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    中国の「尖閣侵略」菅内閣でピリオドを打て

    中国による「尖閣侵略」工作がエスカレートしている。中国公船が日本領海内に居座るケースが相次いでおり、新型コロナ禍や大統領選で手薄となった米国の目を盗むかのような狡猾さが際立つ。思い返せば、旧民主党の菅直人政権がこじらせた尖閣問題。安倍前政権の対中政策を引き継ぎ、菅義偉政権でピリオドを打ってもらいたい。

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    菅内閣に払拭してもらいたい、菅直人がこじらせた尖閣問題の禍根

    山田吉彦(東海大教授、国家基本問題研究所理事) 今月11日、中国海警局の警備船2隻が尖閣諸島大正島周辺の日本領海内に侵入した。この警備船は再三にわたる海上保安庁の退去要請を無視し、57時間39分にわたって領海内に滞在した。 これは「尖閣諸島は中国領土である」と主張する、中国共産党の実力行使だ。こうした中国による日本の主権を守るためには、このような独善的な行動に早期に歯止めをかける必要がある。まさに、菅義偉(すが・よしひで)新内閣の政治的、外交的技量が最初に試される大きな局面であろう。 あまり知られていないが、実は今夏、尖閣諸島は危機的な状態にあった。常時、中国海警局の警備船が排他的経済水域(EEZ)内に滞在し、領海に侵入するチャンスをうかがっていたからだ。ひとたび侵入するとその滞在時間は長く、7月には39時間23分にわたり、中国の警備船がわが国の領海内に居座った。さらには尖閣諸島周辺で操業する八重山諸島の小型漁船を追跡し、排除するような動きも見せた。 中国の狙いは、尖閣諸島が日本の施政下にあることを否定することにある。日本が国防の柱としている日米安全保障条約の対象地域は、あくまで「日本の施政下の」地域に限定されている。だからこそ中国は、尖閣諸島における日本の施政を否定するため、日本の警備体制を上回る規模の警備船団を派遣し、そして、中国の国内法に基づき漁船を取り締まるそぶりを見せているのだ。 中国の警備船は3千~5千トンクラスが中心であり、日本の海上保安庁の尖閣専従部隊が主力とする1千トン級をはるかに超える能力を持っている。見方によっては、中国側の方が優位に尖閣諸島に対処していると捉えることもできるだろう。中国当局は、このような尖閣諸島周辺での中国海警局の活動している様子を中国中央電視台(CCTV)の国際テレビ放送を通して世界中に配信している。 それを見た世界の人々は、日本は尖閣諸島を実効支配していないと感じ、むしろ、中国の領土であると誤解することもあるだろう。それこそが中国の狙いである。  2010年以来、中国は充分な時間をかけて尖閣諸島に侵出してきた。この年、中国漁船が尖閣諸島警備の任務に就いていた海上保安庁の巡視船2隻に対し、体当たりする事件が起きた。そしてこの事件に対する日本政府の弱腰な対応を見るやいなや、一気に攻勢に出たのである。 なぜなら当時の民主党政権は明らかな犯罪者であるこの中国漁船の船長を、処分保留で帰国させてしまった。まさにこの行為こそ、尖閣諸島における日本の施政権を否定する愚行であった。さらに近年この対処策は、当時の菅(かん)直人総理が指示していたことを複数の元民主党議員が証言し、明らかになってきている。 菅直人元総理は横浜で開催予定だったアジア太平洋経済協力会議(APEC)など目先の外交イベントに目を奪われ、中国に過度な配慮をすることで、付け入る隙を与え、日本の主権を脅かしてしまった。その後の野田佳彦政権では、具体的な方策も持たないまま、尖閣諸島の魚釣島、南小島、北小島の三島を民間から買い上げ、国有化に踏み切った。 そして民主党政権の残した禍根は、7年8カ月の安倍晋三内閣でも払拭(ふっしょく)することはできなかった。現在も同諸島は無人島のまま、小型の灯台の維持管理以外は上陸もできず、国際的な視点からすると実効支配していると主張できるか疑問である。衆院予算委員会で挙手する菅直人首相(当時)=2010年9月、国会・衆院第一委員室 (酒巻俊介撮影)  ただ、今年の8月15日、東シナ海における漁業の解禁日に合わせ、中国の1万隻近い漁船団が東シナ海への出漁の指示を待っていたが、結果的には中国漁船の大規模な出漁は行われなかった。台湾問題と表裏一体 この中国の動きに歯止めをかけたのは、7年間8カ月、腰を据えて続けてきた安倍外交の成果である。7月に入り、中国漁船団が尖閣諸島海域への出漁体制に入っているという情報を入手した政府は、早い段階から中国に対し自制を求めた。当然、中国に対しては、外務省による抗議や警告などは通用しない。 そこで防衛・外交力を駆使し、在日米軍に対し中国をけん制するための共同歩調の実施を強く働きかけた。その成果もあり、8月中旬、在日米軍と海上自衛隊は、東シナ海のほか沖縄周辺において共同訓練を実施した。その訓練の実施は、中国に対し強く自制を求める意味合いもあった。 中国政府としては、自国の領土であると主張している尖閣諸島に近い海域において、日米の合同訓練が大々的に行われていることを国民に伝えることはできない。そのため中国当局は、中国漁民に東シナ海への出漁を自制することを指示した。中国の漁民としては、距離が遠く燃料代も多くかかるために採算性の悪い尖閣諸島への出漁に関しては、実は積極的でない。それゆえ今年の尖閣諸島の出漁は限られたものとなったのだ。 また、中国は、安倍前首相の電撃的な辞職発表と、菅新内閣の誕生に対して慎重に対処する策を選び、尖閣諸島への侵出を一時的に見合わせていた。特に新防衛大臣に就任した岸信夫氏は台湾とのパイプが強いことに加え、選挙区内に在日米軍も駐留する岩国基地を持ち、米軍との関係も密接であるといわれている。 さらに外務大臣は安倍外交を踏襲した茂木敏充氏が再任され、外務副大臣には航空自衛隊出身の宇都隆史参院議員が就任した。中国にとっては何か行動するにも菅新政権の対中国姿勢、国際的な外交戦略など未知数な部分も多く、難解であったがゆえに大きな行動は当初控えたのかもしれない。 しかし、10月に入り米大統領選も佳境に入り、さらにトランプ大統領が新型コロナに感染、米国の動きが鈍化した機会を逃さず、中国は再び尖閣諸島に対し、警備船を派遣するようになった。今後は一層、中国警備船が尖閣諸島海域に侵入し、常時、停泊する事態となるだろう。 菅新内閣としてはまず、有志議員により提案されている尖閣諸島の環境調査活動を実施し、尖閣諸島が日本の施政下にあることを国の内外に伝え、特に、海洋環境調査、生態系調査など国際社会の理解を得やすい分野から着手することが有効であると考える。 また、尖閣諸島問題は台湾問題とも表裏一体だ。中国の尖閣諸島侵出は、台湾を囲い込む戦略の一環であることも忘れてならない。尖閣諸島は小さな島々だが、東シナ海の扇の要の位置にあり、台湾の自由社会の維持においてこれらの島々の管理は重要な意味合いを持つ。尖閣諸島魚釣島(海上自衛隊哨戒機P3Cから撮影)=沖縄県石垣市(鈴木健児撮影) 尖閣諸島への対応は国際的にも注目されやすく、海洋環境保全、離島の維持管理といった象徴的な存在になっている。積極的な姿勢で対処しなければ国民の信頼を失い、諸外国からも国家の主権を重視しない国として軽く扱われることになるだろう。早期に警備力(海上保安庁)と防衛力(自衛隊)が密に連携した海上警備体制を構築し、その体制を一部公表および広報活動を推進することで、日本を脅かす勢力に対する抑止力の発揮が望まれる。 菅新内閣に求めることは、威厳のある政治と海洋環境の保全だ。これを実現してこそ、他国の脅威から日本人が安心して暮らせる社会への実現につながる。新政権が発足して1カ月あまり経過したが、菅新総理のさらなる活躍に期待したい。

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    トランプとの関係に懸念の菅外交、払拭の要は岸防衛相しかいない

    しハト派と考える傾向は、どのメディアでも変わらない。 面白いことに安倍晋三前首相は巧みな外交で米国と中国の両方と良好な関係を築けたが、外交経験のない菅首相には難しく、ますます親米・反中にならざるを得ないのではないか、という意見もある。 だが、概ねは、菅政権は親中・ハト派政権であり、トランプ政権とはうまくいかないとの見方だ。ゆえに、むしろ11月の米大統領で民主党候補のバイデン前副大統領(親中派)が勝利した場合、協力しやすくなるという論調が大半を占める。 こうした評価になっている理由は、ワシントンでは安倍政権崩壊の一つの要因として、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア計画」問題を挙げている点にある。計画が頓挫した後、高機能の巡航ミサイルを購入する計画をまとめられず、トランプ氏と安倍氏との関係が悪化したという説があるのだ。 また、菅氏と公明党との太いパイプは米国でも知られており、公明党の反対で高機能の巡航ミサイルが購入できなかったのであれば、新たな連立政権ができない限り、敵基地攻撃問題が解決しないとの懸念もワシントンで広がっている。 これらを踏まえれば、トランプ氏が再選した場合、菅内閣どころか日本の立場が、かなり苦しいものになりかねない。 一方で、米国の保守系メディアの一部が評価しているのは、岸信夫防衛相である。安倍氏の実弟として兄の志を継ぎ、巡航ミサイル導入や敵基地攻撃の法整備に力を入れるとの期待があるからだ。彼のよい意味でのタカ派的な思想は、ワシントンでもそれなりに知られている。栄誉礼を受けた後、巡閲する岸信夫防衛相(左から2人目)=2020年9月17日、東京・市谷本村町の防衛省(酒巻俊介撮影) それだけではない。ワシントンの保守派が岸氏に望むのは、台湾に近い人物であるということだ。8月には李登輝元総統の葬儀にも参列しており、その際も含めて蔡英文総統とも親交がある。ワシントン筋も安堵 そのため彼が防衛相に決まった際、台湾政府は実質的な祝賀コメントを出している。逆に北京政府は警戒の意思をあらわにした。岸氏の任命についての見解を尋ねられた中国の外務省スポークスマンは、日本が台湾との公式の関係を発展させないことを望んでいると述べた。 さらに、第5世代移動通信システム(5G)を巡る半導体禁輸などで、米中対立が激化する中、中国が半導体の宝庫である台湾に何らかの軍事的行動を起こす可能性も高まっており、米国の台湾防衛の重要度は増している。 それだけに、菅政権を親中派政権と警戒するワシントン筋も、岸氏の防衛相就任に、幾分か安心したようだ。 また、ワシントンと太いパイプを持ち、既に防衛相と外相の両方を歴任した河野太郎氏が官房長官ではなく、行革担当相となったことに、私も大きな不安を感じていた。 だが、「縦割り行政の打破」などの取り組みを鑑みれば、肥大化した内閣官房の力を分散させることで、スムーズに官僚を動かし、高機能の巡航ミサイル購入や敵基地攻撃の正当化を行えるようにするための人事との見方もできる。 内閣官房は縦割りの省庁の代表者が出向人事で数年いる場所であり、その機能を強化して縦割り行政を解消しようとしたこと自体が、矛盾を孕(はら)んでいたとも言える。 特に官僚の人事を司る内閣人事局を内閣官房に置いたことで、官僚が官邸に忖度して、正確な情報を上げないというような副作用が起きていたことは否めない。そこにイージス・アショア配備失敗の原因があるとも考えられる。そこで、そこまで可能か分からないが、内閣人事局を内閣府に移管し、行革担当相の下におけば、そのような副作用も解消できるだろう。 また、内閣府の他省庁への総合調整機能は飛躍的に高まる。出世を望む官僚は、自らの所属する縦割り官庁の利害や発想を乗り越えてでも、内閣府に協力せざるを得なくなる。国会議事堂(手前)と霞が関の官公庁のビル群=東京都千代田区(産経新聞ヘリから、彦野公太朗撮影) そのような力を防衛相としてイージス・アショア問題で苦労した河野氏が手に入れたとしたら、ハト派的な部分もある河野氏と、タカ派の岸氏の協力で高機能の巡航ミサイル導入問題などが解決に向かう可能性もある。高まる岸防衛相への期待 そもそも、トランプ大統領は4年前の選挙中、日本が北朝鮮や中国の脅威に自らの力で対峙し、米国の負担を軽減するためにも、日本に核武装してもらうべきではないかと発言している。 これがワシントンの多数意見になることは考え難い。しかし、今後の展開次第では、トランプ政権であればあり得るようにも私は思っている。もちろん米国から高額の核ミサイルを購入させられる形になるだろうが、核武装国家は自国の防衛のみならず、世界での発言力も劇的に向上する。まさにインドがそうだ。 また、自主開発ではなく米国から入手したという意味では、英国も実態として大差はなく、かえって世界から軽く見られることをあまり心配する必要はないように思う。 9月14日、米国の核戦力を統括指揮する戦略軍のリチャード司令官は、中国の核兵器の増強が先制不使用宣言と「一貫していない」と述べた。65~70隻の潜水艦の潜水艦部隊が太平洋を放浪しており「今や中国は弾道ミサイル潜水艦で米国を直接脅かす能力を持っている」としている。 一方、ペンタゴン(米国防総省)の最新の報告では、中国人民解放軍は陸上ベースのミサイル、潜水艦や爆撃機から発射されるミサイルを今後10年間で拡大、多様化させ、おそらく核弾頭の備蓄を2倍にするという。 こうなれば、第2次トランプ政権で予想される在日米軍の整理縮小と相まって、日本の核武装が俎上に載るかもしれない。それを考えると、就任会見で否定はしたものの、かつて「核武装論」を展開した岸防衛相の評価がさらに高まる可能性がある。 確かに菅、二階両氏は親中派かもしれない。しかし、したたかな現実政治家でもある。米国から親中派として敵視された日本の政治家は、田中角栄でさえ、あのような状況に追い込まれた。衆院本会議の前に、菅義偉官房長官(左、当時)と話す自民党の二階俊博幹事長=2017年5月、国会(斎藤良雄撮影) それが分かっているからこそ、野中広務は旧田中派では珍しい親米派の政治家を旧田中派の代表者選挙に出すことで親中派の巣窟だった旧田中派を分裂させ、自らは政界を引退して余生を政界のご意見番として過ごした。 菅、二階両氏が、それを見習うなら、米国との関係も違ってくる。日本や台湾を守るという視点では、高機能の巡航ミサイルはおろか、核兵器の購入も現実味を帯びる情勢の中で、岸防衛相の存在は重要と言えるだろう。

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    北朝鮮の国営メディアが密かに伝え続けていた「金王朝」崩壊の凶兆

    ことはなかった。このように、国家情報院の分析にはしばしば意図や悪意が隠されている。 そのような中で、中国外交担当トップの楊潔篪(よう・けつち)共産党政治局員が8月22日に突然訪韓し、釜山で大統領府の徐薫(ソ・フン)国家安保室長と意見交換した。両者最大の関心も北朝鮮指導部の混乱にあったのである。 北朝鮮は自ら「(指導者の)唯一指導体系」を公言してきた。指導者が独裁的に統治し、国民はそれに従うシステムだ。 集団指導体制に移行したのであれば、金委員長の体調は万全でなく、体制崩壊に繋がりかねない重大な事態だ。韓国国家情報院は、その事実を隠していることになる。 国家情報院は、金委員長が妹の金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長や側近たちに一部の権限を移譲したと明らかにした。この報告は、8月20日に非公開で行われる国会の情報委員会で行われた。 そして、権限を委譲した理由を「ストレスを軽減するため」と説明した。これでは、金委員長が相当なストレスを抱え、健康状態が危ういと言っているに等しい。 しかし、金委員長が「全く健康で問題ない」としている韓国大統領府の見解とは異なる。国家情報院は「真実」を語れないでいる。 韓国や海外の専門家は、「北朝鮮の柱である唯一指導体系が変更されることはあり得ない」と指摘した上で、事実だとすれば情報院の分析は間違いだと批判している。 そもそも、唯一指導体系の下では、金日成(キム・イルソン)主席の血統を有する人間しか指導者になれない。そして、唯一の指導者が絶対的に領導する「指導者無謬(むびゅう)性」が強調される。これは労働党の「唯一領導体系十大原則」に明記されていることだ。2020年8月5日、北朝鮮・平壌の朝鮮労働党中央委員会本部庁舎で政務局会議を主宰する金正恩党委員長(朝鮮通信=共同) 信頼できる専門家の間では、北朝鮮の指導体制の異変が今年5月ごろから指摘されていた。北の国営報道から「(金正恩委員長が)指導された」という表現が消えたからだ。北朝鮮では、金委員長についての表現は厳しく定められている。メディアから消え始めた表現 重要な会議や会合では、常に「金国務委員長が指導なされた」との最大級の敬語が使われている。北朝鮮では幹部や国民を「指導」できるのは、金委員長しかいないのだ。 北朝鮮では、金委員長が側近の意見を聞いて方針を決めることはない。全ては金委員長が「指導なさる」のだ。指導者にアドバイスできる人物はいない、という統治システムだ。 だから、自宅で夫人に「指導者の軍事知識は俺が教えている」と語った軍幹部が逮捕、処刑されたのも当然だ。自宅に盗聴器があるのをうっかり忘れていたようだが、この発言は「唯一指導体系」違反にあたる。 8月5日に労働党中央委員会政務局会議が開催されたが、この会議について、朝鮮中央放送は翌日、「金正恩委員長が参加し、司会された」と報じている。以前なら使っていたはずの「指導なされた」という言葉が消えてしまったのである。 「参加し、司会」しただけなら他の政務局委員と同格になるわけで、明らかに金委員長の権威をおとしめる表現だ。6月、与正氏による対韓国の軍事行動計画の要請を「保留」として潰した党軍事委員会の予備会議についても、「指導なされた」という表現を使わず、次のように報じられた。 朝鮮労働党中央軍事委員会の予備会議が、6月23日画像(注:テレビかインターネット)会議で行われた。朝鮮労働党委員長であられ、朝鮮労働党中央軍事委員会委員長であられる金正恩同志が司会なされた。 予備会議は、最近の情勢を評価し、朝鮮人民軍総参謀部が党中央軍事委員会に提起した対南軍事行動計画を保留した。 党政務局は、以前は「書記(秘書)局」と呼ばれていたが、16年の党大会で政務局に改称された。実は、書記局時代も政務局に変更されてからも、会議開催が報じられなかったどころか、開催自体がなかった。 「唯一指導体系」では、報告は必ず指導者に対して直接行われ、指導者も個別の書記に直接指示した。こうして、指導者と幹部は常に縦の関係で結ばれていたのである。朝鮮労働党政治局拡大会議に臨む金与正党第1副部長(前列左から2人目)。北朝鮮の朝鮮中央テレビが2020年7月3日放映した(共同) したがって、書記や政治局員が勝手に集まって相談することは禁止されていた。2人や3人で会合を持つ場合でも、常に指導者に報告するか許可を受けていた。クーデターや反乱防止のためだ。 それなのに、幹部を集めた会議を開き司会をして、みんなの意見を聞いて決めたとすると、指導者の権威が失われる。つまり、最近の北朝鮮の幹部会議に関する報道は、明らかに指導者の権威を失墜させているのである。 「指導なされた」の表現が消え、「司会された」が多用されれば、首都平壌(ピョンヤン)の市民は敏感に変化を感じる。平壌は噂が先行する街である。言論統制の国では、市民は噂で真実を知ろうとする。領導者はただの「使い走り」? 平壌市民は「指導者はお元気だ。安心だ」と公言しながらも、真実を探ろうとする。誰かと話していても、こっそりと「指導されているから安心だ」と語って相手の反応を見る。こうして、平壌では「指導者がおかしい」という噂が広がっていった。 首都での噂を打ち消すために、指導者出席の会議が報じられ、併せて多数の写真も掲載された。そうしなければならないほどに、平壌は不安定だったのだ。このためか、過去3カ月で2回ほど「指導なされた」という表現で報じられた会議があった。 最近では、8月20日の朝鮮中央放送が、「党中央委総会が開かれ、金正恩委員長が指導なされた」と報じた。ところが、この報道の中で「最高領導者同志が中央委総会の決定書草案を読み上げた」と報じた。 指導者は「指導なされる」のであって、他人が作った決定書の「草案を読み上げる」ことはしない。演説や指示ならともかく、「草案の読み上げ」ではただの使い走りでしかない。 韓国紙、朝鮮日報は8月18日、北朝鮮の朝鮮社会科学院が機関紙で「独裁批判の論文を掲載した」と報じた。記事には、隔月刊誌「社会科学」2020年1月号に、中国の清の時代の書物を引用し「国家の利益は民衆の利益であり、君主個人の独占物ではない」と述べていた。 その論文は「黄宗羲の君主批判とその意義」という題で、黄宗羲の「明夷待訪録」という書物が引用されていた。黄宗羲は「中国のルソー」とも呼ばれる清朝の儒学者で、明(みん)や清のような皇帝独裁体制を批判し、政治改革を訴えた人物だ。論文では「黄宗羲は、国家の利益は民衆全ての利益であるべきで、国家を君主個人の利益と同一視する封建的絶対君主制の弊害を明らかにした」と指摘した。 北で、個人が勝手にこのような趣旨の論文を書けない。もちろん社会科学院も論文を掲載できるわけもなく、明らかに指導部が書かせたのである。 もし、金委員長が書かせたとすれば大変なことである。あるいは、党や政府、軍の勢力が書かせたのか。 朝鮮日報は、国民の不安と不満を和らげるために、金委員長を独裁者ではなく「民衆を愛する指導者」と強調するために、書かせたと分析しているが、納得できる説明ではない。やはり北朝鮮指導部で何かが起きている可能性が高い。故金日成主席(左)と故金正日総書記の銅像が立つ平壌・万寿台の丘に訪れた市民ら=2020年7月8日(共同) 考えられる可能性は、「金委員長は生存しているが指導できる状態になく、影武者が登場している」「金委員長が中国のような集団指導体制にしようと考えを変えた」かのいずれかだ。 4月上旬に動静報道が途絶えて以来、金委員長の肉声はいまだに公表されない。関係各国の情報機関に、声紋分析で本人かどうか鑑定されるのを恐れているのだ。肉声が明らかにならない限り、健康不安への疑問はこれからもくすぶり続けることだろう。

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    アメリカも警告、沖縄に蔓延する中国「思想侵略」にはこう戦え

    ーラム理事長) 米国のシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)が7月末に発表した「日本における中国の影響力」と題する報告書が注目されている。 自民党の二階俊博幹事長と今井尚哉(たかや)首相補佐官が、安倍晋三首相の対中政策に大きな影響を与えている「親中派」のキーマンとして名指しされている。ただ、このことはメディアで大きく報じられたが、「中国の沖縄工作」に触れた部分はあまり知られていない。 約50ページに及ぶ報告書は、2018年から2年をかけ、約40人の専門家にインタビューするなどしてまとめられた。その中では、「中国の沖縄工作」についても多くの文字数が割かれている。 日本の安全保障上の重要懸念の一つとして、沖縄の人々が日本政府や米国に対する不満を理由に「独立を宣言」する可能性を指摘している。中国の最重要ターゲットも、米軍基地の多い沖縄であり、外交や偽情報、投資を通じて、沖縄独立を後押ししているという。 さらに、日本の公安調査庁が2015年と17年の年次報告『内外情勢の回顧と展望』で、「中国の影響力により沖縄の世論を分断する可能性の問題を取り上げた」とし、その内容を紹介している。まずは『内外情勢の回顧と展望』を改めて確認してみよう。 2017年版では「在日米軍施設が集中する沖縄においては、『琉球からの全基地撤去』を掲げる『琉球独立勢力』に接近したり、『琉球帰属未定論』を提起したりするなど、中国に有利な世論形成を図るような動きも見せた」と記されている。さらに「『琉球帰属未定論』を提起し、沖縄での世論形成を図る中国」というコラムでは、次のように解説している。 人民日報系紙「環球時報」(8月12日付け)は、「琉球の帰属は未定、琉球を沖縄と呼んではならない」と題する論文を掲載し、「米国は、琉球の施政権を日本に引き渡しただけで、琉球の帰属は未定である。我々は長期間、琉球を沖縄と呼んできたが、この呼称は、我々が琉球の主権が日本にあることを暗に認めているのに等しく、使用すべきでない」などと主張した。
 既に、中国国内では、「琉球帰属未定論」に関心を持つ大学やシンクタンクが中心となって、「琉球独立」を標ぼうする我が国の団体関係者などとの学術交流を進め、関係を深めている。こうした交流の背後には、沖縄で、中国に有利な世論を形成し、日本国内の分断を図る戦略的な狙いが潜んでいるものとみられ、今後の沖縄に対する中国の動向には注意を要する。「内外情勢の回顧と展望(平成29年1月)」(平成28年の国外情勢)公安調査庁米有力シンクタンク「戦略国際問題研究所(CSIS)」が発表した調査報告書「日本における中国の影響」の表紙 CSISの報告書は、慶応大教授の言葉を借りて、「中国は日本に影響を与えるために間接的な方法を使用している。資金調達を通じて沖縄の動きに影響を与え、沖縄の新聞に影響を与えて沖縄の独立を推進し、そこに米軍を排除するなどの隠れたルートがある」と指摘した。その上で、「中国は日本に、文化外交、二国間交流、国営メディア誘導などの温和な影響活動と、強制、情報キャンペーン、汚職、秘密の戦術などのより鋭くより悪質な活動の両方を展開している」と結論付けている。 筆者もこの報告にあるように、沖縄の琉球独立工作があらゆる面で進められていると認識している。特に、10年9月に起きた尖閣諸島(沖縄県石垣市)沖での中国漁船衝突事件直後から急加速してきた。危険すぎる「思想侵略」 これまで、自らを日本人と異なる琉球人という自己認識を持つ沖縄県民はほぼ皆無だった。自らを「ウチナーンチュ」(沖縄の人)という自己認識があっても、日本人という認識を持たない人もほとんどいなかった。 しかし、ここ10年間で沖縄は大きく変わってしまった。自らを日本人ではなく琉球人との「アイデンティティー」と、「沖縄は日本に植民地支配されている」という「歴史」を背景に、政治活動をする若者が多数出てきているのである。誰かに洗脳されたとしか筆者には思えないが、政治家になる若者がターゲットとして狙われたのだろう。 もし、琉球独立を公然と主張するこのような若者が、国会議員に当選すれば、沖縄の未来は危うくなる。「スパイ防止法」のない日本で長年続けられてきた「思想侵略」は、危険領域に達していると言わざるを得ない。 では、中国の標榜(ひょうぼう)する「琉球帰属未定論」は、今後どのように展開されていくのだろうか。カギとなるのが、13年5月12日の中国共産党機関紙、人民日報のウェブサイト「人民網」に掲載された論文にある。 それは「琉球問題を掘り起こし、政府の立場変更の伏線を敷く」というタイトルにも表れている。その論文には、中国は三つのステップで「琉球再議」を始動できるとし、次のように提言している。 第1ステップ、琉球の歴史問題を追及し、琉球国の復活を支持する民間組織の設立を許可することを含め、琉球問題に関する民間の研究・議論を開放し、日本が琉球を不法占拠した歴史を世界に周知させる。政府はこの活動に参加せず、反対もしない。 第2ステップ、日本の対中姿勢を見た上で、中国政府として正式に立場を変更して琉球問題を国際的場で提起するか否かを決定する。一国の政府が重大な地政学的問題において立場を調整するのは、国際的に珍しいことではない。その必要が確かにあるのであれば、中国政府はこのカードを切るべきだ。 第3ステップ、日本が中国の台頭を破壊する急先鋒となった場合、中国は実際の力を投じて沖縄地区に「琉球国復活」勢力を育成すべきだ。20〜30年後に中国の実力が十分強大になりさえすれば、これは決して幻想ではない。日本が米国と結束して中国の将来を脅かすのなら、中国は琉球を日本から離脱させ、その現実的脅威となるべきだ。これは非常にフェアなことだ。 さて、現在の日中関係はどのステップに位置するのだろうか。筆者はまもなく第3段階に突入すると見ている。沖縄・尖閣諸島周辺の領海で、日本漁船を追尾した中国海警局の巡視船=2020年4月10日(金城和司さん提供) まず、国際社会は米国を中心に、対中包囲網を構築しつつある。日本は心もとない面もあるが、結果的に米国側に付いて、対中姿勢を強めていくことになる。 また、現在は尖閣諸島をめぐって、日中がかつてない緊張した関係にある。この二つの要素から、「琉球再議」第3段階の「日本が中国の台頭を破壊する急先鋒」に該当するため、中国が沖縄に「琉球国復活」勢力育成を実行する段階に突入することになるだろう。中国にとっては、沖縄の独立工作が思うようにいかず、準備不足の部分も多いと思うが、それでも最終段階にさしかかっていると見ている。もはや推測不可能 現在、日本の対中安全保障の課題としては、尖閣諸島周辺海域に、中国海警局の武装公船などが連日のように侵入していることが挙げられる。また、8月16日の休漁期間終了後、尖閣諸島領海に多数の中国漁船を送り込んでくる可能性も指摘されている。 海上保安庁と沖縄県警、自衛隊は、尖閣諸島で起きるさまざまな事態を想定して、対処方法を検討し、訓練を続けているとみられる。だが、これだけでは、中国による尖閣・沖縄侵略に対峙(たいじ)する「図上演習」は不十分といえる。 軍事的な側面について、自衛隊はもれなく想定できるだろうが、琉球独立工作を含む中国の外交的反応は、現時点で既に日本人の想定を超えており、推測不可能だからだ。 例えば、中国が日本政府を飛び越して、沖縄県に直接「尖閣諸島と東シナ海の共同開発」を提案し、玉城デニー知事が提案を受け入れた場合、どうなるだろうか。しかも、沖縄の新聞が世論を誘導し、沖縄経済界も共同開発を望んだら、どうなるだろうか。 常識的には、外交権は日本政府に属するため、外交権のない沖縄県には不可能だ。しかし、国連では2008年以降、自由権規約委員会と人種差別撤廃委員会から日本政府に「琉球・沖縄の人々を先住民族と認め、その権利を保護すべきだ」という勧告が5回も出されていることを忘れてはならない。 琉球独立派が、国連人権理事会などに「琉球の自己決定権がないがしろにされた」「中国と沖縄の外交を認めよ」と訴えかねない。訴えを受けた国連も「琉球・沖縄の権利を保護せよ」と日本政府に勧告を出す危険性がある。 万が一日本政府が妥協して、沖縄が中国と独自外交を展開することになった場合、その先に何が待ち受けるのかは、語るまでもないだろう。中国の思惑通り、沖縄を日本の「一国二制度」行政区にし、中国によるコントロールを強化していくに違いない。沖縄県議選の大勢が判明し、記者の質問に答える玉城デニー知事。知事の支持派が過半数を維持した=2020年6月8日 CSISも報告書で危惧するように、中国は尖閣関連の混乱に乗じて、あらゆる手を使って沖縄を日米から引き剥がしに動いてくるはずだ。ぜひとも、尖閣有事の図上演習には、自衛隊のみならず、外務省や公安調査庁も参加してほしい。 その際には、琉球独立につながる沖縄の政界や経済界、マスコミ、国連の各組織の動向も「要素・要因」として組み込む必要がある。それらの要因をしっかり米軍と共有して対処することこそ「中国の野望」を打ち払う最善の策ではないだろうか。

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    周庭氏の逮捕でも日本メディアの「中国幻想」は消えないらしい

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国の「狂気」は拡大するばかりである。香港警察は8月10日夜、香港の民主化運動の象徴ともいえる周庭(アグネス・チョウ)氏を香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で逮捕した。周氏はここ数日、香港郊外にある自宅周辺で不審な人物が多数いることをフェイスブック上で伝えていた。既に警察の監視下に置かれていたのだろう。 香港の新聞界で、国際的にも民主化運動の広がりに寄与していた蘋果(ひんか)日報(アップル・デイリー)を発行する壱伝媒(ネクスト・デジタル)の創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏や同紙社長ら少なくとも9人が、やはり同法違反で逮捕された矢先だった。 周氏もフェイスブックで、「今日『アップル』で起きたことは、将来また起きるかもしれません」と書いていた。自身への波及を予知していたのかもしれない。 翌日の11日夜になって、警察は周氏を保釈した。黎氏も近く保釈される見通しだという。警察署から出てきた周氏は会見を行い、パスポートを没収されたことを明らかにし、「どうして逮捕されたのか全く理解できない。政治的な弾圧だ」と語った。 ただ、周氏や黎氏の逮捕容疑の詳細はいまだ不明である。国安法が成立と同時に施行されたのが6月30日のことだ。それ以来、両氏に目立つ政治的な活動はない。 香港紙によれば、黎氏については、国安法第29条に禁止されている「外国勢力と結託して国家の安全に危害を与えた」とする容疑だという。しかし、多くの報道や識者たちが指摘しているように、黎氏にも周氏にも国安法施行後、容疑に該当する行為はない。 疑いがあるとすれば、ただ一つある。国安法は施行以前の言動を対象としていないが、法適用を恣意的に、つまりでたらめに援用した疑いが香港警察自体に生じる。 さらに言えば、そのように香港当局を行動させている中国政府の意志そのものが違法である。つまり、罪を犯しているのは中国政府自身なのだ。この場合の「法」とは、国安法のようなちんけな法律を意味していない。国際社会で通念として受け入れられる言論と表現の自由を守る法である。2020年8月11日、保釈後に香港の警察署前で記者会見する周庭氏(左)(藤本欣也撮影) おそらく、今後はかなりの拡大解釈が行われ、周氏らの「容疑」がでっち上げられるだろう。注意しなければいけないのは、国安法の適用は海外で活動している他国民にも及ぶことだ。 特に、メディア関係者や言論人に危害が及ぶ可能性がある。危害の可能性があること自体、海外メディアや言論を委縮させる効果につながる。中国の狙いが世界のマスコミへの牽制(けんせい)であることは疑いない。米中対立の狭間で ジャーナリストの福島香織氏は自身のツイッターでこの点を的確に指摘している。 中共の恫喝の相手は私たちメディアだということだ。外国記者たちは今後、香港の市民からコメントをとることすら、ブレーキがかかる。取材を受けたことを扇動罪とすることは、外国メディアに対する恫喝だ。中国や香港のメディアだけでなく、外国メディアもコントロールしようということだ。 そして、今回の周氏らの逮捕は、米中対立の高まりを受けた対応でもあるだろう。トランプ政権は、今月7日に林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官を含む香港政府高官や中国共産党幹部ら11人が米国内に有する資産凍結と米国人との取引を禁止する制裁対象に指定した。これに対して、中国側も米上院議員や国際人権団体代表ら11人を制裁対象にしたと発表した。 周氏の自宅周辺に警察関係者と思しき連中が姿を見せたタイミングと符合もしている。郵便学者で国際的なプロパガンダ(国家利益のための情報利用)にも詳しい内藤陽介氏がブログで指摘しているように、周氏らの逮捕はまさにこの米国に対する報復の延長線にあるのだろう。 さらにトランプ政権は、台湾にアザー厚生長官を派遣した。米閣僚の訪台は6年ぶりとなる。 新型コロナウイルスの抑制で目覚ましい実績を挙げている台湾との情報交換が表向きの理由である。だが、もちろん米国側には、南シナ海や尖閣諸島、そして台湾に対して軍事的脅威を強めている中国への牽制が思惑にあることは明白である。 中国側も、共産党系メディアなどを通じて、米国への批判をエスカレートさせ、中国空軍も台湾空域に侵入して威嚇を行っている。もちろん尖閣諸島への連日の中国の侵入行為や、これから懸念される中国の民間漁船を利用した「違法操業カード」も忘れてはならない。台湾総統府で会談する蔡英文総統(右)とアザー米厚生長官(左)=2020年8月10日(台湾総統府提供・共同) 全ては連動しているのだ。香港、台湾、尖閣がバラバラに進行しているのではない。また、周氏らの逮捕は香港の言論弾圧だけではなく、福島氏の指摘のように海外メディアの報道の自由を危うくさせる手段でもあるのだ。 ところが、ここで驚くべき認識に遭遇した。10日夜のテレビ朝日系『報道ステーション』で、アザー長官と蔡総統との会談を報じたときのことだ。 米中の緊張の高まりを報じる映像の後で、レギュラーコメンテーターがまず「台湾に自粛を求めたい」と発言したのである。すぐに付け足すように「米中台の自粛」と言っていたが、「台湾への自粛」を求める発言が優先して飛び出すことに、筆者は何より驚いた。本当に恐ろしい「懐疑的無差別」 このような「自粛」発言こそが、中国政府が最も外国メディアに求めている姿勢だろう。また『報ステ』にも、先述のように台湾、香港、そして尖閣問題が全て連動していること、それだけではなく、中国の対外工作がいよいよ過激化していることに対する問題意識が希薄なことは明らかだ。 現在、インターネット上では「#FreeAgnes」のハッシュタグをつけた抗議活動が盛り上がっている。もちろん抗議はどんどん行うべきだろう。 だが、他方でそのハッシュタグ運動を進めている日本国内の「リベラル」言論人の多くに対しては、何とも薄っぺらい気がしてならない。その「リベラル仕草」とでもいうべき人たちは、中国政府がわれわれと同じ価値観や政治観に立脚していると思っているからだ。 中には「大国」としての自覚を中国政府に求めている「リベラル」系識者もいるが、本当に愚かしいことである。中国の「大国」化は、貪欲なカネへの志向と専制的な振る舞いへの傾斜、その意味での大型化というだけだ。だから、われわれと同じ価値観における振る舞いを求めるような合理的説得は幻想でしかないのである。 これから中国政府は、対外プロパガンダ工作をさらに推し進めていくことだろう。ネット上の工作もあるだろうが、警戒すべきは官庁や大学などを通じた言論弾圧行為である。中国政府に対する批判を「差別的な行為」として自粛や禁止する動きが最も警戒される。この点については、盆休みなどを利用して、ぜひ次の書籍をまず読まれることを期待したい。 一つは、福島氏が訳した経済学者でジャーナリストの何清漣(か・せいれん)氏の『中国の大プロパガンダ』(扶桑社)だ。これには中国の対外宣伝工作の歴史と手法が詳細に綴られている。 もう一冊は、評論家の江崎道朗氏の『インテリジェンスと保守主義』(青林堂)だ。江崎氏は、インテリジェンスの重要性を強調してきたこの分野の第一人者である。本書には、対中国に関しても「戦争は宣伝戦から始まる」として、多様な視点から分析を行っている。これからの日本国内の政策を考える上で必携の書だろう。香港・九竜地区の裁判所に出廷する民主活動家、周庭氏=2020年8月5日(共同) 最近の経済学の研究では、対立する主張や、フェイクニュースの類いが出てくると、本当は正しい情報だろうがフェイクニュースだろうが、多くの人はどちらにも懐疑的になってしまうという。つまり、情報を操るプロパガンダが強まるほど、人々が真実にアクセスしづらくなる可能性が高まる。これを「懐疑的無差別」と呼んでいる。 幸いにも、中国に対する「懐疑的無差別」の状況に、日本の世論はまだ陥っていない。だが、その危険性は日増しに強まるだろう。 おそらく、これから対中国に関して、日本の言論や世論は決定的に深刻な局面を迎えるに違いない。そのときにぶれない軸を持つことが重要だ。今回挙げた福島氏や内藤氏、江崎氏らの著作や発言を参考にして、そこからさらに自分たちの目でこれからの事態を読み解いていくことを、読者の皆さんに強くお願いしたい。

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    TikTokやパクリ商法全開、中国の「合理的狂気」が止まらない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国共産党政府が「発狂」している。正確に言うならば、合理的発狂である。 その理由は簡単である。自ら拡大させた新型コロナウイルスで世界が弱っていることにつけこんで、本気で「世界秩序」を変えようとしているからだ。 香港の「一国二制度」を完全否定した「香港国家安全維持法」(国安法)の施行、尖閣諸島や沖ノ烏島へ執拗に繰り返される侵犯行為、南シナ海での違法な軍事的占拠、他国を過剰な借金漬けにして国ごと乗っ取る「債務の罠」戦略、ウイグル族に対する強制収容や宗教弾圧など、数え上げればきりがない。国際的な政治秩序の安定化からはほど遠く、まさに現在の自由と民主の価値観を根本から否定する覇権主義のモンスターである。 これらの行為が中国の理屈だけで世界にまかり通ると考えて実行していることが、狂気の本質である。狂った目的だが、それでも中国政府が目的を叶えるために合理的に算段している点を見逃してはならない。だからこそ「合理的狂気」なのである。 今までも中国の発狂行為に対し、世界は見て見ぬふりをしてきた。経済面でいえば、公然の「パクリ政策」を、中国が先進国に追いつくための「キャッチアップ効果」だの、政府主導の「産業政策の成功」だの、と一部で称賛してきた。 憐れむべき知的退廃である。本稿では、その実態を改めて示してみたい。 結論から言えば、やっていることは単に国家主導による先進国技術のパクリである。しかも、中国のパクリ経済の全貌がはっきりとつかめない。 最近では、ブルームバーグが「中国の攻撃でナンバーワン企業破綻か、トップ継いだのはファーウェイ」で、パクリの実態に注目している。記事では、カナダを代表する世界的通信機器メーカー「ノーテル・ネットワークス」が、21世紀初めから、中国政府からと思われるサイバー攻撃を受け、顧客情報や重要な技術を盗まれたという。 ノーテルは、このサイバー攻撃にあまりに無防備で対策も緩かったために、悲惨な道をたどる。ノーテルは技術的優位、とりわけ人的資源とマーケットを、中国政府の巨額の支援を受けた華為技術(ファーウェイ)に奪取されたのである。結局、ノーテルは2009年に破綻してしまった。中国空軍の航空大学を視察する習近平国家主席(右端)=2020年7月23日、中国吉林省長春市(新華社=共同) ファーウェイは元中国人民解放軍エンジニアの任正非(にん・せいひ)氏が創立した会社であることは広く知られている。識者の中には、ファーウェイと中国政府は必ずしも協調しておらず、むしろ対立していると指摘する人もいる。頭の片隅ぐらいには入れておいてもいいかもしれないが、正直役には立たない。 そんなことよりも、人民解放軍のサイバー攻撃隊が産業スパイの世界で君臨しているが、中にはイスラエルや北朝鮮が中国のサイバー攻撃をパクって、中国のふりをして攻撃している、とでも指摘した方が役に立つだろう(参照:吉野次郎『サイバーアンダーグランド』日経BP)。中国政府や人民解放軍、その系列企業に対する生ぬるい考えは捨てた方が無難だ。産業政策「成功」簡単な謎 こうして見れば、中国の産業政策がなぜ成功するのか、その「謎」は簡単だ。上述のように、先進国で成功している企業の情報や人材をそのままパクることで、市場自体も奪い取るからだ。 政府が望ましい産業を選別する伝統的な産業政策とは全く違うものだ。伝統的な産業政策はそもそも成功する確率が極めて低い。なぜなら、政府には市場に優越するような目先の良さも動機付けもないからだ。事実、日本の産業政策は死屍累々(ししるいるい)の山を築いた。 だが、中国の産業政策は基本的に市場をまるごと盗むことを目指す。パクる段階で逮捕や制裁のリスクがあるぐらいで、それも人民解放軍という、リスクをとることにかけてのプロが文字通り命がけでやってくれる。ものすごい「分業」に他ならない。 日本でも、中国政府や軍からのサイバー攻撃が続いている。今年に入っても、NECや三菱電機が大規模サイバー攻撃を受けたことが明るみになったように、自衛隊に関する情報の取得を目的に、防衛省と取引関係にある企業が狙われている。このように、日本の安全保障や民間の経済が脅かされているのである。 中国の合理的発狂といえる世界秩序改変の中で、新たな経済的覇権を目指す動きがある。その際も、いつものようにパクることから始まる。 米国のビーガン国務副長官や共和党のルビオ上院情報委員長代行が、中国の在米領事館を「スパイの巣窟」として長年にわたって問題視してきたことを明らかにしている。ロイター通信も、米政府が閉鎖を命じた南部テキサス州ヒューストンの中国総領事館が「最悪の違反ケースの一つ」である、と政府高官の発言を伝えている。 そのケースとは、おそらく新型コロナウイルスのワクチンに関する研究だ。このワクチンが世界でいち早く開発されれば、膨大な利益を生み出すことは間違いない。現在の米中の領事館の閉鎖の応酬は、中国のパクリ産業政策をめぐる攻防戦であり、姿を変えた米中貿易戦争といえる。 さらには、中国政府からの個人情報の保護も問題となってくる。米国のポンペオ国務長官は、動画配信サービス「ティックトック」に代表される中国製ソーシャルアプリの使用禁止を検討していると述べた。 多くの識者は、中国で活動する企業や、中国発の企業データを中国共産党のものと理解する傾向を指摘している。だから、ティックトック側がどんなにこの点を否定しても何度も疑いが生じてくる。ティックトックのロゴが映し出されたスマートフォンの画面(ロイター=共同)  7月、韓国放送通信委員会(KCC)がティックトックに対し、保護者の同意なしに子供の個人情報を海外に送信したというコンプライアンス(法令順守)違反で、同社に1億8600万ウォン(約15万4千ドル)の罰金を科したのもその表れだろう。韓国政府とティックトック側は現在も協議中だという。 ところで、ティックトックの国内向けの姉妹アプリ「抖音(ドウイン)」(ビブラートの意味がある)では、中国国内でティックトックのダウンロードや閲覧ができる。ロイター通信によれば、そのドウインからRain(ピ)やTWICE、MAMAMOO、ヒョナなどのK-POPスターのアカウントが削除や一時的なブロックを受けたらしい。米中、いずれを選ぶのか ロイター通信は確言していないが、中国政府側の「報復」の可能性を匂わせている。同様な事象が、これから特に人民解放軍系の企業や中国政府と密接な関係にある企業で生じるかもしれない。 ちなみに、こんなことを指摘していると、米国だって同じことをしているではないか、という反論がすぐに出てくる。短絡的な反応か、悪質な論点そらしか、鈍感なバランス取りだとしか言いようがない。 その点については、まずは米国の情報監視活動を暴露した米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏に関する書籍を読んで、満足すればいい(『スノーデン 独白: 消せない記録』河出書房新社)。筆者は、世界秩序の改変を目指す中国政府の方により強い危険を感じるのである。 確かに米国にも、日本の利益に反するリスクは経済上でも安全保障上でも存在する。それでも、あえて極言すれば、中国と米国どちらかを選べと言われれば、明白に米国を取る。 これは筆者個人の選択だけの話ではない。日本の選択としてこれ以外にないのだ。 米国は、問題があっても国民の選択によってよりよい前進が可能な、日本と同じ民主主義の国である。他方、中国は共産党支配の「現代風専制国家」であり、そもそも政府の問題点の指摘すら満足にできない。 ただし、現代風の専制国家では、パリ政治学院のセルゲイ・グリエフ教授が指摘する「情報的独裁」の側面が強い。暴力的手段は極力採用せず、インターネットを含めたメディアのコントロールを独裁維持のために利用する。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 政治的独裁に強く抵触しなければ、かなり「自由」な言論活動もできる。むしろ「自由」に発言させることで、政治的反対勢力の人的なつながりをあぶり出す可能性を生じさせるのである(参照:ベイ・チン、ダーヴィド・ストロンベルグ、ヤンフイ・ウー「電脳独裁制:中国ソーシャルメディアにおける監視とプロパガンダ」)。 中国か米国かの選択について、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が月刊『Hanada』2020年9月号の「習近平の蛮行『世界大改修戦略』」の中で明瞭に述べている。最後にその言葉を引用しておきたい。 日本にとって中国という選択肢はありえない。だが同時に、米国頼みで国の安全保障、国民の命の守りを他国に依存し続けることも許されない。米国と協力し、日本らしい国柄を取り戻し、米国をも支える国になるのが、日本の行く道だ。 櫻井氏のこの発言に共感する人は多いのではないか。

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    国安法ありとて「香港魂」は死せず

    港は死んだ」と評される一方で、長年自由を享受してきた香港の人々の闘争心は失われていない。確かに香港は中国共産党に踏みにじられたとはいえ、自由を求める「魂」までは奪えないのではないか。

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    「Be Water」国安法強行の最前線で闘志を燃やす香港の若者たちへ

    違反になると、(重大犯罪の場合)最低でも懲役10年。最高は終身刑です。しかも、香港での裁判ではなく、中国に送られてしまう。恐怖しかありません。それでも多くの市民が抗議の声をあげました」(現地の香港人ジャーナリスト)「離れなければ射撃する」などと警告する旗をデモに向けて掲げる香港の警察=2020年7月1日、香港の湾仔(現地香港人ジャーナリスト提供) 悲壮な覚悟のデモ隊に対して、それを取り締まる側の警察は、余裕の表情すら見せていたという。 「警官隊はいつにも増して強権的でした。悔しいですが、昨年来の市民との闘いに勝利したような、嘲笑的な表情を見せていました」(同) もともと、昨年のデモはインターネットなどで呼びかけられ、主催者がいない状態で、警察に違法集会とされても、自然発生的に市民が集まっていたものだ。だが、施行後は、明らかにこれまでと違った暗い雰囲気だった。 結局、約370人が違法集会などの容疑で逮捕され、少なくとも10人が施行後、初の国安法違反として逮捕されたという。グループの一部が過激化 昨年、香港デモをリードしていたのは、黒ずくめの格好の「勇武(武闘)派」と呼ばれる若者たちだ。警官隊と衝突して、時には火炎瓶さえ使用する彼らは、7月1日のデモの現場にも登場した。国安法が施行されたというのに、「光復香港 時代革命」(香港を取り戻せ、時代の革命だ)などの逮捕の可能性があるスローガンの旗を掲げていた。 あくまで闘い続けるという意思表示なのだろう。そんな彼らに対して、懸念すべき動きがある。昨年11月、香港中文大に籠城し、警官隊と激しくぶつかったときのことだ。 「中文大に籠城したとき、化学の実験室にある薬品を使って、強力な爆薬を作ろうという私たち学外から参加した抗議者と、それを拒否した中文大の学生の間で対立がありました。結局、できませんでしたが」 大学外から参加した勇武派の女性抗議者にインタビューした際の証言だ。外見上は黒ずくめで火炎瓶を投げるなど、見分けがつかない勇武派のデモ参加者だが、実力行使に対する考え方は、それぞれかなり違う部分があった。火炎瓶レベルではない、より強力な武器や爆弾などを求める勇武派グループが確かに存在していたのだ。 この後、彼女とは接触ができなくなった。紹介者から春先に聞いた、その後の彼女の消息に私は言葉を失った。 「参加していたグループは完全に地下活動を行う方針となり、内部で自爆テロの実行者を募っていたのです。それに彼女は志願したと聞いています」 昨年来、爆発物製造の疑いで抗議者が香港警察に摘発されたと何度か報道されていたのだが、具体的な証拠に乏しいものが多かった。だが、勇武派の一部はそうした爆弾闘争さえ、現在視野に入れているのだ。もともと、高度な技術でメッセージを暗号化する「テレグラム」などの通信アプリを使って、お互いの素性さえ明らかにせず抗議活動をしていた。今後、より強力な武器を持って一部の勇武派が地下活動に移行するのは、悲しいことであるが、必然の流れかもしれない。デモ参加者を拘束する香港の警察=2020年1月5日、香港の上水(筆者提供) 7月6日には、再びショッキングな報道があった。この日の香港の法廷で、昨年8月30日に逮捕されていた周が、違法集会を扇動した罪を認めたというのである。 逮捕容疑である昨年6月21日夜の警察本部包囲デモの現場には私も居合わせた。テレグラムで呼びかけられたデモであり、周と黄たちはかなり遅れて現場に到着した。デモの参加者にすぎなかったが、マイクを握って名乗り、抗議者たちに呼びかけたのが彼女たちだけだったというのが事実である。扇動というにはほど遠い。 「同じ容疑で逮捕された黄は否認しています。罪状を認めた彼女は現在まで3回逮捕されているが、今まで有罪になったことはない。弁護士との話し合いで、今回の罪状を認めることで、判決での減刑を考慮したのでしょう。ただ、現在の香港の司法は政府の意向をくんだ判決が多く、実刑となる可能性も高いと思います」(香港人ジャーナリスト) 2014年の香港民主化運動「雨傘運動」では周と黄たちは主導的な立場だった。しかし、昨年のデモでは前述の通り、一参加者という立場でしかなかった。昨年8月の逮捕は、リーダーなき抗議デモの中で、中国政府へのポーズとしての見せしめ的な逮捕だったと言われている。国安法施行後、既に司法の独立が保たれていないとみられる香港において、周は真っ先にその矛先を向けられる可能性があったのだ。やむを得ない決断だった。Be Water(水になれ) 6月30日以降、周は日本メディアとの接触を避けている。国安法の「外国勢力との結託」とみなされないように努めていたのだ。公判のあと、周は久々にマスコミの前に立った。 「香港人は民主と自由の信念を勝ち取れるように、これからも頑張ってほしい」 言葉を選びながら、それでも彼女は毅然(きぜん)とした態度で呼びかけていた。 6章66条からなる国安法は、一夜にして香港の自由を破壊した。同時にそれは、香港から中国が受けていた利益まで奪っていったという。香港のバンカーに聞いた。 「現在、一時下がっていた株価が戻っています。これは、政府が買い支えているのでしょう。地価は下がっているのに、株価が動かないのはありえない。市場関係者はいずれ株が暴落するとみて備えています。また、今後、香港は貿易などでの関税の優遇措置がなくなります。香港を経由させることで得られていた、さまざまな中国企業の利益まで失うことになったのです。経済的には、香港はかつての繁栄は望めなくなりました」 7月14日にはトランプ米大統領が制裁措置を実行した。これまで香港に与えていた税制などのさまざまな優遇措置を廃止する大統領令に署名したのだ。また、同時に香港の自治侵害に対しての対抗措置である「香港自治法」にも署名した。今後、中国高官などの米国での資産凍結や入国制限などが可能となる。こうした米国の動きに対して、中国政府も対抗する姿勢を見せている。 国安法と米国の制裁。どちらも香港にとっては、未曾有(みぞう)の危機かと思われるが、実は香港市民は覚悟していたことでもある。デモ隊が中国政府に向けて繰り返しアピールしていた「攬炒」(ラムチャオ)という言葉の意味は「お互いに焼かれる」、つまり「死なばもろとも」である。デモ隊は香港という街自体を人質にとる覚悟で、中国政府とやりあっていたのだ。そして、それはついに現実となった。今後、米国をはじめ世界からの経済制裁で、中国自身も香港とともに焼かれるのである。 制裁措置をめぐる米国との関係は米中冷戦とまで言われているが、香港がその最前線になっているのだ。自由を奪われて、経済まで失う香港。そこに生きる人たちは、現在、どう考えているのか。昨年知り合った香港の若者に聞いたところ、意外な答えが返ってきた。香港の駅頭で予備選への投票を呼び掛ける民主活動家の周庭氏(左端)ら=2020年7月11日(藤本欣也撮影) 「株なんて私には関係ないし、地価が下がって、世界一高いと言われている香港の家賃が下がるなら大歓迎です。お金のない香港に中国人たちも来ないでしょう。香港人は、いままでもいろんな形で抗議を続けてきた。これから新しい方法を考えつくのではないでしょうか。日本人が考えているより、香港人はしたたかですよ」 民主派団体が解散し、国外に脱出する人が続出し、一部の勇武派は地下活動に移行し、言論や報道の自由さえなくなりつつある香港で、彼は新たな方法が生み出されるはずだと楽観的だった。 「文字がない白紙を掲げたデモや、沈黙のままのデモなど、抗議の意志を示す方法はいくらでもあります。それに、日本を含めて世界が香港を応援してくれています。私たちがあきらめる必要はまったくありません」 昨年は新しい抗議活動の形を生み出した香港の若者たち。この先、中国政府が考えもしない抗議活動が生まれ出てくるのだろう。 Be Water(水になれ)。昨年のデモの初期、香港のネットを中心に語られていたブルース・リーの言葉だ。香港人たちは初心に帰って、形にとらわれない新たな闘いを始めるようだ。(文中敬称略)

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    「香港人」は漢民族にあらず、蘇生するには真の独立しかない

    楊海英(静岡大アジア研究センター長) 香港は殺された。「23歳」で中国共産党に殺された。 1997年にイギリスの統治から中国に返還されたとき、50年間は香港人の従来の生活を保障する、と共産党政府は約束していた。しかし、まだ23年しか経っていない現在、「一国二制度を50年間守る」という国際的な公約は「国家安全維持法」の導入により、簡単に破り捨てられた。香港が殺された、と国際社会は理解し、そう表現している。 香港を中国へ返還すべきか否か、当時のイギリスの首相で、「鉄の女」の異名を持つサッチャーは悩んでいた。彼女に対し、共産党の最高実力者の鄧小平は「返還した後も、香港人は昔のように馬を飛ばしなさい。ダンスに興じなさい」、とユーモラスに語った。 「馬を飛ばす」ことは競馬を指し、「ダンスに興じる」ことは、夜の街での楽しみを意味する。どちらも「腐敗した資本主義のブルジョアジーの金もうけの営みだ」、と社会主義の優越性を標榜する共産党はそう認識していた。要するに、以前のように資本主義制度を生きなさい、との言い方だった。 鄧小平の独特な言い方は、実は共産党政府が香港人を理解していなかった事実を表している。金もうけさえしていればいい連中だ、と共産党政府は香港人をこのように一方的に断じていた。 返還された年に香港を旅した私は、至るところで大陸からの観光客が現地人をバカにしている風景を目撃した。店で食事した後も、金を投げ捨てるように極めて傲慢な態度で渡していた。それでも香港人は顔色を変えずに応じていた。香港返還を明記した中英共同宣言に調印するサッチャー英首相、後方右から立会人の鄧小平氏、ハウ英外相=1984年12月19日、北京・人民大会堂(共同) 郵便局でも同じだった。北京からの客が地元の職員を大声で怒鳴りつけ、「昔はイギリス人に怒られていただろう、下僕なら慣れているだろう」、と相手を侮辱していた。確かに「イギリスに支配」されていたが、「祖国の懐に戻った」のだから、暖かく迎え入れてもいいのではないか、と私はそばに立ってそう思った。 「イギリスに養子に出されて長くなったので、祖国の懐の温かさが分からない」、と当時の香港の知人は私に自分の悲しみについて語った。このままでは早晩、爆発するだろう、と私はそのように認識し、香港を離れた。その後も、数回にわたって、香港を調査旅行したが、嫌中感情は高まる一方だった。香港人は漢民族か? 香港は決して「金もうけさえしていればいい人々」の棲家ではない。まず、中国大陸に直接的なルーツを持ちながら、移住してさほど歳月が経っていない人々は根っからの反共思想の持主である。 1949年に共産党が大陸で政権の座に就くのを見て、やがては暴力が全土を席捲するだろうと予見した人々や、共産党の暴政から逃れた集団が香港に避難した。筋金入りの反共闘士もいれば、資本家もいた。 そして、1958年に人民公社が成立したときと、66年から文化大革命が発動されたときに再び香港へ逃亡する人間の波は現れた。後日に明るみになるが、人民公社制度の導入でおよそ3千万人が餓死したし、文化大革命の犠牲者も数百万人に上る。 大陸で人類未曾有の政治的災難が発生するたびに、香港は共産党が敷く圧政の犠牲者を受け入れてきた。そのような人々がどうして「独裁祖国」を愛さなければならないのだろうか。 「反共分子」よりも前に香港に住み続けてきたのは、どんな人々だろうか。そのような香港人は身体的には顔色がやや黒く、言語の面でもいわゆる広東(カントン)語や潮州語などを操る。言語学者の中にはそれらの言葉をシナ語の一方言と呼ぶ人もいる。 問題はその「方言」が中国の巨大な言語、普通話とは根本的に異なるという事実である。この差異をイタリア語とスペイン語、それにフランス語の三者間の距離よりも大きい、と分かりやすく譬える言語学者もいる。要するに、簡単に香港語をシナ語の一方言とする見方はやや乱暴である。言語の面からすれば、香港人は漢民族ではない。 普通話という今日の中国で定着している言葉は清朝の支配者、満洲人が発明したものだ。満洲語を母語とする満洲人が被支配者のシナ人と意思疎通するために使っていた共通語・ピジン語だった。香港人と大陸の人を同じ民族としてまとめる共通の言語はない。 さらに言うと、異民族が住む香港をイギリスに租借したのは満洲人の清朝である。満洲人は中国人ではないし、清朝も中国か否か、当の中国人も含めて見解が一致しているわけではない。 満洲人が建てた清朝は外来の政権で、征服王朝で、「中国の王朝」と言い難い。中国人もそう理解していたから、1911年に「満洲人を追い出して、中華を恢復(かいふく)する」との革命が勃発し、中華民国や中華人民共和国などが誕生した。香港警察がフェイスブックに掲載した「香港独立」と書かれた旗(共同) 以上のような歴史から、イギリス人と満洲人が自分たちの意思を無視して裏取引を繰り返して、勝手に「租借」したり、「返還」されたりした、と香港人は理解している。だから、香港の識者たちは「香港民族」という概念を醸成し、都市国家としての独立を夢見ているのである。 一度は殺害された香港は必ずや、独立という形で復活するに違いない。

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    香港国安法、今こそ日本は中国のお家芸「内政干渉」で毅然と非難せよ

    家安全維持法(国安法)を全国人民代表大会で可決、同日深夜に施行された。 香港法の制限を受けない中共(中国共産党)政府の治安組織、国家安全維持公署が新設され、秘密裁判や、一定の条件下での令状なき捜索をはじめ、干渉力は大幅に拡大する。事実上、一国二制度の崩壊を意味するとして、英米を中心に国際的な非難が起こっている。 一連の反応は、中国の手法を、専制的で人権に対する重大な侵害と捉えるゆえのものだろう。さらに、それだけでなく、こうした行為を看過していれば、いつか「中国式」が世界標準となり、民主主義体制に取って代わりかねないとの安全保障上の脅威を感じ取ってもいるのだろう。 現在、日本政府は基本的に英米などと歩調をあわせている。一部報道では、リードしているとの指摘すらある。ただ、それは真に「中国」という存在を理解した上で、導き出された解ではなく、単に民主主義陣営の構成員として、模範的に振る舞おうとしているだけに見えてならない。その態度が、真に日本の国益に資するとは考えがたい。 「中国」とはいかなる存在であるかを理解せずに、歩むべき道は見えない。それには、歴史的・思想的な考察が不可欠だ。 香港が現在の状態になったのは、言わずもがな1840年のアヘン戦争による植民地化が原因である。これは問答無用の侵略行為であり、麻薬を利用した手法は弁護の余地がないほど悪辣だ。したがって、香港の統治権がいまだ中共政府と分離しているということ自体、中国人の民族感情として、国恥であるとするのも何ら不思議ではない。 ことに1997年の香港返還時において、英・チャールズ皇太子は香港統治が民主主義を香港人にもたらしたと演説し、パッテン総督はアヘン戦争について何らの言及もしなかった。香港返還の記念式典に出席した中国の江沢民国家主席(左)と英国のチャールズ皇太子=1997年7月 例えば、沖縄返還が、米国との一国二制度の下で実現したとして、米国大統領が、大東亜戦争で沖縄は日本帝国主義から解放され民主主義がもたらされた、などと演説したら、われわれはどのように感じるか。本質は覇権主義国家 もちろん戦後民主主義の観点からすれば納得するのかもしれない。しかし、大東亜戦争の大義を謳う「保守派」が納得するとすれば、それは大いなる矛盾である。 そもそも、中国の民族自決を楯に、戦前の日本が保有する特殊権益をさんざん非難した米国が、台湾(中華民国)はともかく、香港に肩入れするのは盗人猛々しいとも言える。 一国二制度などという制度そのものが、西欧列強による植民地化の恥辱を象徴するものである。「中国」がいかなる体制であれ、これを一刻も早く消滅させたいと考えることは、なんら不正義ではない。 しかし、だからといって「中国」を弁護するのではない。振り返れば、漢民族王朝が「夷狄」との約束を一方的に破棄することはお家芸であった。例えば、北宋がツングース系の遼を攻める際、将来の領土割譲を約し、女真族の金と同盟した。 だが、遼の滅亡後、北宋はこれをほごにした。近代中国も、中華民国政府は「革命外交」と称し、欧米列強との不平等条約をことごとく一方的に破棄。奇襲的な武力行動に訴えてきた。 これは、明治以降、日本政府が列強との不平等条約を、「不当に締結させられた」との認識を有しながらも基本的には忍従し、国際協調を遵守した上で、改正の努力を重ねてきたことと対照的である。 戦後も、「中国」のこのようなスタンスは変わらない。日本と中共政府は1972年の日中共同声明で和解した。それにもかかわらず、事あるたびに中共政府は「歴史認識問題」を蒸し返し、中国式の歴史観を強要する。「軍国主義」という合言葉で反論を封じ、政治的・経済的・文化的要求を繰り返す。 中共政府の手口は、歴史的事実の評価だけでなく、それを通じた日本人の人生観や国家観に対する歴然たる干渉だろう。尖閣諸島への度重なる侵犯や、「北海道一千万人計画」など、政治・経済・軍事にわたる侵犯工作は依然、進行中である。尖閣諸島周辺海域で入り乱れる中国公船「海警」(中央)と日本の巡視船=2019年5月(仲間均市議提供) そもそも、古代の経典『春秋公羊伝』では、中国の支配領域は全て中国文化に同化されるべきだという思想「大一統」が示された。そして、それは習近平体制が唱える『中国夢』にまでつながる覇権主義の温床となっている。明確な国家意思を持て 1973年8月、十全大会(中国共産党第十回全国代表大会)で周恩来は、「米ソ両超大国の覇権主義に反対しなければならない」と報告した。また、75年1月の新憲法にも「超大国の覇権主義に反対しなければならない」とある。 このように強調する当の「中国」自身が、歴史的・思想的に覇権主義的傾向を有しているではないか。チベットやウイグルで進む民族浄化じみた振る舞いも、まさにそうした傾向に基づく行動と言えよう。これもまた、盗人猛々しいと評するほかない。 このような「中国」が、中英共同声明(1984年)について、期限を待たず、2014年に一方的に破棄したことはもちろん、今回の国安法制定も、ある意味で当然である。 とはいえ、「中国」を邪悪な国だと二元論的に論じるのも軽率な態度だろう。なぜなら、「中国」もまた、フランスのシャルル・ド・ゴールが批判したように、英米と同様の「大国のエゴイスム」で動いているにすぎないからだ。日本は、東西を「エゴイスム」に囲まれているのだ。 このような認識の下で、日本は、特に「保守派」は、今回の香港問題にどう対処すべきか。 基本的に、日本は戦前の「大東亜各国をして各々その所を得しむ」(東条英機首相施政方針演説)から始まり、戦後もアジア諸国の経済的自立と協調とを支援してきた。このような日本が「中国」と相容れないことは明らかだ。 それゆえ、香港問題を奇貨として積極的に非難を表明するべきである。ただ、それは日本政府が現在唱えるような人権上の問題としての指摘ではない。非難の目的は、日本に対する内政干渉や権益侵害を即時に停止しなければ、日本もまた中共政府への干渉に吝(やぶさ)かでない態度を示すことだ。中国の習近平国家主席を映す北京市内の大型ビジョン=2020年5月(共同) 重要なのは、歴史的・思想的に本質が異なる大国に対し、日本はどうするのか、という明確な国家意思なのだ。 つまり、単純に中共政府を悪玉視するような議論は、ピント外れ極まりない。そのような視点では、かつて中国近代化の可能性に淡い夢を抱いた結果、世界からハシゴを外されて痛い目にあった歴史を繰り返すばかりである。

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    香港を踏みにじった中国の脅威、なぜ沖縄メディアは目を背けるのか

    われ、現地メディアによると逮捕者は約370人に上った。1997年7月に英国から返還された香港に対し、中国は外交・防衛を除く分野で高度の自治を50年間維持すると約束した。 しかし、この瞬間、香港の「一国二制度」は形骸化してしまったのだ。もはや、香港に希望はない。香港がウイグルやチベットのように弾圧される時代もそう遠くないかもしれない。自由を求めて香港を脱出する人も多くなってくるだろう。 さて、このような香港のニュースは日本国内でも注目され、偏向報道が指摘される沖縄メディアでも報道されている。人権がじわじわと奪われていく香港の実態を目にすれば、沖縄の人々もさすがに中国の脅威に気がつき、反米運動や反米報道も収まっていくのではないかと期待する人も少なくないだろう。 実際にはどうなのか、沖縄メディアの香港に関する報道を確認してみよう。7月6日の沖縄タイムスでは、「香港の民主主義が死んだ…国安法おびえる県出身者 『デモできる沖縄がうらやましい』」という記事の中で、香港在住の沖縄出身女性の声を伝えている。 約30年住むその女性は「意思表示できる自由があることを、当然だと思わないで」と、政治や選挙に目を向けることの大切さを訴えていた。筆者もその通りだと相槌を打ちたくなった。 だが、記事を読み進めていくと、後半になって香港の問題が想像を超える方向に変わっていった。引き合いに出されたのは、昨年、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の移転に伴う名護市辺野古埋め立てを問う県民投票の運動に参加した25歳の写真家の言葉である。 示された新基地建設反対の民意を無視し、日本政府が工事を強行する沖縄の現状に「民意を国家の力で押さえ付ける香港の状況と似ている。沖縄も安心できない」と危機感を抱く。香港の人々の話を聞き内実を知ることで沖縄の現状打開についても模索し、連帯していきたいと語った。 このような報道は今回だけの話ではない。香港区議会(地方議会)選挙で民主派が圧勝した直後の昨年11月28日、琉球朝日放送で「香港民主化デモ現地で見えた沖縄との共通点とは」という特集が放映された。2020年7月1日、香港で返還記念式典会場周辺をデモ行進し、気勢を上げる民主派活動家ら(共同) 取り上げられたのは、香港に実際足を運んだ200万人デモの参加者たちが那覇市内で開いた報告会である。香港警察による発砲など人権を無視した過激な取締りの悲惨さや国家権力の恐ろしさを伝えた上で、報告者は次々にこのようなことも訴えていた。「個人の権利対国家の権力の戦いというか構造になっている。それは沖縄とも結びつきがあるというか、同じ構造であると僕は考えていて」「沖縄もそうだけど香港も決まったことだからということで諦めないで、若い人たちが将来の人のために、自分たちの未来のために一生懸命声を上げている。そのことを沖縄の人たちも知ってほしいと思いました」「日中友好運動」真の目的 つまり、中国による香港弾圧が米軍基地撤去運動のブレーキになるのではなく、アクセルとして利用するという巧妙すぎるすり替え報道が行われているのである。だから、香港の民主運動家と連帯して立ち向かうべき敵が、なぜか中国共産党ではなく、安倍内閣になってしまっている。 世界最大の人権弾圧国家は間違いなく中国である。また、世界最悪の人権弾圧国家は北朝鮮といえるだろう。 香港の民主主義が中国共産党の全体主義的国家権力により崩壊してしまった今、その矛先は台湾、そして沖縄に向かう可能性が高まることは間違いない。しかし不思議なことに、日本国内の人権団体と呼ばれる組織が、中国や北朝鮮に対する批判や抗議運動を目にすることはない。その理由は何なのだろうか。 日本の人権活動団体の中で、最も影響力があるといわれている「反差別国際運動」がある。ジュネーブに事務所を設置し、日本組織として、反差別国際運動日本委員会(IMADR-JC)を設置している。国連における日本の人権運動の代表格であり、顔といってもいい。 この団体が中心となって、人種差別撤廃NGOネットワークという団体が設立されている。そのネットワークの参加者として名を連ねる人種差別に取り組む団体は80を超える。 ただ、これだけの団体がありながら、北朝鮮による日本人拉致犯罪に関しても、中国のウイグルやチベット弾圧についても取り上げている団体は見られない。取り上げているのは、日本人による在日や部落、そしてアイヌや琉球などの少数民族差別や、日本国内の性的マイノリティー差別のようにここ数十年取り上げられ始めた新しい差別概念に関するものばかりである。 一方、国連で中国批判を行う日本の団体は新参者といってもいい小さい組織で、訴えが取り上げられるのは容易ではない。 また、日中友好運動の歴史から反差別国際運動の人権運動について考察すると見えてくることがある。日中友好運動とは、1950年10月に東京で結成された「日本中国友好協会」による運動のことだ。その運動の本質が「サンフランシスコ体制」の打破にあったのである。米軍キャンプ・シュワブのゲート前でデモ行進する米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設反対派=2018年9月 中国にとって、51年に結ばれたサンフランシスコ講和条約と日米安保条約は、日本と台湾を利用した米国による封じ込め政策だったのだ。日中友好協会は中国を含めた全面講和を主張し、翌年締結された日華平和条約の反対運動も行ったが、これも失敗してサンフランシスコ体制が完成する。それ以降、米国主導のサンフランシスコ体制による中国封じ込めを打ち破ることが、日中友好協会の本当の目的だったのである。 それから20年後、日米安保の破棄には失敗したが、72年の日中共同声明によって目的を半歩達成した。日本に「一つの中国」の原則を尊重させ、日華平和条約を破棄させ、中華民国(台湾)と断交させたからだ。民主主義の防波堤 この間、沖縄返還協定をめぐる71年11月24日の衆院本会議では、非核三原則が返還協定の付帯決議として可決されている。そして、現在も日中友好協会と反差別国際運動は、引き続きサンフランシスコ体制を打ち破る方向で活動を続けている。 その最前線の一つが反差別国際運動が取り組んでいる沖縄の人権運動である。尖閣諸島での漁民の権利を奪う中国の行為には目もくれず、米軍の事件や事故を針小棒大に騒ぎ立て、国際的な人種差別として国連への報告を欠かさない。 この活動により、琉球人は1879年の琉球処分以来、日本に虐待的支配をされ続けている少数民族として認められようとしている。実際、国連の自由権規約委員会と人種差別撤廃委員会は日本政府に対し、「琉球・沖縄の人々を先住民族と認め、その権利を保護すべきだ」という勧告を5回も出している。 このような状況が続けば、いつの日か、在沖米軍は琉球民族の自決権により、沖縄から撤退せざるを得なくなり、日米安保体制も正常に機能しなくなるだろう。現在の日本の人権運動は、日本人を利益誘導によって分断することで、サンフランシスコ体制を打ち破ろうとしているのである。 さて、もう一度冒頭で紹介した香港に関する沖縄の報道を読み返していただきたい。滑稽に思える報道が、まさしくサンフランシスコ体制の打破へと沖縄県民を扇動していることがうかがえるだろう。 香港が中国の全体主義に飲み込まれてしまった以上、次は台湾、沖縄の順に危機が訪れることは想像に難くない。沖縄は、まさに民主主義の防波堤なのである。 最後に、このような中で私たちがやるべきことを考えてみたい。本来であれば、条約締結時の状況のサンフランシスコ体制に戻すため、台湾との国交を回復し、軍事同盟を締結し、日米台で共同訓練を積み重ね、東シナ海の守りを強化することだ。しかし、残念ながら日中共同声明の呪縛を解くまでは、実現はほぼ不可能である。 次善の策として実施可能なことが二つある。まずは、日本の海上保安庁が台湾の海巡署と共同で「海難救助訓練」を行い、中国の海警局の船を海賊と想定した訓練を繰り返すことだ。 もう一つは、日台経済安全保障同盟の締結である。経済安全保障には、軍事転用可能な技術流出防止や中国製の第5世代(5G)移動通信網の排除だけではなく、チャイナマネーによる不動産の購入制限、中国依存のサプライチェーン(供給網)見直しのように、分野が多岐にわたる。沖縄復帰を前に街頭に幕が飾られたコザ市センター通り=1972年5月 抱えている課題は、日本も台湾もほぼ同じはずである。であれば、その取り組みを日本と台湾が個別に実施するのではなく、情報を共有し、協力・調整し合えばいい。 日台に相互の優遇措置を設けて、サプライチェーンを密にすることも可能ではないだろう。日台間の経済交流が密になれば、対中経済安全保障網が、経済侵略を得意とする中国を大陸側に封じ込める「海の万里の長城」となるに違いない。

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    支配を強める中国、抗う香港…日本人が持つべき危機感とは

     世界中が新型コロナ禍で混乱に陥るなか、香港の「中国化」が急加速している。5月28日には中国の全国人民代表大会(全人代)が香港における言論の自由などを制限する「国家安全法制」の導入を決定。民主化を求める学生らが弾圧された天安門事件から31年目にあたる6月4日には、香港立法会(議会)で中国国歌への侮辱行為を禁じる国歌条例案が可決された。世界有数の経済都市・香港から「自由」が失われようとしている。 とりわけ深刻な影響が懸念されるのは、早ければ6月中の施行が見込まれる国家安全法だ。同法が施行されると、中国が国家安全部門の出先機関を香港に設置し、国家分裂や政権転覆、破壊活動など「国家の安全」にかかわる案件を直接取り締まれるようになる。これにより中国政府が合法的に香港市民を監視できるようになり、香港政府や中国政府に異を唱えるデモや集会が禁じられて、香港返還(1997年)以来の一国二制度が有名無実化する怖れがある。「こんなに早く香港が中国化するとは思いませんでした」と語るのは、東京大学大学院総合文化研究科の阿古智子教授。1996年から2000年まで香港大学に留学し、自由闊達な香港を体験した阿古教授が懸念するのは、民主活動家や知識人らがこれまで以上に弾圧されることだ。「今後は『国家の安全』という曖昧な概念に基づいて、当局が恣意的に香港市民を逮捕し、身柄拘束できるようになる怖れがあります。実際に中国では、2015年7月に約300人の人権派弁護士や活動家が一斉に事情聴取を受けて連行され、そのうち30人以上が『国家政権転覆罪』『国家政権転覆扇動罪』などの容疑で勾留されて、有罪が確定しました。香港国家安全法が成立すれば、あっという間に香港は中国に飲み込まれて言論の自由がなくなり、民主活動家や知識人らの拘束が相次ぐはずです。生き延びるために人も資本も海外に流出し、煌びやかな香港はなくなってしまうでしょう」(阿古教授) 2015年には、中国の習近平国家主席を批判する内容の発禁本を扱っていた銅羅湾書店の店主らが相次いで中国本土へ連行されて、治安当局に引き渡された。このまま香港国家安全法が成立すると、中国政府の意に沿わない香港市民が合法的に身柄を拘束されるばかりか、大陸に連行されて長期間勾留される可能性がある。 香港民主活動のリーダーで、不屈の意志を持つ「民主の女神」として知られる周庭(アグネス・チョウ)氏は同法制定決定後のインタビューでこう恐怖感をあらわにした。「先のことを考えると、本当に怖いです。国家安全法ができると、香港にいても中国の警察に逮捕され、中国に送られるかもしれない。そうしたら、もう終わりです」※写真はイメージです(ゲッティーイメージズ) 恐怖による支配こそが中国政府の常套手段である。中国の農村でフィールドワークの最中に公安当局に身柄を拘束された経験がある阿古教授はこう指摘する。「『法律ができても大したはことない』という人もいますが、自由を奪われるという恐怖は、経験した者でないとわかりません。法律より政治が優先される中国では、市民活動を支援している弁護士や大学教授が次々と拘束され、発言の機会を奪われています。またインターネットや監視カメラなどを駆使して徹底した監視体制を敷き、恐怖政治を推し進めています。日本に留学している中国人学生は政治について語ることをためらい、日本の研究者やジャーナリストも『中国に逆らうと現地で拘束される』『発言に気をつけないとビザが下りない』などと忖度して、中国に批判的な発言を避ける傾向があります」(阿古教授) 阿古教授が現地で経験した中国当局による取り締まりの恐怖を、“取り締まられる側”の視点から疑似体験できるのが、全国で順次公開中の映画『馬三家からの手紙』だ。映画は、法輪功の熱心な学習者である孫毅(スン・イ)氏が中国当局から監視・弾圧される様子を描くドキュメンタリーで、北京在住の孫毅氏とカナダに住む映画監督のレオン・リー氏が当局の目を盗んでスカイプで連絡を取り合い、孫毅氏自ら中国国内でカメラを回して撮影を進めた。中国当局による取り締まりの生々しい様子を隠し撮りした映像は、世界中で大きな反響を得た。 孫毅氏の歩んだ人生はドラマチックだ。法輪功の活動で政治犯として捕らえられた彼は、2008年~2010年、中国東北部にある「馬三家労働教養所」(2013年に閉鎖)に収容されて強制労働に従事し、時には拷問や洗脳を受けた。その際、当局の人権弾圧を告発する手紙をひそかに書いて、労働で作成する輸出用の飾り物に忍ばせると、その後、手紙は8000キロ離れたオレゴンの主婦ジュリー・キースに届いた。この「馬三家からの手紙」は欧米メディアでセンセーショナルに報じられた。 教養所から釈放されたのちにリー監督を知った孫毅氏は、前述のように中国の現状を世界に伝えるべく撮影を開始したが、その後、中国当局に逮捕された。体調悪化で釈放されたが、そのまま中国国内にとどまっては危ないと判断し、同年12月、孫毅氏は監視の目をかいくぐってインドネシアのジャカルタに脱出、亡命を果たした。孫毅氏が謎の急死 映画のクライマックス、孫毅氏は手紙を見つけたオレゴンの主婦ジュリーとジャカルタで対面を果たす(2017年春)。初対面なのに長年連れ添った家族のように打ち解ける2人のやり取りが観客の心を打つが、直後のエンディングでは衝撃の事実が明かされる。映画の撮影終了後、孫毅氏がジャカルタで謎の急死を遂げたというのだ。「孫毅さんの死について、私は強い疑念を抱いています」と指摘するのはリー監督だ。「当地の病院は急性腎不全と診断しましたが、彼は腎臓病なんて患っていませんでした。孫毅さんは死の2か月前、ジャカルタで中国の公安当局の訪問を受けて『レオン・リーから離れるように』と忠告され、それを拒否した。私はその話を孫毅さん自身から聞いています。その後に彼が急に亡くなったのです」(リー監督) 孫毅氏の死に、中国当局がかかわっているとの強い疑いをリー監督は持っている。孫毅氏の温厚な人柄に感銘していたリー監督のもとに「孫毅氏が入院した」との知らせが入ったのは、『馬三家からの手紙』の編集作業を進めていた最中だった。「すぐに連絡を取りましたが、孫さんは意識が混濁して、私が誰であるかもわからない状態でした。彼は中国を抜け出て第三国に来て、未来の計画を立てていたのに、なぜこんなことになるのか。私自身もとても混乱しました。私は彼を尊敬していたし、彼の言動に勇気づけられたので、孫毅さんを失ったことを表現することは難しい。非常につらい体験で、受け入れるまでに長い時間がかかりました」(リー監督) 中国・大連で生まれたリー監督は高校卒業後にカナダにわたり、デビュー作で中国の違法臓器売買の実態を暴いた。盟友である孫毅氏を失ったリー監督に「中国政府に言いたいことは」と尋ねると、表情を変えず「中国共産党に期待することは何もない」とつぶやいた。「中国共産党に言いたいことは何もありません。なぜなら、私が何を言っても変わるものではないからです。もうかなり前から私は言葉を失っています。彼らに何を言っても意味がないんです」(リー監督) 中国政府に拘束された数多くの人権派弁護士や大学教授らとの交流がある阿古教授は、恐怖に駆られながらも勇気を持って、中国政府の不当な振る舞いを告発する声をあげている。当局の動きを警戒して、「しばらくは中国に行く気はありません」と語る彼女が日本人に求めるのは、隣の大国の動向に危機感を持つことだ。「新型コロナにおける世界保健機関(WHO)の動きや一帯一路構想を見てもわかるように、中国は大金を拠出することで国際社会での発言力を増しています。日本にとっても決して他人事ではなく、圧倒的な数の力を持つ中国を侮ってはいけません。恐怖政治によって自分の頭で考える能力を奪われたら、人間としての幸せが奪われます。日本人はもっと人権に関心を持って中国や香港で何が起きているかを知る必要があるし、日本政府もできる限り国際社会と協調し、必死の抵抗を続ける香港の若者を支援してほしい」(阿古教授) 勇気をふり絞って中国政府を批判する人が次々と姿を消す。そんな連鎖を食い止めねばならない。●取材・文/池田道大(フリーライター)、レオン・リー監督通訳/鶴田ゆかり関連記事■香港民主活動の女神「本当に怖いけど、声を上げ続ける」■【動画】逮捕された香港・民主化の女神が激白「拘束された時の扱い」■中国軍が空母を含む陸海空軍の大規模演習を南シナ海で実施へ■中国・強制労働施設の実態暴くドキュメンタリー 監督が語る■「中国の人権弾圧」告発映画 監督が明かす撮影秘話

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    香港の国家安全法導入でアメリカが香港から資金引き上げへ

    ほか、香港政府に認めてきた経済的な優遇措置の廃止の手続き開始の準備を進めていることが明らかになった。中国政府が香港での国家安全法導入に対抗するためのものだ。米国による一連の措置が実施されれば、他の欧米諸国も追随する可能性もあり、香港の国際的な貿易・金融センターとしての地位に大きな打撃となることは必至だ。 香港のウェブメディア「香港01」によると、米政府が売却を検討しているのは香港島南部の南区寿山村道の米国総領事館職員宿舎として使われている6階建てのビル。米政府は1948年に購入しており、現在の不動産価値は100億香港ドル(約1400億円)に上る。 米ブルームバーグ通信も米国務省の海外資産担当者が香港総領事館に送った電子メールのなかで、「国務省資産管理局はグローバルな再投資プログラムの一環として、米政府は保有している海外不動産を定期的に見直している」と指摘。そのうえで、香港の職員宿舎ビルをはじめ、他の職員用の福祉・娯楽施設などの売却検討も始めていることを明らかにした。 同通信によると、これは中国政府が香港に国家安全法を導入することで、米国資産の差し押さえや米国市民の拘束・逮捕の恐れがあるため。米政府は今後、香港からの資金引き揚げを拡大し、米国民の帰国を促していくとみられる。 米政府は1992年制定の「米国・香港政策法(香港関係法)」で、香港の「一国二制度」が守られていることを前提に、香港を関税や査証(ビザ)発給などの面で中国本土とは異なる地域として優遇してきた。だが、トランプ米大統領はこうした措置の取り消しに着手すると明言。さらに、軍事・民生両方に利用できる高度な先端技術の輸出規制についても言及している。 また、ポンペオ米国務長官もさきに米国が香港に認めてきた特別扱いを「続ける状況にはない」と議会に報告したことを明らかにしている。※写真はイメージです(ゲッティーイメージズ) これらの措置が実施されれば、香港に進出している米国企業約1300社、米国人従業員8万5000人の撤退も検討されるとみられる。 このため、在香港米国商工会議所のタラ・ジョセフ会頭はトランプ氏の会見を受けて「香港にとっても、米国にとっても悲しい日となった」と声明を発表している。 一方、中国国務院(中央政府)で香港・マカオ政策を所管する国務院香港マカオ事務弁公室の張暁明副主任はこのほど「国家の安全保障という『譲れぬ一線』が強固になればなるほど、『一国二制度』の余地は広がる」と指摘し、香港の国家安全法制制定の必要性を改めて強調。そのうえで、「国家安全法によって、香港の国際的な貿易・金融センターとしての地位はさらに強固になる」との楽観的な認識を示している。関連記事■香港民主活動の女神「本当に怖いけど、声を上げ続ける」■NHKが林鄭月娥氏の名を「蛾」に誤植、香港人に大ウケ■コロナで8か国100兆ドル賠償請求に中国「ならリーマンは?」■中国軍が空母を含む陸海空軍の大規模演習を南シナ海で実施へ■FedExのパイロットが中国で拘束 ファーウェイ事件の報復か

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    米中に淘汰された日本、復権の機はコロナ後の新グローバリズムにある

    ものではなかった。 だが、まさしくそのときに世界では巨大な変革が起こっていた。91年末にソ連が崩壊。中国は92年に社会主義市場経済への転換を行った。全世界が資本主義に移行するというビッグバンが勃発した。 この92年に米国を中心に今のグローバリズムによる世界経済の形成が動き出した。いわば世界経済の「パラダイムチェンジ」が行われた。そのもたらされたものを大局で見れば、グローバリズムの勝者は米国、そして中国であり、敗者は日本にほかならなかった。 92年以前の日本はグロ-バリズムとは対極にある「ニッポン株式会社」という垂直統合型経済で「ジャパン・アズ・ナンバーワン」に登りつめていた。系列、グループ、下請けといった閉鎖的なシステムで成功した。 しかし、92年をターニングポイントに世界はグローバルな水平分業型経済に移行し、「ニッポン株式会社」は徐々に解体されていった。「世界の工場」は中国に移り、日本は電子部品、関連部材、半導体・液晶製造装置、半導体関連検査機器、工作機械などで中国のサプライチェーン(部品の調達・供給網)に組み込まれる形で生き残った。   日本の製造業が中国に本格的に進出を開始したのは2002年である。トヨタ自動車などトヨタグループ各社が中国に進出した。世界最大クラスの自動車企業が中国に進出し、これに伴って関連部品企業がこぞって中国に製造拠点を設けた。 これ以前はスーパーなど流通業、繊維、ビール、電気機器などの各産業が中国に進出していた。トヨタグループの進出を一つの契機として日本製造業が雪崩を打って中国進出を行った。日本の「空洞化」は決定的なものになった。 2000年代前半、中国で乗り物といえば自転車が圧倒的に主流だった。だが、巨大なマーケットが徐々に顕在化する兆しを見せていた。いち早く中国に進出していたフォルクスワーゲンが成功を見せてシェアを固めた。貧富の格差が生まれ、クルマを持つ富裕層はすでに現れていた。トヨタ自動車として進出をこれ以上は遅らせることはできなかった。中国天津市のトヨタ自動車工場=2002年10月 中国はソ連崩壊後に社会主義市場経済を標榜し、国外から資本を呼び込む「改革開放」を行った。当初は日本企業の多くは懐疑的だった。だが、あっという間に「世界の工場」に飛躍を遂げる中国のサプライチェーンに組み込まれていった。激化する「米中貿易戦争」 トヨタ自動車の世界的な成功は、垂直統合型から水平分業型への転換にあったといえる。トヨタ自動車は「日米貿易摩擦」の深刻化から米国に本格的に進出せざるを得なかったわけで、ローカルコンテント(部品現地調達)の洗礼を受けた。 その後クルマをマーケットに近いところでつくる体制に移行し、欧州、中国と世界化を果たした。日本の工場は、輸出向けではなく、国内マーケットへの新車供給を基本とする役割に切り替える配置変更を行った。トヨタ自動車は、連結収益がいくら上昇しても、これは北米マーケットで稼いだもので国内が稼いだわけではないと国内賃上げは一切行わなかった。 デンソー、アイシンなど傘下の部品サプライヤーには世界のどの自動車企業に部品を売ってもよいシステムに切り替えた。トヨタ自動車もグループ外でもよい部品サプライヤーがあれば併用して購入する。ただし、トヨタ自動車に納入する部品は「より安くしろ、品質は上げろ」という苛烈な要求は変わらない。傘下の部品サプライヤーに「親離れ(=子離れ)」を迫った。自社サプライチェーンを「最適化」に向けて再構築したわけである。 ところでグローバリズムが大きく絡んでいるのだが、「米中貿易戦争」が激化するばかりだ。問題は国内総生産(GDP)で世界2位という経済大国になった中国の覇権主義の傾向にある。 習近平国家主席の根底にあるには、「中華民族の偉大な復興」(=中国の夢)とみられる。中国の巨大経済圏構想である「一帯一路」やハイテク産業振興策「中国製造2025」はその発露であり、中近世に世界を制覇していたかつての偉大な「中華帝国」を復興するといった志向である。「中華民族の偉大な復興」はなにやら米国のトランプ大統領の選挙スローガンとほとんど同じ。これではどうしても「新冷戦」、米中による覇権の衝突が避けられない。 新型コロナウイルスでは2019年末に中国・武漢で起こっていた事態を明らかにして世界に警告することを怠った。新型コロナウイルスに世界が苦しんでいるのを尻目に香港、ウイグル、チベットなどへの露骨な弾圧を憚(はばか)らない。 全国人民代表大会(全人代)で香港への「国家安全法制」適用を決め、高度な自治を認めていた「一国二制度」を事実上破棄した。南シナ海では人工島を「西沙区」「南沙区」として行政区に組み込み実効支配を押し進めている。尖閣諸島でも中国公船が日本漁船を追い回すなど行動を活発化させている。この夏には南シナ海で空母「山東」、あるいは「遼寧」を総動員して陸海空軍合同の大規模軍事演習を行うとして緊張を高めている。 中国は米国に並ぼうとする経済大国になったが、共産党一党独裁をやめようとしない。多様な政党、多様な意見や価値観を認めない。民主主義や基本的人権は採用しない。グローバリズムによる水平分業の恩恵で「世界の工場」になったが、それはあくまで手段でしかない。目指すのは「中華民族の偉大な復興」、すなわち世界の覇権であることを隠そうとしない。中国全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席(左)と李克強首相=2020年5月28日、北京の人民大会堂(共同) 米中貿易戦争は激化の一途をたどってきたが、2020年1月に一時的な「休戦」となった。米国は対中追加関税第4弾分の税率を15%から7・5%に引き下げる。それ以外の関税は引き下げや撤廃は行わない。中国は米国から農産物、工業製品など今後2年間に2千億ドルの輸入拡大を行う。さらなる「新冷戦」の様相 これで当面は落着するとみられていたが、新型コロナ禍が勃発して雲行きが変わった。トランプ大統領の米国は新型コロナ禍の損害賠償を中国に請求しており、応じなければ報復措置として関税を課すとしている。 トランプ大統領は、さらに安全保障の面から中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の締め出しを各国に呼びかけている。これに対して中国は米国からの農産物輸入を停止する動きを見せて牽制するなど激しく反発。米中貿易戦争は再び激化の兆しを見せてきている。米中の激しい非難の応酬は、「新冷戦」の様相を帯びつつある。 めまぐるしい米中の「新冷戦」の応酬に目を奪われていると本質が見えなくなる。92年のグローバリズム経済勃発時に戻れば見えてくるものもある。冒頭にグローバリズム経済の勝者は米国と中国だったと述べた。リアルにいえば、勝者は米国の資本、そして中国を支配している共産党だったと言わなければならない。 92年当時、系列、下請けといった垂直統合型の「ニッポン株式会社」の一国資本主義に米国はたじろいでいた。例えば、この時代はアップルのパソコン「マッキントッシュ」は1台50万円を超えていた。値段が高くても高性能の商品は売れるというのが米国資本の信念だった。 しかし、性能がよい商品でも高くては売れないという現実を抱えていた。北米でつくれば、高い人件費で製品が高価格にならざるをえない。 これに対して「ニッポン株式会社」は系列、下請けといったシステムに加えてトータルクオリティーコントロール(統合的品質管理、TQC)、「カイゼン」といったマニュファクチュア(工場制手工業)に強みがあった。「カイゼン」を念仏のように唱えて製品を日々改良するという愚直なシステムで、パナソニック、ソニーなどは自社製品に驚くべき進化をもたらした。パナソニックグループなどではカイゼンはほとんど信仰に近い趣すらあった。 その当時TQC運動は、労働時間外に行う自発的学習ということで残業代は発生しないという慣行が認められていた。TQCに残業代が支払われることになったのは2000年代に入ってからだ。04年頃、パナソニックに並ぶカイゼンの元祖・トヨタグループは、「労働基準局のご指導によりTQCによるカイゼンは労働に変わった」と。 米国はことあるごとに「ニッポン株式会社」という一国資本主義システムをアンフェア、閉鎖的、と目の敵にした。日米貿易摩擦では日本車をハンマーで叩き壊すという「ジャパンバッシング」が行われた。しかし、マーケットでは「よいモノを安く」という日本のマニュファクチュアは優位にあった。 米国の資本にとっては、とりあえず人件費が格安だった中国を「世界の工場」にしてサプライチェーンを確立することが己の利益だった。中国にとっては資本、設備、技術が入ってきて、そして格安の労働力を提供することで国内に雇用・賃金が生み出されるのだから棚からボタ餅である。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) ここで「パラダイムチェンジ」が勃発した。すなわち米中の「ウインウイン関係」から動き出したのがグローバリズムということになる。米国資本は、グローバリズムという世界資本主義の「ルール変更」、あるいはグローバリズムという「新ルール」の構築で勝者になった。「グローバルスタンダード」が変わったわけで日本製造業もこれに追随するしかなかった。米中に共通する「一国主義」 米国資本は勝者となり膨大な利益を手にした。だが、米国の労働者たちは失業して没落を余儀なくされた。工場が廃屋になり「ラストベルト」(衰退した工業地帯)が広がった。米国の貧富の格差はすさまじいものになった。 工場と雇用は中国に移動し、今では中国は習主席が言う「小康社会」(ほどほど余裕のある社会)に変わった。米国の労働者たちの所得がそっくり中国の労働者階級の所得に移転した。とはいえ、米中の賃金格差は巨大で、中国の労働者が得たのは「小康社会」でしかない。グローバリズムの勝者は中国共産党にほかならない。ただ、ささやかには中国の労働者もその勝者の一部といえる。中国は、社会主義市場経済(資本主義)を選んだことで共産主義理念を捨てたのか、極端なほど貧富の格差を放置している。 工場が中国に移転して雇用を喪失するという現象は、日本の労働者にとっても同様だった。系列、下請け、TQC、カイゼンなどを強みにした「ニッポン株式会社」のマニュファクチュアは有効性がなくなり、製造業は空洞化した。「アベノミクス」でゼロ金利にするなどどう頑張ってもGDPの高成長が戻らないという日本、そのデフレ経済の根底にあるのが92年からのグローバリズムの進行だ。 本来、国というものは「一国主義」なのだが、それを声高に主張したのはトランプ大統領の米国である。グローバリズムは、米国の資本に膨大な利益をもたらした。 しかし、トランプ大統領のみならず共和党、民主党としても、共産党一党独裁を捨てず民主主義を認めない中国が米国と世界の覇権を争う存在になったこと自体が面白いことではない。米中の貿易収支の大幅赤字も黙認することができない。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)でもいち早く経済再開をしている中国にいら立ちを隠せない。 前回の大統領選では、グローバリズムで失業し没落している米国の労働者階級の票をかき集めたのはトランプ大統領だった。今秋の大統領選では、新型コロナ禍の直撃で米国経済の停止が長引いており、トランプ大統領の下馬評は有利から不利に変わっている。それだけにトランプ大統領はパンデミックの非はすべて中国にあると非難をやめない。 習主席も「一国主義」ではトランプ大統領に何一つ負けていない。中国はリーマンショック時の08年に4兆元(当時のレートで57兆円)の国内インフラ投資を行った。これをテコにGDPで世界2位の国家に飛躍した。中国はそれだけで決して満足しない。中国の長期戦争は、健国100周年にあたる2049年に米国と並び立つ世界の覇権国になるまで終わらない。 米国、日本、ドイツ、あるいは韓国、台湾などの資本が大挙して中国に進出するといったグローバリズムの恩恵で、中国は徒手空拳で復活を遂げた。しかし、復活した中国が発信しているのは、世界の覇権国家になるという「一国主義」そのものだ。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) 日本にとって、中国を「世界の工場」とするグローバリズムを見直すという世界的な機運は千載一遇かもしれない。日本企業系の工場を中国集中型からアジア諸国に分散するだけではなく、日本国内に復帰させる方策が求められる。避けられぬ「パラダイム」の再構築 「経済安全保障」の面から補助金などで優遇して国内に工場を戻す。水平分業による「世界最適配置」のサプライチェーンだけではなく、国としての「クライシスマネジメント」を想定してこれを再構築する。 日本は与野党、あるいは地方自治体なども選挙の票になるということで保育園ばかりに補助金を流し込んできている。中国が中央政府、地方政府とも「中国製造2025」で半導体など次世代の自国ハイテク産業の高度化にアンフェアなほど巨額補助金を注ぎ込んでいるのと極めて対照的だ。 中国が自国ハイテク企業に巨額で不透明な補助金を注入しているは競争上アンフェアであり問題が多い。だが、新しい「富国」を目指して次世代ハイテク産業育成を目指すのはまっとうといえる。アップルが中国で「iPhone」を製造しているように中国は世界のハイテク製品の製造基地になっている。 しかし、アセンブルされたそれらのハイテク製品の中に中国製部品は使われていない。中国が半導体などを筆頭に産業マニュファクチュアの高度化を目指していること自体は当然の動きである。 問題は、グローバリズムの推移の中で無策に中国の「中国製造2025」向けに半導体関連部品、半導体・液晶製造装置、検査機器、工作機械などを供給してきた日本である。それによって日本製造業は収益を得ているのだが、このまま推移すれば2025年以降には日本は中国から半導体を輸入する側に回る可能性もないとはいえない。少なくとも中国はそうした構図を目論んで「中国製造2025」に取り組んでいる。 問題は2025年以降という先々のことだけではない。現状でもあらゆるモノの製造を中国に依存している。過剰な「中国依存」はすでに大きなリスクになっている。医薬品原薬製造なども圧倒的に中国が押さえている。 中国は新型コロナ禍で自国が非難されると、「中国が医薬品原薬の輸出を止めなかったことを世界は感謝すべきだ」と。中国へのサプライチェーンの極度の集中をを逆手にとって世界に感謝を要求している。2020年6月7日、中国政府が公表した新型コロナウイルス感染症に関する白書について、記者会見場で習近平国家主席の映像にカメラを向ける報道関係者ら=北京(共同) 世界が中国に感謝すべきなのか。中国が世界に感謝しなければならないのか。新型コロナ禍は、中国に「世界の工場」、すなわちサプライチェーンが集中している今の世界経済の破綻をあぶり出している。グローバリズムという世界経済の背骨ともいうべきパラダイムが、新型コロナというパンデミックによって、再構築を迫られていることだけは確かである。

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    新型コロナで中国のGDPアメリカ逆転はかなり早まったか

    は中身がなく、実効性が非常に疑わしい。自らがコロナウイルスに感染したイギリスのジョンソン首相しかり、中国の習近平国家主席やロシアのプーチン大統領しかりである。※写真はイメージ(Getty Images) また、米中首脳は新型コロナをめぐっても責任をなすりつけ合う不毛ないがみ合いを続けているが、ここで想起されるのは、スペイン風邪の前後に起きた「世界の主役」の交代だ。 19世紀の世界の主役は、七つの海を支配したイギリスだった。しかし、1870年代末にアメリカがGDP(国内総生産)でイギリスを超え、第一次世界大戦・スペイン風邪後に1人あたりGDPでも逆転が決定的となり、それ以降、イギリスがアメリカを上回ることは二度となかった。そして、主役が交代すると、世界秩序が大きく乱れる。その時と同じことが、もしかすると、現在のGDP第1位のアメリカと第2位の中国の間で起きつつあるのではないかと思うのだ。中国躍進の壁 たとえば、感染症対策で世界最強と謳われたCDC(疾病対策センター)を擁するアメリカは、新型コロナへの対応が遅れ、感染者数も死者数も世界最多になっている。このためトランプ大統領は「(発生地の)中国がひどい間違いを犯した。愚かな人間がいたのだろう」「断交してもいい」などと中国に責任転嫁するとともに、経済活動の再開を強引に推し進めている。しかし、本稿執筆時点(5月26日)では、アメリカが感染終息に向かっているとは言えず、経済活動の再開を急げば、さらなる感染拡大を招きかねないだろう。 かたや中国は、新型コロナの「封じ込め」に成功したと喧伝する一方で、すでに経済活動を再開し、感染が拡大している他の国々にマスクや防護服などの医療物資を提供する「マスク外交」も展開している。これから中国が世界で主導権を握ってくると、たとえば自動車はEV(電気自動車)化が一気に加速して中国のメーカーが台頭するだろうし、IT業界でも「BATH(バイドゥ、アリババ、テンセント、ファーウェイ)」が世界を席巻すると思う。 そういう中でも、「GAFAM(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)」をはじめとするアメリカの優良企業は生き残るだろう。だが、大勢として世界経済全体のバランスは、アメリカから中国に大きくシフトしていくと思われる。 従来のペースで行くと、GDPで中国がアメリカを抜くのは今から10年後の2030年頃と見られていた。しかし、それが今回の新型コロナ禍によって、もっと早まる可能性もある。 ただし、その前に大きな問題がある。中国共産党の一党独裁体制である。自国の経済圏を世界的に拡大するための「一帯一路」構想は21世紀の“新・植民地主義”であり、そのドクトリン(基本原則)のままで中国企業を受け入れる国は少ないだろう。※写真はイメージ(Getty Images) したがって、これから中国企業がグローバル化するためには、(情報を全部共産党に吸い上げられるような)一党独裁体制が弱体化するプロセスと同時進行することが前提条件になる。逆に言えば、共産党による一党独裁支配が終焉しない限り、世界のリーダーにはなれないと思う。●おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は小学館新書『経済を読む力「2020年代」を生き抜く新常識』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。関連記事■デジタル国家になれない日本 現金給付もテレワークも遅れ■大学のオンライン授業 どうすれば学生は寝なくなるのか■コロナで8か国100兆ドル賠償請求に中国「ならリーマンは?」■アメリカ大統領選挙 トランプ氏にコロナ逆風は吹くか■トランプ氏提唱「体内に日光を照射でコロナ対策」は効くのか?

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    闘う「敵」はコロナだけにあらず、日本は中国の卑劣行為に憤怒せよ

    一色正春(元海上保安官) 2020年5月8日午後4時50分ごろ、中国海警局所属の巡視船4隻がわが国の領海に侵入したと、海上保安庁第11管区海上保安本部(那覇)が翌9日に発表しました。 そしてそのうち2隻が、沖縄県八重山郡、尖閣列島所在の魚釣島の西南西約6・5海里において操業中の与那国町漁協所属の漁船(9・7トン)に接近した後、移動する漁船を追尾したと説明しました。中国の巡視船は約2時間後にいったん退去したものの、翌9日午後6時ごろに再びわが国領海に侵入し、10日午後8時20分ごろまでの約26時間にわたり、居座り続けました。 このような行為は、単に領海を侵犯して、わが国の漁船に危害を加えることだけが目的ではありません。わが国の領域内で警察権を行使しようと試みる、かなり悪質な主権侵害行為で、言うまでもなく重大な国際法違反です。 日本政府は11日、外交ルートを通じて厳重に抗議を行ったと発表した上で、菅義偉(よしひで)官房長官は「新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向け(中略)中国側の前向きな対応を強く求めていきたい」と述べるにとどまりました。 それに対して中国の報道官は、わが国の巡視船が違法な妨害を行ったと非難し「日本は尖閣諸島の問題において新たな騒ぎを起こさないよう希望する」と述べ、責任を日本側に転嫁しました。その上で「中日両国は力を集中して感染症と戦うべきだ」と発言しています。 この両者の言い分を第三国の人が聞けば、どう思うでしょうか。単に「厳重な抗議を行った」と間接的に発表するわが国に対して、中国は具体的にわが国が違法な妨害行為をしたと直接的に非難し、さらに新たな騒ぎを起こすなと盗っ人たけだけしいセリフを吐いています。しかし、世界の人々の大半は、尖閣諸島の存在やその経緯など知りません。 それらの人々が今回行われた日中両政府の発表を見れば、よくて五分五分、客観的には中国の方が正しいと思うのではないでしょうか。なぜ、わが国は記者会見において、堂々と中国を非難できないのでしょうか。これは今に始まったことではなく、中国が突然尖閣諸島の領有権を主張してから今に至るまで続いています。 わが国の政府は、尖閣諸島に関して中国が何をしてきても「わが国固有の領土」という呪文を唱えるだけで、国外だけでなく国内に対しても、自国の立場を広報することを怠ってきました。 この問題に限らず、わが国の対外発信能力が低いことは今回のウイルス対策を見ても分かるように、現政権でも変わりません。このままでは中国のプロパガンダによって、日本がかつてのように悪者にされかねません。まずは内閣府に国内外向けた広報を専門とする部署を設け、諸外国並みに発信力のある報道官がわが国の立場を伝え、官房長官は実務に専念すべきです。 ここで、日本政府のPR不足を補うために、次の年表で尖閣諸島の歴史をおさらいしておきましょう。※執筆者のリストアップで編集部が年表を作成 私も年表を作成していて嫌になったほどですから、読まれた方も不快な思いをされたかと思いますが、こちらに記されている出来事は紛れもない事実です。こうして時系列に並べてみると、中国の明確な侵略の意図が読み取れるかと思います。 今回の事件に関し、与那国町議会では県や国に警戒監視体制強化と安全操業を求める意見書を5月11日に全会一致で可決しています。さらに15日には石垣市議会も抗議決議を全会一致で可決しています。ですが、地元紙の八重山日報など少数のメディアしか、このことを報じていません。 わが国の主権が侵害され、地元の議会が怒りの声を上げているにもかかわらず、大手メディアが報じないのは大問題です。マスコミの報道以外に情報源を持たない多くの人たちにとっては、報じられないことはなかったことと同じで、事件そのものも、マスコミが報じないことも知らないままです。 中国の侵略行為に直面し、一番被害を受けている漁師の声を、国や県、マスコミ、日頃は弱者に寄り添うふりをしている人たちは誰も取り上げません。こんな理不尽なことが許されてよいのかと憤りを感じます。 私は、中国が尖閣周辺に巡視船を配備するのは大きく分けて二つの理由があると思います。一つは国際社会への実効支配アピールで、巡視船が撮影した映像を利用するなどしてプロパガンダを繰り広げること。もう一つは、わが国の反応をうかがう威力偵察のようなものです。 改めて年表を見ると、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めて以来、国内法の整備や実力行使を徐々にレベルアップさせているのに対し、わが国は防戦一方の感があります。なお、中国で最初に国有化を主張した周恩来元首相は、尖閣諸島の領有権を主張し始めた理由として「国連の調査により、周辺海域に油田があることを知ったから」と述べています。味を占めた中国 具体的な行動を起こし、報道を通じて自分たちの意思を表明する中国は、日本国内の世論を注視しています。そして、世論が弱いと見るや強い手段に出て、強いと見るや対応を緩和することで、じわじわと侵略のペースを進めてきています。 2012年にわが国が尖閣諸島の三つの島を国有化すると、中国は大騒ぎして哨戒艦による領海侵犯を常態化させました。ですが、本当は彼らこそ、その20年も前の1992年に国内法で尖閣諸島の領有を明記、つまり国有化を表明しているのです。 92年当時の日本政府はこのような重大な主権侵害を問題にしなかったばかりか、マスコミも大きく報じなかったため、多くの国民がこれを知らないまま約30年が経過してしまいました。 そして日本が尖閣諸島を国有化した12年当時、92年の国有化表明について知っている人間が少なくなっていたせいもあってか、一部の人を除いて、誰もこのことを指摘しませんでした。さらに当時の野田佳彦政権は反論するどころか、国有化直前に北京に特使を派遣してお伺いを立てるありさまでした。 日本の国有化発表後、わが国のマスコミは連日のように、中国での官製反日デモの映像を背景に北京の代弁者のようなコメンテーターたちを使いました。そして「当時の石原慎太郎東京都知事が買い取り宣言したのが原因だ」と事実に反したコメントをさせ、まるで日本が悪いことをしたかのように報じ続けたのです。こうして日本の反中世論を封じた結果、日本国民による中国バッシングが起こらず、今日の事態を招いています。 これと同様のことが、現在のウイルス禍においても行われています。わが国のマスコミの大半は本来の原因者である中国を非難せず、自国の政府を一方的に叩き、マスコミの情報だけを見聞きしていると、いつの間にか中国ではなく日本が悪者になってしまったような印象を受けます。このままでは、日本国内において中国に対する非難の声を上げることは難しくなるでしょう。 いまさら言っても仕方のないことですが、92年当時の日中の国力の差に鑑みれば、彼らが国有化したことを理由に本格的な灯台の建設を行い、ヘリポートを復活させて公務員を常駐させるなどしていれば、今日のような事態になることはありませんでした。日本政府は公式発言として否定していますが、実際は鄧小平氏の棚上げ論にだまされ、彼らが国力をつけるまでの時間稼ぎをさせられただけでなく、政府開発援助(ODA)などにより官民挙げて技術や資金援助も行ったのです。 結果、今や空母を保有するほどの海軍を育て上げてしまった揚げ句、その見返りとして自国の領土領海を脅かされているのです。棚上げ論と言えば聞こえはよいですが、要は結論の先延ばし、嫌なことから逃げるだけのことです。嫌なことは借金と同じで、先送りにするにつれて利息が膨らみ続けるように、問題はより大きく、解決は一層困難になるのです。 中国が場当たり的ではなく、計画性を持ちながら一貫してわが国の領土を侵略しようとしていることは、共同通信の記事(2019年12月30日付)からも読み取れます。記事によると、東シナ海を管轄する海監東海総隊の副総隊長が、中国公船が初めてわが国の領海を侵犯した08年12月8日の出来事を「日本の実効支配打破を目的に、06年から準備していた」と証言しています。 この証言の意味は、1978年4月に中国の武装漁船百数十隻が尖閣諸島海域に領海侵犯したときから今日に至るまで、中国指導部による計画された侵略行為が行われ続けているということです。 間抜けなのは、日本の政官財マスコミがその間、せっせと彼らに技術や資金の支援を行うだけでなく、日中友好とばかりにほほ笑んでくる相手を疑うこともせずにこぞって友好的態度をとり続けてきたことです。一方、彼らは嘘で塗り固めた反日教育を徹底的に行ってきたというおまけ付きで、こんな間抜けな話はめったにあるものではなく、日本政府、特に外務省にお勤めであった方々には猛省していただきたいものです。 かように中国は一貫してわが国の領土を狙っているというのに、いまだに中国を擁護する人々が政官財やマスコミに少なくないのは底知れぬ闇を見るようです。 「中国が意図的に侵略している」というのは周知の事実です。しかし、共同通信の記事を通じ、中国側が当時の高官にあえてインタビューという形で発表させた理由について考えてみると、一つの仮説が浮かびます。あくまで私の臆測ですが、このインタビューは中国指導部が尖閣侵略のレベルをワンステップ上げるための観測気球ではないかということです。 こう言うと、インタビュー記事の4カ月後には、習近平国家主席の国賓訪日が予定されていたので、「中国側がそんなことをするはずがない」という声も聞こえてきそうです。しかし、それに対する反論として、2010年にわが国で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の直前に起こった出来事を挙げたいと思います。 同年9月7日、尖閣諸島沖のわが国領海内で中国漁船が海上保安庁の巡視船に故意に体当たりする事件が発生し、海上保安庁は漁船の船長を逮捕しました。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の動画(ユーチューブより)=2010年11月5日 一方、中国は国内にいる日本人を拘束し、レアアース禁輸などの手段でわが国に圧力をかけた結果、日本政府は同船長を処分保留で釈放しました。実質的には無罪放免です。 法と証拠に基づけば、容疑者を釈放する理由など一つも無いのに、なぜそれが行われたのでしょうか。後に政府高官が自民党の丸山和也参院議員(当時)に語ったところによると「起訴すればAPECが吹っ飛ぶ」、つまり当時の胡錦濤国家主席が来なくなるというものでした。この成功体験により、彼らは国家主席の訪問が日本に対して強力な外交カードとなることを学んだのではないでしょうか。取り上げようとしない歪さ 事実、今回の新型コロナの感染拡大の際においても、習主席の国賓訪日中止が発表されるまで中国全土からの入国制限を行わないなど、日本政府は公式に認めてはいませんが、中国に対する過剰な配慮が感じられました。それは国賓訪日を成功させたいという思惑以外には考えられません。 もし今回の新型コロナ騒動がなければ、共同通信の記事に無反応な日本の世論を見て、中国は今回の領海侵犯よりも一層大きな仕掛けをしてきたかもしれません。 仮にそうした状況が発生した際、中国は日本の対応次第で「春節中、訪日旅行を禁止する」「国家主席は日本に行かない」などと言うかもしれません。そのとき、わが国が毅然(きぜん)とした対応が取れたのかというと怪しいものです。 ただ、中国が口だけではなく実際の行動に移した今、彼らが尖閣侵略のレベルを上げたことに疑いの余地はありません。 問題なのは、自覚のあるなしを問わず、彼らのプロパガンダにわが国のマスコミが加担していることです。彼らは中国のプロパガンダを報じる一方で、一部メディアを除き中国の度重なる領海侵犯を報じません。 国民が関心を持たないから報じないのか、マスコミが報じないから国民が関心を持たないのか、因果の順序は分かりません。ですが今や日本国民は、12年12月に杜文竜大佐が言ったように「中国の領海侵犯に慣れてしまった」感があります。 中国はそれを感じ取り、米中経済戦争でにっちもさっちもいかなくなった状況を打破しようと日本に助けを乞う前段として、今回の領海侵犯事件を仕掛けてきたのかもしれません。 いずれにせよ、われわれ日本人は、千年恨む隣国かの隣国と違い忘れやすい民族です。北朝鮮による日本人拉致問題にしても、02年の小泉純一郎首相の訪朝後はあれほど盛り上がったのにもかかわらず、現在はどうでしょうか。今やマスコミで取り上げられるのは、家族が亡くなられたときだけです。 尖閣の問題にしても、東京都が買い取り資金を募ったときにかなりの金額が集まったにもかかわらず、今はその募金の使い道を論ずることすらしません。今回の事件も大して騒がずにスルーしてしまえば、彼らはますます図に乗ることでしょう。 それでも、ほとんどのマスコミは沈黙し続け、国会で取り上げられることもありません。あまり知られていませんが、今年3月30日には鹿児島県屋久島の西約650キロにある東シナ海の公海上で、海上自衛隊の護衛艦と中国漁船が衝突する事件が起きています。 本件もこの事件のように、多くの国民が知らないまま、うやむやな形(自衛隊に対しては形式通りの捜査は行われているでしょうが、中国漁船に対しては恐らく何もしていないと思われます)で終わりかねません。せめて政府は海上保安庁が撮影した動画を公表するなり、あの海域で何が起こっているのかを国民に知らせるべきです。 今回の件で問題なのは「中国の哨戒艦が漁船を追尾したということ」、そして「わが国の領海に中国の巡視船が26時間も居座ったということ」です。漁船の追尾に関しては詳細が分かりませんので省きますが、昔ならいざ知らず、21世紀にもなって他国の領海で26時間も武装巡視船が居座って領有権を主張するなど、私は寡聞にして知りません。尖閣諸島周辺の領海内で中国公船に対応する海上保安庁の巡視船(右)=2016年8月(同庁提供) 仮にあったとすれば、それは既に武力衝突のレベルです。では、何ゆえに今回そのような事態が起こったのかというと、中国側から見て「わが国が何もしないから」です。おそらく現場の海保の巡視船は、無線や拡声器、電光掲示板などで領海からの退去を要請したと思います。しかし、ただ「待て」と言われて、素直に待つ泥棒がいないのと同じで、彼らは何の痛痒(つうよう)も感じなかったことでしょう。 他国であれば警告射撃してもおかしくないのですが、わが国は憲法により武力による威嚇すら禁じられています。ですから、厳格に法令を順守すれば、相手が国家機関である今回の場合、それも適いません。外交ルートによる抗議も同様に、何らかの制裁を伴わなければ単に抗議したという記録を残すだけで、何の効力も生じません。日本の対応と限界 何しろ相手は国際常設仲裁裁判所の判決を「ただの紙切れだ」と言って無視する国です。今回は滞在したのが26時間だったからよいようなものの、もし365日、彼らが領海に居座ればどうなるでしょうか。 その場合、尖閣の領有権をあきらめるか、物理的に排除するかの2択しかありません。一部の人は「話し合えば分かる」などと言いますが、相手は何十年もの先を見据えて計画的に侵略しに来ています。その相手が乗ってくる話となると、わが国が大幅に譲歩するような場合だけです。そもそも元々存在しない「領土問題」をわが国が話し合う理由がありません。 さらに問題は、多くの国民がこの事実を知らない、もしくは薄々感じていても認めたくないので見て見ぬふりをしていることです。マスコミも、一部の専門家以外は警鐘を鳴らす人はおりません。国権の最高機関に至ってはここ数年茶番劇が続き、いたずらに時間を浪費するだけでこの問題に対して議論すらしません。 民主主義国家であるわが国においては、国民世論が盛り上がることが重要です。中国もそれを恐れているからこそ、マスコミに圧力をかけて自分たちに不利な報道をさせないようにしているだけでなく、パンダなどを使うさまざまな方法により、日本国民が中国に好感を持つような工作活動も行っています。そのため、今回のウイルス騒動に関しても、公式声明で中国を非難する政治家はほとんど見受けられず、マスコミの大半も中国責任論を報じません。 それどころかウイルス対策において、欧米と比較して桁違いに被害の少ない結果を出しているわが国の政府を叩いてばかりいます。ですから、他国とは違って、中国に対する訴訟が起こることもありません。さらに会員制交流サイト(SNS)上で中国を非難すれば、差別という話にすり替えられて逆に糾弾されるほどです(一時はユーチューブでも、中国への非難コメントが削除されていると問題になりましたが、後にこれはシステムの不具合とされました)。 このまま私たち日本国民が声を上げなければ、彼らは組み易しと思い、より一層侵略の度合いを上げてくるでしょう。それだけでなく、欧米各国がウイルス問題で対中非難を強める今、自由主義社会の結束を切り崩すために、中国がアメとムチを使ってわが国を取り込みにくることにも警戒が必要です。この期に及んで国家主席の国賓訪日を蒸し返すなど、安易に中国に加担することは現に慎まなければなりません。 1989年の天安門事件後、わが国は世界中から非難を受けていた中国の国際社会復帰を、他国に先駆けて後押ししました。その大失態を再び繰り返してはなりません。 ただ中国に対して、わが国が無為無策であるかというと、そういうわけではありませんので、公平に、ここ最近の日本の動きも紹介しておきましょう。海上保安庁および警察の動き16年:石垣島海上保安部に巡視船を増強し、大型巡視船12隻による「尖閣領海警備専従体制」を確立   :宮古島海上保安署を保安部に昇格19年:宮古海上保安部に小型巡視船9隻からなる「尖閣漁船対応体制」を確立。那覇航空基地に新型ジェット機を3機配備して空からの監視体制を整備20年:尖閣諸島をはじめとする離島警備にあたるため、沖縄県警に151人の隊員を擁する「国境離島警備隊」を発足自衛隊における動き16年:沖縄県与那国島に陸上自衛隊の部隊を新設19年:海上自衛隊が今後10年規模で12隻の哨戒艦を建造し、哨戒艦部隊を新設していくことを表明20年:宮古島駐屯地に、地対空および地対艦ミサイル部隊を配備 ただこれらは、いずれも「盾」を増強しているだけで、中国に脅威を与えるまでには至りません。ゆえに彼らは、日本がいくら部隊を増強しようが自分たちのエリアまで攻めてこないことが分かっています。ですから、守りのことは一切考えず、日本が増やした以上に部隊を増強してくると思われます。水陸機動団の緊急脱出訓練を視察する河野防衛相(右から3人目)=2020年2月8日、長崎県佐世保市の陸上自衛隊相浦駐屯地 実際中国は、今年1月から1万トン級巡視船の建造を始めています。つまり、わが国がこのような対応策をとっている限り、決して中国は侵略の野望を捨て去ることはなく、部隊増強のイタチごっこが続きます。 安倍政権は、現行法上可能な範囲内で懸命にやっているとはいえ、憲法に一言も書かれていない「専守防衛」という言葉に縛られている以上、この現状を打破することは難しいでしょう。日本人が持つべき覚悟 日本には「『矛』がないのか」と問われれば、「ある」と自信をもって答えたいところです。しかし、情けないことに米国頼みが実情です。その米国の動きを見てみると、今年の年初にライアン・マッカーシー陸軍長官が具体的な配備場所には触れなかったものの、中国の脅威に対抗し、次世代の戦争に備えるために太平洋地域で新たな特別部隊を配備する計画を明らかにしました。 4月にはフィリップ・デービッドソンインド太平洋軍司令官が、沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ、いわゆる第1列島線への部隊増強を国防総省に訴えていることが明らかになるなど、対中戦略の見直しを実行に移し始めています。 特筆すべきは米太平洋空軍が、4月29日に行われた諸外国とのテレビ会談で台湾を加えたことです。この会議は中国周辺19カ国の空軍参謀総長や指揮官を集め、新型コロナウイルスの感染状況や対応について意見交換を行いました。 台湾軍関係者は会議後のインタビューで、これまでも米国とのテレビ会議や軍事交流を実施してきたことを明らかにしています。これらの動きを見る限り、今のところ米国は中国に一歩も引かない構えであると言ってもよいでしょう。 しかし、ここで強調しておくべきは、当たり前のことですが米国は日本を守るために戦うのではありません。あくまで「自国の国益のために戦う」のであって、自国を守るためであれば「平気で日本を見捨てる」ということです。 仮に、今秋の大統領選で現職のドナルド・トランプ大統領が敗北すれば、方針が大転換されることは容易に予測できます。ゆえに、今後も対中戦略が維持される保障はありません。今回中国が攻勢に出てきたのも、米国の航空母艦が新型コロナによる感染症で航行不能に陥っていることと無縁ではないでしょう。 そのためわが国は、いつ米国に見捨てられても大丈夫なよう、法令的にも物理的にも、迫りくる侵略に備えなければならないのです。 それには憲法改正を含め、国策の大きな転換を図らなければなりませんが、わが国は民主主義国家であるため、それは国民世論の後押しがなければ不可能です。ゆえに、一人でも多くの国民に、わが国の危機的な状況を認識してもらう必要があります。 例えば、海上保安庁の大型巡視船に各マスコミの記者を同乗させた上で、尖閣諸島や竹島、北方領土のほか国境離島の取材をさせて多くの国民に国境を意識させるという方法があります。日本国民に対してわが国の危機的状況を広く周知するだけでなく、日本の正当性と隣国の傍若無人な振る舞いを世界に向けてアピールすることにもつながり、検討してみる価値はあると思います。 今の日本には、国民一人ひとりに領土問題や国防について考えるきっかけを与えていく地道な作業が必要です。しかし、それを日本を敵視する国が手をこまねいて待ってくれるはずもありません。地道な作業は続けていくとして、今すぐにでも実現可能なことも考え、実行するべきです。 中でも一番効果的なのが、かつて自民党が選挙公約で掲げたにもかかわらず、いまだ実現に至っていない次の政策です。・尖閣諸島への公務員常駐・漁業従事者向けの携帯電話基地局の設置・付近航行船舶のための、本格的な灯台および気象観測所の設置 これらについて、日本国内で正面切って反対することは難しいでしょう。それに、憲法や法令を改正する必要もありません。さらには外交手段として、台湾に領有権の主張を取り下げてもらうことも検討すべきでしょう。実現はかなり難しいと思いますが、李登輝元総統がおっしゃっていたことを信じれば、漁業面で大幅に譲歩すれば可能性はゼロではありません。2020年5月3日の憲法記念日に配信された安倍晋三首相のビデオメッセージ(民間憲法臨調、美しい日本の憲法をつくる国民の会提供) いずれにしても、中国が今回、侵略のレベルを一段上げてきた以上、わが国も悠長なことを言っておくわけにはいきません。それなのに、多くの国民はそのことを理解しておらず、マスコミの扇動に乗って騒ぐ一部の人たちに引きずられ、本来の国難から目をそらすように些末なことで大騒ぎしています。ただ、私たち国民の一人ひとりが声を上げることも大事ですが、最終的に対応するのは政府です。ゆえに、日本政府は中国関係で何かあったときのための体制を整えておくべきです。 もしそれが難しいのであれば、政府は国民をより信頼し、正直に何もできない現状を伝えた上で、具体的な政策を説明して理解を求めるべきです。「国を守るためには、憲法をはじめとする法令を変えなければならない」と政府が持っている資料を使って説明すれば、普通の感覚を持った日本人であれば反対しません。今こそわが国は、政府国民が一体となってウイルス、そして中国の侵略にも立ち向かって行かねばならないのです。

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    金正恩へのメッセージ「パワーワード」に滲む中国の憂鬱

    重村智計(東京通信大教授) 中国が、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の健康状態を相当危惧しているようだ。それを強く印象づける中朝首脳の「やり取り」があった。 5月8日、金委員長が中国の習近平主席に「口頭親書」を送ったとの報道があり、その2日後には習主席の「口頭親書」が金委員長に届いたと報じられた。 ともに朝鮮中央通信によるものだが、日本の新聞やテレビもこの報道をそのまま受け、比較的大きく報じる一方、内容に疑問を示すことはなかった。ところが、中国は「口頭親書」とは違う言葉を使っていたのである。言葉の裏から中朝の激しい駆け引きが見えてくる。 朝鮮中央通信は国営の報道機関である。当然のことだが、政府の宣伝媒体だと思わなければ、確実に北朝鮮の術中にはまる。「通信」といっても、日本の共同通信や時事通信と同じではないし、批判記事や暴露報道もしない。 だから、朝鮮中央通信の報道は、裏読みしなければ真相がつかめない。でも、なぜか日本メディアのソウル特派員は裏読みを避けがちだ。 話を戻すが、上述の中朝のやり取りには大きな疑問がある。そもそも「口頭親書」とは何かということだ。 親書とは、元首の直筆による手紙を意味するため、署名なき「口頭親書」などあり得ない。そうした工作や虚報を行う工作国家が北朝鮮の正体なのである。平壌駅前を行き交うマスク姿の市民=2020年5月8日(共同) では、なぜ「口頭親書」としたのか。まず、本人が文書を書けないか、自筆署名ができない可能性が疑われる。しかも、口頭なのに誰が誰に伝えたのか、明らかにされなかったのも疑問だ。 5月1日、金委員長が20日ぶりに姿を見せたことで、多くのメディアで「健康」と報じられた。それなら、自筆の親書を送るのが当然のはずが、なぜできなかったのか。それでは、中国がどう報じたかを考察してみよう。北と中国の「騙し合い」 北京の特派員は、国営新華社通信の報道を確認したうえで原稿を送る。新華社通信は9日に習主席が「口信(メッセージ)」を送った事実を報じた。中国語で親書は「亲署函」と書く。北京特派員は新華社の記事を受けて、習主席が金委員長に「メッセージを送った」と書いたのである。 ソウル特派員は「口頭親書」と書いたにもかかわらず、北京特派員は「メッセージ」としか書いていない。この差から、中国が親書と認めていないことがうかがえる。 中国語の「口信」は親書というより、明らかにメッセージだ。それでも、朝鮮中央通信は「習近平主席の口頭親書が届いた」と報じたのである。 中国が北朝鮮の要望に合わせるなら、口頭親書が来たので口頭親書の返事を出した、と報道すれば問題ない。わざわざ「メッセージ」と表現させたのには、何らかの意図があるのは当然だ。なぜ北朝鮮は「口頭親書」の表現にこだわり、中国は「親書」表現を拒否したのか。 北朝鮮は5月1日に「健康な金正恩」を出現させた。そうなると、公務で姿を見せるなど頻繁な活動を誇示しなければおかしい。 それをごまかすために「口頭親書」を送ったと報道し、健全な状態を演出しようとしたのではないか。この策略に、韓国メディアとソウル特派員がまんまと乗せられたといったら、言い過ぎだろうか。 となると、朝鮮中央通信を裏読みすれば、金委員長の「必ずしも健全ではない」事実が浮き彫りになる。この視点から、習主席の「メッセージ」を読めば面白い。親書は、首脳に直接手渡されるから「親書」であって、習主席に誰も会っていないのに「口頭親書」とするのは、外交慣例上非礼にあたる。 北朝鮮は、習主席の「口頭親書」返信を期待したはずだ。過去の北朝鮮のやり口からすれば、「口頭親書」を使うように要請したのは間違いない。それなのに、中国政府はメッセージを意味する「口信」を使った。2020年5月1日、北朝鮮・順川で完工した肥料工場を見て回る金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同) 北朝鮮のメンツは丸つぶれだが、中国側の不快感も強いことが分かる。中国は、北朝鮮が金委員長の「健全」を宣伝するために、習主席を利用したと受け止めたからだ。 後で健全でなかったと分かったら、いい面の皮だ。失礼にもほどがある。「正恩氏健在」中国の見立て この中国の怒りと不快感が「口信=メッセージ」には含まれている。「口頭親書」の使用を懇願する北朝鮮に対し、中国側は「信」の言葉に親書の意味を含んでいる前例があると、平気な顔で返事したことだろう。そうする一方で、新華社通信の日本語訳には「メッセージ」と訳させており、かなり意図的だ。 どうも中国は、金委員長の健康がなお危うい事実をつかんでいるのではないか。それを裏付ける事実がある。 ロイター通信は4月下旬に、中国共産党中央対外連絡部(中連部)の高官らが、北朝鮮を訪問したと報じた。この高官は宋濤部長とみられている。 ロイターの報道に対して、中国外務省の報道官は否定も肯定もしなかった。それどころか、報道官は質問に「私たちには材料がない。ロイターに取材源を聞きたい」と、とんでもない返事をした。 宋部長は中国で、北朝鮮担当の最高幹部である。2011年12月、金正日(キム・ジョンイル)総書記が死去する2日前に宋部長が密かに平壌に入り、後継者問題や中国の安全保障に関する約束、そして経済支援について話し合っていたことは以前の論考で指摘した通りだ。だからこそ、今回も宋涛部長が金委員長の健康状態を詳細に確認したのである。 習主席が送った「メッセージ」の中にも奇妙な表現があった。「新たな時代の中朝関係」「双方の重要な共通認識を実行」という言葉だ。 金委員長が権力を継承してからもう10年近くになるというのに、いったい「新たな時代」はいつを指すのか。実は、中国が金総書記以降の時代を「新たな時代」と示唆することで、何が起きても北朝鮮を支持し、支援するという立場を強調したという噂が、北朝鮮の首都平壌(ピョンヤン)では広がっているという。朝鮮人民軍のサッカー競技を観戦する金正日総書記。2008年11月、朝鮮中央通信が公開した(共同) さらに「双方の重要な共通認識を実行」という表現には、いまだに実行されていないとの意味が含まれる。中国は金委員長の健康を「健全」とは考えていない、というメッセージだと分かる。 何より金日成(キム・イルソン)主席の生誕記念日「太陽節」に、金主席を安置する錦繍山(クムスサン)太陽宮殿に参拝しなかった理由がいまだに不明だ。それに、前回の寄稿でも指摘した謎が残されている。金委員長が自筆の「親書」を送り、次の登場の際に肉声が聞こえるまでは、疑念が消えることはない。

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    日本企業の支社長ネット炎上が象徴する「香港民主化デモ」の矛盾

    清義明(フリーライター) 5月22日に開幕した、中国の全国人民代表大会(全人代=国会)で、香港を対象とした「国家安全法」が制定される見込みだ。このあと常務委員会に諮られ、施行となる見込みだ。 中国の国家安全法は2015年に、国家分裂を志向する反政府活動、外国による干渉や、テロ行為などを禁じることを目的として施行された。香港のものも、これとほぼ同種になるだろう。 香港の「一国二制度」は、立法や行政、司法の三権が中国から自律することを保証し、両者ともに繁栄を目指していくというコンセプトだ。そのため、15年に制定された国家安全法は、香港に適用されなかった。 香港の民主化運動は昨年からエスカレートして、全く収拾のつかないアナーキー(無秩序)な情勢となっている。昨年6月9日の100万人が参加したとされる大規模デモから、1年がたとうとしている。 香港のこの1年は、騒乱と破壊と暴力が吹き荒れた。 昨秋の地方選で民主派の地滑り的勝利があり、さらに新型コロナウイルス騒動で、民主化運動はいったんサスペンデッドとなっていたものの、いつまた暴発し始めるかは分からない。この事態に対して、やはり中国は手を打ってきたということだ。 この民主化運動が国家主権の侵害にあたる分裂運動につながり、さらに米国をはじめとする国際社会の連携は外患誘致にあたるものとして、中国はこれを国防問題の一つとみなす法解釈をとる模様だ。そうすれば、香港での法的手続きなしで国家安全法の香港導入が可能となる。 恐らく、これまでの香港における集会や言論の自由などに形式上は手をつけず、テロ行為とみなされる破壊活動や、国家分裂などを誘引するとされる言論活動は、今以上に厳しく取り扱うことになるだろう。ただし、これを現行の一国二制度を担保する「香港特別行政区基本法」とどのように整合性を持たせるのかは不明だ。 この香港の民主化運動の1年は、香港市民の勝利と挫折、そして光と影が強烈なコントラストで互いに交差して一筋縄ではいかない事態となっている。 民主化運動を主導した若者たちの反乱はアナーキーなものだった。彼らは自分たちの運動を「Be water (水になれ) 」と定義した。深淵(しんえん)ともいえるし衒学(げんがく)的ともいえる、ブルース・リーの有名な言葉から引用している彼らの大衆反乱の定義は、もちろん強大な敵に立ち向かうためには強みともなるし、また同時に弱点ともなる。2020年1月1日、「香港独立」の旗を掲げてデモをする香港の若者たち(藤本欣也撮影) 現在の香港は日本の1968年の大衆反乱に似ている。あの運動は、一般には左翼セクトによる学生運動とみなされることが多いが、実際のところは中心を持たないアナーキーな大衆反乱だった。その巨大なエネルギーを制御する術(すべ)を、当時の学生運動はほとんど何も持ちえなかった。 香港の民主化運動も中心を持たない。驚くべきことにインターネットの匿名アカウントたちの議論が、今の民主化運動を支えているといっても過言ではない。そして、それは時として暴走することもある。 日本のとある洋菓子メーカーが、香港をめぐって先日ネットで炎上した。だが炎上したのは、日本国内ではなく、香港だ。 事の始まりは、洋菓子メーカーに勤める香港在住の日本人が、ツイッター上で香港の民主化運動に批判的な書き込みをしたことがきっかけだ。批判的といっても、ちょっと皮肉めいた書き込みをしただけである。暴徒化するデモ隊 日本では、昨年から始まった香港の民主化を求めるデモや運動を支持するような記事ばかりが見られる。しかし、実際に香港へ行って話を聞いてみると事情はやや異なる。 実際の香港は、日々の生活をないがしろにし、香港経済を人質にするような「死なばもろとも」の抗議活動に対する批判は少なくない。 特に香港在住の日本のビジネスマンなどからは民主派に同情的な意見が出つつも、「取材ということでなければ」ということで、こっそりとデモに批判的な意見を話してくれる人も多い。ただ「その人の立場や正体が明らかになる」ということならば、事情は別である。 上記の件は、匿名で書かれた日本人のアカウントが何者か、民主派のシンパが探り当てた。どのように特定したのかは分からない。いわゆる「身バレ」である。しかも、アカウントが洋菓子メーカーの香港支社長のものであったから大変である。 その洋菓子メーカーは日本資本の百貨店を中心に、数多くの直営店をアジアに出店している。香港有数の繁華街である銅鑼湾(コーズウェイベイ)の香港そごうに出店している他、有名なショッピングモールにもいくつか店舗を構えていて、それなりに知名度もある。 特定された日本人支社長を糾弾するために、香港の民主化運動の牙城となっているネットの匿名掲示板「LIHKG」ではさっそくスレッドが立ち上げられた。「この支社長の書き込みは、香港の民主運動を冒涜(ぼうとく)するもので、悪意があり攻撃的である。この男のやることは理性を超えている」というような非難が書き連ねてある。 ここまでの話だと、日本であればよくあることだ。ここから先はせいぜい電凸(でんとつ)といわれるクレーム電話があったり、不買運動めいたことがあるだろうが、それは抗議者が次のターゲットを見つけるまでの間だけだ。 しかし、香港の場合は事情が違う。 昨年6月に逃亡犯条例の改正案をめぐるデモが始まってから、香港の民主化運動は先鋭化し、制御が効かない暴力的なものとなってきている。それは日本で報道されているような「警察の弾圧に非暴力で立ち向かい不条理な弾圧を受けている」というストーリーでつづられるものとはかなり違う光景である。 私が現地の最前線で見たのは、警察を挑発してレンガや鉄パイプで攻撃し、政府施設を破壊して突入しようとする民主運動の若者たちだった。 日本の有名な中国問題のジャーナリストや香港民主運動のシンパたちは、最初のうちは「破壊行為をしているのは中国共産党に雇われたヤクザがやったこと」と書いた。あるジャーナリストは「若者が暴力的なことはやるはずがない」と断言していたが、そのうち暴力や破壊行為が大っぴらになってくると、ヤクザがやったという「陰謀論」をいつの間にか口にしなくなり、彼はやがて暴力行使を仕方ないものとして肯定することになった。 次に見たものは、私の目の前で黒ずくめのデモ隊が何の罪もない運転手を集団リンチしている光景だった。クルマから引きずりだされてリンチされた運転手(筆者撮影) 駐車場に仕事のクルマを止めていた運転手が、後でデモ隊に周囲の路上を封鎖されてしまったらしい。それでクルマを通せ通さないと口論になったのだが、そのうちにお互い激高し、運転手はクルマから引きずり出され、人数で勝るデモ隊に気絶するまで殴り続けられていた。 クルマはデモ隊によって徹底的に破壊され、割れたフロントガラスが散乱する路上には失神した運転手が転がっていた。自由と民主の理念はどこに 香港の民主派の多くは「このようなリンチが各所で行われているのは仕方ない」「警察の方がもっと悪いので、私たちが代わって政府支持者を攻撃している」と言う。けれども、私にはその理屈が全く理解できなかった。これが香港の人たちが求める民主主義なのかと、納得がいかない思いに何度させられたか分からない。 このようなリンチは、今や香港で日常茶飯事になっている。デモ隊がいるところで、香港市民が広東語ではなく、北京語をしゃべっているだけで危険なことになる。 デモ隊に文句を言ったために、何人もの保守派の市民がこれまでリンチに遭ってきたか、その数は相当なものになるはずだ。ある女性は水やペンキをかけられただけでなく、集団に囲まれ、侮辱されて追い回されたそうだ。ある男性は何人もの若者に民主化運動の象徴ともいわれた傘でめった打ちにされ、足蹴(あしげ)にされて路上に放置されたと訴える。 また、暴行や暴力の現場を撮影する者はカメラを取り上げられることもあった。事情を知らない日本人が、デモの様子をカメラで撮っているところを襲われた事件もあった。その後、民主化運動の情報が飛び交う会員制交流サイト(SNS)上では「日本人のフリをするスパイがいるから写真を撮らせないように気をつけろ」という書き込みが回っていた。 正当化された暴力はエスカレートし、デモ隊に抗議していた老人がガソリンをかけられ、燃やされたこともあった。このショッキングな映像は、日本でもテレビなどで報道された。衝撃を受けた日本の芸能人が、SNSで「どんな事情があろうとこんなことは許されるべきではない」とコメントとすると、日本の香港民主運動シンパのアカウントから大量の批判コメントがついた。どれも暴力を肯定するものばかりだった。 香港の反政府運動で、一方的に若者が弾圧されて死者が出ているというのも誇張である。5月24日現在まで、デモ隊側に確実な死者が出たというのは1人だけだ。これも警察に直接やられたものではなく、警察に追われるうちに起きた転落事故である。 あとはうわさに尾ひれがついたものとしか言いようがないものばかりだ。私が話を聞いた香港の民主派議員は、自身が弁護士でもあると断った上で「死者が出た噂に確証はない」と言った。 そして、香港民主化運動における「悲劇」の象徴の一つは、片目を失明したといわれる女性だ。警察に発砲された制圧用のプラスチック弾が目に直撃したとされている。香港民主化運動の悲劇のヒロインとして、片目を手のひらで覆い隠すジェスチャーが、香港民主化運動の連帯のシンボルとなって世界中に広まった。 だが彼女は自らの診断書の提出を拒否し、捜査のためにそれを入手しようとしている香港警察と裁判になっている。痛ましい事件であるが、彼女が本当に失明したかは今のところ闇の中だ。日本でもこの事件は大きく取り上げられたが、実は誰もこの情報の真偽を確認していない。 悲劇のヒロインといえば、自殺したとされる女性が、実は警察に逮捕されて収監中に謀殺されたという話もある。これはさらに確認できない情報で、香港警察はもちろん否定し、母親も否定した。商業施設で警備に当たるマスク姿の警官隊=2020年4月25日、香港(ゲッティ=共同) けれどもネットでは、母親も警察のグルで、しかも実の母親ではなく役者であると、あたかも事実のように語られている。 これも事実かどうかは闇の中だ。しかし一つだけ言えるのは、この謀殺されたとする女性があたかも民主化運動の殉教者のように扱われていることだ。噂の域を出ないのにもかかわらず、香港の街中には彼女の写真が飾られ、花が献花されている。 昨年の8月31日には、香港の地下鉄駅構内で警察とデモ隊の大きな衝突があった。その際にデモ隊側に複数人の死者が発生し、警察と地下鉄運営者側がその情報を隠蔽(いんぺい)しているというのも、香港では広く信じられている。 だがその死者の正体は分からず、その病院で遺体を目撃したと情報をネットに上げた人物も匿名で、いまだに名乗りを上げていない。香港の警察監察機関(IPCC)はさまざまな証拠を挙げて、これがネットを中心に広がったデマと断定している。日本企業も被害に 一方で、デモ隊側と一般市民のトラブルでは死者が出ている。デモ隊が親中派とみられる一般市民とトラブルになり、レンガを投げ合う展開になった。 すると、たまたまそこに居合わせてしまった70歳の清掃員の頭部にそのレンガが直撃した。この清掃員は後に死亡し、デモ隊の15~18歳の男女5人がレンガを投げたとして逮捕されている。 親中派とされて破壊や暴力による攻撃を受けるのは一般市民だけではない。そこには、日本でおなじみの企業の名前もある。 徹底的に攻撃を受けたのは、牛丼チェーンで有名な吉野家である。香港のスタッフが香港公式SNSアカウントで民主化デモに賛同し、警察を揶揄(やゆ)するようなコメントを書き込んだ。 この書き込みは政治的なものであるとして、経営側により削除された。だが、これに民主派の若者は言論弾圧だとかみついた。 加えて、吉野家のフランチャイズ(FC)店を展開する合興集団(ホップ・ヒン・グループ)の経営者が親中派とみなされていたことも拍車をかけ、香港吉野家は徹底的な攻撃対象となり、破壊された。 他にもデモ隊に批判的だということで攻撃されたのは美心集団(マキシム・グループ)だ。この企業が香港でFC展開する日本の元気寿司や、東海堂(アローム・ベーカリー)も破壊されつくした。 スターバックスコーヒーも、香港でのFC展開を美心集団が行っているために攻撃対象となった。暴徒と化したデモ隊が、親中派なら何をやってもいいとばかりに、店内を破壊し火をつける映像が、香港のテレビで多数流された。経営が親中派や大陸資本とみなされるとこのように破壊されてしまう(筆者撮影) 洋菓子メーカーの一件は、こうした情勢の中で生まれたものだった。香港で親中派とみなされれば、法治が及ばない破壊と暴力に晒(さら)されることを、現地に進出している企業ならば皆知っていることだ。当然洋菓子メーカーの経営陣も知っていただろう。それゆえに対応は早かった。 支社長が香港の民主派シンパに身バレしてしまったことで、洋菓子メーカーの日本本社はすぐにフェイスブックページで謝罪文を掲載し、支社長の更迭と帰国を命じたことを告知した。この対応は致し方ないだろう。このままでは、デモ隊の暴力の刃が向くことは間違いないからだ。 香港のネット上では「この日本人支社長はデモ隊のことを『ゴキブリ』と言った」と炎上しながら広められている。ただし、支社長はこの発言をしていないと述べている。香港の民主派シンパが「これが証拠だ」とするツイートもあるが、どうやら日本語が分からないのだろう、そんなことはどこにも書いていない。しかも、真偽を誰も確認していない。今の香港ではよくある話である。 だが、そもそもこの洋菓子メーカーの騒動は匿名で書いたものだ。このようなちょっとした書き込みがここまでのことになるというのは、いったいどういうことか。 書いた本人は、せいぜい茶化しただけであるし、それ自体は言論の自由の範囲である。差別的な発言であったり、名誉を毀損(きそん)したり、犯罪を示唆するものでもない。 実を言うと、私自身も同様の体験を既に受けている。二つの真実の闘い 私は昨年に香港デモの取材を行い、どうにもこの「民主化運動」がおかしなことになっていると、デモが始まった初期の段階からメディアで指摘してきた。デモ隊が非暴力というのはウソであるし、彼らの政治志向の中には、大陸人に対する危険な差別主義が宿っている。 このことは私などよりも広東語に通じ、デモの情勢に触れている香港の日本人やジャーナリストなら知っているはずだ。しかしごく少数の人を除いて、誰も触れようとはしなかった。 すると、指摘が日本人シンパを通じて香港の民主派の若者に伝えられたらしい。今回の洋菓子メーカーの支社長と同じく、香港の匿名掲示板で私の顔写真が貼られて「親中派の工作員である」と非難された。 「こいつを見つけたら捕まえろ」と、掲示板には絵文字で私の殺害をほのめかすような書き込みまであった。私はそれ以降、香港でのデモ取材はリスクが極めて高いものとならざるをえなかった。 日本の香港デモシンパたちによる一種の密告のような行為は、私のみならず、他のジャーナリストや著述家にも向けられている。 しかしデモ隊に批判的な者は、そもそも見た事実をそのまま書いているだけである。それが脅迫されるならば、彼らが求めているという「自由」や「民主主義」とは一体何なのだろう。 決して親中派ともいえないし、むしろ香港の人たちの民主化運動を理解しつつも、暴力と破壊行為、そして香港では少数派である中国人への差別的な抗議運動には批判的な人も少なくない。 だが取材活動を通じて、そのような過激なデモに「批判的なはずの人たち」から取材を断られた。いわく「今は取材に答えるリスクが高すぎる」とのことだ。 「抗議活動に都合の悪いことをネットに書いただけで、あそこまで攻撃されるというのは大変ショックでした」という声は少なくない。デモ隊の民主化運動を支持していても、そのやりすぎを批判することは今の香港では危険な行為なのだ。これが現在の彼らの「自由」と「民主」なのである。 もちろん、私は香港の民主化運動を支持する立場である。しかしこのようなことが続いていく香港に、私は暗い予感を募らせている。どこかで「これはおかしい」ということに気づいてほしいのだが、その声は届かない。 そして中国政府は、この民主化運動を一国二制度の枠を乗り越えたものとして大きなものにならないよう画策する。 彼らは言う。見てみなさい、ご覧の通りでしょう。民主主義の運動などこのように秩序がないものであって、彼らは暴徒にすぎない。米国からお金をもらっている人に操られるか、洗脳されているだけなのだ、と。 ネットが発達した現在、このような考え方は中国政府のプロパガンダ(政治宣伝)ではなく、素朴な正義感に浸った中国の人たちに広く共有されてしまっている。 中国側のネットでは、香港の民主化運動の活動家やシンパの情報が顔写真とともに晒され、「やつらを許すな」というようなコメントが多数ぶら下がる。香港のSNSとは全く真逆で、こちらでは暴力行為や破壊行為の映像だけがアップされている。まさにパラレルワールドのような話である。2019年10月27日午後、香港中心部の尖沙咀で、デモ隊に警告する警官隊(三塚聖平撮影) モンスターがもう一つのモンスターを生み出し、そこには決して共有されない二つの「真実」が並列されている。この二つの「真実」は、どこかで折り合いをつけるのか、それとも破滅が待っているだけなのか、私には分からない。 ただただ、香港の未来に不安だけがある。

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    アフターコロナ「中国の野望」はトランプの自滅で動き出す

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) 新型コロナウイルス禍の終息後、中国はどこに向かうのか―。日本の一部には、武漢の封鎖解除にこぎ着けた中国が「世界の覇権に動き出す」との観測もあるようだ。 でも、そんな話題を論じるのは時期尚早だ。新型コロナウイルスにはまだ分からないことも多く、秋以降の感染再拡大も含め、第2波が起こる懸念も残る。 ただ、習近平指導部が生産再開を急いだのは間違いない。22日から全国人民代表大会を開くことも決めた。 ウイルスを完封できなくてもコントロールは可能と踏んだからだが、理由はそれだけではない。背後には極めて政治的な思惑も絡む。 「二つの100年」目標の達成だ。「二つの100年」とは2021年、中国共産党が結党100周年を迎えるに際し、「全面的小康社会」(ややゆとりのある社会)を実現させる。そして、建国100周年の2049年には、中国を「復興」、つまり米国をしのぐ先進国にさせるという二つの公約だ。 小康社会といっても分かりにくいが、習政権下でこの目標は「国内総生産(GDP)と平均収入を2010年の2倍にし、貧困を撲滅する」と具体化された。 平時でもハードルの高い目標だが、新型コロナの影響で、今年1~3月期のGDPは既報通り、マイナス6・8%(実質)と大きく落ち込んでしまった。今年、2010年のGDPの2倍を達成するためには年間5・7%の成長率を実現しなくてはならず、絶望的な状況だ。 しかしもう一つの目標、「貧困撲滅」はまだ間に合うと考えたのだろう。俄然、ニュースの頻度も高まっている。G20首脳のテレビ電話会議に臨む中国の習近平国家主席=2020年3月、北京(新華社=共同) 新型肺炎の感染が落ち着き始めた当初、中国が経済再生の頼みとしたのは貿易だった。政策にも外資優遇が目立った。 依然として貿易依存度が高い中国ならではの動きだが、国務院は新型コロナでダメージを受けた企業への補助金や減免税の内外格差の是正、新たなネガティブリストの作成など、環境整備に躍起だった。貿易のチャネルを一気に広げ回復の起爆剤にしようと目論んだが、周知のように今度は欧米で感染が爆発、貿易どころではなくなってしまった。「中国責任論」吹き荒れるか 自然、中国の経済政策の重心は、内需喚起へとシフトせざるを得なくなった。2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)流行と同じく、「新型コロナ禍を乗り越え、高い経済発展を実現した」と胸を張りたかった習政権の目算が狂った。 今「脱貧困」は「二つの100年」の公約以上に、新型コロナに対する勝利宣言の意味が深まってきている。これが中国外交に影響を与えないはずはない。 「脱貧困」に全力投球したい習政権には静かな外交環境が不可欠だが、世界の風は読みにくい。中でも、米国のトランプ政権がたびたび言及する「中国責任論」に、世界が同調する動きには神経質にならせざるを得ない。 感染症との戦いは歴史上、人類が避けられない共通の課題だが、感染源の中国への風当たりは強まっていく。筆頭は、大統領選を控えたトランプ政権だ。米国経済が疲弊すれば、国民も対中強硬を後押しするだろう。 そして、中国は当面、この問題と向き合うことでエネルギーを消耗することだろう。 4月29日、ロイター通信は「中国、米大統領選で私を敗北させたい=トランプ氏」と題した記事を配信した。先立って4月24日には、米政治サイト「ポリティコ」が、共和党全国上院委員会が各候補者のために作成した57ページの「選挙運動メモ」を入手したと報じた。メモには、共和党のトップ・ストラテジストが「中国を積極的に攻撃することで新型コロナ危機に対処するよう」アドバイスし、民主党候補者をいかに中国政府と結びつけるか、もしくは近い存在だと印象付けるか、その方法まで指南したという。 既視感のある話だが、改めて中国叩きが米政界でインスタントに人気を得られる手段であることは理解できる。米世論調査の対中感情も、新型コロナの感染拡大後には史上最悪レベルにまで下落した。 トランプ政権の「中国責任論」が何を指したものかは判然としない。だが既にメディアでは、賠償請求をはじめに、米国内の中国系企業の資産凍結、金融制裁や債務放棄、制裁関税から世界のサプライチェーン(供給網)から中国を排除する案まで取り沙汰されている。2020年5月13日、米ホワイトハウスでの会議で、マスクを着用せず発言するトランプ大統領(ゲッティ=共同) 賠償請求に関しては、現行の国際法と国際保健規則(IHR)には、感染症の世界的大流行(パンデミック)に対する国家の引責の根拠となる条項はない。実際、2009年に米国発でパンデミック宣言が出された新型インフルエンザやエイズ、狂牛病、そして病原性大腸菌O157など国境を越えた被害が及んでも、賠償が発生したケースはない。なぜ中国だけが賠償の責を負うのか、過去との整合性は見つからない。 ただ、トランプ政権が本気になれば、制裁関税や金融制裁を科したり、影響力を行使して中国をサプライチェーンからの排除するなど独自の方法で代償を求めることは可能だ。中国も対処を余儀なくされるだろう。「脱米」本当の意味 この構造は米中貿易戦争と酷似している。米中貿易戦争が激化した折、私は中国が「緩やかな『脱米』」に動くと指摘したが、それは新型コロナ禍の後にこそ顕著となる。 ただし「脱米」といっても現実的な選択ではない。米国は依然、切っても切れない貿易パートナーで自国経済を発展させるためにも不可欠な技術の宝庫だ。 ゆえに、ここで言う「脱米」は、最悪に備えるという意味でしかない。ただ、中国は確実に、米国の持つ愚かさと付き合うデメリットと、経済的なメリットを天秤にかけ始めている。 「愚かさ」などと言えば語弊があるが、それは新型コロナ禍後にトランプ政権が中国に制裁を発動するその行為に集約されている。 米国には中国に打撃を与える力はあるが、制裁で傷つくのは中国ばかりではない。中国が一方的にやられるはずもなく、待っているのは「ルーズ・ルーズ」だ。 米中ともに新型コロナ禍のダメージから回復を急がなければならないときに、こんな泥仕合をすれば、経済回復はさらに遅れる。トランプ政権が、それを分かっていながら目先の人気取りに走るのならば、それは愚かさ以外の何ものでもない。 中国にはもともと、米国に対抗するという「選択肢」はなかった。しかし、中国が新型コロナの感染拡大に苦しむ中、トランプ政権から「中国ウイルス」「武漢ウイルス」と次々に繰り出される「口撃」に、それまで曲がりなりにも保ってきた融和的姿勢は消え始めた。 露骨な変化の象徴がポンペオ国務長官に対するあからさまな個人攻撃である。国営中央テレビ(CCTV)は、4月27日から4日連続でポンペオ批判を展開した。 兆候は既に3月16日にあった。ポンペオ長官と電話会談した楊潔篪(よう・けつち)国務委員が、「武漢ウイルス」などと発言する政治家に対し、「一部の政治屋(政客)」という言葉を使い噛み付いたのだ。 中国がこうした攻勢に出た背景には、国際社会における米国の存在感が薄れたことがある。習指導部は今、敏感にその変化を感じ取っている。新型コロナウイルスについて中国の専門家と共同記者会見するWHOのエイルワード氏=2020年2月、北京(共同) 今回の新型コロナ禍では、世界保健機関(WHO)の対応が象徴的だ。トランプ大統領はWHOが中国寄りだと批判し、資金拠出を停止するとプレッシャーをかけたが、同調する動きは広がっていない。また、WHOが圧力に反応して、大きく方向転換したという事実もない。欧州に広がる「米国離れ」 そもそも、なぜ最大スポンサーの米国がWHOを自在に操れないのかも疑問だ。 新型インフルエンザの感染拡大時、当時のマーガレット・チャン事務局長がパンデミック宣言を出すタイミングが早過ぎたとして、米国の逆鱗に触れた。それがWHOのトラウマになり、今回、パンデミック宣言が遅れた遠因にもなったとされる。 4月28日、WHO元法律顧問のジャンルカ・ブルチ氏は時事通信の取材に応じ、「米国は2009年の新型インフルエンザ流行時には情報提供を遅らせた」と語っている。当時のWHOはそんな米国に文句の一つも言えなかったのである。 変化の理由には、「アメリカ・ファースト」を前面に押し出すトランプ政権の4年間で、パクスアメリカーナや米国のソフトパワーの減衰を、世界の多くの国や国際機関が感じ始めたことが挙げられる。 昨年トランプ政権が仕掛けた「華為(ファーウェイ)包囲網」も、中国に対する為替操作国認定も、以前だったら西側先進国が米国と歩調を合わせ、中国も大きな打撃を被ったはずだ。 注目は欧州の米国離れだ。新型コロナ問題で中国への逆風が強まる中、独通信大手ドイツテレコムは第5世代(5G)移動通信網を構築する上でファーウェイの技術が必要だと有力紙「フランクフルター・アルゲマイネ・ツァイトゥング」に答えたという。 中国の視線もこの点に向けられている。武漢の封鎖解除がまだ解かれない中、イタリアやドイツ、フランス、スペインなどに医療物資やスタッフを送り込み、支援に動いたのは象徴的だ。2020年3月、ブリュッセルで記者会見するフォンデアライエン欧州委員長(AP=共同) さらに4月29日には、欧州連合(EU)欧州委員会のウルズラ・フォンデアライエン委員長と電話会談した李克強首相が、「中国は欧州とともにワクチンや新薬の開発を行いたい」と語った。新型コロナ後の争奪戦が予測される分野での協力を持ちかけた形だ。 米中の対立が激化する中、「西進」へと邁進する中国の選択は結実するのか。今後の世界の趨勢を決める大きな要素だ。 米国にはそれを阻止する力は十分あるが、トランプ政権が「新型コロナの武漢研究所発生説」や「台湾のWHO加盟」を持ち出す嫌がらせや、「中国と戦っている」というパフォーマンスに終始するなら、中国に吹く新型コロナの逆風はいずれ追い風に変わるだろう。それは米国の政治家の利益にはなっても、国益のための行いではないからである。

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    対コロナでどうなる?アフリカを覆い尽くす中国の「アメ」と「ムチ」

    下村靖樹(フリージャーナリスト) 4月半ば、中国・広州で新型コロナウイルスに関連して、アフリカ人差別が広がっていると、世界各国のメディアで取り上げられた。 ことの発端は、アフリカ系であることを理由にレストランなどへの入店を拒否されたり、アパートを追い出され、路上生活を強いられているという、アフリカ系住民や留学生が助けを求める動画だった。中国メディアによれば、ナイジェリア人1人が新型コロナウイルスの検査から逃れるため、地元病院の看護師にけがを負わせたうえ、逃亡した事件が引き金になったそうだ。 ウイルス鎮圧に力を入れている広州では、外国から持ち込まれるウイルスが第2波の引き金となることを警戒しており、外国人に対する検査を強化している。特に、アフリカ諸国を母国とする人は国外渡航の有無にかかわらず、約4500人全員が検査を強要されていたという。 動画は多くのメディアでセンセーショナルに取り上げられたり、会員制交流サイト(SNS)経由で広く拡散し、アフリカの著名人が「救出に向かう」と声明を出すなど、世界的に大きな問題となった。その結果、店頭に「アフリカ系お断り」の張り紙をしていたマクドナルドが謝罪したり、中国政府の駐アフリカ連合(AU)大使の謝罪がAUに掲出される事態になった。 一方のアフリカでも、アフリカ大陸で感染者が報告された直後から、東洋人への差別行為が伝えられた。アジア人女性が現地の人々に侮蔑される動画が投稿されたり、東洋人に対してタクシーから乗車拒否を受けた。日本人を含む多くの東洋人が、街中で「コロナ、コロナ」と罵声を浴びせられたようだ。 現在は都市封鎖(ロックダウン)中の国が多く、トラブルはあまり発生していないようだが、アジア人に対する偏見に留意するよう注意喚起を出している在外公館もある。 迫害に関わっていた人物が逮捕されるなどして、公的な非難こそ止んでいる。ただ、市民レベルでは、コンゴ人の父と中国人の母を持つ中国在住の有名ブロガーのウェブサイトに「アフリカに帰れ」というような誹謗中傷が殺到するなど、未だ沈静化したとはいえない状況だ。中国広東省広州市で、マスクをして地下鉄に乗る乗客=2020年2月(共同) アフリカで初めて新型コロナウイルス感染者が確認されたのはエジプトで、2月14日のことだった。以降、他の地域よりは緩やかであるものの、感染者数は増え続け、4月19日時点で、全54カ国の感染者は2万1317人、死者1080人、回復者5203人となっている(レソトとコモロでは感染者ゼロ)。 医療システムや社会基盤が脆弱(ぜいじゃく)なアフリカ諸国の反応は素早かった。感染拡大が懸念され始めた3月下旬には、多くの国が物資の運搬を除き国境を閉鎖し、軍や警察の管理の下、ロックダウンや夜間外出禁止令を出すなど、人の移動を制限した。 他方で、医療物資の不足は深刻で、世界各国に支援を求めることとなった。その声に応えたのが、中国の電子商取引(EC)最大手、アリババグループ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏で、エチオピア経由でアフリカ54カ国に送付すると表明した。エチオピアとの「蜜月」 早速3月22日には、エチオピアのアビー首相がツイッターで、検査キット110万セット、マスク600万枚、防護服6万枚が届いたことを明らかにした。4月6日にも、呼吸器500台、防護服20万枚、フェイスシールド20万個、非接触型体温計2千個、検査キット100万セット、手袋50万枚がアリババグループから送られたことが馬氏のツイッターで報告され、4月20日には第3弾の送付も発表された。 エチオピアは、米国のトランプ大統領をはじめ、中国に忖度(そんたく)したことで初期対応を誤ったと非難されている世界保健機関(WHO)のテドロス事務局長の母国でもある。 エチオピアの正式国名はエチオピア連邦民主共和国といい、前身は1270年から約700年続いたエチオピア帝国だ。政変によりその後、社会主義エチオピア、エチオピア人民民主共和国、エチオピアと変遷し、1995年に現在の国名となった。 厳密に言えば、1936~41年はイタリア統治下にあったが、アフリカで唯一植民地化されたことがない国とも言われ、国民も非常にそれを誇りにしている。 中国との関係は1970年、エチオピア帝国時代の国交樹立に始まった。その後、中ソ対立の影響を受けて、一時疎遠になることもあったが、国内の道路や発電所、ダムなどさまざまなインフラや、約2億米ドルの総工費を中国が全額負担し、首都アジスアベバにAU本部を建設するなど、幅広い分野で中国からの支援を受け続けている。 2000年に北京で始まったアフリカ各国の首脳級が参加する「中国・アフリカ協力フォーラム」(FOCAC)でも、2003年に行われた第2回開催地として選ばれた。このように、中国のアフリカ政策におけるエチオピアの重要性が明確になった。 資源確保の面でも、エチオピアの地理的重要性は非常に高い。同国が国境を接しているのは、スーダン、南スーダン、ケニア、ジブチ、ソマリア、エリトリアに、国際的にはソマリアの一部であるものの、実質的には独立国家状態のソマリランドを加えた7カ国だ。 このうち、比較的政情が安定しているのはケニアとジブチだけであり、内陸国であるスーダンや南スーダンから港まで資源を運ぶためにはエチオピアの安定と発展が不可欠なのだ。エチオピアの首都アジスアベバにあるアフリカ連合(AU)本部(ゲッティイメージズ) その一方で、国の借金である対外債務の17%を中国が占め、中国からの輸入25億3800万米ドルに対し、輸出は3億450万米ドルにとどまり、21億9300万米ドル(約2412億円)の輸入超過となっている。今回の新型コロナウイルスへの対応においても、経済協力開発機構(OECD)の開発援助委員会(DAC)に160万米ドルの支援を要求している。 先日、国連食糧農業機関(FAO)は、1カ月ほど前に東アフリカ一帯に大被害を与えたサバクトビバッタによる蝗害(こうがい)の第2波発生が予測されると警告した。被害地域では、約2千万人が既に深刻な食糧危機の状況にあるが、専門家によると、第1波の20倍の規模に達する可能性があるという。伸び悩む日本のプレゼンス 新型コロナウイルスによる経済活動の停滞に加え、国間の移動が制限されている現状では、大規模な飢饉(ききん)が発生すると、エチオピアを含む東アフリカ地域の安定が大きく崩れてしまうかもしれない。 アフリカにおける中国の影響力を顕著に現しているのは貿易額だろう。国連統計部のデータによると、1992年から中国におけるアフリカ諸国との輸出入額は以下の通りになる。輸入1992年 4億9千万ドル(617億円)2018年 803億4千万ドル(8兆3300億円)輸出1992年 12億6千万ドル(1587億6千万円)2018年 1049億5千万ドル(11兆5445億円)※1992年は1ドル=126円、2018年は1ドル=110円で算出 データが残っている1992年からの26年間で、輸入は約164倍、輸出も約83倍にまで激増した。当然、輸入決済通貨を徐々に米ドルから人民元に切り替えつつあるという。 日本は中国に先んじて、1993年にアフリカ諸国との間で初のアフリカ開発会議(TICAD)を開始した。アフリカにおける日本のプレゼンスを高めたものの、貿易面では完全に伸び悩んでいる。輸入1992年 8578億円2018年 9913億円(約1・2倍)輸出1992年 4616億円2018年 9001億円(約1・9倍) 影響力の拡大は経済面だけでなく、多岐にわたる。 ソマリア沖海賊の脅威に対応するため自衛隊も拠点を置いている東アフリカのジブチに、2017年、中国が初の海外軍事基地を置いたことは記憶に新しい。その背景には、国連平和維持活動(PKO)として常時2千人以上の要員を配置するなど、国連安全保障理事会の常任理事国で最大の兵力拠出国であり、「アフリカの平和と安定を守る」と公言していることも大義名分になっている。第7回アフリカ開発会議(TICAD)昼食会を兼ねて開かれた「西インド洋における協力特別会合」であいさつする河野太郎外相(奥右から2人目)=2019年8月、横浜市内のホテル(代表撮影) 他方、武器貿易においても、中国の存在感は増している。米戦略国際問題研究所(CSIS)によると、2008年以降のアフリカへの武器輸出額はロシアと米国に次ぐ3位で、約32億米ドル(3520億円)となっている。 ソフト面においても、軍関係者からの支持を得るための根回しは広く行き渡っている。将校以上の軍人を自国に招き、数カ月にわたり研修の場を提供するなど、その影響力を強めている。デジタルでも進む中国の「道」 政情不安な国が多いアフリカにおいて、政治家はクーデターなどで退場するが、クーデターを起こすのは軍人であり、その中心にいるのは必ず将校以上の軍人だ。つまり、軍内部に広いパイプがあれば、たとえ政権が変わっても引き続き影響を持ち続ける事ができるのだ。 中国による、アフリカ各国を鉄道網や高速道路で繋ぐ計画も進行中だが、インフラ面で現在最も進んでいるのは「海上のシルクロード」の要となる港湾への影響拡大だろう。CSISによると、既にケニア、タンザニア、モザンビーク、アンゴラ、ナイジェリアなど20カ国以上の46の港湾で、資金提供・建設・運営などの影響力を持ち、米国は現状に危機感を募らせているという。 また、発展途上国に光ファイバーネットワークを確立する「デジタル・シルクロード」構想も進んでいる。 先鋒を担っているのは、中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)だ。海底光ファイバーの敷設だけでなく、第4世代(4G)移動通信システムネットワークの設置や「スマートシティー」への取り組み、今年に入ってからは南アフリカなどで5Gの運用も始めている。 年平均10%以上と大きく伸びるアフリカのスマートフォン市場でも、中国の存在は大きい。ローエンド(低価格帯)のスマホを充実させることで支持を得て、シェア1位のテクノ(伝音控股、トランシオン)(20%)と4位ファーウェイ(9%)だけで、市場の29%を占めている。 コンテンツの分野でも、大手メディアの四達時代(スタータイムス)がアフリカ30カ国以上に展開し、月額2千円程度で、地上デジタルと衛星のテレビサービスを2600万人のユーザーに提供している。放送されている番組は他のケーブルテレビ同様、欧州サッカーなどの人気コンテンツだ。もちろん、中国で制作されたドラマやニュースもある。 スタータイムスはハード面でも、アナログテレビからデジタルテレビに切り替える国や放送局に技術を提供するとともに、貧困層の多い農村部からも衛星放送にアクセスさせるプロジェクト「Access to satellite TV for 10,000 African villages」を行っている。その目的は農村地域における情報格差(デジタル・デバイド)を減らすことだ。 一方で、自由と民主主義を監視する国際非政府組織(NGO)フリーダムハウスからは、体制側による言論統制やインターネットへの接続制限などネット上の自由を脅かすノウハウを、中国がアフリカ諸国に提供していると非難されている。会談前に握手する中国の習近平国家主席(右)とWHOのテドロス事務局長=2020年1月、北京の人民大会堂(共同) サイバーセキュリティーとネットのガバナンスを監視するNGO、ネットブロックスによると、体制側によると思われるネットへの接続制限・遮断が行われたという。昨年はアルジェリア、エジプト、スーダン、エチオピアなど10カ国で、今年に入ってからもトーゴとギニアの選挙前に実施されたと報告されている。 これらの事件に対する関与の有無は不明だが、アフリカで流れるデジタル情報の根幹を、中国が担っていることは間違いない。中国関与で分かれる「三層」 中国とアフリカの関係性が深まるとともに、アフリカに移住する中国人も増え続け、現在は100万人に達したともいわれている。中国製品と中国人がアフリカの人々の生活に関わる度合いが増すことで、そのイメージが大きく三つに分かれてきたように感じる。 一つは政治家や富裕層、高級軍人のように、さまざまなメリットを享受できる「高支持層」。続いて、生活インフラの充実や日常生活で「メイド・イン・チャイナ」の恩恵を被る「中庸層」。そして、中国人労働者に仕事を奪われたことで反感を持つ「反発層」だ。 私が体感的にその変化を感じたのは、街中で見知らぬ人から投げかけられる、あいさつともからかいともとれる言葉だ。東洋人といえばカンフー映画、のイメージが強かった1990年代では、どの国でも決まって「ジャッキー(ジャッキー・チェン)」と声をかけられた。 2000年ぐらいからは「ナカタ」「ナカムラ」、2010年代になると「カガワ」「ホンダ」と、欧州のビッグクラブでプレーする日本人サッカー選手の名前が続いた。 ところが、2000年代半ばころから「チャイナ」と声をかけられることも増えてきた。そして、2010年を過ぎたころから「チーノ」という言葉を聞くようになった。 チーノという言葉には、中国人を含む東洋人を侮蔑する意味合いが含まれる。特に、大人が使う際には悪意が込められているケースが多い。 私の友人にも2000年代は中国を絶賛していたが、その後政府要人と癒着した中国企業に仕事を奪われ、さらに中国本土に発注した商品が代金を振り込んでも届かず、「反中国」に変わった者がいる。そんな反発層の不満が一気に爆発し、アフリカ人の声として世界に届けられることになったのが、今回のアフリカ人差別問題だろう。 新型コロナウイルス発生前まで、2020年のアフリカの経済成長率は4%を越えると予想されていたが、国境閉鎖や経済活動の停止などで大きく下回る可能性が高い。終息するタイミングによっては、数年間停滞が続くかもしれない。 それでもなお、人口中位年齢19・7歳、2050年には人口25億人に達するといわれるアフリカは、中国にとって今後も成長が見込めるマーケットでもあり、安定した資源の確保先としても重要視され続けるだろう。そして、そのためには、反発層を始めとする反中感情をいかにコントロールするのかが、ポイントになってくる。南アフリカのケープタウンで、食事の配給に並ぶ子どもたち=2020年4月21日(AP=共同) 新型コロナウイルスの影響で、大きな痛手を被ると予想されるアフリカ諸国。既に、多くの国は政治、経済、物流、情報、軍事、あらゆる分野に中国の影響を色濃く受けている。 もしも、中国が、今回のアフリカ人差別で露呈した反中の声をかき消すほどの支援を行うのであれば、「アフターコロナ」の世界において、アフリカは中国の独壇場になるだろう。アフリカに向けて打たれる次の一手が、アメかムチか、その対応が注目される。

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    新型コロナ対中「情報戦」 懲りずに敗北を繰り返す気か

    てれば軽蔑と嘲笑の対象となる。そして、五輪を失う大失態にもつながりかねない。 最大の失敗はもちろん、中国からの入国を迅速かつ全面的にストップさせなかったことだ。求められる「政治家の仕事」 この点について、「入国制限は感染症対策としては効果がない。むしろ、ビジネスを損なうデメリットの方が大きくなる」という議論があった。ではなぜ、諸外国は早々に全面的入国禁止に踏み切ったのか。それは、この問題を「未知のウイルスに対する国家的危機管理の問題」と捉えたからだ。 初期段階での情報は限られている。従来のものとは根本的に異なる可能性が常にあり、過去の研究が直接役に立つとは限らない。 権威に弱い日本人は世界保健機関(WHO)や英医学誌「ランセット」などの論文を引き合いに出したがる。ただ、いくら真面目に分析されていても、その段階で入手できる限られたサンプルで最大限分かることを書いているにすぎない。 後から全く予期しなかった発見があって、前提が崩れるのはよくあることだ。現に、新型コロナウイルスにはいまだによく分からないことも多い。 したがって、初期段階の分析をベースに楽観論で応じたのは、危機管理として失策だった。まして今回のウイルスは渡り鳥が運んでくるのではなく、人から人への感染が明らかで、かつ発生源が明確だった。 さらに、潜伏期間でも感染力があるため、水際作戦が無力なのも早くから分かっていた。早期の全面入国制限が有効であり、不可欠であると判断するのは合理的だった。 ここで重要なポイントなのだが、私は専門家の意見を軽視してもよいと言っているのではない。専門家の意見も多様だ。悲観論も楽観論もあれば、それぞれの根拠もある。経済活動とのバランスももちろんある。 そうしたさまざまな情報を素早く吟味して、総合的に政治判断を下すことが国家として極めて重要である。それはまさしく政治家の仕事であり、その最高責任者は総理大臣だ。総合的な政治判断をせずして官僚に任せるのは無責任であり、政治家を養う意味がない。記者会見するWHOのテドロス事務局長=2020年2月24日、ジュネーブ(ロイター=共同) 例えば、専門家がこうアドバイスしたとしよう。 入国制限は初期段階なら効果が見込めるのですが、中国政府が1カ月以上も情報を隠蔽(いんぺい)しているうちに、日本に武漢からだけでも100万人近くが入国してしまいました。日本国内も既に相当汚染されていると推測されます。今から制限してもさしたる効果が望めません。つまり、汚れてしまった水に汚水を加えても大差ないということです。むしろ、入国制限することで経済的損失の方が大きくなってしまう可能性が高いといえるでしょう。 このアドバイスは、それ単体で見れば間違っているとは言えない。しかし、私なら2月25日に安倍首相に送った手紙にしたためたように、あえて全面入国禁止に踏み切る。「唐突」でもやむを得ず 米国、オーストラリア、シンガポールなどの主要国は中国人の入国全面禁止を決定している。日本だけ中途半端な制限にとどめてしまえば、日本は五輪開催国にもかかわらず、危機管理に真剣ではないという印象を与えることになる。その上で、感染者数が急速に増加する事態にでもなれば、完全に信頼を失ってしまう。 既に中国が団体旅行を禁止したことで、日本に入国する中国人の数は減少していたが、そのビジネスを守るために他国のビジネスを全て失い、五輪開催まで危うくなる可能性がある。目先の利得のために中長期的な大損害を被(こうむ)ることは避けなければならない。 たとえ結果として同じ状況に陥っても、全力を尽くす決意を示したか、中途半端な姿勢に終始したかでは世界に与える印象が全く違ってしまう。したがって、中国の全地域からの入国を禁ずるという総合的政治判断を迅速に下すべきだった。 この観点からは、「実際に入国している中国人の人数は少ない、感染者の数はさらに少ないと推測されるから問題ない」といった議論は意味を成さない。世界はそんなことに関心を払わないからだ。「日本はいつまでも中国に国を開いて、感染拡大を許している国だ」としか思われないのである。 そういう国に遊びに行きたい外国人はいない。理屈ではない。印象なのだ。海外では、日本人が中国人だと思われて差別されるケースが出ていたが、日本への渡航を禁止したり、日本人の入国を制限する国が増えるにつれて、最近では日本人であることで差別されるケースが出てきた。簡単にレイシズム(人種差別主義)に結びついてしまうほど感覚的、感情的なものなのだ。もちろん、そのような国に虎の子の「オリンピックアスリート」を送りたい国はない。 果たして、日本はどのような経緯をたどったか。2月26日、安倍晋三首相は人が大勢集まるイベントの自粛や延期を、27日にも全国の公立小中高学校の休校などを含む感染拡大阻止行動を国民に要請した。 現在の日本はアウトブレイク(流行)直前の武漢そっくりであり、このままでは武漢と同様の状況に陥る可能性もあるという。それを阻止する最後のチャンスが2週間程度の全国的な活動停止というわけだ。新型コロナウイルス感染症対策本部会合で発言する安倍首相。中国、韓国からの入国者に指定場所での2週間待機を要請すると表明した=2020年3月5日 当然ながら、「唐突過ぎる」という批判を呼んでいるが、私はやむを得ないと思う。ここまできたら、それぐらいやるしかない。武漢と同じ状況に陥ったら完全にジ・エンドだ。 だが、強い違和感はある。初期段階の楽観論は何だったのだろう。インフルエンザと同じように対処すれば十分だという話は何だったのだろうか。手洗いとうがいで対処できるはずではなかったのか。気が付けば「尻に火」 楽観論を広めて国民に「慌てるな」と言い、目先の中国人観光ビジネスを守っておいて、今になって1億総開店休業しろと言うのか。まるで下手な戦闘を重ねた揚げ句に「本土決戦」「一億玉砕」を迫った旧軍部のようではないか。 今ごろになって、ウイルスの本当の危険性を悟ったのか。危機管理としては「下策」のそしりは免れない。初期段階で全力を尽くしていれば、このような事態は避けられたかもしれない。 予想される経済的損失は中国インバウンド(外国人訪日客)どころの話ではない。あの中国がだてに1千万都市を完全封鎖するわけがないではないか。備蓄のマスクや防護服を送っている間に、気が付けば自分の尻に火が付いてしまった。 そして驚くべきことに、全国民に自己犠牲を強いながら、中国からの入国を全面禁止しなかった。これは人数の多寡の問題ではなく、道義的な問題だ。こんな理不尽な仕打ちを受けてもメディアも野党も攻撃せず、暴動も起きない国は日本ぐらいのものだろう。 さらに驚くべきは中国の態度だ。日本と韓国が「中国忖度」を続けるうちに、山東省威海市と北京市が逆に日韓からの入国者全員を14日間隔離するという措置を打ち出した。今や危険なホットスポット(高感染地域)は日韓に移り、他国に感染を拡大させるリスクも中国より高いと言わんばかりだ。 それでいて、中国は日韓への支援を惜しまないという。中国の電子商取引(EC)最大手、アリババグループ創業者の馬雲(ジャック・マー)氏は、日本に100万枚のマスクを送ると表明した。もちろん、巧妙に計算された情報戦だ。今や、世界に迷惑をかける「厄介者」は、日本、韓国、イタリア、イランなどで、中国は慈愛の精神で助ける側に回った「正義の国」というわけだ。 日本の経済的凋落(ちょうらく)は周知の事実だったが、それでも日本は勤勉で、危機管理能力が高い国だと信じられていた。しかし、今回の一件で、実は危機管理能力が極めて低く、中国の属国化した国だとの印象を広げてしまった。国民の命よりも中国の意向を優先したのだ。 この情報戦大敗の構造は、南京大虐殺や慰安婦性奴隷、朝鮮人労働者強制連行の諸問題と全く同じだ。世界がどう受け止めるか、どのような印象を持つか、自国に有利に導くにはどうするべきかを常に考慮して総合的政治判断を下し、即時実行する能力が欠落しているのだ。そして、そんなことには頓着せず、中国にとことん媚びる人間が政権の中枢や霞が関に侵入している。新型コロナウイルス感染拡大の影響で閑散とする成田空港の出発ロビー=2020年3月6日 今から少しでも挽回するためには、中国と韓国からの入国者に2週間の待機を要請するだけではなく、中韓からの入国を全面的に制限すべきだ。 そして、GDP(国内総生産)を大幅に落としてでも日本列島を「開店休業」状態にするからには、たとえ世界がパンデミックに陥っても感染者数と死亡者数を低く抑え、時期をずらしてでも五輪開催を実現することだ。世界の目にはっきりと見えるアクションで結果を出す、それしかないと断言する。

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    新型ウイルスでもビクともしない習近平「盤石」政権にはワケがある

    加藤隆則(中国・汕頭大学長江新聞輿伝播学院教授) 春節(旧正月)休暇で1月上旬、勤務地の広東省・汕頭(スワトウ)大から日本に一時帰国した後、新型コロナウイルス(COVID-19)感染の拡大で新学期の授業が3週間遅れ、休暇が大幅に延長された。3月からオンラインによる在宅授業が始まり、取りあえず大学に戻ろうと思ったが、今度は日本の感染例が増えたことで、逆に出国を足止めされた。教室はまだ空っぽのままだ。 この間、自宅待機で気の滅入っている学生たちを励まし、マスクの足りない学生には郵送し、わずかながらの支援をしてきたが、今は逆に「先生、気を付けてください」と心配をされている。日本では「習近平政権が動揺している」「一党独裁にひびが入った」などの話も聞かされたが、隣人が苦しみ、奮闘しているときに、ためにする政治談議は避けてきた。 ところが、中国での感染拡大に一定のコントロールが効き始め、片や日本でトイレットペーパーやティッシュペーパーが店頭から消える騒ぎが起きた。日本政府の対応には疑問も多い。感染症は国境を越えたリスクだが、隣国の事例を他人事だと思っていたツケではなかろうか。 「しょせんは共産党独裁の弊害」だと決めつけていた思い込みはなかったか。ここで冷静に事態を振り返ることも、隣国を理解し、さらに自分たちを再認識するうえで貴重なことだと思う。 実は大学の指示により、2月16日から毎日午前、携帯のアプリを通じ、その日午前と前日午後の体温、咳(せき)やだるさの有無など、詳細な健康状態の報告を命じられている。1万人以上いる全教師学生が対象だ。各地方、各組織によりバラツキはあるだろうが、全国で似たような施策が行われているとすれば、自主申告であるにせよ、14億人の健康状態が逐一集約されるシステムができ上がっていることになる。 中国の都市部では、外出も家族で1日か2日に1回、しかも3時間だけと限られているエリアも少なくない。外出時には警備員から時間を記入したチケットを渡され、それを持たなければ再帰宅はできない徹底ぶりだ。その後緩和されたようだが、「在宅」が常態化していることに変わりはない。インターネットを通じて自宅で学習する北京の中学生=2020年2月17日(新華社=共同) 一方、日本では感染例が増加しているにもかかわらず、つい最近まで通勤時間の地下鉄はすし詰め状態で、マスクをしていない乗客も目立った。横浜に寄港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の感染問題では議論が沸騰したが、官民を含め自分たちの日常生活に対する危機感は極めて薄い。 政府は2月末になってようやく緊急対応を呼びかけ始めたが、国民の健康に対する考慮というよりも、政治的な思惑が色濃く感じられるのは残念である。中国の危機感と徹底した管理は盛んに報道されていたはずだが、奇異な目で他人事の騒動を見物しているだけで、教訓として切実に学ぼうとする姿勢は感じられなかった。「高をくくっていた」と言われても仕方ない。 福岡市の地下鉄では走行中、乗客がマスクをせずに咳をしている他の乗客を見て、非常通報ボタンを押す騒ぎが起きた。やや過剰な反応ではあるが、緊張感のなさに対するいら立ちが爆発した一つの事例だとは言えまいか。短絡的な日本メディア 危機感の薄さ、緊張感のなさに加え、日本では個人の人権やプライバシーの尊重、個人情報の保護が優先されるので、中国のような集権的、強権的な対策は採りづらい。憲法によって個人の広範な自由が認められている日本の社会では、一方で、自己責任の原則により、自主性に頼った施策に頼らざるを得ない。とはいえ、プライバシー保護を理由に不十分な情報しか開示されない中、自分たちを守る手だてさえないのが実情である。 両者をバランスよく取り入れるのが理想なのだろうが、どちらのスタンスを取るかは、社会的合意の比重をどこに置くかによる。一方の価値観を持ち出してもう一方を批判しても意味はない。 中国では、言論の自由や個人の人権を犠牲にしても、生活の保障、健康や生命の安全を第一に考える人たちの方が多数派である。肝心なのはその違いを認識し、相手の立場に立ってものを考える視点である。 中国でなにか問題が起きるたび、すぐに共産党政権の動揺、崩壊や一党独裁の危機と結び付けた発想をするのが日本メディア、そして日本世論にしばしば見られるステレオタイプだが、あまりにも短絡的である。そうあってほしいという願望や、そうでなければならないという先入観が生んだ偏見でしかない。 中国の新型肺炎による死亡例は2月末で約2800人だ。一方、米国のインフルエンザによる死者は今年既に1万2千人に達しているが、これをもってトランプ政権の危機を論じるのを見聞きしたことはない。 同じことは日本にも言えるだろう。中国で情報隠しがあると「一党独裁の弊害」と断罪するが、情報隠しはどの国の政治権力でも起きている。権力そのものが持っている体質である。 今回の事例で明らかになったように、こうした偏見や先入見が、隣国の教訓から学ぶ目を曇らせているとしたら、世界の潮流からも取り残されることは肝に銘じておいた方がよい。 バイアスを排し、目を凝らせば、全く違った真相が見えてくる。今回の対応を通じて政治的な側面を観察すれば、習近平政権の盤石ぶりが見て取れる。むしろ基盤が再強化された側面さえ指摘できる。真相は政権の動揺や危機とは裏腹である。2019年3月に開かれた中国全人代の開幕式で、大型画面に映し出された習近平国家主席=北京の人民大会堂(共同) 徹底した健康状態の把握、管理については既に触れたが、それを隅々にまで拡大できたのは2012年末に発足した習近平政権7年間の実績にほかならない。徹底した反腐敗キャンペーン、不正幹部の摘発、イデオロギー統制によって、緩んだ官僚機構の綱紀が粛正され、末端にまで習氏の指示、意向が浸透する体制ができ上がった。権力集中の「功」 権力集中に功罪があることは言うまでもない。だがその前に、独裁の強化を批判する人たちはまず、胡錦濤時代、権力の分散によって腐敗が深刻化し、党指導部内のクーデターさえ計画されていたことに思いを致す必要がある。 当時、領土問題で日中関係が極度に悪化した背景にも、こうした熾烈(しれつ)な政治闘争があったことは衆目が一致している。前政権に対する反省から、習氏による権力の掌握、集中がスタートしている。 また、習氏のバックには、共産党政権の正統を担う革命二世代、いわゆる「紅二代」の支持があることも重要だ。両親たちの世代が築いた共産党政権が、内部の腐敗によって分裂、崩壊の窮地に追い込まれた、との危機感が共有されている。 個々の政策について立場の違いはあるが、党の支配を堅持するという原則論では一致している。中国社会においては最も発言力のあるグループだ。 中国の憲法改正によって、国家主席について任期2期10年の上限が取り払われたことは記憶に新しい。西側メディアには悪評高いが、権威の強化にとっては極めて大きな意味を持つ。 「あと数年で引退」が自明となった途端、権力が空洞化し、綱紀が緩み始めることは、過去の反腐敗キャンペーンが示している。「独裁=悪」という単純な図式だけでは、中国政治の真相を正しく理解することはできない。 もし、習近平政権が脆弱(ぜいじゃく)だったら、と想像してみるのも頭の体操にはよいだろう。あらゆる問題が政権内の政治闘争とリンクし、例えば、米中貿易摩擦は取り返しのつかない泥沼に入り込んでいたかもしれない。2008年5月、共同文書に署名交換後、握手をする中国の胡錦濤国家主席(左)と福田首相=首相官邸 新型コロナウイルス感染の対策でもより大きな混乱が起きていた可能性がある。今回、日本からの支援が美談としてもてはやされたが、それもかき消され、公式訪日の相談をするどころではなかったに違いない。巨大な隣国の政情が不安定であれば、日本が大きな影響を受けるのは必至である。  習近平政権の一連の対策や対応の中で、注目すべき点は2月13日、湖北省と武漢市のトップが同時に更迭された人事である。同日の党中央発表によれば、蒋超良・湖北省党委員会書記に代えて応勇・上海市長を、馬国強・武漢市党委書記の後任に王忠林・山東省済南市党委書記が就くことになった。応勇氏、王忠林氏ともに公安部門の経験が長い。「適材適所」断行の意味 危機管理に際し、公安部門出身の指導者を投入するのは時宜にかなった人事である。とはいえ、世界が注視する騒動のただ中で、省市トップ2人の責任を明確にし、更迭するのはかなりの荒療治だ。 だが、習氏は適材適所の人事を断行し、公安人脈を完全にコントロールしていることを示した。軍と並んで権力基盤の源泉である公安部門の掌握は、政権の安定に大きな意味を持っている。 さらに重要なのは、今回の人事が前指導者に対する懲罰として、民意の圧倒的な支持を得た点、つまり世論を読み込んでの臨機応変な宣伝工作である側面だ。この人事には前段がある。 6日前の2月7日、いち早く新型ウイルス拡散の危険を警告していた武漢の医師、李文亮氏が感染で死亡した。自分の命を犠牲にしてまで治療に力を注いだが、武漢市公安当局はそれまで李氏ら8人を「デマを流した」と犯罪者扱いし、反省文への署名まで求めていた。 訃報はインターネットでのトップニュースとなり、「英雄」に対する哀悼、さらにそれを上回る市当局への「罵倒」であふれた。私の教え子たちもそれぞれの会員制交流サイト(SNS)を通じ、一斉に哀悼と抗議を表明した。情報を操作し、初期対応で失態を演じた政府の対応に、庶民の怒りが爆発したのだ。 だが、中央の反応は早かった。共産党機関紙、人民日報が哀悼の記事を発表し、国家監察委員会も同日、武漢市の対応を調査するチームを派遣した。新型肺炎で死去した中国・武漢の医師、李文亮さんを悼み、雪の上に書かれた名前=2020年2月、北京(共同) 1週間を待たずに発表された両トップの更迭は、その調査を受けた最高レベルの処分である。庶民の怒りに応える、一応の決着にはなった。 きちんと民意をくんで責任者を処分したのだから、さらに事態を拡大させ、社会不安をあおるような言論は許さない。これが党による情報統制である。自由な言論そのものに価値を置く一部知識人は反発するが、抵抗することの損得をはかりにかける多くの庶民は受け入れている。 ただ、今回の感染についていえば、独立性の高いメディアの的確な調査報道に加え、おびただしい数のSNSによる情報発信があり、デマや誹謗(ひぼう)中傷を含め、日々あふれるほどの情報が流れたという印象だ。画一的な宣伝だけで皆が納得しているわけではない。個人情報の壁が大きく立ちはだかっている日本とは大きく異なる。習政権の「アキレス腱」 庶民は、自信を持ってリーダーシップを発揮する強い指導者を求める。組織を重視する日本社会とは違って、個人の力に頼って問題を解決していこうとする発想がある。緊急事態であればなおさらだ。 感染に関する中国の報道の中で、しばしば登場する人物が国家衛生健康委員会ハイレベル専門家グループ長で、国家呼吸器系統疾病臨床医学研究センター主任の鐘南山氏だ。2002年から03年にかけての重症急性呼吸器症候群(SARS)事件では、感染が拡大した広東省で、広州市呼吸器疾病研究所所長として手腕を発揮し、その名を世界に知らしめた。 鐘氏は、2月27日には広州医科大で感染の予防やコントロール状況について記者会見し、「4月末には感染がほぼ抑制されると信じている」との重要なメッセージを発した。鐘氏の発言は非常に説得力を持つ。個人の権威によって、情報を伝えようとする政権の意向が感じられる。日本では許されない個人的見解だろうが、これがあくまで強い指導者の権威に重きを置く中国社会の一端である。 最後に、習近平政権のアキレス腱(けん)について触れておきたい。民主主義のシステムでは、政治家への評価は選挙によって下される。失策をしても、再選されれば、禊(みそぎ)を済ませたことになる。 だが、官僚機構と人脈を通じた複雑な選抜システムを生き抜いてきた中国の指導者は、失策はすなわち失脚に直結する。敗者復活がないからこそ、政治生命をかけた激しい政治闘争が起きる。 2020年、習氏が確約していることがある。16年からの第13次5カ年計画で国民の1人当たり可処分所得を10年比で倍増させ、なお数百万人いる貧困人口を解消することだ。 これは、いわゆる「二つの100年」目標―2021年の中国共産党創立100年までに小康(ややゆとりのある)社会を全面的に築き、49年の建国100年までに近代的社会主義強国となる―を実現させるためのステップとなる最重要課題である。カギを握るのは春の全国人民代表大会で、延期されたものの、何としても責任ある態度を明確に示さなければならない。新型肺炎関連の研究を視察する中国の習近平国家主席(中央)=2020年3月2日、北京(新華社=共同) 分かりやすく言えば、共産党政権の誕生を担った農民が今や社会の最下層に追いやられ、格差社会の中で不当、不公正な扱いを受けている現状を改め、腐りきった党幹部にかつての初心を思い出させ、党支配の正統性を再び取り戻す任務である。習氏が過去の指導者には見られないほど、足しげく農村を視察して回っているのはそのためだ。紅二代から授かった使命でもある。 感染問題が長引き、十分な医療を受けられない貧困層の生活や健康、生命が脅かされる状態になれば、そのときこそ政権の是非が問われる。だからこそ多少の荒療治をしてでも、それを食い止めなければならない。習氏はそこを見ているし、心ある中国ウオッチャーもやはりそこに目を向けなければならない。

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    中国離れ」を左右するコロナショックと忖度リスク

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 春節(旧正月)明けの中国株式市場は予想通りの暴落で始まった。新型コロナウイルスの中国本土での感染拡大を受け、市場取引の連休期間を延長していた。 代表的な指数である上海総合指数は売り注文が殺到し、連休前だった1月23日の終値から、一時最大で8・7%、結局4年5カ月ぶりの大きさとなる7・7%の大幅下落を記録した。もっとも、中国の政策当局も手をこまねいていたわけではなく、株価安定のための対策を準備していた。 中国人民銀行(中央銀行)は、資本市場の資金不足を防ぐために、1・2兆元(1740億米ドル、19兆円強)もの流動性資金の供給をアナウンスしていた。また、ロイター通信によれば、中国当局は各証券会社に対し、3日の空売り注文を規制するように要請したという。 特に中国人民銀行の動きは重要である。なぜなら、中央銀行の重要な役目として、金融システムの安定性を維持する「最後の貸し手」としての機能があるからだ。 「新型コロナウイルスショック」は今のところ、人やモノの取引といった実物面だけにほぼ限定されている。影響が及んでいるのは、国内外の物流への影響、国内外の観光客やビジネスでの移動制限などだ。 だが、これに留まらず、株価の予期しない下落から金融機関、企業などに「おカネの取引」の面で影響を及ぼせば、経済的な被害ははるかに甚大なものになる。資金ショート(不足)を防止するために、中央銀行は潤沢な資金供給をもって応える必然性が出てくる。 この対応は中国だけではなく、金融システムの不安定性が懸念されれば、どの国であっても採用する政策だ。市場関係者では、現状の7~8%台の株価下落は予想の範囲内だとの見方が強い。その意味では、現時点では中国の政策当局の「必死の攻め」が効果を挙げているのだろう。もちろん、これで話が終わりというわけでは全くない。 米中貿易戦争の影響で、既に中国経済は大きく減速していた。昨年10月に2019年第3四半期(7~9月)の実質国内総生産(GDP)成長率が前年比プラス6%と発表されたが、通年で6%を下回る予測が既に出ていた。 この率は、1992年の四半期データ公表開始以来最も低い数値となった。ただし、中国の習近平指導部はこの公表値にも強気の姿勢であり、いわば政治的には「織り込み済み」であった。WHOのテドロス事務局長と会談する中国の習近平国家主席=2020年1月31日、北京の人民大会堂(共同) トランプ大統領自身の再選がかかる「政治の年」では、米政府が大胆な中国への経済的圧力を現状以上には出せないという見方もあったのだろう。だが、今回の「新型コロナウイルスショック」は、中国指導部の楽観シナリオを狂わせたのではないか。SARSとコロナ、経済的ショックは? そこで、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行による中国や世界経済の影響と比べてみよう。今回は02年よりも国内景気が悪い中国の経済状況下で、「世界の工場」だけでなく世界の物流や消費の一中心地になったことで、世界経済における位置も変化している。この状況を勘案すれば、SARSのときの国内外に与える影響を各段に上回るものと予想できる。 03年のSARSの経済的な影響については、高麗(こうらい)大の李鍾和(イ・ジョンファ)教授とオーストラリア国立大のワーウィック・マッキビン教授の論文「SARSからの教訓:次なるアウトブレイクに備えて」が有益である。両氏の論文では、SARSショックは、中国経済の成長率を1・1%引き下げ、香港に至っては約2・5%も引き下げた。 ただし、世界経済への影響は軽微であり、米国は0・1%ほどの引き下げ効果しかなかった。両氏の論文には特に日本への言及はないが、03年の日本経済は、世界経済ともSARSショックとも無縁な形とはいえ、デフレ不況の中で「格闘」中であった。 2月1日の夕刊フジでもコメントしたように、「現在の中国は世界の生産の主体であると同時に、世界の消費者としての地位を築き、ビジネスでも多数の人が動くようになった」。そもそも03年、中国の経済規模は世界第6位程度であり、GDPでは日本より小さかった。 だが、今日では、世界第2位の経済規模であり、貿易関係一つとっても各段に異なる。03年当時の中国の貿易総額は1兆ドルに満たなかったが、2018年には、約4兆6千億ドル超にも達している。 中国からの落ち込みによる外国人観光客(インバウンド)消費の減少に加え、貿易を通じた悪影響が、日本を含め世界各国で懸念されるだろう。観光立国であるタイでは、既に、深刻な観光不況がささやかれ始めている。 さらに、中国の国内消費や生産の落ち込みが早くも出ているところがある。典型例として、中国の石油需要が消費全体の20%に相当する日量300万バレル程度減少したと報じられている。複数の市場関係者の推測では、やはり新型コロナウイルスのよる影響だという。 この報道を受けて、原油先物価格が一時低下した。仮に中国の石油などのエネルギー需要低下が持続すれば、原油価格に依存している新興国経済にとっては極めて重要なリスク要因だろう。重症急性呼吸器症候群(SARS)の集団感染が発生し、封鎖された北京市内の工事現場。中に民工が隔離されたままで、昼どきには大量の弁当が運びこまれていた=2003年5月 このような中国発の経済リスクを嫌って、「中国離れ」も加速化するかもしれない。米国のロス商務長官はテレビのインタビューで、中国に依存した世界の供給網(サプライチェーン)の見直しが行われる機会になるかもしれないと発言した。 実際に、SARSショックから十数年で、同規模かそれ以上の経済・安全保障上のリスクが中国から発生しているわけである。これは各国の対中長期投資に関して、少なくとも再考を促す機会になることは間違いない。「中国離れ」できないワケ しかし、「中国離れ」、あるいは中国との距離の見直しが加速化できないところもある。国際機関に染み込んだ中国依存体質だ。 今回の新型コロナウイルス問題では、SARSでの情報公開の遅れとそれに伴う世界的大流行(パンデミック)の出現と比較して、中国の政治体制に根付くより深刻なリスクが顕在化している。それが今書いた国際機関を中心とする中国依存体質、あるいは中国の指導部の顔色を忖度(そんたく)する国際的なリスクだ。これを「中国忖度リスク」と表現しよう。これには、国連への分担金が日本を抜き去り、世界第2位になった背景もあるだろう。 フランスのル・モンド紙が、先月22、23日に開催された世界保健機関(WHO)の緊急委員会で、中国政府が新型コロナウイルスについて「緊急事態宣言」を出さないように政治的圧力を行使していた疑いを報じた。この圧力のためか、31日の緊急委後に出された「緊急事態宣言」は、渡航・貿易制限などに触れられていない抑制されたものになっている。 だが各国政府は、この「緊急事態宣言」より踏み込んだ渡航や入国制限を実施している国が目立ってきている。WHOの「中国忖度リスク」に備えたかのようだ。 この「中国忖度リスク」は、意外なところで日本にも迷惑を与えている。日本経済新聞の滝田洋一編集委員のツイッターで知ったのだが、WHOが「緊急事態宣言」を掲載したホームページでは、なぜか発生源の中国ではなく、成田空港の写真が現在でも使われている。 実に奇怪な印象操作と言わざるを得ない。もし「操作」ではないとするならば、このような悪影響を諸外国に与えるイメージは即刻撤回すべきであろう。日本政府の対応が求められる。 ところで、新型コロナウイルスの医学的な判断をこの論説で行うことはできない。筆者が参照にしたのは、感染専門医の忽那賢志(くつな・さとし)氏や、医師でジャーナリストの村中璃子氏の論考だ。特に村中氏は、日本政府がWHOや中国政府の発表を当初鵜呑みにした対応を問題視していた。 評論家、石平氏の中国問題に対する見識も、筆者は常々参考にしている。最近のインタビューでは、「上海、深圳(シンセン)などハイテク産業が盛んな地域に広がる可能性もある。このまま主要都市の生産活動が3カ月もできなければ、GDPは数割減に落ち込む可能性もある」という極めて厳しい予測をコメントしている。大幅に下落する上海総合指数のボード=2020年2月3日(萩原悠久人撮影) 実際のGDPの落ち込み予測はともかくとして、確かに上海や深圳にまで武漢同様の影響が波及すれば、中国経済の落ち込みは深刻なものになるだろう。いくつかの経済シナリオを頭の中に置きながら、今の世界経済、そして日本経済を読み解いていかなければならない。 新型コロナウイルスの感染波及が全く見通せない中では、経済的には不確実性に備えた体制を採用するのが望ましい。日本であれば、政府と日本銀行が協調した経済拡大スタンスの採用を強くアナウンスすること、それに尽きるだろう。

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    「一国二制度」台湾は逃れられるか

    先の台湾総統選は、中国との対決姿勢を訴えた現職の蔡英文氏が圧勝した。香港やマカオに続き「一国二制度」による台湾統一を狙う中国にどう立ち向かうのか、蔡総統は難しいかじ取りを迫られている。一方、軍事的脅威や経済的影響は他人事ではない日本も、中国にどう対峙すべきなのか。(写真は共同)

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    台湾新世代の「天然独」が拒絶した習近平の求愛

    年前にも、さらにその前の総統選も観察していた。あの頃は今回と完全に違っていた。独立志向の強い民進党と中国との融和を優先する国民党、その双方の支持者たちが強烈な闘いを繰り広げていた。 爆竹を鳴らしたり、派手な旗を振りかざしたりして、狼煙(のろし)を上げていたからだ。そして、どちらの候補も自身の政治的な主張を述べるよりも、相手を攻撃する言葉を多用した。そうした過去と比べると、今回の静かな様子には隔絶の感すら覚える。 このような平和で穏やかな静けさは、台湾国民の成熟と民主主義制度の定着を物語っている。というのも、以前の選挙の際に、私のような観察者も容赦なく某候補の地元にある祠堂(しどう)に連れて行かれた。祠堂には一族の祖先が祭られている。総統候補の誕生は一族にとってこのうえない名誉だから、親族という血縁的紐帯を基本とした選挙戦が堂々と展開されていた。選挙は確かに民主主義制度の現れだが、祠堂に集まった人々を中心に票集めしていた事実はまぎれもなく前近代的だ、と私は内心酷評していたものである。 当然、今回の選挙でも祠堂の役割は変わらないが、それ以上に若い世代の動向が注目されたのである。 「台湾の学生たちが投票に帰った」、と知人の大学教員から聞いた。熱心な若者もいるもんだなあ、と思いながら台北に着くと、世界中から続々と帰国していると報道されていた。既に選挙戦最終日の10日には各国に留学ないし勤めている若者たちが帰り、候補者たちの最後の訴えに耳を傾けていたという。そして、その最後の訴えを聞き、一斉に帰郷の途についた。投票権は故郷にあったからだ。台湾各地へと、深夜バスと電車は世界中から集まってきた若者たちを乗せて走った。 喫茶店で私は、以前に教えていた学生や知人らと再会した。午後8時過ぎに民進党候補で、現職の蔡英文氏の当確が宣言されると、知人たちは静かに勝利を噛みしめた。予想通りに、蔡氏は終始リードし、最終的には817万票を獲得した。2位の国民党候補、韓国瑜氏は552万票と、大きく引き離す結果となった。台湾総統選の選挙活動中、選挙カーから支持を訴える民進党の蔡英文総統(右)=2020年1月、台南市(共同) 言うまでもなく、若者たちの動向が蔡氏の再選を促した。若者たちのほとんどが「天然独」(てんねんどく)、すなわち「生まれながらの独立派」だからだ。この覚醒した若者たちが台湾のホープであり、台湾の未来を決定しているのである。 では、中国は今後、いかなる対台湾政策を打ち出してくるのだろうか。そのポイントを理解するためには、北京の対台湾政策の変遷を振り返ってみる必要がある。「92年コンセンサス」 「92年コンセンサス」(中国や台湾では「九二共識」と表記)というものがあり、こちらは1992年に当時の政権与党だった国民党と共産党が交わしたとされる秘密の合意文書だ。「一つの中国の原則」を守るという趣旨である。ただし、その「一つの中国」は台湾の中華民国を指すか、大陸の中華人民共和国を指すかは定めていない。 民進党はそもそも「92年コンセンサス」の存在を否定するか、あっても、民意を反映した公文書ではないと批判してきた。あるいは「一つの中国」という原則を標榜しても、実際は二つの国家が存在してきたので「台湾は事実上の独立国家だ」という解釈を貫いてきた。 北京当局は蔡氏の当選を厳しく批判すると同時に、国際社会に対しても「一つの中国」原則を守るよう強要している。しかし、選挙の後、当の国民党の少壮派から「92年コンセンサス」を見直すべきだとの声が上がっている。言い換えれば、国民党はあまりにも「92年コンセンサス」の枠組みに束縛されたことから大敗に繋がったと、彼らは認識している。 台湾と中華人民共和国が「一つの中国」かどうかはともかく「92年コンセンサスは時代遅れになった」との見方は国民党内の主流になりつつあるのは事実である。これに対し、北京の習近平当局がどのように対応するかが注目されるだろう。 蔡氏が大差で国民党の候補を打ち破った要素はいくつもあるが、最大の要因の一つは香港情勢であろう。中国は香港で「一国二制度」を実施し、「成功」したあかつきには台湾にも踏襲させるという壮大なビジョンを描いてきた。 しかし、民主主義制度は大幅に後退し、市民と学生が容赦なく弾圧されてきた2019年後半の歴史を見れば、いわゆる「一国二制度」は完全に破綻した事実が示された。「今日の香港は明日の台湾」、つまり中国共産党の標榜する「一国二制度」を受け入れれば、台湾も早晩、香港の轍(てつ)を踏む命運をたどる、と台湾国民、それも若者たちは悟った。そうした覚醒が彼らの投票を大きく左右した。換言すれば、習近平総書記が蔡氏の「最強の選挙応援者」だったのである。 ただ、「蔡英文総統の応援者」習氏が「一国二制度」の旗を降ろすとは考えられない。そもそも現在の香港に大陸と異なる制度がどれほど残っているかすらも怪しい。それでも、半死状態の香港の「一国二制度下の繁栄」を謳歌しながら、武力による台湾侵攻の可能性を強めてくる危険性がある。 2隻の空母を擁する人民解放軍は今まで以上に頻繁に台湾海峡を遊弋(ゆうよく)し、威嚇行動に出てくるだろう。そして、南シナ海の軍事要塞化を容認しない米海軍との一進一退劇も繰り広げられるだろう。太平洋に向け航行する中国海軍の空母「遼寧」=2019年6月(共同、防衛省提供) 台湾海峡は日本にとってのシーレーン上に位置し、中東から運ばれる資源はすべてこの要衝を通過する。日本がいかに自らの生命線の安全を確保すべきかも今まで以上に問われるに違いない。悪夢でしかない「一国二制度」 では、台湾には習氏の「一国二制度」による「求愛」を受け入れる素地はあるのだろうか。答えは否だ。中国と周辺民族との近現代史が台湾国民に中国共産党の欺瞞性を教えたからだ。 例えば、内モンゴルの歴史を回顧してみよう。中国共産党は結党直後の1922年7月に「モンゴルとチベット、それにウイグルとは連邦を形成する」と宣言していた。その後、27年にも「内モンゴル民族には自決権がある」と同党の綱領で書いていた。 言うまでもなく、自決権とは分離独立権を指す。そして、共産党の軍隊(紅軍)が毛沢東に率いられて南中国から北部中国の延安に逃亡してきた35年12月には宣言書を公布し、「モンゴル民族にはトルコやウクライナ、それにコーカサス諸民族のような分離独立権がある。また、他の民族と連邦を形成する権利を有する」と強調していた。このように、中国共産党は結党当初から日中戦争が終結するまでずっと開明的な民族政策、それも完全な分離独立権(自決権)を認める政策だった。少数民族には少なくとも漢民族の中国人とは連邦制に基づく国家を建立する権利がある、との政策を打ち出していた。 しかし、いざ日中戦争が終わり、国民党政権が台湾に移行すると、ただちに民族自決権を与えるとの約束を反故にした。約束を否定したうえで現れたのが「民族区域自治」だ。今日、内モンゴル自治区と新疆ウイグル自治区、それにチベット自治区などすべてが限られた地域で、文化的自治を実施する、という有名無実の制度である。 では、この区域自治制度が守られているかというと、こちらも答えは否だ。内モンゴルでは遊牧していたモンゴル人が強制的に定住を命じられ、エリートたちは文化大革命中(1966~76)に数万人単位で粛清された(拙著『墓標なき草原』岩波現代文庫参照)。 当時、人口約150万人弱のモンゴル人に対し、中国は34万人を逮捕し、12万人を傷つけて身体障害者とし、2万7900人を殺害した。今日、人口約800万人のウイグル人に対し、約100万人を強制収容所に閉じ込めている。こうしたジェノサイド(民族を滅ぼしかねない大量殺害)の規模と過酷さはどれもナチスドイツを彷彿とさせるし、台湾国民にとって、まさに「一国二制度」がもたらす悪夢に見える。新疆ウイグル自治区の区都ウルムチのモスク(イスラム教礼拝所)周辺で警戒に当たる治安要員ら=2018年9月 台湾と香港、そして内モンゴルと新疆。中国共産党の少数民族政策も「一国二制度」も、当事者にはすべて悲劇をもたらしている。こうした悲劇は今日、中国の対外膨張に伴って世界各国にも悲劇を与えつつある。その中国の「独裁者」習氏が今春に国賓として日本にやってくる。日本国民は現代史から何を学び、どう行動すべきかということも真剣に考えなければならない。

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    大逆転劇を演出した台湾人の選択、「反中」では片付けられない

    では」とまでささやかれていた土壇場からの大逆転劇はどのようにして生まれたのか。 風向きを変えたのは、中国と香港の動きだ。19年1月、中国の習近平(シーチンピン)国家主席が演説で、武力行使の可能性にも触れて統一への強い意欲を打ち出した。香港では6月、逃亡犯条例の改正問題を機に政府への抗議デモが本格化。市民の声に耳を傾けず、弾圧を強める香港政府と、その背後にいる中国政府の姿を台湾市民は注視し続けた。一国二制度、台湾「ノー」 総統選で史上最多得票、若者に危機感(朝日新聞デジタル、2019.01.12) こうしたストーリーはほとんどのメディアに共通している。中国の締め付け、圧力に対して台湾市民はノーを突きつけた。中国にすり寄って経済的繁栄を得るか、それとも独立した民主主義を守るかという選択肢が突きつけられる中、台湾は後者を選んだのだ、と。台湾総統選の開票速報を見ながら小旗を振る民進党の蔡英文総統の支持者=2020年1月、台北市(共同) もちろん、このストーリーそのものは間違いではない。香港デモの問題が台湾に与えた影響も大きいだろう。 だが、その前提として抑えておくべき「ファクト」がある。それは中国による台湾「制裁」が極めて限定的な効果しかもたらさなかったこと、蔡英文政権が安定的な経済運営に成功したという点だ。台湾経済の「ファクト」は?出典:台湾経済部統計処(筆者作成) 上図は台湾の経済成長率を示したものだ。2008年5月から16年5月までが国民党の馬英九政権、それ以降が蔡英文政権の担当する期間である。 リーマン・ショックによる落ち込み、反動からの急成長と、ジェットコースターのような推移を見せる馬政権期と比べ、蔡政権期は安定している。便宜的に2008年から15年を馬政権、16年から19年を蔡政権の期間とするが、平均を取ると馬政権期が3%、蔡政権期が2・9%とほとんど差はない状況だ。出典:台湾経済部統計処(筆者作成) 失業率を見ると、安定傾向はさらに明確で、馬政権から始まっている失業率のなだらかな低下が続いている。「経済か、独立か」という問いは4年前の総統選でも共通のテーマだ。台湾市民は経済の損失を覚悟して独立を選んだはずだが、あにはからんや、実はマクロ的には経済にもダメージは出ていないのである。少なくともグラフを見る限り、経済も独立も両方ゲットだぜ、ということになるわけだ。 本当にそうなのだろうか。中国共産党がもっともシャカリキになった制裁ツールと呼ばれる訪台観光客数を見てみよう。出典:台湾経済部統計処(筆者作成) 大陸観光客数は2015年ののべ418万4千人をピークに、18年には269万6千人にまで減少している。観光客数の面では中国共産党は有言実行(?)というべきか、きっちり数を絞ってきたわけだ。 だが、その他の国を合わせた観光客総数では実は一度もマイナス成長することなく、最多数を更新し続けている。中国本土から人を呼べなくなった分、他の国からの招致に力を注いだ結果だ。 もう一つの「制裁」ポイントである輸出はどうなっているのだろうか。出典:台湾経済部統計処(筆者作成) 輸出全体という大枠で見る限り、「制裁」の影響は現れていない。特に注目すべきは、全体の輸出成長率と中国・香港向けのトレンドがほぼ合致している点だ。台湾の全輸出に占める中国・香港の比率は40%前後で最多だが、その全体的なトレンドは、「制裁」といった政治的な意志で大きな変化はなく、世界経済の変動とほぼ同一であることを意味している。政治はワンイシューで決まらない これらの経済統計から何が読み取れるのだろうか。第一に中国の経済制裁がもたらす効果は極めて限定的という点だ。中国人観光客の数が激減すれば、それをメインで商売していた旅行会社や免税店は致命的な打撃を受ける。彼らの怨嗟(えんさ)の声はあちらこちらのメディアを賑(にぎ)わし、台湾全土が「制裁」で七転八倒しているかのような印象を受けるであろう。 輸出にしてもそうだ。一部農作物など中国向けで食べていた人たちにとっては死活問題となる。 ただ、こうした「制裁」はごく一部の人々に重大な打撃を与えるものであっても、国家経済を揺るがすものではなかった。中国が本気で経済的打撃を与えようとするならば、主力輸出産業である半導体産業との関係を切るのが一番だが、それは中国企業にとっても耐えがたい痛みとなるだけに、容易にとれる選択肢ではない。 第二に蔡政権が安定的な経済運営に成功した、すなわち台湾が成熟した政権交代に成功したという点だ。経験のない政党が与党になると混乱が起きやすいのは、日本人ならば多くの人が同意するところだろうが、2回目の与党となる民進党は大きな混乱がなく、見事な経済運営を実現したと評価できるのではないか。 イノベーション促進、ベンチャー育成、バイオや軍需産業育成といった、2016年総統選時の蔡総統の公約が成功したとは現時点では評価できないが、少なくともやらかしてはいない。現職および与党に対する最大の評価項目は政治運営能力であり、最も重要な部分で合格点を出しているわけだ。2019年1月2日、「台湾同胞に告げる書」発表から40周年を記念する式典で演説する中国の習近平国家主席(共同) 「経済か、独立か」という二択で台湾市民は後者を選んだ…。このストーリーはなんとも美しいが、政治はワンイシューでは決まらない。なにより「衣食足りて礼節を知る」ではないが、経済的基盤が守られなければその先の思想を考える余裕すらなくなる。こうした原則的な面も踏まえておくべきだろう。 また、今年は習主席の国賓訪問が予定されるなど日中関係は改善に向かっているが、尖閣諸島問題や歴史問題などの懸案が残っている以上、5年、10年というスパンでみれば、関係が再び悪化する可能性は高い。その意味でも、台湾で何が起きたかは、日本にとって重要な参考事例だといえる。

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    蔡英文圧勝でも気楽に「台湾独立論」にハマるなかれ

    叫んだ日本人は少なくなかったはずだ。2020年の台湾総統選は、争点が「大陸との距離」になったことで、中国の経済的影響力の拡大に抗して民主主義や人権といった価値観を守ることができるのか否かが大きな焦点になったからだ。 もちろん総統選の全てが、単なる外交政策をめぐる二択の国民投票の視点から説明できるはずはない。だが、日本人の目には明らかに「反中」と「親中」の戦いだった。 結果、中国に対する明確な「ノー」が突き付けられ、香港の区議会(地方議会)選に続き、共産党政権が一敗地にまみれた。 大いに留飲の下がる思いだと日本人が受け止めたのも無理はない。こちらも日々、巨大化する中国の圧力にさらされているのだ。 だが、それにしても、うっかりそんなことを口に出したり、表現することには明確な一線が敷かれているべきだろう。 驚いたのは、インターネットの反応だ。台湾総統選で蔡英文氏が再選されたことを報じる2020年1月12日付の台湾各紙(共同) 蔡英文総統の再選に関し、中国が「独立に断固反対」と報じたヤフーニュースのコメント欄には、「元々台湾は中国じゃないだろう」という書き込みが最初に見つかる。書き込みへの「賛同」も7400を超え、「反対」の約250票を大きく上回っている。つまり、このニュースに関心を示したネット民の反応は共有されているということだ。 2番目のコメントも「もともと違う国なんだから、独立反対はおかしいと思うんですが。香港変換(ママ)時の約束を一年も守らなかったので、一国二制度を餌にしても誰も信じません」と同じトーンだ。やはり「賛同」が約6800で、200程度の「反対」の約30倍だ。日中の「一丁目一番地」 一読して素人と分かるコメントなので目くじらを立てる必要もないのだが、賛否を見れば日本の空気がそれと変わらないことが理解できるので心配だ。やはり日本という国は、好き嫌いを価値観という糖衣で包んだ外交しかできない国だとよく分かるからだ。 いくら腹の立つ相手でも口には出さず、ニコニコしながら自らの利害を冷徹に計算するロシアや中国と「陸続きでなくてよかった」と思う瞬間である。 日本がまず考えなければならないのは「中国ざまあみろ」ではない。この変化をどのように日本の追い風として利用できるか、である。しかも、中台双方と良好な関係を保ちつつ、一番得をする道を探ることだ。こんな当たり前のことがなぜ普通にできないのか。 国際政治のリアリティーを知らない国民の悲しさだが、基本的な素養がないという意味では、ほとんどの人が日中関係の基本を理解していないことも分かる。 国と国との関係は誤解を招きやすく、隣国となればあっという間にナショナリズムに引っ張られ、危機を招く。だからこそ外交が重要なのだ。二つの国はコミュニケ(声明文)や、それに基づく条約などで関係を深めてゆく。日中関係も例外ではない。 今春予定されている習近平国家主席の訪日にともない「第五の文書」の発出の有無が話題になるのも同じ文脈だ。 戦後、長らく外交関係を持たなかった日中が国交正常化に踏み切ったのは1972年のことである。ここで出されたのが日中共同声明である。1972年9月29日、北京の人民大会堂で日中共同声明の文書を交換する田中角栄首相(左)と中国の周恩来首相(代表撮影) 声明は簡潔にいえば、「お互い仲良くしたいけど、これだけは守ってね」という条件だ。具体的には、日本側が過去において戦争を通じて中国国民に重大な損害を与えたことに「責任を痛感し、深く反省する」ことなどが記されてある。この声明で最初に触れられているのが、中華人民共和国政府を「中国の唯一の合法政府である」と承認するということだ。 そして、中国が台湾を領土の不可分の一部であると表明したことに対して、日本国政府が「(中国の)立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第八項に基づく立場を堅持する」と応じている。「理解」と「尊重」という表現でぼかしてはいるが、日本はこれを受けて中華民国(台湾)と断交したのだ。つまり、日中関係の「一丁目一番地」は台湾問題であり、その意向を無視することは共同声明に違反することにもなるのである。眠っていた記憶が蘇る? 日本人は台湾人に親近感を覚えるので、心情的に「台湾独立」を応援することは理解できる。しかし国としての約束は守らなければならない。これが原則だ。 ついでだから「親日・台湾」についても書いておけば、私は1980年に台湾で中国語の学習を始めた。そのとき使った教科書には田中角栄首相に対する恨みつらみが満ちていて、南京大虐殺について「謝れ」と責められることは日常茶飯事だった。その記憶があるから日本人が今気軽に「台湾は親日」と言うのを聞くとヒヤリとする。 日本軍が中国大陸で最も激しく戦った相手は国民党軍だ。その蒋介石は戦後、戦争に負けた日本に対し「賠償放棄をして、さらに日本の国際社会への復帰を後押しした」―実際はアメリカの要求が大きかったのだが―にもかかわらず、中国が大きくなったら日本はそっちと国交を結び、台湾を捨てた。 少なくとも45歳くらいまでの台湾人は、そんな記述のある教科書で育っているのだ。眠っている記憶がよみがえらないと誰が言えるのだろうか。 台湾が世代交代し、今の日本への親近感は確かだとしても、過去に好き放題やった日本が、自ら「親日」などと口にするは少し慎重であるべきだろう。2020年1月12日、台湾の総統府で握手する蔡英文総統(右)と日本台湾交流協会の大橋光夫会長=台北市(中央通信社=共同) 少し話がズレたが、日中関係において中国が最も神経質になるのが、この台湾問題なのだ。 中国への宣戦布告とまで評された2018年秋の「ペンス演説」にあっても、実は台湾問題では「従来の政策を維持する」とわざわざ触れている。そのことには理由があるというわけだ。 外野席から「元々台湾は中国じゃない」などと、モノを知らない人が言うのは勝手だ。だが、これが大きな空気となり、影響を受けた政治家が人気取りで同じことを口にすれば外交問題に発展する。それは当然のこと共同声明にも反する行為だ。 昨年から日本は「国家間の約束を守れ」と韓国に対して繰り返し主張してきたが、ほとんど同じ構図で、日本が責められても文句は言えまい。「反中」フィーバーから覚めるとき 加えて将来、中国がこのままの勢いで大きくなり、相手が日本との共同声明を平気で踏みにじることが常態化したとき、日本はどう反論するのだろうか。 ちなみに、蔡英文政権に対し「大陸がプレッシャーをかけたことが裏目に出た」と今回の総統選を振り返る記事が日本のメディアで目立ったが、習政権も理由もなく圧力を使ったわけではない。蔡政権が「一つの中国」を両岸で確認した「1992年コンセンサス(合意)」を認めないとの立場を取ったからである。 「1992年コンセンサス」は国民党政権時の約束だが、そうだとしても台湾政府の選択に違いはない。馬英九政権下ではこれを基礎にさまざまな協定も結ばれた。それを政権交代した蔡政権が「存在しない」とやれば、リアクションが大陸から起きるのは無理のない話だ。 その上で蔡総統の再選をどうとらえるのかについて少し書いておきたいのだが、これも実は「台湾の親日」と同じく、恒久的なものと考えるのは間違いである。「今日の親日は明日の反日」というのが国際政治のリアリティーだ。どちらに転んでも備えられる状況を確保することこそ、真の外交である。 その意味で、一つの命題を日本は持つべきだろう。それは、もし韓国瑜(かん・こくゆ)高雄市長が真に台湾の人々の期待に応えられる人材であったとしたら、蔡総統再選は同じようにかなったのだろうか、という疑問だ。これは「韓国瑜フィーバー」の絶頂期の勢いから香港問題の影響を引く計算になると思うが、ひょっとしたら多少の減速があっても国民党が勝ち切ったかもしれない。 香港のデモがいまだ勢いを失っていないことを考慮すれば、蔡総統への追い風も続くと思われる。だがいったん、反中というフィーバーから覚めたとき、台湾に戻ってくるのは経済政策で迷走を続け、統一地方選で大敗した当時の空気だ。2020年1月、台湾北部・新北市の集会で演説する最大野党、国民党の総統候補、韓国瑜氏(共同) そうでなくても打つ手に乏しい経済政策に加え、中国からの有形無形の嫌がらせに直面する政権の行く手は平らな道ではない。 地域の経営に行き詰まったとき、蔡政権が中国の脅威を強調して求心力を高める方向に舵(かじ)を切ることは十分に考えられる。2019年度の防衛予算を対前年比で5・6%増やし、米国から兵器を買い入れているのは、そんな未来を示す一つの兆候だ。本来、経済対策につぎ込むべき予算をそちらに投入してしまえば、悪循環は止まらない。 もし、台湾周辺に人工的な緊張が高められたとき、巻き込まれるのは一に米国であり、二に日本だ。日本はそうした事態にも備えなくてはならないはずだ。

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    経済優遇とフェイクニュースで台湾侵食を図る中国

    岡崎研究所 中国の対台湾政策の手段は、アメとムチ、つまり経済的利益の約束と軍事的威圧の両方を使い分けることにある。1月11日の台湾における総統選挙と立法委員選挙(台湾の国会は一院制)を控え、中国は硬軟両様の手段を使い分けようとしている。この半年間の香港情勢は、世界に対し、中国の言う「一国二制度」の実態が如何なるものかを暴露した。台湾では、蔡英文総統下の民進党政権はもともと「一国二制度」なるものを中台関係を律するものとして受け入れたことはない。 しかし、中国の側では、香港統治に適用されている「一国二制度」は、将来、台湾を「統一」する際のモデルになるもの、と位置付けてきた。2019年に入ってからの習近平主席の1月の発言(台湾を「一国二制度」によって統一したいとの趣旨の発言)、さらには2019年6月以来続いている香港の大規模デモによる混乱ぶりは、皮肉にも、2018年11月の統一地方選挙で大敗した蔡英文の支持率を大きく押し上げる結果となった。蔡の支持率は国民党候補の韓国瑜に大差をつける状況となっているが、それは中国側の意図が一般の台湾選挙民の警戒感や危機意識を高めたことを示している。今日の状況は、中国との距離がより近いと見られている国民党にとって不利に働いているということである。 このような中台関係全体の状況の中においても、中国としては、対台湾工作を硬軟両様の種々の手段を通じて行っている。 中国が経済的梃を使って、台湾人を引き付けようとしていることは、咋年11月に中国政府が台湾の企業と台湾人を対象にして表明した「26項目の優遇措置」がよく示している。たとえば、台湾人が中国で就職したり、就業したりするときに、便宜を与えるというような点は若い台湾人にとっては、依然として一つの魅力になっているといわれている。蔡英文は、「26項目の優遇措置は台湾に一国二制度を強いるためのより大きな企ての一環」と言っているが、その通りであろう。 また、フェイクニュース、偽情報を台湾内部に広く拡散し、台湾社会を分断させようとの意図も明確である。昨年4月、人民日報系の「環球時報」は、「台湾問題を解決するのに我々は本当の戦争を必要としない。中国は民進党政権下の台湾を、台湾独立勢力にとって意味のない、レバノンのような状況にすることが出来る」と述べている。これは単なる虚勢といえるだろうか。 台湾の地方政治が深く関係する立法委員選挙においては、中国が各地の後援者のネットワークを利用し、旧来からのコミュニティーの指導者、農民団体などの票を買うことも考えられる。さらに台湾の特定メディアを引き込むため、中国政府の代理人が台湾の通信社にカネを払い、親中国の記事を書かせる、ということは一般によく知られている。 2018年には、大阪駐在の台湾代表所の代表が、台風第21号による関西空港の閉鎖への対処をめぐる問題で非難を浴び自殺するという事件があった。実態は必ずしも明白ではないが、中国からのサイバー攻撃やフェイクニュースの流布が基になっている、と言われたことがある。習近平国家主席が登場し、陽気なポップ音楽に乗って「第13次5カ年計画」を紹介する動画をネット上で見る上海の若者=2016年1月撮影 これらのケースを見れば、今日、台湾は香港に並び、中国からの種々の浸透工作の最前線に立たされている、といっても間違いではないだろう。最近、米国と台湾がサイバー防衛強化のための安全保障訓練を主催したと報じられた。この演習には日本からも参加があったが、今後、このような機会を増やしていくことが強く望まれる。

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    中国で拘束された台湾人 149人中48人がいまだ消息不明

    16年5月、台湾で独立色が強い民主進歩党(民進党)の蔡英文政権が誕生してからこれまでの3年半の間で、中国訪問中に消息が分からなくなっている台湾人が48人にも上っていることが明らかになった。その大半は反スパイ法に抵触して身柄を拘束されたり、すでに裁判で有罪判決を下されて服役しているとみられる。 台湾の対中窓口機関、海峡交流基金会(海基会)は「3年半の間に大陸訪問中に失踪したとの連絡を受けた台湾人は全部で149人に上るが、101人は無事が確認されている。しかし、残りの48人については、中国側から明確な説明がなく、非人道的な扱いを受けていると言わざるを得ない。このような状況はただちに改善されなければならない」などと中国側に抗議している。 台湾メディアによると、中国を訪問中の台湾人が消息を絶ったケースは2016年5月以前では年に数えるほどしかなかったが、蔡政権発足後は急激に増加している。中国政府は蔡台湾総統が台湾独立を進めようとしていると警戒しており、台湾のスパイに神経をとがらせていることが、消息不明の台湾人急増の背景になっているようだ。 最近も中国当局によって身柄を拘束されている台湾人3人の名前が明らかになっている。そのうちの1人は昨年8月に中国を訪問中に消息が不明になっていた元台湾師範大学助教授の施正屏氏。中国の対台湾政策を担当する国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官はこのほど、施氏について「中国の国家安全に危害を加えようとしたため、法律に基づく取り調べを行っている」と発言。反スパイ法に抵触した容疑で身柄を拘束していることを明らかにした。 2人目は中台関係発展推進のために活動している団体「南台湾両岸関係協会聯合会」主席の蔡金樹氏。馬報道官は記者会見で、蔡氏が「国家に危害を与える活動に従事した」疑いで昨年7月から拘束していることを初めて明らかにした。 3人目は台湾南部・屏東県枋寮郷の郷政顧問で望遠鏡メーカーの「信達光電科技」代表の李孟居氏。馬報道官は李氏について「中国の国家安全に危害をもたらす犯罪活動に従事した疑い」で身柄を拘束していることを明らかにした。 李氏は今年8月18日、香港を訪問。李氏は同20日午前、台湾の知人との電話で「中国と境界を接する香港の新界地区にいる」と話していたという。その直後、李氏は知人に中国人民解放軍が集結する様子を収めた写真を電子メールで送ってきたが、その後、消息を絶ったという。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) これら3つのケースについて、台湾行政院(政府)は「海基会など関係部門が中国と積極的に交渉を進めているが、中国にはほぼ政治しかなく、法治はない」と非難。 また、台湾行政院における中国問題担当機関である大陸委員会は中国に対し、「(3人の)拘束地点と違反の疑いがある法令、身柄の自由を制限した時間などについて即座に完全な説明をするべきだ。また、両岸(台湾と中国)間の取り決めに基づき、台湾政府と家族に詳しい状況を知らせるべきだ」と主張している。 日本人関連では反スパイ法に抵触したとして身柄を拘束された北海道大教授が最近、解放された。しかし、いまだに拘束されて取り調べを受けていたり、裁判で有罪判決を下されて服役している日本人は9人も残っており、日本政府は中国側に詳しい説明を求めている。関連記事■NHKが林鄭月娥氏の名を「蛾」に誤植、香港人に大ウケ■FedExのパイロットが中国で拘束 ファーウェイ事件の報復か■中国富豪男の夢「蒼井そらを1晩300万円でセッティングしろ」■中国人が接待で「女体盛り」を要求、要した費用は32万円■中国でワニ料理が人気に、レストランからワニ脱走相次ぐ

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    中国の禁書扱い拉致された香港書店店主 台湾で書店開業へ

     2015年、中国共産党政権にとって有害な禁書を中国に持ち込んで利益を得ていたなどとして、中国当局によって拉致された香港の書店の店主、林榮基氏に新たな動きが見られた。2020年5月、台湾の台北市内で、かつて経営していた「銅羅湾書店」をオープンする計画であることが明らかになったのだ。 台湾の独立を目指しているなどとして、中国は民進党政権を強く警戒しているが、台北市内での銅羅湾書店の開店が中台関係を一段と悪化させ、習近平指導部の蔡英文・総統批判が強まることが予想される。 林氏は2015年に拉致されたあと、中国福建省泉州市内の中国の情報機関、国家安全省管理下の施設に閉じ込められ、外出も許されず、3か月間取り調べを受けていた。その後、香港内にある書店の書類などを証拠品として提出することを口実として、香港に戻った際、香港の知人らと記者会見。中国当局によって不当に拉致された事実を暴露し、中国当局の手を逃れ自由の身となった。 しかし、林氏は今年4月に香港政府が逃亡犯引き渡し条例の立法化手続きを始めたことで、再び中国当局に身柄を拘束されることを警戒し、香港から台湾に避難。台湾には政治亡命者を受け入れる法律がないため、観光ビザで台湾に入り、以後3か月ごとにビザを更新しているが、台湾当局は林氏が商用で台湾に滞在可能との特例措置を認めたため、禁書を扱う書店を台湾で再開することになったという。 林氏が新たに書店を開くのは、文化発信地として若者に人気がある台北市万華区にある商業地区で、「台北の原宿」などと呼ばれる西門町。 林氏がこのようなファッションやサブカルチャーの発信源ともいえる西門町今度は台湾で書店を開業に店を構えようと思ったのは、「多くの若者や観光客が集う場所であり、中国の実態を伝えるには好立地だからだ」と話しているという。 問題は資金をどうやって捻出するかだったが、今年9月と11月に「台湾に銅羅湾書店を。『自由の魂よ。開け』」との大規模な募金活動を行った結果、約3000人から総額で597万台湾ドル(約2140万円)の資金を集めることができたという。 この裏には、台湾当局の有形無形の支援があったと見られている。台湾側は香港で6月以降の激しいデモが行われて以来、香港警察の逮捕を逃れるために台湾に避難してきた民主化指導者や活動家を受け入れている。さらに、蔡総統も「私たちから遠くない香港は、『一国二制度』の失敗によって、秩序を失った辺境となってしまった。台湾政府に保護を求める香港市民に対して、個別に人道的な援助を提供する」と表明している。 これに対して、中国の対台政策を所管する国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官は民進党に「香港事務の介入を止めるよう」要求し、「(台湾政府が)香港に危害を加える一部の急進分子の勢いを助長しようとしている」と猛烈に非難している。関連記事■香港の書店関係者5人失踪 「発禁本」の中身とは■中国で禁書指定「習近平暴露本」が米で出版へ その衝撃内容■中国でワニ料理が人気に、レストランからワニ脱走相次ぐ■中国空軍で事故が多発 今年既に10人死亡、100人負傷か■中国人が接待で「女体盛り」を要求、要した費用は32万円

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    この先も相次ぐ「中国発」新型コロナウイルスの潜在的な脅威

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 中国の武漢市で新型コロナウイルスの感染が確認された。この記事を書いている1月19日現在、判明していることは以下だ。 中国国内の患者数の合計は62人。このうち、8人が重症と判断され、2人が亡くなっている。1人は進行した肝疾患を抱えた61歳の男性。ウイルス感染が基礎疾患を悪化させた可能性が高い。もう1人は69歳の男性で、基礎疾患の有無は明らかではない。 中国国外で診断されたのは2人だ。1人は1月12日にタイで診断された61歳の男性。武漢からの旅行者で、5日に発症していた。もう1人は30代の日本人だ。16日に報告された。6日に武漢から帰国し、同日に医療機関を受診した。10日に入院し、15日に軽快、退院している。 では、このウイルスの毒性は、どの程度だろうか。2003年3月に中国広東省から広まった重症急性呼吸器症候群(SARS)の致死率は9・6%、13年5月にサウジアラビアで発生した中東呼吸器症候群(MERS)は34・4%だった。いずれも今回と同じコロナウイルスだが、現時点では、このようなウイルスよりは毒性は低いと考えられている。 ただ、これはなんとも言えないと思う。もし、69歳の死亡例が健常人であれば、楽観視できない。重症と言われている8人の全てが亡くなれば、致死率はSARSを上回る。 次の問題は感染力だ。注目すべきは、中国国内で診断された62人の多くが武漢の海鮮市場で働いていたことだ。この中に妻も感染したケースが含まれる。この妻は海鮮市場に出入りしていないから、職場と家族内で一気に拡散したという見方もできるし、感染している動物と接触すると容易に感染するが、家族内での感染が少ないことを考慮すれば、人から人への感染リスクは高くないのかもしれない。新型コロナウイルスが原因とみられる肺炎患者が多く出た中国湖北省武漢市内の海鮮市場(共同) ちなみに、タイと日本の患者は、この市場との接触はない。感染経路は不明だが、彼らが普通の会社員であれば、感染動物と接触し、うつった可能性は低いだろう。以上の事実は、ヒト・ヒト感染を起こす可能性を示唆している。 現在、厚生労働省や有識者の多くが「過剰に心配する必要はない」と主張している。そして、国民の多くが、毒性も感染力も低いと考えている。私は、このような希望的な観測には賛同できない。 そもそも計64人の感染者のうち、8人が重症化したのだから、毒性はそれなりに強いだろう。彼らの多くは市場で働いていた現役世代だ。介護施設に入っているような高齢者ではない。免疫を持っていない状態で罹患すれば、かなりの確率で重症化しそうだ。現状は「患者が置き去り」 ただ、私は現時点では危険とも安全とも言えないと考えている。このまま収束する可能性もあれば、将来的に大流行する可能性も否定できない。現時点で「過剰に心配する必要がない」のは、発症から時間が経っていないため、まだ拡散されていないからだ。感染者と接触する可能性は低いため、その意味でインフルエンザの方がはるかに「危険」だが、このことが新型ウイルスについて何も心配しないでいいと保証するものではない。 現に英インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者たちは、武漢市内の感染者は推計で既に1723人にのぼると報告した。上海や深圳でも疑い例の存在が報じられている。 では、どうすればいいのか。私は正確な情報を世界でシェアすることだと思う。まずは遺伝子配列のデータを一刻も早く公開することだ。世界中の専門家が様々な意見を学術論文という形で述べるだろう。また、医療現場でやるべきは、正確に診断することだ。そのためには医療現場、特に最初に受診する開業医に診断手段を提供しなければならない。 具体的には、彼らが普段使っている検査会社に普通にオーダーずれば、結果がすぐに返ってくるようにすることだ。国立感染症研究所に申し込み、サンプルを自分で送るようでは、多忙な医師は対応できない。 専門家の中には、後日、保存された血清などを用いて、疫学的な調査をすればいいという人もいるだろうが、これでは患者が置き去りだ。医療機関を受診する患者の中には「新型ウイルスにかかっているのではないか」と悩む人もいるだろう。彼らの不安に全く対応していない。政府や専門家がやるべきことは、国民と医療現場を統制することでなく、彼らを支援することだ。 これは2009年の新型インフルエンザ流行の反省だ。このときもそして現在も、厚労省は新型ウイルスの流入を水際で食い止めるといい、メディアもこの方針に疑問を呈さない。 数カ月間かけて世界を旅する大航海時代ならいざ知らず、現在、こんなことは不可能だ。日本と中国は飛行機でわずか数時間の距離で、潜伏期間の患者はどんな方法を使っても食い止められないからだ。新型のウイルス性肺炎患者が国内で初めて確認されたことについて記者会見する厚労省の担当者=2020年1月 09年の新型インフルエンザ流行の際には、最初に診断された症例は神戸の住民で、海外渡航歴はなかった。地元の医師が感染を疑い、特別に検査したところ感染が判明した。当時、厚労省は検査する患者の基準を定めており、この患者は厚労省の基準を満たしていなかった。熱意ある医師が何とか関係機関と調整して、検査をしてもらったのだ。 その後、新型インフルエンザが国内で大流行したのは、ご存じの通りだ。今回、この教訓は活かされるのだろうか。ここまでは、その兆候はない。 なぜ、やらないのだろうか。もし、財源が必要なら、加藤勝信厚労相や安倍晋三総理に正確な状況と費用を説明して、リーダーシップを発揮してもらうことだ。せっかく、検査体制を整備しても、もし流行しなかった場合は、カネは無駄になる。それはそれでいいではないか。国民の命がかかっているのだから。必要なのは「患者目線」の対応 この問題は今回の流行だけに限らない。新型ウイルスに対する危機管理体制を確立するのは、日本にとって喫緊の課題だ。なぜなら、今後も中国発の新型ウイルスが出現し続けるからだ。この問題は、今こそ議論すべきだ。 新しいウイルスは突然なにもないところから生まれてくるわけではない。多くは動物に感染するウイルスで、何らかの突然変異が生じ、動物からヒトに感染するようになる。そして、さらに変異が生じ、ヒトからヒトに感染するようになる。 例えば「はしか」は、元はウシやイヌの感染症だ。家畜化の過程でヒトの感染症へと変異した。ヒトのみに感染する天然痘は、元は齧歯(げっし)類のポックスウイルスから進化したと考えられている。人類社会が発展し、ネズミと「共生」するようになったため、ヒトに感染する変異体が生まれた。 現在、新型ウイルスが最も生まれやすいのは中国だ。二つの理由がある。一つは中国には大量の家畜が存在することだ。2017年に世界で9億6700万頭のブタが飼育されていたが、このうちの45%は中国だ。2位のアメリカの7・6%を大きく引き離して断トツのトップだ。 ニワトリは全世界で228億羽飼育されているが、21・3%が中国だ。これも2位のインドネシアの9・5%を大きく引き離す。もう一つの問題は飼育場所が人間の生活圏と近接し、家畜を生きたまま販売する習慣があることだ。 この点は以前から危険性が指摘されてきた。『サイエンティフィック・アメリカン』誌の編集長を務めたフレッド・グテル氏は著書『人類が絶滅する6つのシナリオ』の中で、「食肉用の動物を生きたまま販売する」伝統を紹介している。新型のウイルス性肺炎について注意喚起するポスターが掲示された成田空港検疫所を通過する中国湖北省武漢市からの到着客=2020年1月16日 例えば、「広東省の市場では、ニワトリが一羽ずつ入ったかごがいくつも積み上げられているのが普通」という感じだ。このような家畜は狭いところで、密集して生活しており、一旦感染症が流行すると、容易に伝搬する。そして、消費者や労働者にもうつる。これが中国から新型ウイルスが生まれ続ける理由だ。今後も状況は変わらないだろう。 中国は日本の隣国だ。われわれは、今回のような事態を繰り返し経験し続ける。今こそ、患者目線で現実的な対応を議論すべきだ。

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    習近平の逆ギレで始まる「中国の暴走」

    建国70年を迎え、中国の習近平政権は過去最大規模の軍事パレードで軍拡路線をアピールした。一方で、経済大国に成長しながら、共産党一党独裁という政権の異質さは変わっていない。覇権主義を突き進み、悪しき原点と評される「毛沢東時代」に立ち戻ろうとする中国は、暴走の果てにどこへ向かうのか。(写真は共同)

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    なぜ習近平は毛沢東の「暗黒時代」に戻そうとするのか

    を考えるためには、中華人民共和国の生い立ちと歴史を一度振り返ってみる必要があろう。 今から70年前の中国の建国はそもそも、毛沢東(もうたくとう)共産党が中華民国という合法政府に対して軍事反乱を起こして内戦に勝ち抜いたことの結果である。だから建国当時からこの国は軍事力を基盤にした共産党独裁の軍事政権であり、今でもこの体質は全く変わっていない。近代政治文明の視点からすれば、中国はまさに異質な国であり、「民主と自由」の普遍的価値観とは正反対の政治理念の持ち主である。 建国してから1976年までの毛沢東時代、中国は共産党の一党独裁によって支配されていたのと同時に、希代の暴君である毛沢東の個人独裁の支配下にもあった。 その時代、国民全員は人権と自由のすべてを奪われて完璧な密告制度によって監視されていて常に政治的恐怖におびえていた。その一方、国民の経済生活はいわば社会主義計画経済によって完全に統制されていた。民間企業が消滅させられ競争の論理も放棄された中では経済が活力を失って成長が止まり、中国はアジアの中でも最貧困国家の一つに成り下がっていた。 その一方、毛沢東の共産党政権は対外的には覇権主義的拡張戦略を積極的に進めた。建国の直後にチベット人やウイグル人の住む地域に人民解放軍を派遣してそれを占領して中国の一部にした。朝鮮半島にも出兵して連合国軍と戦い、ベトナム戦争にも参戦してベトナムの共産党勢力を支援した。そして国境を挟んでインドや旧ソ連とも局部的な戦争をした。 まさしく軍事政権よろしく、毛沢東の中国は軍事力を使って周辺民族に対する侵略を繰り返し、周辺国との無謀な戦争にも明け暮れていた。しかし結果的には中国は国際社会からますます孤立してしまい、一時は米ソ両大国を敵に回して世界と断絶するような鎖国政策をとった。 やがて毛沢東晩年の文革期になると、嵐のような紅衛兵運動の中で1億人単位の人々が何らかのかたちで政治的迫害を受け、知識人を中心にして数千万人の人々が殺されたり自殺に追い込まれたりした。中国全体はまさに阿鼻(あび)叫喚の生き地獄となった。おそらく中国四千年の歴史の中では、文革の十年こそは最も悲惨なる暗黒期だったのであろう。 そして1976年に毛沢東が死去すると、中国の現代史に大きな転機が訪れた。毛沢東死後の一連の政治闘争を経て党と国家の最高権力を手に入れたのは実務派幹部の鄧小平(とうしょうへい)であるが、彼は政治の実権を握ると、毛沢東の政治路線とは正反対の改革・開放路線を進め始めた。中国建国70年を迎え、北京の天安門の楼上に並ぶ習近平国家主席ら要人(上)と毛沢東の肖像画=2019年10月1日(共同) 「改革」とは要するに、硬直した社会主義計画経済に競争の論理を導入すると同時に民間企業の復活を認めて経済に活力を与えることだ。一方の「開放」とは要するに、毛沢東時代の鎖国政策に終止符を打ち、中国の「国門」を外部世界、特に西側先進国にオープンしていくことによって、諸先進国から経済成長のために必要な資金と技術を導入することである。 そのためには、鄧小平は毛沢東時代の拡張戦略にも一定の軌道修正を加えた。いわば「韜光養晦」(とうこうようかい)戦略の下で、覇権主義的野望を一時的に覆い隠してソフトな外交路線を進めることで西側諸国の警戒心を和らげ、外国資本と技術が中国に入りやすくなるための環境整備を行った。全て共産党体制強化のため 結果的にはこのような鄧小平路線と戦略は大いなる成功を収めた。1980年代からの数十年間、アメリカや日本、そしてEU諸国を含めた西側先進国は皆、「中国はそのまま開放を拡大して成長が続けば、いずれか西側の価値観と民主主義制度を受け入れて穏やかな国になるだろう」との期待感を膨らませて、さまざまなかたちで中国の近代化と経済成長を支援した。 西側先進国の企業も「巨大な中国市場」に魅了されてわれが先にと中国進出を果たして資金と技術の両方を中国に持ち込んだ。その結果、中国は数十年間にわたって高度成長を続け、今や経済規模において経済大国の日本を抜いて世界第二の経済大国となった。そしてそれに伴って、中国という国の全体的国力は、毛沢東時代のそれとは比べにならないほど強大化した。 しかし中国は果たして、西側の期待する通りに普遍的な価値観を受け入れて穏やかな民主主義国家となっていくのだろうか。答えはもちろん「NO」である。 鄧小平は国力増大のために経済システムの改革と諸外国に対する開放政策を進めたが、それはあくまでも共産党一党独裁体制を強化するための手段であって戦略であり、西側の価値観を受け入れて中国を民主主義国家にしていくつもりは毛頭ない。1989年6月、それこそ西側の普遍的価値観に共鳴して中国の民主化を求める学生運動に対し、鄧小平政権が断固として血の鎮圧を敢行したのはまさにそのことの証拠だ。共産党政権の異常なる本質はこれでよく分かったはずである。  だが、残念ながら天安門の血の鎮圧の後でも、アメリカや日本などの先進国は依然として中国への幻想を捨てきれず中国への支援を続けた。特に2001年に中国が世界貿易機関(WTO)に加盟した後には、アメリカなどの先進国は技術と資金だけでなく、国内市場をも中国に提供することとなって中国の産業育成・雇用確保・外貨の獲得に大きく貢献した。 このため中国の経済規模の拡大は勢いを増したが、それに伴って中国の全体的国力と軍事力が飛躍的に上昇して、中国は西洋諸国をしのぐ世界第二の経済大国になっただけでなく、世界有数の軍事大国になって世界全体に大いなる脅威になっているのである。 この流れの中で、2012年に今の習近平政権が成立してから、中国は鄧小平時代の築き上げた強大な経済力と軍事力をバックにして再び世界制覇・アジア支配の覇権主義的野望をむき出しにして、そのための本格的戦略を推し進め始めた。 習近平主席は就任したときから、いわば「民族の偉大なる復興」を政権の基本的政策理念として全面的に持ち出した。その意味するところはすなわち、中華民族が近代になってから失った世界ナンバーワンの大国地位を取り戻して、かつての「華夷秩序」の再建を果たしてアジアを再びその支配下に置くことである。中国建国70年の記念式典で、人民解放軍を閲兵する習近平国家主席=2019年10月1日、北京(新華社=共同) そのためには習主席と彼の政権は、鄧小平以来の「韜光養晦」戦略と決別し「平和的台頭」の仮面をかなぐり捨て、赤裸々な覇権主義戦略の推進を始めた。 巨額な外貨準備高を武器にアジア諸国やアフリカ諸国を借金漬けにして「一帯一路」による「中華経済圏」、すなわち経済版の「華夷秩序」の構築をたくらむ一方、南シナ海の軍事支配戦略の推進によってアジアと環太平洋諸国にとっての生命線である南シナ海のシーレーンを抑え、中国を頂点とした支配的な政治秩序の樹立を狙っているのである。毛沢東時代に逆戻り それと同時に、習政権は国内的には毛沢東時代以来、最も厳しい思想統制・言論弾圧・人権弾圧・少数民族弾圧を行い、人工知能(AI)技術による完璧な国民監視システムの構築を進めた。その一方、習政権はいわゆる「国進民退」政策を推進して、国有企業のさらなる強大化を図って民間企業を圧迫し、毛沢東時代の計画経済に戻ろうとする傾向さえを強めてきている。 つまり、外交と内政の両面において今の習近平政権は鄧小平以来の「穏健路線」を放棄して、毛沢東時代の強硬政治と過激路線に逆戻りしている。そして、政権運営の仕方に関しても、習主席は鄧小平時代以来の集団的指導体制を破壊して、彼自身を頂点に立つ独裁者とする、毛沢東流の個人独裁体制を作り上げている。そのために彼は憲法まで改正し、国家主席の任期に対する制限を撤廃して自らが終身独裁者となる道を開いた。 しかし、ここまで来たら、鄧小平の改革時代以来、西側先進国の中国に対する甘い期待が完全に裏切られることとなった。中国が成長して繁栄すれば、西側の期待する通りの穏やかな民主主義国家になるというわけでは全くない。 中国が成長して強大化すればするほど、極端な独裁体制になって人民の自由と人権を抑圧し、国際的にはますます横暴になって覇権主義的・帝国主義的拡張戦略を推し進め、アジアと世界全体にとっての脅威となっているのである。 だが、結果的にはそれはまた、西側諸国の中国に対する甘い幻想を粉々にうち壊して、中国共産党政権の変わらぬ本質と中国の危険性を人々に再認識させ、国際社会の警戒心を呼び起こした。 その中で特に重要なのは、習政権の危険なる行いはやがて、数十年間にわたって「中国幻想」を抱くアメリカという国を目覚めさせ、「敵は北京にあり」との認識をアメリカに広げたことである。 今のアメリカでは、民主党、共和党問わず、「中国敵視」こそが政界とエリート層の共通したコンセンサスとなってしまった。習政権は愚かにも、アメリカという世界最強の技術大国・軍事大国を眠りから起こして敵に回した。 こうした中で、2017年に誕生したトランプ政権は成立当時からまさに中国からの脅威への対処を最も重要な政策課題にした。「航行の自由作戦」を展開して中国の南シナ海支配戦略を強くけん制する一方、日本との同盟関係強化や台湾との関係強化を図って中国のアジア支配に「NO」を突きつけてきた。 握手するトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2018年12月1日、ブエノスアイレス(新華社=共同) 2018年になると、トランプ政権はさらに、中国に対する本格的な貿易戦争を発動した。それは実は、今の中国の最も痛いところを直撃するような高度なる戦略である。前述のように、強大化した中華帝国の土台を支えているのはあくまでも今までの経済成長だが、中国経済のアキレス腱(けん)は実は、内需が徹底的に不足している中で、経済の成長は国内の投資拡大と対外輸出の拡大に大きく依存している点である。そして中国の対外輸出の最大の得意様はまさにアメリカであり、中国の貿易黒字の6割は実はアメリカ市場から稼いでいる。 つまり、広大なアメリカ市場こそが中国の経済成長の命綱の一つであるが、トランプ政権が貿易戦争を発動して中国製品に高い関税をかけると、中国の輸出品はアメリカ市場から徐々に締め出されていくことになる。実際、今年の上半期においては、中国の対米輸出は前年同期比で8%以上も減ってしまい、輸出全体もマイナス成長に陥っているのである。 中国経済は沈没の一途 対米輸出と輸出全体が減ってしまうと、当然の結果、国内の輸出向け企業が軒並みに倒産して失業が拡大し、景気の悪化が加速する。その一方、輸出減がそのまま中国の手持ちの外貨の減少にもつながるから、一帯一路推進のための財源も枯渇していく。言ってみれば、トランプ政権が発動した貿易戦争は、中国経済に大きな打撃を与えているのと同時に、習政権の覇権主義的国際戦略の推進に対する「兵糧攻め」にもなるから、まさに一石二鳥である。 貿易戦争の発動と拡大が一因となって、中国経済全体は今や毎月のように減速して沈没への一途をたどっている。政府の公表した数字にしても、中国の成長率はすでに最盛期の10%台から直近では6・2%に陥っているが、中国国内の専門家が明らかにしたところでは、2018年の実際の成長率が1・67%であって、高度成長はほぼ終焉(しゅうえん)しているのである。それ以外には、中国経済はまた、巨額な国内負債問題や史上最大の不動産バブルの膨張などの「時限爆弾」的な大問題を抱えているが、その中の一つでも「爆発」すれば中国経済は一気に崩壊の末日を迎える可能性は十分にあろう。 その一方、国際戦略の推進に関しては、習政権肝いりの一帯一路構想は今や「闇金融」であるとの「名声」を世界的に広げて、欧米諸国から厳しく批判される一方、アジア諸国からの離反も相次いでいる。一帯一路は今、風前のともしびとなっているのである。 こうした中で、中国国内でも習政権にとっては頭の痛い政治的大混乱が起きている。中国の特別区である香港で起きた抗議運動の長期化である。 いわゆる「逃亡犯条例修正案」の提出をきっかけに今年6月に巻き起こった香港の市民運動であるが、香港当局が「条例修正案」の撤回を正式に表明した後でも、運動は静まる気配を一切見せていない。今ではそれは完全に、香港市民の中国共産党政権に対するボイコット運動となっていて、長期化していく様相を呈している。 そして、香港の抗議運動が数カ月にわたって展開していても、中国政府と香港政府はそれを収拾することもできなければ沈静化することもできない。 10月1日、習政権は北京で国威発揚のための建国70周年記念式典・軍事パレードを盛大に行ったその当日、香港市民が黒い服を身につけて大規模な抗議活動を展開していた。習政権のメンツはこれで丸つぶれとなって「国威発揚」はただの笑い話となっているのである。中国・香港で「逃亡犯条例」改正案を発端とした抗議活動をするデモ隊(奥)に、警官隊が催涙弾を撃ち込み現場に立ち込める煙=2019年10月1日(共同) こうしてみると、中国の習近平政権は四面楚歌(そか)・内憂外患の中で建国70周年を迎えたことになっているが、考えてみればそれはまさに、70年前に成立した中国共産党政権の歪(いびつ)な体質をさらに拡大化して独裁と覇権主義を強めた習政権の政治・外交路線のもたらした必然な結果であろう。アメリカも香港市民も、この共産独裁帝国の危険性、そして習政権の危険に気が付いて中華帝国に対する逆襲を始めたわけである。毛主席記念堂参拝の意味 こうした中で、習政権は今後一体どうやって、国内外の難局を乗り越えて活路を見いだしていくのだろうか。それを占うのに示唆の富んだ動きの一つがあった。9月30日、建国70周年記念日の前日、習主席はなんと、最高指導部の面々を率いて、天安門広場にある「毛主席記念堂」を参拝したのである。 鄧小平の時代以来、共産党最高指導部の人々が毛沢東の遺体を安置しているこの記念堂を参拝するのは普通、毛沢東誕辰(誕生日)100周年や110周年などの節目の記念日に限ったことであって、建国記念日に合わせて参拝した前例はない。 習近平指導部による、上述のような前例破りの行動には当然、特別な政治的な意味合いが込められているはずだ。要するに習主席はこの行動をとることによって、自分と自分の政権は今後、まさに毛沢東路線へ回帰することによって内憂外患の難局を打破していく意志であることを内外に向かって宣言したわけである。 人間が窮地に立たされた時には退嬰(たいえい)的な行動をとるのはよくあることだが、それと同様、今になって窮途(きゅうと)末路の習主席と習政権はどうやら、毛沢東時代への先祖返りで政権の自己防衛を図り、生きていく道を切り開こうとしているのである。 こうしてみると、建国して70年がたっても、共産党政権は一向に変わることなく毛沢東時代以来の独裁軍事政権のままであることがよく分かるし、70年間にわたる中国共産党政権の歴史は結局、70年前の悪しき原点に立ち戻ることを最終の帰結としている。 もちろん、毛沢東時代への回帰は中国自身と周辺国にとって何を意味するのかは明々白々である。習政権の下では中国という国は今後、国内的には思想統制と言論弾圧・民族弾圧がますます厳しくなって、経済が再び社会主義計画経済の統制下におかれて活力を失っていくのであろう。そして対外的には、今後の中国は武力と恫喝による台湾併合を進めていくだけでなく、周辺諸国に対してますます覇権主義的強硬外交を展開していき、習政権の中国はこれまで以上に、アジアと世界全体にとっての脅威になっていくのであろう。会談に臨む中国の習近平国家主席と安倍首相=2018年9月12日、ウラジオストク(代表撮影) 毛沢東時代に先祖返りしていく、この凶暴にして退嬰的な巨大帝国の脅威にどう対処していくのか。それこそが今後、日本を含めたアジア諸国が直面していく最大の安全保障上の難題であろう。

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    渡邉哲也×吉川圭一対談 覇権争いで剥がれ始めた中国の「仮面」

    な話題になっていますが、この根底には世界の大きな覇権争いが存在するわけです。どういうことかと言えば、中国はアメリカに対して太平洋の分割を迫り、覇権国家であるアメリカの体制を壊そうとした。それに対してアメリカ側は安全保障上の問題も含めて現代戦に持ち込みました。大量破壊兵器が生まれた現代としてはかつてのようないわゆる武力だけの紛争ではなく、経済も大きな戦争の要因になっている。だからよく米中貿易戦争という言葉がありますが、正しくは「米中戦争貿易版」と考えた方がよいでしょう。 そしてアメリカとソ連の冷戦終結後、グローバリズムが世界に広まっていきましたが、これは、モノ、カネの移動の自由ということです。グローバリズムとは、一つのルールで世界が動くことを意味しますが、中国はその自由側社会、つまり西側社会に入ってくるとき、西側社会のルールのもとで活動すると言っていたのに、実際は資本移動の自由どころか、国有企業の改革もしなかった。結局、開発独裁型の経済をそのまま維持し、しかもそれが軍事と連動しているので、アメリカは圧倒的に不利なわけですね。あくまで中国は自分たちのルールでやっていますからね。 例えば日本やアメリカの企業が完全な民間資金でビジネスをやっている一方で、中国企業はバックに国がついていていくらでも資金が調達できる。これを同じ土俵で戦えるかというのがアメリカ側の言い分なわけです。中国は世界貿易機関(WTO)に入るとき、完全な資本の自由化と、国有企業をなくして民営化していくと言った。でも、それを守っていない。また、国際通貨基金(IMF)からの特別引出権(SDR)についても為替の自由化を約束しておきながら、これもやっていない。人民元は管理変動相場制で管理するかたちで、いわゆる人民元レートを自由に移動できる、自由に調整できるから好きなようにビジネスができる。こういうような状況なわけですね。 これに対して改善しろと言っているのがアメリカですが、それをすると崩壊に面している中国のバブルがもうもたないという中で、さてどうするかというのがこの米中貿易戦争の始まりだと思いますね。 吉川 まさに渡邉さんのおっしゃる通りで、やはりトランプ大統領の登場を見ていると、冷戦時代に当時のキッシンジャー国務長官が中国と協力してソ連の包囲網をつくったように、今の状況ではロシアと協力して中国を封じ込めないといけないという視点が生まれました。ただ、既存のワシントンの政治家や官僚が、冷戦思考から抜けきれず、特にウクライナのクリミア問題以来、反ロシアで固まってしまっている中で、「ならばトランプさん、君やらないかね」というような空気になったことも、トランプが大統領になるきっかけだったと、私は思いますね。 渡邉 そうですね。いわゆる新たな冷戦の始まりを米中の間において言えば、南シナ海における「航行の自由作戦」の本格化ですから、2010年あたりからですよね。それでいわゆる米露に関してはウクライナ問題が2014年の2月、ソチオリンピックの直後です。この二つによって世界の分断が始まったと言えますね。そして、それが「鉄のカーテン」なのか、いわゆる「竹のカーテン」なのかと、最近よく言われますが、もちろんかつての冷戦は「鉄のカーテン」で、これはアメリカとソ連。今、言われているのが「竹のカーテン」でアメリカと中国ですが、ロシアは今、どちらかというとフリーハンドの状況ですね。中国経済の現状や先行きなどについて対談する渡邉哲也氏(右)と吉川圭一氏=2019年9月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 吉川 この前、尖閣諸島の上空を中国とロシアの爆撃機が飛行した際、中国側が飛ばしたのは最新鋭のものでしたが、ロシアが飛ばしたのは冷戦時の中古とは言わないけれども、それぐらい古い年式のものでした。私はこれを見て、やはり、ロシアとしては半身の構えなんだなと、使った爆撃機の性能からそう思いましたね。イスラムのテロ対策と称してロシアに相談もなくカザフに中国軍を送ったことも、ロシアの対中不信感の原因になっている。一方で、中国もプーチン大統領を取り巻く財閥などを信用していないので、ロシアに本気で投資をしていない。 渡邉 中国とロシアは、そもそも国境に面して互いに敵対していますが、敵対していることを表に出さないという空気があります。今の北朝鮮情勢もそうですが、中国とロシア、どちらもどっちつかずで動いているじゃないですか。 吉川 私はどちらかというと、北朝鮮は、今はもうロシアに近く、金正恩朝鮮労働党委員長は習近平国家主席が叔父や兄を使って自分を排除しそうになったから、叔父や兄を殺したと聞いています。北朝鮮のミサイルの技術などは明らかにロシア製ですからね。狙われるグリーンランド 渡邉 いずれにせよ、中国とロシアは核心的な利益の部分で確実に対立するものがあります。それは「水」です。ロシアの水を中国は水源として狙っていると言われていて、ここに関してロシアと中国は絶対的に敵対することになります。 吉川 私もワシントンにいたとき、ロシア大使館の関係者と話をすると、公の席ではなく、酒席では、中国からの不法移民がシベリアには多すぎると聞きましたね。このままだとシベリアを取られてしまいそうだと、相当警戒していますね。 渡邉 そうですね。今は、習近平が打ち出した経済圏構想「一帯一路」がよく言われますが、新たな軍事的対立点になろうとしているのは、北極海です。北極海においてはロシアと中国は完全に対立しているわけです。中国がかなり北極に進出しており、これに対してアメリカもロシアも、中国は北極隣接国ではなく、開発権限はないと主張していますからね。 吉川 北海道の土地も中国資本がかなり買い漁っています。中国の船が年中北極に行く海路を抑えるためではないかと聞いていますが、実際どうしようとしているのでしょうか。 渡邉 それについては、ロシアと中国、アメリカの三つ巴(どもえ)の中でトランプはグリーンランドを買いたいと言っています。 吉川 その通りです。私もそれを申し上げようと思っていたのです。 渡邉 メキシコとアメリカの国境の壁の話もそうですが、グローバリズムというものは、カネの移動の自由化なのでしょうが、トランプが壁を作ると言って大統領選で勝利しましたが、これらはカネの間に壁を作っていくということだと思います。その壁の意味というのは、象徴的な意味合いの方が強いと思います。難民対策という面もありますが、例えばモノで言えば、中国に対する関税、すなわちそれが壁です。今、中国人にビザ規制をしていますが、これも壁と言えます。 吉川 ですが、アメリカは中国を為替操作国指定はしたし、そろそろカネに関する壁作りも始めるということではないでしょうか。 渡邉 為替操作国指定をして、そろそろ始めるというより、すでに始まっていますね。結局、トランプのビジネス、いわゆる口先介入というかツイッター介入というのはすごく分かりやすくて、規制のかけ方も分かりやすい。株価が最高値をつけたところで中国に対する再規制をツイッターで宣告することで、株価が下落する。そしてまた戻ると、再規制をかけるという具合です。それで足りない場合は、米連邦準備制度理事会(FRB)による利下げなどで、さらに金融支援をさせるかたちで株価をうまくコントロールしながら、中国に制裁をかけているのです。要するに、株価連動政治ということです。経済評論家の渡邉哲也氏=2019年9月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 吉川 トランプの減税で一度よくなったアメリカの景気が今年の第1四半期に3%成長だったのが、第2四半期には2%成長になり、来年には1%台になるかもしれません。失業率は下げ止まりしていますが、トランプを当選させた自動車工場などで働いている人の失業が実は30万人ぐらい出てしまっており、その辺がトランプの大統領再選に関して気にしているところです。 ただ、トランプの政策をもってしても、なかなか中国に進出したアメリカ企業の工場などが、アメリカに戻ってこないので、そのためかもしれません。中国に進出したアメリカ企業の8割以上が「トランプ関税」の影響を感じていますが、今ある工場などを中国から撤退させることを予定している企業は1割ほどです。中国のまやかし 渡邉 ところで、米中貿易戦争の中で進んでいる協議の中に、資本移動の自由があります。中国の場合、中国で出た利益を国外に持ち出せないので、結果的に撤退できないという事態になっています。中国に資本移動の自由を認めさせることができれば、いわゆる利益を持ち出すかたちで海外に移すことができる。でも、これができないので、企業の中にはその中国からの撤退ができない企業がたくさんあります、実際「チャイナプラスワン」(中国でのリスクを避けるため他国にも拠点を設ける)というかたちで中国工場を最小限にとどめつつ、別の国に工場をどんどん移している。もう7割以上の企業が今年に入って、中国拠点の規模縮小や中国以外の国で始めています。 吉川 実はそのトレンドは、トランプの関税政策が始まる前から、東南アジアの方が、労働賃金が安くなってきたので、もう始まっていた流れを加速させたということでしょうね。 渡邉 そうですね。だいたい2012年あたりからチャイナプラスワンを始めていて、ベトナムやミャンマーなどが低賃金の国と言われ、こうした中で2015年8月に中国株式のバブル崩壊がありましたよね。あの辺りから中国の景気がかなりおかしいと、気がついているわけですよ。ただ、中国共産党の目もあるので、表立って中国からの離脱は言わないですが、もうすでにTシャツなどの縫製の移転はかなり進んでいました。 それから、中国の一番のまやかしというか誤解は、14億人いる人口に関するとらえ方ですね。そもそも、中国の社会構造は一種の「カースト」で、実際日本人と同等レベルの生活ができる人は5千万人しかいない。そしてこの5千万人を含んだ1億5千万人が経済協力開発機構(OECD)加盟国レベルとされています。また、この1億5千万人を含んだ3億人が都市住民と言われ、残りは地方住民。さらに、地方住民の中の3億人だけが将来的に都市住民なれるわけです。要するに、14億人のうち8億人は農工民を中心とした貧困層という構造なのです。 吉川 なるほど、経済が都市部に集中しているアメリカの方が14億人いる中国よりも、本気で大規模な核戦争になったときに脆弱だと言う人はいますが、中国も都市部への極端な集中はしていますね。 渡邉 集中はしていますが、中国とアメリカの違は人権のあるなしですよね。中国はかつての偉大なる毛沢東が中国人は半分死んでも大丈夫というような話をしていました。 吉川 そう。だから習近平もそういう意味のことを言っていますよ。アメリカに「やれるものならやってみろ」と言っていますよ。 渡邉 ただそれはもう結局、最終的というか、最悪な手段という選択で、互いに核を保有して抑止する「相互確証破壊」の世界に入ってくるわけですね。 吉川 でも最近は人権問題などでアメリカのリベラル派も対中国強硬路線になってきました。保守派は安全保障問題などで反中。要するに、今はもうアメリカは国をあげて反中国で、実はトランプが来年の再選のために対中関税などで経済を悪化させたくないため、最も中国と特に経済問題でディール(取引)したがっているといった不思議な話になってきています。グローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏=2019年9月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 渡邉 先にも述べましたが、中国は開発独裁国家ですからね。だから一番みなさんが勘違いしているのは、中国共産党というだけに、共産主義国家だと思っている人が多いでしょうが、巨大な開発独裁国家であって決して公平分配は目指していません。むしろ世界で一番格差の大きい共産主義を名乗る国家です。 吉川 そうですね。習近平の娘は香港に何百万ドルもする不動産を持っていると言われているぐらいですからね。 渡邉 中国の本当の現状を知るには、日本のバブル崩壊期に何が起きたかを考えれば非常に分かりやすいですね。日本がアメリカの不動産を買い漁っていたとき、日本の銀行の自己資本がおかしいと言われて「ジャパンプレミアム」と呼ばれていましたが、日本の銀行がアメリカ市場でお金を借りる際に、アメリカの銀行に比べて2%前後高い金利にされていました。今はもう「チャイナプレミアム」がつき始めているわけですよ。例えばその典型なのは、中国の通販大手「アリババ」などは、ニューヨークのマーケットで株式公開ができない。だから今香港にマーケットを移して、資金調達をしようと思った矢先に、大規模デモが起きて香港でも資金調達ができなくなったわけです。 吉川 それから、中国の国内総生産(GDP)が、世界のGDPで占める割合が15%だとされていますが、人民元ベースでカウントすればそうなるというだけですよね。その人民元による貿易決済は、世界の貿易決済の1、2%程度。このギャップが非常な問題だと思います。 渡邉 そうですね。だから結果的には、中国の人民元というのはしょせん中国人、中国企業が借りているのも中国人が稼いでいるのも人民元なので、潰れるときは一番に潰れていくわけです。現在の日本円と、日本のバブルが弾けたときの円はまったく違うわけです。なぜかといえば、バブルが弾けたときの円は金融ビッグバン以前だったので為替が自由化されてない国内通貨だったからです。ですから、中国の人民元も今は国内通貨で、日本のバブル崩壊のときと同じような位置付けと言えます。「戦わずして勝つ」 吉川 為替操作国としてIMFに認められれば、中国大陸にある1200億ドルを引き上げてしまうこともできます。香港情勢が悪化すれば、1992年の特例法によって、香港にある800億ドルも引き上げることも可能です。すると中国は人民元をドルで買い支えることができなくなるので、人民元は40%前後大暴落するでしょう。いずれにしても80年代に日本に対してアメリカがやった同じことを中国に対してやっているということですね。 渡邉 成功体験を持つ人がやっていますからね。日本のバブル崩壊のプロセスを追っかけていけば、どうやって内側に倒していくことができるかを知っている人たちがやっている。 吉川 だからそういう意味で、全面核戦争にならないために、「戦わずして勝つ」というかたちで中国を弱めていければ一番ありがたいですがね。 渡邉 こうした中で、さて日本はということになりますが、日本企業も必然的にアメリカか中国か、いずれかを選ばなければいけないのですが、当然、安全保障の問題もあって中国を選べない。特に親米でも何でもないけれど、アメリカを選択した上で、日本市場や世界中のマーケットに中国がシェアをとってきた商品があり、それが追い出されていくので、結果的にそこに枠ができるわけですよね。 この枠は、よくよく考えればかつて日本企業が持っていたもの。ならば、取り返せばいいということですよ。14億人という中国の巨大市場がなくなる恐怖を語る人はいますが、先に述べたように、中国は14億人ではなく、実質的には1億5千万人ですから。しょせん日本と同じ規模しかないことを認識すれば、それほど怖いことでもないでしょう。 吉川 たしかに自由貿易協定(FTA)の問題も含めて、日本企業は、トランプ政権の恩恵を受けることが期待できるわけで、5G(第5世代移動通信システム)もそうですが、アメリカと中国が全面戦争になるときのために宇宙軍を創設して新スターウォーズ構想もあって、こうした中から日本企業に商機があるではないかと思います。 渡邉 そうですね。中国通信大手の華為技術(ファーウェイ)が象徴的ですが、5年以内にアメリカ国内から中国製通信機を全面排除するということで、そのために協力業者を探して育成していくというアメリカの方針が出ましたから。それに合わせて日本の通信企業も今動いていています。コストの面でも、これまで中国で生産していたものを生産地移転などで対応できると言っていますからね。 いずれは日米のFTAが結ばれると思いますが、アメリカはバイオ分野にしても最先端の技術を持っていますが、作る技術がない。でも、日本は作る技術と材料を持っています。だから日米がきちんと組めばウィンウィンで、非常によい関係が生まれ、今までとは違う経済効果をもたらすはずです。要は中国やヨーロッパがなくても、日米両国が手を組むことによって大きな変革を生み出すことができますよと、一連の日米協議で口説いたという話を聞いています。ファーウェイ製品を扱う北京の店舗(UPI=共同) 吉川 とにかく日米で5Gの先にある5・1Gや6Gを構築していけば、日米が世界を支配できるということですね。今アメリカは挙国一致で中国との対決姿勢に入っているわけですから、ここで日本はアメリカとのスクラムを崩すわけにはいきませんね。渡邊さんが先ほどおっしゃったように、変に中国の市場が巨大だとか、そういう幻想に惑わされはいけないということですね。 わたなべ・てつや 経済評論家。昭和44年生まれ。日大法学部卒。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業運営などに携わる。著書に『本当にヤバイ!欧州経済』(彩図社)など多数。近著に『「中国大崩壊」入門 何が起きているのか? これからどうなるか? どう対応すべきか?』(徳間書店)。 よしかわ・けいいち 政策コンサルティング事務所「グローバル・イッシューズ総合研究所」代表。2016年まで米国ワシントンDCにも拠点を持ち、 東日本大震災を契機に一般社団法人日本安全保障・危機管理学会防災(JSSC)ワシントン事務所長として、日本に米国と同様の危機管理専門省庁の立ち上げを目指す政策提言活動に取り組む。2017年以降は日本国内をベースに、テロ対策や米国政治に関する政策提言活動を続ける。著書に『救世主トランプ—“世界の終末”は起こるか?』(近代消防社)、『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(同)など多数。

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    習近平は「米中経済戦争」にむしろ救われた

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) 中国経済に関する評価は、常に好悪の両極端に振れてきた。この現象は、インターネットを主な情報源として、現地を見ることもなく、また現地の人々と話すこともなく発信されるレポートがあふれて以降、さらに顕著となっている。 中国経済の盛衰は常に変化してきた。当然のこと、日本の書店でよく見かける大混乱や大失速はもちろん、大崩壊といったことが予測されるような話題ではない。 ここ数年、日本の新聞は四半期ごとの中国経済統計が発表されるたびに、「中国経済、減速が鮮明」との見出しをつけて報じてきた。 確かに、中国自身が認めているように、「高速発展」の時代は2012年の時点で終わっている。その後は、「ニューノーマル(新常態)」という言葉が使われるようになったように、中国経済は量から質への転換のプロセスに入った。 つまり、数字が下がることを織り込んだ上で「変革のプロセス」に入ったのである。ゆえに、その数字が良くないと批判するのは不思議な話だ。 本来、中国経済の未来を判断するのであれば、まず「質的転換」の進捗(しんちょく)状況を分析すべきである。具体的には、第2次産業依存の体質から第3次産業中心へのシフトの状況であったり、製造業における高付加価値化の進展具合である。株式市場「科創板」の取引開始を記念し、中国・上海で行われた式典=2019年7月22日(共同) 経済発展の牽引車から、いまや成長の足かせとなった重厚長大型産業を中心とした「オールドエコノミー」の体質改善が進んでいるか否かの見極めも必要だ。換言すれば、中国経済のダメージは、個人消費の不振やニューエコノミーの育成不良、はたまたオールドエコノミーのリストラが進まないといった状況から評価されるべきなのだ。「不景気」は出口なしか 財政面では、主に2008年の世界金融危機に際して出動した4兆元の投資が重くのしかかり、足を引っ張っている。景気刺激策として財政出動をしなければならない状況に追い込まれれば、それは宿題の先延ばしになる分だけ、経済にはダメージとなるだろう。 現状、北京などで取材すると、誰もが「中国の景気は良くない」と答える。 だが、日本をはじめとする休日の海外旅行の勢いは衰えず、電子商取引(EC)も隆盛を続けるように、深刻な影響とはいえないだろう。問題の深浅をどう判断してゆくべきかは、「中国大崩壊が始まった」「中国が世界経済の覇者となる」といった漫画チックな話ではなく、精緻に分析していかなければならないことだ。 景気は明らかに陰っていて、かつては大行列だった高級レストランに閑古鳥が鳴いている様子は、北京に行けば目にすることができる。それは狂乱の好景気が終わったことを意味しているが、いわゆるニューノーマルへの変化という範囲に収まる低速化なのか、それ以上のことなのか。 中国は今年、預金準備率を用いてマネーの供給量を増やそうとしたが、昨今の米連邦準備制度理事会(FRB)と欧州中央銀行(ECB)がともに金融緩和を決めたような動きの中で、中国人民銀行は緩和に追随しないことを表明している。まだ、そこまでは必要ないとの判断だと理解された。 中国経済は前述のような高速発展期を過ぎて、減速を余儀なくされている。だが、この停滞は出口の見えない落ち込みかと問われれば、そうではない要素も多くみつかる。少なくとも政治的な影響は小さい。 本来、習近平政権は経済発展の落ち込みとサプライサイド(供給側)改革という名の大リストラで大きな逆風にさらされるはずだった。2017年11月、北京で開かれた歓迎式典に臨むトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席(共同) しかし、ここに米中経済戦争という要素が持ち込まれたおかげで、政治的にはむしろ救われている。というのも、人々の不満を一身に受け止めるはずだった景気の問題は、全て「米国の圧力のせいだ」と居直れることとなり、国民も落ち込みに耐える心構えを持てたからである。緩やかな「脱米」 一方、米国の圧力に晒されることで被る物質的なダメージはどうかといえば、現状を見る限り、乗り越えられないレベルではなさそうだ。カギとなるのは最先端産業と国内の大市場、加えて貿易の中身の転換が、そのダメージを緩和できると考えられるからだ。 例えば、スマートフォン市場である。安全保障上の脅威を理由にトランプ政権は華為技術(ファーウェイ)排除に動いたが、2019年4~6月のスマートフォンの出荷台数からは、同社が窮地に陥っている状況は見えてこない。むしろ、中国国内での出荷台数を伸ばし、米アップルを抑えて2四半期連続で世界シェア2位をキープしているほどだ。 スマートフォンを含め、多くの高付加価値製品は中国市場で旺盛な伸びが期待されている。今やスマートフォンに関しては、世界のおよそ3分の1が中国で売れていて、今後の伸びも期待されている。自ら成長市場を持つ強みは明らかだ。 また中国のスマートフォンメーカーは、飽和市場である西側先進国では苦戦しているものの、今後の伸びが期待されるインド市場ではシェア1位の小米科技(シャオミ)を筆頭に3位の維沃移動通信(ビーボ)、4位の広東欧珀移動通信(オッポ)、5位の伝音控股(トランシオン)と上位にひしめいている。この趨勢(すうせい)は今後、多くの新興国・発展途上国で、一つのモデルになるといえよう。 というのも、中国は米中経済戦争が激化して以降、緩やかな「脱米」に舵(かじ)を切っている。これは米国との対決姿勢を鮮明にするという意味ではなく、保険の一つとしての「米国離れ」だと考えられる。 貿易面では、少しずつ対米輸出への依存の割合を減らし、「一帯一路」沿線国とアフリカへのボリュームを高めていくというものだ。5Gスマホの販売を始めた北京のファーウェイ販売店=2019年8月16日(共同) 世界金融危機のなかで、先進7カ国(G7)の役割に限界が指摘され、20カ国・地域(G20)へと主導権が移行されていったように、今後の経済発展は、先進国から新興国や発展途上国へとシフトしていくことが考えられる。 このトレンドと、中国の「脱米」がシンクロする可能性は決して低くない。

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    米中貿易戦争、なぜ中国は自らが勝てると考えるのか

    る折り返し地点を経過したのである。その折り返し地点は8月だった。 まず、8月までの経過を見てみると、中国は基本的に「引き伸ばし戦術」だった。米側との通商交渉は一進一退しながらも、正面衝突を避けてきた。その目的は来年(2020年)の米大統領選でトランプ氏が落選すれば、次の新大統領との再交渉に持ち込み、対中政策の緩和を引き出すというものだった。 いわゆる「他力本願」の戦術でもあった。しかし、この「引き伸ばし戦術」が決定的な破綻を迎えたのは、中国が5月に合意内容を反故にしたときだった。 昨年から交渉が始まって合意されたほとんどの内容を一旦白紙撤回した中国を前面に、トランプ氏は怒りを抑えきれず、交渉テーブルを蹴った。そこからトランプ氏は制裁の度合いを一気に高め、中国が望んでいた「再交渉」はついに実現できなかった。 つまり「他力本願」ということで依存してきたトランプ氏は中国が望んでいた通りの行動を取らなかった。それは中国の企みが見破られてしまったからだ。バイデン氏が次期米大統領になれば、トランプ氏路線の撤回も可能になるという中国の企みがとっくにばれていた。 ここまでくると、もう受身的な他力本願では無理だと中国は判断し、戦術の変更に踏み切る。能動的な出撃に姿勢が一変した。 8月23日中国は、合計750億ドル相当の米国製品に追加関税を課すと発表した。大方の報道は、これがトランプ米大統領が発動を計画する対中関税第4弾に対する報復措置としていたが、それは間違った捉え方である。 出撃ではあるが、報復ではない。逆に米国の報復を引き出すための出撃であった。案の定、中国の読みが当たった。 トランプ氏はすぐに反応し、わずか数時間後に、すでに発動済みの2500億ドル分の追加税率を10月1日に25%から30%に、9月以降に発動する対中制裁関税「第4弾」の追加税率を10%から15%に引き上げると発表した。 貿易戦争がこれで一気にエスカレートした。中国はもはや「引き伸ばし戦術」に固執しなくなった。いや、一転して攻撃型戦術に転じたのだった。なぜそうしたかというと、貿易戦争の激化という結果を引き出そうとしたのではないだろうか。非常に逆説的ではあるけれど。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 貿易戦争が激化すれば、米中の両方が傷付く。それは百も承知だ。それでも戦いをエスカレートさせようとするのはなぜか。答えは1つしかない。戦いの末、中国よりも米国のほうがより深刻な致命傷を負うだろうという読みがあったからだ。あるいはそうした「賭け」に出ざるを得なかったということではないだろうか。「我慢比べ」と「傷比べ」 まず、米国が負い得る「傷」を見てみよう。何よりも米経済がダメージを受け、景気が後退する。 特に対中農産品の輸出が大幅に縮小することで、米農民の不満が募る。それが来年(2020年)の大統領選にも影響が及びかねない。トランプ氏は大票田の農民票を失うことで、当選が危うくなることである。むしろこれは中国がもっとも切望していたシナリオではないだろうか。 「引き伸ばし戦術」でじわじわ攻めても、そのシナリオが実現せず、トランプ大統領が続投することになった場合、まさに中国にとっての地獄になる。あと4年(任期)などとてももたないからだ。そこで一気にトランプ氏を追い込む必要が生じたのである。中国の力で倒せないトランプ氏を、米国民の票で倒すしかない。ここまでくると、逆説的に米国の民主主義制度が中国に武器として利用されかねない。 次に、中国の「傷」はどんなものだろうか。すでに低迷していた中国経済の衰退が加速化し、対米関税の引き上げによって特に大豆やトウモロコシ等の供給が大問題になり、食用油や飼料価格が急騰すれば、肉類や食品価格も押し上げられ、インフレが進む。 物価上昇が庶民の生活に深刻な影響を与え、民意の基盤を揺るがしかねない。ただ、中国の場合、1人1票の民主主義制度ではないゆえに、トランプ氏のようにトップが政権の座から引き摺り下ろされることはないのである。 庶民の生活苦は一般に政治に反映されにくい、あるいは反映されない。そこは逆説的に中国の強みとなる。つまり民意による政治の毀損、その影響が他の形で致命的に至りさえしなければ、中国は我慢比べの結果で米国に勝つ可能性があるわけだ。 これに対して米国は逆だ。たとえ長期的に国益になるといえども、短期的な「民意への耐性」面をみると、民主主義国家の脆弱性が浮き彫りになる。 この局面の下では、トランプ大統領にとって取り得る政策の選択肢はあまり残されていない。それはつまり、中国の「傷」をより深いものにし、より短期的に致命的なものにする、それしかない。関税の引き上げはもちろんのこと、何よりも外資の中国撤退、サプライチェーンの中国からの移出が最大かつ最強の武器になる。 これからの1年が勝負だ。トランプ氏は米国企業の中国撤退を命じると言ったが、それは単なる冗談ではない。直接命令の代わりに法や政策の動員が可能であろうし、実際に中国国内のコスト高がすでに外資の撤退を動機付けているわけだから、それをプッシュする力を如何に加えるかである。 そうした意味で、中国は危険な「賭け」に乗り出しているといっても過言ではない。その賭けに負けた場合、中国にとって通商や経済の問題だけでは済まされない。深刻な政治問題、統治基盤の動揺にもつながりかねない。 昨年(2018年)12月18日、習近平主席が改革開放40周年大会で、中国の未来について「想像し難い荒波に遭遇するだろう」と述べた。さすが偉人だけにその予言は当たっている。

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    清王朝の国債、米国人債権者が中国に108兆円分返済要求の詳細

     中国の清王朝(1644~1912年)が発行した当時の「国債」を保有している米国人債権者らは米政府に対して、中国政府が債務の返済に応じるよう交渉してほしいと要請していることが明らかになった。債務額は現在の1兆ドル(約108兆円)以上だという。 すでに、債権者らは昨年8月、トランプ大統領とムニューシン財務長官と面会しており、「米中貿易摩擦解消のための材料として使ってほしい」と訴えたという。トランプ大統領らの反応について、米財務省と商務省は「ノーコメント」としている。米誌「ブルームバーグ・ビジネスウィーク」が伝えた。 問題となっている清朝の国債は王朝崩壊前年の1911年、中国沿岸部の浙江省杭州市と内陸部の四川省間の2000キロを鉄道で結ぶ建設プロジェクトを実施する目的で、米、英、仏、独の4カ国から資金を募るため発行された。発行額は当時の金額で600万ポンド。 各国は銀行などを通じてこの国債を販売したが、翌年に清朝崩壊の原因となった辛亥革命が成功したことで、返済の望みが途絶え、価値がなくなったという。 しかし、米テネシー州の牧場経営者、ジョナ・ビアンコ氏は祖父から受け継いだ国債について、「祖父や父母は清朝が滅亡してしまったことや、その後アメリカと中国の国交の途絶えた時期があったことから、誰にも訴えられず、泣き寝入りするしかないとこぼしていたが、『アメリカ・ファースト』を叫ぶトランプ氏が大統領になったことで、大きなチャンスが転がり込んできた」と期待しているという。 ビアンコ氏は米国内で国債を保有している他の債権者を集めて、債務の返済を求める団体を結成し、自らその代表に就任し、トランプ大統領らともホワイトハウスで会見し、中国に債務返済の圧力をかけるよう要請している。 同誌によると、デューク大学の法学者は「法的にみれば、清王朝が残した債務は完全に合法だ。現在の中国政府はこれらの債務について、1949年より前の中華民国政府が責任を負うと主張しているが、中国共産党政権が自らを『中国の主権の唯一の継承者』だと主張している点と矛盾する」と指摘しているという。清王朝の国旗(ゲッティイメージズ) すでに、米国内の債権者は米中関係が改善していた1979年、中国当局に債務返済を求める訴訟を起こし、裁判所は当時の中国外相だった黄華氏を証人として召喚した。しかし、この年に米中国交正常化が実現しており、米政府は対中交渉を優先して司法省に圧力をかけたことから、同省が両者の和解を求めた結果、裁判所は1987年、原告側の訴えを退けている。 ビアンコ氏は「時代は変わった。いままでの大統領とは違うトランプ氏は大統領に就任したことで、アメリカは米中貿易戦争で新たなボールを手にした。我々の100年来の願いは必ず叶うはずだ」と語っているという。関連記事■習近平氏がごみの分別を指示、「もっと重要問題に注力を」の声■中国のモンスター乗客たち、バス運転手への暴力相次ぐ実態■韓国・中国・北朝鮮以外は「世界中ほぼ親日国家」である理由■中国富豪男の夢「蒼井そらを1晩300万円でセッティングしろ」■中国人が接待で「女体盛り」を要求、要した費用は32万円

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    中国のネット規制強化に苦言呈した編集長への称賛と心配

     中国では10月1日に建国70周年記念日(国慶節)を迎えたが、この前後の大型連休期間中はとくにインターネットの規制が強まっており、中国内のネットユーザーの不満とストレスが高まっている。 とりわけ、中国共産党機関紙『人民日報』傘下の国際問題専門紙『環球時報』の胡錫進編集長が中国版ツイッター「微博(ウェイボ)」上に書いた率直な意見がネット上で話題になっている。同氏は、「国慶節が近づくと、海外のネットの接続がますます難しくなり、これでは環球時報の編集作業にも影響が出てしまう」と書いた。あまりにも多くの読者が拡散したためか、張氏のつぶやきは2時間後に削除されてしまっており、むしろ、中国のネット規制の厳しさを物語る結果となった。 米政府系報道機関「ラヂオ・フリー・アジア(RFA)」によると、張氏は当局によるネット規制について、「(当局は)大衆を信じることが重要だ。中国社会に海外のネット空間を多く残してほしい。これは国益にも有益だ」と書き込み、当局のネット規制緩和と情報や表現の自由の重要性を強調した。 こうした規制に職務上深刻な被害を受けているのが、中国国内で米国を中心とする外資系企業に勤める中国人従業員だ。RFAは「中国内では米国の政府機関のほかにも、企業のホームページにすらアクセスできないようにされている場合もあり、米国企業に勤める中国人従業員は本社のメールを読むことができず、仕事に支障が出ている」との実態を明かしている。 また、RFAによると、張氏はネットだけでなく、国慶節前後の地下鉄などの公共交通機関や公園や観光名所、公的な場所でのセキュリティチェックについても苦言を呈したという。微博では「検査の範囲がとても広い。軍や党、政府の施設などを除いて、特殊でない場所でも検査がやり過ぎており、大きな疑問を抱いてしまう。これでは、多くの労力を浪費している。このような労力を社会に不満がある人々を慰めることに使えば効率的だ」とも指摘している。 これについて、RFAは環球時報で働いたことがあるジャーナリストの発言として、「環球時報は、張編集長に限らず、敏感な問題についても、ずけずけと意見を述べる雰囲気がある。とくに、張編集長は開明的だ」と伝えている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) しかし、張氏は今後、職務を遂行できない事態に陥ることも予想される。中国では10月上旬、北京で働く中央メディアの記者と編集者約万人を対象に、習近平国家主席の思想やマルクス主義に対する理解度を測るテストを初めて実施するからだ。 これは報道機関などを管轄する中国共産党中央宣伝部が実施するだけに、ネット上では「重要監視対象になっている張編集長が合格するかどうかで、今後の中国の報道規制がさらに強化されるのか、あるいは緩和されるかの判断が下せそうだ」などの見方が書き込まれている。関連記事■清王朝の国債、米国人債権者が中国に108兆円分返済要求の詳細■中国人が接待で「女体盛り」を要求、要した費用は32万円■「中国臓器狩り」戦慄の手口 亡命ウイグル人の元医師が激白■中国富豪男の夢「蒼井そらを1晩300万円でセッティングしろ」■日米同盟破棄したら中国は尖閣強奪、韓国は謝罪と賠償要求

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    2020年「世界の終末」米中南シナ海戦争の現実味

    and-Building”によれば、米国は8月に成立した新国防権限法(NDAA)の1262節の中で、中国の南シナ海情勢に対して重大な懸念を表明している。 同記事によれば中国は2014年に人工島を建設すると、直ぐにレーダー、滑走路、ミサイル収納庫を建設。2018年5月に南沙諸島に対艦ミサイルと対空ミサイルを配備。同時に長距離爆撃機の離発着を行った。そこで米国はリムパックに中国を招待することを停止。これをNDAAでは“First Response”と記述している。そして米海軍はNDAA1262節に基づいて世論喚起のために、メディア関係者の潜水艦同乗を許したり、異常接近等の状況の様子を、YouTubeで流したりしている。 またワシントン・タイムズが11月14日に配信した“Trump demands China remove missiles in the South China Sea”によれば、11月8日に行われた米中戦略対話で、マティス国防長官とポンペオ国務長官は、中国に対し南シナ海に配備した対空、対艦ミサイルを全て撤去するように要求したという。 米国も南シナ海情勢に関しては、次第に本気になって来ている。私は繰り返し中国が南シナ海に拘っているのは、東シナ海等に比べれば相対的に水深の深い南シナ海を内海化し、そこに潜ませた潜水艦からの水中発射の核ミサイルで、米国本土を脅かすことで、米国との核戦争になった場合、有効な第二撃を確保することによって、米国に対し対等に近い立場を確立し、世界の支配権を奪取することこそが、真の目的であると述べて来た。それを米国が許すだろうか? もちろん南シナ海を抑えれば西太平洋のシーレーンを抑えることもできる。これも“海を支配しているからこそ世界の支配者である”という意識が非常に強い米国が許すことではない。南シナ海に展開する米空母ロナルド・レーガン(米海軍提供) 中国の潜水艦発射核ミサイルが技術的に可能になるのは、2020年と2024年の間くらい。つまりトランプ政権が2期続くとしたら、2期目くらいになることは確かなようだ。 だが、それから中国の南シナ海進出に対応するのでは、米国は間に合うだろうか? それ以前に何とかしようとするのではないか? それが米国のINF全廃条約離脱の原因ではないか? そもそもINF全廃条約は、冷戦後期に当時のソ連がSS20という中距離核ミサイルを配備して、西ヨーロッパが危険に晒されたため、米国も西ヨーロッパにパーシング2という中距離核ミサイルを配備した。それはソ連本土に米国から発射されるICBMの数倍の速さで到達する。つまりソ連の報復攻撃の余地が激減する。そうして高まった緊張を背景に、ソ連も折れて来て、当時の米ソが、お互に中距離核ミサイルの全廃を誓ったのが、INF全廃条約だった。 それが米ソ冷戦終結の、端緒になったことは否定できない。しかし時代は変わった。米中が抱える「脆弱性」 National Interestが10月22日に配信した“Why America Leaving the INF Treaty is Chinas' New Nightmare”によれば、2008年にプーチン大統領は、この条約に中国が入っていないため、中国が中距離核を配備し始めたとして、この条約に違反する中距離核ミサイルを配備し始めた。 そのことは遅くとも2014年に、米国オバマ政権も確認している。にも関わらずオバマ政権は、例により世界のインテリ向けのポーズで、2013年に潜水艦発射核ミサイルを、INF全廃条約と無関係にも関わらず、大幅削減してしまった。確かに潜水艦発射核ミサイルは、射程距離の関係で地上発射INFに近い。そのため潜水艦発射核ミサイルを大量に持っていた米国は、既にINF全廃条約に縛られていなかったという意見もある。 しかし潜水艦発射核ミサイルは、命中精度等の問題で、地上発射のINFより劣る。その理由と、さらに敵の先制攻撃に対し、地上発射核ミサイルより安全なことから、潜水艦発射核ミサイルは、地上発射核ミサイルによる攻撃で相互に甚大な被害を被った後に、第二次攻撃を行うことが目的である。 そのため潜水艦発射核ミサイルは、先制攻撃の脅威で相手に戦争を起こさせない効果は、十分とは言えない。あくまで第二撃を確保することで、自衛的に(?)核の対等性を確立するのみである。また攻撃を行えば、位置を特定され敵国の海空軍に撃沈される。そのような“脆弱性”も、潜水艦発射核ミサイルにはある。 これは米中共に同じである。先制攻撃の脅威で相手に戦争を起こさせない効果が高いのは、安定した地上発射核ミサイルなのである。そこで米国は、INF全廃条約から離脱したのではないか?南シナ海での中国の人工島等を米国が攻撃したら、中国のICBMで米国の大都市等が攻撃される。中国の保有するICBMは公称で100発程であるが、1,000発以上保有しているという情報もある。 何れにしても米国の大都市が幾つか中国のICBMで破壊されて、数千万人の死者が出ただけで、米国は経済的に破綻する。それに対して中国は、米国の報復攻撃で1億人が死亡しても、過剰人口の整理になり望ましいという考え方もある。 また、いま米中経済は、サプライ・チェーンで密接に関係している。大規模な戦争を行えば、相互に被害が大きい。特にハイテク関係製品の組み立て等を中国大陸で行っている米国にとっては…。そこで軍事専門家の間では、“米中戦争は起こらない”というのが多数意見ではある。しかし今まで述べてきたように、南シナ海での緊張は明らかに高まってもいる。太平洋に展開する米第7艦隊の空母打撃群=2016年6月(米海軍提供) 例えばサプライ・チェーンの問題にしても、トランプ政権の関税政策のために、米国企業も中国からの撤退を検討し始めている。例えばFinancial Timesが12月3日に配信した“Trump's trade war:which of China's neighbours are set to profit?”では、南部中国アメリカ商工会が調査したところ、米国の中国からの輸入関税が高過ぎるため、219社の内70%が、生産拠点を中国外に移転させることを検討している。米国の関税政策も中国との戦争が可能な状況を作ろうとしているとも見られる。 逆に南シナ海を射程に入れる中国南部にも、中国は中距離ミサイルを、やはり500発以上、保有している。それも南シナ海周辺での局地戦の形ででも、米国に勝てる体制を作っていると考えられる。INF保有の「意味」 そこで米国がINFを保有する意味が出て来る。南シナ海を射程に入れる中距離ミサイルが配備された中国南部を狙うことが出来る場所に米国のINFが配備されれば、もし南シナ海の人工島等を米国が攻撃したりしたとしても、中国は報復核攻撃が難しい。そこにある中距離ミサイルが破壊されるだけではない。 そのような位置にある米国のINFは、中国の重要地帯にも届くのである! その到達時間は短く、中国が米国をICBMで脅かしたとしても、このINFの方が早く到達するため、米国を中国は核で脅かすことは難しくなる。前述のように潜水艦発射の核ミサイルは、報復攻撃には使えるものの、安定性等の点で十分ではない。また前述のように攻撃を行えば、位置を特定されて撃沈される。 INFが中国を射程内に入れて展開されれば、米国に対する中国の優位は成り立たなくなる。そこでボルトンNSC担当大統領補佐官はロシア側に、中国の中距離核戦力はロシアにも脅威となっていると、ロシアが米国と共に、中国の中距離核戦力の脅威封じ込めのため、軍備管理交渉に中国を加えるようロシア側に呼びかけている。それが上手く行かなければ、中国南部を射程に入れる地域への米国のINF配備という結果になる。具体的には台湾やインドの東岸沖の島等が有力な候補地だろう。 またNational Interestが10月22日に配信した前掲記事では、まず巡航ミサイルその後に弾道ミサイルを配備する方式で、北日本、グアム、南フィリピン、北オーストラリアも重要な候補地だという。これにより、いわゆる“第一列島線”の内側の海を、中国に自由にさせないことが出来ると同記事は主張している。(注:2019年2月、米国が日本を含む、これらの地域に、まず核を搭載しない中距離弾道ミサイルの配備を始めるという情報が、流れ始めた)このようなシステムが一部でも配備されたとしたら、それは南シナ海戦争――少なくとも人工島の破壊と、それに対抗する中国による米艦船への攻撃等が、近い可能性が低くない。中国も重要地帯への先制核攻撃の恐怖から、地上発射の核ミサイルは使えない。 あるいは人工島解体と中距離ミサイルの撤廃ないし配備中止を巡って、米国と中国が交渉に入るかも知れない。1980年代の米ソが、核兵器等の軍縮に入って行ったように…。あるいはキューバ危機の時のように…。偶発的に大規模な核戦争に発展しないと、今度は断言できないかもしれないが…。特に中国が潜水艦発射核ミサイルを完成させる2020年代以前に、何らかの意味での西太平洋地域へのINF配備が実現したら、それが要注意のタイミングだろう。 National Interestが10月14日に配信した“How to Goad China into a War in the South China Sea”によれば、2020年に米国は、今までにない大規模なリムパックを、南シナ海で行う予定である。それに米国は中国を参加させない方針である。そこで中国を敵に回すのが怖い東南アジア諸国の中には、そのリムパックに参加しない国も出て来ると思う。しかし“中国封じ込め”のために参加する国もあるに違いない。G20に出席するため来日した習近平国家主席=2019年6月、大阪空港(代表撮影) このタイミングで前述のような場所に米国のINFないし中距離弾道ミサイルが配備されるとしたら…。そして2020年の大統領選挙で、トランプ氏が劣勢に立たされたとしたら…。そして、その時に中東大戦が起きる状況でなかったとしたら…。その時が南シナ海戦争が、最も起こり易いタイミングだろう。われわれ日本人も、準備をして置かなければいけない。 例えば水中発射ミサイルを発射可能な潜水艦を保有しておくとか…。実は日本は、それを実現できる技術力はあるのである。更にNewsweekが11月15日に配信した“U.S.‘COULDLOSE' ITS NEXT WAR:REPORT SHOWS MILITARY WOULD‘STRUGGLE TO WIN' AGAINST RUSSIA AND CHINA”によれば、米国の軍事力は相対的に落ちて来ていて、少なくとも中露両国を相手にした“二正面作戦”に勝つ可能性は、極めて低いという。特にハイテク兵器分野での開発競争の遅れが深刻であるという。 その分野でも日本は、米国を助けられる力は、まだまだある。例えば日本の自動車会社の電気自動車のシステムは、敵のハイテク・システムを麻痺させる電磁波の発生装置としても、米国製のものより優れているという説もある。また前にも書いたように米国は、このような劣勢を挽回するため、宇宙軍を創設しようとしているが、これもロケットや衛星の誘導システムの一部では、日本が米国より良い技術を持っているという。米国宇宙軍創設にも日本は、可能な限り積極的に協力すべきだと思う。そして米国が宇宙軍を創設するタイム・リミットも、やはり2020年であることは要注意である。「中国中国!」と絶叫 更にFOXが2019年1月17日に配信した“Trump announces new missile defense plan with focus on sensors in space”によれば、トランプ大統領は国防省で新ミサイル防衛構想と言うべきものを発表。宇宙にセンサーを張り巡らして、敵のミサイルが発射される前に探知して迎撃するシステムを確立すると言う。これは同記事の中でも、これから実現のための研究を始める段階であり、費用や効果の点で疑問も多いと述べられている。 だが同時に、ロシアや中国が開発した極超音速ミサイルに対抗するには、必要であるとも書かれている。この記事によれば、トランプ氏は、イラン、北朝鮮、ロシア、中国といった具体名は言わなかった。しかし同席したシャナハン国防長官代行は、それらの国々の名前を上げた。彼は宇宙軍構想も、最初から任されていた。 ロイターが1月3日に配信した“For Shanahan, a very public debut in Trump's cabinet”によれば、シャナハンは2019年の年明けに、事実上の国防長官として国防省高官達に対して演説した時、“今後の米国は、アフガンやシリアではなく、中国に焦点を集中するべきだ”と「中国中国中国!」と絶叫した。 この新ミサイル防衛構想が2020年までに実用化されるとは思えないが、特に対中国関係のものが部分的にでも2020年までに何らかの目処が付くようであれば、それも要注意の信号だろう。何れにしてもシャナハンの“就任演説?”を見ても、ロシアと中国との二正面作戦を、米国が避けたがっていることは間違いない。そうなれば安倍総理のトランプとプーチン双方との信頼関係は、米国と中露の“二正面作戦”を回避し、日米露(そしてインドやオーストラリア等)が協力して中国を封じ込める上で、非常に意義あるものになる可能性がある。 2018年12月初旬のG20で、トランプ大統領は、プーチン大統領との会談をキャンセルした。しかし安倍総理は、両方と会談している。更に中国を刺激しないため米国との首脳会談に慎重だったインドとの間に立ち日米印首脳会談を実現したのも安倍総理である。トランプ大統領がプーチン大統領との会談をキャンセルしたのは、表面上はロシアがウクライナの艦船を拿捕した事件である。 だが例えばFOXが11月29日に配信した“Ian Bremmer: I'd Be‘Very Surprised' If Trump and Putin Don't Meet Informally at G20”によれば、実際には国内の“ロシア疑惑”が進展しているためではないかと考えられている。7月に米露会談が延期されたのと同じで明らかに、理性主義者によるトランプ氏の“脱理性主義的外交”に対する妨害である。何れにしても安倍総理とトランプ、プーチン両氏との関係で、日米露首脳会談を実現させ、ウクライナ問題等にも一定の解決を付けたとしたら、それは日米露による中国包囲網に繋がる。 そもそもロシアがINF全廃条約を破ったのは、中国の脅威に晒されたからだ。Newsweek前掲記事でも最近の中露接近に強い懸念が表明されている。そこに楔を打ち込むことは不可能ではない。そのNewsweek前掲記事でも、北朝鮮の脅威にも言及されているが、日本人が気にかけている北朝鮮情勢は、以上のようなプロセスの一部として処理されるのではないかと思う。 トランプ氏は2019年3月に入って2020年度軍事予算増額の方向になっている。彼は本気なのだ。何れにしても、われわれ日本人は、南シナ海戦争に備えて準備をして置かなければいけないのではないか? 2020年までに…。南シナ海を航行中の護衛艦「いずも」=2017年6月、南シナ海(自衛隊ヘリから、松本健吾撮影)   そして、それは中東戦争以上に、日本を巻き込む核戦争つまり“世界の終末”になる可能性が高い。INF等の使用により…。やはり、それへの覚悟を決めておくことこそ、最重要なことかもしれない。(起筆:2018年11月19日) よしかわ・けいいち 政策コンサルティング事務所「グローバル・イッシューズ総合研究所」代表。2016年まで米国ワシントンDCにも拠点を持ち、東日本大震災を契機に一般社団法人日本安全保障・危機管理学会防災(JSSC)ワシントン事務所長として、日本に米国と同様の危機管理専門省庁の立ち上げを目指す政策提言活動に取り組む。2017年以降は日本国内をベースに、テロ対策や米国政治に関する政策提言活動を続ける。著書に『911から311へ—日本版国土安全保障省設立の提言』『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防新書)など多数。

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    「弱肉強食」新冷戦で喰われるニッポン

    東西冷戦終結から30年。今や米国と中国の対立が激化し、「米中新冷戦」時代に突入したと言われる。米中の覇権争いと、その裏でうごめくロシア。国際秩序は崩壊状態といっても過言ではなく、国家間のパワーバランスの変化も目まぐるしい。この混迷を読み解けば、日本が乗り越えるべき試練は自ずと見えてくるのではないか。

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    「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

    こう側にあるものは、もちろん「壊し屋」的なトランプ氏の手法だろう。ただ、国際関係を見ていくと、やはり中国の台頭がアメリカの変質を促進しているのは言うまでもない。 つまり、G20という多国間の国際秩序が揺らいだ背景には、米中対立の中で、「やり方を変えないといけない」という米国側の焦りがあったといっても言い過ぎではないだろう。 過去の米国の対中政策は「ヘッジ(強硬論)」と「エンゲージメント(関与論)」のいずれかを使い分けるというバランスが基本だった。特に、1989年の天安門事件以降は、中国に対する米国の姿勢は非常に厳しかった。 だが、貿易パートナーとしての中国の存在が大きくなってくる中、基本的には自由貿易の枠組みに入れて「関与」し続ければ、中国の国家資本主義的な体制が減るという見方が米国の中で大きくなっていった。その象徴的なものが2000年に立法化された「対中恒久正常通商関係(PNTR)」法であり、中国に恒常的に最恵国待遇を与えることになった。その結果として、中国の世界貿易機関(WTO)加盟が認められることになる。2019年6月28日、G20大阪サミットで首脳の特別行事を終え、トランプ米大統領(左)と握手する安倍首相。右は中国の習近平国家主席 ただ、この見方が「間違い」であるということが、トランプ政権発足前後から米国内ではコンセンサスになっている。中国はWTOの仕組みの中で、中国側が逆に他の国を「自由でない」と主張ができるようになってしまったためである。 中国の場合、知的財産権も守らない。米国の貿易赤字は増えていく。「中国だけが結果的に得をする」状況に対するいら立ちが極めて大きくなっているわけだ。緩まない「矛先」 2018年10月4日、ペンス副大統領がハドソン研究所で行った演説は、中国に対する米国の生ぬるい態度を自己批判するものだった。「米国は、中国に自国の市場へのオープンなアクセスを与え、WTOに招いた。これまでの政権は中国があらゆる形の自由を尊重するようになると期待し、こうした選択をしたが(中略)その期待は裏切られた」とペンス氏は指摘した。 トランプ氏は2016年大統領選で「貿易赤字は是正せねばならない。対中国はその筆頭」「政権発足初日に中国を為替操作国と認定する」と公約した。「貿易赤字がその国にとって有害である」という見方は、学術的には支持されていない。だが、トランプ氏の支持層には「グローバル化は中国に米国の雇用が流れた」というわかりやすいメッセージに支持者は歓迎した。 トランプ氏は「貿易赤字こそが問題」と提唱する経済学者のピーター・ナバロ氏を選挙戦からのアドバイザーとしてだけでなく、政権発足後は貿易戦略のブレーンとして登用した。為替操作国の方はまだ行われていないが、貿易赤字解消の政策は、実際にメキシコ、カナダとの北米自由貿易協定(NAFTA)見直し、米韓自由貿易協定(FTA)の見直しなどとともに、中国に厳しく迫っている。 対中強硬の動きが本格的に明らかになったのは第1回米朝首脳会談の直後の2018年6月15日である。自動車や情報技術製品など、中国からの輸入品計1102品目に対し、500億ドル規模の追加関税措置を行うと発表した。ここから米国側の「どんどん中国を締め上げていく」という動きが明確化した。 トランプ政権は2018年中に各種中国製品に対して3度の制裁関税を課している。先述の500億ドルのうち、7月に自動車など340億ドル(25%)分、8月に半導体など160億ドル(25%)分を課し、9月には日用品など2000億ドル(10%。2019年5月10日に25%)分に適用した結果、制裁関税は計2500億ドルに達している。 これに対して、中国もそれぞれの制裁のタイミングに合わせて、大豆など340億ドル(7月、25%)、医療器具など160億ドル(8月、25%)、家電など600億ドル(9月、5から10%。2019年6月1日に最大25%)の報復関税を課している。米国も2019年5月に第4弾として、これまでに対象外だった3250億ドルに25%関税をちらつかせた。 結局、冒頭で述べたG20に合わせて行われた米中首脳会談で、関税の先延ばしを決めている。ただし、あくまでも延ばしただけであって、まだ中国への矛先は全く緩んでいない。米ハドソン研究所で演説するペンス副大統領=2018年10月4日、ワシントン(AP=共同) 中国に対する圧力は貿易だけではない。トランプ政権の対中政策で特筆されるのが、貿易戦争と安全保障政策の密接な関連である。トランプ氏やナバロ氏が重視していた対中貿易問題に対して、官僚や利益団体、シンクタンク研究員など、政権周辺の安全保障に関心のあるグループが乗っかっていった。 トランプ政権は2017年末に国家安全保障戦略(National Security Strategy)、2018年1月に国家防衛戦略(National Defense Strategy)、2019年6月にはインド太平洋戦略(Indo-Pacific Strategy)を掲げてきた。いずれも主なターゲットは中露だが、その中でも中国を強く意識している。根底にある「不信感」 その根底にあるのが、中国の国家資本主義に対する不信感である。技術なり、あるいは盗んだ情報なりを吸い上げて、国や軍に渡してしまう可能性を危惧している。 「いかなる組織及び個人も、国の情報活動に協力する義務を有する」という中国の「国家情報法」(2017年6月)の第7条や、中国のハイテク発展ロードマップである「中国製造2025」などが、トランプ政権の危惧をより大きくさせている。それもあって、第5世代移動通信システム(5G)を基盤とするハイテク武器への影響が問題となり、最大手の華為技術(ファーウェイ)に代表される中国通信系企業の製品の利用に対して、大きな制限をかけようという動きがあるのは言うまでもない。 トランプ政権の動きも急だ。2019年度国防権限法(2018年8月)では米政府の情報システムの調達企業からファーウェイと中興通訊(ZTE)、海能達通信(ハイテラ・コミュニケーションズ)、杭州海康威視数字技術(ハイクビジョン)、浙江大華技術(ダーファ・テクノロジー)という中国企業5社を排除した。 その他、大統領令13873(サイバー空間などで国家安全保障にリスクがあるとする企業の通信機器をアメリカ国内の企業が使うことを禁止)、商務省のエンティティリスト(米連邦政府の許可を得ることなく、外国企業が米企業から部品などを購入することを禁止)などでの規制強化を進めている。 G20という多国間の国際秩序が、中国という「異分子」をうまく飼いならせなかった現実にあって、多国間秩序を引っ張ってきた米国そのものも大きく変貌しつつある。 ただ、2020年の大統領選に向けて、トランプ氏にとっての最大の懸念は景気後退である。トランプ氏としても支持者への影響を考えながら、貿易の面では少しずつ取引や妥協をしていく可能性もないわけではない。 貿易問題では、ある程度合意できるかもれない。しかし、安全保障上の脅威としての中国の問題は、既にトランプ政権だけでなく民主党を含む、ワシントンのコンセンサスとして広く認識されるようになっている。 米国の対中世論全体を見ても、中国に対する一般の見方も厳しくなっているほか、安保では民主党側も相乗りしている。これまでには机上の空論とみられていた中国を米企業のサプライチェーン(部品調達網)から外す「デカップリング」論も正面から議論されるようになっている。中国・北京にあるファーウェイのショールーム=2019年5月20日(UPI=共同) 安保の面での「中国叩き」はだいぶ続くとみられる。米国とソ連の「冷戦」は代理戦争を含めて、実際にかなりの軍事衝突があった。今回の米中の場合は、当面の軍事衝突こそないものの、軍拡が続く中国をけん制しながら静かに展開する「冷たい戦争」が長く続くものとみられる。 形骸化するG20の向こう側には、米中の激しい2国間対立の世界が広がっている。■ 米中貿易戦争「日本が得する」逆転シナリオが一つだけある■ 「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場■ 習近平はなぜ金正恩に6年間の「借り」を返す気になったのか

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    宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない

    正弘(評論家)吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 宮崎 日本のメディアは、アメリカと中国の貿易摩擦を「米中貿易戦争」と報じています。もちろん貿易戦争には間違いないですが、そもそも米中は基本的に長い間衝突の構造にあります。今は単に関税のかけ合いのレベルなので、これはいずれ終わります。お互いにものすごく傷ついていますからね。むしろ決定的なのは、関税をかけたことによって中国の経済構造がガラッと変わったことでしょう。中国で生産できないものはすべてベトナム、カンボジアに移しています。つまり、中国の「産業の空洞化」をもたらす構造変化が起きたということです。これが一番大きい問題です。 二番目に大きいのは、アメリカが為替操作国として認定すると脅しをかけていますが、逆に今、人民元はものすごく弱いということです。弱い通貨を強くするために、一番稼いできたドルをすべて人民元の買い支えに使っているわけです。こうしたことで、中国の経済力が弱まっています。これはおそらくトランプではなく財務長官あたりのアイデアだと思いますが。 そして米中対立というのは、貿易戦争の関税かけ合いレベルから、第5世代移動通信システム(5G)のテクノロジー覇権争奪戦に完全に移っているわけです。で、この流れから、私はまもなく金融戦争が始まるだろうという見立てをしています。 吉川 なるほど。先の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)でトランプがアメリカのマイクロチップを中国通信機器大手のファーウェイに売っていいよ、中国人のハイテク技術者へのビザ優遇もしますよということは言いましたが、だからといってファーウェイ製品をアメリカが買うわけではないのです。国内の規制を緩めるつもりはないでしょう。 中国人技術者のビザの件も、アメリカのメディアをこまめに見ていると、アメリカのどのハイテク企業も、理系の大学も、中国人の専門家にビザを申請するときには米連邦捜査局(FBI)がうるさく調べにくるので、できるだけもう取りたくない、という実際の現場の温度感が分かります。 宮崎先生がおっしゃっているようなアイデアで中国を徐々に弱めつつ、5Gの問題ではアメリカが中国に先んじるよういろいろな手を打っていくのではないでしょうか。米中新冷戦について対談する宮崎正弘氏(右)と吉川圭一氏=2019年7月、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 宮崎 中国はすでに相当先んじていますからね。いろんな側面から考えられますが、まずは特許の問題でしょう。4Gのときはことごくアメリカが特許を押さえていて、ファーウェイでさえOS(基本ソフト)は「アンドロイド」です。それをひっくり返すのはファーウェイもできない。 もう一つできないことは、半導体を中国が作ること。今の時点で半導体を20%作ったなんて豪語していますが、それはどの程度の半導体か分からない。さらにアメリカは「半導体製造設備は売らない」と言っている。これが決定的で、中国は半導体を作れないということなのです。 アメリカがここまで焦っているのは、将来のマーケットの取り合い程度ではないということ。例えば、米国の最新鋭ステルス戦闘機「F35」の部品は中国製が相当入ってきていましたが、それによってF35の性能が落ちる、ということが起こっているわけです。逆に中国はミサイルの性能が上がっています。コンピューターの精度やドローン技術、航空産業、宇宙産業の技術、すべてアメリカから盗んだものによって成り立っている。アメリカはうかうかしていたら、圧倒的な軍事的優位という立場が脅かされると、アメリカ人の心底に恐怖感がある。だからあんな強い態度で臨んでいるわけで、ちょっとやそっとではこの対立は終わりません。中国が白旗を上げるか、共産党がつぶれるまで続くか、そこまでは分かりませんが。もし、トランプが次の選挙で敗れることになれば、また別の展開になるかもしれません。トランプは再選する! 吉川 私はトランプが苦戦しそうなのは、ハリスという民主党上院議員ぐらいだと思っています。ハリスは黒人で女性ですが、それ以上にトランプと同じように2016年までワシントンにいなかった。冷戦終結以来のワシントン政治は、ローテーションで同じ顔ぶれが政治を行ってきました。政治家も、官僚も。彼らの理性一辺倒でマニュアルにはまった政治では、もうアメリカの国家も国民生活も保てなくなっています。そこで今までワシントンにいたことのないトランプが出てきたと、私は考えています。今年3月に出版した『救世主トランプ-“世界の終末”は起こるか?』(近代消防社)でも、そのように書かせて頂きました。 それを考えるとハリスならトランプと良い勝負ができそうに思いますが、2000年や2016年のような状況になっても、地方の保守的な票の力でトランプが勝つでしょう。そもそもハリスは新人議員で思想的にも穏健派とは言えない。民主党の候補者になるのも簡単ではないと思います。 ハリス以外は左翼メディアに応援されていてもアメリカ国民の多数からも嫌われている極左か、あるいは2016年以前のワシントン政治にどっぷり浸かってきた、それも親中派的な候補が多い。今アメリカでは左翼メディアまでが反中です。それを考えるとトランプと似たような3人目の独立候補が出て票が割れない限り、トランプは再選されると私は今の段階では思っています。 その反中国テクノロジー競争の話に戻すと、5Gでアメリカが中国を上回れば、サイバー攻撃で中国に対抗できるという算段もあるでしょう。 今年の春ぐらいにワシントンでずいぶん評判になった、ブルッキングス研究所のオハンロン氏の著書の中で、「もし尖閣が中国に占領されたらどうするか」ということが書かれていました。日本の海上自衛隊と米海軍で取り囲んで、あとは中国に経済制裁をした上で、サイバー攻撃みたいな形でやんわりと出て行ってもらうというのが主旨です。これがアメリカでずいぶん評判になったのですが、裏を返せばアメリカとしては日本のために本気の戦争はやりたくない、自国の若者の血を日本のために流したくない、という空気になっているということですね。 イラン攻撃も、トランプは実際の攻撃を思いとどまった後、サイバー攻撃を考えたとされていますが、そのサイバー攻撃をイランは撃退したと主張しています。イランも北朝鮮もロシアの技術が入っており、米中だけではなくロシアも入って、イラン、北朝鮮、ベネズエラが駒として動いています。北朝鮮とイランの間には、おそらくロシアの仲介により、ミサイルや核の協力関係があるとされています。アメリカの裏庭のベネズエラに、イランの支援する国際テロ組織の支部ができて、ロシアも軍事顧問団的なものを送っているようです。 非常に複雑な立体地図の中で、トランプとプーチンと習近平がどう動くのか、それに対して日本も先読みして安倍晋三首相がどう動くか。それによって日本がこれからの生き残れるのか決まってくると思います。G20首脳会議のデジタル経済に関する特別イベントであいさつする安倍晋三首相(中央)。左はトランプ米大統領、右は中国の習近平国家主席=2019年6月、大阪市住之江区(代表撮影) 宮崎 もう一つ、昨年の10月4日に、ペンス米副大統領が演説で「われわれは今までハッカー戦争で受け身だったけれども、これからは攻撃型に変える」と言っています。それと宇宙軍を作ることも明言しています。 これがどういうことかと言えば、例えば5Gで中国が先んじた場合、通信速度は現状の100倍ぐらいになる。今0・001秒差ぐらいなのが、0・00001秒ぐらいの差で中国のハッカーが米国防総省(ペンタゴン)の中枢に入り込んで命令系統をズタズタにしたら、アメリカは戦えない。だから宇宙軍を作って、アメリカが先に中国の指揮系統を叩く、そういう戦争になっていくと思いますね。ソ連型と異なる「中国崩壊」 吉川 そういうことも今までのワシントン政治では既成勢力の予算獲得競争などで上手くいっていなかったのが、トランプが大統領になってから軌道に乗り始めた。そのようなサイバー攻撃や宇宙軍がしっかりしていれば、超音速で飛ぶミサイルも、事前に宇宙から索敵しておいて撃墜することなどもしやすくなります。そういう新スターウォーズ構想のようなものをトランプは中間選挙の後に明らかにしました。 最初のスターウォーズ構想は、レーガン大統領が言い出したものです。まったく同じことは当時のソ連には技術的にできなかったから、ソ連は降参して冷戦は終結したわけですが、それと同じような形にもっていこうとしているのではないかと考えています。 宮崎 ソ連の場合、経済制裁を受けていましたが、ソ連には全く輸出するものがなかった。原油とウォッカとマトリョシカくらいじゃないでしょうか。でも、中国は山のように輸出するものがあって、外貨が入ってくる。だから、経済的に中国を干すというのはなかなか難しい。つまり、ソビエト型の崩壊というシナリオは考えにくいでしょう。 吉川 そうでしょうね。ただ国際政治の理論で、「軍事競争というものは量的な競争であり、量的な競争をやっていれば接戦になるので熱い戦争になるけれども、質的な競争は一方が急激に伸びて圧倒的に勝つ可能性があるので、もう片一方が何らかの形で降りざるを得なくなる」という考え方もあります。米ソ冷戦はそういう形になったわけですが、今回の米中の5Gやサイバーというのも、質的競争で決着がついてくれればいいなと思います。 宮崎 先ほど米中対立は、次に金融戦争になると言いましたが、アメリカにはもう一つ癪(しゃく)に障っていることがあるからです。それは「ドル体制」という戦後のブレトン・ウッズ体制を中国がひっくり返そうとしていることです。 中国が進めているのは、まず人民元の勢力圏を作ること。アジアインフラ投資銀行(AIIB)なる奇怪な銀行をつくって、それから国際通貨基金(IMF)に人民元が入ってきた。そして通貨スワップ、もしくは人民元決裁権を方々に広げています。例えばタイでは食堂に入っても人民元が使えるぐらいです。ロシアとの貿易決済も一部人民元にしています。 これをどうやってアメリカが食い止めるかなのです。つまり、通貨覇権を絶対に死守するということですが、これから使うであろう手というのは、中国の外貨を払底させるというのが一番でしょう。そうすると人民元という価値がぐっと下がりますから。二番目に実行するのは、中国の銀行の信用力を崩壊させることです。こういうわれわれには全く見えない手を打っているのだろうと思います。完全に機密になっているので、今は想像でしか言えませんが。 ただ、こうした状況を見ていると、中国は自壊が始まっているようです。何しろ、中国の負債総額が日本円で6千兆円ぐらい、一説によれば9900兆円という見方もあります。ただ、中国の国内総生産(GDP)は1千兆円ぐらいあるでしょう。このGDPの飛躍をどこで止めるかですが、そもそも大半が不動産投資です。だから簡単で、金融を閉めたら不動産投資にいかない、いかないばかりかこれまで不動産のローンを組んだ人たちは相当哀れな結末になるのではないかと思います。要するに、アメリカが金融面における攻撃を始める前に、中国が自滅していくのではないでしょうか。すでに包商銀行が危うくなって、中国政府が救済しました。徐々にアメリカで起きたサブプライムによる破綻で起きたリーマン・ショックと似た状況になっている。中国政府もまだ小さな銀行は助けますが、次に大手がひっくり返ったときは危ないですよ。評論家の宮崎正弘氏=2019年7月、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 吉川 アメリカの新聞を見ているだけでも、25%の関税のおかげで輸出ができなくなって困った中小企業を助けるために、そういう中国の大手銀行が積極的に貸出するように中国政府が命令して貸し出した。しかし、お金をもらった中小企業は何をやっているかというと、どうせ新しい工場を建てても輸出はできないから、不動産投資をやっている。どんどん中国経済の実態がなくなってきているわけで、関税政策が中国の金融崩壊を速めているのは確かですね。親中派も多い自民党 宮崎 ではこの状況に日本はどうすればいいのかと言っても、74年間憲法を変えられない国が主体的にどうしようと言っても無駄な気がしますし、基本的なことを言うしかない。自分が正しく判断したことを、主権を行使してやりなさい、という。これはどの国でも基本でしょう。リーマン・ショックのときには、三菱UFJ銀行が銀行を買わされて、野村証券が、中東かどこかのリーマンブラザーズを強制的に買わされたじゃないですか。ということは、中国が悲鳴を上げて日本に助けを求めたときに、お人好しな自民党政権はやっぱり助けると思います。 吉川 そうですね。自民党は親中派も多いですからね。 宮崎 そうそう、そこが危ない。特に伊藤忠商事はまだ、中国に投資していますから。中国と心中するつもりなのでしょうか。 もう一つ留意すべきは、大々的に生産しているトヨタ、日産、ホンダが結局どうするかでしょう。最悪のシナリオはかつての満洲と同じように財産を全部おいて逃げ帰ってくることですね。中間的なシナリオとしては、トランプが仕掛けた今の貿易規制がますます強化されるでしょうから、日本企業のハイテク部門やケミカル関係など、すべて影響を受けることになります。 吉川 すでに昨年末の段階で、南部中国アメリカ商工会の調査によると、会員企業の約7割が中国からの撤退の準備をしているそうです。別の統計ですが、オバマ政権末期には456億ドルもの対中投資を米国企業はしていたのに、2018年は20億ドル。サプライチェーンは切断され始めています。そうなれば、経済・金融・技術面での覇権争いで、アメリカが優位になれるだけではありません。軍事的な「熱い戦争」をしてもアメリカは困らなくなる。 私は南シナ海問題がこれからもっと深刻になってくると思いますね。南シナ海はほかに比べて水深が深いので、水中発射でアメリカまで届く核ミサイルを装備した潜水艦を沈めておけます。ですから、アメリカは南シナ海で行われる中国の軍事訓練に非常にナーバスになっていて、人工島やミサイル発射台を撤去してほしいと強硬に言っていますし、南シナ海では部分的に「熱い戦争」になる可能性もあるのではないでしょうか。 第一列島線である沖縄、台湾、フィリピンあたりに、核は積まないにしても中距離弾道ミサイルを置いておけば中国をつぶせるという戦略が、ワシントンのシンクタンクからも正式に出ています。そのために米国は中距離核戦力全廃条約(INF)から撤退しました。結局80年代の欧州と同じで、そういうものを一度配置して、中国側が南シナ海から撤退するならアメリカもそれを撤去し、かつ関税も下げるというような取り引きが、トランプと習近平の間で来年の選挙後ぐらいにあるのではないかと予想しています。 宮崎 G20前後に言っていたトランプの日米安保条約破棄というのは冗談ではなく、かなり本気の部分があると言えます。でも、それは大いに歓迎すべきことではないかと思います。わが国が主権国家であるならば、自分で防衛するのは当然ですからね。それをトランプは早くやれと言っているわけです。 吉川 米ソ冷戦が終結したときにアメリカが一方的に日本を守らなければいけない理由がなくなったので、日米安保の見直し、日本の憲法問題、核武装など何から何まで考えなければならなくなることを、冷戦終結当時に何人かの先生と話した記憶があります。 ところが、そこへいわゆる「瓶の蓋(ふた)」論が出てきた。「もし米軍が撤退したら、日本はすでに相当な能力を持つ軍事力を、さらに強化するだろう。誰も日本の再軍備を望んでいない。だから、われわれ(米軍)は(軍国主義化を防ぐ)瓶の蓋なのだ」という考え方です。そしてクリントン政権というものができてしまった。彼は非常に理性的な学歴エリートで、その彼と体質を同じくするワシントンの役人も、日本が軍事大国になるのは脅威ではないかという考え方だったわけです。その考え方をする官僚らが25年もワシントン政治を仕切ってしまった。本来、私の認識では25年前に出るべき「日米安保の見直し」論が、クリントン政権以来、延び延びになっていたのが、今になって出てきたのではないかと思います。吉川圭一氏=2019年7月、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 宮崎 その前に、1980年に日米安保改定20周年のシンポジウムを開催しており、これはフォード前大統領と岸信介元首相が共催したものです。そのときにアメリカから「もう改定して20年も経っているのだから、中身が不均衡なものをより対等なものに改定する必要がある」と提案がありました。日本の新聞も報道はしましたが、それで終わってしまう。誰も重視していなかった。日米安保の改定というのは本来なら日本が言い出すべきですが、そのままずるずると時間だけが過ぎていったのが事実です。 だからトランプは「非常にアメリカだけ負担が大きい、それからアメリカだけが犠牲になる」と認識している。戦争でもし闘っても、日本はそれをソニーのテレビで見ているだけだと、不満がマグマのように噴出しているのが分かります。障害は日本の現行憲法 吉川 トランプは大統領選挙、特に予備選挙の最中からそういうことを言っていました。今回トランプから日米安保の見直し論が出てきたのは、イランのことがあるからだと思います。 イランがアメリカの無人機を攻撃したので、それに対する報復攻撃をやろうとしたが、直前で思いとどまった。そのときに、日本は消費する石油の6~7割をペルシャ湾から買っているにもかかわらず、日本がペルシャ湾の防衛をやらないのはおかしいのではないかとツイッターでつぶやいて、G20後の記者会見でもそのことは言っていました。こういう一連の流れからすると、トランプは本気なのではないかと私は思いますね。 宮崎 本気であることが分かる一方で、トランプは日本に関する勉強をほとんどしてないから、理解度は低いですね。北朝鮮危機のときも、日本に協力しろ、と言ったら日米安保条約、日米地位協定、それから日本の憲法があってできないということを初めて知ったようで、本当にびっくりしたという話もあった。日本は戦争に巻き込まれるようなものではなく、後方支援や終わった後の地雷処理とか、そういう協力しかできないことを今はだんだん分かってきたのではないでしょうか。 だから次にその不満をどこにぶつけるかというと、結局日本の障害になっている憲法だと。だから、憲法改正を迫るのは内政干渉になるけれども、形を変えて言ってくるのではないかと思いますね。 吉川 「在日米軍基地駐留経費の日本側負担を何倍かに値上げしろ!」などですね。それくらい言われたらさすがの日本人も、そんなお金を払うなら憲法を改正して強力な自前の軍隊を持った方がよいと目覚めるかもしれません。米国製の兵器と今まで引き取ってきた米国債を交換してもよい。その代わりに、むしろ在日米軍基地駐留経費を今までは7割負担していたのを5割にしてくれと交渉する。最初から5割と言えば6割にされてしまうので、3割と言っておいて5割で手を打つ。それくらいのことを日本がしてもよいと思います。 そうなれば、在日米軍基地の見直し問題も出てきます。マティス国防長官が退任後、しばらく国防省のトップが不在でしたが、今年6月にボーイング社の理系重役だったシャナハン国防長官代行が国防長官への指名を断ったのです。彼はボルトン大統領補佐官に影響されてイランとの早期開戦論者だった部分があるので、イランとの流血の大惨事を少なくとも来年の選挙まではしたくないというトランプの意向が、もしかしたら少しあったのかもしれない。そしてポンペオ国務長官の陸軍士官学校時代からの友人で、マティスと同様に元制服軍人だからこそ部下を戦死させるようなことは避けたいエスパーが国防長官に就任しました。 ただ、本当に日米安保を見直すということになった場合、「この基地とこの基地は日本の領土上になくてよい」などとコンピューターで計算して交渉をするなら、シャナハンが最適だったと思います。エスパーのような制服軍人はどちらかというと、日本の軍事基地は守りたい方が多いのです。 日米安保を大きく見直す、日本側も憲法を大きく見直さざるを得ないという話が出てくるとしたら、エスパーから民間出身の人に再び国防長官が代わったときではないか、と今の段階では思っています。米ホワイトハウスで、エスパー国防長官(左)を見やるトランプ大統領=2019年7月(AP=共同) 宮崎 いずれにしても、すべてまた劇的に変わり始めるのは選挙の後でしょう。その前に中国の自滅が金融面で始まると思いますがね。 吉川 それと中国国内の知的財産権保護と産業補助金制度撤廃という米国の主張が関税などの圧力で実現するか?そうすれば5Gでもアメリカが中国に巻き返しできるかもしれない。 これは、われわれ日本人には既視感があります。80年代に日本がアメリカにされたこととよく似ています。あのときは、そういう日本国内の構造改革そしてドル安誘導や国際決済銀行の規制がバブル崩壊へと繋がりました。そういう意味でも宮崎先生の考えは間違っていないと思います。 みやざき・まさひろ 昭和21年、金沢市生まれ。早稲田大中退。「日本学生新聞」編集長、雑誌『浪曼』企画室長を経て、貿易会社を経営。58年『もうひとつの資源戦争』(講談社)で論壇へ。著書に『拉致』(徳間文庫)『中国大分裂』(文藝春秋)『出身地で分かる中国人』(PHP新書)『中国権力闘争 共産党三大派閥のいま』(文芸社)など多数。 よしかわ・けいいち 政策コンサルティング事務所「グローバル・イッシューズ総合研究所」代表。2016年まで米国ワシントンDCにも拠点を持ち、 東日本大震災を契機に一般社団法人日本安全保障・危機管理学会防災(JSSC)ワシントン事務所長として、日本に米国と同様の危機管理専門省庁の立ち上げを目指す政策提言活動に取り組む。2017年以降は日本国内をベースに、テロ対策や米国政治に関する政策提言活動を続ける。著書に『911から311へ—日本版国土安全保障省設立の提言』『東京オリンピック・パラリンピックは、テロ対策のレガシーになるか?』(近代消防新書)など多数。■「米国はもう崖っぷち」5G戦争、ファーウェイ排除のウラ側■「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない■日本の円圏構想をパクった中国の「一帯一路」はどうせ失敗する

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    新冷戦から生まれた中露印の新勢力「3G」から恐怖は始まる

    と目論んでいるように私には思える。 先の友人の例え話には続きがあり、悪魔を追って左折したロシア人を、中国をはじめとしてトルコ、イラン、そしてインド、北朝鮮の各指導者が追随するのだ。私は、まるでロシアが先導する「悪魔の館」に彼らが結集し、暗闇のなかでコソコソと悪巧みするような不穏な気配を感じる。露モスクワで会談後、合意文書の署名式に出席したウラジーミル・プーチン露大統領(右)と中国の習近平国家主席=2019年6月5日(AP=共同) 2019年7月23日、衝撃的なニュースが報じられた。ロシアと中国の爆撃機が約11時間にわたって編隊を組み、日本海と東シナ海の上空で初めての共同警戒監視活動を展開したと言うのだ。極東アジアでの中露による軍事的な存在感を強烈にアピールするもので、日米軍事協力体制の最前線に中露の軍事的脅威が迫っているに等しい。中露訓練に北朝鮮が参加の意思? 実は両国の軍事協力はかつて、大規模に実施されたことがある。2018年9月11日から1週間、ロシア極東やシベリアで繰り広げられた軍事演習「ボストーク(東方)2018」に、中国軍とモンゴル軍が参加していた。その規模は1981年以降、最大規模だったと言われている。 そもそも中露の軍事協力が本格化したのは、2017年6月7日のことだ。カザフスタンで両国の国防相が会談し、ロシアのショイグ国防相は中国の常万全国防相(当時)に「2020年までの防衛軍事協力」を約束した。両国軍による軍事演習を初めて実施し、軍事機密の共有、さらには軍事ドクトリンの整合性を盛り込んだ。 中露の共同訓練が確認された翌々日の7月25日、北朝鮮が動いた。G20の閉幕直後にトランプ大統領と文在寅大統領とそろって首脳会談した金正恩委員長だったのに、北朝鮮はロシア製の「イスカンデル」にきわめて似た弾道ミサイルを2発打ち上げた。おそらく、シリアでロシア軍が使用しているミサイルが転用されたのだろう。 北朝鮮がミサイルを発射したのは、中露による共同訓練に参加する意思を示したのではないだろうか。中露と北朝鮮が警戒しているのは、8月に予定されている米韓合同軍事演習であり、韓国大統領府は「計画通りに実施される」と表明している。今年の夏は「中露+北朝鮮」対「米韓」の対立が激化する危険性が高まっている。まさに「新冷戦」の始まりだ。 プーチン政権は、中露関係の強化だけでは飽き足らないようだ。反米同盟の拡大を画策し、インドに触手を伸ばしている。2018年12月以降、アメリカはインドの市場開放が不十分だと非難し、関税優遇措置を停止すると宣言。アメリカへの不信感を募らせるモディ首相は、ロシアに急接近している。 インドは、ロシア製の最新型地対空ミサイルシステムのS400を購入する契約を結んだ。総額は50億ドルに達し、インドとアメリカの関係にきしみが出ている。トランプ政権の発足以降、両国は中国を牽制するための信頼関係を醸成してきたが、一気に亀裂が走っている。 ロシアの思惑は、どこにあるのだろうか。2014年以降に拡大した欧米諸国の経済制裁でロシア経済は衰退したために、東方外交に舵を切り、中国との関係改善に乗り出した。しかし、中国の経済成長も超高齢化社会を迎えて、将来は先細りになると予想されている。経済統計によれば、2024年にはインドは中国を抜いて世界一の人口を擁し、2030年にはインド経済は飛躍的に台頭する。プーチン氏はいつまでも中国に依存すれば、共倒れになると危惧している。インドとアメリカの摩擦につけこんで、将来を見据えてインドを取り込む戦略にプーチン氏は打って出た。 プーチン氏は、インドと中国が放つアメリカへの不満に勢いづいて、こう息巻いた。 「ロシア、インド、中国の3カ国の枠組みは保護主義や単独行動主義、不法な制裁を否定する。3カ国の協力関係は著しく発展しており、安全保障と財政の各分野での協議が発展している」左からインドのモディ首相、ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席 反米を軸にまさに「3G(グル)」の巨大な勢力圏が誕生しようとしている。3カ国とも核保有国であり、日本海から西太平洋、東シナ海、インド洋に及ぶ軍事的な影響力は絶大である。3カ国の総人口が世界で占める割合は38%、世界の陸面積の20%に達する。「日本は祈る」は通用せず プーチン氏は今年6月に大阪で開催されたG20の直前、フィナンシャル・タイムズのインタビューで、欧米諸国を厳しく批判した。 「現代の自由主義といわれる思想は結果的に、時代遅れになっています。その思想のいくつかの要素は、単に現実とマッチしていません。多文化を認めることが大切です。移民問題が発生すると、自由主義思想は機能不全を起こし、自国の住民の利益を優先するハメに陥っているのです」 プーチン氏の発言は、移民と難民への対応で苦慮するアメリカとヨーロッパ諸国にはびこる民族排外主義を念頭に置いている。自由主義を掲げてきた諸国の自己欺瞞を非難しているかのようだ。ただ注意しなければならないのは、プーチン氏は自由主義に代わる新しい思想を打ち立てているわけでも、まして移民問題を解決する施策を提案しているわけでもない。 ロシアにも中央アジア諸国からの出稼ぎ労働者の問題が生起しているが、プーチン政権は武力で弾圧しているだけである。国際政治は一般的な理念よりも国益を優先に、ときには陰謀や策略も辞さないリアルポリティックスの時代に逆戻りしているかのように映る。まさに弱肉強食の権力政治家が跋扈するのである。 日本は、北方領土交渉でプーチン政権にすっかり揺さぶられてしまった。平和条約の締結さえも、困難な状況にある。プーチン氏は2019年6月22日、ロシアの国営テレビ局のインタビューで北方領土を日本に返還する「計画はない」と言明した。 そして、8月2日にはメドベージェフ首相が択捉島を訪問する。実は択捉島、国後島、色丹島には2011年以降、中国の水産関連企業が進出し、新しい工場が続々と建設されている。 2018年9月には中国の通信機器大手「ファーウェイ」が、サハリンと北方3島を結ぶ光ファイバー回線の海底敷設工事を完了した。北方領土はいまや、中露蜜月関係のシンボルのように見える。最悪の場合には中露首脳会談が択捉島や国後島で開催されたり、中露軍事演習が北方領土で実施されたりする事態も想定しておかねばならない。 日本を取り巻く国際状況をざっくり描くと「日米+α(EU)」と「3G+α(北朝鮮、トルコ、イラン、シリア)」の対立構図が浮き彫りになる。ただトランプ大統領は自国ファーストを掲げており、必ずしもEU諸国と友好的とは言えない点があり、日本への反発を強める韓国は「3G+α」に寝返るかもしれない。そうなれば、3Gの最前線と立たされる日本の防衛政策は緊急に再検討を迫られる。 米ソ冷戦は両国が直接的に衝突しなかったという点では、日本では「祈りの平和」で済んだ。でも現状は、緊迫度がまったく違う。日本に近い朝鮮半島、日本が天然資源を依存する中東、さらにはベネズエラ内戦(「アメリカ」と「ロシア、中国、北朝鮮、イラン、トルコ」の勢力に分断)など地雷はいくつも点在している。ちょっとした事件や小競り合いを契機に、アメリカと中露が軍事的に全面衝突する危険性は十分にある。G20大阪サミットが閉幕し、トランプ米大統領(右)と握手を交わす安倍首相=2019年6月29日、大阪市 だからこそ、日本の防衛政策を根本的に考え直す時期にきている。明治維新もそうであったように、日本は外圧があってこそ、自国を変革できる。集団自衛権を含む憲法改正の必要性を、皮肉にも「新冷戦」が迫っている。■北方領土は返さない! ロシア「反日アイヌ民族」の正体■「プーチンは一島も返さない」最悪シナリオは中国への北方領土売却だ■安倍外交85点の理由は「欧米と仲良く、中国と喧嘩せず」

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    中国からの投資が9割減、問われるトランプの経済政策

    土方細秩子 (ジャーナリスト) ピーク時の2016年には年間460億ドルもあった中国から米国への直接投資が2018年には48億ドルにまで落ち込んだーー。リサーチ会社ローディアムが発表した数字が波紋を呼んでいる。もちろん理由の一つは中国が貨幣流出を防ぐために国外投資に規制をかけたことだが、2016年はトランプ大統領就任の年。そこから現在までの間に貿易摩擦などもあり、投資額が激しく落ち込んだ、と指摘されている。 中国による米国企業への投資内容を見ると、トップはエネルギー関連、次いで不動産関連となる。企業への直接投資、買収などが含まれるが、昨年1年間で中国の投資家は総額130億ドルにも及ぶ米国内の資産を売却したという。 この傾向は今年も続き、アンバンは米国内の高級ホテルを、HNAグループも米国内数十億ドル規模の不動産を、フォーサム・インターナショナルはニューヨークの不動産を、ダリアン・ワンダ・グループは映画会社レジェンダリー・エンタテイメントの株式売却を試みている。 この中には米政府が主導した売却もある。例えばHNAが今年に入り売却したマンハッタンのビルは、「トランプタワーに近い高層ビルである」という保安上の理由から米政府が売却を迫ったもので、HNAはこれにより多額の損失を出したと報道された。逆に中国企業が買収しようとした米企業に対し、「個人の情報保護や国家安全の見地から」米政府が売却を阻止したケースもある。 とかく批判されながらも、中国マネーが米経済を活性化させてきた、というのは事実だ。特にミシガン、ミズーリ、サウスカロライナ、テキサスなどでは中国マネーが雇用促進の原動力にもなり、カリフォルニア、ニューヨークでさえ都市開発の要の部分を中国マネーが請け負っていた面が大きい。 エンターテイメントの部分も然りだ。中国は今や世界最大の映画市場であり、ゲーム市場でもある。ハリウッドは中国との共同制作という形で中国からの投資を引き出し、中国市場に受ける映画を作ることで採算を取ってきた経緯がある。ゲームに至っては世界の市場の5割強が中国であり、ソフトからハードまでこの巨大市場を目指しての競争が続いている。(出所)リサーチ会社ローディアム 1980年代を思い起こしてみれば、米国の困惑がよく分かる。当時バブル期の日本は米国の不動産を買い漁っていた。ロサンゼルスのボナベンチャーホテル、ニューヨークのロックフェラービルなど、ランドマークとも言える建物を日本企業が買収し、米国では激しい日本叩きが巻き起こった。しかしバブル崩壊によりこうした建物や日本による投資が冷え込んだことが米国経済にも影響した。 今回の中国投資の減速でも同じことが言える。米国では黄禍論などと言われ、あまりにもアジアパワーが強すぎることへの警戒が巻き起こるが、いざその影響が米国経済の停滞に及ぶと、今度は待望論が巻き起こる。いわく、中国からの投資が減少したことにより特にラストベルトと呼ばれる地域への影響が大きい、トランプ支持基盤でもあるこの地域の経済をトランプ自身が苦しめている、などである。原因は中国かトランプか この問題、表面的な部分よりも根が深い点がある。それは「どちらが“先”の原因であるのか」という部分だ。先にも述べた通り、中国からの投資が減少したのはトランプ政権による関税圧力などの貿易摩擦も一因ではあるが、それ以前に中国政府による外国投資規制が行われていた。つまりトランプ大統領が政権についた時にはすでに中国マネーの後退は始まっていた。 トランプ大統領による中国への不信感、批判はここに端を発するものかもしれない。このまま中国がラストベルト地帯への投資を減少させれば地域経済はより疲弊し、それが「Make America Great Again」という自身のスローガンに反することになり、支持率が減少する。それゆえに中国を批判し、関税圧力などの政策を実施した。 関税圧力というのはある意味自国への企業誘致の方法でもある。日本の自動車メーカーが現地生産率を上げ、「米国産の日本車」を前面に打ち出すようになったのも元はと言えばこうした日本叩きや圧力に対抗する策でもある。 ただし中国の場合、米国に進出して現地生産するような企業がまだ少ない、というのがネックとなる。現在に至っても中国メーカーの車は一部のEVバスなどを除いては米国で販売されていない。また今のところはまだ価格面で競争せざるを得ない中国製品にとって、米国での生産はコストがかかり競争力を失う原因にもなりかねない。 しかし米国の経済学者などからは「米中双方が不信感を抱き合い、貿易摩擦の解消のきっかけすらつかめない現状は行く行く米経済に悪影響を及ぼす」という警戒感をあらわにしている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 一方で米国にとっての明るいニュースは、直接投資が減少する一方で中国によるベンチャーキャピタルは増加している、という点だ。特にシリコンバレー周辺で、中国による投資は31億ドルを記録した。ただしこれも技術移転や機密保持の観点から規制がかけられる可能性が無きにしも非ず。 もし中国企業や個人が米国内の資産売却を急激に進めれば、特に不動産のバブル崩壊のような現象が起こる可能性もあるし、企業の倒産、失業率の増加にも中国投資の減退が関わってくるかもしれない。二選目を目指すトランプ大統領にとって、中国マネーの扱いは難しいものになりそうだ。ひじかた・さちこ ジャーナリスト。ボストン大学コミュニケーション学部修士課程終了、パリ、ロサンゼルスでテレビ番組製作に携わり、1993年より米国でフリーランスのジャーナリスト活動を行う。

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    櫻井よしこ氏「米中対立はどちらかが倒れるまで続いていく」

    らず憲法9条に縛られたまま、自力で自国を守ることすらできない。櫻井よしこ氏は、日本がすがるアメリカと中国との対立は長期化すると言い、憲法改正の必要性を訴える。* * * 日本を取り巻く国際情勢はかつてないほど厳しさを増しています。 米中対立は基本的に中長期的にわたって続き、さらに深刻化していくことが予想されます。トランプ政権の一連の動きを見れば、米国が問題視しているのが貿易赤字だけではないことがわかります。知的財産の不正入手、企業の最先端技術を提供させるなどの不公正な取引、発展途上国に対する「債務の罠」、そしてチベットやウイグルへの弾圧をはじめとする人権問題。これらはすなわち共産党による一党独裁体制、中国のあり方そのものです。 中国の経済成長の基盤は知的財産を盗むことで成り立っており、これをやめるわけにはいきません。また、中国の国防費は表向きで約15兆円、実際にはその1.5倍から2 倍と見られていますが、それと同等かそれ以上の予算を割いているのが武装警察やサイバーポリスといった国内治安対策です。これほどのお金を投入して、激しい弾圧を加えることによって中国共産党はようやく国内の不満を押さえ込んでいるのです。 人権問題の改善は共産党の一党支配の崩壊につながりますから、根本のところで中国が米国と妥協することは絶対にあり得ません。2019年5月3日、第21回公開憲法フォーラムで基調提言を行う櫻井よしこ氏(桐原正道撮影) 2018年12月、トランプ大統領と習近平主席がG20で会談し、貿易摩擦の「一時休戦」をアピールしましたが、その一方で米国はカナダに要請し、中国の通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」の創業者の娘で最高財務責任者(CFO)の孟晩舟氏を逮捕しました。 一時的に対立を回避するようなポーズを見せながらも、米中対立はどちらかが倒れるまで続いていくでしょう。「我慢する時」の習近平 中国側はトランプ政権はあと2年、再選されても6年で終わることを見越していますし、景気の悪化などで米国内での国民の不満が高まれば、トランプ政権は政策を変えると読んでいます。一党独裁体制の中国とは違い、民主主義国家は弾圧で国民を押さえ込むことはできないからです。 習近平は「今はじっと我慢する時」と考え、日本に対して盛んに秋波を送っていますが、やっていることはまったく変わっていません。それは尖閣諸島への領海侵犯を続け、東シナ海の日中中間線付近で新たなガス田の掘削を始めたことからも明らかです。 2017年10月の共産党大会で、習近平は3時間20分にわたる大演説を行い、中国は2035年までに世界一の経済大国になり、建国100年に当たる2049年までには軍事力でも米国を追い抜いて、「国際社会の諸民族の中に中華民族がそびえ立つ」と言いました。 中国共産党の価値観を世界に浸透させて、その教えの下で人類運命共同体を築き上げる。逆らう者は徹底的に弾圧する。このような中国の野望、中国が描く世界秩序を決して実現させてはなりません。 米中対立において、日本が米国側に立つのは当然のことです。さらに長い歴史の中で育んできた人間重視の穏やかな価値観をもとに、独自の旗を立てて国際社会の中で大きな役割を果たしていくべきだと思います。 そのためにも、日本は節度と責任ある民主主義国家として、憲法改正を実現し、国の基盤である経済力と国防力を整えていかなければならないのです。●さくらい・よしこ/新潟県長岡市出身。ハワイ州立大学卒業。元日本テレビ「きょうの出来事」キャスター。1995年、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で大宅賞受賞。執筆・講演活動を続ける一方、インターネット放送「言論テレビ」を運営中。最新刊は『韓国壊乱』(PHP新書、共著)。関連記事■櫻井よしこ氏、世界で一つの変な憲法の改正は今が最後の好機■朴前大統領の弾劾訴追を見れば韓国立法・司法の歪み分かる■櫻井よしこ氏「韓国とは悪い関係でなければ幸せ、程度でOK」■ケント氏「議論すら許さない日本のリベラル派は全体主義者」■ケント氏「憲法によって危険に」櫻井氏「日本は商人の集合体」

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    日米同盟破棄したら中国は尖閣強奪、韓国は謝罪と賠償要求

    、日本は隣国の脅威に一気に晒されることになる。産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏が言う。「中国はこのところ沖縄・尖閣諸島周辺の日本領海への公船の侵入を活発化させている。もし東アジアにおけるアメリカの最前線部隊である在日米軍がいなくなれば、中国人民解放軍は即座に尖閣諸島強奪作戦を開始する可能性がある。場合によっては沖縄まで標的になるかもしれない。 それに乗じて北朝鮮やロシアも一気に動き出す。中国を敵に回せば国連の安全保障理事会は機能しない。自衛隊の戦力だけで侵略行為をしのぎきるのは不可能です。アメリカを頼ろうにも、同盟破棄してしまえば積極的な介入は期待できません。2014年にロシアがクリミアに侵攻した時のように、中国に対して軍事力は投入せず、抗議や経済制裁をするのみではないか」 そのような事態に備えるためには、現在5兆3000億円に膨れ上がっている防衛予算を、さらに上積みしなければならない状況も考えられる。元駐韓大使で外交評論家の武藤正敏氏は、韓国の動きも注視すべきと指摘する。「トランプ発言はブラフだと見ておくべきだが、片務性を正したいという意思があるのは間違いない。仮に日米同盟が破棄されるならば、より重要度が低い米韓同盟も破棄され、在韓米軍も撤退する可能性が高い。すると、韓国は中国と北朝鮮の影響下に入ることが、自国の安全保障につながると考える。 米軍撤退によって野心を再燃させた北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長が核・ミサイル開発に邁進しても韓国の文在寅・大統領では対応しきれず、日本は核の脅威に晒されることになる。日米会談を前に、トランプ米大統領と共に長女イバンカ大統領補佐官(手前左)と娘婿クシュナー大統領上級顧問(同右)を迎える安倍首相=2019年6月28日、大阪市(代表撮影) 一方で韓国は慰安婦問題や徴用工訴訟などでの反日姿勢をさらに強め、これまで以上の謝罪や賠償を日本に突き付けるでしょう。G20での日韓首脳会談が見送られるなど戦後最悪とされる日韓関係のもとでは、そうしたリスクもゼロではありません」 これまでの経緯を考えれば、トランプ大統領と金正恩委員長の「友好的演出」は一時的なものにすぎない可能性は十分にある。再び北朝鮮が強硬路線に走り、韓国も反日姿勢を強めれば、まさに四面楚歌状態──その中で求められるのは高度な外交手腕だが、60年の長きにわたって日米同盟に依存するばかりだった日本の政治家や外交官に、各国と立ち回る能力があるかは疑わしいのが現実だ。 トランプ大統領の「日米同盟破棄」にどれだけ現実味があるかは今のところ全くわからない。だがトランプ発言は、日本外交が「主体的な安全保障体制とは何か」を真剣に考える契機となったのは間違いない。関連記事■日米同盟破棄で日本は繁栄か沈没か 外交論客3人が分析■中国富豪男の夢「蒼井そらを1晩300万円でセッティングしろ」■ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■もし日韓戦わば… 軍事力の差は歴然だった■韓国で女児の胸が大きくなる「性早熟症」、囁かれる原因

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    香港「200万人」デモは中国の脅威となるか

    たが、「一国二制度」形骸化への不安は続く。G20の首脳会議で問題提起される可能性もあり、今回の動乱が中国の香港政策を動かす力になるか。

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    「非暴力はウソ」香港の反政府デモ、私が見た真実を明かそう

    フリージャーナリスト) 香港の九龍半島の繁華街、油麻地(ヤウマティ)の観光客向けの料理店に入る。拙い中国語の普通話(マンダリン)で注文をして、まずはビール、そしてエビの揚げ物と豚の小腸のつまみを頼む。隣の団体客はビールと料理の皿でいっぱいになったテーブルで談笑している。タバコを吸っているが、これは外のテーブルだから許されている。足元には吸い殻がいくつも転がっていた。 行き交うのは中国本土から来ている観光客と一目でわかるグループばかりだ。それは服装と髪型ですぐにわかる。日本の銀座でも京都でも函館でもよく見る光景だ。 昨日のデモのことがまるで嘘のような話だ。香港行政府と中国政府の方針もあり、中国からの観光客が非常に多い。年間に香港を訪れる中国人観光客は5103万人。香港の人口は約700万人だから、その人口の約7倍の中国人が香港にやってきていることになる。ほとんど、繁華街は中国人で席巻されているというわけだ。 巨大な存在となった彼らに飲み込まれるというのは、香港市民にとってどの程度の脅威なのだろうか。英語と普通話が飛び交う、この街路にいてはわからないことなのだろう。ここは広東語の世界だ。もちろん、これはもっと遠い日本にいればなおさらのことだ。  香港が激動である。 おおよその日本の人たちはテレビやネットなどで流れる情報をチェックしながら、香港の民主主義の現状や、その背後にある中国の脅威とそれに抗する人たちの姿などを知ることになっただろう。 筆者はこのうち6月12日の抗議運動の現場に立ち会った。立法会を取り囲む抗議運動の数万人の人たちの最前線で、催涙ガスを浴び、完全装備の機動隊にだいぶ小突き回された。しかし、さまざまな人たちの話を聞き、さらにそこで起こっていたことを目撃できた。 だが、同時に不思議な体験もした。日本や欧米系のメディアが発する情報や、ネットで香港市民が発する情報に大変な違和感を抱くことになったのだ。それは違和感というには、少し表現がおとなしいかもしれない。筆者はフィリップ・K・ディックのSF小説を思い出した。つい先ほどまで、目の前で大規模に繰り広げられたし、メディアにも流れていて、それを皆が見ているはずの光景が、なかったことになっているのである。 端的にいうと、6月12日のデモで「非暴力で無抵抗な市民にむけて警察が一方的な暴力をふるった」というのはウソである。 この話を進めるために、先に今回の「逃亡犯条例」改定反対運動の流れを、まずはざっと見ていこう。 国外での裁判に犯罪者を引き渡すための法律改正、いわゆる「逃亡犯条例」の改正が今回のデモの発端だ。中国の司法で市民が裁かれてしまうのではないかという恐れと疑心暗鬼から、6月9日に民主派が企画したデモからこの話は始まる。主催者の予想は30万人のところ、なんと100万人(主催者発表)を動員した。これは香港で過去最大のデモであった天安門事件の抗議と同じ数である。これは「民間人権陣線」という民主派の団体が行ったもので全くのトラブルもなく行われた。 続いて、12日には香港の議会である立法会での審議に抗議するため、こちらはネットで自然発生的に呼びかけが始まり、その情報が拡散した。 フェイスブックには「一個人野餐(ひとりピクニック)」というイベントページができた。これは立法会前の公園にピクニックに行こうという呼びかけで、そこには政治的な意図は全く書かれていない。 イベントの説明ページには「参加者は何をやってもいいです。もちろんポケモンGOをしてもOK」と書かれている。イベントページの主催者はほとんど無名の人物で何者なのかわからない。そして、ここに参加予定者はなんと1万人超。参加に興味があるとした人が3万人だ。これに類する「ピクニックに行こう」という香港のアカウントからの呼びかけがツイッターでは多数見られた。わかる人にはわかるだろう。1989年にベルリンの壁が崩壊するきっかけとなった東ドイツとハンガリーの非合法デモは「ピクニック」の名前のもとに行われた。それ以来、世界各国で非合法のデモや政治集会を呼びかける時「ピクニックに行く」は、呼びかけ人が違法行為に問われないための隠語なのである。後述する「ブラックブロック」の抵抗運動でもこれは頻繁に使われる。フェイスブックの「一個人野餐(ひとりピクニック)」の「イベント」の呼びかけを伝える6月11日付のサウスチャイナモーニングポスト紙(筆者撮影) この日の抗議活動は職能団体による呼びかけはあったものの、実際はこの「ピクニックに行こう」というのが合言葉に拡散され、そして数万人の参加者が動員されたものだ。そして、この主催者が事実上いないと言える「ピクニック」は香港警察と抗議の集団が衝突。警官隊に20人以上、デモ隊には80人以上の負傷者が出たと報じられている。「非暴力で無抵抗」のウソ さらに、16日には逃亡条例改定の反対に加えて、この警官隊の無抵抗の市民に対する暴力に抗議するという呼びかけや、香港行政長官の林鄭月娥(りんてい・げつが)氏の退陣を求めて、再びデモが民主派を中心に呼びかけられ、こちらはなんと200万人(主催者発表)が集まったという。こちらは9日と同じく民間人権陣線が主催し、大きな混乱はなかった。 これを受けて、香港行政府はこの逃亡犯条例改定の審議を無期限延期することを表明。事実上の廃案となる結果となった。現在、これに加えて、抗議者側は林鄭氏の行政長官の辞任などを求めて、さらに直接行動を示唆している。この勢いはしばらく鎮火する様子は見られない。 さて、そのさらなる要求として「暴動」という表現を撤回し、警察の暴力についての調査を進めるよう求めている。無抵抗の市民に対して、警察が催涙ガスや暴徒鎮圧用のゴム弾を使用して、抗議者側に多数の負傷者が出たことをこれは指している。 これまで警察は、「暴徒」から、立法会などの政府施設を守るために、催涙ガスなどを使ったが、これらは海外の暴徒鎮圧用に使われるもので、問題はなかったとの見解を示していた。そして、暴徒はレンガや鉄の棒やフェンスなどを投げていたので、警官たちも自己防衛のために仕方なかったと説明していた。これに抗議運動側は強く反発し、無抵抗な市民への暴挙を追及するとの構えである。 しかし、「非暴力で無抵抗な市民」が一方的に攻撃されたというのはかなり事情が違う。事実はこうである。 抗議者側は立法会に実力行使で突入をはかり、その現場では、石や鉄パイプなどが警察に向けて投げつけられていた。そこでは、これまで非暴力の象徴だった雨傘が警察に向けて乱れ飛んだ。筆者自身もいたるところで目撃したし、このことは最前線にいたメディアも当然知っているはずである。鎮圧され後退したデモ隊の後に残された石の礫。路上に袋入りで残されていた(筆者撮影) そればかりか、香港のテレビではこの模様が連日ニュースで映し出されていた。筆者は投石用に袋詰めにされて用意された石が、抗議者たちが警察に追われていなくなった道路に放置されているのも見ている。何かのはずみに孤立した警察官は若者たちに囲まれた末に引きずり倒されて、数人に囲まれて蹴りつけていた映像は、香港の反体制側といえる報道姿勢で有名な「蘋果日報」のニュースサイトでも見ることかできた。(現在はなぜか削除されている) 香港の新しい民主化運動は学生によって組織された2014年の雨傘デモから始まった新しいスタイルである。当初、大学の教職者などによって呼びかけられた道路占拠運動のスタイルは非暴力であり、違法な示威行動ゆえに、もし警察に逮捕されるとしても、それには粛々と従うとされていた。ところが、これがどこかで変わった。 法的な枠組みをギリギリで維持しつつ、体制側とあくまでも対話と交渉を通じながら平和裏に解決を図ろうという雨傘デモ当初の手法から、急進的な学生たちは強硬手段を用いても徹底的に戦うという流れになりつつある。これはすでに、2014年の雨傘デモの終盤でも見られていた。この変化はどこから来たのか。今度はこの背景について見てみよう。 現在の香港の政治勢力はおおよそ2つに分けることができる。一つは香港の既得権益層からつくられる親中の親政府派。もう一つは民主派。ところが、この雨傘デモ以来、民主派が分裂しつつあり、もう一つの政治傾向が生じてきている。これが「本土派」という、強硬ともいえる香港の政治的独立性を主張するグループだ。ともすれば妥協を重ねて遅々として進まない状況を、ある程度手段を選ばずに強行突破して変えていこうというのがこのグループだ。だからむしろ香港の穏健的な民主勢力(「汎民主派」という)とは対立することも多い。  現在日本で、香港のデモのスポークスマンのように発言し続けている周庭(しゅう・てい)女史はその中心的人物の一人である。したがって、彼女を民主派というのは少し誤解が生じる。その中でも最右派のグループとして理解しておいた方がいい。つまりこれが本土派である。 この最右派の中でも、さらに強硬的なグループは、圧倒的な体制との闘いの中では、暴力的な闘争さえも選択すると公言するものもいる。雨傘デモの終盤から、この傾向は学生たちの一部に徐々に共有されていき、そのために2014年の雨傘デモ終盤から暴力的な傾向が見受けられ、これが2016年になると旺角(モンコック)という繁華街での暴動に発展し、参加者と警察双方あわせて100人近くの負傷者が出る争乱に発展している。放火が繰り返された街路では、この時もレンガが投石に使われていた。 彼らは欧米などで反体制運動や極右との抗争を繰り返す、アナーキストの過激な政治運動スタイルである「ブラックブロック」の影響を隠していない。その特徴であるカラーの黒、そしてネットを通じたプロテスターの扇動と動員、非合法活動のための中心を持たないネットワークなどの特徴は、まさにブラックブロックである。なぜ若者は過激化したのか 6月12日の騒乱では、あたかも警察が非暴力な市民を一方的に武器を使って排除したと言われていて、参加者の間でもそのように言われている。だが、これは数万人も詰めかけた抗議者のうちの大半は、警察と対峙(たいじ)した最前線のことはおおよそ知らない。また、日本のネットなど見ると、中国の工作員が紛れ込んでいて、これが暴動を誘発するような暴力行為をしていたなどという推測まで飛び交っている。だが、ここ数年の香港の本土派の先鋭化を見ているならば、これは程度の低い陰謀論にすぎないと簡単にわかるだろう。今後も主催者がいないまま、ネットなどで動員された抗議運動はきっと荒れることになるだろう。 それでは、なぜこのように若者は過激化していったのか。これは現在の香港の成り立ちと世代間の考え方の違いが背景にある。 現在の繁栄を築いた香港の人たちで、第二次世界大戦前からいたという人たちは少数派である。香港の人口は現在約800万人だが、終戦直後には60万人程度しかいなかった。これが爆発的に増えたのは、1949年に中国共産党が大陸を制圧したからで、さらに文化大革命に至るまでの共産主義が引き起こした飢えや恐怖政治の混乱から逃げてきた人たちを香港が受け入れてきたからだ。 彼らはいわば亡命者なわけで、故国である中国本土に複雑な感情を抱いていた。イギリスの植民地の香港では彼らの政治参画は許されていなかった。普通選挙権はアリバイのように香港返還の2年前に与えられた。考えて見れば香港はアヘン戦争から150年もの間、中国以上に非民主的だったのだ。だが、イギリス政府は政治には参画させなくとも、植民地政府に直接の反抗をなすものでなければ彼らの自由も認めた。それが世界に多数の植民地をもって異民族を統治してきたイギリスの植民地統治技術であった。その自由を亡命者は貴重なものと受け取った。 かたや同時に大陸に侵攻してきた日本軍の戦火と暴政も経験してきたこともあり、日本に対しての感情は非常に厳しい。日本の右派的志向を持つ人が、香港の民主化を支援するのにあたり、反中国の文脈でシンパシーを抱いている人も多いだろうが、これらの人たちは民族国家としての中国そのものに背を向けているわけではない。尖閣諸島の領有権を1970年代初頭からいち早く主張してきたのは香港の人たちである。そして、これらの人たちはもちろん反共でもある。香港の尖閣諸島問題の運動家たちは、天安門事件の中国政府の対応にもいち早く批判をしている。そのため、この運動の指導者は中国政府から入境をいまだ許されていない。香港駅の近くのコンコースには尖閣諸島の領有権を主張し、南京事件を批判するプラカードがならび、ここに近年は慰安婦像も加わっている。  1980年代までは「反日」といえば、フィリピンやタイやインドネシアやシンガポール、さらにこの香港のことだった。当時は戦争の記憶が生々しく、日本軍の暴政を体験してきた人が存命だったのに加えて、韓国も中国も言論の自由がなかったため、民衆の日本に対する表立った批判は目立つものではなかったからだ。 韓国や中国といえば、旭日旗をめぐる騒動がある。けれどこの香港では80年代に日本代表が試合に行けば、旭日旗どころか日の丸ですら罵声を浴びる対象だった。まだ数が少なかった日本代表のサポーターは、日本国旗を揚げただけで次々と物が投げつけられるスタジアムに生きた心地がしなかったという。 日本のことはいったん置いておこう。一概には言えないだろうが、中国に民族的な帰属意識を持ち、巨大な存在となった中国共産党に、現実主義で対応し、時には受動的ながら批判を加え、譲れない線では強く抵抗していくというのが、香港の汎民主派のおおよそのイメージとしてよいかと思う。この辺りは台湾の国民党の現在の考え方と似ているともいえる。「逃亡犯条例」改正案の撤回を求め、立法会前で傘や鉄柵でバリケードをつくる若者ら=2019年6月12日、香港(共同) これが2000年代になると様相が変わってくる。現在の雨傘運動や今回のデモに参加する若者たちは、おおよそ90年代の生まれである。すでに香港に定着した二世や三世の世代であり、生まれた時から香港に住み、さらには返還の時に中国共産党を恐れて海外移住したような上層の階級でもない。何かがあればここをすぐにでも捨てていく仮住まいで香港にいるわけでもない。香港に生まれ、香港に育った人たちは独自のアイデンティティーを持ちはじめたのだ。 植民地への移民が本国とは違う経済と文化を持ち、新しい価値観と自分たちにふさわしい自治を求めて戦いだすのは珍しいことではない。さらにアメリカ大陸の各国のように、これが独立して新しい国をつくることすらも。彼らを「本土派」と呼ぶのは、中国が私たちの本土ではなく香港がわれわれの本土(故郷)であるという意味である。香港で独立の議論はタブー 香港で中国の体制批判や、ましてや独立の議論を直接持ち出すことはタブーである。それはイギリスと中国がつくった香港基本法の23条に定められている条文「反逆、国を分裂する、反乱を扇動する、中央人民政府を覆すおよび国家機密を盗む行為を禁ずる(法を独自に香港は制定すべし)」に抵触するからである。中国共産党は、香港のいわゆる「高度な自治」を実現されたものとして内外に誇る。だが、首長や立法議会の直接選挙すら許されていないばかりか、反体制派に対する露骨な弾圧が続いている今、それがフェイクにすぎないことは明らかである。ましてや、そのさらに先を行く、香港の独立などもってのほかのことである。 ところが、若い本土派はこれに反抗した。雨傘運動の後、議会進出を狙った本土派は当選すると、議場で行うべき中国政府への忠誠を誓う儀礼を無視したり、わざと茶化して宣誓文を読み上げたりして、抗議の意思を示した。完全な反逆である。これに激怒した中国共産党は、わざわざ全国人民代表大会の常務委員会に諮り、この議員の資格を抹消した。 勇気あるとも言える反抗には一部で同情が集まったが、一国二制度での緩やかな変革を目指す汎民主派からすれば、冒険主義的であった。もちろんこうした汎民主派の態度を本土派の若者は弱腰として断罪する。 しかし感心できないこともある。彼らの一種のクレオール主義(植民地などの遠隔地で本国から隔絶した環境でいる間に育まれた自立性のこと)は、香港民族主義となり、今度は中国に対する排外的な運動や、社会からの反発を生むような抗議活動につながるケースが見られてきているのだ。 冒頭でつづった中国人観光客であふれる繁華街などで中国人排斥運動もどきのことを行ってみたり、中国人蔑視と受け取られかねない発言も多々見られる。抗議運動も先鋭化し、暴力的になるにつれ一般市民からの非難も集まっている。今回の逃亡条例改正の一連の抗議でも、出勤時間帯の電車に乗り込み、わざとドアに挟まれたりして遅延させるなどの幼稚ともいえる妨害運動も見られている。 前述の周庭氏は、その本土派の中では比較的穏健とも言えるグループ「香港衆志(デモシスト)」の幹部であり、香港では議員へ立候補を図ったものの、立候補資格を認められなかった。香港衆志自体は、香港独立の主張はせずにあくまでも現行の一国二制度の中で民主的な自治を獲得するという立場だが、それでも香港行政府への批判の矛先は鋭い。そしてそれを通じて、あからさまではないが中国共産党への批判もときおり噴出する。 その周庭氏のツイッターのアカウントには、現在鼻血を流して横たわるデモ参加者の動画がトップに掲載されている。個人的には残念ながらこれは趣味が悪いと思わざるをえなかった。もちろん無抵抗な市民がこのように警察に「銃で撃たれた」ということをアピールするためなのだろうが。負傷者が出たデモの翌々日6月14日付の蘋果日報紙の一面。見出しは「これが『低殺傷能力の武器?』警察トップは恥を知れ」(筆者撮影) 蘋果日報が香港でも際立って反体制的な論調で知られるのは先ほど書いたが、このメディアは一部で本土派などに資金提供をしていると囁(ささや)かれてもいる。この新聞の事件が明けた翌々日の14日のトップページは周庭氏のツイッターページと同じく、負傷した市民の傷口や流血した写真がこれでもかと掲載されている。蘋果日報は数日前まで立法会に詰め寄せた抗議者が警察官を袋だたきにして警察官が負傷する動画を、同社のウェブサイトに掲載していたはずである。ところが、これが抗議者側に負傷者が出るとして消去している。 香港では、容疑者の身柄を中国本土にも引き渡せるようにする条例の改正に反対して、数万人の若者が抗議活動を続けています。このうちの一部が12日午後、議会にあたる立法会の敷地内になだれ込んで警官隊と衝突し、けが人が出ています。https://t.co/OTQiXmzhEE#nhk_news #nhk_video pic.twitter.com/FyhLlCMmrf— NHKニュース (@nhk_news) 2019年6月12日  もしアメリカであれば,警察は必ず発砲しますよ。 pic.twitter.com/TJUNLdaTPy— 靖次 (@AriksWong) 2019年6月12日 香港本土派の最右翼 もちろん警察もその後にやりすぎたのは間違いない。ゴム弾を水平射撃するのはいくらなんでもやりすぎだろう。香港警察が言うように「低殺傷能力の武器」だったとしても、当たりどころが悪ければ死に至ることもある。だが、そもそもこの暴力行為のきっかけをつくったのは、デモ参加者の方であるのはすでに書いた通りである。 レンガや石に殺傷能力があるのは言わずもがなだろう。傘の切っ先を雨あられのように警察に投げつけるのも同様である。ほとんどリンチまがいに警察官を袋だたきにするのも全くいただけない。なお、参考までに付け加えておくと、ガス弾やゴム弾は暴徒鎮圧用に欧米のみならず世界中の警察で使われているもので、筆者がなじみがあるのはフーリガン対策用にイギリスをはじめとする世界の警察が日常的に使用している光景である。もちろん日本の警察も学生運動が華やかだった過去に催涙弾を散々使ってきている。筆者は総じて香港警察に同情的ですらある。 警察によるガス弾やゴム弾の使用の原因には、今回の匿名で集まった急進的な学生側のやりすぎがあるのは明白である。最初から平和的な抗議運動ならあのようにはならなかっただろう。これは、穏健な民主勢力の主催者による9日の100万人デモと16日の200万人デモが平和的に行われたことが証左である。このやりすぎがエスカレートするとより高い暴力装置を警察は動員する。それは果たしてクレーバーなものなのだろうか。そして民意はついてくるのだろうか。 香港本土派の最右翼といえるグループの一つが「本土民主前線」であるが、このグループは雨傘デモに続く2016年の「旺角争乱」でブラックブロック的な闘争を繰り返してきた。彼らの主張は「弾圧に対抗するにはあらゆる手段が必要」「極悪な政府と戦うには、(非暴力という)限界をもうけてはいけない」というものである。もちろん、今回の負傷者が出たデモで、このような参加者が全てであったとは言わないが、最前線でこれらの右派やそれに影響を受けているものが活動していただろうことは、容易に想像がつくだろう。 もちろん、権威的な体制に抵抗するものが全て非暴力で、遵法的でなければならないなどというナイーブなことを言っているわけではない。ただ、ほとんどプロパガンダと言えるような情報に見事に乗せられてしまっている日本の人たちを見ると、もう少し慎重であれと思うのである。そして、大義名分があればメディアはいともたやすくウソをつくということが、中国のような全体主義国家でなくとも、自然に行われているということを改めて確認したということである。 これをさらに違う角度から考えれば、香港の本土派がよりしたたかになってきているとも言える。周庭氏もそういう意図で日本に残っているのだろう。香港の苦闘には外部の力を借りるしかない。ボスニア紛争の際に、ボスニア・ヘルツェゴビナが広告代理店を使ってメディア対策を行い、セルビアを悪者として国際世論にアピールするために「民族浄化」や「強制収容所」というわかりやすい言葉でセルビアの悪行をフレームアップしていったように、小さなものが戦うには、このようなしたたかさが必要であることは理解できる。弱者の生き残りをかけた戦いということだ。 そしてさらに情勢は変化する。デモの翌日に香港警察は「暴動の鎮圧のためには武器使用は仕方なかった」という見解を翻した。実は暴れていたのは数人にすぎないということだ。筆者は唖然(あぜん)とした。狐(きつね)につままれるとはこのことだ。筆者の見てきたものはなんだったのか。SFの世界のように、筆者の記憶は誰かに埋め込まれたものなのか。そんなバカげたことも頭に浮かぶ。 しかし、そのカラクリだけは容易に理解できる。香港行政府も反体制派やデモ参加者、そしてさらには中国共産党も、これが「暴動」ではなかったとするのが良いと三者三様に考えたということだろう。 反体制派は暴動とされることにより、逮捕者が増えたり重罪化することを恐れた。一方、中国共産党はこれが大きな出来事になれば今月末に迫っているG20で欧米諸国から非難を浴びる可能性を恐れ事態の収拾をはかった。香港行政府はこれ以上の混乱を続くことを望まなかったから、中国共産党がそのような考えであれば、学生側の「暴動」認定の取り下げ要求をのもうとしている。そして、さらに言うならば、メディアは美しく感動的な若者の政治闘争を善悪二元論で伝えたかった。こんなところだろう。中国共産党の虎の尾を踏まないか 天安門事件では、学生の天安門前の占拠運動を「動乱」と表現するところがターニングポイントとなり、この言葉を使った保守派に批判された改革派の趙紫陽(ちょう・しよう)総書記が失脚し、学生たちへの暴力的な排除で死者が出る未曽有の事態となっていった。今回は逆のパターンである。「暴動」という表現を取り下げて、その事実をなかったことにすることで事態を収拾しようとしているわけである。 こうして香港の若者が体制の横暴に立ち上がったという美しい物語に彩られてそれでよしとしていいのか筆者はわからないままだ。だが、それでも懸念はある。一時期は旺角争乱から世論の支持を失いつつあった本土派の極右の若者がこれを成功体験として、より一層ブラックブロック化して、中国共産党の虎の尾を踏まないかということだ。 また、その本土派の民族主義的な独立志向や急進的な自治の主張に対しても、どこまで支持していいのかわからない。本土派最右翼の香港民族党や香港独立党の若者は、その名の通り、香港人が一つの民族であると主張して、民族自決を求めている。だが、この主張は一筋縄で行かないだろう。さらに彼らは、対中国という共通点で日本との連携の可能性を模索しているに違いない。これに日本人としてどう判断していいのか、判断は非常に難しい。もちろん、日本政府はこれを中国との関係から危険なものとみなすだろう。 かつて、植民地からの解放や民族自決を志した、フィリピンやベトナムなどのアジアの運動家は日本に頼った時代があった。だが、イギリスやアメリカとの摩擦を恐れて、当時の日本政府はこれを黙殺した。 「日本はアジアの解放に貢献した」とアジアの民族独立運動にコミットしはじめたのは、戦争直前でドイツの進撃でイギリスが風前のともしびとなった1940年ぐらいからである。それまでは日本はアジアの独立運動には興味を全く示さなかった。中国もそうである。清朝からの民族独立運動の志士ともいえる若者は日本留学生がその中核となっている。 思想家の北一輝は、辛亥革命のさなかの上海で中国国民党の活動家が皆揃って日本の詰め襟の学生服を着ていたことを記している。周恩来はお茶の水(おちゃのみず)で学生生活を送り、中国共産党の初代総書記の陳独秀は新宿の成城高校出身だ。 蒋介石は牛込(うしごめ)の学生から日本陸軍に入隊している。孫文は言うまでもないだろう。のちの中華民国の国旗となる青天白日満地紅旗のデザインは、孫文が日本の横浜に亡命していた時に中華街で決められたものだ。孫文はそうしてアジアの団結を日本に呼び掛けていた。これらの若者を、すべて日本は後に敵に回してしまうことになる。 時代は変わった。香港から日本に訪れる観光客は年間約200万人。これは人口の4分の1が日本に毎年来ているということである。日本のアニメに子供の頃から親しみ、過去の日本への記憶がなく、それよりも現在の日本の文化にシンパシーを抱いている香港の若者からなる本土派を、かつての日本留学生の二の舞にしていいのか。そういう思いはどうしても捨てきれない。それが危うさと表裏一体のものだとしても。一国二制度の期限となっている2047年まで、彼らの綱渡りは続いていくだろう。傘などが散乱した路上=2019年6月12日、香港(筆者撮影)  油麻地の料理屋でそんなことを考えながら、一人でビールを呑み、すっかり酔っぱらってしまった。 行き交う大陸からの中国人観光客の波は途切れない。複雑すぎる香港の事情と若者たちのしたたかな戦いを思いながら、ふと気づく。香港の自由を求める人たちが本当に連帯しなければならないのは、日本でもイギリスでもアメリカでもなく、目の前にこれだけ押し寄せている彼らなのではないか。しかし、それはきっと難しいことなのだろう。街角の喧騒の向こうには、中国人観光客向けの宝石店のギラギラとした照明が、鈍くまぶしく黄金色に点滅していた。■ 石平が警告、玉城デニー「中国一帯一路に沖縄活用」提案の危険度■ 習近平はなぜ金正恩に6年間の「借り」を返す気になったのか■ ファーウェイ敵視にも動じない中国「祖流我放」の冷めた感覚

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    香港に与えた「一国二制度」英国の意趣返しを中国は決して許さない

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) 香港では、中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正に反対する市民の怒りが爆発した。 6月16日に行われたデモでは、主催者発表でとうとう200万人を突破したという。本当なら香港市民4人に1人が参加した計算だ。香港政府側も、条例改正の審議を無期限に延期せざるを得ない事態に追いやられ、トップの林鄭月娥(りんてい・げつが)行政長官も謝罪に追い込まれた。 これをもって民意の勝利とする声も聞こえてくる。しかし、その判断は時期尚早と言わざるを得ない。 なぜなら、香港の人々の不満は、単に逃亡犯条例にのみ向けられたものではなかったからだ。実は、この問題は、どこに着地しても双方にわだかまりの残る構造を抱えていたのである。 では、その根本の構造とは何なのか。逃亡犯条例問題の背後にある「一国二制度」という制度の不安定さについて、できるだけ多くの視点から掘り下げてみたい。日本記者クラブで会見する香港学生団体の元リーダー、周庭さん=2019年6月10日 そもそも「一国二制度」とは、中国共産党が対台湾政策の中で生み出した政策である。鄧小平が実権を握った1979年、従来の武力解放から平和統一への政策転換が行われる過程で生まれた考え方だ。 ゆえに、中国から見たとき、それはあくまでも中国自身の「軟化」の結果であり、「与えた」制度なのである。一方、香港の人々にとって同制度は、自らが獲得した「不可侵」な権利として認識されていて、彼我の認識は出発点からズレている。 かつて鄧小平は、英国と香港返還交渉に臨んだ際、返還の条件を提示しようとしたサッチャー首相を制し「われわれは明日にでも力で取ることもできる」とすごんだことがあったが、これは中国の本音である。国家間の攻防が住民を置き去りにするのは国際政治の「あるある」だが、このときの英国と中国の交渉も香港の人々の意思とは無関係に進められた。枯れた「金のなる木」 誤解を恐れずに書けば、英国は香港返還後も大きな権益を確保したかったがかなわず、ちょっとした意趣返しのように選挙という制度を「置き土産」としたのである。自らの統治下で香港人に投票権など与えたことのなかった英国に、中国は「偽善」と反発。彼らの残した選挙制度を中国への挑発ととらえ、返還後の攻撃目標と定めたのである。 一方の中国は、台湾の人々に統一後の平穏を演出する具体的なモデルケースとして、また中国経済をけん引する役割を期待して、香港の現状維持、すなわち「一国二制度」に利用価値を認めたのだった。1997年の返還を経て、香港の人々には生活する上での大きな支障はなく、「一国二制度」をはさんだ大陸と香港の関係に荒波が立つことはなかった。 だが、変化は確実に起きていた。 一つは、中国から見た香港の地位低下である。露骨な表現をすれば、香港はもはや「金のなる木」ではなくなったということだ。 鄧小平が始めた改革・開放政策の初期、ほとんどの日本企業は香港を拠点に対中ビジネスを展開していた。それが、今や直接大陸と取引しているし、金融センターとしての地位も上海などに奪われる運命が見えてきている。 長い将来を見据えれば、金のなる木どころか、「重たい一地方」になる可能性が出てきているのだ。そのことを意識し始めた香港人が、実は意外に少なくない。 こうした変化に伴って、香港の人々の生活が大陸からのマネーで圧迫されるようになったのである。象徴的なのが不動産である。記者会見する中国外務省の耿爽副報道局長=2019年6月14日(共同) チャイナ・マネーが値を釣り上げたことで、香港の人が手の届くマンションが郊外へと追いやられたのである。このほか、教育現場でも有名な学校から地元の子供たちが押し出されてしまう現象も起きてしまった。 不満を高める一方で、香港経済は大陸からの観光客への依存を強めるという矛盾も、香港の人々のストレスとなった。問題は、大陸からの観光客が金満ぶりを発揮する一方で、お行儀が悪いことにある。ほどなく彼らは軽蔑の対象となり、両者にギスギスした雰囲気が生まれた。「雨傘」から何が変わった? こうして、香港で歓迎されていないことを察した大陸の観光客は潮が引くように香港から離れた。そして、いよいよ香港の大陸への不満は高まっていった。 2014年に民主的な行政長官選の実現を目指したものの失敗に終わった「雨傘運動」では、大陸の観光客を大口としたビジネス界の人々が民主化運動の「抵抗勢力」となった。だが、今回は目立った動きがなかったのは、そうした変化のためなのだろう。 さらに今回の政治運動では、質的変化がもう一つ起きた。雨傘運動の半年前、中国との「サービス貿易協定」の承認に反対した台湾の学生らが立法院(国会に相当)の議場を約3週間占拠した「ヒマワリ学生運動」(太陽花学運)との連携が見られたことだ。この雨傘運動の後で、香港独立を意味する「港独」の言葉が、香港の立法会(議会)などでも飛び交うようになったのも特徴だ。 前述したように、「一国二制度」は中国共産党にとって、ある種の軟化の産物であり、「与えている」という意識が伴う政策である。ゆえに、中国が「一国二制度」を維持するためには越えてはならない一線がある。「港独」は完全に「レッドライン」を越える行為だ。 その意味で、今回の逃亡犯条例に反対する政治運動は、どこまでを目標とするかが、極めて重要な視点となる。 そもそも、飲み水と電力を丸ごと大陸に依存する香港が「独立」を口にすること自体が現実的ではない。それでも、もし安易に一線を踏み越えれば、逆に中国が大きな力を使い、一気に「大陸化」を進める事態になることも予測される。2019年6月12日、香港立法会周辺でデモ隊(手前)と衝突する警官隊(共同) それは単に警察の力を使うという意味ではない。観光客の大幅制限に始まり、輸出入管理のちょっとした厳格化や送金制度の見直しなど、両者の強い結びつきを前提とした見えにくいやり方で香港を干上がらせる方法はいくらでもある。 だからこそ、漠然とした「中国化」にノーを突きつければいいというものではない。言論の自由を取り決めとしていかに担保するかなど、具体的な何かを獲得してゆくことが大切なのだろう。■ 石平が警告、玉城デニー「中国一帯一路に沖縄活用」提案の危険度■ 習近平はなぜ金正恩に6年間の「借り」を返す気になったのか■ ファーウェイ敵視にも動じない中国「祖流我放」の冷めた感覚