検索ワード:企業経営/216件ヒットしました

  • Thumbnail

    テーマ

    航空業界がたどる「いつか来た道」

    新型コロナウイルス感染拡大で業績悪化に苦しむ航空大手2社は、余剰人員を自治体や他業種の企業に出向させた。人員整理が簡単にいかないのは、業界特有のルールや労組に大胆な事業縮小を拒まれているためだ。ただこの先、完全なアフターコロナを迎えた際、復活の鍵となるのは、あの「いつか来た道」をたどることだろう。

  • Thumbnail

    記事

    苦渋の社員出向でも不採算路線を切れぬ、航空業界の「視界不良」

    松沢直樹(フリーライター) ANAホールディングスは10月21日、2021年3月期の連結最終損益が5千億円前後の赤字になることを明らかにした。前期は276億円の黒字である。今回の新型コロナウイルス問題で、いかに深刻な打撃を受けているかが分かる。 それだけではない。日本航空は10月30日、希望する社員に対して、出向先で働く機会を増やしていることを明らかにした。グループ全体で1日あたり最大500人程度が出向先で働いているという。 国内の最大手2社がこの状態である。安価な料金を最大の強みにする格安航空会社(LCC)はさらに深刻だ。エアアジアジャパンは11月17日、東京地裁に破産手続きの開始を申し立てた。負債総額は217億円。新型コロナ禍で需要が低迷しており、マレーシアのエアアジア本体から資金面での支援を打ち切られたのが決定的となった。 枚挙にいとまがないのでこれまでにするが、企業規模にかかわらず、航空業界全体がかつてない規模の苦境に立たされているのは間違いない。 だが、今回の新型コロナ問題がなくても、解雇や出向などの余剰人員対策や、大規模倒産などの問題は起きただろうと私は思う。航空業界の赤字体質は、今に始まった話ではないからだ。 四半世紀以上前のことになるが、私自身、エアライン(航空会社)で働いていた時期がある。バブル崩壊後ではあったが、本格的な不況を実感する時期ではなかった。それにもかかわらず航空座席が全く売れず、毎日、営業の責任者と頭を抱えていたのをよく覚えている。 当時、ほとんどの航空会社は自社で航空座席を販売する力が弱く、旅行代理店に依存していた。1つの便の航空座席のうち、3分の1ほどを割引料金で旅行代理店に預け、販売してもらうのである。人気がない路線の場合、3分の2以上を預けることも珍しくなかった。 旅行代理店は、航空会社から預かった航空座席を自社企画のパッケージツアーなどに組み入れて販売して利益を出す。もちろん、預かった航空座席のすべてを販売しきれないケースもある。その場合は、ペナルティーなしで航空会社に「返却」するのだ。当時は、搭乗日の14日前に「手仕舞日」と呼ばれる日を設け、この日に旅行代理店が売れなかった航空座席を返却するのが慣習だった。人気のない成田空港のターミナル=2020年6月20日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) ほかにも、修学旅行などの団体旅行を別枠で受けていたが、これも当然ながら割引価格。航空会社が希望する小売価格(当時は個札と呼んでいた)で売れる割合は、ドル箱路線の「福岡-羽田」「札幌-羽田」を除けば、良くて1割程度だった。ネット普及後も インターネットが普及した2000年以降、多くの航空会社は自社で航空座席を売ることに注力した。しかしながら、大手旅行代理店の販売力に依存しない販売は難しく、おそらく今も体制はさほど変わっていないはずである。むしろ、航空会社間の競争が活発になり、「早割」「先得」などの独自の割引販売を行わざるを得なくなったため、収益率向上がさらに難しくなったのではないだろうか。 前述の通り、どのような路線展開を行っているエアラインも、すべての路線の利益率が高いということはまずない。赤字か極めて薄利の路線が8割程度、利益が出る路線が2割といった構成になっているといっても過言ではない。 利益を追求する民間企業が不採算部門を整理しないのは不思議に思われるかもしれない。これには3つの大きな理由がある。 1つ目は、いまだに「公」の役割を背負わされていること。年配の方はご存じかもしれないが、日本航空は1951年の発足時、半官半民の企業であり、公的な色合いが強かった。 政府がすべての株式を売却し、完全に民営化された1987年以降も、公的な役割を完全に整理しきれていない。北海道の離島や南西諸島などをはじめとした、人口が少ない地域の住民の移動手段として、路線を維持し続けている。廃止となれば住民から大規模な反対運動が起こされる可能性もある。 逆に、路線を維持していれば、国や地方自治体の助成金が手に入るケースも少なくない。観光シーズンには他社より有利になることもある。 2つ目は、航空業界特有の路線免許問題だ。定期路線を設け、商用で飛行機を飛ばす場合は、国土交通省の認可(路線免許)が必要だが、一度廃止すると再度認可を得ることが不可能に近い。そのため不採算路線といえども簡単に廃止できない。 3つ目は、大きな力を持つ労働組合だ。山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」で、航空会社の労組の異様なくらいの強さが著(あらわ)されているのを読まれた方もいるのではないだろうか。相次ぐ欠航を知らせる成田空港の掲示板=2020年6月20日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) 実際のところ、80年代後半から90年代初めくらいまでは、乗務員の労組、地上職の労組が別個に存在する航空会社も珍しくなく、おそろしく交渉力が強い組合がほとんどだった。その名残で、不採算路線の整理に大なたを振るいにくいのだろう。地方空港にチャンスあり だが、ほとんどの航空会社で労組が弱体化しているはずである。かつて労組が強かった時代は、職員の出向などは絶対にありえなかったからだ。したがって、よくも悪くも経済の原則に沿った再編は進むだろう。 その様相は、おそらく旧国鉄が民営化されたプロセスに類似するだろうと、私は推測している。旧国鉄がJRに分割民営化される際は、再生が難しい赤字路線は廃線とされ、乗客が多い路線は活性化された。 これと同様に、福岡-東京-札幌などの収益率が高い路線は増便されるだろう。ただし、航空会社が路線を運営する上で、頭が痛いのが固定費である、飛行機の維持費用と人件費は削減に進むはずである。具体的には、自社保有の飛行機を売却してリースなどを増やしたり、余剰な正規職員を解雇して派遣や契約社員でまかなうセクションを増やしたり、といった手段を取るだろう。 ただし、不採算部門については、同じ流れにはならない路線もあると思う。前述したように、航空会社の場合、路線を廃止すると新たに路線を運航するための免許を国交省から得ることが難しくなる。そのことから、大手航空会社がLCCと共同運航する形で、不採算路線を安価な運賃で運営するようなケースも増えるのではないだろうか。 従来通り、大手航空会社が連帯して出資しLCC事業に参加するケースも増えるのではないかと思う。実際、日本国内でのLCC大手であるジェットスタージャパンは日本航空、豪カンタス航空グループ、伊藤忠商事系の東京センチュリーが共同で出資している。資金調達ノウハウを金融系企業に任せ、運航などの実務を航空会社が担うことで成功したケースだが、このような企業タッグによるLCCは増えるのではないかと思われる。 また、多くの都道府県で1つ以上の空港が開港されており、発着枠に空きがある空港も少なくない。これらの地方空港は空港使用料が総じて安いため、既存の大手航空会社はもちろん、LCCから見ても魅力的に映るはずだ。 特にビジネス・観光客が見込める路線は就航が増える可能性が高い。スカイマークが運営する茨城-福岡路線が代表的だが、首都圏の地方空港を利用して、羽田と地方都市を結ぶ路線に対抗することは十分考えられる。羽田空港を出発する航空機=2020年11月22日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) いずれにせよ競争が過酷になることは明らかだが、その中からビジネスチャンスが生まれるのは間違いない。コロナ問題が一通りの終息を見せた後、さまざまな航空会社や路線が日本各地で展開される可能性は大きい。

  • Thumbnail

    記事

    進む巨大IT企業包囲網、日本はGoogleに「ノー」と言えるか

    林信行(ITジャーナリスト) 巨大になり過ぎたテクノロジー企業の今後に一石を投じる出来事があった。米司法省が10月20日、インターネット検索大手のグーグル社を反トラスト法(独占禁止法)違反で提訴したのだ。 これは同省が1998年にマイクロソフト社を提訴して以来の、大規模な訴訟になるとみられている。実際、訴状には対マイクロソフトの訴訟への言及もあった。 独禁法は、市場で優越的地位にある企業が、その立場を利用してさらに有利になるように働きかけることを禁じた法律。競合企業にも平等にチャンスを与え、自由競争を促そうという狙いがある。 98年のマイクロソフトの訴訟では、圧倒的シェアを持つパソコン用基本ソフト(OS)「ウィンドウズ」で市場を独占していた同社が、OSとウェブブラウザー(ウェブサイトを閲覧するソフト)をセット提供することで、他のウェブブラウザーに不利な状況を作っていたことを問題としていた。12年続いた訴訟は、2011年に両者の和解という形で終結した。 今回の提訴では、インターネット検索や、検索したときに出てくる広告においてグーグルが独占的立場を築き、他社の参入を阻害していることが問題だとされている。 実は、9月のはじめには米紙ニューヨーク・タイムズがこの提訴の動きをつかんでいた。他の判事たちがまだ訴状が煮詰まっていないと反対する中、ウィリアム・バー米司法長官が押し切って提訴に踏み切ると報じられ、ドナルド・トランプ大統領による選挙戦に向けたパフォーマンスだと指摘された。 トランプ氏の支持層には、衰退が続く産業に従事している人も多い。そのため、グーグルのように成功したIT企業は、トランプ政権からしばしば「仮想敵」に仕立て上げられてきた。ワシントンにある米司法省の建物=2020年10月(AP=共同) ただ、巨大IT企業の側にも問題がないわけではない。欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会は、再三にわたって、独禁法に相当するEU競争法違反でグーグルを訴えている。1000億円超えの制裁金 同委員会は2017年、買い物検索サービスにおいて、「グーグルショッピング」を競合サイトよりも優遇して表示していたとして24億ユーロ(約3千億円)の制裁金を科した。18年には自社のアプリストアをプリインストール(端末を購入した時点で使えるようにする措置)する見返りに、検索アプリやブラウザーの「抱き合わせ搭載」をアンドロイドOSのスマートフォンメーカーに求めたとして制裁金43億4千万ユーロ(約5400億円)を、19年には広告サービス「アドセンス」で他社を排除する制約を設けたとして、制裁金14億9千万ユーロ(1800億円)を科している。 今年は、健康機器メーカーのフィットビット社をグーグルが買収することが同法に抵触しないかが調査されている。フィットビットは心拍数などを計測する腕時計型端末などを販売しており、健康に関するデータがインターネット広告に使われるとグーグルの立場がさらに強まると懸念された。12月9日までに結論が出る予定だ。 こうした対応とは反対に、米国、特にIT産業が活発なシリコンバレーを有するカリフォルニア州は、テクノロジー企業への規制を緩めることでイノベーションを促進してきた。パソコンやスマホのOSや検索サービス、EC(電子商取引)やソーシャルメディアなど、IT基盤を担う巨大企業を生み出すことで自らも繁栄してきた部分があり、テクノロジー企業に対する寛容度が高過ぎるという指摘も受けていた。 シリコンバレーの大手企業の弊害に対して毅然(きぜん)と立ち向かい続けてきたのが、フランスのエマニュエル・マクロン大統領だろう。「Tech for Good(善良なるテクノロジー)」を掲げるフランスのテクノロジー系イベント「VIVA TECHNOLOGY」に登壇しては、シリコンバレー企業が政治や市場経済にもたらす悪影響を糾弾した。 昨年の同イベントで、壇上に招かれたフランスの事業者が「トマト1個の値段までアマゾンが決める今の状況をなんとかしてほしい」と訴えると、米国のECサイトのやり方がいかに環境への負荷が大きいかを国民に知ってもらうと述べ、法の抜け穴を利用して有利に事業をしてきたシリコンバレー企業に対してしっかり課税をすることでバランスを取ると宣言。実際に行動に移した。 同年にはカナダのジャスティン・トルドー首相も参加し、選挙期間中、海外資本の企業がソーシャルメディアなどで広告を出すことを問題視して、カナダでは禁止する方針を示している。 今日、世界中の人々の生活や仕事は、デジタルテクノロジーなしでは成り立たない。しかし、テクノロジーの根幹であるOSからインターネットの接続、検索サービス、ソーシャルメディア、商品やサービスの売買まで、基盤のほとんどはシリコンバレー企業によって押さえられてしまっている。例外は独自路線を貫く中国ぐらいだ。 ただ、若い2人、マクロン大統領とトルドー首相の姿勢は、巨大IT企業の基盤技術をそのまま受け入れる必要がないことに気付かせてくれる。自国の利益が奪われていないか一つ一つ吟味し、変えてもらう必要がある箇所は国として堂々とルール変更を要求すればいいのである。 最近では米国内でも、成長し過ぎたシリコンバレー企業が分断を広げていることが改めて議論されている。カリフォルニア州とアラバマ州を除くすべての州は19年9月、グーグルの広告事業が独禁法に違反していないか調査を開始しており、今年7月にカリフォルニア州もその調査に加わった。巨大IT企業への警戒感は徐々に強まっている。「VIVA TECHNOLOGY」で中小の事業者と語り合うマクロン仏大統領=2019年5月、パリ(筆者提供) マイクロソフトの訴訟では、連邦地裁が求めたように会社が2社に分割されることは起きなかったが、マイクロソフトのさまざまな計画が他社に対してフェアになるような方向修正が行われた。 そういう意味では、米国大手IT企業がアグレッシブな行動をとりにくいこれからの時期は、他の事業者にとってチャンスと言えるのかもしれない。

  • Thumbnail

    記事

    コロナ不況は最悪想定、生き残りを賭けた企業が打つ「先手」の共通点

    捨てている。「2020年度は赤字が不可避。21年度も景気・業績はほとんど回復しないと見込んでいる」。企業経営者からそうした厳しい見方が出てくる。 一般には、20年度はともかく21年度にはコロナ禍が緩和され、景気回復が期待されている。だが、そうした「最善の想定」は片隅にもない。危機管理に踏み込んでいる企業は、多少とも回復があれば「儲けもの」というスタンスだ。コロナ不況は長期化すると睨(にら)んでいる。コロナと経済の両立、「withコロナ」という現状もコロナ不況が長引かざるを得ないという見方の根底にある。新型コロナウイルス感染拡大で暴落する直前の水準に回復した、日経平均株価の終値を示すボード=2020年9月3日、東京都中央区 両立を進めればコロナ感染がぶり返すというのはこれまでの知見にほかならない。コロナワクチンが早期に開発されれば、経済環境・状況は変わる可能性がある。だが、それも不確定要素であり、極論すれば「儲けもの」に近い受け止め方である。トヨタの融資枠は1兆円 この9月のことだが、東京都心に本社オフィスを構える都市型情報サービス企業で社員のコロナ感染が判明した。その企業は、フロア全体の社員に自宅でのテレワーク勤務を指示した。たった一人でも感染者が出れば、外回り業務などの戦力に大幅ダウンが生じる。感染を開示して、事実上開店休業状態になっている。 「withコロナ」の両立路線で「経済を回す」というが、簡単ではない。経済の現場からいえば、コロナ感染を抱えながら経済をフルに回すのは至難である。「コロナ不況」、経済の実態は深刻だ。ゆえに、トヨタ自動車は、コロナ感染が勃発したこの3月にいち早く1兆円の融資枠(コミッメントライン)の設定に動いた。コロナ感染による先行き不透明感に対して1兆円の資金繰りを行った。日本で断トツのリーディングカンパニーが生き残りを賭けてキャッシュなど手元流動性の確保に踏み込んだことになる。 ある工場設備関連企業の財務担当役員(銀行出身)は、「コロナ対応で最初にやることは融資設定だった」と打ち明けている。こうしたプロたちでも、「当初はトヨタが何をやろうとしているのか当惑した。そういうことだったのか」としている。 その後、上場、非上場を問わず一部の企業が銀行からの融資枠設定に走り出している。ある企業経営者などは、すでに引退したベテラン経営者から「融資を取り付けろ」と助言され、銀行にファイナンス要請を行ったとしている。クライシスマネジメントでいえば、予防的に「ダメージコントロール」を行っていることになる。 コロナ禍で営業が停止状態となった業態、例えば外食・飲食関連、ホテル関連、自動車関連などは、2020年前半の一時期は売り上げが前年同期比で80~90%減となった。内部留保(利益準備金)はあるにしても、キャッシュがなければ、従業員給料、仕入れ原材料費、家賃などの原価・販売管理費といった運転資金コストを賄えない。 仮に売り上げがある程度あってもキャッシュ化されるのは3カ月~半年先だったりするわけだから当面の資金繰りは企業の生命線にほかならない。 さらに行われているのは原価・販売管理費の見直しだ。不況期は「出ずるを制する」ではないが、原価低減・販管費削減ということになる。生産ラインの見直し、ムダのカット、物流、販売面のコスト削減などが行われている。企業の手元にあるキャッシュを極力温存しようとする動きだ。トヨタ自動車の高岡工場=愛知県豊田市(同社提供) 雇用調整助成金など補助金は要請しているが、非正規の派遣社員たちが切られるケースが出ている。派遣社員たちの給料は、「同一労働同一賃金」ということで見直しされる機運だった。だが、そこにコロナ不況が到来し、再び「貧富格差」が生じている。相次ぐ企業売却 「本業回帰」というべきか、「選択と集中」というべきか、企業の事業売却も目立っている。武田薬品工業は、「アリナミン」「ベンザブロック」など一般用医薬品を投資ファンド大手の米ブラックストーン・グループに売却する。 ソフトバンクグループは、半導体設計の英アームを半導体大手の米エヌビディアに売却するとしていると発表している。いずれも事業売却で借入金(有利子負債)を削減してキャッシュも手元に置く行動とみられる。 一般に日本企業は、企業買収では買うばかりで、売るのは追い込まれないと行わない傾向を持っている。「持ちたいのか、儲けたいのか」(米のビジネス格言)といえば、前者=「持ちたい」という「持つ経営」が過去からの歴史的トレンドだ。 ところが、20年度のここにきて中堅企業も事業売却に踏み込んできている。これまで企業買収しか行わなかったようなある企業が、複数のグループ企業売却に転じている。やはり、有利子負債削減など財務力を改善・整備しキャッシュも手元に置こうとしている。コロナ不況で優良企業が「安値」で売り出されたら買収しようとする作戦なのかもしれない。 コロナ禍不況は、通常の景気循環とは異なるという要素がある。企業サイドにもコロナ禍の知見は蓄積されているが、不確定部分もある。先を見通すことは困難だ。 クライシスマネジメントを実行している企業経営者の多くは、米中貿易戦争の激化と19年10月に実施された消費税増税の影響で、20年度は景気・業績悪化が避けられないとみていた。景気は米中貿易戦争激化直前の18年度をピークに下降に向かっていたのである。 そこに未曾有のコロナ禍不況が襲来した。いまは企業各社ベースでは生き残り、勝ち残りを賭けて、コロナ禍不況による業界再編成期に向かおうとしている。 こうした先行きが不透明で困難な時期には、通常の不況時よりも経営者の判断・決断が、各社の生き残り、勝ち残りの近未来を決定する。コロナ禍不況の中で各社経営者が何を目指してどう行動するかで各企業の盛衰が導かれる。 コロナ禍は、産業界の動きでいうと「テレワーク」「ウェブミーティング」「オンライン営業」「VRネット商品展示会」「オンライン面接・採用」など業務に大きな変化をもたらした。日本のビジネス社会で遅れていたIoT(モノのインターネット)化が一気に進んだ。コロナ禍は、日本の「働き方改革」をどの内閣よりも一気に促進したことになる。東京・丸の内のオフィス街(産経新聞チャーターヘリから、宮崎瑞穂撮影) コロナ禍とひとくくりにしているが、これらの変化は「禍」とは言い切れない。こうしたことは目に見える顕著な変化だが、さらに巨大な変化を導く可能性を秘めている。だが、一部の企業経営者の目線は、そうした表層的な変化も無視できないが、それよりもコロナ禍不況後の自社の生き残り、勝ち残りをあくまで睨んでいるのは確かである。GDP世界3位に甘んじる日本 コロナ禍が何をもたらすのか、20年前半には悪性インフレ、スタグフレーションという見立ても出ている。各国の異次元金融緩和、財政出動、中国を筆頭に各国のサプライチェーン寸断などがその見立てのベースをなしている。 しかし、中国は新型コロナの発生源にして隠蔽もあったが、強権的にいち早くコロナ抑え込みを断行している。中国のサプライチェーンは早急に回復に向かっている。各国ともサプライチェーンは痛んでいるわけではないため、復旧を阻害する要因が少ないように見える。 となれば、コロナ禍がもたらすものはやはりデフレか。各社経営者からもインフレを懸念する声はまったく聞かない。いま事業、企業を売却している企業経営者がデフレを見越しての行動とまではいえないが、現状ではデフレ再来の可能性が高い。 20年前半には、世界のサプライチェーンが中国に過度に集中しているリスクが意識され、中国から一部工場の中国以外のアジア(ASEAN、インドなど)への移転、あるいは日本回帰を促進する動きがあった。だが、コロナ感染がその新トレンドに微妙な変化を与えている。 中国の習近平国家主席としては、たとえ一部でも資本・技術が国外に流失・逃避するにいたっては、せっかく貯め込んだ富・雇用の喪失を意味する。何としてもそうした動きは阻止したい。 中国が強権でコロナ抑え込みを図って経済の再始動させているのに対して、中国以外のアジアはASEAN、インドともコロナ感染が長引いてしまった。こうしたコロナ禍動向は、動きかけていた中国からの資本流失にストップをかけている面がある。 中国としては、貧困に長らくに苦しんで社会主義市場経済(共産党独裁の資本主義)に転換した。以前の貧困に戻るわけにはいかない。世界的に非難されている中国の「覇権主義」(中国の夢)を継続するにも経済の繁栄があくまで前提になる。 習主席が自動車、半導体の巨大集積地である武漢をロックダウンするなどコロナを強権で抑え込んだのも、そうしたことと無関係ではない。武漢は中国製造業の拠点であり、武漢を復旧させることは国の盛衰を左右しかねない。中国は、1月後半から4月前半の76日間の長期にわたって、武漢を封鎖した。コロナを徹底的に叩いて、経済再開という手順だった。 コロナを抑え込むのは、一国の経済の現状を決定するのみならず、先行きの盛衰すらも決定する。コロナという一事は、抑えることが即経済活動を左右する。安倍前首相もそうだったのだが、菅首相においてもコロナ抑え込みが極めて重要である。官邸入りする菅義偉首相=2020年9月25日、首相官邸(春名中撮影) だが、日本はこれまでコロナ抑え込みでは甘さ、緩さが否定できない。「諸外国に比べるとコロナの爆発的な感染拡大を阻止している」、とコロナ抑え込みの劣悪国と比較している。こうした自らに都合のよい自賛を度々用いているようでは、日本は、経済で中国にますます大きく引き離され、周回遅れの国内総生産(GDP)3位国に甘んじることになりかねない。

  • Thumbnail

    記事

    「お客さんが待っている」ホリプロ社長がコロナ禍に立ち向かう原動力

    堀義貴(株式会社ホリプロ代表取締役社長)新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、音楽や演劇などのイベントの開催は困難を極めている。大手芸能事務所であり、エンターテインメント事業を手掛けるホリプロの堀義貴社長は、日本と海外の劇場公演システムの違いを指摘。エンタメはどう変わるべきなのか、その覚悟を語る。――アメリカ・ニューヨークの劇場街ブロードウェイでも、新型コロナの影響で公演は軒並み中止になりました。堀社長はかねてより、公演における日本と海外の手法の違いについて訴えていますね。【堀】 日本は妙に平等なシステムになっていて、どんな劇場も最大1カ月程度しか借りることができません。 たとえば大勢の観客を収容できる立派な公民館で、集客率が2割しかないイベントがあったとしても、基本的には地域住民優先で会場が確保できます。一方で、満員を見込める作品であっても、その扱いは同様です。 劇場の稼働率が人びとのニーズに合っていない会場がわれわれの税金で支えられていることを、多くの人は意識されていないと思います。 コロナの影響で公演が延期や中止になった場合、同じ演目を実施できるのは数年後になってしまいます。しかも東京五輪・パラリンピックが延期になったことで、会場の確保はさらに困難を極めるでしょう。 一方で、ロンドンのウエスト・エンドやニューヨークのブロードウェイは、作品の人気次第でロングランが可能です。そのため公演が再開できれば、長期的に見れば資金を回収する余地があります。 日本の劇場利用を世の中のニーズに合わせて効率化できるよう、その仕組みを再考するべきです。――今回の危機を乗り切ったあとも、やはり舞台公演やイベントを中心に事業を展開していくことになるでしょうか。【堀】 もちろんです。演劇というと、日本では儲からないと思っている人が多い気がします。でも、ニューヨークやロンドン、それに韓国では「金のなる木」なわけです。 たとえば皆さんご存知の『ライオン・キング』(ディズニーによる長編アニメーション映画)は、1994年に全米で公開されて以降、音楽やミュージカルに形を変えて、四半世紀以上も同じソフトを使っています。 『ライオン・キング』という1つのコンテンツで、これまでの累計売り上げはじつに2兆2000億円。ミュージカルだけでもおよそ7000億円です。 一方、日本のアニメ産業全体の市場規模は2兆円程度で、『ライオン・キング』一作品にも及びません。アニメといえば「クール・ジャパン」というイメージがあるかもしれませんが、まだまだマーケットが小さすぎるのが現状です。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)――オンライン配信が進んだとしても、舞台や映画館でのリアルな体感を求める人は少なくないでしょう。【堀】 元来、舞台役者はお客さんの拍手をもらって伸びていくものです。観客がたくさん入った、拍手を受けた、スタンディングオベーションが起きた――。そういった体感を得て演者は成長していき、観客に還元されていくんです。堀社長の「原動力」――著書『これだけ差がつく!「感じる人」「感じない人」』(PHP研究所)でも、リアルな体験や感情の揺れによってクリエイティビティは培われる、と述べられていますね。【堀】 活字やオンラインでも情報としての確認はできるけれど、感情の揺れは伝わりにくい。 配信においてもリアルタイムでコメントをもらえる人はいいですが、作品を演じる人たちにとって、文字のコメントだけでは得られないものがあります。 劇場公演は「生き物」です。お客さんの反応を見て翌日の演出を変えることもあります。アーティストのライブやスポーツの試合でも同様でしょう。 野球でいえば、同じピッチャーとバッターの対戦でも、毎回違った結果やドラマが生まれる。まったく同じものを二度と再現できないところが、生の醍醐味だと思います。――堀社長は未曾有の危機と向き合う経営者でありながら、プロデューサーでもあります。現在の活動の原動力は何でしょう。【堀】 「どこかでお客さんが待っている」と思い続けることです。笑いたい人がいれば楽しみを、泣きたい人がいれば感動を提供する。 舞台や映画、ドラマにしても、それを見て「明日も頑張ろう」と感じてもらえる作品を届けたい。お客さんが喜ぶことをやる。それこそが、こんな泥臭い仕事に私が人生を懸けている理由です。聞き手:Voice編集部(中西史也)関連記事■「エンタメが現場から崩壊しかねない」ホリプロ社長が恐れる最悪の事態■渡辺謙「日本人は震災を“検証”しているか」■片岡愛之助が語る、三谷作品『酒と涙とジキルとハイド』にかけた思い

  • Thumbnail

    記事

    高岡伸夫×小倉正男対談 コロナ禍に負けない企業トップの在り方とは

    高岡伸夫(アジア経営者連合会理事長)小倉正男(経済ジャーナリスト) 小倉 新型コロナウイルスの感染拡大は、ビジネスにおいて日本がかなり変わるきっかけになるなという感じがしています。例えば企業と経営、そして社員の在り方ですね。従来は上司から会社や酒席で説教されることもオンザジョブ教育で、中にはトヨタじゃないですが、会社の運動会みたいなものもありました。そういう非常に村社会的なものを包含していたのが日本でした。 80年代、90年代、2000年代とグローバル化の中で変化を遂げてきましたが、やはりここで大きな転換が図られるでしょうね。コロナ禍と言っていますが、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」で、「福」の部分もあるかもしれない。会社と社員の新しい関係が生まれてくるのかなという感じがします。 高岡 そうですね。これまでは無駄なことというのか、何か努力をしていることに意義があると勝手に思い込んでいた感があります。アメリカに住宅リフォームで有名なザ・ホーム・デポという企業がありますが、商談なんかさせてくれません。とりあえずあいさつなんてないんですよ。「とにかく先に登録してください」と言われる。すべて登録した上で商談を始めましょうと。 日本では考えられないかもしれませんが、それはもうグローバルスタンダードなんですよ。日本だけですよ、とにかく上司を連れて行って、「よろしくお願いします」と言うのは、何がよろしくなのか分からないということですよ。 国会においてもITについて理解が浅い方がまだまだいるのではないかと思います。どうやらこのコロナ禍の中で、経済人が先行していくのではないかと思います。もう政治と経済は完全に分離していって、われわれは経済人としてグローバル化の中で素早く展開していかないと生き残れないという認識で、それがもう目の前に来たということです。 小倉 そうですね。結局、企業は生き残らないと、サバイバルしなきゃいけないですからね。企業は危機管理やビジネス環境への変化対応に強くないと生き残れません。 高岡 だから常に挑戦しないといけない。今までは物のイノベート(革新)、さらにサービスのイノベートをしてきました。ですが、今回のイノベートはやっぱりDX化と呼ばれていますが、デジタルトランスフォーメーションなんです。 いわゆるデジタルをどういう風に組み合わせて、新しく組み換えて力を持つ、独自性を持たせるかという、そのDX化をどこも積極的に取り組んでいますが、実はコロナが始まるまでは他人事のような話だったんですね。 特定のIT関連企業だけが非常に力を入れて売り込もうとしていましたが、むしろわれわれのような会社も気づけば、社内はデジタル化のものばかりですよ。情報もネットワークも。だからそれをもう一度再生、つなぎ合わせて新たなビジネスモデルが作れるわけです。高岡伸夫氏(西隅秀人撮影) 小倉 なるほど、そうですね。企業は常に結果も出さなければならないわけですから。コロナで会社が前進! 高岡 私が経営するガーデン・エクステリアの製造販売をしている「タカショー」の話になりますが、全国11カ所にショールームを持っています。ですが、ここでネット上にショールームを作ろうということになりました。プラットフォームのようなところをつくって、VR(バーチャルリアリティ)でショールームを見ることができ、このWEBショールームでほぼすべて完結できるんです。 それを考えると、今までものすごい作業量でやっていたことに気づきました。商談して売り込んでみて、相見積もりをかけられて、何度も見積りし直して。10時間もかかっていたものが、ほとんど時間をかけずに可能になる、そういう仕組みがスタートしました。ほんの2カ月半ですよ。 だから各社がリアルとネットをどう活かすかということです。ネットだけでもだめなんですよ、われわれのビジネスは。リアルとネットをどう融合させていくかが重要で、この数カ月でずいぶん会社は前進しました。 小倉 ある大阪の大手Yシャツメーカーですが、アメリカの顧客がスマートフォンのアプリで首回りや腕回り、色などオーダーシャツを注文する。その注文がアメリカから大阪のメーカーに入って、その情報をバングラデシュの協力工場に送り、縫製をそこでやるそうです。完成したシャツをアメリカの顧客に物流(配送)するというビジネスをやっています。 高岡 まさにドイツの第4次産業ですよね。いわゆるマスカスタマイゼーションという、カスタマイズを大量販売型に持っていくという、その典型事例ですよね。 小倉 ベンチャー型の企業ではなく、わりと古いタイプの会社からそんなことが始まっている。ちょっと私もびっくりしましたね。変化対応というか、ここまできているのかと。そういうことがおそらくこれから出てくるだろうと思いますね。 高岡 そうですね。われわれ「アジア経営者連合会」は、アジアの各地に支局を持ちながらワンアジアの実現を目指し、各国で仕事の分担もあるんですよ。これをどう組み合わせながらビジネスをしていくかというのが重要で、単なる集まりではなくビジネスをしようということなんです。これらを実践している方々がこの後、オンラインでの開催は初めてですが、各セッションに登場していただきます。 小倉 アジア各国に進出してビジネス展開するグローバル化はすでにやってきたことですが、IoT(モノのインターネット)、オンラインなどビジネスの現場で遅れていたものが一気に日常化しているわけですね。小倉正男氏(右)と高岡伸夫氏(西隅秀人撮影) 高岡 それと並行していくのが5G(第5世代移動通信システム)ですよね、この容量とスピードが物を言うでしょう。でも逆にITではない部分も重要です。それは、コロナ禍でまさに重要性が明らかになった健康です。健康と幸せという今まで当たり前だったことがそうでなくなり、課題として目の前にきたわけです。これからは、何にお金を使うかということなんです。 国連の機関が出している「世界幸福度報告書」の世界幸福度ランキングでは、常にベスト3に北欧の国が入っている。一方で、日本は2020年版では、なんと62位ですよ。今後、おそらくコロナを機に、本当に自分にとって何が大事なのかという部分をマーケットが考えるようになるでしょう。これだけたくさんの人が自分の健康や家族を守るという意識になったわけですから、大きな変化になるはずです。未来を見据えるのがトップ 小倉 コロナ禍によるデジタル技術の進歩は、よい意味で大きな変化をもたらす気はしますよね。 高岡 今の若い世代はあまりテレビを見ないし、新聞も読まない。だけどその新聞の裏にあるコンテンツはしっかり見ています。むしろわれわれより情報収集をしている。だから情報が素早く、グローバルに誰でも手に入れることができるようになったことで、新しい組織づくりが欠かせないわけですよ。 小倉 今の若い人たちのやり方を見ていると決算短信、IR情報などもそうですが、あらゆる情報がネットから入ってきますから、そうした情報収集力は長(た)けています。ただ、ネットからの情報も受け手を誘導しようという面もありますね。情報収集・分析と同時に経営者がどういう思考でビジネスをどうしようとしているか、そうしたことも察知していかなければならないでしょう。 高岡 重要なのは経営者がどう考えているかということです。経営者がどういうビジョンを持って、世の中でどんなミッションを担っているかを明らかにするのが記者ですから、一番大事な仕事をされていると思います。未来を見据えてどんどん進んでいく経営者と、もう過去と今の話しかしない経営者は多いと思うのですが、コロナでかなり変わったでしょうね。 小倉 そうだと思います。これからの変化は劇的になるでしょう。確かにフェイストゥフェイスで会うこと、対面での交渉などは日本では重んじられてきましたが、対面ももちろん重要ですが、対面以外のところでビジネスが作られていくようなケースも増えてくるのでしょうね。 高岡 その一つはオンライン会議ができる「Zoom」のようなシステムは、ほぼ世界共通になりました。ところで、上方落語協会会長の笑福亭仁智さんとお話する機会があって、7月1日から天満天神繫昌亭(大阪市北区)で落語が再開されたとのことですが、若い落語家はネット配信していると聞きました。要するに世界中で落語を楽しめるようになったわけです。 これはこれまではあり得ない話です。やはりトップに立つ人たちの行動は早い。270人という上方落語協会の会員の中には若い人が多いだけではなく、高学歴の人もいる。そういう人たちがチームを組んで実はイノベートしているわけです。そしてネット配信でそれなりの収益を上げているそうです。少ない投資でマーケットを世界に広げているんですね。 小倉 やはりバーチャルというかデジタルを使わざるを得なくってますよね。さっきも話になりましたが、デジタルというかVRでどういう形で世界に発信するかを考えないともうやっていけなくなってきていますね。新型コロナウイルスの影響で常態化しつつある自宅でのテレワーク=2020年4月、東京都世田谷区(鈴木健児撮影) 高岡 だからそういうマーケット情報を掴んでさえすれば、あとはもうVRで中に入って、完成予想まですべてソリューションできる。今までの展示会では、実際にそこでは名刺の交換ぐらいしかできませんでした。 結局改めてもう一度足を運ぶ必要がありましたが、ネット上で完結できるわけです。逆に言うとチャンスですよね。ネット展開すれば今まで予想もしなかったお客さんから注文がとれるということになりますから。仕事の本質とは? 小倉 会社や本社というものが、銀座や日本橋にあるとかっていうようなことはもはや重要ではないですね。デジタル技術でバーチャルなテリトリーができて、そこで商談が世界的に行われるようになりましたよね。 高岡 そうです、日本は東京を中心にやっぱり一極集中しすぎですよ。これはある意味リスクですね。海外に行くと世界を狙う会社は大きな空港の傍にあります。世界をマーケットにするなら私は、会社は地方でいいと思います。金融などは東京である必要もあるかと思いますけどね。 さまざまな分野においてこれからは、地方から世界に出ていくパターンが増えると思います。実際に通勤はそもそも仕事ではありませんし、往復するのに時間をかけることがどれだけ無駄か明らかになりました。コロナの感染の危険性云々以前の問題で、仕事の本質がどこにあるのかを考えなければいけない。従来のままなら、日本の生産性が悪くて当然ですよ。 小倉 言い尽くされたことですが、東京はやはり集中しすぎですね。バブル崩壊後に一度衰退しかけたけど、容積率のアップなどで結局また集中してしまって。ですからこれがまた防災上も問題になっています。 高岡 そうですね。最も危険ですよね。 小倉 政府関係も東京に集中しすぎているわけですから、これを分散するなり、規制緩和で地方に分散する施策を早く進めるべきでしょう。 高岡 そこで、アジア経営者連合会が最も大事にしているのは関西、または福岡です。なにしろアジアに一番近いわけですから。そのアジアで考えた場合、どこに中心があるかと。もちろん日本の中心は東京なので、今は東京に連合会の本部があってこれだけ企業が集まっていますが、実際、当会の会員は関西出身の方が多い。 私はこれから地方で、アジアをはじめ、世界に通じる企業が出てくると思います。だからもう少し地方の規制を緩和して、企業がそこに拠点を置けばシンガポールのようにメリットがあるようになればいいですね。シンガポールの市街地(鳥越瑞絵撮影) 小倉 ですから税による財源を地方に与えて、自治の名に値するいろんな政策を打てるようなインフラを作っていく必要もあります。 高岡 私の会社は鳥取県にソフトウェアのオフィスを置いて、今そこで6人ぐらいですけど、どんどんと作り込みを進めています。仕事を作り出すことが地方創生の肝ですから。 地方創生は政治に任せるものではありません。われわれ経済人がしっかり仕事をそこで創出することが地方創生のスタートでしょう。それはアジアにおいても同じで、アジア経営者連合会が「ワンアジア」という概念の中でどう展開していくかということなんです。「ワンアジア」こそ不可欠 小倉 そうですね。アジアや世界の視点に立てば、東京でなくていいわけですから。今、米中貿易戦争というような流れの中で、中国はまた強硬に反発をしていくでしょう。そもそも中国にそのサプライチェーンが集中しすぎているのが問題だという世界的な政治問題もあります。自然にその中国だけに依存するのではなく、アジア全域に仕事が分散されていければ、これはまた一番いい形にはなります。 高岡 ただ、そうした中で中国にむしろ出ていくっていう手もありますよ。これは何かというと、中国が掲げる「一帯一路」構想で、なおかつ中国国内の成長する市場に参入する戦略もありますよね。または、今おっしゃったように中国をメインから外していきながら、アジア各国に自分の会社はどんなビジネス、政策でいくかというところとそれぞれの会社の戦略によって変える必要があると思います。 小倉 なるほど、コロナ禍というものを転じさせて、いかに日本のビジネスにプラスに転換していくかが重要ですね。 高岡 その視点で言えば、一つは単純ですけど、現地化ですよね。ご存じの通り、車がまた注目を浴びています。今回コロナ禍で、中国もそうですが、車はまだまだ伸びます。ただ課題は環境問題で、やはりそこはトヨタがすごいなと思ったのはハイブリッドの技術を開放しましたよね。そういうことをしながらトヨタは中国では戦略、いわゆる現地化をとっていくというやり方です。 小倉 トヨタはコロナ禍にテレワークを恒常化すると発表した。かつては最も日本的な企業でしたが、世界企業に飛躍する中で大きく変わってきていますね。 高岡 それは品質にこだわってきたという日本が一番持っている力を最大限出したのが、トヨタだと思うんですよ。これから日本がしっかりとした会社、国を作っていくのであれば日本人の特性をどう広げていくかが問われます。 それは感覚的なアートの世界や品質を維持することに、日本は世界の中でも長けていると思います。とはいえ、マーケットも必要だし、作るコストも必要で、それはグローバル化する中で特にアジアが世界の中でもう圧倒的な力を持っている。未来に向かって取り組めばやはりアジアは欠かせません。高岡伸夫氏(左)と小倉正男氏(西隅秀人撮影) 各国の平均年収が上がっていくと同時にコストが上がり、それにつれてある程度国を移動していかなければいけません。もともと会社が大事にしている価値観を残しながら時代のニーズに合わせて変化させ、どう成長させるか。これらを考えられるよう、われわれアジア経営者連合会のようなところでいち早く情報を得て、それを実行できる会社がこれからも飛躍的に発展し、社会の役に立つと私は思います。これを「ワンアジア」でアジア経営者連合会のみなさんとやっていきたいというのが、私の強い想いなのです。(構成・iRONNA編集部) たかおか・のぶお タカショー代表取締役社長、アジア経営者連合会理事長。昭和28年、和歌山県海南市生まれ。大阪経済大卒。商社勤務を経て、55年に同社設立。現在、一般社団法人日本ガーデンセラピー協会理事長、一般社団法人美しく老いる会理事も務める。 おぐら・まさお 経済ジャーナリスト。早稲田大法学部卒。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事を経て現職。著書に『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(ともに東洋経済新報社)など多数。

  • Thumbnail

    テーマ

    コロナに勝つ!アジア経営者連合会の挑戦

    新型コロナウイルス感染拡大の終息が見えない中、「withコロナ」という新たなフェーズを迎え、企業の模索が続いている。ただ、経営トップの本領は、こうした苦境にこそ問われるものだ。いかにして闘うか。日本経済を牽引する「アジア経営者連合会」加盟の精鋭たちが示す、コロナに負けない術とは?

  • Thumbnail

    記事

    アジア経営者連合会の精鋭が本音で語った「コロナ禍のサバイバル術」

     戦後最大の危機とされる新型コロナウイルス禍による経済的打撃は世界規模で襲いかかり、いまだ出口は見えない。だが、このまま座して死を待つわけにはいかないのが現実だ。 とはいえ、コロナ禍でよく耳にする「ピンチをチャンスに」は、まさに言うは易し行うは難しであり、実践は困難を極める。ただ、この困難を乗り越えるべく、果敢に挑む経営者集団がある。それが「アジア経営者連合会」だ。 アジア経営者連合会は7月2日、初のオンラインイベント「アントレプレナーズビジョン~コロナ禍の経営者のリアル~」を開催した。タカショー社長で同会理事長、高岡伸夫氏が総合司会を務め、会員企業のトップら計8人が「緊急対談」として臨んだ。 緊急対談は、全国に発令されていた緊急事態宣言が解除になり、「アフターコロナ」や「withコロナ」という新たなフェーズを踏まえ、まさにリアルな経営状況と、それに対峙する企業の在り方などについて議論。2人ずつ、4セッションで構成され、今回は会員だけでなく、広く一般の経営者や企業役員などに開放し、延べ約500人が視聴した。 セッション1は、MS-Japan社長の有本隆浩氏とティーケーピー社長の河野貴輝氏。 セッション2は、ベネフィット・ワン社長の白石徳生氏と武蔵精密工業社長の大塚浩史氏。 セッション3は、ビジョン社長兼CEOの佐野健一氏とベクトル代表取締役の西江肇司氏。 セッション4は、マネーフォワード社長CEOの辻庸介氏とサーキュレーション代表取締役の久保田雅俊氏。 8人はいずれも1960年代~80年代生まれの若手リーダーとして名を馳せる。コロナ禍以前から、常識や枠にはまった経営方針をとらず、そのカリスマ性と独自の経営理論を打ち立て、業界で一目置かれる精鋭たちだ。上段左から、有本氏、河野氏、白石氏、大塚氏。下段左から、西江氏、佐野氏、辻氏、久保田氏。 有本氏は、主に管理部門の人材紹介業を展開する自身の企業について、余儀なくされたリモートワークの利点として、かえって業績を伸ばした社員が現れたことを強調。リモートの方がむしろ仕事がやりやすいと感じる社員が多数いるといった現状を報告した。 一方、レンタルオフィスや貸会議室の運営管理に取り組む河野氏は、コロナによって大幅なキャンセルが相次いでいる現状を明らかにした。2008年のリーマン・ショックも経験し、今回はそれを上回る状況だが、出社して「密」を避けるためのリモートワークは自宅に限定されていない点を指摘。「自宅近くでリモートワークができる場所の提供といった新たなニーズが生まれ、そこにビジネスチャンスがある」と語った。「コロナ禍が学びになった」 サービスマッチングなどを主とする白石氏は、「ピンチはやはりチャンスとらえるべきだ」と断言。コロナによる自粛があったからこそさまざまな思考をめぐらせることが可能になったと振り返り、「改めて考えれば、元来、感情的に行動するのが人類の共通項だ。商品開発やマーケティングにおいては、人の感情に訴えるモノづくりが最後に勝つ。これを原点に今後の戦略に生かしたい」と話した。 これを受けて、輸送用機械器具の製造販売会社を経営する大塚氏は、コロナ禍でスポットライトが当たった医療従事者をはじめ、スーパーといった物販や物流に関わるエッセンシャルワーカーに注目したことを明らかにした。そのうえで、エッセンシャルカンパニーを目指す考えを示し、「ライフラインに関わるような企業になりたい。これからはどれだけ社会に貢献できるかが重要で、大きな価値観として社会に望まれる企業になれるかがカギだ」と決意を述べた。 PR事業を展開する西江氏は、採用に関して、現状は人の数はあまり求められておらず、経理的な部分を外注などすれば一人でも経営が可能になっている例を紹介。多数の人を必要とせずに新規事業を起こせるとし、「利益を上げている会社が必ずしも従業員が多いとは限らない。十人程度で新規上場している企業もある。著名な人は一人で発信しても、それを受ける側が100万人だったりする。考え方を変えていかなければならない」と訴えた。  情報通信サービスを提供する佐野氏も、労働集約型を改め、知的生産性を重視していると強調。「かつては従業員が多い企業が社会貢献していると思われがちだったが、今はそうではない。いろいろなテクノロジーを活用して価格競争力を上げる企業が称賛されつつある。大量に採用するより、一人のパフォーマンスを上げることに注力している」と語った。 また、主に中小企業向けのクラウドなどを手掛ける辻氏は、コロナ禍の初期段階だった2~3月に「平時」から「戦時」モードに自身の認識を切り替え、融資の段取りやコスト削減を進めたことを振り返った。 そのうえで、経営の優先順位を明確にできたことに触れ、まずは社員の健康や命、次に顧客に何ができるかが重要だと指摘。特にリモートワークが難しいとされる経理は命を懸けて仕事するのかという懸念に対応できるコンテンツが重宝されたといい、社員が自発的に顧客ニーズを掘り起こしていくようになり、「むしろ会社が強くなった」と胸を張った。マスク姿で通勤する人々。「withコロナ」時代を迎え働き方も変わりつつある=2020年6月、JR品川駅 さらに、プロフェッショナルな人材のシェア事業を主とする久保田氏は、厳しい状況の中で経営者としての「アドレナリン」がわき、どう生き残るのかをむしろ楽しむような心境だったと述べた。有事にこそ情熱や打てる施策の豊富さが再認識でき、まさに「ピンチをチャンスに」の実践であり、戦術を変えるチャンスになったことを力説。「コロナ禍は経営者として学びになった」と前向きにとらえた。「メリットの大きい連合会に」 このようにアジア経営者連合会の会員企業のトップの多くが、このコロナ禍においてプラス思考を維持していることがうかがえる。その背景にあるのは、やはり、同連合会の設立の経緯や理念だ。 同連合会は、2008年9月にエイチ・アイ・エス会長兼社長の澤田秀雄氏を中心に設立された。そもそも設立時からIT技術や世界を結ぶ航空路線の充実といった目覚ましい変革の荒波に加え、まさにリーマン・ショックに見舞われ、先行きの不透明感も強かった。国内に限れば人口減という市場がシュリンクする厳しい環境下で、アジアを一つの商圏とする「One Asia」をテーマに、新ビジネスの創出に寄与。同連合会が謳う入会のメリットは以下の4点だ。・グローバル市場でビジネスを展開するアジア人創業経営者との人脈構築・アジア各国、各地のビジネス情報とビジネスノウハウ獲得・上場企業や注目の創業経営者から気付きや刺激を得、事業成長を実現する勉強会・会員間交流によるビジネスチャンスや仲間づくり すでに会員企業は約400社にのぼり、情報交換や連携を深めることで、グローバル経済の先頭に立って日本経済をけん引する一翼を担ってきた。それだけに、今回のコロナ禍においても経営者同士のつながりが、危機を乗り越える原動力として欠かせない。 同連合会はこれまで年2回の例会を中心に、各分科会などを積極的に実施してきたが、コロナ禍を機に、今回初めてオンラインによる対談形式のイベントを企画して実行した。 イベント終了後、同会理事長の高岡氏は、個人の価値観で経営をよりよいものに変えていける時代になったことを強調。「業界によって規模に差はあっても、どう学んでいくかが重要だ。今回、さまざまな分野の人から情報を得て、一番適正なものを自分たちの業界に取り込んでいくべきであることを学べた。ゆえに、もっと会員を増やし、これまで以上にメリットの大きい会にしていきたい」と語った。アジア経営者連合会理事長の高岡伸夫氏 冒頭で触れたように、ビジネスの在り方や働く環境、価値観は「ビフォーコロナ」に戻ることはない。ゆえに、常に新たなビジネスの創出と逆境での思考の転換に対応してきた同連合会の会員企業の闘いぶりは、「アフターコロナ」「withコロナ」を生き抜く術として、大いなるヒントになることは言うまでもないだろう。(iRONNA編集部)

  • Thumbnail

    記事

    静岡だけの問題か?リニアをこじらせるJR東海の「強情」体質

    梅原淳(鉄道ジャーナリスト) 品川-名古屋を結ぶJR東海の「リニア中央新幹線」の建設をめぐり、静岡県とJR東海の対立は収まる気配を見せない。 両者の主張が平行線のままなのは、リニア中央新幹線が通る南アルプストンネルの掘削によって水量が減るとみられる大井川にどのくらいの水を戻すかにある。静岡県はトンネルに流れる湧き水全量を戻すべきだと主張し、JR東海は静岡県内の区間の湧き水であれば戻すと言っているのだ。 一見すると、両者の言い分は同じように見えるので、対立の舞台である南アルプストンネルについて説明しておこう。長さ25・0キロの南アルプストンネルは全区間で静岡県を通っているのではない。品川駅側の入口から6・6キロは山梨県の区間、名古屋駅側の入口から7・7キロは長野県の区間であり、真ん中の10・8キロが静岡県の区間となっているのだ。 通常、山岳トンネルの構造は、山中からトンネルに流れた湧き水は両端の入口に流れていく。南アルプストンネルへの湧き水も、そのままであれば山梨県か長野県に向かい、本来は大井川に流れていたはずの水が失われてしまう。 問題の解決を困難にしている要因はいくつか存在する。大別すると、自然に起因するもの、そしてJR東海という企業の体質に起因するものがある。 自然に起因するものとしてまず挙げられるのは、大井川と南アルプストンネルの位置関係だ。 大井川は南アルプストンネルが貫く山の上に位置するので、トンネルを掘削することによって大井川の水がトンネル内に大量に流れてしまう。そうかといって、リニア中央新幹線のルートを大井川の上、つまり橋梁で通過させるのも、坂があまりにも急になりすぎてリニア中央新幹線の車両が高速で走行するのに支障をきたす。リニア中央新幹線の工事予定地への林道を視察後、取材に応じる静岡県の川勝平太知事=2020年7月21日、静岡市 もう一つは南アルプストンネルが長大であるため、仮に静岡県内の区間だけであってもトンネル内への湧き水のすべてを大井川に戻すことは現実的には難しいという点だ。 南アルプストンネルから大井川に湧き水を送るため、JR東海は導水路トンネルを掘るという。導水路トンネルへと自然に流れる水量は毎秒1・3立方メートルで、静岡県内の区間への湧き水全体の量と目される毎秒2・67立方メートルの半分程度にとどまる。 南アルプストンネルには傾斜があるため、導水路トンネルとの接続地点よりも下に位置する区間で、湧き水は当然のことながら導水路トンネルへは流れないからだ。となると、南アルプストンネル内全ての湧き水を、坂の上にある導水路トンネルへと汲み上げることはまず不可能と言ってよい。リニアで見えるJR東海の「体質」 さすがにこれでは少ないと、JR東海は毎秒0・81立方メートル分を必要に応じてポンプでくみ上げる計画を立てた。それでも残る毎秒0・56立方メートル分はそのまま長野県側に流れていく。 ところで、毎秒1・3立方メートルに毎秒0・81立方メートルを合わせた毎秒2・11立方メートルとした根拠は何なのか。JR東海が2014年8月のリニア中央新幹線の「環境影響評価書」の策定に際して、南アルプストンネル掘削の影響で失われると予測した大井川の流量の減少値だ。 具体的には、田代川第二発電所取水堰(せき)上流で工事着手前の毎秒12・1立方メートルが、トンネル完成後、毎秒9・99立方メートルに減るというもので、既存の資料調査及び地質調査に基づき水収支解析モデルを作成して算出されている。 ただし、この予測値は、トンネルがコンクリートで覆われていない状態だったり、防水シートや山中への薬液注入の不使用をもとにした量である。現実には、こうした対策はとられるので、湧水量が減り、大井川の流量の減少も抑えられるであろう。ただし、どの程度かは不透明であり、確実とはいえない。 JR東海の企業体質に起因するものとして、国土交通省が作成した「大井川水資源問題に係る主な経緯」という資料で、同社に抱く静岡県の不信感が随所に記録されている。簡潔にまとめると、過去に同社は静岡県から説明を求められても丁寧な回答をせず、2027年に品川-名古屋間を開業させたいという自己都合を前面に押し出しすぎて、真摯な話し合いを避けてきたとしか見えない個所が随所にあった。 筆者はJR東海の肩を持つつもりはないが、南アルプストンネルのような長大トンネル内の実際の地質や湧水量については、掘ってみないと分からない点が確かに多い。同社は1キロ先の地質を確認できる超長尺ボーリングをトンネル掘削の先進技術の一つとして挙げている。 鉄道のトンネルでは青函トンネルの掘削の際に本格的に導入された超長尺ボーリングは確かに画期的な技術である。同時に、現代の技術ではまだ正確に把握できるのは1キロ以内に過ぎない。繰り返すが、南アルプストンネルの長さは25・0キロもあるのだ。 このように、静岡県が満足するような答えをJR東海が提示できなかったことも、時と場合によってはやむを得ないといえる。だからといって、静岡県の関係者にはどうせ理解できないからと調査結果を開示しなかったり、不明な点を明らかにしないという態度をとったのであれば、それは公共交通機関の担い手のあるべき姿ではない。 今挙げたようなトラブルは、筆者が静岡県以外のリニア中央新幹線沿線の関係者に取材したときにも、声をそろえて言っていたことだ。関係者といっても、リニア中央新幹線の建設に反対している人たちばかりではない。むしろ推進派の人たちの方が多く、そういった人が平然と同社を非難するのは、よほどの事情があってのことだといえる。名古屋市内で記者会見するJR東海の金子慎社長=2020年7月15日 JR東海の姿勢は、リニア中央新幹線の推進派として真っ先に名を挙げられる与党の自民党に対しても同様らしい。その自民党は7月30日に「超電導リニア鉄道に関する特別委員会」を開催し、同社の金子慎社長を党本部に招いている。 静岡新聞(2020年7月31日付)によると、出席した県選出の国会議員は、金子社長が出席者からの質問に真摯に回答していたと評価したが、「最初からきょうのようにすれば、ここまでこじれることはなかった」とも語っていたという。リニア開業の条件 とはいえ、今さら過去を振り返っても仕方があるまい。静岡県が南アルプストンネルの建設許可を出さなければ、リニア中央新幹線は前に進めないからだ。 同時に、リニア中央新幹線の建設工事は何も静岡県だけで遅れているのではなく、神奈川県でも長野県でも愛知県でも遅れていて、2027年の開業は無理とは言わないが、難しいのは確かといえる。こうした現実をJR東海は受け入れなければならない。 静岡県とJR東海の対立の仲裁に入った国交省は、2020年1月にトンネル工学や水文学(すいもんがく)の分野の専門家などから構成される「リニア中央新幹線静岡工区有識者会議」の設置を提案し、静岡県も中立性や公平性の担保を条件に設置を受け入れた。ただし、有識者会議としての結論が出される前に、同会議の福岡捷二(しょうじ)座長(中央大研究開発機構教授)がトンネル工事による大井川中下流域への影響は少ないという認識を示した点に、静岡県はもちろん、同会議の委員からも異論が出され、なかなか先へ進まない。 言うまでもなく、有識者会議は科学者の立場から、南アルプストンネルを途中まで掘削した実績に基づいて、大井川の流量の変化について、あくまでデータに基づき客観的に人々を納得させなくてはならない。何事にも絶対はあり得ないから、予測値には実現の期待値が必要だ。そうでなければ科学ではなく、別の分野となってしまう。 折しもコロナ禍によって日本の社会の在り方が変わり、「出張が当然」という仕事の進め方にも変化の兆しが生じてきた。 だからといって、2024年に開業60年を迎える東海道新幹線の行き詰まりは容易に解決できるとは思えないし、リフレッシュのために大規模な修繕工事を施工する時期は近いうちに訪れる。車両が超電導リニアであるべきか、そして今の計画ルートが最善であるかは別として、東海道新幹線の救済は何らかの形で必要となろう。 という次第で、着工済みのリニア中央新幹線は条件付きで開業を目指すべきである。その条件とは、場合によってはルートの変更も辞さないというものだ。 開通済みの新幹線のトンネルには、南アルプストンネルのように地下水脈に影響を及ぼすため、設計段階でルートを変えて克服した例がある。JR九州の九州新幹線博多-新鳥栖間にある筑紫(ちくし)トンネル(長さ約12キロ)だ。このトンネル内には、四つのダムの水源となる地下水脈があり、新幹線では例外的といえる3・5%の急勾配を設けることで避けている。 南アルプストンネルも、急勾配によって大井川への影響を回避できればよいが、現状でも4%の急勾配が存在するため、さらに勾配をきつくすることは難しそうだ。となると、水平方向、具体的には北側に迂回して静岡県から遠ざかるルートの選択も検討されてよいのではないか。報道関係者向け試乗会で公開されたリニア中央新幹線の試験車両「L0系」=2019年10月、山梨県都留市のJR東海山梨リニア実験センター(渡辺浩撮影) 筆者は子供たちから鉄道に関する質問を受ける機会が多々ある。その中でリニア中央新幹線のルートに関するものもあった。 「なぜ、わざわざ工事の大変な場所ばかり通っているのか」。荒唐無稽ながら、静岡県とJR東海の対立解消には、こうした子供の考えの方が案外有効かもしれない。

  • Thumbnail

    記事

    JR東日本の悲願は叶うか?コロナで浮上「時間帯別運賃」の現実味

    梅原淳(鉄道ジャーナリスト) 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う外出自粛は社会に大きな変化をもたらした。鉄道について言えば、各社から利用者数が前年同月比9割減などという今までに例のない数字が発表されている。通勤ラッシュは嘘であったかのように姿を消し、人であふれかえっていた巨大ターミナルが閑散とする様子は、まさに潮が引くようにという表現がふさわしい。 外出の自粛が解除された後も、鉄道をめぐる状況は以前ほどのようには戻っていないようだ。人々は引き続き移動を避けるようになったのである。 感染抑制と経済活動を両立させる「新しい生活様式」が採り入れられてから1カ月ほどが経過した7月7日、JR東日本は2020年6月の鉄道営業収入が対前年比で53・4%、つまり46・6%減少したと発表した。4月の対前年比24・0%、76・0%減、5月の対前年比29・0%、71・0%減という数値は、緊急事態宣言の発令の影響で人々が外出を控えざるを得なかったからやむを得ない。 しかし、移動の制限が原則として解除されていた6月もこのあり様である。4月から6月までの第1四半期は対前年比34・1%、65・9%減だという。 今後も鉄道営業収入が上向かないとなると、JR東日本の業績に大きな影響を及ぼす。同社は20年3月期の単体決算で2兆1133億円の営業収益を挙げ、2940億円の営業利益を計上した。 だが、21年3月期には営業収益の大幅な減少が見込まれ、殊によると赤字に転落するかもしれない。JR東日本は1987年4月1日の設立以来、一度も営業損失を計上したことはないから、同社にとっても鉄道業界にとっても大事件だ。 JR東日本が今挙げた数値を発表した同じ日、同社の深澤祐二社長が会見を行い、新型コロナウイルス感染症の影響は予想以上に深刻であることを明らかにした。それも「以前のように利用客は戻らない」とまで述べたのである。JR東日本の深澤祐二社長=2019年1月(荻窪佳撮影) その上で、深澤社長は「長期的に経営が成り立つ形で、さまざまなコストやダイヤ、運賃の見直しを検討している」との考えを示した。見直し策の一例として、ダイヤ面では利用状況の芳しくない早朝、深夜の一部列車の削減を、運賃面では混雑のピークをずらすような柔軟な運賃をそれぞれ挙げた。 深澤社長の会見は各方面に反響を呼んだ。特に、朝夕の通勤ラッシュ時には値上げの可能性も出てくる時間帯別運賃の導入を検討している点について、マスメディア各社が一斉に報じた。「時間帯別」導入した大都市 これに対して世間の評判はあまりよいものではない。利用者が少々減ったとはいえ、人口の極めて多い首都圏で鉄道の営業を行っているのであるから、営業努力によって営業利益は確保できるのではないかという意見が代表的だ。一方で、通勤ラッシュ時の運賃が値上げされるであれば、混雑緩和に結びつくのでは、という肯定的な反応も見られる。 英国のロンドンでは、混雑の緩和を目的とした時間帯別運賃が既に導入済みだ。地下鉄や通勤電車が共通の運賃で利用できるロンドンでは、都心部と郊外との区間を移動する際の運賃が時間帯によって変わる。 例えば、都心部のゾーン1と郊外のゾーン9との間の運賃は通常は18ポンド80ペンス(日本円で約2534円、7月15日現在)である。一方、平日の朝6時半~9時半、16時~19時のピーク時間に利用できないオフピーク運賃は13ポンド30ペンス(同1793円)と29・3%引きだ。 ロンドン市によると、朝の通勤ラッシュ時に市内へと向かう郊外の人たちの総数は、2010年の11万人台から、現在では12万人台に増えたこともあり、地下鉄や通勤電車の利用者数も100万人台で大きくは変わっていない。通勤ラッシュ時の運賃が高くなっていない上、定期券に相当するトラベルカードの運賃は一律で、時間帯によって変更されないからだと考えられる。 さて、通勤ラッシュ時というくらいであるから、この時間帯は定期乗車券の利用者が大多数を占めると思われる。実を言うと、時間帯別運賃の検討の前提となる通勤ラッシュ時の採算性についてはJR東日本の前身となる国鉄時代から疑問視されてきた。 定期運賃は通常の乗車券を購入したときの普通運賃に比べて割安な金額が設定されている。問題はその割引率で、JR東日本の場合は大手私鉄などと比べて大きいのだ。他方、鉄道会社は通勤ラッシュに備えて車両や線路、施設など多大な投資を行わなければならないものの、その金額をピーク時間帯の利用者だけでは負担できないという構造的な問題にも行き着く。 国が公表した2017年度の統計をもとに、まずは定期運賃の割引率を比較してみよう。JR東日本の通勤定期乗車券を利用する人は平均18・9キロ乗車している。ロンドン市内を走る列車(ゲッティイメージズ) 最も利用者が多いと思われる首都圏の電車特定区間での通勤定期運賃は1カ月で9220円だ。この距離の電車特定区間での普通運賃は310円(ICカード乗車券は308円)である。1日に1往復、つまり同距離を2回乗車し、1カ月間に22日間利用するとして、普通運賃は1万3640円(同1万3552円)であるから、通勤定期運賃の割引率は32・4%(同32・0%)だ。 今求めた割引率を、大手私鉄でもあり地下鉄事業者でもある東京メトロと比べてみよう。JR東日本と同じ条件で利用すると、通勤定期運賃は8860円、普通運賃は250円(同242円)となり、割引率は19・5%(同16・8%)だ。 東京メトロの20年3月期の同社個別の営業利益は756億円と、JR東日本に比較すると4分の1程度である。だが、東京メトロの営業距離は195・0キロとJR東日本の7401・7キロとわずか2・6%に過ぎない。営業距離1キロ当たりの営業利益を求めるまでもなく、営業利益率の高い路線ぞろいの東京メトロでさえ、JR東日本よりも通勤定期運賃の割引率を低く抑えているのだ。定期の「損失」なぜ放置? それでは、JR東日本における通期定期運賃の採算性を求めてみたい。通勤定期の利用者1人が1キロ乗車したときの鉄道営業収入は7・2円であるから、18・9キロ乗車したときの利用者1人当たりの鉄道営業収入は136・1円となる。 一方、同社の定期乗車券の利用者と通常の乗車券の利用者を合わせた利用者1人が1キロ乗車したときの営業費用は12・0円と、この段階で既に通勤定期運賃は赤字が確定してしまう。18・9キロ乗車したときの利用者1人当たりの営業費用は226・8円で、つまりJR東日本は通勤定期券を携えた利用者が1回乗車するたびに90・7円の営業損失を計上しているのだ。 通学定期運賃は通勤定期運賃以上に割引率が大きい。ということは、通勤ラッシュ時は利用者にとってはもちろん、JR東日本の経営上も誠にありがたくない時間帯であるのだ。 JR東日本の経営が成り立っているのは、2017年度に24億9445万人を数えた普通乗車券など、つまり定期乗車券以外の利用者のおかげだ。同社の利用者は合わせて64億8812万人であるから、定期乗車券以外の利用者は全体の38・4%しか存在しない。にもかかわらず、1兆8366億6678万円の鉄道営業収入のうち、何と72・6%に当たる1兆3336億3881万円をこれらの利用者から得ているのだ。 定期乗車券以外の利用者の採算性も求めてみよう。利用者1人が1キロ乗車したときの鉄道営業収入は21・9円、そして平均すると24・4キロ乗車しているので、利用者1人当たりの鉄道営業収入は534・4円となる。 先に記した通り、全ての利用者1人が1キロ乗車したときの営業費用は12・0円であるから、24・4キロでは292・8円となり、利用者が1回乗車するたびに241・6円の営業利益を計上しているのだ。 通勤定期運賃での営業損失を大きく取り戻しているとはいえるのだが、少々営業利益が多すぎるのかもしれない。というよりも、なぜ通勤定期運賃で生じる営業損失をJR東日本が放置してきたのか理解に苦しむ。JR新宿駅の南改札(ゲッティイメージズ) 通勤定期の利用者へのサービスとの声も聞かれるが、弊害も生じている。その一例は中央線の三鷹駅と立川駅との間で見られる。 長さ13・4キロのこの区間は国鉄時代から複々線化の計画が立てられていた。同じ中央線の御茶ノ水-三鷹間21・5キロのように快速電車用の複線と各駅停車用の複線を敷いて、通勤ラッシュ時の混雑を緩和しようという内容だ。 国鉄の分割民営化から既に33年が経過したものの、JR東日本は三鷹-立川間の複々線化に着手する気配を見せていない。混雑が緩和されたからという理由が挙げられるが、そうとも言えない状況が2013年度の国の統計からもうかがえる。導入に立ちはだかる壁 中央線の三鷹駅と立川駅寄りの隣駅、武蔵境駅との間を通過した利用者数は1日平均73万4488人だ。一方で、国鉄時代に完成した常磐線の複々線区間の起点となる綾瀬駅とその隣の亀有駅との間を通過した利用者数は1日平均69万1876人と、三鷹-武蔵境間よりも少ない。今も国鉄が存在していれば、三鷹-立川間は間違いなく複々線化されたであろう。しかし、JR東日本は巨額の投資を行ってまで、赤字の通勤定期利用者の便宜を図る必要はないと考えているのだ。 国鉄が昭和40年代に実施した中央線の中野-三鷹間9・4キロの複々線化に要した費用は264億円で、1キロ当たり28億円であった。28億円は現在の金額に換算して94億円であり、ここから三鷹-立川間の複々線化費用を試算すると1260億円となる。 これだけの費用を投じても、便益を享受できる利用者の多くは定期乗車券の利用者だ。現実に、先ほど挙げた三鷹-武蔵境間を通過する1日平均73万4488人の利用者のうち、定期利用者は50万5775人で、68・9%に達する。認めたくはないが、JR東日本が投資を見合わせるのも無理もない。 時間帯別運賃の導入を検討しているという深澤社長の会見は、いわばJR東日本の長年の悲願を形にしたものといえる。利用者が18・9キロ乗車したときに90・7円の営業損失が発生する通勤定期の運賃を、仮に20円の営業利益を生み出せるように改定するとしよう。となると、18・9キロ乗車した際には現行の136・1円から246・8円へと110・7円の値上げが必要となる。 1回乗車して246・8円、そして1日に1往復、1カ月に22日使ったとして通勤定期の運賃を設定すると1万859円だ。普通運賃の1万3640円(ICカード乗車券は1万3552円)から割引率を求めると、20・4%(同19・9%)となって、これでやっと東京メトロ並みとなった。 実際にJR東日本が時間帯別運賃を導入して通勤ラッシュ時の運賃を値上げするには「障壁」が待ち構える。というのも、現状では同社を含めたJR旅客会社6社の運賃、それから新幹線の特急料金は「ヤードスティック方式」という基準比較方式が採用されているからだ。 ヤードスティック方式とは簡潔に言うと、他のJR旅客会社5社と営業費用の一部を比べ、運賃を上げられる限度は適正な利潤が得られる範囲以内というものである。一時的には減ったり失われるかもしれないものの、今後も1千億円単位の営業利益が見込まれるだけに、JR東日本による運賃改定の申請を国土交通大臣が認めるとは考えづらい。JR品川駅周辺で、マスク姿で職場に向かう人たち=2020年5月(宮崎瑞穂撮影)  そこで考えられるのは、深澤社長が言及したように混雑のピークを減らすために閑散時には逆に運賃を下げる方策だ。こうなれば、営業利益の最大化は断念せざるを得ないが、代わりにどの時間帯でも営業利益率が平準化されるというメリットが生じる。いわば、受益者負担の原則が導入されるのだ。 この考え方を突き詰めていくと、JR東日本は今後、地域別に運賃を設定するかもしれない。利用者の少ない地方の路線では運賃を大幅に上げ、代わりに大都市圏では下げるという主旨で、大都市圏での営業利益が地方での営業損失を補てんするという国鉄の分割民営化時の考え方はここに崩れる。高額な運賃を負担できないとなれば、地方の路線の廃止が進みそうだ。 時間帯別運賃の導入とは、いわば長年手つかずのままでいた鉄道事業の「パンドラの箱」を開ける作業だといえる。

  • Thumbnail

    記事

    戦略PRのプロが指南!「withコロナ」の観光サバイバル術

    菅原豊(戦略PRプロデューサー) 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が解除され、徐々にではありますが日常が戻りつつあります。目に見えないウイルスに対して感染予防策を講じるという、全く未経験のハードルがある中、各地で観光プロモーションの再考も事実上始まったと考えてよいでしょう。 しかし、第2波、第3波が来る可能性は依然としてありますし、また、次の冬に再燃する可能性もあり、新しい生活様式下での観光産業を作り上げなければならない、という命題は依然として変わりません。 そこで、「withコロナ」時代の観光地域の復活戦略として、今回も3つの指針を示してみたいと思います。・感染予防策だけでなく、それを知らせる活動を!・「withコロナ」の観光地は仲間づくりを!・ターゲットは「お隣」さん! まず、一つ目は感染予防策。新型コロナウイルスはモノに付着するとなかなか消えないという強敵のようで、私たちの日常生活も日々ピリピリしてきています。この非常にあやふやでストレスのかかる中で、観光産業を再興させなければなりません。 業種業容ごとの感染予防マニュアルのほか、市町村や特定のエリアが連係するDMO(観光地域づくり法人)単位で基準を作ったり、認証制度を作ったりと、さまざまな動きが並行して動いてきています。ただ、ウイルスの解明には時間を要することと、正しい感染予防策とは何か、を断定できない状況です。 こうした中では、誰かの指示を待つより、皆がアンテナを立て、情報を集め、動きながら実行することが求められます。さらに、周りの動きを見ながらよいと思ったら真似をして、コミュニケーションをとりながら、柔軟に対応していくことが大切だと思います。 一方、観光に出かける人の視点から見るとどうなるでしょうか。感染症罹患の恐怖やリスクという点では、観光客を受け入れる側も、観光に出かける人も、同じです。ですが、観光客の立場なら、自ずと感染予防策をとっていることを知り、より心配が少ないと判断する場所に出かけることになるのは自然な流れでしょう。 各観光地が非常に綿密に感染症予防策に取り組まれている現状は、われわれのような観光事業者と日ごろ接している者は自ずと知ることになりますが、一般的に見ると、「感染予防策を講じてはいるが、積極的に開示するまでに至ってない」というのが実態のようです。有馬温泉の旅館「陶泉 御所坊」でパネル越しに案内する仲居=2020年6月4日、神戸市 今、新聞や雑誌、テレビ、ネットサイトと、多くのメディアはコロナ禍から脱出して、地域経済、日本経済を復活させようといろいろな取り組みをしている事例や実態を取り上げる傾向があります。 その前向きな動きに関する記事やニュースに触れると、クラスターがどこかで起きるかもしれないと思いながらも、心が明るくなります。今われわれが直面する命題は「感染予防策をとりながら、いかに観光産業を復活させるか」というこの一点です。注目は「とト屋」の戦略 今回だけは、梅雨前線や真夏日、海開きなどの季節のニュースは注目されることはなく、世の中もその情報を望んでいません。今はとにかく「感染予防策」のPR合戦をする時期。多くの人が普通に目にするように、感染予防に向けた取り組みに関する情報を発信していってほしいと思います。 京都府の北。海の京都と呼ばれるエリアに京丹後市があります。丹後半島の西側、間人(たいざ)と呼ばれる場所にある一つの宿。「うまし宿 とト屋」が、独自の積極的な取り組みを会員制交流サイト(SNS)に投稿していたので紹介します。 そこには「日頃から衛生面には気をつけておりましたが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、3密を防ぐ生活様式に合わせてとト屋での対策を検討致しました」とあり、以下のような内容が事細かに書かれています。 ~ 大自然の中で「暮らすように旅をする」~ とト屋ファミリーはとト屋を大きな家と考え、訪れて頂いたお客様はみんな家族。お客様同士、お客様とスタッフ、立場は違っても、みんな家族のような間柄で過ごして頂きたい、そんな願いからとト屋三密ルールでの対策を考えました。 非日常を味わいに来ていただく皆様に、たくさんのルールを提案せざるを得ない状況に、心が痛みますがご協力をお願い申し上げます。スタッフ一同、言葉は少なめ、最大の笑顔で心のおもてなしをさせて頂きます。 「とト屋の新型コロナウイルス対応」についてお知らせ致します。以下のことを学び、とト屋でのおもてなし対策を考えました。【宿泊施設の品質】①清潔感⇒高い清潔感or清潔感×笑顔=②安心感高い安心感=③快適性高い快適性=④顧客配慮④高い顧客配慮=⑤積極性、共感性①、③、④、⑤全てが②安心感を強化する関係つまり!宿泊施設の品質を顧客視点で定義すると=「安心感」となる 上記の事柄を検討し具体的な対策を明記した書面をチェックイン時にお渡しすることを決めました。≪とト屋の具体的な感染予防対策≫1)館内でのマスク着用2)空気清浄器の設置3)各スペースの消毒液の設置4)化粧品・ブラシ等は持参を要請5)ハンドドライヤー、トイレタオルからペーパータオルへの変更・設置6)館内の手が触れる場所(ドアノブ、リモコン等)清掃及び消毒の徹底スリッパの消毒7)温泉浴場の時間制限による清掃の充実と温泉利用の相談・対応8)宿泊の制限により、個人・小グループ、または貸のみ受付9)お部屋食、食事処の時間と個室利用の相談・対応10)調理場の清掃及び消毒の徹底11)スタッフの健康管理及び手洗い消毒の徹底12)従業員の客室への入室回数を少なくするため、客室への案内、寝具の準備の要請13)非対面チェックイン・チェックアウト手続きの要請(事前カード決済)14)宿泊時の感染疑いの際の対応*万一、発熱や呼吸困難、倦怠感など、感染の疑われる症状が出た場合、保健所(帰国者・接触者相談センター)に連絡し、その後は保健所からの指示に従うことを要請 以上の事を宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドラインとさせて頂きます。 一つひとつの言葉に、直面する感染リスクという危機に対して、真剣にかつ非常に前向きに取り組んでおられる旅館の人の姿を感じとることができ、好感が持てました。 一方、「感染予防策」のPR合戦は、観光誘客という視点以外にも大きな意味を持ってきます。一つのお店や旅館のアイデアや取り組みでも、観光地全体での大きな施策でも、例えばメディアで報道されたり、SNSで発信したりすることで、お客様だけではなく、日本全国の同業の方の目にも留まるようになります。「うまし宿  とト屋」の外観(同宿提供) 同じ危機に同時に直面してしまった観光に関わる人たちにとっては、その一片の情報が励みになり、具体的な感染予防の方法として非常に役立つはず。日本全国の観光地が感染予防策を競っていくと、誘客マーケティングの推進と同時に、並行して、事実上日本全体の「感染予防策付の新しい観光」のレベルを上げていくことにつながっていくはずです。「仲間づくり」の視点 次は「仲間づくり」という視点です。今回、観光地の経済は、3密回避と移動制限によって深刻なダメージを受けてしまっています。加えて、新型コロナウイルスは今後もなくなることはなく、終息させるためには、ワクチンの開発か、感染と回復を繰り返しながらわれわれが抗体を持つようになるか、と言われており、「withコロナ」は重くのしかかってきています。 そこで、「人が非日常を体験するためにどこかの場所に行く」という観光から、「観光を起点にした観光地の経済」という視点を考えてみませんか? 観光地の経済は大きく、宿泊、食事、体験、お土産に、観光客がいくら払ってくれるか、で成り立っています。残念ながら、景観や景色というのは呼び込むフックとしては機能しますが、お金を取ることができません。 これが、「withコロナ」の時代になるとどうなるのか。感染者が出る、クラスターが発生するという事態になれば、有無を言わさず、一時的に今回と同じような状況になることは容易に想像できます。こうならないようにするには、地道に感染予防策を講じて、感染者が出るリスクを科学的に少なくしていくしかありません。 もう一つの変化は、「withコロナ」によって引き起こされる「感染予防策を講じることでの支出増と収入のダウン」です。3密を避けるようにあらゆる工夫が各所でとられてきていますが、隣を空けて座れば収容人数が減り、例えば、抜群においしい料理を提供しても、そもそも売上の上限が下がってくることになります。行列ができるお店が行きたいお店、とならなくなる可能性すら出てきます。総売上を無理やり維持しようとすれば、単価を上げることになりますが、それは成功することはないでしょう。 こうなってくると、観光地はこれまでの観光地としての経済でよいのか、という議論が出てこないとおかしくなります。別の収入源、経済を作る必要がある!という意味です。将来、万が一、運よく「beforeコロナ」と同じ状態に戻ったとしても、今、別の収入源を作っておくことは、プラスにしか作用しませんから、ぜひこれまでとは「違う」収入源を作っていただきたいと思っています。 そこで提案したいのが「仲間づくり」なのです。ただ好きだという「ファン」ではなく、一緒に経済を支えてくれる「仲間」を作っていきましょう。誰を仲間にするのか、それは観光客です。一度、来ていただいた観光客を、観光地が、観光地の経済を支える仲間にしていく、という考え方。 ところで、皆さんは一つの観光地に何度も行ったことがありますか。よい思い出があって、どうしてもリピートしてしまう観光地があってもおかしくはありません。ですが、地方自治体の観光プロモーションは、おもてなしをもって好印象を与え、リピーターになってもらいたいと思いつつも、その多くは初めての観光客を取りにいく施策に重点が置かれているように見受けられます。砂湯が川沿いにある旭川。川沿いの旅館の窓には「ファイト」と書いた紙が張られていた=2020年5月31日、岡山県真庭市 日本国内だけでなく、今の時代は海外渡航の方が安くあがる場合もあり、世界中に観光地があります。2回来るようにするマーケティングより、初めて来る人を獲得するプロモーションに軸を置いてしまうのは自然な動きかもしれません。 つまり、現在の観光ビジネスは、観光地と観光客は一期一会というフロービジネスが軸になっていることになり、なかなか大変なビジネスと言わざるを得ません。観光振興に携わる方々の苦労は並大抵のものではないはず。しかし、繰り返しになりますが、3密回避と移動制限で、このままでは観光地の経済は回らなくなってくるはずです。復活作戦のターゲットは? 前回のiRONNAへの寄稿で、観光とは「遠くの場所でのお買い物」であり、ゆえに、移動制限がかかっている今、宿泊施設がこれまで泊まってくれた方に「案内して、特産品などを売ってみてはどうでしょうか?」と書きました。一度、その地を訪ねた人はその地を思い浮かべることができる貴重な存在。その人を、一生離すことなく、仲間にしていくという取り組み、始めてみてはどうでしょうか。 具体的には、観光で来られた方に、宿泊施設やお土産物店、あるいは観光デスクなどで、登録していただき、帰った後もその地の特産品を安く購入できるようにしてあげる。ご家族や友達への贈り物は、ネットで簡単に手配できる。一歩進めて、特産品の販路開拓をサポートしていただいたら手数料をお支払する、など、「仲間」にしていく手法はいろいろ考えられます。 これまでも、インスタグラムにハッシュタグをつけて投稿してもらうなどの企画は時折見かけますので、観光客を仲間にしていくという方向性は共鳴していただけると思います。ですが、SNSでの写真投稿の目的は、きれいな写真を色んな人が見ると、来たくなる人が出てくるだろうという考えが基本になっており、やはりそこには、「観光地」に行かない限り1円も経済が動かないという事実が立ちはだかります。「withコロナ」の時代。情報拡散を手伝ってもらうファンではなく、観光地の経済にも貢献する「仲間」を作っていくことが望まれます。 観光客を仲間にする作戦は、これまで「密集」するほどではない、比較的自然が多く、大きな宿泊施設が少ない地域の観光戦略の一つとしても役立ちます。先日、岐阜県飛騨市のお店の飛騨牛BBQセットと蒲酒造場の日本酒のシャンパン「じゃんぱん 純米発泡酒」をネットで注文し、新潟の実家に贈りました。飛騨市に行ったことがない田舎の母親は初めて食べた味だと喜んでいました。 こんな形で、観光地から帰った後も、その地の経済に貢献していくという流れは、「観光地」と「農産品や工芸品などの産業を担う人」と、「観光客」、さらには「その観光客とつながっている近しい人」までを巻き込む、「win-win-win-win」の関係を作っていくはずです。 最後に、「withコロナ」で始めることになった観光産業の復活作戦のターゲットはどこにすべきか、について記したいと思います。 依然、各地で小規模なクラスターが時折発生するなど、油断はできない状況ですが、都道府県をまたいでの移動もできるようになってきています。こうした中で、徐々にコロナの終息傾向が強まっていったとき、どういう地域をターゲットにしていくのがよいでしょうか、という視点になります。「withコロナ」だからではなく、コロナ禍でマーケティング活動が止まってしまった状況を前向きにとらえ、観光戦略を見直すチャンスにしてみてはどうでしょうか。その検討材料の一つとして見てください。 ターゲットは「お隣」です。 例えば、自身の話になりますが、新潟県出身の私は、新潟県が、北から、山形、福島、群馬、長野、富山の5県と接しているということは小学校で習っていて、行ったことは、当時はなくとも、自然に覚えていったという記憶があります。 しかし、新潟空港から飛ぶ飛行機がどこに飛んでいるのか、大学時代から東京に出て、その後、現在のような仕事をするまで考えたこともなく、情報としても具体的に持ち合わせていませんでした。新潟県の空の玄関口、新潟空港=2017年11月、新潟市東区(市川雄二撮影) 江戸時代から、いやもっと以前から、山を越えて人が街道を移動し、商業や文化が伝播していき、その土地ならでは有形、無形の多くのものができあがってきています。新潟県は隣接する5県や、日本海を航行した北前船によってさまざまな人、モノ、カネ、情報と文化が動いたはずです。目の前の一歩と遠くの目標 しかし今、高速道路や新幹線が通り、新潟県の隣は東京都になってしまったような感じがしています。もしかしたら、若い世代は、地理的につながった隣の県には行ったことがないかもしれません。 空の道、空路もつながっています。新潟空港は国内線では札幌、成田、名古屋、大阪、福岡、沖縄とつながっています。誰もが知っている東京を、ことさら取り上げる必要はないので、ここでは空路がつながっている北海道、千葉、愛知、大阪、福岡、沖縄に注目します。 新潟県の小学生は学校で隣県は山形、福島、群馬、長野、富山の5県と習っていますが、ここに、北海道、千葉、愛知、大阪、福岡、沖縄も加えてみてはどうでしょうか。この6道府県を隣県と指定して、教科書に入れるとどんな変化が起きてくるでしょうか。 高速道路が整備され新幹線が張り巡らされると地方空港利用者が減っていく、という現象が日本各地で起きています。このままでは地方空港の存立が危ぶまれると耳にすることもあり、地方空港の利用を促進する動きが起きてきたりします。しかしどうでしょうか。そもそも、地元にある空港がどこに飛んでいるのか、なぜ、知らないまま大人になってしまうのでしょうか。 昔の先人たちが作ってきた歴史はいつの時代も大事にされ学習材料になりますが、われわれが歴史を作る立場になれば、今の「道」を移動した先になにがあるのか。もっともっと情報を動かしてよいのではと思うことがしばしばあります。 全国各地の地方自治体が、日本全国に、世界中に、アピールして観光客にきてもらいたい、交流人口を増やしたい、最終的には移住してきませんか、という一連の動きをしてきています。ですが、クリック一つで情報をインターネット上に置くことができる今、全国をターゲットにすることは間違ってはいないものの、選択と集中を行うことも重要。ぜひ、高速道路、新幹線だけでなく、空路でつながる地域も選択肢に入れ、選んでいただき、戦略PRを展開してほしいと思っています。 人は非日常体験をしたくなり、観光に出かけますが、悲しいことに、知らない先に旅にいくことはできません。せっかく空路でつながっている地域があり、そこはほぼ1~2時間で行ける距離にあるわけです。ぜひ、お隣さんの情報をもっと知り、かつ自分たちの情報も発信していく。知れば興味がわき、見てみたくも、食べてみたくもなります。 例えば、つながった地域の大学のサークル活動などの大会や発表会が行われるようにするとか。中高生が見れば、進学先になるかもしれません。子供が進学すれば、親御さんはたびたび訪れます。 企業の交流もしかり。昔々、峠を越えて行き来していた普通の活動を、空路を使って行うだけです。地域が持っているインフラを普通に活用する仕組みを作っていくことで、水が高いところから低いところに流れるように、情報が動きます。情報が動けば、そのまま旅の行先の候補になっていくはずです。埼玉県川越市の蔵造りの町並みを散策する観光客=2020年5月29日 「withコロナ」時代の観光をどう再構築するのがよいのか、ということで、感染予防策PR合戦から、観光地の収入源を増やすアイデア、さらにはマーケティングのターゲットをどう設定するか、と3つについて書きました。 まだまだ新型コロナウイルス感染症は予断を許さない状況ですが、目の前の一歩の踏み出し方も、遠くの目標に向けた準備も大切になってきます。困難ばかりの「withコロナ時代」の観光の捉え方の一つの参考にしてください。

  • Thumbnail

    記事

    「新しい生活様式」など甘すぎる、withコロナを生き抜く虎の巻

    平野和之(経済評論家) およそ2カ月におよぶ緊急事態宣言が解除され、日常が戻りつつあるが、これから経済再興はもちろん「withコロナ」の中でどうやって生きていくかを考えなければならない。私は感染症の専門家ではないが、経済的、経営的、ジャーナリズム的見地から今後のコロナサバイバル術をランダムに示してみたい。 日本における感染拡大はいったん収まりつつあるが、振り返ってみれば、東京の「夜の街」はさておき、医療や介護、保育など公共性の高いサービス内でのクラスター感染が目立った。実際には、スレスレで医療が持ちこたえた努力には感謝の念でいっぱいだが、今後も現場が疲弊することを防ぐために、前向きに経営サイドに向けた問題提起をしておきたい。 私が住む神奈川県も医療クラスターが多発しているが、その原因の一つは大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の受け入れで公営病院などがパンクし、民間病院が受け入れ強化したことにある。 クラスターが確認された横浜市内のある民間病院については、私も近くに27歳まで住んでいたが、「絶対に行ってはいけない病院」と地域で言われていただけに、やはりと思った人も多いのではないだろうか。 一方、別の病院では、勤務する医療従事者のプライベートも管理したりするほどの徹底ぶりで、病院によってかなり差があるようだ。経営サイドのマネジメントノウハウがない病院の現場はたまったものではない。 病院経営もコロナ対策を徹底し始めて以降、来院を予約制に変えたり、受付を中空ドアにしたりといったように、大掛かりな見直ししているところも多くなった。徹底した管理を医療現場は強いている。 話は少し逸れるが、私は魚の養殖にも間接的に関わっている。その現場では、養殖アユが病気で大量死することは日常茶飯事だが、これを回避している養殖業者の共通点は徹底した除菌管理だ。特に、車も含めて出入り時に、ハンドルやタイヤだけでなく靴底除菌をしている。 同じことは病院でもいえる。靴底を除菌水に浸けて入るか、ビニール袋に靴を入れるといった工夫が必要になるだろう。大型温泉施設の一部では実際こうした対策を取り入れている。米国では靴底経路も指摘されている。次亜塩素酸の効果は賛否あっていまだはっきりしないが、出入りする際に全身除菌するシステムも必要になっている。 こうした現状を踏まえれば、感染者を出さなかった自衛隊中央病院(東京都世田谷区)と同様のマニュアルを徹底することが有効だと思われる。さらに、万が一、クラスターが起きた際の指導は、行政ではなく、自衛隊と連携できるようにした方がよい。感染症は「細菌テロ」とみなして対応するぐらいの構えが必要だからだ。病院の入り口前に設置したテントで検温や問診を行う医療スタッフ=2020年4月30日、東京都世田谷区の自衛隊中央病院(田中一世撮影) 今回の新型コロナウイルスの感染者数は、当初想定より大幅に下回ったにもかかわらず、一時医療崩壊スレスレと騒がれた最大の要因は、病床やスタッフではなく、医療物資の不足だと現場からは聞こえてくる。避けられない患者減 特に民間病院で、急遽コロナ患者を受け入れた病院ほど、十分な備蓄がないのが実態のようだ。専門家や医師会の代表者が声高に「緊急事態宣言を」「医療崩壊が懸念される」と繰り返していたが、責任逃れの疑念もわく。 徐々に患者は戻りつつあるようだが、ほとんどの病院はコロナ後、患者が激減しており、中には8割減となったところもあるという。 そもそも大半の医療費の中身をよく見れば、多くは生活習慣病であり、これらは本来なら病院に行かなくても個人の意識次第で治るものか、行く必要性がないといえばないものが多い。 風邪は基本ひいたら寝た方が効くこともあるほか、花粉症やぜんそくは重度の人は別だが、軽度なら薬は月に一度ネットで遠隔処方してもらえれば十分だ。日本の場合は、過剰に医療費が膨れ上がる実態もコロナ禍でよく分かった。 かつて、北海道夕張市が破たんし、医療崩壊したが、結果として一人当たり医療費が抑制し始めたどころか、健康的なシニアも増え、自分でケアをする人も増えた。現状もそうで、新型コロナで気を付けるようになっただけに一般の風邪も激減している。 私自身、これまでは常に1~4月は風邪をひくことが多かった。だが、今年は皆無で逃げ切った。6月になっても風邪をひいていない。徹底した除菌と飛沫感染対策をすることで、季節性のインフルエンザはもとより風邪もひかなくなったということだ。 要するにコロナ後は、これまでと同様に患者数を確保することは不可能であるし、むしろこれを加速させていくべき点も多々あるのだろう。こうなると医療制度を根底から考え直す必要がある。 感染症病院はすべてを公営化し、開業医院は多くが廃業を余儀なくされる可能性があるため、総合病院での就労、ネット診療が可能な病院展開の支援、開業医が破産しないセーフティーネットを確立するといった抜本的な医療制度改革が求められる。 日本は海外のプライマリーケアを参考に、総合病院とかかりつけ医の制度変革を進めてきた。だが、遠隔医療と訪問医療の制度拡充、フランス的な疾病率に応じた大幅な改善による医療費負担率見直しで医療費抑制などを進めるべきであることは、国の有識者会議でも提言がなされている。医療費は毎年1兆円ずつ増えているが、45兆円の医療費は15兆円程度減らせるのではないだろうか。介護も介護保険料を数兆円削減できる可能性もある。病院の集中治療室(ICU)で、新型コロナウイルスの重症患者の治療にあたる医療従事者=2020年4月23日、川崎市 これらの問題は、開業医だけでなく中小零細企業でも同じだ。一度クラスターが起きると倒産を招く事態になりかねないからだ。ちなみに、私が経営に関与した会社は、1月17~19日に社員1人が展示会でインフルエンザにかかり、工場に帰ったところ全員に感染し、2週間程度工場稼働が停止した。慣れれば結構楽しい? 稼働停止を複数回も招けば会社の存続に関わるだけに、社員にマスクや除菌剤を支給、社内換気のほか、通路は2時間に一度水浸しにし、加湿器も湿度が70%以上になるように設定した。靴も支給して内外で履き替えるルールを決めた。会社に入る際には着衣をすべて除菌、荷物の受け取りも外で行い、受け取り時だけでなく、開封後の除菌も徹底した。 また、休憩前には必ずうがいと手洗い、休憩室ではマスクを着用するか、飲食の際などは一切しゃべらないよう徹底。全員車通勤で、利用時に足元やハンドル、シフト、キーを除菌するようにした。もう一つ、社長が病院に行くことが多いので、テレワークにしてもらった。 非常に煩わしいと思われるかもしれないが、慣れれば結構楽しくやれる。むしろ、安心感を持たせることで働くモチベーションも上がるのだ。やはりこれだけ徹底しなければ、かえって死活問題になりかねない。政府の有識者は「新しい生活様式」と繰り返すが、事業継続計画(BCP)の観点から見ると説得力が乏しい。学者らしいといえば学者らしいが、実務第一主義での専門家の指導もほしいと思う。 日常生活も変わった。例えば店舗のレジだ。コンビニエンスストアやスーパーなどの場合、すでに導入されているが、レジにビニールシートやアクリル板を常設している。基本的に新型コロナウイルスは、飛沫感染が主な「ヒトからヒト」よりも、「ヒトからモノ」に付着し、別の人に感染するケースが8割とされる。 そもそも政府の発表では、発症しない限り無症状での感染は極めて低いとされていたが、海外では感染事例もあり、政府はその後、2日前から濃厚接触者との定義に変更した。世界保健機関(WHO)も幹部が「無症状者からの感染はまれ」と発言した直後に撤回している。 このように無症状者からの感染も念頭に置く必要があるが、コンビニやスーパーのレジは支払い時ばかりを問題視し、店員と客のやり取りの後に除菌や手洗いすることで、感染防止ができていると思いがちだ。だが、本来は不特定多数に客が触った商品の表面などにウイルスが付着している可能性もある。 要するにレジスタッフ回りだけの対策がほとんどで、生産ラインや物流、商品そのものの対策はほとんど啓発されていないのが現状だ。一部大手コンビニがトイレやゴミ箱の使用も中止したが、トイレは多くの場合換気扇が回っており、除菌剤を使用して掃除するだけに感染リスクは低いだろう。 ゴミ箱は分別されていない場合、店員が分別し直すため、感染リスクは高まる傾向があり、注意が必要だ。まずはゴミ箱を外に配置するだけでなく、分別する場合は除菌水につけるといった新たなマニュアルが必要になる。最近はセルフレジ化も進み、リスク低減にかなり有効だと思われる。こうした工夫や改善を重ねることで、第2波はかなり防げるのではないだろうか。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、レジに透明のシートが設置された名古屋市内のスーパー=2020年4月 通信販売も増加傾向にあるだけに、配達物の除菌も徹底するといった在宅におけるマニュアルを作成するべきだ。これは車や自転車なども同様で、徹底的な「除菌」を習慣づけるしかない。 家庭での生活様式も見直す必要がある。今回の新型コロナ感染拡大を教訓に、そもそも外出先から家人が帰宅した際、玄関や靴を除菌し、衣服も着替え、できれば手洗いうがいだけでなく、シャワーを浴びることなどを習慣化するのが望ましい。ただ、これだけ徹底するのは現実味がない部分もあるので、新しい生活様式の提案の一部は法制化するなども急ピッチに推進すべきだと思われる。日本は「お家芸」で勝負せよ ところで、今回のコロナ対策で議論が進んでいないのが地下鉄や電車である。テレワークの推奨で、6月以降も満員度は低いが、路線によっては「密」状態に戻っている。電車内などでの感染はあまり深刻ではないようだが、盲点は地下鉄のホームにある。 地下鉄車内は窓を開けて喚起は徹底されているが、ホーム内の空気はそれなりに滞留している。「夜の街」や病院や介護施設などのクラスター以外の感染要因をとして、今一度、地下鉄の構内関連を調べる必要があるのではないかと思われる。 次にエンターテインメント関連を考察してみよう。スポーツ観戦やコンサートなど、大勢の観客を伴うイベントの再開はまだまだほど遠いようだが、3月に開催されたさいたまアリーナで開かれたK1イベントは物議を醸したものの、6500人が来場した割には、目立った感染は報告されていない。理由は、マスク着用義務と歓声を禁止したことにあるとみられるが、これらを徹底してライブハウスは再開したが、客が声を発しないライブハウスは厳しいとは思う。 最後に、今、東京の新宿・歌舞伎町での感染拡大が懸念されている。多くが、ホストとなっているが、ホストの客の大半は風俗関係で働く女性である。また、韓国の感染第2波の集団感染は同性の性的接触で、新宿2丁目はあまり話題にでないが、コロナはエイズにも似ている特性もあるため、感染源が性行為だとすれば、すべての問題の謎は解ける。この論で行けば、規制すべきは、風営法であり、店ではないのだろうとも思う。 以上、種々の対策や課題を記してきたが、無症状感染者からの感染の有無はよく分かっていないとはいえ、発熱を徹底的に確認するサーモグラフィーなどを設置などは常態化するだろう。一部の自治体では、マスク着用条例なるものが見られるし、店舗の換気も不可欠になるが政府による助成は検討されている。 今後政府が行う公共投資の景気対策と雇用対策、産業創出で期待されるのが、以前私が提唱した、オバマ大統領がリーマンショック時に行ったグリーンニューディール政策に対抗し、公衆衛生環境投資の財政出動である「クリーンニューディール」政策だ。マスクを着用して家路につく人たち=2020年5月、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 日本の技術のお家芸でもあるセンサー関連の需要は今まで以上に伸びる。店舗や行政窓口などで必要な非接触器具はもちろん、オートセンサーによる除菌など、あらゆる自動化サービスが求められ、日本の技術こそが不可欠になる産業の創出が期待できる。 日本のコロナ対策は世界各国から見れば非常に甘くいい加減なものだが、結果として感染者や死亡者数をかなり少数に抑えることができたことを思えば、日本の技術や生活習慣が再び評価され、それ自体を産業として経済再生にも寄与できる、大きなチャンスとなるだろう。 本稿では「withコロナ」対策をざっぱくに記載してきたが、各自の生活意識、経営意識、政治意識の変革の一助となり、経済復活のきっかけとなれば幸いである。

  • Thumbnail

    記事

    安全保障無策の日本、終息周回遅れが招く「ポストコロナ」大不況

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 新型コロナウイルス感染症による経済の停止は、1929~30年代の世界大恐慌以来の景気後退とされている。現状の世界経済は誰も見たことがない事態に陥っている。大恐慌以来のものなのか、あるいは大恐慌を超えるものなのかは、現状では判断がつかない。 「大変調」は、すでに世界中に現れ始めている。自動車産業一つを取り上げても、全世界の自動車工場のほぼすべてで生産が止まっている。需要の落ち込みに加えて部品の欠品などが影響している。そうしたことは誰も想像することができなかった光景だ。自動車だけではない。半導体・液晶関連の製造装置、工作機械、電子部品などすべての生産が休止、あるいは生産遅延となっている。それが眼前にある。 新型コロナウイルスの発生源となったのは中国・武漢だが、その武漢で一足早く自動車工場が再稼働に踏み出している。中国は新型コロナウイルスを終息させたとアピールしたいのだろうが、試験操業段階にあるとみられる。自動車は部品の裾野が極めて多様だが、車載用半導体など電子部品を含めて部品産業も生産・物流が停滞している。自動車生産のサプライチェーンはいまだ寸断されている。 アメリカでは3月中旬からの5週間で2600万件を超える失業保険申請が行われている。全労働人口の17%の人々が一挙に失業者になっている。リーマンショックどころか、これも大恐慌以来の記録的な現象だ。一人好況だったアメリカが暗転、原油先物価格が史上初の「マイナス価格」になった。 世界の経済活動のほぼすべてが停止している。供給過剰で、原油先物で売り手が買い手に代金を支払うといった異常事態だ。銀行でいえば、貸し手の銀行が借り手に金利を払うといったようなものである。原油需要がガタ減りになっており、世界経済が限界に近づいているというシグナルといえる。 日本では、目先の決算に「変調」が現れている。この4月末~5月が決算シーズンになる。3月期決算企業でいえば本決算にあたるが、予定していた決算発表の期日が遅れることを公表する企業が相次いでいる。「緊急事態宣言で会計・監査業務が間に合わない」という事情を上げている。決算説明は各企業とも軒並みに電話会議、インターネット動画などで行うとしている。 20年3月期決算では、一般的に第3四半期(10~12月)は消費増税で業績が低下、第4四半期(1~3月)は通常なら期末の稼ぎ時だが、新型コロナウイルスによる経済停止に直撃されている。おそらく売り上げ、収益を下方修正する企業が続出する。トヨタ自動車田原工場=愛知県田原市 変調はそれだけではない。新年度、すなわち21年3月期は売り上げ、営業利益など収益の予想数字を表示しない企業が続出する。21年3月期については、企業サイドは新型コロナウイルスの終息時期が見えず、したがって経済の停止状態をいつ解除できるのかが判明しない。売り上げ、収益とも「苦渋の決断だが、合理的な算定ができない」としている。 株式マーケット筋は、「新年度の予想数字については表記しない企業の評価はネガティブ。一般的には大幅減収減益でも予想数字を表示する会社の方を評価する」としている。企業サイドは「新型コロナウイルスの終息、再稼働の先行きが見えるようになったら、すみやかに予想数字を公表する」と答えるのが精一杯だ。見通せない終息時期 日本経済が直面している問題はそこにある。経済の出口は、新型コロナウイルス感染症をいつ終息させられるかにかかっている。メドがつけば経済の停止状態から脱出できる。 しかし、いまだ暗中模索でいつ出口にたどり着けるか判明しない。この5~9月のうちに終息できるのか。それが最も理想的だ。あるいは年内の12月まで引きずるのか、最悪のケースで2021年まで影響が残るのか。一時的に終息させたとしてもウイルスだけに二波、三波とぶり返すこともあり得る。厄介極まりない。 緊急事態宣言は7都道府県から全国に対象地域を広げて発令されている。東京都など首都圏を筆頭に全国の大都市・都心部から人影は大幅に減少した。テレワーク・在宅勤務が急速に拡大している。 ただし、首都圏などで見ても東京都内、郊外の商店街やスーパーは平常通りに営業している。都内、郊外とも通常以上の客で混雑している。特に、都内のスーパーは夜までには棚が空になるといった具合だ。昼までに行かないと何も置かれていない。郊外でも夫婦、子供など家族全員で買い物に来店している。また、都内、郊外とも価格が全般に上昇している。 都心部から人が減ったとしても、神奈川県、千葉県などの海岸沿いはクルマが渋滞になるなど、一時的に人出が増えたケースもある。このため、東京都などの自治体からは「ステイホーム」と自粛が懸命に呼びかけられている。穏やかな気候となった日曜日。神奈川県藤沢市の海岸沿いの道路は多くの車で渋滞していた=4月19日 ただし緊急事態宣言といっても要請ベースで強制力は伴わない。休業補償などが十分ではない。アメリカ、フランス、ドイツなどの主要都市の都市封鎖(ロックダウン)と比べると緩いという印象が拭えない。 それだけに日本は新型コロナウイルスの終息、封じ込めには世界の主要国に比べて遅れる可能性が否定できない。終息、封じ込めというものがともあれ早期に実現できればよいが、遅れる可能性が強まっている。 新型コロナウイルスの終息に一定のメドをつけて、ある時点で経済の停止を解除したとしても本格的な再稼働には至らない可能性もある。経済の「V字型」回復という楽観論があったが、「L字型」底ばいの長期不況になるとみておくべきだ。現時点では安易な楽観論は禁物で、最悪の想定に立つべきである。 「L字型」不況が長引けば長引くほど、懸念されるのは経済の縮小均衡による中小企業、個人商店などの倒産、閉店、廃業である。日本政策金融公庫の「無利子無担保融資」などセーフティーネットを活用して最悪の事態を回避する方策が奨励されている。だが、経済の底ばいが継続すれば資金繰りが追いつかない。中小企業、個人商店の体力が持たなくなる。外国人投資家に狙われる日本 仮に、日本が新型コロナウイルスの終息に「周回遅れ」になるなら、経済への打撃は計り知れない。首都圏の都心部、あるいは郊外にある飲食店などは現状でも厳しいが、長引けば大変な事態に追い込まれる。新型コロナウイルスの不安が残るとすれば、都心部の企業などはこのままテレワーク・在宅勤務が定着することもあり得る。都心の飲食店は苦境から脱出できない。 非上場企業のみならず、上場している企業もそれは同様だ。21年3月期の売り上げ、収益の予想数字を打ち出せないとすれば、株式マーケットは外国人機関投資家などの売り圧力に晒される。株価低迷が長期化するとすれば、内部留保を分厚く貯め込んだ企業は耐久力を持てるが、そうした企業ばかりではない。 アメリカに「企業再生ファンド」というものが生まれたのは大恐慌時代といわれている。大恐慌時代にアメリカでは一般企業だけではなく銀行までが取り付け騒ぎでバタバタ倒産した。市場経済ベースで企業を売り買いすることで再生事業が行われた。 大金持ちの個人投資家、機関投資家がファンドに資金を投じて、ファンドは体力を失った企業を底値で買い叩いて手に入れる。ファンドはその企業にプロの経営者を送り込み、2~3年で企業を再生して第三者に高値で売却する。ファンドは膨大な利益を出して、投資家に高い利回りで報いる。市場経済の過酷さを体現したやり方で一般には「ハゲタカ」という異名で呼ばれている。 新型コロナウイルスがもたらす不況では、おそらくファンドが世界中で企業を底値で買収するといった行動に出るとみられる。ファンドにすれば100年に一度のチャンスだ。新型コロナウイルスがなければ、普通に優良企業だったものをファンドは安値で手中にする。文字通り大恐慌以来のチャンスが到来する。 そうしたクライシス(危機)を考えるなら、新型コロナウイルスの終息がいつになるか、すなわち終息時期は「ポストコロナ」の日本経済に決定的なファクターになりかねなない。 日本経済の再稼働で遅れをとるとすれば、体力が弱った日本企業が狙われることになる。中国などが世界に先行して経済の再稼働に成功すれば、買い手に回る可能性も出てくるに違いない。国、あるいは地方自治体は「L字型」不況が長期化したケースに備えて、中小企業などを防衛するためのシミュレーションをしておかなければならない。 上場企業においても、たとえばソフトバンクグループなどは17兆円(2019年末)を超える有利子負債を抱えている。おそらく現状では有利子負債はさらに膨張しているとみられる。企業買収で所有企業をやたら増加させてきた「持つ経営」が危機に立たされている。4兆5千億円の資産(所有企業)売却で財務体質を改善するとしているが、そこに新型コロナウイルスによる大不況や株価低迷が追いかぶさってきている。決算説明会で記者会見するソフトバンクグループの孫正義会長兼社長=2020年2月、東京都港区(三尾郁恵撮影) 所有企業売却では「投げ売り」に追い込まれるという最悪事態も考えられる。ソフトバンクグループが所有している半導体関連ハイテク企業などを売却するとすれば、中国などの企業が買い手として名乗りを上げてきても不思議ではない。買い手としては安値で買えるのだから千載一遇にほかならない。日銀の対策にも限界 企業がむざむざ他国企業やファンドに買われないようにするということでは、通貨の円高、そしてとりわけ株高を「防護壁」にすることが基本的な政策だ。買い手としては、円が高く、さらに株価が高いなら、高い買い物になる。手を出しづらい。たとえ買われるにしても日本に入ってくる資金は、経済を回してくれるわけで貢献してくれる。円安、株安では買い手にはよいことばかりで経済への寄与は希薄でしかない。 日本銀行は上場投資信託(ETF)買い入れの拡大でテコ入れして株式マーケットの底上げを行っている。ただ、これは主として株価暴落の不安心理を解消することを狙ってのものだ。日銀の行動はやむを得なかったかもしれない。 だが、株価の低落が続くとすればETFの評価損が発生する。日銀の財務毀損が避けられない。財務毀損ぐらいで日銀が倒産することはないが、日銀が発行している通貨である円への信頼は低下する危険性がある。極端な円安に振れるとすれば、悪性インフレ懸念が生じる。資本が逃げ出すわけだから株も売られる。日銀はETF購入拡大をといった政策を継続できなくなるリスクがある。 株価低迷が長期化して、いざというクライシスに直面したときに日銀は有効な手段を持てなくなる公算がなくはない。日銀にしても、国にとって魔法の杖、いや魔法の輪転機であり続けられるわけではない。 実質的に「国家ファンド」といわれる年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)にしても本格化させてきた株式運用で身動きが取れなくなっている。日本を含む世界の株価が上昇して評価益が出ているときはよい。 だが、株価が低落しているときは評価損を抱える。仮にも国民に支払う年金資金であり、リスクを抱え続けることはできない。GPIFも動けないといった場合、国は安全保障などの面から待ったをかける政策手段が何もない事態になりかねない。日本はいざというときに使うべき最終手段を“先食い”してきたきらいがある。 日本の危機管理(クライシスマネジメント)対応が問われている。それによって経済のサバイバル、経済がどう生き残るかという構図が決められる。当然、新型コロナウイルスの終息を急ぐことが第一の要件だ。新型コロナウイルスとの闘いは集中型で一気にやるしかない。主要各国がロックダウンなどを断行していることがそれを証明している。闘いが長期に及べば、その国の経済は疲弊が避けられない。そうなれば、経済もそして国も共倒れにほかならない。終値が1万8千円を割り込んだ日経平均株価を示すボード=2020年4月、東京・八重洲  確かに新型コロナウイルスといった疫病による厄災は想定外に近いものだったかもしれない。ただ、今はウイルスとの闘いを含めて国の安全保障を考えてこなかった咎(とが)めを受け止めるときに違いない。しかし、打つ手が何もないというわけでもないに違いない。新型コロナウイルスの終息、そして「ポストコロナ」という有事対応に持てるすべてを投入して、世界経済という過酷なアリーナで敗北者に甘んじることは避けなければならない。

  • Thumbnail

    記事

    章男社長が描くトヨタ「未来の都市」GAFAとはココが違う

    片山修(経済ジャーナリスト、経営評論家) 日本を代表する企業、トヨタ自動車とNTTが資本・業務提携を発表した。いったい何を目指すというのか―。 ご存じのように、自動車業界では、コネクティッド、自動運転、シェアリング、電動化の頭文字を取ったCASE(ケース)と呼ばれる最先端技術をめぐって、熾烈な開発競争が繰り広げられている。 100年に1度の大変革期の中で欠かせないのが、高速通信技術だ。トヨタとNTTの資本・業務提携の理由もそこにある。 トヨタの豊田章男社長は、2018年1月に開かれた米国の家電IT見本市「CES」で、次のように宣言した。 「私は、トヨタを自動車をつくる会社からモビリティーカンパニーにモデルチェンジすることを決断しました」 移動サービス全般を手掛けるモビリティーカンパニー、その具体的な姿が見えてきたのは衝撃の宣言から2年後のことである。今年1月、豊田氏はあらゆるモノやサービスがつながる「コネクティッド・シティー」、すなわちスマートシティー(次世代都市)構想を発表した。それは、従来の自動車メーカーの枠組みを超えた壮大な計画である。 計画によると、静岡県裾野市のトヨタ自動車東日本の東富士工場跡地の175エーカー(約70・8万平方メートル)の土地に未来のスマートシティーを建設。当面、トヨタの社員2千人が住んで、働いて、遊んで、生活を送る。トヨタはこの未来都市を「ウーブン・シティー(編まれた街)」と名付けた。実証都市の設計者(右)と握手するトヨタ自動車の豊田章男社長=2020年1月6日、米ラスベガス(共同) ウーブン・シティーは、「150メートル×150メートル」の基本ユニットを原単位とする。それぞれに「クルマだけが通る道」「クルマと人が通る道」「人だけが通る道」を走らせる。自動運転のレベルに応じて、どんな安全技術が必要か、スピードなどの条件設定をどうするかなど、状況に沿った開発を進める計画だ。 トヨタは、自動運転などの次世代車両技術を持つとはいえ、1社でこのビッグプロジェクトを実現することはできない。とりわけ、クルマのデータなどを瞬時に処理できる大容量の通信インフラや、収集したデータの分析に必要な技術が欠かせない。NTTは、光技術を使った高速通信やAI(人工知能)など、最先端技術を有する。「まさに時が来た」 「モビリティーカンパニーへとフルモデルチェンジしていくために、NTTとの提携は必要不可欠であり、必然だったとすら思っています」と、3月24日、東京都内で開かれたNTTとの合同記者会見の席上、豊田氏はそう述べている。 NTTの澤田純社長も「この業務提携は、かなり長期のものになると思っています」と語った。トヨタとNTTは、相互に2千億円の出資を行って株式を持ち合う。 トヨタは早くから通信会社と協業してきた。KDDIとは、コネクティッドカー用のグローバル通信プラットフォームの共同開発を進め、ソフトバンクとはMaaS(マース、次世代移動サービス)基盤を手掛ける新会社「モネ・テクノロジーズ」を設立している。 また、トヨタはNTTと17年から第5世代(5G)移動通信システムを軸にコネクティッドカー分野での協業を進めてきた。両社による今回の資本・業務提携は、その協業領域をクルマだけでなく街づくりにまで広げた。 すなわち、豊田氏のいう自動車メーカーからモビリティーカンパニーへのフルモデルチェンジへの具体的な展開の一環といえる。 「社会システムに組み込まれたクルマを、もっとも上手に活用できるのがNTTです。まさに、時が来たと考えています」と、豊田氏は会見の席上、このように述べた。 ウーブン・シティーでは、クルマのほか、家電やインフラなどインターネットにつながったさまざまな機器から集めたデータを蓄積・加工、解析し、交通やエネルギー問題など都市の課題に取り組む。加えて、教育や文化、医療など、暮らしの快適性や利便性を高めるさまざまなサービスを提供する。そのためのプラットフォームをつくる計画だ。 むろん、そうなると膨大なデータの処理が求められる。現在の通信環境では到底、間に合わないだろう。資本提携に関する記者会見に臨むトヨタ自動車の豊田章男社長(左)とNTTの澤田純社長=2020年2月24日(酒巻俊介撮影) その点、NTTは世界の最先端を行く。30年代の実用化を目指した、光ネットワークやデジタルツインコンピューティングなどで構成される「IOWN(アイオン)」の開発を進めている。NTTは、アイオンのウーブン・シティーへの先行導入を視野に入れている。 「GAFAと対抗する意識はある」と、澤田氏は意気込んでいる。「もう一度クルマが頑張らないと」 実は、あらゆるモノやサービスがインターネットでつながるスマートシティーの開発において、日本は米国勢や中国勢の後塵を拝している。中国は、政府主導で自動運転車が走るスマートシティーの開発を猛烈な勢いで進めている。その意味で、トヨタとNTTの協業は、日本発スマートシティーの本格的な挑戦といえる。いわば「日本連合軍」の形成である。 その特色を言えば、収集するデータを囲い込まないオープンなデータ戦略だ。クルマや住宅から得られるデータ、エネルギーや自治体、医療などの公的なデータは、あくまでも市民や自治体に帰属する方針だ。その意味で、グーグルやアップルなどのいわゆるGAFAとは一線を画する。 豊田氏は「両社が描く未来の真ん中には人がいます」として、次のように語る。 「リアルな街での、リアルな生活に基づくデータを収集することによって、人々の暮らしをもっと楽しく、もっと豊かにすることを目指す。人を中心にやっていきたい」 つまり、データは収集するが、トヨタはウーブン・シティーを管理する街にはしない。データの主導権はあくまでも市民や自治体が握ったままで、便利で快適な未来の街の実現を目指すという。 さらに「もう一度、クルマが頑張らないといけない。日本の基幹産業であり、成長産業だというならば、もっと人々に幸せを与える存在にならなければいけない」と、豊田氏は強調した。 時価総額日本一のトヨタが背負う責任の重さは指摘するまでもないが、それにしても、ここまで大胆な構想を描く企業が他にあるだろうか。新たなテクノロジーをどう使い、どんな社会を目指すのか。少なくとも、世界の自動車メーカーの中でそんな構想を描く会社はトヨタだけだ。トヨタ自動車が発表した未来の実証都市のイメージ。左は豊田章男社長=2020年1月6日、米ラスベガス(共同) トヨタがモビリティーカンパニーにフルモデルチェンジすることの意味、そして、NTTとの協業でウーブン・シティーに取り組むことの意味は極めて大きい。それに成功すれば、トヨタの強みは一段と増すだろう。※ 【編集部より】本稿で触れられている「ウーブン・シティー」などについては、4月9日に東洋経済新報社から出版された片山氏の最新刊『豊田章男』で詳しく解説されています。詳細を望まれる方は、ご参照ください。

  • Thumbnail

    記事

    年金不安にも役立つ?ウーバーイーツを「稼ぎ方改革」につなげる方法

    平野和之(経済評論家) 最近、街中で大きな四角いリュックを背負って自転車で駆け抜ける人をよく見かけるようになった。 そう、これは「Uber Eats」(ウーバーイーツ)と呼ばれ、配車アプリ世界最大手の米ウーバー・テクノロジーズが展開するフードデリバリーサービスだ。登録した配達パートナー(配達員)が、飲食店から料理を宅配するサービスで、日本でも加盟店と利用者は増えている。 だが、新サービスにはトラブルはつきもの。配達された料理がこぼれたり、型くずれしたり、さらにはそうした料理の受け取り拒否といったトラブルが会員制交流サイト(SNS)などで相次いで報告されている。 配達員側の「被害」も例外ではない。一部は改善されつつあるようだが、報酬や配達中の事故などによる労災、雇用保険といった保護が不十分だとして、昨秋配達員らが労働組合を設立して話題になった。 スマートフォンの普及に伴う、先進的なサービスと働き方を提供するビジネスだけに、急速に拡大しているようだが、例によって筆者なりに問題点と課題を整理し、持続可能となる改善点などを提言したい。 そもそもウーバー社の本業は配車アプリである。だが、さまざまな規制があり、日本では展開しにくい。海外同様に一般人がこれを展開すると、営業許可のないタクシー、いわゆる「白タク」となってしまい規制の対象になりやすい。日本でのタクシー業の規制緩和については、高齢化、人口減少などを理由に公益性の求められる分野においては、解禁されている。たとえば、病院までの送迎、過疎地の買い物用などだ。 料理を飲食店から配達するウーバーイーツも本来は、軽トラックを使う個人運送業者の組合「赤帽」のようなシェアビジネスや、本格的なクラウドソーシング(不特定多数を募ってサービスを展開)をしたかったのだろうが、これもまた、運送関連法上、問題がなくはない。先に触れたが、過疎地においては、運送会社とバス会社が共同物流したり、タクシー会社が物流したりという規制緩和は起きているが、これをウーバーイーツのような業態まで規制緩和するような動きはないと思ってよいだろう。 日本の場合、規制当局の「霞が関」が、物流、運輸、貨物の既得権益を守る側にあり、シェアエコノミーで天下り先が用意されなければ、規制緩和するメリットがない。これがよいかどうかは別にし、ウーバー社のビジネスは世界中で政治力が必要な業態になっており、その中でウーバーイーツは外食の宅配という抜け穴で勝負したと見えなくもない。労働組合を結成し、記者会見する「ウーバーイーツ」の配達員ら=2019年10月、東京都渋谷区 言い方は悪いが、規制の緩い部分がウーバーイーツのような宅配代行である。物流なのに規制対象外で、すでに世界各国でウーバーイーツは一つのインフラとして機能している。だが、冒頭で触れたように、当然、問題も多くなってきている。 配車ビジネスにしろ、フードデリバリーサービスにしろ、トラブルが起きやすい環境であることは否めない。トラブル要素は満載 発注が男性で集荷が女性、または配達が男性で客が女性などの場合は、あくまで海外事例だが、性被害に発展するトラブルが相次いでいるという。ただ、従来の運送業でも、過去に配達員が女性宅に侵入するといった事件はあり、今に始まったものでもない。むしろ、今後深刻化しそうな課題は、先に触れた労働環境にあると見るべきだ。 とりあえず、筆者もウーバーイーツの配達員に登録してみた。身分証明などとして免許証の写真送付といった、一定のガバナンスは効いているようだが、まず驚いたことは、面接がなく、何より研修がない。と、なれば、注文した商品が届かないことや、配達員が急にいなくなるといったことが日常茶飯事になるのは当然かもしれない。最初からよからぬ目的で登録する人もいるだろう。 筆者の場合、注文があると想定される地域は神奈川県藤沢市や三浦市だが、そもそも自宅から15キロほどあり、集荷だけで1~1時間半かかるため、事実上無理であることが判明した。要するに、現在ウーバーイーツが都市部のみの展開で、首都圏であっても限られた地域でのサービスであるゆえんだ。 また、報酬の観点で見れば、ウーバーイーツはそもそも労働か、委託か曖昧で、独占禁止法で禁じられた「優越的地位の濫用」にあたる可能性も否定できない。もちろん、都市部で効率のよい配達ができれば、最低賃金どころか、かなりの時給になり得る。 ただ、効率が悪ければ最低賃金を大幅に下回る可能性もあり、クラウドソーシングのようなビジネスは、抜け穴になっているとの批判も多い。これは今後国としても規制強化のポイントにもなり得るものだろう。 このように、ウーバーイーツは画期的なサービスおよびビジネスであろうが、それだけに批判も多く、トラブルになりやすい要素が満載だ。では、どうすればよりよいサービス、ビジネスになるのか。以下、大まかに三つの改善策を挙げたい。 一つ目は、配達員の登録手続きについてだ。登録はメールだけでなく、面接をするべきだが、どうしても省くのであれば、動画を運営者と登録者が送信し合うバーチャル面接を実施する。このやりとりで配達員としての「可否」を判断すれば、かなり犯罪的要素は大幅に排除できるはずだ。 具体的には、登録完了後、AI(人工知能)動画配信ソフトで研修して問題をチェックしたうえで、ルールを自然と学べるようにすべきだろう。実際、最近はAIを使った研修ツールは増えている。有名企業を例に出せば、キーコーヒーがコーヒーの淹(い)れ方の研修ソフトを導入し、その通りにやれば「バリスタ」並みのスキルが学べるという。注文された品を受け取りに向かう「ウーバーイーツ」の女性配達員=2019年3月、東京都港区(佐藤徳昭撮影) 二つ目は、配達員が勝手に任務を放棄することへの防止方法だ。カナダで中国通信機器大手、ファーウェイの副会長兼最高財務責任者(CFO)が詐欺罪などで起訴され、その後保釈されているが、足に全地球無線測位システム(GPS)が付けられているのをニュースなどで見たことがある人も多いだろう。 もちろん、ウーバーイーツの配達員は被告人ではないのでGPSの強制固定とまでは言わないが、スマホのGPS機能だけでは不十分なので、宅配機材に内蔵させて運営側が良い意味で「監視」を徹底すれば、不正はかなり減らせるだろう。年金不安解消に一役? タクシーの場合は、タコグラフ(運行記録用計器)もあれば、ドライブレコーダーもあり、運行管理システムも徹底されている。法規制が緩いからやるのでなく、規制緩和されている分野に参入するからこそ、このようなインフラを徹底しないと、規制が強化されてしまえば、せっかくのビジネスチャンスをつぶされてしまう。 三つ目は配送単価についてだ。昨今、優越的地位の濫用が問題になっている。コンビニのセブンイ-レブンに端を発したフランチャイズ契約、GAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)のデータ保護、課税などの問題、日本では楽天の配送単価の出店者への強要、中小下請けに対する技術開示、下請け取引強要といったように課題が多い。 現状は、クラウドソーシングやシェアビジネスにおける優越的地位の濫用は、未だ議論されていない。スピードについていけていないことが主因だが、日本のフリーランス1100万人(民間企業の調査による推計)の9割は年収200万以下とされ、先にも触れたが、クラウドソーシングはいわば、最低賃金以下で働かせる抜け穴ともいえる。 これに関しては、どのようなセーフティネットがあればよいだろうか。まずは、シンプルにクラウドソーシングにおける契約は、想定単価を時間あたりに換算し直し、最低賃金を超える単価にさせる法規制をつくるべきだ。 たとえば、1時間で3つしか運べなければ、単純に1つの配送単価を最低330円として、最低賃金をクリアする。3つ運べる設定でありながら、3つ運べないケースも出てくるが、そこまでカバーするのは無理だろう。とはいえ、筆者は最低賃金法については反対派であり、過度の規制強化も反対ではある。あくまで、行き過ぎた優越的地位の濫用を防げる基準をつくるべき、という視点だ。 いずれにしても、筆者は自由競争派ではあるが、公益性という観点からウーバーイーツの宅配分野は、しっかり調査して規制緩和するところ、強化するところを一度精査すべきだろうと思う。 最後に、筆者もあと20年で年金受給者だが、年金はないと考えており、生涯現役労働を意識すると、65歳を過ぎても働ける労働のセーフティネットがほしい。 ウーバーイーツの配達員もそうだが、いつでも地域の宅配を個人でやれるような、大手配送のクラウドソーシングを一括でできるようになれば、年金不安を解消できるかもしれない。ウーバーイーツの配達員=東京都港区 言うまでもなく、健康であることが最低条件ではあるが、もう少し国も年金があるかないか、増えるか減るかではなく、「最悪のシナリオでもこんな稼ぎ方ができますよ」といった提示を同時にしてほしいものである。

  • Thumbnail

    記事

    企業の命取りになるパワハラ対応ミスと「ブラック社員」の罠

    田岡春幸(労働問題コンサルタント、元厚生労働官僚) 職場でのパワーハラスメント(パワハラ)防止を企業に義務付ける労働施策総合推進法の改正案が昨年5月、可決・成立した(施行は大企業では2020年6月、中小企業では22年4月の予定)。 この法改正の背景には、労使間のトラブルを扱う全国の労働局の労働紛争相談に寄せられたパワハラを含む職場の「いじめ・いやがらせ」に関するものが2018年度に8万2797件に上り、年々増加していることがある。それだけ職場におけるいじめやいやがらせが深刻になっているということである。 法改正の特徴は、パワハラを「職場において行われる優越的な関係を背景とした言動であって、業務上必要かつ相当な範囲を超えたものによりその雇用する労働者の就業環境が害されること」と、定義したことだ。 これまでは「身体的な攻撃」「精神的な攻撃」「人間関係からの切り離し」「過大な要求」「過小な要求」「個の侵害」などが示されていただけであったが、法律で定義づけされた意義は大きい。 パワハラ関連で注意しなければならないことは、刑法などに該当する場合は、パワハラ防止法に関係なく、当然だが「一発アウト」であるということだ。あくまでも法律には抵触しないが、グレーで判断できない場合に今回の法律が適用されるということである。 定義を具体的に見ていくと、「優越的な関係を背景にした言動」とは、「言動を受ける労働者が行為者に対して抵抗または拒絶することができない蓋然性が高い関係」である。 上司はもちろん、同じ職位、部下であっても発言権の強い人の言動は内容次第でハラスメントと言える。男性が女性に高圧的な態度をとったり、新入社員にベテラン社員がいやがらせ発言をしたりすることなどが挙げられる。同僚または部下からの集団による行為で、これに抵抗、拒絶することが困難であるものも含まれる。 また、「業務上必要な範囲を超えたもの」とは、社会通念に照らし、当該言動が明らかに当該事業主の業務上必要性がない、またはその態様が相当でないもの。「業務上必要な範囲」とは、「ここは間違っているので直して」などの業務上の必要な指示だ。「超えたもの」とは、「こんなのもできないのか、このバカ」「給与ドロボー」などである。 これらの発言は人格否定になる。特に後者は経営者が口にしやすい発言であり注意が必要だ。当該行為の回数、行為者の数など、その態様や手段が社会通念に照らして許容される範囲を超える言動も含まれる。 「就業環境を害する」とは、当該言動により労働者が身体的または精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じるなど、当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること、としている。厚生労働省が入る中央合同庁舎第5号館=東京都千代田区(納冨康撮影) 注意したいのは、「善意の指導つもり」や「自分たちもこうして成長した」「昔はこうだった」という自分の意図(意思)は関係なく、行為や発言そのものが問題になる点だ。スポーツ界で最近パワハラ報道が多く見受けられるが、これは今までの指導を踏襲したりすることでパワハラが起こることが多い。叩いたり、殴ったりするのはパワハラを超えた犯罪であると今一度認識するべきである。気の遣い過ぎもマイナス 要するに、パワハラを防ぐには密なコミュニケーションが重要になってくるだろう。この指導はこういう意味があるなど、指導ごとに具体的に説明し、従業員を納得させる必要がある。仕事や指導などを上から押し付けることは、パワハラと言われるリスクをはらんでいると考えてよい。  一方で、近年企業は、なにかと難癖をつける問題社員(ブラック社員)の出現によりその扱いに苦慮するケースが増えている。こうした社員の対応を誤ると、「パワハラ」と認定されてしまい、問題が大きくなることが多い。 ではこのような社員への対応はどうすればよいか。基本は1人で対応せず、最低2人で対応し、女性の場合は同性に対応してもらう。その際、必ず録音されているとの認識で対応することが重要である。 間違っても感情的な対応(暴言含む)をしてはいけない。そこを切り取られてマスコミなどに流されてしまうからだ。毅然とした態度で臨み、専門家の活用を検討すべきである。ブラック社員による「パワハラ告発」は、経営側だけでなく周りの社員にもマイナス影響を与える。些細なことであっても始末書を書かせるなど、こまめな指導をしていく必要があり、対応を間違えば多大な労力をかけられる。 会社として相談があった場合は、事案ごとにその内容・程度とそれに対する指導の態様などの相対的な関係性が重要な要素となる。このため、個別の事案の判断としては、相談窓口の担当者らがこうした事項に十分留意し、丁寧に事実確認などを行うことが肝要になってくる。当事者だけでなく、第三者の社員へのヒアリングをしっかり行うことや、就業規則などに相談窓口について規定を作成していく必要もある。 最近では、パワハラが裁判になることも多く、その際の慰謝料相場(100万円前後のケースが多い)が上昇しており、裁判で1千万円以上の請求が認められることもある。特に精神的疾患が伴った場合は高額になりがちだ。 また、現在はかつてと時代が違い、特にネットの普及により、炎上するケースが増えている。パワハラ企業との認識がいったん広がると、この認識を払拭させるには時間と労力、費用がかかる。パワハラ=ブラック企業として広まれば、人材獲得や売り上げ、信用に影響し企業にとって最大のリスクになってしまうことを認識すべきである。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 要するに、経営者の従業員への度を越した発言はパワハラと認定され、会社を滅ぼすことに繋がりかねない。自分の従業員への言動が周りから見てどのように映っているか第三者に確認してもらう必要がある。ただし、変にパワハラになるかもしれないと過剰に意識し、従業員に気を遣い過ぎることもマイナス要素でしかない。 最後にパワハラに該当する発言の一部を以下のようにまとめてみたので参考にされたい。一つでもチェックが当てはまる場合は、注意が必要である。【パワハラにあたる発言例の一部】「バカ野郎」「甘ったれるな」「ボコボコにするぞ」「しめたるぞ」「プロジェクトから外すぞ」「もう明日から来なくていい」「休みがあると思うなよ」「お前の代わりはいくらでもいる」「お前なんかいらない」「他の人はできるのに、なんでお前はできない」「ダメ人間」「給与ドロボー」「親の顔が見てみたい」「飯は食うんだ」「役立たず」「お前みたいのは転職しても同じ」「クズ」「休憩(年休)なんかあるわけない」「脳無し」

  • Thumbnail

    記事

    吉本パワハラ体質 家父長型からインフラ型へ組織改革が急務

    “闇営業”を行い契約解消となった芸人の宮迫博之(49)らが一転、吉本興業からパワハラを受けたと訴えた問題は、「お笑い帝国」の屋台骨を揺るがす事態にまで発展している。5時間半に及んだ同社の岡本昭彦社長(52)の会見から見えてきたのは、時代にそぐわない家父長主義の企業体質そのものだ。組織論に詳しい同志社大学政策学部教授の太田肇氏が厳しく指摘する。 * * * 吉本興業に所属する芸人と反社会的勢力とのつながりに端を発したスキャンダルは、マスコミや世間の関心が吉本興業の芸人に対するパワハラ問題へ移っていくという思わぬ展開をみせている。「身内の意識で家の中で怒っている感覚しかなかったが、相手にそう感じさせなかった…」 吉本興業の岡本社長が7月22日の会見で語ったこの一言が問題の本質を象徴的に表している。一般企業や教育現場、スポーツの競技団体などでパワハラが告発されたときに、責任者がたびたび口にする「信頼関係があると思っていた」という言い訳とそっくりではないか。 そう、社長が芸人たちを「あの子」と呼び、自分たちは「ファミリー」だと公言する吉本興業こそ、わが国の伝統的な家父長主義の権化なのだ。そして、そこにパワハラを生む構造的な体質がある。 家父長主義の怖いところは、実際にパワハラが行われていても悪いことだという自覚がないことだ。それどころか、むしろ教育や指導の延長として善意で行っている場合が少なくない。そのため客観的に見たら到底許されないような言動が平気で飛び出す。 吉本興業の社長は、芸人に対して「会見したら全員クビや」と言ったのは「父親が息子にもう勘当やみたいな話」で場を和ますためであり、「テープ録ってんちゃうの」との発言は冗談だったと釈明した。しかし、恫喝やパワハラまがいの言動が日常的に行われていたことは、ほぼ間違いないようだ。 また驚くべきことに、会社と芸人との間に正式な契約は交わされていなかったらしい。にもかかわらず問題を起こした芸人に契約解消を言い渡し、風向きが悪くなったらそれを撤回するという行き当たりばったりの対応も「身内」に対する甘えからきているといえよう。さらにいうなら、芸人を「謹慎」させるのも考えてみれば家父長主義そのものである。◆成人したわが子を「子ども扱い」する親と同じ そもそも家父長主義は、その名が表すとおり父の子に対する絶対的な権力と上下関係を擬制したものであり、相手の成熟度と時代背景によっては許される場合があった。まず、相手が人間的に幼く未成熟だということが前提になっている。そして「教育」や「指導」のためなら少々の暴力や暴言が容認された時代があったことも事実だ。 戦前・戦後の時期、多くの会社では右も左もわからない少年少女たちを親代わりとして引き受け、仕事だけでなく生活面も含めて一から教育し、一人前の人間に育てあげてきた。吉本興業でも中卒や高校中退のやんちゃな子どもたちを手塩にかけて芸人、タレントとして独り立ちできるよう育成してきた。今の時代に認められないやり方があったとしても、その功績は認めなければならないだろう。 問題は、相手が成長し、一人前になっても家父長的な関係が続いてきたところにある。50歳に手が届くほどの年齢になり、テレビ界で活躍するようなスターになっても、吉本のなかでは子ども扱いされていたと知って驚いたのは私だけではなかろう。わが子がいくつになっても子離れできない親とまるで同じではないか。 家父長主義は蜜月状態にあるときは居心地がよい。だから、ついつい双方が甘えてしまう。そして、だんだんと支配する側とされる側が互いに相手に依存する「共依存」の関係から抜け出せなくなる。しかも外からは目が届かない密室だ。多くのパワハラやDVはこのような環境の中で起きている。 にもかかわらず、問題の本質が家父長主義そのものにあることにはなかなか気づかないものだ。◆組織の仕組みを変えることが不可欠 吉本興業の社長会見でも今後の対応としてあげられたのは、マネジメントに携わる人をもっと増やすとか、コミュニケーションを良くし、芸人と話し合って理解を得るといった現在の延長線上にあるものばかりである。 だが、それでは抜本的な問題解決にならず、たとえ当面は収まりがついたとしても、ほとぼりが冷めたころには問題が再燃しかねない。また組織に囲い込んだままでは、彼らの能力や可能性を最大限に発揮させることはできない。  社長は「芸人・タレントファースト」を涙で宣言した。しかし、真の芸人ファーストはこれまでのように閉ざされた組織の中で彼らを庇護することではない。必要なのは組織そのものを根本的に作り直す覚悟である。2019年7月22日 闇営業問題について宮迫と田村亮が行った謝罪会見を受け、一連の騒動に関する会見を開いた吉本興業の岡本昭彦社長(撮影・尾崎修二) 出発点として、まず芸人やタレントを大人扱いすること。すなわち彼らは個人事業主であり、社会的にも活躍するプロだと認識しなければならない。従って、上下関係を軸にした家父長型組織は馴染まず、少なくとも彼らが一人前に育った後には、会社と個人が対等なヨコの関係で契約する組織に切り替えるべきである。 私は20年前に上梓した著書『仕事人(しごとじん)と組織』(有斐閣/1999年)の中で、吉本興業も例に挙げながら、芸能事務所にはプロスポーツの組織や大学、法律事務所などと同じように個人に活動の場を提供し、側面からサポートする「インフラ型組織」が相応しいと述べた。分かりやすくいうと従来のピラミッド型組織を逆さにして、主役である芸能人やスポーツ選手、専門職をマネジャーや経営層が支えるといったイメージである。 今回の芸能人による不祥事を受け、コンプライアンスの徹底を理由に家父長主義による管理が一層強化されるとしたら本末転倒である。関連記事■吉本辛辣批判 ハリセンボン春菜に事務所幹部が面談要請■宮迫博之vs吉本興業 この後に待っている「違約金」の綱引き■宮迫博之の息子が芸人になっていた 「将来有望」の評価■ファンキー加藤 宮迫謹慎で「不倫騒動トラウマ再発」の理由■宮迫らに喝、千原ジュニアは「闇営業芸人を軽蔑してる」の評

  • Thumbnail

    記事

    日産の再建に立ちはだかるゴーンより手ごわい「宿縁」

    片山修(経済ジャーナリスト、経営評論家) 果たして、事件は仕組まれた陰謀だったのか。 会社法違反(特別背任)と金融商品取引法違反の罪で起訴された日産自動車元会長のカルロス・ゴーン被告は1月8日午後、逃亡先のレバノンで記者会見し、自らの容疑は「クーデター」によるものだとする持論を展開し、改めて無実を主張した。 ゴーン元会長の逮捕からさかのぼること3年ほど前から、日産と仏ルノー、フランス政府の間はぎくしゃくしていた。ルノー株の15%を持つ大株主であるフランス政府が自国での雇用や生産活動を強化するため、ルノーと日産の経営統合案を画策したのだ。 日産は猛反発した。ゴーン元会長も当初、ルノー・日産のアライアンスは、「ウイン・ウイン」の関係でなければ機能しないとして、フランス政府を牽制(けんせい)した。実際、三菱自動車を加えた3社アライアンスは、資本の論理を優先した提携がことごとく失敗に終わる中、緩やかな連携によって成長を続けてきた数少ない成功例だ。 フランス政府との交渉役を担ったのは、当時、副社長の西川(さいかわ)廣人氏だ。フランス政府から日産の経営には介入しないとの約束を取り付けた。このときの奮闘ぶりを買われて、西川氏は後日、ゴーン元会長から次期社長に推薦されたといわれる。 ところが、フランス政府との「密約」と引き換えにゴーン元会長は変節した。その「密約」とは、2022年までにルノーと日産の統合を進めるという条件のもと、ゴーン元会長のルノー最高経営責任者(CEO)の任期を22年まで延長するという内容だったといわれる。横浜市西区にある日産自動車グローバル本社の外観=2019年10月(古厩正樹撮影) つまり、ゴーン元会長は、自らのルノーCEOの続投を見返りにフランス政府に譲歩したのではないかと報じられている。それこそ、ゴーン元会長の「変節」による一種の単独「クーデター」を仕掛けたといっていい。「クーデター」は「悪事」か それを察知した日産は猛反撃に出る。当時の川口均専務執行役員をリーダーとする秘密の「調査チーム」を立ち上げて、内部調査を進め、東京地検特捜部に内部資料を持ち込んだ。その際、「調査チーム」は特捜部と司法取引に合意し、起訴を見送ってもらう見返りに、捜査に協力したとみられている。 その一方で、日産は18年春ごろから、ルノーとの経営統合案について、経済産業省と協議を始めていたといわれている。日本政府としても、日産とアライアンスメンバーの三菱自がルノーの支配下に置かれることを歓迎するはずがない。 日本経済を支える重要な柱である自動車産業がルノーに吸収されれば、経産省にとって大きな痛手だ。日産と経産省は、ルノーとの経営統合を阻止したいという思惑で一致したとみていいだろう。 日産は、東京地検および経産省と密接な関係を持ちながら、極秘の社内調査を進め、ゴーン元会長の逮捕および解任劇を進めていたと思われる。また、日産経営陣と経産省はがっちり手を組み、ゴーン元会長を追い落とすことでルノーとの統合を阻止しようと計画したと考えられる。つまり、日産によるゴーン元会長に対する「逆クーデター」である。 ゴーン元会長は記者会見の席上、「クーデター」に関与した人物として、西川前社長と川口前副社長のほかに、今津英敏元監査役、経産省出身の豊田正和社外取締役ら5人の実名を挙げた。加えて、実名はレバノン政府に迷惑がかかるとの理由で明かさなかったが、「クーデター」には、日本政府関係者も関わっていたと述べた。 「クーデター」説には、日産が取締役会でゴーン元会長を会長職から解任し、刑事告発するという手順を踏まず、東京地検特捜部が突然逮捕したことがある。手際が良すぎたのは確かである。逃亡先のベイルートで記者会見を開き、合間に記念撮影に応じるカルロス・ゴーン被告(右)=2020年1月8日(ロイター=共同) ゴーン元会長は、「クーデター」をあたかも「悪事」のように主張するが、そんな単純な話ではない。企業では主導権をめぐって争いが起きるのは珍しくない。そして、社内のトップをめぐる人事抗争は、必ず「クーデター」の様相を呈するものだ。したがって、ゴーン元会長による「クーデター」説は説得力がないが、しかし、人事抗争の視点からみれば、確かに「クーデター」説は成り立つ。またも「官」に頼る? 問題は、日産が今、全力を挙げなければいけないのは、毀損(きそん)したブランド価値の回復だということだ。一刻も早く、ゴーン事件を終わりにして、経営再建に集中したいはずだ。売れるクルマをつくり、販売の回復にも努めなければならない。ところが、ことは簡単ではない。 ゴーン元会長は12月31日、代理人を通じて、次のような挑発的な声明文を発表した。「私は裁判から逃れたのではなく、不公平さと政治的な迫害から解き放たれた。ようやくメディアと自由にやりとりできる身になった。来週から始めるつもりだ」 ゴーン元会長は今後も日産経営陣に対する攻撃を続けていくだろう。そうなれば、日産のイメージはさらに傷つき、業績回復の足かせになりかねない。 実際、ゴーン元会長の逮捕後、日産は急速に業績が悪化した。西川氏が社長辞任に追い込まれ、幹部も相次いで会社を去った。12月1日、内田誠社長兼CEO、アシュワニ・グプタ最高執行責任者(COO)、関潤副COOの3氏によるトロイカ体制が発足したが、関副COOは1カ月で辞任を表明した。失態続きで、経営体制の混乱は一向に収まりそうもない。 100年に一度といわれる自動車産業の大変革期の中、経営の停滞は避けなければならない。ゴーン問題の痛手は今後、ボディーブローのように効いてくるだろう。   ゴーン問題は、いつ決着がつくのか。日産は、立ち直ることができるのか。山積する課題を自らの力で乗りこえることができるのか。2019年10月、就任記者会見を終え退席する梶山経産相 一部には、ルノー・日産のアライアンス解消説まで流れている。またしても、その際、「官」に頼るつもりなのか。「自律」を抜きにして、日産の再建はない。

  • Thumbnail

    記事

    吉本芸人がギャグにできない「闇営業」をおしまいにする三原則

    川上和久(国際医療福祉大教授、吉本興業「経営アドバイザリー委員会」座長) 大みそかの風物詩『NHK紅白歌合戦』、坂本冬美の歌唱前に登場したビートたけしをたまたま眺めていたときのことだった。たけし恒例の「表彰状ネタ」で、ちょうど紅白にゲスト出演した際のエピソードに入ったところだ。 「本番で出ていった瞬間に『残り10秒』というカンペを出されてしまい、わたしはそのまま闇営業に行こうかと…」とたけしが口走ると、総合司会の内村光良に「やめてください、生放送です!」と突っ込まれ、会場は笑いに包まれたのである。それだけ「闇営業」という言葉を誰もが知っており、2019年を象徴する言葉であることを印象付けたシーンだった。 恒例の「2019ユーキャン新語・流行語大賞」で、年間大賞には、ラグビーワールドカップの盛り上がりで「ONE TEAM」が輝いた。それでも、トップ10に「計画運休」「軽減税率」「スマイリングシンデレラ/しぶこ」「タピる」「#KuToo」「◯◯ペイ」「免許返納」「令和」と並び、「闇営業」が選出されている。 思えば、吉本興業に所属するタレントは、世相を反映させる数々の流行語を生み出して、新語・流行語大賞の受賞対象となってきた。2008年にエド・はるみの「グ~!」が年間大賞に選ばれたのをはじめ、レイザーラモンHGの「フォーー!」(05年)、楽しんごの「ラブ注入」(11年)、とにかく明るい安村の「安心してください、はいてますよ」(15年)がトップ10に入っている。 「闇営業」という言葉も、それまで国語辞典にも載っていなかった、いわば造語だ。しかし、吉本のタレントが自らの芸を磨きながら創り出し、世間にアピールした言葉ではない。 吉本のタレントによる、週刊誌が暴き出した「不祥事」を象徴する言葉として流行語になったことは、会社としては不名誉な事態であった。2019新語・流行語大賞では「ONE TEAM」が年間大賞を受賞したほか、「闇営業」がトップ10に選ばれた=2019年12月2日(鴨川一也撮影) 発端は2014年12月に、詐欺グループに関わっていた人物が代表を務める団体の忘年会に、吉本のタレントらが参加した様子が、19年6月になって週刊誌に掲載されたことだった。その時点で、親会社の吉本興業ホールディングス(HD)では、当該タレントの処分以外に、こういった問題を今後起こさないためにどうしたらいいか、組織としての対応が検討されていたのも当然の話である。 その延長線上に「経営アドバイザリー委員会」構想が浮上した。そして、私がこの委員会の座長をお引き受けすることになった。三つの優先課題 なぜ、私が座長をお引き受けすることになったか。同社の岡本昭彦社長と旧知であったということもあるが、似たような状況で委員を務めた経験があったからである。 2007年に、第1次安倍晋三内閣で「タウンミーティング問題」が浮上した。小泉純一郎内閣の下で始められた政治対話集会であったが、予算の不適切な使い方や参加者の動員、やらせなど、マスコミによる批判が高まりつつあった。 このときには、当時内閣府副大臣だった林芳正参院議員を委員長とする「タウンミーティング調査委員会」が立ち上げられた。林氏を含む2人の国会議員と、2人の弁護士、そして行政広報の学識経験者として私、この5人の委員で会合を重ね、タウンミーティングの改善を答申した。 今回の事例では、この方式がふさわしいのではないか、という思いがあった。 よく、経営アドバイザリー委員会を第三者委員会に擬する向きもあるが、第三者委員会は外部の人間が特定の不祥事に対して、徹底的にその原因を追及する。経営アドバイザリー委員会は、特定の不祥事ではなく全体として、不祥事が起きないようなシステムづくりを考える、手術の事故の原因究明委員会と、予防医学の違いのように考えればいいだろう。 吉本側から示された諮問事項は、「反社会的勢力との決別」「契約のあり方」「コンプライアンス」「ガバナンス」であり、吉本が健全な企業として発展を遂げていくための不可欠の課題が挙げられていた。委員も、こういった課題を議論するにふさわしい7人が選出された。 その中でおのずと優先順位が定められた。第一の優先課題とされたのが「反社勢力との決別」である。闇営業という言葉が端的に示すように、今回の騒動のそもそもの発端は、タレントが吉本に断りなく、詐欺集団と関わっていたことから始まっている。2019年7月、「闇営業」問題など一連の騒動に関する会見で、涙をぬぐった吉本興業の岡本昭彦社長(尾崎修二撮影) だが、コトはそう簡単ではない。吉本が企業などと取引する際には、相手先の企業が反社勢力と関わりがないか、属性調査を行っている。上場企業ではきちんと行っているが、吉本は上場企業から非上場となってからもこの属性調査を徹底して行っていた。 一方で、吉本のタレントが無届けで仕事を請け負ってしまえば、属性調査のやりようもない。ルールと報酬の「透明化」 そこでまず、タレントが自分で直接仕事を請け負うことを「直営業」とした。結果的に反社勢力と関わる直営業は闇営業であって、より幅広い意味で直営業という言葉を用いることにしたのである。 そして、直営業の場合にはルールを設け、報酬の有無にかかわらず届け出る形を取ることが望ましいとした。吉本側の属性調査は膨大になるが、これによってある程度タレントを守ることができる。届け出ることで、より適切な税務申告の方法を指導できるわけだ。 また、仕事以外でも反社勢力に接触してしまう場合もある。タレントには「反社勢力とは関わらない」という意識を、コンプライアンス研修を充実・強化するなどでしっかり持ってもらうことが肝要となる。 しかも反社勢力は、政府自体が「定義が難しい」としているように、半グレや詐欺集団など多岐にわたる。会社もタレントも、「怪しい臭い」に敏感になることが求められる。委員会の中では、マネジャーをはじめとする現場がそういった感覚を研ぎ澄ませたり、従来あるホットラインを充実・強化したり、メンタルケアを手厚くすることなども議論された。 第二の優先課題は「契約の見直し」だ。直営業などでルールを作る以上、ルールを守る、破ったらペナルティーを科すことも必要になる。 だがこれまでは、口頭契約(諾成契約)で「こういったことを守らなければこういうペナルティー」ということも明確でない部分があった。それについては、吉本のタレントと、最低限「所属覚書」という形で、反社勢力との関わりを持たないなど、守らなければならないルールをいくつか明確化した。 吉本が社会から評価される企業であるために、「タレントが反社勢力と関わりを持たない」という意識を徹底させる端緒になったのではないかと思っている。2019年7月、「闇営業」問題などについての記者会見を終え、頭を下げる雨上がり決死隊の宮迫博之(左)とロンドンブーツ1号2号の田村亮 契約についても、吉本は膨大なタレントを抱え、その中から「M-1グランプリ」を制覇して売れっ子になっていくタレントもいれば、アルバイトをしながら劇場出演が年間数回にとどまるタレントもいる。そこで、それぞれのニーズに合わせて「専属エージェント契約」「専属マネジメント契約」「所属覚書」という形で契約を交わす。 報酬についても従前よりも透明化し、テレビ出演であれば、テレビ局から支払われた額と、その中から自分の取り分がどれだけあるか、ということが明確になるような方向性をアドバイスした。透明化されることで、タレントにとっては、自分自身の評価が明確になるわけだ。「ピンチはチャンス」 どんな組織でもそうだが、制度としては設けていても、それを守ろうとする人の「思い」がなければ、制度が機能しているとは言えない。 第三の優先課題は、直営業にしても反社勢力との決別にしても、「設けたルールを守ろうとする意識を醸成していく」ことだ。その意味では、従前からコンプライアンス研修を行っていたが、コンプライアンスの順守が企業を守り、ひいては自分自身のタレントとしてのパフォーマンスを発揮できる基礎になることを一人一人が理解し、納得しなければならない。 今回の不祥事で、「流行語大賞」でトップ10に入ったレイザーラモンHGは謹慎、楽しんごは契約解除となった。芸人の世界は浮き沈みが激しいと言われる。それでも、委員会の発言の中で印象的だった言葉がある。「知識を意識にしていくことが大事だ」という言葉だ。 タレントは企業の社員とは違う。自らよって立ちながら、パフォーマンスを発揮して社会的評価を得ることで、吉本という企業とも「WIN-WIN」の関係を構築することができる。そのために最低限必要なことは何なのか、見失いがちだったことから今回の事件が起きたと言えよう。 12月20日、経営アドバイザリー委は中間とりまとめを行うことができた。優先課題として取り上げた点以外にも、諮問されたガバナンスの問題など4回の委員会を開催して闊達(かったつ)な議論を行い、2019年の区切りに、まずはこれからなすべきことについて一定の方向を示すことができたと思っている。ご関心のある向きには、同社のホームページにも掲載されているのでぜひご覧いただきたい。 この中間とりまとめに対し、吉本HDの大崎洋会長と岡本社長の連名によるコメントも頂戴している。2019年12月20日、吉本興業の経営アドバイザリー委員会の中間とりまとめ報告をした川上和久座長 不名誉な週刊誌報道で流行語大賞にノミネートされるのは、これで終わりにしなければならない。そのために経営アドバイザリー委員会があったのだから。タレントが自らの創意工夫で最大限のパフォーマンスを発揮し、今年の流行語大賞でも旋風(せんぷう)を巻き起こしてもらいたい。 吉本興業は、笑いを基軸としてエンターテインメントを世間に提供しながらも、さらに幅広い飛躍を目指している。そのためには、今回のことだけでなく、さまざまな問題が起きた際に、単にその問題を解決するだけでは済まない。 問題の背景を読み取ることで、ピンチをチャンスにし、発展につなげていく強靱(きょうじん)なガバナンスが求められているといえよう。

  • Thumbnail

    記事

    泥沼NGT騒動が水を差す、AKB『紅白世界選抜SP』と東京五輪

    【編集部より】 2019年12月25日に掲載しました「泥沼NGT騒動が水を差す、AKB『紅白世界選抜SP』と東京五輪」の記事について、執筆者の推論部分の一部に、真実ととらえられかねない表現がありましたので、記事を削除しました。

  • Thumbnail

    記事

    佐野SA「ガチンコ」ストライキ騒動で見えた日本のリスク

    では割愛するが、中小企業の経営アドバイザー、企業の合併・買収(M&A)などに従事してきたので、「中小企業経営あるある」に基づいて仮説を立ててみたい。 そもそも、通常のSAで赤字になることはあまり考えられない。賃料は固定ではなく、売上歩合が基本であり、集客力は抜群である。かつてはファミリー企業が経営し、暴利をむさぼっていると批判を受けてきたSAだが、最近は「やれるものならやりたい」と、同業者はみな口をそろえる。 特に、佐野SAは、東北自動車道の中でも3大「ドル箱」SAの一つ。ゆえに、ここの経営だけで経営危機が起こることはありえない。しかし、商品の仕入れがなくなる、減ったなどという事実から見れば、資金繰りに窮していることは、だれの目で見ても明らかだ。では、その原因は何か、である。 中小企業経営でよくある話として、株や不動産投資の失敗がある。ただ、日本の中小企業経営者に概ね言えることだが、バブル崩壊後、こうしたケースは稀(まれ)だ。ありがちなのは、別の事業の経営苦境で、人件費高に加えて売上減少が重なり、SA事業では黒字なのに倒産危機に瀕するケースだ。一般的な中小企業の経営に関していえば、景気後退の中でインフレが起こる「スタグフレーション」状態で、アベノミクスの恩恵はほとんどない。 ただ、本業が苦境でもドル箱のSAで稼いでしのごうとするのが通常であり、SAで仕入れができないほどであれば、表現は悪いが「脳死」状態の経営と考えるのが妥当である。上り線のフードコートは営業されておらず、下り線に誘導する案内が貼られた佐野サービスエリア=2019年8月、栃木県佐野市 もう一つ中小企業経営によくある話が、業績が好調のときに放漫経営を繰り返すといった私利私欲が先行し、会社経営が立ち行かなくなるケース。特にサービス産業は、労働集約型で根性論による経営で成功した場合、その後に社長の横暴などに歯止めが効かなくなる。筆者は、この両方が重なったとみる。 一方で、佐野SAの場合、中小企業なのに労組があることには逆に驚いている。労組が強い大企業は、日本では簡単にリストラができない。賃上げ要求ばかり出て、会社が破たん寸前になって初めてリストラできるわけだが、JALやシャープ、東芝を見ても分かるように人員整理は困難を極める。往々にして、労組が強い会社は、従業員が多いとされ、なかなか人員整理はできない。ストライキは逆効果 もちろん、労働者の権利を守ることは重要だが、日本の場合、解雇規定がないため、会社が苦しくなると労組が強い会社は苦境に立たされる。こうした背景を鑑みれば、佐野SAの場合、労組執行委員長の「クビ」が狙いだったわけではなく、労組の実質的解散が本丸だったのではと思えるふしもある。 そもそも、日本の企業でストライキはほとんど見られない。公共交通機関でたまにニュースでストライキが報じられるが、ストライキは日本の場合、逆効果になることが多く、その意義を見直すべきだと思う。 例えば、会社の経営が倒産寸前で、賃金が上がらないからといって「よーし、ストライキだ」と、やれば、ますます業績は悪化し、倒産へのカウントダウンを早めるだけだ。会社が倒産してしまえば、賃金の不満以前に失業してしまう。 日本の風潮として、訴訟沙汰にするといった紛争を嫌う文化があり、最後の最後でストライキのような大暴れをしても、時すでに遅しとなる。結局、佐野SAも、今回のように午前7~8時のみのストライキでは、経営サイドは無視するだろう。メディアでのアナウンス効果は大きいが、会社のブランド力低下を強め、さらなる業績悪化をもたらすだけだ。 そこで、今回の問題は、どうすれば、ベターな解決となっていたかを提案したい。 まず、労働者サイドの視点では、委託元の東日本高速道路(NEXCO(ネクスコ)東日本)や子会社のネクセリア東日本などに相談を持ちかけることだ。一部報道によると、すでに労組がアクセスをしているようだが、そもそも、SAはインフラを活用したビジネスだけに、高度の公益性が求められる。ネクスコは事実上、国の機関といっても過言ではないため、こうした「弱み」を攻め立てれば効果はあるはずだ。 一方、経営者サイドから見れば、本件は政治問題に持ち込める。あらかじめ断っておくが、筆者は佐野SA問題に関して経営者サイドを支援するつもりはない。ただ、仮に筆者がM&Aを手掛ける投資家なら、会社をいったん分割してリセットし、労組がないところから社員を採用してやり直す。とはいえ、リストラ費用は相当高額になることが予想され、ある程度現場を任せられる人材が採用できなければ、業績にも悪影響が出るといったリスクを伴う。ケイセイ・フーズの従業員らに話をする労働組合執行委員長の加藤正樹氏(右端)=2019年11月、栃木県佐野市 やり方次第だが、新設会社に新規の投資家が株を持ち、今の経営権を掌握する方式で買収し、経営権利料を旧会社に支払うことでリストラ費用をねん出するスキームが組めれば、リスクは最小化でき、かつ投資額も最小になる。ケイセイ・フーズは新しい社員を使って運営を始めたとされているが、佐野市の建設会社社長に切り替わったのは、こうした条件だったのではと、想像はつく。 しかも、ネクスコとの契約を新設会社に切り替えはできないが、分割会社ならできる。このあたりは想像だが、新設会社は労組がないか、または弱い。一方、業務面で必要な人材の部分のみを、旧会社に下請け的に運営を委託している方式ではないだろうか。ストライキ推進法? これらのことは、あくまで筆者の予測にすぎないが、通常の会計士や弁護士、M&Aの従事者などに相談すればこの方法を提案するだろう。 さて、今回の問題は、決して対岸の火事ではないだけに、国としての法整備や規制、規制緩和をしっかりと見直す必要があるので下記に明示しておきたい。 まず、公有財産である契約に関するもの。①公共資産の貸し付けなど民間との契約には、行政の監視ができる仕組み、ガバナンス(統治)がきく仕組みをつくる。②会社の経営状況の把握は一般的に決算書の提出を義務付けているが、形式的になっているため、経営状況の把握は月次ベースにし、年度ごとの監査義務、さらに法令違反などがあった場合、契約解除を迅速にできるよう指導できる仕組みをつくる。 次に、ストライキに関するもの。①ストライキは効果が限定的であり、ストライキを実施する場合に、行政としてセーフティネットを提供する。一方で、過剰なストライキを抑制するために、供託金を積ませるなどの経営サイドのセーフティネットも確立する。②労組が強すぎるとリストラが困難になるため、経営危機の際に労組の活動を制限する法整備を進める。③経営者のガバナンスがきかないため、行政として監視できる法整備も進める。中小企業オーナーのずさんな経営を行政として監督、指導などができる仕組みも必要。 そもそも、日本の政治はこれまで、右派VS左派、資本主義VS社会主義で、行きつく先は、資本家VS労働者となり、自民党VS労組が縮図だった。ゆえに、労組はイデオロギーなども混在し、左傾化という課題もはらんでいる。米国では大統領の民主党候補争いで、サンダース上院議員よりさらに極左のウォーレン上院議員の旋風が吹き荒れているが、日本でも労働者に株を保有させる政策は、今後提起されるだろう。 筆者は、従業員が株を保有することを否定しない。その場合、リスクや責任も明確にして経営責任を共有できれば、会社のガバナンス改革と働き方改革、イノベーションは加速すると思っている。 振り返れば、アベノミクス以降、右派も左派も「最低賃金を千円、賃上げを2%以上しろ」と声を上げるようになった。自民党からベアの言葉が出るといった状況は、歴史的に見てもアベノミクスが初めてではないか。時給「1500円」時代も現実味を帯びており、今回の佐野SAのストライキは、「ストライキ推進法」のようなものが、左派から提起されてもおかしくはない。その入り口にあるリスクの大きな問題だと思う。佐野サービスエリアの上り線のレストラン前で横断幕を持つ従業員ら=2019年11月、栃木県佐野市 再度念を押しておくが、筆者は、佐野SAのストライキ問題において、経営者の暴走も、労働者のストライキもどちらも支持しない。そもそも、今の日本の中小企業でストライキをやっても、経営側と「和解」できる可能性は極めて低い。労働者が経営者を尊敬できなくなったら中小企業は事実上の終わりで、倒産に向かうだけだ。 一方、経営者の能力が低いことも課題であり、働く側にとっても不幸である。日本経済を支える中小企業の経営者の新陳代謝、経営力強化と労働者の能力開花の推進と権利をどう守っていくのかを、本格的に再考すべき事案の象徴であろう。

  • Thumbnail

    記事

    むやみに脱プラしたがる欧州の「エゴ」に日本はどう付き合うべきか

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 脱プラスチック、すなわち脱プラの取り組みが加速している。 その背景には、プラスチックごみによる海洋汚染が世界的に注目されたという事情がある。環境問題に敏感な欧州連合(EU)、そして環境について無関心なトランプ政権のアメリカにおいてもカリフォルニア州など各州ベースで脱プラに向けての規制が導入されている。 環境汚染が深刻化する中国は、日本や欧米からプラスチックごみを輸入していたが、2017年に李克強首相が「海外ごみの輸入を厳しく禁じる」と表明。18年1月からプラスチックごみをはじめとする資源ごみを原則輸入禁止とした。 日本は脱プラの取り組みが遅れていると言われてきたが、今年6月に原田義昭環境相(当時)が「レジ袋の無料配布を廃止する」と発表。コンビニなど多くの店舗で無料配布されているプラスチック製レジ袋を一律に有料化する法令を制定すると宣言した。すでにスーパーなどはプラスチック製レジ袋の有料化に踏み込んでおり、レジ袋を廃止する企業も出てきている。 少し余談となるが、9月末に開催された国連気候行動サミットでは、小泉進次郎新環境相が地球環境問題に関連して「楽しくクールでセクシーに」と発言して国内メディアに揶揄(やゆ)されたりした。アジェンダ(議題)としての本質上、なかなか「クールでセクシー」というわけにもいかない。だが、ともあれ日本の脱プラも後戻りできない状況となっていることは間違いない。 しかし、お国の動向を待つまでもなく、企業は脱プラに動き出している。 アパレルの世界的企業であるH&M(エイチ・アンド・エム=スウェーデン)は、2018年12月にプラスチック製袋を廃止し、手提げ用紙袋に切り替えた。しかも、紙袋は有料化(20円)、結果として客にエコバッグ携帯のショッピングをアピールした。 さらに今年4月に東京・銀座並木通りにオープンした世界旗艦店の「無印良品 銀座」は原則としてプラスチック製包装袋を廃止して、手提げ用紙袋を採用した。寝具のような一部の大型商品にはプラスチック製の袋が用意されるが、有料化(150円)されている。次回来店時に返却すれば、キャッシュバックされるシステムが採られている。 同店はさらに、「マイバック」として、コットンや麻素材の低価格なバッグを並べて購買を促している。さらに、商品をつり下げているフックをプラスチック製から紙製のものに切り替える試みも行っている。無印良品としては、このやり方を銀座店から全店に広げていくと宣言し、エコ・イメージをアピールしている。 4月にリニューアルオープンした「銀座ロフト」もプラスチック製袋を紙袋に切り替えた。ロフトも脱プラの動きを今後、全店に広げていくと表明している。インドネシアの海岸にたまったプラスチックごみ=2018年4月(ロイター=共同) このように、流行の発信地である銀座から脱プラの動きがスタートしたことは今後の動向にインパクトを持つことになる。「紙袋はエコでクールだ」、という価値観やライフスタイルが広がっていく可能性も高い。日本の場合、動き出せば、一気に浸透していく傾向がある。もはや脱プラの動きは避けて通れない、と判断し、前向きに取り組む企業も増えてくるだろう。 H&M、無印良品などのように、いち早く先手を打って脱プラ、すなわちプラスチック製袋廃止に取り組めば、企業や店舗にとってエコ・イメージをアピールできる。企業としては、脱プラが避けて通れない経営事案であるとすれば、企業・店舗のエコ・イメージを向上させる経営オプションとして躊躇(ちゅうちょ)しないというわけである。紙袋は本当にエコか イオングループは、2007年から一部の店舗でレジ袋の有料化を行っていたが、コンビニのミニストップやドラッグストアのウエルシアホールディングス(HD)もプラスチック製レジ袋の有料化を拡大。化粧品、健康食品メーカーのファンケルは今年3月に紙袋への転換を打ち出した。そして遅ればせだが、今年9月にユニクロのファーストリテイリングも追随した。  脱プラの当面の主役は、プラスチック製レジ袋に代わる、手提げ用の紙袋にほかならない。紙袋で最大手企業であるザ・パックは「色々な企業から紙袋に引き合いが活発化している」(藤井道久常務コーポレート本部長)と表明。紙袋製造企業は百貨店の退店などにより低迷に直面していたが、脱プラによって需要に強い追い風が吹いている。 ただ、紙袋が完全に「エコ」であると言い切れない面もある。紙製品はもちろん自然由来であるが、木材チップからパルプ、パルプから紙に加工する段階で大量の重油を使用する。また森林資源の保全という問題も抱えている。 紙関連業界は、FSC(フォレスト・スチュワードシップ・カウンシル=森林管理協議会)認証を取得して森林保全に配慮する企業姿勢を見せているのだが、自然由来だけに、紙製品を大量に供給・消費すれば森林資源の枯渇につながりかねない。脱プラでプラスチック製袋から紙袋に需要が切り替わるのは確かに悪いことではない。しかし、それはそれで手放しで良いことばかりではないのだ。 脱プラの切り札として、当面は紙袋に需要が大きく回帰するのは間違いない。だが、紙袋の問題は、企業にとってプラスチック製袋に比べるとコスト面でかなり割高である。しかも今後、さらに価格が上昇していく可能性もある。紙袋に入れた商品を手渡すH&Mジャパンの男性従業員=2019年2月、東京都渋谷区 2018年後半には製紙大手企業が紙袋の原材料となるクラフト紙の15%超の値上げを実施した。製紙企業は、原材料である木材チップ、パルプ価格の上昇を値上げの理由としている。製紙企業は人手不足による物流費高、人件費の高騰なども値上げの理由として並べている。 紙袋企業はクラフト紙などの原材料高を受け、製品価格への転嫁を進めているが、脱プラにより紙袋への需要が一極集中するといった事態が起こっており、こうした需給要因からも価格転嫁が浸透しているのだ。日本は「プラ」で勝負を このように、紙袋の最終的な顧客である企業・店舗の需要者側は、紙袋のコスト負担に苦しむことになりかねない。紙袋のコスト負担がさらに増加すれば、外資系アパレル企業のH&Mのように紙袋を有料化して、客に一部を負担させるということに帰結していくことも考えられる。しかし、仮に紙袋を10~20円で有料化を行っても、提供する企業・店舗側はそれでも持ち出しで赤字とみられる。 H&Mが先行して行った紙袋の有料化は、結果的には今後の新しい「世界基準」という見方もできる。同社は苦し紛れに自社の紙袋コスト負担を軽減するために紙袋有料化を行ったわけだが、これは客のエコバッグ携帯を促進するには、理論的にも正当なやり方という見方もできる。ただし、これはまだ決定的なトレンドにはなっていない。 「紙袋が有料化されるのか無料配布となるのか世界的にもまだはっきり見えていない。日本でもアパレル企業、あるいは百貨店、専門店、化粧品企業などでそれぞれ取り組みが異なっている」(紙袋業界筋)。 現状は紙袋を有料化するのか無料なのか、はっきりしたトレンドにはならずカオス状態である。それだけに各企業はプラスチック製レジ袋を紙袋に切り替える段階で「有料化か無料化か」という判断に迫られる。各企業としては、どう判断するか悩ましい状況と言える。 そもそも、日本が脱プラに遅れたのは、プラスチック生産で世界5位、日本人 1 人当たりのプラスチックごみ廃棄量が世界2位に位置していることと無関係ではない。 プラスチックは、安価で造形性に優れ、しかも耐久性があり、ありとあらゆるモノに用途拡大を成し遂げてきたのが現実である。 プラスチックは鉄やセラミックなどの特殊産業分野まで代替してきており、半導体関連などを含めてハイテク製品でもプラスチックが席巻しており、まさに技術革新(イノベーション)のたまものと言える製品ジャンルである。G20エネルギー・環境相会合で環境負荷の少ない素材で作ったコップを手にする世耕経産相(中央)。右は原田環境相※共に当時=2019年6月、長野県軽井沢町 世界的な脱プラの動きは、日本のプラスチック関連業界を直撃するが、過去がそうであったように技術革新で生き残るしかない。取り換えがきかないと思われてきた特殊産業分野などはまだまだあり、プラスチックは他の素材の代替する用途開発が進められることになる。 逆境をテコに環境のサステナビリティーと調和を目指す、分解できるプラスチック製品の提供なども今後の開発の焦点になるとみられる。

  • Thumbnail

    記事

    PayPayを他山の石にできなかった7payの「脆弱性」

    佐野正弘(ITライター) セブン&アイ・ホールディングスが7月より提供を開始したスマートフォン決済サービス「7pay(セブンペイ)」が、サービス開始当初からセキュリティーに大きな問題を抱えていたことで不正利用が相次ぎ、3日間で900人、合計約5500万円の被害に遭ったことが分かり、メディアで大きく報じられている。不正利用による逮捕者も出たことで、非常に深刻な事態を生み出していることが分かる。 だが、問題はそれだけにとどまらない。7月4日に7payの運営会社であるセブン・ペイが実施した記者会見で、同社の小林強社長が、記者から「2段階認証」を導入していない理由について問われた際、2段階認証そのものを知らない様子を見せたことが、大きな驚きをもたらした。 2段階認証とは、要するにインターネットサービスでよく用いられているIDとパスワードによる認証に加え、もう一つ別の手段を用いて認証するというものだ。 IDとパスワードが盗まれても、不正利用されないように、ID・パスワードとは別の方法で認証する仕組みが用いられることが一般的だ。携帯電話のショートメッセージ(SMS)に送信したコードを入力してもらう方法と聞けば、実際に使った人もいるかもしれない。 最近では、7payと同じスマートフォン決済サービスをはじめ、多くのインターネットサービスがセキュリティー向上のため2段階認証を用いているが、7payには導入されていなかった。 つまり、2段階認証を導入していなかったため、犯人側が何らかの手段でIDとパスワードを入手するだけで、容易にサービス利用ができてしまう状態だった。まだ明確には判明していないようだが、不正利用の原因の一つになったのではないかといわれている。 そうしたことから、記者会見で先述の質問が出たのも当然だ。ところが、セキュリティーが強く求められる決済サービスを提供する企業のトップが、そうしたインターネットセキュリティーの基本というべき要素を知らない様子を見せてしまったのである。セブン・ペイ側の認識の甘さを示すとともに、批判が一層高まる要因になったといえるだろう。記者会見するセブン・ペイの小林強社長(中央)ら=2019年7月4日 7payはその後、サービスの新規会員登録や料金のチャージを停止し、セキュリティー向上のためのシステム改善を実施しているとみられる。だが、今回の「7pay問題」は、大きく二つの問題を露呈したといえる。まず、先の会見で示されたように、サービスを提供する事業者側のセキュリティー、ひいてはITやテクノロジーに対する意識の低さや、認識の甘さである。もう一つ浮上した問題 先の会見では、セブン・ペイ側が実施したテストでは、セキュリティーの問題が見つかっていなかったと明らかにしている。だが、仮に現場レベルで2段階認証のような問題に気づいていたとしても、実際にサービスを提供する企業の側が「2段階認証が重要」という意識を持っていなければ、そもそもテストにチェック項目として盛り込まれることはないだろう。むしろ、サービス提供を早めるため、そうした要素をカットするよう要請してくるかもしれない。 7payのシステムも、セブン・ペイ自身で開発している訳ではなく、外部の企業に発注して開発されているものと考えられる。それゆえ、発注するセブン・ペイ側に、テクノロジーに関する十分な知識を持つ人がいなければ、自社のビジネスを優先してそうした判断をすることも十分起こり得る訳だ。 だが、現在では、国内向けのサービスであっても海外から不正利用されるケースも増えており、セキュリティーへの対処が従来よりも高レベルで求められている。実際、今回の7payに関しても、不正利用の大部分が海外からのアクセスであったことが明らかにされている。さらには、一連の問題で中国人が逮捕されたことなどから、中国を拠点とする犯罪組織が関わっている可能性が疑われている状況だ。 スマートフォンやインターネット技術の活用は今後、多くの企業にとって一層欠かせないものになる。それだけに、対応するサービスを開発し、安心・安全を実現する上で、テクノロジーに詳しい知識を持つ人材が一層重要になってくるはずだ。 だが、今回の事件はある意味、日本企業のテクノロジーに対する重要性の認識の乏しさを露呈したともいえる。テクノロジーの重要性を理解し、自ら知識を持たないのであれば、外部から詳しい知識を持つ人間を連れてくるなど、多くの対策を採る必要があるだろう。 そしてもう一つ浮上した問題とは、スマートフォンを活用した決済サービスに対する信頼を大きく損なったことである。「7pay」をPRするセブンーイレブン・ジャパンの永松文彦社長=2019年7月1日 ここ1、2年のうちに、中国で人気となった2次元バーコード「QRコード」を活用したスマートフォン決済サービスに参入する企業が相次いでいる。2019年にも、7payをはじめとして、ゆうちょ銀行の「ゆうちょPay」やKDDIの「au PAY」、メルカリの「メルペイ」など、大手企業がこぞってQRコード決済に参入。連日のように大規模な顧客還元キャンペーンを実施し、大きな話題を振りまいている。 なぜ、これほどまでに、各社がQRコード決済にこぞって参入しているのだろうか。何よりもまず、日本政府がキャッシュレス決済を推進しており、そこに多くの企業がビジネス機会を見いだしたためだろう。そしてもう一つは「データ」活用だ。必死の「囲い込み」 QRコード決済を提供する事業者は、自社の決済を利用してもらうことにより、いつ、どこで、どんな人が、何を買ったのかという情報を取得できるようになる。取得の際には、もちろんプライバシーへの配慮は必須だ。 そうしたデータを多数集積し、人工知能(AI)技術などを活用して分析することで、企業のマーケティング活動に使ってもらったり、個人ローンなどの信用情報に活用したりする。こうした新たなビジネスを開拓することがサービス提供事業者の大きな目的となっている訳だ。 セブン&アイ・ホールディングスは元々電子マネーサービスの「nanaco(ナナコ)」を提供していた。それでも、あえて7payを導入したのには、そうした顧客の購買データを用いた一層密なマーケティングをしたかったがためといえる。 だが、データをビジネスに生かすには、膨大な量のデータを収集する必要がある。それゆえ、各社ともサービス提供開始を急ぎ、開始直後に大規模キャンペーンを打つことで、顧客の囲い込みに必死になっているわけだ。 しかしながら、サービス提供を急ぐあまり、セキュリティー問題が生じて不正利用が多発したケースは、7payだけではない。ソフトバンク系の「PayPay(ペイペイ)」も、2018年末の大規模キャンペーンをきっかけとして、セキュリティー上のいくつかの問題から不正利用が多発し、大きな問題として取り沙汰されるに至っている。 それにもかかわらず、7payで再び大規模な不正利用が起こってしまったのである。このような状況では、やはり自社のビジネスを優先し、サービス提供と顧客獲得を急ぐあまり、「セキュリティーをおろそかにした」と消費者に捉えられてもおかしくない。そして、そうしたトラブルが起きるにつれ、QRコード決済全体への信頼が大きく揺らぐことにもつながってくる。2018年12月からスタートした「ペイペイ(PayPay)」だったが、20%還元キャンペーンの影響で決済が集中してサービスが一時停止したり、不正利用が多発した(早坂洋祐撮影) 日本は現金決済への信頼が非常に強い国であり、それがキャッシュレス決済の普及を阻む大きな要因と言われている。そのキャッシュレス決済を普及するための切り札として注目されたQRコード決済で、こうしたトラブルが相次げばキャッシュレス決済の普及を一層遅らせることにもなりかねない。 キャンペーン競争の過熱が続くQRコード決済だが、むしろ今後は信頼を高めるための取り組みが強く求められることとなりそうだ。■ 「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか■ 日本式コンビニの未来には絶対に譲れないギリギリの「生命線」■ くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果

  • Thumbnail

    記事

    ジャニーさん亡き後だから、あえて贈る事務所への「忠告」

    藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士) SMAP解散、TOKIO山口達也の不祥事によるグループ離脱と退所、滝沢秀明の引退、関ジャニ∞(エイト)渋谷すばるの脱退と退所、そして嵐の活動休止表明。特に、ここ2、3年で、ジャニーズ事務所は幾度も「荒波」にもまれながらも、長年築いてきた芸能界のポジションを守り続けてきた。 しかし、事務所の創業者として大黒柱を担い続け、多くの所属タレントに慕われてきたジャニー喜多川社長の訃報は、事務所の今後の運営と発展という面においては、比較にならないほど大きな衝撃と影響を与えうるものであることは想像に難くない。 ジャニーさんの死去で失われるものは、あまりにも多い。まず、ジャニーさんに見いだされたことを恩義に感じているタレントが非常に多いということだ。ジャニーズ事務所では、自薦他薦による入所志望の可否判断をジャニーさんが一手に引き受けていたことは、よく知られている。 所属タレントとすれば、「ジャニーさんに見いだされた」という思いがあるゆえ、たとえ事務所のマネジメントや会社のあり方に不満があったとしても「ジャニーさんのために耐える」という心理になりやすい。事務所を否定することはジャニーさんを否定することでもあり、ひいては自身の価値、アイデンティティーにかかわるからだ。 その意味で、不平不満のはけ口となりうる「一つの大きな恩義」を失ったといえる。もし今後、新たな退所者が出るとすれば、これは大きな背景にもなるだろう。 二つ目は、事務所としての危機管理能力である。事務所のトップとしての行動として、有事の際に最終的に記者の質問に答えることは、当たり前といえば当たり前に思われるだろう。ただ、一方で撮影や録音はしないという合意が前提ながらも、時に記者の質問にNGなしで取材を受け、混乱を収める姿勢を見せたことは、事態収拾への道筋を作っていたと思われる。米ニューヨークのタイムズスクエア(ゲッティイメージズ) さらに、エンターテイナーとしてのロールモデル(手本)を失った。ジャニーさんは徹底的な現場主義としても知られ、生涯現役を貫いた。戦争を経験した彼は、「平和があってこそ芸能が成り立つ」との理念のもとに、米国のショービジネスへ触れたことをきっかけに事務所を興した。絶大な「ガス抜き能力」 「時代を追う」のではなく、「自分が時代を創る」という姿勢は、芸能に身を置くタレントにとっても、生き残りを図ったり、自己発揮していくための見本であり、道しるべであっただろう。だが、調子がよいときはともかく、問題はタレントが道に迷ったときである。ジャニーさんが亡くなったことで、大きな道筋を示せる存在はもういないからだ。 また、他者の敬服を前提に、「ジャニーズ事務所が地位を維持し続けるためのシンボル」としてジャニーさんは存在していた。ジャニーズの所属タレントのみならず、他事務所のタレントや関係者からも一目置かれ、先人としての敬意を持たれていたことは、訃報を受けた反応を見るに、齟齬(そご)はない。 とはいえ、弱肉強食の芸能界において、シンボルを失ったことによって潮目が変わる可能性がある。これを一つの区切りとして、同業他社がジャニーさんに気兼ねなく新たな事業を展開するという局面もあり得るだろう。 新人の発掘やスターの育成能力は、彼ならではであっただろう。履歴書の写真を見ただけで10年後の少年の姿が見えるとされた逸話があるように、彼がプロデュースしたタレントは例外なく売れた。 もちろん、希代の国民的スターに育ったSMAPには飯島三智マネジャーがいたように、敏腕スタッフが側近にいたことも大きい。しかし、原石を発掘し、「推し」を決めたのはジャニーさんだとされており、その眼力は結果を見れば明らかである。果たして、今後その役を担える人材は存在するのだろうか。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) また、ジャニーさんには上手な気配り、つまり「ガス抜き能力」があったように見受けられる。彼は所属タレントからも社長ではなく「さん付け」では呼ばせたり、タレント同士も「君付け」で呼び合ったりするなど、日本的な上下関係を嫌った。 これは、人間関係の中で生じるネガティブな壁を排除し、集団としての凝集性を高めるためでもあったと思う。また、一部のタレントにタメ口で接することを許していたのは、芸能界という厳しい環境にあって、事務所の社長でありながら家族的存在として支えていたと考えられる。 殊に、人が悩みや不安を抱えた際、一番の助けになるのは、専門家以上に家族の存在が大きい。いざというときに率直に相談できたり、支えられたりする関係性を普段から作っていたことは、年少のタレントをマネジメントしていく上で、目には見えないリスク管理であったと思われる。事務所への「忠告」 その意味でいえば、ジャニーさん亡きあと、事務所が決して行ってはならないのは、タレントとの関係性が極端にビジネスライクになることである。要するに、事務所関係者が所属タレントに「この事務所は大きく変わってしまった」と思わせないようなマネジメントが重要である。 そして一番大きいのは、精神的な支えを失ったことに尽きる。 ジャニーさんが多くの所属タレントにとって、精神的支柱になっていたことは想像に難くない。では、具体的にどのような形で精神面を支えていたかといえば、「人をその気にさせる力」があったということである。 組織内において、特に新人や若手のやる気を高めるには、本人のモチベーションに加えて、他者のエンパワーメント(後押し)が必要である。ジャニーさんはそれをよく理解していた。 ジャニーさんのエンパワーメントは、端的にいえば、所属タレントを愛し、認め、肯定的な評価を伝えることである。 中でも、人を認め、肯定的な評価を本人に伝わる形で発信するという面においては、類いまれなセンスを持っていたことを感じさせる。ジャニーズ事務所=2019年7月9日夜、東京都港区 言い換えれば、「人を褒め、やる気につなげる」ということであるが、心理学的には大きく三つの方法がある。具体的には、「直接的に行動や業績を褒める」「その人の存在自体、ならではの良さを認める」「間接的に褒める」であり、ジャニーさんはこの三つの方法を自然に駆使していた。 「直接的に行動や業績を褒める」ことは、一般にそれほど難しいことではない。やるべき何かをやったら褒め、認めるし、やらなければ認めない、褒めない、という単純な方法だからだ。ただ、これだけで人は育たない。「間接的に褒める」効果 「その人の存在自体、ならではの良さを認める」ことと「間接的に褒める」ことは学校や会社など、一般社会でも組織内マネジメントに活用されているとは言い難い。しかし、実は非常に大きなパワーやモチベーションにつながる方法なのである。 ジャニーさんは、「YOU(ユー)、やっちゃいなよ!」「ユー、来ちゃいなよ!」「出ちゃいなよ!」とたびたびタレントに伝えていたといわれる。しかも、いまだデビューもしていないタレントに対しても、である。これは、言い換えると「君ならできるよ」という、その人そのものを認めるメッセージであり、それを意気に感じない者はいなかったのではないだろうか。 そして、各人のキャラクターを認めた上で、おのおのが得意だったり、できそうな発揮の仕方を教示し、導いているようにも見える。これも、まず対象のタレントそのものの「良さ」を認めていて、その前提があってこそである。 また心理学的に、間接的に褒めることは、時に直接褒める以上の影響力を持つことがある。「あなたのこと、〇〇さんが褒めていたよ」と言われることが、直接褒められるよりも何だかうれしかった経験は、誰にでもあることだろう。 ジャニーさんは主にメディアを通じて、それを行っていた。滝沢秀明が引退、育成・プロデュース業への専念を発表したときに出された「社長メッセージ」は、最たるものだろう。本人以外の人間やメディアに対して、肯定的評価を発信することは、その本人のみならず、集団としてのモチベーションアップにつながることを、彼は知っていたのだと思う。 「社会人でプロならば、自分自身でモチベーションを高めてしかるべし」という見方もあるだろう。しかし、それだけでは、やはり限界がある。本人が持っている能力をさらに高めつつ、実際に発揮するためには、他者の介在が欠かせないのである。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 一般社会の組織マネジメントにも通じる一つのモデルを、ジャニーさんは生き方を通して世の中に提示していたように感じるのだ。なお、これらのジャニーさんの行動に効果があったかどうかは、倒れた際や訃報に際しての所属タレントの言動を見れば、言わずもがな、である。 ジャニーさんの座右の銘であった「SHOW MUST GO ON(ショーは終わらない)」が貫き通せるかどうかは、彼に育て上げられたタレントが改めて価値を発揮できるかにかかっている。ジャニーさんのご冥福を心よりお祈りしたい。■ 僕だけが知っている「帝王」ジャニーさんの素顔■ 養子縁組も既定路線? ジャニー喜多川が滝沢秀明を溺愛する理由■ SMAPと嵐を失っても「ジャニーズ帝国」が没落しないワケ

  • Thumbnail

    テーマ

    コンビニがなくなる日

    もはや日常生活に欠かせないといっても過言ではないのがコンビニではないだろうか。だが、人手不足や働き方改革による24時間営業の限界に加え、食品ロスといった課題が追い打ちをかけ、コンビニのビジネスモデルは岐路に立たされている。新たな法規制の必要性も指摘されるコンビニは、この先持続できるのか。

  • Thumbnail

    記事

    日本式コンビニの未来には絶対に譲れないギリギリの「生命線」

    田矢信二(コンビニ研究家) 日本の24時間営業は、高度経済成長に伴う時代変化の中、福島県郡山市のセブン-イレブン虎丸店で、コンビニエンスストア本部の実験によりスタートしました。 その結果、「夜の売り上げだけでなく、昼間の売り上げも伸びる」ことが分かりました。この実験を受けて、コンビニ業界は拡大路線に舵(かじ)を切り、24時間営業が当たり前の「日本式コンビニ」に成長していきました。 今、それとは真逆の動きが、加盟店側である東大阪の店舗から起こりました。人手不足による疲弊や経営難を理由に、本部のアドバイスや契約を無視する形で、時短営業に踏み切ったのです。この加盟店の行動が、本部と加盟店の対立がクローズアップされる起点となり、24時間営業の是非が問われるようになりました。 それでも、コンビニ業界が24時間営業にこだわるのには理由があります。24時間営業こそがビジネスモデルの生命線だからです。ただ、人手不足などを背景に、コンビニが転換期を迎えているのも事実でしょう。 便利さと価値ある商品の追求を通して、日本人の生活に無くてはならないお店となったコンビニは、効率的な物流が最重要です。大手3社だけでも、全国店舗数の平均が約1・7万店という規模を考えれば、効率の良い物流に変化を加えることは、容易なことではありません。 さらには、物流のコスト増による影響で、商品単価の値上げなども予想できます。もし、顧客のニーズにあった価値ある商品を提供できなければ売り上げが減り、今までのような商品提供や便利なサービスの維持は難しくなるでしょう。セブン-イレブンの店舗前に停まるトラック(ゲッティイメージズ) 物流は出店戦略と綿密な関係性を有するため、マーケットが大きい商圏や競合対策を必要とする、どうしても出店せざる得ないエリアに対しては、集中出店がより強化されます。また、顧客争奪戦や売り上げの影響を受けやすくもなります。 そこで、集中的な出店を受けた加盟店経営者に本部が出店説明と個別対応の義務を徹底するなど、明確な基準を高めないといけないと思います。同時に、加盟店経営者のレベルに応じた出店や、複数出店の基準化を進めることも必要になってきます。加盟店改革に踏み切れない「壁」 フランチャイズ(FC)に関する法整備を望む意見もありますが、出店におけるガイドライン(指針)の策定が先ではないでしょうか。特に、店舗の集中するエリアに適用することにより、業界成長のコントロールができる方が自由競争に合っているのではないかと思います。 セブン-イレブンの直近データから算出すると、本部が負担する地代家賃は月平均90万円ほどになります。飲食店などのFCなら多額を要する開業資金も、コンビニなら300万円程度で経営者になれるメリットもあります。 FC契約を結べば、本部と加盟店が利益配分を行います。加盟店側にとっては、本部の「ロイヤルティー(加盟店料)」と呼ばれる経営サポート料やブランド使用料が高いと言われています。 社会構造の変化に合わせた加盟店改革を進めるには、3%前後のロイヤルティー減額が必要ですが、本部側も簡単には決断できないのではないでしょうか。 なぜ、そのように考えるかと言うと、コンビニの創業期と違って、商売経験のない人が加盟店経営者になる、いわゆる「脱サラ経営者」が増えているからです。今まで以上に、本部による加盟店サポートが必要になっています。 最低賃金の上昇に伴い、東京、神奈川、愛知、大阪の4都府県では、人件費が10年前と比べて、月平均で約30万円増えています。それだけでなく、そもそも出店競争がもっとも厳しいエリアでもあります。毎年上昇する人件費に加えて、人手不足によるパート、アルバイトの雇用が安定しない状態での経営は、加盟店経営者が休みなく店舗に出て、長時間労働を強いられる状態になりやすくなります。2019年4月、新社長に決まり、記者会見するセブン-イレブン・ジャパンの永松文彦副社長 その一方で、セブン-イレブン・ジャパンは、店舗数が2万店を超える巨大チェーン組織になりました。そのセブン-イレブンで起こった社長交代劇は、創業期以来トップから発信されてきた、細かい経営に関する情報伝達「機能」が低下したのが理由ではないかと私は考えます。 「たかが情報収集」と思われるかも知れません。しかし、2万店規模の組織の選択ミスが及ぼす影響は、商品の売れ行きだけではありません。加盟店ビジネスである以上、加盟店経営者との信頼関係をつくる上で大切なコミュニケーション不足を引き起こすのです。私が考える「未来型コンビニ」 コンビニ大手各社は、世耕弘成経済産業相から求められた「行動計画」で、店舗運営の省力化などの是正策を公表しました。しかし、この計画を実施しても問題が解決できないまま、先述したロイヤルティーの減額も実施されないのであれば、人件費の一部を本部が負担する加盟店支援を最優先に検討すべきでしょう。 さらに、初期教育なども合わせて本部が負担すれば、加盟店の環境改善が可能となります。ただし、忘れてはいけないのは、本部が加盟店支援をより強化すれば、加盟店側にとっても、本部の経営戦略を深く理解して、コンビニの売り場で実践していくハードルもより高くなることを意味します。これは、利益配分を変えることで本部の経営資源が変われば、企業としての経営体力を落としかねないからです。 私が考える「未来型コンビニ」とは、「21時間営業」や深夜の店舗無人化です。 なぜなら、物流における納品回数を考慮すると、3時間だけ閉めれば最小限の影響に抑えられるからです。また、店が集中している地域であれば、各店舗の閉店時間をスライドさせることにより、エリア全体としての「24時間営業」が可能となるでしょう。 いずれにせよ、エリアや地域の特性に応じて、個別対応もしくは選択制になっていくのではないかと考えます。 セブン-イレブン・ジャパンの創業は、コンビニの育ての親であるセブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文名誉顧問が海外研修で出掛けた米国で、偶然セブン-イレブンというコンビニを見つけ、小型店と結びつける日本式の発想ができた影響が非常に大きいです。セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文名誉顧問=2019年2月撮影 とりわけ重要だったのが、鈴木氏が「仮説」を立てて挑戦することを全社員に求めたことにあります。まさに、業界の非常識といえる発想により、日本式コンビニの改革を継続して取り組むことができたわけです。 このような発想を持った鈴木氏を超える人が現れるのか、違った視点で革新を起こせるプロ経営者を呼ぶのか。そして、コンビニ業界のどのプレーヤーが「脱コンビニ路線」を掲げ、従来の路線を脱却できるかが、この問題の重要なターニングポイントになってくると私は思います。■「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか■くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果■労働人口は過去最大なのに「人手不足感」が広がるナゾ

  • Thumbnail

    記事

    24時間営業のコンビニ調査、公取委は「人民裁判」をする気か

    山岸純(弁護士) 今年の2月頃、あるコンビニオーナーが独自の判断で24時間営業をやめ深夜に閉店したところ、本部から多額の違約金や契約の強制解除を要求されたといったニュースが話題になりました。 このニュースがきっかけとなったのかもしれませんが、最近、コンビニ業界に対し公正取引委員会が調査を開始するというウワサがまことしやかに流れています。 もとより公正取引委員会は、毎年さまざまな業界をターゲットに、その所管する法律である独占禁止法に違反する事案について調査を行っているのですが、この「独占禁止法」という法律、なかなか理解が難しい法律であるため、公正取引委員会が果たして何をやろうとしているのかについてもなかなか理解されません。 そこで、まず「例え」を使って、公正取引委員会が独占禁止法のもとで何をやっているのかを説明します。 例えば「日本がオリンピックで金メダルを獲得する方法」を考えてみましょう。2020年には日本で2回目となる夏季オリンピックが開催されますが、開催国としてはどうしても金メダルが欲しいところです。 そこで組織委員会は、①ある競技のある種目に出る選手を、全員日本人にすること②選手全員が打ち合わせをして、同時にゴールすること③日本の経済力を背景に他の国の選手にお金を渡して手加減させたり、脅迫して辞退させることを考えました。 上記三つの「金メダルを獲得する方法」はどう考えても卑怯(ひきょう)、不正、不公平な方法であり、オリンピック憲章に反するトンデモ作戦と言わざるを得ません。そのトンデモナイ方法を経済活動において禁止されるべき行動にあてはめると、それぞれ①私的独占、②価格協定(カルテル)、③不公正な取引ということになります。これらを禁止するのが公正取引委員会が運用する独占禁止法というわけです。 今回、もし、公正取引委員会が24時間営業などについて調査するのであれば、上記③について、すなわち、コンビニオーナーと本部の間に「不公正な取引」関係が存在するのかどうかを中心に行うことになるでしょう。会見する公正取引委員会の山田昭典事務総長= 2019年 4月 17日 、東京都千代田区(大柳聡庸撮影) 特に、コンビニオーナーと本部との間には、コンビニの売り上げ管理や商品管理、ロイヤルティー、ブランド維持、営業時間、キャンペーンなど、ありとあらゆる項目についてガチガチに定められたフランチャイズ契約があり、コンビニオーナーをぎしぎしと縛っているといわれていることから、相当厳しく調査されることでしょう。行政指導で変わらないワケ もともと「フランチャイズ」というシステムは、1850年代にシンガー社というミシンメーカーから始まったといわれています。 その後、日本でも1960年頃からフランチャイズシステムが誕生し、70年代には既に確立した「物販系のビジネスノウハウ」をそのまま丸ごと「貸し出す」ようなフランチャイズシステムが多く誕生しました。マクドナルドやミスタードーナツ、各コンビニチェーンなどです。 これらのフランチャイズシステムは、既に確立された「取り扱う商品・サービスの種類、販売手法、統一されたロゴマーク・店舗の内外装、キャンペーン」などの「ノウハウ」を借りて新たにビジネスを始めたい当事者と、今まで努力して獲得した「ノウハウ」を「貸し出す」ことでその対価としてのロイヤルティーを得たい当事者の思惑が一致した、独立・対等なビジネスモデルのはずでした。 しかしながら実際には、コンビニ業界における「コンビニオーナー」と「本部」との間には、比較にならないほどの資本力の格差もありますし、「本部」が定めた「鉄板のルール」に従わないと、そもそも商品を供給してもらえなくなってしまいそうな厳しい関係にあるため、これまでずっと言われてきたように、決して独立・対等なビジネスではないわけです。 なお、このような「コンビニオーナー」と「本部」の間の不公平感、依存度の高さ、格差、弱者と強者の関係などを改善すべく、これまで数多くの訴訟が起こされ、また、さまざまな行政指導が行われてきました。その際、「コンビニオーナー」側の勝訴率が高いのも事実です。セブンーイレブン本木店で、営業時間短縮の実証実験が行われた=2019年3月22日、東京都足立区(川口良介撮影) ところが、裁判で個々の「コンビニオーナー」が勝訴したところで、その個々の「コンビニオーナー」との関係において幾ばくかの金銭が支払われるだけであり、他の多くの「コンビニオーナー」と「本部」の関係は何も変わりません。 そして、行政指導といっても「コンビニオーナー」と「本部」の関係を総合的・根本的・全体的に変えるようなものではなく、例えば、「本部は、コンビニオーナーが消費期限の近い食品を割引販売することを禁止してはならない」などというように、個別具体的な指導をするだけです。公取委は「人民裁判」をするのか 結局のところ、「コンビニオーナー」と「本部」の関係は、医薬品業界と医者、下請けと元請け、嫁としゅうとめ、檀家(だんか)と寺といったように、良いか悪いか、それが時代に合っているか合っていないか、当か不当かなどは別として「そういう関係にあるもの」として実在するものであり、「外野」が騒いだところで変わることは難しいでしょう。 なぜ、私がこういう「投石」されそうな意見をあえて述べるかについては、以下の通りです。 今回の注目は、24時間営業が半ば強制されるような制度について問題視されたことが端緒となっているようです。 しかし、コンビニというシステムは、その一店舗だけで完結しているのではなく、例えば、商品(特に生鮮食品)の製造のタイミングや配送のタイミングなどの関係において、全国の数多くの店舗・工場・配送車との連携が必須となります。 ある地域における製造・配送計画(これらは、商品の売れ行き、お客さんの購買ピークなどによって緻密に構成されています)が綿密に立てられているのに、例えば、ある一店舗だけが「午前1時から6時の間は営業しません」と宣言し一店舗だけ閉じていたら、この綿密な製造・配送計画も狂ってしまうことでしょう。 また、コンビニはその売れ行きなどを詳細なマスデータとして活用し商品開発などを行っているわけですから、店舗ごとの都合をいちいち聞いていたら支障をきたしてしまうでしょう。「セブン―イレブン東大阪南上小阪店」に張られた時短営業を知らせる紙=2019年2月21日、大阪府東大阪市(共同) コンビニオーナーは、そのビジネスの端緒において、既に確立された「ノウハウ」に乗っかって新たなビジネスを始めるべくコンビニという「歯車」の中に身を置いたわけですから、このような「コンビニというシステム」を成立させるバランスに物申すのはいかがなものかと思います。 もし、公正取引委員会がこの点を、卑怯だ、不正だ、不公平だと言うのであれば、なんだかよくわからない圧力で行われるつるし上げのような「人民裁判」の様相を呈してしまうでしょう。■「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか■くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果■労働人口は過去最大なのに「人手不足感」が広がるナゾ

  • Thumbnail

    記事

    「FC経営はカツオのえら呼吸」20年放置されたコンビニ地獄の深層

    平野和之(経済評論家) コンビニ業界といえば、成長産業の主戦場としてバブル崩壊後の内需、小売業を突っ走ってきた。今や全国におよそ5万5千店舗、10兆円産業に成長し、スーパー並みの巨大マーケットになった。 そのコンビニがメディアに「フランチャイズ(FC)地獄」とたたかれたのは、今から20年前。既に「失われた20年」以前から、フランチャイズはもうからないオーナーが多いと指摘されていた。ただ、当時はそれ以上のマイナス要素が表面化せず、コンビニはそのまま急成長を遂げたのである。 だが、コンビニのオーナーを続け、思うようにもうかっているという話を私は聞いたことがない。中には、自殺した人もいた。 そもそも通常の小売店は、スクラップアンドビルドで、もうからない店はたたむのが常套だ。「優秀な人材をもうかる店に」のサイクルが基本だが、一度拡大路線が始まると、止まると死んでしまう回遊魚に例え「カツオのえら呼吸」と揶揄される状態になってしまう。 小売店は、大半が借金をして出店するだけに、成長が止まってしまうと自転車操業化が免れない。そして、競争激化などで経営が苦しくなると、スクラップする店の方が増える。過去の負債の返済が逆スパイラルへと回転し、破滅へのカウントダウンとなってしまう。 FCの場合、しくじったら基本はFCオーナーの責任であり、このスクラップのリスクを最小化できるのがFC業界の最大の強みでもある。今から20年ほど前は、FCも売上計画書などを提示し、開業させていたが、判例上は売上が計画通りいかない責任は本部にあるというケースが目立っていた。 そういうこともあってか、今のコンビニは売上の最低保証を1千万円単位で実施している。FCビジネスの中でも、売上保証をしているコンビニはある意味、優れたFCの部類ではある。通常のFCビジネスでは売上が保証されているケースの方が少ないからだ。あるいは、売上を保証されても、その保証先が倒産すれば保証自体が無意味だ。広義のFCといえるアパート35年一括借上保証の「レオパレス」や「かぼちゃの馬車」のような保証元の破たんリスクや保証減額リスクも低い。ローソンの店舗(ゲッティイメージズ) ただ、開業時に、現在の人件費高騰リスクや人材不足リスク、仕入上昇リスクを予測してFCを始めた人は皆無である。コンビニでは、契約の更新があり、その際にいろいろな要望を出されるが、本部が「嫌なら辞めてくれ」と言える関係もあり、制度的には本部側に有利なことだらけだった。 とはいえ、FCビジネスは経営が簡単でブランド力を有効に活用できる。脱サラ、サイドビジネス向きなどいろいろな方法で拡大を続けてきた。ただ、小売業である以上、仕入や人件費のやりくりといった経営センスが問われる。脱サラして、その退職金で小売業に参戦しても、そう簡単にうまくいくものでもない。本部はやりたい放題 FCビジネスとは、本部がもうかる仕組みであることは、経営に携わっている人の共通認識だ。資金リスクは、ほぼ加盟店の自己資金で、本部は、もうかろうがもうかるまいが初期に加盟料で金を抜き、さらに、売上のロイヤルティーとして金を抜いていく。 一方、失敗しても知らん顔で、本部は直営店のスクラップアンドビルドにおけるスクラップコストのリスクも最小で済み、出店の失敗リスクの最小化もできる。要は、FCビジネスとは夢のような本部がもうかるシステムだった。その中ではコンビニ業界は売上を保証しているだけ、リスクは本部も負担しているともいえるが、それでも、自前の出店よりはるかにリスクは小さい。 そもそも、小売業はFCにかかわらず、基本立地がすべてだ。かつて、コンビニが「POS(Point of Sale)で勝った」とうたう書籍が並んだが、とにかく立地がいいところに一番早く出店することが、ブランド力の向上やいい商品を提供できる素地となっている。 小売業は立地がすべてなのに、すでに5万店舗を超え、最近では出店するところがなくなってきている。昔は「2・5キロの商圏」だったが、その後「1キロの商圏」になり、今や歩いて数分の距離に同系列のコンビニがあるのが現状だ。 かつては、いい立地に独壇場で稼いでいた店舗にも、同じ系列の店を乱立させ、保証を下回らない範囲で売り上げが減少するなどのケースもあった。ドミナント(同じ地域への集中出店)によって、本部としてはトータルの売り上げは増えるが、加盟店は話が違うと抗議する。抗議しても、最低保証に近づくまで、本部主導のやりたい放題も契約上は出来てしまう。 FCビジネスでは、他にも問題になった在庫のたたき売り、いわゆる見切り販売(賞味期限直前の商品の値引き)も本部側に有利にできている。今から10年前、この在庫が1割もあると報道されたのは記憶に新しい。見切り販売を本部の指導を無視して行った加盟店には納品時に嫌がらせをするケースもあった。所狭しとおにぎりなどが並ぶコンビニの食品棚。食品ロスの削減も課題となっている(ゲッティイメージズ) これも本部側に明らかに有利な契約であることは社会通念から見ても一般的である。本部は売上保証を下回らない限り、在庫は廃棄でも、本部のロスはゼロ、新規の在庫を押し込むことで損失ゼロだが、加盟店は廃棄分の仕入れ価格の損失に加え、廃棄処分コスト、新規の在庫買い取りコスト、という三重苦を余儀なくされる。 これまでに、私はこうした実態をよく取材したが、この当時の独占禁止法の指導はないに等しかった。そもそも、所管する経済産業省も天下りを受け入れている業界からの反発には規制する側と反対する側で忖度合戦があり、この時点でも、24時間営業の加盟店の苦しさはあったが、クローズアップされなかった。そして、今回である。ブランド力の裏返し 法改正も必要との世論が高まるきっかけになったのは、大阪府東大阪市のセブン-イレブン加盟店による24時間営業の「契約無視」ニュースである。この加盟店は地域の評判やネットの評判を聞く限り、本部の本音は辞めてほしかったのではないかと見えなくもない。 私の知人が本部とトラブルになっていたケースでは、本部側と和解して、加盟店を辞めた。実は、経営センスがない店や言うことを聞かない加盟店については、本部が辞めてほしいと考えていることも多い。一番分かりやすい事例は、店や化粧室が汚いだけでなく、未だ和式トイレであったり、シャワー付きトイレがなかったりする店だ。 経営者のセンスがないから客が増えないのに、経営が苦しくなると本部のせいにしたがるといった加盟店が多いのも事実だ。コンビニの契約形態だからこそ、ずさんな加盟店を排除できるメリットもあったといえなくもない。 24時間営業については、東大阪の問題になった加盟店については深夜の赤字体質が恒常的だったことは否めないだけに、気の毒な点もある。今は会員制交流サイト(SNS)が普及しているがゆえに、加盟店のオーナーが声を上げたことが拡散し、メディアにクローズアップされた。このため、直営店舗で時短実験をするようになったが、実際には24時間営業をやる前提をどう論破していくかのための実験にみえる。 そもそも、時短については、ファミリーマートの地方店舗ではかなり前から24時間営業は減少していた。ローソンも一部店舗で認めている。ただ、業界1位であるセブン-イレブンの平均65万円の日販と比較すれば、ファミリーマートとローソンは50万円台前半で差がある。その分の加盟店が増えにくい課題を回避するインセンティブだったともいえる。セブン-イレブンに関して言えば、「24時間営業を守らないならやらせない」も強いブランド力があるからこそできていた。深夜に営業するセブン-イレブンの店舗(ゲッティイメージズ) このようにコンビニの現状を見てきたが、私自身が24時間営業に賛成か、反対かと聞かれれば賛成である。私的なことで恐縮だが、私の趣味は釣りだ。釣り師は未明の午前3時や4時に、食事の買い付けをする必要があり、毎日コンビニだ。釣り師にとってコンビニがないのは死活問題である。セブン-イレブンだけは絶対に24時間だという信頼に加え、夜中の在庫も充実している。 経営的視点でみれば24時間営業による収益性、顧客の視点からみれば利便性、いずれも賛成なのは当たり前である。 では、24時間営業は働き方改革の視点から賛成かと聞かれたら反対である。そもそも、高齢化社会、地方ほど高齢化が進み、夜間に活動する人口は減り続けていく。まして労働人口も減り続けていく。その中での24時間営業は現実的に無理だ。 ならばどのような折衷案があるだろうか。必要なのは「FCビジネス規制法」 そもそも、赤字店舗での優越的地位の乱用を規制する法律案が検討されているが、これは問題解決にはつながらない。優越的地位の乱用は多々あるが、小売業界でいえば、いまだに小売店は仕入れ先から営業スタッフの応援を無償で出させることなどが常態化しているケースも散見される。優越的地位の乱用がなくならないのは、密告した側にとって、仕入先から報復攻撃を受ける可能性がある限り、乱用を訴える動機が抑制されるからである。 そこで、私が考える優越的地位の乱用を防ぐ法律は「FCビジネス規制法」である。前提として、FC本部と加盟店は、経営者と労働者ではない。また、この優越的地位の乱用が恒常的に行える親会社と下請けの関係に根強く残る格差の本質がある。農協もしかりで、かつて私は著書で世界最大のFCビジネスだと皮肉ったが、農林水産業の生産者も優越的地位の乱用によって、所得が著しく制限されているといえる。 代理店ビジネスなども同様だ。これらをすべてFCと定義し直し、商売においての交渉優位性の強い側の論理をどう規制するかということを、この際しっかり議論すべき時に来ていると思われる。もちろん、自由競争で社会主義を持ち込むのかという課題もあるが、FCは、疑似労働者の富が搾取される産業であることは社会一般的に見て明白である。 FCは売上保証の限りにおいて、これで最低限の生活を営める所得ではない。FCをやる場合の、出店リスクや在庫リスク、人件費リスクを折半するなどしっかり規定を作れば、適当にFC加盟店を増やして地獄に陥ったオーナーを放置する本部をなくすこともできるし、破産するオーナーを防ぐこともできる。 ただ、過剰な規制はマイナスにもなる。前述したレオパレスやかぼちゃの馬車などの問題を受けて、銀行のローン審査が厳格になりすぎて借りたい人がローンを組めないなどの弊害も起きている。 また、FCビジネスを始める際、銀行もローンを安易に組ませるケースが見受けられる。これを厳格にすると銀行の貸し先が減少するリスクがあるが、トータルで規制論を議論すべきだろう。優越的地位の乱用、働き方改革の視点だけでコンビニ24時間営業のピンポイントの規制論を考えるのでなく、代理店、FCビジネス、大企業対中小企業の契約における格差是正にも寄与するような幅広い法規制の議論をすることが重要だろう。人手不足などを背景に、24時間営業の見直しに向けた取り組みが始まっている=2019年3月、東京都足立区のセブン―イレブン本木店(川口良介撮影) すでにコンビニを取り巻く環境は、ほかの流通業同様、安泰ではなくなった。今後は、国の規制の度合いによっては、負け組業種になるリスクをはらんでいる。 FCビジネスという観点と流通業の中のコンビニ経営という観点の二つで将来を考えなければならない難しい業界となってしまった。 かつて私が『コンビニがなくなる日』を執筆した際には、コンビニがコンビニ(便利)でなくなる日の意味合いを書いたのだが、そもそもコンビニは街のホットスポット。行政サービスの窓口として、地域のコミュニティの中核となるだろうと思っていたが、今は本当に、コンビニがなくなっていく日が現実味を帯びる時代になっている。■「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか■くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果■元旦営業はもはや非常識? 三が日のコンビニは無人店舗が常識になる

  • Thumbnail

    記事

    レジ袋の有料化はコンビニにとって一石三鳥の有難い話

    塚崎公義(久留米大学商学部教授) 海に流れ込むプラスチックが国際的に問題とされています。そこで政府は、レジ袋の有料化を義務付ける方針のようです 。これは、素晴らしい取り組みだと思います。 有料にすれば、マイバッグを持参する客が増えて、レジ袋の発行枚数が減り、海に流れ込むプラスチックが減るのみならず、プラスチックの生産量を絞ることが出来て日本の原油輸入量も減らせるかもしれません。 経済学の理屈っぽい話をすれば、コストがかかっている物を無料で配布すると、経済学が最も望ましいと考える量よりも多くのレジ袋が配布されてしまうことになるので、資源配分の最適化が図れなくなる、といった問題もあるでしょう。 プラスチックを作っている業界は反対するでしょうが、それは当然として、筆者が驚いたのは、コンビニ業界がこれまで反対していたということです。2005年には、日本フランチャイズチェーン協会が「コンビニでは来店客に買い物袋の持参を求めるのは困難だ」として反対したらしいのです。これは不思議なことです。 本件は、「環境を守ろう」という視点から論じる人が多いでしょうが、以下では敢えて、「筆者が環境問題には全く関心を持たず、金儲けのことしか考えていないコンビニの社長だったら」という前提で記します。 これまで「我が社だけがレジ袋を有料化すれば、ライバルに客を奪われてしまうだろう。それは避けたいから、有料化はできない」と思っていました。しかし、法律で有料化が義務付けられると、ライバルのコンビニも有料化することになるので、我が社が有料化しても客は逃げて行きません。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) レジ袋を有料化すると、一部の客はマイバックを持参するようになりますから、無料で配布するレジ袋の枚数が減り、我が社のコストが減ります。まずは一石一鳥です。一部の客はレジ袋を購入するようになりますから、我が社の収入が増えます。無料で配布していたものが収入を生むわけですから、素晴らしいことです。これで一石二鳥です。 さらには、「コンビニ業界も環境問題を真剣に考えています」といった顧客へのアピールをすることができ、イメージ戦略としても十分に機能するでしょう。これで一石三鳥です。気づかない当事者も カルテルは、独占禁止法で禁じられています。売り手が結託して値上げをすると、買い手が酷い目に遭うから、ということです。もっとも、場合によっては官製のカルテルが結成されることがあります。 露骨な官製カルテルではなくても、各種規制が事実上官製カルテルとして機能することもあります。新規参入を規制することで既存業者が競争に晒されにくくなるケースなどが典型的でしょう。 それと比べると、本件はわかりやすい官製カルテルですね。レジ袋の値上げ(ゼロから有料)を全社一斉に行わせるわけですから。それに対してコンビニ業界がこれまで反対してきたというのは、理解に苦しみます。 自分だけが行った場合と皆が一斉に行った場合の影響の違いは、想像力を駆使しないと思いつかない場合が多いので、今回もそうだったのかもしれません。そうだとすれば、残念なことです。 合成の誤謬という言葉があります。皆が正しいことをすると皆が酷い目に遭う、ということです。「株価暴落の噂を聞いて皆が売り注文を出すと、本当に株価が暴落して全員が損をする」といった話ですね。 本件は、その逆ですね。各社にとっては、レジ袋の有料化は一社だけが行なう場合にはライバルに客を奪われかねない愚策かもしれませんが、皆で一斉に行えば皆が豊かになれる、というわけですから、「逆合成の誤謬」とでも呼びたい気分です(笑)。 過去の有名な事例は、米国政府の圧力によって日本車が対米輸出台数の自主規制をした1980年代のケースでしょう。通商産業省(現在の経済産業省)が、自動車各社に対米輸出台数を割り当てたのです。 これに対して、自動車産業は反対しました が、米国からの圧力が強かったため、自主規制は結局実施されました。その結果、日本車は米国で品薄となり、値上がりしましたから、自動車各社は大いに利益を稼いだはずです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) したがって、結果を見れば、自動車産業が自主規制に反対したのは誤りだったということになりそうですが、自分だけが輸出数量を自主規制する場合と皆が一斉にする場合の影響の違いは、予想しにくかったのでしょうね。 今ひとつ、日本車がそれほど人気だ、ということに当の自動車メーカーが気づいていなかった可能性もあります。「日本車の輸出が減れば、米国の消費者は米国車を買うだろう」と思っていたのでしょう。まさか「日本車は品薄だから値段が上がっているが、それでも買いたい」という消費者が米国に大勢いるなど、想像できなかったのかもしれませんね。過去の「カルテル効果」 その後、自動車各社が米国での現地生産を増やしたため、官製カルテルの効果が剥落してしまいましたが、それまでの間、自動車各社が恩恵を受けていたことは間違いないと思います。 実は、銀行の自己資本比率規制も、銀行にとってはカルテル効果があったのではないかと筆者は考えています。これは複雑な規制ですが、大胆に一言で言えば「銀行は自己資本の12.5倍までしか融資をしてはならない」という規制です。 バブル崩壊後、銀行は赤字決算によって自己資本を減らしてしまいましたから、貸して良い金額が減ってしまいました。銀行は自己資本比率規制によって貸出の抑制を余儀なくされたのです。 そうした時に従来通りの多数の借入申込があっても、無い袖は振れないわけですから、銀行は顧客を選ぶことになります。その結果として「高い金利を払ってくれる客にだけ貸す」といったことが行われていたようです。 もっとも、コンビニのレジ袋や自動車の輸出自主規制と大きく異なっていた点が二つあり、銀行にとっては決して嬉しかったわけではありませんでした。以下は、元銀行員である筆者の愚痴です。 異なっていた点の第一は、「貸し渋り」という批判を多方面から強く受けたため、銀行員は大変肩身の狭い思いをした、ということです。借り手の中小企業や一般の人々は自己資本比率規制という物を知らないので、「銀行に意地悪された」と思われたのですね。 今ひとつは、銀行の貸し渋りによって景気が悪化し、貸し倒れが増えてしまったことです。銀行の貸出金利が多少上がって儲かったとしても、貸出金が大量に焦げ付いて返済されなくなってしまえば、銀行にとっては差し引き大損ですから。 ちなみに、自己資本比率規制がカルテル効果を持ったのは、ほんの一時期でした。その後は、「自己資本比率規制によって銀行が貸しても良い金額」をはるかに下回る金額の借入申込しか来ないので、カルテルとしてのメリットが全くないのです。 まあ、現役銀行員は自己資本比率規制にカルテル効果があったなどとは思ってもいないでしょうし、当時の銀行員でさえも、それに気づいていた人は少ないのかもしれませんが。つかさき・きみよし 久留米大学商学部教授。1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

  • Thumbnail

    記事

    ローソン社長が語る コンビニ過渡期時代をどう勝ち抜くか

     24時間営業を巡る議論や人手不足の問題など、平成30年を右肩上がりで成長し続けてきたコンビニのビジネスモデルが重大な岐路に立っている。令和時代に入り、コンビニはこれからどう変化していくのか。親会社の三菱商事から転じ、現在1万4500店舗、6000人の加盟店オーナーがいるローソン社長として4年目を迎えた竹増貞信氏(49)に、大手チェーンとして考える新たなコンビニ戦略を訊いた(聞き手/河野圭祐・ジャーナリスト)。──今期、ローソンは出店数から退店数を引いた純増がゼロの見込みです。現在の過渡期をどう勝ち抜く?竹増:グループに「成城石井」もありますし、健康志向の品揃えの「ナチュラルローソン」や、低価格ゾーンに振った「ローソンストア100」もある。そういうチャレンジを実行に移すスピード感や行動力は、加盟店オーナーにも我々にもあります。時には失敗もありますが、このチャレンジ精神こそ、ローソンのDNAでしょう。──昨年10月には、ローソン銀行を開業しました。竹増:キャッシュレス時代だからこそ、ベースとなる銀行口座を自前で持つことが活きてくるという考えです。 ローソン銀行では、キャッシュレス支払いの手数料負担などに関する新しいサービスを検討中です。まだお話しできる段階ではありませんが、今年中には発表したいと考えています。──他チェーンだけでなく、ドラッグストアなどライバルは増えているが、どう差別化していく?ローソン社長の竹増貞信氏竹増:惣菜やお弁当、おにぎりなど我々が自信を持つ商品群は、それなりの店舗網や物流網、専用工場などがないと提供できませんので、ドラッグストアとは差別化できると考えています。 コンビニの武器は、やはり生活の一番近くにあり、世の中の変化に機動的に対応しやすいということ。コンビニ業界の飽和状態を指摘する方もいますが、女性の社会進出が進み、ご高齢の方が増え、若年層の消費観やライフスタイルも大きく変わってきています。 その中で「生活に一番身近な場所にある」というコンビニ最大の強みを、まだ生かしきれているとは思えない。これからの課題は老若男女様々なニーズをどうやって取り込み、お客様により便利に、より効率的に、今の暮らし方に合ったコンビニの使い方をしていただくかでしょう。 我々の魅力をもっと磨き、激変する世の中にいかに対応するか。ここにチャレンジすることが、コンビニのビジネスモデルをまた大きく変えていくと考えます。【PROFILE】たけます・さだのぶ/1969年大阪府生まれ。1993年大阪大学経済学部卒業後、三菱商事に入社し畜産部に配属。その後グループ企業の米国豚肉処理・加工製造会社勤務、三菱商事社長業務秘書などを経て、2014年ローソン副社長に。2016年6月から現職。●聞き手/河野圭祐(かわの・けいすけ)/1963年、静岡県生まれ。ジャーナリスト。経済誌編集長を経て、2018年4月よりフリーとして活動。流通、食品、ホテル、不動産など幅広く取材。関連記事■ローソン・竹増貞信社長が語る「コンビニ24時間営業問題」■サッポロビール社長語る、大勝ち狙わず若者に支持される経営■コンビニ多様化の時代 ローソンは町ごとに違う店舗目指す■似鳥昭雄会長 「経済予測の達人」が見る令和日本経済の近未来■ニトリが不況を経るにつれ成長した理由、似鳥昭雄会長に聞く

  • Thumbnail

    記事

    フードロス減らない背景に日本の食品業界「3分の1ルール」

     3m四方の鉄製容器に、パン、おにぎり、野菜、果物とあらゆる食材がなだれ込んでいく。グィーンという機械音が鳴り響き、奥底へとのみ込まれ、粉砕される食材の数々。小さく砕かれたそれらは金属探知機を通過し、作業員の手作業でビニールや貝殻などの異物を除去。鋭利な機械でより微細に破砕され、最後はドロドロに液状化する──。 神奈川県相模原市にある日本フードエコロジーセンター。ここには、毎日35tもの食品廃棄物が運ばれてくる。東京と神奈川の大手食品工場、スーパー、百貨店などから出る売れ残りの廃棄食品が主である。 同センター代表取締役の高橋巧一氏が言う。 「コンビニのおにぎりや弁当が多く、廃棄物は米が大きなウエイトを占めます。傷ついたじゃがいもや形の悪いトマトなどの野菜も、店頭に並ぶ前に廃棄されてこちらに届けられます」 液状化した廃棄物は、殺菌処理と乳酸発酵を施して、豚用の飼料になるという。 「日本で発生する食品廃棄物の8割はリサイクルされることなく、自治体の焼却炉で燃やされる。そこに投与される税金は年間2兆円。ほとんどの国民は、まだ食べられる食品が税金で処理されていることを知りません」(高橋氏) これが日本の食料廃棄をめぐる現実である。農水省の発表(2017年)によれば、日本国内で「まだ食べられる」にもかかわらず捨てられている食品は、年間およそ621万t。 1300万人の東京都民が1年間に食べる量に匹敵し、日本人1人当たりに換算すると毎日茶碗1杯分の食品を捨てている計算になる。世界規模で見ても、発展途上国に援助される食料(年間320万t)の2倍近い数字である。まだ食べられるのに廃棄される食品は年間621万t 廃棄された621万tのうち、メーカー、スーパー、レストランといった食品関連事業者から出るものが339万t。残りの282万tは各家庭から出ている。 こうした食料廃棄は「フードロス(食品ロス)」と呼ばれ、世界的な問題となっている。日本でも関心が高まっており、2月2日には都内でフードロス対策を考える国際セミナーが開かれたばかり。日本の業界の「悪循環」 『賞味期限のウソ 食品ロスはなぜ生まれるのか』(幻冬舎新書)の著者で、この問題に詳しい井出留美さんが語る。 「フードロスが発生する要因の1つは、日本の食品業界の商習慣である『3分の1ルール』にあります。賞味期限を均等に3分割して、最初の3分の1を納品期限、次の3分の1を消費者への販売期限とするルールです。 例えば賞味期限6か月のお菓子の場合、メーカーは製造から2か月以内に小売に納品しなければならず、小売は次の2か月で販売しなければならない。それを過ぎると商品は棚から撤去され、返品・廃棄対象になる」 日本は、賞味期限が3分の1残っている商品を平然と捨てているのだ。諸外国の納品期限を見ると、アメリカは賞味期限の2分の1、イギリスは4分の3に設定されており、日本の設定は過度に短いことがわかる。「納品期限が長くなるほどメーカーに余裕が生まれて、過剰な生産を抑えられます。日本でも、企業35社がお菓子や飲料の納品期限を実験的に賞味期限の2分の1に延長したところ、87億円分のフードロスが減少できる計算となりました。しかし、3分の1ルールの緩和は充分ではありません」(井出さん) もう1つの大きな要因が、小売からメーカーへの「欠品ペナルティー」である。 「商品を予定数納品できなかったメーカーに対し、小売が要求する“賠償金”のことです。100個を納品予定だったのに納められなかったというケースが発生した場合、小売は“100個売れるはずの利益を失った”として、メーカーに補償金を求めたり、取引停止にしたりします。メーカーはこうした欠品ペナルティーを避けるため、過剰に製造し、在庫としている現実があります」(井出さん) “もったいない精神”が世界で賞賛される裏で、真逆の実態を持つ日本の食品流通界。今、この悪循環に立ち向かう企業や団体が次々と現れている。関連記事■JT加熱式たばこ 無臭にこだわり続けた開発苦労は報われるか■傍聴が面白い裁判の選び方 新件で小さい事件で理想は1時間■裁判傍聴のハウツー指南 傍聴席のどこに座るかも重要■食品ロスの背景に歳時記と欠品より余る方がマシとの考え方■「コンビーフは賞味期限を過ぎてからが美味い」説もある

  • Thumbnail

    記事

    タバコ休憩が必ずしも「喫煙者の特権」とは言えない理由

    山岸純(弁護士) 「タバコ休憩は不公平だ」と話題になることが増えてきたように感じます。しかし、そもそもつい十数年前までのように、自分のデスクでタバコが吸えるなら、誰も何の文句も言わないのではないでしょうか。 私が司法修習生だった15年ほど前、配属先の法律事務所では、割り当てられたデスクでタバコが吸えましたし(その法律事務所のボスが愛煙家でした)、たまにテレビで見る「あの頃」の画像なんかでも、皆さんデスクでモクモクとタバコを吸っています。  この後、「禁煙ブーム」と「分煙ブーム」が巻き起こり、いつの間にか、タバコ=悪のような図式までもが出来上がっていました。 まぁ、日本でタバコの製造を独占する企業自ら、「分煙」を大々的にアピールし始めたのですから致し方ありません。 いずれにせよ、かつては「タバコを吸いながら仕事ができた」以上、「タバコ休憩」という言葉も出てこなかったわけです。 これに対し、現在は「タバコを吸うためには執務スペースを離れなければならない」ことが原因となり、「タバコ休憩」という言葉が出てきました。 さて、労働基準法という法律は、第34条第1項において「労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と規定しています。 要するに、ほとんどの企業で採用している「1日8時間」の勤務時間制であれば、1時間は休憩時間をとることができるので、この時間の中で時間を工面してタバコを吸いにいくなら誰も何の文句も言わないことでしょう。 もっとも、かつてタバコを吸っていた私もそうでしたが、実際は昼休憩の1時間以外にも、「仕事が一段落した際」、「仕事が詰まって考え事をする際」、「ちょっと雑談をする際」、「上司に怒られてふてくされた際」など、さまざまなタイミングに「タバコ休憩」をとっています。 とすると、昼休憩の1時間にこれらの「タバコ休憩」を合わせれば、喫煙する社員にだけ法律によって与えられた1時間という休憩時間をはるかに超えた休憩が与えられていることになってしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) こうなると、当然のことながら、本来、その喫煙する社員に割り振られている業務が滞ってしまいます。 さらに、会社というものは、複数の社員と会社の財産(原材料、製造プラント、商品、営業情報など)が有機的に結合されて利益を生み出す社会的存在ですので、喫煙者1人の業務が滞ってしまうと、会社全体の稼働力もおのずと低下してしまうわけです。 したがって、会社全体の業務効率・稼働力の維持という観点からは、「タバコ休憩」を「悪」と決め付け、禁止することも許容されると考えることもできます。 とはいえ、一律に「タバコ休憩」を禁止してしまう、というのもやや問題が残ります。 例えば、勤務中のスマホ閲覧や、勤務中の私用メールも、業務中に業務外の私的な行動をするという意味では「休憩」みたいなものですが、このような行為を禁止していることを理由に、会社は社員を懲戒処分にできるでしょうか。タバコ休憩批判の本質 かつて、勤務時間中に私用メールを送信していたことなどを理由に懲戒解雇をした会社を相手として、その社員が懲戒解雇の有効性を争った裁判がありました(いわゆるグレイワールドワイド事件。東京地方裁判所平成15年9月22日判決)。 この裁判では「勤務時間中の社員」の義務の内容、程度について議論されたのですが、判決は、まず「労働者は、労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っている」として、社員には「職務専念義務」が課せられていることを明示しました。 その上で、「職務専念義務」の程度について、下記のように判断しました。労働者といえども、個人として社会生活を送っている以上、就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく、就業規則等に特段の定めがない限り、職務遂行の支障とならず、使用者(雇用主)に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても職務専念義務に違反するものではないと考えられる(要旨) 要するに、勤務時間中であるからといって、1分、1秒たりとも「業務外」の私的な行動をとってはいけないというわけではなく、業務に支障をきたすものではない限り、常識的に考えて許される程度であれば私用メールも許されると判断したわけです(なお、この裁判例によれば、就業規則等に定めることで「私用メールを全面禁止すること」も可能となるようですが)。 このように、法律は不可能までを要求するものではないので、上記の裁判例の趣旨を敷衍(ふえん)すれば、法定の休憩時間以外の「タバコ休憩」を一切とってはいけないというわけではなく、「職務遂行の支障とならず、使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度」であれば、「タバコ休憩」をとることも許される、ということになるでしょう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 実際、タバコを吸わない人も、始業時間から終業時間までの間、昼休憩を除き、1分、1秒たりとも「業務外」の行動をとっていないわけではなく、人によっては息抜きにYAHOO!ニュースも見るでしょうし、コーヒーブレークだってするわけです。 これらと並行して非難覚悟で考えれば、「タバコ休憩」だけを目の敵にして批判するのは、実は「タバコ休憩をとること」への批判ではなく、「タバコ」自体への批判ではないでしょうか。 ところで先述の通り、裁判例は就業規則等に定めることで「私用メールを全面禁止すること」も可能であると判示しているので、就業規則等をもって「タバコ休憩」を全面的に禁止することも可能ということになるでしょう。 とすると、「業務に支障をきたすものではなく常識的に考えて許される程度の『タバコ休憩』」を許容するのか、それとも全面的に禁止するのかは、法律うんぬんというよりも、会社次第ということになりそうですね。経営陣が喫煙しているかどうかにもよりそうです。■肺がん患者の自問自答「喫煙者との対立はなくせないのか」■喫煙者の皆さん、残念ながら「タバコを吸う権利」はありません■「喫煙者は不道徳な人間」極論ヘイトはなぜ先鋭化するのか

  • Thumbnail

    記事

    「24時間はもう限界」ブラック就労、店主の叫びはセブンに届くか

    木下徹郎(弁護士) 2月からフランチャイズ契約に反して24時間営業を止めたコンビニ最大手、セブン-イレブン・ジャパンフランチャイズ加盟者の松本実敏(みとし)さんは、19時間営業となった今も1日13時間、大阪府東大阪市内の店舗で働いている。24時間営業をしていたときは1日16時間も就労していたという。 筆者は中央労働委員会で、コンビニフランチャイズ加盟者を組織した労働組合が、労働組合法の適用を受けるかが争われている事件の組合側代理人として、複数の加盟者の就労実態に触れてきた。その経験から、松本さんが店舗運営上置かれている状況は、彼特有のものではなく、決して珍しくないものであると言える。またセブン-イレブンのみの問題でもなく、他のコンビニフランチャイズの加盟者に共通する問題である。 なぜ松本さんのような就労実態が加盟者の間で多くみられるのか。全国の松本さんたちのような店舗の「運営の仕方」に問題があるせいなのか。確かに複数店舗を運営し、発注、接客、商品の検品、陳列、清掃等店舗実務はスタッフに任せ、自身はこれらに直接は携わらないという加盟者もいる。しかしその数は加盟者全体で見れば少ない。店舗運営の巧拙だけでは片付けられないフランチャイズシステムの構造的な問題に大きな原因があると考える。 コンビニフランチャイズでは、フランチャイザーがコンビニシステムを提供し、加盟者は店舗の粗利益の一定割合をその対価(ロイヤルティー)として支払う。その割合は、フランチャイズの契約タイプによって異なるが、店舗の土地建物や什器(じゅうき)を所有しない加盟者だと、相当高いものである。 他方で、加盟者はロイヤルティーを支払った残りから、人件費をはじめとする店舗運営にかかる営業費用を捻出し、残ったものが自身の収入となる。多くの場合、この収入は加盟者とその家族の生活を支える糧となる。セブンーイレブンのスタッフ(佐久間修志撮影) 営業費用がかさみ、その結果収入が足りない状況に陥った場合、加盟者はその生活を支えることができない。他方、自身やその配偶者が店舗実務にあたることで人件費が抑えられ、結果自身の収入につなげることができる。多くの加盟者が松本さんのように相当長時間店舗で就労をするのは、自身の収入、そして多くの場合生活の糧を確保するためであると考えられる。 加盟者の収入を決める要素は複数ある。店舗の売り上げ、人件費をはじめとする営業費用、商品の廃棄量、ロイヤルティーの割合などである。店舗によって売り上げや営業費用はそれぞれ異なるが、多くの加盟者が松本さんのように店舗運営のために長時間就労していることからすると、そのフランチャイズシステム上の大きな構造的要因は、加盟者間に共通する要素であるロイヤルティーの割合に求められる。24時間営業の悪循環 そして今、一つの構造的な原因が、話題になっている24時間営業である。24時間営業するためには深夜も開店していなければならないが、その分スタッフの深夜割増賃金をはじめとする固定費が加盟者に重くのしかかる。他方深夜帯の日中に比べた売り上げは限定的である。 加盟者にとっては収入につながりにくい一方、専ら自分で負担しなければならない営業費用がかさみ、収入を浸食する。収入と生活の糧を確保するために、深夜帯にシフトに入り、就労する加盟者は多い。いわゆる「ワンオペ」で接客、清掃、商品の検品・陳列を行う加盟者もいる。 これに加えて、近時は人手不足により加盟者がスタッフを確保できず、この穴を埋めるために就労しなければならないようになっているという指摘もある。人手不足の原因も複数あるが、上記の構造的問題と無関係ではない。フランチャイズ契約上、人件費を一手に負担することとなっており、その多寡が自らの収入、そして多くの場合生活の糧に響いてくるような加盟者は、最低賃金またはそれに近い水準でしかスタッフを雇用することができない場合が多い。加えて、社会保険が完備されていない店舗もある。これでは人は集まりにくい。そしてこれが加盟者の就労時間の伸長に拍車をかける。 24時間いつでも開いており、欲しいものが欲しいときに手軽に手に入るコンビニの利便性は疑いようもなく、また地域の安全への貢献も指摘されるところである。しかし、このようないわゆる「社会インフラ」としての価値の代償を、加盟者が不相応に払わされているというべきケースが残念ながら、無視することのできない数の店舗で存在する。これを放置したままではいけない。政府が働き方改革を進め、長時間労働を是正することが政策として掲げられている今日ではなおさらである。 松本さんの問題が広く知られるようになったのと時を同じくして、セブン-イレブンは、直営店舗と加盟店舗とで、時短営業を試行することを発表した。これが全国の松本さんと同じような加盟者の問題を解決する糸口になることを願う。しかしながら、同社は24時間営業の方針を変更したものではないという。セブンーイレブンの店舗(竹村明 撮影) また、長時間就労をもたらす構造的な問題は24時間営業にのみ存在するものではなく、先に述べたようにロイヤルティーの構造やそれがフランチャイザーにより一方的に決められるところにもある。これを機に、24時間営業の是非のみならず、その他の問題になり得る点を洗い出し、コンビニフランチャイズシステム全体の検討がされるべきである。 そしてその検討を充実させ、真に問題に対処できる答えを導くためには、フランチャイザー主導によるトップダウンの検討ではなく、全国に2万以上あるという店舗の加盟者、スタッフ、利用者など各関係者による対話が必要不可欠であろう。セブン-イレブンは松本さんと今後もしっかり話し合うことを表明しているが、より広く対象を広げ、しっかりと話し合う姿勢を取ることを切に期待したい。

  • Thumbnail

    記事

    くら寿司にセブン、バイトテロ「見せしめの法的措置」はむしろ逆効果

    黒葛原歩(弁護士) 「沈黙は金、雄弁は銀」ということわざがある。 雄弁に語ることも大事だが、語るべき時と語らざるべき時との区別をわきまえ、沈黙を守るべき時には沈黙するということは、それにも増して大切である、という意味である。会員制交流サイト(SNS)を利用する時には、ぜひとも心しておくべき言葉だと思う。 SNSの投稿には反応があるので、つい反応する人のことばかりが気になってしまいがちだ。しかし、SNSの投稿はしばしば拡散し、投稿者が予想もしなかったような影響をもたらすこともある。ちょっとでも「これは言わない方がいいかな」と思ったら、何も書かずに黙っておくのがよい。筆者としても、常に心にとどめている教訓の一つである。 さて、「不適切動画」が昨今話題となっている。 次々に事例が出てきており、逐一紹介することはできないが、その内容はおおむね、「アルバイトが仕事中に撮影した動画をSNSに投稿し、その動画の内容が、本来の職務内容からして著しく不適切であった」というものである。 もとより、使用者(雇用主)はアルバイトに対して、プライベートの動画を撮影させるために給料を払っているのではない。仕事中というのは、基本的にはプライベートの発信を差し控えるべき時間帯である。法的見地から見ても、こうした行動は労働契約上の義務に違反し、戒告などの懲戒処分に値するものだと言えるだろう。 ところが、最近では不適切動画投稿の事案において、企業側が懲戒処分というレベルを超え、当該労働者に対して損害賠償まで請求するケースが出てきているという。ここまで来ると「おいおい、ちょっと待ってくれよ」と言いたくなってくる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) そもそも、こういう場合、使用者から労働者に対する損害賠償請求というのは認められるものなのか。 もともと判例上、使用者の労働者に対する損害賠償請求というのは、かなり厳しく制限されている。使用者は労働者を指揮命令することができ、しかも労働者の労働によって利益を得る立場にあるから、労働という活動に伴うミスから生じる危険も負担するべきだという「報償責任」という考え方が、その背景にある。賠償請求の現実 最高裁の判例(最高裁 昭和51年7月8日・茨城石炭商事事件判決)は、「使用者が、その事業の執行につきなされた被用者の加害行為により、直接損害を被りまたは使用者としての損害賠償責任を負担したことに基づき損害を被った場合には、使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防もしくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償または求償の請求をすることができる」としている。 この判例の事案では、使用者は労働者に対して、労働者の過失による車の物損事故によって生じた損害の賠償請求をしていたが、裁判所はこれを損害額の4分の1の範囲でしか認めなかった。 従業員による加害行為が故意によるものである場合には、こうした減額がなされないケースもあるが、最高裁判例の文面上は、加害行為が故意によるか、過失によるかという点は、あくまで「加害行為の態様」の一つとして考慮されているにすぎない。 いわゆる不適切動画の投稿についても、こういった減額がなされる余地はある。アルバイトであって賃金水準が低いことや、正社員である監督者の不在などは、減額要素として考慮される可能性があるだろう。 また、企業側が不適切動画の投稿に伴い発生した会社の売り上げ減少とか、信用回復のために要した費用について賠償請求できるのかというのも、実はかなり微妙な問題である。筆者としては、動画投稿者がこういう損害の賠償義務を負うことは、普通は考えられず、仮にあるとしても、かなりまれなことであろうと考えている。 売り上げ減少とか、信用回復のための費用というのは、不適切動画の拡散により、食品の衛生管理に関する消費者からの信頼を落としたことによる損害と位置付けられる。一言で言えば「信用毀損(きそん)」による損害である。この点については参考になるのは、イオン対文藝春秋事件の高裁判決である(東京高裁 平成29年11月22日判決)。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) これは、『週刊文春』がイオンによる弁当やおにぎりの原料米の産地偽装問題を取り上げるにあたり、雑誌の広告の中で「中国猛毒米」という表現を使用したことが信用毀損に当たるとして起こった裁判だ。イオンから株式会社文藝春秋に対し、売り上げ減少分の補塡(ほてん)や、信用回復のために行った広告の費用など、約1億6000万円の損害賠償請求がなされた。あの週刊文春でさえ… 第一審の東京地裁は、文藝春秋側に約2500万円の賠償義務があると認めた。これに対して第二審の東京高裁は、この広告の「猛毒」という部分が事実に反する信用毀損表現であることを認めたものの、損害の算定においては、わずか110万円の損害賠償しか認めなかった。 この理由は、売り上げの減少や信用回復のための広告費用は、上記の違法な表現行為によってもたらされた損害とはいえない、と判断されたためである。売り上げの減少については、そもそも弁当やおにぎりの販売数量は、天候や休日日数といった要因によっても左右されるなどとして、表現行為によってもたらされた損害とは認められなかった。また、イオンが行った信用回復のための意見広告の費用についても、違法行為によって通常生じる損害とは認められなかった。 この判決は、『週刊文春』という、世間で広く名の知られた雑誌について、それも電車の中づり広告などで多くの人が目にするものについて、その表現行為の違法性が「ある」とされた上での判断である。そのような事件ですら、この程度の賠償額しか認められていない。 まして、本来的には限られた範囲にしか閲覧者がいない、インスタグラムのようなSNSの投稿動画について 、被害に遭った企業の売り上げの減少や、信用回復のための広告費のようなものまで、動画投稿行為と因果関係のある損害と認定されるものだろうか。筆者としては、裁判所において、普通はそういう判断はなされないのではないかと考えている。 今般、不適切動画の話題が広く論じられるようになったきっかけは、アルバイトに対する賠償請求などを実際に行う旨を宣言する企業が実際に出てきているという、従前にはなかった現象がみられたのも一因だろう。 しかし、そもそもこういう賠償請求は、実際に賠償請求を行う企業を利するものなのだろうか。インスタグラムのアプリ(ゲッティイメージズ) 前述したように、不適切動画の投稿に伴う損害賠償請求というのは、法的には決して簡単なものではない。また、この場合に訴えられるのは、めぼしい資産を持たない若年のアルバイトであろうから、仮に裁判で企業側が勝ったとしても、現実の回収は困難である。もちろん、そのアルバイトの親族に、賠償を肩代わりする義務があるわけでもない。 そうすると、この種の訴訟は、費用対効果の見込めない、いわば「見せしめ」のための訴訟とならざるを得ない。賠償請求のデメリット 他方、この種の事件で賠償請求に打って出ることによるデメリットは、決して軽視できないものがある。こういう裁判は誰から見ても「見せしめ」と映るから、現場の労働者、そして求職者を萎縮させる。アルバイトはお金が欲しくて働きにくるのに、逆に会社から訴えられて巨額の賠償請求をされるかもしれないというのでは、面接に向かう足も遠のくというものだろう。 現在、「飲食物調理」や「接客・給仕」といった仕事の有効求人倍率は3倍を超えており、立派な人手不足産業である。こうした中にあって、あえて求職者の足を遠のかせるようなことをするのは、どちらかといえば「悪目立ち」の類いの行動である。 なるほど、確かに不適切動画の投稿はよくないことである。しかし、だからといって、投稿者を法廷に引きずり出して懲らしめるという方法を採ることは、その企業自身を利するものではないように思われる。 筆者自身は、実際のところ、昨今発覚したような事態は、飲食業の現場では他にも多々起きていることなのではないかと思っている。日本で働いているアルバイトの数は1000万人規模なのだから、その中におかしな行動に出る者が一定数いることは、別に不思議なことではない。 こうした中で、イレギュラーの事態に際して、感情任せでない、理に即した対応を行うことこそが肝要である。「あえて法には訴えない」という判断は、決して企業の価値を下げるものではない。むしろ企業価値を高めることである。事実をきちんと確認し、法的な見通しをつけ、企業の損得を冷静に見極める視座こそが求められる。 そうして熟慮した結果が、「事を荒立てない」というところに至ったならば、静かにそれを実践すればよい。冷厳に懲戒処分を実行し、必要な範囲で社会に向けて謝罪し、他の従業員に対しては規律の引き締めを通達する、それで十分ではないだろうか。そして、実際に日本の経営者の多くは、そのように実践してきたのではないだろうか。 もとより若者というのは、人生経験の不足ゆえに、時として「若気の至り」からの失敗もするものである。そのような若者の失敗をいつまでもあげつらい、法廷で多額の賠償金を支払えといきり立てるのが、見識ある経営者の姿であるとは思えない。 近時、不適切動画をめぐっていくつかの企業の名前がクローズアップされたが、むしろ、そこに名前の出てこない企業の対応にこそ、学ぶべきところが多いように思われるのである。くら寿司は「不適切動画」に断固たる姿勢を示した なるほど、このような事態に直面すれば、経営者の方は悔しいと思われるかもしれない。なればこそ、まさしく「沈黙は金なり」と申し上げたい。冷静な判断の結果は決して「泣き寝入り」ではない。 すぐには目に見えず、形にならないかもしれないが、実際には沈黙こそが、法廷において雄弁を振るうよりも、多くのものを会社にもたらしてくれるはずである。■なぜインスタグラムに狂う女子が爆発的に増えたのか■「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている■貧しき人たちの憂さ晴らし「不謹慎狩り」はなぜ起きる?

  • Thumbnail

    記事

    「若気の至り」バイトテロを司法が裁くのは当然の報いである

    を行う以上、故意に悪行に及ぶ問題行為であれ、意図せず善意でうっかり問題視される事態に至るものであれ、企業経営を継続している以上は、どれだけ未然の防止策を講じても不祥事リスクはゼロにはならない。 そこで、未然の対策と併せて講じる不祥事対策として、問題が起こった後に①ダメージの最小化②早期の回復(信頼・損失・売上など)③再発防止策、という災害時の事業継続計画(BCP)にも通じる、「事後の危機管理3原則」が重要となる。 この度、某社の不適切投稿の問題で、抑止力としての刑事・民事の法的措置について、告訴や訴訟はやりすぎだという声も少なくない。だが、企業の危機管理3原則においては、③の再発防止策に位置づけられるものとして何ら不思議はない。 筆者は多様な意見や個性を否定するわけではない。本稿は、事前と事後の不祥事対策の観点から、企業経営として法的・社会的に必要とされる重要な点を説明することが狙いだ。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) まず、正社員ではない非正規社員(アルバイト・パートなど)の若者の「若気の至り」であるかのように扱われがちな不適切投稿は当然、司法判断に委ねられるべきものである。 勤労学生控除の制度があてはまる学費を稼ぐ学生でも、また部活やサークルの合間に軽いノリで小遣い稼ぎをする学生などであっても、労働の対価を得る仕事は、正規であれ非正規であれ、企業の法に基づく経済活動だからだ。 仮に若気の至りや「若者は間違いを犯しやすいもの」という議論があった場合、そこに年齢差別や多様性尊重の大前提であるコンプライアンス(法令遵守+社会通念)の欠落がないか、「ダイバーシティ(多様性)&インクルージョン(包摂)」の観点でも留意が必要である。欠かせない司法判断 また、若気の至りや学生の事情の勘案、情状酌量、違法性の有無を確定的に識別し断定できるのは、企業の法務部でもなければ市井の一弁護士による意見や評価でもなく、事実に基づく独立客観的な裁判官による司法判断以外にない。 企業の実務面で見れば、信頼性低下リスクが現実化して生じた株価下落や売上減少などについて、株主など利害関係者への説明責任を果たし、損害保険の請求手続きなども確実に処理する上でも、不祥事対策には司法判断が欠かせない。 学校教育における学生への指導的機能に着目し、学生など若者に対して起こす告訴や訴訟はいかがなものかという議論もあるが、その議論や意見などは多様性の観点から当然、さまざまな考えがあってよい。 しかし、警察の協賛企業でもないのなら、会社は犯罪者更生施設でもなく、ましてや学校教育施設でもなく、純然たる経済活動の場である。あえて言えば、司法判断が常につきまとう社会教育の場にはなり得るとは言えよう。 中には、いわゆる「日本的な家族経営」を美化した議論もあろうが、日本においても人員解雇によるリストラや経営陣による現場の軽視などから、既に少なからぬ企業現場の実態として、「日本的な家族経営」は崩壊しているように思われる。 むしろ、「日本的な家族経営」という文言が悪用され、サービス残業という名の違法労働の横行を誘引している。また、不正発見時などに「家族」という名の会社、「親」である経営陣のため、異を唱えず違法状態を黙認させる危険な企業実態すら少なからず見受けられる。 こうした中で、コンプライアンス研修は正規・非正規を問わず全役職員に提供されるべきであるが、これは学校教育としての研修ではない。経済活動で善悪の判断基準を備え、「そもそも」不正を起こしにくくする予防的な不祥事対策としての研修である。 筆者が日本で初めて提唱し各社に指導を行ってきた「ソーシャルメディア・コンプライアンス」では、まず未然に企業が不適切投稿で「そもそも」問題が起きにくいよう講じておくべき点は、主に以下の5つの点である。 まず、一つ目はソーシャルメディアポリシーやガイドラインの策定と不正防止研修の実施だ。内部統制の日本版「COSO」(米国トレッドウェイ委員会組織委員会)モデルで言えば「統制環境」にあたるが、不正を許さぬ風土づくりとして、善悪の判断基準づくりと周知徹底が出発点だ。 経営陣や上司が気まぐれで善悪の基準を変えて、非正規社員にパワハラなどを行っていたなら、それ自体が企業の不祥事だが、お互いに判断基準や何をどうすれば良いかが明確な状態で、公平で安心な業務体制づくりが不祥事対策に必須である。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 二つ目は、採用・入社時の誓約書への署名と不適切投稿などによる損害賠償責任を正式書面で通知することだ。三つ目は、不適切投稿を行った者の末路や仲間以外のネットユーザによる個人情報の晒(さら)しなど、事例考察を交えた指導を実施することである。 さらに、ある不適切投稿では「クビ」になること覚悟で意図的な問題行為があったようだが、四つ目として単に「クビ」かどうかではなく刑事事件・民事訴訟となり得ることを明確化しておくこと、五つ目は懲戒処分を隠して履歴書を提出すれば、経歴詐称であることを認識させておくことだ。 一方で、ソーシャルメディア・コンプライアンスにおける、不適切投稿が起こってしまった際の事後対応としては、主に以下の3つの点が重要となる。いずれも、防災対策などで普及が進んできたBCPに通じる点でもある。重要な導き型指導 まず、不適切投稿を把握した段階で、①ダメージを最小限にするため、社内法務部門や広報部門、顧問弁護士と連携し、企業は加害者側として事実確認と危機管理広報での顧客・関係各位への謝罪、会社としての対応などを早期に発信する。 ②(売上・信頼などの)ダメージの早期回復策として、器物損壊や衛生状態の悪化などに対し、どのような回復措置を講じるかといった初期の情報発信の他、継続的にイメージ回復の広報対応を行う。 ③再発防止策として、どのような不適切行為をどう予防する対応を講じるかについての初期の情報発信とともに、「そもそも」問題が起きにくい措置を採用、入社時点から平素の運営・管理監督に至るまで、継続的に講じる。 顧客や利害関係者などへの広報実務面としては、炎上状態の際は危機管理広報として早期是正の活動の周知に努めることが重要になる。また、炎上沈静化の後は、企業イメージ回復と向上のために、広告・宣伝・PR活動へと移行する組織的対応が必要となる。 ただ、ソーシャルメディア・コンプライアンスは、現場の正規・非正規の役職員を委縮させる目的で行うものではない。また、SNSなどにおける言論や表現の自由を損ねたり、逆にヘイトスピーチ的な問題を放置したりするものでもない。 日本企業が設けるソーシャルメディアポリシーやガイドラインは、とかく禁止事項列挙型で現場を委縮させがちだが、SNSを用いるならどのようにしてお互いに楽しく幸せになる活用の仕方をするかという、導き型の指導が重要である。 また、労働基準法などを無視して、安直に役職員に過剰な罰金を科すことなどは、不適切投稿による不祥事の抑止のつもりでも、その過剰な罰金を科すこと自体が、労働法上の違法行為となり不祥事そのものとなり得ることにも、気をつけなければならない。 さらに、不祥事対策に司法判断が欠かせないが、裁判権の濫用(濫訴)による役職員の人権侵害や恫喝的な法的対応は、仮に不祥事を減らす効果があったとしても、違法性も社会通念上も問題がある不適切な対応となり得るため避けるべきである。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 会社側にも非正規社員側にも、相互に権利の濫用や不適切行為がない状態かどうか、また、入管法改正に伴う職場の多国籍化・多様化に備え、「ダイバーシティ&インクルージョン」による対応が十分浸透しているかといった点も、この機に検証すべきだろう。 以上、筆者の日本企業各社への不祥事対策指導や、元国連の専門官としての経験をベースに不適切投稿についての私見をまとめてみた。 本稿に対する異論反論は歓迎である。だが、事実と評価の混同による曲解コメントや誹謗中傷など違法性阻却事由を満たさない投稿などは、スラップ訴訟(批判的言論への威嚇目的訴訟)に直面した筆者としては、やむなく法的措置を講じざるを得ないこともあるので、ご留意いただきたい。■「歪んだネット社会の正義」不謹慎狩りをなくす3つの処方箋■かまってちゃんをこじらせた「低能先生」のキケンな化学反応■「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている

  • Thumbnail

    テーマ

    バイトテロを「ただの馬鹿」と思うなかれ

    バイトテロ。最近、こんな言葉が巷をにぎわす。コンビニや飲食店のアルバイト店員らが勤務中に悪ふざけした不適切動画が相次いで投稿され、炎上が続いたためだ。「ただのバカ」「若気の至り」…。さまざまな声も聞こえてくるが、何が問題なのか。この現象の意味を考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    バイトテロ「みんなやってる」古市憲寿の炎上発言にモノ申す

    日沖健(経営コンサルタント) くら寿司やセブン-イレブンなど飲食店・小売店でのアルバイト店員による不適切動画の投稿が問題になっている。 この件について社会学者の古市憲寿氏が2月7日のフジテレビ系『とくダネ!』で、「もともとみんながやってたことを、表に出してしまったから。くら寿司もたぶん昔から、もしかしたらああいうことって従業員同士でお遊びで行われていて、それがたまたま動画になって、ネットに拡散したから、みんなが知ることになっただけだと思う」と発言し、ネットで炎上した。 炎上の一部始終を確認したわけではないが、古市氏の発言そのものは、大いに問題だ。古市氏から「みんながやっていた」と指摘された飲食店や小売店は、どう反論できようか。過去の全店舗と全店員を調査して「うちはやっていない」と否定することは、物理的に不可能だ。古市氏の指摘には、反証可能性がないのである。 哲学者、カール・ポパーの反証主義によると、反証可能性がない仮説、つまりどのような手段によっても間違っていることを示す方法がない仮説は、科学ではない。本業は学者の古市氏が、いくらワイドショーとはいえ、科学哲学の基本中の基本を忘れて奔放に発言しているのは、ちょっと驚きだ。 人が何を考えようと勝手だから、反証可能性のない仮説を思い付くこと自体は何ら問題ない。しかし、まじめに働いている多くの飲食店・小売店やその社員に対し、社会的に影響力のある古市氏がメディアを使って反証可能性がない批判を一方的に浴びせるのは、もはや「言論の暴力」である。古市氏には猛省を促したい。 ただ、そうは言っても古市氏の指摘それ自体は正しいという見方が多い。古市氏が指摘するように、悪ふざけで不適切行為をしている場合はあるだろう。あるいは、嫌になったバイト先を辞める際に腹いせでやったというケースも考えられる。社会学者の古市憲寿氏(伴龍二撮影) しかし、会員制交流サイト(SNS)やユーチューブなど動画サイトは以前から存在したから、この1~2年で不適切動画が急増している状況について、「たまたま動画になって拡散した」という推測は、説得力に欠ける。ケース・バイ・ケースなのだろうが、昔から皆がやっていることを「たまたま」動画化したのではなく、多くの場合、積極的に「ぜひたくさんの人に見てほしい!」と思い立って不適切行為を働いたのではないだろうか。 世は写真共有アプリ、インスタグラム全盛の時代だ。他人から注目され、承認されることが重視される。不適切動画を投稿すれば世間の注目を集めることができる。うまくすれば全国ニュースになるかもしれない、ニュースでは顔も名前も出ないから就職や結婚で困ることもない、厳正な処分といっても「クソなバイト先をクビになるだけ」といった思いもあるかもしれない。厳罰化の効果は? とにかく注目されたいという承認欲求(自己顕示欲)が強い人にとって、不適切動画はメリットがやたら大きく、言わばデメリットがない「完全犯罪」である。個人的には、これくらいの件数で済んでいるのがむしろ不思議だ。この私の推測が正しいかどうか、不適切動画をアップした元店員に動機を確かめてほしいものである。 私の推測が正しいとすれば、正攻法の対策は、不適切動画を投稿することのデメリットを大きくし、店員に「不適切動画は割に合わない」と思わせることだ。具体的には、損害賠償の請求である(氏名や顔写真の公表も効果があるが、未成年には適用できない)。今回、くら寿司は元店員に損害賠償を請求する方針だ。 ただ、損害賠償請求など厳罰化には、反対意見も強く、賛否両論がある。印象としては、ネット掲示板で多くのユーザーが厳罰化を支持し、マスメディアで専門家は「そんなに単純な話ではない」と反対している(例えば、店舗経営コンサルタントの佐藤昌司氏など)。 専門家が厳罰化に反対する理由は、大きく2点ある。①どんなに厳罰化しても、悪事はなくならない。厳罰化の効果は知れている。②それよりも、オペレーションをアルバイト店員任せにした店側の責任もあるのだから、まずはオペレーションを見直すとともに、店員への倫理教育を徹底するべきだ。 まず、①はロジックが稚拙だ。麻薬は常習性が強いが、「常習者はどうせやめられないから、厳罰を科さず放置しよう」とは誰も考えない。全国各地で犯罪が発生しているが、「どうせ犯罪はなくならないんだから、警察なんて不要」とも考えない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 死刑制度があっても殺人事件がなくならないように、厳罰が通じない悪人は確かにいる。しかし、悪事を働くかどうか躊躇(ちゅうちょ)する普通の人にとって、厳罰には一定の抑止効果がある。「通用しない人がいるからやめておこう」ではなく、「効果が出るように、きちんと制度設計をしよう」と考えるべきだ。 一方、②のオペレーションの見直しや倫理教育は、それ自体は正論らしく聞こえ、真っ向から反対しにくい。しかし、厳罰化と比べて、はるかに効果が小さいのではないか。オペレーションの見直しとは、ロボット化・機械化してアルバイト店員をゼロにすることだろうか。それとも、アルバイト店員を店内で1人にさせないよう監視役の正社員かロボットを張り付けることだろうか。いずれも、現時点では有効な解決策とは思えない。「人を憎まず」の限界 それよりも悩ましいのが、倫理教育だ。こうした不祥事が起こると、企業は決まって社員への倫理教育を行う。 しかし、倫理教育の効果は極めて小さい。私は経営コンサルタントとしてこの17年間、数々の不祥事企業を間近に見てきたが、倫理教育によって「会社が生まれ変わった!」という事例は皆無である。 考えてみれば当然だろう。不正を働く社員は、不正だと知らなかったわけではない。不正だと知りつつ、「目立ちたい」「収益を上げるため」「上層部から命令されて」「昔からやっているから」といった理由で不正に手を染める。 研修で弁護士とか外部専門家から「これは法律違反です」「社会に迷惑がかかります」と改めて説教されても、社員の心には響かない。かえって、承認欲求が強い人は、法律違反や迷惑行為だと聞いて「よし、もっと派手にやってやろう!」と決意を新たにするのではないか。 企業としては、世間から批判されている状況で「倫理教育なんて必要ない」とは言いにくいだろう。しかし、倫理教育は「ちゃんとやっていますよ」という対外アピール以外に意味がないことを肝に銘じるべきだ。 なお、オペレーションの見直しも、倫理教育も、効果が小さいというだけで「絶対にやるな」という主張ではないので、悪しからず。特にオペレーションについては、飲食店・小売店の現場は人手不足で疲弊しており、不祥事に関係なく改革が急務だ。 では、不祥事には「打つ手なし」だろうか。不祥事を起こした後、生まれ変わった企業はないのだろうか。いや、数こそ少ないが、生まれ変わった企業は確かに存在する。変革のカギは、社員の評価を「信賞必罰(しんしょうひつばつ)」に変えることだ。 日本人は、結果よりも動機を重視するので、不祥事という最悪の結果を招いても「会社のためを思ってやった」といった動機が認められれば、さほど厳しく処分されない。一方、企業を発展させる大きな業績を残しても「みんなで頑張ったチームワークの成果だから」と個人はさほど高く評価されない。 しかし、不祥事から生まれ変わった企業は、信賞必罰を徹底している。利益を増やしたり、社会からの評価を高めるといった結果に報奨を与える。利益を減らしたり、社会からの評価を下げるといった結果を厳しく処罰する。厳罰化オンリー(=減点主義)ではなく、良い結果を高く評価することも忘れてはいけない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 「罪を憎んで人を憎まず」という言葉があるように、日本では「罰するよりもまず教育」という主張が支持されやすい。その結果、効果のない倫理教育をして「やれやれ、世間の批判も収まった」と満足しても、実態は何も変わらず、しばらくしてまた不祥事が起こる。 三菱自動車など不祥事企業の多くは、何年かおきに不祥事を起こす「常習犯」である。日本企業は「信賞必罰」の徹底でこの不祥事サイクルから抜け出せるかどうか、重大な岐路に立っている。■なぜインスタグラムに狂う女子が爆発的に増えたのか■「ネット後発組」が日本社会を後ろ向きに変えている■貧しき人たちの憂さ晴らし「不謹慎狩り」はなぜ起きる?

  • Thumbnail

    記事

    「ZOZO離れ」カリスマ社長が挑む過酷で危険なビジネスの本質

    遠藤薫(学習院大教授) 旅をして、知らない町の市場を歩くのが好きだ。 魚市場、古くからある商店街、夜市、門前市などなど。市場はその土地ならではの、生々しい人間たちの生活感があふれている。海外で言葉が通じなくても、身ぶり手ぶりで、比べたり、値切ったり、結局買わなかったり、掘り出し物にほくほくしたりすることができる。 そんな楽しみは生身の人間たちが行き交うリアルな空間に限られはしない。膨大なショップや商品を集めたオンラインサイトもまた人をワクワクさせる。Amazon、アリババ、Yahoo、楽天など、名立たるプラットホームはこのドキドキ感で人々を引き寄せる。ZOZOなどの新規プラットホームはまた新たな戦略で出店社と顧客を集めようとする。その全体もまた、大きな「市」といえるかもしれない。本稿では、そんな「市」の生態系について考えてみる。 1995年、「伽藍(がらん)とバザール」というエッセーが大きな話題を呼んだ。アメリカのプログラマーであるエリック・レイモンドが、オープンソースソフトウエアの開発方式について述べたものだ。伽藍(カテドラル、大聖堂)型の開発は、クローズド(閉鎖的)な組織によってトップダウン的に整然と行われる。他方、バザール(市場)型では、ソースコードをインターネット上に公開し、不特定多数の利用者・開発者がそれを検証し、改良していく。これによって、よりセキュリティーの保証された、しかも変化に即応するソフトウエア開発が可能になる、というのがレイモンドの主張だった。 ここで言う「バザール」とは、いわばユーザーたちが思い思いに働きかけることによって生み出されるソフトウエア開発の「場」を指している。そして、インターネットが、ソフトウエア開発だけでなく、その上にさまざまなユーザーたちの価値創造の「場」を創り出す性質を持つものであることを、このエッセーから人々は感じ取った。 1995年といえば、グラフィカルなユーザーインターフェースやネットワーク機能を強化したWindows95が発売され、AppleのMacintosh(マッキントッシュ)シリーズとともに、一般のユーザーたちの間にインターネット利用が広く浸透し始めた年である。台湾・西門町(2017年、遠藤撮影) この新しい空間は、何よりもまずバーチャルなコミュニケーション(電子メール、チャット、ホームページなど)に使われ、人々が自由に思いを語り合う「広場」のイメージで認知されることになった。 人々が出会うとき、コミュニケーションとともに、モノとモノの交換が始まるのも、人類史の初めから行われてきたことだ。インターネット空間は、「広場」であるだけでなく、「市場」としての広がりもみせることになった。 今や世界トップに名を連ねる巨大企業となったAmazon.comも1995年7月にオンライン書店サービスを開始した。ZOZO離れは典型 初期のオンラインショッピングの例として私が思い出すのは、NTTデータの「まちこ」である。3次元仮想空間を使った会員制バーチャルモールで、1997年4月1日にサービスを開始した(図2)。その時点で、出店企業は52社、商品数は約1千、会員は約7千人で、そのうちの約40%が女性と発表された。図2 まちこ(1998年当時のサイトイメージ) 「まちこ」は3次元の仮想空間を、アバターとなって巡り、買い物をするという先進的なシステムだったが、出店の数も会員の数も、今と比べれば本当にわずかだった。当時は「日本人は通販が嫌い」などとまことしやかに言われたものだ。 しかし、通信技術の向上とともに、オンラインショップの利用者はぐんぐん伸びてきた。筆者らが行ってきたWIP(World Internet Project)調査(無作為抽出、郵送調査、全国)から、その有り様をみたのが図3である。 2000年時点ではオンラインショッピング利用者は全体の1割未満しかいないのに対して、2018年には7割を超えている。2018年にはインターネット利用率も9割を超えているので、ネット空間もリアル空間と変わらない日常的な空間と感じられるようになったのかもしれない。 また、図4には年代別オンラインショッピング利用頻度を示した。これによれば、男女を問わず、30〜40代の利用が最も多いようである。図3、図4 オンラインショッピング利用についてのWIP調査結果 しかし、市場が拡大すれば、さまざまな問題も起こる。 最近のZOZO(旧名:スタートトゥデイ)をめぐる動きはその典型的な例だ。 ZOZOは、2004年にファッション・オンラインショッピングサイトZOZOTOWNを開設した。ZOZONAVIなど斬新なサービスで注目を集め、2007年に東証マザーズへ上場、2012年には第一部に市場変更した。図5に示したように、オンラインショッピングサービスのリーチ(18ー64歳)のトップ3にはまだ届かないものの、18ー24歳の女性層では第3位につけている(図6)。図5、図6 オンラインショッピングサービスの利用 ZOZOは2016年、GMOペイメントサービス株式会社のツケ払いサービス「GMO後払い」を開始し、業績を大きく向上させた。2017年には、採寸用ボディスーツ「ZOZOSUIT」とプライベートブランド(PB)「ZOZO」を発表して、また注目を集めた。 しかし、前者は購買力の低い消費者を過剰な消費に誘導する恐れがある。後者はシステム開発力、商品開発力など、プラットホームビジネスとは別の企業努力が必要とされるが、まだ十分な評価は得られていないようである。PBブランドが出店企業のブランドを損なう、と考えられることもあるだろう。前澤社長の自己顕示 さらに2018年12月には会員制の割引サービス「ZOZOARIGATO」がスタートした。ユーザーは年額3000円もしくは月額500円を支払えば、購入時に10%割引が受けられる。しかし、これに反発したオンワード、ミキハウス、4℃などが次々と撤退し、さらなる「ZOZO離れ」が危惧されている。 一方、ZOZOの前澤友作社長は元ミュージシャンという肩書からも連想されるように、ワイン、高級車、現代アートなどのコレクターとしても知られるなど、自らのカリスマ性を顕示するような行動が多い。 ツイッターで炎上騒ぎを起こしたり、芸能人との交際で雑誌やネットを騒がせたりもしている。2018年9月には月への旅行を予約したことでも話題を呼んだ。2019年1月には、1億円お年玉企画を実施し、ツイッターのリツイート数が530万(1月12日時点)を超えて世界一の記録を更新した。 重ねて2019年1月13日には、「3歳のおうちゃんを救いたい」とツイートして、病気の子供への支援を呼びかけた。こうした行動に、喝采を送る人もいるが、批判もある。 プラットホーム戦略はどうあるべきなのだろう。 プラットホームビジネスでは、個々の出店企業とプラットホームの関係は微妙である。両者の関係は、以下の三つに場合分けできるだろう。 ①出店企業のブランド力と、プラットホームのブランド力がうまく拮抗(きっこう)し、相乗効果で売り上げ上向きのベクトルを生成するならば、プラットホームと出店企業の双方がウィンウィンとなる。(図7) ②プラットホームのブランド力が出店企業を圧倒するならば、出店企業はプラットホームへの依存が強くなり、プラットホーム側から出店企業への要求が強くなる。結果、出店企業の利益は薄くなり、出店企業の撤退が進む。撤退が増えれば、プラットホーム全体が立ち行かなくなる。(図8) ③プラットホームのブランド力が出店企業を下回るならば、出店企業はプラットホームに魅力を感じなくなり、出店企業は撤退する(あるいはそもそも出店しない)。出店が減れば、プラットホーム全体が立ち行かなくなる。(図9)図7、図8、図9 プラットホームと出店企業のバランス つまり、プラットホームビジネスでは、常に①の状態が保たれていなければならない。しかし、ビジネス環境も消費者の嗜好(しこう)も常に変わる。変化に対応するために、プラットホーム側も出店側も常時新たな戦略を繰り出していく必要がある。 それぞれの戦略によって、①の状態は、すぐに②や③に変わる。②や③を①の状態に戻すために、プラットホームも出店も、一瞬も気を抜くことなく、状況に適合する戦略を生み出していかなくてはならない。プラットホームビジネスは、そんな過酷なダイナミズムの中にあるのだ。「一寸先は闇」の世界 この視点からZOZOの戦略を考えると以下のようになるだろう。a. ツケ払いサービスは、一見便利そうだが、焦げ付きが生じたり、消費者を疲弊させたりで、市場自体を衰退させる恐れがある。b. ZOZOSUITはシステムの改善が必要である。c. PB開発は、うまくできれば、プラットホームのイメージアップにつながる。ただし、リスクもあるので、十分に戦略を練る必要がある。d. 会員制値引きサービスは、他のプラットホームでも何らかの形で行われることが多いが、出店企業の(ブランドイメージというより)利益率を下げるために反発が大きい。e. 経営者のカリスマ性をアピールすることは、成長期には認知度や求心力を高めるために有効だが、かなり汎用(はんよう)性が高いカリスマ性でない限り、イメージに合わないと反発を招いたり、ターゲットの幅を狭めたりするリスクがある。 これらの検討から言えることは、プラットホームビジネスは変化と相互性によって繊細に躍動するダイナミックなビジネスであるということだ。「一寸先は闇」の世界であるとも言える。このハイリスク性が、ハイリターンも生み出し、また市場競争の熾烈(しれつ)化によって、消費者に利益をもたらすともいえる。 この危険なゲームを楽しめるか否かは、事業者の資質にもよるのだろう。あいさつするZOZOの前澤友作社長=2018年11月、東京都内(共同) もっとも、プラットホームビジネスは、インターネット社会が初めて生み出したものではない。本稿の冒頭にも述べたように、露天商の世界にも競り市の世界にもバザールや門前市の世界にも常にあった、人類の業ともいえる生業だ。近くは百貨店の盛衰、さかのぼれば香具師(やし)の元締めなど、歴史に学ぶことでビジネスセンスを磨くことができるかもしれない。■ 巨人アマゾンの罠にまんまとハマったヤマト運輸の「豊作貧乏」■ 拝啓、ZOZO前澤友作様「1億円バラマキ、本当に下品です」■ 悪役かヒーローか、アマゾンが変える宅配業界とネット通販

  • Thumbnail

    テーマ

    「ZOZO離れ」は他人事じゃない

    衣料通販サイト「ゾゾタウン」を運営するZOZOが上場以来初の減益見通しとなった。アパレル大手が同サイトへの出品を取りやめる「ZOZO離れ」の話題も重なり、ブランドイメージは失墜しつつある。とはいえ、我々メディアにとってもプラットホームビジネスの話は他人事じゃない。さて、どうしたものか。

  • Thumbnail

    記事

    「ヤフーニュース一人勝ち」紙メディアよ、死を迎える前に現実を見ろ

    山本一郎(個人投資家、作家) 筆者はポータルサイト「ヤフージャパン(Yahoo! JAPAN)」と取引があるにもかかわらず、産経デジタルiRONNAから「ファッション通販のZOZO離れのように『ニュースメディアのヤフー離れ』はあるのか」とのお題で寄稿を頼まれるという驚天動地の事案が勃発した。 私がこの立場で「ヤフージャパンは今すぐ滅ぶべき」などと書けるわけもないだろう。なぜならば、もう既にヤフーニュースでそういう趣旨の記事を書いたからである。 「ヤフージャパン一人勝ち」と「報道記事の買い叩き」がステマ横行の原因(Yahoo!ニュース 個人 2015.10.1) そして、私は産経新聞にも連載を持っている。都合の悪いことに、日曜に私の記事が掲載されたばかりだ。タイトルからして「新聞に喝!」である。 【新聞に喝!】対露官邸外交、メディアの甘さは疑問(産経新聞 2019.1.27) どうしてくれよう。悩んでも仕方がないので、取引があろうが連載していようがまったく気にすることもなく業界の状況を踏まえて読者に私の見解を書くことにしよう。 端的に言えば、2015年にヤフーニュースで書いた上記の記事の通りだが、2019年の今となっても「ヤフージャパン、ヤフーニュースの一人勝ち」の状況に違いはない。「SmartNews」や「LINE NEWS」、あるいは「dマガジン」などのニュース配信系サイト・アプリが興隆している現在でもなお、一つの記事あたりの読者数、掲載された広告あたりの反響数では、他のニュースサイトやアプリを圧倒的に凌駕(りょうが)しているのがヤフーである。 ヤフーがなぜニュースメディアとして成長したのか? それは駅前で配っているチラシ(広告)に、ちり紙がついているようなものである。すなわち、みんなが知りたいニュースを配信している新聞社や通信社、出版社と契約し、配信・新聞記事や週刊誌誌面の内容をヤフーに載せ、そこに広告を貼って多くの人たちに「ヤフーに行けば、あんたの知りたい内容の記事が読めますよ」と成長したのがヤフーに他ならない。PCのポータルサイトとしての立場を確立したヤフーがニュース事業をきちんとやれば、当然のように勝ってしまうのは必然でもある。 時は下り、今や読売も毎日も朝日も自社サイトで読者を囲い込み、もし記事の全部が読みたければ個人情報を全部入れた上でカネを払え、というモデルにしてしまった。ヤフーが人通りの多いポータルサイトという、駅前で配るチラシにちり紙をつける手法で成功した一方、これまでヤフーの「ちり紙」扱いにされていたことに新聞社もようやく気が付いたようだ。日経新聞に至っては、日経グループ全体で電子版にした上で引きこもってしまった。ヤフーの検索サイト=2016年4月 産経はつい最近まで、まるで慈善事業のように赤字覚悟でいろんなところに新聞記事をバラまき、分野ごとに記事をパック売りをして糊口(ここう)をしのいでいたが、昨年11月からようやく会員サービスをスタートさせた。夕刊(東京本社版)を止めるのは早かった割に、有料会員を集めるのに後れを取るとか、産経グループは正直者すぎて商売が下手にも程があるのではないかと思う。 しかし、アプリだけでも「産経ニュース」「産経新聞HD」「産経電子版」「産経プラス」と4つも乱立している上に、配信元は全部産経デジタルになっている。いったい何をしているのだ。いつの間にかアプリの情報サイト「産経アプリスタ」はしめやかに終了していた。産経がどうしたいのか、正直言ってさっぱり分からない。ヤフーが王者である理由 産経のことはいい。問題はヤフーである。ニュース配信を巡る業界環境は、2013年ごろから激変してきた。それまでは出勤前と就寝頃にアクセスのボリュームのあった牧歌的なPCサイトでのネットサーフィン時代であったが、そのような古き良き時代が終わりを告げると、業界は一気にアプリによるニュース配信、また各メディアによる専用アプリ配信時代の幕開けとなった。 それまでのガラケー(ガラパゴス携帯)に対する情報配信よりも閲覧性が上がり、また通信速度の劇的な改善による画像や動画によるニュース配信が進んだ結果、ここ7年ほどで1人当たりのニュース記事閲覧数(1日に1度はニュースをネットでチェックすると回答するユーザーのページビュー中央値)が、1日平均6・7件(2010年)から11・9件(2017年)へと倍増したのである。 ニュースは求められている。これが市場の答えだ。ただし、ニュース記事を閲覧する時間も場所も大きく変容してきた。ガラパゴス携帯からスマートフォンへの移り変わりの中で、起床から通勤時間、昼休み、午後休憩から帰宅途上、晩飯の最中に至るまで、国民はずっとスマホを見ている。女子テニスの大坂なおみが偉業を達成したと言えばニュースを読み、国民的アイドルグループ「嵐」が活動休止したとなればニュースサイトへ行く。おはようからおやすみまでライオンのように人々はニュースを消費し続けているのである。 これらの環境の激変で、一気にPCサイトでのニュース配信のウエートは減った。だが、PCサイトの雄、ヤフーニュースはその覇権を失うことはなかった。2014年、ヤフーニュースは月間100億PV(ページビュー)のうち半分がスマートフォン経由となるが、実はそれ以前からスマホ時代の到来を見越して「スマホファースト」を宣言。これが見事に功を奏し、PC時代で培ったユーザー層の行動をごっそりアプリ経由でも取り込むことに成功したのである。決算会見でスマートフォン決済事業について説明するヤフーの川辺健太郎社長=2018年7月27日、東京都千代田区  絶え間ないUX(ユーザー体験の設計)、UI(ユーザーインターフェース)の改善もあったであろうし(私が驚いたのは朝に新しいアップデートがあったので更新したら、その日の夜には別のUIにするアップデートがあったりした)、大手であるからこそ既存のニュース配信の入り口とのカニバリゼーション(競合)も懸念されただろう。 しかし、結果としてニュースプラットホームの王者となったヤフーニュースは、新興で成長著しい他アプリや、 解約忘れを狙う「レ点商法」など素敵な拡販策で利用者の上積みを続けてきた通信キャリア系のニュース配信プラットホームの追随を許すことなく、おそらく現在ではニュース配信のPVシェアでは6割以上を有しているとみられる。文字通り、一人勝ちである。緩やかな死を迎える新聞社 グーグルやフェイスブック経由でのニュース配信も脅威とされたが、「ニュースのファーストルックはプラットホーム(またはアプリ)経由で」というユーザーの行動が定着した結果、いちいち検索してニュースを探す手間を惜しむほとんどのユーザーはグーグルをそう多くは使わず、フェイスブックのニュースフィードも出口は結局ヤフーニュースという「しょっぱい結果」となった。 何しろ、読売や毎日、朝日、日経はいずれも記事全文は読めない。ならば、雑誌からニュースサイトまで良質な記事を厳選して配信してくれそうなヤフーに利用者の指示が集まるのは当然とも言える。 新聞社の囲い込み戦略に先駆けて、ヤフーニュースは自社制作の記事に力を入れ始め、質の低い情報配信元は有無を言わさずぶった切り、ニュースを読んで脊髄反射で荒れ狂う質の低いヤフーコメントはボタンを押さない限り、表示されないようになった。さらばサイゾー、そのうち記事がかぶりまくり品質も低いニュースサイトだけでなく、煽動的な見出しが眩しいスポーツ紙も用済みとばかりに配信本数を削られていくであろう。 新聞記事からエログロ、イロモノまで雑多なニュースの玉手箱だった時代のヤフーは自社のエンタメ系ニュースサイト「ネタりか」の縮小を象徴として消え去り、今や良質な記事と速報性を兼ね備える「マジ本格的な」スーパーニュースサイトとしての進化を続けている。というか、「ネタりか」のアクセスランキングの上位を「しらべぇ」が占めてるのやめろ。良質な記事の配信元との連携もどんどん強化された今、ヤフーニュースを軽視することはできず、紀尾井町(きおいちょう)に足を向けて寝ることすらできない状況なのだ。 ヤフーニュースはスマホシフトという激動を潜り抜け無事一人勝ちの状況であり、ニュース配信プラットホームとしては鉄板「単勝1・1倍」であり続ける。おそらくは今後、伸びしろのあるニュース動画やオピニオン系、調査報道といった分野にも進出し、もはや東京電力のようなインフラ事業に近い扱いになっていくのではなかろうか。※写真はイメージです(GettyImages) そして、調査報道を担ってきた新聞社や、でかい通信社のどっちか片方は、そろそろ緩やかな死を迎える。正確に言えば、輪転機を止め、不動産部門だけになる日が来るだろう。それは出版文化を支えてきたと自負する老舗中小出版社や大手取り次ぎがコンビニへのエロ本配本中止を突きつけられ、目を白黒させているのと同様、ある日突然やってくる。ジャーナリスト、佐々木俊尚さんが予言した未来が来てしまう。 まるで死んだ我が子の歳をカウントするようだが、既存メディアとネットとは本来対立的なものではなかった。新聞社や通信社、テレビ局、出版社の生み出す本当の価値は、情報があり、その情報を受け手に伝えることである。ラジオ局は知らん。本来は、そういう価値を生み出すのは記者であり、記事であり、番組であった。しかしながら、速報性ではネットに勝てないという理由で、また収益を支えている根幹は自宅配達や駅・コンビニ売りだったからという理由で「ネットファースト」という千載一遇のチャンスに背を向けることとなった。多くの出版社、新聞社、通信社は、自社の売り上げを守りたいばかりに変革のタイミングを逃し、自らの事業を作り変えることができなかった。ヤフーの波乱要素は? ヤフージャパンの場合も、場合によっては新聞社と同じ凋落(ちょうらく)を味わう可能性があったが、彼ら自身が自らを「PCサイト主体の広告事業でメディアにPVを集め稼ぐ」ことから事業転換を果たし、「スマホファースト」の掛け声のもと、社内事業との競合も恐れず事業を改革することで引き続きニュース配信プラットホームの覇権を手放さず、むしろ不動のものとした。普通は儲かったら海外に出て行きたいところ、英語が微妙に下手なトップマネジメントの気後れもあってか、日本市場に特化した戦いに専念したことで、結果として日本国内というドメスティックなスーパーパワーとなったのである。 もはや、ヤフージャパンの波乱要因はビッグブラザーである孫正義さんの育毛力だけである。あの薄毛はヤフージャパンをソフトバンクグループのサブブランドか、お財布ぐらいにしか思ってねえんじゃないかと思うぐらい、雑に扱っている。ぶっちゃけ孫さんはヤフージャパンをどうするつもりなの? そのソフトバンクのサブブランドとしての「ヤフー」を維持できている、重要なリソースの一つがニュース配信への信頼、アクセスであり、その公平なニュース事業の運営により絶大な支持を得ている。 ここが揺らぐとするならば、孫さんがまた変な提携先を引っ張ってきてヤフージャパンにくっつけようとするような、適当な大仕事の犠牲になる場合である。それは目下、大問題となっている公正取引委員会の対「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン・コム)+MT(マイクロソフト、ツイッター)対策に他ならない。 そもそもフェイスブックとヤフーはかねてから提携していたはずなのだが、カルチャーが違い過ぎるのか、あまりパッとしたシナジーが生まれているようにも見えないのが残念だ。 なぜならば、いかにヤフージャパンと言えども、ユーザーの遺伝子データは持っておらず、これらの海外プラットホーム事業者が仕掛ける競争には絶えず主導権を奪われざるを得ない立場にあるからだ。しかも、うっかりポイントビジネスで連携してしまった先は、カルチュア・コンビニエンス・クラブ(CCC)社のTポイントだ。おかげで貴重なヤフーIDを捨ててしまった。奥さん、それ虎の子ですよ。いったいどんな判断だ。 すなわち、ヤフージャパンの敵は国内事業者ではなく、業界ゲームのルール変更であり、見えざる新しいイシュー(課題)そのものである。あと孫さん。ダイエーの末期のような、ホークスの呪いを肌で感じる。それもビンビンにだ。誰かやつの口に貼るガムテープ買って来い。そう思わずにはいられない。※写真はイメージです(GettyImages) どうせヤフージャパンに尻尾を振る新聞社などいなくなった今、ニュース配信のソースを確かにするためにも同社が産経新聞社を買ってしまえばいいのである。BuzzFeedはヤフーと一緒にやっているが、そんなものは古田大輔に肉でも食わせてまた太らせて編集長をやらせれば解決する。 もうどうにもならない紙媒体と心中する前に、本当の価値である記者や編集者と記事を守るため何が必要かを徹底して考えなければならない。それがニュースのネット配信を考える上で、何よりも重要なことであることは間違いない。■ ロンブー淳がまた吠えた!「芸能コピペ記事はヤフーにも責任がある」■ カラパゴスすぎるネットメディア「みんなそろってバカになる?」■ 「倍々ゲーム」経営を可能にする孫正義の恐るべき世界人脈

  • Thumbnail

    記事

    「ZOZO離れ」はコストコで韓国製テレビが並ぶのと似ている

    長内厚(早稲田大大学院経営管理研究科教授) アパレル通販のウェブ・プラットホーム(基盤)である「ZOZOTOWN」から撤退するアパレルブランドが相次いでいる。ZOZOが新たな割引サービスを開始したことがその要因と言われている。 ZOZOに限らず、ウェブ・プラットホームのビジネスは、プラットホーム企業と商品やサービスの提供企業との間に少なからず軋轢(あつれき)が生じていることが多い。アマゾンであれば出版社や配送業者と、ヤフーニュースなどのニュースサイトであれば、配信料の低下に苦しむ配信元メディアとの間で衝突が見られる。 そもそも、プラットホームビジネスとは、サプライチェーン(部品の調達・供給網)の各段階を複数の企業が分業する中で、プラットホームを握った企業がそのサプライチェーン全体を牛耳るというものだ。必然的に、企業間でせめぎ合いの状況になるのは織り込み済みのはずである。 しかし、プラットホームビジネスの中には、プラットホーム企業とプラットホームに製品を提供する企業の双方が「Win-Win」の関係になっている場合もある。米半導体大手のインテルとIT大手のマイクロソフトがハード、ソフト双方のプラットホームを提供し、エレクトロニクス各社がその他のデバイスを開発するパソコン(PC)ビジネスは、まさに代表的な例だろう。プラットホームビジネスだから、常にこのような軋轢(あつれき)が生じているというわけではない。 問題は、プラットホーム企業が顧客と直接向かい合う流通プラットホームを担っていることに起因しているのではないだろうか。売る側は少しでも高く売りたい一方で、買う側は少しでもいい商品を、常に安く、あわよくば無料で手に入れたいと考える。 プラットホーム企業は、プラットホームを牛耳っているからこそ、商品やサービスの提供企業よりも強い立場にいる。そんな強いプラットホームを支えるのは顧客からの支持であり、いつも安く購入したいと考える顧客に対しては下手に出ざるを得ない。アマゾンの宅配用ダンボール箱(ゲッティイメージズ) また、プラットホーム企業は、顧客に高く売る努力をするよりも、商品提供企業にプレッシャーをかけて価格を引き下げる方が容易である。つまり、短期的なビジネスだけを考えれば、商品提供企業を泣かせて安く販売させる方がよいということになる。 価格を引き下げる要因は他にもある。強力な流通プラットホームが構造的に製品差別化しにくいことだ。これらZOZOやアマゾンに共通して言えるのが、大量の商品の中から簡単に最も安い商品を見つけられる、すなわちユーザビリティ(使い勝手)の高いウェブサイトを構築していることだ。 大量の商品の中から簡単に選べるということは、一つひとつの商品情報が「最小化」され、最小限の商品情報と価格だけが分かりやすく比較できることを意味する。ところが、企業は自社製品の優位性を顧客に伝えなければ、高価格でも納得して買ってはもらえない。製品差別化は、企業にとって商品の価格下落に対抗する重要な手段なのである。メーカーは泣き寝入り? そもそも、商品情報が十分に伝えられない販路では、製品差別化など不可能である。価格だけが購買の決定要因になれば、コモディティ(汎用=はんよう=品)化が進み、際限のない価格競争に陥るのは目に見えている。つまり、今日の優れた通販サイトは、そもそもコモディティ化を促進する「メーカー泣かせ」の構造を内在しているのである。 最小限の商品情報と価格比較のせいで、メーカーが泣かされるケースはウェブに限ったことではない。家電量販業界では、2000年ごろからヤマダ電機などの郊外型大規模店舗を持つ量販店が台頭してきた。これらの店舗でも、商品の説明要員を最小限に抑える代わりに、比較の容易な価格表示がなされるようになり、顧客が主に価格のみで購買決定をするようになった。 海外でも同じような流れはあった。米国でも、2000年ごろから、販売員に歩合給を出して丁寧な商品説明を促すような量販店は衰え始め、歩合給のない最小限の販売員と大量展示で安さを強調する「ベスト・バイ」という量販店が勢力を伸ばしていった。 コストコのような会員制ホールセール(大量販売)クラブが、家電の取扱量を増やしたのもこのころである。コストコは、メーカーにとっては「最後の手段」ともいえる販路である。なぜなら、顧客が自分でカートに乗せてレジに持っていく販売形態のために、顧客がテレビなどの家電を食品やトイレットペーパー同様の日用品(コモディティ)感覚で購入するようになり、製品差別化の入り込む余地などないからである。 メーカーもそれを承知しているから、コストコではあまり売りたくない。確かに、パナソニックやシャープのテレビが米国のコストコに大量に並んでいたこともあったが、それは両社の経営がかなり苦しかったころの話だ。現在、日本のコストコに並んでいるテレビは、日本市場に参入しながらなかなかシェアを上げられない韓国メーカーの製品である。 つまり、ウェブであろうと実際の店舗であろうと、「商品説明のない販路に、製品差別化は不可能」ということである。では、メーカーはどうすればよいのか。やはりカギは商品説明にあるのではないか。ヨドバシカメラやビックカメラなどのカメラ系量販店は、現在でも比較的手厚く説明員を配置して製品差別化を行い、家電量販業界で上位のシェアを築いている。ビックカメラ新宿東口駅前店(ゲッティイメージズ) また、テレビショッピングも有効な販路だろう。時には大量仕入れや安価な大量販売を行うため「もろ刃の剣」ではあるが、番組中でじっくり商品を説明してくれる。電子辞書のように、顧客が説明をしっかり聞いて、納得した上で購入するような製品には、非常に良い販路となっている。 当たり前の話だが、対面であろうとなかろうと、しっかり商品の良さを訴求することが、コモディティ(汎用品)化を防ぐ手段であり、ウェブの販路でも今後の課題となるであろう。現在のウェブ・プラットホームでストレスなく大量の商品情報を顧客に提供するのは難しいかもしれない。 それでも、5G(第5世代移動通信方式)の通信インフラが整えば、提供できる情報量が飛躍的に増加する。後はどのように顧客に飽きられずに商品情報をウェブ上で見せるか、知恵を絞ることが求められる。 長期的な視点に立てば、流通プラットホームがメーカーを泣かせてビジネスが成り立っているような状況は、市場として健全ではない。顧客だけでなく、プラットホーム企業、メーカーの三者が「Win-Win」になる状況を作り出すことが、今後の流通プラットホーム企業の課題となるであろう。■ 巨人アマゾンの罠にまんまとハマったヤマト運輸の「豊作貧乏」■ 拝啓、ZOZO前澤友作様「1億円バラマキ、本当に下品です」■ 悪役かヒーローか、アマゾンが変える宅配業界とネット通販

  • Thumbnail

    記事

    アマゾンの成功が教える「ZOZOのしくじり」

    北沢栄(ジャーナリスト)  プラットホームビジネスを考えるとき、まずは世界最強のプラットフォーマーであるグーグル(G)、アップル(A)、フェイスブック(F)、アマゾン(A)の「GAFA」を踏まえなければならない。この四巨人に共通する「強み」とは何かを押さえておく必要があるだろう。 共通するのは、プラットホーム上の顧客やユーザーとの間で「ウィン・ウィン」の関係にあることだ。そもそも、プラットホームは顧客やユーザーと共存共栄していかなければ成り立たない。 最近取り沙汰されている、アパレルオンラインショップを運営する「ZOZO」から大手メーカーの撤退が相次ぐ事態は、このウィン・ウィンの関係が支障をきたしていることを示す。要は、ZOZOは関係構築にしくじったのだ。フェイスブックの経営に陰りが出てきたのも、ユーザーの個人情報が勝手に使われている情報漏洩が発覚したためだ。 このウィン・ウィンの信頼関係の上に、強いプラットフォーマーになるには支配的な地位を築いて、高い市場シェアを握らなければならない。アマゾンの成功ケースを見てみよう。 アマゾンの最大の強みの一つは、圧倒的な扱い商品数だが、これを可能にした仕組みが「マーケットプレイス」といわれる。マーケットプレイスとは、アマゾン以外の外部事業者が「アマゾン市場」に出品できるサービスを指す。そこで扱う商品はアマゾン直販の品数の30倍以上、3億品目を大きく超えるとされる。 これに加えて収益の柱となるクラウドサービス事業も世界最大だ。「アマゾンウェブサービス(AWS)」と呼ばれ、企業向けにサーバーを提供する事業として急成長している。アマゾンの営業利益のほとんどを稼ぎ、通販事業など小売部門を支える。 AWSは、元は自社のネット通販用に構築したサーバーだったが、今では超巨大サーバーに育ち、世界の大手企業、銀行ばかりか米政府機関も利用しているほどだ。本のネット通販から始まり、収益けん引役のAWSに至って、時価総額で世界最大級にのし上がった。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) 顧客満足を追求するアマゾンは目下、人工知能(AI)を使った音声認識技術「アレクサ」や自動運転の技術開発に余念がない。この点でグーグルの方向性と一致する。最先端ITテクノロジーの2頭がせめぎあう構図だ。 日本のプラットホームビジネスも、このGAFAとの連携あるいはその隙間を狙ったニッチ(隙間)型事業を考えていく必要がある。 プラットフォーマーが成長を持続させるための基本は、ユニークな企業文化のDNAを持ち、これを保持していくことだ。たとえばグーグル。同社によれば、「スマート・クリエイティブ」と呼ぶ社内のエンジニア集団が成功のカギを握る。重要なカメレオン社員 自分の商売道具を使いこなす高度な専門知識を持つだけではない。アイデアがほとばしり出て他の人とは全く違う視点で見て、状況に応じてカメレオンのように視点を変える知識労働者をいう。 従来型企業だと、知識労働者のほとんどは専門分野には秀でているが、能力に幅がない。しかし、グーグルのスマート・クリエイティブは新種のタイプで、常に問題を見つけて解決しようと嗅ぎ回っているという。 経営学者のピーター・ドラッカーは、成功している企業は時代に適応した「基本と原則」を保持していると指摘した。グーグルの場合、経営の「基本」は、こういう新種のエンジニアを存分に働かせること、「原則」は「ユーザーを中心に考えること(創業者ラリー・ペイジ)」だ。 このような独創性の高い企業文化が優秀な人材を引き寄せ、顧客サービスを日々更新させて企業の成功を持続させる。反対に、社長がユニークでも、基本と原則が欠け、揺らぎ続けるなら、当初の輝かしい成功も線香花火で終わるだろう。 GAFAの圧倒的な市場支配を前に、日本の企業はプラットホームビジネスにどう挑んでいくか。IoT(モノのインターネット)の進展を見据えたフィジカル(実世界)の製造業に大きなチャンスがある、と筆者はみる。 GAFAの事業モデルは、インターネットを駆使してデータを集めて活用し、広告などで儲けるというものである。サイバー上(仮想空間)が活動舞台で、リアルの世界を引き込んで、利用者に有益な活用をしてもらうのだ。(ゲッティ・イメージズ) ところが、このサイバー手法にも限界がある。企業情報にしろ個人情報にしろ、すべてのデータのうちサイバー上で収集できるのは限られている。有力なテクノロジーを持つ企業なら、資金などの基本条件をクリアすれば、フィジカル世界と深く結びついたプラットホーム構築が可能だ。 パナソニックが昨秋発表し、今年から実用化する「ホームX」は、この方向を目指している。各種メーカーの家電や住宅設備をネットにつなぎ、AIを使ったOS(基本ソフト)で機能を統御、アップデートしていく。 たとえば「おはよう」というシーンを設定してこれを押しておくと、朝の起きたい時間に好きな音楽が流れ出し、明かりがついて、気分よく目覚めるといった仕掛けができる。家や職場のリアル空間で「暮らしを向上させる」プラットホームのニューモデルだ。そこではスマートフォンに代わって壁に掛けるディスプレーが、操作のツールとなる。 東芝も企業再建に向け、電力や産業機械・設備分野で稼働状況の見える化や遠隔監視を実現するプラットホーム作りに意欲を見せており、遅れをとっていた日本勢も、IoT活用型を軸にようやく本腰を入れてきた。■ 「ネトウヨ夏のBAN祭り」ヘイト裁きをグーグルに訴える意味■ キュレーションは生き残れるか? グーグルを騙し続けたDeNAの罪■ ファーウェイ阻止、米国の不信感が招く「5G時代」の暗い影

  • Thumbnail

    記事

    ZOZO前澤氏 1億円バラ撒きの裏で株価60%大暴落の正念場

     国内最大のファッション通販サイト「ZOZOTOWN」(以下、ゾゾ)を率いる前澤友作社長(43)が、年初から世間を騒がせた。 〈100名様に100万円【総額1億円のお年玉】を現金でプレゼントします〉 前澤氏が1 月5日にツイッターでそう発表すると応募者が殺到し、応募資格となるリツイート(前澤氏の投稿の引用)数が554万回を超えた。従来のツイッター世界記録(335万回)を大幅に塗り替え、“1億円の私財バラ撒き”と報じられる騒ぎとなった。 しかし、そうした景気のいい話が続く裏には、「ゾゾの業績が苦しいことの裏返し」との指摘がある。 実は“1億円キャンペーン”発表の前日、ゾゾの株価が1843円となり、過去2年で最安値を記録していた。アパレル業界に詳しい店舗経営コンサルタントの佐藤昌司氏が解説する。 「昨年7月に記録した過去の最高値4875円から、半年間で実に60%も株価が急落しています。ゾゾスーツ(着用してスマホで全身を撮影すると、自身の体型を採寸できる特殊なスーツ)の無料配布に伴う費用がかさむなどして、2018年4~6月期の営業利益がマイナス成長(前年同期比)に終わったことなどが原因でした。 前澤氏はこれまでも、ゾゾスーツをはじめ、認知度が上がる効果を見越してあえて目立つ行動をとってきた。認知度アップをメリットと考える株主も少なからずいる一方で、かえってブランド価値を損ねるのではないかと懸念する株主も出てきている」※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 心配の声があがるのは、業績低迷のせいだけではない。 「前澤氏の“話題作り”もそろそろ限界なのではないか、という声が聞こえてきます。前澤氏は7月にプロ野球球団を獲得したいと発表し、9月には民間による月周回旅行計画をぶち上げるなど、次々にニュースを賑わせてきた。年始にもツイッターのプロフィール欄に〈(女優の)剛力彩芽さんが彼女です〉と書くなどしていますが、これ以上“ネタ”があるのかと心配されています」(経済誌記者) そうした声を知ってか知らずか、1億円プレゼントの応募終了後に〈いずれ第2弾もやりたいと思います〉とツイートした前澤氏。第1弾終了翌日(1月8日終値)の株価は2066円。“3日間で223円増”のコストは前澤氏にとって高かった? 低かった?関連記事■ 剛力彩芽、前澤氏と交際でCMに影響? ランチパックに山崎賢人■ 三木谷氏、前澤氏ら、カリスマ経営者の「本当の年収」は?■ 剛力彩芽と前澤友作氏、パリでの密着2ショット写真5枚■ 剛力彩芽のインスタは、キラキラ港区女子そのものである■ 剛力彩芽&ZOZO前澤社長 車中で腕を絡める密着写真

  • Thumbnail

    記事

    再販制度が出版業界の首を絞め、アマゾンを急成長させた

     21世紀のグローバル経済は、アメリカで誕生したIT企業が急成長し、世界を席巻している。その中でも新しいビジネスモデルで日本の国内市場でも巨人となったアマゾンについて、経営コンサルタントの大前研一氏が、その強さの秘密を探る。* * * いち早く日本に上陸したアマゾンは、もはや“無敵”だ。日本経済新聞(6月28日付)がまとめた2016年度の小売業調査によると、アマゾンジャパンの売上高は初めて1兆円を突破した。ヤマト運輸がドライバーの負担を軽減するために基本料金の値上げやアマゾンの当日配送を受け付けない対処をしたため、アマゾンは独自の物流網の構築を進めている。生鮮食品や日用品などを取り扱う「アマゾンフレッシュ」も、東京都と千葉県で対象エリアを拡大している。 さらに書籍販売では、一部の既刊本について出版取次大手の日本出版販売(日販)を介さず、出版社から直接取り寄せる方式に変更した。おそらく今後はアマゾンによる出版業界の構造変革が起きるだろう。 結果的にこれほど日本でアマゾンを強くしたのは、日販やトーハンなどの取次と出版社や新聞社などが守ってきた「再販売価格維持制度(再販制度)」である。本がディスカウントできるアメリカでは、アマゾンは割引販売で爪に火を灯しながらシェアを獲得してきた。一方、再販制度によって本が定価でしか売れない日本では送料をタダにしても儲かるため、最強の物流網を構築できたのである。アマゾンの電子書籍サービス「Kindle」アプリ(ゲッティイメージズ) つまり、アマゾンに“軍資金”を送り込んだのは再販制度なのだ。もともと出版文化を維持する目的で生まれた再販制度が、今は出版業界の首を絞めているわけで、実に皮肉な話である。 今やアマゾンはクラウドコンピューティングサービスの分野でも世界最強になっている。ネット通販では、出品者に対して競合他社と同等以上の扱いを求める契約が独占禁止法違反にあたる可能性があるとして公正取引委員会の審査を受けたが、この問題はアマゾンが自発的に条項を削除したため解決した。今後、アマゾンは穏便にゆっくりと、しかし着実にシェアと収益を拡大していくだろう。関連記事■ 金正男「日本への無防備な親愛」が自らの首を絞めた側面も■ 住宅リフォームが新時代突入 アマゾンやグリーらIT業界参入■ 眞子さま ブラジル・アマゾン河ご視察で見せたサングラス姿■ アマゾン、マイクロソフトのCEOの年俸は約1億円■ バーチャルな投資大会でアマゾンギフト券3万円分が当たる

  • Thumbnail

    記事

    NHK朝ドラ『まんぷく』と重なる大坂なおみ日清CM騒動

    西川りゅうじん(マーケティングコンサルタント) 「物事に動揺する人がいますよね。それはとても人間的なことです。でも、私はそういうことに自分のエネルギーを無駄遣いしたくないと思うことがあります」「今日の第3セットでは、文字通り、自分の感情を消そうとしました」 大坂なおみが、2018年9月の全米オープン優勝に続き、2019年1月、全豪オープン優勝後に発した言葉だ。 21歳にして、何事にも惑わされず、グランドスラム四大大会のうち2大会を連続で制し、世界ランキング1位にまで上り詰めた不屈の精神力には、本当に頭が下がる。彼女が自らの手で勝ち取った実力と実績は、人種、肌の色、民族、国籍、性別、年齢といった社会における区別を超越している。 日清食品による漫画『新テニスの王子様』とコラボした「カップヌードル」の広告動画で、大坂の肌の色が実際より白く描かれていると国内外のメディアやネット上で取り沙汰されたが、それでも彼女が動揺することはなかった。 もとより、日清食品は、大坂の実力がどこまで伸びるか未知数だった2016年11月からスポンサー契約を結んで応援し続けており、意図的にホワイトウォッシュ(非白人を白人のように描くこと)したり、揶揄(やゆ)したりするつもりなどなかったのは明らかだ。 しかし、同社は、国内外からの批判の高まりを受け、全豪オープン開催中の1月23日、動画の公開中止を余儀なくされた。広報担当者は、応援を目的に動画を作成したが「当初の目的とは大きく異なる状況になった」とし、「社会の中でいろいろな議論が起きている状況で、動画の公開を続けることで大坂の選手活動に影響があると判断した」と述べた。日清食品の広告動画で肌を白く表現された大坂なおみ選手(右)。左は錦織圭選手(日清食品グループ公式チャンネルのユーチューブより) また、「日清グループは、基本的人権を尊重し、性別や年齢、人種などに配慮して企業活動を行っており、広告宣伝においても同じポリシーを掲げています。今後はより一層人権や多様性を尊重しながら、慎重に広告宣伝を進めるようにいたします」とコメントした。 日本人の多くは、「大坂には雑音に惑わされず自分のプレーに集中してもらいたい」、そして、「日清食品に悪意はないのだから、そこまで目くじらを立てなくても」という気持ちだったに違いない。ただ、日本は島国で均質性が高い社会のため、欧米に比べて、人種や肌の色について鈍感な点があるのも否めないだろう。 動画は日本の消費者を対象にしたものだったが、大坂の存在感が大きくなり世界的に注目される中、ネットを通じて世界中で同時に見られる時代になったこともあり、そういった感覚や意識の違いに批判が集中してしまったのだ。 今後、日清食品をはじめ日本企業が、大坂がごとく今回のような問題に動揺せず、多様性を超越し、世界で勝利するには、どうすればよいのだろうか。日清の「洗礼」は2度目 今回、日清食品は、人種や肌の色といった多様性に関して同じように無頓着な私たち日本人と多くの日本企業に代わって、アメリカをはじめ国際社会から本格的な洗礼を受けたのだという見方もできよう。 事態が大きくなった経緯をみてみると、全豪オープン期間中の1月19日にジャパンタイムズが掲載した「大坂がホワイトウォッシュされている表現を見た」という記事に続いて、22日に米紙ニューヨーク・タイムズが「肌を白く表現し、ヘアスタイルも変わっているなどと日本で批判を受けている」と報道した。 さらに、イギリスのザ・ガーディアン、BBC、アメリカのCNNといった欧米メディアが次々に取り上げた。それがブーメランとなって日本に戻り、国内のマスメディアでも大きく報じられるに至った。 しかし、日清食品がアメリカン・スタンダード、グローバル・スタンダードの洗礼を受けたのは、これが初めてではない。筆者には、同社の歴史上の危機として、NHKの朝の連続テレビ小説『まんぷく』でも描かれた事件と二重写しに見える。 日清食品の創業者・安藤百福(ももふく)氏は、戦後、アメリカ軍が主導する連合国軍総司令部(GHQ)から、当時の日本ではありがちだったどんぶり勘定を指摘され、脱税の嫌疑で訴追されている。 同氏は、1910年(明治43年)、日本統治時代の台湾に生まれた。22歳の若さでメリヤスを販売する会社を設立し、その後もさまざまな事業を手掛け、成功を収めていた。 しかし、戦後間もない1948年(昭和23年)、日清食品の現社長・安藤宏基氏が生まれて直後のこと。地元の若者を雇い、奨学金として現金を支給していたのだが、「その奨学金は所得であり、源泉徴収して納税すべきなのに怠った」という罪に問われる。百福氏は、4年間の重労働の刑に処され、巣鴨拘置所に収監。個人名義で所有していた不動産はすべて没収された。チキンラーメンを食べる創業者会長の安藤百福氏=2006年8月、大阪市淀川区西中島・日清食品本社(柿平博文撮影) 収監後、GHQは百福氏の名を挙げて「納税義務に違反した者は厳罰に処す」という内容の談話を発表した。後に彼は、この事件について、「みせしめに使われたようだ」と述べている。 その後も泣きっ面に蜂で、新設された信用組合の理事長に就任するも、組合は破綻し、無一文になる。 残った大阪府池田市の借家で、「失ったのは財産だけ。その分、経験が血や肉となって身についた」と考え、自らを奮い立たせた。そして、世界初のインスタントラーメンを発明したのだ。 日清食品には、大坂が生まれた大阪で、安藤百福氏が苦難の末に再起を図ったように、この難局をプラスに転じてもらいたい。行き過ぎた「言葉狩り」 ところで、肌の色についてのみならず、「何でもかんでも、アメリカの基準、欧米の基準が世界の正しい基準なのか?」という議論は、今に始まったことではない。 記憶に新しいところでは、2017年の大みそかに放送された『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』(日本テレビ)の年末特番で起こった議論だ。ハリウッド映画『ビバリーヒルズ・コップ』で黒人俳優・エディー・マーフィーさんが演じた刑事役をまねて、ダウンタウンの浜田雅功さんが黒塗りメークで登場した。 このメークが「人種差別」という批判があるとニューヨーク・タイムズやBBCなど欧米メディアが報じたのだ。この時も日本国内で賛否両論が巻き起こった。今回の日清食品の動画が議論を呼んだ際にも、「肌を黒くし過ぎることによってブラックフェースの批判を受けることに慎重だった可能性もあり、より安全で明るい方向性を採ったのでは」という声もあった。 肌の色だけではない。半分日本人で半分ハイチ人の人を英語で「ハーフ・ジャパニーズ、ハーフ・ハイチアン」と言うが、日本では両親のどちらかが日本人でない人をすべて「ハーフ」と呼ぶ。また、両親のいずれか一方が「ハーフ」の人を「クオーター」と呼ぶ。 しかし、「ハーフ」だけでは「半分」、「クオーター」だけでは「4分の1」の意味になり、海外では通じない。まるで、人間として半人前か切れ端のようだから、「ハーフ」や「クオーター」という言葉自体を使うべきではないという意見もある。  英語圏では、通常、両親が異なる人種の人を「バイレイシャル」、いくつかの人種の血を引く人を「マルチレイシャル」、あるいは総称して「ミックスト」が一般的だ。しかし、直訳すれば、二重人種、多重人種、混血であり、日本人の一般的な感覚からすれば、その方が直截(ちょくさい)的で失礼な印象を受ける。 今や英語圏では、黒人を表していた「ブラック」という表現は消え、「アフリカン・アメリカン」と呼ぶが、日本でも「アフリカ系アメリカ人」に統一すべきなのか。 1980年代に多民族国家のアメリカで始まった、性別・人種・民族・宗教などに基づく差別・偏見を防ぐ目的で、政治的・社会的に公正・中立な言葉や表現を使用することを指す「ポリティカル・コレクトネス」(PC)を、日本がそのまますべて受け入れ続けてよいはずがない。※写真はイメージです(GettyImages) チェアマンがチェアパーソン、キーマンがキーパーソンならまだしも、ウルトラマンを「ウルトラパーソン」、アンパンマンを「アンパンパーソン」にすればよいのか。行き過ぎた「言葉狩り」「表現狩り」は避けねばならない。 欧米でも「PCにはもうウンザリ!」と思っている人も少なくない。トランプ大統領は「PCは、現在、アメリカが直面する最大の課題だ」と述べたことがあるが、米国民が彼を大統領にしたのは、そういった風潮によるところも大きい。2018年末に、マリスト大学世論研究所が発表した無党派層に関する調査でも、53%が「これ以上のPCには反対」としている。 しかし、思想家や表現者、ジャーナリストや政治家ならいざ知らず、企業人は複雑さを増すばかりの社会の多様化と欧米メディアのPC至上主義に正面から向き合わねばならない。そんな時代状況の中、人種や肌の色について、売り手よし・買い手よし・世間よしの「三方よし」を実現する道はあるのだろうか。「はだ色」が消えたワケ ところで、今回問題となった「肌の色」だが、日本における「はだ色」とは、どんな色だろうか? 私たちが子供の頃、お絵描きで肌の色を描く際に使った、クレヨンや色鉛筆の「はだ色」は、もはや存在しない。 2000年前後から、「はだ色」の呼び方は、「うすだいだい」、または、薄いオレンジを意味する「ペールオレンジ」に変わりだし、2005年頃には、ほぼすべてのクレヨンや色鉛筆から「はだ色」という表記は消え去った。 そもそも、「はだ色」とは、明治維新による開国にともない、異国の人たちと触れ合う機会が増えた結果、日本人が肌の色の違いを意識するようになり、その名が付いたといわれる日本固有の慣用色だ。  今や「はだ色」の捉え方、表現のあり方について考えねばならないのは、日清食品のような世界各国で事業を展開する大企業だけではない。 なぜなら、どんな企業であれ、インターネットによって、自社のサイトや会員制交流サイト(SNS)などで発信した動画や写真やイラストを、世界中の人がリアルタイムに見ることができる時代になっている。また、経済のグローバル化の進展によって、あらゆる業種・業界で、さまざまな肌の色の人と接する機会が出てくる世の中になっているからだ。 そしてさらには、日本国内の消費、および、労働のマーケットを客観的に考えれば、「はだ色」が従来の「はだ色」だけではない時代が到来しているのだ。 厚生労働省の人口動態調査によれば、父母の一方が外国籍の子供の出生数は、総出生数の1・9%。実に新生児の約50人に1人に当たる年間約2万人に上る。 一方、1993(平成5)年の外国人労働者は10万人弱、そのうち、約6万人が中南米出身の日系人だった。ところが、2017年には約128万人に増加。四半世紀で13倍ほどに膨れ上がった計算だ。平成の前半までは、韓国、中国、日系人など、比較的似た肌の色、顔かたちの人が多かったが、近年は人種、肌の色、民族、国籍も多様化の一途をたどっている。 驚くべきことに、NHK特集『外国人“依存”ニッポン』の調査によれば、2017年度に新宿区で新たに成人した人の45・8%、約2人に1人、豊島区でも38・4%、3人に1人以上が既に外国人なのである。 政府は少子高齢社会を支える労働力確保を目的に、2019年4月から新たに創設した在留資格「特定技能」を取得した外国人労働者を、5年間で最大で34万5000人受け入れることを決定した。今後、日本人の多様化はいやが応でも加速していく。 そんな近年、幼稚園や保育園、小学校では、10色や20色以上もの、まさにいろいろな「はだ色」がそろったクレヨンや色鉛筆を児童や生徒に提供する所が増えてきた。※写真はイメージです(GettyImages) 昔から、優れた先生は、太陽も空も肌の色も一つの色だけで塗りつぶすような教育をよしとしなかった。それでは、思考停止に陥り、感受性と自ら考える力を育むことはできないからである。平成に続く新たな時代を迎えつつある今、私たち日本人一人一人が、自分で感じて考え、iRONNA(いろんな)「はだ色」を選ぶ時代が到来しているのだ。■ 日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

  • Thumbnail

    記事

    拝啓、ZOZO前澤友作様「1億円バラマキ、本当に下品です」

    ことは過去に行ってきたのである。 そしてその延長線で、前澤社長は「お年玉企画」と称した行為に至った。企業経営者が現金配布をなぜしなければならないのか。過去にそのような愚行に及んだ企業があっただろうか。 私たちはこのような現金による無作為な配布を要求することは一切していない。利益を上げているのであれば、派遣労働者や非正規労働者の賃金を引き上げるべきだと述べてきた。それらはいまだに実現していない。 末端の労働者を重視しない企業であれば、株価にも影響するだろう。実際にZOZOの株価はピーク時(5000円弱)と比較して、直近では2000円程度まで下げている。私たちは企業の敵ではなく、適正な経営を促していきたいと思っているのだが、一向に聞く耳を持たないことは残念である。引き続き現場の労働者の声と共に改善要求をするまでである。 そもそもZOZOはなぜここまで短期間で利潤を追求できて、成長も続いてきたのだろうか。社長の手腕なのだろうか。そんなわけないだろう。低賃金の労働者が大量に役割を担ってきてくれたからではないか。それらの人々への敬意や感謝の念が感じられれば、ここまでわれわれが問題視することもなかったであろう。 要するに、首尾一貫して、ZOZOの急成長や膨大な利益を生んできたのは、派遣労働者や非正規雇用を大量に利用し、労働者を搾取してきた構造ではないか、ということである。月旅行を契約し、記者会見でポーズをとるZOZOの前澤友作社長=2018年10月9日、東京・有楽町の日本外国特派員協会 これに対して、ZOZOは派遣労働者を含む非正規雇用が自社でどれだけあるのか、一貫して開示していない。不都合な真実はあくまで隠したいようだ。 私はブラック企業ユニオン、首都圏青年ユニオン、プレカリアートユニオン、エキタスなどの労働組合や市民団体と共に、「お年玉企画」といった煙幕に巻かれることなく、企業の利益の源泉を追求し、貧困や格差の原因にメスを入れていきたいと思っている。 まともな改善要求を受け入れるのか、それとも批判とともに沈みゆく企業として汚名を残すのか、2019年はその真価がZOZOに問われることとなるだろう。ぜひ消費者、投資家は引き続き厳しい視線でZOZO関係者の言動を注視していただきたいものだ。■剛力彩芽はきっとZOZO前澤友作氏を踏み台にする■2ch創設者ひろゆき提言「キモくて金ないおっさんにウサギを配ろう」■母子家庭の子供は「問題行動を起こす」という言説の欺瞞

  • Thumbnail

    テーマ

    ゴーンはそんなに悪いのか

    日産自動車会長、カルロス・ゴーン氏の電撃逮捕の余波が収まらない。日本のメディアはゴーン氏の「負の側面」を追うことに躍起だが、一時は経営危機にあった日産を再建した彼の経営手腕を評価する声も根強い。ゴーン氏はそんなに悪いのか。

  • Thumbnail

    記事

    「階級社会フランスへの挑戦」ゴーンの原点はここから始まった

    財部誠一(ジャーナリスト) 「レバノン系ブラジル人であるカルロス・ゴーンは、どうもがいても階級社会のフランスでははじかれる。その受け入れがたい現実を覆すことができるのは経営の結果だけなのです。だから彼はトヨタ自動車やフォルクスワーゲン(VW)を追い越して『世界一』になることに執着したのです」  カルロス・ゴーン氏を熟知する日産自動車幹部が語ったこの短いフレーズに、彼の本質が凝縮されていると思う。 ご存知の通り、1999年に経営破たんに陥った日産に資本注入して窮地を救ったのはフランスのルノーで、当時副社長(COO)だったゴーン氏を兼務のまま日産に送り込んできた。日産をV字回復させ2001年6月には日産の最高経営責任者(CEO)に就任。2005年には親会社であるルノーの社長(CEO)にもなった。その瞬間、親会社-子会社という資本の論理を超越したゴーン流の日産・ルノーアライアンス(連合)経営が始まったのである。 ゴーン氏はどんな思いでこの稀有なビジネスモデルを構築していったのか。日産幹部が興味深い解説をしてくれた。 「ルノーの前CEO、ルイ・シュバイツァー氏はエリート官僚出身で、日産に出資したときも債務保証を引き出すなどフランス政府の協力を得ているし、フランス政府はルノーの大株主です。彼らから見れば、日産などルノーにカネを貢ぐ存在でしかない。事実、ルノーの黒字の大半は日産からの持ち分利益です。しかしゴーン氏はルノーのために経営をしているわけではないし、ましてやフランス政府の意向を汲んで日産のかじ取りをしているわけでもない。日産のためでも、ルノーのためでも、フランス政府のためでもなく、彼は自分自身の名声のためにアライアンス経営を確立しようとしている」2018年11月21日、横浜市の日産自動車グローバル本社に掲げられた日本とフランスの国旗(宮崎瑞穂撮影) 世界で誰もやったことがない「アライアンス経営」のマネジメントで「世界一」の経営者として認められたいと、ゴーン氏は切望していたというのである。そのためには世界最大の自動車メーカーであるトヨタやVWを追い越さなければならない。 普通に考えればトヨタやVWは単一の企業であり、アライアンスで結ばれた日産・ルノー連合が販売台数を競っても、それは次元の違う競争であり、「世界一」を目指すことにどれほどの意味があるのだろうかと思えてしまう。三菱自は「掘り出しもの」 グローバルな自動車メーカーをアライアンスで統合する独自の経営モデルで「世界一」となり「世界一の経営者」の称号を得たいがために、電撃的な三菱自動車への出資にも踏み切ったのだ。 一昨年、軽自動車の共同開発をしていた三菱自が燃費不正問題を起こした当初、ゴーン氏は怒りをあらわにしていたが、同社が経営危機となり、株価が急落するとみるや、一転して出資を決め、記者会見はもちろん、テレビ局各社の出演も自ら進んでこなし、ホワイトナイト(白馬の騎士)に収まった。日産・ルノー・三菱自のアライアンスの成立である。 日産サイドに立てば、この決断は悪くない。当時、三菱自の利益率は6%で、日産のそれと変わらない。三菱自は10年ほど前にも不祥事を起こしていたが、その後事業の集中と選択をかなり推し進めた結果、生産性は上がり、キャッシュフロー(現金収支)も4600億円(2016年当時)もあった。 さらに三菱自は利益の9割を海外で稼いでおり、燃費不正問題を契機に、リソースを東南アジア諸国連合(ASEAN)に集中していかざるをえない状況であった。ASEANは日産の弱点だ。株価暴落で割安になった三菱自はゴーン氏にとって、掘り出しもの以外の何物でもなかったのである。 しかし、その経営判断の速さは尋常ではなかった。そこには、階級社会フランスのマイノリティーが自らの限界を打ち破ろうとした執念を感じる。 それにしても、あれだけの構想力と実行力を併せ持ちながらカネの問題で東京地検に逮捕されたことが、マイノリティーゆえのカネへの執着だったとすれば、悲哀を感じる。三菱自動車の会長に就任することが決まり、緊急会見に臨む日産自動車のカルロス・ゴーン社長(当時)=2016年10月(福島範和撮影) 今回の逮捕劇はゴーン氏個人の問題ではすまない。 日産に与える影響は重大だ。ゴーン氏の存在がフランス政府やルノーから日産の独立性を担保していた。ゴーン氏が完全に日産を去れば、新たな経営陣をルノーが送り込んでくるかもしれない。それは結果として、大株主であるフランス政府の意に沿った経営を日産は強いられることにつながりかねない。また日産・ルノー・三菱のアライアンスはどうなるのか、全く先を見通せない。 いずれにしても、ゴーン氏逮捕の本当の激震はこれから始まる。

  • Thumbnail

    記事

    ゴーン氏の不正を見逃した監査法人は責められるべきか

    日沖健(経営コンサルタント) 日産自動車のカルロス・ゴーン会長(以下、ゴーン容疑者)の逮捕が波紋を広げている。本稿では、今回の事件の背景や動機、われわれに与える示唆、今後の懸念事項について考えてみたい(なお、以下は誤認逮捕ではないという前提で書いている)。 まず、背景については、11月19日夜の記者会見でも問題になったように、西川(さいかわ)広人社長ら日産の日本人経営層が、ルノーと同社の株を保有するフランス政府から経営の主導権を取り戻そうというクーデターの側面がありそうだ。が、これはあくまで憶測であり、現時点で実情は分からない。ゴーン容疑者の退任後、傘下の三菱自動車を含めてどういう体制になるか、今後の展開が注目される。 一方、ゴーン容疑者本人が不正を働いた動機は、かなり単純かつ明白だ。役員報酬の開示制度が始まった2009年度にゴーン容疑者が日産から受け取った報酬は、8億9100万円で上場企業トップだった。その後も毎年10億円前後の報酬を受け取り、2016年度まで8年連続でトップ10に名を連ねた。 年10億円というと、庶民にとっては天文学的な数字だ。日本では高額報酬への反発が強く、一流企業の経営者でも報酬は1億円をようやく超える程度である。ルノー株を保有するフランス政府も、マクロン大統領自らゴーン容疑者の高額報酬を批判したことがある。 しかし、国際的にはゴーン容疑者の報酬は、それほど高額ではない。というより「安すぎる」と言える。 アメリカ大手企業の最高経営責任者(CEO)は、基本給だけで10億円以上、業績連動のインセンティブを含めると20億円以上になるのが一般的だ。100億円を超えるケースもたびたびある。倒産の危機にあった日産を救い、自動車業界で世界2位の巨大グループを築いたゴーン容疑者が「俺の報酬は安すぎる」と考えたことは間違いない。 ネットでは「あんなに儲けてさらに不正を働くって、ちょっと理解できない」という声が多い。しかし、実態は逆で、国際比較や日産での実績から、本人の意識としては、自分自身への「正当な評価」、あるいは一流経営者として「当然の権利」として、ほとんど罪の意識もなく不正を働いていたのだろう。もちろん、「悪気がなかったから許される」という話ではないので誤解なきよう。日産自動車のカルロス・ゴーン社長(左・当時)=2016年10月20日、東京都港区(福島範和撮影) 次に、事件がわれわれに与えてくれた示唆だが、今回の事件で改めてはっきりしたのは、監査法人や社外取締役は不正の防止、発見にまったく無力だということだろう。 日産の会計監査は、EY新日本有限責任監査法人(以下、新日本)が担当している。新日本は、これだけの巨額の不正が長年に渡って続いていながら、見抜くことができなかった。もしくは見逃してきた。新日本は、オリンパスや東芝、スルガ銀行といった近年の不祥事企業で会計監査を担当していたことから、「新日本は不正企業の御用達か」といった批判も噴出している。無能な監査法人 また、日産には独立役員である社外取締役が3人いる。今年6月には、元レースクイーンで元レーサーという異例の肩書を持つ井原慶子氏を社外取締役に迎え、話題を呼んだ。社外取締役は経営を監視、監督する立場だが、日産は社外取締役らが役員報酬を決める「委員会設置会社」の仕組みを導入していなかった。つまり、3人にゴーン容疑者の報酬を決める権限などはなく、むろん経営者を監視・監督するという社外取締役本来の役割を果たせなかったことは間違いない。 今回の不正を阻止、発見できなかった監査法人と社外取締役が厳しく批判されるのは当然である。ただ、新日本の会計士や日産の社外取締役がまったく無能だったかというと、そうとは限らない。 今回の日産もそうだが、近年企業が絡む多くの不正事件が従業員の内部通報によって発覚している。考えてみれば当然だろう。現代の企業は、事業や組織がどんどん複雑化・グローバル化しており、たとえ優秀な会計士や社外取締役であっても、たまに会社を訪問して会社側が作成、提出する書類を眺めるだけでは、不正を見抜くことは困難である。要するに、経営者が本気で隠そうと思えば、何でも隠せるのが実態であり、不正に関与した従業員の内部通報以外に不正を見抜く有効な手立てはない。 2001年に起きた米エンロン社の不正会計事件を受けて、日本企業も会計監査制度を充実し、上場企業に社外取締役の設置が義務付けられるようになった。社外の専門家が経営者を直接監視しようという「コーポレートガバナンス(企業統治)」である。 しかし、会計士や社外取締役がもし本気で不正を発見しようとしたら、四六時中、会社に常駐し経営者を監視しなければならない。これはコスト的に現実的ではないし、そもそも常駐では「社外の専門家が中立的な立場で監視する」という制度の意図と反する。会計士や社外取締役に経営監視を期待すること自体が、そもそも誤りなのである。 つまり監査法人や社外取締役に期待できない以上、従業員の内部通報を中心にした監視に重点を置くべきだろう。また、不正が発覚したら株価が下落し、経営者のクビが飛ぶ、経営者はクビにならないように規律ある経営をする、という「ウォールストリート・ルール」が経営者の不正を阻止する手段としてもっと注目されるべきではないだろうか。 最後に、個人的に最も懸念しているのは、今回の事件を機に日本で経営者という職業の魅力度が低下してしまうことだ。日本の社長とアメリカのCEOの最大の違いは、国民から見て憧れの存在か否か、という点であろう。安倍晋三首相(右)を表敬訪問し握手を交わす、米マイクロソフト創業者のビル・ゲイツ氏=2015年12月16日、東京都港区(代表撮影) アメリカでは、マイクロソフトのビル・ゲイツ、アップルのスティーブ・ジョブズ、フェイスブックのマーク・ザッカーバーグなど、魅力的な起業家が次々と現れている。若くして革新的な事業を起こし、世の中を発展させ、世の中のトレンドを変える。まさにアメリカ経済の主役である。ビジネスだけでなく、政治・文化面の発言も実にカッコ良く、アメリカだけでなく、世界中の人々が憧れる存在だ。経団連は「老人クラブ」 それに対して日本の社長は、とにかくイケていない。日本で最も成功した社長が集まる経団連は、よく「老人クラブ」と揶揄(やゆ)されるように、高齢者の男性(おじいちゃん)ばかりで活力と多様性がない。 つつましく、空気を読み、社会に対し意見を発信しない。半世紀近く組織の中で耐え忍び続けた忍耐力と大組織を運営するマネジメント能力には敬服するが、一般国民にとって尊敬の対象ではない。というより、社会への影響力や一般国民の認知度はほぼゼロだろう。 こうした中でゴーン容疑者は、日本では数少ない「イケてる経営者」だった。強引な経営手法への批判は多いものの、共感する人もまた多かった。多くの海外メディアがゴーン容疑者を「スーパースター」(ロイター通信)と評している。 今回、ゴーン容疑者に対しては「単なるカネの亡者だった」「人としてあり得ない」といった批判がネットで噴出している。スーパースターの地位は完全に失われた。 ゴーン容疑者だけではない。日本人のスーパースター経営者だったライブドアの堀江貴文元社長(ホリエモン)も、ゴーン容疑者と同じ有価証券報告書虚偽記載の罪で服役した過去を持つ。日本では元々、経営者は不人気な職業だったが、これらの事件によるイメージ悪化で、すっかり「胡散(うさん)臭い職業」「罪作りな職業」になってしまった。今後、経営者を目指す若者は、さらに減っていくことだろう。日産自動車のカルロス・ゴーン会長が逮捕されるとの一報を受けて本社前に集まった報道陣ら=2018年11月19日、横浜市西区(松本健吾撮影)  若者がどういう職業選択をするか、もちろん本人の自由だ。しかし、マクロ経済を考えると、優秀な若者がユーチューバーやゲーマーとして1億円稼ぐ日本と、経営者として1兆円のビジネスを作り、100億円稼ぐアメリカ、どちらの経済が発展するか言うまでもないだろう。 今回の事件は、単に日産にダメージを与えるだけでなく、日本経済全体に大きな悪影響を及ぼしかねないと危惧するのである。

  • Thumbnail

    記事

    「カリスマ経営者」ゴーンのルーツに見た野心家の横顔

    佃義夫(佃モビリティ総研代表・元日刊自動車新聞社社長) 日産のカルロス・ゴーン会長が金融商品取引法違反の疑いで逮捕されるという事態は、まさに突然であり衝撃的だった。 カルロス・ゴーンといえば、90年代末に経営破綻状況にあった日産自動車が仏ルノーと資本提携(ルノーの傘下入り)した数カ月後、1999年6月にルノーから日産再建の旗手として送り込まれ、日産をV字回復させたプロ経営者として知られる。 その後も日産のトップとして君臨し、かつ2005年から仏ルノーのトップにも就任し、「ルノー日産連合」という国際連合企業体をリードし続けてきた。さらに、2016年に三菱自動車が燃費不正問題で経営の窮地に陥ると、直ちに日産が資本提携して三菱自動車を日産の傘下に収めることも主導した。 つまり、ゴーン氏の手によって「ルノー・日産・三菱自動車連合」というグローバル3社連合の枠組みは形成されたのである。結果的に、この3社連合体によるグローバル販売台数の合計は、2017年で1060万台とトヨタを抜き、フォルクスワーゲン(VW)に次ぐ世界第2位に押し上げるものとなった。 日産会長・ルノー会長兼CEO・三菱自動車会長にホールディング・カンパニーの「ルノー・日産アライアンス」会長兼最高経営責任者(CEO)と、ゴーン氏は全てのトップを兼ねる形で、3社連合をつかさどる体制を、自ら創り上げてしまったのである。 今春にルノー会長兼CEOの座を2022年まで留任することを確約されたゴーン3社連合トップの野望は、この3社連合による2022年までの中期計画で世界販売を現在の約4割増の1400万台、連携による合理化効果を約2倍の年100億ユーロ(約1兆2800億円)に引き上げる目標を掲げ、世界のトップを奪取するというものだった。日産自動車の販売店とルノーの販売店に掲げられた看板=2018年11月20日、埼玉県川口市(共同) ゴーン氏は3社連合の発足から具体的な連携内容の策定まで一手に担ってきた存在だけに、その影響は大きい。日産は22日に取締役会を開きゴーン氏の解職を決める。三菱自動車もゴーン氏の逮捕を受けて、ゴーン氏の会長及び代表取締役の職を速やかに解くことを取締役会に提案することとしている。 海の向こうのフランスからも、ルノーの筆頭株主である仏政府のマクロン大統領がゴーン氏の日本での逮捕を受けて「ルノー日産連合の安定性を注視していく」とコメントしている。 日本ばかりか、世界で注目されたゴーン氏逮捕という事態がなぜ起きたのかは、驚きとしか言いようがない。あの怜悧(れいり)で不利益なものは見逃さないゴーン流の「上手の手から漏れた」のか。それとも、あまりに長きに渡る長期政権によって独善的支配が私的なものにつながっていった、という受け止め方をするべきか。ゴーン氏に会った意外な印象 カルロス・ゴーン。生まれはブラジルだが幼少期をレバノンで過ごしたレバノン民族である。大学はフランス随一のエリート官僚養成学校である仏国立行政学院(ENA)と並ぶ仏国立高等鉱業学校工学部という最高学府を出て、ミシュランに入社。若くしてブラジルミシュラン社長に就任し、北米ミシュラン社長からルノーにヘッドハンティングされ、日産に送り込まれた時は、弱冠45歳にしてルノー上級副社長だった。 1999年6月に日産最高執行責任者(COO)として日産再建に着手し、「日産リバイバルプラン」によってわずか2年で倒産の危機に瀕(ひん)していた日産を黒字転換させた。ルノーからの持参金5000億円とともに、「コストカッター」の異名から旧日産のしがらみを断ち、「コミットメント(目標必達)」経営がゴーン流の特徴だった。 コミットメント経営へ向けて、旧日産タテ割り、ヨコ割り意識をなくすためクロスファンクショナルチームを各部門に展開し、V字回復による日産再建を果たした。このゴーン流の経営は自動車業界だけでなく、日本経済界全体に大きな影響を与えた。 筆者は、ゴーン氏が日産社長兼CEOに就任した直後の2001年秋に初めてインタビューしたが、その初印象は「テレビで見ているより小柄」だった。日産に赴任して以来、日本のTVにもよく出演しており、自らの経営を語る「ゴーン・パフォーマンス」を見ていると、大きく見えたのだ。 インタビューしてみると、身ぶり手ぶりが大きく、通訳が追いつかないほど早口の英語でまくしたてる。自信満々の語り口は、まさに「自信家であり野心家」であった。だが、一方で何か都合の悪い質問をすると、うまく逃げてやりすごしてしまう巧妙さがあった。 来日当初は、その風貌から「ミスター・ビーン」と呼ばれていたが、その後はレーシック手術をして眼鏡を外すなど、風貌が変わっていった。再生計画について発表する日産自動車のカルロス・ゴーン最高執行責任者=1999年10月、東京都内のホテル(共同) ゴーン氏によって日産が再生したのは事実であるが、ゴーン氏の高額報酬は日産の株主総会の度に質問されていた。日産取締役の全報酬額のうち、ほとんどがゴーン氏に渡っていたわけだが、その約10億円という報酬も「グローバル企業ならこの額は低くても高くはない」としていた。この倍額を受け取り虚偽記載していたのは、日産がグローバル企業なのだから当然という考えだったのか。それにしても日産の他、ルノー、三菱自動車でも報酬があり、総額で20億円にもなるのに、とみるのはやはり庶民根性なのだろうか。 いずれにしても、グローバルで生きざるを得ないレバノン民族の血を持ち、若くして欧米日の大企業のトップとなって「名経営者」と自他ともに認めるほどのカルロス・ゴーン氏の名声が一挙に崩れてしまった。日産トップとして20年もの長きに渡って君臨したゴーン氏。いつから「私」と「公」の境が見えなくなってしまったのだろうか。