検索ワード:地方創生/75件ヒットしました

  • Thumbnail

    テーマ

    コロナ禍克服のヒントは福知山にあり

    国初の「非接触自動スタンプラリー」に協力し、官民による実証実験に取り組んでいる。そこにはコロナ克服と地方創生のヒントがある。

  • Thumbnail

    記事

    「民間活力に報いてこそ」福知山市長、大橋一夫が抱く未来志向

    接触自動スタンプラリーもそうですが、民間活力が貴重かつ不可欠なんです。「非接触自動スタンプラリー」や地方創生の在り方などについてインタビューに答える福知山市の大橋一夫市長=2020年12月、同市役所(西隅秀人撮影) 福知山市だけの問題ではありませんが、今、地方は大変厳しい状況です。人口減少を筆頭に、気候変動問題のほか、コロナ対策は喫緊ですね。ただ、福知山市は基礎自治体ですから、医療や介護、子育てといった福祉、それから教育施策の充実などが要諦であることは間違いありません。こうした中で、福知山市にはたくさんの強みがあります。抜群の地の利 特に福知山市は、「教育の町」としてやってきた一面があり、現在、私立高校3校、公立高校3校と高校は計6校、さらに福知山公立大学があります。大学の設置者は市ですが、2020年から情報学部を開設するなど、教育に関わる環境が充実しています。また、医療分野に関しても、重篤患者に高度医療を提供できる三次救急を担う市民病院もあります。 一方で、雇用面に関しても、国内有数の内陸工業団地があります。そもそも福知山市は交通の結節点として発達してきた街で、京都はもちろん、大阪や神戸といった都市部に1時間半ぐらいあれば行けるという地の利は抜群です。 そして、何より大河ドラマ「麒麟がくる」の舞台としても注目されている点ですね。光秀は福知山にとっては善政をひいた良君という評価ですが、その光秀が福知山の街づくりの礎を築いてくれたという歴史があります。 シンボルとなる福知山城の来場者は、当然ながら大河ドラマが決まってから急増しました。もともと、福知山城の天守閣は、市民のみなさんによる「瓦一枚運動」で再建された経緯があり、自分たちの街を自分たちで盛り上げていくマインドがあるんです。 こうした中で、目下の課題はコロナ禍による経済低迷をどう克服するかは言うまでありませんが、大河ドラマブームが去った後、どうやって魅力を維持し、発信していくかも重要になります。 これはまさに地方創生をどうやって現実的なものにするかということにつながります。そして福知山の強みも説明しましたが、魅力については、実は市民のみなさんも気が付いていない部分も多々あるんです。 どこでもそうですが、自分たちの日常というのは、市民からすれば当たり前ですが、外部の人たちから見たら意外にも大きな魅力だったりするんですよね。こうした部分をもう一度見直して、磨き上げていくことが必要だと思っています。NHK大河ドラマ「麒麟がくる」ブームで来場者が絶えない福知山城=2020年12月、京都府福知山市(西隅秀人撮影) 今回の非接触自動スタンプラリーに賛同してくれた店や施設を中心に、福知山には「名店」「名所」といえる優れたものが多数あるんです。例えば、長年続けてきた店などは、伝統を守っていながら、常に新しいものを創造し続けています。「もうこれでいいや」という発想はなく、時代に合わせて改良や新しいものを模索しているわけです。こうしたチャレンジ精神が持続している秘訣でしょうね。「弱み」も浮き彫りに 今の時代に前例踏襲主義ではやっていけません。コロナ禍もそうですが、環境の変化やそれに伴うリスクなどを乗り越えて初めて持続可能になります。要するに、しなやかで強靭な街づくりが求められているということです。 ですから、実証実験として実施した今回の非接触自動スタンプラリーは、その分析結果に応じて、福知山のウイークポイントはどこにあるのか、どこに課題があるのかも教えてくれるでしょうね。 例えば福知山城はたくさんの人が訪れたけど、ほかの光秀ゆかりの場所はイマイチだったとか、お店も同じですよね。その理由が、いわゆる距離的な問題なのか、PRがうまくいってなかったのかなどが見えてくると思います。 さらに、今回は観光面でやっていただいたわけですけど、IoT自体は決して観光だけに生かすものではないですから、それが福祉や農業の活性化につながっていくでしょう。非接触自動スタンプラリーは1月末で終了しますが、コロナ禍の経験から、観光分野だけでなくほかの分野での応用も含めて活用を検討したいですね。 先にも触れましたが、そもそも福知山の強みは観光ではなかったわけです。そこに、大河ドラマという追い風が吹いて、さらにコロナという逆風が吹いたわけです。未来というものは、何が起こるか分からない面が大きいですが、今を生きている私たちだけではなく、未来を生きる人たちの両方を考えていくことが必要です。 こうした中で、コロナ禍もあって、ローカルシフトの話がよく言われるようになりました。東京一極集中の解消は本格的になるでしょうね。とはいえ、ローカルシフトといっても受け皿がなくては意味がありません。 そこはまず地方が努力すべきかと思いますが、もう少し国としてもローカルシフトしていけるような形を作っていただきたいですね。当然ですが、地方レベルでできることと、国がやらなければできないことがあります。古くから交通の要衝として栄えた福知山市=2020年12月(西隅秀人撮影) 国が本当に東京の一極集中を排して、ローカルシフトを進めようと思うなら、今このタイミングの中で推進できる政策をしっかりやってほしいですね。そうしていただければ、もちろんですが、われわれも協力や努力を惜しみません。それがコロナ禍の克服や地方創生、ひいては日本の未来のためになるわけですから。(聞き手、編集、iRONNA編集部) おおはし・かずお 福知山市長。1954年生まれ。立命館大法学部卒。裁判所職員として勤務後、2007年4月の京都府議選に出馬し初当選し、3期務めた。その後、16年6月の福知山市長選に無所属で出馬し、現職を破って当選。現在2期目。

  • Thumbnail

    記事

    コロナ対策と観光誘致、相反課題に挑む福知山の「理想形」

    一歩」かもしれない。だが、その一歩こそが、コロナ禍の克服と、かねてから日本の課題として模索してきた「地方創生」のヒントになるはずだ。 クロスボーダー社でこのスタンプリーを企画した菅原豊取締役は「コロナ禍はいつ終息するのかは分かりません。その中で観光と物産の売り込みなども感染対策をしながら同時にできるように、SNSなどを使って情報を多角的に発信していけるよう企画しました。来ていただける方はもちろん、それが無理な方にはネット販売などにもつながっていければと思います。ぜひ、ほかの地方でも試していただきたい」と呼びかけている。(iRONNA編集部) 

  • Thumbnail

    記事

    学生が主役!知られざる立科町の戦略

    地方の人口減に歯止めがかからない中、この困難に果敢に立ち向かう自治体の一つに長野県立科町がある。働き方や生活様式の大転換をもたらした新型コロナ禍以前から、テレワークやワーケーションの拠点として動き出していたのだ。「若者からも選ばれる地方」に向け、立科町を心底愛する人々の熱き思いとは。【iRONNA特集】若者が選ぶ地方へ、立科町の「リアルガチ」 https://ironna.jp/theme/1106

  • Thumbnail

    記事

    JLAA地方創生アワード受賞!若者も惹きつける立科町の本気度

    り、国力の低下まで懸念される事態だが、まさに「追い風」といえる分野がある。長年、日本が頭を抱えてきた地方創生だ。企業は都市部に事務所を構える必要があるのか、「テレワーク」が可能なら自宅はどこでもいいのではないか。この先、これらの概念が一気に広がるに違いないからだ。 こうした中、まるでこの価値観の変革を予測していたかのような自治体がある。それは長野県立科町だ。 東京から北陸新幹線でおよそ1時間、立科町の中心部は佐久平駅から車で30分ほど。道中、抜けるような青空と特産品の一つであるリンゴ園に広がる赤のコントラストを楽しんでいると、旧中山道沿にあるかつて宿場町として栄えたことを物語る古い建物が目に入ってくる。 立科町は人口約7千人。高原地域を中心に、有名な白樺湖やスキー場など、魅力的な観光資源を有する。高度経済成長期やバブル時代は多くの観光客でにぎわったが、長引く不況の中で、圧倒的な知名度のある軽井沢で観光や避暑目的の人々の足は止まりがちになった。 また、全国の地方の課題であり、立科町だけの問題ではないが、若い世代の進学や就職による流出が続き、少子高齢化が深刻化している。ただ、立科町はこの苦境を漫然と受け入れているわけではなく、若者のUターンや移住、地元産業の活性化など、あらゆる分野で対策に取り組み、その本気度が極めて高い。 その一つが「タテシナソン」だ。元来、地域課題の解決や地方産業の活性化などをテーマに異分野の人たちがチームをつくって提言する「アイデアソン」という取り組みがある。「アイデア」と「マラソン」をかけ合わせたものだが、これを立科町が独自に実行性のあるものにしたのが「タテシナソン」だという。 「アイデアソン」によってさまざまな提言がなされるものの、やはり具体的にそれを取り入れ、活性化につながるケースは少ない。そこで立科町は「リアルガチ」をキャッチフレーズに、実際に地元事業者に経営課題を出してもらい、大学生(高校生も含む)を中心に全国から参加者を募る。実用化することを前提としたうえで、売り上げ増などに寄与することも目的とした施策としてバージョンアップさせた。かつて中山道の宿場町として栄えたことを物語る長野県立科町の街並み(同町提供) 2018年2月に第1回目を実施した際は、白樺高原でソフトクリームなどを製造販売する「牛乳専科もうもう」が名乗りを上げた。近隣自治体の高校生のほか、関西や首都圏の大学生15人が参加。5人一組のチームが28時間(1泊2日)で、事業所などを訪問して実態を把握し、提言をまとめた。永住希望者も 「牛乳専科もうもう」では、夏を中心としたシーズンだけではなく、雪深くなる冬季も含めて年間通じた営業を可能にする対策が課題だった。実際に考案されたアイデアは「飲むヨーグルト」の新規販売やラスクなどのパッケージを牛柄に変更するなど多岐にわたり、実用化した結果、新たなパッケージ商品の販売量は前年比で20%増となった。 同社は創業が1969年ですでに50年を超えるが、牛乳消費量の激減や人手不足などの苦境の中で、乳製品にシフトして事業を持続させてきた。 2代目の同社代表、中野和哉さん(50)は「長年ここで生活しているだけに立科の良さを意識できていませんでした。ですが、学生さんと交流したことで改めて魅力を再認識できたことで、今まで以上に意欲が湧いてきましたね」と振り返った。 「タテシナソン」は、その後も木材建材業者やアクティビティ施設運営事業者の課題に取り組み、すでに計3回実施。2020年はコロナ禍のため中止したが、回を重ねるごとに応募学生は増え、19年9月の第3回は定員20人に、九州や関西、首都圏の学生36人の応募があり、抽選となったほどだ。 こうした実績が評価され、「タテシナソン」は、日本最大の広告会社ネットワークである一般社団法人日本地域広告会社協会(略称JLAA、後藤一俊理事長)が地方自治体の取り組みを表彰する「第4回JLAA地方創生アワード」の最優秀賞に輝いた。 「JLAA地方創生アワード」は2017年に創設され、JLAAの会員社がサポートする自治体のさまざまな施策を表彰。この取り組みは、地方創生関連施策のノウハウが全国的に共有されることを目指している。 ただ、「タテシナソン」の注目すべき点は、事業者支援だけではない。参加する大学生は問題意識が高いだけに立科町での思い出を今後の職業などに生かしてもらう将来も見据える。参加学生たちはいずれ卒業を迎え、大半は就職する。その後、就職企業はさまざまだろうが、「タテシナソン」の経験から魅力を知った若者に何らかのかたちで立科町を活用してもらえれば、人口増や関係人口増につながるといった視点だ。 実際、「タテシナソン」に参加した長野大2年生の山内梨帆さん(20)は、「インバウンド(訪日外国人客)に関して興味があり、ペンション経営などで、外国の方々の受け入れなどに関われるなら、永住して取り組みたい」と語った。「タテシナソン」に取り組んだ長野大の学生たち。後列左から、今西健太さん、山内梨帆さん。前列左から、細田菜々子さん、中村春斗さん、竹花日和さん=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) また、立科町の施策は「タテシナソン」にとどまらない。特筆すべきは、コロナ禍などまったく想像もつかなかった2015年度からテレワークへの取り組みを始めていたことだ。際立つ志の強さ 企業誘致などは現実的に困難なことから、テレワークによる雇用創出を目的に検討を始め、福祉的要素を加えるなどして18年度に総務省の「ふるさとテレワーク推進事業」に認定された。昨年度に立科町の施設でテレワークセンターを開設し、企業進出や住民のテレワーク就労支援が本格化している。 雇用創出といった基幹施策に取り組む立科町企画課の上前知洋主任(39)は「地方の人口減問題解決は非常に難しい課題ですが、コロナ禍で地方が見直されている今、まさにチャンスですね」と意欲を見せた。 そもそも上前氏自身が異色の経歴を持つ。出身は兵庫県西宮市だが、信州大に進学したことで長野県職員として就職した。農林関係の仕事を任じられ立科町に派遣された際、基礎自治体の現場の苦悩を実感。「県庁で政策を立案するより、現場で貢献したい」という思いから県職員を辞め、正規試験を経て立科町職員として転職したという。 一方、観光政策の面でも時代の変化に応じた見直しが進められている。先にも触れたが、立科町は白樺湖と女神湖といった美しい自然の観光資源を持つ。かつては、団体旅行だけでなく、ペンションブームもあり盛況だった時期もあった。 だが、特にペンションは、個室に籠らず他の宿泊者やオーナーとの交流を重視する独特の文化が、時代と共に徐々に敬遠されるようになった。それに加えてオーナーの高齢化による後継者不足なども相まって、苦境に立たされている。 ただ、コロナ禍が追い風になり、ワーケーションなどの価値観が生まれたことで、ペンションはIT企業の社員の長期貸し切りといった新たなニーズが生まれつつあるという。 一般社団法人「信州たてしな観光協会」の渡邉岳志企画室長(44)は、「30年前、ペンションの様式は最先端のブームでした。それが時代の流れで、テレワークやワーケーションが最先端ならそれに合わせた戦略を立てなければいけません。ペンションオーナーにリスクを感じるならサブスクリプション(定額で一定期間の利用権利を持つ)オーナーという道もありますからね」と、現状をこう指摘した。長野県立科町の観光戦略などについて語る「信州たてしな観光協会」の渡邉岳志企画課長=2020年10月(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) コロナ禍はインバウンドに依存した観光業界のビジネスモデルのリスクを露呈した。だからこそ、これを機に新たな時代に即し、持続可能な政策にどう取り組むかが重要になる。人口7千人あまりの立科町だが、危機感を抱き、コロナ禍をチャンスに変えようとする志の強さが際立っていた。 大都市圏の人口集中に伴い、地方の人口減といった課題は「手の施しようがない」というあきらめの声も多くある中で、今、果敢に立ち向かうか否かが30年、50年先の命運を左右するのではないだろうか。(iRONNA編集部) 【関連コンテンツ】 ◎「タテシナソン」公式ウェブサイト ◎「タテシナソン」ドキュメンタリー動画 ◎「立科WORKTRIP」(開発合宿・ワーケーションを立科で)

  • Thumbnail

    テーマ

    若者が選ぶ地方へ、立科町の「リアルガチ」

    地方の人口減に歯止めがかからない中、この困難に果敢に立ち向かう自治体の一つに長野県立科町がある。働き方や生活様式の大転換をもたらした新型コロナ禍以前から、テレワークやワーケーションの拠点として動き出していたのだ。「若者からも選ばれる地方」に向け、立科町を心底愛する人々の熱き思いとは。

  • Thumbnail

    記事

    立科町長、両角正芳の決意「コロナによる価値観の転換見逃さない」

    、医療や教育、産業などと共に広域的視野で取り組んでいくべきでしょう。民活の前提は「政治判断」 昨今の地方創生という議論の中で、国の機関の地方移転などがありますが、なかなか実現しません。言葉だけで「地方の時代だ」と言うのは簡単ですが、実行するのは難しい。一気に国の行政機関を移すのはそこで働く人や関係する人たちから反発もあるでしょうし、現実は難しいでしょう。ただ、医療や教育といった地方にあったほうがいい分野もあるわけですから、そういう分野から少しずつ進めていく必要があると思います。 一番ネックになるのが、4大都市圏に集中する大学です。地方から進学して、そこで就職してしまうので若者が戻ってこないのは当然です。だからこそ、地方にあってしかるべきものを移して、受け皿になる部分を創生していかなければならない。こうした現実的な部分を国政できちんと議論していただきたいと思っています。 最終的には政治的な判断次第でしょうね。政治判断がすべてだとは言いませんが、民間活力を動かすには、まず政治判断あってこそですからね。地方と国の関係も同様で、まず国の判断なくして地方は動きづらいわけです。菅義偉(すが・よしひで)首相がデジタル化を推進していますが、国と地方で格差が出てしまうようでは不安しかないですからね。 話を戻しますが、私は立科町が自立していくことに自信を持っています。もちろん、簡単ではありませんよ。ですが、きめ細かい行政サービスのメリットがあるからです。合併なども生き残る道ですが、大きな自治体になれば隅っこは見えなくなるでしょう。 新型コロナ禍に関する定額給付金も都市部では、なかなか届かない。でも、小さな自治体はすばやく対応できるわけです。これはある意味、地方であることの強みと言ってもいいでしょう。 具体的な立科町の施策については、私が町長に就任する前からスタートしていますが、全国から学生を募って地元事業者の課題実現のためのアイデアを立案してもらう「タテシナソン」に期待をしています。タテシナソンでテーマを提供した「牛乳専科もうもう」の牧場=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) これはもともと「アイデアソン」という取り組みがあって、「アイデア」と「マラソン」をくっつけた造語ですが、これを立科町独自にもっと実用的なものにしたわけです。「タテシナソン」のよい部分は、地元事業者の弱みを分析して、何が足りないのかを認識した上で、学生たちのアイデアを生かそうという点ですね。 地元にいて事業をやっていると、どうしても視野が広がらない部分があります。そこを克服するために全国から学生たちを募って、しかもそのアイデアを実行するというところまで徹底するわけです。価値観の転換に対応 そしてもっと広い視野でとらえれば、先に話した人口減という課題克服に結果的に寄与するんです。「タテシナソン」のプログラムは28時間(1泊2日)という限られた時間でチームでアイデアを立案することになっていますが、長野県内の学生も県外の学生も参加したきっかけで立科町をより深く知るわけです。 すぐに効果があるものではないですが、将来的に仕事や移住、観光も含めて立科町に戻ってきてくればいいわけです。ありがたいことに、この「タテシナソン」は一般社団法人「日本地域広告会社協会」(略称JLAA)の「第4回JLAA地方創生アワード」の最優秀賞も受賞しました。すでに3回実施しており、今年はコロナの影響で中止しましたが、来年以降、感染対策をしっかりとした中で、もっと充実させて継続していきたいですね。 今年は何と言ってもコロナ禍が深刻化し、あらゆる生活様式の転換を余儀なくされました。みなさんが大変な思いをしているのですが、ある意味地方は強みをアピールする最大のチャンスであることは言うまでもありません。素晴らしい自然環境と首都圏からの距離、そして何より「密」を避けることができますからね。 立科町はコロナ禍の前からテレワークに関する取り組みを始めていましたから、これを機に他の地域に先駆けて、受け入れができる態勢づくりをしていくつもりです。 また、今は、インバウンド(訪日外国人客)はストップしていますが、いずれ戻ってくるでしょう。ゆえに今は立科町の魅力を発信するときだと強く思っています。諸外国の方々も今は日本に行けないですが、情報はいくらでも入手できるので、可能になったら立科町に行こうと思ってもらうアピールをしっかりしておく必要があります。 コロナ禍のために国内観光が活発になってきているのも見逃してはならないですね。海外旅行に重きを置いていた方々が、国内旅行で魅力的な穴場を探すようになってきています。これもチャンスととらえれば、地方観光の活性化につながりますからね。町内各地で見られる特産品のリンゴ園=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) テレワークに加え、ワーケーションという概念も定着しつつあります。今は、これまでの価値観が180度といっていいほど変わりつつあるだけに、地方もこの価値観の転換を的確にとらえて、民間活力が存分に発揮できるベースづくりを進めたいですね。 知恵を絞って、それを発信する。基本的なことかもしれませんが、まさに今はチャンスだと思っています。(聞き手、編集、iRONNA編集部) もろずみ・まさよし 長野県立科町長。1953年、立科町生まれ。高校卒業後、東京都内の出版社で勤務。その後、立科土地改良区、農事組合法人勤務を経て、2015年に町議選で初当選。19年の町長選に立候補して現職町長を破り初当選し、現在1期目。 【関連コンテンツ】 ◎「タテシナソン」公式ウェブサイト ◎「タテシナソン」ドキュメンタリー動画 ◎「立科WORKTRIP」(開発合宿・ワーケーションを立科で)

  • Thumbnail

    記事

    転がり続ける反対派、横浜カジノ闘争は「複雑怪奇」なり

    清義明(フリーライター) 横浜のカジノ誘致(カジノを含む統合型リゾート施設=IR)構想が転がり続けている。 振り返れば、2014年の年頭の記者会見で、横浜市の林文子市長が初めてカジノ誘致に前向きな発言をして以降、足かけ7年近くになる。新型コロナウイルスの影響で、いったんこの動きに足踏みが見られたものの、横浜市は依然としてカジノ誘致に積極的な姿勢を崩していない。 横浜商工会議所をはじめとする経済界はカジノ誘致に賛成の意向であり、市議会の自民と公明ももちろん推進派である。一方でこれに対する反対運動もじりじりと市民の支持を受けながら拡大し、続いている。 建設予定地となっている山下埠頭に一番近い街は同市中区の新山下近辺である。現在、山下埠頭には巨大な実物大のガンダムを目玉とする「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」の設置が、バンダイナムコグループと横浜市や港湾協会などの主導で進められている。 すでに2004年には東急東横線が横浜高速鉄道みなとみらい線と接続し、山下埠頭にほど近い場所に元町・中華街駅も設置された。そんな新山下の地元の人たちに話を聞いてみると、地下鉄やガンダムとは違って、必ずしもカジノに諸手をあげて歓迎というわけでもなさそうだ。 聞くところでは、この地域の若い人たちはどちらかというとカジノ誘致に賛成という人が多い傾向だが、高齢になればなるほど反対の声もあるとのこと。環境の変化や治安の悪化を不安に思っているのだろう。 「カジノ誘致反対運動の方が店にやってきて、反対運動のポスターを貼らせてくれとお願いされることもある。そういうときは、社長はいないと言ってうまくごまかしちゃうんですけどね」と、笑って教えてくれたのは新山下で会社を経営する若手社長。もちろん、この人はカジノ誘致賛成派だ。「いろいろ議論はあるでしょうけど、手をこまねいているだけというのもね」 現実に目を向ければ、横浜市の財政の将来はとてもバラ色とはいえない。特に少子高齢化の波はこの街を直撃する。市区町村単位では日本最大である横浜市の人口は約375万人(2020年9月現在)。これは都道府県別に見ても上から11番目の規模だ。ところがこの人口は今年をピークに減少に入ると言われている。中でも深刻なのは税収につながる生産年齢人口の減少だ。 約2・4人の生産年齢人口が税収を納めて1人の高齢者の社会保障をカバーするのが2020年だとすれば、これが2050年には1・5人の税収によって1人の高齢者を養う社会になる。その負担はざっくり1人あたりで言えば60%増だ。 この数値は全国の少子高齢化のスピードと比べると緩やかとは言えるものの、すでに横浜市は長年積もりに積もった3兆円超の借入金に悲鳴を上げている。そのためにこれまであの手この手で企業誘致や産業招請、展示場や学究施設やコンサート会場のような娯楽施設の計画を実施し、さらには横浜港に面した「みなとみらい地区」の土地売却などを進めている。しかしそれでもまだ足りない。 いかに横浜市財政が厳しいかは、いまだに公立中学校で給食が実施されていないことでもよく分かる。こうして今後もしわ寄せは市民に押し付けられることになってしまいそうなのだ。 他の地方自治体であれば、インバウンド(観光目的の訪日外国人)需要を追い風にしていくための施策もあるのだろう。だが、観光都市としての横浜には弱点がある。それは横浜のそもそもの成り立ちに由来する「歴史」の不在だ。 「横浜の歴史には近代しかない」と言ったのは横浜の下町を愛した評論家、平岡正明氏だ。幕末の動乱の中で、いわば出島のような人工都市を中核にできた横浜には、残念ながら海外から人を誘致するような魅力のある歴史遺産や文化施設が欠けている。近代だけの150年が圧縮された横浜の歴史遺産は、日本人にはモダンでレトロな魅力となるだろうが、海外の人たちからすれば自国のどこにでもある日常風景である。IRの建設候補地として有力視されている山下埠頭=2014年10月、横浜市中区 横浜市が観光の目玉にしている明治のモダンな洋風建築も、上海にもシンガポールにも香港にもヤンゴンにもカルカッタにも、横浜の数倍の規模で今でも立ち並んでいる。アジアのグローバルな視点から見ても、観光地としては劣るのだ。 そのために横浜の観光は国内需要の日帰りがもっぱらだ。日本全体のインバウンドに占める割合はなんと1%未満。インバウンドの実数からしても東京は横浜の27倍、大阪は15倍の集客をしている。要するに横浜はインバウンド需要をまったく取り込めていない。 元来、横浜は外国人のためにつくられた街であった。幕末と戦後の占領期、日本の歴史にのこる激動期に外国人を受け入れて光を放ってきたのである。乗り遅れた観光政策 しかし、そこに罠がある。そんな横浜にとって外国人は勝手にやってくるものだった。こちらから来てくださいとお願いするものではない、というのが横浜の常識であり、プライドであった。こうして日本の成長戦略の目玉であるインバウンド誘致政策から横浜だけが乗り遅れてしまっているのだ。 カジノ誘致に飛びついたのは、こうした危機感があるからだ。 横浜市が想定するカジノ誘致の経済波及効果は年間7500億~1兆2千億円。税収増の効果は年間820億~1200億円としている。本年度の横浜市の一般会計予算が8440億円であるから、この数字は大きい。いわば打ち出の小槌である。 もちろんこれは現在の想定数値であり、この通りに行くとは限らない。カジノ反対派のこれに対する批判はさまざまなものがあるが、一番説得力があるものは世界のカジノ市場の供給サイドは飽和状態になっており、いまさら日本でつくっても経済波及効果は計画通りにはいかないというものだ。 さらに、アジアのカジノ市場が中国の富裕層によって成り立っている現状がある。その裏側には、その独特の換金システムが隆盛の裏にある。中国の富裕層は、大陸の莫大な資産を海外に持ち出す手段としてカジノの換金システムを利用しているというカラクリだ。そして、そのような資産移動の手段としてのカジノは、日本ではもちろん不可能である。 静岡大の鳥畑与一教授によれば、海外からの観光客を呼ぶ目玉と言うならば、外国人専用のカジノにすればよいのだが、それをしないのは、そもそも日本人の需要をあてにしているのではないか、と疑問を投げかけている。鳥畑氏の著書『カジノ幻想』(KKベストセラーズ)では、日本のカジノの顧客の外国人比率は3分の1にすぎないというゴールドマンサックスの試算を紹介している。 さらに実際にカジノの運営を行うライセンス事業者が海外の企業に独占されるのではないかという危機感もある。 横浜のカジノ誘致をめぐっては次のような動きもあった。「ハマのドン」と呼ばれ、横浜の港湾産業のみならず政財界に強い影響力を持つ横浜港運協会前会長の藤木幸夫氏が反対の意向を示し、独自の反対の論陣をぶち上げた。このとき、横浜の政財界やカジノ誘致に関わる人たちに衝撃が走った。記者会見でIR誘致に反対の意を強調した「横浜港運協会」前会長の藤木幸夫氏=2019年8月、横浜市 カジノの予定地である山下埠頭をはじめ、横浜の主要な港湾産業を親子2代にわたりリードしてきた横浜経済界の「ゴッドファーザー」ともいえる実力者の反対だ。本来ならば、とっくの昔に話がついているはずの人物がなぜという疑問と同時に、カジノ誘致反対派にとっては強い援軍の到来と見えただろう。ただ、これには裏事情があるようだ。 「結局、国内や地元の事業者が排除されているのかのようなところが、頭越しに決められたという怒りを買ってしまったのではないでしょうか」と、横浜の商工関係者の一人はこう話す。 カジノ事業者のライセンスは非常に厳格で、今回の事業では日本の事業者の許認可は難しいのではないかという声もある。ちなみに、現在最も公然のカジノ参入の意向を示し、地元密着の活動を始めているのはマカオのカジノ王直系企業のメルコリゾーツ社だ。 メルコリゾーツは、すでに地元の横浜マリノス社とスポンサーシップ契約を結んでいたり、地元の商工関係のイベントなどにスポンサーや寄付などを積極的に行っている。私の地元である横浜の下町のハロウィンイベントでも、昨年から参加者の賞品に、メルコリゾーツが提供する宿泊券付きのマカオ旅行券が加わったりしたのも、その一例だ。 そんな外国企業が先行する状況に苦々しい思いをする藤木氏だが、その先代、港湾荷役会社「藤木企業」の創業者である藤木幸太郎氏は、戦前には山下港周辺で賭場経営に関与していた時期があったと記録されているうえ、港湾関係のつながりで、反社会的勢力と関係があったことも別段隠そうとしていない。 横浜には戦後も賭場は多数あったし、現在でも夜の街では違法なギャンブルが、公然とまではいえないが、誰もが皆知っているというお約束のものとして商売を続けている。カジノ構想は商売敵になるという人たちの声を藤木氏が代弁しているのではないかという口さがない噂もあるくらいだ。 ただ、もともと藤木氏はカジノ誘致に賛成だった。「横浜でカジノをやるならばオレにやらせろ」と発言していた。これが一転したのは、藤木氏曰く「トランプ大統領に安倍晋三前首相が米国のカジノ財閥のラスベガス・サンズの横浜進出を約束してしまったからだ」とのこと。 その意を受けた当時官房長官だった菅義偉(すが・よしひで)首相が、その進出をバックアップしていると、藤木氏は批判する。横浜の政財界のゴッドファーザーの暴露であるからには、それなりの信憑性はあると考えてもいいのだろう。そこから転じて、カジノの有害性やビジネスとしての持続性に疑問を持って反対派になったと本人は言う。「ハマのドン」カジノ反対の真意 藤木氏は常々自らを経済ナショナリストと公言している。「横浜ナショナリズム」とも冗談混じりで言うこともある。それに加えて、もちろん自身のリーダーシップも発揮したいというところだろう。 「要するにオレにやらせろということでしょ?」と、古株の地元民の中には藤木氏の反対運動に冷ややかな目を向ける人も少なからずいる。 藤木氏が横浜でドンとして君臨しているのは、先代の幸太郎氏から父子につながる一筋縄ではいかない横浜の基幹産業である港湾産業と労働者への貢献があるからだ。 そこには長年、港湾労働者のリーダーとして残した、先代の幸太郎氏の力強い功績があり、それを発展させた藤木氏のリーダーシップがあるのは誰しも認めるところだ。 余談だが、日本最初の労働団体によるメーデーは1920年5月2日に上野公園で行われたものとされているが、実はこの前日に横浜の港湾労働者団体によるメーデーの催しが行われている。この労働運動に噛んでいたのが幸太郎氏である。港湾労働者の待遇改善や生活環境の補償やバックアップのために活躍してきたことでも知られているのだ。そのため戦前の社会主義者や戦後の旧社会党系の人脈も強くあった。 そういう側面について積極的に評価する人もいる。横浜市議会の野党と各種の市民運動団体の横断組織でカジノ誘致反対の住民投票を進める「カジノの是非を決める横浜市民の会」の政村修センター長はカジノ反対に転じた藤木氏についてこう語る。 「もともと港湾労働者に賭博はつきものでした。横浜でもそうです。昼休みには花札をして、仕事が終われば日払いの賃金を握ってまた賭場に向かう。雨の日で仕事がなくなれば朝から賭博場です。実はそういう港湾労働者を賭博の風習をやめさせて、スポーツや他のレクリエーションをさせるように取り組んできたのも藤木さんですよ。カジノ反対を公言するのは、そういう思いもあるんじゃないですかね。横浜の港の歴史と共にあるのが藤木さんですから」 「ギャンブルには悲しい歴史、現実があるということを皆見ようとしない。ギャンブルというものは目に見えないところでいろんな人が泣いているんだ」とは藤木氏がカジノ反対をぶちあげた記者会見での言葉だ。昨今では横浜の障害者支援や子供たちの活動へのボランティアにも藤木氏が積極的なもの横浜ではよく知られている。この藤木氏の「転向」は本物なのかもしれない。 横浜市民の中で、カジノ誘致反対の機運が盛り上がっている何より大きな理由は、このようなカジノの反倫理的な側面だ。さらにはギャンブル依存症の問題もある。 国や横浜市は、ギャンブル依存症対策や入場規制などでそれは防げるという。カジノで発生するリスクはゼロでないが、それをさまざまな方策で世界のカジノ関連施設はクリアするべく努力してきたし、実際に成功してきているというのだ。 だが、それを一概に信用できないという人々が多数いるのも自然なことだろう。 現在、横浜市議会は自民と公明の与党が安定多数を占めており、財界の支援も含めて林市長はカジノ誘致を進めている。これに対して、神奈川新聞による今年6月の横浜市民の意向調査によると、反対は約67%にのぼり、逆に賛成は約22%にとどまっている。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致に向けた調査費など4億円を盛り込んだ予算案の採決が行われた市議会に臨む林文子市長(最前列右)ら=2020年3月、横浜市役所 市民のカジノ誘致反対が大勢を占める状況は当初から変わらないが、推進派がさらに追いつめられている展開となっているのは、林市長によるカジノ誘致白紙発言である。2017年の横浜市長選で再選を目指していた林市長は、カジノ誘致について白紙としてこれまでの推進の立場を見直すとして、カジノ誘致問題争点化を避けて当選した。そしてそこから一転して、またもカジノ誘致を進めるということになった。 これに不信感を抱いた横浜市民の間では、さまざまな反対運動が始まった。 例えば、早くから横浜にカジノはいらないと主張する運動を開始していた「カジノ誘致反対横浜連絡会」は、2014年に18ある市民団体の連絡組織で、早々と運動を開始していた。混乱続く「反対派」運動 同会の菅野隆雄事務局長によると、林市長のカジノ白紙発言から一転して、誘致の動きが始まったころに、さらに大きな枠組みでの運動が始まり、それに合流したという。 それが市政への直接請求によるカジノ誘致反対を行う統一運動の「カジノの是非を決める横浜市民の会」である。 横浜市議会の野党である、立憲民主、共産、れいわ新選組、社民などの政党と市民団体の連合からなるこの運動は、横浜市民に対するカジノ誘致の是非を問う住民投票を行うことを目標とし、署名運動を展開している。(以降、「カジノの是非を決める横浜市民の会」を「住民投票推進派」とする) ところがこの市民運動の分裂があって、若干の混乱が見られている。 「一人から始めるリコール運動」(以降、「リコール運動推進派」)は、無党派組織でほとんど数人の運動から始まったものだ。JR東戸塚駅前で、リコールの署名を集める受任者の受付をしている広越由美子代表に話を聞きに行くと、事情を説明してくれた。 「リコールで50万人を集めれば(市長を辞めさせる)法的な拘束力があります。住民投票だと難しいと思っています」 広越氏によると、住民投票はカジノ誘致を止めるにはほとんど意味がないと言うのだ。なぜかと言えば、市長とカジノ推進が多数派の市議会がある限り、結局カジノ誘致は進められてしまうからだ。 この住民投票の請求は市議会にかけられるが、必ずしも請求を受け付けなければならないわけではなく、否決することができる。おそらく、現在の自民と公明のカジノ推進派の与党の市議会では、これが否決されてしまうだろう。 仮にこの住民投票条例が市議会で可決されたとしても、その住民投票には法的な拘束力は実際のところはない。住民投票の民意を無視してカジノ誘致を進めることも可能なのだ。 そうすると、おおよそカジノ誘致に賛成となっている横浜市の政財界と横浜市議会を相手にしてカジノ誘致をストップさせるには、住民投票では意味がなく、市長をリコールすることが必要だということになる。これが広越氏とリコール運動推進派の主張である。リコール後に選ばれる市長は、もちろん民意を受けてカジノ反対の市長となるだろうから、一挙にカジノ推進の動きを止められるということだ。 「でも(住民投票推進派は)リコールは無理だと思っているわけですよ」と広越氏は言う。 地方自治法によれば、市長の解職は有権者の数に応じた解職請求が必要で、横浜市の場合はその必要署名数はおおよそ50万人。これはかなりの署名が必要だ。そして解職請求が規定数に達すると、正式に解職の是非を問う住民投票が行われる。ここで投票数の過半数が解職に賛同すればリコールが成立する。 これについて住民投票推進派の関係者に聞いてみると、まずリコールは無理だろうとのシビアな反応が返ってくる。 「その数が多いので残念ながら現実的とはいえないですね。2011年に名古屋市で過去にリコールが成立した例はありますが、大きな市町村区や都道府県レベルでリコールが成立した例はほとんどないですから」と、前出の政村氏。「私たちもリコールという手法自体は否定していませんが…」と歯切れは悪い。 「客観的に見てもリコールは難しい。そして、もし市長のリコールが否決されると、かえって林市長の政策が信認されたという解釈されることになりかねない」とは、住民投票推進派である横浜市議会の某政党関係者の意見だ。リコールの失敗がオウンゴールになるのでないかということだ。 とはいえ、この議員もリコールの手法や運動自体を否定するつもりはなく、その議員自身も住民投票の署名とあわせてリコール署名を集めて協力しているという。市民グループが開始した、IR誘致の賛否を問う住民投票条例制定を求める署名活動=2020年9月4日、横浜市 それでもこれにイラついているのがリコール運動推進派である。やらなければ分からないだろうということだ。なるほどその志やよしとも思うのだが、実際どうなるのだろうか。住民投票推進派はあまりにも政党色が強く、結局は選挙目当てで反対のポーズはしているだけではないのか、とネットでは広越氏自ら批判を繰り広げている。残念ながら両派の分裂の収拾はつかない模様だ。 リコール運動推進派の発表によれば、11月4日の時点で署名は4万人弱。先にも触れたが、リコール成立に必要な署名数は約50万人。リコールのための法定投票期間は残り1カ月を切っている。メルクマールは市長選 今度は住民投票推進派の思惑を聞いてみる。 住民投票の請求は、横浜市の有権者の50分の1にあたる約6万2500人を上回る署名が必要だ。そしてこの後に横浜市議会で住民投票を行うか否かが議会で採決されるが、住民投票の請求が議会で否決されたとすれば、自民・公明の議員はカジノ誘致に賛成だという意思表示を選挙民にすることになる。そうすると、カジノ誘致の是非を明確にしなかった横浜市議会与党の市議は有権者にこれまでの説明がつかなくなる。 そして、来年の8月には林市長の任期満了にともなう市長選がある。失敗の可能性が高いリコール運動ではなく、本丸はここではないかということだ。ここで落選させるための前段階としての住民投票というわけだ。 これならば確かに理屈は通る。だが、リコール運動推進派は、その来年8月までにカジノ誘致が林市長と市議会与党によって進められてしまい、国への申請が行われてしまうのではないかとも危惧している。だからリコールなのだ、と。 しかし、住民投票推進派の横浜市議の古谷靖彦氏に聞くと、その点については心配なさそうだと説明してくれた。 「仮に市長選の前に国への申請や、それに伴う契約があったとしても申請の撤回や契約の破棄は可能です。なんらかの契約した場合の違約金のようなものも発生しないだろうと考えています」 こうして、11月4日には、リコール運動推進派の孤軍奮闘の苦戦を横目に、住民投票推進派の署名は20万人を突破。法定必要数の3倍の署名を集めることに成功している。横浜市議会のカジノ推進の与党は、これに正式に対応しなければならなくなった。 さて、この取材を進めている最中にさらに動きがあった。 これまでカジノ誘致のための国への申請期間は来年の2021年1~7月とされていた。そのための申請の具体的な方針も今年の年初に発表される予定だった。だが、これが新型コロナの混乱によるものか、いまだに音沙汰がないままだった。これがやっと10月9日に観光庁から発表された。 それによると、地方自治体からの誘致提案の申請期間か延期となったという。来年1月に開始される予定だったのが、10月開始とのことだ。これはカジノ誘致反対派にとって非常に大きい。 その理由は、来年8月の横浜市長選を経てからでなければ、カジノ誘致提案の申請ができないということだ。そうすると、市長選は自ずとカジノ誘致が争点となる。これまでリコール運動推進派が懸念していたように、市長選で民意が問われる前にカジノ誘致の国への申請が進められてしまうということはなくなったわけだ。 林市長は現在3期目で11年にわたって市政を担ってきた。しかし、中学の給食未支給から端を発した「ハマ弁」問題や、新型コロナ対応も含めて、長期政権に横浜市民の不満が高まっており、4選は厳しいのではないかというのがおおよその世評である。IR誘致について答弁する横浜市の林文子市長=2019年9月 また、これまで林市政に対するスタンスがまとまらなかった野党側も統一候補を立てる動きがカジノ誘致問題を機運にして高まっている。そうなると、リコールや住民投票の動きと相まって、林市長には非常に厳しい展開になりそうだ。 このように横浜市のカジノ誘致の反対運動は、まるで転がる石のような状況だ。石が転がり続けていくうちに、地盤までをも揺るがすように雪崩になりつつある。まずは来年8月の市長選、どうやらここがメルクマールになることは間違いないだろう。 だが、カジノ誘致を唱える林市長が市民からの信認を得られるかは容易に想像がつく。そのとき、カジノ誘致構想はどうなるのだろうか。

  • Thumbnail

    記事

    人気復活?withコロナ下の熱海で見た「若者天国」とジレンマ

    清義明(フリーライター) 「GoToトラベル」キャンペーンが始まっておよそ2カ月が過ぎた。観光地の経済をなんとか回していこうという政府の施策だが、新型コロナ禍によって、インバウンド(観光目的の訪日外国人)がほぼゼロといった惨状で、壊滅的な影響を受けている。 このように、苦境に喘(あえ)いでいる中で、他と比べて意外な善戦をしているように見える観光地がある。熱海(静岡県)である。 熱海にどのようなイメージがあるだろうか。筆者が熱海を訪れたのは、これまでに少なくとも十数度ではないかと思う。ただし、そのほとんど全てが社員旅行や団体旅行の類。そのために、ホテルで完結してしまうことが大半で、街歩きの経験がほとんどない。 その熱海に今夏、改めて訪れてみて驚いたのは熱海の駅前から繁華街を抜けて海岸まで、驚くほど若者が多く、カップルだけではなく女性同士の客も多いということだ。 「雑誌とかで取り上げられていたので、いつか来たいとは思っていました。今日は日帰りです」と、熱海駅前のみやげ物屋が立ち並ぶ平和通り商店街で話を聞いたカップルは、大学生だった。 男性と女性混在の10人のグループにも、旅行に熱海をなぜ選んだのかと聞くと「誰が言い出したんだっけ?」と仲間同士で聞き合いながら答えてくれた。 「近いのが良かったし、海もあるから泳げるし。近くのホテルに泊まります」 皆、カートの荷物をごろごろと転がして、みやげ物屋をのぞき込みながら歩いている。こちらは専門学校生と大学生の神奈川の地元の仲間だそうだ。 女性同士の客に熱海に来た理由を聞くと「美味しいものがあるから」とのこと。会社勤めだが、休みが今になってとれたので同僚2人で来たそうだ。25歳といったところか。千葉県から来たが、勤め先は都内だという。 平和通り商店街は、旧来の熱海のイメージとは変わらない。干物屋があり、蒲鉾が売られ、温泉まんじゅうのせいろが湯気を立てている。だが、そこに若者がひっきりなしに通りすぎる。これはどういうことなのだろうか。若者の旅行者が目立つ熱海駅前の平和通り商店街(筆者提供) 熱海には昭和風な喫茶店も多数ある。観光地だからだろうが、都市部ではチェーンのコーヒー店に客を奪われて徐々に姿を見かけなくなりつつある個人経営の喫茶店が、熱海には驚くほど残っている。街歩きに疲れた観光客が立ち寄るニーズがまだあるのだろう。 そのうちの一軒の喫茶店に入ってみる。斉藤市長は「熱海の宿命」 「毎年夏にはクルマを使って買い物に出かけられなかったからね。渋滞で。でも今年はラクだね。客入り? ウチは常連さんばかりだから変わらないわ」。初老の喫茶店の女性店主は言う。 「熱海は若い人が多いので他よりもだいぶお客も多いのでは?」という質問には「でも、年寄りとしては不安よね。正直、複雑よ」と、浮かない顔つきだ。もちろん、こちらはどう見ても外からやってきた観光客だ。本当に思っていることは言わないだろう。正直なところを表情から読みとるならば、よそ者の筆者も迷惑な存在なのかもしれない。 もう一軒、いくつものシャンデリアが鈍い灯りを連ねている喫茶店に入ると、後ろからやってきた蝶ネクタイの老人に「これで手を消毒して」とぶっきらぼうに言われた。店内には常連と思しき初老の女性たちが近所の噂話に夢中だった。店内に入ってきた筆者を一瞥すると、また話に戻る。 「もうあの人ほとんどノイローゼ状態よ。コロナが心配で、ああしろこうしろと何通もLLINEでメールがくるの。アタマおかしくなっちゃったみたい」。耳をすまさなくとも、そんな話が聞こえてくる。 観光地はどこもジレンマを抱えている。都会から観光客を呼ばなければ商売は成り立たない。しかし、新型コロナウイルスの感染は怖い。熱海市の斉藤栄市長は、それを以下のように「熱海の宿命」だと発言した。 「観光客を排除することがあれば、熱海市の経済が止まる。それによって市民の生活が立ち行かなくなる、そのような産業構造になっている。対策を行いながら経済を回していかざるを得ないというのが、熱海の現状であり宿命であり、それを動かしてゆく使命が自分にはあると思っています」 この「宿命」という表現自体が議論を呼びそうだが、もっともなことでもあるのだろう。 普段は首都圏の海水浴客を一手に集める神奈川県がこの夏、海水浴場を軒並み閉鎖する中で、熱海市は、海水浴場「サンビーチ」をオープンさせた。さらには、名物となっている「熱海海上花火大会」も再開させている。おかげで、「GoToトラベル」キャンペーンの効果とともに、熱海には若者を中心に人が集まり続けているのだ。熱海に向かう海岸沿いの道路(筆者提供) ここには観光都市熱海の他にはないこれまでの事情がある。熱海は長い間、没落し続けていた。温泉観光地としてピークを迎えたのは、もう半世紀前の1960年代のこと。その当時は宿泊客だけで年間500万人を超えていたという。 ところが、バブル崩壊後に急速に数を減らしはじめ、2010年には約250万人となり、最盛期の半分となってしまったのである。若者は素泊まり中心 熱海の海岸線にほど近い路地裏にある喫茶店「田園」は、1959年に旧国鉄の鉄道員をリタイアした先代がオープンした。現在のオーナーは子供の頃からここに育ち、そして店を引き継いだ。 だからオーナーは60年代の熱海最盛期をよく知っている。父親は次から次へとやってくる客のオーダーをこなすため、店の切り盛りで精いっぱいだった。だから「今の子供のような手間をかけられた育てられ方をしていない」。今の子供がうらやましいとも言い、オーナーのご子息はすでに会社勤めのために熱海を離れて横浜で暮らしているという。 昭和レトロな喫茶店だが、その60年代には相当お金がかかったはずの内装だ。天井にはシャンデリア、50~60年代に流行った曲線の段差がつけてあるデザインだ。店内には噴水と池まである。客が私一人の店内で、この店はどうやら二代限りになってしまいそうだということを教えられた。 そのオーナーに最近の熱海の観光客について聞いてみると、他の熱海の飲食店や物販店と同じ反応だ。若い人が多くなっているが、そんなに儲かっているわけではなく、宿泊も素泊まりが多いそうだ。そして、自分たちで街歩きをしながら見つけた店で夕食を食べるのだという。 熱海の衰退の理由はいくつかある。観光が国内ではなく海外に向けられたこと。ともすれば性風俗関連の店などが目当ての男性客やその団体旅行がもっぱら海外にシフトしてしまったことが挙げられる。 さらに、バブル崩壊後は、大きな熱海の収入源となっていた企業の保養所が閉鎖されたり、社員旅行や団体の慰安旅行そのものが少なくなってしまったこと。企業の保養所は最盛期の1989年に544軒、これが現在では130軒程度にまで減った。ちょうどその頃に伊豆半島沖の群発地震があったことも影響があっただろう。 そんな観光客の激減のあおりを受け、熱海の人口は最盛期の3分の2程度となり、あれだけ賑わっていた商店街もシャッターを下ろしてそのままになる。今でも熱海のいたるところは空き物件だらけだ。熱海市は2006年に「財政危機宣言」を発表した。このままでは市は財政破綻し、企業の破産にあたる「財政再建団体」となってしまう可能性があるということだ。 熱海が変わり始めたのはその頃からだ。熱海市をはじめ、熱海市観光協会や商工会議所、さらには個別の旅館や商店の方々もなんとか対策を模索する。そこで出てきたターゲットは女性や若者だ。その成果が現在の若者が集まる熱海という新しいトレンドになっていったようだ。ヨットやプレジャーボートが並ぶスパ・マリーナ熱海(筆者提供) みやげ物の干物や蒲鉾や温泉まんじゅうを売る店が立ち並ぶ駅前商店街を少し歩いてみる。すると商店街はシャッターを下ろした店ばかりになる。典型的なシャッター商店街だ。しかし、ぽつぽつとシュークリームやワッフル、いちごの生菓子の専門店などが、個性的な看板をあげているのに出くわした。そしてどの店も若者が店前にたむろしている。 旅行ガイドやグルメサイトなどに必ず出てくる「熱海プリン」もその一つ。プリンのかたちのまま棒アイスにした「熱海プリンのアイス」が人気らしく、訪れる女性やカップルが買い求めている。女性店長の岡本碧莉さんによると、多いときでプリンは一日3千個の売上があるとのことだ。若者で集まる熱海プリンの路地の店の隣は、廃業したスマートボール遊戯場がそのまま残っている。感染リスクは覚悟の上 「熱海スクエアシュークリーム」も人気の店だ。シュークリームといっても、厚手のこんがりと焼いた生地で四角くつくられている。一口サイズよりは大きいが、女性でも人差し指と親指ではさんで2~3口で食べれるサイズだ。これならば店頭でそのまま受け取り、皆とそぞろに食べ歩きもできる。店長の清水美代子さんによると、こちらも一日1千個を売り上げる日もあるそうだ。 シュークリームを店の前のベンチで腰かけて食べている女性グループに、熱海のどんなところに行くのか聞くと「アカオハーブ&ローズガーデン」だと教えてくれた。海に面した山、ちょうど熱海城の裏側にあたるところにあり、本来はハーブ園とバラの咲き乱れる庭園がメインの施設なのだが、若者が訪れる理由の一つは、ブランコだ。 といっても、ちょっとした庭付きの家にでもありそうなブランコがポツンと一つあるだけだ。そんなものがそこまで人気を集めるのは、いわゆる「インスタ映え」のおかげだ。 海を見下ろす庭園の崖っぷちにあるブランコを漕ぎ出し、それを背後から写真におさめると、あたかも空と海に飛び出すかのような構図になる。これが人気の理由だ。ブランコの背後には、わざわざインスタ映えのする撮影ポイントの位置まで指定してある。 そして、若者向きの商売が新型コロナウイルスの影響から脱しているらしいことは、射的とスマートボールの遊技場の人にも教えられた。 「そりゃ4月から6月はさっぱりだったけど、この夏は落ちているとはいえ売上はそこまでひどくはないね。例年の1~2割減というところだな」 射的の景品の小さなウサギの陶器の置物を渡してくれながら、店の男性はこう言う。筆者が店を出ようとすると若者のグループが恐る恐るといった風情で中に入ってきた。 このように熱海に復活の兆しはある。しかし、それは悩ましいものでもあるのだ。新型コロナウイルスの感染対策と経済を両立させるという「withコロナ」は、もちろんある意味でいえばノーガードに客を受け入れていくリスクを覚悟しなければならないものだからだ。インスタ映えで人気の「アカオハーブ&ローズガーデン」にあるブランコ(筆者提供) 夏シーズンが始まろうとする7月には、熱海市内の2軒の飲食店でクラスター(感染者集団)が発生した。これで観光客を受け入れるリスクを思い知らされたはずだ。 とはいえ、折から若者の観光客を増やし、それが熱海復活の狼煙(のろし)とされてきた。熱海市の観光客は東日本大震災のあった2011年を底にして、上昇基調にある。19年の宿泊客数が311万9108人で、5年連続で300万人を超えているところだ。熱海はインバウンド依存なし しかも、熱海は他の観光地と違い、インバウンドに依存していない。温泉街というのを、今一つアピールしないからだろうか。熱海市の観光経済課によると、約300万人の年間観光客のうち、外国人はわすが1・1%にすぎない。最初から外国人に依存しないために、その分マイナスも少なくなっているということだ。 そして若者がやってくるようになった。だから「withコロナ」の矛盾は、若者にぶつけられることもある。熱海の若者の多さに驚いたという筆者に、古い熱海のみやげ物屋の主人は言う。 「若い人たちが多いのはいいけれど、そんなに商売には結びつかないからねえ。ここに来て何を期待して、何をしているのか分からない。マスクもしていないで5~6人でうろついているようなのもいるしね」 ある若者をターゲットにした甘味の店に取材を申し込むと、あっさりと断られた。「ご時世ですから、目立つと何を言われるか分かりませんから。ネットとかもあるし」とのことだ。万が一にでも、その店の客に感染者が出てしまえば、営業してきた経営者側の責任にされてしまうのが今の日本だ。 ネットでは「#GoToキャンペーンを中止してください」というツイッターのハッシュタグも乱れ飛んで、賛同ツイートは20万近くに上ったそうだ。「エンジンをかけながらブレーキを踏んでいるようなものだ」と、新型コロナウイルス禍の経済復興と感染防止を同時に進めることを揶揄(やゆ)する向きもある。 しかし、そうせざるを得ないという事情もあるということを分かってもらいたい。観光客が感染拡大になることなど分かっていても、それでも生き残るためにはなんとかしなければならない。 今の観光地の状況は、先にも触れたが、ブレーキとアクセルを同時に踏みながら、足元の感覚だけでうまくクルマをスタートさせる坂道発進のようなものなのだ。そしてそれは熱海市の斉藤市長が言うように、観光地にとって「宿命」と割り切らざるを得ない。熱海市の斉藤栄市長=2019年12月、JR熱海駅前 筆者は関東近郊の観光地である、箱根や小田原、鎌倉に行ってみたが、どこも同じような状況だ。そろりそろりと様子を見ながら、エンストしないように上手くブレーキとアクセルを操作していくしかないことを実感する。 そして長年の苦難の中から、若者をターゲットにすることを選び、市を挙げて取り組んできたのが、今になって功罪ともに熱海にふりかかっているといったところだろう。それでも熱海は悩みながら前に進んでいる。復活も夢ではない 熱海市観光協会にも話を聞くと、若者向けの取り組みということなら、ぜひ来宮神社に行くようにと勧められた。記憶が確かなら、私は今から30年前にこの来宮神社に行ったことがある。なんということもない森の中の神社だった記憶しかない。 「それなら、なおのこと行ってみてください。全く変わりましたから」と、同観光協会の担当の女性。そこで訪れてみると、確かに全く変わっていた。表現する言葉に難しいのだが「近未来の神社」とでも言ったらいいのか。もちろん神社そのものは旧跡として変わらない。ただ、神社全体がインスタ映えする観光スポットのようになっていたのだ。 あらゆるところがライトアップされ、ちょっとしたスポットごとにインスタグラムのロゴ入りの台があり、木製のスマホスタンドがその上にのっかっている。 社務所はまるで美術館のようで、そこに神秘的にライトアップされた授与所があり、お札やお守りが売られている。売店というより、女性が好むオシャレなカフェだ。 筆者は、その社務所の上の屋上テラスのカフェで、熱海名産の橙(だいだい)のモヒート(650円)を注文した。グラスには「KINOMIYA JINJYA」とかわいくデザインされたロゴがプリントされ、甘くてアルコール度数は抑えてある。メニューには熱海の地ビールや、スイーツもある。どれも普通の神社で売っているようなテキヤさんのノリは全く感じられない。 来宮神社の巫女の責任者「巫女長」の湯田実咲さんに聞くと、7年前に就任した宮司から少しずつ変わっていったという。 神社は24時間入れるうえ、ライトアップは午後11時まで。来宮神社の由来(もともとは「木の宮」の由)となっている、天然記念物の大楠の周りはぐるりとデッキになっていて、ここもライトアップされている。カップルにはぴったりのロマンチックなデートスポットだろう。このようなアイディアは現在の宮司さんが中心となって考えられているそうだ。さぞややり手なのだろう。 このように、「若者天国」となった熱海の復権と憂鬱(ゆううつ)をこの夏に一通り見てきた。若者はお金を落さないと嘆く人もいるだろうが、彼らは必ず戻ってくる。今度は子供を連れて、温泉の宿にゆっくりと泊まりで訪問するだろう。 同市観光経済課の担当者は、熱海はリピーターが多い観光地だとも強調する。今、インバウンド需要を受け止められていないのは確かだが、これは課題だという。 来宮神社もそうだが、熱海の多言語案内はほとんど進められていない。峠を越えた箱根や湯河原とは対照的な違いだ。特にインバウンド需要の大半を占める中国語や韓国語の案内は全くないと言っても過言ではない。来宮神社の社務所(筆者提供) 温泉という観光資源は、アジア圏の観光客のトレンドの一つともなっているため、今後のマーケティングにかかっているのだろう。今のところその取り組みの痕跡は残念ながら筆者には分からなかった。 しかし、若者をこのままひきつけていき、外国人を本格的に誘致する努力があれば、熱海の復活というのは夢ではないと言えるだろう。

  • Thumbnail

    記事

    「数十年に1度」異常災害が毎年刻むローカル鉄道のカウントダウン

    梅原淳(鉄道ジャーナリスト) 日本列島は2020年7月3~8日に記録的な大雨に見舞われ、各地で大きな被害が生じた。 鉄道も例外ではない。国土交通省によるとJR東日本、JR東海、JR西日本、JR四国、JR九州、大井川鉄道、愛知環状鉄道、長良川鉄道、叡山(えいざん)電鉄、平成筑豊鉄道、肥薩おれんじ鉄道、くま川鉄道の12社合わせて20路線が豪雨によって被害を受け、不通となってしまった。 その後、復旧作業が進められたものの、9月1日現在でJR東海の飯田線、JR九州の久大(きゅうだい)線と肥薩線、叡山電鉄の鞍馬線、くま川鉄道の湯前(ゆのまえ)線、肥薩おれんじ鉄道の肥薩おれんじ鉄道線の5社6路線の一部区間で引き続き列車の運転を行うことができない状況となっている。 現在も不通となっている6路線とも被害は深刻だ。損傷を受けた線路や施設を筆者が見た限りでは、復旧まで早くて2020年の秋ごろから冬にかけて、多くは来年、場合によってはそれ以上と予想される。 特に運転再開まで時間を要するとみられるのはJR九州の久大線と肥薩線、くま川鉄道の湯前線だ。これら3線に共通しているのは橋梁が流失したという点である。 川に落ちた橋桁を修復して再使用できれば復旧時期は早まるものの、そうでなければメーカーに注文しなくてはならない。渡る川の状況に応じて橋梁は設計されるので、多くのケースで橋桁もオーダーメード品となる。そして、橋桁は完成までに1年ほど要するので、施工期間を含めると復旧は少なくとも1年以上先となるのだ。 近年、災害によって鉄道が被害を受け、長期間不通となる事例が相次いでいる。2019年10月の台風19号ではJR東日本の水郡(すいぐん)線や阿武隈急行の阿武隈急行線、上田電鉄の別所線ではいまだに列車の運転が再開されていない。 それ以前の災害によっていまだに不通となっている路線も存在する。2016年に不通となったJR北海道の根室線、日高線(2015年)、JR東日本の只見線(2011年)、JR九州の日田彦山線(2017年)、南阿蘇鉄道の高森線(2016年)だ。豪雨で流失したJR久大線の橋=2020年7月、大分県九重町(JR九州提供) このように、いまや全国のどこかで自然災害によって鉄道が不通となっているのは当たり前となった。 理由は大きく分けて3点挙げられる。気象の変化によるもの、鉄道自体の有り様の変化によるもの、線路や施設の老朽化の進行によるものだ。復旧を遅らせる「時間」 最初の理由について詳細な説明は不要であろう。近年は異常気象が通常の気象と言ってもよい状況で、「観測史上1位の○○」と発表されても特段驚かなくなってしまった。鉄道に限らず、インフラというものは過去の気象データをもとに余裕を持たせて築かれているものだが、近年の自然災害は想定を上回る規模となってしまったのだ。 二つ目の理由は社会における鉄道の地位の変貌(へんぼう)を如実に物語る。かつては鉄道は陸上第一の交通機関であったが、旅客輸送、貨物輸送ともその地位を自動車に譲って久しい。同時に日本国有鉄道(国鉄)という全国的な鉄道事業者が消滅した結果、被災した地域を中心に一丸となって復旧する姿勢も失われたのだ。 橋梁が流失した場合、橋桁の完成を待つために長期にわたって不通になると先に述べた。だが、同様の事態が発生した際には国鉄時代には重要度の高い路線ではできる限り復旧を急ぐ方策がとられている。 その一例として、1978年5月18日に発生した地滑りで不通となった信越線の妙高高原-関山間(現えちごときめき鉄道妙高はねうまライン)で橋梁を架けて復旧した様子を挙げておこう。国鉄は大船渡線に架設寸前であった橋桁を信越線に転用して工期の短縮を図り、結果的に同年9月6日に列車の運転が再開された。 しかしながら、一つ目、二つ目を上回る理由こそが三つ目である。国鉄の分割民営化が断行された1987年から今年で33年が経過した。その間に線路や施設の老朽化は否応なく進んでいるのだ。 2020年7月の豪雨で今も不通となっている区間の開業時期を見てもよく分かる。最も新しい飯田線でも1936年12月30日で84年前、最も古い肥薩線ともなると1908年6月8日で112年前となる。 誤解がないように申し上げたいのだが、開業が古いからといって即危険というわけではない。各社とも国の基準に従って線路や施設のメンテナンスを行っているし、台風などの接近が予想される際には警戒態勢を敷いて巡回の頻度を高めている。 しかし、懸命なメンテナンスも巡回も、処置できるのは大多数が目に見える部分で、線路や施設も地面に隠れている基礎部分は多くは老朽化に任せるほかない。国鉄の分割民営化で発足したJRグループの出発セレモニー=1987年4月 老朽化の進行が鉄道会社各社の負担を増やしていると思われる事例を紹介しよう。線路1キロ当たりの保守費用を2002年度と17年度とで比べてみると、JR、私鉄とも大幅に増加している。 具体的には、JRが4億2423万円から1・1倍の4億6998万円、私鉄は1億5112億円から1・2倍の1億8776億円にそれぞれ増えた。特に私鉄のうち、中小私鉄は1659万円から3647万円と2・2倍の増加となった。示される「選択肢」 線路1キロ当たりの保守費用が増えた理由の一つは、線路の保守費用を節約しすぎた結果、JR北海道で2013年ごろに頻発した列車脱線事故の教訓を受けてのものだ。けれども、老朽化の進行に伴って、年々維持に手間と費用がかかるようになったという側面もやはり大きいと思われる。 とはいっても、既存の路線を新線に置き換えるのは非常に難しい。香川県の多度津と高知県の窪川を結び、都市間交通を担うJR四国の土讃(どさん)線の例を見てもよく分かる。 土讃線は国鉄時代に急流の吉野川や穴内川(あなないがわ)に沿って走る琴平-土佐山田間で何度も地滑りや土砂崩壊の被害に遭い、「土惨線」とさえ言われていた。戦後、実に7カ所でルートが変更されて新線へと切り替えられ、今でも警戒は必要なものの、始終災害で不通となる路線からは脱している。 とはいえ、当時の国鉄にとっても金銭面での負担は大きかった。7カ所のうち、1966~86年に実施された3区間のルート変更の際に築いたトンネルや橋梁、合わせて13・6キロ分だけで約65億円、1キロ当たり約4億8千万円の工事費となった。 現在の貨幣価値で計算しようとすると、置き換え施工時期が約20年の長期にわたっているため、換算しづらい。当時と比べて、現在は1・2倍程度に上昇していると考えても、1キロ当たり約5億7千万円になる。 他にも費用はかかるので、結局1キロ当たりの工事費は10億円ほどと見ておかなくてはならない。元来、収支状況の厳しいJRの地方交通線や中小私鉄、第三セクター鉄道にとって、これだけの金額を負担できるところはそう多くはないであろう。 自然災害の被害に遭うと言っても、土讃線のようにほぼ毎年という路線はそう多くはない。となると、現状を維持したまま線路や施設を使用し続ける方が現実的な方策であろうが、いずれは老朽化の進行で立ちゆかなくなる。線路や施設の寿命は永遠ではないから、21世紀後半以降も使い続けるのであれば、新規の線路や施設への置き換えは避けられない。 そのとき、鉄道会社には二つの選択肢が与えられる。一つは新しくするか、そしてもう一つは放棄して廃線にするかだ。観光列車が走るJR土讃線(JR四国提供) これまでとかくローカル線というと、どちらでもなく、これまで通りの状態で営業を続ける方策が選ばれていた。しかし、各地の路線が開業から軒並み120年以上経過するころにはそのような選択肢はもう残されていない。 線路や施設の基礎部分の老朽化に伴って、今までよりも少ない降雨量や風速で列車を運休させざるを得なくなるのはまだよい方だ。今後は梅雨のような長雨の時期には大事を取って長期運休といった路線も現れるかもしれない。 新線に置き換えるとして、それでは誰がその工事費を負担するのか。鉄道会社か、国か沿線の自治体か、受益者である利用者か—。今回はここまでは踏み込まず、これから本格的に訪れるであろう大災害時代に予測される鉄道の姿の提示にとどめておきたい。

  • Thumbnail

    記事

    瀕死の地方観光、PRのプロが処方する「withコロナ」の特効薬

    菅原豊(戦略PRプロデューサー) 新型コロナウイルスの感染拡大による緊急事態宣言は一部で解除されたものの、全国の観光地、観光産業は先行きが見えてきません。そんな中、観光プロモーション活動は今、何をするべきなのかを整理したいと思います。 まず、今回直面している問題をどうとらえるか。①数カ月後に完全な終息宣言が発表され、新型コロナ問題が起きる前の状態に戻る②新薬やワクチンが開発され新型コロナ問題は終息するとは思うが、それは数年先③未知のウイルスの解明には相当な時間がかかり、社会生活は元には戻らない 私は、医療の専門家ではないので、どれが正しいのかは正確には分かりませんが、われわれが何かの仕事に従事し、生計を成り立たせ、生きている以上、起きている現象について「想定をし、準備」しなければならず、その仮説は必要になってきます。 そこで、世の中で報道されている情報から判断し、想定することは、まず「①はあり得ない」だろうということ。次に②か③を考えた場合、その間で落ち着くのではないだろうかと思っています。 つまり、医療従事者の方々の懸命の努力と新薬開発によって、終息に向かっていくとは思いますが、その社会は、元の社会ではないだろうというものです。 その新しい社会において「観光」はどう変わるのか。多くの人の英知、アイデアによってトライアンドエラーが繰り返されながら、新様式に収斂されていくはずですが、では、今、このタイミングで何をしておくのがよいのか。そのことについて考えてみたいと思います。 現在の観光プロモーションが直面する課題は大きく分けて二つあります。 まず、一つ目は、観光のプロモーションで最も基本的なフレーズである「来てください」という言葉を使えないことが一番の衝撃。観光事業は、旅行者の時間を自身の地に割いてもらうビジネスなので、来ていただかなければ何も始まりません。 現在の、新型コロナ感染拡大防止策がとられている中では、目的地である観光地が、人が集まり感染予防の観点で問題があるだけでなく、そこまでの移動手段、交通機関の中での人との接触においてもリスクがあり、移動が制限されますから、行きたくても行けない状況。そんな中「来てください」とは言えなくなり、ではどう伝えればよいのか、という課題。閑散とするJR東京駅の新幹線ホーム=2020年5月2日 二つ目は、年間を通じてさまざまなイベントや展示会などに参加して、「BtoC」(企業が一般消費者を対象にしたビジネス)、「BtoB」(企業が企業を対象にしたビジネス)の売り込みをしていたことが、すべて中止になり、では何をしたらよいのか、という課題です。 この二つの課題は、当たり前ですが、これまでの観光ビジネスの形を前提にしています。では、逆に考えて、混んでいる地域より相対的に感染リスクが低い、人気のない観光地はどうでしょうか。その場合も「うちは人気がないので、安全です。来てください!」という表現は矛盾が出てしまい使えません。「遠い場所でのお買い物」 また、具体的なプロモーション活動も、東京や大阪で開催される展示会などに出展するという手法は、活動自体に感染リスクがありますので、出展者からも来場者からも賛同は得られず、事実上、展示会自体が実施されないでしょう。 では、今のこの時期、「何」をしたらよいのか。ここで三つの施策を提案したいと思います。①観光とは遠くの場所でのお買い物である②フェイスブックで将来顧客を貯める③まずは道の駅から まず①ですが、観光とは、遠くの場所に行って、非日常を体験すること。地方都市を訪れ自然に触れ、新鮮な物を食し、温泉に入って、楽しいアクティビティをやって、お土産を買って帰り、土産話を家族や友人にする。 あるいは、地方から楽しい施設がある大都市に来て、朝から晩まで遊んで帰る。どちらも、自分の時間を、自分の嗜好に合わせて日常では体験できないことを楽しむことを指すわけですが、その中の一つの「モノを買う」という行為に着目します。 観光地で買うモノには、お土産だけでなく、その場で食べる(消費する)モノまでを含んで考えるようにすると、観光とは、つまり、「遠くの場所でのお買い物」であることが分かります。「人が来て成り立つ観光地に人が来ないから大問題」なのですが、観光地に人が再び集まってくるのは、今は、残念ながら誰にも分からない状況。その状況の中で「人が来ないからおしまいです」としてしまうのは簡単ですが、果たして、それでよいのでしょうか。 観光地にあるモノの販売経路を考えてみます。観光地で売られているものは、ほとんど、観光客が買っています。一方、さまざまな商品マーケティングの中で、常識のように言われている鉄則にリピーターを作れるか、という考え方があります。その理由は、リピーターは、既に商品のよさを知っていて、新規の顧客開発時に必要になる商品説明の手間がかからないこと。商品開発側の視点で考えれば、リピートしてもらえるような商品を作りたいと、日々考えていることになります。 一方、日本の観光促進政策の中に、特定のエリアが連係して観光地をマーケティングしようという動きがあり、それを戦略的に推進しようとするDMO (Destination Management Organization)と呼ばれる組織が今増えてきています。 個別の地域だけ、個別の宿泊施設だけでプロモーションをするのではなく、全体的に効率よく当該地域に集客し、地域内で多くのお金を使ってもらいましょう、ということを推進する事業体になります。しかし、新型コロナ問題で事態は急変。繰り返しになりますが、「来てください」は使えなくなりました。 そこで、この状況を鑑み提案したいのは、過去の宿泊者に対して観光地の特産品を買っていただくマーケティングを地域で連携して行うというもの。観光で訪れたことがある人は、このアプローチをされることで「おいしいからもう一度食べてみたい」「おいしかったからこれを友達に贈ってあげたい」「あのときは時間がなかったから寄れなかった(食べに行けなかった)けど、食べてみたい」と、さまざまなことを考えるでしょう。感染防止で外出を自粛しても、日々食事はしていますし、前に行った観光地のモノを食べようという気持ちになるのは不思議なことではありません。観光客が激減した大分県別府市の鉄輪地区=2020年4月 少なくとも、私は、地方自治体の観光PRの仕事で全国を飛び回り、各地の宿泊施設に泊まっていますが、4月から始まった自粛期間の4週間でそういうDMをもらったことはありません。観光地は、既に、当該エリアのファンのデータの宝庫になっているはず。過去の来訪者にさまざまな特産品の販売プロモーションをかけていただきたいと思います。その活動は、終息後、「来ていただく」本当の観光マーケティングの再開を後押しするための財産も作ってくれます。 次に②ですが、過去の来訪者に頼れるのは、既に人気のある観光地だけで、これから観光で盛り上げようと考えていた地域はどうすればよいのでしょうか。こういう課題のための一つの施策として、会員制交流サイト(SNS)の一つであるフェイスブックの活用を挙げたいと思います。フェイスブックの潜在力 「フェイスブックなんて、もう数年前から活用している」という自治体がほとんどだと思いますが、ほぼすべての自治体のフェイスブックは、投稿数、投稿頻度、記事ごとの「いいね!」数などを見ると、いわゆる「仲良しこよしの親睦会」的なものになっているだけで、なんらマーケティングには使われているようには見えません。 先日、ある県のすべての市町村のフェイスブックを見てみました。行政機関の広報ツールとしてのフェイスブックではなく、外郭の観光協会などのフェイスブックを見たところ22の市町村に公式フェイスブックがありました。平均稼働年数は6年。つまり、2014年頃に設置しているということになります。 これら22市町村のフェイスブックの月間獲得平均「いいね!」数は20・72件。月平均が約21件なので、6年経過し、現在の平均「いいね!」数は約1500。しかし、この「いいね!」数はほぼ関係者とその友達からの「いいね!」であろうと思われます。 果たして、フェイスブックとは何なんでしょうか。どういう目的で作ったのでしょうか。今、予定していた観光プロモーションが何もできなくなったこの時期、再び考えてみてはどうでしょうか。 フェイスブックは「いいね!」をしてくれた人に優先的に情報を届けられるSNSです。他のSNSも概ね同じ仕様ですが、現在のSNSツールごとの利用者層を考えたとき、観光マーケティングという分野ではフェイスブックが最適なSNSだと思われます(どのSNSがどのターゲット層に最も有効か、ということを考える資料はインターネット上にいっぱいありますので、興味がある方は研究してみてください)。 「『いいね!』をしてくれた人に優先的に情報を届けられる」という仕組みを理解すれば、「来てください」という観光マーケティングの視点から見た場合、その地に行ったことがない人から、どれだけ多く「いいね!」をしてもらうか、という課題が同時に出てくることになります。 これは、フェイスブックをマーケティングに使う、と決めた瞬間から出てくる課題です。もし、観光協会などが公式フェイスブックを作ろうということを決めたときに、「全国から、世界中からの新規の『いいね!』数を日々増やしていく」という施策を同時にスタートさせていないとすれば、それは大きな間違いを犯したことになります。 フェイスブックに限りません。インターネット上の情報は、会社などのWEBサイトもしかり、見てもらう活動を戦略的に実施していくことで、その存在意義があります。「作りますが、見てもらう活動はしません」という場合は、新しいお客様は誰も見ませんので、マーケティング視点に立った場合、持ってないことと実質的に変わりません。 SNSは、友人知人、公式非公式、さらには国境を越え、広がっていくという仕組みを内包していますので、毎月、毎年、新規の「いいね!」を貯めていくことで、非常に大きく、マーケティング活動のための、裏切らないインフラとして成長していきます。 逆説的に考えれば、公式フェイスブックを作って数年経ち、想定外の困難に直面してしまった今、プロモーションのためのツールとして現有の「いいね!」数が役に立たない、という場合は、それは、マーケティング視点で見ると、偽物の「いいね!」だったのではないか、と考えるのが妥当でしょう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 一方、新規の「いいね!」を、友達の友達の友達…というアナログな関係から増やしていくことは、実際、容易ではありません。SNSという言葉の響きから、それができるのでは?   と考えてしまいがちですが、みなさんが自分自身の活動を見直していただければ、答えはすぐに分かります。 ここ半年で、自分のフェイスブック友達に、いずれかのフェイスブックの「いいね!」をお願いしたことがある方は何人いるでしょうか。あまりいないはずです。ネット上の情報は、自由に動き回りますが、人の心が介在したとき、「いいね!してね」「シェアしてください」という言葉は、非常に重い鉛が付けられているように、稼働しなくなります。悪い情報はネット上で、匿名で拡散されることがありますが、それと正反対。よい情報を広げるのは簡単ではありません。今はファンを貯めるとき では、どうするのか。最もシンプルで簡単な手法は、フェイスブック広告を使う方法だと思います。フェイスブックやインスタグラムの利用者にプッシュ方式で画面に登場させるというものになります。プッシュでスマホの画面に出てくるというのは、一見すると見た人によい印象を与えないのでは、と思いがちですが、地方自治体が発信する情報は比較的好意的に受け止められているようです。 最近の事例でも、2市で実施していますが、予想を上回って、よい形で、全国からの新規の「いいね!」が増えてきています。多くの人が、地方自治体からの情報発信に対して好意的なのは、どういう理由からなのでしょうか。 日本全国、ほとんどの人に自身の生まれ育った故郷があり、「最近、帰ってないなー、時々帰らないとなー」という後ろめたさのような気持ちがあったりします。また、日々の仕事や生活から離れてゆっくり観光したいという純粋な欲求も持っています。地方自治体が発するさまざまな日常の情報は、そんなニーズを満たしてくれているのかもしれません。 たとえば、群馬県高崎市では、新設のフェイスブック「高崎目線~高崎に住むということ~」で、ゼロから記事投稿と同時に広告を運用し3週間で1700を超える「いいね!」を、岐阜県飛騨市では「飛騨市Fan’sPage」で6日間で約130の新規の「いいね!」を、全国から獲得しています。 記事を見た人がすべて「いいね!」をすることはないわけですが、市の情報を市外の人に届ける、という観光プロモーションの非常に基本的なことを、シンプルかつクリアなKPI(重要業績評価指標)をもって実行していくことができます。加えて、反応が見え、分かりやすいことで、観光プロモーションを担当する人のモチベーションアップにもつながっていきます。 新型コロナ問題で身動きが取れない時期だからこそ、フェイスブックを使って新しい「いいね!」を増やし、ファンをため、新たな形でより大きな観光プロモーションが再開したときに、真っ先にそのことを知らせることができる「友達」を作っていっていくことは非常に意味があると思います。 次は③の「道の駅」についてです。新型コロナが終息したときに、観光産業のみならず、通常の経済活動は、どういう風に復活していくのでしょうか。多くの専門家が、さまざまな見地から考えを話していますが、終息の時期が明確にならない今は、どの見解が正しいか、という議論よりも、社会的に、いろんな可能性や考えを、誰もが、自由に発表し共有できる環境を作っておくことが、いざというとき、リスクを最小限にとどめることに役立っていくはずです。 そこで、観光分野はどうやって復活していくのがよいのか、を考えたいと思います。みなさんの議論の材料にでもなれば幸いです。 「3密」を避けましょう! という新しい生活様式が提唱され始めました。行動様式を変えていくことで、自身が感染するというリスクを低減し、社会全体として感染者を小さい数字でとどめておくとことで地域の医療を守ろうということだと思います。 しかし、敵は見えないウイルスです。公共の施設が、たとえば、イスやテーブルの使用の前後にアルコール消毒をしても、その後から来たお客様から見ると、「したのか?してないのか?」「ウイルスがいるのか?いないのか?」は、自身の目で確認することはなかなか難しいという実情があります。 観光という分野で考えれば、新幹線や飛行機、長距離バスなどの公共交通機関は、どうしても一定の時間「密閉」空間にならざるを得えません。つまり、新しい生活様式の中においても、これまでの当たり前の観光の仕様に戻すことは非常に困難であると言わざるを得ません。閑散とする羽田空港第2ターミナル=2020年4月29日 でも、冒頭で記しましたが、ウイルス研究や医療技術の進展、新薬開発などが急ピッチで進んでいるようなので、いずれわれわれが必要以上に怖がらなくてもよい病気の一つになってくれるのだと思います。それに向けて、長い時間がかかると思いますが、観光分野を再び盛り上げていくために、今、どういう形で助走を始めることが適切なのか、を考えてみました。「分散」という新たな概念 多くの人が同じ場所にいる密閉空間を避けて旅をする…このイメージで考えた場合、新型コロナの終息の動きと合わせて観光産業を復活させていく初動のシナリオは、「自家用車、オートバイ、自転車を使った旅づくり」なのではないでしょうか。そこで、全国にある「道の駅」に観光業復活の助走のための中心的な役割を担ってもらってはいかがでしょうか。 全国に、1173の「道の駅」があります(2020年3月13日現在)。各都道府県に均等にあるわけではありませんが、概ね、大きな道路の脇にあり、混みあった場所にはありません。広大な北海道には125駅あり、北海道以外では岐阜県が最も多く56駅あります。 東京都は八王子市に1駅だけ。「道の駅」は当該エリアの特産品の販売を中心に各種の観光情報発信基地としても機能しています。かつ、すべての「道の駅」が比較的郊外のひらけた場所にあることで、観光スポットの一つとして機能しつつ、もっとも「密集」の度合いを下げることができます。 さらに、「新しい生活様式」に沿った「新しい観光」の確立に向けて動き出すのであれば、ぜひ、「分散」をキーワードにして設計していただきたいと思っています。感染予防のために使う「密集しないで」という言葉は、観光地がそれを発すると、事実上「来ないでください」という意味が含まれてきてしまいます。 これでは、観光プロモーションは成立しません。そうではなく、これまで観光資源があるにもかかわらず、あまり注目されていなかった地域の観光プロモーションと情報発信を強化することで、全体として、自然に観光客が「分散」されるようにしていくことが重要なのではないでしょうか。 観光客は、いつの時代も、自分で行きたい場所に行くものです。そうでなければ、非日常を味わったり、ストレスを発散したり、ということができません。観光地として既に一定レベルでき上がっているところに、観光客を戻すためのキャンペーンやプロモーションではなく、「分散」をキーワードにした「新しい観光」を作っていただきたいと思っています。その中で、全国に平等にあり、感染予防の観点で安全性が高い「道の駅」を活用していく。そんな政策を推進していただきたいと思います。 新型コロナ感染拡大予防策によって、全国、全世界で、「移動」することに制限がかけられている今、日本全体の経済的ダメージは大きく、特に「移動」することで成り立っていた全国各地の観光産業は瀕死の重傷を負っています。国道118号沿いに掲げられた道の駅のメッセージ=2020年4月、茨城県常陸大宮市 しかし、新型コロナ問題の解決を待っていれば、何もできません。今の状態で、できることを模索し、実施し、レビューし、さらに実施していくことが大切です。本稿では、三つのアイデアを書きましたが、それぞれが有機的に連携するように進めていくと、その効率性が上がっていくはずです。 みなさんの地域で、まずは、今回の新型コロナ問題をどう位置づけるかを決め、それを地域で共有し、できれば地域みんなでリスクを分散しながら、新しい生活様式に呼応する新しい観光のスタイルの確立につながる一歩を踏み出していただきたいと思います。

  • Thumbnail

    テーマ

    なぜ「移住するなら高崎市」なのか

    日本の喫緊の課題として「地方創生」が叫ばれて久しいが、子育てや介護、そして職といった根本に不安が残れば進みようがない。では、生き残る地方とは何なのか。子育てや介護に加え、教育や中小企業支援、街づくりに異例の施策で取り組み、全国から注目される群馬県高崎市。「移住先」のモデル都市がここにある。

  • Thumbnail

    記事

    生き残る地方は何が違う?群馬県高崎市と海の京都DMOの挑戦

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 1987年前半のことだが、住友不動産の安藤太郎会長(当時・故人)に取材した。通称「アンタロー」と呼ばれた不動産業界の重鎮である。 87年は「円高不況」といわれていた時期だった。85年のプラザ合意後に日本を襲ったのは大幅な円高だった。1ドル=240円の為替レートは87年には1ドル=120円になっていた。メディアは「円高不況」と騒いでいたものだ。不動産価格も落ち着いていた。 しかし、87年8月頃に突然不動産バブルが爆発した。行き場のない過剰流動性が不動産、株式に流れ込んだわけである。安藤会長に取材したのはバブル勃発の数カ月前だった。 取材が終わると、たまたま「特別な部屋」を通り過ぎることになった。その部屋には東京都の地図が貼られており、地図に赤、白、青などカラーボッチのピン針が集中的に刺されていた。カラーのピン針は、「ここは今オフィスビルを建てている」「ここは今地上げをしておりいずれオフィスビルになる」などを一目瞭然で示すものだった。 「霞が関には中央官庁があり、この霞が関、虎ノ門の周辺地区のオフィスビルは有望だ。高い家賃が保証される。銀行の頭取などの給料、ボーナスは霞が関の役人が決めているようなものだ。だから霞が関や虎ノ門の周辺地区はオフィスビルとして有望だ。霞が関から離れているところは高い家賃は取れない」 安藤会長は、住友銀行(当時)副頭取から住友不動産社長に転じたキャリアを持っている。少し荒っぽい話だが、銀行頭取を例にして霞が関周辺不動産の潜在価値を語ったものである。 安藤会長は、国土審議会会長として「四全総」(第4次全国総合開発計画)を策定した。東京一極集中か、多極分散か、「四全総」は揺れ動いた。安藤会長には激しい毀誉褒貶(きよほうへん)がある。だが、経営者としては、今の東京、さらに今の地方の姿を捉えていたのは間違いない。東京都心の地図に刺されていた色とりどりのカラーボッチのピン針がそれを示している。住友不動産会長などを歴任した故安藤太郎氏 1987年夏にバブル勃発、1991~92年のバブル崩壊、2000年代は金融恐慌・再編成を経て、未曾有の長期停滞「失われた時代」を経験した。世界では、その92年を起点に今の「グローバリゼーション」が拡大し、中国があっという間に「世界の工場」にかけ上がった。「グローバリゼーション」の激変がもたらしたのは、かつて世界を制覇していた日本の製造業の「空洞化」だった。 日本の製造業は、国内に閉じこもってひたすら「垂直統合」型でモノづくりを行ってきた。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と謳(うた)われ、世界的な成功を収めてきたシステムである。下請けを含めてグループ化、系列化で囲い込んだ閉鎖的なサプライチェーンが特徴だった。この「ニッポン株式会社」と揶揄(やゆ)された強力なビジネスモデルがあっさりと崩壊した。 世界のモノづくりは、中国を中心にした「水平分業」型のグローバルサプライチェーンに雪崩を打って変貌を遂げた。 日本の家電製品などアセンブル(組み立て)工場はほぼ絶滅した。「ニッポン株式会社」は過去の成功体験に縛られ、パラダイム転換に対応できなかった。「やれることは何でもやる」 日本の製造業は、工場の海外移転などを経て、かろうじて中国、韓国、台湾向けに電子部品、製造装置などのサプライヤーとして生き残っている。サプライヤーとしての競争力は強力である。だが、工場は「最適配置」ということで、中国、ベトナムなどに移転が進行している。 首都圏の工場跡地は高層オフィスビル、高層マンションなどに再開発された。地方の工場跡地は大型ショッピングセンターなどに姿を変えた。地方経済は、一般に製造業(工場)に依存していたため、工場が消えた影響は小さいものではなかった。地方は雇用を喪失し、街から人の姿が見えなくなり活気を失った。 人口オーナス(高齢化など人口構成の変化が経済にマイナス作用すること)期の今の日本、生産労働人口の男女の多くは地方から東京に持っていかれている。地方は「衰退」を超えて「消滅」の危機を迎えている。東京は金融などサービス経済で繁栄を継続してきたが、地方はシャッター通りが増加する一方となっている。 その中でも生き残りに奮闘する地方、地域などのケースもないわけではない。地方や地域もそれぞれ個性があり一概に扱うことはできない。 地方や地域も結局は人であり、人の思いが生き残りに奮闘する原動力になっている。ここでは地方、地域のいくつかの生き残りのケースをたどってみたい。 群馬県高崎市、関東平野の北西部に位置する中核市である。人口約37万人と群馬県で最大を誇っている。 街なかは百貨店などに買い物客など若い人を含めて人出が見られる。日本の地方都市で一般的に見られる「シャッター通り」も駅から外れた旧商店街などにないわけではない。だが、トータルでは街に活気がある。その活気は何ともいえない程のよいものだ。 街づくりはかなり周到に行われており、全体としてきれいである。道路付けも広くレイアウトされ、整然としたものになっている。高崎芸術劇場や高崎アリーナと、音楽、スポーツのインフラも超一流クラスがそろっている。映画館は4軒ほど。ソフト(人々)とハード(店舗・劇場・アリーナ・道路など)のよいバランスを持った都市である。 その高崎市だが、東京都など首都圏を含めて他府県から移住・定住を勧めている。これはにわかにではなく、通常の政策として行われている。富岡賢治市長の独特の感覚がそうした政策を後押ししている。富岡市長はこう語っている。高崎市の富岡賢治市長(iRONNA編集部撮影) 「地方都市というと、街を人が歩いていない、シャッター街、人口減というのが三大話だ。高崎市は幸いそういう街ではない。高崎市をそうしたくない。高崎市がそうならないためにやれることは何でもやる。そうした危機感を持ってやっている」「国の政策を待つ仕事はしない」 富岡市長は、街の魅力を向上させる「まちなか商店リニューアル助成事業補助金」という独自の制度を実行している。店舗のリニューアル費用の2分の1、上限100万円まで助成するものだ。 「街が面白くない、エキサイティングではないと人は街に出てこない。街なかのお店のリニューアル助成に100万円を出すところはない。ほかの都市は高崎市の助成金にビックリしている」 富岡市長は、街なかのお店の内外装がリニューアルされて活性化していないと移住・定住といっても人々は集まってこないとしている。 この助成金では、内外装リニューアル工事の発注先、ショーケースなど備品の購入先は高崎市内の業者に限定されている。いわば、地元調達の“ローカルコンテンツ”も実施されている。このあたりも抜かりはない。高崎市の人口を減らさないどころか増やすには、日常的な街の魅力づくりから取り組んでいる。 富岡市長は持論なのだろうが、こう語っている。「国の政策を待って仕事はしない」。確かに、東京・永田町の政府や霞が関の中央官庁の動きを待っていては街が衰退することになりかねない。 高崎市では「まちなか商店リニューアル助成金」以外にも独特な政策が採用されている。「介護SOSサービス」「子育てSOSサービス」などがそれである。 「介護SOSサービス」は、24時間365日対応でヘルパー派遣、宿泊サービスを行っている。介護者の「介護離職」防止のほか、ストレスや気持ちの緩和を目的としている。 ヘルパー派遣は、見守りを必要としている人の身体介護、介護者の食事の準備・買い物など生活支援などとして提供する。利用料金は1時間250円と廉価だ。宿泊サービスは介護者が冠婚葬祭などで介護ができないケースを想定し、宿泊・食事・入浴を提供している。1泊2食付き2千円、1泊2食・送迎付き3千円でこれも廉価対応している。「子育てSOSサービス」を利用する市民とヘルパー(高崎市提供) 「子育てSOSサービス」は、妊娠中か未就学児の保護者など子育て世代を対象とするサービスだ。利用時間は午前8時~午後8時、利用料金はやはり1時間250円。育児や家事経験のあるヘルパーが食事の調理、掃除などの訪問サービスを行っている。 「介護も子育ても孤独なもので、食事の用意や部屋の掃除にしてもくたびれている。疲れているからヘルパーさんがお手伝いに来てくれると若い夫婦など涙を流して喜んでくれる」「地域資源をブラッシュアップ」 「介護SOS」「子育てSOS」のいずれも富岡市長の思いからの新事業だ。おそらく全国的に見てもほかに類例の少ない市民サービスといえるのではないか。こうした高崎市の新サービス事業の提供は、首都圏などから人の移住・定住を促進するインフラ構築にほかならない。 今は新型コロナウイルス禍で「観光立国」に水が差されてしまった。だが、この間のインバウンド(観光目的の訪日外国人)の隆盛で観光による地域振興の手法として定着しようとしているのがDMO(ディステネーション・マネジメント/マーケティング・オーガニゼーション)だ。 官民の連携で魅力的な観光コンテンツをつくって地域経済の活性化を促進する動きである。企業経営のように計数的なアプローチで地域づくりに取り組み、観光によって地域の「稼ぐ力」を引き出す試みだ。 「DMOというのは新しい組織だが、立ち位置はあくまで地域振興、地域づくりだ。インバウンド、観光は地域振興の一つの手法。地域のさまざまな資源をブラッシュアップして、地域が経済的にもやっていける仕組みをつくっていく」 そう語るのは「海の京都DMO」の櫻井晃人総合企画局次長兼プロモーション・サービス事業部長である。 「海の京都DMO」は、2016年にスタートした一般社団法人・京都府北部地域連携都市圏振興社の通称。京都府と京都府北部の日本海側に位置する福知山市、舞鶴市、宮津市、伊根町など5市2町の連携で設立された。 5市2町の枠組みを超えて統合されたDMOは全国でも珍しい。新しい観光コンテンツのブランド化を目指す試みといえる。櫻井次長の前職は舞鶴市(京都府)観光まちづくり室長で同市から出向している。 この3月、「海の京都DMO」(京都府)、「豊岡DMO」(兵庫県)、若狭湾観光連盟(福井県)などが府県を越えての連携でインバウンド向けに新しい観光コンテンツを打ち出した。「海のある北関西ドライブツアー」というコンテンツなのだが、兵庫県、京都府、福井県の日本海側をレンタカーで廻ってくれというものだ。京都府北部の5市2町連携どころか、1府2県の広域連携でこれまでにない新観光コンテンツを提案している。京都府北部の観光拠点でもある「天橋立」=京都府宮津市 東京、そして京都、大阪は、インバウンドでは「ゴールデン・ルート」といわれる。いわば日本の観光では定番ともいえるコンテンツだ。 関西では、大阪986万人(2017年、18年は未公表)、京都450万人(18年)のインバウンド客が宿泊している。これに対して18年の「海の京都」は6万6千人、「豊岡」は5万4千人と合計12万人の宿泊にとどまっている。「地域のよさを愛する」 「大阪、京都は宿泊客数で1400万人を超えており、海の京都と豊岡はその1%にも達してもいない。日本海に沿って北関西をクルマで移動する観光コンテンツを打ち出して、それを太い観光ルートにしていきたい。現状の合計12万人の宿泊客を2022年には22万人に増加させたい」。櫻井次長は、「海のある北関西ドライブツアー」という新ルート提案をそう説明している。 兵庫県、京都府北部、福井県の日本海沿いは、新幹線の空白地域である。インバウンド客は新幹線フリーパスなど恩典を使えない。つまりインバウンド誘客には大きなハンディを背負っている。そうした危機感から「海の京都DMO」が働きかけて1府2県の広域連携が実現した。宿泊は地域に対する経済効果が大きく、ホテル、温泉旅館、民泊、農泊などが受け入れる体制を整えた。 インバウンド客全体のうち、リピーターはすでに60%を大きく超えている。しかし、それでも東京、京都、大阪は定番として人気は強いものがある。観光コンテンツとして奥深いものを持っているからだ。ただ、ニーズの多様化、興味の深さなどから、定番としての東京、京都、大阪から離れる動きも徐々に増加傾向を見せている。 「京都、大阪に滞在する客についでに日本海沿いの北関西に来てくれといってもそう簡単には来てくれない。距離は近いので日帰りで来てくれることはあるが、宿泊はない。誘客できる観光コンテンツを周知させて、海のある北関西に長期滞在・宿泊してリピーターになってもらうことをあくまで目標としている」 櫻井次長は、聞き慣れない「北関西」というコンセプトを提示して、インバウンド客にアピールしている。あえて京都、大阪から周遊する客を狙うのではなく、ダイレクトに兵庫県、京都府、福井県の日本海沿いを目指す滞在客を増加させようというアプローチだ。 DMOの観光マーケティングがここまで進化・深化を見せたのは興味深い。全国で設立されているDMOは、国の政策に従って国から補助金を得るという動機で動いてきているところが少なくない。「海の京都DMO」もそうした試行錯誤を繰り返しながらようやくここに至っている。 「北関西」は、京都、大阪の陰に隠れたロケーションで関西人ですらなかなか遊びに行かない地域だ。だが、それだけに日本海を中心に都市化で汚されていない景観、日本の原風景といえる自然が残されている。酒蔵などの地酒やズワイガニといった海産物など食の魅力もある。 「この地域のよさを愛して地域のブランディングをつくっていく。広域に連携してこのエリアの価値を高めたい」舞鶴赤れんがパーク=京都府舞鶴市 櫻井次長は舞鶴市出身であり、京都府北部など日本海沿いの地域をブランディングするという行動は地域愛が原動力になっている。「海のある北関西ドライブツアー」が京都、大阪という定番のゴールデン・ルートとは異なる新しいリピーターをどれだけ発掘できるか。これまでにない新しい切り口で地域づくりに広域連携する動きが出ていることは見逃すことができない。

  • Thumbnail

    記事

    地方行政の常識を覆す、高崎市「子育て支援」はどれほど異例なのか

    かといった選択肢が増えるはずだ。 こうした高崎市の取り組みを一つのモデルケースとすれば、少子高齢化や地方創生といった課題解決の糸口になるのではないだろうか。(iRONNA編集部)【問い合わせ先】「子育てSOS」専用ダイヤル(027・384・8009)「子育てなんでもセンター」 (027・393・6101)「たかさき子育て応援情報サイト ちゃいたか」

  • Thumbnail

    記事

    全国が注目!高崎市「介護SOS」24時間365日サービス

     「人生100年時代」と言われるようになった今、高齢者すべてが健康であればよいが、そうもいかないのが現実だ。 近年では介護の必要な高齢者が、介護施設などで暮らすケースが増えたとはいえ、在宅での介護も少なくない。 親戚や知人の結婚式、または葬儀といった冠婚葬祭などがあっても、「おじいちゃんやおばあちゃんを一人自宅に残して出かけられない」という経験をした人は多いのではないだろうか。 人口約37万3千人の群馬県高崎市。2006年以降、周辺町村との合併などで人口は増えたが、65歳以上が約10万2千人と高齢化率は27・78%で、要介護等認定率は16・7%だ(2019年11月30日現在)。 こうした現状を踏まえ、高崎市は子育て支援に注力すると同時に、高齢者の介護支援でも極めて異例な施策に取り組んでいる。 それは2017年度から始めた「介護SOSサービス」だ。このサービスは、24時間365日、電話のみで介護専門のスタッフが駆けつける。高崎市に住民票のある65歳以上の高齢者が対象だが、介護者が市外に住んでいる場合でも利用可能で、サービスの依頼者は市民でなくてもかまわない。 冠婚葬祭などはもちろん、世話をする家族の急用や体調不良など、1時間単位(250円、利用は1カ月5回まで)の訪問サポートが主なサービスとなっている。一方、施設への短期宿泊サービス(一泊2食付きで2千円、送迎付きは3千円、利用は1カ月3回まで)もある。 自宅への訪問サービスは、制度上「宿泊」はないが、10時間利用などになれば、ヘルパーが交代で担うため、実質的に夜から朝までのサービスになるケースもある。 同サービスは、高崎市の企画に基づき、群馬県内で介護事業を展開する「ケアサプライシステムズ」が趣旨に賛同したことから、市の補助事業としてスタートした。2017年度の利用実績は「訪問」が963件、「宿泊」が65件だったが、18年度は「訪問」が1421件、「宿泊」が116件と急増しており、ニーズの高さがうかがえる。※写真は本文とは関係ありません  サービスの背景にあるのは、近年問題となっている「老々介護」だ。こんなケースがあった。高齢夫婦の世帯で、ある日の深夜、夫がベッドから起き上がろうとした際に転倒した。体格のよい夫だけに、妻一人では対処できずにいたところ、ケアマネジャーから「介護SOSサービス」を教えてもらい、早速電話したという。 「まさにSOSという事態でした。電話の後、すぐにスタッフが駆けつけてくれて、汗まみれだった夫の体を拭いて、着替えさせ、ベッドに寝かせてくれました」と、利用者は振り返る。きっかけは市幹部の介護離職 24時間365日対応するサービスは全国的にも極めて異例だ。介護支援は普通、介護を受ける高齢者が主なのは当然だが、「介護SOS」は介護に取り組む家族への視点も同等と考えている点が、従来のサービスと一線を画す部分だ。 ではなぜ、高崎市でこうしたサービスの企画が発案されたのか。それは富岡賢治市長の元で起きたある出来事がきっかけだった。 数年前、高崎市の課長級職員が親の介護を理由に退職したのだ。こうした介護離職は公務員に限らず、民間企業でも相次いでいる。また、介護離職を余儀なくされる世代は、重要な職務の立場にあることが多く、こうした現状に手を打たなければ、社会的な損失につながると富岡市長が考え、トップダウンで決まったという。 また、「介護SOS」に関する富岡市長のこだわりは他にもある。老々介護でなくても、子育て同様に目が離せない高齢者の介護に「休み」はない。ゆえに当初は、緊急性がなく計画的な用事を理由とした利用は認めていなかったが、現在では利用理由の幅を広げ、たとえ遊興などが目的でも利用可能とした。 さらに、「宿泊」サービスについては、依頼する家族の「罪悪感」を払拭するため、要介護者の宿泊施設を、福祉施設とホテルの2カ所用意。ホテルでは、介護を受ける高齢者も「ちょっとした非日常」を楽しむようなシチュエーションを提供できるという。 超高齢社会の中、こうしたサービスの意義は大きい。ゆえに、他の自治体からの視察が相次いでいる。 注目されるのは、やはり人材確保などの面でハードルが高いからだ。高崎市でも企画段階では、サービスを担える民間事業者の存在がカギだった。ただ、ケアサプライシステムズ社が、富岡市長の熱意に賛同し実現しただけに、どの自治体でもすぐにできるわけではない。高崎市役所の庁舎外観(同市提供) 今、自治体の多くが財政難と人材確保の両面で高齢者サービスに踏み切れず、アイディアがあっても新規事業に着手できない悩みを抱えている。 こうした現状を踏まえれば、高齢者の介護支援を中心に、その家族への支援、さらに行政と民間事業者との協力から実現するといった、深刻な社会問題に対応する「未来型」が高崎市にあるといえるだろう。(iRONNA編集部)【問い合わせ先】「介護SOSサービス」専用ダイヤル(027・360・5524)

  • Thumbnail

    記事

    高崎市長「高崎移住」の魅力を語る

    高崎市長である富岡賢治氏が、保育、福祉、教育など複数の視点から「高崎移住」の魅力を語る。

  • Thumbnail

    記事

    ふるさと納税「泉佐野の乱」を成敗した総務省よ、驕るなかれ

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 大阪高裁は30日、ふるさと納税をめぐる総務省と大阪府泉佐野市の争いに判断を下した。総務省は、ふるさと納税の新制度移行を契機に泉佐野市など4地方自治体をその対象から除外。泉佐野市はそれに異議を唱えて取り消しを求めていたが、高裁判決は泉佐野市の請求を棄却したのだ。これによって「泉佐野の乱」は、一応のところ総務省の勝利となった。 「泉佐野の乱」という、国と地方の税をめぐる係争というのも珍しいケースだが、総務省と泉佐野市のどちらも一歩も引かないバトルである。世間が面白おかしく取り沙汰したのは、ふるさと納税という身近な問題だったためである。 ふるさと納税の2018年度寄付額は5127億円。6年連続で過去最高を更新しており、18年度も前年度比40%の大幅増を記録している。 寄付受け入れ額トップは泉佐野市497億円で全体の9・7%を占めた。全国1741地方自治体のなかで断トツである。2位は静岡県小山町250億円でこれも全体の4・9%。和歌山県高野町196億円、佐賀県みやき町168億円がそれに続く。19年6月からのふるさと納税新制度で総務省に除外された4自治体がそろって上位独占で「圧勝」となっている。この4自治体で合計1111億円、全体の21%強を占めているのだからすさまじい。 「税」というのは、古代には稲で収めたことから「のぎへん」の漢字になったといわれる。税金というのは国、地方の「国のかたち」の基本骨格を決めるものであり、国、地方のおカネ(収入・財源)がからんでいる。 ふるさと納税は、一般の税と違った際立った特徴がある。徴税というのは、徴税するサイドからすれば大きな既得権だ。徴税する側にとっては、法律に沿って粛々と徴税するわけである。納税するサイドは、税理士などを依頼することはあっても基本的には有無をいうことができない。 だが、ふるさと納税は基本的には、国民である個人が自治体の提示する産品・サービスを選んで寄付して、その地方自治体から一定の産品・サービスの還付を受けるというものだ。 個人からすれば納税する自治体が「自由化」され、個人に選択権が与えられている。自治体からすれば個人に選択されて初めて徴税権を持てる仕組みである。 いわば、ふるさと納税には「選択の自由」が導入されている。限定はあるにしても、個人に自治体を選択できるという、有無を言える余地を持たせている。ここにふるさと納税の大きな特徴がある。 ふるさと納税に導入された「選択の自由」は、国・総務省といった中央の既得権者からすると“パンドラの箱”を開けたことに等しい。 そのパンドラの箱には、「マーケット原理」、あるいは「マーケット競争原理」が仕込まれているからだ。マーケット原理というものは権力側としては制御不可能なものだから、一般的には嫌いがちだ。泉佐野市のふるさと納税謝礼品カタログ=2016年2月8日 ふるさと納税では、徴税=納税が「選択の自由」に任されるとすれば、徴税サイドは納税サイドに選んでもらうわけだから、そこに競争原理が働くことになる。いわば、マーケット原理に晒(さら)される。それだけにとどまらず、マーケット原理に支配される。 自治体のなかには、納税サイドに選んでもらうために徹底して「企業努力」を行うところが出てきても不思議はない。商品やサービスをこれでもかと展示して巨大なバーチャルマーケットを形成する。コテコテの関西商法 総務省は各地方自治体にふるさと納税で規制を内容とする通知を何度となく出してきている。各自治体は「今回の通知は本気だ」「いや、まだ牽制(けんせい)で余裕がある」といった調子で判読作業を続けてきている。しかし通知行政だけでは、各自治体がやっている「企業努力」をいちいちコントロールするのは困難である。 そうした中で、マーケット原理の導入を徹底的にやったのが泉佐野市(千代松大耕市長)ということになる。泉佐野市は、ふるさと納税のカテゴリーキラーといった鬼っ子的な存在だ。1000品目の返礼品目という品ぞろえを実現して、しかも牛肉などテンコ盛りの大バーゲンが常態だった。そのうえ「閉店キャンペーン」ではAmazonギフト券までオマケとして贈与するといったコテコテの関西商法を実行した。 ネット通販のeコマース、百貨店、スーパーなど顔負けの品ぞろえ、提示価格、品質、ボリューム、お買い得感満載で「毎度ありがとうございます」という構造になる。 あらためてマーケット原理とは恐ろしいものだ。この結果、泉佐野市は2018年度に497億円の売り上げならぬ寄付を集めた。納税サイドも現金なもので、泉佐野市、小山町、高野町、みやき町などをこぞって選んだ。 これには一般の地方自治体からは「不公平」「アンフェア」という批判も出ている。「われわれは総務省の通知を受けて真面目に返礼品をお酒、お米、牛肉など地場産品などに限定している。総務省の通知に従っていることで競争上不利益をこうむっている」という声が一般の自治体から聞こえてくる。裁判などリーガルとは別次元で、総務省がふるさと納税新制度から4自治体を除外するという強硬手段を実行したのも分からないでもない。 国と総務省は、地方の均衡ある発展を調整するという名目で地方交付金を各自治体に配布してきている。国は横並び型を基本にしているが、各自治体の発展を後押しするという姿勢を守り続けている。 だが、大半の自治体は生産年齢人口の減少などで衰退する傾向をみせている。国としては一方で、インバウンド取り込みなどで日本版DMO(観光地域づくり)を導入して自治体間の競争を促進すれば均衡ある発展など悠長なことは言っていられない。競争で多少の格差が生じても生き残れる自治体は生き残れといっているわけである。 国は自治体に「均衡ある発展」で何もしないで横並びに甘んじて、地方交付金をおとなしくもらっていろというのか。それとも、生き残り競争をして自らの努力で横並びの状態から脱しろというのか。国はそうした政策矛盾を露呈している。 おそらくだが、地方自治体は東京など首都圏の繁栄のトリクルダウン(富裕層を豊かにすると富が国民に浸透するという理論)に甘んじろというのが国の基本的なベクトルかもしれない。首都圏という地方のトリクルダウンの受け皿と言うならば、ふるさと納税はその典型と言えるわけである。 「泉佐野の乱」は日本の地方自治が置かれている、そうした曖昧な現状から生じたと言えるのではないか。 徴税あるいは納税は膨大なおカネがからむわけだから、歴史的にも、もめ事の種である。 鎌倉幕府が守護・地頭を荘園に配置して皇室、藤原摂関家ほかの公家、寺社など旧勢力から「徴税」を奪った時には承久の乱が勃発している。税という既得権の奪い合いであり、当然もめる。 幕末までは各藩が徴税してきた。各藩が藩士・藩兵を養って身分制度を維持継続してきたのも、各藩がおカネを握ってきたからである。 しかし、それでは明治維新政府は立ち行かない。維新政府が、「版籍奉還」「廃藩置県」「秩禄(ちつろく)処分」と改革を行ったのは、徴税を中央政府に移すということにほかならない。各藩から維新政府に徴税を移さなければ、各藩が財源を持って藩士・藩兵を維持しているわけだから劣勢に立つことになる。ここでも大もめにもめて、佐賀の乱、西南戦争など不平士族の反乱が起こっている。大阪高裁に向かう泉佐野市の千代松大耕市長(中央)ら=2020年1月30日午前、大阪市北区(前川純一郎撮影) それらに比べれば、「泉佐野の乱」はふるさと納税をめぐってのもめ事でしかない。本流の税金ではない、あくまで支流の税金である、ふるさと納税でもこれだけもめる。 面白おかしくネーミングされているきらいはあるにしても、従順だった地方自治体が国中央に異を唱えたことはこれまでにない。日本の地方自治とは何なのか。「泉佐野の乱」はそれを考えさせるものだったことは確かである。

  • Thumbnail

    記事

    「終わりなきスクールカースト」LGBTから考える地方の人口流出

    松浦大悟(元参院議員) 今年も秋田県大仙市大曲で全国花火競技大会が行われ、夜空に咲く大輪の花に多くの人が酔いしれた。人口約4万人弱の大曲地区にこの日ばかりは80万人近くが集まる。地元の皆さんが時間をかけて育て上げたイベントは、いまや秋田県民全体の誇りだ。 令和になって初めての開催(8月31日)に、会場で見ていた私も胸が高鳴った。ところがそれは次第に息苦しさへと変わっていった。クライマックスの大会提供花火のメッセージがあまりに重く感じられたからだ。 花火に合わせて音楽と台詞(せりふ)を流す演出は次のような内容だった。平成生まれの女性主人公が就職して数年後に起こった東日本大震災。友達は「俺、田舎に帰ることにした。復興、手伝う。人の役に立つ仕事がしたいんだ」という。ひとり取り残された主人公は、自分に何ができるのだろうと悩む。故郷で綺麗(きれい)な鎮魂の花火を見た彼女は、地元に戻り小学校の教師になることを決意する。 「帰っておいで」という地域の皆さんの切実な思いはよく分かる。だが正直、「絆」という真綿で首を絞められている感じがして心がつらくなった。こうした呪縛から逃れたくて若者は県外に出て行くのではないのか。 秋田県の人口は昭和31年の135万人をピークに近年では毎年1万5000ずつ減り続け、令和元年8月1日現在96万7740人となった。県外流出が止まらない原因としてよく雇用問題や就学問題が語られるが、評論家の御田寺圭氏はそれだけが理由ではないと著書『矛盾社会序説 その「自由」が世界を縛る』(イースト・プレス)の中で指摘する。彼らの故郷からの離脱の背景には「終わらない学校生活」への厭気(いやき)があるというのだ。 地方で暮らす若者は小学校、中学校、高等学校までの人間関係が固定化されやすく、「スクールカースト(学級階層)」がそのまま「地域カースト」となる。スクールカースト下位の人間はいつまでたっても下位のまま。彼らはそうした関係性を嫌って東京へと去っていくのだ、と。「絆」と「柵(しがらみ)」はコインの裏表。地域社会の絆が再検討されない限り、若年層が戻ることは難しいのかもしれない。秋田県「大曲の花火(全国花火競技大会)」(筆者撮影) NHKの調査によると、大都市圏に出て行った若者に「将来秋田県に戻るか」アンケートをしたところ、およそ8割が戻らないと答え、親御さんに「将来子供が秋田県に戻ることを望むか」と質問したところ「はい」との答えは20・9%しかなかった。人生の時間は限られている。一生において「どこで暮らすのか」「誰と暮らすのか」は自らの幸せを追求する上で大変重要な問題だ。 ところが、もう一方の故郷にとどまった若者の側に立てば、見えてくる風景は一変する。去年の12月26日に放送された所ジョージ氏の番組『1億人の大質問!?笑ってコラえて!年末4時間SP』にショックを受けた人は私だけではないと思う。 日本列島ダーツの旅「村人グランプリ2018 東日本編」のコーナーでインタビューを受けた秋田県にかほ市象潟町在住の男性は、ゴールデンウィークに帰省していた同級生カップルに対し、「若者は皆県外にいる。残っているのは俺だけ。みんな裏切り者」と怒りをぶちまけた。自分の運命を引き受け、祭りや町おこしなどをコツコツ行ってきた者にとっては、「一抜けた」と自由に羽ばたいていく人間がフリーライダーに見える。 分断された二つの感情は、すれ違うこともなく、ただただ静かに人口だけが減っていく。国も県も市町村も地方人口の社会減対策を第一の目標に掲げ、審議会などで真剣な議論を行っているものの、住民の本音をうまくすくい上げられていないように思う。リベラルの勘違い 私はゲイということをカミングアウトして秋田県で活動している政治家だが、多くのLGBT(性的少数者)も毎年都会へと出ていく。リベラル政党は近年LGBTに急接近し、政策にも取り入れ始めた。しかし、そこにも勘違いがある気がしてならない。 リベラルは新自由主義に反対し、反グローバリズム、ダウンシフト(脱成長)、分散型社会、エコでスローなライフスタイルなどを価値として掲げる。それこそが弱者をも包摂(ほうせつ)する持続可能な共同体の姿だと理想を語る。だけどLGBTは、そうしたつながりが強すぎるローカルの「まなざし」に耐えられないから都市へと逃げていく。 どんなにすばらしい哲学で運営される町であっても、共同体の絆のメリットを受け取れないLGBTにとってそこはディストピア(暗黒郷)でしかない。都会での生活がたとえ新自由主義的な「無関心という名の疎外」でも、視線のない世界の方がまだマシと感じられるのだ。 去年数年ぶりに秋田県にゲイバーが誕生したニュースは、県内のゲイ当事者を喜ばせた。そしてなんと今年になってもう1軒でき、現在は合計2軒となった。秋田県には以前からゲイバーがなかったわけではない。できてはつぶれ、できてはつぶれの歴史を繰り返してきた。店がオープンしても顔を出せる客は限られており、最後には経営が行き詰まってしまうからだ。秋田のゲイは顔バレを極度に恐れる。なぜか? かつて秋田市の歓楽街、川反(かわばた)にあったゲイバーで私が実際に体験した話である。いきなり店のドアが勢いよく開けられ、びっくりした私たちが振り返ると、そこには酔っぱらったノンケ(異性愛者)中年サラリーマンが立っていた。 その男は「○○ちゃん、いるか?」とニヤニヤしながら店内をなめ回すように見渡し、どんな人がゲイバーに集っているのかを確認した後、ドアをバタンと閉めて去っていった。 秋田は東京とは違い、匿名的には生きられない社会だ。「ゲイバレ」してしまうことの厄介さを考えると、ゲイバーに人が集まらないのは合理的判断の結果と言えるのかもしれない。 今年開店したゲイバーのママが嘆く。「ゲイのお客さんがね、身元が分からないように、公衆電話から電話をかけてくるのよ。店内の様子やどんな人が来ているのかを聞かれるわ。その人は店の階段の下まで来たみたいだけど、結局入ってこなかった。これが2019年の秋田の実態よ」※写真はイメージです(GettyImages) 9月16日、仙台市では宮城県として初めてのLGBTパレードが開催された。青森県、岩手県に続き東北では三番目となる。絆は「包摂と排除」という二つの機能を併せ持つ。これを機に、地域社会の絆の再点検が進むよう願ってやまない。

  • Thumbnail

    記事

    橋下徹「大阪都構想は新たな政治行政を実現する切り札だ」

    橋下徹(前大阪市長) 橋下徹氏の野党強化論は、本サイト「橋下徹『政策はぶれて当たり前』」「橋下徹『野党は安倍首相とトランプ大統領に学べ』」に詳しい。では、与党を含めた政治家がいま最も取り組むべき課題は何なのか。橋下氏自身の政界復帰の可能性は?大阪府市のトップを務めたからこそ語る、組織マネジメント論にも注目いただきたい。―現在の野党の状況を見ていると、橋下さん自らが再び政治の世界に乗り出す気になりませんか?橋下 自分がまた政治をやろうという気持ちにはならないですね。子どもを大学にあと4人行かせないといけないですし、これ以上、家族に迷惑は掛けられない(笑)。―そうですか(笑)。では、日本の政治家がいま最も手を付けるべき課題は何だとお考えですか。橋下 政治家時代ずっと言い続けてきましたが、統治機構改革です。政策の具体的な中身は専門家や役人を集めて議論すればいい話です。しかし、その実現のためには政策を実行できる統治機構が必要不可欠で、権力装置である統治機構を改革するのは政治家にしかできません。 まず現在の日本の統治機構は、中央の政府と地方の自治体の役割分担が適切ではない。 たとえば待機児童対策なんて、中央政府が実際に手掛ける問題ではありません。地方自治体に待機児童の解消を義務化する法律を制定すればいいだけの話です。 その代わり、権限も財源もすべて地方に渡し、保育所設置に関するルールも地方ですべて自由に決めさせる。責任を負わせる代わりに権限とお金を与えるのです。それが組織マネジメントというものです。中国全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席=2019年3月、北京の人民大会堂(共同) トランプ大統領や習近平主席が、待機児童問題について語っていることを聞いたことがあるでしょうか? 国のトップが心血を注ぐべきは、外交・安全保障政策などであって、待機児童対策ではありません。 森友問題に関しても、安倍政権の対応は不誠実だったと思いますが、これもしょせん私立小学校の敷地をめぐる問題でしかない。仕事を抱え込みすぎる中央政府―本来であれば、日本中が騒然となるような議題ではなかったと。橋下 役所の不正や不適切な行為は徹底的に正さなければなりません。しかし森友問題が議論される場は、本来は地方議会であるべきです。近畿財務局が土地を抱えているからこうなってしまう。 これらの土地を大阪府庁の所管にするか、近畿財務局という組織そのものを関西広域連合の下に置くかしていれば、この問題は国会ではなく、大阪府議会や関西広域連合議会で議論されていたでしょう。―地方に任せるべき問題を国が一手に担っている。橋下 島国日本の政治指導者が、トランプ大統領、習近平主席、プーチン大統領などの大国の指導者と渡り合うためには、中央政府が外交・安全保障政策に集中できる環境を整える必要がある。 いまの日本は、安倍さんの頑張りで何とか国際社会において存在感を示せていますが、安倍さんは、不毛な議論が行なわれている国会に連日拘束されている。これだけ国のトップが国会に拘束される国は世界にも類を見ません。 その理由は中央政府があらゆる仕事を抱え込み、それがすべて国会で議論されるからです。しかし、島国日本の首相だからこそ、年間100日以上は外国に行けるような、そんな環境にしなければならない。 そのためには、いま中央政府が抱えている仕事のうち、内政問題はできるかぎり地方自治体の仕事に移譲すべきです。そして中央政府は外交・安全保障などの仕事に集中し、国会での議論を絞り込むべきです。2018年3月、「森友」決裁文書改竄問題で野党から連日追及を受ける安倍首相(左)と麻生副総理兼財務相(斎藤良雄撮影) 民間企業であれば、経営本部が行なう仕事と現場が従事する仕事がきっちりと役割分担され、そのような組織形態になっています。日本の統治機構も、中央政府と地方政府の役割分担を明確にできる道州制に改めるべきです。―現在の安倍政権は強固な体制を築いているようにみえますが、「ポスト安倍」の問題についてはどう見ていますか。習近平が日本の首相になったら橋下 そもそもリーダーシップは、個人の力で発揮されるものではなく組織に規定される、と僕は考えています。 たとえば習近平主席が日本の首相になっても、リーダーシップは執れないでしょう。習主席があのようにできるのは中国の政治組織だからこそです。 僕は大阪府知事・市長だったとき、「橋下は独裁者だ」と散々いわれてきましたが、そのような強烈なリーダーシップを僕が発揮できたのは、有権者から直接選ばれる知事・市長という立場で、大阪府庁・大阪市役所という巨大組織において人事権と予算権を握る仕組みに乗っかっていたからです。 まさに組織の仕組みによってリーダーシップが発揮できたのです。また大阪維新の会も、僕がリーダーシップを発揮できる組織形態になっていました。 僕が議院内閣制の仕組みである国政の場に行ったとしても、リーダーシップなど発揮できないし、政治家としてクソの役にも立ちません。組織に規定されるんです。―まず、リーダーシップを発揮できる体制を整える必要があるわけですね。橋下 リーダーシップや戦略は組織に規定される。僕が大阪都構想に取り組んだのも、大阪全体の政策を、大阪全体のリーダーが強力に実行するための組織、統治機構をつくるためだったのです。 大阪府庁・市役所がそれぞれ行なっていた行政を統括し、大阪が一体となって政策を実行し、大阪の活力と競争力を高める。東京に並ぶ2つ目のエンジンとして大阪が力をもてば、日本全体の大きな推進力になります。 大阪都構想、ひいては道州制を含む統治機構改革を進めることで、地方は自律的に創意工夫を凝らした行政を展開でき、中央政府は国の大きな舵取りに集中できる。写真:大坊崇 これこそが、激動する国際情勢を乗り切り、少子高齢化に突入しながら価値観がますます多様化する社会ニーズにしっかりと応える政治行政を実現する切り札です。 そして、このような統治機構改革は内戦に匹敵する凄まじい権力闘争に打ち勝たなければならず、政治家にしかできない仕事です。自民党にはそれをやる意思も能力もありません。ゆえに統治機構改革を実行してくれる野党の誕生を期待しています。関連記事■ 橋下徹「政策はぶれて当たり前」■ 橋下徹「野党は安倍首相とトランプ大統領に学べ」■ 気鋭の国際政治学者同士が激論!真のリアリズムに基づく国防とは何か

  • Thumbnail

    記事

    都構想の延命、大阪クロス選に打って出た「維新」のホンネ

    上崎哉(近畿大法学部教授) 2019年3月7日に行われた大阪都構想の制度案(協定書)を作る法定協議会が決裂したことで、大阪府の松井一郎知事(大阪維新の会代表)と大阪市の吉村洋文市長(維新政調会長)が辞職届を提出した。2人とも議会で不同意となったが自動失職し、統一地方選として予定されていた4月7日投開票の大阪府議選と大阪市議選に併せて、知事選と市長選の「ダブル選」が行われることとなった。 「都」構想を推進するには、法定協議会で協定書をまとめた上で、大阪府議会と大阪市議会の承認を得る必要がある。二元代表制を採用するわが国において、議会の支持を得るために、首長が必要な手段を講じることは否定されるものではない。 前回、府議選と市議選が行われたのは2015年4月のことだ。橋下徹氏が大阪市長を務めており、翌月に大阪市を廃止して特別区を設置することの是非を問う住民投票を控えていた時期であった。当時橋下氏が代表を務めていた大阪維新の会にとって、有利な条件が整っていたといえる。 4年前に比べて、今回の選挙はこうした条件に恵まれてはいない。ダブル選が選択されたのは、府議選と市議選にぶつけることで、少しでも状況を有利にしたいという狙いがあったのであろう。 また、「一丁目一番地」とされる「都」構想を公約として掲げるには、任期満了を待つよりも、このタイミングが望ましいという計算も働いたものと考えられる。任期満了選挙となれば、4年間で都構想を実現できなかった責任や理由を問われかねないが、今回の流れであれば、公明党に責任を転嫁することもできる。 このように、ダブル選をぶつけたそもそもの狙いは、府議選と市議選を有利に進めることにある。だが、両議会選で勝利を収め、一気に「都」構想の住民投票に持ち込むだけの自信はなかったのであろう。 府議会・市議会ともに過半数を獲得できるだけの手応えがあれば、純粋な出直し選を仕掛ければ済むことである。ところが、両議会で過半数を占めるまでの自信はない。2015年5月、住民投票後初の定例会見に臨む大阪市の橋下徹市長(門井聡撮影) かといって、「都」構想の芽はできるだけ残しておきたい。そこで、知事と市長が新たに4年の任期を得ることを狙いとして、松井前知事が市長選、吉村前市長が知事選にそれぞれ出馬する「クロス選」という戦術を採ったのである。 かつて、橋下市長の時代にも、公明党との関係が悪化し、「都」構想の住民投票の実現が危ぶまれたことがあった。ところが、2014年3月の出直し選で橋下氏が再選され、同年12月の総選挙で維新の党が強固な支持を見せつけたところ、公明党は住民投票の実施について譲歩を余儀なくされた。「都」構想にこだわる理由 今回のダブル選でも、2勝すればさらに4年の任期が与えられる。この間に潮目が変わり、公明党の支持を得る機会を再度うかがう作戦なのであろう。言ってみれば、大阪維新の会にとって、今回の「ダブル・クロス選」は「都」構想の延命選挙と位置づけられる。 大阪維新の会は、なぜここまで「都」構想にこだわり続けるのであろうか。それは「都」構想が、「敵を作り出して攻撃する」という維新の政治手法と親和的なことに加え、政治的支持を集めるためのスローガンとして、使い勝手が良いからである。 「都」構想が実現すると自分の生活がどう変わるかについて、具体的に想像できる人は多くないはずだ。具体的に実感しにくいだけに、「二重行政の解消」「府市合わせ(不幸せ)の解消」「既得権の打破」といったプラス評価の言葉とともに訴えかけることで、肯定的なイメージを抱かせることが可能となる。 だが、そもそも「都」構想は、2015年5月に行われた住民投票において、否決という民意が明確に示されたはずである。何度も何度も復活、延命させるだけの価値があるものなのであろうか。「都」構想の中身を評した上で、こうしたテーマが繰り返し争点化されることの問題点について論じてみたい。 「都」構想については、数多くの課題や問題点を指摘できるが、筆者がポイントと考える点が二つある。第一は、「都」構想が実現した場合には、大阪市が廃止されるということである。 どういうわけか、大阪維新の会はこの事実の否定に躍起である。「大阪市はなくならない。なくなるのは市長と市議会、市役所だけ」ということが、あちこちで主張されている。 だが、「都」構想とは、大阪市を廃止して、大阪市が持っていた権限や財源を、大阪府と新たに設置される四つの特別区に分配するものである。常識的かつ法律上の用語法に従えば、「大阪市」とは普通地方公共団体たる大阪市を意味するのであり、「都」構想の実現によって大阪市がなくなるのは確かである。2013年に「大阪維新の会」が新たに作成した大阪都構想に関するポスター これまで、このような形で指定都市が廃止されることはなかったが、市町村合併によってなくなった自治体は少なくない。「都」構想が実現しても大阪市がなくならないとすれば、2005年に堺市と合併した美原町もなくなっていないとでも言うのであろうか。 第二のポイントは、新たに設置される4区が「特別区」だということである。府に委ねられる財源や権限はあるものの、基本的に特別区は市に準ずる自治体として、区長が選挙で選ばれ、区議会が設置される。 仮に「都」構想が実現したとすれば、これまでは一つの大阪市であったものが、四つの区に分割されるだけでなく、24区の時代と比べて、各区の自律性は圧倒的に高くなる。その結果、隣接する区同士で厄介な調整の問題も生じるであろうし、府と区で意見が分かれた結果、対立に至ることもあるであろう。選挙は「戦」ではない これからも、大阪維新の会が常に府知事と4つの区長ポストを占め続けるのであれば、問題ないのかもしれない。しかし、「府市合わせ」よりも複雑かつ深刻な問題が生じることも十分に予想される。 このように、「都」構想はもろ手を挙げて賛成できるような代物では決してない。さらに、2015年の住民投票の結果が示す通り、民意が割れている問題である。果たして、こうしたテーマを公約に掲げ続け、改めて住民投票にかけようとすることが望ましいのであろうか。 「究極の民主主義」とする橋下氏の言葉もあるように、住民投票を無条件に礼賛する見解もなくはない。だが、国民や住民が二分されるようなテーマに白黒をつけようとする場合には、住民投票は必ずしも好ましい手段ではない。 政治や選挙について、戦(いくさ)にまつわる表現が用いられることは少なくない。なるほど、政治家にとって、選挙は勝つか負けるかであり、まさに「戦」としか言いようがないのかもしれない。 だが、本物の戦の場合、一方の死や滅亡で決着がつくことも少なくないのに対し、選挙や住民投票の場合には、結果がどうあれ、それらが実施された後も、人々は同じ国や地域でともに暮らしていかなければならない。 「都」構想が実現して大阪市が廃止されたとしても、「都」構想が否決されて大阪市が存続したとしても、現在の大阪市域で、人々は共存し続けなければならない。逆に、こうした共存が脅かされるほどに民意が割れる恐れがある場合には、争点化を避けるという選択肢もある。 例えば、福島県矢祭町は、「平成の大合併」の際に「合併しない宣言」を発したことで有名である。同町で合併が避けられた理由として、「昭和の大合併」の反省があるとされる。 昭和の大合併で前身の矢祭村が誕生したが、賛否を巡って肉親や親類をも引き裂くような分裂が生じ、しこりは後々までも残ったとされる。矢祭町では、昭和の大合併と同様の事態を引き起こしたくないという思いから、合併という選択肢の争点化を回避したのである。大阪ダブル選を控え、大阪市港区内に設置された、4枚並んだ選挙ポスター用の掲示板=2019年3月20日(前川純一郎撮影) 統治機構の変革に必要とされるエネルギーや労力の大きさを鑑みれば、大枠には手をつけずにそのままにしておいた上で、「取り組むべきことに取り組む」といった選択肢もある。矢祭町では、単独での生き残りを決めた上で、365日の開庁や、「矢祭もったいない図書館」の開設など、知恵と工夫を凝らした取り組みが進められている。その実現には、「都」構想をどうしても必要とすることが具体的に示されていない以上、現行の大阪府と大阪市の体制の下、大阪の発展を目指す方が現実的ではないだろうか。 大阪維新の会が府市の両議会選で圧倒的な勝利を収めれば話は別だが、今回の選挙後に「都」構想が大きく前進することはないであろう。今回の選挙は、「都」構想に対する賛否を正面から問うものではない。「都」構想の可能性を残して延命を認めるか、「都」構想を巡る長年の議論に終止符を打つか、有権者にはこうした審判が求められている。■ 「大阪万博は夢のまた夢」スーパー南海地震のリスクも考慮せよ■ 大阪直下地震で思い出す「増税なくして復興なし」のペテン■ 大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし

  • Thumbnail

    記事

    地方議員のなり手不足問題の解決策 いっそ「議会廃止」を

     地方議会では議員のなり手不足が深刻な状況である。統一地方選を前に、経営コンサルタントの大前研一氏が議員「なり手不足」問題の解決策を提案する。* * * 今春の統一地方選挙は、知事選挙・道府県議会議員選挙・政令指定都市の市長と議員の選挙が4月7日投開票、それ以外の市区町村の首長と議員の選挙が4月21日投開票で行なわれる。 だが、いま地方議員のなり手不足が深刻化している。総務省「地方議会・議員に関する研究会」の報告書によると、前回(2015年)の統一地方選における無投票当選者数の割合は、都道府県議選が21.9%で過去最高となり、町村議選が21.8%で過去2番目に高かった。 朝日新聞(2月18日付)のアンケートでは、全国の都道府県・市区町村1788議会のうち、議員のなり手不足が「課題」と答えた議会は38%の678議会に上った。また、日本経済新聞(1月28日付)は、過疎化や高齢化に直面する小規模自治体の議会選挙では立候補者が定数に届かない定数割れが頻発し、補選でも立候補者がゼロという事態が出始めた、と報じている。 このため、無投票や定数割れを避けようと、定数を減らす動きや議員報酬を増やす動きが出ている。さらに、自治体との請負契約がある企業役員との兼業や公務員との兼職を禁じる地方自治法の規定が立候補を阻む一因として、緩和を求める声が高まっているという。評論家の大前研一氏=2018年11月 だが、この問題はゼロベースで考えるべきである。すなわち、なり手不足の問題以前に「そもそも地方議会は必要なのか?」と問うべきだと思うのだ。 私が本連載や著書『君は憲法第8章を読んだか』(小学館)などで何度も指摘してきたように、日本の場合、地方議会にはたいした役割がない。普通、議会は法律を作るところだが、日本の地方議会は法律を作れない。憲法第8章「地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる」(第94条)により、国が定めた法律の範囲内で、地域の問題や実情に沿った「条例」を作ることしかできないのだ。つまり、立法府ではなく「条例府」なのである。首長と役人がいればいい そういう極めて限られた裁量権しかないのだから、その仕事はさほど意味がないし、面白くもない。だから過去に地方自治体で議会と行政府が対立したケースは、首長の失言、不倫、パワハラ、セクハラ、不適切な公用車の利用や飲食費などの支出といった低俗な問題ばかりで、条例の立案や制定でもめたという話は寡聞にして知らない。 結局、地方議会で議論されている問題の多くは、土木、建設、電気工事などをはじめとする公共事業に関するもので、平たく言えば、そこに予算をいくらつけるか、ということである。このため、多くの議員がその利権にまみれることになり、行政府の職員は、そういう議員たちの“急所”を握って利権を配分している。自分たちの仕事や首長が提案する予算案、条例案にいちゃもんをつけさせないためである。 その結果、議会は行政府の意向通りに運営され、どこの地方自治体でも議員提案の条例案は極めて少なく、その一方で首長提案の議案はほとんどすべて原案通り可決されている。 つまり、地方自治体は事実上、首長と役人が運営しているわけで、地方議会は政策提案機能はもとより、行政府に対するチェック機能さえ持ち合わせていないのだ。そんな地方議会は文字通り“無用の長物”であり、税金の無駄以外の何物でもない。百歩譲って都道府県議会は残すとしても、市区町村議会は原則廃止すべきである。 地方議会に代わる仕組みを作るとすれば、住民代表によるオンブズマン(行政監察官)機関だ。地方自治体は首長と役人がいれば運営できるわけだから、行政府がきちんと仕事をしているかどうか、“悪さ”をしていないかどうかを第三者が監視する機能さえあればよいのである。そのメンバーは、裁判員制度のように住民がランダム抽選の輪番制・日当制で務めればよい。希望者を募ると、手を挙げるのは利権絡みの人間ばかりになってしまうからだ。 総務省の研究会も昨年、よく似た新たな地方議会制度の仕組みを提言している。少数の専業議員と裁判員のように無作為で選ばれた住民で構成する「集中専門型議会」というもので、そのほかに兼業・兼職議員中心の「多数参画型議会」と現行制度の三つから選択可能にする。現行制度を維持するか、新制度のいずれを選ぶかは自治体の判断に委ね、条例で定めるようにするという内容だ。しかし、この提言が実現したとしても、地方議員が自分たちの“失業”につながる「集中専門型議会」の選択に賛成するはずがないだろう。 本来、私が提唱している道州制であれば、それぞれの道州に立法権があるから、地方に根ざした問題への対応策は独自の法律を作って自分たちで決めることができる。各地方が中央集権の軛から脱し、世界中から人、企業、カネ、情報を呼び込んで繁栄するための仕掛けを作ることも可能になる。4月の統一地方選で無投票や定員割れが起きた地方自治体は、改めて議会の存在意義を問うべきである。関連記事■地方議員 年間の実働時間が100時間を切る議員も珍しくない■議会で座るだけの地方議員 控室でブログ更新等の「政治活動」■東京都議は年収1525万円 地方議員の報酬は浮世離れの高水準■無投票当選が2割超 地方議員は就職活動がかなりラクな職業■新元号はもう決まっている! 立入禁止の秘密司令部に保管か

  • Thumbnail

    記事

    “地方政界のドン”になる条件は「知事の後ろ盾になる」こと

     4月に行なわれる統一地方選を前に、永田町が慌ただしい。国会議員の選挙マシンとなるのは、地元の有権者に密着する県議や市議たちだからだ。 かつて内田茂氏(80)が、「都議会のドン」と呼ばれたことは記憶に新しいだろう。こうした「ドン」は東京だけでなく、各地に存在する。地方政界のドンになると、議長や副議長ポストを配分することで議員を束ね、県や市の事業や役人人事に影響力を持って業界を仕切り、地元で「票とカネ(選挙資金)」を握ることで国会議員も逆らえないほどの力を持つ者が現われる。 大臣経験者はおろか、安倍晋三首相(64)や菅義偉・官房長官(70)ですら、そうした地元有力者の顔色を窺わなければならない。 当選9回を数える愛知県議会の実力者、水野富夫・県議(69)の事務所は早朝から門前市をなす。「水野さんの個人事務所は毎朝6時10分に開かれるが、その時間には列ができている。県議や県庁の課長クラスの職員から、中央官庁の役人や自衛隊幹部まで午前中だけで毎日30人くらいやってくる。『オレは隠し事はしない』が水野さんの口癖で、会って話をするのは全員一緒。人はどんどん入れ替わっていくが、座に加われば自然に県の情報が入ってくる。選挙になれば中央の大物政治家の為書き(*注)をもらってくれたり、困った時に泣きつくとなんとかしてくれる」(地元議員)【*注/候補者が支援者にもらう選挙応援ポスターのこと。選挙事務所に貼り出される】 隣の岐阜県にも12期、45年間県議を務める自民党の重鎮、猫田孝氏(79)がいる。小泉郵政解散の時には党本部の方針に反対して造反組の野田聖子氏を応援し、野田氏は頭が上がらないといわれる。「県議は200人、国会議員は1200人の党員集めを達成しなければ選挙で公認を出さない」というノルマを課して岐阜を「自民党王国」にした。 そうした大物地方議員にとって、統一地方選は書き入れ時だ。彼らがドンへとのぼる階段は、自分の手で知事をつくり出すこと。東京都議会の本会議=2019年3月28日午後 愛知の水野県議は大村秀章・知事をバックアップし、神奈川では、小泉純一郎・進次郎父子を支えてきた横須賀選出の竹内英明・県議(68)が黒岩祐治・知事を擁立することで「県議会のドン」にのしあがった。「知事を後ろ盾にする」のではなく、「知事の後ろ盾になる」のが、地方政界のドンたらしめる“条件”なのだ。週刊ポストでは、内田氏のほか「地方政界のドン」と言える50人の全実名を紹介している。関連記事■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■福岡知事選「麻生の乱」 県政のドンへの借りを返す目的あり■もし日韓戦わば… 軍事力の差は歴然だった■ドン・内田茂氏、影の司令塔として力を取り戻し小池都政追及■【動画】眞子さまと小室圭さんの結婚 長引くほど費用がかさんでいる

  • Thumbnail

    テーマ

    大阪万博がちっとも盛り上がらない

    2025大阪万博の開催が決まった。「経済効果は2兆円」との触れ込みも、開催地以外での盛り上がりはいま一つである。高度経済成長の象徴と言われた前回開催と比べ、その国民的関心の低さが際立つ。正式決定後も、まだ不要論が聞こえてくる大阪万博の是非を考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし

    熊野英生(第一生命経済研究所首席エコノミスト) 2025年に大阪が万博の開催地になることが決まった。身近なところでも、大阪出身者が「万博開催、おめでとうございます」と言われて、「どうもありがとうございます」と応じる姿を見かける。お祝い事に水を差すつもりはないが、万博が期待された効果を発揮するかどうかはまだ不確実性の中にあると考えられる。 むしろ、当初から経済効果は約2兆円という風に確定した恩恵があると考えず、それを下回るリスクはあるし、努力次第で2兆円を超えることもできると柔軟に捉えておいた方がよい。 本稿では、経済効果2兆円という見通しを積極的に考えることの材料と考えて、大阪万博の問題に隠れている思惑について検討してみることにしたい。 筆者は、なるべくテクニカルな議論を避けて、3つの点を焦点に据える。(1)2800万人の来場者数の前提、(2)カジノの思惑、(3)大阪に求められる経済効果の3つである。なお、筆者は大阪万博の開催に反対しているわけではなく、相応の負担を自治体や地元企業が負うのだから、もっと多面的に検討した方がよい、と言いたいのである。誤解のないように記しておきたい。 まず、想定来場者数が2800万人とされている点である。この数字は大きすぎないか。恐らく、比較して考えられたのは2005年の愛知万博の2200万人であろう。これは約半年間の来場者数である。2025年は、愛知万博を約3割上回る目標となっているのだろう。 しかし、問題は万博というイベントが2800万人もの人数を引きつける魅力を打ち出せるかどうかである。グローバル化した現代において、万博というイベントはやや古くなっている。他の先進国が開催地に手を挙げない理由もこの辺りにあるだろう。1970年当時の大阪万博会場=大阪府吹田市(共同) 1970年の大阪万博の思い出とうっかり重ねて考えてしまうが、私たちは当時よりもはるかに豊かになっている。従って、海外から出展してくるパビリオンの催し物が人気を集めるためには相当知恵を絞らないといけない。2800万人は、リピーターを相当数期待している。インバウンドも、わざわざ多額の費用をかけて来日するのだから、事前に評判を調べてくるだろう。高度に情報化された現代に、わざわざ万博の場で体験できるものを思いつくのは容易ではない。大阪地元民の現実 2005年の愛知万博を見に行った人に同じ問いをぶつけると、魅力あるパビリオンを集めてくるのはやはり難しいだろうという反応であった。 なお、大阪にはテーマパークとしてユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)がある。16年度の年間来場者数は1460万人。東京ディズニーランド・ディズニーシーは年間3010万人である(17年)。この2つの来場者数は全国のトップ2で他のテーマパークを大きく上回っている。 テーマパークごとに入場料が異なっていて、来場者数はその変数とも言える。愛知万博は大人4600円とUSJなどよりも入場料が安かった。大阪万博が相応の入場料をとって、既存のテーマパークの雄を上回る来場者数を集めることが簡単でないことが分かるだろう。 大阪万博は、20年に東京五輪が開催されることを強く意識している。政治的には、東京五輪の次に何か大イベントが欲しいという狙いもあっただろう。 それ自体は悪いと思わないが、問題はそうしたイベントで関西経済をどこまで浮揚できるかという点だ。しかも、持続性のある形でという条件がつく。 自治体や地元企業は、巨大な金額を負担することになりそうである。会場の夢洲(ゆめしま)の建設予定費1250億円の3分の1は国が負担して、自治体、地元企業も3分の1ずつを負担する。しかし、この建設費用も未確定であり、地元企業が万博で多大な協力をして事業収支の改善のために働くことは、愛知万博の例でも分かる。大阪万博開催が決定し喜ぶ商店街の関係者ら=2018年11月24日、大阪市中央区(安元雄太撮影) 経済効果という場合、建設費用と運営費用が経済拡大に寄与する体制になっている。それで何億円の効果と数字をはじく。しかし、実体経済で大切なのは、収支がプラスであることだ。建設費用・運営費用が、入場券収入や跡地利用で得られる収入によって長期的にみても黒字化できるかどうかが肝心なのだ。 その点、経済効果は収入も支出も投資もごちゃまぜにしてグロスの数字の大きさをアピールするものである。事業収支をよく吟味する必要がある。カジノ頼みの採算 大阪万博は、そうした中長期の事業採算をカジノによって得ようという思惑と重ねられている。大阪でのカジノ事業は、前年の2024年にスタートする予定だ。既に国会で成立した統合型リゾート施設(IR)推進法の具体化が大阪で行われる。 万博はそのカジノのスタートを盛り上げる大イベントとして重なっているようにもみえる。事前に大きく賛否が分かれたカジノ構想が、大阪万博の中長期的採算とも大きく絡んでいるのだ。家族だんらんで出掛けた愛知万博とは少々違っている。 万博を経済活性化の目玉にしたいという願望は、本当に実現できるのか。いや、関西経済を浮揚させようということを目的にしたとき、万博を優先する意義はどこまであるのかと問い直したい。 2025年という未来は、現在よりも人口減少が進んでいる。大阪府も人口推計では4・7%ほど人口が減少すると予測している。財政基盤も現在よりも弱くなり、自治体が負担できる能力も低下している。自治体に大きな支援を期待してはいけない。 そうした未来に対して、インバウンド需要を取り込むために、関西空港、伊丹空港、神戸空港などとの連携、交通アクセスを改善し、複数の観光地が協力して周遊観光ルートづくりをするなどの取り組みがある。インバウンドを意識して、医療ツーリズムやスポーツツーリズムを育てていこうというアイデアである。これらの経済活性化のアイデアに比べると、万博は一時的な効果だけを狙った印象が強い。2025年大阪万博の開催決定を祝い、特別にライトアップされた「太陽の塔」=2018年11月24日、大阪府吹田市(須谷友郁撮影) わずか半年間の万博イベントに対して、2兆円という経済効果の数字をつけることで、いかにも経済合理性があるようにみせている。この2兆円は、万博が終われば大半が消えてしまう筋合いである。残るのは、カジノ事業が中心になる。 また、過去の行事では、イベント向けの交通インフラが建設されて、行事終了後は赤字を累積させる問題もしばしば起こっている。繰り返しになるが、大切なのは経済効果の大きさではなく、事業収支が中長期的に黒字化することである。 万博に2兆円の経済効果があると、宣伝することはその本質を忘れさせる。関西経済を浮揚させる他のさまざまな対応策と比べて、この大阪万博が優先する意義があるものになるかどうかについて深く熟考したい。■ 松井一郎手記「安倍総理は本心をごまかしている」■ 大阪が副首都になれば、日本はこんなにも変わる■ 「橋下徹のしょぼい提案」をスケールのでかい構想に変える秘策がある

  • Thumbnail

    テーマ

    場外大激論! どうする「ふるさと納税」

    制度発足から10年を迎えた「ふるさと納税」が岐路に立っている。自治体間で過剰になった返礼品競争に総務省が「待った」をかけたからだ。この議論をめぐり、納税額日本一の大阪府泉佐野市長と、税収流出額が全国2位の東京都世田谷区長がそれぞれ手記を寄せ、iRONNAで場外バトルをお届けする。

  • Thumbnail

    記事

    泉佐野市長手記「ふるさと納税日本一はそんなに悪いのか」

    千代松大耕(泉佐野市長) ふるさと納税は、いま大きな岐路に立っています。ふるさと納税の返礼品について、総務省が規制を強め、これに対する自治体が困惑している様子が、いろいろな報道で伝えられています。 泉佐野市が昨年度の寄付金受け入れ額で全国1位となったこともあり、多くの取材や問い合わせをいただき、ふるさと納税はマスメディアや国民の関心がとても高い問題であることを、私自身改めて痛感しました。そこで、泉佐野市として、この問題に対する見解や考えをきちんとお伝えすることが必要との思いから、9月28日、東京で八島弘之副市長が記者会見をさせていただきました。 この中で、泉佐野市は、まず総務省の姿勢に疑問を投げかけました。これまで数回にわたって、返礼品に関して総務省からの通知は届いていますし、私あてに総務省から何度か直接連絡を頂戴しています。 しかし、例えば返礼品の調達率は3割までとされたことについても、なぜ3割なのかといった明確な根拠を示されたことはなく、また、なぜ地場産品に限定するのかなどについても、何ひとつ直接説明されていません。総務省が一方的な条件を押しつけているだけで、総務省はふるさと納税を縮小させたいのではないかと思ってしまいます。 「返礼品の調達率」については、本来は制度を運用する各自治体の判断に委ねられるべきものとは思いますが、しっかりとした根拠があり、全ての自治体が公平に順守するルールとするならば、「3割以内」とすることに泉佐野市も賛同します。 ですが、「地場産品」については、総務省の意見をそのまま聞くことはできません。例えば、現実問題として、「肉」「カニ」「米」はふるさと納税の返礼品では特に人気が高いものです。こうした恵まれた「地場産品」を持つ自治体に寄付金が集中してしまうことは、容易に想像できます。人気のある特産品を持たない自治体への配慮や、各自治体で創意工夫ができるような余地を残すことの意義なども含めて、しっかりと論議すべきではないでしょうか。 もちろん泉佐野市としても、一定のルールや基準を設けること自体には賛成します。ですが、そのルールや基準は、総務省が独断で決めるものではなく、自治体、有識者、国民世論などを含めて、幅広く議論を行い、大多数が納得できるものをつくるべきではないでしょうか。泉佐野市の千代松大耕市長 泉佐野市は、過去に財政破綻寸前の「財政健全化団体」に指定されるほど危機的状況に陥っていました。その後、財政健全化計画を策定し、人件費の抑制、遊休財産の処分、公共施設の統廃合など、徹底した緊縮財政に取り組みました。 一時は、市の名称さえもネーミングライツの対象にしたほどで、このことが多くのマスメディアに取り上げられ、市の知名度は向上しましたが、このようななりふり構わない状況となり、もうこれ以上何も出ない、乾いた雑巾(ぞうきん)を絞り尽くした感もありました。 私は、後ろ向きな施策を続けているだけでは泉佐野市は疲弊してしまうと考え、歳入を増やすための攻めの改革の一つとして、2008年から導入していたふるさと納税の取り組みを、12年から積極的なものとしてきました。 以降、年々返礼品を増やし、14年には関西国際空港を拠点とする日本初の格安航空会社(LCC)の「ピーチ・アビエーション」の航空券購入に利用できる「ピーチポイント」を返礼品にしたことで、全国的に泉佐野市のふるさと納税が認知されました。地場産品のない苦しみ ピーチポイントの取り組みは、単に話題性だけを狙ったものではなく、就航間もないピーチ・アビエーションを応援するとともに、低迷していた関西空港の活性化の起爆剤になればと考えたものです。 本市のふるさと納税への社会的な認知が高まり、寄付も全国からたくさん寄せられるようになったことで、泉佐野市の「地場産品」である泉州タオルなどの他の返礼品にも目を向けてもらえるようにもなりました。関西空港から釧路に就航する機体を見送るピーチ・アビエーションのスタッフら=2018年8月1日 泉佐野市は、返礼品として人気が集まるような地場産品を持たない自治体です。そのような自治体が多くの寄付金を募るためには、努力とアイデア・創意工夫で返礼品を充実させることが不可欠だと考えています。 本市の担当者が生産者や卸業者、小売業者らと何度も協議・交渉を重ねるなど、様々な努力やアイデアによって返礼品を充実させ、全国から支持を得て、多くの寄付が集まるようになりました。本市のピーチポイントのように、自治体の返礼品には、自らの努力やアイデアから生み出されたものがいくつもあることをぜひご理解いただきたいと思います。 中には「人気の地場産品がないのなら、つくればよい」とおっしゃる方もいますが、そのような取り組みは、全国の自治体が既に取り組んでいますし、人気が集まる地場産品がそんなに簡単にできるわけがなく、私は投げやりで無責任な言葉に過ぎないと思います。 泉佐野市ではお寄せいただいた貴重なふるさと納税の寄付金を、市民の暮らし、教育や公共サービスへの還元へ向けた貴重な財源と位置づけています。お申し込みの際に16の使途を選択していただけるようにしており、特に教育や子育て支援に積極的に活用させていただいています。例えば教育施設の老朽化した備品の更新など財政難でできなかった取り組みが可能となっています。 また、総務省が推奨する、ふるさと納税を活用したクラウドファンディングで起業家を応援する「起業家支援プロジェクト」を2018年度から実施するなど、新たな試みもスタートさせました。 このように総務省とも連携し、ふるさと納税の盛り上げに泉佐野市は懸命に取り組んできたつもりでした。しかし、このところの総務省のスタンスに関しては、正直困惑しています。 10月16日付で総務省より地方自治体に向け、地場産品に関する通知が送られました。この通知を見る限り、前述したような、恵まれた地場産品を持つ自治体と持たない自治体との間に格差が生じてしまうという懸念がさらに膨らみます。 総務省の規制に困惑している地方自治体は少なくないと思いますが、今回の通知はそうした自治体の声にまったく耳を傾けない総務省の姿勢の表れと理解する他なく、非常に残念であり失望しています。矛盾に満ちた総務省 規制を強化する総務省の姿勢は、ふるさと納税に取り組む自治体が自らの頭で考える機会やモチベーションを奪い、魅力的な返礼品が失われることで国民の関心を低下させ、ここまで広まったふるさと納税制度を縮小させる結果につながってしまうのではないでしょうか。 ふるさと納税の議論で、よく「本来の趣旨に立ち返れ」というフレーズが出てきます。総務省の「ふるさと納税ポータルサイト」に「よくわかる!ふるさと納税」というページがあり、そこには「そもそも何のためにつくられた制度なの?」というFAQ(よくある質問と回答)が示されています。 そこで示されているのは、ふるさと納税制度はもともと都市圏に偏りがちな税収を、自分のふるさとなどの地方に振り分けることを目的にして創設されたということです。つまり、自治体間の税収格差縮小こそが「本来の趣旨」である、と私は理解しています。 都市圏自治体の税収が減少して困窮しているという報道も見られましたが、そうなることを目的としているのですから、その意味ではふるさと納税は「本来の趣旨」に沿って機能しているととらえることもできます。 とはいえ、ふるさと納税制度が始まって10年近くたち、制度のひずみやゆがみが目立ち始めたこともまた事実でしょう。都市圏を含む自治体、総務省以外の諸官庁、有識者などの意見や知見を広く求め、制度設計自体を見直す時期なのかもしれません。 泉佐野市としては、ふるさと納税の制度は、都市圏自治体と地方自治体との格差縮小、地方自治体の活性化に貢献し、国民が自発的に税金の納付や使い方に携わることができる機会にもなっており、大変意義のあるすばらしい制度であると理解しています。ふるさと納税の返礼品についての考えを記者会見で発表する大阪府泉佐野市の八島弘之副市長(右)ら=2018年9月、東京都中央区(大坪玲央撮影) 大きな岐路に立った現在、総務省の姿勢が、ふるさと納税自体を縮小させてしまうように感じます。 返礼品に頼らない寄付文化を醸成していく、返礼の形をモノではなくコトにシフトしていくなど、自治体や有識者の皆さんがいろいろな考えや主張もされていることは承知していますし、私もうなずける点は多々あります。しかし、財政が逼迫(ひっぱく)している自治体にとって、あまり悠長に試行錯誤をしていることもできません。 国や総務省には、ふるさと納税に関する幅広い議論の場を設けていただけるよう望みますし、泉佐野市としては、総務省の姿勢に困惑されている他の地方自治体との連携など、よりよいふるさと納税制度の在り方を模索していきたいと考えています。

  • Thumbnail

    記事

    世田谷区長手記、ふるさと納税「東京富裕論」にモノ申す

    気になるような雇用創出や産業基盤の育成などのために基金などにして活用するなど、使途の制限のない本来の地方創生のために計画的に使うべきではないでしょうか。 もちろん、総務省が進める制度の見直しは、改善に向けた一歩ではあると思っています。しかし、高額所得者が寄付できる金額に制限がなく、青天井になっている点など、まだまだ改善すべき点が残されていると主張したいと思います。世田谷区や特別区長会では、ふるさと納税が利用できる範囲を現在の20%から2015年度の10%に戻すことと、利用額に一定の制限を加えることを提案しています。 確かに、東京圏に人口も税源も集中してきていることは事実です。この点がいわゆる「東京富裕論」となって、現状のふるさと納税を肯定する論拠の一つになっています。上空から見た東京・世田谷区二子玉川周辺 しかし、地方税に地方交付税を加えて、人口1人当たりの収入を比較すると、東京はほぼ全国平均です。人口の多い東京は、地方に比べて1人当たりの税収が突出しているわけではありません。 さらに、人口が多いことで、保育や子育て支援の需要急増に加え、急速に進んでいる高齢化対策や、学校などの公共施設の老朽化に直面する建て替え費用も膨大で、大都市ならではの大きな財政需要が生じているのです。ふるさと納税で減じた41億円の予算規模は、世田谷区での「子ども医療費助成」や「ごみ収集やリサイクル」にかかる1年分の経費に相当します。本来無償であるべきもの 実は、税源の急激な減少は他にも襲いかかってきます。2018年度は「地方消費税の算定方法の見直しでマイナス29億円」「法人税の一部国有化の影響でマイナス29億円」となり、ふるさと納税41億円を含めると約100億円と巨額になります。 先に触れた「東京富裕論」に基づく法人住民税のさらなる国税化や、保育・幼児教育無償化で年額40億円程度の負担増も試算しています。世田谷区は、区立保育園や区立幼稚園を多く持っているからです。 近い将来、150億円をはるかに超える税収減が確定的になれば、学校改築や道路整備を止めたり、災害対策のための土木や公園などの整備に支障をきたします。また、高齢者施設や福祉サービスへの影響のみならず、子供・子育て予算にもサービス削減など、将来の世代に影響を与えるようなことが十分にありえます。 そもそも住民税とは、その地域で住み暮らす住民の会費のようなものです。返礼品を獲得することと引き換えに多額の会費を減額して財源に穴があくことが現実に起きています。その穴を、ふるさと納税を利用しない人々の税や、将来世代が背負う起債や積立金の取り崩しで対応するのは不合理なことだと感じます。 寄付とは、本来無償であるべきものだとも思います。ふるさと納税は本来の「寄付」を後押しするような制度に改めるべきです。 多額の税源流出を前に何をしているのかという声を受け、世田谷区は「寄付文化の醸成」を掲げ、区民に対して「世田谷区へふるさと納税を」と呼びかけています。 世田谷区のふるさと納税には寄付金額に応じた返礼品はありません。代わりに、一定金額以上の寄付に対しては金額にかかわらない記念品や、体験型メニューなどで謝意を表しています。 寄付文化としては、18歳となり高校を卒業して児童養護施設を退所した若者が大学・専門学校へ進学するときに、返却の必要のない「給付型奨学基金」を2016年春に創設しました。そうすると、9月末までに、区内外から6000万円を超える寄付が集まるなど、徐々に広がりを見せていると感じています。 また、ふるさと納税を通して自治体が行うガバメントクラウドファンディングで、色あせた「玉電展示車両の塗り替えプロジェクト」や、2020年東京五輪・パラリンピックの馬術競技大会の会場となる「JRA馬事公苑(こうえん)」への「蹄鉄(ていてつ)・名前入りブロック」を道案内のサイン代わりに敷設するプロジェクトも反響を呼んでいます。クラウドファンディングを利用した寄付で修復塗装がされた宮坂区民センター前広場に展示されている「旧玉電車両」の塗装前の様子(世田谷区提供) 10月2日からは、先の北海道地震で大きな被害を受けた世田谷区の交流自治体である北海道の胆振町村会の厚真町、安平町、むかわ町へのふるさと納税の代理受付を始めました。復興に追われる被災地に替わって、世田谷区がふるさと納税を募集し、集まった寄付金を区がいったん預かってから現地に送金することで、被災地の事務負担や経費を削減し、復興を支援する仕組みです。こうしたふるさと納税本来の使い方も広めていきます。 ふるさと納税制度が持続可能なものとなるには、さらなる節度と抑制が必要です。居住自治体の住民サービス削減や停止につながるような重大な影響は、何としても避けなければなりません。東京と全国の市町村が、いたずらに対立構造に陥ることなく、制度を根本から冷静に議論する時期が来ているのではないでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    ふるさと納税、地方自治体の生き残り競争はもう止まらない

    小倉正男(経済ジャーナリスト) ふるさと納税の規制が騒がれている。国(総務省)は地方自治体に対し、国の規制に従わない場合は、ふるさと納税から除外すると通知した。 地方自治体の多くは、内心は不満を抱えているにしても、ここはともあれ逆らわずに従う姿勢をみせている。しかし、数カ月~半年も過ぎれば、また元に戻るのは確実とみられる。いったん踏み出して飛躍的に拡大して定着したものを通知一本で規制するというのはもともと無理がある。 ふるさと納税は、「選択の自由」を基軸に地方自治体に寄付・納税して返礼品が送られてくるというものだ。地方自治体も寄付・納税者の「選択の自由」に対応して、選ばれる価値のある商品・サービスを返礼品にラインアップしている。 地方自治体は、ふるさと納税によって競争原理に目覚めたのだ。返礼品で他の地方自治体と競い合って、寄付・納税者に選ばれようとするのはマーケット原理であり、自然な成り行きだ。しかし、国はこの動きを推し戻し、地方自治体は設定した枠内でおとなしくしていろというわけである。 とはいえ、「パンドラの箱」、この場合は国にとってのパンドラの箱だが、すでに開けられたものをまた半分閉じろというのは困難でしかない。むしろ、ふるさと納税が提示した地方自治体の生き残り競争を一層促進させる方向に歩を進めるべきではないか。  ふるさと納税は、2007年に創設が発表され、08年度にスタートした。制度をつくったのは当時の菅義偉総務大臣(現官房長官)ということである。なるほど苦労人というか、知恵者でないとこういう制度は出てこないな、と思う次第である。 07~08年という時代にもうなずかされる。バブル崩壊後の長期不況期で、雇用も定昇を含む賃上げもなく、株式市場は死んでいたような状況だった。大銀行が巨額の不良債権処理から財閥グループの枠組みを超えて合併するといった業界再編成を経て間もないという、まさにドン底の低迷期である。 しかも、世界的にはそれまで空前の好景気だった米国でサブプライムローンが焦げ付き、リーマン・ショックに行き着くことになった。国内に続いて世界規模で巨大金融危機に恐怖していたような時期にほかならなかった。 雇用も賃上げもないドン底期なのだから、国も地方も税収に苦しむことになった。所得税、住民税、法人税、消費税など税金徴収が上がらず、国は地方に地方交付税交付金、補助金などを削減する挙に出ていた。その代わりに考案・創設されたのが、ふるさと納税ということになる。いわば申し訳程度の埋め合わせというか、苦肉の策でふるさと納税は生み出されてきたわけである。記者会見する野田聖子総務相。ふるさと納税制度に関し、抜本的に見直す方針を表明した=2018年9月11日 ふるさと納税の創設以前はどうだったのか。実のところ、税金の名目や名前はどうあれ、戦後一貫して国による「ふるさと納税」は行われてきている。高度経済成長の余韻のある時期は、国から地方交付税交付金、補助金が都道府県市町村の地方自治体にふんだんに配分されていた。地方交付税は、本来は地方税だが、国が地方になり代わって徴収し、国が地方に配分する。名目は「地方間の不均衡を調整する」というものである。 もっとも、都道府県では税収が途方もなく潤沢な東京都のみは不交付だった。だが、他の道府県は例外なく交付されていた。市町村もまったく同様で、財政赤字を地方交付税交付金、補助金で補塡(ほてん)するのはいかにも当たり前といった調子だった。口を開けて金を待つ自治体 道路・橋をつくる、新しい立派な庁舎をつくる、役人や地方議員の報酬、退職金を上げる…。すべては国家版「ふるさと納税」である地方交付税交付金、補助金依存で賄われてきた。地方自治体が自助努力で財政を健全化したりすると地方交付税交付金、補助金が削られるのだから、地方自治体の自助努力はもっぱら財政を赤字にする方向に使われた。 地方自治体は横並び体質となり、競争や自助努力を放棄し、親方日の丸の親鳥が持ってくるおカネをヒナ鳥のように口を開けて待っているというやり方を疑うことなどなかった。「地方間の不均衡を調整する」という究極の護送船団方式は、国の地方自治体行政でも魔法の杖であった。 それでも経済は回っていたわけであり、日本は社会主義経済モデルで成功した世界で唯一の国と揶揄(やゆ)されていたのである。 ところで、現状のふるさと納税だが、あっという間に定着するどころか爆発的に急拡大をみせている。首都圏などに住む人々からすれば、今や消費購買の本流であるオンラインショッピング、ネット通販となんら変わるところがない。税金面で多少の恩典があり、厳選した返礼品が自宅に届く。その上、一般のネット通販サイトよりも返礼品の方が地方の逸品を揃えているという面が現実である。 これでは、ふるさと納税を規制するといっても、もう止まらない。東京都、神奈川県、千葉県、埼玉県など首都圏地方自治体は、税収が抜かれるのだから真っ青である。それまでかいていた胡坐(あぐら)から、にわかに正座に姿勢を変えなければならない事態になっている。 国の「ふるさと納税」、すなわち地方交付税交付金、補助金は「地方間の不均衡を調整する」というものだった。しかし、今のふるさと納税は、人々がそれぞれの欲しいモノ、サービスを自由に選択するものだから、市場経済のマーケット原理に委ねられている。ベクトルが社会主義から資本主義に変わっているのだ。 ふるさと納税は、人々の「選択の自由」を基軸にしているわけである。地方自治体が返礼品に趣向を凝らすのもマーケット原理からすれば当然のことになる。人々に選ばれないような返礼品では見向きもされない。人々に選ばれる返礼品を必死に揃えようとする。需要者の「選択の自由」には、競争原理で対応するしかない。埼玉県深谷市がふるさと納税の返礼品として電子感謝券を導入し、「道の駅はなぞの」で商品との交換を始めた=2018年5月29日、埼玉県深谷市の道の駅はなぞの(石井豊撮影) ふるさと納税の還元率は30%を上限にしろ、地元産品に限定にしろ、友好・提携都市の特産品は排除する、と国が箸(はし)の上げ下ろしまで規制するといっても、社会主義はすでに通用しない。還元率うんぬんにしても自治体が負担しているのではなく、返礼品を供給する地場企業が負担する原価が基準なのだろうから何とでもなる。それに規制というものは、それを回避する術が絶えずついて回るものである。ふるさと納税の意義は、地方自治体にマーケット原理である競争を学習させたことになる。 最近では、地方都市を取材すると、ふるさと納税のみならず、インバウンド客を取り込もうとする動きがみられる。首都圏、関西圏、名古屋圏などの大都市に集中するお客をなんとか地方都市にまで呼び込んで地域におカネを落として欲しいというマーケティングが推進されている。石原都知事時代の「事件」 例えば、三重県桑名市などは、日本型生産方式など工場見学をコンテンツにして外国人ビジネス客を誘致するという「産業観光」(インダストリアル・ツーリズム)に取り組んでいる。桑名市を通過していくインバウンド客を魅力のあるコンテンツで地域に引き込む努力をしている。 それらの背景にある危機感は、生産労働人口の男女が首都圏などに集中して、地方都市は人口がジリ貧になっているという現実から生み出されている。地方都市は、高齢化した人たちばかりで、若い働き手になる人たちがいなくなっている。働き手の人たちを雇用する産業がなく、働き手を引き止める手だてがない。これでは需要など経済活動は低迷して、税収は低下するのみである。このままでは地方都市の多くは生き残れない。 「地方間の不均衡の調整」どころか、大都市と地方市町村の「不均衡」がますます拡大するトレンドに拍車がかかっている。この現実が、地方自治体に生き残りを賭けた競争に目覚めさせている。 問題とアジェンダ(政策課題)はこの先にある。アジェンダは、地方自治体がガバナンス(統治)を持てるかどうかである。首都圏などの人々がふるさと納税に走り、地方自治体が財政をいくばくか改善させる。これだけでは疑似的でささやか過ぎる地方自治でしかない。株式投資家が、企業の株主優待品や株主総会のオミヤゲを目当てにその企業の株主になるようなものだ。配当も株主優待、オミヤゲも株主資本金(自己資本金)から支払われる。それなら、株主は「株主優待など要らないから配当を増やしてくれ」というのが本筋である。 ふるさと納税でも、首都圏の人々などが地方自治体から返礼品をもらい、地方自治体が寄付により財政を改善するだけでは、ややマイナーな話になりかねない。もう少しあるべき形、まっとうな地方自治を追求するべきである。地方自治体は、ふるさと納税が提起した競争原理による生き残りにもう一歩踏み出す必要がある。 本来的には、税源を地方自治体にほどほど移行して、控え目にでも地方自治体の生き残り策を自らに任せることを検討すべきであろう。 地方自治体が競争原理を導入して生き残りを図る。地方自治体が減税などの恩典でヒト、モノ、カネを呼び込み、新たな需要をつくる。一方で人々や企業は、住居や本社を置く地域を選択できる。新しいふるさとを発見して、そこに住む。新しいふるさとに納税する―。そう簡単なことではないが、そうしたことを考えるだけでも楽しいではないか。 以前、石原慎太郎東京都知事(当時)の頃、都内の銀行という銀行に赤字企業にも課税する「外形標準課税」を行うと宣言した“事件”があった。石原都知事は「真の地方自治を行う」として増税をうたった。銀行は、大マーケットの東京から逃げることは不可能という読みからだ。これは東京都の利害だけで動いた増税事案だった。いかにもポピュリストらしい身勝手な打ち出しである。 こういう時に「わが県は銀行の本店、支店を税金面で全面的に優遇するから移してくれ」と言える地方自治体が出てくることができるか。少なくとも、関西圏や名古屋圏からは、そのぐらいの挑発的な発言が出て、東京都知事を驚かせるぐらいでないと地方自治があるとはいえない。ふるさと納税の返礼品をアピールしたチーバくん(中央)の「生みの親」で市川市出身のイラストレーター、坂崎千春さん(右)=2018年7月3日、市川市役所(塩塚保撮影) 現状で語られる地方自治とは、国・中央官庁からの上から目線の空虚なコンセプトでしかない。地方自治体、あるいは地方自治とは、ある程度自立できているというものがなければ中身がないに等しい。 自立、自助。ふるさと納税は、その端緒になり得る地方自治体のコンテンツということができるのではないか。地方自治体は生き残りに覚醒するのか、再び眠りにつくのか。この先はなんとも見えないが、日本の地方自治が覚醒のベクトルに踏み出していく方が祝福されるべき未来であることは確かである。

  • Thumbnail

    記事

    ふるさと納税のアンフェアはこうやれば是正できる

    小黒一正(法政大経済学部教授) 「ふるさと納税制度」が2008年度の導入から10年が経過した。制度上、ふるさと納税制度(根拠法は地方税法第37条の2)は寄付税制の一種に位置付けられている。 ところが、地域の特産品を返礼品として受け取ることを目的に、この制度を利用して寄付する個人が急増する一方、その個人が居住する地元自治体や国の税収が減収する問題が顕在化してきた。実際、総務省「ふるさと納税に関する現況調査結果」によると、2008年における全国の寄付総額は約72億円、適用者が約3万人だったが、2016年では2566億円、適用者も227万人に急増した。また、できる限り多くの寄付を集めようと、過度な返礼品を提供する自治体も一部で出てきた。 このような状況の下、2018年9月11日、野田聖子前総務相が、ふるさと納税制度を正式に見直す方針を表明した。10月に内閣改造が行われたものの、新たに就任した石田真敏総務相も、10月2日の記者会見で「ふるさと納税制度につき、役所内で見直しの検討をしていると聞いており、その結果を踏まえて対応していく」という発言を行い、急速に見直しの可能性が高まりつつある。 では、ふるさと納税制度の何が問題なのか。そもそも、「ふるさと納税は寄付でなく、実質的な節税スキームではないか」という指摘も多い。 この意味を簡単に説明しよう。まず、ふるさと納税制度を利用してある個人が寄付すると、その個人は寄付額から2千円を差し引いた金額を、所得税や個人住民税から寄付金控除できる。ちなみに、所得税の控除は総所得金額などの4割、住民税の控除は総所得金額などの3割が上限である。 この寄付金控除は通常の寄付の場合と同じだが、ふるさと納税では、この寄付金控除の適用以外にも「特例控除」が適用できるため、個人住民税(所得割)の2割を上限とする金額も控除できる。このため、一定の上限内で寄付すると、寄付額から2千円を差し引いた額を全て減税でき、寄付した個人の負担は2千円のみにできる。 しかも、一定金額相当の返礼品を受け取る多くのケースでは、その返礼品の価値から2千円を差し引いた金額を実質的に節税できるというメリットも享受できる。例えば、ある個人が10万円の寄付を行い、3万円相当の返礼品を受け取ると、この個人は2千円の負担で3万円相当の返礼品を受け取ることができる。 寄付を受け取った自治体は7万円の収入増になる一方、この個人が居住する自治体と国は9・8万円(10万円-2千円)の減収となる。これは、この個人は2・8万円相当(3万円-2千円)の節税が可能となることを意味する。石田真敏総務相(萩原悠久人撮影) また、この個人が20万円の寄付を行い、5万円相当の返礼品を受け取ると、2千円の負担で、5万円相当の返礼品を受け取ることができ、4・8万円相当(5万円-2千円)の節税が可能となる。つまり、より所得の高い個人ほど、ふるさと納税制度の利用で効果的な節税が可能となるわけで、不公平な制度である。 では、何か解決策は存在するのか。現在のところ、総務省は自治体に対して返礼品の相当額を寄付の3割以内に抑制するように指導している。この割合を2割や1割に縮小させることが解決策の一つである。「ふるさと納税」の枠を取り払え もう一つの解決策は、ふるさと納税制度だけに認められている「特例控除」を廃止または縮小することである。あるいは、返礼品の相当額は控除を適用しない制度に改正することも一案だ。 ところで、ふるさと納税制度の創設目的は、人口減少や過疎化が急速に進む中、税収の減少に悩む自治体の財源格差の是正にあったが、この制度だけで財源格差をならすのは極めて難しいのは明らかである。国土交通省の「国土のグランドデザイン2050」によると、2010年から2050年で人口が5割以上減少するエリアは6割も存在するとされ、2050年ごろまでに自主財源が5割以上も減少する自治体が急増しても不思議ではない。 また、社会保障費の急増や財政赤字の恒常化で、国の財政も厳しいため、国や地方が担う公共サービスにさまざまな「綻(ほころ)び」も目立ち始めている。公共を担うのは国や自治体だけでなく、非営利活動を行う団体や社会起業家なども存在し、多様な担い手の育成が必要だ。 そのような状況の下で、重要な視点となるのが、ふるさと納税制度という枠を取り払い、民間活力も利用した形で公共サービスに近いものを各地域で供給可能とする寄付市場の拡充ではないか。 そこで、筆者が提言したいのは、ふるさと納税制度をベースとして、「非営利ファンド」(仮称)や寄付税額控除とセットの「公設寄付市場」(仮称)を創設する新たな構想である。具体的には、株式市場の仕組みを参考にして、以下の政策を推進してはどうか(図表を参照)。 ふるさと納税では、インターネットでのマッチングをフル活用している。そこでこの新たな構想でも、まず寄付者と、寄付を募る団体との情報の非対称性を埋めるためにネットを活用する。すなわち、寄付を募る団体(自治体を含む)やプロジェクトのうち「優良適格要件」を満たすものと、寄付者をマッチングし、ネット上で簡単に寄付可能な「公設寄付市場」を創設するのである。 具体的には、情報の透明性を図る観点から、公設寄付市場は、寄付を募る団体などの財務・運営体制や目的・内容・実績を審査・公表する。審査とともに、その格付けを行い、寄付者や団体の発掘に努力する。他方、寄付者はこの情報をベースに、団体やプロジェクトに対してか、あるいは「一任寄付」方式で寄付する。一任寄付とは、寄付者が分野指定するものの、公設寄付市場に寄付先を原則委託する方式のことだ。なお、ミクロ的効率性を高める観点から、公設寄付市場は、東証の収益方式を参考に、一定の優遇措置や収益源を確保させつつ、免許制の民間組織としていくつか設立し、競争させる。 また、この寄付市場活性化の起爆剤として、「寄付税額控除」や「非営利支援ファンド」を創設する。このうち、非営利支援ファンドは公設寄付市場が運営し、一定要件を満たす団体やプロジェクトを審査して無償資金として支援する。 なお、それでも起爆剤が不足するときは、相続税の一部を活用する戦略も考えられる。野村資本市場研究所の試算では、現在の相続額は年間50兆円程度もある。これに1%追加課税すると、約5千億円の財源が捻出できる。2%ならば約1兆円も捻出可能だ。この財源をベースに、公設寄付市場などの規模を拡充するのである。2018年8月、東京都千代田区で行われたふるさと納税の地域を応援するという制度本来の趣旨を伝えるPRイベント また、支援対象は、寄付を募る自治体や公共サービスだけではなく、非営利活動を行う通常の団体やプロジェクトにも適用することが望ましい。子育て支援や介護などの分野は、既存の制度を補完する受け皿として、自治体以外にも、もっと多様なサービスを供給する団体が存在してもよい。このような新しい非営利活動を行う団体も、国民のニーズに応じて、自然に設立され、成長していく機会も提供できよう。 いずれにせよ、以上の枠組みであれば、ふるさと納税の枠組みをバージョンアップし、個人や法人が、自治体を含む支援先の団体や公共サービスなどを直接選択する機会を提供することが可能となる。同時に、公設寄付市場の審査・公表を通じて、寄付を募る側の意識改革も進み、より質の高い寄付市場の育成を図ることも期待できるはずだ。

  • Thumbnail

    記事

    規制かかる「ふるさと納税」 高還元率を貫く自治体の言い分

     豪華な返礼品が話題となり、“2000円から始められる最強のお取り寄せ”とさえ呼ばれたふるさと納税が“曲がり角”を迎えている。総務省による「規制」がかかり、返礼品を取りやめたり、還元率を低く設定する自治体が増え始めたのだ。今年が本当にラストチャンス、駆け込むなら今しかない。ふるさと納税に関する著書を多く持つ企業家の金森重樹氏が語る。「多くの自治体が還元率を見直し、家電やパソコンなどの返礼品を減らしました。節税や資産防衛にも役立っていたのに、まさに政府の“改悪”です」 ふるさと納税とは、居住地を除いた自治体に寄付すると、その寄付額のうち2000円を超える部分について、所得税と住民税の控除が受けられるという制度。多くの自治体が工夫を凝らした返礼品を用意したことから注目を集め、初年度(2008年)は約81億円だった“納税額”は約2844億円(2016年度)にまで膨れあがった。 だが、返礼品競争が激化し、返礼品の転売目的での寄付や、大都市圏の自治体などで税の減収が相次いだことなどから、総務省は今年4月に各自治体向けに改善要請を出した。その主な内容は、・返礼品の還元率を3割以下に抑える・商品券など換金性の高い返礼品は避ける・電子機器、貴金属、宝飾品など資産性の高いものは避ける この要請の結果、魅力ある寄付先は激減している。「豚肉や牛肉、焼酎の還元率が高く、ふるさと納税額が全国1位だった宮崎県都城市や、人気家電を用意していた長野県伊那市など、豪華返礼品で目立ち過ぎた自治体は、早々に見直しするしかありませんでした」(金森氏) 総務省は各自治体に対して「時期は自治体によって異なるが、“12月までに見直しを”と伝えている」(市町村税課)とのことで、各自治体は、この年末までに返礼品を見直す可能性が高い。奈良県桜井市では返礼品を増やすことを発表した=2017年9月(野崎貴宮撮影) タイムリミットが迫るなか、それでも高還元率を貫く自治体が少ないながら存在している。 毎月定期的に佐賀牛や魚介など地元の名産を届ける定期便『Premium GENKAI』を返礼品にする佐賀県玄海町は、「総務省からは直接電話があったが、継続したい」として、現在も約6割の還元率を維持している。「寄付してくださった方に喜ばれていますし、地元PRにも役立っています」(玄海町財政企画課) 返礼品を通じて町のファンがついてくれれば、“元が取れる”という考えだ。長野県阿南町も5割の高還元率をキープする方針だ。「返礼品としているお米は、農協に卸すよりも高い価格で農家から買い取っているので、急にその量を減らすのは難しい」(町役場振興課)と説明する。続けたい理由はそれだけではないという。 ふるさと納税は、自治体によっては寄付金の使い途を寄付した人が選択できるのだが、同町はその選択肢の筆頭に“農業振興への支援に特化した「農業支援」”を挙げている。これを選ぶと、ダブルで米農家を支援できることになる。「返礼品を通じて当町の農業が話題になったことで、若い世代に農業を始める動きが出てきています。そうした事情も踏まえて、総務省には現在の返礼品を続けることをご理解いただければと考えております」(同前) こうした魅力的な返礼品目当ての寄付について、「ふるさと納税」に詳しい経済アナリストの森永卓郎氏はこんな注意点をあげる。「高還元率は魅力的ですが、実際は使わない、食べないということもあります。自分にとって本当に必要なものかをちゃんと考えてから寄付先を決めましょう」 また、総務省の改善要請に従う自治体とそうでない自治体の“格差解消”を求める意見もあるため、来年以降は高還元率の返礼品がさらに少なくなる可能性もある。 寄付は12月までに行なえば、来年納付する税金が控除の対象となる。高還元率の返礼品を探すならあと2か月だ。関連記事■ 高級キャビアに北海道産いくら ふるさと納税の返礼魚卵■ ふるさと納税の高級な返礼品 岡山の美しい「銅釜」■ 還元率3割規制で寄付者減ったふるさと納税で企業倒産の恐れ■ ふるさと納税 出身ふるさとに限らず好きな自治体に寄附可能■ 今がラストチャンス 還元率5割超のふるさと納税返礼品8選

  • Thumbnail

    記事

    還元率3割規制で寄付者減ったふるさと納税で企業倒産の恐れ

    て地元名産品を受け取れるという制度。豪華な返礼品目当てに寄付をする人が急増して一大ブームとなった。「地方創生」の名のもとに安倍政権は2015年度から寄付の上限額を2倍にするなど、ブームを煽ってきた。しかし、返礼品競争が過熱し、全国の自治体でその調達コストが高額化。「寄付されたお金を地元のために使うという制度の趣旨から外れている」という批判が高まると、政権は態度を一変させた。 4月に総務省は寄付額に対する返礼品の「還元率」を3割以下にするよう全国の自治体に通知を出した。それがブームに冷や水を浴びせたのだ。 冒頭の都城市の業者は、「通知を受け、6月から返礼品の見直しがあった。それまでは還元率は8割くらいあったが、3割に抑えたので“お得感”がなくなって寄付者が減っている」と恨み節が止まらない。野田聖子前総務相=2018年7月、東京都千代田区・総務省(納冨康撮影) 現場で大混乱が生じると、8月に就任した野田聖子・総務相は「返礼品は自治体に任せるのが当然」と発言。勢い任せに突き進んできた政権が、批判を恐れて方針を二転三転させている。 生産者からすれば、返礼品需要を当て込んで一度、増産態勢を取ってしまったら、いきなり縮小させるのは難しい。“地方創生倒産”のラッシュさえ懸念される。関連記事■ 公務員に65歳完全定年制導入で生涯賃金4000万円増■ 安倍支持宣言していた三橋貴明氏、アベノミクスに厳しい評価■ 総理秘書官「辞めてやる!」発言で「総理が謝罪」の真相■ 年金75歳支給時代、貯金5000万円あっても足りない■ 社会保障カットの決まり文句「子や孫にツケ回さない」の欺瞞

  • Thumbnail

    テーマ

    大川村はニッポンの縮図ではない

    年末年始を故郷で過ごす人も多いだろう。2017年もまた人口減、超高齢社会、地方消滅といったキーワードが躍ったが、中でも人口全国最小400人の高知県大川村が「村民総会」を検討したというニュースに衝撃が広がった。ニッポンはこのまま縮小するしかないのか。年の瀬だからこそ、過疎自治体の在り方を考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    「まだ東京で消耗?」高知の山村を救うある移住者のメッセージ

    受田浩之(高知大教授) 高知県土佐郡大川村は人口約400人、離島を除くと国内最小の自治体だ。この村が今、世間の耳目を集めている。議員のなり手が不足して、議会を維持できない可能性が出てきたためだ。各自治体で当たり前に備わっている機能が人口の減少と共に失われる。まだ議会を維持できない事態に至ったわけではないが、「その時」に備え、有権者が予算などの議案を直接審議する「村総会」の設置を検討していると報道された。 意欲的な議員が切れ目なく議会を担い続けてくれればよいのだが、現時点ではその勢いに赤信号が灯(とも)り始めたのだ。対岸の火事のように世間はこの問題を報じているが、2040年には896もの自治体が消滅可能性の危機を迎える。その時期までに、多くの自治体で大川村と同様の問題が顕在化することになる。われわれは人口減少問題を「当事者」の視点でしっかりと見つめ、その対応に一日も早く取り組まなければならない。この事例から学ぶことは多い。 そもそも、地方の人口はなぜ減少するのか。当然のことながら、過疎が進む地方では、若い世代が特に大学進学や就職を契機に都会へ移るケースが多い。その結果、若い世代の人口が減少して、必然的に少子化に拍車が掛かる。この様子は、まるで桶(おけ)に張った水が零(こぼ)れ落ちている様子を想像させる。水が地域住民、桶が地方の自治体である。 桶を取り巻く板はそこで生活をする上で求められるさまざまな要素と考える。この板のうち、一つでも背の低い板があれば、容赦なく水は外に流出する。この桶の下には、たくさんの桶から流れてきたすべての水を一滴も漏らさず受け止める大きな器が存在する。そう、それは都会と言うプールである。 人口減少に歯止めを掛けるために、この桶である地方自治体は、水が漏れ出ている板を高く補強しなければならない。例えば、「大学」の板が問題ならば、若者が希望する進学先(大学)を設立する。「仕事」の板から漏れ出すのであれば、若者が求める仕事を創る。効果はあるだろう。漏れが止まるのだから。しかしこれにも限界がある。日本全体の人口が減っているため、どんなに高い板で囲まれた大きな桶を準備しても、溜(た)める水がもはや枯渇しているのだ。大変熾烈(しれつ)ではあるが、次はこの競争に打ち勝つ戦略を考えなければならない。水を呼び込む戦略、そう移住者の獲得である。著名ブロガーも嶺北地方へ移住 冒頭に話題にした大川村は高知県北部に位置し、「土佐町」「本山町」「大豊町」と共に「嶺北」ブロックを構成する。実は今、この嶺北ブロックは高知県の他の6ブロックと比較して、人口に占める移住者の比率が最も高く、注目されているのである。移住者の多くは20代、30代の若者で、その比率は2%を超える。移住者が増えている理由はいくつかある。著名なブロガーであるイケダハヤト氏がこの嶺北ブロックに移住して、「まだ東京で消耗しているの?」と訴えている効果は大きい。 地域の子供たちの教育に風穴を開けるべく採用された「地域おこし協力隊」が定着し、グローバルな仲間を集め始めたことも理由として挙げられる。地元高知大学が嶺北ブロックに派遣する「地域コーディネーター」が、クラウドファンディングなどの手法を活用して、地域の夢は実現することを実証した影響も顕著である。 さらに、ここでしか作られていない伝統的な地域資源「碁石茶」の生産を支援するために域外から集まった多くの「親衛隊」が、この地域の魅力に誘引され、移住することになったのも理由の一つである。 かれらは地域の魅力を「よそ者」の目で敏感に感じ取り、その価値を域内のみならず域外にも訴求し、持続可能な地域に変革しようとする「イノベーター」である。その周りには不思議と同じ臭いを感じさせる同志たちが地域の内外から集まってくる。 限られたエリアである嶺北ブロック内で、それぞれのグループはやがてグループを超えた相互のネットワークを醸成する。イノベーターたちの集積は新たな結合(イノベーション)を生み出す「接触の利益」(野長瀬裕二『地域産業の活性化戦略』学文社)を最大化するのである。今、嶺北ブロックはイノベーターたちで溢(あふ)れ、その刺激的な感性は地域の人々を鼓舞している。 統計学によると、n個の個体があれば、そのうちルートn個が平均とは異なる振る舞いをするという。例えば100個の集団では、そのうちルート100、すなわち10個が平均から外れる。この確率は100分の10で10パーセントとなる。400個の集団であれば同様に5パーセント、さらに集団が大きくなって100万になるとルート1000となり、その出現の確立は0.1パーセントになる。 集団が大きくなるにつれて個性的な個体が発生する確率は小さくなり、やがてゼロに近づいていく。これを「平方根の法則」と言う。イノベーターとは母集団の平均的な振る舞いとは異なる、個性的で革新的な人材であると定義すると、その出現は母集団が小さいほど高い。今の嶺北ブロックを見ていると、地域外からの有為な人材の定着を含めて、小さなサイズでこそ成立する、個性的な集団としての姿が平方根の法則から浮かび上がる。人口減少に立ち向かう社会変革が必要な今、「変革は辺境の地から生まれる」予感がする。

  • Thumbnail

    記事

    小さな会社なら社長一人、400人の村に議会は本当に必要か

    経っても依然、国民から遠い政府が中央集権体制のもとで箸(はし)の上げ下げまで決めている始末。最近の「地方創生」という名の地域振興策も、全国一律のモノサシで進められ、どうもパッとしない。 このことが、いかに国民の納めた税金の無駄遣いを生み、いかに地域の元気・やる気を奪い、この国の衰退の引き金を引いているか、早く目が覚めないと滅びてしまうのではないか。 そもそも細長い日本列島には多様な地域が存在する。それ自体、大きな魅力だが、総じて海に面した地域が多い反面、国土面積の7割が人の住めない山間部だけに、そこに近い中山間地域といわれるところは小さな町村が多い。 平成の大合併が盛んな頃、人口1万人未満の町村を小規模自治体と呼び「差別だ!」として問題になったことがあるが、いま地方議会を置くべきかどうか。この1万人未満の小さな自治体は現在、485市町村にのぼる(市町村の27・8%)。 大川村のように1000人未満の町村は、この先、10年もしないうちに100、いや200近くに増えるかもしれない。それだけに今回のケースは「特殊なもの」とはいえない。小さな町村で議会を廃止したらどうか、この話題の発端は大川村で、議会を廃止し、村総会で自治体の基本的な予算、条例などを決めて行こうという話が出たところに始まる。 同村では、2015年村議選で定数6を超える立候補者はなく、現職6人が無投票で当選している。今後とも「議員のなり手がない(不足)」という。それならば、議会のあり方を考えるより、議会をなくした方がよいのでは、と一足飛びに廃止論へ傾いたようだ。 議員のなり手がないというのは、もっと広がる話だ。2年前(2015年)の春、4年に一度の統一地方選では投票率の大幅低下と無競争当選率の増大が際立った。議員選に限っても、無投票当選率は町村で21・8%、道府県で21・8%、市で3・6%、指定市で1・7%とこれまでで最も高い。政治の中心にない地方議会 県議選の1人区などは3割近くが無競争当選だった。これは首長選にも波及し、町村長選で4割、その後さみだれ的に行われている市長選をみても、3割近くが無競争である。ついにその年は知事選までそれが現れた。岩手県と高知県の知事選が無競争だった。 これに加え選挙があっても、事実上、選挙前から当選者が分かるような無風選挙を加えると、50%近くの地方選挙が無競争に近い状態だ。投票率も史上最低の45%で、有権者の半数以上が選挙に足を運んでいない。日本の地方民主主義は草の根から枯れ始めている。 果して、無投票の当選というのは本当に「当選」なのだろうか。ゼロ票議員、ゼロ票議会の出現は、議会制民主主義における政治的正当性を失わせる。彼(彼女)らは仮面をつけた「みなし代表」に過ぎないのではないか。選挙の洗礼を受けない無投票当選(正確には選挙をする前に当選が決まった)は、選ぶ側にも選ばれる側にも「政治的正当性はない」と言えよう。今後人口減少に伴い、よりこの傾向が強まるとすれば、事実上、自治体職員の支配する地方自治へと変容する。住民の住民による住民のための政治を、自ら喪失してしまう。2017年8月、茨城県東海村長選で無投票再選が決まり、万歳三唱をする現職の山田修候補(中央) 公共分野が拡大し続け、税負担が年々重くなっているが、じつは日本全体の行政の3分の2は地方自治体が占めている。そこで議会制民主主義の空洞化が深く進行している。とするなら、この国はどこへ進むか分からない。 すでに行政を中央政府(国)に任せればよかった時代は終わっている。地方分権改革で2000年から日本の行政の多くは地方自治体の自己決定、自己責任に委ねられている。ただ、地方に任せればうまく行く、その姿はまだ見えていない。地方政治が出番なのにパワーが見えない。納税者で近いところこそ一番問題が見えるはずだ。そこを大義に分権改革を進め自治体に政治行政を任せるのが民主主義の基本だというが、どうもそれは教科書の世界に止まる感が強い。 2年前、政治参加の資格を18歳まで引き下げ、240万人の若者が政治に参加できるよう選挙権の拡大を図ったのに、事態は逆の方向に動いている。地方議員のなり手がなく、地方議会がうまく機能していない。それを地方民主主義の危機とするなら、これを放置したらこの国は亡びる。世界の中で、公共サービスの3分の2を都道府県、市区町村という地方自治体に委ねている国、これほど地方自治体の活動量(ウエイト)が大きな国は、カナダと日本ぐらいだ。  それだけ、自治体の影響力は強いはずだが、肝心の地方議会が政治の中心になっていない。議会制民主主義が根のところから枯れている。「無投票」選挙は当選なのか 無投票当選ということが続けば、果して当選といってもその議員に住民を代表する政治的正当性があるのかどうかが問われるわけで、ゼロ票議員の集まりの地方議会そのものの政治的正当性が問われる。何を代表の根拠として予算、条例、主要な契約を決める資格があるかだ。 こうした状況からして、大川村のような小規模な自治体では議会を廃止し住民総会で決めても何も問題はないのではないか。自治体の規模や地域特性に関わりなく、日本では地方に二元代表制を大都市圏、地方圏に構わず一律に適用する、創意工夫すら認めない形で適用する仕組みこそが問題ではないか。 「議員のなり手がない」という点に絞っても、背景には次の4つの根深いものがあるように思う。 第1.この20年間、経済の実質成長率ゼロのなか、税収も伸びず、政策をめぐる裁量の余地が極めて少なくなり、議員の活躍の場の喪失感が増大していること。第2.若年、中年層を中心に職業の安定志向が強まり、あえて4年ごとにリスクを追う政治家(議員)に挑戦しようという気概(政治家の魅力も)がなくなってきていること。第3.議員に選抜される母集団が構造的に狭まっている。サラリーマン社会にもかかわらず、サラリーマンが議員職を兼ねることができず、勢い自営業者か無職者のみの戦いになっている。事実上、8割近くを占めるサラリーマンが公職につくこと排除していること。第4.報酬の削減が続き、経済的な魅力に欠け、また相次ぐ定数削減で新人の出る余地が狭まり、現職優先、現職の議席既得権化が進み新人の当選可能性が低下していること。 この状況を変えることができるかどうか。というのも、どう見ても今後「議員のなり手不足」は深刻化しよう。相当大ぶりの抜本的な選挙制度の改革でもしない限り、競争率が上がり、無投票当選がなくなり、女性議員や若手議員が増え、地方議会が活性化していくという道筋は見えてこない。 例えば、本業は会社員で日常生活を送るようにし、公職としての議員活動ができるよう、土日・夜間開催議会へ議会の置き位置をシフトするとか、年齢別の当選枠の設定や女性比率を定めるクオータ制(割り当て)の導入など、いろいろ考えられる。 基本は、何といっても8割近くを占めるサラリーマンが議席を持って議会活動ができる仕組みに変えることができるかどうかだ。そこが最大のポイントとなる。会社員の労働法制を変えること(公職休暇制度)や、時間帯を夕方の「5時から議会に変える」などの改革が急務だ。2017年12月18日、野田総務相(右から2人目)に提言書を手渡した後、記念写真に納まる高知県の尾崎正直知事(右端)、大川村の和田知士村長(左から2人目)ら では、議会は何のためにあるか。むかし、ギリシャの「樫の木の民主主義」という例がある。村の公共的決定は多くの村人が樫の木の下に集まって意思決定をしたという話。だんだん人口が増えて集まるのが大変になったら、輪番制で代表を決め、その人たちが意思決定をしたという話がある。 この原型の例からして、要は予算や条例の決定、執行機関の監視、また住民の民意の反映は「議会」という装置を通さなければできないのかどうかだ。議会は絶対かどうか。議会自体に機能不全が視られる現状からその打開策として有権者が一堂に会する「住民総会」を開く方法も選択肢にあるとみるのが正しいように思う。後押しするべき大川村の議論 公選議会は廃止し、公選の首長に予算編成、主要契約、条例作成など全権を委ね、執行活動をチェックする「監視機能」に限定した「評議員会」をおく。問題のある首長は住民総会で解任できるようにする。実費弁償で集落別に出した評議員が四半期ごとに行政を統制したらどうか。議会自体に機能不全が視られる現状からその打開策として有権者が一堂に会する「住民総会」を開く方法も選択肢にあろう。 とはいっても、大川村の実態をみて、いまの町村でそれを実現する際のハードルは低くない。地域住民の高齢化が進んで住民の一定割合が入院したり、施設に入所していたりするお年寄りは多いところもある。また住民を多く集めるだけの場所や総会の出席者をきちんと確保できるかも課題となる。人口は少ないといっても、面積が広く、集落が点々としていて都市部で考えるような密集地はない。総会当日、総出で役所が搬送に走り回る風景すら想定される。高知県大川村役場 総会で議論するテーマの範囲や具体的な運営方法をどうするかも大事な点だ。例えば、戦前の町村のようの首長が町村会(議会)の議長となって全てを仕切ったような形を住民総会に当てはめ、総会の司会を務めるようでは、執行権をもつ首長(執行機関の行政)へのチェックが形骸化してしまう心配もある。 もちろん、いまの時代だからIT技術(情報技術)を駆使して総会に出られなくても議論に参加できる仕組みをつくったり、公正さを保つために運営ルールなどを定めた住民総会基本条例をつくり決定過程の透明性を高めるやり方もあろう。またこうした小規模町村の地方議員については兼業を前提として、会議は出席しやすい夜間の開催を原則とし、議員報酬は実費弁償に置き変えるという改革も一つの方法だろう。 考えようによっては、町村総会は住民が行政に直接関わり、地域の自治に関心を持つ機会ともなる。総務省など国も冷ややかに例外を認めるかどうかの態度ではなく、この先の人口減少社会を先取りした自治制度のひとつの方向として、大川村の動きを後押しする方向で検討すべき段階ではないか。 もちろんそれは、地方議会のあり方を全般的に見直す機会ともなろう。大川村の動きを、議論を深めていくきっかけとすべきだ。過疎が進む各地の市町村で地方議員のなり手が不足する中、直接民主制的な手法で議会の機能を代替させようという、次代の地方自治のあり方の議論が深まる機会となるよう期待したい。

  • Thumbnail

    記事

    人口減少の呪縛から解き放つ「ふるさと住民票」のススメ

    山下祐介(首都大学東京准教授) 2017年10月の突然の衆院選は、野党の分裂を経て自民の圧勝に終わり、11月には第4次安倍内閣がスタートした。 今回の選挙ほど政治のあり方を問われるものはなかっただろう。21世紀に入って、この国はさまざまな政治行政改革を行ってきた。その改革は明治維新以来といわれるほどだったが、「これでよい」という解にはいまだにたどりつけていないようである。 現在の選挙は国民・住民の代表選びではなく、職業政治家の選択にすぎないことは明らかだ。普通の国民・住民が議員になるハードルは高く、いったん議員を目指せば選挙に勝つことが第一義となり、「住民にとってどんな政治が必要か」よりも、どんな人が自分に票を入れてくれるのかを嗅ぎ分ける力が問われる仕事となっている。今の選挙制度(特に小選挙区制)を続ける限り、この状態から抜け出すことは不可能だろう。 そもそも肝心の議会の改革が不十分だ。近年の改革によってかえって悪くなった感じの方が強い。どうすれば議会・政治が清い流れになり、住民全体のためにしっかりと仕事をする「善い魚」がすめるようになるのか。それとも権力には欲望と悪徳がつきものであり、私たちはそこから逃れることなどできないのだろうか。 今年6月に高知県大川村が提起した、将来議員立候補者が不足する場合に備えるための村民総会の研究は、今述べたことと深く関係する。この提案はその後撤回されたが、非常に重要なことが提起されたと思うので、ここから議会政治というものについて問い直してみたい。高知県大川村の議会で、「村総会」の検討を本格化させると表明する和田知士村長(左から2人目)=2017年6月12日(共同) まず重要と思われるのは、議員(少なくとも地方自治体の議員)というものは必ずしも割のいい仕事ではないということだ。私たちはどこかで議員には権力が委ねられ、そのことによって私利私欲を実現する機会が高まる、だから職業政治家になる人があとを絶たないのだと、そういうふうに思いがちである。 そうなっている例は確かに見られる。だが、議員に付帯されるさまざまな特権を引っぺがしてむき出しにしたとき、その本質は極めて責任が重く、自己犠牲が多く、しんどい仕事なのだ。議員のなり手がいない―特に過疎山村においてこの現実は、放っておいても必ず立候補者が出てくることを前提にしている今の議会制度に、何か大きな欠陥があることを示唆している。大川村はその最前線であった。 さてともかく、議員のなり手がなく議会が組織できないという事態が生じた場合、その代替となる制度が「村民総会」なのだという。私も大川村の一件で知ったのだが、要するに村民全員が議員になるということのようだ。議会による間接民主制が機能しないなら、全員による直接民主制に切り替えればよいという発想だと考えれば理解しやすい。民主主義とはみんなの声を集めることだから、原点に返るということなのだろう。直接民主制が危うい理由 しかし、直接民主制にすればそれで解決するというものでもない。大川村が、しかるべき時が来れば村民総会を「実施する」といわずに「研究する」といい、そして9月に「研究を断念する」といったのは、それが極めて実現困難なものであると認識していたからであろう。高齢者の居住地が山間に散在している実情の中で―そしてこの地形状況が、大川村が他と合併せずにいる理由でもあると推察するが―全員を集める総会を頻繁に開くことは現実的には無理だということなのだろう。議会への関心などを尋ねたアンケート結果を発表する高知県大川村の職員=2017年7月21日午前、高知市(共同) だが村民総会が適切な解ではない理由は、それだけにとどまらないと私は思う。村民総会は、実現困難だというだけでなく、実現することによって村民がさらなるリスクをかかえることになる。 私は、直接民主制は危ういと考える。特に自治体の人口規模が過剰なまでに減少し、村の将来の見通しが立ちにくくなっている現状では。というのも、多くの人が後ろ向きの感覚を持っているときには、議論の場の設定の仕方に慎重でなくてはならないからだ。 むろんここに暮らす人の多くは、この村がこの先もしっかりと持続していくことを望んでいるだろう。しかし現在、村の人口の絶対多数は高齢者である。そしてその子供たちの多くが都会へと離れてしまっている現実を前にして、村民の声は必ずしも村の将来に前向きなものだけではないはずだ。私自身が過疎地を回るときにもよく聞こえてくる声がある。「自分の代でもうこの村は終わりだ」「若い人たちは無理をしなくてよい」と。 総会はオープンな場であり、少数でもこうした意見が表明されれば、それを否定し、前向きなものへと転換するのは大変難しくなる。これでは村は続かない。若い世代に対しても無責任だ。しかし、オープンな場で生の住民の声は排除しにくい。村の将来を決める会合は、できるだけ慎重に、感情論を廃して、しっかりと前向きに進めなくてはならない。代表民主制である議会ならできるとはいいがたいが、村民全員が参加する総会にも、その保証があるとはいえない。むしろ社会が崩壊するリスクは高まるというべきだろう。 私がこう述べるのは、この数年地方で、明らかに今までとは違う人口の流れが生じているからである。人口減少はそろそろ止まる。山間部や島嶼(とうしょ)部で、あるいは農村や漁村で、若い人々の環流が始まっている。Uターン、Iターン、孫ターン、仕事を求めて、農地を求めて、あるいは都市から逃れて…。人の動きや動く理由には地域差も大きいようだが、全体の流れがどちらに向かっているかは明確だ。そこでは新たに子供たちも生まれている。高齢者たちが抜ける穴を埋めるように、若い人々の田園回帰・地方帰還・人口再生産は着実に進んでいる。制度に修正が加えられるべき時が来た そしてこの大川村でも、若い人の山間部への移住・還流は同じように生じているようだから、地域再生を進めるために、今こそ次世代に向けた積極的な対策(教育や子育てなど)を用意する必要がある。高知県大川村「緑のふるさと協力隊」として移住した和田将之さん=2017年5月12日、(角田純一 撮影) だが、高齢者ばかりの自治体で、高齢者たちの意見だけを聞いていてはそうした対策は打てない。若い人々もなかなか声をあげにくいようだ。そこでこれまでの議会に替わって村民総会が導入されたとしても、それが議会に替わる適切な手段になるのかといえば私にはそうは思えない。むしろさらに若い人々が意見を通しづらい状況が生まれるのではないか。 適切な村政を導く民主制の方法はもっと別にあるはずだ。今回の大川村の動向が提起していたのはそういうことだと理解したい。 そして、筆者はこう希望を持っている。大川村のような小さな自治体であればあるほど、全体の構造がよく見える。だからこそ、現在の議会制民主主義に替わる適切な行政チェックシステムを必ずや確立できるだろうと。要は村全体がきちんと見え、将来世代に責任をもち、適切に状況を分析し、判断し、村長以下、自治体の職員チームが提示する政策の善しあしを的確に判断する集団が、村の中にしっかりと位置づけられればよいわけだ。 逆に言えば、そうした機構を首都圏の大都市部に適切にセットすることの方が、とてつもなく困難な話なのだ。巨大な都市で流動性の高い住民たちが、その地域社会全体を見て適切な行政施策を選択していくことなど、そう簡単に実現できるとは思えない。 そもそも議会制民主主義そのものが古き発明品である。しかもこの国のオリジナルでもない輸入品だ。民主制、代表制、議会や選挙といったものを、自分たちにとって使い勝手のよいものへと、私たちはもっと新たな発想で構築し直していく必要がある。 議会代表制と村民総会のあいだ、そのどこかに大川村ならではの民主主義の最適解があるはずだ。今回の「村民総会の検討をした」という選択がきっかけとなってさまざまなアイデアが模索され、実験され、この地にあった適切で適当な民主制システムが選択される、そういうプロセスが進むことを期待したい。 そしてこのことは間違いなく、日本の大都市部や国会にもあてはまる。特にこの1年の間におきた政治プロセスのおかしな事態は、特定の政治家や行政職員が悪いということではなく、現在の政治家を選び民主主義を支える制度自体に問題があるのではないか。そういうメタ論的な発想で事態は検証され、修正が加えられるべき段階にきている。そういう視点を広く国民全体で共有することが必要だろう。 さらに、こういう提案も示して、この問題についてのさらなる議論の活性化をうながしておきたい(以下については拙著『地方消滅の罠』も参照)。村民は「その村に住んでいる人」だけではない 大川村は人口約400人の過疎山村というが、それは住民票を勘定すればそうなるというだけで、大川村に関係している人口はもっと多いはずである。大川村の出身者は、若い人ほど大川村を離れて暮らしているが、その多くは高知県内、四国内にとどまっていて、頻繁に出入りしているだけでなく、どこかで帰還するチャンスをうかがっている。いわゆる限界集落はどこでもそうなっている。 筆者は思う。こうした村の外にいる者たち(通う村民、関わる村民、関係人口)も村民の一部と考えるべきではないか。中でも将来大川村に帰ってくる予定の人などは、今からでも大川村の村民として迎え、その意見を聞くことができるなら、帰還を実現しやすくなるのではないか。逆にそうした外の声を反映せずに、今ここに住んでいる人たちだけの声で政策を進めるから、帰還しにくい、若い人が暮らしにくい村にどんどんとなってきたのではないか。 構想日本の呼びかけに応じて集まった自治体により、「ふるさと住民票」の試みが始まっている。ふるさと住民票とは、今ここには住んでいないが、何らかの形で自治体に参加したいという人にある種の準住民のような資格を付与し、その自治体の力になってもらおうというものである。2017年12月の時点で、鳥取県日野町、徳島県佐那河内村、徳島県勝浦町、香川県三木町、香川県三豊市がその発行をはじめている。徳島県佐那河内村の「ふるさと住民票」を岩城福治村長(左から2人目)から交付される、名誉村民の書家山根玉峰さん(同3人目)ら=2017年3月7日午後、佐那河内村役場(共同) ふるさと住民票の発行が何をもたらすのか。ともかくも現段階では実施しながら考えようという試行錯誤のものだが、例えばこの発想からすれば、村の民主主義も、その村に住民票をおいている人だけのものではなくなっていくはずだ。村の出身者、村に働きに来る人、あるいは将来この村に住みたいと思っている人だって、その村の政策形成に参加する権利がある。議員だってそうした人の中から出すことも許されてよいのではないか。あるいはかえって、こういった半第三者的なチェック回路がある方が、適切な行政運営・政策形成が実現するのではないか。 おそらく今、私たちはそれぐらいのスケールで議会のあり方、自治体のあり方についてしっかりと踏み込んだ見直しを進める必要がある。そしてそうした見直しが、過疎山村のみならず、大都市を含めたこの国の民主主義、政治過程の再活性化につながるものと信じる(選挙と民主主義に関しては、拙稿も参照されたい)。 高知県の山村も含め、そろそろ過疎地の人口減少も下げ止まりになってきたようである。大川村でもすでにその兆しが見えているという。この転換期に見合う新たな自治体、新たな議会、新たな民主主義のあり方を、将来を見まごうことなくしっかりと模索し、選択したいものである。

  • Thumbnail

    記事

    大川村長が語る毎日新聞「議会廃止検討」報道への反論

    和田知士(大川村村長) 大川村が村議会を廃止して村民議会の設置を検討しているとマスコミが大々的に報道しましたが、その反響にはびっくりしました。5月1日の毎日新聞の記事にはデカデカと「議会廃止」「村民総会設置検討」という見出しがとられてしまいましたが、記事の中身を読んでもらったら見出しと少し違うことがわかってくれると思います。私は議会を残すために村民総会の勉強、研究調査をするということは言いましたが、村民総会設置のための勉強、調査、研究をすると言ったことは一度もありません。そこだけは間違わないようにしてもらいたいのです。 ただ、国も県もすぐに動いてくれましたね。国は有識者会議を7月から設置すると発表して、県は議会を残すためにどうしたらいいのかということを一緒に勉強しようと言ってくれました。県と国の対応の早さにびっくりしたとともに、本当にありがたいと思っています。 そもそも議会を残すために、どんなところに問題があるのかといったことを含めて村民総会を勉強しておかなければいけないと思っていましたが、国が有識者会議を開いてくれるので、それについては国にお任せしたい。うちは議会を残すためにどうしたらいいのかという勉強に集中できますから。 ややもすると村長はトーンダウンしたんじゃないの?とメディアは言ってくるかもしれません。しかし、もともと村民総会の設置とか議会廃止をするということは一度も言っていない。毎日新聞の記者の取材のときに、検討という言葉を最初のうちには使ってしまっていた。ほかの記者から質問を受けて答えたときに、「この業界では検討と言ったら、することなんだよ」というようなことを言われ、「これからは極力使わないことにする」という話をしました。大川村の和田知士村長 町村総会については、4年前に一般質問の中で村長はどう思うかと聞かれ、私の頭の中にはそういう考えはないという答弁をしていました。しかしそれから4年がたち、2年先の村議選のときに果たして6人の候補者がいるのかなということを考えて、村政に対しても議会に対しても、誰かがしてくれる、何とかなる、ではなくて村民みんなが関心を持ってほしい。そして何とかならなかった時のことも、想定をしていく必要があります。2年後、もし議会が成立しないということがあれば村政が停滞してしまうので、議会の存続についてしっかり考えていく必要があると判断したんです。 民主主義というもので考えると、総会について良い悪い、という両方の意見があります。まだ十分に勉強しているわけではないので軽々しく言えませんが、制度上、村民総会はとてもできるような制度ではないと私は認識しています。 地方自治法の94条、95条には確かに町村総会を置くことができるとなっています。八丈小島(旧宇津木村:現八丈町)で前例がありますが、島民が60人、有権者が30人というような状況であれば、できるかもしれないが、うちは人口400人、有権者が350人。規模が全然違うし、実際に行うとなると、さまざまな課題が浮かび上がります。 例えば、公務員である学校の先生は村民であるにも関わらず、村民総会には参加できない。となると、もはや「総会」ではなくなってしまう。そんなことをひとつとっても、現状では、村民総会ができるような法になっていないと思います。大川村が合併しなかったワケ 平成の大合併が平成12年ぐらいから言われ始め、当時の高知県知事は橋本大二郎氏で、高知県としてはアクセルを踏まないよ、というスタンスでしたが、全体としてはアクセルを踏んでいるような状況でした。高知市と土佐郡が6つ、長岡郡が2つ、8カ市町村で合併協議会を設置するかどうか、という協議を1年ぐらいかけてしていました。その結果、高知市は嶺北地域とは合併はできないという結論に達しました。 この嶺北地域は本川村、大川村、土佐町、本山町、大豊町の5カ町村あって、そのうちの本川村が平成14年に伊野町、吾北村と合併すると表明した。そして大豊町が単独自立で頑張ってみるという表明をしました。残った3町はどうするのか。平成15年になって、合併の協議会設置について住民投票をすることになった。本山町と大川村は賛成多数、土佐町は反対多数となり、すべてが賛成でなければ設置にならないわけで、結果としては、それぞれ頑張っていこうよということになったんです。 私は、合併はしなくてよかったと素直に思っています。いまは、なんでもしゃべれるような村民との関係ができていると思うし、職員には大いに声を拾ってこいと指示しています。しかし、合併したらどうしても役場があるところが中心になってしまう。それこそ「消滅町村」はでないにしても、消滅集落というものはでてきてしまうのではないか。そんなことを考えると、村民も不満もたくさんあると思うが、村を何とかせんといかん、ということは合併をしていないがゆえに考えられること。合併しなかったことは村民にとっても大きな成果だったのではないでしょうか。 白滝鉱山街=撮影日不明、高知県大川村 鉱山があり、ダムがなかった昭和35年くらいには4100人を超える人口がありました。廃鉱で2000人くらいが一気に減ったのも大きかったし、さらに早明浦ダム建設に伴って1000人ぐらいは一気に移動してしまった。 昭和60年ごろ、村民が750人になったときに、この750人の人口を守っていこうと村がうちあげて、その時はふるさと創生のときでもあったので、一時期は維持できた。しかし、人口対策については誰も真剣ではなかった。当時役場の職員だった自分自身も、それこそいま、村民に対して、「なんとかなる、誰かがしてくれるじゃいかんのじゃ」って今は言っているのですが、その当時は「まあ、なんとかなる」という感覚だったような気がします。 そして750が680になり、600を割り、538になったと思ったら平成22年の国勢調査で411人になった。それは真剣に人口対策に取り組んでこなかった結果でもある。23年の12月に就任して以来、400の人口を守ろうよ、ということを言って、結果、たまたま運よくですが、平成22年から27年の国勢調査の5年では16人の減少でとどまっている。年間どうしても10人くらいお亡くなりになるので、そういった自然減があるなかで5年間で16人の減少でとどまったのは県や国の協力をはじめ、いろんな要因があります。 例えば、役場職員だった若者が、「必ず大川に戻ってくる」と言って26歳くらいで辞めていったん、外に出て勉強してくる、そして嫁と子供を連れて戻ってくるといったケースもあります。ほかにも、大学を出てオランダに1年留学した若者は、大川村に戻って花き栽培を始め、2年前には農事組合、法人を設立して、いまでは常勤で若者を2人雇用してくれています。そんな風に、どんどん輪が広がれば、若者ももっと帰ってきてくれるかもしれない。東京で疲れてやる気がなくなってしまった人が大川村に来てもらっても、なかなか続きません。 田舎だから○○がない、と言うんじゃなくて、自分でこうするというものを持って帰ってきてくれたら、することはいろいろあるし、支援できることはしたいと思っています。 自分たちの時代に大川村がなくなることがないように頑張ろうねということはずっと言い続けています。当然、一人ではできないし、議会と執行部だけでもできない。だからこそ、村民に主役になってもらう必要があるのです。(聞き手、iRONNA編集部 本江希望)

  • Thumbnail

    記事

    大川村が生き残るには「越境合併」という裏ワザしかない

    貞包英之(立教大学准教授) 今年6月に高知県大川村が「村総会」の研究・検討を表明し、話題となった。9月には検討を中止し、村議会は継続することになったものの、議員のなり手不足は全国的にみても深刻な問題だ。高知県大川村議会で発言する和田知士村長=2017年6月(共同) 大川村に一度も足を踏みいれたことがない私は、この問題の是非について具体的に述べる立場にない。ただし遠くから眺めると、大川村は現在の「自治」の限界をよく表現している。 まず重要なのは、この事件が「市町村は歴史的な存在である」と思い起こさせてくれる点である。市町村制施行(1889年)とともに生まれた大川村がそうであるように、「市町村」とは明治のなかばに生まれた、あくまで近代の制度なのだ。 「自治体」としての実質的な確立はそこからさらに遅れた。戦前には選挙権が財産によって制限され、国から任命された県知事や郡庁の支配を受けていたことを重視すれば、一般から選ばれた首長や議員が「自治」を行う今の「市町村」というまとまりは、戦後に生まれたとさえ言える。 明治に作られた「行政村」の背後に、より長い歴史をもつ「自然村」を想定するものもいるだろう。ただしこの「自然村」にどこまで持続性や連続性をみることできるかといえば怪しい。 近年の研究をみると、稲作が一般化した中世末から近世はじめより前の時代は、土地に定着する人びとが少なかったといわれている。人の集団の連続性や産業的な成り立ちの継続性からみれば、多くの場合、村とはせいぜい近世につくられた急ごしらえの制度にすぎない。 こうした「自然村」の歴史のなさを隠したのが、「行政村」だったとさえいえる。「行政村」は補助金や理念によって制度的に村を固定し、これまで、そしてこれからも永続的に続くものであるかのようにみせかけてきた。  問題は、「市町村」が今後も超歴史的に続くというフィクションに、近年ついにほころびが目立ち始めていることである。端的にそれは、あたりまえに選挙をし、学校を運営し、福祉を実施することがむずかしい市町村が増加していることによって示されている。 理由の一つは、少子高齢化である。市町村で一般的な行政水準を満たすためには、一定の人口と税収、さらには人材が必要になる。だが人口が減り、議員や役所の仕事に満足な給与が払えない自治体さえ現れているのである。 また、産業構造の変化も一因だ。大川村では白滝鉱山が1972年に閉山したことが人口急減の引き金になったが、同様の自治体は多い。地域産業の興隆によって経済成長期に人が増えたが、その後、急速に過疎化に陥った村が多いのである。 しかしそれらと同等、またはそれ以上に問題となるのは、近年、市町村の「自治」というまとまりを脅かす商品や金、情報、またそれに応じた人の流れが活発化していることである。 県を越えるような長距離移動はたしかに減っている。しかしそれを補うかたちで、県内、市町村内の移動は維持、または増加傾向にあり、さらに旅行や買い物、帰省や通勤といった短時間の移動もますます盛んになっている。ショッピングモールが自治体の枠を壊す? こうした流動性(mobility)の高まりは、人びとが一つの自治体の枠を公然とはみ出し生きることを後押ししている。通勤や通学、レジャーや買い物のために市町村をまたがり移動することも珍しくなく、結果として自治体も人の生活を支える基本的単位としての意味をますます小さくしている。 それを象徴的に示すのが、地方中核都市を取り囲むように立つショッピングモールである。福島県伊達市や長野県千曲市や須坂市のように、近年、地方中核都市に隣接する市町村でモールの出店計画が問題になっている。国内最大級の商業施設「イオンモール木更津」が開業した。=2014年10月14日、千葉県木更津市(中辻健太郎撮影) 小さな自治体は雇用の場を獲得するため、また固定資産税を得るためにモールの誘致を望むが、中核都市は現在の商業環境を守るためにそれに反対する。こうした対立が起こるのは、根本的にいえば近年のショッピングモールが1つの自治体に収まりきらない商圏をもっているためである。他市町村、さらには他県からの客を引き寄せるモールは珍しくなく、そうしたモールの出店・退店は地域の商業・雇用環境や人の流れを変えることで、しばしば一つの自治体の枠をはみ出す問題を引き起こす。 こうして少子高齢化や産業構造の変化に加え、地域を越える情報や商品、人の流動が加速するのに伴って、地域を統治する単位としての自治体の意味も問い直されつつある。  以上のような視点から今回の大川町の出来事をみると、疑問点と可能性の二つがみえてくる。 まず宇一つ目の疑問点は、なぜ大川村では合併やより大きな自治体への行政委託が進まないのかということである。村民の数が減り、村議会に任せた間接民主主義が困難になっているのであれば、最も合理的に考えられるのは、自治体の自立を放棄し広域的な行政機構への編入を視野に入れるという道である。 実際、情報や商品が自治体を超えて飛び交い、人の移動も流動化している今では、広域自治体のほうがより効率的で、民意に添った政治ができるという可能性もある。 これまでにも、多くの市町村が明治・昭和・平成の大合併で統合・廃止の道を選んできた。1888(明治21)年に7万1314あったとされる自治体は、現在1718にまで淘汰(とうた)されている。大川村の場合すでに2003年に、隣接する土佐町に合併を拒否されたという事情がたしかに大きい。しかし、その上で県境を越えた越境合併や、国や県などへの行政の委託を真剣に考慮すべき時が来ているのかもしれない。 一方で、こうした行政の広域化と委託をあくまで前提としてだが、今回の大川村の選択には大切な可能性も含まれている。 まず行政が専門化し複雑化した現在では、直接民主制を前提とした総会がすべてを決めるというのは現実的ではなく、広域的な行政に任せたほうが効率的な行政運営ができる場合が多い。 では今回想定された全員参加の総会は、実際何ができるだろうか。祭りや慶弔の付き合いといった町内会的な業務に終わるのか。あるいは国やより広域的な統治機構に向き合い、地域の立場を主張する力を発揮できるのか。 現状、情報や商品や人の移動が加速しているなかで、そもそも「自治」を有効に行っている自治体は多くないといえる。そのなかで今回の大川村の試みは、「自治」として何を手放してはならず、何を手放してよいのかを問い直す、日本全体にとっても意義のあるものになると期待されるのである。

  • Thumbnail

    記事

    自治体がシングルマザーに優遇制度準備、だが地元民は不満も

     現在、ネット上にはシングルマザー専用の就職支援サイトも登場しており、全国の求人情報が簡単にチェックできる。正社員待遇の案件も多数あり、企業がいかにシングルマザーを求めているかの証左といえよう。 企業だけではなく、昨今は自治体の中にもシングルマザーに熱い視線を送るところが増えている。島根県浜田市では、2015年から定住支援政策の一環として「ひとり親移住支援」を打ち出している。 高校生以下の子供を持つ市外在住の一人親が、市内へ転入する場合、引っ越し費用30万円を支給し、家賃の2分の1を補助。月額3万円の養育支援費に加え、普通車1台を無償提供。就労支援も行い、研修終了後は就労期間に応じて、2年間で最大100万円が支給されるという至れり尽くせりのサービスである。(iStock) 大分県国東市、北海道幌加内町にも同様に、市外から一人親が移住した際に特別優遇を図る制度があり、新潟県は県単位でシングルマザーの移住支援をしている。 自治体がシングルマザーの移住支援に熱を入れる最大の理由は、過疎化対策だ。日本創成会議が2014年に発表した推算によれば、2040年までに20才から39才女性の数が半減し、人口を維持することができなくなる「消滅可能性都市」が全国に896もあるという。 浜田市や国東市、幌加内町は、いずれもそのリストに入っており、市外から人間を定住させないと、将来的に自治体そのものが消滅する危機に直面している。 島根県への移住希望者向けの情報発信や総合相談を行う『公益財団法人ふるさと島根定住財団』代表の樋口和広さんが語る。「もちろん人口減少は大問題で、その解消策という面は否定できませんが、都会で貧困に喘ぐシングル親子を救いたい、という面もあるんです。家賃や食費も含めて、地方には、生活費を抑える手段がたくさんある。野菜を自分で作るかたもたくさんいますから。 子育てのためにパートを2つ、3つと掛け持ちして疲弊している母親がいるのであれば、地方に来て、労働を減らしてお子さんと向き合う時間を作るのはどうか、と。一方通行の政策ではなく、“お互いがプラスになること”を最も大切にしています」「地元でずっと税金払ってきたのに、なんで外から来た人優遇するの?」 とはいえ、自治体によるシングルマザー移住支援は多くの課題も抱えている。最も多く聞こえてくるのが、もともと、その土地で暮らしていたシングルマザーからの不満の声だ。移住する側にも苦労はある「私はずっと地元で育って税金も払ってきたのに、なんで外から入ってきた人だけを優遇するの?」(国東市在住の34才シングルマザー)「車を支給するのはやりすぎだと思います。だったら自分にも1台くださいよ、って感じ」(浜田市在住の31才シングルマザー) こうした声は各地で噴出しており、自治体の中には、「確かに、不満を感じるかたは多い」と認めるところもあった。 母子家庭世帯に対する国の支援制度は、月4万円の児童手当(子供が18才まで)や医療費助成制度等があるが、各自治体の移住者支援政策に比べると、金銭的な格差は否めない。 一方で、移住する側にも苦労はある。一部の自治体を除き、就労研修期間中の生活費は自己負担で、あらかじめある程度の蓄えが必要になる。また、新しい土地で新しい人間関係を築くのは簡単ではない。自分自身のこともさることながら、わが子が新しい環境になじめるかどうかは大きな問題である。 移住検討者からは、「“優遇制度”を利用していることが周囲に知られると、受け入れてもらえなくなるのではないか…」といった不安の声も聞かれた。 実際、国東市の移住支援を担当する同市の活力創生課地域支援係は「急に移住してもうまくいきません」と話す。「事前に生活や職場の環境を個別にご案内し、物価や家賃の目安もお伝えし、いったん持ち帰って検討していただきます。何度も足を運び、具体的に生活するイメージができて初めて、移住を選択肢に入れてほしいです」(同係) 一連の支援政策は、まだ始まったばかり。時代を動かす大きな風となるか。関連記事■ 宮古島でプロポーズ成功直後に男性転落死 その涙の真相■ 老舗旅館加賀屋 シングルマザーは戦力、保育園付き母子寮完備■ 老舗旅館加賀屋 シングルマザーは戦力、保育園付き母子寮完備■ 老舗旅館加賀屋 シングルマザーは戦力、保育園付き母子寮完備■ 市川海老蔵 小林麻耶との「再婚確率は5分以上」と贔屓筋

  • Thumbnail

    記事

    介護移住を地方再生の起爆剤にするための3つの課題

     2015年、日本創生会議(増田寛也座長)が発表した「東京圏高齢化危機回避戦略」によれば、2025年に東京圏の75歳以上の後期高齢者175万人増加し、施設に入れない介護難民が13万人発生するという。この危機を乗り越えるために提示された解決策の一つに、地方への介護移住がある。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、地方への介護移住を地方再生の起爆剤にするための課題を解説する。* * * 経済成長がほとんど望めない現代において、介護は地方での雇用拡大として期待できる。介護スタッフの数は2000年の55万人から、現在150万人まで増えた。それでも足りない。今後の10年間で100万人近く必要と言われている。2015年6月、記者会見で東京圏の後期高齢者の受け入れ能力などについて説明する日本創成会議の増田寛也座長 だが、数を増やせばいいというものでもない。介護や医療は、一人の人間に向き合うことから出発する。その病人にとっての正解は何か、手探りで探していくことが、いい介護につながっていく。 しかし、目の前の人間を置き去りにした介護は、介護の本質から離れ、合理的なルーティンワークになってしまう。介護の「商品化」だ。そんな介護が利益を出すのは初めのうちだけ。いい介護が提供されなければ利用者は減り、働く人も心身ともにストレスを抱え、やりがいを失っていく。 川崎の有料老人ホームで入居者が相次いで転落死した。第三者調査委員会が、同じ系列の275施設を調査したところ、虐待が53施設で81件あったという。窃盗などもあった。 いい介護を実践できる人材を育てていくことは、地方のまちづくりの中心的なテーマになり得る、とぼくは思う。同時に介護職の待遇をよくすれば、人材も集まりやすい。介護職の給料は平均月23万円で、全産業平均と比べて9万円も低いといわれるが、この差を解消し、全国一介護職が働きやすいまちをつくっていけば、介護を担う若い世代も、介護が必要な高齢者世代もこぞって移住してくるのではないか。 二つ目の課題は、高齢者だけでなく、若い世代にも移住したいと思えるような地域をどうつくるか。 内閣府のデータでは、20代の若者の35.8%が、地方へ移住してもいいと考えている。仕事があって、子育てや生活がしやすい環境があれば、多少収入は減ったとしても、地方移住は望まれているのである。 高度経済成長期は、経済優先の価値観が生活の真ん中に鎮座していた。バブルがはじけ、成長経済から成熟経済へと移行した現代、多様な価値観を見出そうとする人が増えてきたせいだろう。 すでに多くの地方自治体が移住支援策を行なっている。2014年には地方移住支援策を利用して移住した人は1万1700人を数える。 土地の魅力は、よそから来た人のほうが気づきやすい面もある。この町には海がある、里山の暮らしがある、きれいな星空がある、というのと同じように、「高齢者が明るい」「高齢者の知恵を継承できる」というのも、町の資源になるかもしれない。人と人がつながる仕組みを 三つ目の課題は、人と人がつながる仕組みをどうやってつくるかだ。 諏訪中央病院では、たくさんのボランティアがかかわっている。25年ほど前から病院の庭づくりをし、季節ごとにきれいな花を咲かせてくれている。このグリーンボランティア約50人のうち、8割が移住してきた人たちだ。緩和ケア病棟で、末期がんの患者さんや家族の話し相手になったり、お茶をいれてくれたりするホスピスボランティアもいる。2017年11月、総務省主催のイベントで、地方への移住の魅力を語るタレントのスザンヌさん(右) 13年前、東京から移住してきた松崎さんはホスピスボランティアとしてかかわった女性のことが忘れられない。その女性はフランス料理店のオーナーで、末期がんだった。彼女も移住者だった。 料理人として生きてきた証と、支えてくれている人へのお礼のため、彼女はホスピスの小さなキッチンで、フレンチのフルコースを作りたいと考えた。その思いをかなえようと、松崎さんらボランティアと病院のスタッフ、彼女の夫が支えた。 末期がんの彼女には、あまり体力が残っていなかった。だが、メニューを決めるところから始まり、材料選び、下ごしらえ、調理……と楽しそうだった。彼女は、フルコースをつくって間もなく亡くなった。だが、人生の最後まで充実した時間を過ごすことができたことは、一ボランティアの松崎さんの心の支えにもなっている。安心とは、人と人とのつながりがもたらすのだろう。 WHO(世界保健機関)のマーガレット・チャン事務局長は、「高齢者への出資はコストではなく、『投資』と考えるべき」と興味深い発表をしている。高齢者は、税金を払い、経済活動に参加することで、世界規模で7兆4000億円のプラス効果を生み出している。若い人たちの精神的な支えになるなど、お金には換算できない役割も果たしている。 世界でも先頭を走る超高齢社会の日本。介護破綻というピンチを、どうやってチャンスに変えることができるか。地方のユニークな視点と手腕に本気で期待したい。●かまた・みのる:1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に『「イスラム国」よ』『死を受け止める練習』。関連記事■ 地方の人口減少や都市の高齢者激増等の今後の対策を考える本■ 自治体の介護サービス 練馬区には高齢者の出張調髪サービス■ 産官学参入の米発高齢者コミュニティCCRC 成功のカギは立地■ アメリカ発の高齢者コミュニティCCRC 日本版が目指すものは■ サービス付き高齢者向け住宅「サ高住」 老人ホームとの違いは

  • Thumbnail

    記事

    医療や福祉による地域づくりは生き方を決められる社会運動

     諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師がたちあげた一般社団法人地域包括ケア研究所では、「医療・職業・住環境」という3つの要素をベースに人々が本当に幸せな暮らしができる街づくりの実現を目指している。鎌田氏が、これからの時代に求められる医療や福祉による地域づくりについて語る。* * * 昨年秋、ぼくは一般社団法人地域包括ケア研究所を立ち上げた。メンバーは、ブランディングのプロやファンドマネジャー、人材教育のプロ、介護の理論家や実践家などだ。国は2025年までに「地域包括ケアシステム」を全国につくろうと提案している(写真は埼玉県幸手市のコミュニティ喫茶「元気スタンド・ぷリズム」)。  地域包括ケアシステムとは何か。医療や介護の多職種や、NPOやボランティア団体、地域住民など、いろいろな地域資源をネットワークでつなぎ、歳をとっても、障がいを負っても、地域で暮らし続けられるようしようというものだ。 なぜ、こうした発想が出てきたのか。団塊の世代が後期高齢者になる8年後、43万人の介護難民がでるかもしれない。でも、特別養護老人ホームなどの施設をどんどんつくるお金はない。だから、身近な地域で何とかしなさい、というのが、国の本音だ。 だが、ぼくの考えはちょっと違う。30年ほど前から、諏訪中央病院を中心に地域包括ケアに取り組んできたが、やり方しだいでは、地域の課題を解決し、高齢者や障がいのある人だけでなく、だれもが生きやすい社会を築くことができると思っている。 この考え方は、『社会的共通資本としての医療』(宇沢弘文、鴨下重彦・編集、東京大学出版会)でも述べた。今年は、本格的に地域包括ケアを形にし、あたたかな資本主義へ方向を変える年にしたい。 医療や介護の世界は、人材不足であえいでいる。特に地方では深刻だ。そうした課題を解決すべく、リゾート地や地方に医師や看護師、介護の専門家を送り込むベンチャー企業を、リゾートバイトで成功している会社と協働してつくる計画だ。単なる介護問題の解決策ではない 医療や介護の世界で働く人たちは、みんな燃え尽きそうになっている。そんな人たちに、リゾート地や地方の空気のいいところで3か月~1年、ゆったりと働いてもらう。元気になったら帰ってもいいし、地方が気に入ったら、そのまま居つくこともできる。 こうした事業が軌道に乗りだしたら、お金もない、土地もないが、夢はあるという若者に、無担保でお金を融資してもいいと考えている。医療や福祉による地域づくりは、新しいアイデアが求められている。それを応援したいのだ。 たとえば、日本には約800万の空き家があるといわれる。この空き家を利用して、小規模多機能の介護サービスの拠点をつくったり、シングルマザーのシェアハウスをつくったりする。(iStock) 従来、この2つは交流することは少ない。だが、地域包括ケアのネットワークでつないでいくとおもしろいことが起こる。子どもを育てるシングルマザーが、保育園に子どもを預け、小規模多機能施設で働きながら介護を勉強し、ライセンスを取ることもできる。小規模多機能を利用するお年寄りが、子どもとふれあい、簡単な世話をすることもできるかもしれない。 託児所付きの風俗店などがあるというが、風俗店に負けないサポート体制が必要だ。子育て中の若い親たちがもっと働きやすくすることと、歳をとって必要になる介護の問題を、切り離さずに考えていくことが大切だと思う。 ぼくが考える地域包括ケアとは、単なる介護問題の解決策ではない。介護をする側もされる側も、住民一人ひとりが地域づくりに主体的に参加するシステムであり、生き方や死に方を自分で決めることができる社会運動でもある。 自分で判断し、責任をもつこと。それは、服従に抵抗する第一歩である。厳しい世界の動きに流されないためにも、身近な地域でしっかりと地に足を着けていきたい。●かまた・みのる/1948年生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業後、長野県の諏訪中央病院に赴任。現在同名誉院長。チェルノブイリの子供たちや福島原発事故被災者たちへの医療支援などにも取り組んでいる。近著に『「イスラム国」よ』『死を受けとめる練習』。関連記事■ 家庭での介護 介護保険法改正のポイントは「地域包括ケア」■ 親が元気なうちにすべき介護準備 自治体広報誌を捨てない等■ 公明党 安倍首相が社会保障問題で公明党切りに動くのを感知■ 高齢者対象の行政サービス 緊急通報装置の貸し出しもある■ 特養老人ホーム入所かち取る方法 ベテランケアマネを選ぶ他

  • Thumbnail

    記事

    土地も家も、なぜ所有者不明になるのか

    吉原祥子(東京財団研究員兼政策プロデューサー)  人口減少と高齢化が進む中、相続を契機に故郷の土地の所有者となり、戸惑う人が増えている。 「田舎の土地を相続したが、自分たち夫婦には子供がいない。自分の代で手放したいが、買い手も寄付先も見つからず困っている」「いずれ実家の土地を相続する予定だが、東京に暮らす自分は父親が所有する山林には行ったことがなく、どこにあるのかもわからない」こうした声を周囲で耳にするようになった。司法書士などによる法律相談や不動産会社による相続対策セミナーが活況を呈し、相続対策を取り上げた書籍や雑誌も目立つ。 そうした声と時を同じくして、近年、問題として認識されつつあるのが「所有者不明土地」である。所有者の居所や生死が直ちに判明しない、いわゆる「所有者不明」の土地が災害復旧や耕作放棄地の解消、空き家対策など地域の公益上の支障となる例が各地で報告されている。国土交通省の調査では私有地の約2割が所有者の所在の把握が難しい土地だと考えられるという。(iStock) 個人の相続と、土地の所有者不明化。一見関係ないかに見える両者だが、実はその間には土地の権利と管理をどのように次世代に引き継いでいくのか、という大きな課題が横たわっている。 本稿では、近年、マスコミでも取り上げられることの増えてきた土地の「所有者不明化」問題について、相続という多くの人々にとって切実な問題からひもといていく。そして、問題の背景にある制度の課題と、今後必要な対策について、3回に分けて考えてみたい。 所有者の特定に時間を要し、地域の土地利用や円滑な売買の支障となる「所有者不明土地」。 土地とは、本来、個人の財産であると同時に、私たちの暮らしの土台であり、生産基盤であり、さらにいえば国の主権を行使すべき国土そのものだ。 民法学者の渡辺洋三は、土地のもつ4つの特質として、人間の労働生産物ではないこと、絶対に動かすことのできない固定物であること、相互に関連をもって全体につながっていること、そして、人間の生活あるいは生産というあらゆる人間活動にとって絶対不可欠な基礎をなしているものを挙げ、これらの特質ゆえに土地とは本来的に公共的な性格をもつと結論づけている(注1)。 いま、そうした個人の財産であると同時に公共的性格をあわせもつはずの土地について、その所有者の居所や生死が直ちにはわからないという問題が、様々な形で表面化してきている。なぜ土地所有者不明問題が起きるのか もっとも身近な例が空き家だろう。2015年5月に全面施行された空家対策特別措置法にもとづいて最初に強制撤去された長崎県新上五島町(2015年7月)および神奈川県横須賀市(同10月)の空き家は、いずれも行政のどの台帳からも所有者が特定できない「所有者不明」物件だった(注2)。 一体なぜ、こうした問題が起きるのだろうか。 土地所有者の所在や生死の把握が難しくなる大きな要因に、相続未登記の問題がある。一般に、土地や家屋の所有者が死亡すると、新たな所有者となった相続人は相続登記を行い、不動産登記簿の名義を先代から自分へ書き換える手続きを行う。ただし、相続登記は義務ではない。名義変更の手続きを行うかどうか、また、いつ行うかは、相続人の判断にゆだねられている。 そのため、もし相続登記が行われなければ、不動産登記簿上の名義は死亡者のまま、実際には相続人の誰かがその土地を利用している、という状態になる。その後、時間の経過とともに世代交代が進めば、法定相続人はねずみ算式に増え、登記簿情報と実態との乖離(かいり)がさらに進んでいくことになる。 相続登記は任意のため、こうした状態自体は違法ではない。しかし、その土地に新たな利用計画が持ち上がったり、第三者が所有者に連絡をとる必要性が生じたときになって、これが支障となる。「登記がいいかげんで、持ち主がすぐには分からないために、その土地を使えない」という状態が発生するのだ。 国土交通省によると、全国4市町村から100地点ずつを選び、登記簿を調べた結果、最後に所有者に関する登記がされた年が50年以上前のものが全体の19.8%を占めた。30~49年前のものは26.3%に上っている。この結果について同省は、「所有者の所在の把握が難しい土地は、私有地の約2割が該当すると考えられ、相続登記が行われないと、今後も増加する見込み」と分析している(注3)。 図1は2013年に人口約1.5万人の自治体で事業担当者が実際に作成した相続関係図である。県道敷設に際して用地取得の対象となった土地の一角に、三代にわたり相続登記がされていない土地があった。権利の登記は任意とはいえ、自治体が税金を使って用地取得を行う際には所有権移転登記を行うことが前提となる。そのため、事業担当者は、面積はわずか192平方メートルのこの土地について約150名にわたる相続人を特定した。図1 時間の経過とともに、法定相続人は鼠算式に増加(出典:東京財団『国土の不明化・死蔵化の危機~失われる国土III』2014年) この事例は道路敷設だが、これが農地の集約化でも災害復旧の場面でも、相続未登記の土地の権利移転に必要な手続きは基本的に同じである。相続人全員の戸籍謄本や住民票の写しを取得して親族関係を調べ、相続関係図を作り、法定相続人を特定する。そして、登記の名義変更について、相続人全員から合意をとりつけなければならない。相続人の中に所在不明や海外在住などで連絡のつかない人が一人でもいれば、手続きのための時間や費用はさらにかかることになる。農地全体の2割が所有者不明 近年、各地で表面化している、「土地の所有者が分からず、利用が進められない」という事象の背景には、こうした相続未登記の問題がある。必要な土地の中のごく一部でもこういう土地があれば計画の遅れに繋がる。(iStock) 2014年4月からスタートした農地中間管理機構による農地の集約化の促進でも、同様のことが事業の障害となっている。同機構による農地の貸付は、土地の登記名義人による契約が原則だ。そのため、相続未登記の農地の所有者確認に時間を要し集約の足かせになる事例が各地で報告されている(注4)。 農林水産省が昨年行った初の全国調査によると、登記名義人が死亡していることが確認された農地(相続未登記農地)およびそのおそれのある農地(住民基本台帳上ではその生死が確認できず、相続未登記となっているおそれのある農地)の面積合計は約93万ヘクタール。全農地面積の約2割に達するという(注5)。 こうした未登記農地では、今後、現在の所有者が離農した場合、新たな権利関係の設定には相続人調査と登記書き換え手続きが必要になる。そのため、迅速な権利移転が困難になることが懸念される。 それでは、こうした問題は全国でどのくらい発生しているのだろうか。また、問題の全体構造はどのようになっているのだろうか。筆者らは土地の「所有者不明化」の実態を定量的に把握するため、2014年秋に全国1,718市町村および東京都(23区)の税務部局を対象にアンケート調査を実施した。次回はこのアンケート調査の結果から、全国の実態と問題の全体像を考える。(注1):渡辺洋三(1973)『法社会学研究4 財産と法』、東京大学出版会(注2):日本経済新聞「空き家解体 根拠は『税』」2015年11月30日、同「危険空き家28軒に勧告」同年12月6日。(注3): 国土交通省 国土審議会 計画推進部会 国土管理専門委員会(第1回)「資料6_人口減少下の国土利用・管理の検討の方向性」15ページ。https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/kokudo03_sg_000053.html(注4):例えば、日本経済新聞〔四国版〕「農地バンク利用低調」2015年6月17日、南日本新聞「まちが縮む(5)土地問題 未相続が『足かせ』に」同年9月26日など。こうした実態を踏まえ、政府の「日本再興戦略2016―第4次産業革命に向けて」(2016年6月2日閣議決定)では、「相続未登記の農地が機構の阻害要因となっているとの指摘があることを踏まえ、全国の状況について調査を行うとともに、政府全体で相続登記の促進などの改善策を検討する」ことが明記された。(注5):http://www.maff.go.jp/j/keiei/koukai/mitouki/mitouki.htmlよしはら・しょうこ 東京財団研究員兼政策プロデューサー。東京外国語大学卒。タイ国立シーナカリンウィロート大学、米レズリー大学大学院などを経て現職。国土資源保全プロジェクトを担当。

  • Thumbnail

    テーマ

    漂流するニッポンの「土地神話」

    利用価値や資産価値のない土地が捨てられはじめている。こうした土地は相続未登記や相続放棄などで所有者不明となり、日本各地で行き場を失った土地が放置されているという。漂流するニッポンの「土地神話」。人口減少時代の象徴ともいえるこの問題に解決の糸口はあるのか。

  • Thumbnail

    記事

    地方から広がった土地の「所有者不明化」問題

    吉原祥子(東京財団研究員兼政策プロデューサー)  第1回目では、所有者不明の土地について、その大きな原因が相続未登記にあることを指摘した。それでは、こうした問題は全国でどのくらい起きているのだろうか。また、問題の全体構造はどのようになっているのだろうか。 筆者らは、土地の「所有者不明化」の実態を定量的に把握するため、2014年秋に全国1,718市町村および東京都(23区)の税務部局を対象にアンケート調査を実施した。相続未登記が固定資産税の納税義務者(土地所有者)の特定にどのような問題を生じさせているかを調べることで、間接的ではあるが、「所有者不明化」の実態把握をめざした。888自治体より回答を得た(回答率52%)。 本調査で明らかになったことは、大きく2つある。順番に見ていこう。 まず1つは、土地の「所有者不明化」問題は、一時的、局所的な事象ではなく、平時に全国の自治体にその影響が及んでいるということだ。 土地の「所有者不明化」によって問題が生じたことがあるか尋ねたところ、63%にあたる557自治体が「あり」と回答した。具体的には、「固定資産税の徴収が難しくなった」(486自治体)がもっとも多く、次いで、「老朽化した空き家の危険家屋化」(253自治体)、「土地が放置され、荒廃が進んだ」(238自治体)がほぼ同数だった。(iStock) 次に、「死亡者課税」について尋ねた。これは土地所有者、すなわち固定資産税の納税義務者の死亡後、相続登記が行われていない事案について、税務部局による相続人調査が追いつかず、やむなく死亡者名義での課税を続けるもので、146自治体(16%)が「あり」と回答した。納税義務者に占める人数比率(土地、免税点以上)は6.5%だった。「なし」は7自治体(1%)のみ。735自治体(83%)は「わからない」と回答し、所有者の生死を正確に把握することが困難な現状の一端がうかがえた。 本調査から明らかになったもう1つの点は、このままでは「所有者不明化」問題の拡大は不可避だということだ。 死亡者課税が今後増えていくと思うか尋ねたところ、「そう思う」もしくは「どちらかといえばそう思う」という回答が770自治体(87%)に上った。その理由を記述式で尋ねたところ、回答は制度的なものと社会的なものに大きく二分された。 まず、制度的な理由として多かったのが、手続きの煩雑さや費用負担の大きさ等を理由とする相続未登記の増加、自治体外在住者の死亡情報がいまの制度では把握できないこと(注1)、人口流出によって不在地主が増加し相続人情報を追うことが困難になっていく、などだ。いつから「所有者不明化」は拡大したのか 社会的な理由として挙がったのは、土地の資産価値の低さや管理負担を理由とする相続放棄の増加や、親族関係の希薄化に伴う遺産分割協議の困難化などだ。 具体的には、「土地の売買等も沈静化しており、正しく相続登記を行っていなくても当面実質的問題が発生しないケースが増えている」、「相続人が地元に残っていない。山林・田畑について、所有する土地がどこにあるかわからない方が多い」、「土地は利益となる場合よりも負担(毎年の税金)になる場合が多いので、相続人も引き受けたがらない」、「過疎地で固定資産の価値も低い上、所有者の子が地元に帰ることがますます少なくなり、固定資産に対する愛着がなくなってゆく」といった記述があった。 さらに、寄せられた回答の中には、相続放棄によって所有者が不存在となった土地の扱いについて、相続財産管理制度などの制度はあるものの費用対効果が見込めず、放置せざるをえない例が少なくないこと、また、その後の当該土地の管理責任や権利の帰属が、実態上、定かでない点があることなど、制度的、法的な課題を指摘するコメントもあった。 こうした結果から、人口減少に伴う土地の価値の変化(資産価値の低下、相続人の関心の低下)と硬直化した現行制度によって、「所有者不明化」の拡大がもたらされている、という問題の全体像が徐々に浮かび上がってきた(図1)(注2)。図1 土地の「所有者不明化」問題の全体像(出所:筆者作成) こうした相続未登記による「所有者不明化」の拡大は、いつ頃から始まっていたのだろうか。 前回、紹介したように、国土交通省が行った登記簿のサンプル調査によると、最後に所有者に関する登記がされた年が50年以上前のものが全体の19.8%、30~49年前のものは26.3%に上っている。 つまり、一世代を30年と考えるならば、一世代以上、所有者情報が書き換えられていない登記簿が全体の半分近くを占めていることになる。相続未登記という現象は、今に始まったことではなく、過去数十年にわたり蓄積されてきているのだ。 実際、地域レベルで見るとこの問題は決して新しいものではない。相続未登記が、地域の土地利用という公益に及ぼす影響については、一部の関係者の間では経験的に認識され、長年、指摘されてきている。 たとえば、林業の分野では、1990年代初頭には、森林所有者に占める不在村地主の割合は2割を超え、林業関係者の間では、過疎化や相続増加に伴い所有者の把握が難しくなるおそれのあることが懸念されていた。柳澤(1992)は、急速に高齢化の進む農山村世帯において、都市部へ転出した子ども世代が相続に伴い不在地主となるケースが増え、林業の支障となることを懸念し、次のように述べている。「問題は彼らが所有する大量の土地の行方である」「不在村対策としては迂遠であるようにみえるかも知れないが、今いちばん必要なのは、将来の不在村所有者とのコンタクトではないか。」(注3)日本の土地制度の課題 農業では、各地で慢性的に発生している未登記農地の問題について、安藤(2007)が、「ただでさえ追跡が困難な不在地主問題を絶望的なまでに解決不能な状態に追い込んでいるのが相続未登記であり、これは農地制度の枠内だけではいかんともしがたい問題なのである」と指摘している(注4)。 自治体の公共事業の用地取得でも、同様の問題は起きていた。「用地取得ができれば工事は7割済んだも同じ」と言われるように、用地取得における交渉や手続きの大変さは関係者の間でしばしば指摘されてきていた。(iStock) しかしながら、こうした問題の多くは、関係者の間で認識されつつも、あくまで農林業あるいは用地取得における実務上の課題という位置づけにとどまってきた。たとえば、堀部(2014)は次のように指摘している。「農業経済学にとって農地制度とその運用は、長い間一貫して強い関心を寄せる対象であったが、それはあくまでも農地市場分析、農業経営における農地集積活動の与件としてであり、それ自体は『実務の問題』とされ、ほとんど分析対象とはならなかったのである(注5)」 関係省庁が複数にわたり、個人の財産権にもかかわるこの問題は、どの省庁も積極的な対応に踏み出しづらいこともあり、政策議論の対象となることはほとんどなかった。それが、近年、震災復興の過程で問題が大規模に表出し、また空き家対策のなかで都市部でも表面化したことで、ようやく政策課題として認識されるようになってきたのだ。 それでは、なぜ、任意の相続登記がされないことで、土地の所有者の所在や生死の把握が難しくなっていくのだろうか。そもそも、日本では土地の所有者情報はどのように把握されているのだろうか。次回は、所有者不明化問題から見えてくる日本の土地制度の課題を整理し、今後必要な対策について考えてみたい。(注1):自治体内に住民登録のない納税義務者(不在地主)が死亡した場合、現行制度では、死亡届の情報が当該自治体に通知される仕組みはない。(注2):アンケート調査結果の詳細は、東京財団『土地の「所有者不明化」~自治体アンケートが示す問題の実態~』(2016年3月、http://www.tkfd.or.jp/files/pdf/lib/81.pdf) を参照いただきたい。(注3):柳幸広登(1992)「不在村森林所有の動向と今後の焦点」林業経済45巻8号1-8頁。(注4):安藤光義(2007)「農地問題の現局面と今後の焦点」農林金融60巻10号2-11頁。(注5):堀部篤(2014)「遊休農地や山林・原野化した農地が多い地域における利用状況調査の取り組み実態」農政調査時報571号29-34頁。よしはら・しょうこ 東京財団研究員兼政策プロデューサー。東京外国語大学卒。タイ国立シーナカリンウィロート大学、米レズリー大学大学院などを経て現職。国土資源保全プロジェクトを担当。

  • Thumbnail

    記事

    「農地・山林はもらっても負担」時代に対応した土地制度の構築を

    吉原祥子(東京財団研究員兼政策プロデューサー)  ここまで、各地で広がる土地の「所有者不明化」の実態について、相続未登記の問題から全体像を見てきた。では、なぜ任意の相続登記の問題が、「所有者不明」というこれほど大きな問題につながってしまうのだろうか。そもそも、日本では土地の所有者情報はどのように把握されているのだろうか。(第1回、第2回) 土地の所有・利用に関する様々な制度を洗い出してみると、見えてくるのが情報基盤の未整備やルールの不十分さだ。 現在、日本の土地情報は不動産登記簿のほか、国土利用計画法に基づく売買届出、固定資産課税台帳、外為法に基づく取引報告、さらに森林調査簿や農地基本台帳など、目的別に作成・管理されている。各台帳の所管はそれぞれ、法務省、国土交通省、総務省、財務省、林野庁、農林水産省と多岐にわたる。台帳の内容や精度もばらばらで、国土の所有・利用に関する情報を一元的に共通管理するシステムは整っていない。 さらに、国土管理の土台となる地籍調査(土地の一筆ごとの面積、境界、所有者などの基礎調査)も、1951年の調査開始以来、進捗率は未だ5割にとどまる。一方で、個人の土地所有権は諸外国と比較してもきわめて強い。(iStock) 「土地の権利関係なら不動産登記簿を見ればすぐわかるのではないか」と思う方も多いかもしれない。実際、各種台帳のうち、不動産登記簿が実質的に主要な所有者情報源となっている。だが、ここまで繰り返し述べてきたように、権利の登記は任意である。そもそも、不動産登記制度とは、権利の保全と取引の安全を確保するための仕組みであり、行政が土地所有者情報を把握するための制度ではない。登記をした後に所有者が転居した場合も、住所変更を届け出る義務はない。そのため、登記がされなければ、登記簿上の名義人がすでに死亡した人のままだったり、古い住所がそのまま何十年も残り続けることになる。 任意の相続登記を相続人が行うかどうか、また、いつ行うかは、個人の事情をはじめ、経済的、社会的な要因などによって影響を受ける。たとえば、景気改善によって都市部の土地取引が活発化し地価が上昇すると所有者の売却意欲が高まり、その準備の一環として相続登記が行われる、あるいは、公共事業が増加し用地の対象となった所有者が売却のために相続発生後何年も経った後に登記を行うなどだ。なぜこれまで政策課題にならなかったのか 図1は相続等による所有権移転登記の件数の推移である。登記件数は近年増加傾向にはあるものの、年によって変動が大きいことがわかる。図1 相続等による所有権移転登記の件数推移(出所)法務省「登記統計」より作成 政府の「経済財政運営と改革の基本方針2016」では、所有者不明化の大きな原因の1つである相続未登記への対策が盛り込まれ、法務省が「法定相続情報証明制度」の創設を進めるなど、徐々に対策が始まりつつある。 しかし一方で、司法書士の間からは、「農地・山林はもらっても負担になるばかりで、相続人間で押し付け合いの状況」とか「最近、相談者から、『宅地だけ登記したい、山林はいらないので登記しなくていい』と言われるケースが出てきた」、「次世代のことを考えれば登記すべきだが、登記は任意であり、無理に勧めるわけにもいかず悩んでいる」といった声も聞かれる。 国土交通省の「土地問題に関する国民の意識調査」によると、「土地は預貯金や株式などに比べて有利な資産か」という問いに対して、2015年度は、「そうは思わない」とする回答が調査開始以来最高の41.3%を占めた。これは1993年度(21%)の約2倍である。 人口減少に伴う土地需要の低下や人々のこうした意識の変化を考えれば、今後、相続登記がいまよりも積極的に行われるようになるとは考えにくい。国による相続登記の促進は当面の対策としては重要だが、人々にとって相続登記をする必要性が低いままであれば、促進策の効果も限定的にならざるを得ないだろう。 考えるべきは、いまの日本の土地情報基盤が、こうした市場動向や個人の行動によって精度が左右される仕組みの上に成り立っている、という点である。 現在の日本の土地制度は、明治の近代国家成立時に確立し、戦後、右肩上がりの経済成長時代に修正・補完されてきたものだ。地価高騰や乱開発など「過剰利用」への対応が中心であり、過疎化や人口減少に伴う諸課題を想定した制度にはなっていない。 「所有者不明化」問題とは、こうした現行制度と社会の変化の狭間で広がってきた問題なのだ。 それでは、なぜ、この問題はこれまで政策課題として正面から取り組まれることがほとんどなかったのであろうか。 その理由として、1つには、問題が目に見えにくいということがあろう。所有者不明化という課題が平時に広く世の中の関心を得る機会は限られる。多くの場合、相続や土地売買、大規模災害時など、「一生に一度」の機会になって初めて、問題の存在や解決の難しさが認識される。土地所有者不明問題は「盲点」 耕作放棄地や空き家といった「管理の放置」の問題は、農地の荒廃や老朽化に伴う危険家屋化など、目に見える形で地域で表面化する。それに対し、相続未登記という「権利の放置」は、登記簿情報と実際の所有状況を照合するまでは、人々の目に見えない。 自治体担当者が公共用地の取得の際などに所有者不明化の実態に直面しても、個別事案への対応に追われ、政策課題として広く共有するまでにはなかなか至らないのが実情だ。用地取得の難しいことは、自治体担当者の多くが経験的に認識してはいるものの、そうした担当者も基本的には数年で異動するため、政策課題として体系だった議論を継続的に提起する人材も輩出されにくい。 この問題は個人の財産権に関わることから行政も慎重にならざるを得ず、積極的に取り組む政治家も少ない。 情報基盤が整っていないために精度の高い基礎情報も少なく、制度見直しの根拠となる不利益の定量化や分析も容易ではない。所有者不明化問題の根本にある制度的要因や経済的損失、さらに対策を講じないことによる負の効果などに関して、全国レベルでの詳細な検証はほとんど行われてきていないといえよう。 さらに、国民の側から見ると、この問題は解決に要するコストが大きい一方で、問題解消によって得られる便益を短期的に実感しづらいという難しさがある。問題が目にみえづらく突発的な事件が起きることも少ないため、マスコミの記事にもなりづらい。 こうした意味で、土地の所有者不明化問題は、さまざまな主体の間の隙間に落ちた「盲点」のような課題だといえる。農地集約化、耕作放棄地対策、林業再生、道路などの公共事業、空き家対策、災害復旧事業など、多くの場面で同様の問題が発生していながら、その根底にある土地制度の課題について踏み込んだ議論が十分に行われることのないまま、問題が慢性的に広がってきていたのだ。(iStock) 所有者不明化問題の1つひとつの事象は小さいかもしれない。しかし、この問題が各地で慢性的に発生し堆積していくことで、再開発や災害復旧、耕作放棄地の解消など、地域社会が新たな取り組みに踏み出そうとしたときに大きな足かせとなる。地域の活力をそぐ問題であり、全国で同じようなことが繰り返されていくことで、長期的には国力を損なうおそれがあるといっても過言ではない。 それでは、今後、どのような対策が必要だろうか。地価の下落傾向が続き、「土地は資産」との前提が多くの地域で成り立ちづらくなるなか、土地制度が大きな転換期にあることは明らかだ。具体的な対策は? まずは国と自治体が協力し、地域が抱える土地問題について実態把握を進めることが必要だ。その上で、国土保全の観点から、どのような土地情報基盤が実現可能か、また、どのような関連法整備が必要か、省庁横断で整理していくことが求められる。 短期的な対策としては、まず所有者、自治体双方にとって各種手続きのコストを下げる必要がある。たとえば相続人による相続登記や、自治体による相続財産管理制度の利用にあたり、費用負担を軽減し手続きの促進を支援していくことなどだ。 同時に、相続登記の促進を図りつつも、登記が長年行われず数次にわたって放置されているものについて、一定の手続きを踏まえた上で利用権設定を可能にする方策など、踏み込んだ対策の検討も今後は避けて通れないだろう。 森林については、所有者不明などの問題の広がりを踏まえ、昨年の森林法改正のなかで、市町村が所有者等の情報を林地台帳として整備することが義務付けられた。ただし、この法案に対しては全国市長会から、「都市自治体では、地域住民の多様なニーズに対処するため、絶え間ない行政改革を断行している中、新たな事務を一律に義務付けるような制度改正については、地方の実情を踏まえ十分な検討を行うことが必要である」との申し入れがあった(注1)。人口が減少し、土地需要も相対的に減っていく中で、国土保全の観点から最低限必要な情報を国と地方が連携して効率的に整備していくことが求められる。(iStock) さらに、長期的な対策として必要なのが、所有者不明化の予防策である。具体的には、利用見込みのない土地を所有者が適切に手放せる選択肢を作っていくことが急務だ。本来、個人が維持管理しきれなくなった土地は、できれば共有したり、新たな所有・利用者にわたることが望ましい。だが、現状、そうした選択肢は限られる。地域から人が減るなか、利用見込みや資産価値の低下した土地は、そのまま放置するしかない。「いらない土地の行き場がないんです」とは、ある自治体職員の言葉だ。NPOなど地域の中間組織による土地の寄付受付の仕組みや、自治体による公有化支援策の構築等、土地の新たな所有・利用のあり方について議論を本格化させる必要がある。自治体も動きにくい あわせて、こうした問題について、日頃から人々が学ぶ機会を設けることも重要だ。学校教育では現行の土地制度について学ぶ機会はほとんどない。多くの人々にとって、土地制度や登記手続きの仕組み(煩雑さ)を学ぶ機会は限られ、相続もしくは被災といった「一生に一度」の場面になって初めて直面する人がほとんどであろう。(iStock) ある自治体の担当者は、次のように言う。「この問題は公共課題でありながら個人の権利に関わる部分が大きく、行政が積極的に動きにくい。しかも、その個人の権利を個人が必ずしも理解していない。まさしく、どこから手を付けて良いのか分からない問題だ。」 多くの人々は、ふだん相続登記をしないままの実家の土地が、公共の利益に影響を及ぼすとはあまり意識することはない。自分が相続登記をしないことが、将来、地域や次の世代の土地利用の足かせになるかもしれないと考えることは、決して多くはないだろう。 財産権にも関わる土地制度の見直しは、国民の理解がないことには進まない。土地が個人の財産であるとともに公共性の高い存在であることを、普段から国民が学び、一人ひとりが理解を深めていくことが大切だ。このままでは、この問題は一部の関係者の間では経験的に認識されつつも、一般の人々の認知や理解を十分に得られないまま、先送りが続いてしまうおそれも否定できない。 親族や自らが所有する土地をどう継承していくかは、個人の財産の問題であると同時に、その対処の積み重ねは生産基盤の保全や防災など地域の公共の問題へと繋がっていく。今後、土地を適切に保全し次世代へ引き継いでいくために、どのような仕組みを構築していくべきなのか。土地問題を人口減少社会における1つの課題と位置づけ、制度見直しを進めることが必要だ。(注1):全国市長会「『森林法等の一部を改正する法律案に対する申入れ-林地台帳(仮称)の整備について-』を森山・農林水産大臣に提出(平成28年2月25日)」http://www.mayors.or.jp/p_action/a_mainaction/2016/02/280225daichoseibi-moushiire.phpよしはら・しょうこ 東京財団研究員兼政策プロデューサー。東京外国語大学卒。タイ国立シーナカリンウィロート大学、米レズリー大学大学院などを経て現職。国土資源保全プロジェクトを担当。

  • Thumbnail

    記事

    空き家だらけの日本 成熟社会の宿命とどう向き合うか

    中村宏之(ジャーナリスト) 日本各地で空き家が増え、多くの自治体や地域の関係者が困っているという古くて新しい問題をわかりやすい言葉で解説してくれる本である。『空き家問題 1000万戸の衝撃』(牧野知弘、祥伝社) 以前、筆者(中村)が住んでいた東京郊外の一角にも、朽ち果てる寸前の木造住宅の空き家があった。昼夜を問わず、人が出入りする気配は全くなく、通行人が投げ捨てるゴミが放置され、異臭を放っていた。毎日その場所を歩くたびにいやな思いをしたものだ。近所の人々も迷惑している雰囲気が明白だった。だいぶ長く放置されてからその空き家は解体され、更地に変わった。同じようなことが全国で起こっているのだろうなと素朴に想像していたが、本書を読むと、こうしたケースは実はまだ救われている方だということがわかる。本書に紹介されている様々なケースは、いまこの国が抱えている空き家問題の深刻さを浮き彫りにしている。 次の東京オリンピック・パラリンピックが開かれる2020年には全国の空き家は1000万戸に達し、空き家率は15%になるという。毎年20万戸数ずつ増加しているというから、驚くべき数字である。 著者は問題の本質について、「増え続ける空き家をどう扱うか、始末するかという対策論ではない。日本の構造的な問題に深く関連している」と指摘する。つまり高齢化、人口の減少、住宅の需要と供給というあらゆる課題を巻き込んだ経済の構造問題として対応してゆく必要があるという主張だ。 人口が減り、働き手が減少してゆく時代。人が減れば住む家も多くはいらない。その中で社会インフラとしての住宅は国内では満たされている。いずれ世帯数が減る時代がくることを考えれば、活用されない住宅は増え、その結果、空き家も増えてくる。こうした状況で空き家問題に対応するには、発想の転換や価値観の見直しが不可欠だ。 持っているだけで価値があり、自然に値上がりして資産形成には最良というイメージが強かった家や土地。ごく少数の例外を除いて、もはやそうした時代ではなくなっているのは明らかだ。家を買うことが人生の目標とはなりえず、人生最大の買い物として買った住宅が、最後はお荷物になってしまい、相続すら拒否されかねないのが今の現実だ。自分の親、あるいは配偶者の親のことを考えると決してひとごとではない。寿命が伸び、多くの人が長い人生を生きなければならない時代だからこそ、この問題は深刻なのである。空き家の活用方法はこれだ! 現在の多くの対策が「対症療法」にすぎず、もはやどうにもならないという著者の指摘は大きな警告である。つまり、いまある法律の枠組みでは解決できないのだ。自治体の空き家条例のように撤去のための助成金を出すだけでは解決は進まないし、代執行も難しい。空き家に固定資産税を大きく賦課しようというハードルも高い。「売れない」から流動化できない、「貸せない」から活用できない、「解体」したら税金負担に耐えられない、だから放置される悪循環に陥っているという著者の説明は明快だ。 ではどうすればよいのか。著者は自らの実務経験などから以下のような処方箋を提示する。・市街地再開発手法の応用・シェアハウスへの転用・減築・介護施設への転用・在宅介護と空き家の融合・隣家との合体 などだ。いずれも確かにそうした方法は有効だと思われるものだ。だがその一方で、既存の法律やルールの枠組みで進めてゆくのはなかなか難しい面もあるのではないか、との印象も受ける。(iStock) 空き家であってもそれぞれの家に所有者がおり、所有権があることから、権利を尊重する必要があることは当然だ。だが、必要な場合には、一定の保護や保証を与えつつ、ある程度の私権の制限を行って、大胆な都市計画などを行うことが必要という著者の考え方には大いに賛同できる。 時代の変化によって、都市計画などに求められる社会のニーズも変化する。人口が減り、生産年齢が減り、家が余り、空き家が増えるというのは、戦後の日本が経験したことのない新しい局面だともいえる。成熟社会の宿命ともいえる方向にいま社会は確実に動いている。固定観念にとらわれず、柔軟な発想をするにはどんな覚悟が必要なのか。「空き家問題」という切り口を通じて日本が直面している喫緊の課題を再認識させてくれる一冊である。なかむら・ひろゆき 1967年生まれ。91年、慶應義塾大学経済学部卒、読売新聞東京本社入社。ロンドン特派員、米ハーバード大学国際問題研究所研究員、経済部デスク、調査研究本部主任研究員などを経て2017年4月より読売新聞東京本社メディア局編集部次長。『御社の寿命』、『世界を切り拓くビジネス・ローヤー』、(いずれも中央公論新社)など

  • Thumbnail

    記事

    今すぐ始めるべき「実家の整理」失敗しない5つの鉄則

    渡部亜矢(実家片づけ整理協会代表理事) 最近、「実家の整理」という言葉が話題に上る機会が多くなった。親が高齢になった働き盛りの世代にとって、避けては通れないこの問題。親が元気なうちに着手すべき理由や具体的なノウハウを専門家にうかがった。 実家が散らかり放題になり、高齢の親の生活を脅かすだけでなく、亡くなったあとの相続問題にも大きな影を落とす……。そんな問題が今、各地で起きています。今の30~40代にとっても他人事ではありません。この世代の親には持ち家の人が多く、いずれ子供が相続することになるからです。散らかり放題の家では、手続きを進めることができません。 整理が面倒だからといって、相続後に空き家のまま放置すれば、誰も住んでいない家のために固定資産税を払い続けることになります。また、近隣の環境や景観に悪影響をおよぼすと判断され、自治体から「特定空き家」の勧告を受けると、最大で従来の6倍もの税負担を強いられることになります。 また兄弟姉妹がいる場合は、「遺産分割協議」により、相続人全員の合意のもとで相続手続きを行ないますが、通帳や印鑑、権利書といった財産関係のものが実家のどこにあるのかわからなければ、親の資産の全体像が把握できず、話しあいもまとまりません。 そんな事態に陥らないためにも、親が元気なうちから実家の整理に着手しましょう。「親の家なのだから、整理も親に任せればいい」と思うかもしれません。しかし、親世代は戦中・戦後のモノ不足の時代を生きてきたので、モノは豊かさの象徴であるという価値観が根強く、基本的に「モノを捨てる」という発想がありません。また、高齢になると身体能力が低下し、掃除やゴミ出しが困難になって家の中が散らかったり、不要なモノを溜め込んだりする事例も目立ちます。「母はきれい好きだから」と安心していたら、久しぶりに帰った実家がゴミだらけになっていてびっくりする、ということも多いのです。「自分のため」ではなく「親のため」に ですから、実家の整理は親に任せず、子供から働きかけることが不可欠。ただし、重要なのは、あくまで主役は親だということです。「こんなモノを残されると、俺が困るんだよ」などと、子供側の都合を主張するのはNG。親を巻き込み、一緒に整理を進めていくには、親子で共有できるゴールを示すこと。親と子の双方にとっての心配や不安は、やはり親の病気や怪我、災害や犯罪などでしょう。ですから、「親が安心・安全・健康に暮らせる家」を共通のゴールにするのがいいと思います。 高齢者の住まいが散らかっていると、安全面で大きな問題があります。床に置きっぱなしにしていたモノにつまずいて転倒し、骨折して寝たきりになるケースは非常に多く見られます。また、災害時にモノに阻まれて避難が遅れたり、重いモノの下敷きになったり、といった危険もあります。こうしたリスクを減らすためにも住まいの整理が重要であることを、親子で認識することが大切です。(iStock) 実家が整理できていないと、親の入院や介護に直面したときにも困ります。必要な書類や通院・病歴の記録がどこにあるかわからないというケースがよくあるからです。実家で介護することになったものの、どの部屋もモノであふれていて、介護用のベッドを置くスペースがない、という問題も起こります。 皆さんも、「うちの親はまだ元気だから」と先延ばしせず、今から実家の整理をスタートしましょう。プレゼントをしたりするより、実家を一緒に整理することが一番の親孝行なのです。 実家の整理は、親にとって愛着がそれほどない場所から着手しましょう。とくに庭や廊下などは、「庭にモノが多いと防犯上よくないらしいから、片づけておこう」「夜中に安心してトイレに行けるように、廊下をきれいにしておこう」といった言い方をすれば、親も納得しやすいはずです。 子供としては通帳や貴重品のことが気になると思いますが、いきなり財産の話を持ち出すのはNG。親は「金が目当てなのか!」と腹を立てたり、落胆したりして、いくら整理を勧めても「放っておいてくれ」と意固地になる可能性があります。 整理をする際に最も大きな壁になるのが、「親が”捨てる/捨てない”を判断できない」ということ。親世代はモノを「捨てる」のに抵抗があるので、「要るモノと要らないモノに分けよう」という言い方をしましょう。そして、「要る/要らない」の判断に3秒以上迷ったモノは「一時保管箱」に入れます。それを親の目につきにくい場所に置いておけば、しばらくすると親も存在を忘れてしまうので、あとで処分しやすくなります。 実家の整理には、自分の家の整理とは違った段取りやルールが必要になります。下に「実家の片づけ・5つの鉄則」を紹介しますので、参考にしてください。実家の片づけ・5つの鉄則1 出ているモノを片づける 玄関の靴や床に置かれた新聞、テーブルの上の日用品など、親の家には出しっぱなしのモノが多いので、まずはそれらを片づけます。2 片づけは下から上へ 転倒を防ぐため、先に足元にあるモノを片づけ、そのあとで高い場所のモノを片づけます。3 収納ワザを使わない 高度で手間のかかる収納術は高齢者にとって面倒なだけで、長続きしません。4 生活習慣を優先 親の生活習慣を無視してモノの置き場所や収納の仕方を変えることは控えましょう。5 押入れ・納戸はあと回し 先に手をつけると収拾がつかなくなるので、とりあえずあと回しでかまいません。“リバウンド”防止には? いったん整理したのに、半年ぶりに帰省したら、また実家がモノであふれていた……。こんなリバウンドを防ぐには、実家に足を運べない期間も、電話やメールでこまめに親とコミュニケーションを取ることが大切。ゴミの収集日を調べておき、「そういえば、今日はゴミ出した?」といった会話をすることで、ゴミの出し忘れや溜め込みを予防できます。 親の消費行動にも注意を払いましょう。高齢者が一人で買い物に行くと、不要なモノを購入したり、使わないのに同じモノを複数買ったりしがちです。会話の中でさり気なく「何かほしいものある?」と聞いて、「新しいお鍋を買おうかな」などといった答えが返ってきたら、「だったら、帰省したときに一緒に買いにいこう」と提案してください。(iStock) また、一人暮らしの高齢者は、いざというときの不安から大量に買い溜めをする人が多いので、「何か足りなくなったら、すぐに送るから」と言えば安心します。 将来に備えるには、モノの整理だけでなく、情報の整理も必要です。実家の名義はどうなっているのか。預貯金や保険、株式などはどの金融機関にどれくらい保有しているのか。これらの情報は親しか知らないので、本人に整理してもらうのが一番です。 ただし、前述のとおり、いきなり財産やお金のことを聞くのはNG。一緒に実家を整理しながら、さり気なく話題に出すようにしましょう。共通のゴールである「親の安心・安全」を切り口に、「防災用の持ち出し袋の中に貴重品のリストを入れておくと安心だよ」といった言い方をするのがコツ。あるいは、「郵便貯金を放っておくと、休眠口座になって引き出せなくなるかもしれないらしいよ」といった話題を持ち出して、「一度、通帳を整理してみたら?」と促すのもいいでしょう。「この家は古くて使い勝手が悪いから、リフォームを考えてみない?」と相談し、親が興味を示したら、「リフォームするなら、予算はどれくらいかな?」といった聞き方でお金について確認する方法もあります。とはいえ、くれぐれも親の意志や気持ちを尊重することを忘れないでください。《取材・構成:塚田有香》 わたなべ・あや 〔一社〕実家片づけ整理協会代表理事。1965年、神奈川県生まれ。銀行、出版社などを経て、2016年より〔一社〕実家片づけ整理協会代表理事。少子高齢化社会に特化した「実家片づけアドバイザー」育成講座や、親子で取り組む生前整理、空き家問題、物とお金の整理術、遺品整理などの講座を開講し、講師育成、出張片づけサービスなどを展開中。著書に『カツオが磯野家を片づける日』(SB新書)、『プロが教える実家の片づけ』(ダイヤモンド社)など。関連記事■ 「収納破産」を解消すれば、仕事も人生も一気に好転する!■ 情報は分類しない!進化した「超」整理法■ 自分の頭の中を可視化する「本棚の整理術」

  • Thumbnail

    記事

    積水ハウスが63億円騙し取られた“地面師”男女の仰天手口

     東京五輪バブルを前にして活況を呈する不動産売買の“間隙”に潜り込んで、巨額のカネを騙し取る。そうした詐欺師は「地面師」と呼ばれる。裏社会で暗躍する彼らの存在が明るみに出た。その被害者は、大手住宅メーカー「積水ハウス」だった。【取材・文/伊藤博敏(ジャーナリスト)と本誌取材班】* * * 大手住宅メーカー「積水ハウス」が8月2日に公表した「分譲マンション用地の購入に関する取引事故につきまして」と題したプレスリリースが、不動産業界に衝撃を与えた。(iStock)〈当社が分譲マンション用地として購入した東京都内の不動産について、購入代金を支払ったにもかかわらず、所有権移転登記を受けることができない事態が発生いたしました。顧問弁護士と協議のうえ、民事・刑事の両面において鋭意対応しております〉 土地の価格は70億円、そのうち63億円をすでに支払っているとある。つまり積水ハウスは63億円の資金を投じた土地を取得することができなかった。“何者か”に騙し取られたのである。 五反田駅から徒歩3分の一等地にあり、600坪がまとまって存在したこの土地は、長く不動産業界では有名な注目物件だった。 坪単価は1000万円以上、東京五輪を見越した都心一等地の値上がりで100億円にも達すると見込まれる“金のなる土地”──70億円で買えるなら積水ハウスとしては出色の物件だったはずだ。積水ハウスは仲介の不動産会社を通じて“土地所有者”から購入する形を取った。4月の売買契約時に手付金として15億円、6月1日に所有権移転の登記申請を行なう際に48億円が支払われた。残りの7億円は申請完了後に支払う予定だったという。ところが、ここで予想だにしない事態が起こる。申請から8日後の6月9日、「所有者側の提出書類に真正ではないものが含まれていた」との理由で申請が却下されてしまったのだ。事態を告げられた積水ハウスの関係者は青ざめたという。その日以降、“土地所有者”とは完全に連絡が途絶えた。 いったい何が起きたのか。積水ハウス側との取引の場に現われた土地所有者は、赤の他人がなりすました「偽者」で、提出された印鑑登録証明書もパスポートも、なにもかも「偽物」だったのである。そしてその赤の他人は、63億円とともに消えた──。不動産のプロを騙した「手口」〈他人の所有地を利用して詐欺を働く者〉 大辞泉でこう定義される「地面師」と呼ばれるグループに、不動産のプロである積水ハウスがまんまと騙されてしまったのである。彼らは、どんな手口を使ったのだろうか。「池袋のK」と呼ばれる女 JR五反田駅を降り、目黒川の方向に少し歩くと、鬱蒼とした樹木に囲まれた古びた日本家屋がある。 近づくとそこが旅館だったことがわかる。外周は古びた薄茶色のモルタルで一部は崩壊。玄関には「日本観光旅館連盟 冷暖房バス付旅館 海喜館」という看板がかかっているが、何年も営業していない。朽ちた印象から地元では「怪奇館」とも呼ばれている。土地の所有者はこの「海喜館」の3代目女将・Sさん。地元住民はこう言う。「女優の池内淳子さんに似た美人女将だった。以前からいろんな不動産屋が買いに来たけど、親の代からの土地ということもあり、Sさんは全て断わっていた」 不動産に詳しい司法書士の長田修和氏は、以前からこの土地のことを知っていたという。「価値の高さはもちろんですが、一方で現在に至るまで、大手不動産会社などが手を出しては諦めてきた、曰く付きの土地です」 その土地を積水ハウスは“Sさん”から手に入れる好機を得た。正確には、“Sさんになりすました別人”から、だったのだが。 事件の一端をうかがい知ることができる証拠品を入手した。“Sさん”が積水ハウス側へ身分証明書として提出したパスポートだ。名前や生年月日こそSさんのものだが、写真に写っている中年女性はお世辞にも往年の大女優には似ても似つかない。複数の近隣住民に確認してもらったが「別人だ」と口を揃える。 その女性はSさんになりすまして、積水ハウスと売買交渉に臨んだ。そのために用意したのがこの偽造パスポートだったのである。印鑑登録証明書も、同じく偽造のものだったという。 この間、本物のSさんは、拉致されていたという情報もあり、本人不在のうえでなりすましの準備を整えていたのである。この「なりすまし女」は誰なのか。取材を進めると、以前、この女性から土地担保融資を持ちかけられたという不動産業者にたどり着いた。「土地を担保に30億円の融資をしてほしい」という内容で、この時もパスポートを身分証として提出してきたという。“主演兼脚本家”は誰か「念のため、銀行通帳のコピーを要求したんだけど、用意できなかったのか、話は流れた。その後、彼女が不動産関係者の間で『池袋のK』と呼ばれる有名な地面師であることが発覚した」(不動産業者) 地面師とは、本来の所有者のあずかり知らないところで所有者になりすまし、土地の売り手となって購入代金を騙し取る不動産詐欺師である。 今回の事件では、なりすまし実行犯のKだけでなく、計画全体をとりまとめたもう一人の地面師が背後にいたと見られている。積水ハウスとの交渉の場にも同席していたという不動産ブローカーだ。「不動産会社に顔がきき、金融犯罪で逮捕されたこともある。近頃は金に困り、親しい人間に無心しながらサウナ暮らしを続けていたが、なぜか最近、数千万円にものぼる借金を完済し、都内に高級マンションを3軒も購入したと聞いている。鞄にはユーロ、ドル紙幣、キャリーバッグには日本紙幣をぎっちり詰め込んでいるそうだ」(前出・不動産業者) おそらくこの男女が、事件の“主演兼脚本家”と目されているのである。 4月24日に交わされた契約には、偽造書類を携えた「池袋のK」と“相棒”と思われる不動産ブローカーのカップル、そして彼らの委任弁護士が同席していた。一方、積水ハウス側には司法書士と弁護士、仲介業者の代表が同席した。(iStock) 巧妙な手口とはいえ、なぜ積水ハウスは見抜けなかったのか。「詳細についてはコメントできません。開示した資料の通りです」(広報部)と口は重く、詳しい経緯はいまだに謎である。 一方、所在不明だったSさんはその後、亡くなったようで、事件発覚後の6月24日に、弟とされる大田区の男性2人に所有権が相続移転されている。売買契約を結ぶはずだった所有者とは別の人物に所有権が移転したため、積水ハウスがこの土地を手に入れられる可能性は極めて低くなった。今後はいかに損害金を回収できるかが焦点となる。 前述の通り、地面師事件の難しさは、なりすまし犯以外はどこまでがグループに加担しているかが分からない点にある。「私も騙された」と被害者を装う関係者の中に、実際には地面師側に付いている人間がいる可能性は大いにあるのだ。 担当する警視庁捜査2課は、なりすまし犯の「池袋のK」の所在すら、いまだ掴めていない。全容解明までの道程は長い。関連記事■ タイで逮捕の「62才聖子ちゃん」 肌見せミニで近づく手口■ 中国の結婚詐欺 14歳の娘に「三重婚」させる手口まで発覚■ 年齢詐称62才山辺容疑者 「38才か39才」は絶妙すぎる■ 広陵・中村奨成が語る「僕が考える究極のキャッチャー」■ 豊田議員政策秘書の事務所への出勤撮 仕事時間は40分

  • Thumbnail

    記事

    なぜ「身寄りのない土地」が今増え続けているのか

    浅野千晴(税理士) 土地は資産でしょうか? それとも負債でしょうか? 答えは簡単。経理が詳しい人でなくても「資産」と答えるはずです。土地は、人に貸したり売ったりしたらお金に変えることもできるからです。ただし、それは資産としての価値がある場合だけではないでしょうか。 相続未登記などで所有者がわからなくなっている可能性のある土地の総面積が、九州より広い面積に達するとの推計結果を、6月26日に有識者でつくる所有者不明土地問題研究会が発表しました。もし、土地は持っていると価値があり、それを引き続き使用しているのであれば、こんなにもたくさんの所有者不明の土地など出てこないはずです。どうしてこのような状況が起こっているのでしょうか。(iStock) 通常土地の所有者を特定するためには、その土地の存在する管轄の法務局で登記します。登記をすることで、他人に自分のものだと主張するための「対抗要件」にすることができます。しかし登記は法律的には義務ではありません。土地の所有者が亡くなると、所有する人が変わるので、所有者が変更したことの登記をすべきなのですが、何ら手続きをせず放置されているケースがあるのです。 なぜ登記をせずそのままにしてしまうのでしょうか。原因の1つは登記が煩雑で面倒だということです。法務局に行けば登記の方法は相談コーナーで親切に教えてくれますが、自分でできない場合は司法書士にお金を払って依頼する必要があります。 また他の原因として、登記をするときに、登録免許税という税金もかかります。相続時の登録免許税は、持っている土地が存在する市町村が算定する固定資産税評価額の0・4%かかります。仮に3000万円の価値のある不動産だったら12万円です。登記をしなければ、この税金も払う必要もなくなります。 土地の場所が大きな駅の近くだったり、広い道路に面していたりすると、貸したり売ったりすることができます。しかし、交通の便が悪く、しかも誰も住まなくなった空き家があったらどうでしょうか。そのような家は誰かに貸すのは困難です。 また、空き家はカビや害虫などの侵入が原因で家が傷むため、自分で定期的に行って家を開けたりするか、業者に維持管理を依頼する必要があります。さらに、不動産を持っているというだけで、毎年固定資産税を支払わなければなりません。このような価値の低い土地は最初からお金をかけてまで登記をして権利を主張しようとしないのも当然の結果なのでしょう。価値がなければ相続せず 親が亡くなり、相続が発生した場合、相続発生の日から3カ月以内に財産をもらわないという選択をすることもできます。このように利用価値のない不動産を相続することになった場合、将来の負担を考え、相続を放棄する人も増えつつあります。 最高裁判所の司法統計年報により、最近10年間の「相続の放棄の申述の受理」件数の推移を見てみると、平成16年の14・1万件から平成26年の18・2万件へと増加しており、年平均でならしてみると、年2%強の増加率になります。これは資産価値の低い地方の市町村ではさらに大きくなっています。価値もない土地を維持するのは生まれ育った思い入れのある土地であっても難しくなっているのでしょう。(iStock) これからは少子高齢化に伴い、人口が減少していくにつれ、土地の需要が徐々になくなってくるのではないでしょうか。不動産は都会の条件のいい土地でない限り「資産」として成り立たず、多くが負担ばかりかかる「負債」になっているのです。 朽ち果てた家や何年も耕作を放棄している土地が、多くの過疎地域でよく見られる光景となる一方、都市部の近郊では新築アパートや建売住宅が次々と建てられています。住宅メーカーは、空き家の問題などはお構いなしに利益追求に走り、それを購入する人の税金を免除するといった国の方針は全く変化が見られません。また、相続した空き家を売るために作られた税金の優遇措置は要件が厳しく、なかなか手が付けられないといった状況です。 これからも資産価値のない「いらない」土地が増えることは間違いなさそうです。最近、困ったときに誰も頼る親類がいない高齢者が多いですが、このような「身寄りのない土地」の処分もさらに問題化してくるのではないでしょうか。 これからの将来、土地の法制度を変えていくことが急務となるでしょう。【参考文献】■タダで簿記の指導をしてもらえる!税務署の無料記帳指導を知っていますか?(浅野千晴 税理士)■ふるさと納税にもはやお得感なし?総務省の要請でブーム終息となるか。(浅野千晴 税理士)■世界のシンデレラストーリーは変わった。それは自分の力で起業することである。(浅野千晴 税理士)■年収1000万円超えの会社員は「税金」で貧乏になる。(浅野千晴 税理士)■相続税や消費税対策が将来の空き家問題を加速させる(浅野千晴 税理士)

  • Thumbnail

    テーマ

    地方をダメにする「ふるさと納税」を正せ!

    この2年で激増した「ふるさと納税」は、地方自治体と生産者を「下りると損」のチキンレースに追い込んでいる。返礼品、おみやげ競争が地方の生産者にとって大きなインセンティブとなり競争を歪め、地方の力は逆にどんどん失われている。

  • Thumbnail

    記事

    2千円で750万円の土地をゲット!? ふるさと納税「競争」曲は止まらない

    の納税額が減るという制度になりました。北海道上士幌町が寄付者らを招いて開いた感謝祭に駆けつけた石破茂地方創生担当相=2015年2月1日 たとえば、自分が寄付したい自治体に3万円送ると、寄付額のうち2000円は自己負担になりますが、残り2万8000円(控除範囲内)は、本来自分が納税するはずの自治体への住民税と所得税から控除されます。 その際、寄付された自治体は「お礼の品」として、地域の特産物などを送ってくれるケースが増えています。どんな特産品があるのかは、ネットに専用サイトがあって、たとえば「ふるさとチョイス」というサイトでは、カテゴリー別に「お礼の品」を紹介しているほか、申し込みや支払いもこのサイトからできるようになっています。ここでは、約750の自治体が「Yahoo!公金支払い」と連携してクレジットカード決済もできるようになっています。 今まで、納税や寄付といえば、煩雑な事務処理手続きが必要でしたが、こうした煩雑さを解消し、しかもショッピング感覚で「お礼の品」が選べるということで人気となっています。 そんな中、この「お礼の品」が年々豪華になり、これがエスカレートしすぎて寄付から逸脱しているという批判も出てきています。「税金を使ったカタログ通販」と批判も「税金を使ったカタログ通販」と批判も 現在の「ふるさと納税」には、米、肉、魚、酒などの食品はもとより、旅行、美容、結婚式まで、寄付額に応じてありとあらゆる「お礼の品」が登場してきています。 しかも、2015年から控除の上限が引き上げられ、納税方法もより簡便になりました。 控除の上限は、従来の約2倍。サラリーマン(給与所得者)なら、2015年(4月1日以降)からは「ワンストップ特例制度」が導入されたために、1年間に寄付する自治体が5つ以内であれば、寄付をした自治体に「申告特例申請書」を郵送すれば自分で確定申告をしなくても税金が戻されるようになりました。 その一方で、寄付を集められる自治体、集められない自治体の明暗も分かれつつあります。2015年4月1日から9月30日までの総務省の集計を見ると、最も多く「ふるさと納税」を集めたのが宮崎県都城市で、寄付額は約13億円(寄付件数約10万2000件)。前年9位だった同市が1位に躍り出たのは「日本一の“肉と焼酎”に特化し、よいものをより多く提供する」ということを大々的にアピールしたこと。500万円の寄付で焼酎1年分、牛一頭などという商品で、焼酎好き、肉好きを中心に知名度を上げました。 2位は山形県天童市で寄付額は約12億円(寄付件数約7万4000件)。さくらんぼ、りんご、ぶどうなどの果物のラインナップが多く、天童牛というブランド牛や米、日本酒など地域特産品のメニューも豊富。温泉宿泊利用券や伝統工芸品の将棋駒など地域色のアピールも功を奏したようです。山形県天童市の返礼品の一つ「あかつき」。同市はサクランボやモモなど旬の果物で人気がある 第3位は、長野県飯山市で寄付額は約10億円(寄付件数4万4000件)。「人間ドック+森林セラピー」や「北陸新幹線開通記念で駅にチタンプレートでお名前掲載」など地域性を活かしたユニークな「お礼の品」に加えて、飯山市内に事業所がある「マウスコンピューター」が液晶モニタやタブレットPCを出品。これに寄付が殺到し、瞬く間に品切れとなりました。 こうした状況に、「税金を使ったカタログ通信販売ではないか」という批判も起きています。 確かに、「お礼の品」が過熱している状況を見ると、ここまでできない自治体はどうなるのかという危惧があるのは否めません。実際に、自治体によっては「お礼の品」が水族館や博物館など自治体が運営している魅力がない施設のみで、入っていく寄付よりも他の自治体に出て行ってしまうお金のほうが多いというところもあります。 たとえば、静岡県富士市では、平成26年度に市に入った寄付金は100万円で控除として市から出ていった金額が300万円。差し引き200万円の税金が流出しました。 「ふるさと納税」人気が過熱する中、寄付を集めたいばかりに自治体が無理をして地域の特産品を買い上げ、財政に不安が出てくるというところもあるようです。 こうした中、「ふるさと納税」の「お礼の品」に宅地を提供しようとした自治体があり、総務省からストップがかけられました。天橋立を望む宅地提供に「待った」天橋立を望む宅地提供に「待った」 ふるさと納税の「お礼の品」に宅地を提供しようとしたのは、日本三景の天橋立がある京都府宮津市。人口流出に悩む同市は、1000万円以上の寄付に対し、宮津湾を見下ろす200㎡の時価750万円相当の分譲地を「お礼の品」として提供することで、税収増と移住者の一石二鳥を狙いました。けれどこれが、納税者に特別な利益が及ぶ場合には地方税法の控除の対象外になるとして、総務省から待ったがかかりました。 確かに、「ふるさと納税」には、高額納税者ほど得をするという税制面での不公平があり、「お礼の品」がエスカレートすると地域の利益誘導に結びつきかねない危惧もあります。それは、「ふるさと納税」のデメリットの部分ですが、一方では地域活性化というメリットの部分も見落とせません。 今まで、地方では、自治体が積極的に企画して動いて何かを獲得していくというケースはあまりありませんでした。日本では中央集権制が長く続いたために、採算性やニーズを探るよりも、霞ヶ関に顔を向けて少しでも多く交付金をもらうことが自治体にとっては重要でした。そして、配られた交付金で、ろくに市場調査などもせずに田んぼの中に大きな体育館を建設したり、赤字垂れ流しの遊園施設をつくるなどして赤字をさらに膨らませてきました。こうした税金の使い方が、地域の活性化にあまり役に立ってこなかったことは言うまでもありません。 そういう意味では、「ふるさと納税」では、この手法は通用しません。なぜなら、地場産業を洗い直し、何が自分たちのアピールにつながるのかを考え、採算性やニーズはどうなっているのかを調べなくては、結果が税金の流出という数字で跳ね返ってくるからです。「ふるさと納税」の担当者となった若い職員が自転車で地域をくまなくまわって特産品を掘り起こし、地域の生産者と連携してどうアピールすれば売れるのかを考える。交付金頼みの自治体の旧態依然とした状況からすると、隔世の感があります。 もちろん、行き過ぎた「お礼の品」については、国の規制も必要でしょう。税金が寄付で目減りしてしまうという状況も、その自治体が瀕死の状況になるようなら国の関与が必要でしょう。 ただ、ふるさと納税で税金が最も減っているのは東京都で約18億円と全体の税額控除額の3割を占めています。いっぽう東京都の場合、26年度は前年に比べ都税が約4000億円も増えて全国の自治体の中では一人勝ちの状況。ですから、東京都に限っては、地方に税金が流れることは格差是正につながる気がします。 賛否両論ある「ふるさと納税」で、確かに行き過ぎを是正しなくてはいけないところも多いですが、自治体が自ら地域をリサーチし、アピールポイントを探し、企画し、挑戦して、結果を得るというはじめての試みには、それなりの意義もあるのではないでしょうか。