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    人民元「国際通貨化」の脅威に立ち向かえ

    (産経新聞特別記者)異形の党支配経済、延命は決定的!? 国際通貨基金(IMF)は11月末の理事会で、中国の人民元を来年秋から特別引き出し権(SDR)の構成通貨(現在はドル、ユーロ、円、ポンド)への追加を決める。元は国際通貨としてのお墨付きを得ることになるが、単なる経済事案ではない。通貨とは基軸通貨ドルが示すように、国家そのものであり、経済のみならず政治・外交・軍事すべてを根底から支え、運営を誤れば揺るがす。 中国の場合、元は共産党通貨であり、それを世界で通用させることは、破綻しかけた共産党指令経済を延命させることはもとより、対外的な膨張を助長させる。日本にとっては脅威の増大を意味する。 共産党中央が指令する中国経済は事実上マイナス成長に落ち込んでいる。習近平党総書記・国家主席の中国は手負いの巨大怪物も同然だが、愚かではない。習氏は米英が仕切る国際金融市場の総元締め、国際通貨基金(IMF、本部ワシントン)に元を国際準備通貨として認定させる道を付けた。 現在の代表的な国際通貨はドル、ユーロ、円、ポンドであり、IMFの国際準備通貨単位である特別引き出し権(SDR)を構成している。SDRは帳簿上で記載されるだけで、流通するわけではないが、各国中央銀行は通常、SDR構成通貨建ての金融資産を準備通貨として保有するので、民間はSDRを構成する通貨での支払いや決済に安心して応じる。 これまでの人民元は、韓国のウォンや東南アジア各国の通貨同様、ローカル通貨であり、これらの各国は外貨準備を積み上げながら、外貨の流出を防ぐと同時に、外資が流入するように金融、財政政策を調整しなければならない。 元の国際通貨化が党支配経済存続の鍵になるという切実な事情は2つある。現在の中国は、外貨の流入が細り、資本の流出に加速がかかり、外貨準備が急速に減少している。もう一つ、元資金を使った対外融資や投資を増やす対外戦略上の必要性である。中国は固定資産投資主導による高成長路線が限界に来ており、このままでは経済崩壊してしまいかねない。それを打開するためには、国有企業の再編成など合理化・競争力強化策が必要だが、党幹部の既得権益調整に手間取るので短期間では実現不可能だ。手っ取り早いのは、対外投資を増やして、輸出を増強することで成長率を引き上げる方法だ。その決め手とするのが、中国とユーラシア大陸及び東南アジア、インド、中近東・アフリカを結ぶ陸と海の「一帯一路」のインフラ・ネットワーク整備構想である。 習近平政権はその投融資を行うための基金や国際開発金融機関を相次いで発足させようとしている。代表例が、年内設立をめざす多国間のアジアインフラ投資銀行(AIIB、本部北京)である。AIIBは国際金融市場でドルなど外貨を調達してインフラ資金とする計画で、英独仏など欧州や韓国、東南アジア、ロシアなどが参加したが、世界最大の債権国日本と国際金融シェアが最大の米国が参加しないこともあって、AIIBの信用力は弱い。このために、国際金融市場での長期で低利が必要となるインフラ資金の調達は困難だ。それを打開するためには、中国が元資金を提供するしかない。しかし、元がローカル通貨である以上、元による決済は限られる。翻って、元が国際通貨になれば、その障害は少なくなる。 元が国際通貨になるためには、ドル、ユーロ、円、ポンドと同様、SDR構成通貨への組み込みをIMF理事会が認定することが前提となる。IMF理事会審議の鍵を握るのは英国など欧州と、IMFの唯一の拒否権保有国米国である。厳密に言うと、SDR認定事項は最重要案件とはみなされず、議決権シェアで7割以上の賛成があれば、米国の拒否権を無効にできるが、SDRの新規発行は米国の賛同が必要だ。したがって米国の同意がないと、元が加わった後のSDRの追加配分に支障が出る。習氏は米欧各国に対し、実利を提示することで、抱き込みを図ってきた。日本は対米追随なので、対日工作の必要はなかった。足元をみられた欧州 詭弁にやられる米国の甘さ足元をみられた欧州 詭弁にやられる米国の甘さ 10月下旬の習氏の訪英は大成功だった。キャメロン首相の発表によると、習主席訪英中に決まった中国の対英投資案件の総額は約400億ポンド(約7兆4000億円)。さらに、習氏は、ロンドンに人民元建ての国際決済センターの特権を提供し、元建て国債の発行を表明した。これに応えて、キャメロン政権は「国際通貨元」支持を表明した。ドイツ、フランスなど残る欧州主要国も自国市場に元の国際決済業務の拡大を期待して、なだれを打つように元のSDR組み込みへの支持を表明した。 米国はどうか。ルー米財務長官は3月時点では元のSDR認可には反対表明したが、習氏の訪米後の10月6日には、「IMFの条件が満たされれば、支持する」と表明した。6月の上海株暴落後の中国当局による市場統制や8月の元切り下げは金融市場自由化原則に逆行する。ところが、オバマ政権は態度を軟化させた。上海株式市場の統制は緊急措置であり、元切り下げについて「元の市場実勢に沿う改革の一環」とする北京の説明を大筋で受け入れたのだ。 習政権は6月の上海株暴落以降、党・政府指令による経済支配を強化している。これだと、だれが見ても国際的に自由利用可能であるというSDR通貨認定条件に反するはずだが、IMFはそう見ない。フランス出身のラガルド専務理事は3月下旬の訪中時に、「元のSDR通貨承認は時間の問題だ」と習氏に約束している。IMFは8月、上海市場の統制を当面は容認すると同時に、元をより大きく市場実勢を反映させる改革案を示せば、元を来年9月からSDR通貨に認定してもよい、というシグナルを送った。市場原理とはおよそ無縁な小出しの自由化でよしとする、対中国だけのワシントンの二重基準である。 習氏は9月訪米時、ワシントンの甘さにつけ入った。「中国は輸出刺激のための切り下げはしない。元を市場原理により大きく委ねていく改革の方向性は変わらない」「中国政府は市場安定策を講じて市場のパニックを抑制した。今や中国の株式市場は自律回復と自律調整の段階に達した」「外貨準備は潤沢であり、国際的な基準では依然として高水準にある」「人民元国際化に伴って、外貨準備が増減することは極めて正常であり、これに過剰反応する必要はない」 中国伝統の白を黒と言いくるめてみせるレトリックである。8月11日の元切り下げは過剰設備の重圧にあえぐ国有企業が背後にあるが、4%台半ばの元安にとどめざるをえなかったのは、資本逃避が加速したためだ。元相場を市場実勢に反映させると言うなら、外国為替市場への介入を抑制すべきなのだが、実際には元買い介入によって元の暴落を食い止めるのに躍起となっている。株式市場は自律的に回復しているというが、当局が市場取引を制限しているために、上海株の売買代金は6月のピーク時の4分の1まで雌伏したままだ。 外準減少が正常、というのも詭弁である。資金流出は加速し、元買い介入のために外準を大幅に取り崩す。国内の資金不足を背景に対外債務は膨張を続け、「高水準の外準」を大きく上回る。外準を支える対中投資の大半は香港経由であり、そのうちかなりは外資を装った中国の投資家で、ほとんどが党幹部に直結している。建前上は厳しい資本流出入規制を実施している中国で、特権を駆使する党幹部だけがその網の目をくぐれる。言い換えると、中国は党支配体制だからこそ資本逃避が慢性化する構造になっている。習氏が党総書記就任前の12年前半にわずかずつ人民元を低めに誘導すると、資本逃避が起きた。あわてて元を高目誘導したらデフレ圧力が高くなったので、14年前半には再び元安方向に修正したら、やはり資本逃避が再発する。 景気の方は14年初めから停滞感が強くなる一方である。中国当局発表では14年は7%台半ば、15年も7%弱の実質成長を続けているが、モノの動きを忠実に反映する鉄道貨物輸送量は前年同期を下回り、以来マイナス幅は拡大するばかりである。その場合、金利を下げ、元安にするのが景気対策というものだが、すると資本逃避で国内資金が不足する。元のSDR通貨認定は、北京にとってまさに焦眉の急である。人民元帝国誕生で軍拡も加速人民元帝国誕生で軍拡も加速 米英の国際金融資本にとって中国はグローバル金融市場の中の巨大なフロンティアである。小出しでも中国の金融市場の対外開放や自由化は、米金融界にとって中国市場でのシェア拡大を有利に進められる。北京は特定の米金融大手を一本釣りにして特権を与えるからだ。ゴールドマン・サックス、シティグループなどは江沢民政権時代以来、とっくに党中央と気脈が通じあっている。ニューヨーク・ウォール街代表者が政権中枢を担うオバマ政権では、グローバル金融市場に中国の元金融を取り込むことが国益とみなされるだろうし、元そのものが脅威となる日本と利害が微妙に異なる。日中財務対話のフォトセッションを終え、握手を交わす中国の楼継偉財政相(中央左)と麻生財務相=2015年6月6日、北京の釣魚台迎賓館(共同) 中国の対外貿易規模は日本のそれの3倍以上であり、すでにアジアでの元建て貿易は円建てを超えている。中国は「国際通貨」元を振りかざしながら、アジア全域を元経済圏に塗り替えるだろう。日本の銀行や企業は元金融や元建て決済を認可してもらうために、北京の顔色をうかがうしかない。それは、日本外交の手足を縛る。すでに金融界は浮き足立ち、「中国嫌い」で評判の麻生太郎財務相ですら、中国側に東京に元決済センター設置を要望する始末だ。中国との通貨スワップに頼る韓国はますます北京に頭が上がらなくなる。 国際通貨ともなれば、中国は刷った元で戦略物資やハイテク兵器を入手できるようになり、軍拡は一層進む。これでは日本は立ち上がれぬ 危機意識なき財務官僚たち 日本としての今後とるべき策は、何が何でも元の完全自由変動相場制移行と資本市場の全面自由化を早期に実行させることだ。国境を越える資本移動の自由化は、外国資本や金融機関による対中証券投資や融資の制限の撤廃、さらに中国市場からの引き上げを自由にすることを意味する。元の自由変動相場制は、元の対ドルや対円相場の変動を自由にし、中国当局による市場介入や管理を取り払う。 中国が元を乱発すれば、元相場は暴落不安が起き、中国からの資本逃避が起きる恐れがある。SDR通貨として認定されても、通貨の国際的な信認は国内の政策次第で失われる。そんな懸念から、北京は金融や財政政策で自制せざるをえなくなる。つまり、市場のチェック機能を持たせることで、元の暴走にブレーキをかけられる。党による市場統制力は次第に弱まるだろう。 考えてみれば、これまでの中国の人民元管理変動相場制は中国のとめどない膨張を支えてきた。管理変動相場制のもとでは、自由変動相場制とは全く異なって、対ドル相場は人為的に安定させられる。 元の安定を背景に、中国にはこれまで順調に外資が流入し、その外資の量に応じて中国人民銀行は元を刷り増しし、国有商業銀行、国有企業、地方政府に資金を流し込んで、不動産開発を進めて、投資主導による高度成長を達成した。国有企業は増産しては輸出を増やしてきた。ところが、不動産投資も国有企業の増産投資も過剰となり、景気は急降下し、地方政府や国有企業の債務は膨張を続けている。鉄鋼などの過剰生産は、安値での輸出攻勢を引き起こす。半面で、鉄鉱石など一次産品の国際商品市況は急落し、産出国経済を直撃している。市場需給を無視した党主導による金融は世界経済不安の元凶になっているのだ。 来年は米大統領選挙だ。日本としては米国のまともな勢力と組み、元の変動相場制移行と金融自由化の早期実行を北京に迫るしかない。仮に北京が為替や金融の自由化を約束したところで、実行するはずはない。 何しろ中国の国際ルール無視ぶりは目に余る。中国は2001年末、難交渉のうえに世界貿易機関(WTO)に加盟したが、ダンピング輸出、知的財産権無視などが横行している。国内総生産(GDP)統計は偽装の産物だというのが国際常識だ。外交・軍事では南シナ海の砂地埋め立てと軍事拠点化、絶え間のない外国に対するサイバー攻撃と、あげればきりがない。人権の尊重、言論・表現の自由は、自由で公正な金融市場ルールの下地のはずだが、党中央にはその意識のかけらもない。 米国とはそれでも、日本の危機意識を共有できる余地はある。正式候補に決まるとは限らないが、民主党のヒラリー氏はウォール街に批判的で対中警戒派だし、共和党のトランプ氏は「大統領になれば、中国を為替操作国として罰する」と息巻いている。日本として、元のSDR化で習近平政権は軍事を含む対外膨張路線をひた走るだろう、と伝えるべきだ。 問題は通貨・金融を自省の専管事項とする財務官僚だ。IMFにおいて中国のSDR通貨工作のなすがままにした。そればかりか、IMFで精を出しているのは、消費税増税をIMFに対日勧告させて安倍晋三政権を予定通りの増税に追い込む根回しだ。語るに落ちる裏切りぶりである。たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員を兼務する。著書に『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『人民元の正体』(マガジンランド)など多数。

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    もはや「中国崩壊」を恐れる理由はどこにもない

    田村秀男(産経新聞特別記者) 上海株バブルの崩壊、人民元切り下げをきっかけに、中国経済は自壊プロセスに入った。習近平総書記・国家主席の体制延命策は経済・軍事両面での対外膨張であり、決め手は国際金融の総本山、国際通貨基金(IMF、本部ワシントン)に元を国際通貨として認定させ、自前でふんだんに刷れる元を世界中で使えるようにすることだ。安倍晋三政権は北京に甘い財務官僚に任せず、IMFとオバマ政権に対し、元の変動相場制移行と徹底的な金融市場自由化を認可条件として北京に呑ませるよう説得すべきだ。ワシントンはこれまで、元の変動相場制移行が中国市場混乱の引き金になるとみて、北京の小出しの変動幅拡大策を容認してきた。その結末こそが高まる一方のチャイナリスクだ。もはや「中国崩壊」を恐れる理由はどこにもない。中国膨張の最大の協力者はワシントンだ 体制崩壊を恐れてきたのは、当の中国共産党指導者たちばかりではない。金融資本主義の本家、ニューヨーク・ウォール街とその利害代表者が牛耳るワシントンは以前からそうだ。エピソードを紹介しよう。 2001年1月に発足したブッシュ共和党政権はクリントン前民主党政権の露骨なばかりの親中国路線を撤回し、発足当時は対決姿勢をあらわにした。同年4月1日、海南島沖合の南シナ海で偵察活動をしていた米軍機と中国軍戦闘機が空中衝突する事故が発生した直後、国家主席の江沢民がホワイトハウスに電話したが、ブッシュは電話に出ない。6月までに2度目、3度目の電話がかかったが、やはりとらなかった。 この対決路線には当然、国内の産業界やウォール街から修正を求める声が出る。そこで、まず北京に飛んだのはオニール財務長官(当時)である。同年9月初旬、いわゆる「9・11」同時中枢テロの前日、10日にオニール長官は人民大会堂で江沢民国家主席、項懐誠財政部長と会談した(いずれも当時)。 オニール長官の回想録“The PRICE of LOYALTY”(「忠誠の代償」)によれば以下のようなやりとりが交わされた。ドルに固定されている人民元制度の改革を求めるオニール長官に対し、項財政相は「人民元はいずれ変動が許されるようになるでしょうが、ちょっとだけ、大幅になり過ぎないほどにと考えている」と打ち明けた。すると、オニール氏は「しょせん中国はまだ統制経済だ。市場資本主義の力にまかせると中国は分裂してしまう」と内心思った。そこで、オニールと江沢民は口をそろえて言った。「忍耐強くしましょう、そして一緒にやりましょう」 人民元は1997年末以来1ドル=8・27元以下の小数点でしか「変動」しない。米国はその後もことあるごとに人民元改革を求めてきたが、その肝はあくまでも漸進主義による制度改革であり、時間をかけながら「変動を柔軟にする」というわけで、円やユーロなど先進国通貨のような自由変動相場を要求しない。ブッシュ政権2期目には閣僚級の「米中戦略経済対話」が年に1、2度の割合で開かれ、オバマ民主党政権の「米中戦略・経済対話」(年1回)に引き継がれた。人民元問題は絶えず主要テーマになるものの、変動相場制移行を急がない「オニール・江沢民合意」では一貫している。1月13日、中国海南省海口市の証券会社で、頭を抱える個人投資家(共同) 変動相場制がなぜ、中国分裂につながるのか。小平が打ち出した「社会主義市場経済」は党による指令で成り立ち、毛沢東以来の「5カ年計画」をベースにしている。党中央委員会が決める5カ年計画の目標達成に向け、毎年秋に開かれる党中央全体会合で翌年の経済成長率を決議し、翌年3月の全国人民代表大会(党主導の国会)での承認を経て行政府(国務院)が成長率達成に向けて経済政策を実行する、という仕組みだ。この場合、元相場はできる限りドルに対して固定、または一定の水準で安定させる必要がある。変動相場制で元相場が大きく振れるようだと、中長期の経済計画の作成は困難で、毎年大幅修正を迫られる。 変動相場制になれば、市場の需給関係に相場形成がゆだねられるので、カネの自由な流れが前提になる。つまり株式市場を含む金融市場全体の自由化が変動相場とセットになる。すると党が中央銀行の中国人民銀行や国有商業銀行に指令し、金融市場を支配することは無意味になる。カネの創出と流れを決めることができなくなり、党指令型経済は消滅する。独裁政党がその権力を裏付けるカネの支配権を失えば、政治的影響力を喪失する。権力を握ろうとする複数のグループが政党を結成して競争し、複数政党制へと変革されていくが、「流沙の民」と孫文が嘆いた国である。多様な考え方、民族、地域、階層を一つにまとめる民主主義に収斂する可能性は少なく、大陸は分裂して大混乱に陥るとは、西側の専門家でも多数を占める見方だ。 民間資本にとってみても、米国に次ぐ巨大な市場である中国の分裂や混乱はまずい。米企業の場合、自動車のビッグ3からアップル、マイクロソフト、デルなど情報技術産業にいたるまで、中国市場にどっぷり依存している。ゴールドマン・サックス、シティ・グループなど金融資本は北京から与えられる証券発行の幹事や米国債ディーリングなどの巨大特権を享受してきた。政情不安はもとより、党指令による市場経済だからこそ獲得できる権益が金融自由化で失われることを恐れる。前述したオニール氏の見方が共産党指導者たちと共有されるはずである。 北京は現行の人民元制度を「管理変動相場制」と呼んでいる。オニール会談のあともしばらくドル相場に固定する「ペッグ(釘付け)」を続けたあと、管理変動相場制に移行した。基本的なやり方は、外為市場を操作してドルに対してごく小さな幅の中で変動、安定させるわけで、2005年7月に2%余り切り上げた後、人民銀行が前日終値を翌日の基準レートとし、その上下各0・3%までの変動幅を許容するようにした。以来、小刻みに切り上げ、元相場が安すぎるという米議会の不満や柔軟な制度を求める米政府の要求をかわし続けてきた。2008年9月のリーマンショック後はいったんペッグ制に戻したあと、10年6月に再び管理変動制に戻し、変動許容幅を上下1%にした。14年3月にはさらに幅を同2%に広げ、15年8月11日に元切り下げに踏み切ったが、小幅に変動をとどめるやり方を堅持している。 ワシントンもIMFも是認してきた管理変動相場制は中国の高度成長の主軸となってきた。ドルに対して安定し、しかも小幅に上昇する元は中国市場に進出する外資にとって魅力的で、先端技術を携えた外資による直接投資が活発に続く。中国企業は香港に別会社を設立し、さらに帳簿上だけの法人をカリブ海などのタックスヘイブン(租税回避地)に設立し、今度は外資を装って本土に投資して優遇措置を受ける。東南アジアなどの華僑系資本、日本や米欧、韓国、台湾の企業も香港を経由して大陸に向かう。大軍拡と海洋覇権もなだれ込んだドルが支える大軍拡と海洋覇権もなだれ込んだドルが支える 安定した元の威力が最も発揮されたのはリーマン後である。グラフ1を見て欲しい。米連邦準備制度理事会(FRB)は昨年秋まで3度にわたってドル資金を大量発行する量的緩和政策に踏み切った。すると、人民銀行による元資金供給量もドルに連動する形で急上昇している。米国からあふれ出たドルが中国市場になだれ込んでくる。人民銀行はそれを外為市場で買い上げて外貨準備とし、その相当額の元を金融機関に供給する。国有商業銀行などはそこで元資金を企業や地方政府の不動産開発事業向けに融資する。不動産開発投資を中心とする固定資産投資は中国の国内総生産(GDP)の5割を占め、経済成長率をたちまちの間に押し上げる。もとはと言えば元を党の手で安定させる管理変動相場制あってこその離れ業だが、中国は世界でいち早くリーマン後の世界不況から立ち直ったばかりか、2ケタ成長まで取り戻した。GDPの規模は2010年に日本を抜き、世界第2位の経済超大国として国際的地位を高め、アジアにおける影響力を飛躍させた。 人民銀行はリーマン後のドル資金増加量にぴったり合わせて元資金を発行してきた。元は言わばドルの裏付けを持つわけで、中国内外での信用が高まり、貿易面を中心に元の国際決済が広がる。アセアン、韓国、台湾に限らず日本の企業も金融機関も元資金を持たないとビジネスにならない。日本政府はともかく、各国政府が北京にすり寄る背景である。グラフ1 グラフ1で注目して欲しいのは、中国の軍事予算規模である。それは元の資金供給量の増勢によって引き上げられ、ドル資金供給の増加と連動している。中国の資金力の膨張は軍事予算を支え、豊富な外貨で空母を含む強力な兵器の調達を支えてきた。南シナ海や東シナ海での中国軍の増長、高度な海外の土木技術を必要とする南沙諸島の埋め立てを支えるのはマネーである。膨張システムは破綻外貨準備は実質カラだ膨張システムは破綻外貨準備は実質カラだ 中国膨張の方程式が狂ったきっかけは2012年から13年に起きた不動産バブル崩壊である。不動産開発投資は低調になり、成長の減速が始まった。すると、それまで流入を続けていた資金の流出が始まる。12年秋の党大会で党総書記に就任した習近平の政権は元を小刻みに上げて、国内からの資本逃避を防ぐとともに、海外からの資本流入を促そうと試みる。もとより、対中投資の大半は香港経由であり、そのうちかなりは外資を装った中国の投資家で、ほとんどが党幹部に直結している。建前上は厳しい資本流出入規制を実施している中国で、特権を駆使する党幹部だけがその網の目をくぐれる。言い換えると、中国は党支配体制だからこそ資本逃避が慢性化する構造になっている。総書記就任前の12年前半にわずかずつ人民元を低めに誘導すると、資本逃避が起きた。あわてて元を高め誘導したらデフレ圧力が高くなったので、14年前半には再び元安方向に修正したら、やはり資本逃避が再発する。 景気の方は14年初めから停滞感が強くなる一方である。中国当局発表では14年は7%台半ば、15年も7%の実質成長を続けているが、モノの動きを忠実に反映する鉄道貨物輸送量は前年同期を下回り、以来マイナス幅は拡大するばかりである。その場合、金利を下げ、元安にするのが景気対策というものだが、すると資本逃避で国内資金が不足する。 窮余の一策が株価引き上げである。14年後半、習政権は党・政府総ぐるみで株価引き上げキャンペーンに乗り出した。人民銀行は利下げし、幹部自ら株式投資を勧める。証券業界に資金を流して、個人投資家の信用取引を奨励する。党機関誌、人民日報は株式ブームをあおり立てる。株価上昇で外からの資金流入を促そうとして、11月には香港証券取引所経由による外国人の上海株投資を上限付きで解禁した。株価は急上昇起動に乗ったが、実体景気は鉄道貨物輸送量が示すように事実上はマイナス成長であり、株価とのかい離が広がる。典型的なバブルである。そして6月中旬、香港経由の上海株売りが口火を切って、株価暴落が始まった。習政権は政府・党・国有企業・金融機関総ぐるみで株価押し上げを図り、公安当局まで動員して市場統制を強める。株価は小康状態を取り戻したかのように見えたが、8月11日に人民銀行が元の基準レート切り下げに踏み切ると、資本逃避が一挙に加速し、人民銀行はあわてて元の買い支えに追われる始末である。人民銀行はさらに景気刺激と株価てこ入れのために追加利下げすると、資本逃避にはずみがついた。 人民銀行は元を買い支えるために外貨を売って元資金を吸収する。資金の対外流出額はことし6月時点経常収支黒字と外貨準備の増減からみて、年間で6000億ドル近い。外準は8月には昨年6月から4300億ドル以上減少した。 外貨準備はそれでもまだ3兆5000億ドル以上あり、日本の3倍以上になるとの見方もあるが、対外債務は5兆ドルを超えている。いわば、外から借金して外準を維持しているわけで、外国の投資家や金融機関が一斉に資金を引き揚げると、外準は底を突く恐れがある。北京の「強気」に騙されるな北京の「強気」に騙されるな それでも、中国当局は強気一辺倒である。9月5~6日、トルコ・アンカラで開かれた20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で、人民銀行の周小川総裁は株式バブルを認めたうえで、「市場の調整はほぼ終わった」と大見えを切った。「安定」とは、当局が株式市場への介入や統制を全廃したあとの市場動向をみて、初めて判定できる。乱高下は収まっていない。つまり調整局面がほぼ終わったとは真っ赤な嘘である。 中国は8月下旬に預金金利を追加利下げしたが、短期金融市場では銀行間融通金利上昇が止まらず、翌日返済融通金利は預金金利より高くなった。資本逃避が加速したためで、金融緩和が収縮を招いている。 9月13日に北京は大型国有企業への党支配を強化する形での再編成方針を発表した。産業部門の過剰生産能力を党主導で温存するつもりだ。鉄鋼は余剰能力が日本の年産規模1億1000万トンの4倍以上、自動車産業の総生産能力はことしの販売予想の2倍以上、年間4000万台を超える。それでも党内の実力者たちが利権拡張動機で、影響下に置く国有企業各社を保護するだろう。 輸出を大幅に伸ばそうとして、人民銀行がもう一段の元安に踏み出そうとすれば資本逃避はさらに加速する。中国は通貨安競争で世界を混乱させる前に自滅しよう。グラフ2 グラフ2(P101)は国際商品市況と中国の鉄道貨物輸送量の推移である。同輸送量は「北京当局のファンタジー」とまで多くの専門家から評される国内総生産(GDP)に比べ、信頼度がかなり高い経済指標である。中国景気は昨年はじめから下降局面に入り、連動する形で鉄鉱石、天然ゴム相場が下がり、後を追うように原油相場が急落した。 国際商品市況の低迷は世界景気不安につながるとの見方がメディアでよく報じられるが、変な話である。確かにロシア、中東など資源輸出国にとってみればマイナスだろうが、世界景気を引っ張るのは日米欧など消費国にとってみればチャンスである。日本の実質成長率は、消費税増税による後遺症から抜けきれず、前年度に続きこの4~6月期もマイナスが続いている。輸入コストの下落は内需振興に向けた財政・金融をフル稼働させるゆとりをもたらしたのだから、この機をいかせばよいだけだ。インドなど新興国も対応策を急いでいる。安倍政権は円資金を活用して東南アジアやインドなどとさらに緊密に協力するチャンスだ。あの独裁政権を破綻させたワシントンコンセンサスの出番あの独裁政権を破綻させたワシントンコンセンサスの出番 残るは、中国自壊に対する国際金融社会の出方だ。習近平の体制延命策に手を貸すのは最悪である。では、どうすべきか。鍵を握るのは「ワシントンコンセンサス」である。 それは、世界的に構造改革と金融市場自由化を促す見えざる連合体のことで、ワシントンに本部を持つ国際通貨基金(IMF)とニューヨーク・ウォール街出身者が牛耳る米財務省・米連邦準備制度理事会(FRB)が1990年代初旬に確立した。いかなる国であろうと市場原理を浸透させてグローバル金融市場に組み込む狙いがある。現在のワシントンコンセンサスの相手は北京である。 東南アジア各国と韓国は90年代、ワシントンに誘導されるまま金融市場の自由化に踏み切ったが、投機資金の流入で不動産や金融市場がバブル化し、資金の逃避とともにバブル崩壊した。となるとIMFの出番だ。救済融資を受けるため、各国はIMFが突きつける急激な緊縮財政・金融引き締めおよび市場統制撤廃など自由化策の受け入れを余儀なくされる。 98年1月、IMFのカムドシュ専務理事(当時)が見下ろす中で緊縮策に署名させられたスハルト大統領(同)の独裁政権はその後まもなく崩壊した。インドネシアの混乱を防ごうと奔走した日本政府や日本輸出入銀行(現在の国際協力銀行)はIMFに批判的だった。その輸銀幹部に対し、フィッシャーIMF副専務理事(当時、現在のFRB副議長)は「処方が間違ってもいいじゃないか。政治が変わったんだ」とうそぶいたと聞いた。新自由主義がもたらすショック療法は、金融グローバル化についていけない政治の無力化を白日の下にさらし、政治制度の変革につなげられるという一種のドクトリンであり、市場原理という名の破壊装置だ。今回は、共産党指令経済の中国にまで適用するかどうかが今後の焦点になる。 中国は人民元をIMFの特別引き出し権(SDR)構成通貨にしようと、IMFと米財務省に強く働き掛けている。これに対し、ワシントンは、金融市場の門戸開放など自由化と人民元改革を認定条件としてほのめかしているが、どこまで本気かは定かではない。 習近平政権の厳しい市場統制や元相場の管理強化など、もはや元は「自由利用可能な通貨」というSDRの条件に合わないはずだが、IMFはソフトムードだ。スタッフレベルでは、今年末までに北京が金融市場自由化や元の実質的な変動相場制移行の計画を示せば、元を来年9月からSDR通貨に認定してもよい、というシグナルを送っている。実際には、今後の北京とワシントンの間のトップレベルでの駆け引きで決着するだろう。 大幅な金融自由化に踏み切ると、中国の株式や通貨市場はヘッジファンドに翻弄されて、98年のインドネシアの二の舞いになるかもしれないという警戒心は北京にある。だが、年内設立予定のアジアインフラ投資銀行(AIIB)で「国際通貨元」を利用したい。習近平政権としては、できる限り小出しの自由化・改革でIMFから妥協を引き出し、SDR構成通貨に元を組み込ませたいところだろう。 IMFのラガルド専務理事は北京に前のめりで知られ、「元のSDR通貨化は時間の問題」という持論である。IMFがここで生半可な変動幅拡大でよしとするようだと、習近平政権は現行路線を変えず、「国際通貨・元」を武器に政治経済、軍事両面で増長し、チャイナリスクをますます世界にまき散らすだろう。 北京に弱腰と評判のオバマ政権も中国の粗暴極まる海洋侵攻と度重なるサイバー攻撃に直面し、対中強硬路線に転じつつある。ウォール街のほうは、上海株暴落を機に金融市場自由化と元の変動相場制移行に伴う利益機会に着目し始めた。安倍政権はこの際、これまでの中国への米国の金融・人民元制度容認路線こそが中国脅威を醸成してきたという観点をオバマ大統領に提起し、かつてインドネシア・スハルト政権にとったような改革・自由化路線=ワシントンコンセンサスで、IMFが対中政策を一貫させるよう迫るべきだ。何よりも、中国の崩壊・分裂よりも、党体制温存こそが世界の脅威なのであるという認識の共有が重要だ。たむら・ひでお 昭和21(1946)年生まれ。早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社に入社し、ワシントン特派員、米アジア財団上級フェロー、香港支局長などを歴任。平成18年に産経新聞社に移籍し、編集委員、論説委員を兼務する。著書に『アベノミクスを殺す消費増税』(飛鳥新社)、『人民元の正体』(マガジンランド)など多数。

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    軍事パレードで分かった習近平「反日」外交の挫折

    矢板明夫(産経新聞中国総局特派員) 中国の首都、北京で9月3日に抗日戦争勝利70周年の軍事パレードが世界中で注目されるなかで行われた。「パレードブルー」と呼ばれる快晴の下、北京市中心部を東西に走る長安街の大通りを約1万2千人の人民解放軍の兵士たちが軍靴を響かせて行進した。戦闘機200機あまりの飛行や、初公開の武器など500点強の軍装備を披露し、中国の軍事大国ぶりを内外に誇示した。 しかし、この日の主役である習近平国家主席は始終、さえない表情をしていた。車に乗って解放軍の隊列を検閲したときも、高揚感はまったくなく、ひどく疲れた様子だった。国内のメディアを総動員して宣伝し、長い時間をかけて準備した大きなイベントにも関わらず、内外から多くの批判が寄せられ、欧米などの主要国に参加をボイコットされたことは習氏にとって想定外だったに違いない。習氏の表情には、その悔しさが出ていたのかもしれない。 一方、習氏と比べて、一緒に天安門楼上に並んだロシアのプーチン大統領や、久々に表舞台に登場した江沢民元国家主席ら党長老たちは、最後まで、リラックスした表情で手を振り、元気な姿をみせ続けた。脇役であるはずの彼らは、今回の軍事パレードを通じて習氏よりも多くのものを手に入れたからかもしれない。「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事に臨む(左から)ロシアのプーチン大統領、中国の習近平国家主席、韓国の朴槿恵大統領=2015年10月3日、北京(新華社=共同) クリミア併合問題で欧米や日本などから経済制裁を受け、国際社会から“村八分”にされたプーチン大統領には、自身の存在感を示す大きな晴れ舞台が提供された。軍事パレードのメインゲストとして習氏の隣に立ち続け、中露の蜜月ぶりを演出し、国際社会の孤立と国内経済低迷を払拭し、ロシア国内の支持者を勇気づけようとする思惑もあったとみられる。 また、これまで失脚説が何度も流された江沢民氏にとって、自身の健在ぶりを示す最高の場面となった。習国家主席が主導する反腐敗キャンペーンで、江氏の側近だった周永康・前政治局常務委員や、徐才厚前軍事委員会副主席らが次々と拘束されたことで、習派と江派の対立が深刻化したといわれる。式典の約2週間前の8月中旬、米国を拠点とする中国語ニュースサイトには、「江沢民氏が天津市の爆発に関与したとして拘束された」との情報が流れた。北京の当局関係者はすぐに否定したが、習派が江氏の影響力を低下させようとして流した偽情報の可能性が指摘された。 この日の軍事パレードで、江氏は強い日差しの中を約2時間立ち続ける壮健ぶりを見せた。また、親族の不正蓄財で調査を受けていると香港メディアに伝えられた曽慶紅元国家副主席や、李鵬元首相、温家宝前首相らも楼上から笑顔で手を振った。党長老たちは、習氏が最近、官製メディアを使って自身への個人崇拝を進めていることや、反腐敗の名目で政敵を次々と倒していくやり方に不満を募らせている。今夏に開かれた、共産党内の現、元最高幹部による北戴河会議でも、習氏らに対して長老からは批判が集まったとされる。 ある共産党関係者は、「今回の軍事パレードは習氏にとって権力集中を誇示する晴れ舞台であり、長老たちに出てきてほしくないのは本音だ」と説明した。中国で10年ごとに行われる建国記念日を祝う軍事パレードに、党長老を招待する慣習はあったが、今回は抗日戦争をテーマに行われた初の式典。しかも約30人もの外国首脳を招待した。場所が狭いことなどを理由に、天安門楼上ではなく、長安街沿いに長老たちのために特別観覧席をつくるという選択肢もあった。 しかし、結果として98歳の宋平・元政治局常務委員を含めて、存命中の約20人の長老は全員、天安門に上った。共産党関係者は「それを阻止できなかったことは、習氏にとって大きな誤算であり、政治力がまだ不十分であることをも内外に示す結果となった」と指摘した。 習陣営にとって一つだけ“朗報”があった。今回の軍事パレードに出席した、胡錦濤前国家主席の手が微かに震え続けていたことがテレビを通じて流れたことだ。「パーキンソン病など病気を患っているのではないか」といった憶測がインターネットに次々と書き込まれた。習派にとって間もなく90歳を迎える江氏よりも、3年前に引退した72歳の胡錦濤氏の方が大きな脅威になっている。胡氏の健康不安が国民に広く知られることになれば、その影響力が低下することは必至で、現在の指導部による政権運営がやりやすくなる可能性もある。軍事パレードの効果軍事パレードの効果 ロシアは第二次世界大戦後、10年ごとに対ドイツ戦勝利を祝う軍事パレードを実施してきたが、これに対し中国は昨年まで対日戦争を祝う軍事パレードを一度も行ったことはなかった。 日中戦争を戦った経験者はほとんどいなくなり、100周年ではなく70周年という中途半端の時期に、なぜこんなに大規模な行事を行うのか。その目的は三つあると考えられる。 一つ目は、習氏の個人の威信を高めることである。2012年11月に発足した習指導部は、外交、経済面などで目立った実績がほとんどない。しかも、反腐敗キャンペーンの中で、強引な形で軍制服組元トップだった郭伯雄と徐才厚両氏を失脚させた。軍を掌握しているように見えても、軍の中で自分を敵視している勢力があるのではないかという不安を抱えている。今回の軍事パレードを通じて、自分が軍のトップであることを改めて強調する必要があった。 二つ目の目的は、共産党による一党独裁の指導体制の正当性をアピールするためである。共産党は選挙によって選ばれた政権ではないため、その合法性について疑問が持たれている。毛沢東や小平ら革命世代の指導者らが亡き後、官僚出身の指導者が続き、彼らは国民に本当に支持されているのかについて不安になることがある。軍事パレードのようなイベントを開催し、国民を結束させる必要があった。 とくに抗日戦争について、共産党指導部は「共産党軍が中心となり、侵略者である日本軍を中国から追い出したため、中華民族の独立が保たれた」と主張している。このことを国民にアピールすることも軍事パレードの主要目的といわれる。 もちろん、これは事実ではない。日中戦争における中国側の主役は中国国民党軍であることは言うまでもない。中国当局は歴史を歪曲し、小学校の教科書から、日中戦争は共産党軍が戦ったと強調して、国民党が果たした役割をほとんど教えていない。軍事パレードで行進する中国人民解放軍兵士=2015年9月、北京(共同) 三つ目の目的は国民の不満を外に向けさせることである。具体的に言うと、貧富の格差や、景気低迷、それから最近の株価の暴落、さらに天津の爆発に代表されるようなずさんな管理、深刻な環境問題など、多くの国民は今の政府に対し大きな不満を持っている。 そうした不満をかわし、国民の関心をほかの方向にそらす必要があった。ほかの方向とは、日本である。習政権発足後、日本叩きをしつづけたことで政権の求心力を繋いできたのが実情だ。今回の軍事パレードの前後に、メディアなどを使って、旧日本軍が中国人を虐殺した蛮行が強調され、安倍政権の安全保障政策を批判した。「日本で軍国主義勢力が復活しつつある」との印象を国民に植え付けようとした。 では、軍事パレートを終えて、以上の目的は達成できたかどうかを検証してみたい。まず、若者や貧困層の間で一定の効果があったと考える。レストランの店員や、タクシー運転手、農民工たちに軍事パレードの感想を聞くと、「習主席の格好がよかった」「兵隊さんの行進が美しかった」といった反応が多かった。普段、下層社会で厳しい生活を強いられている彼らは、軍事パレードを見ることで中国が強くなったことを実感し、中国の一員である自分への自信をいくらか取り戻した効果があったかもしれない。 インターネットを見ても、とくに大学生ら若者が集まる掲示板などには「祖国万歳」「習近平主席万歳」といった内容の書き込みが多かった。中国に招待されたにもかかわらず、欧米や日本がボイコットしたことに対し批判する声も多かった。 一九〇〇年の北清事変で清国の都北京に攻め入った日、英、米、仏、独、露、伊、墺の八カ国連合軍の歴史に触れ「ロシアを除き列強が中国を再びいじめはじめた」といった書き込みもみられた。 しかし一方、富裕層と知識人たちの間で、今回の軍事パレードに対し「金の無駄遣い」「冷戦時代の発想だ」といった批判が多かった。香港紙の試算によれば、今回の軍事パレードの予算と経済損失は合わせて、215億元(約4000億円)に達した。 政権に強く失望した知識人もあった。ある大学教授は「日米欧をみな敵に回してしまい、小平以来、中国が30年以上も続けてきた善隣友好外交が台無しとなった」と嘆いた。 当局は今回の軍事パレード前後の3日間を休日に決めたが、この期間を利用して、日本に観光にきた富裕層も多かった。彼らは政府の日本批判キャンペーンを全く気にしていなかった。 また、青空を実現させるために、周辺数千の工場の操業を停止し、経済活動が停滞した。企業の経営者からは恨み節が聞かれた。ある製鉄会社の社長は「うちの溶鉱炉は一旦止めると壊れてしまう。昨年のAPECの時に止まって、新しく設備を入れたばかりだ。まだ一年もたたないうちにまた操業停止となり、大損だ」と嘆いた。 しかも、これらの操業停止はすべて行政命令の形で行われ、法的根拠がない。習政権が昨年秋の党中央総会で「法による支配」という執政方針を打ち出したのに、早くも自らがその方針を否定した形となった。 貧困層や若者は人数的に多いけれど、富裕層と知識人の方がより社会的に影響力を持っている。軍事パレードで富裕層と知識人の政府に対する不満が高まり、批判を浴びたことは、習政権にとって大きなマイナスといえる。パレード外交でも失敗したパレード外交でも失敗した 今回の軍事パレードに対し国際社会の反応も決して良くなかった。習政権にとって外交成果もマイナスだった。今年2月、軍事パレードの実施を決めたとき、習氏の脳裏でイメージしたのは、米国をはじめ、世界中の主要国のリーダーがみんな北京に集まり、出迎える自分のところに一人ずつやってきて握手する場面だったかもしれない。 しかし、ふたを開けてみれば、日本や米国など先進7カ国(G7)の首脳は全員参加を見送った。太平洋戦争の戦場となったフィリピンやインドネシアの首脳も姿を見せなかった。 習政権発足後、唯一関係が良くなったといわれた韓国の朴槿恵大統領でさえ、直前になるまで、態度をあきらかにしなかった。30人の出席者のなかに、朴大統領とロシアのプーチン大統領以外に、ほとんど国際社会で知名度も影響力も低いリーダーばかりだ。 人民解放軍の隊列に続き行進したパキスタン、キューバ、メキシコなど11カ国の外国軍の部隊のほとんどは、旧日本軍と戦ったこともなければ、日中戦争中に中国を支援したこともない。むしろ、中国から支援を受けている国が大半を占めた。 ベネズエラ軍代表も行進に参加したが、派遣された兵士はわずか9人だった。軍事パレードのあと、中国がベネズエラに対し50億ドルを融資することを発表した。中国の外交関係者の間で「一人当たり5億ドル弱、史上最高の出場費を中国が支払った」などと揶揄された。 1980年に独立し、人口わずか20万人あまりのバヌアツ共和国のロンズデール大統領は夫人とともに参加した。同国は今年3月、サイクロンの被害に遭ったとき、中国から3千万元(約6億円)という破格の支援を受けた。「お礼のための出席ではないか」と話す欧米記者もいた。 また、別の理由で国際社会に注目された出席者がいる。スーダンのバシル大統領である。バシル氏はダルフールでの虐殺に関与した疑いで、国際刑事裁判所(ICC)から逮捕状が出されており、現在、国際指名手配を受けているからだ。「反ファシズム勝利を祝うイベントなのに、ファシストのような犯罪者を呼んでいいのか」と複数の人権団体から抗議の声が上がっている。 5月にロシアで行われた対ドイツ戦勝70周年の記念式典には25カ国が参加した。このことを受け、中国が苦心してそれを上まわる30カ国を集めた感が否めない。モスクワでの軍事パレードを観閲するロシアのプーチン大統領(右から2人目)と中国の習近平国家主席(その左)(ロイター=共同) 国の数では、クリミア併合問題で国際社会から制裁を受けているロシアには勝ったようにみえた。しかし、2008年夏に北京でオリンピックが行われたとき、その開幕式に、米国のブッシュ大統領、日本の福田康夫首相、フランスのサルコジ大統領(肩書はいずれも当時)ら世界中から86人の首脳と王室関係者が参加した。 胡錦濤政権当時と比べて、いまの中国の外交環境が著しく悪化したことがうかがえる。そういう意味で、習政権が展開した軍事パレード外交は完全に失敗したといえる。 ただ、一つだけ成果があるとすれば、中露が主導する国際組織、上海協力機構のメンバー全部が出席したことだ。中央アジアの旧ソ連に加盟していた国々を中心に構成している組織だが、最近、欧州でNATO(北大西洋条約機構)と対抗して、東アジアで日米同盟と対抗する構図がいよいよ鮮明化した。 これらの国々は中国の習政権が推進する、欧州やアフリカまで結び、新しい経済圏を生み出そうとする「一帯一路」構想と深く関わっており、今後、中国のこれらの国々に対する影響力はますます高まる可能性がある。上海協力機構が中露中央アジア軍事同盟の雛形になりつつあることを、日本をはじめ、国際社会は注目する必要があるかもしれない。左手で敬礼の波紋左手で敬礼の波紋 今回の軍事パレードで、思わぬところで話題になったことがある。習主席が自動車に乗り、立ち上がって閲兵した際に、左手で敬礼したことが注目された。中国軍の規定では、けがや障害など特別な理由がなければ、「右手で敬礼する」と決められている。習氏がこれを守らず左手で敬礼したことに「兵士たちはあれだけ必死になって練習したのに、上司は常識も覚えようとしない」といった批判がよせられた。このことが習氏の人気にマイナス効果をもたらす可能性もある。 3日午前、中国のテレビのほぼ全チャンネルが軍事パレードを生中継した。習主席は車上で、緊張していたせいか、ほとんど無表情だった。長安街をUターンして天安門方向に戻ろうとしたとき、部隊の方を眺めて左手を顔の横まで持ち上げ、「敬礼」をした。不自然な感じがあり、インターネットには「習主席は左利きなのか」「いや左利きでも右手で敬礼しなければならない」といった書き込みが殺到した。 「抗日戦争と世界反ファシズム戦争勝利70周年」の記念行事に出席した(左から)韓国の朴槿恵大統領、ロシアのプーチン大統領、習近平国家主席、江沢民元国家主席、胡錦濤前国家主席=3日、北京の天安門(共同) その後、各ネットメディアはそれぞれ、独自の解説をし始めた。あるメディアは中国の古典「老子」のなかに、「吉事は左、凶事は右に属する。君子は左を貴ぶ、用兵は右を貴ぶ」を紹介し、習主席が左手で敬礼をしたのは、「軍事パレードは戦争ではなく、武力を使用しない吉事である」と解釈した。 また、別のメディアは、「軍服を着たものが敬礼をする場合は右手だが、私服の習主席は左手でするのは当然だ」とも説明した。 その後、共産党の機関紙、人民日報(電子版)で「実際には撮影の角度で(敬礼との)誤解を招いただけ。本当は、習近平主席が軍の将兵に左手であいさつをしただけだ」と説明した。これが共産党の公式見解となり、その後、すべての中国メディアは「敬礼」という言葉をつかわなくなり「単なるあいさつ」と報じはじめた。 しかし、これまで、毛沢東、小平、江沢民など軍事パレードで閲兵した指導者はみな、敬礼も挨拶も右手をつかったのに、習氏だけが左手を使うのは明らかに不自然だ。「緊張しすぎたため手を間違った」とみる共産党関係者がいる。現場の近くにいた同関係者によると、テレビ画面に映らなかったが、実は習氏が敬礼する直前に、陳情者と思われる男性が習氏に近づこうとして長安街に一瞬突入し、警察に抑えられた場面があった。「それをみた習主席が動揺したのが、あげる手を間違った原因ではないか」と推測した。 米国在住の民主化活動家の胡平氏も「単純ミス」と見ている。胡氏は米国メディアに対し、米国大統領も就任宣誓の時に言葉を間違ったことがあるのを指摘した上で、「人間は誰でもミスをする。しかし、ミスをしてもそれを認めず、官製メディアを使ってそれを正当化するのは独裁国家の特徴だ」と指摘した。 ある軍関係者は、「習氏の左手による敬礼について、兵士の中に『失礼だ』と思っている人もいる」と紹介したうえで、「習氏が翌日に、自分の言葉で左手をあげた理由を説明すべきだった。ミスであっても兵士たちに謝罪すれば、好感度は上がるかもしれない」と指摘した。 しかし、毛沢東のような偉大な指導者を目指している習氏は、メディアを使って、自分自身をミスのない神様のような指導者に仕立てようとしているため、謝罪はしないだろう。情報を完全にコントロールすることは不可能のいま、「こういうことをすればするほど、習氏に対する国民の信頼がうしなわれていく」と指摘する声もある。発行されなかった取材証発行されなかった取材証 今回の軍事パレードで、筆者(矢板)も珍しい経験をした。外国人記者の中で唯一、取材する取材証が発行されなかったことだ。思わぬ形でニュースの当事者となり、菅義偉官房長官が会見で「記者の扱いは平等に行うことは民主国家として当然だ」と中国を批判するなど意外な展開となった。 経緯を簡単に説明する。8月中旬、中国で外国人記者を管理する外務省記者センターに軍事パレードの取材証の発行を申請したが、同月下旬に同僚記者と支局の二人の中国人スタッフの分が出ただけで、筆者の分は降りなかった。当初は手続きミスだと思い、何度も問い合わせをしたが、9月になってから担当者は「審査を通過しなかった」と回答してきた。北京にある日本大使館に報告すると、大使館は中国外務省に対し「遺憾の意」を表明してくれた。 取材証が発行されなかったことで、取材に支障が出た。軍事パレード当日は、管制区域内にある支局にもいけなかった。自宅でテレビと電話取材だけで原稿を書かざるをえなかった。 取材証が発行されなかった理由はいまもはっきりしない。日々の原稿で中国当局を批判することが多いため、中国当局が不満を募らせたのかもしれないが、北京駐在になってからすでに8年が過ぎた。これまで電話や呼び出しなどで抗議を受けることはよくあったが、取材証の発行拒否は初めてだ。 心当たりが一つだけあった。8月中旬に北京郊外で軍事パレードに参加する予定のヘリコプターが墜落した事故があった。ある軍関係者が情報を教えてくれてすぐ現場にかけつけたが、すでに周辺が封鎖され、目撃者にも厳しい緘口令がしかれた。 なかなか厳しい取材だったが、翌日になってようやく全容がつかめた。しかし、軍の秘密に絡む話で、中国当局が否定する可能性もある。記事にすれば情報提供者にも迷惑をかけるかもしれないと思いすぐには書かなかった。その後、共同通信が北京市関係者の話としてこのニュースを配信したため、後追いの形で記事にし、共同電よりかなり踏み込んだ内容を盛り込んだ。 今から思えば、へリ墜落後、現場に到着した時から軍からマークされていた可能性があった。軍からみれば、ヘリの墜落の現場を駆け回る記者は、軍事パレードの成功を邪魔しようとしているようにみえたかもしれない。外務省に対し、取材証を出さないように圧力をかけた可能性もある。 今回、取材証のことで、日中間の外交問題に発展したことは、中国は産経新聞と筆者に対し大きな不快感を覚えたに違いない。今後、取材妨害などの嫌がらせが増える可能性がある。私たち北京に駐在する外国人記者にとって、もっとも大きな嫌がらせは年末に記者証更新が拒否され、国外追放されることだ。 2007年末、産経新聞中国総局の福島香織記者がブログで、当時の胡錦濤国家主席ら中国の指導者を批判する記事などを連続して掲載したことを、中国外務省が問題視し、年末の記者証を更新しないことを示唆したことがあった。しかし、これを受けた福島記者がまたブログで、「私が追放されれば、元日号の一面トップにそれを書く」とブログで宣言した。 その後、当時の産経新聞の伊藤正総局長が粘り強く交渉した結果、北京五輪を控えた中国は態度を軟化させ、記者証の更新を認めた。しかし、当時は温厚な胡錦濤政権だったが、今は日本に対する態度がもっとも厳しいといわれる習近平政権である。同じようなことになれば、厳しい結果になるかもしれない。 もっとも、中国当局からどんな嫌がらせがあっても、筆者は中国報道の姿勢を変えるつもりはない。

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    中国バブル崩壊を招いた「共・共内戦」の実態とは…

    の退屈なショーだった。経済損失などお構いなしで中山服姿の本人一人、さぞかし自己陶酔できたのだろうが、中国はいよいよ「伏魔殿国家」の様相を呈している。 胡錦濤前国家主席の元側近中の側近で、巨額収賄などの容疑で党籍剥奪と公職追放の処分が下った令計画(前党統一戦線工作部長)の弟、令完成らに中国機密資料2700余りが米国へ持ち出されたとされる亡命事件、上海A株市場の大暴落となりふり構わぬ株価維持対策、天津で起きた大爆発、中国人民銀行(中央銀行)による人民元の切り下げなど-世界に異様な姿を晒し続けている。 人口13億の巨大国家を牛耳る「チャイナセブン(中国共産党政治局常務委員の7人)」は共産主義青年団(団派)、太子党、江沢民派(上海閥)といった派閥だけでは語れない七人七党の総称である。地方の高級幹部なども含め、この瞬間も各自の野望が蠢き、陰謀を企て牽制し合う関係にあると私は考えている。中国共産党の第18期中央委員会第5回総会で挙手する習近平国家主席(中央)ら=北京(新華社=共同) 鄧小平が掲げた改革開放政策以降、中国共産党幹部は各々、一族を手足に「紅い財閥」として醜く肥大を続け、人脈&金脈&利権を国内外に構築してきた。「紅二代(太子党やその子女)」や「官二代(党・政府等の高級幹部の子女)」が国内外で少なからず台頭・暗躍している現実に鑑みても、政権内部の派閥闘争という単純かつ矮小化した見方では、中国の権力構造の実体を表現しきれない。 歴史的にもそうだったように、それぞれが、米英の国際金融資本家、欧州経済を牽引するドイツ、ロシアといった大国、さらにはアジアの超大物華人財閥と密接なつながりをもっている。そしてそれは諸刃の剣であり、中国の支配体制そのものを破壊する力にもなり得る。 習政権にとって目下、凶器となりつつあるのが紅・官二代を中心に米国ウォールストリートや香港のシティを主舞台にノウハウを培ってきた金融という“時限爆弾”である。七月に起きた中国A株市場の大暴落について、国内外のメディアや有識者からは、「このような操作が可能なのは、内部の政治状況や中国特有の金融事情に精通している国内の専門家集団」「権力闘争の一環。反習近平派である江沢民・曾慶紅一派の陰謀」などの声が上がっている。 中国A株市場は、いわば共産党が胴元の「博打場」だ。中国はこの1年余り、「人民日報」をはじめ官製メディアを通じて「AIIB(アジアインフラ投資銀行)、一帯一路プロジェクトなどは株価上昇の材料」と株式市場ブームを煽り立てていた。過熱する不動産市場の抑制策を次々と導入する中での株式市場へのマネーシフトと言われてきたが、ジリ貧の人民の不満の鉾先が習政権へ向かわないようにする思惑もあったはずだ。景気減速下で所得や貯蓄が伸び悩む中、銀行融資は前年比で15%近く増加しており、闇金融も貸しまくり、知識も経験もない十代の個人投資家(股民)すら激増し、個人投資家の大多数が信用取引(借金)でマネーゲームをやっていた。 挙げ句、億単位の“無知で裸の個人投資家”を巻き込み、「株価と地下が逆連動」という不可解な動きとなり、昨年7月から6月中旬までの1年間で260%まで高騰した上海総合指数は、その後の3週間ほどで40%前後も乱高下した。焦った習政権が公安まで動かし、「悪意ある空売り」を禁じ取締まる体制を整えたことからも「株価暴落は陰謀」説は絵空事と言い切れまい。 中国へのマネー流入を支えてきたのは香港で、2008年のリーマンショック以降、その傾向は強まっており、「2014年には全体の流入額の7割強を占める」とのデータもある。習主席の政敵、江沢民派の拠点の一つが香港で「江沢民派は2011年から準備を進めてきた。動かせる資金は数兆元に上る」との情報もある。「ハエも虎も叩く」「狐狩り(海外逃亡者を連れ戻す)」と宣戦布告された反習近平勢力が、「中国経済をコントロールできるのはオレたちだ」とその力を誇示すべく反撃に出たのがこのたびの株価暴落だ、との見方だ。あるいは、9月に迫っていたIMF(国際通貨基金)の「特別引き出し権(SDR)」の構成通貨に人民元が採用されること(人民元の国際通貨化)を絶対に阻止したい米国などの国際金融資本の一部が、紅・官二代と結託して仕掛けた「金融クーデター」だったのかもしれない。 五年前のSDR構成通貨の見直しでは、上海の外国為替市場で事実上の為替管理を続けていることなどが問題視され、辛酸を舐めた経緯がある。ただ、IMFのラガルド専務理事は、この数年、「加えるかどうかの問題ではなく、いつ加えるかの問題だ」と人民元のSDR入りに肯定的な発言を繰り返してきた。ラガルド体制で副専務理事に昇格していた“ミスター元”の異名を持つ朱民(中国人民銀行の周小川頭取と並ぶ中国金融界のエリート)の陰が見え隠れするが、主要7カ国(G7)の欧州メンバー(英独仏伊)も中国依存症に陥りSDR入りに前向きだった。 確かに近年、アジア周辺国は人民元経済圏として膨張を続けており、香港やシンガポールのみならず欧州やカナダなどでも人民元オフショア・センターが設立され、昨年には英独仏などで人民元決済の銀行も決定している。国際銀行間通信協会によると、2014年12月の世界の資金決済比率で、人民元はカナダドルも豪ドルも抜き、日本円に次ぐ5位に急浮上していた。しかしながら、8月4日に公表されたIMFスタッフ報告は、「現在のSDR構成通貨を2016年9月30日まで維持すべき」との見解で、人民元が早々に採用される可能性はほぼ消えた。 昨年11月からは上海と香港の両証券取引所による株式越境取引制度も始まり、中国の個人投資家が人民元で本土以外の株式を売買できるようになり、金融規制緩和のステップを具体的に踏んでいるかに「見せて」きた中国だったが、土壇場で再び墓穴を掘ったのだ。「紅二代」は金融覇権を目指す「紅二代」は金融覇権を目指す 江沢民派の超大物、周永康(前政治局常務委員・序列9位)が、収賄と職権乱用、機密漏洩などの罪で無期懲役と政治的権利の終身剥奪、個人財産の没収を宣告されたことは記憶に新しい。江沢民自身は軍事パレードに出席し健在ぶりを示したものの、かなりの高齢である。そういった中でここ数年、急浮上してきたのが江沢民の長男で還暦を過ぎた江綿恒、ではなくその彼の息子で江沢民の直系の孫に当たる1986年生まれの江志成だ。 ハーバード大学を卒業後、ゴールドマン・サックスに入社し投資手腕を磨いたとされる江志成は、2010年に博裕投資顧問(Boyu Capital)を創設した。投資者にはシンガポール政府系投資会社テマセク・ホールディングス、フォーブス誌の長者番付の常連(2015年度は世界17位・アジア1位)である長江実業グループの総帥・李嘉誠などの名前も並ぶ。博裕は創業翌年、北京や上海の国際空港にある免税店を運営する日上免税行の経営支配権を取得し、「祖父の七光り」を見せつけた。 一躍、彼の名を世界に知らしめたのは昨年、アリババ・グループ・ホールディングス(阿里巴巴集団/馬雲会長/浙江省杭州の電子商取引企業/1999年創立)の新規株式公開(IPO)に関わり、NY証券取引所に上場した際に莫大な富を得たと報じられた時だ。ニューヨーク・タイムズ紙(2014年7月21日)は、「アリババの背後にある、多くの紅二代株主が米国上場の真の勝者」との論評を掲載した。 複数の香港メディアも江志成の他、劉雲山政治局常務委員(序列5位)の息子・劉楽飛らがアリババに投資したことを報じている。「アリババの馬雲会長と江沢民の孫や劉雲山の息子などの紅二代らは、尋常でない政治的野心を持っている」「江沢民の孫ら一部の紅二代の同盟は単純なものではなく、北京当局が警戒している」などの記述も散見する。 それにしても中国A株の大暴落が「金融クーデター」だったとして、いかなる方法で仕掛けたのか? 専門用語でダークプール(代替執行市場とも呼ばれる)だと考えられる。証券取引所を通さず、投資家の注文を証券会社の社内で付け合せて取引を成立させる取引所外取引の一種で、一般的に機関投資家やヘッジファンドが参加者となる匿名証券取引である。 このダークプールについて、「市場の透明性を阻害している」との批判もあるが、米英そして香港の機関投資家の間で盛んだ。中国のA株市場も、借金してまで株に群がる裸の個人投資家以外、このダークプールに似た構造で動いているはずだ。つまり紅・官二代の一部は、庶民には数えきれないほどの「0(ゼロ)」が並ぶ巨額な資金を、匿名性も担保しつつ数字上で瞬時に動かす“新型兵器”を所持している。江沢民の長男の別称は「中国一の汚職王」江沢民の長男の別称は「中国一の汚職王」 博裕の創業者・江志成が20代でひのき舞台に躍り出た背景として、その父であり、江沢民の長男である江綿恒の国内外での「働き」は無視できない。1991年に米ドレクセル大学で博士学位(超電導を専攻)を取得し、ヒューレット・パッカードで勤務していた時代に米国の永住権(グリーンカード)を手にしたとされる江綿恒は、帰国後、親の七光りで冶金研究所の所長、中国科学院の副院長などを務めた他、通信関係を牛耳り「電子大王」の異名を持つ存在になった。 胡錦濤国家主席の時代も、江沢民は院政を敷きながら息子の政治局常務委員入りを画策してきたが、共産主義青年団(団派)はもとより、太子党の多くにすら忌み嫌われ果たせなかった経緯がある。なぜなら江綿恒の別称は「中国第一貪(中国一の汚職王)」。銀行融資は、「パパの鶴の一声」で無尽蔵に与えられていたためだ。中国海南島にある東山(海抜184メートル)の中腹に家族と共に姿を見せた江沢民元国家主席のようすを伝えた2015年1月4日付の香港紙「明報」の記事(河崎真澄撮影) 拙著『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』(産経新聞出版・2011年刊)でも詳説したが、江沢民の息子や孫に限らず、中国共産党幹部の子孫たちは、この十数年、華麗な「紅色貴族」の人生を歩んできた。多くは北米や英国の名門大学へ留学して修士や博士号を取得し、クリスチャンネームを持ち、北米や豪州の永住権もしくは市民権(帰化)を取得し、国内外に豪邸と超高級車を幾つも保有し、妻子に加え二桁の愛人まで囲いと、グローバルかつ金満で奔放な生活を送っている。 たとえ相当に出来が悪く素行すら悪かろうと、親の威光を背中に米国ウォールストリートのJPモルガン・チェース、ゴールドマン・サックス、モーガン・スタンレー、クレディ・スイス銀行、ドイツ銀行、シティ・グループといった世界的な銀行や証券会社に身を置き、中国の経済発展を追い風に、政企不分(政治と企業が分かれていない)の特性も最大限に悪用しながら桁違いなカネを扱う方法を覚えてきた。元来博打好きで覇権主義のDNAも包含する紅・官二代は、ハイリスク&ハイリターンを追求する金融という魔力に取りつかれたのだろう。 ウォールストリート・ジャーナル紙をはじめ、国内外のメディアがこの数年、紅・官二代のウォールストリートへの灰色就職について、ウィリアム・デーリー(1997年1月~2000年7月、クリントン政権で商務長官を務め、2011年1月よりオバマ政権で大統領首席補佐官に任命された)の関与などを報じており、米ホワイトハウスの一部と中国共産党の一部勢力との癒着は否めない。 また、中国の外貨準備を多元的に投資する目的で、2007年9月に2000億ドルで創設した中国投資有限責任公司(CIC)が最初の投資先に選んだのは、ニューヨークに拠点を置くプライベートエクイティファンド(未公開株、PE)大手のブラックストーン・グループだった。CICから30億ドルの投資を受けたブラックストーンは、同年に上場。リーマン・ブラザーズを退職した金融のプロが1985年に設立し、今や世界最大規模の投資運用会社とされるブラックストーンの主要株主には、今日もCICが名を連ねる。 そして「ブラックストーンのような評価の高い会社に、最初の投資が行えることは大変に喜ばしい」と語ったCICの初代董事長・楼継偉は、習政権で財務部長(大臣)を務めている。米中金融機関の「灰色」な癒着米中金融機関の「灰色」な癒着 近年、共産党幹部による汚職問題が日常的に報じられるようになったが、中国の金融業界は20年以上前から問題山積だった。1993年11月、朱鎔基首相(当時)は自ら中国人民銀行の総裁に就任し金融改革を宣言したが、人事刷新するため任命した上層部も、次々と犯罪に手を染め失脚している。温家宝が首相に就任した2003年3月、早々から力を注いだのは金融システムの整備により国際金融市場に適応する金融体制を構築することだった。だが、同年8月に関係当局が国務院に提出した報告書には、「全国金融業界の不良債権を審査したが、正確な数字の提示が困難」「各金融機関の会計が大変に不透明であり、資金の不正流出が継続している」「政府機関の裏口座の残高が上昇している」などと記されていた。 2005年10月には、失笑事件も起きた。「中国四大銀行の支店長・副支店長ら42人が香港経由で海外に集団逃亡。不正に持ち出された資金は、最低740億元と22・3億ドルに上る」と報じられたのだ。香港金融機関の視察や研修を理由に、支店長らが各々のグループで香港に渡り、その後、国慶節の休暇と偽り海外に出国してそのままトンズラ。逃亡先は豪州やニュージーランド、北米などで、逃亡者の家族の大半は現地で待機しており、金融官僚らによる組織的かつ計画的犯行とされた。100億円近く横領してカナダへ逃げ込んだ中国銀行哈爾浜支店の元支店長の身柄の引き渡しを巡り2国間の政治問題へと発展したが、カナダ市民の間でも侃侃諤諤となった。 十数年前からすでに「工商銀行、建設銀行、農業銀行、中国銀行の四大国有商業銀行の累計不良債権額は天文学的数字」とされ、金融エリートはごっそり持ち逃げ。日本の常識からすれば「経済犯罪者集団」「腐敗者集団」でしかないが、4大商業銀行の株式上場を目指していた中国は、米国の銀行に主幹事の担当を依頼するなど、「手取り足取り指南」してもらうことで株式公開にこぎつけている。一体全体、どんなウルトラCを使ったのか?  しかもそれ以来、銀行株の時価総額番付の上位の常連となった。2006年5月にゴールドマン・サックスから26億ドルの出資を受け、その他アメリカン・エキスプレス他から出資を受けて同年に上場した中国工商銀行は、ランキング1、2位が定位置である。今年7月に『フォーチュン』が発表した世界企業番付「フォーチュン・グローバル500」でも、「利益ベース」で中国工商銀行(447億ドル)がトップだった。2位アップル社(395億ドル)に、中国建設銀行、米エクソン・モービル、中国農業銀行、中国銀行と続き、上位6社のうち4社を「中国四大商業銀行」が占めた。 現在進行形で膨らんでいるはずの巨額の不良債権はどこに? 人民元は中国に「管理」された通貨である。とすれば、少なくとも米中の金融業界は「灰色の癒着」をしている。歴史は繰り返す歴史は繰り返す 昭和16年の『神戸新聞』(4月26日付)に、興味深い記事を見つけた。表題は「ユダヤ財閥頻に暗躍 南方資源の買占めに狂奔 サッスーン、香港で反日策動」。その内容を一部抜粋する。 --(前略)ユダヤ財閥の暗躍は熾烈を極め東亜におけるユダヤ財閥の巨頭フリーメーソン東洋部長サッスーンは我が大東亜共栄圏建設妨害の一行為としてこのほど仏印における米の買占めに成功したといわれているが、上海よりの情報によれば5月中頃香港において開催される重慶支持の南洋、蘭印、仏印、印度華僑の代表者会議はサッスーンと蒋介石政府との談合により我が南方政策の先手を打って物資の買占めをせんとするものであり、これが資金は一切サッスーン財閥によって支弁される、これはサッスーン財閥がアメリカユダヤ財閥と緊密なる連絡の下にかく反日行動に出たもので、ユダヤ研究者間の定説でありまたサッスーンと蒋介石、仏印当局との深き関係等々、陰に敢行されていた聖戦妨害行為は漸く表面化し、各方面の憤激の焦点になりつつあり、このサッスーン財閥の動向は聖戦貫徹の上から重視されている- 昭和12年からの支那事変(日中戦争)は約8年に及んだが、国民党・蒋介石軍の戦費の大部分はユダヤ財閥サッスーン(当時、英ロスチャイルド家の東アジア代理人で、アヘン密売で莫大な富を築いたとされる一族)が援助してきたこと、孫文や蒋介石の妻となった宋家(浙江財閥)がユダヤ資本と入魂の関係にあったことは周知の事実だ。 20世紀初頭に「魔都」「東洋のニューヨーク」などと呼ばれたサッスーン家の富の象徴、上海の外灘(バンド)の摩天楼は、1世紀を経た今日まで中国の繁栄を象徴する顔だ。鄧小平復活とワンセットで1979年に創設されたのは国策投資金融会社、中国国際信託投資公司(現・中国中信集団公司CITIC Group)で、「紅い資本主義」路線で外資導入による経済発展への道のりを歩んできた中、国際金融資本との緊密な関係により「紅い財閥」が群雄割拠する時代となっている。 ちなみに江沢民の実父(江世俊)は汪兆銘政権の官僚、つまり戦時中に日本に協力した「漢奸(売国奴)」であり、国民党特務機関の一員だったことも暴露されている。共産党の「皮」を被っただけの一部勢力の「成果」が汚職による巨万の富の蓄財と、国内外を震撼させかねない「金融爆弾」のノウハウだとすれば、「ハエも虎もキツネも退治」の大号令で、粛清に躍起になる習政権を支持する海外勢力が存在していてもおかしくはない。 大胆かつ大雑把に言えば、中国共産党内の熾烈なバトルは、米国VS英独仏国などとの代理戦争の意味合いが大きいと考えている。国共内戦ならぬ「共・共内戦」だ。江一族は米国の国際金融資本と少なからず近い関係にあり、周永康を手足に長年培ってきた石油利権を通じてロックフェラー財閥との繋がりも強い。ASEAN諸国を主軸に大中華経済圏を形成していくためにも、欧州列強との経済関係の強化に邁進してきた団派を含めた習近平一派と、英王室チャールズ皇太子による「おぞましい、古びた蝋人形」との酷評に激怒したとされる江沢民を主軸とする米国利権派という構造だ。 中国は紛れもなく、進みつつある国際秩序の大転換の主役(悪役)である。一方で中国は、国共内戦時代どころか清朝末期に先祖帰りしているようだ。「抗日戦争勝利70周年」の式典でも、習主席は天安門広場でなく故宮の太和殿の中庭に赤絨毯を敷いて、各国の来賓を迎えていた(清朝までの皇帝スタイル。時代劇にも良くあるシーン)。 9月末、習主席は初の米国公式訪問に臨み、年内には「江沢民の天敵」英国を公式訪問してエリザベス女王にも謁見する予定だ。習政権の存続は現状、五分五分だろう。だが国共内戦に敗れた国民党・蒋介石軍が台湾へ逃げ込み、今日に至るまでまがりなりにも政権与党であり続けてきたように、「共・共内戦」に敗れた中国共産党幹部も、どこかで延命していくはずだ。危惧するのは、中国国内が混乱を極め国防動員法が発令され、日系企業とその資産が事実上、接収されるなどの経済的な大ダメージを受けること。そして、かつての国民党軍のように中国共産党幹部や野蛮な人民解放軍が「沖縄」になだれ込むことだ。その可能性はゼロではない。かわそえ・けいこ 昭和38(1963)年、千葉県生まれ。名古屋市立女子短期大学を卒業。86年より北京外国語学院、翌87年から遼寧師範大学へ留学。主に中国、台湾問題をテーマに取材、執筆活動を続ける。『中国人の世界乗っ取り計画』『豹変した中国人がアメリカをボロボロにした』『だから中国は日本の農地を買いにやって来る』(いずれも産経新聞出版)、『国防女子が行く』(共著、ビジネス社)など著書多数。

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    国際金融界が予測 2016年中に65兆円の資金が中国から流出する

    小笠原誠治(経済コラムニスト) 国際金融協会(IIF)が、中国からの資金流出が2016年には5520億ドル(約65兆円)になるとの予測をとりまとめました。 もっとも、この流出規模は、過去最大だった2015年に次ぐ高水準だとありますから、既に起こっている資金流出が2016年もほぼ勢いを弱めることなく継続するという風に理解する必要があります。 いずれにしても、そうなると、今後も人民元には下げ圧力がかかり、また株価も弱含みで推移することが容易に想像されるのです。 案の定というべきか、本日もまた上海総合指数は下げ続けています。米国や日本のマーケット反は発しているにも拘わらず、です。 ところで、この予測をとりまとめた国際金融協会とは何ぞやと言えば… The Institute of International Finance, Inc. (IIF) is a global association or trade group of financial institutions. It was created by 38 banks of leading industrialized countries in 1983 in response to the international debt crisis of the early 1980s. 1980年代の累積債務問題に対応するために、1983年に先進国の38の銀行によって創設された組織である(Wikipedia)、と。 2015年7月現在、79の国と地域から商業銀行・投資銀行・証券会社・保険会社・投資顧問会社など459社が参加している、とも(デジタル大辞泉) ということで、その構成メンバーの層の厚さからして、今回の予測は単なる一機関の予測というよりも、国際金融界の最大公約数的な予想であると言うべきでしょう。 つまり、国際金融に携わる多くの人々がそのような予想をしている、と。言ってみれば、中国からの資金流出は今や常識である、と。 ただ、予想は予想であり、必ずしもそうなるという保証はない訳ですが、しかし、中国に流入していた資金の主な出所は先進国側であって、その先進国側の金融機関が主なメンバーであるIIFがそのような予想をする訳ですから、その予想の意味は大変に重いと言わざるを得ません。 如何でしょうか? 要するに、少なくてもこの先1年は、中国からの資金流出が継続し、株価も弱含みで推移するという可能性が高いということなのです。 では、そうした動きが続く中、日本の経済や日本の株価にはどのような影響を与えると考えられるでしょうか? 少なくても日本の実体経済にプラスの影響を与えることはないでしょう。否、相当な影響を与えると覚悟しておいた方がいいかもしれません。 では、株価に対してはどうでしょうか? ここ暫く、中国の株価に引っ張られっぱなしの感のある日本の株価ですが…例えば、米国経済が、中国経済の減速にも拘わらず力強く回復しだせば、そして、株価も再び回復するようなことになれば、日本の株価もむしろ米国の株価に追随する可能性の方が大であるのではないでしょうか。 その意味では、日本の株価は必ずしも中国の株価に引っ張られる運命ではない、と。 いずれにしても、国際金融協会が、今年も中国から大量の資金流出が続くと断言した訳ですから、基調としては人民元と上海株は軟調であると考えていた方がいいと思います。(オフィシャルブログ「経済ニュースゼミ」より2016年1月27日分を転載)

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    中国の混乱が日本に退潮もたらすという悲観論はあてはまらず

     年明け早々、中国市場では7%超の株価下落で取引を強制停止する「サーキットブレーカー」が4日間で2度にわたって作動し、市場は大混乱に陥った。制度運用を一時停止する安定化策が取られたが、それも束の間、1月11日も5%を超える下落が起き、今年から導入されたばかりのサーキットブレーカーは早くも廃止された。 そしてこの中国株ショックは世界の市場に波及し、東証の6日続落の主要因となった。昨年末に始まった米国の利上げも人民元安を招き、中国の混乱に拍車をかけている。 しかし、中国株の暴落は、中国経済の実態を反映しているのか。三菱UFJリサーチ&コンサルティング調査部研究員の野田麻里子氏は、中国の株式市場の特異性を指摘する。「中国株式市場は取引の8割以上を個人投資家が占めるため、感情で動きやすい投機相場の色合いが濃い。年明けからの急落も、サーキットブレーカー制度が設けられたことで“売り遅れたら損が膨らむ”という焦りから売りが殺到し、下げ幅が拡大した結果です」 中国経済の減速は事実だが、株価が示すほど悪化しているわけではなく、逆にプラスの材料もある。 「中国は内需拡大によって過度の投資依存型経済から脱却するという構造転換の真っ只中にあり、今の経済減速はその必然的な帰結です。最新の主要経済指標を見ると、2015年1~9月期の実質GDPは6.9%成長を遂げ、消費も前年比10%以上のプラスが続いている。サービス業など順調な伸びを確認できる指標も少なくありません」(野田氏) 日本の主要エコノミストによる将来予想をまとめたESPフォーキャスト調査でも、中国景気に対して楽観的な見方が示された。三井住友アセットマネジメント理事・チーフエコノミストの宅森昭吉氏がいう。 「昨年12月に実施した特別調査では、エコノミストの6割以上が、代表的な指標である製造業PMIが今年第3四半期以降は上昇すると回答しました。中国経済はゆるやかに回復し、年後半に行くほど持ち直すというのが専門家のコンセンサス。私も年央には回復すると見ています」 それでも一部では、中国経済の失速は深刻になるとの見方もある。武者リサーチ代表の武者陵司氏の話。「株安、通貨安、資本流出の悪循環に歯止めがかからず、むしろ加速している。放置しておけば1997年のアジア通貨危機の再現になるが、それでは支配体制そのものが危うくなる。中国政府はマーケットを事実上封鎖し、市場経済から統制経済に回帰するところまで追い込まれるのではないか。1997年のマレーシアがそうだった」 ただし、武者氏は中国がそんな事態に陥っても、世界経済、あるいは日本市場の好況には影響を与えないと指摘する。「株式と人民元売り投機の道が断たれるため、世界金融市場の不安の連鎖が遮断され、世界全体の株式は底入れに向かう。当然、中国経済は弱体化するが、どの国がそのポジションに取って代わるかの問題。長期的に見れば中国の統制経済化で世界経済は悪材料を払拭する形になり、日本の株価をより一段と上昇させる要因になる」(同前) 中国市場の混乱が日本市場の退潮をもたらすという悲観論はあてはまらない──それが識者の共通見解なのだ。関連記事■ 中国不動産バブル崩壊の影響はドバイ・ショックの1000倍説■ 中国株暴落で同時株安 堅い日本株は絶好の仕込み場と専門家■ 今後10年間、経済大国中国が握る「米国を黙らせるカード」■ 中国東北部で企業の倒産が相次ぎヨーロッパ目指す移民が増加■ 最近の韓国の異常な中国依存 経済的に不可避だが隷属への道

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    石炭産業の破綻 中国経済崩壊の導火線に火がつくか

    児玉克哉(社会貢献推進機構理事長) 中国が世界の工場となり得た一つの要因は豊富な石炭にありました。安価な石炭は経済的にモノづくりをするのに適しており、巨額の資金が石炭産業に注ぎ込まれ、またそれはその産業自体にも大きな利益をもたらしましたし、他の産業にも相乗的な効果を与えました。2000年から2012~3年までは原油価格は急激に上がりました。 WTIでの1バレルあたりの価格をみてみましょう。1998年の原油価格は14.42ドルだったのが、2013年には97.93ドルにまで上がっています。実に7倍近くにまで跳ね上がったのです。これが資源国の経済を引き上げたことも確かです。日本などは高くなった原油価格にも足を引っ張られました。原油価格の高騰に伴って石炭価格も上がりました。1999年に1トンあたり25.89ドルだったのが、2009年には136.18ドル、2011年には130.12ドルとなっています。5倍を超える値上がりです。 中国は自国で石炭が取れますから、石炭開発に取り組みます。石炭は環境破壊をしやすいエネルギーですが、環境よりも経済の論理が勝ち、石炭大国となったのです。 2014年の石炭生産量の順位を見てみましょう。単位は1000トンです。1.中国 3,874,0002.アメリカ 906,8683.インド 643,9764.オーストラリア 491,4795.インドネシア 458,000…32.日本 1,308   中国は2位のアメリカの4倍以上の生産量なのです。日本と比較すると実に3000倍ですね。比べ物にならない状態です。 中国は原油価格の高騰のもとに起こった石炭価格の高騰で、一種の石炭バブル繁栄を得たのです。安い労働力、安いエネルギー、安い資源をもとに、海外からの豊富な資金が入り、世界の工場となりました。 しかし、アメリカのシェールガス革命などもあり、原油価格が落ち込みます。それにつられて、石炭価格も下落。石炭はおいしい産業ではなくなってきています。1.石炭価格の下落 原油価格は、2016年1月16日現在、29.70ドルです。2013年の97.93ドルから比較すると3分の1以下です。驚く程の低価格となりました。015年12月現在で、石炭は1トン56.04ドルです。2009年の136.18ドルからすると、約4割の価格になっています。消費量も落ちていますから、石炭産業はかなりの痛手を受けています。これからさらに価格は低下すると予想されます。2.環境問題による石炭離れ 環境問題も石炭には逆風です。地球温暖化などにおいても石炭は槍玉に挙げられるエネルギー源です。それとともに、中国ではPM2.5問題が顕在化しています。北京をはじめ大都市ではスモッグが社会問題にもなっています。この主要な原因としてあげられるのが石炭です。これから中国でも世界でも石炭の活用は控える方向に進みます。原油価格の低迷で石炭価格も下がる中、消費量も減るということになります。売上は大きく下がることになり、石炭関連企業の倒産などが起きつつあります。大投資をして石炭の生産能力はあがりました。これが過剰生産を引き起こし、身動きができない状態なのです。3.大量失業の可能性 石炭産業は、かなり労働集約的な産業です。かなりの数の雇用があります。この産業の衰退は、地域によっては決定的な意味を持ちます。特定の地域で大きな失業が生まれたとき、治安などの問題もでてきます。地域の崩壊にもつながるものです。これは日本でも炭鉱の町が衰退した時に経験したものです。中国はさらに大規模にこれが起こる可能性が高いのです。4.シャドーバンキングの問題 中国の石炭産業では国の資金も大量に投じられましたが、民間での事業も多く、シャドーバンキングに頼ったものも少なくありません。相当に高い利率をうたい、資金を集め、その資金で運用していました。石炭産業は好調でしたから問題もわからなかったのですが、産業自体が不調になると、一気に問題が顕在化します。シャドーバンキングシステムが崩壊する可能性があるのです。その引き金は石炭産業と見られています。5.腐敗 石炭産業が大きな利益を得ていたので、賄賂も相当に行われていたようです。中国山西省呂梁市の張中生・元副市長は、当局の調査を受けて収賄事件として逮捕されました。6億元(約112億円)を超える賄賂を受け取っていたといわれます。山西省は有数の石炭産地です。張元副市長は呂梁市の石炭事業を担当しており、石炭の業者から多額の賄賂を受けていたとされます。おそらくこれは氷山の一角でしょう。状況が一変した今、こうした腐敗が顕在化しつつあります。 このまま行けば、中国の石炭は、中国経済の崩壊の火薬にもなりかねない状態です。10年~20年先を見越した新たな産業政策が必要なのでしょう。石炭産業の行方をみることは、中国経済の今後を占う上でも重要です。(「児玉克哉のブログ『希望開発』」より2016年1月16日分を転載)

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    満州の歴史に見る「破壊者」支那の流儀

    る康熙帝(こうきてい:在位1661年~1722年)です。康熙帝は、清代のみならず、唐の太宗とともに、中国歴代最高の名君とされいます。自ら倹約に努め、明代の1日分の経費を1年分の宮廷費用として遣ったり、使用人の数を1万人以上から数百人にまで減らすなど国費の無駄遣いを抑え、さらに治安の維持を図って、支那全土の物流を盛んにし、内需を拡大し、民の生活の向上を図ったとされています。 また「康熙字典」、「大清会典」、「歴代題画」、「全唐詩」、「佩文韻府」などを編纂し、「古今図書集成」の編纂を命じて文学の興隆を図り、また朱子学を尊重し、自ら儒学者から熱心に教えを受けて血を吐くまで読書を止めなかったともいわれています。「朱子全書」、「性理大全」など、朱子に関する著作をまとめ、明史を編纂し、イエズス会宣教師ジョアシャン・ブーヴェらを用いて、支那で初の実測による支那全土の地図「皇輿全覧図」を作成させたりもしています。 要するに、歳費の無駄を省き、自ら質素倹約を旨とするとともに、国内経済の振興を図り、民を豊かにし、文化の興隆を図った立派な皇帝だったわけです。 康熙帝が行った重要な命令に「封禁令」というものがあります。どういう命令かといいますと、「漢人は清国皇帝の聖地である満洲国に入るべからず」としたのです。 要するに康熙帝は、自らの出身地である満州地方を聖地とし、漢人の立ち入りを禁じたのです。これが今日のお話の最大のポイントです。清の第四代康熙帝 康熙帝は、漢人(支那人)の立ち入りを禁じただけでなく、支那と満洲の国境である山海関に、関所を設け、支那人の入国を規制しました。 要するに明代末期に支那の治世が乱れ、漢人に平和と安定を脅かされた女真族が、ついには漢人の本拠地を占領して皇帝となり、自らの出身地である満州を聖地化して、漢人の立ち入りを禁じて、故郷の平和と安定を図ったわけです。 逆にいえば、女真族(満洲人)が、自国の平和と安定を図るためには、暴虐極まりない支那(漢人)たちの本拠地を制圧し、そこに首都を移転して漢人たちに君臨し、自国(満洲)の平和と安寧を図るしかなかったということです。ロシアの南下と蛮行 万里の長城の出発点には「山海関」という城門があります。康熙帝は、封禁令によって、満洲国と支那との間の交通は、この関所以外、一切認めませんでした。立ち入れば、即、死刑です。おかげで、満洲地方は、この後約二百年にわたり、平和と安定を得ています。 ところが、清の治世が乱れ、欧米列強が支那の大地への浸食を始めると、満洲地方の安定が損ねられてしまうようになりました。何が起きたかというと、ロシアの南下です。 義和団事件(1894~1901)の後、乱の当時はろくな働きをしなかったロシアが、勝手に南下をはじめ、ついには大連のあたりまで浸食してしまうのです。 ロシア人も漢人と同じです。武力を用いて一般人を脅し、富と女を収奪します。 ロシア人たちが南下したとき、どれだけヒドイ仕打ちを現地の人にするかは、戦後、満洲から引き揚げようとする日本人達に、彼らがどのような振舞をしたかを見ても明らかだし、カザフやその他、何何スタンと名のつく国々が、ロシアや旧ソ連によってどれだけ酷い仕打ちを受けてきたかの歴史をみれば、なお一層明らかです。 ベラ・ルーシー(白ロシア)という名称があります。これはモンゴルの騎馬軍団がモスクワからポーランドへと侵攻していくとき、湖沼が多い白ロシアの地を避けて通った。だから「レイプがなかったルーシー(ロシア)」という意味で「ベラ(白、純潔)」ルーシーと呼ばれています。 どういうことかというと、13世紀のモンゴル軍というのは、支配地における強姦が将兵の職務となっていた。だからモンゴルの正統な継承国であるロシアは、それが現在にいたるまで不変の文化として残っていて、そうした文化は、そのまま旧ソ連に引き継がれた。ソ連軍による無制限の強姦については、数限りないほどの証言が残っています。 「ドイツ人の女性は老女から4歳の女児に至るまで、エルベ川の東方(ソ連占領地区)で暴行されずに残ったものはいなかった。あるロシア人将校は、一週間のうち少なくとも250人に暴行された少女に出会った」(「スターリン」ニコライ・トルストイ著) 「ベルリンの二つの主要病院によるレイプ犠牲者の推定数は9万5千ないし13万人。ある医師の推定では、ベルリンでレイプされた十万の女性のうち、その結果死亡した人が1万人前後、その多くは自殺だった」 「東プロイセン、ポンメルン、シュレージェンでは、すくなくとも2百万人のドイツ女性がレイプされ、繰り返し被害を受けた人も、過半数とまでいかなくても、かなりの数にのぽる」(「ベルリン陥落1945」アントニー・ビーヴァー著自水杜) こうしたロシア兵が、満洲に南下し、さらに朝鮮半島を経由して日本に襲いかかろうとした、というのが明治の中頃の日本の持っていた危機感です。日本は、国を守るために、朝鮮北部から満洲にかけて(当時は朝鮮は日本の一部です)南下するロシア軍との戦いに臨みました。これが日露戦争(1904~1905)です。 日露戦争が終わると、日本は、ロシアが満洲に持っていた権益を合法的に手に入れました。ところが当時の満州は、「馬賊と阿片は満洲の花」といわれるくらいの、盗賊王国、麻薬王国です。 そりゃあそうです。清の国力が弱まり、ロシアが南下して暴行のし放題。田畑は荒らされ、仕事はなく、飯も食えない。女房や娘は強姦され、子供たちは虐殺されたのです。 ある程度元気の良いものは、馬賊になって徒党を組んで強盗団にでもならなければ生きていけなかったし、馬賊となった人々を食わせるためには、馬賊の頭領は、アヘンを売り捌くのがいちばん手っ取り早かったのです。リットン調査団ですら日本を賞賛 日本は、混迷を続ける満洲で、きわめて生真面目に馬賊を退治し、法を定めて治安を保ち、産業を興し、農業を活性化し、道路や街を作り、あのリットン調査団ですら賞賛せざるを得なかった街づくり、国づくりを行いました。 下の図は、全満洲の発電量のグラフです。当時の満州は、発電機、変圧器、送電線など、世界水準を超えるものとなっていた。 これだけではありません。日本は、満洲に「国道建設10か年計画」を策定し、道路や橋梁を築いた。昭和12(1937)年頃には、全満洲の全国道は、1万キロを超え、四季を通じて自動車の運行が可能にしています。 なにもない荒野に、新京(長春)、奉天(瀋陽)、ハルピン、吉林、チチハル、承徳、営口、錦洲、牡丹江といった近代都市を次々建設しました。鞍山製鉄所では、年間20万トンもの鉄鋼資源が製造され、大連発電所、豊満ダム他、数々の近代工業設備投資が行なわれました。 満州人、朝鮮人、支那人にわけへだてなく諸学校を作り、近代的医療を施し、司法・行政機関を作り、支那大陸の歴史始まって以来、初の法治が行われました。近代的警察制度を行い、軍閥や匪賊を討伐し、街を整備してアジアの奇跡と呼ばれるほどの近代化を促進したのです。要するに、日本が行ったことは、現地人を教育し、彼らの生活水準を日本の内地と同じ水準に引き上げるというものです。これは、欧米列強による植民地化・・・富の収奪を目的とするものと、その心得がまるで違うものです。 このため当時の満州は、治安は日本の軍が守り、街は建設の息吹に燃えました。そこには旺盛な労働需要が発生し、農業も振興され、日本の指導によって、きちんと灌漑が行われて土地が肥沃になりました。 つまり満洲は、食えて、働けて、安心して住むことができる土地になったのです。 断っておきますが、ここまでの満洲の国家的インフラ整備は、満洲事変前、つまり、満洲国が起こる前の出来事です。いまでもそうだけれど、支那人という人種は、そこが食えて、働けて、住めるということがわかると、大挙して押し寄せます。 マンションの一室に、ある日、支那人が住み始める。気がつくと、その支那人の親戚やら友人といった連中が、次々と支那からやってきて、そのマンションに住み始める。気がつくとそのマンションは、ほぼ全棟、支那人ばかりという情況になる。こうした行動パターンは、古来、支那人(漢人)の特徴です。 当時の満州は、日本が介入して後、わずか20年ほどの間に、もとは満蒙人しか住んでいなかったのに、なんと9人中8人までもが漢人(支那人)になってしまいました。【昭和5年当時の満洲の人口】満蒙人   300万人支那人  2600万人朝鮮人   100万人日本人    23万人 このことを、左翼系に偏向した歴史教科書などは「清王朝の政策によって支那人の満洲地方への入植が行われた」などと書いていますが、とんでもない大嘘で、当時の清朝政府には、それだけの指導力も資金力もありません。要するに、南京において、日本が統治を始めたわずか2ヶ月後には、南京の人口20万が、25万人に増えたのと同様、民衆は、治安が保たれ、仕事があり、食えるところに人が集まったのです。毎年100万人規模で支那人達が満洲へ 支那全土が軍閥や共産主義者、窃盗団等によって、好き放題荒らされ、農地が荒廃し、建物が破壊され、惚れた女房は強姦され、旦那や息子が虐殺されるという無法地帯と化した中にあって、多くの人々が、治安が良くて仕事があり、安心して暮らせる土地を目指したというのは、ごく自然な行動です。 その結果、昭和になると、なんと毎年100万人規模で、支那人達が満洲に流入しました。満州事変勃発前の昭和5(1930)年には、ついに全人口の9割が支那人になりました。支那人が増えるとどうなるか。これも昨今の日本の各所でみることができるけれど、彼らは彼らだけのコミュニティを作り、平気で暴行を働き、治安を乱します。そしてついに、満洲国内で、支那人たちによる主権をも主張するようになりました。 これは支那人のいわば習い性のようなもので、彼らの行動は、時代が変わってもまるで変化しない。いまでも支那共産党が、チベット、東トルキスタン、南モンゴルなどで異民族を統治するに至る方程式は、まるで同じです。これからはアメリカが危ないかもです。1 まず漢人が入植する。はじめは少数で。次第に大人数になる。2 漢民族との混血化を進めようとする。はじめは現地の人との婚姻で。次第に大胆になり、果ては異民族の若い女性を数万人規模で拉致し、妊娠を強要する。3 現地の文化財を破壊する。4 天然資源を盗掘し、収奪する。5 漢人だけの自治を要求し、国家を乗っ取る。 昭和のはじめの満洲がそうでした。人口の9割が漢人になると、自分たちで軍閥を営み、満洲の自治を奪いました。これをやったのが、張作霖(ちょうさくりん)です。 張作霖は、もともと匪賊(ひぞく・盗賊集団)の頭で、勢力を伸ばして軍閥となり、ついには、満洲国に軍事独裁政権を打ち立てました。昭和4年、全満洲の歳入は、1億2千万元だった。そのうち、1億2百万元を、張作霖は自己の利益と軍事費に遣っています。なんと歳入の8割を軍事費にしたのです。 いまで言ったら、汚沢一郎が支那の人民解放軍を率いて日本の政府を乗っ取り、95兆円の歳費の8割にあたる76兆円を軍事費に振り向けた、というに等しいことです。しかもその軍事力の矛先は、なんと自国に住む満州人です。ありえないお馬鹿な話です。 要するに、せっかく都市インフラが進み、みんなが豊かに生活できるようになったと思ったら、その富を横から出てきた漢人で、まるごと横取りしたのです。         張作霖 張作霖が、実質的な満洲の支配者となって行った政策の、一端が、次に示すものです。1 財産家の誘拐、処刑2 過酷な課税  なんと5年先の税金まで徴収した。農作物や家畜にまで課税し、収税の名目はなんと130種類。3 通貨の乱発  各省が勝手に紙幣を乱発。当然通貨は大暴落した。4 請負徴収制度  税吏は、税額を超えて集金した分は、奨励金として自分の収入になった。 いま日本では、友愛などというゴタクを並べる総理がいたり、大喜びで支那に朝貢する売国議員などがいて、支那人達に労働力1000万人受け入れを約束したり、彼らの最低時給を1000円にしようだとか、ついでに参政権まで与えようなどと言い出す、ボンクラがいるけれど、そういう行動がもたらした結果がどうなるかが、当時の満洲に見て取れるわけです。支那人の「人治主義」 日本人は、道義主義の国家です。だから規則があればそれに従います。日本人のマインドは、常に相互信頼が基本にあるから、信頼に応えるためには、リーダーであっても規則があればそれに従うのが常識です。 ところが支那人は、人治主義です。法より人が偉い社会です。法をどれだけ無視することができるかが、大人(だいじん)の風格として尊ばれます。先日来日した習近平の行動もその典型で、日本に1ヶ月ルールを破らせることが、大物としての風格(あるいは貫禄)の証明とされています。法よりも人が偉いから、権力を持った人間は、なんでもかんでも好き放題できるし、それをすることが偉い人を偉い人たらしめる理由となります。 張作霖は、満洲国を軍事制圧すると、国民から税金として金銭をむしりとり、自身は老虎庁と呼ばれる豪邸に住み、贅沢の限りを尽くしました。そしてついに張作霖は、日本を追い出して満州を完全に自己の支配下に置こうとしたのみならず、支那までも征服し、支那皇帝にまでのぼりつめようと画策しました。張作霖の公邸「老虎庁」 そんな折に起こったのが、張作霖の爆殺です。この張作霖爆殺は、長く日本の河本大佐の仕業と言われ続けていたけれど、公開された旧ソ連の外交文書には、ソ連の陰謀であったと書かれているともいいます。 すなわち、張作霖を爆死させ、それを日本軍のせいにすることによって、日本を糾弾し、さらに日本と支那最大の軍閥である蒋介石を戦わせることで、両国を疲弊させ、最後にソ連が、支那と日本の両方をいただく・・・というシナリオであったという説ですが、実態は藪の中です。 張作霖が爆死したとき、満洲の一般市民がどういう反応を示したかというと、これが拍手喝采して喜んでいます。当然です。むごい税金の取り立てで、国内を泥沼のような混乱に陥れたのです。その張本人がいなくなれば、みんな大喜びになる。ごく自然なことです。 張作霖が死ぬと、その息子の張学良が後継者として奉天軍閥を掌握し、蒋介石を頼って反日政策を進めました。ところが張学良は、満州事変で満洲から追い出されます。すると支那共産党と結び、蒋介石との国共合作に引き入れる西安事件を起こしています。 朝鮮半島でも、支那、満洲でも同じなのだけれど、いわゆる反日・侮日政策を採った者たちには、「民衆の幸せ」という観念がないという共通点があります。。どこの国にも、多くの民衆がいて、誰もが家族の幸せ、生活の安定を求めて生きているのです。それは昔も今もなんら変わることのない、人々のごく普通な、普遍的な思いです。 日本が統治した国は、いずこもそこに平和と安定と建設の息吹が芽生えています。台湾、朝鮮半島はいうにおよばず、インドネシア、パラオ、タイ、ビルマ、シンガポール、マレーシア、カンボジア等々。満洲人の不幸は、内乱が続く支那と陸続きでかつては同一行政単位の国だったということです。 満洲の政治が安定し、工業や農業が盛んになり、学校や医療設備ができ、治安が良くなると、そこに内乱が続く支那から、こぞって漢人たちがやってきた。そしてこの漢人という種族は、大量にやってくるだけでなく、放置しておけば、その国の国民の数をはるかに凌駕するだけの人を呼び込む。そして自分たちだけの自治を要求する。その国のや文化や伝統を破壊する。そしてひとたび政権を取るや否や、権力を利用して、普通の神経では考えられないような暴政をひき、逆らう者、邪魔になるものは、かつての恩人であれ、平気で奪い、殺し、足蹴にする。 これが過去の歴史が証明している支那・漢人の流儀です。いま日本は、きわめて親支那寄りの政権が誕生し、実際にあった過去の真実の歴史を踏みにじり、日本の庶民が築いてきたありとあらゆる文化・伝統を破壊し、企業活動を損ね、経済を壊そうとしています。そして支那から1000万人の労働力を呼び寄せ・・・1千万人で終わるはずがない・・・彼らに最低時給1000円を保障し、日本の戸籍を与え、ついでに参政権まで与えようとしています。その先にあるものは、どのような日本なのでしょう。 京都に青蓮院というお寺があります。このたび青蓮院は、1200年ぶりにはじめてのご本仏、青不動尊の御開帳を行いました。しかも京都近郊の不動尊を一堂に集めての御開帳でした。 なぜそのようなことをしたのかというと、我が国の道徳心の荒廃があまりに顕著であり、まさにいま、「1200年来最大の国難のときにある」からだからなのだそうです。辛い事件があまりにも多すぎます。「この混迷の世の中で、青不動の強いお力をいただいて、いろいろな問題を少しでも良い方向に導いていただきたいと考え、ご開帳を行うことにいたしました」のだそうです。 日本を護るということは「庶民の幸せこそ国家の幸せである」という人類共通の理念を護るということなのではないかと、思います。 その日本がいま、貶められ、解体されようとしています。私たちは、わたしたちの手で、この日本を護りぬかなければならない。 そうしなければ、この国を、そして「民の幸せ」を希求して亡くなっていかれた英霊たちに申し訳ない。そのように思います。(「小名木善行 ねずさんの ひとりごと」 2011年2月2日より転載)おなぎ・ぜんこう 1956年生まれ。大手信販会社にて債権管理、法務を担当し、本社経営企画部のあと、営業店支店長として全国一の成績を連続して達成。その後独立して食品会社経営者となり、2009年より保守系徳育団体「日本の心をつたえる会」を主催、代表を勤める。ブログ「ねずさんのひとりごと」は、政治部門で常に全国ベスト10に入る人気ブログとなっている。

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    戦争求める中国軍 ミャンマーへの宣戦布告を建議したことも

     今や粛清の嵐は、中国人民解放軍にまで吹き荒れるようになった。怨嗟と不満が渦巻く軍をこのまま放置していれば、予期せぬ叛乱が勃発する可能性すら指摘され始めている。ジャーナリストの右田早希氏がレポートする。* * * 習近平主席は現在、「軍の汚職追放キャンペーン」を展開中である。要は汚職追放にかこつけて、230万人民解放軍の掌握を図るべく、権力闘争を仕掛けているのだ。 その過程で、江沢民元主席が抜擢し、江沢民・胡錦濤時代を通じて人民解放軍に君臨した徐才厚・郭伯雄の両元中央軍事委員会副主席を粛清した。徐才厚上将は昨年3月に拘束され、今年3月に死去。郭伯雄上将は、息子の郭正鋼浙江省軍区副政治委員ともども、今年3月に拘束された。「徐才厚と郭伯雄の両巨頭を粛清したことで、習近平は軍全体を敵に回してしまった」海外メディアはそのような憶測記事を飛ばしているが、こちら北京で人民解放軍関係者に話を聞くと、事実とはまったく異なる。 ある海軍中堅幹部は、次のように述べた。「徐才厚と郭伯雄が支配した江沢民・胡錦濤時代の解放軍は、まるでシロアリに蝕まれた倒壊寸前の家のようなものだった。出世のための賄賂が全軍に横行し、軍人の仕事はビジネス&宴会と化していたからだ。 それを習近平主席は、『軍人の本分は戦争して勝つことだ』と檄を飛ばし、毛沢東時代の人民解放軍に戻してくれたのだ。そのため今は賄賂漬けになっていた幹部たちを除けば、軍の士気は高まり、戦争への準備は整っている」 この海軍中堅幹部は、一つのエピソードを明かした。「軍内部で2012年以降、毎年夏に、『いかにして日本軍(自衛隊)に勝つか』というテーマで、多方面から中日両軍の比較検討を行うセミナーを開いている。昨年の結論は、『わが軍がいくら空母を建造しても、内部の腐敗を一掃しなければ日本軍には勝てない』というものだった。だが今年は違う結論になるだろう」 この中堅幹部に南シナ海の埋め立て問題について聞くと、次のように答えた。南シナ海のパグアサ島の沖合に停泊する中国海警局の「海警2305」=18日(提供写真・共同)「習近平主席や呉勝利司令員が唱える『新たな大国関係』を構築するには、『不動の空母』とも呼ぶべき埋め立て地が絶対に必要だ。これはわれわれ現場サイドからの要請なのだ。 4月29日に呉勝利司令員がグリナート米海軍作戦部長と行ったテレビ会談で、『(滑走路を建設予定の)用地は米軍に貸してもよい』と述べたが、あの発言も同様だ。要は、中国軍が東アジアの海を管理できていなければ、戦争ができない」 陸軍の中堅幹部にも心情を聞いたが、答えは大同小異だ。「人民解放軍は1979年の中越戦争以降、戦争を経験していない。『戦争しない軍隊は腐る』とは習近平主席の言葉だが、まさにその通りで、われわれ中堅若手は戦争を求めているのだ。 3月13日にミャンマーの爆弾が誤って国境を越え、雲南省に落ちて中国人5人が死亡する事件が起きたが、われわれは上層部に、ミャンマーへの宣戦布告を建議したほどだ。北朝鮮の金正恩政権も、物騒な核ミサイル実験を止めないのであれば、解放軍が介入して政権を転覆させるべきだと具申している」 ここで強調しておきたいのは陸軍と海軍の中堅幹部が共に、次のように結んだことだ。「もしも習近平主席が対外戦争を躊躇するならば、われわれは『戦争できる指導者』に代わってもらうまでだ」関連記事習近平氏 腐敗、堕落の解放軍に危機感で大粛清に動く可能性習近平副主席妻 軍芸術部門トップ就任でやり過ぎを懸念する声中国人民解放軍 腐敗蔓延で4万5000人処分、佐官級760人も中国人民解放軍サイバー部隊は約40万人所属 精鋭部隊は2000人習近平が3大権を掌中にしたのは共産党の歴史でも希有の事態

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    今や「戦国時代」の様相 中国の目先の利益に乗るな

    石平(評論家) 今月(編集部注:2015年11月)に入って中国は、アジア太平洋地域において一連の慌ただしい近隣外交を展開してきた。 1日、韓国のソウルで李克強首相は3年半ぶりの日中韓首脳会談に参加し、日本の安倍晋三首相との初の公式首脳会談を行った。5日には、今度は習近平国家主席が就任後初めてベトナムを訪問し「関係の改善」を図った。10日、王毅外相はマニラを訪れてフィリピンの大統領、外相と相次いで会談した。 この一連の外交活動の対象となった3カ国が抱えている共通問題といえば、やはり南シナ海だ。同海での中国の拡張戦略に対し、当事者として激しく反発しているのはベトナムとフィリピンの両国である。一方の日本もまた、自国のシーレーンとなる南シナ海の「航海の自由」を守るべく、中国の戦略に強く反対する立場を取っている。こうした中で中国がこの3カ国に急接近してきた意図がはっきりと見えてくる。 10月末の米海軍による南シナ海哨戒活動の展開によって米中対立が一気に高まった中、中国政府は南シナ海問題の当事者諸国との緊張を緩和させることによって、中国批判を強める米国を牽制(けんせい)するつもりであろう。当事者同士が話し合いで問題解決に向かうのなら「部外者」のアメリカは口出しが難しくなる計算である。 さらにAPECの前に、関係諸国を取り込んだ上でアメリカの攻勢を封じ込めておくのが一連の中国外交の狙いだったろう。 要するに、アメリカを中心とした「有志連合」が中国の拡張戦略に立ち向かおうとするとき、「有志連合」の参加国と個別に関係改善を図ることによって「連合」の無力化を図る策略なのだ。それは中国で古来使われてきた伝統的得意技である。 中国では紀元前8世紀から同3世紀まで戦国という時代があった。秦国をはじめとする「戦国七雄」の7カ国が国の存亡をかけて戦った時代だったが、7カ国の中で一番問題となったのが軍事強国で侵略国家の秦であった。 いかにして秦国の拡張戦略を食い止めるかは当然他の6カ国の共通した関心事であったが、その際、対策として採用されたのが、6カ国が連合して「秦国包囲網」を作るという「合従策」である。 6カ国が一致団結して「合従」を固めておけば、秦国の勢いが大きくそがれることになるが、一方の秦国が6カ国の「合従」を破るために進めたのが「連衡策」である。6カ国の一部の国々と個別的に良い関係をつくることによって「合従連衡」を離反させ、各個撃破する戦略だ。 この策で秦国は敵対する国々を次から次へと滅ぼしていったが、最終的には当然、秦国との「連衡」に応じたはずの「友好国」をも容赦なく滅ぼしてしまった。秦国の連衡策は完全な勝利を収めたわけである。 それから二千数百年がたった今、アジア太平洋地域もまさに「戦国時代」さながらの様相を呈している。中国の拡張戦略を封じ込めるために米国や日本を中心にした現代版の「合従連衡」が出来上がりつつある一方、それに対し、中国の方はかつての秦国の「連衡策」に学ぶべく、「対中国合従連衡」の諸参加国を個別的に取り込もうとする戦略に打って出たのである。 その際、日本もベトナムもフィリピンも、目先の「経済利益」に惑わされて中国の策に簡単に乗ってしまってはダメだ。あるいは、中国と良い関係さえ作っておけば自分たちの国だけが安泰であるとの幻想を抱いてもいけない。 秦国によって滅ぼされた戦国6カ国の悲惨な運命は、まさにアジア諸国にとっての「前車の轍(てつ)」となるのではないか。

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    中国によるチベット族・ウイグル族への弾圧 イスラム国との戦闘も

    0元の罰金は高額である。また、母語であるチベット語を使用できないのは不便きわまりないだろう。これは、中国共産党によるチベット族に対する抑圧政策に他ならない。言うまでもなく、言語と民族のアイデンティティは密接に関係しているからである。  かつて、2010年10月、同仁県では数千人のチベット人中高生が街頭に出て抗議デモを行った。中学・高校の授業は、英語とチベット語の授業以外、中国語の教科書で行うという。  その時、生徒らは「文化的平等を要求する」というスローガンを掲げた。そして、中国当局の“教育改革”政策は、チベット民族の言語と文化を滅ぼそうとしていると訴えた。実際、大学入学試験は中国語で行われる。高等教育を受ける際、チベット族は不利を被るに違いない。  さて、大多数のチベット族はチベット仏教を信奉している。チベット仏教の真髄は「不殺生戒」である。生きとし生けるものを慈しむ。たとえ虫ケラでさえ、不殺生の対象になる。ましてや、人殺しなどタブーである。  だから、多くのチベット族には、中国共産党の同族への弾圧に対し、「目には目を、歯には歯を」という発想を持たない。そのため、原則、共産党へ暴力による“報復”を行わない。チベット仏教は、どんな人間に対しても殺傷することを厳しく禁じているからである。したがって、チベット族は、政府に対し暴力という手段に訴えることは極めてまれである。  一般に、彼らの中国共産党への抗議は、僧侶や尼僧らによる焼身自殺という形を取る(チベット仏教では自殺さえも奨励されているわけではない)。2009年以降、現在に至るまで、チベット族による焼身自殺は、約140人にのぼる。その中で亡くなったのは約120人である(インド・ダラムサラのチベット亡命政府、ロブサン・センゲ首相による)。  一方、北京は、ウイグル族(大半がイスラム教を信仰する)に対しても、抑圧政策を採る。例えば、18歳以下のウイグル族は、コーランの学習やラマダン(日の出から日の入りまでの断食)への参加を禁止されている。  しかし、よく知られているように、イスラム教には「ジハード」という概念がある。この言葉は、本来「奮闘努力する」という意味だが、ムスリムを抑圧する異教徒に対して、「聖戦」を容認しているふしがある。そのため、ウイグル族は中国共産党の苛酷な支配に対し、しばしば敢然と立ち上がる。  近年、まず、2013年10月、ウイグル族の親子3人(夫婦とその親)がジープで天安門金水橋で自爆テロを行っている。容疑者の3人を含む5人が死亡、38人が負傷した。ただ、警備の厳しい天安門広場に、どのようにジープが入ったかが謎である。その約1ヶ月後、「トルキスタン・イスラム党」が“犯行声明”を出した。  この事件が契機となり、その後、新疆・ウイグル自治区を中心にテロ事件が頻発している。 最も記憶に残るモノを挙げるとすれば、次の2つの事件ではないだろうか。  1つは、2014年3月1日、雲南省昆明駅でウイグル族によるナイフ等を使った無差別テロ殺傷事件である。結局、テロ容疑者4人を含む35人が死亡、141人が負傷する大惨事となった。  もう1つは、翌4月末に起きたウルムチ南駅爆破テロ事件だろう。その日、習近平主席が側近らと新疆・ウイグル自治区を視察した最終日だった。ウイグル族と見られる容疑者が自爆し、テロ容疑者2人を含む3人が死亡、79人が負傷している。習主席を狙ったテロだった可能性も捨てきれない。  実は、ISIS(「イスラム国」)には、約300人の中国人が参加しているという。恐らく、ほとんどがウイグル族に違いない。そのISISが、2015年12月、中国国内にいるイスラム教徒(約2000万人)へ中国語で、習近平政権に対し「ジハード」を起こすようインターネットで呼びかけた。今後、中国国内で、ISISと習近平政権の戦闘が開始されたとしても何ら不思議ではあるまい。 (日本戦略研究フォーラム『澁谷 司の「チャイナ・ウォッチ」』より転載)

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    中国侵略」の肝といわれる満州事変はなぜ起きたのか

    『満州事変はなぜ起きたのか』(中公選書)です。   この時代、各国から不平等条約を押しつけられていた中国には大きな不満がたまっていた。一方、日本の側には、当時の国際法によって認められた範囲で当然のことをしているという思いがある。そこに両者の根本的な見解の相違がありました。そういう日中関係にアメリカ、イギリス、それにドイツ、ソ連などの思惑が絡んで、非常に複雑な国際関係が展開していた。最終的には、中国はターゲットを日本一国に絞って欧米諸国とうまく関係を取り結び、対日包囲網を形成しました。そうしたなか、日本の行動は色々な意味で単純に過ぎたと言わざるをえません。 これは現代にも通じるところがあって、イギリスは最近中国中心のアジアインフラ投資銀行AIIBに突然入って驚かされましたし、訪英した習近平国家主席を「大歓迎」しましたが、イギリスが中国に対して抜け駆け的行動をとる傾向があるのは、一九二六年に「十二月メモランダム」という中英提携を突然発表して日本から「ワシントン条約の精神を無視し」たと強硬に抗議された時と変わっていません。 また、中国と最初に平等な条約を結び、日中戦争時に蔣介石を軍事支援していたドイツは、現在のメルケル首相に至るまで非常に親中的です。 こうした大国間の複雑な関係の中でワシントン条約体制という国際協調関係に一番忠実だったつもりの日本は気が付いたら孤立していた。日本が国際社会において失敗を繰り返さないようにするためには、こうした孤立に陥らないようにすることが大事ではないかと思います。「国際中間地帯」等松 日本の近現代史を国際的文脈の中に置いてケース・スタディとして見ると、国際連盟を脱退した日本が、なぜそれ以降も国際連盟規約で規定されていた委任統治を南洋群島において続けられたのかという疑問がわきます。一九三〇年代には満洲問題と南洋群島の問題がパラレルで出てくる。英仏豪のような国際連盟の委任統治に関わっている国々、あるいは米ソ独のような南洋群島に関心のある国々はそれをどう見ていたのか。満洲事変は日中間の問題であると同時に、誰が実効支配しているかよくわからない曖昧な地域を巡る紛争、つまり世界的に存在していた問題の一つでもあったのです。 そのことに一部の先覚者は当時から気づいていて、たとえば神川彦松という著名な国際政治学者は、複数の国家が権利を主張する地域を「国際中間地帯」と呼んでいました。ヨーロッパでいえばバルカン半島やクリミア半島やシレジア地方がそれにあたり、帝国主義の時代には列強のせめぎ合いの場になっていた。のみならず現地のローカルな勢力もそれぞれの思惑のもとに蠢いている。ご承知のように第一次世界大戦はバルカン半島というヨーロッパの国際中間地帯を巡る争いから始まりました。いま現在でもクリミア半島では同様のことが生じています。これは普遍的な、現在でも解決されていない問題です。東アジアにおいては満洲がまさに「国際中間地帯」でした。満洲は日中間だけの問題ではなかった。 第一次世界大戦後に国際連盟が作られ、委任統治制度が設けられた目的の一つも、国際中間地帯における武力紛争を避けるためでした。そういう観点から満洲事変を見ると、帝国主義批判、あるいは日中関係のみで見るのとはずいぶん違う景色が見えてきます。 一九三二年秋に発表された「リットン報告書」を読み直してみると、満洲をどのようなかたちで国際管理下におくか、治安をどう維持するかに関して、公表されていない部分では、連盟主導の暫定統治であるとか、現在で言う多国籍の平和維持軍のようなものまで、複数の構想があったことがわかります。ところが日本がリットン報告書を不服として早々と国際連盟からの脱退を通告してしまったため、そこから先の議論が進まなかったのですが、蔣介石は中国の権利さえ保障してもらえれば満洲をしばらくのあいだ国際管理下におくことに基本的に賛成でした。 実は日本でも、「リットン報告書」が発表されたときには、外務省や陸軍の一部には国際連盟の提案を受け入れて考え直そうという意見があった。しかし、満洲国に対する世論の熱狂的な支持があったり、満鉄や関東軍が権益を手放そうとしなかったりで、「リットン報告書」の構想は幻に終わりますが、実は国際的な正統性を獲得できれば満洲国も生き延びることができたのかもしれないのです。安易に使われすぎる「侵略」安易に使われすぎる「侵略」北村 「満洲事変」は満鉄の線路が爆破された昭和六年(一九三一)の柳条湖事件に端を発し、日本の〝侵略戦争〟の出発点とされるわけですが、「侵略」というのは、単純に考えれば他人が住んでいるところへ一方的に攻め込んでいって勢力下におくようなものでしょう。しかし、日本にそんなつもりはなくて、むしろ中国人のほうが戦争をする気満々だった。そもそも「侵略戦争」というのは“aggressive war”の訳語ですが、東京裁判で道義的、犯罪的な意味で使われるまでは、「先に攻撃を仕掛けた」という戦争の開始状態を示すだけで特別なニュアンスはなかった言葉だから、安易に使うべきではありません。 もともと日露戦争に勝った日本はロシアから賠償金を取れずに、遼東半島の旅順・大連(関東州)と東清鉄道南部支線の一部(後の南満洲鉄道)および附属地を譲り受けることで講和しました。しかし、これはもちろん領土の割譲ではなく、期限付きの借地のまた貸しみたいなもので、主権は〝地主〟の清にある。だから、十年後の「対華二十一カ条」(一九一五)で租借権の期限延長をめぐって揉めますね。しかも、「対華二十一カ条」要求に怒った中国人がやがては日本人を襲い、現地の日本人居留民は中国人にたびたび暴力をふるわれ、ひどい目にあわされることになる。日本人は最近ようやく中国人の乱暴さや無法さを知ったようですが(笑)、それは昔から変わらない。 だから、満洲国をつくったのは、ある意味しかたのないことだったのかもしれませんね。いつまでも近代化しないし、法の支配が及ぶ国にならない。しかし満洲には日露戦争後の一九〇七年に清朝が省制度を導入し行政区画を万里の長城の内外で一体化していた。また二千万人といわれた住民の九割は漢人種です。清朝が倒れそのあと国民党による国民革命が唱えられて久しい一九三〇年代に、旧満洲人皇帝の権威で新国家を作る建国理念は、五族協和(満、日、漢、蒙、朝鮮の各民族の協調)を唱えても説得力に欠けます。張作霖も張学良も、みな漢人種です。満洲国とイラク等松 仮に日本人が中国に居留するとしたら、どうやってガバナンスを確立するか、どうやって安定した状態を保つかというのが大きな課題でした。清朝末期から民国初期の中国は混乱状態で、軍閥が割拠する力の世界だから法の支配さえ怪しい。匪賊とさして変わらないような軍閥が勝手に税金を取ったり住民を酷使したりする。 そういう状況を安定させるには、帝国主義の全盛期ならば武力で支配すればよかったのですが、第一次世界大戦を境にして、ベルサイユ会議以降、植民地主義への反省から「民族自決主義」という潮流が生まれました。そのあたり、イギリスなどは新しい時代の流れの中でうまく立ち回っています。狡猾というか賢明というか、逆に自国の行動を〝合法化〟していくのです。日本の場合には旧式の外交から新時代の外交、つまり帝国主義から反帝国主義への切り替えがうまくいかず、中国だけでなく中国に利権を持つ列強と衝突してしまう。イギリスなどと比べて明らかに日本は立ち回りが下手だったと言えます。 実は満洲事変とほぼ同じ時期にイギリスはイラクの問題を抱えていました。第一次世界大戦中にイギリス軍はオスマン=トルコ軍をメソポタミアから追い出してイラクを占領した。満洲以上に治安が悪い地域で、北部にはクルド人がいるし、アラブ人もスンナ派とシーア派に分かれて争っているから、イギリスは強権で支配した。しかし、第一次大戦後の潮流のなかでは、そのまま植民地にしてしまうと帝国主義であるとの批判を浴びますから、それはできない。とはいえイラクは石油も出るし中東支配の要だから、ぜひとも確保したい。そこでイラクを国際連盟のA式委任統治領にして自らが受任国となるのです。こうして事実上イラクはイギリスの保護国となったのですが、国際連盟のお墨付きですから、合法性があります。将来は独立させて有利な条約を結ぶ。いわば「名を捨てて実をとる」戦略です。 奇しくも満洲国建国と同じ一九三二年にイラクは独立して国際連盟に加盟し、そして独立国としてイギリスと条約を結びます。しかし、独立国とは名ばかりの虚構の国家で、イギリス人顧問があちこちにいて、英国軍の駐留も認め、イギリスに最恵国待遇を与えるなど、その内容は日満議定書と大差ないものでした。ただ国際連盟の委任統治制度を経ての「独立」ですから、合法性・正統性という点ではまったく問題がない。 日本の場合は、出発点であからさまな軍事力の行使という形で国際連盟規約を破っていますから、イラクにおけるイギリスと同様のことをしていても国際的に非難され、国家としての実態はイラクとさして変わりなかったのに、満洲国はついに広範な承認を得られませんでした。既存の制度や国際秩序を巧みに利用したイギリスに比べ、われわれには関係ないとそれを頭から否定してしまった日本は率直と言えば率直ですが、早まったとしか言いようがありません。このように、満洲国もイラクも、まさに国際中間地帯の管理をめぐるテーマだったわけです。「幣原外交」と「田中外交」「幣原外交」と「田中外交」幣原喜重郎北村 満洲事変が起こった頃、雑誌『文藝春秋』に掲載された世論調査をみると、ほとんどの人が軍の行動を全面的に支持しています。協調外交、いわゆる「幣原外交」でいくべきだと言っている人はほんのわずかで、「満蒙は日本の生命線である。弱い女子供まで襲う憎き中国人を懲らしめるのは当然だ」という意見が圧倒的多数を占めている。筒井 再検討しなければいけない史実の一つは、加藤高明・若槻禮次郎内閣の外務大臣、幣原喜重郎の国際協調外交、いまおっしゃったいわゆる「幣原外交」ですね。 中国人労働者の大規模なデモと発砲が起きた五・三〇事件(一九二五)ではイギリスの再三の日本軍出兵要請にも幣原外相はなかなか動かず、第二次南京事件、漢口事件でも「不干渉政策」の方針に基づいてイギリスの共同軍事行動の呼びかけを拒絶し、日本だけが砲撃に加わらなかった。イギリスも怒りましたが、日本人居留民の出兵要請にも応えなかったから、国内でも幣原外交に批判が集まった。田中義一 若槻内閣に代わって組閣した田中義一首相は、居留民保護のため第一次山東出兵を行います。これはイギリスとアメリカに大歓迎され、とくにイギリスは田中外交に大きな期待を寄せました。戦後、田中メモランダムがあったせいもあり田中外交は強く批判されていましたが、これが偽書であったこともはっきりしています。 そうすると幣原外交と田中外交をどう見直すかという問題が出てくる。ただし、幣原外交であまりに隠忍自重しすぎた結果、不満がたまって関東軍や世論が暴発したように見えるのですが、それなら、一々小刻みに反撃していたら、そうはならなかったのかというと、一概にはそうとも言えないような気がします。そのあたりは難しいところですね。等松 当時の国民感情がそれだけ反中的になってしまった理由の一つには、日本も不平等条約に苦しめられた過去があったからではないでしょうか。日本の場合は徳川幕府という前政権が安政年間に結んだ不平等条約を、明治新政府が鹿鳴館の舞踏会のような涙ぐましい努力までしながら徐々に改正し、五十年以上かけて明治時代末期の一九一一年にようやくすべて改正することができた。 ずっと屈辱に耐えてきた日本人の国民感情からすれば、蔣介石が「革命外交」と称して実力行使に訴えることに反発する気持ちはわかります。石橋湛山は、「われわれにもかつては欧米列強の横暴に対して激昂した尊皇攘夷の時代があった。いまの支那はそれと同じなのだから、もう少し静観すべきだ」と言っていました。結果的には正論だったと思うのですが、「そんな甘いことを言っていられるか」というのが自然な国民感情だったという気はします。東京・日比谷公園で講和条約反対を訴える民衆によって開かれた 決起集会を発端に日比谷焼打ち事件が起こった(1905年9月5日)筒井 明治の末期から、群衆・大衆というものが日本の政治に大きな影響力を持つようになります。その最初の事件が「日比谷焼打ち事件」(一九〇五)でした。新聞は連日「日本の大勝利」という報道をしていたのに、国民から見ると賠償はほんのわずかだったから、国民の不満が爆発して暴動が起こった。日本で最初の戒厳令が敷かれ、死者十七名、負傷者約二千名、検挙者約二千名を出す大事件になりました。 その後、桂太郎内閣を倒した護憲運動(一九一一)、日本最大の民衆反乱だった米騒動(一九一八)、反排日移民法運動(一九二四)など、群衆騒擾事件が相次ぎます。統治する方から見れば、恐るべきことだったでしょう。米騒動以降、元老の山縣有朋は米相場の指数を毎日見ていたといいます。反排日移民法運動では反米の歌までつくられ、アメリカ大使館の前で切腹する人が出たり、幕末の攘夷運動のように横浜でアメリカ人が襲撃されたりした。この運動はなぜかよく研究されていませんけれど。北村 「排日移民法」以後、アメリカは日本をどんどん追い詰めていった。一九三二年の満洲事変直後には、米国務長官のスティムソンが、日本の大陸における領土拡張はいっさい認めないという声明を出している。いわゆる「スティムソン・ドクトリン」です。筒井 日中関係と日米関係はつねにリンクしています。日露戦争の直後、アメリカの鉄道王ハリマンが南満洲鉄道の共同開発をもちかけたときから、アメリカは日中間の問題に関わってくる。日露戦争で疲弊したいま、米国資本を満洲に導入したほうが国益にかなうと判断した時の桂太郎首相はこの提案を受け入れ、覚書が交わされます。 ところが、ポーツマス講和条約を終えて帰国した外務大臣の小村寿太郎が共同開発に猛反対し、白紙撤回させる。異説もありますが、国民が日露戦争の賠償が少なすぎると騒いでいるところへ、さらに満洲の権益をアメリカと分け合うようなことをしたら国民は絶対に納得しないだろうというのが小村の考え方だと見られています。ここにも世論がはたらいているのです。「日比谷焼打ち事件」で日本の政治シーンに初めて「大衆」が登場し、デモや暴力によって世論が表明されるようになった。以後、湧き上がる大衆世論の支持なしには政治や外交の方向が決められなくなった。そして、そうした世論とそれを煽動するマスメディアとが、大正から昭和初期に中国との関係を悪化させる一つの大きな要因になったのです。国際連盟脱退北村 国際連盟総会に日本主席全権として派遣された松岡洋右は、西園寺公望に「連盟を脱退するつもりはない」と言っていたようですね。にもかかわらず、松岡は「欧米諸国は日本を十字架上で磔刑に処そうとしているが、キリストが後世において理解されたように、日本の正当性も後々必ず明らかになるだろう」という有名な大演説をして国内で喝采され、「リットン報告書」が圧倒的多数で採択されると、脱退を宣言して退場してしまいました。その要因も大衆世論と国民感情でしょうか。等松 大衆社会的な現象が現れ、日本の政党政治がまだ十分に成熟していなかったこともあって政府が世論に振り回されてしまった。正統的なエリートではなかった松岡は世論を味方につける必要もあり、ポピュリストにならざるを得ないところもありました。筒井 罰則規定はないのだから、日本は脱退する必要はなかった。リットン調査団の勧告が出たと言われたら、「そうですか」と受け流しておけばよいと東大国際法の立作太郎教授なども言っており、そうするはずだった。日本は時間を稼いで情勢の変化を待つべきだったのです。 その後、イタリアがエチオピアに侵攻し、ソ連はフィンランドを侵略して国際連盟を除名されている。国際情勢はつねに流動的で、国際連盟をめぐっていろいろな問題が起こり、日本の位置も変わっていくのですから脱退しなければよかったのです。そうすればまた国際社会に復帰できた。が、「ゆきつくところ戦争も辞さない」(朝日新聞)などという圧倒的な世論の脱退論に松岡らは迎合してしまったのです。等松 これは意外に忘れられがちですが、一九三三年三月の時点で日本は連盟脱退を通告しただけで、実は通告から二年後まで発効しないという規定がある。言い換えれば通告後も二年間は加盟国としての義務を果たさなければならないのです。だからその間に脱退通告を取り下げることもあり得た。英米仏などの列強が日本に対する道徳的な非難以上のことはせずに事態を静観していたのは、「満洲国」という新国家の建設は容易なことではないし、いずれ頓挫するだろうと考えていたからです。そうなると連盟に戻って「リットン報告書」を基に満洲の国際管理を認めるかもしれないから、あまり日本を刺激せずにしばらく様子を見ようとしていた。すなわち、一九三三年から三五年という二年間は、実はいろいろな可能性があった時期だったのです。 逆に言えば、列強が強硬な態度をとらず、対日経済制裁も行わなかったために満洲国建国が順調に軌道に乗り、日本もこれで行けるぞと思ってしまったのではないか。筒井 私は、松岡は後藤新平的大風呂敷ラインにつながっていると思います。後藤新平という人は何かといえば大風呂敷を広げるから、マスメディアには人気があった。 アメリカに対抗するための「ユーラシア大陸ブロック連合」構想のような後藤の大風呂敷に影響を受けた松岡は、日本・中国・満洲を中核とした「大東亜共栄圏」をつくるなどと言ってマスメディアと大衆を喜ばせました。世界を四つのブロック(アメリカ、ロシア、西欧、大東亜)に分けるというのです。当時日本のやるべきことは泥沼に陥った日中戦争を解決することに専心するしかなかったはずです。そういう地に足が着いていない大風呂敷が亡国につながったと私は思いますね。 日露戦争の終結後も陸軍が満洲に留まって「軍政」を敷き続けたため英米が強硬に抗議してくるという国際的紛議が起こったときの当事者の中にも後藤がいました。児玉源太郎参謀総長とその配下だった後藤は、軍政を長期化させ、そのまま統合的植民地支配にもっていこうと考えていたようです。児玉・後藤コンビは一九〇〇年にも、義和団事件に際して厦門占領を企てて英米列強の批判を浴びています。 この厦門事件は伊藤博文がことを収めたのですが、在満陸軍に対する英米の抗議を受けて開かれた政府首脳会議でも、当時は韓国統監だった伊藤博文がリーダーシップを発揮して、満洲の軍政を排し、日本の権益の明確化、限定化を行ってことなきを得ました。この会議で伊藤は、「満洲における日本の権利は、講和条約によってロシアから譲られた遼東半島租借地と(南満洲)鉄道のほかには何もない。満洲はわが国の属地ではない。純然たる清国領土の一部である」と発言しています。この伊藤の見識は何度でも見直されるべきでしょう。重光葵の言葉重光葵の言葉等松 わが国は国際社会の中でどの程度の国なのかという明治以降の日本人の自己イメージの問題もあったのではないでしょうか。何も明治が素晴らしくて昭和がダメだったという司馬史観のような単純なことを言うつもりはありませんが、明治維新の第一世代、第二世代までは弱小国日本が欧米列強による植民地化の危機にさらされ、不平等条約を押しつけられたことを実体験していますから、慎重な人たちが多かった。ただ、その次の次の世代ぐらいになると、日本の国力増進と自らの精神形成期がほとんど重なっていますから、実力以上に国力を過信したところがあるような気がします。 これは単なる「if」ですが、もし日本が第一次世界大戦に本格的に参加して悲惨な目に遭っていれば、もう少し堅実な帝国になったかもしれません。実際には第一次世界大戦のとき、日本陸軍は非常に熱心に戦争を研究しているのです。調査員を何百人も欧州の戦場に派遣して研究させ綿密な報告書を大量につくっている。しかし、堅実な道を選ぶのではなく、将来の国家総力戦に備えなければならないという結論になった。場合によっては米中ソと同時に戦争になるかもしれないから、資源を押さえて防衛線をなるべく外側へ延ばしておきたい、それには満洲を確保する必要がある。そういう思考をたどったと思います。そういう意味では、満洲事変は第一次大戦の結果の一つだったと言えるかもしれません。重光葵筒井 この時期の日本は世界の五大国、三大国のひとつとまで言われるようになっていましたが、重光葵は、「日本の地位は躍進したが、日本は個人も国家も謙譲なる態度と努力によってのみ大成するものであるという極めて見やすい道理を忘却してしまった」と言い、結局、日本はまだ大国として成長していなかったと結論づけています。等松 江戸時代まで三千万人足らずだった日本の人口が、医学の進歩や産業の発達によってどんどん増えていって、先の大戦のころには本土だけで八千万人ぐらいになった。戦時中のスローガン「進め一億火の玉だ」というのは植民地朝鮮・台湾の人口を含めての数字でした。農業中心の自給自足で養える本土の人口は三千万ぐらいが限度であるにもかかわらず、幕末からたかだか七十年で二倍半になってしまった。そこで、人口爆発に対処するために朝鮮や台湾、さらには満洲に出て行こうということになるのです。北村 ただ満洲移民は二十三万人くらいだからそんなに大きな数ではありませんね。実際問題としては国内で人が余ってどうしようもないという状況ではなかったのに、数字に惑わされてしまったということでしょうか。「のらくろ」開拓団等松 たしかに宣伝されたほどには移民していない。メディアが発達した弊害かもしれませんが、人口問題について人々が情報を鵜呑みにしてしまう、あるいは何らかの意図があって国民に信じさせたところがあると思います。工夫すれば国内産業だけでも十分食べていけると冷静な主張をする人が多ければ、安易な移民政策は取らなかったかもしれませんし、ましてや悲惨な結末に終わった満洲への武装開拓移民などせずに済んだと思います。昭和37年(1962)に復刻された普通社版『のらくろ二等兵』。後ろはブル連隊長 ところで、戦前に大人気を博した「のらくろ」という田河水泡作の漫画がありますね。野良犬の黒吉が「猛犬連隊」という軍隊に入って活躍し、二等兵から徐々に出世していく話ですが、日本の世論のバロメーターの一つとして見るとおもしろい。昭和六年、ちょうど満洲事変勃発の年に『少年俱楽部』で連載が始まるのですが、実は同年の年末号が「満洲事変特別号」で、子供向けにわかりやすく書かれた「満洲事変はなぜ起こったのでしょうか」というイラスト入り記事が掲載されています。「日本は合法的に権利を持っているのに、暴虐なシナ人が日本を貶めようとしているから、ついに正義の日本は立ち上がって、国際社会での孤立も恐れずに悪いシナ人を懲らしめているのだ」というような内容です。 一方、「のらくろ」はその後大尉で退役して大陸に渡り、歓迎してくれた朝鮮半島出身の白犬「金剛くん」を従え、大陸のブタ、羊、ヤギとともに開拓団をつくって資源を開発するという展開になる。そうして見つけた金鉱や炭坑を現地の動物たちに譲ってしまって、さらに奥地の開拓に旅立つところで終わります。 そういうものを読んで育った子供は、昭和六年の連載開始当時十歳くらいとすると、ちょうど昭和十六年の日米開戦のころは軍隊へ行く年齢になっています。『少年俱楽部』や「のらくろ」はメディアとして子供たちに大きな影響を与えたのではないでしょうか。さきほどの「大衆とメディア」の話につながる気がします。ソ連への警戒心ソ連への警戒心北村 満洲事変の二年前に、ソ連が持っていた権益を国民政府が回収しようとして中ソ戦争が起こっていますね。ソ連も同じことをしていたからといって、日本の行動をすべて正当化するつもりはありませんが、やはり満洲を侵略したというより日本は面倒に引きずり込まれたという印象を受けます。等松 中ソ戦争といっても、その実態は張学良軍と極東ソ連軍との戦いでしたが、北満洲でソ連に対してさまざまな嫌がらせをしていた張学良の軍隊はさんざんにやられて惨敗を喫し、利権回収はできませんでした。 これは関東軍にとって、いろいろな意味で教訓になったと思います。ソ連のように強権を発動し、軍事力で断固として利権を守るべきだ。極東ソ連軍は、およそ三十万人の張学良軍を約三万の兵力で破っていますから、一万程度の関東軍でも装備と戦略次第では烏合の衆の張学良軍には勝てるだろう。同時に、極東ソ連軍の脅威に対処するため、いまのうちに南満洲をしっかり固めておかなければいけないという発想にもなったはずです。 それから、一九二四年に外モンゴル、いわゆる外蒙がモンゴル人民共和国となります。一九二一年にモンゴル人民の要請を受けたと称してソ連が軍事介入し、やがてモンゴル人民革命党による一党独裁の傀儡政権をつくった。一九七九年のアフガン侵攻と同じ論理です。 満洲事変に先立ってソ連がまさに満洲国建国と類似のことをしていたと言えるわけで、関東軍は、同じことが南満州でできないかと考えたと思います。これも満洲事変の伏線となりました。 ですから中ソ戦争やモンゴル人民共和国の成立は、満洲事変の前史としてきちんと位置づけなければならない。愛新覚羅溥儀北村 モンゴル人民共和国ができるまで、清朝最後の皇帝だった愛新覚羅溥儀は一九一二年に清朝が滅んで退位したあとも、ラストエンペラーとして袁世凱政府から歳費をもらって紫禁城に住んでいました。清の皇帝はモンゴル人にとっては大ハーンだったし、チベット人にとってはチベット仏教の大施主だったから、モンゴルやチベットを自分たちの側につなぎ止めておくためでした。 ところがモンゴル人民共和国ができてしまうと、モンゴルと歴史的に深いつながりのある溥儀が邪魔になる。それで、ソ連から援助を受けていた、いわばソ連の手先である馮玉祥が紫禁城に乗り込んで溥儀を追い出してしまった。それがまさにモンゴル人民共和国が誕生した一九二四年のことです。 その溥儀を日本人が担ぎ出して満洲国の皇帝にした。もともと満洲は愛新覚羅氏の故地で、溥儀は満洲人の皇帝だったわけですから、それなりの筋は通っています。等松 先ほどのイラクの話ですが、実はイギリスも、日本が溥儀を連れてきたのとまったく同じことをしている。外部から王朝を移植しているのです。愛新覚羅氏とハーシム家北村 ほかの国から王様を連れてきたのですか。ハーシム家のファイサル一世等松 第一次世界大戦、例の「アラビアのロレンス」の時代ですが、聖地マッカやマディーナなどアラビア半島の西岸を支配していた名門のハーシム家をイギリスは支援して中東に介入していった。ところが、ハーシム家は大戦後の勢力争いでサウド家という新興勢力に敗れ、アラビア半島がサウジアラビアという別の国になってしまったため、イギリスは手が出せなくなった。 そこでイギリスはハーシム家の人々を強引にイラクとトランスヨルダン(現在のヨルダン)の王として連れてきたのです。 イスラーム世界では預言者ムハンマドの子孫であるハーシム家は大変な名門で権威もあるのですが、しかし、イラクやヨルダンの地元にもそれなりの有力者たちがいるわけで、両地域の住民にとって所詮はよそ者ですから、大きな反発を買いました。それをイギリスは軍事力で抑え込み、イラク国王にファイサル一世、トランスヨルダン国王にアブドゥラー一世を据えたのです。 満洲事変を正当化するための議論と思われては困るのですが、イギリスも、アラビア半島の西岸、紅海の近くにあった王朝の一族をメソポタミアやパレスチナに連れてくるなどという強引なことを実はしているのです。北村 天津の日本租界にいた溥儀を連れてきて、もともと満洲人の皇帝だった人間を元首にした日本はまだかわいげがあった。筒井 当時の日本政府・外務省には多様な意見があったこともよく理解しておく必要がありますね。 代理駐華公使だった重光葵は、中国の激しい利権回収・排日運動は「民族解放主義思想」に基づくもので、人為で阻止することは不可能だから、日本は不平等条約の根本的な改定に先鞭をつけて好意を示すべきだとして、蘇州・杭州の居留地の返還を提議しています。そうすれば決してどこまでも帝国主義的ではない日本の立場を明示することにもなり、列国の理解が得られるだろうと重光は考えたのです。 しかし、幣原は、いまの政府にその力はなく、とうてい実現不可能だと重光の提案を受け入れなかった。そこで重光が主張したのは、軍部に慎重な態度をとらせて衝突を起こさないように努め、そうした方向で日本の世論を導くとともに、国際連盟のような国際的な場所に出ても外国を納得させられるよう公明正大なものに日本の立場をはっきりとさせておくべきだということでした。つまり、日本の方から暴発しないようにしつつ中国の条約上の違法行為については英米などが納得するようにあらかじめ理解させておく必要があるというわけです。 そのために重光は国民政府の要人と通じ事態の解決に勤しんでいたのですが、その努力が実を結ぶ前に、残念ながら満洲事変が勃発してしまった。だから、中国と協調関係を確立することに力を尽くした重光葵のような人間がいたことにも目を向け、尊重するようにしなければいけませんね。 冒頭でも言いましたが、満洲事変に限らず、この時期の歴史について先進国で日本ぐらい不正確で実証的でない歴史がまかり通っている国はありません。その点でマスメディアの責任は大きいと思います。清沢洌が言っていますが、昭和の前期もそうでした。これでは敗戦から何も学んでいないことになります。最近『昭和史講義』(筒井清忠編・ちくま新書)という正確な歴史研究の成果に基づく研究者・一般向けの昭和史書を出しましたが、これを第一弾にして、こうした努力を続けていき、二、三年中には、不正確なものはなくなるというようにしていきたいと思っています。みなさんのご協力をお願いしたいですね。 不正確なものを見つけたらどんどん声を上げて行きましょう。つつい・きよただ 1948年大分県生まれ。帝京大学文学部日本文化学科教授・文学部長。東京財団上席研究員。専門は日本近現代史、歴史社会学。著書に『昭和戦前期の政党政治』『二・二六事件とその時代』『近衛文麿』『二・二六事件と青年将校』『西條八十』『満州事変はなぜ起きたのか』など。きたむら・みのる 1948年、京都府生まれ。京都大学文学部卒業。同大学院博士課程中退。三重大学助教授を経て、立命館大学教授。法学博士。著書に『第一次国共合作の研究』(岩波書店)、『「南京事件」の探求』(文春新書)、『中国は社会主義で幸せになったのか』(PHP新書)、共著『日中戦争』(PHP研究所)など。とうまつ・はるお 1962年、米カリフォルニア州生まれ。防衛大学校人文社会科学群国際関係学科教授。オックスフォード大学大学院国際関係学研究科博士課程修了。博士(政治学)。専門は政治外交史、比較戦争史。著書に『日本帝国と委任統治』、共著に『日中戦争の軍事的展開』『日英交流史1600-2000 3 軍事』『昭和史講義―最新研究で見る戦争への道』など。

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    一人っ子政策を廃止しても中国が背負い続ける「罪と罰」

    富坂聰(ジャーナリスト、拓殖大学海外事情研究所教授) 2015年が終わろうとする中国では、なぜか慌てて婚姻届を出そうとするカップルが急増した。その理由は、1月1日から正式に「一人っ子政策」が廃止され、それにともない生育計画にからむ「晩婚手当」も廃止されることが決まったからである。 女性23歳、男性25歳が晩婚の条件だから都市では平均的な結婚年齢である。結婚を意識していたカップルが、「どうせ結婚するなら奨励金や長期休暇の制度があるうちに」と民生局に殺到したのである。 それにしても子供を増やさせないために晩婚を奨励する制度を設けているなど中国の徹底ぶりがよく分かるが、ここにきて人口ピラミッドの歪みに起因する問題は、すでに人口爆発の問題を一旦横においても対処せざるをえないほど深刻化したということなのだろう。 人口ピラミッドの歪みから生まれる問題といえば、最初に思い浮かぶのが高齢化であり、それにともなう社会保障の負担である。 これが深刻な問題であることは言を俟たないが、高齢化や社会保障の財源不足問題は産児制限をしてこなかった国にも存在する。だが、中国にはこれらに加え「一人っ子政策」という世界でも例を見ない実験の結果生じてしまった問題も多い。 その一つが男女比の歪みである。2012年の統計によれば中国の男女比は女性100に対して男性が117・7となっている。通常、自然の状態であれば女性を100とすれば男性が102~107の範囲であるとされることを考えれば、これがいかに異常なことか理解できるだろう。 この状況を踏まえ中国では、2020年には3000万人~3500万人の男性が「結婚できなくなる」と専門家が警告しているほどなのだ。毎年約1300万件以上の「人工流産」手術 自然状態では起きえない男女比が生まれた原因として胎内で男女の診断をして女性だと分かると人工流産によって処理したことが指摘されているが、農村部では生まれた女児を捨ててしまったり売ってしまったケースも多かったという。 国家衛生・計画生育委員会(国家計生委)は「医学的必要のない胎内での男女診断」と「医学的必要性のない人工流産」をともに禁じてきたが、問題がなくなることはなかった。 2013年9月29日に配信された新華社の記事によれば、中国では毎年約1300万件以上の人工流産の手術(うち1000件は薬物によるもの)が行われたというのだ。 適齢期の男性が最大で3000万人から5000万人もあぶれるとすれば、それ自体が犯罪圧力になりかねない。事実、中国南部では国境を越えて誘拐されたベトナムの女性が、お嫁さん候補として農村に売られてしまうという問題も起きている。 農村で女児が捨てられたのは労働力として男性を必要とすることが背景にあるのだが、一人っ子政策の範囲で対応できなければ出産したことを隠して育てるという問題も拡大したのだった。 中国で戸籍を持たない子供たち、いわゆる“黒戸口(黒戸籍)”の問題だ。 2014年7月から8月にかけ中国国家発展改革委員会は“黒戸籍”の実態把握のための人口調査を行っている。その結果、戸籍の無いまま暮らしている子供の数は、分かっているだけで約1300万人に上り、全人口の1%にも達したというのだ。 そして“黒戸籍”に関する目下の心配は犯罪への影響だ。1%の人口が、生まれながらに反社会的な生き方を運命づけられてしまう。つまり政府からすれば1%の犯罪予備軍を抱え込んでしまったことになる。社会に与えるインパクトは凄まじい。 この1300万人の“黒戸籍”のうち約60%が生育計画に違反し、罰金が払えなかったことが理由だというから「一人っ子政策」の罪は重いといわざるを得ない。 さらにここ数年、社会で大きな声になりつつあるのが「失独」問題である。これは1人しかいない子供を事故などで失った両親が直面する老後の不安という問題である。 2014年4月21日、全国の「失独」父母ら約240人が上京し、国家計生委まで行進しながら自らの窮状を訴えるという動きを見せた。 2015年10月14日付『中国青年報』は、〈中国老齢事業発展報告2015〉の数字から、現状ですでに中国では、「失独」家庭が100万世帯に広がり、今後は毎年7万6000戸ずつ増えていくと報じている。 こうした中国が抱える問題を第2子までの出産を解禁した「二人っ子政策」がすぐにでも解決してくれるかといえば決してそうではない。 今後中国が直面する社会保障の負担増という問題も含め、少なくとも20年は効果が期待できないとすれば、やはり大きな頭痛の種を背負ってしまったというべきだろう。

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    中国よ、日本に学べ! 一人っ子廃止の功罪

    中国で36年間続いた「一人っ子政策」が完全撤廃され、今月からすべての夫婦が2人目の子供まで認められるようになった。近年、中国社会で急速に進む超高齢化の阻止が歴史的な政策転換の背景にあるが、「もう手遅れ」と指摘する専門家も多い。中国よ、今こそ「超高齢化先進国」の日本に学ぶべきだ。

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    やけっぱちの習近平政権 中国が市場不安を世界にまき散らす

    の足を引っ張る。グラフが示すように株安を先導するのは人民元安だ。 元安は「管理変動相場制」と呼ばれる中国特有の外国為替制度の限界を示している。同制度は、中国人民銀行が前日の元相場終値を基準とし、元の対ドル相場の変動を基準値の上下各2%以内にとどめるよう市場介入する。人民銀行は、わずかずつ元高に誘導してきた。元がドルに対して強くなれば、中国の元資産に投資している華僑など海外の投資家や国内の富裕層はドルなど外貨資産への転換を思いとどまるからだ。 ところが、元高は国内産業の競争力を低下させると同時に、デフレ圧力を招き入れ、企業の製品価格を押し下げる。生産設備や不動産は過剰となり、企業や地方政府の債務が膨れ上がる。中国の企業債務(金融機関を除く)残高はダントツの世界一で、国内総生産比でバブル時代の日本企業の水準をはるかに超える。 習近平政権はもはや、やけっぱちだろう。元安政策に転換したが、元安を嫌う華僑や国内の資産家は元資産を売って、外貨資産を買う。上海や深センの株価が暴落するわけである。 人民銀行は資本逃避が起きるたびに外貨準備を取り崩して元を買い支える。この結果、外貨準備高は2015年末時点で3兆3000億ドル(約388兆7000億円)、前年同期から1080億ドル(約12兆7000億円)減った。香港やシンガポールの金融関係者の間では、このペースで資本逃避が続けば、外準は早晩3兆ドル台を割り込むとの見方が多い。 元安は外貨建ての巨額債務を抱えている中国企業の実質債務負担を増やす。当局がいくら株式市場を管理、売買を規制しても、中国株売り圧力が高まる。こうなると、際限のない元安、株安の連鎖となる。 打開策はただ一つ。管理変動相場制を廃棄して、先進国は当たり前の自由変動相場(フリーフロート)制に転換することだ。となると、当局の介入はなく、元相場は市場の需給を忠実に反映する。相場の変動は激しくなるが、投資家は為替の変動リスクを考慮して投機を控えるようになり、いずれ市場需給に合致する水準に元相場が落ち着く。 習政権が恐れるのは、元が底なしの下落に見舞われるリスクである。資本逃避ラッシュが起き、外準は雲散霧消、輸入物価は急上昇し、悪性インフレに見舞われるかもしれない。すると、党独裁体制崩壊の危機である。それは、習政権の膨張主義を妨げるので、世界にとってはよいことだが、日本の財務官僚や親中メディアは管理変動相場制維持を支持する。中国の市場危機で日本も大きく揺れるとの懸念による。近視眼の平和ぼけの論理だ。 考えてもみよ。現行制度維持では、習政権は大気汚染物質PM2・5同様、市場不安を世界に途方もなくまき散らす。解消のめどは立たない。安倍晋三政権は国際通貨基金(IMF)の場で、元のフロート即時移行を主張すべきだ。

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    結婚できない「剰男剰女」 二人っ子政策でも解決しない現代中国の悩み

    遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士) 今年1月1日を以て中国の「一人っ子政策(独生子女政策)」は終わり、二人目の子供を産んでよいことになった。昨年12月27日、全国人民代表大会常務委員会で最終的に決議された。ただし無制限に生んでいいというわけではなく、二人までは産んでもいいという「二人っ子政策」が始まったということになる。福建省福州市で幼児を連れて歩く女性  一人目を産む場合も、また二人目を産む場合も、今までどおり産休やその他の優遇(奨励)を享受できる。また一人っ子政策に沿って一人しか子供を持っていなかった家庭の子供が他界した場合の「失独(独生子女を失った)」家庭も従来の法律どおり扶助を受けることができると、この委員会で決議された。会議は同時に、「晩婚晩育(遅く結婚して遅く子供を産む)」という「できるだけ子供を産む年齢を遅くする」ことに対するこれまでの優遇策は撤廃したと伝えている。 1月13日になると、また新しいニュースが入ってきた。 「二番目の子供に関する産休を延長するか否か」ということに関する民意調査を政治協商会議の代表(議員)らが始めたという情報だ。「二番目の子供を産むときは年齢が高くなっているし、二人も育てなければならないので育児負担が大きくなるから延長すべきだ」という意見と、「いや、そうでなくとも女性は職場で有給産休を取るために性差別を受けている。延長などしたら、差別の目がもっとひどくなる」などの意見もあり、働く女性たちの話題をさらっている。3月初旬に開かれる政治協商会議(代表:3000名)で論議あるいは決議され、立法機関である全国人民代表大会に建議されるかもしれない。一人っ子政策はなぜ始まったのか? 一人っ子政策というのは、正確には1980年9月に開催された人民代表大会第三次会議で20世紀末に中国の人口を12億人内に抑えるために打ち出された政策だ。同年、新華社が「このママの出生率を続けていると、2000年には中国の人口は14億人に、2050年には40億人になる」という学者等による「百年人口予測報告」を公布したことがきっかけだった。文化大革命で壊滅的打撃を受けた中国経済を成長させるためには、国家全体のGDPだけでなく一人当たりGDPの成長も重要であるとして、当時の指導層は何としても人口抑制を図ろうと考えた。そこで出てきたのが一人っ子政策である。 最初は「提唱」程度だったのだが、やがて「強制」になり、たとえば山東省の農村で実施が十分でないことが分かると、その村の全ての妊婦に強制堕胎をさせるという残酷なものとなっていく。以来、どれだけ多くの懐妊した女性が泣いて来たかしれない。 90年代に筆者が訪れた西安のバイオテクノロジー関係の某研究所では、中国人民解放軍の医院と提携して、堕胎した胎児の臍の緒を用いたES細胞(胚性幹細胞)の研究をしていた。その病院の廊下には大きなバケツが置いてあり、バケツの中には強制堕胎された胎児の亡骸(なきがら)が無造作に投げ込まれている。その現場を見てしまった筆者にとっては、「一人っ子政策」というのは他人事(ひとごと)ではない。 一人っ子政策が、わがままな小皇帝や小皇女を生み出したりしたといった表面的現象に関しては、日本人も馴染みがあるかもしれないが、そこにはもっと深刻な問題が潜んでいる。高齢者の扶養比率は50%一人っ子政策はなぜ終焉したのか? 一人っ子政策にピリオドを打たなければならなくなった最も大きな理由は、「高齢化問題と労働人口の減少」という、非常に深刻な中国の社会問題である。 まず論じやすい高齢化問題から見てみよう。 2015年2月26日、国家統計局は「2014年の国民経済と社会発展に関する統計公報」を発布した。それによれば、60歳以上の人口は2.12億人(21242万人)に達しており、総人口の15.5%を占めている。65歳以上の人口は1.4億人(13755万人)で全人口の10.1%を占める。この統計分類によれば、「60歳以上の人口」は「60歳から65歳未満」を指しているものと解釈できる。1950年代に45歳だった平均寿命は、今や74歳にまで延びた。 一人っ子政策で若者の人口が激減し、年齢構成を危うくしているため、高齢者の扶養比率は50%。一人っ子政策を打ち切らなかったら、2065年には100%に達すると試算されている。ところで、2014年末における中国大陸の総人口は13.7億人(136782万人)だ。中国全土の「人戸分離人口」(戸籍があった場所には住んでいない人口)が2.98億人で、そのうち流動人口(定住地がない人口)は2.53億人である。 これは何を意味しているかというと、養老年金の積み立てができない人口が少なく見ても2.5億人はいるということである。一方、中国の年金は2048年には枯渇する。そのため習近平政権では農民工が都会に飛び出してきたときの元の農村を都市化して、そこで就職先を創出し、定住先や戸籍を登録した上で年金や医療保険などの積み立てを行なってもらい、養老年金や福利厚生を確保しようという国家戦略を2014年から始めた。これを「国家新型城鎮化(都市化)計画」と称するが、そのようなことをしても若者がいないことには労働力の補填さえできない。 では次に労働人口に関して考察してみよう。  ここ3年間、中国の労働人口は連続して減少している。先述した国家統計局は、同時に労働人口の減少に関して具体的数値を公布した。それによれば、労働可能な人口分布が「2012年(15歳~59歳):9.37億人」「2013年(16歳~60歳):9.19億人」「2014年(16歳~60歳):9.16億人」で、減少傾向にある。 興味深いのは、そのうち2014年末における全国の就職者人口(実際の労働人口)は7.7億人(77253万人)だということで、これは22歳くらいまでは勉学している者が多いことを示唆しているのである。一人っ子政策が生み出した「剰男剰女」これからの課題 今になって一人っ子政策をやめ「二人っ子政策」に切り替えても、実は時代はすでに変わってしまっている。低学歴のブルーカラーが「世界の工場」としての中国経済発展を支える時代は過ぎ去っているのである。世界がいま中国に求めているのはマーケットしての「消費してくれる中国」だ。となればホワイトカラーが重んじられる。しかし自分の子供に高学歴を求める家庭は、あまりに嵩(かさ)む教育費のために、一人を大事に育てようという方向に動き始めた。強制堕胎に泣いた女性たちはもういない。いや、一人っ子どころか、結婚さえしようとしない世代が生まれつつある。中国上海市の公園で、過去最大規模の約6000人の男女が参加して開かれたお見合いパーティー 中国には「剰男剰女(センナンセンニュイ)」という言葉がある。一人っ子政策が生んだ「結婚できない男と結婚できない女」を表す言葉だ。日本語的には「剰余」の「剰」を連想して頂ければ理解しやすく、「売れ残った男女」ということになる。 農村には「男の子ばかりの村」がある。女の子だったら生まれる前に(あるいは生まれた直後に)殺してしまうか、売り飛ばしてしまう。男子こそが畑を耕してくれる重要な労働力なので、男の子ばかりになってしまった。これでは結婚相手が見つかるはずもないから、農村には「剰男」が満ちている。 都会では高学歴の女性たちがひたすら働き、ホワイトカラーの高収入女性として独り生きているケースが増えてきた。筆者はかつて何年にもわたって彼女たちを取材し「中国A女の悲劇」というネット記事を連載したことがある(『拝金社会主義 中国』に所収)。人間をランク付けするのは良くないが、女性を学歴や収入、ホワイトカラー度により「A、B、C、D」と分けて、この女性群像を「A女」と命名したのである。 このA女たちは結婚できない者が多い。男性が一般に自分より学歴や収入の低い者を選びたがるからだ。特に「ふん、私すごいでしょ?」といった、一部のA女の特性を嫌う。女性はA男しか選ばないから、結果、A女は結婚できないで「剰女」の隊列に入っていくのである。こうなると開き直って、「自ら結婚しない道」を選ぶ男女も出てくる。もっとも最近では年下の若い男性がA女と結ばれる場合もあるが、経済構造だけでなく、精神性においても、世相はすっかり変わってしまったのだ。 中国政府としては、「二人っ子政策」に切り替えても、1年以内に出生率の改善が見られない場合は、「二人っ子」ではなく、「二人以上」という開放型にすべきではないかと考えている。 いずれにしても、人口ボーナス(労働人口増加による経済成長)の時期は過ぎている。国策が後手に回ってしまったことは否定できないだろう。 なお、1月14日に国務院が新しい情報を発信した。それによれば「無戸籍人員の戸籍登記問題」に関して、一人を越えて産んだ子供、未婚出産で産んだ子供および出生届を提出していない「黒戸口(ヘイフーコウ)」者の戸籍問題に関して、合法的な権益を与えることにしたとのことである。つまり戸籍を与えて、教育や医療保険などの福利厚生享受権を与えるという意味である。この後しばらくは、二人っ子政策に切り替えたことに対する行政改善が発信されていくことと思われる。

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    支那の一人っ子政策廃止は「焼け石に水」どころか「マグマに霧吹き」である

    上念司(経済評論家) 経済的な発展は人々の結婚や子供を巡る考え方に大きな影響を与える。例えば、工業化に成功してより付加価値の高い製品を作る段階になると、それ以前のような単純労働者は不要となる。教育を受けていない者の就職機会は減少し、賃金もより高度な労働者に比べて安くなってしまうのだ。単純労働者全盛期においては、子供の数だけ生活が安定するが、次のステージにおいては、子供の数だけ教育投資がかかるようになってしまう。その結果、工業化が進めば進むほど少子化も進む。 この点を証明するために、一人当たりのGDPと合計特殊出生率の関係を確認しておこう。  グラフを見れば明らかなとおり、一人当たりのGDPが増えれば増えるほど合計特殊出生率は低下する。特に先進国ではアメリカを除いてほとんどの国が人口を維持するために必要と言われている2.1という値を切っている。フランスは非伝統的な結婚も国家が公認する過激な少子化対策を行って成功したと言われているが、合計特殊出生率はわずかに2を下回っている。 全体的な傾向として、一人当たりのGDPが5000ドルを下回る国に比べて、それよりも豊かな国の方が少子化傾向は強いことが分かる。しかも、円で囲まれた先進国範囲の外側にあるハンガリー、支那、タイ、イランといった中進国にも少子化の波が襲い始めている。やはり、中進国であろうと過去に比べて工業化が進めば進むほど、少子化が進む傾向になるのはグラフから明らかであろう。いくら支那共産党が政治的な力を持っていようと、全世界的な傾向の例外であり続けることは難しい。仮に、一人っ子政策がなかったとしても、工業化に伴う少子化は避けられなかったであろう。 そのことは、ここ最近支那では晩婚化が進んでいることからも説明可能だ。晩婚化が進むと、当然のことながら少子化も進む。もちろん、晩婚化は一人っ子政策によってもたらされたものではない。前述の通り、より付加価値の高い労働をして効率よく賃金を稼ぐためにはどうしても教育への投資が必要だ。それは、教育期間の長期化も意味する。2001年から現在に至るまでの間に、支那の大学進学率は10%未満から30%弱まで上昇している。独り立ちしてお金を稼ぐ年齢が上がれば、当然結婚年齢も上がってしまうのだ。工業化の代償として避けられない「経済の掟」 1980年代において、支那の平均初婚年齢は20代前半だった。ところが、最近ではこれが27歳に上昇している。さらに、都市化の進んだ上海ではすでに平均初婚年齢は30歳を大きく超えてしまった。上海市民政局が発表した2014年の通期データによれば、上海市民の平均結婚年齢は男が34.4歳、女が32.0歳とのことである。これは同時期の日本平均初婚年齢(男31.1歳、女29.4歳)に比べてもかなり高い。上海は支那国内では先進地域であり、未来を映す鏡だ。いずれこの傾向は全国的に波及し、少子化はより一層進むだろう。工業化の代償として晩婚化、少子化は避けられない経済の掟でもあるのだ。支那共産党が一人っ子政策を廃止したところで、この傾向に逆らうことは不可能である。 かつて鄧小平は「先に豊かになれる条件を整えたところから豊かになり、その影響で他が豊かになればよい」という先富論を唱えて支那国内をまとめ上げ、日本に土下座して援助を請うた。天皇陛下に対して、過去のことは水に流しましょうと言ったのは何を隠そう鄧小平である。現在の反日キャンペーンからは想像もできないことではあるが、これが事実だ。 日本人は鄧小平の言葉を信じて、文化大革命で疲弊しきった支那に惜しみない援助をした。それはまるで、大東亜戦争終結後に毛沢東の捕虜になった日本の軍人、軍属、および技術者が戦争と工業化のノウハウを惜しみなく与えたのと同じことだ。日本人の協力なくして国共内戦に勝つことも、工業化することもできなかったのだ。 そして、鄧小平は再び日本人を騙して、空前の高度成長を成し遂げた。GDPの総額はついに日本を逆転すると、突如として彼らはこれまでの恩義を忘れる。江沢民時代になると、日本に対する侵略行為や日本の評判を貶めるキャンペーンが始まった。大変腹立たしいことであるが、これが現実だ。 世界第2位の経済大国になった支那であるが、だからと言って支那人民が豊かになったのかというとそうでもない。国民の豊かさを測る基準は一人当たりGDPである。2014年の統計によると、支那の一人当たりGDPは7,593ドルであり、日本の36,194ドル、アメリカの54,629ドルに比べて桁違いに少ない。もちろん、支那はアメリカ以上に格差を放置しているので、一部の富裕層は日本人以上に豊かになっているし、人口が多いのでその数も数億人いるかもしれない。仮にそうだとしても、それら富裕層によって統計的な平均値が押し上げられた分、多数派の人民は大変貧しい生活を強いられていると言えるだろう。最終的に直面する正反対の「未富先老」 そもそも、発展途上国が経済成長するのはそれほど難しいことではない。キャッチアップモデルといって、先進国のモノマネ、パクリをやりまくれば、それが多少下手くそなモノマネでもある程度のところまでは成長できる。経済においては、遅れていることも一つのアドバンテージなのだ。「遅れた国」は人件費が安く、設備投資すれば、どんなバカがやってもある程度までは経済成長が可能なのである。 しかし、キャッチアップによる経済成長は「ある程度」のところで止まってしまう。その際に壁となるのが1人当たりのGDPで1万ドルというラインだ。このラインを突破すると初めて先進国の仲間入りとなる。しかし、残念なことに歴史上この壁を突破した国は日本、韓国、イスラエルの3カ国しかない。(確かに、香港やシンガポールを超えているが、これらは都市国家であり、特殊な例外として除外するのが一般的だ。) そして大抵の国はこのラインを越えられない。中南米諸国などはその典型例である。工業化がある程度進んだにも関わらず、このラインを越えられない状態は「中進国の罠」として知られている。いま、支那はまさにこの罠に嵌まろうとしている。 一人っ子政策をやめたところで、かつての高度経済成長を達成した条件が整うわけではない。何よりも支那経済が遅れていたことが最大のアドバンテージであったが、いまはミャンマー、ベトナム、カンボジアといった支那よりも遅れた(=アドバンテージを持った)国々が市場開放を積極的に行っている。政策的に人口を増やそうとしても思うようにはいかないし、仮にそれが有効だったとしても効果が表れるのは10年以上先の話だ。 2016年に入って支那の株式市場は大暴落している。チャイナショックの第2章が始まったかのような混乱ぶりであるが、これは単なる序章に過ぎない。株のバブルが崩壊すると、2年以内の土地バブルが崩壊するというのが市場の経験則だ。いくら共産党が頑張ったところで市場は10年も待ってくれない。一人っ子政策の廃止など、焼け石に水どころか、「マグマに霧吹き」のようなものである。 そして、支那が最終的に直面するのは鄧小平の「先富論」とは正反対の「未富先老(富む前に先に老いてしまう)」という問題だ。少子化の裏で、日本以上の超ハイスピードで進む高齢化が今後支那経済を蝕んでいくだろう。習近平は南シナ海や東シナ海でもめ事を起こしている場合ではないのだ。

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    一人っ子政策廃止と日本の少子化、憂うべきは生産力の低下だ

    増えるということになれば、その子にとっても不幸です。 あくまで子育て環境を充実させるべきものです。 中国では、一人っ子政策が廃止され、2人までは許容されることになりました。労働人口の減少と急激な高齢化社会を危惧してのことのようです。 しかし、中国の場合、露骨な男子偏重の思想がありますから、最初に生まれた子が女の子であれば必ず2人目は生まれます。 中国ではもともと共稼ぎが当たり前、また祖父母が育児に関与することが当然の前提となっていますので、その意味では産休さえ取れれば仕事に支障がなく、子どもをもつことができるわけです。 もっとも祖父母の関与は別の意味での社会問題にもなっていますから、このような子育てのあり方がそのまま参考になるわけではありません。日本は悲壮感漂う「一人っ子政策」 少子化にあえぐ日本もある意味では「一人っ子政策」です。中国とは異なり、「せめて夫婦1組1人の子をもうけてくれ」という悲壮感漂う「一人っ子政策」です。 日本では、今はやりの「育児休暇」ですが、これを取ってもそのまま戻るところがあるような特権層の人は別ですが、普通は取れません。特に夫が「育児休暇」を取れば、いくら給与所得者としての所得保障があるとはいえ、元の場所には戻ることはかなわず、一線からは外れていくことになります。中小企業であれば居場所はなくなります。 それがいいかどうかは別にしても現実はそのような社会であるし、他方で全での夫が当たり前のように育児休暇を取るなど現状では想定し得ないことです。 妻が専業主婦であるにも関わらず、夫が育児休暇を取得することが当然ということが想定されているとも思えず、あくまで女性(妻)も職を持っているからこそです。それぞれ交代で取るなりして分担することが想定されているわけです。 他方で、専業主婦という型であれば、子が増えるかというと、そもそも専業主婦願望が子育てをしたいからというよりは、楽だからという発想を強く感じざるをえません。それは日本も中国も変わらないでしょう。中国でも北京を中心とした都市部では専業主婦願望の強い女性が増えているようですが、そこには勤労意欲は全く感じないわけです。 日本において以前、専業主婦が当たり前だった時代は、まさに分業そのものであり、家電製品(冷蔵庫、洗濯機、電子レンジなど)が当たり前に家庭に普及するまでは、それこそ主婦が多忙だったわけです。これでは到底、女性の社会進出など困難な状態でした。それが電化製品の普及によって一変したわけです。 それにも関わらず若い層の業主婦願望というのは、単に社会に出たくないことの裏返しに過ぎず、このような発想の中で子育てに励みたいという発想があるとは思えないわけです。 このような状況は何も女性に限ったことでもなく、男性でもきつい職場と言われているところが露骨に敬遠されていく状況とも付合するわけです。「介護だけじゃない トラック運転手が不足 日本はあらゆる分野で劣化している」 中国でも都市部の重労働は地方からの出稼ぎ労働者によって担われており、都市部の住民はやりたがりません。 この問題は、中国だけでなく、日本でも根本的な価値観の変化が訪れているようにも思います。子育てをしたいのにできない、ではなくそもそも子育てをしたくないという価値観への変化もあるのではないかということこそが最大の問題です。 豊かになればなるほど、生まれながらにして豊かであればそれだけ自分からは何もしないという状態です。「今時の若者は~ は間違い?」「現代の若者像 今も昔も変わりない?」 何よりも結婚そのものへの否定的価値観が漂う時代です。勤労に対する意義、そしてその喜びを享受できるような社会でない限り、この劣化は止まりません。また少子化も止まりません。 私自身は人口減少自体は、決して悲観されるべきものではなく、地球規模でみれば人口過剰状態と思われますし、今後も地球規模で人口が増え続けていかなければ経済が発展しないなどと考えているようでは、経済発展の前に地球環境が破滅します。 人口増に頼るような経済発展の発想は危うく、早晩、破綻を来すのは必至です。「人口増に依存する政策はマルチ商法と同じ!」 人口減少を憂うよりも、全体の労働力、生産力の低下こそ、私は憂うべき状況と思います。 (「弁護士 猪野 亨のブログ」より2016年1月1日分を転載)

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    「一人っ子政策」廃止の中国 戸籍ない「闇っ子」対策強化へ

     中国では夫婦が一人の子供しか生めない「一人っ子政策」が廃止され、二人まで生むことができる「二人っ子政策」が実施されることが決まっているが、これまでの一人っ子政策の弊害で、戸籍に登録していない、戸籍なし児童である「黒孩子(ヘイハイズ)」という、いわゆる「闇っ子」の存在が大きな問題になっている。 中国全土では認定されている闇っ子は人口の1%を占める1300万人とされているが、実態は数千万人ともいわれており、中国公安省では近く全国的な会議を開き、抜本的な対策に乗り出すことになった。 中国では農村を中心に後継ぎとして男の子を欲しがる傾向が強い。最初に生まれた女の子の出生届は出さず、違法と知りつつも子供をほしがっている人に売るか、あるいは拾ってもらうか、こっそり育てるかを選び、その後生まれた男の子を「第1子」として届けるケースがある。豊かとはいえない農村が広がる崇明島の地元食堂で働く「黒孩子(ブラックチルドレン)」の一人 中国各紙によると、中国政府は2010年の国勢調査で、「闇っ子」が約1300万人いることを把握している。これらの闇っ子は戸籍がなく市民証をもらえないため、学校にも行けず、病院にも行けないという理不尽な人生を送らざるを得ない。 裕福な家庭ならば、「違法な子供」として届け出て、罰金を支払えれば、戸籍はもらえるため、社会的な不利益はこうむらない。だが、農村部でぎりぎりの生活をしている家庭では、罰金を払うこともできず、そのまま闇っ子になってしまうケースが多い。 現在のところ、これらの闇っ子の救済策はほとんどない。ただ、福建省では2008年から、特例措置として、「闇っ子」にも戸籍を与えることにしており、約50万人が戸籍に登録されている。 中国公安省では今回、一人っ子政策が廃止されたことをきっかけに、闇っ子の対策に乗り出すことになった。 まずは、その実態を掌握することが重要で、闇っ子の実際の数の把握を手始めに行う予定だ。その後、夫婦で二人までという前提で、戸籍を整備して、3人目以上の子供については、「福建省方式」を採用するかどうかを決めることになる。 公安省では「いずれにしても、実態の把握が先決だが、これが最も難しいことであり、地方の末端組織まで動員して、問題の解決につなげていけるような対策をとっていきたい」などとしている。関連記事■ 一人っ子政策廃止の中国 年間出生人口は最大2000万人予測も■ 中国 一人っ子政策の影響で無戸籍者が700万人以上存在か■ 中国の「一人っ子政策」廃止で日本の産業界が受ける影響は?■ 韓国英字紙 尖閣巡る日中戦争で一人っ子率高い中国不利予測■ 中国大都市圏で同性愛エイズ患者拡大 一人っ子政策の影響も

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    中国大都市圏で同性愛エイズ患者拡大 一人っ子政策の影響も

     中国では男性の同性愛者が年々増加しており、それにともないエイズ感染者も急増していることが明らかになった。特に北京ではエイズ病患者が前年比20%以上も増加。その大半が男性の同性愛者だという。「北京晨報(しんぽう)」が報じた。 中国の同性愛者は全国で3000万人以上といわれ、その大半が男性とみられている。この背景には、中国政府が1980年から実施している一人っ子政策がある。男女の比率は男性が130に対し女性は100で、圧倒的に女性が少ないことも影響しているといわれている。 中国では最近まで同性愛は精神的な疾患とされていた。ところが、中国社会科学院の調査結果によると、「同性愛者であることが職業選択にあたって不利な条件になるか」との問いに「ならない」と答えた人が米国の86%を超えて、中国では90%にも達したという。中国社会が同性愛により一層寛容になったことも、同性愛者が増えている大きな原因の一つとみられる。 今年12月1日の世界エイズデーを前に、北京市が調査した結果では10月末現在、北京市のエイズ病患者は1万5183人で、男性患者の場合、その96.7%が同性愛者で、男性同士の性行為によってエイズに感染していることが分かった。しかも、同性愛関係になって5年以内に発病しており、潜在的なエイズ感染者を含めて、今後とも増加することが予想されるという。 日本の国立感染症研究所によると、男性の同性愛者間のエイズ病感染者数の拡大は全世界的傾向であり、なかでも中国においては、新規感染者報告に占める男性の同性愛者の割合は1985~2005年の間では0.3%だったものが、2007年には12.2%に増加。2009年には一気に32.5%へと急増している。 中国の男性同士の同性愛は大都市圏を中心として拡大しており、その有病率は中国全体で約6%で、北京や内陸部の四川省重慶市や成都市などの大都市圏では10%を超える水準に達している。 しかも、中国の特異な傾向として、同性愛者の男性の70~90%が既婚あるいは結婚する予定であるということだ。米国では、この割合はわずか15~20%にとどまっている。中国で同性愛者の男性と結婚した女性は2500万人に上ると指摘する専門家もおり、夫との性行為によって、エイズに感染する女性も少なくない。 これも一人っ子政策の影響が色濃く、一人っ子の男性は親を喜ばせるため、同性愛者であることを隠して結婚し、子どもをもうけようとするためだ。まさに、一人っ子政策による悲劇的な結末というほかはない。

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    李登輝氏「馬英九は習近平と握手しにのこのこ出掛けただけ」

     2015年は中国の習近平国家主席と台湾の馬英九総統が会談するなど、中国と台湾が接近しているようにも見える状況にある。しかし、1月に行われる総統選後の台湾について、李登輝元総統は、「中国と距離を置くことが重要」と指摘する。李登輝氏は台中関係についてどう分析しているのか。* * * 昨年11月7日、66年ぶりに台中首脳会談が行われた。しかし、馬英九総統は何もわからず、自分の功績のために習近平主席と握手しにのこのこと出掛けていったにすぎない。習主席はかなり手強い相手だ。ゆえに馬総統は事前に彼がどういう人物かきちんと研究していくべきだった。 1分半もの間、握手していたことが報じられたが、台湾の総統として言うべきことも言わずに帰ってきた。自分のことを「台湾の総統」とさえ言わなかった。一国の指導者であるならば勇気を持って言うべきことを言わなければならない。結果的に海外メディアからは「過去の人」と書かれる始末だ。 馬総統が首脳会談でとったやり方は、非民主的かつ台湾をないがしろにするものだ。誰が自分を総統に選んだかを分かっていない(有権者の存在を忘れている)。昨年5月、総統就任7周年の記者会見で馬総統は「毎日よく眠れている」と答えていたが、私は総統在任中の12年間、毎日が闘争で一日たりとも安眠したことなどない。この8年、庶民の生活は困窮し、台湾が直面する問題もますます増えた。馬総統はそれらを検証し、対応していかなければならないのに、国家の指導者としての責任を何ら果たしていない。日本外国特派員協会で講演する台湾の李登輝元総統=2015年7月23日、東京都千代田区(寺河内美奈撮影) 国民党は、1月16日に行われる総統選挙でも立法委員(国会議員)選挙でも、これまでにない大敗を喫する可能性がある。一昨年11月の統一地方選挙に続く大敗となれば、党勢の凋落が加速度的に進むだろう。それを立て直すためには、国民党本土派のリーダー格である王金平・立法院長が率先して、台湾の主体性を重視する本土派を中心とした「台湾国民党」に生まれ変わらせるべきだ。 民進党の蔡英文主席は、台中関係について「現状維持」と主張しているが、民進党内からも「曖昧だ」との批判が出た。しかし、私は「現状維持」という主張が曖昧とは思わない。 そもそも現状を維持するとはどういうことか。台湾は台湾であり、中国中国であって、それぞれ中華民国と中華人民共和国を維持する、それこそが現状維持である。中国と距離を置いて台湾の主体性を維持し、発展し続けることが重要だ。【PROFILE】 1923年台湾生まれ。旧制台北高校、京都帝国大学農学部で学び、戦中は志願兵として高射砲部隊に配属された。終戦後台湾大学に編入し卒業。台北市長、台湾省主席、副総統を経て1988年に総統就任。1996年、台湾初の総統直接選挙で当選し、2000年まで務める。著書に『指導者とは何か』(PHP研究所)ほか多数。関連記事■ 金美齢氏 馬英九政権続けば台湾は中国に吸収との危惧広まる■ 香港で中台首脳会談計画浮上 習主席、馬総統双方の思惑一致か■ 李登輝氏「安保法制は台湾、東アジア安定に寄与する」と指摘■ 李登輝氏 橋下氏の竹島・尖閣「共同管理」提案は極めて危険■ 李登輝氏 続けても恥かくだけだから馬英九総統は辞任すべし

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    中東の断裂が中国の希望を砕く

     [チャイナ・ウォッチャーの視点]小原凡司(東京財団研究員・元駐中国防衛駐在官) 2016年は物騒なニュースとともに明けた。1月3日、「サウジアラビアのジュベイル外相が、イランとの外交関係を断絶すると表明した」と、サウジ国営通信が伝えたのだ。日本にも衝撃が走ったのは、サウジとイランの国交断絶が、第5次中東戦争の危険さえ孕んでいるからだ。 イスラム教スンニ派が国民の85%を占めるサウジアラビアとイスラム教シーア派が91%を占めるイスラム大国イランの間の対話のチャンネルが切れたということは、スンニ派とシーア派の間の問題解決の手段は戦争しか残されていないという意味でもある。 サウジアラビアに続いて、サウジアラビアと同じスンニ派の王族が支配しているバーレーンと、スンニ派が国民の多数派を占めるスーダンも、イランとの外交関係を断絶すると発表した。まさに、中東で、スンニ派とシーア派の断裂が起こっているのだ。サウジの影響力低下は織り込み済みの米国海軍を増強してきた中国だが……(Getty Images) 中東の断裂は、米国や欧州各国が心配する事態であるが、サウジアラビアに対する米国のグリップが効かなくなっていることを示すものでもある。欧米及びロシアは、核兵器開発に関してイランと合意に至っているが、米国のイランに対する融和的姿勢はサウジアラビアにとって許容できないものだ。イランの核問題を解決に向かわせる代わりに、米国はサウジアラビアに対する影響力を失ったのだと言える。 サウジアラビアに対する影響力の低下は、米国にとっては織り込み済みだという分析もある。米国は、イランの核兵器開発の中止を優先させたのだ。一方で、米国のメディアは、オバマ政権は、同盟国であるサウジアラビアとの関係を再構築しなければならないという圧力に晒されていると報じている。 米ロ両国は、サウジアラビア及びイラン双方に自制を求めている。すでに、ケリー米国務長官が事態の緊張緩和に向けて動いている。ロシアも、「イランとサウジアラビア間の関係改善のため仲裁する用意がある」としている。米ロともに、中東での大規模な衝突を避ける努力を見せるのは、中東で、スンニ派とシーア派が衝突すれば、米ロも巻き込まれる可能性があるからだ。 中東で大きな影響力を持つ、サウジアラビアとイランの対立は、中東を二分した軍事衝突に発展しかねない。現に、バーレーンもスーダンもサウジアラビアに追随している。シーア派の盟主の地位を回復したいイランは、イラク及びシリアとの連携を深め、いわゆる「シーア派ベルト」を構築しようとするだろう。米国は、同盟国たるサウジアラビアが戦闘状態になれば、無視することはできない。シリアを支援し、イランとも良好な関係を持つロシアも、黙っていられなくなる。中国は中東情勢をどう見ているのか? 米ロが、軍事衝突を避けるようにサウジアラビア及びイラン双方に自制を求めているのに対して、中東や地中海沿岸国に影響力を強めつつある中国は、情勢をどのように見ているのだろうか。米国や国際社会の関心が中東に向かえば、南シナ海における中国の自由度が高まると考えられることから、現在の状況を歓迎しているのか。いや、問題はそのように単純なものではない。 中国にとって、中東の断裂は、「中華民族の偉大な復興」という中国の夢を砕く可能性を持つ深刻な事態である。そもそも、中国が南シナ海をコントロールしたいのは、米国の対中武力行使を抑止しつつ、インド洋から地中海にかけての米海軍のプレゼンスを少しでも低下させるために、南シナ海を航行する米海軍艦隊にコストを強要したいからだ。 米国海軍のプレゼンスを低下させることができれば、地中海等における中国海軍のプレゼンスも活きてくる。そのために、中国は空母や大型駆逐艦を建造し、海軍を増強しているのだ。地域に対して、中国の影響力を行使できることが重要なのである。影響力を行使して中国が実現したいのは、「一帯一路」イニシアティブによる、中国が主導する巨大経済圏の創出である。 「一帯一路」が中央で破壊される「一帯一路」が中央で破壊される 中国の「一帯一路」の終点は、地中海沿岸国であり大西洋東岸である、とされる。もし、中東の断裂が深刻になり、軍事衝突を起こすことになれば、中国の「一帯一路」は、その中央から破壊されることになる。さらに、「21世紀の海上シルクロード」構築の重要な目的の一つであるエネルギー資源の海上輸送の出発地が衝突のただ中に置かれ、海上シルクロードの意義さえ失ってしまう。 中国にとって、「一帯一路」は、米国のアジア回帰によって生じる米中対立を避け、西へ向かうものである。そして、中国の継続的な発展をかけた経済活動の海外への展開でもある。もし、中国の経済発展が停滞したら、国内の経済格差は解消できず、社会は安定を失う。共産党の統治が危うくなるという意味だ。 中東の断裂は、中国の経済発展戦略を根底から覆すかもしれないのである。中国は、米国やロシアと異なり、イランかサウジアラビアのいずれかの側に立つことなく、双方とも良好な関係を築こうとしてきた。海外にニュースを発信する中国メディアは、「サウジとイランの断交は、中国に大きな難題をもたらした」と報じている。 中国は「黙って見ている訳にはいかない」としつつも、その立場は複雑である。今さら、サウジアラビアかイランかの、どちらかの側に立つことができないからだ。中国は、イランにもサウジアラビアにも、巨額の投資をし、安全保障面での協力も強化している。 中国国内の報道は、事実を伝えるに止まっている。現段階では、それ以上に踏み込むことが難しいのだ。中国は中立の立場を崩していない。中国が見ているのは、サウジアラビアとイランだけではない。米国とロシアの動きが問題である。 中国は、中東等の地域において、米国と影響力行使の競争をするために、海軍の増強に努めてきた。しかし、中国にとってみれば、中東の断裂は、早く起こり過ぎた。現在の中国の軍事力では、米国とのプレゼンス競争に勝てないばかりか、地域に影響力を行使することも難しい。中国は、サウジアラビア及びイランに対する自らの影響力が十分でない以上、米ロがプレイする大国のゲームの中で行動せざるを得ない。中東の情勢を安定させるにも、米ロの影響力次第ということである。 中国は、サウジアラビアとイランの緊張を緩和するための、米国とロシアの取り組みに、どのように関わるかを模索している。サウジアラビアとイランのバランスをとり、緊張を緩和するためには、中国は米国とも協調的な姿勢をとるだろう。海軍力増強の必要性を思い知る中国 しかし、問題は、サウジアラビアとイランの間で軍事衝突が起こってしまった場合である。中国は、中東において、米国の影響力が強くなりすぎることを警戒している。米国がサウジアラビアを強力に支援して、地域のパワーバランスが崩れそうになったと認識したら、中国は、南シナ海において、米海軍に対する圧力を高めるかもしれない。中東に展開する米海軍艦艇の航行を妨害するのである。 中東で軍事衝突が生起すれば、中国は石油の輸入にも窮することになる。せっかく、ロシアからの天然ガスの購入等によって、ウクライナ危機で経済的窮地に陥ったロシアを助ける形になっているものが、今度は中国がロシアに助けてもらうことになりかねない。これも中国にとっては避けたい状況である。いずれにしても、中東における軍事衝突は、中国にさらに難しい問題を突きつけることになるのだ。 しかし、中東の断裂という状況は、中国に軍事力、特に海軍力増強の必要性を思い知らせるものになっただろう。中国人民解放軍の改革は始まったばかりであるが、中国が改革を加速し、空母打撃群を、早期に、インド洋から地中海に展開しようとすることは間違いない。中国は、大国として地域情勢に影響を与えてこそ、自らが生き残れると考えているのだ。

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    中国発「世界恐慌」の兆しが見えた

    中国が世界の株式市場に暗い影を落としている。7日の上海市場は前日比7%安と急落し、相場の急変時に取引を停止する「サーキットブレーカー」が4日に続き2度目の発動となり、取引開始からわずか30分で売買が全面停止する事態となった。チャイナリスクが「世界恐慌」の悪夢の引き金となる日は来るのか。

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    公式統計では分からない中国経済の実態が分かる「ザーサイ指数」

     中国メディアで最近、よく出てくる言葉として「ザーサイ指数」というのがある。中国を代表する漬け物、ザーサイ(搾菜)の各地の消費量から、その地域の出稼ぎ労働者を推測し、景気状況を判断するときの指標である。背景には、中国各地政府が発表する経済数値にはねつ造されたものが多く、公式データだけでは正しい経済状況を判断できない事情がある。 いまの中国には計2億6000万人の農民工と呼ばれる出稼ぎ労働者がおり、そのほとんどは建設業か製造業に従事しているといわれている。仕事があれば同じ地域に出稼ぎ労働者が一気に集中するが、仕事が減ればすぐに別の場所に移る。単身赴任の男性が多い農民工が最も好む食べ物の一つがザーサイだ。 各地のスーパーで70グラムの袋入りのザーサイは約1元(約19円)で売られている。一袋があれば、昼と夜の2回のご飯のおかずにもなるので、収入の少ない農民工にとって有り難い存在となっている。ある都市でのザーサイの消費量が急増すれば、その地域に農民工が殺到し、景気が良くなっていることを意味する。 直接選挙のない中国では、各地域の経済成長が同地域の指導者の能力を評価する重要な指標になるため、景気が減速すれば、指導者は数字を水増しして報告することが一般的とされ、中央政府は報告された数字が正しいかどうかはなかなか判断できない。 しかし、各漬け物メーカーが発表している各地のザーサイの売り上げと一緒にみれば、その地域の本当の景気がみえてくるという。数字を大きく発表すると税金が高くなるので漬け物メーカーは数字を水増しして発表することは考えにくいからだ。重慶市にある大手漬け物メーカーの数字では、2011年の広東省のザーサイの売り上げが劇減し、湖南省で大幅に伸びたため、農民工たちは沿海部から内陸部に移動しているという景気動向を判断できるというわけだ。 中国メディアによれば、中国共産党の指導者も「ザーサイ指数」を重要な参考指標にしているという。実は地方政府だけではなく、中国の中央政府も同じように統計数字がねつ造している。具体例としてよく挙げられるのは失業率の統計だ。 胡錦濤政権がスタートした2002年は4・0%だったが、それ以降10年以上にわたり、4・0%から4・3%の間で極めて狭い幅のなかで上下している。国内の経済学者の間で、「永久不滅な4%前半」と揶揄されている。この間、中国ではSARS(新型肝炎)の危機があったほか、北京五輪前の好景気と米国発金融危機後の製造業倒産ラッシュを経験している。上海証券取引所のA株(国内株)の指数は約1000点(2005年12月)から6100点以上(2008年1月)に暴騰したあと、また2200点前後(2013年9月)に戻るなど乱高下している。 失業率を適正に統計していたら、株価と同じように激しく上下する結果が出るのが自然だが、そうならなかった。中国の政府関係者は「失業率の高い数字が社会不安につながり、低い数字は地方に『景気が良い』という誤ったメッセージを与えてしまうため、4%前半にしている」と説明し、数字を人為的にいじっていることを認めた。 中国で経済指標のねつ造は毛沢東時代に遡ることができる。1950年代末から60年代初めにかけて最も顕著である。元新華社記者、楊継縄氏の著書『毛沢東 大躍進秘録』(文芸春秋)によれば、河南省のある県の生産大隊は、農地1ムー(中国の土地面積の単位。6・667アール)当たりの作物が1000キロあると報告した途端、翌日に隣の大隊は1700キロと報告し、さらにその翌日、別の大隊は3600キロだと報告した。数字がロケットのように吊り上げられ、その年の中国全国の農村の生産業を合計すると、世界の全農業生産量まで超えてしまったという事態になった。 周恩来首相(当時)も、各地から報告された数字を信用していなかった。独自の方法でチェックしていたという。当時の北京には水洗トイレがなく、市内のすべてのトイレから回収され糞尿は、馬車やトラックで肥料として農村部に運び出される。周首相は毎日、必ず市外に出る糞尿の量をチェックし、その数字から北京市民が十分に食えているかどうかを判断していたという。 ザーサイ指数が重要視されているいまの中国は、50年前とあまり進歩していないようだ。

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    中国経済崩壊で「韓国のデフレ不況突入は確実」と三橋貴明氏

     不動産バブルに加えて、株式バブルも崩壊した中国経済。GDP世界2位の大国が揺れている。習近平政権はなりふり構わぬ株価維持政策に出たが、それも再び暴落するのは時間の問題だ。その時には経済だけでなく社会も大混乱に陥るのは必至だろう。 起死回生を狙ったアジアインフラ銀行(AIIB)も、実は中国が抱える悩みを解決するためだけに作られたもの。資金提供したヨーロッパ諸国は痛い思いをすることになる羽目となる。中国経済崩壊により、世界はどうなってしまうのか。日本はどうすればいいのか。このほど中国での現地取材と詳細なデータを読み解いた『中国崩壊後の世界』(小学館新書)を上梓した気鋭のエコノミスト・三橋貴明氏に話を聞いた。* * *──世界中が注目する中国の現状はどうなのか。三橋:2015年の9月に中国に向かい、大連、オルドス、北京と周り、様々な人々に取材した。特に驚いたのはやはりオルドス。高速道路や高層ビルなど見た目のインフラは異様なほど充実している。空気も中国とは思えないほどきれい。ところが、人間がいない。現地に住む中国人に聞いたところ、10万人程度が住めるマンション群に暮らしているのは100人程度とか。しかも、住んでいるというよりも、オルドス市が補助金を出して、薄給の清掃員やタクシー運転手などに「住んでもらっている」状態とのことだ。 ゴーストタウンというと廃墟をイメージするが、オルドスはインフラが整っているだけに逆に不気味な感じを受けた。2010年までオルドスは中国で1人当たり国民総生産が中国全土で1位だったのに、主要産業だった石炭価格の暴落に加え、習近平の“大気汚染政策”が追い打ちをかけて、この有り様だ。5年後、この街はとんでもないことになっているだろう。さらに、詳しくは『中国崩壊後の世界』を読んでいただきたいが、オルドスには驚くべき地区が存在するのだ。これはまさに中国の歪みの象徴といえるだろう。──それでも中国が発表する経済成長率は7%近くと高いままだ。三橋:そもそも、中国が発表する数字そのものが嘘だらけ。何といっても、地方政府が発表するGDPを全部足すと、中国国家統計局による全国GDPを日本円にして54兆円も超えてしまう。地方政府はGDPを上げなければ共産党における出世の道が閉ざされるから、そんなことを平気でする。直近の鉄道貨物輸送量が10%以上落ち込んでいるのに、経済成長率はびくともせずに7%などあり得ない。はじめから、7%という数字ありきなのだ。──中国の産業構造に問題がある。三橋:中国は過剰投資しすぎた。鉄鋼を例にとれば、中国の粗鋼生産量は年間8億トンにも関わらず、生産能力は12億5000万トン。設備稼働率は65.8%。明らかに供給過剰だ。日本の鉄鋼の生産規模は1億1000万トン。中国は余剰供給能力だけで日本の生産規模の4倍にも達している。中国国内の鉄鋼需要は50~60%が建設や不動産、インフラ部門が占めていた。不動産バブルが継続するという前提だ。しかし、不動産バブルは崩壊している。 鉄鋼の供給過剰を国内で吸収することができない、ということを考えれば、AIIBの設立に躍起になるのも説明がつく。逆にいえば、AIIBを強引に設立し、世界中から資金調達した上で、アジア各地にインフラ投資を実施していく以外に、国内の鉄鋼等の供給過剰を昇華する道は残されていないというわけだ。供給過剰問題は鉄鋼だけでなく、自動車産業にも当てはまる。100社以上がある2015年の各自動車メーカーの稼働率は5割前後だ。すでに日米をはじめとした主要国の投資は大幅に激減している状態だ。──中国が供給過剰状態となると、中国に資源を輸出していた資源国はたまったものではない。三橋:現に、豪州やブラジルといった鉄鉱石を輸出してきた国々は深刻な状況に追い込まれている。ブラジルなど政治的要因も重なって、国債の格付けは下がる一方だ。石油輸出国であるロシアや中東諸国も大きな打撃を受けている。──影響を受けるのは資源国だけではない。三橋:最悪なのは韓国だ。韓国のインフレ率は約50年ぶりの低水準0.7%と1999年のアジア通貨危機の時よりも悪い。内需が低迷し、インフレ率が上がらない状況で、外需まで失速する。まさに内憂外患の状況だ。しかも、韓国の場合、「製品輸出国」といて中国に依存してきた。その中国にしても同じような仕組みで発展してきた。つまり、補完関係ではなくライバル関係なのだ。 中国企業は急速に韓国企業にキャッチアップしてきている。すでにサムスンに代表されるスマホなど6分野ですでに中国企業に追い抜かれてしまっている。このままだと韓国は深刻なデフレ不況に突入するのは確実だ。通貨危機の再来の可能性もゼロではない。──日本はどうなるのか。三橋:もちろん、中国経済崩壊によって、まったくダメージがないわけではない。中国に多額の投資をしてきた企業は頭を抱えているし、爆買いも終われば旅行産業や小売業界も打撃は受けるだろう。しかし、日本の対中輸出対GDP比率は2.5%に過ぎない。仮に中国への輸出がゼロになったとしても、日本のGDPは2.5%マイナスになるに過ぎない。 しかも、中国の日本からの輸入は「資本財」が中心だ。日本から資本財を輸入しない場合、中国は自らも生産が不可能になってしまう。そんなことは、中国共産党が崩壊するなど革命的かつ歴史的大事件が起きない限り、絶対にあり得ない。関連記事中国のネットで「南鳥島も古来より中国領土」との意見出る中国不動産バブル崩壊の影響はドバイ・ショックの1000倍説投資家に愛された中国経済 “思春期”過ぎて深刻な“老化”進むバブル崩壊で中国政府がさらに反日工作の可能性と大前氏指摘【中国人のジョーク】尖閣でTwitterやFB開かなければ中国

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    中国経済はどこへ向かうのか? 発展と貧困併存

    [チャイナ・ウォッチャーの視点]富坂 聰(ジャーナリスト) 2015年の幕が閉じようとする中国社会では、二つの相反するニュースが人々の話題をさらった。上海市長寧区の貧困地区。古くからの個人店が立ち並ぶ(iStock)格差社会の相反する現実に揺れる中国 1つ目は12月上旬のことだ。四川省欅枝花市の25歳のタクシー運転手が借金を苦に川に身を投げるという事件が起きた。こうした事件は中国では決して珍しくないが、このニュースが全国区となるきっかけがあったからだ。それは、水死体となった息子の遺体が見つかったものの、貧しい農民である両親がそれを引き上げる費用をねん出することができず、ずっと遺体を放置したまま岸部で泣き続けるという問題が起きたからだった。 当初、付近の漁民たちが提示した金額は1万8000元(約36万円)だったが、事情をかんがみ交渉の末に8000元にまで値は下げられたというが、それでも両親は払うことができなかったという話だ。 地元の『華西都市報』などが大きく伝え、貧困の現実に多くの中国人が震えた。 そして2つ目は12月14日、『経済参考報』が伝えた記事で、タイトルは〈(著名な経済学者)林毅夫が予測 2020年には中国人1人当たりのGDPは1万2615ドルに達する〉だった。 高速成長の時代を過ぎ経済の停滞期を迎えたとされる中国だが、“中所得国の罠(1人当たりのGDPで3000ドルから1万ドルの間の国が急速に落ち込むことを指す)”を脱し、先進国の仲間入りをするとの予測を紹介した記事である。予測したのは北京大学国家発展研究院の教授である。中国の現在(2014年)の1人当たりのGDPが8280ドルであるから、単純に5年後に1・5倍となる計算だ。 前者の視点で材料を集めれば、明日にでも中国が崩壊に向かうという記事を書くことは簡単であり、その逆もまた真なりである。その意味では来年もまた無責任な崩壊論と礼賛論が中国の周りではかまびすしくなることだけは確かなようだ。 そうした雑音はさておき、2つのニュースが示しているように2つの相反する事実に中国が揺れていることは間違いない。そして大きな難題を抱えた習近平指導部が、いったいどのように問題と向き合おうとしているのかをみることは、中国の未来を占う上での基本的な態度ということになるのだろう。危機感強まる指導部危機感強まる指導部 打ち出した経済の方向性とは 私自身、胡錦濤指導部の時代には、中国が抱える問題の大きさに対して指導部の示した危機感が薄すぎると中国の未来を悲観していたが、習近平の時代になり1日500人以上というペースで党員を処分する取り組みなどに接すると、いまの指導部が強い危機感を抱いていることが理解できた。またそれは国民にも伝わり、社会の空気を変える作用もある程度は果たしている。 指導部の危機感は、秋に行われた中国共産党中央委員会第5回全体会議(5中全会)で発表された「13次5か年計画(=13・5)」にもくっきりと刻まれている。 今後5年間の中国経済の方向を決めた「13・5」の特徴は、以下の5つのキーワードで理解することができるとされる。 ①創新(イノベーション) ②緑色(エコ・環境) ③協調 ④開放 ⑤「共享」(利益の平等分配) なかでも焦点は⑤の「共享」とされるが、そのターゲットは貧困である。より具体的には中国になお残る7000万人ともいわれる極貧層(1日1ドル以下で暮らしている人々)があるとされるが、これを5年後に撲滅するというものだ。 実は、習近平は「13・5」の前から脱貧困については積極的に言及してきていた。現状、貧困の実態に関するニュースがメディアに多く見られるのは、それが一つのトレンドになっているからなのだ。 目下のところ指導部の意図がどこにあるのか――「貧困層のかさ上げによって新たな発展の余地としようとしているのか」、それとも「社会の安定のためには避けられない優先事項」と考えられたのか――判然とはしない。しかし、少なくとも分配を見直すという方向には向かうことが予測されるのだ。 この「13・5」を受けて、12月14日に召集された党中央政治局会議では、より具体的に2016年の経済運営のための“10大任務”が確定された(新華社)という。 ここでそのすべてを記すことはできないので要約を並べて見たいが、特徴は①に個々人のイノベーションを推進し新たな発展につなげることを掲げ、②に企業の淘汰を促しつつ、③社会保障や税金、電力といったコストを低減してゆくとしている。また、④として不動産に関しては在庫処理に注力しながら出稼ぎ労働者の都市への定着を推進し不動産の取得を促すことを打ち出し、金融では⑤として効率の良い資金供給のためのインターネットの活用を掲げ、同時に不良債権処理でのハードランディングを避ける⑥としている。さらに、⑦で国有企業改革、⑧で国民生活、⑨で一帯一路構想の推進、⑩で外資との協力と知的財産権の保護を打ち出しているのだ。 これらが中国が今後取り組む優先課題だということだ。逆から見れば、中国がいまどんな問題を抱えているのかが良く伝わってくる内容でもある。上海のパノラマ(iStock)米国との摩擦の懸念 1点だけ、このなかに挙げられていないが重要だと思われるのが高付加価値化に向かわざるを得ない中国の道標である。かつて太陽光発電を次の成長エンジンの一つにしようと目標を掲げたときのようにITを重視するかと思われたが、それはどうなったのだろうか。 実は、この点において懸念されるのは次の発展の場所を中国がITと定めたとき、どうしてもアメリカとの間で深刻な摩擦が起きてしまうとされていることだ。これは太陽光パネルをめぐって、いまは蜜月の欧州との間で深刻な摩擦が発生したことにもつながる問題だ。 一説には、このところ急速にアメリカ国内で中国警戒論が広がった背景には、シリコンバレーが本気で中国を警戒し始めたことと無関係ではないとも言われる。 そういった意味で中国は、アメリカとの調整が本格化する1年だということができるのではないだろうか。国際社会における中国の立場を考えてもアメリカとの関係は重要だ。しかもアメリカは大統領選挙の年である。毎回、中国に対する攻撃が最も強まる1年でもある。つまり2016年を位置づけるのであれば、米中関係の調整から目が離せない1年ということが言えるのではないだろうか。

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    阿鼻叫喚の中国株式市場「サーキットブレーカー」発動の裏側

    渡邉哲也(経済評論家) 新年1月4日、中国の株式市場は日本の国家予算規模である70兆円もの資金が失われる大混乱となった。上海証券取引所と深セン証券取引所で構成されるA株(人民元建て)上位300銘柄で構成されるCSI300指数が大暴落し、サーキットブレーカー(緊急取引停止措置)が発動され、全銘柄の売買が終日停止される事態になったのだ。サーキットブレーカーとは、株価が一時的に急落した際などに発動される仕組みであり、語源は電源回路のブレーカーである。つまり、急激な変化が起きた時に、電気(売買)を遮断することで電気回路(株式市場)を守る仕組みである。中国では今年1月から導入されたわけであるが、開始早々発動することになったわけである。中国の場合、5%下落した場合で15分間、7%下落した場合は終日取引が停止されることになっている。  これは市場参加者の動揺などによる狼狽売りや投げ売りを抑制するとともに、プログラム売買などの暴走を防ぐためにある仕組みなのだ。実は現在、市場に参加しているのは人間だけではない。コンピューターも市場参加者であり、これが大暴落の大きな要因になっている。上海株価の値動きを示す北京の証券会社の電光掲示板。株価下落を示す黄緑色の表示が並んだ=1月7日(共同) 代表格が高頻度取引と言われるものであり、人間とコンピューターの反応時間の差を利用して、売買を繰り返す仕組みである。人間の場合、目で数字を認識しそれを判断し売買を行うのに早くても数秒はかかる。これをコンピューターに即時に判断させ、時間差を利用して数円単位で利益を確定させてゆく仕組みである。しかし、これは市場の大変動時に暴走することが多く、大量の売り注文の発生で株式市場を不安定化させてしまうわけである。サーキットブレーカーはこのような問題への対処として生まれた側面が強い。 では、1月4日の中国株の場合、どうだったのかということになるわけだが、コンピューターの暴走が主要因ではなく、市場に対する失望売りが暴落を促進した側面が強いといえる。その最大の要因といえるのが、大株主や役員などに対する売買停止処置が切れることに対する対応であったと言われている。昨年7月8日、中国当局は株価の暴落を受けて、5%以上保有する大株主と会社役員などに対して、半年間の売買禁止処置を決めた。この期限が来るのが1月8日であり、期限到来を待って売られるという予測で他の投資家が一気に株を売りに出したためと考えられている。 市場原理というのは単純であり、売りが増えれば価格は下落し、買いが増えれば価格は上昇する。そして、市場は売りと買いが自由にできることで適正な価格が導き出される仕組みなのだが、中国の場合、株価を維持するために「売り」を強く規制してきたわけである。このため、大きく歪んだ市場が形成されていたのである。今回の暴落はこの反動の側面が強い。 また、政治的リスクも暴落を後押ししたと言われている。1月2日、中国は南シナ海の人工島への試験飛行を開始した。それに対して、周辺国や米国は猛反発しており、これが戦争リスクを高く引き上げたのであった。ご存知のように米国は昨年10月27日から航行の自由作戦を開始し、中国とは軍事的対立下にある。このような情況で中国が軍事拡大を続けたことで、周辺国との衝突や金融制裁などのリスクが高まったのだ。特に外国人や在外投資家はこのようなリスクに敏感であり、中国市場からの離脱が進んだ側面もあるのだろう。不安定化する中国の為替市場 これを立証する一つのデータとして、中国の為替市場の不安定化が存在する。人民元の市場にはオフショア(外国人が自由に参加できる海外)とオンショア(主に国内)が存在する。実は昨年から、オフショアとオンショアの価格差の拡大が進んでおり、人民元の下落が進んでいたわけである。これは外国人や在外投資家による継続するキャピタルフライトが原因と言われている。外国人や在外投資家が中国の国内資産を売却した場合、その資金を人民元からドルに替え持ち帰ることになる。今年1月4日は、株だけでなく為替も暴落しており、キャピタルフライトが一段階進んだものと考えられるわけである。取引が全面停止され、北京の証券会社で仮眠を取る個人投資家=1月7日(共同) そして、1月5日、中国当局はこれに対処するため、政府系資金を株式市場に投入し、為替市場に対しても大規模な介入を行った。また、大株主に対する売買停止処置を半年間伸ばす事を発表し、売り圧力を弱める方策を採ったわけである。また、為替に関しても、外資系銀行に対して為替業務停止を命じ、外国投資家が売りにくい環境を作ったのであった。 しかし、このような方策をとっても現状維持が限界であり、市場の売り圧力に勝てない情況が続いていた。そして、このような情況を見た外国人投資家は、さらにキャピタルフライトを進めていたものと思われる。そして、今日1月7日、市場開始直後からの売り圧力に耐えられなくなり再びサーキットブレーカーが発動され、終日の売買停止が決定したわけである。 人民元や市場の自由化を進めるとしてきた中国であるが、実際にはその言動とは裏腹の政策を採り、規制や介入により数字をごまかしてきたのが現実である。そして、それは歪みを生み出すだけで解決手段には成り得ないものである。そして、その歪みの反動が今中国に訪れているのだろう。 中国当局が規制を強めれば強めるほど、リスクを嫌う外国人投資家や在外投資家は中国からの資金の引き上げを進め、公的資金などで株価を維持しようと必死になればなるほど、それを利用して高値で売り抜ける。結果的に国内の資産とドルが失われてゆくことになるのだろう。そして、ドルが失われれば国家と通貨の信用も一気に低下することになるのである。

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    「宗主国なき植民地経済」の米中 世界同時株安は没落の契機となる

     まずは、次のグラフをご覧いただきたい(図1)。世界中に多大な悪影響を及ぼした株価暴落の震源地である中国の株式市場の存在感を如実に示しているといえないだろうか。 左側は、上海・深せん株式取引所上場銘柄のなかから、とくに流動性の高い大型株300種を選りすぐったCSI300の値動きを、今年の年初から8月24日までにわたって描いたグラフだ。8月初旬から24日までの下げもきつかったが、じつは6月中旬に天井を打ってから7月初旬までの下げのほうが、もっときつかった。そして、この中国株の下げに触発されて、8月初めから24日にかけての世界同時株安が勃発したわけだ。 さらに、右側のグラフは、世界の株価大暴落のワースト7を年代順に列挙したものだ。さらっと眺め渡しただけでも、金融市場の大混乱に米中両国が及ぼす影響力の大きさがわかる。「第2の」あるいは「21世紀のブラックマンデー」と呼ばれる8月24日に至る株安には、もう「万里の長城」ならぬ「万里の長落」という魅力的なあだ名がついている。株価の実勢としていえばいまはまだ中間集計の段階なのだが、それでも42〜43%の暴落となっている。 世界同時株安を招いた事例のなかで、今回の中国発大暴落を上回る下落率を記録したのは、大恐慌から大不況へと転落していった1929〜33年のニューヨーク市場の82〜83%と、第1次オイルショックが勃発した1973〜74年のロンドン市場の63〜64%、そして、国際金融危機に見舞われた2008年のニューヨーク市場の57〜58%だけなのだ。 妙な国威発揚意識、あるいは自虐史観から「1989〜2003年までの14年間で80%強の大暴落となった日本の株価・不動産バブル同時崩壊が収録されていないのはけしからん」と息巻く向きもおありかもしれない。だが、14年もの長期にわたる山あり谷ありの展開を通算して80%安というのは、投資家にとって逃げたり隠れたりする場所のある下げ方だった。それ以上に重要なのは、当時の日本株大暴落は国際的にはまったく無視できるほどの孤立した現象であって、世界中の株式市場で日本株に連れ安した市場は皆無といえるほど少なかったことだ。 ここでもまた、あれほど急騰していた日本株を世界に売り歩いたり、逆に日本株のカラ売りというアイデアを世界に売り歩いたりする企業家精神あふれる金融業者の不在をお嘆きの向きもあるかもしれない。だが、世界中があまりにも極端な拝金主義の誤りに冒されているときに、そんな時流に乗りきれず孤立していたのは、日本の醇風美俗の表れとしてむしろ高く評価すべきことではないだろうか。それは、世界中の金融市場に及ぼす影響がとくに顕著な米中2カ国の共通点は何かと考えたとき、はっきりしてくる。米中は「宗主国なき植民地経済」米中は「宗主国なき植民地経済」 表面的には、米中2カ国は水と油といえるほど、かけ離れた思想信条・価値観をもった国々に見える。だが、その根底には両国とも「宗主国なき植民地経済」を経営しているという大きな共通点があるのだ。ホワイトハウスで開いた共同記者会見後、握手するオバマ大統領(右)と中国の習近平国家主席=2015年9月25日(UPI=共同) もともとその土地に住みついていた人たちのあいだでの売り買い交渉の積み重ねのなかで成長してきた経済は、基本的に売り手も買い手も多少なりとも妥協しながら、お互いに極端な不満の残らないところで妥協する市場経済を体現している。当然、国家、政府、官僚がこの自由な交渉を統制し、操作しようとすることには自然な反発が生ずる。 ところが、植民地経済はまったく違う。そもそもの始まりからして、宗主国の王侯貴族や、官僚や、軍人や、本国ではうだつの上がらない一旗組や、本国での長い収監生活よりは、年季奉公以後の自由の獲得を夢見た重罪人が、本国ではとうてい得られないような収入を確保するために設計された統制経済として出発したのが、植民地経済なのだ。「大英帝国の王冠のどまん中に光り輝くダイヤモンド」と称賛されたインドに赴任した下級貴族、下級官僚は任地では本国で稼げる収入の10〜20倍の年収があったという。 つまり、植民地はもともと特定の利権集団が思う存分荒稼ぎをするために設計された社会なのだ。ふつうの国民経済は市場参加者が平和に「棲み分ける経済」であるのに対して、植民地経済は利権集団が住民たちを「棲ませ分ける経済」だと表現してもいいだろう。この点の認識が、長い歴史のなかでただの1度も植民地として宗主国に徹底的に富をしぼり取られる運命を甘受させられたことのなかった日本人には、とくに欠如している。 ただ、特定の宗主国が植民地を支配していることが明白な状態では、植民地にやってきた宗主国の貴族、官僚、一旗組としてもあまりでたらめなことはできない。統治責任を負っているからだ。しかし、たまたま早めに宗主国は追い払ったが、利権集団が甘い汁を吸いやすい社会構造を温存してしまった国や、植民地支配の構造そのものが隠微だった国では、建前としては統治権を国民全体が共有しているが、実態としては小さな利権集団がやりたい放題という最悪の事態が生ずる。 アメリカは前者の典型だろう。大英帝国という宗主国は早々と撤退に追いこんだが、南部の大綿花プランテーション農園主や、北部産業資本家の切り取り勝手の企業の合併・吸収による価格支配力奪取を野放しにしていた。そのため、宗主国の撤退がつくり出した真空状態に、非常に早くから形成されていた大統領府と連邦議会の政治家・官僚、産業資本家、金融資本家、大農園主の利権集団が居座ってしまった。 それ以来、南北戦争で農園主が追放されたり、産業資本家より金融資本家のほうが強くなったり、いつのまにか経済学者や弁護士やロビイストが忍びこんだりといった紆余曲折はあった。だが、ひとにぎりの利権集団が統治責任を取らない影の宗主国として君臨する構造は一貫して続いている。 植民地経済という構造が隠蔽されている典型が中国だろう。いまだに政治の中心都市は北京だ。北京は大元帝国時代にはモンゴル族という少数民族が、そして大清帝国時代には満洲族という少数民族が、圧倒的に人口の大きな漢民族を支配するために設置した人工都市だ。また、現代中国の経済中心地は上海だが、これは田舎の小さな城塞都市のそのまた郊外の小さな村が、フランスの租借地となってから急激に発展した都市だった。「中国共産党が宗主国として君臨しているじゃないか」との反論もあるだろう。だが、13億人の人口に対して約8600万人いる中国共産党員の99・98%は、「善良で健全な思想の持ち主である」というお墨付きをいただくために毎年党費を払っているだけの存在なのだ。労働組合や前衛党の用語でいう専従、つまり共産党活動で飯を食っている人たちはわずか3000人にすぎない。13億人の人口に対するわずか3000人という党専従者の人数は、たしかに特権はすさまじいものがあるだろうが、とうてい階級や階層を形成しているといえる規模ではない。砂上の楼閣のように危うい権力構造なのだ。アメリカが頭脳労働、中国が肉体労働を担うアメリカが頭脳労働、中国が肉体労働を担う さて、しかしながらというべきか、だからこそというべきか、宗主国なき植民地経済では、どんなに悪辣な手段を弄しても巨額報酬を獲得した人間こそ立派な人物だという評価、つまりは臆面もない拝金主義がまかり通る。アメリカと中国は、表面的な思想信条を見ているかぎりほぼ両極端の国々だ。にもかかわらず、アメリカが頭脳労働を担い、中国が肉体労働を担うというかたちでの製造業の国際分業をあれほど親密にやっていけるのも、この拝金主義という裏の思想信条においてはぴったり息が合っているからだ。 しかし、その結果はどうだろうか。アメリカにおける製造業就業人口の慢性的な減少と生活水準の低下であり、中国では工場やオフィスビルの周辺に文字どおりの物理的なセーフティネットを張り巡らさないと飛び込み自殺が絶えないという悲惨な労働環境の両立なのだ。 ここでアメリカの名誉のために、独立直後からほぼ一貫してひとにぎりの利権集団だけがボロ儲けをするが、庶民は悲惨な暮らしに甘んずる国でなかったことだけは、はっきりさせておく必要があるだろう。下のグラフをご覧いただきたい(図2)。 さて、1940〜60年代は庶民の所得ばかりが増え、大富豪の所得が伸びない時期であり、1980年代以降は大富豪の所得ばかりが伸びる時代になってしまった最大の理由は何だろうか。1940年代にはすでにアメリカが世界経済の覇権国家であったし、いまなお覇権国家でありつづけているという大情況に変化はない。だが、それに続く第2の経済大国の座には、様変わり的な激変が起きていた。 1940〜60年代は、ともに植民地として支配されたことのないドイツと日本が第2位の座を争い、結局日本が第2の経済大国となる過程だった。そこでは、典型的なガリバー型寡占業界だったアメリカの自動車産業でさえ、最初はドイツ車、そして最終的には日本車の侵攻によって、GMの圧倒的な優位が掘り崩され、さまざまな業種でのガリバー型寡占の地位が揺らぐという健全な変化があった。その結果、アメリカ国内でも平均的な勤労者の給与・賃金が上がり、大富豪の所得は横ばいという時期が続いていたわけだ。 1980年代以降は、日本の高度成長が減速に転ずる一方、中国の経済的地位が高まり、ついには中国が世界で第2位の経済大国にのし上がる過程だった。こうして、世界の経済大国2カ国が双方とも宗主国なき植民地経済だという異常事態が成立してしまったわけだ。そして、製造業におけるアメリカの頭脳労働、中国の肉体労働という役割分担が定着するとともに、過剰な国内投資のために中国が買いあさる資源を売った資源国の収益をアメリカでの投融資に還流させることによって、アメリカの金融業が高収益産業に変身し、ますますアメリカ国内の貧富の格差も拡大した。 今般の山口組分裂騒動でもわかるとおり、大親分と代貸しが同じ系統、しかもかなり偏向のある系統出身者で占められてしまうのは、やはりまずい状況なのだ。その結果、米中2カ国のみならず、世界中に刹那的拝金主義が蔓延してしまった。第2次世界大戦の敗戦国は所得分配が下に手厚い こういう主張をすると、必ずといっていいほど「あまり能力も高くない人間を優遇していたら、経済成長の妨げになる」といった反論をする人が出てくる。だが、実証研究の結果は、むしろ正反対だということを示している。それがわかるのが、G7と呼ばれる先進諸国の所得水準で下から90%の人たちの所得が、第2次世界大戦後どのくらい伸びていたかを示す、下のグラフだ(図3)。 このグラフは、基本的に第2次世界大戦の敗戦国は、戦後ほぼ例外なく下に手厚い所得分配をするようになったことを示している。これは、政策的に下に手厚く分配をしたというよりも、敗戦国では自国を戦争に導いた知的エリートたちの権威が失墜し、平凡な庶民が自分たちの思いどおりに働くことができるようになった結果、経済成長率も高まり、国民経済を構成する人びとのほとんどに、その成果が行き渡ったという要因が大きかったのではないだろうか。 1990年代以降の日本経済は低成長からゼロ成長へ、そしてときにはマイナス成長へと転落していった。これはまた、日本経済における下から90%の人びとの所得分配率がどんどん低下していった時期でもあった。経済効率についてまちがった観念をもった政策担当者たちが、「経済が減速している時期には、下に厚い所得分配などというぜいたくはできない」という理屈で、賃金給与を抑制させつづけたからではないだろうか。 なお、このグラフをご覧になって、「戦勝国であったフランスも下に手厚い分配をしているじゃないか」とおっしゃる方もいるかもしれない。だが、選挙で選ばれたフランスの正当な政権担当者たちは、開戦直後にナチス・ドイツに降伏し、枢軸国側で戦っていたのだ。フランス人で連合国側についたのは、共和国軍から脱退して自由フランス軍を名乗ったドゴール将軍率いる将兵と、勇敢にレジスタンスを展開したごく少数の人びとにすぎなかった。だから、戦後はフランスでもとくに正統政府を支持しつづけた知的エリートの権威の失墜は激しかった。 ところが、アングロサクソン系の戦勝国は、ほぼ一貫して上に厚く下に薄い所得分配を続けていた。そして、この所得分配の差は、ほぼそのまま年率平均でのGDP成長率の差となっている。つまり、敗戦の結果として社会の上層にいた人たちの権威が失墜し、所得分配が平等化した国ほど成長率は高まり、上層にいた人たちの権威が失墜せず所得分配が不平等性の高いままだった国ほど成長率は低かったのだ。とんでもない連邦ロビイング規制法とんでもない連邦ロビイング規制法 なかでも、宗主国なき植民地経済として、実態を見るとひとにぎりの利権集団の権益が非常に強かったアメリカは、勝者のおごりとしか言いようのない悪法を終戦直後の1946年に制定してしまった。それが、連邦ロビイング規制法だ。 名前こそ規制法となっている。だが、実際にはほかの国なら当然贈収賄という犯罪を構成する特定の利益集団から政治家への「献金」も、連邦議会に登録し、四半期ごとに財務諸表を公開しているロビイスト団体を通じて行なえば、正当で合法的な政治活動として認められるという、とんでもない法律なのだ。こういう法律が議会を通過してしまうこと自体が、アメリカという国は利権集団が統治責任を取らずにボロ儲けを続ける宗主国なき植民地経済であることを証明している。 そして、製造業において中国とのあいだで頭脳労働と肉体労働の分業体制を確立したアメリカは、金融業と国家との関係においては、連邦準備制度と日銀との緊密な協力を通じて、完成された官製相場による永遠の金融ブームを創出しかけていた。つまり、中央銀行が国債を買い入れて金融機関に現金をばら撒くことによって、国債価格の上昇=金利の低下と株価の上昇を未来永劫にわたって維持するという状態が出現しかけていたのだ。 これは、国や大地方自治体や一流企業や大手金融機関や大金持ちにとっては、際限なく借金や起債を続ければ、「穏やかなインフレ」と低金利の相乗効果で、黙っていても儲かるおいしい経済環境だ。だが、自宅を担保に入れなければ大きな借金のできない庶民にとっては、何ひとついいことのない経済環境なのだ。しかも、国が既発債の償還財源に窮したとしても、借り換え債を発行させて不換紙幣を増刷して買い取ってやれば、形式論理上はいつまでも破綻することなく国家債務を増大させつづけることができる。 しかし、この考え抜かれた利権集団の、利権集団による、利権集団のための経済環境もついに破綻するときが来たようだ。中国で行ないつづけてきた過剰投資で、工場の新増設、都市開発、不動産開発、インフラ整備、どれをとっても収益を生むどころか、投下資金さえ回収できない案件が続出しているからだ。「影の宗主国」は撤退する アメリカ国内ではどんなに工夫を凝らして、国と一流企業と大手金融機関の繁栄が永遠に続くような仕組みをつくり上げたとしても、その基盤を支えているのは製造業における米中間の頭脳労働と肉体労働の分業と、中国にエネルギー資源や金属資源を輸出して儲けている資源国の稼いだ外貨をアメリカ国内への投融資に還流させることの2本柱なのだ。この2本柱は、どちらも中国経済ができることなら順調な成長を続け、最低でも現状維持をしてくれなくなったら、崩壊するしかない。 現に、資源国からアメリカへの投融資は、今回の金融市場の大波乱の前から急激に減少していた。直接的には原油価格の低下が原因だ。だが、その原油価格暴落も、これまで毎年激増してきた中国の原油消費量が、2012年末からは横ばい、そして2014年春からは減少に転じたことに端を発している。 さらに深刻なことに、いまなお貿易・経常収支では巨額の黒字を出しつづけている中国が、外貨準備を見ると激減に転じている。「誤差・脱漏」という統計上の不整合の金額が莫大な経常黒字を上回るほど大きな純流出となっているのだ。どうやら宗主国なき植民地経済の一方の旗頭である中国の「影の宗主国」は、中国から撤退する際にもきちんと統計資料に姿を現さずに、統計上の誤差というかたちでひそかに撤退する道を選んだようだ。 というわけで、今般の世界同時株安は、手段を選ばず荒稼ぎしたものが勝ちというあさましい植民地経済を世界に押し付けてきた米中両国が没落するきっかけである可能性が非常に高い。この同時株安を私は心の底から歓迎する。関連記事■ どん底の中国経済―バブル崩壊は止まらない■ 消費税率10%を既成事実化する財務省の「見せ球」に騙されるな■ アベノミクスの本当の目的は「国債の買いオペ」? ハイパーインフレは起こるのか?■ 死期の中国経済、共倒れの韓国経済■ なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか

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    中国は今も昔も「パンツ製造所」

    石平(評論家)中国経済、失速の連鎖 私が本誌で「中国経済はいずれ崩壊する」と主張し始めたのは、いまからおよそ五、六年前のことである。そしていま、それは目の前の現実となりつつある。 今年八月と九月に公表された中国経済関連のさまざまな統計数字を一度に並べてみれば、この国の実体経済が一体どこまで沈没しているかがよく分かる。 たとえば中国自動車工業協会が八月十一日に公表した数字によると、七月における全国の自動車生産台数は百五十一・八万台で、前年同期比では一一・七六%の減少となり、前月比では何と一七・九九%も減った。僅か一月で自動車の生産台数が約一八%も激減したとは、自動車産業にとってまさに地滑り的な凋落であろう。 生産台数が激減した最大の理由は当然、販売台数の減少にある。同じ七月の中国全国の自動車販売台数は前年同期比では七・一二%減で、前月比では一六・六四%の減少となった。このような数字はまた、中国全体における個人消費の急速な冷え込みを示している。 そして今年四月から七月まで、中国の自動車生産台数と販売台数の両方はすでに連続四カ月間、減り続けていたから、消費の激減が生産の激減をもたらすという、典型的な経済失速の連鎖がすでに始まっている。米西部シアトルのボーイング社を訪れた中国の習近平国家主席(左)=9月23日(新華社=共同) 消費が減っているのは、何も自動車市場だけではない。八月二十日に米調査会社が発表した今年四~六月期の中国市場スマートフォン販売台数は前年同期比で四%減少、四半期ベースで初めて前年を下回ったという。そして国家工業と情報化部(省)が九月七日に公表した数字によると、中国全国の移動電話(携帯電話)の通話量は、今年七月までに連続七カ月間のマイナス成長となった。 同じ九月七日の国家統計局の発表では、今年上半期における中国全国のビール消費量は前年同期比で六・一七%減で、この二十年来、初めてのマイナス成長。「世界最大」と言われる中国のビール市場の繁栄もこれで終わるのである。あらゆる業種が大不況に このように、ビールの消費量からスマートフォンや自動車の販売台数まで、中国の消費市場は急速に縮まっている。そして、自動車販売台数の激減が直ちに生産台数の激減に繋がったのと同じように、消費の冷え込みは当然、製造業全体の不況をもたらしている。 英調査会社マークイットが、八月二十一日に発表した今年八月の中国製造業購買担当者景気指数(PMI)速報値は四七・一。PMIというのは好不況の分かれ目の数値で、五〇以下であれば不況となる。中国のPMIはこれで六カ月連続で五〇を割り、八月の四七・一はリーマン・ショック後の二〇〇九年三月以来、約六年半ぶりの低水準、まさに大不況の到来を示す数値である。 中国国家統計局が九月十日に発表した産業界の取引動向を示す八月の卸売物価指数も、前年同月比五・九%の下落となった。同指数の下落はすでに四十二カ月(三年六カ月)連続しており、八月の下落幅は七月の五・四%からさらに広がった。中国の産業全体は沈没している最中であることがよく分かる。 産業が沈没すれば、それと一蓮托生の金融業も大変な苦境に立たされる。八月三十一日に中国国内メディアが伝えたところによると、不良債権の増大・業績不振などが原因で、中国工商銀行などの「中国四大銀行」を「賃下げラッシュ」が襲っているという。五〇%程度の賃下げを断行した銀行もあるから、金融業の苦しさがよく分かる。 こうしたなかで、いままでは「中国経済の支柱」の一つとして高度成長を支えてきた不動産開発業も深刻な不況に陥っている。今年上半期、中国全国の「不動産開発用地」の供給面積が前年同期比で三八・二%も激減したことは、現在の「不動産不況」の深刻さを如実に示している。 莫大な在庫を抱える多くの業者が不動産をそれ以上開発せず、開発用地の供給が大幅に減ったわけである。実際、二〇一四年から今年の八月まで、中国全土の不動産投資の伸び率は連続二十カ月、下落している。 また、詳しいことは後述するが、今年六月中旬からこの原稿を書いている九月まで、上海株が連続的な大暴落を続けていることは周知のとおりである。 以上のように、いまの中国では消費・生産・金融、あるいは不動産や株市場、経済のありとあらゆる領域で大不況の冷たい風が吹き荒れ、中国経済を支えてきた「支柱」の一つひとつが傾いたり崩れかけたりするような無惨な光景が見られている。中国経済は現在ただいま、壮大なる崩壊へ向かっている。「李克強指数」の誕生「李克強指数」の誕生 しかしこうしたなかでも、中国政府が公表した二〇一五年第1四半期(一~三月)と第2四半期(四~六月)の経済成長率は、両方とも七%となっている。前述のような実体経済の沈没ぶりを見ていると、成長率だけが七%の高い水準にあるのは果たして本当なのか、との疑問が当然出てくる。 実はいまの中国で、政府が発表したこの七%の成長率を額面どおりに信じている者はほとんどいない。二〇一五年三月に開催された全国人民代表大会で、李克強首相は今年の経済成長率目標を七%程度と定めたが、両四半期ともまるで合わせたかのような数字だったということが、まずもって怪しい。 そもそもこの李克強首相自身が、遼寧省の党委書記だった二〇〇七年に「中国のGDP統計は人為的で信頼できない」と「自白」している。中国の李克強首相=北京(共同、撮影日9月30日) そして、実際の経済状況を知るうえでは、自分はもっぱら「電力消費量」「鉄道貨物輸送量」「銀行融資量」の三つの指標に注目していると述べている。それはのちに、「李克強指数」と呼ばれるようになる。 実体経済を正確に見るための三つの指数だが、二〇〇八年以後、温家宝政府の下で過度な金融緩和政策を行って銀行の融資を人為的に増やしたことから、「銀行融資量」はあまり信用できなくなったので、いまは「李克強指数」は「電力消費量」と「鉄道貨物輸送量」の二つを指している。 生産活動に電力は必要不可欠だから、電力の消費量が伸びていれば生産活動が盛んであることの証拠、要するに実体経済が伸びているということになる。 また、中国の場合は生産財や原材料、あるいは石炭などのエネルギー資源の大半は列車で運ぶわけだから、鉄道貨物輸送量が伸びているということは物が動いている、つまり生産活動が盛んに行われているということになる。中国経済成長神話は崩壊している では、「李克強指数」を用いて二〇一五年上半期(一~六月)の中国経済の実態を見たらどうなるのか。 まずは、全国電力消費量を見てみよう。中国国家能原局の発表では、今年上半期の電力消費量は一応伸びることは伸びているが、伸び率は前年同期比の一・三%増でしかない。 これでどうして経済全体の伸び率が七%もあるのか、と疑問を感じざるをえない。たとえば、二〇一三年の中国の経済成長率は七・七五%であったが、これに対して同年の全国電力消費量の伸び率は七・五%。七・七五%対七・七%で、一応は釣り合いが取れていた。 だから、二〇一五年上半期の電力消費量の伸び率が一・三%増ならば、理論的にいえば、成長率は一%前後でなければならない計算になる。 鉄道貨物のほうはどうか。中国発展改革委員会によれば、二〇一五年上半期の鉄道貨物輸送量は前年同期比で一〇・一%という大幅減だった。つまり、モノが動いていないのである。一方、道路貨物輸送量は六・二%増だったので、鉄道の代わりにトラック輸送が増えたと見ることもできるが、しかしトラックによる輸送は中短距離が主で一回の輸送量も小さいから、工業生産やエネルギー資源などの大型輸送が減ったことは確実であろう。 以上のように、いわゆる「李克強指数」から見ると、二〇一五年上半期の成長率は、〇%かあるいはマイナス成長に陥っている可能性すらある。 もう一つ、衝撃的な数字がある。中国税関総署が発表した二〇一五年一~七月の貿易統計によれば、輸入が前年同期比の一四・六%減だった。中国の場合、輸入は消費財よりも生産財のほうが多い。要するに、海外から部品などを調達してそれで生産活動を行っているわけである。 つまり、輸入がそれほど減ったということは消費が落ち込んでいるだけではなく、生産自体も大幅に落ち込んでいることを意味している。 このように、電力消費量と鉄道貨物運送量の激減と輸入の大幅減とを合わせてみれば、今年上半期の中国経済は〇%成長、あるいはマイナス成長であったことは明々白々である。鳴り物入りの「中国高度成長」の神話は、これで完全に崩れているのである。「パンツ経済」から脱却できなかった中国「パンツ経済」から脱却できなかった中国 中国経済は一体どうして、これほどの凋落ぶりを見せているのか。ここでは、中国経済が駄目になったいくつかの理由、あるいは中国経済が駄目にならざるを得ないいくつかの理由について、簡潔に解説しておこう。 世界の経済成長史を見れば、日本にしても欧米にしても、企業がこつこつと技術開発をして常に技術革新を起こし、製品の付加価値を高めることによって高度成長を支えてきた、という歴史がある。 たとえば日本の場合、高度成長の最初の段階では、輸出品はせいぜいおもちゃぐらいであった。しかしその後、あっという間に日本の自動車が世界中を席巻し、一九七〇年代には日本車の輸出台数は世界一となった。こうしたなかで、日本は継続的な高度成長を成し遂げることができたのである。 一方、中国はどうか。一応は輸出大国である。だからこそ、世界一の外貨準備高を持っている。しかし、この二十~三十年間で中国の輸出品が大きく変わったかというと、ほとんど変わっていないのである。 一九八〇年代、中国の主要輸出品は安物の靴下やパンツであったが、現在でも我々は中国製の靴下やパンツを履いている。数十年間で中国の輸出がパンツから自動車に変わったかといえば、全く変わっていない。外国では、誰も中国製の自動車などを買おうとはしない。要するに、中国は今も昔も世界一の「パンツ製造所」というわけである。 中国製品というのは安い労働力が唯一の武器だったわけで、農村には労働力が余っているからいくらでもかき集めて、安い賃金で働かせてパンツを作れば中国企業は潤い、経済が成長できた。そういう意味では、中国の経済成長は、要するに「パンツ経済」の成長である。 このような労働集約型の産業だから、技術開発をする必要もなかった。それで中国は、一向に「パンツ経済」から脱出できなかった。国内消費が伸びない一因 しかし、労働者に安い賃金しか与えず、儲けは経営者に集中するという貧富の格差が拡大することで、長期的には国内消費が落ち込む。 結果的に、中国自身が安価な製品を作りながらも、国内の慢性的な内需不足に悩まされるようになった。二〇〇〇年くらいまで、中国でのGDPの個人消費が占める割合は四五%近くあったが、ここ数年は三五%前後にまで落ち込んでいる(日本は六〇%程度)。経済が成長するにしたがって、中国経済のなかで国民の消費する割合はむしろ減っている。 それではどうやって経済成長させてきたかといえば、結局、輸出頼りとなるが、輸出を伸ばすためにはさらに賃金を安く抑える必要がある。それがまた国内の消費不足を招くという悪循環となる。 もう一つ、中国が高度成長を支えてきたやり方とは、要するに過剰投資である。国民が消費しないなら政府が投資すればいいとばかり、公共投資によって道路や橋をつくって需要を創出してきた。それに伴い、セメントや鉄鋼など、いろいろな需要も増えてくる。 そこで、中国は全土で投資中毒になってしまった。中央政府も地方政府も、公共投資や土地開発をバンバン行った。その資金のためにお札を刷り、さらに投資を増やして経済成長を加速させていった。 そんな政策を長くやってきたことで、過剰生産が深刻化してしまった。人の住まないゴーストタウン「鬼城」が大量にできあがり、生産設備も全部が余るようになった。 健全な経済なら、民間の給料が上がって国内消費が拡大することで、そうした過剰生産も吸収されていくわけだが、前述のように国内消費の割合はむしろ落ち込む一方である。また、中国では高付加価値を生む産業も育成されていないから、相変わらずパンツしか作れない。だから給料も低水準のままになる。その点も、国内消費が伸びない一因である。 しかも、大量にお札を刷ったために流動性過剰が発生して、インフレになってしまった。国内消費が伸びないのにインフレになるという最悪の状態である。それにより人件費が上がって安いパンツが作れなくなり、輸出が大幅に減ってしまった。中国のパンツが日本のパンツより高くなったら、誰も中国のパンツなどは買わないだろう。中国が抱える時限爆弾中国が抱える時限爆弾 二〇一〇年までは中国の対外輸出の毎年の伸び率は驚異的な二五%前後であったが、二〇一五年に入って一~七月で〇・八%減と、ついにマイナス成長へと転落した。 GDPに占める輸出の割合(輸出依存度)は二〇〇六年に三六・六%だったものが、二〇一四年には二二・六%に落ち込んでいる。その分、内需が増えたのかといえば、前述のように国内消費の割合は低下の一途を辿っている。 では、何が穴埋めしたのかといえば、やはり過剰投資ということになる。しかし、その過剰投資がもはや持続できない状態になっている。GDP速報値を発表する中国国家統計局の盛来運報道官=2015年10月19日、北京(共同) 一方で、貿易依存度は二〇%以上。日本が一〇%程度だから日本よりも倍以上も外需に左右されやすいということだ。 しかしはっきりいって、中国という人口十三億人の国が輸出で経済を支えるというのは、最初から無理がある。 いまの中国では、衣料品をつくる工場をフル稼働すれば、世界の需要の二~三倍くらいの衣料品を生産できるから、中国経済が永遠に成長するには月で新しい市場を開発するしかない、といった冗談が囁かれている。もっとも、残念ながら宇宙人はパンツを履かないから「月市場」は夢のまた夢である。 中国がこれ以上、対外輸出の拡大を続けるには、たとえばドイツや日本のように、高い技術力で付加価値の高いものを作るしかない。日本では下町の町工場でも世界中で誰も作れない高い技術があるから、輸出経済は常に維持できる。 しかし、中国にそんなものはない。パンツは誰でもつくれるし、東南アジアなら中国よりもっと安くつくれる。だから日本や欧米も、工場を東南アジアに移す動きが加速しているし、中国の安い労働力による価格競争力がどんどん奪われている。 こうして中国の経済成長モデルは、完全に行き詰まってきた。だから〇%成長、あるいはマイナス成長に陥るのはむしろ当然のことであろう。そして今後、〇%成長かマイナス成長が続くなかで、失業の拡大による内需のさらなる低減と景気のより一層の悪化は必至だろう。 同時に、いまの中国経済は「不動産バブル崩壊」と「シャドーバンキングの破綻」、そして「地方財政の破綻」などのいくつかの「時限爆弾」を抱えているが、〇%成長かマイナス成長の状況下でそれらの「爆弾」が一つでも爆発すれば、あるいは同時に爆発すれば、中国経済は確実に死期を迎える。株価バブルは一発逆転の花火 最後に、上海株暴落の経緯とその理由について触れておこう。 上海総合株価指数が五一六六ポイントという七年ぶりの高値をつけたのは今年六月十二日のことだが、その直後から暴落が始まり、七月三日までの三営業日で約三〇%近い暴落が起こった。 これに慌てた中国政府は、六月二十七日には四回目の追加利下げを行い、七月三日には中国証券監督管理委員会(証監会)が新規株式公開(IPO)の抑制を発表。さらに七月八日には、持ち株が五%以上の株主を対象に向こう六カ月、株式売却を禁止する措置を打ち出すなど、およそ「自由市場」と呼ぶには程遠い無茶苦茶な施策を打ち出した。 これでようやく暴落が収まり、反転したかに見えた株式市場だったが、七月二十七日には一日で約八・五%の下落という二〇〇七年以来、最悪の大暴落となった。 六月末から七月初旬の暴落時に異常だったのは、過半数の一千四百銘柄が売買停止となったことである。要するに、一千四百社もの上場企業が、自社株の暴落を防ぐために自ら売買停止にしたわけで、世界の経済史上では前代未聞の話である。 その時点で、上海の株式市場は半ば死んだも同然である。 もともと、六月中旬までの株価の上昇はまったく異常な株バブル状態であった。実体経済が凋落しているなかで、二〇一四年十一月末に二五〇〇ポイントだった株価は、僅か半年で五〇〇〇ポイントを超え、二倍以上になってしまった。どう考えても、実体経済の下支えのないバブルだったのである。 ちょうど土地バブルの崩壊が顕在化して経済の減速が見え始めてきたため、中国政府は去年十一月に利下げを行い、さらに今年二月、五月と相次いで利下げした。金利が下がったことで、銀行に預けるよりも株取引したほうが儲かるということになる。資金はどんどん株式市場に流れ込んだ。 さらなる金融緩和の期待、政府が信用取引を推奨したことも、株高を後押しした。信用取り引きを推奨した結果、中国株の信用取引の規模は一年間で五倍にも膨らんだと報じられている(日経新聞二〇一五年五月二十一日付)。 要するに、中国の実体経済が絶望的な状況になっているからこそ、中国政府は最後の一発逆転の花火として株価バブルを仕掛けたわけである。打ち出した延命策がかえって命取りに しかし、このような官製相場としての株バブルは当然、いずれ弾けることとなる。 そもそも信用取引は借金で株投資をやっているような状態だから、信用取引をやっている投資家は株価が下がることにすごく敏感である。だから、何か動きがあればすぐに売ってしまう。 しかも政府が株式投資を煽ったせいで、この半年で株式市場に新規参入者がどっと増えた。二〇一四年末に一億八千万だった個人の証券口座数は、二〇一五年六月には二億二千五百万と実に半年で四千五百万件、割合にして二〇%も増加している(三菱東京UFJ銀行「経済レビュー」二〇一五年七月二十四日)。 こういった新規参入者が信用取引に手を染めると、どうせ借金して買ったものだから、儲かったところで一斉に売る動きに出るようになる。そして、ひとたび株価が下がるとそれを見てさらに売りが加速するという、パニック売りが起こりやすくなる。 さらにもうひとつの要因としては、中国株を外国人投資家に解禁したことがある。中国には上海と深セン、二つの株式市場があるが、以前まではそれぞれの市場において、中国人だけが売買できるA株と海外の投資家も買えるB株とに分かれており、完全に開かれたマーケットではなかった。 そこで中国政府は二〇一四年十一月から、海外の投資家も香港経由で上海A株を買えるようにした。 しかし、外国投資家は中国経済の実態をよくわかっているから、利益を確保したところで売る。 そうなると、中国国内の信用取引をしている投資家も慌てて一斉に持ち株を処分し、恐慌売りが始まる。そうした仕組みによって、大暴落が起こりやすくなっていたわけである。 六~七月の暴落以降、政府はさまざまな株価維持政策を乱発したが、一旦は上がるもののその数日後には再び暴落が起こるといったように、乱高下が止まらなくなってしまった。こうしたことが繰り返されることで、株市場も崩壊していく。 同時に、株が暴落していくことによって損失を抱えた投資家は、手持ちの不動産を売却してそれを補填しようとするから、不動産価格の下落に拍車がかかる。そうしたことが国民の消費マインドにも大きな影響を与えて内需がさらに落ち込み、実体経済に悪影響を与える。 そうした負のスパイラルが起ころうとしているし、すでに一部では起きている。 このように見てくると、習近平政権は株バブルを煽って中国経済の延命を図ったが、結果的にそれが中国経済の命を縮めることになった。 そして、実体経済がすでに沈没しているなかで、「株バブル」という最後の延命策が失敗に終われば、今後の中国経済を待っているのは崩壊という結末しかない。われわれはいま、今世紀最大の経済崩壊劇を目撃している最中なのである。   

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    エコノミスト誌元編集長「中国の懸念は経済ではなく政治である」

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 エコノミスト誌元編集長のビル・エモットが、中国の株式市場の崩壊に関して、真の問題は経済的なことではなく政治的なことである、との論説を8月28日付フィナンシャル・タイムズ紙に書いています。 すなわち、中国の株式市場のバブル崩壊に関心を持ち、懸念を抱くべき真の理由は、経済ではなく政治にある。本件は、3つの大きな政治的問題を提起している。 第一に、長年、中国の大きな強みの一つは、その権威主義的な政府は、民主主義政府よりも、うまく意思決定、遂行、経済改革の舵取りが出来ることだ、と言われてきたが、それに疑問符がついている。温家宝前首相(画像:Getty Images News) 温家宝首相(当時)が全人代で、中国の成長は不安定、不均衡、不調和、持続不可能である、と言ったのは8年前である。これは、投資集約的で汚染に満ちた経済成長から、よりクリーン、ハイテク重視、消費者主導の多様性への移行という新たな改革の宣告だったのだろうが、殆ど実現していない。中国の大気と水は今までになく汚染されている。投資が成長の駆動力としては大きく弱まり消費が重要性を増したように見えるが、単に統計上そう見えるだけである。 2007年に温家宝が求めたような変革では、政治指導者は、大衆の信頼と社会的調和を維持しながら、利害関係者間の調停をする必要がある。そのために中国共産党は、過去2年間、政治的支配を強化しようとしているが、これまでのところ、これらの経済改革を上手く実行できていない。 第二に、株式市場の崩壊から何らかの真の国内的な結果があるとすれば、損失を被った投資家の怒りが、失業率の増大等と相俟って、共産党指導者に対する大衆の反発につながる可能性である。問題は、そのような反発がどれくらい大きくなるか、それが深刻になった時に党がどのように応えるか、である。温家宝が言った「四不」への対応の失敗は、共産党が大衆の騒乱を如何なる犠牲を払っても回避したがっていることによるところが大きい。 第三の大きな政治的問題は、経済的緊張が東アジア、東南アジアの近隣国への中国の行動にどう影響するか、である。これが懸念すべき最大のものである。最悪なのは、経済的緊張への対応として、中国政府あるいは軍がナショナリズムを煽り、東シナ海・南シナ海において、日本、ベトナム、フィリピンその他の国々との領域紛争をエスカレートさせることである。そういうことが起きれば、株式市場の崩壊など空騒ぎにしか見えなくなるだろう、と述べています。出典:Bill Emmott,‘We should worry about China’s politics not the economics’(Financial Times, August 28, 2015)http://www.ft.com/intl/cms/s/0/b14c5de2-4bd0-11e5-b558-8a9722977189.html?siteedition=intl#axzz3k80BQ...* * * エモットは、最近の中国の株式市場のバブル崩壊が提起する政治的問題として、1)これまでの投資主導の経済からの移行がうまくいっていない、2)株の暴落で損失を被った投資家の怒りに、失業率の増大等が加わって、指導者の恐れる大衆の反発が起きる可能性がある、3)国内の経済的不安への対応として、中国政府、あるいは軍が東、南シナ海での紛争をエスカレートさせる恐れがある、ことの3つを挙げています。 1)は以前から指摘されていることであり、国有企業等既得権益者の抵抗、汚職追放運動で、多くがイニシアチブを取ることを恐れていることなどのため、改革が進まないと言われています。経済の基本的構造改革は、いつどの国にとっても容易ではありませんが、この改革は中国経済の持続的発展に不可欠であり、中国政府は多くの難問を抱えつつも、今後ともその実現に努力していくでしょう。 2)について、中国政府が大衆の反発を恐れているのは、その通りです。一時期から反日デモが行われなくなったのは、反日デモが反政府デモに転嫁することを恐れた中国政府が押さえたためです。ただ今回の株価の暴落に際して、これまで損失を被った個人株主が大挙抗議したとの報道はありません。中国では株主の8割は個人で、昨年の株価の急騰に際して、金を借りてまで株を買った者が多数いるといいます。今回の暴落で被った痛手は少なくないと考えられますが、今のところそれが大衆の怒りにまでは発展していません。ただ、大きな損失を被った個人投資家の今後の動向から目を離せないというのは事実でしょう。 3)の国内の問題から目をそらせるために対外的緊張を作り出すというのは、古典的対応であり、中国が内政で行き詰まった時、攻撃的な対外政策を推進するのではないかとの恐れはこれまでも論じられてきました。その恐れは常にありますが、今回の株価の暴落を契機として、中国が東、南シナ海での紛争をエスカレートするというのは言い過ぎでしょう。上記2)にいう大衆の反発が大規模に起きるようであればエスカレートの可能性は考えられますが、そのような反発は起こりそうにありません。 攻撃的な対外政策の推進は当然のことながらリスクを伴います。よほど国内的に行き詰まらない限り、そのような行動は起こさないでしょう。ただ南シナ海、東シナ海の緊張は、中国当局の意図とは別に、何らかのきっかけでエスカレートする危険があります。中国と日本、その他の関係国はそのような危険の防止のための、平時の意思疎通の手段などを講じるよう努めるべきでしょう。

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    中国の自壊が始まった!

    6月に起こった上海株暴落は実体経済の下支えがなかったことに起因している。李克強指数を見れば、中国経済の凋落ぶりがよくわかる。われわれはいま、今世紀最大の経済崩壊を目にしているのだ。

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    どん底の中国経済―バブル崩壊は止まらない

    渡辺哲也(経済評論家)ミンスキーの金融不安定仮説と  中国のいま  中国経済の瓦解が進んでいる。6月中旬から始まった中国の株式バブル崩壊、ギリシャ問題深刻化を受けた7月8日にはついに最高値から30%を超える水準まで暴落した。中国政府はこれを食い止めるため、プライス・キープ・オペレーション(PKO)等さまざまな強行策を取ってきた。これにより一時的に立ち直ったかのように見えた株価であるが7月28日に再び暴落を起こし、セカンド・ショックが発生してしまった。その後の天津大爆発という実体経済に大きな負の影響を与える出来事を挟み、お盆明けの8月18日から再び下落を始めた。実体経済の悪化予測が深まるなかで8月24日には株価が年初来水準を割り込み、政府が取ったさまざまな政策は無に帰したといえる。  中国のバブル崩壊は、中国のみならず世界の金融市場にも大きな影響を与えている。中国発の株価崩壊は米国や欧州にも波及し、それがアジア市場にも大きな影響を与えてしまった。日本も例外ではなく、日本の株価も一時1万8000円を割り込む展開になっている。  これにより世界で失われた時価総額は7兆ドルを超える水準になっているといわれており、市場からの大量の退場者を生み出している。世界の投資家はリスクオフに動き、これが市場全体の資金量を一気に消失させている。また、これに連動する形で為替も大きく動く展開になっている。これは手仕舞いに伴う資金の巻き戻しが発生しているためであり、「世界のリスクが高くなる=円高に動く」というサブプライムの際からの流れは変わらない。  これは日本経済の信頼性が高いことの裏返しであり、決して悪いことではないのであるが、円高は企業の業績を大きく悪化させる要因であり、「円高=株安」という形で市場に大きな影響を与えてしまうのである。そして、この繰り返し来る波により震源地である中国以外の市場では織り込みが進むとともに変動リスクは緩やかなものになっていく。  しかし、震源地でありバブルに踊った中国にとって、これは非常に大きなダメージになる。のちに述べるが中国の株式バブルは他の市場のバブルが臨界に達したためであり、最後の砦的な意味合いがあった。この中国の大変動を受けて、外国人投資家たちの離脱が進むことになる。同時に張り子の虎といわれてきた中国経済の真の姿が国際社会に知れ渡り、中国を儲けの対象にしてきた人や国に態度変化を生むのである。  ところで昔から、経済は生き物であるといわれているが、現在の世界をそのような観点から見てみよう。経済学においても、経済を生態系に例えたり、社会学的に捉える動きが強まっている。いわゆるシカゴ学派を代表とする新自由主義の台頭により忘れられていた「ハイマン・ミンスキー」の再評価がその典型例であるといえよう。ミンスキーの理論は、サブプライム問題時、世界最大級の債券ファンドであるPIMCOのポール・マカリーにより取り上げられ、再び脚光を浴びることになったのである。ミンスキーの金融不安定仮説とは以下のようなものである。 (1) 経済が好調なとき、投資家はリスクを取る (2) リスクに見合ったリターンが取れなくなる水準まで、リスクを取る (3) 何かのショックでリスクが拡大する (4) 慌てた投資家が資産を売却する (5) 資産価格暴落 (6) 投資家が債務超過に陥り、破産する (7) 投資家に融資していた銀行が破綻する (8) 中央銀行が銀行を救済する(“Minsky Moment”)  そして、最初に戻るというものである。  彼は金融を「通常金融」「ヘッジ金融」「投機的金融」「ポンツィ金融」という4種類に分類し、ポンツィ金融の割合が高まれば高まるほど金融全体が不安定化するという理論である。では、ポンツィ(Ponzi)とは何かという話になるのだが、ポンツィというのは出資金詐欺やねずみ講で有名になった詐欺師の名前であり、詐欺的金融をポンツィ金融やポンツィスキームと呼ぶのである。  では、いま中国はどの過程にあるのかということになるのだが、現在、中国は(3)と(4)の過程にあるといえる。そして、バブル崩壊の本格化は(5)のプロセスが発生したときに明確化する。  日本でもそうであったように、バブルは弾けてからわかるものといわれるが、株価暴落のような象徴的出来事と小康状態を繰り返しながら、被害が経済全体を蝕んでいくのだ。そして、それは短期的なものから長期的なものに波及し、金融システムそのものを壊していくのである。バブルの崩壊は連鎖するのだ。  この連鎖には商品の時間的性格から時間差が生じる。短期的商品の代表格が市場で容易に売却できる株式であり、中長期的な商品の代表格が換金に時間がかかる不動産や掛ける期間が長い保険になる。現在は、さまざまなデリバティブやリートのような債券化商品の登場により、この商品間の連動性は高まり、連鎖するまでの時間が短くなり、影響も大きくなる傾向にある。株価下落を示す証券会社のボード前で、顔を覆う個人投資家=8月25日、中国海南省海口市(共同)  再び中国に戻ろう。中国の株式バブル発生過程と前提条件を見ていこう。中国の株式は、6月中旬の最高値をつけるまでの1年間に約2・5倍程度、年初から60%近く上昇していた。この原因にはさまざまなものがあるが、最大の理由は他の商品の利回りがリスクに見合わなくなったためであり、魅力的な投資先がなくなったことが原因だと考えられている。 第2のサブプライム問題か  まずは、不動産から見ていこう。不動産は価格と家賃から利回りが算定できる。たとえば、月5万円の家賃が得られる物件があったとしよう。この場合、年間に得られる家賃は5万×12で60万円ということになる。この物件の価格が1000万円ならば年利回りは6%ということになる。これが2000万円まで値上がりすれば年利3%、3000万円まで値上がりすれば年利2%という計算になる。じつはすでに中国の都市部の不動産利回りは2%以下まで低下しており、1年物の定期預金金利以下の状態になっていたわけである。すでに不動産は投資対象にならない状態だったのである。  日本でも中国人の日本国内の不動産購入が話題になっているが、これは中国の国内不動産では運用利回りが稼げないためであり、日本の不動産利回りが中国を大きく上回るからにほかならない。日本でもバブル末期、日本人の海外不動産購入が話題になったが、これも同様の理由からであった。  次に債券を見ていこう。中国の債券市場の市場規模はシャドーバンキング(銀行システム以外の融資)などを含めると600兆円以上といわれている。そのうち、比較的安全な社債だけでも150兆円程度といわれているわけであるが、この社債市場にも暗雲が広がり始めたのである。中国の社債発行企業の多くは大企業であり、中央政府や地方政府、そして、その親族などが関係する企業である。このため、中国人の多くが、政府が救済に入るため倒産することはないと見ており、安全な商品として取り扱われてきた。これを「暗黙の保証」と呼ぶ。しかし、中国政府は他国政府からの強い批判とその額の拡大から、破綻を容認する方針に切り替え始めた。これにより、中国の社債市場の政府による暗黙の保証は崩れ去った。当然、暗黙の保証がないとなれば、リスクが強く認識され、社債の価格は下落し、投資する人は大幅に減少する。  じつはサブプライム問題の本質もここにあり、フレディマックやファニーメイなど米国政府機関債に対する暗黙の保証が失われたことで、債券価格が暴落した影響が大きい。債券には政府保証がないと明記されていたが、民間企業ではあるが政府機関債である以上、最終的には政府が保証すると投資家が勝手に信じていたのである。しかし、これが否定されたことで、債券の価格が暴落し、銀行などに膨大な損失をもたらしたのであった。  比較的安心とされる社債市場がこの状況になったわけであり、それより危険度が高いシャドーバンキングは、それ以上のリスクが認識される結果になっていた。中国のシャドーバンキングには、大きく信託会社などが販売する「信託商品(ファンド)」と銀行などが販売する主に個人向けの「理財商品」というものがある。信託商品というのは、銀行などを介さず、資金を必要とする先に信託会社が直接融資を行ない、それを販売しているものである。理財商品というのは「融資平台」を用いて、融資を行ない、それを小分けして銀行などが販売している金融商品である。  この「融資平台」が最も活用されたのが不動産関連融資である。中国の中央政府は地方政府による債券発行を禁じていた。また、中央政府が地方政府の財源の多くを奪ってしまったために、地方政府としては独自の財源確保をせざるをえなかった。そして、地方政府の財源確保に利用されたのが先ほどの「融資平台」というものである。簡単にいえば、地方政府が別会社をつくり、不動産を担保に金を借りて、不動産開発を行ない、それを分譲することで利益を得ていたのである。銀行などがこの債権を小分けして顧客に小売りしていたわけである。この仕組みは不動産価格が上昇を続け不動産開発が成功するという条件のもとでしか成立しない。不動産価格が下落に転じるなどで原価割れしたり、不動産開発が途中で止まってしまった場合、破綻してしまうのである。  じつは、この構図は、サブプライム問題での銀行の簿外債務やバブル崩壊で大きなダメージを負ったドバイとほとんど同じものであり、先述の不動産利回りなどから多くのものが借入金利よりも利益が少ない逆ざや状態に陥っている、または陥るものと思われる。この場合「資本蚕食(利払いなどで資本が食われる)」が発生し、最終的に資本を食い尽くしたときに破綻が表面化することになる。中国の各所で発生している「鬼城(開発途中で止まってゴーストタウン化した街)」の金融部分はこれが支えているわけである。当然、このような状態であれば、債券市場は不活性化し、債券市場からのキャピタルフライト(資金逃避)が発生する。この資金の流れた先が株式市場であったとも考えられるのである。  そこで、中国の株式市場の市場規模は1年で4兆ドルから、中国のGDPと同レベルの10兆ドル程度まで拡大した。この拡大資金は、不採算に陥った不動産や債券市場から流れ込んだお金と「信用取引」などにより膨れ上がった「フェイクマネー」であったと考えられる。これが一気に失われたのが6月中旬からの株価下落(400兆円以上)であったといえる。この事態を受けて中国側は大胆かつ強行的な政策を取ったわけである。  それは、IPO(新規上場)の停止、大口投資家や経営陣などに対する1年間の株式売却禁止、「悪質な空売り」の禁止、下落株の売買停止など規制措置と証券会社などによる株式買い上げPKO、信用取引向け融資を行なう国営中国証券金融による証券会社に対する資金供給、中国人民銀行による証券会社向け特別融資(特融)などである。  市場は市場原理で動く。価格は売り手と買い手の需給バランスで決まり、買いよりも売りが少なければ上がり、売りよりも買いが少なければ下がる。意図的に売りが出ないようにして、買いを増やし価格の操作を行なったのである。そして、その規模も非常に大胆なものであった。1番の急落を示した7月8日の売買停止銘柄は全株式の49%に及び、ストップ安を含めると74%にも達したのである。つまり、市場の4分の3が売りたくても売れない状態に置かれたわけである。  このような一連の政策により一時的な回復を見せた中国の株式市場であるが、これは安定した流れにはならなかった。7月28日に約8・5%下落するセカンド・ショックが訪れたのである。この原因はさまざまだが、国際社会からの強行的な政策への批判から株価対策が打ち切られるという噂や「中国の実体経済を示す指数などが悪かったこと」が大きな要因といわれている。いくら株価を釣り上げたところで、実体経済が悪く企業業績が改善されなければ、配当は減少し、破綻リスクも高まるわけである。現在 中国本土の予想配当利回り(PER)は20倍程度であるが、非金融分野だけでみれば40倍以上であり、高すぎる水準にあったし、いまもあるといえる。これが改善されるためには景気が改善され、実体経済がプラスに転じる必要があるが、現在のところこれは厳しいといわざるをえない。 中国を苦しめる構造問題  次の段階で問題になるのは株価下落と追証による破綻問題ということになる。中国では信用取引の割合が高い。中国の信用取引であるが、証券会社によるものは4倍程度と日本と大きくは変わらないのであるが、中国には全土で1万社以上の「外部配市」という証券専門の金融会社が存在し、株式を担保に資金を貸し出しているのである。そして、そのレバレッジは平均で10倍以上になっている。外部配市は株式が担保であるため、空売りができず買いしかできなかったわけである。  株価の急落はこのような信用取引を行なっていた人を大変な事態に追い込むのである。10倍のレバレッジで取引していた場合、買った価格よりも1割株価が下落すると全損扱いになってしまう。今回の急落では大きな値動きがあったため、これに該当する人が多数出ていると考えられる。今年に入り、中国の証券口座の数は昨年末の1億8000万口座から2億2500万口座に4500万増加した。この多くの人たちは膨大な損失を抱える結果になっているだろう。中国の旺盛な消費は、このような新興富裕層に支えられていたことは間違いなく、株価下落によりこれが抑制されるのは間違いのないところであろう。このような人たちの損失補てんのための資産売りもこれから始まるものと思われる。  なぜ、中国人が資産運用に熱心かといえば、これには歪んだ急速な発展に伴う社会保障制度の未整備が指摘できる。中国では公的年金制度が整備されておらず、自己の老後の資金を自ら用意しておく必要がある。また、1979年から始まった一人っ子政策により、老後の扶養を子供たちに容易に頼れない構造にもある。一人っ子政策開始から30年以上が経過し、1人の子供に両親とその祖父母がのしかかる構造になっている。今回の暴落は、資産を維持しなくてはいけない高齢者にも被害が及んでいる可能性が高く、これはデフォルトが増加傾向にある理財商品とともに大きな社会問題化する可能性も高い。  すでに、中国は重大な構造的問題に直面している。  1つは先ほど述べた少子化による人口ボーナスから人口オーナスへの変化であり、低賃金の若年層労働者が多く発展しやすい社会から、中高齢の高所得労働者が増加し効率の低下する社会への変化である。もう1つは「中進国の罠」と呼ばれる賃金上昇に伴う国際競争力低下である。年間の平均賃金が1万ドルを超えると、国際企業はさらに低賃金の地域に活動拠点を移し、国内企業は賃金コスト上昇により国際競争に勝てなくなるというものである。この問題を解決するためには、知的所有権やオンリーワンなどそこでしか作れないものを多数保有する必要があるが、中国の場合、いまだ組み立てなど「人口集約型産業」が中心であり、このプロセスに移れている企業はほとんどない状況なのである。  挙げればきりがないのだが、何よりの問題は中国の国家的粉飾ということになる。中国政府が出す数字は信用できない。鉄道貨物の輸送量を示すデータが10%以上のマイナスであり、電力消費量も低下するなかでGDPのみが7%成長を維持する。地方政府のGDP合計と中央政府のGDPで4兆円以上の誤差があるなど、中国の公表数字は何1つ信頼に値しない。英国の独立系調査会社ファゾム・コンサルティングによると、同社の試算では実際の成長率は公式統計の半分以下だったとされているのである。  これは国だけの問題ではない。国以上に企業の中身もわからないところがある。日本が関係するものとして、LIXILが買収した中国子会社の粉飾発覚と破産、江守グループホールディングスの中国子会社の粉飾による破綻がその典型といえるのだが、中国企業の決算とその内容には不透明な側面が強い。このような粉飾の多くは手元資金の枯渇により発覚する。企業は赤字でもつぶれない。企業の倒産原因は手元資金のショートであり、融資でも何でも手元資金さえ確保できれば倒産しないわけである。そして、企業が破綻した場合、売掛金の回収不能などの形でその関係企業にも影響が及ぶ。企業の倒産は連鎖するのである。  また、今回の株式バブル崩壊は、「財テク」で手元資金の流動性を確保してきた企業の粉飾を表面化させる可能性が高いといえる。日本でもバブル崩壊期、企業の投資失敗による破綻が大きな問題になったが、中国でも同様の事態を迎えるケースが増加すると思われる。そして、これは銀行や保険会社など貸し手側にも波及する。  企業同様、中国の銀行のバランスシートや資産内容には不透明な部分が多い。中国の4大銀行はすべて事実上の国営であり、共産党の意思でいかようにも動く部分があり、その実態もよくわからない部分が大きいのである。じつは遡ること2年前、2013年6月、中国の銀行間市場に大きな異変が起きていた。一部銀行の信用不安と銀行の手元資金の枯渇から銀行間金利が高騰し、オーバーナイト(翌日返却)の金利が一時30%以上まで上がっていたのである。中央銀行による銀行への特別融資によりこれは解消されたわけであるが、本質的な体質改善が行なわれている形跡はなく、今年に入っても特別融資が行なわれている実態がある。 企業の命運を決めるとき  最後に、バブル崩壊による日本経済への影響だが、これが株式市場に限定されているかぎり軽微であるといえる。なぜならば、今回崩壊した中国の株式市場は主に中国人向けのものであり、中国国内の貸し出しのほとんどが人民元建て取引であるからである。ある意味、自由化されていなかったことが他国への波及を抑制する形になっているわけである。  しかし、バブル崩壊は連鎖し、消費の減退と不良債権処理などを通じて、日本にも大きな影響を与える可能性が高い。都心の不動産価格上昇は、中国人の積極的な投資が大きな要因になっており、都心部の百貨店などの消費も中国人観光客が支えているのも事実。また、日本企業のなかでも中国関連の事業の割合が高い企業があるのも事実で、中国の経済悪化がそのような企業の業績を悪化させる可能性も高い。しかし、中国関連企業といってもさまざまなものがあり、すべてを同列に語るのは間違いであろう。中国のバブル崩壊で最も影響を受けやすいのは、中国で生産し輸出している企業ではなく、中国の内需向け割合が高い企業ということになる。  すでにこれは日本の株価にも反映されつつある。中国関連株は中国の指標や株価に連動するのである。投資家は企業の業績予測を基に株式の売買を行なっている。株価が一種の未来指標といわれるゆえんでもある。当然、これは当事者である企業側も意識しており、まともな経営者ならば適切なリスクマネジメント体制を敷くことになる。そして、結果的に企業業績へのリスクが軽減されていくことになるのである。  しかし、深入りしすぎてしまった企業や依存度が高すぎる企業にはこれは容易ではないだろう。中国の場合、計画経済的側面と政府による大胆な強行策が取れるため、一般論で語るのは難しい部分もあるが、一般的にバブルの崩壊が始まってから、それが実体経済に反映され、影響が顕著化するまで半年程度かかるといわれている。この残された時間にどのような経営判断をするかが、今後の企業の命運を決めるかもしれない。   

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    中国の経済的パワーを封じ込めるのは得策ではない

    丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授)減速の様相 先ごろ中国の国家統計局は2015年7~9月の中国の経済成長率が6.9%だったと発表した。この数字を額面どおり受け取れば、ほぼ2015年の成長率の目標(7.0%)どおりに進んでいると評価できるはずである。だが、このデータが発表された直後の10月24日に中国の中央銀行は2014年11月以来6回めとなる基準金利の引き下げを行った。各四半期のGDP成長率を見ると、10%から7%程度の「新常態」へ緩やかにランディングしているようにみえ、かなり大きく上下動している日本のGDP成長率とは好対照を見せている。それなのに、なぜ金融緩和がせわしなく繰り返されるのだろうか。 それは中国政府が経済の実態が6.9%という数字から示唆されるよりももう少し悪いとみているからだと思われる。だが、本当のところどれぐらい悪いのか、そしてこの悪い状態はどれぐらい続くのかがきわめてわかりにくい。おそらく中国政府当局にも経済の実態に関する相矛盾するデータが入ってきてなかなか判断がつきにくい状況にあるのだと思う。 例えば、鉱工業は明らかに不況といっていい状況にある。主要な鉱工業製品27品目の2015年上半期における生産実績を見ると、粗鋼生産量はマイナス1.3%、自動車生産台数は2%増、発電量は0.6%増と軒並み低い数字が並んでいる。経済全体の成長率(7.0%)を超える伸びを示したのは化学繊維、非鉄金属、ICのみにすぎない。鉱工業全体の成長率は主要鉱工業製品の生産量のデータから推計されていると見られるが、各製品の生産量の数字と、2015年上半期の鉱工業成長率(6.0%)を比べてみると強い違和感を禁じ得ない。私はこの6.0%という数字は過大評価である疑いが強いと考えており、鉱工業の成長率は実際には1%台だったとみている。 一方、第3次産業を構成する各産業についていえば、金融業が上半期に17.4%も成長するなどおおむね好調である。鉱工業がかりに1%台しか成長していなかったとしても、第3次産業がもし当局発表どおりに伸びたのだとすれば、中国経済全体としては上半期には5%台の成長をしたと推計できる。いや第3次産業の数字だって怪しいと疑問を投げかけることもできるが、こちらの方はクロスチェックするのに使えるデータがきわめて乏しい。公式発表の数字を疑おうにも、その拠り所になるような数字が見つからないのである。 一部には中国の輸入額が減少しているから本当はマイナス成長している、という人もいるようだが、その議論には無理がある。たしかに2015年1~9月の輸入額は前年同期に比べて15%も減少している。何が減少したのかを見ると、原油の輸入額がマイナス41%、精製油の輸入額がマイナス36%、鉄鉱石の輸入額がマイナス42%と下落幅がきわめて大きく、これら3品目だけで中国の輸入額減少に対する寄与率は50%にもなる。ところが輸入の数量をみると、これら3品目とも若干増えているのである。つまり、これら3品目の輸入額が減少したのは中国の輸入需要が減ったからではなく、もっぱら国際的な一次産品価格の下落の影響なのである。たしかに輸入統計のなかには自動車の輸入台数が106万台から82万台に減少するなど、内需の弱さを示唆する部分もある。しかし、輸入減少の最大の原因は一次産品価格の下落にあるため、輸入額の推移から中国の国内経済の状況を占おうというのは無理がある。減速の理由 減速の理由 中国経済が減速し、とりわけ鉱工業が不況の状態に陥ったのは、2008年のリーマンショック以来続けてきた投資主導の成長路線に限界が来たことによる。リーマンショックによる輸出減少という事態を打開するために中国政府は4兆元の公共投資によって景気浮揚を試みた。これに呼応して地方政府も積極的にインフラや住宅の投資を進めたため、中国全体で建設ラッシュが続いた。2008年に北京・天津間で第1号の路線が開業したばかりの高速鉄道は、2014年末には総延長が1万6000㎞にも達した。1964年の開業から50年かけて2600㎞あまりのネットワークを作った日本の新幹線網の6倍以上の長さをわずか6年ほどどで築き上げてしまったのである。また、全国の都市で高層マンションがすさまじい勢いで建設されている。石炭産業の不振によって失業問題に苦しんでいる東北部の地方都市を去年訪れたが、そこでも不況を振り払おうとするかのような住宅建設ラッシュが見られた。日本のテレビで「ゴーストタウン」が建設されていると紹介された内蒙古自治区のオルドス市では、都市部人口130万人ほどの都市で、2014年9月時点で住宅の売れ残りが3万8000戸にもなるという。年間に売れる住宅の数は1万数千戸程度なので、3年分の売れ残りがあることになる。中国四川省で人民元紙幣を数える銀行員(共同) こうした建設ラッシュによって鉄鋼、セメント、建設機械などの需要が高まり、高い成長率が続いてきた。しかし、インフラがある程度整備されれば投資を減速せざるをえないし、住宅は買い手がつかなければ不動産開発会社の経営が行き詰まるだろう。国民一人当たりの高速道路と高速鉄道の長さを日本と中国で比べてみると、高速道路では中国はすでに日本の1.2倍、高速鉄道では日本の6割の水準にある。中国の交通インフラはすでに相当充実しており、その分今後建設する余地は大きくないと言えよう。 住宅については、2014年3月頃まではほとんどの都市で新築住宅の値上がりが続いていたので、投資過熱ではないのかという不安感をよそに投資が続いていた。しかし、2014年の5月の連休を境に多くの都市で住宅の値下がりが始まり、夏から秋にかけてはほぼ全国で価格が下落し、バブル崩壊の様相を呈した。2015年3月になって政府が住宅購入に対する規制を緩めたこともあり、値上がりに転じる都市が次第に増え、2015年9月の時点では住宅価格の調査が行われている70都市のうち39都市では前月に比べて値上がりしている。だが、バブル崩壊前の2014年3月と比べてみると、バブル前の価格水準を上回っている都市は深圳、上海、北京、アモイ、広州、鄭州の6都市のみで後は下落している。そうした地域の不動産開発業者は売れ残りと値下がりのなかで厳しい状況にあると見られる。 中国経済の減速には国際的な側面があることも注目すべきである。中国はすでに世界最大の貿易大国であり、世界には輸出のうち中国向けの占める比率が高い国が少なくない。アジアで言えば、フィリピンは輸出のうち中国向けが34%、韓国は31%、台湾は27%、マレーシアは26%などとなっているし、中南米ではコスタリカが47%、チリが26%、ブラジルが22%、アフリカではガンビアが57%、南アフリカが51%、スーダンとアンゴラが46%、またオーストラリアは30%など、中国向け輸出への依存度が高い国が世界に散らばっている。 中国が原油や鉄鉱石や銅などの一次産品を盛んに輸入し、一次産品価格が高かった頃は、一次産品輸出国は活況を呈し、そのために中国からこれらへの輸出も活発化するという好循環が成り立っていた。ところが2013年から中国経済が減速すると一次産品価格も下がりはじめた。一次産品輸出で好調だった国々の成長率は下落傾向にあり、例えばブラジルは2013年の2.7%から今年はマイナス3%になると見込まれているし、南アフリカは2013年の2.2%から今年は1.4%へ、インドネシアも2013年の5.6%から今年は4.7%に下がると予想されている。注意したいのは、これらの国々の成長率の下落幅が中国の成長率の下落幅よりも大きいことだ。つまり、「中国がくしゃみをしたら、熱を出して寝込んでしまう」国が世界には少なくないのである。いまや一次産品価格下落→一次産品輸出国の経済低迷→中国からの輸出も低迷、という負のスパイラルに入ってしまっている。 今後の中国の景気回復へのシナリオにおいても中国と新興国の連関を念頭におく必要がある。2009年の時のように国内での公共投資によって景気回復を目指すのは当面控えられるだろう。なにしろ前の投資ラッシュで形成された在庫がまだ売りさばけていないような状況なのである。それよりもむしろ新興国で先に需要が回復し、中国からの輸出増加が刺激されて、国内での設備投資も活発化するという国際的な連関を利用した景気回復のシナリオの方が現実性がある。 そのように考えれば、中国が昨年来、アジアインフラ投資銀行(AIIB)、新開発銀行(BRICS銀行)、シルクロード基金、一帯一路構想など、海外でのインフラ投資への資金提供にがぜん力を入れ始めたのは、景気回復の戦略としては理解できる。そうした動きが、国際政治のなかでの影響力増大という政治的インプリケーションを持つとき、これまで新興国への資金の流れをコントロールしてきた先進国との間で一定の摩擦が起きるのは避けられない。ただ、中国の軍事的なパワーが外に溢れ出てくるのは歓迎できないとしても、中国の経済的パワーを中国国内に封じ込めておくのは決して合理的なことではない。中国主導の国際金融機関から資金を借りて、中国製の相対的に安価な資機材を買ってインフラ建設を行うという選択肢ができつつあることは新興国にとっては歓迎すべきことであろう。

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    中国バブル崩壊 経済難民発生で日本に中国人自治地区誕生も

     中国バブル崩壊のもたらす影響は、経済的な側面にとどまらない。かつて警視庁で北京語通訳捜査官を務め、中国人犯罪に詳しい坂東忠信氏は、「経済難になると、日本に不法に押し寄せる中国人が激増する懸念がある」と指摘。他人の身分証明書を用いて中国の公的機関に旅券申請して日本に入国する「なりすまし」も横行しているという。本来は日本に入国できない人物がそこらへんを歩いているのだ。坂東氏が解説する。 * * *「日本は難民に厳しい」というのはあくまで机上の話だ。日本の難民申請は厳格とされ、2014年中の日本への難民認定申請者5000人のうち認定者はわずか11人だが、実は大きな抜け穴がある。 日本の難民認定システムは一旦却下されても、異議を申し立て再申請すれば改めて審査する間、滞在を認められる。しかも難民申請の審査には通常、半年~1年ほどかかるが、申請から6か月で就労が可能になり、堂々と働けるのだ。 その「裏ワザ」が知られたのか、現在、難民申請件数、異議申し立て件数とも急増している。2014年に初回申請で難民認定が却下され、異議申し立てをした者は2533人で1972年以降、最多となった。 大量の経済難民が発生すれば、人権派団体が騒ぎ立て、日本は審査待ちの難民であふれだす。そんな「なりすまし」や経済難民が増えたらどうなるか。 彼らは親族や近親者を拠点とし、家賃を安くするため単身者用のアパートに数人が一緒になって住み着く傾向にある。他の日本人が居づらくて退居すると、その空き室に他の中国人がこぞって入居し、たちまち中国人コミュニティができあがる。 すでに、一部の中国人コミュニティではゴミの分別などで近隣トラブルが起き、そのエリアは拡大しつつある。経済難民が大挙して訪れるようになれば、住宅や店舗でトラブルがあっても不法滞在者が絡むので警察を呼ばず、地域の中国人有力者が問題を解決するようになるだろう。そうして、日本に中国の自治エリアが誕生するという恐ろしい事態につながりかねない。 地方はさらに深刻だ。都市と違い警察官の数が少なく、犯罪の端緒をつかめない。また、車を中国人同士でシェアして乗り回すため、所有者と運転者が違うケースが発生している。交通事故を起こしても保険に加入していないために、被害者は「轢かれ損」だ。 日本政府は犯罪検挙数が多い国からの入国を制限するなど、法的措置を真剣に検討すべきではないか。中国が崩壊し、経済難民や「なりすまし」に日本を乗っ取られてからでは遅すぎるだろう。関連記事■ ネットに登場の「中国人クズ番付」など中国の民意に迫った本■ アジアで8割超が日本に好印象 中韓だけ日本嫌いの現実あり■ 中国人 日本のティッシュ・黒烏龍茶・ベビースターが好き■ 経済難で不法入国中国人激増 「なりすまし」が国内で横行中■ 中国の反日是非論争で「ホンダのバイクはすごい」の冷静意見

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    既に何度も自壊してきた中共の想像を絶する「凄み」

    平野聡(東京大学大学院法学政治学研究科教授) 中国共産党の「自壊」と一口に論じ、それがあたかも中国という国家の消滅と同義であるかのように語り喜ぶ風潮があるらしい。しかし筆者は、このような傾向は日本にとって危険であると考える。 むしろ筆者の見るところ、中共は既に何度も「自壊」している。そして中共は自壊しているなりに、生き残りや立て直しのため、想像を絶する権力闘争や国内の締め付けを繰り返してきた、そのような中共の「凄み」を、最近まで日本人の多くは深く認識して来なかったことこそ、最大の問題とはいえまいか。 戦後長らく、とりわけ日本と中華人民共和国のあいだに国交が樹立されたのち、多くの日本人は中共が支配する中国に一方的に期待し、「我々日本が過去を反省し援助すれば必ず発展する中国もそれに応え、日中友好が実現する」「中国に投資し飛躍的に発展すれば、市民社会がやがて成熟し始め、共通の市場や地域圏が出来上がる」といった思い込みをしてきた。 しかし中共の側では一度たりとも、「反省した日本との真の和解を実現し、共通の意識で結ばれた東アジアをつくろう」といった類の言説は生まれなかった。中共これまで発してきたのは、ソ連との対立や貧困・体制の危機からの生き残りのため、日本から引き出せるものは引き出すという限りにおいての対日ポーズであった。ソ連の崩壊や中国の一定程度の台頭によって、日本と戦略的に共有する利益がなくなってしまえば、ドライな競争的関係にならざるを得ないというのが中国側の認識である(林暁光「中日関係与中米日三角関係---?戦略利益的構造分析」王勇主編『中日戦略互信与合作』浙江工商大学出版社)。一応、馬立誠・時殷弘氏のように、中国の長期的な国益やイメージを考えれば対日融和が好ましいと説く議論も生まれたものの、その大きな戦略的意図として日本人を米国・台湾から引き離し、台湾問題を有利に解決するという目的があることは否めない。 要するに中共からみて、日本との関係はそれ自体が独立したテーマではなく、他の問題と連動して戦略的に判断されるべきものである。そして、他の問題が大きくなればなるほど、その問題から目をそらせるため、あるいは中共の生き残りの余地を増やすため、日本という存在から利益を引き出すかと思えば、日本を犠牲にすることも厭わない、という対応を重ねてきた。そうでなければどうして、最大の貿易相手国である日本との全面衝突を全く厭わず、しかも平和愛好的な日本人の多くを憤激させた尖閣事件を引き起こしたのだろうか? そして中共は、日本人は長期的戦略がなく、平和主義に忠実であろうとするあまり、短期的な問題で相手の不興を買わないようにしようと右往左往する傾向があるため、中共が主張を強く押し出せば通ると解釈し、その通りにして来たのであろう。 日本国内での常識の延長で、外国も広く共通の規範に則って行動するだろうと期待し、それが平和の基礎であると見なす立場と (勿論、それが一番良いに決まっている)、だからこそ論争はなるべく避けて「こちらが配慮すればあちらも配慮し応えてくれる」という立場、そして、その期待が外国の思いがけない行動に裏切られた結果、「最早理解不能。我々は関与しないので自壊を望む」と思考停止する立場は、どこか連続性がある。昔の中国文明は、騎馬民族の「夷狄=野蛮人」に対して散々な目に遭わされてきた結果、いつの間にか夷狄の内実に対して真剣に向き合おうとしなくなり、ひいては近代史においてかつての夷狄との関係で大失敗を被った。中国の「自壊」を云々するとき、日本人がいつの間にかかつての中国文明と同じような発想、すなわち「発展した文明人たる日本が、理解不能なチャイナの自壊を喜ぶ」余り、中共・中国の凄まじい内実や思惑に対して底の浅い理解しか出来なくなってしまうことを、筆者は深く恐れるものである。北京の中国人民銀行。景気減速への危機感から利下げに踏み切った(共同)中共「自壊」の歴史 それはさておき、冒頭で中共が既に「自壊」していると述べたが、その具体的な歴史的展開は以下の通りである。 中共の本来の存在目的は、中国を帝国主義者と立ち後れた社会(彼らの表現を借りれば「停滞した封建社会」)から救い出し、人類の進歩を担う生産活動の主役である労働者と農民を解放し、万人が「欲求に応じて分配を受け、如何なる国家体制にも拘束されない」共産主義社会をつくるためであった。しかし、そのための計画経済を握った党官僚は特権階級(赤い貴族=ノーメンクラトゥーラ)となり、平等社会の理想を壊した (自壊その1)。 そのことに気づいた毛沢東は、特権党官僚を抹殺するべく文革を起こし、極限の恐怖政治を展開した。その結果、中国共産党の名誉そのものだけでなく、中国社会における相互信頼を著しく壊した (自壊その2)。 中国の現実は理想と真逆にして、他のアジア諸国にも遥かに水をあけられた、暗黒な世界最貧国に過ぎなくなった。この実態に気づいた人々は、外国や華僑・華人から技術と資金を素早く吸い取り、後発国の利益を享受しようとした。これが「改革・開放」である。一旦門戸を自ら開け放ち、経済文化的な多様化を認めるならば、当然「思想の開放」もなければならない。しかし中共は六四天安門事件を引き起こし、中国がバランスある社会として発展するために最も必要なタブー無き議論の空間を戦車で押しつぶした(自壊その3)。 最早、イデオロギー的には自ら説明できなくなった中共は、社会主義を純粋に生産力=金儲けと読み替え、帝国主義国家顔負けのナショナリズムと国家資本主義に邁進した。中国の国益を自己中心的に極大化することで、「世界文明の中心と原動力は古今中国にあり、たまたま約二世紀にわたって欧米日にその重心が移ったのは、何かの間違いであったこと」を全世界(とりわけ日米)に認めさせることが、習近平氏の「中国夢」である。しかしここまで来れば中共は、建党当時の中共が最も唾棄すべき存在に自らを貶めたともいえる。また、国際社会における道義・信頼という、近代国際政治史が曲折の中で造りあげてきた価値観すらどうでも良いと言わんばかりの行動(彼らも舌先ではそう述べるのを忘れないが、ここは実際の行動で判断されるべきであろう)は、中共だけでなく中国という国家の名誉までも道連れにしようとしている(自壊その4)。 生産力=金儲けこそ全て、という党の方針は、公正な経済・社会活動のために必要な制度・規範の整備を欠いたまま、実権を握る党官僚の恣意的判断=人治を野放しにした。また、金儲けに最も必要なのは、汗水垂らす労働者ではなく、経営の才覚がある商売人やエリートである。そこで中共は党規約を改正し(「三つの代表論」……中共は中国の先進性を代表する、という議論)、単なるナショナリズムの顔をした巨大な利益シンジケートと化した。 こうして上からの政策的意図で生み出された利益集団が、自らの富を誇示して派手にばらまくことにより、互いに面子を立て合うようになるのは当然である。彼らは土地の公有制を悪用して農地や宅地を二束三文で収用し、そこに開発区を展開して莫大なリベートを受け取り、天文学的な贅沢が蔓延した。一晩の最低消費が貧困地域の民衆の年収を軽く上回るような「夜総会(ナイトクラブ)」での酒池肉林、あるいは沿海部の地方政府の公用4WD車が数千km離れたチベットや新疆まで現れ、観光地にズラリと並んでいるという凄まじい公私混同など、如何なる資本主義帝国(どこも総じて国内では福祉国家化していった)と比べても凄まじい格差と権力の専横が氾濫したのである (自壊その5)。 先日、共産党員が当然服するべき規定として、贅沢な飲食やゴルフが禁止されるなど、習近平氏がありとあらゆる形で反腐敗の大鉈を振るっていることが伝えられている。これは、最早国内景気の冷え込みを気にしてはいられないほど、共産党の正当性が既に崩壊しているためなのであろう。そして民衆に対しては、腐敗官僚の密告とつるし上げという点において「自由」を許すものの、中共の政治の大方針に対する発言、あるいは過去の中共の歴史に関する発言は決して許されなくなった。(こうして、自国の歴史を全く議論できない国家が、他国の歴史を批判するなどというナンセンスが起こっている) ではそのような中共が、リーマンショック以後の「大躍進」的な公共投資の失敗、あるいは株価大暴落などによる経済的な行き詰まりもあって、完全に崩壊するのだろうか。そこで筆者が強く主張したいのは、これまで中共が幾度も自壊しながら何度でも「復活」してきたというある種のしぶとさを決して低く見るべきではない、ということである。 少なくとも、所謂「中国史」における王朝交替は、食べるものが全くなくなった、あるいは回る利益が回らなくなったときに起こる。しかし、中共が支配する中国は、今のところそうなっていない。 中国経済の実態をヨリ正確に反映しているといわれる所謂「李克強指数」の鉄道貨物輸送量と発電量は、ここ2~3年来減少の一途をたどっているようだが、もともと鉄道貨物のかなりの量は発電用・工業用の石炭であり、エネルギー構造の転換は輸送量と発電量の両方を減らしうる。また、高速道路網の整備やネット通販の隆盛による宅配便などの発達なども、鉄道貨物輸送の減少に大きく関わるであろう(今から約30~40年前の日本と同じ)。「世界の工場」であることを止めた中国が、一定程度サービス産業に重点を移したことにより、辛うじて何とかなっているようにも見える。 そんな中、習近平氏が重点を置いているのは、特定の国有戦略産業への資源集中と冗員の整理である。たとえ反腐敗運動によって従来のような贅沢三昧が出来なくなり、巨大なカネとコネの利益集団としての中共を壊す効果が生じるとしても、一部の士気が高い(さほどの収入を得られなくとも党と国家に極めて強い忠誠を持つ)エリート集団が権力と戦略部門を独占し続ければ、むしろ党の永続に好都合である、と考えているように見える。抗日戦争勝利70周年軍事パレードの際に発表した「人民解放軍30万人削減」にしても、これは決して「軍縮平和」のメッセージではなく、戦略ミサイル戦とサイバー戦の時代に適合しない膨大な歩兵集団を整理するという意図に過ぎない。 こうしてみると、中共の歴史はそれ自体、彼らの世界認識や現状認識・政策の誤りによる自壊の繰り返しであり、今もなおその過程が進んでいることが分かる。それにもかかわらず中共が生き延びているのは、「中国の大義を理解したエリートの絶対的指導」という原則を決して捨て去ることなく、この枠の中で生まれた同志的意識やコネを維持しながら、新たな政治課題に即して、マルクスもレーニンも想定外な戦略を盛って行く(その最たるものが市場経済、そして覇権戦略=「中国夢」)という変わり身の早さであろう。したがって、中共が完全に崩壊するのかどうかは、経済社会的な揺らぎ以上に、このようなエリート主義の支配が崩れるかどうかによるところが大きいと考える。 そして、中共は本能的にこの問題に気づいているからこそ、多様な意見を持ちうる中間層をなるべく中共のコネのネットワークに取り込んで口封じをしようとしてきたし、民主化・公民権を訴える人々に凄惨な打撃を与え、森厳たるネット管理を強化している。アジアの他の国々で起こった民主化の道程が中国でなかなか生じないのはこのためである。 したがって、中共が本当に崩壊するとすれば、経済が完全破綻し、かつエリート主義支配の言説が誰からも信じられなくなる瞬間が重なったときである。ただ、そのとき日本が受ける影響は、経済面、そして「忘れ得ぬ他者」日本を道連れにしようという極端なナショナリズム言説の噴出可能性(そして実力行使)の両面において甚大なものになりうる。その覚悟を決めずして、安易に「自壊」を喜ぶべきではないだろう。中共が彼らなりに日中関係を「管理」している状況は、最悪の事態よりもましである、という解釈も出来るのである。

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    外国人観光客の爆買いに踊ってはいけない

    人の為に日本の中だけでやっていればそれはそれで結構ですが、外国人相手のビジネスは要注意すべきです。 中国人の爆買いにデパートは売り場を広げ、中国語やその他言語を扱える人を増やしています。成田空港近くには新たなアウトレットモールが出来、多くの外国人が立ち寄ってくれることがそのビジネス計画に盛り込まれています。ホテルは中国人ツアー客を取り込むために必死で営業、優勝劣敗が明白に出ています。その為に朝食、夕食にビュッフェを取り込むため、ホテルのテイストが外国人ツーリスト用に変貌しているところも多く見受けられます。 中国だけではなく、東南アジアから北米、欧州まであらゆる人が日本に注目して、人が押し寄せており、日本政府としては訪日外国人客2000万人の前倒し達成が確実となりほくほくしているものと思われます。 この外国人訪日客ですが、いつまでどこまで期待できるのか、これが今日のお題です。 政府の目標はパリのように観光立国を目指している点です。その点は日本も楽しいところが多く、食文化も発達しているため飽きさせることはないでしょう。ただ、ブームは必ず沈静化するものです。その時ビジネスをシフトしすぎてしっぺ返しが来ないようにする対策も必要でしょう。 例えば中国人の爆買い。いつまで続くか、といえば私は長くて1-2年。オリンピックまでは持たないとみています。理由は中国がそれを放置しないとみています。例えば中国政府は一部輸入品の関税率を半分程度に引き下げ、中国人の日本などでの爆買いの沈静化対策を始めました。また、中国人は物珍しさが手伝うときは一気に来ますが、目線がほかに向くとブームが急速に冷める傾向があります。猛暑の中、電気街で〝爆買い〟する外国人観光客=東京都千代田区 二点目に為替。円安は外国人観光客にプラスでした。今回の急激なブームは日本政府が外国人ビザ発給を緩和したこと、バズーカ黒田が呼び込んだ円安、それに政府民間をあげてのウェルカムムードだったと思います。 しかし、買い物目的を主とするとなかなかリピーター確保に続きません。なぜパリやロンドン、ローマにニューヨークに行くかといえばそこには文化的遺産や博物館、美術館のコレクションがあり、世界共通のスタンダードで価値を共有できることは見逃せません。(日本にもありますが、コレクションのレベルが違いすぎます。) あるいはミュージカルや舞台といった芸能もあります。その点、日本文化は一部を除き、歴史建造物や伝統品が珍しいから見るというレベルから抜けていない可能性はあります。また、劇、音楽会、コンサートの類は日本ではチケットを相当事前に申し込まないと取れません。ラスベガスでもブロードウェイでもこだわらなければ当日券が取れるのとは大きな違いでしょう。外国人が歌舞伎に当日入れて、エンジョイできるかといえばハードルは高そうです。 日本は爆買いに踊ってはいけないと考えています。アウトレットにビュッフェではなくて毎日、誰でも簡単に入って楽しめる音楽ショー、歌舞伎公演、能や雅楽、リゾートで日本的おもてなしといったサービスではないでしょうか?ちなみに英語でバケーションとは平常時からかけ離れ、基本的に何もしないことを言います。遊び疲れるところに行くことはバケーションに行くとは言いませんが日本旅行はどうも疲れる、と印象を持たれてはいないか心配です。(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』より2015年6月25日分を転載)

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    不振のヤマダ電機が「爆買い」狙いに活路?

    ソフトバンクに資本提携の救いを求めたヤマダ電機ですが、郊外型の不採算店を中心に46店を閉鎖し、新店は中国人の「爆買い」を期待したと思わせる都心型に絞る方針を発表しています。全国でおよそ1000店の直営店、地域密着のフランチャイズ店舗と合わせて国内外に4,000店を超えるネットワークを築いてきた家電時代の寵児も厳しい試練の風に晒され、思い切った路線の転換を迫られています。 確かに、業績が酷い状態です。 消費財増税による駆け込み需要の反動の影響があったとしても、それは他の家電チェーンも同じことです。2015年3月期決算を比べると、確かにケイズホールディングスも売上を落としていますが、売上が2.6倍もあるヤマダ電機の純利益が93.4億円で、ケーズホールディングスの150.3億円という結果は、いかにヤマダ電機が稼ぐ力を失ったかを象徴するようです。  2014年4月以降は月次売上の前年比でマイナスが続き、ようやく2015年4月に前年を10.5%上回ったとはいえ、それは前年が駆け込み需要の反動減で15.2%も売上が落ちていたからで決して回復の糸口を得たという感じではありません。都内のヤマダ電機店舗。40店超の店舗閉鎖を決め、業績回復を目指す 圧倒的な購買力を背景に、家電メーカーの営業担当を呼びつけ価格を下げろとバイヤーが迫るスタイルは往年のダイエーを感じさせますが、なぜこんなに急激にヤマダ電機が窮地に陥ってしまったのでしょうか。結構大きな時代変化の狭間で複雑骨折してしまったのじゃないかと感じます。 まず家電そのもので大型の売り物がなくなりました。PCも液晶テレビも市場そのものが飽和してしまいました。スマホで一時は売り場が賑わいましたがそれも二年連続で出荷数量が落ち成熟してしまいました。  しかし、それよりも大きな流れ、店舗で商品を確かめ、購入はネットという購買行動の変化、いわゆるショールーミングの影響が大きくヤマダ電機を襲ったのだと思います。 昨年クロスマーケティングが行った調査では、ショールーミングの経験者は昨年ですでに16%に達していて、そのうち83%がショールーミングを継続しているといいます。ショールーミングに関する調査 いやいやショールーミングどころか、そもそも家電の売り場に行くことが億劫なので、よほど急ぎで消耗品を買い求める以外はいきなりネットで購入することが定着してしまった人も結構少なくないと思います。実際、エアコンですらネットで購入し、取り付けもネットの取り付け専門サイトで依頼したことがありますが、価格はもちろんのこと、サービスの品質もよかったので、 家電量販店の生きる道も大変だなあと感じました。 ただ価格の安さを訴えても、ネットとの競争は際限がありません。アフターサービスや購入時に相談にのってもらえるなどのサービスの質が問われくるのでしょうが、日経ビジネスの行っているアフターサービス評価では、家電量販店ワースト1の汚名を8年連続でとり、しかも2014年度版でアマゾンの再利用意向率が92.2%に比べ、ヤマダ電機65.7%と劣ったのは、厳しい結果です。 ヤマダ電機が怒りの訴訟を連発 日経BP社のランキングめぐり - ライブドアニュース しかもサービスの質を追求しようとすると従業員の人たちの満足度や士気が重要ですが、ブラック企業実行委員会が主催する「ブラック企業大賞2014」も受賞とあってはどうなんだろうと思ってしまいます。 「爆買い」需要を積極的に取り込むのもいいのですが、メーカーと流通の力関係の優位性で成長してきた、つまり売り手側の事情で伸びてきたヤマダ電機がほんとうに向き合わなければならないのは消費者の購買行動の変化ではないでしょうか。売り手主導から買い手が主導する時代に大きく時代が変化し、家電メーカーも家電量販店も買い手とのどのような関係を築くかに焦点が移ってきたはずなのですから。(「大西宏のマーケティング・エッセンス」より2015年5月25日分を転載)

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    訪日中国人、観光と爆買いが育む「日本愛」

    感情のひだを描く『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』中村宏之(読売新聞東京本社調査研究本部 主任研究員) すっかり定着した感のある中国人訪日客の「爆買い」という言葉だが、爆買いの背後にある中国の社会や中国人の事情を深く掘り下げた本である。 日本経済にとっては、日本を訪れる多くの中国人が大量の買い物をしてくれるのは、決して悪い話ではない。消費を下支えしてくれる貴重な存在だからだ。ただ、彼らが爆買いするのは、中国人が自国で売られているものには全く信頼を置いていないから、という指摘には複雑な思いがする。 「日本製は安全、安心」という根強い信頼感があるためだが、現実にはこれらの大半は「メード・イン・チャイナ」である。それでも中国で売られているものが信頼できないということから、日本の店で売っているモノを求めるのだという。『なぜ中国人は日本のトイレの虜になるのか?』 (中島恵、中央公論新社) 〈パッケージに日本語が書いてあって、日本のちゃんとした店で販売されているということに中国人は安心するのですよ。逆にいえば、もしメイド・イン・ジャパンと書いてあって日本語の表示があっても中国国内で売られているものは信用できない〉 これほどまでに自分の国で売られているのを信用できない、最初からニセモノかもしれないと思いこんでいる感覚には正直、驚かされるが、最近の食品偽装などの問題を考えると、多くの中国人がそう考えても仕方がない、ということもある程度は理解できる。日本の「普通の生活」に感動する中国人空気、水、トイレ、レストランの店員… さらに、日本にきて初めて日本に良い印象を抱く中国人は多くおり、何気ない普通の生活に感動する人が多いという指摘は印象的だ。きれいな青空、おいしい水、清潔なトイレ、レストランの親切な店員の接客態度などだ。 それまでの偏ったイメージからは想像できない日本の様子をみて、日本観が180度変わる人も多いという。本書は日本が大好きな中国の人が実名で多く登場する。彼らの「日本愛」に正直、ありがたさを感じる一方、同時に「へえ、そんなことに感動するの?」という驚きもあり、日本がいかに恵まれているかを彼らの反応からあらためて知ることができる。青空やおいしい水に純粋に感動する中国の人から逆に学ぶことは多い。 冷静に考えてみれば、これは注目すべきポイントなのだろう。草の根レベルの人々が抱く互いの国へのイメージは重要で、それが結局、国と国との関係を規定することにつながるからである。戸籍次第で、人生が変わる 中国人のタブーにも肉薄 もう一つ気付かされるのは、中国の社会ではいかに戸籍が大事かということである。中国に戸籍の問題があることは多少知ってはいたが、これほどまでに人々の生活を縛るものなのかという現実に、驚かされた。戸籍の内容によって、大げさにいえば一人一人の人生が変わるのである。子弟に都会で良い教育を受けさせたいと思う親にとっては切実な問題だ。中国の人々があまり語りたがらない問題についてもタブー視せず、問題を浮き彫りにした著者の取材姿勢に敬服する。 本書は中国人の家族観や精神構造を知る参考書としても読むことができる。濃密な人間関係の中で社会が成り立っていることの良し悪しや、人と人が1回だけ会うという関係を「縁がなかった」と考える中国人と、「一期一会」を大事にする日本人との感覚は全く違うことなど、異文化理解の「勘所」を教えてくれる。同じアジアで、漢字を使う文化でありながら、日本とはかなり異質な社会であることを強烈に知らしめてくれる。こうした違いを頭に入れておかないと、国家レベルの政治や経済の交渉にも少なからず影響するだろう。東京・秋葉原では国慶節の連休期間、多くの中国人観光客が家電販売店などを訪れ、買い物を楽しんだ。温水洗浄便座のブームは収まりつつあるという(中国新聞社) 訪日客の増加とともに、中国人のマナーの問題などが指摘されるが、著者の「社会を支えるインフラの質に大きく影響される」という指摘はうなずかされる。 〈水道の水が出ないから手も洗わないし、いつもテーブルが汚れているから、自分も汚く使っていいと思ってしまう〉 かつての日本も欧米からみればそうだったのかもしれない。インフラが整備されることで人々の行動様式も変化するという著者の見方はその通りだと思う。 本書は数ある中国関連本の中でも、手軽に最近の中国の様子を知ることができる力作だ。欲を言えば、日本で大量に買い込んで中国に持ち帰った日本の製品が、実際にはどのように使われているのか、という点を詳しく知りたかった。多くの中国人旅行客を相手にする東京都心のホテル関係者は、「温水便座の正しい操作方法がわからないのか、トイレや部屋を水浸しにしてしまう人が多く、後始末に忙殺される」とぼやいていた。山のように買い込んだ日本の製品を、持ち帰った先できちんと使えているのだろうか。余計なことかもしれないが、そのあたりの事情も知りたいと思った。

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    甦る「脱亜論」 「反日」ばかりの中韓とは離れたほうがうまくいく

    で行なった演説は、日米間のゆるぎない同盟関係を築き直し、アジア諸国の不安を拭う効果をもたらした。また中国が企む覇権をもくじいたのではないか。 安倍政権誕生の時点では、米国の政界や行政府内における安倍氏の評判はあまりよくなかった。初訪米は1泊2日という扱いで、両首脳の共同記者会見はステイトメントだけで終わった。オバマ氏の初来日は夫人を伴わず、訪日のあと一週間もかけて訪中する差の付け方だった。 米政界で安倍氏の評判が必ずしも良くなかった原因は、日本が近隣の中国、韓国と揉(も)め事ばかり起こしている。それも戦争中の慰安婦をめぐって、謝らず、補償もしない。一方で戦後秩序を否定するために憲法を改正しようとしている右翼政治家だというものだった。 オバマ氏の対日感情もそれを基礎としたものだった。太平洋のバランスは日米対中国でとれるはずだったが、日本が中国と揉め事ばかり起こすのでは、米国が直接中国と仲良くしたほうが良いとでも考えるようになったのだろう。 中国も「新大陸関係」(新しい米中関係)という造語で米国を誘ったが、実態は太平洋を半分ずつ“管理”しようというものだった。そうなると日本は中華圏に入るのか。 中国という国の本質、日中両国の二千年近くにもわたる関係は当事者以外にはわからないだろう。韓国の朴槿惠大統領は米国をはじめ、欧州主要国を歴訪して、ひたすら、日本の悪口をいって廻った。この告げ口外交は「いまから思うとひどかった」と各国共に感じているようだが、当初は日本の外交にダメージを与えた。しかしセウォル号の沈没や軍内部の利権のつながり、政治家の汚職などが表面化してきて韓国が丸裸になると、日本の主張のまともさが際立ってきた。 軍が強制して慰安婦をかき集めてきたという醜聞も、それを書き立ててきた『朝日新聞』が昨年、32年間にわたる記事を取り消したため、韓国政府の立場が、一挙に怪しくなった。そもそも韓国はありもしない〝慰安婦〟事件で騒いで日本から何をとろうとしていたのか。 韓国は「慰安婦は性奴隷だ」と主張したが、その根拠は国連人権委員会のクマラスワミ報告書だけだ。同報告書で20万人の性奴隷と証言しているのは日本の左翼学者だけで他に正当な根拠はなにもない。従って日本政府はクマラスワミ氏に正式に訂正を申し入れた。一方、慰安婦達が戦中であっても“商行為”として正当な支払いを受けていたことは、米国の裁判所でも行政府でも認められている。 安倍訪米を控えて米国では韓国の言い分が成り立たないことが徐々に判明しつつあった。 片や、友好を深めようとした中国が箸にも棒にもかからない国であることを、オバマ氏は理解してきた。南シナ海の強盗のような岩礁地の埋め立てや基地造りを見れば、中国には力で抑止力を発揮するしかないと悟ったろう。日本の尖閣諸島についてオバマ氏は「日米安保条約の適用範囲だ」とわざわざ述べた。このことは米国ははっきりと日本の側に立つことを明らかにしたことにほかならない。中国とは力で対決する以外に身を護る方法はない。こういうと、所詮、暴力を使うのかと護憲論者はいうのだが、土俵上で四つに組んで横綱同士が動かないのはなぜか。両者が必死の力を込めているからだ。力を込められる自衛隊にしようというのが、国会で審議中の安保関連法案なのである。理解を深める騎士道と武士道 オバマ氏は中国を知るにつれ、日本ほど律義で頼りになる友好国はいないと悟っただろう。 安倍首相の米議会での演説は秀逸だった。 抜きんでていたのは第二次大戦について「痛切な反省」(deep remorse)を表明したことだろう。それまで中、韓両国に加えて米政府内にも河野、村山談話で述べられた同じ文言を使うべきだとの主張が強かった。しかし安倍氏は「アジア諸国に苦しみを与えた」と述べたうえで「痛切な反省」を述べた。「お詫び」とか「侵略」を入れろという周囲の声が一気に軽くなった。会談を前に握手するオバマ米大統領と安倍首相=2015年4月28日、ワシントンのホワイトハウス(共同) 首相は議場に硫黄島で生き残った米軍の老司令官と玉砕した日本側守備隊長の孫を紹介し、二人が固く握手する場面を演出した。「痛切な反省」と敵味方の握手があれば、騎士道と武士道では理解し合えるだろう。もう一つ良かったのは首相が前夜の夜会で、ナンバー2が手練手管を使ってナンバー1を追い出す米国のハウス・オブ・カードというドラマを紹介し、「このドラマをナンバー2の麻生副総理には見せないことにしたい」と述べて爆笑させた。米国人はこの手のユーモアをこよなく好み、安倍晋三という人物の印象を心に刻んだことだろう。 『読売新聞』の世論調査(5月11日)では安倍首相とオバマ大統領との間で、新たな日米防衛協力の指針(ガイドライン)を通じて日米同盟の強化を確認したことを「評価する」と答えた人は70%に達した。「評価しない」はわずか19%だった。 下院本会議場は500人を超える両院議員で埋め尽くされ、2階の傍聴席もほぼ満員だった。議員は頻繁に立ち上がって拍手も含めてスタンディングオベーションは35回重ねられたという。安倍氏の演説は40分の予定だったが、拍手によって5分間延びた。 安倍氏は日米同盟は、「法の支配、人権、自由を尊ぶという価値観を共同している」ことで成り立っていると定義し、自ら「希望の同盟」と名付けた。 同盟というのは力の均衡や戦力補充といった権謀術数を狙って行なわれるのが常だ。しかし単なる軍事的利害損得による離合集散は、事件が終われば疎遠になって解消する。米英ソは日独の軍国主義、全体主義を潰すといって同盟したが、日独が破滅したあとは中ソの共産主義と米国を中心とする西側の対立となった。米ソの冷戦が終わると、世界は米国一極となって米国は世界の警察官といわれた。 その米国一極体制が相対的に弱体化し、米国は三つの戦争ができなくなった。欧州、中東、アジアの三つの戦争を同時にできなくなって、欧州はNATO欧州諸国にまかせている。中東では戦争への介入失敗を続け、完全撤退はいまのところ無理だ。この時点でアジアが不安定になれば、米国一国では対中抑止力が効かなくなるだろう。中国への抑止力の一部として日本の軍事支援体制が不可欠になった。日本の側だけからみても、オバマ体制の初期に中国が「新大陸関係」と称して米中の“直接対話”を持ち出してきた時に、米国が乗り気になった時がある。米国が頼りにならなければ、日本独自で中国と対立せねばならなくなる。だからこそ米国との同盟関係を一段と強化しなければならないというのが安倍氏の考え方だ。同盟の動機、目的は自由、民主主義、基本的人権といった「希望」である限り、目的が陳腐化して同盟が崩れることはない。 世界情勢の変化に合わせて日米の軍事ガイドラインを仕切り直す必要がある。 安倍氏はとりあえず、軍事面での不備を補強、補正する必要があった。歴代内閣がことごとく避けてきたものを洗いざらい取り上げた。豪州との軍事協力体制は着々と進んでおり、潜水艦技術の供与も可能になった。これまで武器輸出三原則によって武器の輸出や共同製作ができなくなっていたのが昨年、防衛装備移転三原則に改められた。 訪米に当たって安倍内閣は国家安全保障会議(NSC)の設置、防衛計画大綱の改定、集団的自衛権の限定的容認を決めた。集団的自衛権をめぐる法律は恒久法にまとめられて国会に提出された。 野党は国会承認の前に安倍首相が米国で「夏にはまとめる」と約束したことをとらえて非難しているが、民主主義国の同盟というのは、内容を世界に発信することも必要なのだ。中国の「力の外交」に屈するな中国の「力の外交」に屈するな 戦後70年の日本の節目にふさわしいのは「集団的自衛権」を容認する安全保障関連法を成立させることだろう。国会審議は5月下旬から始まる予定だが、当分、国政選挙も地方選挙もない。国会で何十時間でも実のある審議ができる。この際、日本人は“軍事”について聡明になってもらいたい。 軍備は要らないという人達は憲法九条があったからこそ70年の平和が保てたという。あるいは9条を掲げるが故に軍備は持つべきではないという。この無手勝流の論理を掲げた旧社会党は最盛期の166議席から名を変えて存続する社民党2名(衆院)にまで転落した。九条の思想は実態的には消滅した。もはや宗教といっていいのではないか。 圧倒的に強かった米国の保護国並みの頃は、「戦さ」は米国まかせの気風が強かった。そのオバマ米国が頼りない感じを漂わせる一方、隣国、中国が力の外交をやるようになった。南シナ海の岩礁に飛行場やら軍事基地を造り出すやり方はまさに中国式だ。2014年の世界の軍事費は米国が前年比6・5%減らすなか、中国は9・7%増。第3位のロシアも8・1%増となった。 10年前に比べると米国が0・4%減らしたのに対し、中国が167%と伸びて世界最高を示している。日本はインド、ドイツを下廻り9位である。日米の軍事費に比べて中国の増加率はけたたましい。日米の側がこれに対抗するには日本の自衛力を動員できるようにするか、軍事費を注ぎ込むしかない。 9条派は以上のような国際情勢の変化を一顧だにせず、「解釈改憲」「戦争法案」反対だと切り捨てようとしている。民主党の岡田克也代表は憲法改正について「安倍さんの時代には議論しない」という。安倍首相の改憲論は厳しいだろうから「議論したくない」という論法である。相手がどのような思想であれ、議会というものは、議論を戦わせて勝負をつけるのがしきたりだ。岡田氏がいっているのは「あいつは人相が悪いから議論したくない」といっているのに等しい。それも国家にとって最重要な問題についてだ。 日本の憲法はもともと自衛権を否定してはいない。国連憲章には自衛権には「個別的」と「集団的」と両面あると規定してある。日本が勝手に「集団的自衛の権利はあるが行使はできない」と解釈してきた。これは内閣法制局の明白な誤りである。そもそも内閣法制局があらゆる法律について〝絶対的〟な解釈権をもっているのはおかしい。憲法四一条には国権の最高機関は国会であると規定してある。あらゆる法律が国会でつくられるのに、その解釈権を内閣法制局がなぜもつのか。内閣法制局は官僚内閣制を創るに当たって、法解釈の最高機関として設置された。国会を最高権力と決めた新憲法を制定するに当たって、内閣法制局は消滅した。これは当然の措置だが、それでは官僚内閣制が不備になるといって、数年後に復活誕生させたのである。安倍晋三氏は内閣の最高決議は閣議であるべきだとの考え方で、安保関連法は国会提出に当たって閣議で決定された。これが真っ当な形だ。 安保法制の具体像は簡略化していえば次の通りだ。(1)日本防衛活動をしている米軍や他国軍の支援(グレーゾーン事態への対応)(2)日本に重要な影響を与える事態への対応(周辺事態法の改正)(3)国際的な平和協力活動(PKO法改正)(4)集団的自衛権の行使(自衛隊法、武力攻撃事態法の改正)(5)相手国が同意した場合の邦人救出(自衛隊法改正)日米同盟は中東と中国で共通認識をもて 日米同盟は世界政策をも共有するほど重いものだ。共通の認識をもつに当たって、重要な点が2点ある。 中東と中国政策である。まず中東について米国はアラブ諸国に民主主義体制を植えつけるのを最善と考えているようだが、少なくともアラブ圏に先進国並みの民主主義体制を導入するのは無理だ。 私もイランのホメイニ革命の頃、アラブ諸国に入り浸っていたが、正直いって殺し合うほどの宗派の差は外部の人間には理解できない。現在、シリアでスンニ派と「イスラム国」という過激派が強烈に争う形になっている。そのシリアは強権的とはいえアサド大統領によって少なくとも治安は維持されていた。それが崩れたのはチュニジアでジャスミン革命と呼ばれる“民主化”革命がきっかけだった。その動きを世界中がほめそやして全アラブに広まった。エジプトでは過激派のイスラム同胞団が担いだモルシ氏が新大統領に当選した。モルシ氏が憲法改正案を準備したところで、軍部がクーデターを起こし、実質的にムバラク体制を復活させた。イランでホメイニ革命が成功したのはホメイニ師が政権をとってすぐに軍を掌握し宗教独裁の憲法制定に成功したからだ。 エジプトでムバラク大統領に仕えていた軍部はモルシ氏がホメイニ革命の二の舞いを演じ始めたのを悟って直ちに反革命を起こした。アラブ内で治まっている国の体制は軍部独裁、宗教独裁、王制、酋長(しゅうちょう)制など“独裁国家”に限られる。理論が1、2ミリ食い違っただけで殺し合いに発展する社会では、力で押えている政治体制のほうが安定的だと認識すべきだ。キリスト教の世界では宗派の違いを越えて共存するのに2千年かかった。アラブ世界に民主主義を導入するにはあと700年かかる勘定になる。イスラエルとの関係を抱えて、日本のように傍観するわけにはいかないが、米国が内戦を助長しているように見える。 第二点は中国の扱いである。 中国が突如、持ち出してきたAIIB(アジアインフラ投資銀行)構想は、中国が米国と太平洋を分割しようという“新大陸関係”の延長線上の戦略だろう。太平洋を分けるという軍事上の狙いに加えて、国際金融の面でもアジア・太平洋地域における覇権を強める狙いだ。 そこで中国がひねり出した手がAIIBという新手だ。国際金融機関としてはIMF(国際通貨基金)とADB(アジア開発銀行)がある。共に米国と日本が仕切っている銀行で、中国の思うような投資ができない。そこで資本金の50%を出資し、総裁も中国、本部も北京、理事会は設けないという中国国営銀行のようなものを編み出したのである。 中国はシルクロードの復活を目指して周辺国に“一帯一路”を呼びかけている。近隣各国に巨大な公共投資を行なわせれば、景気浮揚にもなるとあおっている。 中国はAIIBをテコに人民元を国際通貨の座に押し上げることに懸命になっている。 中国の李克強首相はIMFの特別引出し権(SDR)の構成要素に人民元を採用するようラガルド専務理事に申し入れた。人民元の資本取引を活発化させ、人民元が国際通貨に採用されることで、金融の維持や人民元の国際化により国際社会のなかで中国が大きな役割を担うことになると力説したという。 しかし中国のAIIB設立もSDRの構成要素に入れろというのも、別の意図が透けてみえる。中国は2008年のリーマンショックの際、莫大な公共投資を行なって中国や世界の窮地を救った。その後遺症で中国は国民総生産4、5%の域に落ちているという見方もある。本来の中国流なら莫大な国費を注ぎ込んで、同様の対策を試みるはずだが、実は中国には金がない。 中国の債券証券発行額は増加する一方で、これ以上の借金ができない。そこでAIIBを設立して、そこから金を出して周辺国に公共投資をやらせる腹なのではないか。下手をすると国内投資の不足分をAIIBの名でかき集めて、自国の公共投資に当てる算段かもしれない。 欧州諸国が参加したのはIMF、ADBでは物品の輸出入には便利でも、大規模なインフラ投資に不利だったということがあるだろう。安倍首相は「ガバナンスをみてみる」と述べたが、妥当な判断だろう。忘れてならないのはAIIBが正真正銘の中国共産党の銀行だということだ。三権分立もなく、不公正を訴える場もない銀行は国際社会の信を得られない。その本質を直視しつつ矛盾点を指摘し続ければ、不正な銀行は破綻する。 日本では教養人で漢詩をたしなむ者が多く、中国コンプレックスが強い。中国人を“大人”と見なし、話し合えば争いの片がつくと思っている官僚、政治家が多い。完全に中国人を買いかぶっているのだ。 戦後、中国に対して贖罪意識を抱いていた政治家は日米同盟があるのに、中国やソ連とも等距離で付き合おうという首相(三木武夫氏)まで出た。中国と付き合うこと自体が自民党内のステータスにもなった。 これは官僚も同じで、与党の外交方針が固まっていないため、外務省の各局が独自の方針で相手国に臨んだ。その典型が中国を専門とする「チャイナスクール」の誕生だ。チャイナスクールは中国や韓国の機嫌を損ねてはいけないというのが、第一義の任務で、その典型が慰安婦問題だ。つい何年か前まで日本の中学校教科書には「従軍慰安婦強制連行」という単語があった。しかし「従軍慰安婦」という単語自体存在しなかったというので「慰安婦」だけが残された。さらに「強制連行」した事実もない。そこで「従軍」と「強制連行」を削除すると「慰安婦」だけになる。とすればこういう“商売”があるということを中学校段階の教科書に使うことはない。当然、教科書から記述が落ちたのだが、これを落とすと「歴史認識」で中国、韓国両国は日本を攻めることができない。「慰安婦」問題で攻められたら、政治家はもちろん、外交官はそれが誤りだったことを説明しなければならない。 ところがファクトを勉強していない外交官はこの問題を持ち出されると、「河野談話で詫びたし、もう補償も済んでいます」と答えるのだ。米国大使だった加藤良三氏は韓国の謝罪申し入れに強烈に反論すべき立場なのに「いまからではもう遅すぎますよ」とうそぶいていたものだ。『朝日新聞』が32年経って「事実は確認できない」といって取り消したのが立派に見えるほどだ。中世も近代も経験しなかった中韓中世も近代も経験しなかった中韓 官僚、政治家、教養人がどうしても一目置くのは5千年という中国の古さである。5千年の間に国家は財や知識を積み上げているはずだと錯覚する。2300年も前の孔子や孟子の教えを日本では江戸時代の寺子屋で農民の婦女子にまで教えていた。寺子屋時代は250年続き、その後百年孔子の論語は生命を得た。日本人の知識に「古い国」という意識を植え込んだのは司馬遷の『史記』だと中国史の泰斗・岡田英弘氏はいう。 実際の中国は洛陽のそばの「華山」という山の近くで栄えた商業都市で、紀元前221年に始皇帝が「秦」を起こして、そのあと「漢」「唐」「元」「明」「清」の五つの異種族王朝が興亡した。秦以前の「夏」「殷」「周」は神話の世界である。 五つの大国があったのは確かだが、五つとも人種も言語も違い、共通するのは商売のやり方ぐらいのものだった。韓国銀行の調べでは200年以上続いた老舗企業は世界41カ国で5586社が確認されているが、日本は3146社(全体の56%)と断トツ。2位はドイツ837社で、中国は第6位だが、9社しかない。商売が長続きするには社会が安定しなければならない。長期、安定してこそ技術も芸術も栄える。 中国は大地の上に入れ替わり立ち替わり、支配民族が交代したにすぎない。しかし商売するためには共通の符帳や共通の文字が必要だ。そこで使われたのが漢字で、7世紀頃から科挙の制度を創設して、商売や行政命令書を漢字で書かせた。国が交代しても科挙(役人)が必要なわけで、科挙の給料は自分で決めた。現在でも、市長が交代したら税金が5割上がるなどは当たり前だが、これは清の時代に廃止されたはずの科挙の伝統なのだ。 「中国」とは洛陽を中心にした「マーケット」で近所に華山があったから中華と呼ばれたが、中国とか中華という国が2千年続いたわけではない。中国という土地に国を建てたのは漢族、満州族、蒙古族、回(ウィグル)族、チベット族の五族だ。朝鮮民族が中国の主になったことはなく、日本併合までの500年間、中国の属国だった。彼等は漢字を操るのが最高の価値だと考えて、職人を卑しんだ。 帝国主義の時代、西欧列強は中国を侵食しはじめ、中国は朝鮮を併呑しようとした。日本はこれを食い止めるため日清戦争を起こして勝った。日清戦争の講和条件を決めた下関条約の第一条をみると、日本の戦争目的がよくわかる。普通、第一条は戦勝国に対する賠償金や分捕った領土が書いてあるが、下関条約の第一条には、これにて「朝鮮の独立を確認する」旨が書いてある。朝鮮がこれに従って独立を確保すれば、東アジアの安定につながったはずだが、属国根性の抜けない朝鮮はロシアの支配下に入ろうとしたのである。 朝鮮戦争のあと韓国は米韓条約を結んで“西側陣営”に自らをつなぎとめたが、朴槿惠大統領をはじめ韓国全体は元の中華圏に入って中国の属国に復帰したいようだ。 韓国にとって致命的なのは、中国の属国になって儒教を信奉したことだ。儒教というのは宗教ではなく社会や家庭の秩序を保つために、長幼の序を決めることだ。その社会で最も大切なのは漢字で、支配階級は漢字を書く以外のことを蔑んだ。したがって技術者は育たず、国民の30%が奴隷となった。日清戦争の結果、朝鮮の奴隷は解放された。中、韓とも中世も近代も経験せず、日本にいきなり現代に引きずり込まれたようなものだ。当時、敗れた清から孫文や魯迅ら2万人前後が日本に留学し、日本語に訳された西洋文化や科学を学んだ。 哲学、主義、科学といった単語はみな日本語で、現在、中国で使われている単語の6割か7割は日本語であるという。中華人民共和国などは日本語表記だと岡田英弘先生はいう。「東亜の悪友」と離れるとき 西欧と日本に共通しているのは長い中世の時代、封建時代を経て、社会に共通のモラルが醸成されたことだ。騎士道と武士道は似ているが、永い戦いが続いて、戦さの作法ができ上がったことがわかる。日本では最後は大将同士が戦って勝敗を決めた。戦争の簡素化が続くうちに戦国時代が終わって、文明の時代が築かれた。 明治時代、孫文や岡倉天心は「アジアは一つ」とか「黄色人種の団結」を叫んでいたが、これに断固、異を唱えたのは福沢諭吉で、中、韓を「東亜の悪友」と断じ、日本は西欧と交わるべしと「脱亜論」を書いた。 福沢は中国や韓国と組んでいると、西欧諸国から同類とみられるぞと戒めている。日本と中国、韓国との違いはいまも明らかだ。嘘をつくとか偽物を造るなどを、中・韓両国では「悪徳」と思っていないのではないか。あらゆる製品の偽物は瞬時にできる。中・韓両国では知的財産権などまったく認められていない。 ある大会社の社長にこの偽物をどうすれば成敗できるのかと聞いたところ、偽物が出たら、向こうがしこたま在庫が出たところで、こちらが新製品を出す。向こうは在庫を抱えて日本に「爆買い」に来るしかないと呵々大笑したのには驚いた。 中・韓の致命傷は新製品を造り出せないという発想と技術の粗末さにある。この欠点は中世と近代を経なかった彼等の歴史上の欠陥にある。「歴史認識」とはこういうことをいうのだと自戒せよ。 ややま・たろう 1932年、福岡県生まれ。東北大学文学部仏文科卒。時事通信社に入社後、政治部記者、ローマ特派員、官邸クラブキャップ、ジュネーブ特派員、編集委員兼解説委員を歴任。81年より第二次臨時行政調査会(土光臨調)に参画し、国鉄の分割・民営化を推進した。87年に退社。2001年に正論大賞を受賞。著書に『それでも日本を救うのは安倍政権しかない』(PHP研究所)ほか多数。関連記事■ 日米vs中韓~歴史修正主義批判を問う■ 日韓基本条約50年目の真実~韓国に助け舟は出してはならない!■ 呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国■ [歴史に背く韓国]第二の安重根が生まれる日■ [日韓「歴史戦争」]日本がサンドバッグ状態を脱するとき

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    習近平と朴槿惠、ワニとワニチドリ

    巨漢習近平に寄り添う朴槿惠をみて連想したのは、ワニとワニチドリの関係です。生物世界でいう「共生」ですね。ほかにアリとアブラムシも、よく引合いに出されます。

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    中国AIIB対TPP「綱引き合戦」の鍵を握る日本

    た。  ところが今では、米国経済の相対的な地位は低下している。日本も含めて、今や「最大の貿易相手国は中国」という国が100か国を超えている。これでは米国を特別扱いする理由は乏しい。今週のThe Economist誌では、カバーストーリー”Dominant and dangerous”おいて、「米国の経済力が相対的に小さくなっているのに、依然としてドルが圧倒的な支配力を有している」ことによるコスト、という問題を提起している(本号のP7-8を参照)。まったく同じことが通商交渉の世界にも当てはまる。  米国が少々頼りない中で、他の交渉参加国の間を取り持った日本の存在は小さくなかったことだろう。米国主導と言われてきたTPPは、最終局面では「日米を主軸とする」FTAになったと言えるのではないだろうか。  それというのも、米国内ではかつてほど自由貿易が支持を集めなくなっている。6月に可決したTPA法案も、下院を218対200、上院を60対38という際どい差で通っている(上院は6割の賛成が必要)。 象徴的なことに、ヒラリー・クリントン前国務長官が今週7日、「TPPを支持しない」と明言している。第1期オバマ政権下で「リバランス(アジア重視)政策」を推進したご本人がそれでは困ってしまうが、民主党予備選を勝ち抜くためにはそう言わざるを得ないのであろう。ついでに言えば、共和党のドナルド・トランプ氏も反TPPである。米国は景気回復途上で、失業率も5%前後に下がっているとはいえ、「貿易は米国から雇用を奪い、賃金を下げる」といった見方が広範な支持を得ているのである。  今後のTPP発効に向けては、交渉参加12か国の批准が必要になる。一部の国の手続きが進まない場合は、署名日から2年が経過した後で「GDPの合計が85%を占める6か国以上」の手続き終了をもって、その60日後に発効することになっている。TPP域内において米国は62%、日本は17%のシェアを占めるので、日米のどちらかが欠けると85%の基準は達成されないことになる。  つまり今後の条約批准プロセスにおいても、日米のいずれが欠けても発効は難しい。来年の米国は大統領選挙、日本は参議院選挙を控えているが、どうやって批准にこぎつけるのか。まだまだ先は長いのである。TPPに対抗する中国TPPに対抗する中国 TPPは世界経済の4割、貿易量の3分の1を占めるメガFTAである。WTOのドーハラウンドは長らく停滞しているが、世界の成長センターたるアジア太平洋地域でこれだけの規模のFTAが誕生するのは、貿易自由化にとって久々のブレークスルーと言える。  こうした中で、TPPに参加していない6割の国には一種の焦燥感が生じているだろう。韓国やタイはTPPへの参加を望むだろうし、台湾なども参加を検討しているはずである。実際にタイは、自動車産業などで日本企業のバリューチェーンの中核をなしている。それがTPPに入らないのでは、せっかくの関税削減のメリットを生かせないことになる。  あるいは欧州諸国は、アジアとの貿易で不利になることを懸念するのではないか。結果として、現在進行中の「日・EU」間のFTA交渉が加速することが考えられる。いわゆるFTAの「ドミノ現象」であって、ひとつの通商交渉の成果が他の交渉を加速するメカニズムである。今回のTPP合意が、世界全体の貿易自由化の誘い水となることを期待したい。  問題なのは中国の出方である。一時はTPP参加に関心を示していたし、2013年秋には上海自由貿易試験区を作って、国内の自由化に備える様子もあった。かつて朱鎔基首相が、WTO加盟をテコに国内改革を進めた時と同様の機運である。  しかるに最近の中国では、TPPを「西側が仕掛ける新たな経済冷戦時代の幕開け」と懐疑的に受け止める向きが多くなっている。あるいは、「自らを国際ルールに合わせることの難しさ」を自覚したのかもしれない。今はむしろ「一帯一路」計画などを通して、独自の経済圏をユーラシア大陸に広げようとしている。日米がTPPを使って「海のアジア」を統合するのなら、こちらは「陸のアジア」で経済圏を広げてしまおう、といった対抗意識があるのだろう。AIIBやシルクロード基金は、そのためのツールということになる。  ちなみに今月22~28日にかけて、安倍首相は中央アジア5か国を歴訪する予定である。中国側は、「こちらの勢力圏に、余計なちょっかいを入れに来たな」と陰謀論的に受け止めることだろう。  思うにインドネシア向けの高速鉄道を、中国がタダ同然で受注してしまったのも、アジアへの勢力拡大策の一環なのであろう。少しでも多くの国を味方につけるための「先行投資」(大盤振る舞い?)なのかもしれないが、その分のコストは将来、確実にプロジェクトの採算にのしかかる。かかる政治主導型のインフラ投資は、将来的に不良債権化するのではないか。これは「一帯一路」全体に通じる疑問点である。  TPP合意後のオバマ大統領は、「中国のような国にはルールは作らせない」と踏み込んだ発言をしている。何もそこまで中国を刺激しなくても、とは思うが、より多くの国が共有できる秩序は海のアジア(日米)と陸のアジア(中国)のどちらか。当面、アジアの多くの国は、両方にチップを張って天秤にかけるだろう。しかし「自由で民主的」で「法の支配に基づく」TPPには、本質的な比較優位があるはずである。 米国議会はいつ批准できるのか さて、今後のTPP批准プロセスはどうなるのか。  TPA法案のお陰で、米国議会における議決はイエスかノーの二者択一となる。共和党が多数を占めているので、さすがに「ノー」とはならないだろうが、かといって早い時期に「イエス」という答えが出るほど生易しい情勢でもない。  TPAが定める「90日ルール」により、オバマ大統領がTPP協定にサインするのは合意から3か月後となる。つまり早くても年明け後になってしまう。オバマ大統領は、1月末に行われる任期中最後の一般教書演説において、議会に早期の批准を求めるだろう。が、2月になればアイオワ州、ニューハンプシャー州を皮切りに、予備選挙シーズンが始まってしまう。そうなったらTPP批准どころではなくなる。どうかすると、通商問題が選挙戦のテーマとして浮上するかもしれない。早目に両党の候補者が決まってくれれば、7月の党大会前後に議決のチャンスがあるだろう。が、もちろん保証の限りではない。  ちなみに現在の米議会は、「債務上限問題」「2016年度予算」「高速道路信託基金の財源」などの難題を抱えている。特に債務上限問題により、11月5日前後に連邦政府の資金はショートするかもしれない。「財政の崖」に予算案がからむ、という毎度お馴染みのパターンである。  ただしこの問題については、10月末の引退を宣言したジョン・ベイナー下院議長が、「置き土産」として妥協案を何とか通してくれる、という淡い期待がある。同時に下院議員も引退してしまうので、共和党内の強硬派も含めてもう怖いものは何もないからだ。  この秋の米議会がどういう結果に終わるにせよ、年明けの与野党は対決モードであろう。オバマ大統領と共和党の関係が、大きく改善していることは考えにくい。TPA法案を通した時点では、共和党はここだけは大統領に花を持たせるつもりであった。しかし、得てしてこういうときに相手を怒らせてしまうのが、オバマ大統領が以前から得意としてきたところである。  こうして考えてみると、TPP法案の審議に入るのは来年11月の大統領選挙後のレイムダック議会になってから、という公算が高そうだ。そうだとすると、それまでに米国に対していかに外からプレッシャーをかけるかが課題となろう。  ひとつは今年の暮れに中国主導のAIIBが動き出し、「アジアにおけるルール作りの競争」で米国が出遅れてしまう場合。以前から何度も書いている通り、「AIIB対TPP」は、経済の世界においては全く別物であって、本質的に競合する存在ではないのだけれども、政治の世界においては、一種の綱引き状態となっている。  この場合、日本の役割が重要になってくる。早期にTPP批准を済ませておき、5月のG7伊勢志摩サミットなどの場で米国に圧力をかける、というシナリオが考えられる。ところが日本も7月に参議院選挙を控えていて、簡単ではないだろう。 日本も悩ましい批准プロセス もともと安倍内閣は、「TPPは7月のハワイ閣僚会議でまとまる」と思い込んでいた気配がある。それであれば、90日ルールがあってもこの秋には署名が済むので、臨時国会をTPP国会にする、という段取りが可能であった。同時に補正予算で農業対策費を打ち出せば、年内に問題を片づけられる、という読み筋である。  ところが批准は、年明けの通常国会にずれ込むことになった。最初は2016年度予算を審議することになり、3月末までに予算が仕上がった後にTPP法案を、ということになる。それでは7月の参議院選挙の直前に、微妙な話をしなければならなくなる。さて、どうしたらいいのか。「年初からTPPの審議に入り、予算案の前に仕上げてしまう」という離れ業も考えられるが、いささかトリッキー過ぎよう。  それ以前に気になるのは、足元の景気である。このところ8月の鉱工業生産、機械受注、9月の景気ウォッチャー調査など、景気の悪化を示す指標が相次いでいる。7-9月期の成長率は、2四半期連続のマイナス成長となるかもしれない。どうやら中国経済の減速が、予想以上に効いている感じである。  先日発表されたIMFの「世界経済見通し」(WEO)10月版は、3か月前に比べて以下のように見通しを下方修正している2。 ○World Economic Outlook*()内の数字は前回7月発表分との差異        2014年          2015年         2016年世界経済   3.4%            3.1% (-0.2)     3.6% (-0.2)日本経済   -0.1%           0.6% (-0.2%)   1.0% (-0.2)貿易量     3.3%           3.2% (-0.9)      4.1%(-0.3)石油価格  -7.5%           -46.6% (-7.6)     -2.4% (-11.5) 「世界経済も貿易量も前年比3%の伸び」とは前代未聞の低水準であって、まさしく「スロー・トレード」が問題の根幹にある。  前号でも触れた通り、安倍首相はこの秋に「安保モードから経済モード」への再転換を図っている。ただし景気後退局面に入ってしまうと、その後の政策運営は一気に難しくなるだろう。昨年は解散・総選挙で一気に雰囲気が変わったが、同じ手はもう使えない。  そうした中で、TPPの批准をどう進めるか。経済と安保の両面にまたがる問題であるだけに、扱いが悩ましいところである。 2 http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2015/02/(公式ホームページ『溜池通信』より2015年10月9日のReportを転載)

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    ルールより「実需」でTPPに対抗する中国

    遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士) TPP大筋合意に対して、中国はAIIBや一帯一路という「実需」および二国間の自由貿易協定FTA等で対抗しようとしている。「あれは部長級の合意に過ぎないと」と、TPPの最終的実現性にも疑問を呈している。中国は「TPPは対中国の経済包囲網」と認識している 中国はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を中国に対する経済包囲網だと位置づけ、早くからAIIB(アジアインフラ投資銀行)や一帯一路(21世紀の陸と海の新シルクロード経済ベルトと経済ロード)を用意して、日米などによる経済包囲網形成を阻止しようとした。 このたびのTPP参加12カ国による大筋合意を、中国の商務部(部:中央行政省庁。日本の「省」に当たる)関係者は、「あれは、たかだか部長級の合意に過ぎず、それぞれの参加国が自国に持ち帰って国の決議機関で賛同を取り付けなければならない」と言い放った。 その例として、アメリカでは来年、大統領選挙があり、共和党としてはオバマ叩きと民主党下しにTPPの難点を強調して攻撃を始めるだろうから、米議会を通らない可能性があるとしている。 またカナダでも10月19日に総選挙が行われることになっており、現政権のハーパー首相(親米保守党)が落選した場合、野党の新民主党が乳製品の市場開放に反対していることから、議会での賛同は得られないだろうと見ている。 いずれも、TPP交渉が長引き大統領選まで持ち込んでしまったことが、痛手になるだろうと踏んでいるのだ。 またTPP参加国のうち、オーストラリアとニュージーランドとは、二国間のFTA(自由貿易協定)をすでに結んでいるので、あとは少しずつFTAを増やしていこうと、TPPの完全成立までに切り崩していこうという考えも持っている。 AIIBに関しては、今さら言うまでもなく西側諸国(特にG7)の切り崩しに成功しているので、習近平国家主席は10月20日にエリザベス女王の招聘を受けて訪英することを決めている。イギリスは2015年3月18日の本コラムでも詳述したように、中国に弱みを握られていて、少なくとも経済に関してはほぼ中国の言いなりだ。 ヨーロッパを押さえておけば、「陸のシルクロード」と一帯一路に関しては、アメリカに圧力を与えることができると考えている。北京の人民大会堂で歓迎式典に出席する中国の習近平国家主席(左)とインドネシアのジョコ・ウィドド大統領=2015年3月26日(共同) 海のシルクロードの拠点としては、10月5日の本コラム「インドネシア高速鉄道、中国の計算」で考察したように、何としてもインドネシアを押さえておけば、南シナ海からインド洋へ抜けていく海路を掌握することができる。 日本は、たかだか一つの新幹線プロジェクトを逃しただけだと思っているかもしれないが、中国が高速鉄道事業を通してインドネシアに楔(くさび)を打ったことは、TPPに対抗するための「AIIBと一帯一路」構想としては、欠かせないコアだったのである。これを見逃してはいけない。 ギリシャのピレウス港運営権に関しても、7月2日の本コラム「ギリシャ危機と一帯一路」で書いたように、TPPにより形成される経済包囲網に対して、きちんと碇(いかり)を下ろしてある。「実需」戦略により勝負する中国 オバマ大統領は「中国のような国に、世界経済のルールを書かせない」と言っているようだが、中国は「ルールの統一」を図るTPPに対して、「実需」を取る政策を動かしている。 AIIBに対して、融資の基準の低さや不透明性を理由として参加しなかったアメリカだが、中国は「自分たちは発展途上国のニーズを緊急に満たす」という「実需」を優先して関係国を助けていくのだとしている(中国の言い分)。 それがインドネシアの高速鉄道に象徴されている。 TPP12カ国のうち、AIIBにも参加している国は「オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム」の6カ国だ。このうちオーストラリアとニュージーランドとは、すでにFTAを結んでいる。残りの4カ国と結べば、TPP参加国の半数を落せる。これらは「実需」によって動く可能性のある国だ。(なお、シンガポールとはすでに交渉が煮詰まっている。) さらにAIIBには参加してないが、中国の「実需」戦略に乗り得るTPP参加国としては、「チリ、メキシコ、ペルー」などがある。この3カ国は一帯一路の線上にはないが、しかしFTAの対象にはなる可能性を持っている。(このうち、チリとは交渉が煮詰まっている。)中国は「普遍的価値観」を共有する気はない 日本の一部のメディアや研究者の間には、中国をTPP的価値観の中に入れていくことが望ましいと期待する向きもあるが、それは考えない方がいいだろう。 中国には巨大な独占企業のような国有企業がある。 この国有企業を民営化の方向に持っていって、何とか構造改革をしようとしてはいるが、大きな困難を伴うだろう。WTOに加盟して「国際ルール」に沿うのが精いっぱいで、オバマ大統領が主張するような「統一的ルール」には乗らない「国情」があるのである。 それに、中国が最も嫌うのは「普遍的価値観」だ。 西側諸国の価値観を中国内に持ち込めば、たちまち「民主化」が起こり、中国共産党による一党支配は崩壊する。だから、絶対に西側の価値観を持ち込ませないために、あらゆる手段を考えては言論統制をしているのである。 中国は普遍的価値観の代わりに「特色ある社会主義の核心的価値観」を必死になって植え付けようとしている。これがうまく行くはずもないのだが、ともかくこの「価値観」というファクターを、日本は頭に入れておいた方がいいだろう。 中韓のFTAは締結され、今は日中韓のFTAに関する交渉を日本は進めているようだが、TPP的精神で進める限り、妥協点を見い出すのは困難なのではないだろうか。東アジア地域包括的経済連携の展望 もっとも、日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国およびインド、オーストラリア、ニュージーランドなどの16カ国の自由貿易をめざす東アジア地域包括的経済連携(RCEP、アールセップ)というのがあるが、ここにTPP的ルールを導入する限り、やはりうまくはいかないだろう。(中国とASEANのサービス貿易協定や投資協定などは締結されている。) 国際社会に二重三重のオーバーラップした連携を形成するより、中国は「社会主義的価値観」を崩さずにAIIBや一帯一路で「実需」を中心として動き、TPP参加国とも二国間FTAをできるだけ多く結んで中国の構想を推し進めていくだろう。 特に90年代半ばから陸の新シルクロードのコアとなっている中央アジア諸国の政治情勢は安定しているのに対し、アメリカがチョッカイを出し始めた中東は混乱を極めている。その間に中国はロシアを含めた中央アジア諸国との上海協力機構の枠組みで「陸」を安定させておき、「海路」にシフトしながら、「実需」に向けてまい進するものと推測される。 以上、特に「価値観」というファクターが横たわっていることを肝に命じつつ、中国の「実需」戦略が、どこまでTPPを食い止めることができるか、あるいは「共存」することができるか、注目したいところである。追記: その後(10月8日)、次期アメリカ大統領選の有力候補の一人であるヒラリー・クリントン氏がこれまでの主張を急に転換し、TPPに疑義を唱える発言をした。民主党内でも意見が割れそうだ。(『Yahoo!ニュース個人』より2015年10月7日分を転載)えんどう・ほまれ 1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『完全解読 中国外交戦略の狙い』等。11月に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)出版予定。

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    日本人ノーベル賞にいちゃもんをつける国

    日本人のノーベル賞ラッシュに列島は沸きましたが、隣国は複雑な思いで見ていたようです。「百済の子孫だからね」「日本人が受賞しても安倍がイメージを悪くしている」…。心ないネットユーザーもいたようですが、日本のやることなすことにいちゃもんをつける病気はもう治しようがないのでしょうか?

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    習近平氏にノーベル平和賞報道 単なる憶測が引用で誤解生む

     中国共産党の最高指導者に就任した習近平・党総書記にノーベル平和賞が授与される可能性があるとの情報が飛び交った。その理由は習氏が昨年12月、北京で開かれた党の法制部門の会議で、主に思想犯の再教育を図る労働改造所の廃止について触れたからだというが、その発信源を探ってみると、意外なメディアが震源地だったことが分かった。 習氏にノーベル平和賞かという情報を日本語でいち早く伝えたのは、日本語の中国情報サイト「Record China」。2月22日付で、香港の中国系紙「大公報」の記事を引用する形で、「中国の新指導者・習近平氏、ノーベル平和賞の可能性――米メディア」との見出しを掲げ、「2013年2月21日、香港の大公報によると、中国の最高指導者・習近平(シー・ジンピン)氏にノーベル平和賞が授与される可能性があることを米インターナショナル・ビジネス・タイムズ中国版が報じている」との書き出しで伝えた。 そこで、2月21日付の大公報の記事を探してみると「習近平、労働改造所改革でノーベル平和賞受賞も」との見出しを掲げた記事が掲載されていた。この見出しだけをみれば、習氏のノーベル平和賞受賞がほぼ決まったかのような印象だ。 さらに、インターナショナル・ビジネス・タイムズという主に中国経済情報を発信しているウェブサイトの中国語版から元の記事を探してみると、大公報の記事は、20日付の同タイムズ中国語版をほとんど丸写しで報じていることが分かった。 また、タイムズの記事を読んでみると、実はタイムズが初めて習近平ノーベル平和賞受賞説を報じたのではなく、経済専門誌として名高い米「フォーブス」誌の電子版が報じていた。 同誌電子版から、その記事を探してみると、2月18日付で「How China’s President Is Earning A Nobel Peace Prize」という見出しの記事があった。直訳すると「中国の国家主席は、どのようにしてノーベル平和賞を得るのか?」という意味になる。筆者はラルフ・ベンコ氏という同誌の寄稿者で、経済専門家。 本当に習氏がノーベル平和賞を受賞する可能性があるのか。実はこの記事も中国の最近の法政改革について報じている米ニューヨーク・タイムズやロイター通信の記事の引用が主なのだが、その内容も、これまた中国国営の新華社通信の引用で、「司法部管轄下の労働改造所350か所に16万人が収監されている。2012年10月、強制的な労働による再教育が行われている実態について批判が高まり、最高人民法院(最高裁判所に相当)は制度を続けるとしても法を無視すべきではないとの見解を示した」というもの。 フォーブスの記事は「これについて習近平氏はいまだ態度を表明していないが、違法拘留と公開裁判権について談話を発表しており、『権力に対する規制と管理を強め、権力を制度の枠に入れる必要がある』と語った」としたうえで、ロイター通信を引用して「1月に、中国共産党新指導者による労働再教育制度の見直しが行なわれる可能性がある」と報じたことが根拠にして、「(そうなれば)ノーベル平和賞委員会も注目せざるを得ない。もし、習近平がこのような人道主義的な行為を続けていけば、同委員会もノーベル平和賞受賞を中国に授与することを正当化できる」などと仮定のうえに仮定を重ねて論じている記事だった。 しかも、3月5日からの年に1回の全国人民代表大会(全人代=国会)では「法制度改革は議題に入っていない」ことが明らかになっているので、中国政府による労働改造所改革は当面あり得ないことになる。 引用が重なるうちに、習氏がすぐにでもノーベル平和賞を受賞するような報道につながってしまったのだろう。関連記事■ 習近平氏に大きな爆弾 中国共産党元幹部23人が民主化を要求■ アラファト議長他 ノーベル平和賞の受賞者は平和を導いたか■ ノーベル平和賞・劉氏の妻 夫の投獄は「むしろホッとした」■ 櫻井氏「日本は中国の人権活動家に賞を創設して授与すべき」■ 中国人作家のノーベル文学賞 国家ぐるみでの買収疑惑が浮上

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    経済構造はもはや限界 臭いものに蓋をする中国共産党

     上海総合指数は昨年の6月から今年の6月までの間に、約2.5倍の5000ポイント台まで上昇した。しかし、その時点をピークに、6月、8月と立て続けに大暴落して、現在は3000ポイント台前半にある。 大暴落の原因について、空売り規制だとか、人民元の切り下げだとか、あるいは江沢民率いる上海閥による空売り陰謀論だとか、いろいろなことが言われている。確かにそうかもしれない。とはいえ、これらはすべて本当かもしれないが、原因の一部でしかない。 本当の問題は支那の経済構造がもはや限界にぶち当たっていることにある。いや、もうとっくの昔に、リーマンショックあたりから限界にはぶち当たり始めていた。しかし、そのことを隠蔽し、高度成長を演出するために、支那共産党は文字通りありとあらゆる「臭いもの」に蓋をしてきた。 例えば、温州市で不動産バブルが弾けたのは2011年である。8月までは上海に匹敵する高値をつけていた温州のマンション価格は、10月に入り急降下した。このとき、支那共産党は金利減免や緊急融資などで臭いものに蓋をした。 例えば、2013年6月に上海の銀行間取引金利(SHIBOR)が突如として9%まで急騰した。通常銀行間の取引金利は市中金利の中でも最も安いはずだが、それが9%という異常値を示した。支那ではこういう信じられないことがたびたび起こる。あの時、銀行のATMから引き出しボタンが消えるなど、すわ金融危機発生かと思われた。しかし、この時も支那人民銀行が流動性を供給したことで当面の危機は去った。またしても臭いものに蓋をしたのだ。 例えば、2014年1月に中誠信託が販売した30億元(約600億円)の理財商品が償還できなくなるという事態に陥った。この理財商品の投資先である非上場の石炭会社「山西振富能源集団」の経営が思わしくなくなったのがその原因だ。しかし、この時も謎の投資家が突如として現れた。謎の投資家は山西振富能源に巨額の資金を出資し、約700人の信託委託者が手にする株式を買い取ることで臭いものに蓋をした(おそらく謎の投資家の中の人は共産党の密命を帯びていたのであろうと言われている)。 例えば、上海超日太陽能科技(太陽光電池・パネルメーカー)が、2014年3月7日に償還期限を迎える社債について、利息支払い分の4%程度しか資金調達ができていないことを発表した。この時は謎の投資家は現れず、そのまま社債のデフォルトをやらかしてしまった。そして、3カ月後の6月27日、上海超日太陽能科技は破産手続きに入ると発表した。ついにこのとき、支那共産党には臭いものに蓋をしている余裕がなくなったようだ。 このとき、支那共産党は思っただろう。「これ以上社債のデフォルトが続くと、企業が資金調達に困難を極め、倒産が相次ぐかもしれない」。そんなことになれば、株式市場までもがメルトダウンしてしまう。 そこで、支那共産党は考えた。無理やり株価を上げて、企業の資金繰りを楽にしなければならないと。そこから始まったのがプロパガンダによって株価を上げるという毛沢東も真っ青の「大衆運動」である。共産党が株高を公認し、官製メディアを使って「株を買うことはいいことだ」という運動を繰り広げたのである。 プロパガンダの効果はてきめんだった。株価の高騰によって、新興企業の株価は特に急上昇した。中でも株式を新規に公開するIPO市場は活況を極めた。子会社が運よく上場すれば、親会社の資金繰りの悪化は解決する。しかも、個人投資家はIPO銘柄で一攫千金を狙う。両者の利害が一致した。 もちろん、こんなねずみ講は長続きしない。ファンダメンタルズを大きくかい離した株価はいつか調整される。6月から続く大幅な株安はまさにそれだ。しかし、ここでも支那共産党は臭いものに蓋をしようと悪あがきをした。公安警察を使って、株を売ろうとする人を取り締まるという荒業に出たのだ。デマを流したという理由だけで一般人の投資家も多数拘束されたという。しかし、今回もそれは通用しなかった。 しかも、そんなことをやっているうちに、足元が危うくなる。人民元の為替レートを維持できなくなってしまったのだ。今年に入ってからの支那経済の弱さを確認した投資家は、今後は為替レートを維持するのは不可能と見抜いていた。だから、今年の8月上旬まで、実勢レートでは5%程度元安が進行していたのだ。 そこで、支那人民銀行は実勢レートと公定レートの乖離を縮めるという大義名分の下、8月11日から3日連続で約5%の人民元切り下げを行った。ところが、誰もこの大義名分を信じなかった。支那経済は我々が想像している以上に悪化しているに違いないと多くの人が考えた。 景気が悪化しているということは政府により財政、金融政策によるサポートが必要だ。ところが、為替レートを高めに維持するためには元の量を少なめに誘導しなければならない。為替レートはその通貨の希少性を示すものだからだ。しかし、元の量を減らせば経済はデフレ化する。まして、現在の支那は過剰な投資によって作られた設備が、想像を超える過剰生産によって在庫の山を築いている。モノはあふれるがお金が足らない状態、これがまさにデフレなのだ。デフレを脱却せずして景気の回復はあり得ない。だとすれば、高すぎる為替レートは早晩維持できなくなる。世界中の投資家はこう考えていたのだ。 今回の人民元切り下げは、実勢レートと公定レートの乖離がある程度の大きさになると、公定レートが実勢レートを後追いする形で切り下げが行われるという悪い習慣を作ってしまった。投資家は高い公定レートで人民元を売り浴びせることで、実勢レートとの乖離を大きくする。結果としてそれは人民元の切り下げを促す。 支那人民銀行がたまらず人民元を切り下げたら買い戻して大儲けできる。そして再び乖離が小さくなったら、即座に人民元を大量に売りを浴びせる。そうすると、またもや乖離が大きくなる。そして再び乖離がある程度の幅まで広がると、支那人民銀行が再び人民元の公定レートを切り下げる…。 この悪魔のサイクルに入った国は例外なく通貨危機に陥る。イギリスのポンド危機も、アジア通貨危機もすべてこのパターンである。そう考えると、人民元の切り下げで臭いものに蓋をしたつもりが、逆効果になってしまった可能性がある。利に聡い投資家たちは、人民元の売買を大きなビジネスチャンスとして参入してきている。いわゆる投機家による売り崩しによって人民元は大暴落するかもしれない。 ただ、ここで間違えてはいけないのは、支那における人民元大暴落は、日本における超円高の終焉と大幅な円安とは似て非なるものだということだ。日本はもともと変動相場制であり、日本銀行が望ましい為替レートを発表したり、管理したりはしない。日本銀行が明示するのは望ましいインフレ率の目標(インフレターゲット)である。現在、日本は日銀が掲げる2%というインフレ率をまったく達成できていない。ということは、2%を達成するまで円の増刷は止まらないだろうと投資家は考えている。円がたくさん刷られるなら円安が起こって当然だ。とはいえ、インフレ率が目標に達する段階になったら円の増刷は止まる。その時に円売りを仕掛ければ投資家は非常に痛い目にあうだろう。 人民元の大暴落は経済の掟に反して為替をコントロールしたいと熱望する支那共産党に対する制裁である。日本でやっているリフレ政策とは全く次元が異なる。 支那が本来やるべきは、投資を中心とした歪な経済構造の改革である。ところが、その構造の隅々に支那共産党の利権が染みついているのが問題なのだ。一党独裁を続けながら、その利権だけ排除することができるのか?もちろんそんなことは不可能だろう。だとすると、経済の不調は必ず政治問題に発展する。日本のような民主主義の国でないからこそ、そのリスクは重く見なければならない。この点について見通しの甘い人が多すぎる。

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    高速鉄道だけじゃない! 世界を危険にさらす中国トンデモ技術力

    宮崎正弘(評論家)「かたち」だけ日本に追いつけ、追い越せ 昇り龍の鼻っ柱がボキッと折れた。 中国新幹線事故の大惨事は早くから予測されていた。手抜き工事、汚職、速度だけにこだわり、運営管理がずさん…。おそらく遠因のひとつは中国人がチームワークを取れないことに起因するのではないか。諺に言う。「中国人はひとり一人は優秀だが、三人寄れば豚になる」。日本人は「三人寄れば文殊の知恵」だが…。 新幹線は高度の信号システムと管制が必要、しかし中国が拙速に開通させた高速鉄道は外国からのハイテクの寄せ集め、つまり使いこなせないのである。局所的には優秀なエンジニアがいても全体の整合性がないのである。 中国の輸出力が世界一なのは労働の安価で成立しているのであり、高性能の技術を期待して世界の消費者が中国製を買っているのではない。そもそも中国人はあれだけの電化製品を生産しながらなぜ秋葉原へ日本製品を買い物に来るのか? 軍事も外交も経済と同様に背伸びしすぎているが、通貨=人民元の躍進にしてもいつまで続くだろうか? げんに共産党幹部はなべて子弟を欧米日に留学させ、賄賂のカネをせっせと海外へ運び、人民元を信用せずに金(ゴールド)をため込んでいるではないか。 新幹線事故が近未来の頓挫と経済的挫折を暗示しており、中国の今後を予測すると明るいことが皆無に近いことに愕然となる。 振り返れば一九七八年、鄧小平が日本にやってきて新幹線に試乗し、「速い。速い。まるで後ろからムチで追い立てられているようだ。まさにわれわれに必要なものはこれだ」と感動し、新幹線プロジェクトを実現させる決意をした。 以来、世界一のスピードを誇る北京―上海新幹線を中国の高度成長の象徴としてGDP成長率に重ねて見せたり、背伸びの連続だった。 日本が東京―新青森間の「はやぶさ」にグランクラスを導入したと聞けば、中国も豪華車両を作らなければいけないという強迫観念があった。すべてが「かたち」だけ日本に追いつけ、追い越せだった。中国初の高速鉄道の死傷事故となった中国温州市の現場=2011月7月24日 浙江省温州南駅付近での大惨事がもたらした「想定外」は近未来の新幹線設計図がずたずたになったことだ。 六年前から開始された全土新幹線計画の中枢は鉄道大臣だった劉志軍が強気のラッパを吹き鳴らし、やり過ぎが祟って今年二月に更迭された。この劉の失脚は新幹線工事にまつわる汚職もあぶり出した。彼のファミリー企業と怪しげな友人らの企業による応札、賄賂につきものの現金、豪邸、美女の愛人が十八人もいるとか、そんな精力絶倫男でもあった。その分が手抜き工事となりトンネル工事の鉄筋やセメントなどのごまかしにつながった。一番怖いのは高架橋、河川にかける橋梁の地盤工事の手抜きである。 劉志軍失脚により、二〇二〇年までに総延長一万六千キロの新幹線拡大プロジェクトを実現する見込みはほぼなくなったため、予算が半分以下に削られた。ついで時速三百五十キロの区間は最高速度が三百キロに制限され、おなじく三百キロ新幹線は二百五十キロとされた。スピードの魅力は一気に色あせる。 実は劉志軍は江沢民派であり、上海派を追い詰める絶好の機会を胡錦濤たちは得た。その上に降りかかってきたのが今回の新幹線大事故だ。国家の威信を失った表の政治の舞台裏で、胡錦濤ら団派が上海派をコーナーへ追い込める最大のチャンスが到来したのである。現場に飛ばされた副首相の張徳江(前広東省書記)も上海派である。上海派に上海派の追い詰めをやらせ、うまく行けば一気に次期皇帝=習近平の政治力を剥ぎ取る荒技が可能となる。 このように事故ひとつをとっても裏面では権力闘争の熾烈さと直截に連結している。ある日、ドカンと借金体質のツケが… 事故直後から飛び出したのはネット世論の当局批判。「くそったれ」とか凄まじい非難が沸き上がり、新華社発表のニュースを信じる人がいなくなった。ネット世論を制御できなくなると中国が決まって用いるのが問題のすり替えである。 中東ジャスミン革命の時は、その影響を恐れた中国共産党が一月から「ジャスミン」「チュニジア」「エジプト」などのキーワードを監視し、ネット世論を封殺した。フェイスブックやツイッターなどで呼びかけられた集会を各地で完全に押さえ込み、言論を弾圧した。しかし人災による新幹線事故ではネット世論を完全に封じ込めることが出来なくなって立ち往生した。革命以後、おそらく初めての異様な事態である。 新幹線事故と事後処理のでたらめぶりが中国で次に何が起きるかをある程度まで予測させる。未曾有の混乱が不動産、金融、産業、社会、軍事など各方面で起こるだろう。 その起爆剤となる事例は枚挙にいとまがない。中国の設備投資や住宅投資の行き過ぎ、インフラ整備のちぐはぐ、利権にまつわる破天荒な汚職、不動産バブル、地下鉄の滅茶苦茶な拡大。辺境にさえ乱立する摩天楼…。 すべてが身の丈に合っていないのだ。必要のないところにも飛行場を造成し、はては自動車を千七百万台も生産して在庫が山となりつつある。原発を四百基体制にすると豪語しているが、事故が起きると偏西風で放射能が運ばれ甚大な被害を受けるのは日本だ。 電化製品は補助金をつけて売り払った。それでも液晶テレビの在庫は一千万台。電気メーターの回っていない住宅が一説によると六千五百万戸。米国のサブプライム危機発生直前の空き家は一千万戸だったから、中国にサブプライム危機が発生すると仮定すれば米国の二倍以上の惨状となる。 ところが中国はやることなすことあべこべで、たまりに貯まった外貨準備を駆使して日本企業の買収に乗り出した。この巨大な借金体質のツケは、ある日、ドカンと回ってくるだろう。 高速道路の総延長キロ数はカナダを抜き去って米国に迫り、鉄道の高速化にも着手した。中国版新幹線は「縦四線、横四線」が目標で、二〇二〇年までに一万六千キロの開業を目指すとされた。目玉の北京―上海・千三百二十キロが開通したが、あけて吃驚(びっくり)、乗車率が二割しかない。 空港を中国全土に百七十五カ所も建設し、次の五年で二百二十カ所にするという。北の果て、漠河(内蒙古自治区)や撫遠(黒竜江省、いずれも対岸はロシア)にも飛行場が建設される。 大都市は競うように地下鉄を導入し、すでに北京は五輪直後に十四路線。ロンドンを超える営業キロ数である。上海も凄まじい勢いで地下鉄網を張り巡らせた。この地下鉄建設ブームは広州、深セン、南京、杭州、天津、武漢、成都、瀋陽、ハルビン、福州、重慶へと飛び火して止まるところがない。ところが庶民の不満のインフレを抑制するために地下鉄代金を安く据え置いたまま(たとえば北京は何処まで乗っても二元)だから、投資回収どころか赤字が膨らみ続ける。 おまけに北京では地下鉄のラッシュ時に各駅で乗客の積み残しが常態化、上海では進行方向を間違えるというトラブル、南京は駅舎が水浸し、武漢は工事中に泥水で駅舎が冠水…と、あちこちでボロを出している。風力発電も太陽光も張子のトラの世界一風力発電も太陽光も張子のトラの世界一 中国は経済発展に並行して発電所も猛烈に増やしている。 水力によるダムは全土に二十二万カ所。このうち二万数千のダムは決壊しているが、そんなことはお構いなしに方々に新ダムをつくっている。 とくに警戒すべきは世界最大の三峡ダムが決壊する可能性である。二〇一〇年七月の豪雨で毎秒七万九千トンの放水をした時は水しぶきが百五十メートルの高さに達した。下流域の住民は恐れおののいたが秘かに練られている計画は下流域住民八十万人の立ち退きである。現に重慶の党委員会は当該報告書にそう明記している。世界最大の水力発電ダム、三峡ダム 火力発電は石炭不足と原油高を招いたが、中国は電気代を据え置いている。停電で悲鳴を上げるのは外国企業だ。というのも日本のような「計画停電」ではなく突然ぷっつんと電力がとまる。生産現場は計画も成り立たず、これを「無計画停電」と揶揄する。 ソフトエネルギーが良いと聞けば風力発電、たちまちにして四万基。太陽パネル発電も補助金漬けで設置建設だけは賑わうが、送電線が不足している。 黒竜江省各地を歩いて驚倒したのは、あちこちに風力発電設備がにょきにょきと林立していたことだ。山の上にも風車が林立、声を上げるほどに驚いた。山ばかりか、ちょっとした高台にも風力発電の設備が騒音をたてて回転していた。いつの間に中国は、世界一の風力発電大国となっていたのだ。 二〇〇八年の統計で一万千六百基が設置され、以後も倍々ゲームで増設された。二〇一〇年の推計で中国における風力発電設備は四万基を軽く超えたことになる。 風力発電メーカーの嚆矢は欧米勢だった。デンマークのヴェスタコ、米国のGEなど。後発の日本も三菱重工、富士重工、日本製鋼所などが参入した。中国の風力発電メーカーは最後発だった。欧米から技術を導入し、さらには欧米のメーカーを買収し、独自の風力発電機械、設備をつくれるようになった。その後、想像を絶する迅速さで事態は進捗した。このプロセスは新幹線プロジェクトの技術盗用過程に酷似している。 風力発電が国家あげてのプロジェクトと決まるや、それまで発電の知識もなかった中国人が儲け話に群がって、あちこちにメーカーが乱立。いまや中国だけで風力発電の設備メーカーは七十社(国有企業二十九社、民間二十三社、合弁十社、外資八社)。しかも中国のメーカーが世界ランキング上位十社のうちの四社を占める。GEを抜いて世界二位となった「華鋭風電」(シノベル)、三位の「金風科学技術」(独社を買収し急成長)、そして原発、火力、水力発電の大手「東方電気」も参入した。 風力発電の費用対効果は火力や原子力発電と比較しても非能率、非効率、非経済的と言われた。なぜなら風がなければ発電が出来ず、設備投資のコストに比べて売電コストがあまりにも安いからである。投資としては成立しないビジネスだ。まして豪雨、台風、強風の際には倒壊のおそれがあるので発電をとめる。現実に倒壊事故、鳥の巻き込み事故、ブレードの損壊など米国だけでも七十五件の事故が記録されている。 WTOで米中が争った問題は、中国政府が風力発電一設備あたりにつき六百七十万ドルから二千七百五十万ドルの「補助金」をつけてきたことだ。明らかに自由競争を阻害すると米国がWTOに訴え、中国はようやく今年六月になって補助金が各所に行き渡ったと判断するや補助金停止を打ち出しワシントンと妥協した。 太陽パネル発電も国家をあげて推進中だ。 中国の目標は五年後に太陽光発電を一千万キロワットにすると標榜している。 すでに世界一の太陽光発電パネルのメーカーも、これまた中国なのである。 江蘇省無錫にあるサンテックパワー(尚徳電力)は過去十年で売り上げを十倍とした。シャープ、京セラ、三洋電機といった世界有数のメーカーを軽々と抜いたのである。しかもサンテックパワーは日本の太陽光発電メーカーMSKを買収し、日本市場への進出も果たした。 発電効率を効果的に高め、一方でコストダウンに成功し、発電コストを十年で三分の一にしたという。世界全体の太陽光発電の導入実績シェアは中国が三%、これを二〇一二年に八%にすると鼻息が荒い。これまではドイツの独走が続いてきた分野だが、オバマ政権になって米国も太陽発電に力点を移し、世界のマーケットは二〇一二年までに三倍に膨らむと業界は強気の読みをしている。かくして難民の反乱、暴動が… 中国最大の湖である洞庭湖は北海道の三分の一ほどの湖面面積があった。「あった」と過去形で書く理由は年々歳々、工業化によって土砂が流入し、湖面が汚染され縮小してきたからだ。ついに水涸れ。洞庭湖は地域によって一滴の水もなく湖底は地割れを示すに至った(六月二日、多維新聞網)。 二〇〇八年は華南に大雪、〇九年は四川、重慶地区に百年ぶりの洪水被害、一〇年には西南地区五省に干ばつ、今年は六月まで長江流域の干ばつ、そして六月からは豪雨。この間、〇八年五月には三峡ダムを遠因とする四川省大地震が起きた。 今年四月から六月まで一滴の雨も降らず湖北・湖南の両省と安徽省、江西省、江蘇省と上海市は水飢饉に襲われた。干ばつ被害による農地の荒廃は七百万ヘクタールにも及んだ。農地の被災という文脈では東日本大震災の十数倍の規模である。 世界一の発電量を誇る三峡ダムの貯水は二割程度(今年六月現在)、下流域は川底が地割れを示した。あの長江が水涸れという異常事態は半世紀ぶりとなる。 そんな中、「南水北調」という世紀のプロジェクトは総額六百三十億ドル、「随の煬帝」級の運河を三本同時に開墾し長江の水を華北へ送ろうという無謀なプロジェクトだが、工事は十年前に開始されており、すでに一部の運河は開通している。 ところが問題が随所に発生し、先行きに暗雲が漂う。すなわち黄河の十七倍の水量を誇る長江の水を北京・天津地区に輸送する水飢饉対策が目的だったのに、水質汚染、環境汚染、あげくにせっかく運ばれてきた水が雑菌だらけで飲めないと判明して元の木阿弥になるかも知れないのだ。 三本の運河ルートのうち西線はおそらく実現困難だろう。なぜなら通天河から大渡河に巨大ダムの建設が必要な上、海抜四千メートルのバヤンハルム山脈に全長百キロのトンネルが必要とされるからだ。もし水流が山脈をぶち抜くという事態が発生すれば山崩れ、崖崩れ、土石流どころか地震が頻発し、山脈崩壊など想定外の災禍が予測される。ゆえに西線は「構想」段階で踏みとどまっている。 さらに付随的な障害がぞろぞろと出てきた。 まずは上海西部から天津までの区間の水路が開設されたが、水質汚染が激しく新たに四百二十六の浄水装置が必要に。追加予算が膨大に膨らんで、中央政府対地方政府の予算配分をめぐる政争は収拾がつかない。 最大の難問は開墾工事に伴う大量の立ち退き難民の発生だ。 年間二百三十億立方メートルの水が南から北へ輸送されるとなると、自然環境や気象条件その他の状況変化により、一部地方には洪水が、あるいは水没が予測される。三十七万もの村落が廃村となり、十七万人の農民が故郷を離れた。新移住区には当然ながら職がなく、補償金は微々たるものなので不満が爆発した。 かくして立ち退き難民の反乱、暴動が起こる。反政府感情は頂点を極める。都市部に住む四億四千万人の水を確保するために、三十七万の村々が犠牲になるわけだから。中国における水問題はまさに死活的である。だからこそ一部の中国企業は日本のきれいな水をねらい、森林資源の買い占めに走るのだ。バブル国家破裂はいまや時間の問題 そして中国経済の根幹を支えてきた不動産バブルの瓦解が始まった。 共産党独裁というシステムには構造的欠陥がある。猛烈インフレを前に庶民は暮らしていけないと政府に不満を漏らす。新幹線事故における鉄道部批判は、じつは政府批判のはけ口である。 博訊新聞網(八月二日付)によれば浙江省杭州で突如勃発したタクシーのストライキがある。理由は、「食料品が一一・四%、とくに豚肉が五七・一%も上がり、これでは食べていけない」とするインフレへの不満だった。 しかし政府はインフレ抑制の目玉としてガソリン料金を抑制し(だから売り惜しみがおこる)、主要都市では地下鉄、バスを低料金のまま据え置き、このため公共運輸機関の赤字は鰻登りになっている。 北京である日、まったくタクシーがつかまらず、「景気は良いだろう」とたまさか拾えた若い運転手に訊くと、「冗談でしょ。景気は最悪ですよ」と答えた。「えっ。最悪? タクシーはまったく掴まらないじゃないか」と筆者。すると、「物価があがって、こんくらいの稼ぎじゃ(生活が)追いつけない」と溜息だった。 不動産の根本問題は次に発生する不良債権の爆発である。 これまでに地方政府が土地を売って開発を促し、中国全土におよそ一万社ある「開発公社」に国有銀行が巨額のカネを貸し続けた。 総額は二百五十兆円、このうち百七十兆円が不良債権化すると欧米の経済誌は予測している。こうなると建設ブームは突如、心筋梗塞のような破滅的終末を迎えるのは必定だ。それはいまや時間の問題のように見える。 GDP世界第二位、外貨準備世界第一位の経済大国を誇示する中国で、実は経済失速、バブル経済破裂が秒読みとなっている。みやざき・まさひろ 昭和21(1946)年、金沢生まれ。早稲田大学英文科中退。日本学生新聞編集長などを経て、昭和57年、『もう一つの資源戦争』(講談社)で論壇へ。中国ウオッチャーとして活躍。著書に『中国がたくらむ台湾・沖縄侵攻と日本支配』(KKベストセラーズ)『ウィキリークスでここまで分かった世界の裏情勢』(並木書房)『オレ様国家・中国の常識』(新潮社)など多数。(※iRONNA編集部注:肩書き等は『月刊正論』掲載当時のものです)

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    臭い物には蓋をしろ! 中国トンデモ列伝

    中国・天津で起きた爆発事故から1カ月余り。真相はいまだ明らかにならず、現地では流出した汚染物質による環境汚染や健康被害への懸念も広がる。「臭い物には蓋をしろ」と言わんばかりに徹底した情報統制を敷く中国。蓋を開ければ、ほんとにトンデモない事だらけだったりして…。

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    中国「股間に手りゅう弾隠し攻撃」の反日劇 通信社もキレた

     爆買い、爆買いと聞くと、中国人の対日感情も変化しているのかと思いたくなるが、そうではないようだ。中国の情勢に詳しい拓殖大学教授の富坂聰氏が指摘する。 * * * 習近平政権下の外交戦略の見直しによって日中間には宥和のムードが広がり始めた。だが中国の変化は日本人が受け止めるようなものではない。爆買いに来るからといって歴史問題を含めた日本のすべてを肯定するということではないからだ。 中国人の心のなかには「過去の日本」と「いまの日本」という肯定と否定が並立している。どちらかの感情を入れ替え全肯定と全否定を繰り返す日本人とはそこが明らかに違い、互いに誤解する点でもある。(本文と写真は関係ありません) これは国内の問題にもいえることで、例えば都会人と田舎の人々では明らかに対日感情は異なる。その意味でもいま、対日宥和のムードが広がっているのは都会の一定以上の生活をしている人々で、いまだ田舎では反日が基本である。 それはエンターテイメントの世界に如実に表れている。 そんななか6月16日には新華ネット上に新華社が批判した反日映画・ドラマに関する記事を掲載して話題となった。タイトルは〈総局(中国電波映画テレビ総局)が取り調べ 女性の股間に手りゅう弾を隠して攻撃する反日劇 新華社が連続して3つの文書を発して批判〉である。 中身はタイトルの通りで、トンデモ映画や劇、ドラマが量産され続けられている“反日もの”に、ついに女性器のなかに手りゅう弾を入れて攻撃するとの内容のものが登場し、国営通信社がキレたというわけだ。 その言葉がまた激烈で「人としての倫理にも史実にも符合せず、ただ公共の理性に挑戦する」作品だというのだ。 こうしたくだらない作品については拙著『中国人は日本が怖い! 「反日」の潜在意識』(飛鳥新社刊)に詳しく書いたが、武術の達人が日本兵を素手で真っ二つに割いてしまうなど、本当にとんでもない。むしろ逆にカルト的な人気を呼ぶのではと思えるほど思い切っていてバカバカしいのだが、こうしテイストはいまだ健在ということなのだろう。 この記事で思い出すのは、4月15日に中国吉林ネットが掲載した『法政晩報』の記事である。これもタイトルだけ見れば十分という記事なので、それを紹介したい。曰く、〈日本鬼子役を演じた端役の役者は4年間で6000回死んだ〉 ご苦労様!関連記事■ 中国のネットで「南鳥島も古来より中国領土」との意見出る■ 中国の反日是非論争で「ホンダのバイクはすごい」の冷静意見■ 中国で各種日用品に「反日」をプリントしたグッズがブームに■ 中国の祭り 捕らえられた日本兵の提灯を笑顔で小突く地元民■ SMAP上海公演中止 中国政府に対し中国人ファン激怒

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    中国がひた隠す天津爆発現場 日本人ジャーナリストが初潜入

     8月に中国・天津で起きた大爆発事故。習近平政権は厳しい報道管制を敷き、現場で何が起きたのかはほとんど伝わってこない。『習近平の「反日」作戦』(小学館刊)などの著書があるジャーナリスト・相馬勝氏が、中国が国内外にひた隠す「爆心地」への潜入に成功した。相馬氏が現場の生々しい様子をレポートする。 * * * ひしゃげて折れ曲がり、長方体の原形を留めていないコンテナが散乱し、鉄筋の枠組みだけを残して穴だらけになった5階建てのビルの残骸が無残な姿を晒す。あたりには焼け爛れた倒木が転がる──。 死者162人、行方不明者11人、さらに700人以上が負傷した中国・天津での爆発事故の現場中心部の様子だ。北京で抗日戦争勝利70年を記念した軍事パレードがあった翌日の9月4日、筆者は天津を訪れた。 化学薬品倉庫のあった爆心地への出入り口には鉄製の柵が設けられ、道の両側に4~5人ずつ武装警察部隊の兵士が立っていた。瓦礫撤去にあたる工事車両が頻繁に行き来するなか、筆者が乗ったセダンは運良く工事関係車両とみなされたようで、現場の中心部に入ることができた。 事故は8月12日深夜、天津港に隣接する濱海新区内の危険物倉庫で起きた。消防隊の放水によって貯蔵物質が化学反応を起こし、次々と爆発を誘発したとみられている。事故後、倉庫会社社長や市政府幹部ら20人以上が拘束されたが、原因ははっきりしていない。 これまで、『人民日報』など官製メディアのほかに現場に入った取材者はいない。中に入ろうとして身柄を拘束され、カメラの画像をすべて消去された外国人ジャーナリストも少なくないという。8月20日、中国天津市浜海新区の川で見つかった、大量死した魚(共同) その事故現場では、工事関係者らが防毒マスクを装着。筆者も強い異臭を感じた。工事車両は現場の出口付近で、浄化剤入りの水を車体にかけるよう指示されていた。近くの川で無数の魚の死体が浮かび上がったことからも、かなりの量の化学薬品が残留しているのは明らかだ。 爆心地に隣接し、立ち入り禁止になっていたマンションの敷地内にも入った。避難した住民向けの保険会社による説明会のため、一時的に立ち入り禁止が解除されていたのだ。 数十棟もあるマンションのほとんどの部屋は、爆風で窓ガラスが吹き飛び、暗く黒い空洞がぽっかり浮き彫りになっていた。 内部はガラスやドアなどの破片が飛び散り、住民らは「もうここには住めない」と口々に叫び、「事故の責任を取れ」「数百万元も出したマンションなのに、二束三文の賠償金では絶対に納得しない」などと政府の対応に不満を爆発させていた。 会場では住民の“暴動”を抑えるための武装警察数十人が警備につき、険悪な雰囲気に包まれていた。マンションの敷地内にも武警によってテントが張られ、住民の引っ越しのため、室内の荷物を運び出すのを手伝う隊員を振り分けていた。高さ2メートルほどある結婚式の写真パネルを、武警隊員が大切そうに運ぶ姿もあった。 天津市当局は9月5日、この爆発跡地に、犠牲になった消防士らを悼む英雄記念碑などを建て、「生態公園(エコパーク)」とする計画を表明。11月にも着工し来年7月に完成予定だというが、化学薬品の残留をはじめ問題は何も解決していない。 中国国民は何より原因究明を望んでいる。北京でも上海でも、同じような不法な危険物の大量貯蔵があるとされるからだ。事故原因を隠蔽すれば、政権への不満を募らせるのはマンション住民に留まらない。関連記事■ 中国では今年18件の工場爆発 天津大爆発は氷山の一角の指摘■ 中国で警戒レベル一気に上昇 経済失速と天津大爆発が背景に■ 原発事故現場・大熊町民の複雑な心境と声を丹念に拾ったルポ■ 天津爆発事故 工員が「ライターで火つけた」と書き込み逮捕■ 中国で屎尿転売もくろむバキュームカーが爆発 臭気立ち上がる

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    99%の民間企業が商業賄賂に関与する中国 日系企業は同じ轍を踏むな

    児玉克哉(三重大学副学長)民間企業間でも抵触する贈収賄 今年に入ってから中国のニュースでは毎日のように「重大な規律違反と違法行為」で様々な役人の摘発の報道が続いています。腐敗防止を政策の重要課題として取り組んでいる習近平政権ですが、その勢いは止まるどころか勢いを増してきています。 中国では役人が関与する贈収賄だけが刑法に抵触するのではなく、民間企業間でも贈収賄は「商業賄賂」と言う刑法に抵触する犯罪となっています。 今後も腐敗防止政策を推進していく場合、まずは役人や国営企業の不正を重点的に取締って行いますが、次には民間企業へ推移していくと思われます。その場合には外資企業がまっ先に目標とされるでしょうが、特に日系企業はその中でも最優先でターゲットとされる事は現地事情に詳しい人であれば想像が付く話です。 先日も中国最大手弁護士事務所に勤務されている日本人弁護士の方と会食した時に、「中国では99%の企業が商業賄賂問題を抱えている」とお話をされていました。 最近では日本企業もコンプライアンス重視の傾向があり色々な相談があるそうですが、「購買担当が不正を行っているようだが、どのように対処したら良いのか?」と言うような事後処理的な相談が多いようです。 しかし、贈収賄に関しては起きてしまった後の処理は立証する事が非常に難しく、また多くの関係者の聞き取り作業なども行わなければいけないので社内にネガティブな空気が漂い、更に悪い方向にも進みがちとの事。如何に事前に防止するかが今後重要な課題だと弁護士さんも言われてました。「各事業所に任せているので…」という無責任 皆さんの記憶にも新しい江守グループホールディングスの破たん事件ですが、これは中国子会社による不正取引、不正会計が原因でした。 実に2005年より10年以上も不正を続けていた訳ですが、なぜここまで放置されてしまったのでしょうか? この事件の原因は、現地総経理を信頼して任せっぱなしにしてしまった事にありますが、現地トップも関与できない正しい監査制度が本社側として構築されていなかった事が最大の問題点でしょう。 弁護士さんのお話では、大手企業の現地統括会社トップとお話しする機会に、「購買の不正対策など、何らか特別な制度をとっておられますか?」と質問されると、現地統括会社のトップは概ね「各事業所に任せているので…」と言う回答をされるそうです。 しかし、各事業所が不正防止などの対策を考えさせたとしても、江守グループホールディングスと同様に、統括会社や日本本社側はその闇を知る事無く過ぎてしまうことでしょう。 よってこの問題をしっかり解決するには、本社側もしくは現地統括会社が不正防止の仕組みを新たに構築し、各事業所へは新たなルールとして導入させる事が必要です。ではどうしたら良いのか ここで分かりやすくするために、各事業所の責任者の立場になって考えてみましょう。 仮に疑わしき行為が事業所内にあったとしましょう。それを発見し問題にする事は、彼ら自らが今まで何もしてこなかった事を証明する事にもなってしまうため、消極的な対応になってしまいます。 また、本社側もしくは統括会社側より各事業所に「コンプライアンス重視で不正を防止しなさい」と発しても、駐在期間が短い彼ら各事業所のトップは、実はその為に何をどうするのかすら考え付かない人も多くいるのも現実なのです。 一般的に本社側は現地統括会社に「省エネしなさい」と指示を出し、現地統括会社はそれを受け各事業所に「省エネしなさい」と指示を出す事が多い。しかし現実には、何のツールも与えずに具体的な取り組み方法などの指示もなく「省エネしなさい」と指示する行為は無責任の連鎖でしかありません。 良くある出来事として設備の省エネに詳しくない各事業所トップが、工場に昔から長く勤務する設備担当者などを集めて省エネしなさいと言う。ところが、担当者が進めるという省エネ方策が正しいのかどうかの判断すら、実際には事業所トップは判断できません。そんなところに大きな予算が使われるのです。 これは正常ではありませんね。 「掃除をしなさい」と言うのであれば掃除道具を買い与え、「整理をしなさい」と言うのであれば棚を作ってあげる事が必要であるのと同じで、コスト削減や省エネにも何らかのツールを与えてあげる必要があるのです。 ある日系の省エネ専門会社の社長に話を聞きたところ、既にその会社では300社以上の日系現地事業所を訪問されておられるとの事でしたが、90%以上の事業所は省エネを正しく行えていないと言われてました。 「省エネしなさい」と言うのであれば、ツールとなる省エネの専門家(中国では節能服務公司)に委託し、その指導に則って省エネを進めるべきだというのが正論でしょう。 東芝の不正会計問題が発覚しましたが、本社経営管理部は「何とかしろ」と命令するだけで、具体的な指示を出していませんでした。その結果として、命令を受けた方は不正行為を行ってしまいました。 「何とかしろ」と言うのであれば、何とかできる仕組みを構築し、その仕組みの上で部下に行動をさせるべきだったのでしょう。 東芝問題も、まさに無責任の連鎖が生んだ重大なコンプライアンス違反行為だったと言えるのです。内部体制の変革だけでは無理内部体制の変革だけでは無理 贈収賄などの不正行為に話を戻しますが、世界的に有名な危機(リスク)管理会社のKROLL社が外資の大手企業に対して行ったアンケートがあります。そこで中国事業に関して「自社の不正発生リスクが高まっているか?」との問いを行ったのですが、2012年に69%だった数字が2013年-2014年には80%まで上昇しています。 更に、SMBCコンサルティングのレポート(2014年11月4日配信)によりますと、中国における不正の典型的パターンとして次のようなものが挙げられています。 ・経費水増し 外部業者と結託して実態と異なる契約や発票(領収書)を作成・取得し、実際よりも経費を水増し支出して、その差額を着服。 ・バックリベート 商品販売にあたり不当な優遇を行い、販売先から謝礼を得る。 ・親族会社取引 親族会社にある会社を通じた取引により、社内関係者が利益を得る。 ・現預金等流出 各種社内書類の偽造や、小金庫と呼ばれる裏金を利用して現金を着服。 また、このレポートでは「不正を防ぐための表面的な監査は逆効果だ」と書かれています。表面的に定められた項目をなぞるだけの監査では「監査があったが発見されない」と言う安心感を不正行為者に与えてしまい、かえって不正行為を助長してしまうとも書かれています。 レポートの最後には、不正行為は、いったん行われればその発見・責任追及には証拠の確保など様々な困難を伴い、責任を追及しきれない場合も非常に多いと結んでいます。したがって、対策はあくまでも「事前抑制」を主とし、究極的には不正行為者が「発見されるかもしれない」と自ら不正行為を思いとどまる「仕組み」を充実させていくことに重きを置かれるべきでしょうと書かれているのです。 コンプライアンス重視の経営方針を貫くのであれば、中国事業では「新常態」に則した不正を事前に抑制する新たな仕組みを早急に取り入れるべきでしょう。 年間に膨大な経費が支出される設備関連の経費についてだけでも、専門家の第三者による見積もりチェックを行う事で不正はすぐに防止できますが、ただその場合には日本・中国の両国事情に精通した専門家による監査(チェック)が必須です。 日系企業でも90%以上の企業が省エネを正しく行えていないとの事ですので、その原因の多くが「設備担当者や購買担当者による不正」にあるのでしょう。 自らの利益を優先し、企業として行わなければならない正しい設備の導入などを妨げている訳です。 専門家がどれだけ優れた提案をしても、それを選択するかどうかを決定するのが素人だとしたらどうでしょうか?本末転倒としか言いようがありません。日本と同じ事で解決しようとするな ことわざにも非常に機知に富んだ言葉があります。 郷に入っては郷に従え 餅屋は餅屋 安かろう悪かろう これらこそいま必要とされている言葉でしょう。これらの言葉の意味するところを是非皆さん認識して下さい。これだけ急速に発展してきた中国に於いて、日本と全く同じ事を求める、日本と同じ事で解決しようとする事は危険すぎます。 中国という賄賂が蔓延する「郷」に入ったならば、相見積もりなどと言う日本風の対策で対応しようとするのではなく「郷」に従って、「餅屋」である専門家にまかせて正しい判断が出来る体制を作ることが何よりも重要なのです。 そうしてこそ、今後の新常態に於いて失敗しない経営が可能となります。これまでと同じ轍を踏まないよう警告を発したいというのが今の私の正直な気持ちです。(「児玉克哉のブログ『希望開発』」より2015年8月28日分を転載)