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    元凶はここにある!愛知県知事リコール不正署名騒動の核心

    ール(解職請求)署名偽造問題は、収束どころかその余波はとどまる兆しが見えない。とりあえず今後は、刑事事件として司直の手に委ねられることが間違いなさそうだ。 そもそもこの発端は、愛知県と名古屋市の共同プロジェクトである芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」において、昭和天皇の肖像を焼却する映像イメージが一部分収録された作品や従軍慰安婦像などの展示が行われ、これが右派の方々の逆鱗(げきりん)に触れたところから始まる。 この芸術祭の芸術監督である津田大介氏(ジャーナリスト)が仕込んだ挑発的なアートイベントが予想以上の波紋を広げてしまい、そして連鎖的に実行委員会トップの大村知事と名古屋市の河村たかし市長とのバトルまでもが巻き起こった。 高須クリニックの高須克弥院長と河村市長がどのような経緯で問題となった愛知県知事のリコール運動に関わっていき、さらにはリコール運動の代表と「応援団長」になったのかは、まだ不分明だ。 なぜなら2人とも、このリコール運動を「首謀」したのは自分たちではないと言い合っているためだ。そうした中でリコール運動の不正問題が発生した。 もともと不正が発覚したのは、ボランティアでリコール運動に関わっていた右派の有志が、ひょんなことから大量の偽造署名の存在を知り、それを告発したことから始まっている。 大村知事のリコールには賛成するものの、ひきょうな手を使うことは良しとしないボランティアの告発により発覚したこの問題は、すでに左右の思想の立場を超えたものとなっている。 これらの告発をした有志の方々は高須院長から裏切り者扱いされた末に、偽造署名を取り除いたことを窃盗だとして、まったく不思議なことに高須院長によって刑事告発までされている。では、元凶は誰なのだろうか。おそらくは、ほどなくしてその実態は分かってくるだろう。よってここでは触れない。 さて、この愛知県知事のリコールの署名問題や、同時期に行われたカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致をめぐる横浜市長のリコール署名などの経緯を見ていくと、地方自治の直接請求制度の根底に構造的な問題があるのではないかと思わざるを得ない。 地方自治における直接参加の民主主義のシステムが時代遅れになってしまっていて、それがこの署名偽造問題の背景になっているのではないだろうか。 まずは直接請求制度の基本的なシステムについて軽く説明したい。この制度は、条件を満たせば強制的に首長の解職や議会の解散を行うことができる。ただし、その仕組みは複雑である。 愛知県知事のリコールでも勘違いしている人がいるようだが、このリコールのための署名といわれているものは、正確には「リコールそのものを決める」署名ではない。「リコールの可否を問う住民投票を行うことを求める」署名である。 よって、実際に地方自治体の県知事や市長などが解職されるまでには、2段階の署名と投票行為が必要となる。1段階目の署名でまずリコールのための住民投票を行うことを決め、そして2段階目で初めてリコールを決める住民投票が行われるのだ。 さらにこの署名の数が問題だ。リコールのための住民投票の実施を求める署名は、有権者の3分の1が必要とされている。この3分の1というのは、人海戦術でボランティアなどが一人ひとり自署を集める仕組みを考えれば、大都市の場合だと非現実的かつ実現困難な数字になる。愛知県の大村秀章知事のリコールを求める署名を選管に提出する「高須クリニック」の高須克弥院長(右端)=2020年11月、名古屋市千種区役所 例えば東京都で、都知事をリコールするために署名を集めるとすると、約1100万人(2020年6月実施都知事選の有権者)のうちの3分の1は約380万人だ。そんな膨大な署名数を一人ひとり集めていかねばならない。しかも対面で本人が書き、そこには自署も押印も必要なのである。 さすがにこの380万人という数字は非現実的といえるのではないかということで、地方自治法第76条第1項では、ある一定の有権者数を超える地方自治体はその数が緩和されることになっている。 この緩和された数で東京都の首長のリコールに必要な署名数を計算すると、約150万人の署名が必要になる。署名の個人情報 これを愛知県にあてはめて計算すると、有権者数は約610万人で必要署名数は約87万人分。横浜市だけでも有権者数約310万人で必要署名数は約49万人分にものぼる。これを対面で集めていくというのは並大抵のことではない。 そして、この数を人海戦術で集める期間はわずか2カ月間である。署名を集める人は「受任者」と呼ばれているが、これも事前登録が必要だ。ここまでくると政党レベルかそれ以上の組織力がなければ、大都市だとリコールのための署名数は事実上不可能ともいえる。 この署名の法定数が集まった後に、今度は自治体の選挙管理委員会(選管)によって第2段階の本格的な住民投票が行われ、ここで過半数を取ることでやっと解職となる。 このような膨大な署名を対面で集めなければならないために、これまで大都市と呼ばれる自治体でリコールが成立したケースはあまりない。自治体の首長がこのようにして直接請求でリコールされたのは、地方の町長や村長がほとんどである。 なお、唯一の例外といえるのは2010年の名古屋市議会の解散請求で、これは画期的なことだった。そのときのリコール運動を主導したのは、河村市長である。河村市長は大都市でのリコール運動の成功事例の経験とノウハウがある第一人者と言うこともできる。 もっとも河村市長いわく、今回の愛知県知事リコール運動は応援団にすぎず、リコール運動のノウハウがある河村市長の選挙事務所のスタッフも今回のリコールの実務からどういうわけか遠ざけられていたという。 そうすると、あまりにも幼稚といえる偽造方法の数々も、リコール運動のノウハウを知った河村市長のスタッフがいなかったから…という理解もできなくはないが、まだこちらはやぶの中。実態が明らかになるまで待つことにしよう。 このように、現在リコールの直接請求制度であると大都市ではそれが成立することは難しい。しかし地方の市町村では規模が小さいため、活発に直接民主制が機能するときもある。 2000年以降の実績では、リコール署名と住民投票の末に解職された市町村の首長は、群馬県富士見村長(03年)、滋賀県豊郷町長(同年)、長崎県香焼町長(04年)、福井県鯖江市長(同年)、香川県三野町長(同年)など、18人がリコールされている。 最近では昨年、群馬県草津町の女性町議が現市長から性的な被害を受けたと訴えたことに対し、それが虚偽であるとの理由などで町議に対するリコール運動を逆に起こされ、署名と住民投票ともに成立して失職するという一件があった。 このように、規模が小さい市町村ではそのリコールに至る理由は別として、比較的直接請求が機能しているといえる。ところが、その小さな市町村ではまた別に問題がある。 「徳島みたいな小さい町などでは、誰それが署名したとか(署名集めのボランティアである)受任者をやっているというのは仕事に直結してしまうんです。(署名に協力したら)仕事出さんぞとか、そういうことになりますから」 このように語るのは、現在徳島市の内藤佐和子市長に対するリコール運動を準備している「徳島の未来を守る会」の担当者が筆者の取材に答え、その問題点を教えてくれた。 この団体は、最年少女性市長ということでも話題になり、昨年4月に就任した内藤市長が保育園施設の整備事業を取りやめたとしてリコールを目指している。 この団体の担当者によると、小さな町や村では首長やその支持政党などとの利害関係があるため、それが知られてしまうと、近所づきあいのレベルから仕事の取引まで影響が出てくる可能性があるということだ。_林文子・横浜市長のリコールを目指した署名活動の結果を報告する市民団体「一人から始めるリコール運動」の広越由美子代表(左端)ら=2020年12月、横浜市 そのため、この徳島の未来を守る会では、受任者の個人情報もPマーク取得企業(個人情報の取扱いが適切であると認定された企業)にそのまま委ねて管理してもらう予定なのだそうだ。これだと確かに、個人情報が漏れるリスクは少なくなる。 しかし、署名が集まり自治体の選管に提出したあと、署名の原本は有権者に公開され、誰でもこれを閲覧することができる。これを縦覧制度という。 「署名の縦覧制度だけはなんとかしてほしいですねえ」と、同会の担当者はため息をつく。「バレたらどうしようと不安に思っている人はいますから…。田舎だと特にしり込みしますよ」と、不安げに話した。署名妨害行為は実際にありえる 徳島市はかつて地方自治制度を利用した署名と住民投票により吉野川可動堰計画をストップさせた歴史もあり、その他も含めて直接請求は過去何度か行われ、成功している。 そういうことから直接請求にはある程度の理解がある自治体ともいえるが、それでもやはり個人情報という面には不安があるということだ。 署名の縦覧制度とは、集まった署名を選管が審査した後に、住民の請求により7日間閲覧させる制度である(地方自治法74条)。これによれば、集められた署名は「予めこれを告示し、且つ、公衆の見易い方法によりこれを公表しなければならない」とされている。そのため、住民であれば誰でも署名を見ることができることになる。 ただし、個人情報保護の観点からだろうが、この縦覧をどのように行わせるかについては地方自治体ごとの解釈がそれぞれちがう。 例えば横浜市選管に聞いたところだと、署名を閲覧できるのは自分の名前が記載された署名用紙だけとのことで、署名簿全体を請求されても、特段の理由がなければお断りするとのことだ。自治体の署名の縦覧の規定を見ても、そのようにしているところは多い。 だが、そうでないところもある。というか、そちらのほうが地方自治法の規定には忠実であったりする。 調査報道のNPO法人「インファクト」によると、愛知県は署名の縦覧については署名簿全体を見ることは拒否する方針だったが、のちに管轄省である総務省との協議の結果、全体の閲覧を可とする判断をしたという。 インファクトも、これについて個人情報保護の観点から疑問のある措置としている。また、署名簿が閲覧された結果、その署名を取り消すように働きかけなどがあった事例を挙げている。実際、第三者による「誰が署名したか分かるんだぞ!」というような署名活動の妨害行為はよくある話だそうだ。 高須院長や河村市長のこれまでの行状に対してリコール反対派の立場の人々から、「署名活動に参加した人の県の広報で個人情報が公開される」だとか、「受任者の引き受けた人の個人情報が県の広報で公開されている」という趣旨のことを著名なリコール反対派のお三方らがツイッターで発信した。 すると高須院長はこの3者を選挙妨害として、愛知県警に地方自治法違反罪で刑事告発した。確かに、この3者のツイッターでの発言は事実関係としても正確ではなく、残念ながら勇み足としか言いようがない。署名者と受任者の情報は縦覧期間には確かに公開されるが、県の広報には掲載されない。さらに掲載されるのは受任者ではなく、限られた請求代表者のみである。 これが事実関係としても間違っているばかりではなく、個人情報がバレるから署名に行くなというのは事実としてその危険性を伝えたとしても、よくあるリコール署名つぶしと同じことをやっていることになる。この辺は、3者とも慎重になってほしかったと思う。 愛知県知事のリコール運動が進むにつれ、高須院長やその支持者の間では陣営内にスパイがいるなどの発言が繰り返されるようになり、挙げ句に「事務所に盗聴器があった」との発言まで出てきた。 これが本当なのかは明らかではないが、過剰な情報統制やボランティアが票の集計などの運営から遠ざけられていたこともあり、何かを隠しているのではないかと疑う向きもある。愛知県の大村秀章知事のリコール運動を巡る、署名偽造のアルバイトが集められた貸会議室がある建物=2021年2月、佐賀市 大量の偽造署名の存在を告発した右派有志も、この点を昨年の段階から指摘しており、この情報統制や秘密運営の影で何かが行われていたのではないかとの見方もある。 偽造署名についても、提出された約43万の署名のうち8割以上が不正なものとされている。そうすると30万以上の署名がリコール事務局の関与なしに持ち込まれることは不可能であり、そのような事情から秘密主義でスパイなども疑うような厳戒態勢になっていったのではないかという声もある。 だが、直接請求の署名運動に携わる人から言わせれば、実際に署名運動を妨害する目的で反対勢力が介入することは大いにあり得るとのことだ。署名偽造はチェックできるか 「愛知のリコールみたいにネットで人集めしして、ガバガバな運営をしてると反対勢力が入ることはありえますよね」と話すのは、前述のリコール運動の担当者である。 「例えば、受任者にしても大量に反対勢力が入り込むこともありえます。そうすると過大な受任者が集まったのに、それが署名活動を実際にしなければ、それだけで署名活動を混乱させることもできます。わざと偽造した署名を紛れ込ませることもできるでしょう」とのことだ。 スパイがいるかもしれないと連呼していた高須院長だが、こうした話を聞くとあながち的外れでもない。 愛知県のリコール署名で最もあからさまな問題になっているのは、河村市長によれば名簿業者から買ってきたのではないかとされるどこからか調達してきたリストを元に、大量の署名をアルバイト動員して偽造した件だ。 正直、こんな幼稚なことは考えればすぐダメと分かるものだろうと思うのだが、ここには事情を知っている人だけに分かる裏がある。これについて念のため横浜市の選管にも聞いてみたが、やはり事実だった。 署名の審査に際して、基本的に選管は筆跡鑑定のようなことはやらないのである。チェックするのは、選挙人名簿に照らし合わせて、名前と住所と生年月日が正しいものかチェックし、あとは印章やそれの代わりになる母印があるかどうかだけ。その必要条件が満たされていれば、それ以上は特に審査の対象にしないという。 逆にこの必要項目に関しては、誤字や住所の誤表記なども含めて厳格に確認するそうだ。ちなみに、前述の2010年の名古屋市議会リコール運動では、集めた署名約46万筆のうち、4分の1にあたる11万筆がこれらの条件を満たさない不備署名とされた。 さすがにこれは厳しすぎるのではないかということで、多少の住所の誤記や書類提出上のミスなどは、署名縦覧期間に訂正されて有効扱いされたという経緯もある。なお、このときは署名の不法な偽造ということは問題にされていない。 この署名の有効とれさる要件さえ厳格に守っていれば、筆跡と押印はチェックされないという事実を知っていたものが、今回の署名偽造を行ったのではないかという予測ができる。だが、今回はさすがに露骨にやりすぎた。 河村市長は偽造が選管で分かった理由を、筆跡うんぬんで偽造が明らかになったというよりは、住所表示があまりにも整然としており、住民基本台帳や選挙人名簿などのように住所表示の通りに抜けなく整然と並んでいたからではないかと述べている。 もちろん、これまでにボランティア有志から告発までされていたわけであって、しかも「いくらなんでも」というような、あからさまな偽造であるだけに、さすがに選管も偽造と認めざるを得なかったというのもあるだろう。 ちなみに高須院長は、不正と思われる署名でもそのまま選管に提出することを厳命したと自らツイッターで語っていた。有効か無効かを判断するのは選管だという理屈である。 そして実際に提出した後に、「不正があるため調査する」と選管が動き出すと、今度は署名を調査する権限は選管にはないと不思議な主張をした。こうした高須院長の行動はまったく不可解なのだが、この辺の理由も後に全て明らかになるかもしれない。 そのほか署名の情報管理や、河村市長も認める受任者の名簿が違う目的で利用されている件も問題ともいえる。しかし、もうそれ以上にこの直接請求における署名制度が前時代的なものになっているのは間違いなかろう。愛知県選管の調査を受けて会見する高須院長=2021年2月4日、愛知県庁 「この制度自体、もうどんづまりなんですよ」と語るのは、徳島の未来を守る会の担当者だ。 そのどんづまりの直接請求制度の盲点を利用したのが、今回の愛知県知事を巡るリコールにおける偽造署名なのである。こうした現状を踏まえれば、やはり根本的にこの制度を見直すことが必要ではないだろうか。 もちろんリコールが乱発されて、地方自治が機能不全になるのは困るが、これだけネットが普及し、今や印鑑も廃止されようと政府が取り組む時代である。今後、直接請求制度はさまざまな見直しが行われることになるだろうし、そうでなければならないとも思う。

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    恐怖政治強化の序章か、ナワリヌイ逮捕が示す暗黒国家ロシアの本領

    けです」と同氏は述べている。そしてこの毒物が世界に知れ渡るようになったのは、このスクリパリ氏暗殺未遂事件がきっかけなのだ。 実はこのミルザヤノフ氏は、ノビチョクの開発者の一人でもあった。この毒物は旧ソ連時代の1970年代前半に開発が始まったが、実態については20年近く国家秘密として隠されてきた。ソ連崩壊直後の92年、反ソ連体制派の科学者たちはノビチョクが化学兵器であることを告発しようと試みたが失敗に終わった。その一人が彼だったのである。 意識不明となったナワリヌイ氏はロシアから飛行機でドイツのシャリテー・ベルリン医科大に移送され、自力で呼吸できるまでに回復し、一命をとりとめた。毒殺未遂事件に関わったとされる工作員と電話で話すナワリヌイ氏(右)=ドイツ(NAVALNY.COM提供、ロイター=共同) 現時点ではノビチョクが本当に使用されたのかどうか、決定的な証拠はドイツやロシアでも公表されていない。推測の域を出ないが、疑惑にとどまるからこそ逆にロシアらしい怪奇な仕業といえる。 ロシアのメディアはナワリヌイ氏を含めて事件や事故を大々的に報道することがあっても、真実を報じることはないと私は思う。ロシアでは、真実はニュースにならないからである。毒を持って毒を制す ロシアは昔から、政治的な陰謀や政敵への復讐に毒物が用いられてきた歴史がある。古代ロシアでは、公や候(公爵)が祝宴のテーブルで致死量を超える毒が盛られて、召し使いに看取られながら死ぬ場面が絵画として残されている。 当初、植物由来の激しい毒性を持つアルカロイド系の毒物が用いられてきたが、中世に入ると、ヒ素化合物の使用が主流となった。 この毒物は筋肉のけいれんを引き起こすコレラと似た症状が見られ、20世紀初頭まで広く使用されていた。それらが「毒の王様」と形容されたのは、致死率が低く、相手を苦しめるのに効果があったからだ。すぐに死に至らない毒物として重宝されたのである。 ソ連時代になると、政府機関が化学兵器の開発を推進し、放射性物質ポロニウムの研究やノビチョク開発が進められた。こう見ると、ロシアは「独裁国家」というよりも、実態は「毒裁国家」と形容できる。 それにしても私が納得できないのは、ナワリヌイ氏の言動である。彼は1976年6月4日生まれの44歳であり、11年に政治家や官僚の汚職を告発する「反汚職基金」を創設し、翌年から無許可の反プーチン集会を仕掛けるようになった。 そのたびに身柄を拘束され、19年には収監されていたモスクワの施設で顔が腫れ上がり、片目が開けられないなどの中毒症状を起こした。その悲惨な様子はインターネットでも拡散されている。 プーチン政権からたびたび警告を受けているにもかかわらず、いわば自分の命と引き換えに果敢に反政権活動を断行している。もちろん彼なりの正義感があるにしても、ドイツでの治療によって中毒症状が改善したのに、先月1月17日にモスクワに帰った。 実はナワリヌイ氏は身柄を拘束され、虐待を受けるたびに一般市民からの寄付金が先の反汚職基金に寄せられる。彼の不幸な映像や様子がインターネット上で拡散されると、気の毒に思うロシア人が一定数いる。モスクワ中心部で反体制派ナワリヌイ氏の支持者を排除する治安部隊=2021年1月23日(タス=共同) ロシアには、数奇な運命に翻弄(ほんろう)される人たちに同情する文化が根付いている。その理由は、かの国の苦難の歴史にある。13世紀から240年も続いたタタールの支配やナポレオン、ナチスドイツの侵略など、ロシアは外敵の脅威にさらされてきた。 国内に目を向けると、ピョートル大帝、イヴァン雷帝、さらにはスターリンなどの残忍な支配者たちの抑圧や飢餓に苦しめられた。とりわけ迫害された芸術家や作家に対する人々の同情は並大抵のものではない。ナワリヌイ氏の政治思想に賛同できなくても、そうした暗い歴史を紡ぎ、戦禍や恐怖政治に耐えてきた背景があるからこそ、その苦悶(くもん)に共感する人たちがいる。ナワリヌイ氏が持つ闇 ナワリヌイ氏が受け取った2019年の寄付金の総額は、5億8800万ルーブル(約11億円)まで達したらしい。だからこそ今回は快方に成功したからといって、いつまでもドイツに滞在するわけにはいかない。祖国ロシアでプーチン政権を非難し、いわば危険な目にあうことで寄付金を集めなければならないからだ。 そしてその寄付金の約半分はナワリヌイ氏が私的流用し、さらに仲間40人ほどにも回しているという疑惑が国内メディアで報じられている。もちろん真偽は分からないが、その闇もロシアらしい。ナワリヌイ氏は、まるで「反プーチン活動ビジネス」を展開しているかのようだ。そのやり方は「炎上商法」に近い。 他方で、彼の帰国を許可した政権側の思惑も見え隠れする。ナワリヌイ氏はしょせん、ブロガーである。彼が反政権運動のリーダーにとどまるならば、どんなに盛り上がってもプーチン政権を揺るがすほどの脅威にならない。 むしろ集会を半ば容認することで、反政権勢力が国内にどの程度広がっているのか、ある種の世論動向を探ることができるそうだ。ナワリヌイ氏を政治利用しようという、当局の策略が透けて見える。 結局のところ、ナワリヌイ氏とプーチン政権は、いわば持ちつ持たれつの関係にあるという構図が浮かび上がる。 しかし、今月2日、両者の関係に大きな変化が生じた。ナワリヌイ氏に対して、過去の詐欺事件で受けた有罪判決の執行猶予が取り消される決定が下された。ナワリヌイ氏は2年8カ月の実刑が言い渡され、収監された。 今年1月下旬にロシア全土で広がった大規模な反政権集会に、プーチン政権は歯止めをかける必要性に迫られたためだ。ナワリヌイ氏の仲間たちも身柄を拘束されてしまい、かの「反プーチンビジネス」は終焉(しゅうえん)を迎えてしまったようだ。年末恒例の記者会見をオンライン形式でモスクワ郊外の公邸から行うロシアのプーチン大統領=2020年12月17日(タス=共同) 反政権派のシンボルだったナワリヌイ氏の逮捕により、この先ロシアはどのような運命が待ち受けているのだろうか。今後は反政府集会が開催されることもなく、普通の人々が抱くプーチン政権への怒りは社会の底に沈殿していく。そうなると、皮肉にもプーチン政権は彼らの動向を見失ってしまう。 社会全体に疑心暗鬼の空気が充満し、かつてのロシア皇帝のようにプーチン氏がテロリストの標的として狙われることも考えられる。テロ活動を警戒するプーチン政権は、治安部隊を社会の隅々に配置して恐怖政治を強めるかもしれない。いずれにしても今後、ロシア史に暗黒の時代が刻まれるのは確かである。  ※文中の筆者の著書「ロシアを決して信じるな」(新潮新書)は2021年2月17日発売

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    東海大野球部の薬物問題、チームに連帯責任を課すべき3要素とは

    らかになり、近畿大も同部の無期限活動停止処分としたばかりだ。 日本における運動部活動では、部員による事件が発覚した際には、当該部が自主的に活動を休止にしたり、学校から活動を停止させられたりするケースがある。さらには、加入しているスポーツ団体から対外試合禁止処分を受けることもある。 そこで、本稿では薬物使用に限定せず、部員による不祥事が生じた際の運動部活動における連帯責任の在り方について論じたい。 連帯責任の是非についてメディアで取り上げられる機会が多いのは、高校野球だ。現在も部員による不祥事が発覚した際には、基本は連帯責任となる。 日本学生野球協会は3月、部員による暴力や暴言、器物破損があった吉井高校(群馬)の野球部に対し、3カ月間の対外試合禁止処分とした。ほかにも部員による部内暴力があった佐野日大高校(栃木)、三潴高校(福岡)、東大阪大柏原高校(大阪)に、3カ月間の対外試合禁止処分としている。 『体罰の研究』や『校則の話』の著者である教育評論家の坂本秀夫は、高校野球において連帯責任を課すのは前近代的な支配関係が残っているためであり、野蛮な現象であると主張した。自身の行為にだけ責任を持ち、他人の行為には責任を持たないことが近代法の常識であるという。 日本弁護士連合会(日弁連)もまた、スポーツ界で見られる連帯責任の考え方は、競技者の権利侵害につながると指摘しており、連帯責任を課すことには否定的な意見が少なくない。 このような風潮に呼応するように、近年の高校野球では、複数部員による組織的な関与が認められない場合、原則として処分は当事者にとどめられチームの責任は問われない方向にシフトしている。 しかしながら、筆者は、連帯責任は前近代的な支配関係の残存であり、野蛮な現象であると切り捨てることはできないと考える。不祥事を防止するためには対外試合禁止処分が必要であるといった意見や、高校野球は教育の一環であることから対外試合禁止処分を課すことも必要であるといった、連帯責任を肯定する意見も存在する。硬式野球部員の違法薬物使用で謝罪する東海大の山田清志学長(左から2人目)=2020年10月17日、神奈川県平塚市(斎藤浩一撮影) そもそも、連帯責任に関する研究は、日本だけでなく、海外の研究者によっても試みられてきた。連帯責任である「collective responsibility」の是非に関しては、少なくない研究成果が存在する。 中でも、フィンランドのトュルク大の政治哲学者、ユハ・ライッカや英オックスフォード大の政治学者、デイビッド・ミラーの研究は、連帯責任を考える上で示唆に富んでいる。両者を参考にすると、以下の3つの条件が満たされているにもかかわらず、当該行為に対して反対の行動をとらない場合は連帯責任が問われる。①深刻なリスクなしに、反対する機会を持っている。②容易に入手できる知識によって、反対する機会を持っている。③反対することが完全に無益なものでなく、何らかの貢献できる見込みがある。 この3条件から、部員による薬物使用の事例について検討したい。これまでに薬物使用が発覚した運動部において、すべての部員が薬物使用を行っていたという事例は稀有であろう。問題はいじめや会社でも 一部の部員による薬物使用を、使用していない部員が把握しているケースもあれば、把握してないケースもある。把握している際には、薬物使用に反対することに深刻なリスクがなく、容易に入手できる知識によって反対することが可能であり、反対することが完全に無益ではない状況で反対の行動をとらなかった場合には、把握していた部員は責任を問われる。 逆のケースとして、命の危険が脅かされるような状況において、反対の行動をとらなかったとしても、当事者に責任は課されない。これらの点は、運動部活動における部内暴力(いじめ)においても同様のことが言える。 それでは、被害者が同じチームの部員ではなく、一般人に対する暴行、恐喝の事例においてはどうか。岐阜市で3月、路上生活をしていた男性(当時81歳)が、19歳の野球部員を含む5人から石を投げつけられるなどの暴行を受け、死亡した。 野球部員という投能力に秀でた者たちから、小石を投げられた男性の恐怖を想像しただけで、怒りが込み上げてくる事例だ。会社員の少年1人と無職の少年2人が殺人容疑で、朝日大の硬式野球部員2人が傷害致死容疑で逮捕された。無職の少年2人も元朝日大野球部員で、朝日大は同部を無期限の活動停止とし、監督は辞任した。 通常、被害者が一般人である場合には、事件は当事者以外の部員にとって突発的に生じているため、関与しない部員が阻止することは極めて困難であり、関与しない部員に連帯責任を問うことは問題がある。 また、運動部自体が一般人に対する暴力・恐喝を黙認・支持しているケースは稀だ。一般人に対して暴行や恐喝を行った部員の責任は重いが、関与しなかった部員に対して、連帯責任を問うことには疑問が残る。 一方で、朝日大の野球部員による事件では、死亡した男性は3月中旬以降に4回、少年たちから石を投げられたことを警察に相談している。また、過去の投石には、男女10人ほどが関わっていたとの報道もある。 野球部員や元部員による投石を把握し、黙認していた部員がいたとすれば、その責任は重いだろう。その際に、投石を行っていた野球部員に対して反対することに深刻なリスクがなく、容易に入手できる知識によって反対することが可能で、反対することは完全に無益ではない状況であったのか。 繰り返すが、筆者は連帯責任を課すことが、前近代的な支配関係の残存であり、野蛮な現象であるとは考えていない。ただ、個々の事例の状況を加味せずに、いたずらに連帯責任を課すことについては野蛮な現象であると考える。その際に、ライッカやミラーが示した3条件を考慮することが重要ではないだろうか。 上述のように、昨今は部員の不祥事に対して対外試合禁止処分といった連帯責任を課すことには否定的な意見が多い。しかしながら、練習中に部員1人のミスからチーム全員に罰としての走り込みといった連帯責任を指導者が課す行為に対しては、様相が異なってくる。大麻使用防止啓発ポスターを掲げ会見する東海大の内山秀一教学部長=2020年10月17日、神奈川県平塚市(斎藤浩一撮影) テレビ番組においても、練習中の連帯責任を課す指導者に対して、コメンテーターが賞賛の言葉を送ることがある。運動部活動の練習中において連帯責任を課すことに対しては、コメンテーターだけでなく、社会においても肯定的な意見が少なくないように感じる。 ただ、連帯責任の問題は、運動部活動においてのみ顕在化してくるわけではない。学校生活におけるいじめの問題にも関わってくる。また、会社における不祥事や国家による戦争犯罪、さらには犯罪加害者の家族といった問題にも関わってくる。個々の事例に沿った連帯責任を模索する必要があるのではないだろうか。(文中敬称略)

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    「生きるための安楽死」もう避けられない本格議論と日本社会の覚悟

    う接するべきか、当事者に寄り添い真剣に考えねばならない。ところが、日本はこの問題を避けてきた。今回の事件が起こっても、真剣に取り組もうとしていない。就任したばかりの日本医師会の中川俊男会長も「嘱託殺人、安楽死議論の契機にすべきではない」と発言する始末だ。 今こそ日本が安楽死とどう向き合うかを、社会で議論すべきである。本稿では、世界における安楽死の現状を紹介したい。 近年、安楽死の議論は急展開を遂げている。今年2月には、ドイツの連邦憲法裁判所が医師による自殺幇助(ほうじょ)、つまり安楽死を禁じる法律を違憲とする判断を下した。医師、患者、支援者らが、安楽死の禁止は患者の自己決定権を侵害していると訴え、長年の議論の末に認められた。 このような動きはドイツに限った話ではない。最近になって、ポルトガルやスペインでも安楽死の法制化に関する議論が進み始めた。注目すべきは、いずれもカトリックが強い国であることだ。 終末期医療の在り方は宗教と密接に関係する。以前から安楽死を認めてきたのは、オランダ、ベルギー、ルクセンブルクのベネルクス三国やスイス、米国のオレゴン州などだ。プロテスタントが強い国や地域が目立つことからも、世界の安楽死問題が大きく変わり始めていることが分かる。「『生きる』ための『安楽死』」 このような動きは、カトリック教会の危機意識を反映している。前教皇のベネディクト16世(在位2005~13年)が、著書の中で「教会の危機」を訴えたのは1985年だ。フランス、イタリア、スペインなどのカトリック系諸国では、信者が減少し、ミサに参加する信者は少数派に転落している。21世紀に入ると、聖職者による性的虐待事件も表面化した。 現教皇のフランシスコは、離婚を禁じてきたカトリック教会が、再婚できる手続きを簡略化し、ジカ熱の感染予防に際し「避妊は絶対的な悪ではない」と述べるなど、さまざまな改革を断行中だ。伝統的なカトリック信者の離反を防ぎながら、現代社会にマッチしたリベラルな対応を模索しているのだろう。その一環が安楽死への対応だ。高齢化が進む先進国では、この問題は避けて通れない。 世界は変化している。アジアも例外ではないが、安楽死への対応は欧米とは違う。その象徴が、すい臓がんを患い18年に安楽死で他界した、台湾の有名なテレビ司会者、傅達仁(フー・ダーレン)氏の存在だ。 膵臓がんの予後は悪い。傅氏は適切な治療を求め、台湾だけでなく、中国や日本などを訪れたが、がんの進行は食い止められなかった。進行したすい臓がんは、しばしば強い痛みを伴う。モルヒネなどで治療するも、痛みに耐えられなくなり、安楽死を希望するようになった。 彼が頼ったのが、スイスの自殺幇助団体「ディグニタス」だ。創設者で元弁護士のルドウィッグ・ミネリ氏が現在も運営している。医師の作成した診療録をスイスの裁判所が許可した場合、自殺幇助が許可される。 傅氏の場合、費用は日本円にして約1650万円だった。09年1月には元職員による「営利目的で自殺幇助が流れ作業で行われている」という告発がメディアで報じられた。その後、刑事事件などには発展していない。 この組織の在り方にはさまざまな意見があるが、一部の患者から強く支持されていることは間違いない。近年は「ディグニタス」に登録するアジア人が急増しており、18年末の時点で香港人36人、韓国人32人、日本人25人、台湾人24人、タイ人20人、シンガポール人18人が登録しているという。 ジャーナリストの宮下洋一氏が著書『安楽死を遂げるまで』で紹介した人物も、この団体に安楽死を依頼した。この本の内容は、NHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」(19年放送)で紹介されたため、ご存じの方も多いだろう。安楽死を遂げた女性は「死にたくても死ねない私にとって、安楽死は『お守り』のようなものです。安楽死は私に残された最後の希望です」と語っている。考えさせられる言葉だ。 今回の事件で亡くなった女性もブログの中で「『どうしようもなくなれば楽になれる』と思えれば、先に待っている『恐怖』に毎日怯えて過ごす日々から解放されて、今日1日、今この瞬間を頑張って生きることに集中できる。『生きる』ための『安楽死』なのだ」と述べていた。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ALSは運動神経の変性疾患で、認知能力は正常だ。好発年齢は60~70代で、十分な社会経験がある。進行は速く、多くは発症から数年で呼吸筋が麻痺し、人工呼吸器の装着が必要となる。自ら死を選ぶ患者が多いことでも知られている。 われわれは、こうした患者のために広く海外の経験を学ぶべきだ。世界では試行錯誤が繰り返されており、ALSに限らず安楽死について多くの臨床研究が報告されている。米国立医学図書館(NLM)のデータベース「パブメド(Pubmed)」で「安楽死」と「臨床」(動物実験を除くため)で検索すると、2000~19年の間に2670報の論文が発表されていた。日本からはわずかに33報(1・2%)で、大部分は欧米、特にベネルクス三国からだった。 ALSの安楽死に関する臨床研究も多く発表されている。02年にオランダの医師たちが、世界最高峰の医学誌である『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン』に発表した報告では、203人のALS患者のうち、35人(17%)が安楽死で亡くなった。その後、09年には『ニューロロジー』、14年には『ジャーナル・オブ・ニューロロジー』に続報が報告された。ALS患者で安楽死を遂げる人の割合は2割程度で大きな変化はなく、社会が許容すれば一定数のALS患者が安楽死を選択するであろうことが分かっている。欧米との決定的な違い 米オレゴン州の研究チームが17年、米医師会雑誌『JAMAオンコロジー』に発表した研究では、991人が安楽死を遂げており、基礎疾患として最も多いのは悪性腫瘍で762人(77%)、次いでALSが79人(8%)だった。社会制度、価値観が異なる米国でも一定数のALS患者が安楽死を選んでいた。3番目は呼吸器疾患44人(4・5%)、4番目は心疾患26人(2・6%)だった。 ALSの発症頻度は人口10万人あたり1・1~2・5人(日本の場合)だ。希少疾患であるALSが安楽死の2番目の理由であることは注目に値する。ALS患者の安楽死を、他の疾患と同じように議論することは問題だ。 ところが、このような主張は日本では皆無といっていい。今回の事件を受けて日本のメディアが取り上げたのは、東海大医学部付属病院で起きた安楽死事件に対する1995年の横浜地裁判決だ。この判決は、医師による安楽死が許容されるための4要件を示しており、そのうちの一つに「死が避けられず、かつ死期が迫っている」ことが挙げられている。これはALSには当てはまらない。はなから議論をする気がないことになる。 日本ではいかなる理由があったとしても、ALS患者は安楽死を選択できない。この状況は近隣のアジア諸国も変わらない。欧米でも安楽死を認めているのは一部の国だが、患者が移動することで安楽死を遂げることができる。ここが欧米と、日本を含むアジアとの決定的な違いだ。 2012年、スイスに渡航して安楽死を遂げた外国人は172人だった。患者の国籍で最も多いのはドイツ(77人)で、英国(29人)、イタリア(22人)、フランス(19人)と続く。欧州では国家のコンセンサスとは独立して、患者の自己決定権を担保する仕組みができあがっている。米国でもオレゴン州などが、そのような存在だ。アジアにそのような仕組みは存在しないため、日本のALS患者で安楽死を選択できるのは一部の富裕層などに限られることになる。 安楽死の問題は、今後ますます深刻になっていく。認知症が増加するからだ。ベネルクス三国などでは、本人が正常な判断ができる時期に、安楽死を要望する文書を残している場合には、進行した認知症患者の安楽死が合法化されている。横浜地裁=2020年3月、横浜市 ALSと異なり、認知症の安楽死は始まったばかりで、社会的コンセンサスが形成されているとは言いがたい。ご興味がある方は情報誌『選択』の2015年2月号に掲載された「認知症で『安楽死』を認めるべきか」という記事をお読みいただきたい。その中で述べられている米ボストン在住のアーヴ医師の見解が非常に印象的だった。 認知症の安楽死に携わるということは、人の命を救うという医師の誓いに反しているためできない。しかしその反面、医師としての経験で、認知症という病がどれほど厳しいものかは分かっている。末期の患者はもはや同一人物と言えず、愛する家族も忘れ、自分自身が誰かも分からず、介護なしで生きていけない。私自身が認知症になったら、このような状況で生きるより、人間として尊厳をもったまま、安楽死を選択したい。 この発言は、筆者は医師として真摯(しんし)な態度だと思う。どうやっていいか分からない。だからこそ、規範論を振りかざして問題を先送りするのではなく、オープンに議論しなければならない。繰り返すが、そのためには海外の事例から学ばねばならないのだ。 『選択』の記事が発表された後も、世界では議論が進んでいる。例えば、どうやって安楽死の意志を確認するか、についてだ。 16年4月、オランダで74歳の女性が認知症で安楽死を遂げた。亡くなる4年前に文章で同意した際、安楽死の時期について「自分で決めたい」と記していた。ところが、主治医は安楽死の際、患者の意志を確認しなかった。判断能力を失っていると考えたためだ。この件は刑事事件となったが、19年9月に無罪判決が下った。今後、この判例がオランダの規範となる。同国では認知症の安楽死が増加傾向にあり、18年の死者の約4%にあたる6126人が安楽死で亡くなっている。 これが世界における安楽死の現状だ。各国が患者の自己決定権を尊重しながら、社会的合意を形成すべく試行錯誤を繰り返している。日本でも、大久保氏を批判するだけではなく、患者の視点に立って議論すべきである。

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    『私は真実が知りたい』森友改ざん強要の核心

    『私は真実が知りたい』。今夏、衝撃的な一冊が出版された。「森友事件」をめぐる公文書の改ざんで自殺した財務職員の妻と、取材を続ける元NHK記者、相澤冬樹氏の共著だ。提訴や出版の決断と亡き夫への思い、そして全容解明に向けた執念が赤裸々に綴られている。まさに、うやむやになりつつあった事件の真相に迫る一冊である。

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    森友改ざん強要、なぜ自死財務職員の妻は出版を決意したのか

    私の夫、トッちゃんの本名は赤木俊夫。この時、五十四歳。財務省近畿財務局の上席国有財産管理官。あの森友事件で、国有地の値引き売却についての公文書の改ざんをさせられ、以来一年ずっと苦しんできた。それを間近で見ながら救い出してあげられない私もつらかった。何度も死の一歩手前までいきながら何とか引き戻すことができたけど、とうとう助けられなかった。 私は自分を責めた。でも同時に思った。私以上に責任があるのは財務省と近畿財務局。彼らがトッちゃんに無理矢理改ざんを押しつけたのに、何の救いの手も差し伸べてくれなかった。トッちゃんは公務員としての仕事に人一倍誇りを持っていたのに、公文書の改ざんをやらされたことに苦しみ、一人責任を押しつけられる恐怖におびえて、命を絶ってしまった。だから私は一一九番より先に思わず一一〇番に電話してしまった。「財務局に殺された」という思いがあったから。 居間にあったオーディオセットは見るのも嫌になった。だから全部捨ててしまった。このオーディオコードも、実家の兄に「捨てておいて」と渡したんだけど、兄が気を利かしてとっておいてくれた。最近になって、「あのコードが実はまだあるんだ。手元に置いた方がいいんじゃないか」と言って送り返してくれた。このコードを見ていると、あの日の記憶がよみがえって胸が苦しくなる。そして思う。トッちゃんにこのコードを使わせた責任は誰にあるんだろう?記者会見で、第1回口頭弁論の内容を読み上げる赤木雅子さん=2020年7月15日、大阪市の司法記者クラブ 政府も、財務省も、近畿財務局も、誰も責任を認めようとしない。そんなことを思うと悲しみよりも憤りが募ってくる。責任がある全員にこのコードを短く切って送りつけてやりたい。トッちゃんが味わった苦しみと恐怖を味わわせてやりたい。「人生をリセットできない」 …でも、そんなことをしても意味はない。この人たちがそんなことで改心するはずもない。するならとっくにしてるはず。訴えかける先はこの人たちではない。政治家や国家公務員を動かすことができるのは世論の力だ。だから世の中の皆さんに訴えよう。トッちゃんと私の身に起きたことを。政府、財務省、近畿財務局がいったい何をしてきたかを。 私の夫、トッちゃんは二度と返ってこない。でも私の人生は続く。真相がわからないままでは私は人生をリセットできない。トッちゃんはなぜ追い詰められたの? 改ざんはなぜ行われたの? 国有地の値引き売却がそもそもおかしかったんじゃないの? なぜそんな値引きをしたの? 公正な第三者の手で再調査をしてもらおう。そして納得のいく説明をしてもらおう。それが私の願いだ。世論に訴え、世論を動かし、真相を解明するんだ。その時、トッちゃんは言ってくれるだろう。 「ようやったなあ、まあちん。ありがとう」 …「まあちん」は、私、雅子の、トッちゃん風の呼び名だ。事件は終わっていない ここまで「私」と名乗って登場しているのは、森友事件で公文書の改ざんを強いられ命を絶った、財務省近畿財務局の赤木俊夫さん(享年五十四)の妻、赤木雅子さんである。ここからは、雅子さんとともにこの本を書いた相澤冬樹が、通常とはかなり異なるこの本の流れと、物語の舞台となった森友学園への国有地値引きと公文書改ざんについて、あらかじめご説明しておきたい。 赤木俊夫さんは、世を騒がせた森友事件の公文書改ざんを上司に強要され、自ら命を絶った。二〇一八年三月七日のことだ。彼が何かを書き残したようだという話は当時からあった。しかし厳しい情報統制が敷かれて内容は闇に隠れたまま世間から忘れられていった。 ところが実は、彼の自宅のパソコンには「手記」と題した詳細な文書が残されていたのだ。A4で、七枚。そこには、近畿財務局で密かに行われた驚くべき出来事が克明につづられていた(手記の全文は巻末に収録)。 俊夫さんが命を絶つ原因となった「森友学園への国有地売却問題」が明るみに出たのは、二〇一七年(平成二十九年)二月八日のこと。この国有地だけ売却価格が明らかにされないことを不審に思った地元・大阪府豊中市の木村真市議が、情報公開を求め裁判を起こしたのがきっかけだった。この国有地には森友学園の新設小学校が建つ予定で、その名誉校長には、安倍晋三首相の妻、昭恵さんが就任していた。学校法人森友学園が建設していた「瑞穂の国記念小学院」=2017年2月、大阪府豊中市 翌日、朝日新聞がこの問題を大きく報じたことで国会で火が付いた。野党の追及に財務省は、鑑定価格九億円余の土地を八億円以上値引きして売却した事実を明かした。自死財務職員妻の怒り 私、相澤冬樹も、NHK大阪放送局の記者として当初からこの問題を取材していた。その報道をめぐり上層部と軋轢があり、結局NHKを辞めることになる。その経緯は拙著『安倍官邸vsNHK 森本事件をスクープした私が辞めた理由』(文藝春秋)に書いた。 森友問題が発覚して十日目となる二月十七日、ターニングポイントとなる出来事があった。この日、国会で昭恵夫人の国有地取引などへの関与を追及された安倍首相は、こう言い切った。「私や妻が関係しているということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきり申し上げておきたい。まったく関係ない」 一週間後の二十四日には、財務省の佐川宣寿理財局長(当時)が国会で「交渉記録はない」「売買契約締結をもって事業は終了、速やかに(記録を)廃棄した」などと答弁。実際には、国有地取引の経緯を記した改ざん前の公文書には「安倍昭恵首相夫人」の名前が繰り返し記されていた。佐川氏の答弁の二日後、これら公文書の改ざんが始まった。赤木俊夫さんは、上司の命令によって現場で公文書の改ざんを強要されたのだ。 森友問題の発覚から一年が過ぎた二〇一八年三月二日、朝日新聞の報道によって公文書改ざんが明るみに出た。三月七日に俊夫さんが亡くなると、九日には国税庁長官に栄転していた佐川元局長が依願退官。そして十二日、財務省は改ざんの事実を認めた。 佐川元局長ら財務官僚を中心に土地取引や改ざんに関わった三十八人が刑事告発されたが、捜査にあたった大阪地検特捜部は五月末日、全員を不起訴にした。翌二〇一九年三月、検察審査会は佐川元局長ら十人について「不起訴不当」を議決したが、大阪地検は改めて不起訴処分とした。俊夫さんの死の原因となった公文書の改ざんで、誰の罪も問われないことになったのだ。 二〇二〇年三月、俊夫さんの三回忌を迎え法要も無事終わったことを期に、妻・雅子さんは佐川元局長と国を相手取り裁判を起こした。同時に、雅子さんの了解を得て私は「週刊文春」誌上で俊夫さんの手記を公開した。記事は大きな反響を呼び、週刊文春は二年半ぶりに五十三万部が完売した。さらに第三者による森友事件の公正な再調査を求めて雅子さんが行った署名活動では、三十五万を超える署名が集まった。俊夫さんの死から二年余り、あらためて森友問題に大きなうねりが起きている。 この本では、1章から5章までを、雅子さんの視点で描く。雅子さんの言葉からは、俊夫さんという誠実で快活だった人物が、理不尽な命令に悩み苦しむ姿が浮かんでくる。夫を失った女性が、国や財務省を相手にひとり戦おうと決意するのは、想像を絶する勇気がいるだろう。そこにいたる雅子さんの哀しみや憤り、迷い、葛藤をぜひ知っていただきたいと思う。 6章以降は私の記者としての視点で、雅子さんへの取材などからわかった新事実を、週刊文春で発表した記事の情報に加え新事実も交えて、同時ドキュメントとして書いている。この事件は終わっていない。現在進行形であることを表すには、この形が最善と思ったからだ。 本書が発売される二〇二〇年(令和二年)七月十五日には、新型コロナウイルスの余波で延期されていた雅子さんの裁判が、いよいよ始まる。その経過をたどり、事件の本質を理解する一助となれば幸いである。

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    「昭恵さんからLINEが来た!」森友改ざん強要に首相夫人は…

    赤木雅子相澤冬樹(文藝春秋『私は真実が知りたい』第14章より一部抜粋)発端は昭恵夫人 雅子さんはずっと考え続けている。私の“趣味”、何より大切だった夫、トッちゃんは、なぜ亡くなったのだろう? それは、公務員にあるまじき、公文書の改ざんをさせられたからだ。そのことを苦に命を絶った。はっきり手記に書いてある。 では、改ざんをさせられたのはなぜ? それも手記に書いてある。〈すべては佐川理財局長(当時)の指示です〉 それはそうだろう。でも、佐川さんが改ざんを指示したのはなぜ? 財務省で改ざんの調査報告書を取りまとめた伊藤豊秘書課長(当時)は雅子さんに語った。「安倍さんの発言が関係あった」と。国有地の巨額値引き売却が発覚した直後、二〇一七年二月十七日の国会での安倍首相の答弁のことだ。 「私や妻がこの認可、あるいは国有地払い下げに、もし関わっていれば、総理大臣はもちろん、国会議員も辞める」 安倍首相が国会でこう言い切ったことが炎上し、財務省理財局主導の公文書改ざんを招いたと、省内の調査報告の責任者がはっきり認めた。 では、なぜ安倍首相はあんな答弁をしたのだろう? それは国有地を値引きした相手、森友学園が、あの土地に建てようとしていた小学校の名誉校長が、安倍首相の妻、昭恵さんだったからだ。それがなければ単に「国有地の不審な値引き」であったことが、あれがあったことで「首相の妻が関与しているのでは?」という当然の疑念を招いた。そこを追及されて安倍首相は“逆ギレ”したかのように強気の答弁をした。 では、安倍昭恵さんはなぜ森友学園の小学校の名誉校長に就任していたのか? 昭恵さん自身が繰り返し発言している。森友学園の教育方針、教育勅語を幼稚園児に暗唱させ、愛国心を養う、その教育方針に賛同したからだ。 安倍首相は、当時の森友学園の籠池泰典理事長から昭恵さんが無理矢理名誉校長にさせられたと発言しているが、籠池氏は「昭恵夫人は喜んで引き受けてくれた」と証言しているし、昭恵さん自身、フェイスブックに「森友学園の教育は素晴らしい」と書いている。 では、昭恵さんが名誉校長だったことと、国有地を八億円も値引きして森友学園に売却したことは、関係があるのだろうか? 実際に値引きを決めて売った担当者は、池田靖氏。俊夫さんの直属の上司だが、俊夫さんがこの職場に異動したのは売却後だったので、俊夫さんは値引きの経緯を知らない。 値引きは、あの国有地に埋まっているとされた“ごみ”の撤去費用だと財務省は説明している。ところがその額について、当の池田さんは第10章で紹介したように、雅子さんにこんな話をしている。森友学園の小学校用地で建設が進められていた「瑞穂の国記念小学院」=2017年3月、大阪府豊中市(産経新聞ヘリから) 「この八億の算出に問題があるわけなんです。確実に撤去する費用が八億になるという確信というか、確証が取れてないんです」 確証がないのになぜ値引きしたのか? 結局あのスリーショット写真に行きつく。池田氏の前任者、前西勇人氏に会いに行くと、彼は写真を見たことを認め、それを上司に見せたことも否定しなかった。籠池氏は、写真を見せた後、財務局の態度が変わり「神風が吹いた」と表現している。「あれさえなければ」 こうして順を追って整理すると物事の流れがはっきりと見えてくる。●昭恵さんと籠池夫妻のスリーショット写真で近畿財務局の対応が一変。“神風”が吹く →ごみを理由に国有地を八億円値引きし売却。しかし担当した池田氏は「値引き額に確証がない」 →巨額値引き発覚。昭恵さんが名誉校長で、国会で追及 →安倍首相「私や妻が取り引きに関係していたら首相も議員も辞める」 →佐川財務省理財局長「関連する文書は破棄した」 →佐川氏答弁の二日後、俊夫さんに公文書改ざんの指示。抵抗したがやらされ、昭恵さんの名前はすべて消された →一人責任を押しつけられる恐怖から自ら命を絶つ …俊夫さんが亡くなった原点は、あのスリーショット写真。あれさえなければ死なずに済んだのではないか? 安倍昭恵さんが籠池夫妻と写真に収まらなければ。名誉校長に就任しなければ…。 国有地の値引きが発覚し、昭恵さんは名誉校長を辞任することになる。籠池夫妻は次の様に証言している。 「安倍事務所の初村秘書から電話がかかってきまして『小学校のホームページから何から昭恵夫人の名誉校長というのを取ってほしい』と。送られてきた文書には『名誉校長を辞任します』とありました」 「ところがその後、昭恵さんが電話をかけてきました。『籠池さん、私は辞めてない。今でもあきらめていません』とおっしゃっていました。それで、辞任は安倍首相の事務所が独断でしたんだなとわかりました。昭恵夫人からはその後も何度も電話がありました」 それより前、安倍首相本人からも直接電話がかかってきたことがあるという。 「安倍さんがまだ首相ではなかった頃、昭恵夫人や安倍事務所を通し『一度学園へ講演にお越し頂きたい』とお願いして了解を得ました。ところがその後、安倍さんが自民党総裁選に出ることになって、直前に安倍さんご本人から携帯に電話がありました。『申し訳ないけれど講演会に行けなくなりました』と。その時『次は行きますから』と言うので『PTAの皆さんに説明するため書面にしていただけますか?』とお願いしたら、後日、『次回は必ず行きます』という署名入りの文書が届きました。その文書は検察庁の捜索で押収されて、今も検察庁にあります」 こうして考えると、やはり一連の出来事の原点は、安倍首相の妻、安倍昭恵さんだ。夫が亡くなった原点に昭恵さんがいる。ならば知っていることを話してくださいとお願いしよう。それならできる。 こうして雅子さんは安倍昭恵さんに手紙を出した。 「安倍昭恵様 私は2年前の3月7日に自死した近畿財務局職員、赤木俊夫の妻の赤木雅子です。夫が亡くなって2年。苦しんでいる私を助けてくださる方々に巡り合い、やっと裁判をする決意ができました。いざ決意をしたものの、安倍首相は再調査することから逃げておられます。どうかご主人様に再調査するようお願いしていただけませんか? そして、昭恵さんも本当のことをお話ししていただけませんか? 夫や、本当の事を言えず苦しんでいる財務局の方々のことを助けることができるのは、昭恵さんしかいません。どうかよろしくお願い致します。赤木雅子」中東3カ国歴訪のため羽田空港を出発する安倍晋三首相(左)と昭恵夫人=2020年1月(宮崎瑞穂撮影) 手書きで心を込めて手紙をしたため、郵便で出した。返事が来てくれたら、と願ったが、結局なんの反応もなかった。返事が来た!返事が来た! 五月十五日。私は雅子さんの自宅を訪れていた。ある筋から安倍昭恵さんの携帯番号がわかったため、直接電話をしてみてはどうかと思ったのだ。雅子さんはさっそく電話をかけてみた。しばらくコールすると留守番電話につながった。「安倍昭恵です」と名乗る声は、間違いなく昭恵さん本人のものだ。雅子さんは留守番電話にメッセージを入れて電話を切ると、ふと思いついたように言った。 「電話番号を携帯の電話帳に登録してLINEの『友達の自動追加』をONにしたら、LINEで友達になれるんじゃないでしょうか?」 雅子さんは普段は自動追加をOFFにしているが、一瞬だけONにしてみた。すると…。 「あっ、つながった。昭恵さんと友達になりました!」 「すごい、さっそく送ってみましょうよ」 雅子さんが送ったメッセージは…〈赤木雅子です。LINEでも失礼します。お返事いただけましたら嬉しいです。よろしくお願いします〉 しばらく待ってみたが反応はない。私はこの日、メディア酔談の配信のため、東京に行かねばならなかった。後ろ髪をひかれる思いで駅に向かい、一時間ほどたったところで雅子さんから電話が入った。 「来ました! 昭恵さんから返事が来ました!」 「すごいじゃないですか。昭恵さんとつながったなんて」 昭恵さんから届いた返事は二言。「お手紙のお返事をせず申し訳ありません。ご主人様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。」というものだった。 「これはすぐに返事をした方がいいですよね」 「それはもう、ぜひすぐに」 そこで雅子さんは返事を返した。 〈ご返信いただきありがとうございます。お手紙読んでいただきましたでしょうか?〉 すると〈はい。〉と一言短い返事が来た。これに雅子さんは〈ありがとうございます。どうお感じになられましたでしょうか?〉と返した。ところが…ずっと待ってもその返事は来なかった。

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    河井夫妻逮捕で思い出す、選挙の裏でうごめく「クレクレ族」の面々

    ば、国民はますます政治にバカバカしさを覚え、投票に行く気持ちも削がれでしまうのではないだろうか。この事件をきっかけに、政治の現場から一刻も早く膿(うみ)を出し切らねばならない。 私は常々「今の選挙は『どの政党が一番好きですか選手権』で候補者なんて誰でも一緒ですよ」と話している。なので、裏で多少の金銭が動くことがあっても、河井夫妻のようにここまで多額の札束が飛び交うことはレアケースであろう。 もちろん、多少の金銭授受であっても明確な公選法違反だ。しかし残念ながら、政治の現場ではそうした状況が数多く存在している。 まずは今回、渦中となった広島の選挙区事情に目を向けてみよう。昨年の参院選では、新人の案里氏のほかに自民党からもう一人、当時現職で岸田派の溝手顕正元参院議員会長が立候補していた。広島選挙区の改選数は2人で、野党の現職候補もいる中で自民党の公認候補が2人出たわけである。これでは自民党の支持票を案里氏と溝手氏で二分することとなり、下手をすれば片方の候補が落選する可能性が生じる。 地元議員や利権を狙う支援者なんて薄情なものだから「参院議員を長く続けていて、気心も知れている溝手さんの方が使い勝手がいいから勝ってほしいけど、勝ち馬には乗っていたいなぁ」というのが本音で、両者への思い入れなどはない。河井夫妻からの金銭授受を認め、記者会見で辞意を表明する広島県三原市の天満祥典市長=2020年6月25日午後、三原市役所 要するに、昨年の参院選は自民党票を二階派と岸田派が死に物狂いで取り合う「仁義なき戦い」が広島で繰り広げられていたのだ。二階氏は、案里氏が自身の派閥所属ということもあり、幹事長のプライドをかけてがっちりサポートすることに決めていたに違いない。 よくある話だが、「溝手氏が当確で、河井氏は危ない」という情報を流せば、溝手陣営は気が緩むし、党本部も案里氏を落選させないよう真剣にテコ入れを始めてくれる。その証拠に、応援演説で安倍晋三首相をはじめ、自民党幹部が続々と選挙区入りした。巨額の公認料もその流れで決められたのだろう。群がるクレクレ族たち 私は人生で2度の衆院選を経験してきたが「選挙を手伝ってあげますから」だとか「私は票を数百票持っていますから」とうそぶいて、金銭などを要求してくる「クレクレ有権者」がいたものだ。 他にも「選挙区に住んでいるので、自分は有権者なんです」と印籠のように一票を掲げて、常識では考えられないような高額な商品やサービスを押し売りする人や、賃貸物件や事務所工事などで理不尽な契約を強要しようとする業者が頻繁に現れた。誰が仲介者でお金を抜いているのかと考えると、本当に頭にくる。 ウグイス嬢自身からの売り込みも激しかった。「選挙になるとウグイス嬢は確保できませんよ。私なら、今決めていただく条件で特別に法定人件費の2倍でお受けします」などと、堂々違法話を持ち込んでくる輩(やから)が数多くいるのだ。 もちろん、当選確実である与党議員にはそんなことはなく、むしろ「先生を私どもにも応援させてください」と献金やボランティアのオンパレードですり寄っていく。一方、野党議員や若手議員は足元を見られた揚げ句、多くが「クレクレ有権者」の言いなりになる。初陣が20代の小娘だった私など「いいカモが来た」と思われたに違いない。 幸いにも、私は選挙に関してド素人だったので悪しき習慣を知らず、「お金の話でややこしくなるのは嫌なので」と一般常識的な思考から「クレクレ有権者」を追い返すことができた。 だが、同じ「クレクレ」でも地方議員は巧みだった。「これは選対会議を皆で集まって開いたときの会議代や。立て替えといたからお金をくれや」と同じ飲食店の手書き領収書を大量に渡されたりした。 他にも「俺の娘が今仕事してないんや。秘書に雇ってくれてもええで」だとか「君の選挙を手伝うには、なんやかんやで日頃からお金がかかる。持ってきといてくれなあかん。君と僕が言えへんかったら誰にもバレへん。安全や」などなど、枚挙にいとまがない。何度も何度も巧妙で危うい要求をされたものだ。比例での復活当選を果たした日本維新の会・上西小百合氏2012年12月17日、大阪府吹田市(志儀駒貴撮影) 「お金にキレイな政党」と主張しているくせに、有権者の負託を受けた人間の言葉とは思えない悪質な要求をする議員を私は許せなかった。だが、その「クレクレ議員」を一蹴したところ、私の所属していた日本維新の会はなにぶん地方議員の立場が強い党だったので、急に党大阪本部で冷遇されるようになった。 しかし、恐喝めいた要求や圧力におじけることなく、国民の代表である職責を果たす人間として、違法行為に手を染めなかったことは社会的に正しい。私の肌感覚でいえば「俺は票を持っているんだぞ」と言って見返りを要求してくる輩は、そもそも投票すら行っていないのではないか。 真の支持者はそんなことを言わず、候補者の仕事ぶりや人柄を見て、きちんと応援してくれているものだ。だからこそ、こうした「クレクレ族」に金銭を渡すということは、支持者に対する侮辱行為だと私は思う。清い一票のために 私の実体験から、選挙でいかに不適切な金銭が動くことが多く、慣例となっているかが透けて見えることだろう。それを裏付けるのが、私が2回目となる2014年の衆院選に出馬した際の出来事だ。 同期の若手衆院議員であった村上政俊氏が、維新の党幹事長だった松井一郎現大阪市長から「支えてくれた大阪府議会や大阪市議会の地方議員の心をつかみ切れないのに、国民の心はつかめない」などとめちゃくちゃな言いがかりで公認を剥奪(はくだつ)されたのだ。代わりの公認候補となったのが、現在の吉村洋文大阪府知事である。 この松井氏の言葉からも分かるように、「国会議員の選挙に出たければ、政治理念で賛同を得るのではなく、その選挙区の地方議員にゴマをすり、選挙に動いてもらうのが当然」という悪しき慣例が政治の世界でまかり通っている。繰り返すが、与党の重鎮議員は例外だ。 昨年4月に行なわれた統一地方選の前後で、克行氏が地元政界関係者に20万~30万円の現金を渡したというのも、上述した悪しき慣例の一部であろう。現金は「陣中見舞い」や「当選祝い」名目だったとされるが、そんなもの、阿吽(あうん)の呼吸で、どのようなお金か政治関係者なら一瞬でピンとくる。地獄の沙汰もなんとやらだ。維新の会の松井氏が発言した「心をつかみ切るもの」が何かは、これまでの私の連載をお読みの皆さんならピンときてくださるだろう。 このような環境下で行われる選挙に加え、案里氏の選挙区事情を鑑みれば、今回の買収劇も「なるほど」と思わなくもない。だが、そろそろこの負の慣例を断ち切っていかねばならない。 しかも、今回は自民党から支出された資金が買収の原資とされており、そもそも税金だ。異例とも言われるほどの多額の現金が選挙買収に使われているとすれば看過できないし、コロナ禍によって困窮極める生活に陥った国民からすれば、許し難い行為であろう。広島市のホテルで開かれた政治資金パーティーで、ステージに立つ河井克行前法相(右)と、誕生日を迎えた妻の案里参院議員=2019年9月23日 今回の買収劇は金銭を譲渡した河井夫妻だけでなく、それを授受した側も公選法違反罪に問われる。公選法第1条では、次のように記載されている。 この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。 ぜひとも検察には、金銭を授受した地方議員や選挙関係者全員を立件していただきたい。そしてこれまで慣例として行ってきたことが、国民の権利を守るための法律をいかに踏みにじっているかということを、政治家にたたき込んでほしい。 そうしなければ、無垢(むく)な一票を信じて投じる有権者が、いつまでたっても報われない。

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    安倍政権の是非闘争が蔑ろにする森友問題の本質と自死財務職員の無念

    相澤冬樹(大阪日日新聞論説委員・記者) 学校法人森友学園(大阪市)をめぐる事件は不幸な事件だと思う。安倍晋三政権の是か非かに巻き込まれてしまっているからだ。本来、この事件は安倍政権の是非とは関係ないものであるにもかかわらずだ。 そもそも森友事件とは何だろうか。はじめに、事件の整理から始めよう。 まず、森友学園に小学校の用地として国有地が売却された。そしてその価格が9億円余の鑑定価格から8億円以上も値引きされて1億3400万円で売られていた。 「それは正当な値引きなのか?」「国民の財産を不当に安く売ったのではないか?」。これが問題の根源だ。「値引きの是非」に「政権の是非」は本来関係ない。政権を支持しようが批判しようが、正当な値引きは正当、不当な値引きは不当だ。 ところが、この土地に建つ小学校の名誉校長が安倍首相の妻である安倍昭恵さんだったから話はややこしくなる。昭恵さんは森友学園の教育方針を繰り返し賛美していた。しかも昭恵さん付きで、事実上の秘書のような役割をしていた政府職員が、この土地について財務省に照会していたことも明らかになった。 首相は「照会しただけだ。便宜を求めていない」と言うが、首相の妻側から照会があったら役人はそれだけで「忖度(そんたく)」する。それが役所の常識ではないだろうか。だからこそ「やはり首相の妻が名誉校長だから不当に安くしたのではないか?」とか「首相自身は関与していないのか?」という野党の追及が高まった。けれども安倍首相は国会で大見えを切った。 「私や妻が(学校の認可や国有地取引に)関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」 自分も妻も全く関係ないと強調したかったのだろうが、こんなことを言ったら野党は「首相を辞めさせるチャンス」と勢いづくに決まっている。関与の証拠を見つけ出そうと、財務省に対し資料や説明を相次いで要求した。参院予算委員会で証人喚問に臨む佐川宣寿前国税庁長官(当時)=2018年3月27日、国会(納冨康撮影) これに対し、財務省の佐川宣寿(のぶひさ)理財局長(当時)は国会で「資料は廃棄しました。ございません」と突っぱねる。だがその2日後に、関連公文書の「改ざん」がひそかに始まっていた。そして現場で改ざんを押しつけられた、財務省近畿財務局の上席国有財産管理官である赤木俊夫さんはその責任の重さに耐えかね、1年後に自ら命を絶った。 このとき、財務省で改ざんに関する調査報告書の取りまとめにあたった伊藤豊秘書課長(当時)は、このあたりの経緯を指して「安倍首相の答弁と改ざんは関係があった」と赤木さんの妻に説明した。注目された職員の手記 安倍首相の強気の答弁が野党のさらなる追及を招き、改ざんを引き起こしたというのだから「安倍首相は改ざんに間接的に責任がある」と言っているのに等しい。だが、それはあくまで「改ざん」に関してのことだ。改ざんを招く原因になった「国有地値引き」についての是か非かの決着はついていない。 財務省は、これまで「土地の深い部分に埋まっているごみの撤去に8億円かかるから値引きをした。ごみを撤去しないと開校予定の決まっている小学校が開校できず、損害賠償を求められる恐れがあった」と説明してきた。 これは正当な値引きだと、財務省は主張する。しかし、その「深いところのごみ」というのが本当にあるのか、財務省はきちんとした証拠を示すことができていない。さらには、問題の国有地からごみはほとんど撤去されていないのに、既に立派な校舎がほぼ完成している。ごみのあるなしにかかわらず、校舎はできたし、開校できたはずなのだ。 ゆえに、財務省の説明は説得力を失っている。 そういう中で、森友事件はすっかり「色」が付いてしまった。安倍政権への是非という「色」だ。反安倍政権の人々は「値引きは不当、首相の責任だ」と訴える。安倍政権支持の人たちは「値引きは正当、森友はもう決着した」と突っぱね、野党とマスコミが騒ぐことが問題だという。 本来あるべきだった、政権の是非とは関係のない「値引き」について冷静に考えるという空気はない。森友学園の問題は、分断された今の日本社会を象徴するような事件になってしまった。2020年3月18日に公表された赤木俊夫さんの手書きの遺書 そこに現れたのが今回の「赤木俊夫さんの手記」だ。これは、改ざんがどのような指揮命令のもとで行われ、それを現場で押しつけられた赤木俊夫さんの苦悩、財務省や近畿財務局による数々の不当な仕打ちと、それに迫る検察の捜査についてのルポルタージュである。 俊夫さんは全責任を一身に負うようにして追い詰められていった。俊夫さんに寄り添ってきた妻の雅子さんも、深い悲しみと苦しみ、そして夫の死の真相を知りたいと願ってもかなわないもどかしさがあった。だが、今年の3月18日に発売された『週刊文春』の特集記事で克明に記し、こうした事実が初めて明らかになった。真相解明への思い その内容に多くの方が共感を寄せてくれた。その結果週刊文春は完売し、そして雅子さんがインターネット上の署名サイト、Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)で募った「真相解明のための再調査」には33万人もの賛同者が集まった。運営団体によると、これは国内での最多・最速の新記録である。 森友事件の報道でこれほど幅広く、大勢の共感が集まったことはない。では、これまでと何が違うのだろうか? それは、この問題が「政権の是非と関係ない」ことが週刊文春の記事で初めて歴然としたからだろう。 雅子さんは「安倍政権の退陣」など求めていないし、反安倍政権でもない。むしろ若いころから自民党支持者で一時期は自民党員だったこともあり、購読紙は長らく読売新聞だった。 雅子さんが望んでいるのはただ一つ「夫が亡くなった真相を知りたい」という、その一点だ。 ・夫の死を招いた改ざんはなぜどのように行われたのか・改ざんを引き起こした国有地の値引きには本当に問題はなかったのか・問題がなかったなら改ざんする必要もなかったのではないか  雅子さんはただ、こうした疑問への真相を知りたいだけなのだ。この疑問が安倍政権への賛否に関係するはずがない。安倍政権を支持する人も批判する人も、雅子さんの思いを知れば、等しく安倍首相に「どうか遺族の願いをかなえてあげてはどうか」という念を抱くであろう。 だが「新型コロナウイルスへの対応が最優先の今、この問題を蒸し返す時ではない」という意見もある。なので森友事件や改ざんの調査をすると新型コロナ対応の妨げになるか、それも考えてみよう。 雅子さんが望んでいるのは「有識者によって構成される第三者委員会」による「公正中立な調査」だ。役所自体による調査ではない。調査を行うのは第三者委員会だから、役所の手が取られることはない。 もちろん、役所の人は調査対象にはなるだろう。だがこれは強制力のある警察の捜査ではない。任意の調査だから忙しければ「今は無理です。後にしてください」と断ることができる。だから、役所の人の手が取られることはない。参院予算委員会で森友文書改ざん問題について答弁する麻生太郎副総理兼財務相=2020年3月23日、参院第1委員会室(春名中撮影) もし、調査が新型コロナ対応の妨げになるとしたら、調査によって政権に不都合な事実が浮かび上がり、政権が窮地に立つ場合しかないだろう。だが安倍政権を支持している人たちが、調査によって不都合な事実が浮上すると考えているはずがない。 調査によって「政権は何も関係ない」ことがはっきりすれば、政権の関与を主張する人々に対し、疑惑を完全否定できる。政権は新型コロナ対応に専念できるようになり、むしろいいことずくめのはずだ。 それでも再調査を拒否していると、逆に「再調査されると困ることがあるのか?」と勘繰られることになる。安倍政権を支持する方々こそ、再調査への支持を勧めたい。

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    「地下鉄サリン」25年、日本は化学テロに勝てる国になったのか

    スによって、予定されていた「地下鉄サリン25年の集い」が中止になってしまったのだ。関係者の方々、特に事件で夫を亡くした高橋シズヱさんの心情を思うと、残念でならない。 一方で、この事件(テロ)は確実に風化しつつある。消防関係者への講演においても、聴衆の大半が平成生まれということはよくある。サリン事件を知らない、覚えていない世代が、現場で、あるいは一般市民の中で大半を占めるようになった。 無理もない。あれから四半世紀が経過しているのである。当時を知る者は、陸上自衛隊でも東京消防庁でも、退官しているか、あるいは逝去されているケースが多い。そんな中で、知見や教訓の伝承が困難になっているという声をよく耳にする。 日本では、知見の多くが個人に蓄積されていることが多い。従って、その「名人」「権威」が退官すると組織の「知恵」が失われてしまう。これはわが国のナレッジマネジメントの弱点である。これは、消防・警察・自衛隊など、どこの組織でも見られる傾向である。 それ以前に、そもそも本格的な事件の教訓分析はあったのかという声もある。日本のどの組織も目前の業務が忙しいので、まとまった資料は米国の元海軍長官、リチャード・ダンジグ氏の報告書の方が参考になるという見方まである。 公安調査庁が最近公開した興味深い動画がある。「オウム真理教」は、形を変えて今も生きているという内容だ。「Aleph」(アレフ)や「ひかりの輪」といった組織が、若い人たちの間に浸透し、再び信者や資産を増やしているという。そうした現実も踏まえ、将来のテロに備えて今われわれが何をするべきかを考えてみたい。 簡単に当時を振り返っておこう。1995年3月20日にこの事件(テロ)は起こった。死者13人、負傷者は約6300人に及んだ。注目すべきは、当日活動した東京消防庁職員の9・9%(135人)、実に1割近くに二次汚染被害が発生したことだ。このことが、その後の消防での化学テロ対応のあり方に大きな影響を与えることになる。 当日の朝、旧営団地下鉄(現東京メトロ)霞ケ関駅を目指す5本の車両内で、同時にサリンが散布された。地下鉄サリンでは、1袋あたり500~600グラムの純度35%程度のサリンが使われた。日比谷線築地駅前の路上で手当てを受ける地下鉄サリン事件の被害者=1995年3月20日 この事件の前年には、松本サリン事件が発生しており、捜査で追い込まれていたオウムに、サリンを再蒸留して精製する余裕はなかった。溶媒のジエチルアニリンなどはそのまま含まれていたため、多くの被害者が異臭を感じたという。本来、サリンは無色無臭のものである。 なお、事件当時、駅の空調は稼働していた。これに関しては、空調吹き出し口に被害者を待機させたためにサリンが飛散し、症状を重くさせたという指摘がある。一方で、空調システムがしっかりしていて稼働し続けていたからこそサリン濃度が高くならなかったという見方もある。困難極めた当時の現場 いずれにせよ、オウムのこのサリンの散布要領、すなわち「ポリ袋に入れてとがらせた傘の先で突く」というやり方は、稚拙で効果的ではなかったという見方が強い。 ちなみに、松本サリン事件では、サリン噴霧車(改造された2トントラック)を使い、ガスバーナーで加熱した鉄板にほぼ100%のサリンを滴下して気化させ、ファンで噴霧するやり方であった。夜間だが、加熱された蒸気は上昇し、症状が出た者は500メートル四方に及んでいる。 次に、化学テロ対応において、主要な機能である検知、防護、除染、救護という4つの分野において、当時と今で何が変わったかについて概観してみたいと思う。 まず、検知である。25年前には、まだ消防にも警察にも、化学物質に対する携行型の検知器はなかった。可搬型のものさえなかった。そもそもサリンなどの神経剤や化学兵器に関しては、陸上自衛隊にしかその知見はなかった時代である。その陸上自衛隊化学科にさえ、信頼性のある検知器はなかったのである。 一部にIMS(混合物中の化合物を、その衝突断面積によって分離する手法)原理の国産検知器が装備品としてあったが、現場では使われなかった。信頼性が低く、使い物にならなかったためだ。 現場では検知能力はほぼなかったといっても過言ではない。従って検知識別から判定まで3時間かかったというのも、当然といえば当然かもしれない。当時の映像を見ると、警察関係者が、デシケーター(保管用容器)の中に新聞紙(に包まれたサリン入りポリ袋)を入れて持ち帰る場面が出てくる。 デシケーターのふたは逆向きで、しかも素手で運んでいる。そもそもデシケーターの用途とは、容器を密閉し、シリカゲル(乾燥剤)によって内部の湿気を一定にすることで検体の成分を保全し漏れないようにするためだ。検知能力が十分あるなら、事件の証拠品を保全せず、毒物を素手で触るようなマネはしないだろう。当時は有効なサンプリングキットさえなかったことが推察できる。地下鉄サリン事件発生当日、八丁堀構内から続々と運び出され、救急隊員から手当てを受ける乗客ら=1995年3月20日、東京都中央区 当時のある消防士長は、化学機動中隊の小隊長として新宿消防署に勤めていた。あの日、勤務に就いた直後の午前8時33分、危険排除の要請を受け、地下鉄中野坂上駅に出場、駅構内に入った。そこには事務室の長椅子などで横たわる多くの乗客たち、そして彼らを救護する救急隊員の姿があった。 この小隊は、可燃性ガス測定器などで駅構内の大気を測定しながら進入した。その後、事務室の横に置かれていたビニール袋が危険物質である可能性が高いとの情報を受けて、地上に持ち出したという。向上した検知技術 それを車両に積載していた赤外線ガス分析装置などで測定したところ、アセトニトリル(農薬の原料にも用いられる)という有毒物質であることが判明した。当時は可搬型の小型FT-IR(化学剤や麻薬、爆薬などの物質を分析する装置)などなかったため、わざわざ分析装置を積載した車両まで危険物を持ち出す必要があった。 だが、そもそもサリンは当時の赤外線分析装置のライブラリーにないので検知ができるわけがなかった。誰もサリンなど想像できなかっただろう。その後、この消防士長は地上で救助活動を手伝っていたのだが、周囲の消防隊員やその他の関係者が続々と倒れ始めた。自分も同じようになるのではと、命の危険を感じたという。 現在では地下鉄サリン事件の教訓も踏まえて、多種多様な携行型、可搬型の検知器材がある。東京消防庁だけでなく、政令指定都市や大規模な広域消防本部ならば、現場到着から5~10分で原因物質の概定に至るのではないかと思われる。 さらに、東京五輪・パラリンピックを前にして、会場のスタジアム近傍の消防には、スタンドオフセンサーを配置する動きもある。実際に、先般のラグビーW杯では横浜スタジアムなどで準備されたという。 この装備は数キロ先のサリンの化学剤雲も検知でき、テレビカメラの横などに配置しておけば、観客席で不審なガスが発生した際にもほぼリアルタイムで検知可能である。その他に、ラマン分析(分子レベルの構造を解析する手法)による検知器を装備する消防、警察もある。これはペットボトルや封筒の中の物質を開封することなく検知識別できる優れものである。 最近の傾向として、検知器をネットワーク化して化学剤雲の動きをリアルタイムで表示できるソフトやアプリが出てきている。これにより、地下鉄サリン事件のような「今、どこで、何が起こっているのかが分からない」という状況不明な事態を少しでも改善することが期待される。 そもそも地下鉄サリン事件の初動においては、サリンが使われたという認識はなかった。従って、駅員だけでなく、消防や警察においても素面で行動している関係者が多く見られた。東京消防庁の隊員も、多くが空気呼吸器の面体を首から提げた状態で動いている。これが、二次被害を大きくした要因であろう。地下鉄サリン事件で防毒マスクなどで完全武装し駅構内に向かう警視庁の捜査員ら =1995年3月20日、霞ケ関駅周辺 PPE(個人防護具)の数量、その質も限定的であった。HAZMAT(Hazardous material、危険物のこと)への防護レベル対応意識も低かった。HAZMATは4つの防護措置レベル(A、B、C、D)に分けられている。 レベルAは危険物が特定されていない状況かつ酸素ボンベと重厚なマスクをフル装備した防護措置、レベルBは危険物が特定されている状況でAの装備より若干装備が少なく、レベルCは防護マスクと全身防護服、レベルDは作業服にマスクという軽装備だ。当時はなかった「ゾーニング」 当時レベルAで行動している消防関係者とは対照的に、普段のままの(レベルD相当)救急隊員が混在していた。また、原因物質がサリンと判明した後も、レベルAが使われ続けていた。これはレベルBやレベルCの装備が現場になかった時代であったためと推察される。 陸自の場合、専門部隊である化学科はブチルゴム(合成ゴム)の化学防護衣と防護マスクを装着したレベルCで行動した。吸収缶は活性炭+HEPAフィルターのもの。普通科部隊は活性炭繊維の戦闘用防護衣のみである。なお、25年前には陸自にさえレベルA装備はなかった。戦場において、宇宙服のようなタイプが必要とは考えにくかったためであろう。 現在では、化学テロも考慮し、レベルAだけでなくレベルBやCをバランスよく装備する消防も多くなっている。また、陸自も化学科部隊を主体にレベルAを装備するようになってきた。市街地の戦闘や対テロ作戦において、高濃度ガスや酸素がない状況も想定してのことである。 さらに、防護に関連してゾーニング(区域設定)という考え方は当時なかった。だからこそ、多くの消防隊員がホームまで降りて状況確認や救助を試みて二次被害にあったのである。昨今の新型コロナウイルスで話題となっているゾーニングだが、「Nuclear」「Biological」「Chemical」(NBC)事案では風向きを考慮し、風下に原因物質が推定される場所に適宜ホットゾーンを設定していく。現在では、ゾーニングの考え方は、多くの消防関係者に浸透しているためホットゾーンに不用意に入ることはないであろう。 ただ、これはCBRNeテロのスイッチがタイミングよく入ったという前提に立っている(CBRNeとは、化学:Chemical、生物:Biological、放射性物質:Radiological、核:Nuclear、爆発物:Explosiveを指す)。 最近では、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄で2017年にマレーシアで殺害された金正男(キム・ジョンナム)氏をVXにて暗殺した事件にしても、英国で2018年にロシア連邦軍参謀本部情報総局(GRU)の元大佐らが神経剤のノビチョクで襲撃された事件にしても、それが化学剤に絡んだ事態であることは、初動においてはまったく認識されていない。 3日ほど、もしくは10日ほどたってから、ようやくスイッチが入るというのが実態である。もちろん、揮発性のサリンとほとんど気化しないVXやノビチョクを簡単には比較できないし、暗殺と大量殺傷型テロを単純に比較はできないが、最初のスイッチを入れることの難しさは認識しておくべきであろう。 そもそも、25年前に「除染」という言葉を知っていたのは、陸自の化学科関係者くらいではなかったかと思う。ちなみに、除染は米軍教範の中にあった英語の「de」(除)と「contamination」(汚染)をそのまま素直に和訳したものだという。旧軍の「除毒」という用語にする案もあったらしい。15歳も年上の先輩から聞いた話である。地下鉄サリン事件を受け、丸ノ内線の後楽園駅で車両を洗浄する自衛隊員=1995年3月20日、東京・文京区(陸上自衛隊提供) その除染は、地下鉄サリン事件ではまったく実施されなかった。従って、医療関係者も含めて多くの二次被害を出すことになった。あのときに組織的な避難や脱衣の着意があったなら、と思う。その後、除染テントなど器材の充実、訓練の活発化が進んで今日に至っている。東京五輪への備えは? ただ、二次被害者を多く出したことは、やや「膾(なます)を吹く」ような状況を引き起こし、また除染においては「除染とはシャワーである」というイメージが固定化されたことも否めないであろう。 現在では、脱衣の重要性や露出部の液滴の拭き取り、ラダーパイプシステムの活用(消防車2台によるシャワーカーテン)などが広く知られるようになった。これは世界的な流れとなっている「PRISM」(事態現場の初期対応マネジメント)に従ったものである。 その背景には、特に神経剤によるテロの場合では、シャワー除染を待つ人々が長蛇の列を作るような除染要領は現実的でなく、逆に地下鉄サリン事件の際の死者数では済まなくなるだろうという危機感があった。それでも、マスデカン(数百~数千人という大量の被災者の除染)において、何が最適かという問いには答えが出されていない。 地下鉄サリン事件では、その救命にいわゆる解毒剤である「アトロピン」と「パム」が大活躍した。特に、特殊な薬品であるパムが間に合うかどうかというのが、大きなポイントであった。多くの患者が殺到した聖路加病院では、松本サリン事件を担当した医師からのアドバイスもあり、熟慮の末にパムを患者に投与、その効果を確認した。これにより多くの命が救われることになった。 だが、問題もあった。それはパムが特殊な薬であり、在庫が20人分しかなかったことだ。薬剤部長がパムを扱う問屋の名古屋のS社に電話で要請した。東京中で大量のパムが必要になったため、ありったけのパムを運んでほしいというものである。 S社の責任者は、各地の倉庫にパムを集めるよう直ちに指示した。彼はそのまま新幹線に飛び乗り、沿線の浜松、静岡、横浜の各倉庫から新幹線のホームでパムを受け取る作戦を取り、合計230人分が集まったのである。発注からわずか3時間半のことであった。 現在では必要なパムなどは国内の要点に備蓄されており、さらに東京五輪・パラリンピックに向けて新たな備蓄が必要とされているが、その細部の備蓄要領や輸送については明らかにされていない。地下鉄サリン事件で、毒物除去作業を行なうため、日比谷線築地駅構内に向かう陸上自衛隊員ら=1995年3月20日、東京・築地 米国においては、「CHEMPACKプログラム」として備蓄の実務は地方自治体レベルに任されており、アメリカ疾病予防管理センター(CDC)が全体を統括している。備蓄は、全米人口の90%が1時間以内に投与を受けられるように配置されているという。 配置場所は、主に病院か消防署のようだ。備蓄用コンテナには2種類あり、緊急用コンテナと病院用コンテナである。病院用コンテナには静脈注射用に薬品が1千人分程度入っているのに対して、緊急用には454人分の神経剤自動注射器(オートインジェクター)が入っている。ここが日本と違うところである。禁物なのは「思考停止」 日本ではこれまでオートインジェクターの検討はなされてこなかった。しかし、地下鉄サリン事件のようなケースでは自動注射器で対応しなければ救えない命があることは明らかだった。そんな中で、東京五輪・パラリンピックを前にして、日本でも自動注射器を準備しておこうという動きが出てきている。しかもスタジアムなどで何かあったときには、医師でなくても使えるようにする予定である。 だれがどうやって化学テロ(CBRNeテロ)のスイッチを入れるかという問題は依然として残る。また、COP(Common Operational Picture )という「同じ絵を当初から関係者全員で見て動く」ことも求められる。いずれも、難しい課題だ。 また、よく指摘されるのは、パターン思考に陥っていないかという点である。「地下鉄サリン事件で止まっていないか」「いつも同じようなシナリオで、ワンパターンな検知と除染の訓練で終わっていないか」というのは、陸自の現役のころに某師団長からよく指導があったところである。 さらに、時間(スピード)の概念を初動対応において重視しないと、このままでは患者を助けられないとの思いも関係者の間で強い。特にゾーニングや除染のプロセスにおいて「時間は命」という認識が広がっている。 エージング(化学物質への解毒剤の有効時間)の早いソマン(2分)まで視野に入れると、さらにスピードが求められる。なお、除染の困難性で言えば、北朝鮮が保有しているとみられる粘性ソマンは極めて粘性が強く、通常の除染要領では対応できないと言われている。 その他に、検知器につきものである誤報(一部成分が同じゆえニンニクをマスタードガスとして認識してしまうなど)、サンプリングと「Chain of Custody(履歴管理)」という人やモノの流れを記録することの重要性。偽物や不審物への対応手順、化学テロにおいていつもレベルAが必要かという疑問、それに関連して「防火衣+空気呼吸器(SCBA)」でサリンの中へ突入しても30分程度なら倦怠(けんたい)感や発汗増加があるだけ、という米国陸軍の検証結果の取り扱いなど、議論すべきことは多く残っている。 先にも触れた除染に関して言えば、「除染のシャワーを待つな! 苦しんでいる人を前に、本格的シャワーシステムの到着を延々と待つのか? できることはないか?」という共通認識は、全国の消防の中に相当浸透してきていると思う。また、日本災害医学会(JDAM)のMCLS-CBRNe(化学物質などによる大量殺傷型テロ対応)コースなどを見ていてそう感じる。 「全く同じことは起こらないが、大事件は姿を変えた形で再び起こる」というのが、警察関係者の言い伝えとしてあるという。われわれは、この25年間でありえないようなテロや事件、事故をいくつも見てきた。防護服を着て化学テロなどを想定した訓練に取り組む警察官や消防隊員ら=2018年6月、川崎市(外崎晃彦撮影) 米同時多発テロ「9・11」や東海村JCO臨界事故、東日本大震災の津波による福島原発事故など、どれを取っても想像をはるかに超えていた。こうした事件や事故を踏まえれば、誰が地下鉄サリン事件を予測できただろうか。同じように、誰がVXによる暗殺を、ノビチョクの使用を予測できたかという思いがある。 これからの25年でも、予期しない大変な事態は起こるだろう。それは、新たな形での化学テロかもしれない。そのときに現実的に対応できるだろうか。思考停止を越えて、考え続けようと思う。

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    「沖縄を利用する黒い影」贈収賄で片付けられないIR汚職の本質

    いるという。 目下特捜部が立件している秋元議員の収賄額は700万円余りである。特捜部が国会議員の収賄事件に乗り出す場合、「収賄額1千万円」が一つの目安とされるが、秋元議員の収賄額が1千万円に届くかどうか微妙なところだ。 特捜部は、秋元議員の逮捕を皮切りに「政界にはびこるIR汚職」を大々的に摘発したいという思惑を持っているのだろうが、秋元議員以外の国会議員については今のところ立件できる状況にはなさそうだ。 また、特捜部はIR業界だけでなくパチンコ業界にも捜査の手を伸ばしているが、1月20日には会期150日に及ぶ通常国会も始まっている。不逮捕特権もあり、当面、国会議員からさらなる逮捕者が出るとは考えにくい。まだまだ予断は許さないが、このまま行けば「政界を震撼させる疑獄」には発展せず、「秋元議員の事件」に終わる可能性もある。 そもそもこの事件は単なる「贈収賄事件」ではない、というのが私の見方である。以下、その理由を記していきたい。  まず、日本のIR事業への参入を目指していた中国企業「500ドットコム」が、同社顧問に迎えた紺野昌彦(贈賄罪で起訴)、前浦添市会議員である仲里勝憲(同)両氏にカネを引き出された面もあるということだ。  要するに、紺野氏と仲里氏は「政治家を買収すればIR市場に参入できる」と500ドットコムに持ちかけて多額の現金を用意させた上、日本に不法に持ち込み、一部を政治家にばらまいたと思われる。 これまでメディアで報じられた情報を総合すると、両氏が絡むこの贈収賄事件については以下のように整理される。 【2017年9月】 500ドットコムの香港の口座から引き出した2250万円を紺野氏らが関西空港から日本に持ち込んだ。紺野氏は大阪から東京に移動して仲里氏らとともに議員会館を訪れ、IR担当内閣府副大臣の秋元議員に300万円、元政策秘書に50万円を渡した(元政策秘書は在宅起訴)。 紺野、仲里両氏は札幌まで行き、中村裕之衆院議員(自民、北海道4区)に200万円、船橋利実前衆院議員(自民、比例北海道/当時は落選中)に100万円を渡した。中村議員はうち100万円を岩屋毅衆院議員(自民、大分3区)に渡した。ただし、秋元議員は受領を否定。 また、中村議員によれば、この200万円は紺野氏ではなく、北海道の留寿都(るすつ)でIR事業を進める札幌の「加森観光」会長からの個人献金であり、岩屋議員は、中村議員から受け取った100万円は「講演謝金」だったと説明。船橋議員は、100万円の受領は認めたが、中村議員と同じく加森観光会長からの個人献金だったと主張。なお、加森観光会長は贈賄罪で在宅起訴されている。 【2017年10月】 第48回衆院議員選挙期間中(10月10日公示22日投開票)、紺野氏らは下地幹郎衆院議員(維新、比例九州沖縄=2020年1月8日に除名処分となり現無所属)と宮崎政久衆院議員(自民、比例九州沖縄)に100万円ずつ渡した。下地議員は選挙期間中に紺野氏から100万円を「陣中見舞い」として事務所職員が受領したことを認めたが、宮崎議員は自身も秘書も紺野氏らからの寄付を一切受領していないと強調している。関係する企業が東京地検特捜部の家宅捜索を受け記者団から質問される秋元司衆議院議員=2019年12月、国会内(春名中撮影) 報道によれば、秋元議員はこの他、2017年12月、500ドットコムが用意したプライベートジェットで中国深圳にある同社本社やマカオのカジノ施設などを訪問したが、この際の旅費(約150万円)を同社が負担していた疑いを持たれている。あわせて同年8月4日に同社が那覇市で主催したシンポジウムで、講演料として200万円を受け取ったとされる。残ったカネはどこへ? さらに2018年2月に家族旅行で留寿都を訪問しているが、その際の70万円余りの旅費も500ドットコムが負担したとされている。これらの情報が正しいとすると、秋元議員は500ドットコムから720万円余りの金品を受け取っていたことになる。 ところが、紺野氏らが香港から持ち込んだ現金は2250万円である。そのうち使途が明らかされつつあるのは、秋元議員の300万円、秋元議員の元政策秘書の50万円、他の国会議員にばらまいたとされる500万円だが、その合計は850万円にすぎない。 残りの1400万円の使途は依然不明である。しかも、中村、船橋両議員の受け取ったとされる計300万円は500ドットコムの資金ではない可能性もあり、宮崎議員は受領自体を強く否定している。 議員諸氏の主張が正しいとするなら、下地議員の受け取った100万円を除く400万円が宙に浮いてしまう。この場合、1800万円が使途不明ということになる。その上、秋元議員は、「300万円なんてはした金はもらっていない」と繰り返しているというから、これがもし事実だとすれば、最大で2100万円が行方不明になってしまう(秋元議員が受けた旅行接待の代金や沖縄での講演料は時系列からいって別資金である)。 いずれにせよ、ばらまいたカネよりも残されたカネの方が多いことになり、ばらまかれなかったカネはどこへ行ったのか。残余は「経費」だという説明も可能だが、香港―関空間、関空―羽田―札幌間の関係者の旅費や飲食代を経費と認めたとしても、その総額はせいぜい100万〜150万円だろう。「他の大物政治家」が受け取った可能性もないとは言えないが、今のところその気配はない。 現金を受け取ったとされるIR議連に参加する国会議員のうち、IR担当副大臣の職にあって職務権限の比較的明確な秋元議員を除き、他の議員が500ドットコッムに便宜を図ったことを立証するのはきわめて困難だ。 秋元議員は500ドットコムのために、国内のIR施設数を「3カ所」以上に増やすよう働きかけたとされているが、2018年3月に成立したいわゆる「カジノ法」(特定複合観光施設区域整備法)が成立するプロセスで、原案の「3カ所」が増える可能性はほとんどなかった。IRやカジノを所管する国土交通省の大臣であった石井啓一議員は公明党所属だが、公明党はカジノ法案にきわめて消極的で、副大臣が介入できる余地は事実上なかったと言っていい。 秋元議員はこうした経緯を承知の上で、カジノの施設上限を「3カ所」から増やすよう働きかけたかもしれないが、「ダメと分かっていて働きかけた」としか思えない。もちろん、秋元議員のこうした行動が贈収賄の要件を満たす可能性はあるので「無実」とはいえないが、秋元議員が500ドットコムのために積極的に動いたとは考えにくい。本人の自覚はともかく、秋元議員はむしろ紺野、仲里両氏による同社からのカネ引き出しに、結果的に協力してしまったと考える方が自然だ。秋元司衆院議員の地元事務所から押収品が入った段ボール箱を運び出す東京地検特捜部の係官=2019年12月、東京都江東区(宮崎瑞穂撮影) そもそも、2017年8月に沖縄で500ドットコム主催のシンポジウムを行った段階で、沖縄はカジノ誘致レースからすでに脱落していた。2006年当選の仲井眞弘多知事はカジノに積極的だったが、2014年当選の翁長雄志知事(故人)は、支持基盤である共産党、社民党が「カジノ反対」であることは承知しており、当選後、仲井眞氏のカジノ推進の方針を撤回してカジノ反対を主張していた。 ちなみに、2018年に当選した玉城デニー知事の出身母体である自由党は、もともとカジノ推進の政策を掲げていたが、その後「野党共闘」の立場から「カジノ反対」に転じている。500ドットコムも「被害者」 仮に2018年の沖縄県知事選で保守系知事が誕生していたとしても、翁長知事時代にいったん撤退したカジノ誘致レースに再参入できる可能性はなかった。大阪、横浜、北海道、和歌山、千葉、長崎などの候補地がしのぎを削る中で、ギャンブル依存症対策などを含めた具体的で詳細なプランを練り、関係者や議会を説得して誘致に漕ぎ着けるには圧倒的に時間が不足していたからである。 紺野、仲里両氏は、沖縄での実現可能性が限りなくゼロに近い状態の中で「シンポ開催」に踏み切ったが、これは500ドットコムからカネを引き出すためのデモンストレーションだったと言っても差し支えないだろう。 北海道の誘致合戦もほぼ同様の状態で、彼らが肩入れしたとされる候補地の留寿都は、2017年の段階で苫小牧の後塵を拝しており、たとえ500ドットコムを留寿都の「委託業者」として選ばせることが可能だったとしても、道内のレースから脱落してしまう可能性が強かった。しかも、候補地に北海道が選ばれるという保証もなかった。500ドットコムの贈賄が成果をもたらすとは思えない状況にあったのだ。 一連のこうした流れを見ると、500ドットコム自体「被害者」であったことは容易に想像できる。秋元議員はパチンコ業界に最も近い議員とされているが、パチンコ業界にもIR参入を目指している企業がある。言ってみれば、パチンコ業界は500ドットコムの商売敵である。ゆえに、繰り返しになるが、今回の「IR汚職」は、日本の事情に疎い中国企業からカネを引き出すためだったとしか思えないのだ。 気になるのは、なぜ沖縄を主な舞台としてこうした事件が起こったのか、という点である。事情通の間では、インバウンド(観光目的の訪日外国人)の急増で不動産や人件費が高騰するなど、ちょっとしたバブルを迎えている沖縄に、小金を手にしたいという怪しげな人物がはびこっているとの情報が広まっている。 増大する観光収入に加えて、過剰な政府補助金が投入される沖縄には、労せずして小金を得ることのできるチャンスが転がっている。実際、詐欺師に限りなく近い連中や半グレなどが政治家や有力者を利用してひと山当てようとする場面にも何度か出くわしている。 始末に負えないのは、政治家や有力者の間にも、怪しげな連中を囲い込み、自らの政治的・経済的権益を広げようとする傾向が見られることだ。彼らのそうした姿勢が怪しげな連中を一段と増長させている。 本土の政治家も例外ではない。沖縄には本土選出の国会議員の後援会や事務所が数多く存在する。しかも、与野党を問わない。比例区選出議員の事務所や後援会が沖縄にあるのは常識の範囲だが、沖縄とは縁もゆかりもないはずの本土の選挙区選出議員が、沖縄に後援会や事務所を置いているのを見ると首をかしげたくなる。秋元議員もその一人だ。 彼らは、「沖縄に寄り添うため」「沖縄振興に協力するため」「基地反対運動を支援するため」だと言うが、にわかには同意しがたい。本気でそう考えている政治家もいるかもしれないが、本当は、「お金や安保反対・基地反対などのイデオロギーが集まる沖縄で、何らかの政治的権益・経済的権益を拡大する」ためなのではないか。本土の政治家のこうした思惑と一部の沖縄県民の欲求が一致して、時には国民・県民を裏切るような悪徳を生み出してしまう。 「基地反対運動」が沖縄を優遇する政府補助金である沖縄振興予算の増大圧力になってきたことと併せて考えると、沖縄を過剰に優遇する政策体系の見直しこそ、腹に一物ある政治家や何らかの権益を求めて政治家に群がる人々を抑制する処方箋になるような気がしてならない。辺野古沿岸への移設が決まっている米軍普天間飛行場=2019年2月、沖縄県宜野湾市(桐原正道撮影) 折しも2022年から始まる新しい沖縄優遇策(期間10年の沖縄振興計画)の策定が始まっている。政府は従来通りの沖縄優遇策を継続するつもりのようだが、こうした優遇策が政治的・経済的悪徳の温床になってきたことは否めない。政府はこの点を率直に認め、英断を持って優遇策見直しを進めるべきだ。さもなければ今回のような不正が繰り返され、わが国はやがて規律と展望を失ってしまう。「IR汚職」を罰するだけでは、何も変わらないのである。

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    7年の沈黙が物語る沢尻エリカ「薬物逮捕」の本質

    沢尻には2009年に前の所属事務所から大麻使用を理由に契約解除されたという報道があったことで、そこが事件の最大のポイントだ。前事務所側は解除の理由を「重大な契約違反行為があった」とリリースしていたが、本人同意のもとで行った薬物検査で陽性反応が出たという話が一部週刊誌で証拠書類とともに報じられていた。 デビューして間もなく、その生意気な態度から「エリカ様」と呼ばれたり、女優や女性タレントを集めた飲み会を定期的に開くことも、「沢尻会」のリーダーに収まっているとネタにされたりした。実際に07年、「別に…」発言に象徴された主演映画の披露あいさつで悪態をついたことでバッシングを浴び、人気が一気に凋落(ちょうらく)することになる。蘇る7年前の報道 その後、12年に5年ぶりの映画主演作となった『ヘルタースケルター』で復活を果たしたものの、公開の直前、『週刊文春』に報じられたのが「薬物中毒」だった。 当時、09年に結婚した映像作家、高城剛氏との離婚騒動に注目が集まっていたが、当の高城氏が「エリカはエイベックスの松浦勝人社長(現会長)から薬物使用の証拠を弱みに握られ、離婚を迫られた」という内容の話を暴露した。エイベックスとは女優業再開に向けて11年に業務提携を行っていたが、脱ぐかどうか迫られた沢尻が『ヘルタースケルター』でヌードを披露するに至ったというのである。 その際に出てきたのが「大麻だけでなく、エクスタシー(MDMA)も使用していた」という証言だ。こんな話が過去に出ていたのに、今回まさにMDMA所持で逮捕されたわけだから、ASKAや清原同様、早くからキャッチしていたメディアの話に真実味が増してくるのも当然の流れだ。 この衝撃的なゴシップは本来であれば、芸能マスコミが競って後追いすべきビッグなネタだが、相手が大手事務所だけに一様に無視していた。しかし、逮捕された沢尻が供述で「10年以上前から使用していた」とあっさり常習を認めており、まさに過去にさかのぼって取材すべき問題と化している。 ところで、タレントのラサール石井が「政府が問題を起こし、マスコミがネタにし始めると芸能人が逮捕される」とツイートしていた。「桜を見る会」の私物化問題の火消しに追われる政府のスキャンダル隠しに使われたようなニュアンスだったが、冗談じゃない。権力者大好きタレントや後援者の集まりという役得への嫉妬問題より、この事件の方が日本社会にはずっと危険であり、人権問題として見ても重い。 そもそも、社会を大きく揺るがすほどの重大な疑惑につながりかねない事件を話題そらしに使えるわけがない。それよりも、メディアに出演している芸能人が一様にエイベックスの「エ」の字も口にせず、「これで仕事を失うのは本当にもったいないですよねえ」などと毒にも薬にもならないコメントをしている方が、よほど本質そらしだとはいえないか。 ここで気になるのは、警視庁組織犯罪対策5課が約1カ月前に情報提供を受けて、内偵捜査を続けていたという話だ。入手先が渋谷区のクラブだった可能性もあるそうだが、話をリークした情報提供者がいることは事実だろう。送検のため沢尻エリカ容疑者を乗せ東京湾岸署を出る車=2019年11月17日午前 巨悪の存在説が本当に正しければ、リーク元がその敵対勢力という可能性も出てくる。もちろん「エリカ様」への個人的恨みである可能性もあるが、それでも警察に情報提供するとなれば、確度の高い話がないと採用されないわけで、顔見知り程度の間柄ではどうにもならないだろう。 いずれにせよ、沢尻の逮捕で、週刊誌を中心とするメディアにとっての最大の焦点は先に報じられてきたエイベックス界隈の話になるだろう。筆者もそのポイントを前提にした取材に集中するが、核心をそらそうとする動きにだまされないことが重要だ。

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    なぜ日本でこれだけ引きこもりが増えたのか

    本多カツヒロ (ライター)『子育てが終わらない』小島貴子准教授インタビュー 川崎市多摩区で起きた殺傷事件の容疑者が引きこもりであったことから、引きこもりがまるで犯罪予備軍であるかのような報道があった。これに対し当事者らでつくる団体は偏見を助長すると声明を発表した。 今年3月に内閣府が公表した推計値では、40歳から64歳の中高年の引きこもりが全国に61.3万人いるという。キャリアカウンセラーとして引きこもりや就職困難者の支援を行ってきた小島貴子・東洋大学理工学部生体医工学科准教授と、引きこもり問題の第一人者として臨床に携わる精神科医の斎藤環氏が対談した『子育てが終わらない』(青土社)。今回、中高年の引きこもり状態の背景に何があるのかなどについて小島氏に話を聞いた。――今年3月に内閣府が中高年の引きこもりが約61万人と発表し衝撃を持って受け止められました。引きこもりや就職困難者の支援を続けてきた小島先生にとっても驚きでしたか?小島:内閣府の調査では、約61万人と公表されましたが、私たちは100万人近い中高年の引きこもりがいると推定しているので特に驚きはありませんでした。 斉藤先生と出会ったのは10年以上前に開かれたパネルディスカッションでした。当時、すでに引きこもりの子どもが40代で、親が70代の「4070問題」があったので、より高齢化し現在のように「5080問題」になるのはわかっていました。――一口に引きこもりの子どもがいる家庭と言っても、さまざまな状況があるのは承知していますが、なかでも多く見られるのはどのような家庭状況でしょうか?小島:親にある程度の経済力がないと引きこもることはできませんから、一定以上の経済力のある世帯に多いですね。たとえば以前、日本の大手企業で、社員に妻や20歳以下の子ども、高齢の両親などを除き扶養家族がどれくらいいるか調べてもらったことがあります。その結果、部長、課長クラス以上の世帯に引きこもりと思われる成人の扶養家族がいることがわかりました。 また引きこもりの子どもがいる家庭では、夫婦関係が機能していないケースが目立ちます。引きこもりのカウンセリングでは、相談に訪れるお母さんの多くが「子育てに失敗した」「私が悪い」と自責の念にかられています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) こうした家庭では男性が稼ぎ、女性が子どもを育てる役割を担っている場合が多いので、夫は妻に対し「お金は十分渡しているのに子どもの教育に失敗して、学校にも行かないし働きもしないじゃないか」と妻を責め立てる。もしくは、まったく口をきかず、無視をする。あるいは、学校が悪いと外に責任を押し付ける傾向があります。本来ならば、家庭で起きた問題は夫婦が協力して解決するべきですが、どちらかに責任の比重が重くのしかかり、夫婦関係が正常に機能していません。会話量と理解力はイコール――夫婦関係が機能していない場合、どうすれば再び機能するようになるのでしょうか?小島:単語だけで会話をする夫婦は機能しているとは言えません。会話量と理解力はイコールなのです。ヨーロッパ、特にフランスやイタリア、スペインなどではカフェなどでよく話している光景を目にします。 その理由をイタリア人と結婚した親友に聞くと「争わないため」だと言います。ヨーロッパは有史以来、地理的に地続きで争いが絶えなかったので話し合うことで戦争に発展しないようにしていると言うのです。いまでもパートナーや親しい人たちと頻繁に会話するのは争いごとを避けるためだと言います。 日本人は言葉にすると逆に争いごとになると思い会話をしない傾向があります。言葉にしないから相手が何を考えているのか理解できずに、忖度して物事を進め、結果的に子どもが深刻な問題を抱えていることがある。夫婦間の会話がないと子どもも自然と話さなくなります。おしゃべりな引きこもりはいません。――なぜ日本でこれだけ引きこもりが増えたのでしょうか?小島:社会に欠損があるからだと思います。特に社会に蔓延する「同調圧力」の強さです。 人と人がわかり合うには、まず自分自身を理解しないといけません。たとえば「私は〇〇です」と〇〇の部分を授業で学生に埋めてもらうと最初の30~40個はだいたい皆同じものが出てきます。41個目から出てくるものが個性です。 学校という装置のなかでは、集団性に対する美化、同調圧力により人と違うこと、つまり個性が認められない。そうなると、個性を持ち、集団に馴染めない子どもたちは生きづらさを感じるようになります。生きづらいと引きこもりやすくなります。引きこもるきっかけは様々ですが、小中学校時代から不登校がちだったりと、子どものときから生きづらさを抱えている人は多い印象です。――子どもが将来引きこもりにならないために、子育ての中で意識するとよい点はありますか?小島:子ども自身が考え、決定するトレーニングはしたほうが良いですね。親が優秀であればあるほど、自分の考えが正しいと思い込み「子どものためだから」と判断し、指図しがちです。――たとえば「この学校を受験し、この会社に入りなさい」といった具合にですか?小島:もちろん、それが子どもにとって重要だと考えるから指図していると思いますが、その道を進んで子どもが本当に幸せかどうかはわかりません。――もし引きこもってしまった場合にはどうすればよいのでしょうか?相談に対する高いハードル小島:第三者である行政やNPOなどに相談すると解決はしやすいです。ただし、無理矢理部屋から引きずり出すなど暴力的に引きこもりを解決しようとする団体には注意が必要です。 しかし、これだけ引きこもりがいる現状を見ると、いかに相談に対するハードルが高いかがわかります。まず支援側は「相談に乗ります」ではなく、「最近、親子の会話が少なくて困っていませんか」「夫婦の会話が少なくないですか」「子どもが部屋から出てこないことがありますか」など具体的な事例でハードルを下げアウトリーチすることが大事です。――引きこもりの方のカウンセリングを担当されていたわけですが、実際はどのように相談が進むのですか?小島:最初は、相談すること自体のハードルが高いので相談者に対し寄り添うことが重要です。たとえばお母さんが来てくれた場合、「よく相談に来てくれましたね」「いままで大変でしたね」と言ったように。 子どもが引きこもった経緯は聞きません。そして帰り際に「今日はどうでしたか?」と聞くと、大抵は「スッキリした」「気持ちが楽になった」と答えてくれます。 それを夫や子どもに伝えてくださいとアドバイスします。子どもも夫もお母さんや妻に対し悪いと思っているので、お母さんの気持ちが楽になって良かったと思うわけです。そうすると次からは夫も相談に来るようになります。 相談に来て話すことの何が良いかというと、自分がしたことや思っていたことを言葉にするので、言語で認知することになり、客観視できるようになります。そこが重要で、そうなれば解決の糸口が見えてきます。最終的には当事者が出てきてくれれば、解決する確率が高くなります。 当事者が相談に来たら、どんな仕事でも良いので挑戦してみるように話をします。親は、すぐに正社員で雇ってくれるところが良い、安定が一番だとなりますが、そこで急いではいけません。『子育てが終わらない 新装版 ―「30歳成人」時代の家族論』(小島貴子,斎藤環 著、青土社) そもそも「安定」は社会的な装置ではなく、自分のなかにあるものです。毎日、やることや行くところがあり、「よし今日も一日が終わった」と自分を認めてあげられるのが大事です。会社や人間関係に依存していればそれがなくなった瞬間に「安定」はなくなります。――本書のタイトル「子育てが終わらない」という状態はまさに引きこもりに悩む親の悲痛な叫びではないでしょうか。小島:子育てには精神的、社会的、経済的に何歳ごろまでにどうやって自立させるかといったある程度のタイムスケジュールが必要です。本当の意味での自立とは、どんな状況でも暮らしていくことができること。自立することで自尊感情が生まれます。ところが、日本社会の自立の基準は、「ちゃんとした学校を出て、ちゃんとした会社に勤める」という「ちゃんと」という曖昧な基準で子どもを縛っている。 また、「あの子はできるのに、うちの子はできない」と他の子と比較するのをやめましょう。子どもによって発育も違います。他人と比較し、善悪を判断している限り、子育ては終わらないのではないでしょうか。

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    「下級国民」へと落ちこぼれた氷河期世代を救済することはできるか

     2019年6月に神奈川県川崎市で起きた小学生児童ら20人を切りつけた事件に、翌7月には東京都練馬区の住宅街で元農林水産事務次官が長男を刺殺した事件が続き、「大人のひきこもり」が大きくクローズアップされた。40~50代のひきこもりの多くは、バブル崩壊後の1990年代半ばから続いた「就職氷河期」で新卒採用が抑制され、その後もなかなか定職に就けず、長い間、世間から排除されてきたことが背景にあるといわれる。 さまざまな要因が複雑に絡み、長きにわたって排除されてきたことで「下級国民」とのレッテルが貼られがちな彼ら/彼女らに救いの道はないのか。 作家の橘玲氏は、新刊『上級国民/下級国民』(小学館新書)で「平成の日本の労働市場では、若者(とりわけ男性)の雇用を破壊することで中高年(団塊の世代)の雇用が守られた」と論じ、ひきこもりについて多角的な検証を加えている。「若いことが大きな価値をもつ女性と違って、男性がモテようとすれば、社会的・経済的な成功が求められます。男の性愛では『(権力やお金を)持てること』と『モテること』が一体化していて、社会的・経済的に成功できなければ『非モテ』として、社会からも性愛からも排除されてしまいます。これがネットスラングでいう『モテ/非モテ』ですが、男は年収が低いほど未婚率が高いことはデータからも明らかで、就職氷河期で正社員になれず、多くが非正規雇用に追い込まれた40代の男性を苦境に陥れています」(橘氏・以下同) 橘氏によれば、その先には「残酷すぎる現実」が待ち構えているという。「エリートやセレブは『努力して実現する目標』であり、近代以降、階級(クラス)は移動できるものになりましたが、『上級国民/下級国民』は、個人の努力がなんの役にも立たない冷酷な自然法則のようなものとしてとらえられています。 40歳過ぎまで『仕事がない、お金がない、女の子からも相手にされない』といった『非モテ』の人生を送ってきたら、そこから挽回するのはほぼ不可能です。いったん『下級国民』に落ちてしまえば、あとは『下級国民』のまま老い、死んでいくしかない。『上級国民/下級国民』というネットスラングには、そんな彼らの絶望が象徴されていると思います」※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 安倍政権は「就職氷河期」世代を「人生再設計世代」と言い換えるほか、「就職氷河期世代支援プログラム」により、これからの3年間で30代半ば~40代半ばの氷河期世代の正規雇用者を30万人増やそうという計画を立てている。しかしながら、これまでずっと非正規で働き続け、すでに世間的に「仕分け」の済んでしまったひとたちが、いきなり正規雇用になってどんな仕事ができるのだろうか。「下級国民」から這い上がっていく道は、きわめて厳しい。◆橘玲(たちばな・あきら):1959年生まれ。作家。国際金融小説『マネーロンダリング』『タックスヘイヴン』などのほか、『お金持ちになれる黄金の羽根の拾い方』『幸福の「資本」論』など金融・人生設計に関する著作も多数。『言ってはいけない 残酷すぎる真実』で2017新書大賞受賞。近著に『上級国民/下級国民』(小学館新書)、『事実vs本能 目を背けたいファクトにも理由がある』(集英社)など。関連記事■社会に適応できず“人間廃棄物”として排除される「下級国民」の現実■理不尽すぎる扱いを受け続けた「氷河期世代」に救いはあるか■「上級国民」というネットスラングの大拡散が示す日本人の心中■中高年の引きこもり、全国61.3万人とされるが実際は2倍以上か■氷河期世代が直面した過酷な就活と植え付けられた劣等感

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    中高年の引きこもり、全国61.3万人とされるが実際は2倍以上か

     元農林水産事務次官、熊沢英昭容疑者(76)による44歳の息子殺害事件は、“罪は罪”と指弾する声とともに、父親としての苦しみに共感する声も聞こえてくる。 多くの人々がこの事件に底知れぬ不安を掻き立てられるのは、決して「他人事」とは受け取れないからだ。 内閣府は引きこもりを「自室や家からほとんど出ない状態に加えて、趣味の用事や近所のコンビニ以外に外出しない状態が6か月以上続く場合」と定義する。同府の2018年の調査によると、自宅に半年以上引きこもっている40~64歳は全国に61万3000人。うち76.6%が男性だ。 この数字は、氷山の一角にすぎないと指摘するのは、引きこもりを20年以上取材するジャーナリストの池上正樹氏だ。「内閣府の調査は『本人回答』というやり方で、川崎市で起きた私立カリタス小学校児童ら殺傷事件の岩崎隆一容疑者(51)のように“自分は引きこもりではない”という人はカウントされていません。 親元を長く離れていた元事務次官の息子のようなケースも同様です。本人が否定しても客観的に見れば引きこもりというケースを含めると、実際には2倍以上いると推測されます」 つまり、すでに同じような状況の人が全国に120万人以上いることになる。長男が刺されて死亡する事件があった、元農水事務次官の熊沢英昭容疑者の自宅=2019年6月 こんな数字もある。2015年に厚生労働省が行なった調査では、「50歳まで一度も結婚したことがない人」の割合を示す生涯未婚率は男性23.4%、女性14.1%で、男性の約4人に1人、女性の約7人に1人にあたる。 総務省統計局の調査(2016年)によれば、親と同居する高年未婚者(45~54歳)は約160万人で、この人数は過去35年でおよそ8倍に急増したとされる。この高年未婚者は、将来的に失職などで収入が絶たれた場合、親に頼るほかなくなり、引きこもりになるリスクをはらんでいるとも言える。暗転するパターンも「働かない」「結婚しない」「家から出ない」人が増加する中、こうした子供を抱える親は日々、「この先自分たちがいなくなったら、この子はどうやって生活するのか」と思い悩む。引きこもりの問題に詳しい介護・福祉ジャーナリストの高室成幸氏はこう話す。「この三要素が揃っていなくても、将来的に熊沢容疑者のように家庭内でトラブルを抱えてしまうケースもあるので注意が必要です。 たとえば週に何日かアルバイトで働いていても、独身で親と同居している場合、老親が介護状態になったり死亡してしまったら子供はその後の生活に困ってしまう。独身の娘が実家にいる場合などは家事手伝いなどをしてくれるので親が歓迎するケースも多いのですが、親が亡くなった後のことを考えたら娘自身の収入が少しもないというのは不安要素になります」「就職に失敗」したことがきっかけで暗転してしまうパターンもある。無職の長男(41)と同居する元中学教師A氏(64)はこう話す。「真面目な性格の長男は第一志望の大学に合格し、楽しそうに学生生活を過ごしていた。しかし、就活時に50社を受けて一つも内定がもらえず大きなショックを受け、そのまま家にこもってしまった。 いまでは口を開くのは週1回、それも『カネ』と言うだけ。断わると激昂されるので黙って1万円を渡しています。就活時に働く意欲はあっただけに、ひとつでも仕事が決まっていればと悔やむばかりです」 特に現在の30代半ばから40代半ばまではバブル崩壊後の就職氷河期世代にあたり、非正規労働、フリーターなど職業が不安定な人が多い。 受験競争を勝ち抜いて名門校に入学しても、将来は安泰ではない。実際、元次官の息子の英一郎氏も偏差値70超で東大合格率も高い、都内の名門中高一貫高校に入学していた。関連記事■AV女優のHIV陽性判明、感染発覚以降も撮影は行われた■【動画】川崎襲撃事件 容疑者の“兄”はカリタス出身との証言■息子殺害の元事務次官 「今の若者は難しい」と口にしていた■元次官長男殺害 「引きこもりは恥」と考える親の問題点■弁護士男性局部切断 指とは比較できぬ激痛と吹き出す大出血

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    あいちトリエンナーレ「ガソリン事件」の笑うに笑えないハナシ

    けたことで、男が公務執行妨害の疑いで逮捕された。 しかし、実を言うと、この逮捕された二人目の容疑者の事件は「表現の不自由展・その後」とはほとんど関係がない。むしろ、その騒動に巻き込まれて、本来ならば逮捕されるようなものではない微罪で逮捕されてしまったのである。 事実は小説より奇なり。ここに笑うに笑えない、報道された右翼的な妨害活動を思わせるものとは全くかけ離れた「反アート運動」が裏にあるのをご存じだろうか。それが、この二つ目の「ガゾリンだ」と言って警察官に液体をかけた男の事件の真相なのである。 世の中には「反アート運動」というものがあるのをご存じの方は少ないだろう。先にこれを説明しないと、この事件について理解することが難しいと思われるので、まずはこちらから説明していく。 本来、アートとは、もっと自由なものではなかったのか? アートと呼ばれるものが商業化し、資本主義のひとつの要素として「堕落」し、それがさらに国や地方公共団体と結びついて、その一部として体制側に機能してしまってはいないか。 このようなアートの自由を阻害するものから解放する対抗運動を「反アート」とか「超芸術」という名称で呼ぶ人もいるが、決まった名称はない。そして、その抵抗運動として、既存のアートを解放するためと称して、政府や地方公共団体と結びついた美術展やアートイベントに対抗したり、時に妨害とも言える活動を行う。これはヨーロッバでは特に珍しいものではない。国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の企画「表現の不自由展」の展示に苦言を呈した河村たかし名古屋市長=2019年8月2日、名古屋市東区(海野慎介撮影) 「なごやトリエンナーレ」というアートイベントがある。先般から議論の的となっている「あいちトリエンナーレ」とは別のものだ。おそらく名古屋市民でも、このイベントについては、ほとんど知るものはいないだろう。イベントといっても、一部を除いてはゲリラ的に開催される。あいちトリエンナーレに対抗してネーミングされた、そのおふざけ感から、その正体は推測することもできるだろう。あいちトリエンナーレに対抗する「反アート運動」として開催されたのが「なごやトリエンナーレ」というゲリライベントなわけである。 そもそもこのような反アートの思想運動として企画された「なごやトリエンナーレ」に、慰安婦像や昭和天皇の肖像などというストレートに政治的なものに興味があるはずもなく、彼らに言わせれば、芸術をめぐる、もっと崇高で志の高いものが反アートの「なごやトリエンナーレ」というゲリラ運動だったのである。N国の候補者だった関係者 このような反アート運動は欧州のアナーキズム(無政府主義)運動やアウトノミア(自立)という左翼の社会運動との関連が非常に深いものだ。そういう意味で「なごやトリエンナーレ」も一種の政治・思想運動なのだが、さらに複雑なのは、この「なごやトリエンナーレ」の運動に連なる関係者には、アナーキズムを信奉する人もいれば、右翼の超国家主義(ファシズム)団体の人もいるし、LGBT(性的少数者)支援の人もいるし、アイヌの少数民族支援運動をしている人もいるということである。そういう意味でも、彼らが政治的な立場を度外視していることは明らかで、慰安婦像や昭和天皇の肖像についての取り扱い方になんらかの政治的な抗議をしたというものではないのは明らかだろう。 例えば、その関係者の一人に、今話題の「NHKから国民を守る党」から参院選の大阪選挙区で立候補した尾崎全紀氏がいる。 「まあ、なんというか逮捕されたのはうかつだったと思います。でも、彼自身はこの逮捕されたことによって、またアートとしての表現を拡張できたので、よかったとも思っているところもあるんじゃないですかね」 今回逮捕されたM氏と交友がある尾崎氏は、こう理解を示す。 M氏は、当初からこのあいちトリエンナーレならぬ「なごやトリエンナーレ」の立ち上げから主要メンバーとしてかかわってきたが、日常的に日本軍の軍服を着て闊歩(かっぽ)するような人であり、たしかに超国家主義団体には所属するので、天皇の肖像画が焼かれるというものに忸怩(じくじ)たる思いもあったかもしれないが、あくまでも目的はこの反アート運動としてあいちトリエンナーレに絡んでいくことだったのである。 ここまで背景を説明して、ようやく逮捕劇の真相を語ることができる。 まずは、この逮捕があった8月7日に先立ち、7月31日、愛知芸術文化センターの前で、「なごやトリエンナーレ」が行っていたゲリライベント「騒音の夕べ」が行われた。ワゴン車で施設前の路上に乗りつけ、大音量でノイズをまき散らすというパフォーマンスである。爆音ノイズだけではなく、グラフィックスアートのパフォーマンスもあった模様だ。それに使っていた絵の具が、美術館の敷地を汚したということで、職員からふき取るように注意された。確かに公道で行われた爆音イベントは「騒音」であり、それに絵の具までまいていたとなれば、職員にも注意されることだろう。もちろん、それは彼らからしてみれば、アートパフォーマンスであり、反体制のアート運動である。 さらに、床清掃をするように求められた(叱責された?)のを、あいちトリエンナーレの会場に入るためのチャンスだと思った「騒音の夕べ」のパフォーマーたちは、8月7日に清掃用具をもって、こちらも汚れていませんか? とばかりに、美術館内部に清掃作業を口実に乱入。床に持参したバケツで水をまくなどして、一種の妨害行動に出る。 そこで当然ながら警備とひともんちゃくがあり、その後に警察が呼ばれた。折しも、世の中では「表現の不自由展・その後」をめぐり、極めて政治的な意味での抗議が殺到し、その展示の中止が決まったばかりである。当然、会場は別の意味でピリピリしており、警察も通常の警察ではなく、思想・政治犯を担当する公安警察が来ていたともいう。 そこで彼らは乱入という手段によって反アートの思想を展開する。「あいちトリエンナーレの中の『表現の不自由展』のイベントは、その表現を弾圧するものも存在して初めて意味を持つのではないか。ならば、その弾圧をパフォーマンスとして私たちがやってあげようじゃないか」 一般の方々には非常に分かりにくいだろうが、これはいわば彼らの反アートな「ノリツッコミ」なのでもある。「あいちトリエンナーレ2019」実行委員会が展示の中止を決めた「平和の少女像」=2019年8月3日、名古屋市 さらにはこの理屈をさらに反転させて、自分たちが路上での爆音ノイズのゲリライベントができないのは、「表現の不自由」なのではないかとも主張した。 そしてその矛盾について説明せよと、芸術監督の津田大介氏を呼び出すように、あいちトリエンナーレ関係者に要求した。もちろん無理難題である。さらに、かつて津田氏がどういうわけかツイッターで彼らに向けて書いた「いろいろ連携していきましょう」という、どうみても社交辞令のツイートをプリントアウトして、それをあいちトリエンナーレのスタッフに提示して盾にし、「連携しましょうと言うからやってきた」とさらに要求をエスカレートさせていったのである。「逮捕事件」2番目の真相 もちろん批判が殺到して身辺の危険もささやかれている津田氏が、多忙の中でこれに応じるはずもなく、そのうちに警察からの退去命令が出るなどして現場は混乱。そして、その混乱のなかで、どういうわけかM氏は掃除用のバケツの水を警察にかけるという行為をしてしまった。さらにあろうことか、それが「ガソリンである」などというジョークを飛ばしてしまったのである。 この時、このバケツの中にあるものがガソリンではないというのは、そこに言わせたパフォーマー側も警察も警備も全員よく分かっているはずである。 だが、何度も繰り返すように、折しも本当にガソリン缶による脅迫が行われ、その容疑者が逮捕された当日でもある。厳戒態勢ともいえる、あいちトリエンナーレの実行委員会に対して、いくら大して害はないパフォーマンスの類いだとしても、それはやはり迷惑このうえないだろう。 ただでさえ、不審なものが入ってきて展示や関係者に危害を加えるようなことも、警察ともども警戒していたはずである。そうなると面倒なものは排除するのがよい。いわゆる微罪逮捕であり、公安警察の方々がよく使われる手口である。 「ガソリンだ」と言うのがジョークだと誰もが分かっていても、水をかけてしまえば公務執行妨害で逮捕できる。これがあいちトリエンナーレをめぐる2番目の「ガソリン」逮捕事件の真相である。 「現実が私たちのアートを乗り越えてしまった」 逮捕されたM氏とともに「なごやトリエンナーレ」の実行委員であるA氏はこう語る。 「私たちの前衛的なアートパフォーマンスが、現実に追いつかれて飲み込まれてしまった。表現の自由をテーマにしてその弾圧をひとつの芸術表現としようとしたのだが、さらにわれわれを上回る、本当の表現の自由の弾圧に飲み込まれてしまったということです」 A氏も悩んでいる。本当の脅迫事件が起きてアート展が政治的な妨害にあっているという現実に対して、彼らのパフォーマンスが完全に食われてしまっていること、そして、その政治的情勢下で、今後、この「ガソリン事件」で逮捕者が出たことをどのようにして彼ら自身のアートとして完結させることができるか。 それは、彼らが「アート」を粉砕する前に、日本中からの非難により、本当にアートが弾圧されてしまったからである。彼らは「アート」粉砕運動すらもアートとして完結させたかった。ところが、今の日本の「言論の自由」を批判する勢力はそれを先回りして、あいちトリエンナーレの展示会のひとつを粉砕してしまったのである。 そうして、ゾンビのパフォーマンスをしていたのが、ホンモノのゾンビが出てきて、恐怖におののいた人間に一緒くたにされてまとめてショットガンで殺されてしまうという、どこかで見たスプラッター映画のような展開と相成ったのである。 しかし、逮捕されたM氏は、このような心配を意に介さず、意気軒高(いきけんこう)である。彼が支援者に獄中から伝えたメッセージによると「私が起訴されれば、裁判所が『なごやトリエンナーレ』のメイン会場となるだろう」とのこと。裁判すらも「超芸術」として利用しようということだ。ここまでくると、あっぱれとしか言いようがないというのは、時節柄、不謹慎であろうか。「表現の不自由展・その後」実施団体の抗議声明を受け、記者の質問に答える「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介氏=2019年8月3日、名古屋市 今後の「なごやトリエンナーレ」について、前述のA氏は、あいちトリエンナーレに対する反アート闘争として今後も続けていくと語っている。ガソリン騒動の発端となった「騒音の夕べ」は次回の計画も進行中、さらには新しい企画として、地球の真の支配者と目されるヒト型爬虫類「レプティリアン」に対する排外ヘイトデモなども、実行委員会に持ち込まれているとのことだ。 彼らの反アート闘争と超芸術の試みは、これからも続いていくのだろう。【参考】8.2「表現の不自由展」粉砕行動声明文あまりに難解かつ長文であるため、本記事ではわかりやすく解説させていただきました。■「表現の不自由展」甘い蜜に付け込まれた津田大介の誤算■映画『主戦場』で語られなかった慰安婦問題の核心■大坂なおみを待ち受ける日本の「国籍ルール」はここがヘン

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    元検事の批判殺到、それでも逃走犯「保釈倍増リスク」報道は一理ある

    り上げているのは、これまであまり議論されてこなかった「有罪判決(実刑)が確定した人を収監する際の逃亡事件」であり、有罪判決(実刑)という日本における強制力を執行するにあたり、万に一つも起きてはならない失態を指摘している点において的を射ているものと思量します。 すなわち、せっかく国が相当の予算と優秀な人的資源を投下して犯罪者を検挙し有罪判決を獲得しても、肝心の「刑の執行」の時点で逃れられてしまったのでは、「刑」の目的である①罪を犯した者の教育・更生②犯罪者を隔離することによる安全の確立、などができなくなってしまいます。 ここで、勾留中の被疑者が逃亡したのであれば、その警察署や拘置所の管理体制が問われるところです。昨年8月に大阪府警富田林署で勾留中だった容疑者の逃走事件がそれです。裁判所の判断に疑問 これに対し、「保釈中」の実刑確定者が収監の際に逃亡したとなれば、実際に逃亡中には周辺地域に少なからぬ混乱が生じていたわけですから、収監手続きを行う検察事務官などの責任はもちろんですが、「保釈を認めた裁判所」の責任を問うこともまた一理あると思量します。 しかも今回は、一定の条件(罪証隠滅のおそれがないことなど)に該当しなければ当然に保釈されるという「権利保釈(刑事訴訟法89条)」によるものではなく、裁判官が、逃亡のおそれや、健康上、経済上、社会生活上のさまざまな理由を考慮して特別に保釈するという「裁量保釈(刑事訴訟法90条)」によるものであったとのことなので、今回の「裁判所の判断」に疑問を持つのも当然ではないでしょうか。 要するに、「保釈を求める権利がなかった者についてわざわざ裁量で保釈するべきではなかった。裁判所は、保釈(特に裁量保釈)について今一度検討すべき」という今回の記事にも一理あるということです。 なお、今回の逃走事件への反応をみていると、どこまでが警察官の仕事でどこからが検察官の仕事なのか、あまり知られていないように思いましたが、収監手続きのような「刑の執行(正しくは裁判の執行)」は、刑事訴訟法472条によって検察官が行うこととされています。もっとも、検察官や検察事務官は警察学校のようなところで逮捕術などを習得していないので、実際には、警察官に立ち会ってもらうのが通常です。 つまり、逮捕により犯人の身柄を確保したり捜索などにより証拠を確保したりするまでが警察官の仕事、刑事裁判を提起して有罪判決を得て、刑を執行するのが検察官ということです。厚木市の小林常良市長(左)と愛川町の小野沢豊町長が横浜地検に迅速な情報共有を求める要望書を提出した=2019年6月25日(浅上あゆみ撮影) もちろん、基本的人権の援護を使命とされる弁護士の一人として、長年問題になっている「人質司法」については、実態に応じて適切に解消されるべきと思量します。 他方で、「刑の執行」という、最も確実に執行しなければならない国家作用を揺るぎないものとするべく、裁判官の裁量保釈のあり方に警鐘を鳴らす今回の記事についても、一定程度、理解できるところです。■川崎20人殺傷「一人で死ねば」の前に迫られる社会の決意■ゴーン氏の不正を見逃した監査法人は責められるべきか■「親の苦情と戦えない」小さな命を救えなかった虐待現場の叫び

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    元メンバーの「悪行」が分けたKAT-TUNとSMAPの明暗

    の2人以外にも、女優の黒木メイサと結婚したことで知られる赤西仁も脱退している。もちろん赤西については事件などの不祥事はない。 このように、結成時に6人だったKAT-TUNは、すでにメンバーの半分が脱退しているのだ。それでも解散や活動休止に至っていないのがKAT-TUNたるゆえんでもある。 そもそもKAT-TUNは、堂本光一(KinKi Kids)のバックダンサーとして結成され、グループ名は、脱退した3人を含む、現メンバーの亀梨和也、上田竜也、中丸雄一計6人の頭文字を並べたものだ。 ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏は2001年の結成当時、このKAT-TUNに大きな期待を抱いていた。ジャニー氏の先見通り、06年の正式デビュー前からドーム公演を満員にする偉業を達成したほか、楽曲のシングル27曲がすべて1位を記録。これはKinKi Kidsの記録に次ぐ歴代2位で、ジャニーズのアイドルグループの中でも、かなりの実力だと言える。 それだけに「KAT-TUNによるKAT-TUNのためのKAT-TUNのレーベル」として「J-One Records」(デビュー当時)を設置するなど、これは嵐以来の待遇だ。また、ソロ活動も豊富なグループとしても知られており、亀梨、赤西、上田はソロコンサートも開催するなど、これも嵐に似たマネジメント手法だった。 こうした輝かしい実績とは裏腹に、元メンバーが2人も薬物事件で逮捕されるといった黒歴史を刻んできたのもKAT-TUNなのだ。ただ、これだけ負のイメージがつきまといながらも、グループが存続している理由は、繰り返しになるが、ジャニーズのアイドルグループの中でも稀有な実力を持ち、根強い人気を誇っているからだ。逮捕された元KAT-TUNメンバーの田口淳之介容疑者=2019年5月、東京都千代田区(納冨康撮影) では、なぜKAT-TUNは稀有な実力を持ち合わせていると言えるのか。その一方で、KAT-TUNならではの黒歴史はどのように刻まれてきたのか。脱退したメンバーも含めて軌跡を追ってみよう。 そもそも、現メンバーである亀梨は、ジャニーズ所属タレントの人気投票で2連覇している。端正な顔立ちやスタイルはもちろん、ステージパフォーマンスの技術、さらに出演番組での扱いなどから、幅広い年齢層に圧倒的な支持を受けている。スポーツ(特に野球)番組での丁寧でストイックさもさながら、脱退騒動が相次ぐKAT-TUNを最後まで守ろうとする姿勢も人気を支える要因と言えるだろう。 一方、現メンバーながら、KAT-TUNの活動以外の舞台でも高い評価を得ているのが上田だ。他のメンバーがいろんな意味で「濃い」だけに、一般的には印象が薄いキャラだが、作詞や作曲も手がけるアーティストで、ソロコンサートで5万人を動員する実力派でもある。ビジュアル系のようなスタイルが「やや難」だが、現メンバーの中丸と並ぶ年長者で、意外にもシッカリ者として知られ、KAT-TUNを引っ張ってきた。異質なメンバー そして最年長の中丸だが、彼は安定的に露出が最も多い。コンスタントに出演しているドラマのほか、情報番組のレギュラーまで自らのポジションをそつなくこなし、イラストデザインの才能もある。 また、アイドルとして活動しながら5年もかけて早稲田大の通信教育課程を卒業した努力家で、人間性も高くメンバーのまとめ役でもあった。それだけに、メンバーの相次ぐ脱退に最も苦しんでいたようだ。 次は脱退したメンバーだ。 「世界で最もハンサムな顔100人」や「最も影響力あるアーティスト賞」などを手中に収め、世界を舞台として活躍しているのが赤西だ。メンバー時代は、亀梨とのツートップでKAT-TUNのデビュー前からの爆発的な人気の立役者だったことはまちがいない。 だが、デビューの年から突然渡米し、活動を休止するなど「異端児」ぶりを発揮する。結果的に最初に脱退したのが赤西で、立役者である反面KAT-TUNメンバーの「脱退ドミノ」のきっかけを作ったのも事実だ。 異端児と言えば、田中もそうだろう。度重なる事務所のルール違反を理由にジャニーズを追われる形で脱退したが、このような理由で契約解除されたのは、後にも先にも田中だけ。太り過ぎてポジションを奪われた「忍者」の古川栄司という面白い過去もあるが、田中のケースは異例中の異例だった。大麻の所持量が微量だったため、結果的に不起訴処分となったとみられるが、ジャニーズが先に契約解除していたのは、まさに「先見性」と言えるだろう。 そして、田中と同い年で、今回逮捕された田口だ。KAT-TUNを脱退する際は「何のビジョンもなく白紙」として確たる理由もなく去っていったが、10年以上の交際を続けてきた元女優の小嶺麗奈(大麻取締法違反罪で起訴)との関係が原因とも言われていた。逮捕された元女優の小嶺麗奈容疑者=2019年5月、東京都千代田区(納冨康撮影) 一部報道でもあるように、田口の大麻使用は「10年前から」とされており、真相は今後の捜査などで明らかになると思うが、小嶺とのつながりが転落の始まりと言ってもいい。ジャニーズからすれば、胸をなでおろしていることだろうが、昨年末にレコード会社も契約解除されていることから見ればその「危険性」は高まっていたとみるべきだ。 このように見てくると、KAT-TUNがいかに異質なメンバーで構成されたグループであることが改めて実感できただろう。 ただ、KAT-TUNについては、逮捕者まで出る不祥事とはいえ、いずれも脱退後の話だ。よくよく考えてみれば、「国民的アイドル」として伝説と化したSMAPは、2001年に稲垣吾郎が道交法違反容疑などで逮捕され、草彅剛も09年に公然わいせつ容疑で逮捕されている。 逮捕容疑に違いがある以上、単純比較はできないとしても、KAT-TUNとSMAPの「罪深さ」にさほど差があるとは思えない。一方で、メンバー個々人の実力もこの二つのグループに大きな差はなく、相次ぐ脱退やその後の事件などがなければ、KAT-TUNもSMAP同様に国民的アイドルの地位を得ることができたかもしれない。 SMAPの解散、そして嵐の活動休止のように、ジャニーズの大御所グループが一線を引く風潮の中、元メンバーの所業とはいえ、負のイメージがぬぐい切れないKAT-TUNにどのような「終末」が待っているのだろうか。■文春砲「関ジャニ錦戸脱退」にジャニーズが沈黙を続ける理由■あえて振り返る俳優「ピエール瀧」とは何だったのか■AKBに「トドメ」を刺すのは韓国かもしれない

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    川崎20人殺傷「一人で死ねば」の前に迫られる社会の決意

    日本大学危機管理学部教授) 令和と元号が改まった2019年5月、川崎市多摩区登戸で28日発生した殺傷事件により、2人が死亡し、18人が重軽傷を負った。小学校のバス停でスクールバスを待っていた小学生の列を狙った犯行であった。 高齢の伯父夫婦の家に住んでいた容疑者は既に50代を迎え、ひきこもり状態の生活を送っていたと報じられている。容疑者は犯行現場で自殺したため、その動機を完全に解明することは難しい。だが、合理的に解釈すれば、介護が必要になった伯父夫婦と、収入のない自分の将来を悲観した「自暴自棄犯罪」の一種と分類することが可能である。 こうした自暴自棄犯罪は、これまでも繰り返されてきた。例えば、2008年の秋葉原無差別殺傷事件では、20代の男が東京・秋葉原の歩行者天国に車で突入、歩行者を跳ねながら暴走した後、車から降りて歩行者に次々と包丁で襲いかかり、7人が死亡、10人が負傷した。 2016年に宇都宮市で起きた爆発事件では、元自衛官の60代の男が宇都宮城址(じょうし)公園で自作の爆発物によって自殺したところ、付近にいた男性3人が巻き込まれて重軽傷を負った。この容疑者は、自宅など3カ所連続で爆発事件を起こしている。 この二つの事件に共通するのは、自分が困難な状況に追い込まれた理由として、家族や知人との人間関係や、仕事、経済的事情などへの恨みや怒りを、犯行の事前にインターネット上に書き込んで残していたことである。この点から、犯行に及ぶ動機が、社会に復讐(ふくしゅう)するために不特定多数の他人を巻き込んで殺すというものであったと解釈できる。 このように精神的に、または経済的に社会生活が困難な状況に追い込まれた個人が自暴自棄な精神状態になり、不特定多数の他人を巻き込んで殺して自分の人生を終わらせようとする犯罪のことを、「自暴自棄犯罪」と呼ぶことができる。小学生を含む複数の人が刺され、騒然とする川崎市多摩区の現場付近=2019年5月28日午前 まさに、これらの事件は、自暴自棄犯罪の特徴を兼ね備えているといえる。また、その他で共通するのが、用意周到に爆弾や車などの凶器、道具を準備して犯行に及ぶという計画性にある。 こうした特徴を考えるとき、今回の川崎殺傷事件もこの自暴自棄犯罪の特徴に当てはまる点が多いことがわかる。「拡大自殺」の謎 今回の事件をめぐっては、メディアで「拡大自殺(extended suicide)」というキーワードが使用されている。しかし、この概念は、欧米で研究や議論がそれなりになされているものの、定義や用法が定まらない不明確な概念である。日本語としても、定着せずにあまり使用されていない。 実は、憎悪や怨恨(えんこん)の対象を殺害したり、無差別に大量殺傷したりした容疑者が自殺する犯行(homicide suicide)から、家族や愛情の対象を道連れにして無理心中すること(murder suicide)まで含まれており、多様な概念でもあることがわかる。 ただ、こうした現象自体は決して新しいものではなく、日本でも昔から発生していた。「津山三十人殺し」として有名な1938年の津山事件も、近隣の村人約30人を殺傷した後に容疑者は自殺している。 無理心中を見ても、日本の歴史上枚挙にいとまがない。現代の事例を見れば、先述の宇都宮連続爆発事件や、2015年の列車内で焼身自殺を図り女性客を巻き込んだ東海道新幹線放火事件は、容疑者の残した記録や犯行の状況から考えても、殺人自殺型(homicide suicide)の拡大自殺と呼ぶことができるだろう。 今回の川崎殺傷事件が、最初から容疑者が自殺する目的を持っていたかどうかは不明であり、今後も判明することはないかもしれない。確かに、自殺が目的で、その自殺に他人も巻き込んで大量殺傷を行ったのであれば、今回の事件は明確に拡大自殺と呼ぶことができる。 しかし、当初は大量殺傷だけが目的で、それを実行した後に、状況によって感情的かつ発作的に自殺したのであれば、それは拡大自殺には当てはまらないともいえる。容疑者が事前に記した自殺をほのめかすような遺書などが見つからない限り、そのいずれかは推測の域を出ず、判明しないであろう。爆発物で自殺した元自衛官の焼死体が発見された木製ベンチ周辺を捜索する警察官=2016年10月、栃木県宇都宮市の宇都宮城址公園 今回の殺傷事件において、被害に遭った児童たちの通う私立カリタス小学校による防犯体制は、記者会見や報道などから分析しても、一般的な小学校の防犯体制よりも十分に手厚いレベルであったことがうかがえる。それでも今回の事件を防ぐことはできなかったわけである。 小学校の防犯体制が強化されるきっかけとなったのは、2001年に発生した「付属池田小事件」である。大阪教育大付属池田小学校に包丁を持って侵入した男が教室や廊下で児童を襲い、8人の児童が死亡、児童13人と教員2人が負傷した。困難な「リスクゼロ」 池田小の事件以降、小学校や中学校では、正門など出入り口の一元化や警備員の配置、監視カメラの設置、教員の防犯指導強化や刺又(さすまた)の導入など、防犯体制が強化されてきた。外部者による学校への自由な侵入はより困難になったのである。 それでも、今年4月には秋篠宮家ご夫妻の長男、悠仁さまの通うお茶の水女子大付属中に侵入し、悠仁さまの机の上に刃物が置かれた事件が起きた。このときは、監視カメラなどにより、容疑者が素早く特定され、逮捕されている。 確かに、児童や生徒の学校内での安全対策は強化されてきた。だが、学校を一歩でも出ると、道路や駅、電車内、店舗など街中のいたるところに犯罪や事故のリスクは潜んでいる。 これらのリスクをゼロにすることは極めて困難である。特に、自分が逮捕されることも、死ぬこともいとわない自暴自棄犯であれば、どのような状況であっても、包丁やバットなどの凶器や車などを使って、子供たちを襲うことは容易である。 では、このような状況において、こうした自暴自棄犯による大量殺傷事件に対する予防策はありうるだろうか。 今回の川崎殺傷事件のような事例は、発生段階またはその直前で事件の被害を防ぐことは極めて困難である。こうした包丁などの凶器を持って襲ってくる自暴自棄犯を止めることができる防具や武器を持った警備員や警官を街中に配置することは、現実的ではない。容疑者の自宅から段ボール箱などを運び出す神奈川県警の捜査員=2019年5月29日、川崎市麻生区 危機管理において求められるのは、事件発生時や発生後に行うクライシス・マネジメント(crisis management)だけではない。事件が発生していない平常時に行うリスク・マネジメント(risk management)によって、こうした自暴自棄犯を出さない、事件を起こさない予防、防止策が必要なのである。 その予防や防止のための主流アプローチが二つある。地域社会などのコミュニティーにおける「社会福祉的アプローチ」と、インターネットや会員制交流サイト(SNS)、監視カメラなどテクノロジーを用いた「監視的アプローチ」だ。「安心・安全」と「自由・人権」 今回の川崎殺傷事件は、容疑者の自宅を中心として周辺地域の中で発生した、極めて狭い生活空間の中で実行される「コミュニティー密着型」の自暴自棄犯罪であった。容疑者は長い間ひきこもりの状態にあり、世話をしていた伯父夫婦は地域の介護サービスセンターに家庭の状況を相談していた。 こうした問題を抱える家族や個人の状況を、地域社会などのコミュニティーで共有し、地域全体で孤立する個人を救う社会福祉的アプローチによって、個人の自暴自棄化や過激化を防ぐセーフティーネットを構築することが重要である。自暴自棄犯の多くは、地域や社会において取り残される弱者であることが多い。 今回の事件後に、ネットやSNS上で「一人で死ねば」という言説が数多く発生した。そういう意味では、人質テロ事件における自己責任論に近いものであり、こうした自暴自棄犯を発生させる状況や背景の問題の根本的解決を遠ざけるものと言わざるを得ない。 もう一つの監視的アプローチは、既に警察や公安当局などによって推進されている。先述した秋葉原無差別殺傷事件や宇都宮連続爆発事件の容疑者は、犯行前に自分の恨みや怒りをネット上に書き込んでいた。 ネットやSNSの普及により、こうした事件を起こす犯罪者予備軍をネット上で監視する活動が、公安当局でも一般的となった。2018年のハロウィーン直前の東京・渋谷で軽トラックが横転させられた事件で、十数人の若者を摘発したのが、その代表例だろう。 この事件の捜査では、警視庁捜査支援分析センター(SSBC)による渋谷の監視カメラの「リレー方式」画像分析に加え、それと連動して行われたツイッターやインスタグラムなどSNSの投稿を分析するビッグデータ解析が行われた。今後も、犯行の防止・予防や、事後の犯罪捜査において、こうしたネットやSNSの監視活動、監視カメラの分析はより技術的に高度化しながら、社会の監視レベルを上げていくことになるだろう。 こうした地域社会における社会福祉的アプローチや、ネットやカメラによる監視的アプローチは、犯罪やテロに対する「安全」や「安心」を高めるために求められる方向性である。反対に、こうしたアプローチは社会における人間の「自由」や「人権」を損なう恐れのある活動である。ハロウィーンの騒ぎの中で車の上に乗る男性=2018年10月29日未明、渋谷センター街 テロ対策の文脈ではこれまで、「安全」や「安心」のためのテロ対策を高めるほど、「自由」や「人権」は損なわれるという、トレードオフ(相殺関係)が指摘されてきた。それは犯罪対策においても同じである。 自暴自棄犯による大量殺傷の予防や防止のために、社会政策としてどこまですべきか、またどこまで行ってよいのか。今回の川崎殺傷事件のような犯行を起こさせないためには、「安全」「安心」と「自由」「人権」の価値のバランスをとりながら議論し、社会の中で合意形成されることが不可欠なのである。■ 2ch創設者ひろゆき提言「キモくて金ないおっさんにウサギを配ろう」■ 殺傷事件はやむなし? JRは新幹線の保安検査を本気で検討せよ■ 性犯罪対策のカギは「景色解読力」不審者ではなく場所に注意せよ

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    「セカンドレイプ」はなぜ起きる?

    派遣型マッサージ店の女性に性的暴行を加えたとして、強制性交容疑で俳優の新井浩文容疑者が逮捕された事件は、きょう拘留期限を迎える。起訴か、不起訴か、捜査当局の判断にも注目が集まるが、一方で被害者の側に立てば性的二次被害、いわゆるセカンドレイプの問題も出てくる。なぜ後を絶たないのか。

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    なぜレイプ事件が「不起訴」になるのか、その理由をすべて説く

    て、不起訴=証拠が足りなかった、というわけではない。 加害者が犯行を否認している場合、被害者は法廷で事件の詳細について証言しなければならない。加害者がどれほど荒唐無稽な弁解をしていたとしても、その証言は避けられない。 起訴されるまでの間に、被害者は警察にも検察にも何度も同じ話を繰り返し説明しており、被害現場に行ったり、被害状況を再現したりして、被害の再体験を強いられ、既に心身に相当なダメージを受けている。 法廷で証言するとなると、さらに尋問に備えた準備が不可欠となる。その場合、自分の被害のことを話せばいいだけではなく、加害者の弁護人からの峻烈な、時には悪意に満ちた反対尋問にも耐える準備をしなければならない。PTSDが障害になる証言 被害者は事件を忘れたいのに、忘れないように努力しなければならず、その狭間で苦しみ、被害回復が遅れる。もうこれ以上苦しみたくない、早く忘れたい、日常生活に戻りたい、という気持ちから、起訴を断念する場合がある。 この過程で、被害者に代理人がついていなかったり、警察や検察、支援団体のサポートが不十分だと、十分な情報が得られずに起訴を断念してしまうこともある。 被害者が法廷で証言する際、被害者のプライバシーを守るための制度はあるのだが、悪意ある(もしかして本当に無知なだけかもしれない)弁護人から、「法廷で証言すると、あなたは晒し者になる。名前もわかるし、興味本位の人たちがたくさん傍聴に来て、ネットに面白半分に書かれ、傷ついてしまう」などと言われ、心が折れてしまう。 その時、弁護人の見解が誤っていることを指摘できる人が周囲にいればいいのだが、一度折れてしまった心を再度つなぐのは難しい作業であるし、やる気のない警察官や検察官が担当だと、なんのフォローもなく事件終了となってしまうこともある。 また、加害者が否認している場合、被害者が復讐を恐れ、起訴を断念することがある。加害者が認めている場合であっても、被害者は多かれ少なかれ加害者からの逆恨みを警戒するものであるが、否認しているとなると、その恐怖感は倍増する。 さらに、レイプの被害者は心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症していることが多く、日常生活を送れないほどに症状が重いケースも少なくない。そうすると、証言自体が不可能で、起訴できない場合もある。 心理の専門家は、被害者に証言させること自体、症状を重くしたり、いったん収まった症状が再発するので、証言などさせるべきではないという意見を述べる人が多いが、裁判上、この点に関する手当はなんらされていないのが現実である。 次に、証拠がそろっていて加害者が犯行を認めていても不起訴になる場合について説明する。性犯罪の場合、被害者の方が誘ったのではないか、美人局(つつもたせ)ではないか、お金目当てではないか、被害者は日頃から異性関係が乱れている、服装が派手だなどの的外れな偏見が根強い。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) また、被害が性的なことにかかわるため、話をすること自体、とても恥ずかしい気持ちになってしまう。そのため、被害者は、被害を誰にも言えなかったり、ごく一部の人にしか打ち明けられないことがほとんどである。 家族や恋人にも黙っているケースも多い。そうすると、いつまでも捜査や裁判にかかわっていると、いつか被害がバレるのではないか、という恐怖心がある。親に怒られる、恋人に嫌われる、婚約を破棄される、といった心配がつきまとう。このようなことは、被害者の杞憂ではなく、実際に生じていることである。レイプを許す人はいない また、被害者の家族や恋人、信頼している友人らに打ち明けたものの、「早く忘れなさい」「裁判にすると嫌な目に遭うに決まっている」「奇異な目で見られるからやめて」などと反対され、味方になってくれる人がおらず、孤独感から裁判を諦める人もいる。捜査段階の取り調べ等で疲弊し、PTSDも発症し、一日も早く終わりたい、事件から解放されたいとの一心で裁判を拒絶する人もいる。 さらに、行きずりの犯行の場合、加害者は被害者の名前を知らないのに、裁判になると起訴状に被害者の名前が記載され、加害者が被害者を特定できてしまうという問題がある。 法律では、起訴状に被害者の名前を記載することは求められていないが、実務上、被害者名を匿名とすることはほとんど認められておらず、原則として実名である。被害者の名前が分かると、会員制交流サイト(SNS)で被害者の人間関係、生活圏などの個人情報がすぐに分かってしまうことから、加害者に復讐されたり、被害自体や個人情報を暴露されたりすることを危惧する被害者は多い。そのため、証拠も固く、被害者も刑事裁判を望んでいるのに、泣き寝入りを強いられるケースもある。 最後に、不起訴の場合、示談が成立している場合が多いので、示談について述べる。示談というのは一般的に、加害者が被害者に対して一定額の金銭を支払い、交換条件として被害届を取り下げると思われているようであるが、必ずしもそうではない。 賠償金を受け取るが被害届は取り下げないという示談もある。もちろん、加害者側としては賠償金と引き換えに被害届を取り下げてほしいところであろうが、被害者に多大な経済的・精神的損害を与えた以上、賠償金を支払うのは当然のことであり、刑事処分とは全く別の問題である。 また、示談の際、「加害者を許す」という言葉を入れることにこだわる弁護人が多いが、レイプした加害者を許す人などいない。「許してもいい」という被害者がいるとしたら、事件のことで頭が混乱しているか、「許す」と言わないと賠償金を支払ってもらえないと勘違いしているかのどちらかである。本心では絶対に許したくないのに「許す」などという文言を交わし、賠償金を受け取った場合、被害者はその後ずっと苦しみ続けることになり、被害は回復しない。※写真と本文は関係ありません(ゲッティイメージズ) 私は被害者に必ず、「加害者を許す気持ちがあるか」ということを確認する。これまでに「許してもいい」と言ったのは、電車内でスカートの上からお尻を触られたという痴漢被害に遭った女性一人しかいなかった。それほどに性犯罪被害の実態は残酷なのである。被害に遭ったことがなく、想像力も共感力もない人が「犯人を許すべきである」などと軽々しく言うべきではない。 不起訴によって加害者が野放しになり、再犯の恐れが生じたとしても、それは被害者の責任ではない。性犯罪の再犯率が高いのは、服役したところで同様であり、再犯防止を考えるのは行政や政治の責任である。性被害は「魂の殺人」と言われる。被害者には、自分の回復のことだけを考えてほしい。■性犯罪対策のカギは「景色解読力」不審者ではなく場所に注意せよ■「なぜ抵抗しないのか」改正後も性犯罪被害者を苦しめる立件の壁■私が慶大で出会った広告学研究会という滑稽な「リア充」たち

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    性犯罪「カネで解決」法律と感情のギャップはこんなにある

    山岸純(弁護士) 性犯罪事件の報道において、その犯人の「属性」がニュースバリューになることが多々あります。 犯人の「属性」が、「慶応の学生」「イケメン俳優」「〇〇区役所の課長」「〇〇テレビの局長」「誰々(著名人)の次男」などといったように、より世間体を気にする必要があったり、世の中でもてはやされているような職業であったりする場合、それが性犯罪事件とともに伝えられることで、より人々の耳目を集めるわけです。 そして、その後のニュースで「不起訴」と報道されると、世の中はさらに疑問の声を上げることになります。 このような時、必ず巻き起こるのが「親がどうのこうのだから」「カネがどうのこうのだから」といった憶測です。そして、これらの憶測のほとんどが的を射ています。 実は、性犯罪の犯人が起訴されるか否かは、よほど大きなケガをさせていない限り、「カネ」を払って許してもらえるかどうかによります。 要するに、被害者が許してくれるだけのカネを払えるなら、そこで「示談」が成立するわけです。当たり前ですが、被害者が「1千万円もらっても犯人を許さない」という態度であれば「示談」は成立せず起訴されるでしょうし、「示談」に応じるということは、「カネを受け取る」=「許す(処罰を求めない)」ということなので、この場合は不起訴になります。 言い換えれば、被害者が「カネは受け取るが許さない」ならば、犯人も「カネは払わない」のであって、「カネを受け取る」=「許す(処罰を求めない)」は極めて密接な関係にあるのです。 犯人を起訴するか否かについて独自の考えで判断できる「検察官」は、この辺りを見極めています。被害者がカネを受け取り、処罰も求めていないのに、わざわざ正義を貫く(起訴する)必要もないと考えるわけです。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) ところが、このような「仕組み」について、国民はなかなか納得できないでしょう。「(親などの)カネの力で解決した汚いやつ」というレッテルを長い間貼られることになります。 しかし、批判を覚悟で言うならば、先ほどの検察官の考え方も含め、「法学」という世界においては、「カネ」で解決することは至極当然のことと考えられています。「性犯罪」に対する国民感情と法律の世界にはギャップがあるのです。 なぜなら、現代社会のほとんどの国は、刑事事件においてメソポタミア文明の象徴である『ハンムラビ法典』のような「犯罪に対しては同じ苦痛を与える」という制度を採用しておらず、また民事事件においては「被害の回復はカネによる」と明文化されているからです(民法709条)。「同意の有無」の難しさ また、平成29年に「性犯罪」に関する刑法の規定が改正されるまでは、性的暴行などは「親告罪」とされており、被害者の処罰意思(告訴)がなければ検察官であっても起訴することができませんでした。したがって、被害者が「カネを受け取っている」などを理由に「処罰を求めていない」ならば、制度的に起訴できなかったのです。 このため、たとえ「性犯罪」が平成29年の改正によって「親告罪」ではなくなった(被害者の処罰意思、つまり告訴がなくても起訴できる)今でも、「被害者の処罰意思」については、起訴するかどうかを判断する際に最優先で考えることにしているわけです。 この点は、覚醒剤の使用などの薬物犯罪というものが、「被害者が存在しない犯罪」であるにもかかわらず、「薬物を違法とする国の制度を揺るがす犯罪」であるから、犯人に同情するような点があっても起訴される(処罰される)ことと違いますね。 このように、「法学」という世界においては…などと偉そうに書いてきても、「すわ、性犯罪は女性蔑視の際たるものである!」「『襲われる女性にも隙があった』などとトンデモないことを言う識者は全滅しろ!」などという声が大きいことは確かです。 しかし、再び批判を覚悟で言うならば、殴る蹴るといったよっぽどヒドい暴力を用いた「性犯罪」ではない限り、「同意なく、無理やり」であったかどうかは「紙一重」の場合があります。 もちろん、見ず知らずの犯人、行きずりの犯罪、ケガもした、というものであればぐうの音も出ません。しかし、犯人と顔見知りであり、普段から仲も良く、直前に一緒に食事もしていた、といった事実関係があった場合において、果たして「同意なく、無理やり」という環境がどこまできっちりと揃っていたかについては、慎重に判断せざるを得ない事件もあるわけです。 なぜなら、「性犯罪」が成立するためには、「相手方の反抗を著しく困難にする程度の暴行・脅迫」という、ある程度強い「暴行・脅迫」が必要であり、「嫌がっていた」だけでは「性犯罪」とはなり得ないからです。 この手の話になると、「暴行・脅迫」の程度が問題なんじゃない、セクハラのように「相手が嫌がっていたかどうかが重要なんだ」と主張する方もいらっしゃいます。 しかし、「刑罰」というものが、社会のルールを逸脱した行為・者に対する最終手段として位置付けられている以上、「性犯罪」が成立するための「暴行・強迫」の存否は慎重に判断すべきなのです。東京地方裁判所=東京・千代田区霞が関(撮影・吉澤良太) それでも、なお「性犯罪」に対する厳罰化の声が大きいことは確かですし、私も「『罰するため』に犯罪を成立しやすくする」のではなく、上記のように犯罪の成否を絞って慎重に起訴・不起訴を判断した上でのことであれば、もちろん賛成です。 ただし、その際に忘れていけないのが「制度」としての「執行猶予」との関係です。 実は、平成29年の改正により「強制性交罪(昔の強姦(ごうかん)罪)」の法定刑が5年以上20年以下の懲役刑となったので、制度上「情状酌量」といった減刑の理由がない限り、「執行猶予」がつけられないのです。 つまり、日本では「初犯は、覚醒剤事件なども含めて、だいたい執行猶予がつく」という「相場」があるのですが、「強制性交罪」の場合、一発で刑務所行きとなるわけです。 とすると、やはり最初に戻り、「示談」が成立し「被害者の処罰意思」がないようなケースにおいては、何が何でも厳罰化という流れではなくても良いのではないかと思うわけです。■「なぜ抵抗しないのか」改正後も性犯罪被害者を苦しめる立件の壁■「性犯罪の中でも小児性愛は別格である」私が見た依存症治療の現実■性犯罪対策のカギは「景色解読力」不審者ではなく場所に注意せよ

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    性暴力「正義の味方」目線で吊し上げるメディアの方が罪深い

    、確かにその通りであると思う。 また、多くの場合、性犯罪は密室で被害者と加害者しかいない場面で起こる事件であるため、立件や立証が難しい。ゆえに、捜査や裁判の過程で「唯一の証人」として被害者がいわゆる「セカンドレイプ」を受けることも少なくない。被害者への配慮はまだまだ不十分である。懸念される人権侵害 さらに、強制性交罪が成立するには、「反抗を著しく困難ならしめる程度の暴行・脅迫」が必要とされている。加害者はしばしば「合意の上だった」などと言い訳をして罪を免れようとするし、どの程度の暴行・脅迫がなされたのかは、明白な外傷などがある場合を除いて、後になってからは誰も分からなくなってしまう。 こうしたことを考慮すれば、2017年の刑法改正をもって、これでよしとするのではなく、今後も折に触れて「罪と罰」が見合っているのかどうか、慎重に検討することが必要なことは言うまでもない。法改正に当たっても、施行3年後をメドに再検討することが盛り込まれたのはそのためである。 とはいえ、その一方で、行き過ぎた厳罰化にも問題がある。まず、冒頭で述べたとおり、メディアやネットでの「吊し上げ」のような風潮は、放置しておくべきではない。中には、被害者まで特定されたり、あるいは逆に批判されたりすることもめずらしくはないことを考えれば、被害者、容疑者双方の人権について、われわれはもっと真剣に考慮する必要がある。 また、厳罰化には犯罪抑制効果がないことは、多くの研究ではっきりしている。性犯罪については、全地球測位システム(GPS)の装着、居住地の公開などの対策が諸外国ではなされているが、これらの「効果」が実証された研究は1つもない。むしろ、研究知見は一致して、これらの方法には再犯抑制効果がなく、コストばかりが著しく増大することを示している。そして、言うまでもなく人権上の懸念も大きい。 量刑を引き上げるなど、より苛酷な刑罰を科すことについても同様に再犯抑制効果は見られず、むしろわずかであるが、再犯率を上昇させることも分かっている。議論するにあたって、このような科学的知見をきちんと押さえておきたい。 ただ、性犯罪は、われわれ社会が真剣に取り組むべき重要な問題の一つである。これには誰も異論はないだろう。しかし、その際に重要なことは、一時の怒りや不安などの感情に流されることなく、真に効果のある対策を冷静に検討することである。 世界中で、有効な対策をめぐって議論が交わされる中で、われわれ犯罪心理学者は、その使命として、真に効果のある対策について研究を重ねている。そして、われわれが提唱しているのは、刑罰と併せて「治療」を実施することである。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) たとえば、わが国では2006年に法務省が刑務所と保護観察の枠組みにおいて、「性犯罪者再犯防止プログラム」を開始し、一定の成果を上げている。 また、われわれの研究グループは、民間の精神科クリニックにおいて性犯罪者の治療を実施し、こちらも着実な成果を上げている。治療では、認知行動療法と呼ばれる心理療法が中心であり、ケースによっては薬物療法も併用している。感情論は解決にならず 治療内容は、性犯罪者の女性や性に対する「認知のゆがみ」を分析して、それを修正したり、性犯罪に至る「行動の連鎖」を解析し、それを断ち切るための具体的な対策を身に付けさせたりする。 モチベーションがない者に対しては、それを高めるためのアプローチもある。共感性の欠如、コミュニケーションスキルの欠如、暴力的な問題解決パターンなど、彼らが有している個別的な問題性に対しても、アセスメントをしたうえで一つ一つ対処を重ねる。 具体的な治療成果を数字で示すと、複数回の逮捕歴や再犯歴がある性犯罪者の中で、われわれの治療を受けた者の1年間の再犯率はわずか3%である。しかも、刑務所と比べるとコストは比較にならないくらい安い。刑務所で受刑者1人当たり、年400万円弱の税金がかかるのに対し、病院の治療では数十万円で済む(本人負担はその3割)。 海外の研究に目を向けると、研究によって治療成績はまちまちであるが、相対的に見ると再犯率はおおむね30%から50%程度は抑制できることが分かっている。 もちろん、残念ながら今のところ再犯率を0%にはできない。ゼロにするためには、死刑にするか、一生涯刑務所に閉じ込めておくしか方法はない。「だったらそうしろ」とヒステリックに叫ぶ人は多いが、現実的でない意見を感情的に叫んだとしても、それは何も言っていないに等しい。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) このような発言をすることは、自分の鬱憤(うっぷん)を晴らすことにしか興味がなく、性犯罪対策について真面目に考えていないことの証拠である。 ここで紹介した「加害者臨床」には、科学で犯罪と闘うためのアプローチとして、今世界中で注目が集まっている。加えて、被害者に対する心理的なケアも併せて充実させることが重要だということは言うまでもない。 犯罪のない未来へと少しでも前進するためにわれわれは何をすべきか、冷静に科学の声に耳を傾けてほしい。容疑者をたたくだけたたいて、1週間もすれば忘れて次のニュースを餌食にするのはもうそろそろ見直すべきではないだろうか。■性犯罪対策のカギは「景色解読力」不審者ではなく場所に注意せよ■「なぜ抵抗しないのか」改正後も性犯罪被害者を苦しめる立件の壁■私が慶大で出会った広告学研究会という滑稽な「リア充」たち

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    性犯罪被害者を苦しめる「無意識のレイプ」という考え方

    てほしいと懇願したとしても、だからといって無罪放免にはなりません(親告罪は別ですが)。また、被害者が事件を思い出すことがとても苦しい時にも、警察や裁判所は事情を聞き、証言を求めることもあります。 性犯罪は、残虐な犯罪です。レイプだけでなく、客観的には軽微な犯罪ですら、時には被害者の一生を左右するほどの心の傷を残します。心的外傷後ストレス障害(PTSD)で苦しむ人もいます。すっかり自信をなくす人や、男性と交際できなくなる人もいます。二次的問題として、学校や仕事を続けられなくなることもあります。 このような性犯罪に対しては、世間の怒りも強くなります。実際に刑法上も厳罰化の方向で改正が進み、強姦(ごうかん)罪も「強制性交罪」となって、他の多くの犯罪と同様に非親告罪になりました。非親告罪は、被害者などが訴えなくても、法的に罪が問える犯罪です。 多くの犯罪被害者は犯人逮捕を願います。窃盗犯が捕まって盗まれたものが返ってくればうれしいですし、そうでなくても、犯人逮捕によって応報感情が満たされ、心の癒やしにつながることも多いでしょう。だから、被害者は進んで被害を訴え、加害者が起訴されることを望みます。 しかし、性犯罪は必ずしもそうではありません。あなたが被害者だったり、被害者家族だったらどうでしょうか。 黙っていれば誰にも知られませんが、警察に届ければさまざまな困難が予想されます。警察は、犯人逮捕のために細部にわたって事情を聞きます。証拠を確保するために、体を調べられたり、下着を提出したりすることもあります。 裁判も苦痛でしょう。刑事裁判では、推定無罪のもと、検察が犯罪を立証しなければなりません。被害者は、「供述の信用性」をめぐって厳しい尋問に晒(さら)されることもあります。マスコミに報道されれば、たとえ実名はでなくても、大きな負担になるでしょう。性犯罪被害者は、被害を訴えることによって、「セカンドレイプ」と言われるような、さらなる被害を受ける可能性があります。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 世間の人たちは、犯罪に興味や関心を持ちます。特に被害者が若い女性だと、世間の関心は被害者に向きがちです。被害者は、好奇の目で見られ、プライバシーが暴かれてしまうこともあります。 それでも被害者は訴えるべきでしょうか。私たちの社会は、加害者を罰し治安を維持するために、起訴し裁判を開くべきでしょうか。不起訴の弊害 非親告罪は、被害者の訴えがなくても裁判を開けますが、実際は被害者の協力なしに公判を維持することは難しくなります。被害者は裁判に協力すべきでしょうか。ただそれでも、被害を届けなかったり起訴されなかったりすることで、事態が悪化することもあります。 性犯罪の被害者はとても深く傷つくのに、加害者側は性犯罪をとても軽く考えがちです。逮捕されない、事件化されないとなれば、なおさらでしょう。加害者は犯行を繰り返します。 2014年の日本映画『ら』は、映画監督の水井真希氏が自らの被害体験をもとにして作られた映画です。映画では、ある性犯罪被害者が被害を警察に届けないままにします。その結果、第2、第3の被害者が出るというストーリーです。 このような事例は数多く起きています。また、逮捕されても、示談などが成立し起訴されないことで、さまざまな問題が起きることもあります。 以前、ある大学の学生たちによる集団準強姦事件が発生しました。学生らは逮捕されて実名報道もされ、大学から無期停学処分を受けました。しかし、被害者との示談が成立し、不起訴となります。すると学生側は、大学の処分が不当だとする民事裁判を起こしました。 民事裁判では推定無罪ではないので、訴えられた大学側が処分の正当性を立証しなくてはなりません。しかし、示談が成立した被害者からの協力は得られません。大学側は苦しい戦いになります。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 1審では、大学の処分が無効とされます。2審でも、集団準強姦があったとはされないものの、学生らの行動は問題があったとして、大学の処分は有効とされました。真実はどうだったかは闇の中です。性犯罪は、被害者が泣き寝入りをすることが多い一方で、冤罪(えんざい)もまた多くなりやすい犯罪です。 犯罪被害を受けた人は、きちんと警察に届けるべきでしょう。必要なら裁判もすべきでしょう。しかし、私たちは被害者にそれを強いることはできません。犯罪予防のために被害者に協力を乞うのであれば、被害者を保護しなければなりません。無責任な「野次馬」 以前であれば、性犯罪被害者の家にパトカーと制服警官が来ることも普通でした。男性警官が、遠慮なく事情を聞くことも当然と思われていました。 しかし、現在は、近所に目立たないように私服警官が普通の車で来ることもできます。被害者に配慮しつつ、女性警官が事情を聞くこともできます。被害者が大人の場合で本人が希望すれば、家族にも秘密で調べを進めることもできます。届け出前の相談から、届け出後の捜査段階まで、カウンセラーなどとも連携した被害者保護の整備が進められています。このような現状を被害者に知らせることも必要でしょう。 そうはいっても、対応はいまだに不十分であり、またどんなに配慮しても、被害者にとってはやはり負担でしょう。「社会のために」という理由だけで、被害者に協力要請することは心苦しくも思います。 届け出を出さないことも個人の判断ですし、示談にすることも悪いことではありません。だから、警察に届け出ること、裁判に協力すること自体が、被害者にとって有益なものにしたいと思います。 フォトジャーナリストである日本人女性が、アメリカでレイプ被害を受けました。犯人は逮捕され、有罪判決を受けましたが、彼女はもちろん激しく落ち込みます。 しかし、彼女は立ち上がります。彼女は、フォトジャーナリストとしてレイプ被害をカミングアウトしている人々を取材します。そして、被害者らの凛々(りり)しい顔写真と共に、戦う被害者たちを一冊の本にまとめました(『STAND―立ち上がる選択』大藪順子著、いのちのことば社)。 欧米で女性長期監禁事件が発覚すると、被害者女性は性犯罪被害者でもあるのに、顔と実名を出して記者会見を行うことがあります。欧米社会は、被害者女性を英雄として扱い、被害者は多額の保証金を得たり、手記を出版したりするなどして、新しい人生を力強く歩み始めます。被害者が隠れて生きなければならない日本とは、大きく事情が異なります。米ペンシルベニア州で再会した父親(右)に抱きつく10年間監禁されていた女性=2006年3月(AP=共同) 性犯罪被害者が警察に被害を届け出て、裁判に協力する。その勇気ある行動を社会全体が支援しなくてはなりません。支援の気持ちを表さず、犯人を起訴し罰することだけを望むのは、無責任な態度ではないでしょうか。 内閣府の2015年の調査では、女性の6・5%が無理やり性交された経験があると回答しています。「被害者を支援しない人たちは、加害者側に加担しているのだ」とさえ語る被害者の声を、私たちは忘れてはいけないのです。■ 女性記者の「セクハラ告発」でテレビ朝日が犯した二つの過ち■ 性犯罪者の再犯率を半減させた「心理+薬物」ダブル療法の威力■ 肥大した欲望を抑えるだけの社会との絆はなかったのか

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    性犯罪被害者の苦悩、警察による捜査で心と体の傷に塩

    が中止に。結果、2016年7月に「嫌疑不十分」として不起訴になった。 2015年に日本で発生した強姦事件の件数は1167件。これは世界的に見てもかなり少ない。実際、国連薬物犯罪事務所のデータ(2013年)によると、人口10万人あたりの各国のレイプ事件の件数は、日本は1.1件で世界87位。1位のスウェーデン(58.5件)のおよそ60分の1だ。だが、この数字は、実態をありのまま反映したものではない。ニューヨークの国連本部で記者会見するジャーナリストの伊藤詩織さん(中央)=(共同) 「スウェーデンでは性的暴行は起こった回数分カウントします。例えば、数年にわたって毎日のように同じ人から被害を受けていたら何百回、というように。また、被害に遭ったらすぐに治療・検査が受けられる24時間365日体制のレイプ緊急センターがあり、女性警察官の割合も日本と比べ高く、性犯罪の捜査に取り組む環境が整っていて被害届を出しやすい面もある。逆に日本は、性被害を受けても警察に届けにくい環境なので、泣き寝入りが増え、結果的に発生件数が少なくなります」(詩織さん) 内閣府の調査(2014年)によると、異性から無理やり性交させられた経験のある女性のうち、警察に相談した人は4.3%にとどまる。一方、どこにも相談しなかった人は67.5%に達する。「よくある話」で終わる なぜ、日本では性被害者が声を上げにくいのか。詩織さんが身をもって体験したのは「警察のサポート体制の希薄さ」だ。詩織さんは押し寄せる恐怖と痛みに苦しんだ末、事件から5日後に警察を訪れた。 「受付で『女性の警官をお願いします』と言っても話が通じない。他の待合者がいるなかで『強姦の被害に遭いました』と伝えました」(詩織さん) その後ようやく現れた女性警官にもう一度、事件の詳細を伝えた。 「つらい記憶を思い出して脂汗を流しながら何とか話し終わるやいなや、『これから刑事課の者を呼びます』と言われました。私が2時間かけて詳細を伝えた女性警官は管轄外の、交通課の所属だったのです。 刑事課の男性捜査員にまた同じ話をしましたが、その後も、地域が管轄外などの理由で繰り返し同じ話をしなくてはいけませんでした。トラウマ状態にある中、心身ともに疲れ果てました。もし最初から、警察に性犯罪被害者に対するマニュアル、捜査員への教育などが整っていれば、負担は大きく軽減されたでしょう」(詩織さん)デリケートな点にまで詰め寄られる 自分が受けた性被害の詳細を他人に話すことは極めて過酷な作業だ。それが何度も繰り返されればなおさらだろう。詩織さんの苦悩はさらに続いた。 「被害を相談しても、警察は捜査に後ろ向きでした。日時を改めて面会した所轄の警察官からは、『よくある話だし、事件として捜査するのは難しい』と告げられました。あの恐怖と苦痛が『よくある話』として処理されてしまうのはあまりにも理不尽です。何とか食い下がって捜査を始めてもらいましたが、その後の取り調べでは、捜査員から何度も『処女ですか』と聞かれたり、男性捜査員が見ている前で人型の人形を相手にマットの上で事件を再現させられたり、つらい体験が続きました」※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) ただでさえ傷ついた被害者の心と体の傷にどこまで塩を塗るつもりなのか――。 性犯罪に詳しい上谷さくら弁護士も、警察の捜査が被害者に大きな負担を強いていると指摘する。 「警察のなかでも、強姦事件を担当する捜査一課や刑事課は殺人や強盗を取り扱う部署のため、男女を問わず、声が大きく態度が威圧的な刑事もいる。『どっちの胸を触られましたか?』『陰部に指が入ったの?何本?どこまで?』などと、デリケートな点まで被害者は何度も詰め寄られます。なぜ、その質問が必要かという説明もなく、ただ質問攻めにされたら、普通の女性なら『自分にも落ち度があったのではないか』『私が悪いんだ』と思ってしまいます」「被害者らしくしろ」 詩織さんもそう感じた1人だ。ある時、捜査員は詩織さんにこう告げた。 「もっと泣くとか怒るとか、被害者ならば被害者らしくしてくれないと伝わらない」 詩織さんが続ける。 「捜査をしていくなかで強く感じたのは、密室で顔見知りから受けた性暴力は立証が難しいということ。被疑者が『相手は喜んでついてきた、合意があった』と言えば、それを否定するのは簡単なことではありません。捜査の末、『一緒に部屋に入っただけで合意だ』と見なされて起訴されないケースだってあるのです。 私の場合は、ホテル入口の監視カメラに山口氏に引きずられるようにして部屋に入っていく映像が残っていました。にもかかわらず、『その後部屋の中である程度時間が経っている。その間に何が起きたのかは第三者にはわからない』と何度も言われました。意識のない状態で部屋に引きずりこまれた人間が、その後どう『合意』するというのでしょうか…」 捜査に協力する過程で警察から何度も「立証は難しい」と言われ、精神的に追い込まれていった詩織さん。 「捜査に協力した数か月は精神的にも身体的にも仕事を続けられる状況ではありませんでした。自分の行動を疑われ、再現させられ、まるで私が加害者として取り調べをされていると錯覚することさえあった。早く終わりにしたいと何度も感じました」(詩織さん)※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 問題は警察だけではない。5月の会見以降、“世間の無理解”が詩織さんに襲いかかった。 「『死ねばいいのに』という誹謗中傷だけでなく、丁寧な言葉で『女性としてあなたの行動は恥ずかしい』『私は飲みに行く時間も場所も選ぶ。あなたは自業自得だ』『あなたは被害者に見えない、山口氏を陥れようとしているのではないか』というメールをいただきました。正直、驚きましたし、ショックでした」(詩織さん) こうした声は少数ではない。6月にNHK『あさイチ』が性暴力を特集した際は、「最後まで抵抗することをやめなければよかった」との70代男性の意見が寄せられた。しかし強姦事件で抵抗すれば、殺害される恐れもある。 アパートの一室から9人の遺体が見つかるという猟奇性で、現在、日本中を戦慄させている神奈川県座間市の死体遺棄事件も、10代を含む女性被害者8人は全員、強姦されていたとされている。それでも、ネット上には「SNSで知り合った男性についていく方が悪い」という声が散見されており、被害者に対する世間の風当たりは強い。関連記事■ 伊藤詩織さん「山口氏と闘うつもりない。仕組みを変えたい」■ 雑誌モデルからAVに転身して「救われた」女優の告白■ 首相腹心記者の強姦告発会見 全国紙は1行も報じなかった■ 子育て支援サービスの裏で性犯罪が続発、というジレンマ■ 痴漢公務員「ババアか、俺に触られただけありがたいと思え!」

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    性的犯罪の通報率は2割以下、未遂であっても110番する癖を

    どが声を上げられないまま泣き寝入りをしていることを知っておいてほしい」『警察白書』によれば、略取誘拐事件は毎年100件前後報告されているが、未遂や報告に上がってこない分を考えると、実際に起きているのはさらに多いといわれている。特に子供の場合、親を心配させる、怒られるのではないかと話せず、ますます心の傷を深めるケースも少なくない。未遂であっても110番する癖を 島田さんは、万一被害に遭った場合、また遭いそうになった時でも、ためらわずに通報してほしいと強調する。「怪しい人物や車を目撃しただけでもいいんです。気軽に110番してください。警察側としても、知らせてもらうメリットは大きいのです。 子供や女性への声かけなどは、ある場所で一度起きると、遠くない将来、同じような場所で犯罪が起きるということが最近の研究でわかりました。そうなると、1件でも多く、少しでも早く情報を知らせてもらった方が、警察としても警戒しやすいのです」 そうはいっても、性被害は人に話しづらいケースが多い。110番がしづらい時や、事件から日数が経った時は、全国統一の性犯罪被害相談電話を活用してほしい。「『♯8103』を押すと、発信した地域を管轄する各都道府県警察の性犯罪被害相談電話窓口につながります」 対応するのは、犯罪被害者の心理について教育を受けた専門家。未遂でも、時間が経っていても、電話をかけることで、次に狙われる子供の被害防止につながるかもしれない。勇気を出してダイヤルしてほしい。関連記事■ 元受刑者が明かす子供への猥褻行為の手口、6mの距離で実行■ 「おい、ちょっと」放課後のトイレに堂々と少女を連れ込んだ男■ 「足が悪くて…」子供の親切心を利用する鬼畜なわいせつ犯■ 昼の住宅街でも発生する連れ去り事件「すれ違い」は魔の瞬間■ 子供に教えておきたい… 不審者はこう声をかけてくる

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    「劇場支配人は神様?」NGT事件で見えたアイドルビジネスの本音

    プロデューサーも叱咤する姿を伝えて自らの責任がないことを示す。同じグループの中でさえ、白々しい言葉で事件から距離を置くメンバーもいた。 スポーツ紙や週刊誌も事なかれに走ろうとし、テレビのコメンテーターに至っては「犯人探しはやめましょう」「教えたメンバーに悪意はなかった」と、運営側の意に沿った論調を作ろうとした。アイドルグループNGT48メンバー、山口真帆に対する暴行事件は、彼女を取り巻く環境、その全てが異様に映った。 唯一、まともに見えたのは、被害者当人と彼女を救済しようと必死で真相を追い、批判の手を緩めなかったファンだけだった。ただ、思えばアイドルビジネスの中で最もピュアな関係にあるのは両者の「絆」なのだから、ある意味当然なのかもしれない。 周囲の人間はあくまでビジネス本位で関わっているだけであり、なるべく面倒なことには首を突っ込みたくない。むしろ自分が非難されることは是が非でも回避したいと願う。極端かもしれないが、一人の女性がどうなろうが知ったことではない、というのが本音だろう。 このアイドルビジネスの元をたどると、東京・秋葉原を中心とした「萌え市場」の隆盛にある。2000年代前半、ゲームやアニメなどの中で「美少女系」とも呼ばれた二次元コンテンツの人気が爆発し、関連企業の売り上げも急増した。自作パソコン販売などが主体だった電気街も、あっという間に美少女イラストだらけの街に変貌し、恋愛シミュレーションゲームや関連のキャラクターグッズ、フィギュアといった商品が店頭に並んだ。 いつしか「オタクの聖地」となった秋葉原ではメイド喫茶が大流行し、コスプレ女性がアイドル的人気を博すようになった。中には追加料金で性的サービスをさせる違法店まで現れ、生身の女性を売りにしたキャバクラや性風俗と変わらない、一種の「風俗街」のように変貌した感もあった。 当時の識者は「未婚男性が増え、趣味に金をかける人が増えた」などと分析していたが、顧客はいわゆる「オタク」と言われる、これまでのアダルト市場であまり対象にならなかった層だ。キャバクラで酒を飲みながら女性を口説くことに興味を示さない男性が、メイド喫茶では女性に指名料を支払ったのである。東京・秋葉原(ゲッティイメージズ) そこに目を付けたと思われるのがAKB48だ。2005年、専用劇場を常設し「会いに行けるアイドル」として誕生すると、やがてCDにアイドルとの握手券をつけた「握手会商法」が生まれた。ブレイク前、「所詮オタクは少数だから、全国的人気を博すのは無理」と評していた人もいたが、実際には握手会の長蛇の列もかえって話題を呼び、ファンがさらに増えた。 こうしてAKBは数々のヒット曲とともに認知度も高まり、気が付けばオタクの枠を超えて、「国民的アイドル」と呼ばれるようになった。SKEやNMBといった姉妹グループが日本各地に続々生まれたのも、そのビジネスモデルがオタク相手にとどまらず、幅広い層に浸透したからだ。だが、「量産」したアイドルからはボロも出始め、それが今回の事件につながったとも言える。女性アイドルの「愚痴」 山口は被害から1カ月後の1月8日に動画配信サービス「SHOWROOM」で涙ながらに事件を告白した。翌日、ツイッターの投稿でも「先月、公演が終わり帰宅時に男2人に襲われました。暴行罪で逮捕されましたがもう釈放されてしまいました」と明かした。しかも、犯人の一人は以前メンバーが住んでいた向かいの部屋から出てきたという衝撃的な内容だった。 「殺されてたらどうするんだろう」とまで言って怯えた彼女の言葉からは、事件の裏で犯行を手引きした「身内」がいた疑いも浮上した。しかし、グループの支配人ら運営側は山口に対応を約束しながらも、実行には移されなかったという。 警察は犯人側に「性的暴行などの意図はなかった」として起訴せず釈放した。だが、事件が明るみに出た際のグループ運営サイドの動きは、10日の「一連の騒動についてのご報告」を見ても明らかな通り、あまりに不自然なものだった。 「メンバーの一人が男から道で声をかけられ、山口さんの自宅は知らないものの、推測できるような帰宅時間を伝えてしまったことを確認した」 メンバーの関与を認めながらも「アイドルが通りすがりの男から別メンバーの帰宅時間を聞かれ、教えた」という不可解な状況を平然と伝えたのである。その上で示された防犯ベルの支給という「再発防止策」がさらに拍車をかけた。 当然、このような報告でファンが納得するはずもなく、事前に行われた公演で被害者本人が謝罪したことも相まって、インターネット上で炎上した。しかし、一連の事件に関する週刊誌の記事は、わざと核心に触れる気がないような内容になっていた。 アイドルを商品として扱う所属事務所が、その商品を傷つけられたにもかかわらず、メディアも抱き込んで事件解明より事態収束を急いだのである。芸能界を長く取材している人間からすれば、表にできない裏事情があるからだと察しがつく。2019年1月、新潟市中央区の商業施設「ラブラ2」に入るNGT48劇場(太田泰撮影) その事情が山口の命よりも大事なのだから、運営側にとっては金儲けの邪魔になるような話であったことは容易に想像つく。運営会社のAKSは「メンバーの中に違法な行為をした者はいない」と強調したが、違法性がなくとも事件の引き金になった可能性が疑われている中での弁明は、いかにも何かを隠したいと勘繰らざるを得ない。 そんな運営側による不可解な対応を見て、私は別の女性アイドルグループのあるメンバーの愚痴を思い出した。約3年前、共通の知人を介して食事したとき、彼女は「仲間の嫌がらせがエスカレートしている」とこぼした。「愛情」と「ビジネス」の矛盾 手口も顔見知りの熱心なファンを使ったもので、ウソの熱愛話や喫煙をでっち上げられ、事実として「拡散」されたという。だが、その類いのもめ事に運営側が興味を示さなかったため、「アイドルは長くやれない」と涙し、しばらくして彼女は引退してしまった。 確かに、彼女がアイドルを続けるには、メンタルが弱かったことは否めない。「ルックスは可憐でも中身はまるで男」というような女性が多い世界である。ただ、運営側がアイドルの商品価値を落とす話にまで無関心だったのは、そうした話が表に出ることが、運営側にとっては「百害あって一利なし」だったからだろう。 そんな道理がまかり通るのは、若い女性タレントを見下してモノ扱いするような向きもあったのかもしれない。「キャバクラ商法」「風俗まがい」などと揶揄(やゆ)されるAKBのビジネスモデルは、海外メディアから「女性の性的搾取」と指摘されたこともある。 ある日、支配人ら運営側のお偉いさんがテレビ局の収録現場にやってきて、未成年を含む若い女性たちが整列して「先生、おはようございます」と一斉に頭を下げる場面に出くわしたことがある。そんな彼女らに愛想一つ振り向かず、肩で風切って闊歩する様は、私には幼稚な「ガキ大将」に見えた。いい大人が、世間知らずの若い女性たちに神様扱いされ、ボス面しているのは正直滑稽だ。 当のアイドルたちも自らの成功のために、会場に充満する汗臭さを我慢しながら大行列の握手会をさばくように、本音と建前を使い分けして生きるしかない。みんながスターを夢見る競争社会では足の引っ張り合いなど日常茶飯事であり、管理が行き届かなければ、トラブルが起きないわけがない。だが、金儲けに群がる者たちにとっては大金が稼げればそれでいい。だからこそ、ビジネス全体の価値を大きく毀損する事態以外には興味を持たないのである。 そんな世界の中では、一部の売れっ子を除けば、一人ひとりの女性を守る姿勢は希薄になりやすいのではないだろうか。事実、一人いなくなっても「代わりはいくらでもいる」と言わんばかりに、メンバーの卒業と加入が繰り返されていく。 ただ、アイドルに没頭するファンたちにとって「代わり」などいない。自分がアイドルの魅力の虜になっていたとしても、運営のビジネスモデルに気づかないほどバカではない。自分たちが注ぐ「愛情」が運営側の金儲けになっていることも分かっており、それを踏まえた上で声援をしきりに送り続けているのだ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) だから、アイドルの運営者に対して、ファンは潜在的な拒絶反応を示している。芸能界を大きく揺るがした、あのSMAP解散騒動では、ジャニーズ事務所がファンだけではなく、世間からも叩かれた。しかも、「無風」に見えた嵐や関ジャニ∞のファンまでも、事務所の対応を批判した。そんな「愛情」と「ビジネス」の矛盾から来るファンのストレスが、アイドルに危機が訪れたときに、大きなパワーとなって運営側に跳ね返るのである。 今回の事件は多くの謎を残しており、そう簡単には風化されないし、運営に対する非難も止むことはないだろう。アイドル活動という「ファンタジー」の舞台裏を運営者がさらけ出してしまったことは、プロとして大きな失態以外の何物でもない。 この事件でアイドルへの応援熱が冷めることに危機感を覚え、金儲けに躍起な人々は必死に取り繕おうとするだろう。だが、そんな姿勢もまた、人々に見透かされていくだけではないだろうか。■ AKB旋風で新しいアイドルが生まれ、テレビの凋落が鮮明になった■ 「お笑い」武器の“吉本ブランド” NMB48はアイドルの進化形か■ 「アイドルがニュースを伝える」日本の特殊事情はこうして始まった

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    NGT事件、アイドルは守れない?

    NGT48の山口真帆がファンの男2人から暴行を受けた事件が炎上した。きっかけは彼女の告発だったが、運営会社のその後の対応も後手に回り、お堅いNHKまでが全国放送で中継するほど騒ぎが拡大した。人気絶頂アイドルを巻き込んだこの事件、何が問題だったのか。(写真はSHOWROOMより)

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    NGT48山口真帆さんへの対応はここがマズかった

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) アイドルグループ、NGT48メンバーの山口真帆さんに対する暴行事件が話題になっています。当然、山口さんはとても怖い思いをされたわけですが、問題はこれだけではありません。山口さんを守るはずの運営側が、彼女をさらに傷つけるような対応を重ねたため、大きな批判を集めているからです。 報道を見る限り、山口さんは大切にしてきたはずのグループの仲間も、運営側にも疑念を深めているのではないでしょうか。こうなると、山口さんが二重、三重の精神的な被害を受けているのではないかと心配になってしまいます。謎と闇の深い今回の事件自体についても追及する必要がありますが、ここでは、事件後に運営側が取った行動の何が問題だったか、心理学の視点から考えてみましょう。 まず、事件の経緯を振り返りながら、運営側の対応への疑問を整理しましょう。事件が明らかになったのは、山口さん自身による動画配信サービスでの告発でした。 事件からちょうど1カ月後に行われた配信で、山口さんは「何事もなかったかのように片付けられる」「モバメ(モバイルメール:メンバーからファンにメール配信されるサービス)も止められて送れない」と発言したそうです。彼女が告発しなかったら、この件は闇に葬られていた可能性もあったのかもしれません。既にこの時点で、運営側が被害者である山口さんを守る姿勢に疑いが見えてきます。 また、山口さんのツイッターではメンバーが事件に加担していたことも示唆されていました。運営側にはメンバーの行動を管理・監督する責任があります。 メンバーが関与していた疑いが少しでもあるのであれば、まずは運営側が責任を持って情報を統括しなければなりません。そして、メンバーが関与を疑われる事態になったことそのものを反省し、山口さんのケアを含めてマスコミにも適切な対応を取るべきでした。 しかし、結局告発に至ったように被害者である山口さんとの信頼関係も十分に築くことができなかったようです。反省の態度も示されていないように映るわけで、既に責任追及は避けられない事態に陥っていたといえるでしょう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) この「告発」の反響は大きく、日本では全国ニュースでも報じられました。また、米国や英国、フランスなど海外のメディアも「日本のポップスター」の事件として注目し、世界中が真相を求める状況が作られつつありました。事件はファンの間だけでなく、一般の人たちにも話題になり、臆測が臆測を呼ぶようにもなりました。 その中で、山口さんが公演中に突然の謝罪を行いました。それも、他のメンバーも運営側もいないステージにただ一人で立ちながら、何の真相への言及もないままに、「世間を騒がせた」と頭を下げたのです。本当に「何事もなかった」? まるで、何者かが「軽率なアイドルが勝手に騒いだだけ」という筋書きで事態を収束させたいように見えてしまいます。被害者が一方的に傷つけられる展開に、国内外で批判と疑問の声が後を絶たない状況になりました。この謝罪で運営側が幕引きを図ったのであれば、逆効果でした。 山口さんが謝罪した公演終了後に、ようやく運営側からのコメントが発表されます。そのメッセージでは、メンバーが関わっていたことを認めつつも、違法行為がなかったことを強調し、防犯ベルを持たせるという再発防止策も併せて発表されました。 しかし、今回の事件は防犯ベルで防げるものではなく、運営側が責任ある態度を示さなければ、再発防止につながらないことは誰の目にも明らかです。暴行事件に関与したメンバーには違法行為はなかったものの、事件を誘発する行為があったことは疑いないからです。 当たり前の話ですが、違法でなければ何をやっても良いわけではありません。本来であれば、メンバーへの厳しい指導や教育的処分など、管理監督者としての責任ある対応が必要です。しかし、コメントや発表タイミングからはそのような態度が見えず、運営側の「危機管理」意識の低さに、さらに批判のボルテージが上がってしまいました。幕引きを狙ったとしたら、またもや逆効果に終わっています。 ここまでの展開を見る限り、「何事もなかったように収めたい」という運営側の意図が見えてきます。もしかしたら、本当に「何事もなかった」と思っていたのかもしれません。 このことは、山口さんの告発の中でわかるように、彼女自身も実感し、危惧していました。仮に、山口さんの危惧が本当であったとしたら、運営側は、危機管理のための防災心理学で言われる「恒常性錯覚」という心理に陥っていたといえるでしょう。2019年1月、取材に応じるAKSの松村匠・運営責任者(左)とNGT48劇場の早川麻依子新支配人 恒常性錯覚とは、危険な状況に陥っているにもかかわらず、自分の日常(恒常)が失われる事態になることを否認して、何事もなかったかのように振る舞おうとする心理です。私たちの日常は、私たちが日々の努力を重ねて全力で築き上げたもので、とても大切なものです。 それが失われることを考えると、心の痛みに襲われます。私たちは心の痛みを無意識に避ける心の仕組みを持っているので、かえって危険を拡大してしまう心理に陥るのです。 山口さんが巻き込まれた事件は、運営側にとっては想定の範囲外だったことでしょう。したがって、考えられないような出来事に映ったと察することができます。その意味では、運営側も大変気の毒であり、恒常性錯覚に陥るのもやむを得ない面もあります。実際、恒常性錯覚の影響で、台風や地震といった自然災害でも、被害が拡大しやすいといわれています。運営はどのように対応すべきか しかし、組織の管理・監督責任者は組織を守るのが仕事です。絶対に恒常性錯覚に陥ってはいけない立場にあるのです。 ただ、時に責任者としての自覚が足りず、恒常性錯覚に陥ってしまうこともあります。責任者(支配人)は交代しましたが、他のグループ運営から異動した新支配人も、突然のことで当事者意識がまだ希薄なのかもしれません。対応を見ていると、前支配人だけでなく、全ての運営側の人間が恒常性錯覚に陥っているかのようです。 このことは、全国の管理・監督者にとっても、このたびの展開がいい教訓になるといえるでしょう。「人は本能的に苦痛を避けてしまうものなので、恒常性錯覚が起こり得る」という認識の下で、日々の業務と向き合う必要があります。 それでは「危機管理」という意味で、運営側はどのように対応すべきだったのでしょうか。まずは、山口さんを会員制交流サイト(SNS)などで告発する事態に追い込まないことが重要でした。確かに、刑事事件にはなりにくい事件でしたので、被害者が運営側の恒常性錯覚に「協力」する形で沈黙していれば「何事もなかった」とできる可能性はありました。 しかし、これは考えてはいけないことです。被害者の人権を無視する行為で、さらに傷つけてしまうだけです。被害者は既に日常を壊されてしまっているのです。被害者が日常を取り戻せるように、一丸となって事に対応する態度こそ必要でした。 次に真相を把握して、加害者や関与したメンバー、そしてマスコミにどのように対応すべきか、山口さんと話し合うべきでした。ここで運営側の恒常性錯覚に協力するように強いる態度があってはいけません。あくまでも被害者の感情を最優先していれば、今回の事態は起こらなかったでしょう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 運営側にはぜひとも世間が納得する対応をお願いしたいところですが、もう一つお願いしたいことがあります。 この件における被害者は、山口さんだけでなく、ある意味では私たち日本人の全てだといえるかもしれません。暴行事件の被害者である山口さんが謝罪し、加害者である男性たちは「山口さんと話したいだけだった」という供述で釈放されました。あまりにも公平さを欠く顛末(てんまつ)であり、残念極まりないものでした。 そのため、海外からも日本の女性の人権意識を疑う声が寄せられています。運営側は、NGTをはじめAKB48グループの今後の活躍を通して、メンバーを大切に扱う姿勢を国内外に強く示して、この件で傷ついた日本人の名誉を取り戻してほしいと思います。■ 剛力彩芽はきっとZOZO前澤友作氏を踏み台にする■ キンプリ岩橋とセクゾ松島、相次ぐ「パニック障害」の裏側■ やらせへの危機意識を鈍らせた『イッテQ』の芸人依存体質

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    ジャニーズとAKS「アイドルの危機管理」はこんなにも違う

    也(元ジャニーズ所属タレント、作家) NGT48の山口真帆が昨年12月、ファンの男2人に暴行を受けた事件は、人気アイドルグループ内の実態と運営会社の不手際がクローズアップされ、波紋が広がっている。 ただ、山口が深刻なケガを負ったわけでもなく、男2人も不起訴処分になるなど、さほど大した事件ではなかったはずだが、なぜこれほど大騒ぎになったのか。それは、グループ内の確執が明るみになったことに加え、山口本人が事件を「告発」し、終始後手に回った運営側の苦悩が垣間見えたからだろう。 まず、グループ内の確執から見てみよう。AKB48のようなグループアイドルたちが「みんな仲は良い?」と聞かれれば、決まって「仲良いですよ」と笑顔で答える。当たり前だが、仲が悪くなくても、好き嫌いはあり、それは表面上の返答でしかない。 そもそも芸能人は、友達が少ない印象が一般的であることと、特にグループになれば、むしろ仲が良い方が珍しい。それはグループのメンバー同士が必ずしも「友達」という関係性ではないからである。 それは一般企業でも同じだろう。自分の同僚、つまり「仕事仲間」が友達と言えないことと同じだ。僕がかつて所属していたジャニーズでも同様であり、メンバー同士が苦楽をともにしていたとはいえ、友達という意識はなかった。綺麗事で言えば「ライバル」だが、その本音は「蹴落としたい敵」である。 AKBをはじめ、多くのアイドルグループに言えることだが、出身地も年齢もバラバラで構成されているグループならなおさらだ。意識的に「仲良し」を集めたグループではないだけに、それは仕事仲間でしかない。古い友達同士で結成してメジャーを目指す「バンド」などとは全く異なった関係性がアイドルグループにはあるのだ。 もっとも、こういった「知らない者同士」の関係なのに、「仲良しグループ」という印象を全面的に出したいのが運営側だ。それが分かっているから、温度差はあるが、メンバー同士は仲が悪くても「演技」で親友を演じている。カメラが止まったり、ステージをいったん下りれば、目も合わさず、口もきかないなんてことはザラにある。 悪口や陰口もあれば、それをマネジャーや事務所に告げ口することだってある。衣装を切られたり、隠されたりなんて日常的だが、最も怖いのは今回のNGT騒動でも問題になった「プライベート情報」の流出である。ちょっと仲良くなった相手に、つい漏らした相談事が「彼氏の事」であれば、そんな情報はすぐに世間を駆け巡る。 そもそも芸能界だけでなく、企業内の不祥事も、その出所は「内部の人間」だったというケースが圧倒的に多い。ゆえにアイドルの場合も、まずファンがどよめく「噂」のレベルから始まり、それがエスカレートして週刊誌などにスクープとして掲載される流出写真なども、出所は身近な人物が「犯人」だったケースが多い。ただ、いずれにせよ当人の脇の甘さが根本の原因なのだが。NGT48の山口真帆=2017年3月(古厩正樹撮影) さて、被害を受けたアイドルが悩ましいのは、ネタを流した「犯人」を知っていながら、それを公にしにくいことだ。分かっていても確たる証拠がなく、その上相手を責めれば事が大きくなるだけに勇気もない。一歩間違えれば、アイドルとして自滅を招くリスクは大きい。要するに、アイドルの世界にいる者は「友達を作ってはダメ」なのである。 今も僕のところに人間関係について相談にくる若手もいるが、芸能界で生きていく覚悟を決めた人へのアドバイスは「芸能人たるもの誰も信じるな」である。もちろんメンバーだけではない。地元の友達や親兄弟、親族であっても「危険人物」になり得る。むしろ加害者が家族のケースが最も恐ろしい。実際、歌手の倉木麻衣の暴露本は、そのネタ元が実の父親だった。「最強」なのはジャニーズ ここで重要なのは、住所などがバレていることが問題ではなく、その情報を使って何をするのか、何をされるかということだ。先にも記したが、アイドルグループのメンバー同士は「蹴落としたい敵同士」である。 敵であるメンバーを陥れることなど実に簡単だ。ジャニーズで言えば、社長のジャニー喜多川氏に「あいつ、彼女いるよ」とか、「ファンと遊んでいる」といった幼稚な告げ口も効果はある。もちろんマスコミがリークできるほどのスキャンダルなら確実だし、おまけにカネにもなるだけに、秘密を売り込む仲間も少なくない。 要するに、自宅や帰宅時間をバラされて暴行事件に発展したNGT48の山口のケースは、場合によっては危険だが、この程度で終わってよかったと言えるトラブルでしかない。本来は日常茶飯事なのに、かわいらしい女性アイドルが裏側で「蹴落とし合い」をしていたドロドロ感を垣間見た世間が興味を持ったに過ぎないのである。 一方、NGTの運営会社「AKS」の対応はあまりにひどかった。スキャンダラスな事も含めてタレント個々にある諸問題を管理するのは非常に大変かつ困難であることは理解できる。とはいえ、AKSぐらいの芸能事務所であれば、そんなことは承知の上だったはずである。  それだけに、今回の不手際の背景に「驕(おご)り」があったことは間違いない。当初はたかがアイドル同士の確執だと高をくくったのだろう。本来、タレントが自らの意志と都合によって「事件」を明らかにして訴えるケースは稀(まれ)であり、俳優の船越英一郎と泥沼の離婚劇を繰り広げた女優、松居一代以来のスキャンダルと言える。 事件としては些細だったが、NGTの山口の場合は民事的なトラブルではなく、警察当局の捜査も及んでいたにもかかわらず、AKSが軽視していたことは間違いない。運営会社として最も重要な「芸能人としての教育」が行き届いていなかっただけでなく、事務所やスタッフ、マネジャーらとの信頼関係が構築できていなかったことは容易に想像つく。 当事者の山口としては、悔しさや悲しさを押し殺すことができないほど追い詰められていたのだろう。それを「山口は精神的にオカシイ」と軽くあしらった運営側の軽率な判断が火に油を注ぐ結果になったのである。 関与したメンバーや犯行に及んだファンの男2人の素性も、すべて分かっているはずだが、NGT48劇場の支配人を更迭したり、第三者委員会を設置したりする杓子定規(しゃくしじょうぎ)な対応を見れば、他にも重大な不手際を隠したいがための、打算的な対応だったとしか思えない。この件について総合プロデューサーの秋元康氏が叱責したそうだが、それは当然だろう。 一連の事件を表に出さず内々で収めたかったAKSの本音が見え見えだ。そもそも、所属アイドルの不祥事を内々で収めることができるのは、僕が知る限りジャニーズ事務所だけである。昨年、ジャニーズアイドルの不祥事が相次いだが、会見に事務所の人間が出てきたことは一度もない。この事実一つを取っても、ジャニーズの対応にはただただ「感服」させられるばかりだ。東京都港区のジャニーズ事務所 会員制交流サイト(SNS)が発達した今、所属アイドルの勝手な発信が繰り返されれば、NGT騒動と同じような「事件」が今後も相次ぐだろう。僕の古巣だけに繰り返し言及して恐縮だが、こうした時代に合わせたアイドルの統制まで行き届いたジャニーズは、やはり最強組織であり、AKSをはじめとする他の芸能事務所などは所属タレントの「危機管理」としてぜひ見習うべきだろう。■ローラの「奴隷契約」を公取委のメスは是正できるか■山口達也を結果的に追い詰めたジャニーズ「損失回避」の心理■夫婦って何? 松居一代と船越英一郎の「泥沼離婚」が問うもの

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    NGT48騒動に見る、不思議の国ニッポン

    が謝罪した。「2人の男に襲撃された」ことを理由に――。海外ではそう報じられたNGT48メンバーの暴行事件。この騒動の恐ろしさは、メンバーがネット上で告発を行わなければ、暴行事件も運営の未熟な対応も明るみに出なかったことだろう。命がけの告発だった。 暴行事件が起こったのは12月8日。加害者は逮捕されたが、不起訴になり釈放。この時点で、アイドルが事件に巻き込まれたという報道は行われなかった。年が明けた1月8日、被害に遭ったメンバーが動画を配信。続けてツイッターでも思いを綴った。自宅玄関前で被害に遭ったことや、運営側が対応を行わないことについての生々しい告発だった。これを受け、NHKが暴行事件を報じた。 報道後も運営側の動きは非常に鈍く、ようやく記者会見が行われたのが1月14日。問題を指摘され、ネット上では辞任を求める署名活動も行われていた支配人については「人事異動」と発表された。 騒動を説明するための会見に登場したのは、AKS運営責任者兼取締役の男性、新しくNGT48の支配人となった女性、副支配人となった男性の3人だった。事件が起こった際に支配人を務めていた今村悦郎元支配人は姿を見せなかった。 会見に出てきた3人の謝罪は、どこかひとごとに見えた。メインで喋ったのは責任者兼取締役の松村匠氏。松村氏は「お詫び申し上げます」「誠に申し訳ございません」と繰り返したが、今村元支配人については「人事異動」、新たに女性支配人が就任するのは「女性ということで女性の立場を理解し」ているから、把握している情報については「警察の捜査内容に関わることですので差し控えさせていただきたい」。<※参考:AKS運営責任者&新支配人による質疑応答全文/モデルプレス/1月14日> ネット上で散々指摘されている、「なぜ今村元支配人が説明や謝罪を行わないのか」に向き合おうとしたフシがない。会見からわかるのは、今村元支配人をかばわざるを得ない何らかの事情があるのだろうということだけだ。NGT48劇場。館内の通路には結成からこれまでの写真が展示されている=2016年1月9日、新潟市中央区 被害者を黙らせようとした構造の解明が求められている場に柄シャツ柄ネクタイでのこのこと登場し、「説明しない」態度で押し切った。女性を支配人に据えるような小手先のパフォーマンスが通じると思っているなら、ファンや視聴者を完全に舐めている。表舞台に出るメンバーへのリスペクトやファンへの感謝なく、「支配人」が劇場運営やメンバーを文字通り「支配」したがるような構造だったなら、いっそその気持ちの悪い支配人制度をやめたらどうなのか。松本人志のアウト発言 とはいえ、AKSの会見と同等もしくはそれ以上にネット上で拡散されていたのは、ワイドナショーでの松本人志の指原莉乃に対する受け答えだ。先週、指原莉乃自身が同番組で見解を語ったことを明らかにしていたため番組の放送を心待ちにしていた人が多かったこともあり、松本の発言に批判が集まった。 番組の中でのやり取りはこうだ。指原「偉い人たちが仕切っても何もできない状況じゃないですか。わたしが(運営として)立っても何もできないとは思うんです。あれだけの(メンバーの)人数で、少ない運営なので」松本「ま、でも、それはお得意のなんか、体を使ってなんとかするとか、そういう」東野幸治(司会)「すみません、指原さん」指原「何言ってるんですか、ヤバ…」東野「ヤバいですね、本当に」古市憲寿「指原さんがトップって説得力あるんじゃないですか。だってこんな感じでトップに行けたわけでしょ。AKBの中で」指原「そんなわけない。なんで両端から責められるんですか」 スタジオは険悪なムードではなく、指原も松本も他の出演者も笑いながら喋っている。しかし書き起こしてみると、その下劣さが際立つ。指原は真面目に話し、松本の反応に拒否感を示しているが、松本やその他の出演者の笑い声が、それを打ち消している。ネット上では特に松本の発言について、「面白いと思っているなら良識を疑う」といったコメントが散見された。 女性の訴えが茶化されることはよくある。女性が必死になればなるほど、ありとあらゆる言葉を尽くしてこき下ろされ、茶化され、バカにされ、揚げ足を取られ、大した聞く価値のないものに「格下げ」されることはこれまでも行われてきた。松本のように人気があり権力のある男性がそう振る舞うと、周囲は強くたしなめられない。そして「笑う」という行為で、全てがモヤに包まれる。「揉めてなんかいなかったよ、俺たち」という状況証拠が作られていく。 司会の東野は「すみません、指原さん」と「代理謝罪」をしたが、「松本さん、それはおかしい」とは言っていない。古市憲寿も松本ではなく指原をさらに「責め」、その横に座っていた乙武洋匡はただ笑っていた。 日本のあらゆる組織のオフィスや飲み会で、同じことが日々繰り返されている。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) インターネットには種々の功罪があるが、このような場面がネット上で拡散され繰り返し視聴され検証されるのは有意義だ。被害者の置かれる理不尽さがひと目で共有されるからだ。セクハラやパワハラの現場には、加害と被害の当事者、加害者に協力する同調者、見ているだけの傍観者がいて、止めに入る人の言葉はほとんど効果的ではない。あからさまにその構図が再現された場面だった。 セクハラの被害に遭いやすい若い女性に話させ、その周囲を男性が取り囲むという構図。スタジオでは男性が多数派で女性は少数派。その「絵」に私たちが慣れきってしまっていることも指摘しておきたい。

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    NGT暴行事件 アイドルグループの闇「真面目タイプ」が孤立

    しているわけではない。新潟の中においても、いたって“普通”の住居だ。 このマンションが「アイドル暴行事件」の舞台となったことは周辺の住民で知る人は、ほとんどいなかった──。《先月、公演が終わり帰宅時に男2人に襲われました。暴行罪で逮捕されましたがもう釈放されてしまいました》 1月9日、自身の公式ツイッターでこう訴えた(現在は削除)のは、AKB48の姉妹グループで、新潟県を拠点に活動するNGT48の山口真帆(23才)。 昨年12月8日午後9時頃、冒頭のマンションに帰宅した山口は、男性ファン2人から顔を押されるなどの暴行を受けた。2人は駆け付けた警察官に逮捕されたが、驚かされたのは山口のこんな告白だった。《あるメンバーに公演の帰宅時間を教えられ、あるメンバーに家、部屋を教えられ、またあるメンバーは私の家に行けと犯人をそそのかしていました》(現在は削除) グループのメンバーが暴行の手引きをしたとの前代未聞の告発に世は騒然とした。 10日にNGT48のデビュー3周年公演に出演した山口が「お騒がせして申し訳ありません」と謝罪すると、「被害者に謝らせるのか」との異論が噴出。AKB48グループのリーダー的存在である指原莉乃(26才)が「運営側のすべての対応がひどかった」と13日放送の『ワイドナショー』(フジテレビ系)で発言するなど、騒動は拡大する一方だ。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) あの晩、何が起こったのか。真相を知るNGT48関係者が重い口を開いた。「逮捕されたのは無職男性A(25才)と大学生B(25才)。2人は有名なファングループに所属しており、メンバーとも仲がよかった。彼らは“太オタ”(グループに多額をつぎ込むオタク)として知られ、AKB48グループの選挙では“選挙対策委員会”を作り、推しメンの上位進出をサポートする役もやっていたそうです。彼らのグループの中にはインターネット上で商品を売買する“転売ビジネス”で成功しているファンもいて、潤沢な資金を持つ。また、イケメンもいるようで、メンバーからも歓迎されていた。2人は昨年の4月頃からイベントに顔を出さなくなったので、一部メンバーと直接連絡が取れる仲になったと噂されていました」孤立する真面目タイプ AとBは警察に暴行容疑で逮捕されたが、その後不起訴になった。「問題の夜、山口が帰宅して部屋の鍵を開けようとしたところ、廊下を挟んだ向かいのドアが開き、Aが出て来たそうです。Aが声をかけ、驚いた山口が大声を出すと、Aと、その場に合流したBが彼女の口をふさいで声を止めようとしました。動揺した山口はその場で運営に電話し、警察が駆け付けました。2人は昨年4月頃から、山口らNGT48メンバーの住まいを特定し、同じマンションに住み始めたそうです」(前出・NGT48関係者) 気になるのは、山口が告発した他メンバーの関与だ。「運営側が、メンバーがファンに山口の帰宅時間が推測できる情報を漏らしていたことを認め、スポーツ新聞が“そのメンバーは犯人グループと面識があった”と報じたため、騒動が過熱。山口がツイッターのフォロワーを外した太野彩香(21才)と西潟茉莉奈(23才)が疑われ、警察でも話をしたそうですが、犯行とは無関係でした。 現在は、“あるファンに公演からの帰宅時間を聞かれて答えてしまったメンバーがいたが、それは意図的ではなく犯行に加担した事実はない”という結論で落ち着いているようです。今後、第三者委員会での調査が始まりますが、内部犯行説は払拭されつつあります」(スポーツ紙記者)“内部犯行説”が囁かれるに至った背後には、「アイドルグループ特有の競争心がある」と芸能関係者は指摘する。※画像は本文と関係ありません(GettyImages)「そもそもNGT48や、博多を拠点とするHKT48のメンバーは事務所の用意したマンションを“寮”として住むことが多い。だからお互いの私生活がよくわかるんです。すると生活態度が真面目なグループと、夜遊びなどをするヤンチャグループが二極化します。真面目グループが運営側に“〇〇さんは不真面目だから、何とかしてほしい”と苦言を呈せば、ヤンチャグループは“わざわざ、チクるなんて”と不満に思い、両者の仲はギクシャクする。どちらかといえばヤンチャグループの方が愛嬌があって先輩メンバーや運営側からかわいがられやすく、真面目タイプが孤立しやすいかもしれない。山口さんもそういったことでナーバスになっていた面もあるようです」メンバー間「格差」◆火種になるのはメンバー間の「格差」 AKB48のような多感な時期の女性が集うアイドルグループでは、メンバー同士の衝突が起きやすい。 「あるグループは人気上位の2人の仲が悪く、派閥でグループが二分化されたことがありました。研究生が“こんなに怖い場所だとは思わなかった”とブログでいじめを暴露して辞めたケースも。メンバーが、気に入らないメンバーの男性関係をマスコミにリークしたこともあったそうです」(前出・芸能関係者) メンバー間の「悪口」が飛び交うこともある。「総選挙で上位に入った鼻の低いメンバーについて、“ブタ鼻”と陰口を叩いたり、年上のメンバーを“ババア”と言うのは当たり前。ネットで整形疑惑の出たメンバーが、陰で“サイボーグ”と呼ばれたこともありました」(前出・スポーツ紙記者) なかでも火種になるのは、メンバー間の「格差」だ。「どうしても仕事のある子とない子の差が広がり、不平不満はたまります。あるグループはメンバーに仕事メールの一斉送信があるので、お互いの仕事が把握できて、“私も〇〇ちゃんに負けないように頑張ろう”とモチベーションにつながる一方、仕事がないメンバーはみんなの“さらし者”になる。そうした格差から僻みや妬みが生まれていくようです」(芸能ライター) それぞれの人気が“見える化”される握手会も鬼門だ。「握手会では他のメンバーのファンがどれだけ並んでいるか一目でわかり、人気のバロメーターになります。“何であの子の列が私より長いの”“私より人気がないのに仕事があるのね”との嫉妬が募ったあまり、握手会でファンに“あの子は性格が悪いんだよ”“〇〇ちゃんは彼氏ができたみたい”などと、ニセ情報を流すメンバーもいたそうです」(前出・芸能ライター) 競争心から素晴らしいパフォーマンスが生まれ、グループ全体のレベルが上がったが、その一方でいきすぎた行為が生まれてしまったようだ。「運営は風紀の乱れを認め、今後、おかしくなった部分の改善を徹底するそうです」(前出・スポーツ紙記者) 近くなりすぎたファンとの距離も改善の余地があるだろう。悲劇が起きる前に、周囲の大人がやるべきことは多い。関連記事■姫乃たま 性被害告白した元AV女優自伝に「私も救われた」■AV女優のHIV陽性判明、感染発覚以降も撮影は行われた■ 少年院上がり・戦慄かなのが明かす壮絶過去、虐待とJKビジネス■ AKB最終候補者が出会い喫茶に潜入 露骨な交渉の一部始終■ 深田恭子、ハイヤー内でお相手社長と密着し微笑む写真5枚

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    ゴーン事件の報復? 憶測呼ぶ五輪疑惑、日本の「人質司法」は変わるか

    影響力を発揮できる立場にあった。 大きな捜査権限を有する予審判事が手続きを始めたということは、重大な事件であることを意味し、ほぼ公判に向かうということを予想せざるを得ない。 都知事在任中、私は東京五輪の準備のために多くのIOC委員と会ったが、金銭感覚も雰囲気もそれまで私の経験したことのないものだった。また、過去の招致についてさまざまな黒い噂も聞いたが、このディアク氏親子についてもそうである。最近は随分改善されたと思うが、今でもさまざまな疑惑が話題に上ることがある。 予審判事による今回の贈収賄疑惑の捜査について、竹田氏は15日午前に会見を行い、「コンサルタント契約に基づいた正当な対価だ」と従来の主張を繰り返した。ところが、会見は約7分間で終わり、「フランス当局が調査中の案件のため」との理由で質疑には応じなかったため、詰めかけた内外のマスコミの不興を買った。 そもそも、この「事件」については3年前に話題になり、国会でも取り上げられたが、JOCの調査チームは2016年9月に、日本の法律やフランスの刑法、IOCの倫理規定に違反しないと結論づけている。日本ではこの問題が解決済みと認識されていたのであり、今になって再浮上したことは驚きをもって受け止められたようだ。 そこで、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン被告の逮捕劇と何らかの関係があるのではないか、「フランス側の報復か」「ゴーンと竹田の取引か」「意趣返し」だといった臆測が内外で流れている。そのような臆測を呼んだのは、二つの「事件」の展開のタイミングが絶妙だからである。私もその「偶然の一致」には驚いた。2018年1月、2020年東京五輪誘致を巡る贈収賄事件に関する会見に臨む日本オリンピック委員会の竹田恒和会長(川口良介撮影) まず、ゴーン被告が逮捕されたのが昨年11月19日で、フランス当局が竹田氏を聴取したのが12月である。年が明けた1月11日に、東京地検がゴーン被告を追起訴し、弁護人は保釈を請求した。この日、フランス紙ルモンドは、フランス当局が竹田氏を捜査対象にすることを報じたのである。 この流れを見ると、これ以上ゴーン被告の勾留を続けるならば、フランスは竹田氏を標的にするというメッセージだと思わざるを得ない。あまりにもタイミングが合いすぎる。日産の親会社であるルノーの筆頭株主はフランス政府であり、百戦錬磨の外交巧者であることはよく知られている。フランス流の司法を貫く 実際には、ゴーン逮捕の数カ月前から竹田氏の事情聴取の日程が決まっていたので、「意趣返し」というのは間違っているという報道もある。しかし、フランスの新聞が捜査状況を報道した1月11日というタイミングに何か裏があるように感じる。捜査の進展具合をマスコミにいつ発表、あるいはリークするかを決めるのは司法当局の裁量だからである。 ゴーン逮捕劇の「副産物」は、欧米先進国から見た日本の司法制度の「異質性」に国際的焦点が当たったことである。長期の勾留、取り調べに弁護士が同席できないことなどが挙げられる。 これまで、わが国では司法だけは聖域で、いかなる批判も許されないという空気が強かった。だが、こうして海外からの批判に晒(さら)されると、国民の間に制度の見直しを検討してもよいという意見が強まる可能性がある。そして、それは悪いことではない。 ゴーン被告の家族からも、検察の「非人道的な」取り扱いに批判の声が上がっている。 1月8日の勾留理由開示手続きにゴーン被告が出廷する前に、息子のアンソニー・ゴーン氏は、1月6日のフランスの日曜紙ジュルナル・デュ・ディマンシュのインタビューで「愛する人が世間から完全に隔絶され、そこから出る条件が自白しかないとすれば、悪夢を終わらせる方法を見つけたいと思うだろう」と述べた。これは、長期勾留を可能にし、それをてこにして自白に追い込む日本の司法制度に対する痛烈な批判である。 また、妻のキャロル・ゴーン氏は、夫が日本の拘置所で「過酷な扱い」を受けていると、国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチに書簡を提出して訴えた。その中で彼女は、長期勾留によって自白を引き出そうとする手法や弁護士の立ち会いが認められない取り調べについて言及し、「夫のような扱いは誰も受けるべきではない。日本のような先進国ではなおさらだ」と主張している。また、同団体も、ゴーン逮捕劇のおかげで長年看過されてきた日本の「人質司法(hostage justice)」制度に世界の注目が集まるようになったと指摘している。 このように日本の司法制度に対する国際的批判が強まっている中で、竹田氏がフランス当局の捜査対象となったのである。単純な比較はできないが、ゴーン被告は長期勾留され、竹田氏は勾留されないままフランス当局に事情聴取されている。日仏の司法制度の相違が見事に浮かび上がったという他はない。 15日、東京地裁はゴーン被告の保釈を認めない決定をした。証拠隠滅の恐れがあると判断したようである。保釈請求が却下されたことで、あと少なくとも2カ月間は勾留が続くとみられ、この勾留の長期化は、世界から批判を浴びそうである。東京地裁は、保釈を認めなかった理由をきちんと世界に説明しなければならない。カルロス・ゴーン日産前会長(中央)の保釈請求を認めなかった東京地裁(左)と、東京地検特捜部の入る法務・検察合同庁舎(右) これまでも、日本の司法は対外的に十分な発信をしてこなかった。しかし、ゴーン被告の逮捕によって、世界から日本の司法制度が注目されるようになってしまった。国内向けには「聖域」として批判を排除できたかもしれないが、もはや国際的にそれが可能な時代は去ったと言ってよい。 日本が日本流の司法を貫くように、フランスもフランス流の司法を貫く。フランスの刑法に従えば、公務員でなくても竹田氏とディアク前会長の間で贈収賄罪が成立する可能性がある。今後の展開は予断を許さない。■「階級社会フランスへの挑戦」ゴーンの原点はここから始まった■ゴーン氏逮捕の決め手「内部通報」はどういう制度か■東京地検特捜部、ゴーン会長逮捕に「米国の陰謀」はあったか

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    呉智英が読む平成30年史「日本人はどう変わったか」

    から始まった。この三十年間の総論として文明史・精神史的にふり返ってみよう。日本人の意識、感覚がどんな事件によってどのように変わったかということである。 平成という時代区分は、天皇の崩御・即位という偶然によって始まり、その終焉(しゅうえん)もまた天皇の高齢による退位という偶然によるものである。これは西暦であっても同じであり、十九世紀だろうと二十世紀だろうと単に数字上の区分にすぎず、そこに意味を求めることはできない。 一方、弥生時代、鎌倉時代、あるいは中世、近代といった時代区分はこれと違い、経済や政治形態の変化、さらにそのため起きた文化、生活、思考の変化に基づくものである。平成の三十年は、平成時代と命名し得るほどの大きな特徴があったわけではないが、時代のテンポが激しい現代であればこそ、やはりそれなりの特徴が現れるだろう。 まず、平成元年、西暦一九八九年という年である。この年、世界的な大変動があった。国内に直接的な影響はなかったように見えるが、じわじわと日本にもこの変動が波及してきた。 それは、同年秋のベルリンの壁崩壊であり、それに続く東欧社会主義の解体である。二年後の一九九一年には、ついに本家ソ連が瓦解した。これと直接の関係はないものの、一九八九年六月には中国で天安門事件(第二次天安門事件、または六四天安門事件)が起きている。奇(く)しくも、この年はフランス革命二百周年にも当たっていた。 これによって、世界的な政治バランスが変わるとともに、社会主義の評価が決定的に覆ることになり、保守と革新、左翼と右翼という対立項の意味付けも変わることになった。最近の世論調査などによると、特に若い世代では、保守とは左翼のことであると思っている人が多いという結果が出ているが、混乱はここに始まっていると見るべきだろう。 また、言論人などが競うようにして保守派を名乗る風潮も軌を一にしている。ただし、後者では正しく「右寄り」の意味で使われている。 これに拍車をかけたのが、平成十四(二〇〇二)年十月の北朝鮮拉致被害者の一部帰国である。これによって北朝鮮の犯罪性は明々白々となり、たとえその「社会主義」が変質を遂げた偽りのものであったとしても、左翼と革新の言説の信頼性は著しく低下することになった。24年ぶりの帰国を果たした蓮池薫さん(中央)と母親のハツイさん=2002年10月 さらに追い討ちをかけたのが、二〇一四年八月五日の朝日新聞による「慰安婦報道」の取り消し記事である。変貌したナショナリズム 戦時中、慰安婦にすべく朝鮮で女性を強制連行したとされる話を積極的に報じてきた同紙が、これは「虚言師」の作り話に基づくものであったと認め、検証と謝罪の記事を大きく掲載した。この記事は言論界に大きな衝撃を与え、朝日新聞には抗議と定期購読解約が殺到した。これによって同紙は数十万部の発行部数減になった。 こうした中でナショナリズムの風潮も台頭するようになった。これが従来のナショナリズムと様相を異にするのは、思想界・言論界から始まったものではなく、二〇〇七年発足の「在日特権を許さない市民の会」(在特会)が典型的なように、一般市民の運動、発言として出現したことである。 これには平成期に驚異的発達を遂げた通信、情報の拡大が背景にある。要するにパソコン、携帯電話、スマホが爆発的に普及し、これによって「大衆的言論空間」とでも呼ぶべきものが出現したのである。このことは出版文化の低迷を招くことにもなり、かつて出版界にあった知識、情報の階層秩序も崩れ始め、悪しき平準化が観察できるようになった。 また、平成七(一九九五)年には、社会の「安全」にかかわる大災害、大事件が続いて起こった。 一つは、一月十七日の阪神淡路大震災である。平成二十三(二〇一一)年に東日本大震災が起きるまでは、戦後最大の災害で、伊勢湾台風(一九五九年=昭和三十四年)の死者五千人を超えて、約六千人の死者を出した。 もう一つは、三月二十日のオウム真理教による東京地下鉄のサリン散布事件である。この凶暴かつ異常な宗教団体の犯罪によって、信教の自由論を含む日本人の宗教観は大きくゆさぶられ、治安意識にも変化が現れだした。 六年後の二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルにイスラム系テロ組織のハイジャックした旅客機が突入自爆し、二千七百余人の死者が出た。宗教の種類は異なるものの、宗教が常に平和を実現するものとは限らないことを、内外のテロ事件は教えている。米中枢同時多発テロで、ハイジャックされた航空機よって炎上する世界貿易センタービル=2001年9月11日 そして、二〇一一年三月十一日の東日本大震災は、千年に一度の規模の広範な巨大災害であり、「安全」と同時に「国土」という意識をも喚起したと言えよう。死者は約一万六千人にも及び、今なお行方不明者の遺体が発見されている。この大災害は原発破損ももたらし、直後に関東圏から西日本に避難する人たちもあった。保守系の反原発論者の主張には、安全な国土という意識が垣間見られる。 ただ、これほどの大災害にもかかわらず、日本国民は冷静に対応して世界から称賛され、ボランティアなどの支援活動は現在も継続している。「国民意識」が健全な形で定着していたことが、期せずして明らかになったと言えよう。※文中の「中国」は、呉智英氏の「支那」の表記を編集部が変更しています。■憲法上の問題をはらんだNHKの天皇陛下「ご意向」スクープ■新元号をめぐる「タブーなき議論」こそ平成と昭和の差である■本多勝一「中国の旅」はなぜ取り消さない

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    アパマン爆発事故「不動産屋はぼったくり」は本当か?

    門傳義文(ラインズマン代表取締役) 「やっぱり不動産屋はぼったくり?」。こんな声が聞こえてきそうな問題が平成最後の師走に起きました。 12月16日、札幌市豊平区の不動産仲介「アパマンショップ平岸駅前店」で爆発事故が発生しました。負傷も多数出ましたが、隣接する居酒屋や周囲の建物のガラスが割れるなど、火元から数百メートル離れたところでも被害が確認された爆発事故となりました。第一報を聞く限り、きっと多くの人が居酒屋内のガスボンベが爆発の原因だと思ったことでしょう。しかし、捜査当局や消防当局のその後の調べで、原因はアパマンショップ社員が大量の消臭剤スプレー缶を処分中に起きた爆発事故だったことが明らかになりました。この報道がきっかけとなり、今度は賃貸物件仲介業者のずさんな実態に批判の声が上がりました。 かくいう筆者も不動産を扱う仕事をしているのですが、不動産関係者が集まった忘年会では、この話題で持ち切りになったことは言うまでもありません。そこで本稿では、今回の爆発事故を機に不動産業者からの目線で、あまり知られていない賃貸物件仲介の実態や問題点などを解説していきたいと思います。 まず、大爆発を引き起こすほどの消臭剤がなぜ不動産屋にあったのか。ここが最も疑問に感じた部分でしょう。そもそも、賃貸物件の契約時の付帯商品には「消臭代」というものがあります。要は、入居前に行う消臭や除菌、抗菌にかかる作業工賃のことです。 不動産の募集要項では以下のように、備考欄に小さく記載されています。ただし、これはすべての賃貸物件に付いているわけではありません。後述しますが、一部の賃貸物件だけです。 この消臭代は、借主がリクエストするものだと思う人もいるでしょうが、実際には半ば強制的に抱き合わせとして販売されるケースがほとんどです。 不動産賃貸の契約における「抱き合わせ商法」は、本来NGなのですが、グレーゾーンとして一部の不動産業者では慣例化しているのが実態です。この抱き合わせ商品の在庫こそ、件の爆発事故が起きた店舗に大量の消臭剤があった理由だと思われます。 では、東京都内ではどのくらいの物件に消臭代の抱き合わせ物件があるのでしょうか。私たちが活動するエリアで調査したところ、対象になっていたのは以下の地域でした。新宿、目黒、世田谷、渋谷、中野、杉並、豊島、板橋、練馬の9区です。 上記の表が示す通り、募集物件の約3%で消臭代が付いているのが実態です。これは、賃料が安い物件のほか、敷金や礼金が無しの場合に多い傾向があります。不動産賃貸業の主な売り上げには、管理費や仲介手数料、リフォーム関連、アパート建築、付帯商品(保険など)があります。 もちろん、各不動産業者の営業スタイルによって内訳もさまざまです。今回、問題となったアパマンショップは、運営会社が「アパマンショップリーシング北海道」で、名前に「リーシング」も付いていることから、入居者あっせんによる仲介手数料が主な売り上げだったと考えられます。 賃貸の仲介手数料というのは、成約時に賃料の1カ月分というのが一般的です。なぜなら、ルールである宅地建物取引業法(宅建業法)では、借主もしくは貸主からそれぞれ賃料の0・5カ月分以内が原則ですが、依頼者の承諾があれば、1カ月分を上限に借主、貸主のどちらか一方からも受け取れると定めています。ゆえに、借主から1カ月分というのが慣例となっています。 実は、この仲介手数料の上限が賃料の1カ月分という決まりが、不動産賃貸業を難しくしている一面でもあります。同じ仲介の仕事であっても、賃料の1カ月分という不条理な実態があり、これが今回の問題の大本(おおもと)になっていると考えられます。 爆発事故が起きたアパマンショップのエリアでは、一室10帖(じょう)の賃貸マンションの家賃相場が約4万円だったそうです。東京都内で同じスペックの物件となると、10万円前後の家賃になりますから、仲介業者が同じ仕事をしても1回の契約当たり6万円程度の差が出てしまうことになります。仲介手数料を上げるべきか また、件のアパマンショップのサイトを見てみると、仲介手数料が無料という物件も多く掲載されています。では、その差額や無料サービス分をどうやって補填(ほてん)しているでしょうか。実はこれこそが前述した「付帯商品」のカラクリなのです。 つまり、仲介手数料だけではビジネス的には成り立たなくても、付帯商品などを多く販売することで売り上げをかさ増ししているのが実態なのです。「仲介手数料無料」の宣伝はインパクトが大きいだけに、最近ではこのようなビジネスモデルの不動産業者が確かに増えています。 もう少し付帯商品の例を紹介してみると、入居前の消臭代の他に、簡易消火器や24時間サービス、更新事務手数料などがそれに当たります。むろん、いずれも割高なケースがほとんどです。 また、更新料がある地域は限られますが、これまでは「1カ月」という金額が一般的でした。最近は更新料1・5カ月、さらに事務手数料も上乗せして徴収されるような物件も増えているようです。「仲介手数料だけでは十分な利益が得られず、ビジネスとして成り立たない」。募集図面に記載された備考欄はそれを如実に表わしているメッセージと言えるでしょう。 次に賃貸の成約件数が下降しているという背景が分かる下記のデータ(2018年12月発表「日管協短観2018年上半期4月から9月」公益財団法人日本賃貸住宅管理協会日管協総合研究所)を見ていただきましょう。 日管協総合研究所が年2回発表している日管協短観で、不動産賃貸の市場を分析し分かりやすくまとめてあります。同研究所のコメントによると、「賃貸の成約件数は下降しており、賃貸仲介の売り上げは横ばい、付帯商品の売上は下降」とあります。 このデータから今回の爆発事故を考えると、目標とする成約数に達しなかったために、付帯商品である消臭剤が大量に余り、自ら処分せざる得ない状況に追い込まれた可能性があります。 こうした問題の本質としては、賃貸の仲介手数料が時代に合わなくなっていることも要因の一つでしょう。賃貸の場合、特に地方は賃料も安く、仲介手数料では割に合わなくなっているからです。付帯商品で補填するか、物件情報を囲い込んで手数料を上げるしか売り上げを増やす方法がないのです。 そもそも論ですが、なぜ賃料の1カ月分が仲介手数料の上限なんでしょうか。先にも記しましたが、仲介の仕事はケースよっては楽な場合もあり、逆に時間やコストがかかり、賃料1カ月分では割に合わないこともあります。もっと良い決め方があるのではないかと個人的には思います。 この実情を踏まえれば、今回の事故でイメージがついた「アパマンショップ=悪質」ではなく、所管官庁である国土交通省の一部マーケティング不足による、末端業者へのしわ寄せの方が事の本質と言えるのかもしれません。宅建業法で定められた仲介手数料の上限が「賃料の1カ月分」という時代遅れとも言える規制の見直しが進めば、今後の不動産賃貸市場は良い方向に向かうのではないでしょうか。 実際、空き家急増に対処するため売買物件の仲介手数料を上げたように、賃貸の安い物件にも何かしら手を打っても良いのではないかと思います(売買では2018年4月から、400万円以下の物件の手数料上限が緩和されました)。記者会見で謝罪するアパマンショップリーシング北海道の佐藤大生社長。手前右は消臭スプレー缶=2018年12月18日、札幌市北区 人生で不動産取引を経験する回数は、指で数えるほどという人がほとんどだと思います。それゆえ、不動産業者の言われるがまま、何が正しいのか分からないまま契約してしまうケースが多いのでしょう。賃貸では、火災保険の選択肢が顧客側になく、不動産業者の勧めるプランしか選べないという実態もあります。 今回の問題を受けて、自分の不動産契約を振り返り疑問に思った人は少なくないでしょう。成約済みの物件を広告に載せて客を呼び寄せる「おとり広告」、スルガ銀行のシェアハウスをめぐる不正融資問題もあり、カモにされ、被害を受けるのはいつも一般消費者です。 重ねて強調しておきますが、業者側だけでなく一般消費者もきちんと守られるシステムになるよう、そろそろ不動産賃貸に関する規制の見直しを進めるべきではないでしょうか。今回の件をきっかけに、不動産を取り巻く環境が少しでも良くなることを節に願います。■ 廃墟か建て替えか、それとも延命か…老朽マンション「重い決断」■ 放置された「限界マンション」は公費で解体するしかない■ 残ったのは空室アパートとローン、高齢者を騙すサブリース契約の罠

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    ゴーンはそんなに悪いのか

    日産自動車会長、カルロス・ゴーン氏の電撃逮捕の余波が収まらない。日本のメディアはゴーン氏の「負の側面」を追うことに躍起だが、一時は経営危機にあった日産を再建した彼の経営手腕を評価する声も根強い。ゴーン氏はそんなに悪いのか。

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    「階級社会フランスへの挑戦」ゴーンの原点はここから始まった

    財部誠一(ジャーナリスト) 「レバノン系ブラジル人であるカルロス・ゴーンは、どうもがいても階級社会のフランスでははじかれる。その受け入れがたい現実を覆すことができるのは経営の結果だけなのです。だから彼はトヨタ自動車やフォルクスワーゲン(VW)を追い越して『世界一』になることに執着したのです」  カルロス・ゴーン氏を熟知する日産自動車幹部が語ったこの短いフレーズに、彼の本質が凝縮されていると思う。 ご存知の通り、1999年に経営破たんに陥った日産に資本注入して窮地を救ったのはフランスのルノーで、当時副社長(COO)だったゴーン氏を兼務のまま日産に送り込んできた。日産をV字回復させ2001年6月には日産の最高経営責任者(CEO)に就任。2005年には親会社であるルノーの社長(CEO)にもなった。その瞬間、親会社-子会社という資本の論理を超越したゴーン流の日産・ルノーアライアンス(連合)経営が始まったのである。 ゴーン氏はどんな思いでこの稀有なビジネスモデルを構築していったのか。日産幹部が興味深い解説をしてくれた。 「ルノーの前CEO、ルイ・シュバイツァー氏はエリート官僚出身で、日産に出資したときも債務保証を引き出すなどフランス政府の協力を得ているし、フランス政府はルノーの大株主です。彼らから見れば、日産などルノーにカネを貢ぐ存在でしかない。事実、ルノーの黒字の大半は日産からの持ち分利益です。しかしゴーン氏はルノーのために経営をしているわけではないし、ましてやフランス政府の意向を汲んで日産のかじ取りをしているわけでもない。日産のためでも、ルノーのためでも、フランス政府のためでもなく、彼は自分自身の名声のためにアライアンス経営を確立しようとしている」2018年11月21日、横浜市の日産自動車グローバル本社に掲げられた日本とフランスの国旗(宮崎瑞穂撮影) 世界で誰もやったことがない「アライアンス経営」のマネジメントで「世界一」の経営者として認められたいと、ゴーン氏は切望していたというのである。そのためには世界最大の自動車メーカーであるトヨタやVWを追い越さなければならない。 普通に考えればトヨタやVWは単一の企業であり、アライアンスで結ばれた日産・ルノー連合が販売台数を競っても、それは次元の違う競争であり、「世界一」を目指すことにどれほどの意味があるのだろうかと思えてしまう。三菱自は「掘り出しもの」 グローバルな自動車メーカーをアライアンスで統合する独自の経営モデルで「世界一」となり「世界一の経営者」の称号を得たいがために、電撃的な三菱自動車への出資にも踏み切ったのだ。 一昨年、軽自動車の共同開発をしていた三菱自が燃費不正問題を起こした当初、ゴーン氏は怒りをあらわにしていたが、同社が経営危機となり、株価が急落するとみるや、一転して出資を決め、記者会見はもちろん、テレビ局各社の出演も自ら進んでこなし、ホワイトナイト(白馬の騎士)に収まった。日産・ルノー・三菱自のアライアンスの成立である。 日産サイドに立てば、この決断は悪くない。当時、三菱自の利益率は6%で、日産のそれと変わらない。三菱自は10年ほど前にも不祥事を起こしていたが、その後事業の集中と選択をかなり推し進めた結果、生産性は上がり、キャッシュフロー(現金収支)も4600億円(2016年当時)もあった。 さらに三菱自は利益の9割を海外で稼いでおり、燃費不正問題を契機に、リソースを東南アジア諸国連合(ASEAN)に集中していかざるをえない状況であった。ASEANは日産の弱点だ。株価暴落で割安になった三菱自はゴーン氏にとって、掘り出しもの以外の何物でもなかったのである。 しかし、その経営判断の速さは尋常ではなかった。そこには、階級社会フランスのマイノリティーが自らの限界を打ち破ろうとした執念を感じる。 それにしても、あれだけの構想力と実行力を併せ持ちながらカネの問題で東京地検に逮捕されたことが、マイノリティーゆえのカネへの執着だったとすれば、悲哀を感じる。三菱自動車の会長に就任することが決まり、緊急会見に臨む日産自動車のカルロス・ゴーン社長(当時)=2016年10月(福島範和撮影) 今回の逮捕劇はゴーン氏個人の問題ではすまない。 日産に与える影響は重大だ。ゴーン氏の存在がフランス政府やルノーから日産の独立性を担保していた。ゴーン氏が完全に日産を去れば、新たな経営陣をルノーが送り込んでくるかもしれない。それは結果として、大株主であるフランス政府の意に沿った経営を日産は強いられることにつながりかねない。また日産・ルノー・三菱のアライアンスはどうなるのか、全く先を見通せない。 いずれにしても、ゴーン氏逮捕の本当の激震はこれから始まる。

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    ゴーン氏の不正を見逃した監査法人は責められるべきか

    ) 日産自動車のカルロス・ゴーン会長(以下、ゴーン容疑者)の逮捕が波紋を広げている。本稿では、今回の事件の背景や動機、われわれに与える示唆、今後の懸念事項について考えてみたい(なお、以下は誤認逮捕ではないという前提で書いている)。 まず、背景については、11月19日夜の記者会見でも問題になったように、西川(さいかわ)広人社長ら日産の日本人経営層が、ルノーと同社の株を保有するフランス政府から経営の主導権を取り戻そうというクーデターの側面がありそうだ。が、これはあくまで憶測であり、現時点で実情は分からない。ゴーン容疑者の退任後、傘下の三菱自動車を含めてどういう体制になるか、今後の展開が注目される。 一方、ゴーン容疑者本人が不正を働いた動機は、かなり単純かつ明白だ。役員報酬の開示制度が始まった2009年度にゴーン容疑者が日産から受け取った報酬は、8億9100万円で上場企業トップだった。その後も毎年10億円前後の報酬を受け取り、2016年度まで8年連続でトップ10に名を連ねた。 年10億円というと、庶民にとっては天文学的な数字だ。日本では高額報酬への反発が強く、一流企業の経営者でも報酬は1億円をようやく超える程度である。ルノー株を保有するフランス政府も、マクロン大統領自らゴーン容疑者の高額報酬を批判したことがある。 しかし、国際的にはゴーン容疑者の報酬は、それほど高額ではない。というより「安すぎる」と言える。 アメリカ大手企業の最高経営責任者(CEO)は、基本給だけで10億円以上、業績連動のインセンティブを含めると20億円以上になるのが一般的だ。100億円を超えるケースもたびたびある。倒産の危機にあった日産を救い、自動車業界で世界2位の巨大グループを築いたゴーン容疑者が「俺の報酬は安すぎる」と考えたことは間違いない。 ネットでは「あんなに儲けてさらに不正を働くって、ちょっと理解できない」という声が多い。しかし、実態は逆で、国際比較や日産での実績から、本人の意識としては、自分自身への「正当な評価」、あるいは一流経営者として「当然の権利」として、ほとんど罪の意識もなく不正を働いていたのだろう。もちろん、「悪気がなかったから許される」という話ではないので誤解なきよう。日産自動車のカルロス・ゴーン社長(左・当時)=2016年10月20日、東京都港区(福島範和撮影) 次に、事件がわれわれに与えてくれた示唆だが、今回の事件で改めてはっきりしたのは、監査法人や社外取締役は不正の防止、発見にまったく無力だということだろう。 日産の会計監査は、EY新日本有限責任監査法人(以下、新日本)が担当している。新日本は、これだけの巨額の不正が長年に渡って続いていながら、見抜くことができなかった。もしくは見逃してきた。新日本は、オリンパスや東芝、スルガ銀行といった近年の不祥事企業で会計監査を担当していたことから、「新日本は不正企業の御用達か」といった批判も噴出している。無能な監査法人 また、日産には独立役員である社外取締役が3人いる。今年6月には、元レースクイーンで元レーサーという異例の肩書を持つ井原慶子氏を社外取締役に迎え、話題を呼んだ。社外取締役は経営を監視、監督する立場だが、日産は社外取締役らが役員報酬を決める「委員会設置会社」の仕組みを導入していなかった。つまり、3人にゴーン容疑者の報酬を決める権限などはなく、むろん経営者を監視・監督するという社外取締役本来の役割を果たせなかったことは間違いない。 今回の不正を阻止、発見できなかった監査法人と社外取締役が厳しく批判されるのは当然である。ただ、新日本の会計士や日産の社外取締役がまったく無能だったかというと、そうとは限らない。 今回の日産もそうだが、近年企業が絡む多くの不正事件が従業員の内部通報によって発覚している。考えてみれば当然だろう。現代の企業は、事業や組織がどんどん複雑化・グローバル化しており、たとえ優秀な会計士や社外取締役であっても、たまに会社を訪問して会社側が作成、提出する書類を眺めるだけでは、不正を見抜くことは困難である。要するに、経営者が本気で隠そうと思えば、何でも隠せるのが実態であり、不正に関与した従業員の内部通報以外に不正を見抜く有効な手立てはない。 2001年に起きた米エンロン社の不正会計事件を受けて、日本企業も会計監査制度を充実し、上場企業に社外取締役の設置が義務付けられるようになった。社外の専門家が経営者を直接監視しようという「コーポレートガバナンス(企業統治)」である。 しかし、会計士や社外取締役がもし本気で不正を発見しようとしたら、四六時中、会社に常駐し経営者を監視しなければならない。これはコスト的に現実的ではないし、そもそも常駐では「社外の専門家が中立的な立場で監視する」という制度の意図と反する。会計士や社外取締役に経営監視を期待すること自体が、そもそも誤りなのである。 つまり監査法人や社外取締役に期待できない以上、従業員の内部通報を中心にした監視に重点を置くべきだろう。また、不正が発覚したら株価が下落し、経営者のクビが飛ぶ、経営者はクビにならないように規律ある経営をする、という「ウォールストリート・ルール」が経営者の不正を阻止する手段としてもっと注目されるべきではないだろうか。 最後に、個人的に最も懸念しているのは、今回の事件を機に日本で経営者という職業の魅力度が低下してしまうことだ。日本の社長とアメリカのCEOの最大の違いは、国民から見て憧れの存在か否か、という点であろう。安倍晋三首相(右)を表敬訪問し握手を交わす、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏=2015年12月16日、東京都港区(代表撮影) アメリカでは、マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルのスティーブ・ジョブズ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグなど、魅力的な起業家が次々と現れている。若くして革新的な事業を起こし、世の中を発展させ、世の中のトレンドを変える。まさにアメリカ経済の主役である。ビジネスだけでなく、政治・文化面の発言も実にカッコ良く、アメリカだけでなく、世界中の人々が憧れる存在だ。経団連は「老人クラブ」 それに対して日本の社長は、とにかくイケていない。日本で最も成功した社長が集まる経団連は、よく「老人クラブ」と揶揄(やゆ)されるように、高齢者の男性(おじいちゃん)ばかりで活力と多様性がない。 つつましく、空気を読み、社会に対し意見を発信しない。半世紀近く組織の中で耐え忍び続けた忍耐力と大組織を運営するマネジメント能力には敬服するが、一般国民にとって尊敬の対象ではない。というより、社会への影響力や一般国民の認知度はほぼゼロだろう。 こうした中でゴーン容疑者は、日本では数少ない「イケてる経営者」だった。強引な経営手法への批判は多いものの、共感する人もまた多かった。多くの海外メディアがゴーン容疑者を「スーパースター」(ロイター通信)と評している。 今回、ゴーン容疑者に対しては「単なるカネの亡者だった」「人としてあり得ない」といった批判がネットで噴出している。スーパースターの地位は完全に失われた。 ゴーン容疑者だけではない。日本人のスーパースター経営者だったライブドアの堀江貴文元社長(ホリエモン)も、ゴーン容疑者と同じ有価証券報告書虚偽記載の罪で服役した過去を持つ。日本では元々、経営者は不人気な職業だったが、これらの事件によるイメージ悪化で、すっかり「胡散(うさん)臭い職業」「罪作りな職業」になってしまった。今後、経営者を目指す若者は、さらに減っていくことだろう。日産自動車のカルロス・ゴーン会長が逮捕されるとの一報を受けて本社前に集まった報道陣ら=2018年11月19日、横浜市西区(松本健吾撮影)  若者がどういう職業選択をするか、もちろん本人の自由だ。しかし、マクロ経済を考えると、優秀な若者がユーチューバーやゲーマーとして1億円稼ぐ日本と、経営者として1兆円のビジネスを作り、100億円稼ぐアメリカ、どちらの経済が発展するか言うまでもないだろう。 今回の事件は、単に日産にダメージを与えるだけでなく、日本経済全体に大きな悪影響を及ぼしかねないと危惧するのである。

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    「カリスマ経営者」ゴーンのルーツに見た野心家の横顔

    佃義夫(佃モビリティ総研代表・元日刊自動車新聞社社長) 日産のカルロス・ゴーン会長が金融商品取引法違反の疑いで逮捕されるという事態は、まさに突然であり衝撃的だった。 カルロス・ゴーンといえば、90年代末に経営破綻状況にあった日産自動車が仏ルノーと資本提携(ルノーの傘下入り)した数カ月後、1999年6月にルノーから日産再建の旗手として送り込まれ、日産をV字回復させたプロ経営者として知られる。 その後も日産のトップとして君臨し、かつ2005年から仏ルノーのトップにも就任し、「ルノー日産連合」という国際連合企業体をリードし続けてきた。さらに、2016年に三菱自動車が燃費不正問題で経営の窮地に陥ると、直ちに日産が資本提携して三菱自動車を日産の傘下に収めることも主導した。 つまり、ゴーン氏の手によって「ルノー・日産・三菱自動車連合」というグローバル3社連合の枠組みは形成されたのである。結果的に、この3社連合体によるグローバル販売台数の合計は、2017年で1060万台とトヨタを抜き、フォルクスワーゲン(VW)に次ぐ世界第2位に押し上げるものとなった。 日産会長・ルノー会長兼CEO・三菱自動車会長にホールディング・カンパニーの「ルノー・日産アライアンス」会長兼最高経営責任者(CEO)と、ゴーン氏は全てのトップを兼ねる形で、3社連合をつかさどる体制を、自ら創り上げてしまったのである。 今春にルノー会長兼CEOの座を2022年まで留任することを確約されたゴーン3社連合トップの野望は、この3社連合による2022年までの中期計画で世界販売を現在の約4割増の1400万台、連携による合理化効果を約2倍の年100億ユーロ(約1兆2800億円)に引き上げる目標を掲げ、世界のトップを奪取するというものだった。日産自動車の販売店とルノーの販売店に掲げられた看板=2018年11月20日、埼玉県川口市(共同) ゴーン氏は3社連合の発足から具体的な連携内容の策定まで一手に担ってきた存在だけに、その影響は大きい。日産は22日に取締役会を開きゴーン氏の解職を決める。三菱自動車もゴーン氏の逮捕を受けて、ゴーン氏の会長及び代表取締役の職を速やかに解くことを取締役会に提案することとしている。 海の向こうのフランスからも、ルノーの筆頭株主である仏政府のマクロン大統領がゴーン氏の日本での逮捕を受けて「ルノー日産連合の安定性を注視していく」とコメントしている。 日本ばかりか、世界で注目されたゴーン氏逮捕という事態がなぜ起きたのかは、驚きとしか言いようがない。あの怜悧(れいり)で不利益なものは見逃さないゴーン流の「上手の手から漏れた」のか。それとも、あまりに長きに渡る長期政権によって独善的支配が私的なものにつながっていった、という受け止め方をするべきか。ゴーン氏に会った意外な印象 カルロス・ゴーン。生まれはブラジルだが幼少期をレバノンで過ごしたレバノン民族である。大学はフランス随一のエリート官僚養成学校である仏国立行政学院(ENA)と並ぶ仏国立高等鉱業学校工学部という最高学府を出て、ミシュランに入社。若くしてブラジルミシュラン社長に就任し、北米ミシュラン社長からルノーにヘッドハンティングされ、日産に送り込まれた時は、弱冠45歳にしてルノー上級副社長だった。 1999年6月に日産最高執行責任者(COO)として日産再建に着手し、「日産リバイバルプラン」によってわずか2年で倒産の危機に瀕(ひん)していた日産を黒字転換させた。ルノーからの持参金5000億円とともに、「コストカッター」の異名から旧日産のしがらみを断ち、「コミットメント(目標必達)」経営がゴーン流の特徴だった。 コミットメント経営へ向けて、旧日産タテ割り、ヨコ割り意識をなくすためクロスファンクショナルチームを各部門に展開し、V字回復による日産再建を果たした。このゴーン流の経営は自動車業界だけでなく、日本経済界全体に大きな影響を与えた。 筆者は、ゴーン氏が日産社長兼CEOに就任した直後の2001年秋に初めてインタビューしたが、その初印象は「テレビで見ているより小柄」だった。日産に赴任して以来、日本のTVにもよく出演しており、自らの経営を語る「ゴーン・パフォーマンス」を見ていると、大きく見えたのだ。 インタビューしてみると、身ぶり手ぶりが大きく、通訳が追いつかないほど早口の英語でまくしたてる。自信満々の語り口は、まさに「自信家であり野心家」であった。だが、一方で何か都合の悪い質問をすると、うまく逃げてやりすごしてしまう巧妙さがあった。 来日当初は、その風貌から「ミスター・ビーン」と呼ばれていたが、その後はレーシック手術をして眼鏡を外すなど、風貌が変わっていった。再生計画について発表する日産自動車のカルロス・ゴーン最高執行責任者=1999年10月、東京都内のホテル(共同) ゴーン氏によって日産が再生したのは事実であるが、ゴーン氏の高額報酬は日産の株主総会の度に質問されていた。日産取締役の全報酬額のうち、ほとんどがゴーン氏に渡っていたわけだが、その約10億円という報酬も「グローバル企業ならこの額は低くても高くはない」としていた。この倍額を受け取り虚偽記載していたのは、日産がグローバル企業なのだから当然という考えだったのか。それにしても日産の他、ルノー、三菱自動車でも報酬があり、総額で20億円にもなるのに、とみるのはやはり庶民根性なのだろうか。 いずれにしても、グローバルで生きざるを得ないレバノン民族の血を持ち、若くして欧米日の大企業のトップとなって「名経営者」と自他ともに認めるほどのカルロス・ゴーン氏の名声が一挙に崩れてしまった。日産トップとして20年もの長きに渡って君臨したゴーン氏。いつから「私」と「公」の境が見えなくなってしまったのだろうか。

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    ゴーン氏逮捕の決め手「内部通報」はどういう制度か

    どではよく行われていますが、国内では2018年6月1日に施行され、三菱日立パワーシステムズ社員の贈賄事件に続き、本件が適用2例目となりました。  今回、捜査機関に対して司法取引に応じた人物も、逮捕される対象だった人物である可能性があります。司法取引に応じ、情報提供をした人物は、逮捕・起訴されず罪を免除されることがありえますからね。 殺人事件や窃盗などと異なり、会社内部の事件は捜査が大変困難です。莫大(ばくだい)な量の資料やメール、データがあり、それを一つ一つ洗う必要がありますし、内部の話はなかなか分かりづらい。捜査がしにくい状況において、内部からのリーク、もしくは協力によって捜査が進むなら、その分恩恵を与えましょう、というのが司法取引です。「大物」を逮捕するために「小物」から情報を聞き出す、という場合もありますね。 国内での司法取引は、適用される法律によって始まった時期が異なります。例えば独占禁止法に対しては、2006年に施行された「リーニエンシー」という制度があります。談合、価格協定をしていたことを自主的に公正取引委員会に申告した場合、課徴金が減免される制度です。 なぜ、最近になって日本で司法取引の制度が施行されたかと言えば、グローバル化が進んでいったからでしょう。これまで日本の国民性を考えると、告げ口をするような司法取引という制度はなじまないのでは、という認識がありましたが、このままでは世界の潮流に置いていかれるという危機感から制定され、今回見事に活用されたわけですね。東京地裁=東京都千代田区霞が関 今回の事件は、数年前から内偵が始まっていたと考えられます。ここ数カ月の話ではないでしょう。なぜなら、先に述べた通り会社内部の捜査は非常に困難だからです。この手の企業犯罪、ホワイトカラー犯罪は、普通の犯罪とは違う特殊性があります。すべての証拠をそろえ、最後の最後に逮捕するわけです。 逃げられたり感づかれたりしたら最後、いくらでも証拠隠滅ができてしまいますから、慎重に内偵を繰り返し、多くの内部協力者と共に捜査をしていたのでしょう。今回のことが事実であれば地検特捜部の大金星ですね。ゴーン容疑者は重罪 さて、今回ゴーン容疑者は金融商品取引法違反の疑いで逮捕されましたが、みなさんが思っている以上の重罪です。  金融商品取引法は、株式や証券などの金融商品の取引を適正に行うルールを定めた法律です。金融商品取引法について、今回の事件に関係のあるところだけ解説すると、まずこの法律は「適正な取引を守る」ということを至上命題としています。これに害する行動に関しては厳しく処罰しています。  例えば田んぼをイメージしてください。農業用水から水が流れてきて、あちこちに引かれていますよね。この田んぼに流れてくる水には限りがあるわけですから、この水の流れを勝手に変えたり、水の目を勝手に変えて自分の田んぼにだけたくさん水が流れるようにしたりすれば、他の人は当然困りますよね。 一人の身勝手な行動で、この水の使い方が混乱してしまうんです。金融取引もこの流れと同じです。この流れに対して細工をする、ということに対しては、非常に重い罪になります。井戸水に毒を入れるのと同じ考え方です。  また、金融商品というのは日本だけではなく、世界中に影響があるわけです。外国の人だって日産の株を買いますから。とすると、日産の株を評価するために参考にする有価証券報告書に虚偽の記載があれば、際限なく悪影響が広まっていきます。 今回は有価証券報告書に役員報酬を過少表記したことが問題になっていますが、そもそもこの有価証券報告書っていうのは、一般に公開されているものです。日産のように株式を公開している企業は四半期に1回、企業の情報を金融庁に報告する義務があります。さらにこの報告書の中に、役員の状況という項目があり、役員の報酬を報告しなければならないわけです。 とすると、投資家たちは一般に公開されている日産の有価証券報告書をみて、日産の株式を買おうか、売ろうかを考えるわけです。 例えば、そう簡単なものではないのですが、役員報酬がずっと増え続けていれば、日産って元気な企業なんだなって投資家は思いますよね。役員の報酬が上がり続けているのに業績が悪い企業なんて普通は考えられないですから。カルロス・ゴーン容疑者の逮捕から一夜明け、報道陣らが集まった日産自動車の本社=2018年11月 ところが今回ゴーン容疑者は役員報酬を減らして記載していた。それを見た人たちは、投資をやめようかな、と思ってしまうかもしれない。この点が、みなさんが思っているよりも大きな問題なんです。 投資家を含め多くの人が有価証券報告書を見て、そして日産の株価が変わるわけです。さっきの話でいうと、水の流れが変わるわけです。なので、役員報酬を虚偽記載したというのは影響がとても大きく、大問題になるわけです。実刑の可能性も 罰則については、役員報酬を過少報告したことが、もし「重要な事項について虚偽の記載をしたと該当」すれば、場合によっては10年以下の懲役、1000万円以下の罰金に処されることがあります。重罪です。 さらに、刑事罰だけではありません。行政上のペナルティー、課徴金というのもあります。これも数億円になるでしょう。行政罰と刑事罰はまた別ですからね。個人に対する刑罰、会社に対する罰金、あとは日産社に対する課徴金が発生する可能性があります。 この後の展開ですが、脱税という可能性も考えられます。有価証券報告書で役員報酬を過少記載しただけではなく、きちんと確定申告をしていないということになれば、過少申告または無申告ということになります。場合によっては再逮捕の可能性もあるでしょう。 さらに、11月19日夜の日産の記者会見で報告されていたような経費の不正流用は、また別の犯罪になります。該当しうる法律でいえば、会社法の特別背任罪が考えられます。本来、企業のために全力を尽くさなければならない役員などの上層部が、会社のためではなく自分のために動き、会社に損害を与えた場合の犯罪です。 人から何かを頼まれて会社を経営している、というのは、信頼関係がもとになるわけです。その信頼を裏切ったということに対する制裁が特別背任罪で、これも10年以下の懲役が科せられる可能性がある重罪です。 実はちょうど昨日、興味深いニュースがありました。「丸源グループ」のオーナー、川本源司郎被告が脱税事件で実刑判決を言い渡されたのです。35億円の所得を隠し、法人税約10億円を免れた罪です。 川本被告には懲役4年、罰金2億4000万円を言い渡されました。これはあくまで刑事罰ですから、そのほかに過少申告加算税や重加算税というペナルティーがあります。大体、所得隠しをした35億円と同額、またはそれ以上の金銭がペナルティーとして持っていかれるでしょう。脱税は割に合わないという見せしめのためです。 今回、もし、ゴーン容疑者が所得50億円分を過少申告もしくは無申告していたとすれば、川本被告と同じく懲役4年の実刑判決は間違いないでしょう。丸源ビルオーナーの実刑判決は、ゴーン容疑者の行く末を示唆するかのようなタイムリーな報道でしたね。記者会見に臨む日産自動車のカルロス・ゴーン社長(当時)=平成28年10月、東京都港区(福島範和撮影) ちなみに、この川本被告が脱税を追及されたのは今回で2回目のようです。1回目の時は、政治家などが絡んでうやむやにしてもらったようですが、今回はダメだったみたいですね。時の権力者にお金を積んで見逃してもらうような、そんな時代は終わったということでしょうか。(聞き手/iRONNA編集部、中田真弥) やまぎし・じゅん 弁護士、弁護士法人ALG&Associates執行役員。昭和53年、福島県生まれ。早稲田大法学部卒。時事問題や芸能ニュースを、法律という観点から分かりやすく解説する弁護士として、テレビやネットニュースなど各種メディアに多数出演。その他、企業向け労務問題、民泊ビジネス、PTA関連問題などのセミナーで講師を務めている。

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    日産の「ゴーンショック」 その余波はどこまで広がるのか

    ります」 次に株主の動向だ。これまで日産はメーカー随一の配当を出してきたため、株価も安定していたが、事件後に株価は急落。今後も極めて不安定な状況になることが予想される。「投資家の中には、ゴーン氏がいるから経営は安心して任せられると株を持っていた人も多かった。だから、会長や社長の高額報酬についても株主総会で批判が出なかった。しかし、今回の件で今後の経営体制や業績に厳しい見方が出るのは必至」(経済誌記者) もちろん、日産社員や取引先、販売店などから噴出する不安や不満も早急に払拭させなければ、経営の屋台骨は崩れてしまう。「ゴーン氏が高い業績のパフォーマンスをあげていた2000年代に入ってきた日産社員や関係先の従業員は、他企業からヘッドハンティングされてやる気に満ちた優秀な人材も多い。こういう人たちが今後、どれだけ日産を見捨てず、奮起して会社を生まれ変わらせることができるかがカギでしょう」(前出・福田氏) そして、もっともゴーン氏逮捕の影響が見えにくいのが、消費者だろう。西川社長も会見で「日産ファンには申し訳ない」と謝罪したが、今回の事件が新車販売にまでブレーキをかけてしまうのか。「日産ユーザーの中には、ゴーン氏がいなくなっても良いクルマさえ出してくれればという人もいるでしょうが、自分が購入したクルマの利益が不正に流用されていたと聞けば、いい気分はしませんよね」(前出・関氏) こうして多方面に及びかねない「ゴーンショック」の余波。事態が大きすぎるがゆえに、“通常運転”に戻すだけでも、相当な時間がかかりそうだ。関連記事■ 日産連合“カリスマ”退場で打撃必至 ゴーン氏逮捕、3社をまとめる扇の要失う■ 日産社員は複雑「私たちの給料と桁違い。想像つかぬ」■ 「プロ経営者」次々と更迭 なぜ日本で活躍できないのか■ ゴーン氏逮捕に至った責任追及に疑問も 米メディア■ 日産社員と司法取引合意 東京地検、2例目 ゴーン容疑者捜査

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    ゴーン・ショック

    「ゴーン・ショック」が世界を駆け巡った。日産自動車のカルロス・ゴーン会長が自らの報酬50億円を過少申告したとして逮捕された。経営危機にあった日産をV字回復させた世界的カリスマ経営者ゆえに、その衝撃は計り知れない。ゴーン会長に何があったのか。

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    カルロス・ゴーンは「英雄」か、それとも「悪人」か

    ップ君臨は、あまりに長かったということだろうか。 11月19日、日産社長の西川氏は会見の席上、今回の事件について「長年のゴーン統治の負の側面といわざるを得ない」とし、ゴーン氏一人に権限が集中したことについても「ガバナンス(企業統治)に関しては猛省する」と述べた。 犯した罪を見る限り、会社のカネで私腹を肥やしたゴーン氏は「悪人」に違いない。しかし、それでもなお、彼が日産、ひいては日本経済に与えた功績を考えれば、一面では「英雄」であったことも、認めざるを得ないだろう。そして、功績が確かだからこそ、従業員や関係者の「落胆」も大きい。2018年10月20日、横浜市の日産自動車グローバル本社前に掲げられた(左から)日本国旗、フランス国旗、日産の旗 三社連合という「壮大な実験」は画期的だった。しかし、この前代未聞の多国籍アライアンスは、ゴーン氏のリーダーシップなしには成立し得ないものだった。結果的に、体制そのものがガバナンスの留め金を外し、ゴーン氏に「やりたい放題」を許すことにつながった。 ゴーン氏は、三社連合の世界販売台数について、22年に1400万台という予測を発表していた。しかし、ゴーン氏の失脚により、三社連合、さらに三社それぞれが多大な影響を受けるのは間違いない。今後、三社連合が崩壊し、日産の経営が傾くような事態になれば、それこそがゴーン氏の残す最大の「負の遺産」になるのかもしれない。

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    東京地検特捜部、ゴーン会長逮捕に「米国の陰謀」はあったか

    の管理下に置くために設置された組織がもともとの姿であり、以来米国との連携が密と言われています。今回の事件についても、ゴーン氏がその米国を刺激するようなことをしてしまった可能性が指摘されています。 例えば、今日のトランプ政権にとって、日本の対米黒字が許容できないほど大きく、その主犯が自動車産業にあるとみています。このため、米国は日本に対して、対米自動車輸出を大幅に削減し、米国での現地生産にシフトするよう求めています。自民党の阿達雅志参議院議員によれば、日本側に最大100万台の削減を求めているらしく、昨年1年間の対米自動車輸出は174万台でしたから、これはとんでもなく大きな数字であり、自動車業界の経営を揺るがしかねない事態です。 このため、日本の自動車業界としても簡単に応諾できるものではなく、日産もこの米国案には抵抗していたと言います。そう考えれば、ゴーン氏の逮捕は、いわば「見せしめ」的な何らかの意図が働き、他の自動車業界に対米輸出の自主規制を促す、との見方もできなくはありません。 また、日産は経営危機に陥った三菱自動車を傘下に収めましたが、三菱自はかつて軍事部門を持つ三菱重工業の一部門でした。日産がゴーン会長の下で軍事部門を支配するようになれば、米国の軍事産業が警戒を強める可能性も指摘されていました。真相は分かりませんが、今回の特捜部の動きは「米国との連携プレー」という側面も否定できません。 こうした経緯で考えると、今後の日本経済、産業界には少なからぬ影響が予想されます。まず日本経済については、自動車業界の対米輸出の大幅削減が、そのまま需要の減少、成長の押し下げとなります。自動車業界だけで対米黒字を4兆円以上生み出していますが、仮にこれをゼロにすると、関連企業、下請け企業の需要減も含めて、日本のGDP(国内総生産)を1%以上減らす可能性があります。 消費税増税と自動車の対米輸出大幅減が重なると、現在検討されている補正予算による景気対策を講じてもカバーできなくなります。かといって、10兆円超の大型景気対策を打ち出しても、人手不足で実施が困難な上、財政赤字の拡大、長期金利の上昇という副作用をもたらします。 仮にこれで日本全体のGDPは落ち込みを回避できたとしても、兆円単位の輸出減に直面する自動車業界の救済にはつながりません。米国での現地生産拡大で穴埋めできる分は限られています。米国でも人手不足が進行しているからです。トランプ米大統領=11月6日(ロイター) さらに、日産自動車は「重大な不正行為」を働いたとはいえ、一度は経営危機に陥った同社を見事に再建し、業績をV字回復させたゴーン氏の「手腕」を失うことになります。これに代わるカリスマ経営者がすぐに現れる保証はなく、輸出の大幅削減の下で世界2位の巨大自動車グループが迷走するリスクがあります。 今回のゴーン会長逮捕は、単なる個人の不正に対する処分では済まない大きな波紋を日本経済に広げることになります。日本経済や金融市場への打撃はもちろん、長年わが国の産業界でリード役を果たしてきた自動車業界全体にとっても、対米輸出の規制を通じた大きな試練に直面し、経営の基盤を揺るがす事態ともなりかねません。これは自動車をはじめとする産業界に支えられる安倍政権にとっても、大きな試練となります。

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    ゴーン会長の高額報酬は本当に適正だったか

    の情報発信手段がなかった時代には、マスコミの助けがないと、不利になる恐れもあったが今は違う。 今回の事件を見ると、従来のマスコミのポジションがなくなりつつあるように感じられた。少なくとも筆者には日産のプレスリリース、西川社長の記者会見と有価証券報告書があれば、十分な情報である。

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    逮捕容疑は微罪でも思惑動く「ゴーン・ショック」

    加谷珪一(経済評論家) 日産自動車のカルロス・ゴーン会長が東京地検特捜部に逮捕されるという衝撃的な事件が発生した。ゴーン氏は経営危機に陥った日産をV字回復させた名経営者として自動車業界に君臨してきた。日本ではゴーン氏はグローバル・スタンダードの象徴と見なされており、高額の役員報酬を正当化する根拠にもなっていた。 ゴーン氏が有能な経営者であったことは誰もが認めるところだが、多くの日本人がイメージするようなグローバル経営者とはちょっと違う。ゴーン氏とはいったい何者だったのか、そして私たちはこの事件についてどう受け止めるべきなのか考察した。 日産は1999年に経営危機に陥り、仏ルノーに救済された。日産の経営を立て直すために派遣されたのが、当時同社の副社長だったゴーン氏である。 ゴーン氏は日産の最高執行責任者(COO)を経て2000年6月に最高経営責任者(CEO)に就任。徹底的なコストカットを実施するなどトップダウン経営を強力に推進し、日産はV字復活を果たした。その後、ゴーン氏は日産の会長だけでなくルノーの会長も兼務するようになり、ルノー・日産・三菱グループを率いる大物経営者として自動車業界に君臨してきた。 日産のV字回復はコストカットによるところが大きいが、「新型フェアレディZ」や「GT-R」といった、魅力的なクルマ作りに惜しみなく費用を投じるなど、日産のイメージを劇的に回復させた実績もある。事件の是非はともかくとして、ゴーン氏が有能な経営者であったことは間違いないだろう。日産の高級スポーツカーGTーRの特別仕様車をアピールする、カルロス・ゴーン氏=2013年11月、神奈川県横浜市(田辺裕晶撮影) 一方、冒頭でも記したが、日本国内でゴーン氏はいわゆるグローバル・スタンダードの象徴と見なされてきた。ゴーン氏は日本の平均的な企業経営者とは比較にならない水準の高額報酬を受け取っていたが、上場企業の経営者の報酬は高額で当然、という話の引き合いに出されるのは決まってゴーン氏であった。 ゴーン氏の影響なのかは不明だが、その後日本の経営者の役員報酬はうなぎ上りになっており、現在では業績が芳しくない企業であっても億単位の報酬をもらう役員が続出している。 筆者は、国籍にかかわらず有能な人物を高額で雇うことについて、基本的に賛成する立場である。だが、ゴーン氏が高額報酬の妥当性を担保できるグローバル・スタンダードな経営者なのかという点については疑問の余地があると考えている。 情緒や感情ばかりが優先する日本社会では、グローバル企業という言葉の定義すらはっきりしておらず、外資であればグローバルといった単純な理解にとどまる人も多い。 本当の意味でのグローバル企業というのは、明確な国籍がなく、拠点も人材も多国籍になっている企業のことを指す。具体的にはネスレやABBグループ、ユニリーバといった企業である。 米国の著名企業の中にはグローバルに事業を展開しているところも多いが、マイクロソフトもインテルもれっきとした米国企業である。自動車メーカーになると国を代表する企業という側面が強くなり、自動車大手のGM(ゼネラル・モーターズ)はまさに米国を象徴する企業といってよい。 その文脈で考えれば、フランス政府が筆頭株主となっているルノーは、グローバル企業ではなく、れっきとしたフランス企業ということになる。フランスはもともと革命国家であり、ミッテラン政権時代には企業の国有化を強力に推し進めるなど、社会主義的・官僚主義的な風潮が極めて強い。ゴーン氏自身もレバノン系ではあるが、フランスの官吏養成機関である「グランゼコール」を卒業した典型的なフランスのエリートである。ゴーン氏は微罪か 米国企業や多国籍企業の役員報酬が極めて高額なことはよく知られているが、著名企業の多くが国営となっているフランスは事情が異なる。企業トップにはグランゼコールの卒業生が就くケースが多く、米国企業やグローバル企業のような超高額報酬は許容されていない。 ゴーン氏は、日産のトップに就任して以降、常に10億円近くの報酬を受け取ってきた(逮捕容疑によると実際はもっと多かったわけだが…)。ゴーン氏は親会社であるルノーのトップも兼任しているが、ゴーン氏はルノーからはそれほど多くの役員報酬をもらっていない。 最近でこそ、ルノーからの報酬も引き上げているが、フランス政府はゴーン氏の報酬引き上げに反対してきた。ゴーン氏はこうした事情から、報酬の多くをアジアの現地子会社である日産から受け取ってきたというのが現実なのである。 一連の状況を総合的に考えると、ゴーン氏はいわゆるグローバル・スタンダードの経営者ではなく、典型的なフランス企業の経営者であり、買収したアジアの現地子会社から多額の報酬を受け取っていたに過ぎないということになる。 今回、ゴーン氏にかけられた容疑は有価証券報告書の虚偽記載である。投資家にウソの報告をすることは許されることではないが、自らの報酬額を少なく説明していたことが投資家にどれほどの損失を与えるのかというと、現実には大した話ではない。 逮捕容疑について脱税と勘違いしている人が多いが、今のところゴーン氏に脱税の容疑はかかっていない。そもそもゴーン氏は源泉徴収の対象である可能性が高く、もしそうだとすると理論的には脱税のしようがないのだ。 日本では、悪質度合いでは比較にならない「不正会計」が横行しているにもかかわらず、まったく罪に問われない経営者がたくさんいるという現状を考えると、現時点で得られる情報の範囲ではゴーン氏の容疑は「微罪」ということになる。余罪があるのか、場合によっては今回の逮捕に何らかの思惑が存在しているようにも思える。 真相はまだ分からないが、冷徹なリストラを行い、多額の報酬を受け取っていたカリスマ外国人経営者が逮捕されたことで留飲(りゅういん)を下げた人も多いかもしれない。だが、そのような感覚のままでは、再び同じことの繰り返しとなるだろう。 そもそも日産がルノーに買収されたのは、日産を救済する覚悟を持った企業や投資家が日本にいなかったからである。日産が経営危機に陥った際、日本国内のリスクマネーが日産を救済していれば、こうした事態には至らなかったはずだ。三菱自動車を救ったのも、結局はルノーだったという現実を忘れてはならない。日産自動車の社長と三菱自動車の会長を兼務することが決まり、会見に臨んだカルロス・ゴーン氏(当時)=2016年10月、東京都港区(福島範和撮影) 最近ではシャープという事例もある。日本国内では中国資本に対する批判が根強いが、結局シャープを救ったのはチャイナ・マネーであるというのは厳然たる事実だ。鴻海は台湾の企業だが、創業者のテリー・ゴー氏は外省人(中国から台湾に渡った人々と子孫)であり、中国本土で成長した企業なので限りなく中国資本に近い。鴻海は台湾企業であるとして納得するのはナンセンスである。 競争を忌避(きひ)し、自らに甘く、いざという時にリスクを取れない国民は、資本市場において確実に諸外国の餌食(えじき)となる。ゴーン氏の活躍と失墜は、日本人自身に問いかけられた課題と認識すべきだろう。

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    企業内部告発の先駆者「日本は告発者が守ってもらえない国」

     現在、この国で内部告発者を守るためにあるはずの法律が「公益通報者保護法」(2006年4月施行)だ。 告発者に対する解雇や減給などの無効を定めた同法が制定されるきっかけを作った人物といわれるのが、トナミ運輸元社員の串岡弘昭氏(71)である。壮絶な“会社員人生”を送った同氏に、現在の「保護制度」はどう映るのか──。* * * トナミ運輸岐阜営業所に勤めていた1974年、私は業者間の闇カルテルの問題をメディアに告発しました。私が情報提供者だとわかると、会社は富山の研修所への異動を命じ、それから30年以上、草むしりやストーブへの給油、雪下ろしなどの雑用だけが私の仕事になりました。【1974年8月1日の読売新聞で、東海道路線連盟(東京―大阪間に路線を持つ運送会社50社)の加盟社による、違法な闇カルテルの存在が報じられた。同紙に情報提供したのが串岡氏だ。 それ以降、仕事が雑用だけになり、手取り18万円のまま昇給もなくなった串岡氏は2002年、会社を相手取って損害賠償と謝罪を求める訴訟を起こす。2005年、会社側に1356万円の支払いを命じる判決が下され、串岡氏は係長に昇進。2006年、同社を定年退職した】※写真はイメージです(ゲッティイメージ) 不正な割増運賃の是正を上司や役員に何度も直訴したが、無視されたので闇カルテルについては読売新聞と公正取引委員会に告発しました。〈50社ヤミ協定か 東海道路線トラック〉という見出しで記事になった2日後、親しくしていた名古屋支店長に力を貸してもらおうと、自分が情報提供者であることを話した。そこから私の人生は“暗転”します。条件が厳しすぎる 支店長は会社の上層部に報告し、私が人事部に呼び出されたのは1か月後のことです。富山の研修所に異動になり、机だけがぽつんと置かれた3畳ほどの部屋が“仕事場”になった。職場の懇親会や忘年会にも私だけ呼ばれない。辞めさせようとしたんでしょう。 家族からも、もう辞めたらどうかといわれて悩みもしましたが、辞めるべきは自分ではないという信念があったので、いずれ裁判をやろうと決めていた。2人の子供が大学を卒業した55歳の時に、裁判を起こしました。ちょうど雪印食品の牛肉偽装問題とタイミングが重なり、その年の流行語大賞で「内部告発」がベスト10に入り、授賞式にも呼ばれました。 そして2006年4月には、公益通報者保護法が施行されました。法が制定され、告発者に対する世間の目線が「裏切り者」から「勇気を持った人」という印象に変わったとは思います。しかし、法律の中身を見れば、事実上の“内部告発者規制法”でしかない。 現行法では告発者が保護を受けるための条件が厳しすぎるのです。 たとえば外部への通報を行なう場合、「まずは社内で通報し、20日以内に『調査を行なう』といった返事がない」ことなどが保護を受ける条件になります。つまり、会社側が時間稼ぎで「調査する」といえば、メディアなどへの告発はできなくなる。こんな足かせばかりの法律では、不正の告発を困難にするだけ。 しかもこの法律には罰則規定が設けられていない。あくまで民事ルールとして定められたもので、違反した企業に刑罰や行政処分は下されません。内部告発者が不利益を被った場合、裁判を起こして争わないといけないわけです。 米国の公務員を守るホイッスルブロワー法は通報者への一切の報復的人事を禁じていますが、日本でそういった法制度はありません。今でも、日本は「内部告発者が守ってもらえない国」です。告発にあたっては、私のように“人生を奪われるリスク”を覚悟しなければならないのです。関連記事■ 出会いカフェの貧困女子 「お母さんに言えないよ…」と号泣■ 石破茂「献金100万円で加計潰し」報道が示す“総理の意向”■ ヤメ東芝男性 「日本企業が抱える問題のほとんどに触れた」■ 江藤彩也香 HKT48元メンバーが10代ラストで見せた肉感ヒップ

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    海賊版サイト「捜査を渋る」日本の警察こそ弊害である

    楠正憲(国際大学グローコム客員研究員) 10月15日に行われた政府の「インターネット上の海賊版対策に関する検討会議」は、中間とりまとめを提出できないまま無期限延期となった。検討が不十分なまま、海賊版サイトのブロッキングに突き進まなかったことは英断だった。 今年4月に、民間の自主的取り組みとして、「漫画村」「Anitube」「Miomio」の3サイトに対するブロッキングが適当との緊急対策が示された。しかし、実際にはブロッキングが実施されないまま、3サイトともサービス閉鎖に追い込まれた。これは個人やニュースサイトによる「草の根」調査を通じて、海賊版サイト運営者の正体に迫ったことによる成果である。 検討会議では、現行制度で海賊版サイトに対してどこまでの対抗措置を行うことができるのか、実際に試すことのないまま臆測が語られた。例えば、検討会議では当初、多くの海賊版サイトを配信している米コンテンツ配信サービス(CDN)大手のクラウドフレア(Cloudflare)は権利者からの照会には応じないとされたが、これは出版社が作品の著作権を保有しておらず、米国で裁判を起こしていなかったからだった。 実際の権利者である漫画家がクラウドフレアを相手取って米国で裁判を行ったところ、罰則付き召喚令状(サピーナ、Subpoena)を勝ち取り、クラウドフレアから海賊版サイト運営者の情報について開示を受けている。同じ10月に東京地裁でも、クラウドフレアに対して発信者情報の開示を命じる仮処分を決定している。 中間とりまとめ(案)では、被害規模について業界団体のコンテンツ海外流通促進機構(CODA)が試算した数字が採用されたが、明らかに過大である。試算では、「漫画村」だけで3192億円の被害があったとしている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 算定根拠は、アクセス解析サイトのシミラーウェブ(SimilarWeb)で「漫画村」のドメイン(インターネット上の住所)を解析し、17年9月から18年2月の延べアクセス数の6億1989万に、漫画や雑誌の平均単価515円を掛け合わせた額という。 そもそも、2017年の紙と電子のコミック市場全体で4330億円、前年比で2・8%減となっている。これを被害算定の6カ月分に換算すると2165億円となる。本当に「漫画村」だけで3千億円以上の被害が出たならば、コミック市場は消滅どころかマイナスに突き抜けてしまっている。あるべき法治国家の姿とは 著作権法114条では著作権侵害による損害金額について二つの算定方法を認めている。一つは「譲渡等数量✕著作権者等が販売できた場合の1件あたりの利益額」で、もう一つは加害者が得た利益の額である。いずれの方法で試算しても、「漫画村」による被害額はCODAの試算よりも少なくとも1桁から2桁は小さいのではないか。 権利者団体が、被害を自らに有利な基準で主張することは当然の権利だ。しかし、政府が法令をつくる前に立法事実を明らかにする場合には、権利者団体の主張を鵜吞みにするのではなく、改めて法令や過去の判決に基づいて実質的な損害を推定すべきである。 このように、残念ながら検討会議では、海賊版サイトに対する現行法での対抗策や被害規模といった最も基礎的な立法事実についてさえ、知的財産戦略本部事務局がブロッキング推進派の主張を鵜呑みにするばかりで杜撰な調査しか行われなかった。しかも、その点が記事や検討会議で指摘された後も姿勢を改めなかった。こうした不誠実な進め方が、結果として検討会議の空中分解を招いたことは明らかだ。 検討会議と並行して行われた民間での自主的な取り組みによって、海賊版サイトの配信元や広告ネットワーク・広告主を追跡し、権利者である漫画家と連携して米国や日本で裁判を起こしたならば、サイト運営者を突き止めて、サイトを閉鎖に追い込める可能性が明らかになった。 こうした経験を踏まえて、出版業界と権利者が連携して海賊版サイトと対抗する方法の糸口はつかむことができた。検討会議が空中分解したとしても、今回の騒動を通じて得られた知見に基づいて、民間での海賊版サイト対策は着実に推進すべきだ。 とはいえ、漫画家や出版社にとって、当然の権利を行使するためだけに、日本や米国で裁判を起こさなければならないのでは負担が重過ぎることも確かだ。本来であれば、警察に海賊版サイトの存在を通報して被害届を出すだけで、警察が捜査を行って海賊版サイトの犯人を逮捕し、サイトを閉鎖することが、あるべき法治国家の姿である。2018年4月、サイバー関連部署の新庁舎の開所式で、手を重ね合う警視庁サイバー犯罪対策課の平川敏久警視(右から2人目) 海賊版サイトを閉鎖できれば、単に日本国内でブロッキングを行う場合と違って、海外利用者に対する海賊版コンテンツの配信も止めることができる。まさに、知的財産戦略本部の役割である、海外に対する日本のコンテンツ振興のために必要な施策といえるだろう。 ところが、実際には、警察は海賊版サイトをはじめとしたサイバー事案について被害届の受理を渋り、仮に受理したとしても捜査着手は難しいと聞いたことがある。何より捜査を担当する都道府県警に技術に精通した捜査員が少ないからだ。招かざる「ディストピア」 それだけではなく、海外にある事業者やサーバーに対しては捜査権が及ばず、海外の捜査当局との執行協力には英語や専門知識が必要で時間がかかってしまう。ところが、被害届を受理した警察署の認知件数に加算されてしまうため、捜査の難しいサイバー犯罪の被害届を受理すると、結果として検挙率が悪化してしまうらしい。 たまたま、出版社の所在地であったり、漫画家の居住地だからという理由で海賊版サイトの被害届を受理したとして、警察署の所轄とは本来は関係ないのに検挙率が下がるとはおかしな話だ。サイバー犯罪で被害届の不受理による泣き寝入りを防ぐためには、国際的なサイバー犯罪を捜査できる全国レベルの専門組織を整備し、サイバー犯罪専用の被害届提出窓口を別に用意することが求められる。さらには、地域とのつながりが薄いサイバー犯罪については、各警察署の検挙率の計算から除外するといった配慮が必要となるのではないか。 県境や国境のないインターネットに跋扈(ばっこ)している犯罪者は、海賊版サイトだけではない。オンラインカジノや未届の仮想通貨交換業者によるマネーロンダリング(資金洗浄)、違法薬物や偽造身分証を扱うダークマーケットなど、さまざまな犯罪が野放しにされているのが実情だ。 これらの多くは海賊版サイトと違って、発信元を突き止めることも、裁判を通じて争うことも極めて難しい。米欧の捜査当局はこうした悪質な事案に対して、国家レベルの特別組織を編成し、域外執行協力や囮(おとり)捜査を駆使して摘発している。だが、日本の警察は、敗戦後の連合国軍総司令部(GHQ)による占領政策を通じて都道府県単位で分断されて、その捜査手法も厳しく制限されている。 サイバー犯罪で泣き寝入りしているのは、漫画や映像の権利者だけではない。素人相手に大っぴらに商売するには、日本国内に配信拠点を持つCDNとの契約が必要で、主要国で法令が整備されていて、裁判で争うことも容易な海賊版サイトは、国際的に見ても対策が確立している犯罪類型といえる。 一度海賊版サイトに対してブロッキングを認めてしまっては、もっと対策が難しい個人の権利侵害に直結している名誉毀損(きそん)やフェイクニュース、ソーシャルネットワークによる児童誘引など、さまざまな犯罪を口実として、ブロッキングの対象が拡大してしまうだろう。2018年7月、米ニューヨーク証券取引所で、画面に表示されるツイッターの株価(ロイター) そして、気付いたときには、中国やアフリカ・中東の専制国家のように、ツイッターやフェイスブックでさえ自由に使えない、権力者にとって都合の悪いニュースは遮断されてしまう国になってしまう可能性すらある。それでサイバー犯罪を抑止できるかというと、悪質な犯罪者はブロッキングの及ばないダークウェブに逃げてしまうだけで、何ら効果がないばかりか、犯罪捜査が難しくなって泣き寝入りする被害者は増えてしまいかねない。 こうしたディストピア(反理想郷)を招かないためにも、海賊版サイト対策としてはブロッキング実施よりも前に、まずは権利者と業界との連携を通じた民間での自主的取り組みと、警察によるサイバー犯罪に対する捜査態勢の強化から手を付けるべきではないか。犯罪者を野放しにしたまま、政府に検閲の手段を与えることは明らかに本末転倒だ。

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    飲酒ひき逃げ、吉澤ひとみは「孤独の病」を克服できるか

    過失傷害)と道交法違反の罪で起訴された。酒を飲んだ後にひき逃げをしたというだけでも十分ショッキングな事件だが、その後の報道でさまざまな事実が明らかになるにつれ、ショックを通り越し、怒りを禁じ得なかった人も多いのではないだろうか。 まず、吉澤被告は事件の15分後に自ら110番通報したというが、すぐに停止しなかったのは、停車するスペースがなかったからだと言い訳をしていた。また、飲酒量についても過少申告し、後になって供述を変えたという。 さらに、極めつけは、ひき逃げの瞬間の動画が公開されたことだ。これを見る限り、相当なスピードで信号無視をし、横断歩道を渡っている女性をはねたことがはっきり分かる。報道によると、法定速度を約20キロ超える時速86キロで走行していたという。しかも、一度ブレーキランプが点灯したものの、その後は制止しようとした人を振り切って、むしろ加速してその場から逃げていた。 また、路肩にはほとんど停車中の車はなく、止まろうとすればすぐに止まることはできたはずで、嘘をついたのは明白だ。事故の直後で気が動転していたのは分かるが、ひき逃げという悪質さに加え、その後の言い訳や嘘の数々に至っては、醜悪としか言いようがない。 その他にも吉澤被告の行動に関しては、首をかしげたくなる点が多かった。例えば、事故当時、車で仕事に向かっていたとのことだが、朝から仕事だというのに、酒が残るほど深酒をしていたことだ。 また、そんな状態であるにもかかわらず、車で仕事に行こうと考えたことも不思議だ。タクシーを使うなり、マネジャーに連絡するなり、他の手段はいくらでもあるだろう。 しかも、彼女は交通事故で実弟を亡くしているという。そんな痛ましい経験を持つ者が、どうして平気で酒気帯び運転などできるのだろうか。そして、事故後も平気で嘘を重ねることができるのだろうか。 これらの答えは簡単である。それは、彼女が「アルコール依存症」に陥っている可能性が極めて高いからだ。実際、飲酒運転で事故を起こした人の大半が、アルコール依存症だという調査結果もある。道交法違反罪などで起訴された吉澤ひとみ被告 アルコール依存症の簡単なスクリーニングテストとして知られる「久里浜式アルコール症スクリーニングテスト(KAST)女性版」によると、「飲酒しながら仕事、家事、育児をすることがある」、「自分の飲酒についてうしろめたさを感じたことがある」、「せめて今日だけは酒を飲むまいと思っていても、つい飲んでしまうことが多い」などの項目があり、一つでも当てはまると「要注意群」とされている。 吉澤被告の場合、今回の事件を見ると、上記の項目にすべて当てはまる可能性が高いため「アルコール依存症の疑い濃厚」と判断できる。 また、世界保健機関(WHO)のアルコールスクリーニングテスト「AUDIT」では、「あなたの飲酒により、あなた自身や他の人がケガをしたことがありますか」という項目があり、これだけで4ポイント(8ポイント以上が危険性が高い飲酒者)と大きな加算となる。他に本件から簡単に推測できる項目を加算し、飲酒量や頻度などを合わせて集計すると、それらを最低限度に見積もっても、吉澤被告の場合「危険な飲酒レベル」となる。希薄な対人関係 「飲んではいけないときに飲んでしまう」「思っていた以上に深酒をしてしまう」「飲酒が原因で社会的な問題を引き起こしてしまう」「自分の飲酒には問題がないと考える」。これらはいずれもアルコール依存症の症状なのだ。 このように、吉澤被告がアルコール依存症だとすれば、朝から仕事なのに深酒してしまったこと、平気で車を運転して事故を起こしてしまったことなどは何の不思議もない。 そもそも、アルコール依存症の人にとっては、アルコールが何より大事になってしまっており、身内を事故で亡くしたことなどは、二の次、三の次となってしまう。つまり、脳がアルコールに乗っ取られた状態であり、悲しいことではあるが、それがこの病気の恐ろしいところなのだ。 また、重要な点は、アルコール依存症は単に多量の飲酒をするというだけの病気ではないということだ。世の中の大多数の人が飲酒をするのに、しかも相当多量に飲む人も多いのに、大半の人が依存症にはならない。それはなぜだろうか。 アルコール依存症だけでなく、あらゆる依存症は「関係性の病」、「孤独の病」と言われ、依存症の根本には、必ず希薄な対人関係や孤立があるからだ。 報道によれば、吉澤被告は前日、自宅で夫と飲酒をしていたというが、夫は彼女が危険な飲み方をしていることに、これまで気づいていなかったのだろうか。翌朝から仕事だと知らなかったのだろうか。車で家を出たことを知らなかったのだろうか。どれか一つでも知っていたら、この事件は防げた可能性が大きい。 家族や友人の誰もが、彼女の危険な飲み方について注意をしたり、診察を勧めたりしていなかったのだろうか。そうだとすれば、華やかな芸能界にいるように見えて、何という希薄な人間関係、何という孤独な環境だろうかと暗澹(あんたん)たる気持ちになる。 このような重大な事故を起こしてしまえば、ますます周囲から人が離れ、本人も自信や自尊心を失い、孤立を深めていく恐れがある。送検のため警視庁原宿署を出る吉澤ひとみ容疑者(奥)=2018年9月7日 事件について、罪を償うのは当然だが、どれだけ厳しい罰を受けたとしても、アルコール依存症は治らないのが現実だ。そもそも、飲酒運転については厳罰化が進んでいるが、厳罰化はこの種の事件を抑制できないというエビデンス(臨床的根拠)があり、今や常識となっている。 吉澤被告の事件を踏まえ、最も重要なことは、治療につなげることである。そして、その中で新たな人間関係を築き、これ以上自分の体や心を傷つけないようにすることだ。さらに、自尊心を取り戻し、社会生活を取り戻すことが何より大切になる。 また、その一方で、われわれ社会の側も立ち直ろうとする人を受け入れ、バックアップすることが必要だろう。自分を大切にできない人が、他人を大切にできることなどありえない。本当の償いや再出発は、そこからスタートする。

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    「点滴殺人」元看護師の病的心理を読み解く3つの視点

    病院(現横浜はじめ病院)で、点滴に界面活性剤を主成分とする消毒液ヂアミトールが混入され患者が死亡した事件は、2年近くが経過し、ようやく容疑者が逮捕された。逮捕された久保木愛弓(あゆみ)容疑者は、同病院の看護師だった。 ただ、今回の事件は、当初から容疑者は病院関係者との見方が大勢を占めていた。その理由は、点滴袋が保管されていたナースステーションに容易に出入りでき、その周辺にいても怪しまれることがなく、注射器や点滴袋の扱いに慣れた人物である可能性が高いという状況があったからだ。 さらに、被害者の1人は当初は病死と判断されていたことから、直ちに毒殺が疑われるような劇的な症状を呈することのない薬物を選び、点滴という緩慢な方法での投与を選んだという点に、医学的な専門知識がうかがわれたことも挙げられる。 そもそも、命を預ける病院で、医療関係者によるこのような事件が起きてしまったこと、そして事件が想像もつかないほど大規模なものである可能性があることに、慄然とせざるを得ない。 医療は、医学的専門知識の上だけに成り立っているのではない。「害をなすことなかれ」という古代ギリシャの医者、ヒポクラテスの誓詞を引くまでもなく、患者と医療提供者との信頼関係の上に成り立っている。 いくらインフォームドコンセント(患者への十分な告知と同意)を得るなどの手続きを着実に行ったとしても、ひとたび処置を任せば、患者はある意味「まな板の上の鯉」も同然である。 では、なぜ本来患者を守り、命を救うはずの看護師がこのような凶行に出たのだろうか。旧大口病院では事件発覚前、看護師の服が切られたり、飲み物に異物が混入されたりする事件が頻発していたという。 同一人物の仕業かどうか現時点では分からないが、同じ病院にこのようなことをする人物が同時期に複数いるとは考えにくく、一連の事件は同一犯である可能性が大きい。 そもそも、久保木容疑者は警察の調べに対し、「勤務中に患者が亡くなると遺族に説明しなければならず、面倒だった」と動機を供述しているようだが、これが真意かどうかはまだ分からない。送検された久保木愛弓容疑者=2018年7月、横浜市(桐原正道撮影) これらを踏まえれば、当初のいわば嫌がらせ的な「小さな事件」は、直接病院のスタッフに向けられており、病院内での人間関係や処遇をめぐっての恨みが動機として考えられる。 とはいえ、これら「小さな事件」と今回の連続殺人事件との間には、とてつもなく大きなギャップがある。一つは人の命を奪ったという点、そしてもう一つはそれが容疑者の「恨み」とは直接関係ないであろう相手を狙った無差別殺人の可能性が高いという点である。 たとえ病院や病院関係者への恨み、そして病院の評判を貶めたいという動機が出発点であっても、そこからの無差別大量殺人という帰結には飛躍がありすぎる。 それを埋めるものとしてまず考えられるのは、やはり久保木容疑者のゆがんだ心理である。「小さな事件」を起こしても、病院側の態度に変化が見られないと思ったのか、それとも仕返しがまだ不十分だと思ったのか、いずれにしろ恨みを募らせた挙句、犯行が大きくエスカレートした可能性がある。心理的ブレーキが効かなかった容疑者 だが、普通は「ここから先はやってはいけない」というブレーキが働くものだ。そのブレーキとなるものの一つ目は、想像力や共感性である。人間は、何か大きな決断をするとき、「こんなことをすれば、このような結果を招いてしまう」と想像する能力を有している。これが想像力である。そして、その決断が他人を巻き込むものであれば、相手の立場に身を置いて想像する能力も有している。さらに、その行為が重大な結果を招くことが予想されれば、不安という心のシグナルが鳴る。 したがって、重大な結果を招くことが想像できたり、他人に苦痛を負わせるものであることが想像でき、その痛みを共有することができたりすれば、実行を思いとどまるだけの心理的な装置が備わっており、これがブレーキの役目を果たす。 しかし、久保木容疑者はその心理的装置が壊れてしまい、ブレーキにならなかったということである。このような心理の持ち主であれば、おそらく事件について反省もできないであろう。 もう一つ、事件の「間接性」を指摘しておきたい。直接被害者に異物を注射したり、延命装置のスイッチを切ったりすることは、おそらく久保木容疑者もできなかったのだろう。目の前の相手は、何の恨みもない患者だからである。 しかし、前もって点滴袋に異物を混入させておくという行為は、直接自分の手を下して殺すという行為よりは、かなり間接性が増大している。このことがまたこの事件の実行を後押しした要因であろう。 そして、三つ目の理由として考えられるのは、人命軽視という価値観である。2016年7月に起きた相模原市の障害者施設の大量殺人事件は記憶に新しいが、あの容疑者同様の弱者に対するゆがんだ考えが久保木容疑者にも共通しているように思えてならない。 相模原事件の容疑者は、「障害者は生きていても仕方ない」というゆがんだ考えから犯行に至ったと報じられている。旧大口病院には終末期の高齢者が多く入院しており、そのような弱者の生命を軽視し、ためらいもなく標的にした背景には、相模原事件の容疑者と同様のゆがんだ考えはなかっただろうか。 最後に病院側の問題点についても触れておきたい。本件に至るまで、先述の通りたくさんの兆候があった。そして、いくら終末期の患者が多いとはいえ、たくさんの患者が次々に不審死するという異常事態だったにもかかわらず、病院側はほとんど何の手も打っていなかった。点滴を受けた男性入院患者2人が中毒死した旧大口病院=横浜市神奈川区 さらに、最初の被害者が明らかになった後ですら、院長は「職員を信じている」と呑気なコメントをしていた。われわれは何か異常な事態が身の回りに起こっていても「何かの間違いだろう。大丈夫だ」と考えてしまう思考の偏りを有している。それは心理学用語で「正常性バイアス」と呼ぶ。 この事件がかくも拡大してしまった背景には、この正常性バイアスが大きく影響している。正常性バイアスはわれわれに起こりやすい思考のエラーであるが、そうは言っても、人の命を預かる病院にあって、この危機意識の欠如には愕然とせざるを得ない。 このように、さまざまな観点から、久保木容疑者の心理や事件の背景を探ってみたが、現時点では容疑者の供述が転々としており、あくまで推測の域を出ない部分もある。たとえば、点滴袋に毒物を注入したのではなく、点滴の管に注射器で一気に注入したとも報じられている。また、容体の悪い患者だけでなく、比較的安定した患者も標的にされたとの報道もある。まだ事件の全容解明にはほど遠い。 とはいえ、事件の一端が少しずつ明らかになるにつれ、私は暗澹(あんたん)とした気持ちになる。旧大口病院で「老衰」「自然死」として取り扱われていた何十人もの人々の死が、実は殺人であったかもしれないのならば、これは世紀の無差別連続殺人事件である。 だとすれば、本来なら命を救う職業であった久保木容疑者は、何を考え、どんな顔をして、何十もの点滴袋に異物を混入していったのだろうか。そして、なぜ次々と死者が出ても平気でいることができたのだろうか。彼女の中には、われわれの理解をはるかに超えた闇が広がっているのかもしれない。