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    どうなる? 米朝首脳会談

    2018年6月12日、史上初めてアメリカと北朝鮮の首脳が対面した。会談の目的は朝鮮半島の非核化だが、トランプ大統領と金正恩委員長はギリギリまで駆け引きを繰り広げた。会談の成否は、東アジアの秩序に多大な影響を与える。世界が注目する両首脳の思惑を読む。

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    トランプは金正恩に「日本の100億ドル拠出」を約束する

    西岡力(麗澤大学客員教授、モラロジー研究所教授) ついに米朝首脳会談が実現する。主要議題は北朝鮮の核・生物化学兵器・弾道ミサイルの廃棄だが、日本にとって絶対に譲れない拉致問題もトランプ大統領は取り上げると約束した。どのような結果となるか、痺(しび)れる思いで見つめている。 私はこの間、米朝首脳会談の結果は次の三つの可能性があると主張してきた。 ①米国が中途半端な譲歩をしてしまう可能性だ。大陸間弾道ミサイル(ICBM)の即時廃棄など目の前の成果に固執し、核などの廃棄については原則的に口約束だけでよしとしてしまうことなどが考えられる。これまで北朝鮮は1992年に南北非核化宣言、94年に米朝ジュネーブ合意、2005年に6カ国協議共同声明などで核の完全廃棄を約束したが、見返りを先に受け取った後、その約束を破棄してきた。同じことが繰り返される危険がある。 ②北朝鮮が核・生物化学兵器・弾道ミサイルのCVID(完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄)を受け入れる可能性だ。金正恩がそれを行う声明を出し、米国の情報機関と軍が北朝鮮に入って、核爆発物質(濃縮ウランとプルトニウム)、起爆装置、ウラン濃縮施設の核心部品、ミサイルの推進装置などを米国に持ち出すという作業が始まる可能性だ。 リビアのムアンマル・カダフィ大佐は2003年12月に核廃棄を宣言し、翌年1月に米軍輸送機がリビアから核物質、ウラン濃縮施設の核心部品、ミサイルの推進装置を米国に搬出し、3月に米軍輸送船がウラン濃縮装置、ミサイルなどを持ち出した。まさに短期間でのCVIDが実行された。 ③交渉が決裂する可能性だ。トランプ大統領は金正恩と会って彼がCVIDをする気がないと分かればすぐ席を立って帰るという意味のことを繰り返し話している。そうなれば昨年9月下旬から11月まで米軍が自衛隊のサポートを受けつつ最高度に高めた軍事緊張が再びやってくるだろう。シンガポールに到着した金正恩・朝鮮労働党委員長=2018年6月10日(ロイター) 昨年10月、金正恩は米軍が本当に「斬首作戦」、すなわち金正恩暗殺作戦を実行する危険が高まったと恐怖にかられた。秘密にしている自分の所在情報が米軍に漏れているのではないかという強い危機感を持ち、米軍が斬首作戦を実行する場合、自分の側近をスパイにするはずだと側近らに対する疑心暗鬼にとらわれたという。 それで2017年10月7日に労働党中央委員会総会を開き、唯一信頼できる肉親である妹の金与正(キム・ヨジョン)を新設した当部署の責任者に抜てきして、金正恩の全ての日程と行事の安全管理、党、軍、政府全ての幹部人事を任せたという。 与正は同総会で政治局員候補になったが、これは表向きのことで実際は事実上の権力ナンバー2になった。与正は金正日(キム・ジョンイル)時代に最強の権力をふるった組織指導部の老幹部らを含む金正日時代の幹部を全て取り換えて、若い世代で金正恩、与正に忠誠心を持つ人材に交代させる作業を昨年秋以降精力的に進めてきた。100億ドルは「見せ金」 2017年2月に党組織指導部検閲によって金元弘(キム・ウォンホン)国家保衛部長が解任されて以降、金正恩政権は党組織指導部が支えていた。ところが金正恩は組織指導部さえも信頼できなくなり、同部出身で序列2位だった黄炳瑞(ファン・ビョンソ)軍総政治局長を11月に解任した。 また組織指導部第1副部長として張成沢(チャン・ソンテク)の粛清などを主導した趙然俊(チョ・ヨンジュン)を同部から左遷して党中央検閲委員長という閑職に追いやった。10月7日の中央委員会総会で崔龍海(チェ・リョンヘ)が序列2位に上がり組織指導部長に就任した。しかし、崔は形式的な部長であって、幹部人事など重要案件は崔ではなく与正が仕切っているという。 与正はトランプ政権が斬首作戦を実行する意思と能力を確実に持っていることを知っている。したがって、上記三つの可能性のうち③の決裂だけは徹底的に避けようとするはずだ。 そうなると①と②のせめぎ合いになる。日本の最大の関心事である拉致問題は、トランプ大統領が訪米した安倍晋三首相に約束した通り、議題となるだろう。そこでトランプ大統領は金正恩に②を迫るに当たり、それを本当に実行すれば斬首作戦は放棄するし多額の経済支援を行うという鞭(むち)の放棄と飴(あめ)の提供を提案するだろう。 トランプ大統領は「金正恩がCVIDを実行すれば、豊かな朝鮮が実現する」と話しながらも、米国は金銭的支援を行わないと釘(くぎ)を刺し、日韓中が支援すると言っている。安倍首相は6月8日、日米首脳会談後の記者会見で、拉致問題について次のように語った。 「最終的には私と金氏で直接協議し、解決していく決意だ。問題解決に資する形で日朝首脳会談が実現すればよい。日朝平壌宣言に基づき不幸な過去を清算し、国交を正常化し、経済協力を行う用意がある。できる限りの役割を果たしていく」 安倍首相は拉致問題の解決とは全被害者の即時帰国だと繰り返し表明してきた。つまり、②が実現した場合、日朝首脳会談を開いて全被害者の即時帰国を迫り、それが実現すれば「日朝平壌宣言に基づき不幸な過去を清算し、国交を正常化し、経済協力を行う」と明言している。 2002年9月に平壌にいて、現在は韓国に亡命している党や政府の複数の元高官は私に「当時、小泉政権は早期に国交正常化をして100億ドル規模の経済協力を行うと約束した。ただし、現金で払うのではなくプロジェクトへの出資という形をとるのが条件だとされたので、党と政府の経済部署にプロジェクト案を作れという指令は下った」と証言している。 金正恩は父の死後に後継者になってから、父ができなかったこの100億ドルを日本から取ることで、父の権威を乗り越えたいと考えていたという。金正恩政権は100億ドルが取れなかった一番大きな原因は核開発を問題にして日朝国交に反対した米国の干渉だと総括し、金正恩は核ミサイル開発を続けながら米国の反対をかわしてどうしたら日本から100億ドル取れるか、「この難しい詰将棋を俺が解いてみせる」と数年前から話していた。ホワイトハウスでトランプ米大統領の出迎えを受ける安倍首相=2018年6月7日、ワシントン(ロイター=共同) 金正恩の狙いを安倍首相とトランプ大統領は十分承知し、CVIDを飲め、飲んだら平壌宣言に戻って100億ドルもらえる可能性が開けるというメッセージを送っているのだ。トランプ大統領の立場では、自分が金正恩と行う取引(ディール)の中に日本が出す100億ドルを見せ金として組み込んでいるのだ。トランプ大統領が拉致問題を取り上げると約束したのは、安倍首相の熱意や人道主義の立場だけではない。自国第一主義の立場から米国の財布は開かず、かわりに日本のカネをディールに使おうと考えているのだ。 しかし、米朝首脳のディールに拉致問題が組み込まれたこと自体、日本から見ると大きな外交成果だ。米国の軍事圧力を拉致解決の後ろ盾に使うことができる構造を作り上げたことになるからだ。 いよいよトランプ、金正恩会談が開かれる。私は痺れる思いでシンガポールを見つめている。

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    習近平よりトランプ、金正恩「屈辱の選択」が意味するもの

    重村智計(東京通信大教授) ドナルド・トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は12日、歴史的な米朝首脳会談に臨む。朝鮮戦争が終結し、歴史から最後の冷戦対立地域が消える。日朝首脳会談も実現するだろう。 ただ、北朝鮮の核放棄の終着点は、なお見えない。核の完全廃棄には、5年以上の時間と膨大な資金がいるからだ。  北朝鮮は、トランプ大統領が2年後に任期を終え再選はないと読む。大統領が変われば、核再開発の可能性が出てくることを期待しているのである。それを踏まえても、シンガポールでの首脳会談は「トランプ大統領の勝利」に変わりはないのである。 指導者の政治力は、サプライズの力で判断される。日本なら、小泉純一郎元首相がサプライズの天才だった。指導者の決断による、世界をあっと驚かせる提案や合意といったサプライズがないと、会談は失敗に終わる。トランプ大統領と金委員長は、相手の出方に合わせたサプライズを準備していたのである。 金委員長が、全てのミサイル発射台を破壊し核兵器の全面廃棄を約束して、核弾頭と科学者の海外移転に合意、日本人拉致被害者全員の帰国を応じれば、歴史的なサプライズだ。 トランプ大統領も、在韓米軍撤退と平和協定締結、米朝国交正常化を表明し、首脳の相互訪問に合意すれば、世界に大きな衝撃を与えることができる。米国の平壌連絡事務所設立や、大使館の相互設置もサプライズになるだろう。 米朝の指導者がシンガポール入りするまで、実務交渉は最終合意に達していなかった。北朝鮮は全てを指導者が握り、外務省高官に決定権がないからだ。しかし、指導者の指示を受けて交渉し、再び平壌に指示を仰ぐやり方では、時間がかかってしまう。2018年6月11日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が宿泊しているシンガポールのセントレジスホテル前に集まった報道陣(松本健吾撮影) そのため、トランプ大統領と金委員長は会談の2日前にシンガポール入りすることを選んだ。2人の首脳が近くにいる環境で、最後の交渉に首脳が決断を下したのである。歴史の行方を決める「最後の1日」 だから、首脳会談は事実上11日で終わっていた。2人は示し合わせたように、10日にシンガポール入りし、11日に最後の決断を下していたのである。金委員長側近の金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長が、この構想をトランプ大統領のもとに運んでいた。指導者が同じ場所にいれば、決定は早い。歴史の行方を決める「最後の1日」となった。 北朝鮮が南北首脳会談と米朝首脳会談を「提案」した時点までは、金委員長のサプライズがリードしていた。その後、トランプ大統領が首脳会談に応じ、シンガポールの開催を認めさせる反撃で、トランプ氏が逆転した。ところが、米朝双方は後に「北朝鮮が首脳会談を提案しなかった」という事実を認めた。韓国が仕掛けたのだろうか、謎は残る。 金委員長は形勢を立て直すため、中朝首脳会談と南北首脳会談を相次いで行った。中韓の指導者を味方につけて、「朝鮮半島の非核化」と、譲歩のたびに見返りを得る「段階的解決」を公言し始めたのである。だが、トランプ氏は朝鮮半島ではなく、あくまで「北朝鮮の完全非核化」と「非核化後の見返り」の方針を変えず、米中と米韓の関係は悪化した。 トランプ大統領は、なかなかの役者だ。交渉が行き詰まる中、北朝鮮がペンス副大統領とボルトン大統領補佐官を「人間のクズ」などの激しい言葉で非難すると、すかさず「会談中止」の書簡を金委員長に送った。 この交渉術は見事としか言いようがない。北朝鮮との交渉は、会談中止か中断を覚悟しないと譲歩を勝ち取れないからだ。一方「大統領書簡」で、トランプ大統領は金委員長を非難せず、「感謝」の言葉を3回も使う巧みな配慮も忘れなかった。 慌てた北朝鮮は「会談再開」を伝え、金副委員長をワシントンに送り、金委員長の親書を渡した。奇妙なことだが、この親書の内容は公表されていない。北朝鮮国内で公表されると困る内容だったのだろう。 金副委員長は、北朝鮮で「人の心を引きつける話術の天才」と評される。彼はトランプ大統領の心をつかみ、いくつかの願いを受け入れてもらうことに成功した。トランプ大統領は「最大限の圧力」の言葉は使わない、と明言し、親書の非公開にも応じた。2018年6月、米ホワイトハウスで北朝鮮の金英哲朝鮮労働党副委員長(左)と会談を終え、言葉を交わすトランプ米大統領(AP=共同) トランプ大統領の姿勢後退が報じられたが、あくまで北朝鮮軍部の反発を理解し、金委員長がシンガポールに来やすいように配慮したのである。 首脳会談のシンガポール開催は、ボルトン補佐官の提案だ。米国は、開催決定までの間、金委員長の軍部への指導力と北朝鮮内部の状況が情報機関の報告通りか確認しようとした。屈辱でも「会談」北朝鮮の苦境 実は、北朝鮮の指導者は、中国やロシアなど友好国しか訪問していない。もし、金委員長が遠く離れた場所に向かい、国を空ければクーデターが起きる可能性がある。また、北朝鮮軍部には米国が留守を狙って軍事攻撃する、との疑心暗鬼も生じる。北朝鮮がこうした不安を克服できるかを、見極めようとしたのである。 米国は、金委員長がシンガポール会談を受け入れたことで、北朝鮮の軍部を抑えることに成功したと受け止めた。朝鮮人民軍は、米国との核交渉と譲歩に強く反対していた。米国は、それでもシンガポールに来ざるをえないのは、国連制裁が効果を挙げている証拠だと理解した。 北朝鮮には途中給油なしにシンガポールへ移動できる飛行機はなく、中国が提供した。ホテルの宿泊代金の支払いにも問題が生じた。誇り高い北朝鮮にとって屈辱のはずだが、それでもシンガポールまで行かざるをえない状況が、北朝鮮の苦境を物語る。 朝鮮半島の国家は、李朝時代まで中国への「朝貢国家」であった。外交権と軍事権を中国に握られてきたのである。北朝鮮は、朝貢国家から脱却するために「主体(チュチェ)思想」を主張するようになる。 再び中国の影響下に組み込まれるのか、米国の影響力を取り入れるのか。北朝鮮はこの「歴史的選択」に直面し、米朝首脳会談に応じた。朝鮮半島全域に米国の影響力を呼び込み、中国の影響力を弱体化させる戦略を選んだのである。 一方、中国は、トランプ大統領の「反中政策」を緩和させるために、北朝鮮を利用しようと画策する。金委員長にシンガポール行きを促し、対米協力の姿勢を見せながら、北朝鮮が求める「非核化の段階的解決」を支援し、米国に対抗させようとしている。要するに、北朝鮮を「対米カード」に利用しているのである。 北朝鮮は、中国の影響力と支配から独立するためには、米国の影響力が必要だ。中国に完全に従わないためには、米国の支援も必要だ。中国国営通信新華社が2018年5月8日に配信した、中国遼寧省大連で会談する中国の習近平国家主席(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の写真(新華社=共同) 「核保有国」のインドやパキスタンのケースを考えると、米国の友好国にならなければ、北朝鮮は「核保有国」とも認めてもらえない。だが、北朝鮮が米国と友好関係を築いて西側世界に近づくと、中国は当然反発する。微妙な駆け引きが、これから展開されるのである。 米朝首脳会談で、朝鮮半島全土に米国の影響力が及ぶ国際関係が初めて生まれる。朝鮮半島の国際関係は、新たな時代に入る。そして、日朝首脳会談が実現することで、拉致問題も解決に向かうであろう。

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    「親米国家」北朝鮮の誕生で日本の安全保障はこんなに変わる

    働党委員長との「世紀の対決」の注目ポイントは何か、考えてみたい。 今回の米朝首脳会談の結果次第では、北朝鮮とアメリカという「不俱戴天(ふぐたいてん)の敵」が「友好国」に一変する可能性を秘めている。実際、おそらく米朝首脳会談が始まる段階で「北朝鮮の非核化」とその見返りとなる「体制保証」という大きな「取引」の枠組みは決まっていると推測される。 ただ、枠組みをより具体的にさせ、友好国同士になるためには「敵」である米朝のどちらも相手に大きく譲歩する必要性がある。もし、譲歩が十分でなければ、米国側の経済制裁や軍事的圧力、北朝鮮の核・ミサイル開発の再開という昨年までの流れに戻ってしまうだろう。では、実際に何を米朝が譲ることになるのか。 米国側の「誘い水」ともいえる妥協のポイントは、すでに少しずつ明らかになっている。中でも、トランプ氏が日米首脳会談直後の記者会見で伝えたように、「朝鮮戦争終結宣言」は米国の考えるスタートラインのようである。北朝鮮に対する「敵視政策」を止めるという意思表示であり、あくまでも「協定」とかではなく、「宣言」ならしやすいという見方であろう。 また、米国の一部メディアがすでに指摘しているような米国の領事館や大使館を平壌に設立することで、人的交流を図り、米国が簡単に攻撃しにくいという状況を作り出すのが米国側の次の手でもある。人的交流の中には、同時に今後のトランプ氏の北朝鮮訪問や金正恩氏の米国訪問なども含まれるだろう。  ただ、こんなことはあくまでも序の口であろう。北朝鮮の体制保証はまず、非核化のペースと経済支援をめぐっての大きな攻防になるとみられる。 あくまでも、北朝鮮がもし、米国が望んでいる「完全で検証可能かつ不可逆的な廃棄(CVID)」に近い形で積極的で期限を切った非核化に取り組んだ場合、米国はかなり包括的な経済支援を行っていくのではないだろうか。2018年6月、シンガポールに到着し、バラクリシュナン外相(中央)と握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(バラクリシュナン氏のツイッターより、共同) 例えば、米国内に届くとされている大陸間弾道ミサイル(ICBM)だけでなく、日本や韓国に届く短・中距離のミサイルについても廃棄を決めた場合などは、経済制裁解除から始め、米国だけでなく、日本や韓国、中国と組んだ直接投資を広範に行っていくとみられている。北朝鮮の安い労働力を利用した工場進出だけでなく、豊かな鉱物資源の国際共同開発なども予想される。 利益相反になるかもしれないため、トランプ氏の家族が経営するホテルの建設は難しいかもしれない。それでも、韓国メディアが報じているように、トランプ氏の盟友である「カジノ王」シェルドン・アデルソン氏と協力した元山(ウォンサン)地域へのカジノ誘致なども有り得るかもしれない。日本には複雑な展開も この辺りの振興策はビジネスマンであるトランプ氏の本領発揮が期待される。だが、このような信じられない展開は、北朝鮮がどれだけ譲歩するかにかかっている。 一方で、日本にとっては複雑な状況もある。すでにトランプ氏は「経済支援の主体は日本や韓国、中国から」と公言している。 だが、言うまでもなく、日本にとっては「拉致問題が進展しなければ、経済支援はしない」という原則は崩したくない。安倍晋三首相が強調するように「拉致、核、ミサイル」の三つで北朝鮮が動かなければ、経済制裁解除や直接投資も動きたくないのが日本の立場だ。米朝関係が進展することで、日本は拉致問題解決のために、日朝首脳会談を急がないといけなくなる。 問題は経済関係だけではない。本格的に米朝の雪解けが進めば、日本の安全保障環境が劇的に変化するのは確実だ。「朝鮮戦争終結宣言」が「宣言」でなく「協定」となった場合、一気に国交正常化の動きが出る。 そうなれば、米朝には議会も関与する不可侵条約が締結されていくというのがシナリオとなる。当然、東アジアに残されていた「冷戦構造」も消えることになるが、必要がないはずの北朝鮮と戦うために配置している在韓米軍が縮小するという論理になっていくであろう。 実際のところ、在韓米軍は対中国の目的にも当然ながら利用されている。もし、在韓米軍が縮小される場合、縮小分だけ在日米軍の負担を大きくせざるを得ない。そのまま、日本の負担増につながってしまうのである。さらに、在韓米軍が大幅に縮小された場合、日本としては「前線」となってしまう対馬の防衛を自らが強化せざるを得ない状況になるのである。2018年6月7日、ホワイトハウスで行われた共同記者会見で握手する安倍首相とトランプ米大統領(共同) ただ、北朝鮮の狙いも複雑だ。北朝鮮が求める「朝鮮半島の非核化」には在韓米軍の撤退も含まれるという解釈が一般的である。だが、一部には別の解釈もある。例えば、北朝鮮が今後「親米国家」に生まれ変わった際には、中国を牽制したいという狙いのために、むしろ北朝鮮が在韓米軍の容認を望むという見方もあるのである。 このあたりをどう読み解くのか。日本としては注視し、状況に応じて機敏に対応すべきなのは言うまでもない。 いずれにしろ、「世紀の対決」の幕は今、まさに開こうとしている。その向こうに見えるのは、これまでとは全く別の風景かもしれない。

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    「同情するならカネをくれ」金正恩がプーチンを見限った理由

    名越健郎(拓殖大学海外事情研究所教授) 昨年まで一度も外遊したことがなく、世界の「のけ者」だった北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が一躍国際舞台の主役となり、各国首脳がこぞって面会に動いている。朝鮮半島外交で出遅れたロシアのプーチン大統領も9月にウラジオストクで開かれる「東方経済フォーラム」に金委員長を招待しており、巻き返しに必死だ。 プーチン大統領は9月11~13日の東方経済フォーラムに、安倍晋三首相、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領、中国の習近平国家主席を招待しており、金委員長が出席すれば、5カ国首脳が一同に会することになる。 シンガポールの米朝首脳会談で米朝関係に進展があれば、トランプ米大統領も飛び入りする可能性があり、その場合、歴史的な「6カ国首脳会談」の開催となる。そこでは日朝首脳会談も実現し、日本人拉致問題が一気に解決に向かうかもしれない。 米朝首脳会談に続く焦点は、ウラジオストクの「5カ国(または6カ国)首脳会談」となり、外交によるかけ引きが続きそうだ。こうした中で、プーチン大統領は朝鮮半島の緊張緩和、核問題解決で主導権を握ろうとしているかにみえる。 ロシアのラブロフ外相も最近、「北朝鮮非核化の最終段階で、すべての国が参加する多国間協議の開催は避けられない」と述べ、6カ国プロセスの主導に意欲を見せている。 ロシアは2014年のウクライナ危機後、欧米の経済制裁を受けて孤立が続くが、先のG7(主要7カ国)サミットでは貿易通商問題で欧米の亀裂が露呈。5月にはメルケル独首相、マクロン仏大統領、安倍首相が訪露した。今月14日からのサッカーW杯ロシア大会の主催もあり、一気に国際的孤立の脱却を狙っているようだ。プーチン大統領 積極的な朝鮮半島外交も孤立脱却戦略の一環だろう。朝露間では、5月末にラブロフ外相が9年ぶりに訪朝し、金委員長と会談。段階的な非核化の方向性で一致した。 ロシアでの報道によれば、W杯開会式には北朝鮮の序列ナンバー2、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長が出席する。9月初めには、マトビエンコ上院議長が訪朝し、10月にロシア議会代表団が訪朝するなど、両国の交流が一気に活発化する。 ただ、金委員長が9月にウラジオストクを訪問するかどうかは微妙だ。金委員長は15年5月にもロシアの対独戦勝70周年式典に出席を計画していたが、10日前にドタキャンした経緯がある。 この時は、当時の玄永哲(ヒョン・ヨンチョル)人民武力部長(国防相)が金委員長の訪露準備で同年4月に訪露したが、帰国後公開処刑され、ロシア側が不快感を表明。その後、朝露関係は停滞していた。「脇役」にすぎないプーチン 外交経験に乏しい34歳の金委員長が、国際会議デビューを果たすのか、プーチン大統領や安倍首相ら首脳外交のベテランと渡り合えるのか。北朝鮮の改革開放を探る上で重要な試金石となる。 ロシアは北朝鮮核問題では、米国の強硬論をけん制し、対話による解決、段階的非核化を支持してきた。 プーチン大統領は6月8日、北京で習主席と会談し、北朝鮮の非核化に歩調を合わせて対応することで一致。北朝鮮が求める体制保証を中国とともに後押しする考えを示した。ウラジオストクに関係国首脳を集め、朝鮮半島外交で一気に主導権を握る野望がにじむ。 しかし、ロシアの朝鮮半島政策には「実力不足」も目に付く。第一に、中国はロシアが主導権を握ることを望んでおらず、中露は半島外交で一枚岩とはいえない。6カ国協議を主催してきた中国は、自らイニシアチブを取ろうとするだろう。 第二に、ロシアには北朝鮮に経済援助を行う能力がない。2015年の朝露貿易は往復8400万ドルにすぎず、57億ドルの中朝貿易の1・4%にすぎなかった。中国が石油や食糧の一部を無償供与するのに対し、ロシアは市場価格での決済に固執しており、援助能力はない。国連安保理決議を受けて、武器輸出も禁止している。 第三に、ロシアはソ連時代と違って、北朝鮮と利害を共有する同盟関係ではなく、後ろ盾でもない。シンクタンク「国際危機グループ」(ICG)が指摘したように、露朝関係は「実利に基づく制限された友好関係」と位置づけられよう。APEC首脳会議の写真撮影に向かうトランプ大統領(手前右)とプーチン大統領=2017年11月、ベトナム中部ダナン(共同) 日本は半島外交で出遅れたといっても、拉致問題が解決して関係が正常化した場合、大型援助を行うことが小泉純一郎首相訪朝時の日朝平壌宣言に明記されており、いずれ日本の出番が必ずくる。 しかし、ロシアには支援能力がなく、北朝鮮はそれを熟知していよう。北朝鮮からすれば、「同情するなら、カネをくれ」ということだ。 ロシアは半島外交で、反米外交を進め、日米韓の連携を阻止し、存在感を高めて孤立脱却を図ろうとするだろうが、しょせん影響力は限られ、「脇役」にすぎない。とはいえ、キーパーソンとなった金委員長の対応次第で、9月にロシアが関係国首脳会議を主催する可能性もあり、見逃せない展開となってきた。

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    北朝鮮の「体制保証」と「人権改善」は両立できない

    崔碩栄(ジャーナリスト) 6月12日、米国と北朝鮮のシンガポール首脳会談が近づいている。一度はトランプ米国大統領の中止発表で無くなった思われた会談だが、北朝鮮側が積極的に開催の意志を示したことで会談の実施が決定、両国の実務陣が慌ただしく動いている。 5月27日からは板門店で米国側のソン・キム代表と北朝鮮側代表が事前調整を行い、北朝鮮の金英哲労働党副委員長が、米国を訪問し、トランプ大統領と面談をするなど、6月12にシンガポールで開催が予定されている日米朝首脳会談のための下準備が着々と進められている。 両国の要求は実に明確だ。米国が求めているのは、北朝鮮の完全な非核化であり、北朝鮮が求めているのは、金正恩の体制保証である。他にも、経済制裁解除、経済支援、北朝鮮の開放と人権問題、米軍駐留問題などの多くの事案が山積みだが、両国が最も重視している問題は「完全な非核化」と「金正恩体制維持」である。 会談において最も重要な話題はやはり「非核化」であろう。米国が迅速な「完全かつ検証可能、不可逆的な非核化(CVID)」を希望するのに対し、北朝鮮は時間をかけて少しずつ進めていく「段階的非核化」を主張。各国の専門家たちからはこの対立こそ会談の最大の障害物だと言われてきた。 しかし、トランプ米国大統領が6月1日米国で開かれた金委員長の最側近、金英哲党副委員長との面談で「時間をかけても構わない。速くやることも、ゆっくりやることもできる」と「段階的非核化」の引用する可能性を示唆したことで楽観論が広がっている。 もし米国が北朝鮮の段階的非核化を容認し、それに対する見返りとして、北朝鮮の体制を保証して、経済制裁を解除すればどうなるだろうか? 朝鮮半島から核と戦争の脅威がなくなり、南北が経済・文化交流を通じて繁栄を成し遂げる平和の時代が訪れるだろうか?ホワイトハウスで北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の親書を金英哲党副委員長(左)から受け取るトランプ米大統領=6月1日(ホワイトハウス提供・共同) 少なくとも、文在寅政権をはじめとする北朝鮮に信頼と支持を送る人々にはそのように見えているようだ。しかし、北朝鮮の非核化と体制維持が実現されることはあっても、その結果として平和の時代が訪れることは不可能である。少なくとも北朝鮮という「国家」においては。なぜなら、北朝鮮の体制維持と北朝鮮の人権の改善は同時達成が不可能だからだ。 国際社会はこれまで北朝鮮の人権弾圧状況を批判し、改善を求めてきた。北朝鮮にある複数の政治犯収容所には8万人から12万人の政治犯とその家族が収監されていると推定されている。そして収容所内では、飢餓と強制労働、処刑、拷問、性的暴行、乳幼児殺害が頻繁に起きていることが、脱北者たちの証言によって明らかになっているのだ。 国連は、2006年以来、2017年まで毎年、北朝鮮人権決議案を採択し、北朝鮮の組織的な人権蹂躙を批判し、加害者処罰を促しており、米国国務省報告書は、「北朝鮮の住民は、政府を変える能力がなく、北朝鮮当局は、メディアと集会、結社、宗教、移動、労働の自由を否定するなど、住民の生活をさまざまな側面から厳しく統治している」と指摘している。自国民への過酷な弾圧こそ、金正恩体制維持の「必須条件」なのだ。金正恩がトランプより怖いもの 金正恩は執権してから無慈悲な粛清を続けてきた。自分の叔父の張成沢を始め、人民武力部長、内閣副総理、総参謀部作戦局長など執権6年間処刑と粛清された軍と党の幹部が数百人に上る。 一般国民についても同様である。脱北を試みて捕えられた人や国境地帯での密輸が見つかり逮捕された人はもちろん、韓国の歌、ドラマを所持したり、楽しんだという理由だけでも強制労働収容所に送られ、時には公開処刑が行われるなど、それは正に恐怖政治である。現在の金正恩体制を維持するためには、人権弾圧は続けるしかない。そうしなければ、体制の維持は不可能だからである。 徹底的に閉鎖された社会で生きてきた北朝鮮住民に開放と交流という経験は動揺をもたらし、それは自然に統治体制への不満と反発という連鎖を起こすだろう。金正恩にとってこれほどの脅威はない。もし米国が非核化の見返りに、金正恩体制の維持を保証したならば彼は依然として国民に閉じられた世界での生活を強いるに違いない。それすれば内部の動揺が広がることはない。しかし、北朝鮮内では何一つ変われず地獄のような状況が続くだろう。 もしかすると、金正恩にとって非核化より受け入れがたいのは、政治犯収容所の閉鎖と政治犯釈放などの人権問題かもしれない。核兵器が外部からの体制を守る「盾」だとすれば、恐怖政治と人権弾圧は、内部(自国民)の反発から体制を守る「武器」だからだ。 外部からの軍事的脅威より怖いのが、内部の反発から始まる体制の崩壊である。それは過去のソ連をはじめ東欧の共産国家が外部からの力の圧力ではなく、内部の反発と抵抗から崩壊した歴史がよく証明している。北朝鮮の立場からすれば、非核化より受け入れがたいのが自国内の人権問題への干渉かもしれない。 米国は人権にうるさい国だ。特に2016年に北朝鮮を訪問中に逮捕された後、脳死状態で釈放された直後に死亡した米国の大学生オットー・ワームビアの事件は、北朝鮮の凄惨な状況を世界に知らせ、米国民を怒らせするきっかけとなった。これを鑑みれば、米国が非核化の見返りに金正恩体制を保証することはまた新しいの非難を招くことになるかもしれない。会見に臨む北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年4月27日、板門店(韓国共同写真記者団撮影) 6月12日の会談で「非核化」の他に北朝鮮が米国に提示できるカードはない。一方、米国は「段階的非核化」という譲歩のカードだけでなく、経済制裁解除、経済支援など多くの魅力的なカードを持っている。 米国は果たして米本土攻撃の脅威を除去することに満足して、国際社会から非難される北朝鮮の人権弾圧を黙認するだろうか。それとも、非核化以外の厳しい条件を付けて、北朝鮮をさらに窮地に追い込むのか。米国の交渉術に注目する。チェ・ソギョン ジャーナリスト。1972年韓国ソウル生まれ。韓国の大学で日本学を専攻し、1999年渡日。関東地方の国立大学で教育学修士号を取得。日本のミュージカル劇団、IT会社などで日韓の橋渡しをする業務に従事する。現在、フリーライターとして活動、日本に関する紹介記事を中心に雑誌などに寄稿。著書に『韓国人が書いた 韓国で行われている「反日教育」の実態』(彩図社刊)、『「反日モンスター」はこうして作られた-狂暴化する韓国人の心の中の怪物〈ケムル〉』(講談社刊)がある。

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    米朝首脳会談 安倍首相は舞台に立てぬまま外交的敗北

    語りながら、日本が強く望んでいる拉致など人権問題については「今日は話していない」と断言。そのうえで「北朝鮮への経済協力は韓国、中国、日本がすると思う。米国が多額の資金支援をすることはない」と踏み込んだ。 商売人のトランプ氏は「拉致被害者が全員帰国するまでビタ一文出せない」という方針をとってきた安倍首相に、聞こえよがしに“NO”のメッセージを送ったのだ。 首相は急いで米国に飛んでトランプ氏と会談したが、外交専門家の間では安倍外交の孤立がはっきりしたと受け止められている。武藤正敏・元駐韓大使が語る。「安倍総理は拉致問題をなんとか米朝首脳会談の中に組み込んでもらおうとトランプ大統領に働きかけてきた。しかし、当事者双方の事情を見ると、それは叶いそうにないと考えられる。北朝鮮側は金正恩自身の命と国家の存亡を賭けた交渉で、一方のトランプ大統領は今秋に中間選挙を控えている。米朝ともに自分のことで精一杯で、日本の事情を考える余裕はない」安倍晋三首相=2018年5月14日、首相官邸(春名中撮影) 外交のプロから見てもトランプ発言は決定的だった。「トランプ氏が核・ミサイル開発と並んで拉致問題を重視しているなら、金英哲氏との会談で自ら拉致に言及し、本番の首脳会談で前向きな回答を用意しておくように求めてもおかしくなかったが、人権問題には言及さえしなかった。つまり、日本の方針とは逆に、拉致問題は棚上げで、制裁強化は先送りの方向に進んでいるということ。まさに安倍外交は孤立する形になっている」(同前) 北朝鮮は日米の離間に成功したと見るや、「拉致問題はすでに解決された」「過去にわが民族に与えた前代未聞の罪をまず謝罪し、賠償すべきだ」と外交的宣伝攻勢を掛けてきた。関連記事■ 北朝鮮外交に巻き込まれるな 安倍首相は「高みの見物」を■ 金正恩氏の「執事」の正体、五輪参加など北朝鮮外交影の主役■ 米朝首脳会談 壮大で愚かな「政治ショー」で終わる可能性■ 高須院長 米朝会談で指摘「韓国は相当空気が読めてない」■ 安倍昭恵さん、ロシア行きをめぐりけっこう批判出た

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    「報道しない自由」が北朝鮮をつけ上がらせた

    米朝首脳会談を前に一冊の本が衝撃を与えている。『メディアは死んでいた-検証北朝鮮拉致報道』(元産経新聞記者・阿部雅美著、産経新聞出版)。40年前、拉致事件を発掘し、21年前に横田めぐみさん拉致疑惑を初報した記者が、取材の経過とメディアが拉致をどう報じたか、赤裸々に綴ったのである。

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    1988年3月26日、メディアが死んだ日

    阿部雅美(元産経新聞社会部記者)(産経新聞出版『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』より抜粋、再構成) 本書『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』(元産経新聞社会部記者・阿部雅美著、産経新聞出版)は産経新聞に連載された《私の拉致取材 40年目の検証》に加筆したものである。連載中、読者からの反響で最も多かったのは、本書で繰り返し触れた《メディアが死んだ日》についての質問だった。 1988年3月26日。北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚――政府が8年前に産経が報じた一連のアベック蒸発に言及し、初めて北朝鮮の国名を挙げて国会答弁したにもかかわらず、この答弁を含む歴史的な質疑をメディアがこぞって無視、黙殺したのだ。 そんなことが本当にあったのか、という驚きの反応もあり、この事実が意外に知られていないことを知った。書籍化にあたりタイトルを『メディアは死んでいた』とした理由の一つだ。 当時、国会・参院予算委員会の記者席にいた各社の記者に取材して《メディアが死んだ日》の真相を明らかにしてほしいという要望も、「あなたは何もしなかったのか」という叱責とほぼ同数寄せられた。実は20年前にも、15年前にも、それを試みかけたことがあった。 しかし、報じなかったことについての他社への取材は至難だ。私の力には余る。《メディアが死んだ日》があったこと、この日の答弁内容を書き残すことで勘弁願いたい。 朝日新聞や共同通信のOBから提案、アドバイスもいただいたが、「北朝鮮はそんなこと(日本人拉致)はしない、と言い続けた(当時の社内の)○○らに筆誅を加えてほしい」という無理な注文もあった。 では、88年3月26日に何があったのか。 この日の参院予算委員会質疑で答弁した警察庁の城内康光警備局長は、共産党の橋本敦議員の質問に対し、78年7月、8月のわずか2カ月間に4組の若い男女のカップルが突然姿を消したことについて、明確に「事件」と認定。続けてこう述べたのだ。80年の産経報道から8年、アベック拉致疑惑が初めて国会の場で取り上げられた瞬間だった。《諸般の状況から考えますと、拉致された疑いがあるのではないかというふうに考えております》 続いて答弁に立った梶山静六国家公安委員長(自治相)は、それまでの質疑をくくるように答えた。梶山静六元官房長官。答弁当時は国家公安委員長兼自治相だった=1998年6月撮影《昭和53年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます。解明が大変困難ではございますけれども、事態の重大性に鑑み、今後とも真相究明のために全力を尽くしていかなければならないと考えておりますし、本人はもちろんでございますが、ご家族の皆さん方に深いご同情を申し上げる次第であります》報じられなかった歴史的答弁 これを通称「梶山答弁」という。拉致について一度も公式に言及していなかった政府、警察が初めて北朝鮮による日本人拉致疑惑の存在を認めた。それまで拉致については、言ってみればゼロ回答だったのだから、一歩踏み込んだというレベルの話ではなかった。 すでに拉致が周知のこととなっている「今」の視点からは、ごく当たり前の答弁に感じられるだろう。しかし「今」ではない。88年のことだ。 小泉純一郎首相の電撃訪朝で北朝鮮側が日本人拉致を正式に認める10年以上も前である。だが、この歴史的な答弁はこぞって報じられなかったのだ。 そもそも、私が書いた《アベック3組ナゾの蒸発 外国情報機関が関与?》の記事が、まだカタカナ題字だったサンケイ新聞一面に掲載されたのは80年1月7日。38年前だった。 横田めぐみさん拉致事件の初報となった《「20年前 13歳少女拉致」 北朝鮮亡命工作員証言》の記事が漢字題字の産経新聞一面に掲載されたのは、それから17年後、97年2月3日のことだった。 浜辺で楽しく語らう若い男女、下校途中の少女、買い物に出かけた母娘らが次々に襲われ、工作船に乗せられ、海の向こう1000キロ近くも離れた北朝鮮へと連れ去られる―「ありえない事件」だった。しかし、拉致事件の特異さを際立たせているのは、そうした犯罪の形だけではない。1997年2月3日、産経新聞は北朝鮮による横田めぐみさん拉致事件を実名報道。この後、拉致被害者家族会が結成されるなど救出への機運は高まっていくことになる もう一つ、ある。繰り返された理不尽極まりない蛮行を日本社会とメディアが長く放置してきたことだ。 産経新聞の第一報は「虚報」とされ、この重大な人権侵害、主権侵害の国家犯罪への関心が広がることはなかった。大半の国民が、拉致は事実、という共通の認識を持つまでに、なんという長い年月を要したのか、思いもよらぬ曲折を経ねばならなかったのか。 人により拉致事件の存在を知った時期に10〜20年もの隔たりがあるのは、なぜなのか―。責の過半は新聞、テレビなどマスメディアの不報(報じないこと)が負うべきである、と自戒を込めて思う。 歴史に「もし」「たら」はないが、もし、あの時、メディアが一斉に報じていたら、今とは違う、今よりずっと良い結果に至っていたのではないか、との思いがぬぐえない。一度ならずあった契機に目をつぶり、拉致疑惑の存在を否定、黙殺し続けた事実を消すことはできない。 この間、産経新聞の一連の拉致報道に対する誹謗を幾度も見聞した。インターネット上にも事実と異なる情報が散見される。反論もせず、訂正を求めることもしてこなかった。通常、事件取材の経緯は明かさないのが原則だ。 しかし、拉致事件に限れば、どう取材したか、しなかったか、どう報道したか、しなかったか、が正しく記憶されるべきだと思うようになった。それらをも全て含めて拉致事件と考えるからだ。あべ・まさみ 1948(昭和23)年、東京生まれ。72年、産経新聞社入社。80年1月、「アベック3組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」の記事で拉致事件をスクープ、97年、「20年前、13歳少女拉致」で横田めぐみさん拉致を報じ、17年を隔てた2件のスクープで新聞協会賞受賞。

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    誰も目にしたことがない国会映像

    阿部雅美(元産経新聞社会部記者)(産経新聞出版『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』より抜粋、再構成) なぜ、私は『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』(元産経新聞社会部記者・阿部雅美著、産経新聞出版)を書いたのか。 日本海側で起きていた一連のアベック行方不明について「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」と述べた1988年3月26日の梶山静六国家公安委員長の答弁(梶山答弁)。雑談やオフレコの場ではない。無責任な噂話ではない。国会の予算委員会で政府が北朝鮮の国名をはっきりと挙げて、人権・主権侵害の国家犯罪が「十分濃厚」と答えたのである。 これは尋常なことではない。だれでもトップニュースと思うだろう。しかし、この答弁がテレビニュースに流れることは、ついになかった。 新聞は産経がわずか29行、日経が12行、それぞれ夕刊の中面などに見落としそうになる小さいベタ(1段)記事を載せただけだった。朝日、読売、毎日には一行もなかった。 マスメディアの拉致事件への無関心は、ここに極まった。まるで申し合わせでもしたかのように、足並みをそろえて無視したのだった。記事の扱いが小さいとか、遅い、というのではない。報じなかったのだ。 「メディアが死んだ日」という意味合いが、お分かりいただけるだろうか。 関係者によると、あの日、予算委員会の記者席では、いつも通り報道各社の記者たちが何人も傍聴していたそうだが、このときの答弁映像はニュース映像の宝庫であるはずのNHKにも残っていないと聞く。誰も一度も目にしたことがないはずだ。 歴史的な国会答弁の映像が日本のどこにも存在しない。不思議なことだ。 現在、NHKは拉致報道に相当熱心だが、長い間、拉致を無視し続けたように思う。個々の記者がそろって無関心だったわけではなかったことは、後年、NHKの研修会に招かれてプロデューサーや記者たちと話す機会があって知ったが、世紀が変わるまでの20年間、まともな拉致疑惑報道を視聴した記憶がない。2004年9月、衆院総務委員会を収録するNHKのカメラクルー(奈須稔撮影) NHKだけを責める気は毛頭ない。民放各社も同じだった。 「梶山答弁」自体は数行だが、この日の拉致関連の政府答弁全体が実は画期的なものだった。ただし、自分たち身内のことが国会で取り上げられたにもかかわらず、アベック3組の家族たちさえ、こうした質疑があったこと自体を、ずっと知らずにいた。取り返しつかぬ9年の「空白」 産経も詳報をしてきていないので、この機会に改めて紹介させていただいた。本書を書き始めた理由の一つでもあるからだ。 「梶山答弁」の無視―。長くメディアの世界の隅で働いてきたが、これほどまでに異様な経験は、この一度きりだ。 一体何があったのか。各社の記者が、なぜ原稿にしなかったのか、あるいは原稿は書いたが、本社サイドでボツにしたのか。 いや、突然、あの質疑を聞いても、拉致についての相当な予備知識、関心がなければ一体何のことなのか訳が分からず、原稿にしようがなかったのではないか。答弁の重大さに気づかなかったのではないか。そんな冷めた見方もあるが、「メディアが死んだ日」の真相は今もって分からない。 報道しなかったという事実が報じられるはずもなく、「梶山答弁」は事実上、幻、つまり存在しなかったことになってしまった。この間、9年。取り返しのつかない空白が生じた。 本書は私や産経の手柄話の場ではない。恥もさらす。 私自身、「梶山答弁」を報じた88年3月26日付産経夕刊掲載のベタ記事に気づかなかった。出稿部署を離れて整理部で仕事をしていた時期ではあったが、それは言い訳にならない。 翌日だったか、翌々日だったか、同僚記者に教えられて知った時点で、大きく紙面展開することを社内で強く主張すべきだった。政府が国会で北朝鮮による日本人拉致疑惑の存在を初めて認めた、となれば、他紙もテレビも、それなりの報道をせざるを得ないはずだった。2018年3月、拉致問題の解決に向け、安倍晋三首相(右)に決議文を手渡す家族会代表の飯塚繁雄さん(右から2人目)ら。中央左は横田早紀江さん(斎藤良雄撮影) 記者の常識からすれば、政府・警察にそれなりの確証がなければ「梶山答弁」にはならない。どんな確証なのか。これを契機に拉致取材合戦が始まる。新事実が次々に明らかになる―。世論が盛り上がる―。政府が動く―。北朝鮮が動く―。 そうはならなかったかもしれないが、いずれにせよ、意気地のない記者だったことを恥じ入る。 誤報、虚報とマスメディアに黙殺され、自分が取材したと親しい人にさえ言えずにきた、あの記事を政府、警察が国会の場で丸ごと追認したというのに、何もできなかった。しなかった。情けない話だ。 産経に限らず、1社だけが報じても世論にはならない。80年の産経記事の後追い報道はともかくとして、「梶山答弁」はマスメディアが拉致疑惑をそろって取り上げるべき最初の機会だった。この機を逃した意味の大きさは計り知れない、と今も思い続けている。あべ・まさみ 1948(昭和23)年、東京生まれ。72年、産経新聞社入社。80年1月、「アベック3組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」の記事で拉致事件をスクープ、97年、「20年前、13歳少女拉致」で横田めぐみさん拉致を報じ、17年を隔てた2件のスクープで新聞協会賞受賞。

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    人権問題に産経も共産党も朝日もない

    阿部雅美(元産経新聞社会部記者)(産経新聞出版『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』より抜粋、再構成) 『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』(元産経新聞社会部記者・阿部雅美著、産経新聞出版)では、拉致問題の解決に向けて奔走した人々も描いている。その一人が、元日本共産党議員秘書、兵本達吉氏だ。 「国会の共産党の人からですよ」。取り次がれた電話が、いつ、かかったのか。正確には覚えていない。 間違いだと思った。産経新聞社と日本共産党間の自民党意見広告掲載をめぐる訴訟は産経側の全面勝訴で決着していたとはいえ、仲直りしたわけではない。いわば犬猿の仲。電話などかかるはずがなかった。 「あんたが昔書いたアベック蒸発の記事、読んだよ。(松本)清張の小説より面白いな。わしも新潟、福井、鹿児島、みんな行って、家族に会ってきた。北朝鮮による拉致に間違いないんだよ」 いきなり、大きな声で、そう切り出す。自分のことを「わし」と言う思わぬ“同志”の出現に戸惑った。 それが橋本敦参議院議員(共産)の秘書、兵本氏との出会いだった。橋本議員は88年3月26日の「メディアが死んだ日」に、政府が初めて北朝鮮による日本人拉致疑惑の存在を国会で明言した梶山答弁を引き出したが、アベック拉致関連質問は秘書の兵本氏が現地調査を基に練ったことに疑いの余地はない。被害者家族の心痛描写など、実際に会って話を聞いた人にしか書けない。拉致疑惑を掘り起こした元共産党参院議員秘書の兵本達吉さん=2002年9月撮影 「『李恩恵』という日本から拉致された日本人女性から(日本人化)教育を受けました」 大韓航空機爆破事件で逮捕された金賢姫・元北朝鮮工作員の88年1月15日の記者会見での一言に刺激されて拉致事件に興味関心を抱いたという兵本氏。アベック連続蒸発を知り、新潟、福井、鹿児島へ出向いたのだった。 私に電話したのは、いつだったか、本書を書くにあたって兵本氏に確認した。 「梶山答弁からだいぶたってからだったよ」 もうすぐ80歳、私も70歳に手が届く。お互い記憶があいまいになる。それにしても京都大学生時代からの筋金入りの共産党員が、よく産経へ電話したものだ、と今でも思う。 《昭和53年以来の一連のアベック行方不明事犯、恐らくは北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚でございます》「メディアは、なぜ報道しないんだ」 せっかく画期的な梶山答弁を引き出しながらマスメディアに無視されたのだから、常人なら相当な打撃を受けたはずだが、それしきのことでめげる人ではなかった。 「そりゃ、ショックだったさ。なにしろ産経もベタ(1段記事)だからな。まあ、共産党の質問だから仕方ないけどね」 情報交換のため、時々顔を合わせるようになった。私は拉致事件の事実解明を続けてきたつもりだったが、兵本氏の関心は、その先、拉致された被害者たちを、どうやって日本に取り戻すか、にあった。当時、そんなことを考えていた人は、私の知る限り、兵本氏一人だけだ。 議員会館の部屋では共産党の職員が働いている。訪ねるたびに彼、彼女らの産経記者への視線が気になったが、兵本氏は、まるで意に介さなかった。 「拉致は主権侵害、人権侵害の重大犯罪だ。産経も共産党も朝日もない。メディアは、なぜ報道しないんだ」 同感だった。この迫力と情熱がやがて被害者家族を動かして家族会を結成することになる。 その一方で、日本共産党は、北朝鮮との関係を突然修復、兵本氏は党を除名されながらも、拉致被害者支援の活動を続けていったのだ。 少し脇道へ回る。だいぶ後の話だが、何人かの産経読者から「これは本当か」「ケシカラン」と問い合わせ、お叱りの電話を受けた。 関西の読者が郵送してくれた「知りたい 聞きたい 北朝鮮問題と日本共産党」という、共産党系の組織が配布したビラが1枚、今も手元にある。東京・渋谷区にある日本共産党本部=2017年10月(桐山弘太撮影)「拉致問題を早くから取材してきた阿部雅美産経新聞編集局次長(当時)」と私の名があり、「拉致疑惑をもっとも熱心に国会で取り上げてきたのは共産党の議員です。共産党と産経新聞は昔から仲が良くないのですが、これはそういう問題ではありません」という、どこかの場での私の発言が載っている。 梶山答弁を引き出した橋本質問を念頭に、そのような発言をしたことは事実だが、私にとって拉致疑惑に関しては兵本氏=共産党だった。兵本氏以外の共産党員と言葉を交わしたり、取材したりしたことは一度もない。 遅きに失したが、ビラの中の「共産党の議員」は「共産党の議員秘書、兵本氏」の誤りなので、この機会におわびして訂正しておく。あべ・まさみ 1948(昭和23)年、東京生まれ。72年、産経新聞社入社。80年1月、「アベック3組ナゾの蒸発」「外国情報機関が関与?」の記事で拉致事件をスクープ、97年、「20年前、13歳少女拉致」で横田めぐみさん拉致を報じ、17年を隔てた2件のスクープで新聞協会賞受賞。

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    横田早紀江さん「あの子が帰ってくる姿を見れば、それで十分です」

     産経新聞長期連載「私の拉致取材 40年目の検証」を大幅に加筆した『メディアは死んでいた-検証 北朝鮮拉致報道』(産経新聞出版)の著者、阿部雅美元産経新聞社会部記者が今年3月、拉致被害者、横田めぐみさん(53)=拉致当時(13)=の両親、横田滋さん(85)、早紀江さん(82)に取材した。 《取材は3月4日、川崎市で行われた。滋さんは杖(つえ)をつきながら、早紀江さんに支えられて姿をみせた》 阿部雅美氏(以下、阿部)「本当に懐かしい。ここに最初にうかがったのは1997(平成9)年1月でした」 《訪問は新潟市の自宅周辺で77(昭和52)年11月15日に行方不明になった横田さん夫妻の長女、めぐみさんについて取材するためだった》 阿部「自宅には滋さんが一人でいらして、現場の地図を描いて説明してくださった。行方不明になったときの地元紙の記事など資料も全部出していただいた。今でもよく覚えています」 《当時、「北朝鮮に拉致された13歳の少女」の情報があり、めぐみさんの可能性が高まると、元共産党議員秘書の兵本(ひょうもと)達吉氏が横田夫妻の自宅を探しだし、拉致の疑いを電話で一報していた》 横田早紀江さん(以下、早紀江)「阿部さんは当時からまったくお変わりなくて」 阿部「髪が真っ白になって年を取りました。今回は私の『最後の拉致取材』。そういう思いでおじゃましました」 早紀江「そんなことおっしゃらず、元気でいていただかないと。年を取ったのはお互いです。私たちなんて、本物の老人になってしまいました」 《集会などで顔を合わせることはあったが、じっくり話をするのは十数年ぶりのことだ》元産経新聞記者の阿部雅美さん(右)と対談する横田滋さん(中央)、早紀江さん夫妻(宮崎瑞穂撮影) 阿部「それで、兵本さんから連絡が来たとき、滋さんが『今日、なんだか変なことがあったよ』と早紀江さんに話す。『何なの』と聞くけど『うーん』と考え込んでいる。滋さんの柔らかく木訥(ぼくとつ)な人柄が出ている。そして、早紀江さんはすぐ『めぐみちゃんのこと?』と察した」 早紀江「実際に、めぐみちゃんのことだったから、余計にびっくりしたんですよ」 阿部「だいぶ前になりますが、80年に『アベック連続失踪』を産経が書いたとき、近所の方が『こんなのがある』と新聞を持ってきた。そのときも早紀江さんは『ひょっとしてめぐみちゃんもこれではないか』と思い、産経の新潟支局に足を運ばれた」 早紀江「すぐに、めぐみちゃんのことだ、と思いました。何も分からない中で、ピンとくるものがありました」 阿部「当時、アベックにこだわりすぎました。めぐみちゃん失踪のことは、まったく知らなかったし、たとえ知ったとしても、拉致と関連づけることはできなかったと思う」 《アベック連続失踪に外国情報機関(北朝鮮工作機関)が関与している疑いをスクープした記事は他のメディアから黙殺された。めぐみさん拉致疑惑が報道されるのは97年。約20年間、拉致問題は「氷河期」が続いていた》 阿部「アベック失踪や、めぐみちゃん拉致を記事にしたが結局、何も変わらなかった悔しさがある。もっと早く、しっかり拉致のことを書いていれば時計の針は早く進んだ。メディアがちゃんとしていれば、結果は違ったのではないか。報道しなかったことの責任も忘れてはいけない。日本社会全体もこの異様な歴史を忘れてはいけない」 早紀江「まさに、その通りだと思います。忘れてはいけないですね。拉致問題はなかなか動きませんが、当時、あれだけ動かなかったことが、一つの報道を通して動き始めた」 阿部「忘れてはいけないことは、まだあります。日本の海の守りの貧弱さも、その一つです」 《日本各地の沖合にたびたび出現していた不審船。海上保安庁法が改正されるなど、厳格な取り締まりに向けて舵が切られた2001年には、奄美大島沖で北朝鮮の工作船が海上保安庁の船と激しい銃撃戦となり、工作船が自沈する事件も発生した》 阿部「九州(奄美大島)沖の時にしっかり対応して以降、不審船事件はありません。日本がきっちりと対応すれば工作船なんて来られなかったし、拉致など起きえなかった」 早紀江「分かっている部分がありながら、そのままにしていたところもあるんでしょう。のんびりしていた、ということなんでしょうね」怒りが大きな力になった 《十数年ぶりに滋さん、早紀江さん夫妻に取材する機会を得た阿部氏。早紀江さんは、わが子を思う親の気持ちを吐露した》 阿部「拉致問題の記事について、事実じゃないことを言われることもある。見たこと、聞いたこと、実際にあった真実を、書き残したくて」 早紀江「私たちも同じです。あること、ないことを言われて悲しくなることもあります。夫(滋さん)は、だんだん危なくなってきてしまって。足腰に力が入らないから、ひっくり返っちゃう。立ち上がるのを手伝うのも結構、力がいる。うまく言葉が出ないのが本人は一番、辛いと思いますが…」 阿部「アベック連続失踪の記事を見て、産経新潟支局に行かれた時のことをもう少し聞かせてください」 《阿部氏が1980(昭和55)年1月に書いた記事は、アベック3組の失踪に外国情報機関が関与している疑いを指摘。記事の存在を知った早紀江さんは、めぐみさんの失踪と関係があるかもしれないと、すぐに産経新潟支局を訪ねたのだった》 早紀江「こんな変なことが起きているのか、と。失踪した方たちの写真まで残っていた。でも、支局の方は『13歳ですからね、そうじゃないと思いますよ』とおっしゃる。アベックと13歳の女の子では年の頃も状況も違うと。警察にも寄りましたが、『違うのでは』と、同じ答えでした」 阿部「当時は支局も警察も、そう答えざるを得なかったと思いますよ」 早紀江「めぐみはよく友達と自転車に乗って海岸に行っていたし、誰かに狙われていたのかもしれないとか、余計なことを考えて。この産経の記事のことを聞かなきゃだめだ。絶対これじゃないですか、となった」 《国家犯罪の気配を感じ取っていた早紀江さん。めぐみさん失踪から20年を経て直感は正しかったことが証明される》大韓航空機爆破事件、金浦空港に着いた金賢姫元死刑囚=1987年12月15日 阿部「97年1月に(元共産党議員秘書の)兵本(ひょうもと)(達吉)さんから電話が来た。その時点では、北朝鮮による拉致なんて思いもよらなかったんですね」 早紀江「まったく思っていなかったです。大韓航空機爆破事件が起きて、金賢姫(キム・ヒョンヒ)さんが連行されるのをテレビで見て、言わずにきましたが、実は、あの瞬間、まさか、もしかしてだけど、めぐみちゃんじゃないのかと。それぐらいに思ったんですよ」 阿部「96年に石高君(健次・元朝日放送プロデューサー)が初めて、めぐみちゃんのことを書いた。それが兵本さんに伝わり、具体的に消息になった」 《石高氏は韓国情報機関から「13歳の少女拉致」の情報を入手。雑誌「現代コリア」に情報を掲載した》 早紀江「それまでは、全くといってよいほど、何も分からなくて…」 阿部「情報の中にあった『拉致された少女は双子』という文言。実際はめぐみちゃんは双子の弟さんがいた。滋さんは双子と聞き、すぐ『めぐみに間違いがない』と思ったそうですね」 早紀江「半々でしたよ。夫も私も、確信めいたものがありつつも、本当に、そんなとんでもないことがあるものだろうかと、深く悩みました」 阿部「97年2月3日にめぐみちゃんのことが報道されるが、その前に、拉致されたとの情報は日本に来ていて、政府も知っている、となったわけです」 早紀江「警察にも情報が来ていたという話ですよね」 阿部「最初にお会いした頃、普通のやさしいお父さん、お母さんだと思った。いろいろご一緒しているうち『こんなに強く、子供のことを思って、親は身を削れるものなのだろうか』と感じ入った」 早紀江「親はだれでもそうなると思います。やりますよ。気が狂うほど。絶対に。振り返るとなぜ、がんばりすぎるくらいやれたのか、自分でもよく分からないことがあります。かわいそうなだけじゃなく、『こんなことが、この平和の中で、パッとやられてしまうのか』という現実への悔しさがあったように感じます。たくさんの人が次から次へと北朝鮮に連れて行かれ、何も分からないままにされている。そんな人生を歩まされている。それで本当にいいんですか、という怒りが大きな力になりました」できる限りを尽くした家族 《滋さん、早紀江さん夫妻への、阿部氏の取材は、被害者家族らの活動、思い、現状へと移っていった》 阿部「めぐみさんが北朝鮮にいると分かった後の方が、つらいという話もされています」 横田「正直、最初の20年以上に苦しかったですね。何も分からないより、分かっているのに何もできない方がつらいんです。別のつらさです」 阿部「何もできない政府、国家でいいのか。本当に悔しく思う。(ジャーナリストの)櫻井よしこさんもよく、そうおっしゃっていますね」 早紀江「櫻井さんには、本当に最初からご尽力いただいて」 阿部「1997(平成9)年11月にめぐみちゃん救出に向けて新潟集会をやりましたよね。私も壇上に登らせていただきました。あのころはまだ、評論家は拉致問題に触れなかった。拉致問題について、誰も相手にしてくれないときから、あの方はしっかり向き合ってくださった」 早紀江「櫻井さんやいろいろな方のお力添えがあったから、ここまで来られたと思います」 阿部「先日、私は強く衝撃を受けたんですが、『家族はやり尽くした』とおっしゃった」 早紀江「はい。もう、普通のおじさん、おばさん、一般庶民としては、よくここまでがんばれたな、と。自分でも不思議に思います。たくさんの人の前で話すなんて絶対に好きじゃないし。こんな人生、思ってもみなかったですよ。なんで、こんな力が出たんだろう、というか。でも、そういう時になったら力が与えられるし、言葉が与えられるし、やっぱり、神様はいるんだなと思いますよね」 阿部「だいたいの日本人は、早紀江さんを普通のおばさんとは思っていませんよ」 早紀江「だから、困ってしまう。私なんて、いつも周りを頼りにしているような人間だった。(生まれ育った)京都の地元の人たちは一番よく知っているから『あなたは何をやっているのよ』って(笑)」 阿部「拉致は終わったわけではなく、現在進行形です。そのときに、もう家族はやることはすべてやったと思われている」 早紀江「そうですね。私はいつも言っています。『まだアメリカに行かなきゃならないんですか』とか、『もういいんじゃないんですか』とかね…」 《家族は米国をはじめ各国の政府や国際機関などをたびたび訪れ、一刻も早い問題解決を訴えてきた。滋さんや早紀江さんら家族会の結成当初から救出運動に参加してきた親の世代が年老いた今、その役割はめぐみさんの双子の弟、拓也さん、哲也さんら若い世代に引き継がれつつある》2006年4月、ブッシュ米大統領(当時)とホワイトハウスで会談する横田早紀江さんと拓也さん 早紀江「私はいつも、はっきりお伝えしています。『後は政府がなさることではありませんか』と。でも『行っていただくのと、いただけないのとでは、違うんです』とおっしゃる。そう言われると大事なのかな、と思ったり。でも多くの家族の皆さんは年をめして、亡くなった方もいる。『苦労してきたんだから、もう、いいんじゃないんですか』とも申し上げています」 《救出運動に当初から参加してきた親世代は横田さん夫妻と有本恵子さん(58)=同(23)=の両親の明弘さん(89)、嘉代子さん(92)夫妻だけとなった》 阿部「40年過ぎました。なんでこんなにひどい国家犯罪を日本は許し、解決できないのか」 早紀江「本当に、いまだに分かりません。みんな、街の人たちも私に聞いてきます。『横田さん、なんでまだだめなの。何をやっているの』と。私が聞きたいくらいです。でも、国は何も教えてくださらない」 阿部「家族の方たちはやることはやった。相手がどんな国であろうが、さらわれた日本人を取り戻さないといけない。それが、政府、政治家の仕事です」 早紀江「私も最近、国会に呼んでいただくと、そればかり言っています。怒り狂って…。もう、つい、厳しいことを言ってしまいます。『皆さん、数年で(救出を)あきらめられるんですか』と。あきらめられないでしょう。拉致問題を乗り越えないと、日本は良くならないですよ」涙がかれるほど泣いた母 《阿部氏の横田滋さん、早紀江さんへの取材は、日本社会や政治の対応に移っていった》 阿部「日本社会は拉致に教訓を学び取らないと、被害に遭った方たちに申し訳が立たない」 横田「向こうの生活はとてつもなく辛いと思いますよ…」 阿部「先にも触れましたが、工作船に対して貧弱だった海の守り。拉致も含めて、防げたはずなのに、できなかった」 早紀江「新潟の海岸はすごくきれいなんです。あのことがある前は『早く海を見に行こう』なんて言って、みんな海が気に入っていました。家族で行った後は、『よかったね。きれいだね』とか言ってね。そこが、そんなことになっていた。このショックはたまらないですよ」 阿部「私も2回ばかり新潟の海に行きました。いい浜です」 早紀江「本当にきれいでした」 阿部「早紀江さんは政府や政治家をあまり批判されない」 早紀江「いえいえ。私も結構言ってしまっていて…。この間、(参議院議員で、元拉致問題担当大臣の)中山恭子さんにも言ってしまったんですけれど。『なぜこれほど一生懸命、お金をかけて、時間をかけて、人を集めて、政治家をなさっている方が、なんで皆さん、こんなにのんきなんですかね』と。『申し訳ありません』と中山さんがおっしゃって、『すいません、中山さんのことじゃないんですけれど』と。でも、本当にそう思いますよね…」 《全国の拉致被害者の家族が集まり、家族会が結成された当時(1997〈平成9〉年)の思いも振り返った》 阿部「東京を中心に政治家に働きかけるということで、半ば押しつけたみたいに(夫の)滋さんに家族会代表になっていただいた」2000年9月、森喜朗首相に北朝鮮日本人拉致被害者の救出署名簿を手渡すため首相官邸に入る被害者家族会代表で横田めぐみさんの父・滋さんと母・早紀江さん(小松洋撮影) 早紀江「夫は経理とかは上手なんです。銀行員だから。『でも、本当に代表なんてできません。経理はできますけれど、代表は勘弁してください』と。でも、そうなってしまって。それからも、本当にいろいろなことがありました。必死でしたね」 阿部「見事に、全身全霊で救出運動を引っ張ってこられた。最近、連載もあって、いろいろなところで講演します。若い人で拉致を知らない人が相当増えている。国民に今、言いたいことをお聞かせください」 早紀江「一番は、なぜ、解決しないのか。何をやっているのか、という思いが強いです。私たちも、本当のところがよく分からない。長い年月がたちますが、さほど変わらないじゃないですか。なぜこんなことを、ずっとやっているのか…。でも、阿部さんも含め、マスコミの方たちも、拉致問題のことをよく書いてくれました」 阿部「昔は本当に無視され続けた。でも、積み重ねてこられたことは決して無駄ではない。救出運動や報道が相乗効果を生んで人から人に伝わり、メディアも変わった。家族会が何をやっても報道されないときもあった。何もないところからここまできた。でも、今も各社の記者と話すと、みんな一生懸命にやっているのに、だんだん上に行くとおかしくなる。消えてしまう。そういう心配はあります」 早紀江「相当変わりましたよね。講演にお招きいただくと、いろいろと感じることがあります。『お母さんは強いですね』『本当に涙が出ます』と言われて。中学校で講演すると、生徒さんは純粋ですからね。涙を流して聞いてくれるんです。私はもう新潟でさんざん、泣いてきたから、最近は涙も出ません」 阿部「全国に解決を願う方たちがいらっしゃる。国民は拉致のことを理解している。だからなんで解決しないのか、と」 早紀江「だから、きつい言葉が出てしまうんです。『なんでこんな仕事(政治家)に就こうと思われるんですかね』と」 阿部「極端にいえば、裏取引でもかまわないです。相手はとんでもない国だと分かっている。こちらも、やるべきところをやって挑まないといけない」 早紀江「日本には賢い方がたくさんいらっしゃる。弁論の立つ人、こわもての人、知恵がある人、やさしく語りかけられる方。安倍(晋三)首相に選んでいただき、水面下でも、何でも、やっていただきたい。(事態が)動かないから余計に訳が分からなくなってきます」次の世代に積み残さないように 《阿部氏と早紀江さんは、拉致問題が長年、解決しない現状について、「異常だ」「絶対におかしい」などと語り合った》 阿部「昭和のかなり早い時期、朝鮮半島が分断したころから日本社会全体が北朝鮮に対して極めて甘かった。工作員が日本国内でたくさん捕まっているが、すぐに帰してしまう。工作船と同じように、日本がきっちり対応するのが分かれば、北朝鮮も考え方を変えたでしょう」 横田「日本は本当に不思議な国だなと、情けないくらいに思います。日本という思いがなくなっちゃって。悲しいですよ。その犠牲になっているわけですから」 阿部「僕はメディアの人間。とんでもない社説や記事が書かれたことも見てきました。そして政府も…。最初は『拉致なんてない。でっちあげだ』と。ところが、それがどうもあった、となると『10人ぐらいの(拉致被害者の)ことで』となる」 《「たった10人で日朝国交正常化交渉が止まっていいのか。拉致にこだわり正常化がうまくいかないのは国益に反する」。かつて、ある外務官僚が言い放った「見解」だが、いかに日朝国交正常化に前のめりになっていたかが分かる発言だ》 阿部「国民、ましてや13歳の少女が外国の犯罪集団ではなく、国家の意思として拉致された。これに対して、何もできない、しないというのは異常です」 早紀江「うちにも、いろいろな物が届きます。政権を批判するたくさんの手紙もきます。拉致問題をこんなに長い間、放置している国。このままだと、もっと嫌なことが起こるかもしれません。北朝鮮の問題だけではなくて、われわれの経験したような戦争…。何かは分かりませんが、ひどい災厄が訪れる気がしてなりません。拉致問題は次の世代に積み残さないようにしないと。阿部さんは小泉純一郎さんが日朝首脳会談をされた時、どう思われましたか」 阿部「そうですね…。下交渉の経緯や平壌宣言の中身などについて、まったく知りませんでしたから、北朝鮮があんなにあっさり拉致を認めて謝罪するとは思ってもいませんでした。驚きでしたね。ただし、小泉首相が意を決して敵陣に乗り込むわけですから、何も進展がないなどということが、あるはずはない。あってはならない。拉致について包括的な解決への道筋が開かれているのでは、という漠然とした期待感はありました。国民の多くも、同じだったでしょう。それがいきなり『8人死亡』ですから。期待感との落差の大きさに愕然(がくぜん)とした、というのが正直なところです」 阿部「実は、私は、帰国した方(拉致被害者)にお会いしたことがないんです。蓮池薫さんのお父さんの秀量(ひでかず)さんからは、今も達筆な年賀状をいただきます。1979(昭和54)年に最初に私が(取材に)行ったものですから、『恩人だ』と言っていただいて。でも、まだ(薫さんとは)会っていない。これはお願いなんですが、めぐみちゃんが帰ってきたら、ぜひ会わせてくださいね」2018年4月、安倍首相と面会した(右端から)横田めぐみさんの母早紀江さん、拉致被害者家族会代表の飯塚繁雄さん 早紀江「これからどうなっていくのか。なかなか、難しいですね。帰国できたら、大変なことだな、と思いますよ」 阿部「めぐみちゃんももう少しで帰ってくる気がしてるんです。どうかご夫妻も長生きされてください。拉致問題はいろいろな偶然が重なってここまできた。もう一回、日本のみんなが大喜びするような偶然が起こる。それをやっぱり、期待しますよね」 早紀江「そういうことが起きれば、日本中が幸せになりますよね。私は今、めぐみちゃんのことだけではなくて、拉致問題がしっかり解決されなければ、もっと良くない方向に行く気がしてなりません。拉致が解決されない日本って本当に、絶対におかしいですよ。それで、私もいろいろ言ってしまって…」 《滋さんは85歳。このインタビューの後の4月初旬、体調を崩して入院した。早紀江さんも82歳。集会や講演などで思いを語る機会はここ数年、激減している》ほほえみながら聞き入る滋さん《阿部氏による横田滋さん、早紀江さん夫妻への取材もいよいよ最終盤にさしかかった。1964年の東京オリンピックの年に生まれためぐみさん。どうして、「めぐみ」という名をつけたのか。2020年には再び東京にオリンピックがやってくる。家族は一日千秋の思いで肉親の帰りを待っている》 阿部「ご夫妻は、親子の絆とか、子供を思う気持ちとか、非常に濃い足跡を日本社会に刻まれてきました」 横田「一生懸命に産んで、育ててきたものをもぎ取られた。ただただ、それに対する怒りなんです。ものすごく悔しい。何もしてあげられなかったことが腹が立って仕方なくて。あんなに自由が好きだった子がこんなことになって本当に無念だと」 阿部「めぐみちゃんは自由奔放な感じがしますものね」 早紀江「だから、めぐみちゃんが死んでいるなんて、絶対にないと思えるんです」 阿部「めぐみちゃんが生まれたのは1964(昭和39)年の東京オリンピックの年。今回の連載は産経の社会部記者がチェックしたのですが、『めぐみちゃん』と書くと、『めぐみさん』に直されるんです。『ちゃん』はまずいです、と。でも、私には、やっぱり『めぐみちゃん』なんです。ところで、なぜ、『めぐみ』と名付けたのですか」 早紀江「男の子が生まれると思っていたんです。お医者さんにぜったい男の子と言われていて、『拓也』という名前にしようと思っていたら女の子。それで、名前をまったく考えていなくて夫と二人で、『早紀江という名前は字がややこしいから、平仮名がいいね』と話し合って。名前をたくさん並べて、最後に選んだのが、『めぐみ』でした。めぐみちゃんの次は男の子1人だと思っていたら、双子で、さあ大変。私たち夫婦は、いいかげんなものですよ」 阿部「僕はやっぱり、家族会が結成され、救出運動が動き始めたころが印象深い。ご夫妻と僕と、若かった安倍晋三さんが講演することがあった。ご夫妻が帰られる後ろ姿を見たとき、すごい親だな、と強く感じた。うまく言葉にできないんですが後ろ姿に、執念、思いのようなものを感じたんです」 早紀江「私は、家族会ができたときが心に残っています。阿部さんも含め皆さん、東京のホテルに集まって。立派な方たちがやってくださるんだな、と。結成直前に初めて顔をあわせたとき、これで、すぐにでも解決するだろうと思いました」 阿部「何もできず、本当に申し訳ないと思っています」 早紀江「そんなことはありません。ところで、安倍総理の取り組みをどうお考えですか」元産経新聞記者の阿部雅美さん(右)と対談した横田滋さん(左)、早紀江さん夫妻=川崎市川崎区(宮崎瑞穂撮影) 阿部「有本明弘さん、嘉代子さん夫妻が、娘の恵子さんの救出で駆け回っていた最初のときから拉致問題を知っている政治家ですから、期待も大きいのですが…。水面下の交渉でもいい。ただ、本当にやっているのかどうかも分からない。小泉(純一郎)さんはああいう結果で批判は浴びましたが、いろんな手を使って、動いたともいえる。とにかく取り戻す。それが最優先。ものすごいお金をふっかけてくるかもしれない。でも、そういう形でも話をつければ国民は喝采しますよ。知恵者もいて先の大戦の廃虚から復興した国なのにそれができないのかな、と不思議に思う」 早紀江「拉致問題に熱心な政治家もいるのに、前に進まないと、いらだつ思いもあります」 阿部「ご夫妻の救出運動は、めぐみちゃんにもしっかり伝わっていると思うのですが…」 早紀江「そこは分からない。めぐみちゃんが、どこにいるのか、本当のことは分からないでしょう。実際はどうなのか…」 《取材が終わりかけると、ほほえみながら聞き入っていた滋さんは、阿部氏と固く手を握り合った》 阿部「滋さんもうれしそうに笑われていた。どうかお元気で」 早紀江「頭では話を理解しているんですけれど、なかなか言葉が出ない。かわいそうです」 阿部「もうすぐ2回目の東京オリンピック。それまでに必ずめぐみちゃんに会いたいです」 早紀江「何があっても、もう、思い残すことはありません。できる限りのことはやりました。あの子が帰ってくる姿を見れば、それで十分です。また必ず、お会いしましょうね」

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    北朝鮮問題めぐる日中韓の駆け引き

    ある。 前者は、主に経済や人的交流を含む様々な分野に関する三国間協力について記述したものだが、若干、北朝鮮問題にも触れている。これら二つの文書を紹介しながら、日中韓首脳会談を前後して大きく朝鮮半島情勢が動いている状況を見ておきたい。 「我々は,朝鮮半島の完全な非核化にコミットしている。我々は朝鮮半島及び北東アジアの平和と安定の維持は,我々の共通の利益かつ責任であることを再確認する。我々は関係国の諸懸念に関する,関連国連安保理決議に従った国際的な協力及び包括的な解決によってのみ,北朝鮮にとって明るい未来への道が拓けることを強調する。中華人民共和国及び大韓民国の首脳は,日本と北朝鮮との間の拉致問題が対話を通じて可能な限り早期に解決されることを希望する。」(「第7回日中韓サミット共同宣言」より、出典:外務省ホーム・ページ) 「我々,日本,中華人民共和国及び大韓民国の首脳は,北朝鮮をめぐる現在の前向きな動きについてのこれまでの国際社会による全ての努力を評価する。日本及び中華人民共和国の首脳は,2018年4月27日の歴史的な南北首脳会談において,文在寅大統領と金正恩委員長の間で合意され,朝鮮半島の完全な非核化及び朝鮮半島における恒久的な平和体制の構築という共通の目標を確認した『朝鮮半島の平和と繁栄,統一のための板門店宣言文』を特に評価し,歓迎する。」 「我々,日本,中華人民共和国及び大韓民国の首脳は,南北首脳会談の結果を踏まえ,特に,来る米朝首脳会談を通じ,関係国による更なる努力が,地域の平和及び安定に向けた関係国の懸念の包括的な解決に貢献することを強く希望する。」2018年5月、日中韓首脳会談を前に記念撮影に臨む、(左から)安倍晋三首相、韓国の文在寅大統領、中国の李克強首相=東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) 「我々は,朝鮮半島及び北東アジアの平和と安定の維持は,我々の共通の利益,かつ,責任であることを再確認する。我々は,この目標に向かい,共同の努力を強化していく。」(「2018年の南北首脳会談に関する日本、中華人民共和国及び大韓民国の首脳による共同声明」より、出典:外務省ホーム・ページ) このように、一度の首脳会談(5月9日午前10時から11時15分)において、同時に二つの文書、「共同宣言」と「共同声明」が発出されたことは、注目に値する。いかに現在、朝鮮半島情勢が急速に動いていて、日本、中国、韓国、それぞれが関わって行くことが重要かを物語っている。とにかく動きは早い 今後の朝鮮半島情勢が、今以上に自国の国益に不利になっては困る、より自国の利益が増進されるように状況を持って行きたいと、様々な駆け引きが行われているのが現状であろう。 「共同声明」文では、4月27日の南北首脳会談を評価しつつ、「来る米朝首脳会談」に「強く希望する」旨が述べられた。その来る日が6月12日で、開催地がシンガポールであることが、日中韓首脳会談の翌日、5月10日、トランプ大統領のツイッターで最初に公表された。 この開催地と日時を決めてきたのが、トランプ政権のポンペオ新国務長官で、5月9日に、4月に続き金正恩との会談を行い、北朝鮮で拘束されていた3人の朝鮮半島出身米国人を解放させ、彼らと共に帰国した。 トランプ大統領が午前2時に空港に出迎える等、英雄扱いの3人はとても元気だった。かつて北朝鮮で拘束され解放、帰国後に脳の障害で亡くなったオットー・ワームビアさんとは、随分違う状況だった。 日中韓首脳会談が行われる直前の5月7-8日、金正恩労働党委員長は急遽訪中した。習近平中国共産党総書記と第1回の首脳会談を3月25-28日に行ってから、1か月余りでの、第2回目の中朝首脳会談である。 この焦り様は、兄貴分の中国の習近平総書記に何かを相談にしに行った気配だった。相談とお願いが終わるなり平壌で待っていたのは、前述したポンペオ長官との会談だった。 北朝鮮にお願いをされた習近平総書記は、ポンペオ長官が北朝鮮に着く前に、トランプ大統領と電話会談をしている。様々な取引、交渉が行われ、次々と朝鮮半島をめぐり物事が進んで行く。2018年5月24日、北朝鮮豊渓里の核実験場が廃棄される様子(朝鮮中央通信=共同) その過程での、日中韓の首脳会談だった。北朝鮮が、5月23-25日に核実験場を廃棄する際に、日本のメディアを入れないとしたり、日本との拉致問題には全く触れずにいたり、日本を無視するような態度を取っている中、日中韓首脳で朝鮮半島問題に協力して対処するとの共同文書が出来た意義は大きい。 6月12日の前後にも日米首脳会談は開催される予定だ。これらを通じて、日本の立場が今後の朝鮮半島情勢に反映されると良いのだろう。とにかく朝鮮半島をめぐる動きは早い。非核化のみならず、平和条約の締結もあり得るだろう。

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    金正恩の妹と横田めぐみさんの娘「学校も職場も同じ」説の真偽

    本のアニメキャラの絵を描いて学友に見せていたそうです。与正氏が党幹部であることが分かったのは3年前、北朝鮮国内のアニメ映画撮影所を兄とともに視察した際のこと。メモを片手に笑う姿が写真に残っており、アニメには強い関心があるようです」 もう一つ日本に関わる話がある。かつて、横田めぐみさんの娘のキム・ウンギョンさんと「同じ大学に通い、同じ政府機関の部署で働いていた」との情報が流れ、日本でも読売新聞(2014年3月18日付)が報じた。事実とすればめぐみさん救出のキーパーソンにもなり得るが、「拉致被害者家族と金一族を引き合わせることはあり得ない」(前出・辺氏)と否定的な見方が強い。「問題は、この話を流しているのが韓国の拉致家族会だということ。情報は金正恩政権の中枢から提供されており、めぐみさんの名前が出れば日本メディアが飛びつき、拉致問題の世論を動かせると考えたのではないか」(前出・五味氏)2018年5月26日、板門店で南北首脳会談に臨んだ韓国の文在寅大統領(左)と握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正党第1副部長(韓国大統領府提供・共同) この“情報工作”に与正氏自身が関与していたかは不明だが、宣伝と煽動に長けたロケットガールは、なかなか癖が強そうだ。関連記事■ 北朝鮮、ミサイルのカギ握る金正恩の美人異母姉の正体■ もし米朝戦わば 北朝鮮軍には実際どれだけ攻撃力があるのか■ 朝鮮総連“いわくつき京都の土地”が110億円で売却された■ 安倍首相 11月のトランプ会談後に“禅譲”の可能性も■ 北朝鮮のミサイル発射兆候 信頼できるのは“Aアラート”?

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    「米朝首脳会談中止」トランプの揺さぶりは正しい交渉術である

    重村智計(東京通信大教授) 米国のトランプ大統領は5月24日、米朝首脳会談の中止を表明し、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に書簡を送った。これに驚愕(きょうがく)した北朝鮮は「どんな方法であれ、対座して問題を解決する用意がある」との立場を表明し、米国に会談の再考を求めた。さらに、26日に急遽行われた2度目の南北首脳会談で、金委員長は「朝鮮半島の完全な非核化」の意思を韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に伝えていたことが明らかになった。これで「トランプ大統領の勝利、金委員長の敗北」であることがはっきりした。 北朝鮮との交渉には一つだけ秘訣(ひけつ)がある。それは、交渉する側に「決裂してもいい」という覚悟がないと、北朝鮮に外交敗北を喫してしまうことだ。北朝鮮は、「成果を挙げたい」と焦る交渉相手のスキを突いて揺さぶりをかけ、譲歩を引き出すのである。 かつて1990年代に米朝核交渉で、北朝鮮の金桂寛(キム・ゲグァン)第一外務次官が、内容のない米国非難の「演説」を2日続けて行ったことがある。それを聞いていた米国のガルーチ元朝鮮半島担当大使は「交渉を打ち切る。大統領府と相談する」と述べ、席を立った。すると、金次官は出口の扉の前まで追いかけ、ガルーチ氏に「譲歩するから、もう1日交渉してほしい」と哀願し、翌日合意に至ったのである。 この経験から、北朝鮮との外交交渉は「会談を打ち切る」と断言できれば、北朝鮮は譲歩するという教訓が残った。だから、トランプ氏の「首脳会談中止」は正しい交渉術といえる。 「米朝首脳会談中止」の第一の原因は、北朝鮮がトランプ政権を甘く見て、からかい過ぎてしまったことにある。もう一つの原因は北朝鮮軍部の反発にある。軍の反発がなぜ中止につながったのか、北朝鮮の国内事情が分からないと謎は解けない。 トランプ大統領はこれまで「非核化に同意しなければ会談を中止するし、途中で席を立つ」と何度も明言してきた。北朝鮮は、このトランプ発言を「駆け引きにすぎない」と軽んじてしまったのである。実際、トランプ大統領は会談中止を決めた直接の理由について「(北朝鮮の)直近の声明で示された怒りとむき出しの敵意」であると、金委員長への書簡で明らかにしている。2018年5月25日、米朝首脳会談の中止に関するニュースを伝えるソウル駅の街頭テレビ(共同) 「直近の声明」とは、朝鮮中央通信が報じた、北朝鮮外務省の崔善姫(チェ・ソニ)外務次官による24日の「談話」を意味する。崔次官は、ペンス米副大統領が21日に「北朝鮮への軍事攻撃の選択を排除しない」と述べたことを非難し、「われわれは米国に対話を哀願しない」と表明した。 また、朝鮮中央通信は16日、金第一次官がボルトン大統領補佐官を名指しで非難し、北朝鮮の核施設やミサイルなどの解体が終了した後に制裁を解除する「リビア方式」の放棄を求め、「核、ミサイル、化学兵器の完全廃棄要求」に応じられないとの談話を報じた。相次ぐ強気の「談話」のウラ 相次ぐ強気の談話の背後には、平壌(ピョンヤン)で軍部が反発していた事実がある。その軍部を納得させるために「リビア方式」と「軍事攻撃」を非難する必要があったのである。 一方、米国の指導者は「やると言ったら実行する」人の集まりだ。だから、「非核化に応じなければ、首脳会談を中止する」「軍事攻撃も辞さない」という発言は、彼らの本音なのだ。米国の指導者や政治家は、嘘をついて国民をミスリードすると、責任を問われる文化がある。米国の政治文化を北朝鮮は理解できなかったのである。 さらに、「北朝鮮の外務次官風情が格上のペンス副大統領とボルトン補佐官を非難し、暗に更迭を画策するのは失礼にもほどがある」とトランプ大統領は怒ったのだ。こうして、北朝鮮の外交宣伝と工作戦術は自爆してしまったのである。 一連の「談話」問題の背景には、北朝鮮外務省の誤算があった。北朝鮮の2人の外務次官は、外務省の次官として「公式声明」を出したわけではない。権限も持たない「宣伝工作機関」の朝鮮中央通信が、2人の「談話」として報道しただけだ。 北朝鮮において「談話」とは、私的な主張や取材への回答を意味する。そこで、北朝鮮外務省は公式なものではないと言い訳できる余地を残していたのである。だから、まさか米国が談話を「公式声明」として対応するとは考えていなかった。 交渉相手が韓国や日本ならば「談話」でも動揺するが、北朝鮮は、トランプ政権がそんなヤワな相手ではないと思ってもみなかったのだ。つまり、「トランプ政権という異文化」への理解不足である。2018年5月24日、トランプ米大統領が北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長に宛てた、米朝首脳会談中止を通告する書簡(ロイター=共同) ところで、トランプ大統領の書簡に気になる表現があった。各紙の日本語訳が異なるので、どれが正しい訳かはわからない。「私たちは会談は北朝鮮が求めたものだと伝えられたが、それが見当違いだったということが分かった」(共同通信5月24日配信)。「我々は、会談は北朝鮮からの要求だと知らされていたが、それは全く関係ないことだ」(読売新聞5月25日) この2つの翻訳を比べると、共同通信の方が日本語になっている。読売は、意味がよくわからない。共同の翻訳通りなら、間に立った韓国が「首脳会談」に関して、何らかの嘘を伝えたのではないか、との意味になる。トランプ大統領「書簡」のナゾ つまり、金委員長が「首脳会談したいとトランプ大統領に伝えてほしい」と言ったのではなく、韓国側が「米朝首脳会談をしたらいかがですか」と持ちかけ、「それもいいね」と答えた可能性がある。その返事を、韓国側が「金正恩委員長がトランプ大統領と会談を望んでいます」と伝えたのかもしれない。 では、米朝首脳会談は今後どうなるのか。近い将来、開催されるのは間違いない。実際にトランプ大統領も、当初の予定通り、6月12日に行う可能性に言及している。 何よりも、首脳会談が開催されなければ、金委員長は苦境に立たされてしまう。ただでさえ、首脳会談開催のために核廃棄で譲歩しても、朝鮮人民軍は反発する。首脳会談が実現しないのに、核実験場を廃棄したのか説明がつかないため、軍が激しく反発するのは確実だからだ。 実は、こうした事情を考慮して、トランプ大統領は金委員長を全く批判していない。それどころか「時間を割き、忍耐と努力を示してくれたことに感謝している」と感謝を表明したのである。 さらに「拘束されていた人々を釈放してくれたことには、お礼を言いたい。感謝している」と北朝鮮で拘束された米国人3人の解放に謝意を述べている。そして「遠慮なく私に電話するか、書簡を送ってほしい」と、最大限の敬意を示している。 つまり、今回のトランプ大統領の書簡は、金委員長の体面を傷つけないように配慮し、称賛する内容になっている。あくまで、北朝鮮の指導者を決して非難せず、部下の外務次官を批判しているにすぎないのである。外交テクニックを駆使したトランプ大統領はなかなかの交渉上手といえる。2018年4月27日、板門店宣言に署名後、共同発表に臨む韓国の文在寅大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(韓国共同写真記者団・共同) 今回の「会談中止」の決断は、実は中国に向けられたメッセージでもある。トランプ大統領は、北朝鮮の態度が5月8日の中朝首脳会談後に硬化したと述べている。だから、中国に北朝鮮の非核化に協力しないと、米中貿易戦争で譲歩しないとの意向も表明している。 一方で、トランプ大統領は安倍晋三首相と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に対し、北朝鮮が非核化に応じない場合には軍事攻撃する方針を明らかにしたと述べている。北朝鮮と関係諸国は今、「戦争」か「首脳会談」かの別れ道に立たされている。

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    【韓国現地リポート】「北朝鮮は変わらない」南北融和、脱北者のホンネ

     10年半ぶりとなった「南北首脳会談」。開催を前に韓国を訪れ、脱北者で漫画 家のチェ・ソングク氏(38)にインタビューした。南北融和ムードが広がる 今、脱北者が語るホンネとは。■動画のテーマはこちら

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    世界を欺く「政治ショー」南北首脳会談

    韓国の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩委員長が、軍事境界線にある板門店で会談した。最大の焦点は「朝鮮半島の非核化」だが、具体的な方向性を打ち出せるかは不透明だ。南北融和を演出する「政治ショー」に終わる可能性もある。10年半ぶり3回目の南北会談、世界の思惑を読む。

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    南北会談に成果なし、世界を欺く「政治ショー」の真意を読む

    李相哲(龍谷大教授) 4月21日、北朝鮮は核実験と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射実験を中止し、平壌北部にある豊渓里(プンゲリ)核実験場を廃棄すると発表した。 これに対し、韓国政府は「決定を歓迎する。全世界が念願する韓半島非核のための意味のある進展だ」と評価した。さらに、青瓦台関係者は「北韓がこれほど早く、しかも果敢な措置を取るとは思わなかった」と、北朝鮮の決定に応えるかたちで、2日後の23日、南北境界線沿いに設置していた対北朝鮮放送を電撃的に中止した。  これらは南北首脳会談を意識し、「朝鮮半島平和体制構築」に向けて双方が行動を示したともいえるが、素直に喜べるものではない。なぜなら、南北首脳会談は北朝鮮の非核化を促すためではなく、世界を欺(あざむ)くための政治ショーで終わる可能性が高いからだ。  まず、何のための首脳会談かを考えれば、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の目的は二つある。アメリカの圧力をやわらげ、軍事的な攻撃を回避することと、いち早く制裁を緩和させることである。 韓国との融和ムードを演出し、平和的なイベントを続けていけば、アメリカの圧力をやわらげ、軍事衝突へ発展することを阻止できる。また、韓国をテコに国際制裁の包囲網を突破することも可能だ。韓国との経済交流、人道的支援の門戸を開くことにもつながるだろう。 そして、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、保守政権の対北朝鮮政策を転換した結果、緊張状態は解消され、朝鮮半島に平和をもたらした「成果」をアピールできる。南北首脳会談というイベントをなるべく派手に、大々的に見せるのは双方にとってプラスなのだ。 ただ、南北首脳会談が本当に実のあるものになるかは疑問だ。そもそも、会談は何かを解決するとか、結論を出すものではないからだ。南北とも非核化については突っ込んだ話をするつもりもなく、結論も出せないだろう。 具体的に「北朝鮮の非核化」について話すのではなく、「朝鮮半島の非核化」について意見交換するに過ぎない。「平和体制構築」に向けて努力するという曖昧(あいまい)な「原則」には合意しても、いつまでにどのような方法で非核化を実現するかについては将来の課題にし、アメリカに委ねることになるだろう。 また、北朝鮮は核開発をやめ、経済重視に転換したのではないかと思われているが、実際はそうではない。 北朝鮮の労働党中央委員会で採択した「ICBM発射実験の中止、北部の核実験場の廃棄および核実験の中止」は、対内的には併進路線(核武装と経済建設を平行して進める)は勝利を収め、核保有国になったので、これから経済に注力するという宣言にほかならない。韓国芸術団の公演を観覧に訪れた金正恩委員長(左)と韓国の都鍾煥文化体育観光相 ただ、対外的には、もはや使いものにならない実験場を「廃棄」する姿勢をみせ、「非核化」に向けて行動したかのような印象を与えるだけなのだ。 これまで6回の核実験を行った結果、プンゲリ核実験場の山は崩落が発生し、すでに9回も余震が起きている。昨年はこの場所で作業していた200人が死亡する事故もあった。そもそも閉鎖せざるを得ない状況にあることは言うまでもない。すべては「米朝会談」次第 また、ICBM発射実験中止は、アメリカにとってはグッドニュースで、トランプ大統領は評価しているようだが、北朝鮮は実験を中止すると言っただけで「開発」を中止するとも言ってないし、廃棄するとも言っていない。あくまで凍結なのだ。凍結とは、あるものをいったん倉庫にしまっておくという意味なので、いつでも持ちだすことは可能だ。 北朝鮮の真意を考えれば、これまでに開発した核を保有したまま、今後核を作らないことを条件に(裏では密かに核の完成を目指しながら)、アメリカと折り合いをつけ、経済活性化に邁進するつもりだろう。このまま2年ぐらい持ちこたえれば、北朝鮮の核能力は完全なものになるからだ。そうすればアメリカも認めざるを得ないと考えているのだろう。 そして焦点になるのは、こうした北朝鮮の思惑をアメリカが容認するかどうかだ。アメリカは絶対妥協しないだろう。トランプ大統領は、北朝鮮がアメリカに届くICBM発射実験と核実験をやめれば、妥協するのではないかという観測もあるが、それはないと考えていい。 トランプ大統領の発言が二転三転しているとはいえ、北朝鮮の非核化は「完全かつ検証可能で不可逆」な形でないとダメだという点では一度もブレていない。それには理由がある。 北朝鮮が核を持てば、イランがさらに核保有の意思を強めるからだ。そしてイランが持てばサウジラビアやアラブ首長国連邦も持つだろう。そうなれば、日本と韓国も安全保障政策を見直さなければならなくなり、「核の世界」が現実になりかねない。 これを阻止するためには、やはり北朝鮮の核保有を完全に潰さなければならない。北朝鮮核問題を曖昧にすれば、トランプ大統領の指導力に疑問符が付き、同盟国の信用失墜は免れないだろう。トランプ大統領と金正恩委員長との首脳会談が実現する方向に動いたことを伝えた街頭テレビ=2018年3月(寺河内美奈撮影) 今回の南北首脳会談が過去の首脳会談と異なるのは、北朝鮮が立場上優位に立っていることだ。核を事実上保有する金正恩委員長とそれに対応できるカードを持たない文在寅大統領という構図は変わらない。 そもそも、首脳会談で韓国政府が実現しようとする目標は「朝鮮半島の平和体制」構築という曖昧な原則合意を取り付けることでしかない。南北が終戦を宣言し、「平和協定」を結ぶ平和体制構築のために、南北間で交流を拡大することに合意はするだろう。 これを大きな成果に見せかけることは可能だが、平和体制構築のための前提条件である「終戦宣言」や平和協定の締結も、結局はアメリカの同意がなければ無意味だ。ゆえに、今回の首脳会談は一過性の政治ショーで終わる可能性は高く、真に評価するためには、米朝首脳会談の結果を待つしかないのだ。

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    「38度線が対馬まで下りる」南北会談後に起き得る地政学リスク

    大中大統領は平壌国際空港で向かい合い、別れのあいさつを交わした=2000年6月(韓国取材団=共同) 北朝鮮は国と認められておらず、国家保安法により「反国家団体」とされ、そこに加担すると最高死刑とされている。ちなみに、国家保安法では朝鮮総連も反国家団体とされている。そのため、金大中大統領も南北共同宣言では「国家連合」という用語を使わず「連合制」と記したのだ。 ところが、文在寅新大統領は、前述の通り、選挙戦での討論で「低い段階の連邦制とわれわれが主張する国家連合はほとんど違わない」と語った。金大中氏さえ使えなかった「国家連合」という用語を使ったという点で憲法違反の素地(そじ)がある発言だった。なお、盧武鉉大統領も大統領在職時、「国家連合」という用語を使っているから、文在寅氏の発言はそれに倣ったものと言えるのかもしれない。金正恩はカダフィになれるか 文在寅発言のもう一つの問題は「低い段階の統一案」を韓国の統一案と「ほとんど違わない」として肯定的に評価したことだ。  ここで、北朝鮮の統一案を概観しておく。北朝鮮は1960年に初めて連邦制統一案を提唱し、1980年には「高麗連邦共和国統一案」として国号まで提唱した。 韓国の盧泰愚政権が前述の通り1989年に連邦制を否定する「韓民族共同体統一案」を提唱すると、韓国に揺さぶりをかける意図を持って1992年に連邦制を二つのプロセスに分け、まず「低い段階の連邦制」を実現しようと提唱した。そこでは「1民族、1国家、2制度、2政府体制で、二つの政府は政治、軍事、外交権をはじめとする言現在の機能と権限をそのまま維持し、その上に民族統一機構を置く」とした。 また、高麗連邦共和国統一案では先決条件として駐韓米軍撤収、国家保安法廃止、共産主義活動合法化などが求められていたが、低い段階の連邦制ではそれはない。 しかし、いくら低い段階と言っても一つの国家になれば、当然、北朝鮮を反国家団体と定める国家保安法は効力を失うし、北朝鮮を仮想敵とする韓米同盟は変質し、在韓米軍は撤収するはずだ。亡命した黄長燁(ファン・ジャンヨプ)元朝鮮労働党書記によると、金日成(キム・イルソン)は90年代半ば、低い段階の連邦制の狙いについて「民族統一機構で統一問題を議論するとき、南北同数で会議をすれば、北代表は100%われわれの側だが、南代表のうち半分は左派が占めるから、結局3対1でわれわれが主導権を握れる」と語ったという。 文在寅大統領は国会に提出した憲法全面改正大統領案で、第1条3項に「大韓民国は地方分権国家を志向する」という規定を新設したが、これは連邦制による布石だと多くの保守派リーダーが批判している。 今回の文在寅大統領と金正恩(キム・ジョンウン)の会談では、「低い段階の連邦制」と「国家連合」の方向で南北を統一しようと合意する可能性が高い。それをすれば韓国の自由民主主義勢力は太極旗を持って街頭に出て体を張った抵抗をするだろう。既に4月20日、元首相や元国会議長らが「大韓民国守護非常国民会議」を立ち上げ、連邦制統一に反対すると宣言した。左派もろうそくデモで対抗するはずだ。流血の事態さえ予想されるし、国軍がその状況をただ見てばかりいるのか、という問いも出てくる。  一方、トランプ大統領は韓国が独走すれば、北朝鮮と取引をした韓国企業への制裁を発動することになろう。南北会談はあくまでも前座であり、やはり米朝会談がすべてを決める。勝負の分かれ目は、金正恩がリビア型の核放棄を飲むかどうかにかかっている。ランプ米大統領(左)とボルトン大統領補佐官 =2018年4月9日、ワシントン(ロイター) トランプ大統領は米朝首脳会談が決まってから、ボルトン氏を大統領補佐官に入れた。したがって中途半端な解決はしないのではないか。そうした可能性は下がったとみている。北朝鮮がリビア型の核廃棄ができるかどうか、それは金正恩の恐怖心がどの程度なのかにかかっている。私は米国から殺されてしまうという恐怖心がかなり強いと見ている。 北朝鮮が反撃して、道連れとなって死ぬ者が出てきても、その場合は金正恩自身も死んでしまう。リビアのカダフィ大佐は米国の攻撃直前に妥協して交渉を妥結させた。一方、イラクのフセイン大統領は実際には大量破壊兵器を保持していなかったのに、米国に妥協しなかったので殺されてしまった。さて、金正恩はどちらを選択するのか。どこまで自分の身を守ろうとするのか。日本が直面する日露戦争と同じ危機 トランプ大統領は核ミサイル問題だけでなく、拉致問題も交渉のディールに使おうとしている。単に北朝鮮側が調査すると言うだけではダメで、「(拉致被害者を)連れ戻すように」と明言している。 交渉が順調に進めば、米朝間では国交正常化へと話が進んでいく。平和条約を結ぶことになろう。日朝間でも拉致被害者が帰ってくれば、国交正常化の話になっていこう。 米国は非核化のところまでで、それ以上はやらない。そうなると、韓国と北朝鮮が緩い連邦制を取り入れ、「赤い朝鮮半島」になってしまうかもしれない。今は38度線で対峙(たいじ)しているが、それが対馬まで下りてきてしまう。中国の影響力が強まらざるを得ない。もっとも韓国内部にも、自由統一を指向する保守勢力があるので、そうした状況になるのを許さないかもしれないが、予断を許さない。 また、米朝首脳会談が不調に終われば(そもそも開催されない可能性もある)トランプ政権は軍事攻撃を検討するだろう。ただし、攻撃をして核ミサイルを取り上げた後、すぐ軍を引く限定攻撃だ。北朝鮮地域の平定と軍政を米軍が担う意思はない。文在寅政権の韓国がそれを担うならば、中国は半島全体が自由化することに強く反対して軍を出し、北朝鮮地域が分割占領されるかもしれない。   または、文在寅政権が米国との共同作戦参加を拒否し、米韓同盟が破綻して、米軍は北朝鮮地域だけでなく韓国からも撤収し、北朝鮮地域の平定と軍政は中国軍が担うかもしれない。文在寅政権は中国の傀儡(かいらい)となった次期北朝鮮政権と連邦制で統一するか、あるいは韓国単独で中国と軍事同盟を結ぶこともあり得る。韓国内の反共自由民主主義勢力が韓米同盟を守るため、文在寅政権を倒す可能性も残っている。 さまざまなシナリオを考えても、アジアの覇権を狙う中国が半島全体を事実上支配し、38度線が対馬まで下りてくることになる。これが、金正恩の核危機の後ろにあるわが国の「地政学的危機」だ。 もはや米国は同盟国を守るため、あるいは自由という理念を世界に広げるため、陸上部隊を投入しない。これからの米軍は、空軍と海軍だけを使った、米国軍人の命を犠牲にしない「安全な戦争」しかしない。 中国の習近平政権は米国に並ぶ軍事大国を目指し、東アジアでの覇権を握ろうとしている。彼らは「力の空白」があればすぐに軍を出す。北京の人民大会堂で歓迎式典に向かう北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席=2018年3月29日(朝鮮中央通信撮影・共同) 日本は自分の国の軍隊で中国軍と対峙しなければ誰も代わりに戦ってはくれない。朝鮮半島でこれから起きることと同じことが、尖閣でも台湾でも、そして沖縄でさえ起きるかもしれない。 日本の独立が脅かされる日露戦争直前と同じ危機が、すぐ近くに来ている。大多数の国民がそれに気がついていないことが、実は重層危機の深層にある一番恐ろしい危機だ。

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    南北会談の次は日朝対話、金正恩が最後に使う「シンゾウカード」

    重村智計(東京通信大教授) 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領と北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は27日、南北を分断する板門店の韓国側施設で初めて会談する。2人は「朝鮮半島の非核化」に合意することで、日米を煙に巻こうとしている。 何より、文大統領は「北の非核化」を求めそうにない。それどころか、中朝の求めに呼応し、経済協力と制裁措置の緩和を推し進めようとしている。さらに、南北不可侵協定、南北鉄道の開通など長年の懸案に合意し、米朝平和協定の締結も呼びかけるだろう。 そもそも、朝鮮半島緊張の原因は何か。どの識者も指摘していないが、北朝鮮が取り続けた二つの「政策」が最大の原因だ。第一に、北朝鮮は韓国を国家として認めていない。朝鮮半島における唯一合法政権は朝鮮民主主義人民共和国だけである、との立場を変えていない。だから、北朝鮮は「平和共存」政策に移行できないのである。 第二に、北朝鮮は韓国を統一する方針を「国是」としている。しかも、公式上は「平和的統一」をうたうが、巨大な工作機関を事実上維持しており、軍事的統一の可能性を変えていない。ところが奇妙なことに、韓国はこの二つの政策の放棄を北朝鮮に求めていないのである。 文大統領と金委員長の会談目的は、北朝鮮支援の推進と、韓国左派政権の長期政権化である。2人で制裁緩和を米国に認めさせる「芝居」を打とうとしている。このため、会談は「朝鮮半島の非核化」「南北平和協定」「南北鉄道の開通」「人道支援の拡大」「北の経済集中政策への支持」「制裁の緩和」「南北離散家族の交流」「朝鮮戦争平和協定の締結」-に合意し、朝鮮半島の緊張緩和を実現した、と世界にアピールする。 だが、疑問点もいくつか残されている。例えば、会談の焦点となる「朝鮮半島の非核化」は「北の非核化」を意味しない。米国による韓国への「核の傘」の放棄も含まれ、履行が不可能になるからである。 また北朝鮮は、2010年3月に起きた韓国哨戒艦「天安(チョナン)」撃沈事件の再調査を求めている。李明博(イ・ミョンバク)政権下で行われた調査では、撃沈の原因を「北の攻撃」と断定していた。これに対し、北朝鮮は事件を「米軍による誤射であり、でっち上げである」と主張し、関与を否定し続けてきた。韓国の左派勢力は北の主張を支持しており、彼らを基盤とする文大統領が再調査に合意する可能性がある。2010年5月、韓国の哨戒艦沈没事件を北朝鮮の犯行と主張する韓国と日米を非難するため、平壌の金日成広場で行われた集会(朝鮮中央通信=朝鮮通信) 韓国は、北朝鮮への独自制裁の理由として「天安」撃沈事件を挙げており、事件への謝罪か解決なしには制裁解除は難しいという事情がある。そこで、再調査を理由に制裁解除につなげる意図もある。北朝鮮「核実験中止」宣言の裏事情 さらに、北朝鮮はこれまで一貫して、在韓米軍の撤退を求めていた。会談でこの主張に触れないとなると、まるで「在韓米軍は駐留してもいい」と暗に認めるに等しい。在韓米軍が撤退すると、むしろ米軍による軍事攻撃が可能になってしまうと北朝鮮が心配しているという。 文在寅政権は、北朝鮮に強いシンパシーを抱く左派政権だ。このため、何としても北朝鮮を支援したいと考えている。一方で、文大統領は憲法を改正し、大統領任期を現在の1期5年から2期8年に延長しようとしている。このためにも南北会談の成功は欠かせない。 会談に先立って、金委員長は核爆弾と大陸間弾道ミサイル(ICBM)の「実験中止」を表明した。だが、あくまで実験の中止であって、「核放棄」ではない。ここにごまかしがある、と日米政府や韓国の専門家らは警戒している。それでも、文大統領は、北朝鮮の「政策転換」を歴史的成果と強調する。 中国は北朝鮮の「核実験中止」宣言を受けて、各国の独自制裁と国連制裁の緩和を求めている。トランプ米大統領と安倍晋三首相は「核放棄」実現まで「最大限の圧力」を継続することで合意している。 だが、文大統領はその後の日韓電話首脳会談でも圧力継続で合意したが、むしろ立場は中国に近い。韓国世論と米国を制裁緩和に動かすために、首脳会談の成果を高らかにうたいあげる必要があるのである。 一方、歴史的な南北首脳会談の背後で、少数の専門家が金委員長と朝鮮人民軍の「緊張関係」を指摘している。金委員長の軍への姿勢が、あまりに冷たいのだ。 実際、4月20日に開催された党中央委員会総会で、政治局常務委員に軍人や軍代表者がいなくなったのがその表れだ。異例である。しかも、軍への配慮や軍を称賛する言葉が全くなかった。異常である。このため、金委員長に不満を持つ軍人による暗殺やクーデターの危険がささやかれ始めている。2018年4月20日、朝鮮労働党中央委員会第7期第3回総会で報告を行う金正恩委員長=平壌(朝鮮中央通信=朝鮮通信) その上、金委員長はこれまでの「軍優先」政策を放棄し、「経済優先」への転換を明言した。本当であれば「革命的」といっていい。北朝鮮は歴史的に軍の地位を高め、体制を維持してきたからである。 例えば、父親の金正日(キム・ジョンイル)総書記は軍事優先の「先軍政治」を数十年も続けてきた。それにより、軍部が朝鮮労働党よりも力を持ち、軍人が利権を手にしてきたのである。ところが、「経済優先」を宣言することは、すなわち軍と軍人優位の体制を放棄することである。だから、金委員長は反対する軍幹部を処刑したのである。金正恩が対話を決めた「周辺の国々」 また、金委員長は総会で、自身が推進した「核と経済の並進路線」の「勝利」と「完結」を強調した。その上で「経済集中」政策への転換を宣言している。まだ核とミサイルは完成したわけではないにもかかわらず、完成したと「みなした」のだ。これが北朝鮮得意の「みなしの論理」である。 金委員長の「完結宣言」は、制裁が効果を上げたためである。文大統領の側近でさえ「国連と各国の制裁が続けば、北は2年で崩壊の危機に直面する」と語っている。反対に、制裁は効果がないとの主張があるのも確かだ。 だが、常識で考えてほしい。北朝鮮は「世界最低の石油保有国」である。国連の発表では、2016年の石油輸入量はわずか120万トンしかなかった。島根県や山形県の石油消費量よりも少ないのである。それが今年は、軍用の石油が40万トンに激減する。核実験をすればさらに減るだろう。これでは軍が崩壊する。軍が崩壊すれば、国家も崩壊に向かう。 金委員長は、党中央委総会で「周辺の国々と国際社会との緊密な連携や対話を積極化していく」との方針を決定した。この「周辺の国々」が日本を指すのは明らかだ。本来であれば、「周辺の国々」とは日本と中韓露の4カ国である。東南アジア諸国との関係は、2016年の金正男暗殺の影響で悪化しており、「周辺」には含まれない。 北朝鮮は日本を除く中韓露3カ国とはすでに連携し、対話もしている。とすれば、この表現は日朝対話を行う方針を事実上表明したものだ。金委員長は、日朝首脳会談を受け入れる準備を進めているという。 中朝の外交関係者によると、実は、平壌は北京の北朝鮮大使館に日朝対話のための情報収集を命じている。安倍首相の要請を受けたトランプ大統領が、米朝首脳会談で「日本人拉致問題」を取り上げると金委員長に通告したからだ。2018年2月9日、平昌冬季五輪の開会式で、北朝鮮の金与正氏(中央右)と金永南最高人民会議常任委員長(同左)の近くに座るペンス米副大統領(左手前)。右端は安倍首相(聯合=共同)   それを受けて、北朝鮮政府はどう対応するかの検討に入ったという。拉致被害者「全員死亡」では、トランプ大統領は納得しないだろう。そうなれば、トランプ大統領は「それならシンゾウと話し合え」と要求する。 金委員長は、米朝首脳会談が成功すれば、日朝首脳会談に応じざるを得ない状況にある。また、失敗したら当然制裁は解除されず、経済支援を獲得するには日本との首脳会談を受け入れるしかないのである。

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    映画「チャーチル」と北の核開発、首脳会談「宥和主義」に落ち込むな

    思えるからだ。 今日、日本や米国、いや世界の関心を引きつけている大きな問題のひとつは、いうまでもなく北朝鮮の核開発だ。このような脅威は、切迫、現実的という意味では、かつて経験したことがなかった。 これを打開しようと、4月27日には南北首脳会談、来月以降には初の米朝首脳会談が予定されている。こうした重要な機会に、当事者の米国や韓国、日本はじめ国際社会が、宥和主義の〝陥穽〟に落ち込んでしまう恐れはないのか。すでに「条件」などが取りざたされていること自体、不必要な譲歩がなされるのではないかとの憶測を生む。 大胆な妥協、譲歩をしても、戦争を避け平和的手段で問題を解決しようというのが宥和主義だ。言葉が穏当な響きを持つから大衆受けしやすい。しかしながら、誰もが平和的な解決を望むとはいえ、警戒しなければならないのは、相手を恐れるあまりの妥協が結果的に膨脹主義者、独裁主義者の跳梁を許してしまうことだ。ウィンストン・チャーチル(英国の政治家・元首相) 典型的なケースは、映画「チャーチル」の中でも触れられているミュンヘン会談だ。第2次世界大戦前夜の1938年9月、英仏独伊4カ国の首脳が出席したこの会談で、ヒトラーによるチェコスロバキアのスデーテン地方割譲の要求が協議された。 当時、世界のリーダーだった英国のチェンバレン首相はヒトラーの威嚇に屈し、これを受け入れた。以後領土的要求を捨てると約束したにもかかわらず、ドイツの異常な指導者は、チェコを保護領に置くなど背信行為を続け、1939年9月にポーランドに侵入、第2次世界大戦を引き起こした。 「ミュンヘンの宥和」と呼ばれるこの妥協は、独裁者、膨脹主義者を勢いづけ、戦争の惨禍をもたらした悪しき例として、しばしば国際政治を論じる時に言及される。あろうことか、この合意は、チャーチルら反宥和主義者たちの猛反発をよそに、当時、英国やフランスの国民からは、熱狂的に歓迎された。北朝鮮の悪しき妥協を懸念 当時、米ハーバード大学の学生だった故ジョン・F・ケネディ元米大統領は、その卒業論文でこれを取り上げ、分析している。戦争だけは避けたいと願望する国民から、宥和主義が強い支持を受けたため、その政策を掲げるチェンバレンが必要な軍備の増強に手をつけようとせず、結局、ドイツに対抗する力を失ってしまったーと。ちなみにこの卒業論文は後に「英国はなぜ眠ったか」というタイトルで日本でも出版された。 映画に話を戻すと、ダンケルクでの英仏軍の孤立など苦しい戦局の中で登場したチャーチルは戦時内閣を組織したが、ハリファックス外相らがヒトラーとの和平を強く主張、激しい論争が展開される。宥和主義者の一方の雄、ハリファックスの主張は強硬、理路整然としており、チャーチルは、ほとんど和平協議やむなしに傾く。そこに意外な援軍が現れる…。 これ以上、映画のストーリーに踏み込むのは避けるが、最終的に戦争継続を決意したチャーチルの断固とした姿勢は、議会、国民から圧倒的な支持を受け、〝バトル・オブ・ブリテン〟の勝利への途を開く。 銀幕を離れて現実の世界に立ち返る。 米朝首脳会談が実際に開催されれば、さまざまな議題が話し合われることになろう。 不調に終わった場合、また会談自体が見送られたなら、武力行使がいよいよ現実性を帯びてくる。各国がもっとも恐れる事態であり、それだけに宥和主義が入り込んでくる余地があると言うべきだろう。ミュンヘン会談で英国がヒトラーに対したように、大きな譲歩を与えても最悪の事態を回避しようという主張が勢いを増しかねない。 首脳会談の展開については、すでに内外のメディアで論じられているので、予測は避ける。 しかし、核問題をとってみても、ICBM(大陸間弾道弾)の発射実験中止、核実験場の廃棄など、4月20日の金正恩朝鮮労働党委員長の決定について、トランプ大統領が、自らへの脅威は取り除かれたと判断、これまで保有した核兵器、中短距離ミサイルは黙認すれば、根本解決にはほど遠い結果となってしまう。 北朝鮮が全面的な核放棄を約束したとしても、明確な実行期限が設けられなければ、2006年9月の6カ国協議での北朝鮮による核廃棄表明と同様に反故にされてしまうだろう。米ホワイトハウスで首脳会談後に共同記者会見を行うエマニュエル・マクロン仏大統領(左)とドナルド・トランプ米大統領=2018年4月24日(ロイター=共同) トランプ大統領は4月24日のマクロン仏大統領との共同記者会見で、「これまでも、われわれは譲歩をしたことがなかった」と述べ、米朝首脳会談でも、しないことを強調したが、それでもなお、悪しき妥協を懸念せざるをえない〝状況証拠〟がある。3つの「状況証拠」 第1は、先に述べた20日の北朝鮮の新たな方針だ。これは、米国が首脳会談開催の前提条件として北朝鮮に要求したものではないかとささやかれている。そうだとすれば、前提条件が満たされたことになるため、不完全であるにもかかわらず、米国が受諾を拒否する理由がなくなってしまう。 北京の人民大会堂で開かれた夕食会で、芸術団に拍手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年3月26日(朝鮮中央通信撮影・共同) 第2は、これに関連するが、北朝鮮の決定に対して、トランプ大統領がすかさず反応し、「北朝鮮と世界にとって、非常にいい知らせ、大きな前進だ」と歓迎、「(首脳会談を)楽しみにしている」と、異常なはしゃぎぶりをみせたことだ。 金正恩は「核戦力兵器化の完結が検証された。もはやいかなる核実験や(ミサイル)試射も必要なくなり実験場は使命を終えた」と述べている。核廃棄どころか「核兵器、ミサイルの完成宣言」に等しい。 米国から突きつけられた条件を呑むために「路線変更を正当化するための苦肉の策」(4月22日付産経新聞)という見方もあるが、そうであるにせよ、保有核兵器の完全廃棄について言及していないことに大統領が何ら触れていないのは不可解というほかはない。妥協ありきというのが、トランプ大統領の腹つもりではないかと思われても仕方がないだろう。 第3は、最近使われるCVIDという言葉の定義だ。この言葉はブッシュ政権(子)時に使用されはじめ、その後はあまり聞かれなくなったが、最近再びメディアを賑わしている。当初は、complete, verifiable and irreversible dismantlement」、「完全かつ検証可能、不可逆的な廃棄」と訳されていた。しかし、最近ではdismantlementに代わって、denuclearization(非核化)という表現が用いられている。 筆者はこのことを、うかつにも、4月16日の日本記者クラブでの浅羽祐樹・新潟県立大教授の会見をきくまで知らなかった。 調べてみると、ことし2月25日の朝鮮半島非核化に関するホワイトハウス報道官声明では、はっきりと「denuclearization」の表現が使われていた。4月18日に行われたトランプ大統領と安倍首相の会談についてのホワイトハウスの声明でも同様な表現がみられ、dismantlementという言葉はなかった。 ニュアンスの問題だが、廃棄や分解を意味するdismantlementに比べ、denuclearizationからは、単なる非核化という軽い響き、意味合いしか感じられない。使用不能にさえすれば、廃棄は必要ないと解釈できないこともない。安易な妥協は危険 こうした状況証拠とは別に、側近の進言やアドバイスに耳を傾けることなく、自ら独裁的に決定を下すといわれるトランプ大統領が、交渉の場の独特な雰囲気の中で、高揚感から不用意な譲歩に走ることは考えられるだろう。大統領が、ホワイトハウスを訪れた韓国特使団から金正恩との首脳会談の話を持ち出された時、その場で即断したことを考えれば、根拠のない懸念とは言えない。 北朝鮮が首脳会談に応じてきたことについて安倍首相らは、各国が圧力をかけ続けてきたため、金正恩がそれに耐えられなくなったと分析している。おそらく正しい見方だろう。 そうであれば、極端な話、首脳会談など行わなくとも、北朝鮮に圧力をかけ続けさえすれば、先方は〝白旗〟を掲げてくるだろう。〝熟柿作戦〟ともいえようが、妥協、譲歩を引き出されるリスクを伴う首脳会談より、時間はかかっても効果的、得策ではないか。 思い出してほしいのはリビアのケースだ。リビアは、北朝鮮と同様に大量破壊兵器を開発しながら米英の圧力で完全放棄したが、米英との間で、首脳会談や交渉などは一切なかった。両国の情報機関が圧力をかけ続けた結果、当時の最高指導者、カダフィ大佐が2003年12月、突然、廃棄の意向を伝えてきた。 その直前、イラクのフセイン大統領が米軍に身柄を拘束されたことに衝撃を受けたのかもしれない。それはともかく、米国は廃棄をリビアに任せることなく、核兵器、関連機器をすべて米国本土に運んで自らの手で廃棄した。 リビアのケースは、圧力をかけて追い詰めれば、武力によらなくとも、北朝鮮に核を廃棄させることが可能であることを示した。 「金正恩の野望」を描いた4月22日放映のNHKスペシャルで、韓国に亡命した北朝鮮のテ・ヨンホ元駐英公使が語っていた。「北朝鮮は昨年まで、核実験、ミサイル実験を繰り返してきた。今年になって対話路線に転換した。世界は〝ああ、よかった〟と思うだろう」―。この安堵感が危ない。カダフィ体制の打倒を叫ぶデモ参加者ら=2006年1月29日(黒沢潤撮影) アフガニスタン、イラクにおける戦争で、米国民の間には〝厭戦気分〟が少なくない。平和解決こそ最も重要なことではあるが、心理的なスキが不必要な妥協を生むことがあってはなるまい。 安易な妥協で合意が成立した場合、宥和主義によるものか、トランプ政権の判断ミスによるかはともかくとして、もたらされる深刻さは同じレベルだろう。 断っておくが、筆者は映画に感化されて、首脳会談より戦争による解決をーなどといっているのではない。不必要な譲歩は有害、危険であるか、ということを強調したいだけだ。 安易な妥協によってヒトラーの跳梁を許してしまったチェンバレンは、罵声を浴びながらの退陣を余儀なくされた。 トランプ大統領は、「チャーチル ヒトラーから世界を救った男」を鑑賞しただろうか。まだなら、首脳会談前にぜひ見てほしい。

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    北朝鮮収容所経験者「金王朝は死ぬなら国民も道連れにする」

     いま、韓国と北朝鮮の融和ムードが高まっている。しかし、金正恩は恐怖政治をやめる気配すらない。長年、北朝鮮について取材してきた落合信彦氏が、かつてインタビューした北朝鮮収容所経験者の証言を紹介する。 * * * かつて北朝鮮の収容所で10年間過ごし、中国経由で韓国に亡命した姜哲煥氏を1993年にインタビューしたことがある。彼の祖父は日本の京都の朝鮮総連系商工会の幹部をしていたが、ある日、訪れた平壌で行方不明になってしまった。姜氏によると、平壌の政治犯収容所に入れられたのではないかという。その直後、一家は平壌の北、咸鏡南道にある収容所に送られた。姜氏は当時9歳だった。「年齢は関係ありません。北朝鮮では誰かが“犯罪”を犯すと、必ず連帯処罰として家族全体を罰するので赤ん坊でも逃れられないのです。本人だけ捕らえると、あとでその子供が大きくなったとき復讐を考えるかもしれないという心配があるわけです」 収容所生活で辛かったのは寒さと餓えだったという。だが、それ以上に辛かったのは処刑場面を見ることだった。毎年15人ずつ処刑されたという。「餓えが限界にきて、食糧欲しさに反乱を起こしたり、逃走を謀ったりした人々です。絞首刑のときなど、われわれは死体に向かって石を投げるよう命令されました」 1987年に収容所を出た姜氏は、後に賄賂を使いながら鴨緑江を渡り中国経由で韓国に亡命した。金王朝で地獄を見た姜氏の金正日評は傾聴に値する。彼は次のように語った。「彼(金正日)は民族のことを一番に考えるような立派な指導者ではありません。念頭にあるのは政権維持だけです。少なくともこれまでの彼を見る限りそう言い切れます。平壌で行われた軍事パレードで演説する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。=2018年2月8日、北朝鮮・平壌(コリアメディア提供・共同) どこの国に毎晩キーセン・パーティーにうつつを抜かし、数多くの女をはべらせ、ポルノ映画ばかり見ている指導者がいますか。彼にとっては政権を失うということは死を意味します。だからどうせ自分が死ぬのなら国家と国民も道連れにしていこうと当然考えるでしょう」 その独善的思考はそのまま息子の金正恩に受け継がれている。そして今や彼は核を手にした。にもかかわらず、いまだに話し合いでこの男をなだめられるという思考がいかに危険かがわかるはずだ。関連記事■ 北朝鮮で強制収容所の囚人1万5000人が消えたとの情報■ 北の漂着船 元軍人の漁師を強制送還すると1人83万円かかる■ トランプ×金正恩 いざ会ってみたら意気投合する可能性あり■ 統一コリアvs日本の国力比較 貿易額、経済規模、兵力など■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明

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    韓国の歴史教科書から反北的記述が次々削除されている

     北朝鮮の「微笑み外交」に乗じても、何ら果実を得られないことは、歴史が証明している。核は金正恩体制の命綱である。それを放棄するはずはない。にもかかわらず、なぜ北朝鮮の術中に、文在寅政権は自ら嵌まるのか。韓国人ジャーナリスト・朴承ミン氏が深層を読む。三池淵管弦楽団の公演後、金与正・朝鮮労働党第1副部長(左)の手を取る韓国の文在寅大統領=2018年2月11日、韓国・ソウル(聯合=共同) * * * 親北政策に突き進む背景として最初に挙げなければいけないのは、青瓦台(大統領府)の秘書官(参謀陣)の面々である。文在寅大統領の秘書官のうち半数近くを占めるのが「586グループ」だ。 現在50代で、1980年代に大学時代を送って、1960年代に生まれた世代を指す。彼らは80年代に盛んだった民主化運動、つまり反政府学生運動に参加していた人間だ。学生運動時代に金日成主体思想に傾倒していた者もいる。 与党、共に民主党(民主党)でも586グループが重要なポストの約8割を掌握している。文大統領自体も大学時代に学生運動に勤しんでおり、586グループの先輩格にあたる。“後輩”の意見を反映させることを当然のように思っているかもしれない。 もちろん、文大統領自身の野心もそこにはある。歴代大統領は、南北首脳会談に強い関心を示してきた。文大統領が系譜を継ぐ左派政権、2000年の金大中政権、2007年の盧武鉉政権もそれを実現した。文大統領も業績を上げる機会として狙っているのだろう。 それにしても、現政権が北朝鮮に気を使う様は度を超している。その象徴が、歴史教科書改定だ。 政府は新しい歴史教科書の執筆基準の試案で、「北朝鮮政権の全面的南侵で勃発した6・25(韓国)戦争」という表現を「6・25(韓国)戦争」に変えている。この指針通りになるなら、学生たちは戦争を誰が起こしたのかわからない。また、「北朝鮮体制の世襲」「北朝鮮市民の人権」という表現も抜いた。北朝鮮の首脳部が気に入らないと思うようなことは歴史教科書に入れないということだ。 若者の歴史教育は、国家のアイデンティティー形成に大きく影響するだけに、慎重な舵取りを求めたい。【PROFILE】朴承ミン/時事通信の元ソウル支局記者。長年、北朝鮮問題と韓国政治を取材。その間に平壌と開城工業団地、金剛山など北朝鮮の現地を5回ほど訪問取材。現在、韓国と日本のメディアに寄稿している。関連記事■ 韓国・北朝鮮が描く「統一コリア」へのロードマップ■ 統一コリアvs日本の国力比較 貿易額、経済規模、兵力など■ ホッケー南北合同チームに文在寅氏支持派若者からも批判の声■ 親北を掲げる文在寅政権の先は「赤化統一」と暗黒の生活■ 人類滅亡――マヤ暦の予言とは異なる「2012年問題」の正体

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    「首相の訪朝を実現する」詐欺師と同じ日本置き去り論に警戒せよ

    4月27日に開催されることが決まった。5月中には米朝首脳会談が行われる予定である。これに先立つ形で、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は3月末に中国を訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行った。 この動きを受けて、日本政府の「置き去り」「乗り遅れ」を主張する報道や論調が多い。中には、便乗して「私が平壌につなぐ」「首相の訪朝を実現する」と売り込み、首相官邸周辺を徘徊する「詐欺師」まで現れた。 しかし、日本で金委員長に直接つながる個人や組織など99%いない。そんなチャンネルがあれば、とっくに機能しているだろう。北系団体や親北政治家、運動組織の多くは嘘つきだ。民主党政権時代、官邸はこの手の「詐欺師」に多額の「機密費」を騙し取られてしまった。 「置き去り」や「乗り遅れ」を唱える論者は、真実を隠す「北の手先」なのだろうか。さもなくば「朝鮮半島の国際政治」を知らず、「日本への愛情」もない人たちといわざるを得ない。 かつて、1990年の「金丸訪朝団」をはじめとして、渡辺美智雄氏(95年)、森喜朗氏(97年)、飛鳥田一雄氏(77年)など与野党の指導的政治家が、北朝鮮を競って訪問した。だが、結局コメなどを北朝鮮に「援助」として奪われただけで、日本の成果は何も残っていない。その「成果なき訪朝」を動かしたのは「乗り遅れ」と「置き去り」の声だったのである。だから「置き去り」論は「戦略的歴史観」に欠けている。 朝鮮半島に軍事的、政治的に深く関与すると、日本は必ず大敗北することを歴史は教えてくれた。7世紀の白村江の戦いや、豊臣秀吉による文禄・慶長の役は歴史的大敗北に終わった。中国が必ず介入するからだ。近代に入っても、日清、日露の戦勝後は帝国主義的植民地化の失敗により、韓国と北朝鮮からいまだに恨まれ、日韓・日朝外交も混迷したままだ。1990年9月、会談の冒頭、「金丸訪朝団」の金丸信元副総理(左)と田辺誠・社会党副委員長と握手する北朝鮮の金日成主席 しかしながら、朝鮮戦争に直接参加しなかった戦後の日本は、「朝鮮特需」により経済復興という利益を手にしたのである。この教訓は非常に重い。 実は、中朝首脳会談において、報道も専門家も見落とした一節がある。「朝鮮半島情勢は重要な変化も起きている。情義の上でも道義の上でも、私は時を移さず、習近平総書記同志と対面して状況を報告すべきだった」。中国外務省の公表文には、金委員長のこの発言があった。 この発言は「これまで中国を訪問せず申し訳なかった」という金委員長の謝罪である。「情義」「道義」という言葉にも、「義理と人情を忘れていた」とのお詫びが込められている。「時を移さず、状況を報告すべきだった」ということから、北朝鮮が南北首脳会談と米朝首脳会談を中国側に事前説明しなかった事実が読み取れる。 また、夕食会でのあいさつで、金委員長はこうも述べている。「両国関係を継承・発展させる一念で、中国を電撃的に訪問した。我々の訪問提案を快諾した習近平国家主席に感謝する」。特に「訪問を受け入れた習近平主席に感謝する」との言葉には、中国がようやく訪問を許した、との真実がうかがえる。中国は「核放棄を約束するまで訪問させない」との方針を示していたとされるが、金委員長の言葉により、くしくも裏付けられた格好である。「巻き込み外交」の天才 では、習主席はなぜ「金正恩電撃訪中」に応じたのか。それはひとえに「トランプの背信」にある。トランプ大統領は、大統領選中に中国に対して激しい非難を繰り返したが、就任後は一転して「米中友好」に切り替えている。 それが、中国製品への大幅な関税引き上げで「貿易戦争」に方針を変えた。中国はトランプ大統領の「敵対政策」復活を敏感に受け止め、「対北朝鮮政策では協力できない」と米国に反撃に出たのである。 一方で、トランプ大統領は、大統領選でのロシアによる選挙干渉疑惑の捜査の行方を心配している。メディアと世論の関心を他に向けるために、米朝首脳会談に即座に応じたわけである。韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領にしても、支持率回復と憲法改正によって政権の延命を図り、北朝鮮を支援するために南北会談の求めに応じた。言い換えれば、米朝の「仲介役」を演じているのである。要するに、金委員長や習主席をはじめ、トランプ大統領も文大統領も、それぞれが政治的問題を抱えているから首脳会談に応じたのである。 とりわけ、朝鮮半島の国家は「乗り遅れ」論を流すことで、周辺の大国を外交競争に引きずり込む戦略を展開する。まさに「巻き込み外交」の天才だ。例えば、米ソ冷戦が終結した1990年9月に、旧ソ連は密かに「ソ韓国交正常化」を北朝鮮に伝えていた。 何も知らない日本は、金丸信元副総理を団長、田辺誠社会党副委員長を副団長として訪朝し、日朝国交正常化や経済支援を約束する羽目になった。国家崩壊を恐れた北朝鮮が日本に画策した「巻き込み外交」が成功したのである。 北朝鮮は冷戦時代、大国の対立を利用し、中ソの間を行き来する「振り子外交」を得意としていた。だから、今でも周辺諸国に「乗り遅れ懸念」を撒き散らす。南北関係が悪化すれば米朝交渉に向かい、米朝がダメとなれば日本に秋波を送ることを繰り返したのである。 南北関係と米朝関係、中朝関係、露朝関係が同時に友好であることはなかった。つまり、南北首脳会談も米朝首脳会談も「簡単に成功するとは限らない」、この戦略的視点が大切である。米朝首脳会談の焦点は「北朝鮮の核放棄」「在韓米軍撤退」「米朝平和条約」「対北制裁の解除」、この4つの外交カードをどのように組み合わせた合意ができるかだ。極めて難しい交渉であり、決裂の可能性もある。2018年3月26日、北京の人民大会堂で中国の習近平国家主席(右)と握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信撮影・共同) ただし、日本にとって朝鮮半島に関わらない政策が「戦略的」だとしても、拉致された日本人の救出は急務だ。そのためには日朝首脳会談が欠かせない。日本は、拉致問題と核問題を切り離した交渉に持ち込むのが望ましい。安倍晋三首相は4月中旬の訪米でトランプ大統領に対し、米朝首脳会談で拉致問題の解決を議題にさせ、核問題と切り離した日朝首脳会談の実現を改めて求める必要がある。 拉致問題はなぜ解決しないのか。2002年、当時の小泉純一郎首相と金正日(キム・ジョンイル)総書記の間で行われた日朝首脳会談で、日本側が「拉致被害者全員の帰国」「北朝鮮の主権侵害」を主張しなかったからだ。北朝鮮高官によると、日本の交渉責任者は「拉致被害者の安否情報」だけを求め、「全員帰国」を要求しなかったという。「国交正常化後の拉致被害者の段階的帰国でいい」という方針だったらしい。 過去の国際政治から、北朝鮮は必ず「日本に近づく」という教訓を残した。日本は拉致問題解決のために、日朝首脳会談を、欧米の首脳やプーチン大統領、習主席など大国の首脳に常に働きかけ、国連決議に盛り込むことが大切である。

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    習近平先生の怒りを買った「悪ガキ」金正恩の大チョンボ

    重村智計(早稲田大名誉教授) 北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が突然、中国を訪問した。メディアは電撃訪問に驚き、「中朝関係改善」「(米朝首脳会談へ)中国の支援確保」といった北朝鮮の「外交勝利」とみるコメントや報道を並べた。だが、外交問題は双方の立場を確認しないと危険だ。同じ報道や解説を掲げるのは、ただの「大本営発表」である。他とは違う報道や解説をしないと専門家の意味はない。 中朝双方の報道機関は、28日午前に「中朝首脳会談」を報道した。中国国営新華社通信は「(金委員長は)非核化への努力を約束した」と報じた。一方で北朝鮮は「非核化の約束」を報じなかった。それどころか、政府の公式発表もない「冷たい中朝首脳会談」だった。 中国側の報道映像は、習近平国家主席が余裕を持って対応し、金委員長がメモを取る姿を映し出した。この映像は「先生」のように指示する習主席の言葉に、「生徒」のような北朝鮮指導者が聞き入る姿を強調していた。 日本の新聞、テレビは28日の朝刊で「金正恩訪中」を確認できなかった。産経新聞だけが「電撃訪中」の見出しを掲げた。「正恩氏? 突然の訪中」(朝日)「訪中の情報」(日経)「訪中の要人 金正恩氏か」(毎日)「初の訪中か」(読売)と、いずれも曖昧な見出しだった。別の言い方をすれば、産経以外は「特オチ」である。日本メディアの確認取材の能力が欠如しているというしかない。 最近の日本メディアは、韓国の報道や韓国政府発表に頼りすぎている。独自の取材源を持っていないようだ。かたや、中国の報道関係者や当局者は知っていた。中国の対応からは、誰が見ても「金正恩訪中」しかないと判断できたはずである。北京駅(奥)に入る北朝鮮の要人を乗せたとみられる車列=2018年3月27日(共同) 電撃訪中の焦点は「中国に呼びつけられた」のか、「中国がお願いして来てもらったのか」である。朝鮮問題の専門家や記者は「中国が頭を下げた」との見方が大勢を占めるが、これまたおかしな話だ。最近の北朝鮮に対する中国の怒りや、中朝関係の過去の経緯を知らないはずもあるまい。北朝鮮は、南北首脳会談や米朝首脳会談について、事前に中国に説明してこなかった。中国はメンツを傷つけられ、怒っていたのである。 最近の中朝関係は最悪の状態だった。中国は、北朝鮮による昨年の核実験に失望し、国連制裁に同調して多量の石油禁輸を実行していた。北朝鮮の報道機関は、あからさまに中国を非難していた。 中国は東アジアの超大国であり、北朝鮮は小国だ。中国が北朝鮮に頭を下げたのではなく、北朝鮮が中国に呼びつけられたと考える方が真実に近いだろう。この判断をテレビで示したのは、元外交官の宮家邦彦氏ぐらいであり、さすがは中国外交を知り尽くす専門家である。 今回の電撃訪中でまず考えるべきは、それが公式訪中か非公式訪中か、という判断だが、今回は明らかに非公式だった。仮に公式訪中であれば、中国は歓迎式典を行うだろうし、メディア向けに報道文も発表し、中国メディアも大きく報道していたはずである。そして、最後に中国は「お土産」を準備し、北朝鮮側はそれを誇示する。しかし、今回の場合、金委員長の訪問は秘密裡に行われ、北京を出発した後も公式発表は行われていない。 中国と北朝鮮は、ともにメンツを重んじる国である。習主席と会談したのに、石油などの経済支援を獲得できなければ、指導者は大義名分とメンツを失う。首脳会談を前に、日米韓三国への中国による牽制(けんせい)と北朝鮮への支援確保が目的、との解説もあった。仮にそうならば、大々的に公表して報道しなければ意味がない。「非核化に努力する」の意味 また、メディアは「北朝鮮の指導者が中国を電撃訪問したのは2000年以来18年ぶり」と歴史的意義を強調した。実は2000年以降にも、電撃訪中を繰り返している。例えば、2005年の米国による金融制裁を受けて、北朝鮮はマカオの銀行の秘密口座から資金を引き出せなくなった。それに慌てた金正日(キム・ジョンイル)総書記が電撃訪中し、マカオ近くまで長時間列車で移動した。このときは、中国当局と交渉したが失敗したと報じられた。要するに、北朝鮮は困り果てたから電撃訪中したのである。 中国は、金委員長の訪中を北朝鮮に帰国するまで発表しなかった。指導者が国を空けてといると分かると、クーデターの危険があったからだ。また、列車の往来で爆破テロの恐れもあった。これは北朝鮮内部が決して安定していない事実を示唆している。 北朝鮮は南北首脳会談の合意と米朝首脳会談の提案を事前に中国に説明していなかった、と中国政府筋は明らかにしていた。国際関係が大きく変化する際には、事前に説明するのが外交上の礼儀である。中国は当然、説明のための特使派遣を求めた。一方で、北朝鮮筋によると、平壌では「中国側から特使を派遣したいとの申し入れがあった」との噂が意図的に流されたという。事実はまったく逆であったようだ。 普通に考えれば、南北首脳会談と米朝首脳会談の発表直後に、中朝首脳会談が実現するのが理想である。それが発表から1カ月もかかったというのは、中朝の調整がうまくいかなかった証左であろう。では、なぜ金委員長は電撃訪中をせざる得なくなったのか。中国政府筋によると、中国は北朝鮮に「送油施設の故障で、半年ほど原油を送れない」と通告したという。石油供給を中断したのである。 さらに、北朝鮮は米朝首脳会談の事前接触がうまくいっていない事実にも困り果てていたという。トランプ米大統領は、軍事攻撃を主張していたボルトン元国連大使を国家安全保障担当の大統領補佐官に任命するなど、その後も軍事攻撃を示唆する言動を続けていたからである。 北朝鮮の歴代指導者は、就任前と就任後には必ず訪中していた。ところが、金委員長は就任以来一度も訪中できなかった。習主席が金委員長を快く思っていなかったことが原因らしい。北京の人民大会堂で握手する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と中国の習近平国家主席(新華社=共同) そのため、中国は国連制裁に従い、石油供給を減少させた。その上で、北朝鮮に「非核化」を約束しないと首脳会談は難しいと伝えていた、と中国政府高官は述べている。 中国メディアは会談で「朝鮮半島の非核化に努力する」と約束したと報じた。しかし、かつて金日成(キム・イルソン)主席も金総書記も用いたこの表現は、韓国の非核化も意味する。だが、韓国に核兵器はないので実効性を伴わない。実は、会談の中で金委員長が一歩踏み込んで「朝鮮半島」の言葉を外し、単に「非核化に努力する」と言及したのではないだろうか。これは北朝鮮の非核化を約束したに等しい。つまり、北朝鮮指導者の「最大限の譲歩」を意味しているのである。

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    「金正恩の敗北」トランプ電撃会談の舞台裏を読む

    安倍・トランプ外交」の成功を意味する。実現すれば、朝鮮半島情勢を大きく変える可能性がある。それでも、北朝鮮は核放棄を約束しないだろう。苦境打開を狙った金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長のサプライズ戦略とも言えるが、成功するのはラクダが針の穴を通るより難しい。米朝の指導者はともに行き詰まった国内情勢を打開するため、「同床異夢」ながら首脳会談を急いだとみるのが自然だろう。 サプライズ外交は、金正日(キム・ジョンイル)総書記の得意技だった。予想外の提案や行動に出て、相手を翻弄(ほんろう)して成果を挙げる。過去にも米朝の枠組み合意で、世界は希望を抱かされたが、あっさり覆された。核開発を放棄すると約束して、原子炉の冷却塔を破壊する芝居に、米国はまんまと資金をだまし取られた。 トランプ米大統領との首脳会談提案は、金委員長としては初めてのサプライズ外交である。外国首脳とは初の会談だ。歴代の北朝鮮首脳は、最初に中国首脳と会談した。そして、中朝関係が悪化すると、今度はロシアに傾斜した。いずれも北朝鮮の友好国である。2018年3月9日、米国のトランプ大統領が北朝鮮の要請を受諾し、金正恩朝鮮労働党委員長との首脳会談が実現する方向に動いたことを伝える街頭テレビ(寺河内美奈撮影) その慣例を破る米首脳との会談は、言い換えれば中国へのあてつけである。中国が国連や米国主導の制裁に協力する姿勢に対する不満の表明だ。北朝鮮が米朝首脳会談を呼びかけたのも、中国の気を引くためだったとみていいだろう。中国は水面下で相当の圧力をかけるだろうから、米朝首脳会談がトランプ大統領の思惑通り開催できるかは、なお不透明だ。 米国は、韓国側からの伝達内容が本当かどうか、北朝鮮に確認しないと話に乗れない。北朝鮮の思惑は裏読みしないと見えない。たとえ公式報道で「人民は党に従い、思想の学びを徹底し帝国主義の策動に立ち向かっている」と伝えていても、実際は党に従わない人民の方が多く、むしろ韓国のビデオや音楽が人民の間で流行っているのが実情である。首脳会談提案からは、金委員長が相当な苦境に立たされている事実が読み取れよう。 一方、トランプ大統領もサプライズが好きだ。金委員長の提案を逆手に取り、「5月までにやろう」と逆サプライズを仕掛けた。北朝鮮はまさかそんなに早い実現を予想していなかっただろう。日程と首脳会談の場所が最初の関門になる。実は北朝鮮では首脳会談について一切報じられていない。これはおかしな話だ。北朝鮮の本気度が問われる。 なぜトランプ大統領は「5月までの会談」を提示したのか。一言で言えば、北朝鮮が相当に困り果てている現実をよく理解していたからだ。つまり、北朝鮮への制裁が効果を挙げているのである。首都・平壌では最近、米や食料品の価格が上昇しているという。石油の値上がりも伝えられている。国民生活は圧迫され、軍隊は石油が底をつき、演習や訓練がまともにできない。空軍の飛行時間は極端に減った。 こうした状況は、トランプ大統領に詳細に報告されており、「制裁は効果を挙げている」との大統領発言の裏付けになっている。トランプ大統領が平昌五輪への北朝鮮参加や、南北首脳会談の合意について「俺のおかげだ」と述べたのは理由がある。制裁の成果が確認できたからだ。このため、制裁を続けていれば、金委員長は必ず譲歩すると読んでいたのである。米朝首脳会談は成功するのか トランプ大統領が首脳会談に臨む真の目的は「支持率の上昇」「秋の中間選挙への利用」「次期大統領選挙への野望」の三つだ。 言わずもがな、トランプ外交は内外で批判され続けている。特に欧州各国は彼をまったく尊敬していない。戦後、これほど欧州で不人気の米大統領は初めてだ。教養がなく知性と品格に欠けるとみられている。歴史と文化の教訓に学ぼうとしない態度を欧州はもはや我慢できないのである。 この不人気を打破するために、金委員長との会談を利用しようとしている。「金正恩に最初に会う外国元首」としてメディアに大きく扱わせる。特に、金委員長をワシントンに招待できれば、世界中の話題を独占して、中国やロシアの鼻を明かすこともできる。支持率は上昇し、その勢いで中間選挙も乗り切りたいとの思惑はみえみえである。2018年3月8日、ホワイトハウスで会談する韓国大統領府の鄭義溶国家安保室長(左)とトランプ米大統領(韓国大統領府提供・共同) とはいえ、米朝首脳会談は本当に成功するのか。はっきり言って、乗り越えるべき難問が余りに多すぎる。まず、北朝鮮は絶対に核放棄を約束できない。金委員長は朝鮮人民軍を掌握はしたが、核放棄を宣言すれば軍が反乱を起こしかねない。クーデターに直面するリスクをはらんでいるのである。不満を抱く中国やロシアも、裏でクーデターを画策する可能性もある。 さらに、会談場所をどうするのか。北朝鮮の指導者は海外に出掛けるつもりはない。これに対し、トランプ大統領は是が非でも米国に呼びたい。ただ、金委員長にとっては訪問の隙を突いて、北朝鮮国内でクーデターが起きるかもしれない。もし第三国でやるのであれば、北朝鮮側は中国の顔を立てて、北京を提案するかもしれない。 一方で、トランプ大統領が北朝鮮を訪問すれば、米国内で批判が高まるのは必至だ。かつてのオルブライト国務長官の訪朝時のように、マスゲームを見せられ、人権問題に言及しなければ「失敗」と非難される。 金委員長は、首脳会談を盛り上げて少しでも制裁を緩和させ、今年9月の建国70周年の式典を盛り上げたい。米国に近づき、中国とロシアの気も引き、ひそかに支援を得る戦略だ。韓国も協力するとみている。 この北朝鮮の戦略と作戦に乗せられると、トランプ大統領は必ず失敗する。トランプ大統領は安倍晋三首相と協力し、「成功しなくてもいい」と腹をくくり、これまでの強硬政策を継続しないと足をすくわれる。 トランプ大統領に「石油制裁が最も効果的だ」と伝えたのは他ならぬ安倍首相だった。トランプ大統領も、北朝鮮政策をめぐる安倍首相の判断力を信頼している。「制裁を継続すれば北朝鮮は譲歩する。もう少しだ」との理解を二人は共有している。 だからこそ、トランプ大統領が安倍首相を出し抜いて、米朝正常化に踏み切る恐れはまずないと断言できる。北朝鮮は米韓合同軍事演習に反対し、核実験を続けた。その上、米国とトランプ大統領を激しく罵(ののし)った。これまでの対応を180度転換した金委員長の譲歩は、結果的に「北朝鮮外交の敗北」を意味するのである。 日本は米朝首脳会談で拉致被害者の帰国を強く訴えるだろう。「拉致被害者の帰国なしには、米朝国交正常化はない」との立場を共有しなければならない。拉致被害者の帰国を、日米同盟の基本的な価値として改めて確認すべきだ。

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    南北首脳会談、なぜこのタイミングだったのか

    重村智計(早稲田大名誉教授) 韓国と北朝鮮は6日、4月末に板門店で3回目の南北首脳会談に合意した。合意は、会談場所と米韓合同軍事演習の「是認」、南北首脳のホットライン以外は目新しいものはない。北朝鮮は核放棄への明確な言及を避けた。資金獲得と制裁緩和を狙ういつもの「目くらまし戦略」だ。トランプ米大統領は首脳会談を歓迎しながらも「希望は裏切られるかもしれない」と慎重だ。 韓国と北朝鮮は、首脳会談を4月末とすることで軍事演習の短縮を目指している。まさか首脳会談中に演習はあるまいと期待している。そうすると、北朝鮮は5月の田植えの時期に兵士を動員できる。建国当初から兵士の動員なしに田植えは困難だからだ。 日米両政府は最近、北朝鮮の海上での「瀬取り」による密輸を摘発し、シリアへの化学兵器の闇ビジネスを報道させ、南北首脳会談をけん制してきた。米国は米韓合同軍事演習を4月から行うと首脳会談の「妨害」に動いた。 それに挑戦するように、韓国と北朝鮮は特使を派遣し合い、首脳会談に合意した。首脳会談をめぐり、「南北対日米の戦争」が展開された。米国は平昌五輪の開会式にペンス副大統領を派遣し、金正恩(キム・ジョンウン)委員長の妹の与正(ヨジョン)氏との会談との北朝鮮提案を受け入れたが、直前に北が拒否した。これは、明らかに「北の外交敗北」であった。 それでも南北は首脳会談実現に突っ走った。北朝鮮は、平昌五輪の閉会式に金英哲(キム・ヨンチョル)統一戦線部長を派遣し、秘密会談を行った。ここで特使派遣と首脳会談の条件が話し合われた。最大の懸案は米韓合同演習の継続問題であった。韓国側は、パラリンピック後の軍事演習開始を伝えた。 金委員長は、それでも特使派遣を受け入れ、米韓合同軍事演習を「理解する」と述べた。これは、「軍事演習」を理解すると言ったのではなく、軍事演習中止に努力した「韓国側の立場」を理解すると述べたのだろう。この発言を、韓国側は米国の気を引いて米朝対話につなげるために、意図的にミスリードしたのではないか。会談し握手を交わす韓国大統領府の鄭義溶国家安保室長(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。金委員長が抱えているのは文在寅大統領からの親書=2018年3月5日、平壌(韓国大統領府提供・共同) なぜ首脳会談を急いだのか。北朝鮮は米国の軍事攻撃を最も恐れており、それを阻止したい。そのためには南北首脳会談が一番だ。北朝鮮への制裁が相当な効果をあげている事実がある。石油制裁が北朝鮮軍を追い詰めている。日本での論議は、北朝鮮の深刻な石油不足を理解していない。 国連によると、一昨年までの北朝鮮の石油輸入量は原油50万トン、石油製品約70万トンで合わせて120万トンであった。密輸を合わせても最大150万トンだろう。日本の石油輸入量は2億トンだ。北朝鮮軍は「世界で最も石油の乏しい軍隊」である。それなのに、今年は原油と製品合わせて70万トンに減らされる。海上での密輸も発見された。 これでは軍は戦闘能力を失い、崩壊の危機に直面する。現在の体制を維持しているのは、軍と秘密警察だから事態は深刻だ。北朝鮮の譲歩は、国連や日米の経済制裁が効果をあげた結果である。特に石油製品の輸入禁止は、体制の崩壊につながりかねないとの危機感がある。「同盟より民族を選んだ」文在寅 この危機を回避するために、北朝鮮は「韓国からの経済支援」「開城工業団地の再開での外貨収入回復」「石油制裁緩和」を狙っている。外交敗北とみられるほどの譲歩の背景には、北朝鮮国内の苦境がある。 北朝鮮は、公式には韓国の存在を認めていない。今回も「大韓民国」の表現を使わず、「南側の文在寅大統領」との表現に終始した。北朝鮮の指導者が韓国側に足を踏み入れれば、初めてのことになる。北朝鮮が主張する「朝鮮半島における唯一正統性ある国家」との「正統性」で譲歩したことになる。 それ以外は新しいものはない。核実験の中止は以前もあったが、反故(ほご)にされてきた。「体制の安全が保証されれば、核保有の理由はない」との表現も目新しいものではない。金日成(キム・イルソン)主席も金正日(キム・ジョンイル)総書記も「朝鮮半島の非核化」について公言していたからだ。 北朝鮮の報道機関は、韓国政府の発表内容をいまだに報じていない。「満足いく合意」「首脳会談合意」を伝えたにすぎない。ただ、金委員長の「米韓合同軍事演習を理解する」との発言は、軍を完全に掌握した事実を物語る。軍は、米韓合同軍事演習の中止を強く求めてきた。「理解する」との発言は、軍を掌握した金委員長の自信を示している。北朝鮮の核放棄には軍が絶対に応じない。少なくとも軍を押さえないと核放棄はできないからだ。 金委員長は、人民軍記念日を2月8日に変更し、軍事パレードを行っていた。これは、軍を党の指導下に置いた事実を誇示する行事だった。金委員長はパレードの演説で「軍は党に従え」と強調した。 文在寅(ムン・ジェイン)政権の「北朝鮮支援」方針は「同盟より民族を選んだ」と説明される。米韓同盟が崩壊に向かい、北朝鮮に取り込まれると国内の保守派から憂慮の声が上がる。韓国政府は金委員長にどのような提案を行ったのか明らかにしていない。韓国のメディアは取材記者を同行させなかった事実を批判している。韓国内では前2回の首脳会談のように、多額の外貨資金を運んだのではないか、という疑惑も生まれている。2018年3月6日、ソウルの韓国大統領府で、特使としての訪朝を終えた鄭義溶国家安保室長(手前左)と握手する文在寅大統領。左奥は徐薫国家情報院長(大統領府提供・聯合=共同) 韓国は、米韓軍事演習の延期や縮小を求めていたが、米国は断固として拒否した。韓国側が米韓軍事演習への了解を求めたため、金委員長は「理解する」と述べた。韓国は、支援の再開と韓国企業が操業する開城工業団地の再開、外貨送金の問題も提示したのだろう。韓国側からの何らかの提案なしに、金委員長が「リップサービス」をするわけがない。韓国側の提案を明らかにすべきだ。 北朝鮮が南北首脳会談を急ぐのは、体制動揺の危機に直面したからだ。一方、文在寅大統領も、平昌五輪後の支持率低下に悩んでいる。支持率を回復し、憲法改正に踏み切るためには、首脳会談での支持率上昇が必要だ。現在の憲法で規定されている大統領任期を、1期5年から2期8年に改正し、長期政権を目指す文大統領の野心もまた見え見えである。

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    「金与正ブーム」に少女時代ソヒョンも巻き込んだ文政権の思惑

    勢は見ていて心地いい。 だが、他方でこの五輪は開催前後から国際政治の最大の注目場所となった。もちろん北朝鮮側のいわゆる「ほほ笑み外交」攻勢のためである。金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長と、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の実の妹である金与正(キム・ヨジョン)党中央委員会第1副部長らの高位級代表団が韓国入りしてからの過熱報道は、五輪そのものへの関心を上回るものがあった。韓国の文在寅大統領(手前右端)との会談に臨む北朝鮮の金永南・最高人民会議常任委員長(奥右)、金与正・党第1副部長(奥左)ら=2018年2月10日、韓国大統領府(聯合=共同) 特に注目を浴びたのは、各種報道で「実質ナンバー2」「金委員長に直言できるただ一人の人物」などと評されている与正氏の発言と動向であった。確かに、故金日成(キム・イルソン)主席の直系が韓国を訪問したのは初めてである。さまざまなメディアでは、与正氏が金委員長の「親書」を携えて、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領に平壌での首脳会談を提案したことが報道されている。 この一連の報道を分析してきて、韓国・日本のメディアが「金与正ブーム」とでもいう空疎な現象に貢献している、と批判的に見ざるを得ない。まず韓国到着後、初めて文大統領と会談したときの与正氏の表情が、顎をしゃくりあげた感じでまさに相手を睥睨(へいげい)するかのような視線、いわば「女王様」的表情だったことが大きく報道された。 「白頭血統」というのだそうだが、故金日成主席に始まる北朝鮮の「金王朝の王女」とでもいうべき印象を、その写真は伝えている。だが、このような「白頭血統」なるものの起源、つまり抗日戦士として北朝鮮の独立に貢献した金主席の話は極めて誇張されたものである。ソ連による傀儡(かいらい)政治家として当初は祭り上げられた人物ではないか、というのが正しい見方だろう。南北協調で仕掛けた「アイドル戦略」 郵便学者の内藤陽介氏による『北朝鮮事典-切手で読み解く朝鮮民主主義人民共和国』や『朝鮮戦争:ポスタルメディアから読み解く現代コリア史の原点』などの著作を読むと、北朝鮮、金一族の政治的な宣伝工作(プロパガンダ)がどのように構築されていったかがわかる。つまり「白頭血統」や「金王朝」なるものはアイドル(偶像)の中でも最も虚偽性の高いものである。そのようなアイドルの欺瞞(ぎまん)的な側面を全開にした「女王様然」とした表情を垂れ流すメディアの印象操作には、やはり北朝鮮のイメージ戦略にくみしたと評されても仕方がないだろう。平昌冬季五輪の開会式で、北朝鮮の金与正氏(中央右)と金永南最高人民会議常任委員長(同左)の近くに座る安倍首相(右端)とペンス米副大統領=2018年2月9日(聯合=共同) この北朝鮮の政治的プロパガンダとしての「アイドル」の利用は、金委員長の父親である故金正日(キム・ジョンイル)党総書記からの得意芸であった。金総書記は、映画や音楽など文化部門への造詣があり、それを政治的手段としても利用していた。 今回は、美女ぞろいといわれる三池淵(サムジヨン)管弦楽団を韓国に先行して派遣し、まるで父親譲りの「アイドル攻勢」をしかけてきた。これは今回の「ほほ笑み外交」戦略の露払いとなり、またのちに触れるように金与正氏の訪韓イベントのクロージングにも役立っている。 もちろんこのような北朝鮮の「アイドル戦略」は、なにも北朝鮮単独で行われたものではない。韓国政府の強い協力がなければ不可能である。しばしば報道では、文政権が米国と北朝鮮の間にはさまれて苦境に陥ったとする評価があるが、本当だろうか。五輪の開催日程はとうの昔に決まっていたわけだし、そもそも金与正氏が来韓する情報はかなり以前から流されていたという。つまり、文政権にとっては別に政治的に苦境でもなんでもなく、まさに北朝鮮と共同演出した「金与正ブーム(仮)」なのだろう。 しかも、金与正氏の在韓最終日には、三池淵管弦楽団のコンサートを文大統領と隣り合わせで観劇するというクロージングまで用意した。さらに北朝鮮の「公式アイドル」といえる牡丹峰(モランボン)楽団の団長である玄松月(ヒョン・ソンウォル)氏が登場し、歌唱を披露したという。安倍発言は問題視されるべきか ここでも、韓国政府は北朝鮮と共同のサプライズを仕掛けている。韓国の人気ガールズグループ、少女時代の「末っ子」で人気の高いソヒョンとのコラボを企画していたのだ。報道では公演当日に依頼があったというが、日本でも人気の高い少女時代の、ソヒョンが単独で出演してきた背景には何があったのだろうか。三池淵管弦楽団の公演の舞台で、楽団の歌手と共に歌うK―POPグループ「少女時代」のソヒョン(右端)=2018年2月11日(聯合=共同) 実は、ソヒョンは昨年末に従来の所属事務所から契約満了時での退所を表明していた。ただし、その後も少女時代そのものには残るらしい。いまのマネジメントが具体的にどうなっているのかわからないが、少女時代全員の出演ではなく、ソヒョン単独だったのは事務所からの退所が関係していると思われる。 また、韓国大統領府がソヒョンに目をつけたもうひとつの理由として、彼女がかつて潘基文(パン・ギムン)前国連事務総長を「尊敬する人物」として挙げ、国連の活動イベントの際に面談したことが報じられている。そのほかにも、母校の大学に巨額の寄付をするなど社会的な活動が目立っていたからかもしれない。いずれにせよ、韓国政府が北朝鮮の「アイドル攻勢」に積極的に関与した証拠でもあるだろう。 さて、平昌五輪は永遠には続かない。米国は北朝鮮に変わらぬ強硬姿勢を示しており、今後は金融制裁など以前から効果的といわれてきた手法を駆使するだろう。韓国政府が北朝鮮の「ほほ笑み外交」という政治的プロパガンダに実質的な協力を行い、多くのメディアも知ってか知らずか加担してしまった。韓国国内でも世論の分断が加速するかもしれない。 訪韓した安倍晋三首相は、文大統領に対して「米韓合同軍事演習を延期すべきではない」と発言した。日本では、文大統領が「内政問題」だとして不快を示したことに、安倍批判が自己目的化した識者たちが、またも安倍発言を問題視している。しかし、米韓合同軍事演習は日本を含めた北朝鮮、そして中国・ロシアへの広域的な安全保障政策の一環であり、その延期に意見を表明することは間違いではない。韓国での分断も注意すべきだが、日本の世論の、あまり合理的な意見に基づくとはいえない分断にも注意が必要だろう。

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    北朝鮮乗っ取り「平壌五輪」金正恩の真意

    壌五輪」と勘違いするほど平和の祭典であるはずの五輪は南北の政治ショーの場に変わりつつある。 そもそも北朝鮮で五輪参加の資格を取得したのは2人。フィギュアスケート男女ペアのみだ。北朝鮮が2人のために140人の芸術団に229人の応援団、各種名目の支援チームなど500人にのぼる人員を送るわけがない。他の目的があるからだ。 時間稼ぎと国際世論の分断、韓国国内の攪乱(かくらん)、北朝鮮のイメージ改善などさまざまな目的もあるが、何より重要なのは国際社会の包囲網を崩すことだ。国際社会の制裁に苦しむ金正恩(キム・ジョンウン)政権は、平昌五輪を利用して制裁の包囲網崩しに取り掛かっているが、まずは一番もろい韓国にターゲットを絞ったとみられる。 その思惑は五輪が始まる前に既にはっきりと表れている。平昌五輪の前夜祭に芸術団を派遣すると表明した北朝鮮は1月21日、玄松月(ヒョン・ソンウォル)を団長とする実務者代表団を韓国に送り込んだ。韓国のホテルに到着した北朝鮮応援団とテコンドー演武団の一行=2018年2月(共同) 一時、金正恩委員長の「愛人」との報道がながれ、韓国でその名が知られるようになった玄の訪韓は、世界中の注目を浴びた。北朝鮮の存在感を遺憾なく世界中に知らしめた玄の訪韓は、韓国に「南南葛藤(韓国国内の世論を分断し、韓国人同士で喧嘩をさせること)」を誘発、反発を買う場面もあったが、なにより「5・24措置」(2010年、北朝鮮が韓国の軍艦を爆沈させ、40人の兵士が水死、6人が失踪した事件を受け、韓国政府が科した制裁措置)を無力化するという目的の一部は達成した。 現在南北をつなぐ陸路は主に三つ。南北軍事境界線沿いに設けられた南北共同警備区域の板門店を通るルート、金大中(キム・デジュン)大統領時代に着工、2004年に稼働をはじめた「開城工業団地」を経由して韓国の坂州市に至る京義線ルート、そして朝鮮半島東海岸沿いの金剛山観光のために開いたルートだ。 玄が韓国にやってきたのは開城工業団地ルートだったが、直後の1月23日、金剛山で行われる予定の文化行事(後にキャンセル)のための施設点検名目で北朝鮮を訪れる韓国代表団は金剛山ルートをつかった。これで制裁を課した三つのルートのうち二つが事実上、「開放」されたことになる。 北朝鮮は、当初、芸術団員140人は板門店ルートを通って韓国を訪問したいと持ちかけたが、土壇場(どたんば)になってルートを変えた。五輪開幕まで4日しかない2月4日夜、北朝鮮は唐突にも北朝鮮の芸術団「三池淵管弦楽団」を万景峰号にのせて海路を使って韓国に行くと通報してきた。 目的は韓国独自制裁を無力化するためだ。2010年5月以降、韓国は北朝鮮の船舶の韓国港へは接岸を禁止している。朴槿恵(パク・クネ)政権時代の2016年3月以降、韓国政府は北朝鮮に寄港したことのある船舶は180日間韓国の港に寄港できない措置を取った。そのような制裁措置を取り崩すために、いま南北が共に躍起になっている。南北の不透明な関係 三池淵管弦楽団一行が平壌を出発したのは2月5日、韓国政府の韓国政府が海路を使っての入国を許可するかしないかで「慎重に検討」している最中だった。文在寅(ムン・ジェイン)政権は「例外措置」として万景峰号の入港を認めると発表したが、事前合意があったとしか思えない。海路の利用は合意文書にはなかったが、水面下で南北は、北朝鮮代表団の訪韓につき、原則的に如何(いか)なるルートを通じてやって来ようが許容することにしたのではないか。警官隊と入港に反対する人たちが衝突する中、韓国東部・東海市の港に入港する北朝鮮の貨客船「万景峰92」=2018年2月(共同) 空のルートもそうだ。1月31日、韓国はチャーター便を借りてスキー選手を含む45人の代表団を北朝鮮に送った。韓国政府は、アジア最大規模を誇る馬息嶺スキー場で北朝鮮選手らと合同訓練を行うために選手団を送ると説明したが、目的は他にあったようだ。北朝鮮に送り込んだ選手らは平昌五輪の出場権を持っていない選手のみ。しかも訓練はたったの3時間ほどだった。 国連制裁決議「2270号」は、国連加盟国は、北朝鮮に航空機、乗務サービスを提供してはならないことになっている。しかもアメリカは北朝鮮に乗り入れした飛行機のアメリカへの入国を禁止する措置を取っているが、文政権は「例外措置」として北朝鮮へ航空機を飛ばし、閉ざされた空路を開けてあげたのだ。 平昌五輪が開幕する9日にソウルを訪問すると発表した北朝鮮の金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議議長(名目上北朝鮮を代表する役職)は、世界中のほとんどの国が乗り入れを拒否する高麗航空を利用するとの情報もある。これも文政権は例外措置として認めるとみられる。 韓国の有力日刊紙「朝鮮日報」は7日付社説で「文政権は例外を乱発して対北朝鮮制裁の原則を取り崩し、効果が表れ始めた制裁を前面にたって揺さぶっている」と批判した。平昌五輪の開幕式に出席するため代表団を率いて訪韓するアメリカのペンス副大統領は「五輪メッセージが北朝鮮にハイジャック(拉致)されようとしている」「韓国と北朝鮮がオリンピックで如何(いか)なる協力をしようとも国際社会で孤立させなければならない北朝鮮という国家の本質を隠すことはできない」(2月5日、アラスカにて)と南北の不透明な関係に懸念を示す。 ところが、韓国の与党、共に民主党議員の一人はペンス副大統領の訪韓を「めでたい家に、哭(こく)しにくるんだ」とアメリカを批判、安倍総理の五輪出席を「他人の宴に出て勝手に踊る(『グッ』と呼ばれる韓国シャーマニズム儀式をする)つもりだ」と批判する。 文大統領の対北朝鮮政策の助言役で左派陣営の重鎮である統一部元長官の丁世鉉(チョン・セヨン)は、「北朝鮮が憲法上の国家首脳である金永南を平昌五輪に送るのには対話へのメッセージが盛り込まれている」と語り、南北首脳会談の話を持ち込むだろうと歓迎する姿勢だ。北朝鮮も韓国も勘違いしているとしか思えない。平昌五輪は南北の祭りではなく、地球人の祭りのはずだ。(文中、一部敬称略)

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    南北統一五輪で文在寅が狙う韓国保守派「根絶やし計画」

    金大中(キム・デジュン)元大統領や盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領は、この感情を利用し支持率を上げた。北朝鮮も韓国から資金を獲得するために、「夢見る統一」の言葉で韓国人の心をつかんだ。だが、さすがの韓国人も南北指導者の「三文芝居」にようやく気が付いたようだ。女子アイスホッケーの南北合同チーム結成に50%が反対し、賛成は40%にとどまった。南北指導者の陰謀はかつての力を失っている。文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率も急落した。 南北の陰謀は「同床同夢」に近い。何より北朝鮮を延命させる「制裁破り」で協力している。韓国では、左翼政権が長期独裁化を目指し、政権内の極左グループは北朝鮮による南北統一に憧れる。「統一旗」の入場は、童話の「裸の王様」の再現だ。「統一」は現実的ではないのに「統一五輪」とはやし立てている。 北朝鮮は開会式前日の8日に、平壌で人民軍創建70周年の軍事パレードを見せ、平和の祭典に「凍風」を送った。また一方で、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員会委員長を送り込む「微笑作戦」を見せた。制裁対象の貨客船「万景峰(マンギョンボン)92」が芸術団「三池淵(サムジヨン)管弦楽団」団員を載せて韓国に入港した。 万景峰号は、石油製品を満タンに入れて帰国するとの指摘がある。まさに南北協力の制裁破りだ。金永南氏に権限はほとんどない。金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長は妹の金与正(キム・ヨジョン)氏を9日、ソウルに派遣した。金委員長が信頼する唯一の人物である。開幕式の翌日に文大統領との昼食会が設定されたが、南北首脳会談について話し合うとの観測がしきりだ。2018年2月9日、韓国・仁川国際空港に到着した金正恩朝鮮労働党委員長の妹、金与正氏(中央、聯合=共同) 軍事パレードではひな壇の顔ぶれが注目された。なぜ平昌五輪前日に軍事パレードを行うのか。金委員長による軍の完全掌握と「党優位」の誇示に必要だった。 社会主義国家では「共産党が軍に命令する」。父親の金正日総書記は「先軍政治」により、「軍が党に優越」する体制を築いた。金委員長は「党が軍に指示する体制」復活に政策転換したが、軍幹部の抵抗が激しく、多くの幹部が処刑、追放された。 人民軍創建記念日は、昨年までの4月25日から2月8日に変更された。朝鮮労働党の創建記念日は1945年10月10日である。現在の朝鮮人民軍が創設された1948年2月8日を記念日とすることで、「党優位」の論理につながるからだ。4月25日は1932年に満州で創設された「朝鮮人民革命軍」(抗日遊撃隊)の記念日で、「軍優位」の理屈が残ってしまう。つまり、8日の軍事パレードは軍の抵抗勢力への「勝利宣言」で、どうしても来年まで延期するわけにはいかなかったのである。韓国は密かに巨額資金を送った? 米国のトランプ大統領と中国の習近平国家主席は開会式に出席しない。韓国の置かれた状況を物語る。安倍晋三首相が辛うじて文大統領のメンツを救った。安倍首相の参加には批判もあるが、日本がはっきりものを言うためには正しい外交選択だ。韓国の文化は、はっきりものを言い合うのに慣れている。それなのに日本の政治家は遠慮しすぎた。 けんかの必要はないが、日本の立場は明確に伝えるべきだ。信頼関係を築くには、隣の大国としての品位が大切だ。慰安婦問題で攻撃される朴裕河(パク・ユハ)教授や李栄勲(イ・ヨンフン)教授らに、安倍首相との面会の機会を与えてほしい。 北朝鮮は「大韓民国」を認めない。「存在しない」とのフィクションを維持しているからだ。日本では理解できないだろうが、「正統性」のためだ。正当性は儒教文化最大の政治的基準である。北朝鮮は、金日成主席が日本帝国主義と戦争し「勝利した」事実を「国家の正当性」にする。韓国には、日本帝国主義軍と戦争した指導者はいないから「正当性はない」として、「大韓民国は存在せず、南は米帝国主義の傀儡(かいらい)政権」とのフィクションにしがみついている。 平昌五輪を「平壌五輪」と批判する人たちがいる。ソウルでは「北朝鮮参加のために巨額の資金を送った」との声がささやかれる。金大中元大統領は南北首脳会談のために、「5億ドル(約500億円)」の現金を送っていた。北朝鮮との交渉には「数億ドルの現金が必要」というのが常識だ。車両で現金が運ばれたとの観測も出ている。北朝鮮スキー場での南北合同練習にも、使用料が支払われたのか。韓国北東部、麟蹄のホテルで開かれた韓国側主催の夕食会に参加した北朝鮮応援団の女性ら=2018年2月7日(韓国統一省提供・共同) 文大統領の支持率は70%から50%台に落ちてしまった。なぜ北朝鮮の五輪参加を求めたのか。文大統領の学生時代は、北朝鮮に国家の正当性があると主張する『解放前後史の認識』という著作シリーズが、学生の間で大人気だった。文大統領と任鐘晢(イム・ジョンソク)大統領秘書室長らは、この著作に影響を受けた世代だ。 文政権の狙いは、五輪後の南北首脳会談と北朝鮮への制裁緩和だ。その次は憲法改正を行う。韓国大統領の任期は1期5年だ。それを2期8年が可能になるように変更し、文大統領も再選出馬できれば、およそ10年間政権を握れる。その間に韓国の保守派を根絶やしにする戦略だ。 だが、文政権には、北朝鮮が「南朝鮮革命と軍事統一」の戦略を捨てていないとの現実認識はない。米中央情報局(CIA)のポンペオ長官は1月23日に「北の核開発の目的は朝鮮半島再統一だ」と韓国に警告した。これまでは、米国の攻撃を抑止するためとの判断が一般的だった。「再統一戦略の一環」という認識を打ち出したことで、北朝鮮の統一戦略に関する文書や証拠を手に入れた事実をうかがわせた。米国は、韓国への軍事侵攻と同時に米国への核ミサイル発射の危険があると受け止めている。 宴の後には、北の核とミサイルの実験が待っている。韓国世論は分裂し、文在寅大統領の支持率は下落するだろう。北朝鮮への制裁はさらに強化され、北では軍と党の摩擦が強まる恐れがある。朝鮮半島をめぐる緊張は高まる一方だ。

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    「スポーツの上に政治がある」平昌五輪、統一コリア実現の舞台裏

    えるだろう。 無事に大会が終了するという意味で、平昌五輪が成功する確率はかなり高まった。それは年頭、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が「新年の辞」で参加を宣言したからである。それまでは、大会2カ月前の競技別エントリーが期限になっても、北朝鮮オリンピック委員会は正式手続きを行っておらず、「五輪不参加」というのが大方の見方であった。韓国専門家の中には「100%参加は有り得ない」と断言する人もいたほどだ。2018年の「新年の辞」を発表する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信撮影・共同) しかし、締め切りを過ぎても、国際オリンピック委員会(IOC)は諦めなかった。本来なら、この時点でエントリーがなければ参加できない。しかし、トーマス・バッハ会長は「最終エントリーである大会1カ月前の個人エントリーまでに手続きをすればOKだ」と表明したのである。 五輪参加で最も重要とされるのはエントリーの有無だ。公平性を保つための伝統的なルールであり、ミスをすれば国内オリンピック委員会(NOC)の委員のクビが飛んでしまった例もある。だからこそ、バッハ会長の表明は異例中の異例、いやこれはもう「特例」と言っていい。五輪の伝統を崩してでも、北朝鮮の参加を最後まで待とうとしたのである。この時点で、筆者はIOCが平昌五輪組織委員会、南北両国のNOCに水面下で働きかけているのではないかと思っていた。 なぜなら、北朝鮮には1996年からIOC委員として活動する張雄(チャン・ウン)氏がいるからだ。IOC委員はオリンピック理念を実現するために貢献する使命がある。今年一杯で退任する張委員が「最後の奉仕」として南北友好の五輪実現に努力しないはずがない。五輪運動に携わり、彼自身を見てきた筆者にはそう見て取れた。 ただ、政治が絡む問題は非常に繊細な対応が必要なのは言うまでもない。昨年6月、張委員は「スポーツの上に政治がある」とメディアに語り、統一コリアチームの実現が簡単ではないことを示唆していた。一方で「(北朝鮮と韓国の)2カ国が決めることではなく、IOC委員が話し合う問題」と断言もしていたのである。いち早く「統一コリア」を実現した日本人 実際に、金委員長の「新年の辞」を皮切りに急展開した「統一コリア」の動きは、1月20日にIOC本部で行われた平昌組織委、両国NOCとの四者会談で結実する。バッハ会長は平昌五輪に北朝鮮選手22人の参加や南北合同行進を認めたことを発表したのである。そして、五輪初の南北合同チームが女子アイスホッケーで実現することになった。 しかし、新年の辞から南北会談、四者会談という、わずか半月の流れは外交常識に照らし合わせても、あまりに早すぎ、出来過ぎの感は否めない。この急展開を冷静に読み解けば、「北朝鮮のエントリーを待つ」と事実上認めたバッハ会長の発言がサインになる。新年の辞はあくまでのろしであり、バッハ発言のあった昨年12月以降にこのシナリオが大きく動き出したとみるのが合理的だろう。2017年6月、世界テコンドー選手権が行われた韓国・茂朱で、板割りを披露するIOCのバッハ会長(共同) それは昨年6月、バッハ会長が世界テコンドー選手権の閉会式に出席するために韓国入りしたところから始まる。文在寅大統領が示した南北合同チームの結成案について、バッハ会長は文大統領の表明に感謝した上で「五輪は相互理解や対話、平和の精神に基づいている」と述べている。しかも、北朝鮮政府との交渉のキーパーソンとなる張委員は、元世界テコンドー連盟会長でもあった。名誉総裁として世界テコンドー選手権に来韓した張委員とともに、IOCは北朝鮮へのアプローチに本腰を入れたはずだ。 実際、IOCは文大統領との会談後、北朝鮮選手が平昌五輪に参加できるように支援することを確約している。この支援を決めた理事会から、IOCによる統一コリア実現への具体的アクションが始まったのだろう。 実は過去にも「統一コリア」を実現した人物が日本にいた。1991年、千葉県で開催された世界卓球選手権を成功に導いた当時の国際卓球連盟(ITTF)会長、荻村伊智朗氏である。荻村氏は実現のために、自ら北朝鮮に何度も出向いて、選手強化に励んだ。世界一を競う場で実力が違いすぎれば、チームとしてまとまらないからだ。荻村氏の努力の結果、南北の実力差は解消され、参加が実現した。南北の卓球選手はともに戦う空気が生まれ、統一旗の下で素晴らしいパフォーマンスを披露し、女子団体では強豪中国を破って優勝したのである。 この時の北朝鮮側の交渉相手が張雄委員であり、彼の統一コリアへの情熱もこの結果に結びついている。また、今回の統一コリア実現に慎重だったのも、あの世界卓球の経験があったからだ。だが、並大抵なことではないからこそ、女子アイスホッケーの合同チームも使命のために団結し、想像以上の力を発揮できる可能性がある。もし、このチームが決勝ラウンドに進むことになれば、その反響は想像を絶するだろう。スポーツが政治を利用する だが、女子アイスホッケーをはじめ、統一コリアに対して「スポーツの政治利用」「文政権の行き過ぎた北朝鮮融和策」などと批判的な意見が韓国国内でも多く聞かれる。確かに、五輪では過去にも「スポーツの政治利用」に対する批判の声が挙がったことはある。その代表的な大会が1936年のベルリン五輪だ。ナチス指導者、アドルフ・ヒトラーが国威発揚の機会として利用し、「ナチズムにオリンピックが利用された」と言われる。しかし、ヒトラーが国を挙げて作り上げたベルリン五輪の遺産が今も受け継がれていることも事実である。聖火リレー、開会式の入場行進、放鳩、これらはすべて「平和のシンボル」として継承されている。 それだけに、今回の統一コリア実現を「スポーツの政治利用」という一方的な視座で捉えるべきではない。五輪の原点とは「スポーツによる世界平和構築」である。1894年6月23日にIOCが創設されたのは、帝国主義が蔓延する欧州で世界戦争の危機を感じたからだ。古代オリンピックを復活させ、世界の若人が同じルールの下に競技することで、互いの尊敬と友情を育むことを知る機会を創出したかったのである。 また、五輪はたとえ国家間の紛争状態があっても、この祭典の期間は中断して参加しなければならないという「休戦」の思想がある。これは古代オリンピックから受け継ぐ尊い精神だ。実際、1992年のボスニア紛争で、当時のサマランチ会長は世界で初めて「五輪休戦」を訴えた。それ以降、開催のたびに国連総会でこの思想への支援決議が採択されている。 金正恩政権は長距離弾道ミサイル「火星15」発射実験を強行するなど、今も「先軍政治」を優先し、核ミサイル開発に注力する姿勢を崩していない。一方、米国も北朝鮮に対する圧力を強め、朝鮮半島の緊張は続いている。その風穴をスポーツが開けたとみることはできないだろうか。現状では、少なくとも五輪期間の「休戦状態」は確保できそうである。軍事でも外交でも解決が難しい状況の中で、五輪は政治を利用して、平和を生み出そうと努力している。韓国と北朝鮮のアイスホッケー合同チームが着るコートに付けられたワッペン(左)。朝鮮半島の右側に竹島(右端)が刺しゅうされている=2018年2月5日(聯合=共同) 統一コリアは、多くの識者が指摘するような、韓国と北朝鮮両政府が五輪を利用するために実現したのではないと信じたい。むしろ、IOCがスポーツを利用して、朝鮮半島の融和の実現に動いて結実したとみるべきである。互いに息切れしつつある文大統領と金正恩政権に「スポーツ王国の元首」が救いの手を差し伸べたというのは、言い過ぎだろうか。 平昌五輪は本当の意味で成功するのか。閉会式の最後、IOC会長は必ず「この大会は史上最高の大会であった」と高らかに宣言する。恐らく平昌五輪もそう祝うのだろう。しかし、混迷を深める現代世界では、五輪が逆に政治を利用して、平和や対話、そして和解を図る道具にしていかなければならない。統一コリアがその証になったとき、平昌五輪は歴史的成功を収めたと胸を張れるだろう。

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    トランプの石油制裁で一層高まる「第2次朝鮮戦争」の危機

    重村智計(早稲田大名誉教授) 国連安全保障理事会は12月22日、北朝鮮の石油製品輸入を年50万バレル(約7万トン)に削減する制裁を可決した。制裁案をまとめた米国は、朝鮮人民軍の崩壊を意図している。それを知りながら中露両国は同意した。2018年の朝鮮半島は、軍事衝突からクーデターなどの危機が高まる。その回避には日朝首脳会談の実現しかない。 北朝鮮の石油製品輸入量は16年が約70万トンだった。大半は戦闘機用のジェット燃料(灯油)や戦車用の軽油だ。それが7万トンに削減されれば、軍は演習や作戦を展開できない。戦争しない自衛隊でさえ、年150万トンの石油を消費することを考えれば、あまりにも少ない。2017年12月22日、北朝鮮に対する制裁決議を採択した国連安保理の会合で、制裁に賛成の挙手をする米国のヘイリー国連大使(手前右、AP=共同) 輸入原油は約50万トンだが、中国の大慶油田から出る質の悪い原油なので、軍事用の軽質油は最大25万トンしか生産できない。輸入製品と合わせた30万トンの軍用石油では、朝鮮人民軍は維持できない。戦車は動かず、戦闘機も飛べず、やがて軍は戦闘能力を失う。軍の崩壊は体制崩壊につながる。 北朝鮮は、なおミサイル発射と核実験をする計画だが、制裁で石油供給が底をつけば朝鮮人民軍は崩壊へ向かう。安保理決議は、北朝鮮がミサイル発射や核実験をすれば、原油を含む「petroleum(石油)」をさらに削減するとの制裁を明記したからだ。 では、次に何が起きるのか。可能性が四つある。「北朝鮮の譲歩」「クーデター」「北朝鮮の暴発」「米軍の核施設限定攻撃」である。 金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が、国連安保理制裁の圧力に屈し、核やミサイルの実験を止めて譲歩する可能性はまずない。石油の供給が激減すれば、「このままでわが国は大丈夫か」との思いが軍内部に広がる。中国は北朝鮮軍部のクーデターや米軍の核施設攻撃などに備え、難民受け入れ施設を建設している、と報じられた。指導者1人の奇妙な写真 党機関紙、労働新聞は12月18日、故金正日(ジョンイル)総書記の命日(17日)に、金委員長が金総書記と金日成(イルソン)主席の遺体が安置される錦繍山(クムスサン)宮殿を参拝した写真を、一面に大きく掲載した。奇妙なのは、指導者1人の参拝写真だった。例年であれば高官や軍人を後ろに引き連れていたはずだ。 どうも、多くの高官が交代した事実を見せたくなかったようだ。10月の党中央委総会で多くの高官が姿を消した。新任人事は発表されたが、前任の高官たちがどうなったかは伝えられなかった。しかも、首脳部に登用されたのはまったく無名の人物だったのである。金正日総書記の逝去6周年に当たる2017年12月17日、金日成主席と金総書記の遺体が安置されている平壌の錦繍山太陽宮殿を訪問した金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=朝鮮通信) この人事の変動を国民にまだ知らせたくない事情がある、と中国では分析している。この事実から北朝鮮国内の不安定さを感じている。人事の若返りに老幹部は不満だ。軍部でも、軍を抑える力のある老幹部が姿を消している。2018年の北朝鮮内部は石油制裁により一層不安定になるだろう。 北朝鮮兵士が11月に板門店から韓国に亡命した。彼が「自由にあこがれて」亡命したというのはウソである。命をかけて逃げたのだから、「命の危険」があったと考えるべきだ。逮捕されるか、処刑される危険があったのだ。韓国の音楽をひそかに聴いてビデオを見ていたのか、直属上官がクーデター計画に加わった、などの不祥事があったのだろう。「命の危険」を語らない亡命はウソである。韓国の情報機関はこの危険を隠している。 金委員長は2018年に「核保有国宣言」を行う。これにトランプ大統領は激しく反発するだろう。なお「核実験」と大陸間弾道ミサイル(ICBM)発射を行う意向も示しており、そうなれば石油供給はさらに減少する。 軍部の核開発継続の意向はなお強く、指導者もそれを抑えられない。ただ、2018年前半の実験はかなり難しい。2月の平昌冬季五輪前のミサイル発射は、いくら「人工衛星の打ち上げ」と強弁しても、世界の非難を集める。北朝鮮は冬季五輪に参加せざるをえない事情もあるからだ。3月から4月に入ると、大規模な米韓合同軍事演習が展開されるが、演習中に実験すれば攻撃されるかもしれないと北朝鮮は恐れる。著名ジャーナリストの「警告」 そうなると、北朝鮮が核とミサイル実験に踏み切れるのは5月以降とみられる。2018年後半からはトランプ大統領による軍事攻撃の危険が高まる。これを阻止するためには日朝首脳会談を模索する、それが02年の小泉純一郎・金正日会談の教訓である。 米国のティラーソン国務長官は、12月初めに「北朝鮮との前提条件なしの対話」を呼びかけたが、3日後に発言を修正した。何があったのか。ティラーソン長官は12月15日、国連安保理の閣僚級会合後の記者会見で、「大統領の方針は明確だ。軍の準備は整っている」と、北朝鮮攻撃の可能性を強調した。 マティス国防長官は同日、「北朝鮮のICBMはまだ米国の脅威ではない」と、軍事攻撃に否定的な態度を示した。軍事攻撃に踏み切りたくない立場だ。 国務長官と国防長官の発言から浮かび上がるのは「トランプ大統領が本気で軍事攻撃を考えている」との示唆だ。トランプ大統領と会談したグラム上院議員は、北朝鮮が核実験をすれば「軍事攻撃の可能性は70%」、ICBMの発射なら「30%」と述べている。2017年11月、北朝鮮をテロ支援国家に再指定すると表明したアメリカのトランプ大統領(右)=ワシントン(UPI=共同) 米紙ニューヨーク・タイムズは12月1日、著名なニコラス・クリストフ記者の「第2次朝鮮戦争の危機」と題した記事を大きく報じ、戦争の危険性を警告した。クリストフ記者は「大統領と補佐官が戦争に言及するときは、真剣に受け止めるべきだ」と歴史の教訓を引き合いに、軍事攻撃の可能性が高いと分析した。この記事の背景には、米国の大統領や高官、報道官は決して「ウソをつかない」という文化がある。「国民をミスリードしない」モラルが生き続けているからだ。むしろ、トランプ氏のようにウソをつく大統領は珍しい。 だが、米軍の軍事攻撃は国際法上簡単でない。国際法に違反した軍事攻撃はもちろんできない。北朝鮮が「ニューヨーク、ワシントンを攻撃できる」と言い続ければ、自衛のための攻撃との理由づけは可能だが、苦しい説明だ。とすると、北朝鮮の暴発だけが軍事攻撃を可能にする。トランプ大統領は、そのために北朝鮮を追い詰め、挑発している。脳裏には石油供給削減を続ければ、北朝鮮は何らかの軍事行動に出るとの計算があるのである。

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    2018年は米朝和平の動きが本格化か 転機は米大統領中間選挙

    「我々は決して北朝鮮の核保有を受け入れない。北朝鮮に責任を負わせる」──12月15日、国連安全保障理事会の閣僚級会合で米ティラーソン国務長官は北朝鮮の慈成男・国連大使に激しく詰め寄り、互いに非難の応酬が繰り広げられた。 北朝鮮が核実験を強行した2017年9月以降、米朝の緊張感は日に日に高まっている。米国主導の経済制裁で締め上げられた北朝鮮の金正恩・朝鮮労働党委員長は、いつ“暴発”してもおかしくない状況で、日本にとっても気が気でない状態となっている。2017年12月、国連安保理の閣僚級会合に出席した北朝鮮の慈成男国連大使=ニューヨーク(共同) その一方で米朝は水面下で秘密交渉を続けながら和平の糸口を探っているという情報もある。トランプ政権高官とのパイプを持つ国際政治評論家の板垣英憲氏が語る。「2017年5月にノルウェーで米朝の高官が集まった秘密会合が開かれ、これまで計8回の会合が行なわれたと聞いています。現在も水面下で話し合いは続けられており、2018年中に米朝和平に向けた動きが、今までにないほど本格化する可能性が出てきています」 その転機となり得るのが、2018年11月に行なわれる米中間選挙だという。「今のところ、トランプの支持率が低迷していることもあり、野党・民主党の優勢が伝えられています。大統領再選を狙うトランプにとって、この中間選挙での勝利は絶対に譲れません。 形勢逆転のため、これまで誰も成し遂げられなかった米朝和平の実現に向け“アクション”を起こす可能性は高い。具体的には、7月4日の米国独立記念日前後に訪朝、米朝トップ会談──との情報が浮上しています。実現すれば世界中が驚くビッグイベントになるでしょう」(板垣氏) 世界が注目する“独裁者”の2人が手を取り合うのか、さらなる敵対へと突き進むのか。トランプ氏の“決断”が大きく状況を分ける。関連記事■ 【ジョーク】金正男から金正恩にメール「TDL破壊しないで」■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 一見デタラメな北朝鮮外交にも明確な方針あると佐藤優氏■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「愛国烈士」■ 金正恩氏がキューバ議長に親書 米朝首脳会談依頼か

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    北朝鮮、謎の漂流船の正体

    日本海沿岸で北朝鮮木造船の漂流や漂着が相次いでいる。海上保安庁によると、2017年に確認された木造船は99件(12月25日現在)に上り、統計を取り始めた過去5年で最多となった。先行き不透明な朝鮮半島情勢下で、なぜ急増したのか。謎の漂流船、その正体を読み解く。

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    海の利権を握った金正恩が日本に仕掛ける「漂流船工作」

    と説いた。 朝鮮問題の報道や解説は、昔から「間違った空気」や「誤ったステレオタイプ」に支配された。「北朝鮮は地上の楽園」で「朴正煕(パク・チョンヒ)は残虐な独裁者」だった。金日成(キム・イルソン)主席や金正日(ジョンイル)総書記を「残虐な独裁者」とは言わなかった。「北は日本人を拉致していない」とのステレオタイプも一般的だったのである。 北朝鮮漁船が日本海岸に漂着し、漁船員が夜中に民家の戸をたたいた。転覆漁船や死体が毎日のように漂着している。船体には北朝鮮軍所属のナンバーが書かれていた。理解できない事態に、逃亡説や工作船説まで不気味な解説やステレオタイプが生まれている。 海が荒れ、天候も厳しい冬場に、みすぼらしい小さな木造船で漁に出るのは、日本人の常識では死に場所を求めた「戦艦大和」と同じだ。なぜ死を覚悟してまで漁に出るのか、理解に苦しむ。工作船や不審船と思うのも当然だ。 それは、北朝鮮海軍が漁業などの「海の利権」を握ってきた、という北朝鮮国内のシステムを知らないからだ。内部事情を知らずに、講談のように「誤ったステレオタイプ」を語る「専門家」が多すぎる。 北朝鮮では、陸上の利権は陸軍が握ってきた。鉄鉱石や石炭、一部の金鉱山も陸軍の利権だった。軍の利権システムを知っていれば、漁船の漂着はある程度理解できるだろう。それに加え「収穫ノルマ」制がある。ノルマを達成するために漁に出ざるをえないのである。 北朝鮮の漁船はかつて近海でしか操業できなかった。船は小さいし、海軍の許可が出ない。漁船燃料の石油は戦略物資で、軍が握っていたから勝手に出港できない。逃亡を恐れたから多量の石油は供給されなかったのである。 4年前から事情が変わった。金正恩(ジョンウン)朝鮮労働党委員長が、漁業を食糧難解決と外貨稼ぎのために奨励した。海軍が独占していた漁業権の一部が党や政府の部局に移管されたのである。指導者は、軍から利権を奪い、資金を経済部門に振り向けたいと考えていた。それは、軍と指導者、党と政府の葛藤を生み、漁獲量の達成競争につながった。小型の漁船が多数建造されていった。平安南道に新たに建設された順川ナマズ養殖工場を視察する、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右)。日時は不明。朝鮮中央通信が2017年11月28日報じた(朝鮮中央通信=朝鮮通信) 漂着した漁船に、軍所属のナンバーが書かれていたのは、海軍の所属か認可を受けた漁船を意味する。軍所属でなければ、党や政府機関から操業許可を得た船ということになる。魚はタダだから中国に輸出すれば、膨大な利益が得られる。登録機関に賄賂を送り、認可を得る業者も増えた。取り調べを受けた船長や漁船員は? 北朝鮮では、毎年初めに認可を受けた漁船ごとの収穫目標を提出する。上部機関はさらに上乗せして、漁獲目標を指導機関に約束する。毎年ノルマは増えていくからたまらない。 ノルマを達成し、中国への輸出で外貨をかせぐために、日本の排他的経済水域内の漁場を荒らした。冬の荒れる日本海に乗り出した漁船の多くは、ノルマを達成できない部局所属の漁船だろう。その結果、多くの漁船が転覆し船員は命を失った。 ノルマを達成できなければ、賄賂を握らせるしかない。北海道の松前小島から電気製品や発電機、石油をなぜ盗んだのか。北朝鮮に持ち帰れば、闇市場で高額で売れるからだ。ドアノブや鍵も闇市で高く売れる。その資金を賄賂として担当部局の上官に渡せば、ノルマは達成されたことになるからだ。 北朝鮮では、日本で一般に手に入る工具や建築資材は貴重品だ。1990年代の終わりごろでも、原子力発電所建設の現場ではドライバーやペンチなどの工具は貴重品で厳しく管理されていたとの証言がある。この状態は70年代から続いている。2017年12月、函館港内で海保の巡視船が曳航している北朝鮮の木造船。赤い旗を振る木造船の乗組員(松本健吾撮影) 取り調べを受けた船長や漁船員はどうなるのか。北朝鮮漁船員の取り調べは、海上保安庁や法務省入国管理局、警察、公安の担当者が行う。この際、北朝鮮の生活や漁業システム、販売経路、収入などについて詳細に聞く。 北朝鮮に帰ると、秘密警察の厳しい取り調べが待っている。北朝鮮事情を日本の警察・公安当局に話すのは機密漏えいだ。何よりも「日本のスパイにされたのではないか」と疑われる。多くの漁船員は何らかの処罰を受けるだろう。収容所に送られるかもしれない。それを逃れるには賄賂が欠かせない。 また、漁船には必ず秘密警察の手先が乗り込んでいる。北朝鮮では、10人前後の組織や職場でも必ず秘密警察の関係者がひそかにもぐり込んでいる。誰だかわからないように。漁船も例外ではない。逃亡や脱北、亡命を恐れるからだ。 今回漂着した漁船は工作船ではない。ただ、秘密警察の関係者は乗船していると考えるべきだろう。日本政府が単なる漂流民として、簡単に北朝鮮に送還すれば、いずれ漂流漁船を装った工作が展開される可能性は否定できない。 海保や入管、政府当局は外交問題を避けるために「人道的対応」を理由に早期の強制送還で処理したいと考えた節がある。しかし、北朝鮮内部で何が起きているか、情報を入手するためには「詳細な聞き取り」と調査が欠かせない。特に、勝手に島に上陸し建物を壊し、盗みを働くのは明らかな主権侵害で犯罪である。詳細な取り調べのうえで、法律に従った処置を取るのが筋だ。朝鮮総連とつながる政治関係者の「政治決着」の動きは封じるべきだろう。

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    日本上陸を狙う北朝鮮「漁業決死隊」の正体

    山田吉彦(東海大教授、国家基本問題研究所理事) 連日のように北朝鮮船と思われる小型の木造漁船が、日本海沿岸に漂着している。その数は、過去最高の86隻となった。日本海沿岸部には、平成26年~平成28年の3年間で、176隻の小型木造漁船が漂着している。しかし、昨年までと今年の大きな違いは、生存者の数である。過去三年間で5人の生存者しかおらず、昨年は生存者が0であったのに対し、今年は42人が生存している。漂着した漁船の構造から推測すると、波の高さが3メートルにもなると転覆もしくは漂流の危険がある。エンジンルームに海水が浸入したならば、航行不能になるだろう。晩秋から冬にかけての日本海は、北西風の影響で、波高3メートルを超える日も多く、出漁中に事故にあった漁師が、生きて日本まで流れ着くのは奇跡に近い。今年の漂流者の中には、漁が目的ではなく、日本へ漂着することが目的である者が含まれていると考える。 特に、青森県佐井村に漂着した漁船の中からは、普段漁師が漁船に持ち込むことがない靴底がつるつるの革靴や英文が書かれたジャケットなどが11月28日に発見されている。このことから、日本に漂着した後、上陸する目的であったと考えられる。すでに工作員が侵入している可能性も考慮しなければならないのだ。北海道松前町沖に浮かぶ北朝鮮船。前方のプレートに 「朝鮮人民軍第854軍部隊」との表記があった=2017年11月29日(共同通信社機から) また、同日、北海道松前町の沖に浮かぶ無人島「松前小島」に10人の乗組員を乗せた漁船が漂着した。この船は、舵(かじ)の不調により1カ月ほど漂着したというが、乗員は、ほぼ健康体であった。船には「朝鮮人民軍第854軍部隊」と書かれた表示番が付けられ、船員は軍籍を示す船員手帳を所持していた。北朝鮮においては、漁師と軍人の境が曖昧なのかもしれないが、何らかの形で北朝鮮軍が関与していることは確実のようだ。 しかも、島内の漁師小屋に侵入し、発電機や家電製品を奪い船内に積み込んでいた。舵が壊れた船が、自力で本国へ帰還することなどできようもないだろう。燃料が残っていたとも考えにくい。乗員の内、三人は窃盗の容疑で北海道警に逮捕されているが、逮捕時に激しく抵抗する映像が報道されている。屈強な北朝鮮人が、日本の領土を侵していたのだ。詳細な取り調べが望まれる。 11月28日、能登半島沖に二隻の漁船は漂流していた。海上保安庁により、合わせて21人の乗組員が救助され、北朝鮮の船に引き渡されている。北朝鮮の小型漁船の影には、指示をする母船が控えているのである。松前小島の事例も母船が待機していた可能性がある。北朝鮮の国家ぐるみの密漁であり、さらに、覚せい剤取引や工作員の侵入を想定した警備が必要である。母船クラスを拿捕せよ 能登半島の漁師が撮影した映像や目撃証言から推測すると、大和堆(やまとたい)へ侵入している木造漁船は、約300隻、鋼船が50隻程度と考えられる。その内、80隻以上が漂流するのである。帰還できない船は、3割ほどに上るのだ。北朝鮮漁民にとって日本の管轄海域である大和堆への出漁は、命がけである。北朝鮮では、冬場の荒れた海への出漁を「冬季漁業戦闘」と位置づけ、漁師の出漁を半ば強制しているのである。軍部が漁師に課している目標は、国民1人あたり1日300グラムを賄える量といわれている。11月24日の朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」には、「党の水産政策を決死の覚悟で貫徹し、黄金の海の全盛期を切り開こう」と漁民を危険な海に送り出すプロパガンダを実践している。抵抗しながら警察官らに連行される北朝鮮船の乗員(中央) =2017年12月9日、北海道函館市 しかし、船上に干されたイカの量から推定すると、漁獲高は一隻あたり10万円相当にも満たないようだ。燃料代にもならないだろう。危険でかつ採算が捕れない漁を行うのは、軍が関与しているためと考えられる。漁民の大半は、金正恩氏の命令一下、漁業決死隊となっているのである。しかし、漁民の漂流を利用し、日本への漂着をもくろんでいるのであれば許しがたい。 大和堆は、わが国の排他的経済水域(EEZ)内にあるため、日本政府の許可なく漁を行うことはできない。北朝鮮漁船の行為は、密漁である。水産庁は今年6月から7月にかけて漁業取締船を派遣し、二か月間で、延べ約1500隻をEEZから排除した。しかし、7月には、北朝鮮漁船が漁業取締船に小銃の銃口を向ける事件が起こり、水産庁による取り締まりの限界が感じられた。この時期、海上保安庁は巡視船を派遣し、本格的な警戒に乗りだし、12月中旬までに木造船延べ約1400隻、鋼船延べ約500隻を警告や放水銃を使いEEZ外に追い出している。しかし、排除するだけでは、抜本的な対策にはなっていない。巡視船や取締船の姿が見えなくなると北朝鮮漁船は、すぐに大和堆に舞い戻り、不法操業を続けるのである。日本の国内法に従い、拿捕、逮捕も視野に入れなければ、北朝鮮船による密漁は無くならないのである。母船クラスを数隻拿捕すれば、小型木造漁船は、霧散することだろう。  今年、頻発している北朝鮮漁船の漂流の目的としては、朝鮮半島有事の際に、船を使っての日本への脱出ルートを確認していた可能性がある。今年の漂着成功事例から、数千人規模の北朝鮮脱出民が漁船にのり、日本列島に押し寄せることだろう。 まずは、海上保安庁が中心となり、日本の管轄海域への侵入や密漁を許さない体制を作りである。さらに、無人離島の管理体制を強化する必要がある。しかし、海上保安庁の装備、陣容には限界がある。海保のダイナミックな規模拡大と合わせ、漁民や海運事業者の協力を仰ぎ、情報連携を密にして警戒態勢を構築することが望まれる。無人島に遠隔監視のための監視カメラやレーダーを設置することも有効だろう。また、武装集団の侵入にも備え、自衛隊との連携も確認しなければならない。 再び、拉致被害のような悲劇を起こしてはならない。北朝鮮に対しては、ありとあらゆる事態に備えた、万全な対応を準備しなければならない。

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    押し寄せる北朝鮮漂着船、尖閣をめぐる米中合意が「元凶」だった

    鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト) 北朝鮮からの漂着船は11月に28件、12月は41件にのぼっている。もとより日本海の日本の排他的経済水域である大和堆(やまとたい)で北朝鮮の漁船が違法操業を繰り返している事は、周知の事実だった。従って、その漁船群の一部が日本に漂着する可能性は確かにある。 しかし、今年の漂着数は例年になく多く、しかも大和堆での違法操業が止んだ11月下旬以降も増加の一途をたどっている。また、漂着船の一部に北朝鮮軍所属を示す証拠があり、さらに12月9日に北朝鮮の船員3人が日本の無人島で窃盗した容疑で逮捕されるに及んで、単なる漂着ではなく意図的な侵略の疑いが浮上してきた。 そもそも北朝鮮や中国などの漁船は軍などの国家機関の指揮下にあり有事には海上民兵として戦闘に参加することを義務付けられている。そうした漁船群が日本の水域で違法操業をしている事自体、すでに明白な侵略なのである。北朝鮮船から積載物を運び出す捜査員ら=2017年12月、北海道函館市 ここで思い起こされるのは、2014年9月から12月にかけて小笠原・伊豆諸島周辺の日本の排他的経済水域で中国の漁船群が繰り広げた大規模なサンゴ密漁事件であろう。密漁とは言うけれど200隻以上の漁船が公然と日本のサンゴを略奪していた。 違法操業をする漁船の数があまりに多かったため、海上保安庁は全体として対処できず密漁事件として一隻一隻を調べて船員を逮捕していく他なかったのである。10月末には警視庁が機動隊員ら28人を小笠原諸島に派遣した。中国漁民の上陸に備えての派遣であった。もし派遣を怠っていれば、大量の中国の海上民兵に島が占領される危険があったのである。 この時期になぜ、かくも大量の漁船が押し寄せたのか、訝(いぶか)る声は当然あった。安倍政権の対中姿勢に中国が不満を募らせている証だと言ったような論調もあった。11月7日、岸田文雄外相(当時)と中国の王毅外相が会談し、尖閣諸島の領有権について日中は「異なる見解を有していると認識」している点で合意した。つまり中国の尖閣領有権の主張を日本は否定しなかったのである。 しかし、続く11月10日の日中首脳会談で安倍総理は習近平主席に譲歩を示さなかった。習近平の仏頂面が話題になったのはこの時である。この会談後、サンゴ密漁船は減り始め17日には58隻になった。21日に海上保安庁はようやく一斉摘発に乗り出し、12月にはサンゴ密漁船を一掃するに至ったのである。 こうして見ると中国は日本への政治的圧力の道具として漁船群を派遣したかに思われよう。だが、サンゴはほぼ取り尽されていた。従って11月に密漁船が減り始めたのは、習近平の指示ではなくサンゴが採れなくなったためと見た方がいいだろう。 つまり、習近平は漁船群の派遣を指示したかもしれないが、撤収の指示はしていなかった。日本への圧力と同時に漁民の利益も考慮に入れた一石二鳥の戦略であったろう。これは今回の北朝鮮の漁船群到来にも当てはまる。日本「侵略」を助長する米中軍事合意 北朝鮮の漁船が日本の排他的経済水域で違法操業をするようになったのは、北朝鮮が近海の漁業権を中国に売り渡してしまったためである。北朝鮮の漁民が北朝鮮当局の指示や承認なしに日本列島に接近出来るわけはないから、北朝鮮が漁民の利益を考えて派遣している側面は否定できない。 だが、その漁場が日本の排他的経済水域であるのを知って派遣している以上、これが日本への政治的圧力として作用することも当然認識しているわけである。さらには大量の漁船群の中に工作船を紛れ込ませ、日本への上陸侵入を画策するのは北朝鮮の工作機関としては当然の行為であろう。 とはいえ、工作員が上陸するしないにかかわらず、北朝鮮当局が日本の排他的経済水域での違法操業をさせている時点で既に侵略なのであることは、さきに述べた通りである。侵略に対しては自衛としての軍事対応が国際法上認められている。日本には自衛隊という自衛のための軍事組織が存在している。ならばなぜ、自衛隊が出動しないのか。 日本では海上警備は一義的に海上保安庁が担当している。しかし、上記2例については、海上保安庁は明らかに対応不能であった。海上保安庁が対応できない以上、自衛隊が対処するしかないのは明白である。 そもそも事は尖閣における漁船衝突事件にさかのぼる。2010年9月に尖閣諸島の日本領海内で中国の漁船が海上保安庁の巡視船2隻に体当たりし、対する海上保安庁はこの漁船を捕獲し乗組員を拘束した。尖閣諸島沖で巡視船「みずき」に衝突する中国漁船=2010年9月 逆ギレした中国政府は北京、上海などで反日暴動を惹(ひ)き起こし在留邦人を恐怖に陥れたばかりか、日本人社員4人を人質に取った。さらに日本へのレアアースの輸出を停止し、日本に謝罪と賠償を求めた。 ここで米国政府が「尖閣諸島は日米安保条約の発動対象」と明言したため、事はようやく収まったのである。つまり中国が尖閣諸島を占領した場合、米軍は中国を攻撃すると宣言し中国が慌てて矛を収めたのだ。 だが、米国としても中国と戦争を望んでおらず、そこで米中間で尖閣諸島での軍事行動を双方が控える旨の合意がなされた。つまり中国が尖閣に軍隊を派遣しない限り、日米も自衛隊や米軍を出動させないという約束である。 戦争を回避するための合意だが、逆に解釈すると中国が海洋警察や海上民兵を軍隊でないと主張して派遣すれば、日本は自衛隊を出動させられないのである。中国はこれに味を占めて海洋警察を毎日のように派遣し、しまいに漁船群が押し掛けるに至り北朝鮮も同調したわけだ。 端的にいえば、米中のこの合意が、かえって中国や北朝鮮の対日侵略を助長させているともいえよう。日本としては米国に働きかけて、この合意を破棄させ日米中における新たな安全保障の枠組みを構築すべきであろう。

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    北朝鮮木造船の漂着に隠された一触即発の火種

    置する松前小島沖で国籍不明の木造船が漂流しているのを発見」との連絡があったからだ。 総監部では当初、北朝鮮工作船の可能性も否定できないと身構えたが、急行した哨戒機P−3Cから伝送された写真を分析して、「エンジントラブルなどで漂流する漁船」と判断し、緊張は収まった。 しかし、この「漂流する漁船」は、数日後にはメディアで大きく取り上げられることになる。海保による立入検査で、「朝鮮人民軍第854部隊」と書かれた標識が船体に付けられたことが分かると、メディアやネット上で「工作船」疑惑が持ち上がった。 騒動は北海道警察が乗員3名を松前小島の待避小屋から家電などを盗んだ疑いで逮捕したことで幕引きとなったが、その背景について政府が説明することはなかった。警察官らに囲まれて連行される北朝鮮船の乗員(中央)=2017年12月9日、北海道函館市(共同通信) この騒動について、東京・市ヶ谷で北朝鮮情勢を分析する防衛省関係者は、「北朝鮮の木造船が続々と漂着する理由を紐解いていくと、弾道ミサイルよりも危険な火種が存在することが見えてくる」と明かす。 防衛省関係者は、北朝鮮木造船の漂着が増加した理由として、「金正恩の指示による漁業活動の強化と西高東低の気圧配置」の二つが挙げられるという。 一つ目の理由は、金正恩(キム・ジョンウン)が政権を引き継いだ翌年の2013年12月に、朝鮮人民軍創設以来はじめてとなる「人民軍水産部門熱誠者会議」を開催して模範労働者を表彰したことに見出せる。 これ以降、金正恩は毎年元旦に発表する「新年の辞」の中で、漁業強化を指導している。 二つ目の理由である冬型の気圧配置とは、大陸に発生した高気圧(シベリア寒気団)の影響で日本海に強い西寄りの風が吹くことをいう。この荒れた日本海で整備不良の北朝鮮漁船は容易に遭難し、運が悪ければ転覆、運が良ければ日本まで流れ着くことになる。 今年に入り発見された北朝鮮の漂着船は、海保のデータがあるここ4年間で最多の64隻(12月10日現在)となっている。例年、冬型の気圧配置が始まる10月末頃から遭難した船が約1カ月かけて漂着するため、2月までは引き続きこのペースで漂着する可能性があるという。弾道ミサイルよりも危険な火種とは これまでの説明で分かるとおり、日本海で操業する北朝鮮漁船は従来も存在したが、特に今年は「漁労強化」の指示により操業隻数が増加したため、これに比例して何らかのトラブルに見舞われて日本に流れ着いた船も多くなったということだ。松前町で発見された木造船の乗員も、「9月に清津(チョンジン)を出港して日本海でイカ漁をしていたが、約1カ月前にエンジンが故障して漂流した」と供述している。北海道松前町沖に浮かぶ北朝鮮船。プレートに「朝鮮人民軍第854軍部隊」との表記があった=2017年11月27日(共同) しかし、この説明では、木造船が「工作船」ではないという根拠としては希薄だといわざるを得ない。防衛省関係者は、「北朝鮮の漁船の多くは形式上、朝鮮人民軍に所属し、これまで漂着した漁船の多くに軍部隊番号が記載されていた」と付け加える。   実際に北朝鮮の公式メディアは、金正恩が昨年11月に、「人民軍5月27日水産事業所」と「人民軍1月8日水産事業所」を現地指導したことを伝えている。ここからはっきりと見て取れるのは、軍が漁業を行なっているという事実だ。 人民軍に所属するからといって、それが必ずしも戦闘や諜報工作に供される訳ではない。人民軍は漁業もすれば炭鉱や工場も運営するという、“巨大企業”の側面も有している。 では、本題となる北朝鮮漁船の漂着という現象の背後にある、「弾道ミサイルよりも危険な火種」に話を移そう。 北朝鮮の漁船が主に操業している海域は、日本海中央の大和堆と呼ばれるエリアで、ここは暖流と寒流が交わる日本有数の豊かな漁場だ。だが、このエリアは漁業関係者の間で、「竹島」を巡る“熱い海”としても知られている。 1999年に発効した日韓漁業協定では、日韓双方が領有権を主張する竹島を“存在しないもの”として中間線を設定し、その周辺海域を「暫定水域」と定め、日韓両国がそれぞれのルールに従い漁業活動を行うこととした。その一方で、日本と北朝鮮の間には、1997年から93年まで結ばれていた民間漁業協定で中間線を基準とするEEZが確認されていたが、この協定は現在失効している。 日本海中央の大和堆は日本と韓国、北朝鮮の漁業権益が複雑に交差していることが分かるだろう。日韓間には暫定水域が存在しているが、日朝間にはそのような緩衝地帯は存在しない。そればかりか、両国の排他的経済水域(EEZ)は漁場である大和堆付近で重なっている。韓国が取り締まり緩和を要請? 海保は今年8月までに、日本のEEZ内で不法操業する北朝鮮漁船に対して、巡視船の放水銃を使用するなどして800隻以上を退去させたと発表した。そして、この過程で巡視船が北朝鮮漁船から小銃を向けられたことも報じられた。海保は具体的な海域を明らかにしていないが、漁業関係者などの証言から、日朝が衝突した海域は大和堆周辺であることが明らかになっている。 海保による対策は対処療法に過ぎないが、日中間の係争地となっている尖閣諸島と異なり、北朝鮮は日本に対抗するだけの海軍力や海上警察力を有していない。このため、海保が海域警備を続ける限りは、北朝鮮による不法操業を抑えることができるだろう。 このような中、ある海保関係者は、「韓国政府が実務レベルで、北朝鮮漁船の取締りを緩和するよう非公式に要請してきた」と憤慨する。韓国政府の意図はどこにあるのか。 今年5月に就任した文在寅大統領はいわずと知れた対北朝鮮融和派の人物で、文政権を誕生させた韓国世論もこの姿勢を概ね支持している。韓国政府が「取締りの緩和」を求めた理由には、この韓国世論が背景にあるという。北朝鮮の新型大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星15」の発射を受け、韓国・ソウルで開かれた国家安全保障会議(NSC)で発言する文在寅大統領=2017年11月29日(聯合=共同) 韓国政府実務レベルの懸念は、日本が北朝鮮漁船に対する取締りを強化すれば、北朝鮮にシンパシーを抱く韓国マスコミや世論の“反日”姿勢が強まり、韓国政府は日本と対北朝鮮問題で協調することが難しくなるということだ。緊迫化する朝鮮半島情勢を鑑みれば、韓国政府の立場も理解できなくもない。 そして、この韓国側の懸念こそが、先に防衛省関係者が述べた、「弾道ミサイルよりも危険な火種」の正体だ。普段は意識することが少ない漁業問題は、実はナショナリズムに結びつきやすい性質を持っている。捕鯨問題やEEZ・大陸棚問題等から分かる通り、問題が文化や領土・資源に直結するため、一度噴出すれば政府は世論を抑えることが困難になる。 北朝鮮による弾道ミサイルの脅威が高まり、アメリカによる北朝鮮攻撃も非現実的な話でなくなった時に起こった「工作船」疑惑に、政府はだんまりを決め込んでいる。それは、火種に息を吹きかけて炎にしないための判断だろうが、その判断は果たして正しいのだろうか。朝鮮半島をめぐる危険水位が最高潮に達した現在、正確な情報とそこから導出される見通しを国民に伝えることが政府の責務ではないのか。

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    金正恩の本当の狙いは何だったのか 2017年北朝鮮情勢を振り返る

    7年の「今年の漢字」は「北」だった。理由の筆頭に挙がったのは、たび重なるミサイル発射や核実験といった北朝鮮の動向だ。北海道上空を飛び越える軌道でミサイルが発射され、Jアラート(全国瞬時警報システム)のサイレンが鳴り響いたのも今年だった。年末に発表された内閣府による「外交に関する世論調査」では、北朝鮮への関心事項のトップが「ミサイル問題」(83.0%)となり、「日本人拉致問題」(78.3%)を上回った。拉致問題よりミサイル問題への関心度の方が高くなったのは、日本と北朝鮮の関係が調査項目に入った2000年以降で初めてである。1月に就任したトランプ米大統領は金正恩国務委員長を「ちびロケットマン」と呼んで挑発し、金正恩委員長はトランプ大統領を「老いぼれ」とあざけった。森清範貫主によって揮毫された2017年の今年の漢字「北」=2017年12月12日午後、京都市東山区の清水寺(寺口純平撮影) 今までなら一笑に付されていたであろう「米国による先制攻撃」も、トランプ氏ならばあるかもしれないと繰り返し心配された。12月になってからも「金正日国防委員長の命日である17日に開戦」だとか、「クリスマス休暇で在韓米軍の家族が帰った時があぶない」などという説がとなえられたほどだ。 国連安全保障理事会が採択した制裁決議の本数を見ても、北朝鮮をめぐる危機が昨年から急速に深刻化していることを読み取れる。北朝鮮が初めて核実験を行った2006年からの10年間に4本だった制裁決議が、昨年は2本、今年は4本となった。この2年間で、それ以前の10年間の1.5倍というペースである。 北朝鮮をめぐる危機が深まった2017年という年が暮れる前に、この1年を振り返っておきたい。 1月20日に就任したトランプ米大統領は、事前の予想を覆して北朝鮮の核・ミサイル問題を重視する姿勢を見せた。北朝鮮の核問題に対応してきた過去25年間の歴代政権が取ってきた政策をすべて失敗だったと決め付け、軍事行動を意味する「すべての選択肢」を強調する強い姿勢だった。実際の政権としては、強い圧力をかけることで北朝鮮を交渉の場に引き出すことを主軸とし、そのために軍事力を見せつけるというのが基本方針だ。しかし、大統領自身がしばしば軍事力行使をにおわせる不規則発言(ツイート)を繰り返した。北朝鮮が核実験やミサイル発射を繰り返したことに加え、トランプ氏のこうした姿勢が危機感を増幅させた面は否定しがたい。「3・18革命」と「7・4革命」 北朝鮮では今年、「3・18革命」と「7・4革命」という言葉がけん伝された。 3月18日には金正恩委員長の指導の下でミサイルの新型エンジンの燃焼試験に成功したとされる(「3・18革命」)。そして、7月4日には初の大陸間弾道ミサイル(ICBM)である「火星14」のロフテッド軌道での発射を成功させた(「7・4革命」)。この日は米国の独立記念日であり、金正恩委員長はICBM発射を米国への「贈り物」と称した。金正恩委員長はこの際、「今後も大小の『贈り物』を頻繁に贈ろう」と語った。その言葉通り、7月28日に「火星14」を再びロフテッド軌道で発射した。北朝鮮が7月28日に発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)「火星14」。朝鮮中央通信が配信した(朝鮮通信=共同) 8月29日と9月15日には北海道上空を通過させて中距離弾道ミサイル「火星12」を発射した。この時には、高い角度に打ち上げて飛距離を抑えるロフテッド軌道ではなく、飛距離を伸ばす通常の軌道での発射だった。さらに11月29日には米国本土に届く飛距離を持つICBM「火星15」をロフテッド軌道で発射した。この間の9月3日には、広島型原爆の約10倍という威力の核実験(6回目)を強行している。 11月の「火星15」発射について、日米韓では弾頭部の大気圏再突入技術に依然として問題を抱えている可能性が指摘されたが、北朝鮮は「大成功」だったと規定。「(経済建設と核開発を同時に進めるという)並進路線を忠実に支えてきた偉大で英雄的な朝鮮人民が獲得した高価な勝利である」と宣言された。 注目すべきは、この勝利宣言が「朝鮮民主主義人民共和国政府声明」という形式だったことだ。「政府声明」は、金正恩委員長自らの言葉や声明に次ぐ重みを持っている。そして、昨年来の核・ミサイル開発加速の起点と言える2016年1月6日に行われた4回目の核実験を受けて「核抑止力を質量ともに絶えず強化していくだろう」と宣言したのも「政府声明」だった。 北朝鮮は2016年1月の核実験後、「核抑止力の強化」をうたった政府声明を実践するかのように核・ミサイルの開発を急いできた。そして、2017年11月の「火星15」発射でICBMが「完成」したとされ、政府声明によって「(金正恩委員長が)ついに国家核武力完成の歴史的大業、ロケット強国偉業が実現されたと矜持高く宣布」したことが明らかにされた。北朝鮮は経済や外交に重心を移し始めた 二つの「政府声明」はセットであると考えることができる。2016年1月の「政府声明」で自ら宣言した核・ミサイル開発が到達点に至ったとの自己評価を翌年11月の「政府声明」で行ったということだ。 実際には、弾頭部の大気圏再突入などの技術的課題が残っているだろう。とはいえ、北朝鮮自身が核抑止力を確保したと国家レベルで宣言したことは、政治的判断として一つの区切りにしたことを意味する。今後は、経済を立て直すための外交攻勢を仕掛けてくる可能性もありそうだ。9月3日、朝鮮中央テレビで水爆実験に関する重大報道を伝えるアナウンサー(共同) 北朝鮮の核・ミサイル開発が由々しき問題であることは間違いないが、日本では危機感が実態以上に伝えられることの多かった一年でもあった。戦争の危機説が騒がれた4月の状況が好例だろう。トランプ大統領が空母「カールビンソン」を朝鮮半島近海に派遣すると語り、日本では米国による先制攻撃の可能性が声高に語られた。 だが、北朝鮮側はいたって平静だった。4月11日には国会にあたる最高人民会議が事前予告通りに開催され、金日成主席生誕105周年だった15日には平壌で閲兵式(軍事パレード)が行われた。どちらの行事にも金正恩委員長が出席している。金正恩委員長が雲隠れせず予定通りの日に予定通りの場所に現れたということは、米国からの攻撃は無いと読んでいたことになる。 最高人民会議では19年ぶりに外交委員会が復活した。最高人民会議を前後して幹部たちが金正恩委員長の代わりに行った演説は、北朝鮮のレトリックとしては普段の攻撃性を自制したものであった。しかし、そのような動きはインパクトが少ないばかりか理解しづらい。さらに、北朝鮮は非論理的で暴走しているという思い込みにも合致しないためか、日本では大きく報道されなかった。 9月3日の核実験に際しては、党政治局常務委員会が実施を決定したとされた。金正恩氏を筆頭にした政治局常務委員会は序列5位までの最高幹部が名を連ねる組織だが、実際に開催されたのは初めてとみられる。『労働新聞』はこの時の会議について、核実験だけでなく経済問題も討議されたことを示唆した。経済や外交の担当者を含む委員会での決定という形式を取ったことも、軍事以外も重視する色合いを出そうとした可能性がある。 経済や外交に重心を移そうとする動きは、10月7日に開かれた朝鮮労働党中央委員会第7期第2回全員会議で行われた大規模な人事からも読み取れた。政治局構成員の4分の1程度、各分野の実務を担う党中央委副委員長の半数弱、党中央軍事委員会委員の3分の1程度が交代したと推測される規模だ。韓国をじらしている金正恩政権 米朝間の緊張が高まっているにもかかわらず、軍人の登用はほとんどなく、むしろ経済や外交の実務家が引き上げられた。その内容からは、核抑止力の確保に自信を持ったことを受けて、経済建設と核開発を同時に進めるという金正恩政権の公式方針である「並進路線」の中で経済建設に重点を移そうとしている様子が見受けられた。なお、金正恩委員長の妹である金与正(キム・ヨジョン)氏はこの時、中央委員から政治局候補委員に昇格した。長老格の金己男(キム・ギナム)党宣伝扇動部長や崔泰福(チェ・テボク)最高人民会議議長は円満に引退している。 実際に9月下旬からは金正恩委員長の動静報道が軍部隊への視察ではなく経済関連の活動ばかりとなった。ロシアへ外務省北米局長を派遣したり、国連事務次長を平壌に招いたりといった外交的な動きが見られるようにもなっている。 一方、金正恩委員長は2017年元日の「新年の辞」で「北南関係の改善」を訴え、10年前に金正日国防委員長と盧武鉉大統領との間で署名された南北共同宣言(「10・4宣言」)に言及したが、南北関係に大きな動きはなかった。 韓国では北朝鮮との融和路線を志向する進歩派の文在寅政権が誕生したが、北朝鮮の核・ミサイル開発が急速に進展する中では日米の圧力路線に同調するしかないという韓国側の事情があろう。ただ、北朝鮮は過去にも韓国の政権が南北対話を望む場合にはむしろ、最初は相手をじらすという戦術を取ってきた。南北関係改善を望む文在寅政権のスタンスは一貫して維持されると考えられるため、南北関係は今後、金正恩政権の判断次第で動きうるだろう。 核・ミサイル実験とともに耳目を集めたのは、2月13日に発生した金正男氏殺害事件であろう。金正恩委員長の異母兄である金正男氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港で殺害された。犯行には猛毒の神経剤「VX」が使われた。金正男氏殺害で北朝鮮籍の男を逮捕を報じる韓国国内の各新聞一面(手前は朝鮮日報の一面)=2017年2月20日、韓国・ソウル(納冨康撮影) マレーシア当局の捜査によって北朝鮮の情報機関による犯行である可能性が強いと判断されたが、北朝鮮側はいっさいの協力を拒否した。実行犯のベトナム人女性とインドネシア人女性はマレーシア当局に逮捕され、裁判が進められている。この事件によって、それまで親密な関係を保ってきた北朝鮮と東南アジア諸国との関係は冷却化し、東南アジアでの北朝鮮イメージは悪化した。 なお、金正男氏は「キム・チョル」名義の北朝鮮旅券を持って海外に滞在していたことから、北朝鮮では「キム・チョル事件」と呼ばれ、事件への関与は全面否定されている。「核武力完成」を宣言した金正恩の2018年は? トランプ大統領は、この事件を根拠に北朝鮮をテロ支援国に再指定した。もともとは1987年11月の大韓航空機爆破事件を受けて1988年1月に指定され、2007年2月の六カ国協議での合意を受けて2008年10月に指定解除されていたものである。 北朝鮮国内では、2013年12月の張成沢(チャン・ソンテク)国防委員会副委員長の処刑以来、側近幹部への粛清はやや落ち着いたように見えていたが、最近は引き締めの動きが再び伝えられる。 2017年11月20日には韓国の情報機関・国家情報院が、党組織指導部による朝鮮人民軍総政治局への思想点検の結果として黄炳瑞(ファン・ビョンソ)総政治局長や金元弘(キム・ウォンホン)第1副局長らが処罰されたと韓国国会に報告した。黄炳瑞氏は権力序列で5位以内に入っていた最高幹部の一人である。ただし、北朝鮮では処罰として農場などに送られた幹部が一定期間の後に復権することも珍しくない。「革命化教育」と呼ばれるものだ。 経済制裁によって北朝鮮の態度を変化させることはできていないが、同国の経済に少なからぬ影響が出てきていることは、各種声明や『労働新聞』などによる反発ぶりからも想像に難くない。11月頃からは、十分な燃料を持たぬまま木造漁船が沖に出て日本の沿岸に漂着するという事件も多発した。11月13日には板門店の共同警備区域(JSA)で北朝鮮軍人が韓国に亡命する事件も発生している。韓国に亡命する脱北者数自体は昨年より減少傾向にあるため、象徴的な事件だけをもって北朝鮮社会全体の変化を語ることはできないものの、年末には金正恩委員長指導のもと約5年ぶりに「党細胞委員長大会」が開催され、国内の引き締めが図られた。北朝鮮の労働新聞が8日掲載した、朝鮮労働党中央委員会総会で報告を行う金正恩党委員長の写真 =2017年10月7日(コリアメディア提供・共同) 金正恩委員長は毎年、元日に「新年の辞」という演説を行う。軍事から経済、外交までを包括した内容で、いわば北朝鮮版の施政方針演説である。「核武力完成」を宣言した金正恩委員長が何を語るのかは、2018年の北朝鮮情勢を占う大事な材料になる。 いそざき・あつひと 1975年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部中退。在学中、上海師範大学で中国語を学ぶ。慶應義塾大学大学院修士課程修了後、ソウル大学大学院博士課程に留学。在中国日本国大使館専門調査員、外務省専門分析員、警察大学校専門講師、東京大学非常勤講師、ジョージワシントン大学客員研究員、ウッドロウ・ウィルソンセンター客員研究員を歴任。慶應義塾大学専任講師を経て2015年から現職。共編に『北朝鮮と人間の安全保障』(慶應義塾大学出版会、2009年)など。さわだ・かつみ 1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15年5月から論説委員。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著『LIVE講義 北朝鮮入門』(10年、東洋経済新報社)を大幅に改訂した『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社)を17年1月に刊行予定。

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    朝鮮半島有事で押し寄せる難民27万人がもたらす影響

     北朝鮮のミサイル、核に警戒が強まっているが、有事にそれらよりも破壊力を持つかもしれない脅威が、「難民」だ。東京新聞論説兼編集委員の半田滋氏が警鐘を鳴らす。 * * * 朝鮮半島有事が起きた場合、日本にどれほどの難民が押し寄せるのか。北朝鮮が核開発を名目に核拡散防止条約(NPT)からの脱退を表明した一九九三年、防衛庁(現防衛省)で密かにシミュレーションが行われた。「K半島事態対処計画」。朝鮮半島有事を想定し、自衛隊がなすべきことを示した指針だ。「指定前秘密」の赤い判が押されたこの秘密文書は、その後の法改正などを反映して修正され、現在も防衛省統合幕僚監部に引き継がれている。 自衛隊が対処すべき項目として情勢緊迫から紛争発生までに必要な邦人救出、弾道ミサイル対処、米軍支援など十二項目が並ぶ。「難民対策」の項目をみると、単純な軍事攻撃以上の脅威となることがわかる。シリア難民が欧州に逃れ、各国のEU離脱の動きにまで発展しているのをみても明らかだ。「K半島事態対処計画」は、戦火を逃れ、避難する目的の一般難民について、戦後世界軍事資料をもとに「(人口に対する発生割合を)紛争開始直後に約一%、紛争収拾までに約一〇%に達する」と見込み、紛争発生直後に発生する難民を韓国で約四十五万人、また北朝鮮で約二十四万人と試算、海と陸地から周辺国に流出するとしている。◆武装難民が紛れ込む このうち日本には韓国から約二十二万人、北朝鮮からは約五万人の合計約二十七万人が押し寄せ、九州北部や山陰地方沿岸部から上陸すると見込んでいる。秋田県由利本荘市の「本荘マリーナ」付近に漂着し係留された木造船=2017年11月24日午前9時38分(共同通信) 一義的には警察が対処するものの、警察で対応可能なのは難民約三万五千人にすぎず、これを超える大量難民については自衛隊による対処を想定する。 九州、沖縄を担当する陸上自衛隊西部方面隊(総監部・熊本市)をモデルに試算すると、隊員一人につき、難民十人を管理する前提で管理可能な難民は約一万人にとどまり、残る四方面隊からの増援が必要になると結論づけている。武装難民にどう対応できるか 陸上自衛隊挙げての総力戦にならざるを得ないというのだ。一例として第四師団(福岡県春日市)が三千人の難民を任された場合が示されている。駐屯地に隣接した訓練場に仮設の難民収容所をつくり、六人用テントを三百張建て、簡易トイレを三十個設置する。隊員六百人を配置し、第十六普通科連隊長(一等陸佐)が指揮をとるとしている。離島防衛を想定した上陸訓練で、銃を構える陸上自衛隊普通科連隊の隊員=2017年11月12日、静岡県の沼津海浜訓練場(酒巻俊介撮影) 軍隊は三割の兵士を失ったら戦闘能力を失うというのが軍事の常識とされる。仮設収容所に駆り出される隊員六百人は普通科連隊の五割に相当し、指揮官の連隊長が「所長」を務めるようでは、部隊は機能不全に陥ってしまう。 さらに問題を複雑にするのは難民に混じって武装難民が紛れ込む可能性があるという点だ。日本での不法行為、テロ行為を目的として難民に紛れ込んで潜入する武装難民は、武器や爆発物の使用、人質の獲得などの犯罪行為に走る。「K半島事態対処計画」に組織名は記載されていないが、「わが国在住の自国民」や「わが国の国内勢力」と呼応して暴動を起こすこともあるとしている。その結果、日本の安全保障に重大な影響を及ぼす恐れがある場合は「治安出動も考慮する」とある。 陸上自衛隊の多くの部隊が難民対処に駆り出されている最中で治安出動が下令されるのである。この段階になると、テロやゲリラの危険も高まっている。 陸上自衛隊の現員は十四万人弱にすぎない。武装難民やテロ、ゲリラに対処するとすれば、当面の危険はない一般難民にまで手がまわらないと考えるのが自然だろう。【PROFILE】はんだ・しげる/1955年栃木県生まれ。東京新聞論説兼編集委員、獨協大学非常勤講師、法政大学兼任講師。1992年より防衛庁取材を担当。『自衛隊vs.北朝鮮』(新潮新書)、『日本は戦争をするのか』(岩波新書)、『零戦パイロットからの遺言』(講談社刊)ほか著書多数。関連記事■ インフラ破壊し1年後に9割死亡 「電磁パルス攻撃」の恐怖■ 北朝鮮のミサイルを自衛隊は撃ち落とすことができるのか■ 北朝鮮の難民の多くは中韓へ 日本は「偽装亡命機」に注意■ 日本は北朝鮮の特殊部隊やテロリストの上陸を阻止できるのか■ 金正恩体制転覆のため われわれ日本人ができること

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    朝鮮民族で団結し、統一国家を作る夢が韓国内で加速

     北朝鮮が事実上の核保有国となりつつある。不可解なのはそれでも韓国が“平時”のままだということだ。長年に亘る北の脅威に韓国人が麻痺しているということもあるが、それだけではない。背景には韓国世論の激変と、秘めた野望がある。拓殖大学教授の呉善花氏が警鐘を鳴らす。* * * いよいよ朝鮮半島情勢が危険水域に達しつつある。トランプ大統領は米韓合同軍事演習を大規模化させるなど、かつてない圧力をかけて北朝鮮に核開発・ミサイル開発を断念させようとしている。 しかし、その一方で韓国は、米韓合同軍事演習に参加しつつも、北朝鮮へ800万ドル(約8億9000万円)相当の食糧支援を表明するなど、対北圧力を高めようと共同歩調を取る日米を呆れさせた。圧力よりも融和路線が文在寅大統領の本音だ。気をつけなくてはならないのは、それが文大統領だけの考えではなく、多くの韓国人が共有する考えだという点だ。「北は平等で清貧」 まず、そもそもなぜ北朝鮮が核開発に固執するのかについて触れておきたい。北朝鮮の労働新聞が9月16日掲載した、中距離弾道ミサイル「火星12」の発射訓練を視察し、笑顔を見せる金正恩朝鮮労働党委員長の写真(コリアメディア提供・共同) 金正恩が決して核開発を諦めない理由は朝鮮戦争の時点まで遡る。重要なことは、1950年に勃発した朝鮮戦争は、北朝鮮対韓国の戦争ではなく、中国・北朝鮮連合軍とアメリカを中心とする国連軍との戦争で、韓国は国連軍の一部に過ぎなかった、ということである。1953年に休戦となったが、休戦協定は上記両者間に結ばれたのであり、当然ながら韓国は協定の署名者ではない。核・ミサイル問題で、北朝鮮が韓国からの話し合い要請には決して応じようとはせず、アメリカとしか応じないと言い続けているのはそのためだ。 休戦協定では、新たな武器・核兵器・ミサイルの持ち込みが禁じられた。だがアメリカも北朝鮮も新たな武器を導入し、アメリカは核兵器・ミサイルをも持ち込んだ。両者とも休戦協定を侵したのである。こうした状況下で北朝鮮は、1994年以降たびたび「休戦協定に束縛されない」と表明し、2009年5月には、「もはや休戦協定に効力はないとみなす」と表明している。つまり、武力行使の再開はいつでも可能、ということになる。親北派が後退しない理由 アメリカは北朝鮮が核開発を止めれば、武力侵攻しないし現体制を認めると中国経由で伝えている。だが、金正恩はそんな言葉を信じはしない。核を持たなければ、これまで消された独裁者と同様にやられると思っている。したがって、北朝鮮はアメリカと平和条約を締結して朝鮮戦争終結が実現されるまでは絶対に核開発を止めない。 皮肉なことに、その北朝鮮とかつて干戈(かんか)を交えた韓国はいまや圧倒的に親北派が強くなり、圧力を強めようという意見は少数派だ。ターニングポイントは金大中政権(1998─2003年)だった。2000年の南北首脳会談以降、韓国では対北融和政策がとられて国民の北朝鮮イメージは一変し、国内に親北ムードが高まった。続く左派の盧武鉉政権下で、国民の親北傾向はいっそうのこと強くなっていった。 その後、保守政権の李明博、朴槿恵政権は一定の対北強硬姿勢に転じたが、北朝鮮はそれに対抗するかのように軍事挑発を多発させていった。そのため、国内では対北融和姿勢への再転換を是とする声が高まり、親北派勢力が後退することはなかった。文在寅政権に米軍の最新鋭迎撃システム「高高度防衛ミサイル(THAAD)」配備撤回を求め、スローガンを叫ぶ反対派住民ら=韓国・星州 この背景には、若い世代の台頭により、朝鮮戦争で北から攻められた記憶が国全体として薄れていることがある。左派政権以降の教科書では北朝鮮史評価の傾向が強く、若者たちの大半は「同じ民族なのだから北朝鮮が韓国にミサイルを撃ち込むことはない」と信じるようになっている。さらには、北朝鮮に対していいイメージを抱いている者が少なくない。「ヘル朝鮮」と呼ばれるほど若者の失業率が高止まりし、財閥をはじめとする一部特権階級に富が集中する韓国に比べれば、むしろ北朝鮮は平等で清貧だという理解なのだ。 実際、最近の世論調査でも親北派の伸張は顕著だ。調査会社、韓国ギャラップの調査(9月5日~7日)によると、アメリカによる対北先制攻撃について、「反対」が59%、「賛成」が33%だった。一方、北朝鮮が韓国に戦争を仕掛ける可能性については、「ない」が58%、「ある」が37%だった。核を保有した統一朝鮮核を保有した統一朝鮮 トランプ大統領、安倍晋三首相は、文在寅大統領が対北800万ドル支援を表明した直後の3か国首脳会談で、「北朝鮮への圧力を損ないかねない行動は避ける必要がある」と苦言を呈した。だが、文大統領は意に介していない。なぜなら、彼が本当に気にしているのは韓国国内の世論だからだ。 いま、文在寅政権は韓国内で反発を受けている。大統領選のときに主張していた「対北融和」、「THAAD配備中止」は、最終的にアメリカからの要請を受け入れる形で変更を余儀なくされた。熱烈な文在寅支持派、つまり強固な親北派が期待していた開城工業団地の再稼働や金剛山観光の再開は思うように進まず、またTHAADも北朝鮮のミサイル発射が頻発して受け入れざるを得なくなった。 同盟国アメリカからの強い要請を文在寅氏は一応聞かざるを得ないが、これ以上、“譲歩”すれば支持者たちが離反する怖れがある。もちろん文大統領自身、本音は北朝鮮との融和にあるわけだから、北朝鮮にエールを送ることでその意志に変わりのないことを示そうとするのだ。この意志は、平昌オリンピックへの参加を北朝鮮に強く訴えかけたことにも滲み出ている。2017年7月、夏休みで韓国・平昌を訪れ、五輪関連施設を視察する文在寅大統領(右から2人目、大統領府提供・聯合=共同) 文大統領は、任期中に南北統一への道筋をつけたいと考えている。まずは、かつての左派政権時代のように文化的・経済的交流を拡大し、すでに南北で合意している第一段階としての「一国二制度による統一」を目指して南北共通市場を形成していくこれが文大統領の描くシナリオだ。「一国二制度による統一」は左派だけではなく、保守派も一致しての国家方針である。 韓国の考えは、南北共通市場の形成や外国資本の参入によって、北朝鮮がそれなりに豊かになり、少なくとも人民が貧困に喘ぐことがなくなれば、統一に向けての韓国の負担は大きく軽減される、というものだ。実際、現在の北朝鮮は国内の「資本主義化」をかなり推し進めており、経済特区への外国資本の参加を公募している。やっぱり核を持ちたい こうした道が開かれるかどうかは、アメリカが「核放棄」の主張から退き、核を保有する北朝鮮の現体制を容認するかどうかにかかっている。文大統領は「核放棄」ではなく「核凍結」を求めている。核開発を一時的にストップすればそれでよいという姿勢だ。しかしこれはポーズにすぎない。文大統領がそう考えているように、現在の韓国社会は「ここまで北の核開発が進んだのであれば、もはや認めるしかない」という方向性を強くしている。他の諸国にもそうした声があるし、アメリカ国内ですらそう発言する要人も少なくない。2017年11月、訪韓したトランプ米大統領(中央左)と韓国の文在寅大統領(共同) さらに踏み込んで言えば、韓国も核を持ちたいのだ。韓国ギャラップの調査では、核保有に「賛成」は60%で、「反対」は35%だった。  そもそも韓国の歴代政権は1972年以降、極秘裏に核開発を続けてきた。しかし2004年にIAEA(国際原子力機関)の調査で、2000年に金大中政権下でウラン濃縮を進めていたことが発覚し、中止せざるを得なくなったのである。韓国にとって核武装は悲願なのだ。南北統一がなれば、「北の核は自分たち朝鮮民族のものになる」のである。 韓米両国は「韓国が独自に戦時作戦統制権を行使できる条件が整えば、それを韓国に移譲すること」に合意している。朴槿恵政権下ではその時期を2020年としたが、文大統領は早期移譲を求めている。移譲となれば在韓米軍の撤退は時間の問題だ。アメリカでも在韓米軍撤退論者は少なくない。北朝鮮は米軍撤退を統一の第一条件としている。 リーマン・ショック以降、とくに現在、アメリカ、イギリスをはじめ、多くの諸国で国際主義から国家第一主義へ転換しようとする流れが加速度を増している。朝鮮民族で団結し、統一国家を作るという夢は、かつてないほど韓国内で共感を得やすくなっている。 韓国が描く統一朝鮮への道は、このままでは核保有朝鮮国への道となり、いっそう強固な反日大国出現への道となる。日本はそうした流れをはっきり見据え、北朝鮮問題に対処しなくてはならない。●オ・ソンファ/1956年韓国済州島生まれ。東京外国語大学大学院修士課程修了。現在、拓殖大学国際学部教授。著書に『超・反日 北朝鮮化する韓国』(PHP研究所)、『赤い韓国 危機を招く半島の真実』(産経新聞出版、共著)などがある。関連記事■ 北朝鮮のミサイル発射兆候 信頼できるのは“Aアラート”?■ もし米朝戦わば 北朝鮮軍には実際どれだけ攻撃力があるのか■ 文在寅政権 慰安婦記念日まで制定、合意白紙宣言の可能性も■ 中国内「北朝鮮が核放棄見返りに毎年6兆円要求」報道の思惑■ 徴用工設置をはじめ、憎悪拡大再生産する韓国の動き

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    国防力増強に余念がない韓国、垣間見える焦り

    がら、政権草創期を安全運転でこなしていくのでないか」というのが当初の筆者の見立てだった。政権発足後に北朝鮮の核・ミサイル開発が一層進展し、朝鮮半島情勢が緊張の度を増していることに加え、文在寅大統領が選挙戦を通じて、支持母体の進歩系だけでなく、保守、中道をも含めた幅広い層の支持を受け当選したからである。選挙前、「私のような人間が本当の保守だ(本年1月15日朝鮮日報によるインタビュー)」と発言するなど、文大統領は前回2012年の選挙において僅差で敗れたが故に、保守層の支持を盤石にするためのアピールに必死であった。就任演説において「国民すべての大統領を目指す」、「保守と進歩の葛藤は終わらなければならない」といった国民統合を重視する発言が散見された。 文大統領は「盧武鉉政権の大統領府秘書室長」という肩書きから「左派系」、「親北」だと見られがちだ。だからこそ同大統領は、こうした前評判とは一線を画し、まずは日米韓の連携を基調とする現実路線を選択すると予測したのだが、最近の韓国外交を見ると、こうした筆者の見通しは甘かったようだ。 今年9月15日の火星12号発射から11月29日の火星15号発射まで、北朝鮮による新たな挑発行動はなかった。その間、韓国外交はTHAAD配備問題による中国との関係悪化を改善させる大きな動きを見せた。10月30日、康京和外交部長官は国会での与党議員の質問に答える形で、(1)これ以上THAADを配備しない、(2)日米のミサイル防衛網に参加しない、(3)日本との安保協力は軍事同盟にならない、という「3つのNO」と呼ばれる立場を明らかにした。2017年10月、韓国国防省の行事に出席したマティス米国防長官。右は宋永武国防相=ソウル(共同) さらに、11月3日には、文在寅大統領がシンガポールメディアのCNAとのインタビューの中で、「日本との安保協力は軍事同盟とならない」と明言し、北朝鮮への対処を理由に「日本が軍事大国化することを懸念する」と発言している。その後、11月20日付の読売新聞が「日本版トマホーク開発」につき報じると、韓国メディアは敏感に反応し、これを批判的に報道した。最近では中央日報が5回に分け「浮上する自衛隊」と題した特集記事を組むなど、韓国メディアの論調は大統領発言に呼応するかのように日本の防衛力強化に対する警戒感を見せ始めた。 「米国に頼っている」、進歩派の不満 そもそも、文在寅政権の外交安全保障政策に関する考え方は、保守政治が選好する現実主義(リアリズム)の対立軸としての理想主義(リベラリズム)ではない。すでに多くの専門家が指摘しているように、現在の大統領側近は、周辺国からの力による干渉をはねのけて韓国の独立を守り、最終的には「韓国主導で南北統一を果たさなければならない」と本気で信じている民族主義者の集まりだ。彼らはその目的を達成するために「強力な軍事力を兼ね備えることが不可欠」と考える。 文在寅大統領は本年7月18日に軍高官を集めた昼食会の席上、「北との対話を追求しているが、圧倒的な国防力に基づかないと意味がない」として、現在GDP比2.4%水準の国防予算を任期中に2.9%に増額する考えを明らかにした。予算増額分を北の核・ミサイルへの対処能力向上に集中投資し、米国からの戦時作戦統制権の早期移管も目標としている。また、文大統領は8月28日に行われた国防部による業務報告の席上、「これまで莫大な国防費を投入したにもかかわらず、我々が北朝鮮の軍事力に対抗できず、ただ韓米連合防衛能力に頼っているようで残念だ」と軍を批判した。 韓国軍の歴史は、「北朝鮮の軍事力に単独の軍事力では対応できない」という前提の下、圧倒的な軍事力を持つ米国との同盟関係を基盤に、米国から最新装備品を導入しつつ、自国の防衛産業基盤を確立して自軍の戦力増強に努めてきた。この過程の中で、進歩陣営は「長年の軍事政権支配による軍の腐敗に端を発する装備品導入に絡む不正問題は旧態依然として存在し、米国の軍事力に依存してばかりか、高い装備品を買わされてばかりで国防費が無駄に使われている」と考え、米国と同盟重視の保守勢力に対する不満が常に存在している。 現在、韓国軍は北の核とミサイルを無力化する手段として、3軸体系と呼ばれる(1)キル・チェーン、(2)韓国型ミサイル防衛(KAMD)、(3)大量反撃報復(KMPR)戦略からなる軍事力構築を急ピッチで進めている。3軸体系の基本的な概念は、仮に北朝鮮が長距離射程砲や弾道ミサイルを韓国に対して発射する兆候があれば、速やかに発射地点を探知し打撃する。発射を防げなかった場合は、迎撃ミサイルで対応し、攻撃を受けたとしても被害を最小限に留め、北に対し大規模な報復を行う能力を保有する、というものだ。これら一連の軍事力を持つことによって、北朝鮮の攻撃を抑止することが韓国の最大目標なのである。2017年11月、歓迎式典に臨むトランプ米大統領(左)と韓国の文在寅大統領(共同) しかし、昨年の北朝鮮による一連の軍事挑発は、韓国軍にとって従来の戦略の根幹を揺るがす衝撃となったに違いない。北朝鮮は年初に核実験(4回目)と地球観測衛星を積んだロケットと称する飛翔体発射を実施した。3月以降は中距離弾道ミサイルを中心に、様々な種類のミサイルを発射させただけでなく、従来型の長射程砲や短距離ロケット砲などの大規模演習を行った。8月末には潜水艦からのSLBM発射にも成功し、9月には5回目となる核実験まで実行した。  我が国においては、日本列島のほぼすべてが射程に入る準中距離ミサイル・ノドンや改良型スカッドの発射に注目が集まった。しかし、韓国側から見れば、弾道ミサイルだけでなく、従来からの脅威であった長射程砲の射程が伸びたことも大きな意味を持つ。北朝鮮が「火の海にする」と何度も脅迫してきたソウルと首都圏地域だけでなく、陸・海・空軍の本部がある鶏龍市や在韓米軍基地のある平沢市や烏山市にも十分脅威を与えるようになったからだ。また、当初のキル・チェーン・システムは、北の攻撃が地上から行われることを想定していたが、今後はSLBMの登場により、これまで手薄だった対潜哨戒能力の向上も叫ばれるようになっている。こうした状況が、2016年の日韓軍事情報保護協定(GSOMIA)締結に際し、韓国側が「対潜哨戒能力を持つ日本からの情報獲得は軍事的に有益だ」と判断するに至った要因の一つだとされている。防衛費を劇的に増加させることの難しさ 以上のような背景もあり、韓国軍の戦力増強については追い風が吹いているようだ。北のミサイル攻撃探知能力については、米国からすでに導入が決まっている無人偵察機「グローバルホーク」に加え、12月5日付の東亜日報は、韓国軍が情報収集機E-8Cジョイントスターズ4機を2022年までに導入する方針を固めたと報じた。現在は保有していない偵察衛星についても、2021年から23年の間に5機打ち上げる予定である。陸上装備では南北境界の最前線に配置されているとされる北の長距離砲を探知するための新しいレーダーを独自開発し、来年から実戦配備されるという。これまでに何度も自国領空への侵入を許してきた北朝鮮の小型無人機に対しては、探知・攻撃が可能な新型レーダーや対空砲などの開発に注力している。2017年12月、米韓両軍の共同訓練に参加し韓国西部の米軍群山空軍基地に着陸する米軍のF35ステルス戦闘機(聯合=共同) 北朝鮮に対する攻撃能力に関しては、韓国の弾道ミサイルの射程が2012年に最大800kmにまで延長することに米韓両国が合意しているが、更に、11月7日に行われた米韓首脳会談において、弾道ミサイルの弾頭重量制限を完全に解除することで合意した。これによりミサイルの破壊力が増し、KMTRの面でも能力を大幅に向上させることになる。将来的には、現在開発中のより精密な誘導攻撃が可能な「戦術地対地弾道ミサイル(KTSSM)」がバンカーバスターのような機能を果たすことが期待されている。また、航空戦力では、昨年10月に、約500キロ離れた上空から首都平壌の重要施設を攻撃可能な長距離空対地ミサイル「タウルス」90発の追加導入が決定している。さらに、敵の重要施設を攻撃するため自爆型無人機を導入する計画もあるという。 ミサイル防衛では、現在導入を進めているPAC-3と昨年から配備が始まった中距離地対空ミサイル(M-SAM)「天弓」に加え、長距離地対空ミサイル(L-SAM)を現在開発している。韓国国会では一部議員からSM-3(艦載弾道弾迎撃ミサイル)導入を求める声が上がっているが、韓国海軍はその導入には消極的な反応を示している。また、一時期、北の長射程砲から韓国軍の指揮機能とKAMD施設を防護するためイスラエルの対空防衛システム「アイアン・ドーム」の導入に関心を示したこともあったが、軍事的効能の面から最終的には採用されず、代わりに韓国独自の「アイアン・ドーム」型防衛システムを開発中である。 以上のように、韓国軍が現在開発中や導入段階にある装備品の一部を紹介したが、北朝鮮の脅威に対処するために、陸海空それぞれの軍事力が増強されているという事実は明らかだ。こうした増強だけにとどまらず、北のSLBM搭載型潜水艦の脅威に対抗するため、原子力潜水艦の建造や対潜哨戒機部隊の大幅な拡充を求める声が与野党政治家や専門家の間で依然として存在する。しかし、これらの装備を導入するには莫大な国防予算を必要とする点が導入推進の動きを封じている状況だ。韓国も日本と同様に、少子高齢化社会を迎え、増大する社会保障費によって財政的に厳しい状況である。同じような境遇にある我が国が、限られた財源の中で防衛費を劇的に増加させることがいかに難しいか、韓国政府はよくわかっているはずである。根拠のない対日懸念の裏には、自らの軍事力を増強させるという並々ならぬ意欲と、北朝鮮への対処を理由に周辺国が軍事力を増強させることへの韓国の焦りが垣間見える。

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    韓国はなぜ、北朝鮮問題で米国の足ばかり引っ張るのか

    者の住む京都の清水寺では、毎年恒例の行事「今年の漢字」の発表があった。今年は「北」である。 どうやら北朝鮮の脅威・危機が、主な理由らしい。今年の日本人にとって、「北」の問題がいかに重大だったか、を示して余りある。 そのことに異を立てるつもりはない。けれども「北」ばかりでよいのか。へそ曲がりな筆者はニュースを見て、いささか疑問を禁じ得なかった。 考察の端緒(いとぐち)として、今年の動向を整理してみよう。いうまでもなく最も危機が高まったのは、9月の米朝間の応酬だった。その直接の発端は、8月下旬の米韓合同軍事演習の前後あたりまで、さかのぼることができる。(iStock) 8月21日にはじまった合同軍事演習は、その月末まで続いた。その間、北朝鮮がメディアを動員して演習を非難しつづけたのは通例のことながら、実際の行動にも出ている。 同月26日に日本海に向け短距離弾道弾3発を、その三日後にも、日本上空を通過して太平洋に着弾する弾道弾を発射した。国連安保理はこれに対し、同じ29日、弾道弾を発射した北朝鮮を非難する議長声明を採択する。 にもかかわらず、北朝鮮はわずかその数日後に、6回目の核実験を強行した。しかも「ICBMに搭載する水爆の実験に成功」したと発表したから、国際社会は騒然となったのである。 核実験の翌日、9月4日に国連安保理は緊急会合を開いた。そのおよそ一週間後の11日、安保理は全会一致で北朝鮮に対する制裁決議を採択する。一週間かかったのは、厳重な制裁を主張する日米と、制裁に慎重な姿勢をくずさない中露との溝が埋まらなかったためであり、けっきょく前者が譲歩して、全会一致の決議にこぎつけた。 北朝鮮の挑発は、その後もやまない。数日経った15日、北朝鮮はふたたび弾道弾を発射した。このミサイルは北海道上空を通過し、「襟裳岬東約2,200kmの太平洋上に着弾」したといい、その性能の向上、とりもなおさず脅威の増大を印象づけたものである。 国連安保理は同日、ただちに緊急会合を開いて非難声明を出した。だが北朝鮮は動じず、18日に外務省報道官が談話を発表、アメリカが主導する対北朝鮮制裁に協調する国々を批判する。 9月19日のトランプ大統領の国連演説は、それを受けておこなわれた。このまま事態の悪化がつづけば、「北朝鮮を完全に破壊するほか選択肢はない」と宣言したのである。「完全に破壊」というかつてない文言での警告だった。 それに北朝鮮が強く反撥、激烈な威嚇の応酬となり、危機は最高潮に達す。しかし中国の制裁も強まったこともあって、北朝鮮はひとまず鳴りを潜めた。韓国の蠢動 あらためてミサイルを発射したのは、2ヵ月半経った11月29日未明である。ミサイルは技術を格段に向上させたものだった。物資の窮乏という苦境に遭いながらも、北朝鮮の強硬な姿勢は変わっていない。 危機は深刻化の一途である。そうしたなか、北朝鮮と米国・そして中国の姿勢は、およそはっきりして見えやすい。いずれも日本人に納得できるわけではないものの、それぞれの立場で、ひとまず一貫しているからである。 むしろ見えづらいのは、韓国である。韓国はアメリカの同盟国であり、米韓同盟の一翼を担っている。在韓米軍と韓国軍は協力して北朝鮮に対抗してきた。今後もそうするだろう。その意味では、アメリカとの安保条約を有する日本と立場はかわらない。しかし現実は、どうだろうか。 米韓合同軍事演習のおよそ一週間前、8月15日に文在寅韓国大統領は、「朝鮮半島での軍事活動は大韓民国だけが決めることができる」と表明した。これは米軍単独の行動、とりわけ北朝鮮に対する単独攻撃はさせない、という意味であって、事実上アメリカの動きを制約することにつながる。(iStock) 9月14日、文大統領はCNNとのインタビューで、「戦術核兵器再配備に賛成しない」と述べた。核実験を強行した北朝鮮に対する国連安保理の制裁決議から、まもなくのことである。 在韓米軍は1991年12月の南北非核化共同宣言で、戦術核を撤収していた。北朝鮮の核の脅威に対抗すべく、その「再配備」を求める声が国内、とりわけ野党からあがっており、それを抑えるのが、文大統領のねらいである。しかしこれも、アメリカの軍事活動を制約する側面を有することはまちがいない。 さらに韓国は、9月19日のトランプ大統領の国連演説に強く反撥した北朝鮮に対し、その二日後の21日、9億円にのぼる人道支援を正式に表明した。同日、文大統領はあわせて自らわざわざ、北朝鮮に平昌冬季五輪の参加を呼びかけている。こうした言動には、日米両政府もさすがにいい顔をしなかったと伝えられた。 以上の事例だけでも、いかに韓国の動き方が怪しいかがわかる。日米の側につくのか離れるのか、迷走しているかに見えるし、もっと下世話な言い方をすれば、同盟国のアメリカの足を引っ張る挙動ばかりであった。 然り。謎は韓国にこそある。日米がこのような国と提携していけるのか、日米韓の連携など幻想ではないのか。そうも思えてくる。南北分断の歴史的意味 歴史からみると、そもそも韓国という国家の存在が、通例ではない。中国・大陸の勢力と隣接しない朝鮮半島の政権が存在するのは、実に史上、三国時代以来の事態である。とくに19世紀以降、近代になってからは初、ほとんど実験的な事態といってよい。 しかもそれは、すでに還暦を過ごした。近現代史において最長であって、あるいは最も安定した体制だといえなくもない。 その安定はもちろん、対峙する南北の政権、およびそれぞれを支持する大陸側と海洋側の勢力均衡によってきた。逆にいえば、最近の危機は、その均衡が揺らいだところに醸成されている。中国の大国化、換言すればアメリカの相対的な弱体化、およびそれに呼応するかのような北朝鮮の核・ミサイル開発が、その主因にほかならない。 こうした半島政権と大陸・海洋との関係を、あらためて歴史からみなおしてみよう。朝鮮王朝時代には、大陸側には「事大」、海洋側とは「交隣」という関係をとりむすんでいた。事大とは「大国に事(つか)える」こと、陸続きの中国への朝貢関係をいい、交隣は「隣国と交わる」こと、海を隔てた日本との交際をいう。 こう並べると、まったく別個の応対だったようにもみえるかもしれない。手続きは確かにそうである。しかし主体たる朝鮮王朝の意識・立場は、唯一無二だった。信奉する朱子学の華夷意識に裏づけられた「小中華」意識がそれである。 朝鮮王朝は軍事的には弱体であった。朱子学は文を尊び武を卑しむから、これもイデオロギーに合致した体制である。 また何より中華の尊重が優先したから、それを体現する中国王朝にも、恭順な態度を示さなくてはならない。大陸には軍事的にもかなわないので、適切な対処である。それと同時に、中華を尊び慕うあまり、自らも中華に近づこうとする自意識になり、「東方礼義の国」を自任した。 だとすれば、「隣国と交わる」交隣は、自らがミニ「中華」である以上、その交わり方がいかなるものであれ、相手を「夷」と蔑むものとならざるをえない。朝鮮王朝は日本や西洋など、海を隔てた国々と対等な交際をおこなった。けれどもその根柢には、濃厚な侮蔑が横たわっている。「小中華」意識のなせるわざであった。 同じことは、元来が「夷」だった満洲人の清朝に対してもいえる。清朝は中華王朝の明朝を後継し、しかも軍事力で優位にあったため、朝鮮王朝は「事大」の関係を続けた。しかし心底では、清朝を「中華」と認めていない。いわば面従腹背だったのである。 半島の政権はこのように同一の歴史的なメンタリティ・性格を有しながら、地政学的に大陸向けと海洋向けとの、相反する関係をもっていた。そうした相反性が近代の国際政治を通じて、南北の分断に至ったわけである。北朝鮮と韓国は「一卵性双生児」 つまり北朝鮮とは、大陸と関係の深い「事大」的な政権であり、朝鮮戦争で中国義勇軍によって支えられたのは、それを象徴する史実であった。他方、韓国は「交隣」の海洋側についた政権であり、米軍に支えられ、なおかつ大陸とは隔たって「事大」を払拭できる位置にある。いわば北朝鮮は「事大」を現代化した国家、韓国は「交隣」を現代化した国家なのである。 北朝鮮は現在、中国にしたがわず独自路線をつきすすんでいる。「事大」国家であるはずの政権が、その歴史に背を向け大陸に歯向かうので、「暴走」になってしまう。 韓国もその点は同じ。「交隣」国家であるはずの政権が、その歴史に背いて「反日」「反米」を隠そうとしないので、「迷走」に陥っている。 朝鮮半島の政権は、元来「小中華」だった。北の中国・大陸に対して面従腹背、南の日米・海洋に対しては対等蔑視という歴史を持っているから、「暴走」も「迷走」もかれらの立場からすれば、ごく自然なビヘイビアなのであろう。韓国と北朝鮮はこうしてみると、むしろ朝鮮王朝以来の「小中華」にもとづく世界観と行動様式を共有する一卵性双生児といえるかもしれない。(iStock) 半島を南北に分かった地政学的・国際的枠組みは、ともかく安定的に機能、推移してきた。にもかかわらず、「事大」政権の北朝鮮は、中国の意向を顧慮せず、アメリカとの対等交渉という「交隣」をめざし、「交隣」政権の韓国は、アメリカの意向に背いて、経済的に依存する中国に「事大」せざるをえなくなっている。こうしたパラドクスが、東アジアの不安定をもたらしているともいえようか。しかし同時に、そうした運動律も歴史に根ざしたものであるため、南北政権の動きがなかなか収束しないのであろう。 韓国の文政権はそんななか、北朝鮮との対話・融和につとめている。その動きは日米から疑われ、金正恩政権から相手にされず、いまのところ「迷走」にしかみえない。 しかしそもそもが一卵性双生児の南北である。かつて文大統領が記し、またおそらく今も望んでいるように、南北が一体となる可能性も皆無とはいえない。 南北政権はすでに、米中のいずれに対しても、一定の距離を取っている。両者が一体となれば、韓国でも取り沙汰される朝鮮半島の中立化が、現実のものになりかねない。しかも北が核を放棄するとは思えないから、韓国が事実上、北の「核の傘」に入ってしまう事態もありうる。 果たしてそうなったとき、一衣帯水・列島に住む日本人はいかに行動すればよいのか。そこまで考えなくてはならない時世になってきたようである。

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    トランプは北朝鮮の核放棄など本気で考えていない

    の総選挙の結果は、「東京発」の米情報機関の予測通り、安倍政権が圧勝した。彼らの報告は「安倍自民党が、北朝鮮の核・ミサイル危機を訴え、国難突破を有権者にアピールしたことが功を奏している」と分析した。 確かに自民党は「国際社会の圧力強化を主導し、北朝鮮に核・ミサイル開発の完全な放棄を迫る」と訴えた。これに対して立憲民主党は「北朝鮮を対話のテーブルに着かせるため、国際社会と連携して圧力を強める」と、あくまで対話の実現に力点を置いていた。実は自民党が掲げる「圧力」とは、同盟国アメリカが究極の局面では先制攻撃に踏み切るかもしれないことを暗黙の前提にしている。国連決議や経済制裁を専ら想定して、「圧力」を強めるとする立憲民主党の主張とは、その内実が大きく異なっている。 外科手術的空爆やサイバー攻撃を含めた「あらゆる選択肢」を用意しておくことが北朝鮮に核・ミサイルを放棄させるために欠かせないと安倍政権は考えている。だが、トランプ政権がひとたび先制攻撃に踏み切れば、北朝鮮が大がかりな反撃に打って出て、日本や韓国に甚大な被害が出る懸念がある。トランプ大統領と軍人出身の政権幹部が先制攻撃の可能性をどこまで真剣に検討しているのか。朝鮮半島の有事を見据えて、6日に東京で行われる安倍・トランプ会談はいつになく重要なものとなる。トランプの東アジア戦略はどこにある トランプ大統領はどのような思想をよりどころに対東アジア戦略の舵を定めていくのか。それは「アメリカ・ファースト」主義に他ならない。アメリカの国益をすべてに優先させ、自らの強固な支持基盤である貧しい白人層の利益を守り抜いていく。それゆえ、「アメリカ・ファースト」主義を掲げる政権のイデオローグ、スティーブン・バノン前首席戦略官は「対中経済戦争こそ最優先課題であり、北のことなど座興にすぎない」と言い切ったのである。 北朝鮮が北米大陸に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発・実験さえ凍結することを約束すればいい―。「アメリカ・ファースト」の思想は、対北政策にも顔をのぞかせるかもしれない。そうなれば、日本だけが北の中距離ミサイルの射程に収まって取り残されてしまう。安倍首相は、6日の日米首脳会談で、かかる事態だけは何としても避けなければならない。 緊密な同盟国同士であっても、それぞれの利害がぴたりと一致することなどありえない。それだけに日本側は、対トランプ会談で機先を制し、攻勢に出るべきだろう。アメリカ政府は、2008年に北朝鮮を「テロ支援国家」のリストから外してしまった。「テロ支援国家」のくびきを解かれた金正恩政権は、クアラルンプールで金正男氏暗殺に手を染め、イランとひそかに新鋭ミサイルを共同開発し、ヒズボラとハマスに武器を売却している。指定解除がいかなる結果をもたらしたか、その誤りを米側にはっきりと伝えるべきだろう。2017年9月、ニューヨークでトランプ大統領の発言に対する北朝鮮の立場を表明する李容浩外相(共同) いまや北朝鮮は、6千人規模のサイバー戦士を擁して、サイバー攻撃能力を急速に高めている。それを裏付けるように、バングラデシュの中央銀行にサイバー攻撃を仕掛け、8000万ドルを奪っている。マシンガンを持った覆面の銀行強盗などいまや過去の風景になりつつある。こうした事態が繰り返されれば、国連安保理の制裁決議や米中の独自制裁も効力を減じてしまう。北朝鮮は核・ミサイルの開発資金をさらにサイバー空間から調達することになるだろう。 安倍首相は、あらゆる機会を捉えてトランプ大統領にひざ詰めで談判し、北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定させ、サイバー攻撃へ備えを日米連携で一層強化するべきだ。アメリカのトランプ政権は、東アジアの戦略地図を根底から塗り替え、ソウルと東京を火の海にしかねない先制攻撃より前に、多くのなすべきことがあることを真摯(しんし)に説いてもらいたい。

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    安倍、トランプ「密約」の裏側

    「対話のための対話では意味がない」。日米首脳会談に臨んだ安倍首相は、対北朝鮮圧力の強化で米国と一致したことを強調し、トランプ大統領も「戦略的忍耐の時代は終わった」と表明した。両首脳の蜜月を世界にアピールしたとはいえ、水面下では「密約」も交わされたとされる。その裏側を読む。

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    安倍総理の「やってる感」に愛想を尽かした拉致家族のホンネ

    義があることである。しかし残念ながらアメリカ政府は、拉致問題にほとんど関心がない。アメリカにとっての北朝鮮問題とは核であり、ミサイル問題なのだ。 小泉純一郎政権で拉致問題を金正日総書記に認めさせた客観的背景に、当時のブッシュ政権の「ならず者国家」指定などがあり、北朝鮮が「7・1経済改革」で国内的苦境を打開したいとの狙いがあったことは明らかである。その国際的条件を背景に置いても、拉致問題はあくまでも日本政府独自の課題だったことを忘れてはならない。言葉を換えればアメリカ政府が日本政府の肩代わりで拉致問題を解決することはないのである。安倍政権の「やってる感」で問題が解決しないことは、この5年の歴史がすでに冷厳なる回答を出している。早紀江さんに口止め? 第三に、安倍首相をはじめとする政府関係者よりも、帰国した拉致被害者や被害者家族の方が、理論としてではなく、当事者としての切実な皮膚感覚で現状と今後を恐れていることを知らなければならない。 それは拉致問題解決への協力をトランプ大統領に依頼することで、日本政府としての独自の課題が後継に押しやられてしまい、結局は「拉致問題が終わりにさせられてしまう」という深い危惧である。 おそらく首相や関係者は、帰国した拉致被害者や被害者家族がそんな思いでいることをつゆ知らずだろう。9月17日に開かれた「救う会」などが主催した国民大集会では「今年中に全拉致被害者の救出を!」が目標として設定された。この集会には安倍首相も出席している。その「今年中」もあと2カ月を切った。14年5月の日朝ストックホルム合意に意味はないとの意見があるものの、政府は破棄しないとしている。 02年9月の「日朝平壌宣言」からストックホルム合意まで12年。この合意を破棄すればもはや日朝間の交渉は10年単位で動かないことが容易に理解できる。家族会代表の飯塚繁雄さん(右から3人目)、横田早紀江さん(同4人目)らと面会する安倍晋三首相(同2人目)=2017年9月28日、首相官邸 第四に、今度のトランプ大統領と拉致被害者家族が面会することが決まってから、驚いたことがある。10月19日に行われた「横田早紀江さんを囲む祈りの会」でのことだ。早紀江さんが「トランプさんに会ったら戦争はしないでくださいと言おうかな」と話すと、「それは政治的発言だから語るべきではない。想い出だけを話せばいい」と関係者がアドバイスしたことだ。 第二次朝鮮戦争になれば、北朝鮮の攻撃により韓国だけでなく日本にも被害が生じる可能性が高い。作家の佐藤優さんによれば、日米政府は戦争が起きたときのシミュレーションを行っており、北朝鮮もふくめ少なくとも100万人の犠牲者がでるという(『文藝春秋』17年11月号)。北朝鮮にはおそらく拉致被害者がどこかで暮らしているだろう。横田めぐみさんの娘のウンギョンさんとその一人娘も平壌にいる。そうした生命の危険をさらす戦争を起こしてほしくないとの気持ちは、政治的発言ではなく、「人間の根本倫理」(渡辺一夫)である。拉致問題を政治利用して北朝鮮の崩壊を望んできた者たちこそ、「宙返り」した論理にとらわれている。 第五に、ではどうすれば拉致問題を解決できるのかという根本問題がある。それはストックホルム合意に基づいて、すでに完成していると見られる北朝鮮による報告書を受け取り、厳しい検証作業に入ることだ。警察庁の専門家による現地調査なども必要だろう。北朝鮮は受け入れるという。日本政府は水面下の交渉で、北朝鮮側が拉致被害者の「5人生存、8人死亡」とする2002年の立場を変えていないことから、報告書の受け取りを拒否している。だが重要なことは事実の確認である。北朝鮮がこれまでのように杜撰な調査報告をするなら、徹底して検証、批判すればいい。 ある被害者家族は「私たちが知りたいのは事実です。運動のための運動をしているのではありません」と語る。外務省は日本人妻や残留日本人問題などの人道課題をまず進めることで、拉致問題に風穴を開けたいとしていた時期がある。それを受け入れなかったのが官邸である。被害者家族はこんな本音を私に語った。「政府は拉致問題にいつまでも曖昧な対応をするだけで、本音では解決したくないのではないでしょうか」

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    なぜトランプは金正恩を「ロケットマン」と呼び続けるのか

    、2017年9月19日にアメリカ大統領であるドナルド・トランプは、就任後初めての国連総会での演説で、北朝鮮の最高指導者である金正恩を「ロケットマン」と呼び、「アメリカと同盟国を守ることを迫られれば北朝鮮を完全に破壊する以外の選択肢はない」と恫喝した。 それに対して、北朝鮮の最高指導者である金正恩は21日に声明を発表し、トランプの演説を批判して「トランプが何を考えていたとしても、それ以上の結果を目の当たりにすることになるだろう。アメリカの老いぼれ狂人を必ず、必ず、火で制するだろう」と応酬。北朝鮮の外務大臣である李容浩も、23日に国連総会でトランプを「誇大妄想と自画自賛を重ねる精神異常者」と呼び、「アメリカ全土への我が国によるロケット攻撃が避けられなくなる」と恫喝した。 フルシチョフに比べれば穏やかとはいえ、国連総会を舞台に米朝がお互いに口汚く相手を罵って恫喝したことで、実際に戦争になるのではないかと危惧した向きも多かろう。もちろん、その可能性がゼロとは言わない。しかし、まず、北朝鮮はなぜアメリカを恫喝しているのかを理解する必要があろう。 北朝鮮がアメリカを口汚く罵って恫喝することは今までも珍しくなかった。なぜ北朝鮮がアメリカに恫喝のメッセージを送るのかは抑止論のゲームによって説明できる。北朝鮮の核兵器とミサイル開発の目的が、アメリカに対する抑止力を持つためであったことは、もはや議論の余地はないだろう。援助やそのための対話を求める瀬戸際外交であるならば、アメリカを攻撃するぞと恫喝する行動を説明できないからである。恫喝されれば援助を送るアメリカではないだろう。では、抑止論のゲームから北朝鮮がなぜアメリカに対して恫喝するのかを説明しよう。北の米に対する抑止ゲーム 抑止論のゲームは、展開型ゲームによって説明される。視覚的にはゲームツリーが最も分かりやすいであろう。北朝鮮のアメリカに対する「抑止ゲーム」を描いたゲームツリーの図を見てもらいたい。この「抑止ゲーム」の結果は、北朝鮮とっての「現状維持」、「宥和(ゆうわ)・降伏」、「戦争」の3つがあり得る。アメリカが「攻撃の自制」を選択すれば、「現状維持」になる。アメリカが「攻撃の実行」を選択し、北朝鮮が「反撃の放棄」を選択すれば、北朝鮮の「宥和・降伏」になる。アメリカが「攻撃の実行」を選択し、北朝鮮が「反撃の実行」を選択すれば、「戦争」になる。北朝鮮にとって、「現状維持」が最も平和な状態であり、最良の結果である。そして、アメリカからの攻撃に対して「宥和・降伏」することは国家が消滅する可能性もあり、最悪の結果である。「戦争」は、その中間の結果である。北朝鮮のアメリカに対する「抑止ゲーム」を描いたゲームツリー アメリカにとっては、北朝鮮が「宥和・降伏」することが最良の結果であり、北朝鮮と「戦争」になることが最悪の結果である。「現状維持」は、その中間の結果である。となると、北朝鮮とアメリカの両者にとって、「現状維持」が最良の結果であることになる。そのために、北朝鮮は、アメリカに「攻撃の自制」を選択させて、「現状維持」の結果をもたらすようにしようとする。それは、アメリカが「攻撃の実行」を選択すれば、北朝鮮が必ず「反撃の実行」を選択して「戦争」になることをアメリカに認知させることである。もしアメリカが「攻撃の実行」を選択しても、もしかしたら北朝鮮が「反撃の放棄」を選択するかも知れないとアメリカが認知すれば、アメリカが「攻撃の実行」を選択する可能性が出てくるからである。 そのために、多くの人々の直感とは異なるであろうが、「抑止ゲーム」で分かることは、北朝鮮は「やられたら必ずやりかえす」とアメリカに恫喝のメッセージを送り、実際にやりかえせる能力を持っていることを核実験やミサイル実験で示しておくほうが、最も平和な状態を維持できるということになる。反対に、北朝鮮が平和で友好的なメッセージをアメリカに送れば、アメリカが「攻撃の実行」を選択する可能性が高まり、「宥和・降伏」や「戦争」といった「現状維持」よりも悪い結果を北朝鮮にもたらすことになる。だから、「抑止ゲーム」では、北朝鮮は、最善の選択として、核実験やミサイル実験を繰り返し、恫喝のメッセージをアメリカに送り続けるはずである。 実際の北朝鮮も、そのために恫喝のメッセージをアメリカに送っているのである。同じことが、アメリカにも言えるであろう。奇妙な話であるが、「抑止ゲーム」では、米朝がお互いに口汚く罵って恫喝している方が、戦争が起こる可能性が低くなることになるのである。(文中敬称略)

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    「在韓米軍撤収」これが習近平を黙らせるトランプの隠し球だ!

    李英和(関西大学教授) このところ北朝鮮の金正恩政権はすっかり鳴りを潜める。9月15日に中距離弾道ミサイルを試射してからは音なしの構えだ。 北の核ミサイル開発は、アメリカ本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の完成まであとひと息。向こう半年から一年間で「頂上」に登り詰める。その数歩手前で、金正恩は足踏みする。 巷(ちまた)では、北朝鮮の次なるICBMの発射実験は、去る10月10日の朝鮮労働党創建記念日、あるいは10月18日の中国共産党大会開催日が有力視された。ところが、大方の予想に反して撃たなかった。筆者の知るところでは、撃ちたくても「撃てなかった」。俗な言い方をすれば「ビビった」のだ。 技術的に何か問題が起きたからではない。朝鮮半島近海への米空母戦団の派遣や爆撃機の演習を恐れたのでもない。また、共産党大会の開催を前にした中国に脅されたわけでもなさそうだ。 金正恩が怖じ気づいた理由はただ一つ。11月3日から始まるトランプのアジア歴訪、より正確には11月8日の米中首脳会談にある。そこで北朝鮮の命運が決まることを鋭敏に感じ取った。これが金正恩にミサイル発射を自制させた。北朝鮮の労働新聞が掲載した、弾道ミサイル「火星12」の発射訓練を視察し、笑顔の金正恩委員長の写真(コリアメディア提供・共同) 今回のトランプ訪中の目的は二つ。北朝鮮問題と貿易問題の「解決」だ。時間的な切迫の度合いから言えば、前者が最優先の課題となる。知財権などの複雑な貿易問題は後回しにしてもかまわない。むしろ、貿易問題は北朝鮮問題で中国と直談判する際の有力な取引材料の一つだ。 首脳会談の前にミサイルを発射してトランプを刺激するのは、いくら何でも冒険が過ぎる。同時に、北朝鮮問題と貿易問題でトランプに強く圧迫される習近平の立場をさらに弱めることになる。 金正恩は固唾(かたず)をのんで米中首脳会談を見守るしかない。したがって、トランプ訪中が終わるまでは、ICBMの発射実験を控えることになるだろう。会談の成り行き次第で、金正恩が実験に込める政治的メッセージを変えることになるからだ。いずれ崩壊する金正恩政権 そんな米中首脳会談では何が決まるのか、大胆に予測してみよう。トランプは習近平に北朝鮮の非核化を前提条件として「二者択一」を強く迫る気配が濃厚だ。一つは、北朝鮮に対する原油と食糧の禁輸を含む経済制裁のさらなる強化。端的に言えば、事実上の「経済封鎖」だ。もう一つはアメリカによる予防的な先制攻撃。中国が前者を拒むのなら、後者を容認もしくは黙認させる仕掛けだ。 米中両国は表面上「北朝鮮の政権交代を目指さない」と言う。だが、二者択一のどちらに転んでも、結果的に金正恩政権は崩壊に行き着く。 経済封鎖となれば、主役は中国が担うが、日韓両国も一役買うことになる。先制攻撃の場合には、日韓両国は否応なしに協力することになる。そのための事前の調律作業が訪中に先立つ日韓両国訪問だ。 習近平は上記した二者択一のどちらでも選べる。とはいえ、長大な国境線を接する中国の裏庭での戦乱を黙って見守るのは難しい。金正恩政権に援軍を送ったり、あるいは逆に米軍と共同して金正恩掃討作戦を敢行したりするのは至難の業だ。そうなら、経済封鎖をのむしかなくなる。新たな最高指導部メンバーを紹介し、拍手する習近平総書記=2017年10月 その場合、問題となるのは、金正恩政権を除去した後に生まれる北朝鮮の新しい政治地図だ。中国は、韓国が北朝鮮を吸収するのはともかく、北朝鮮領内に米軍基地が展開する事態だけは何としても避けたい。中国軍が「金正恩後」の北朝鮮に進駐するのは無理でも、中国軍と気脈を通じた北朝鮮軍を中軸とする「親中政権」を樹立したいところだ。 今回の米中首脳会談では、トランプが習近平に貿易問題での譲歩だけでなく、安全保障面で十分な「安心」を与えることが必要になる。現実的な「落としどころ」は次の二点だろう。 一つは、経済封鎖であれ先制攻撃であれ、米韓両軍が北朝鮮領内に兵を進めないという約束。今の韓国左派政権はその気が毛頭ないので、トランプ政権の決断次第だ。この点では、トランプには習近平を安心させられる「隠し球」がある。近い将来での在韓米軍撤収がそれだ。今回、この「密約」が成立する公算が大だ。 要するに、北朝鮮だけでなく、朝鮮半島全体を米中両国の「緩衝地帯」とするなる新たな北東アジアの政治地図と経済環境の出現である。 日韓両国にとって、この金正恩後の北東アジアの将来構想が吉と出るか兇と出るかは未知数である。だが、金正恩にとって「大凶」であるのは疑いない。金正恩は、ICBM完成の頂上を目前にして、険しい絶壁に直面する。だが結局は、中途で下山する勇気はなく、遭難の危険を覚悟して無謀な登頂を試みるしか道はなさそうだ。金正恩の対中「極秘命令」 経済封鎖となれば早晩、北朝鮮は経済的に窒息する。最近になって韓国政府が警告するように、大勢の北朝鮮住民がその犠牲になる恐れが色濃い。90年代中盤に続く大飢饉の再発だ。 2度目の大飢饉を金正恩政権が果たして乗り越えられるかどうか、大いに疑問である。だが、北朝鮮は、前回の大飢饉では国民の10人に1人を飢え死にさせながら、独裁体制を維持して核ミサイル開発を進めた「成功体験」に浸る。 それに加えて、金正恩は習近平による経済制裁や軍事的圧迫の脅しにまったく動じない。この点については、韓国の駐中国大使による興味深い証言がある。今年9月に起きた6回目の北朝鮮核実験直前の話だ。 中国政府は「北朝鮮の核実験を阻止した。今後もできないだろう」と米韓両国に自信満々に語っていた(2017年10月17日、朝鮮日報「北朝鮮危機:『核実験阻止する』と自信見せていた中国」)。おそらく北朝鮮に「制裁強化」の脅しをかけたのだろう。ところが、金正恩はそんな習近平をあざ笑い、過去最大規模の「水爆実験」で応じた。 金正恩が習近平を恐れないのには明快な理由がある。一般には知られていないが、金正恩は昨年3月に朝鮮人民軍の戦略軍司令部に驚くべき命令を下した。「北京に核ミサイルの照準を合わせろ」というものだ。極秘命令とはいえ、筆者の耳に入るくらいだから、習近平がそれを知らないはずがない。半ば公然たる中国への挑戦状である。弾道ミサイル「火星12」を見る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(手前)。朝鮮中央通信が5月に配信した(朝鮮通信=共同) 金正恩の愛用句に「日本は百年の敵、中国は千年の敵」というのがある。歴史上、中国は朝鮮半島で「宗主国」として振る舞い続けてきた。それに対する民族的反感が表出したものである。その中国を北朝鮮の核ミサイルが射程に収めた。だが、北朝鮮と中国は表面上、「同盟国」の関係だ。その首都である北京に核攻撃の「自動発射態勢」を取るのは尋常でない。 ともあれ、核ミサイルの「民族の宝剣」を手にした金正恩は、習近平だけが相手なら「ビビらない」。習近平も金正恩を相手にうかつに手出しできない。金正恩は今般の中国共産党大会に祝電を送ったが、中身は素っ気ないものだった。「恭順の意」を表したものでは決してない。米中首脳会談を意識した危機管理次元での形式的で戦術的な「祝意」に過ぎない。金正恩が恐れるのは、まだ「宝剣」の圏外にあるアメリカだけだ。そのトランプが今、尻込みする習近平の背中を押して経済封鎖に追い込もうとしている。 米中首脳会談の結果を見極めれば、金正恩は乾坤一擲(けんこんいってき)、年内中に再びICBMの発射実験を強行することになるだろう。

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    拉致解決を「トランプ任せ」にして恥ずかしくないのか

    り難民の仕分けの問題まで言及したのは、いかに政府中枢でこの問題が深刻に捉えられているかの象徴である。北朝鮮の状況は切迫しており、すでに高官クラスで脱北する人が相次いでいる。今後何らかの政変、例えば金正恩朝鮮労働党委員長の暗殺が起きたとき、秩序が崩壊して各方向に難民が続出するはずだ。「北の難民上陸」そのとき日本は 陸続きではない日本に来る難民はそれほど多くないだろうが、北朝鮮の人口は2千数百万であり、拉致被害者はもちろん、在日朝鮮人の帰還(北送)運動でかつて北朝鮮に行った9万3千人とその家族がいる。それらの人の多くは日本を目指すだろうといわれており、数万人くらいは船に乗ってやってくると覚悟しておく必要がある。例えば、2万人でも日本海側の各県平均で1000人以上である。さらにその中には日本に関係のない一般の北朝鮮人や、場合によっては難民を偽装した中国朝鮮族が来る可能性もある。 やってきた人の中には麻生副総理が指摘した武装難民がいるかもしれない。北朝鮮の漁船の中には多数の海軍の水産事業所の船がある。この船が難民船になる場合、小銃程度の武器を持ってきても不思議ではない。日本側がどう対応するか分からないし、いざとなったら海に捨てればよいのだからだ。しかも、このようなケースの場合、銃を撃ちながら港に入ってくるなどということはあり得ない。隠し持っていていざというときに出すだろう。その武装解除は誰がやるのか。 また、病気を持った人が乗っている場合もある。処置をしても保険加入者ではない。しかし死にそうな人がいたら放置しておくことはできない。治療にかかった費用を誰が払うのだろう。感染症に罹患(りかん)していればそれが日本国民にうつる可能性もある。防疫も極めて重要である。 以上は本当に想定されることの一部のそのまた一部である。このような状況になったとき、言うまでもなく対応するのは日本政府であり、日本人である。外国に任せることは物理的にも不可能だ。欧州の各国も大量の難民を受け入れているし、メキシコとの境に壁を作ると公約したトランプ大統領の米国ですら年間数万の移民を受け入れているのだから。トランプ米大統領(左端)と面会した横田早紀江さん(前列右から3人目)ら北朝鮮による拉致被害者家族会のメンバー=2017年11月6日、東京・元赤坂の迎賓館(ロイター=共同) 一方、難民が出てくるような状況は悪いことばかりではない。北朝鮮の内部の秩序が崩壊すれば拉致被害者を救出する機会が訪れるからだ。そもそも100人以上いるはずの拉致被害者を、北朝鮮当局との話し合いで最初から帰国させることなど絶対に不可能である。混乱の中、それらの人がどこにいて、どうしているかの情報が入ってくる可能性がある。うまくいけば船に乗って帰ってくる可能性もある。助けに行けるところまで自力で来てくれるかもしれない。「放置国家」と自ら認めるか ただし、このようなとき法律を守っていたら救出はできない。自衛隊は邦人保護に外国に行く場合、相手国の承認を必要とすることになっている。このままであれば行けないのだ。しかし、危険な状況になるかもしれないときに、行けるのは自衛隊だけである。そしてやらなければ見捨てることになるのだ。2016年12月、陸上自衛隊相馬原演習場で行われた、海外の邦人保護を想定した訓練では、不快な音を出して相手をひるませる機器も使用された 認定か未認定かに関わりなく、拉致被害者家族に対して「あなたの家族は拉致されていますが法律上助けることはできません。死んでいくのを待つしかありません」と面と向かって言えるのなら言えばよい。それは法治国家ではなく「放置国家」であると自ら認めたことになるが、できるかのような幻想を抱かせるよりは誠実であるといえるだろう。 今回の総選挙で与党は大勝した。野党第一党になった立憲民主党はリベラル色が強いが、枝野幸男代表は何だかんだ言っても東日本大震災当時の官房長官である。非常事態に対処した経験はあるのだ。当時でも少なくとも菅直人首相よりはまともに見えた。そして日米関係はとにもかくにも良いのである。ある意味条件はそろっているように見える。 あとは自分でどこまでできるかであり、逆に言えば、これだけ条件がそろっても自分でやらなければ何もできないのである。安倍首相は北朝鮮の予想される事態に対処するための解散だと言った。それならば選挙に勝った以上、しっかりと対処しなければならないはずである。 本来トランプ大統領に拉致被害者家族を会わせるというのは恥ずかしいことだ。「拉致被害者の救出は日本がやります。米国も協力してください」と言うべきである。 映画『シン・ゴジラ』の中で首相補佐官役の竹野内豊だったか、「戦後は続くよ、どこまでも」と言っていた。戦後体制とは米国の庇護の下、保護国に甘んじることである。しかし、もう戦後は続かない。自ら政治の責任で現在の矛盾を断ち切り、国家としての整合性を確立できるか、安倍政権の真価が問われている。 いや、本当に問われているのは私たち日本国民一人ひとりの真価なのかもしれないのだが。

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    トランプの外交予定からわかること

    ア諸国を訪問する予定であることは、地域で何が起こるかを、ツイートや噂話などよりもよく示してくれる。 北朝鮮との戦争の可能性は恐ろしい。しかし、習近平との会談に赴く大統領が核攻撃の雲の中を飛んでいくことはない。習近平は北朝鮮に圧力をかけるとの約束を訪問前に実施するだろうか。習近平がそうする可能性は大きい。 解任の噂の絶えないティラーソン国務長官についてはどうか。彼は、トランプ訪中の準備をしている。その彼が今、首になることは考え難い。 混乱した大統領府をフォローするうえで、難しい問題は大統領周辺の蔭口から実際の政策を分別することである。トランプは、「気まぐれ」で動いているようだ。司法長官セッションズを公に侮辱したが、引き続き一緒に働いている。上院院内総務マコーネルに腹を立て、民主党のシューマーとの良い関係をみせたが、数週間後には共和党の機嫌を取っている。 このホワイトハウス・ハリケーンの中心にいるのがティラーソンとマティス国防長官である。二人の同盟は安定しているように見える。ヘイリー国連大使をティラーソンの後任にするとの噂は絶えないし、それは今後ありうるが、ティラーソンが中国訪問と北朝鮮への外交戦略を指揮している今はない。会談を前に握手するティラーソン米国務長官(左)と河野外相=2017年11月5日、東京都 外遊が外交政策を説明する。トランプは最初の外遊でサウジを訪問し、壮麗な歓迎を好んだ。ムハンマド・ビン・サルマン皇太子を改革者として評価し、サウジとUAEがカタールに圧力をかけた時には、サウジ側に立った。ティラーソンはこの紛争は調停されるべきだと主張し、トランプをイライラさせた。しかし今月、トランプはティラーソンの見方に近づき、サルマン国王とカタールの首長に電話し、紛争を解決する時だと述べた。努力は失敗に終わったが、さらなる努力がありうる。トランプはまだサウジ支持であるが、ティラーソンとマティスがこの問題で共同戦線を取っている。 ただティラーソンは最近、国務省の伝統的政策分野、難民政策を大統領府のステファン・ミラーに譲り、ミラーは受け入れ上限を4万5千人という最近の最低に定めた。 我々はトランプの扇動的なツイートより、彼が何をするか、彼がどこに行くかを見て、わかることがある。北朝鮮を攻撃しようとしている大統領は中国への11月の訪問を予定はしない。出典:David Ignatius ‘Want a clue to Trump’s policy? Look at his schedule’ (Washington Post, September 28, 2017)トランプが訪中して達成すべきこととは イグネイシャスはワシントンの内部状況に詳しい人であり、いつも傾聴に値する論説を書いています。 この論説は、トランプ大統領が11月に北京、東京などを訪問予定であることから、米国と北朝鮮との戦争はしばらくないと推定しています。これは正しいでしょう。ただ、平和的な関係を作るのには、2か国の合意がいりますが、戦争は1か国だけで始められます。したがって、この論説は、北朝鮮から攻撃を仕掛けることはないとの前提で書かれています。これも正しいでしょう。専用機に乗り込むトランプ米大統領=2017年11月3日、米メリーランド州(ロイター=共同) 米国と北朝鮮の戦力は、巨人と小人の違いがあり、米国が本気で攻撃すれば北朝鮮はひとたまりもありません。金正恩は、米国の攻撃を抑止するために核とミサイルを開発しているのであって、北朝鮮から仕掛けることはあり得ないと思われます。北朝鮮の暴発を言う人もいますが、そんなことは考え難いです。 問題は、米国が北朝鮮の挑発的行動をどれほど我慢できるかです。北朝鮮は米国の攻撃を招くことはない範囲内で、挑発行為を引き続き行うと思われますが、米国の反応を読み間違える危険があります。国内事情があるのかと思われますが、危険な火遊びはしない方がよいでしょう。 第2次朝鮮戦争になると、ソウルは火の海になり、日本にも戦火が及ぶ危険があります。米韓の軍事的オプションのあり方については、全面戦争に至らない諸段階があり得ます。注意深く考えていく必要があります。 トランプ大統領は訪中に際し、北朝鮮問題について深く突っ込んだ話をし、米中間で何らかの合意を達成することを目指すべきでしょう。米韓軍は38度線を越えて北朝鮮には行かないとか、将来の朝鮮半島をどうするか、統一するかまたは二国家継続にするか、中国軍が北朝鮮北部に進駐することを難民対策上認めるかなど、米中間で話し合うべき問題はたくさんあります。 この問題は外交的に解決すべく努力すべきです。米中間での了解を作る外交が最も重要です。外交の重点は、無意味になることが明らかな米朝対話に置かれるべきではありません。 ロシアについては、プーチンは問題があるところに絡み、ロシアの影響力を強めることを狙う性向があり、ロシアを本件に絡ませることには注意深くあるべきと考えます。北朝鮮の米局長がロシア外務省で何を話したのかわかりませんが、ロシアは北朝鮮の立場に理解を示したように報じられています。