポーツが密接に結びついている。 スポーツはもはや「子どもや学生の心身を育てる」といった側面を超えた、巨大なカラクリの中にある。今回の「潰せ」という指示が、巨大化するビジネスの一要素として行われたのではないかという可能性も否定できない。内田前監督は日大で人事を担当する常務理事という立場にあった。 端的に言えば、「相手のQB(クオーターバック)を壊してこい」という指示は、アメフトの試合に必要な戦略として発せられたというより、大学経営と関連ビジネスにおいて上司と部下の関係にあった内田前監督と井上前コーチが、新たな人材として宮川選手を見込んで、試したのではないかと筆者は推測している。 「相手を壊す」ことが目的ではなく、いかなる理不尽な指示にも従う部下で有り得るかというテストである。5月27日、危険タックルを受けて負傷した関学大の選手が試合に復帰した。調べてみれば、この選手が今春から試合に出場し始めた新戦力で、先発出場の可能性が高いのは今のところ先輩QB二人だったことが分かる。 つまり、この選手は現段階で壊しておかねばならない絶対的なエースQBとまで言えないのである。アメフトの枠でなく、将来の人材探しだったと考えれば、「潰せ」とは言ったが「そういう意味ではなかった」という井上前コーチの証言も、「指示はしていない」という内田前監督の言葉も少しは理解できる。また、試合後の囲み取材で内田前監督がしきりに「ひと皮むけた」「宮川はよくやった」「もっといじめるけどね」と発言している意味もすんなり理解できないだろうか。記者会見で詳細な経緯について語る日本大学アメリカンフットボール部の選手=2018年5月22日、日本記者クラブ(川口良介撮影) 今回の出来事は、その意味でも監督、コーチと選手の問題にとどまらない。日本のスポーツがすでに踏み込んで(取り込まれて)しまっている巨大なビジネスのカラクリ、怪しい伏魔殿に支配される状況を認識し、打破する必要がある。 大げさに聞こえるかもしれないが、国民に重大な影響を与える案件をも曖昧に隠蔽(いんぺい)し、為政者が都合よく公文書を改ざんするといった日本が抱えるさまざまな問題の温床、カラクリ、悪しき人間関係にも通じる。国民の多くが関心を寄せているこの問題を通して、戦後70年以上にわたって改善できなかった日本の悪弊が一掃される「千載一遇の好機」と予感している。

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    「さらば宝石」イチローとダブる伝説の天才打者「E」

    小林信也(作家、スポーツライター) イチローがマリナーズの「球団会長付き特別補佐」に就任した。今季は試合に出場しないが、来季以降の現役復帰に含みを残した「終身契約」だという。「事実上の引退」と報じるメディアもあるが、「50歳まで現役」を公言し、生涯現役のイメージの強いイチローらしい契約ではないだろうか。 試合に出ないのに、毎日チームに帯同し練習して、その背中で若い選手たちに範を示し続ける。そして選手たちからの疑問や質問にも答える。ちょっと不思議な感じもするが、イチローがただ理論だけで指導するコーチである方が違和感がある。 25人のロースター(出場選手枠)を争う現役選手なら、常に自分のポジションを脅かすライバルだから他の選手は心理的に穏やかでない。球団はリスペクトゆえマイナーに落とせないイチローを確実に登録し続ける余裕もない。こうした思いや現実を見事に集約した契約に感じる。 今季、イチローはレギュラー外野手が故障から復帰するまでが出番だと最初から分かっていた。そのため、最初の1カ月で「戦力」としての証明をする必要があった。しかし、残念ながら15試合の出場で41打数9安打、打率2割2分にとどまり、引き続き25人の中に残る意義を示せなかった。そのことはイチロー自身もよく理解しているから、今回の契約には十分な「リスペクトと配慮」を感じたはずだ。 今回の契約を聞いて、ふと思い起こした打者がいる。ノンフィクション作家の沢木耕太郎さんが『敗れざる者たち』(文藝春秋)の中で、「さらば宝石」と題して書いた「E」という天才打者のことだ。沢木さんはこう書いている。引退して数年たつのに、Eは依然として3時間から6時間のハード・トレーニングを自宅で続けている。(中略)いつかどこかの球団が自分を必要として迎えに来てくれる、と頑なに信じ込んでいるらしいというのだ。 Eとは、プロ野球史上最年少で2000本安打を達成し、首位打者2回、シーズン最多安打も4回記録している「安打製造機」榎本喜八である。 打撃の師、荒川博さんから合気道を基礎とした打撃を伝授され、自らも合気道を学んで独自の打撃を追求し続けた。その打撃には多くの猛者たちが一目置く一方で、求道者の度合いが深すぎ、試合中や試合前後の奇行も目立ったため、次第に「変人扱い」されるようになったと言われている。西鉄・榎本喜八のバッティングフォーム 沢木さんの作品の中でも、あえて「E」と書かれていることでも分かる通り、引退して数年経つのに現役に未練を残し続ける「哀しい男」といったニュアンスが強い。 私は荒川博さんからしばしば話を聞いた経験があり、その中で語られた榎本喜八の打撃を想像すれば、たとえ50歳になってからでも榎本なら打てたのではないか、と想像が膨らむ。榎本の無念が今、「平成の天才打者」イチローによって、一つ払拭されたようにも感じる。 榎本喜八とイチローは、性格的には少し違うようだが、「安打製造機」「求道者」という生き方には通じるものがあり、「どうすればヒットが打てるか」を追求し、把握していた打者という点でも歴史上、双璧を成すだろう。榎本には引退後、復帰の機会が与えられなかったが、イチローにはその可能性が残されている。 榎本の無念を思えば、一層イチローにはリップサービス的な契約でなく、本当に50歳になっても打てる証明をする契約であること、そしてその日に向けて、精進と挑戦を続けることを強く期待したい。 来春は東京でマリナーズの開幕戦(対アスレチックス)が予定されている。ベンチ入りの枠が海外公式戦では3つ増えるこの試合にイチローが出場する可能性は大いにある。まず「45歳でも打てる」という証明は東京で実現する可能性は高いだろう。さらに、レンタル移籍などを実現して、短期間でも日本のチームや海外のプロリーグで活躍し、「野球の伝道師」としてその役割を果たすことも期待したい。打てる秘密が明かされる? 「イチローの『会長付き特別補佐』『生涯契約』ってどれだけすごい契約なのですか?」とよく尋ねられる。何と答えるべきか。たどり着いた答えは次の二つだ。 一つは、イチローがメジャーのフィールドを「草野球」に変えてしまった、という事実である。 野球好きのオヤジが、フル出場はできないが、好きなときに「打席に立たせろ」「マウンドで投げさせろ」のわがままが通用するのが、愛すべき草野球の舞台だ。そこで若い者に負けないホームランをかっ飛ばし、あるいは「いぶし銀」の投球を披露して、後輩たちから尊敬を集める生涯現役の野球オヤジが筆者の周りにもいる。イチローはそれをメジャーで実現する権利を手に入れてしまった。野球少年にとって、これ以上の幸福があるだろうか。 もう一つは、イチローが一人のプロ選手としてすべてのメジャーリーガー、関係者たちを敬服させた点である。試合前の入念な準備、試合後の体調管理、オフの過ごし方に至るまで、そのすべてが第一線で長く活躍するための秘訣であり、他の現役選手の模範になっている。 イチローはこれまで、さまざまな記録を打ち立てて、その実力を証明し、評価と敬意を獲得してきた。日本では、3年目の1994年にシーズン最多(当時)の210安打を記録。マリナーズでは一年目(2001年)に242安打を放って新人王に輝き、4年目には262安打のシーズン最多安打をマークした。日米通算4367安打、大リーグだけでも3089安打。ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)での伝説も含め、彼が打ち立てた記録や活躍を挙げればきりがない。 だが、44歳を迎え、現役選手としての今後を判断される段階になって、イチローが得たのはグラウンドでの結果ではなく、試合前後の準備や私生活も含めた「野球選手としての姿勢」だった。まさに、これ以上のリスペクトはないだろう。かつて世界の野球界において誰も勝ち得なかった「最高の栄誉」を手にしたと言っても過言ではない。 イチローは記者会見で「野球の研究者でありたい」と彼らしい表現で今後の生き方を示唆した。ただ、これだけ現役選手として注目されながら、「イチローはなぜヒットを打てるのか?」という素朴な疑問だけはいまだ解明されていない。 自身は「自分がどうやってヒットを打っているか、分かっている」と話しているが、メディアも含め、第三者はその核心にたどり着いていない。日本で鮮烈デビューした当初、「振り子打法」はイチローの代名詞だった。日本中の小中学生、高校生、プロ野球選手でさえ、振り子を真似した。米大リーグのツインズ―マリナーズ。左前打で出て生還しベンチで迎えられるマリナーズ・イチロー外野手=2018年4月7日、ミネアポリス(共同) ところが、「振り子2世」で大成した選手はその後も現れなかった。それどころか、メジャーに行った後、当のイチロー本人が振り子を封印し、あまり左右にぶれない打法に変わった。つまり、振り子が「打てる秘密」ではなかったのである。イチローにとっては「企業秘密」であろう、その打撃の真髄がすべて解き明かされたとき、きっと多くの選手の打撃が飛躍的に改善し、より野球の楽しさが伝わって、野球界は再び活気を取り戻すだろう。 イチローは視力が悪いと言われている。「目が悪いのに、なぜ打てるのか?」「150キロ以上の速球に、なぜスローモーションみたいな感覚でゆったり打てるのか?」、筆者自身聞いてみたいことは山ほどある。もちろん、イチローはすべての問いに明快な答えを持っているはずである。イチローが「会長付き特別補佐」に就任したことで、野球の楽しみがさらに広がったとも言えるだろう。

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    さらば「鉄人」衣笠祥雄

    小林信也(作家、スポーツライター) 衣笠祥雄さんが亡くなり、野球界だけでなく多くの分野から惜しむ声が寄せられている。現役時代のフルスイング、野性味あふれる躍動ぶりとは対照的に、ちょっとハスキーながら穏やかな語り口と柔らかな物腰、野球選手の中では異彩を放つ紳士的な雰囲気が印象に残っている。その姿には、ひとりの男の人生の到達地点を見る思いがした。 プロ入り当初、衣笠さんは紳士でも一目置かれる存在でもなかった。野球によって社会に認められて自信を抱き、誇りを持って生きる人生を手に入れたようだった。あのころの野球はそれを可能にする世界であったと、遠い憧れのような熱い気持ちが湧き上がってくる。 少年時代に僕が見た衣笠さんは、ヤンチャそうな負けん気あふれる若者だった。私が田舎(新潟)で観ていた巨人戦のテレビ中継に衣笠さんが登場し始めたのは、衣笠さんが入団4年目でレギュラーの座を奪った1968年、ちょうど私が中学に上がった年だった。翌年に大卒で入団し、すぐに活躍を始めるチームメイトの山本浩二、阪神の田渕幸一らはどこかおっとりとしていて、ホームランこそ飛ばすが荒々しさは感じなかった。ところが衣笠は、目の前の自分より大きな動物に下から飛びかかろうとするような猛々(たけだけ)しい気迫を感じさせた。 それが、日本人である母とアフリカ系米国人の父の子に生まれたハーフの身の上、幼いころの心ないバッシングやいじめによって形成された心の奥の思いのためだったのかどうかはわからない。だが、明らかに衣笠さんは常に戦いを求めていたし、まるでボクシングで相手と殴り合っているような雰囲気で野球をしていたように感じていた。 ところが、そんなイメージとは裏腹に、当時から野球選手としては紳士的であった。死球を受けても、静かに一塁に向かう衣笠の姿がいまでも目に浮かぶ。衣笠は通算161個もの死球を受けており、清原、竹之内雅史に次ぐ歴代3位の記録だ。無事これ名馬というが、衣笠さんは死球をたくさん受けながら、休まず試合に出続けたのだ。 衣笠さんといえば、2215試合の連続試合出場記録が真っ先に語られるが、「鉄人」たるゆえんはそれだけにとどまらない。 衣笠さんは長嶋茂雄よりたくさんのホームランを打っており、その数は504本にのぼる。王貞治、野村克也、門田博光、山本浩二、清原和博、落合博満に続く歴代7位。張本勲と同数だ。実は田渕幸一、金本知憲、中村紀洋らのホームラン打者よりも多い。 盗塁も通算266を記録している。1976年、盗塁王にも一度輝いている。500本塁打以上では張本勲(319)に続く数字。長打力と機動力を兼ね備えた強打者だった。広島の衣笠祥雄選手(当時)=1968年6月  ゲッツー(併殺)と言えば、現役終盤のミスター巨人、長嶋の代名詞のように感じるが、ミスター鉄人はゲッツーでも長嶋をしのいでいた。併殺打の歴代1位は野村克也で378。これは鈍足ゆえもあるだろう。野村に続くのが衣笠で267。次いで大杉勝男が266、長嶋と中村紀洋は257で4位だ。三振を恐れないフルスイングの衣笠のスタイルがゲッツーの数に表れている。三振は意外と少なく、歴代9位の1587。1位清原(1955)、5位金本(1703)、6位中村(1691)らがはるかに上を行っている。 衣笠さんは、平安高校で春夏二度甲子園に出場したエリートではあるが、注目度はさほど高くはなかった。ドラフト会議は1965年から始まっているが、衣笠は「自由競争」の最後の年、1964年のオフに広島と契約を交わしている。6球団から誘いを受け、自らの意志で広島カープを選んだと語っている。当時の広島は新人たちがひしめいていた。何しろ、翌65年の第1回ドラフト会議で、広島は18人もの選手を指名している。このうち8人は入団拒否、入ったのは10人だが、衣笠が一軍に上がり、試合に出るには、大変な競争を勝ち抜く必要があった。衣笠の功績 二軍時代のやんちゃな逸話はよく知られている。契約金で買った高級外車を乗り回し、しばしば事故を起こした。深夜まで飲みに出て帰らない衣笠を合宿所で深夜3時まで待ち続け、それから朝までバットを振らせたコーチ関根潤三の逸話も有名だ。 入団3年目、監督に就任したのが根本陸夫だ。その後、西武、ダイエーの監督を歴任、フロントでも辣腕(らつわん)を振るった伝説の人物だ。 「ひと目見た時から、この人には逆らえないと感じました。人生のタガは外しちゃいけないと教えられた」と、後に語っている。その時のコーチが関根だ。 古き良き時代の指導者と、その熱血指導で才能を伸ばした選手。まだ発展途上だったプロ野球を隆盛に導き、日本中を野球の熱気で元気づけていた時代が遠ざかっていく実感がある。 パワハラ問題で揺れる世相の下、野球の指導姿勢も問われ、揺らいでいる。私自身、もはやスパルタ指導は違うと思うし、やらされる指導がプロ野球でも幅を利かせた時代は過去の遺物と思う。しかし、まだ成熟前の野球界で、少しでも世間の関心と好感と尊敬を得ようと必死になって野球に情熱を注いでいた当時の熱さは、子ども心に懐かしく感じられる。 思えば、衣笠がいなければ、いま当たり前になっている本拠地チームを熱く応援するムーブメントの礎も築かれなかったかもしれない。 関西のファンが阪神タイガースを熱烈に応援し、名古屋のファンが中日ドラゴンズを、広島のファンが広島カープを応援するのは当然のように思うファンが少なくないだろうが、赤ヘル旋風(せんぷう)が巻き起こる前は、関西でも名古屋でも日本じゅうで「半分は巨人ファン」というのが語られざる現実だった。 Bクラスが定位置の広島も例外ではなかったが、山本浩二とともに衣笠がカープを押し上げ、1975年には初のリーグ制覇するに至って、広島の誇りは勢いを持った。 Jリーグのホームタウン制が先駆けになったとはいえ、カープ優勝の感激を日本が体験していなければ、プロ野球にも本拠地チーム支持の伝統が今日のように定着するにはもっと時間がかかった可能性がある。その意味で衣笠祥雄は、日本のプロ野球に新たな生きる道を与え、次の夢をもたらした功労者と言えるだろう。衣笠祥雄氏の背番号「3」を掲げる広島ファン=2018年4月24日、横浜スタジアム(撮影・斎藤浩一) 惜しまれるのは、衣笠祥雄ほどの人物が、一度もコーチ、監督として後進の指導にあたる機会がなかったこと。なぜ引退後ユニホームを着なかったのか、これには諸説ある。いわく「球団との折り合いがよくなかった」「指導に興味も自信もなかった」「国民栄誉賞を受賞したために指導者として失敗が許されないと感じていた」といった逸話である。 特徴的な声、博識、歯に衣(きぬ)着せぬ発言も聞く者の心に響いた。評論家としての才覚が指導者への道を阻んだのかもしれない。 指導する「自信はない」と言う一方で、「60歳になったら子どもと一緒に野球をやりたい。全国を回って、そういう機会が持てれば」とも語っていた。プロ野球の指導者でなくても、小学生や中学生のグラウンドに衣笠が立ったら、どんな野球を演出しただろうか。それを思うと、衣笠のもう一つの夢が実現せずに終わったことを残念に思う。 他方で、広島カープ一途に歩み、1979年には悲願の日本一の立役者だった大先輩、衣笠祥雄に、2年連続リーグ優勝という「カープ黄金時代の再来」とも言える隆盛を見せた現監督、選手たちに敬意を表したい。 87年に当時の世界記録2131試合連続出場を達成し、本場アメリカにも日本野球の気高さを伝え、野球界発展に大きなエネルギーを与えてくれた衣笠祥雄さんのご冥福を心からお祈りします。

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    ハリル前監督の絶望は「日本サッカーの絶望」でもある

    小林信也(作家、スポーツライター) サッカー日本代表のハリルホジッチ前監督が都内で記者会見を開いた。「最悪な悪夢」「人間として深く失望」。突然の解任をそう表現した上で、ハリルホジッチ氏は約3年間、自分とチームが日本のサッカーメディアやサポーターの理解を超えた数々のドラマを演じ、予選リーグ首位でワールドカップ出場権を獲得した実績を誇らしげに語った。 「若い選手を起用すると分かったとき、みなさんのパニックぶりはすごかった」。W杯出場権を獲得した昨年8月31日のオーストラリア戦については、夢見るように、そして会場に詰めかけたメディアに鋭く斬り込むように話した。 最も大事な試合で、それまで日本代表といえば当然のように先発メンバーに名を連ねるだろうと、多くのメディアやサポーターが信じていた本田圭佑、香川真司、岡崎慎司の海外組を外し、当時21歳の井手口陽介、22歳の浅野拓磨をスタメンに起用した。 その試合では、浅野と井手口がゴールを決めた。先見性、確信を持った抜擢で選手とチームを大きく変貌させるという名将ならでは才覚を証明した会心の勝利であり、「サッカー監督とは何をする人か」を明確に表現した歴史的な偉業であったと、ハリルホジッチ氏は自負しているに違いない。 ところが、日本のサッカーメディアやサポーターは、その非凡さ、偉大さをほとんど理解しなかったし、さほどの評価も与えなかった。尊敬や感激よりも、むしろ外された有名選手の不満に寄り添った。 ハリルホジッチ氏は会見で「そのオーストラリア戦でW杯出場権を獲得しながら、試合に出られなかった2人の選手がガッカリしていた。彼らはそれまでに何年も試合に出ていた。彼らが、試合に出られずガッカリしていること自体、私は少し悲しく思った」とも語っている。 一方、田嶋幸三会長は4月9日の解任発表会見で、「信頼が少し薄れた」と語った。信頼が揺らいだのは、ハリルホジッチ氏に非があったからだろうか。監督は日本人選手を上から目線で見る傾向があり、そのため「気分が悪い」と感じる選手や記者がいたのは事実らしい。だが、それが解任に相当する落ち度と言えるだろうか。 解任後の世論では、「ハリルホジッチ監督が提唱した『デュエル』と『縦への速い動き』が日本人には適合しなかった」という論理が大勢だ。私はここに絶望を感じる。会見に臨む日本代表のハリルホジッチ前監督=2018年4月27日、日本記者クラブ(撮影・蔵賢斗)  「デュエル」と「縦への速い動き」は、多額の報酬と名誉ある抜擢にこたえて、ハリルホジッチ氏が日本に贈った明確な「未来を開く扉」であったに違いない。いずれ本当に世界の頂点を狙えるチームに押し上げるためには、それは避けては通れない基礎力だ。前回大会に限らず、きれいにパスを回してもゴールへの意識が低い、つまり決定力不足が持病のように染みついている日本サッカーを打破するためのメッセージだった。 しかし、監督の示した明確な方針に「そんなの嫌だ」「違う」と主力選手が反旗を翻し、不満分子となってチームに悪いムードを作り上げた。メディアもこれに加担した。従来の日本人選手やメディア、サポーターが信じるサッカー美学と合わなかったからだ。 会見でハリルホジッチ氏は「私に対するリスペクトがなかった」と語り、日本サッカー協会への不満をあらわにした。私は、ハリルホジッチ監督の解任は正当とは言えず、国際的にも恥ずべき決断ではないかと感じている。また、日本サッカー界の未来のために果たして意義があったのか、今でも疑問に思う。田嶋幸三会長の罪 サッカーを熱烈に愛し、論じる人たちが解任を是とする根拠の一つに、「結果が出なければいつ解任されても仕方がない。それがサッカーの世界基準だ」という思い込みがある。たとえ親善試合であろうと「今がダメならダメ」だという。果たしてそうだろうか。 ハリルホジッチ氏は、前任のアギーレ監督が過去の八百長関与の疑いで解任された後の2015年3月、代表監督に就任した。日本サッカー協会が、そしてサポーターたちがハリルホジッチ監督に求めた使命は、2018年のW杯ロシア大会への出場権獲得と本大会での上位進出、そして日本が世界に肩を並べる強豪になる道筋を拓くこと。主にこの3つだったのではないか。 その使命の一つをハリルホジッチ氏は果たした。次は「本大会での躍進」であって、本大会前の親善試合の勝利ではなかっただろう。だが、昨年12月の東アジアE-1選手権で韓国に大敗し、3月のヨーロッパ遠征でも1敗1引き分けに終わると、一気に解任論に傾いた。これは「勝てなければ解任は当然」という誤った世界基準を後ろ盾に、いかにも正当な決断であるかのように仕組まれた「クーデター」だと、ハリルホジッチ氏が感じるのも当然だろう。 田嶋会長は、ハリルホジッチ氏を斬って主力選手を取ったようにも見える。田嶋会長はなぜか協会の先輩役員たちに引き立てられ、若いころから「未来の会長」の座を約束されたようなエリート街道を歩んで来た。指導畑にいたこともあるが、現場での実績はそれほどない。言うなれば、「サッカー政治」の階段を上ってきたような人物である。どうせロシア大会後にはいなくなるハリルホジッチ氏と、今後も自分の支持者であってほしい代表の主力選手、どちらの歓心を買うのが賢明か。そんな判断で導いた決断のように感じなくもない。サッカー日本代表のハリルホジッチ監督(当時)と日本サッカー協会の田嶋幸三会長=2016年4月 もし勝負師であるならば、オーストラリア戦で見せた「ハリルマジック」を信じ、次なるマジックをゾクゾクしながら見守るだろう。そして、賢明な国際人であり社会人であれば、相手に特段の非がないのに一方的な解任を言い渡すような、野蛮な決断はできないだろう。 周到な準備を重ね、本大会に向けて仕込んだマジックのふたを開けて見せようと、ワクワクしていたハリルホジッチ氏のもくろみを、無粋な保身とつまらない常識論のために台無しにしたのである。 いま日本のサッカーがつまらないのは、とかくサッカーの常識や戦術論を振りかざす左脳人間たちが幅を利かせていることに起因する。欧州サッカーを見れば誰だって一目瞭然、魅了される芸術性を何より信奉していない、才気なき競技になっているからだ。 サッカーは、天才たちの芸術であるからこそ美しく、魅力的でもある。もし、後任の西野朗監督率いる日本代表が、火事場の馬鹿力的な効果を得て、それなりの結果を残したとしても、そこに再現性はないし、ましてや芸術性は低い。ハリルホジッチ氏の電撃解任が日本サッカーの悲劇にならないことを願うばかりである。

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    谷岡学長に教えたい「八田イズム」の真骨頂

    小林信也(作家、スポーツライター) 女子レスリングのパワハラ問題に、ようやく一つの動きがあった。日本レスリング協会が委託した第三者委員会の調査報告書が出され、4つのパワハラが認定された。4月6日、協会は臨時理事会を招集し、この調査報告書の内容を認定した。同日、栄和人氏が強化本部長を辞任。そして理事会の後、協会の福田富昭会長ら首脳陣が謝罪会見を行ったが、副会長の一人である至学館大学長、谷岡郁子氏の姿はなかった。 報告書で、パワハラが一部認定され、栄氏が強化本部長を辞任したことは、一つの進展と言えるだろう。だが、栄氏だけが責任を負い、他は謝罪だけで現職にとどまっており、これで十分な検証と再発防止策が構築されたと言えるだろうか。 ただ、協会の理事会及び倫理委員会は、「第三者委員会の報告・認定をそのまま受け入れる」という基本姿勢を明らかにした。それは「誠に潔い」との印象を受ける。ところが、第三者委員会の認定は告発された問題のごく一部に限られ、そのほとんどは栄氏の行為に対するものだった。 一方で、日本レスリング協会や会長、専務理事らは、シロ(もしくはグレーだがクロではない)と判定されている。「決定を全面的に受け入れる」との宣言は、「協会や会長、専務理事に問題はなかった」との報告を受け入れることと同義となる。つまり、結果的にこの騒動はあくまで栄氏個人の問題であって協会の根本的な体質見直しを問うことなく終息しかねない流れになっている。 記者会見では、強化本部長に栄氏を選んだ会長の「任命責任」が問われたが、私は福田富昭会長の責任は「任命」にとどまらないと考える。強化方針や日常の指導姿勢に関して福田会長はおおむね理解し、承認していたと思われるからだ。そもそも監督としての栄氏の指導方針は、日本レスリング協会第3代会長、八田一朗氏にちなんで「八田イズム」と呼ばれ、協会全体が信奉し継承する思想を根底に置いている。東京五輪レスリング金メダリストの花原勉氏、コーチのドガン氏、八田一朗・日本アマチュアレスリング協会会長(左から)=駒沢体育館、1964年10月 八田イズムは、言い訳を許さず、人間的な成長も重視する合理的な教えでもあるが、すべては「勝利のため」、勝利至上主義が徹底して貫かれている。第二次世界大戦の敗戦から立ち直ろうとしていた日本の当時の時代背景を理解しないと、一つ間違えばパワハラそのものと言われかねない極端な精神論を含んでいる。 これが根本的に見直され、新たな時代の指導論が構築共有されない限り、パワハラ問題の根っこはなくならないだろう。協会ホームページのリンクから「伝統の八田イズム」の記述がすぐ読める。そこにこう記されている。 東京五輪で金メダル5個を取り、世界有数のレスリング王国を築いた日本レスリング。その裏には、八田一朗会長(日本協会第3代=1983年没)の独特かつユニークな強化方法があった。 のちの日本レスリング界をも支えた「八田イズム」は、一見して“スパルタ指導”ともとられた。確かに、その厳しさは半ぱではなかったが、極めて合理的なことばかりであり、そのすべてが強くなるために意義のあることだったといえる。日本レスリング協会の強化の基盤であり、世界一になった選手を支え、現代でもその精神は脈々と生き続けている。 八田会長の残したすばらしい偉業と現代でも通じる強化法を紹介したい。(監修/日本レスリング協会・福田富昭会長、同・今泉雄策常務理事) これを見る限り、協会が世界一を目指すことに主眼を置き、普及や健康、生きがい作りといった活動にはそれほど熱心ではない体制も感じられる。「八田イズム」はパワハラそのもの そもそも協会は「底辺拡大」「少年少女への普及」「シニア層の参加」を促進する活動をあまり重視していない。今、スポーツが「一部競技者の活動」にとどまらず、その競技を通じて「健康の増進」「生きがいの創出」「地域コミュニケーション」などが重視される趨勢(すうせい)の中で、協会は「金メダルを取ること」こそが使命だと偏っているように感じる。 福田会長は記者会見で見る通り、スキンヘッドだ。これは2015年の世界選手権で男子が一つもメダルを取れず、リオ五輪の代表権を獲得できなかった責任を取るため頭を丸めたと報じられている。これも八田イズムの一つだ。 上記、《伝統の八田イズム》に付随して、《八田一朗会長の思い出》と題し、福田会長自身がこう綴っている。 八田イズムの教えの中で、勝てる相手に負けたとき、逃げ腰の試合をしたとき、時間に遅れたとき、掟を破ったとき、上下のヘアを剃るペナルティーがあった。東京五輪前後の流行語にもなった「剃るぞ!」である。 頭の毛を剃るだけではない。下の大事な毛も剃る。毛が伸びてくるまでの間、毎日朝晩と顔を洗ったり、風呂に入ったりするときに、自分の何とも言えないみじめな姿を見ることで、その悔しさをエネルギーに変える目的だった。 自発的な行為なら咎(とが)められないだろうが、これに強制的な空気があったなら、パワハラそのものではないのだろうか。 人間的で敬愛すべき存在であったという八田氏への深い信奉、心酔は理解できるが、これを第三者に強いる難しさも、協会は見直さなければいけない時期に直面している。そう考えることが果たして、福田会長、高田専務理事をはじめ協会首脳にできるだろうか。 そして、協会の副会長でもある谷岡氏は、記者会見には同席せず、理事会後も報道陣に対して無言を貫いた。おそらく、3月15日に開いた記者会見に対するメディアや視聴者の反応があまりにもご自身の意向と違い、自分こそハラスメントを受けている被害者だ、との思いを強めているのではないだろうか。 翌日、谷岡氏は文書でコメントを発表し、至学館大レスリング部の指導は今後も栄氏に託す、つまり「栄監督続投」を宣言した。内閣府の調査結果がまだ出ていないにもかかわらずだ。その内容次第ではさらに厳しい責任が追及される可能性もある段階で、この宣言を出す意味は主に二つあるだろう。歪んだ価値観を持つ協会 まず、谷岡氏にとって何より重要なのは至学館大の大学運営と思われる。最初の記者会見も卒業式の直前に行われたものだ。今回は入学シーズン、栄氏を慕って入学、入部してくる新入生やその家族に与えている不安を払拭する必要がある。在校生とその家族の動揺を鎮める必要もある。 同時にこの宣言には、パワハラ認定は受けたものの、栄氏が生徒や選手にしている指導は、基本的に間違っていない、オリンピックで金メダルを取るためには必要な厳しさだ、との思いが込められているように感じる。謝罪の言葉が一切ないのは、その気持ちの表れではないだろうか。まさにこうした考え方、捨てきれない思い込みこそが、日本のパワハラ体質、スポーツに限らず日本社会に染みついている悪しき上下関係、結果主義を改善できない温床だといえる。 こうした状況を踏まえれば、谷岡氏は、「メディアやそれに影響されて自分をバッシングする人々は綺麗事に走っているが、それで金メダルが取れるほど甘くない、事実自分たちはその厳しさを貫いて金メダルを取ってきた、国民は感動したではないか、今後もそうやって金メダルを取ることが自分たちのアイデンティティーだ」と、信じているように感じる。 だが、私たちは目覚めなければならない。もうパワハラ的な指導で取った金メダルは支持しない、感動しないぞ、という考え方が必要だ。そうでなければ、日本のスポーツ界は永遠にパワハラを容認し、金メダルさえ取れば許される歪んだ価値観に蝕(むしば)まれ続けるだろう。 奇しくも、《伝統の八田イズム》の記述の8番目には、『マスコミを味方にしろ』と題し、次の一節がある。 八田会長は早大の後輩でありプロレス・メディアのパイオニア、田鶴浜弘氏との交流の中でジャーナリズムの重要性を学んだ。(中略)「ライオンとのにらめっこで精神力を鍛える」「沖縄へハブとマングースの戦いを見せに行き、戦う魂を学んだ」といった話も有名だが、強化に直接の実効性があったかどうかは疑問。オリ越しににらみ返してくるライオンはいないし、観光客相手の見世物を見て戦う魂がつくとは思えない。しかし、世間の注目を集めることで選手を追い込み、奮起させるに十分な役割を果たした。 耳が痛い記事があっても一切文句をつけず、レスリングに関する記事はすべて歓迎した。新聞記者には「批判記事でもいいから、毎日でもレスリングを書いてくれ」と注文し、周囲には「悪口も宣伝と理解する度量をもたないと、大きな発展は望めない」と説いた。 日本レスリング界が報道規制をほとんどせずマスコミの取材を歓迎するのも、八田イズムの真骨頂。周囲からの注目と応援も強化の大きなエネルギーとして活用した。 協会副会長でもある谷岡氏は、この一文を読んでいるだろうか。もし読んだとしたら、副会長としてこれをどう受け止めるのか。メディア対応も含めて、協会は新たな方針を共有する必要に迫られているのではないだろうか。

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    大谷翔平の評価はまだ早い! 最大の敵は「データ野球」メジャーの洗礼

    小林信也(作家、スポーツライター) 大谷翔平が、鮮烈な二刀流デビューを飾った。打者としては、メジャーリーグ(MLB)初打席でヒットを打ち、投手としては2日のアスレチックス戦に先発し、6回3失点ながら初勝利を挙げた。 また、本拠地初スタメンの3日(現地)のインディアンス戦では、いきなりセンター右へ3ラン本塁打。そして翌4日のインディアンス戦でも2014、17年のア・リーグのサイ・ヤング(最優秀投手)賞右腕、コリー・クルバー投手から5回に2号2ランを打った。 大谷はこの滑り出しですっかりエンジェルス・ファンの心をつかんだ。そして、半信半疑のまなざしもあった全米のファンとメディアに「二刀流の実力がホンモノである」との強烈な印象を与えた。 一連の衝撃デビューには、いくつもの驚きがある。一つは、投打ともオープン戦であれほど厳しい結果だったが、ごく短期間で修正し、見違える輝きを見せたことだ。何しろ、投手としての大谷はオープン戦で4試合17失点。「動かないフォーシーム(ストレート)」を狙い打たれて、メディアの論調は「マイナーから経験を積んだ方がいい」とまで評価が下がっていた。 打者としてもMLBのスピードと厄介な動くボールに対応できず、15打席ノーヒットを含め一時は打率1割を切った。そうした苦しみがウソのような活躍だ。 もう一つは、日本のファン以上に、全米の野球ファンが「二刀流」への憧憬(しょうけい)と期待を持っていたことだ。開幕スタメン出場した野手が、10試合以内に先発登板するのはベーブ・ルース以来90年ぶりで、二刀流に対する全米の湧き方は想像以上だった。 投手デビューとなったアスレチックス戦は、昨年のアメリカン・リーグ西地区4位のエンジェルスと、5位(最下位)の戦いになった。普通なら全米が最も関心を寄せないカードといっていい。ところが、この試合が全米に生中継されており、いかに注目が高かったかを物語っている。  では、大谷がこれほど短期間に変身を遂げた理由は何だろうか。まず、打者としては、フォームを変えたことだろう。MLBのスピードと変化に対応するため、右足を高く上げるのをやめ、ほぼノーステップのすり足に変えた。これで、速球に差し込まれる不安を解消し、余裕を持ってボールを捉えられる間合いを作った。2試合連続本塁打となる2ランを放つエンゼルスの大谷翔平投手 =2018年4月4日、米カリフォルニア州(ゲッティ=共同) イチローが、日本のプロ野球では振り子打法だったが、MLBではそれを封印して成功した例に通じる。大谷は元々、打者としての才能の方が高いと筆者は感じている。なぜなら、投手を上から目線で捉え、自分の間合いに持ち込む感覚を持っているからだ。MLBでも開幕からずっと自信に満ちた構えをしている。すり足打法に変えたあと、特に弾みをつける動きをしなくても「MLB投手の球がスタンドまで届く」と確信できたため、力(りき)む必要もなくなった。打者としては、着実に活躍を重ねることが期待される。 一方、投手としては、スライダー、スプリットなどの変化球を多投し、「動かないから打ちやすい」と酷評されたフォーシームで真っ向勝負する雰囲気からの転換に成功したことで、初勝利を挙げた。特に、2ストライクに追い込んでから、外角低めのボール・ゾーンに沈むスプリットが効果的だった。投手デビュー戦で奪った6個の三振のうち5個がこのスプリットだった。投手としての大谷 このように、大谷は投打とも快調なデビューを飾り、オープン戦での酷評を吹き飛ばした。全米が手のひらを返したような翔平フィーバーに変わっているが、果たして今後もこの好調は続くだろうか? まず、大谷にとって今後最大の敵、もしくはテーマは、立ちはだかる「MLBのデータ分析力と徹底力」だろう。日本のプロ野球も、ここ数年はトラックマンなどのデータ解析機器を駆使した研究が盛んになっているが、データ野球の本家MLBは日本よりはるかに精緻で進んでいる。 しかも、解析されたデータを生かす姿勢も日本より徹底している。大谷が短期間で変身できた陰にも、データの助けがあった可能性がある。次にデータ分析に晒(さら)されるのは大谷だ。デビュー戦の投球や打撃を相手チームが分析し、どんな対応をしてくるか、これを大谷がはねのけることができるかにかかっている。MLBで生き残るためには、こうした分析を乗り越える必要がある。 次に投打の課題を想定してみよう。打者大谷の課題は、内角に速球を思い切って投げ込んだ上で、外角ギリギリや内角膝元の変化球を有効に使われた場合の対応だ。 クルバーから打った第2号も、外を狙った球が真ん中寄りに甘く入ったところを捉えた。もちろん、それを逃さず打った大谷は見事だったが、今後はこうした甘いボールを相手投手たちは戒めて来るだろう。第一打席では、膝元の変化球の後、外角ギリギリに速球を決められ、見逃し三振に斬られている。これが相手チームにとってはひとつの基本になるだろうし、そのとおりキッチリ攻められたら、大谷としてもそう簡単には打ち返せない。 そして投手大谷には、まだ課題が多く残っている。初勝利を挙げた相手打線が、昨年最下位のアスレチックスだったことを少し割り引く必要があるかもしれない。追い込んだ後のスプリットは有効だったが、それは有利なカウントに持ち込めたからだ。有利にするには、初球からストライクを狙う必要がある。相手打者が、カウントを取るに来るフォーシームやスライダーを狙いに来たとき、大谷が余裕を持ってそうしたボールを投げ込めるだろうか。 また、不利なカウントになった場合に投げるボールが投手大谷の、現段階での最大の課題だ。オープン戦では、3ボール1ストライクからほぼ9割、フォーシームを投げて、これを狙い打たれた。たとえスピードが160キロ前後でも、MLBの好打者たちは「来る」とわかっていたら苦にせず打ち返す。メジャー初登板し、初勝利を挙げたエンゼルスの大谷翔平投手 =2018年4月1日、米カリフォルニア州オークランドム(共同) この日も大谷は、速球(フォーシーム)を投げるときに引っかけて外角に大きくショートバウンドするボールを投げる場面があった。これは、投げる瞬間、打者の威圧感を感じ、ストライクを投げたら打たれる、と直感してとっさに逃げたための失投とも見受けられる。そういう場面がオープン戦でも見られた。つまり、まだ大谷自身、本当に自信を持って投げ込めているとは言いがたい状態なのだろう。 ただ、筆者は、投手としての真価は、2戦目以降に問われると思っている。そしてもちろん、そうした課題や壁を乗り越えて、投手としても大きく成長することを期待したい。

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    「最低50歳現役」イチローの言葉は日本球界をナメている

    小林信也(作家、スポーツライター) 米大リーグ、イチローのシアトル・マリナーズ復帰が決まった。3月に入っても今季の活躍の場が決まらないイチローにファンも不安を隠せなかったが、ついに44歳のシーズンもメジャーリーグ(MLB)でプレーすることになった。 入団会見でイチローは「皆さん、よく『50歳まで』という話をされることが多いですけど、僕は最低50歳といつも言っているので、そこは誤解しないでほしいですね」と語った。40歳を超えれば、どうしても年齢の話が多くなる。だが、イチローは年齢で判断されることを嫌っている。年齢より、今の身体の状態、選手としてのパフォーマンスで判断してほしいという。 「どうやってそこまで過ごしてきたか、ということによって、同じ年齢でも状態としては違うことは当然。そういう見方をすれば、それだけでくくるのはどうなのかな、という思いはあります」 若いころから、身体の手入れ、日常の管理を徹底して重ねてきたイチローのプライドが言葉からは垣間見える。だからこそ、長いMLBの歴史の中でも、過去に数人しかいない44歳でのメジャー契約を勝ち取ったのだ。 マリナーズが契約に至った理由は明らかだ。シーズンを前にマリナーズの外野陣が次々とケガで戦列を離れたからである。27歳のミッチ・ハニガーが出遅れている上、25歳のベン・ギャメルが打撃練習中に右脇腹を痛め、4月末までの離脱が決定的となった。マリナーズのジェリー・ディポトGM(ゼネラルマネージャー)は、ギャメルがケガをした翌日、イチローの代理人に連絡を取り、具体的な交渉に入ったという。マリナーズ入団会見でジェリー・ディポトGM(左)とユニホームを手に 笑みを見せるイチロー=2018年3月7日、アリゾナ州ピオリア(撮影・リョウ薮下) 当初は「MLBの最低保障年俸4万5000ドル(約5千万円)」と報じられたが、どうやら「年俸75万ドル(約8000万円)」だったことが記者会見後に判明した。それは、イチローの年俸が最も高かった頃の約19億円に比べると5パーセントにも満たないらしい。年棒の低さを揶揄するメディアが多かったが、もはやイチローにとって経済的な条件は契約の上で絶対に譲れない条件ではない。出来高契約を全部満たしても200万ドル(約2億1千万円)まで下がったが、契約金額よりも活躍の場が与えられることが何より重要なのだろう。 昨季マーリンズでは、主に代打だったが、136試合に出場した。これはほぼ毎試合出場していたに等しい数字だが、シーズン通しての打撃成績は215打席、50安打、3本塁打、20打点にとどまった。打率は255。1盗塁を記録しており、MLBで連続18年間、日本プロ野球(NPB)も合わせて25年連続盗塁を記録している。この間、2016年まではずっと二桁盗塁だった。「安打製造機」の性能と並んで、40歳を超えても走れる身体能力を維持していることへの驚嘆と敬意がイチローを「特別な存在」にしている向きもある。日本のプロ野球は魅力がない? マリナーズでは少なくとも、ギャメルが復帰する4月下旬まで先発出場に恵まれるチャンスが高い。この間の活躍がその後のシーズンを左右する。さらに言えば、来季以降の契約を他球団も含めて検討してもらうために、イチローにとっては後に引けない1カ月になる。 過去、44歳で最も多くの試合に出場したのは、歴代通算最多安打記録を誇るピート・ローズで119試合だ。ローズはこの年(1985年)、405打数107安打46打点8盗塁。いずれも44歳の最多記録となる。この年に往年のスター打者、タイ・カッブの通算安打を抜き、4192安打を記録した。 44歳での最多本塁打は5本、最高打率は.294であるが、これはいずれも日本でもロッテでプレーしたフリオ・フランコの記録だ。イチローにはこれらの数字を上回る可能性が大いにある。 イチローのマリナーズ復帰は日本のファンにも歓迎され、安堵と期待の空気が流れている。だが、次の言葉を私は複雑な思いで聞いた。入団会見でイチローはこう語った。 「いずれまた、このユニホームを着てプレーをしたいという気持ちが心のどこかに常にあったんですけど、それを自分から表現することはできませんでした。(中略)こういう形でシアトルのユニホームでプレーする機会をいただいたことは、2001年にメジャーリーグでプレーすることが決まった時の喜びとはまったく違う感情が生まれました。とてもハッピーです」 日本球界復帰を期待する声も根強くあった。しかし、イチローの思いは当然のことかもしれないが、MLBにあった。イチローにとって故郷はもはやオリックスでも日本球界でもなく、マリナーズのあるシアトルだ。これを痛い思いで感じたファンはどれほどいただろう。 それは、一度MLBの味を知ってしまったら、「MLBにとどまりたい」「一日でも長くメジャーリーガーでいたい」と思わせる魅力があるからだろう。一方、日本のプロ野球にはその魅力が薄い。そこをわれわれはもっと真剣に見つめ、日本のプロ野球を変える動きに向かわなければならない。 今季からヤクルトに青木宣親、巨人に上原浩治、2人のメジャーリーガーが復帰した。 「50歳まで現役は誤解、最低50歳」と語るイチローの言葉を深読みすれば、「メジャーで場所がなくなったら日本で」「日本の球界なら間違いなく歓迎されるだろう」との思いがあるかもしれない。 同時に、その言葉からは「本当はメジャーでやりたい」「日本の球界にメジャー以上の魅力はない」との思いも察せられる。 日本の球界関係者は、キャンプが始まる時期を過ぎてもなお「メジャーしか考えなかった」イチローの思いをもっと重く受け止めるべきではないだろうか。ベンチで厳しい表情を見せるマリナーズのイチロー外野手(右端) =2018年3月14日、米アリゾナ州ピオリア  日本のプロ野球には魅力がない。日本が、戻って来たい場所でなく、仕方なく帰って来る場所でいいはずはない。日本のプロ野球は、メジャーを経験した選手たちから素直に学び、ビジネスや環境など、メジャーリーグにあって日本のプロ野球にないものをはっきり認識し、必要な変革に取り組むべきだろう。 マリナーズでイチローが何年プレーできるか。それは日本球界がイチローを迎えて新たな挑戦をするまでの猶予期間ともいえる。44歳になったイチローをただ「凄い」と賛美するのでなく、日本プロ野球がイチローに「最後の活躍の場」に選んでもらえるよう、未来に向けて動き出す姿を見たい。

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    伊調馨パワハラ騒動、谷岡学長「怒りの会見」に私が徹底反論する!

    小林信也(作家、スポーツライター) 女子レスリング、伊調馨選手をめぐるパワハラ騒動に世間の注目が集まる中、告発された栄和人氏が監督を務める至学館大学の谷岡郁子学長が3月15日、学内で記者会見を開いた。この会見で谷岡学長はどんな話をされるのか、リアルタイムで送られてくる画面を見つめた。このときの自分の気持ちをあえて表現すれば、「祈る思い」に近かったように思う。なぜなら、谷岡学長には一連の騒ぎを終息に向かわせ、世間がホッとする着地点に導く力があると期待していたからだ。 ところが会見が始まると、想像していたものとは違う一方的な発言の繰り返しだった。詳細はすでに多くのメディアで語られているが、「伊調馨は選手なんですか?」「その程度のパワーしかない人間なんです、栄和人は」といった、あまりに辛辣な言葉の数々に対し、多くの人が何を感じたか、もはや注釈するまでもないだろう。 誤解を恐れずに言えば、谷岡学長の会見は、今回告発されたパワハラの体質、それが引いては日本社会に深くはびこっている現実をいみじくも教えてくれた。「この人自体がパワー(権力者)だよね」という声が会見後に多く聞かれたのは、その証左であろう。もしかすると、谷岡学長ご自身は、あの記者会見の中で権力者の思い上がりや驕(おご)りがあふれ、誰かを傷つけている可能性があることに気づいていないのかもしれない。 世間が一連のパワハラ騒動に大きな関心を寄せているのは、ただの興味本位ではない。五輪で4度も感動させてくれた伊調選手と、その選手たちに寄り添い、感動の涙に笑いまで加えてくれた栄監督を案じる気持ちの方が大きいように思える。 もし告発された内容が事実だったとしても、「栄監督は憎めない」「あれだけ感動させてくれた人だから」といった声も周囲から聞こえる。もちろん、告発が事実なら責めを受け、猛省すべきことが前提だが、むしろ世間の受け止め方は伊調選手を案じるだけでなく、騒動発覚後に体調不良を訴えた栄監督を心配する声も大きい。それほど女子レスリングのメダリストたち、それを支えてきた栄監督は「愛されている」のである。 にもかかわらず、谷岡学長は会見の中で栄監督を擁護するような立場で語りながら、なぜか当人を慮(おもんばか)る気持ちが伝わって来なかった。「伊調馨は選手なんですか?」と言い放ったリスペクトのなさも、きっとその延長線上なのだろう。 テレビやネットを通じて記者会見の様子を見た多くの人が、谷岡学長の発言に落胆し、憤りを覚えたに違いない。言葉は悪いが、伊調選手も栄監督も「まるで自分の所有物」のようにしか思っていない節がある。公の場では似つかわしくない言葉を連発し、むしろ本来擁護するはずだった栄監督を貶(おとし)める表現まであった。世間と谷岡学長、どっちの方が騒動の渦中にある二人を本気で心配しているだろうか。会見の質問に考え込む至学館大の谷岡郁子学長 =2018年3月15日、愛知県大府市 むろん、この問題はどちらが悪いかを裁くのが目的ではない。事実なら悲しい現実であり、絶対に改めてもらわなければならない。だが、栄監督だけを糾弾し、それで終わりとは誰も思っていない。告発された内容は度を越えてはいるが、少なからず日本のスポーツ指導者の多くが抱えている「悪しき体質」だと誰もが認識している。 スポーツに限らず、職場でも家庭でも、同様の体質や構造が存在する。とはいえ、その悪しき体質から脱却し、今こそ新しい関係を築き上げる必要があることに日本人は気づいている。これは決して栄監督一人の問題ではない。日本社会全体が抱えた問題であり、もっと言えば「自分自身の問題でもある」と多くの人が感じているのではないだろうか。 残念ながら、谷岡学長の会見の様子からは、ご本人にその自覚があるのか、最後まで伝わって来なかった。むしろ守るべきは、学長としての自分の立場であり、引いては至学館大学であることに終始していたように感じたのは筆者だけだろうか。谷岡学長の怒りの矛先 記者会見の序盤、谷岡学長は会見の前日に放映されたテレビ番組を見て「私の怒りは沸点に達した」と言い放った。どうやらそれは、筆者もこのとき出演していたフジテレビ系情報番組『バイキング』を指していたようである。 この日の『バイキング』では、週末に群馬県高崎市で行われた女子レスリング国別対抗戦のワールドカップ(W杯)をめぐり、日本代表の選考基準を「昨年12月の全日本選手権で1位、2位の選手」を基本にすると日本レスリング協会が明言しながら、1階級だけ「5位の選手(準々決勝敗退)」が選ばれていたことを取り上げた。実はそれが栄監督の長女、希和選手だったことに触れた上で、選考基準に曖昧さがあると投げ掛けたのである。 もっとも、この問題がデリケートであることは、番組スタッフも筆者も十分に承知している。番組では「選考基準に問題がないのか?」とMCの坂上忍さんに聞かれ、どう表現すべきか苦慮したが、「無理がある」と発言した。 栄希和選手の実績はもちろん認めている。番組中に「栄希和さんもずっと努力して…」とその実績や実力を語ろうとしたが、「お子さんに罪はない!」と坂上さんも強い口調ではっきりと語っていた。ところが、谷岡学長によれば、番組内で「資格がない」などと表現したように受け止めてしまったらしい。 今回の選考について話を戻すと、実は2位の選手が1階級上の代表になっている。普通に考えれば、空いた枠を埋めるには、準決勝で敗れた3位の選手2人から選ばれてもいいはずだが、今回はなぜか違った。たとえ希和選手に十分な実績と実力、将来への期待があるにしても、彼女を破って準決勝に進んだ選手がいる。その選手はなぜ選ばれなかったのか。むしろ、日本レスリング協会が明快な理由を示すべきではなかったのか。これはあくまで一般論だが、スポーツの選考において、そのような「特例」はこれまでの実績がよほど図抜けているか、優勝した選手に僅差で敗れるなど試合内容を考慮した場合を除いて認められるケースはほとんどない。大学の旗を手に谷岡郁子学長(左)、栄和人監督(右)と記念撮影に応じる吉田沙保里副学長=2016年11月、愛知・大府市の至学館大 もっと言えば、一連のパワハラ騒動の告発者の一人で伊調選手を指導する田南部力コーチと栄監督の「確執」も決して無関係とは言えなさそうである。一部報道によれば、田南部コーチの長女も過去に女子レスリング世界カデット(16、17歳)選手権に優勝するなど、レスリング界では東京五輪を目指す有望選手として知られているが、女子の日本代表合宿には招聘されなかったという。ある大会では2位になったにもかかわらず、なぜか3位の選手が合宿に参加したこともあったらしく、内閣府に提出された告発状にも、この件がレスリング協会によるパワハラの一つとして記載されている。 「事実関係を明らかにしてほしい」と林芳正文部科学相は要請したが、田南部コーチと栄監督の確執の背景に実娘の扱いをめぐる複雑な思いがある以上、真相解明にいくら第三者が聞き取り調査を重ねても、人の心の綾(あや)まで読み解くことなどできるのか。その難しさ、複雑に絡み合う思いが騒動の背景にあることを、筆者は番組を通して伝える必要があると思ったのである。 だからこそ、どっちが「正義か悪か」で論じるべきでないという一貫した姿勢で筆者はこの問題と向き合っている。ところが、谷岡学長の思考回路は違った。「世の中には敵か味方かしかいない」。彼女の発言からは、そんな思いに囚われているのではないかとさえ感じた。なぜ争いたがるのか 実際、会見ではメディアを敵視するような発言もあった。まるで自分たちは弱者であり、報道の「被害者」であるかのように訴える論陣を張った。何度も繰り返すが、そもそも「白か黒か、敵か味方か」の発想そのものが、パワハラのような心の問題にも微妙に影響する。この騒動で苦しんでいる当事者たちの気持ちに少しでも寄り添えば、誰もができるであろう、ちょっとした気遣いを教育者である彼女はなぜできなかったのか。 むろん、谷岡学長に限った話ではない。生徒のことよりも「立場や組織を守ること」に無意識に縛られる教師は珍しくない。だから学校は悩める子どもたちの味方になれない、あの会見で改めてそのことを思った。 教育の世界やスポーツ指導に携わる人が、どうしてそこまでシロクロにこだわるのだろうか。いみじくも谷岡学長は会見の後半で、伊調馨選手が「私は相手を倒そうとは思っていない」と話したことへの驚きと感動を語った。 伊調選手は、谷岡学長の知る領域を超えてレスリングの、そしてスポーツのもっと深い次元に思い至った。その成長になぜ素直に寄り添えないのか。 内閣府に提出された告発状には「練習場がない」という訴えもあったが、谷岡学長はこの件についても「私が許可すれば、いつでも伊調馨は至学館のレスリング道場を使える」と発言し、告発者の訴えを切り捨てた。世界選手権日本代表強化合宿の公開練習する 伊調馨選手(中央)ら =2013年9月、東京・北区 谷岡学長はなぜ、伊調選手が至学館レスリング道場を本拠にしたくないと思っている気持ちすら理解できないのか。もし、今の道場の空気が本来あるべき姿と違っているのなら、何をどう改善すべきなのか、彼女の立場であれば真っ先にそこに思いを寄せるのが筋だろう。 そうした「思考の硬直化」もまた、谷岡学長に限ったことではない。多くの場合、地位や権力を得た者が立場を守ろうとすると、自分の常識や前提を打ち破ることができなくなる。しかし、自分より下の立場の者であっても、先を越して活躍したときはその喜びを素直に受け入れる慣習を私たちは今こそ学ばなければならない。いや、日本社会はそういう時期に直面しているのだと思う。 ただ、もし谷岡学長の「怒りの会見」によって、多くの日本人がはっきりとそれに気づかされ、共有できたとすれば、「スポーツ界が大きく変わる歴史的出来事になった」と言える日がいつか来るのかもしれない。

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    伊調馨「パワハラ騒動」に思うスポ根主義の弊害

    小林信也(作家、スポーツライター) 女子レスリング界で「名コーチ」として知られる栄和人強化本部長が、パワハラの告発を受けた。今週発売の『週刊文春』が報じた。 世の中が「パワハラ」に対して強い態度を明確にし、スポーツ界でもこの問題が告発された事例は過去にもある。しかしその都度、告発された当事者やその競技だけの問題として扱われ、スポーツ界全体が持っている「根本的な体質」までは指摘されることはなかった。 今回、五輪4大会連続で金メダルを獲得し、国民栄誉賞も受賞した伊調馨選手に関するパワハラ疑惑が表面化したことは、当該コーチや女子レスリング界の問題だけにとどまらず、スポーツ界全体が自分の問題と捉え、すべてのスポーツ指導者、スポーツ組織、もっと言えば選手やその親、支援者も含めて、本質的に考え直す契機になるのではないだろうか。いや、そうしなければならないと感じている。栄和人氏のパワハラを内閣府へ訴えた告発状の写し 告発状が伊調馨本人から提出されたものならば、「伊調馨と栄コーチの問題」と理解すべきだろうが、今回はそうではない。実際に告発状を提出したのは貞友義典弁護士であり、週刊文春の記事には貞友弁護士自身が「この告発状は、五輪出場選手を含む複数の協会関係者から依頼され、作成したものです」と語っている。 『伊調馨悲痛告白』の見出しが大きな活字で記された週刊文春の記事を見れば、伊調馨本人の告発のように思えるのだが、内容を読むとそれが第三者によるものだったことが分かる。また伊調自身は、所属するALSOK広報部を通じて「報道されている中で、『告発状』については一切関わっておりません」とのコメントも発表している。 つまり、今回の告発は、その目的が「伊調馨と栄和人監督の関係改善を求める」ことではないのである。具体的に最も明確なのは、伊調を熱心にサポートしたために、当時レスリング男子日本代表コーチだった田南部力氏が「警視庁のコーチを外され」「その後、代表コーチも外される」という「不当な圧力」を受けたことへの告発であり、田南部氏の復権と、パワハラという卑劣な行為がまかり通るレスリング界の「人事刷新」「体質改善」への要求とも受け取れる。「うちの子は殴っても構いません」 文春で告発が報じられた後、栄和人コーチは報道陣の取材に応じたが、いつもの陽気さや威勢の良さはなく、総じていえば「身に覚えがない」「誤解があったとすれば言葉が足りなかったのかもしれない」といった沈痛な言葉を重ねた。金メダルを決め日の丸を掲げ記念撮影に臨む伊調馨選手、 栄和人監督=2012年8月8日、英ロンドンのエクセル これだけを見ると、双方の主張には大きな隔たりがある。告発された事実を栄氏はほとんど認めなかった。現時点では栄氏がどんなパワハラをしたのか、そもそもパワハラの事実はなかったのか、断定することはできない。だが、この報道を見て筆者が感じたのは、スポーツ界全体を当たり前に覆っているパワハラ体質の根深さである。「勝つためにはそれが当然だ」とする指導者や組織全体の思い込み、それを改善できない社会的悪癖を今こそ見直すべきだという、切実な問題意識をスポーツ界はどう受け止めているのか。 今の時代、世間では体罰やパワハラが問題視される一方、オリンピックでメダリストが誕生するたびに、パワハラ体質を持つコーチや指導者たちが「名将」と持ち上げられ、賛美される現実がある。金メダルのお祭り騒ぎが続く中でいつしか「パワハラ」は不問に付され、選手と指導者の二人三脚による努力と根性の軌跡は、むしろ「感動ドラマ」に仕立て上げられる。鬼コーチは昔からスポ根ドラマには欠かせない存在であり、むしろ多くの日本人に愛されるキャラクターでもある。 スポーツ界のパワハラ体質をいかに是正していくのか。その取り組みの中で最も厄介な問題は、本来パワハラの被害者であるはずの選手や家族、支援者、アシスタントコーチといった「権力的に弱い立場」の当事者たちが、行き過ぎた指導があっても「必要だ」と思い込んでしまうことである。ある種の洗脳にも似た感覚的なものだが、当事者たちはそうしなければ勝てないと思っていたり、将来自分が指導者や組織の長になれば、同じやり方で行き過ぎた指導をするだろう、という歪んだ考えがスポーツ界を支配している気がしてならない。言い換えれば、「同じ穴の狢」が幾重にも連鎖しているのである。 筆者は過去十年間、少年野球、そして中学硬式野球チームのコーチ、監督を務めてきた。小学生の野球なのに、鉄拳を振るい、跳び蹴りをするコーチの姿を見て仰天したこともあった。今も言葉の暴力と思える言動は日常的に繰り返されている。野球少年の親たちの中には「監督、うちの子どもは殴ってもらって構いませんから」と体罰を容認する人だって決して少なくはない。そうした誤ったスポーツ観、教育観を覆さなければ、スポーツ界全体を巣食うパワハラはこれから先もずっと繰り返され、スポーツが真に文化や芸術の領域まで踏み入れることもないだろう。 今回の告発をきっかけに、本質的なスポーツ界の大転換が始まり、徹底的に新しい発想をスポーツの根底に据える挑戦をしなければ、2020年に東京オリンピックを迎える意味もない。勝利至上主義、金メダルのお祭り騒ぎ、成果を挙げた選手やコーチのタレント化、それを利用して本質を忘れたスポーツビジネスを持て囃(はや)す日本社会への警鐘だと筆者は感じる。これはスポーツ界だけではなく、日本社会に突き付けらた命題なのである。

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    東京五輪、消滅危機に思うボクシングと日本人

    小林信也(作家、スポーツライター) 国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が、2020年東京五輪の競技から「ボクシングを除外する可能性がある」と語った。共同通信は次のように伝えている。 国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は4日、韓国の平昌で開かれた2日間の理事会終了後に記者会見し、統括団体のガバナンス(組織統治)や審判の判定で問題が指摘されているボクシングを2020年東京五輪の実施競技から除外する可能性を明らかにした。国際ボクシング協会(AIBA)は1月下旬にラヒモフ副会長(ウズベキスタン)を新会長代行に選出したが、同氏は米財務省から「ウズベキスタンの代表的な犯罪者の一人で、ヘロイン売買に関わる重要人物」と指摘されている。AIBAでは、規約違反を指摘された呉経国会長(台湾)が昨年11月に辞任したほか、リオデジャネイロ五輪では相次ぐ不可解な判定で八百長や買収の疑惑が出るなど混乱が続く。IOCは独自調査の着手や、昨年12月に凍結した分配金を含む全ての支払い停止を決め、AIBAに報告書を求めた。(共同通信) ボクシングは紀元前4000年ころには既に行われ、古代オリンピックの正式種目だったともいわれる伝統的競技である。バッハ会長の発言は、競技者や関係者だけでなく、ファンの間にも動揺を与えたことだろう。 今回は主に統轄団体であるAIBAのガバナンスや管理体制に対する警告だが、以前からボクシングという「競技そのもの」に対する反対や禁止を求める意見も根強い。五輪からの除外が「競技の社会的立場」を悪くする。言い換えれば、「ボクシング禁止」の議論が今後、国内でも加速するのではないかという心配もある。ロンドン五輪でファルカン(ブラジル)を破り、金メダルを獲得した村田諒太。東京五輪以来、48年ぶりとなる日本人金メダリストとなった=2012年、ロンドン そもそもボクシングは「殴り合う」という、人間同士の最も原始的な衝突を起源としている。「戦わずして勝つ」の境地を求める武術と違って、相手を倒す、古くは相手を殺すまで戦い、それを貴族や観客が熱狂して見たという歴史に根ざしている。差別、体罰、パワーハラスメントなど、暴力的な人間関係を徹底して排除する現在の世界的な流れからすれば、「よほどの正当性がなければ存続は難しい」とみるのが妥当かもしれない。日常生活では法律で禁止されている暴力が、ルール上の制約の範囲内とはいえ、リングでは正式に認められている。言うなれば「治外法権的な競技」なのである。競技者の安全を確保するためにグローブという道具を使い、重大な障害につながらないよう、医療体制、管理体制を強化している。だが、ノックアウトという「目的」自体が、どう表現しても「危険」そのものであることに変わりない。 「危険だからこそ意味がある」。元来、それが持って生まれた人間の性質であり、社会の現実という主張も一方ではある。ボクシングには、人間の闘争本能、理屈抜きに魂を触発する要素が秘められている。これは善悪、道徳論を超えた人間の真理とも言える。だからこそ、数あるスポーツの中でも文学や映画の素材に選ばれ、描かれ、世界中の読者や観客に興奮と感動を与える作品が歴史的に多く残されているのだろう。 米ハリウッド俳優、シルベスタ・スタローン主演の映画『ロッキー』は、日本でも大ヒットした。そのテーマ曲は、他のスポーツ選手が練習中や試合前など、モチベーションを高めるために聴く音楽としても広く知られている。 実際のボクサーの生きざまにもファンは揺さぶられ、深く心に刻まれる事例は多い。カシアス・クレイ(後のモハメッド・アリ)は、1960年ローマ五輪ライトヘビー級で金メダルを獲った後、プロに転向、1964年にソニー・リストンを倒して世界ヘビー級王者になった。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」と表現された華麗なスタイルは、ボクシングが単なる殴り合いではなく、「芸術性」を秘めていることを体現した。マルコム・Xとの出会いからイスラム教に改宗し、徴兵拒否によってアメリカ政府と争うなど、彼の人生そのものが文字通り「闘争」だった。白井義男と具志堅用高がもたらしたもの 1952年、王者ダド・マリノ(アメリカ)を破り、日本人で初めて世界チャンピオンになった白井義男は、日本中を興奮させた。まだ戦後の敗戦を引きずり、敗北感と劣等感が支配した日本社会に、大きな希望を与える出来事だったとも歴史は伝える。 1976年に世界王者となり、13回の防衛に成功した具志堅用高は、本土復帰したばかりの「沖縄の星」でもあった。ボクシングはこのように、選手同士の対戦という枠にとどまらず、社会の闘争を反映する側面も果たしてきた。ボクシングWBA世界Jフライ級王者の具志堅用高(左)がメキシコのフローレスにKO負け。故郷の沖縄では初めての防衛戦だったが、ダウン後も相手のパンチを受け続け、タオルが投げ込まれた=1981年、沖縄県 混乱のないよう書き添えるが、今回「除外」が取り沙汰されているのは「アマチュアボクシング」である。私たちが一般に目にするのは、大半がプロボクシングであり、仮に五輪のボクシング除外が決定しても、すぐに日本のボクシングシーンに大きな影響を与えるわけではない。ボクシングの場合、アマチュアの世界が必ずしもプロへの登竜門になっているとは言えないからだ。アマチュア経験なしにプロの門をたたく選手の方が圧倒的に多いのである。その点は、野球などとはまったく違う。野球はほぼ100パーセント、アマチュアが人材育成と供給の場である。アマチュア野球の衰退は、直接プロ野球にも影響する。そして、ファンもまた高校野球などのアマチュアの試合を観戦し、ファンになるケースも多い。 むろん、ボクシングでもアマチュア出身のスター選手は数多くいる。あの具志堅用高も「アマチュアでは62勝3敗」の実績を持ってプロに転向した。昨年10月、世界チャンピオンになった村田諒太もロンドン五輪で金メダルを獲得し一躍注目を集めた。また、つい先日、故郷・沖縄で1ラウンドKO勝ちし、15連続KOという日本記録を打ち立てた比嘉大吾も、高校ではボクシング部に入り、具志堅用高の目に留まってプロ入りした。こうしてみると、アマチュアボクシングの存在は、決して小さなものとは言えないのである。 五輪競技からの除外で、プロも含め、ボクシングへの風当たりが厳しくなることは否定できない。プロ組織は複数あるが、日本でも村田の世界戦の判定が物議を醸した通り、組織やジャッジの透明性と公平性がアマチュア同様、強く求められている。 IOCのバッハ会長が公式に表明した以上、AIBAはIOPCの求める基準を満たす健全な組織に生まれ変わる必要がある。ボクシングの教育的意義、社会に貢献できる役割を世間にはっきり示す必要があるだろう。 オリンピックに存続する道を探るとすれば、暴力性を排除し、競技としての方向性を強く確立することしかない。だが、安全性を求めれば求めるほど、観客を熱狂させる刹那的な要素や、危険と隣合わせだからこそにじみ出る選手たちの内面の激しさは削がれる可能性がある。アマチュアボクシング界はそれを是として受け止め、暴力性ではなく、人材育成を主眼に位置づけて「改革」できるか、それがボクシングの今後を左右するカギになるだろう。言うまでもなく日常生活で暴力は許されない。だが、勝ち負けを超えたボクシングの「美学」を体現する表現者がもし現れれば、この危機を救うかもしれない。現実的な話をすれば、現役の村田諒太や比嘉大吾らがリングで何を表現し、どんな深さで観衆と感銘を共有できるか。それがボクシングの明るい未来につながることだけは間違いない。

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    決戦前夜、貴乃花親方が笑顔に変わったワケ

    小林信也(作家、スポーツライター) 任期満了に伴う日本相撲協会の理事候補選挙は、貴乃花親方が得票2票で落選した。 理事定数10に対して11人が立候補。1人だけ落選する選挙は101人の年寄(親方)による無記名選挙で行われた。当選した理事は3月、協会の最高決議機関である評議員会の選任決議を経て正式に就任する。今回は貴乃花親方が理事を解任され、もし選挙で当選しても評議員会が「認めない可能性がある」とけん制された中で行われた。そのこともあって、貴乃花一門からは一門の総帥である貴乃花親方だけでなく、阿武松親方も立候補した。阿武松親方は無事当選し、一門の理事枠は一つ確保した形となった。 選挙前に開かれた貴乃花一門の会合で、「今回は立候補を自粛し、2年間待つ方が賢明ではないか」との声も上がったが、貴乃花親方はこれを制して立候補の決意を表明。「みなさんは阿武松親方に投票してほしい。自分は一票で構わない」と発言し、当落にこだわらない姿勢を明かした。その前後から、貴乃花親方の表情はかなり清々(すがすが)しいものに変わり、テレビでも笑顔の貴乃花親方が見られるようになった。十両昇進が決まった貴公俊の会見に同席し、 笑顔を見せる貴乃花親方=2018年1月31日、両国国技館 弟子の貴公俊(たかよしとし)の十両昇進会見に同席したときの笑顔は、慶事ゆえに当然といえば当然だ。しかし、昨年末の貴景勝の小結昇進会見には姿を見せておらず、心境と状況の変化もうかがえる。立候補にあたってブログを更新した貴乃花親方は、「大相撲は誰のものか」というメッセージを発信し、かなりの共感を得たとも報じられている。無言を貫いていた時期には「何を考えているのか分からない」と周囲をやきもきさせる場面もあったが、ようやく本人の思いが語られたのである。 理事当選は「ほぼ絶望的」と見られた中で、あえて立候補した真意は何だったのだろうか。私見だが、二つの理由を挙げたい。一つは、選挙権を持つ101人の親方に対する痛烈な問いかけだ。 2010年の理事候補選で貴乃花親方は大方の予想を覆して当選した。後に「貴の乱」と呼ばれたが、これは一門の縛りを越えて、一部の親方が自らの意志で貴乃花親方に投票した結果だ。無記名投票による選挙なのだから、大方の予想を覆す結果になることは十分有り得る。 ただ、貴乃花親方がブログで「もっと自由に議論できる協会に」と提言したのはこの辺りを意味するのだろう。だが、他の一門の引き締めが一段と強かった今回は、貴乃花親方自身、当選に足る得票は期待していなかったに違いない。それでも、貴乃花親方が立候補したことで、他の親方にとっては「自分たちの権益を守るような動きばかりで良いのか」と自問自答する機会になったはずである。言い換えば、その問いかけこそが、貴乃花親方が立候補した本当の意味であり、目的ではなかっただろうか。リーダーは自ずと決まるもの 貴乃花親方の得票はわずか2票。これは、貴乃花親方が政治的な動きや裏工作をしなかった表れと見ることもできるだろう。「清々しい笑顔の裏には、裏取引が成立した」という勝算があったのではなく、自分の進むべき道が改めて見えた。そのことを晴れやかに示したのである。 貴乃花親方はブログの中で、下記のように綴っている。「改革するのではないのです。古き良きものを残すために、時代に順応させながら残すのです」「相撲は競技であると同時に日本の文化でもあります。つまり我々は文化の守り人であるということも忘れてはなりません」 相撲協会が公益財団法人である以上、理事が選挙で選ばれるのは当然である。一方で、文化を重んじるのであれば、投票や政治的な駆け引きは必ずしも馴染(なじ)まない。その道の継承者、次代のリーダーは自ずと決まって行くのが、歌舞伎であれ、華道や茶道の家元であれ、伝統芸能や文化の流れである。貴乃花親方も、北の湖前理事長とはそういった思いや使命感を共有していたのではないだろうか。 一門内での「談合」も、今は権益を守るための策謀のように語られるが、利権を他に渡したくないためだけの慣習ではなかっただろう。文化芸能の世界は、達人や名人に対する崇敬の念が基本にある。日本相撲協会の北の湖前理事長の銅像の前で記念撮影する(左から)貴乃花理事、八角理事長、(1人おいて)とみ子夫人、 横綱日馬富士関=2017年10月1日、川崎市 はっきり感じるのは、貴乃花親方が自分の利益のために協会の要職に就くつもりはなかったという事実である。相撲を取った経験のない日本人が増えている。力士になりたいと思う少年が、今どれほどいるのだろう。大相撲を取り巻くあまりに厳しい現実と切実への危機感。このままでは入門者がいなくなり、興行だって立ち行かなくなる。もはや大相撲は「絶滅危惧種のような存在」になっていると、貴乃花親方は認識し、他の親方も薄々感じている。だが、そうした危機感も組織を変革するうねりにはならなかった。 北の湖理事長の右腕として、吉本新喜劇の舞台に立ってまで大相撲のPRをし、それが「スー女(相撲女子)」ブームを生み出したと言われる貴乃花親方。次の2年間は、進境著しい4人の関取を持つ親方として土俵を沸かせる仕事もできる。今回の落選で貴乃花親方が失うものは決して大きくない。

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    「松坂世代」村田修一の移籍先がいまだ決まらない理由

    小林信也(作家、スポーツライター) 巨人から自由契約となった内野手、村田修一の移籍先が決まらず、その去就に注目が集まっている。巨人から戦力外通告を受けた村田修一内野手= 2017年10月16日、川崎市のジャイアンツ球場 村田は昨季、ケーシー・マギーの加入もあって先発三塁手の座を失い、苦しいスタートを切った。それでも交流戦に入り、指名打者で出場機会が増えると徐々に復調。夏場以降はマギーが二塁、村田が三塁に入り、規定打席には達しなかったが100安打を記録した。十分にまだ活躍できることは実証したが、オフになって「戦力外通告」を受けた。おそらく本人も周囲も想像しなかった処遇だろう。二度目のフリーエージェント(FA)権を取得し、村田自身に次の選択権があるとぼんやり感じていたのではないか。ところが、巨人の判断は厳しいものだった。 鹿取義隆ゼネラルマネジャー(GM)は「苦渋の決断だった」としながらも、自由契約の方が選択肢は広がるとして、むしろ温情ある措置だと説明したが、結果的に現在まで村田の新たな活躍の場は見つかっていない。当初は複数球団が「興味を示している」と報じられたが、数日のうちに立ち消えとなり、ロッテの井口資仁新監督なども、上げた手を下ろす格好になった。 一方、同じ世代の松坂大輔は、ソフトバンクからコーチ兼任での残留を打診されたが、本人の意向で退団。中日から入団テストの機会を与えられ、無事に合格して入団の運びとなった。 年俸は1500万円。「最も稼いでいたころの3日分」と表現する報道もあったが、松坂にとって年俸の多寡は今や問題ではない。勝負できる環境、もう一度マウンドに上がるチャンスを得ることが何よりだ。 過去3年間で1度しか出場できず、しかもすぐ降板した松坂にチャンスが与えられ、シーズン100安打を放った村田に活躍の場が与えられない。普通に考えたら、おかしな現象だ。なぜ村田はそれほど敬遠されるのか? 理由をいくつか推測しよう。 既に37歳。それほど先がないのは明らかだ。それならば、何らかのプラスアルファが重要だと球団や監督は考える。かつて、峠を越えたと誰もが判断していた落合博満を巨人がFAで獲得したとき、長嶋茂雄監督に取材すると、反対意見は意に介さず、「数字は関係ありません。ダイヤモンドにもう一人の監督が立っている。それが大きい」と、落合獲得の理由を教えてくれた。実際、落合は秋に入って失速し、2位の猛追を受けたとき、自らナインを招集し、ミーティングを開いて鼓舞した。それをきっかけに巨人が息を吹き返したと伝説的に語られている。 阪神から古巣広島に戻った新井貴浩なども、その泥臭く懸命な姿勢で若い選手に無言で火をつけており、その功績は大きいと評価されている。村田にはそのような姿勢、リーダーシップの評価が薄い。むしろ、入団しても思い描いた活躍の場が与えられなければ、不満分子の火種になるかもしれない。それならば、若い選手を登用し、すぐに活躍できなくてもチャンスを与える方が夢があると球団が判断するのは当然だろう。余ったプロ野球選手の行方 松坂は、甲子園のカリスマであり、日米での輝かしい実績がある。そして、常に野球に対して懸命な姿勢を貫いてきた。森繁和監督はじめ、中日スタッフに西武時代の恩人や仲間が多く、彼らに松坂自身が信頼されていることがチャンスを得た大きな要因だろう。 もう一つ、投手と内野手の差もある。どの球団も、投手には多くの枠を割いている。内野のポジションは4つもあるのに、内野手は投手より少ない。松坂がもしまた登板できなくても、登板して大活躍する可能性のために一人確保できるポジションなのだ。高校野球第3回アジアAAA野球選手権大会結団式。日本選抜チームに選ばれた投手陣。前列左から松坂大輔(横浜)、寺本四郎(明徳義塾)、久保康友(関大一) 後列左から 新垣渚(沖縄水産)・村田修一(東複岡)・杉内俊哉(鹿児島実)・上重聡(PL学園)=平成10年8月撮影 実は高校時代、村田もエース投手だった。甲子園で快投を演じる松坂を見て、投手としてはまったく松坂にかなわないと判断し、進学した日大で打者に専念したという。 松坂は、打撃でも超一流の才能の持ち主だった。私はこれまでにも、松坂が投手として活躍した後、早い時期に打者転向を図ればと提言してきた。ちょうど、レッドソックスからヤンキースに移籍するタイミングで打者に転向し、ホームラン王として英雄になったベーブ・ルースのように。そうすれば、ここ数年のような苦しみを味わうことはなかったかもしれない。とはいえ、村田同様に肩を叩かれていた可能性だってある。投手だったからこそ、今があるとすれば、松坂の執着は結果的に身を助けたとも言える。 さらに、村田の去就が決まらない現実から浮かび上がって来るのは、「プロ野球で活躍できるレベルの人材は余っている」という事実だ。 昨季は、巨人でなかなか輝けなかった大田泰示が、日本ハムに移籍した途端、水を得た魚のように打ち、レギュラーとして活躍した。私見だが、なぜ日本のプロ野球は球団増を模索しないのか、不思議でならない。 サッカーの例を見れば分かりやすい。「この本拠地でお客さんが本当に集まるのか」と思うような地域でも、苦労はしながら根を生やし、花を咲かせている。各地の努力はサッカーの地道な普及にもつながっている。新球団の話が出ると決まって「レベルの低下」という、もっともらしい反対意見が出るが、それはもう却下して、各都道府県に一つずつ創るくらいの意気込みで、新しいビジョンを真剣に議論し、実現に向かう時期に来ていると思う。 「村田を救うために」とは言わないが、村田のような、まだまだやれる選手がいるのだから、その人材、資産を無駄にする余裕など、人気低迷が加速する今の野球界にはないはずだ。

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    相撲協会にとっても痛い「最弱横綱」稀勢の里の不甲斐なさ

    小林信也(作家、スポーツライター) 横綱稀勢の里(31=田子ノ浦)が休場した。初場所5日目を終えての成績は1勝4敗。年6場所制となった1958年以降、横綱では6人目となる5場所連続の休場となった。5日目の朝稽古の後には「やると決めたら最後までやり抜く」と語ったというが、4敗目を喫し、さすがに休まざるを得ない状況にまで追い込まれたとみるのが自然だろう。 「もうひと場所全休し、体調と相撲勘をしっかり戻してから復帰した方がよかった」 相撲界やファンの間では、そんな声が早くも聞こえてくる。1月5日の稽古総見で豪栄道に2勝3敗、横綱鶴竜に3戦全敗し、まだ復調の兆しが見られないことから、横綱審議委員会の北村正任委員長も「休場もやむなし」と発言。いわばお墨付きをもらったのだから、無理して出る必要はなかった。 大きな騒動があって混乱が続く相撲界に、爽やかな風を吹かせる唯一の特効薬は「日本人横綱、稀勢の里の活躍、そして優勝」が何よりだと、そんな重圧や責任感もあったのだろうか。しかし、その思いはあえなく空回りし、いよいよ深刻な空気も漂い始めた。同じく休場が続いていた鶴竜は、今場所の結果次第では「進退問題になる」との見方もあったが、稀勢の里はまだその段階ではないと空気が支配的だった。ところが、これだけふがいない相撲が続くと、「進退に影響」との活字がメディアで踊るのも当然である。 初日からの相撲を見ていると、まったく威圧感がない。横綱になかなか昇進できなかったのは、誰もが知る稀勢の里の「弱気の虫」だ。横綱昇進の勢いの中で、それが姿を消したかに見えた時期もあったが、けがに水を差されると、やはり「弱気」が稀勢の里を支配し始めた。思い切った相撲が取れていない。勝ちに行く相撲ではなく、負けない相撲をして逆に、攻めが遅くなる。慎重に行けば行くほど、相手に見切られて敗れる。本来なら横綱が相手を見下ろして取るべきところだが、はっきり言って平幕の格下力士の方に余裕さえ感じられる。いなされたり、たぐられたりして、横綱は何度も土俵の上を転がった。琴奨菊に突き落としで敗れた稀勢の里 =2018年1月17日、両国国技館 初場所の稀勢の里の取組を振り返ると、特に目立ったのが足腰の軽さだ。4日目には、土俵のほぼ中央で琴奨菊に突き落としで転がされた。まわしの位置が高い。無防備に突っ立ったような態勢で、楽々と技をかけられている。3日目の逸ノ城戦でも、立ち会いは互角にも見えたが、そこからあっさりと逸ノ城に優位を取られた。両者の足腰の重さの違いは歴然だった。横綱昇進前後の取組は、どっしりと土俵に根が生えた感じがあったが、この取組では重さを感じさせたのは逸ノ城の方であり、稀勢の里はやけにふわふわと浮いているようだった。今場所の逸ノ城も決して好調とは言えないが、それでも楽々してやられた。 横綱が5日目で4敗ともなれば、休場という判断はやむを得ない。それは「負け越しても降格しない」横綱ゆえの面子(めんつ)ばかりではなく、相撲協会にはそれが容易に許されない「カラクリ」もある。平幕力士が横綱が勝つと「金星を挙げた」と表現するが、これは名誉だけの話ではない。力士褒賞金の支給額が一律4万円プラスになる。つまり、年6場所で24万円の昇給になる。協会にすれば、単純に出費が増える。金星を「安売り」をされれば、それこそ協会の懐を直撃するのである。稀勢の里が負けた時の「出費額」 稀勢の里は2017年11月場所で5個の金星を配給し、武蔵丸と並ぶ不名誉な最多記録をつくった。今場所はすでに3個、たった2場所で8個もの金星を許してしまったのである。下世話な言い方かもしれないが、これは年間192万円の出費を協会に与えてしまったことになる。しかも、この褒賞金は減ることがなく、力士が現役を続ける限り支払われるから、仮に金星を挙げた力士たちがその後も5年間現役を続けると、出費の総額は約1千万円にもなる。決して笑えない数字だろう。つまり協会の側に立てば、平幕力士に簡単に負ける横綱を大目に見続けるわけにいかないのである。 稀勢の里の今場所は「序盤が勝負」と見ていた。初日、二日目、そして三日目あたりまで無難に白星を重ねることができたら、思い切った相撲が取れるようになるのではないか。稽古総見では、いいところがなかったが、三日後の8日に行われた二所ノ関一門の連合稽古では、琴奨菊、嘉風を相手に「三番稽古」(同じ相手と続けて相撲を取る稽古)をして14勝3敗。復活を感じさせる内容だった。不安材料も多いが、無難なスタートさえ切れたら、そんな期待もあった。ところが、初日に敗れた相手は新小結の貴景勝。いま売り出し中の若手力士だ。 二日目は北勝富士。ここまで3場所連続で金星を挙げている「横綱キラー」である。稀勢の里に敗れた後に白鵬を破り、土佐ノ海と並ぶ4場所連続金星のタイ記録に並んだ怖い存在だ。そして三日目が逸ノ城、四日目は元大関の琴奨菊、五日目嘉風と、気を抜く間がない。いずれも元気者、くせ者、簡単には取らせてくれない相手ばかりだった。稀勢の里ファンにすれば「もう少し取りやすい力士から場所に入れれば…」とぼやきたくなるような顔ぶれだったに違いない。大相撲初場所5日目。嘉風に押し倒しで敗れ、4敗目を喫した稀勢の里(手前) =2018年1月18日、東京・両国国技館 だが、これらの力士を簡単に翻弄(ほんろう)してこその横綱である。いまの稀勢の里には残念ながらそれだけの余裕がない。横綱と平幕の力が逆転してしまっているのだろうか。そう考えると、なんだか新しい展望も見えてくる。つまり、横綱稀勢の里の弱さを嘆くのでなく、新しい力の台頭、若い役者たちが多数登場している現状を歓迎するのも一興(いっこう)ではないか。 初場所7日目までで7連勝と破竹の勢いをみせる関脇・御嶽海は24歳、阿武松、貴景勝は21歳、けがで足踏みしてしまった遠藤、逸ノ城も復活の兆しが見えつつある。 くだんの日馬富士事件で、貴ノ岩が言ったとされるせりふではないが、相撲界の世代交代は思った以上に進み、期待の力士たちの台頭が著しい。貴乃花親方が構想しているという「第二相撲協会」をつくらなくても、古い慣習に毒された力士たちはまもなく一掃され、新しい姿勢の持ち主たちが土俵の中心を担う。 そんな初夢を見る方が、相撲ファンにとっては前向きなのかもしれない。稀勢の里がその輪に入るのであれば、しっかりと休み、身体と勘を磨き直した方がいい。素人目ではあるが、けがはすでにかなり回復しているように思える。後は自信の回復次第である。稽古と巡業で準備を重ねてからでいい。次に土俵に上がるときは、今度こそ「進退」をかけた最後のチャンスになる可能性が高いのだから。

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    政治利用される平昌五輪に日本は「不参加」の選択肢があってもいい

    小林信也(作家、スポーツライター) 2017年末、平昌五輪の代表選考を兼ねたフィギュアスケートの全日本選手権が行われた。男子は羽生結弦がケガのため今大会を欠場したが、過去の実績を評価されて代表に選出された。ケガの復調具合が心配だが、平昌五輪では前回ソチに続く2連覇を狙っている。 羽生だけでなく、平昌五輪は冬季五輪で前例がないほど、多種目で日本人選手の金メダル獲得が期待されている。スピードスケート女子500メートルの小平奈緒、ジャンプの高梨沙羅ら「絶対本命」もいる。スノーボードでも男女とも複数のメダルが狙えると注目されている。選手たちが順調に実力を発揮すれば、1998年の長野五輪の金5個、銀1個、銅4個、計10個を超える可能性もある。2月9日の開幕早々にフィギュアスケート団体予選で日本が好スタートを切り、4日目のスキージャンプ女子ノーマルヒルで高梨沙羅、伊藤有希がメダルを獲得すれば、一気に五輪フィーバーが巻き起こり、不安な世界情勢など忘れたお祭り騒ぎに日本列島が浮かれる可能性も高い。2017年4月、フィギュアスケート世界選手権男子で3季ぶり2度目の優勝を果たした羽生結弦が帰国し、多くのファンから出迎えを受けた=羽田空港(今野顕撮影) だが、政治的、社会的な観点からは、平昌五輪自体の開催や成功が危ぶまれてもいる。12月2日の産経新聞は次のように伝えた。 北朝鮮の核・ミサイル危機を受け、欧州では平昌五輪への選手派遣を再検討する動きが出ている。 発端は、フランスのフレセル・スポーツ相が9月21日、ラジオで「状況が悪化し、安全が確保されなければ、フランス選手団は国内にとどまる」と発言し、派遣見送りの可能性を示唆したことだ。フレセル氏は翌日、ボイコットするわけではないと強調したうえで「私の役割は選手を守ることだ」と述べた。 フレセル氏自身が金メダルを獲得した元五輪フェンシング選手だったため、選手団の間には「家族は心配しており、危険を見極める必要はある。今は練習するだけ」(アルペンスキー選手)などの動揺が広がった。だが10月には仏五輪選手団が発表され、現在までに派遣差し止めの動きはない。 北朝鮮情勢への動揺が広がっていることに配慮し、IOCは9月22日、「関係国や国連と連携している。開催準備は予定通り進める」とする声明を発表した。「選手の安全は最重要課題。朝鮮半島情勢を注視していく」との立場を示した。平昌五輪で日韓が「駆け引き」 慰安婦問題で急速に冷え込む日韓関係にあって、平昌五輪が政治的な「駆け引き」に使われている。スポーツは、政治と無関係ではない。政治の舞台そのものだ。まず、11月15日の中央日報は次のように伝えている。 李洙勲(イ・スフン)駐日韓国大使が日本の河野太郎外相と会い、両国首脳間のシャトル外交復活に向けて努力することを確認した。 李大使は14日、外務省で就任の挨拶のため河野外相と会談を行い、韓日関係の未来志向的発展に向けた方案について意見を交換した。 この中で河野外相は「大統領の信任が厚い方が大使として日本に来られ、未来志向的な韓日関係につながっていくものと期待する」と話した。これに対し、李大使は河野外相に「先月の総選挙で、最多得票によって当選したことに対し、お祝いを述べたい」と答えた。李大使は会談後、記者団と会い、「来月あるいは来年1月に韓日中首脳会議が開催され、文在寅(ムンジェイン)大統領が日本に訪問した後、来年2月の平昌(ピョンチャン)冬季オリンピック(五輪)の時に安倍晋三首相が訪韓すればシャトル外交が復活する」としながら「このために共に努力していくことを確認した」と述べた。 だが、12月19日に韓国外相との会談で日本の河野外相は否定的な見解を伝えたという。以下は朝日新聞の報道である。 19日にあった河野太郎外相と韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相との会談で、来年2月の韓国・平昌冬季五輪への安倍晋三首相の出席をめぐって日本側が韓国側を牽制(けんせい)する一幕があった。日本政府は慰安婦問題で韓国政府の対応に不信感を募らせており、外交的な「駆け引き」を仕掛けた格好だ。 複数の日韓関係筋が明らかにした。康氏が会談で「首相を平昌で歓迎したい」との文在寅(ムン・ジェイン)大統領のメッセージを伝えると、河野氏は文政権が2015年末の日韓合意に反する動きを見せていることに触れ、「このままでは(参加は)難しい」と伝えた。2017年12月、会談に臨む河野外相(左)と韓国の康京和外相=東京都港区の飯倉公館(代表撮影) 言うまでもなく、朝鮮半島は緊迫の度合いを増している。北朝鮮の動き次第で、世界的に戦闘的行動へ移行する一触即発の危機をはらんでいる。地理的にも、その影響を最も受ける国のひとつが日本でありながら、五輪を語り出すと日本人はそうした世界情勢の緊張感を忘れる。「平和ボケ」と呼ばれる兆候を示す端的な傾向だろう。スポーツを糾弾すればエンタメになる 私は北朝鮮の暴挙や韓国の姿勢を理由に「平昌五輪不参加」を強く提言する立場ではないが、スポーツをいつまでも万能な「平和の象徴」のように位置づけ、「スポーツ交流さえすれば仲良くなれる」「スポーツの感動さえあれば、世界は平和になる」という安易な思い込みからは早く脱却すべきだ。スポーツに打ち込む選手も指導者もそれを認識し、その上で「スポーツに何ができるか」を模索する深い目覚めと覚悟が求められている。2010年2月、バンクーバー五輪のフィギュアスケート女子表彰式で、銀メダルに終わり、こらえきれず涙を見せる浅田真央。右は金メダルの金姸児(キム・ヨナ)(鈴木健児撮影) 仮の話だが、想像してみてほしい。金妍児(キム・ヨナ)と浅田真央の戦いの舞台がもし平昌五輪だったら? そして、韓国の観客から見れば「不可解」と思われるジャッジで金妍児が敗れたとしたら。いやもしその相手が北朝鮮の選手だったら…。 競技を終えてノーサイド、互いに抱き合いたたえ合う、観客も心を同じくして深い友情の絆を感じる…。そのような美しい物語ばかりを期待できるだろうか。巨大なビジネスと化したスポーツ界には、巨額のお金と利権がうごめいている。選手はその膨大なビジネスのカギを握る中枢にいる。もはやセンチメンタルだけでスポーツは語れない時代だ。 ここ2カ月以上、テレビのワイドショーはずっと大相撲問題を取り上げている。スポーツをめぐる社会の空気が変わっている。お茶の間がスポーツを批判的な立場で糾弾し、「それがエンターテインメントになる」時代にシフトしたのだ。東京五輪のエンブレム問題、新国立競技場建設問題あたりから、急速に旗色が変わった。スポーツは賛美されるばかりの分野でなくなった。それはある意味、歓迎すべきことだと感じている。 果たして、平昌五輪もこの厳しい流れの中で、お茶の間を巻き込んだ新しい議論が生まれるのか。あるいは、やはり「空前のメダルラッシュへの期待」でお祭り騒ぎが国民の気分を支配するのか。日本人のスポーツに取り組む姿勢、そしてスポーツを通して実現を目指すべき中身の真価がいま問われている。

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    大谷翔平が「和製ベーブ・ルース」などおこがましい

    小林信也(作家、スポーツライター) 大谷翔平選手の米大リーグ、エンゼルス入団記者会見は、華やかで期待の大きさが伝わってきた。  マイク・ソーシア監督が二刀流での起用・育成を明言し、メジャーでの大谷の方向性も見えてきた。少し前まで、メジャーでの二刀流挑戦は悲観的に見られていた。投手か打者か、どちらかに絞っての契約になるだろうとの空気が大勢だった。ところが、大谷自身が日本ハムで投打に実績を挙げたこともあって、メジャーでの二刀流挑戦が現実になった。 それ自体に異論はないが、記者会見や一連の報道を見ていて、不思議な違和感ばかりを覚えるのは私だけだろうか。騒ぎ方と現実のギャップ。胸騒ぎといったら言い過ぎだが、宣伝文句やはやし立てるフレーズばかりが先行して、「本当に大丈夫か?」という不安に答えてくれるような問答はほとんどなかった。 大谷の課題ははっきりしている。まずは右足首のケガだ。今季は手術を受けずにプレーし、シーズン終了後の10月12日に有痛性三角骨を除去する内視鏡手術を受けた。無事成功し、リハビリも終えて2週間後に退院したと日本ハム球団から発表されているが、なぜかこのケガについては楽観的に報じられ、あまり騒がれていない。今季の登板が5試合にとどまった原因だけに、回復が期待もされるし、懸念もされる。本当に「二刀流」を無理なくこなせるまでに快復したのか、まずはそこが気になるところだ。「4番・投手」で先発した日本ハム・大谷翔平投手=2017年10月4日、札幌ドーム(共同) 次に技術の課題だ。投手としては、160キロ台の速球を「当てられる」ことへの疑問と不安が日本球界でも語られていた。藤川球児のようなホップする(浮き上がる)速球とは違う。速いけれど素直な球質がメジャーに行って、どう出るのか? 力勝負のメジャーリーグ。打者たちの大半は日本の打者のようにコツコツは当ててこない。思い切ったフルスイングが多いから、「球速の餌食になってくれる」との見方もできる。だが一方で、「速い球にはめっぽう強い」打者がそろっているから、ガツンと行かれる可能性も否定できない。 もちろん、大谷投手にはフォークボールとブレーキの鋭いスライダーがあるから、勝負どころでは低めの変化球で打者を翻弄(ほんろう)できる。160キロ台の速球と混ぜたら、メジャーの強打者のバットがクルクルと空を切る光景も容易に想像できる。だが、勝ち星と負け数が拮抗(きっこう)する、あるいは負けが勝ちを上回るような厳しさを経験する可能性はある。いずれにしても、ただ球速を求めるのでなく、「速球の質」を深めることが投手・大谷の課題であり、成長への道だろう。その手がかりをどうやって得るのか、メジャーにそのヒントがあるのか? もちろんそれは「企業秘密」だろうが、その点はいままったく触れられていない。大谷自身が、球質を変える意欲を持っているのかどうかさえ、わかっていない。  違和感を覚えた一因は、そうした本来すべき質問がまったく飛ばなかったことだ。期待に終始し、大谷を持ち上げる方向でばかり記者会見が進む。日本のメディアの面々もすっかりその雰囲気にのみ込まれ、普段は当たり前にする厳しい質問をする意志があらかじめ制圧されていた。あれは「お祝いの席」だから、それで文句はないけれど、シーズンが始まれば、現実は自(おの)ずと明らかになる。まるで芸能人の結婚会見 打撃の課題は、厳しい内角攻めへの対応だ。会見から帰国後の自主トレ風景を見ていても、左脇の甘さが目立つ。外の変化球を混ぜ、最後はインハイ(内角高め)に鋭い快速球を投げ込まれたら打てるのか? データ解析が徹底して進んでいるメジャーリーグで、こうした弱点があれば苦しい。これをどう乗り越えていくのか、投手としての課題同様、ほとんど問われることはなかった。 つまり、大谷翔平のエンゼルス入団会見は、「芸能人の結婚記者会見」のような内容で、野球選手としての本質にはほとんど触れられていなかった。それが違和感の根元かもしれない。 二刀流が実現すれば、野球の歴史を変える素晴らしい快挙だ。メジャーリーグの長い歴史の中でも、ほとんどそのような選手は現れていない。 「日本のベーブ・ルース」という形容がしばしば使われたが、大谷翔平とベーブ・ルースのイメージはまったく違う。「同じシーズンに投手で10勝を挙げ、打者で10本のホームランを記録した唯一のメジャーリーガー」がベーブ・ルースだ。大谷が2014年と2016年にそれを記録したことから、日米の二刀流の双璧と呼びたいのだろう。だが、体形やイメージからして二人は全然違う。ベーブ・ルースはどう考えても「二刀流」より「世界のホームラン王」として名高い。いまの大谷をベーブ・ルースと呼ぶにはいかにも早すぎる。 だが、ベーブ・ルースの名前をここに持ちだしてくるのは、それほどメジャーでも二刀流が希少だということだ。それに、データを調べればすぐわかるが、ベーブ・ルースは決して「二刀流」を目指していたのではなさそうだ。 「プロ入り当初は投手としても活躍した」という表現が正しい。最初に入団したボストン・レッドソックスでは、打者というより左腕投手として活躍が期待された。1年目の1914年こそ2勝1敗にとどまったが、2年目は18勝8敗、3年目は23勝12敗、4年目も24勝13敗。エースと呼ぶにふさわしい活躍を見せた。しかし、5年目は13勝、6年目9勝にとどまったところで、トレードが待っていた。1920年、ニューヨーク・ヤンキースに入団すると、今度は打者に「転向」。投手としての出場は毎年1試合か2試合となった。米大リーグ、エンゼルス入団会見の後に記念撮影に収まる大谷翔平投手(中央) =2017年12月9日、エンゼルスタジアム(撮影・リョウ薮下) いわゆる二刀流と呼べるのは、ボストンでの最後の二年間。勝ち星が少なくなるのは、徐々に打者としての出場が増えたからだ。 実はここ数年のメジャーリーグで「二刀流」は大谷の専売特許ではない。アマチュア時代に投打で活躍したジョン・オルルドらルーキーたちが何人か二刀流に挑戦したが、結局、どちらかを選んだ現実がある。 私の違和感のもうひとつは、投手としては打たない、打者としては守らない、それで二刀流と呼べるのか? ということだ。大谷本人もこれは会見で語っていたとおり、「ひとつの試合で両方やれるのが理想」である。それならば、なぜ指名打者(DH)制のないナショナル・リーグを選ばなかったのか? と突っ込みたくなった。

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    「中学生と練習したらセンバツ辞退」高野連のバカ規則にモノ申す

    小林信也(作家、スポーツライター) 中学生を練習に参加させただけでセンバツ推薦を辞退? そんなバカな「教育」があるか! ここ数日、高校野球の「不祥事発覚」のニュースが新聞やインターネットで報じられている。その中で、どうしても納得のいかない問題を一つ指摘したい。 暴力や飲酒、喫煙が「不祥事」と呼ばれるのはやむを得ないが、「中学生を練習させたこと」「そこに監督が立ち会っていたこと」が「不祥事」、つまり「高校野球が絶対にやってはいけない悪事」とされる報道を不思議に思った読者はいないだろうか。野球以外の他種目で、中学生を練習に参加させただけで厳罰を受ける競技があるだろうか。いや、日本以外の海外で「中学生と一緒に練習して悪者にされる国」なんてどこに存在するのか。 今回のケースは処分ではなく、正確にいえば自ら辞退を申し出たのだが、来春のセンバツ大会で21世紀枠候補だった市立川越高校はどのような経緯で辞退を申し出たのか。それを報じた新聞記事は次の通りだ。 日本高野連は5日、来春の第90回選抜高校野球大会の21世紀枠候補に埼玉県高野連が推薦した市川越から、監督らの不祥事のため一般枠を含めて推薦を辞退する申し出があり、了承したと発表した。 高野連によると、市川越の顧問は11月に中学生を練習に参加させ、監督も同席していたという。5日の審議小委員会で、処分を日本学生野球協会審査室に上申することを決めた。サンケイスポーツ 2017年12月6日 読者の皆さんはこれを読んで何が問題なのか、すぐ理解できただろうか。高校野球の関係者には分かる。だが、それは世間一般の良識に照らし、「本来あるべき姿」から考えてどうなのだろう。2017年10月、秋季高校野球埼玉県大会決勝の花咲徳栄戦、七回に同点に追いつき喜ぶ市川越ナイン=県営大宮公園球場(飯嶋彩希撮影) 簡潔に言えば、高野連は中学生との接触を厳しく制約している。高校野球の監督が中学生を指導するのは禁止。高校の野球部員が中学生に指導することも規制されている。今回の市川越も、高野連のルール上、明確な違反行為があったとして、せっかくの「センバツ出場」の望みがこれで泡と消えたのである。 今回の出場辞退をめぐり、私が問いたいのは「中学生の練習参加、中学生と高校生の交流がそんなに悪ですか? そもそも禁止するようなことですか?」という点だ。 夏休みや冬休みで高校の練習が休みになる前、高校野球部の監督や部長は選手たちに「出身の中学野球部の練習を見に行くのはいいが、後輩に指導をしてはいけないぞ」と注意しなければならない。もし、指導する光景を目撃され「告発」されたら、その高校の野球部は処分を受けるからだ。私は、それを厳しく選手に通達するある高校野球部長の姿を見ながら、「この人、教育者として矛盾を感じないのか?」と思った経験がある。良識あるファンたちよ、声をあげろ! 大好きな野球、高校で学んだことを後輩に教えたい気持ちは「悪」だろうか。それが「未熟なのに教えるなんて」という理由ならまだ理解できる。そうではなく、親しく指導することが「勧誘行為になる」。それが規制の理由というからますます言葉を失う。実際に、甲子園にしばしば出場する高校の監督の多くが、熱心に中学生を誘い、訪ねてくる中学生に練習の機会を与える。良ければ「1年夏から4番で使う」と約束したなどの逸話は、その選手の同伴者から直接聞いたことがある。そんな逸話は山ほどある。いずれも有名な監督たちだ。 数年前には、ある私学の監督からこんな嘆きを聞いた。「うちは中高一貫ですから、中学3年生も夏の大会を終えたら高校の練習に参加させていました。ところが、センバツ出場が決まった年、高野連から厳重に注意を受けました。誰かが高野連に告発したらしいのです。以来、同じ学校の中学生でも、春休みになるまで一緒に練習させるのはやめました」2016年3月、センバツ開会式で励ましの言葉を述べる日本高野連の八田英二会長=阪神甲子園球場(代表撮影) サッカーなどは、中学3年、高校3年の夏から受験期にかけて、半年以上もブランクを作る弊害をいち早く問題視して、できるだけ空白期を作らないよう、3年生の冬にも大会を開催し、競技が続けられるよう配慮している。野球界はほとんどそんな発想を持たず、半年以上もチームの練習から離れる現実を放置し続けている。それどころか、中学生が高校生に混じって練習することを「悪」とし、環境を狭めている。 なぜ高野連は「一緒に野球をすること自体が悪」という、自家中毒みたいな状態を自ら作っているのか。すべては「勧誘行為の禁止」という、野球が隆盛していた時代、行きすぎた競争を防ぐために作られた自主規制だ。 時代は変わっている。野球界は今、「野球少年の減少」「野球への好意的なまなざしの減退」という深刻な問題に直面している。野球を楽しむ環境がどんどん減っている。サッカー、バスケットボールなど、他の競技の人気上昇や多様化があって、野球を選ぶ少年が激減している。そんな中で、いつまでも偉そうに狭い組織の中でしか通用しない常識や権力を振りかざし続ける高野連は、まさに野球衰退の根源そのものだ。それのどこが「教育的」なのか。 良識ある野球ファンたちが声をあげて、「その程度の過ちで、市川越の辞退を受け入れるな」「規則そのものがおかしいのだから、即刻、規則を変えてもっと自由に交流させるべきだ」と改善を働きかけたらいい。

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    なぜ日本人は日馬富士引退に無関心でいられるのか

    小林信也(作家、スポーツライター) 大相撲横綱、日馬富士が引退した。世間の空気は「やむをえない決断」との認識で一致している。だが、引退会見やその反応を見ていて、複雑な思いも湧き上がってくる。みんなクールだ。日馬富士の引退を惜しむ声があまりに少ない。「身内の感覚」で受け止めた日本人がほとんどいないように感じられる。 もし、これが浅田真央の引退や羽生結弦の引退だったなら、あるいは「甲子園を沸かせたスターの突然の引退」なら、こんなクールに論じられるだろうか。常識論を振りかざす大多数のコメンテーターや街の声に、物心ついたころから相撲ファンだった私は、空虚な思いにかられた。 かつて八百長事件で追放されたメジャーリーグのスター選手に、「嘘だと言ってよ、ジョー!」と叫んだ少年ファンの逸話がある。今回の騒動を振り返り、テレビの前でそんな風に叫んだ少年ファンはいただろうか。引退会見を行う日馬富士 =2017年11月29日、福岡県、太宰府天満宮 横綱の突然の引退を、大騒ぎにこそすれ、多くの日本人は自分と直接関係のない出来事としか感じていない。これが「国技」と呼ばれる大相撲の現状である。残念ながら、相撲はもはやその程度にしか愛されていない。貴乃花親方の相撲人気復活への情熱や危機感も底流は同じかもしれない。 日馬富士は、今回の引退で相撲界に残る道を断たれた。事実上、「廃業」というのが正確な表現だ。 引退会見で日馬富士が自ら振り返った通り、16歳のやせっぽちの少年は、モンゴルからはるばる日本へやってきた。安馬(当時の四股名)は幕内に上がってもなお、ひときわ細く、身体の軽さで相手に圧倒されて敗れる相撲も少なくなかった。それを上回るスピードと闘志、勝利への執念が安馬を幕内上位へと導いた。 相撲は「柔よく剛(ごう)を制する」ものであり、身体の大きさがすべてではない。だが、筋力トレーニングが容認され、力勝負が土俵の趨勢(すうせい)となる中で、巨大化する関取衆を相手に三役を張る地位を得た。さらに大関、横綱へと昇りつめたのは、持ち味のスピードと闘志に加えて、日本の身体文化が伝える内面の力を発揮する術を日馬富士なりにつかんだ証しだった。 横綱は、ただ強いだけでなく、実践でしか継承できない見えない身体文化の継承者である。その横綱を追放して、むしろ厄介払いができたかのような今の空気は、あまりに相撲が軽視されていると言わざるを得ない。もっと言えば、相撲を理解していないからこそできる安易なバッシングにも思える。 日馬富士は引退会見で「相撲が大好きです。相撲を愛しています」と声を大きくして言った。私は素直にこれまでの日馬富士の精進に頭が下がる。日本人が半ば放棄している相撲そして日本独自の身体文化の追求を外国から来て実践し、継承し、愛してくれた。 今回の騒ぎでは、相撲をまるで理解していない人たちが「ビール瓶で殴った」などと断片的な情報に振り回され、最初から日馬富士を「ありえない乱暴者」のように決め付けた感が否めない。暴力やシゴキは、筆者自身も許せないと思うから擁護するつもりはない。「かわいがり」はいじめにつながるシゴキを意味するものだが、普段の相撲の稽古がどのようなものか、それを知っている人と知らない人では認識が全く違う。 強い先輩力士が若い力士に胸を貸し、土俵際まで押させたところで軽く土俵に転がす。何度もそれを繰り返す。「そこからが稽古だ」と言い伝えられている。だから、すぐにへたって起き上がらない力士に先輩力士と周りの兄弟弟子は容赦ない𠮟咤(しった)を浴びせる。悔しさの中で懸命に立ち上がり、乱れた髪に汗と砂をため、必死の形相でまたぶつかっていく風景は、相撲部屋では日常的な、いや正当な稽古そのものである。 それをいじめと声を大にして言えば、いじめになってしまうのが今の世の中である。 むろん、行き過ぎればいじめに変わりないが、その稽古自体は重要な鍛錬として、長く相撲界を支えてきた伝統である。土俵に寝たまま起き上がらない力士の尻を先輩が軽く蹴り飛ばすくらいは、日常的な光景だった。今の時代、それさえも「暴力」になってしまうのではないか。八角理事長の横に座った読売社長 九州場所は、白鵬がまた強さを見せて優勝した。今場所は「張って出る」相撲が目立った。立ち会い、相手力士の大半は白鵬に対して頭を下げ、猪突(ちょとつ)猛進的に頭でぶつかってくる。これに対して、白鵬は平手で相手の頰を激しくたたき、機先を制した。 「ガツン」と鈍い音を発する激しい頭突きも、平手打ちも、日常生活では「暴力」だが、土俵の中では正当な技であり、これを克服しなければ相撲界での躍進はない。日常社会で暴力と呼ばれる以上に激しい肉体のぶつかり合いが相撲の前提にある。 相撲の勝負の中に、このように激しい身体的な接触があることをまったく理解せず、すべてをいじめ、パワハラ、悪しき上下関係と断罪する世間には、言葉は悪いが憤りに近い違和感を覚える。 相撲の稽古といえば「四股」「鉄砲」が有名だ。これさえ正確に語れる日本人はもはや少ないだろう。片足を挙げて下ろす四股の目的が、「足腰を鍛える」、スクワットのような筋トレだと思い込んでいる人が大半だろう。実際、その目的のために選手や生徒に四股をやらせる他種目の指導者も少なくない。四股は本来、「臍下丹田(せいかたんでん)に気を集める」「ハラを鍛える」ために行うものだという。人間の力は、目に見える筋力だけではない。身体の内面から湧き上がる力こそ、人間の持つ素晴らしい潜在能力だ。だからこそ、小さな力士が大きな力士を翻弄できる。 最近は、親方衆でさえ欧米のパワー重視の練習法に影響され、四股や鉄砲の意義を忘れてしまっているのではないかと思うことがある。今回の騒動は、そうした基本の喪失と無関係でない気がする。 貴乃花親方の不可解な行動も、今回の騒動を大きくした一因との指摘はあながち間違ってはいないが、相撲の基本に光を当て「相撲界を再生したい」と切望する親方の真意もまたきちんと伝わっていない。横綱白鵬(右)を破り初優勝を決めた大関時代の日馬富士=2009年5月 新しい時代の流れの中で、古き佳(よ)き上下関係、師弟関係、先輩と後輩の関係をどう肯定的に受け継いでいくか。日本社会が直面する課題を今回の事件は浮き彫りにしている。ビール瓶で殴ることはないにしても、職場でも社会でも、同じような指導やかわいがりは日常的に存在する。私はしばしばそうした光景を目にするし、遭遇する。決して他人事ではないはずだ。まさに「自分たち自身の問題」だと思うが、「相撲界ってとんでもない」といった表現がネット上などでは飛び交う。不思議なほど、「自分たちもそうだ」との認識がないことも、この騒動と日本社会の途方もない不毛さを象徴している気がしてならない。 最後にもう一つ、11月30日に開かれた相撲協会理事会を報じるニュースを見て驚いた。八角理事長の左右を固める人物に目が点になった。 八角理事長のすぐ右隣に山口寿一理事、すぐ左隣には広岡勲理事補佐が着席していたのである。座った場所から見て、理事長を強力に支える「ブレーン」と理解するのが自然だろう。山口氏は、読売新聞グループ本社社長である。しかも、広岡氏は元スポーツ報知記者であり、かつて元巨人・松井秀喜のメジャー時代の記者会見のときにいた「専属広報」ではないか。今の相撲界は、その二人がなぜか中枢にいるのである。「開かれた組織に」という掛け声が、その目的通り公正な方向に発展すればよいが、もし一部の権力やメディアに支配される構造ができつつあるのだとしたら、貴乃花親方の異様とも言える頑(かたく)なさの背景も少しは理解できる。

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    強くても横綱失格、日馬富士よりもヒドい白鵬の「物言い」

    小林信也(作家、スポーツライター)嘉風の背中をたたく白鵬(右)。「待った」をアピールしたが認められず、 初黒星を喫した=2017月11月22日、福岡国際センター(仲道裕司撮影) 大相撲九州場所で横綱白鵬が2場所ぶり40度目の優勝を果たした。日馬富士の暴行事件で角界が揺れる中、横綱として結果は出したが、十一日目の黒星を喫した取組で「物言い」を要求するという前代未聞の行動を取り、またも物議を醸した。翌日にすぐ謝罪し、今のところ大きな問題になっていないようだが、日馬富士騒動の発端が白鵬にあったと報じられる中、自身もまたその姿勢や行動を問われる矢面に立つ可能性がある。   問題の場面を再現しよう。白鵬は嘉風に敗れ、土俵下に押し出された。本来ならすぐ土俵に一度戻るべきところ、勝負成立に抗議するように右手を挙げ、やりきれない表情でそのまま土俵下に立ち尽くした。そして1分近く、無言の抗議が続いた。相撲界の伝統に照らせば、「大横綱の暴挙」と言われても仕方がない。だが、行司も検査役(勝負審判)も、ただ呆然と待ち続けるだけで、相撲ファンがこれまで見たことのない、不穏な空気が漂った。 ひとりNHKの実況を担当する藤井康生アナウンサーだけが、「これはいけません」、毅然(きぜん)と白鵬の誤った行動をたしなめていた。ようやく、勝負審判に促され、白鵬は渋々土俵に戻り、嘉風が勝ち名乗りを受けた。 どうやら、「待った」があったはずなのに、勝負がそのまま継続され、成立したことへの抗議だった。 だが実際、この勝負を見る限り、どちらも「待った」をした形跡はない。 時間一杯となり、行司に促され、先に両手を着いて立ち会いの態勢に入ったのは嘉風だ。少し間合いを作って、白鵬が遅れて仕切りに入った。しっかり両手をおろして、先に立ったのはむしろ白鵬だった。その立ち会いを見て、嘉風も立った。ここまでに、勝負を止める理由はひとつも見当たらない。だが、確かに、ビデオテープで見直すと、土俵中央で嘉風のもろ差しを許した直後、白鵬が「ちょっと待った」とばかり、気を抜いて、明らかに戦いをやめ、棒立ちになった瞬間があった。その隙に乗じて一気に押し込んだ嘉風の勢いに圧され、白鵬は土俵を割った。   「ちょっと待った!」と白鵬が思ったのは間違いない。だが、なぜそう思ったのか。謎としか言いようがない。その段階で「待った」を主張するような正当な理由や不備は一切ないからだ。 第三者の目に正当な抗議の理由が見当たらないのに、白鵬の中では「おかしい」と思った。その心理の綾(あや)は、推測する以外にない。 簡単に言えば、あまりに見事に中に入られ、両方の回しを取られた。信じられないほど、嘉風万全の態勢になった瞬間、「そんなはずはない」「待った待った」と言いたい気持ちだったのではないか。白鵬の中ではありえないことだが、規則の範囲で見事に取られただけで、抗議する対象はない。それなのに、白鵬はその有り得ないことが起きたのは相手の素晴らしさのためではなく、何か不備があったからだと瞬間的に思い込んだ。それを白鵬の傲慢と言うこともできるだろう。ありえない態勢への驚きと言い訳、思い上がりが引き起こした「錯覚」だったかもしれない。 取り組み後のインタビューで、嘉風は満面の笑みを浮かべた。  「中に入りたいとは思っていましたけど、気がついたら中に入っていて」 立ち会い、少し遅れ気味に立ったことを聞かれて、こう答えた。  「思い切り当たって行っていつも横綱のペースになるので、根拠のない自信ですけど、横綱に当たられても大丈夫だと、しっかりこう懐に入って行こうと思って、そういう立ち会いをひらめいて、やったら、成功しました」 見事に自分の感覚を表現した言葉である。相撲にはこのような綾があり、その瞬間のひらめきで、ただの力勝負ではない深みが生まれる。まさに名勝負にふさわしい一番が展開された。くしくも白鵬がその敗者になった。白鵬がずっと求めた“後の先”の境地に近いものが、この一番にはあったのかもしれない。あまりに見事に虚(きょ)を突かれた。その事実をすぐ受け入れきれなかったのかもしれない。白鵬に物言える人間はいないのか 白鵬はなぜ、そのような自分本位な誤解を土俵上で感じるほどの傲慢(ごうまん)さと混乱を内部に持ってしまったのか。 白鵬といえば、2015年1月場所後、部屋で行われた恒例の優勝インタビューでも審判部批判を展開し、物議を醸した過去がある。 13日目の稀勢の里戦、軍配は白鵬に上がったが、物言いがついて取り直しになった。その一番を自分から話題にして、「帰ってビデオを見たら、子供が見てもわかる。なぜ取り直しにしたのか。簡単に取り直しはやめてほしい」と訴えた。 敬愛する大鵬親方の45連勝が、後に「世紀の誤審」と呼ばれるミスで止まった(昭和44年春場所)。それがビデオ判定導入のきっかけになったと言われる経緯も挙げて、白鵬は公正な勝負審判を求めた。むろん、こうした提言がタブーになってはならない。白鵬の主張は、相撲界では異例であっても、それを受け入れ、反映する柔軟さ、公正さこそ相撲界は持たなければならない。ところが、次第に、「日本人より日本人的」とさえ言われ、相撲道の精進を尊敬されていた白鵬の雰囲気に変化が起こった。荒い相撲や行動が目立つようになったのである。弓取式前も土俵に立ち続ける白鵬 =2017年11月22日、福岡国際センター(撮影・仲道裕司) 白鵬からすれば、相撲道を求めたいのに、誰も導いてくれない。今の相撲界には、自分が尊敬し、師と仰げる存在がない。双葉山を目指し、「先の先」「後の先」といった相撲の極意とも言われる境地を目指したが、それを共有できる同志が相撲界にいない失望感、孤独感もそれに拍車をかけたのだろうか。 いつしか、奥義を究める発言は影をひそめ、勝負や結果にばかり集約されるようになった。良くも悪くも目の上のたんこぶのような存在だった朝青龍が相撲界を去り(2010年2月)、2013年1月に元大鵬親方が亡くなり、白鵬にとっては重石も頼るべき先達(せんだち)もなくなった。 加えて、新弟子のころから白鵬の師匠であり恩人と言われた現宮城野親方と、大島部屋解散の際、モンゴル人力士受け入れを拒まれたことをきっかけに冷たい関係になった。そして今や宮城野部屋の中に、白鵬とその弟子グループが別に存在するような状況だとも伝えられている。すでに自分自身が親方のような存在になって、白鵬に提言できる存在もいなければ、耳を傾ける意志を持つ先輩や師匠的な人物さえいないのかもしれない。 この出来事からも、親方が相撲道を究めた親方でなく、理事長がビジネスの責任者になってしまった現在の相撲界の難しさが浮かび上がる。本来は、相撲道こそが根元にあり、師匠と力士の信頼関係が基盤になって成立する。横綱になること、優勝回数を重ねること、経済的に繁栄することばかりに重きを置かれた弊害が、今の相撲界を覆い、さまざまな問題を露呈しているように感じてならない。

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    日馬富士の暴力より日本人に定着した「悪のイメージ」の方が怖い

    小林信也(作家、スポーツライター) 『横綱・日馬富士が巡業中の酒席で、同じモンゴル出身の幕内力士・貴ノ岩をビール瓶で殴打し、頭に骨折などのケガをさせた。貴ノ岩はそのため、九州場所を休場している』というのが、今場所3日目の朝、最初に伝わった報道だ。 「それが事実なら、日馬富士が引き続き横綱として土俵に上がるのは難しいのではないか」と多くのファンが感じただろう。この問題は、最初にそうした「結論」めいたイメージが形成されたところから始まっている。2017年11月15日、日馬富士や貴ノ岩らが休場したことを示す大相撲九州場所4日目の電光掲示板=福岡市の福岡国際センター 取材が進み、現場にいた当事者や関係者たちからの証言で事実が明らかになると、「第一報で抱かされた認識や未来が必ずしも妥当ではない」「しかし、第一報によって形勢された日馬富士の『悪』のイメージは定着し、覆せない空気が出来上がっている」という、問題の核心とは別の状況も浮かび上がってきた。 この原稿を書いている17日朝の段階で、非難の矛先は主に日馬富士と、対応の遅い日本相撲協会に向けられている。日馬富士は前夜遅く、北九州から東京に戻った。警察の事情聴取を受けるためといわれる。ファンの関心は「日馬富士がどんな処分を受けるのか、あるいは決断を下すのか」。つまり「横綱の地位にとどまり、今後も土俵に上がることが許されるのか、それとも土俵生命を失うのか」に注がれている。 私はそれを誰が判断するのか、どう判断すれば「世間」が納得するのか。その「『世間』とは何か?」に漠然とした怖さを感じている。 日本相撲協会を「体質改善のできない時代遅れで甘い団体」と評価している「世間」は、厳しい処分を求めるだろう。協会がその「世間」の要求と「世間」からの評価を得るために判断するのは本来妥当ではない。なぜなら、世間のイメージは、すでに正しいとは言い切れない第一報によって形成されたからだ。 インターネットの普及もあって、瞬時に情報が拡散され、誤った事実や印象も共有され、固定化されてしまう現状がある。それを誰かが作為的に利用し、ある人物が社会的な立場を失うような動きも実際にある。 日馬富士に限らず、こうした「世間」の風潮を利用した情報操作によって、実態と違うイメージを形成され、才人たちが活躍の場を奪われたり、制約されるのは受け入れられない。そのことに憂いを覚える。 今回の出来事には冷静に分析すると不可解な点が多々ある。「頭の骨折」と聞けば誰もが震撼(しんかん)する。だが、「全治2週間」と聞けば重症のイメージはない。貴ノ岩はケガを負った翌日、巡業の土俵に上がり、しかも勝利している。当事者同士は握手をかわし、和解したかの様子も目撃されている。それなのに、貴乃花親方から警察に被害届が出された。親方は警察には届けたが、相撲協会には報告していない。貴ノ岩の師匠・貴乃花親方の謎 報道が重なるにつれ、警察に被害届を出し、「取り下げる気はない」と強硬な姿勢を取り続ける貴ノ岩の師匠・貴乃花親方の対応が少し柔軟性を欠いているのではないかという印象も徐々に広がっている。 日馬富士の師匠である伊勢ヶ浜親方は、前回の理事長選で貴乃花親方に一票を投じた。いわば貴乃花親方の同志だった。しかし、理事長選に敗れた後は「目も合わせない関係」になったといわれている。 モンゴル勢と貴乃花親方の関係もこじれているという。巡業先で乗るバスでは、巡業部長である貴乃花親方が座る場所が決まっている。この席に横綱・白鵬が座ったのが発端で、後日、まだ白鵬がバスに乗っていないのを知りながら貴乃花親方がバスを出発させ、今度は白鵬を激怒させたといわれる。その白鵬にはモンゴル国籍のまま一代年寄として相撲協会に残りたい意向があるが、貴乃花親方の反対もあって進展せず、結局白鵬は近い将来の日本国籍取得を希望していると伝えられるようになった。十両に昇進し、部屋の看板の前でガッツポーズを見せる貴ノ岩(左)。右は師匠の貴乃花親方=2012年5月、東京・中野区の貴乃花部屋 今回もすぐ使われた「隠蔽(いんぺい)体質」という言葉の乱用にも注意が必要ではないだろうか。私は暴力を容認する気はないので、暴力に対して寛大な処置を求める気持ちはない。スポーツ界にはびこるパワーハラスメント体質、体罰だけでなく「言葉の暴力」への認識を改め、一掃する必要は身に染みて感じる。 だが、一方で、何もかも「隠蔽体質」といった画一的なキーワードで縛り付けるのもまたある種のパワハラ、暴力的な体質のように感じる。 犯罪を秘匿し、法に触れる行為を共謀して隠蔽するのは当然、断罪されるべきだが、当事者間で和解が成ったことに第三者が首を突っ込む行為は、行きすぎの場合も少なくない。身内が身内に愛を持って更生の機会を与えるのは、ある意味自然なことでもある。古今東西、その人物や社会をいい意味で支え、育てるために古くから存在したことだろう。 傷害罪は親告罪ではない。たとえ当事者間で和解が成立しても、あるいは被害者が訴えなくても警察は起訴し、罪を問える。一方で、和解が成立すれば、不起訴になる場合も少なくないという。そういう種類の犯罪だ。警察や裁判所でも情状酌量的な判断や措置があり、過ちを犯した人の更生、その後の人生の確保を考慮する。いまのメディアや「世間」は、そうした幅を持たず、断罪を望む傾向が強いようで、少し怖いところがある。日馬富士の「直言」本当の意味 日馬富士の酒癖についても語られている。私も「酒乱」と呼ばれる人の変貌ぶりを目の当たりにしたことがある。普段は温厚で誠実そのものの人物が酔うと、自制心をなくすというよりも別人と化し、仕事先の社長という考えられない相手に殴りかかる姿を見て、驚愕(きょうがく)した。お酒によって「人が変わる」体質の人が本当にいる。もし日馬富士がその傾向を持つならば、適量以上のお酒を飲まない、飲ませない、といった配慮が重要だ。今回は親しいモンゴルの仲間だけの酒席だから、参加者はみな日馬富士のそうした傾向は知っていたのではないか。知った上でその席にいた。 暴力は許されるものではない。だが、暴力に至る経緯を聞く限り、日馬富士の主張はもっともだ。日馬富士が感じたこと、貴ノ岩への忠告はいずれも頭が下がる。多くの日本人がわが子や後輩になかなか直言しきれなくなった大切なことだ。その指導に暴力を用いたことに理解の余地はない。暴力に訴えたことで立場が逆転する。それは当然だ。貴乃花部屋宿舎に謝罪に訪れた日馬富士(左)と伊勢ケ浜親方=2017年11月14日、福岡県田川市 今回の事件で「横綱の品格」が問われているが、日馬富士の直言はまさに横綱ならではの姿勢や考えを示している。 テレビのワイドショーなどで、評論家が日馬富士を非難するシーンを見ていて、言いようのない違和感も覚えた。道徳的に非難するのは当然だが、相撲の厳しさをおそらくまったく理解していない発言だ。 今場所の初日、日馬富士が新小結・阿武咲(おうのしょう)に敗れた一番。テレビの前にまで、立ち会いのゴツンという鈍い音が聞こえた。敗戦後の日馬富士のまなざしを見たら、脳振とうを起こして、一瞬、意識がもうろうとしたための敗北ではないかと思えた。それが大相撲だ。頭と頭が容赦なく激突するあの激しさは日常生活には存在しない。私は普段から相撲好きを公言し、いまでも中学生たちと相撲を取る。その楽しさを子供のころから味わっている。だが、そうした遊びの相撲とプロの相撲の決定的な違いが「立ち会い」にある。 平幕力士が初めて横綱と対戦したとき、「まるでダンプカーにぶつかるような恐怖を感じた」と聞いたことがある。それほどの衝撃と恐怖を常に感じて、力士たちは土俵に立つ。その厳しさをまったく理解せず、忘れて、ただ道徳論だけで相撲を語るのでは足りない。相撲は元来、そのような、一般人が日常的には経験しない身体的な衝撃を前提とする文化伝統なのだ。 それだけに、気概が足りなければ、激しい方法で闘志を喚起する方法が採られてきたのだろう。暴力を容認する気はないが、そうした背景を理解する必要もあるだろう。そのことを忘れて、ただ一般人の常識論、道徳論の次元でこの問題を非難する滑稽さにも私たちは気づくべきだと思う。

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    大谷翔平の「踏み台」にされた日本のプロ野球が情けない

    小林信也(作家、スポーツライター) 大谷翔平選手(北海道日本ハム)が、ポスティング制度を利用してメジャーリーグ(MLB)に渡ることが正式に発表された。「メジャーでも二刀流」「球速165キロへの期待」など、早くも大谷の新たな未来を歓迎する報道があふれている。大リーグ移籍表明会見を行う日本ハム・大谷翔平選手=2017年11月1日、東京都千代田区 日米の新たな入札制度の合意など、流動的な要素もあるが、今週中にもMLBのオーナー会議で改正案が了承される見通しだという。日本ハム球団も積極的にアメリカ行きを容認し、支援する姿勢を示しているので、大きな支障はないだろう。順調に交渉が進めば、年内にも大谷翔平選手の新たな所属チームが決まるだろう。 私もいまさら大谷のメジャー流失を憂い、反対する気持ちはないが、あまりに無防備で、既定路線を受け入れる風潮に物足りなさを感じる。そもそも第一に、「大谷翔平は本当にヒーローだったのか?」と、あえて反問を投げかけたい。 投手で二桁勝利、打者でも二桁ホームラン。投げれば最速160キロ超。文句なしの実力、実績。だが、札幌に本拠を置く北海道日本ハムの選手だったこともあり、全国の野球ファンが実際に目撃する機会はさほど多くなかった。昨年、11.5ゲームを逆転してのリーグ優勝、そして日本一達成は彼なしには実現しなかったろうが、「大谷翔平ってすごいね」とは思わせても、「大谷翔平に泣かされた」「大谷翔平とともに泣いた、笑った」という、感情を揺さぶられる体験をどれだけの日本人がしただろうか? 少し大げさな表現をすれば、「大谷翔平は本当に実在したのか?」と反問したくなる。テレビやメディアの中に存在し、記録や数字のすごさで日本中を驚かせはしたが、生身の大谷が、日本中を感動させた出来事がどれだけあっただろう。札幌やパ・リーグのファンにとっては実在のヒーローだったに違いないが、それ以外のファンにとっては星飛雄馬と同じ、アニメ・ヒーローのような存在だったとさえ感じる。 最も日本中の期待を担うはずだった今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)にはけがで出場ができなかった。全国の野球ファンは、大谷に肩透かしを食らわされたまま、アメリカ行きを見送ることになった。田中将大との決定的な違い ファイターズ・ファンにしても、今季は欠場が続き、日本での最後のシーズンは不完全燃焼に終わっている。その意味で、楽天ファンだけでなく、日本シリーズで対決したジャイアンツ・ファンさえも感動させ、涙させ、日本中に熱い思いを注ぎ込んで米大リーグ機構(MLB)に渡った田中将大投手と色合いがずいぶん違う。 プロでの実績は積んだ、実力も証明した。それでMLBに行くとなれば、日本のプロ野球は本当にMLBの傘下にあるマイナー・リーグのような存在になる。アメリカが上、日本が下。いまでも、それは当然でしょう、という雰囲気もある。 だが、日本のプロ野球はせめて、MLBと肩を並べ、これをしのぐ方向性を提示しなければならないと思う。何もせず、MLBのマイナー化を甘んじて受け入れる姿勢で将来が明るいとは思えない。 まして、7球団競合の末に清宮幸太郎選手(早実)の交渉権を獲得したのが、北海道日本ハム。もし清宮が順調に成長すれば、やはり喜んで送り出されるだろう。それを阻止しろと言いたいわけではないが、まるで高校野球を3年で卒業するように、日本のプロ野球は4年か5年で卒業される、それが当たり前になったのでは日本野球機構(NPB)の威厳や権威はどうなるか。試合終了後に引き揚げる日本ハム・大谷翔平選手(左)。シーズン最終戦は4打数無安打に終わった=2017年10月9日、Koboパーク宮城 その意味で、侍ジャパンは重要だ。日本のプロ野球を本拠とし、世界を相手に戦う。世界にその名を轟(とどろ)かせ、実力も存在も示せる時代だ。それなのに、侍ジャパンの注目度も広報努力もまだ低い。16日から始まる「アジアプロ野球チャンピオンシップ」も、始まればそれなりに注目されるだろうが、稲葉篤紀監督の地味さ、Uー24で若手主体のメンバー構成という事情もあって、盛り上がっているとは言えない。 強化合宿初日の記者会見で、稲葉監督は、「勝利至上主義、勝ちに行く」といった表現で意気込みを示した。多くのメディアもファンも、この言葉をすんなり受け止めていたが、私はあまりの当たり前さにぼうぜんとした。野球少年の減少が課題としてあり、野球の底辺を支える人気衰退が深刻化する中で、侍ジャパンの代表監督が発するメッセージとしてはあまりに物足りない。そんな憂いや不足を感じない鈍感さも、日本野球の危機を如実に物語っていると言えないだろうか。 実際はもっと、侍ジャパンを頂点とする、日本野球のレベルアップ、魅力向上を野球界全体で企画し、推進しなければいけないのに、その危機感も意欲も感じられない。本当は、大谷翔平のメジャー挑戦を手放しで喜んでいる場合ではない。

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    ドラフト会議の「被害者」清宮幸太郎に同情する

    小林信也(作家、スポーツライター) プロ野球ドラフト会議は前評判通り、早稲田実業の清宮幸太郎(内野手)に高校生史上最多タイ7球団が競合し、日本ハムが交渉権を獲得した。夏の甲子園で6本のホームランを打った広陵の中村奨成(捕手)は、広島と中日が競合し、広島が交渉権を得た。清宮と並ぶ強打者の呼び声高い履正社の安田尚憲(内野手)は外れ1位で3球団競合の末、千葉ロッテに決まった。記者会見で笑顔を見せる早実・清宮幸太郎(右)左は和泉監督 =2017年10月26日、東京都国分寺市・早稲田実業学校(撮影・大橋純人) 横浜DeNAは単独指名で立命大の東克樹(投手)を獲得。ソフトバンクは1位指名で3度も抽選を外し、4人目の入札でようやく鶴岡東の吉住晴斗(投手)が決まるなど、明暗も分かれた。巨人は清宮を外し、中央大の鍬原拓也(投手)を1位で獲得した後、育成も含めて捕手を4人も指名して議論を呼んでいる。このように、さまざまな話題を提供するドラフト会議は「ストーブリーグ」を熱く盛り上げるのに欠かせないイベントとして定着した感がある。 だが、話題の提供や長年の伝統だからという理由でドラフト制度をこのまま継続する根拠にはならない。私は、ドラフト会議に依存する時代は終わったし、これを廃止しないとプロ野球界の発展はないと感じる。 「戦力均衡」というキーワードが、侵してはならない聖域のようにドラフト制維持の盾となっている。しかし、ドラフトによって戦力均衡が保たれるわけではない。しかも、戦力が偏ったチームによる戦いだからドラマが生まれ、面白いといった側面も絶対にある。今季にしても「30億円補強」と呼ばれ、フリーエージェント(FA)で3選手を獲得した上、マギーをはじめ外国人選手も補強した巨人が4位に敗れた。支配下選手の平均年俸が12球団で最も安い横浜DeNAが日本シリーズに進出した。この事実はどう説明するのだろう。 本気で戦力均衡を求めるならば、新人選手のドラフト会議以上に、すでに活躍の実績がある選手たちの移籍やFAの制約を議論すべきだろう。だが巨人の例を見れば分かる通り、案外、自由競争にした方が見かけの戦力は整うが、結果が出るとは限らない。 いま一般的にドラフト会議は、12球団の戦力均衡のため実施されていると思われており、ドラフト会議が存在することが、プロ野球を公平に運営する精神の表れのようになっている。しかし、実際は少し違う。球団が努力しなくなるドラフト会議で清宮の交渉権を引き当て、右手を突き上げる日本ハムの木田優夫GM補佐(左から3人目) =2017年10月26日、東京都港区のグランドプリンスホテル新高輪(撮影・荒木孝雄)  ドラフト制度が採用されたのは1965年。皮肉にも、巨人のV9が始まったのは、ドラフト元年となったその1965年だ。その前の10年間を見ると、巨人の日本一は3回。西鉄が3回。南海が2回、東映1回、大洋1回。巨人に選手が偏り、他球団との実力差が大きすぎるからドラフト制度が始まったのではない。その時の主な課題は、自由競争で高騰する契約金に歯止めをかけるためだった。 上尾高から東京オリオンズ(当時)に入団した山崎裕之の契約金が当時としては破格の5000万円と話題になった。そこまで高騰すると、予算の少ない球団は獲得競争に加わることができない。ドラフト会議を実施し、契約金や年俸に上限を設けることで、どの球団も有望選手獲得競争に加われる、獲得の可能性を保証するために、西鉄ライオンズ(当時)の西亦次郞社長が、NFLのドラフト制度を参考に独自の提案をしたのが始まりだった。 私がドラフト会議廃止を提言する理由のひとつは、プロ野球界がドラフト会議があるために「努力停止状態」に陥っている面が多々あるからだ。 クジ運さえ良ければ、球団がリクルート対策の費用を費やす必要がない。いま日本の経済界では、商品を売るための宣伝と同じかそれ以上に、優秀な人材(社員)を獲得するためのリクルート対策に巨費を投じている。ところが、野球界は、クジ運さえ良ければ、さほど新人獲得目的で施設の整備や指導体制の向上を血眼になってやる必然性がない。 くしくも「事前面談」で清宮幸太郎の父、克幸(ラグビー・ヤマハ監督)が西武ライオンズの施設の古さを質問したと言われる。実際、西武の合宿所や室内練習場はかなり経年劣化が目立つ。それでも球団が交渉権さえ獲得すれば、選手は拒否して翌年以降まで待つ以外に選択肢がない。 ドラフト制のないJリーグで、新人獲得に関する大きなトラブル発生を聞いたことがない。この事実を野球ファンはどう受けとめているだろう。かつて、多くの球団が勧誘していた中田英寿選手が高校3年のとき、自ら数チームの施設を訪ね歩き、その中からベルマーレ平塚(現在は湘南)を選んだと言われる。選ばれるために、チームは施設や球団の態勢、方針を魅力的にする必要がある。 昨季優勝、今季もセ・リーグ連覇を果たしたことで、広島カープ独自のチーム強化策が注目され、高い評価を受けている。だが、その先例となったのは、V9巨人ではないかと、私は思う。もちろん、予算の大小は違う。だが、チーム独自の発想と努力で、優勝できる戦力を整えたのはV9が好例だ。あのころの巨人は、必ずしも最初から出来上がっていた選手ばかりをそろえたわけではなかった。清宮の希望を無視するのか V9のメンバーを見てみよう。1番柴田勲はセンバツ優勝チーム(法政二)のエース投手、花形ではあったが、巨人では打者に転向。二軍で一から鍛え直し、足を生かし、スイッチ・ヒッターになって不動のトップ・バッターとなった。 2番の土井正三(立教大)あるいは高田繁(明大)はいずれも六大学のスター選手。だが土井などは“いぶし銀”のタイプ。立大では3番打者ではあったが、4年間で打率2割4分5厘、ホームラン0。ドラフト導入前年の入団だが、ドラフト制があったら1位で指名したかどうかわからない。 3番王もセンバツ優勝投手だが、入団後に打者転向。最初は「王は王でも三振王」とやじられていた。他球団から荒川博を専属コーチとして引っ張り、王を育てることを任務としたのは有名な話。そのような発想と大胆さ、育てる覚悟がV9の陰にあった。 ショートの黒江も荒川道場で花開いた苦労人と言われる。同じショートの河埜和正(八幡浜工業)は実際にドラフト6位入団。淡口憲治(三田学園)は3位、小林繁(由良育英)は6位、関本四十四(糸魚川商工高)は10位。V9を彩った選手たちは決してドラフト上位の素材ではなかった。 ずっとV9を支え続けた捕手の森昌彦(岐阜)は巨人にテスト入団した選手だ。チームメートに肩車されてガッツポーズする清宮幸太郎内野手=2017年10月26日、東京都国分寺市の早実高(撮影・大橋純人) ドラフト廃止を提言すると、再び契約金高騰あるいは裏金の危険性などを指摘する声が上がるだろうが、自由競争にしつつ契約金に上限を設け、また獲得選手の人数や契約金総額を制限するなど、やり方はいくらでもある。裏金のようなルール違反をしないのは、当たり前の前提だ。破ることを前提にしたのでは何も改革できないし、そのような業界ならそもそも自滅は明らかだ。 素朴に思う。7球団競合ということは、清宮幸太郎は、今年の高校生野手の中で最も高い評価を得、それにふさわしい才能を持ち努力を重ねてきた。その選手の意志や希望が最も叶いにくい現実はおかしくないだろうか。「それなりの評価」の方が、選手と球団の意志がつながりやすい。スポーツの世界で、そんなおかしいことはない。「戦力均衡」の旗印の下に、2位以降は最下位球団から順に指名する「ウェーバー制」が採用されたのも、私はずっとおかしいと感じている。 スポーツの世界では、勝利者にご褒美が与えられるのが普通のことで、敗者が真っ先に最大の恩恵を受けること自体が不思議だと思うのだが、これはむしろ暴論のように言われる。大きな評価を受ける選手が、何らかの問題があるから最下位に沈んだ組織に強制的に入れられるのは、もう終わりにすべきだ。勝てなかった球団は、自分たちの根本的な課題や欠点を把握し、解消することで翌年以降の戦いに臨むべきであって、有望新人獲得に頼った強化策では組織の本質は変わらずに放置され続けてしまう。

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    清宮幸太郎は巨人だけには行かない方がいい

    小林信也(作家、スポーツライター)  ドラフト会議が近づき、プロ入りを宣言した清宮幸太郎(早稲田実業)の争奪戦が最大の目玉となっている。次いで、今夏の甲子園で6本のホームランを打った中村奨成(広陵)。ほかに、強打で知られる安田尚憲(履正社)、投手では即戦力の呼び声高い左腕、田嶋大樹(JR東日本)らがいるが、どうしても直近の甲子園で活躍し、話題となった選手に世間の注目は集まり、メディアも彼らこそが「ドラフトの目玉」であるかの騒ぎ方を崩さない。 ただ現実には、甲子園での実績がプロ野球での活躍に直結しないのは、多くのファンが知るところだ。平成18年夏の決勝で、再試合の末に優勝を飾った早実のエース、斉藤佑樹が、プロ野球では苦しんでいる。一方、三振を取られ、最後の打者となって苦笑いを見せた敗者・田中将大は24連勝の偉業を成し遂げ、楽天を日本一に導き、メジャー4年目を迎えた今シーズンはワールドシリーズ進出を逃したものの、ヤンキース躍進を支える活躍を見せた。 それでもドラフト会議では、「甲子園の実績」という幻想をスカウトや球団でさえ捨てきれないのが現状だ。果たして、高校時代の実績がどれほどプロ野球の活躍と直結しているのか? 日本プロ野球の歴史を彩った投打のレジェンドの高校時代に光を当てて検証してみたい。国鉄スワローズ入団当時の金田正一投手=1950年 投手では真っ先に名前の浮かぶ、通算400勝の金田正一。プロ入り8年目で2000奪三振を記録。通算4490奪三振。史上最年少の18歳でノーヒットノーランを達成。1957年には史上4人目の完全試合。挙げたらきりがないほど、その実績、怪腕ぶりは球史に燦然(さんぜん)と輝いている。 愛知県で生まれ育った金田は最初、名古屋電気学校(現在の愛知工業大学名電)に入学。1年生の5月、享栄商業に編入した。昭和8年8月生まれの金田が、まだ14歳の昭和23年春に高校入学した理由はわからない。金田の公式ウェブサイトによれば、高校時代の実績は次のとおりだ。  昭和23年5月7日 享栄商高野球部へ入部(同時に同学校へ入学)、甲子園大会へ補欠で出場(登板の機会は無し) 昭和24年(16歳) エースとなるも、春・夏とも県予選で敗退 昭和25年(17歳) 3月 国鉄スワローズの西垣さん来宅(誤解から入団内定)、8月 甲子園県予選・準決勝で敗退。すぐ国鉄スワローズ入団 一年の夏に甲子園のベンチには入ったが、甲子園ではほとんど活躍していない。上記、西垣さんとあるのは、その年誕生したばかりの国鉄スワローズ初代監督、西垣徳雄のことである。監督自ら金田家を訪ね、入団を要請したのだろう。国鉄は1年目のその年(1950年)、シーズン序盤に14連敗、4月下旬からも10連敗を喫するなど、8球団中最下位と苦しんでいた。その夏、甲子園予選で敗れた金田がすぐに高校を中退して国鉄スワローズに入団した。今の規則ではあり得ない芸当だが、8月1日に17歳になったばかりの金田がそれから8勝をマークし、7位だった広島を抜いて結局7位でシーズンを終えた。長嶋伝説の裏話 長嶋茂雄のデビュー戦で4打数4三振に斬った伝説があまりに有名だが、金田自身、「17歳夏から入団して8勝」という、今では考えられない伝説を作ったことはあまり知られていない。しかも、金田は「甲子園のヒーロー」ではなかった。その夏の甲子園優勝校は松山東。後にプロ入りした同期の高校球児には吉田義男、大沢啓二がいるが、後にも先にも金田以上にプロで活躍した投手はもちろんいない。 通算勝利数で金田に次ぐ350勝を挙げた2位の米田哲也も境高校(鳥取)時代、甲子園には届かなかった。しかも高校入学時は捕手だった。当時、鳥取で名を馳せていたのは、米子東のエース、義原武敏だった。巨人に入団し、4年目に10勝もマークしたが、実働7年、通算33勝でプロ野球人生を終えている。高校時代の評価や実力とプロ野球での活躍が直結しない皮肉な実例とも言えるだろう。  「投げる精密機械」と異名を取り、320勝で通算3位の小山正明は、高砂高(兵庫)3年の秋、阪神タイガースの入団テストを受け、テスト生としてプロ球界に入った。同時に大洋松竹ロビンスのテストも受けたが、こちらは不合格だったという。  「神様・仏様・稲尾様」で知られる稲尾和久は、西鉄ライオンズの3年連続日本一に貢献した伝説の鉄腕投手。1961年にはシーズン42勝を挙げ、1939年のスタルヒン(巨人)と並ぶシーズン最多勝利も記録。その稲尾も、別府緑丘高(大分)時代はまったく無名の存在だった。入団当初、三原脩監督(当時)が「稲尾はバッティング投手として獲得した」と公言した逸話まで残っている。 最近の高卒投手に目を移せば、松坂大輔、ダルビッシュ有、田中将大ら、確かに甲子園のヒーローがプロでも活躍する例も少なくない。一方で、先に挙げた通り、優勝投手の斉藤佑樹は苦しんでいる。松坂伝説の翌年に夏の覇者となった桐生第一のエース、正田樹も日本ハムに入団後、新人王こそ獲ったが、その後は苦労を重ね、今は独立リーグでプレーしている。 現役最多の128勝を挙げている内海哲也は、高校時代からスカウトの注目を集めていたが、春のセンバツはチームメイトの不祥事で辞退、夏は予選の決勝で敗れて甲子園には出ていない。現役2位126勝の和田毅は浜田高(島根)3年夏に甲子園出場、準々決勝まで進んだ。昨年引退した黒田博樹に至っては、上宮高(大阪)時代、控え投手だったことが広く知られている。金田正一(左)、王貞治(右)らとくつろぐ長嶋茂雄=撮影日不明 この10年、20年の間に、甲子園で輝いた投手が何人もプロに入っているが、多くは期待された活躍ができないままプロ野球を去っているか、今も苦闘 を続けている。 打者で真っ先に挙げるなら長嶋茂雄だろう。佐倉高3年夏、「県立大宮球場のバックスクリ ーンに打ち込んだホームラン」がプロのスカウトの目に留まり、一躍その名が轟いたという伝説は今も語り継がれる。だが、チームは敗れて甲子園には出場していない。その打球は、高校生離れした弾丸ライナーだったというから、とてつもない打球だったのだろう。だが、私は記録本に目を通して、おもしろい事実に気がついた。左右両翼の距離は球場によって差があるが、大抵の球場は当時もセンターまで120メートルでほぼ共通している。ところが、この県立大宮球場だけは108メートルしかない。だからといって「長嶋伝説」に異論を唱えるわけではないが、伝説とはこんな風に生まれるものかと苦笑いした次第である。部活に馴染めなかった落合 王貞治は早実でセンバツ優勝投手だった。プロに入って打者転向して世界のホームラン王になったことは語るまでもない。 王に次ぐ657本塁打を打ち、戦後初の三冠王に輝いた野村克也は、高校時代は無名中の無名の存在だった。峰山高(京都)は2年の夏に2回戦に進んだのが最高で、ほぼ1回戦負けが当たり前。南海ホークスにはテスト入団している。 史上最多、三冠王を三度獲得した落合博満は、秋田工出身だが、体育会的な体質になじめず、試合だけ出場したことはあっても、事実上ほとんど野球部では活動していない。進学した東洋大も1年の途中で退部し、その後中退した。2年後に東芝府中に誘われ、25歳でプロ入りした異色の経歴の持ち主だ。  こうして見ると、プロ野球界のエリートは、むしろアマチュア球界の変わり種、非エリートが少なくない。 現役打者では、歴代3位となるホームラン王6回の中村剛也(西武)が名門、大阪桐蔭高の出身だが、甲子園には出場していない。筒香嘉智(横浜DeNA)は、1年春から横浜高の4番を打ち、2年夏には甲子園で2打席連続ホームランを放つなど活躍。だが、3年夏は準々決勝で自らのエラーがきっかけで横浜隼人にサヨナラ負けを喫し、甲子園出場を逃している。 むろん、このような歴史があったとしても、清宮幸太郎への期待が変わるわけではない。何球団から指名されるのか、そこばかり注目されているが、正直そんなことはどうでもいい。むしろ、スカウトや球団フロントの無策と覚悟の欠如の証しと言いたい。私は本当に清宮を必要とし、清宮がその才能を開花できる球団と結ばれてほしいと願っている。  一部に、「セ・リーグも清宮対策のためDH制採用」などの記事も流れたが、賛成はしかねる。DH制専門でホームランを連発しても、果たして球界を代表するリーダーになれるだろうか? その意味では、あえてセ・リーグに進み、三塁手としての経験を積んでほしいと期待している。もちろん、それを前提とするならパ・リーグでもいいが、そもそも指名打者など18歳の新人に用意する場所ではない。ドラフトの目玉、早稲田実業の清宮幸太郎。指名球団数が注目される(長尾みなみ撮影)  巨人、ソフトバンク、西武などは、メジャーへの早期挑戦の道が閉ざされる可能性が大きいから、早く渡米したいなら絶対に避けるべき球団だ。その点では今季、大谷翔平を送り出す日本ハム、田中将大を送り出した楽天など、実績ある球団の方が安心だろう。 巨人に入れば、原辰徳や松井秀喜がそうであったように、日本球界の王道を行くようなレールもあるが、巨人人気の衰退は単に「スター不在」が原因ではなく、その存在や本質的な方向性の問題である。清宮一人に復活を託すのはかわいそうだ。巨人がもし清宮を指名するなら、球団としての新しいビジョンを提示することが前提だと思う。清宮の人気頼みの球団に、指名する資格などない。 一方、広島はいち早く中村奨成の1位指名を公言した。これに割って入る球団の動きも聞こえる。 果たして、幻想にとらわれず、的確な判断をし、有望な人材を獲得するのはどの球団か。冷静かつ独自のドラフト戦略がセ・リーグ2連覇の重要な勝因とも言われる広島のような眼力と覚悟を持つ球団がどれほど存在するか。各球団の姿勢を探る上でも、ドラフト会議はやはり興味深い。

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    知られざる名投手「特攻帰還兵」武智文雄の人生

    小林信也(作家、スポーツライター) 「私が生まれたばっかりに、父の二度目の完全試合がダメになってしまった。私は生まれたときから親不孝者です」 初めて会った日、その女性は真面目な顔で言った。 「完全試合を二度やった投手はメジャーリーグにもいないそうです。もし父が二度達成していたら、もう少し世間に知られた存在になって、野球の殿堂にも入れてもらえたのではないでしょうか」 日本のプロ野球史上二人目の完全試合投手、と聞いてすぐ名前が浮かぶ野球ファンがどれほどいるだろう? 史上初の完全試合は、巨人の藤本英雄だと、多くのファンが知っている。だが、二人目となると、知る人は少ない。女性はその人、武智文雄(近鉄パールス)の長女、美保さんだ。 2013年7月、武智文雄は病気で亡くなった。遺品を整理していると、ボールやユニホームが出て来た。それをどうしたものか、どれほど貴重なのものか、誰かにその相談をしたいと紹介されて筆者が会った。その時の自己紹介が冒頭の言葉だ。 武智文雄は、26勝を挙げて最多勝投手に輝いた翌年の1955年(昭和30年)6月19日、大映スターズとの試合で完全試合を達成した。史上二人目、パ・リーグでは初となる快挙だった。そしてその年の8月30日にも、同じ大映戦で9回1死まで完全に抑えていた。 「文(ふみ)さん、またやるぞ!」、球場は期待と緊張に包まれ、「同じ年に二度もやられてたまるか!」、大映ベンチには悲壮な空気が流れていた。 その時、ひとつの難問が近鉄ベンチに投げかけられていた、と美保さんは言う。 「ちょうどその日、私が生まれたのです。ベンチにその知らせが届いて、監督、コーチはそれを父に伝えるかどうか、迷ったそうです。9回1死になって、ベンチはタイムを取り、マウンドにいる父に私の誕生を伝えた……」現役当時の武智文雄投手 女の子が生まれたぞ、と。その途端に、代打で出て来た新人の八田正にセンター前に打たれた。鈍い当たり、テキサス・ヒットだった。これで世界でも初、「同じ年に二度の完全試合」は断たれた。だから、「生まれたときから親不孝」と美保さんが自嘲するのだ。その逸話を、美保さんはまだ幼いころ、自宅に遊びに来た近鉄の選手から聞かされた。しかも、誰かがそのことを書いた記事も見せられたという。だから、自分が生まれた8月30日は誕生日であっても、常に苦い思いとともにある、美保さんにとっては複雑な気持ちにかられる日だという。 さらに、武智文雄(結婚して婿養子になる前は田中文雄だった)が名門・岐阜商に進学、野球部での活躍を期待されながら夏の甲子園大会が中止になったこともあり途中で退部。自ら予科練を志願し、野球をあきらめた人だと知らされた。 運命の糸に引かれるように、私は武智文雄の人生をたどり始めた。「神風」から「桜花」へ 武智文雄が配属されたのは、特攻隊。神風特攻隊から、やがて桜花特攻隊員へ。桜花は別名「人問ロケット」と呼ばれた。エンジンがついていない親機にぶらさがり、引っ張られて上空に昇る。そこで切り離されると、加速用のエンジンだけを噴かして時速600キロで急降下する。出撃したら、生きて帰る道がない。武智文雄の頭には生きて輝く未来はもう描けなかった。野球どころではない。死ぬことが目的となった日々。 野球評論家、近藤唯之が書いた夕刊フジ(1977年10月21~23日)のコラム「背番号の消えた人生」に、文雄自身の回想とともに、下記のように掲載されている。 「男の運命ぐらい、不思議なものはない。戦争中、田中文雄は特別攻撃隊神雷隊員だった。最初はゼロ戦に乗っていた。しかし戦争末期はゼロ戦ではない。『桜花』と名づけられた、翼のあるロケット特攻機である」  「一式陸攻が桜花を腹にかかえて飛ぶんです。そして敵艦の近くにきたら桜花を胴体から切り離す。すると桜花は5分間ほど自動ロケット装置で飛び、時速600キロのスピードで敵艦に突っ込んでいく。私はこの桜花特攻隊員になったから、いずれは間違いなく死ぬと思ってました」 「それが生き残った。紙一枚の差というか、まばたきする瞬間の差というか、すれすれの作戦変更で彼の特攻出撃はないまま、戦争は終わった」 幸運にも、武智文雄は出撃命令のたびに何らかの理由で出撃が中止され、出撃した際も天候不良で作戦が中止され不時着するなど、大けがは負っても死は免れ、終戦を迎えたのだ。日本海軍の特攻専用機「桜花」 復員してしばらくは「愚連(ぐれん)隊」を自称して荒れた日々を過ごした。生きて還ったものの、飛び立ったまま二度と戻らなかった仲間たちを思えば、生きている自分を恥じる気持ちが消えなかった。その後、社会人野球に誘われ、思いがけず野球の世界に戻った。所属した大日本土木(岐阜)が都市対抗野球で2連覇を飾るなど実績を積んだ武智文雄は、1950年(昭和25年)、誕生したばかりの近鉄球団の契約第1号選手としてプロ野球に入った。 武智文雄の人生をたどりながら、私は改めて、戦争の悲惨さを知った。戦争は多くの命を犠牲にする、だから絶対に繰り返してはならないと思っていた。それだけではない。武智文雄のように、九死に一生を得て、生き延びた人にとっても、その周囲の家族にも、実は一生消えない心の傷を与え、生涯その痛みを抱えて苦しみ続ける。 私たちの父親たちがそうだったように、その世代の日本人の多くは案外、戦争体験やその後抱え続けた心の苦悩を自分の中にとどめ、表現しようとしなかった。いや、どう表現すればいいのか、どう理解すればいいのか、ついにはっきりした答えが見つからないまま、人生を重ねていたのかもしれない。 また私は、死ぬことを覚悟して生きた青春時代を持つ武智文雄の生きざまから、野球という競技そのものの、そして日米の野球観の違いなどに気づくことができた。 野球は27の「死(アウト)」を重ねて勝利を目指すゲームだ。日本の草野球では、アウトをただ「アウト」とコールするが、アメリカの野球では必ず「ヒー・イズ・アウト」と言う。 ひとつひとつの「死」をどのように生かすか。日本とアメリカではまったく考え方が違う。それをただ戦術論として捉えがちだが、その背景には、社会の価値観、個人の尊厳をどれだけ尊重するかの重要な社会の空気も反映されているように気がついた。そんな新たな視点もまじえ、筆者は彼の人生を『生きて還る 完全試合投手となった特攻帰還兵 武智文雄』(集英社インターナショナル刊)にまとめた。高校時代、武智文雄と同じアンダースロー投手だった私が、武智文雄に出会ったのも何かの運命かと感じている。