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    無派閥の菅総理誕生が浮き彫りにする自民党政治の功罪と黄昏

    今村浩(早稲田大社会科学総合学術院教授) 自民党総裁選を経て総裁に就任、さらに首相指名選挙をもって、ついに菅義偉(よしひで)新首相が誕生した。一部には、今回の総裁選出過程を難じて「国民不在の派閥政治」との評もあるようだ。 ここで言われる派閥とは、自民党の国会議員が非公式に形成している政治集団のことである。しかし、私としては、この非難はいささか的を外していると感じられる。そこで今回は、いわゆる「派閥政治」の歴史と現在、そして未来について論評したい。 今回の「派閥政治」批判の矛先の一つは、国会議員と同等の重みを持つ党員投票が行われないという点に向けられた。たしかに、自民党の党員数は日本最大である。しかし、昨年末に約108万人と伝えられる党員の数は、それでも有権者人口約1億600万人の約1%にすぎない。 ただし、自民党員の構成が、さまざまな指標において全国民あるいは有権者の忠実な縮小模型であるなら、党員投票は「民意」を反映すると言えるかもしれない。だが、自民党にかぎらず、特定の政策志向を持ち、政治信条を同じくする政治組織である政党に党費を払ってまで加入している人々が全国民の縮小模型であるわけがない。党員投票する人の数が多ければ、その選挙は民主的だというわけではないのだ。 候補者の共同会見や報道番組への出演を通して、それぞれの政見の相違も浮き彫りになった。とりわけ私の印象に残ったこととして、前政調会長の岸田文雄氏が憲法改正への積極姿勢や皇統の男系維持を唱えて、従来の所属派閥のイメージから離れたようにも思われたことである。それゆえ今回の総裁選を、派閥政治批判でよく提起される「密室の談合」のように言うことはできないであろう。公開の場での明確な発信をもたらしたという意味で、密室の派閥談合という批判は受け入れ難い。 それはそれとして、かつての「派閥全盛時代」と現在の派閥は様変わりしている。そこでまずは、派閥政治の背景と歴史を少し見ておこう。日本の衆議院の選挙制度は長きにわたって「中選挙区制」と俗称され、厳密には「大選挙区単記非移譲式制」が採用されてきた。 これは一選挙区の定数が3~5にもかかわらず、有権者は一票しか投ずることができない単記制であり、世界に例を見ぬユニークな選挙制度として大正時代より行われてきたものである。ただ、政治改革により中選挙区制は小選挙区比例代表並立制となり、候補者と支持政党へ一票を投じて候補者と比例代表が当選するようになった。それゆえ、この選挙制度に慣れ親しんだ層は主に50代以降であり、その数は徐々に減りつつある。1993年、細川護熙首相(右)を官邸に訪ね、政治改革などについて話し合う市川雄一公明党書記長。 昭和20年代(1945年~)の日本の政党政治は、戦前の系譜に連なる政党が主流を占め、明治以来の政党政治の延長線上に位置づけ得る点もある。しかし、1955年に左右両派に分かれていた社会党が統合して日本社会党が誕生し、一方で自由党と(最近の民主党とは何ら関係がない)民主党が、合同して自由民主党となった。こうして成立した政党制を、政治学では55年体制と呼ぶ。 このいわゆる55年体制とは、政党制としては自民・社会の二大政党が圧倒的な力を持ちつつも、通常の二大政党制とは異なり実は政権交代の可能性には乏しい自民党優位のものであった。これは自民党の議席数を1とし、それに対して社会党は約50%の議席を維持し続ける「1と2分の1政党制」であった。不戦敗の選挙 その根拠は、自社両党の衆院選における公認候補者数に如実に見て取れる。 日本国憲法のもとで内閣総理大臣を自らの党から輩出して政権運営に当たらんとするならば、衆議院総定数の半数を超える「当選者」を出さなければならず、そのためには衆議院総定数の過半の「候補者」を擁立する必要がある。原則として当選者数は擁立した候補者数を超えることはないからだ。「何を当たり前のことを」と多くの方は思われるかもしれない。 ところが55年体制の下で、この「当たり前」のことである「単独で衆議院定数の過半の候補者擁立」を続けたのは、自民党のみであった。日本社会党が単独で衆議院総定数の過半の候補者を擁立し得たのは58年の衆院選においてだけである。 その選挙でさえ政権奪取を果たすには、同党候補者246人中234人が当選する必要があった。つまり当選率95%超でようやく過半数に届くという瀬戸際の数字であって、それはまず実現しそうにもなかった。 なお、日本共産党は半数を超える候補者を擁立したことはあったが、これに関しては当選の可能性から考えて度外視して差し支えない。 つまり自民党以外の政党は、常に不戦敗の選挙を続けていた。55年体制とは与党と野党が固定化し、それぞれの機能を特化した体制であった。自民党には政治の運営を、野党には自民党政権の暴走への歯止めとしての機能しか期待されなかったのだ。1955年、講和条約と安保条約への対応をめぐり4年前に分裂した左右両派の社会党が統一し、日本社会党として発足。鈴木茂三郎委員長(右)と浅沼稲次郎書記長の就任が決まり野党第1党となった。 衆議院で過半数を得るには、どうしても同じ選挙区に複数の候補者を立てねばならない。だが、当時の選挙制度である、候補者一人だけを選ぶ単記制の下では、それは共倒れの危険をはらむ。同じ選挙区の自民党議員は、異なる派閥に属して政党組織からはかなり独立して選挙を戦うことが常であった。 自民党だけが共倒れの危険を冒してまで一選挙区に複数候補者を擁立する活力を維持し得たのは、一つには派閥の効用ゆえであろう。一方で野党側、とりわけ55年体制初期には衆議院総定数の過半数の候補者を擁立して政権に挑む潜在力をまだ有していたと思われる社会党は、野党第1党の座に甘んじて、次第に国会での取引を生業とする存在になり果てていった。派閥による政権交代 そして55年体制の終焉と自民党の単独の政権に終止符を打った93年の衆院選にて、自民党が過半数を失ったのは小沢一郎氏率いる新生党による分裂が大きく作用している。 この分裂の直接の契機が衆議院の選挙制度改革についての意見の相違であったことは、誠に象徴的だ。政権担当意欲を持つ政党らしい政党が出現すれば、中選挙区の下でも政権交代は生じたのだ。 自民党の派閥をして、しばしば「党中党」とも言われたものだ。そしてこの表現には、単に気の利いた比喩以上の真実も含まれていた。派閥は有望な新人候補者を発掘し、資金を援助し、選挙運動にも協力した。 そして派閥は、自民党内での多数の支持を得て総裁を輩出することで政権を得ようとしたのであった。その前提には「たとえ僅差でも総裁選挙の結果を受け入れて、党を割るようなことはしない」という暗黙の合意があった。自民党内においてそれを破るのは、自殺行為であると認識されていたのである。 政権を担う意欲を持ち、現にしばしば総裁総理を輩出して政権を担当したのは実は派閥であった。一方で、候補者全員当選でも衆議院の過半に及ばないという不戦敗を続ける野党との対比は鮮明であった。すなわち機能から見れば、自民党の派閥こそが政党であり、野党は、国会に議席を有する圧力団体であったと言える。 この政権を担う派閥の交代を「疑似政権交代」と称し、何かまがい物のように見なす向きもある。しかし、国家には日本のような単一国家と、米国のような連邦国家という類型の違いがある。 それは相違であって両者に優劣はないように、派閥連合体としての政党が、体系的政治イデオロギー綱領の下に統制された政党に劣るとは言えない。わが国の政党観には、いまだにヨーロッパの社会民主主義政党の在り方を理想化してきた名残がある。それゆえ自民党一強を揶揄(やゆ)するのは、ある意味理想的な政党の在り方についての見解の相違ではないだろうか。 その後過渡期を経て、名実ともに二党制が成立したと言い得るのは2003年の衆院選であった。この選挙で民主党が議席を大きく伸ばし、58年の日本社会党の166議席を上回る177議席を獲得する。なお05年の衆院選にて民主党は64議席を失う大敗を喫したが、それもって2党制の頓挫とは言い切れない。バラで飾られた当選者名を前に笑顔を見せる民主党の鳩山由紀夫代表(当時)=2009年8月、東京・六本木の開票センター この選挙では上位2党の自民・民主の議席占有率は変化しておらず、また議席数の大きな揺れ幅は小選挙区制につきものだからだ。実際09年の衆院選では民主党による政権交代が実現し、308議席を獲得する大躍進を遂げた。 しかし、14年の衆院選において、民主党の候補者数が衆議院総定数の過半数238に遠く及ばぬ198にとどまったことは、政党制の転換の兆しであったと言うことができよう。17年の衆院選では民進党が姿を消し、後継かと思われた希望の党の失速で二党制の崩壊がもたらされた。弱りつつある派閥政治 ただ、今後の野党再編があり得るなら、これらは過渡期の選挙であったのかもしれない。現在の無所属当選者26人は、現行選挙制度導入後最多であり、これらの議員を含む今後の野党の離合集散が注目される。 だが、最近の野党の再編には良い印象を与える点がほとんどない。野党の一本化を志向した立憲民主党と国民民主党の動きには、総裁選に隠れて霞んでしまったとはいえ、それなりの意義はあった。ただ、その推移を見ると、むしろ注目されずに終わって幸いであったとすら言えるかもしれない。 例えば小学生に、今回の野党再編を解説するとなると「立憲民主党と国民民主党がそれぞれ解散して、その結果、立憲民主党と国民民主党ができました。党代表は立憲民主党が枝野幸男氏、国民民主党は玉木雄一郎氏で、前と同じです」という感じになる。いったい、小学生からはどんな反応が返ってくるだろうか。 ともかくも、現状は55年体制型の一党優位制への回帰に向かっていると言うしかない。しかし、仮にそうであったとしても、55年体制の下での自民党派閥政治の復活はないであろう。94年の選挙制度の変更は、同一選挙区から自民党候補者が複数出る可能性を著しく低くした。 なぜなら、公認の最終権限を握る党執行部の力が増大しているためだ。衆議院が執行部の統制に服すようになったことから、相対的に参議院自民党の力が増している印象も受ける。そして派閥の統制力は、55年体制下でのそれに比べて弛緩(しかん)している。 無派閥と分類される自民党国会議員は、『国会便覧』(令和2年2月版)によると現在59人にも達し、今回新首相に就任した菅氏もその一人である。これは細田派に次ぐ、自民党のいわば第二勢力となっており、かつては考えられなかったことだ。産経新聞の単独インタビューに応じる菅義偉官房長官=9月5日午前、東京都千代田区(桐山弘太撮影) それゆえ現在の日本の政党政治は一党優位性の定着か、多少なりとも競合的政党制の芽を残すかの言わば踊り場に立っている。最近一部に伝えられる自民党と日本維新の会の接近も、こうした文脈で捉える必要があろう。 そうは言っても、「自民党支持ではないものの、野党にはそれ以上に期待できない」という人々が、せめて実質的総理の選出となる自民党総裁選に、何がしか意思を反映させたいというのも分からなくはない。 しかし、登録党員制度を持つわが国の政党の党内選挙に、党員以外の人々の参加を認めることは困難である。米国の大統領予備選は、確かに広く選挙民に開かれている。だが、それは米国の政党にはそもそも登録党員というものがなく、政党の支持者がそのまま党員と認知されているからなのだ。 多くの州では、選挙権登録の際に支持政党も登録される。有権者は、民主党か共和党か独立無党派を選ぶ。それが、予備選挙の投票資格になる例が多い。つまり、行政機関が党員登録を代行しているとも解釈できる誠にユニークな制度である。 ただ、日本の政党にそれを求めることはできない。首相が誰になるのかについて、有権者の意思のより直接的な反映を求めるのなら、筆者は現行の議院内閣制をよしとするものの、首相公選制を考えるのが筋であろう。

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    佐藤優氏 安倍政権のリアリズム外交が消えることへの不安

     安倍晋三首相が辞任を発表したことで、次の政権にはどんな“宿命”が待ち構えているのか。「安倍辞任」を見越していたかのようなタイミングで共著『長期政権のあと』を上梓したばかりの元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏と、政治学者・山口二郎氏(法政大学教授)が緊急対談した。山口:安倍政権末期は綻びが目立っていたように思えます。特にコロナ危機以降は、「マスクの全戸配布」「学校の9月入学」など、忖度官僚とか官邸官僚と呼ばれる人々が何か思いつきで提案しては失敗し、それを繰り返した。政府としてグリップが効かない状態で漂流していた感じがします。 一方で、私は安倍さんの威を借りながらやりたい放題をする、官邸官僚は官僚組織全体からしたらごく一部だと思うし、次期政権では復元力が働き、従来の官僚組織に戻っていくのではないかと期待しています。佐藤:官邸官僚と呼ばれる人たちの中でも、今井尚哉・首相秘書官、北村滋・国家安全保障局長、この2人は除外して考えないといけません。 この2人は、世の中で言われるような「安倍家の使用人」タイプではありません。その証拠に彼らは、民主党政権でも一生懸命にやっていました。出世など気にしていないし、ただ政権のため国家のために働くという腹をくくっているから、信頼できる。 官邸官僚が維持できるかどうかは、彼らのような人物が見つけられるかということにかかっています。なぜこう言うかといえば、私自身が事実上の官邸官僚でしたから(笑い)。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)山口:戦後日本の長期政権は、小泉・安倍以前にも、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘などがありましたが、いくつかの共通点があり、その第一条件が対米追随ということだと思います。米国との関係維持は、長期政権にとって不可欠でした。 ところが、米大統領選を待たずに安倍首相が辞めたことで、予測不可能になってきました。トランプ氏再選の場合は駐留米軍の経費負担問題などで無茶を言ってくる可能性が高く、バイデン氏が勝ったほうが、日本にとっては伝統的な対米関係の延長線上で議論ができるということになるかもしれません。佐藤:日本の外交は民主党政権時代も含めてすべて親米ですが、その度合いに違いがあります。対イラン自主外交やイージス・アショア導入中止に見られるように、安倍政権の親米度は実はそれほど高くない。安倍政権と米国は、トランプ氏との属人的な関係がありつつ、ペンタゴン(米国防総省)や国務省との関係では、日本の自主性、独立志向が見られます。これは安倍首相の祖父の岸信介政権を彷彿させます。 次の政権でそうした安倍さんのリアリズム外交が消えてしまうのが非常に不安です。よりイデオロギッシュな関係に基づく親米に変わり、米国の対イラン・対ロシア制裁に加わって、さらに中国に対しても米国内の対中強硬派に突き上げられる可能性もあります。【プロフィール】●さとう・まさる/1960年生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館書記官、国際情報局主任分析官などを経て現職。著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『知性とは何か』など。●やまぐち・じろう/1958年生まれ。法政大学法学部教授。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授、オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員などを経て現職。専門は行政学、現代日本政治論。著書に『民主主義は終わるのか』、『政権交代とは何だったのか』など。■佐藤優氏 長期政権後の次期政権は短命に終わる可能性■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■佐藤優氏「国際連携が必要なのは五輪よりワクチン開発だ」■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由■横田滋さん、外務省に「命をこんなに軽く扱うのか」と激怒

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    「最強」安倍政権を継ぐ者たちへ

    歴代最長となった安倍政権は、実績の数に劣らぬほど不祥事も乗り越え、あらゆる面で「最強」だったことは否めない。ゆえに、この政権を引き継ぐことはかなりの重圧になるだろう。近く決まる次期総理の舵取りは一筋縄ではいかないのは明白なだけに、「最強政権」を継ごうとする者たちに覚悟を問う。

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    歴代最長ゆえに築いた安倍政権のレガシーと次代に残す「副作用」

    三浦瑠麗(国際政治学者) 歴代最長政権の幕が下りました。首相個人の健康上の理由による辞任であったこともあるかもしれませんが、その最後は、積み上げられた時間の重みに比して少々あっさりとした、実務的なものでした。 安倍首相自身が、第1次政権を去る際の政権「投げ出し」批判が強かったことを意識してのことでしょう。目下の最重要課題である新型コロナウイルス対策の進むべき方向性を明確にした上で、淡々と辞任に至る理由が語られたのでした。 一つの時代に一つの区切りがついたとき、歴史的な総括やレガシーについて語られるのは、人間という生き物が自らの生きる時代や空間を把握したいという欲望を抱えているからでしょう。政治を評する者としても、歴史に参加しているという実感が得られる営みです。 私自身、現実の政治について評論するようになったのは2014年からであり、当時は既に第2次安倍政権に入っていました。政権の後半には、安全保障政策や中期的な経済政策を議論する会議に参加する縁などもあり、首相やその後継と目される人々とも接する機会もありました。本稿は、同時代性を持って安倍政権のレガシーを定義する私なりの試みです。 安倍政権の政策的なレガシーについては、5点挙げたいと思います。内政上のテーマが2点、外交上のテーマが2点、国民意識の統合に関してが1点です。 内政上の最大の成果は、2012年時点では八方塞がりに感じられた日本経済に新たな息吹を吹き込んだことです。政権発足直後の2013年、日本銀行総裁に黒田東彦(はるひこ)氏を任命し、異次元の金融緩和策を推し進めました。 目標とされた完全なデフレ脱却までは至らなかったものの、景気の「気」の部分にも働きかけたことによって雇用は改善し、企業収益が回復し、株価も大幅に上昇しました。この景気の底上げがあったからこそ、5%から8%、そして10%への2段階の消費増税が可能となりました。「すべての女性が輝く社会づくり推進室」の看板をかける安倍晋三首相と有村治子女性活躍担当相=2014年10月 プライマリーバランス(基礎的財政収支)の均衡までは至らず、コロナ禍に伴う未曽有の支出によって日本の財政は再び危機を迎えていますが、消費増税のタブーを乗り越えた意義は大きいものでした。 第二は、経済をキーワードにして時代にあった社会政策を推し進めたことです。「女性活躍」を合言葉にして、男女共同参画を「女性の問題」から「経済の問題」へと再定義したことで経済界を巻き込むことができました。 少子高齢化社会のさらなる深刻化を踏まえた、幼児教育の無償化、年金の開始年齢の引き上げ、外国人労働者の受入れ、インバウンドの強化など、これまでも議論されていたけれど実現に至らなかった課題が前に進みました。外交のレガシー それは、保守の本格政権であったからこそ、「伝統的家族観」の信奉者たちの攻撃をやり過ごすことができたからです。保守政権ならではの漸進主義により、成果は道半ばであるにしても社会の主流の考え方へと昇華させた功績は大きいでしょう。 外交・安全保障政策における最大の成果は、安保法制の制定と日米同盟の強化でしょう。集団的自衛権について、保有はしていても行使できないという、いかにも戦後日本的な不思議な憲法解釈をようやく乗り越え、日米同盟の信頼性強化に大きく貢献しました。 米大統領の広島を、日本の首相として真珠湾を相互に訪問したことによって日米の歴史和解を完成させました。本来であれば、今秋に予定されている敵基地攻撃能力の部分的容認と専守防衛政策の転換までを見届けていただきたかったものの、それは次期政権の課題として残されました。 第二は、粘り強い交渉によってTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を完遂させたことです。 日本はエネルギーの90%、食料の60%、安全保障上の打撃力の100%を海外に依存しています。日本という国は、自由な国際経済体制の下でしか繁栄を維持できないのです。そこに、中国の急速な台頭と、米国の内向き化が重なり、世界は米中新冷戦の様相を呈しています。 そんな中、米国が抜けた穴を埋め、豪州などとも協力しながら「21世紀の経済のルール」を形にしたことは歴史的でした。並行して、日EUや日豪のEPA(経済連携協定)についても締結までもっていったことは高く評価されるべきでしょう。 国民意識というのは、いまだに日本の政治を分断している歴史認識について、国民の大層が合意できるコンセンサスを打ち立てたことです。原爆ドームの前で安倍晋三首相(左)と握手するオバマ米大統領=2016年5月27日(代表撮影) すなわち、先の大戦は国策を誤った戦争であり、日本には加害責任もある。他方で、われわれの子孫にまで謝罪の重荷を負わせるべきでないというものです。戦後70年談話や、慰安婦問題に関する日韓合意を貫く考え方です。 当然、左右両極からは不満が寄せられたけれど、国民の大層はそれを受け入れました。保守優位の政治状況をうまく利用して、リベラルに歩み寄った成果であったと思います。 反対に、負のレガシーは3点ありました。第一は、後継者を育てなかったことです。本格保守政権のジレンマ かつての日本政治にはそれなりのリーダー育成の仕組みがあり、首相は後進を育てる責務を感じていたように見えます。その後、諸改革の成果として日本政治は官邸主導型へと変化しています。 安倍政権は重要政策の全てを官邸で取り仕切り、実力派の閣僚は長老か能吏タイプによって担われており、次代を担うような人材の発掘と育成の機能を果たすことができていません。実際問題として、内政のかじ取りにおいても外交上の存在感においても、今後の日本は不安定な時代が続く可能性が高いでしょう。 第二は、構造改革への踏み込み不足です。政権の発足当初こそ、アベノミクスの三つ目の矢として構造改革や規制改革への言及がなされていたものの、本音の部分では「保守が割れる論点」に対する消極性が目立っていました。 人口減少期に入った日本経済を成長させ、社会を活性化させるには生産性の向上が不可欠であり、そのためには既得権にメスを入れて競争を促すべきであるのに、大玉の改革案件はことごとく先送りされてしまいます。諸外国対比の競争力は低下の一途をたどり続けてしまいました。 第三は、憲法改正という本格保守政権でなければ手を付けにくい政策を推し進められなかったことでしょう。辞任会見においては、首相自身が憲法改正と並んで北朝鮮による日本人拉致問題とロシアとの平和条約を志半ばの課題として挙げました。 首相の思い入れはあるにせよ、対北朝鮮や対ロシア外交については相手があることです。国際情勢の追い風がない限りは誰が政権の地位にあっても解決は困難であったでしょう。 ただ、憲法問題はコントロールできたし、もっと踏み込むべきでした。8年近い時間をもってもなお、憲法を起点とする神学論争と底の浅い与野党対立を次代にまで引き継いでしまったわけです。 お気づきのことと思いますが、これら負のレガシーはどれも長期安定政権を実現することの「副作用」として生じています。 長期政権を実現するために次代を担うようなライバルの出現を許容できなかったし、保守が割れる論点には踏み込まなかった。そして、おそらく首相が最も成し遂げたかったはずの憲法改正も実現しなかったわけです。憲法改正を求める集会で、安倍晋三首相はビデオメッセージを通じ「国民的コンセンサスを得るに至るまで(議論を)深めたい」と訴えた=2015年11月 直近の各社世論調査では内閣の支持率が大幅に上昇し、日本経済新聞の調査によれば、国民の7割以上が安倍政権の成果を評価していると報道されています。国民は実際に長期安定政権を望んでいたのだということでしょう。 当たり前ではあるけれど、政権のレガシーの多くは長期政権であったから可能になったものです。ただ、そこにはコストもあったということです。残念なのは、それらのコストの多くは、われわれが今後とも払っていかなければいけないものであることです。

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    石破、岸田、菅、私が政治家として絡んでわかった「次期総理」の実像

    舛添要一(元厚生労働相、元東京都知事) 8月28日、安倍晋三首相が持病の潰瘍性大腸炎が悪化したとして、辞任を表明した。7年8カ月という憲政史上最長の政権が突然に幕を閉じた。 安倍長期政権の功罪についての評価は、立場によって異なるであろうが、短命に終わる政権が多い日本で、この長期政権が政治に安定をもたらしたことは疑いようがない。しかし、同時に「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」という19世紀の英国の歴史家・思想家・政治家、ジョン・アクトン卿の言葉が示すような現象も起こっていたことも事実である。 国民の関心は、誰が安倍首相の後継者になるかということであろう。今のところ、既に出馬を表明した石破茂元幹事長と岸田文雄政調会長、そして菅義偉(よしひで)官房長官の3人が有力候補とされている。 私は、国会議員、閣僚、東京都知事時代を通じて、この3人と一緒に仕事をし、親しく交流してきた。本稿では、私なりに3人の評価をしてみたい。 まず、石破氏であるが、「防衛オタク」と言われるように安全保障の専門家であり、農林水産行政など他の分野についても該博(がいはく)な知識を持っている。問題は、その専門知識と議論好きが、アバウトな頭の持ち主が多い政治家仲間の反感を買うことである。 自民党の憲法改正作業部会で私は改正案の取りまとめを担当したが、憲法9条について党内で激しい論争を行ったものである。私は立場上、さまざまな意見を集約して丸く収めようとしたが、石破氏は論理の一貫性を求めてやまない。そこで、私は「そんな学者みたいなことを言ってどうするのか」と彼に詰め寄ったが、石破氏は「学者のあんたが政治家みたいなことを言ってどうするんだ」と反論したのである。 このエピソードが示すように、多くの同僚議員は石破氏の理詰めの議論に辟易(へきえき)する。残念ながら、それが人望をなくすことになる。共同通信加盟社論説研究会で講演する自民党の石破茂元幹事長=2020年7月 政治家とて人間であるから、一緒に食事をしてバカ話の一つもできるようになると、もっと支援者が広がると思う。政策的には優秀なだけに、この点での気配りを求めたい。 政策能力から見て、皆が協力すれば、内閣総理大臣として立派に務まると思う。洗練された岸田氏の「弱点」 岸田氏もまた、外相を4年半務めるなど政策通である。極端なところがなく、物腰も柔らかで落ち着いている。 政治家によくある「野人」といった雰囲気のない洗練された感じは、世界各国と外交を行うのには最適であったろう。しかし、それが彼の率いる宏池会の「お公家集団」の欠陥とも言われる。 彼の広島の選挙区に応援に入ったこともあるが、広島市内の繁華街で毎日地道に街頭演説を行っていたことが印象に残っている。あまりメディアなどで目立ったパフォーマンスはしないので、地味な印象が強く、国民の人気も高いとはいえない。 しかし、安倍時代の次には、パフォーマンス先行ではない彼のような人がトップに立つと、日本の政治が変わるのではないかと思う。小池百合子東京都知事に代表されるようなポピュリズム(大衆迎合主義)が政治を歪(ゆが)ませているからである。 祖父の正記氏、父の文武氏と衆院議員が3代続く毛並みの良さがある。従兄弟関係にある宮沢洋一元経済産業相の伯父、宮沢喜一元首相と同じように、酒はよく飲む。 菅氏は、石破、岸田両氏と違って、2世、3世議員ではない。根っからのたたき上げである。会見で記者団の質問に答える自民党・岸田文雄政調会長=2020年7月(春名中撮影) 私が1週間だけ早く生まれているが、同世代なので親しくしてきた。彼が総務相のとき、私は自民党の参院政審会長であり、多くの政策課題で協力した。 その総務相時代に、NHKの短波ラジオ国際放送で北朝鮮の日本人拉致問題を取り上げることに強くこだわり、当時の放送法に基づく命令を出したのも彼である。その後、2007年の参院選で自民党が惨敗し、第1次安倍改造内閣で私は厚生労働相に就いたが、菅氏は閣外に去り、同じ内閣で仕事をすることはなかった。 彼の選挙区は横浜市内にあるが、苦戦を強いられた衆院選のときには何度も応援に入っている。そのような縁で、全国を一つの単位とする比例代表から出馬している私の参院選の際には、神奈川県から大量の得票を得ることができた。 都知事になってからは、官房長官となった菅氏と、国と都の連係プレーを行ってきた。菅氏の配慮で優秀な官僚を都に派遣してもらったり、政策の調整を行ったりすることができた。 毎月1〜2度は、2人で食事をしながら打ち合わせをしたものである。都知事に小池氏が就任してから、国と都の協力関係にひびが入り、新型コロナウイルスへの対応にも問題が生じたことは周知の通りである。「裏方向き」菅氏はリリーフか 菅氏は第2次安倍政権の約8年で官房長官を勤め上げており、即戦力として首相の任務を果たすことに問題はない。本人は、あまり表に立たず、裏方が向いていると自認しているが、周りから推薦する動きも出てくると思われる。 「令和おじさん」として知名度も抜群であり、安倍首相の残りの任期を担当するリリーフ投手としては最適なような気がする。 以上のような評価をした上で、誰が首相になろうと、日本の空気を変えるために、実行すべきことを記しておきたい。 外交については、安倍路線を大きく変える必要はないが、米中関係の緊張が高まる中で、日本は両国の間の橋渡しをする必要がある。今秋の米大統領選でバイデン政権が誕生しても、強固な日米関係が日本外交の基軸であることに変わりはない。 拉致問題や北方領土問題も未解決のままであるが、引き続き粘り強く交渉していくしかない。韓国との関係については、対話は必要であるが、国際法の枠組みの中で行動している限り、日本の方から妥協する必要はない。 内政についての最重要課題は、もちろん新型コロナウイルスへの対応である。厚労省や国立感染症研究所を中心とするこれまでのわが国の対応は、必ずしもうまく行っていない。 安倍首相が命じたPCR検査の拡充すらサボタージュされる始末である。官邸の指揮命令が徹底するような体制の構築が必要である。マスクを外し会見に臨む菅義偉官房長官=2020年7月(春名中撮影) 経済対策に関しては、新型コロナの第3波、第4波の到来も予想されるため、財政出動で対応するしかない。その意味では、アベノミクスを声高に叫ぶわけにはいかない。しばらくは経済が低迷する状況が続くが、感染防止対策と経済の両立を図る、きめの細かい対応を期待したい。 次に、内閣の構成であるが、近年は「お友達内閣」の弊害が出てきたように思う。次期政権には、自民党内の多様な人材を登用する必要がある。主流派、反主流派を問わず、挙党内閣を発足させて、国難に当たるべきである。 官僚機構への対応も、これまでは官邸主導で、総理秘書官ら側近の官僚が力を持ちすぎた。それが「忖度行政」につながったのである。 彼らは選挙で選ばれたわけではない。新内閣の発足に当たっては、官邸官僚も新しい陣容にしなければならない。

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    長期政権の終わり方で読み解く、安倍首相の心境と理想の後継者

    ラリンピックを無事成功に導き、首相としての連続在任日数も佐藤栄作首相を超えて歴代1位となった。6回の国政選挙に勝利した名宰相として、惜しまれつつも花道を飾る会見になっていたかもしれない。 ところが、憲政史上最長であったにもかかわらず、新型コロナウイルス対応によるストレスと推測される持病の悪化で退任を余儀なくされてしまった。もちろん、こうなった以上、首相の胸中は、会見でもあったように「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」「日露平和条約の締結」「憲法改正」をどれも成しえなかった無念に満たされていたのではなかろうか。 中でも、自らのライフワークとしていた拉致問題の解決に道筋をつけられなかったことについて「痛恨の極み」と述べていた。首相の退任会見としては珍しいこの表現まで用いて、7年8カ月に及んだ在任期間でも成し得なかった悔恨の念を隠そうとしなかったのである。 思えば、首相の退任会見はさまざまなドラマを生んできた。その在任中の思いもある意味凝縮されるからだ。 1964年11月~1972年7月まで、安倍首相に次ぐ連続在任2798日を記録した佐藤首相の退任表明記者会見は、今でも語り草になっている。 退任会見の際、「テレビカメラはどこかね、今日は新聞記者は話さないことになっている」と怒って内閣記者会の記者たちを追い立て、テレビに向けて「国民の皆さん」と直接呼びかけたのだ。この首相としてやや大人げない振る舞いは、「沖縄返還の実現など実績を残したのに、不当な佐藤バッシングをする新聞への最後のしっぺ返し」と揶揄(やゆ)された。新聞記者の引き上げた会見場で、テレビカメラに向かって退陣の所信を表明する佐藤栄作首相=1972年6月、首相官邸 実は、事務方が佐藤氏の意向をくんで、首相がテレビに直接語りかける形をセットしたはずだったそうだ。だが、内閣記者会との段取りの食い違いで、記者たちも陪席する形だということが佐藤氏に伝わっておらず、会見場に行ったら記者たちが並んでいたため、「話が違う」と激高したのが真相らしい。段取りの食い違いというハプニングではあったが、「偏向的な新聞は大嫌いだ」と思わず口走ったことで、佐藤氏の積年の新聞報道への恨みが図らずも露呈することとなった。印象的な福田親子の会見 その佐藤氏に「プリンス」として後継を嘱望されながら田中角栄氏に総裁選で敗れたのが福田赳夫首相である。田中内閣、三木武夫内閣では入閣と下野を繰り返し、ようやく1976年12月に第67代首相の座にたどりついた。 現職の自民党総裁として唯一総裁選に敗れ、大平正芳氏に首相の座を明け渡すことになり、1977年11月に退任に追い込まれた福田氏は「民の声は天の声というが、天の声にも変な声もたまにはあるな、とこう思いますね。まあいいでしょう。きょうは敗軍の将、兵を語らずで」と述べて記者会見場を去り、退任への悔しさをにじませた。 これも「敗軍の将、兵を語らずだったら、天の声も変な声がたまにあるな、などという言い草は語ってるじゃないか、負け惜しみも甚だしい」と批判された。勝利を確信していたものの、大平氏を支援した田中氏との権力闘争に再び敗れ去ったがゆえの落胆を、最後に抑えきれずに吐露したのだろう。  「メディア批判型」の退任会見ということでは、憲政史上初めて親子で首相になった福田康夫首相の退任会見も印象的だ。 2007年9月、安倍首相の辞任により第91代首相となったが、2カ月前の参院選で自公与党が大敗、民主党を中心とする野党が過半数を制しており、参院では同党の小沢一郎代表が首相指名される「ねじれ国会」に直面していた。その対応にも苦慮して、1年後には国政選挙が行われることなく退任を表明した。 その会見で、福田氏は記者から「国民の印象として、総理の会見は全て他人事な感じを持っている」と言われ、やや感情的に「他人事とあなたはおっしゃったが、私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたとは違うんです」と言い返した。「あなたとは違うんです」という記者への言い返しは、自分の思いをきちんと伝えてくれない報道の「自分との違い」を感じ続けていた福田氏の最後の思いが思わず吐露されたものと受け取られた。会見で辞任を表明する福田康夫首相=2008年9月(川口良介撮影) 「メディア批判型」「負け惜しみ型」に並ぶのは「空疎型」というべきタイプだ。「自分はやるだけのことをやった」と美辞麗句を並べるものの、内容が空疎で、短い任期でほとんど何もできなかったときにはこういうタイプの退任会見となる。 思い出されるのは宇野宗佑首相だ。1989年6月、派閥の領袖ではなかったにもかかわらず、リクルート事件や消費税導入で身動きが取れなくなった竹下登首相が後継に指名する形で急遽(きゅうきょ)就任した。 ところが、神楽坂の芸妓とのスキャンダルが『サンデー毎日』に報じられ、直後の参院選ではリクルートや消費税、農政と問題山積で逆風が吹き荒れ、36議席の惨敗で、選挙翌日の退陣表明に至った。その際、「明鏡止水の心境である」と述べたことが話題となったが、69日という短い在任期間で、語るべきものは何もなかった、という心境かとも言われた。最も傷の浅い退任 中曽根康弘首相や小泉純一郎首相のように、長期政権で任期満了で退任する場合は、在任中の自らの業績を語ることに意味はあろう。だが、選挙での敗北の責を負って退任する場合には、その責を負って、という以外は空疎に響いてしまうのは致し方あるまい。 それでは、安倍首相の退任記者会見はどうだったか。メディアに対しての恨みつらみを吐露したわけではないので「メディア批判型」ではないし、選挙などに敗れて退任する「空疎型」でもないだろう。「負け惜しみ」とも言い難いが、いわば演出された「後ろ髪引かれ型」の会見といえようか。 憲政史上最長の在任期間を誇りながら、潰瘍性大腸炎の悪化によって、拉致問題、ロシアとの平和条約締結、憲法改正を果たすことなく、任期途中で退任せざるを得なくなった悔恨は、退任会見のそこかしこににじみ出ていた。「やり切った」という思いは本人も感じられないに違いない。 しかし、後ろ髪を引かれながらも、新型コロナウイルス対策に道筋をつけ、新しい体制で自らが引いた路線を踏襲する最低限の布石を打ったうえで、「後ろ髪引かれながらも後に託す」思いではなかろうか。 拉致問題、ロシアとの平和条約問題、憲法改正は「歴代政権が取り組んできた課題」とは言っていたが、それぞれ濃淡はあろう。憲政史上最長の在任期間を務めあげた首相の路線を大幅に修正するようでは、国内の新型コロナウイルス対策と社会経済活動の両立、という点でも対外的にも不安定要因となる。 さて、このタイミングで、最も傷の浅い退任を選択した安倍首相の後任は誰になるのか。自民党の例で言えば、長期政権でありながら、任期途中で退任した例はなかった。 順当に考えれば、安倍首相の自民党総裁として残る1年の任期は、安倍政権の方針を安定的に継承する人材が模索されることになるだろう。そうなると、菅義偉(よしひで)官房長官が8月末の時点では最有力に思われる。ただ、1年の総裁任期の中で「選挙の顔」として力を蓄え、来年9月に解散総選挙に打って出る可能性に自民党の国会議員たちは賭けることができるのか。辞意を表明した記者会見で、記者の質問を受ける安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 他の有力候補を見てみると、岸田文雄政調会長には選挙の顔としての不安、石破茂元幹事長には野党ばりの安倍批判に対する嫌悪感が拭えない。「消去法」でいっても、菅氏に収斂(しゅうれん)していくことで、少なくとも安倍首相は気を安んじることができるかもしれない。 いずれにせよ、国のリーダーとして潰瘍性大腸炎の再発への不安とも戦いながら、7年8カ月を走り抜けた安倍首相には感謝の念を捧げたい。

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    病気で辞任した歴代総理 「本当の病状」公表したのは1人だけ

     8月28日に辞任を発表した安倍晋三首相だが、その前に慶應大学病院に2週間連続で訪れて検査を受けたことが、永田町に波紋を広げていた。持病の潰瘍性大腸炎が原因で所信表明演説の2日後に退陣表明した13年前の記憶が甦ったのだ。振り返れば安倍氏に限らず、病気を理由に退陣した総理は少なくない。 第1次安倍政権を含め、病気で辞任した総理は、石橋湛山、池田勇人、大平正芳、小渕恵三の5氏。だが、石橋を除いて本当の病状はすぐには公表されなかった。 池田は東京五輪開催1か月前の1964年9月、「慢性喉頭炎の治療と検査」のため国立がんセンターに入院。実際は咽喉がんだったが、外部はおろか、本人にも伏せられ、その後の五輪閉会式翌日、退陣を表明した。 選挙中に帰らぬ人となった大平の病状も伏せられた。1980年5月30日、史上初の衆参同日選挙の参院選公示日に遊説先から帰宅後、胸の痛みを訴え深夜に入院。「過労による一過性の不整脈」と公表されたが、実際は心筋梗塞で6月12日に死去した。当時、自民党の広報を務めていた政治アナリスト・伊藤惇夫氏は、倒れる1~2週間前に異変を感じたという。「分刻みでスケジュールが決まっている総裁遊説中、突然トイレに駆け込んで姿が見えなくなったので大騒ぎになりました」 大平の後を継いだ鈴木善幸首相の主治医で、外遊随行医も務めた水町重範氏は著書『総理の随行医』で、鈴木が「総理総裁ともなると健康が何よりだ。ましてや大平さんの病死の後だしな」と語っていたと書いている。同書によれば、外遊中の首相は起床時と就寝時に必ず体温と血圧を測り、異常がないかチェックしていたという。細心の注意を払ったこともあり、鈴木は無事に2年4か月の首相任期を全うした。「いつの時代も、首相の健康状態はトップシークレット。官房長官や秘書官など数人しか本当の病状はわかりません。情報は小出しにして、その間に党内情勢の分析や後継者の選定をするのです」(伊藤氏)※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 多くの歴代総理は病状をひた隠しにしてきたが、石橋湛山首相だけは違った。「新内閣の首相としてもっとも重要なる予算審議に一日も出席できないことがあきらかになりました以上は、首相としての進退を決すべきだと考えました。私の政治的良心に従います」 1957年2月、病の石橋はこの書簡を残し、わずか在任65日で内閣総辞職をした。その潔い決断は今も語り継がれている。■安倍昭恵さん 首相辞意表明前に異例の官邸訪問、夜遊び封印■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■山口県庁で開催の総理大臣展 菅直人氏、昭恵氏が消されてた■がん隠した森氏、動静偽装した小渕氏… 病の総理が取る行動■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由

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    安倍辞任で日本に立ち込める暗雲

    首相の連続在職日数で歴代最長となってわずか数日。唐突な安倍首相の辞任表明は、全国に衝撃が走った。持病の悪化とされるが、13年前の退陣と同様の理由に疑念も広がる。そもそも「ポスト安倍」の不在が長期政権のゆえんでもあっただけに、コロナ禍や米中対立といった課題山積の中、不安は募るばかりだ。

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    「理念の外政家」安倍晋三去りし後、米中冷戦下でよぎる日本の悪夢

    れども、安倍が去る以上、トランプとの関係を首尾よく紡(つむ)ぎ、バイデンが政権を奪還した場合でも、米国政治の基調となった対中強硬姿勢に歩調を合わせられる政治指導者が、「安倍後の日本」でも必要とされることになる。現今、過去40年近くの対中関係や対韓関係に反映されたような「アジアの連帯」という感覚は、率直に有害なのである。 安倍が披露した「自由で開かれたインド・太平洋」構想に反映されたように、米豪加各国や西欧諸国のような「西方世界」との連帯の論理を進める政治指導者こそが、「安倍後の日本」に求められている。首相官邸での会談に臨む安倍晋三首相(右)とバイデン米副大統領=2013年12月(酒巻俊介撮影) 安倍晋三は、その政権運営に際して、理念の強さが日本外交の支えとなることを明白に証明した宰相であった。優れた政治指導者が、まず外政家として評価されるのであれば、安倍こそはその鮮烈な事例であったかもしれない。 当節の日本は、社会における内向き志向が指摘されるとはいえ、「世界の中の日本」という視点が何よりも重要である事情は変わりがない。安倍の後を継ぐ政治指導者には、「内治の失敗は取り返せても、外交の失敗は取り返せない」という故事を肝に刻んで、宰相の座に就いてもらいたいものである。これが、筆者の当座の所見である。(一部敬称略)

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    真相わからぬ総理大臣の健康、政局気にして「病気隠し」

    樫山幸夫(元産経新聞論説委員長) 安倍首相の突然の健診による波紋はなお続いている。翌々日には職務に復帰したが、詳しい説明がないこともあって、憶測が喧しい。 政治家の健康問題は洋の東西を問わずデリケートな問題だ。アメリカのトランプ大統領も昨年、首相と同様に突然の健診を受けて周囲を驚かせた。しかし、米国では、大統領の検査結果は原則的に公表され、〝透明性〟は高い。 日本では、健康状態を隠すだけでなく、過去には国民に「嘘をつき通す」ケースも少なくなかった。安倍首相が慶応病院で「追加の検査」を受けたのは8月17日。午前中、私邸から直接病院に入り、夕方まで院内にとどまった。 6月に同病院で健康チェックを受けたばかり。何のための「追加の検査」だったのか、7時間半もの時間は何らかの治療に費やされたのではないかーなどの疑問が指摘された。 ここに至る数週間、首相は記者会見も開かず、国民の前に姿を見せることが少なかった。健康への懸念が一部メディアで指摘され、8月16日に側近の甘利明自民党税制調査会長がテレビ番組で、「首相には休養が必要」と述べた翌日という微妙なタイミングも手伝って永田町にざわめきが広がった。 首相は検査翌日は終日静養、19日に職務に復帰、「体調管理に万全を期すため。仕事に復帰し頑張っていきたい」と記者団に語った。しかし、第1次政権を投げ出したのは持病の潰瘍性大腸炎の悪化だったことへの記憶はなお新しく、首相側から詳細な説明がない限り、波紋は続きそうだ。 トランプ米大統領(74)が昨年11月16日、突然、病院に現れた時も、今回の安倍首相のケースに酷似している。大統領はワシントン郊外、メリーランド州ベセスダにあるウォルターリード米軍医療センターでその年2月に詳細な定期健診を行ったばかり。10カ月もたたないなかでの「前触れなき再訪」だった。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 同医療センターでは歴代大統領らが定期的に健康診断をうけている。ちなみに、1963年に暗殺されたケネディ大統領の遺体が検視を受けたのもここだった。しかし、通常と違っていたのは、病院スタッフは最高幹部を除いて大統領の来訪を知らされず、検査に加わったのも少数の医師団だった。 ホワイトハウスからベセスダまでは自動車で数十分を要し、大統領はヘリで移動するのが常だが、この日は好天だったにもかかわらず、空の移動を避け車列を連ねた。メディアも大統領の病院到着まで報道を控えるよう指示されるという異例づくめだった。 2時間にわたる検査後、ホワイトハウスは、「週末の予定がなかったため、多忙が予想される2020年の健診の一部を先に行った。検査で異常はなかった」と説明。「一部の人々やメディアは憶測をめぐらしたり無責任なウワサを流すことを楽しんでいる」とメディア批判はいつも通りだったが、詳細な結果についての公表は避けたため、不審感が少なからず広がった。トランプさえ公表した シンゾウとドナルドといわれる〝盟友〟同士は、健診のスタイルまで似てくるのかと想像をめぐらせたくなるが、そのトランプ氏にしても、その年の2月に行った健診結果については、国民につぶさに公表している。 身長6フィート3インチ(190センチ)、体重243ポンド(110kg)、総コレステロール223、血圧118-80、心拍数1分間68-など。 驚くのはトランプ氏が2020年7月に認知テストについて自ら説明したことだ。ウォルターリードで医師によって検査が行われ、「person」「woman」「man」「camera」「TV」という5つの単語を聞かされ、他の質問に答えた数分後に、その言葉を繰り返すというものだった。インタビューアーに、「できるかい?」などと問い返し、テスト全体で好成績を得たことを強調してみせた。もっとも、「バイデン氏もテストを受けるべきだ」と大統領選での対立候補、77歳のバイデン前副大統領を揶揄するのを忘れなかったが。 オバマ前大統領が退任10カ月前の2016年3月に行った健診結果は、血圧110-68、心拍数56、コレステロールやや低め、視力20-20(1・0)ーなど。 自分の心拍数など正確に知っている人などいないだろうが、そこまで国民に知られてしまうというのだから、大統領という職はつくづく楽ではない。 自分たちが選んだ大統領の健康状態を自分たちが知るのは当然という民主主義の考え方だろう。日本ではそういう認識は、リーダー、国民いずれも低いようだ。 安倍首相自身、わずか1年で第1次政権を辞すとき、健康状態の悪化が理由であることをよく説明しなかったし、過去、政治家が国民をミスリードしたことは少なからずあった。  思い起こすのは「所得倍増」を掲げ、経済大国・日本の基礎を固めた故池田勇人首相だ。政権を担ってちょうど4年が過ぎた1964(昭和39)年7月、自民党総裁に3選された直後、ノドにガンがみつかった。 当時はまだ、ガン告知は行われておらず、しかも病名を公表すれば、政局に大きな影響を与えるとあって、医師団が考え出した苦肉の策は、「放置すれば悪性になる〝前ガン状態〟という説明だった。 記者会見で、国立がんセンター病院の久留勝院長(当時)は「組織検査の結果、乳頭腫という良性腫瘍であることがわかった。典型的な前ガン症状だ。ガンではないが、悪性化する場合もあるので十分な放射線治療を行う」と説明、「天下に大嘘をつき通した」(柳田邦男「ガン回廊の朝」、講談社、367-368頁)。「前ガン状態」は流行語にもなった。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 池田首相は東京五輪が閉幕した翌日の10月25日に辞意を表明。一時回復して退院したが再発、翌年8月に亡くなった。本当の病名が発表されたのは死去した日の朝になってからだった。  ちなみに、池田氏の後任に選ばれたのが沖縄返還を実現した佐藤栄作氏だ。望まれる説明 1980(昭和55)年6月、初めての衆参同日選挙のさ中に亡くなった大平正芳首相のケースも忘れられない。その前年秋の総選挙で大敗、退陣を求める声が強まり、80年5月、一部自民党議員の欠席もあって、内閣不信任案が成立してしまう。大平氏は衆院を解散、同時期に予定されていた総選挙とのダブル選を決断する。 参院選が公示された5月30日の遊説中に、首相は体調を崩した。午後の横浜市内での遊説では選挙カーからすべり落ちそうになるほど。さすがに異変を感じた記者、カメラマンもいたが、首相は苦しい中で時間を延長して弁舌をふるった。 もっとも首相夫人は夫の異変に気がついていたようで、首相の遊説中に、すでに主治医に対して、夜になったら往診をしてほしいと依頼していたという(三輪和雄「病める政治家たち 病気と政治家と権力」、文芸春秋社、246-247頁)。 世田谷の首相私邸で、簡易心電図を用いて診察した主治医は顔を曇らせた。単なる不整脈ではなく、深刻な所見がみられたからだ。虎の門病院の医師団に連絡がとられ、新聞の締め切り時刻を待って入院する手はずが整えられた。深刻な心臓疾患と発表すれば政局に大きな衝撃を与える。過労による一過性の不整脈があるため大事をとって入院する―と外部に説明することに決まった(同249頁)。 異変を聞きつけて未明の病院に集まった記者団に対し、首相の女婿、森田一秘書官は、打ち合わせ通りの説明をし、翌朝、伊藤正義官房長官の記者会見は「嘘でかためた談話だった」(同、251頁)。 メディアも国民も本当のことを知らされないまま、大平首相は6月12日未明に容態が急変、選挙結果を見ずして亡くなった。首相の地元、旧香川2区からは森田が急遽出馬、弔い合戦の初陣を飾った。その後は運輸大臣などを歴任して活躍した。同日選は22日に投票、自民党は衆参両院で大勝。後任の首相指名をうけたのが、大平氏の盟友の1人、鈴木善幸氏だ。 大統領の健康状態が細大もらさず公表され、政治家の病気隠しなどあり得ぬはずのアメリカにも有名な話がある。 28代大統領、第1次大戦後に国際連盟創設を提唱したウッドロー・ウィルソン(民主党、在任1913-1921年)は、退任まで1年余りを残した1919年10月、卒中の発作に見舞われた。左半身不随などの重い後遺症が残ったが、周囲はこの事実を隠し、閣僚らにも面会を禁じ、重要案件の決裁などは夫人らがひそかに行っていたといわれる。 いまなら考えられないことであり、合衆国憲法修正25条で、大統領権限継承順位が明文化される契機になったという。慶応義塾病院に入る安倍晋三首相(右から4人目)=24日午前、東京・信濃町(酒巻俊介撮影) 安倍首相の健康状態に話を戻すと、詳しい説明を待つ国民は少なくあるまい。興味本位で他人の健康状態をのぞくというのではなく、時あたかも新型コロナウィルスが猛威を振るっている時期であり、首相に元気で対策の指揮を執ってもらいたいというのは国民共通の思いだ。沈黙はさらに憶測を生む。 「問題ない」と周囲が繰り返すだけではなく、首相自身か、しかるべき政府高官の口から明快な説明をして、国民を安心、納得させるべきだろう。指導者の重病説が流れても何の説明もしない北朝鮮とは違う民主主義の国なのだから。かしやま・ゆきお 元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

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    今度こそ安倍総理は「桜を見る会」疑惑から逃れられない

    有田芳生(参院議員) 安倍晋三首相が2012年12月に2度目の政権についてから7年。第1次政権との通算で桂太郎内閣を超える最長政権の記録に達して権勢の頂点にありながら、いま最も信頼性への不信が広がっている。「桜を見る会」疑惑の噴出である。 菅原一秀経産相の辞任から6日後に河井克行法相が辞任。いずれも公選法違反疑惑が報じられ、説明責任を果たさず、逃げるように大臣の職を辞した。事実上の更迭である。次はどの大臣の疑惑が出るかとうわさが流れていたが、いわば「天守閣の住人」への疑惑が出てきたのが、首相主催の「桜を見る会」であった。内閣委員会での質疑や報道などを含め、この原稿が公開されるときも事態はまだ流動的だろう。 ポイントを二つ指摘しておく。第一の問題は「桜を見る会」の前夜に行われた安倍晋三後援会のパーティー代金の謎である。参加費は5千円。会場となったホテルニューオータニでの立食パーティーは1万千円からだ。だが、この金額は150人以下の宴会である。5千円で800人なら400万円だ。金額が合わない。果たして安倍事務所からの補塡(ほてん)はあったのか。 会場前で支払いが行われており、ホテルの領収書も渡されている。政治家が飲食を伴う会合を行うとき、事前に店から領収書をもらい、参加者に渡すことがあるから、ホテルの領収書があったことは不思議ではない。前夜祭の出席者は約800人。ホテルの規約では30日前に入金することになっている。安倍事務所が立て替えておき、当日に参加者から集金し、まとめてホテルに払ったなら、立て替えたときの支出とパーティー後の入金を政治資金収支報告書に記載しなければならない。 だが安倍首相の説明は違った。11月20日に行われた参議院本会議での答弁によると、パーティー会場に安倍事務所の担当者が立ち、参加者が代金を支払い、ホテル関係者が領収書を渡し、総額がホテルに支払われたという。安倍事務所への入金はないから政治資金規正法には抵触しないというわけだ。 参加者の多くがホテル宿泊者なら、料理の割引もあって不思議ではない。首相はそう答えていた。だが宿泊者はANAインターコンチネンタルホテルとホテルオークラ東京だった。首相はのちに手違いがあって別のホテルになったと説明した。なぜ説明が変化したのか。首相は料理や会場費などの明細書がないというが、商取引において、常識的にはありえない。ホテル側と安倍後援会との間に何らかの便宜供与があったのだろうか。 第二の問題は「桜を見る会」のあり方である。安倍政権になってから参加人数がどんどん増えていき、約1万人の予定が約1万5千人になった原因である。「桜を見る会」追及チームの初会合で関係省庁の職員(手前)からヒアリングする野党議員=2019年11月12日、国会内(春名中撮影) すでに明らかになったように、自民党改選参議院議員が1人あたり「一般の方(友人、知人、後援会等)を、4組までご招待いただけます」と推薦ではなく招待できたこと、総理枠は1千人、副総理、官房長官、官房副長官枠が1千人、自民党枠が6千人だ。この数字は11月20日の衆議院内閣委員会で菅義偉官房長官から明らかにされた。内閣府は招待者の書類を破棄したと説明してきたのに、なぜこの数字が分かったのだろうか。首相が記者に語ってきたことが、なし崩しに訂正されていく。醜態をさらしたくない 安倍首相のお膝元の山口県では地方議員レベルまで、定員なしに希望者を招待できたから、安倍後援会からは約800人もの出席があった。これでは各界の功労者を中心に招待するという本来の趣旨から遠く離れていき、首相の後援会や自民党関係者を税金でもてなしたという批判を受けるのも当然だろう。安倍首相が来年の「桜を見る会」を中止して、招待者の見直しをするとしたのも、その実態にやましさを覚えたからだろう。 首相がいわゆる「ぶら下がり」会見で説明を終わらせようとしたことにも問題は残る。国会でルールに基づいて予算委員会の開催を要求しても、与党はそれを無視したままだ。安倍首相は野党の疑問に答えるために予算委員会に出席する義務がある。そのことを問われると「国会のことは国会でお決めになること」と答弁するが、本気で意思があれば自民党総裁として与党に出席すると命じればいいだけである。都合の悪い事実が明らかになっていき、追及にガマンできずヤジを発したりする姿をさらしたくないのが本音だろう。 私が驚くのは「桜を見る会」の招待券が売買されていたことである。元自民党職員が30万円で売ったと週刊朝日が2008年に報じていたが、今年4月にはフライデーが芸能界でも小遣い稼ぎに使われていたことを明らかにした。関係者によると、芸能事務所に20枚ほど招待状が配られるという。それを入手して1枚8万円で売ったという話もある。売れていないタレントが購入し、会場でテレビに映ったり、著名政治家と写真を撮って宣伝するのが目的である。公的行事が私的利益追求の場となっているのである。さらにはネットを中心に「反社会的勢力」の参加を疑う声もある。 「桜を見る会」は、昭和27(1952)年にサンフランシスコ講和条約の発効を記念する「観桜会」として吉田茂内閣からはじまった。最初はアメリカ、イギリス、フランス、ソ連などの外交官、陸海軍武官など「内外名士千余名」が参加したが、いまや安倍政権のもとで約1万5000人に膨れ上がった。 その「膨れた」人数の内訳が問題なのである。総理枠、副総理枠、官房長官枠、官房副長官枠、自民党枠で8千人、さらに安倍昭恵夫人枠まであり、それがタダで飲食できたという事実は衝撃的だ。これは買収行為が行われたと批判されても仕方ないだろう。参院本会議で答弁する安倍晋三首相=2019年11月20日、国会(春名中撮影) 在職期間で史上最高の記録に達した11月20日という記念すべき日に、日本社会で問題になっているのが、安倍首相の税金の使途への疑惑であるとは、何とも恥ずかしい。

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    安倍新内閣、この大臣に気をつけろ!

    第4次安倍再改造内閣が発足した。安倍内閣で最多となる13人が初入閣で、安倍首相は、改めて憲法改正に向けた取り組みの強化を明言したが、メディアの関心はもっぱら「ポスト安倍」に向けられている。小泉進次郎議員を初入閣させた首相の真意、前途多難な政治課題を抱える新内閣に潜む「アキレス腱」とは。

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    「河野太郎防衛相」は日本にとってリスキーすぎる

    品だ。「カメジロー」とは沖縄人民党の委員長だった瀬長亀次郎のことである。愛称「カメさん」だ。沖縄初の国政参加選挙となった1970年の衆議院選挙で沖縄人民党から立候補、当選している。 沖縄が日本本土に復帰する課題は国会でも激しい議論になった。当時の首相はアメリカのニクソン大統領と交渉して沖縄の日本復帰を実現した佐藤栄作だ。国会の委員会で沖縄の本土復帰をめぐる議論が行われているシーンが圧巻だ。瀬長議員の沖縄の歴史と苦悩を背負った追及に佐藤首相が応じるのだが、注目すべきは答弁書など全く持っていないことである。「核抜き本土並み」という欺瞞(ぎまん)は、歴史がのちに証明することになるが、佐藤首相には持論を語るだけの迫力があった。まさに真剣勝負としての国会がかつてはあったのだ。それだけの思い入れと知識があったからこそできるディベートである。 さて河野太郎議員である。ロシアとの領土交渉に関して記者の質問に答えることなく「次の質問どうぞ」を連発したのは、児戯(じぎ)に等しかったが、怒りを表明しない記者もだらしがない。 河野議員が2018年8月から19年7月までの1年間に海外訪問のため、機上にあったのは約740時間だったと外務省が明らかにした。ほぼ1カ月を移動の航空機内で過ごしたことになる。「スタンプラリー外交」と皮肉られる根拠である。官邸入りする河野太郎氏=2019年9月11日、首相官邸(納冨康撮影) しかも国際会議場のどこにいるかをツイッターで「タローを探せ」と発信、おまけに「初級編」「中級編」とするなど、「ウォーリーを探せ」の河野版である。これもまた児戯に等しい行為であるが、あえて言えば趣味の世界だといえば自由の範疇(はんちゅう)だろう。 問題はロシアとの領土問題でも、北朝鮮の拉致問題でもまったく成果をあげていないことである。私をブロックした河野議員 奇しくも9月17日で小泉純一郎訪朝から17年を迎える。拉致被害者5人とその家族が日本に帰国してから、歴代の日本政府は拉致被害者を1人も救えていない。 政権に復帰した安倍首相は、2012年12月28日に「必ず安倍内閣で完全解決の決意で進んでいきたい」と被害者家族に語った。それからでも6年9カ月、14年のストックホルム合意は実現したものの、日本政府が北朝鮮の調査「報告書」の受け取りを拒否したため、時間は無為に過ぎていくばかりだ。 河野議員は外相として北朝鮮との交渉においていかなるイニシアチブを取ったというのだろうか。寡聞にして聞いたことがない。 北朝鮮が安倍政権を相手にしないとの基本方針を定めたのは、2017年夏である。9月20日の国連総会で安倍首相は北朝鮮に対し、口を極めて批判した。さらに河野議員は9月21日にコロンビア大学で講演し、北朝鮮との「断交」を国際社会に求めた。その後に米朝接近があったため、安倍首相はトランプ米大統領や韓国の文在寅大統領を通じて金正恩委員長に拉致問題を提起してもらった。国際社会に遅れまいとの焦りは募れども「6カ国協議国」(北朝鮮を除けば5カ国)でいまだ金委員長と会えていないのは安倍首相だけである。「条件を付けず」に首脳会談を行いたいと安倍首相が発言したのは、5月3日だ。あまり報道されていないが、それ以降も北朝鮮を日本批判に向かわせたのも河野議員による不用意な発言であった。 5月25日に静岡県島田市の講演で「制裁を回避する3つの穴を塞ぐことで」金委員長の「決断を促す」などと「上から目線」で「正しい決断」を要求したのである。北朝鮮にとって「最高尊厳」に対する批判的言及が最も許せないものであることは、対北朝鮮外交の基本に属する問題である。河野議員は安倍首相の悲願に砂をかける行為をしたのだった。 ツイッターで河野議員を批判する書き込みをした者に対してはしばしば「ブロック」といって、河野議員の書いた内容を読めない措置を取る。有権者に対して政治家のすることかとの批判もあるが、それはまた自由だろう。驚くべきは、おそらく、本人が批判を読んでいて、いちいち「ブロック」をしていることである。ちなみに、私も河野議員のツイッターを読むことができない。「ブロック」されているからである。 私が最近もっとも唖然(あぜん)としたのは、徴用工問題で駐日韓国大使を呼びつけ抗議した場面だ。日本政府の立場を長々と説明し終えた直後のことである。相手が発言し始めたところで遮って「無礼だ」と口にした。この発言は近く予定されている内閣改造において外相を続投したいがために、安倍首相へのパフォーマンスだったとする見方がある。そうかも知れないが、それにしても外交相手に対してあってはならない行為である。 韓国も北朝鮮も「誇り」をもっとも大切にする民族であることも外交的な常識である。かくて河野議員は、英語力には素晴らしい能力があるものの、朝鮮半島問題では、明らかに失敗を繰り返してきた。会談を前に握手する、河野太郎外相(左)と韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相=2019年2月15日、ドイツ・ミュンヘン市内のホテル(力武崇樹撮影) 北朝鮮外交を担うべく外務省の最高責任者だった河野議員は、拉致問題を最重要課題だとしている安倍政権において、明らかに職責を果たしていない。最後の記者会見でも拉致問題に触れなかった。できないのである。これは後世に厳しく記録される歴史的事実である。 新しい外務大臣となる茂木敏充氏には、小泉訪朝を実務的に準備した当時の外務省の担当者たち、たとえば田中均元外務審議官などからも率直な意見を聞き、北朝鮮を含む北東アジア外交を積極的に切り開いていくことを期待したい。■有田芳生が問う「安倍首相よ、それでも沖縄の民意を踏みにじるのか」■北朝鮮非核化「トランプの財布」に日本が甘んじてどうする■安倍総理の「やってる感」に愛想を尽かした拉致家族のホンネ

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    コテコテの「おともだち」で固めた改造内閣に安倍首相の憂鬱がにじむ

    上久保誠人(立命館大政策科学部教授) 安倍晋三首相が内閣改造と自民党役員人事を行った。今年11月には桂太郎を抜いて、歴代最長の首相在職日数となる安倍首相にとって、2021年9月の自民党総裁任期切れ前の最後の組閣になる可能性もある。首相は「安定と挑戦」の人事だと誇るが、実際は長期政権の疲れがにじみ出た人事ではないだろうか。 今回の人事で注目されたのが、約70人いるとされる、当選回数を重ねても入閣経験のない「待機組」の処遇だ。元々、自民党の人事は「年功序列」ならぬ「年序列」と揶揄(やゆ)されてきた。 それは、長期政権を前提として、日本企業の人事システムのように、能力にかかわらず、当選回数に応じて政務官、副大臣、大臣と順番に出世していく人事システムだ。そして、閣僚のポストは、首相が派閥からの推薦を受けて、派閥間のバランスを図って決められた。 だが、そのシステムは「自民党をぶっ壊す」と登場してきた小泉純一郎首相が、派閥からの推薦を無視して、一本釣りの抜擢(ばってき)人事を断行したり、女性や民間人を登用したりしたことで崩れ始めた。また、2009年から12年は、政権交代で自民党が下野したことに伴い、システムの前提となる「年序列」自体が成り立たなくなり、次第に形骸化した。 そして、政権に復帰して誕生した、「お友達内閣」と呼ばれる第2次安倍政権では、首相が信頼するベテランや側近が閣僚・党役員ポストを占め続けた。派閥からの推薦による「年序列」での入閣は、極めて狭き門となっていた。 そのため、各派閥は今回の内閣改造・党役員人事を、入閣適齢期の所属議員を何とか起用してもらおうと必死に働きかけていた。安倍首相も「自民党は老壮青の人材の宝庫だ」と発言し、幅広い人材の登用を示唆してきた。 だが、その期待は深い失望に変わってしまった。確かに、念願の入閣を果たした議員はいる。しかし、それは「お友達」ばかりだったからだ。2017年1月、安倍晋三首相の東南アジア・豪州歴訪に同行する萩生田光一官房副長官(右)と河井克行首相補佐官。第4次再改造内閣ではともに入閣した(春名中撮影) 文部科学相には、萩生田光一氏が起用された。安倍政権では文科政務官、総裁特別補佐、官房副長官、幹事長代行を務めてきた。一貫して首相の側近として行動し、「保守的」な言動で知られてきた。地道な仕事では意味がない 経済産業相に起用された菅原一秀(いっしゅう)氏は、財務副大臣や経産副大臣を務めてきた。無派閥議員ながら、今年、菅義偉(よしひで)官房長官を囲む勉強会「令和の会」を発足させた。 経済再生相の西村康稔(やすとし)前官房副長官は、首相の出身派閥である細田派所属だ。法相に起用される河井克行氏も、安倍政権で内閣総理大臣補佐官、総裁外交特別補佐を務めてきた人物だ。 要するに、初入閣を果たしたのは、首相のそばで汗をかいてきた人ばかりだ。他にも、首相の目に届かないところで地道に仕事をしてきた人を各派閥が推薦していたはずだ。だが、地道な仕事では意味がなかった。 結局、首相の目につくところで、首相のために仕事をすることが重要だといわんばかりの人事となった。これでは、細田派と首相を取り巻く人たちを除いて、各派閥の幹部や入閣適齢期の議員、若手のモチベーションは一挙に下がってしまうだろう。 主要閣僚の顔ぶれも、相変わらず「お友達」の間でポストを回しているだけになった。麻生太郎副総理兼財務・金融相と菅官房長官、二階俊博党幹事長の留任は早々に決まった。安倍政権の屋台骨であるが、それぞれに「そろそろ退任を」という理由はあった。 麻生氏には「森友学園問題」など財務省のスキャンダルの責任問題があった。また、経済政策「アベノミクス」の限界が見えており、財務・金融相の交代で新たな政策アイデアを導入するという考え方もあったはずだ。 菅氏に対する安倍首相の信頼は絶大だ。だが、そもそもカネと情報が集中する官房長官というポストに約7年も就くこと自体が異例だ。 中曽根康弘政権や小泉政権など過去の長期政権は、官房長官を途中で交代させてきた。官房長官には首相が最も信頼する政治家が起用されるものだが、次第に首相にとって危険な存在になってくるからだ。2018年10月、明治150年記念式典に臨む(左から)菅義偉官房長官、麻生太郎副総理兼財務相、安倍晋三首相 二階氏についても、その圧倒的な力量を評価されているが、一方で「世代交代論」があった。しかし、安倍首相は、ためらいなく彼らの留任を決めた。 他の主要閣僚や党役員についてだが、まずかつて務めたポストへの復帰が目立つ。加藤勝信総務会長が厚生労働相に復帰となった。「今後も変化なし」を宣言? 加藤氏は首相の最側近の一人で、かつて内閣府特命担当大臣(少子化対策、男女共同参画)および一億総活躍、女性活躍、再チャレンジ、拉致問題、国土強靱(きょうじん)化と七つの担当を兼務した。全く関係なさそうなポストの兼務だが、要するに世論の動きに対応してタイミングよく政策を出すのが仕事で、それだけ首相に能力を買われてきたといえる。 また、高市早苗衆院議院運営委員長も、総務相に復帰した。安倍政権では女性初の党政調会長、そして総務相を務めてきた。女性議員の中で、最も安倍首相に重用されてきたといえる。総務相の在任期間は1077日と、歴代1位のベテランが復帰したわけである。 外相には、茂木敏充前経済再生相が横滑りした。既に「日米貿易交渉」の先頭に立ってきた茂木氏の仕事に大きな変化はない。 今後、日韓関係は半導体部品の輸出管理について日本の措置の正当性を主張することが中心になるし、日露関係は経済協力が日本側の持つ交渉カードだ。比較的安定している日中関係も、「一帯一路」計画に対する日本の協力をどう進めるかが課題だ。経産省の幅広い業務のうち、海外業務だけに特化して取り組むという感じだ。 一方、防衛相には河野太郎前外相が横滑りする。日米の安全保障体制の安定を保ちながら、日韓軍事秘密保護協定(GSOMIA)の破棄を表明した韓国と交渉することが最重要の仕事となる。河野氏が既に外相として取り組んできたことだ。要するに、外交と安全保障に関しては、安倍政権の方針に変化なしというのが、国内外へのメッセージとなる。 世耕弘成前経産相は、党参院幹事長に転出する。今年7月の参院選で、自民党や公明党などの「改憲勢力」は憲法改正の国民投票発議を可能とする3分の2の議席数を割ってしまった。安倍首相の悲願である憲法改正を進めるのは難しくなったが、まずは参院自民党を一枚岩にまとめるのが重要ということだろう。 憲法改正については、細田派の領袖(りょうしゅう)である細田博之元官房長官が党憲法改正推進本部長に起用されると報じられている。安倍首相は憲法9条に関して、戦争放棄を明記した第1項、第2項を変えず、第3項に「自衛隊」を明記するという小幅で現実的な改憲を主張している。2019年4月、桜田前五輪相の辞任について、厳しい表情を浮かべながら首相官邸で報道陣に対応する安倍首相 これには、石破茂元幹事長、船田元元経済企画庁長官など専門的に改憲に取り組んできた議員が反発している。だが、安倍首相は彼らを排除し、側近を中心に改憲を進めようとしてきた。専門性よりも政治的に可能な改憲をめざすという方針は、今後も変化なしということだ。 悲願の改憲を進めるための基盤となるのが、経済の安定によって内閣支持率を高く保つことだ。そのキーマンとみられるのが、安倍首相が最も信頼する政治家の一人で、党税制改革調査会長に起用された甘利明前選挙対策委員長だ。進次郎は「客寄せパンダ」 ただし、10月の実施を控える消費税率の10%引き上げは既に決着がついている。首相が甘利氏に求めるのは、増税実施後に景気が不安定化した場合、所得税や法人税の減税など、即座にありとあらゆる手を打って景気を安定させることだ。 また、衆院解散・総選挙ということになれば、当然経済対策を打ち出さねばならない。安倍首相としては、どんな事態にも柔軟に対応するために、党税調を完全に掌握したいということだ。だが一方で、麻生財務相、岸田文雄政調会長の留任と合わせて、アベノミクスに変化はないともいえる。 「今後も変化なし」を宣言するばかりの安倍人事だが、唯一目を引くのが、小泉進次郎氏の環境相起用だろう。当選4回の小泉氏の起用は「抜擢人事」といえる。 だが、環境問題といえば環境省と経産省の対立があるうえに、安倍政権には、二階氏、甘利氏、茂木氏、世耕氏と歴代大臣経験者が揃い、経産省と深い関係がある政治家が多い。 経産省の政治力が圧倒的に強い政権で、小泉氏に求められる役割は「客寄せパンダ」ではないだろうか。福島第1原発の汚染水問題で難癖をつける韓国にズバリと反論し、「お・も・て・な・し」のクリステル夫人とともに、小泉氏の強い発信力で東京五輪・パラリンピックを気持ちよく迎えたいということだろう。 これが最後かもしれない安倍人事から見えてくるものは、安倍首相の深い疲労ではないだろうか。首相自身、長期政権の成果に満足しているのだろう。2017年9月、衆院が解散し開かれた自民党の両院議員総会を終え、安倍首相(左)と握手する小泉進次郎氏 もちろん、世の中にはさまざまな批判が存在するが、首相は既に疲れてしまっていて、批判など聞きたくないと思っているのだ。だから、主要政策の担当大臣には、長年取り組んできたベテランを配置して、答弁を任せたいと思っている。そして、周辺にはひたすら首相をヨイショしてくれる若手や中堅を置いて、気分よく過ごしたいということだ。 小泉氏を起用することで、一応「挑戦」する姿勢を見せている。多くのメディアは、既にその抜擢を絶賛している。 しかし、小泉氏は安倍政権で最も仕事しづらいポストに配置され、完全監視下で「客寄せパンダ」を演じさせられることになる。小泉氏にエールを送るとすれば、若いうちに「冷や飯」を食わされることこそ、リーダーになるための最高の修行だ。だから「客寄せパンダ」をやり切ってみせればいいのである。■ 安倍晋三に重なる「消費税に殺された」朴正煕の影■ 「北朝鮮脅威」の甘い蜜を吸う安倍首相に金正恩が会うメリット■ 令和婚の小泉進次郎に舛添要一があえて贈る「祝言」

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    水戸黄門にジャニーズ?進次郎「サプライズ」から見た内閣改造のツボ

    向谷匡史(作家、ジャーナリスト) 政治家と私たち国民との距離感は、実に面白い。会えば「先生」と呼んでかしこまってみせるが、一杯機嫌の〝居酒屋政談〟になると、「岸田(文雄政調会長)も弱腰でしょうがねぇな」 ボロクソである。 「あの野郎、安倍(晋三総理)に足蹴にされるのがわかんねぇのか」 呼び捨てどころか、「あの野郎」だ。麻生(太郎副総理兼財務相)を「悪代官」と呼んだり、二階(俊博幹事長)を「妖怪ジイさん」と呼んだり、言いたい放題で、こういうのを「主権在民」にして「言論の自由」と言うのだろう。 では、なぜ〝居酒屋政談〟は楽しいのか。 政界が「煩悩のルツボ」であるからだ。権力欲を筆頭にあらゆる欲が煮えたぎり、権謀術数渦巻く世界はプロレス観戦と一緒。 「コラッ、死ぬ気で戦わんかい!」。勝手なことも言えるし、見ていて実に楽しく面白いのである。だからメディアは内閣改造をめぐって連日、人事予測を飛ばしてきた。 「○○大臣に急浮上」「××大臣で調整中」「重要閣僚に起用か」。勇ましい見出しが紙面に躍り、〝居酒屋政談〟も盛り上がる。 当たるも八卦、当たらぬも八卦なら、人事も同様で、結果はご承知の通り。「その日になれば分かるのに、なぜメディアは人事予測に血道をあげるのか」「誰が大臣になるかではなく、この内閣は何をやるのかが大事」 こうした批判は内閣改造や新政権発足のたびに出てくるが、〝居酒屋談義〟の楽しさに思いを馳せれば、この批判は的外れであることがお分かりだろう。 人事をめぐる人間の欲と打算をサカナにすることが面白いのだ。プロレスと同じで、レフリーが「ワン、ツー、スリー!」とマットを叩いたところで人事ショーは終わり。だからメディアも試合中に煽らなければ意味がないということになる。 筆者は、これまで劇画原作の連載を何作か手がけてきた。劇画は登場人物のキャラが勝負。ストーリーがどんなに面白くても、キャラに魅力がなければ読者にウケない。内閣もそれと同じで、その内閣が国民にウケるかどうかは、閣僚や与党役員のキャラが大きくものを言う。 安倍総理はモリカケ問題など何度もピンチに陥りながら、結局、在任日数が歴代2位。今秋には憲政史上最長になる。これはひとえに安倍内閣に登場するキャラによるものと、筆者はみている。 いちいちは記さないが、防衛大臣だった稲田朋美や、オリ・パラ担当大臣の桜田義孝の〝笑われるキャラ〟が大いに国民を沸かせた。あれは批判に見えて、本質はお笑いなのだ。衆院本会議に臨む稲田朋美元防衛相(斎藤良雄撮影) 一方で、菅義偉(よしひで)官房長官の木で鼻をくくったようなキャラの質疑応答がスパイスとなり、結果として安倍自民党という作品があきられることなく「長期連載」になっている。 これが筆者と、友人である劇画誌のベテラン編集者氏の一致した見立てなのである。能力よりキャラ 「今回の人事も、キャラの配置がいいね」と、くだんのベテラン編集者氏は劇画論で人事を分析する。 「やはり麻生、二階、岸田、菅はキャラとしては外せない。麻生の皮肉、二階のおとぼけ、岸田のシッポ振り、そして虎視眈々と次を狙う菅がメディアをにぎわせてこそ、主役の安倍は引き立つ。劇画的には敵対勢力との戦いでダイナミックにストーリーを展開したいところだけど、野党があの体たらくじゃ、どうにもならない。石破(茂元幹事長)も沈んじゃって、安倍のライバル物語にもならない」 では、前回の内閣改造でも入閣が取りざたされた(小泉)進次郎はどうか。 「下馬評では入閣なしだった。〝産休宣言〟は入閣拒否のメッセージだと、メディアも政治評論家も筆と声をそろえたけど、劇画担当としては、進次郎は絶対必要なキャラだね」 「安定と挑戦」のキャッチフレーズを考えれば、安定はいいとしても「挑戦」をどうするか。キャラとしては進次郎をおいて他にいないじゃないかと、ベテラン編集者氏は言ったものだ。 しかも、組閣の国民の関心度はサプライズ人事に比例する。「進次郎の今回の入閣はない」と下馬評でさんざん流しておいて、組閣発表前日の午後6時になって「入閣調整中」の速報テロップがテレビ画面に流れ、「おッ、進次郎が入閣!」 サプライズになり、安倍改造内閣は「新鮮味」と「挑戦色」が加わって、イメージはぐっと変わることになる。 麻生、二階、岸田、菅と進次郎を並べてみれば安倍総理の狙いは一目瞭然。『水戸黄門』にジャニーズ系をキャスティングするようなもので、ぐっと若々しくなるのだ。 最後に、女性閣僚についてはどうか。 ベテラン編集者氏はこれも『水戸黄門』を引き合いに出して、「由美かおるの入浴シーンが〝お約束〟だったよね。ストーリー的には意味はないけど、キャラ的には大事。視聴率に大いに貢献した。それと同じといっちゃ失礼だけど、三原じゅん子なんかハマり役だったけど残念だね」 国内外に問題山積のいま、〝入浴シーン〟に国民の関心が行くのはさすがにまずいとでも思ったのだろう。 劇画も、テレビドラマも、映画も、そして政権もそうだが、継続は広い意味でウケるかどうかがポイントになる。政権は常に批判にさらされるが、たとえ酷評であっても登場人物のキャラによって命脈を保つことがある。野党が存在感を希薄にしていくなかで、「N国」や「R新選組」が注目を集める現状が、そのことを如実に物語っている。聴衆と手を合わせる自民党の小泉進次郎氏=2019年7月、大分県別府市(小澤慶太撮影) 麻生の、あの憎々しい口のきき方、そして桜田の嘲笑キャラが安倍政権にどれだけ貢献したことか。能力よりもむしろ登場人物のキャラと配置が勝負ということになる。 そういう意味では、地味な野党と相対的に自民党のキャラは多士済々で個性豊か。安倍内閣の評価とは別として、改造内閣の配役の妙は、憲法改正という本丸を睨む安倍総理の「連載・第四部」の始まりとなる。(文中一部敬称略)■小泉進次郎と田中角栄、出自は違えどあまりに似通った「因縁」の2人■鈴木涼美が読み解く「オトコとしての安倍晋三論」■船田元手記「憲法改正の議論は波静かな時にしか進まない」

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    日本国総理大臣、安倍晋三

    安倍首相の総裁任期をめぐり異例の発言が飛び出した。自民党の二階俊博幹事長が4選の可能性ついて「今の活躍なら有り得る」と述べたのである。首相在任期間はかの吉田茂を超え、憲政史上最長も射程に入った安倍氏だが、なぜ長期政権を維持できるのか。その解に迫りたい。

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    平成前期の政治を振り返る 「細川連立政権」で始まった激動

     平成の政治を10年刻みで見ていくと、それぞれのディケイド(10年間)に大きな特徴がある。平成元年(1989年)~平成10年(1998年)で存在感が際立っていた政治家の功罪を辿る。◆「山が動いた」55年体制崩壊の序曲 平成元年(1989年)、竹下登首相がリクルート疑獄で退陣。金権腐敗という「昭和の政治」の負の部分が露呈して自民党長期政権は末期を迎えていた。そんな中、歯切れの良い自民党批判で国民の心を掴んだのが、「おたかさん」こと土井たか子・社会党委員長だ。 土井氏は1989年の参院選に女性候補を数多く擁立、「マドンナ旋風」を起こして圧勝し、参院で自民党を過半数割れに追い込んだ。「山が動いた」の名セリフはこのとき生まれた。「憲政史上初の女性党首のおたかさんは女性政治家のパイオニア。政治史的にも、この年の参院選で万年与党の自民党と万年野党第一党の社会党が馴れ合いで政治を進める昭和の55年体制は終わりに向かい始めた」(政治ジャーナリスト・野上忠興氏)◆「小沢の乱」で誕生した非自民・細川政権 自民党長期政権崩壊の立役者となったのが小沢一郎氏だ。「功罪相半ばするが、2度の政権交代を実現。平成史には欠かせない政治家」(筆坂秀世・元共産党参院議員)小沢一郎自由党党首(右)と小泉純一郎元首相=2018年7月、東京都新宿区(納冨康撮影) 小沢氏は海部内閣で自民党幹事長に就任して小選挙区制導入の「政治改革」を掲げたが、次の宮沢喜一首相が政治改革に消極姿勢をとると、内閣不信任案に賛成して倒閣に動く。宮沢首相は衆院を解散、この1993年総選挙で自民党は小沢氏ほか大量の離党者が出て過半数割れに追い込まれた。 総選挙後、小沢氏は社会党、自民党離党組の新党さきがけなど8党派による非自民・非共産の連立内閣を誕生させ、日本新党の細川護煕氏を首相に担いだ。社会党の土井たか子氏が衆院議長に就任する。 この自民党敗北から細川内閣成立までの“残務整理期間”に宮沢内閣の河野洋平・官房長官が発表したのが「河野談話」である。「まさか」の連立◆自民・社会「まさか」の連立 38年ぶりの非自民政権の細川内閣は短命に終わる。 野党・自民党は河野氏、橋本龍太郎氏、石原慎太郎氏の「サンフレッチェ(三本の矢)」を看板に細川首相の政治資金問題、連立に加わった公明党の政教一致問題を追及。次第に細川内閣を追い込んでいく。 細川退陣後の羽田孜内閣で社会党が連立を離反すると、自民党と社会党が連立交渉を行ない、「安保反対」の社会党左派だった村山富市氏を首相に自社さ連立政権が誕生する。村山氏は就任会見で従来の主張を転換し、「日米安保は堅持する」と表明した。「国民に政治家の語る『理念』は演技だと白日の下にさらした」(嶋聡・多摩大学客員教授) 村山首相は1996年1月に退陣を表明。橋本内閣が誕生し、自民党は3年ぶりに政権を奪還する。橋本内閣は中央省庁再編など行革に取り組んだが、消費税率5%への増税後、参院選に大敗して退陣。日本経済に金融危機が深まる中、小渕恵三・首相が登場する。三党首会談後、記者の質問に答える小渕恵三首相=2000年4月、官邸「アジアや沖縄に対する視線が素晴らしかった。『公』の基本は『私』だという考えもそれまでの首相にはないもので、早世しなければ日本は変わっていたはず」(寺脇研・京都造形芸術大学教授) 小渕首相は野党案を丸呑みして金融再生に取り組み、自民党を飛び出した小沢自由党に連立を要請。このとき、野中広務・官房長官は「悪魔にひれ伏しても」と政敵の小沢氏に頭を下げた。「野中氏は自民党を倒した小沢氏を『悪魔』と呼んだが、国会空転は国民のためにならないと手を組んで自公連立をつくった」(政治評論家・木下厚氏)関連記事■ 眞子さま 小室圭さんと最後にお会いになった時の行為が波紋■ 安倍昭恵さん、絢子さん結婚晩餐会で酒豪ぶりが驚かれた?■ 眞子さま、婚約延期も職場では「結婚します!」と幸せオーラ■ 渡辺恒雄氏 なぜ一介の番記者から総理動かす政治力持ったか

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    「安倍の次はまた安倍」 消極的待望論も出る深刻な人材不足

    「岸破義信」なる名前がメディアにとりあげられている。安倍晋三首相の最後の任期に合わせて、“自民党のブルペン”で投球練習をはじめた岸田文雄・政調会長、石破茂・元幹事長、菅義偉・官房長官、加藤勝信・総務会長の4人の一文字ずつ取って、産経新聞が次の総理総裁の有力候補と報じた。“大宰相”として後継者を指名する立場にある安倍首相に極めて近いといわれる産経が報じたのだから、この国の政局は大きく動き出す……はずがない。なにしろ総理候補といわれても国民にはリアリティが感じられないからだ。立憲民主党の枝野幸男代表が「私こそポスト安倍だ」と語るほど政界は人材不足だ。 その状況が一番危うい。「究極のポピュリスト政治家」が彗星のように現われ、有権者の支持を集める危険がある。米国でトランプ大統領が誕生した時のように。 国民にとって最悪の政治状況が生まれるのを避けるには、“政治的ハーム・リダクション”の選択もある。 ハーム・リダクションとは公衆衛生用語で、個人が健康被害をもたらす行動習慣をただちに止めることができないとき、健康被害がより少ない行動を取らせるという意味。政治にあてはめれば、“安倍首相が辞めた後に極右政治家が出てくるくらいなら、安倍続投の方がまだ国民の被害は小さい”という判断になる。 安倍首相はタカ派と見られているが、そのナショナリストぶりは底が深くない。社会学者の筒井清忠・帝京大学日本文化学科教授が指摘する。「安倍氏のタカ派発言はスローガンばかりで、実行している政策は現実的なもの。『移民は入れない』と言いながら労働力不足になれば外国人労働者の受け入れを増やし、教育無償化といった社会民主的な政策も打ち出す。憲法改正もどこまで本気で取り組む気があるかはわかりません」経済財政諮問会議で発言する安倍晋三首相=2019年2月、首相官邸(春名中撮影) 安倍首相が総裁4期目も続投するとなれば、国民が不安視する来年の消費税増税が延期、あるいは凍結、廃止される展開もある。安倍ブレーンの高橋洋一・嘉悦大学教授が語る。「安倍さんは自分で決めたことは自分で発表する性格。ところが、先月の消費税10%への引き上げは菅官房長官が記者会見した。増税は基本路線ではあるが、総理はまだ最終的に上げるかどうか迷っているのではないか。景気に大きなマイナスの影響が出ると判断したら、増税延期を決断する可能性は残っている」 大統領の3選を憲法で禁じている米国と違って、自民党の党則を変えれば安倍首相の総裁4選は可能だ。「安倍の次はまた安倍」──そんな選択肢が思い浮かんでしまうほど、この国の政治の人材不足は深刻だ。関連記事■ 安倍政策を支配する「内閣官房参与」という妖怪の実態■ 安倍昭恵さん、絢子さん結婚晩餐会で酒豪ぶりが驚かれた?■ 安倍首相の後継「岸破義信」が争う間に極右台頭の土壌も■ 韓国作成「徴用工企業299社リスト」に日本企業の担当者絶句■ 徴用工判決で日本企業から「韓国撤退」思わせる動きも発生

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    「日本が真の独立国になるために」鳩山由紀夫、平成最後の反省文

    鳩山由紀夫(第93代内閣総理大臣) 今年は天皇陛下が退位され、浩宮皇太子殿下が即位される、いわば日本が生まれ変わる年です。この30年間、天皇陛下は国民の心に寄り添うことが象徴天皇としてのご自分のお役目と思われて、地震や災害で避難を余儀なくされた人々を慰められたり、サイパンなどへ慰霊の旅をなされたりしてきました。 一部には、そのような必ずしも国事行為ではない活動ができなくなったから生前退位をすることに批判的な意見もありますが、私はこの決断はご立派だと思います。新天皇が今上天皇のお気持ちを引き継がれて歩まれますことを願います。 さて、平成は自民党政権で始まり、自民党政権が安定したまま終わりを迎えることになるでしょう。元々、自民党創設者の孫であった私が、一度は自民党の国会議員となるものの、離党して自民党を2度政権の座から引きずり落した人間の一人として、当時のことを反省を込めて振り返ってみたいと思います。 細川護熙元総理と2人だけで食事をしたことがあります。細川さんが東京都知事選挙に出馬されて数カ月たった頃かと思います。細川さんは次のような意味のことを話されました。「自分は総理として米国に対抗する力を十分持っていなかった。もう一度政権交代するときには、米国からいかに自立した日本を作れるか、そのための覚悟を持った人材が何人いるかだ」。細川さんが私と全く同じ認識であったことに驚きました。 私は日本を真の意味で独立した国家にしたいと願っていました。自国の安全や平和が他国の軍隊によって守られているのでは、尊厳ある国家とはみなされないでしょう。どんなに時間がかかっても、日本の平和は日本人自身によって守られるような国にしなければなりません。野党世話人会で会談する鳩山由紀夫氏(左)と細川護熙元首相=1997年11月 常時駐留なき安全保障はその道への一つの目標でした。そのためには、沖縄に集中している米軍基地を縮小させていかなければなりません。そして普天間基地の移設問題が問われているとき、それは最低でも県外、できれば国外に移設先を見い出すことでした。私が総理になって最もやりたいことはこのことでした。 2009年の総選挙では、政権交代への国民の異常なまでの熱気を肌で感じました。あらゆる街頭演説には数千人の有権者の方々が集まってくださいました。しかし、今から思えば、この熱気は沖縄以外の地域においては、私が最もやりたいことに対する支援の熱気ではありませんでした。 多くの国民にとっては「消えた年金を返せ」「官僚の天下りを止めさせろ」「税金の無駄遣いを止めさせろ」「官から民へ政治を取り戻せ」という叫びの熱気でした。そして、多くの民主党の議員たちも自民党政治の政官業の癒着を追及して、喝采を浴びていたのです。 長い自民党一党支配の政治が続く中で、権力の癒着が起きるのは当然でした。権力構造の内部にいる一部の者だけが利益にあずかり、そうではない多くの国民は被害に遭うばかりとなれば、多くの国民が怒るのは無理からぬことでした。そこで鳩山政権として、事業仕分けを行い、子ども手当、高校授業料の無償化、農家の戸別所得補償、障がい者対策、地域主権、新しい公共などの政策を矢継ぎ早に打ち出しました。普天間移設の真相 ただ、癒着の構造は政官業のみではなく、実際には植草一秀氏が指摘しているように、米官業政電、すなわち米国とメディアも含めて癒着しており、この構造を打破しなければ、政治を国民の手に戻すことはできず、日本が真に独立した国には戻らなかったのです。 私は米国に対しては、普天間の移設先を最低でも県外に求めました。メディアに対しては記者会見のオープン化、記者クラブ制の廃止を求めました。残念ながら、私自身の力不足で、その双方共に挫折をして、結果として総理を辞めることとなりました。 特に沖縄の問題に関しては、米官の癒着というか、米国を忖度(そんたく)した外務官僚が、事実でないことを書いた文書を作成し、それを信じた私が普天間の移設先は辺野古しかないと諦めてしまい、沖縄県民の期待を裏切ってしまったことを、今でも遺憾に思っています。今ではモリカケ問題に見られるように、役人が嘘をつく、文書を隠ぺいしたり改ざんしたりすることは日常茶飯事となっていますが、当時、総理をだますとはゆめゆめ思っていなかった私が浅はかだったのでしょう。 自民党長期政権の間に必然的に生じた米官業政電の癒着構造を打ち破ることは並大抵のことではありません。特に米官政の癒着は、防衛省が全く役に立たない1機100億円以上もするF35を100機以上米国から購入するなど、安倍政権において極めて重篤です。いくら性能の優れた戦闘機を導入しても、滑走路や空母をミサイルでやられたら、飛び立つことができないのですから。 日本のような小さな島国では、現代の兵力戦において、武力で自己防衛を完遂することは不可能なのです。その意味において、核抑止力もそうですが、米国に追従していれば日本は平和であると考えるのは幻想なのです。 では、どうすれば日本は平和を保てるのでしょうか。それは難しいことではありません。武力で真の平和を築くことはできないと気付くことです。そして、周辺諸国と徹底的に仲良くすることです。あらゆる問題を対話と協調の友愛精神で解決する仕組みを作り実践することです。鳩山由紀夫元首相=2018年10月、東京・永田町の事務所(酒巻俊介撮影) 私は日中韓3カ国が軸になって、東アジア共同体を作ることを訴えてきましたが、北朝鮮が平和に向けて大きくかじを切り、朝鮮半島が非核化する可能性が高まってきた今こそ、その時期が到来したと信じています。国と国、地域と地域、コミュニティーとコミュニティーの連帯を友愛の理念で可能にするのです。 明治維新は薩長(さっちょう)の力によって実現しましたが、結果として力による他国の支配を行い、第2次世界大戦での敗戦を招きました。ただその頃に、横井小楠や坂本龍馬などは、公武合体論を唱え、朝廷と幕府を協力させて議会を作ろうとしていたのです。いわば、共に和する共和主義の発想です。残念ながら、彼らはみな殺されてしまいましたが、私は彼らのような思想こそ、これからの日本の歩む道にヒントを与えてくれているのではないかと思量いたします。■稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」■「自衛隊は違憲の軍隊である」 この現実をあなたはどう思いますか?■国民投票はパンドラの箱 民主主義の「怪物」は日本人にも宿る

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    「石破潰し」安倍人事の皮算用

    第4次安倍改造内閣が発足した。首相自ら「全員野球内閣」と銘打ったものの、ホンネは「石破潰し」の報復人事だろう。とはいえ、政権に課された最大の命題は憲法改正である。長期政権の弊害を憂う声は日増しに高まるが、残り3年の任期で実現できるのか。安倍人事の皮算用を読む。

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    ポスト安倍より憲法改正 「歴史に名を刻む」改造内閣の布石

    小林良彰(慶応大学法学部教授) 今回の安倍内閣改造・自民党役員人事の注目点は3点あった。第一に、従来とは異なり、安倍晋三氏が派閥を軸とした総裁選を戦ったことの影響である。 安倍氏は2012年総裁選では、苦楽をともにした仲間や思想的に肌合いが合う人を軸に推薦人20人の名簿を作成し、その多くが大臣や副大臣、政務官として入閣した。これに対して、今回の総裁選では党内の派閥からの支持を軸とする選挙戦を繰り広げ、5派閥1グループからの支持を得て、議員票では圧勝した。このため、小泉内閣誕生以前と同様、「各派閥から何人が入るのか」が注目された。 組閣をみると、安倍氏を支援した細田・麻生・岸田・二階の各派を中心に構成される一方、安倍氏と戦った石破派の斎藤健前農水相は再任されず、石破茂氏も主要な役職には就かなかった。 また、総裁選において衆参で意見が異なる対応になった竹下派は、竹下亘総務会長が党三役を外れ、竹下派の中で安倍氏を支持した茂木敏充氏が留任し、渡辺博道氏が入閣するなど、全体として総裁選の「論功行賞」が明確になった。特に、各派閥とも入閣待望組が多いことから、内閣の過半数となる12人を初入閣組が占め、派閥の長が派内での求心力を維持することに資する結果となった。 一方、石破派からは元検事で在米大使館在任中に米国での従軍慰安婦訴訟を勝訴に導いた山下貴司氏を法相に起用した。同氏の入閣については、石破氏を支持した者にも一定の配慮をしたという見方がある一方、石破派の入閣待望組を飛び越えて当選3回ながら一本釣りすることで、石破氏の派内求心力をそぐ考え抜かれた人事という見方もある。首相官邸への呼び込みの電話に応じた後、抱負を語る自民党の山下貴司衆院議員=2018年10月2日午後、法務省 第二の注目点は、安倍氏が最後の任期中に憲法改正を成し遂げるための党内基盤固めである。 衆議院では自民党+公明党で67%の議席を占め、これに憲法改正に賛成する無所属議員などを加えると、発議に必要な3分の2を超えるが、自民党内にも護憲派がいる。このため、党内を固める必要があることから、党内の総務会長に安倍氏に近い加藤勝信氏を起用し、党憲法改正推進本部長に安倍氏と考えを共有する下村博文氏を起用し、憲法改正に突き進むことが想定される。「歴史の教科書」に残る布陣 安倍氏は2006~07年と12年から現在までで計7年の在任となり、このまま総裁任期満了まで進めば10年に及ぶ長期政権となる。 過去の長期政権を振り返ると、サンフランシスコ平和条約を結んだ吉田内閣、沖縄返還を行った佐藤内閣、国鉄民営化を断行した中曽根内閣、郵政民営化を実現した小泉内閣とそれぞれに大きな仕事を成し遂げている。安倍氏も歴史の教科書に残る仕事をしたいと思っているはずであり、今回の組閣・党役員人事はそのための布陣を整えたとみることもできる。 第三の注目点は、後継者である。安倍氏が総裁任期満了までの残り3年間で、自分がやりたいことを全て実現できるわけではない。そうなると、自分の後も自分と同じ方向の政策を継続してもらいたいと願っているはずだ。しかも、特定の政治家を後継指名した途端にレームダック(死に体)が始まるのが永田町の常である。このため、どのように後継者争いで競わせて求心力を維持するのかが注目される。 今回、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長と茂木経済再生担当相を留任させることになった。過去にも、佐藤栄作氏が「三角大福中(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)」を重用することで競わせ、長期政権を維持したことがある。また、竹下登氏も「竹下派七奉行(橋本龍太郎、小渕恵三、梶山静六、羽田孜、奥田敬和、渡部恒三、小沢一郎)」を競わせて、首相辞任後も一定期間、影響力を残した。 安倍氏も総裁選で安倍支持が遅れた岸田氏を「ポスト安倍」の前提とせず、陰で安倍内閣を支え続けた菅氏にスマートフォンの料金引き下げという政策を主張させたり、茂木氏に日米通商交渉を任せてスポットライトを浴びさせたりするなど、総裁任期満了近くになるまで後継者競争をさせるのではないか。自民党臨時総務会を終え記念撮影に臨む総裁と新執行部4役(左から)甘利明選対委員長、加藤勝信総務会長、安倍晋三首相、二階俊博幹事長、岸田文雄政調会長=2018年10月2日、東京・永田町(春名中撮影) 今後の安倍政権の焦点は、安倍氏が憲法改正の発議をいつ行うのかである。今秋の臨時国会で自民党案を提出する意向であるが、衆参両院での発議にまで持ち込むためにはいくつかのハードルがある。 まず、公明党の賛同を得るためには、来年の消費税率引き上げに対する食料品などの軽減措置でどこまで譲歩できるのかである。超高齢化に伴う社会保障費の上昇を考えれば、これ以上の引き上げ先送りは難しい。公明党がかねてから主張する軽減措置を受け入れる代わりに、9条2項を削減しない範囲での憲法改正に賛成してもらう合意形成ができるかどうかがハードルの一つである。来夏「衆参同日選」の可能性 また、衆参両院での発議が来年夏の参院選以降に持ち越される場合には、参院選で議席を増やすことができるかが鍵になる。今回改選となる2013年参院選では自民党が大勝しただけに、一層の議席増のためには、状況次第で衆院選との同日選挙の可能性もゼロではない。 ただ、公明党が同日選挙に同意しなければ、自民党単独で参議院の3分の2を確保できない以上、参院選を単独で戦わざるを得ず、来年夏の景気をどのように良好な状態に持っていくのかが安倍氏の腕の見せ所になる。消費税率引き上げを決定すれば、来春から来夏にかけての駆け込み需要を期待できる一方、トランプ大統領との日米首脳会談の結果如何(いかん)やイランからの原油輸入ができなくなれば、来夏の景気にとって大きなマイナス要素になる。 安倍政権の課題は、先月の総裁選の党員票にみられたように、自民党支持者の中には安倍氏の党運営に批判的な者もいることだ。今回の内閣改造・党役員人事で石破派の当選回数が多い議員や参議院竹下派からの大臣や党の主要役職就任が見送られたことが、憲法改正の国民投票にどのような影響をもたらすのかが注目される。 この点、長期政権を継続した佐藤氏は、どんなに総裁選で厳しく争っても総裁選が終わればノーサイドとして、自分の方針に従う限り当選回数主義(衆院議員当選3回で政務次官、当選5~6回で大臣など)で挙党一致態勢を作り上げた。 今回の内閣改造が吉と出るか凶と出るかは、今後、安倍氏が懐深く党内をまとめていけるかどうかにかかっている。特に沖縄県知事選で、安倍氏についていけば選挙に勝てるという「不敗神話」が崩れただけに、来年の参院選が党内の求心力の行方を占う試金石となる。皇居に向かうため官邸を出る安倍晋三首相=2018年10月2日、東京都千代田区(飯田英男撮影) ただ、安倍氏にとって救いなのは、野党の足並みが乱れていることだ。立憲民主党も結党時より支持率を下げており、国民民主党に至っては1%前後の支持率である。 さらに、参院選での野党共闘については、共産党と組むことへの批判を避けるために市民連合を核にした共闘協議をしたい立憲民主党や国民民主党と、「選挙協力は政党と政党で協議するのが筋」とする共産党の間の溝が現時点で埋まっていない。今後、野党がどのように一つにまとまって参院選を戦うかどうかも、安倍政権の行方に大きな影響をもたらすことになる。

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    「男を下げても天下取り」小泉進次郎よ、イメチェンは今しかない

    向谷匡史(作家、ジャーナリスト) 男たちが居酒屋で盛りあがるテッパンの話題は三つ。「政治」「悪口」「下ネタ」である。中でも政治の話題は悪口とセットになるだけでなく、高尚そうな雰囲気も味わえるため、一定世代のオジさんたちは大好きである。それだけにホンネが飛び交う。 このたびの安倍改造内閣を目前に控えた夜のこと。私がなじみの店で「居酒屋フレンド」たちと飲んでいると、「麻生(太郎副総理兼財務相)の野郎、態度がデカくねぇかい?」。年かさの店主が威勢よく切り出して、政治が酒のツマミになった。 「それだけ麻生には力があるということだろう。でなければ、とっくに表舞台から消えておる」 元商店主のご隠居がしたり顔で言えば、赤い顔をしたサラリーマンが割り込んできて、「石破(茂元幹事長)、総裁選でよくやったじゃないの。石破を内閣に取り込むかどうかで、安倍の器量が問われるんじゃないの?」 「政治を器量の問題で語ってはいかん」。ご隠居がたしなめつつも、話は次第に盛りあがっていくのだが、「だけどよ、石破についた進次郎の野郎、これからどうするんだ?」。店主のこのひと言に、みんなが言葉を探すように押し黙った。 昨年8月、安倍改造内閣の目玉として話題になったのが、小泉進次郎氏の入閣問題だった。是々非々のスタンスとはいえ、安倍政権を批判して人気の進次郎氏を取り込めば、内閣支持率は確実にアップする。 自民党の二階俊博幹事長も、進次郎氏の入閣、もしくは党役員就任について「安倍総理の念頭にあるはず」、「何の役でも何大臣でも務まる人だと思っていますよ」とラブコールを送ったが、結局、進次郎氏は「入閣拒否」。党の筆頭副幹事長に就いた。 このときは居酒屋フレンドの口もなめらかで、「若けぇからな。出る杭(くい)になって頭をたたかれることを嫌ったんだ」「今、入閣すれば、安倍に『塩』を送ることになる」「安倍内閣より本体の自民党で力を蓄える。当然の戦略だな」 それぞれが政治評論家になるほど、進次郎氏の入閣問題は「絵解き」がしやすく、店主が締めくくって、こう解説した。 「ほれ、昔、ロックやフォークの人気歌手がNHK『紅白』の出演要請を蹴(け)飛ばすことで人気を煽(あお)っただろう? 進次郎もあれと同じようなもんだな、うん」 ところが今度の改造内閣は、「もし、入閣要請があった場合、進次郎氏はどうするだろうか」ということについて、居酒屋フレンドの面々は昨年のようにペラペラと分析はできなかった。国会改革に関する提言をまとめ、記者会見する自民党の小泉進次郎氏=2018年6月 言い換えれば、彼らの沈黙は入閣うんぬんとは別次元において、進次郎氏の立ち位置とイメージが微妙に変わってきたことの証左と言えるだろう。 これまでの爽やかイメージであれば、進次郎氏は早々と石破支持を表明し、旗幟(きし)を鮮明にしたはずだ。負け戦を承知で、己が掲げる大義と信念に殉(じゅん)じる。これが進次郎氏の魅力であり、国民の多くが期待した。私もそうするものと信じていたし、メディアも進次郎氏の支持表明によって石破大逆転もあると報じた。進次郎はそろそろ将来に備えよ だが、進次郎氏は態度を明らかにせず、なんと投票開始わずか10分前になって石破氏への投票を表明した。石破支持を覆(くつがえ)せば「安倍に転んだ」と批判される。アリバイづくりとの批判は覚悟の上だったのだろう。「男を下げた」、「安倍と石破のどちらにもいい顔をした」とメディアで揶揄(やゆ)された。 「総裁選は武器を持たない戦争みたいなもの。どうやって生き抜いていけるようにするか、非常に学びのある総裁選だった」。投票後、進次郎氏が記者団に語った言葉に、苦渋の決断が読み取れる。 ニューリーダーは、いつの時代も「体制」に対する批判を掲げて登場する。だが、「反体制」は「体制」があって成り立つ。居酒屋の店主が喝破したごとく、『紅白』という体制(権威)があって初めて、「出演しない」がステータスを持つのだ。 進次郎氏の立ち位置も同様だ。イケメンで、爽やかで、時の権力者である安倍総理に噛(か)みつくことで人気を得たが、「反体制」をバネにのし上がれば一転、今度は自分が「体制」として批判される側に立つ。 このことは、細胞が代謝するように、いつの時代も、どの分野でも恒常的に繰り返されていることだが、「反体制」から「体制」へと移ったところで理想主義者の多くがつまずき、「変節漢!」と批難されるのは、国内外を問わず事例が示す通りだ。 このことを進次郎氏が考えていないわけがない。となれば、そろそろ将来に備え、理想論から脱却して現実的な処し方に舵を切ることで、政治家としてイメージチェンジを図っていく必要がある。党内での立ち位置も再考しなければならない。 「そのあらわれが、総裁選で垣間見えたのではないか」。私が居酒屋フレンドにそんな話をすると、店主がそれを引き取ってこう総括した。 「つまり、清純派でデビューした若手女優が年を食ってきたってことだな。いつまでも清純派ってわけにゃいかねぇだろう。となりゃ、あとは脱いだり汚れ役をやったりして『演技派』にイメチェンだ。進次郎だってそうだろう? キャーキャー騒がれる時代は短いからさ。『脱ぎ時』ってぇことを考えるんじゃねぇか?」 分かりやすいたとえで、これまた「なるほど」と感心すると、「それも一理ある。だが、わしは別の見方をしておる」と、ご隠居がおもむろに口を開いた。 「貴乃花親方を見なさい。協会改革を叫び、邁進(まいしん)し、世間もそれを支持し、そして玉砕した。いくら人気があろうと、反体制を旗印にした人間は体制を倒すか、体制の中で確固たる地歩を占めない限り、放逐されていく。これを世の習いという。進次郎にそれがわからないわけがあるまい」退職届を出し、記者会見する貴乃花親方=2018年9月、東京都港区(松本健吾撮影) この夜の前日だったか、貴乃花親方の引退騒動がメディアをにぎわせており、ご隠居はそのことを引き合いにして言ったのだった。 安倍総理は三選を果たした。株価も2万4千円の大台を回復したものの、国内外に問題は山積している。沖縄知事選の敗北で安倍内閣の求心力低下が懸念され、来夏の参院選の結果次第ではレームダック(死に体)になる可能性も指摘されている。 それを見据える進次郎氏は、「戦略なき貴乃花親方」の蹉跌(さてつ)を目の端にとらえながら、これから現実路線に大きく舵を切っていくだろう。「総裁選は武器を持たない戦争みたいなもの」という彼の言葉が、私には「天下取り」に向けた進軍ラッパに聞こえるのだ。

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    「石破を干し、次を育てる」安倍人事の容赦なき適材適所

    川上和久(国際医療福祉大学教授) 9月20日、自民党総裁選に勝利した安倍晋三首相は、3期連続で総裁を務めることになった。3期目の任期を全うすれば、第1次内閣を含めた首相としての通算在職日数は約3500日となり、歴代1位の桂太郎の2886日をはるかに上回って、歴代最高となる。 イタリアの政治思想家、マキャベリはかつて「人の上に立つ者が尊敬を得るには、大事業を行い、前任者とは違う器であるということを、人々に示すことである」と喝破した。桂は首相在職2886日の中で、日露戦争を戦い、関税自主権を回復し、韓国からは批判されているが、日韓条約を結んだ。では、歴代1位の在職日数をうかがう安倍首相の「大事業」とは何になるのか。 大事業のためのさらなる3年間が与えられたとしたならば、安倍首相がその中で執念を燃やしている大事業は「憲法改正」か「北方領土返還」か、はたまた「日朝国交回復」か。 長期政権が実現したのは、安倍首相の力だけでなく、周囲の支え、そしてやや意地悪な言い方をすれば、権謀術数があったればこそ、ということに尽きる。安倍首相の、長期政権ならではの「大事業」を期待したいが、本稿ではそれは置いておこう。 政治リーダーに求められる資質は数多くあるが、その中核となるのが「時代の動きに合わせ、次の時代を見越した改革を行う実行力」「次の世代を育てる育成力」であることは論を俟(ま)たない。実行力も育成力も、政治リーダーの人事でつまびらかにされる。 10月2日、党役員人事と内閣改造が行われた。残る総裁任期は3年、「実行力」だけでなく、「次の世代を育てる育成力」も問われる人事だ。戦後の長期政権である佐藤栄作政権、中曽根康弘政権、小泉純一郎政権における「次のリーダーの処遇」から、今回の安倍人事を読み解いてみたい。2018年9月、新潟市内のホテルで開かれた党員集会で気勢を上げる安倍首相 佐藤栄作首相は1964年11月から72年7月まで約7年8カ月首相を務めた。在職は2798日で、現在のところ、桂太郎に次ぐ第2位の日数だ。 佐藤首相の後を継いだ田中角栄首相は、第1次佐藤内閣のもとで大蔵大臣を務めた後、自民党幹事長を通算約4年務め、71年7月に発足した第3次佐藤改造内閣では通産大臣を務めている。「後継育成」のパターン 当時、佐藤首相の後継と目されていたのは福田赳夫氏だった。福田氏は、65年6月からの第1佐藤改造内閣で蔵相となり、66年12月から約2年、自民党幹事長で党務を担った。68年11月の第2次佐藤第2次改造内閣で再び蔵相、71年7月の第3次佐藤改造内閣では外務大臣に横滑りし、佐藤首相の退陣まで務めた。 熾烈(しれつ)な「角福戦争」の末、田中氏が佐藤首相の後継を射止めたが、田中氏、福田氏とも、佐藤首相のもとで党幹事長や蔵相、通産相、外相などの主要閣僚を務め、「後継に足る実力者」と自他ともに認める存在となっていった。  中曽根康弘首相は82年11月から87年10月までの約5年間首相を務めたが、通算1806日、歴代7位の在職日数となる。このときは、安倍首相の父親である安倍晋太郎氏、竹下登氏、宮澤喜一氏の3人、「安竹宮」が後継候補とされた。 中曽根首相の後を継いだ竹下首相は、82年11月の中曽根内閣発足と同時に蔵相となり、約4年間務めた。その後は自民党幹事長となり、87年10月まで幹事長を全うして後継総理・総裁となった。 同じようにポスト中曽根の有力候補であった安倍氏も、中曽根内閣発足と同時に外相となり、竹下氏同様に約4年務め、自民党総務会長となった。竹下内閣になると、党幹事長に就任して、「ポスト竹下」の最有力候補となったが、病を得て首相の座を目前にしながら91年にこの世を去った。 宮澤氏は、1984年10月から自民党総務会長、86年7月に発足した第3次中曽根内閣で蔵相を務めている。1985年8月、箱根でゴルフを楽しむ自民党のニューリーダーたち。左から安倍晋太郎外相、西武鉄道の堤義明社長、宮沢喜一総務会長、竹下登蔵相 小泉純一郎首相は2001年4月から06年9月までで、通算在職日数は1980日、歴代6位の記録だ。今の安倍首相は、小泉政権下の03年9月から1年間自民党幹事長を務めた。また、05年10月に発足した第3次小泉改造内閣で官房長官に転じ、小泉首相の後継となった。 このように見てくると、「長期政権における後継人材の育成」には、一定のパターンがあることに気づく。長期政権の後継者は、必ず、その間に自民党幹事長を務めていること、蔵相(財務相)、外相、官房長官などの主要閣僚を経験していることだ。では、安倍政権下ではどうだろうか。見えない「懐の深さ」 この際、第1次内閣は置くとして、民主党から政権を奪還した第2次内閣以降で自民党幹事長を務めたのは、石破茂、谷垣禎一、二階俊博の3氏である。この中で、谷垣氏は「ポスト安倍」の最有力とされていたが、自転車事故で療養を余儀なくされ、政界を引退した。 二階氏は、1939年生まれの79歳。後継首相総裁として育てられる立場ではない。小泉進次郎氏までのつなぎに適任者が育たない、となれば、麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉(よしひで)官房長官と並び、「つなぎ総理」を狙うことになるかもしれないが。 では、石破氏はどうか。今回の人事で、石破氏は党の要職にも閣僚にも起用されず、「干された」形となった。ここで、佐藤→田中、中曽根→竹下、小泉→安倍という後継総理・総裁と石破氏では異なるパターンがあったことに気付く。 田中氏、竹下氏、安倍氏ともに、前任の総理・総裁と総裁選で戦った経験はない。いわば、恭順の意をひたすら表し、要職を務めあげながら、長期政権の後継を狙っていたわけだ。 だが石破氏は、安倍首相にとってはいわば「不倶戴天の敵」である。2012年の総裁選では、安倍首相が石破氏の後塵(こうじん)を拝し、2位に甘んじて決選投票で逆転するという薄氷の勝利だった。また、今回の総裁選では、政策論争を通じて、「反安倍」的な政策を唱える石破氏と対立した。 マキャベリの言に「人間というものは、危害を加えられると思っていた人から、恩恵をあずかると普通に受ける場合よりはるかに恩義を感じて、その人に深い好意を抱くものである」とあるが、今回の人事にはその懐の深さは見えない。イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館にあるマキャベリ像(ゲッティイメージズ) 石破氏を党の要職にも就けず、主要閣僚にも登用しないとなれば、これは、安倍首相が、石破氏を後継にしたくない、というサインに他ならないだろう。また、「入閣待機組」からのすさまじい嫉妬を計算した起用なのか、当選3回の山下貴司氏を法務大臣に「一本釣り」し、石破派への風当たりが強くなる人事をやってのけた。 いずれにせよ、これまでの「定石」であった、長期政権下で党幹事長を務めた人材から後継者が出ることは、石破氏がよほど挽回しない限り難しい。 では「つなぎ総理」ではなく、本格的なポスト安倍にふさわしい人材はいるのだろうか。マキャベリは、「君主たるものは、才能ある人材を登用し、その功績に対しては、十分に報いることも知らねばならない」とも述べている。残された時間は多くない 総裁選で安倍支持の中核となり、留任した二階幹事長、菅官房長官、岸田文雄政調会長の中で、派閥の領袖である岸田氏は安倍首相からの禅譲をうかがう。だが、支持表明の時期の遅れから、禅譲に黄信号がともった。 一方で、新たに党三役の総務会長となった加藤勝信氏は、旧大蔵省出身で、安倍政権下で厚生労働大臣など閣僚も経験し、竹下派でありながら安倍3選を支持して首相にも近く、今回の登用でポスト安倍の可能性が出てきた一人だといえる。 河野太郎氏は外務大臣を引き続き務めることになったが、党三役の経験がない。今後、困難な外交状況をうまく安倍首相をサポートしてこなし、党三役を務めることになれば、ポスト安倍に向けた「育成モード」につながるだろう。 小泉進次郎氏を今回の人事で処遇しなかったことで、小泉氏は「次の次」に回るか。定石とは異なるが、現在のところ、幹事長経験者以外からポスト安倍を、という方向が見えてきた。 麻生氏、二階氏、菅氏の「つなぎ総理」か、岸田氏、河野氏、加藤氏の3者の中から誰かが頭角を表すことになるのか。 来年は統一地方選と参院選が控えている。この二つの選挙は、おそらく安倍政権のもとで行われるが、ポスト安倍と目されたニューリーダーが火の玉になって、「この人が後継であってほしい」と自他ともに認知される状況を自らの力で作っていかなければならない。 もし参院選を花道に二階幹事長が勇退、後任にその人材が座れば、文句なしのポスト安倍一番手となるだろう。今回の人事でポスト安倍がはっきり見えなかったことは、参院選を経てポスト安倍に躍り出るチャンスだということを、本人たちも痛いほど分かっているに違いない。2018年9月、沖縄県知事選、那覇市内の街頭演説で手をつなぎ、支持を訴える(左から)菅官房長官、佐喜真淳氏、小泉進次郎自民党筆頭副幹事長 華やかな小泉氏とは違うキャラクターで、安倍政権のプラスを伸ばし、マイナスをゼロにする政治リーダーが育つことが、国益にもかなう。勝負に残された時間は多くないことを、彼らにも自覚してもらいたい。

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    「安倍退陣論」私はこう読む

    「安倍総理はご自身の判断でお辞めになったらよろしいと思う」。第93代内閣総理大臣、鳩山由紀夫氏がiRONNAに寄せた手記の一節である。モリカケ、公文書改ざん、官僚トップのセクハラ…。相次ぐ不祥事で苦境に立つ安倍政権。与党内にもくすぶる「安倍退陣論」を真正面から考える。

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    鳩山由紀夫手記「安倍総理、ご自身の判断でお辞めになればよろしい」

    鳩山由紀夫(第93代内閣総理大臣) 安倍総理が退陣すべきか否かを論じてほしいとの依頼が来た。もとより私はかつて米軍普天間飛行場の移設問題において、「最低でも県外に」という沖縄のみなさんの期待に応えられずに、支持率が急降下して総理を辞めた人間である。 そんな私が他人の総理退陣の是否を論ずる資格などあるかとのご批判をいただくことは必須と思われるが、iRONNAからの執筆依頼に応えたのであって、その種のご批判はご遠慮申し上げたい。 まず結論から申し上げれば、安倍総理はご自身のご判断で総理をお辞めになったらよろしいと思う。 なぜ「ご自身の判断で」と申したかと言えば、それは言うまでもなく、学校法人「森友学園」(大阪市)の国有地売却問題に関わって、安倍総理ご自身が「私や妻が関係していたということになれば、それはもう間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきりと申し上げておきたい」と開き直って答弁していたからである。 安倍総理が森友学園問題に関係するということは、必ずしも国有地を森友学園のために安く売ってやれと財務省に働きかけたか否かとか、文書の改ざんを指揮したか否かということを問うているのではない。単純に言えば、森友学園の籠池理事長夫妻と安倍総理夫妻(のいずれか)にはそれなりのお付き合いがあったか否かということである。 そのことに関しては、総理自身はともかく、昭恵夫人が総理に代わって森友学園を訪問した際に、学園の教育方針に感涙したとの報道があった。さらに昭恵夫人のフェイスブックにも、籠池夫妻との写真付きで、日本人の誇りや日本の教育について意見交換させていただきましたと書かれている。昭恵夫人は森友学園が開校予定の小学校の名誉校長を務めることになっていたことからも、関わりは明らかである。 それだからこそ、官邸に人事権を握られた官僚たちが、特に財務官僚たちが必死になって「アベ友」の森友学園に国有地を事実上タダ同然に払い下げしようとし、そのために事実を曲げ、隠蔽(いんぺい)し、揚げ句の果ては改ざんまでして安倍総理を守ろうとしたのである。 公務員が法律まで破り改ざんを行ったのは、時間的にみても、決して佐川宣寿理財局長(当時)の答弁に合わせるために行ったのではないだろう。安倍総理の「関係していたら総理も議員も辞める」との発言があったため、関係していたと見られる恐れがある箇所を改ざんせざるを得なかったのである。「森友」文書書き換え問題で、陳謝する安倍晋三首相=2018年3月12日、官邸(飯田英男撮影) そして、その過程において、自殺者まで生んでしまった。自殺した財務省近畿財務局の男性職員は、財務省上層部の指示で文書の改ざんに関与したことを示唆する内容のメモを残していた。安倍総理の意向を忖度(そんたく)した財務省幹部の指示で文書の改ざんに関与した職員が自殺したのである。 最低限明らかなことは、もし安倍総理夫妻が森友学園の籠池夫妻と知り合いでなかったのならば、森友学園へのタダ同然での国有地売却は起こっておらず、したがって改ざんなどもなされることはなく、職員の自殺は起きなかったということである。日本が真に独立するために 安倍総理がいなければ職員の自殺はなかったのである。もし私が総理であったならば、とてもいたたまれない。総理を続けることなどできない。自分が一人の人間を殺してしまったのだから。この事実の重さを安倍総理はどのように感じているのだろうか。 問題は森友学園にとどまらない。学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設は、加計孝太郎理事長と安倍総理の親密な関係によって無理が通ったのであるが、そのことを隠すために安倍総理は獣医学部新設についてはギリギリまで知らなかったと答弁している。 しかし、はるかそれ以前に愛媛県職員らが官邸で柳瀬唯夫総理秘書官(当時)と面談した際に、柳瀬秘書官が「獣医学部新設は総理案件」と述べていたことが明らかとなった。安倍総理は虚偽の答弁をしたことになる。決して許されることではない。 さらには防衛省による自衛隊の南スーダンやイラク派遣時における日報の隠蔽(いんぺい)問題、福田財務事務次官のセクハラ辞任問題など官僚の不祥事が絶えない。長期政権は必ず腐敗するのはまさに真理である。 政権交代はしばしば、かような内政のスキャンダルによる国民の怒りがもたらすものだが、私が最も不満に思うのは、安倍総理の「対米追随」の外交姿勢である。 日本総合研究所会長の寺島実郎氏が指摘するように、安倍外交は周辺の中国、韓国、北朝鮮、ロシアなどとうまく行っていない。今年に入り、ようやくわずかばかり改善の兆しを見せているが、それまで不毛な「中国脅威論」を振りかざして、アメリカに倣いアジアインフラ投資銀行にいまだに参加していない。インタビューに答える鳩山由紀夫元首相=2017年7月19日午後、東京(酒巻俊介撮影) 韓国とも米国の指示の下に慰安婦問題の解決を図ったが、いまだに韓国民の理解を得られていない。ロシアについても、クリミア問題の歴史と現実を直視せず、経済制裁に加わる愚を犯して北方領土問題の解決を遠のかせた。 北朝鮮問題に関しては、対話の時代は終わったと繰り返して、世界の対話の波に乗り遅れた。そしてトランプ大統領でさえ、安倍総理に笑顔を振りまきながら、日本に必要性を感じない高価な武器を売りつけ、日本によって貿易赤字が拡大したと鉄鋼などに高い関税を設けた。 アメリカに諂(へつら)っても、日本はアメリカの尊敬の対象になり得ていないのだ。日本の外交姿勢を根本的に見直して、日本を真に独立させねばならない。 確かに自民党の支持率は安定しているが、それは自民党に代わる野党が存在していないからであり、ある意味で日本にとって最も不幸なことは、安倍政権が内政、外交ともに大きく国益を損なってきたにもかかわらず、国民の信頼に足る野党がいないことである。 民主党が民進党となり、分裂をしたことで大きく信頼を失った。しかし、だからと言って数合わせの合流はさらに信頼を失うことになりかねない。今、野党がやるべきは拙速を避け、安倍政権、いや自民党政権に代わって、日本の未来の姿を指し示すことである。 日本の国体は断じてアメリカであってはならない。天皇制の下に国民が国体となる日本を描き切ることだ。安倍政権の数代後に、そのような日本が誕生することを切に願う。

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    「DV政治、安倍晋三」福島瑞穂が綴った内閣退陣6つの理由

    福島瑞穂(社民党副党首) 私は社会の中で人々が萎縮したり、忖度(そんたく)したりするのではなく、もっとみんなのための社会、政治を実現したいと思っている。だから、安倍政権は退陣すべきである。嘘で塗り固められた腐った政治の上には何も積み上げることはできないし、ここから未来を切り開いていくことはできないからだ。 象徴的な例がある。今年4月から、小学生は「道徳」を検定教科書で勉強することになった。子供たちに「嘘をついてはいけません」と教えておいて、政治の世界が隠蔽(いんぺい)や改ざん、虚偽答弁の世界であったら、子供たちは大人を信用しないだろう。何てひどい世界だろうか。 安倍政権が退陣しなければならない理由は少なくとも6つある。 一つ目は、国民の生活、雇用、農業、そして地域を破壊していることだ。例えば、労働者派遣法は「全面改悪」され、全ての業種で派遣が可能になった。また、社会保障費の自然増が抑制されたほか、介護保険の改悪や生活保護の切り下げも行われた。働き方改革の名のもとに提案している「高度プロフェッショナル制度」は、一定の年収以上であれば全ての労働時間、休憩、休日、深夜業の規制が撤廃される。 いわゆる「働かせ放題」法案を提案しており、これ以上、過労死を増やしてどうするのだと言いたい。これは経団連などの要望に応えているに過ぎず、こんな法案を働く人の誰が望むだろうか。 二つ目は、権力と税金を私物化していることだ。そもそも森友学園問題は安倍夫妻案件であり、加計学園問題も安倍総理案件だ。これは権力の私物化であり、税金の私物化でもある。参院予算委で社民党の福島瑞穂氏(右端)の質問に答える安倍首相=2017年11月30 日 そして三つ目に挙げたいのは、隠蔽と公文書の改ざん、虚偽答弁である。これらは安倍内閣が不都合な真実を隠すための嘘であると言えよう。国会に提出される文書やデータが虚偽で、答弁が虚偽だったら、私たちは何を信じて議論したらいいのか。民主主義が破壊されている。 安倍総理は森友学園問題をめぐり、2017年2月17日に国会答弁で「私か妻が、関係していたら、総理大臣も国会議員も辞める」と明言した。また、3月13日、加計学園問題についての私の質問に対して、「私が働きかけていれば責任を取りますよ」とも言った。その言葉通り、辞めるべきである。 加計学園問題はこれだけではない。2015年4月2日に、官邸で柳瀬唯夫総理秘書官が、加計学園の幹部と愛媛県、今治市の職員と会っている。そして柳瀬秘書官が「首相案件」と言い、具体的に傾向と対策を教えていることがさまざまな文書と証言で明らかになっており、言い逃れのしようがない。国民への愛がない 四つ目は、憲法のねじ曲げである。歴代の自民党政権は、集団的自衛権の行使は憲法違反であるとしてきた。それをねじ曲げて合憲とし、2015年に安保関連法を強行成立させた。憲法は、権力者を縛るものなのに、憲法そのものをねじ曲げたのだ。そして、憲法そのものを変えようとしている。「法の支配」がない政治など危険極まりない。 そして五つ目は、メディアと教育に対する支配と介入だろう。文部科学省前事務次官の前川喜平氏が公立学校で行った授業について、自民党議員が文科省に問い合わせを行い、添削までしている。 また、NHK幹部が報道の現場に対し、森友学園問題を取り上げるときには安倍昭恵夫人の映像を使わないよう細かく指示をした事実が内部告発で明らかになった。政治の介入なのか、メディアの忖度なのかはわからないが、安倍政権に多大なる配慮をしていることは確かである。そして、安倍内閣がそのような状況を作っていると言えないだろうか。「国境なき記者団」による日本の報道の自由度ランキングは、2018年で67位というありさまだ。 六つ目は、セクハラやパワハラなどに対する全くの無理解である。セクハラという言葉は、1997年に男女雇用機会均等法に盛り込まれ、企業の中では意識の変化が進み、対策もとられてきた。それが、政権の中枢には全く入っていない。 麻生太郎副総理兼財務相が、財務次官だった福田淳一氏の辞任を認めた閣議後の記者会見で「はめられていて、訴えられたという意見もある」と発言したことには、本当に驚いた。被害者を加害者扱いしているのだ。これは大問題であり、発言そのものもセクハラで、第二のセクハラではないか。 そもそもセクハラやパワハラ、ドメスティックバイオレンス(DV)には共通点がある。力の差を利用して、権力を振りかざし、相手を屈服させ、反抗できないようにするのである。これらを当然のことのように行い、セクハラやパワハラを指摘されても認めようとしない。 財務省のセクハラ問題への対応を見ていると、安倍政権は被害者に思いを寄せることができない政権と言わざるを得ない。参院予算委員会集中審議に臨む安倍晋三首相(左)と麻生太郎副総理兼財務相=2018年5月28日、国会・参院第1委員会室(春名中撮影) 以上、6つの理由を挙げたが、こうした安倍政権とはいったい何であろうか。かつて、森友学園理事長だった籠池泰典氏のように、自分と同じ思想・信条の人や腹心の人、自分をヨイショしてくれる人は優遇し、便宜を図るのが安倍政権なのではないか。 一方で、政策に反対する、沖縄の辺野古新基地建設反対運動の参加者や、都合の悪いことを言う前川前文科次官などは弾圧をする。そして、その中間の人々は、虚偽文書や虚偽答弁でだませばいいと考えているのではないか。まさに強権政治である。 歯向かえば、飛ばされるか、弾圧されるのであれば、誰もが萎縮し、忖度(そんたく)し、服従していく。主権者は国民なのに、権力によって操られる客体に成り下がってしまう。 かつて自民党は国民政党だったのかもしれない。しかし、今や自由競争秩序を重んじる「新自由主義」に傾倒し、大企業のための政党に成り下がっている。現場のひずみや苦労、そして悲鳴や悩みを見ようとも聞こうともしていない。こんな安倍政権に国民への愛があると言えるのか。 もうこんな政治は終わりにしなければならない。民主主義を信じることができなくてどんな未来があるだろうか。安倍政権の退陣こそがスタートである。

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    なぜ安倍政権は「戦後最強の内閣」になったのか

    」を発揮してきた。安倍内閣は、過去5年半近くの政権運営の過程で幾度も「失速」が語られたものの、5度の国政選挙を勝ち抜くことで権勢を維持してきた。しかし、目下、安倍内閣の「強靭性」にも陰りが見え始めた感がある。 現下の財務省や防衛省を舞台にした政官関係に絡む混乱が軒並み、安倍内閣の政権運営の「歪み」として語られ、それを安倍内閣の責任として詰問する声が高まっているのである。数刻前まで既定のものとして語られた今秋の自民党総裁選挙に際しての「安倍三選」も、予断を許さなくなったと指摘する向きもある。 既に幾度も指摘してきたように、筆者が下す内閣評価の基準は、第一が「外交・安全保障政策を切り回せるか」であり、第二が「経済を回せるか」である。この評価基準に照らし合わせれば、安倍内閣の政権運営は「上手く切り回している」と観るのが順当であろう。 事実、例えば米誌『タイム』(2018年4月30日号)は、毎年恒例の「世界で最も影響力のある100人」を発表し「指導者」部門で2014年以来4年ぶりに安倍首相を選出した。オーストラリアのマルコム・ターンブル首相は選評中、「安倍氏の自信に満ちた力強いリーダーシップは日本の経済と先行きへの期待をよみがえらせた」と評した。 また、ロイター通信(4月23日配信)が伝えた「4月ロイター企業調査」の結果によれば、「安倍晋三首相が自民党総裁に3選されることが望ましいか」という問いに「諾」と答えた大手・中堅企業は73%に達した。加えて、この記事は「次の政権も安倍首相続投による与党政権継続が望ましいとの回答が6割を占めた。次期首相も5割が安倍首相を支持した」と伝えている。 こうした安倍内閣への評価を前にして、湧き上がる「安倍、辞めろ」の声には、日本の政治風土に根づく悪しき気風が反映されている。それはすなわち、「対外意識の希薄」と「民主主義理解の貧困」である。1989年6月3日、組閣後に記者会見をする宇野宗佑新首相 振り返れば、昭和中期以降、すなわち冷戦期の「55年体制」下、日本政界では金銭や女性に絡むスキャンダルが頻発した。リクルート事件や東京佐川急便事件といった金銭絡みのスキャンダルが相次ぐ一方で、女性スキャンダルで地位を追われた宇野宗佑元首相や山下徳夫元官房長官の姿は、そうした「55年体制」崩壊前夜の政治様相を象徴していたといえよう。国際環境が激変でも「モリカケ」 もっとも、こうしたスキャンダルが日本の国益上、大した損害を与えていると認識されなかったのは、それが「経済力だけは大きいが対外影響力は乏しい」国の出来事であったからである。しかも、往時は「『永田町』が混乱しても『霞ヶ関』がしっかりしているから、大した問題ではない」という理解は、半ば自明のように受け入れられていたのである。 しかしながら、平成に入って以降の日本が直面したのは、「バブル崩壊」後の長期にわたる経済低迷の一方で、「国際貢献」の名の下に一層の対外関与が要請される状況であった。そして、現在に至って、日本の立場は「経済力の減退を対外影響力で補わなければならない」というものに変質しているのである。 筆者が指摘する「対外意識の希薄」とは、「経済力の減退を対外影響力で補わなければならない」日本の立場を顧慮せずに、専ら国内統治案件の議論に熱を上げる様子を指している。北朝鮮情勢の展開次第では、日本を取り巻く国際環境が激変するかもしれない局面で、「森友・加計」問題の議論に過剰な精力が費やされている現状は、その典型的な事例であるといえる。 しかも、「対外影響力」を担保する条件の一つが、政治指導者が築いた人的ネットワークの豊かさである以上、こうした国内政局の紛糾の結果として、安倍首相が国際政治の舞台から退場することになれば、それが日本の国益に及ぼす影響は甚だしいものになるであろう。 また、筆者が指摘する「民主主義理解の貧困」とは、民主主義体制下であればこそ政治人材の発掘と養成は重大な課題であり、政治人材は「取り換え引き換え」のできる存在ではないという理解が浅いという様子を指している。 日本では、なぜか政治人材に関してだけは、「使い切る」とか「もったいない」という感覚が働かないようであるけれども、そうした様相は、民衆の当座の感情で政治が直接に左右されるという意味での「ポピュリズム」や「モボクラシー(衆愚政治)」の傾向を加速させるのである。2018年4月、米フロリダ州パームビーチで行われた会談で、トランプ米大統領と握手する安倍首相(共同) 世間には、筆者を「安倍応援団」の一人だと観る向きがあるかもしれないけれども、筆者は、そのように自ら思ったことは一度もない。筆者が支持し応援しているのは、あえて言えば「安倍内閣下の対外政策展開」や「日本の外交」であって、安倍晋三という政治家お一人ではない。当節、「何が重要か」を見誤らない議論が大事であろう。

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    そもそも「安倍退陣論」は間違っている

    柳澤協二(元防衛省幹部、国際地政学研究所理事長) 「安倍晋三首相は退陣すべきか」という今回のテーマだが、その問題の立て方には、必ずしも同意できない。自民党の中に、異次元金融緩和や日米同盟強化路線に対する小さな異論はあるものの、安倍首相の政策に代わる経済・安全保障のビジョンを描く政治勢力は存在しない。そして誰がやっても安倍政治の継続となるのであれば、首相が退陣してもしなくても、日本の国家戦略は変わらないからだ。 しかし、財務省による行政文書改ざんやセクハラ疑惑、防衛省の日報隠ぺい疑惑、幹部自衛官による野党議員への暴言など、首相を頂点とする行政機構の不祥事が同時多発的に起きている現状を見ると、指揮官の統率力の問題を考えないわけにはいかない。 組織が弛緩(しかん)して問題が噴出すると、組織は問題処理に追われてエネルギーを浪費し疲弊する。その疲弊が新たな問題を生んで、負のスパイラルが無限に続いていく。組織の構成員は責任を押し付け合い、自己保身に走る。これは「負け戦(いくさ)」のパターンである。 「負けること」自体が問題なのではなく、負けが士気を阻喪(そそう)させることが問題なのだ。それを食い止めることこそ、指揮官の最大の役割となる。そのためには、一時の負けが次の勝利に結びつくことを納得させ、自軍の精神的優位を信じさせなければならない。 森友問題について言えば、国有地を安価に払い下げたことが法律上適切だったかどうかを論じるのではなく、日本全体にとって安ければ安いほどよかったという道義的確信を持たせなければ、何のために現場が無理をして値下げしたのかが分からない。 国民に分からせる以前に、動いた現場が納得しなければならない。そうでなければ、「危ない橋」を渡る現場の士気が上がるはずはない。 「所詮は上が決めることだから言う通りにしておけ」という気分で仕事をすれば、誰だってミスをする。その責任を現場に押し付けられれば、現場は中央を信用しなくなる。安倍首相は「最終的責任は内閣の長たる自分にある」と言っている。 だが、その責任とは「膿(うみ)を出し切って信頼を回復すること」だ。「膿」は現場にあって、首相自身にはないことを前提としている。 もちろん、ヘマをやった実行者は罰せられるべきだ。だがそれは、取り締まりの原理であって、組織統率の原理ではない。首相辞任か担当大臣の辞任かはともかく、「現場のミスがこんなに大きな結果を招く」ことを思い知らせてこそ、組織の緊張感がよみがえる。 クラウゼヴィッツは、戦争を政治目的達成の手段と位置付けている。戦略とは、実現しようとする目標達成のために個々の戦闘をいかに組み合わせるかを考えることだ。それは、使うものが戦闘か外交か、あるいは法律、司法、マスコミなど、その手段に違いはあっても複雑な組織を使って目的を達成する「術」である政治戦略にも適用できる。 クラウゼヴィッツの「戦争論」は、戦争が人類の事業の中で最も錯誤に満ちた営みであることを強調している。組織が大きくなり、相互の連携が複雑化するほど、一つの錯誤が全体に影響する。 戦争でも政治でも、指揮官が自らの意図を正確に伝えず、各部署が勝手に忖度(そんたく)して動くならば、錯誤は必ず起きる。現場は自らの役割を理解できず、何もしないか余計なことをするか、右往左往してやがて疲弊し、機能を停止する。誰が首相かは「手段」にすぎない 指揮官の役割は、達成可能な目標を明確に定め、そのために投入する十分な資源を配分することだ。思い通りにいかない場合には速やかに目標を変更すると同時に、その時々の目標を全軍に徹底しなければならない。 クラウゼヴィッツは、戦争は3つの要素で構成されると言っている。「戦争の三位一体」すなわち、感情の主体である国民、戦場の錯誤を乗り越えるアートを備えた将帥、そして戦争の目標を合理的に判断する政府がそれだ。 これを戦争ではなく政治目標の達成という観点で言い換えれば、政治を構成する「三位一体」は、国民の支持、難局を乗り切る指導者のアート、そして合理的に設定された政治目標ということになる。 指導者のアートに属する官僚機構の統率が上手くいっていないことは、すでに見てきた。また、国民の支持が低迷していることも疑いようのない現実となっている。問題は、達成すべき政治目標が分からないことだ。 安倍政権は、秋の自民党総裁選を控えて支持率の回復を目指しているが、「安倍政権の維持」は目標達成の手段であって、日本という国にとっての政治目標ではない。 だから、「安倍首相は退陣すべきか」という問題の立て方が、やはり間違っている。日本の政治目的は、人口構成の変化に応じた日本社会の持続可能な再生と、変転する国際社会の力関係に合わせた安全保障目標の再定義でなければならない。誰を首相にするかは、そのための手段にすぎないからだ。 今、議論すべきは企業の国際競争力や物価上昇率に着目するアベノミクスか、貧富の格差是正と負担と分配の公平に着目した新たな福祉国家的経済政策か、という大きな経済・社会のビジョンである。 安全保障について言えば、中国や北朝鮮の脅威にどう対抗するかが問われている。脅威は、能力と意志の掛け算で定義される。中国・北朝鮮の軍事能力を止められない現実を前に、軍事バランスの観点から、力不足をもっぱらアメリカに頼る日米同盟強化路線がとられている。 それはどこまで可能なのか。むしろ、相手の能力よりも意志に着目して、軍事力ではなく政治力をもって侵略の意志をなくす、そのためにはアメリカとの意見の違いも覚悟する方向に舵(かじ)を切るかが問われている。 そういう大きな政治目的の絵柄を考えておかなければ、経済・社会の強靭性、安全保障の柔軟性が失われ、変転する世界の中で生き残れない国になってしまう。安倍首相以外に選択肢があるかどうかが問題ではない。「安倍的な政策」以外の選択肢があるかないかが問題なのである。

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    安倍vs麻生vs菅 次の財務次官人事めぐりパワーゲーム展開

     終盤国会は安倍政権内で“疑惑の主人公”がシーソーゲームのように入れ替わる展開だ。〈「そういう新しい獣医大学の考えはいいね。」〉──安倍晋三首相が「腹心の友」と呼ぶ加計孝太郎・加計学園理事長と面会(2015年2月25日)した際の言葉が記述された「愛媛県文書」が公開されると、世論の批判の矛先は明らかに変わった。 それまでは森友文書の改竄問題と相次ぐ失言で麻生太郎・副総理兼財務相が集中砲火を浴びていたが、一転、“やっぱりそうだったのか”と国民の疑惑の目は安倍首相の加計問題に向けられた。首相は否定に躍起になった。「指摘の日に理事長と会ったことはない。念のため記録を調べたが確認できなかった。獣医学部新設について加計氏から話をされたこともないし、私から話をしたこともない」 女房役の菅義偉・官房長官も「首相が説明した通りだ」とかばったものの、安倍・加計会談が行なわれたか否かの証拠となる首相官邸への来訪者を記録した入邸記録については「業務終了後速やかに廃棄される取り扱いになっている」と苦しい言い訳を繰り出した。 都合の悪い記録をよく捨ててしまう政権であるが、その説明は結果的に「会っていない根拠となる記録の存在」の信憑性という、新たな「安倍疑惑」まで招いてしまった。 そんな大慌ての2人の様子をみてほくそ笑んでいるのが、バッシングを浴びていた麻生氏だ。安倍首相の「加計問題」に注目が集まれば、財務省が舞台の「森友文書改竄問題」が霞み、失言続きの麻生氏への批判も薄まる。“加計は俺の友達じゃねーからな”というわけだ。2018年4月、政府与党連絡会議に臨む(左から)麻生太郎副総理兼財務相、安倍晋三首相菅義偉官房長官ら(斎藤良雄撮影) だが、それも束の間、財務省が「廃棄した」と説明してきた森友との交渉記録の存在が発覚し、国会に提出されると、再び麻生氏が批判の矢面に立たされた。それをかわすためなのか、麻生周辺からはこんな声もあがっている。「入邸記録を確認できなかったなんて、菅さんはあんなこと言って本当に大丈夫かね」 財務省は“首相をかばって証拠を隠してもバレたら致命傷になる”ことを思い知らされた。「次に批判が向かうのは菅だ」というニュアンスが感じられる。 本来なら、結束して批判の火消しにあたらなければならない安倍首相、麻生氏、菅氏の3人が、互いに団扇を持って“批判の火の手はあっちに行け”と煽り合いを始めている光景である。 それには理由がある。「最強の官庁」と呼ばれる財務省の次期次官人事を巡るパワーゲームだ。現在、財務省では改竄問題で佐川宣寿・国税庁長官が辞任したのに続いて福田淳一・事務次官もセクハラ問題で辞任。国会会期中にトップ2人が1か月以上にわたって空席という異常事態が続いている。霞が関を揺さぶる報道の情報源は誰だ霞が関を揺さぶる報道の情報源は誰だ「後任は今国会中に決める」 任命権者である麻生氏はそう語っているが、霞が関の幹部人事は大臣からあがってきた人事案を官邸の「内閣人事局」でチェックする仕組みになっており、首相や官房長官が「ノー」を出せばひっくり返される。その人事が3人の綱引きで調整がついていないのだ。 そこに政界、霞が関を揺さぶる報道が出た。〈傷だらけの財務省 次官誰に〉 産経新聞が5月21日付朝刊トップで報じた署名記事で、次期次官の本命とみられていた岡本薫明・主計局長の昇格が見送られ、代わりに国際金融の責任者である浅川雅嗣・財務官、もしくは森信親・金融庁長官の起用が浮上している──という内容だった。 浅川氏は財務官3年目、「金融行政のドン」と呼ばれる森氏も長官在任3年の実力者で、どちらが次官に就任しても辞任した福田氏より入省年次が上になる。「年次の逆行はさせない」という霞が関全体の人事の鉄則を覆すことになる。2018年5月28日、参院予算委の集中審議に臨む安倍晋三首相(左)と麻生太郎副総理兼財務相(春名中撮影) 予期せぬ人事構想に政界も各省庁の中枢幹部たちも「情報源は誰だ」と確認に走っている。経産省幹部が語る。「浅川財務官は麻生さんの“懐刀”として知られる人物。麻生内閣の総理秘書官を務め、麻生さんが第2次安倍内閣で副総理兼財務相に返り咲くと、国際局次長を兼務したまま副総理秘書官に起用されたほど信頼が厚い。“浅川次官構想”は間違いなく麻生人事だろう」 麻生氏は文書改竄問題で近く省内処分を行なうが、次期次官の本命の岡本氏は改竄が行なわれた当時に文書管理責任者の官房長だったため処分は免れないと見られている。麻生氏としては処分した本人を次官に昇格させるわけにはいかない。「そこで腹心の浅川氏をワンポイントで次官に起用し、ほとぼりがさめた1年後の人事で本命の岡本主計局長を次官に据えるレールを敷く。この記事はそのための地ならし、情報源は麻生周辺だと見ている」(同前) この麻生人事が実現すれば、麻生氏は同省の「守護神」として影響力をふるうことができる。関連記事■ 大麻解禁派にのめり込む安倍昭恵夫人 官邸は危うさを心配■ 失言王・麻生氏vs断言王・安倍氏、タチが悪いのはどっち?■ 麻生氏が「悪いのは昭恵だろう!」と怒鳴る声が役人に話題■ 森友学園問題と酷似 「麻生グループ」への土地無償貸与問題■ 昭恵夫人 安倍家の親族会議で「離婚しない!」と叫ぶ

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    安倍・麻生発言 心理学的に見た2人のパーソナリティを分析

    「政治家は言葉が命」といわれるが、その“命”を粗末に扱って批判を浴びているのが“失言王”こと麻生太郎・財務相兼副総理だ。「セクハラ罪という罪はない」「はめられたんじゃないか」「どの組織だって改竄はありえる話だ」と放言三連発。そのたびに国会で謝罪し、発言撤回に追い込まれた。 政治家の言葉というなら、安倍晋三首相は「断言」的な口調が多いのが特徴。そして今も自分の言葉で内政の“逃げ道”を塞がれている。個人消費は低迷し、今年1~3月期の実質GDPは前期比0.2%減と2年3か月ぶりにマイナスに転じるなど、金看板のアベノミクスの行き詰まりがはっきりしてきた。 問題は消費にブレーキをかける消費増税だ。これについて、首相はすでに「断言」と「撤回」をしている。もともと10%への増税は2015年10月の予定だったが、2017年4月に延期された。その際の会見での言葉だ。「さらに延期するのではないかといった声があります。再び延期することはない。ここで皆さんに『はっきりと』そう『断言』いたします」(2014年11月の会見) この発言を反故にし、増税が2019年10月に延期されたのは周知の通り。さらに、昨年10月に「消費税を10%に引き上げ、税収の使い途を変える」と増税を掲げて衆院を解散して勝利した。景気失速の懸念があってもいまさら“増税をやめる”とは言えないと見えて、安倍チルドレンの自民党若手議員たちに「増税再再延期」の声を上げさせているのだ。2018年5月14日、参院予算委に険しい表情で臨む安倍首相(左)と麻生財務相 安倍氏の悲願の憲法改正にも赤信号が点っている。「憲法にしっかりと自衛隊を明記し、違憲論争に終止符を打とうではないか。これこそが今を生きる政治家、自民党の責務だ」 今年3月25日の自民党大会で決意を語ったが、モリカケ問題再燃による国会紛糾と支持率低下で、「与党内の多くは改憲は絶望的と受け止めている」(自民党憲法改正推進本部メンバー)とみられている。 認知心理学が専門の富田隆・元駒沢女子大教授は、安倍発言と麻生発言から心理学的に見た2人のパーソナリティをこう分析する。「麻生さんは『循環性気質』の傾向が見られる。躁と鬱の時期が循環し、躁の傾向が強い時は、機嫌がいいとついリップサービスの放言をしてしまう。それに比べて安倍首相は『粘着気質』に該当するのではないかと思える。このタイプは真面目で、信念を持ち、ルールを重んじる。『拉致被害者を全員帰国させる』も『ノドンも廃棄せよ』という発言も正論であり、森友問題で『私や妻が関わっていたら総理も議員も辞める』という言葉からも、ルールを重んじる粘着気質の傾向がうかがえる」 そしてこのタイプが行き詰まった時にどんな行動を起こすかについて興味深い見方をする。「粘着気質の人は、『この道しかない』と一つのことを始めると、間違っていてもその方向に進んでしまう。つじつまを合わせようとして、違う方向にどんどん進んでいくことがある。そして矛盾が解消できず、いつか爆発する」 爆発のタイプは様々で、「当たり散らす人もいれば、最後は自暴自棄になって自爆する場合もある」という。 第1次政権の安倍首相は、消えた年金問題で批判を浴びると「最後のお一人に至るまできちんと年金をお支払いしていく」と国民に約束しながら、何もできないまま行き詰まり、最後は突然、自暴自棄になったように政権を投げ出した。 状況は、似てきた。関連記事■ 失言王・麻生氏vs断言王・安倍氏、タチが悪いのはどっち?■ 安倍首相の“断言癖” 大平正芳氏「アーウー」の方がマシ?■ 安倍語録が危険な理由は役人に二重三重の嘘を重ねさせる点■ 昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■ 麻生氏が「悪いのは昭恵だろう!」と怒鳴る声が役人に話題

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    結論、小池さんは「総無責任選挙」で最後の希望を失った

    う言ったことは、いまや致命傷になっている。「(小池さんは)今回確実に政権交代できる見通しがあるなら、国政に出ることもありえる」「調整中の(候補者擁立などの)話を踏まえ、『次の次で確実に交代できる議席数に達する』という思いでいるとすれば、今回の衆院選に小池代表が出なくてもかまわない」 党首が出馬しない選挙というものがあり得るのだろうか。残念至極だが、ここで出なかったらその後の彼女に都知事としての求心力が残されているかどうか、はなはだ疑問だ。小泉進次郎氏も菅義偉(よしひで)官房長官も、出馬を「アドバイス」しているではないか。特に、菅長官は3日の記者会見で、こう「逆エール」を送っている。「国のことを思うのであれば堂々と出馬宣言し、真正面から政策論争することが、政治の透明性からもわかりやすい」自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長=1日、東京都(小川真由美撮影) 残念だが、彼女は年をとることがいかに残酷か知らないのではないか。あれほど知にたけたヒラリー・クリントン元国務長官すら、やっと米大統領候補の指名を受けたときは、68歳になっていた。もちろん、破ったのは70歳と2歳年上のトランプ氏だったが、女性にとって年を取ることは残酷だ。 なぜ、同じように知にたけた小池知事が立候補しないのだろうか。フランスを救った「オルレアンの乙女」ジャンヌ・ダルクは17歳の乙女だった。当時の平均寿命からすれば、立派な成人女性だが、常に先頭に立って戦い、後出しジャンケンなどしなかった。小池氏は東京五輪のときは68歳になる。今回が最後のチャンスではないのか。 国会議員でなければ首相になれないのだから、チャンスはこれ1回きりだ。

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    「殿の気まぐれ」と重なる小池百合子の裏切り

    若狭氏を中心とした立ち上げ準備、議論をリセットするという表現で、小池知事が自ら新党の代表となることで国政への関与を明確にしたのである。それ以前は、あくまでも都知事として希望の党を応援する対応で一貫していたと思われていたのが、「予想通り」より直接的な関与を明らかにしたのである。 そうなると、日本最大都市である東京都の知事と政権交代を狙う国政政党の代表が務まるのかという疑問がわいてくる。小池知事は「可能である」と繰り返すが、現実に都政の日程をキャンセルしているようであるし、真剣に政権交代を目指す政党を立ち上げようとするのであれば、首班指名に誰を考えているかを明確にしたほうがわかりやすい。戦略なのかもしれないが、政党の代表について、小池知事の考え方には不可解な点が多くみられるのである。まずは、小池知事が立ち上げた都民ファーストの例を考えてみよう。 都民ファーストは当初、知事特別秘書の野田数(かずさ)氏を代表に立てていた。都議選が近づくと、小池知事自ら代表に収まり、「小池人気」にあやかる姿勢を明らかにしたものの、選挙に大勝すると野田氏に戻すことになった。選挙だけの小池代表だったのである。しかも、戻したところで、政党の代表とはいえ都議選は出馬しなかった野田氏には安定した収入は見込めない。さらには情報公開請求で明らかになった、野田氏が掛け持ちする特別秘書の給与額に批判が集まると、今度は初当選した元秘書の荒木千陽(ちはる)都議を代表に据えたのである。そもそも、知事が自らの特別秘書を都議会最大会派の代表にしていたこと自体が二元代表制の否定につながる行為である。これでは「都政改革を進める」と言えるかも難しい。やはり総理大臣が目的か また、このように代表がころころ変わるのは、政党組織として正常、安定しているとはとても言い難い。しかも、情報公開を旨とする割には、代表の交代を所属議員へ十分な説明もなされていなかったことが報道され、結局離党者まで出している。こうしてみると、小池知事には「政党および代表とは何であるか」という考えがやや希薄にさえ感じてしまうのである。まして、希望の党でもそれまで議論を積み重ねてきた側近と思われる若狭氏や細野豪志元環境相の議論をリセットするとまで言い放つのは、あまりにも国会議員軽視であり、あたかも使用人を使うような物言いとしかみえない。 このようにして考えると、小池知事の目的は国政進出であり、巷間(こうかん)噂されるように、女性初の総理大臣を目指した行動の一環であることは間違いないように思われる。特に年齢など時間的な問題を考えれば、今回の衆院選に出馬することが肝要であり、何度否定しても出馬の噂が依然消えない理由でもある。出馬しなければ首相には近づけない一方で、出馬すれば都政をないがしろにしているといった批判が沸き上がり、小池人気に水を差すことは疑いないところである。 こうした悩みから、国政への進出に関しては慎重な物言いになっているのであろう。選挙に勝てるようであれば出馬するだろうとの憶測や、「ただの国会議員はもういい」と言ったなどの報道はその目的を表しているといっていいだろう。政権交代を目指すために、松井一郎大阪府知事や大村秀章愛知県知事と連携しているのも、そうした戦略の一環とすれば納得できる。やはり、首相になることが目的といっていいだろう。 小池知事は、都知事を足掛かりとしていないのに、この時期に国政へ進出せざるを得ない理由も明確ではない。地方から立ち上げていくと限界があるので、国政進出を余儀なくされるというのであれば、理解はできる。橋下徹前大阪市長がその典型である。しかしながら小池知事は、一昨年までは国会議員の職にあっただけでなく、自民党政権で大臣まで務め上げていた。そうした国政の関与を承知の上で都政に進出したのであるから、国政の改革が進まないのであれば、国会議員にとどまるべきであったのではなかろうか。これならば、いいか悪いかは別として、首相を目指すためであれば納得はできる。少数党でありながら、国民人気を背景にして連立政権を樹立した細川護熙元首相をイメージしているのではなかろうか。となれば、自民党との連立も考えられる。安保法制、憲法改正への対応を公認の条件にするあたりに、そうした余地を残しているように思える。「都民ファーストの会」の新代表に就任し、記者会見する荒木千陽氏(右)=9月13日、東京都庁 次は、小池知事の政党観について考えてみよう。都民ファーストは自分に従う人だけを集めた政党であり、希望の党もそうした形にしようとしているのが透けてみえる。その意味で「お友達」を優先するなど、おごりが見えるようになって支持率を大きく落とした安倍晋三首相と似た部分がある。前述のように都民ファーストの代表を特別秘書にして安定した収入を確保しようとしたり、1回生議員であるにもかかわらず元秘書を代表に据えたりしているのも、身内優先の表れといえる。都知事の実績はメディア政治そのもの 都知事になってから大きな話題になったのは、豊洲市場移転問題、東京五輪・パラリンピックの会場移転問題、石原慎太郎元都知事に対する税の無駄遣いに対する住民訴訟の見直しなどである。実はこれらがどのようにして決定されたのか明確にされていない。自らの諮問機関で議論したと称するだけである。この本質は、内田茂元都議、森喜朗五輪・パラリンピック組織委員長、石原氏を悪とし、自らを善とすることでマスコミの関心を引き付ける、メディア政治の手法そのものであった。3月3日、豊洲市場移転問題で記者会見する石原慎太郎元東京都知事(左)と都庁を退庁時取材に応じる小池百合子東京都知事 結果としては、豊洲移転は築地も残すという敵を作らない結論となったが、いまだに具体策は見えていない。五輪会場移転は現行の通りだが、予算を削減させた効果を宣伝した。 訴訟問題は従来通りに、東京都としては訴えないという結論になったようである。この問題は、豊洲移転にかかる経費は高すぎることや土壌汚染にかかる費用が掛かりすぎたことに対して、石原氏に賠償責任を追及するように東京都が訴えなさいという住民の要望である。これを今までは責任がないので訴えは起こさないとしていたことを見直すというものであった。ところが移転延期で掛かった費用を小池知事に賠償するように、石原氏と同様の住民訴訟が起こされた。結果として、石原氏を訴えることはしないという結論になったのである。この辺も理由は、少なくとも都民には明確にはされていない。豊洲、五輪・パラリンピックの運営費用の問題も解決してはいない。しかもこれらは時間的な制約のあるものである。やはり都政に専念すべきであるように思える。 このように、人気を権力の背景としてステップ・アップを目指すのは構わないが、少なくとも日本の政党政治を崩壊させるようなことは、未来の日本政治にとって大きな問題である。都民ファースト、希望の党ともに具体的な政策は乏しい。希望の党は、「寛容な保守改革政党」を標榜(ひょうぼう)し、「しがらみのない政治」を目標とすることで、自民党との一線を画しているように思える。だが、寛容な保守とはどのような政治理念を指しているのであろうか。保守中道を言い換えていると思われるが、具体的には全く意味不明である。 民進党議員の合流条件とした安保法制、憲法改正に賛成することは自民党と同じである。「原発ゼロ」も期限を示さない限りほとんどの政党と変わりはない。とすれば、保守政党でしかないのではないか。どの部分をもって寛容とするかの説明が不足している。その改革の象徴が「しがらみ」を断つことのようだが、何のしがらみかは不明である。例えば、政策協定書では政党支部に対する企業献金は禁止されているが、政党本部や個人については今のところ不明確である。国会議員時代の小池知事は、もちろん企業献金に賛成してきた。どこで考えが変わったかの説明も必要になる。日本新党の再来? 思えば、政党そのものに対する考えが不透明な点や、小池人気だけで政党を維持しようとする点に、日本新党の再来を見るような気がしてならない。1993年の都議選でデビューしたものの、4年後には立候補すら少数になり、都政を国政の足掛かりにしたとの批判を受けた。その際の都議選は過去最低の投票率に終わった。政治献金問題といわれるが、細川首相自身も突然に辞任して「殿の気まぐれ」とやゆされた。新党に対する国民の期待が裏切られた原因の一つであったことは疑いのないところである。1992年7月の参院選で当選が決まり、日本新党の細川護熙代表(左)と握手をする小池百合子氏=東京都港区の選挙事務所 こうしたことを繰り返しては、政治不信につながるだろう。小池知事には都民の期待にかなうように都政に専念していただくことが肝要である。国政に進出したことで、都民ファーストは公明党との連携が崩れ、最大会派であっても過半数を失う結果となるだろう。1回生議員が大半を占める都民ファーストは順風とはいかない展開になることも予想される。優先課題とした都政改革も順調にいかない可能性も出てきたのである。 こうした政局の話に報道が終始することで、大義のない解散・総選挙に関する報道は鳴りを潜め、重要な政治課題がないがしろにされることにつながった。もちろんメディアにも責任があると思う。とりわけテレビの情報番組は、こうした視聴者の関心を引きやすい話題を優先する傾向にある。無関係とは言わないが、選挙そのものや公約などの政策課題も丁寧に報道してもらいたい。選挙報道はこれからであるが、政策論議になることを期待したい。党首人気の報道だけでは、必ずしも政治の信頼にはつながらない。 同様に前原誠司氏は何のために民進党代表になったのであろうか。小池知事と交渉するのであれば、すべての議員を希望の党公認にすることを確約してから希望の党と事実上の合流に踏み切るべきではなかったか。民主党政権時の首相やリベラル派を公認しないのでは、民進党そのものがバラバラにされることになる。それが党代表のすることであろうか。 こうした一連の動きは、日本政治にとって、国民にとって有意義なものなのだろうか。こうした事態は、与野党ともに信頼を低下させる要因になりはしないだろうか。投票率の低下が心配である。必ずしも投票したい候補者がいない場合に、投票を促すために「選挙はよりマシな人を選ぶ」という考え方がある。投票が民主主義の根幹にかかわる有権者の権利であることを表している。その意味で今回の選挙は、国会議員と、それを選ぶ有権者の矜持(きょうじ)が問われているのではないか。これを機に、日本政治が未来に向けて国民の信頼感を得るようになってほしいものである。

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    「総理になれないなら出馬しない」小池劇場はこうして大コケした

    か。 小池氏は、自らの衆院選出馬に関してしつこく聞かれ、これまで「ない。最初から言っている」「日本の国政は改革のスピード感があまりに遅い。国会議員の一人になっても意味がない」と言っていましたが、それって「総理になる可能性があるのなら出馬しますけど…」と言っているのと同じですよね。

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    内閣改造、首相の本心を私はこう読む

    急落した内閣支持率、窮余の策となるか―。政権発足後、最大級の逆風に揺れる安倍総理が内閣改造を断行した。「結果本位の仕事人内閣」と名付けた新内閣の顔触れにサプライズはない。経験と実力を重視した人事の狙いは何か。iRONNAが総力特集で「総理の本心」を読み解く。

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    「安倍内閣はあと1年で退陣する」総理はこうスピーチすべきだった

    上杉隆(メディアアナリスト) 世襲が多く、派閥均衡。第3次改造内閣をひとことでいえば、スキャンダルを未然に防ぐ、かつての自民党型の内閣改造である。 良く言えば「安定政権」を目指す布陣、悪く言えば「スキャンダル隠し」、「逃げの改造」である。 メディアは、河野太郎外務大臣、野田聖子総務大臣がサプライズではないかと言うだろう。両者とも大臣適任期の当選6回以上、派閥推薦、さらには世襲である。 よって、改造の顔ぶれの分析に終始したら、本稿は退屈な論に陥ろう。ということで、顔ぶれの解説ではなく、改造手法の変更(先祖帰り?)に伴う安倍晋三首相の考え、さらには、今後、安倍首相の目指す政権運営の方法と、政治的な狙いについて考察を加えたい。 まず、呼び込みの前に、党幹部人事も含む19人の閣僚名簿のすべてを、記者クラブメディアに漏らしたのは、森政権以前の旧(ふる)い手法に戻ったと言わざるを得ない。旧自民党型改造の先祖帰りである。 一方で、新しい手法を用いて組閣をメディアの一大ショーにまで引き上げたのが小泉首相である。 1、呼び込みの是非をショー化(呼ばれるまでリークはない)。 2、ポストの提示は本人に直接(官邸に行くまでどの官庁の大臣か本人もわからない)。  このような手法を用いたため、メディア、特にテレビは狂喜乱舞することになった。 大臣適任期の議員事務所にカメラを設置し、官邸からの電話に一喜一憂する姿を収める。呼び出しを受けた議員には、そのまま官邸まで記者がインタビューしながらカメラを回して感想を聞く。さらに呼び込みを受けた議員の顔写真をスタジオのボードに張り出し、誰がどのポストになるかをコメンテーターらが予想する。  侃々諤々(かんかんがくがく)の議論はまさに昼のワイドショー、夕方の情報番組向きの最良のネタになった。換言すれば、内閣改造で「数字」(視聴率)が取れるようになったのである。自民党の新役員が決定し、手をつなぐ(左から)塩谷立選対委員長、竹下亘総務会長、高村正彦副総裁、安倍晋三首相、二階俊博幹事長、岸田文雄政調会長=8月3日、東京・永田町の党本部 小泉首相が意識してこの手法を用いたのかは定かではない。だが、安倍首相も第一次政権時代から一応(時に一部)、この手法を踏襲してきた。よって、小泉政権以降、派閥順送りの推薦名簿は事実上、無意味になっていたのだ。 ところが、今回は完全に小泉内閣の前の、森首相時代以前への「先祖帰り」の手法となった。「旧自民党型改造」と言っていいほどの旧(ふる)い手法である。 そこで、今回の内閣改造で大事なことに触れたい。メディアは就任した大臣の顔ぶれではしゃぐよりも、交代して内閣を去った大臣の検証をおこなうべきだろう。それが新しい内閣の性質をみる上でも重要な要素となる。内閣改造に隠された意図 問題となっていた「国有地払い下げ事件」(森友学園事件)、加計学園問題、稲田朋美防衛大臣の失言の数々。内閣改造によってこれらの問題に幕引きというのは到底許されない。 かつて筆者は田中真紀子外相の政治資金の問題について『週刊文春』と『文藝春秋』の連載の中で追及し、辞任に追い込んだ。 2002年はじめ、その田中氏が外相を辞めた際、国会やメディアはどう対応したか? 一議員に戻った田中氏への説明責任を求める声は止むこと無く、結果、田中氏は参考人として国会に招致され、4月に議員辞職を余儀なくされたのだ。内閣改造のお祭り騒ぎに巻き込まれると大事なことを見落とすことになる。 わたしたちメディアが、また与野党問わず、本当に国会の健全化を求めるのならば、内閣改造に隠された意図を見抜くべきだろう。その中で、安倍首相の今後の思惑も見えてくる。内閣を改造し、会見する安倍晋三首相  =8月3日、首相官邸(佐藤徳昭撮影) 仮にわたしが安倍首相の側近だったら、次のようなアドバイスをするだろう。スピーチライティングはこうだ。 「安倍内閣は来年9月の自民党総裁選をもって退陣します。残り一年、日本経済を再生させ、憲法改正やIR(カジノを含む統合型リゾート施設)法案を着地させ、未来の日本のために力を尽くしたい。そのために、あと一年、与党のみなさんのお力をお借りしたい」 これで一年間の猶予を得られる。支持率が低下し、党内からの「安倍降ろし」も抑えられるだろう。 そして一年後、退陣が近づいたとき、支持率が回復していれば、党内から澎湃(ほうはい)として「安倍首相よ、もう一期」という声を出せばいいのだ。 「みなさんの声に応えて」という大義名分を得た安倍首相は、2021年までの自民党総裁の座を確保できるだろう。直後に解散総選挙を打てば、負けを抑えられる。 現在8月3日午後5時。本稿の締め切りの時刻である。安倍首相の会見は一時間後、果たして、安倍首相はどのような姿勢をみせるだろうか?

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    内閣改造で見えた安倍総理の「改憲メッセージ」

    三浦瑠麗(国際政治学者) 第3次安倍第3次改造内閣の顔ぶれが決まりました。メディアは、改造の目的をうんぬんし、内閣にニックネームをつけ、大騒ぎしています。改造後の世論調査で内閣支持率がどこまで回復するかは、なお見通せませんが、話題を変える効果は確かにあったように思います。私の印象はというと、安倍総理は憲法改正も、総裁3選も全く諦めていない。引き続き、長期政権に意欲満々であるということです。そういう意味では、今般の改造は何をしたいかという政策的志向の要素は一切なく、一にも二にも党内力学を意識した政治的戦術と理解すべきです。改造内閣発足を受けた記者会見を終え、会見場をあとにする安倍晋三首相(左)。右は菅義偉官房長官=7月3日、首相官邸(佐藤徳昭撮影) 内閣支持率の低下を受け、安倍政権があたかも「崩壊前夜」のような印象を振りまくメディアもありますが、日本政治の根本を見ない希望的観測に過ぎません。日本の民主主義のルールは、衆議院の多数派が総理を選ぶというもの。重要なのは、最初から最後まで自民党内の力学です。そして、内閣の支持率低下にも関わらず、ここはいささかもブレていません。細田派、麻生派、額賀派、岸田派、二階派の主要5派閥は安倍政権を支え続けると明言しているのですから、自民党内は平常運転なのです。 安倍官邸からすれば、政権から距離を置く石破茂元地方創生相や野田聖子総務相は怖くありません。石破氏は、政治家としての経験や実力が安倍総理に比肩し得る、党内唯一の存在ですが、党内力学的には厳しい。石破氏にチャンスが回ってくるのは、自民党が政権転落の危機にあるときだけでしょう。自民党は、追い詰められなければ「石破カード」は切らない。それは、ご本人もわかってらっしゃるのではないかとお見受けします。 野田氏は、自民党で存在感がある女性政治家の中では、社会的にリベラルな面があり、人間的にも面白い。経済政策が左旋回しているように見えるのは気になりますが、安倍政権との差を出すためでしょうから、最後は自民党的に常識的なところに落ち着くだろうと思います。女性であることと、安倍総理への遠慮がないことはユニークですが、それ以外にいまのところ「売り」がありません。 政策的に何を象徴しているのか不明だし、野田氏を総裁にすることに政治生命を賭す覚悟がある子分もいません。総務相としてよほど頭角を現すか、周りに一流のブレーンをつけない限り、トップリーダーを狙えるところまでは届かないでしょう。しかも、郵政造反組の野田氏が現政権で結果を残せる可能性は低い。総理も官房長官もそんなことは許さないでしょうから。とはいえ、野田氏がこれから高みへと階段を上っていく過程で、今回の人事をお受けになったことは正解だと思います。 「ポスト安倍」として取り沙汰(ざた)されている面々の中で、政権が多少なりともリスクを感じているのは岸田文雄政調会長でしょう。第4派閥とはいえ、派閥の領袖(りょうしゅう)であり、「党内ハト派」というぼんやりとした象徴性も持っています。仮に、岸田氏が総理に対して主戦論を取るようなことがあれば、一定の支持が集まるかもしれません。私には、今回の内閣改造は、岸田氏を封じ込めるための二重の仕掛けに見えます。岸田氏の反乱を封じる2手 1つは、岸田派から林芳正文科相、小野寺五典防衛相、上川陽子法相、松山政司1億総活躍相の4人を入閣させて優遇していること。これは、岸田氏への配慮であると同時に、いざというときの人質の意味もあります。岸田氏が反旗を翻すようなことがあったときには、閣僚ポスト継続をちらつかせて分断を図れます。特に、林、小野寺両氏は将来に向けての野心もあるでしょうから、岸田派の結束の度合いが試されることになるわけです。 もう1つは、安倍総理の悲願である憲法改正です。岸田氏は、憲法9条は変える必要がないという立場で、総理の改憲構想とは距離があります。政調会長として自民党案を取りまとめる立場にありますが、それが、安倍政権への忠誠と9条改憲に向けての「踏み絵」となるという仕掛けです。総理の方針に基づく自民党内の改憲案がまとまれば、立場上、岸田氏も反対はできないでしょうから、総理と「共犯関係」が生じる。 この構図は、岸田氏の外相時代と同じです。安倍政権の外交の大きな絵は官邸が描き、その上で、実務における岸田氏の手堅さは評価する。よく言えば、岸田氏を「育て」ており、普通に言えば「飼い殺し」にしているわけです。岸田氏自身、現時点で主戦論にかじを切っても勝ち目はないことを理解していますから、与えられた場所で最善を尽くし、官邸が許容する範囲内で自身のカラーを出していくしか道がないわけです。 今回の内閣改造で面白いのは、本当のポスト安倍の構図が見えてきたということです。これまでの安倍政権は、40代、50代の実力者を冷遇し、ポスト安倍の芽をことごとく摘んできました。それは、自民党の伝統には反するけれど、政治的なリアリズムとして政権のすごみでもありました。 ところが、今回の改造は支持率低下を受けてのものであり、なるべく経験者、実力者を配置せざるを得ない。前内閣で失言を繰り返したレベルの低い入閣待機組を入れている余裕はなかったわけです。結果的に、それはとても良いことです。日本政治は、小選挙区制の下で二大政党制を目指しており、中選挙区時代の名残である当選回数に応じた大臣職のたらい回しとはそろそろ決別すべきなのですから。皇居での認証式に向かう(前列左から)環境相に決まった中川雅治氏、経済再生相兼人づくり革命相に決まった茂木敏充氏、法相に決まった上川陽子氏=3日午後、首相官邸 新たなポスト安倍候補として、河野太郎外相、加藤勝信厚労相、茂木敏充経済再生相、西村康稔官房副長官あたりにも注目していくべきと思っています。それぞれ、党内の人望や知名度には、相当程度ばらつきがあります。現段階で、ポスト安倍の本命ということにはならないでしょうけど、最後は党内力学で決まります。安倍総理が、現在の自民党で党内力学と実力で選んだ結果、彼らにポストが回ってきたのですから、それは重要な指標になります。 今般の内閣改造ではっきりしたのは、当分の間、日本政治の主役は安倍総理であり続けるということです。

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    「河野洋平の子息」を外相に起用した安倍総理の真意

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 第3次安倍晋三第3次改造内閣が発足した。数カ月前には「安倍一強」の言葉で語られていた政治の風景は、今では様変わりしている。メディアによっては、安倍内閣支持率が既に30%を割り込んでいる。安倍総理にとって、此度(こたび)の内閣改造は「反転」の一手たり得るのであろうか。 筆者が下す内閣評価の基準は、第1が「外交・安全保障政策を切り回せるか」であり、第2が「経済を回せるか」である。日本は、中露両国や米国のように「繊細さ」を軽んじる対外政策展開に走ることができる国ではない。世の人々は、自分の身近な生活に直結する内治案件の行方に関心を寄せるものであるけれども、日本の平和と繁栄は絶えず良好な対外関係にこそ依存する。「ジャパン・ファースト」のような類(たぐ)いの標語を無邪気に呼号するわけにはいかないのが、日本の立場である。 故に、何時の場合でも、組閣人事に際して真っ先に関心が向けられるべきは、外務・防衛の2つの大臣職に誰が起用されるかということになる。此度の場合、次の2つの点を当座の論評として提示できよう。 第1に、小野寺五典氏を防衛大臣職に復帰させたのは、安倍総理における正当な判断であった。4カ月前、筆者が「稲田朋美の『軽さ』は安倍総理の油断の象徴である」で指摘したように、稲田朋美前防衛相の任用は、安倍総理における「油断」を象徴していた。安倍総理が稲田氏の「損切」に踏み込めず、その機を逸し続けたことは、安倍内閣の政権運営に「下降モメンタム」が生じる一因となった。小野寺五典防衛相が陸上自衛隊霞ヶ浦駐屯地を視察に訪れた=2014年4月16日、茨城県(鴨川一也撮影) 安倍総理が、そうした逡巡(しゅんじゅん)への反省を踏まえて小野寺氏を再び起用したのであれば、安倍内閣の安全保障政策に係る態勢は、「原点」に回帰したと評することができよう。小野寺氏における安全保障政策領域の見識や政治姿勢の手堅さについて、それを疑う声を筆者は聞かない。 第2に、興味深いのは、河野太郎氏の外相起用であろう。彼の場合、「河野談話」に名を残し、その故に特に右派層からの評判の最悪な河野洋平元衆院議長の子息という風評は絶えず付きまとう。河野洋平氏自身は、近時でさえ安倍内閣下の対外政策、特に対中政策を評し、「中国の嫌がることばかりやっている」と批判している。河野洋平氏の鮮烈な「対中・対韓宥和(ゆうわ)」志向姿勢の故に、河野太郎氏にも同様な志向があると見る向きは確かにある。ただし、父親と子息の政策志向が同じでなければならない理由はないし、世代も異なる。河野氏が背負う大義とは? むしろ河野太郎氏が外交族として積み重ねた蓄積にこそ、期待するのが大だと見るべきであろう。こうした安倍総理と河野洋平氏の対中認識における「埋め難き溝」を前にして、河野太郎氏は「河野洋平の子息」という風評に引きずられるか、あるいはそれを振り払うのか。それは彼の対応次第ということになる。一般論として語るならば、男子の場合、祖父を尊敬しても父親とは反りが合わないという例が多いとされる。安倍総理は内心、河野太郎氏に政治的な「父親殺し」を期待しているのかもしれない。彼にしてみれば、「父親を超克する」機会を手にできたということになると思われる。首相官邸に入る、河野太郎氏=8月3日午後、首相官邸(松本健吾撮影) もっとも、安倍総理が特に対北朝鮮政策の都合上、中韓両国との「雪解け」を本格的に模索するのであれば、河野太郎氏の「対中・対韓宥和」志向姿勢の風評は逆に利用できるものになるかもしれない。儒教文化圏にある中韓両国が彼の対外姿勢における「父親譲り」の側面に何らかの期待を寄せる局面は、あり得るからである。とはいえ、そうした日本の対中韓「雪解け」政策が動き出す余地は、実際には甚だ乏しいであろう。 折しも、ドナルド・J・トランプ米大統領は、従来、北朝鮮情勢対応に際して中国の役割に期待する発言を繰り返していたけれども、「中国は北朝鮮に関して口だけで、われわれのために何もしていない。米国はこうしたことを続けることは容認できない」と一転して批判するようになっている。また、ニッキー・ヘイリー米国連大使は、国連安全保障理事会での対朝制裁決議案交渉を主導しつつ、「話し合いの時間は終わった。中国は最終的に重大な措置を取りたいのかどうか決めなければならない」という対中督促の言葉を漏らしている。 加えて、文在寅韓国大統領の対北朝鮮政策対応が米国の方針と齟齬(そご)を来しているという疑念は中々、消えない。北朝鮮情勢対応に限っても、米国の対中視線は誠に険しいものになっているし、対韓疑念も払拭(ふっしょく)されないのである。 故に、安倍内閣下の対中政策が河野洋平氏のような人物から「中国の嫌がることばかりやっている」と批判される類いのものであったとしても、それが米国によって歓迎され、「西側同盟ネットワーク」の結束を担保する限りは、それを断固として展開するのが日本の対外政策上の大義である。河野外相が背負うことになるのは、そうした大義なのである。 此度の内閣改造の結果、安倍内閣の政権運営における「下降モメンタム」が実際に反転するかは、判断が付かない。ただし、小野寺防衛相と河野外相の起用には、相応の「安心」が感じられる。この「安心」こそが、今では大事なものであろう。

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    突き進む総理への道、「入閣拒否」で小泉進次郎が示した本気度

    国会の真っ最中のため、スケジュールが合わない」ということで、あっさり断られてしまった。千代田区長選は国政にも影響を及ぼす代理戦争である。しかも応援に入る千代田区は国会の眼と鼻の先にあるにもかかわらず、「進次郎パンダ」はスケジュールを理由に断ったのである。 自民党推薦の与謝野信候補は確実に負ける―。進次郎氏は、そう読んだはずだ。自分が応援して負けたら、世間はどう見るだろうか。「負け戦を承知で、あえて火中の栗を拾った」という評価はしてくれまい。「進次郎の神通力もここまでか」と思うだろう。 雨乞いの祈祷で雨が降るとは信じていなくても、祈祷して効果がなければ祈祷師の悪口を言う。これが人間心理であり、進次郎氏はそのことを熟知しているがゆえに、あえて応援演説に行かなかったものと思われる。上野動物園のパンダは、見物客など意識の外でノンキに笹の葉を食べているが、「進次郎パンダ」は、自分がどう見られているかを冷静に判断しているのだ。有権者らの握手攻めに遭う小泉進次郎氏=2016年7月、茨城県常総市 では、このたびの安倍改造内閣で、進次郎氏はなぜ入閣しなかったのか。改造の目玉として取り沙汰されてきただけに、打診は当然あったはずだ。事実、自民党の二階幹事長も6月20日のテレビに出演し、進次郎氏の入閣、もしくは党役員就任について「安倍総理の念頭にあるはず」「何の役でも何大臣でも務まる人だと思っていますよ」と発言している。 あえて「若い進次郎」にメディアを通じてラブコールを送らざるを得ないほど、自民党を取り巻く状況は、いま大逆風にある。だが、進次郎氏が初当選した2009年の大逆風と決定的に違うのは、当時は自民党の〝底値〟であったのに対して、現在のそれはどこまで値を下げるかわからないということだ。 自民党という「栗」は、いま燃えさかる火中にあると進次郎氏は読んだからこそ、入閣を受けなかったのではないか。これが〝底値〟―すなわち、火勢が衰えつつあると読んだのであれば、進次郎氏はひょいと栗をつまみあげていたことだろう。将来を嘱望された「士官」 よく知られているように、進次郎氏はことあるごとに安倍総理を批判してきた。「被災地の復興は進んでいる」と、安倍総理が東日本大震災の追悼式で挨拶すれば、「私は進んだなんて言えない」と、真っ向から否定した。 安倍総理がアベノミクスの成果を自画自賛すれば、「すでにやってきたことを声高に言い続けるよりも、むしろ(アベノミクスの恩恵の)実感がないという人たちに、何を訴えるのか。アベノミクスの先にあるものは、いったい何なのか」と足を引っ張る。衆院TPP特別委員会で、安倍首相(右)に質問する小泉進次郎氏=2016年10月 正論は「進次郎人気」の一丁目一番地。「こんなこと言うと総理に睨まれるかもしれない」と忖度しない。「本当のことを言ってどこが悪い」という毅然とした居直りと清新さが進次郎氏のウリでもある。意識しての言動であるはずで、進次郎氏が、自分のこの立ち位置を知らないとしたら、それは政治家失格ということになる。 だから、総理を批判すれど自民党を飛び出さない。「ここまでの批判であれば、むしろガス抜きとして許容される」という土俵際を心得ている。だから、ちゃぶだい返しは絶対にしない。 将来を嘱望される若手士官にとって何より大事なのは、軍という組織であって、時の司令官ではない。司令官が誰であれ、軍の中で地歩を占めていき、いずれその席に自分が座ることが最終目標なのである。こう考えれば、進次郎氏が入閣しなかったのは当然と言っていいだろう。 政界に限らず、組織に生きる人間は、地位という「栗」の争奪戦である。一兵卒は勝負を懸けて火中に手を突っ込み、将来を嘱望される士官はヤケドしないよう火勢を慎重に見極める。 こう書けば当たり前に思われるかもしれないが、自分の「立ち位置」を客観的に判断できる人間は少ない。まして、自惚れ屋の政治家たちはなおさらのこと。稲田某、金田某、今村某という政治家を持ち出すまでもなく、見境なく「火中の栗」を拾って大ヤケドする。 筆頭副幹事長を任じられたとはいえ、進次郎氏の事実上の「入閣拒否」は、組織における処し方について、大いなる示唆を私たちに与えてくれるのだ。

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    安倍首相を悩ます「持病悪化説」と「昭恵さんの神頼み」

    「疑念の目が向けられることはもっとも」「これまでの答弁に足らざる点があった」──。7月24日、衆院予算委員会の閉会中審査で、「加計学園問題」の集中砲火を浴びた安倍晋三首相は、いつになく低姿勢をキープした。毎日新聞の全国世論調査で内閣支持率は26%まで急低。20%台になったのは2012年12月の第二次安倍内閣発足以来初めてで、いよいよ政権は危険水域に突入した。「野党の追及に逆ギレすることも多かった安倍首相ですが、その日は目もウツロ。最近、お抱えの医師団が東京・富ヶ谷の安倍私邸を密かに訪れることもしばしばで、都内高級ホテルの一室でも頻繁に医師と面会しているとされます。内実は明らかにされませんが、持病の潰瘍性大腸炎が悪化したのではと囁かれています」(安倍家に近い政界関係者) 夫が迎えた最大のピンチに、妻の昭恵さん(55才)といえば、“どこ吹く風”状態。7月5日から12日まで、ベルギー、ドイツなど欧州6か国訪問には昭恵さんも同行していた。帰国後の7月14日、金沢で行った講演では、「いろいろな報道があるなかで、いいこと悪いことを取り上げていただいて、私も有名人になった」と相変わらずの軽口で会場の笑いを誘った。 「でも、帰国後は自宅をほとんど空けています。スピリチュアルな感性が合う仲間のところを転々としていたり、気楽な地元に帰ったり。まるで雲隠れのようで、嫁の不在を見かねた姑・洋子さんが私邸で、『またいないのね…』とこぼすこともしょっちゅう。昭恵さんはつい最近までは“離婚はしない!”と言い切ってましたが、支持率低下を見て、この状況では夫を置いて逃げ出したといわれても仕方ないですね」(前出・政界関係者)5月26日、イタリア南部シチリア島タオルミナで、コンサートが開かれる劇場に到着した安倍首相と昭恵夫人(AP=共同) この期に及んでも、昭恵さんの“神頼み”はエスカレート。政権支持率が落ち始めた6月23日、岐阜で行った講演では、「何か大きな力が働いて、主人は天命をいただいている」と神妙な顔で語っていた。首相官邸筋がため息とともにつぶやく。「現在、昭恵さんは千葉県内にある“波動系”の宗教団体の関連施設に身を寄せることが多いという情報です。一般の信者が泊まる場所ではなく、団体内でもVIPが泊まるスペースに滞在しているそうですよ。総理も把握されているのかどうか…」 昭恵さんは以前から、「水に良い言葉をかけると綺麗な結晶ができ、汚い言葉をかけると歪な結晶になる」との「波動理論」を唱えた故・江本勝氏を信奉している。東日本大震災の際には「愛と感謝の祈りを福島原発の水に送ってください」という江本氏のメッセージをブログで代読した。「大麻解禁論」も江本氏の影響によるものだと彼女自身が認めている。夫の大ピンチで昭恵さんは神に何を祈っているのか──。関連記事■ 昭恵夫人 大麻解禁論者との交遊咎められ家族会議で絶叫か■ 顔面フル装備防衛大臣に「無神経さがにじみ出ている」■ 稲田朋美「政治資金パーティー」発起人は“死者”だった■ 大竹しのぶ還暦パーティーで古田新太「どういうこっちゃ!」■ 松居一代 船越所属事務所から「億単位の賠償請求」の可能性

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    安倍退陣なら後継に麻生氏か メディアも麻生番増強へ

     加計学園の獣医学部新設問題などをめぐり、国会で閉会中審査が行われ安倍政権は厳しい追及を受けた。さらに陸上自衛隊の日報隠蔽問題で稲田朋美・防衛相が辞任した。だが、この先も安倍政権への逆風が弱まることはない。8月には獣医学部新設を巡って大学設置審議会が結論を出し、森友学園への国有地払い下げ値引きを巡る会計検査院の検査結果も出る。「11月中旬までに憲法改正自民党案をまとめて2020年に新憲法施行という安倍首相の行程表は狂いはじめた。自らの手で改憲という悲願の実現が難しくなれば、無理をして政権にしがみつく理由はなくなるのでは」(政治部記者) そうした「安倍退陣」シナリオで、後継として名前が挙がるのは麻生太郎・副総理兼財務相だ。政治アナリストの伊藤惇夫氏が言う。「来年9月の総裁任期満了を待たずに安倍首相が辞任する“有事”となった場合には首相経験者である麻生氏の再登板の可能性が高くなるのは当然です」参院予算委員会の集中審議に臨む安倍晋三首相(左)と麻生太郎副総理兼財務相=5月9日、国会・参院第1委員会室(斎藤良雄撮影) 10年前の“政権投げ出し”の時と同様、安倍晋三首相の「健康問題」を懸念する声もあり、永田町も霞が関も“麻生シフト”を組み始めている。「霞が関の7月の幹部人事では、外務審議官に山崎和之氏、経済産業審議官に柳瀬唯夫氏が起用され、財務官の浅川雅嗣氏が続投となった。これで主要官庁のナンバー2がいずれも麻生首相時代の秘書官で揃った。気の早い関係者の間では『次の麻生政権の首席秘書官は浅川財務官だろう』といった話まで出ている。霞が関は時の政権が力を失うとみれば離れるのは早い。安倍政権と心中するつもりはない」(財務省筋) 報道各社も、支持率が危険水域に達する中で、「閣内でただひとり、極めて機嫌がいい」(永田町関係者)という麻生氏の動きを注視している。「“夜の麻生サロン”と称される麻布のクラブで、限られた記者数人が集まった会でも麻生氏は終始上機嫌だった。万が一の登板を本人も自覚しているのでしょう。上からは“麻生番を厚くしろ”というお達しが出ています」(前出の政治部記者) ほんの少し前まで、霞が関も大メディアも、窺うのは安倍首相の顔色ばかりだったはずだが、やはり様相は一変している。 加計問題が追及された予算委の閉会中審査での麻生氏は“オレは関係ねェよ”とばかりに終始リラックスモード。安倍首相や稲田防衛相が槍玉にあげられるのを楽しんでいるようにさえ見えたのは、気のせいだろうか。関連記事■ 総理のお友達が書いた「加計言い逃れカンペ」の出来の悪さ■ 安倍退陣なら後継に麻生氏か メディアも麻生番増強へ■ 安倍首相を悩ます「持病悪化説」と「昭恵さんの神頼み」■ 暴言、路チュー議員以上に批判されるべき不祥事スター2人■ TENGA芸人ケンコバ「夢中になってしまうのが正直怖いです」

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    鈴木涼美が読み解く「オトコとしての安倍晋三論」

    鈴木涼美(社会学者)  現在、安倍政権は女性支持率がイマイチ奮わないらしい。これは各紙世論調査の数字と、私の日常生活レベルでの肌感覚とがほぼ一致している。確かに女性にあんまり人気がない。参拝のため靖国神社を訪れた小泉純一郎前首相=2007年8月15日、東京 男性の方が相対的にコンサバティブな思想の人が多いだとか、女性の方がより反戦気質が強いといえばそれらしい理由になるが、周囲の話す内容を聞いていると必ずしもそういったことではない。小泉純一郎政権時代、首相の靖国参拝の様子が放映された翌日、世の女性たちはリベラルな都会人としての立場も忘れてその凛々(りり)しい姿に見ほれた。 そもそも政治家を好きだ嫌いだと言うとき人は必ずしも政策や思想では判断しないし、歴代首相が全て「異性」となる女性目線では、政策より性格、さらには見栄えなどが関係してくるのは当然だろう。「男として」魅力を感じれば、結構細かい政策の不一致などは目に入らない。しかし、そういった点で安倍首相は女性に好かれる要素がないかというと、それは結構疑問で、むしろ各国の、あるいは日本の歴代首脳を見比べて、割といい線いってるといえなくもない。 オバマ元米大統領やブレア元首相、あるいは亡くなった中川昭一元財務相に比べるとややフォトジェニックさに欠けるような気もするが、安倍首相と石破茂氏であれば首相の方がタイプ、という女性が多くてもおかしくないし、髪形だって某米大統領よりはずっとマシだ(ちなみにトランプ大統領も女性からの支持は男性からの支持に比べて少ない)。そもそも女性は故・宮沢喜一元首相のようなおじいちゃんよりは、若々しい政治家が好きである。 また、性格的な面でも、男性にモテる男性というのはポイントが高い。あれだけ政治家に好かれる政治家であれば性格もものすごく悪い印象は受けないだろうし、橋下徹氏的な「頭はいいけど若干いやなやつ」というイメージもない。笑顔のチャーミングさは米国の田舎のおばさまたちが大変気に入っていたブッシュ元米大統領にも引けを取らない。 さて、しかし、安倍首相、ひいては安倍政権に向けられる女性の評価は辛辣(しんらつ)だ。ポイントとしてはこれは2012年以降、つまり再登板後に特に顕著に見られる傾向だということだ。小泉政権下の官房長官時代は小泉人気も手伝って、黄色い声が上がるほどであったし、あるいは2006年に戦後最年少で首相となった頃は、若きトップ誕生に女性も割と沸いていた。その後度重なる閣僚の不祥事などを経て、07年の参院選では歴史的大敗を喫すのだが、その辺りは男女関係なく支持率は下がっていたので、女性人気がどうという話とはあまり関係がない。すぐに退陣せずに粘ったものの、下痢が止まらず結局辞任。塩爺(塩川正十郎)も中途半端に放り出した、とかなり心象が悪かったイメージだ。この辺りもあまり男女は関係なさそうである。安倍首相の女性不人気は2012年にも 私がはじめに男女の意見に温度差を感じたのは、12年の自民党総裁選の頃である。当時、地味だけど誰にも嫌われていなかった感のある谷垣禎一総裁に続く総裁の座を狙って出馬した面々は知名度も高くキャラも濃かったため、誰になってほしいか、という話題はかなり意見の分かれるところであった。町村信孝氏、石破茂氏、石原伸晃氏、林芳正氏、そして現在の安倍首相とそれぞれが人気を分けており、選挙自体ももつれ込んだのは覚えている方も多いだろう。自民党総裁選後の両院議員総会(左から)林芳正氏、町村信孝氏、谷垣禎一氏、安倍晋三氏、石破茂氏、石原伸晃氏=2012年9月26日、東京(大西史朗撮影) 当時、私は新聞社で記者として働いており、ちょうど選挙班で主に同月の衆院選の候補者名簿を作ったり世論調査のページづくりを手伝ったりしていたので、当然総裁選もかなり真剣に見ざるを得ない立場であった。そんな経緯もあり雑談レベルでもかなり「やっぱり頭いい人がいいよね、石破さんがいい」とか「石原さんの人脈は絶対必要」とかいう会話を聞いたのだが、その中で、男性には一定程度「安倍さんの再就任を期待している」という意見があったのに対し、女性からそのような声は上がらなかった。 「女性は安倍に厳しい」。これは何も私の個人的な知人間だけではなく、当時比較的よくささやかれていた通説であった。気になってもう少し取材してみたところ、女性は安倍支持が少ないどころか、「安倍さんにだけはなってほしくない」と積極的に批判する声すら上がっている。理由は大体三つに分かれていた。 第一に、当時、自らが所属していた清和会の会長であった町村信孝氏が出馬への意欲をすでに明らかにしていたにも関わらず、派閥のドンの顔を立てずに自分が立候補したこと。これは森喜一氏や町村氏本人から立候補を自重するようにとの要請があったにも関わらず、その意見をくまずに出馬したため、当時かなり報道された話である。ここに一部の女性は、「自分勝手」で「上の顔を立てない」「恩知らず」な「出たがり」と悪い印象を持ったらしい。 第二に、第一次安倍内閣が、結局は小泉前首相の人気にあやかっただけの、空虚なものであったという批判。確かに第一次安倍内閣の印象として、「美しい国」の礎をつくったとか中韓との関係を改善したとか思っている人は少なく、どちらかというと疑惑でつるし上げられていた農水相が自殺したとか、税制会長が愛人問題で辞任したとかいう方が印象は強い。元気な頃の安倍首相のイメージは小泉首相と二人三脚していた官房長官時代を想起する女性も多く、「トップには向かないのでは」という声は実際に聞かれた。「男らしくない」退陣が未だに許せない 第三に、これが圧倒的に存在感を持っていた意見だが、「あんなみっともない辞め方をして、よく堂々と出てきた」という、失脚時の悪い印象を語るものである。男性からは、どちらかというと「よく復活した」とねぎらうような声を聞くこともあったのだが、女性は「退陣を促されても政権にしがみつき、揚げ句の果てに結局ほうり投げたくせに」とかなり恨みがましく思っている人も多かったようで、選挙班の上司などは「女の人って一回失敗した人に厳しいよね」「もう一度チャンスをっていう人を応援しないよね」などともらしていたのを覚えている。 ただ、別に女性が一度辞めた人に再挑戦の機会を与えたがらないか、というとそんなことはないと私には感じられる。別に鈴木宗男氏の現在の支持者が男性だけに偏っているようにも思えないし、マッキーやホリエモンや小室哲哉の復活を心待ちにしていた女性も多い。また、女性は必ずしも失脚した人間に冷たいわけでもないような気がする。むしろ同性間と違って根底にライバル視する気持ちが少ないため、ザマミロというより同情の方が先にくる。それこそ自殺した松岡利勝元農水相は、女性からも気の毒だという声が多かったように思う。2007年、就任から1年足らずで辞任。目に涙をためて会見する安倍晋三首相=9月12日(宮川浩和撮影) おそらく、政治戦争に負けた、とか、身内の裏切りにあった、あるいは男らしく責任をとった、という、男社会の荒波のはざまに消えていったものに対しては敬意があっても、安倍首相の退陣は許せない、という微妙さがそこにある。選挙で大敗したのに首相の座にしがみついていたのは「男らしくない」。病気は気の毒でも、リーダーとしてひどい顔色になっていって「頼りない」。体調を理由に、かなりボロボロの政権をほっぽり出して「卑怯(ひきょう)だ」。批判されて心身ともにげっそりしていった姿は「打たれ弱い」。なのに、けろっと元気になって、派閥の会長まで押しのけて出馬するなんて「ずうずうしい」。 引き際の美学、というと男の美学であると思っている人も多かろうが、実際のところ、女性の方が引き際の潔さを愛し、情けなさや弱々しさには厳しいようだ。そして私たち女性特有の割とねちっこい性格からか、一度ついたそのイメージを払拭するほどの力を発揮できていないのか、その頃の嫌悪感を持ち続けている有権者は結構いるのではないかと私は思っている。逆境で弱々しく退いた男が、虚勢を張っているのを見ると、そうそう支持する気にはならないんじゃないか。

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    女性活躍どころか「バカをかばう」安倍首相、女の恨みは恐いですよ

    SNSでも意味不明な 「いいね!」ボタンを押すわ。ほんとに大丈夫なんでしょうか? 何も考えてない人に国政を引っかき回されてはたまりませんし、奥様に注意すらできない安倍さんってどうなの、と思われても仕方ありません。 安倍さん、政権を延命させたいなら、いますぐ介護保険を改良し、保育所を増やし、バカな大臣をクビにし、奥様に注意してくださいませ。 女の恨みは思った以上に怖いのでございますよ。

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    「女難の安倍内閣」最大の鬼門は他ならぬ昭恵夫人だった

                       古谷経衡(文筆家) ここにきて安倍内閣の支持率が急落している。「内閣支持率と政党支持率の合計が50%を割り込むと政権運営の危機水準」とする青木方程式(元自民参院幹事長・青木幹雄氏考案)に照らし合わせれば、わずかにこの50の線は超えているものの、第二次安倍内閣発足当時はゆうにこの数字が100を超え、110などもめずらしくなかったのだから、この衰微傾向は如何ともしがたい。 とりわけ、安倍内閣への「女性離れ」が進んでいる。日経新聞の世論調査によると、第二次安倍内閣における女性支持率は全期間を通じて一貫して男性のそれより低い状態が続いている。ただでさえ男性支持に偏重していた安倍内閣は、ここにきてさらに加速した「女性離れ」に頭を悩ませている事であろう。 安倍内閣は、「すべての女性が輝く社会」通称「女性が輝ける社会」を標榜して、積極的な女性政策(社会進出策、雇用均等策など)を打ち出してきたのは周知のとおりである。その意気や良し、安倍内閣発足時の顔ぶれをみるに、女性閣僚や内外での女性問題がこの内閣の足を常に引っ張ってきたのは注目に値する。 まず劈頭(へきとう)は、2012年末の政権発足当時から「内閣府特命担当大臣」として入閣した稲田朋美である。稲田は国のクールジャパン戦略の基幹となる「クールジャパン推進会議」の議長を務めて取りまとめ役となったが、本人のカルチャー全般に対する無知が世論からの失笑を買った。 曰く「ゴスロリは十二単が起源」という根拠の全くないデマ・トンデモ説を開陳したかと思えば、どう考えても「単なる緑色のドレス」をゴスロリ・ファッションと称して国際会議の場で披露。「娘から(それはゴスロリではない)と指摘を受けました」として、衣装を変えて再チャレンジする始末。 国家の文化戦略を司る議長が、実は若者文化やカルチャー全般に対し全くの無知・素人であったというこの事実は、現在第三次安倍内閣にて防衛大臣の重責を担いながら、「日報」問題で揺れる氏の現在を暗示するような予兆であった。 2016年9月には、陸海空三軍のトップでありながら、民進党の辻元清美議員の追及に対し窮して涙ぐむという一面もあり、イデオロギーの左右を問わず「こんな人が自衛隊のトップにいて本当に日本の防衛は大丈夫なのか」と考えたであろう。さらに2017年6月にはシンガポール安保会議における仏・豪防衛大臣と自らを三羽ガラスにして纏(まと)め上げ「(私たちの共通項は)グッドルッキング(美しい容姿)」と発言、こちらは国際的に失笑を買った。記者に囲まれながら防衛省に入る稲田朋美氏=2017年7月、東京都新宿区(桐原正道撮影) 自民党支持者であろうとなかろうと、また男性であろうと女性であろうと、稲田のこの発言には苦笑しかないであろう。「本当の美人は、それを自称したりしない」という前提はさておき、防衛問題と大臣の容姿には本質的に何の関係もないからだ。「稲田には基礎的な教養がないのではないか―」。普段、概ね自民党支持という有権者からも、こんな声がチラホラと聞こえてくる。「なぜ安倍は稲田のような素人を入閣させ続けるのか。意味が分からない」という声も、また同様に聞こえてくる。稲田はいまや安倍内閣の鬼門となりつつある。高市早苗も鬼門の一つ また、問題とされた女性閣僚としては稲田の他には代表するところ、総務大臣の高市早苗である。高市は、2016年2月、放送局が政治的公正さを欠く報道をした場合の、電波停止の可能性に言及。既存マスメディアから一斉に「報道の自由への侵害ではないか」と反発が起こった。 高市の発言は放送法第四条などを根拠としたものであったが、元来放送法の立法趣旨は戦時体制下において、本来権力者の批判・監視を行うべきメディアが大本営発表をそのまま垂れ流して戦時宣伝に加担した反省の意味から、メディアを政治権力から遠ざけ、政治的中立性・公平性を目指したものである。 高市の発言は、「政府(自民党)を批判するメディアは懲罰する」と解釈しかねないニュアンスを含んでおり、結果としてこの高市発言は米国務省の人権報告書により「報道の自由を侵害する恐れ」の一端として指摘されるまでにいたった。むろん、アメリカ国務省に言われたからどうだという訳ではないが、国際的にみて高市発言は日本における「報道の自由」に対するイメージを毀損しかねない発言であったとみるべきであろう。稲田ほどではないにせよ、高市も安倍内閣の鬼門の一つである。 さらに最大の鬼門は、公人ではない(ということになっている)、安倍総理大臣夫人、安倍昭恵その人である。昭恵夫人は自民党の政策と悉く反対の立場の民間活動を推進。脱原発運動家でミュージシャンの三宅洋平とも対等に交友するその姿は、良い意味でも悪い意味でも世間を騒がせた。首相公邸の中庭に設置したミツバチの巣箱から蜂蜜を初収穫した昭恵夫人= 2015年9月(酒巻俊介撮影) もっとも驚愕(きょうがく)だったのが、安倍昭恵夫人による「大麻解禁論」である。大麻特区として指定された鳥取県の某町の許可大麻畑にて、笑顔で「大麻解禁」を訴える昭恵夫人のスマイルは、微笑みを通り越して多くの有権者にとって異様なものに映った。 事実、同県の大麻特区で「大麻で町おこし」を掲げていた会社社長が逮捕されたことをきっかけに、大麻特区なるもの自体の期待論も急速にしぼんだ。にもかかわらず昭恵夫人は、「日本古来の精神性は大麻と結びついている」などとトンデモ・オカルト的大麻容認論、解禁論を繰り返すばかり。某女性週刊誌によると、安倍首相の親族から「これ以上大麻解禁を繰り返すのなら最悪、(安倍首相との)離婚もありうる」と忠言されたというが、彼女は聞く耳を持たなかったともいう。元凶は昭恵夫人 第一安倍内閣が倒れて以降、急速に「自分探し」に躍起となり大学院にまで通った昭恵夫人。それでも飽き足らず、山口県の有機野菜を使った自身経営の小料理屋を開店するなど、およそ良く言えば自由奔放・豪放磊落(ごうほうらいらく)、悪く言えば「意識高い系的奇行」を繰り返す昭恵夫人の墓穴の集大成が、安直に森友学園が設置予定であった大阪府の私立小学校の名誉校長の職を引き受けたことである。 世間を騒がせた森友学園疑惑は、いち大阪のネット右翼的傾向を色濃く持つ小ブルジョワ・籠池某による大阪ローカルの問題でしかなかった。が、それが一直線に安倍首相にまでその疑惑の矛先が向けられたのは、ほぼすべて昭恵夫人による名誉校長就任に端を発する。 もし、昭恵夫人が森友学園の森友校長を引き受けなかったら、かの疑惑はとっくに大阪ローカルの話題として消費され、終わっていた。すべての因は昭恵夫人の軽佻浮薄(けいちょうふはく)な自己顕示欲、承認欲求が根本にあると断罪してよい。 森友問題の後、つづけて沸騰した加計学園の疑惑についても、昭恵夫人の関与は欠かせない。2015年末、加計学園の加計孝太郎氏と安倍首相らによる飲み会の様子を「クリスマスイブ 男たちの悪巧み(?)」と称して喜々としてフェイスブックに投稿していたのである。安倍昭恵夫人 当然、この投稿には悪意など無いのであろう。単に夫の交友関係を広く衆目に知らしめたかったのであろう。しかし、その根底は、フェイスブックという承認多寡の世界で、どこの誰とも知れぬ人間から無数の「いいね」が押されることを期待しての行為である。 昭恵夫人の自著などを読むに、彼女は自身へのネット上の反応を常にエゴサーチして毎日のように一喜一憂していたという。端的に言えば自己顕示と承認欲求に飢えた「意識高い系」の一人なのだが、昭恵夫人の度重なるこのような軽佻浮薄の行為が、「安倍内閣の女性閣僚やその周辺の女性」の軽薄さ・素人加減を際立たせるのに一役も二役も買っている。これで、女性からの支持を得ようということなど、土台不可能であろう。 また、大臣ではないが頓狂(とんきょう)な女性議員の存在も耳目を集めることになった。埼玉選挙区から当選した自民党の豊田真由子議員である。自身の秘書に暴行、暴言を吐いた録音が公開され、一挙に悪い意味で「全国区」の代議士となった。すでに自民党に離党届が出されているが、経歴だけをみればエリート女性代議士の、議員はもとより、人としての人格を疑うような暴言の数々は、確実に自民党支持と女性離れを加速させた。いや、この問題に限っては相当の男性有権者もあらゆる意味で「恐怖」を感じたに違いないのである。「輝くに値しない」女性登用で墓穴 加えての痛打は、「安倍総理に最も近い」として連日メディアに引っ張りだこであったジャーナリスト・山口敬之氏の婦女準強姦疑惑(不起訴)が週刊誌で一斉に報じられ、被害者とされる女性が顔出しでその不起訴の不可解さを訴え、事の顛末が検察審査会で審議されるようになった一連の事象である。元TBS記者でジャーナリストの山口敬之氏に酒を飲まされ乱暴されたとして、会見する詩織さん(中央)=2017年5月 私個人的には、山口氏のくだんの疑惑についての白黒の判断はでき兼ねるし、それは最終的に司法の領分なのでコメントできないが、くだんの疑惑が週刊誌で報道されるや、一切メディアに登場しなくなった山口氏が強烈な安倍擁護の論客であったことは間違いのない事実であり、安倍首相との関係があるやなしやに関わらず、婦女準強姦疑惑が少なくとも安倍首相の強力な擁護者のひとりから発生するということ自体、ますます女性支持者からの支持獲得は難しくなったであろう。 この件がシロと断定されても、いったん持ち上がった性犯罪への嫌疑は、法がシロとしても心情がシロにしない。この点は安倍首相や山口氏に対してややアンフェアーな気がするが、ともあれ各種事情を総覧しても、安倍内閣の「女性離れ」には、こうして積み重なってきた「内閣の内外」での女性に関する問題が積み重なった結果であろう。 聡明で優秀な女性は、世の中に幾らでもいる。また、と同時に聡明で優秀なファーストレディーや議員も、世の中にいくらでもいる。女性関係に潔癖なジャーナリストもまた然りである。しかし、安倍内閣はまるで「わざと」「あえて」そうしているかのように、明らかに政治家としての基礎的素養や素養のない人物を抜擢し続け、そして明らかにファーストレディーとしてふさわしくない女性を野放図にコントロールできないでいる。 「女性が輝く」と謳(うた)っておきながら、「輝くに値しない」女性が下駄を履かされて偽りの光をはなっている状況に、世の才女たちはだんだんとこの政権から距離を取り始めているのではないか。そんな気がしてならない。 内閣改造での人事刷新や「不良女性代議士」の次期選挙での公認取り消し、「閣外」での女性問題の清算など、スローガンに反して次々と女性に関連した醜聞に彩られる安倍内閣の解決すべき課題はあまりにも多い。

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    なぜ安倍総理はオンナに嫌われるのか

    安倍内閣の支持率低下が止まらない。学校法人「加計学園」の獣医学部新設をめぐり、安倍首相は衆院予算委の閉会中審査で「真摯に受け止める」と答弁した。世論の「安倍離れ」で特に顕著なのが女性の支持急落。個別の政策ではなく、「人間的に信頼できない」との理由が最も大きいらしい。なぜ安倍首相はオンナに嫌われるのか。

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    安倍内閣を「危険水域」のどん底まで叩き落とした3人のオンナ

    %を割り込んだとされているほどである。数カ月前までは、「一強」といわれるほどの絶対的な支持率を誇り、国政選挙でも勝利を収めてきた安倍政権にどのようなことが起きたのであろうか。2016年5月、1億総活躍国民会議であいさつする安倍晋三首相(左から2人目)。左は加藤勝信1億総活躍担当相=首相官邸(斎藤良雄撮影) ここで各種の報道で言われている危険水域について考えてみたい。30%が危険水域とされていたのは、「55年体制」の下、自民党の一党支配のころの話である。時事通信社の世論調査を参考として、30%を下回ると内閣だけの評価にとどまらず、自民党の支持率にも影響を与えるとして危険水域の言葉が用いられたようである。この段階となると、首相を変えることで政党支持率への影響を下げる必要性が議論されることになる。低支持率が続くようであれば、首相・党総裁を辞任して、総裁選を開き新首相を選ぶことで内閣支持率の回復を図り、政党支持率の低下を避けようとするのである。 このころの支持率を見ると、高いと評価される内閣でも55%を超える程度であり、連立政権下の現代とは支持率の内容が異なっているように思える。電話調査の普及により、メディアが行う世論調査の数が増加していることによる有権者の調査慣れ、連立政権による支持者の増加などの影響と予測されるが、60%を超えるような支持率も見られるようになった。したがって、危険水域も今までよりも高い水準で考える必要があり、35%程度でも十分危険といえる領域といえるのではないか。その証拠に、すでに自民党の政党支持率にも影響が出ているようである。かなり危険な領域にまで下がっているといっていいだろう。 それでは細かい内容を見てみよう。安倍内閣での今までの支持率低下は政策によるものであった。集団的自衛権の行使容認などの政策について意見が分かれるのは仕方がなく、低下も一時的なものであり、安定した政権運営を続けていれば支持が戻る場合が多い。もちろん対抗勢力となる野党の実力不足、対応のまずさもあるのだが、危険とはいえない状況といっていいだろう。 しかしながら、今回増加した不支持理由をみると、首相の信頼感の低下を理由とするものが多くなっている。この原因としては、「お友達内閣」と揶揄(やゆ)され、仲間だけで官邸を固めた2006年の第1次内閣と似ているように感じる。この場合、適材適所であれば側近で固めることは当然であるが、適材でない人材を登用すれば「ひいきの引き倒し」であり、国益を損なう可能性もありうる。閣僚や政務官などの内閣の役職者の失言や暴言、不適切な行動などは、適材ではなかったのではないかとの印象を強く受ける。もちろん、これだけではなく、組織犯罪処罰法の改正案をめぐる強引な国会運営も影響を与えたといえよう。次に挙げる問題も、こうした身内意識につながっている。稲田氏を「さらし者」にした総理 支持率が低下した時期を見ると、やはり森友、加計学園問題で次々に明らかにされた省内文章の扱いや、安倍昭恵夫人との関係が大きく作用していることがわかる。とりわけ森友学園問題は、テレビ向きの籠池泰典前理事長の存在が大きく取り上げられるきっかけとなったことも確かであろう。ここでも安倍首相との近しい関係が話題になっている。閣僚の問題と同様に、身内を守ろうとする態度に、やはり疑問を持つ有権者が多くいたのであろう。 より詳しく見ていくと、女性の支持率の低下が著しいようである。女性の活躍推進を目指した「1億総活躍社会」を政権の主要テーマとした中で、安倍首相は女性の活躍を目指せる社会を具体的に構築したのであろうか。単に閣僚などに、数合わせのように複数登用するだけではなかったのか。 その中で安倍首相が重用してきたのが稲田朋美防衛相である。衆院当選4回というキャリアから見ても、かなりの引き立てであることは間違いない。しかしながら、稲田氏は、南スーダンの日報問題、森友問題での国会発言の訂正、都議選での法律に抵触しかねない失言、災害時の離席など、次々に資質を疑われるような出来事が露呈された。これだけでも更迭されても仕方のない案件であるのに対し、首相官邸は守り続けた。この対応がひいきの引き倒しと思われたのではなかろうか。ロシア、英国訪問を終え帰国した安倍晋三首相と昭恵夫人=4月30日、羽田空港 森友、加計問題における昭恵夫人の関与も多くの関心を集めた。ともに名誉職とはいえ両学園の要職に名前を挙げられていたにもかかわらず、関与はないとされたのである。確かに、学校認可に直接的な関与はなかったであろうが、近しい関係が疑惑を招いたり、テレビや雑誌には興味深い題材として格好の「ネタ」とされた。いずれも女性のかかわるものだった。 このように、安倍首相を取り巻く女性に問題点が多く指摘されたことにより、女性からの反発を買ったのではないか。すなわち、1億総活躍社会を目指した安倍首相が、ひいきの引き倒しで女性を登用するだけで、あたかもさらし者にしているように見えたと思われる。 少し違う状況で支持率の低下を招いたのが、小泉純一郎政権下で田中真紀子外相を更迭したときである。絶大的な人気を誇った小泉政権で、ある意味女性人気を支えていたのが田中外相であった。官僚との間に軋轢(あつれき)が生じても、国民人気は高いものがあった。だが、この更迭によって、内閣支持率は大きく低下した。女性人気は女性が支えているだけに、失望すると反感の材料となる。こうした形式的な女性登用は一時的な支持には直結するが、恒常的につなげることは難しい。内閣改造で支持率回復は難しい さらに昨年登場した東京都の小池百合子知事は、こうした女性の支持を集めるのに最適な政治家であったといえる。都議選で「守旧派」といえる都議会自民党を敵に回したこともあり、安倍首相と小池知事の比較では、女性活躍の期待感は小池知事のほうが高い。これらが総合的に女性の支持を失ったのではなかろうか。東京五輪・パラリンピック費用負担問題で安倍晋三首相(右)との会談に臨む東京都の小池百合子知事=5月11日、首相官邸(斎藤良雄撮影) したがって、8月に予定されている内閣改造で支持率を回復することは難しいのではなかろうか。女性を登用すればいいというほど簡単なものではないだろう。女性の政治参加も増えていることを考えると、当たり前のことではあるが、女性の登用や要職就任の数値設定ではなく、1億総活躍社会のあり方を根本的に考えなくてはならない。たとえば、待機児童の問題も、その大きな要因となるだろう。国全体として考える発想を持たないことには解決は程遠いように感じる。 もちろん女性に限らず、男性からの支持も離れているため、より大きな問題点もあると考えざるを得ない。例えば、加計問題や防衛省の日報問題などに関して中堅官僚と思われるリークも気になるところである。「官高政低」といわれた状況を打破するために、政治主導を取り戻そうとしたのが安倍政権ではなかったのか。その意味では、官僚を押さえつけるのではなく、使いこなすか共生することが必要となる。人事権を握れば、官僚の反発を抑えることにつながると考えているようであれば間違いである。 こうした点が「政権のおごり」ともいわれる状況になったことを表している。やはり強引な法案採決や説明を省略したかのような姿勢は問題があると言わざるを得ない。高い支持率が過信につながったとしか思えない。一方で、必ずしも発想や政策そのものに大きな失点があるわけではなく、手続きの齟齬(そご)や官僚の推量が疑惑の温床となった。 やはり国民に直接向き合うことが必要である。国会審議も、対野党ではなく国民に対する説明だと思えば、今国会で見られたような、木で鼻をくくったような説明ではなかったに違いない。権力に長く居座れば腐敗するという「権腐十年」ではないが、安定政権を目指すことの難しさともいえるかもしれない。

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    稲田朋美を偏愛する安倍首相なんか見たくなかった

    武田文彦(リンカーンクラブ代表) 7月2日の都議会選挙の選挙特番で自民党の大敗北を見て、私は思わず「ザマーミロ」と叫んでしまった。安倍政権誕生以来、初めて主権者から大きな鉄槌が下されたわけで、いささか遅きに失した感は否めないが、右翼ブレを修正する正常な反応が示されたようにも思えて、私はうれしかった。  結果論になるけれども、今回の自民党の大敗は当然といえば当然だった。安倍首相は、日本国憲法の背骨を折らんばかりの平和主義の放棄と、基本的人権の矮小(わいしょう)化をはかり、挙句、象徴天皇を元首に据え戻すという古色蒼然(そうぜん)たる改正草案を掲げて、その実現を図ろうとしてきたのだ。それが思うように進捗(しんちょく)しないとなると、日本国憲法の形躯化(けいげいか)を推し進め、集団的自衛権の行使はできると安倍首相の恣意(しい)的解釈をむりやり押し通して安全保障関連法案を成立させ、さらに特定秘密保護法という政治情報に関する情報公開の原則に真っ向から反対する法案を成立させ、あまつさえ、犯罪を共謀することだけで、実行が伴わなくても逮捕できるとする「共謀罪」法案を名前を変えるというあざとい方法で成立させてしまった。 自民党は日本を戦前型の国民総監視社会へ押し戻すことに大きく成果をあげた。安倍政権を支えたのは、選挙を通して安倍総裁を頂く自民党を支持した多数の国民であり、そのことに私は大いに危機感を抱いていたが、この7月2日の都議選で自民党は改選前57議席が23に激減すると言う結果になって、磐石だった安倍政権が大きく揺らぐことになった。 安倍政権に対して明確にNOという主権者が増えてきた結果であり、この原因を考えると、時間はかかったけれども、安倍政治に不信感を抱いたり、危険視する人が男女を問わず増え、それが投票に結びついた。 また、安倍政権の施策とは別問題として、安倍内閣の法務大臣、総務大臣、防衛大臣、副総理、また自民党の国会議員たちによる、拙劣かつ非常識で高度な政治的見識のかけらもない様子もまた、自由民主党の劣化を印象付け、これも今回の都議選に男女の性差に関係なく影響を与えたと思う。 さらに、森友学園問題や加計学園問題など、身内であるはずの文部科学省の前川喜平・前事務次官から安倍首相側からの圧力の内情を暴露され、さらに続々と安倍首相に不利な傍証(ぼうしょう)が露呈してもなお、ひとかけらの反省の色を示さなかったことは、嫌悪感情を抱かせるに十分であった。                                都議選の大敗について語る安倍晋三首相=7月3日、首相官邸 今回の都議選の結果に対して、上記の理由のほかに、特に女性の支持率が下がったことが指摘されている。7月8日と9日に行われた朝日新聞の全国世論調査(電話)によると安倍内閣の支持率は33%で前回の調査の38%から1週間で5%も下がり、第2次安倍内閣発足以来最低の支持率になった。不支持率は47%で、特に女性の支持率は27%になり、かつての60%以上の支持率を半減させてしまった。 この世論調査のように、なぜ女性が自民党を支持しなくなったのか、その理由について明確に指摘できる点が二つある。 一つは安倍チルドレンの豊田真由子衆院議員の秘書に対する絶叫暴行事件がある。録音された豊田議員の罵声は都議選中にメデイアを通して何回も繰り返された。豊田議員の発言に政治的なことは一切ないが、これほどストレートに人の心に食い込む言動はなく、あの罵声を聞いた人は理屈抜きで豊田議員を軽蔑しただろう。なぜ稲田朋美を偏愛するのか もう一つの理由は稲田朋美防衛大臣の発言だ。 豊田議員以上に今回の都議選に深刻な影響を与えたのは、なんと言っても稲田防衛大臣だろう。稲田氏はこれまで多くの致命的な間違いを何度もくりかえしてきた。例えば、最近では、森友学園事件は全く関係ないと言い逃れ、後で訂正。PKOに関する報告書はないと発言し、これも後になって存在したと訂正する。さらに、これまでも「国民の生活が大事だなんて政治は間違っている」「国のために命を賭けるものだけに選挙権を」「『戦争は人間の霊魂進化にとって最高の宗教行事だ』が考えの根本』」といった驚くような発言を繰り返している。 決定的だったのが、稲田大臣が都議選での自民党候補の応援演説で「防衛省、自衛隊、防衛大臣としてもお願いしたい」と訴えたことだ。これはどう見ても防衛省、自衛隊を自由民主党の私兵とする意見で憲法違反になる。 この時点で、安倍首相は速やかに稲田氏の解任を即断速攻すれば、今回の都議選や、支持率の急落は避けられたかもしれない。このように考えるのは、私だけでなく、政治に少しでも関心があれば考えるはずで、当然、安倍首相だって稲田大臣のクビを切らなければならないことは分かっていたはずだ。そのリスクを超越して安倍総理が稲田大臣をしてクビを切れなかったのはそれ相当の理由があるはずだ。 それではなぜ、稲田氏は防衛大臣のままで居続けることができたのか。任期途中で、クビを切られた大臣は、一人や二人ではないのに、なぜ稲田氏は防衛大臣のまま存在し続けることができるのか。それは安倍首相以外誰も分からない。 稲田大臣が超右翼的な政治信条を有する点において、安倍首相はある意味で自分を見るような気持ちで稲田大臣を見ていたのではないかとも思うのだが、だからといって、稲田大臣を日本初の女性総理大臣にふさわしいと思うのは安倍首相の恣意(しい)、勝手な思い込みであって、そんな個人的な思いで日本政治を仕切られては、たまったものではない。安倍首相だけが稲田大臣を偏愛し、えこひいきしているように見えてしまう。安倍首相という男性と稲田朋美防衛大臣という女性の間に、理屈では説明のできないただならぬものを感じ、不審に思う女性は多いのではないか、と思うのだ。 防衛省で栄誉礼を受ける安倍首相(左)と稲田防衛相 =2016年9月 安倍首相は男女共同参加型社会を提唱して閣僚にも女性を登用してきた。もちろん安倍首相のほかの政策、ふるさと創生も安全保障政策も財政再建もインフレ策も何もかも行き詰まり、成果があげられていないのと同じように、この男女共同参画社会の提唱も成果をあげないどころか、最悪の事態を招いている。女性を閣僚として採用してきたことは、男女不平等問題に不満やいらだちを感じている女性たちを十分には満足はさせなくとも、スタート時にはいささか期待を抱かせたはずだ。                             しかし、そのはかない期待をこともあろうに安倍首相が自ら採用した女性閣僚、あるいは自民党が公募して採用した女性議員によって、女性を採用することが逆効果になってしまうという皮肉な結果を招いてしまった。安倍首相は女性を評価していると思い込んで支持した女性こそ、完全に裏切られたはずで、彼女たちは今回の件で自民党から心は離れたはずだ。男たちに足りない能力を持っているにもかかわらず、自分たちは不当な扱いをされていると感じる女性たち、そしてもとより安倍政治ではダメだと思っていた女性たちにとって、救いになったのが小池百合子都知事が率いる都民ファーストの会である。 女性たちがよりどころとして小池百合子を求めたことは、容易に理解できる。安倍首相がダメだからといっても、もしその人たちにとって、頼れる他のリーダーがなければ、安倍首相を見放した人々の票は分散してしまい、その声は目立たず雲散霧消してしまっただろう。

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    安倍政治ってなんだ!?

    2度目の首相就任から4年目を迎えた安倍政権。「新しい国」を目指し、異次元緩和による経済強化を基盤に、祖父・岸信介の後を追うような安保と改憲への情熱は一貫して変わらない。憲法、安保、アベノミクスの三点から安倍政治の今を読み解く。

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    改憲はこの条文から始めよ!倉山満が評す安倍内閣の憲法論

    倉山満(憲政史家)はじめに~安倍内閣はどの条文の改正からすべきか 戦後レジームとは何か。日本を敗戦国のままにさせておく体制の事である。その総本山が日本国憲法であるのは言うまでもない。 安倍晋三首相は戦後レジームの脱却を掲げ、憲法改正に意欲を燃やしている。戦後政治の常識では改憲勢力が衆参両院で三分の二以上の多数を得るのは不可能に近いと思われてきたのにだ。しかし、ここに救世主が現れた。 岡田克也氏である。現民主党代表で、維新の会との合併で予定されている新党でも党首に擬されている人物だが、後世の歴史家は間違いなく首相官邸が機密費を使って傀儡に仕立てたスパイであると疑うだろう。真相は同時代を生きている我々には知りえない。また、岡田氏本人も知りえない。なぜなら無能なスパイは、自分が誰のスパイなのか理解できないからだ。そもそも、岡田氏が自発的にスパイと同じ動きをしているのか、それとも誰かに操られているのか、小生のような浅学菲才の身には計り知れない。ただし、これだけは言える。年頭の記者会見をする民主党の岡田克也代表=2016年1月5日午後、東京・永田町の民主党本部 岡田克也氏ある限り、安倍自民党内閣は安泰である。 詳細は省略するが、安倍内閣は多くの政治的失敗を繰り返してきた。それも、三角大福の時代なら政権即死に至るような致命的な失敗を。最近でも甘利経済産業大臣辞任は記憶に新しい。だが、その機会を悉く岡田氏はわざと見過ごしたか生かせなかったのか知らないが、いずれにしても安倍自民党内閣は支持率を向上させ、「一強」状態である。それでいて護憲派野党結集のための新党で、引き続き不人気の岡田氏が参議院選挙まで党首を務めるという。 もはや、安倍首相に「憲法改正をしてください」と言わんばかりではないか。よほどの変わり者でない限り、いくら現状の政策に不満があっても、岡田氏との二択ならば迷うことなく安倍自民党を選ぶであろう。 夏の参議院選挙では、連立与党の自民党と公明党に加え、おおさか維新の会と日本のこころを足せば、三分の二の議席を超えるのではないかとの観測まで出ている。 岡田克也氏のおかげで、敗戦後初めて憲法改正が現実味を帯びているのである。 本稿では、参議院選挙後の政局で予想される憲法論議に関し、戦後レジーム打破勢力としてどの条文の改正から入るべきかを検討することによって、安倍内閣の憲法論を評すこととする。第一案 争点にしない第一案 争点にしない 逆説的な意見から論じよう。安倍自民党内閣は憲法改正など口にすらすべきではないとの意見である。 もちろん、本稿では護憲派など眼中にない。「アベ政治を許さない」「戦争法案」「戦争したくなくて震える」「安倍に戦争をさせるな」などと現実を無視した扇動をしている勢力を相手にすること自体が、利敵行為である。将棋の格言に「遊び駒を相手にしてはいけない」とあるが、「働き場を無くしている敵を攻撃することは、相手を活発化させ味方を疲弊させるだけ」との意味である。そもそも、護憲派の総大将が岡田克也である以上、彼らが多数の国民の支持を得ることはない。よって、歯牙にもかける必要が無いのだ。むしろ昨年の安保法制論議では、「護憲派は狂ったことを言っている。護憲派よりもまともな事を言っている我々改憲派は賢いのだ」という態度が多数の中間的な国民の反感を買わなかったか。「安倍自民党改憲案への批判者は護憲派」のような態度は厳に戒め、我が国にふさわしい憲法とは何か、それを実現するにはどのような戦略戦術が必要かを論じるべきであろう。 自民党改憲案に反対する論者の中にも安倍内閣の支持者は多いのだから、耳を傾けるべきだろう。こうした立場から第一案に立つ論者の要旨をまとめると、「長期計画を持て」「急がば回れ」「玉砕的な無謀な戦いはしてはならない」である。憲法改正を求める集会で、安倍晋三首相はビデオメッセージを通じ「国民的コンセンサスを得るに至るまで(議論を)深めたい」と訴えた=2015年11月10日、東京都千代田区の日本武道館(野村成次撮影) 安倍首相は再起に当たり、「まず経済」を強調した。第一次内閣の退陣後、日本経済は悪化の限りをたどり、バブル崩壊以前からの不況と合わせ「失われた二十年」とも称された。憲法問題を普及する運動を広めようと集会を開いても、若者などは生活が苦しく、そんな集会に参加する余裕が無い。そもそも選挙で憲法が争点になることなどありえなく、圧倒的多数の国民の関心は経済である。たかが経済問題ごとき軽く解決できなくて、何が戦後レジームの脱却か。されど経済問題すら解決できなくて、他の何がなしえようか。 安倍首相は不況の原因が当時の日本銀行だと看做し、自らの意を汲む黒田東彦総裁と岩田規久男副総裁を送り込んでアベノミクスを開始した。適切な金融政策を行えば株価は上がる、株価が上がれば支持率が上がり選挙に勝つ。選挙に勝つから与党自民党議員は安倍内閣についてくる。安倍内閣が「株価連動政権」と呼ばれるゆえんである。平成二十六年三月に就任した当時の岩田副総裁は「二年でデフレ脱却」を公言していた。安倍首相の周辺には「戦後レジーム脱却への施策を急げ」とする保守層と、「デフレ脱却までは経済に専心すべきだ」との非保守層の二つの路線が介在していた。 後者の立場からは「憲法問題など争点にすべきではない」との結論が導き出される。選挙で票が逃げるばかりであり、景気回復はいまだに達成できていない。そもそも、なぜ景気回復が遅れているのか。自らの命綱であるアベノミクスを、消費増税八%によって破壊したのは安倍首相その人ではなかったのか。たかが財務省との権力闘争に負けたような総理大臣に憲法改正のような大事業など可能なのか。八%増税の悪影響はいまだに強いが、経済に専念しなくてよいのか。八%増税で失ったものを取り返すには、消費税を五%に戻す以外にないのではないか。憲法改正など、不況から完全に脱却してからでも遅くないのではないか。第一案の「憲法改正を今次参議院選挙で争点にすべきではない」との論者には、説得力がある意見が多い。少なくとも、安倍自民党の改憲案に反対だからと、護憲派如きと十把一絡げにするような愚をおかしてはならない。 この論に対する反論は一つだ。憲法改正とは、根回しを積みあげる行政行為ではない。究極の政治である。政治とは戦いである。戦いに勝つのに最も肝要なのは、戦機を掴むことである。これを孫子は「己を知り、敵を知らば百戦して百勝す」と述べた。確かに安倍内閣の体制は盤石ではないかもしれない。しかし、敵を見よ。選挙の相手は岡田克也なのだ。この千載一遇の好機を逃してよいのか。 現実の政治論をもう一つ加えれば、安倍首相は公明党や自民党護憲派の抵抗にもかかわらず、再三再四「任期中に憲法改正をやり遂げる」と明言している。それには参議院選挙の勝利が不可欠であり、ここを逃せば、もう勝つ機会はない。すなわち不戦敗はレイムダックなのだ。 アベノミクスを主張する論者の中には様々な観点から改憲論への批判もあろうが、その主体である安倍内閣が死に体になっては、景気回復すら覚束ないのだ。 本稿でも以上の政治的状況を踏まえ、どのような改憲論を打ち出すべきかを論じているのである。第二案 七条と五十三条第二案 七条と五十三条日本国憲法第七条四 国会議員の総選挙の施行を公示すること。第五十三条内閣は、国会の臨時会の召集を決定することができる。いづれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があれば、内閣は、【要求があった日から二十日以内に】、その召集を決定しなければならない。【 】内は自民党改憲案に基づき、補足。 多くの日本人は、日本国憲法に誤植があることを知らないだろう。天皇の国事行為を列挙した七条の四号を見よ。「国会議員の総選挙」とある。衆議院の解散とは「代議士を全員クビにすること」であり、必ず総選挙となる。ところが参議院は半数ごとの改選であり、衆参同日選挙となっても、国会議員がいなくなることはありえない。現に参議院選挙は「通常選挙」と呼ばれる。つまり、日本国憲法ある限り「国会議員の総選挙」などありえないのだ。 憲法なのに誤植がある。その誤植一文字すら日本人は変えられずに七十年もすごしてきた。そして、この恥ずかしいこと極まりない事実を、どれほどの日本人が知っているだろうか。むしろ多くの日本人は、「内容が時代に合わないけれど、平和憲法にも効用があった」と思っているだろう。だから、改憲派は言論戦で負けっぱなしのマイノリティーであった。 日本国憲法は完全無欠ではない。この無謬性の打破こそが突破口である。 そもそも、誤植一文字削れなくて、他の何ができるのか。 また、反対するとしたら理由は何なのか。第二次安倍内閣が元気だったころ、三年前の参議院選挙で九十六条の厳しすぎる要件の改正を打ち出したが、産経新聞フジテレビ以外のすべてのマスメディアがいっせいに反対し、公約にすらしなかった。不戦敗である。その時の論拠が「要件を緩和すると、憲法改正がたやすくなる。戦争をする国になる」であった。少しでも憲法学をかじった人間からすると噴飯ものの主張だが、憲法のことなど知らなくても生きていける多数の国民を不安がらせるには十分なアジテーションだった。 では、七条改正に際して護憲派は同じ主張をするであろうか。するならば、やってもらえればよい。「七条の誤植を削ると戦争になる」 社民党の福島瑞穂氏あたりなら言いかねないが、使い方は間違っているだけで地頭(ぢあたま)はいい共産党はプライドが邪魔して反対できまい。また、護憲派ながら論理に拘る公明党にも反対する理由が無い。 仮にその状況で、日本国民の多数が誤植一文字の削除も許さないような狂信的護憲派に与するようならば、いかなる憲法改正もあきらめるしかないではないか。 日本国憲法に誤植があるという事実を知らせること自体に意味がある。そして狂信的護憲派が「誤植を削れば戦争になる」と絶叫してくれれば、それ自体が“曝しあげ”になるではないか。 もう一つ、今次参議院選挙でのみ使える争点がある。五十三条である。 昨年末、岡田克也氏率いる野党は憲法の規定に従い臨時国会の開催を要求した。野党が衆参いずれかの四分の一の数を集め臨時国会の召集を要求した時は、内閣は応じなければならないとの規定に従っての事だ。しかし、五十三条の規定には期限が明記されていない。安倍内閣は外交日程などを理由に拒否し、一月からの通常国会の開会を早めることで対応した。 当然、岡田氏は憲法違反をなじり、自民党改憲案にも「内閣は、臨時国会の召集を決定することができる。いずれかの議院の総議員の四分の一以上の要求があったときは、要求があった日から二十日以内に臨時国会が召集されなければならない」とあるではないかと迫った。 つまり、野党第一党党首である岡田克也氏が指摘する日本国憲法の不備であり、改正を要求している条文なのである。改憲派にとって幸いなことに、どうやら岡田克也氏は新党結成になっても参議院選挙まで党首の地位に留まるらしい。これを奇貨とせず、何とするか。 安倍内閣は、五十三条を「岡田さんが言い出したことなので一緒にやりましょう」と打ちだすべきだ。まさか岡田氏も自分の言い出したことに反対するほど非常識では無かろう……とは自信を持っては断言できぬが……仮にそのような態度をとった場合でも与党や改憲派に損はない。 こうした政局論、現実論から離れて、本質的な憲法論をする。 我が国に限らず、野党第一党が反対する状態での憲法改正は避けたほうが良い。文明国の憲法運用は、「憲法観の合意」を重視するからだ。 たとえば、オーストリア憲法は繁雑なので有名である。数えようによっては一四〇〇条にものぼると聞く。たとえば「健全財政条項」などは二大政党が合意しただけであるが、憲法に含んでいる。日本で言えば「三党合意」のようなものまで「憲法」に含めているのである。戦前のオーストリアでは政争が激しく、オーストリア・ナチス党に付け入る隙を与え、最後はドイツに併合されて亡国の憂き目を見た。この反省から、戦後は二大政党の合意を憲法として扱うようになっているのだ。 また、我が国と同じ敗戦国のドイツでは憲法に当たる基本法を五十回以上改正していると語られることが多いが、これには前提がある。 ドイツ憲法第二十一条第二項  政党で、その目的または党員の行動が自由で民主的な基本秩序を侵害もしくは除去し、または、ドイツ連邦共和国の存立を危くすることを目指すものは、違憲である。違憲の問題については、連邦憲法裁判所が決定する。  内容は、戦前日本の治安維持法と同じである。国家秩序を危うくする政党、すなわち極右のナチスと極左の共産党を禁止しているのである。そして一番右と一番左の両端を切り捨てた圧倒的多数のドイツ国民の合意により発議するので、我が国と同じ三分の二条項であっても、必要に応じた憲法改正が可能なのである。 そして、憲法政治の母国である英国でも、二大政党の合意は重要視される。英国の憲法は「日本国憲法」「○○国憲法」のような形で、文字でまとまっていない。英国憲法の中心は、慣例の蓄積である。小さなことでは、衆議院議長を輩出した選挙区に反対党は対抗馬を立てない。大きなことでは、「政争は水際まで。国益に反するような反対党への攻撃は慎む。特に国際問題を政局に利用しない」などがあげられる。これらの合意は、どこにも明文化されていないが、英国憲政数百年の歴史の蓄積の上で、憲法習律と呼ばれる慣例として憲法体系に組み込まれている。英国は常にアイルランド問題を抱え、伯仲議会では彼ら少数派の発言力がまし、連合王国の存続を脅かすような危機を何度も経験し、乗り越えている。その知恵が、二大政党の合意により憲法体系を維持することなのである。 このように、二大政党制だろうが少数分立制だろうが、憲法とは国家的問題である以上、主要政党(特に二大政党)の合意に基づいて憲法を護る(立憲主義)、あるいは改憲を行うのは、世界の文明国の常識なのである。 逆を考えよう。野党第一党が反対の中で憲法改正を強行した場合、その多数がひっくり返った場合にどうなるのか。革命に近い状況が発生し、法的安定性が損なわれる。何が何でも野党第一党のご機嫌をとれと言っているのではなく、憲法改正は主要政党の合意に基づいて行うのが常道なのである。 我が国では、長らく日本社会党が野党第一党を占めていたので、想像しにくいかもしれない。この政党は「日本は共産主義者に支配されるべきだ」と企む左派と、「共産主義者の侵略から日本を守るためには改憲が必要である」と主張する右派の野合により結党された。 徐々に左派の勢力が強くなり、「与党になって責任をとりたくないので衆議院の五〇%の議席はいらないが、憲法改正阻止を訴えて当選したいから衆参どちらでも良いので三四%の議席は欲しい」とする護憲政党と化した(その過程で、右派は離党し、民社党に流れた)。これでは「自主憲法、自主防衛」を党是とした自民党との間で、二大政党の合意など成立するはずがない。 そして現在の野党第一党党首の岡田克也氏の体質は、往時の日本社会党そのものである。政界の常識に照らせば、二大政党の合意など夢物語である。ところが、岡田氏本人が五十三条改正を言い出してくれたのである。これに乗らない理由があろうか。 憲法は決して変えられないものではなく、日本国民の手によって変えたという実績を作ることが重要であるとの主張がある。また、九条のような対立的な論点ではなく、合意が形成しやすい条文から改正すべきだとの意見もある。 五十三条改正は、野党の権限を強化する改憲である。えてして憲法改正と言うと、政府与党の権力を強化するためであるとの扇動がなされるが、ならば野党少数派の意見を無視しない運用をするための改正ならば良いのではないか。少なくとも多数派の横暴との批判はできない。 七条と五十三条の改正を今次参議院議員選挙で議論すべきだと表明しているのは、日本のこころを大切にする党である(二月十八日中野正志幹事長記者会見)。 論壇にでも、七条に誤植がある事実を取り上げる向きがある。『正論』平成二十八年四月号で「参院選まで残された時間は少ない。憲法改正派の多くが一致して納得できる戦略が早期に打ちだされ、改正機運がさらに高まるよう願っている」との趣旨で、「緊急大アンケート」が行われた。 最も明確に「七条改正」を打ち出したのは、江崎道朗氏である。西修氏、八木秀次氏も言及している。改憲派は江崎氏の戦略の下で一致団結、日本のこころを政界への突破口とし、国民的合意をいち早く形成すべきだろうと思考する。 五十三条と合わせれば、二点突破になるわけだが、一点突破は一か八かの危険な策であるし、三点ではわかりにくい。七条と五十三条ならば絶対に改悪にならない。よって重要な条文と妥協的な条文の両方を出した場合に懸念される、いわゆる「食い逃げ」の心配もない。第三案 緊急事態条項 第三案 緊急事態条項 自民党は「緊急事態条項」の改正から憲法改正をしたいとの報道がなされている。東日本大震災時に統一地方選が予定されていたが、あの時は東北地方での選挙は法律に従い延期された。しかし、国会議員の任期は憲法で規定されているので、もし大災害が起こっても延期できない。だから憲法改正で緊急事態条項を設け、改善しようとのことである。しかし、それこそ大山鳴動してネズミ一匹の類にならないか。 ついでに言うと、国会議員の任期延長は帝国憲法下で一度だけある。悪名高い「翼賛選挙」である。昭和十二年総選挙で当選した代議士の任期は「非常時」を理由に一年延長され、昭和十七年に「翼賛選挙」が行われた。誰がどう考えても、朝日新聞の見出しが目に浮かぶようではないか。 別に緊急時における国会議員の任期延長が必要ないとは言わないが、下手な打ちだし方をすれば攻撃材料を与えるだけだとの認識は持つべきだろう。 そもそも、「緊急事態」とは何なのか。 二年前に書いた小書『間違いだらけの憲法改正論議』(現在は版権終了による絶版。古本で買い求めるか、図書館で読まれたい)から抜粋引用する。自民党など5つの政党が緊急事態条項の新設に言及した衆院憲法審査会=2015年5月7日改憲派が想定する「緊急事態」とは何なのでしょうか。自民党改憲案では「外部からの武力攻撃、内乱などによる社会秩序の混乱、地震などによる大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態」となっています。すでにツッコミどころが四点あります。  第一に、「外部からの武力攻撃」など真の有事ではありません。たしかに平和が破られているから平時ではありませんが、ほかの国と交戦になったときのことは、別に憲法で定める話ではなく、法律で対応可能な話です。問題は「終戦のご聖断」のような、何も決められないときに、誰がどうするのか、です。憲法で想定しなければならない真の有事とは、あの敗戦直前のような状態に陥ったときのことです。  第二に、「内乱等による社会秩序の混乱」は、確かに有事にあたります。二.二六事件では、総理大臣が行方不明になり、閣議ひとつ開けず、政府や軍の高官が多数殺され、誰も何も決められない状態です。やはり、このようなとき誰がどうするのでしょうか。  第三に「地震などによる大規模な自然災害」です。これはもう、皆さんの記憶に新しいでしょう。東日本大震災の時の総理大臣が誰だったか、彼が何をして、何をしなかったかを思い出して下さい。阿鼻叫喚の地獄絵図でした。菅直人氏が総理大臣だったらあきらめるしかない、というのは真面目な憲法論ではありません。真の憲法論とは、この地獄絵図に、総理大臣が菅直人氏だったらどうするのかを考えることです。  第四に「その他の法律で定める緊急事態」とは、なんのことでしょうか。あらかじめ法律で定められた緊急事態に対処できるのは当たり前です。真の有事とは、想定もできないような事態のことです。それこそ東日本大震災では「想定外」が連発されましたが、「想定外」の事態に対処するからこその危機管理です。危機管理の基本は、「何が起きるかわからないから万全を期す。想定もしていないようなことが起きるときのことこそ普段から考えておく」です。その意味で、自民党改憲案などは不真面目きわまりないと言えるでしょう。  自民党改憲案を支持する人に問いたい。あなたが支持する憲法案で、菅直人氏が総理大臣でも大丈夫なのですか。いまの日本国憲法を守りたい護憲派の人にも問いたい。あなたは、いざというときに、菅直人氏が総理大臣でもいいのですか。日本国憲法は、敗戦のような大混乱や二.二六事件のような無秩序状態や、大震災のときに菅直人氏が総理大臣であるような状態から守ってくれるのですか。 現状では、ここに書いたことを何一つ変更する必要を認めない。 真の緊急事態とは、内閣機能が麻痺した状態の事である。自民党改憲案の緊急事態条項を見よ。 第九十八条(緊急事態の宣言)第一項 内閣総理大臣は、我が国に対する外部からの武力攻撃、内乱等による社会秩序の混乱、地震等による大規模な自然災害その他の法律で定める緊急事態において、特に必要があると認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、緊急事態の宣言を発することができる。 第二項 緊急事態の宣言は、法律の定めるところにより、事前又は事後に国会の承認を得なければならない。 第三項 内閣総理大臣は、前項の場合において不承認の議決があったとき、国会が緊急事態の宣言を解除すべき旨を議決したとき、又は事態の推移により当該宣言を継続する必要がないと認めるときは、法律の定めるところにより、閣議にかけて、当該宣言を速やかに解除しなければならない。また、百日を超えて緊急事態の宣言を継続しようとするときは、百日を超えるごとに、事前に国会の承認を得なければならない。 第四項 第二項及び前項後段の国会の承認については、第六十条第二項の規定を準用する。この場合において、同項中「三十日以内」とあるのは、「五日以内」と読み替えるものとする。 第九十九条(緊急事態の宣言の効果)第一項 緊急事態の宣言が発せられたときは、法律の定めるところにより、内閣は法律と同一の効力を有する政令を制定することができるほか、内閣総理大臣は財政上必要な支出その他の処分を行い、地方自治体の長に対して必要な指示をすることができる。 第二項 前項の政令の制定及び処分については、法律の定めるところにより、事後に国会の承認を得なければならない。 第三項 緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない。この場合においても、第十四条、第十八条、第十九条、第二十一条その他の基本的人権に関する規定は、最大限に尊重されなければならない。 第四項 緊急事態の宣言が発せられた場合においては、法律の定めるところにより、その宣言が効力を有する期間、衆議院は解散されないものとし、両議院の議員の任期及びその選挙期日の特例を設けることができる。 緊急事態に対処する主体は内閣総理大臣である。関東大震災のような首相不在、二.二六事件や終戦の御聖断のような内閣機能不全のとき、自民党案は無力ではないのか。 また、「内閣独裁をうむのではないか」との懸念もある。護憲派の粗雑な議論に与する必要は認めないが、帝国憲法の条文と運用は検証する必要があるだろう。 ただ、改憲論をリードしてきた百地章氏の論考が発表された。「現行憲法では危機を乗り切れない 反対派の詭弁に惑わされず緊急事態条項を」(『産経新聞』平成二十八年二月十一日)。ここでは、関東大震災の例が挙げられ、「参議院の緊急集会すら召集できないと…。 この点での論評は、夏に向けて安倍自民党がどのような案を出してくるのかを待ちたい。第四案 前文と九条 第四案 前文と九条 これには絶対に反対である。 思い出していただきたい。第二次安倍内閣は、「まず経済」を掲げ、十五年も歴代政権が手を付けることができなかった日本銀行人事で勝利し、すべての選挙に勝利。さらに戦後レジームの象徴とも言うべき内閣法制局人事にも介入できた。その後、財務省との権力闘争に敗北し、自らの命綱であるアベノミクスを殺しかねない消費増税八%に追い込まれた。いまだに、その悪影響に苦しめられている。相手が弱すぎるから「一強」だが、財務省と公明党が手を組んだ場合、安倍首相にはなすすべがない。だから、増税再延期に向けて、菅官房長官が公明党に日参せんばかりの頭の下げ方をしているのは周知の通りである。 この歴史を振り返ると、平成二十五年三月の日銀人事から七月の参議院選挙勝利までが、間違いなく安倍内閣の絶頂期だろう。この権力は、安倍首相が自力で勝ち取ったものだった。 その時、安倍首相は「九十六条の厳しすぎる改正手続きの改正」を訴えた。返り咲いての代数が九十六代であるので、相当の意気込みであった。ところが前述の通り、産経新聞とフジテレビ以外のすべてのメディアがバッシングをはじめ、不戦敗となった。 今の、岡田克也氏による敵失だけで政権を維持しているに等しい安倍内閣に、九十六条改正より難しいことができるのか。安倍晋三首相が施政方針演説を行った衆院本会議場。首相が憲法改正など「戦後以来の大改革」を訴えると、与党席から大きな拍手がわいた=2015年3月12日 もちろん、日本国憲法前文がいかにおぞましいかは、小書『帝国憲法の真実』(扶桑社、平成二十六年)で一章をかけて書いた。文法の誤りなどを直せとの意見もあるが、小修正よりも全面削除がふさわしかろう。あれを要約すれば、「私たち日本人は悪いことをしました。二度と逆らいませんから、殴らないでください」である。「占領軍への詫び証文」とも言われるのも当然だ。内容があまりにもひどすぎて、「てにをは」を直すレベルではない。全面削除が然るべきだ。現時点で争点化するべきとは思わないが、自主憲法を謳う前文は天皇のお言葉でなければならない。では、どのような前文がふさわしいか。これは、長くなるので『帝国憲法の真実』をご参照されたい。一言で言うなら、帝国憲法の前文にあたる。 しかし、「前文の字句を修正しよう」と言っても、どこをどう修正するのか、改憲派の合意すら、今からでは不可能だろう。やるなら、全面削除だが、代案も難しい。現時点で「天皇のお言葉にしよう」などと訴えることが通るとは思えない。 憲法改正の本丸を九条に位置付ける論者は多い。その是非は、今回は論じない。だが、間違いなく断言できるのは、「九条で一点突破」など、玉砕するだけだと言うことだ。やってみる価値すら、無い。繰り返すが、九十六条ですら絶頂期の安倍内閣が不戦敗なのである。また、去年の安保法案がどうだったか。特に大した内容の法案とも思えなかったが、あの騒ぎである。 では、自民党の九条改正案が、玉砕してでも価値があるほどの法案か。一つだけ挙げる。自民党憲法案第9条の2(国防軍)1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。 緊急事態条項のところでも説明したが、総理大臣不在、内閣機能不全の場合はどうなるのか。総理大臣に関しては、内閣法で継承順位が五位まで決まっているので、誰か一人くらいは生き残るだろうとの楽観論を唱えられるかもしれない。 では、現代戦では極めて普通にありえる、「閣議中の首相官邸にミサイルが撃ち込まれて閣僚全員が死亡」などという事態になったらどうするのか。 帝国憲法下では「宮中序列」があり、総理大臣・枢密院議長を筆頭に、元老から衆議院議員全員に至るまで順位が決まっていた。ここで、いきなり「天皇の統帥権」などと、絶対に受け入れられない議論をしようなどとは思わない。ただ、帝国憲法下では、議会と内閣だけでなく枢密院があり、そして究極の安全保障機関として天皇が存在した。また、いかに緊急事態といえども、政府が「陛下の赤子」である国民の権利を侵害しないような仕組みでもあったのだ。四重の備えであった。実によくできていた。 緊急事態への対処を含めた安全保障の問題と権利尊重のバランスは難しい。 要検討であろう。 少なくとも、今次参議院選挙までに、九条改正の機運が盛り上がるとはとても思えないし、安倍内閣を無意味に危険にさらすだけであろうから、反対である。おわりに~保守陣営よ、戦略を持ておわりに~保守陣営よ、戦略を持て 改憲の機運が盛り上がっているなどと上滑りすべきではない。これすべて、岡田克也氏が与えてくれた僥倖にすぎないのだから、むしろ気を引き締めるべきである。 かつて、コミンテルンは言論界の乗っ取りを手始めに、遂には世界に冠たる大日本帝国を滅ぼした。最近の研究では、当時の日本で勇ましい発言をする者の九割は何の戦略もない思いつきで行動していただけであり、一割のスパイは偽装右翼として潜伏、正論が通りそうになる時だけ全力で潰していたことがわかってきた。 この反省無くして、戦後レジームの脱却などありえない。戦後レジームとは敗戦体制なのだから、昭和二十年八月十五日に始まったのではない。その前に原因があるのだ。我々は負けた反省、特に正しい言論が通らなくなった反省こそ、命懸けで行うべきだ。 党首に返り咲いてからの岡田克也氏の言動を目にするにつけ、安倍内閣を支え、戦後初の改憲を軌道に乗せようとしているとしか思えない。 ここで頭の体操をする。もし私が岡田氏を操る黒幕だったとすれば、何を考えてそれをやるか。毒にこそなれ、薬にはならない改憲案を安倍内閣に発議させ、大騒ぎをしてレッテル張りをした上で通す。そして、まともな改憲案を二度と出させないようにさせる。 かくして、日本が敗戦国のままの体制は、改憲前よりも強固になる。 何の証拠もない頭の体操だが、このような事態が絶対に起こりえないと言えるだろうか。黒幕が居る、居ないにかかわらず。 私が七条と五十三条の改正を参議院選挙で打ちだすよう求めるのは、そのような悪意をも想定しての事なのだ。

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    消費再増税をすればアベノミクスの息の根はとまる

    金子洋一(民進党参議院議員)金融緩和は成功したが、消費税増税が景気に悪影響 私は、政府が予定している消費税再増税反対を主張している。今年1月にはこれを聞きつけた与党議員がわが党に「けしからん!」と怒鳴り込んできたそうだ。私は野党議員だから、読者のみなさんは私が「アベノミクスは終わった!」と金切り声をあげて批判すると思われるかもしれないが、そうではない。エコノミスト出身の議員として、ここは理路整然と、アベノミクスと現下の日本経済の問題点を説こうと思う。 一番強調したいのは、わが国経済の将来を考えれば、消費税再増税はとめる以外の選択肢はないということだ。増税を強行すればアベノミクスは、「生活者の消費」という最大の基盤から崩れ落ちるだろう。 ありがちな『アベノミクス崩壊論』は、最近の個人消費の剥落への消費増税の悪影響については目をつむり、原因を日銀による「異次元の金融緩和」の副作用に押しつけるものだ。たとえば、金融緩和をしても、日本経済の「経済の実力」というべき潜在成長率が上がらないからダメなのだという「量的緩和は偽薬のようなものだ」とするもので、主に財政を切り詰めることしか考えていない霞が関官僚からくる批判だ。私は黒田日銀総裁にはあまり高い評価ができないのだが、彼を含む政策担当者はだれも金融緩和で「成長率の天井」や「経済の実力」を上げようとしていない。だから、実はこの議論はまったくあてはまらない。それゆえ与党にとってもまったく痛くもかゆくもない批判だ。12月26日に政権発足3年を迎えるにあたり報道陣の取材に応じる安倍晋三首相=2015年12月25日、首相官邸 実態はこうしたありがちな批判とは逆だ。金融緩和は2013年春以来、なんとか機能しているのだが、2014年4月からの消費増税が原因となって国内で深刻な消費不況が起きてしまった。だから来年4月の消費税の再増税などもってのほかだということが事実だ。 まず、私自身の立場をあきらかにしよう。私は民主党内で政権交代直後の2010年3月に「デフレ脱却議員連盟」を事務局長として結成し、そこで「量的緩和と2~3%程度のインフレ目標の実現」を提唱していた。また、党内の消費税論議では「消費増税を慎重に考える会」の事務局長として、景気が悪くなると予想されるときには消費増税を延期できるという「景気条項」を法案の中にいれるために活動をした。もともとは、経済企画庁やOECDなどで景気動向指数作成や、経済対策の取りまとめなどの仕事をしていた霞が関の役人であった。 さて、アベノミクスをどう評価するのか、この間の経済の動きをみてみよう。経済は、金融緩和に伴う円安がもたらした「円安メリット」で回復した。政府が景気動向指数に基づいて世界的に標準化された方法で定める「景気の谷」(最悪期)は2012年11月。これはちょうど円高が終わった月だ。そこを境に景気が回復しつつある。有効求人倍率、失業率などの雇用状況も改善している。株価にしても、日経平均はいまでこそ世界経済の混乱を反映して1万7千円台をきっているが、昨年夏には15年ぶり2万円に乗せた。これはわが国経済のためにまずは喜ばしいことだ。 やはり債券を主に買い入れ、株式を含む実物資産に民間資金をシフトさせる日銀による金融緩和の力は大きかったというのがすなおな評価だろう。少し以前の話だが、主要122社に対して行われたアンケートでは、安倍政権に対する政策評価の中で最高評価を受けた項目は「金融緩和」だった。われわれが民主党デフレ脱却議連として再三提言したとおり、民主党政権でこの政策を実現していれば、わが国経済の回復はより早かった。この間に失われた国富は少なく見積もっても10兆円以上の莫大な損失となるだろう。慚愧に堪えない。 では、国会で今の野党が政府に対して行っている批判は、全部まとはずれなのだろうか。そうとはとても言えないのだから物事は複雑である。 今、景気がいいというのは半分本当で半分ウソなのだ。確かに従来からの景気動向指数で測れば明らかに景気はよい。雇用も堅調。しかしこれは主に製造業中心に生産する側である企業の好不況をとらえた指標だ。サービス業の動きはこうした指標ではとらえきれない。そしてまた製造業は、のちほど述べるが国内で空前の「消費不況」がおきていても、輸出によって大幅な利益を生むことができる。だから企業の生産が順調であることだけ見て、「日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)は良好」などと政府がうそぶいている余裕はない。 ここで目を転じて、個人消費を見てみたい。実は2014年4月からこのかた厳しい「消費不況」が続いている。もちろんその原因は、その月から行われた消費税の5%から8%への引き上げである。 消費税は、本来、消費に対するペナルティである。消費税は最終的に消費者が負担するものである以上、その最大の悪影響は消費者がこうむることになる。だから消費税再増税はとめなければならないし、同時に消費へのてこ入れが絶対に必要となるというのが私の結論だ。空前の「消費不況」の実態空前の「消費不況」の実態 私が、消費税再増税に反対する第一の理由は、2年前の消費増税がすでにサラリーマン・消費者のふところを直撃し、賃金が目減りしてしまったことだ。 まず、今、日本を覆っている「消費不況」がどのようなものであるかを述べよう。今、特に自動車、住宅、家電などの耐久消費財が国内で売れなくなってしまった。 105円出して買えていたものが増税で108円出さなければならなくなった。その一方で、われわれの給料はどうなったのだろうか。いい例を挙げよう。昨年2015年の春闘で、日産自動車は大手製造業最高の賃上げを記録した。そのベースアップ(基本給の賃上げ分)を含む1人当たり平均賃金改定額は1万1千円、年収増加率は3・6%。しかしベースアップ分だけなら、月5千円であり、2%を切る。他にも物価上昇が起きている中で、これでは消費増税分すらまかなえない。大手最高の賃上げでもこういう状況だ。日本中のサラリーマンの給料が実質的に目減りをしてしまったのだ。これが「消費不況」の原因だ。 データで見てみよう。増税から一年半以上たった昨年10~12月期の実質GDPは前期比0.4%減。個人消費が同0.8%減で年額換算額304兆円。これは消費税引き上げ直後の14年4~6月期の305兆円をも下回ってしまった。 もっと細かく「消費者が使うお金(個人消費支出)」をみる。総務省「家計調査」をみてみよう。(表参照)この統計は、全国約9000世帯を対象に、家計簿と同じように購入した品目、値段を詳細に記入させ、毎月集めて集計したものだ。増税から一年半以上たっても消費税引き上げ直後の“反動減”の時期に当たる4月95.5、5月92.5とほとんど変わらない。特に2015年11月は91.8と増税後最悪を更新した。グラフを見ていただければ、L字型となっていて、数値が底ばい状態であることが判るだろう。これは反動減などではなく、構造的な減少だとしか考えられない。 今、国会では来年度予算が審議されている。霞が関によるマスコミや政治家への根回しもさかんだ。最近のはやりの言い回しは「消費増税からもうすでに二年たっているので、反動減の影響は終わった」とするものだ。また、最近の個人の消費の弱さは、経済財政担当相によれば「記録的な暖冬が原因で、景気の先行きは緩やかに回復する。」としている。「暖冬だから冬物衣料などの季節商品がうれない」というのだ。 騙されてはいけない。彼らは国内の消費に大きな変化が起きているのを覆い隠そうとしているのだ。前に書いたとおり、私も旧経済企画庁出身でエコノミストの末席に連なっていたのだが、昔から天候不順を景気が悪い理由にするときはほとんどがこじつけだった。今回も決して例外ではない。それとも政府は消費税増税後一年半もずっと気候不順だったとでもいうのだろうか。 こうした弱い消費の動きは、来年4月の消費税再増税を織り込んでいるのかもしれない。重ねての消費税引き上げは、わが国消費者を奈落の底に叩き落とすことになりかねない。ここでは論じないが軽減税率は低所得者対策になるどころか、高所得者優遇であることはすでに明らかになってきている。われわれが地元活動の途中で吉野家によって、牛丼並盛380円を注文してもそれは消費税10%、その一方で100グラム数千円する高級牛肉は軽減税率の対象となって税率が低いというのは本末転倒、極めて不公平ではないか。 だからこそ私はいち早く『軽減税率の導入を前提にした消費税再増税には絶対に反対』であると、与党が反発する中でも唱えているのだ。景気条項:自公政権の増税判断のミス景気条項:自公政権の増税判断のミス 自民公明政権、財務省や一部の学者は2014年4月の消費税8%への引きあげ前に『消費増税は景気に悪影響がない。一時的な反動減はあってもすぐ元に戻る。なぜなら増税で社会保障が安定化するので消費を下ざさえする非ケインズ効果が働くから。』としていた。この非ケインズ効果とは、われわれの常識とは正反対に、財政削減や増税が景気にプラスの影響を与えるとする現象である。ただし、過去のほんの一時期に北欧の小国でそういう現象が起きたことは確かだが、本当に日本でそういう効果がおきる可能性があるのかどうかは極めて疑問だ。実際に、当の財務省官僚に「今後の日本で非ケインズ効果がでると思いますか?」と党内の部門会議などでたずねても、「そうだ」という明快な返事がもどってきたことはない。彼らも保身に巧みなので、表の場ではしっぽをつかまれないようにしていて、目の届かないところで自分で考える力のない政治家たちに盛んに振り付けていたことは明らかだ。 私は6年前の私自身の参議院選挙でも、菅直人総理が、なんら党内手続なしにいきなり「消費税の増税が必要です。」と発言し、増税に前のめりになる中、「景気が悪い状況での消費税増税は経済に大ダメージを与える」と反対を明言した。暑い夏の選挙戦の中で有権者に訴えかけたときから、私の考えはまったく変わらない。給料が伸びない中での増税は悪であることは現在のヨーロッパの例を見るまでもない。 消費増税法には成立当時、通称「景気(判断)条項」があった。これは民主党政権時、党内の法案審議のなかで、「デフレ不況から脱却していない今はまだ消費増税をすべきではない」と考えたわれわれが、当時の前原誠司政調会長に直接申し入れるなどして採用させたものだ。 その内容は、「一年間の名目経済成長率で3%程度かつ実質経済成長率で2%程度の経済成長を目指し経済運営を行う」ことと、消費増税を決定する前に「経済状況などを総合的に勘案した上で、その施行の停止を含め所要の措置を講ずる」ものだ。つまり、景気がよくないと判断される場合には、増税を見送るという仕組みだった。 この数値目標は、名目成長が実質成長を上回るという形にもなっている。つまり、デフレ脱却が増税の前提となっていた。実は、われわれが党内で提案したときには、この経済成長率を満たすことを「条件」にはじめて増税できるとするきわめて拘束力が強いものだった。その後、当時の政府・執行部の反対で、「条件」ではなく、「努力目標」になってしまったが、この「景気条項」が本来の趣旨に沿ってその当時の政権担当者によって運用されれば、デフレ不況下での増税は避けることができたはずだった。このことは、その後2014年11月18日に行われた安倍総理の解散表明記者会見で「社会保障・税一体改革法では、経済状況を見て消費税引き上げの是非を判断するとされています。今回はこの『景気判断条項』に基づいて、延期の判断をいたしました。」としていることでも判る。増税を停止することができる法的効力を持つことから、マスコミからは「増税派への時限爆弾」と言われたこともあるが、まさにその名称通りの働きを前回果たしたことになる。 この自公民三党協議でも、現在の私の消費税再増税凍結の提案に対してと同様に与党からの反発が厳しかった。「法律で時の政権の判断を縛るべきではない」というのが自民党側からの反論だった。しかしそれは建前であり、「経済の状況がどうであろうと増税をしたい」というのが本音だったのだろう。残念だがわれわれの力が及ばなかったことはお詫びするしかない。しかし2013年秋、そして2014年秋、総理官邸にエコノミスト、学者、団体関連の代表などが集められて行われた、増税の賛否をヒアリングする「消費増税点検会合」が開かれたのも、この「景気条項」の縛りがあったからである。 ノーベル経済学賞学者であるクルーグマンもこう指摘している。彼は、2014年11月、マスコミによるインタビューに答えて「私としては『インフレ率が2%程度に達してから引き上げる』といった条件付きの延期の方が望ましいと考えるが、そうした可能性がないことも理解している」と述べた。彼が述べたこの「条件」こそが、まさにわれわれが提案した「景気条項」の本来の姿である。 しかし、2015年3月31日、税制改正法が可決成立し、われわれが心血を注いだ「景気条項」は廃止されてしまった。それにしても安倍総理はなぜ「景気条項」を霞が関の要求に屈して唯々諾々と削除してしまったのだろうか。「景気条項」があったからこそ、霞ヶ関に対して交渉力を維持できたのではなかったか。『いつでも増税を止められるんだぞ。』という脅しがなければ相手に言うことを聞かせることができなくなるはずだ。今、野党側からは、まさに野党5党の共闘によって、政府与党に対して『景気条項』の復活要求をすべきだ。復活すれば今の消費不況では消費再増税は中止するしかなくなる。これに応じなければ自公民三党合意を与党が破棄したことが再度明らかになる。民主党は三党合意が守られないのだから、晴れて堂々と増税に反対できることになる。 なお、「消費増税を決定したのは民主党」と宣伝なさる与党びいきの方がいるが、2012年6月15日の自公民三党協議合意文書「税関係協議結果」をご覧いただければ、増税は「その時の政権が判断すること」と明記してある。つまり前回の消費増税は「自公政権が引き上げの判断を下した」ということだ。実際に安倍総理も2015年2月5日の参議院予算委員会での私の質問に対して、「今回の消費税の引上げでございますが、もちろん、最終的には私の判断で引上げを行ったところでございますが、(以下略)」と答えている。財源は「自然増収」でまかなえる財源は「自然増収」でまかなえる 皆さん方の中には、消費税再増税をしなくて一体、国の財源は大丈夫なのかと心配される方もいるだろう。安心していただきたい。日本経済の中で調子のいい分野がある。それは企業、会社である。そこからの納税は極めて順調である。 2年前の消費増税はサラリーマンの懐を直撃した。これは先にも述べたように、消費税が最終的には消費者が負担する税だからである。一方で企業にはサラリーマンと比較すればダメージは小さかった。それどころか、金融緩和の副産物である円安ドル高はわが国企業に大きな円安メリットをもたらした。一時は1ドルが80円を切るほどの円高が、120円となった。実に5割も円安になったのである。これで輸出ができる企業、海外に子会社があるような大企業は好調となった。例を挙げれば自動車産業だ。2015年度上半期は、自動車産業大手が相次ぎ最高益を記録した。景気が回復しつつある北米市場が好調であることと同時に円安効果も影響があった。トヨタの2016年3月期の連結営業利益は過去最高の2兆8千億円となる見通しだ。少し以前の試算になるがSMBC日興証券の予測によれば東証一部上場企業の今年度経常利益は28.9兆円。これは史上最高益を昨年度に続き更新することになる。実際には、世界経済の混乱の影響が出るだろうが、国内の消費の動きに比べれば、ほぼ史上最高益に近い状態にある法人企業分野は経済的に恵まれていると表現して問題はないだろう。 だからまず財源は、「好景気の企業からの法人税」などの税収を中心とした、いわゆる「自然増収」を頼りにすべきである。安倍総理がよく「10兆円国債の新規発行額を減らした」と発言するが、この約半分が消費増税分、のこり半分が自然増収分だと考えられる。法人税は基本的に赤字企業は納税しない。景気回復に伴う大手企業の業績回復で法人税収は経済成長率をはるかに超えて大幅に増加するのだ。 実際に、政府の試算によると、これまで消費税率を10%にすることが赤字半減の大前提だったが、円安、株高、大手企業の業績回復で法人税収は大幅に増加する見込みとなることから、いわゆるプライマリーバランス(財政の基礎的収支)は消費増税延期でも赤字半減が達成可能だという。もちろん中国経済の急減速、新興国経済の不振は今後、わが国の輸出に影をおとすことだろう。世界の景気が回復しないことは政府の責任ではないが、わが国のGDPにしめる比率が約17%である輸出をはるかに超え約56%を占める生活者の消費が消費増税で打撃を受けている今、政府とるべき経済政策の第一は、まず消費税再増税をとめるアナウンスではないだろうか。逆走する経済政策 金融緩和は成功したが、消費増税が今の「消費不況」の原因となっていることを述べた。ここからは公平の観点から現政権の政策は誤りであり、政策を転換して消費不況対策として「国民のための金融緩和」を行わなければならないことを述べたい。 ここまで説明してきたように、「企業は調子がいいが、消費者のふところ具合が問題」というのが今のわが国の経済だ。こういう状況でとるべき政策はただ一つ、「所得の再分配」だ。つまり企業から法人税、社長や役員のみなさんから所得税としておさめていただいた税金を、教育、子育て、社会保障といったわれわれサラリーマン・消費者にとって役に立つ分野に活かすことが、景気回復の手段としても絶対に必要となる。 しかしアベノミクスの欠陥は体系だった所得再分配政策がないことだ。私を含めて何回も国会質疑で取り上げているはずだが、政府は所得再分配にはかなり否定的だ。 それらしい政策も最近少し見られるようになったが、残念ながらすべてが付け焼き刃だ。 現政権は法人実効税率を現行の32.11%(標準税率)から2%強引き下げて20%台とすることを決めた。「法人税20%台は世界標準だ。世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します。」と胸をはられても、一方で、われわれ消費者に対しては消費税増税というのでは困る。しかし、それが実際の政府与党の方針だ。これはどう考えてもサラリーマン・消費者にとっては不公平なやり方だ。改めなければならない。消費税再増税をとめることはその第一歩ともなる。同時に「所得再分配政策」(教育・子育てや給付金、賃上げや低所得者層への直接補助など)が必須だ。 もう一つの財源は国債発行だ。「国民のための金融緩和」を実現しなければならない。日銀のいわゆる「マイナス金利」政策や、国債金利がマイナスになったことなどを財政破綻などとかんちがいしている人も多い。しかし、実際は、「国がほとんど金利をつけなくても借金できるようになった」わけである。日本経済が異常な状態であることにはかわりないが、起きた現象でいうならば、いくら高い金利をつけても国債が売れなくなってしまう状態である財政破綻とはまったく正反対のことだ。日本経済の根本的欠陥は、実は企業が、能力増強などの設備投資も従業員への賃上げもせずお金をただ貯蓄に回していることなのだ。いわゆる内部留保がどんどん貯まる現象がこれの結果だ。このままだと国内で誰もカネを使わないので、政府は国債を発行して銀行を通じてカネを吸い上げ、景気対策などで民間のかわりにカネを使って、国内の需要を下支えしている。政府が財政赤字になったのはその結果。企業が積極的にカネを使わないという構造があるかぎり、政府が国債を発行しないと、日本経済自体の回転自体が止まってしまう。例えば、企業が銀行に預金しても、貸出先がなければ利息が付かなくなってしまう。 今起きていることは、世界経済の混乱によるリスク回避先として円が買われていること、つまり国債が投資家から大人気になっているという意味だ。その結果、国債がマイナス金利となった。ここは日本政府としてはありがたく国債を新たに発行し、これまでどおり日銀に市場から買い上げてもらって長期間保有してもらうのがトレンドにのった対処法だ。日銀が持っている間に償還期限を迎えた国債は、政府から日銀に元本が支払われる。日銀はいくら利益をあげても法人税は取られない。そのかわり、日銀は広い意味で政府の一員なので最終的には政府が日銀に支払ったカネはその95%が国庫納付金という形で政府にもどってくるから心配はいらない。これが今採るべき政策、「国民のための金融緩和」だ。 長期国債の金利はわが国史上初めてマイナスとなった。もし政府がマーケットのシグナルを重視するならば今、借金しなくていつするのか。市場は「どうか国債を発行してカネを借りてくれ」と切実なメッセージを発しているのだ。まさに国からすれば絶好の借りどきだ。そこでこの際、十数兆円の単位で超長期国債(仮称で教育・生活扶助国債とする)を発行して特に低所得者の子弟を意識した教育の基金としてはどうか。子どもの教育は社会的意義も大きく、また利回りが8〜15%とされる。このチャンスに格差是正の資金を調達するのだ。長期金利の指標となる利付10年国債が、史上初めてマイナスになり、一時マイナス0.025パーセントに低下。日経平均株価も終値の下げ幅は今年最大となった=2月9日、東京都中央区 繰り返すがこれは国内でお金を借り入れて事業を拡大しようとする企業がないことから起きている異常な状態であることは確かだ。しかし、これは将来の展望が開けず景気が悪いことから起きている。この状況で財政危機への対応を優先する人は政策の順番がおかしい。 今の日本に必要な経済対策はなにか。まずは日銀による追加緩和。次に、三党合意を無視して削除された景気条項を復活させ、それにもとづいて消費税再増税をとめること。さらには家庭の消費不況対策を最優先し、教育・子育てや給付金の形で低所得者層への所得再分配をめざす、10兆円以上の国債の新規発行を伴う経済対策だ。先に述べたように、国債の増発を伴わない形での経済対策は、今の状況ではナンセンスだ。 今年1月の総額3.3兆円の補正予算は、2014年度から消費税の8%引き上げにあわせて支給されていた子育て世帯への給付金をスクラップ財源とすることによって編成された。なぜこんなことをするのだろうか。 今、日本の子どもの6人に1人が相対的に貧困とされ、そのうちひとり親家庭の貧困率は50.8%と先進国で最も高い。日本の母子家庭の問題は特異だ。他の先進国の母子家庭は福祉の対象になっており無職というのが典型的だが、わが国ではほとんどのお母さんが働いている。それにもかかわらず貧困状態にあるのは彼女たちが非正規、低賃金で働かざるをえないからだ。わが国が先進国であるのならばこうした状態の解消にはぜひ力を入れなければならない。また、困窮家庭の学童に給食費や学用品費を補助する「就学援助」を利用した小中学生は約150万人で過去最高レベルだ。しかしその国の予算はわずかに年間8億円。こうした子どもの貧困対策にも更に予算を投入すべきではないか。 その一方で、低所得年金受給者へ3万円を給付することを決めた政府与党。低所得年金受給者に対する給付を頭ごなしに否定するつもりはまったくない。が、なぜ子育て世帯はその犠牲にならなければならないのか。すべての政策の財源をスクラップアンドビルドで求めようとすることは「ペイアズユーゴー原則」といって霞が関の悪しき習慣だ。確かに投票率でいえば子育て世帯より高齢者の方が高い。が、政治家の決断がそんなことに左右されていいのか。新規国債を発行して両方とも給付するという選択肢を検討すべきではなかったか。 国債発行をともなう補正予算を組んで、こういう人々のために使うことができる。発行した国債は、現在の「異次元の金融緩和」政策を日銀が続けている限り、市場から日銀が買い切りオペとして買い入れることになる。 低所得層こそお金に欠乏しており、需要を作り出すという面での景気対策としての効き目も大きくなる。また、「企業が高い利益を上げているのに、なぜ国内で設備投資が出ないのか」とよく議論されているが、国内需要がこれだけ弱ければ国内で設備投資が行われる(=国内の工場のラインを増強する)わけがない。低所得者層への給付は、それ自体が社会的に善であると同時に、まわりまわって日本全体の景気をよくするための最初の手段であるべきだ。財政再建への早道とは財政再建への早道とは では、財政再建をどうするのか?国の財政再建を考える上で、有害な議論は、財政を家計に例えることだ。あなたのお宅にはお札を刷ってくれる銀行はないだろう。しかし、国には発券銀行である中央銀行があり、金融政策が行える。これは本質的なちがいだ。 クルーグマンも緊縮財政を批判するコラムでこう書いている。「(ギリシャ危機によって)本当にユーロがダメになったら、その墓碑にはこう記されるべきだ。『国の負債を個人の負債になぞらえるというひどいたとえによって死去』と。」家庭では節約が有効だが、国の経済全体としては、合成の誤謬という問題があり節約は解決策にならない。だからこそ財政・金融政策で介入するというマクロ経済のマネジメントが必要となっている。 ではどうするのか。これは簡単なことで、難しい最新の経済理論は必要ない。「景気が十分立ち上がるまで、財政も金融も引き締めないこと」の一言につきる。1997年の橋本増税も、2000年の日銀によるゼロ金利解除も、2006年の量的緩和終了も、2014年の消費増税もすべてが早すぎる政策の引締めであり、防げたことだった。金融政策決定会合を受けて、記者会見する日銀の黒田東彦総裁=3月15日、東京都中央区 私も財務省の官僚に、『増税は絶対ダメだといってるんじゃない。景気がよくなってから、つまり豚は太らせてから喰えといっているんだ。』といつも言っている。それでもまったく反応はないのだが、彼らは経済成長しても税収は増えないと本気で考えているのだろうか。 増税しても景気が悪くならないなどという夢物語に基づく財政再建計画ではなく、具体的にここまで述べた最近の世界の金融やわが国の経済情勢をふまえた戦略を作る必要がある。そしてそうした戦略はこれまでみてきたとおり霞が関からは出てくるはずがない。だからこそ、消費税再増税回避にあわせて、財政再建戦略を見直し、信頼するに足る戦略を策定することが必要だ。これまで1997年の橋本増税の時代から20年間繰り返されてきた増税のみによって財政再建を実現しようとする試みは失敗の連続であったことを認め、かつてわれわれ民主党デフレ脱却議連が行った提言にあるような経済成長を優先する財政再建戦略に切り替えることが必要だ。  増税しなくても大丈夫だと書いた。増税回避をしても国債の信認は損なわれないのか、金利は上昇しないのか、疑問に思う方も多いだろう。 前回の2014年の例をみてみよう。増税の判断時期がせまるにつれて、霞が関の息がかかった人々が「消費増税は国際公約。延期なら国債の信認が失われ、長期金利が上昇し、さらなる円安も」などと発言しはじめた。ところがときに増税延期の観測が流れ、ときに予定通り実施の噂が出ても、国債や為替市場はまったく反応しなかった。本当に国債市場が増税延期をマイナス要因として受けとめていたならば、市場は報道に一喜一憂したはずであったにもかかわらずである。逆に、増税延期の立場にたつ内閣官房参与の本田悦朗静岡県立大学教授は、10月に入って欧米で接触した約70社の機関投資家の7割弱は、消費増税を延期しても国債の信認に問題はないとの見方だったと発言していた。本田氏によれば残りの2割程度について、増税を延期する場合の国債の信認に関し「自分は心配しないが、他の市場関係者の見方が心配」とのことだったという。もちろん増税延期が決定されても国債価格は暴落しなかった。消費増税は国際公約だと主張していた人々が、今に至ってもこういう現象に対してきちんとした説明責任を果たしたという話は聞かない。この件に関してはやはり増税に反対したわれわれの議論が正しかったということだろう。その後も順調に国債金利は低下(=国債価格が上昇)し、現在、長期国債の金利がマイナスになっている。今も、増税延期の噂が出ているが、金利は上昇などしていない。つまり杞憂に終わったわけである。「国民のための金融緩和」を実現しよう! 数々の世論調査の結果をみても、野党は「国民のための金融緩和」つまり「金融緩和プラス所得再分配」というスタンスをとらなければ与党には歯が立たないだろう。とはいっても一般の理解は、「金融緩和政策=金持ち優遇」というくらいのものでしかない。これは的外れの理解だ。なぜか。資産家でもなく不労所得がなく、働く以外に収入を得るすべのないわれわれにとっては、金利を引き下げることによって景気を刺激する金融緩和には大きなメリットがある。かりに金利が高くなったとしても、それはすでに銀行預金をもっている人にとっては受け取る利息が増えてメリットがあるだろうが、一文無しの人間にはメリットはない。むしろ景気が悪化することによって、働いている会社の売上げや収益が落ち、受け取る毎月の給料も下がるだけだろう。金融緩和政策が欧米では労働者陣営の政策であることもこうした性質が原因だ。 今、民主党を中心とした野党再編の真っ最中だ。私も民主党神奈川県連の代表として少しでも有権者の皆さんに期待していただけるように力を入れている。そこで新党に対して提案だが、昨年、コービンという新たな党首が選ばれた英国労働党が、スティグリッツとピケティをブレーンにすると発表した。新党もこれにならって、御用学者などではなくクルーグマン、スティグリッツなど海外の経済学者を招いてアベノミクスなどものともしない経済財政戦略を作ってはどうだろうか? 新しい野党第一党の党首は、自分自身のプリンシプル、思想を持っていなければならない。霞が関の言いたいことをオウム返しにするような人間では絶対ダメだ。そしてそうした人の考え方に国民の間に共鳴現象が起きてはじめて野党は再生できるのではないかと思う。その最初の一歩となる政策が、「消費税再増税はとめよう!『サラリーマンへの不公平税制』をなくそう!」ということだと私は信じてやまない。

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    安倍内閣を待ち受ける南シナという第2の「キューバ危機」

    鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト)第2のキューバ危機か 昨年の春、国立公文書館で米国の大統領だったケネディの展覧会が開催された。言うまでもなく、ケネディは日本でも人気の高い大統領だったし、今の駐日米大使キャロライン・ケネディはその長女に当たる。まさに日米親善のために絶好の企画であることは論を待たない。 しかし、なぜこの時期か、私はそこに安倍総理のある種の決意を強く感じた。というのも本展覧会の開催が発表されたのは、一昨年12月9日だが、その7カ月前の5月には、中国が南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島で人工島を造成し、その上に滑走路の建設を計画していることが明らかになっている。同年10月には、パラセル(西沙)諸島に滑走路が完成し、11月にはスプラトリー諸島での建設中の滑走路が衛星画像で確認された。1月24日に撮影された南シナ海・クアテロン礁の北部。左上にレーダー施設があり、右下にも建設中のレーダー施設がみえる(CSISアジア海洋透明性イニシアチブ・デジタルグローブ提供、共同) そんな状況で、ケネディと聞けば安全保障通なら反射的に思い浮かぶのはキューバ危機である。1962年、旧ソ連は米国に近接したキューバに核ミサイル基地の建設を開始し、偵察機が撮影した航空写真でそれを察知した米ケネディ政権は、基地の撤去を求めてキューバを海上封鎖した。 当時キューバはソ連の衛星国であり、そこに核ミサイルが設置されれば、米国を含むカリブ海沿岸諸国は核攻撃の射程範囲になる。現在、スプラトリー諸島に戦闘機が配備されれば、南シナ海の制空権は中国のものとなり、沿岸国は従属を強いられる。ならば、これを阻止する手立ては半世紀前と同様、海上封鎖ということになろう。 展覧会では、キューバ危機にまつわる数々の資料が展示されており、そこには当時、訪米していた佐藤栄作自民党幹事長(後に総理)の日記も公開されていた。佐藤氏は安倍総理の大叔父であり、その日記を敢えて公開するのは、国民にキューバ危機を身近に感じて貰いたいとの総理の意向であろう。 展覧会が開催される直前の2月には、人工島が異常に拡大しているのが報道された。ヒューズ礁は2004年2月に380㎡だったのが2015年1月には7500㎡と200倍に拡大していたのだ。 展覧会が開催されている最中の4月にはスプラトリー諸島のファイアリークロスで滑走路の建設が始まったことを示す衛星画像が公開され、フィリピンのアキノ大統領が強い懸念を示した。バンドン会議で見せたリーダーシップバンドン会議で見せたリーダーシップ 同月、安倍総理はバンドン会議60周年首脳会談で「国際紛争は平和的手段によって解決する」べきと演説し、南シナ海問題でリーダーシップをとる姿勢を明確にした。 そもそもバンドン会議とは、1955年にインドネシアのバンドンで開かれたアジア・アフリカ首脳会議で、そこで植民地解放が宣言された。ところが、この会議には欧米列強やソ連は招かれなかった中で、日本だけが優先的に招かれたのである。 つまり当時のアジア・アフリカ諸国は欧米やソ連を植民地帝国として非難していたが、日本は植民地解放の盟主として評価されていた訳だ。いうまでもなく第2次世界大戦のさなか1943年(昭和18年)東京でアジア初の首脳会議「大東亜会議」が開かれ、そこで植民地の解放が高らかに宣言されたことを、各国の指導者は鮮明に記憶していたのである。 ところが、戦後は戦勝国側の歴史観ばかりが喧伝されたため、いつの間にか解放者であった日本が侵略国にされてしまい、2005年のバンドン会議50周年のアジア・アフリカ首脳会議では、当時の小泉総理は、「日本の侵略」を謝罪するという愚挙を犯し、バンドン会議や大東亜会議を記憶していた東南アジアの人々を失望させたのであった。 この謝罪を機に東南アジアの主導権は日本から中国に移り、中国は南シナ海侵略を本格化させることになったのである。 60周年に際して、安倍総理は、「日本の侵略」とか「謝罪」などの表現は一切用いず、「国際紛争は平和的手段によって解決する」というバンドン10原則の一節を引用する形で、中国の南シナ海侵略を批判した。 これに励まされた形で同月末、マレーシアで開かれたアセアン首脳会議では、中国の南シナ海埋立てを非難する議長声明が出されたのである。米中確執 高まる南シナ海危機米中確執 高まる南シナ海危機 この翌月すなわち昨年5月には、米国防総省は中国の南シナ海スプラトリー諸島の人工島の面積が4か月間で4倍に膨らんでいると発表した。同時期に米軍はオバマ大統領に同島周辺海域に米軍艦艇を進入させ、工事を阻止しなければ滑走路が完成してしまうと警告したが、許可されたのは偵察機による周辺飛行だけだった。 もし、このとき米軍艦艇が進入していればスプラトリー諸島に滑走路は完成しなかったであろうが、オバマの不決断の結果、9月に同諸島ファイアリークロス礁に戦闘機離発着可能な3000m級の滑走路の完成が確認され、同諸島の他2カ所でも同様の滑走路が建設中であることも確認された。南シナ海・スプラトリー(中国名・南沙)諸島のファイアリークロス(中国名・永暑)礁を埋め立てて建設した飛行場に着陸した中国の航空機=1月6日(新華社=共同) オバマが米軍艦艇の進入すなわち「航行の自由」作戦を許可したのは10月である。いかにも遅すぎるの感が否めないが、なぜ10月まで動かなかったのか?一体オバマは何を待っていたのか? 米国は常に同盟国の意向を重視する。もし戦争になった場合、味方になって共に戦ってくれるかを確認しなければ、軍事的行動を取らないのが歴史的通例だ。キューバ危機ではケネディはフランスに使者を送り時の大統領ドゴールに確認を取っている。 ならばオバマも同盟国の確認を取っていたのであろう。同盟国の確認とは集団的自衛権を行使するかの確認である。その確認をとるのに、そんなに時間の掛かる国は、世界に一つしかない。日本である。 平和安全法制いわゆる安全保障関連法が国会で成立したのが9月19日のことである。集団的自衛権の行使を一部容認したこの法制は、反日勢力によって骨抜きにされてしまったが、少なくとも米国とともに戦うことを明言することはできるのである。 だが法制が施行されるのは、4月以降である。米国は4月以降に南シナ海における軍事作戦を本格化させるべく下準備に入っている。2月にカルフォルニアで米アセアン首脳会談を開き、航行の自由を声明したのも、キューバ危機のとき、米国が中南米諸国の同意を得るべく米州機構を開催したのに酷似する。対する中国も南シナ海西のパラセル諸島には戦闘機を配置し、中央部であるスプラトリー諸島に戦闘機を配備する時期を伺っている。 4月以降、第2のキューバ危機ともいうべき南シナ海危機が勃発する公算は極めて高いのである。