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    「不老社会」が正直しんどい

    「人生100年時代」がブームである。世界一の超長寿国である日本では、この言葉が明るい未来を暗示するキーワードとしてビジネスや政治など、さまざまな場面で使われている。定年後は年金で悠々自適という理想はどこへやら。「不老社会」の現実は、やっぱり死ぬまで働け?

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    高齢者活躍が「迷惑」と言えないニッポンが生きづらい

    、悪影響や隠れた論点がないかどうか、注意深く考える必要がある。 「人生100年時代」を迎え、高齢者の働き方が国家的な課題になっている。政府が2月に公表した政策指針「高齢社会対策大綱」では、「年齢によらず意欲・能力に応じて働き続けるエージレス社会の構築」がうたわれている。意欲や能力があっても60歳、65歳で強制的に解雇される定年制は理不尽な仕組みだ。米国など諸外国では、定年制は年齢による差別にあたり、違法である。「高齢者が元気に活躍できる社会を!」と言われると、やはり反論しにくいものである。 このように、絶対的に善だと思われがちな高齢者活躍について、改めて問題点を考えてみよう。 高齢者といっても生活や健康の状態など、実に多様だ。無収入のボランティア・ワーカーを除く高齢労働者は、大きく2種類に分かれる。<タイプA>現役時代から低スキルで、家計を維持するために低収入の単純労働に従事。いわゆる「下流老人」<タイプB>現役時代から高スキルで、経済的余裕があり、社会参加のために専門労働に従事。「中上流老人」 まず、タイプAが好ましくないことは論を待たないだろう。年金受給開始まで収入が足りない、あるいは受給開始後も年金だけでは生活できないという理由で嫌々働くのは、不幸なことだ。 特に体力が落ち、病気がちの高齢者が無理を押して働いている姿を見ると、胸が痛む。東京しごとセンター多摩で開かれたシニア向け再就職対策講座 = 2015年 3月11日、東京都国分寺市 「本人の自己責任」という意見もあるようだが、国のずさんな年金・健保行政の犠牲者という側面もあるはずで、政府の「エージレス社会」という掛け声が空虚に響く。 問題はタイプBだ。「エージレス社会」や「高齢者活躍」の議論で想定されるのはタイプBであろう。政府だけでなく国民も、現役時代に培ったスキルを生かし、社会に貢献しようとして働くのは、絶対的に良いことだと信じている。悪貨は良貨を駆逐する しかし、タイプBにも大きな問題がある。問題とは、タイプBの高齢者がまさに「現役時代に培ったスキルを生かし、社会に貢献しようとして働く」ことだ。 高齢者が「現役時代に培ったスキルを生かそう」とするとき、体力・気力の衰えから、自分で手足を動かすよりも、教育係、コンサルタント、相談役、社外取締役といった立場で働こうとする。私は15年前にコンサルタントとして独立開業し、そこそこ成功しているせいか、近年ほぼ毎月のように定年前後の中小企業診断士から「コンサルタントとして活動したいのだが、どうすれば良いか」という相談をいただく。コンサルタントや社外取締役は、スキル・経験を生かせる上、体力も軍資金も必要なく、タイプBが理想とする職業のようだ。 コンサルタントや社外取締役として活躍するタイプBの本人は、充実した老後で大満足だろう。しかし、彼らから経験に基づく指導を受ける現役世代は大迷惑だ。高齢者が過去の成功体験を持ち出して「俺たちはこんな風に頑張って成功したんだ」と言っても、過去を否定して新しい挑戦をしなければならない現役世代には退屈な昔話である。自分が安全地帯に身を置いていることを忘れて「リスクを取って死ぬ気でやれ」と𠮟咤(しった)しても、今まさにリスクを取ってグローバル競争を戦っている現役世代の心には響かない。(画像:istock) さらに、高齢者が「社会に貢献しよう」と考えることも問題だ。すでに安定した生活基盤を持つBタイプが何とか仕事にありつきたいと願うと、常識ではありえないダンピング価格を提示する。私の知り合いの40歳代の研修講師は、ある企業の研修案件を「2日間40万円」でほぼ受注が決まりかけていたが、後から「3日間12万円」という安値を提示した60歳代後半の研修講師にさらわれた。コンサルティングや企業研修の世界では、この手の話をよく耳にする。 高齢者のダンピングのおかげで、資金力の乏しい中小企業・零細企業でも気軽にコンサルティングや教育研修を利用できるのは、確かに社会貢献だ。しかし、30~50歳代の独立開業希望者からは、よく「報酬が安すぎて、独立しても食べていけそうにない」という不安を耳にする。教育・コンサルティングといったサービス分野では、高齢者が活躍するほど市場全体が低価格化して優秀な若手が市場参入を躊躇(ちゅうちょ)し、結果的に市場の発達が妨げられる。悪貨は良貨を駆逐するのである。高齢者が働かない選択肢を尊重せよ 成功体験を振りかざす高齢者や、「安かろう悪かろう」の高齢者は、「現役世代の評判が悪いから、すぐに淘汰(とうた)されるのでは?」と思うかもしれない。しかし、意外とそうでもない。日本では、コンサルタント・社外取締役・研修講師の起用を決定する経営者や幹部社員の多くが高齢であり、自分も近い将来そういう立場になりたいと考えているから、彼らに対してとてもフレンドリーだ。特に、社外取締役は、東証が社外取締役の導入を上場企業に事実上義務付けたことを契機に、高齢の経営者同士がお互いにポストを融通し合う「老人互助会」というべき状況になりつつある。 はっきり言って、タイプAもタイプBも好ましくない。ならば、高齢者はどう働くべきか。 まず、高齢者が「働かない」という選択肢をもっと尊重するべきである。最近、国を挙げて高齢者が働くことを勧めているが、現役時代にしっかり働き、経済的な余裕を確保し、ゆっくり老後を楽しむというのは、王侯貴族か先進国の成功者にしか許されない恵まれた生き方だ。戦後日本経済の成功の証しと言って良い。「高齢者でも働くことができる」という反論の余地のない主張が「高齢者も働かなくてはならない」に転化してしまうことがないよう、注意したいものである。 もし高齢者が働くなら、第三の働き方としてタイプCを提唱したい。<タイプC>高スキルで、イノベーションを生み出すことを目的に、知識労働やマネジメントに従事する。 タイプCは、高スキルという点はタイプBと同じだが、社会参加を目的とするのではなく、イノベーションの創造を目指して働くというのが特徴だ。イノベーションとは、新商品・新技術・新事業など、何らかの新規性のある事柄を指す。イタリア人指揮者と語り合うクオンタムリープの出井伸之代表取締役(右) =2017年5月、東京都港区のイタリア大使公邸 ブックオフの創業者、坂本孝氏は引退後70歳を超えてレストラン事業を始め、「俺の」をヒットさせた。ソニーの社長・会長だった出井伸之氏は、引退後はソニーを離れてクオンタムリープを創業し、イノベーションの創造に尽力している。二人は、社会貢献とは言わず、真剣勝負でビジネスに取り組んでいる。真剣勝負の中からイノベーションを生み出し、世の中に新しい価値をもたらし、結果として社会に貢献しているわけだ。 マックス・ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』の中で、プロテスタントが禁欲的に労働に励み、利潤追求を目指したことが、結果として資本主義を生み出したことを明らかにした。自分の仕事が社会貢献になるかどうかは、結果として分かること、社会が判断することである。高齢者活躍が本当に社会にとって良いことなのか、高齢者の社会貢献とは何なのか、改めて考えるべきだろう。

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    「人生100年時代」はっきり言って、そんなの無理です!

    う。2018年2月16日、高齢社会対策会議であいさつする安倍首相 日々、目の前の仕事に必死であり、「働き方改革」という錦の御旗もむなしく、実態は隠れ残業で長時間労働を強いられているような彼らが、さらに自分磨きまで強要されたら…。「そんなの無理!」というのが本音ではないだろうか。 長期的視野に立つ人生設計から不老社会を説く発信は、今後も増えていくだろう。ただし、「個の啓蒙(けいもう)」と「国づくり(社会保障の制度設計)」とでは目的が異なる。だからこそ、この先「人生100年時代」という用語を目にしたら、「その発信主体は誰か」と注意深く確認することをお勧めする。

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    「老人を鞭打つ」ニッポンの働き方はここが変

    中岡望(東洋英和女学院大客員教授、ジャーナリスト) 少子高齢化は先進国の共通の問題になっている。特に日本の高齢化は顕著である。国連の調査(『世界人口予測―2013年版』)によれば、日本の全人口に占める65歳以上の比率は、2010年の23・0%から2050年には36・5%にまで増えると予想されている。 実は隣国である韓国の高齢化は、日本より急速に進んでおり、40年間に日本は13ポイント、韓国は24ポイントも上昇しているが、それでも2050年に65歳以上の人口が占める比率は34・9%と日本よりは低い。 そもそも人口の高齢化はさまざまな社会的、経済的な問題を引き起こす。まず、高齢人口の増加によって社会的な活力が喪失することは間違いない。さらに、高齢化に伴う生産年齢人口(15~64歳)の減少は国内総生産(GDP)の減少をもたらす。 それに対処するには、生産性の向上、女性の労働市場への参画の促進、65歳以上の非生産年齢層の動員、あるいは移民の受け入れしかない。最近、政府が保育園などの拡充を訴えているのは女性の就業を促進し、労働力を確保する意味合いもある。ちなみに2015年の女性の就業率は64・6%で、男性の81・8%を大きく下回っている。 また、高齢者の労働力化は別な意味でも喫緊の課題となっている。それは、高齢化は政府の財政負担の増加を招くからだ。高齢化によって政府の年金負担、健康保険負担は確実に増加し、財政赤字の拡大、財政の自由度が喪失することになる。高齢化に直面した国の政府は一様に退職年齢や年金支給年齢の引き上げなどの政策を打ち出している。※写真はイメージ(iStock) 安倍晋三政権の「一億総活躍社会構想」や「人生100年時代構想」も、高齢者が健康に働き続ける「不老社会」の実現を目指しているが、同時に財政問題に対処する政策の色合いが濃い。  言い換えれば、政府は高齢者にもっと長期間働き、もっと所得税を収め、それによって政府の年金負担や健康保険負担を軽減させようとしているわけである。老後の悠々自適は夢物語 では、日本の高齢者は現在、どのように働いているのだろうか。65歳以上の労働力率を見ると、日本の高齢者は海外の高齢者に比べると多く働いている。2015年の日本の高齢者の労働化率は31・1%であるが、アメリカは23・4%、カナダは18・0%、ドイツはわずか8・6%に過ぎない。 また、日本の高齢者が置かれている状況は、人生を充実させるために働くというよりは、働かなければ食べていけない状況を反映しているともいえる。例えば、高齢者の生活費に占める収入源を見ると、年金は66・3%と全体の半分以上占めるが、同時に仕事による収入比率も24・3%占めている。一方で、アメリカは、労働収入の比率は20・1%、ドイツとフランスはいずれも9・5%に過ぎない。 この統計から判断する限り、日本の高齢者は一部の富裕層を除き、働き続けなければならない状況に置かれているのである。年金で悠々自適の生活は夢物語であり、収入の不足分は何らかの形で働くか、消費水準を切り下げる以外に道はない。 だが、労働者の長く働きたいという思いとは逆に、日本では厳格な定年制が維持されている。多くの企業では60歳定年が普通で、場合によっては定年後に65歳まで再雇用という制度を採用している企業も多い。とはいえ65歳定年制を採用している企業は多くはない。 他の先進国を見ると、アメリカでは年齢を理由に雇用を制限することは禁止されている。カナダやオーストラリアも同様に禁止しており、イギリスでも2011年から定年制を廃止した。それは経済的理由というよりも、「働く権利」として定年制を禁止している面が強い。※写真はイメージ(iStock) ただ、定年を延期し、年金受給年齢を遅らせることで、高齢者が働かなければならない状況を作ることはできるかもしれないが、それは好ましい方法とはいえないだろう。 なぜなら、すでに述べたように、多くの企業が採用する再雇用制度は高齢者の労働意欲を高め、生産性向上につながるとは思えない。定年前の収入の半分で、かつての部下の下で働くというのは決して精神衛生上好ましいとは言えないからだ。こうした制度の背景には、日本の労働市場の硬直性があると思われる。 アメリカでは、年金受給資格を得たら、今の会社を辞めて、他の会社に移るか、自分で起業するのは当たり前である。先に触れたが、アメリカには定年制がなく、自分の維持で退社を決めることができる。転職も難しくなく、転職で大幅に収入を減らす必要もない。筆者の知人のアメリカ人も、年金受給資格を得たらさっさと会社を辞め、自分でIT関係の会社を設立し、現在でも活躍している。理想は「ソーシャル・ビジネス」 筆者はアメリカの大学で教鞭(きょうべん)を取っていたが、仕事を持った中年の学生が何人もいた。彼らは会社内での昇進や転職のために修士号の資格を取ろうとしていた。アメリカではミッド・キャリア(35~65歳)が会社を辞めて経営大学院に戻り、新たな仕事にチャレンジすることは普通に見られる。 アメリカの労働市場は極めて流動的で、年齢による雇用制限はなく、能力があれば仕事を得ることは難しくない。これも失業したアメリカ人の知人の例だが、彼は再就職についてまったく心配していないと言っていた。事実、すぐに次の職を得た。 年齢に関係なく、能力さえあれば、仕事があるというのがアメリカの労働市場の常識である。極めて流動性が高いだけに、高齢者でも大きな社会的ストレスを感じることなく転職でき、意欲さえあれば働き続けることができる。 こうした自由な労働市場は、逆に個人の自己啓発を促すことになる。会社と大学の間を行き来することで能力を高め、労働市場での価値を高めることができるのである。日本の大学と海外の大学を比べて堅調な違いが一つある。 それは25歳以上の大学入学者の比率である。日本はわずか2・5%だが、経済協力開発機構(OECD)平均では16・6%とはるかに高い水準である。ちなみにスイスでは29・7%に達している。オーストラリアは21・7%、ドイツでも14・8%と高い。 こうした事が可能なのは、労働市場の流動性が高く、高齢でも大学に行くだけの見返りがあるからだ。高齢なって大学や大学院で勉強し、知識を身に付ければ、企業は採用してくれるし、起業する道も開かれてくる。だが、日本のように新卒採用が主体で、中途採用も限られ、ましてや高齢者の採用が見込めない労働市場では、大学院に戻るメリットは極めて低い。※写真はイメージ(iStock) 日本では定年後、大学や市民講座に通う人も増えているが、その多くは趣味の域を出るものではない。あるいは健康を保つのが目的かもしれない。だが、「不老社会」で必要なのは高齢者と社会との結びつきである。多くの日本人にとって働くことは単に収入を得るだけでなく、「自己実現」の道でもある。 その意味で、「不老社会」の一つのあるべき姿は、単に企業で働くだけでなく、高齢者は自分の経験を生かし、さまざまな社会活動を行う「ソーシャル・ビジネス」に携わっていくことである。「不老社会」は、高齢者が自分で人生を選択する可能性のある社会でなければならない。

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    元生保マンが70歳で起業、定年退職者60万人の受け皿作る

    中西享 (経済ジャーナリスト) 毎年大企業の退職者数は約60万人。在職中は優れた技術やノウハウを持ちながら、退職すると生かす場所が見つからず、貴重な人材が埋もれてしまう。ここに目を付けて、仕事がしたいOB人材と、優秀な人材がほしい企業側との人材のマッチング(引き合わせ)に生きがいを見出し、これまでにない官民の知恵を集めた人材活用プロジェクトを創ろうとしている人物がいる。2月に一般社団法人「新現役交流会サポート(SKS)」を立ち上げた保田邦雄代表(71歳)だ。 企業OBの中には、ゴルフや海外旅行だけでは満足できず、世の中のために自分の持っている経験と能力を生かしたいと思っている人材が多くいる。内閣府が2013年に行った「高齢者の地域社会への参加に関する意識調査」によると、65歳以上の人のうち6割以上が働きたいと思っている。にもかかわらず、60歳以上の就業希望者のうち、1割程度しか職につけていないという。7割の高齢者が特に活動をせずに、日がなテレビを見て過ごしている状態だ。ハローワークやシルバー人材センターでは、能力を持っている大企業をリタイヤした彼ら(「新現役」と呼ぶ)にふさわしい仕事は見つけられない。 筆者も退職した際に東京都内のハローワークのパソコンで仕事を検索したことがあるが、60歳以上となると経験を生かせるような仕事はまったく見つからない。あるのは飲食業関連のパートや夜勤務の警備関連の仕事くらいしかない。 保田代表は中小企業庁などが進めている人材マッチング事業が、政策の掛け声倒れで単年度主義のため成果を出していない点に着目、生命保険に勤務していた時に金融機関とのつながりがあったことを生かして、地元の信用金庫を巻き込んで、2009年から手弁当で「交流会」を東京都内で試みてみた。「仕事をしたい企業OBに信用金庫、信用組合など地域金融機関と連携し取引先である求人側の中小企業とを引き合わせる『交流会』という手法で、そのOBの能力を活用できる場所を効率的に見つけ出せる」と力説する。 東京都北区、葛飾区で始めた最初のころは、あまり相手にされなかったが、「交流会」の実績が知れ渡るにつれて参加する企業と金融機関が増え続け、参加した企業は昨年末までで実に2695社にのぼり、支援が成立した件数(マッチング成功率)は50%を超す1378社に達している。人材のマッチング、中でも高齢者の場合は成功率が低くなりがちだが、当事者同士が対面してじっくり話し合える「交流会」があるため、成功率が驚くほど高くなっている。保田邦雄(やすだ・くにお)氏 「交流会」を実施している地域は、いまでは東京都全域から、さらに名古屋、関西、北部九州にまで広がり、「交流会」を開催した金融機関数は71の信用金庫を含む76金融機関にまで増えている。今年に入ってからは、信用組合の幹部もこの「交流会」の評判を聞きつけて、信用組合全体としてもこの「交流会」を積極的に活用し始め今年度開催決定を含めると84金融機関に拡大中だ。中小企業庁の担当者も信用金庫など地域の金融機関を仲介にした「交流会」を使ったマッチングを高く評価している。保田代表はこれまで自分でパソコンを使って資料を作るなど、マッチングの肝になる「交流会」の仕掛け作りに東奔西走してきたが、今後は組織的に手掛けたいとして社団法人を設立することを決意した。 「交流会」の最大のポイントは、仕事を求める企業OB、課題解決ができる人材がほしい中小企業のトップ、中小企業と取引関係のある信用金庫、信用組合など地域金融機関による「3者面談」による本音のやり取りだ。企業OBが人材データベース(DB)への登録に基づいて人材を求める会社と面談して、要望が合致すれば、「新現役」としての仕事を得ることができる。「交流会」の場には求人する側の社長らトップが出席するため、企業OBも仕事内容について遠慮なく聞ける。このため、ハローワークなどに多い実際に働いて見て、こんなはずではなかったというミスマッチングになる事例はほとんどないという。信用組合が注目 仲介する金融機関の担当者は、「交流会」に立ち会うことで、取引先の実情、課題や事業の将来性、可能性についてトップから直接に話を聞ける。新しい人材が加わったことで融資先の中小企業の業績が好転すれば、地域金融機関としてはのどから手が出るほどほしい新規融資の拡大にもつながる。「交流会」は中小企業、企業OB、地域金融機関をハッピーにさせる「一石三鳥」の効果がある。 仕事を得た企業OBは、体調も考慮して週に2~3回マイペースで働けばよい。中小企業庁で予算がついていれば、最初の支援3回分は補助金が支払われる。企業側がこのOBの能力を評価し、OBとも意思が合致すれば、新たに雇用や業務委託契約関係を結んで「再就職」につながるケースもあり、企業OBはまさに「無尽蔵の人材の宝庫」(保田代表)と言える。 中小企業に対する経営指導と言うと、中小企業診断士という国家資格者やコンサルタントがあり、それらのアドバイスを受けている中小企業は多い。だが、その多くは実際の実務経験のない座学に基づくものが多く、中小企業経営者からは「診断を受けても期待外れ」という声が聞かれる。「交流会」に参加する「新現役」の多くは、診断士の資格はなくても得意とする分野に関しては誰にも負けないほどの技量を持った人材が多い。 東京都信用組合協会の八木秀男専務理事は「お金を貸すだけの地域金融機関から、中小企業を『育てる』金融機関への役割の変更が求められている時代の流れの中で、『交流会』は取引先のニーズに答えられるものだ。信用組合の職員も『交流会』で取引先企業のトップから経営課題を直接聞くことができて貴重な勉強の場になっている。これを是非とも定着させていきたい」と、高く評価する。9月21日には都内の主要な6信組と、60企業が参加する大規模な「交流会」の準備が進められており、その成果が注目される。 東京都内に支店網を持っている大東京信用組合の品川支店は昨年11月に開催した「新現役交流会」へ、取引先であるスーパー「平野屋」を経営する堀江新三社長に参加を呼び掛けた。堀江社長はあまり気が進まなかったが渋々参加して、「新現役」8人と面談した。その中から三菱商事をリタイヤして小規模なスーパーの顧問をしている71歳の「新現役」に経営指導に来てもらうことにし、3回にわたりアドバイスを受けた。大東京信用組合で行われたマッチングフェア 厳しく指摘されたのが、店内での部門同士のコミュニケーションが十分でないことだった。堀江社長は地元商店街の仕事などが忙しくて、店の経営を店長などに任せてきた結果、責任体制が明確になっていなかった。家族主義的な経営手法から、社長自らが社員に対してきちんと指示を出すべきだと直言された。堀江社長はこれまでコンサルタントなどに実務に基づかない指導が嫌いなため、部外者からアドバイスを受けなかった。しかし、近くにできた有力スーパーに客を奪われたこともあって、この数年間は売上が落ち込んでおり、「この減少を何とか食い止めなければと思っていたので、貴重な指導を受けて大いに参考になった。長年続けてきた家族主義的なやり方を急に変えるのは難しいが、指摘されたことを少しずつ実践しようと思う」とアクションを取ろうとしている。 「交流会」に同席した大東京信用組合の菊島健二・品川支店長は「社長の話を通じて取引先の現場と中身を知ることができて、デスクワークだけでは分からない店の実態を理解できた」と話す。思いもかけない人材 「交流会」を契機に予想外の海外展開に手掛かりを得られた中小企業がある。品川区にある「フェラーリ」「フィアット」などイタリア車の自動車部品を取り扱う「ビオリー」(従業員20人)の久地岡正義社長が地元の信用組合の紹介で「交流会」に出てみたところ、イタリアの航空会社アリタリアに38年間勤務して退職した「新現役」の宅間武雄さん(68歳)に遭遇した。ローマにも駐在経験があり、現地での交友関係が広いことが分かり、3回の無料支援のあと早速、雇用契約を締結した。 久地岡社長は「『交流会』は思っても見ない素晴らしい人材との出会いだった。これまで国内仕入では困難な古い車等の部品調達やその輸送コスト軽減を考えていたところだったので、4月に宅間さんにイタリアに飛んでもらい、部品の卸企業と交渉した」と話す。部品の発注はこれまでは、日本の大手部品会社を通して発注していたが、宅間さんのおかげで、イタリアの卸会社と直接購入できるルートが開拓できた。これにより、「ビオリー」の顧客に対する信頼性が増し、社長の念願である増収増益にもつながる可能性がある。 仲介した大東京信用組合の柳沢祥二理事長は「取引先の企業を手助けするために『交流会』は役立っている。地域の取引先にも『交流会』の良さを分かってもらうために動画を作成する」と、この手法にほれ込んでいる。 保田代表は「各地で開催される『交流会』では、こうした思いもかけないような『宝の人材』に出会えることが数え切れないほどある」という。 東京都板橋区で理美容師向けにハサミなどを手作りで製造している「ヒカリ」の高橋一芳社長は、12年に地元の滝野川信用金庫に誘われて仕方なしに「交流会」に参加したところ、ホンダを定年退職したエンジニアで、現役時代には2足走行ロボット「アシモ」の開発に携わった西川正雄さんと出会った。経済産業省総合庁舎。中小企業庁は別館に入っている=2001年5月 30人の職人が働く同社は、繊細な手作業が求められるプロ向けのハサミが作れるようになる技術の習得は経験と勘に頼っていたため10年も掛かっていた。それを西川さんが開発した道具を使うとわずか1週間でできるようになり、高橋社長は「『交流会』に参加したことで、思っても見なかった貴重な人材にめぐり会えた」と手放しの喜びよう。80歳になる西川さんは現在も週に1回ほど技術面のサポートをするため顧問として出社、ハサミを製造する機械の開発に携わるなど同社に取ってなくてはならない存在だという。 保田代表が起業した最大目的は、「無尽蔵」にある企業OBという人材の「宝の山」を「交流会」を介して民間企業にマッチングするための全国レベルでのシステム作りだ。そのために必要なことは、「どこからでもアクセスできる新現役データベース(DB)を構築して、登録者数を増やすこと。できれば3年以内に10万人以上にしたい。求人企業数も1万社が目標だ。これだけのDBが整備できれば、このDBと『交流会』を組み合わせることで、年間5千人以上の『新現役』とのマッチングを生み出し、人材難の中小企業に対して力強いサポートが可能になる」と期待している。 「新現役」を登録するDBの制度は2003年に中小企業庁が作りクチコミで全国の企業OB約1万2000人が登録した。しかし、民主党政権の10年にこの制度は十分な新現役の活用手法や課題をもつ中小企業がシステム的に発掘できなかったこともあり「事業仕分け」で消滅してしまった。その後、保田代表の呼び掛けなどにより関東経済産業局管内で再び企業OBの登録制度と地域金融機関との交流会を開始、約1500人が登録した。しかし、人材登録制度が機能するためには地域金融機関とシステム的な連携と、交流会のような仕組みしかけ、多様な職種、能力を持った豊富な人材の登録数が求められる。地域金融機関との連携強化 このため、「1500人程度の登録人数では、地方で交流会開催を希望する金融機関や企業、新現役のニーズを満たすことはできない。また、地方都市は大都市に集中している、経験、技術、知識、知恵、人脈を持つ人材を必要としており、加えて中小企業の海外展開には、JETRO(日本貿易振興機構)、JICA(国際協力機構)だけでは地方のニーズはまかなうことが難しい。全国レベルでの人材の行き来が可能なシステムが地方創生にも不可欠である」と主張する。 現在は約4100人の企業OBが登録しているが、保田代表は「これではまだ不十分で、DBの裾野を拡大することで、より広範囲の人材マッチングが可能になる。そのためにも、中小企業庁など国が主体の全国レベルで人材登録ができるようなDBを作ってほしい」と訴えかける。  もう一つのキーワードはこれまで築いてきた地域金融機関との連携だ。これまで、信用金庫、信用組合と連携してきたが、保田代表は「今後はさらに連携の範囲を広げて、第二地方銀行なども含めた、いまの3倍以上の250以上の金融機関との連携を目指したい」という。「交流会」を通じて地域金融機関が中小企業と深いつながりができれば、担保を取って貸し出すという従来の融資方式から、金融庁の森信親長官が掲げている「融資先の事業性評価」にも役立つ可能性がある。融資先の開拓に苦労してきた地域の金融機関にとって、伸びる可能性のある有望企業の発掘にもつながる。 中小企業庁は、13年に中小企業・小規模事業者の未来をサポートするためのサイト「ミラサポ」を創設した。中小企業に関する相談窓口を想定、このサイトを通じて中小企業者の経営相談、情報交換の場を目指してきた。 しかし、同庁が当初想定していた活用には、発展していないようである。新現役の登録数(DB)を増やすことと金融機関と連携した交流会で、中小企業が支援を受ける仕組みを活性化させ、ミラサポとの連携で双方の活性化が図れないかと中小企業庁の担当者と活用方法について話し合っている。保田代表は「国が作った制度を利用すれば信用力があるので、『ミラサポ』との連携を模索したい」と意気込んでいる。2013年12月、中小企業支援サイト「ミラサポ」の活用について、活発な意見交換が行われた大阪市内でのパネルディスカッション 厚生労働省の国立社会保障・人口問題研究所が4月10日に発表した「将来推計人口」によると、働き手に当たる15歳から64歳までの生産年齢人口は、いまの7728万人から50年後には4529万人と4割も落ち込む。人口の5人に2人が65歳以上の高齢者になる勘定で、この人口構成の元で日本経済が底割れしないためには、どうしても高齢者の労働パワーを活用していかざるを得ない。 人口減少時代を迎えて、あらゆる業種で深刻な人手不足の続く日本経済。定年でリタイヤしたとはいえ、60~65歳という年齢はまだ十分働ける年代だ。 実際「交流会」で活躍している新現役の中心層は、65才~75才でありこの人材を定年で区切って埋もらせておくのはもったいない。 陰りが見える日本経済を蘇らせるために大企業の業績を回復させることも必要だが、全国に380万社ある中小企業(このうち325万社が小規模企業者、16年版中小企業白書)を元気にさせない限りは、安倍政権が掲げる地方創生は実現しない。そのためには、まだまだ元気で働ける大企業をリタイヤした「新現役」を積極活用することを国策として推進すべきだ。経産省、中小企業庁、金融庁、総務省など「霞が関」の中央政策官庁は、縄張り意識を捨てて、誰でも登録ができる「人材DB」を構築し、「交流会」というマッチング手法と「地域金融機関」をフルに活用して、企業OBのサポートにより日本全体を底辺から再生させてほしい。

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    1億総活躍社会 高齢者は劣悪な労働環境に放り出される

    働かせて税金も保険料も納めさせるプラン”である。 自民党・一億総活躍推進本部の「65歳以上のシニアの働き方・選択の自由度改革PT」は〈高齢者〉の基準を見直すべきとの提言をまとめた。 そこでは、〈65歳までは「完全現役」、70歳までは「ほぼ現役」、65歳~74歳までは「シルバー世代」として、本人が希望する限りフルに働ける環境を国・地方・産業界挙げて整備し、「支え手」に回っていただける社会の構築を目指す〉と本音を隠そうともしない。 問題は、“年寄りももっと働け”と煽り立てる一方、その労働環境整備が後回しになっていることだ。 60歳以上で働く人の圧倒的多数は非正規雇用だ。中小企業では、「定年前とほとんど同じ仕事をしているのに、雇用形態は嘱託になり賃金は半減した」(都内に住む60代男性)といった批判が後を絶たない。松山1億総活躍相(左から2人目)=2018年1月 本当に60歳以上の労働力を活用したいなら、年齢にかかわらず能力が給料に反映される「同一労働同一賃金」の導入が不可欠だが、その歩みは立ち後れている。 昨年12月に政府が公表した「同一労働同一賃金ガイドライン(指針)案」では、正社員と定年後の再雇用者の仕事内容が同じ場合に賃金差を認めるのか否かについて、「検討を行う」とするだけで、肝心なところを曖昧にした。 安倍政権はこの秋の臨時国会に、労働契約法改正案などの働き方改革関連法案を提出する予定だという。しかし改革が中途半端に終われば、“年寄りは現役時代から激減した賃金のまま働き続けろ”という状態で放り出されることを意味するのだ。【関連記事】■ 働く高齢者から収奪した在職老齢年金1兆円が政府の埋蔵金に■ 定年後は葬式へ行くな 香典は痛い出費で無駄な義理は不要■ 小泉進次郎氏 子育て財源のため「年金返上を」と言い出した■ 貧困高齢者 介護費捻出のため熟年離婚ならぬ“晩年離婚”も■ 公務員に65歳完全定年制導入で生涯賃金4000万円増

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    ホンダカーズ千葉「不条理なジタハラ」の悲劇はなぜ起こったか

    黒葛原歩(弁護士) 最近、「時短ハラスメント」(ジタハラ)という言葉がよく聞かれるようになった。見た目上、従業員の労働時間を短縮していると見せかけるために、仕事の総量を減らさないまま、定時になったら会社から追い出すというような経営者・上司の行動のことを指すようだ。 時短ハラスメントが起こっている現場では、「従業員が会社で行う仕事の時間」が減るだけで、仕事そのものは減っていないので、従業員が持ち帰り残業を強いられたり、中間管理職にしわ寄せが行くなどの弊害が生じる。そもそも時短は、従業員の生活時間を確保したり、健康を維持・増進するために行うものなのに、これでは何のための時短なのか分からない。 形だけの時短を実現しようとして中間管理職に過大な負担がかかった末に、過労自殺という悲惨な結果が生じた事件があった。それが、当職が伊藤大三朗弁護士とともに受任し闘ったホンダカーズ千葉事件である。 この事件では、ホンダカーズ千葉(ホンダ系列の販売会社)の元店長が、部下の残業時間を減らすため、自らが部下の分の仕事を引き取り、持ち帰り残業等も行うなど、極めて長時間の労働を強いられていた。結果、元店長は精神疾患を発症し、最終的に自殺に至った。千葉労働基準監督署は元店長の自殺は過大な仕事が原因であったことを認め、元店長の自殺を労災と認定した。遺族による民事訴訟では和解が成立し、会社側は元店長の自殺の原因が過大な業務による心理的および身体的負荷を受けたことにあったということを認めた。訴訟の和解成立を受け、会見する男性の遺族側代理人弁護士=2018年1月17日、千葉県庁(永田岳彦撮影) 事件は広く報道され、多くの方々がSNS等で、この元店長の置かれた境遇に対し同情的な声を寄せてくださった。その中でも、次のような声が非常に多かった。「うちの現場でも、全く同じことが起きている」 時短を実現しようとして、かえって一部の人に過剰な負担をかけ、揚げ句、過労死に至らしめる。このような悲劇は、2度と繰り返されてはならない。管理職は「定額働かせ放題」ではない 時短を正しく実現するために必要なことは、なんといっても、今ある労働基準法をきちんと遵守することである。 現行の労働基準法において、長時間労働は、割増賃金制度によって抑制されると考えられている。余計な賃金を支払いたくないなら、残業をさせるな、というわけである。ふつう、仕事の時間が8時間を超えれば、集中力は落ちるし効率も悪くなる。ところが経営者は、そのパフォーマンスの落ちている仕事に対して、余計な割増賃金まで払わなければならない。 合理的な考え方をする経営者なら、新たに人を雇って1人の労働者にかかる負担を減らそうとするだろう。これが残業代を通じた長時間労働規制の考え方である。 ところが、この残業代による長時間労働抑制が十分に機能しているとは言い難い。わが国では、どういうわけか、「管理職には残業代を払わなくても良い」という誤解が広く蔓延(まんえん)しているせいである。 たしかに、労働基準法上、「監督若しくは管理の地位にある者」(管理監督者)については、必ずしも残業代の割り増しなどをしなくても良いとされている(労基法41条2号)。しかし実務的には、「管理監督者」に当たるとされる労働者の範囲は極めて狭い。実際の残業代の裁判において、この「管理監督者」に該当するとされた例も極めて少ない。法的観点から言えば、ほとんどの場合、中間管理職に対しては、きちんと残業代を支払わなければならない。※画像はイメージです(iStock) また、「管理職手当」という固定残業代を払ってさえいれば、何時間でも働かせ放題だという誤解もみられる。しかし、固定残業代が有効な残業代の支払いだと認められるためには、その残業代の何時間分の労働時間に当たるか明確化されていなければならない。実際の労働時間が、固定残業代でいわば「前払い」した時間分を超過した場合には、超過分を清算しなければならないというのが、法的には一般的な考え方である。管理職手当を払えば「定額働かせ放題」になるというわけではない。 前述したホンダカーズ千葉の元店長と同じような立場にある方にできるアドバイスとしては、経営者に対し、人員増を行う、業務量そのものの抑制を図る、きちんと働いた分の賃金を要求するなど、「正しい時短」を求めるべきである、ということである。特に残業代請求がきちんと行われるようになれば、経営者は余計な仕事を増やさないために、業務量の抑制に努めるようになるはずである。わが国では、残業代不払いの頻度に対し、これが裁判などで是正される例がまだまだ少ない。幸い、法科大学院や司法試験受験で労働法を勉強し、労働者の味方となって闘うことのできる弁護士の数は増えてきている。職場で行われる「不条理な時短」に対抗するためには、しかるべき賃金の請求を行うことである。「時短せよ」と命じて実現するほど甘くない 経営者に求められるのは、仕事量や人員数、業務効率そのものの改善なくして時短の実現はあり得ないという正しい認識である。中間管理職に時短をせよと命じさえすれば時短を実現できるという甘えた考えを持つことは、厳しく戒められなければならない。 正しい時短を実現するためには、時に厳しい決断を迫られることもある。やろうと思っていた事業拡張ができないという場面もあるかもしれない。しかし、時短の向こう側にあるのは、労働者の健康であり、生命である。はかりにかけるものを間違えてはならない。一人一人の労働者の向こう側には、それぞれの知識・経験・顧客からの信頼があり、それはかけがえのない会社の財産であって、失われたら取り戻すことのできないものである。 ホンダカーズ千葉事件において、亡くなられた元店長は、非常に優秀な営業マンだった。ホンダの優れた車をたくさんお客さまに売り、会社からも顧客からも喜ばれる存在だった。その元店長は、新規店舗開店という業務のために過重労働を強いられ、帰らぬ人となった。※画像はイメージです(iStock) ところが、実はこの新規店舗から約1・5kmしか離れていないところに、既存の別店舗があったのである。どうして経営者が新規出店の判断をしたのか、私には知る由もないが、元店長が亡くなられた今となっては、「その出店、本当に必要でしたか?」と思わずにはいられない。それに、出店なら人員に余裕が出てきたときにやり直しがきくが、元店長が持っていた知識・経験・顧客からの信頼は、取り返しのつかないものである。結果、会社は、もはや1分も働くことのない元店長のために、賠償金の支払いをすることとなった。「誤った時短」が、経営判断としても誤りであったことは明らかと思われる。 人を守ることこそが、ひいては会社を守り、経営を守ることであるのだということを、世の経営者の皆さまには、肝に銘じていただきたいところである。

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    裁量労働より怖い「時短ハラスメント」

    国会論戦は裁量労働制の適用拡大をめぐり与野党の攻防が続くが、働き方改革の号令一下、労働時間短縮を求められた企業では「ジタハラ」という新たな悩みも抱える。「早く帰れ。でも結果は出せ」。具体的な解決策もないまま現場に丸投げする企業も後を絶たないという。ニッポンの働き方はこれからどうなるのか。

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    ジタハラは「サービス残業の強要」と心得よ

    田岡春幸(労働問題コンサルタント) 今国会で、働き方改革関連法案(改正労働基準法ほか)が議論されている。早ければ、今国会で成立し、2019、20年には施行される見通しとなっている。 これまで、日本の「病巣」とされてきた長時間労働は、結果として「KAROSHI」(過労死)という言葉に凝縮され、働き方改革は、いかに労働時間を短縮していくかということを主眼としている。これは、労働者の健康管理という側面から必要なことであることは間違いない。 ただ、働き方改革により、政府の試算では、年間4~5兆円の残業代が削減されるとしている。企業にとっては内部留保が増えるかもしれないが、景気や消費に与える影響は大きい。なぜなら、労働者には実質の賃下げともなり、消費が冷え込む可能性もあるからだ。大体消費税1%分に相当するとみられ、このことを踏まえて、安倍晋三首相は、今春闘に向けて3%の賃上げを企業に要請しているのではないかと考える。 そもそも、長時間労働は、本当に悪で、労働時間減(短縮)が善なのだろうか。確かに働いた分の賃金がしっかり支払われないことは、あってはならない。サービス残業は根絶させなければいけない。本来は、ここをしっかり是正していく必要がある。特に長時間労働でも生産性が向上しない場合は論外である。ダラダラと残業代が欲しいがための残業は絶対に認めるべきではない。 しかし、業界によっては、技術向上のためにどうしても習得しなければならない技術がある。この練習時間まで削り労働時間を削減しろというのは労働者のキャリアアップの側面からも問題ではなかろうか。技術力が落ちれば、当然その企業の利益が減少する。日本経済の停滞にも繋がってくる問題である。(iStock) むしろ企業側が技術練習料を払ってもいいくらいである。働いただけ将来の身になってくるからだ。このままでは、かつての「ゆとり教育」と同じ失敗をする可能性が高い。なれの果ては、技術大国日本の看板を下ろさなければいけなくなる。 そもそも、働き方改革で業務見直しを行わず、残業時間削減だけを行えば仕事が定時に終わらない可能性がある。それでも労働時間削減をお題目として、定時に帰らされる現象が起こる。これを今、「時短ハラスメント」と呼び、多くの企業で蔓延(まんえん)しているようだ。 時短ハラスメントとは、職場において業務時間の短縮を強要し、何があろうと仕事を「時間内に終わらせろ」「残業はするな」と強要するハラスメントである。組織全体のことを考えないと起こりうる現象である。 たちが悪いことに、労働時間を短くすることを強制されながら、業務量は減らない。業務時間中に無理をするか、残業代が払われないことを覚悟しながら持ち帰って作業するしかなく、結果として労働者の不利益になる。労働者はどこかで無理をしなければいけなくなる。 時短ハラスメントは、結果的にサービス残業を強いることになり、一見では分からないが、本来健全であった企業を「ブラック企業」に変えてしまう恐れがあるのだ。では、なぜこのようなことが起こってしまうのだろうか。働き方改革で企業風土が消える? まず、適切な人員配置ができていない。さらに、過度なノルマ設定、行き過ぎた成果主義になっているといった大きくこの二つの理由が考えられる。また重要なのは、管理職が部下の能力の把握や仕事のマネジメントをしていないためである。労働時間の中身(どのような仕事をどのくらいの量・期間でこなしているか)を知らずに掛け声だけでやろうとしていることが多いのではないか。単に時短を叫ぶだけでは、管理職にマネジメント能力がないと言っているのと同じである。 では、どのようにして時短ハラスメントが起きない組織にしていけばよいだろうか。上司が部下の労働時間の管理と中身、仕事の進捗状況を把握し、一緒に考えていくことが重要である。部下は上司に逐一仕事の状況を報告する必要が出てくる。組織としては、人事考課や評価制度を変えていく必要があるのではないだろうか。 現状、「労働時間×営業数字」という評価を採用している企業が多く、評価が労働時間至上主義になっている。労働時間を削減したい場合は、ここを改める必要がある。給与(評価)が下がってまで早く帰ろうと考える労働者はいないだろう。これが、長時間労働を生み出している一つの要因であることは間違いない。 また、労働時間に寄与しない評価基準を今後作成していく必要がある。労働時間を評価から外すことで、真の意味での自由な働き方(働きたい人は働き、多く働かない人は自分のペースで働くこと)が可能になるのではないかと考えている。 時短ハラスメントをしいている企業は、サービス残業を強いているとの認識を持ってもらいたい。サービス残業をさせないためには、組織マネジメント能力が必要になってくることを理解しなければならない。(iStock) やはり、働き方改革で長時間労働を画一的に禁止すると、日本企業の組織体系が画一的になる可能性がある。どこの企業も同じ組織マネジメントをやり、個性がなくなる可能性もある。「企業風土」と呼ばれるものがなくなる可能性も否定できない。もっと企業の自主性に任せたらどうだろうか。 当たり前だが、仕事は内容によって必要な時間は異なる。はたして業種や企業規模を問わずに一律同じ内容の規制でいいのだろうか。何人も「働きたい権利」は、奪うことができない権利だと改めて認識すべきである。

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    日本でジタハラが減らない「お客様は神様」の壁

    はない 日本の時短ハラスメントの原因は、仕事量は減らないのに、政府やメディアが喧伝(けんでん)する「働き方改革」のために、管理職が時短をも実現するプレッシャーにさらされていることだ。 これに対しドイツでは、全ての管理職・社員が「1日の労働時間は10時間まで。土日は働かない」および「1年に30日の有給休暇を完全に消化する」という前提の下に、仕事の段取りを行っている。万一、臨時の仕事が入った場合、社員は「1日10時間までの仕事では、この仕事を納期までに仕上げることは不可能です」と正直に上司に相談する。できないことはできないと正直に上司に告げることは、ドイツでは恥ではないのだ。 ドイツは個人主義が強い社会だ。彼らは長時間労働によって体を壊してまで、企業に奉仕しようとは思わない。仕事を一人で抱え込んで、心身のバランスを崩したら元も子もない。部下から「納期に間に合わない」と告げられた上司は、他の課に応援を頼むなどして、一人の肩に過重な負担がかかることを防がなくてはならない。(iStock) またドイツの管理職は、部下の健康や安全について配慮する義務を負っている。「Fürsorgepflicht(保護義務)」と呼ばれるこの原則も、管理職が時短ハラスメントを行わない理由の一つだ。したがって、上司が新入社員を毎日2時間の睡眠で働かせるようなことはあり得ない。若者たちが、過重労働のために心身のバランスを崩し、自ら命を絶ったり、第一線で働けなくなったりすることは、社会にとって大きな損失である。 ドイツは「能率主義」と「成果主義」の国だ。「頑張る」という言葉はドイツ語にはない。厳しい労働条件に耐えさせて、企業人としての根性を植え付けるという、体育系クラブのような精神主義は、ドイツにはかけらもない。そんなことをしたら、ドイツの若者はさっさと辞めて、別の企業に移る。多くの大企業は、仕事の内容だけではなく労働条件の快適さによって、優秀な頭脳を集めようとしている。 もちろん、ドイツと日本の間には企業文化や商慣習に大きな違いがある。したがって、ドイツのやり方を100%コピーすることは難しい。「おもてなし大国」日本の上質なサービスをあえてドイツの水準まで低下することには、抵抗を感じる人も多いはずだ。 だが日本企業でも、できることはある。社内の会議や報告・相談・連絡にかかる時間を短くしたり、メールの数を減らしたりすることによって、無駄な仕事を減らすべきだ。さらにファイルの共有によって、「仕事が人ではなく会社につく体制」を築き上げることが、長時間労働や時短ハラスメントをなくすための第一歩になるのではないだろうか。

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    「勤務時間外メール禁止法」成立で賛否渦巻くフランス

    宮下洋一(ジャーナリスト) 日本では、連日「働き方改革」について報道されているが、フランスでは、1月1日、「勤務時間外メール禁止法」がスタートした。これは、勤務時間外に仕事用の電子機器の「電源をオフにする権利」を従業員に与え、過労やストレスを軽減させる目的でつくられた労働改革法だ。 スマートフォンの利便性にあやかる一方、仕事と私生活の境界線が失われ、労働者の不満が爆発した。職場生活の質とリスク回避を追求するコンサルティング事務所「エレアス」が実施した昨年10月の調査によると、労働人口の37%が勤務時間外メールへの対応に追われていると答え、幹部クラスになると、その数字が44%に上っていたことが発覚した。 歯止めのきかない状況の中、労働法第55条第3項にある「労働における男女平等と労働の質」が見直され、昨夏、オランド大統領の「働き方改革」の一環として、新法が改正労働法に組み込まれた。 同法は、従業員50人以上の企業が対象で、運用は各社の判断に委ねられる。メールやSMSなどが勤務時間外に送られてきても、読む読まないは社員の自由。メールを開封しなくても罰せられないのが特徴である。(iStock) ECサイト「プライスミニスター」に勤務するアレクシア・ルフブル氏は1日に数百通のメールを受信する。「仕事メールは、週末も含めて毎日、休まずに読める」と皮肉り、「敢えて、読まない時間を作らなければならない」と答えた。 同じく、勤務時間外メール禁止法が施行されたことで、恩恵を受ける労働者は多い。 テレコム会社「ウーロップ」に勤めるビルジニ・レブレ氏(32)は、公共ラジオに向け、「プライベートをきちんと楽しむことによって、仕事に集中でき、効率も上がる。働き続けるためのモチベーションになる」と話し、仕事のめりはりの重要性を訴えた。 しかし、デジタル情報化社会の中で、勤務時間外のメールに応じないことで生じる問題も懸念されている。 26万人の従業員を持つフランス郵政公社「ラ・ポスト」に勤務するフロリアン氏(42)は、こう話す。 「会社のメールに勤務時間以降に対応しない場合、緊急の郵便に間に合わないことがある。結果として、仕事が翌朝に溜まってしまう」 パリ大学のグザビエ・ジュニゴ社会学教授は、ラジオ局「フランス・キュルチュール」の番組で、「必ずしも、(仕事を忘れ)思考をオフの状態にしておくことが良いとも言えない。次にメールを開けた瞬間にもっとストレスになる可能性もある」と指摘した。 大手食品会社の元幹部、ジャン=ジャック・フレッジ氏(51)は、「従業員をデジタルハラスメントや燃え尽き症候群から守るためには画期的な法だ。しかし、立法者側がどれだけ各企業のマネジメントを理解しているかは、甚だ疑問だ」と示唆した。さらに「時差のある海外企業と取引があれば、この法自体がナンセンスになる」と釘を刺した。 今回の法律は、そもそも勤務時間外に残業することに対して、フランス人が日本人以上に抵抗感を抱いているからこそ成立した法律だと言えるのではないか。 労働時間を減らし、仕事から解放される時間を多く持つことが、果たして幸福の証なのか─。フランス人と日本人の労働に対する考え方には、根本的な違いがあるのかもしれない。

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    ニッポンの中間管理職は「ジタハラ」で地獄をみる

    働組合の勉強会で講演する日々が続いている。それだけでなく、経済団体からも講演依頼が増えている。皆、「働き方改革」の根本的・普遍的矛盾に気づき始めたからだ。 「働き方改革」については、厚生労働省が裁量労働制について検討した際のデータが不適切だった件が、国会で問題となっている。当初、2月中の予定だった法案提出も3月にずれ込むことが濃厚だ。 法案は長時間労働是正や、同一労働同一賃金、裁量労働制の拡大や高度プロフェッショナル制度などが抱き合わせになっている。包括的な対策だとしつつも、労使にそれぞれ「あめ玉」をしゃぶらせつつ、反対する項目を飲ませようという意図が感じられる。 しかし、「策士、策に溺れる」とはまさにこのことだ。一本化したがゆえに、与党は窮地に立たされている。2018年2月、厚生労働省のデータをめぐり希望の党の山井和則氏(左)に追及される加藤勝信厚労相(斎藤良雄撮影) これに限らず、「働き方改革」なる俗耳に馴染(なじ)むスローガンの正体が完膚なきまでに暴き出されようとしている。例えば、日本能率協会『第8回「ビジネスパーソン1000人調査」【働き方改革編】』では、約8割のビジネスパーソンが職場での「働き方改革」を実感していないということが明らかになった。 また、あしぎん総合研究所の『働き方改革に関する意識調査』によると、『働き方改革」の企業側の認知度は96・3%であるのに対し、就労者側の認知度は41・3%にすぎないことや、実際に取り組んでいる企業は57・3%となっていることが明らかになった。 「働き方改革国会」と言われる今国会だが、皮肉にもここ数年の「働き方改革」の矛盾がこの時期になって、明らかになっているのだ。この取り組みについての違和感を、労使の立場を超えて今、発信するべきではないか。 国会の論戦にも注目が集まるが、問題は「現場」で起こっているからだ。「働き方改革」が現場丸投げになる中、今そこにある問題が「時短ハラスメント(ジタハラ)」である。これは具体的な対策や配慮がないにも関わらず、現場丸投げで「残業するな」と圧力をかけるものである。 2016年12月には自動車販売会社の男性店長が過労自殺するという事件が起こった。のちに労災認定された。会社側から仕事を早く終わらせろと迫られる一方で、従業員は早く帰せといわれた末の事件だった。 ここには「働き方改革」の矛盾が凝縮されている。「働き方改革」の号令がかかる中、現場に丸投げされる。しかも、目標やミッションを変更させられるわけでもない。要するに、今までよりも速く走れと言っているようなもので、労働強化でしかない。400メートル走の選手に、100メートル走と同じペースで走れと言っているようなものである。「働き方改革」で進む労働強化 ここに根深い問題がはらんでいる。「働き方」を見直そうと言われると、総論では誰も反対できない。ましてや、過労死・過労自死などが起こってはいけない。育児や介護などに立ち向かわなくてはならない労働者も存在する。だから国をあげて「働き方」を議論すること自体は取り組むべきことである。 問題は、皮肉にもこの「働き方改革」なるものが、労働者を苦しめているという現実である。現場に丸投げになること自体から、経営者も納得していないのか、具体的な解決策が見えないことが伺える。 ナチスは「平和の維持」というスローガンのもと「戦争の準備」をすすめた。「働き方改革」の美名のもとで、ますます労働強化が進む現実をわれわれは看過してはならない。 では、どうすればいいか。必要なのは具体的な対策である。 「働き方改革」関連の記事を読むと改革に必要なのは「トップのリーダーシップ」「意識改革」などの言葉が並ぶ。これらの取り組みが必要であることを完全には否定しないが、これこそ「昭和の精神論」そのものである。だいたい、これらが足りないがゆえに改革が進まないのであるから、何も言っていないのと一緒である。珍妙きわまりない情勢認識であり、笑止千万の妄言だ。 これよりも、具体的な対策なのである。まず経営者がすべきは、リーダーシップなる美名のもとでの言いっ放しの号令よりは、具体的な投資である。オフィス、IT、人材に投資するのだ。その意思決定をするのだ。岐阜県内のサテライトオフィスで、画面を見ながら東京にいる社員らとやりとりするウェブ会議サービス会社の役職者 さらに、部門間の連動をトップが仕掛ける。よくこの手の件は、経営トップ、人事部、経営企画室などが推進するが、これらは上からの改革そのものである。だが、実は総務やIT、法務、広報などの連動が必要なのだ。さらには現場の巻き込みだ。現場でもプロジェクト化し、営業部門の中にも働き方改革委員を立てるべきだ。 経営者が管理職に、管理職からメンバーにという丸投げの連鎖を断ち切るためにも、各階層の育成は必要だ。特に管理職の疲弊が指摘されて久しい。彼らの育成とフォローこそ必要であろう。 単に働き方改革の号令だけではなく、役割分担のデザイン、多様な人材の登用、人材のスキルとマインドの向上、具体的な投資、そもそものビジネスの見直しがなければ「働き方改革」は成功しない。 いまこそ、「丸投げ」の連鎖による「ジタハラ」の発生を防がなくてはならない。そして、このような現場レベルの問題を政治家や官僚、経営者に問題提起すべきだ。

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    電通社員の過労死、労働時間より業務内容を見直せ

    員電車に乗らないだけでも精神的、肉体的に楽になるし、閑散期には週休2日にこだわらないようにするなど、働き方を見直すことも、精神的負担の緩和につながる。この事件を機に日本企業がよりよい方向に進むことを願ってやまない。

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    記者はなぜ働きすぎるのか

    記者の現場にも「働き方改革」が押し寄せている。NHK女性記者の過労死は痛ましいが、世の中で起きる事象やネタは待ってくれない。そもそも相手があってこその取材記者。ライバル社を出し抜こうと思えば時間など気にしていられないのも事実である。はたして記者の働き方に正解はあるのか。

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    全国の社会部記者に教えたい「サボりのススメ」

    小俣一平(武蔵野大学客員教授、元NHK社会部記者) 1982年にNHK鹿児島放送局から東京・渋谷の社会部に異動になってから13年間、NHK研修センターの講師に、また95年には、1カ月間新人記者たちにつきっきりで取材の手法を教える特別講師になった。そのとき教えたことの一つに「サボりの勧め」があった。「サボる」というと何かズルをしているような響きがあるが、これは自己による「事故」管理である。 実際に裁判所や検察庁を取材する司法記者時代や自由に取材して回る遊軍記者時代でも、さらにキャップや局内のデスク、報道統括(社会部のニュース責任者)になってからも、堂々と「サボり」を勧めてきた。「隗(かい)より始めよ」とばかり、ポケットベルを切り、率先して都内の銭湯や温泉でひととき休憩を取ってきた。リクルート事件の真っ最中でも、今はなき新宿の十二社温泉に大勢の後輩記者たちと共に風呂に入り、大座敷で昼寝して帰った。手元に95年に入局し、地方局で新米としてスタートしたばかりの記者たち全員に出した暑中見舞いが残っている。東京・渋谷のNHK放送センター=2015年7月(吉澤良太撮影)(前略)気になるのは皆やる気十分な余りハイペースで飛ばしすぎて、疲れがピークに達しているように見受けられることです。これまでは何もかもが初めての体験で、おもしろくて仕方ないうえ、緊張感と若さでどうにか体力も持ってきたと思います。しかしこの連日の猛暑で、体調を壊す人が出てくるやも知れません。自分のコンディションにあわせて独自の取材ペースを作ってください。その意味でも「サボること」「息を抜くこと」を忘れずに。昼間30分でも1時間でも眠れる場所を(クラブでも、自分のアパートでも)確保することです。また休日には涼しい所で、思いっきり眠ることが秋に疲れを持ち越さない方法です。僕は新人時代、夏の疲れと急激な酒量の増加で、11月に突然膵職(ママ)炎になって本当に往生しました。それからは、夏は徹底的に休むようにしています。自己管理=事故管理だと思ってください。 こうした発想を平気でするようになったのは、三つの出来事と「空気」が影響している。記者の発想を変えた「大きな事件」 一つは、昭和52(1977)年に見た『大統領の陰謀』だ。主人公のひとり、ボブ・ウッドワード(映画では、ロバート・レッドフォード)が、大事件の真っ最中に、長期休暇を取って旅行に行くことだった。2日、3日休みを取ることすらはばかられる「空気」があった日本のマス・メディアでは、考えられないことのように思えた。 二つ目は、社会部警視庁担当になってからの「365日夜回り美徳」の「空気」だ。「あいつ、盆も正月も(刑事の家)回ってるんですよ」が褒め言葉になり、キャップやサブ・キャップの覚えがめでたくなる。ところが、大きな事件が起きた。 これが三つ目になるのだが、金沢局から転勤してきたばかりの司法キャップが、過労で倒れ、そのまま亡くなってしまったのだ。ロッキード事件の一審判決を控え、取材やテレビ中継の準備、打ち合わせが連日行われ、その都度反省会と称する酒席が続いていたと聞いた。実は亡くなった当日の未明に、つまり元気な姿で彼を野川に近いNHK寮に送り届けたのが私だった。午前2時過ぎに警視庁からハイヤーに乗り込んだ直後にはもう爆睡していて、到着してもなかなか起きてくれなかった。異動疲れなんだろうなとその時思った。(iStock) 当時のNHKの異動は、年1回の大イベントで、連日名目を変えて、あるいはグループ別に送別会が行われ、しかも局外からもお呼びがかかる。上京してきたら、今度は待ってましたとばかり連夜の歓迎会で、身体的に過労のピークに達している。これが毎年繰り返されてきた。この事件を切っ掛けに、NHKでは異動時期の歓送迎会の自粛が言い渡され、実際に「今回は止めておこう」という「空気」が各局、各部署に流れ実行された。 私は、埼玉県新座市の寮に住んでいたが、夜回り報告で警視庁や渋谷の社会部に上がると毎晩午前1時を回っていた。その頃の社会部は、新聞社の締め切りの午前1時半が過ぎると泊まりのデスクや記者たち、夜回りから上がってきた記者たちが車座になって宴会が始まる。各自で出し合った金で一番下っ端が、局近くの酒屋に買い出しに出て、酒とつまみを買ってくる。酒を飲みながら先輩たちの活躍した取材話に耳を傾けるのはワクワクして愉しいものだった。これは自分を鼓舞する上でも、大いに役立った。だがこんなことを続けていては、あの司法キャップの二の舞になるとひそかに危惧した私は、究極の「事故管理」に乗り出すことにした。「記者の評価は特ダネ」 というのも、先の三つの教訓を精査してみた結果、「記者の評価は特ダネであり、取材の過程ではない」と考えるようになった。そこで誰にも知られず、休息の場を確保することにした。まず取材拠点の霞ヶ関、渋谷の放送センターにも近い場所に「アジト」を構築することにしたのだ。そこでいくつかの不動産屋を周り、一番安い物件を恵比寿の駒沢通りに近い東京恩寵教会付近に見つけた。 当時2万5千円の4畳半一間、ガス台一つ分の台所、バスなし(すぐ側に銭湯があった)、トイレ共同、戦後すぐに建てられたようなバラックのアパートだった。そこは隣の酒屋さんの所有で、表通りからは、酒の箱を山積みしていたり、ビールやカップ酒、ジュースの自動販売機がずらりと並んでいたりして、全く奥が見えない、まさに「アジト」だった。中古のエアコンを買うと夏でも熟睡できるようになった。ここでの暮らしが、その後思いがけない副産物を生むことになるのだが、とにかく「疲れたら眠る」を徹底した。2017年12月、リニア中央新幹線建設工事の入札不正事件で鹿島建設の家宅捜索に入る東京地検特捜部の係官ら(桐山弘太撮影) 3年目になると東京地検特捜部の担当になり、検事の官舎が恵比寿南の、それもアジトから2分の所にあり、副部長の石川達紘さんたちから、「小俣君は夜回りで午前1時過ぎまで張っていて、朝は7時前には自宅前に来ているけど、(健康の方は)大丈夫かね」と心配されたほどだ。地下鉄で霞ヶ関まで11分。まさに天国だった。 アジトは紆余(うよ)曲折があって、その後同じ恵比寿南のマンション、ジョギングができる駒澤大学近く、宮益坂裏の渋谷2丁目、目黒三田、西麻布と変遷を遂げた。とにかく他人の目は、気にしない。他人が責任を取ってくれるわけではないのだから。 夏休みはボブ・ウッドワードの(仕事はとにかく、休暇の取り方)を真似をして、車で北海道一周の旅をしたり、四万十川に遊んだり、京都大原や長野の木崎湖で過ごしてきた。潜水艦「なだしお」の海難事故の時は長野の大町温泉郷にいて、いまさら帰ってもスタートで遅れているんだからタイミングを見て…とばかり洞ヶ峠を決め込んだ。よく寝る記者は良い記者だ 後輩の中には、私が脱帽する優秀な記者がいて、いまはNHK編成の最高幹部になっているが、彼は強制捜査の最中でも、検察幹部に電話をかけて「今どこをガサ(家宅捜索)してるんですか」「逮捕容疑は、①特背(特別背任)? ②背任? ③別の容疑ですか」と平然と聞き、また「①に決まってる!」との回答をつかんでいた。一事が万事そうだったわけではないが、記者クラブで見ている限り、「大胆な奴っちゃなぁ」と私を震撼(しんかん)させた。つまり『パブロフの犬』のように電話をかければ、相手が応じてしまう習慣をつけさせることを後輩の彼から学んだ。 以後私も、取材先には「他社に夜回りしているところを見られるとまずいので、これからは電話にさせてください」と懇願した。顔が見えない分、声の抑揚で緊迫度をつかむ方法を体得した。その分移動せずに、取材先が帰ってきた頃を見計らって夜や朝に電話した。NHKの上田良一会長(宮川浩和撮影) 管理職になると、後輩たちに「サボる」ことを推奨した。渋谷の放送センター地下にある社会部の機材置き場にベッドを持ち込み、昼間でも寝に行った。後輩たちは、私の姿が見えないと「地下部屋だろう」と電話をしてきたし、彼らにベッドを取られると折り畳み式のビニールチェアを買ってきてそれでよく寝た。「よく寝る記者は、良い記者だ」という風潮を作りたかったからだ。 これを許してくれたのが、司法キャップであり、社会部長であり、編集主幹であり、報道局長だった井手上伸一さんだった。だから風邪をひいている記者が、取材に行けないように、配車係に電話して、ハイヤーのストップをお願いしたり、「風邪で来るヤツは(他人に風邪をうつすから)傷害致死だ!」と怒鳴ったりして、局やクラブに来づらくしたものだ。 さて長々とサボってばかりの生活を強調してしまったようだが、「サボる」ためには、批判されないように、仕事をするときは真剣、効率を考えて、工夫しながらよくやった。つまりやるべき時は集中してやる。ダラダラ続けない。「見切り千両」が口癖でもあった。手を抜くときは徹底してサボる、つまり「腹をくくる」ことだ。 結論は、仕事に緩急をつける。キャップやデスク、管理職は率先して「サボり方」を指南する。私のモットー<がんばりすぎない。ちょっとがんばる>ことが、記者生活を健康で、有意義なものにするはずだ。

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    31歳で過労死、佐戸未和さんの命を奪ったNHKに未来はあるか

    堀潤(ジャーナリスト、キャスター) 2013年7月24日、うっ血性心不全を起こして亡くなったNHK記者の佐戸未和さん。当時31歳でした。過重労働が原因で死亡したとして2014年に労災認定を受けました。亡くなる直前1カ月の残業時間は約159時間にのぼったと言います。 NHKがこの事実を公表したのは彼女の死後4年以上が経過した2017年10月4日。なぜ公表が遅れたのかについてNHK側は「遺族の意向だった」と説明していましたが、未和さんのご両親は「事実と異なる」として反論。厚生労働省内で記者会見を開き、再発防止を直接社会に対して訴えました。朝日新聞の報道などによると、会見の中で佐戸さんの父は「未和は記者として、自分の過労死の事実をNHKの中でしっかり伝え、再発防止に役立ててほしいと天国で望んでいると信じる」と語ったと言います。長時間労働で過労死認定されたNHKの佐戸未和記者 =2013年4月、東京都内(NHK提供) 佐戸さんの死を知ったのは、今回の一連の報道がきっかけです。一緒に取材や番組で共演することはありませんでしたが、私がNHKに在職した時期に重なります。 なぜ、彼女は命を落とさなくてはならなかったのか。その原因を考えると、私も長時間労働などを仕方がなく是としてきた局内の空気を醸成した1人なのかもしれない、と胸が詰まる思いです。 私は2001年にNHKに入局し岡山放送局で夕方の報道番組のキャスターなどを担当した後、2006年2月に東京・渋谷の放送センターに異動。夜9時の報道番組「ニュースウオッチ9」の立ち上げから参加し、事件や災害など主に緊急報道の現場を担当しました。 2010年4月からは夜11時台の経済ニュース番組「Bizスポ」を立ち上げ、取材とキャスター業務を担いました。東日本大震災や原発事故後は、夜の生放送が終わった後に深夜東北まで車で移動し、翌朝から夕方まで現地で取材を続け、夜の放送までに戻ってくるということも少なくありませんでした。 東京に転勤してからは恒常的に月の残業時間が80時間を超えていたと記憶しています。選挙前、そして災害が発生したり、通常業務以外に別の番組で自分が提案したニュースリポートを制作する月などは残業時間が100時間を超えることも珍しくありませんでした。当時は「過労死ライン」という言葉を意識することはありませんでした。労使の取り決めで、残業は原則50時間以内におさめるとされていたので、それ以上はサービス残業です。 問題はこの勤務状況での自分の心情です。辛い、苦しい、嫌だという思いよりも、充実していた満足感や達成感の方が先行していました。「選挙や災害報道は公共放送の要」「日々のニュースを追いかけるだけでは不十分。通常業務以外に長尺のリポートや番組をつくってこそ報道の現場」と使命感に燃えていました。休日や寝る時にも携帯電話を握りしめ、緊急報道に対応できるよう心がけていました。実際、東京で住んでいた社宅は「緊急報道用住宅」と言って、休日や深夜も取材や放送対応できる職員が集まって暮らしていた小規模な集合住宅です。深夜でも震度4以上の地震が発生すると黙って局に向かいます。妙な高揚感に包まれた現場 念のためと思い、震度3でもスーツに着替え家を出ることが度々でした。緊急時は混乱を避けるため、電話で上司や局に電話することなく黙って局舎に上がってくるルールになっていました。また、火災や凶悪事件の発生も同様です。上司やデスクから一報が入ると自分のカバンに腕章とハンディカムのビデオカメラを入れて、誰よりも早く現場に駆けつけようと家を飛び出すのが当たり前でした。 さらに、海外で起きた事案にも対応します。2008年9月に発生し世界経済に混乱をもたらしたリーマン・ショック。その兆候はニュースウオッチ9の編集責任者からかかってきた夜中3時の電話でした。「堀ちゃん、なんかニューヨークの市場が大変なんだよ。朝からロケできるところあたってくれる?」。寝ぼけ眼で情報収集をはじめ、当時リーマンブラザーズの日本支店のオフィスがあった東京港区の六本木ヒルズに朝一番で向かって、出社する社員へのインタビューなどを試みたのをよく覚えています。海外で発生した問題でも、日本への影響がどう広がるのか、関連する事柄がないのか現場を探し、取材をするのが業務でした。(画像:istock) 連日の生放送。チーム総力戦でその日その日の困難を乗り越え、報道の使命を果たす。疲労はあっても、妙な高揚感に包まれた現場です。当時からNHKでは不祥事が相次ぎ、受信料の不払いをはじめとした信用の低下もあり、職員一人一人が信頼回復という使命を背負って、純粋に「視聴者の皆さんの期待に応えたい」という思いも共有されていました。放送を乗り切ると、上司や同僚と深夜・早朝まで開いている飲み屋にいって、ああでもない、こうでもないなどと集まることも少なくありません。終わって家に戻るのかというと、仕事が残っている場合は、そのまま局に戻って仮眠をとりつつ次の取材の準備や編集作業を再開します。 「堀、悪いな。働きすぎだよな。サービス残業分はボーナスの査定で還元するから」という上司の言葉は、当時の自分にとっては励みになる言葉でした。2013年4月に退職するまでの12年間がほぼ毎日がこうした日々でした。 ただ、決して管理職たちが長時間労働を野放しにしようという訳ではなかったのも事実です。業務の効率化をはかり、長時間労働を抑制し、職員の健康を守るために、上司たちは常に勤務管理表とにらめっこしながらやりくりをする努力を続けていました。組合も長時間勤務が続いてる職員をピックアップし、経営側に報告をして是正を求めるといったことも、私の職場では行われていました。「休みたくない」「取材がある」と駄々をこねる私に対して半ば強制的に休暇の日程を決めて各番組に通知してくれた上司もいたほどです。過重労働を生んだ風土 また、「ニュースウォッチ9」では「上司が帰らないと、部下は帰れないから」と言って、チーフプロデューサーたちは業務が終わればなるべく引き上げるようにしていましたし、「揚げ足をとるような無駄な反省会はなくそう」と時間を決めて、短時間で集中して前向きな提案が出るような会議に再編していったりと意識改革を進めていました。局内ではうつの問題など、メンタルヘルスを維持するための研修が定期的に施されていましたし、カウンセリングが受けられる医務室の利用も誰からも揶揄(やゆ)されることなく通うことができる空気もありました。実際に心を病んでしまう同僚や先輩も周囲にいました。どうしたら支えられるのか、ということを職場内で話し合うことも何度か経験しています。画像は本文と関係ありません(画像:istock) でも、問題がなかった訳ではありません。NHKの各地域局は限られた人員で独立して動いているのである意味閉鎖的な側面も併せ持っています。たまたま赴任した上司が能力に問題があり、適切な管理が行えずパワハラやセクハラなどが起きてしまうケースもありました。人事異動の季節は誰がここの管理職として赴任するのか、というのは現場の職員にとって最大の関心事の一つといっても過言ではありません。 いい人が来るのか、それともおかしな人が来るのか、結果によっては暗澹(あんたん)たる気持ちになることも在職12年の間でなかった訳ではありません。過度なストレスが原因なのか、それとも指導のつもりで声を荒らげてしまい、それがまた自分を追い込んでいくケースだってあります。私自身、後輩に対してきつい言葉を投げかけてしまったこともありますし、逆に信じられないようなきつい𠮟責(しっせき)を受けたこともあります。 知らず知らずのうちに、過重労働が当たり前という風土を醸成させていったのは他ならぬ私のような職員の立ち居振る舞いかもしれません。使命を持って取り組んでいたはずなのに、いつしかそれが人を死に追いやるような職場環境をつくってしまっていた、そう思うと言葉を失います。 それだけに、未和さんが若くして命を失ってしまった原因が一体何だったのか、その原因を徹底的に調査し、そして職員に周知し、局内全体でエラーを正していく必要があるのは間違いありません。常に番組単位で動いてきた私と違って、1人で責任を負う色が強い記者職の現場が特に心配です。未和さんのお父さまが会見で託したメッセージを真摯に受け止めなくては公共放送に未来はありません。どこまでNHK側がやり切るのか、しっかり見守る必要があります。未和さんが取材した沖縄ヘリ墜落事故 実は、私が運営しているNPO法人8bitNewsでは毎年大学生のインターンたちが就職でマスメディアに記者やディレクター、カメラマンなどとして就職していきます。今回の件もありNHKの地域局に配属されたインターンのことが心配になり先日メールでやり取りをしました。「大丈夫かい? 働きすぎていないかな? 身体あっての取材だから」と質問を送ると、元気な様子でこう返ってきました。「ありがたいことに、とても勤務時間など配慮してもらえているので、のびのび健康に仕事をしています」 本当に大切にしてほしいです。やる気に満ちた、思いのある職員たちがしっかり報道人としての使命を果たし続けることができる職場であってほしいと強く願います。 先日、亡くなった未和さんを学生時代から知る方にお話を伺いました。 未和さんは一橋大学に通っていた学生時代に、学生ラジオ局「BSアカデミア」のニュース班に所属していました。TBSキャスターとして活躍してきた下村健一さんなどが指導にあたったといいます。当時は大学4年生。下村さんはこう振り返っています。毎回僕のダメ出しを受けては悔しがり、うまくいくと満面の笑みを浮かべていた佐戸“みわっち”。念願叶ってNHK記者になってからも、取材相手からの信頼はとても厚かった。 出典:下村健一さんtwitterより 下村さんは2017年7月、メディアリテラシーを伝えるため絵本を出版しました。挿絵には現場から子どもたちにニュースを伝える女性が描かれています。笑顔でマイクを握るこの女性こそ佐戸未和さんです。「みわっちの報道に対する真摯な姿勢を次の世代に伝えたい」。下村さんの絵本には若くして命を落とした彼女への強い思いが込められています。米軍ヘリコプターが墜落した沖縄国際大学で消火作業する消防士ら=2004年8月、沖縄県宜野湾市 そうした中、この10月、沖縄県東村高江集落で米軍の大型輸送ヘリコプターCH53が炎上する事故が発生しました。実は未和さんは2004年8月に沖縄県の沖縄国際大学に墜落した米軍ヘリの事故について現場で取材しリポートを製作しています。「彼女が生きていたら、今回の事故をどのような目線で取材し発信していたのだろうか。きっと伝えたいことがたくさんあったに違いない」下村さんはかつて指導した元学生たちと共に当時のリポートを再び社会に発信することを決めました。BSアカデミアが解散されてからはお蔵入りになっていた貴重な映像です。 下村さんは、私が仲間と運営するニュースメディア「GARDEN」に当時の動画とそれに合わせた記事を寄稿してくれました。こちらに転載します。ぜひ見てみてください。未和さんが丁寧な取材で沖縄の米軍基地の問題を多角的な目線で発信しています。彼女の想いを再び今に。多くの人々に届くことを願っています。

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    ネタのためなら24時間、取材記者に「働き方」はナンセンス

    向谷匡史(作家) 「働き方改革」は喫緊の課題として大いに進めるべきである。政府の狙いは「人口減少に伴う労働力不足を解消するため」であって、労働者の健康を一義的に考えてのことでないとしても、過酷で、生産性のない長時間労働が解消されるなら大いに結構なことだ。 過労死があっていいはずがなく、電通女子社員、NHK女性記者と相次ぐ若い世代の過労死には、メディアを仕事の場とする一人として言葉もない。 かつて高度経済成長時代、ビジネスを戦場に見立て、サラリーマンは「企業戦士」と呼ばれた。身体を壊す者、精神を病む者と〝戦場〟は死屍累々と化した。安倍晋三総理は「モーレツ社員という考え方自体が否定される日本にしていきたい」と発言しているが、これも大いに結構なことだ。 だが、「長時間労働=悪」という一律的、短絡的な考え方に、私は反対である。過労死したNHK女性記者は大変お気の毒だが、ことにジャーナリズムにおいて労働時間を長短で線引きすることは不可能だ。取材対象に〝夜討ち〟をかける途中で、「あっ、時間だ」と、Uターンしていたのでは仕事にはならない。 人に会って話を聞くというのがジャーナリストの基本的な仕事である以上、必然的に「相手の都合」に合わせなければならないし、取材を避けている渦中の人物を直撃するには、深夜早朝の張り込みは必須である。〝夜討ち朝駆け〟は取材の基本であり、「労働時間」に縛られていたのでは仕事にならないのだ。事情聴取を終えた日馬富士の車に殺到する報道陣=2017年11月、両国国技館 (大橋純人撮影) 40余年前、私が新卒で、のちに休刊したナイガイスポーツ新聞社に就職したとき、編集局長からこう言われた。 「記者とスポーツ選手は、親の死に目にあえないと思え」。記事は取材した当人しか書けないものであり、試合は当該選手しか出場できないということから、記者としての責任と自覚を持って仕事をせよ―という檄(げき)である。 若かった私は、そんなものかと聞き流したが、同社を半年で退社し、週刊ポストで10余年を専属記者として過ごしてフリーになってからのこと。「母危篤(きとく)」の知らせを受けるのだが、翌日、締め切りの原稿があり、郷里の広島へすぐに帰ることができなかった。 現在なら、新幹線の中で書いてメールで送ればすむが、当時はそんな時代ではない。徹夜で仕上げ、原稿を渡して新幹線に飛び乗ったが、数時間の差で死に目にはあえなかった。このとき「記者とスポーツ選手は、親の死に目にあえないと思え」という局長の言葉が脳裡(のうり)をよぎったことを覚えている。 ジャーナリズムとは、そういう職種であり、この考え方は40余年がたった今も変わらない。 思い返せば週刊ポスト記者時代は、それこそ24時間が仕事だった。張り込みは日常の取材活動で、芸能関係者はもとより政治家、スポーツ選手、評論家…、事件の渦中にある人たちを追いかけ、張り込み、取材を試みる。時間になったからそこで打ち切るようでは仕事にならない。もちろん締め切り時間のデッドラインまでトライする。労働時間は「自己裁量」 コメントを取るため、寝台列車に飛び乗って取材もする。 内部告発者を説得するため、未明から自宅近くに待機しておいて、早朝散歩のタイミングを狙って同行し、これを何日も繰り返す。反社会勢力の人間を取材するときは酒がつきもので、朝まで付き合って人間関係を構築する。 「あっ、時間だ」と言って席を立てば、相手は青筋を立てて怒り、取材にはならない。 1行のコメント、核心をつくコメントを取るために24時間を費やすのが記者の仕事であると同時に、手抜きして「無理でした」「不在でした」「取材拒否です」と言えば、それでも通る。 労働時間は「自己の裁量」に委ねられるのがジャーナリストという仕事であり、私は自己の経験から、一律に労働時間に上限を設けることに反対する。※iStock かの自民党筆頭副幹事長、小泉進次郎氏が4年前、こんな発言をしている。 東大の学園祭である五月祭で、投資家の瀧本哲史氏との対談イベントのあと、聴衆から「政治家を目指しているが、大切なモノは何か」と問われたときのこと。「体力が一番必要です」と笑顔で応じてから、こう答えている。 「『ウチの会社は週1日しか休みがないブラック企業だ』なんて話を聞きますが、政治家はもっとブラック(笑)。休みなんてない。なおかつ、衆議院には解散総選挙という抜き打ちテストもある。ある意味で非正規職の立場です。そういうリスクを納得して、政治の世界に入らないといけない。僕も政治家の家系だから想定しうる部分はありましたが、入ってみて、予想以上の大変さに日々襲われています。でも結局、自分で決めたことなんだから」(「週刊現代」2014・6・7号) 政治家をジャーナリストに置き換えれば、労働時間の長短で計れない職業であることがおわかりいただけるだろう。  現代社会は多様化の時代だ。性的マイノリティーの存在を認め、「みんなちがって、みんないい」という金子みすずの詩を引きながらも、「働き方改革」となると、「みんな同じで、みんないい」という大合唱になる。 多様性が叫ばれる一方、なぜ「労働時間」だけが一律に長短で論議されるのか。なぜ「みんなちがって、みんないい」という発想をしないのか。0か1かというデジタル時代が、物事の価値観を画一化しているように私には思えてならないのだ。

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    「5時から頑張る」日本人は労働時間短縮が可能か?

    年間働き、1990年からはドイツで27年生活し働いているジャーナリスト。ドイツの生活実感から日本の「働き方」を批判します。 ドイツ人は午後5時まで働き残業をしない。日本人は午後5時から頑張って残業する。ドイツは「時短先進国」で年労働時間1371時間。「長時間労働大国」日本は年労働時間1719時間である。 でも、ドイツ経済は現在絶好調であり、労働生産性は日本より46%も多い。2016年の1人当たりGDPを比べるとドイツ(4万2902ドル=約486万円)が日本(3万8917ドル=約451万円)を上回る。 ドイツでは有給休暇を100%消化することや2~3週間のまとまった長期休暇を取ることが、当然の権利として認められ、実行されている。 著者は過労自殺を生み出す電通を厳しく批判し、ドイツではあのような働き方はあり得ないと批判しています。NHKで働いていたころ、著者も日本流の長時間労働にあけくれ、締め切り間際に、不眠不休の長時間労働に従事したという。 最近、NHK女性記者が過労死したことが報道された。ドイツでは「原稿より健康」と言われて、テレビ放送局でも一日最長10時間の規制は守られているという。また、就業時間以外に仕事のメールを部下に送るのは禁止されており、これは休暇中も同様だという。有給休暇とは別に病気欠勤制度が区別され、ドイツでは有給の病気休暇制度が用意されている。 日本とは、まったくの「別世界」です。 ドイツとは「国民性」も「文化」も違うのだから、「日本では無理だとあきらめる」のが多くの日本人でしょう。しかし、ドイツに住む著者は「違う」と言います。日本でも本当の「働き方改革」を行えば、労働時間短縮は実現できると。ドイツのフランクフルト(istock) ドイツでは、1日10時間を超える労働が法律で厳格に禁止されていることが大きい。ドイツの労働時間法は「1日8時間・週48時間」で「6カ月平均日8時間となることを条件に1日最長10時間までしか働けない」制度です。10時間を超えて働くことは、日本と違ってけっして許されない(適用除外の職種はありますが)。 ドイツでは、国が厳しく企業を監視します。この法律は厳格に適用されます。10時間を超えて労働者を働かせた場合、事業所監督局から最高1万5000ユーロ(約180万円)の罰金が会社に課せられます(場合によっては管理職にも適用)。これが建前だけでなく、実際に多くの企業が摘発されているそうです(病院など)。 さらに、ドイツは産業別労働組合の力が強く、法律よりさらに短い労働時間を定める労働協約が締結されています。例えば、金属産業であれば週35時間となっている。労働時間の上限を10時間に 日本では、「1日8時間しか働かないと言って、顧客からの注文を断ることはできない。断れば、競争会社に顧客を取られてしまう」「年次有給休暇で長期間休むなんて。同僚に迷惑かけるので無理」と考えるのが普通です。しかも、日本の労働組合は力が弱いし、頼りにならない。 でも、だからこそ日本では法律による横並びの規制が絶対必要です。1日上限10時間とすることが絶対必要です。10時間超えて働いたら企業や上司は必ず罰金を払うこととすれば、顧客が文句をいってきても法律だから仕方が無いと断れるでしょう。他の競争会社も厳格に同じ法律が適用されるから、同じ条件となります。 普通の企業で、労働者は1日8時間(上限10時間労働)では本当に仕事が回らないのでしょうか。もし回らないとしたら、それは労働者1人当たりの業務量が過多にすぎるからでしょう。 人口減少時代となり、多くの女性にも労働市場で働いてもらわなければならない。少子化解消のため、子どもを産み育て易い労働社会環境を実現するために「ワーク・ライフ・バランス」は必要不可欠です。男女ともに労働時間短縮の実現こそ、日本社会と経済の発展と維持のために必要です。顧客や経営者・労働者の自発的な「意識改革」を待っていては、永遠に実現しないでしょう。 法律で1日8時間・週40時間を定めるだけでなく、ドイツのように1日の上限時間を10時間とすべきです。 ところが、今の「働き方改革」の労基法改正案では、時間外労働の上限について、月45時間、年360時間を原則とし、臨時的な特別な事情がある場合でも年720時間、単月100時間未満(休日労働含む)、複数月平均80時間(休日労働含む)を限度に設定。 これでは何も変わりません。過労死ラインを超える80時間以上の労働を認めるなんて、あり得ないでしょう。(画像:istock) ドイツ人にできて、日本人にできないわけはありません。ドイツ人も昔から労働時間が短かったわけではありません。1950年代は週50時間を超える労働時間だったそうです。1956年のメーデーでは、「土曜日のパパは僕のもの」というスローガン(「日曜日は神様のもの」ということで週休二日制の要求)が叫ばれました。ドイツの労働組合は週40時間労働時間を強く要求し続け、1984年に金属産業で7週間ものストライキという戦後最大の労働争議がおこり、産業別労働協約を獲得して、1995年には週35時間が実現されることとなったといいます。 労働組合の力が弱い日本では、法律による横並び規制しか道はありません。 労働時間の短縮は「国家」にとって、少子化という「国難」への対応、国力維持・経済発展のために必須であり、「国策」として推進すべき目標です。安倍首相は国策や国難は得意なのに。にもかかわらず、「働き方改革一括法案」の労働時間規制の水準は、悲しいかな「トホホ」の水準です。いつまでも変わらない、このままの日本で良いのか。(ブログ「夜明け前の独り言 弁護士 水口洋介」より2017年11月25日分を転載)

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    成果につながる「がんばり」を 努力は「量」から「質」へ

    。それを強調したくて本書をまとめました。『がんばると迷惑な人』(太田肇、新潮社) 日本の組織にしても働き方にしても、長い間、工業化社会として成功をとげてきたので、その間に身についたモデルがずっと変わらない。ポスト工業化時代に入って、その無駄な面が表面化してきたにもかかわらず、それにまだ十分気付いていない。そうした点に危機感を感じていました。――本書では努力すること自体を無駄と言っているわけでありませんね。太田:子供から大人までどんな世代も目標に向かって努力を重ねることは大切です。私が強調したいのは、努力の「量」を「質」へと変化させるということです。質を考えることなく量だけに集中してきた長年の傾向を見直そうということです――個人的な反省として、受験勉強などで、成果の上がらない間違った方向に力を入れてきた自分としては、本書を読んで身につまされる思いがします。これまでどうして「努力の質」という点があまり注目されてこなかったのでしょうか。太田:私はやはり、農業社会や工業化社会における長い間の成功体験があったからだと思います。技術革新によって、ただ単純に頑張ることで成果をあげられる時代は終わったと言えます。21世紀から世の中は変わってきた――人が頑張ってやってきた仕事を、機械がとってかわる時代になったということでしょうか。(iStock)太田:そうです。一定のゴールや答えが見えていて、ただそちらの方向に進めばいいというのは、機械やコンピューターが一番得意とするところです。これにはIT(情報技術)革命が大きかったと思います。IT革命というと「今頃、何を言っているのか。20年前からある話ではないか」と言われるかもしれませんが、ITが人の能力に取って代わるスピードは加速度的に大きくなってきています。今は人工知能で、小説までコンピューターが書く時代です。私はそうした面を軽視してはいけないと考えます。本当の意味で世の中が変わってきたのは21世紀に入ってからだと思います。――「努力の質」を向上させるために、日常生活で実践するとしたら何が重要なのでしょうか。太田:仕事でしたら、優先順位をはっきりさせることだと思います。重要性をしっかり判断して、無駄な仕事は捨てるか、後回しにする。あるいは機械やITにできることはそれに任せる。人間特有のクリエイティブな能力を発揮出来る部分、そこに能力とエネルギーを集中させることが大切です。――長い間の日本の伝統的な職業倫理や勤労意識の中に、「若いうちは無駄なことも積極的にやれ」みたいな風潮がまだ残っています。こうした意識の部分まで見直すべきなのでしょうか。太田:私は見直すべきだと思います。確かに、長い間いわれてきた道徳観だとか倫理観の厚いカベがあり、それに逆らうようなことをいうと「何事か」と怒られますが、努力の質を上げるという点では、思い切ってそうした面までメスを入れるべきではないでしょうか。――そうでないと生産性はあがらないということですか。太田:そうです。成果につながらない無駄な努力は考え直す。時間も労働力も有限ですから、精神主義のような部分は考え直さないといけない。疲弊するだけで成果があがらなければ、過労死にもつながりかねない。「ブラック企業」なるものが生まれてくる背景には、無駄な精神主義みたいなものが背後にあるからだと思います。日本のビジネス社会がそれをなかなか変えられないのは、そうした風潮を許す人事システムなどがあるからだと思います。努力の質をあげる1つの方法――その点はしっかりしたリーダーシップを持った経営者が変えないといけないということでしょうか。太田:そうです。大事なのは努力の質、そして成果につながる努力、ということを徹底するべきだとおもいます。そうするともっとゆとりのある働き方ができますし、女性も働きやすい環境になるでしょう。同志社大政策学部教授、太田肇さん=2012年3月15日(小野木康雄撮影)――働きやすい環境をつくり、社員の努力の質を上げるには会社はどうすればよいのでしょうか。太田:私は、評価のポイントを見直すだけで、かなり変わるとおもいます。つまり、成果や役割など、「ここを見る」という点をはっきりさせて評価することが大切です。――仕事によっては時間がかかるもの、あるいは時間をかけないと完結しないものなどもあります。お客さん相手の仕事などがそうでしょうが、そうした面はどう考えればよいのでしょうか。太田:対人サービスの部分で、時間がかかるのはしかたありません。ただ、そうでない部分とははっきり分けるべきでしょう。逆に言うと、時間をかけることが必要なのは対人サービスの部分ぐらいです。機械に任せるものは任せる。働き方もITが普及すると、必ずしも出社しなくてもいい訳ですし、今はどこでも仕事できます。必要な時に連絡が取れれば良いわけですから、長時間会社で働く必要性は今後、小さくなるでしょう。――限られた時間で高い仕事の質を実現してゆくことは、働き方の改革という意味でも大事なことだと思います。太田:日本はこれから労働力が減ってゆきます。限られた人数で、どうやって生産性を上げ、成長を続けるか。働き方、人事管理、教育などすべてに関わってくる日本の課題です。そういう意味で、大きな歴史の転換点を迎えているのだと思います。太田肇(おおた・はじめ)1954年生まれ。神戸大学大学院修了。経済学博士。滋賀大学教授などを経て現職。専門は組織論、モチベーション論など個人を尊重する組織の研究。著書に『承認欲求』(東洋経済新報社)など。なかむら・ひろゆき ジャーナリスト。1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など。

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    意識高い言動が息苦しい人には、平凡を極める生き方もある

     過労自死、ブラック企業など私たちの働き方が問われている。フリーライターの神田憲行氏が考える。* * * 先日、「NEWSポストセブン」でもお馴染みの書き手の中川淳一郎さんやオバタカズユキさん、松浦達也さんらとライター仕事のあれこれを話すイベントに一緒に出させていただいた。「WELQ」問題をきっかけに紙からネットへ大転換している自分たちの業界について感じることを話していたのだが、読者のみなさんも電通の過労自死問題など、最近自分の仕事観、働き方を考える機会が増えているのではないだろうか。(iStock) 私はまともな会社勤めの経験が無いので、ビジネス記事の成功者談や有名IT企業幹部の意識高いツイートにふと触れてしまうと、息苦しくなる。みんなが一流を目指さないといけないのか。成功と失敗の間のほどほどの人生もいいではないか。 私と同じ息苦しさを感じている人のために、先日出会った若者の話を紹介したい。 彼はいま20代後半。将棋棋士を目指していたがなれなかった。棋士になるには養成機関である奨励会でで26歳までに四段にならなくてはいけないのだが、その年齢制限にかかって退会となったのだ。10年間かけて自分の夢が叶わないことを確認した。 奨励会の会員はアルバイトと勉強を兼ねて、プロ棋士の対局で「記録係」というのを務める。一手ずつ指し手を記録して、棋譜と呼ばれる公式記録を作る仕事である。あるとき彼は持ち回りで、ほとんど目立たない年配の棋士同士の対局の記録係を務めた。 棋譜は彼のような若い人の教科書にもなる。だいたい見るのは羽生善治氏とか、スター棋士の棋譜だ。記録係も本当はスター棋士同士の対局を担当したかったが、そういう仕事は先に先輩に取られてしまった。「若手棋士とおっさん棋士が対局して、おっさんが吹っ飛ばされている棋譜は見ていました」おっさん棋士の「凄み」 現役棋士のうち、タイトルホルダーどころかタイトル戦の挑戦者にもなったことがない者も大勢いる。実力主義の勝負の世界なので、弱くてクラスを下に留め置かれたまま、歳だけ重ねている人もいる。 彼はそういうおっさん棋士を軽く見ながら、おっさん棋士同士の記録係を務めた。そして驚いた。「この人ら、ものすごく強い」 なにがどう強いのか、彼の言葉を借りると、「当然の手を当然に指す」(iStock) 将棋の指し手には発想の豊かな手を「鬼手」「妙手」と形容したりするが、おっさん棋士の指し手には鬼手も妙手もない。ただただ、プロから見れば「そらそうだよな」と思うような平凡な手を指していく。その代わり悪手もない。素人からすれば外連味の無いつまらない勝負でも、プロになろうともがいている若者だからこそ、その平凡さの凄みがわかったという。「奨励会では実力に波がある人がいます。私もそれが悩みだったんです。強いときと弱いときの差が激しい。だから当然の手を指し続けるこの人たちはすごいなと感心したんです」 平凡を積み重ねていくことの難しさ、大切さというのは、棋士だけでなく他の仕事にも言えることではないだろうか。一流やスターを目指さなくても、二流や三流の生き方を選んでもいい。 私がおっさんになってから気付いたことを20代でわかった彼は、プロ棋士にはなれなかったが全国屈指に入るアマチュア棋士の強豪として、平凡を極めつつある。関連記事■ 羽生善治の強さの秘密を最古参棋士加藤一二三九段が論じた書■ 今冬ドラマに「おっさん」増 背景にリアリティー求める傾向■ 電王戦で注目集まる将棋ソフトの歴史と開発者らの情熱描く本■ おっぱい名言から読み解く「神が女に乳房を2つ与えた理由」■ 自称13000歳の魔天使仮装女 男に酒飲まされあっさり籠絡

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    「正月営業」は日本人に必要ない

    正月三が日でもコンビニの24時間営業や百貨店の初売りは今や当たり前の時代である。ところが、一部の飲食チェーンや携帯ショップでは年末年始の営業を止める動きが広がっている。ハレとケを重んじる日本人にそもそも「正月営業」など必要なのか。この意味を考えたい。

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    「ハレとケ」日本の文化をぶち壊す正月営業なんかいらない

    荻原博子(経済ジャーナリスト) 正月を休業したり、店の営業時間を短くしようというところが、徐々にですが出てきています。私は、こうした流れには賛成です。 なぜなら、「正月くらいは家族と過ごしたい」とか、「早く仕事を済ませて家族との時間を大切にしたい」と思う人も増えているのではないかと感じるからです。 ヨーロッパに行って感じるのは、多くの人が、家族とともに過ごす生活を楽しんでいるということです。 イタリアのフィレンツェ郊外の農家に泊まった時に、一緒の建物だったイタリア人家族と話したのですが、その家族は夏の1カ月のバカンスを、その農園でゆっくり過ごすのだそうです。小さなプールはあるけれど、他にあるものといえば一面のオリーブ畑とぶどう畑。そこを散歩したり、犬と遊んだり、寝転がって本を読んだり、バーベキューをしたり…そうやって1カ月もゆったり過ごすというのは、日本人にとっては考えられないことでしょう。なぜ、そんなにゆっくりできるのかと言えば、夏休みが2カ月もあるからなのだそうです。 そこで、「日本にはブラック企業が多い」という話をしたら、「ブラック企業って何? 黒人だけしかいない企業のことかい?」と聞かれました。「そうではなく、規定の勤務時間外にも過酷に働かせる企業のことだ」と言うと、「そうか。だったら私か勤めている企業も、時々残業させるから、ブラック企業だな」と言うのです。彼は、先週3時間も残業させられたのだそうです。それを聞いて、「いやいやそんな程度の残業ではなく、朝から晩まで休みなく働かせて、そのために体を壊したり自殺する人もいる」と話すと、「そんな企業があるなんて、とても信じられない!」と驚いていました。 日本人は勤勉だから、よく働く。それが、日本人の美徳とも言われてきました。 確かに日本人は、朝から晩までよく働いています。けれど、よく働くからといって、必ずしも生産性が上がっているわけではありません。 経済協力開発機構(OECD)加盟諸国の時間あたりの労働生産性を見ると、日本人に比べてあまり働かないように見えるヨーロッパの人たちの方が、はるかに生産性は高い。表を見るとわかりますが、35カ国中なんと20位。しかも、平均以下です。 ちなみに、2017年に国連で「世界で最も幸せな国」とされたのはノルウェーですが、労働生産性を見ると日本の約2倍。つまり、ノルウェーの人が7時間働くなら、日本人は14時間働かないと同じような生産性を上げられないという計算です。9時〜17時で仕事を済ませて帰宅して家族で夕食をとるノルウェー人に比べて、日本人は、夜の22時、23時まで働いても、生産性では追いつかないということです。 日本の「幸福度ランキング」は51位。ちなみに、若者が「恋愛」「結婚」「出産」「人間関係」「マイホーム」「夢」「就職」の7つを放棄している「七放世代」が多いと言われ、若者自身が自国を「ヘル朝鮮」と呼ぶ韓国ですら、「幸福度ランキング」では日本とそう変わらない55位でした。コンビニ店主の給料が安すぎる 残業する割には生産性が低い日本人ですが、実はサービス業全体が従業員の長時間営業の割に儲かっていません。 日本のスーパーマーケットは、年中無休。コンビニエンスストアは、年中無休どころか24時間ずっと営業しています。こんなに営業しているのだから、さぞかし儲かるだろうと思いきや、それほど儲かっていない。なぜなら、東京などの都心部でもない限り、深夜に買い物に来る客というのはそう多くはないからです。そのため収益が上がらず、深夜営業には人件費がかけられない。そこで、深夜に店に出ているのは、ほとんどが店主なのだそうです。そうなると、コンビニの店主は、友人と夜に酒を飲むということもできないし、家族団欒も中途半端になってしまう。 あるコンビニ経営者に聞いたら、それだけ働いてもコンビニの店主の平均的な給料は500万円前後。600万円あればいい方なのだそうです。 ちなみに、ヨーロッバでは24時間365日営業という店は、ほとんどありません。最近は、一部あるようですが、基本的には、夜は休む、日曜日は休むというのが社会のコンセンサスになっています。ですから、客も開いている時間内に効率的に買い物を済まします。福袋などを求める客でにぎわう日本橋三越本店=東京都中央区(福島範和撮影) 家電メーカーなどは、正月三が日の福袋の販売実績が大きく、かき入れ時なので休めないという店がほとんどですが、こうした状況も、早晩変わって来るのではないかと思います。なぜなら、給料が伸びない中で、最低限必要なものしか買わないという人が増えているからです。しかも、買うならリアル店舗よりもネットという人も増えています。 日本ショッピングセンター協会の年末年始販売統計調査報告では、福袋を販売する店は年々減っていて、販売個数も減少傾向にあるのだそうです。特に婦人衣類関係の不振で売れ残り店舗も出ている状況のようです。さらに、同じ福袋でもウェブ販売の福袋などは伸びているようで、リアル店舗の福袋がECでの福袋にマーケットを侵食されている状況も報告されています。 正月の三が日に店が全部閉まっていたら、初詣の帰りに寂しいという人もいることでしょう。 けれど、個人的なことを言えば、自分がほろ酔い気分で休んでいる三が日に、誰かが休むことなく働いているというのは、ちょっと気が引けます。働き者の日本人が一番楽しみにしていた 実際に、正月三が日を休みにしたことで客から、「元旦から営業しないなんて、どういうことだ」というクレームが来た企業がありました。これに対しての店側の回答がネットでも話題となりました。 店側の回答のポイントは2つあって、(1)三が日以外は毎日営業しているので、せめて三が日くらいは全従業員を家族の元でゆっくりと休ませ、エネルギーを充電して新しい年に向けて全力で頑張ってもらいたいから。(2)自分たちが元旦営業をしていると、メーカーや商品を納入する物流会社の人たちも休めないから。 客を大切には思っているが、同じように、従業員やメーカーなど共に働いている人たちも休ませてあげたいという思いやりの心が伝わる文面であり、確かにその通りだと思いました。 もともと日本では、お盆と正月には、商家で住み込みで働いている丁稚(でっち)や女中も休みをもらい、実家に帰り、家族とゆっくりするという習わしがあります。普段は粗食でも、正月には美味しいものをお腹いっぱい食べられるので、子供たちも正月を心待ちにしていました。また、正月の三が日に食べる「おせち料理」は、いつも忙しく働いている主婦が三が日だけは台所に立たなくてもいいように、保存の利く食材が中心になっています。鳥居に注連飾りを取り付け、迎春の準備をする神職 =2016年12月25日、鳥取市の長田神社 働き者の日本人にとって、正月三が日は唯一、誰もが大手を振って休める休日であり、一年で最も楽しみで幸せな日だったのです。普段着ない晴れ着を着たり、神聖な食べ物である餅や赤飯を食べ、24時間お酒を飲んで酔っ払っていても誰にも文句を言われない。その風習は、日本の文化でもあります。 日本人には、「ハレ(晴れ)」と「ケ(褻)」という伝統的な考え方があります。正月は、この「ハレ」にあたり、普段の生活は「ケ」にあたります。「ハレ」の日は、休んだり楽しんだり遊んだりして、「ケ」の日はしっかりと働く。それは、日本人が生活の中で編み出したメリハリでもあります。 けれど、正月でも休みなく働く人がたくさんいて、おせち料理なども作り置きしなくても元旦でもスーパーで買えるとなれば、こうしたメリハリはどんどんなくなっていくことでしょう。 「1つのスーパーが三が日営業するためには、そこで働く人以外に、多くのメーカー、納入業者が働かなくてはならない。それは、ちょっと気の毒だ」。ひと昔前の日本人は、こうしたことを想像する力を持っていたような気がします。 元旦に店が開いていないからとクレームをつける人には、こうした相手に対する思いやりと想像力が欠如している気がしてならないのは筆者だけでしょうか。

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    正月営業の見直しを「働き方改革」と称賛するメディアの罪

    このような取り組みが散見される。さらには、24時間営業の見直しも行われている。 これらの取り組みは「働き方改革」文脈でメディアに露出する。しかし、これをいかにも従業員に優しい取り組みとして紹介するメディアは罪であり、ミスリードである。その真因にこそ、日本の消費と労働の絶望がある。 特に百貨店の年末年始営業は「働き方改革」文脈だけでは説明できない。ネット通販の台頭、ショッピングモールのアパレル領域の強化、ブランドの路面店拡大などの外部環境の変化もあり、百貨店は、業界そのものの存在意義が問われている。 消費喚起策にしても、年末年始の前からハロウィーン、クリスマスと続いている上、ブラックフライデー、サイバーマンデーなど新手のイベントも現れている。ネット通販会社も年に何度もセールをやっている。さらには、ファミリーセールだってある。ブランドによっては、早期型のプライベートセールを実施するところもある。わざわざ正月にデパートに出掛ける必要はないのである。ブラックフライデーにちなんだセールが始まり、混雑するイオンスタイル品川シーサイド店の野菜売り場=2017年11月23日未明、東京都品川区 人手不足も深刻だ。百貨店ではお歳暮シーズンも含め、アルバイトの確保が困難である。別にこれは労働者に優しい施策であるとは限らず、労働者を採れないという話なのである。もちろん、この手の取り組みは、業態や地域による違いも出ることだろう。ただ、購買手段も、消費喚起策も多様化する中、また、かつて百貨店を利用していた層の高齢化も進む中、年末年始の営業自体の意義が問われているのではないか。 ただ、これを「働き方改革」の先進的な取り組みとして取り上げるのは、やや違和感がある。これは「サービスレベルを見直そう」という意味では正しい。ただ、従業員のためを思った施策というよりは環境の変化による、やむを得ない対応という側面が強いのではないか。 メディアで「働き方改革」の報道を見かけるたびに、脱力してしまうことがある。「それは、働き方改革と呼べるのか?」という疑問である。 始まったばかりの取り組みをあたかも成果が出ているかのように取り上げているものも散見される。社内で賛否両論を呼んでいるがゆえに、メディアにリークをすることにより、世論を味方につけて流れを変えようとした取り組みもある。IT企業や、人材ビジネス企業では、取り組みを事例化し、自社の営業ツールに使っている例も散見される。流行語大賞の場で感じた百貨店の意義 もちろん、それでも働き方改革が進むなら良いのではないかという声もある。しかし、これは改革の目的化だ。働き方改革は、仕事の絶対量や任せ方、クオリティーを見直さずやりくりしているという普遍的・根本的矛盾を孕(はら)んでいる。かえってこの取り組みが、「働き方改革疲れ」を起こさないか、サービス残業を誘発しないかという視点を持っておくべきである。 働き方改革を進める上で、うまく進むパターンについて考えた1年だった。身も蓋もない例の一つが「困っていること」である。売り手市場である上、若者が減っていくという「採用氷河期」である。さらに企業によっては「ブラック企業」イメージがついており、求職者が応募してこないというケースもある。業界、地域、企業規模、職種などの条件によっても、採用は困難となる。地方の中堅・中小企業は常に採用に困っている。IT企業においては、エンジニアの獲得は困難であり続けている。 このように、決定的に困っている場合に人材マネジメントは変化する。なんとしても、人材を獲得し定着させるための試行錯誤が促されるのである。年末年始営業に関連して、今考えるべきことは、サービス業全般で人手不足をどう解決していくかということだろう。困っているがゆえの改革案を期待したい。 話を百貨店の年末年始営業に戻そう。そういえば、筆者は先日、「ユーキャン新語・流行語大賞」の授賞式とパーティーに出席した。『現代用語の基礎知識』の執筆者として招待された。私が担当したページから「プレミアムフライデー」がベストテン入りした。もっとも、好意的な文脈ではなく、バブル期の「ハナモク」のように定着するのかというような、ネガティブな文脈だった。 受賞者は経団連副会長の三越伊勢丹HD特別顧問の石塚邦雄氏だった。いわば、ほめ殺し的、つるし上げ的な受賞にもかかわらず、授賞式にやってきた点はあっぱれである。そう、流行語大賞は否定的なトーンで取り上げる言葉もあり、必ずしも受賞者が会場に現れないのだ。2017年12月、「ユーキャン新語・流行語大賞」表彰式の記念撮影におさまる受賞者ら。前列右端は「プレミアムフライデー」で受賞した三越伊勢丹HDの石塚邦雄特別顧問(松本健吾撮影) もっとも、その場でもプレミアムフライデーについて今後、盛り上げていくというコメントをしていたものの、具体策は乏しかった。いまだに三越伊勢丹HDの特別顧問をしているのなら、自社の宣伝をかねてどさくさに紛れて、こんなことをやっているとアピールすればよかったのではないか。やや論理の飛躍のようだが、ここでも百貨店の存在意義を考えてしまった。手詰まり感があるのだ。インバウンド観光客による需要などもあるものの、逆にこれがなかったらと思うとゾッとする。 年末年始営業の件を「働き方改革万歳」的なトーンで総括してはならない。これは消費喚起策と、人手不足の解決がうまく進んでいないことの証拠なのではないか。

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    元旦営業はもはや非常識? 三が日のコンビニは無人店舗が常識になる

    やアルバイトの人手確保に苦労している。 元日休業が広がった背景の二つ目は、「従業員満足度」すなわち「働き方改革」である。実は、三越伊勢丹HDの大西洋前社長は16年、多くの百貨店が2日に初売りを行う中で、首都圏店舗を中心に初売りを3日とした。そして18年の正月は3が日を休業とし、4日からの営業を検討していた。休日が増加すれば、従業員の意欲向上、引いては顧客へのサービス向上につながると考えたためだ。しかし、実現しなかった。2017年5月、新製品発表会で船井電機の船越秀明社長(右)と握手するヤマダ電機の山田昇会長(左) かつて、ヤマダ電機創業者の山田昇会長にインタビューした際、次のように語っていたのが印象的だった。「元日を休みにできるのは、うちにそれだけの体力があるからです。全店舗が1日休めば、150億円の減収、その利益分は社員2万人分のボーナス分に相当する。それでも休みにしたんです。流通業は、会社への帰属意識が低いといわれます。対策として、従業員満足度を高めることが重要です。『勤めてよかった、自分の子どもにも勤めさせてあげたい』と思われるような会社にするためには、職場環境づくりが大事なんです」 元日休業は、従業員満足度を高め、帰属意識を強めて離職率を下げるための、一つの旗印にはなる。しかし、実現するためには、機会損失を許容できる体力、もしくは補填(ほてん)するための策が求められるわけだ。 ただでさえ、日本のサービス産業の生産性は低い。日本生産性本部の調べによると、わが国の労働生産性は製造業で米国の7割であるのに対して、サービス産業では5割に過ぎず、むしろ格差が年々拡大しているのが現状だ。それだけに、サービス産業の従業員のモチベーションの向上は急務である。 では、どうすればいいのか。人手不足を解消するロボット、モノのインターネット(IoT)、人工知能(AI)などの先進技術を活用したサービスが開発され、実証実験が進んでいる。 例えば、JR東日本は昨年11月、大宮駅で無人店舗の実証実験を行った。客は、入り口に設置されたゲートに「Suica」などICカードをかざして入店する。店内には約130種類の商品が並んでおり、欲しい商品を棚から取るだけでよい。出口に設置されたディスプレーに商品名と合計金額が表示されるので、それを確認し、「Suica」で決済する。AIがカメラを通じて商品を手に取った人を特定し、金額を計算する仕組みだ。「元日休業」に追い込むネット通販の力 このほか、パナソニックはローソンと提携して「レジロボ」を開発し、実証実験を行っている。実験店舗では、商品一つ一つに電子タグがとりつけられている。客が商品を専用のカゴに入れてレジに置くと、「レジロボ」がカゴの中の商品を自動で清算し、袋詰めする。また、ローソンは今年春、深夜から早朝の時間帯のレジ業務をなくす実験店舗を設置する計画だ。来店者はスマートフォンのアプリを使い、自分で商品のバーコードを読み取って決済する。2017年12月、ローソンの実験施設「ローソンイノベーションラボ」を報道陣に公開する竹増貞信社長 これらは、棚卸し作業などがあるために、まだ完全無人化は実現していない。しかし、人手不足解消の手段として今後、有望であることに変わりない。近い将来、正月3が日にコンビニが無人になる日がくるかもしれない。 外食店でも、ロイヤルHDは支払いをクレジットカードと電子マネーに限る実験店舗を設けた。レジ締めの作業短縮など人の負担を軽減するためである。 百貨店や家電量販店においても、カギを握るのは、EC(Eコマース、電子商取引)サイト経由の注文を増やすなど、やはりIT化だろう。アマゾンや楽天、ゾゾタウンといったネット通販が急速に台頭する中、厳しい戦いを強いられている。Eコマースを拡大しているが、まだネット通販大手に対しては劣勢だ。店舗を持つ強みを生かしたマーケティングにより、ネット通販大手に負けない価値を提供すると同時に、店舗や倉庫、物流のIT化やロボティクス(ロボット工学)活用によって、さらなる効率化を図ることが求められる。 近年、インターネットやスマホの普及にともなって、消費行動の構造変化や流通ルートの変化が起きている。総務省の調査によると、2人以上の世帯においてネットショッピングを利用する世帯の割合は、02年にわずか5・3%だったが、その後、年々増え続けて16年には27・8%に達した。つまり、消費行動はリアル店舗での購買からネットショッピングに確実に移っている。したがって、「元日開業」の必要性は明らかに落ちているのだ。 百貨店や家電量販店などに求められるのは、消費者に、より便利により楽しい買い物体験を提供することだ。例えば、それがECサイトで実現するならば、必ずしも正月3が日に営業せずとも、消費者を満足させることが可能なのである。 人手不足や「働き方改革」の流れを、ネガティブにとらえるのではなく、より効率的で便利なサービスを生み出す力へと転換することが求められている。元日休業の是非を問うことは、企業や消費者が、どこまで賢くなれるかを問うことでもある。

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    日本人にコンビニの24時間営業は本当に必要か

    平野和之(経済評論家) 政府の働き方改革、人づくり革命か。はたまた、高齢化、労働人口減少の人件費高騰の負のスパイラルか。サービス業が元日営業や24時間営業の見直しを余儀なくされている。(iStock) また、24時間営業をコンビニエンスストアでも一部見直す動きがあり、これは是か非かという議論も少なからずある。とはいえ、やはりコンビニの24時間営業も徐々に減っていくだろう。その一方で、国では夜間市場拡大などを目指す「ナイトタイムエコノミー」議連が発足し、インバウンド(訪日旅行客)向けの夜間の経済効果5兆円を狙う政策論など、矛盾と期待がはらんでいる。今回はそれらをまとめて考察してみたい。 外食産業などを含めて、元日営業や24時間営業を見直さざるを得なくなったのは、労働人口減少もさることながら、発端はブラック労働問題の方が大きい。特に、ゼンショーが運営する外食チェーン店で起きたワンオペ問題は記憶に新しい。 サービス業は「サービス残業」で成り立つ産業、ブラック労働で労働者の賃金を会社の利益として搾取していたからこそ、成り立っていたなんて皮肉がささやかれるほどであった。今やネット時代、不正は即社会問題に発展するケースも多くなったが、この流れは昨年相次いで発覚した製造業のデータ偽装問題に通じるものがあろう。 かくいう私も残業100時間、200時間も年俸制、成果報酬という大義になれば、自然とブラック労働化させられていた記憶も今は昔である。それが、かっこいい時代もあったが、今はストレス社会、世界の潮流とは逆行している。 ただし、アジアという地域に限れば、それが、文化でもあり、日本がアジアで最初の働き方改革に挑戦しているという見方にならないと、欧米並みの労働生産性は実現しないだろう。 高齢化による労働力不足をカバーし、アベノミクスを成功させる唯一の方法は、労働生産性を引き上げるほかない。その中から出てきた政策が働き方改革であり、人づくり革命である。日本のサービス産業はアメリカのサービス産業の労働生産性の半分程度であり、引き上げる余力が大きいからである。24時間営業のメリットは薄れていく? 大規模チェーン店などの場合、サービス産業で労働者を雇用する場合、8割は非正規労働者である。外食は24時間営業をやめるケースも増え始めた。コンビニなどでは、深夜、早朝に清掃や陳列などを行っているが、夜間の人件費高騰とその業務オペレーティングコストをてんびんにかけた場合、外食は来店者数が明らかにコンビニよりも少ない分、24時間営業を廃止する流れが加速している。 また、人々の生活習慣の変化も、24時間運営のメリットを享受できなくなった要因の一つであり、今後もそのメリットが経営サイドから薄れていくのは間違いない。 労働人口は減り続け、採用コスト、人件費は上がり続ける。内需においては、少子高齢化、高齢者ほど人との交流も減り、夜間の生活習慣は減っていく。むしろ、早朝などライフスタイルの変化が24時間営業の見直しの主犯といえるのかもしれない。 では、元日営業はどうかといえば、これは、2つの側面でのメリットがあると考える。たとえば新年売り出し、1月と2月は長い個人消費の低迷月であり、新年初売りは数少ない稼げる日である。ただ、初売りが早くなり続けたのは、各社がフライングし続けてきた商習慣の結果ともいえるだろう。新春の初売りが行われ、お目当ての福袋を買い求める客=2017年1月2日、東京都中央区の三越日本橋本店(黄金崎元撮影) 消費者が希望したというよりは、サービス業のサバイバル戦術のなれの果てといえるかもしれない。早ければ早いほど、客が集客できたのもまた事実である。その理由は生活スタイルの変化であろう。 おせちは、通販などで購入する時代になり、自分では作らない。昔のようにおせちをつくり、初詣に行くのが当たり前ではなく、今や年末はゆっくり過ごし、正月にはイベントに出掛ける。最近では大みそかまで仕事という人も増えたが、人件費が高騰し、働き方改革が叫ばれる中で、冷静に考えればそこまでやる労力とリターンが見合うのかどうか甚だ疑問である。インバウンドを狙う政府の矛盾 小売店などでは福袋以外は特に売れないわけで、工夫の仕方では、通販による福袋の予約は元旦以外でもできるだろう。しかし、みんながそろってやめれば、元日営業店は残存利益が出る可能性もある。このいたちごっこをどう判断すべきか。ここに働き方改革の方向性が集約されるだろう。 さて、本当に元旦にゆとりをもたせるのであれば、サービス業向けに元日休暇減税など、まじめに議論すべき時代なのかもしれない。 さらに、サービス業の一部では元日インバウンドの恩恵などもある。インバウンドの元日消費といえば、政府も社会も働き方改革を、24時間営業の見直しをという風潮がある中で、ナイトエコノミー議連が発足した。これは、インバウンドの外国人観光客は夜の消費額が大きく、この政策を推進し、経済効果を5兆円引き上げようとする動きである。イギリスでは週末の地下鉄は24時間運転であったり、海外のショーは深夜帯が人気だったりする事例があるとはいえ、日本ではさすがに唐突感が否めない。量販店で自撮り棒の使い勝手を試す外国人観光客=2017年10月3日、大阪市中央区(織田淳嗣撮影) これが成功するかどうかは、IR(統合型リゾート)推進法制定後の動向を見極めるほかない。地方の観光都市では、労働者が高齢者ばかりで、深夜に働き手が集まるとは思えない。都市部でも夜間の労働力をどうするのか、課題は多い。今後、地域の実情に合わせた規制緩和論、財政出動論などが出てくるだろう。 これからの傾向として、24時間営業も元日営業も確実に減っていく。コンビニのFC(フランチャイズ)、ショップの代理店制度など、人件費高騰のリスクを親元が負担する制度を法制化すれば、即座に激減するだろう。 その場合、人の行き来、夜間でいえば光がなくなることでの社会問題、治安などのリスクが高まる。働き方改革と夜間の経済成長力、社会の存続と相反する矛盾をいかに解決できるかに注意していく必要がある。

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    労働力不足で過当競争が沈静化することを祈る

    塚崎公義 (久留米大学商学部教授)前向きに読み解く経済の裏側 日本経済は生産性が低いと言われます。たしかに無駄な会議などもあるでしょうが、過当競争による部分も大きいと思います。過当競争には、過剰なセールス、過剰な値下げ競争、過剰なサービス競争があると思います。かつては過剰なセールス競争が行われていましたし、デフレ時代は過剰な値下げ競争で皆が疲弊していましたが、最近は過剰サービス競争が目につきます。 良いサービスを提供することで顧客が満足し、それによって高い価格を支払っても良いと考えるのであれば、それは素晴らしいことですが、そうでは無いから問題なのです。 自動車各社にとって、セールスパーソンは極めて重要です。自社だけ顧客訪問をしなければ、自動車が売れる確率は大きく低下してしまうからです。そこで、各社ともセールスパーソンを増やすことこそあれ、減らすことは考えにくいでしょう。特に不況期には。(iStock) しかし、日本経済を全体として見ると、異なった景色が見えて来ます。自動車購入を考えている顧客は、誰も訪問して来なければ、自分から販売店に出向くでしょう。自動車各社のセールスパーソンが100回ずつ顧客を訪問したとしても、自動車の売上は1台ですから、全く訪問しなかったと同じです。つまり、セールスパーソンの仕事は日本経済には貢献していないことになります。 そこで、「各社が一斉にセールスパーソンを削減して生産現場に配置換えをする」という案が出て来ます。もっとも、皆が相談しても話がまとまらないでしょう。「他社がセールスパーソンを減らし、自社だけが減らさない」のが各社にとってベストですから、合意を破る会社が出てくる可能性が極めて高いからです。 もっとも、こうした非効率は、インターネットの登場で、だいぶ減ったように感じています。セールスパーソンが顧客を訪問して自社製品の品質を説明しなくても、顧客が自分で各社製品の品質等を比較することが容易にできるようになったからです。これは、日本経済全体にとって良い変化だったと言えるでしょう。デフレの終焉で安売り競争からサービス競争へ デフレ時代は、安売り競争が華やかでした。この事自体は、日本経済全体にとって効率化を進める要因であったはずです。安売りをするために、人件費を切り詰め、そのためにサービスを効率化する事に各社が取り組んだからです。 しかし、バブル崩壊後の長期不況の結果として労働力需給が緩み、安価な労働力が自由に手に入るようになったため、各社が省力化投資に励むインセンティブは削がれてしまいました。「コスト削減のためには、省力化の設備投資をするよりも、安いアルバイトを雇った方が良い」という企業が増えてしまったのです。また、失業が増えると政府が失業対策の公共投資を増やしますし、非効率な企業でも淘汰されずに安い賃金で社員を抱え込むことができるので、これもマクロ的な労働生産性にとってはむしろマイナスの影響を与えてしまったはずです。 しかも、各社とも利益を削っての安売り競争でしたから、各社の企業経営は楽ではなかった筈です。デフレで世の中のムードが暗かったのも、納得ですね。価格競争からサービス競争へ アベノミクスにより一時的に物価が上がったこともあり、世の中にデフレ脱却のムードが広がると、今度はサービス競争が激化しました。同じ物を安く売る代わりに、アマゾンが即日配達を始める等、労働力を必要とするサービスが増加したのです。 アベノミクス以降の経済成長率が決して高くないのに労働力不足が急激に深刻化した一因が、このサービス競争だと思われます。もちろん、底流の大きな流れとしては少子高齢化があるわけですが。 しかし、サービス競争も限界に近づきつつあります。ヤマト運輸が値上げに踏み切るとともに、配達希望時間としてランチタイムの時間帯を指定できなくしました。従業員の休憩時間を確保するためだそうです。深夜営業を取りやめる外食チェーンや元日営業を取りやめる小売なども出始めました。東京・銀座で荷物を運ぶヤマト運輸の従業員=2017年3月 本来、こうしたサービス縮小は、ライバルに客を奪われるので、企業としては避けたいのでしょうが、「背に腹は代えられない」ということで踏み切ったのでしょう。幸いだったのは、ライバルたちも同じように苦しいので、客を奪いに来るよりは、自分たちも追随してサービスのレベルを落とし始めていることです。 値引き競争の場合、片方が値引きをやめるとライバルに顧客を奪われてしまう可能性が高いのですが、サービス競争の場合、今回のようにライバルも自分と同様に労働力不足に悩まされている場合には、追随してくる可能性が高いのです。そして実際、ライバルが追随している事例が相次いでいます。 そうなると、次々と過剰サービスからの撤退が始まるかもしれません。「我が社は深夜労働はさせません。ライバル企業の従業員の皆さん、我が社に移って来ませんか?」といった宣伝をする企業が出てくるかもしれないからです。 深夜労働からの撤退は、客を奪われるリスクよりも従業員をライバルから引き抜けるチャンスとなり得るのです。反対に、ライバルにとっては深夜営業の継続は、客を奪うチャンスよりも従業員を奪われるリスクとなりかねないのです。 過剰サービスは、「皆でやめれば怖くない」のです。業界全体の売上高が減るわけではなく、業界全体のコストが抑制され、業界各社が潤い、業界で働く人々の環境が改善するならば、それは素晴らしいことです。大いに期待しましょう。つかさき・きみよし 久留米大学商学部教授。1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

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    28歳の女医があえて「Dr.コトー」を目指したワケ

    山本佳奈(青空会大町病院医師) 「より多くの医師が地方に行きたいと思う仕組みが必要だ」 こうした対策を求める声が、医師の偏在対策をめぐる議論の中で相次いでいるという。南相馬で働く私には、こうした発言が全く理解できない。 私は、福島県南相馬市にある青空会大町病院で勤務している3年目の内科医だ。南相馬市立総合病院での初期研修を終え、3年目の医師としてスタートさせた矢先、同じ市内にある大町病院の常勤内科医がいなくなってしまうと聞いた。内科を受診できなくなっては、住民の方の健康を守ることはできないと思った私は、少しでもお役に立ちたいという一心で手を挙げた。津波で全ての家が流され更地になった集落。左奥には唯一残った「一本松」があり、海岸線では防潮堤の工事が進む=2017年2月、福島県南相馬市 大町病院の常勤内科医は私一人。いよいよ12月中旬には、非常勤の内科医もいなくなってしまう。そうなると、週10コマの外来と、15名程の入院管理、さらに月5回の当直をこなさないといけない。それが、南相馬の現状だ。 「やはり、医師を地方に強制的に派遣する仕組みを作らないと、医師不足は解決しないのではないか。」という声が聞こえてきそうだ。だが、考えてみてほしい。縁もゆかりもなかった地域での勤務を強制させられた医師が、その地域でずっと住民の健康を守りたいと思えるだろうか。 医師の偏在解消策の一つとして検討されている案に、若手医師の「僻地(へきち)勤務の義務化」が挙げられているという。私は、この話を聞いてあぜんとした。もしも、そんなことが義務化されたとしたら、選択肢が無数にある中で医師という職業を選択する自信が、私にはない。 医学部受験の時は、何としても医師になりたいという一心で勉学に励んだ。医学生になってからは、目の前の試験に追われながら、医学を知るようになり、医療を知るようになった。そして、いろんな医師像があることを知り、自分はどんな医師になりたいのかを真剣に考えるようになった。 だが、医学生の私がみていた医療は、大学病院中心の医療でしかなかった。病気を治すだけでなく、住民の健康を守るという役割も医師が担っていることを、地域医療に携わって初めて知った。また、南相馬にやってきて初めて、関西ではクリニックや医師を自分の意志で選択できるという恵まれた環境で育ったことに気がついた。 医師になってからは、主治医としての臨床経験を一例でも多く積むことを考えるようになった。患者さんのことはもちろん、患者さんと家族の関係や、家族の思いは、医学知識をいくら詰め込んでも分からない。やりとりを重ねることで、医療を学び、その地域の考え方や文化や歴史に触れ、自分もその地域に受け入れてもらえるようになってきた。新しい地域に慣れ、地域に溶け込むには長い歳月が必要であることを、慣れ親しんだ地域を離れることで痛感した。強制でやりがいを見出せるのか 好きでもないことを「やりなさい」と言われ、泣く泣くやった、なんて経験は誰にでもあると思うが、「僻地勤務の義務化」はまさに同じことだと思う。私だったら、モチベーションが維持できず、やりがいを見失ってしまうだろう。何よりも、地域の人の健康を守っていく責任は負えない気がする。 他にも、「地元出身者を医学部入試で優先する枠の増加」が、医師の偏在解消策の一つとして検討されているという。だが、この案は7年も先の将来の進路を高校生に迫るだけでなく、さまざまな地域に飛び込むチャンスを奪い取る案でしかないと思う。 医学部受験の際、奨学金貸与を検討したことがあった。「地域医療に強い意欲を持ち、卒後県内の病院で勤務する意思を有する者に対しては、県より医師養成奨学金を与える」というものだった。医師になるためには、医学部に進学するしかない。医者になれるなら、どこの大学でも、どんな制度でもいいという一心だった高校生の私には、「卒後数年間は、県内で勤務せねばならない」ということも重みを理解できていなかった。 一般枠で合格し、すっかり制度自体を忘れていたが、大学5年生になり、卒後の進路を考え始めた時、いわゆる「地域枠」という縛りが自分にはなくてよかったと実感した。もちろん、地元の医療を支えたいという強い意志を持ち続け、自ら地元に残ると言っていた同期もいた。河合診療所の山本均院長から話を聞く 三重大学医学部の学生たち=2016年9月、伊賀市 だが、医学生ながら医療の実態を垣間見て、私はどこでどんな医師になりたいのかを考えたときに、働く場所が定められていることは選択肢を大幅に狭めることに、その時初めて気がついた。医師になりたいという一心の高校生に、医師免許をあげるから県内に残って医師として働きなさいといっているにすぎなかったのだと、ようやく分かったのだった。 今では、卒業と同時に生まれ育った関西を離れたことは、とてもよかったと思っている。先入観や固定観念を持っていたことに気づき、地元関西の良さを再確認するきっかけにもなった。たくさんの出会いもあった。異なる環境に身を置くことは、つらいこともたくさんあったが、それ以上に自分自身を成長させてくれるチャンスを与えてくれると実感している。 医師として地域に飛び込み、地域に溶け込み、地域に根ざし、住民の健康を守ることは、制度で縛ることも強制することもできない。自ら志願して来てくれた医師と、来させられた医師の、どちらに診てほしいだろうか。どちらの医師に、自分の命を預けることができるだろうか。若手医師に僻地医療を強制させよと議論している人に、そういう視点が欠けている気がしてならない。

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    介護施設で働く外国人ってどうなの?

    2017年11月、外国人技能実習制度に介護職が追加され、深刻な人手不足に悩む介護業界は大きな期待を寄せる。一方で、コミュニケーションが中心で高齢者の健康に深くかかわる介護職を、外国人に任せられるのか、不安視する声があるのも事実だ。そこで、約10年前から積極的に外国人スタッフを受け入れている山梨県の介護施設を取材した。■動画のテーマはこちら

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    「介護移民」受け入れを甘くみるな

    日本で働きながら技術を学ぶ外国人技能実習制度の対象職種に「介護」が新たに加わった。深刻な人手不足が続く介護の現場では期待も大きいが、一方でわが国の移民政策に直結する重大な問題でもある。移民の受け入れを拒否し、労働力だけ確保するという「ご都合主義」の政策で本当に大丈夫か?

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    大移民時代に突入した「亡国のニッポン」を憂う

    三橋貴明(経世論研究所所長) 現在の日本は、財務省主権国家であり、政商主権国家でもある。とにもかくにも、財務省の緊縮財政路線が強要され、国民が貧困化し、同時に人手不足が深刻化し、政商たちが「外国人労働者」の受け入れビジネスで利益を稼ぐスキームが成立してしまっているのだ。 政府の目的とは、ビジネスでも利益でもない。経世済民である。国民が豊かに、安全に暮らせる国を作る。これが、経世済民の精神だ。 それに対し、自らのビジネスにおける利益最大化のみを目的に、政治を動かそうとする政商と呼ばれる連中がいる。代表が、竹中平蔵氏が代表取締役会長を務めるパソナ・グループだ。さらには、自らの出世のこと以外には眼中になく、ひたすら緊縮財政路線を推し進める「亡国の省庁」たる財務省。 日本は財務省と政商たちに都合が良い政策「のみ」が推進され、国民が貧困化すると同時に、移民国家への道をひた走っているのだ。 筆者は10月31日に小学館から刊行した「財務省が日本を滅ぼす」に、「2018年度は、診療報酬と介護報酬が同時に改定される、6年に一度の年となる。財務省は、もちろん診療・介護報酬の『同時引き下げ』を目論(もくろ)んでいる」 と、書いたのだが、予想通り来た。 10月25日の財政制度等審議会(財務大臣の諮問機関)において、財務省は医療および介護サービスの公定価格を見直す報酬改定について、いずれも減額を要求してきたのである。すなわち、診療報酬と介護報酬の同時引き下げだ。 ちなみに、介護報酬引き下げの理由は、財務省に言わせると、「15年度の改定時に、基本報酬4・48パーセント削減という大幅なマイナス改訂をしたが、さらに削減が必要。介護サービス全体の利益率は、中小企業の平均よりも高く、おおむね良好な経営状況である」というものだった。生活習慣やルールの違いなどについて説明を聞く外国人職員ら =2017年5月31日、島根県出雲市 財務省の緊縮財政により、日本の総需要の不足は続き、デフレからの脱却が果たせないでいる。需要が拡大しないデフレ下では、中小企業の利益率は落ちていき、赤字企業が増えていかざるを得ない。介護産業は、15年度の介護報酬減額で利益が一気に減ったとはいえ、まだ「プラス」である。だから、さらなる減額、と財務省は言ってきたわけである。 財務省の緊縮財政路線でデフレが深刻化し、中小企業の利益が減った。結果、介護の利益率が中小企業平均を上回る状況になったため、デフレ化政策たる介護報酬引き下げが強行される。これが、現在の日本の姿だ。 現在、介護職の有効求人倍率は3倍を超え、産業としては医療や運送、土木・建設を上回り、日本で最も人手不足が深刻化している。理由は、単純に給料が安すぎるためだ。悲惨な介護職の平均給与 介護職の平均給与は、産業平均と比較し、女性が月額▲3万円、男性が月額▲10万円と、悲惨な状況に置かれている。その状況で、財務省は「利益率が高い」などと言いがかりをつけ、介護報酬を削ろうとしているのだ。 2016年度の介護関連企業の利益率にあたる収支差率は、全介護サービスで3・3パーセント。介護報酬減額(15年)前の2014年度の7・8パーセントから、大きく落ち込んだ。 この状況で、さらなる介護報酬削減に踏み切ると、どうなるか。高齢化で需要が増え続ける中、介護報酬が削減され、今度こそ介護は「赤字が常態化」する業界になる。そうなると、事業を継続する意味がなくなるため、日本は介護の供給能力が激減し、高齢者が介護サービスを受けられなくなる形の「介護亡国」に至る。(当然、日本のデフレ化も進む) あるいは、介護事業者がさらに給料を引き下げ、人材の流出(というか「逃亡」)が加速することになる。図 日本の介護福祉士登録者(左軸、人)と介護福祉士の従事率(右軸) 出典:厚生労働省 現在、介護福祉士として登録している「日本人」は140万人を超す。それにも関わらず、従事率は55%前後の横ばいで推移したままだ。 さらに不吉なことに、2017年から介護福祉士の国家試験への受験申込者数が急減している。社会福祉振興・試験センターによると16年度は16万919人だった受験者が、17年度は7万9113人と、半減してしまったとのことである。政府の介護報酬削減(2015年)で介護が儲からない産業と化し、就職すると「貧困化する」という現実を、介護産業への就職志望者たちが知ってしまったのではないか。 本来、介護産業における人手不足は、介護福祉士の資格を持っていながら、業界で働いていない「日本人」を呼び戻すことで埋めるべきだ。とはいえ、そのためには介護報酬を引き上げなければならない。すると、財務省の緊縮財政路線とぶつかる。「財務省主権国家」では、介護報酬の引き上げはできない。むしろ、介護報酬は引き下げられ続ける。すなわち、介護サービスの給料はさらに低下し、日本人が逃げる。「ならば、外国人を雇えばいいではないか」 ということで、17年11月に外国人技能実習生制度の、介護分野への適用につながるのだ。介護分野が技能実習生制度に解放されたことを受け、デイサービス大手のツクイが、ベトナムから年内に約150人を、学研ココファンも、2020年までにミャンマーや中国などから120人程度を受け入れる予定とのことである。もう後戻りできない そもそも「技能実習生」は外国人労働者ではない。先進国である日本が、アジア諸国から「実習生」を受け入れ、現場で働くことで技能を身に着けてもらう。通常3年、最長5年間の「実習」の終了後は帰国させ、祖国に貢献してもらう。これが技能実習生の考え方だ。 とはいえ、今回の外国人技能実習制度の介護への適用は、明らかに「人手不足を補うための外国人労働者受け入れ」である。何しろ、介護の有効求人倍率は3倍を超えるのだ。しかも、対人サービスとしては初めての技能実習生受け入れとなる。 介護分野における人手不足の原因は、政府が介護報酬削減を続けるため、十分な給与を支払えないことだ。解決策は、介護報酬拡大(および人件費に関する規制強化)であるにも関わらず、そこからは目をそらし、国民的な議論なしで対人サービス分野において「移民」の大々的な受け入れが始まる。わが国は、恐るべき国である。 ちなみに、「移民と外国人労働者は違う」といった詭弁(きべん)は通用しない。国連は、出生地あるいは市民権のある国の外に12カ月以上いる人を「移民」と定義している。経済協力開発機構(OECD)の定義では「国内に1年以上滞在する外国人」が移民だ。1年以上、わが国に滞在する外国人は、全てが「移民」なのである。もちろん、介護分野に流入する技能実習生も、れっきとした移民になる。介護施設で利用者を介助する外国人スタッフ=2009年9月25日  現在の安倍政権は、恐るべき熱心さで日本の「移民国家化」を推進していっている。安倍総理は、保守派の政治家と思われている。普通、国民や国家を重要視する「保守派」の政治家は、移民受け入れに反対するはずなのだが、とんでもない。日本の憲政史上、安倍内閣ほど移民を受け入れた政権は存在しない。2012年には68万2千人だった日本の外国人雇用者数は、2016年に108万4千人に達した。4年間で、およそ1・6倍にまで増えたのだ。 特に、今後も人手不足が深刻化することが確実な介護分野において「移民」受け入れを決めてしまったことは、将来に重大な禍根を残す可能性が高い。 現在は、介護サービス業が試験的に技能実習生を受け入れているだけだが、今後も「外国人労働者」の需要が拡大すると、なし崩し的に規制緩和が進み、やがては「ヒトの売り買い」で儲けるパソナをはじめとする大手派遣業者ら「政商」が市場に参入してくることになる。政商たちの手により、世界中のあらゆる地域から、「安く働く外国人労働者」を日本の介護分野に大量供給されていく。 やがて、わが国の国民に、「介護? ああ、外国人が働く業界ね」といった認識が広まり、日本の介護サービスは移民無しでは成り立たない状況に至る。 そこまで行くと、もはやポイントオブノーリターン(後戻りできない地点)である。われわれは日本国の二千年を超す歴史上初めて「移民国家、日本」を将来世代に引き継ぐことになってしまうのだ。 将来の日本の教科書には、2017年11月1日の技能実習制度の介護分野への適用こそが、日本の本格的な移民国家化の始まりだったと書かれることになる。 本当に、それでいいのだろうか?

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    「移民拒否」の日本が介護危機から脱出する方法はこれしかない

    山脇康嗣(弁護士) 介護分野への外国人労働者の受け入れが拡大している。これまでは、インドネシア、フィリピン、ベトナムとの経済連携協定(EPA)に基づく特例的な枠組みの中で、EPA介護福祉士しか受け入れてこなかった。しかし、今年からは、一定の要件を満たす外国人が、在留資格「介護」や在留資格「技能実習」で介護職に従事できることとなり、間口が一気に広がった。介護老人保健施設「ウェルケア悠」でアルバイトとして働いているインドネシア人留学生スリスティヨリニ・ノフイさん=2017年1月、奈良県大和郡山市 それぞれの制度の内容は、複雑でわかりにくいが、大きな視点でみると、「介護分野の人手不足対応」と「アジア健康構想の推進」という趣旨で統一的に理解できる。 EPA介護福祉士の枠組みは、一定の要件を満たすインドネシア、フィリピン、ベトナム国籍者が対象となる。在留資格「特定活動」により、最長で5年間、まずは日本の介護施設等で介護福祉士候補者として就労しながら、日本の介護福祉士の国家資格を取得するための研修を受ける。その後、介護福祉士の資格を取得できた場合には、引き続き日本で就労できるというものである。本来的には2国間の経済連携の強化を目的とし、各国300人という年度ごとの人数枠がある。 さらに、2016年入管法改正(今年9月施行)により、新たな在留資格「介護」が設けられた。これにより、日本に留学して介護福祉士養成施設を卒業し、介護福祉士の資格を取得した外国人が、介護の業務に従事することが可能となった。介護分野における外国人留学生の活躍支援を直接の目的としている。この法改正を受け、介護福祉士志望の外国人留学生が、5年で30倍と急増している。  さらに、今年11月には、在留資格「技能実習」に介護職種が追加された。これにより、最長で5年間、技能実習生として、介護施設等においてOJTで介護に必要な技能を学ぶ。同一の作業の反復のみによって在留資格が習得できるものではないが、単純就労的な側面は否定できない。 現在、介護保険法によって、入居者3人に対して、1人の介護職員もしくは看護職員を配備しなければならないとされているが、実習開始後6カ月経過した時点から、実習生もこの職員配置基準にカウントできる。また、離職率が高い介護業界にあって、実習生は、制度上、少なくとも3年間は自己都合による転職がない。本来的には、技能実習制度は、人材育成を通じて開発途上地域等へ技能を移転し、国際協力を推進することを目的としているものの、これらの理由から介護事業者が実習生の受け入れに強い関心を寄せている。人手不足解消だけではない 在留資格「特定活動」(EPA介護福祉士)、在留資格「介護」および在留資格「技能実習」は、細かくみれば、それぞれ趣旨や目的が異なるようにも見えるが、大きな視点でみれば、「介護分野の人手不足対応」と、「アジア健康構想の推進」が目的であるということで共通している。以下、この視点で説明する。(iStock) まず、日本の高齢化社会の実情から考えると、2015年には、1947年~1949年生まれの団塊世代の全員が、前期高齢者(65~74歳)となった。2025年には、団塊世代の全員が75歳以上の後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、人類が経験したことのない超高齢社会に突入するといわれている。いわゆる2025年問題であり、医療・社会保障財政が破綻の危機を迎えるほか、厚生労働省の推計によれば、38万人の介護職員が不足し、このままだと多数の介護難民が発生すると見込まれている。現状でも、介護分野での人手不足は深刻であり、離職率も依然として高い(昨年度16・7%)。 前述した3つの枠組みでの外国人登用は、この人手不足への対応という側面がある。もちろん、日本人介護従事者の待遇改善による人材確保が優先であるが、それだけではとても間に合わず、外国人を受け入れざるを得ない状況なのだ。 また、アジア健康構想とは、日本が先行する介護の技術やシステム(地域包括ケアシステム、自立支援介護サービス)をアジアの諸地域に輸出するという政府が強く推進している官民連携のプロジェクトである。アジアにおいて、急速に進む高齢化に対応した健康長寿社会の実現を目指した取り組みであり、アジア地域全体の持続可能な経済成長を支援する目的がある。さらに、日本の介護事業者のアジア地域進出を後押しする目的がある。 アジア地域では急速に高齢化が進み、2035年には、アジア地域の高齢者率は約20%に達し、高齢者向け市場は約500兆円になると見込まれている。高齢者向け市場とは、医療・医薬産業、介護産業および生活産業を指す。 日本では、今後も高齢化率は上昇するものの、2025年以降は65歳以上の高齢者数の増加は頭打ちとなり、その後、高齢者数は横ばいとなり、2042年以降は減少に転じると推計されている。そのため、日本国内の高齢者向け市場も、ある時点以降は縮小傾向となり、アジア地域への事業進出による新たな市場開拓を検討せざるを得なくなる。また、日本の介護保険財政が逼迫(ひっぱく)しているため、事業者は、介護保険制度による介護報酬の増加を見込めない状況にある。よって、事業者は介護保険外での収入の確保(収益源の多角化)を図る必要があり、そのため、官民一体となって、日本の優れた介護システムをアジアに輸出し、アジア地域に介護産業等を興すことを狙いとしている。大きな問題は起きないのか? 日本の介護事業者がアジア地域に進出するためには、当然、日本式の介護システムを習得した現地人材の育成や、その人材の環流が必要不可欠である。こういった観点から、政府は、介護職への外国人受け入れの間口を広げている最中である。つまり、介護分野において、アジアから日本への留学生や技能実習生を増やし、母国帰国後に、現地施設での即戦力となってもらったり、経営に参画してもらったりすることを可能にするための法改正を行っているのである。介護福祉士の国家試験に向けた講習で、休憩中に記念写真を撮る外国人の候補生=2017年5月、大阪市 しかし、このように外国人人材の介護職への受け入れを推進していくことで問題は起きないのだろうか。 まず、EPA介護福祉士については、公益社団法人国際厚生事業団が唯一の受入調整機関として、厚生労働省等と連携しながら運営しており、人権侵害や事故発生等の大きな問題は起きていない。そのため、今年から、介護福祉士資格取得後は、施設内介護のみならず訪問介護に従事することも解禁された。介護福祉士候補者の介護福祉士国家試験の合格率も、基本的に上昇傾向にある(最新で49・8%)。 次に、在留資格「介護」は、介護に必要な知識を体系的に学ぶ養成施設を卒業し、介護福祉士国家試験に合格した者のみが対象となっており、一定程度以上の専門性が制度的に担保されている。さらに、日本の専門学校等に通学している間に、アルバイト活動を行えるため、それにより、言語化されない日本社会のルールや「空気」を読む力など日本独特の文化に触れる機会を得ることもできる。したがって、チーム作業である介護業務に従事しても、大きな問題は起きないのではないかと考えられる。 懸念が残るのは、技能実習制度による受け入れだが、2016年に新しく成立し、今年11月から施行された技能実習法が規定どおりに厳格に適用されるのであれば、大きな問題が起きる可能性は高くない。確かに、技能実習の3年目までは、自己都合による転職が基本的に認められておらず、その意味で完全な労使対等が実現しないから、人権侵害等の問題を引き起こす要因となりうる。 しかし、技能実習法は、そのような3年目までは完全な労使対等が実現しないことを前提としつつ、それでも問題が起きないようにするために、刑罰規定を含め、極めて厳格な規制を行っている。さらに、介護職種については、コミュニケーション能力が重要な対人サービスであり、また、事故が起きたときの被害が深刻であることから、他の職種に比べて、かなり厳しい上乗せ要件が規定されている。現実的な解決手段 具体的には、実習生に一定の日本語能力が求められているほか、実習生の受け入れを認められる機関もかなり限定されている。そのため、法律の規定どおりに制度が適用されるのであれば、これまでより問題は減少すると考えられる。介護現場で働く外国人の国家資格取得に向けた講座が開講し、講師の説明を受ける受講生=2017年4月、仙台市宮城野区 日本では、単純就労的(現業業務的)な分野での外国人労働者については、期間限定のローテーション型の受け入れしかありえないであろう。単純就労に従事する外国人を、広く一般に、定住を前提として受け入れるための制度的基盤は整っていない。それになにより、全面的な移民を解禁することに対して国民の合意も形成されていない。したがって、少なくとも現時点においては、単純就労に従事する外国人の定住を前提とした全面的な受け入れは無理である。技能実習制度を批判するのは簡単だが、他に方法がないのが現状だ。 技能実習法が規定する技能移転による国際協力を目的とすることと、適正な技能実習実施の結果として国内産業の人手不足の解消にもつながることは、必ずしも矛盾しない。日本の外国人政策として、単純就労従事者は原則として受け入れず、生産年齢人口の減少については、基本的には生産性の向上や女性・高齢者の活用での解決を目指す。しかし、それを前提としつつも、著しい少子高齢化の中で、国内産業の空洞化を防ぎ、国の経済力を全体として継続的に維持するためには、適正化を図った上での技能実習制度が現実として必要不可欠だ。ICT技術やロボットの活用を図るとしても、直ちに人手不足を解消するほどに生産性が向上するわけではないし、そもそも、それが適さない分野もある。技能実習制度を廃止することは、単純就労者を全面的に受け入れることにつながるが、そのような国民的コンセンサスはできていないし、今後も無理であろう。 これまで述べたとおり、介護分野における喫緊の人手不足に対応する必要がある。また、一定時点を越えると日本国内の介護市場が縮小してしまうことも懸念される。さらに、事業者が介護保険報酬だけに頼らず、収益源を多角化するために、官民連携してアジア健康構想を推進する必要がある。それを実現するためには、介護分野の現地人材育成と環流の促進が不可欠である。外国人にとっても、自国で介護産業に就くことが可能になり、日本での学習、技能実習および就労が、キャリア形成の柱となる。さらに、アジア地域において関連医療や生活産業が興ることで、高齢化対応の経済・産業構造になり、国際貢献にも資する。 したがって、日本は、入管法や技能実習法を厳格に適用しつつ、問題が起きないか細心の注意を払いながら、介護分野への外国人労働者の受け入れを、慎重かつ確実に進めていくほかないといえる。

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    外国人にとって日本の介護現場は本当に魅力的なのか

    小山朝子(介護ジャーナリスト、介護福祉士) 「人材不足」と「低賃金」。この二つの問題に帰結する介護の記事を目にするたびに「またか」と思うようになってきた。こう書くと問題に直面している方々から批判を受けそうだが、それを承知の上で本音を吐露した。 「人材不足」と「低賃金」は数値で示すことができるが、数値で示すことができない課題もあり、そうした課題をていねいに拾っていくことが「介護職が辞めない」職場をつくるための本質的な課題なのではないかと感じている。 外国人を介護職に受け入れる取り組みに関しても、「介護人材の不足を補う存在」として、数に焦点を当てて論じられている。2017年11月から施行された「外国人の技能実習の適正な実施及び技能実習生の保護に関する法律」についてもしかりだ。 この「外国人技能実習制度」は発展途上国の若者を受け入れ、実践的な技能・知識を学び、帰国後、母国の経済発展に役立ててもらうことを目的としている。従来は農漁業や製造業といった職種において実施されてきたが、このたび「介護」が加わった。対人サービスのジャンルでは初となる。(iStock) 同制度では、これまで長時間労働や残業代の未払いなどの劣悪な環境のほか、実習生の失踪者の増加など数々の問題が浮上している。そのため、外国人技能実習生の受け入れを予定している施設からは、文化や価値観の違いを踏まえた教育ができるか不安の声もあがっているようだ。 今年7月、私は外国人介護職の受け入れに成功している施設があると知り、担当編集者とともに山形県内にある特別養護老人ホーム(以下、特養)へ取材に出向いた。特養は利用者の介護を看取りまで行う施設である。 この特養で取材したのはEPA介護福祉士候補者(以下、EPA候補者)の外国人だ。EPAとは、国・地域の間で、関税を引き下げて貿易を自由化するだけでなく、お互いに投資や人の行き来をしやすくして経済の結びつきを強める包括的な協定だ。EPA候補者は、日本の介護施設で就労、研修をしながら、日本の介護福祉士資格の取得を目指す。業務の統一につながる受け入れ 現在までのEPA候補者の受け入れ国はインドネシア、フィリピン、ベトナムの3カ国。2008年から2016年度までに2777人を受け入れ、542人が資格を取得した。取材した特養は2010年から現在に至るまでEPA候補者の受け入れを行っている。同施設が受け入れに成功している背景には以下のようなポイントがあった。・外国人介護職の技術指導を統括するリーダー職を配置している・施設内で外部講師を招き、日本語を学ぶ機会を提供している・施設近くに宿舎があり、職場から通いやすい環境を整えている・メンタル面でのサポートは地域で暮らす同じ国の出身者に依頼している・同じ県内に住む外国人介護職員同士の交流会なども開催している 実際に同施設の施設長は、取材時「とにかく急いで人材不足を解消したいという短絡的な考えで外国人介護職を受け入れたのでは成功はしない」と繰り返し話していた。 また、現在同施設で働くインドネシア人の男性は「日本の介護施設で質の高い介護を学び、将来は自国で介護施設を建てたい」と夢を語ってくれた。彼の発言に対し、施設長は「その夢が叶えられるよう支援していきたい」とこたえていた。 日本の国家資格である介護福祉士の資格取得を目標に掲げ、介護施設で就労・研修に励むEPA候補者と外国人技能実習生とではそのモチベーションに温度差があることは否定できない。これまで外国人技能実習生の多くは出稼ぎ目的で来日し、「介護」に対する意識が低い外国人も少なくないとの指摘もある。 しかしながら、受け入れに成功している上記の特養の取り組みと心構えは、これから外国人技能実習生を受け入れようとしている施設にとっては指針となりうるのではないか。 EPA候補者の斡旋等の業務を行う公益社団法人国際厚生事業団(以下、事業団)による調査(2016年)では、施設がEPA候補者を受け入れた目的として「人材不足解消のため」との回答と並び、「職場活性化のため」という回答が上位だった。 さらに、EPA候補者受け入れを「良かった」と評価している点については、「教えることで日本人職員自らも基本を見直すことができた」「介護記録の記入を容易にする工夫など業務の標準化が進んだ」といった意見があった。後者の「標準化」とは、提供される介護サービスのばらつきを抑えるため、介助方法を業務手順として統一化することである。特別養護老人ホームで介護福祉士として働くフィリピン人=愛知県武豊町 私は現在東京都福祉サービス第三者評価の評価者として評価業務(事業所の組織経営や提供されているサービスの質を評価する)を行っている。この評価の項目の一つに「標準化」があるが、都内においても標準化が十分に整備されている施設はわずかであるといっても言い過ぎではない。利用者に対する介助方法の指導は「私がやっているのを見て覚えてね」というOJT(職場内訓練)が主流であるところが、今もなお少なくない。 「Aさんが着替えの介助をしてくれるときは痛みを感じることはないのに、なぜかBさんが介助をしてくれるときは腕が痛くなるのよね」と利用者が不満を漏らす事態が起きる。人が行う行為なのでいたしかない部分はあるが、利用者にとってはAさんが介助をしてもBさんが介助をしても、同じように痛みを感じないのが望ましい。量よりも質向上が重要 冒頭で、介護現場には「数値で示すことができない課題がある」と述べたが、上記の事例のような標準化も、その一つである。今後外国人を職場に受け入れようとする施設は、「人材不足を解消するため」という視点のみならず、自らの施設で行っている介護サービスの質を省みる機会と捉えてみることをおすすめしたい。 例えば、自分たちが提供している介護の技術をわかりやすい日本語で解説した「手順書」のようなものを作成することが可能かどうか。一人ひとりの職員が思い思いの方法で介助をし、情報の共有がなされていなければそれを作成することは不可能だ。 外国人の実習生に介護の知識や技術を伝達することは、自分たちの日頃の業務を振り返るきっかけとなり、サービスの質を向上させるヒントとなりうる。むろん、手順書を作成する時間を確保するには業務の効率化をはかることも求められる。 介護は単純労働ではない。とくに認知症の高齢者が増加している昨今、プロとして介護を行うには相応の知識や技術が必要だ。外国人技能実習制度による人材を「使い捨て」のように考えていたのでは信頼関係は構築できず、継続的な受け入れは困難になる。(iStock) 外国人技能実習生のみならず、彼らを受け入れる日本人職員もともに成長できるような関係性が望ましい。介護職が働きやすく、向上心がもてる職場づくりは、外国人を雇用している、していないに関わらず、現在の日本の介護現場が抱える課題であるといえる。 私が2009年に台湾の高齢者施設を視察した当時、台湾人の介護職とともにインドネシアやフィリピンからやってきたという介護職がはつらつと働いていた。取材に応じてくれたインドネシアの女性は「お給料は欠かさず家族に仕送りしているのよ」と話してくれた。あのまぶしい笑顔は今も覚えている。 諸外国と比較しても日本の介護サービスの質は高いという評判はしばしば耳にする。世界に誇れる介護サービスを提供し続けるためにも、介護現場の課題が「量的確保」のみならず、「質的確保」の面からも論じ、検証されていくことを期待したい。

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    K・ギルバート氏「参政権付与は忠誠誓った帰化人に限定せよ」

     安倍政権が推進する「移民受け入れ」政策は、はたして日本の国益に繋がるのか。40年近く日本で暮らす弁護士でタレントのケント・ギルバート氏(64)が、「在日外国人」の立場からあえて移民問題に斬り込む。* * * 私は移民の受け入れを頭ごなしに否定するつもりはない。むしろ、受け入れ態勢の拡充や、法整備を前提とした議論は大いにすべきだと考えている。ちなみに私は人生の半分以上を日本で過ごしてきたが、帰化はしていない。在留資格は「定住者」で、日本で働くために5年に1度、就労ビザを更新している。 だが、日本が現状のまま無条件に移民を受け入れることには反対だ。なぜなら、受け入れ側も、日本に来る外国人も共に不幸になることが目に見えているからだ。(iStock) 安倍政権は少子高齢化による労働力不足を補うため、介護や建設などを受け持つ「単純外国人労働者」や、高い技術や知識を持った「高度外国人人材」の受け入れを進める方針とされる。 しかし、安直な外国人労働者の受け入れは日本社会を大混乱に陥れかねない。 まず懸念されるのは治安の悪化だ。例えば第二次大戦後、トルコ系を中心に多数の外国人労働者を受け入れたドイツでは、経済成長が止まっても労働者が帰国せず、二世、三世として住み着いた。技術を持たない彼らの暮らしは貧しく、貧困が犯罪の温床となり、治安が急激に悪化した。 日本には開発途上国の外国人が農業や建設業などで働きながら技術を学ぶ「技能実習」制度があるが、これを利用して来日した外国人の失踪者は2015年に5800人を超え、過去最多を記録した。国別では中国が3116人で最も多く、2011年からの5年間で失踪した中国人実習生は累計で1万580人に達した。 失踪者の多くが不法滞在となり、犯罪予備軍になるとの指摘もある。外国人労働者の受け入れが増加すれば、こうしたリスクが増す。 治安面だけでない。安価な労働力の増加は自国民の労働賃金を押し下げ、暮らしの悪化や景気低迷を招く。ゆえに現在、移民の多い米国や欧州で「反移民」「反外国人労働者」が声高に叫ばれているのだ。 一方で、政府は高度外国人人材が永住許可を得るため必要な在留期間を現行の5年から大幅に短縮する「日本版高度外国人材グリーンカード」構想を掲げる。だが永住権を取得して日本に住み続ける外国人が増えれば、彼らの社会的影響力が増し、やがて参政権の付与を求める声が出てくるのは間違いない。これは極めて危険な兆候だ。子ども手当554人分申請子ども手当554人分申請 歴史的に民族間の争いや宗教対立と、ほぼ無縁だった日本では、「性善説」を前提に法律や制度を制定し、権利の乱用や悪用に注意を払わない傾向がある。一例をあげると、2010年に当時の民主党政権が子ども手当を導入した際は収入制限や人数制限がなく、海外に子供がいる在日外国人も申請できた。 すると兵庫県尼崎市に住む韓国人男性が、「妻の母国であるタイに養子縁組した子供がいるから」と、554人分の子ども手当を申請しようとした。さすがに却下されたが、これが子供5人分程度なら問題なく受理されたはずだ。 また、日本の難民認定制度は2010年3月に運用が変わり、難民申請から半年経てば国内で就労できるようになった。認定まで申請から半年~1年ほどかかるが、不認定となれば再申請でき、その間はずっと働き続けることができる。 このため就労目的の偽装申請が急増し、制度が改正された2010年に1202人だった申請数は右肩上がりで増え続けた。2016年は統計開始から初めて1万人の大台を超えたという。 このように合法であれば堂々と権利を行使するのが世界の常識であり、“みんな善い行いをするはずだ”との性善説は通用しない。 特定の地域に言葉や常識の通じない異民族が集まってコミュニティを作ると、密入国者や不法滞在者が群れを成し、地元の警察官すら近寄れない無法地帯となる。そんな地域に住む外国人に参政権を与えたら、日本国内に外国人自治区を設けるようなものだ。 こんな愚策に賛成するのはよほどの愚か者か、日本を壊したい勢力の回し者であり、参政権の付与は日本に忠誠を誓って帰化した人間に限定すべきである。異民族との交流が苦手な日本では文化や宗教面での衝突も避けがたい。 例えばイスラム教徒は一日に複数回の礼拝のほか、豚肉や飲酒の禁止など生活習慣上の厳しい戒律が多い。彼らが、「受け入れ側の受忍は当然の義務」だと主張すれば、日本社会に溶け込むのは容易でない。(iStock) もちろん、そうした点は相互理解で補えるし、イスラム教自体は平和な宗教だが、日本に住むイスラム教徒がシャリーア(※注)と呼ばれる厳格な法律を貫けば、日本人や他の在日外国人との間に深刻な溝を生み出すことが懸念される。(※注/イスラム教徒の実生活を宗教的に規制する法。「イスラーム法」とも呼ばれる。礼拝や断食を定めるほか、軽犯罪には鞭打ち、窃盗には手首切断の身体刑を科すなど、厳格な刑罰があることでも知られる。) 移民を認める前提条件は、彼らがその国の法律や習慣を尊重し遵守することだ。これは移民を考える上で非常に大きなポイントである。【PROFILE】ケント・ギルバート●1952年、米国アイダホ州生まれ。ブリガム・ヤング大学在学中に19歳で初来日。1980年、大学院を修了し、法学博士号と経営学修士号、カリフォルニア州弁護士資格を取得。東京の弁護士事務所に就職し、法律コンサルタント、マルチタレントとして活躍。『日本覚醒』(宝島社刊)、『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社刊)、『日本人は「国際感覚」なんてゴミ箱へ捨てろ!』(祥伝社刊)など著書多数。関連記事■ 中国人がスペインで飲食店や風俗店買収し始め地元民に警戒心■ 外国人参政権 基地抱える等安全保障が絡む自治体は議論必要■ 在日朝鮮人・韓国人へのヘイトスピーチについて石原氏の見解■ 外国人労働者と労働者不足に悩む国同士はWin-Winの関係■ 移民受け入れなら東京五輪後失職外国人を税金で面倒見る必要

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    コンビニより薄給! 外国人労働者しか日本を救えない介護の現実

    中村聡樹(医療介護ジャーナリスト) 介護人材の不足は、新聞紙上で語られる以上に深刻度を増している。 新卒学生の募集では、大手企業が内定のピークを迎える6月ごろの段階で、介護事業者への応募はほとんどないというのが現実である。企業から内定を受けられなかった学生が、仕方なく応募してくる9月以降からが採用活動のピークとなっている。もちろん、早くから介護の仕事に就きたいと考える学生もいるが、大半は就職先がなくて介護業界の門をたたくというケースが多い。 「必要な人数を確保するために、採用基準を低く設定することになり、結果的に優秀な人材を得ることは難しくなっています。就職しても3カ月くらいで辞めていく学生も少なくないですね」と介護事業者の採用担当者は語っている。 苦労して集めた人材も、仕事がきつく給料が安いという環境では長続きしない。多くの介護施設や訪問介護事業者が、年中、人材募集を行っている。転職やパートの募集に加えて、最近では定年退職したシニアを募集のターゲットにしている事業者も増えている。定年制を廃止して、働く意思があればいつまでも働ける環境整備に力を入れる企業も増えてきた。 しかし、これほど努力を重ねても人材不足の解消には至っていない。今年4月にオープン予定だった特別養護老人ホームが、半年たっても開業できないなどという事態も起こっている。表向きは工事の遅れが理由となっているが、実際は、人材確保が進まず施設をオープンできないというのが本当の理由である。 オープンまでこぎつけた施設でも、人材不足の影響で、すべての居室を稼働させることができないケースもある。入居待ちの高齢者の数が40万人以上といった報道もあるが、受け入れをしたくてもできない施設がかなりの数にのぼっていることはあまり知られていない。(iStock) 一方、東京や大阪など都会の事情と地方ではその深刻度が大きく違う。地方では本当に人材が集まらない。コンビニエンスストアで働く方が時給の高い地域も少なくない状態で、人材確保は、ほぼ不可能な状況に追い込まれている事業者もある。介護と看護のミスマッチ こうした状況を解決するために、外国人の介護人材に期待する声は大きくなっている。経済連携協定(EPA)によって、平成20年から外国人看護師、介護福祉士候補者の受け入れがスタートし、10年目の今年は、フィリピン、インドネシア、ベトナムから約850人の外国人労働者が日本にやってきている。介護人材確保が難しくなっている背景から、今年は、全国で1900法人が受け入れを希望したが、多くの事業者がEPAによる人材を確保できていない。過去10年間の実績がない法人は、受け入れ希望を出しても人材が回ってこない状況となっている。 さらに、今年の11月からは、技能実習制度を利用して外国人人材を受け入れる制度に「介護」の項目が加わり、期待が集まっているが、どれくらい人材確保が進むか未知数である。同時に、入国後に職場からいなくなってしまう事例も多数報告されていることから、外国人の受け入れに伴うリスクへの対応を考えると、一気に介護人材の充足までには至らない可能性も高い。 私は、介護の現場に外国人の人材確保を進めていくという考え方には賛成であるが、その受け入れ方法については、多くの疑問を持っている。外国人の入国に際して、多くのリスクを考慮する必要は認めるが、設定された条件は決して理にかなったものとは思えない。 今回実施される技能実習では、語学力が日本語能力試験N4レベル以上であり、母国で看護や介護の経験を積んでいる者が対象となっている。しかし、アジア諸国において、日本以上に高齢化が進んでいる国もなければ、高齢者施設などの施設が充足している国もない。そこで、ある程度の経験値を持った者を探すとなれば条件は非常に厳しくなる。各国ともに、看護師の養成学校は数多く存在するので、日本にやってくる人材の大半は看護師資格を持つ人材となる可能性が高い。 しかし、看護師としてやってきた人材が、日本で介護の仕事をさせられるとなると、その段階でミスマッチが起きることは容易に予想される。看護師としてのプライドを傷つけられたといった反応を示す者も過去のインタビューで何人か出会ったことがある。理屈をこねる必要はない それ以上に不思議なことは、受け入れ側の日本が外国人介護士人材の受け入れの理由として「日本で介護の技術を学び、母国に帰ったときにその技能を生かせることを目的とする」ということを示しているということだ。技能実習後に、海外に技術移転をするという考え方であるが、移転する「場」は海外には不十分である。アジア諸国の高齢化が深刻化するには早くても10年はかかる。 日本に長く滞在するためには、研修期間中に日本語レベルを上げ、さらに介護福祉士の取得、大学や専門学校への進学などステップアップすることが求められている。しかし、日本にやってくる外国人の大半が、そこまでのスキルアップを求めていないのが実情で、決まった期間にできるだけお金を稼ぎたいというのが本音でもある。 日本が設定した受け入れ基準とやってくる外国人との考え方には大きな溝が生まれている。私は、もっと素直に、介護人材不足に陥っている窮状を訴えて、助けを求める姿勢を示すべきではないかと思う。 高齢社会の諸問題に、どこの国よりも先に直面している日本が、どのように難題を解決していくのか、多くの国が注目していることは事実だ。であれば、その大変さをきちんと伝え、外国人人材の助けも借りながら問題解決を図っていく姿を見せることが必要である。困っているのに、どこか「上から目線」の人材受け入れを続けているようでは理解が得られない。(iStock) 不足している人材を海外からの人材に頼ることは恥ずかしいことではない。彼らの働く環境を整え、きちんと賃金を支払い、日本人と変わらない環境で働いてもらう体制づくりを早急に整える。その中で、いくつもの失敗を経験しながら、外国人労働者の受け入れのノウハウを構築すべきだ。先に、理屈をこねて体制を整える必要はない。 私が長年お付き合いしている社会福祉法人は、この10年間で多くの外国人を受け入れてきた。そこで、多くの失敗も経験したが、今では日本語学校も設立し、現在70人以上の外国人が働いている。日本人スタッフとのコミュニケーションも問題なく、法人全体の雰囲気が明るくなった。 こうした成功体験を参考にして、外国人労働者が介護の現場で働くことのできる環境作りを目指すことが重要である。先を見据えた政策は必要ない。介護問題はこの10年間が勝負である。

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    自由が人・モノ・カネをもたらす象徴的都市・バンクーバー

     経営コンサルタントの大前研一氏が主宰する企業経営者向けの勉強会「向研会」では、毎年秋に1週間ほど海外への研修旅行を行っている。今年は、成長著しいアメリカ西海岸北部のシアトルとカナダ・バンクーバーを訪れた。大前氏が、バンクーバーの強みについて解説する。それは、米・トランプ大統領の方針により、アメリカ人の雇用を増やすため、専門技能を持つ外国人向け就労ビザ「H-1B」の審査が厳格化され、海外の人材がアメリカで働けない事態になっている件とかかわっている。* * * もともと私がバンクーバーを視察先に選んだのは、日本の経営者たちに自然が豊かなカナダの魅力を知ってもらいたいと思ったからだが、今はこの国の人材の豊かさが、トランプ政権の移民対策と人手不足に悩むIT企業にとって大きなメリットになっているのだ。 バンクーバーでは、いわば無限に人が採用できる。そのため、マイクロソフトは3000人の人材プールをバンクーバーに作ると発表しているし、(シアトルに本拠を構える)アマゾンが最大5万人を雇用するとされる第二本社の候補地としても取り沙汰されている。カナダ・バンクーバー(iStock) カナダのトルドー首相は、ツイッターで「迫害、戦争、テロから避難してきた人々へ。信仰にかかわらず、カナダはあなた方を歓迎します。多様性は我が国の強みなのです」というメッセージを投稿し、難民・移民を歓迎する姿勢を打ち出した。「カナダは違いがあって“も”ではなく、違いがある“からこそ”強くあることを学びました」とも述べている。実際、カナダは毎年25万人以上の移民を受け入れ、国内の多様性を生かしたイノベーションによってグローバル化を推し進めている。 その象徴的な都市がバンクーバーである。ここは、シアトルと同じく、住環境が非常に良い。ダウンタウンから海と山が見え、鮭をはじめとする魚介類は旨いし、夏はウォータースポーツやトレッキング、冬はスキーが楽しめる。英誌『エコノミスト』の調査部門が発表した「世界で最も住みやすい都市ランキング2017」では、オーストラリアのメルボルンとオーストリアのウィーンに次ぎ、僅差で3位に選ばれている。 地元の広報担当者に同じ移民国家であるアメリカとの違いを聞くと、こんな答えが返ってきた。「アメリカに来た人たちは、みんな一刻も早く“アメリカ人になろう”とする。社会がアメリカ人であることを要求するからだ。しかし、カナダは“カナダ人になる”必要がない。それぞれの国の人のままでかまわない。だから精神的にものすごく楽で、居心地が良い」 これは一面で真実であり、カナダの素晴らしさである。実際、バンクーバー都市圏の人口約270万人のうち、中国人が約50万人、インド人が約20万人もいる。 考えてみれば、世界には個人にカネがあっても自由のない国がたくさんある。中国の金持ちは1兆円持っていても自由に使えない。ロシアはプーチン大統領自身が海外資産を凍結されている。中東の富豪も国内に自由はない。 そんな中でカナダには自由があり、広大な土地があり、チャンスがある。専門的なスキルを持っていたり、カナダで熟練を要する職業の経験が1年以上あって公用語(英語かフランス語)の十分な能力を有していたりすれば、永住権(国籍)も取得できる。だから世界中から優秀な人材と富が集まるのだ。つまり「自由」が人・モノ・カネをもたらすのである。これが21世紀の繁栄の方程式だ。 ところが、日本の政府はそうした世界の現実から目をそむけ、移民を認めないなど(実際には2016年末現在の在留外国人数は238万人余りに達し、過去最高になっている)制度が閉鎖的で、海外から人・モノ・カネが集まらない。「教育無償化」や「人づくり革命」などという日本人のみを対象とした内向きで無意味な政策ばかり打ち出している。それこそ「国難」にほかならない、と痛感した視察旅行だった。関連記事■ 米・シアトルが繁栄する理由を大前研一氏が解説■ クラウド活用で間接部門のコストは億単位で即座に削減できる■ 電子マネー先進国中国のモバイル決済革命が世界を席巻する日■ 中国人のカナダ移民で仲介業者が虚偽 800人が資格取消か■ セミ アメリカでは最も嫌われる虫の一つで「ただの騒音源」

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    電通過労死で消えた「働きたい権利」

    「国難突破解散」と首相自ら銘打った今回の解散劇だが、働き方改革を柱とするアベノミクス「第三の矢」はいまだ道半ばである。電通過労死事件を機に残業規制の議論が進む一方、労働者の「働きたい権利」は主張しづらくなったという指摘もある。労働意欲と生産性向上のバランスを欠く一方的な議論でホントに大丈夫か?

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    あなたの給料が減っても「働き方改革」を支持しますか?

    田岡春幸(労働問題コンサルタント) 電通の労基法違反事件や働き方改革で長時間労働の抑制が、健康維持やワークライフバランスの観点から求められている。 では、労働時間とはどの様な時間を指すのだろうか。労働時間管理のガイドライン(労働時間の適正な把握のために使用者が講ずるべき措置に関する基準)で、厚生労働省は企業に対して、厳しい労働時間管理を求めている。厚生労働省などの入る中央合同庁舎5号館=東京・霞が関(撮影・桐原正道) 同ガイドラインで、労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間であり、使用者の明示又は黙示の指示により労働者が業務に従事する時間は労働時間に当たることとしている。また、労働時間について、使用者が自ら現認して確認することなどとされている。 これらを踏まえ、政府は近年、厚労省(労働基準監督署)を使い、長時間労働の取り締まりを強化している。厚労省に「過重労働撲滅特設対策班」を置き、各労働局に「過重労働特別監督管理官」を任命している。月残業が80時間を超える場合は、是正指導や企業名の公表などを積極的に行っている。 法の違反がある場合は、送検などの厳しい措置も取っている。労基署にとって過重労働取締まりは、最重点項目になっているのだ。この流れは、この先も続くと考えられ、9月13日に行われた自民党の働き方改革に関する特命委員会でも長時間労働抑制の議論がなされた。 現状では、36(サブロク)協定(労働基準法第36条:休日労働や時間外労働をさせる根拠になる条文で、36条に記載の届出をしないと、時間外労働ができない。この届け出をしないで残業をさせたり、届け出している以上の残業をさせたりすることは違法になる)を締結すれば残業時間は事実上野放しだ。 このことが、過労死などの問題を引き起こしているとの考えから、働き方改革の一環として、残業時間の規制(上限)を設ける動きが出てきている。厚労省原案では、時間外労働の上限について、月45時間、年間360時間を原則とし、特別な事情がある場合でも年間720時間、単月100時間未満、複数月平均80時間に設定することされている。違反した場合は、罰則が付く。 仮に月45時間だと、一日の残業時間が2・5時間を超えたら(週休2日、月22日勤務の場合)違反になってしまう。 確かに、行き過ぎた残業は健康面を含めて問題になる。しかし、今、最も重要なのは、サービス残業が横行していることではなかろうか。しっかりとした労働に対する対価を支払われるような制度にしていくべきである。一律規制は時代にそぐわない その制度として、筆者は正社員であっても時間給にして単純に労働時間をかけるような給与体系にしてはどうかと考える。そうすれば、同一労働同一賃金にも耐えうることが可能ではないだろうか。 一年中忙しい会社はほとんどなく(そんな会社は、組織のマネジメント不足である可能性が高い)、ある時期だけが忙しいことが多い。ゆえにもっと運用に弾力性を持たせるべきである。残業時間を厳しくすると、徒弟制度を取るような業界の技術力は間違いなく落ちるであろう。 そもそも仕事とは、厳しい修行を経て一人前になっていくのである。修行と労働は明確に分けることが難しい。マッサージ店や美容室の時間外の店内で残って行う個人修行も残業時間だと上記ガイドラインでは規定されている。また、厳しくしすぎると残業代が払えなくなり、倒産する可能性も出てくるのではないか。結局、産業そのものに影響し、国力や日本の文化の衰退をもたらすであろう。 うわべだけの残業規制は、仕事量が減らない限り、間違いなく持ち帰り残業が増えることになる。すなわち、逆にサービス残業の増大に繋がると考える。規制すればするほど隠れてやろうとするのではないだろうか。 要は行き過ぎた規制が、経済活動を委縮させ、経済を停滞させるのではないか。そうなれば経済効果にマイナスの影響しかない。特にサービス業においては、人手不足も相まって大きなダメージになる。人手不足による倒産が増える恐れがある。 さらに、大企業が残業規制を守り、納期の時間を今まで通りとしたならば、その下請けである中小企業にしわ寄せがくるであろう。中小企業が、長時間労働を課せられることになる可能性が高い。打ち合わせを土日にやらざるを得ない状況になるなど、残業規制が国の中小企業いじめに繋がる可能性もある。国は、下請けの弱い立場にある中小企業をこの問題から守らなければならない。 また、働いて稼ぎたいと考えている労働者も多く、法律でその人の働きたいという権利を奪うことはいかがなものか。残業代を含めた給与水準を考えているケースがあるのも事実だ。(iStock) 会社が残業をやりたい人、やらない人に分け、それぞれそれに対応した雇用契約書を作成して管理すればいいだけである。そして、例え残業をしない労働者でも優秀であるならば、出世できる仕組みを構築すればよいだけだ。 個人の多様な働き方を目指すならば、個々人が契約により自由に労働時間を設定できるようなシステムにしていけばよい。これが本当の意味での働き方改革になり、一律に規制をかけることは時代にそぐわないのではないだろうか。

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    マスコミは電通のブラック批判より自らの「仕事バカ」を是正せよ

    IT化や情報化の進行が挙げられます。パソコン、携帯電話、スマートフォンなど情報ツールの浸透は、人々の働き方や日常生活の過ごし方を大きく変えました。 新しい情報通信技術は業務処理を迅速化し、労働時間の短縮を実現する可能性をもっています。しかし、現実にはノートパソコン、携帯電話、スマートフォンの普及によって、仕事の時間と個人の時間との境界があいまいとなり、仕事が労働者をどこまでも追いかけてくるようになりました。私生活への仕事の介入が進行したのです。24時間化した経済活動 現在では多くの労働者が、オフィスの外にいても、家庭の中にいても職場とクライアントの両方から、メールや携帯電話、ラインなどで仕事の世界に引き戻されます。職場でさばききれないほどのメールやラインのメッセージを処理した上に、家庭でもメールやラインのメッセージに悩まされます。 また、新しい情報通信技術は仕事やビジネスの加速化、時間ベースの競争の激化をもたらし、経済活動のボーダーレス化や24時間化を促進します。これらは全体でみても一人あたりでみても、仕事量を増やしています。 特に、24時間営業のコンビニエンス・ストアや全国翌日配達の宅配便は、利便性と引き換えに、過剰なサービス競争を生み出し、労働の過酷化と長時間労働を促進しています。そしてこれらの業態は、もう一方で長時間労働を強いられている労働者の生活を支えており、両者は相互依存の関係となっています。 さらに、長時間労働が蔓延しているなかで、マスコミ関係者や医師、教員、警察官などの過酷な働き方が問題となっています。これらの分野の労働者はその労働の特質から、定まった時間内での勤務が難しい状況に置かれているからです。 取材、治療、教育、犯罪捜査などは、突発的な事態が起これば、いかなる状況やどんな時間であっても対応をせまられることが多いでしょう。こうした分野の労働者にとって、長時間労働の是正が困難であることは容易に予想できます。(iStock) しかし、これらの分野の労働者についても、長時間労働の是正は必ず実現しなければならない課題でしょう。長時間労働や過酷な労働は、過労自殺や過労死、うつ病や精神疾患などを多数もたらしています。 また、「共働き」世帯の増加や高齢化の進展は、これまで以上に男性労働者が家事、育児、介護に関わる必要性を高めています。男性労働者の長時間労働が是正できなければ、女性の労働参加や社会参加を妨げたり、仕事と家事、育児、介護の加重負担を女性に課すこととなってしまいます。 それに加えて長時間労働や過酷な労働は、その労働の質を劣化させます。マスコミ関係者や医師、教員、警察官の働き方は、この点からも改善されなければなりません。取材、治療、教育、犯罪捜査は画一的・定型的な業務ではありません。どれも深い思考力や個々の労働者の創意工夫が求められる仕事です。長時間労働や過酷な労働によって十分な思考力や創意工夫が発揮されなければ、それは必ず取材、治療、教育、犯罪捜査の質の低下となってはねかえってきます。マスコミなどの改善が急務 これらの分野の労働者の長時間労働の是正はどうやって行えばよいでしょうか。第一に、それぞれの分野の労働組合や業界が労働時間削減に取り組むことです。戦後長い間、労働組合や業界は賃金上昇と比べると、労働時間削減に熱心に取り組んできませんでした。電通の書類送検について会見する、東京労働局の特別対策班、樋口雄一監督課長(右)ら=4月25日、東京都千代田区(荻窪佳撮影) むしろ、労働時間削減よりもその分のエネルギーを賃金上昇に向けるという傾向が強かったといえます。今後は、労働組合や業界が、長時間労働の是正を最重要の課題として取り組むべきです。 第二に、「自発的な働きすぎ」を見直していくことです。これらの分野の労働では、仕事についての「やりがい」や「面白さ」がよく強調されます。この「やりがい」や「面白さ」が、労働者の「自発的な働きすぎ」を促進している可能性があります。仕事の「やりがい」や「面白さ」が、労働の過酷化に疑問をもつことを困難にし、長時間労働を促進させている面はないかを、労働者自らが点検する必要があるでしょう。 また、仕事における強制や圧力、過剰な仕事量や競争、少なすぎる人員配置など、長時間労働を生み出す雇い主の意向や職場の実態があるにもかかわらず、職場で「やりがい」や「面白さ」が強調されることによって、労働者の「自発的な働きすぎ」=「自己責任」と労働者自身が思わされている構造にも目を向けることが重要です。 第三に、これらの分野の労働者の長時間労働を是正するためには、社会全体の労働時間削減とセットで進めていくことが重要です。なぜなら、マスコミ関係者、医師、教員、警察官の長時間労働を生み出している要因の一つは、彼らの仕事の対象者である取材対象者、患者、子供・保護者、一般市民の多忙化だからです。取材対象者、患者、子供・保護者、一般市民が多忙であれば、それに合わせてマスコミ関係者、医師、教員、警察官の側も厳しいスケジュール調整を強いられます。 マスコミ関係者、医師、教員、警察官のみなさんが、自分たちの働き方を問い直すと同時に、日本社会全体の労働者の働き方を改善していく視点を持つこと、それが将来的には長時間労働の是正につながると思います。

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    ニッポンの企業に蔓延する「働き方改革疲れ」の実態

    常見陽平(千葉商科大学国際教養学部専任講師) 読者の皆さんに問いかけたい。「働き方改革」で疲れていないだろうか。日本をサービス残業大国にしないためにも「働き方改革疲れ」は正直に口にすべきだ。 この春、『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社)を発表した。わが国において残業が減らない理由として、雇用システムの問題や、仕事の絶対量、「神対応」に代表されるサービスレベルの問題を取り上げ、これらの普遍的・根本的な問題に切り込まない限り、非妥協的に立ち向かったところで「働き方改革」は「改善」程度にしかならないこと、そこに踏み込まずにいるならば長時間労働を規制しようともかえってサービス残業を誘発してしまうのではないかと警鐘を鳴らした。 おかげさまで、新聞、雑誌を合わせ20近くの媒体で書評や著者インタビューが掲載された。講演の依頼も殺到している。手応えありだ。みんなが「働き方改革」に疑問を持っていることを肌で感じるからである。特に、大手企業の人事責任者が集まる勉強会などはそうだ。参加企業の中には、働き方改革の成功事例としてメディアで紹介される企業もいる。メディアで成功事例として紹介される企業も、ここでは社内の問題を語り出す。現場には浸透したとも、納得感を得ているとも言い難く、かえって疲弊感が広がっている様子などが伝えられるのだ。まさに「働き方改革疲れ」そのものである。 もっとも、その実は「採用氷河期」において、より良い労働環境を整えないと採用ができないことにも起因している。さらには、この取り組みをIR(投資家向け広報)、CSR(企業の社会的責任)、PRに生かそうという魂胆もみえみえだ。人材ビジネス企業やIT企業などの場合は、自社の事例化という側面もある。特にIT企業の場合は、優秀なエンジニア獲得のために条件を良くせざるを得ないという側面もある。このような点を読み解かなくては「働き方改革」の深層は理解することができない。 「働き方改革」の盛り上がりは、電通違法残業事件の衝撃による部分が大きいことは間違いないだろう。若手社員が自殺に至っただけでなく、これまでも過労死・過労自殺事件が起きているほか、長時間労働が慢性化し、労働局から何度も是正指導を受けていたにもかかわらず、電通は改善の努力を怠った。そして書類送検され、立件に至った。もちろん、電通で起きてしまったことは許される問題ではない。ただ、同社に急激な改革を求めることもまた「働き方改革疲れ」を誘発しないか。7月27日、労働環境改革基本計画を発表する電通の山本敏博社長=東京都中央区 すでに電通は改革を進めている。2016年10月半ばには、時間外労働の上限を月70時間から月65時間に引き下げる方針を固めるとともに、同月24日から午後10時以降を全館消灯とした。11月に当時の石井直社長ら役員8人で構成される労働環境改革本部が設置され、業務内容と仕事のやり方の点検が行われたのを皮切りに、改善策が次々と発表された。従業員の行動規範とされてきた「鬼十則」の従業員向け手帳からの削除をはじめ、増員や人員配置の見直し、有給取得の義務付けなどがそれである。「改革成功企業」への欺瞞 今年1月には、過労自殺した高橋まつりさんの母、幸美さんが記者会見し、電通に対して過労死や過労自殺の再発防止に向け、遺族への謝罪、慰謝料などの支払い、再発防止措置などを盛り込んだ合意書を結んだことを明らかにした。再発防止措置は長時間労働・深夜労働の改革、健康管理体制の強化、18項目に及ぶものである。運用においては社内研修に遺族や代理人が参加するほか、年に1回、再発防止措置の実施状況を遺族に報告するなどの措置を取っているのは画期的だといえる。 7月27日、電通は記者会見を開き、労働環境改善に向けた基本計画を発表した。主な柱は次のようなものである。1.従業員1人あたりの年間総労働時間を14年度の実績2252時間から、2019年度には1800時間に約2割削減する。2.達成のために、人員の増強、業務の削減、IT投資の強化、自動化の推進などに取り組む。3.休暇の連続取得日数の増加を行う他、週休3日制導入や給与制度の見直しを検討する。 労働環境改善に向けた、電通の「本気度」が伝わる高い目標だといえる。電通違法残業事件の初公判後、会見を終えた高橋幸美さん。手にする写真は、アメリカ旅行で撮影された娘のまつりさん=9月22日(飯田英男撮影) ただ、これらの取り組みは、プロセスと結果をみなくては評価することができない。率直に難易度の高い目標である。この高い目標に立ち向かうがゆえに、現場が疲弊してしまったり、サービス残業を助長しないようにしなくてはならない。まず、労働者が死なない職場、倒れない職場にすることは急務だが、この改革によって現場が疲弊してしまうなら本末転倒である。 もう一つ注目したい点は、電通が具体的に人材、ITに投資するということだ。70億円とも報じられる予算を投じて改革を行うのである。もし、電通の改革で成果が出たとしても、この点には注目しなくてはならない。働き方改革は常に痛みを伴う。創意工夫だけでは限界がある。このように人材やITに投資せず、創意工夫だけでなんとかなるわけではない。 「働き方改革」は、来月投開票の解散総選挙でも論点になりそうだ。ただ、これらの改革が国民丸投げプラン、人材ビジネス企業やIT企業への利益誘導の側面が垣間見られる現実も直視しなくてはならない。すでにビジネス雑誌などでは「働き方改革成功企業」なるものが欺瞞(ぎまん)に満ちていないかという疑問が渦巻いている。 電通の目標や取り組み事項は立派だが、プロセスと結果を見なくては評価できない。うがった見方をするならば、社員手帳から「鬼十則」を削除したにもかかわらず、相変わらず気合と根性の改革にも見える。「人が死ぬ会社」からは即刻変化するべきだが、電通を起点に「働き方改革疲れ」が広がらないことを祈っている。

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    電通裁判は安倍政権「働き方改革」のみせしめに過ぎない

    に労災認定が出た電通の新人女性社員の過労自死事件は、社会に大きな衝撃を与えた。当初政府が掲げていた「働き方改革」における長時間労働是正策の狙いは、もっぱら労働生産性向上など経済対策の一環としての提起ばかりであり、長時間労働是正について論じる際に本来中核に据えられるべき、命や健康の問題は脇に追いやられていた。 しかし、これを一変させたのが電通過労自死事件であった。「働き方改革」、とりわけ長時間労働に関しては、電通事件によってその意味合いが大きく変化したといえる。政府も電通事件のインパクトは無視できず、これまで経済対策としての長時間労働是正、例えば、少子化対策や女性活躍といった側面ばかりが強調されていたが、それに加えて命や健康に着目した対策が重視されるようになった。 過労死・過労自死を生むような働き方、働かされ方がこれまでにない大きな政治課題として世間の関心を呼び起こし、結果、労働基準法改正において、罰則付きの時間外労働の上限規制の導入が急ピッチで議論され、政府主導によって上限規制を含む法案要綱が諮問・答申されるに至った。電通の本社ビル=2016年12月28日、東京都港区(共同) また、政府が2年以上前に法案を提出したまま、あまり注目されずに棚ざらしとなっていた、いわゆる「残業代ゼロ法案」(高度プロフェッショナル制度導入と企画業務型裁量労働制の拡大)への社会の関心が徐々に高まっている。近時、労働組合のナショナルセンターである連合が、残業代ゼロ法案を容認したのかという問題が広く報じられ注目されたが、電通事件によって長時間労働は労働者の生命や健康の問題であることが再認識されたといって間違いないだろう。 このように電通事件は、過労死・過労自死問題のいわば象徴として、政府、財界のみならず、労働側の取り組みを含め、長時間労働の問題に関する対応について大きな影響を与えた。そんな中で、労働基準法違反により、法人としての電通自体が刑事罰を科されるという事態に至ったのである。統計上1%未満の極めてまれなケース そもそも、労働基準法には数多く刑事罰を定める規定があり、理論的には刑事罰を科しうる違反は日常的に起きている。しかし、実際に労働基準監督署が捜査をして、刑事罰が科される案件はそのうちのごく一部である。しかも、刑事罰が科されるケースであっても、一般的には刑事事件の「略式手続き」が選択されるケースが圧倒的多数である。 この「略式手続き」は、簡易裁判所が取り扱う軽微な刑事事件の場合、検察官の請求により、被疑者(本件では法人である電通)が同意している場合に限り行われるものだ。報道によれば、今回の電通事件でも検察官は通例通り略式手続きを選択しており、電通もこれに同意したはずだ。被疑者にとって、事実関係を認めている限り、略式手続きを拒否するメリットはないからだ。 しかしながら、本件では簡易裁判所が、略式手続きでの審理が「相当でない」として、正式な裁判が実施されることになったのだ。こういった事態は、司法統計上1%にも満たない、極めてまれなケースだ。 裁判所が簡易な略式手続きにより進めることを「相当でない」と判断した理由は、この電通事件が社会に与えた強い影響、大きな社会的注目を考慮したとしか考えられない。違法残業事件の初公判で東京簡裁に入る電通の山本敏博社長(左端)。起訴内容を認めた=22日(共同) そもそも、略式手続きであっても、正式な刑事罰が科されること、そして科される刑事罰の重みは全く変わらない。結果的に有罪判決になり、被告人には前科がつくからだ。ただ、事件が与えた社会的な影響力を抜きに、起訴されている事案の刑事罰の重さから考えれば、むしろ正式裁判されることが異常事態といえよう。 しかし、略式手続きではその過程が公開されることなく書面で進行してしまうので、公開の法廷で審理されない。公開の法廷で行われる場合、席数に限度があるとはいえ、誰もが希望すれば裁判手続きを傍聴することが可能となる。これが裁判の本体の在り方だが、略式手続きの場合、事件自体が人目に触れる機会は限られてしまい、社会的な注目に答えるためにはふさわしくない。 分かりやすい例で言えば、テレビや新聞などで報道される刑事裁判の様子(人物画などで描かれるもの)は、全て公開の法廷で行われている正式審理された刑事事件だ。被告人の様子や事件に対する反省の言葉がきちんと報道されるのは、公開裁判で審理されたからに他ならない。裁判所の画期的な判断 電通事件においても、ここで問われている刑事罰の中身などは、検察官が法廷で朗読する起訴状や、冒頭陳述でも明らかになる。出頭した電通の社長自らが、大きな社会的注目を集め、経営トップとして公開の法廷で証言をする機会が与えられたのは、電通に対して改めてこの事件を風化させず、真摯(しんし)に企業体質を含めた再発防止を問いかけるという、重大な意味がある。 裁判所は、これまで電通事件が社会に与えた強烈なインパクトを考慮して、刑事手続きの場面でも略式手続きではなく、広く世間に開かれた公開の法廷で審理し、判決を言い渡すべきと判断したと考えられる。一言で言えば、電通事件の社会的なインパクトをきちんとくみ取った、画期的な判断といえるだろう。 また、電通事件について考える上で重要なのは、残念ながらこれが過労死・過労自死で命が奪われるケースの氷山の一角に過ぎないということだ。2014年6月20日に過労死等防止対策推進法が成立したものの、過労死・過労自死は一向になくなっていない。電通違法残業事件の初公判後、会見の冒頭で頭を下げる電通の山本敏博社長=22日午後、東京都(飯田英男撮影) 日本を代表する大企業で、過労自死が繰り返されてしまったことなどから、大きな社会的注目を集めた電通事件であるが、本件以外にも数多くの過労自死が存在するのは厳然たる事実だ。実際に脳心臓疾患・自死を合わせると、平成28年度も約200件の労災認定がなされており、証拠がなく申請や認定されなかったものの実際は認定されるべきであったケースは膨大に存在する。 だからこそ、電通には、なぜ長時間労働による過労自死が起きてしまったのか、長時間労働を本当に防ぐためには何が必要か、労働時間記録を徹底するにはどうするべきか、パワハラ対策などを含む自殺予防措置はどうするべきか、企業風土を含めた働かせ方への反省、クライアントとの関係など、さまざまな視点から今回の事件と真摯に向き合ってもらいたい。 日本を代表する大企業が引き起こした過労自死事件について、被告人として電通が真摯に労務管理の在り方、労働者の働かせ方を見つめ直し、改善をする姿を世間に伝えることは、過労死・過労自死根絶に向けて、社会を変える大きな原動力になるはずだ。正式裁判を選択した裁判所は、この点を期待したのだろうし、私もこれを願ってやまない。

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    「電通ブラック批判」急先鋒の朝日新聞がブーメランで沈黙

     大手広告代理店・電通の女性新入社員が過重労働で自殺した問題は、2016年9月に労災が認定され、11月には厚生労働省が家宅捜索に入るという事態となった。これまで広告代理店の不祥事には及び腰と言われた大手メディアも一斉にこれを取り上げたが、中でも急先鋒となったのが朝日新聞だった。 「朝日は労働問題には定評がある。とくに今回は亡くなった女性が学生時代に『週刊朝日』でアルバイトをしていたこともあり、深く追及した」(朝日関係者) 10月12日付の「社説」では〈形式的で不十分な労働時間の把握、残業は当然という職場の空気……。企業体質の抜本的な改善が必要だろう〉と厳しく指摘。家宅捜索のあった翌日の11月8日朝刊は、1面トップ、天声人語、さらに2面でも図表入りで解説する力の入れようだった。 ところが、である。その1か月後の12月6日、朝日新聞東京本社が社員に長時間労働をさせていたとして、中央労働基準監督署(労基署)から是正勧告を受けたのである。 財務部門の20代男性社員が2016年3月、法で定められた残業時間を4時間20分超過していたと労基署は指摘。編集部門の管理職が部下の申告した出退勤時間を短く改ざんしていたことも判明した。さらに12月15日、社内調査の結果、他にも5人の社員が労使協定の上限を超える残業をしていたことが分かったと発表した。 紙面で労働問題を意欲的に取り上げている最中という“ブーメラン”だが、この最も身近な労働問題に関する報道は切れ味が鈍かった。朝日がまさかの「特オチ」 是正勧告についてはインターネットメディア『バズフィードジャパン』を始め、毎日、産経、日経などが相次いで報じたが、真っ先に情報を入手していたはずの朝日新聞はまさかの“特オチ”。各メディアの報道が出た翌日になってから「労基署、本社に是正勧告」とわずか240文字の小さなベタ記事を載せただけだった。 その後も、電通事件については14日に「過労死の四半世紀」と題した記事をオピニオン欄を全面使って展開している一方で、その翌日に発表した追加の社内調査結果については、またしても小さなベタ記事なのである。 この落差には朝日社内でも疑問の声があがった。本誌が入手した朝日労組が実施した組合員アンケートの回答には、〈電通以上のブラック企業だ〉〈電通問題を胸を張って追及できなくなった〉〈本来であれば会社が率先して外部公表する内容の事案だ〉といった辛辣な言葉が並んでいる。 朝日は報道が遅れたことについて、「是正勧告について社内で検討し、10日付朝刊の掲載に至りました」(広報部)とした上で、「弊社は現在、ワーク・ライフ・バランスの推進を重要な経営課題として掲げ、時短に取り組んでおり、今回、長時間労働について是正勧告を受けたことを重く受け止めています。再発防止に努めるとともに、引き続き、時短を一層推進していきます」(同前)と回答した。 これを“天ツバ”と言う。関連記事■ ABCマートを送検した労働Gメン ブラック企業の摘発は進むか■ AIの発達によって日本でもBIが必要になるのか■ ヤマト運輸役員「サービス残業の黙認は会社にとってリスク」■ ブラック企業、非正規雇用等 労働問題をエヴァから語る本■ “派遣の規制” 審議したのは現場の声代弁せぬ経営者や学者ら

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    電通より長時間労働もある医療界 患者の感謝が心の支え

     過重労働が社会問題としてたびたび取り上げられているが、政府が唱える「働き方改革」が、働く人にとって有益なものとなっている気配はない。それどころか、経済界からの意見に押されて、強く規制することをためらう内容になっている。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、これから、どんな働き方を目指すべきなのかについて考察する。* * * 2015年のクリスマス、電通の新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が女子寮4階から飛び降り自殺した。彼女は、月100時間以上の残業を日常的に行なっていたことが問題となった。 生前のツイッターから過酷な働きぶりがうかがえる。自殺の2か月前には「体が震えるよ……しぬ」、1か月前には「がんばれると思ってたのに予想外に早くつぶれてしまって自己嫌悪だな」などと投稿していた。 東京大学卒の頑張り屋。深夜帰宅が続き、「睡眠時間2時間」という日もあった。高橋さんの自殺は過重労働のためだったと労災認定された。電通は夜10時に消灯し、深夜の残業を防止。しかし、カフェで仕事をしたり、早朝出勤したりするなど長時間労働の実態は変わっていないという指摘もある。 それにしても、1か月100時間以上の残業時間というのは尋常ではない。医療界はもっとひどい。20代の勤務医の労働時間は、平均週55時間。これに、当直や待機の時間が週12時間加わる。これを1か月に換算すると120時間を超える時間外労働をしていることになる。こんな「ブラック」な状況下で、日本の医師は患者さんの命を預かっている。それでも、何とか続けられているのは、医師としての使命感や、自分が成長するプロセスを実感できるからだろう。患者さんが元気になり、「ありがとう」と感謝されることも、心の支えになっている。 諏訪中央病院に医師が集まるのは、地方の中小病院なのに100名の医師がいて、他院より余裕が少しあるためかもしれない。高橋まつりさんのツイッターで長時間労働以上に気になるのは、上司から言われた言葉の数々だ。「君の残業時間の20時間は、会社にとって無駄」「今の業務量でつらいのはキャパがなさ過ぎる」働きすぎるとどうなるか? 新入社員の彼女の仕事ぶりは未熟なことが多かったのかもしれないが、もっと長い目で彼女を見て、仕事の一部でも評価してあげていたら、こんなことにはならなかったのではないだろうか。 いや、すでにそのレベルは超えてしまっているのかもしれない。どんなに優秀な人でも、やる気のある人でも、十分に眠れない、休めない、自分の仕事に意味を見出せないという状況下では、遅かれ早かれ擦り切れてしまう。 イギリスの医学雑誌「ランセット」に一昨年、興味深い研究論文が発表された。脳卒中になったことがない約52万9000人を、平均7.2年経過を追った結果、働く時間が長いほど脳卒中の危険性が高くなることがわかった。週55時間以上働く人は、週35~40時間働く人に比べて、脳卒中のリスクは1.33倍に増える。高血圧や糖尿病、食習慣だけではなく、労働時間も脳卒中を引き起こす要因になっているということだ。 日本の法定労働時間は、原則1日8時間、週40時間と決められている。法定労働時間を超える場合は、36協定で残業時間の上限を「月45時間、年360時間以内」と規定されているが、罰則付きのぎりぎりの特例として「月平均60時間、年720時間」という規定も設けられた。 長時間働くことは、脳卒中やうつ病、過労死など、健康に害を及ぼすリスクがあることを、もっと重く受け止める必要がある。 国をあげて働き方改革が議論されているが、雇用者側に立った「働かせ改革」ではなく、働く人の健康や生き方を大切にするような「生き方改革」を進めていってもらいたい。●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に、『遊行を生きる』『検査なんか嫌いだ』関連記事■ 音楽家が原発労働者を訪ね歩いて知られざる現実を記したルポ■ 福島原発作業員 平均約12時間拘束で日当は2~4万円■ 高齢化が進み生活保護受給者が増えたドヤ街の現状を描いた本■ 戦時徴用は強制労働は嘘 1000名の募集に7000人殺到していた■ 44の職業に就く女性の給与明細・残業時間・長短を紹介した書

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    「残業代ゼロ法案」は世界基準の働き方の第一歩である

    を支払う制度は、労働者が1時間余分に働けば、それに見合った量の製品が生産される集団的な工場労働などの働き方について合理的な仕組みである。他方で、個人単位の働き方であるプロジェクトの企画や研究者などの高度専門的な業務では、机の前に1時間座っていても何も生み出さない場合もある。労働時間の長さよりも仕事のアウトップット(成果)の質が重要である。 高度の専門職については、長時間働いても成果の上がらない者よりも、短時間で高い成果を上げる者の方が高い報酬を得ることが公平である。このため独立的に働く高度専門職について、時間に比例した残業手当を除外する仕組みが、欧米では一般に活用されている。 他方で、この成果に応じて賃金を決定する仕組みでは、過剰な仕事量を求める使用者や、自ら長時間労働で生産性の低さを補おうとする労働者もあり得る。このため残業時間に上限を課す一般労働者と同様に、一定日数の休業を使用者に義務付けることで「健康確保措置」を図っている。このどこが「過労死法案」なのだろうか。なぜか無視される「休み方規制」 日本でも特定の専門職について、実際に働いた時間の長さではなく、所定の時間を働いたとみなす「裁量労働制」がある。これには専門的な職種の「専門業務型」と、経営の中枢部門で企画・立案・調査・分析業務に従事する労働者を対象とした「企画業務型」がある。 これらは本来、成果に基づき賃金が支払われ、働く時間を自由に選べる職種であるが、欧米と異なり「深夜・休日労働には割増残業代の支払義務」が定められている。これでは同じ業務内容でも、早朝から夕方まで働く場合と、午後から深夜まで働く場合とで賃金に大きな差が生じるなどの不公平が生じる。 このため、時間にとらわれず働く新聞記者やテレビのディレクターなどは、あらかじめ定額の残業代を受け取り、個別に請求しない働き方が一般的である。これが働く現場では合理的な対応であるが、それは現行法上では違法になる。これが現場の働き方に対応して法改正が必要なひとつの理由である。  2000年代初めに、電機大手などの労働組合でつくる電機連合が会社との交渉で作り上げた新裁量労働制は、自らの裁量で働き、時間の空いたときには少しでも長く休むことが容易になるように、労働時間と切り離された定額の「裁量手当(本給・調整給の約3割が相場)」を定めた。この先進的な労働組合の主導で作り上げた仕組みを、形式的な労働基準法違反として摘発した、当時の近視眼的な労働基準監督行政が悔やまれる。 労働時間と報酬との関係を断ち切った、欧米並みの裁量労働制である「高度プロフェッショナル制度」を含む労働基準法改正案が2015年に国会に提出された。ここで対象となる高度専門職とは、工場労働のように、働く時間とそれ以外の時間の境界線が明確ではなく、例えば「風呂のなかでもアイデアを考える」働き方である。その場合に、「労働時間」の線引きが困難なため、逆に休業時間の下限を定める「休み方規制」で過剰な働き方の防止を図っている。これが「年間104日の休業日数(週休2日制に相当)」を与えることへの使用者の義務付けである。 これは社員がひとつのプロジェクトに集中して働いた後は、必ず連続して休暇を取ることを促し、疲労を蓄積させないことを法律で担保する仕組みである。この画期的な休業規制強化は、実は小泉純一郎内閣時の「ホワイトカラー・エグゼンプション(適用除外)」法案の大きな柱であったが、なぜか全く無視されていた。4月24日、首相官邸での会談で安倍首相(右)と握手する連合の神津里季生会長 今回の労働基準法改正の政府原案にも、この年間104日の休業規制が盛り込まれていたが、労働政策審議会での経営側との中途半端な妥協の結果、終業から始業までに一定の時間を空ける「インターバル規制」などと同じ、企業のとるべき選択肢のひとつに格下げされてしまった。連合の神津里季生(こうづりきお)会長は、安倍晋三首相とのトップ会談で、この年間104日の休業規制を、企業の選択肢のひとつではなく「例外なき義務付け」に昇格させるように修正を求めた。神津会長の主張はそれに加えて、他の休業規制の選択肢も上乗せで要求した正当なものであった。これは連合の修正要求の取り下げ後も、政府側はそのまま尊重するとしている。連合「修正提案」に労働側から批判のナゼ では、連合の建設的な修正提案に対して、労政審での合意をほごにされた経営側ではなく、逆に労働側からの批判が大きく、結果的に取り下げになったのはなぜだろうか。これには以下の3つの要因が考えられる。労働基準法改正案を巡り連合に抗議する市民=7月19日、東京都千代田区の連合本部前 第1に、この高度プロフェッショナル法案の対象者は、管理職手当と同様に定額の「裁量手当」を受け取るだけになり、少しでも多くの残業代を稼ぐために長時間残業したい労働者にとっては「残業代ゼロ」となる。他方で、残業代を増やすよりも、自由な時間を望む多くの労働者には、休業日が確実に増えることの方がより重要である。後者の利益を重視した神津会長の提案に対して、前者の利益を反映した反対論が強かったのだろうか。 第2に、「残業代がなくなると企業は際限なく仕事量を押し付ける」という懸念がある。使用者は残業代がなくなると、労働者の睡眠時間も削って働かせるというのだろうか。しかし、仕事の成果が重要な高度専門職にそうした働き方を強いれば、結果的に仕事の質が低下し企業の損になることは明らかである。もっとも、そうした合理的な思考ができない管理職もいることから、その防波堤として休業規制がある。これは一般労働者の残業時間の上限と共通した規制強化であり、「上限規制には賛成して休業規制には反対」というのは論理矛盾である。 第3に、こうした前例のない休業規制は実効性を欠くというものである。しかし、これは従来の残業代による規制がどれだけ実効性があったかとの相対的な問題である。もっとも、従来の未払い残業代請求に比べて、休業日数不足への損害賠償の訴訟手続きが、より面倒になることへの反発があるのかもしれない。 また、労働組合のない中小企業では、使用者の無理な要求にも労働者が対応せざるを得ないといわれる。しかし、企業規模別の残業時間を比較すると、雇用の流動性の高い中小企業よりも、むしろ組合組織率が高く、賃金に比例した残業代の多い大企業ほど、残業規制を免れる特別協定を多く締結しており、長時間労働者の比率も高い傾向がある(表)。 いずれにしても労働基準監督署の規制の実効性を確保することが大きな課題である。裁量労働制に対する批判も、入社直後の社員がその対象とさせられる等の違反行為に集中している。しかし、明らかな法令違反の放置は、法律の責任ではなく監督行政の問題である。日本の監督官の数は欧米に比べて著しく不足しており、今後、監督官の大幅な人員増や民間委託の活用などで対応すべき問題である。104日「休み方規制」に3つの意義8月30日、労働政策審議会分科会の終了後、厚労省前で開かれた連合の報告集会 もっとも、政府の規制だけで長時間労働を根絶することはできない。雇用の流動性の高い米国の労働市場では、慢性的な長時間労働を強いるような企業からの労働者の退出の自由度が大きいことが防波堤となる。大企業の残業時間が平均的に長いことは、仮に退職すれば賃金水準が大幅に低下するために「辞める自由度」が低いことが挙げられる。 このため日本の高度プロフェッショナル制度では、その対象者を企業との交渉力が大きいとみられる年収1075万円以上の著しく高い所得水準の労働者に限定している。もっとも、職種だけでなく極端に高い給与水準を設定したことには問題がある。これは国税庁「民間給与実態調査(平成27年分)」の給与所得者では全体の4.3%に過ぎず、管理職を除けば、金融分野の専門職など、ごく少数にとどまる。これでは、真に休業日数を確保したい多くの共働き世帯は対象外になってしまう。 今後、少子化の進展で労働力が減少することは、労働者にとっての「売り手市場」を意味する。日本では雇用の流動化に対して「クビ切りの自由化」という否定的なイメージが強いが、それは労働者にとっても「労働条件の悪い企業からの脱出」を容易にすることでもある。過大な残業是正のためには、「雇用保障のために生活を犠牲にする」現行の働き方ではなく、「働き方の質の高い企業に移る」労働者の選択肢を増やすことが基本となる。労働時間制度の改革は、労働市場の流動化を促す「同一労働同一賃金」など、他の制度改革と一体的に行うことで、大きな相乗効果を持つといえる。 高度プロフェッショナル制度に、104日の「休み方規制」を導入したことには大きな意義がある。 第1に、これまでの日本企業では、長期雇用と年功賃金さえ保障すれば、長時間労働や頻繁な配置転換・転勤を甘受せざるを得ないという暗黙の契約があった。この裁量性の大きな人事部の権限を政府の104日の強制休業という強力な介入で修正することは、職種・地域の限定正社員という働き方を制限する、他の改革にも結び付くといえる。 第2は、出来高払いの残業代を死守したい労働者と、カネよりも休日の増加を求める労働者との利害対立である。これは時間の制約なしに働ける専業主婦付き世帯主と、時間の制約の大きな共働き世帯との対立と重なる面が大きい。この点で、カネよりも休業規制を重視した神津会長提案の意義は、依然として大きい。 第3に、職務概念の乏しい日本の働き方の下で、欧米流の仕組みを導入しても混乱を生むだけという批判は当たらない。現行の無限定な働き方は過去の高成長期の産物であり、今後の低成長期には、一定の仕事に見合った報酬を受け取る働き方への転換が必要だ。今回の休業規制を含む労働基準法の改革は、世界標準の働き方への第一歩といえる。

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    「1日24時間労働も可能になる」残業代ゼロ法案はここがおかしい

    佐々木亮(弁護士) 「残業代ゼロ法案」と呼ばれる法案がある。この法案の枕詞として、多くのメディアがつける言葉がある。それは「働いた時間ではなく成果で評価する制度」である。短く「成果型労働」、または「成果型賃金」という場合もある。 そして、賛成論者も、残業代ゼロ法案の中の「高度プロフェッショナル制度」(高プロ制度)について、成果型賃金になることを前提に論じ、私のような法案反対派を「経済の分かってないやつ」的な扱いをする。厚生労働省などの入る中央合同庁舎5号館=東京・霞が関(撮影・桐原正道) しかし、この法案の高プロ制度に関する条文を目を皿のようにして読んでも、どこにも「働いた時間ではなく成果で評価する制度」の導入を義務付ける条文はない。もっといえば、賃金制度には一切言及していないのである。にもかかわらず、多くの賛成論者は、それが前提となっているかのように論じる。私からすれば、そういう論者にはぜひ条文をお読みくださいと言いたい。 この法案が国会に上程される数年前、私はあるBS放送の番組に出て、某エライ学者の方と論争をしたことがある。その際、その学者の先生が掲げたフリップで、本法案のメリットというものが3つほど記載されていた。それは次の通りである。① 労働時間の上限が初めてできた② 残業代を稼ぐためにダラダラと働く必要がない③ 女性・若者・高齢者が活躍しやすくなる 私はこれを見て、思わず笑ってしまったのであるが、まず、①は嘘である。高プロ制度には、一応「健康確保措置」というものがあり、3つのうちから1つを選択すればよいとされている。その3つとは、以下のものである。① 労働者に24時間について継続した一定の時間以上の休息時間を与えるものとし、かつ、1か月について深夜業は一定の回数以内とすること②健康管理時間が1か月又は3か月について一定の時間を超えないこととすること③4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日を与えることとすること この3つから1つ取れば、あとは規制がない。おそらく、学者の先生が言いたいのは、この②であると思われる。しかし、②を選択する義務は企業にはない。したがって「労働時間の上限が初めてできた」というのはミスリードであり、嘘である。ちなみに、1つ選択すればいいだけなので、どういうことが可能になるかというと、たとえば、③を選択して1日24時間働かせることもできるし、①を選択して1年360日働かせることもできるわけである。ダラダラ残業が過労死の原因ではない 次に「ダラダラ残業」であるが、これは都市伝説のようなものである。いや、全くないとは言わないが、これが長時間労働の原因とするのは無理がある。我が国において、過労死・過労自死、過労による精神疾患が増えているのは周知のとおりであるが、彼らはダラダラ残業をしたから死んでしまったり、病気になったりしたのだろうか。 そうではない。たとえば、最近の調査(平成28年版過労死等防止対策白書『2015年委託調査』)では、残業が生じる原因として、次の結果が出ている。企業調査1位 顧客(消費者)からの不規則な要望に対応する必要があるため 44・5%2位 業務量が多いため 43・3%3位 仕事の繁閑の差が大きいため39・6%4位 人員が不足しているため 30・6%労働者調査(正社員フルタイム)1位 人員が足りないため(仕事量が多いため)41・3%2位 予定外の仕事が突発的に発生するため 32・2%3位 業務の繁閑が激しいため 30・6%4位 仕事の締切や納期が短いため 17・1%※ 残業手当を増やしたいため 2・2% これによれば、残業が発生するメカニズムはダラダラ残業が原因ではない。ちなみに、推進論者が使うデータとして、次のデータがある。エンジニア情報サイト「fabcross for エンジニア」が今年3月2日に公表した、会社員・公務員1万145人を対象にした「残業に関するアンケート」である。このアンケートは、残業をする主要な要因を4つ挙げ、それぞれ「非常にあてはまる」「やや当てはまる」「どちらとも言えない」「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」を回答させるものである。そして、4つの選択肢は次のとおりである。・残業する主な要因は、上司からの指示だ・残業する主な要因は、担当業務でより多くの成果を出したいからだ・残業する主な要因は、自分の能力不足によるものだ・残業する主な要因は、残業費をもらって生活費を増やしたいからだ このうち最後の「残業費をもらって生活費を増やしたいからだ」の「非常にあてはまる」「やや当てはまる」の合計が34・6%で、他の3つよりも多く1位だったようで、それが一部のネットメディアで報じられた。これがダラダラ残業が長時間労働の原因だとする論者の拠り所となっているようである。※画像はイメージ しかし、このアンケートをよく見ると「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」も「残業費をもらって生活費を増やしたいからだ」が34・7%で4つのうちで1位なのである。また、このアンケートをしたサイトに行ってその詳細を見ると、残業時間が長い層ほど「残業費をもらって生活費を増やしたいからだ」について「当てはまらない」が増える傾向にあり、「71~100時間」の層では「あまり当てはまらない」「まったく当てはまらない」の合計が6割ほどとなっている(ただし、101時間以上の層の合計は約40%)。 なお、私がこのアンケートで疑問に思うのは、他の調査では1位になる「業務量が多い」という項目が抜けている点である。もしこの「残業する主な要因は、仕事量が多いため」という項目があったらどうだっただろうか。その意味で、選択肢にやや疑問があるといえる(当たり前過ぎて、外したのだろうか?)。いずれにしても、このアンケート結果では、ダラダラ残業が長時間労働の要因であるとは言えないであろう。推進論者の印象操作 学者の先生が掲げた最後の「③女性・若者・高齢者が活躍しやすくなる」については、おそらく高プロにより男性の長時間労働が是正されることを前提にしているものと思われる。私も、長時間労働の是正が社会にとって必要であるという点は異論はない。しかし、高プロ制度は残業代を払わないようになるところが一番の「売り」の制度である。冒頭で述べたとおり「成果で評価する」ことは、この法案とは無関係なのである。 よく推進論者が高プロ制度のいいところとして強調する「仕事が終わった労働者は早く帰れる」という点であるが、これは、今でもできる。すなわち、仕事が終わった労働者が所定の終業時刻より早く帰っても成果さえ上がっていれば高く評価をする、このことは現行法で誰も禁じていないのである。 したがって、すぐにでもそうした制度を導入することは可能なのである。そうすると、高プロ制度の導入と、労働者が早く帰れるようになるということには、全く因果関係がないことが分かる。多くの推進論者がメリットとして掲げる「労働者が早く帰れるようになる」とは、単なる「印象操作」に過ぎないのである。 逆に現在規制されているのは、残業した場合に残業代を払う、という点である。ところが、高プロ制度では、この規制から企業は解放される。高プロ制度は、実際はここがメインである。にもかかわらず、政府はメディアを通して「働いた時間ではなく成果で評価する制度」などと宣伝させているのであるが、失当というほかない。生産性向上を目指す官民協議会の初会合に出席した(左から)安倍首相、経団連の榊原定征会長、連合の神津里季生会長=5月24日、首相官邸 この法案は、秋の国会で最重要法案として出てくるという。その際、他の制度(均衡待遇や労働時間の量的規制)と一括りにして「残業代ゼロ」法案とういことが分かりにくい形にするようであるが、本来、性格の違う制度を一括審議にするのは丁寧な議論の妨げになる。労働法制は多くの労働者に影響があるのであるから、安易な一括審議をすることなく、しっかりと分けて、丁寧に議論されることを願いたい。

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    「残業代ゼロ法案」にモノ申す

    専門職で年収の高い人を労働時間規制から外す「高度プロフェッショナル制度」と、残業時間の罰則付き上限規制を一本化した労働基準法改正案が秋の臨時国会に提出される見通しとなった。それにしてもこの法案、「過労死法案」やら「残業代ゼロ法案」などと悪評がつきまとうが、それは本当なのか。議論の本質を読む。

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    教師のブラック労働をみれば「過労死促進法案」の本質がよく分かる

    佐久間大輔(弁護士) 「特定高度専門業務・成果型労働制(高度プロフェッショナル制度)」は、政府が2015年の通常国会に提出した労働基準法改正案に含まれています。この制度では、年収要件と職務要件を満たす労働者は、労働時間、休憩、休日および深夜の割増賃金に関する規定が適用されなくなります。そのため、労働組合や過労死の遺族などからは「残業代ゼロ法案」とか、「過労死促進法案」と批判されています。厚生労働省前で「残業代ゼロより過労死ゼロを」とシュプレヒコールをあげる労働組合関係者たち=2015年1月16日(小島清利撮影) それでは、高度プロフェッショナル制度に当てはまるのはどのような労働者なのでしょうか。2つの要件について説明します。 まず、年収要件は、改正案では年間平均給与額の3倍の額を相当程度上回る水準と定められており、これは年収1000万円以上が想定されています。 職務要件は、高度に専門的な知識が必要とされ、その職務の性質上、労働に従事した時間とその成果との関連性が高くないと認められる業務をいいます。例えば、金融商品の開発・ディーリング業務、企業・市場等の高度なアナリスト業務、事業・業務の企画運営に関する高度なコンサルタント業務、研究開発業務等が想定されています。 労働時間規制が適用除外されてしまうと長時間労働になり得るので、企業側はこれを防止するために健康・福祉確保措置(セーフティーネット)をとることが求められます。 改正案では、下記3つのいずれかを労使委員会で決議することになっています。① 休息時間(勤務間インターバル)と1カ月における深夜労働の回数制限② 1カ月または3カ月における健康管理時間の上限設定③ 4週間を通じ4日以上かつ1年間を通じ104日以上の休日 ③が選択されることが多いと想定されますが、そうであれば1年間の労働日は261日(うるう年は262日)となり、極論すると「1日24時間働いても良い」のですから、年間6264時間働くことが可能となります。これではセーフティーネット足り得ないですし、そもそも「規制を撤廃するのならば長時間労働防止策を講じなければならない」という制度そのものが本末転倒です。 事実、労働政策研究・研修機構「仕事特性・個人特性と労働時間(労働政策研究報告書No.128)」(2011年)によれば、通常の勤務時間制度で働いている非管理職のうち月間のサービス残業時間が60時間を越える者の割合は5・5%であるのに対し、裁量労働制の非管理職は19・7%、時間管理のない管理職は25・2%です。また、時間で見ると、通常の勤務時間制度で働いている非管理職の月間サービス残業時間平均は12・2時間であるのに対し、裁量労働制の非管理職は32・5時間、時間管理のない管理職は36・2時間となっています。顕著なのは「あの職業」自殺した東京都の西東京市立小学校勤務の新任女性教員が自殺の1週間前に母親へ送ったメール=2007年12月(滝口亜希撮影) このように労働時間規制が緩和または適用除外されれば長時間労働に陥る実態があり、高度プロフェッショナル制度でも危惧されています。 実はこの危惧は、学校教員の労働実態を見ると現実的であることが分かります。学校教員は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」により、割増賃金の規定が適用除外とされる代わりに、時間外労働や休日労働が禁止されています。仕事の性質上、自分の裁量で業務の遂行手段や時間配分をある程度決定できるものの、近時は部活動の指導を中心に長時間労働に従事しているのが実態であり、このことが社会問題となっています。 もし、アメリカで行われている同様の制度「ホワイトカラー・エグゼンプション」のように、職務の範囲を特定した職務記述書が作成され、さらに限定された職務以外の業務は、たとえ同僚が残業していても退勤できる風土があれば、長時間労働にならないかもしれません。 しかし、日本のように職場集団レベルである部課単位では職務の範囲が決まっているものの、労働者個人レベルでは特定されていないという風土のもとでは、職務要件はどうなるのでしょうか。想定されるのは、改正案が求める個別合意書が作成されても、多数の職務を列挙された挙げ句、「その他上記職務に関連する一切の業務」という文言が入ることです。職務の範囲が無制限となれば、長時間労働を誘発することになるでしょう。  このような環境で長時間労働に従事すれば、過労死が発生することは自明です。学校教員が過労死をして公務災害に該当した裁判例や認定例は枚挙に暇がありません。また、厚生労働省の調査によれば、高度プロフェッショナル制度の対象業務に類似する専門業務型裁量労働制の対象労働者が2011年度から2016年度までに労災認定を受けた件数は、脳・心臓疾患が21件、精神障害が37件に上っています。高度プロフェッショナル制度においても過労死が発生することが強く懸念されます。その意味で「過労死促進法案」と批判されることは当を得ているでしょう。仕事と健康どっちが大事? 時間ではなく成果で賃金を決める方が創造的な仕事ができるというのは一つの考え方かもしれません。しかし、健康に働けなければ創造的な仕事もすることはできません。健康に働くためには、疲労を蓄積しないこと、そのために身体を休めること、具体的には早めに寝ることです。寝ないと翌日仕事の効率が落ちますし、免疫力が落ちて大病になる可能性が高くなります。逆に労働時間を抑えてきちんと休み、前日の疲労を取ってから翌朝定時に出勤した方が効率的に仕事をすることができますし、免疫力を高めて風邪も引かずに働くことができます。これは誰もが経験済みのことです。高橋まつりさんの遺影と母親の幸美さん=2016年10月7日、東京・霞が関(天野健作撮影) この経験則に反し、健康リスクを生じさせるのが長時間労働です。長時間労働による睡眠不足と疲労蓄積が、高血圧症や動脈硬化症、うつ病などのストレス関連疾患を招きます。 文部科学省の「平成27年度公立学校教職員の人事行政状況調査」の結果によれば、教育職員のうち精神疾患による病気休職者数は5009人で、2007年度以降5000人前後で高止まりしています。 メンタルヘルス不調になると、労働者本人の業務遂行能力が低下するだけでなく、休職や退職に至るケースが多いです。「企業における従業員のメンタルヘルスの状況と企業業績」では、「メンタルヘルス休職者が増えると、2年程度で企業の利益率に悪影響が生じることが示唆される」と指摘していますが、不調者が出ればその分同僚の誰かが穴埋めをしなけければならず、結果として職場全体の労働力が低下し、それが売り上げ減少となって目に見えるまでに2年ほどかかるということです。これでは企業にとってもメリットがありません。 本制度の企業側のメリットとしては、労働時間の把握をしなくて良いという点が挙げられます。しかし、改正案では、労働者が事業場内にいた時間と事業場外において労働した時間との合計時間を「健康管理時間」として把握しなければなりません。今回の制度と併せて、「健康管理時間が1週間当たり40時間を超えた場合の超過時間が1カ月当たり100時間を超えた労働者は一律に医師との面接指導の対象となり、企業側がその面接指導義務に違反した場合は罰則の対象となる」よう労働安全衛生法が改正されます。 一般の労働者については、改正後の法定外労働時間の基準が80時間超ですが、疲労の蓄積や本人の申し出が面接指導の要件とされており、実施が罰則をもって強制されていないので、高度プロフェッショナル制度に関して、労働基準法では規制を緩和しつつ、労働安全衛生法では規制を強化するともいえます。過労死の立証が困難に 高度プロフェッショナル制度の対象労働者には労働契約法5条の安全配慮義務を履行しなくてもよいというわけではないので、結果として企業は自宅持ち帰り残業も含めた「健康管理時間」を把握した上で、業務量の調整をするなどして長時間労働を防止する措置を講じなければならないのです。 他方、労働者の側から見ると、事業場外にいた時間は休憩時間や不活動時間も含まれた拘束時間に近いものとなり、さらに自己申告した事業場外労働時間が疲労蓄積の要因となる労働時間と認定されない可能性があり、実働時間の証拠が乏しくなって、立証が困難となるおそれがあります。 このように見てくると、高度プロフェッショナル制度が労使双方にとってメリットがあるとは認められません。 しかも、労働者が深夜労働の対価である割増賃金すらも奪われながら深夜まで働くことを余儀なくされ、これにより健康を害するだけでなく、家事や育児、介護がおろそかになる事態が発生するのであれば、これは「反ワーク・ライフ・バランス法案」ともいえます。 高度プロフェッショナル制度を導入しなくても、労働者がプライベートに費やす時間を生み出すためのタイムマネジメント上の工夫を促すことで、労働生産性の向上につながります。プライベートを充実させることによって、私生活から得られたものが気づきとなり、新たな商品やサービスのアイデアが浮かび、仕事に好影響を与えることもあるでしょう。 これまで幾度も労働時間規制が緩和されてきましたが、国際的に見て日本の労働生産性は向上したのでしょうか。労働時間規制を緩和すれば、成果が上がったり、労働時間が減ったりすることは何ら証明されていません。「制度の使い勝手が悪かった」というのは言い訳にしかならないでしょう。むしろ労使双方が適度な緊張感を持ちつつ協力し合い、労働時間を減らして健康な状態で働くことができる職場環境へと改善していく努力が必要です。これを地道に実行することにより、労働者個人レベルの成果が上がり、職場集団レベル、ひいては企業組織レベルの生産性も向上していくと思われます。

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    政府が上から目線で罰則付き残業規制をするのは的外れ

     政府は「働き方改革」の目玉として、長時間労働を是正するために残業時間を制限する罰則付きの労働基準法改正案を検討している。経営コンサルタントの大前研一氏に言わせれば、仕事には「定型業務」と「非定型業務」があり、時間ではなく成果で図る仕事である「非定型業務」は残業規制の対象として適していないという。この政府の「働き方改革」が、いったいどのような意味を持つのか、大前氏が解説する。* * * かつて、ナイキの創業者フィル・ナイト氏は、こう述べていた。「よく『レストランを開きたい』と言う人がいる。しかし、厨房で1日23時間働く覚悟がなければ、やめたほうがいい」 私自身も、マッキンゼーに入社してからの数年間は自宅で夕食をとったのが週末も含めて年に数回だけという状態だった。しかし、若い時はその仕事を覚えたい、インパクトの出せる人間になりたい、とアンビション(野望)を持って夜も寝ずに働くことも貴重な経験になる。そういう人間がいなければ、日本はただの“受命拝命”専門の労働者の集団になってしまう。DeNA創業者の南場智子会長 たとえば、マッキンゼー時代の部下でDeNA(ディー・エヌ・エー)創業者の南場智子さんは、毎日午前3~4時まで残業し、寝る間も惜しんで働いていた、と語っている。経営コンサルタントの仕事は典型的な非定型業務だから評価は時間の関数ではないし、ましてや残業代は出ない。そういうきつい仕事を経験しながら成果を出してきたから、南場さんは起業しても成功したのである。 私が起業家養成学校「アタッカーズ・ビジネススクール」を20年間にわたって運営してきた経験から言えば、起業してしばらくは睡眠時間2~3時間が当たり前だ。事務所や店で寝袋で寝て、昼も夜も土日もなく働く。事業計画の策定も銀行に提出する資料の作成も営業も雑巾がけも、すべて自分でやる。そうした状況が最初の何年かは続くのだ。 それに文句を言ったり、へこたれたりする人間には、そもそも起業はできない。なぜなら、仕事のプロである起業家および社内起業家というのは、他人から命じられた仕事ではなく、自分が自分に命じた仕事をするからだ。つまり、会社の使用人ではなく、自分自身の成功──言い換えれば「プロフィット・シェアリング」(会社の業績に応じた利益配分)を夢見て働くのがプロフェッショナルという職種なのだ。 ホワイトカラー・エグゼンプションの議論で(使用人の象徴である)年収を指標に使ったのは、この点からも全く間違っている。 ビジネスは、商品やサービスを創造して新しい価値を生み出した人間(およびその集団)が勝つ。その新しい価値を生む人間にはいくら給料を払ってもかまわないし、何時間働いたかは全く関係ない。そういう貴重な人材を1人でも多く採用するのが、経営者の最も重要な役目である。 それを政府が“上から目線”で「残業の上限は最大で月60時間・年720時間」「違反したらペナルティ」「年収1075万円以上は例外」などと規制するのは、的外れもいいところだ。この規制を悪用して虚偽の長時間残業をさせられたと訴訟を起こす輩が出てくるかもしれないし、逆にサービス残業が増えるおそれもあるからだ。また、残業が少なくなったら、給料が減って困る人もいるだろう。 要するに、これは企業ごとの労使協議に預けたほうがよい問題であり、政府が杓子定規に全国一律に規制すべき話ではない。ビジネスの現場を知らない政治家と役人に「働き方改革」ができるはずはないのである。関連記事■ 女性の起業 計画づくりや人脈づくりは起業塾への参加を推奨■ 成功している女性起業家はピンチをチャンスの精神で克服する■ 2010年度だけで1386企業11万人が残業代をとりっぱぐれている■ 44の職業に就く女性の給与明細・残業時間・長短を紹介した書■ 学歴や才能、資本金がなくても大丈夫 起業に必要なのは勇気

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    残業代ゼロ法案が現実味 働き過ぎの貧困層が増える恐れも

    うに、経済界の意を汲んで明らかに矛盾した政策もゴリ押ししようとしているのです」 まさに「羊頭狗肉」の働き方改革。このままでは、サラリーマンはますます不安定な労働環境を強いられることになるだろう。関連記事■ 残業代ゼロ社会に向かう政府 年収300万円でもカット対象に■ 導入検討の残業代ゼロ法案 欧米とは似て非なるただ働き制度■ 佐川急便も導入の週休3日制 ビジネス上の損失が大きい現実■ 愛子さま「激やせからの15キロ増」に周囲は心配の声■ 田村英里子 伝説の「半裸カレンダー」写真リバイバル公開

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    嫌いな相手を「すごい」と言えば怒りが消えていく

    大嶋信頼(心理カウンセラー) 老いも若きもイライラしている現代社会。原因はいろいろありますが、とくに大きな原因の一つになっているのは、「インターネット」です。ニュースサイトや掲示板、SNSなどを見ると、政治経済からスポーツ、芸能人の不倫に至るまで、さまざまな問題について「良い・悪い」「正しい・間違っている」を裁いている人を大勢見かけます。まさしく「一億総評論家時代」といえますが、これは人間の心に負担をかけます。そうやって、人を裁くことをしていると、自分の心の中に怒りが溜まっていくからです。 さらに問題なのは、この怒りは伝染すること。怒りとは電気のようなものであり、一人の人から怒りが放電されると、周囲の人が無意識に怒りで帯電してしまいます。すると、元々怒っていない人にまで放電した人の怒りやイライラが伝染し、周囲の人までそんな気持ちになってくるのです。 科学的には、この現象は脳の神経細胞である「ミラーニューロン」が引き起こしています。その特徴は「他人の動作を見ているとき、脳の中で自動的にその人のマネをする」こと。緊張している人の近くにいると緊張が移ることがありますが、同様に、怒っている人の近くにいると、怒りが移ってしまうのです。 さらに厄介なことに、放電した人は、放電したからといって怒りを発散できないこと。周囲の人に放電し続けて、悪影響を与え続けます。すると、周囲にイライラした人が増えるという悪循環に陥ります。  以上の現象は、仕事にも悪影響を及ぼします。たとえば、多くの職場では上司が怒りを放電していると思いますが、その怒りが伝染すると、部下もイライラし、集中力を失ってしまいます。すると、仕事でミスすることが増えてきます。すると上司はさらにイライラし、部下はさらにミスをするという泥沼状態にハマってしまうわけです。※画像はイメージ 部下の立場の人がこのような状況から脱するためには、上司の怒りからうまく身を守る必要があります。その方法の一つが、「チューニング」。「呼吸」を合わせることで、相手の怒りを抑える方法です。 人は呼吸をする時に肩が動くので、その肩の動きを相手と合わせます。たとえば、息を吸う時には肩が上がるので、同じタイミングで肩を上げるのです。すると、鏡の細胞であるミラーニューロンが活性化することにより、最初は相手の怒りが伝染するのですが、そのうち波長が合ってくることで、怒りの波長が打ち消され怒っていた相手が自分に対して怒りを向けなくなるのです。 もう一つ、お勧めの方法は、相手に対して「◯◯さんってすごい」と心のなかで何度も唱えることです。怒られているときにはとてもそんなことは思えないでしょうが、何も考えないで「◯◯さんってすごい!」と唱えます。すると、これもミラーニューロンの働きで、あなたが「相手をすごいと思っている。尊敬している」という気持ちが相手に伝染し、相手の中にある、あなたに対する怒りが消えていくのです。  このとき、何がすごいかを具体的に考えてしまうと、「本当にそうか?」と疑念が生まれてしまうので逆効果。「○○さんってすごい」と言うだけでOKです。同じ要領で、周囲のすべての人に、「○○さんってすごい!」と唱えていれば、常に怒りから身を守れるようになります。怒りや不満、負の感情をどうおさめるか(1)《怒り》部下にイラッときたときは「本音モード」で叱る 上司のイライラが周囲に伝染してしまうとはいえ、部下が何度も同じミスを繰り返したり、支離滅裂な言い訳をしてきたりすれば、上司も人間ですからムカッとくることはあるでしょう。しかし、そんなとき、「こういう言い方をしたら傷つくのではないか」「メンタルダウンでもされたら困る」などと考え、はっきりと物が言えないという人は多いようです。 たしかに、我を忘れて怒りをそのまま相手にぶつけるのは良くないことですが、問題点をはっきり伝えず遠回しに優しく注意するというのも、良い結果につながりません。結局真意が伝わらないので、部下の行動改善につながらず、ますますストレスが溜まります。そうやってストレスを溜め続ければ、いつか爆発するでしょう。※画像はイメージ このようにはっきりと言えない人にお勧めするのは、叱ることが必要なときに、「本音モード!」と心の中で言うことです。すると、それだけでも気持ちが切り替わり、「この前と同じミスを繰り返しているぞ」「君の言いたいことが私にはよくわからないんだ」などと、はっきりと物が言えるようになります。「ストレートに言っても大丈夫だろうか?」と思うかもしれませんが、優しい言葉ばかりを投げかけるより、感じたままを伝えたほうが、相手も納得してくれるものです。 (2)《不満》嫌いな相手でも心の中で「すごい!」と言ってみる 理不尽なことで怒鳴られたり、朝令暮改を繰り返されて振り回されたり、クドクドと説教されたりして、上司や取引先に不満を抱えたとき。言い返す手もありますが、リスクが高いのも確かです。そんなときには、「すごい!」が有効です。その上司のことを「◯◯さんってすごい!」と心の中で唱えましょう。心の中で言うだけですから、「○○さんって、すげえ!」でも構いません。 何度も唱えていると、本気で「すごい」と思っていなくても、なんとなく「相手はすごい」ように思えてきます。すると、相手に対する自分の怒りは静まっていくのと同時に、「すごい」と思う気持ちが相手に伝染します。それによって、相手にも自分のことを尊重する気持ちが芽生え、不満の元になっていたふるまいをやめることがあるのです。 もう一つ、不満の元になったふるまいをやめてもらう手として、「逆暗示を入れる」という方法もあります。たとえば、クドクドと説教する上司には、「◯◯さんは、話が端的でわかりやすいです」などと逆のことを言うのです。すると、上司の頭の中に「自分は話が端的でわかりやすい」という暗示が入り、説教が長い上司でも、本当に端的に話してくれるようになります。 (3)《わずらわしさ》「相手の気持ちはわからない」でイライラを防げる 会議の席で空気を読まない発言を繰り返す人や、プライベートなことに平気で踏み込んでくるおせっかいな人…。自分には理解できないようなことをするわずらわしい人が、あなたの周りにもいませんか。 しかし、この人に対して、「なんでこの人はこんなことをするのか?」と考えてはいけません。相手の考えや気持ちを汲み取ったところで、それを変えることはできないので、余計にイライラするからです。さらに、相手の発言やふるまいに対して、「私が普段からヘラヘラしているから、平気な顔して仕事を押し付けてくるのか」などと自分に原因を求め始めたりすると、最悪。イライラはさらに加速します。 こんな状態に陥らないためには、相手のことを考えそうになった瞬間に、「相手の気持ちはわからない。自分の気持ちもわからない」とつぶやくことをお勧めします。すると、「相手の気持ちなんてどうでもいいか」という気分になって、深く考えなくなるので、イライラするのを防げます。「自分の気持ちもわからない」というのは、「自分の気持ちですらわからないのだから、他人の気持ちなんてわからない」と思えるようにするためです。おおしま・のぶより 心理カウンセラー/〔株〕インサイト・カウンセリング代表取締役。米国・私立アズベリー大学心理学部心理学科卒業。アルコール依存症専門病院、周愛利田クリニックに勤務する傍ら東京都精神医学総合研究所の研修生として、また嗜癖問題臨床研究所付属原宿相談室非常勤職員として依存症に関する対応を学ぶ。嗜癖問題臨床研究所原宿相談室室長、㈱アイエフエフ代表取締役等を経て現職。ブリーフ・セラピーのFAP(Free from Anxiety Program)を開発した。『あなたを困らせる遺伝子をスイッチオフ!』 (SIBAA BOOKS)、『「いつも誰かに振り 回される」が一瞬で変わる方法』(すばる舎)など、著書多数。関連記事■ メンタルを安定させるメモ・手帳の使い方とは?■ ビジネスマンの「ストレス」大調査■ 今の日本が「ストレス社会」になった理由とは?

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    外資系秘書の「どんなムチャ振りにも『NO』と言わない」仕事術

    フラナガン裕美子(国際コミュニケーション・コンサルタント)多くの外資系企業で活躍し、「伝説の秘書」と呼ばれるフラナガン氏。秘書というと、スケジュールを管理する程度の簡単な仕事だと思う人もいるだろうが、外資系企業では事情が違う。上司のムチャ振りに応えてきたフラナガン氏の仕事の習慣とは? 秘書にとって最も基本的で重要な習慣は、上司にどんな「ムチャ振り」をされても「できません」と言わないことだとフラナガン氏は話す。「日本企業の多くの秘書は、上司から言われたことをこなす一方通行のサポートが多いイメージでしょう。でも、外資系企業の秘書は、上司が業務に専念できるよう、右腕となって尽くすのが仕事です。ですから、秘書に『できない』という選択肢はないのです」 とはいえ、実際のところ、できないこともあるはずだ。そう聞くと、「考えさえすれば、何かしらの方法が見つかるものだ」とフラナガン氏。「たとえば、上司に飛行機のチケットの予約を頼まれたのに、その便がすでに満席になっていたことがありました。そこで『満席でチケットを取れませんでした』と報告するわけにはいきません。『それは俺の問題か? 君の問題だろう。君がどうにかするんだ』と言われるに決まっているからです。 そこで私がしたのは、まず、その航空会社に連絡を取ること。実は、どの便にも必ず要人用に確保している席があるので、それをなんとか譲ってもらえないかと交渉したのです。 同時進行で、別の航空会社にも連絡をしました。そのときには、『ビジネスクラスの席を、無料でファーストクラスにアップグレードしてほしい』と頼みました。上司が指定した便を予約できなくても、無料でファーストクラスにアップグレードしておけば、上司も納得するだろうと考えたからです」 このままでは、今度は航空会社に対してムチャ振りをすることになってしまう。とても受け入れてはもらえないだろう。そうならないよう、フラナガン氏は交渉の際、常に「Win-Win」になる提案をしている。「その代わり、以後、上司が出張をする際には2回以上はその航空会社を利用することと、社内でその航空会社の利用を勧めることを約束しました。それで航空会社に納得してもらい、席を確保することができたのです」 こんなムチャ振りは、外資系企業の秘書にとって日常茶飯事だという。「上司の奥様が来日して、道に迷ったこともありました。そのときは、本人に連絡の取りようがなかったので、立ち寄りそうなお店に片っ端から電話をかけて、『似た人が来たら連絡をほしい』と頼みました。 とても重要な会議に『出たくない』と駄々をこねはじめた上司もいましたね。言い出すと理屈は通りません。『会議の前に休憩を設けますから、ご自由にお好きなところでリフレッシュしてきてください』とか『会議では一番に発言させてもらい、次のアポがあることにして、すぐに退室させてもらうようにしましょう』などと、あの手この手を尽くして出席してもらいました」どんな上司でもまずは「好き!」と思ってみる「NO」と言わない習慣は、秘書にとって、これほどまでに絶対的なものなのだ。「上司の指示を、その言葉どおりに受け止めると、できないこともあります。しかし、『本当は何を求めているのか』を理解すれば、言葉どおりのことはできなくても、それに代わる提案をして、上司に喜んでもらうことができます。 上司によっては、具体的なやり方まで指示する人もいるでしょう。でも、それは他のやり方を知らないだけかもしれませんから、真意を読み取る必要があると思います」 たとえば、上司はAというものを所望していたとする。でも、上司が知らないBというものも好みかもしれない。そういう場合は、さりげなく、AとBの両方を提示する。すると、Bを選択することもあるという。「上司に対してNOと言わないのは、決して受け身になるということではありません。むしろ、主体的に行動することが重要なのです」 上司が喜びそうな行動を主体的に起こせるようになるためには、上司を「観察する」習慣を持つことが欠かせない。なかなか本心を見せない上司でも、日常の些細なことを観察することで、どんなことをすれば喜ぶのかがわかるようになるという。「『今日は表情が硬いな』ということに気づければ、『機嫌が悪いかもしれないから、複雑な話をするのはあとにしよう』といった判断もできるようになります。 好きな人のことなら、どんな小さなことでも見逃しませんよね。ですから、私がお勧めするのは、心の中で『好き』と思いながら上司に接することです。人は、本心でなくても、『好き』と思いながら相手を見つめると瞳孔が開いて、相手が心を開いてくれやすくなるそうです。 どうしても『好き』と思えなければ、お給料をくれる上司の顔を1万円札だと思えば、好きになれるのではないでしょうか(笑)」お礼メールの最後に入れる「一文」とは? 上司の指示を実行し、ときにはそれ以上の提案をすることは、自分1人だけの力でできることではない。幅広いコネクションを持ち、協力を仰げるようにしておくことも重要だ。コネクションを築くための習慣はあるのだろうか。「上司の仕事のために、さまざまな方と話をさせていただく機会があります。そのあとで感謝のメールを送るのですが、その文面の最後に『何かありましたら、お知らせいただければ、お力になります』と添えて、実際に何かあれば積極的にお手伝いすることでお近づきになれます。 ただし、利用したいという気持ちでは、相手が離れていってしまいます。『愛情』を持って接しているかどうかは、必ず伝わりますから」「愛情というと陳腐な響きがするかもしれませんが」とフラナガン氏も話すが、やはり仕事のベースは愛情だという。「上司に対しても同じです。私は、最初に勤めた会社で、上司からひどいパワハラを受けました。それで、胃を痛めて吐血したり、1円ハゲがいくつもできたりしました。でも、パワハラ上司に対して萎縮したら負けなんです。 もちろん、パワハラは許される行為ではありませんが、『ご指導ありがとうございます』とお礼を言うくらいの気持ちで愛情を持って接すると、かえって上司のほうがひるむものです」 愛情は、自分に対しても向ける必要がある。「秘書の仕事は『できて当たり前』なんですね。どんな難題をこなしても、上司は褒めてくれません。だから『自分で自分を褒める』ことが不可欠。鏡を見たり、自分で自分の肩を抱いたりしながら、『よくやってる』などと褒めるのです。 そして、完璧な仕事ができなくてもあまり落胆しないことも大切。完璧にできなくても、軽く反省するくらいでいいのです。ゲームで少しポイントが減点されるくらいのもの。努力はいずれ何かしらの役に立つはずです」《『THE21』2017年5月号より》《取材・構成:西澤まどか》フラナガン・ゆみこ 国際コミュニケーション・コンサルタント。1967年生まれ。津田塾大学卒業。スイス・ユニオン銀行を経て、バンカース・トラスト銀行から秘書のキャリアをスタート。以降、ドイツ証券、メリルリンチ証券、リーマン・ブラザーズ証券など、5つの外資系企業と日系企業で、日本人、米国人、英国人、アイルランド人、スイス人、豪州人、香港人、韓国人という8カ国のエグゼクティブをサポート。著書に『伝説の秘書が教える「NO」と言わない仕事術』(幻冬舎)など。関連記事■ 元社長秘書が見た「大きな仕事を任される人の習慣」■ ストレスを味方にする11の習慣■ <お勧め記事>「ストレスで胃が痛い!」ときに読みたい記事