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    新たなパートナーを探す英との接近、安倍首相の「戦略外交」

    」を含む違法な海上活動を警戒監視するためである。同時に、海洋進出、海洋での軍事行動を活発化させている中国を牽制するためでもあろう。 「質の高いインフラ」というのも暗に、中国の進めている「一帯一路」を批判しているとも考えられるし、「通信インフラ」での協力というのも、ファーウェイやZTE等中国の通信会社を政府の通信ネットから排除した米国にいち早く呼応した英国とそれに続いた日本との連携とも言えよう。2019年1月、ロンドンでの共同記者会見で、笑顔を見せる安倍首相と英国のメイ首相(共同) 今回発出された日英共同声明の第7項目には、次のような一文がある。「インド太平洋地域及び欧州において自衛隊及び英国軍の共同演習を増加する。我々は、将来のあり得べき交渉を見据え、日本国自衛隊と英国軍の共同運用・演習を円滑にするための行政上、政策上及び法律上の手続を改善する枠組みに引き続き取り組む」「日英準同盟」の発展も すなわち、日英共同演習は、インド太平洋地域のみならず、欧州でも行う可能性がある。また、日英防衛協力を深化させるために、必要な立法や政策立案を両国が行うことを努力することを明記した。 第7項目の末尾には、次のような記述もある。「将来の戦闘機及び空対空ミサイルに関する協力を探求する可能性を含め、将来の能力のため、防衛産業パートナーシップ及び政府間協働プロジェクトを進展させる」 日本は、新防衛装備移転3原則が制定されてからも特に具体的な案件が取り決められることはほぼなかったが、次世代戦闘機を含め、日英間の共同開発等、両国の防衛装備品協力への道が開かれた。太平洋を結ぶ日米同盟と、大西洋間の米英同盟を、さらに連携させるユーラシア大陸をまたぐ日英準同盟が形成されて行くのかもしれない。 英国は、EUからの離脱・Brexitを控え、新たなパートナーを探していることは間違いない。特に、普遍的価値や利益を共有し、経済力等国力も近い相手が望ましい。 日本も、厳しい北東アジアの環境の中で、日米同盟を基軸にしつつも、豪州、インド、英国、フランス等、新たな地平を広げたいと思っている。巨大化する中国や、核武装した北朝鮮、難しい交渉相手ロシア等に対処するには、自由民主主義、法の支配と人権等の共通の価値観を有する仲間を増やすことが、何よりの戦略外交と言えよう。

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    中国系「偽装難民」100万人の驚異

    アメリカと中国の「貿易戦争」が激化する中、この対立の末に中国での経済混乱が懸念されている。現実となれば日本に滞在する中国人は帰国せず、難民申請をする可能性が高いという。彼らは「中国系偽装難民」と化し、100万人を超えるとみられる。無防備な日本は本当に大丈夫なのか。

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    日本を狙う中国系「偽装難民」はこうして生まれる

    坂東忠信(外国人犯罪対策講師、作家)(青林堂『移民戦争』より) みなさんご存じの通り、アメリカは中国製品に関税をかけて自国内で売れないよう、実質的な中国製品の不買とも言える状態を作り出すという「経済戦争」に踏み込んでいます。これは既にマスコミも伝えている文字通りの「戦争」です。 そして、この戦争を小休止するとした昨年(2018年) 12 月1日のうちに、今度はファーウェイ創業者の娘で次期トップと目されていた孟晩舟氏が逮捕されました。その当事者であるトランプ大統領は、周辺諸国を巻き込みながら、どのレベルまでやると思いますか? そして習近平はどこら辺で降参すると思いますか? トランプさんはもちろん、習近平がきっちり謝罪して、アメリカが持つ国際的著作権の侵害をやめるだけでなく、その補償を勝ち取るまでやるでしょう。というより、二度と中国が台頭しないよう、アメリカ製品を買うだけの国にしたいはずです。日本に原爆を投下して70年以上も戦争しない国、というより「戦争できない国」にしたようにです。 しかし、国家主席の地位にある習近平が自分自身の実生活で、その締め上げの苦しさに気付くにはかなりの時間がかかるはずです。アメリカが求める経済的「完全降伏」を決断するまでには、相当な時間がかかります(そもそも中国人は謝罪しません。国交においては国民性を見るべきです)。当然ながら、経済混乱の末のさらなる治安悪化や、地方政府の崩壊、これに伴う少数民族の蜂起、人民の広範囲における暴力的なデモや暴動が発生する段階に至るでしょう。 当然、その状況が日本に報じられれば、日本滞在中の中国人たちはそんな自国に帰国できないことを理由に難民申請をします。在留する中長期滞在者(実質的には移民)75万人ほどと、旅行客などの短期滞在者を含めた100万〜150万人の中国人たちが、自国を帰国に値しない、もしくは帰国できない国であると判断したその時、彼らは一斉に難民申請を始めます。 日本には中国大混乱の報道から数日のうちに10万人前後の難民が発生し、その数は増え続けます。渡航するより先に国内から大量の難民が湧き出るのです。 日本が警戒すべきは2〜3万程度の海を渡ってくる難民ではなく、報道で湧き出す100万以上の国内難民なのです。日本の保守派の多くがトランプの政策に溜飲を下げ「もっとやれ〜!」と楽しそうに声援を送っていますが、政治家も政府も追従するばかりで、ほとんどの人が気付いていません。 この状況を、その時潰れかけた中国共産党が放置すると思いますか? しかも後から黒潮に乗って、福建省や上海から中華「ボートピープル」がやって来て上陸し、てんてこ舞いの警察や拡張しても追いつかない入管の手を易々とすり抜け、ツテを頼って潜伏して働き始め、その結果、海外での難民問題同様に、苦しくなれば善悪ではなく生死をかけて暴れる「暴徒ピープル」となるのは目に見えています。※画像はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 私が中国大使なら、もう既にその時の準備を終わらせていますよ。具体的には各領事館を使って、日本に滞在し続けるための人権デモを画策し、同時にメディアが中国に不利益となる報道をさせないために、党中央に対し日本進出中の企業がメディア広告をふんだんに打てるよう援助を要請し、中国人留学生組織である中国人留学生学友会の幹部と頻繁に連絡を取って、即扇動可能なレベルにあることを日々点検・確認しつつ、日本人が容易に越えることができない言葉の壁をネットでも実生活でもフルに使い、混乱極まるであろう大陸ではなく、この日本に民族生存の権利や特権を確立します。スパイ防止法のない日本 もっともこの報道対策は既に確立しています。テレビ番組を支えるCMスポンサーのほぼ100%が東アジアに進出している大手企業であり、ちょっと考えただけでも、テレビ局がこうした企業を中国国内で危うい立場にさらすような番組を放映できないことくらいは、皆さんもお分かりのはずです。 電通によれば、平成29年の日本の広告費総額は6年連続でプラス成長して6兆3907億円に達しています。特に広告掲載度の高い上位10社は、どの企業も中国と関わりが深いのです。 普段接することの多い新聞・雑誌・テレビ・ラジオの四部門に費やされる広告費は全体の約半分、迂闊(うかつ)に中国現地関連企業の利益や安全を脅かす中国記事を放送・掲載すれば、中国政府の横暴や中国人民の暴力に恐れをなす企業が一斉に広告を引き上げ、メディア企業は広告収入がなくなる恐れがあるという社会経済の仕組みがあることを今一度考えてください。テレビで見たニュースを新聞で裏付けても、全く意味をなさないのです。 難民一つとってもこの状態です。そして我が国にはスパイ防止法がありません。それを良いことに、外国人が外患を作り出すため接近し、あるいは潜伏して活動し、日本人が内憂を助長して「犯罪」的な要素を含む「反日」活動を目の当たりにしながら何もすることができません。 各国に派遣されている大使は、その接受国の元首に対して派遣されており、外交交渉、全権代表としての条約の調印・署名、滞在する自国民の保護などを任務としているのですから、その国で自国民を守る義務があり、その権利は接受国(日本)政府でさえ不可侵です。 これと対立する日本の治安組織や、今後発生するかもしれない民間防衛実力団体が自国民に害を加えた場合、自国民保護を名目に有形力的な抵抗を合法化するため、全権を委任された国家政府の代表として「国防動員法」の部分動員発令を母国政府に促し、暴動による破壊活動に関しても法を裏付けとして合法化することを(いかにもそれができるかのように)宣伝・扇動し、最も組織化しやすい留学生の実力組織を中心に、民族のための一大勢力を作りたい……と私が大使ならそれくらいのことは普通に考えますよ。当たり前ですよ。私ならやります。 先進国G7のうちスパイ防止法に類する法を持たないのは日本だけで、これでよくG7に入っているものだと感心します。日本は明らかに「情報後進国」。先進国が後進国にODAなどの資金を援助するのはよくあることですが、情報後進国たる日本の一部勢力は「特定」先進諸国からODAとは違う「別の援助」を受けて我が国を後進国のままにし続けているのです。G7首脳会議に臨む各国首脳。手前右は安倍首相=2018年6月、カナダ・シャルルボワ(代表撮影・共同) そして日本人は、着々と進む反日工作に気づかないまま、最終的には難民化した100万人を超える中国系移民による武装蜂起さえ無防備のまま迎えてしまうかもしれません。 それはまさにアメリカが経済的に中国に仕掛けた「経済戦争」のような移民で仕掛ける「移民戦争」。その時が目前に迫りながら全くと言っていいほどそれに気づいていない情況にあるということをご理解いただければと思います。ばんどう・ただのぶ 宮城県出身。警視庁で交番勤務員、機動隊員を経て北京語通訳捜査官を歴任し、警視庁本部、新宿、池袋署などで中国人犯罪者や参考人を扱う。平成15年に退職後、地方司法通訳、作家として活動し、外国人犯罪の実態をわかりやすくタブーに切り込みながら、さまざまな角度で分析、問題提起している。著書に『寄生難民』(青林堂)。

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    尖閣 自衛隊が動けば中国は即座に人民解放軍を投入する準備

     尖閣国有化から5年。いまも頻発する中国海警の領海侵犯に日本は「いつものこと」とばかりに麻痺しているが、事態は深刻だ。2016年までは尖閣周辺の日本領海やそのすぐ外側で日本の主権の及ぶ接続水域に侵入してくる中国海警の武装艦艇はいつも2隻だった。だが2017年の今は必ず4隻の行動をともにする艦隊となっているのだ。産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久氏が警鐘を鳴らす。* * * 中国の軍事研究を専門とするワシントンの民間研究機関「国際評価戦略センター」のリチャード・フィッシャー研究員は語った。「いまの中国海警の尖閣攻勢はすぐ背後に控えた海軍と一体の尖閣奪取の軍事能力向上の演習であるとともに、日本側の防衛能力や意思を探っている。中国軍は大型ヘリ、潜水艦、新型ホバークラフトを使っての尖閣奇襲占拠作戦も立てている。長期には尖閣占拠により沖縄を含む琉球諸島の制覇から東シナ海全体の覇権をももくろんでいる」 中国の海洋戦略研究では米国有数の権威とされるトシ・ヨシハラ氏に中国側の当面の狙いについてまず聞いた。日系米人の同氏は米海軍大学教授を長年務め、今年はじめからワシントンの主要防衛問題シンクタンク「戦略予算評価センター」の上級研究員である。「中国はトランプ政権が尖閣防衛の意思を明確にした以後も4隻の艦隊で毎月3、4回、尖閣の日本領海や接続水域に侵入しているが、日本側の尖閣の施政権を無効にみせることが当面の目標だろう。中国が自国の“水域”や“領土”としてこれだけ自由に出入りするのだから、日本側には主権はもちろん施政権もないというイメージを国際的に誇示することだ。施政権は中国にあるという公式宣言を間もなくするかもしれない」「中国は当面は侵入を繰り返し、日本側の海上保安庁を消耗させることに力を入れている。日中の消耗戦なのだ。中国側はいまは沿岸警備隊レベルの海警を使って侵入しているが、日本側がもし自衛隊を動員すれば、ただちに『日本の挑発』を口実に人民解放軍を投入する準備もしているはずだ」 だから日本は尖閣のために中国との本格的な軍事衝突を覚悟していない限りは、中国側の挑発に乗らないことが賢明だという。では日本はどうすればよいのか。ヨシハラ氏は語った。「アメリカの抑止力も重要だが、当面は日本が中国側の尖閣への侵入や攻撃に自力で対応し、撃退できる能力と意思を示すことが中国の実際の軍事作戦を抑える最大の効果があるだろう」※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 尖閣周辺を警戒している海上保安庁の能力増強はもちろん、実際に投入することはなくとも海上自衛隊をはじめとする防衛力の強化、そしてその覚悟が必要だというのだ。 尖閣問題こそが、「国難」と呼ぶにふさわしい国家の危機を私たちに突きつけているのである。【PROFILE】古森義久●慶應義塾大学経済学部卒業。毎日新聞を経て、産経新聞に入社。ロンドン支局長、ワシントン支局長、中国総局長などを経て、2013年からワシントン駐在客員特派員。2015年より麗澤大学特別教授を兼務。近著に『戦争がイヤなら憲法を変えなさい』(飛鳥新社)。関連記事■ 中国尖閣攻勢は米にとって「日本の国難」との深刻な懸念■ 中国の対日工作機関 河野外相と翁長知事に伸ばした魔の手■ 中国工作機関が尖閣触手で宮古島観光協会「恐ろしくなった」■ 日中友好謳う謎の一行が翁長・沖縄知事訪問 日本分断画策か■ 性善説に基づく出産一時金42万円等 健康保険を外国人が乱用

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    中国「ゲノム編集」ベビーは許されるか

    中国広東省の南方科技大の賀建奎・元副教授がゲノム編集で遺伝子を改変した受精卵を使い、世界で初めて双子の女児を誕生させた。倫理面や安全性への懸念が広がる中、研究者の功名心や利益目的との報道も出て、まさに批判一辺倒である。負の側面ばかりが注目されるゲノム研究。本当に議論の余地もないのか。

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    中国「ゲノム編集」ベビーを悪行と決めつけていいのか?

    された第2回国際ヒトゲノム編集サミットで世界を驚愕(きょうがく)させた臨床研究報告に聞き入っていた。中国の賀建奎(が・けんけい)南方科技大学副教授がゲノム編集を使い、体外でヒト受精卵(胚)の、ある遺伝子を意図して「変異」させ、双子の女児、ルルとナナが無事誕生したと報告したからである。 後の報道によれば、中国当局は遺伝子改変で双子が誕生した事実を認定した。賀副教授は国外研究者を含む研究チームを作り、倫理審査書類をねつ造し、自ら研究資金を調達することで監査をすり抜けて、安全性が疑われるヒト遺伝子改変を実行したと糾弾された。すなわち、この事件は研究倫理と生命倫理の問題がある。 賀副教授は意図してCCR5遺伝子を変異させたが、その目的は生まれた子にエイズウイルス(HIV)感染抵抗性を付与することと主張した。双子の父マークはエイズ患者で、母グレースと相談し、わが子が先々遭遇しうるHIV感染に抵抗できるようにゲノム編集に同意したという。 しかし、ゲノム編集を使って生前にエイズ予防をしなくても、ルルとナナに無防備なセックスなどを控えるように教育すれば、大方のリスクは回避できる。医学的に切実なニーズもないのに実験的な生殖技術を使って「デザイナーベビー」を作出したと指弾する報道が出たゆえんである。 ヒト胚ゲノム編集の論文はこれまで10報あり、その内9論文に中国の研究者が関与し、多くは中国政府の研究助成を受けている。9報はどれも、将来、遺伝子改変で子における疾患発症を目指す基礎研究の論文である。中国では遺伝子改変人間の作出は禁止されていたが、その罰則条項がない生殖医療指針による規制にも懐疑の目が向けられた。※写真はイメージです(GettyImages) よって、ほとんどの国内外の報道は賀副教授の資質を、「デザイナーベビー」の作出を、ひいては中国における科学振興と規制を批判した。 しかし、冷静に事態を見つめると、ルルとナナを「デザイナーベビー」と烙印(らくいん)を押すのは、行き過ぎである。欧米に先天的にCCR5変異を持つ人は実在し、HIV抵抗性を除けば、一般の人々とかけ離れた外見や特性を持つわけではない。過熱報道で見失う「本質」 また、賀副教授の主張によれば、双子は「健康」に生まれたという。1978年、英国で初の体外受精児、ルイーズ・ジョイ・ブラウンが誕生したときも同様の騒動があった。科学界から先天異常が深刻に懸念されたが、誕生したルイーズはごく普通の女の赤ちゃんだった。母親のレスリーは卵管閉塞(へいそく)で胎内受精が起こらず、不妊であった。体外受精がなければ、今は2児の母であるルイーズはこの世に存在しなかった。 日本社会は不妊治療として体外受精や顕微授精を受け入れてきた。2015年の総治療回数は42万4151回とおそらく世界トップクラスだ。一方、ルイーズに懸念された先天異常があったとしたら、今日のような生殖医療の隆盛は起きなかったかもしれない。 日本から中国の道徳観や規制を直截(ちょくさい)に批判することは実は難しい。まず、日本の道徳の概念は中国の儒教や老荘思想と西洋のモラルと二つの起源を有する事実がある。 また、中国と同様、日本でも遺伝子改変児の作出の規制は強制力のある法規制ではなく、行政指針をとる現状がある。具体的には「遺伝子治療等臨床研究に関する指針第七 生殖細胞等の遺伝的改変の禁止」であるが、これは遺伝子導入のみが対象であり、賀副教授のようにゲノム編集の酵素をタンパク質やmRNAの形態で胚に注入する場合は対象とはならない。 ヒトゲノムは細胞の中で核以外にミトコンドリアにもあるが、厚生労働省は近年大阪で実施されたミトコンドリアゲノムを改変する不妊治療の臨床研究を擁護した経緯がある。さらに、サミット後の12月6日、参議院厚生労働委員会で、薬師寺道代参院議員(無所属)がゲノム編集の生殖利用を法的禁止にすることを求めたが、「法の改正は困難であり、進展が早い医療分野は指針が妥当」と厚生労働省は抗弁した。国際会議で質問に答える中国の南方科技大の賀建奎副教授=2018年11月、香港(共同) 今はヒトゲノム編集を禁止とするが、生殖のイノベーションが見通せる時がいずれ到来することを予期し、当面は国会審議を経ずに速やかに解禁できる行政指針で様子をみていく意向なのかもしれない。 過熱気味の報道に気を取られすぎると、ヒト生殖、家族形成と医療の関係の本質を見失う。賀副教授のゲノム編集の生殖利用が不適切であったなら、他にどのような利用が考えられるだろうか。生殖イノベーションの前に 配偶子提供制度が未確立の日本では、多くの場合、夫婦間で不妊治療を繰り返している。体外受精を受けて出産に至った女性の割合はわずか11・7%だった(2015年)。その主な理由として染色体異常などを特徴とする卵子老化が指摘されるが、遺伝子変異による不妊もありそうだ。 賀副教授はサミットに先立つ11月25日、YouTubeで双子誕生を世にアピールし始めた。翌26日、私はその動画を見たというある男性からEメールで相談を受けた。彼の妻はTUBB8遺伝子の変異が原因で体外受精を3回受けても胚が育たないため、夫婦でゲノム編集を伴う生殖医療研究に参加したいがどう思うか、という内容であった。難治不妊を克服するためのゲノム編集の臨床利用、これは日本に現在存在する切実な生殖ニーズを満たすかもしれない。 しかし、この生殖イノベーションに進む前に、合わせて検討すべきアジェンダ(課題)がある。それは生殖医療と「両親と子の遺伝的つながり」のバランスの問題だ。第三者からの配偶子の提供を受ければ、難治不妊は解消できるが、片方の親と子で遺伝的つながりがない。しかし、特別養子縁組制度があることを考えると遺伝的つながりがない親子に問題があるとは言えまい。 一方、配偶子提供自体、問題が多い。 目下、法務省で親子関係を明確にすべく検討が進んでいるが、配偶子提供者の個人情報保護、ヒト配偶子の道具化、女性から数限られた卵子の搾取、子の出自を知る権利などの問題は残置されたままだ。欧州などの国々では配偶子提供の法制度を既に整えているが、日本は本件について完全解決をみないままゲノム編集を伴う生殖医療に進むべきだろうか。 私たちは誰一人として自ら同意して誕生していない。私たちの誕生は全て親たちが決めたのだ。ゆえに夫婦で同意書にサインすれば生殖医療を受けることができる。 では、急速に技術進展し、リスクが低減しつつあるゲノム編集を生殖医療として使う場合、どのような目的なら夫婦の同意で実施が許容されるのだろうか。その利用目的は現在の日本社会の道徳観にかない、また切実なものだろうか。 そもそも、このような受精卵の遺伝子を操作する生殖医療を解禁した場合、生まれる子の健康や福祉を損なうリスクは低いと言えるのか。一人でも先天異常の子が生まれたら、どうすればいいのか。一方、配偶子提供制度の確立に本腰を入れなくていいのか。メディアのヘッドラインで思考停止に陥らず、深く考えたいものである。■「日本人ノーベル賞でお祭り騒ぎ」メディアの思考停止が目に余る■28歳の女医があえて「Dr.コトー」を目指したワケ■麻生さん、病気に「自己責任論」を持ち出すのはやっぱり酷です

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    ゲノム双子「カリスマ研究者」を潰せない中国当局の戸惑い

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) さすがは中国、そんなことまでやっちゃうのか! 第一報に接した日本の読者のほとんどは、そんな感想を抱いたに違いない。 2018年11月26日、世界を駆け巡った「エイズウイルス(HIV)の免疫を持つ双子誕生」のニュースは衝撃だった。中国の研究者で、南方科技大学の賀建奎(が・けんけい)副教授は、生物の細胞が持つ全遺伝情報(ゲノム)の中で、狙った遺伝子を自由自在に改変する「ゲノム編集」技術を使うことで父親のHIVが細胞に入らないようにした双子の女児、ルルとナナを誕生させたと発表した。 ゲノム編集を人間に施すことは、技術的には可能であっても、安全性に加えて倫理の点からも課題は多く、「越えてはならない一線」と広く認識されてきた。その倫理の壁をやすやすと飛び越えてしまった中国の研究者に対して、世界から非難が集中した。 早い段階で、当事者である賀氏にインタビューし、記事を配信したAP通信は、各国の主要な研究者がそろって否定的な見解を示したことを紹介した。日本の反応も同様で、12月4日には「日本ゲノム編集学会」が「倫理規範上も大きな問題で国際的な指針にも違反した行為に強い懸念を表明する」という声明を出した。 こうした反応は、むしろ織り込み済みだったようにも思えるのだが、興味深かったのは、発表当初から中国のメディアまでが否定的なニュアンスで扱ったことだ。 AP通信の記事を受けた『環球時報』などは「中国人による驚愕(きょうがく)の実験に 外国メディアもショック!」(ウェブ版、11月26日付)の記事の中で、世界各国からさまざまな問題が指摘されていることを紹介した。それだけでなく、わざわざ広東省衛生健康委員会と深圳(しんせん)市医学倫理専門家委員会が、それぞれ組織を挙げてこの問題を調査し、後日その結果を公表すると宣した公告を載せたのである。中央政府が賀氏に対する調査を省政府に指示したとされる。中国深圳にある南方科技大=2018年11月(共同) 賀氏の所属する南方科技大も「(研究は)大学外で報告なく行われたことで、倫理と学問的規範に違反している」との声明を発表。中国を代表する科学者122人も連名で賀氏を批判した。当局「戸惑い」のワケ 『環球時報』は、いわゆる「左派系」(日本でいう「右派」)に分類されるメディアで、外国に対する厳しい論調が持ち味の国際情報紙だ。もし、賀氏の研究が誇るべき成果であれば、外国の反応や他の国内メディアの反応がどうであれ、その功績を称揚する論陣を張ったはずだ。賀氏の研究成果は、まさに四面楚歌(そか)という展開になったのである。 あるメディア関係者は「こうした場合、次に考えられるのは賀氏が公表した研究が虚偽であったと発表されることや、何らかのトラブルで彼が逮捕される展開です」と話す。 ニュースが拡散した直後には「実際に誕生した嬰児(えいじ)が公開されていない」といった批判も多く、どの研究者も「もし本当なら…」という断りを入れていたことが印象的であった。また、騒動から約1週間後に報じた香港紙は、賀氏が大学当局から軟禁されているというショッキングな記事を掲載した。世界から脚光を浴びた賀氏の周りに、暗雲が立ち込めるようであった。 本来であれば、中国でお決まりの「消息不明」から「逮捕」という流れに向かっていくことになる。だが、発覚当初、当局はそのつもりではなかったらしい。 「実は、今回の騒動で戸惑っているのは当局の方だったのです。研究者や専門機関からの反応は確かにネガティブなものが目立つのですが、国民の賀氏への支持は極めて高いのです。海外の反応は気にしつつも、何が何でも彼を処分するといった雰囲気ではありませんでした」 困惑ぶりをこう振り返った党機関紙の記者がさらに続ける。「そもそも賀氏は、この騒動が起きる前から有名な研究者です。米国でも実績を残したことから、中国の未来を担う一人と目されています。特に中国が国として力を入れていこうとしている最先端の分野を担い、同時に会社も8社ほど立ち上げている『若者のカリスマ』ですから。最初から、彼に対して『潰し』ありきの選択はできなかったのでしょう」 AP通信のインタビューの中で、賀氏は「私の責任は重大だと感じている。単に、初めてのケースというだけでなく、彼女を一つの成功例としていかなければならい」と語り、「もし予想外の副作用が出た場合は、その痛みを共有して全責任を負う」と語っていた。折しも、同じ11月末に中国のエイズ感染者が85万人に達したと報じられたのは、何かの因縁だろうか。2018年11月、香港で開かれた国際会議で講演する中国・南方科技大の賀建奎副教授(共同) 2019年に入って、広東省当局の調査結果が公表され、双子誕生のみならず、別の女性1人も妊娠中であることを確認した。賀氏の行為も「自らの名誉と利益のため」と断罪され、立件に向けて公安機関に送致されると、国営新華社通信が報じた。当局の認定により、お決まりの方向に進むことは避けられなくなったのである。■ ファーウェイ敵視にも動じない中国「祖流我放」の冷めた感覚■ 「習近平独裁」を中国人はなぜ歓迎するのか■ ファン・ビンビン巨額脱税、中国当局が狙い撃つ人気女優の利用価値

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    「ゲノム双子誕生」中国を批判、周回遅れの日本が言える立場か

    (医療ガバナンス研究所理事長)  ゲノム編集の在り方が世間の関心を集めている。きっかけは昨年11月、中国南方科技大学の賀建奎(が・けんけい)副教授が、世界で初めてゲノム編集で遺伝子を改変した双子の赤ちゃんを作り出したと発表したことだった。 この行為の妥当性については、既に多くの意見が寄せられている。日本でも報道され、ご存じの方も多いだろう。だが、多くの日本のメディアは、中国の研究者を倫理的側面から批判した。一方で西側先進国の科学研究に一刻も早く追いつこうとした中国の焦りを指摘した報道もある。 私は、一連の報道は妥当だと考える。ただ、今回の件では、中国を批判するだけでいいのだろうかと疑問に思う。私は今こそ、ゲノム編集技術の基礎となる「ゲノム研究」の在り方について議論すべきだと考えるが、そのような指摘は残念ながら皆無である。 ゲノム研究を推し進める原動力は、個別化医療の推進だ。個別化医療とは、主にがんの診療分野で、がんのゲノム情報に基づき治療法を変更することである。この診断・治療法が普及すれば、多くのがん患者が正確に診断され、適切な治療を受けられるようになる。副作用を減らし、より高い治療効果も期待できる。 近年、個別化医療が急速に進歩した理由はゲノムシーケンス(DNAの配列決定)技術の急速な発達にある。1990年に米国が主導して始まったヒトゲノム計画の完遂には、13年の歳月と30億ドルの予算を要したが、最近では数時間、1千ドル程度で解読することが可能になった。 近年は中国企業なども積極的に参入し、競争が激しい。コストは半額以下になるとも言われる。今回、問題となったゲノム修復技術は、その背景を知れば見方が変わってくる。 このような技術革新は、医療業界のパワー・ポリティクス(力の政治)に影響を与えた。具体的には製薬企業や検査メーカーが仕切る領域にIT企業が参入するようになった。最初の標的は遺伝子ビジネスだった。米国では「23andMe」をはじめとした複数の遺伝子検査会社が、DTC(消費者への直接販売)による遺伝子検査を始めた。ちなみに、同社の株主はグーグル創業者の妻である。 また、わが国でもDeNA社が、2014年8月から同様のサービスを開始した。このサービスを利用すれば、唾液を採取して検査会社に送るだけで、がんや糖尿病などにかかるリスクや、肥満や薄毛の体質などが解析できる。費用は検査項目によって異なるが、おおよそ1~3万円だ。 このような成果は当然ながら、がん医療にも応用できる。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 2014年には米国で「マイ・パスウェイ試験」という多施設共同臨床研究が始まった。この臨床研究では、手術や細胞の一部を切り取って調べる「生検」などで患者から採取したがん組織を用いて、「HER2」「EGFR」「BRAF」「ヘッジホッグシグナル伝達系遺伝子」という4種類の遺伝子の変異を調べた。そして、遺伝子の変異の状況に併せて、分子標的治療薬「トラスツズマブ」や「ベムラフェニブ」などの投与を決めた。難病治癒に貢献 個別化医療の進歩は、これだけではない。特定の遺伝子だけでなく、すべてのゲノム配列を分析し、難病の診断や治療に役立てようという動きも始まっている。 例えば、米国のニコラス・ヴォルカー君という4歳児のケースだ。がんではないが、診断・治療の過程が興味深いのでご紹介したい。ヴォルカー君は、出生時より下痢、血便などの腸炎を繰り返していた。さまざまな病院を受診したが、「原因不明の難病」として対症的に治療されただけだった。 2009年、米ウィスコンシン医科大学の研究者たちは、ヴォルカー君の全エクソーム解析(全遺伝子解析)を行い、腸を細菌の攻撃から守る働きに関係していると考えられている「XIAP遺伝子」の変異であることを突き止めた。腸炎の原因は先天性の免疫異常だったのである。 ヴォルカー君は臍帯血(さいたいけつ)移植を受け、その後病気は治癒した。全遺伝子解析を受けていなければ、「原因不明の難病」として、遅かれ早かれ命を落としていただろう。 ヴォルカー君は全遺伝子解析が救命した世界初の症例として注目を集めた。米紙「ミルウォーキー・ジャーナル・センティネル」の取材班は2010年12月にこのニュースを報じ、翌年ピューリッツァー賞を受賞した。 では、日本の状況はどうだろうか。昨年12月、厚生労働省の薬事・食品衛生審議会医療機器・体外診断薬部会は、シスメックス社が承認申請していた遺伝子変異解析キット「オンコガイドNCCオンコパネルシステム」の承認を了承した。 これは、同社が国立がん研究センターと共同で、がんに関する複数の遺伝子を一括で調べる「パネル検査」(パネルシーケンス)だ。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) もう一つ、中外製薬が米ファウンデーション・メディシン社から導入した「FoundationOneCDxがんゲノムプロファイル」という同様の検査も承認が了承された。パネル検査が保険適用になれば、多くのがん患者が遺伝子検査を受け、その結果に基づいた効果の高い抗がん剤治療を受けられるようになる。 しかしながら、今回の承認では、使用は一部の施設に限定され、受診のハードルは高い。対象患者が原発不明がん、標準治療のない希少がん、標準治療が終了または終了が見込まれる「固形がん」で全身状態が日常生活に支障のないレベルの元気な患者という条件がつく。全ての患者が遺伝子パネル検査を受けられるわけではない。 以上の通り、わが国はパネル検査がようやく始まったところだが、果たしてパネル検査だけで十分と言えるだろうか。周回遅れの日本 前出の米ウィスコンシン医大の研究チームで、全遺伝子シーケンスにより発見された約5千の変異を半年間かけて、XIAP遺伝子の変異が原因であることを突き止めたのは、リズ・ワーシー氏だ。 同氏は2017年3月に東大医科学研究所を訪れ、講演している。彼の講演に参加した井元清哉・東大医科研教授は「(冒頭に紹介したパネルシークエンスも全ゲノムシークエンスも)両方をやっている彼らが、全ゲノムシーケンスを推奨していたのは示唆に富みました」という。 実は、パネルシーケンスは、半分以上の関連遺伝子を見逃してしまうことが分かっている。全ての遺伝子を解析できる全ゲノムシーケンスや全遺伝子シーケンスと、特定の遺伝子だけを解析するパネルシーケンスのポテンシャルの差は明らかである。 世界では、ゲノムにとどまらず、全クリプトーム(全転写産物、RNAのこと)解析の臨床応用が始まっている。昨年12月、米ニューヨークゲノムセンターは、全ゲノム解析と全トランスクリプトーム解析を組み合わせたサービスを開始すると発表した。 一方で、パネルシーケンスがようやく承認される見通しとなったわが国は、世界の最先端から「周回遅れ」と言っていい。遺伝子修復ベビーが批判を浴びた中国は、この分野で最先端を走っている。今後、この差はますます広がるだろう。その理由は二つある。 まずは、個別化医療の推進に必須な「情報工学者」の不足である。今や世界のゲノム研究を推し進めるのは、医師ではなく情報工学者だ。 既に知られた遺伝子変異に対しては、それに対する治療法も決まっており、どの医師でも判断できる。しかし、それ以外の遺伝子変異が見つかった場合にどう対処するのか、医師だけでは判断できない。その遺伝子の役割、変異によって引き起こされる病態について、あらゆる論文データを検討しなければならないからだ。 わが国のゲノム研究の中心は、理化学研究所と東大医科学研究所のチームだ。現在のリーダーは情報工学者である宮野悟・東大医科研ヒトゲノム解析センター長だが、2013年には従来の治療が効かない白血病患者の全遺伝子を解読し、IBMの人工知能ワトソン(質問応答システム)を用いて、患者に最適な治療法を提案した。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) この患者の治療は劇的に反応した。これは「人工知能が救命した最初の患者」として報じられたが、このプロジェクトをリードしたのが宮野教授である。前出の井元教授の上司でもある。宮野教授は九州大を卒業した数学者であり、井元教授も九大を卒業した統計家だ。 2人とも医師ではない。今後、個別化医療の研究を進めるには、情報工学の専門家と医師が協同しなければならない。ところが、医学部や医学系研究所における情報工学者のポストは圧倒的に少ない。財政難の国立大学で、医学部に情報工学者のポストを新設するのは難しい。医学部と情報系の学部の交流を加速させるしかないが、昨今の不祥事をみても明らかなように医学部は閉鎖的だ。現状では難しいと言わざるを得ない。変わるがん治療のパラダイム むろん、政治リーダーの見識も不可欠である。米国でがんの個別化医療を推進したのは、バラク・オバマ前大統領だ。彼は自らが主導した2016年度予算で、約2億1500万ドルを「プレシジョンメディスン(精密医療)」に投資した。これはがんの撲滅を目指す「ムーンショット計画」の一環だ。 「プレシジョンメディスン」とは、ゲノム情報などに基づき、最適な治療方法を最適なタイミングで提供することだ。個別化医療の発展形である。特定のがんに対して、特定の抗がん剤をパッケージで投与する従来型の「標準療法」とは対極の考え方である。 個別化医療にとって重要なのは、患者の状況を正確に把握することに尽きる。その一つががんのゲノム情報だが、もう一つは病状及び治療効果の判定だ。この点で注目すべきは「リキッドバイオプシー」という新規技術である。 リキッドバイオプシーとは、血液などの体液のサンプルを用いて、診断や治療効果の判定を行う手法である。ゲノム解析を行うことも可能だ。従来の生検と比べて、はるかに低い侵襲で大きなデータを入手できる。また、患者の状態によっては手術や生検ができないケースも多々あるが、血液検査であれば誰でも簡単にできる。 ただ、この方法には高度な技術を要する。血液中を循環する腫瘍細胞及び腫瘍細胞由来のDNAなどの物質は、ごくわずかだからだ。腫瘍細胞の場合、通常1ミリリットルの血液中に10細胞以下しか存在しない。 とはいえ、世界中の企業が現在、技術開発にしのぎを削っている。既にいくつかの興味深い研究成果も報告されている。 米ジョンズ・ホプキンス大の研究者たちは、昨年1月に米科学誌『サイエンス』に自らが開発した「CancerSEEK」と呼ばれるリキッドバイオプシーの研究成果を公表した。この研究では、一般的な8つのがんを対象に検査を行ったところ、卵巣がんでの診断率は98%だった。臨床応用は近いかもしれない。ただ一方で、乳がんでは40%を下回ったという。 この技術は開発途上だが、企業側の鼻息は荒い。技術開発の筆頭を走るのは、米シリコンバレーのグレイル社だ。ゲノムシークエンス最大手、イルミナ社から2016年に独立した。同社は「2019年までに最初のリキッドバイオプシーを実現する」と宣言している。 この見解に懐疑的な関係者も多いが、遅くとも数年の間に、この技術は臨床応用されるだろう。そうなれば、ゲノム情報に基づく個別化医療だけでなく、がん治療後の再発のスクリーニング(選別)や、がん検診にも応用が期待できる。現在のがん治療のパラダイム(認識の枠組み)が大きく変わることになる。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) がんは多くの先進国で死因の首位を占め、関心を集めている。がんの診断・治療法の開発は、ゲノム研究の進歩とともに日進月歩だ。中国での遺伝子修復ベビーの誕生も、このような流れの一環として理解すべきだろう。この領域では米中がヘゲモニー(主導的地位)を握りつつある。 一方、わが国は米中と比べ「周回遅れ」になりつつある。遺伝子修復ベビーの誕生に関しては、中国を批判するだけでなく、その背景にあるゲノム研究の進歩を理解し、前向きに議論しなければならない。■夢のがん治療薬は国を滅ぼす? ボロ儲け製薬企業の「暴走」を阻止せよ■がんはいずれ「理想の死に方」になる■カネではタフな研究者は育たない 日本人がノーベル賞を取れる理由

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    中国の科学者がヒト受精卵に遺伝子操作 欧米で激しい論争に

     中国の科学者がヒト受精卵に世界初の遺伝子操作──タブーを冒したこの実験について、欧米では学術誌からマスメディアまで、その是非をめぐり大論争となっている。 世界を驚愕させたその実験は今年4月に生物学・生物医学の学術誌「プロテイン&セル」に掲載された論文で明らかになった。中国広東省にある中山大学の黄軍就副教授らの研究チームがヒト受精卵の「ゲノム編集」を行ったというのだ。ゲノム編集とは何か。サイエンスライターの島田祥輔氏が解説する。「ゲノムはあらゆる生物がもつ、いわば設計図です。生物の身体を料理に例えるとゲノムはレシピにあたり、そこに書かれた情報を基に生物のかたちができあがる。ゲノム編集とは、人為的にこのレシピを書き換えることで生物のかたちを変える技術の一種です。従来の遺伝子組み換えより簡単で、成功率の高い優れた技術です」 ゲノム編集の有益性は高く、農作物の品種改良や新薬の開発、遺伝子治療など様々な分野に応用できる。米国ではHIVに感染したヒトの体細胞からウイルスを取り除く臨床研究が始まっている。 今回の実験が問題視されたのは、世界で初めてヒト受精卵にゲノム編集を施したからだ。欧米ではタブー視される行為であり、激しい論争を巻き起こした。 なぜ、ヒト受精卵のゲノム編集は問題なのか。目や髪の色、筋肉の質や量などの遺伝的特質を人為的に操作して「設計」された「デザイナーベビー」の誕生につながるからだ。個人のさまざまな特質や能力の元となるゲノム情報を「書き換える」ことで、「ヒト作り替え」が可能になる。 さらに問題なのは、ゲノム編集した受精卵から生まれた子供の遺伝子が永遠に受け継がれる点。これにより、現時点でわかっていない副作用などが将来世代に及ぶリスクがある。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)「ゲノム編集技術を用いれば、目の色や体質だけでなく、運動能力や体格、IQ(知能指数)すら思い通りに操作できるようになります。SF世界のような“強化人間”も技術的には可能です。しかし、どこまで人間のレシピを書き換えていいのか、そもそも書き換えていいのかという”境界”の議論は世界的に進んでいません。線引きが曖昧な状態のまま中国の論文が発表され、科学界に大きな衝撃が走りました」(島田氏) 今回、中国の研究チームは胎児に成長する能力のない受精卵を使っており、科学的・倫理的な問題点はクリアしたと主張するが、この研究が「ヒト作り替え」の最初の一歩となりうることは間違いない。欧米の科学者は中国の「暴挙」に激しく反発した。黄副教授に電話インタビューを行った英「ネイチャー」誌のデービッド・シラノスキー記者が言う。「黄副教授はとてもオープンで意思疎通のできる研究者でした。しかし、欧米の人々はこの実験を好意的に見ていない。反対派は将来的に生殖目的でゲノム編集が行われることに危惧を抱いています」関連記事■ 長寿遺伝子と呼ばれるサーチュイン遺伝子は腹が減れば活性化■ 遺伝子検査で分かる 85歳までに80%の確率でボケる遺伝子■ 大黒摩季、46才の不妊治療 受精卵凍結してチャンスに備える■ ハキーム、宮部藍梨らアフリカ系選手が活躍の背景に遺伝子説■ 元内閣官房参与の科学者が初めて明かす「人智を超える何か」

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    中国でブタの臓器のヒトへの移植が秒読み 2年後に実現か

     中国で人間にブタの臓器を移植する手術が2年後の2019年までに、中国政府によって許可される見通しであることが医療関係者の証言で分かった。ブタの臓器は人間のそれと機能や大きさがほとんど同じであることが分かっているそうで、これまでもブタの臓器をサルやヒヒに移植し、成功した実験例が報告されているという。 ただ、ブタの体内には人間に対して毒性があるウイルスが存在することが分かっており、中国の医療関係機関では、そのウイルスを持たないクローンブタの増殖実験を繰り返しているという。中国青年報などが報じた。 ブタの臓器移植について、医療関係者の間では世界的に関心が高い。なぜならば、心臓や肺、肝臓などの臓器に深刻な疾患を持つ患者は多く、米国では今年8月現在、11万7000人の移植待機者がおり、ドナー不足から毎日22人の命が奪われているという。 とくに、中国の場合、2010年から2016年までの7年間で10万人以上の患者に人間の臓器が移植されてきたが、移植待機者は毎年、150万人にも上っているという。 中国では2015年まで、死亡した服役囚の臓器が摘出され、移植されてきたが、同年以降、服役囚の臓器の移植は基本的に禁止されており、近年、中国の医療関係者の間で、ブタなどの臓器移植研究への関心が高まりを見せている。すでに、陝西省の第4軍病院や上海、北京、広東省の病院が合同で、国家プロジェクトとして研究を進めている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ブタの臓器の人間への移植については、日本やアメリカ、欧州各国でも研究されており、これまで動物実験が繰り返されてきた。そのなかでも、中国では研究が進んでおり、ブタの角膜の人間への移植手術が行われており、成功例が報告されている。 ただ、角膜の場合、血液がごく少量で、ブタの体内にあるウイルスが人間に感染する危険性が少ないことから、ほとんど問題はないが、心臓などの臓器には血液を介在して人間に毒性を持つウイルスが侵入することも考えられるだけに、現段階では、各国もブタの臓器の移植手術には慎重な姿勢を示している。 中国や米国では手術の実現を目指し、遺伝子操作でウイルスを無毒化したブタを誕生させ、そのブタのクローンブタを生産する実験に成功している。同紙は第4軍病院の関係者の話として、「ブタの臓器の移植は秒読みで、2年後の2019年には政府から許可がおりる見通しだ」と報じている。また、同紙は米国の研究者の話も紹介し、「ブタの心臓や肺などが人間に移植可能となれば、多くの命を救うことができるようになり、動物の組織を人体で利用するという、異種間移植への道が開かれることになる」との見通しを伝えている。関連記事■ 米での臓器移植金額、高騰させ日本人の渡航移植避ける思惑も■ 中国渡航の臓器移植500~1500万円 後ろめたかった人は2割■ キューバ 臓器移植技術高い上脳死状態の移植を大多数が承諾■ 6才未満の子供からの臓器移植 難しかった理由を医師解説■ 6才未満の子供の臓器移植について賛成派と反対派の意見紹介

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    米中5G戦争、ファーウェイの脅威

    中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)を排除する動きが米国主導で進んでいる。日本でも4月以降、政府機関や自衛隊が使用する情報通信機器から、同社と中興通訊(ZTE)の2社の製品を事実上排除する。背景にあるのは次世代通信規格「5G」をめぐる米中の覇権争いだが、今後どうなるのか。

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    「米国はもう崖っぷち」5G戦争、ファーウェイ排除のウラ側

    山田敏弘(国際ジャーナリスト) 米国の対イラン制裁に違反したとしてカナダ司法省が中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の最高財務責任者(CFO)兼副会長である孟晩舟(モウ・バンシュウ)氏を逮捕してから2カ月がたった。 孟氏は昨年12月11日に1000万カナダ・ドル(約8億5000万円)の保釈金で釈放された後、現在もバンクーバーにある邸宅で、GPS(衛星利用測位システム)ブレスレットを足首につけた状態で監視下にある。自宅周辺に張り付いていたマスコミに孟氏がピザのデリバリーを振る舞い話題になったこともあった。 米国は1月末までに孟氏の身柄引き渡し要請を行う方針を明らかにしており、対立する米中、カナダの間で緊張が高まっている。今回は事件の背景を振り返りつつ、今後のファーウェイなどが絡む米中の覇権争いがどこに向かうのか、探ってみたい。 まず最初に、この件について知っておくべきことがある。今回騒がれた米中のサイバー空間における覇権争いは、今に始まった事ではないという事実だ。ファーウェイが米国などへ進出を始めた2000年代初頭から長年にわたって、同社と米国のせめぎ合いは続いてきた。今回、イラン制裁に絡む話が浮上したことで、米国がファーウェイを締め出す好機を得たということにすぎない。 そもそも米国が見据えているのは、ファーウェイや中国通信機器大手、中興通訊(ZTE)ではない。むろん、その背後にいる中国政府だ。 米国に言わせれば、中国共産党と人民解放軍、民間企業は一蓮托生(いちれんたくしょう)である。軍のハッカーなどが世界から知的財産や機密情報を盗み、それを民間企業に漏洩するという流れがあるとの見方もある。 米国家安全保障局(NSA)の元幹部、ジョエル・ブレナー氏は筆者の取材に、グーグルの検索エンジン技術の「ソースコードが、中国に盗まれてしまっている」と語っている。また、米ニューヨーク・タイムズ紙のデービッド・サンガー記者も、中国は盗んだグーグルのソースコードで「今は世界で2番目に人気となっている中国の検索エンジンである百度(バイドゥ)を手助けした」と指摘している。 つまり、こうした政府系ハッカーらによるサイバー攻撃が、中国系企業を下支えしてきたともみられている。いや、それだけではない。軍事機密も盗んでおり、戦闘機や潜水艦の設計図なども盗み出すことに成功しているのである。モスクワでのフォーラムでプーチン大統領(左)と同席する華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)=2004年10月(ロイター=共同) 中国ではもともと、民間企業であっても政府の命令には従う必要があった。米高官や外交官らが中国を訪問し、民間のホテルに泊まれば当たり前のように盗聴器が仕掛けられているという類いのエピソードは、何度も米政府機関関係者などから聞いたことがある。しかも中国は最近、それを明文化した法律も制定している。2017年に施行された「国家情報法」がそれであり、民間企業も個人もすべて政府が行う情報活動に協力しなければならない、という決まりを徹底している。 こうしたことから、米国は長年ファーウェイなどが米企業などの知的財産を盗んでいると批判し、政府のために機密情報などをスパイする可能性を指摘してきた。そして最近になって、米国が本気で中国製品を排除しなければならない事情も浮上してきた。5G(第5世代移動通信システム)のインフラ機器やスマホの分野における中国企業の台頭である。情報の掌握を狙う中国 5Gは、現在の100倍とも言われる超高速のシステムであり、それが普及すれば、世界は一変すると言っていい。全てがIoT(モノのインターネット)などでつながり、ほぼすべての情報がデジタル化され、ネットワーク化される。すなわち、個人情報から軍事機密まで莫大(ばくだい)な多種多様のデータを運ぶ通信インフラを支配できれば、情報を思いのまま手に入れることができるというわけだ。 中国はファーウェイを介して、その5Gインフラを世界中に安価で提供し、シェアを広げようとしている。つまり、データが行き来するサイバー空間の覇権、ひいては世界における情報の掌握を狙っている。中国は80年代後半の段階から「情報を制するものは世界を制する」と考え、インターネットの検閲といった支配権なども「情報戦争」の一環と捉えてきた。最近、国家戦略としている「製造業2025」の核として中国製の5G機器などを世界で広めようとしているのは、そうした背景からだ。 一方の米国を中心とする欧米側は、世界を一変させる5Gインフラ市場で劣勢にある。少し前に筆者が米政府関係者から手に入れた60ページほどの米政府公式文書によれば、「ファーウェイは(通信の基地局などの世界的シェアを高めていることから)インフラそのものになりつつある。シェアの拡大に成功し、特に途上国ではそれが顕著である。ただ、米国のような先進国はそれを許してはいけない。ファーウェイがインフラになれば、中国のインテリジェンス(スパイ)活動につながっていくからだ」とした上で、こう警戒する。「米国は今、崖っぷちにある。情報化時代の未来を率いるか、もしくは、サイバー攻撃の渦から抜け出せなくなる」 こうしたせめぎ合いから、米国は実際に中国企業であるファーウェイなどの排除に乗り出し、同盟国にもファーウェイ製品の禁止措置を取るよう促してきた。事実、オーストラリアやニュージーランドはすでに5Gのインフラからファーウェイ製品を締め出す措置を決めているし、英国の電気通信社も同社製品を禁止にした。カナダはファーウェイの社員がスパイ工作に関与している可能性があるとして、ビザの発給を拒否したこともある。 その一方で、中国を目の敵にしている当の米国も、これまでサイバー空間でスパイ工作を繰り広げてきた国の一つである。中国・深圳市でメディアの取材に応じるファーウェイ創業者の任正非氏=1月15日(AP=共同)  米国家安全保障局(NSA)はファーウェイを脅威と警戒し、創業者である任正非(レン・ジェンフェイ)CEOを2009年頃からハッキングによって監視。その作戦は「ショット・ジャイアント」と呼ばれ、NSAは内部情報や同社製品のソースコードまで入手していた。さらにスパイ工作という意味で言えば、米国は例えば「エックスキースコア」という監視システムなどで世界中の人々のネット上での活動を、日本も含む世界150カ所の収集拠点で集めて監視してきたし、中国メディアは中国を狙うサイバー攻撃は米国からのものが最大であると指摘している。 このように、サイバー工作をめぐる対立は水面下で続いてきた。では5Gの登場で今後、この攻防はどう展開していくだろうか。米国政府のプレッシャー まず、日本が排除を発表するに至ったように、今後も米国と同じ価値観を共有する国々の間で、ファーウェイ排除の流れが続く可能性は避けられないだろう。 現時点では、ファーウェイの禁止に乗り出した日本(各省庁や自衛隊)を含む国々では、排除対象は基地局やルーターなどに使われるファーウェイ製品であり、スマートフォンやタブレットまでは対象になっていない。ただ今後、これらの国では、政府関連の事業やプロジェクトに関与する際には、民間企業であってもファーウェイの機器は使えないようになっていく可能性があるし、関係者もスマホやタブロイドを使うわけにはいかなくなるだろう。 例えば日本では排除の対象をインフラ事業者まで広げるとの話も出ているが、そうなればさらにインフラ事業にも携わる多くの人たちがファーウェイのスマホなどを使っていられなくなるだろう。こういう形で、結果的にすべてのファーウェイ製品が使われなくなっていく可能性は高い。 さらに言えば、米国のイラン経済制裁を破った容疑という「威力」は大きい。世界的に見ても、制裁違反をするファーウェイとのビジネスを控えなければ、米国企業とは取引ができないという現実に直面しかねない。世界中でファーウェイとの取引を控える動きが起きるかもしれない。例えば、世界的な大手銀行は既にこの動きを見せている。イラン制裁違反に絡んで、英金融大手HSBC銀行やスタンダードチャータード銀行などは米国政府からのプレッシャーなどもあってファーウェイとのビジネスを制限してきた。それが最近では、シティバンクなども今後の対応を検討していると言われている。 むろん、こうした動きに中国政府もファーウェイも、黙ってはいない。 中国政府は孟氏の逮捕以降、中国国内でカナダ人を13人拘束し、そのうち5人ほどは今も釈放されていないとみられている。いずれも取ってつけたような容疑であり、ピーター・ナバロ米大統領補佐官(通商担当)が「中国らしいやり方だ」と言及したように、報復措置であることは明らかだ。また今後、中国政府が米通信機器メーカーを中国市場から締め出す報復措置を取る可能性を指摘する声もある。中国広東省深圳にあるファーウェイの本社 (GettyImages) また、米国内で米政府と対峙(たいじ)するための法務チームの強化も行っているし、同社は「われわれは世界をリードしている」「他国の安全保障に対して脅威になっているという証拠はない」と強気を崩さない。さらに任CEOが珍しくメディアの取材に応じ、中国当局にデータを提供することはないと主張している。 日本でも、ファーウェイ側は疑惑を否定する声明を発表して対抗している。「(ファーウェイ製品を)分解したら余計なものが入っていた」「スパイウェアのような動きをする」という日本のメディア報道が事実誤認であると指摘し、法的措置に乗り出すとも発表している。いち早くファーウェイ離れ ところで、実際に同社の製品が何らかの「怪しい動き」をすることは考えられるのだろうか。先日、筆者はネットテレビ「Abema Prime」に出演し、そこで実際に解体されたファーウェイのスマホを目にする機会があった。というのも、「スマホ分解のプロ」という専門家が番組の始まる前に実際に解体してファーウェイのスマホに「おかしなもの」が入っていないかを確認したのである。その結論は「余計なものは見つからなかった」というものだった。 とはいえ、筆者は以前、ある欧米諸国の情報機関関係者から、政府系通信会社が市民に提供する機器にチップを埋め込む工作を担当していたという話を直接聞いたことがある。また、米政府も国外の要人に対して同様の工作を仕掛けていたことが明らかになっているし、中国が数年前に米IT企業が使うサーバーに製造過程でチップを埋め込んでいたという疑惑も、米メディアで大々的に報じられて物議を醸したばかりだ。 もっとも、今はチップをわざわざ仕込むような時代ではない。「チップを使う」というやり方はいかにも古い工作という印象で、今もやっているとは考えづらい。今なら、電子機器のプログラムに後でアクセスできるような、いわゆるバックドア(裏口)を埋め込んでいたり、何らかのマルウェア(不正プログラム)を入れておいた方が手っ取り早いだろう。 いずれにしても「ファーウェイ製品が怪しい」と見られてきたことは紛れもない事実だ。最近話を聞いた国際的大手企業の元サイバー担当者は、こんな発言をしていた。「2014年にオーストラリアの大手企業が会社のネットワークからファーウェイ製品を介して不正にデータが中国に送られていることに気がついたんです。それ以降、オーストラリアは政府関係機関や大手企業にファーウェイ機器を使わないよう非公式に通達していた」 2018年8月にファーウェイとZTEを5Gインフラから排除したオーストラリアでは、2014年の時点で既に非公式にファーウェイ排除の方向に舵を切っていたという。※写真はイメージです(GettyImages) いずれにせよ、これまで各地で続いてきた動きからも分かる通り、ファーウェイをめぐる話はハイテク産業における中国のビジネス的な台頭を米国が押さえつけようとしている、という単純な話ではない。次世代の覇権と安全保障に深く関わる話である。それゆえに、米中両国は一歩も譲歩できない。少なくとも米国は今後も、引く構えをみせることはないだろう。 今、欧州や南アジアなど世界中の国々がファーウェイとどう付き合っていくのか検討が行われている。5Gをめぐる米国vs中国の攻防は引き続き、世界を巻き込んで激化していくはずだ。■習近平「終身独裁」で中国の自滅は確実になった■「習近平の独裁に黙っていない」中国ネットユーザーのあくなき闘い■米露を呑み込む中国の「一帯一路」 巨大利権に潜む習近平の大戦略

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    ファーウェイ敵視にも動じない中国「祖流我放」の冷めた感覚

    している、と素朴に信じている点で、日本人は最も楽天的な国民かもしれない。だから、「米国の法が正義で、中国は法治国家ではない」と考えているとしたら、大きな勘違いだ。 中国の通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟(モウ・バンシュウ)副会長兼最高財務責任者(CFO)がカナダで逮捕されたのに続き、今度は中国で元外交官、マイケル・コブリグ氏らカナダ人3人が中国で拘束された。さらには遼寧省の大連市中級人民法院(地裁)が、薬物密輸罪に問われたカナダ人男性の差し戻し審で、死刑判決を言い渡した。2010年、日本の海上保安庁が尖閣諸島付近で操業中だった中国漁船の船長を逮捕し、その報復として、中国側が準大手ゼネコンのフジタの社員4人を「軍事管理区域の違法撮影」で拘束した事件が思い起こされる。 当時、奥歯に物の挟まったような日本司法当局の「超法規的措置」によって、釈然としないまま船長が釈放され、福建省に送還された。同じように今回、カナダ政府を巻き込んだ米中の「場外乱闘」について、法と証拠を持ち出して解説しても大きな意味はない。ハイテクと経済の覇権をめぐる「パワー・ゲーム」なのだから、最後はハード、ソフトの力関係と体面の保持、そして損得に基づく駆け引きで落としどころを見つけるしかない。2018年12月、カナダ・バンクーバーで、警備員に付き添われ司法関連施設に着いたファーウェイ副会長兼CFOの孟晩舟容疑者(Darryl Dyck/The Canadian Press提供・AP=共同) この点で中国のインターネット言論はたくましい。米国からの奇襲に対する中国政府の報復を受け、たちまち広まった言葉は「祖流我放」だ。「祖国も流氓(ヤクザ者)なので我(私)は放心(安心)だ」との意を四字熟語で表したものだ。 いくら中国の外務省や共産党機関紙『人民日報』が法や人権、道義や文明を説いて舌戦を交わそうと、内実は「仁義なき戦い」でしかない。そんなことはとうにお見通しなのだ。ここ数年で何かが変わった 国家が責任逃れのために持ち出す「自己責任」のルールの前に、皆が目隠しをして、微小な個人の存在を顧みもしない冷酷非情な国とはわけが違う。同じことがもし日本で起きたら、政府もメディアも含め、まずは重箱の隅を突くように違法性を詮索(せんさく)するに違いない。わずかでも個人に落ち度が見つかれば、たちどころに自己責任論が登場する。フジタ社員が拘束されたあのときと同じように。 中国ではこうした物言いを「法匪(ほうひ)」と言って蔑(さげす)む。秦(しん)の始皇帝が法家を重用したことで敷かれた非情な圧政しかり、「革命」という名の裁きが人権を蹂躙(じゅうりん)した文化大革命もまたしかり。中国にあって、法は統治の手段でしかなかった。だからこそ、儒教の説く「情」が尊ばれ、「合情合理(情理にかなう)」こそが人の道とされる。「祖流我放」はそんな正直な感情を伝えている。 中国人は、漢字を巧みに操ることにかけて数千年の実績があるので、感心させられる表現にしばしば出会う。だが、冗談交じりに「祖流我放」とささやき合う人たちを見るにつけ、どこか、かつてとは違った印象を感じてしまう。 つい数年前まではこうだった。まずはネットで、傷つけられた民族感情を煽る刺激的な言論が沸騰する。糸に操られたように、怒れる愛国青年たちが外資の店舗や工場、外国大使館に結集する。「出ていけ」とヤジを合唱しているうちに、誰かが石を投げつけ始め、しまいには襲撃や強奪に発展する。だが昨今、そんな姿はすっかり影を潜めた。 中国社会で暮らしながら、ここ数年で何かが変わったと肌で感じる。 日中間においては、かつて首相の靖国神社参拝や尖閣諸島の領有権問題で大規模なデモが起きた。だが、物見遊山の群衆が、戦時中を彷彿(ほうふつ)させる「日本製品ボイコット」のスローガンを叫びながらも、キヤノンやニコンを手に記念写真を撮っている姿が揶揄(やゆ)された。しかも、大けがを負ったのは日本車を運転していた中国人で、破壊された日系スーパーの従業員も顧客もしょせんは中国人だ。 怒りと不満をぶちまけたものの、どこか消化しきれないものが彼らの胃の中に残っていた。事態が収束した後になって、決まって理性的な愛国を訴える声が後から追いかけたものの、過剰な熱情の前では焼け石に水だった。まるで言い訳のようにしか聞こえない知識人の発言も聞こえてきた。 ところが今回は違う。iPhoneをファーウェイの携帯に買い替えるように呼びかける動きが起きたものの、iPhoneを使っている若者が嫌がらせを受けたという話は聞かれない。私の周辺でも、学生が平気でiPhoneを使っているし、既にファーウェイの携帯を使っている学生にしても「こっちの方が使いやすいから」とあっけらかんとしている。2018年3月、中国深圳にある華為技術(ファーウェイ)の本社(AP=共同) つまりは、愛国主義ではなく、あくまで個人に重きを置く実利主義者なのである。直情的な愛国の表現は「酷(クール)」ではなく、斜に構えた方がイケているといった感じだ。流行り言葉でも、現代中国の若者は「仏系」と形容される。「まあね」「別に」「どちらでも」を連発し、自己主張が乏しく、冷めた感覚の世代である。「D&G叩き」にみる変化 マクドナルドやケンタッキー、スターバックスに群がり、ハリウッド映画を何より好む彼ら、彼女らに向かって、「アップルやマイクロソフトの製品を使うのは愛国主義に欠ける」などと言おうものなら、皆しかめっ面をするに違いない。愛国心は人一倍あったとしても、かつての激情タイプの人間は既に廃れ、どこかに余裕が生まれている。ここ数年の間に、少しずつそんな変化が生じているのである。 昨年11月末の出来事だが、イタリアの高級ファッションブランド「ドルチェ&ガッバーナ(D&G)」が、上海で予定していたイベントのPR動画を流した。ところが、到底高級ブランドとは思えない、中国の箸文化を茶化すだけの出来の悪い内容だった。中国のネット世論が非難を浴びせると、今度は同ブランドのデザイナー、ガッバーナ氏がインスタグラムで中国人を蔑(さげす)む下品な差別発言を重ねた。 D&Gの低俗さが露見し、さすがにブランド好きの中国人セレブたちも愛想を尽かした。中国人タレントが相次ぎD&Gとの決別を宣言し、ネットショッピングでも同ブランドは姿を消した。 さらに、本国ミラノのD&G店舗で中国人によるデモが起きたとのニュースが流れたことで、私は、中国でもショーウインドーのガラスが割られるぐらいの事件は起きるだろうと予想した。なにしろ、株が暴落しただけで、証券会社が投石を受けるお国柄なのだ。 だが結局、D&G叩きはネットの土俵に留まり、破壊活動など「場外乱闘」には発展しなかった。 中国の台頭や海外進出に伴い、各国との摩擦もしばしば起きている。9月にはスウェーデンの首都ストックホルムで、警官にホテルから排除された中国人観光客が過剰に反応し、国内の民族感情を刺激して外交問題に発展したばかりだ。中国人に対する偏見や差別的行為は全て「辱華事件」とレッテルを貼られ、たちどころに炎上するほど、中国のネット世論はデリケートになっている。 だが、よくよく考えれば、かつてのような過激な行動が見られないことに気づく。むしろ、現地のルールを守らない、中国人観光客の身勝手な振る舞いを反省する声が少なくない。悪意に満ちた一部の中国メディアがいくら民族感情を刺激しようと、それをストップさせる冷めた目が育っている。2018年11月、中国上海市の商業施設内にある「ドルチェ&ガッバーナ」の店舗(共同) 背景として指摘できるのは、中国が名実ともに米国に伍(ご)すことのできる唯一の大国として成長した自信である。国内に深刻な難題を抱えながらも、国内総生産(GDP)だけを比較すれば、中国はすでに日本の約3倍に達している。日本はもはや対抗や抵抗すべき羨望(せんぼう)の先進国ではなく、すでに対等の、あるいは乗り越えた周辺国の一つにすぎなくなった。たとえそれが幻想であっても、心理的効果は十分だ。 侵略を受けて半植民地となった弱小国から抜け出し、ようやく自力で世界と渡り合えるようになった。国家指導者がしばしば口にし、ネットの流行語にまでノミネートされたのは、国際戦略のキャッチフレーズ「運命共同体」である。簡単に言えば、「金持ちケンカせず」の域に達したということになる。途絶えた「反日デモ」 米中摩擦のさなか、南京事件記念日の前日にあたる12月12日、中国人民大政治学部の任剣濤教授の「報復心理によって形成された、中国の独善的な世界観は徹底して抑制しなければならない」と題する一文がネット上で流布した。被害者感情から他国を敵視するのではなく、理性的な世界観や、平等な契約に基づく国際関係の感覚を身につけなければならないと呼びかけた内容だ。これもまた大国としての自信に裏打ちされたものとみることができる。 もう一つ、忘れてはならないことがある。日本のメディアでは、反腐敗の政治闘争で実権を掌握した習近平国家主席を独裁者として伝える報道が圧倒的だろう。だが、習政権下で、それまで散々メディアを賑(にぎ)わせた、いわゆる「反日デモ」がパタリと途絶えたことはほとんど注目されていない。 国内をしっかり掌握した指導者の登壇は、中国でビジネスをする日系を含めた外資系企業にとっても、非常に歓迎すべきことのはずだ。だが、そろばん勘定をはじく人々はそんな恩恵に対して沈黙を守っている。 過去の大規模な「反日デモ」は、日本の国連安全保障理事会入りに反対した2005年、漁船船長の逮捕に端を発した10年、尖閣諸島の国有化に抗議した12年と、政権基盤の弱い胡錦濤前国家主席時代に集中している。 歴史的にみれば、抗日運動は1919年5月4日、山東省の権益を求めた日本の対華21カ条要求に抗議した「五・四運動」が始まりだが、当時も軟弱な中国政府を非難する側面が強かった。 特に日系のスーパーや工場が甚大な被害を受けた2012年のデモでは、共産党中央の規律調査を受けた元治安トップの周永康元党中央政法委員会書記(元党中央政治局常務委員)が、抵抗を示すため背後で糸を引いたとの見方が強い。デモの先頭に「便衣」(私服警官)がいたとの指摘もある。周氏は習氏を暗殺し、政権を転覆させるクーデターまで企図していた。 習氏はその後、周氏一派を反腐敗キャンペーンで根こそぎ摘発し、治安部門の実権を手中に収めた。最高指導部である常務委の定数を9から7に減らしたうえ、常務委に席のあった政法委書記を政治局員に格下げし、総書記自らが政法委を統括する体制を整えた。周氏の後ろ盾として、胡錦濤時代も院政を敷いた江沢民元国家主席の影響力は一掃された。 「反日デモ」を含め、民族感情を刺激する排外運動は動員力が強く、政権の抵抗勢力による反政府運動や政治闘争を誘発しがちだ。政権基盤が弱ければ綱渡りの内外政策を強いられる。裏を返せば、毛沢東時代がそうであったように、強力な指導者の下で、不規則な「現代版義和団事件」は起きない、というのが中国の政治力学だ。 指導者が毅然(きぜん)とした態度を取っている以上、メンツを立てて口出ししないのが中国人の発想である。だからこその「祖流我放」なのである。 国営新華社通信は「米中貿易戦争」の報道に際し、盛んに新造語の「共克時艱(きょうこくじかん)」をスローガンとして呼びかけている。「国家の艱難(かんなん)な時局に際し、民族が皆一つに団結して克服していこう」との趣旨だ。トランプ米政権の高圧的な態度に刺激されて、国内で急速に拡散し、国家政策だけでなく、一般企業でも「共克時艱」と愛社精神を呼びかけているのを耳にする。 つまり、ファーウェイ事件はタイミングよく「共克時艱」の契機をさらに提供したことになる。米国のスタンドプレーは、第三者の目にもフェアには映らない。敵に塩を送ったようなものだ。 興味深いのは、上からの「共克時艱」と、下からの「祖流我放」が絶妙なバランスを取っていることである。無秩序に見える中国のネット世論だが、数々の教訓を繰り返しながら、言論空間として少しずつ成熟しているようにみえる。習氏が旗を振って「国家の自信」を呼びかけているのは、まだ自信に欠けている証拠である。だが、いつの日か、本当の自信を身につけ、もはや「自信」を口にしなくなる日が来るだろう。握手するトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2018年12月1日、ブエノスアイレス(新華社=共同) 「中国の言論は全て政府や党がコントロールしている」と思っている日本人がいるとしたら、相当、自国の「官製メディア」に毒されていると反省した方がいい。隣国の変わりつつある姿から目をそらし、旧体制の中に閉じ籠もっていては、いずれ自分たちの道を誤ることになる。今や、ファーウェイへの敵視を煽るトランプ大統領の「腹の底」を見透かし、中国側の対応をじっくり観察する態度が求められている。■ ファーウェイ通信網で「世界征服」狂気に満ちた中国の妄想■ 米中貿易戦争、トランプ流は「ニセモノ大国」の市場開放を遅らせる■ 中国を狙い撃ち「トランプ貿易戦争」の本気度

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    ファーウェイ阻止、米国の不信感が招く「5G時代」の暗い影

    佐野正弘(ITライター) 中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)に関する動向が、日本でも大きな注目を集めている。発端となったのは、昨年12月にファーウェイの副会長兼最高財務責任者(CFO)である孟晩舟(モウ・バンシュウ)氏がカナダで拘束されたことだ。報道によると、米国が制裁を科しているイランとの取引に、孟氏が関与したというのがその理由とされており、拘束は米国の要請によるものだという。今年に入って、米国がカナダ政府に対し、孟氏の身柄引き渡しを正式に要請する方針を伝えたと報じられている。 その影響は米国の同盟国である日本にも飛び火したようで、米国の要請を受ける形でファーウェイなど中国企業の製品を政府調達から排除する方針を固めたと報じられている。2018年12月10日、政府は「IT調達に係る国の物品等又は役務の調達方針及び調達手続に関する申合せ」を打ち出した。その中に具体的な企業名は記されていないものの、これがファーウェイや中興通訊(ZTE)など中国の通信機器メーカーに対するセキュリティー上の懸念を念頭に置いた内容とみられている。 さらに、携帯電話大手3社も携帯基地局などのネットワーク設備から今後、中国製品を除外する方針を固めたと報じられた。こちらに関しても各社は直接的な言及を避けているが、「政府の方針に準拠する」(ソフトバンク)などと方針を示している。また、今年の携帯電話事業参入を予定している楽天の三木谷浩史会長兼社長は、12月7日に中国メーカーの通信機器を「現在のところ使っていない」と述べている。 これから莫大(ばくだい)なコストを掛けて全国に通信網を整備する新規参入事業者にとって、本来であれば低価格ながら高い性能を持つ中国メーカーの通信機器は非常に魅力的なはずだ。実際、日本でも比較的規模が小さい事業者を中心に、中国メーカーの通信機器を多く採用してきた時期がある。 2007年の新規参入事業者であるイー・アクセスは、携帯電話サービスへ参入する際にファーウェイの通信機器を採用していた。また、2010年に経営破たんしたPHS(簡易型携帯電話)事業者のウィルコムも、「次世代PHS」の導入に向けてZTEと提携し、同社の通信機器の採用を進めていた。ちなみに、両社はいずれも現在のソフトバンクへと吸収されており、それがソフトバンクと中国メーカーとの関係が強まった要因の一つとなっている。 にもかかわらず、楽天は新規参入にあたって中国メーカーではなく、フィンランドのノキア製の通信機器を採用している。そうした現状を見ても、中国メーカーが今、日本の携帯電話事業者に入り込みにくくなっていることをうかがい知ることができる。 では、実際のところ、今のファーウェイ製品にセキュリティー上の何らかの問題が起きているのか、というと実はそうではない。2018年12月、東京都内に掲示されているファーウェイのスマートフォンの看板(早坂洋祐撮影) 携帯電話のセキュリティーに関する問題例の一つとして「バックドア」が挙げられる。これは、特定の人だけが通信できる「裏口」を、製品にあらかじめ組み込んでおくという仕組みだ。例えば、携帯電話のネットワークを構成している機器にバックドアが仕込まれていれば、バックドアを仕込んだ人物が通信内容を容易に傍受できてしまうため、セキュリティー上大きな問題となるわけだ。 確かに、過去中国で製造されたスマートフォンのソフトウエアに、バックドアが仕込まれていたという事例が報告されていることから、懸念を抱く人もいるだろう。だが、これまで少なくとも日本国内においては、ファーウェイ製のスマホや通信機器からバックドアが見つかったという確固たる事例はない。ファーウェイ側も海外進出にあたっては、顧客からの信頼性を重視して、セキュリティーや安全性に関して相当の配慮をしていると、過去に筆者が取材した関係者も話している。トランプの「強い危機感」 裏を返せば、そうした具体的なセキュリティーの問題が見つけられないからこそ、米国側はファーウェイの機器が広まることを阻止するため、政治的な手法に出ざるを得なかったとみることもできよう。では、なぜそこまで強固な姿勢を打ち出し、米国がファーウェイ製品の普及を阻止しようとしているのか。一言で表すならば、やはり「5G(第5世代移動通信方式)」ということになるだろう。 なぜ5Gが重要かと言えば、携帯電話のネットワークが従来通りコミュニケーションを支える存在としてだけでなく、社会基盤を支えるネットワークインフラとして活用される可能性が高いからだ。 5Gは通信速度がより高速になるだけでなく、ネットワーク遅延が非常に小さく通信による「ズレ」が発生しないこと、そして一つの基地局に多くのデバイス(機器)を同時に接続できることの三つが、大きな特徴となっている。それらの特長を生かすことで、遠隔医療や自動運転、さらにはIT技術を活用して街全体を効率化するスマートシティー(環境配慮型都市)の実現など、幅広い用途に5Gネットワークが用いられると考えられている。 そうなると、携帯電話ネットワークのセキュリティーも大きく変わってくる。4Gまでのネットワークであれば、スマホの中に保存された情報や、通話やメールのやり取りが盗まれるなど、あくまで個々の利用者に対するセキュリティーにさえ配慮していればよかった。だが、5G時代に入り、社会を支える基盤にまで携帯電話のネットワークが入ってきたとなれば、そこに障害が起きたり、セキュリティー上の問題が発生したりした場合は社会全体に影響を及ぼすことになる。 ファーウェイ事件が浮上したのと時を同じくして、ソフトバンクが約4時間にわたってネットワーク障害を発生させたことが、多くの人々の生活や企業活動に影響を与える問題となった。現在でも、これほどの大きな混乱が起きているのだから、「5G時代」になればネットワーク障害の引き起こす混乱の規模が、より大きくなることは想像に難くない。 しかも中国は今、多くの企業が世界的に躍進していることもあって、携帯電話産業に非常に力を入れている状況だ。中でも、ファーウェイは通信機器メーカーとして首位を獲得しているし、スマホ販売でも、昨年米アップルを抜いて出荷台数シェア2位に躍り出るなど非常に勢いがある。 一方で米国には、スマホの基本ソフト(OS)を司るアップルやグーグル、そして携帯電話向けのチップセットを開発しているクアルコムなどがあるものの、通信設備に関しては大きな存在感を発揮できていない。それだけに5Gによって携帯電話のネットワークがより大きな存在になろうとしている中、ネットワークインフラ面で強みを持たず、他国の企業に頼る必要がある米国は、強い危機感を抱くようになったのではないだろうか。 ゆえに、今後も技術的に明確な根拠がないまま、ファーウェイに対する米国の不信感が続く可能性が高い。残念ながら、その影響が携帯電話市場全体に暗い影を落とす可能性は否定できないだろう。2018年11月、中国浙江省で開催された世界インターネット大会で、AIやビッグデータを利用した都市管理システムについて説明を受ける来場者(左、共同) ファーウェイはスマホや通信機器を開発する上で、米国企業から多くの部品を調達しているし、ファーウェイ製スマホが採用しているOSも米国製のアンドロイドをベースにしたものだ。それゆえ、もし米国が、2018年4月にZTEに米国企業との取引禁止を命じた制裁を、ファーウェイにも科したとなれば大きな打撃を受けるのは必至だろう。 だが、その打撃はそのまま部品やソフトウエアの販売が滞るなどして、米国経済にも大きな影響を与えることとなる。また、それに対して中国側が何らかの対抗措置を取った場合、米国企業の多くが中国で製造しているiPhoneなど多くのデバイス供給にも大きな影響が出る可能性がある。実質的に依存関係にある二つの大国が、対決姿勢を強めるほど市場全体が停滞するだけに、速やかに何らかの形で折り合いをつけてくれることを望みたいところである。■ ファーウェイ通信網で「世界征服」狂気に満ちた中国の妄想■ 米中貿易戦争、トランプ流は「ニセモノ大国」の市場開放を遅らせる■ 中国を狙い撃ち「トランプ貿易戦争」の本気度

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    トランプがファーウェイ幹部を捕らえた本当の理由

    (明治大学教授、心理学博士) 今回のテーマは、「ファーウェイ事件とトランプ流ディールパターン」です。中国の通信機器大手「華為技術(ファーウェイ)」の孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)が12月1日、米国の要請によりカナダのバンクーバーの空港で逮捕されました。孟副会長は同月12日に釈放されましたが、イランとの違法取引を行うため、米金融機関に虚偽説明をした疑いがもたれています。 ところが、米国の孟氏逮捕の本当の理由は別のところにあるようです。本稿ではファーウェイ事件における同国の思惑と、ドナルド・トランプ米大統領のディールパターンを中心に述べます。 ハイテク通信機器の分野で大躍進を遂げているファーウェイは、中国政府及び軍と連携をしており、純粋な民間企業ではありません。この分野で覇権を握る野望を抱いている習近平中国国家主席にとって、ファーウェイは中国企業の中で最重要企業の位置づけといえます。 少々乱暴な言い方ですが、米国はその企業の孟副会長を無理やり逮捕したのです。というのは、米国にとって種々のメリットがあるからです。 例えば、ファーウェイの企業イメージが低下します。さらに、米国はファーウェイの通信機器を使用すると、基地局を通じて機密情報が抜き取られる、大量のデータが盗まれるといった恐れがあると、世界に向かって警告を発することができます。 確かに、2017年の基地局市場におけるファーウェイのシェアは第1で、27.9%を占めています。従って、ファーウェイは米国の安全保障上のリスクを高める存在になり得ます。 そこで、米国はファーウェイは危険な企業であるというレッテルを貼り、同社に対する人々の警戒心を高め、不安を煽っています。ハイテク通信機器の分野で台頭するファーウェイを叩くためのストーリーを仕立てたわけです。米中首脳会談を行ったドナルド・トランプ米大統領=2018年12月1日、アルゼンチン・ブエノスアイレス(新華社=共同) つまり、制裁が科されているイランとの不正取引は表向きの理由であって、本当の理由はファーウェイ進出の阻止にあるのです。 トランプ大統領にもメリットが存在します。中国との通商協議において、孟氏を交渉材料として利用し、多くの譲歩を引き出すことが可能になりました。トランプ氏の視点に立てば、孟氏は中国に対して非常に価値の高い交渉カードです。トランプの筋書 これまでトランプ大統領は、欧州連合(EU)及び日本に対して、安全保障問題と通商協議をリンクさせて交渉を有利に進めてきました。日本に対する米国製武器購入の圧力は、正に安全保障と対米貿易不均衡の是正の双方を狙ったものです。 今回、トランプ大統領は新しい交渉の組み合わせによって、中国に対して貿易交渉で有利な立場に立とうとしています。ロイター通信とのインタビューで、孟副会長逮捕に対する介入を示唆しました。その裏側には、中国に対して刑事事件と通商協議を結びつけて、貿易交渉で中国から譲歩を引き出す意図があります。 因みに、米中貿易協議において対中強硬派のロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表は、米CBSテレビのインタビューの中でファーウェイ事件に関して、「刑事司法上の問題と通商協議は別物である」と述べ、トランプ大統領とは異なったアプローチを望んでいます。 では、トランプ大統領は具体的にどのようにして刑事事件と通商協議をリンクさせるのでしょうか。トランプ氏が描いている可能性がある筋書を1つ紹介してみましょう。 トランプ大統領はカナダ政府に対し孟副会長の身柄引き渡しを強く求めます。最終的には、カナダの裁判所が身柄引き渡しを審査し、決定するわけですが、仮に実現すれば舞台はニューヨーク連邦地裁に移ります。米国で、孟副会長は有罪になり、禁固刑が言い渡されます。 もしそうなれば、この時点で米中関係はかなり悪化しているでしょう。そこでトランプ大統領は、習主席のメンツを保ち、貸しを作るために、孟副会長に恩赦を与えます。そうすることで、通商協議で中国から最大限の譲歩を引き出せます。これがトランプ流のディールパターンです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 以下で、トランプ流パターンについて詳細に説明しましょう。 トランプ大統領には、ディールパターンが存在します。まず、自ら交渉相手に仕掛けていきます。米中貿易戦争では、トランプ氏から中国製品に対して追加関税をかけました。 次に、対決姿勢をとり、事態をエスカレートさせ、意図的に危機的状況を作ります。問題解決の糸口が見えないため、交渉相手を含めたステークホルダー(利害関係者)は不安に駆られます。日本には好都合 ところが、緊張が高まりピークに達すると、トランプ大統領は対決姿勢を弱めて、一旦引きます。例の中国に対する90日の猶予が、これに当たります。アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで12月1日、米中首脳会談を開催した際、中国製品に対する新たな追加関税の延期及び90日の通商協議の開始に合意しました。 トランプ氏との全面対決の回避を探っている交渉相手は、ほっと安堵の胸をなでおろします。このタイミングを狙って、トランプ氏は相手から多くの譲歩を引き出すわけです。 最後にトランプ大統領は「勝利宣言」を行います。バラク・オバマ前大統領、ジョージ・W・ブッシュ元大統領、ビル・クリントン元大統領など歴代の米大統領が成し得なかった偉業を自分は達成したと豪語するのです。 では、トランプ大統領は中国に与えた90日の猶予が終了する19年3月1日に、米中貿易戦争の勝利宣言を行うのでしょうか。率直に言って、その可能性は低いといえます。 知的財産権侵害、強制的技術移転、中国政府による企業への巨額の補助金、米軍へのサイバー攻撃など課題が山積しており、これらを90日間の通商協議で、すべて解決することは極めて困難だからです。しかも、中国側がこれらの諸問題に対して、トランプ大統領が満足できる提案を出せるかは、まったく不透明です。 加えて、20年米大統領選挙も絡んできます。米中貿易戦争に勝利して、次の大統領選挙に立候補する民主党候補及び共和党候補にはない業績作りをしたいトランプ大統領ですが、19年3月1日に勝利宣言を行うのはあまりにも早すぎます。というのは、再選を狙った大統領選挙は20年11月3日だからです。米中首脳会談の成果を伝える3日付の中国紙・人民日報と環球時報(西見由章撮影) 米中貿易戦争は、大統領選挙の期間、トランプ大統領にとって支持基盤にアピールできる好材料です。そこで、トランプ氏は中国に対する対決姿勢の強弱を巧みに使い分けながら、米中間に横たわる諸問題の解決を引き延ばしていく可能性が高いでしょう。 それは中国にとって非常に厄介な問題ですが、逆に日本にとっては好都合なことです。仮に来年の3月1日に米中貿易戦争における勝利宣言を行ってしまえば、トランプ大統領は20年大統領選挙に向けて日米自由貿易協定を業績の一つに掲げようと、日本に対して同協定の締結を本格的に迫ってくるからです。 結局、孟副会長逮捕と米中貿易戦争の行方は、日米貿易問題に影響を及ぼすということです。たとえ日本が次の標的になっても、トランプ流ディールパターンを見抜けば、同大統領の言動に対して不必要な過剰反応を示す必要はないでしょう。うんの・もとお 明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08~10年、12~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年及び12年の米大統領選挙においてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。著書に「オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略」(同友館)など多数。

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    「日本人に感謝」の裏に潜むファーウェイ副会長の本音

    an Press、AP=共同) 今回はファーウェイに関連して、私はふとある古い報道記事を思い出した。中国の大手経済紙「第一財経日報」に掲載された1本の論説、「『情・理・法』と『法・理・情』」。その一節を訳出する――。「中国大陸で20年以上も事業を経営してきたある香港人企業家が中国と香港の比較をする際にこう語った。中国大陸と香港は、どちらも法律、人情と道理を重視するが、ただしその順序と比重がまったく異なる。中国は『情・理・法』 香港の順序は、『法・理・情』。まず法律を重視する。企業は法律の保障を得ながらも、これらをすべて使い切ることはしない。法律を見渡して(契約の)合理性があるかないか、さらに人情があるかないかを検討し、相手方がより納得して受け入れられるように工夫するのである。 しかし、中国大陸の順序は、『情・理・法』。まずは情。親戚や知人、元上司がいるかどうかを見る。いると、理を語る番になる。理に適っていればいいのだが、理がない場合はどうするかというと、情さえあれば、無理して理を作り出し、理を積み上げ、『無理』を『有理』に変えていくのである。情があって、理があって、そこでやっと法の順番が回ってくる。法は重要だ。適法なら問題なし、みんながハッピー。違法の場合はどうするか。それでも大丈夫、法律ギリギリすれすれのグレーゾーンで何とかする。それでも難しいようであれば、みんなでリスクを冒して一緒に違法する。法は衆を責めず、法律は、みんなで破れば怖くない。(中国大陸には)数え切れない『情』があって、説明し切れない『理』がある。これらが法の均一的な実施を妨害し、法体系を弱体化させ、規則の整合性を破壊する。法の実施は人治に依存し、人の主観によって規則も変わる。法治の躯体に人治の魂が吹き込まれ、法の形骸化に至らしめる。中国の社会や経済の矛盾は、法の意志を無視し、法治を基本ルートや最終的解決法としないところから生まれる。いわゆる人情や調和に価値を追求すればするほど、適正な目的に背馳し、縦横無尽な悪果を嘗め尽くすことになる」(以上引用・抄訳) 孟氏の日記は、「日本でこんなに良いことをやったのだから、私は犯罪に及ぶ悪人ではない。人情のある善人だ。信用されてもいいはずだ」と言わんばかりのニュアンスである。しかし、既述した通り、文脈における主体である会社と個人、その所為の無関連性が明らかであって、論理がすでに破たんしていた。 つまり、「情」に訴えようとしたところで、「理」が破たんしたのである。裏返せば、理がそもそも破たんしていたのだから、情に訴えざるを得なかった。そういう状況だったかもしれない。2018年12月、中国・北京の華為技術(ファーウェイ)の店舗でパソコンを見る客(AP=共同) 気がつけば、孟氏のカナダでの逮捕は法律案件であって、「法」次元の話ではないか。さらに言ってしまえば、量刑にあたっての情状酌量の段階でもないのに、「情」や「理」を差し挟む余地はないだろう。たちばな・さとし エリス・コンサルティング代表・法学博士。1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼首席コンサルタントを務め、現在に至る。法学博士、経営学修士(MBA)。早稲田大学トランスナショナルHRM研究所招聘研究員。

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    ファーウェイCFO逮捕の日に中国物理学の権威はなぜ急死した

     カナダ当局による中国の通信機器メーカー、華為(ファーウェイ)技術の孟晩舟(もうばんしゅう)CFO逮捕を機に、中国企業と中国共産党及び人民解放軍の関係性に改めて注目が集まっている。中国の闇を“知りすぎた男”郭文貴(かくぶんき)氏は、何を話すか。* * * 日本の友人たちよ、ご機嫌はいかがだろうか? 私が郭文貴だ。本日はバカンス先のフロリダ州パームビーチから失礼する。 まずは近況からお伝えしよう。2018年12月20日、私はトランプ政権の元首席戦略官で友人であるスティーブン・バノン氏と、大規模な記者会見を開いた。 その内容はまず、『SAPIO』誌の連載でも言及してきた、中国大手航空グループ・海南航空集団の王健会長がフランスで不審死した件についてだ。本件について私は米国をはじめ各国に情報を提供しており、真相はすべて明らかとなるであろう。 また、私は会見において中国共産党の世界的拡張政策、すなわち軍拡や経済侵略・スパイ活動といった任務を担う、10社近い中国企業について実名を挙げて告発させていただいた。  すなわち、通信機器大手のファーウェイ、IT大手のテンセントやアリババ、総合企業グループの保利集団、前出の海南航空集団、保険や金融大手の平安保険グループ、軍事企業の中国兵器工業集団などの面々だ。 彼らはみな、企業の名を隠れ蓑に中国共産党に奉仕し、その海外活動において人民解放軍や中国外交部の手厚い保護を受け、また中国国家の金融政策のもとで庇護されている連中である。目下、世間の注目を集めているファーウェイCFO・孟晩舟のカナダでの逮捕事件も、そうした陰謀のなかに位置付けられている。 ファーウェイをはじめとした中国ハイテク産業の大手企業の性質を知る上で、注目するべきは、中国の核物理学の権威で米国スタンフォード大学教授であった張首晟(ヂャンショウチェン)の急死事件だ。 彼はファーウェイの孟晩舟の逮捕と同日(12月1日)に不審な「自殺」を遂げた。張首晟は単なる学者ではなく、中国国家や党内の一部派閥、軍との距離が極めて近い人物であった。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 中国は世界中のハイレベル人材を自国内に招聘する「千人計画」を2008年から実施している。巨額の報酬と引き換えに、国際的な影響力を持つ科学者らを中国共産党に仕えさせる計画であるとご理解いただければよい。これはもともと「百人計画」といい、江沢民政権下の1994年に端を発する。張首晟は千人計画の事実上の創始者であった。 千人計画は習政権が2015年に掲げた中国の産業政策「中国製造2025」も下支えしている。中国製造2025、すなわち中国共産党による科学分野での野心的な世界征服計画の中心人物の一人が張首晟だったのだ。彼や一部の在米中国人科学者たちは、海外名門校の研究者としての社会的信用を隠れ蓑とし、党の科学スパイ政策の担い手となっていたのである。 張首晟と党との距離の近さを示す事例を紹介しよう。彼は少し前に、中国国家への貢献が極めて大きな人物に与えられる国家一等貢献賞を受賞している(訳者注/2012年ごろ受賞。アリババ会長〔当時〕のジャック・マーやファーウェイCEOの任正非(レンデェンフェイ)らも受賞したとされる)。仕組まれた「自殺」◆自殺をするとは信じがたい なお余談だが、実は私も過去に2回ほど、(中国政府と)ダライ・ラマとのパイプを作ったり中英関係を修復したりした功績で国家一等貢献賞にノミネートされたが、受賞は拒否させていただいた(笑)。だが、中国政府との距離感の近さを客観的に証明するようなこの賞を、張首晟は辞退しなかったのだ。 なぜなら彼は千人計画の中心人物で、多くは党員でなければなれない中国科学院のメンバーだ。中国の国家的プロジェクトを担う、体制内にどっぷり浸かった人物だったからである。 張首晟の「自殺」は中国共産党により仕組まれたものだ。〈郭文貴氏の口ぶりは、ファーウェイの全貌を知る張氏が、米当局から捜査を受けて情報提供することを恐れ、「口封じ」のために殺されたと言わんばかりである。> 彼は敬虔なキリスト教徒で、明るい性格の人物であり、自殺をするとは信じがたい。もっとも張首晟が「自殺」させられたからといって、彼を党の被害者だと考えるのは間違っている。彼自身が党の陰謀の内部の人間だったのだから。 上海の名門校・復旦(ふくたん)大学の出身でもある張首晟は、特に党内の上海閥との関係が強かった。上海閥が中国の政府・軍・インテリジェンス・経済などの各領域において巨大な影響力を持つことは言うまでもない。 生前の張首晟の非常に親しい友人に、江綿恒という男がいる。彼は江沢民の長男で、張首晟が特任教授でもあった上海科学技術大学のトップだ。この大学は現在の「中国製造2025」の青写真を描く上で中心となっている大学である。 昨今話題のファーウェイもまた、こうした上海閥のハイテク分野の支配の一端を担う存在だ。ファーウェイの企業拡大の背景には、やはり江綿恒がいる。私も過去、ファーウェイと関係する会議に何度も出席したからよく知っているが、同社のCEOの任正非も、今回逮捕されたCFOの孟晩舟(任の娘)も、単なる企業家ではなく人民解放軍の軍人としての身分を現在も維持していると思われる。これは彼らのファミリーの背景や、株式の保有者といったさまざまな要素からも明白だ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ファーウェイについて、海外では「軍と関係があるのではないか?」などという指摘があるが、私に言わせればそれは間違いだ。彼らは「軍と関係がある」のではなく、軍の企業そのものなのである。江沢民以下、上海閥の周辺人脈らが有する利権は巨大だ。周永康(前司法・警察トップ)も曽慶紅(元国家副主席)も王岐山(現国家副主席)もこれらに連なっている。 ファーウェイの任正非や孟晩舟は、この高官たちの利権構造の運用者・管理者として、自身も巨大な利権を手にしてきた。公権力と結合したことが、ファーウェイの桁外れの発展を支えてきた。その構造は白日の下に晒されねばなるまい。●かく・ぶんき/山東省出身。国有企業職員を経て、不動産会社オーナーに。政府とのコネを利用して大成功。個人資産は最大時で約180億元(約3000億円)とも。2014年から米国に滞在。2015年1月、親交の深い馬建・国家安全部副部長(当時)の失脚後、中国には戻れなくなった。以後、中国高官のスキャンダルを告発。聞き手/山久辺参一関連記事■ ファーウェイ・ショック 日本の消費者離れが進む可能性も■ 中国で倒産500万件、失業1000万人 米中貿易戦争影響か■ 中国人が再び日本のタワマンを爆買いか 米中貿易戦争の余波■ ファン・ビンビンとアリババのジャック・マーに差し迫る危険■ 中国を激震させる男「日本の皆さんこんにちは。私が郭文貴だ」

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    習近平独裁に痛撃、中国経済「大失速」が意味するもの

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国経済の大失速の可能性が高まっている。もちろん、その背後にあるのは「米中貿易戦争」だ。昨年12月の輸出は前年同月比で4・4%減、輸入は7・6%も減少した。中国の貿易のボリュームが金額面で大幅に減少したことは、現実の経済成長率の失速を予想させるものであった。 実際に、中国政府が21日に発表した2018年の国内総生産(GDP)の実質成長率は6・6%(17年は6・8%)となり、天安門事件翌年の1990年(3・9%増)以来28年ぶりの低水準となった。内容を見ても、昨年後半からの消費低迷が影響しているのは明らかで、輸入の減少とも整合的だろう。 高度成長から「低成長の時代」に移行することにより、中国の国民や企業の期待成長率もまた引き下げられていく。米中貿易戦争が、この期待成長率の押し下げをさらに加速させるだろう。 個々の事例を見ても、中国の新車販売が28年ぶりに前年を下回ったことが象徴的だろう。ただ、これは自動車取得税の減税措置が17年末で終了したことを受けた反動減という見方が通説だ。 いずれにせよ、消費者のマインドが冷え込んでいるところに、今後、米中貿易戦争の影響が到来する可能性が大きい。輸出も携帯電話の出荷数は前年比15・6%の大幅減少だった。華為技術(ファーウェイ)など中国の通信・携帯事業への国際的な制裁や規制が強まる中で、海外での中国ブランドを敬遠する動きも今後進展する可能性がある。 貿易面での不振や期待成長率の押し下げは、中国企業の在庫調整や、生産ラインの拠点見直し、そして雇用面のリストラなどを伴っていく。リストラは、消費や投資の低下をもたらし、それはまた一段と経済成長と雇用を悪化してしまうだろう。ただし、このような悪循環は、可能性を高めつつも、実際にはまだ始まっていない。2018年1月21日、配布された中国のGDP速報値の資料を受け取る報道陣(共同) 中国政府も「防戦」に必死なのだ。まず、中国人民銀行は預金準備率をこの1年で5回も引き下げるなど、金融緩和姿勢を強めている。 財政政策においても、個人所得税の減税を強め、さらに日本の消費税に相当する増値税の引き下げ予定も伝えられている。増値税は、日本の現行のものとは違う複雑な税制になっているので単純比較はできない。それでも、消費税率の引き下げを実施する姿勢だけは、日本政府も率先して真似をすべき政策だと思う。もちろん、他の政策で習うものはないことは言うまでもない。 中国政府のこの必死さの背景には、中国共産党の一党独裁制、さらには習近平主席の「永久」独裁制を死守するという動機がある。政治体制を死守するために、経済体制をまず防衛しなければいけないわけだ。資本移動の自由に消極的なワケ 米中貿易戦争は、経済面での「戦争」だけではなく、その中核は世界政治の覇権を巡るものだといっていい。もちろん、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏が指摘するように、米中貿易戦争の行方は、トランプ大統領の「個性」に大きく依存している。トランプ大統領の「壊れた家具がごちゃまぜに詰まった屋根裏部屋」(クルーグマン氏)のような頭脳の動き次第では、米中貿易戦争の不確実性が大きく高まるというのだ。 ただ、クルーグマン氏の評価は、トランプ大統領に厳しすぎる気がしている。今のところ、米中貿易戦争に関して、トランプ大統領がツイッター上で習主席にリップサービスを行う以外で、対中交渉で妥協しているシグナルは乏しい。 むしろ、中国側が最近提案したといわれる「2024年までに対米貿易赤字ゼロ」という数値目標も、米政権を満足させるものではないだろう。トランプ政権の中長期的な狙いは、国際的な資本移動の自由化や中国国内の大幅な規制緩和、欧米や日本企業からの技術のパクリを厳しく制限するための法整備とその実効性の担保であろう。これらはいずれも経済体制の変化だけではなく、中国の一党独裁制を痛撃する可能性を持つものだ。 この点を理解するためには、国際的な資本移動を今の中国が制限している理由を考察した方が分かりやすい。その見方が「マンデルの三角形」もしくは「国際金融のトリレンマ」というものだ。「国際間のおカネ(資本)の移動が自由であること」「為替レートの変化が激しくなく、一定の水準で安定化していること」「金融政策が経済成長や雇用の安定のために利用されること」、この三つのうち、同時には二つしか選択することができないことをいう。 現在の中国は為替レートの安定化(基本的に対ドル連動)と金融政策の自律性を採用し、資本移動の自由を制限している。ただし、完全な固定為替レート制ではない。中国が海外との取引を拡大すればするほど、中国の企業も海外企業も、物やサービスだけではなく、「おカネ」の取引の自由化を求めるようになる。それが先進国経済の基本的な進路でもある。 資本移動の自由が段階的に行われるようになると、対ドルに完全に連動することは困難になる。そのため、現在では、基準レートの上下である変動を許す「準固定為替レート制」になっている。 ただし、為替レートを中国政府がコントロールしたい動機は健在である。その背景には、習近平体制の権益があると以前から指摘されている。輸出企業やそれによって潤う人たちが、彼の体制を維持しているわけだ。 そのため、中国通貨である元が安い方が輸出には有利だ。つまり変動為替レート制への移行は、現在の政治体制を不安定化させかねない、という解釈だ。G20首脳会合の記念撮影に臨む中国の習近平国家主席(左)と米国のトランプ大統領=2018年11月30日、ブエノスアイレス(共同) また、国際的な資本移動の自由化に消極的な姿勢も、似た理屈で説明できそうだ。つまり、海外へのおカネの移動は制限されているが、人脈など既得権階級のコネに頼れば、海外へ資産を移動できるし、投資も可能になる。このような特権階級の「旨味」が、資本移動を自由化してしまうと消滅する。これもまた今の政治体制を不安定化してしまうだろう。 米国は今後、これらの中国政治と深く結ばれた経済的な既得権を破壊するところまで、貿易戦争を進めるだろうか。その鍵は、中国がどう変化していくかにある。■米中貿易戦争、トランプ流は「ニセモノ大国」の市場開放を遅らせる■中国を狙い撃ち「トランプ貿易戦争」の本気度■2049年「習近平の夢」は96歳で完成する

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    ファーウェイ通信網で「世界征服」狂気に満ちた中国の妄想

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の孟晩舟副会長兼最高財務責任者(CFO)が、米当局の要請によってカナダで逮捕された。それ以来、米中貿易戦争の激化を懸念して、事件発覚後から週明けまでの東京株式市場は大きく株価を下げた。 米中貿易戦争の核心は単なる経済問題ではなく、両国の安全保障にかかわる問題であることが明瞭になっている。もちろん、安全保障の問題になれば、同盟国である日本やカナダ、欧州、オーストラリアといった国々にも、その影響は波及する。 ファーウェイは年間の売上高が10兆円に迫る巨大企業で、スマートフォンや携帯などの通信インフラでは世界でダントツのシェアを誇る。また、スマホ単体でも、出荷台数で米アップルを抜き、世界一の韓国サムスン電子に迫る勢いである。 筆者も渋谷の繁華街を歩いたときに、「HUAWEI」と大きく打ち出されたスマホのポスターを頻繁に目にした。それだけ勢いのある企業である。だが同時に、以前から中国人民解放軍や中国共産党との密接な関係を疑われていた。 それは、同社の通信機器に「余計なもの」、つまり中国政府や軍などに情報を抜かれる恐れのある何らかのチップが入っていると懸念されていることが原因である。本当だとしたら、あまりに露骨なやり口ともいえる。米国ではいち早く、これらの懸念があるファーウェイや中興通訊(ZTE)の製品を、政府機関や関連企業が利用することを禁止する法案が可決された。これは米国の国防予算やその権限を定める国防権限法の一環であった。 米国が始めた流れに、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、英国などが追随、日本もそれに倣う方針を固めた。日本でも、実質的にはファーウェイなど中国通信企業の締め出しが既に行われていたようだが、政府調達から締め出す構えを公式に認めた。2018年12月6日、北京にある華為技術(ファーウェイ)の店舗で、同社のコンピューターに映し出された最高財務責任者、孟晩舟容疑者の画像(AP=共同) 中国政府は、日本に対して強烈な抗議を行ったという。また、米国とカナダに対し、拘束されている孟氏の釈放も要求している。孟氏が逮捕された理由は、取引を禁止されているイランとの交易や詐欺などの理由だという。 通常、政府が個々の経済犯罪について、身柄を釈放するように抗議することはしない。例えば、ルノーの大株主であるフランス政府でさえも、日本に対して、同社会長のカルロス・ゴーン容疑者の釈放を訴えるようなバカなことはしていない。言い換えると、それだけこのファーウェイ関連の問題が、中国政府ぐるみのものであることを明らかにしているといえよう。中国がもたらす「負の外部性」 中国政府のやり口は、米国に代わって世界的な覇権を目指し、その政治的・経済的な権力を中国共産党のもとに統一するという「一大妄想」に基づいている。経済的な権力の手段としては、次世代の通信インフラの支配や、巨大経済圏構想「一帯一路」などがあるだろう。両方とも、アジアやアフリカ諸国を中心にして、その成果はかなり上がっていた。 通信インフラも一帯一路によるインフラ整備も、ともに国際的な公共財のネットワークを構築することにある。通常、この種の国際的公共財のネットワークは、各国の国民に恩恵をもたらすものなのだが、中国中心の国際公共財供給は、もっぱら「ネットワークの負の外部性」をもたらすと断言していい。簡単に言うと、自由で民主的な社会が中国によって危機に直面してしまうのだ。 「ネットワークの外部性」とは、ある財やサービスを利用するときに得る個人の利益が、他の人たちも利用すればするほど増えるというものだ。一例として、英語の国際的利用が挙げられる。 英語を使う人が増えれば増えるほど、一人ひとりが英語を使う効用が増加していく。英語さえ学べば、いろんな国でビジネスや観光がしやすくなるという効果だ。これは特に個々人にもたらす便益を社会全体の便益が上回っているので「正の外部性」という。 ところが、通信インフラのようにこの種のネットワークの外部性が大きいと、特定の企業だけが市場のシェアを奪うことが頻繁に起きやすくなる。ファーウェイもその教科書通りの展開で、このネットワークの外部性に伴う独占力の奪取を実現してきた。 しかし、ここで大きな問題が出てくる。経済学者の早稲田大の藪下史郎名誉教授は、以下のように指摘している。 情報通信技術におけるネットワーク外部性が、参加するすべての人に便益をもたらす反面、その市場に独占的地位を生み出す可能性があると論じたが、同様にネットワーク外部性はある思想や理論が支配的になると同時に、それらに独占的地位を与えてしまう可能性もある。『スティグリッツの経済学 「見えざる手」など存在しない』東洋経済新報社 今回のケースでいえば、ファーウェイなどによる通信インフラ構築を通じて、「中国の覇権」というイデオロギーを世界に流布することだろう。中国政府が国内で行っている「監視社会化」や、ウイグル自治区などで進める「集団的な洗脳」を見れば、それがいかに自由で民主的な社会の脅威であるかは明らかである。2018年12月、北京にある華為技術(ファーウェイ)の店舗で、スマートフォンを操作する客(共同) しかも、詳細は明らかではないが、ファーウェイの通信機器にある「余計なもの」を通じて、われわれの私的情報が効率的に集められてしまう可能性もある。そうなれば、中国共産党による世界市民の支配につながってしまう。「世界征服」など妄想にすぎないと思うが、それを真顔で進めていく国の狂気は、いつの時代も世界の脅威となるのである。■ 「孤絶化による洗脳」人権圧殺国家、無視できないメディア規制■ 「中国五千年のウソ政治」石平氏の視点は実にユニークである■ ノーベル賞候補の日本人研究者はなぜ中国と韓国を目指すのか

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    「孤絶化による洗脳」人権圧殺国家、無視できないメディア規制

    臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 安倍晋三首相は、25日から3日間の日程で訪中し、習近平国家主席ら中国首脳と会談を行う予定である。日中友好平和条約が発効して今年で40年の節目を記念したもので、日本の首相としては約7年ぶりの訪中となる。前回は民主党政権の野田佳彦前首相の時代だったので、もちろん第2次安倍政権では初となる。 安倍首相の訪中としては、第1次安倍内閣のときの2006年10月における「電撃訪問」が思い出される。当時の胡錦濤国家主席と対談し、そこで「戦略的互恵関係」や、共同プレス発表という形で「日本の戦後の平和国家としての歩み」を評価したことで知られる。 後者の「平和国家としての日本の歩み」を評価したのは、中国側からすれば最大限のリップサービスだったのだろう。その後、中国側の尖閣諸島周辺への侵入が常態化していくことを想起すると、中国側の「譲歩」の後には「ごり押し」や無法行為が待っているようにも思える。 今回の訪中は、トランプ政権との「米中貿易戦争」の真っただ中で行われるために、国内的な関心も高く、国際的にも注目されているだろう。しばしば、米中貿易戦争では、日本が漁夫の利を得ると報道される場合がある。今回の訪中もそのような文脈でとらえる論調もある。だが、それは大きな誤りだろう。 最近の中国が明らかにしているのは、自由で民主的な社会の価値観とは全く異なる国家権力の膨張である。つまり、中国的ルールをもとにした監視社会、尖閣諸島や南アジア、インド洋、アフリカなどで展開されている大国主義的活動、不透明な経済体制である。「異質」という表現よりも、日本や欧米主要国と対立し、むしろ抗争的な価値観を実行している国家といっていいだろう。 一言で表現すれば「人権圧殺国家」だろう。新疆ウイグル自治区では、イスラム系住民を中心に約100万人が拘束され、「行方不明」になり、収容所で「再教育」を受けている。 彼らは「洗脳施設」に収容され、自分たちのアイデンティティーである民族的誇りや宗教的信条を奪われ、常に監視状態に置かれるという。まさにディストピア(反理想郷)である。2018年9月、「東方経済フォーラム」全体会合で、中国の習近平国家主席(左)と並んで入場する安倍晋三首相(代表撮影) 日本のメディアでは、ウイグルでの人権弾圧をあたかも「右派」や「保守」の専売特許のように認定し、単なる「中国嫌い」とでもいうべき言論として扱うおかしな識者もいる。まったく見下げた論評だ。「監視社会」三つの要素 例えば、反トランプ的な言論を展開している米国の主要メディアも、ウイグルでの人権弾圧を厳しく批判し、米国世論の形成に寄与している。先のペンス副大統領による中国政府への批判スピーチにもこのウイグル問題などが含まれているのは、その成果の一つでもあったろう。 中国政府の人権抑圧的な監視社会は、実に巧妙に運営されている。もちろん、欧米や日本でも監視社会の危険性は今までも議論されてきた。日本では、繁華街での監視カメラの設置をめぐって論争が起きたこともある。 だが、中国の監視社会は、質的にも量的にも同列には論じられないのは自明だ。それは、主に三つの要素から成立している。表面的に「自由」なコミュニケーション、長期間の孤絶化、プロパガンダ(宣伝)を伴った「謝罪」や「幸福感」の表明である。 経済学者で香港大のベイ・チン准教授、ストックホルム大のダーヴィド・ストロンベルグ教授、南カリフォルニア大のヤンフイ・ウー准教授らの研究によれば、中国政府はソーシャル・ネットワーキング・システム(SNS)を厳しく事前検閲するよりも、むしろかなりの程度「自由」に泳がせていると考えている。 これは日本での常識とは、かなり異なる印象を受ける。SNSではないが、最近では国際刑事警察機構(ICPO)の孟宏偉総裁が長期間失踪したニュースを伝えるNHK海外放送がブラックアウト(画面がまっ黒になる)し、放映が一時中断したような中国政府の事前検閲をしばしば目撃しているからだ。 だが、ストロンベルグ教授らは、中国政府は厳しい事前検閲をするとSNSで利用すべき情報が取れないと考えているようだと指摘している。むしろ、厳しい事前検閲よりも、SNSの情報を利用して、デモや地方政府の汚職の情報を収集し、事後的にそれらを処罰した方が効率的だと考えているようだと、中国政府のやり口を解明している。 つまり、表向きは「自由」にSNS上でコミュニケーションさせるのだ。ストロンベルグ教授らによると、この表向き「自由」なSNSの活用により、デモや反体制集会をほぼ開催前日に政府が感知できるとしている。2018年7月、ウイグル族が集住するカシュガルの「旧市街」で、警察に促され記者の前で民族の踊りを披露する女性=中国新疆ウイグル自治区(共同) さらに、国際的女優、ファン・ビンビン(范冰冰)や前述した孟宏偉氏のケースでも明らかなように、その社会的地位を問わず、中国政府は拘束し拉致・監禁して尋問を展開する。それは、まさに周囲の人間から見れば「失踪」に等しい。この「失踪」の手法により、その人を社会的な関係から遮断し、情報を閉ざす中で、孤独を深め、ついには、自分が何者からも見捨てられた状態であると絶望を植えつけていく手法を、中国政府は自国民に強要しているわけである。 この手法を、政治哲学者のハンナ・アーレントは主著『全体主義の起源』で、全体主義国家の常套(じょうとう)手段である「孤絶化」であるとしている。ウイグルの強制収容所は、その大規模かつ徹底的なこの孤絶化の実行と考えられる。まさに人権のジェノサイド(集団殺害)である。しかも、精神への暴力だけでなく、身体への暴力の可能性も否定できない。「人権圧殺」押し付けの兆候 この個人を社会関係から見捨てられた状態にする「孤絶化」は、同時に全体主義的な国家にとって、洗脳とプロパガンダの機会としても利用されている。何とも逆説的だが、人々から見捨てられ、そこに救いを求めることができなければ、弾圧している政府そのものを「救世主」として見なしてしまうのである。 米CNNの報道では、ウイグルの強制収容所で「再教育」を受けている人たちが「幸福感を増した」とする収容所の当局者の発言を伝えている。まさに欺瞞(ぎまん)そのものなのだが、おそらくこの収容された人たちの「幸福感」は本当かもしれないところに、精神の地獄を感じる。そこまで精神的に追い込まれているのだろう。洗脳の恐ろしさが顕著に分かる事例だ。 先のストロンベルグ教授らは、SNSが政府のプロパガンダを流す手段として有効利用されていると指摘していた。もちろん、テレビや新聞などの旧来型メディアも政府のプロパガンダに巧妙に利用されている。ファン・ビンビンが巨額の脱税を「懺悔(ざんげ)」したのは代表的な事例である。汚職摘発キャンペーンも、もちろん習近平体制を支える重要なメディア戦略である。 このような「人権圧殺国家」との外交は、用心するに越したことはない。この人権圧殺が中国国内だけではなく、各国の国民にも及ぶ可能性があるからだ。 事実、その兆候はある。中国高官が自民党などの国会議員の前でメディア規制を唱えたことは無視すべきではない兆候だ。海外の大学出版局に対して、事実上の言論統制を試みたこともあった。 それらはまだ小さい可能性だが、中国政府のやり口は、まずは小出しにして、力を得れば一気に強権を実行している。つまり、これらのシグナルは無視すべきではないのだ。 評論家の石平氏は、中国の政治体制の危険性に注意を向けた上で、訪中した安倍首相が中国の策略に乗らないように警告を発している。マレーシアやモルディブなどでは反中国的な政権が誕生し、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」の頓挫が伝えられている。2018年10月、日中与党交流協議会の閉幕式に出席する自民党の二階幹事長(左)と中国共産党の宋濤中央対外連絡部長 そのような情勢の中で、中国政府が安倍首相にこの一帯一路への支援を求める危険性と、さらにトランプ政権と日本との離反を仕向ける罠があると指摘している。石平氏の論説には、全くうなずける。 もちろん、外交はケンカをする場所ではないし、最初から口ケンカをしに訪中すると考えるのは単純な思考でしかない。要するに、中国の「人権圧殺国家」としての性格、そして大国主義的な振る舞いに十分に気を付けて、余計な言質を与えないことが今回の外交の必要最小限の前提である。その上で、中国の「人権圧殺国家」、大国主義の振る舞いに国際的警鐘を鳴らすことも、日本政府にとっては重要な課題なのである。

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    中国軍が月に軍事宇宙基地建設しサイバーテロを行う懸念が出る

     昨年12月中旬、中国初の無人月探査機「嫦娥3号」が月面軟着陸に成功した。 月にはウランやチタン、核融合に利用できると期待される「ヘリウム3」などの資源が豊富に埋蔵されている。特にヘリウム3は2万~60万tあり、すべて採取できれば世界で使われる電力の数千年分のエネルギーをまかなえるといわれる。月の資源開発に成功すれば、米国やロシア以上の成果である。ただし、多くの専門家は、この計画はコストがかかり過ぎて採算がとれないと否定的だ。 むしろ習近平指導部が重視しているのは科学技術の軍事転用である。月探査プロジェクトを担当する姜傑・総設計士は、宇宙開発の技術がミサイルの遠隔操作や地球上の定点監視システムに応用できると指摘する。また、中国の軍事専門家、李大光氏は中国紙「環球時報」に、「月探査プロジェクトは中国軍のミサイルシステムの精度向上に大きく貢献する」とコメントしている。 北京の夕刊紙「北京晩報」は昨年12月初旬、宇宙問題の専門家の話として、中国軍は建国100周年に当たる2049年までに月に軍事基地を建設する計画を立てていると報じた。また、宇宙ステーションの建設や、宇宙基地からのサイバーテロなども研究されているといい、宇宙を舞台に世界一の軍事大国の座を目指しているともいわれる。 習近平が月面着陸を祝って宇宙飛行制御センターを訪れた際、李克強らのほか、軍から許其亮、範長龍の両中央軍事委副主席、さらに習近平の腹心で軍事開発や兵站部門を担当する張又侠・中央軍事委員の3人が同行していたことからも、軍と宇宙開発が表裏一体なのは明らかだ。中国初の無人宇宙実験室「天宮1号」のイメージ(中国有人宇宙プロジェクト弁公室提供・共同) 中国の場合、日本や米国などの民主主義国家と違い、これらの軍関連予算は国会(中国では全国人民代表大会)の承認を受ける必要がない。実際の軍事予算は全人代で承認される3倍から5倍ともいわれており、その実態は明らかにされていない。 近い将来、気が付いたら中国軍が月に軍事宇宙基地を持ち、世界中のコンピューターを自由に操っているという事態が現実になっている可能性もある。■文/ウィリー・ラム 翻訳・構成/相馬勝関連記事■ 【キャラビズム】中国は宇宙基地と宇宙船・神舟9号で宇宙戦争へ■ 中国軍 海南島に原潜秘密基地建設で南シナ海での対立激化か■ 中国 2049年の「月面軍事基地建設」と資源獲得意志を表明■ 中国軍が2万人規模の軍事演習実施 北朝鮮意識かとの指摘も■ 北朝鮮の韓国主要公共機関への大規模サイバーテロを識者予測

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    ファン・ビンビン巨額脱税、中国当局が狙い撃つ人気女優の利用価値

    たのか、それとも軍の陰謀に利用されているのか―。杳(よう)として行方が分からなくなった女優をめぐり、中国のソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)では8月ごろから盛んに怪情報が飛び交った。 もっとも、ファン・ビンビンという名前を聞いても多くの日本人にはピンとこないかもしれない。だが、ハリウッド映画『X-Men:フューチャー&パスト』や『アイアンマン3』に出ていたアジア系の女優といえば、何となく顔が思い浮かぶのではないだろうか。 その国際派女優、ファンの問題が、今では日本のお茶の間でも身近な話題となった。失踪の理由が脱税であること、欧米メディアが先行して報じ始めたからである。 ファンの年収が50億円近いということも衝撃を与えたに違いないが、中国のメディア関係者によれば、「本当はその3倍、4倍であっても不思議ではない」という。 いったい何が起きたのか。「今年6月2日を最後に彼女の微博(ウェイボー)が更新されなくなり、8月から騒ぎになり始めました。同じころ彼女のパートナーでやはり有名男優のリー・チェンのアカウントまで更新されなくなったのです。犯罪絡みであれば警察が放置するはずはなく、やはり当局の何かしらの捜査対象となったと見るのが自然でしょう」(同前) 結局10月に入り、当局がファンと関連会社による約1億4千万元(約23億円)の脱税を認定、追徴金など約8億8千万元(146億円)の支払いを命じたと、国営新華社通信が報じた。ファンも微博で「法律を尊重すべきだった」と6000万人のフォロワーに向けて謝罪した。 では、なぜこの時期に彼女がピンポイントで狙われたのか。まず飛び交ったのが政争への巻き込まれや軍の関与だった。だが、そんな大げさな話ではなかったのである。中国の人気女優、ファン・ビンビン(范冰冰) というのも、彼女を名指しこそしていないが、実名で脱税を告発した人物が存在し、その影響がファンに及ぶことは早くからSNSで話題となっていたからだ。 前出のメディア関係者が語る。「元CCTV(中国中央テレビ)の人気キャスター、崔永元氏の告発です。彼はCCTVに在籍中から、メディアの中で芸能界に横行する不正なお金の流れを告発するための資料を大量に保管していて、今回、その一部を暴露したといわれています。告発の動機は芸能界への恨みです」習近平が意識した「相手」 また、関係者はこうも語った。「崔氏は、もともと『国民的』とも称される人気キャスターだったのですが、キャスターをスキャンダラスに描いた映画『手機』のモデルにされたことで精神をやられ、最終的には職を辞すことになってしまった。それだけでも恨み骨髄なのに、そのグループが新たに続編の『手機2』を制作する予定だと知り、怒りが爆発したようです。攻撃の本命は映画監督の馮小剛(フォン・シャオガン)と、エンターテインメントビジネス界の雄、華誼兄弟伝媒(フアイー・ブラザーズ・メディア)グループの王兄弟ですが、彼女も一味と見なされたのでしよう」 SNSでは、告発直後の6月にファンが崔氏に「あなたがそんなに傷ついていたとは知らなかった」と泣いて電話があり、それに対し崔氏が「知らないはずないだろう」と冷たく突き放したという話も流れている。いずれにせよ、これほど堂々と不正が告発されれば、ただで済むはずはなかった。 しかも崔氏の告発は、後付けながら当局にとって実に利用価値のあるものとなったという。別のメディア関係者が語る。 「中国はちょうど各地の税務局を国税局と一体化させる組織改革方案を7月20日付で発出したばかりで、新組織の船出に勢いをつける材料を探していた。そこに降って湧いたのがファンの事件ということです。組織改革の目的は、中央のコントロールの強化ですから、北京は勢いづくことでしょう」 また、高額所得者の象徴である芸能界のスターからきっちり税金を取り立てたことは、中国がさらに力を入れる所得の再分配にも追い風となる。 中国は今後の社会と経済の安定のために中小企業への手厚い保護と中間所得層の拡大を目標として定めている。前者の目的のため、8月20日には第1回となる中小企業発展促進会議を行っていて、また後者については低所得者のために大幅な減税に着手している。 中国の納税者を可処分所得に従って5分割して、下から3段階を対象に減税を行っているのだ。「中国を過去に逆戻りさせた」と表現される習近平国家主席の政策は、常に「持たざる者」を意識して進められてきたが、その大きな流れから見た通り、ファンの脱税にも厳しい裁きが下されたわけである。中国の人気女優、ファン・ビンビン(范冰冰) ただ、問題はファン一人が断罪されても収まらないという。 「告発は芸能界の裏の体質を白日の下にさらしてしまった。当然類は他のスターたちにも及ぶでしょう。芸能界をはじめすべてのエンターテインメントビジネスにかかわる人々は、今やもう戦々恐々です。飛ぶ鳥を落とす勢いだった華誼兄弟も、当初こそ崔さんに反論していましたが、もうすっかり静かです」 中国では映画の興行収入が日本の4倍を超え、数年で米国をも追い抜くと騒がれてきたが、その絶好調の映画界では、これから非常に冷たい風が吹き荒れることになるのだろう。

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    中国五千年のウソ政治」石平氏の視点は実にユニークである

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 評論家、石平氏の最新作『中国五千年の虚言史』(徳間書店)は、現代中国の政治状況に対する痛烈な批判の書になっている。何より、本書の題名からして一つの「ウソ」が込められている。 そもそも、中華の地は歴代さまざまな異民族支配を受けてきた歴史があり、また王朝や支配者の交代を繰り返してきたわけで、一貫した体制が維持されてきたわけではないのである。つまり、しばしば呼称される「中国五千年」自体が一つの大きなウソなのである。これを書名にした石平氏と出版社の、皮肉というか批判精神は本書を最初から最後まで通底している。 本書は「永久独裁」を目指している習近平国家主席とその政権に常に批判的である。それは中国だけではなく、「中国的なもの」が次第にまん延してきている、日本を含む世界の状況への批判にもなっているのである。 本書では中国最初の統一王朝となった秦(しん)から現代までの、権力者たちの何度となく繰り返されるウソと大ウソ、それによる権力の簒奪と堕落、そして交代というワンパターンが鮮烈な筆致で描かれている。 例えば、数千万人が飢え死にしたといわれる毛沢東による「大躍進政策」のエピソードを見てみよう。当時の地方政府の役人たちによるウソのつきぶりは全く笑えない。 毛沢東の独裁者ならではの無謀な要求を、自分たちの評価を高めようと実際よりもコメの収穫量をけた外れに申告する。そして法外な収穫量が明らかに疑わしいにもかかわらず、政治的な保身や打算により、当時の専門家やメディアはこぞって、このウソを全国民に喧伝(けんでん)していった。 こうして、コメは過大な収穫量に応じて、中央政府に税として徴収され、その結果、猛烈な飢餓が実現してしまったのである。これは自然災害ではなく、まさに政治のウソが招いた人災である。 アジア人で初めてノーベル経済学賞を受賞したインドのアマルティア・センは、このような飢饉(ききん)を「権原」によるものであると指摘した。つまり、実際には豊富な食糧があるにもかかわらず、国民の大多数はその食糧を得る権利が、政治的にも経済的にもないのである。評論家で拓殖大学客員教授の石平氏(春名中撮影) このような状況は、300万人の餓死者を出した1940年代のベンガル大飢饉、そして数百万人の餓死者を出した90年代の北朝鮮の大飢饉などと、全く同じ構図である。その構図とは真実、この場合では「食料が実は豊かにあること」を知らせず、ウソを流布することで国民の大多数を死に至らしめる政治の在り方である。 しかも、このウソによる民衆の苦境や、権力の醜い交代劇は、中国の歴史の中に何度も何度も反復して現れるのである。それはなぜだろうか。「人治」こそ中国の常識 ここに石平氏の実にユニークな視点がある。このウソに基づく中国政治の在り方には、その根本に政治制度自体の改革を目指すのではなく、あくまでも時の権力者の人格に「徳」を求める儒教主義的な政治観があるということである。 この儒教にのっとった「人治主義」的な見方は権力者たちだけではなく、広く中華に住まう人たちに共通して抱かれている。極めて強い「常識」となっているのである。 時の権力者たちは、本当のことはさておき、自らが儒教的精神のかなった徳のある統治者であると「偽装」する必要性が生じる。ウソでも何でも民衆を信じ込ませないと、自分の権力者としての地位が危ないからだ。 特にウソがばれたり、徳がないとみなされると、新しい権力者に取って代わられることもやむを得ない。むしろ、それが必然であることが、中国社会の「常識」になっている。このような権力者の交代劇を「易姓革命」という。 「革命」を避けるためには、ともかくウソでも偽善でもいいから、歴代の支配者たちは自分が高潔な人格であることや、腐敗を退治することを家臣や民衆にアピールしてきたのである。ただし、実際には政治的ライバルを粛清するだけであった。もちろん、石平氏がこのような欺瞞(ぎまん)に満ちた政治の交代劇に、極めて批判的なのは言うまでもない。 例えば、習主席は、政治家や官僚たちの腐敗追及キャンペーンで自分の業績を顕示してきた。その「徳」によって、彼は無期限の国家主席の座を得ようとしてきた。 だが、この腐敗追及キャンペーンがそのような独裁体制の強化の手段であり、極めて偽善的なものであることを、石平氏が本書でも痛烈に批判している。いわゆる「パナマ文書」で習主席のファミリーが海外で膨大な蓄財をしていると指摘されると、中国は「パナマ文書」に関する国内での報道や言及を厳しく規制した。つまり、政治的な徳を満たすことができるのか疑いの目を向けられることを、習主席と中国政府は極端に恐れているのである。 もちろん、このような政治的構図自体は、まだ従来の人物の「徳」が本当にあるかないか、なければ「革命」で政治権力を交代させるという、従来の「中国政治劇」の再演でしかない。問題は権力者の性格ではなく、むしろ政治や経済制度の改革にある。北京市内に掲げられた中国共産党の習近平総書記を「核心」として結束を呼びかけるスローガン(共同) この視座について、ノーベル平和賞を受賞した中国の民主活動家、劉暁波氏と石平氏の視点は大きく交差している。劉暁波氏は現在の中国政治を「ポスト全体主義体制」として批判した。だが、あくまで人治主義的な観点での批判ではなく、政治体制の漸進的で民主的な改革を唱えたのである。しかし、このまっとうな批判は、中国「ウソ政治」の伝統の信奉者から猛烈な反発と弾圧を招いたことは多くの人が知ることだろう。 石平氏の著作は、しばしば日本のリベラル派から大きな誤解で見られている。だが、彼の著作や発言に通底している「人々をウソにまみれた政治から自由にしたい」という情熱は、より正当な評価を受けるべきではないだろうか。

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    「トランプに2期目はない」中朝蜜月で変わる非核化ゲームの行方

    重村智計(東京通信大教授) トランプ米大統領は8月1日、中国製品への経済制裁「第3弾」の発動を指示した。北朝鮮はこの「米中貿易戦争」泥沼化を歓迎している。米中首脳による「戦争ゲーム」が北朝鮮への制裁を減圧し、米中朝の「非核化ゲーム」を大きく変質させたのである。 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は、朝鮮戦争休戦65周年(7月27日)を記念し、中国人民志願軍烈士陵園に参拝した。金委員長の訪問は2013年以来5年ぶりだ。中朝関係が好転すると、北朝鮮の指導者は地方にあるこの墓苑を訪問し、平壌の記念碑も整備する。反対に、関係が悪化すると放置した。実にわかりやすい。 北朝鮮は「中ソ・イデオロギー戦争」時代に、中国と旧ソ連の間を行き来して支援を得る「振り子外交」を得意とした。この戦略を「米中貿易戦争」でも展開しようとしている。 米朝関係は、3月末の中朝首脳会談までは、トランプ大統領が主導権を握り、「北朝鮮の『完全な非核化』」への期待が高まった。ところが、中朝首脳会談後に北朝鮮の姿勢が急変した。トランプ大統領は「中朝首脳会談後に北の姿勢が変化した」と批判し、一度は米朝首脳会談の中止に踏み切った。 最近の中国は、北朝鮮の石油密輸の「瀬取り」への制裁に反対するなど、それまでの米中協力の姿勢を変えた。米朝関係と米中関係が明らかに変わったのである。トランプ大統領は、中国が「米中貿易戦争ゲーム」で北朝鮮を利用している証拠を握ったという。そこで中国は、貿易戦争を緩和すれば、北朝鮮への追加制裁にも協力するとの駆け引きを見せたのである。中国の習近平国家主席(左)と握手する金正恩朝鮮労働党委員長=北京・釣魚台国賓館(朝鮮中央通信=朝鮮通信) 中国は「瀬取り」を明らかに放置している。その背後に何があったのか。米国務省の高官は、3回にわたる中朝首脳会談で、習近平主席は「トランプへの非協力」に姿勢を変えたという。その証拠に、米国は中朝首脳会談の内容を入手しているというのである。 それによると、習主席は「金正恩体制の維持は保証する。そのため、10年間に1千億ドル(約11兆円)の支援を実施する」と約束した。韓国政府によると、北朝鮮の国内総生産(GDP)は約3兆円であり、中国は毎年その3分の1の支援をすることになる。 裏にあるのは、日米が制裁を強化しても心配するなとの中国の「保証」だ。つまり、「瀬取り」密輸こそが支援の始まりだったのである。さらに、中朝国境の人の往来や北朝鮮労働者の移動も黙認された。 また、中朝首脳がすでに合意した「朝鮮半島の非核化」について、「確実に実現してほしい」と伝えた上で、「10年の時間をかけてもいい」と述べた。要するに、習主席が退任するまでに非核化すればいいという意向だろうか。 習主席は「北朝鮮が数年で非核化できない事情はわかる」と語り、「数年内の非核化には、北朝鮮軍が納得せず、クーデターの危険がある」との理解を示した。また「中国は決してクーデターを支持しない」とも伝えていた。 米メディアは7月末に、北朝鮮が大陸間弾道ミサイル(ICBM)の製造を継続しているとし、「北朝鮮に非核化の動きはない」と報じた。これは「非核化」に反発する北朝鮮軍部の「不満」を抑えるための「製造継続」の妥協策だろう。「トランプの2期目はない」 習近平発言は、金委員長と朝鮮人民軍の関係について、「完全非核化」をめぐり緊張関係にある事実は知っている、との脅しだ。知った上で、金委員長を支持するとの立場を表明したのである。 また、中朝の首脳は「トランプ大統領の2期目はない」との見通しで一致し、「あと2年半時間稼ぎすればいい」との判断を確認したという。金委員長は中国の巨額支援と体制保証で安心したのか、対米姿勢を変えたわけである。 6月12日、トランプ大統領は金委員長との首脳会談後の記者会見で、ポンペオ国務長官が直ちに平壌に向かい、非核化の具体的な交渉を始めると明らかにした。 ところが、国務長官の訪朝までおよそ1カ月の時間がかかった上、金委員長と会見できなかった。さらに悲惨だったのは、北朝鮮外務省の報道官は国務長官訪朝直後に談話を発表し「ポンペオ長官の態度は強盗的だった」と非難した。なんとも失礼な対応である。 北朝鮮の姿勢変化を受け、トランプ大統領は「非核化交渉に期限は設けない」と述べ、ポンペオ長官も「交渉には時間がかかる」と議会で証言した。これは、習主席の「非核化を急がなくていい」との発言を、米首脳が入手していた事実を示唆するものである。 そして習主席は、金委員長が9月の国連総会に出席し、世界に向けて演説すれば「制裁解除」の空気が生まれるとアドバイスした。その際に第2回米朝首脳会談を行うように勧め、米朝関係改善も支持したという。理由として「北朝鮮は、中国の属国にはなりたくないだろう。そのために、米国との関係改善を必要とするのは理解できる」と述べ、金委員長を感激させた。中国の習近平国家主席(右)と談笑する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=5月、遼寧省大連(朝鮮通信=共同) 中朝蜜月化と「非核化交渉」の停滞は、日朝関係と拉致問題解決にも影響を与えそうだ。北朝鮮が日朝関係改善を必要とするのは、1兆円とみられる経済協力資金が狙いだ。ところが、中国が毎年1兆円以上の支援をすると、日本の資金への期待が失われてしまう。 北朝鮮の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は最近「拉致問題は解決した」との論評を掲載した。拉致問題の解決よりも日朝国交正常化を優先させようとの戦略だ。これに呼応するように、日本でも超党派の「日朝国交正常化推進議員連盟」が活動を活発化している。北朝鮮からの工作に呼応している、とみられても仕方がないだろう。 北朝鮮が中国から多額の資金を導入すれば、現代版シルクロード経済圏構想「一帯一路」のようにいずれ膨大な借金となり、中国に従属せざるをえなくなる。それを避けるためにも、日朝国交正常化が必要だからこそ、「拉致問題は解決した」と主張しているのである。北朝鮮の手口に決して騙されてはいけない。「拉致より国交正常化」と主張する政治家や日本人は北朝鮮の手先で、「売国奴的」と非難されても当然なのである。

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    中国の政治工作にイチコロ」こんな生ぬるい沖縄知事選は嫌だ!

    に保守政治家にあったということがわかる。 だからこそ、現在の沖縄では私心のない謙虚な人物でなければ、中国の政治工作にイチコロで、とても知事は務まらないというのが現実だ。知事選前の沖縄は、そのような状況下にあるということを前提に「保守分断」を分析する必要がある。最悪の場合、保守系候補だと思って心血を注いで応援していた候補が当選後に豹変(ひょうへん)し、オール沖縄のコントロールを受ける政治家になる可能性もあるということだ。 さて、沖縄は安全保障の要であると同時に、日米同盟の最重要拠点である。米国のトランプ大統領が中国と貿易戦争を始めた今、米国の構築する包囲網を突破して、中国が生き残るためには、「日中友好」のパイプを使って日米を離間させるしかない。その場合、最重要拠点の沖縄が日米分断工作のターゲットになり、知事選が最大の政治工作の場となのである。 では、自民党政権の中国の対日政治工作に対する「防衛体制」はどうなっているのか。日中友好というスローガンを能天気に唱え続けてきたことでもわかるように、全くの無防備だったのである。 その間、中国は有事の際、日本が身動きを取れなくなるような仕掛けを着々と進めてきた。その仕掛けこそ、2010年の「国防動員法」だ。日本国内にいる中国人観光客、学生も徴用対象になるこの法律で、尖閣有事が起きた場合に彼らがテロリストや工作員と化す仕組みが出来上がったのである。 法律施行の約半年後に、尖閣諸島沖での中国漁船衝突事件が起きた。また、中国による尖閣諸島海域の実効支配が強化され、中国軍機に対するスクランブル発進も急増していることは無関係ではないだろう。 本来なら日本政府が中国の「間接侵略」に備えるところだが、外務省は2011年に中国人観光客向けの「沖縄数次査証」という渡航ビザの発給を開始してしまう。こうして、2010年にわずか2万4000人だった中国人沖縄観光客が2017年には54万6000人と約23倍に急増し、沖縄県の中国への経済依存度を急速に高めたのである。 また、ここ数年、沖縄県と福建省の経済交流は加速度的に動いており、行政レベルだけではなく、企業・団体間でもさまざまな覚書が交わされている。その動向はすでにiRONNAでも寄稿したが、その後もさまざまな「経済籠絡(ろうらく)」が進められている。2017年8月、オール沖縄会議が主催した集会で、米軍普天間飛行場の沖縄県名護市辺野古移設に反対するメッセージを掲げる参加者=那覇市 実際、昨年6月には中国の『一帯一路』構想の沖縄展開に関するフォーラムが開催され、「中国との関係が深い沖縄が先駆けて一帯一路政策を取り込むことで、日本経済を牽引(けんいん)できる」という趣旨の講演も行われた。一帯一路とは経済交流の仮面をかぶっているが、その実態は中国による軍事拠点の獲得であり、制海権の獲得である。 つまり、沖縄で一帯一路を展開するということは、いずれ沖縄に中国人民解放軍の軍事基地が建設されることになる。このような沖縄の中国との経済交流は、沖縄県主導で進められているのではなく、日中友好という日本政府の基本姿勢に基づき、河野洋平元衆院議長が会長を務める日本国際貿易促進協会(国貿促)が推進しているのである。 そもそも、中国共産党の「日中友好の歴史」とは「対日工作の歴史」である。彼らの目的は日本国民への自虐史観の浸透に始まって、日米安保破棄を目的とする反米と非戦主義の浸透にあるのである。前述した対中スクランブル発進が急増しているにも関わらず、沖縄への中国人観光客も急増するというこの異常な状況に、誰も問題意識を持たないことこそ、工作の大成果といえるだろう。本当の「日中友好の歴史」 さて、これまで述べてきたように、沖縄知事選は中国政府にとって、トランプ大統領の中国包囲網を突破する最大のチャンスである。そして、現在そのターゲットは保守政治家にある。一方、日本政府は政治工作の基盤となる経済交流や文化交流を推進し、多くのチャイナマネーを沖縄に招き入れ、中国の沖縄政治工作に加担している。 次の知事選は自民もオール沖縄陣営も内部に課題を抱えており、選挙戦の行方を読み解くのは困難である。だが、仮に自民が県政を奪還したとしても、現在の自公政権では中国の沖縄乗っ取りの動きを止められないだろう。それは、返り血も覚悟の上で中国と貿易戦争を始め、本気で中国を封じ込めようとするトランプ大統領に対する背信行為ではないだろうか。 米シンクタンク、「プロジェクト2049研究所」が4月に発表した報告書によれば、中国軍による尖閣諸島への軍事侵攻が2020年からの10年間に行われるという。つまり、自民党政権が中国の沖縄乗っ取り工作への加担を続けることで環境が早く整い、侵攻が時間の問題であることがわかるだろう。 では、このような中、今すぐ日本政府が着手すべきことを考えてみたい。まず、日中友好の見直しが必要である。日中の友好や経済交流推進を目的に、日本には日中友好協会と国貿促が、中国には中日友好協会や中国国際貿易促進委員会が、カウンターパートとして存在する。だが、中国側は民間交流をうたっているが、事実上の政府機関であることは誰もが知っており、政府の意向が当然反映される。 一方、日本側は民間活動である以上、政府の管轄外であり、国益に反しても法律に反しない限り政府のコントロールがきかない。何よりも「けんかをするより仲良くしたほうが良い」という漠然とした考えしかなく、国益実現へのビジョンも戦略もない。結局、日中友好、日中経済交流とは、中国政府の意思を日本国内に反映できても、日本の意思を中国国内に反映するルートとして全く機能していないのである。 前述のように、中国政府は対日工作として、軍事力のみならず、経済、文化、歴史、マスコミなど全てを含めた総力戦で攻撃を続けてきた。ところが、日本政府の対中防衛といえば、自衛隊と海上保安庁の武力レベルばかりで、それ以外は無防備のままで過ごしてきた。これが、中華人民共和国が成立した1950年以降の「日中友好の歴史」なのである。しかも、中国の軍事力が米国を脅かすレベルに達した現在、中国による「日本強奪」は最後の仕上げ段階に入っているとみても過言ではない。2017年10月、中国共産党の第19期中央委員会第1回総会を終え、記者団に手を振る習近平総書記(左から3人目)ら新指導部=中国・北京の人民大会堂(共同) そうであるならば、まずは1950年以降の日中友好の歴史でどのような国益を失ったか、分析と評価が必要だ。そのうえで、失敗を繰り返さないための防衛体制の構築を急がなければならない。 これには、有事での連携の在り方や具体的な対処方針を定めた「国民保護計画」というモデルがある。すでに、全省庁と都道府県、ほとんどの市区町村で策定済みである。これになぞらえて考えてみよう。 中国の経済侵略に対しては、経済産業省による「経済防衛計画」を立案する必要がある。また、中国系企業の土地買収という間接侵略から日本の国土を守るために、国土交通省には「国土資源防衛計画」の策定が求められる。従軍慰安婦や南京大虐殺に関しても、文部科学省の計画立案が必要となる。つまり、間接侵略を含む国家防衛についても、国民保護計画と同じように、全省庁と関係機関、自治体が国防計画を事前に用意すべきだということである。 一見、突拍子もない考えのように思えるかもしれない。だが、国民の生命と財産を守る責務は政府と自治体にあり、本気でその任務を果たすのであれば、どうしても必要なことである。事が起きてから後悔しないためにも、今すぐ着手しなければ間に合わない。

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    中国が水陸両用航空機の初飛行に成功 尖閣に新たな脅威

     中国が初めての世界最大の水陸両用航空機「クン龍(クンロン=AG600)」の初飛行に成功したことが明らかになった。陸上と水面の両方から離着陸が可能なAG600は中国が南シナ海で造成などを進めている人工島の全てをその航続距離内に収めており、中国内の基地から尖閣諸島を急襲することが可能となる。 すでに、中国人民解放軍は一昨年、海軍陸戦隊(海兵隊)を創設しており、AG600による尖閣諸島への兵員輸送も現実味を帯びており、中国人民解放軍が沖縄県尖閣諸島を攻撃、占領する動きを強めている。 中国国営新華社通信によると、AG600は昨年12月24日、中国南部広東省珠海の解放軍基地を離陸し、約1時間飛行した。製造元の中航通用飛行機公司の黄領才・設計主任は新華社通信に対し「初飛行の成功で、中国は大型水陸両用機を開発可能な世界有数の国となった」と述べている。 AG600は翼幅38.8メートルで、ターボプロップエンジンを4基搭載、定員50人。航続距離は4500kmで2m以上の波に対応した着水能力を有し、最大滞空時間は12時間。 米国防総省が昨年6月に発表した中国の軍事情勢に関する年次報告書によれば、中国人民解放軍は台湾侵攻や南シナ海や東シナ海での島嶼防衛のため、水陸両用部隊による上陸作戦の遂行能力の向上を急いでいる。 とりわけ海軍陸戦隊は昨年、広東省で水陸両用車や小型船舶を運用し、ヘリコプターで特殊部隊を投入する実戦的な強襲揚陸作戦の訓練を実施した、と報告書は明らかにしている。 中国人民解放軍が昨年創設した海軍陸戦隊(海兵隊)は、沖縄県・尖閣諸島への急襲作戦も念頭に部隊の育成を進めていることで知られており、AG600の実戦配備が可能になったことで、水陸両用部隊による尖閣諸島への上陸作戦の遂行能力が格段に高まったことは明らか。尖閣諸島占領に大きな戦闘力が加わったことになる。初飛行に成功した、中国が自主開発している水陸両用機「AG600」=中国広東省珠海(新華社=共同) 一方、中国の国産空母については、2020年までに初期的な作戦能力を確保すると予測。潜水艦も同年までに現在の63隻から69~78隻に増強される見通しで、従来の「近海防御」に加えて「遠海防衛」も行う「混合戦略」の実現に向け、海軍力を強化していると指摘しているほどだ。 日本は平時、海上保安庁と航空自衛隊による警察権の行使により、尖閣周辺の海空域を守っているが、中国人民解放軍の尖閣急襲などに対応するため、陸上自衛隊も年内に初の水陸両用部隊「水陸機動団」を創設。この部隊は離島に他国が侵攻した場合、迅速に機動展開して奪還作戦に取り組む。 本部は陸上自衛隊相浦駐屯地(長崎県佐世保市)で、隊員約3000人規模の予定。水陸両用車「AAV7」も配備する。すでに米海兵隊との訓練を続けており、創設に加わる隊員らの練度向上を図っている。関連記事■ 175億円横領の重慶トップ 女子大生含む愛人4人に隠し子3人■ 中国5つ星ホテル 便所掃除用具を食器に使い歯ブラシ使い回し■ 中韓の「日本買収」が止まらない これは武器を持たない戦争■ 韓国製兵器の無惨「沈む水陸両用車」「ミサイルが自国民に」■ 日米合同訓練に登場の水陸両用装甲車 442億円の価値あるか

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    中国人の沖縄像 文化の50%が中国、40%が日本、10%が米国

     スーツケースを引きずり街を闊歩する大勢の中国人観光客──その姿が、とりわけ目立つのが、地理的にも歴史的にも大陸と距離の近い沖縄だ。中国人観光客にとって沖縄はどのような存在なのか。その実態を探るべく、フリーライターの西谷格氏が、中国人観光客の沖縄バスツアーに潜入した。* * * バスツアーの集合時間は、午前8時20分。出発前日の夜には、ウィーチャット(中国版LINE)で参加者向けのグループチャットが作られ、中国人の女性ガイドから当日の注意事項が送られてきた。「バスは定刻通りに発車します。乗り遅れた人はタクシーで次の集合場所まで自費で移動してください。日本人の運転手は時間に非常に厳格です」「重要なことなので3回言います。遅刻禁止、遅刻禁止、遅刻禁止。集合場所が心配な人は、下見をしておきましょう」 遅刻をさせないための注意喚起が、日本人の常識の範囲を少々超えている。ここまで徹底しないと、遅刻やトラブルが起きてしまうのか。 ツアー当日、発車時間10分前になるとグループチャットから「急いでください。バスは8時20分に出発します」「来ていないのはあと3人!」とのメッセージが送られ、私の名前もさらされてしまった。 「沖縄は かわいそうなんです」 駆け足でバスに乗り込むと、定刻通りに発車。乗客は約50人で、ほぼ満席だった。まず目に飛び込んできたのは、参加者たちの独特な中華ファッションだ。子供服のようなゴチャゴチャした柄物や、原色中心の派手な色使いが目立ち、尻が見えそうなほどのホットパンツを履いている女性もいる。眩しいのが苦手なのか、サングラス率も高い。年代は30~40代が中心。女性が6割ほどで、カップルや家族連れも多い。話しかけてみると、北京や上海、南京といった都市部出身者、日本留学経験者などが目立ち、裕福そうな人ばかりだった。那覇市の国際通り(iStock) 車両が動き始めると、アラフォーの女性ツアーガイドがマイクを握り、中国語で話し始めた。「本日のバスは公共バスと同じです。人間がバスを待つことはできますが、バスが人間を待つことはできません!」 と繰り返し強調。続いて、日本と中国の基本的な違いから説明を始めた。「釣魚島も見えますかー」「時差は1時間。交通ルールは日本は自動車が左側通行。水道水は飲むことができ、トイレットペーパーは便器にそのまま流せます」 しばらくすると、バスは鉄条網で囲われた嘉手納基地の前を通過した。「ここは東アジア最大の空軍基地で、北京の故宮76個分の広さがあります」 ガイドがそう告げると、車内からは驚きのため息が漏れた。「この道路は両脇が米軍基地に囲まれています。沖縄は島じゅう基地だらけで、かわいそうなんです」 言い方はどこか冷淡で、少し見下したようにも聞こえる。「釣魚島も見えますかー」 那覇の中心から出発したバスは、1時間ほどで最初の目的地「万座毛」に到着した。断崖絶壁に広がる草原の上から、真っ青な海を望むことのできる景勝地だ。歩いていると中国語と韓国語しか聞こえてこず、日本人観光客の姿はゼロ。これで良いのだろうか、と思っていたら「10時35分出発です」との“警告”がグループチャットに届き、急いでバスに戻った。再びガイドの解説が始まった。沖縄県の観光スポット、万座毛(iStock)「東京から沖縄は非常に離れていますが、台湾からは600km。与那国島から台湾はわずか160kmで、晴れた日には台湾が見えるんですよ」 すると、前方に座っていた中年男性がすかさず質問した。強調される「沖縄」と「本土」「釣魚島も見えますかー?」 ガイドは苦笑いして「釣魚島は見えません。あと、こういう話は話題にしたくありません」と言い、会話を断ち切った。即座に釣魚島(尖閣諸島の中国側呼称)を連想する発想がすごい。 ガイドの説明が続く。「沖縄は1879年まで琉球王国という国家が存在しましたが、日本政府によって滅亡させられました。琉球という名前は、もともと中国が名付けたものです」 説明を聞いていると、沖縄と日本本土の違いを強調する話が多いことに気づく。「沖縄の人は日本人とは人種が異なります。大和民族は顔が真っ平らで鼻が低く、目が細いのが特徴ですが、沖縄の人はそうではありません。目鼻立ちがはっきりしていて、台湾の原住民とよく似ています」沖縄の世界遺産・今帰仁城跡「漢字は唐の時代に日本に伝わりましたが、日本人は舌が短いので中国語の発音ができない。そのため日本語の音を当てたのです」 舌が短いとか顔が真っ平らとか、日本人が聞いてないと思って言いたい放題である。そして、最後はこう断言した。「沖縄の文化は50%が中国、40%が日本、10%がアメリカです」 文化的には、沖縄は日本よりも中国に近いというのだ。事実かどうかはともかく、これが中国人の頭のなかにある沖縄像ということだろう。●にしたに ただす/1981年、神奈川県生まれ。早稲田大学卒。地方紙記者を経てフリー。著書に『ルポ 中国「潜入バイト」日記』(小学館新書)、『この手紙、とどけ!』(小学館)、『中国人は雑巾と布巾の区別ができない』(宝島社新書)などがある。関連記事■ 中国人バスツアーのガイドが告白「観光客は洗脳すればいい」■ 中国「ヘビ料理店」にバイト潜入 さばくのはけっこう難しい■ 中国人留学生の部屋探し方法「“東大志望”で信用勝ち取る」■ 6月新法施行の「民泊」で中国人若者観光客を泊めてみたら…■ 2割の医療機関で訪日外国人患者の医療費未払い、回収は困難

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    日本で横行する中国人「民泊ビジネス」衝撃の実態

    は、まだその言葉さえなかった。しかし、私がまだ北京語通訳捜査官だった20世紀末ごろから、密航者の多い中国人や不法滞在者の多い韓国人により「ヤミ民泊」が行われていたのである。 新宿や池袋での交番取り扱い経験や、警視庁本部通訳センター職員としての通訳捜査経験からいうと、当時、来日中国人の半数は20万元、当時のレートで日本円にして250万円ほどの密航費用を親が知人から集め、立て替えていた。そうして、福建省から大型貨物船のバラストタンクや漁船の船底に隠れて集団密航してきた。家族の期待を背負って、来日していたのである。 残りの4割は、正規手続きで来日した末に、査証の期限が切れてオーバーステイした上海人だった。中国といっても広大だから、地域によって違うかもしれないが、合法に入国・滞在し続けていられた中国人は、体感として1割程度にすぎなかったのである。 特に福建人は莫大(ばくだい)な借金を背負って来日するため、強制送還されてもお気楽な上海の不法滞在者より切羽詰まった生活をしていた。 そのような環境の中、彼らは人脈を頼りにすみかを探し、職を探すのだが、その人脈は中国の実家に近い仲間ほどつながりが強い。借金を含む頼まれごとを「面倒」と敬遠しがちな日本人とは違って、頼りにされたら他人から借金をしてでも実力を見せつけるチャンスと捉えるからである。逆に異国の地で知り合いに頼りにされながらむげに断れば、密航費用を肩代わりしている実家の両親が「村八分」になりかねないので、これを断ることができないのである。 そんな不法滞在者や密航者などがまず困るのが、どこに行っても身分確認を迫られるアパート探しと職探しだ。犯罪者や参考人を含む中国人約1400人の話では、それでも、友人や知人を3人ぐらい介すれば、目的の手助けが得られるという。 特にアパートの場合は、1人で住むより2、3人で住み、家賃を分担したほうが1人当たりの負担も軽い。大家も月々の支払いを延滞させる日本人苦学生を相手にするより、確実な収入につながるため、契約外である複数の出入りも見て見ぬふりをしてしまう。画像はイメージです(iStock) だが、彼らは集合住宅の決まりを守らない。私が見つけた集団居住場所の中には、3人契約のはずが、16人ほどが生活しているアパートがあった。北京語を話す警察官を珍しく味方と勘違いしたのか、中まで見せてもらうことができたが、その部屋には、ベニヤ合板をうまく利用した5列3段の「簡易カプセルホテル」ができていたのである。 15人が一度に休むことができるだけでなく、2人は畳で横になれるようになっていた。しかも、昼と夜に働く人を上手に交代させていたようで、実際の利用者はその倍近くいたようだ。中国人の「経営ノウハウ」 こうして、部屋の名義人はすでにマンションを購入し、身分確認を必要としない日雇い労働者中心の利用客から1泊2000円を徴収して、「ヤミ民泊ビジネス」を進めていたのである。たまらないのは同じマンションに住む普通の日本人世帯だ。頻繁に発生する同居人どうしの口論やケンカ、それに時間帯に関係なく仕事で出入りする騒音、生ゴミを捨てずにため込むことで発生する異臭や恐怖感から、転居を余儀なくされる。 こうして日本人が出ていった部屋に、知人から頼られた中国人が大家にまた「ヤミ民泊」を持ちかけ、大勢を住まわせながら、在日中国人社会の中にメンツを立ててきた。こうした中国人密航者の「定着システム」は、20年ほど前から新宿や池袋で確認していた。「民泊」という言葉が生まれる前から、多数の中国人が都心の集合住宅に入居や購入しながら、すでに「経営ノウハウ」を蓄積していたのである。 政府は今、こうした外国人を含め、誰が泊まるか分からない宿泊場所を民泊として合法化し、観光客を誘致・収容して、経済活性化を目指している。特に、オリンピックを2年後に控えた東京都心でアパートやマンションを民泊化した場合、当然ながら人の出入りから近所に不安を与えたり、迷惑をかけることになる。一方で、逆に経営側に回れば、危険性も高いが利益も膨らむ可能性も生まれる。 とりわけ、都市部では警察による施設把握が難しい上に、施設の多くでは宿泊者の明確な身分を確認できないし、またすることもない。不法滞在の増加に伴い、警察に協力すると「客」が減る可能性さえあるからだ。 現在、民泊仲介大手の米Airbnb(エアビーアンドビー)では、インターネット上で個人住宅や空室を持つ貸主と宿泊先を求める旅行者との間のマッチングを行うため、利用者はネットで登録が必要となる。だが、安い宿では身分確認のための登録を必要としていないところが多い。 中にはマッサージ店など違法な風俗営業を伴う個室のベッドを時間限定で民泊化しているものもあり、当然ながらオプションで風俗サービスが付いたりもする民泊型売春宿もあるようだ。そもそも宿泊客と経営者の接点がない宿もある。あまりにも性善説をアテにしたシステムだが、このようなお気楽さは、かえって犯罪に好都合だといえる。 3月には1階を民泊として貸し出していた東京・世田谷区の民家で、外国人男性の遺体が発見された。世田谷といえば、今でも高級住宅地のイメージがあるが、このような地域に民泊経営者が増えれば、隣近所の顔が見える地域の安心感や、安定した収入を確保している層の住民が構成する地域のステータスを損ない、住宅価値も確実に下がるだろう。画像はイメージです(iStock) 実際に、今では中国人が戸建て住宅を購入して部屋ごとに貸し出す、1棟丸ごと民泊ビジネスを展開している。近所の住人は中国人家族が越してきたのかと勘違いするが、「家族構成」がいつも違っている上に話が通じず、地域活動にも参加しないなど接点をつくるどころか、問題発生の際の解決のめどもつかないありさまになるのだ。 さて、来日外国人の中でも多数を占める中国人の不法来日で、メーンの手段となっているのは、今や密航ではなく「なりすまし」だ。通常、中国では「公安局」と呼ばれる警察署で戸籍が管理され、旅券が発行されているため、必要な書類を警察署に提出し旅券の発行を受けて来日する。テロリストの「隠れ家」 「なりすまし」は他人の身分証明書類を、渡航に必要な書類とセットで売買するブローカーから買い取って、利用するのである。言うまでもなく、旅券自体は本物であり、使用する本人の写真もプリントされているが、記載されている個人情報が全くのニセモノというわけである。 彼らは「真正の偽造旅券」で来日するが、密航同様ブローカーに支払った大きな借金を抱えていることに変わりはない。しかし、本物の旅券で本人の顔写真が入っているため、合法滞在中に職務質問を受けても、警察官に逮捕されることはない。結局、不法滞在の末に職質を受け、旅券の記載内容を忘れた本人の供述により、入国該当者がいないことから判明するのである。 日本では、国際空港全てには顔認証システムがいまだ導入されていない上に、過去に逮捕歴や把握のあるテロリスト以外は各国のデータバンクと連携されていない。だから、最初の来日では顔認証システムさえ機能せず、「なりすまし入国」は初来日でテロデビューを狙う外国人過激派や工作員の渡航としてほぼ完璧な手段になる。 そうした人間が好む「隠れ家」こそ、なりすましの身分さえ確認しない安い民泊なのである。2013年の米ボストンマラソンで起きたテロ事件など、世界各地で実行されたテロリストの多くは民泊に身を潜めつつ、他の支援を得ながら準備を進め、犯行を実行し多数の殺害を成功させているのである。 こうした事実を現在の国際情勢に合わせて考えてみよう。軍拡を突き進む中国では、一党独裁国家の国家主席の任期を撤廃し、事実上の「完全独裁制」を確立した。もし、中国共産党が「有事」と判断すれば、日本を含む在外中国人にまで、彼らの実家を「人質」としながら法的拘束力が及ぶ「国防動員法」が発動される。その指示や命令が日本の法に触れようとも、治外法権を確保する中国公館に逃げ込めば、中国の国内法で保護されることになる。 先進7カ国(G7)で、スパイを取り締まる法律のない国は日本だけだ。日本で破壊工作を準備・実行するなら、他の工作員の協力を他国よりも得やすく、摘発される危険性も低い。その上、外見では日本人と見分けがつきにくい。そのアジトが民泊としてあなたの隣の部屋に構築される可能性も排除できないのだ。 実際、私が中国人強盗団の潜むアパートのアジトに踏み込んだとき、隣には小さい子供を育てる普通の家族が住んでいた。家宅捜索を行いながら子供の笑い声が聞こえるアンバランスさがとても印象的だったのを覚えている。画像はイメージです(iStock) これが民泊となれば、複数の国からの宿泊客が隣接した空間に壁を隔てて寝起きをともにすることになる。本来なら避難できる状況であっても、外国人には慣れない日本家屋の構造や居室、廊下の狭さが緊急避難を阻害するため、被害を最小限に抑えることは困難だ。しかも、安い民泊ほど住宅密集地にあることから、二次災害発生の危険が増大する。 だが、個人オーナーには危険を予防し、被害の責任を負う能力もない。こうした場所で爆弾の製造が行われ、万が一誤爆でもすれば、巻き添えを食らった外国人客の出身国と日本の信頼関係の喪失にまでつながりかねない。そうして、日本の無策に世界はあきれ、怒りの声が巻き起こるだろう。

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    「寛容の国」チベットはなぜ中国に滅ぼされてしまったのか

    ペマ・ギャルポ(拓殖大客員教授)(ハート出版『チベット人が語る 侵略に気づいていない日本人』より) 中国のチベット侵略は、1949年10月、中華人民共和国成立後すぐに計画され、1950年1月には「人民解放軍の基本的課題は、本年中にチベットを帝国主義者の手から“解放”することである」と宣言することで、明確にその意志を示している。 「帝国主義者」どころか、当時チベットには外国人はほとんどいなかった。チベット政府はこの宣言に抗議し、国境の防備を固めようとしたが、時すでに遅く、この年の10月には中国の人民解放軍が、侵略軍として東チベット(アムド、カム地方)に押し寄せてきた。その数は数万人、僅か数千の、しかも武器も乏しかったチベット軍は彼らを防ぐことはできなかった。 当時は朝鮮戦争開戦の年でもあり、世界の目はそちらに集中していて、この侵略は世界の注目を集めず、国際的な支援もなかった。これは、中国が常に行うある種、火事場泥棒的な侵略であって、今現在(2017年秋)でも、中国は北朝鮮危機のさなか、インドとの国境線上で圧力をかけている。 チベット側も何とか事態を解決しようと北京に代表団を派遣するが、1951年5月、中国はあらかじめ用意していた「17カ条協定」をチベット側に突きつけ、拒否すればラサまで進軍を続けると脅迫しつつ、しかも派遣団の本国政府との連絡・相談も許さない状態で、偽の国璽まで持ち出して無理やりに調印させた。 このとき、チベット側の代表団団長だったアボ・アワン・ジグメは、この後、徹底的に中国側に立つ行動を取るようになる。同じ民族の中に、中国に内通する人間を作り出していくのも、中国の得意なパターンである。ラプラン寺へ向かう道路沿いに掲げられた中国国旗=2018年2月、中国甘粛省甘南チベット族自治州夏河(共同) しかし、この経過が、17カ条協定の前文では、次のように、全く中国側に都合の良いように変えられてしまっている。「1949年、中国人民解放戦争は全国的範囲で基本的勝利を勝ちとり、各民族共同の内部の敵、国民党反動政府を打倒し、各民族共同の外部の敵──帝国主義侵略勢力を駆逐した」「この基礎の上に、中華人民共和国と中央人民政府が成立を宣言した」「(人民政府は)中華人民共和国領土内の各民族が一律に平等であり、団結して相互援助を行い、帝国主義と各民族内部の人民の共同の敵に反対し、中華人民共和国を各民族が友愛によって合作する大家庭とすることを宣言した」「これ以後、国内各民族は、チベット及び台湾区域をのぞいていずれもすでに解放を勝ちとった。中央人民政府の統一的指導のもと、各少数民族はいずれもすでに民族平等の権利を充分に享受し、かつすでに民族の地方的自治を実行し、あるいはまさに実行しつつある」「帝国主義侵略勢力のチベットにおける影響を順調に一掃して、中華人民共和国の領土と主権の統一を完成し、国防を維持し、チベット民族とチベット人民に解放を勝ちとらせ、中華人民共和国の大家庭に戻らせて、国内のその他の各民族と同じく、民族平等の権利を享受させ、その政治・経済・文化教育の事業を発展させるため、中央人民政府は人民解放軍にチベット進軍を命令した際、チベット地方政府に、代表を中央に派遣して交渉を行い、チベット平和解放の方法に関する協約の締結を便利ならしめるようにと通知した」 これこそが歴史の偽造に他ならないのだが、中国はチベット側にこれほどの嘘を押し付け、侵略を解放とし、これまでの独立国チベットを「中華人民共和国の大家庭」に編入した。代表団は本来チベットの立場を交渉するためにチベット政府から派遣されたのに、「平和解放」を承認し条約を締結するためにやってきたものであると規定され、すでに用意していた17カ条協定に調印させられたのである。条約など破るためにあった中国 そしてこの17カ条協定の内容は、後にことごとく破られていくようになった。以下、重要な部分だけを紹介する。第3条 中国人民政治協商会議共同綱領の民族政策に基づき、中央人民政府の統一的指導のもと、チベット人民は民族区域自治を実行する権利を有する。第4条 チベットの現行政治制度に対しては、中央は変更を加えない。ダライ・ラマの固有の地位及び職権にも中央は変更を加えない。各級官吏は従来どおりの職に就く。第7条 中国人民政治協商会議共同綱領が規定する宗教信仰自由の政策を実行し、チベット人民の宗教信仰と風俗習慣を尊重し、ラマ寺廟を保護する。寺廟の収入には中央は変更を加えない。第9条 チベットの実際状況に基づき、チベット民族の言語、文字及び学校教育を逐次発展させる。第10条 チベットの実際状況に基づき、チベットの農・牧畜・商工業を逐次発展させ、人民の生活を改善する。第11条 チベットに関する各種の改革は、中央は強制しない。チベット地方政府は自ら進んで改革を進め、人民が改革の要求を提出した場合、チベットの指導者と協議する方法によってこれを解決する。第12条 過去において帝国主義と親しかった官吏及び国民党と親しかった官吏は、帝国主義及び国民党との関係を断固離脱し、破壊と反抗を行わない限り、そのまま職にあってよく、過去は問わない。第13条 チベットに進駐する人民解放軍は、前記各項の政策を遵守する。同時に取引は公正にし、人民の針一本、糸一本といえども取らない。 17条のうち、上に挙げた項目はことごとく破られるばかりか、全く逆の政策がとられ、本質的には現在もそのまま継続中であることは言うまでもあるまい。チベット「自治区」においては民族の自治は認められず、ダライ・ラマ法王はチベットを追われ、信仰の自由どころか、国内で貴重な仏教寺院は破壊され、多くの僧侶や尼僧が迫害、時には残酷な拷問の末、処刑された。 しかし、ここで日本の方々も決して忘れないでほしいのは、中国政府は、この17カ条協定のみならず、その他の各民族自治区、また、香港返還の際に結ばれた全ての条約も、守る意志は全くなく、それは外国との各条約においても同様であることだ。日本人にとって、国家間の条約は原則守るためにあるとしても、中国にとっては全く異なる。条約を破ることなど、彼らは全く何とも思わないし、むしろ破るためにあったことは、このチベットの例を見ても明らかだ。 少し私個人の想い出を記しておくが、私はちょうど中国軍が侵略してきた時期、1953年にチベットのカム地方のニャロンという村で生まれている。今、この地域は中国によって「四川省」に組み込まれてしまったが、当時は私の父がその一帯を治める領主で、私自身はその後継として育てられることになっていた。当時のチベットは一夫多妻の家も多く、我が家も、「上の母」「下の母」の2人の姉妹が嫁いでいた。 私が生まれた時点ですでに17カ条協定は結ばれ、中国人の入植者も、軍隊も入っていたが、当初は私は彼らに対し特に悪感情はなかった。実際、中国軍も最初のうちは「チベットに進駐する人民解放軍は(中略)人民の針一本、糸一本といえども取らない」という姿勢を見せた時期もあったし、現実に入ってきた中国人入植者も、例えば私の家の近くでは砂金が取れる川があったので、領主である父の許可を得て砂金をとり、代わりに魚を献上したりするようなこともあった。(iStock) ただ、ここで付け加えておくと、チベット人は魚を食べる習慣が当時はなく、ある種の食のタブーだった(これは仏教信仰に要因がある)。でも、父親は中国の重慶に留学体験があって、魚が実はおいしい食べ物であることを知っていたので、皆に隠れてこっそりと料理していた。私も、子供というものは禁じられるとそれをやってみたくなるものだから、魚をひそかに食べるのが楽しみでもあった。 あくまで私の想い出だが、こういう中国人との交流もなかったわけではない。そして、チベットを開発する、というのも全くの嘘だったのではなく、当初は中国人も、畑に入って手伝ったり、道を切り開いたりもしていた。中国の暴虐に総決起する村人 しかし、結局それは、中国が第2次世界大戦と、その後の国共内戦による疲弊からまだ完全に回復していない間の偽装に過ぎなかった。しだいに、東チベット各地で、人民解放軍とチベット人との間で衝突が繰り返される。 結局、軍隊は食糧を生産する存在ではなく消費していくだけだし、中国軍への食糧供給は十分ではないため、軍は民衆から食料を強奪し始める。そして、道路建設(これは結局中国軍がさらにチベットを侵略、軍事制圧するために利用された)にチベット人を強制動員する。 遊牧民が多く、耕作はその土地に合った大麦を栽培していたのに、強引に牧草地を畑に代え、チベットでは実らない小麦を強制する(おかげでチベットでは歴史上初めてと言ってもいい飢餓が訪れた)。遊牧民にとって誇りでもあり、遊牧生活にとっても必要な銃を取り上げるなど、チベット人にとって許しがたい事態が続いた。 我が家でも、絶対に許せない事件が起きたのが1956年秋のことだった。中国軍の将校が、私の下の母に司令部まで同行するよう求め(当時、父と上の母は中国政府に「招待」という名のもと、成都にて「思想教育」を受けていた)、なんと母にとって最も貴重な時間である祈祷中に、ずかずかと聖なる祈りの部屋にあがり込んできた。 しかし、母にとって、祈祷よりも重要な仕事はなく、将校が何を言っても無視したままだったので、馬鹿にされたと思ったのか、将校が腰のピストルに手をかけた。それを見た、我が家に仕えていた力自慢の家臣が、将校めがけて斧を振り上げ、あわや殺し合いになるところだったが、母が一言「やめなさい!」と一喝し、将校に、こんなことをしていたら中国軍に対するチベット人の心証が悪化するだけではないですか、と説いた。将校は不機嫌そうに出ていった。 このときから、私の村でも、チベット人の怒りに火が付いたようだ。実はそれまでも、チベットの若い女性が中国軍に乱暴されるというトラブルも起きていたが、軍将校が領主の妻を侮辱し、しかも祈りを邪魔するだけではなく殺そうとしたというのは、我慢の限界を超えることだった。夕方から夜遅くまで、銃撃戦が村中で生じた。私も子供ながらわけも分からず興奮したことを覚えている。インド・ダラムサラの街角に張られた、中国当局に拘束され行方不明になったチベット人を捜すポスター(共同) 駐屯していた中国軍の数が少なかったこともあり、最初の衝突はチベット側の勝利に終わった。しかし、中国軍の発砲する銃声は「タタタタターン」と連発するのに、古い猟銃で戦うチベット側の銃声は「ターン」「ターン」と一発ずつしか鳴らなかったことを、私は今もはっきり覚えている。 勇気だけでは勝てない、人民解放軍が再び大挙して出動すれば、持ちこたえられなくなることは確実だった。私たち一家はその夜のうちに村を脱出する。勇敢な母は、銃を腰に下げて、村の近辺でゲリラ組織を作り抵抗運動を続けようとした。 やがて、父と上の母も、中国側から、下の母を説得するという約束で合流し、そのままゲリラ戦に参加する。しかし、数も少なく装備も乏しい私たちが戦い続けるのは難しく、首都ラサに行って救援を求めようということになった。 このように、チベット人の抵抗運動は、最初は東チベットのあちこちで、偶発的に始まったものだった。これが統一された指揮系統を持つ国民的なゲリラ戦に発展したのは、1958年のことである。侵略を許したチベットの過ち しかし、残念なことに、私たち一家が、苦難な逃亡生活ののち、やっとチベットの首都ラサにたどり着いたとき、チベットの中央貴族たちは、私たちに対し全く冷淡だった。その途上でも、まるで私たち東チベットが中国に抵抗するからこそ、平和が損なわれ、中国を怒らせているのだと言わんばかりの雰囲気をしばしば感じたことがある。 正直、チベット中央政府は、東チベットの私たちを田舎の領主としか見ておらず、その戦いを十分支援する姿勢はほとんど見られなかった。ラサも安住の地ではなく、私たちは居場所を転々とする生活を続けなければならなかったが、1959年、ダライ・ラマ法王が、ついにインドに亡命したことを知ったとき、私たちもまたインド国境を目指した。それは法王がたどったルートとほぼ同じだった。 ところが、雪のヒマラヤを越え、あと少しでインドにたどり着けるというときに、頭上に中国軍の飛行機が見えた。飛行機はまるで私たちを探すかのようにしばらく旋回していたが、やがて、雲が厚くなって視界が遮られたのか、あるいは別の理由があったのか、飛び去って行った。 私たちはチベットの守護神「パンテン・ラモ」のおかげだと感激し、感謝の祈りをささげたのだった。私たちはこうしてインドに逃れることができた。しかし、わが祖国は、完全に失われてしまったのである。 私たちが脱出する前、知らないうちに、首都ラサは悲劇が訪れていた。先述したように1958年には統一されたゲリラ部隊が東チベットを中心に活動し、各地で中国軍とチベット人の激突が続いた。中国はチベット人の抵抗を封じるために、チベット人の最高指導者であり、統合の象徴でもあるダライ・ラマ法王を自らの手中に収めようとした。 3月、中国側は法王を観劇に招待すると告げ、かつ、護衛は必要ないと付け加えた。人民解放軍が法王を拉致しようとしているのは明らかで、ラサ中の市民はついに総決起した。3月10日、群衆はダライ・ラマ法王の夏の離宮であるノルブリンカ宮殿を取り巻き、法王を守るとともに、「チベット独立」「中国軍はチベットから出て行け」というシュプレヒコールが怒涛のように挙がった。 実はこの日、ダライ・ラマ法王は、ひそかに脱出、インドを目指した。19日には、中国軍は大砲で一気に宮殿を攻撃。このとき、セラ、ガンデン、デブンというチベットの三大寺院もまた破壊された。ラサ市民は必死で戦ったが、武器らしい武器も持たない彼らは、中国軍の前に屍をさらすばかりだった。3日間の戦闘で、1万から1万5千人が虐殺されたと伝えられる。 実はダライ・ラマ法王の一行も、インド亡命の際、同じく、中国空軍の飛行機に見つかり、パイロットは毛沢東に指令を仰いだという説がある。そのとき毛沢東は「そのまま逃がしてやれ。どうせ、インドについてもそのまま路頭に迷うだけだ。もしここでダライを殺してしまったら、逆に、永遠にチベット人はそのことを記憶に残してしまうだろう」と答えたという。インド・ダラムサラで売られるダライ・ラマ14世の写真(左)(共同) 中国の行ったことは確実に侵略であり、暴力で17カ条協定を強制してチベットを支配下におさめ、しかもそれを自ら破って、最低限の自治さえ許さず、最後には軍隊の力で民衆を虐殺するという、絶対に許してはならない行為だ。しかし、チベット側にも、この侵略を許してしまった多くの過ちがあったことも認めなければならない。ペマ・ギャルポ 拓殖大客員教授。1953年、チベット生まれ。65年に来日し、80年にダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表などを経て現職。チベット文化研究所所長やアジア自由民主連帯協議会会長も務める。著書に『最終目標は天皇の処刑』(飛鳥新社)『中国が隠し続けるチベットの真実』(扶桑社)など。

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    中国の属国になってもいいのか」ペマ・ギャルポ、日本人への警告

    ば些末な、今の日本が正面から取り組むべき問題とは、とても思えないものが多い。今、北朝鮮情勢が緊迫し、中国が覇権主義を強め、かつアメリカがやや内向きになりつつある中、果たして、今マスコミをにぎわす多くの記事が、まず第一に日本国民に知らせるべきものなのだろうか。2017年5月、「一帯一路」をテーマに北京で開かれた国際会議で記念撮影に応じる中国の習近平国家主席(前列中央)とロシアのプーチン大統領(同左)ら(共同) そして、国際社会についての報道内容にも疑問がある。多くの報道によれば、日本政府は中国が現在主導している「一帯一路」政策を支持する方向だという。祖国チベットを中国に奪われた私から見れば、この政策は、中国の世界制覇、中華思想の野望を如実に示したものであって、単なる経済政策ではない。 現在の安倍政権を批判し、時には非民主的だとすら決めつけている新聞社までが、なぜ、中国という巨大な独裁体制に追従しかねない日本の姿勢を何ら批判しないのか、私には理解しかねる。これまでも日本は「日中友好」の美名のもとに、経済支援によって独裁国家・中国を強大にしてしまった。私は、ふたたび同じ過ちをこの日本に犯してほしくはないのだ。日本が失ってきたものを取り返せ また、かつて、富の再分配による実質的な福祉国家を実現していたはずの日本社会は、今は声の大きな、組織に属する人たちの権利のみが守られ、声なき社会的弱者たちには冷淡な社会になりつつある。聞くところによれば、高齢者はたとえ一定の資力があっても単独ではアパートを借りることも難しくなり、まるで社会のお荷物や、ひどい場合は貯金を抱えた特権者のように語られることすらあるという。 この本で私は、来日した1960年代に私を温かく迎え、育ててくださった日本の方々に深い感謝と御礼を記している。彼らの世代が今、社会のお荷物のように扱われていることは、私にはどうしても納得がいかない。 1960年代の日本では、戦争を体験していた大人たちに、大東亜戦争の敗戦から立ち直り、日本をもう一度立て直そうという気概があった。私はこの人たちの温かい支援を受け、日本の歴史への誇りや、アジアの歴史への公正な歴史観を学んだ。そして、学生や若い人たちの中には、当時の時代の影響を受けて、ベトナム反戦や、共産主義革命の情熱に燃えた人たちもいた。 私は、実際の中国共産党支配を知っている人間として、彼らの、特に共産主義に対する現実認識の甘さには批判的だった。しかし同時に、世の中について、政治について、彼らなりの理想を持ち真摯に行動しようとする姿勢は、決して理解できなかったわけではない。そこには、それぞれの理想も正義もあった。 私は今こそ、ここ数十年で日本が失ってきた道徳、倫理、伝統、そして正義と価値観を取り戻すべきときに来ていると信じている。本書は何よりも、その私の思いと、私を支えてくれた人たちと時代への感謝の念によって書かれたものだ。 そして今、中国や北朝鮮の脅威を通じて、国際社会の厳しい現実に気づくとともに、アジアにこのような事態をもたらした、戦後の歴史観全体をもう一度見直す中で、近現代史における日本の役割を再認識し、さらに未来につなげていこうとする動きが、特に若い世代を中心に起きてきていることに期待している。昭和30年の銀座(東京都提供) 日本は本来、国際社会において、正しい立場で、平和の実現と、それぞれの地域の伝統に沿った形での秩序ある民主化、そして各民族の自決権の確立に向けて、貢献できるだけの国力を持つ国である。それは、過去の日本の歴史が証明していることであり、未来の日本も再びこの役割を果たすことができるはずだ。 それは同時に、日本国内において、全ての国民が、衣食住、そして医療における恩恵を十分に受けるような社会の実現にもつながっていく。それが、高度な倫理観を持った日本社会の確立と、伝統に根差した日本国の復興である。私はチベットに生まれ、今は日本の国籍を持つ人間として、そのことを心から祈っている。ペマ・ギャルポ 拓殖大客員教授。1953年、チベット生まれ。65年に来日し、80年にダライ・ラマ法王アジア・太平洋地区担当初代代表などを経て現職。チベット文化研究所所長やアジア自由民主連帯協議会会長も務める。著書に『最終目標は天皇の処刑』(飛鳥新社)『中国が隠し続けるチベットの真実』(扶桑社)など。

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    中国でキャッシュレス化が爆発的に進んだワケ

    高口康太 (ライター・翻訳家) 最近、中国のキャッシュレス社会化が話題となっている。・中国人の眼に映る今の日本は「20世紀」のままだった…|現代ビジネス(2017年6月13日)・中国「超キャッシュレス社会」の衝撃、日本はもはや追う側だ|ダイヤモンド・オンライン(2017年7月10日)・スマホ大国・中国、日本のはるか先を行くワケ|読売新聞(2017年8月16日) 中国の先進的なキャッシュレス社会、スマートフォン活用に驚き、日本社会に警鐘を鳴らす報道も少なくない。メディアだけではない。実際に中国を訪問した人の多くがその利便性に衝撃を受けている。 一方で中国を訪問したことがない人からは、報道を見てもぴんと来ないという声を聞く。「Suicaやおサイフケータイとは何が違うのか?」「QRコードだと何がそんなに便利なのか?」「スマートフォンのバッテリーが切れたら支払いができなくなるのって不便じゃないの?」「現金と比べて何が便利なの?小銭が不要になるから?」「中国は偽札が多いからモバイル決済が流行ったそうだけど、日本はそんな心配はないから不要なのでは?」などなど、根本的な疑問を聞かれることが多い。 中国のキャッシュレス革命を褒めたたえる記事はあっても、こうした根本的な疑問に答えたものは少ないように思う。そこで本稿では今、中国で何が起きつつあるのか、その全体像をお伝えしたい。 「一口にモバイル決済と言っても、中国と日本では状況が異なります。中国ではパソコンが先進国ほど普及しませんでした。いわばパソコンとインターネットの時代を跳び越えて、スマートフォンとモバイルインターネットの時代が到来したのです。日本ではパソコン向けのサービスがいろいろあるでしょうが、中国ではすべてがスマートフォンに集中している状況です」 筆者は7月、中国IT大手アリババ集団の関連会社で、モバイル決済アプリ「支付宝(アリペイ)」を展開するアントフィナンシャル(浙江省杭州市)を訪問した。上記の説明は同社広報担当である楊昕韻さんの発言だ。2017年7月10日、第2回世界女性創業者大会に登場したアリババの創業者ジャック・マー(馬雲)氏 最初に用語について説明しておこう。キャッシュレスとはクレジットカードや電子マネーを含む、現金以外の手法による決済を指す。一方、モバイル決済とはスマートフォンを使った決済を意味する。近年、中国で急成長を遂げているのはモバイル決済だ。モバイル決済は便利なスマホ利用の入り口 2012年以後、中国では爆発的にスマートフォンが普及した。モバイルインターネットユーザーは今年6月末の時点で7億2400万人に達している(『第40回中国インターネット発展状況統計報告』、2017年7月)。 モバイルインターネットの成長に伴い、すべてのサービスがスマホファーストを目指すようになった。日本では専用スマホアプリがないネットサービスも多いが、中国ではまずスマホアプリが第一だ。その結果としてスマートフォンの利便性は他国にないほどのレベルに達している。 モバイルインターネット活用のハード的インフラがスマートフォンならば、モバイル決済はソフト的インフラである。モバイル決済を利用することで、さまざまなサービスを平易に利用することができるわけだ。 各種アプリを利用するたびに信頼できる会社なのかと不安に思いながらクレジットカード番号を打ち込む日本とは手間が違う。モバイル決済は便利なスマホ利用の入り口だ。これが「日本と比べて何が便利なのか?」との問いの回答となる。 モバイルインターネットで便利になったジャンルは無数にあるが、我々外国人旅行者にとってもっとも印象的なのは鉄道切符の購入ではないか。かつては鉄道切符を買うのにも半日がかりだった中国だが、今では数分間、スマホを操作するだけで予約から決済まで終了してしまう。さらに先日から駅弁のスマホ予約も始まるなど、サービスは充実する一方だ。 中国ではなぜパソコンの時代をスキップして、モバイルインターネットの時代が到来したのか。 リープフロッグ(カエル跳び)という言葉がある。アフリカで固定電話が普及する前に携帯電話が普及したという事例が代表的だが、先進国の技術導入ステップと比較して一足飛びに新たな技術が導入される現象を意味する。中国においてはパソコン=インターネット時代が成熟する前にスマートフォン=モバイルインターネット時代が到来したというわけだ。杭州地下鉄の切符販売機 ちなみに中国のモバイル決済(携帯電話端末を用いた決済)利用者数は5億185万人。13億7900万人の国民のうち、38%が使っている計算となる(2017年6月時点、『CNNIC報告書』を参照)。日本や米国など先進国をはるかに上回っているが、ケニアでは全国民の70%超とさらに高い数字を示している(報告書『2017智慧生活指数報告』を参照)。 中国国内でもむしろ経済的に遅れた地域のほうがモバイルインターネットの成長率が高いという。 「中国でもモバイル決済の成長率が最も高いのはチベットです。パソコンの普及率がきわめて低かったので。スマートフォンならば様々な価格帯がありますし、すべてのサービスが集中するようになって利便性は大きく高まっています。中国のモバイル決済は現金を使わなくなったという意味ではなく、日常生活に伴うすべてがスマートフォンに集中することで、生活が便利になる、日常生活に伴うコストが下がることを意味しています」と楊さんは言う。中国でモバイル決済が普及した背景 モバイルインターネットの入り口として普及したモバイル決済だが、2014年からオフラインでの利用、すなわち店舗での決済が始まった。それからわずか3年で大都市では現金を持ち歩かなくとも生活できるレベルにまで普及している。 この爆発的な普及の背景について、楊さんは次のように説明する。 「中国の若者は新しいサービスを受け入れる能力がきわめて高かったのです。オフラインでのモバイル決済はちょうどスマートフォンの普及と同じタイミングだったので取り入れやすかったという側面もあります。中国だけではなく、インドもスマートフォンの普及期にQR決済が普及したので、爆発的な成長を見せました。アントフィナンシャルが提携するPaytmはすでに500万の加盟店を擁しています。一方で先進国ほど新しいQR決済の受け入れは難しいというのが実感です」 上述のリープフロッグ現象に加えタイミングがよかったとの分析だが、私見を付け加えるならば、莫大なマーケティング費用が投下されたことも大きい。「アリペイ払いで代金をキャッシュバック」といったキャンペーンが大々的に展開されたのだ。今年8月1日から8日まで行われた「無現金週間」のキャンペーンでは、毎日88万人に抽選で純金がプレゼントされた。 また決済手数料の安さも拡大の要因だ。代理店経由の契約では業種ごとに違うものの平均で0.6%未満だ。小店舗や屋台などで使われるユーザースキャン型では、決済手数料は無料である。(銀行口座振り込み時に0.1%の手数料)。 上述したとおり、日本では「中国は偽札が多いからモバイル決済が流行った」との説が広がっているようだ。偽札リスクがないのはもちろんメリットだが、それ以上に利便性の高さが普及を牽引したことをおわかりいただけただろうか。 ここまでモバイルインターネット、モバイル決済がなぜ爆発的に普及したのか、利用者にはどのような利便性があるのかを見てきた。では運営会社にとっては莫大なマーケティング費用を投じた価値はどこにあるのだろうか。杭州市のレストランにある音声式アリペイ決済機能を備えたレジ その答えは『ビッグデータ」にある。もはやバズワードとして聞き飽きた感のあるビッグデータだが、中国IT業界ではスマートフォンを通じて収集された大量のデータによって次々と革新的サービスが生み出されつつある。次回はその実情をリポートする。(※写真はすべて筆者撮影)たかぐち・こうた ライター・翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国・南開大学に留学後、ライター、翻訳者として活動。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか 人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

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    「38度線が対馬まで下りる」南北会談後に起き得る地政学リスク

    になってしまうかもしれない。今は38度線で対峙(たいじ)しているが、それが対馬まで下りてきてしまう。中国の影響力が強まらざるを得ない。もっとも韓国内部にも、自由統一を指向する保守勢力があるので、そうした状況になるのを許さないかもしれないが、予断を許さない。 また、米朝首脳会談が不調に終われば(そもそも開催されない可能性もある)トランプ政権は軍事攻撃を検討するだろう。ただし、攻撃をして核ミサイルを取り上げた後、すぐ軍を引く限定攻撃だ。北朝鮮地域の平定と軍政を米軍が担う意思はない。文在寅政権の韓国がそれを担うならば、中国は半島全体が自由化することに強く反対して軍を出し、北朝鮮地域が分割占領されるかもしれない。   または、文在寅政権が米国との共同作戦参加を拒否し、米韓同盟が破綻して、米軍は北朝鮮地域だけでなく韓国からも撤収し、北朝鮮地域の平定と軍政は中国軍が担うかもしれない。文在寅政権は中国の傀儡(かいらい)となった次期北朝鮮政権と連邦制で統一するか、あるいは韓国単独で中国と軍事同盟を結ぶこともあり得る。韓国内の反共自由民主主義勢力が韓米同盟を守るため、文在寅政権を倒す可能性も残っている。 さまざまなシナリオを考えても、アジアの覇権を狙う中国が半島全体を事実上支配し、38度線が対馬まで下りてくることになる。これが、金正恩の核危機の後ろにあるわが国の「地政学的危機」だ。 もはや米国は同盟国を守るため、あるいは自由という理念を世界に広げるため、陸上部隊を投入しない。これからの米軍は、空軍と海軍だけを使った、米国軍人の命を犠牲にしない「安全な戦争」しかしない。 中国の習近平政権は米国に並ぶ軍事大国を目指し、東アジアでの覇権を握ろうとしている。彼らは「力の空白」があればすぐに軍を出す。北京の人民大会堂で歓迎式典に向かう北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席=2018年3月29日(朝鮮中央通信撮影・共同) 日本は自分の国の軍隊で中国軍と対峙しなければ誰も代わりに戦ってはくれない。朝鮮半島でこれから起きることと同じことが、尖閣でも台湾でも、そして沖縄でさえ起きるかもしれない。 日本の独立が脅かされる日露戦争直前と同じ危機が、すぐ近くに来ている。大多数の国民がそれに気がついていないことが、実は重層危機の深層にある一番恐ろしい危機だ。

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    米中貿易戦争、トランプ流は「ニセモノ大国」の市場開放を遅らせる

    リスト、翻訳家) 経済をめぐる米中の対立が激化している。発端となったのは米国の対中制裁だ。米当局は「中国の知的財産権侵害に対するもの」との声明を発表している。 中国といえば、悪名高き「ニセモノ大国」として広く知られている。知的財産権侵害で怒りを買うのも当然という印象を持たれるかもしれないが、その理解には落とし穴がある。一般的に「ニセモノ大国」としてイメージされるのは、海賊版やニセモノ・ブランド品の横行だろう。これらは民間企業の問題だが、この数年で急速に状況が変化しつつある。 例えば音楽、漫画、映画やドラマ、アニメ、スポーツといったエンターテインメント・コンテンツだが、近年では正規配信が急増している。中国エンタメ業界の巨人である騰訊(テンセント)は動画配信、音楽、漫画、小説などのジャンルで有料配信への導入を続けている。2017年の財務報告では動画配信の有料視聴権は延べ5600万件に達したと発表した。 筆者は先日、広東省深圳市にあるテンセントが入居するオフィスを訪問したが、トイレに貼られていた社内誌『微報』の漫画が興味深かった。「ゲーム権益の保護-特許申請」というタイトルだ。「ライバル社にパクられまくりでつらい!」と訴える青年に、テンセントのマスコットであるペンギンがふんした裁判官が「特許で守りなさい! 特許が認められればパクリを抑止できるし、ボーナスや昇進につながるよ!」とアドバイスする内容である。 テンセントといえば、かつては他社とそっくりのプロダクトを出すことで知られていた。同社の主力製品であるメッセージソフト「QQ」はもともと「QICQ」という名称で、世界的なメッセージソフト「ICQ」とそっくりのデザインや機能を持っていた。ICQから警告を受けて「QQ」と改称した経緯があるほどだ。そのテンセントが今や正規配信の「擁護者」なのだから、中国の変化はすさまじい。中国のIT大手、騰訊(テンセント)の社内誌「微報」の漫画の一コマ 急激な変化の背景にあるのは中国政府の方針転換だ。2010年代に入り、政府は国内コンテンツホルダーの育成、権利擁護にかじを切った。以前ならば、大手動画配信サイトが海賊版を公開していても「ユーザーがアップロードしたものならば、配信サイトの責任は問われない」との判例が定着していたが、近年では海賊版削除の義務を怠ったとして敗訴する事例もある。 もちろん、いまだに海賊版は少なからず存在しているが、環境が急激に変化しているのは間違いない。ある中国アニメスタジオの経営者は「5年以内にはネットの海賊版は壊滅するのでは」との見通しを示した。逆にまだ問題が多いのが商品のニセモノだという。ネットサービスは監視しやすいが、小商店までは監視の目が行き届かないというのがその理由だ。日本社会の常識では、ネットこそ「海賊版の温床」というイメージだが、中国ではむしろ逆だという。 米当局の声明を見ても、問題視されているのは「ニセモノ大国」という民間企業パートではなく、規制という国家の問題だ。外資規制による技術移転の強要や不公正な技術移転契約が取り沙汰されている。米国ファーストが規制温存の口実に 例えば自動車だ。外資系企業が中国で製造、販売するためには、中国企業と合弁企業を作り、かつ過半数の出資比率は中国企業が握るという規制を飲まなければならない。中国には「市場換技術」(マーケットを技術と交換する)という言葉がある。巨大市場・中国への進出という果実を代価として、海外の技術を得るという意味である。 こうした国策は何も中国だけのものではなく、途上国の多くが導入している規制だ。バカ正直にマーケットを開放すれば、国内企業は育たない。国家経済の段階に応じて市場を開放していくのはありがちな戦略だ。中国も規制緩和を進めているが、世界第二の経済大国になった現状と、市場開放のペースが見合ったものではないとの不満があるわけだ。 国際社会が緩和のペースを速めるよう中国に求めることは必要だが、果たしてトランプ大統領の経済制裁が有効な手段かは疑問が残る。「アメリカファースト」の姿勢はむしろ市場開放とは逆行しており、中国にとっては規制温存の口実を与えかねない。 中国の市場開放を促すならば、まず自らが自由貿易を促進し、多国間の経済協定を推進すべきだ。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)はまさにそうした目的で進められていた。TPPから脱退し保護主義を打ち出しながらも、中国に市場開放を求めても大きな成果を上げることは難しいだろう。 しかも、大々的な「貿易戦争」のポーズは中国国内の対米感情を悪化させ、習近平政権による外交をも縛りかねないリスクがある。中国は共産党一党独裁の政治体制ではあるが、それは民意を無視した政治、外交が自由に展開できることを意味してはいない。選挙という正当性担保の手順を踏んでいないからこそ、むしろ「民に愛され推戴(すいたい)されている支配者」という装いを保つ必要があるためだ。 これまで中国社会におけるトランプ大統領に対する評価は、どちらかといえば好意的なものが多かった。むしろ大統領選で争ったヒラリー・クリントン元国務長官は「反中派」のイメージが強かった。また、ロシアのプーチン大統領が典型だが「強者」に対する憧憬(しょうけい)といった要因が、トランプ大統領のイメージにプラスに働いていたためだ。2017年11月、北京で共同記者発表に臨むトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=北京の人民大会堂(共同) だが、大々的な貿易戦争が始まれば話は別だ。その影響がどれほど広範かつ根強いものかは、過去10年間何度も中国社会の怒りの的となってきた日本人ならば、たやすく理解できるはずだろう。 「中国に強い圧力をかけた」という事実が必要ならばともかく、中国の市場開放促進という実益を求めるならば、米当局には異なる選択肢が必要だろう。

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    習近平先生の怒りを買った「悪ガキ」金正恩の大チョンボ

    重村智計(早稲田大名誉教授) 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が突然、中国を訪問した。メディアは電撃訪問に驚き、「中朝関係改善」「(米朝首脳会談へ)中国の支援確保」といった北朝鮮の「外交勝利」とみるコメントや報道を並べた。だが、外交問題は双方の立場を確認しないと危険だ。同じ報道や解説を掲げるのは、ただの「大本営発表」である。他とは違う報道や解説をしないと専門家の意味はない。 中朝双方の報道機関は、28日午前に「中朝首脳会談」を報道した。中国国営新華社通信は「(金委員長は)非核化への努力を約束した」と報じた。一方で北朝鮮は「非核化の約束」を報じなかった。それどころか、政府の公式発表もない「冷たい中朝首脳会談」だった。 中国側の報道映像は、習近平国家主席が余裕を持って対応し、金委員長がメモを取る姿を映し出した。この映像は「先生」のように指示する習主席の言葉に、「生徒」のような北朝鮮指導者が聞き入る姿を強調していた。 日本の新聞、テレビは28日の朝刊で「金正恩訪中」を確認できなかった。産経新聞だけが「電撃訪中」の見出しを掲げた。「正恩氏? 突然の訪中」(朝日)「訪中の情報」(日経)「訪中の要人 金正恩氏か」(毎日)「初の訪中か」(読売)と、いずれも曖昧な見出しだった。別の言い方をすれば、産経以外は「特オチ」である。日本メディアの確認取材の能力が欠如しているというしかない。 最近の日本メディアは、韓国の報道や韓国政府発表に頼りすぎている。独自の取材源を持っていないようだ。かたや、中国の報道関係者や当局者は知っていた。中国の対応からは、誰が見ても「金正恩訪中」しかないと判断できたはずである。北京駅(奥)に入る北朝鮮の要人を乗せたとみられる車列=2018年3月27日(共同) 電撃訪中の焦点は「中国に呼びつけられた」のか、「中国がお願いして来てもらったのか」である。朝鮮問題の専門家や記者は「中国が頭を下げた」との見方が大勢を占めるが、これまたおかしな話だ。最近の北朝鮮に対する中国の怒りや、中朝関係の過去の経緯を知らないはずもあるまい。北朝鮮は、南北首脳会談や米朝首脳会談について、事前に中国に説明してこなかった。中国はメンツを傷つけられ、怒っていたのである。 最近の中朝関係は最悪の状態だった。中国は、北朝鮮による昨年の核実験に失望し、国連制裁に同調して多量の石油禁輸を実行していた。北朝鮮の報道機関は、あからさまに中国を非難していた。 中国は東アジアの超大国であり、北朝鮮は小国だ。中国が北朝鮮に頭を下げたのではなく、北朝鮮が中国に呼びつけられたと考える方が真実に近いだろう。この判断をテレビで示したのは、元外交官の宮家邦彦氏ぐらいであり、さすがは中国外交を知り尽くす専門家である。 今回の電撃訪中でまず考えるべきは、それが公式訪中か非公式訪中か、という判断だが、今回は明らかに非公式だった。仮に公式訪中であれば、中国は歓迎式典を行うだろうし、メディア向けに報道文も発表し、中国メディアも大きく報道していたはずである。そして、最後に中国は「お土産」を準備し、北朝鮮側はそれを誇示する。しかし、今回の場合、金委員長の訪問は秘密裡に行われ、北京を出発した後も公式発表は行われていない。 中国と北朝鮮は、ともにメンツを重んじる国である。習主席と会談したのに、石油などの経済支援を獲得できなければ、指導者は大義名分とメンツを失う。首脳会談を前に、日米韓三国への中国による牽制(けんせい)と北朝鮮への支援確保が目的、との解説もあった。仮にそうならば、大々的に公表して報道しなければ意味がない。「非核化に努力する」の意味 また、メディアは「北朝鮮の指導者が中国を電撃訪問したのは2000年以来18年ぶり」と歴史的意義を強調した。実は2000年以降にも、電撃訪中を繰り返している。例えば、2005年の米国による金融制裁を受けて、北朝鮮はマカオの銀行の秘密口座から資金を引き出せなくなった。それに慌てた金正日(キム・ジョンイル)総書記が電撃訪中し、マカオ近くまで長時間列車で移動した。このときは、中国当局と交渉したが失敗したと報じられた。要するに、北朝鮮は困り果てたから電撃訪中したのである。 中国は、金委員長の訪中を北朝鮮に帰国するまで発表しなかった。指導者が国を空けてといると分かると、クーデターの危険があったからだ。また、列車の往来で爆破テロの恐れもあった。これは北朝鮮内部が決して安定していない事実を示唆している。 北朝鮮は南北首脳会談の合意と米朝首脳会談の提案を事前に中国に説明していなかった、と中国政府筋は明らかにしていた。国際関係が大きく変化する際には、事前に説明するのが外交上の礼儀である。中国は当然、説明のための特使派遣を求めた。一方で、北朝鮮筋によると、平壌では「中国側から特使を派遣したいとの申し入れがあった」との噂が意図的に流されたという。事実はまったく逆であったようだ。 普通に考えれば、南北首脳会談と米朝首脳会談の発表直後に、中朝首脳会談が実現するのが理想である。それが発表から1カ月もかかったというのは、中朝の調整がうまくいかなかった証左であろう。では、なぜ金委員長は電撃訪中をせざる得なくなったのか。中国政府筋によると、中国は北朝鮮に「送油施設の故障で、半年ほど原油を送れない」と通告したという。石油供給を中断したのである。 さらに、北朝鮮は米朝首脳会談の事前接触がうまくいっていない事実にも困り果てていたという。トランプ米大統領は、軍事攻撃を主張していたボルトン元国連大使を国家安全保障担当の大統領補佐官に任命するなど、その後も軍事攻撃を示唆する言動を続けていたからである。 北朝鮮の歴代指導者は、就任前と就任後には必ず訪中していた。ところが、金委員長は就任以来一度も訪中できなかった。習主席が金委員長を快く思っていなかったことが原因らしい。北京の人民大会堂で握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席(新華社=共同) そのため、中国は国連制裁に従い、石油供給を減少させた。その上で、北朝鮮に「非核化」を約束しないと首脳会談は難しいと伝えていた、と中国政府高官は述べている。 中国メディアは会談で「朝鮮半島の非核化に努力する」と約束したと報じた。しかし、かつて金日成(キム・イルソン)主席も金総書記も用いたこの表現は、韓国の非核化も意味する。だが、韓国に核兵器はないので実効性を伴わない。実は、会談の中で金委員長が一歩踏み込んで「朝鮮半島」の言葉を外し、単に「非核化に努力する」と言及したのではないだろうか。これは北朝鮮の非核化を約束したに等しい。つまり、北朝鮮指導者の「最大限の譲歩」を意味しているのである。

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    中国に7000万人 LGBT向けビジネスが活発化

     中国で「LGBT」と呼ばれる性的少数者=L(レズビアン)、G(ゲイ)、B(バイセクシュアル)、T(トランスジェンダー)が7000万人に達していることが明らかになった。 これはイギリスの人口を上回る規模で、その年間消費額も4700億ドル(約53兆円)と推計されているが、中国ではLGBTを蔑視する傾向が強いことから、海外での挙式に関心を示しており、潜在的に大きな市場として海外の旅行業界などが開拓に乗り出している。米タイム誌などが報じた。 中国の同性愛者向け出会い系アプリ「Blued」の最高経営責任者(CEO)・耿楽氏によると、Bluedは世界で最大級の同性愛者向けアプリでユーザー数は1500万人にのぼる。 彼ら(彼女ら)は社会的なステータスが高い層が多く、平均月収は約1万元(約16万円)と全国の労働者の平均月収の5倍にも達しており、可処分所得が高くブランドモノを好む傾向が強いという。 これは大半のLGBTに子供がいないことが大きな原因だとみられる。 欧州や米国に次いで世界3位のLGBT人口を抱える中国が大きな市場として観光業者の関心を集めている。これは日本のみならず、欧米諸国も同じで、中国のLGBTを自国に取り込もうと躍起になっているというほどだ。 これは、中国内でのLGBTにはまだ市民権が与えられていないことも大きな原因だ。 「同性愛に治療は必要ない」と書かれたプラカードを掲げ、LGBTの人権擁護を訴える人々=北京(AP) 中国では同性愛行為者が罪に問われた時代が長く続いていた。それが、違法ではなくなったのは1997年で、LGBTがタブー視されていない香港が同年7月、中国に返還されたためだとみられる。 その後、2001年からLGBTは精神疾患リストからも外されたが、一般的にはまだまだ認められていない。 ネット上では、同性愛者が「ハワイで結婚式を挙げた」などという書き込みに対して嫌悪感を表明する意見も少なくない。 日本でも同じような傾向はみられるが、中国の場合はこれまで一人っ子政策が適用されていたことから、「子供がいないのは罪悪」という感情がより強く、「一人っ子の男性の場合は『偽装結婚』をして、子供を作ってから、安心して同性愛にのめり込むという傾向が中国では強い」(香港紙「リンゴ日報」)とも報じられている。関連記事■ 同性愛者がなぜ必ずクラスに1人いるのかという謎に迫った本■ 米の性調査 同性愛者比率は60年前からほぼ変わっていない■ 中国大都市圏で同性愛エイズ患者拡大 一人っ子政策の影響も■ 聖火リレーに同性愛者象徴旗持つ男が乱入しプーチン怒り心頭■ 中国・周恩来元首相に同性愛説広まるも国内では反発の声

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    「現代の始皇帝」習近平の野望

    中国の春秋戦国時代、秦王政が史上初の中華全土を成し遂げたのは紀元前221年のことである。それから2千年余り。現在の最高指導者、習近平氏が国家主席の任期制限を撤廃する憲法改正案をぶち上げた。「終身独裁」の始まりである。なぜ強権化を急ぐのか。「現代の始皇帝」習近平の野望を読み解く。

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    2049年「習近平の夢」は96歳で完成する

    加藤隆則(汕頭大学長江新聞與伝播学院教授) 中国の憲法改正問題をどうみるか。ちょっと「寄り道」をしなければ、核心には迫ることができない。『サピエンス全史』の著者、イスラエル人の歴史家ユヴァル・ノア・ハラリ氏=2016年9月(荻窪佳撮影) イスラエルの歴史学者、ユヴァル・ノア・ハラリ著の『サピエンス全史(Sapiens)』は世界的なベストセラーになった。だが、中国を代表とするアジアについては十分な理解があると思えない。特に、「歴史上の戦争や革命の大半を引き起こしたのは食糧不足ではない」(柴田裕之訳)と断言し、フランス革命を率いた「豊かな法律家」や、古代ローマ共和国の崩壊、1991年からのユーゴスラビア紛争を挙げている点だ。中国の王朝興亡史にこの定理は当てはまらない。 中国大陸では、土地を失い、食糧を奪われ、何一つ失うもののない「無一物」の農民たちが決起し、王朝を転覆させてきた歴史がある。毛沢東は、工業先進国で生まれた社会主義思想を農村に適用した。そして、腹を空かした農民を組織し、都市部のブルジョア資本を代弁する蔣介石政権を打破できたのは、独自の歴史に学んだ結果である。 過酷な自然環境の中、食について飽くなき追求をしてきた民族は、あくまで胃袋で感じ、行動する。思考を支える言語には、食に関する表現があふれ、古代からの詩は常に「飢え」と背中合わせだった。 最低限の衣食が足りたとしても、人として並の待遇を受けられない飢餓感は、腹の中に抱え込まれる。抽象的な観念に振り回されるのではなく、体を使って、人生にとって何が大切で、どんな楽しみがあるかを考える。中国ではこうやって人々が暮らしてきた。 そして現在、習近平総書記(国家主席)が最も恐れているのは皮肉にも、人間の尊厳を踏みにじられ、幸福な生活が脅かされている農民たちの不満である。毛沢東が、みなを国の主人公にすると約束したのは嘘だったのか。「最初の話と違うじゃないか!」。農村からの悲痛な叫びに耳を澄まし、納得のいく答えを出さなければ、中国共産党はその歴史的正統性を失って崩壊する。 これがなぜ憲法改正とつながるのか。もう少し、回り道にお付き合いいただきたい。 忘れてならないのは、約100年前に中国共産党を結成し、最後には天下を取った指導者たちや同志たちもまた、土地に縛り付けられた農民だったということだ。党が腐敗し、本来、最も多く成長の果実を分け与えられるべき農民たちが、逆に社会の底辺に追いやられ、汚染された土地と水の中で、成長の犠牲になっている。 まともな生活の保障がないまま都市で暮らす出稼ぎ農民、そして農村に取り残され、孤立した老人や婦女、子どもたちは、貧しさと不正義への不満をつのらせ、党幹部の腐敗に対して腹に据えかねている。持たざる者たちの怒りはもはや爆発寸前で、すでに小さな火種はあちこちに表出している。習氏自身が「このままでは党も国も滅ぶ」と強い危機感を公言せざるを得ない状況なのだ。 ここでようやく本題に結びつく。現政権にとって最大の眼目である「党の存続」―これが憲法改正のキーワードだ。憲法の核心は各論を述べた本文ではなく、「共産党の指導」こそが人民が主人公となる国家を打ち建て、民族を団結させたのだとする前文である。憲法の順守は、党に対する忠誠の誓約にほかならない。「親の遺産」を受け継ぐ使命 以下に述べるように、当面、その党を率い、党の腐敗に敢然と立ち向かえる人物は、習氏をおいてほかには見つからない。不文律を破って、最高指導部の周永康元常務委員や軍の元制服組トップ2人を相次ぎ摘発した腕力は、暗殺にさらされるリスクをはねのけ、熾烈(しれつ)な政治闘争を貫徹した。 だとすれば、任期を縛る杓子(しゃくし)定規な憲法条文は足かせでしかない。合理主義の精神は、目的と手段を混同しない。法は統治のための手段であって、あくまで目的が優先されるべきだと考える。 党の存続は、中華民族の偉大な復興、いわゆる「中国の夢」のスローガンによってコーティングされている。その偉大な目標の前で、憲法は動員される舞台装置の一つでしかない。 習氏が「中国の夢」として掲げる「二つの100年」目標は明確だ。共産党創設100年(2021年)にゆとりある社会(小康社会)を全面的に築き、建国100年(2049年)には富強で、民主的で、文明を備え、調和のとれた社会主義近代化国家を建設する。つまり、半植民地化からの独立を願った孫文以来、歴代の指導者が夢見てきた念願の先進国入りを果たす。 具体的には、2020年に国内総生産(GDP)と1人当たりの収入を2010年の倍に増やす所得倍増計画があり、2020年までに7000万人いる年間収入が2800元以下の貧困人口を解消する。いずれも習近平政権2期目の課題で、2年後に決算が迫っている。 後者の目標を達成すべき2045年、習氏は92歳である。民族復興の事業を完遂させた元老として天安門の楼城に立ち、党の事業を継承した功績に身を震わせる姿を想像しているのだ。中国の習近平主席の父、習仲勲氏。2013年には生誕百周年の記念切手が発売された 建国を率いた毛沢東ら革命世代の2代目「紅二代」のリーダーとして、習氏は親たちの残した遺産を受け継ぐ使命を帯びている。党の存続は、紅二代の総意に基づく至高の家訓だ。血統を重んじる中国人社会において、紅二代は最も高い権威を持つ。次世代の指導者たちは足元にも及ばない。 彼の父で副首相まで務めた習仲勲は「おれは農民の子」が口癖だった。習仲勲の祖父は、河南省から戦乱と飢饉(ききん)のため陝西省に流れ着いた農民である。習氏もまた文化大革命期、陝西省の寒村で農作業に従事した経験を通じ、「自分は黄土の子だ」との一文を残している。 習氏が僻地(へきち)の農村を訪れ、農民と談笑する姿には、これまでの指導者が持っていた官僚臭さがまったく感じられない。背景に溶け込み、ごく自然に接していることが伝わってくる。土地の臭いを身体に帯び、彼らの胃袋を体感しているからだ。身体性のコミュニケーションは、地に足のついた、確かなつながりを生む。 地球の外からのぞくように見ていては、土地が生む歴史の現実をつかむことはできない。習氏について、時代錯誤の社会主義理論を振りかざす教条主義者のイメージを抱く多くの報道や論評は、目が曇っている。農民と頻繁に直接対話を続ける理由 『サピエンス全史』は、仮想の国家を維持するため、神話やイデオロギー、宗教など「想像上の秩序」が必要であると指摘する。それは確かに一面の真理であろうが、中国の農民たちを結び付けているものは、もっと差し迫った、体臭が伝わるように泥臭い、村のおきてのようなもの、身体で感じ取るものだ。決して憲法という「想像上の秩序」ではない。 習氏が頻繁に農村に足を運び、直接対話を続けているのは、「人民日報」の論評欄では役に立たないからだ。それは大衆路線と呼ばれる党の伝統を体現している。善悪や特定の価値観をもって一国を眺めても、現実の姿は視界に入らない。 農民たちは、腐敗高官をなぎ倒し、強い指導者を演じる習氏を強く支持している。農村は2月に春節を迎えたが、各家には習夫妻のカレンダーが飾られた。習氏が強力に進めた綱紀粛正策によって、今では地方の末端に至るまで、厳格な公費管理が浸透してきている。かつてあり得なかった大きな変化だ。この力は過小評価できない。だれもまねのできない荒療治であることは、みなが認めている。 農民の気持ちを理解できなければ、中国の指導者が何を考えているのか、中国がどこへ向かおうとしているかはさっぱりわからない。中国の多くの知識人は農民を見下している。だから農民もインテリを信じていない。知識人と大衆との遊離は、別の深刻な問題ではある。 党を存続させるため、長期政権を実現させる憲法改正案には、農民からの広範な支持があることを見過ごしてはならない。民主的な選挙のない国で、支持という能動的な表現に違和感があれば、彼らは現在の指導者を信頼し、農具を手に蜂起することは考えていない、と言い換えてもよい。 2017年10月の第19回党大会で、習氏は常務委員に後継者を抜擢(ばってき)しなかった。また、軍の最高機関である中央軍事委員会にも制服組以外を登用しなかったことで、習近平政権の長期化は既定路線となった。 党への絶対服従を誓う中央軍事委は、党総書記兼同委主席である習氏一人に権限が集約されている。党権力の源泉は軍の掌握にある。党・国家のトップになるためには、軍の経験を積むことが不可欠であることを考えれば、現時点で後継の有資格者はいない。第19回中国共産党大会の閉幕式で拍手する、(左から)胡錦濤前国家主席、習近平国家主席、江沢民元国家主席=2017年10月、北京の人民大会堂(共同) 憲法を改正せずとも、実質的な権力者として君臨することはできる。かつて江沢民元総書記は、15年にわたって中央軍事委主席を務め、軍内に大きな影響力を温存した。総書記と国家主席の座を胡錦濤氏に譲った後も、2年近く同委主席の椅子に座り続けた。2004年9月、完全引退に際しては、胡氏に対し「重要事項は江沢民に相談する」との密約まで結ばせた。 もっと言えば、鄧小平時代は党や国家の正式な肩書を持たないまま長老支配を貫き、形式上トップの総書記を自由自在にすげ替える離れ業までやってのけた。軍の掌握と革命世代の威厳こそが権力の源泉だったのだ。「主席」毛沢東の再来か だが、習氏は憲法改正を選択した。つまり、習氏は2期目終了後、肩書を失ったまま、実質的な権力者として居座る道を選ばなかったことを意味する。形の上であるにせよ、法と制度によるレールを敷くことにこだわった。反腐敗キャンペーンを通じ、法制化、制度化は彼が繰り返し強調していることだ。 文革後に制定され、現憲法のもとになっている1982年憲法は、父親の習仲勲が全国人民代表大会の副委員長兼司法委員会主任として、可決を宣言したものである。法的手続きの重視は、紅二代として親に対する敬意を表したとも受け止められる。 では、海外メディアがしばしば指摘するように、「主席」であり続けた毛沢東の再来なのか。 まず、断っておかなければならないのは、多くの若者が、ファイアーウォールを越えるソフトを駆使してインターネット規制をかいくぐり、年間1億人以上の中国人が海外旅行をする時代に、完全な封鎖体制を敷いた毛沢東時代との比較を持ち出すのはナンセンスだということだ。 党のイデオロギー統制や独裁体制に賛同できない金持ちや知識人は次々と海外に移民している。習氏はそんなことはお構いなしだと思っている。彼の目には、ネットともつながっていない「持たざる農民」たちの姿が映っている。中国河北省保定市安新県を視察する習近平国家主席(中央)=2017年2月(新華社=共同) すでに一定の財を築いた都市部の中産階級は、今ある生活を守ることに必死で、大幅な現状変更は望んでいない。都市住民が、ようやく自由に海外旅行でできるようになった現在の繁栄を犠牲にし、参政権や言論の自由を求めて立ち上がるとは思えない。都市から党が崩壊するシナリオは考えにくい。やはり要は、胃袋と直結した農村なのだ。 また、多くの中国ウオッチャーがすっかり忘れていることがある。強権体制による長期政権を選択したのは、胡錦濤時代の深刻な反省に基づいているという点だ。 幹部養成の共産主義青年団(共青団)で権力の階段を一歩一歩進んだ胡氏は、企業で言えばサラリーマン社長だ。江沢民勢力に阻まれて権力基盤が脆弱(ぜいじゃく)で、そのために格差是正の改革は置き去りにされ、「不作為の十年」との酷評を浴びた。 指導部内でのチェック機能がマヒし、公私混同の腐敗が深刻化した。周永康元常務委員、薄熙来元重慶市党委書記、令計劃元中央弁公庁主任による政権奪取のための謀略や暗殺までが横行し、名実ともに危機的状況を迎えていた。尖閣諸島の領有権をめぐる対立を口実に、全国的で広がったいわゆる「反日デモ」も、こうした権力内部の混乱が背景となっている。 党が迎えた危機的状況は、総書記の脆弱な権力基盤、そして最高指導部の権力分散によって生じた。だとすれば、それを救う唯一の方策は、総書記への権力集中でしかない。権力集中は目的ではなく、手段として始まったことに留意すべきだ。 胡錦濤時代、散々指導者のふがいなさを嘆いた人々が、強力な習近平政権が誕生すると、今度は権力集中を批判している。時流にこびる言説に惑わされては、真相を見誤り、的確な情勢判断に基づく決定ができなくなる。 習氏が権力欲のために政敵を排除して独裁化を進め、傍若無人に毛沢東と並ぶ権威を確立しようとしている―。しばしばメディアで目にするこうした見解は、現場の状況を踏まえない、特定の政治的立場、価値観の表明でしかなく、政治の実態をとらえていない。時代背景や国際環境の違いを無視した、ステレオタイプにすぎない。安易な二分論を持ち出し、人の耳に入りやすい言葉で大衆に迎合しているだけで、時代に対する責任感を欠いている。 ネットのアクセス数を増やすため、事実が軽視され、刺激的な言葉がはびこる「ポスト事実時代」の弊害は、いくら強調してもし過ぎることはない。最後に不利益を受けるのは、権力や利益と無縁な、支配され、奪われる側の力なき者たちなのだ。

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    習近平「終身独裁」で中国の自滅は確実になった

    上念司(経済評論家) 今から5年前に出版されたエドワード・ルトワックの『自滅する中国』(芙蓉書房出版)はまさに予言の書だった。 ルトワックいわく、中国は外交も戦争も「孫子の兵法」を重視するあまり、現代におけるヨーロッパ的な価値観外交に適応できない。「孫子の兵法」の本質は「兵は詭道なり」である。簡単に言えば、「だまされた奴が悪い」ということだ。勝つためにはどんな嘘もペテンもまかり通る。だから、国際法は自分の都合のいいように解釈するか、正面切って破るかのいずれかだ。文句を言ってくる国に対しては、経済や軍事、あらゆる手段を使って恫喝する。記者会見でマクロン仏大統領(左)と握手する中国の習近平国家主席=2018年1月 そんな世界観が欧米的な価値観と相いれるはずはない。そもそも、中国大陸においてヨーロッパのような分裂国家の集合体であった時代は短い。中国大陸において対等の力を持った国が競い合っていたのは春秋戦国時代ぐらいのもので、それ以降は統一王朝という名の独裁政権が支配している。しかも、その政権の多くが異民族の侵略によって成立した王朝であり、漢民族は被支配民として歴史の大半を過ごしていた。 だから、歴史的に中国は同等な付き合い方を知らない。いまでも、南モンゴル、ウイグル、チベットに対しても、粛清と民族浄化という形でしか接することができない。世界には皇帝と奴隷しか存在しないとでも言うのだろうか。ハッキリ言って迷惑な話だ。 しかし、そんな乱暴者は嫌われる。ルトワックは5年前の段階で、中国の孤立を予想していた。中国が暴れまわることで、かえって周辺諸国が結束するからだ。具体的に言えば、東南アジア諸国連合(ASEAN)諸国が結束し、台湾の独立派が勢いづき、日本とインド、オーストラリアには事実上の軍事同盟が成立するといった反応が考えられる。もちろん、そこにアメリカも加わるだろう。これらの国々に包囲されたらさすがの中国もひとたまりもない。 そこで、中国共産党は自分たちがいくら暴走しても各国が連携しないよう、世界中にパンダハガー(親中派)を育ててきた。彼らは「中国は経済成長すればいつか必ず民主主義になる」という不思議な理論を唱え、とにかく中国を儲けさせてやることが大切だと言わされた。いや、自ら進んで言ったのかもしれない。弱みを握られたのか、利権で釣られたのか理由は不明だ。経済成長しても民主化しない中国 いずれにしても、パンダハガーたちの活躍で中国は巨額の援助と技術協力を得た。タダ同然の人件費と緩すぎる労働規制に便乗し、多くの企業がチャイナビジネスで儲けた。その結果、中国経済は大きく成長し、国民は前よりは豊かになった(はずだ)。  ところが、中国が民主化する兆しは一向に表れなかった。共産党の一党独裁すら終わらない。それどころか、最近では一党独裁どころか終身国家主席まで誕生した。まさに文字通りの独裁国家の誕生だ。「経済成長すると民主化する」などという話はデタラメだったのだ。テレビ放送で演説を行う習近平国家主席=2017年1月 困ったのは世界中のパンダハガーたちだ。これでは中国を表立って擁護できない。そんなとき、ちょうどアメリカで厳しい制裁関税が決まった。鉄鋼製品に25%、アルミニウム製品には10%という効率の関税を課すターゲットは間違いなく中国だ。日経新聞は次のように報じている。  ウィルバー・ロス商務長官やピーター・ナバロ国家通商会議委員長ら、通商問題の強硬派が今回の措置では主導権をとった。ゲーリー・コーン国家経済会議委員長ら、中国との経済関係への悪影響を懸念する人たちは、押し切られた格好である。 今回の制裁関税の適用が、米国の安全保障への脅威を理由にしているのは、注目に値する。普段は注目されていないが、米国の通商法には戦時措置として導入され、その後も続いているものが多い。その発動は外部からみれば、かなり恣意的にみえる。 トランプ政権は昨年12月の国家安全保障戦略などで、中国について、米国の国益や国際秩序に挑む「修正主義勢力」との位置づけをはっきりさせた。中国はロシアと並んで現状変更をもくろむ勢力。米国はその挑戦を阻まなければならないというわけだ。(日本経済新聞 2018.3.6) これだけではない。3月5日に、中国勢が率いる投資家グループによる米シカゴ証券取引所(CHX)の買収案が白紙展開された。この案件は2月半ばの段階で、米証券取引委員会(SEC)が問題視していたのだが、件の投資グループはこの逆風の強さに諦めざるを得なかったようだ。 これらはほぼ中国を名指して問題視した結果だが、アメリカ国内のパンダハガーからは何の声も上がらなかった。アメリカの左派も一応はリベラルを標榜(ひょうぼう)している。自由と民主主義を建前とする以上、文字通り独裁国家となった中国を表立って擁護できるわけがない。カール・ビンソンがベトナムに寄港したワケ そういえば、トランプ政権が誕生した直後のあるテレビ討論で、「トランプ政権下で米中は接近する」と豪語した学者がいた。また、北朝鮮を巡って「アメリカは中国頼みだ」などと、米中が接近しているかのような記事もあった。今起こっていることのどこが米中接近なのだろうか? 完全にハズレだ。 評論家の江崎道朗氏によれば、中国によるオーストラリアのダーウィン港の租借でそこを拠点としていたアメリカ海兵隊は激怒したそうだ。また、イギリスは中国によるオマーンのドゥクム港工業団地整備やアラブ首長国連邦のハリファ港の港湾利権獲得を問題視し、再びスエズを越えてロイヤルネイビーを展開しようとしている。昨年8月にメイ首相が日本を訪問。今年に入ってTPPに参加する検討を始めた。日本とは準同盟国の関係にあり、日英同盟復活は近いのではないかという人もいる。 3月2日、ニュージーランドのピータース外相は、中国の「一帯一路」構想への協力を見直すと述べた。ピータース氏は「前政権が拙速に署名したことが強く悔やまれる」と述べた。ちなみに、昨年9月ニュージーランドのジャン・ヤン氏という中国出身の議員が中国のエリートスパイ学校とのつながりから、情報機関の捜査対象となったと報じられている。 中国が周辺諸国のみならず、欧米先進国の神経をも逆なでし続けている。それはまるで自分を包囲してくださいと言わんばかりだ。そして、習近平が今回「終身独裁者」となったことは中国の外交に決定的なダメージを与えた。まさにルトワックが予言した通りの展開である。これが、いわゆる国際政治における「バランシング効果」だ。突出しすぎる国は周辺諸国に警戒され、包囲されて潰される。戦前の日本はまさにこの罠に嵌った。どうも今度は中国の番らしい。ベトナム・ダナンの港にいかりを下ろした米原子力空母カール・ビンソン(中央)=2018年3月5日 3月5日、アメリカ海軍の原子力空母「カール・ビンソン」がベトナムのダナン港に到着した。ベトナム戦争終結後、実に約40年ぶりのベトナム寄港だ。これは何を意味するのか? そして、これだけ重要なニュースを日本のマスコミがちっとも大きく報道していない。まさか内部に時代遅れのパンダハガーを抱えているのでなければよいが・・・。 

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    「習近平独裁」を中国人はなぜ歓迎するのか

    高口康太(ジャーナリスト、翻訳家) 2018年2月25日、中国国営新華社通信は中華人民共和国憲法改定案を発表した。3月5日から約2週間にわたり開催される全国人民代表大会(全人代)で最終的に決まるとはいえ、既に党上層部のコンセンサスが取れているため、提案通りに改定されることは間違いない。 中心は国家主席の任期を連続2期までとする制限の廃止だ。中国の最高指導者には共産党総書記、国家主席、軍事委員会主席の三つの肩書きがあるが、そのうち任期規定があるのは国家主席のみ。この制限を廃止したことで、論理的には習近平による終身政権も可能となる。 毛沢東の死後、中国は大きく転換した。定期的なトップ交代を実現し安定的な政治環境を作り上げ、市場経済を導入し高度成長を実現してきた。約40年間にわたり続いてきた中国の大方針が今大きく転換しようとしているのではないか。世界は大きな驚きで「習近平の中国」の変化を見つめている。中華民国大総統、中華帝国皇帝の袁世凱 一方、実際に中国に住む市井の人々は改憲を、そして習近平の統治をどう考えているのだろう。日本をはじめ各国の報道では、中国のインターネット上で批判があふれていることが取り上げられた。まとめると以下のような話になるだろうか。 よく知られているとおり、中国のネットは厳しい検閲が敷かれているため、直接的な批判は難しい。そこで「車をバックさせる動画」で改憲は時代の逆行だと揶揄(やゆ)する。あるいは中華民国期に皇帝として即位した袁世凱の名前を出したり、袁が定めた元号「洪憲」や袁が作った銀貨「袁大頭」などの語句を使って、習近平が皇帝に即位しようとしていると風刺した。こうした婉曲(えんきょく)的なキーワードもすべて検閲対象となったが、今度は「移民」というキーワードの検索数が急上昇。ネットユーザーは書き込みではなく、検索という行動で不満を表明したわけだ。その結果、検閲トレンドでは「移民」がホットキーワードに。検索トレンド表示サイトまでも検閲対象になる異例の事態となった… と、こうした報道を見ると、習近平の改憲に中国人は大きな不満を抱いていると感じてしまうが、そうした理解には落とし穴がある。日本もそうだが、ネットのブームと現実のブームはまったく別物だ。政治に関してもネット世論と一般の世論は完全に異なる。 日本ならばソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のホットトレンドや人気と世論調査の隔たりを比べれば、違いが一目瞭然だ。でも、世論調査が禁じられている中国では、一般市民の意見を知るためのツールはネットしかない。そのため、ネットの流行やムードが過剰に注目されるという側面が強い。毛沢東時代を知らない子どもたち こうした状況で中国人の「総意」を知ることは極めて困難だが、第一に抑えておくべきは、大多数が政治に無関心という点だろう。自分とは関係ない政治の話よりも、仕事に関する情報や娯楽に関する話のほうが気になるのは、中国人のみならず全世界の人々に共通ではないだろうか。政治の話に興味を持つ人の中でも、小難しい政策論よりも、「**という政治家が愛人を作っていて…」というゴシップを楽しんでいる人のほうが多数だ。 その上で政治に関心を持つ一部の人々にとって、改憲はどのように受け止められているかという話を考えてみよう。2000年代、ネット掲示板、ブログ、SNSと新たな発信ツールが次々登場する中で、政府批判はネットユーザーにとっては一種のトレンドであった。大学生を含め、教養ある者にとっては政府の問題を批判し揶揄するのが当然という風潮があった。中国共産党の習近平総書記(右)と毛沢東の肖像が描かれた乗用車内に飾るお守り。北京市内の公園で販売されている(共同) 現在ではこうした風潮はすっかり消え去ってしまった。一つには習近平政権になってからというもの、検閲や摘発の範囲を拡大したことがあげられる。以前ならばデモやストライキの呼びかけや最高指導者への侮辱などの取り締まりに限定されていた検閲や摘発を拡大した。 もう一つは、中国の高度成長を生み出した中国共産党の支配に対して理解を示す人が増えてきたためだ。以前ならば、政府批判は教養ある者にとっては当然のふるまいだったのだが、最近では逆に批判者を揚げ足取りだとたたくようなムードもある。こうした新たなトレンドの中でも、私が注目しているのが仕事や留学で海外の民主主義国での生活経験を持つ中国人による共産党支持だ。 海外在住の中国人ですらも洗脳が解けないほど中国共産党による統治が高度化した…という話ではない。 「憧れの先進国、民主主義国」だったはずが、実際に住んでみると社会問題は山積みだ。汚職もあるし格差もある。民主主義によって英明な指導者が生まれるかと思いきや、どちらかという衆愚の側面が目立ってしまう。「人権はないかもしれないが、強引に人民生活を向上させている中国のほうがまだましではなかろうか。少なくとも欧米メディアに書かれているほど悪い支配ではない」との思いを抱く人が生まれているのだ。 洗脳の結果ではなく、世界を知った上で独裁を支持する新たな世代の誕生だ。彼らからみれば、習近平がより大きな権力を握り、経済改革や汚職対策を進めることは歓迎すべき事態なのだ。 新たな世代が改憲に対する抵抗感が薄いのは毛沢東時代を知らないことも大きいだろう。毛沢東への権力集中がどのような悲劇をもたらしたのかは歴史が示すとおり。文化大革命以後の中国の体制はそうした混乱を繰り返さないように作り上げられたものだ。習近平への権力集中が政治的混乱につながることは十分に考えられる事態と思われるが、このリスクを軽視するのは「毛沢東時代を知らない子どもたち」がゆえなのだろう。(文中敬称略)

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    「巨竜退治」トランプは習近平の野望を砕けるか

    江崎道朗(評論家) 中国共産党の習近平総書記(国家主席)は、ついに長期独裁の野望を隠すことをやめたようだ。 なにしろ3月5日に始まった全国人民代表大会(全人代)において、国家主席の任期制限をなくす憲法改正に踏み切るというのだ。そうなれば、習氏は2期目が終わる2023年以降も国家主席にとどまることが可能になる。 習氏率いる中国共産党政府による横暴は近年、目に余る。尖閣諸島を含む東シナ海での挑発行動だけでなく、南シナ海のスプラトリー群島による基地建設、ミャンマーやスリランカなどの港湾使用権の奪取と、軍事力と経済力を使った強引な拡張主義は、アジア太平洋諸国の反発を買っている。 そして、この中国の拡張主義が、トランプ政権を誕生させたという側面があるのだ。 2013年、中国人民解放軍は「ショート・シャープ・ウォー」(短期激烈戦争)といって、ミサイルと海上民兵によって沖縄・南西諸島を攻撃し、米軍が助けに来る前に日本を屈服させるという軍事侵攻計画を作り、その訓練を実施した。 この「ショート・シャープ・ウォー」の情報をアメリカ太平洋艦隊の情報部門の責任者であるジェームズ・ファネル大佐がつかみ、この情報を同盟国日本に伝えるべきだと提案したのだが、オバマ民主党政権は否定的だったという。 そこでファネル大佐は、あるシンポジウムでこの情報を漏らした。当然のことながらアメリカでは大騒ぎになり、「ショート・シャープ・ウォー」は米国防総省の2014年版の『中国に関する年次報告書』にも明記された。が、ファネル大佐は、この情報を漏らしたことが原因で米軍を辞めざるを得なくなったと聞いている。南シナ海での中国による軍事基地建設を阻止する活動も、米軍はさせてもらえなかった。 このようにオバマ前大統領の下で米軍は、中国の脅威に立ち向かう活動をさせてもらえなかった。加えて国防予算も削られたため、米軍幹部の中には、オバマ民主党政権の安全保障政策を自嘲的に「アメリカ封じ込め政策」と呼んでいる人もいたほどだ。2016年9月、中国浙江省杭州で開かれた米中首脳会談に臨むオバマ米大統領(左、当時)と中国の習近平国家主席 そのため2016年の大統領選挙では、米軍再建を主張するトランプ候補(当時)を、米軍関係者は死にもの狂いで応援した。この応援がなければ、アメリカはヒラリー民主党政権になっていたはずだ。 そもそもアメリカは一枚岩ではない。オバマ大統領のように中国びいきの人たちをパンダ・ハガー(パンダに抱きつく人)という。一方、中国の台頭に警戒心を抱いている人たちもいて、ドラゴン・スレイヤー(竜を退治する人)と呼ばれる。このドラゴン・スレイヤーの筆頭格が、尖閣危機の情報をリークしたファネル大佐だ。 では、中国はなぜこんな軍事大国になったのか。それは経済的な発展を遂げているからだ。言い換えれば、中国の経済発展をスローダウンさせれば中国軍の力は落ちる。そこで通商、金融、軍事、外交を組み合わせて中国の軍事的台頭を抑制しようという対中政策を提唱しているのが、『米中もし戦わば』(文藝春秋)という本を書いたピーター・ナヴァロという経済学者だ。核ミサイルを大量に保有している中国と戦争するのはもう無理だから、通商・金融政策で中国の経済力を奪い、軍事能力を奪っていく方策をとろうというわけだ。力を増す「ドラゴン・スレイヤー」 トランプ大統領は就任当初、アメリカの通商政策の司令塔として新設した「国家通商会議」のトップに、このピーター・ナヴァロ氏を据えた。そして、このナヴァロ氏が「私が中国の軍事問題に対して適切な判断ができるようになったのはこの人のおかげである」と言って著書の冒頭に記した名前が、先ほどのファネル大佐なのだ。 ナヴァロ氏の影響を受けたトランプ大統領は一昨年の大統領選挙の最中から、アメリカの国内産業が空洞化し、中産階級が没落したのは、中国によるダンピング輸出が一因だと訴えてきた。 奴隷労働や環境コストを無視することによって不当に安い値段で電化製品や衣料などを輸出し、世界中の市場を支配し、アメリカのモノづくり産業を破壊してきた。よって中国の不公平な貿易慣行を是正し、中国からアジア太平洋地域での経済的権益を取り戻すことがアメリカ経済を復活させるために重要だと考えているのだ。対中強硬派というのが、トランプ政権の基本的な性格であった。 ところが、大統領に当選した直後に、北朝鮮による弾道ミサイルと核開発問題が浮上した。 実はオバマ政権の間に軍事費が大幅に削られたため米軍が弱体化してきており、すぐ北朝鮮に対して軍事行動を起こせる状況ではなかった。そこで時間稼ぎの必要もあったのでトランプ政権としては中国の習近平と組んで北朝鮮に圧力を加える方策を採用し、対中強硬策を控えてきたが、はかばかしい成果は見られなかった。 昨年11月にはわざわざ訪中して北朝鮮問題への協力を改めて依頼したが、成果がなかった。 そこでトランプ大統領は昨年12月18日、アメリカの安全保障政策の基本方針を示す「国家安全保障戦略」の中で、中国とロシアを力による「現状変更勢力」、すなわち「米国の価値や利益とは正反対の世界への転換を図る勢力」として名指しで非難した。 このトランプ政権の「反中」戦略に真っ向から批判したのが、アメリカ内部のパンダ・ハガーたちであった。彼らは「中国は経済発展とともに民主化を目指していくはずなので、あくまで中国との友好関係を重視すべきだ」と主張していた。 だが今回、中国共産党自らが「長期独裁を目指す」と主張したのだ。トランプ政権を支えるドラゴン・スレイヤーとすれば、「ほらみろ、中国共産党は長期独裁を目指すと自ら言っているではないか。トランプ政権の反中戦略は正しい」となる。長期独裁を目指す習氏のおかげでアメリカでは、ドラゴン・スレイヤーの力がますます増していくだろう。中国・北京の故宮で京劇を見るトランプ米大統領(左)と習近平国家主席 そして、このトランプ政権のドラゴン・スレイヤーが期待しているのが、日本なのだ。「インド太平洋戦略」と称してASEAN、台湾、インド、オーストラリアなどと経済、安全保障、外交の三つの分野で関係を強化しようとしている安倍外交を、高く評価している。 期待が高いだけに実際に軍事紛争が勃発した際に、日本が軍事的に大したことができないとなると、日米同盟は致命的な傷を負いかねない。何よりもさらに独裁体制を強化した習近平政権はますます日本に対して牙を剥(む)くことになるだろう。特に尖閣諸島は極めて危険な状態だ。 この危機に対応するためには、日本自身の防衛体制の強化、つまり防衛大綱の全面見直しと防衛費の増額、そして憲法改正を進めるべきなのだ。

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    中国共産党が恐れる郭文貴を直撃 「宿敵・王岐山を絶対潰す」

    だが、初対面では礼儀正しい印象の人物だ。 だが彼の素顔は、かつて北京五輪がらみの公共事業に食い込み、中国の情報機関である国家安全部(国安部)や公安部とも協力してきた筋金入りの政商である。2014年、親交のある国安部元副部長・馬建の失脚を前に海外へ逃亡した。動画投稿サイト「ユーチューブ」で中国の王岐山・党中央規律検査委書記の腐敗疑惑を暴露する郭文貴氏の映像(共同) やがて昨年春、自身が中国政府に国際指名手配を受けた前後から、郭文貴は様々なメディアや自身名義のYouTubeなどで多数の党高官のスキャンダルの「爆料」(暴露)を開始。中国政界に激震をもたらしはじめた。 特に苛烈な攻撃を加えたのは、習近平政権第1期に党中央紀律検査委員会(中紀委)を率いて汚職摘発の辣腕を振るった王岐山(おうきざん)と、公安・司法部門のトップだった孟建柱(もうけんちゅう)だ。 郭は王岐山について、大手エアライン海南航空との一族ぐるみの癒着、隠し子の存在や女優との醜聞を暴露。また孟建柱についても、愛人と隠し子問題、江沢民派による権力奪取目的の秘密会合「南普陀会議(※注1)」への出席などを明らかにした。【※注1/習政権の成立前、江沢民派が開いたと郭が主張する秘密会議。胡錦濤の腹心・令計画の息子の暗殺が決定されたという(公的には事故死とされる)】 内容の信憑性に疑問の声も上がるが、稀代の梟雄・郭文貴の弁才がフルに発揮されたネット動画には独特の魅力もあり、国内外の多数の中国人を惹きつけている。 中国共産党が最も恐れる男・郭文貴。2018年、彼が採る次の一手は何か? ニューヨークで2時間にわたり本人に直撃した。──一連の暴露で、王岐山と孟建柱への攻撃が特に激しい理由は何でしょうか?「3点ある。第一は法治に反した王岐山らへの反抗だ。中紀委を握った王の権力は肥大し、反腐敗を口実にやりたい放題だった。孟建柱も警察機構・検察院・裁判所を押さえていた。連中は強大な権力を背景に国家を盗み取った「盗国賊」だ。こうした悪人どもに打撃を与えるには、秘密の暴露こそ最強の攻撃なのだ。 第二は、私自身や大事な人たちへの迫害だ。王岐山らは私の帰国を要求し、家族と200人余りの従業員を脅迫した。彼らを守らなくてはならない。また、私の中国国内の資産の差し押さえも不当で、断固抗議する。 第三に、私は中国の情報機関に長年協力してきたので、王岐山や孟建柱の過去を知っている。2000年代後半、馬建と当時の中紀委はすでに王や孟の乱倫や汚職を調査していたのだ」次のターゲットは?──仮に弱みを握られていたなら、壮絶な逆襲を受けるのは明らかなのに、王岐山らはなぜ郭さんの摘発を考えたのでしょう?「ここまでの逆襲は予想外だったのだろう。普通、中紀委や公安に逆らう中国人は皆無だからな。 しかも、私は2006年の劉志華(※注2)の失脚の際も、当時の北京市長だった王岐山とやり合っている(笑)。まさか2度も逆らうとは思わなかったに違いない」【※注2/北京市元副市長。五輪インフラ整備に携わったが失脚。郭が籠絡していたとの説がある】──習政権第2期、王岐山は常務委員(党最高幹部)に残留せず、孟建柱も中央委員を外れました。暴露の影響はあると思いますか?「当然だ。なかでも王岐山は海南航空との癒着問題、孟建柱は彼の隠し女児と南普陀会議への参加が決定的なダメージになった」──他にも様々な党幹部の醜聞を公開しています。次のターゲットは?「それは言えない(笑)。大事なのは、私の家族や従業員や資産に害を与えているのは誰かということだ」──習近平の一族にも汚職疑惑があります。従来、習を直接批判していないのはなぜでしょうか?「習主席に善悪の評価を下すのはまだ早い。仮に彼がヒトラー式の独裁をしたり、世界の平和を乱すなら問題だが、そうではないから。私は習主席が中国の法治・民主・自由にどのような姿勢を示すか注目している」中国全人代で政府活動報告に向かう李克強首相(右)と拍手する習近平国家主席=2018年3月5日、北京の人民大会堂(共同)──一連の暴露行為の情報ソースは何ですか?「多くのチャンネルがある。王岐山の海南航空癒着問題を例にすれば、国安部の馬建が以前から調べ上げていた。また富豪ゆえの人脈もある。 私は海航の幹部何人かと親しく、また日米を含めた各国に、同社の関係者と私の共通の友人が何人もいる。王ではつかみ切れない世界だろう(笑)。ただ、最も重要なソースは国安部経由で得ている」──党幹部が政敵の失脚を目的に情報提供する例は?「無数にある。習主席のスキャンダルが最も多いが、他にも様々だ。党高官の99%は問題を抱えているからな(笑)。ただ、私は他人の政争の道具にされるのはゴメンだから、それらはほぼ使わない。 なにより、連中のリークは正義が目的ではないので嘘が交じる。私は過去の暴露において嘘を言ったことはなく、不確かな情報は使っていないのだ」パンドラの箱を開けるのか──あなたが暴露した情報に、嘘は一切ないと?「ない。(昨年5月)中国の国安部の連中が私に「これ以上暴露をするな」と交渉に来たのが何よりの証拠だ。仮に私の話が嘘なら、彼らはそんなことを言わない」──郭さんは昨年7月、王岐山が有名女優でハリウッドにも進出した范冰冰(ファン・ビンビン)の性接待を受けたことを匂わせ、ツイッターに「ハメ撮り現場」の写真を投稿しましたが、それは彼女の映画の一場面を切り取ったものでした。あれは嘘ではありませんか。中国全人代の開幕式を終え、笑顔で引き揚げる王岐山・前共産党中央規律検査委員会書記=2018年3月5日、北京の人民大会堂(共同)「一種の「釣り」だ。画像には彼女の特徴が写っており、見る者が見れば意味がわかる。私はその証拠動画を持っている」──ならば、なぜ動画を公開しないのですか?「流せばアメリカでは犯罪になる。これはポルノの流出だ。范冰冰は(権力者の毒牙にかかった)被害者であり、加害者ではない。彼女を傷つけるに忍びない」──そうなのでしょうか?「多くの人が虚々実々の印象を受けることは理解する。だが、私が動画を持っていることは事実。それ以上に、王岐山が強大な権力を有し、傍若無人に好色にふけったことは事実なのだ。私の主張は、結論から見ればなんら間違ってはいない」──暴露を9か月間も続けていると、ネタ切れをしたり情報の質が下がる恐れはありませんか?「いくらでも語るべき情報はある。なにより、党の上層部には真の『パンドラの箱』が存在するのだが、私は現時点でそれを開けていない。彼らが最も恐れる情報はまだ公開していない」──公開する予定は?「各国の政府がそれを知りたいと言うならば、協力して答える気はある」■取材・文/山久辺参一(ジャーナリスト)関連記事■ 米元首席戦略官 亡命中国人大富豪と親密関係で憶測も■ 米亡命の中国大富豪 共産党とスキャンダル合戦■ 逃亡の中国人実業家 ブレア元英首相を利用し巨額詐欺■ 引退の王岐山が常務委員会に出席 来春には副主席就任か■ 習近平が鋭意浄化中の中国 それでも起きる男と女の事件簿

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    「このままでは米や日本は中国の属国になる」とS・バノン氏

    か、日本はどう生き残ればいいのか。2017年12月中旬、来日中だったバノン氏に訊ねた。 * * * 中国について語ろう。習近平氏は今世紀における最も重要な政治家だ。彼は2016年10月の第19回党大会で(中国の台頭を強調する)演説をおこなった。真の21世紀は、もしかするとこの演説から始まったと言えるかもしれない。 彼の思考は100年単位だ。人民共和国の建国100周年となる2049年を一つの目安に考えている。この100年で、アメリカとの壮絶な競争は終わり、中国が勝利する(と習氏はみなしている)。自民党総裁外交特別補佐の河井衆院議員と会談する、スティーブン・バノン前米大統領首席戦略官=2017年12月18日、東京都(代表撮影) さらに習氏は、将来5~10年の間に、中国が次の課題を達成すれば、やがて真の覇権国となれると考えている。 第一に(次世代技術の開発や情報化と工業化の融合などの)10の重点分野を盛り込んだ成長戦略「Made in China 2025」だ。中国は半導体チップ・AI・ロボティクスなどの分野をコントロールし、新時代の製造業を支配していく。 第二、第三は地政学的なユーラシア戦略である「一帯一路」と、海上戦略の「真珠の首飾り」(*1)だ。これには19世紀以来の地政学すなわちH・マッキンダーのハートランド・アジア戦略、A・マハンのシーパワー理論、そしてN・スパイクマンのリムランド理論(*2)の3つの偉大な地政学的概念が反映されている。【*1いずれも習近平政権下で重視されている、陸海それぞれのユーラシア各国の取り込み戦略。海と陸の新シルクロード戦略とも呼ばれる。*2いずれも、地理的環境が経済・政治・軍事各方面で国家に及ぼす影響を論じる地政学の基礎を築いた理論家】 これらにより、中国は中央アジアやイスラム圏も含めたユーラシア全体を自国の重商主義的な経済システムに取り込んでいくだろう。「中国の民主化」はファンタジー 第四として、中国は人民元をオイルマネーに変換することによって米ドルを外貨準備金から外し、世界的な金融大国となる。さらに第五として、フィンテック(金融とITの融合)によって、中国は日銀及び連邦準備制度の影響を受けない経済を作り出すのだ。これらの目標が達成されれば、アメリカや日本は中国の属国となるだろう。 これにいかに対処するか。まず、「中国の民主化」に期待して支援するのは単なるファンタジーだ。4000年の歴史を有する中国は、近代史においてアヘン戦争から太平天国、義和団の乱、日本との戦争、そして文化大革命を経ても本質的には変わらなかった。中国が世界の普遍的価値観に則った国に変わることは非現実的だろう。近い未来の民主化などはジョークでしかない。 日本を含めた西側諸国ができることは、中国に法の支配(の概念)を植え付けること。そして、南シナ海での拡大や北朝鮮問題に、日米をはじめ各国で対処していくことだ。また、日本はアメリカに行動してもらうことを待つのではなく、自身の問題として立ち上がり動くことが求められる。※画像はイメージです(iStock) アメリカと日本のエスタブリッシュメントは、中国の強大化を40年にわたり座視してきた。ゆえに現在の状況が生まれている。 アメリカの労働者はエスタブリッシュメントたちよりもこの問題をよく理解していたから、トランプを大統領に選んだ。日本人もまた、自身がなすべきことをよく考えてみてほしい。【PROFILE】Stephen K. BANNON/1953年11月、米東部バージニア州南東部のノーフォーク市生まれ。1976年にバージニア工科大学を卒業。海軍入隊。ジョージタウン大学でも修士号を取得。海軍除隊後、ハーバード・ビジネス・スクールでMBAを取得。ゴールドマン・サックス勤務を経て1990年に独立し、メディア向けの投資銀行を設立。その後、ニュース・サイト「ブライトバート・ニュース」の運営会社会長に就任。その手腕を見込まれ、トランプ陣営の選挙キャンペーンの責任者に抜擢。●取材・構成/安田峰俊関連記事■ S・バノン氏「安倍首相は日本人にプライド抱かせる指導者」■ 中国共産党が恐れる郭文貴を直撃 「宿敵・王岐山を絶対潰す」■ 安倍首相はチャーチルやドゴールと並ぶ大指導者になる可能性も■ メラニア氏 昭恵氏に「なぜ韓国の話ばかりするの?」と疑問■ 2018年は米朝和平の動きが本格化か 転機は米大統領中間選挙

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    王岐山は引退してもなお習近平の近くに留まるのか

    岡崎研究所 中国共産党大会が終わると普通、政局は安定しますが、今回は少し事情を異にしているようです。その“台風の目”の一つが王岐山の動向です。習近平、王岐山に好意的すぎる嫌いはあるが、香港のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙の王向偉・元編集長が12月2日付けの論説で、それについての分析を書いています。要旨は次の通りです。中国全人代に臨む習近平国家主席(左)と王岐山・前共産党中央規律検査委員会書記=2018年3月5日、北京の人民大会堂(共同) 第19回党大会とそれに続く一連の人事において、王岐山の処遇が注目を集めた。習近平の権力強化は一層進んだにも関わらず、王岐山は政治局常務委員に留任せず、王の引退は海外に驚きをもって受け止められた。 しかし、SCMP紙が報じたところによると、王岐山は依然として政治局常務委員会の重要会議に参加し続けている。この処遇は異例であり依然として王が政治的影響力を有していることを示唆している。王は来年3月の全国人民代表大会で国家副主席に就任するとも言われているが、これは形式に過ぎず、政治局常務委員会の会議への実質関与こそ、既存の定年や任期に関する不文律を犯すことなく、習と王との今後5年間の協力関係を可能とする上手なやり方だ。 2012年以降、王岐山は習近平の権力確立に大きく貢献した。王は、党の非公式な定年ルールに従えば引退ということになる。習近平に対し、そのルールを破って王を留任させる働きかけがかなり前からあったが、結果として、習は他の派閥からの反感を避けるためにそれに同意しなかった。 習近平はそれでも王岐山を残しておくため、政治的な工夫と前例を踏まえた慎重な考慮を経て、王の新しい役職を用意した。過去に、国家副主席が政治局委員でなかった例は80年代の王震と90年代の栄毅仁の2件がある。また、1980年代後半に国家主席だった楊尚昆は政治局委員でありながら、政治局常務委員会に参加できる特権を与えられていた。 後知恵的に考えると、王岐山の新しい役職を予期させる出来事は党大会前の9月の2つの会談であった。シンガポール首相リー・シェンロンとの公式会談とスティーブン・バノン(前トランプ大統領首席戦略官)との私的会談である。リーと会ったとき、王は会談の許可を求めたと話した。おそらく習近平の許可であろう。バノンとの会談についても同様であろう。国家副主席は基本的に形式的な役職だが、王にとり各国の指導者と会うために必要な公的な肩書きを与えるものである。習近平改革はまだまだ続く 王岐山の政治局常務委員会の会議への参加は、王が反腐敗に限らず、より広範な戦略的課題に関わる権限を与えられることを意味する。王の反腐敗における成功は、王の問題解決能力を見せつけるものであり、習近平にとって、王がこのまま政治の場から退場するのはあまりに惜しい。王を残しておくことは、反腐敗キャンペーンの推進は変わらないという強いメッセージになり、中央政府と習近平の権威、そして中国の全体的な政治的安定を促進することになるだろう。出典:王向偉, ‘Despite retirement, Xi’s right-hand man Wang Qishan is still within arm’s reach’(South China Morning Post, December 2, 2017) 王岐山の国家副主席への就任と対外関係の担当は、党大会直後から流れている説です。今回の党大会は、これまでと大きく異なる点が少なくありませんが、その一つに党大会後も政局が安定しない点があります。つまり、通常は党大会において党の人事が固まれば実質すべてが決まったことを意味し、翌年3月の全国人民代表大会における諸決定(国家主席に始まる諸人事等)は事前に予測できたのですが、今回は事情が異なるようです。その一つが王岐山の今後にあります。 本論評は、習・王の立場に立ったものになっています。王岐山がジェフ・ベイダー元国家安全保障会議アジア上級部長と会うなど、間違いなく対米関係は始動しています。また広東省時代から王の側近を務めてきた周亮が、中央規律検査委員会の組織部長から中国銀行業監督管理委員会の副主席に栄転していることが確認されています。「日中ハイレベル経済対話」の全体会合に臨む、中国の王岐山・副首相(中央)ら =2009年6月7日午前9時53分、東京都港区の外務省飯倉公館(代表撮影)  何らかの形で王を救うという話までは党内で了解が成立した可能性は高いです。しかし、それを超えて、何をどこまでやらせるかについての決着は、全人代までずれ込むという見方もあります。 事態をさらに複雑にしているのが、王岐山と並ぶ側近である栗戦書を序列3位の政治局常務委員会委員としたことです。前任は張徳江であり全人代の委員長でした。そこで栗も全人代を束ねることが想定されており、何か仕掛けてくるのではないかと思われています。単に「法治の改革と強化」の故に立法機関である全人代が重要だというわけではありません。同時に行政、司法、監察等に対する監督機関でもあるのです。習近平改革はまだまだ続くということであり、王と栗は、その重要プレーヤーなのです。

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    中国のネット検閲はどこまで進んだか

    中国のインターネット統制の中心的役割を果たし、「ネット皇帝」と呼ばれた魯煒氏が失脚した。民主化を訴える人々からは歓喜の声も聞かれたが、こうした雑音はどこ吹く風と習近平国家主席はネット言論の規制強化に突き進む。近い将来、ネット言論が中国の民主化を導く可能性はあるのか。

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    「習近平の独裁に黙っていない」中国ネットユーザーのあくなき闘い

    加藤隆則(汕頭大学長江新聞與伝播学院教授) 中国eコマース(電子商取引)が米国と肩を並べる成長を遂げていることはよく知られているが、情報の領域でもまた、中国のネット化は日本をはるかにしのいでいる。全国の新聞はほぼ無料で電子版を閲覧できるし、テレビのニュース番組も随時、視聴が可能だ。映像・画像を中心にした新進のネットメディアが、時に「削除」の横やりを受けながらも、新奇なニュース発信にしのぎを削っている。 都市部ではみながスマートフォンを手にし、露店の焼き芋屋まで携帯での代金決済が浸透している。私が教える中国南方の大学でも、学生はもはや財布を手にせず、主要な生活用品はすべて宅配で済ませている。中国は最もインターネットの恩恵を受けている国の一つである。 モノや情報のほか、国境をまたぐ人の移動も拡大している。公式統計によると、2016年の1年間で、海外を訪れた中国人は延べ1億3千万人を超え、中国を訪問した外国人は7630万人に達した。 世界各地の観光地ばかりでなく、大学にも中国人留学生があふれ、米ハーバード大学では国別最多の921人、留学生全体の2割近くを占める(同大公式サイト)。海外にいる中国人が携帯で現地の情報を発信し、世界の情勢はたちどころに流れ込んでくる。 列強の侵略によって半植民地化した近代以降、中国人が現在、少なくとも物質面において、過去にない豊かな生活を享受していることは紛れもない事実だ。まずはこの状況を頭に入れたうえで、言論統制を行っている巨大な隣国をとらえる必要がある。 習近平国家主席は共産党と軍の権力集中を進め、「一強」体制ができあがりつつある。毛沢東時代への逆戻りだと報じる日本メディアを見かけるが、東西冷戦下で鎖国体制を築いていた時代と今を単純に比較するのは、国際情勢や中国の経済発展、情報通信技術の発展を無視した荒唐無稽な暴論だ。中国共産党大会の習近平総書記=2017年11月、北京の人民大会堂 中国がネットを規制し、言論を統制しようとしていることは、同国を含む世界中が知っている。逆に言えば、そのことを最も切実に、身近に感じているのが中国の人々である。そのうえで、不便を感じながらも、生活に大きな支障がないために忍従している。だから、日本メディアが中国における言論弾圧の事例を繰り返し報じても、中国人の胸には響かない。 もっと言えば、日本メディアは他国を批判できるほど、言論の自由を堅持し、守っていると胸を張れるのだろうか。上司に意見も言えない記者が増えている。社内で言論の自由はほとんど保障されていない。世界における日本の報道自由度ランキングが年々悪化していることに対し、日本人はあまりにも鈍感に思える。 では、中国の言論統制をいかに把握すべきか。 第4回世界インターネット大会が12月3日から5日まで、浙江省烏鎮で開かれ、米アップル社のティム・クック最高経営責任者(CEO)、米シスコシステムズのチャック・ロビンス最高経営責任者(CEO)らの出席が注目を集めた。中国の巨大なネット空間は、たとえ規制があっても、無視できない市場なのだ。露骨なそろばん勘定が透けて見える。 政経分離が進んでいるのかと早合点しがちだが、習近平は開幕に寄せた書簡の中で、持論の「ネット主権」を強調し、「共同して発展を推進し、安全を保護し、ガバナンスに参画し、成果をシェアする」と述べた。相互の主権尊重にクギを刺したのだ。中国の言論の主戦場はネット すでに指摘したように、中国で言論の主戦場は、新聞でもテレビでもなく、世界の潮流に合わせてネットに移行している。米主導で進むネットでのルール作りに対抗して、自分たちの陣地を築かなければ、主権を飲み込まれてしまうとの危機感がある。政治とビジネスには明確な一線が引かれている。 だからグーグルを追い出して検索エンジンの「百度(baidu)」を育て、フェイスブックを遮断して「微信(ウィー・チャット)」が成長を遂げた。それを巨大な国内市場が国家ブランドをバックアップしている。国内企業の育成とともに、国家主権がかかわる以上、台湾や領土問題と同様、譲ることのできない「核心的利益」となる。 ネット規制の大義はまずこの一点、国内ではなく国外に向かっている。 次は政治闘争の側面だ。習近平は、旧勢力を打破するために反腐敗キャンペーンを利用した。周永康・元党中央政治局常務委員や中央軍事委員会の元制服組トップ2人をバタバタと摘発し、最高指導部には法が及ばないとする不文律を破った。 かなりの荒療治だけに返り血も浴びた。周永康が問われた国家機密漏洩罪には、習近平ファミリーの個人資産を米国メディアに流した事案も含まれ、また、周永康一派による習近平暗殺計画まで発覚した。 打倒された利益集団は、メディアやネットを使い、国内の不満に乗じて党内分裂を図ろうとする。それでなくても貧富の格差や民族、宗教など、不和の要因はいくらでも転がっている。習近平を過剰に称え、崇めることで、逆に反発を引き起こそうとする動きもみられる。内実は非常に複雑だ。 このため敵対勢力に寸分の隙をも許さないよう、メディアやネット全体への締め付けが強まる。政治と無縁の庶民にはいい迷惑だが、「ペン=言論」、「剣=軍」は権力を支える車の両輪なのだ。今のところ手綱を緩める余地は小さい。 三つ目は、国民全体への宣伝効果がある。習近平政権は今年に入り、ネット規制強化に乗り出し、中国と海外とを結ぶ仮想プライベートネットワーク(VPN)を遮断している。10月の第19回党大会を境にして一気に加速され、学生や教師も「海外の研究ができない」と悲鳴を上げた。香港中心部で行われた穏健民主派のデモ行進。左は中国共産党に反対する旗=2016年7月 だが、学生たちはいつの間にかいろいろな知恵を絞って、ファイヤー・ウォール(ネット攻撃などを防ぐソフト)を乗り越えるすべを探し出した。逆に束縛を受けている分、海外の事象に関する知的好奇心は、日本の学生よりも強いように感じられる。政権にとっても、一般庶民が自分の興味や研究のために情報を収集したところで、ムキになる必要はない。 むしろ目に見えるネット規制は、政権の思想イデオロギー統制を担う一種の宣伝工作として働いている。「ここまではOK、これを超えるとアウト」と、言論の自由に網をかけるシグナルを発しているのだ。 ネットユーザーはそのデッドラインを手探りしながら、時には隠語を用い、器用に泳ぎ続ける。庶民と権力が際限のない化かし合いをしている姿を想像してみればよい。いくら政権が政治標語を繰り返しても、多様な価値観に触れた若者たちはもはや振り向きもしない。内心うんざりしながら、現実的な選択をしているに過ぎない。投獄を覚悟した闘い 習近平がひと声かければ、全国民が震え上がって命令に従っているなどと考えてはならない。そうしたステレオタイプの一党独裁国家観では、実像からかけ離れるばかりだ。規制の裏には、それができていない危機感や焦燥感があることもあわせて考える必要がある。自信を過剰にアピールするのは、自信がないからなのだ。 あともう一つ、付け加えなければならない。 奇想天外なニュースがあふれる中国には、「ニュースの天国、記者の地獄」とのブラックジョークがある。 広大な国土と膨大な人口を乗せた高速鉄道が経済成長路線をひた走る一方、政治制度の不備や社会建設の立ち遅れから想像もできないような事件が頻発する。56の民族からなる14億人が多層の社会構造を生み出し、複雑な表情を見せる。5000年の歴史が不動の座を占め、針の先にも満たない微少な個人をのみこんでしまう。一つの国の概念では収まらない世界、それが中国だ。北京の天安門広場で警備する武装警察隊員。後ろは党大会が開かれる人民大会堂=2017年10月 ニュースの素材には事欠かないが、メディアは統制され、一党独裁体制を否定する言論や思想は、政権転覆扇動や国家機密漏洩罪のレッテルによって弾圧される。こうしたリスクを踏み越え、脇目も振らず真実を追求しようとする者は投獄の危険さえ覚悟しなければならない。 中国の主要大学には決まって置かれている記者養成の新聞学院(ジャーナリズム学部)も、メディア自体の凋落で求人が減り、職業の魅力が薄れたため、カリキュラムの大幅な見直しが進む。私が授業で取り上げているのは人工知能(AI)と人間との共存だ。 学部の学生たちは給料の高いネット関連や、その他、企業の広報、PR部門へと殺到している。この点は日本の若者と同様、政治への関心は薄れ、生活重視の価値観へと急速に転換している。党大会のニュースに関心を持つ学生はほとんどいない。 だが、弾圧があるということは、それに立ち向かう人物がいることを意味する。勇気を出して声を上げ、大きな犠牲を払って真実と正義を追求する人たちがいる。7月12日、61歳で亡くなったノーベル平和賞受賞者、劉暁波はその代表だ。簡単に「ペン」をゆがめる日本 私が直接会った人物の中で、忘れられないのは北京の法学者、許志永(1973年生まれ)だ。彼は大学で教べんを取っていたが、それに飽きたらず自ら社会の中に入り、憲法による権利擁護の実践を呼びかけた。度重なる弾圧にも屈せず、出稼ぎ労働者ら社会的弱者を救済する運動に身を投じたが、群衆を集めた「違法集会」を理由に刑事訴追され、2014年4月、懲役4年の刑を受けた。芯の強さとは裏腹に、物静かに国の将来を憂える姿は、私の記憶から消えたことがない。 情報統制による直接的なコントロールを受けない外国人記者は、「ニュースの天国」のみを享受できる特権的な立場にある。取材対象者に対する圧力や記者ビザ発給の制限で取材活動が妨げられることはあるが、中国人に対する締め付けとは比べものにならない。北京の中国外務省で記者会見する華春瑩副報道局長 私もかつて外国人記者の一人として「天国」の恩恵に浴したが、困難を乗り越え自由を勝ち取ろうとする中国人を間近に見ながら、常に自問してきたことがある。投獄の危険がない日本社会の中で、我々記者は真実を追求する気概と責任を忘れてはいないか。唯々諾々として会社や上司の指示に従い、人の批判を恐れてやすやすと妥協し、簡単にペンをゆがめてはいないだろうか。 新聞社の仲間から聞かされる話は、失敗を恐れる事なかれ主義が幅を利かせ、だれも責任を取ろうとせず、みなが押し黙って大勢に流されている姿だ。草を食みながら黙々と歩く羊の群れを思わずにはいられない。 北宋の詩人、蘇東坡は「人生、字を識るは憂患の始まり(文字を覚えて学べば思い煩うことが増える)」と説いた。字をなりわいとする者は生来、思考し、苦悩することから離れることはできない。雑踏の中から拾うべき事実を書きとどめ、歴史を記録する仕事への誇りを失えば、我々は時の記憶さえ失うことになる。明治の反骨ジャーナリストで『福岡日日新聞』編集局長を務めた菊竹六鼓は自伝に「憂患に生きて安楽に死ぬる」の境地を記した。 『旧唐書』に次の言葉がある。 「銅を鏡と為せば、衣冠を正すことができる。古を鏡と為せば、興亡を知ることができる。人を鏡と為せば、得失を明らかにすることができる」 人は外部環境からの反射によって自己認識を深める。環境を自分から切り離してながめても、外野で野次を飛ばしているようなもので、ストレスの発散にしかならない。隣国をいかに知るかという作業を通じ、我々は多くのことを学ぶことができる。内省を欠き、優越感とコンプレックスの矛盾が生む中国脅威論や中国崩壊論は、百害あって一利なしである(敬称略)。

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    ネット検閲に1千万人動員 「ノミの心臓」習近平の世論操作

    高口康太(ジャーナリスト、翻訳家) 「自由微博」(フリー・ウェイボー)というウェブサイトがある。中国の大手ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「微博」の検閲状況を明らかにするために匿名のネットユーザーによって創設された。微博で発表された書き込みをすばやく収集し、その後閲覧不能になったものを表示するシステムだ。 「劉暁波」や「RIP」と入力しても検索ができない 短文投稿サイト「微博」の画面=2017年7月19日 このサイトを見ると、検閲対象が一目瞭然だ。習近平総書記など中国共産党高官に対する批判から、話題の社会事件、さらにはノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏などの(政府に抗議する)異見分子、人権派弁護士に関連する書き込みなどが対象となっている。原稿執筆時には、北京市の富裕層の子供が通う紅黄藍幼稚園の幼児虐待事件と、北京市の「低レベル人口」追い出し事件が特に注目の話題であった。 インターネットの普及からおよそ20年、中国政府は検閲制度とシステムの発展を続けてきた。特に習近平体制発足後の発展ぶりがすさまじい。現在ではSNSやネット掲示板、ウェブメディア企業による自主検閲、大学生など共産主義青年団(共青団)を中心としたボランティア、政府部局に雇われたサクラなど多層的な検閲システムが用意されている。サクラはいわゆる「五毛党」と呼ばれ、かつて一書き込みあたり5毛=約0・9円の報酬で求人が出ていたことに由来する。 また、いわゆるネット炎上事件をいち早く察知し対応するためのソフトウエアも開発されており、このネット世論監視ソフトを扱うための「ネット世論管理士」なる国家資格まであるほどだ。検閲・世論操作に従事する労働者は一説では1000万人を超えるという。ネット検閲を回避する手段を俗に「壁越え」という。最近では仮想プライベートネットワーク(VPN)を使う手法が一般的だが、やはり規制強化が進み、つながりづらくなっている。 これほどのリソースを費やしてまで検閲を行うのは中国共産党の危機感のあらわれだ。2002年から12年まで続いた胡錦濤体制の中国は「維権運動の10年」だったと言ってもいい。「維権」とは権利擁護を意味する中国語だ。土地収用、環境破壊、官僚の汚職、不当解雇、賃上げ要求、露天商に対する横暴な取り締まり…さまざまな分野で、政府批判の声が上がった。 司法の独立が担保されていない中国において、かつては「維権」の手段として活用されてきたのが陳情だ。中国の中央政府、地方政府には陳情担当の部局があり、正当なる異議申し立てのルートとされている。ただし、陳情を受け入れるかどうかは政府担当者の胸一つであり、まさに「いちるの望み」という言葉がぴったりの、極めて成功率の低い賭けであった。 2000年代中盤以降、陳情に変わりネット経由の告発が「維権」の新たな武器となった。ネット掲示板やSNSを活用して問題を告発し自らの窮状を訴える。その訴えが一定以上の注目を集めれば、政府とて無視できず救いの手を差し伸べざるを得ない。ネットの告発とて成功率は決して高いものではないが、少なくとも注目を集めるための手段を工夫する余地がある。 当時、「囲観」という言葉が流行していた。やじ馬を意味する中国語だが、ある社会事件について注目する、あるいは言及するようなやじ馬を集めることこそが政府に圧力を与え、譲歩を引き出す手段として認識されていた。何も全身全霊で支持する必要はなく、その問題について一言二言何の気なしにつぶやくようなネットユーザーが相当数存在すること。その事実が政府をおびえさせるというわけだ。書き込みを工夫してネット炎上に持っていくことができれば、勝算はある。陳情という相手頼みの手段とは異なり、主体的な取り組みができる異議申し立ての手法だった。ロウソクの絵文字まで禁止 ネットを活用した「維権運動」の最大の成功例として知られるのが烏坎(うかん)村の事例だろう。広東省陸豊市の烏坎村では村役人による横領が問題となった。村民らは汚職した村役人を追放し、自ら新たな村役人を選出し問題解決にあたることを求めて、抗議デモや陳情を繰り返して抗議したが、警察に逮捕された抗議運動のリーダーが取り調べ中に死亡したことをきっかけに抗議活動は激化。村民がバリケードを築いて村に立てこもり、その周りを武装警官隊が包囲する事件にまで発展した。 この間、村民らはインターネットを通じて積極的に情報を発信した。「武装警官隊に包囲された村」「民主選挙を求める村人たち」とはなんとも気を引く話題ではないか。多くの中国ネットユーザーがこの事件を「囲観」し、英BBCなど海外メディアも大々的に報じた。こうしてついに中国政府側は譲歩し、村民による独自選挙で新しい村役人を選出することに合意した。 胡錦濤体制末期にはこうしたネット炎上が政府の譲歩につながる社会事件が続出していた。習近平政権はネットを活用した抗議活動を統治の危機と考え、検閲体制を大幅に強化している。異見分子や人権派弁護士などネット炎上を演出し政府に圧力をかけるノウハウを持った人々に対しては逮捕、弾圧といった強行策をとったほか、前述した共青団による監視ボランティアの拡充、ネットサービスの実名化推進や自主検閲の強化などの体制づくりが進んだ。 2017年現在の中国ネット世論は5年前と一変している。ネット炎上事件がゼロになったわけではないが、検閲のスピードアップにより鎮火のペースは以前よりもはるかに速くなった。またネットユーザーの増加に伴い大衆化が進み、政治よりも娯楽に関心を寄せる人の比率が高まった。今、中国のネットを眺めてもかつてのような社会批判があふれかえっている光景はない。香港にある中国政府の出先機関「香港連絡弁公室」前で 劉暁波氏を悼み記帳する人たち=2017年7月14日 もっともネットから政府批判が一掃されたわけではない。例えば今年7月、劉暁波氏が死去したとき、政府はこの話題に関する検閲を断行、ロウソクの絵文字まで禁止するほどの徹底ぶりを見せた。それでも一部の人々は「先生がお亡くなりになった」「惜しい人をなくした」などの表現で自らの心情を表現した。 また近年流行しているのが、音声による情報拡散だ。「アジアのノーベル賞」と呼ばれるマグサイサイ賞を受賞した人権活動家の陳光誠氏は2012年から米国に在住している。陳氏に関する情報は検閲対象だが、その講演録は音声ファイルという形で中国のネットに流通しているという。検索可能な文字情報は検閲がしやすい。動画情報は厳格に規制されておりやはり流通が困難だ。政府が察知しづらく、またファイルサイズも小さいため、気軽に送れる音声ファイルでの情報流通が広がっているという。陳氏は「ユーチューブで動画を公開した15分後には音声ファイルが出回っていた」と話す。陳氏以外でも、多くの講演が音声ファイルとして広く出回っているという。 胡錦濤体制当時のような表だった盛り上がりはないが、水面下では当局がひた隠しにする情報が流通している。中国政府は検閲技術の向上や人海戦術によってさらに規制を強化していくだろうが、この流れを完全に絶つことはできないだろう。この水面下での情報流通が何を生み出すのか、見過ごしてはならない動きだろう。

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    中国民主化闘士のアイコン、劉暁波「血の代償」の意義

    三船恵美(駒澤大法学部教授) 基本的な人権を求めること、それが中国では「罪」にみなされてしまうのだ。 勇気をもって中国にとどまり言論活動を続け、非暴力で平和的な民主を勝ち取ろうと訴え続けた劉暁波氏の人生は、投獄や強制労働収容にも折れることなく、民主と自由の理想を追い続けるものだった。世界中で多くの人々が、劉氏の死に哀悼の意を表している。 中国の権威主義的な統治や専制制度の腐敗を批判して、自由や民主の尊重を求めてきた劉暁波氏が、2017年7月13日午後5時35分、「病死」した。まだ61歳だった。当局監視下で〝獄中死〟を遂げるまで、妻の劉霞さん(左)の解放を求め続けた劉暁波さん。劉霞さんは法的根拠もなく、今も軟禁下に置かれている(劉氏の家族提供・ロイター=共同) 「肝臓がんが全身に転移している」と中国当局が6月末に発表してから半月ほどで亡くなった。末期がんと診断されて刑務所から病院へ移送されたということは、中国当局が「中国における民主化闘士のアイコン」である劉暁波氏に、「刑務所での獄死」や「アメリカやドイツの病院でようやく治療されてからの絶命」ではなく、「中国内の病院での病死」で息絶えてほしかったのだろう。 最期の痩せ細った劉暁波氏の映像は、中国の人権問題に関心を抱く世界の人々に大きな衝撃を与えた。劉氏の耐えた苦しみやつらさを察して有り余るほどだった。劉暁波氏は、1989年の第2次天安門事件以来、威厳のある態度で、中国の自由や民主を訴え続けてきた。自らの良心に基づいて、専制体制の改革や批判を主張して亡くなった人物として、その背景は違うものの、ロシア人女性ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤ氏や、ロシアの元情報将校であったアレクサンドル・リトビネンコ氏を思い浮かべた人も少なくなかっただろう。 劉暁波氏は、中国における民主化闘士の象徴的存在として、服役中の2010年にノーベル平和賞を受賞した人物だ。劉氏は、世界人権宣言の公布から60周年目の世界人権デーにあたる08年12月10日に、「08憲章」を公表しようとしていた。しかし、その直前の12月8日、警察に連行されてしまった。劉氏は、09年12月25日の北京市第一中級人民法院(地裁に相当)における判決公判で、国家政権転覆扇動罪で懲役11年、政治権利剥奪2年の実刑判決を言い渡された。翌年2月に上訴が棄却され、判定が確定した。まさに、その年に劉氏は中国民主化運動のアイコンとしてノーベル平和賞を受賞したのである。 劉氏が出席できなかった授賞式では、受賞者席が空席のままという異例の形で行われた。ネットの規制が厳しい中国で、劉氏の死を悼む人々が椅子の写真を投稿していたのは、このためである。授賞式をめぐっては、式への招待を希望している著名学者や弁護士、人権活動家ら140人以上の出国を中国当局が禁止したことでも話題になった。「反体制の知識人」という表現は最適か 日本の多くのメディアは、劉氏を「反体制の知識人」と紹介する。果たして、その表現は最適なのだろうか。中国の社会構造は「一枚岩」ではない。また「体制派」と「反体制派」の勢力闘争をしてきたわけではない。劉氏は、「自治」と「共生」によって平和的に民主を勝ち取ろうと、ひどい受難に遭いながらも、希望を持ち続けてきたのだ。 「私に、敵はいない」。そう語った劉暁波氏を「反体制の知識人」として呼ぶならば、劉氏の人生や活動を矮小(わいしょう)なイメージに押し込めてしまうことにならないだろうか。 筆者に与えられたテーマは、劉暁波氏の人生や活動が中国や世界に及ぼした外交面・政治面での影響について語ることだ。そこで、若い読者には「08憲章」を知らない方がいるかもしれないので、まず、なぜ劉氏が「罪人」とされ、劉氏が起草した「08憲章」が何を主張していたかを概説することから始めよう。 劉暁波氏の名を世界が知るようになったのは、89年の第2次天安門事件であった。天安門事件から28年、香港で開かれた事件の犠牲者追悼集会でろうそくをともす人たち=2017年6月4日(共同) 北京師範大講師として、コロンビア大学で客員研究員であった劉氏は、第2次天安門事件が起こると帰国した。ニューヨークから北京へ向かう飛行機が東京で乗り継ぎだったため、帰国途中で、4月26日付『人民日報』の「動乱社説」を知った。「動乱社説」とは、胡耀邦元共産党総書記の死去を契機にデモを行っていた学生たちの行動を、鄧小平の指示によって「動乱」と決定付けた「旗幟(きし)鮮明に動乱に反対せよ」という社説だ。劉氏には、その時に東京からニューヨークに戻って、アメリカから中国の政治改革の主張を発信することもできたはずであった。しかし、劉氏は北京へ向かった。 天安門では、劉氏は「絶食4君子」の1人として、ハンガーストライキを指揮した。人民解放軍が学生らを武力で弾圧すると、劉氏は学生らの安全な撤退を解放軍と交渉した。事件後、劉氏は「反革命宣伝扇動罪」で投獄された。91年に出所すると、劉氏は国外へ亡命せず、中国国内に踏みとどまって人権と民主の尊重を訴え続けたのである。最後に発信した「08憲章」という主張 劉氏は、96年に政府批判の書簡を公表して、3年間の「労働改造所」送りの処分を受けた。08年暮れには、インターネット上で発表された「08憲章」の起草の中心的役割を果たした。劉氏は中国当局に逮捕され、「国家政権転覆扇動罪」で懲役11年の刑に服することになったのだ。獄中にあった劉氏は、中国当局から罪を認めれば釈放してやるといわれ続けても、応じてこなかった。結局「08憲章」は、劉氏が中国国内と国際社会へ発信した最後の主張となった。 「08憲章」は、以下を主な基本理念としていた。・権利としての自由(言論、出版、集会、結社、移動、ストライキ、デモ行進などの自由)・人権(国家が賜与する人権ではなく、人間が生まれながら享有している権利としての人権)・公民の社会的・経済的・文化的・政治的平等の原則・分権とチェック・アンド・バランス・主権在民と民選政府・憲政(憲法が公民の基本的自由と権利を保障する原則のもと、政府の権力を法が抑制する制度的措置として機能するしくみ) 「08憲章」の基本的主張の主な点は、以下についての提起である。・主権在民を原則とする憲法改正・三権分権の保証とチェック・アンド・バランスの確立・立法機関の直接選挙、公正正義な立法機関・民主的で平等な選挙の実施・司法の独立、公正な司法の保証、憲法裁判所の設立・軍の国軍化(※筆者注:人民解放軍は「党軍」)と党組織の軍隊からの退出・人権の保障(公権乱用による人権侵害の防止、人間としての尊厳や身体の自由の保障、不法な逮捕や拘禁や処罰をしないこと、労働矯正の廃止)・警察を含む公務員の政治的中立性・人の移動の自由(都市と農村の戸籍による差別の撤廃)・結社、集会、言論、宗教の自由・私有財産の保護・権限と責任が明確な財政の確立・すべての人民を対象とする社会保障制度の確立・教育・医療・養老・就業における基本的な保障・一党統治に奉仕するための政治教育と政治試験の廃止、普遍的な価値と権利を基本とする公民教育・党派によらない平等な就業機会・政治的迫害を受けた人々の名誉の回復・香港・マカオにおけるリベラルな制度の維持 「08憲章」が提起した内容は、欧米先進国であれば、生まれながらのあたりまえの権利として享有しているものだ。ただし、「08憲章」は中台和解と民主的憲政の枠組みにおける連邦共和国樹立についても提起しており、その点が中国特有の「例外」であることは指摘しておく。ベルリンの壁崩壊につなげた劉氏の勇気 劉暁波氏らの勇気ある活動や人生は、中国や世界の政治に影響を与えてきた。その主な点として、紙幅の都合で以下3点を挙げる。 その最も大きなものは、「ヨーロッパ・ピクニック計画」から始まった89年の東欧革命への影響だ。第2次天安門事件は、当時「天安門の虐殺事件」と世界で呼ばれていた。「人民解放」を冠とする軍の戦車が武器を持たずに抵抗していない学生や市民を踏みつぶして通り過ぎる映像を目にした東欧の指導者らは、「ブランデンブルク門を天安門にしてはならない」と口にした。中国の天安門事件を世界中が批判した教訓から、非暴力のデモに対して、東欧諸国の政府は武力で露骨に押さえつけられなくなったのだ。ゴルバチョフもソ連軍介入の要請を認めなかった。それが、同年末の「ベルリンの壁」崩壊へとつながったのだ。劉暁波氏らが指導した非暴力の民主化要求とそれによる「血の代償」は、国際政治史の中で意義あるものとして指摘される点だ。ベルリンの壁の前で遊ぶ子供たち=1990年3月 その一方で、劉暁波氏の悲痛な最期は、中国における民主化の動きを下火に向かわせるだろう。天安門事件を知らない若い世代は、劉氏の名さえ知らない。劉氏の人生と活動を知っている人たちであっても、中国当局が妻の劉霞氏や劉氏の支持者らを次々と厳しい監視下に置いている。また、劉氏の死をめぐる世界中からの批判を気にした中国当局は、劉氏やその周辺人物の名前のみならず、亡くなった直後に「くまのプーさん」までもが、インターネットで検索不能になるほどであった。一時的に「くまのプーさん」が検閲対象になったのは、入院中の劉暁波氏が劉霞氏と色違いでおそろいの「くまのプーさん」のマグカップで乾杯している写真がネットで拡散していたからだとみられている。 劉氏の人生や活動、そしてその悲しい最期は、中国で自由や民主を求めれば、つまりは中国共産党にあらがえば、いかに重い「代償」を払わされるかを、中国内で民主化の希望を抱いてきた人々や世界に知らしめることになったのだ。 最後に、「経済大国になった中国」が強権的な姿勢を見せても、世界の政治指導者らは中国の言うことを受け入れる、と中国が再確認してしまったということだ。劉氏の死をめぐり、中国への批判声明を公表した英国などの一部の例外を除けば、人権や民主や自由や法の支配といった「普遍的価値」を口にしている諸国の政治指導者らは、「経済大国になった中国」を前に、批判を避けた。ドイツのメルケル首相は、ドイツを訪問していた習近平主席に対して劉氏の受け入れを複数回表明していたと、報道されている。しかし、共同記者会見で劉暁波氏について触れることはなかった。米国のトランプ政権は、「米国の価値観を外国に押しつけない」と公言している。 「価値観外交」を唱えてきた日本政府の高官らは、劉氏の死を悼む言葉を口にしても、中国の人権政策について直ちに批判することはなかった。劉暁波氏の人生と死をめぐる一連の出来事は、中国の人権のみならず、安倍政権の価値観外交についても、日本人と国際社会に考えさせたのである。

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    ネットから見る中国社会 「スモッグ」が生み出した新たな政治参加

    古畑康雄(共同通信社記者) 「中国では、インターネットが出現する前には『世論』が存在しなかった」北京大学のネット研究者、胡泳教授は筆者にこう語っている。人民日報や中国中央テレビ、新華社に代表される中国の伝統メディアはあくまでも共産党や政府の指導方針を知らせるため、つまりプロパガンダの手段であって、民意を表出できる場ではない。ネットが登場する以前、人々が民意を表明できる場は口コミなどに限られていた。北京でスマホを閲覧する男性 ネットが登場し、特に「ウェブ2.0」という双方向型ソーシャルメディアが2000年代後半に相次ぎ出現したことで、人々はネットを使って身の回りの問題や政治、社会への意見を表明できる場を手にした。そうした網民(ネット市民)の相互交流から民間世論が形成され、政策決定にも影響するようになった。 中国の民衆が何を考え、政治、社会、外交などの問題についてどのような見方をしているかを知る上で、ネットは今や欠くことのできない手段である。特に日中関係において、日本の対中認識は共産党政権の強硬な姿勢や、それを受けた『環球時報』などのタカ派メディアの論調に影響されているが、ネットにはより多様な意見も存在する。 ただこうしたネット世論の急速な成長に脅威を抱いた中国政府は、オピニオンリーダーを逮捕、あるいは微博(短文投稿サイト)アカウントの強制削除などネット言論にも厳しい規制を加えている。このような中国ネット社会の情勢を拙著で紹介したが、本稿ではその後の状況を含め、掘り下げていきたい。 中国のネット社会ではしばしば新語が登場し、時代を象徴するキーワードとして人々の間に広がる。最近よく目にする言葉の一つに「為人民服霧」というものがある。中国各地を覆う「霧霾(スモッグ)」の別名なのだという。 無理に訳せば「人民に霧を服用させる」だが、中国に対する知識があれば、これは天安門広場にも掲げられたスローガン「為人民服務(人民に奉仕する)」のパロディであると分かる。 このようなスモッグに関する笑い話をネットで検索すると、北京の交通情報ラジオにある男性から電話があった。 「スモッグで信号がよく見えず、赤信号を4、5個も無視してしまった。どうしたらいいか?」ラジオ局のアナウンサーはこう答えた。 「大丈夫、スモッグが濃いからナンバープレートも見えない」1. 個人の対処法:マスクを着ける2. 家族全員の対処法:保険に入る3. 金と時間がある人の対処法:国外旅行に出る4. 土豪(成金的特権階層)の対処法:移民する5. 国家の対処法:風が吹くのを待つ6. 全人民の対処法:全部吸ってしまう など、枚挙にいとまがない。 こうしたジョークは、いずれも政府がスモッグ問題に対して無策であることを批判したものだ。当局が厳しい言論統制を続ける中、ストレートな批判をすると取り締まりの対象になってしまうため、人々はジョークだけでなく、様々な方法を用いてスモッグ問題で声を上げ始めている。その中心となっているのが、「90後」(1990年代生まれ)の若者や、都市部の中産階級である。ラジオ・フリー・アジア(RFA)などの報道によると、四川省成都市では次のような抗議活動がネットで広がったという。ネットを介した抗議の呼び掛け 成都では12月5日から大規模なスモッグが発生、ネットではもはや「成都」ではなく発音の似た「塵都」だと言われていた。こうした中、網民は「我愛成都、請譲我呼吸(私は成都を愛しています。私に呼吸をさせてください)」とネットで人々に市中心部の天府広場に集まって抗議することを呼び掛けたのだ。 この呼び掛けに対し、「成都の90後は自らの主張を始めた。彼らはもはや我慢できず、街へと出た。子どもたちにこんな生活をさせた、こんな世界を与えたことで、われわれはみな同罪だ」と、このような書き込みで応じたという。 さらに網民による「一人一図反霧霾」(1人1枚(写真)でスモッグ反対)というマスクを着け、スモッグの中で標語を掲げた写真を投稿するように呼び掛けるキャンペーンも行われた。 しかしこうした呼び掛けは、当然のことながら当局も警戒しており、10日に予定していた活動は事前に当局によって阻止された。微博での呼び掛けはたちまち削除され、管理者は「書き込みはデマだ」と声明を発表。同日の天府広場の入り口には大量の警官が配備され、人や車の進入が禁止となった。春熙路にはマスクをした若者が集団で地面に座ったが、警察に職務質問を受けたという。 「一人一図」の写真もたちまち削除され、スモッグを題材に作品を発表した成都のカメラマンも後日警察に呼び出されたようだ。RFAによるとこのカメラマンはネットに「スモッグ写真をネットで発表したため、カメラマンと助手が警察に連行された。このような写真は撮影も発表もできない」と書き込み、スモッグの中で立つ人やかすんで見えないビルなどの7枚の写真を掲載。さらに「次のような写真は多く発表すべきだ。カメラマンとしてわれわれはより多くの『正能量』を大衆に発表すべきだ」として、青空と白い雲の2枚の写真も載せたと報じている。 ここで言う「正能量(プラスのエネルギー)」とは、中国共産党や政府を賞賛するような内容のことで、多くは「五毛党」と呼ばれる御用ネットユーザーらによる書き込みや文章である。 このカメラマンの「正能量」の書き込みと青空写真の投稿に、多くの網民は「高級黒」だと指摘している。高級黒とは、表向きは当局の政策を支持しているように見えて、裏で批判や皮肉を込めた中国ネット独自の言い回しだ。 また、この書き込みをネットで転載した人はRFAに対し、中国政府は「問題を解決するのではなく、問題を提起した人を処分する」という一貫した考え方をしていると指摘し、続けて次のように述べた。 「当局が一番恐れているのは、カメラマンがスモッグの実情を人々に伝えることだ。人々がもはや身を隠す場所がないと理解し、行動を開始した時、この体制は崩壊する。それゆえ当局は神経過敏になり、カメラマンがスモッグを吸い込んで死のうとも、こうした事情を撮影し発表することを許さないのだ」 四川省成都市在住のネット作家劉爾目は、スモッグの根源は偽りの発展を追求する共産党政権にある、という趣旨の文章をネットで発表したため、警察に連行された。後にVOA(ボイス・オブ・アメリカ)の取材で、「スモッグは成都の民衆にこの問題を意識させ、議論に参加して訴えるように覚醒させた」と述べた。「子供のために一時的にスモッグから逃れることはできる、だが後の世代のために共産党への批判や、環境問題への関心は放棄しない。今後も抗争を堅持し、人々に目覚めるよう呼び掛け、権利を守ることを支持する」と続けた。 このように政府の民衆のあらゆる意見表明を封じるやり方は、政府と民衆の対立関係を強めるだけである。中国人民大学の周孝正教授はRFAの取材に、スモッグ問題の本質は「政治霧霾(政治的なスモッグ)」だと述べている。そして共産党政権の利益集団が長年行ってきた経済発展モデルが、資源浪費や環境汚染を生み、既得利益層は海外へと大規模な移住で難を逃れているが、逃れられない一般大衆に問題を押し付けていると批判した。スモッグ警報が出された北京の天安門広場前で使い込まれたマスクを着けた男性 =2017年1月15日 スモッグ問題は、こうして環境問題から政治問題へと発展し、若者や中産階級が積極的に政治参加する「霧霾政治(スモッグ政治)」とも言うべき状況になっている。 中産階級について、社会運動の研究者で作家の呉強は、スモッグ政治における中心的役割を担っていると指摘。その背景として、中産階級の資産が拡大し、中国で最も発言権を持つ階層になったことを挙げている。そして、この中国で最も活発な集団は、政治や環境問題への関心が高く、地域的なスモッグ問題を全国的な関心事へと展開することができる。スモッグ政治は過去のGDP中心の経済モデルを徐々に消滅させ、政府や官僚の地位に直接影響を与える、これが中国の中産階級が運動に及ぼす役割だと述べている。 また、呉は香港のネットメディア端伝媒でも「意外性のある、生き生きとした新中産階級が、スモッグの中で急速に形成された。『早く蓄財して急いで移民しよう』という移民志向の他に、SNSによる結社化や非公式の場での大量の不満表明、そして予想もつかない小規模な抗議行動を取るようになった」「当局が人権派弁護士を弾圧、学校での政治思想統制を強化、そして都市化が急速に進んだことで、スモッグ政治に代表される中産階級による政治が、それまでの権利擁護運動に代わり、密かに拡散している」と指摘し、その例として成都の抗議活動を挙げた。 現在、中国当局は「維穏」(治安維持)の技術やノウハウを高め、あらゆる反対表明の動きの芽をもつもうとしている。だが環境問題、さらにはその根源にある体制そのものが持つ欠陥が解決されない限り、人々の不満は従来の市民運動とは違った形で表出する可能性が高い。新たな形での意思表明や政治参加は、スモッグのように拡散し、当局のコントロールはますます困難になるだろう。こうした動きにネット社会がどのように関与するのか、今後も注目していきたい。

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    「世界共通のインターネット」時代は終わりを迎えるのか

    塚越健司 (拓殖大学非常勤講師) 前回は中国のシェアリングサービスを論じることで、制度設計が人々の行動習慣にどのような影響をもたらし得るかを論じた。本連載でも最近中国について論じる機会が増えてきたが、それほどまでに特殊なIT事情を有する中国は、やはり注目に値する。 とはいえ中国は、世界をつなげてひとつにする「世界共通のインターネット」から離脱しようという意図がみえる。またグーグル検索においてもこの「世界共通」は複雑な問題を抱えている。 そもそもインターネットは当初こそ軍事利用的な発想で生まれたが、一般的な普及にあっては世界中の人々がひとつにつながることで、対立から融和への道を示そうという思想的な側面が存在していた。この思想は現在に至り、多くの問題を抱えている。そこで今回は、インターネットが1つであることの困難やその問題について考察したい。 中国の積極的な「世界共通のインターネット」から離脱せんとする動きが問題となっている。以前本連載でも述べた通り、中国は海外のIT製品を締め出し、国内だけでまわるインターネット経済圏を構築しようとしている。また2017年6月に施行した「サイバーセキュリティ法」は、海外企業が中国国内で業務を行う際に当局の求めに応じた協力が要請されており(具体的な指定がないが故に、範囲はいくらでも拡張可能だ)、場合によっては個人情報の提出などが考えられる。このように海外企業への一層の取り締まりの一方、国内の統制も強化されている。 よく知られている通り、独裁国家や抑圧的な国家は特定の情報などへのアクセスが禁止されたり、時に国民の通信回線を遮断することもある。中国はインターネットに関する有名な検閲システムがあり(いわゆる「Great Firewall」)、TwitterやFacebookといったSNSをはじめ、Googleのサービスや「ニューヨーク・タイムズ」といったメディアへのアクセスも不可能なばかりか、天安門事件などについては検索に表示されず、政府批判の発言は削除されてきた。iStock 中国は最近になって、VPNを2018年2月1日までに大手キャリアに禁止させる予定であると報道されている。VPNとは「Virtual Private Network(仮想プライベートネットワーク)」を意味するもの。技術的な詳細を省きごく簡単に概要だけ説明すれば、セキュリティレベルを上げることで他者からの攻撃を阻止するとともに、設定によっては中国にいながら他国からアクセスしたようにみせかけることを可能とする技術だ。これにより、中国の人々も欧米からアクセスしたようにみせかけることで、欧米のSNSなどを利用することが可能であった。中国は他国のインターネットにも介入? しかし先の報道によれば、来年からは中国の3大キャリア計13億のユーザーはVPNの利用ができなくなるという。その他のプロバイダーにも禁止措置が適応されるかどうかはわからないが、いずれにせよ大規模な禁止が実行されると、ますます中国はインターネットから孤立することになる。その結果、中国国内の研究者やビジネスマンへの影響もさることながら、仕事で中国に滞在する日本人を含む海外の人々にとっても大きな障害となるだろう。iStock こうして中国が世界共通のインターネットから離れていく一方、中国が海外に圧力をかけていることも判明している。16世紀から続く最古の出版社であるケンブリッジ大学出版局は2017年8月、中国政府の要請に応じて、ケンブリッジ大学出版局が発行する中国研究の学術雑誌における論文300本あまりを、中国国内からアクセス禁止にすることを決定した。 この雑誌は中国研究の世界的権威でもあり、300本の論文の多くは台湾やチベット、天安門など中国にとって好ましくない内容であるが、決定には多くの批判が生じた。内部のメールがネットに流出したこと等から判明しているのは、中国政府から政治的、経済的な圧力がかけられており、この300本の条件を飲まなければ最悪の場合すべての研究業績が中国の人々の目に触れることができなくなると、ケンブリッジ側が判断したということだ。しかしこの決定は中国政府の介入がその後増すこと、そして最終的に編集権を中国政府に握られることを意味しており、多くの批判の後でケンブリッジ大学出版局はこの決定を撤回した。 中国はインターネットは国ごとに主権があるという考えをもっており、一国のインターネットに関する(アクセス制限などの)政策は国家が指導すべきとの立場を示している。だがこのケースから明らかになったのは、中国の政治的・経済的な権力によって他国のインターネットに介入しようとする態度であろう。 こうした動きは中国だけではなく、ロシアにも見られる。ロシアも中国同様に国内のインターネットに関する取り締まりが厳しく、特にテロ対策や違法サイトの取り締まりの名目で、言論弾圧や盗聴の合法化などが行われている。また企業活動に際して、データはロシア国内にサーバーを設置しなければならず、当局の求めに応じて個人情報を提出しなければならないことも法律で決まっている。そのため2017年5月から、これを拒否したLINEや中国のWe chatなどはロシア国内では使用できない状態となっている。全世界のグーグルの検索結果を削除できるか さらに7月にはVPNを禁止する法案が上院下院でともに満場一致で採択。はやければ11月にも施行されるという。すでにVPNを利用しなければLINEも利用できないロシアにおいて、VPNの禁止はやはり大きな痛手となる。またこの法案に関しては、反対するデモが行われ逮捕者も出ているが、テレビなどでこの事実が報道されることはなかったという。  中国については日本においても多くの報道がなされているが、ロシアもまたインターネットの主権を国家ごとに認めるべきとの立場であり、結果的に欧米のサービスではなく自前のSNSなどをつくっている。中国もロシアも、世界から自国に都合の悪い情報をシャットアウトしようという意思がうかがえる。iStock しかし、「世界共通」であることが一般の人々の利害に反していることもある。グーグルは多くの訴訟問題を抱えているが、カナダで生じた事件は好例だ。事件を簡単に概観すれば、まずカナダの「Equustek」という企業が、自社のソフトウェア技術が盗まれ、同じ内容のものをパッケージを入れ替えただけで別の業者が違法に販売している事実を知り、この業者を訴えた。訴えられたのは「データリンクゲートウェイ」というEquustekの販売代理店で、当初は否定したものの国外に逃亡し訴訟を放棄。その後この違法行為を働いた張本人には逮捕状が出ているが、居場所がわからず海外で活動している状態だ。 そこでEquustekはグーグルにデータリンクゲートウェイの情報を検索結果から削除してほしいと依頼し、グーグルは受け入れる。しかしグーグルが削除に応じたのは「Google.ca」、つまりカナダ版のグーグルのみだった。Equustekはこれを全世界に適応するよう訴え、2017年6月にカナダ最高裁でEquustekは勝利した。 Equustekは何の罪もない被害者であり、訴えは最もだと思う読者もいるだろう。だがグーグルは7月にカリフォルニア州の裁判所に差し止め請求を行っている。検索結果の削除を全世界に適応するのはアメリカ憲法修正第1条(言論または報道の自由)に反しており、カナダ国内の判決が全世界的に影響が及ぶのはおかしい、という理由だ(事件について詳しくはこちらの記事やこちらを参照してほしい)。「忘れられる権利」の難しさ グーグルもデータリンクの活動を許容しているわけではない。しかし、一度全世界に削除を適応すれば前例をつくることになり、他の判断が難しい削除要求もまた全世界に適応されかねないという問題がある。例えば日本のアニメや二次創作コンテンツは、しばしば欧米においてポルノとみなされることがある。その際、特定の国家においてコンテンツに関する検索結果が削除されたとしても、それを日本や世界中に適応すると問題が生じる。なぜなら文化や地域によって性や暴力、あるいは政治をめぐる解釈は異なる場合があり、特定の国の基準で削除が全世界に適応されてしまえば、他国では問題ないコンテンツへの検索表示もできなくなる恐れがあるからだ。 また一度全世界への適応を認めれば、ある国では検索結果を残すべしと逆に訴えられることにもなりかねない。ましてや世界全体共通の削除基準をつくることは、明らかな暴力など了解されやすいものでない限り難しいことは、上述のとおりだ。世界共通の削除基準は、逆にインターネット空間の縮小を招くことにもなるために、現状ではグーグルはなんとか個別の削除範囲に抑えようとしている(これに関してはアメリカの市民団体(EFF)などもグーグルを支持している)。 この問題は、現在とは異なる過去の情報について削除を行う「忘れられる権利」についてグーグルが直面していることでもある。忘れられる権利については本連載でも議論したが、これもまた削除範囲をどのように決定するかは困難だ。削除が全世界に適応すればビジネスにも影響が出る他、これまで以上に削除依頼が殺到し、インターネットに恣意的な操作が可能になってしまうことが予想される。とはいえグーグルこそがインターネットを恣意的に牛耳っている、という指摘も他方で存在しており、Equustekの訴えが間違っているわけでもなく、ここでは困難なバランスが要求されている。iStock 最終的には経営的な判断からグーグルは諸国家の判断に従うことが予想されるが、特に忘れられる権利を巡ってはEUが削除範囲をEU以外の範囲に拡張することを目指しており、これもグーグルにとって深刻な問題だ。中国・ロシアがインターネットから離脱しかけているが、グーグルは逆に「世界共通」で情報が削除される恐れに直面している。インターネットはもはや「世界共通」ではない? グーグルにせよ中国・ロシア問題にせよ、結局のところ我々はもはやインターネットがひとつの共通空間であるという認識を持ち難くなっている。最後に、世界共通であることに何の意義があるかについて言及しておきたい。iStock 昨今は国家間対立だけでなく、国家内部の市民同士の対立はアメリカや日本においても激化している。特にアメリカの人種や政治をめぐる対立は、もはや市民同士が敵対する市民の個人情報をネットに晒し合う戦いにまで発展してしまっている。これらdoxingと呼ばれる晒し行為は最近、クラウドファンディングによって特定者に報奨金が払われるまでに至っている(これについては筆者が他媒体で論じている)。こうして共通の基盤をもって対立する両者が議論することがますます困難な時代となり、インターネットの「世界共通」という理念もまた維持が困難であることがわかる。 こうした問題は日本や日本人にとっても他人事ではない。中国やロシアの人々との交流が難しくなれば、いたずらに対立感情を煽るような言説に接近したとき、人は対話への意思が挫かれてしまうおそれがある。また海外の判例によって日本人が必要とする情報が検索結果から消去されてしまえば、同じく歴史認識や政治的・文化的な共通意識を世界全体で構築していくことが困難となる。 世界共通のインターネットには問題が多くあるのも事実だ。しかし、それでも共通基盤のもとで(時に大きな)対立と対話を行い続けるか、さもなければこの基盤から離脱し、対立を回避して棲み分けを行うかのいずれかの選択が要求されることになる。リベラルな思想が要求する理想的な対話環境として想定されたインターネットは、今や岐路に立たされている。つかごし・けんじ 拓殖大学非常勤講師。1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中(http://www.tbsradio.jp/dc/)。

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    やはり中国に人権はない! それを許すトランプの情けなさ

    樫山幸夫 (産經新聞前論説委員長) アメリカはもう「人権の国」ではなくなってしまったのか。 中国の著名な民主活動家で、ノーベル平和賞受賞者、劉暁波氏が7月13日に亡くなった。各国首脳が相次いで哀悼の意を表明する中、トランプ米大統領は同じ日、マクロン仏大統領との首脳会談後の共同記者会見で、劉氏死去には一切触れず、あろうことか、中国の習近平主席を「偉大な指導者で才能あふれる人物」と絶賛してみせた。 ネット空間などで批判含みの反響が続出したため、ホワイトハウスは、あわてて5時間後に追悼の声明を発表した。しかし「大統領は深く悲しんでいる」というわずか5行の素っ気ないものだった。 驚くべき冷淡さだが、筆者は、こういう反応を予想していた。というのも、その5日前の7月8日、ドイツのハンブルクでの20カ国・地域(G20)首脳会議の機会に開かれた米中首脳会談で、トランプ大統領の口から、劉暁波氏に関する懸念表明、注文が一切聞かれなかったからだ。 ハンブルクでの首脳会談が開かれたのは、時あたかも、劉氏が重篤に陥り、診察を許可された米独両国の医師団も手の施しようがない状況の中だった。しかも中国は、劉氏を国外の病院に移して適切な治療を施すべきだという各国からの強い要請を、無視し続けていた。  こうした事情があったのだから、本来なら、トランプ氏は、劉氏の問題を会談の主要議題に据え、習主席に対して、非人道的な対応を厳しく批判し、国外での治療を認めるよう迫るべきだった。ホワイトハウスで記者団に話すドナルド・トランプ米大統領=2017年12月2日、ワシントン(ロイター=共同) しかし、この会談を報じた内外メディアの記事を読む限り、トランプ大統領は、そのことに一切言及していない。また、人権問題そのものも、会談全体を通して取りあげられた形跡はない。北朝鮮の核開発、貿易不均衡といった緊急の課題があったとしても、不可解、驚きというしかない。 会談後、ホワイトハウスが公表した記者団向けのメモを確認してみたが「人権」の文字はなかった。念のため、ワシントンに戻る大統領専用機内で行われたホワイトハウス当局者による大統領の欧州歴訪を総括するブリーフィングをチェックしてみたけれど、やはり、結果は同じだった。 記者団からそれに関する質問もなかったというのも実に不可解な話だ。  それにつけても、思い出すのは、1997年10月の江沢民主席(当時)とクリントン米大統領(同)との共同記者会見だ。国賓として訪米した江沢民主席が、最初の訪問地としてハワイを選び、日本にあてつけるかのようにパールハーバーで献花した、あの時の外遊だ。日本でも記憶している人は少なくないだろう。筆者もこの江沢民訪米を取材した。  米中のすさまじい応酬 晩秋の一日、ワシントンでの首脳会談を終えた両首脳は、ホワイトハウスに隣接する荘重なオールド・エグゼクティブ・ビルの講堂に並んで立った。 1989年の天安門事件について聞かれた江沢民主席は、「国家の安全を脅かし、社会的安定を損なう政治的争乱に対して政府が必要な措置を執ったということだ。党と政府はこの判断が正しかったと確信している」と流血の弾圧を正当化した。北京の人民大会堂で開催された人民解放軍創設80年を祝う式典に出席した江沢民前国家主席=2017年8月1日(共同) こういうとき、ホストは、国賓であるゲストの言い分を一応聞き置くという態度をとるものだが、クリントン大統領は違った。自ら発言を求め、「われわれは考えが違う。この事件、それに続く活動家への容赦ない措置によって、中国は国際社会の支持を失った」と賓客を面罵した。  江沢民主席は憤然として、「民主主義、自由、人権というものは、それぞれの国家の状況に従って、他国から干渉されずに検討されるべきものだ。温かい歓迎には感謝しているが、時に雑音が耳に入ってくる」と激しく反発、人権活動家が宿舎やホワイトハウス前でデモや集会を行っていることをもあてこすった。 これで終わるかと思ったところ、クリントン大統領は主席の発言を制するように、「中国はさまざまな問題で正しい決定をしているが、この問題に限ってみれば誤った結論だ」と重ねて中国を非難し、「私や家族に対しても様々なことがいわれてきたが、それでも今私はこの場所にいる」と、批判を受け入れるのが政府の姿勢だと迫った。 すさまじい応酬だった。これまで、各国首脳の記者会見を取材したが、あれだけの丁々発止はみたことがない。 本来、国賓を迎えての記者会見は、美辞麗句、友好ムードにあふれるのが相場だが、このときはそんな雰囲気とはほど遠いものだった。記者会見の場で、こうだったのだから、非公開の会談ではどんなとげとげしいやりとりがあったことだろう。20年たった今でも両首脳の激しい言葉のやりとりが目に浮かぶ。 実はこのとき、会談の翌月、中国が国家転覆陰謀罪で収監、服役させていた著名な民主活動家の魏京生氏を釈放した。原子力協定の履行などという取引材料はあったものの、米政府が魏氏の釈放を首脳会談で強く働きかけた結果だった。人権問題が、「言い放し」だけでなく、実質的な外交交渉の対象になった典型的な例だろう。 そもそも“人権外交”は、1977年に就任したジミー・カーター大統領(民主党)が声高に掲げ、その後の歴代政権においても米国の外交政策の最重要、中心課題のひとつであり続けてきた。カーター政権以前も、自由と民主主義という米国の価値観、さらにはキリスト教の倫理観もあって、米国の外交政策で大きな比重を占めてきていた。トランプ大統領の異様な行動 冷戦時代に、米国は旧ソ連に対して、ノーベル平和賞受賞者のアンドレイ・サハロフ博士の流刑などを強く批判するなど、人権抑圧に懸念を表明し続けてきた。 冷戦終了後、中国が新しいスーパーパワーとして米国と対峙するようになると、その矛先が中国に向けられたのは自然の成り行きだった。 台湾問題、貿易不均衡などとならんで、首脳会談の主要な議題としてとりあげられ、魏京生氏の釈放のように、人権問題が、首脳会談の正否を左右することも少なくなかった。  米国務省は毎年、「世界の人権に関する年次報告」をとりまとめ、各国の状況を批判的に分析している。中国については毎年、チベット、新疆ウィグル自治区での人権抑圧、民主活動家への弾圧などをやり玉にあげている。  1990年からは「米中人権対話」という枠組みが設けられ、米側の懸念が高官レベルによる協議を通じて、中国に直接伝えられた。この対話は、中国側が「米国にも人権問題はあるだろう」と強く反発したことから、「それならお互いの人権問題について話し合おう」という趣旨で設けられたが、実態は、米側が一方的に中国を糾弾することに終始した。最近は、「人権対話」のニュースを聞かないから、休眠状態になっているのかもしれないが。 オバマ前政権末期の昨年6月、北京で開かれた米中戦略・経済対話で、ケリー国務長官(当時)が、人権派弁護士らが多数拘束されていることや、チベットでの人権の弾圧を強く非難した。任期切れが近づいても追及を緩めることのない態度からは、「人権」に対する執念すらうかがえる。米バージニア州知事選、民主党候補ラルフ・ノーサム氏(右)の応援演説に立つオバマ前米大統領=2017年10月19日、米バージニア州(加納宏幸撮影) こうした人権をめぐる過去の米国の一貫した強い姿勢に比べてみたとき、弾圧された民主活動家が亡くなったその日に、中国の最高指導者を絶賛してみせるトランプ大統領の行動はまことに異様に映る。 もっとも、女性に対する数々の蔑視発言、移民に対する血も涙もないコメントを聞く限り。トランプ氏にまっとうな反応を求める方が無理というものだろう。「死の床」にある劉氏の写真に驚いた 加えて、米中間には、北朝鮮の核開発、貿易不均衡、為替、台湾、南シナ海問題など多岐にわたる問題が目白押しだ。 だが、人権ばかりにかかわっているわけにはいかないという認識があるのであれば、それこそ中国の思うつぼ、米外交にとっても取り返しのつかない失策になろう。 いままで繰り返してきた主張を一度でも引っ込めてしまえば、相手は「われわれに屈した」と思ってしまうだろう。 中国の人権問題については、もとより、米国だけでなく、各国が声を合わせて中国に改善を迫っていかなければならない。しかし、対中関係の悪化を恐れてか、歯切れの良さを欠くケースが少なくないようだ。 わが国にしても、中国が劉氏の国外治療を認めなかったことについて、「日本の考え方は中国に伝えてはいるが、詳細は控えたい」(岸田文雄外相)など、関係改善へのマイナスになることを恐れ、腰が引けているようだ。  本来なら、ここは安倍晋三首相の登場を期待したい。首相は昨年の大統領選で、トランプ氏が当選した後、外国首脳としては真っ先にお祝いにかけつけた。就任後も、フロリダの大統領の別荘で二晩も過ごし、ゴルフ三昧で、世界の耳目を集めた。それほど親密な関係なら、大統領と率直な意見交換ができるはずだ。それができるかどうかによって、「個人的な信頼関係」がホンモノかどうかの尺度になるはずだ。日米首脳がゴルフ会談 出迎えたゴルフ場で握手する安倍晋三首相(右)とトランプ米大統領=2017年11月5日、埼玉県(代表撮影・時事通信) それにしてもだ。今回の劉氏の死去で何よりも驚いたのは、“死の床”にある劉氏の写真を中国当局が公表したことだ。医師団に囲まれ、適切な治療が施されているということをアピールしたかったのだろうが、患者の人権、プライバシーはどうなっているのだろう。やせ衰えた瀕死の姿をさらしたいと思う患者などいるはずがない。 人権に配慮しているふりをして、人権を侵害する。やはりこの国に“人権”はない。かしやま・ゆきお 産經新聞前論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。