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    中国が狙う「権力の空白」日米新政権は東アジア安保に新たな一歩を

    置する戦略上の要衝ニッポンを粗略にして、米国の東アジア戦略はもはや成り立たない。バイデン政権の外交・安全保障政策を担う当局者たちは、誰しも日米同盟の重みを知り抜いているはずだ。 今回の米大統領選は、共和、民主どちらの党が、中国の習近平国家主席により強硬かを競う戦いとなった。バイデン政権が発足してもこの基調は変わらないだろう。米国が敗北宣言なき政権移行を余儀なくされ、大統領権力の中枢に巨大な空白が生じたとみるや、「習近平の中国」は、その隙を突いて東アジア海域でさらなる攻勢に出ている。 台湾海峡の制空、制海権を窺うべく、台湾の防空識別圏に多数の中国軍機を飛ばしつつある。そして、尖閣諸島の周辺に海警察局の艦艇を出没させているだけではない。中国当局はこのほど「海警局の艦艇が管轄する海域で外国船が命令に従わない場合は武器の使用を認める」という法律の草案を明らかにした。 「海警局の艦艇が管轄する海域」とは、中国側が恣意(しい)的に定めた領域で武力行使をするという意思表示に他ならない。彼らの行動を取り締まる「外国船」、すなわち日本の艦艇に武器を使用していいと認める危険な法律以外の何物でもない。 米国の政権移譲が滞れば滞るほど、東アジアの安全保障の砦となってきた日米同盟にはほころびが目立つことになる。「開かれたインド太平洋」構想は、日本・米国・オーストラリア・インドによる対中同盟によって具体的に下支えするときを迎えているのである。 そのためには、菅・バイデン首脳会談を早期に開催して、尖閣諸島に日米安保条約を適用し、日米両国の防衛範囲とすることを改めて確認することが急務だろう。そのうえで、台湾問題の平和的解決を求める姿勢を日米の両首脳が鮮明にし、台湾問題を武力で解決してはならないことを闡明(せんめい)すべきだろう。出邸する菅義偉首相=2020年11月11日、首相官邸(春名中撮影) 日米同盟は、朝鮮半島の有事だけでなく、台湾海峡の有事に備える平和の盟約である。菅・バイデン両首脳は、いまこそ揺るぎないメッセージを北京に向けて発するときなのである。

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    混迷するアメリカの極み「バイデン政権」が日本にもたらす災厄

    響をおよぼすことは想像に難くない。 救いになるのは、トランプ氏が残したインド太平洋地域や中東における安全保障スキームが、これからも機能し続けられる可能性だろう。しかし、民主党政権がそれを引き継ぐかは疑問だ。 ただ、トランプ氏は来年1月19日までは大統領なのだから、それまでに中国やイランにこれまで以上に厳しい対応を迫るだろう。11月9日にエスパー国防長官を解任し国家テロ対策センター長官のミラー氏を後任に指名したのは、その布石と考えられなくもない。 いずれにせよ、日本への影響を鑑みれば、トランプ氏に大統領職を懸けて最後まで闘ってもらいたいが、訴訟の行方は決して楽観視できないのも事実だ。 最終的にバイデン政権になり、日本に災厄が降りかかっても、それは誰が悪いわけでもない。まさに三島由紀夫が自決してまで訴えた、憲法改正をせず、強力な自国軍を持たないまま漫然と過ごしてきたツケだ。1970年11月、陸上自衛隊市ケ谷駐屯地で演説する三島由紀夫 私には、トランプ氏が三島に代わって日本に軍事的自立を促していたように思えてならない。トランプ氏がホワイトハウスを去れば、ますます日本は軍事的に自立できなくなる。そこに中国などから侵略行為を受けたり、攻撃されたりしても、それは日本が「自己責任」として受け止めるしかないだろう。

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    「責任と倫理」唯一の被爆国日本が感じるべき核兵器禁止条約の虚無

    てもより包括的な議論が必要である。だが、何も核兵器だけではない。中国やロシアによる通常兵力の増強も、安全保障上の深刻な懸念事項である。偽善とむなしさ 核兵器禁止条約に批准した50カ国の多くは、中南米や東南アジア、アフリカ、太平洋の中小国だ。そこには核保有国はもとより、その主要同盟国も含まれていない。そのため条約が発効されたとしても、核保有国の未加盟とそれを遵守する意志がなければ条約はただの空文となり、何ら効力を発揮しない。大国による停戦仲裁にもかかわらず、依然として戦闘が続くナゴルノ・カラバフ紛争がよい例だ。 そして批准国たちの「善意」とは裏腹に、核兵器をめぐりこの条約が国際社会の分断に貢献してしまうかもしれない。もし批准国がそれを承知の上で条約を結んでいるとすれば、小国の「偽善」は大国の「独善」を助長するだけに終わるであろう。 このむなしさは、日本国内でも感じられる。日本の地方都市を訪問すると、駅前のロータリーなどに「非核都市宣言」といった碑が立っていることがある。自衛隊基地や米軍基地、原子力発電所に隣接するわけでもない地域のこうした「宣言」は、むしろ核問題への第三者性(つまり、無頓着や無関心)を感じさせる。筆者には、程なく発効する条約が、地方のロータリーに立つ「非核都市宣言」の国際版のように思えてならない。 日本政府はすでに「核軍縮の実質的な進展のための賢人会議」を発足させ、日本人有識者7人、核保有国と核兵器禁止を求める国々双方の有識者10人で議論を進めている。こうした地道な知的努力こそ、今後の国際社会で一層求められよう。だが残念ながら、このような会議の存在や活動を知る者は国内外でそう多くはない。その点で「唯一の被爆国」日本の広報外交にも、さらなる工夫が必要である。 京都大の国際政治学者、高坂正尭氏は著書『国際政治―恐怖と希望』にて、ロシアの作家、アントン・チェーホフの短編『往診中の一事件』を紹介している。 これは不眠症に悩む患者に対し、患者を治すことができず、自分の無力を痛感する医師の物語だ。医師は苦難の中でも、それでも患者を励まそうと努力する。 高坂氏はこの物語を紹介した上で、著書の末尾にて次のように結んでいる。「戦争はおそらく不治の病であるかもしれない。しかし、われわれはそれを治療するために努力しつづけなければならないのである。つまり、われわれは懐疑的にならざるをえないが、絶望してはならない。それは医師と外交官と、そして人間のつとめなのである」賢人会議のメンバーを代表し、平和祈念像前に献花する元米核安全保障局長のリントン・ブルックス氏(左)と座長で熊本県立大理事長の白石隆氏=2018年11月、長崎市の平和公園 核廃絶についても同様であろう。方法論の相違を道義的に非難し合うのではなく、目標の共有を絶えず確認しながら、絶望せず、希望をもって現実的に漸進し続けるしかないのだ。

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    トランプvs反トランプの大統領選がもたらすバイデン「消極的」勝利

    いる「米中覇権戦争」だが、トップがバイデンになろうと米国の対中強硬策は変わらない。トランプは「カネと安全保障」だが、民主党は「人権と民主主義」だ。もはやワシントンDCに、パンダハガーと呼ばれる親中派はいない。 ナンシー・ペロシ下院議長は、かつてブッシュ大統領に「北京五輪をボイコットせよ」と迫った人権の女帝だ。バイデンが弱腰になったら尻をたたく。しかも、副大統領候補のカマラ・ハリス氏の母は、中国の宿敵インドの上位カースト、バラモンの出身。これ以上の中国の拡張主義を許すまい。 続いて、日本が今後、大出費させられそうな環境問題がある。トランプは「ただの気候だ」と言ってパリ協定から離脱した。しかし、バイデンはパリ協定に復帰し、「グリーン・ニューディールを進める」と表明している。また、2050年までに温暖化ガス排出量をゼロにする、電気自動車(EV)普及のために充電ユニットを50万カ所新設するなど、怒れる環境少女ことグレタ・トゥーンベリさんもニッコリの政策に数兆ドルを投じて「雇用を作る」と述べている。 となれば、日本も乗り出さざるをえない。莫大(ばくだい)な出費を覚悟する必要がある。米民主党大会で副大統領候補に指名され、演説するハリス上院議員=東部デラウェア州=2020年8月19日(ロイター=共同) 安倍政権は、トランプが甘かったのをいいことに環境対策に本気で取り組まず、原発再稼働、原発輸出、化石燃料発電を進めた。しかし、この政策は完全に失敗し、東芝はガタガタに、日立は英国で3千億円も失った。このツケは大きい。実体経済はどん底 環境問題、地球温暖化問題は、いまや一種の宗教となった。「環境に優しい(エコ・フレンドリー)」は誰もが反対できない絶対的な教義だ。それなのに、日本は昨年、世界の環境団体がつくる気候行動ネットワークから、地球温暖化対策に消極的な国に贈られる化石賞に2回も選ばれている。小泉進次郎環境相の「セクシー発言」で乗り越えられるような問題ではない。 そして、最後の大問題は、コロナ禍でさらに膨らんでしまった国の借金だ。国際通貨基金(IMF)は10月14日、財政報告書をまとめ、各国の債務拡大を警告した。コロナ禍で各国が9月までに行った財政刺激策の総額は、11兆7千億ドル(約1200兆円)あまり。2020年の世界全体の政府債務残高は、世界の対国内総生産(GDP)比で前年から15ポイント増の98・7%で、過去最悪になった。 国別の債務残高は、米国が前年比で22ポイント増の131%、ユーロ圏が17ポイント増えて101%、日本は、身の程知らずとも言える200兆円を超える額を計上したため、なんと30ポイント近く増えて266%と、世界でダントツの借金大国になった。これをどうやって解消していくのか。 日本銀行は今も異次元緩和を続け、国債のほか、上場投資信託(ETF)から不動産投資信託(J-REIT)まで買い、円は際限なく刷り続けられている。これで株価が維持されているが、実体経済はコロナ禍でどん底だ。 さらに、5頭のクジラと称される日銀、共済年金、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、年金積立金管理運用独立行政法人 (GPIF)も大量に株を買っている。つまり、完全なコロナバブルが起こっていて、このバブルは緩和を止めたとたんに崩壊する。  ただし、バブルは米国も同じだ。連邦準備制度理事会(FRB)は史上ありえない規模で緩和を行っている。 リーマン・ショック時に初めて買った不動産担保証券(MBS)ばかりか、Private ABS(クレジットカード、学生ローンやカーローンの証券)、High Yield Bond(高利回りの債券に投資する投資信託)、投資不適格となったFallen Angel(堕天使債)まで買っている。そのため、ドルはどんどん刷られている。 9月16日、FRBは連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、少なくとも2023年末まで物価上昇率が2%に到達しなければ利上げをしないと表明した。 FRBの方針はバイデンが大統領になっても変わらないだろう。バラマキを得意とするリベラルだけに、緩和は維持される。 しかし、その先は分からない。ドルは基軸通貨だから、いくら刷ってもいいが、円はそうはいかない。財政破綻と制御不能のインフレが視野に入ってくる。ホワイトハウスで共和党大統領候補指名の受諾演説をするトランプ米大統領と集まった支持者ら=2020年8月27日、ワシントン(ゲッティ=共同) 結局、米大統領になるのがトランプだろうとバイデンだろうと、日米関係は大きく変わらない。米国の要求をかわすために、その場しのぎの場当たり的政策が繰り返される。米国の矛先を徹底的に中国に向けさせ、日本はスルーしてもらう。そのぐらいしかできそうもない。気概もビジョンもない政権が続けば、日本は限りなく衰退するだけだろう。(文中一部敬称略)

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    菅内閣に払拭してもらいたい、菅直人がこじらせた尖閣問題の禍根

    。 中国の狙いは、尖閣諸島が日本の施政下にあることを否定することにある。日本が国防の柱としている日米安全保障条約の対象地域は、あくまで「日本の施政下の」地域に限定されている。だからこそ中国は、尖閣諸島における日本の施政を否定するため、日本の警備体制を上回る規模の警備船団を派遣し、そして、中国の国内法に基づき漁船を取り締まるそぶりを見せているのだ。 中国の警備船は3千~5千トンクラスが中心であり、日本の海上保安庁の尖閣専従部隊が主力とする1千トン級をはるかに超える能力を持っている。見方によっては、中国側の方が優位に尖閣諸島に対処していると捉えることもできるだろう。中国当局は、このような尖閣諸島周辺での中国海警局の活動している様子を中国中央電視台(CCTV)の国際テレビ放送を通して世界中に配信している。 それを見た世界の人々は、日本は尖閣諸島を実効支配していないと感じ、むしろ、中国の領土であると誤解することもあるだろう。それこそが中国の狙いである。  2010年以来、中国は充分な時間をかけて尖閣諸島に侵出してきた。この年、中国漁船が尖閣諸島警備の任務に就いていた海上保安庁の巡視船2隻に対し、体当たりする事件が起きた。そしてこの事件に対する日本政府の弱腰な対応を見るやいなや、一気に攻勢に出たのである。 なぜなら当時の民主党政権は明らかな犯罪者であるこの中国漁船の船長を、処分保留で帰国させてしまった。まさにこの行為こそ、尖閣諸島における日本の施政権を否定する愚行であった。さらに近年この対処策は、当時の菅(かん)直人総理が指示していたことを複数の元民主党議員が証言し、明らかになってきている。 菅直人元総理は横浜で開催予定だったアジア太平洋経済協力会議(APEC)など目先の外交イベントに目を奪われ、中国に過度な配慮をすることで、付け入る隙を与え、日本の主権を脅かしてしまった。その後の野田佳彦政権では、具体的な方策も持たないまま、尖閣諸島の魚釣島、南小島、北小島の三島を民間から買い上げ、国有化に踏み切った。衆院予算委員会で挙手する菅直人首相(当時)=2010年9月、国会・衆院第一委員室(酒巻俊介撮影) そして民主党政権の残した禍根は、7年8カ月の安倍晋三内閣でも払拭(ふっしょく)することはできなかった。現在も同諸島は無人島のまま、小型の灯台の維持管理以外は上陸もできず、国際的な視点からすると実効支配していると主張できるか疑問である。  ただ、今年の8月15日、東シナ海における漁業の解禁日に合わせ、中国の1万隻近い漁船団が東シナ海への出漁の指示を待っていたが、結果的には中国漁船の大規模な出漁は行われなかった。台湾問題と表裏一体 この中国の動きに歯止めをかけたのは、7年間8カ月、腰を据えて続けてきた安倍外交の成果である。7月に入り、中国漁船団が尖閣諸島海域への出漁体制に入っているという情報を入手した政府は、早い段階から中国に対し自制を求めた。当然、中国に対しては、外務省による抗議や警告などは通用しない。 そこで防衛・外交力を駆使し、在日米軍に対し中国をけん制するための共同歩調の実施を強く働きかけた。その成果もあり、8月中旬、在日米軍と海上自衛隊は、東シナ海のほか沖縄周辺において共同訓練を実施した。その訓練の実施は、中国に対し強く自制を求める意味合いもあった。 中国政府としては、自国の領土であると主張している尖閣諸島に近い海域において、日米の合同訓練が大々的に行われていることを国民に伝えることはできない。そのため中国当局は、中国漁民に東シナ海への出漁を自制することを指示した。中国の漁民としては、距離が遠く燃料代も多くかかるために採算性の悪い尖閣諸島への出漁に関しては、実は積極的でない。それゆえ今年の尖閣諸島の出漁は限られたものとなったのだ。 また、中国は、安倍前首相の電撃的な辞職発表と、菅新内閣の誕生に対して慎重に対処する策を選び、尖閣諸島への侵出を一時的に見合わせていた。特に新防衛大臣に就任した岸信夫氏は台湾とのパイプが強いことに加え、選挙区内に在日米軍も駐留する岩国基地を持ち、米軍との関係も密接であるといわれている。 さらに外務大臣は安倍外交を踏襲した茂木敏充氏が再任され、外務副大臣には航空自衛隊出身の宇都隆史参院議員が就任した。中国にとっては何か行動するにも菅新政権の対中国姿勢、国際的な外交戦略など未知数な部分も多く、難解であったがゆえに大きな行動は当初控えたのかもしれない。 しかし、10月に入り米大統領選も佳境に入り、さらにトランプ大統領が新型コロナに感染、米国の動きが鈍化した機会を逃さず、中国は再び尖閣諸島に対し、警備船を派遣するようになった。今後は一層、中国警備船が尖閣諸島海域に侵入し、常時、停泊する事態となるだろう。 菅新内閣としてはまず、有志議員により提案されている尖閣諸島の環境調査活動を実施し、尖閣諸島が日本の施政下にあることを国の内外に伝え、特に、海洋環境調査、生態系調査など国際社会の理解を得やすい分野から着手することが有効であると考える。 また、尖閣諸島問題は台湾問題とも表裏一体だ。中国の尖閣諸島侵出は、台湾を囲い込む戦略の一環であることも忘れてならない。尖閣諸島は小さな島々だが、東シナ海の扇の要の位置にあり、台湾の自由社会の維持においてこれらの島々の管理は重要な意味合いを持つ。尖閣諸島魚釣島(海上自衛隊哨戒機P3Cから撮影)=沖縄県石垣市(鈴木健児撮影) 尖閣諸島への対応は国際的にも注目されやすく、海洋環境保全、離島の維持管理といった象徴的な存在になっている。積極的な姿勢で対処しなければ国民の信頼を失い、諸外国からも国家の主権を重視しない国として軽く扱われることになるだろう。早期に警備力(海上保安庁)と防衛力(自衛隊)が密に連携した海上警備体制を構築し、その体制を一部公表および広報活動を推進することで、日本を脅かす勢力に対する抑止力の発揮が望まれる。 菅新内閣に求めることは、威厳のある政治と海洋環境の保全だ。これを実現してこそ、他国の脅威から日本人が安心して暮らせる社会への実現につながる。新政権が発足して1カ月あまり経過したが、菅新総理のさらなる活躍に期待したい。

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    異例づくしの北朝鮮、「全能無謬」を否定した金正恩演説の裏事情

    重村智計(東京通信大教授) 10月10日に行われた朝鮮労働党創建75周年記念式典で、金正恩(キム・ジョンウン)委員長が久しぶりに声を出した。しかしながら、異例の演説で、まるで人が変わったような内容だった。米韓の情報機関は、肉声の声紋分析を行っているが、演説は事前録音の放送に口を合わせた「口パク」だった。これを見るに、やはり北朝鮮は工作国家であり、公開情報の裏を読まなければ、だまされてしまう。 ただ、その北朝鮮も個人崇拝独裁を支えた「唯一領導制」が消え、集団指導体制に変化したようだ。金委員長は演説で、苦しい生活や経済計画が達成できない状況に「面目ない」、「申し訳ない」と述べた。彼は「人民と皆さん、本当にありがとうございます」と、国民に向けた「ありがとう」を12回も繰り返した。 「人民」とは労働党員で、「皆さん」は大衆を意味する。北朝鮮の指導者は、こんなにも人民思いだったのだろうか。過去の指導者は、このような演説を決してしなかった。それゆえに北朝鮮の指導体制は「唯一領導体制」と呼ばれたのである。ただ一人の指導者が全権を握り、国民を指導する体制だ。 指導者は全能で無謬(むびゅう)とされ、神のような存在だった。人民と大衆は指導者のためにある存在で、指導者に常に「ありがとう」を伝えてきた。そんな「全能で無謬」な指導者が「申し訳ない」と謝り、国民に「ありがとう」を伝えたのでは「指導者無謬説」が完全に否定される。金委員長は自ら「(自分の)努力と真心が足りないからだ」とまで語った。自ら「唯一領導体制」を否定してしまった。革命的な変化である。 しかし、元々その予兆はあった。北朝鮮の指導者には、常に「会議を指導なされた」だとか「人民を指導なされた」、「軍隊を指導なされた」の「指導なされた」の定型句が使われた。指導者が全てを「指導する国」だからだ。この「指導なされた」の表現が、今年5月から使われなくなった。「参加なされた」や「司会なされた」の表現に変わったのだ。これでは指導者といえど、多くの幹部の一人にすぎない。 このため「人が変わったのではないか?」、「唯一指導体制をやめたのではないか?」との臆測が飛んでいた。そうした中での今回の演説は、まさにこの臆測を裏付けたものだった。それまで国民を指導するだけの存在が、突然、国民思いの指導者に変身したのだ。 演説は「口パク」と言っても、声は出しているようでマイクが拾わないだけのようだった。演説最後の「偉大なわが人民万歳」の部分は、声と口が合わなかった。平壌で行われたマスゲームの鑑賞に訪れた金正恩朝鮮労働党委員長(右から3人目)。2020年10月12日付の労働新聞が掲載した(コリアメディア提供・共同) 映像は、原稿を懸命に読み上げる金委員長の姿を映し出した。読み上げている場所を指で確認しながら、放送に懸命に合わせていた。もちろん、「口パク」が悪いわけではない。むしろ内容が重要だ。演説の途中で言い間違えるのを恐れて、事前録音にしたのだろう。偉大な指導者が言い間違えるわけにはいかないからだ。 そしてこの金委員長の演説は、多くの秘密の意図を隠している。まず式典の費用を削減し、映像で効果を上げようとした。式典は異例の深夜の午前0時から行われ、以前のような全面中継はなかった。テレビでおよそ2時間にわたる75周年式典の「記録映像」を流した。都合の悪い部分をカットし、国民にアピールする場面を強調している。変化の兆し では、なぜ深夜に行ったのだろうか。それは、米国の偵察衛星から隠したいものがあったからだ。式典パレードには潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)や新型の大陸間弾道ミサイル(ICBM)が登場し、米軍をまねた戦車や新型武器も登場した。これらのミサイルや兵器は、まだ完成していない「ハリボテ」の可能性があると、指摘する軍事専門家もいた。 注目されるのは金委員長が核抑止力の強化を強調し、あくまでもそれは防衛のためであると述べた点だ。背景には、北朝鮮軍兵士の衣食住が劣悪化し、通常兵器は旧式で使えず、約100万人の通常軍隊の維持が限界にきている現実がある。 核戦力を強化すれば北朝鮮の防衛は充分であり、通常兵力を削減できると軍幹部を説得しようとしている。ゆえに核兵器は放棄しないと金委員長は強調している。100万人の兵士の多くを経済建設の労働力に回さなければ、経済発展はできないからだ。 今回の金委員長の演説は、明らかに来年1月の党大会を念頭に発言している。自身の足りなさを認め、過去の経済政策の誤りを指摘し、新しい経済政策と目標を発表する。そのため個人崇拝独裁体制を変化させ、党組織と機関を中心とした集団指導体制に変えようとしている。これは先にも記したが、北朝鮮支配体制の革命的な変更だ。しかし、これは内部の反発も大きいであろう。まさに、金委員長の力量が問われる。 そして北朝鮮は菅義偉(よしひで)政権発足以来、まだ一度も菅首相を批判していない。これも大変異例だ。75周年式典の演説でも日本批判に触れなかった。日朝関係改善の意向を示唆した。それを裏付ける事実がある。日本のメディアは全く報じなかったが、金委員長の演説の1カ月前、北朝鮮は日本に関係改善のシグナルを送った。 9月5日の日曜日、在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)の中央委員会が開かれ、金委員長直筆の指示文書が読み上げられた。指示文書は、事前に誰も開封できないよう特製の大型封筒に入れ、封印されていた。直筆文書は、次のような内容だった。 「朴久好(パク・クホ)副議長を、第一副議長にし、全ての権限を与える。総連は、朴第一副議長を中心に団結し、その使命を全うせよ」というものだった。第一副議長は、次の朝鮮総連議長になる。この文書には金委員長直筆のサインがあり、この指示には誰も反抗できない。朝鮮総連本部=2017年7月、東京都(産経新聞チャーターヘリから、納冨康撮影) 朴第一副議長は、反許宗万(ホ・ジョンマン)議長派の中心人物として知られていた。元々複数の副議長の中で、末席の副議長だった。いったんは左遷されるも、数年前に平壌の指示で副議長に復帰した。多くの総連メンバーが改革の旗手として期待をかけ、早期の議長昇進を願った。それがまさについ先日、全権を握ることになったのだ。 朴第一副議長の誕生は、北朝鮮の対日姿勢の変化と受け止められる。現在の総連議長は日朝関係改善に消極的で、拉致問題解決も妨害した。健康状態も思わしくなく、議長交代も近いと観測される。新たな日朝関係が、今まさに動き出す。

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    佐藤優氏 安倍政権のリアリズム外交が消えることへの不安

    はないかと期待しています。佐藤:官邸官僚と呼ばれる人たちの中でも、今井尚哉・首相秘書官、北村滋・国家安全保障局長、この2人は除外して考えないといけません。 この2人は、世の中で言われるような「安倍家の使用人」タイプではありません。その証拠に彼らは、民主党政権でも一生懸命にやっていました。出世など気にしていないし、ただ政権のため国家のために働くという腹をくくっているから、信頼できる。 官邸官僚が維持できるかどうかは、彼らのような人物が見つけられるかということにかかっています。なぜこう言うかといえば、私自身が事実上の官邸官僚でしたから(笑い)。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)山口:戦後日本の長期政権は、小泉・安倍以前にも、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘などがありましたが、いくつかの共通点があり、その第一条件が対米追随ということだと思います。米国との関係維持は、長期政権にとって不可欠でした。 ところが、米大統領選を待たずに安倍首相が辞めたことで、予測不可能になってきました。トランプ氏再選の場合は駐留米軍の経費負担問題などで無茶を言ってくる可能性が高く、バイデン氏が勝ったほうが、日本にとっては伝統的な対米関係の延長線上で議論ができるということになるかもしれません。佐藤:日本の外交は民主党政権時代も含めてすべて親米ですが、その度合いに違いがあります。対イラン自主外交やイージス・アショア導入中止に見られるように、安倍政権の親米度は実はそれほど高くない。安倍政権と米国は、トランプ氏との属人的な関係がありつつ、ペンタゴン(米国防総省)や国務省との関係では、日本の自主性、独立志向が見られます。これは安倍首相の祖父の岸信介政権を彷彿させます。 次の政権でそうした安倍さんのリアリズム外交が消えてしまうのが非常に不安です。よりイデオロギッシュな関係に基づく親米に変わり、米国の対イラン・対ロシア制裁に加わって、さらに中国に対しても米国内の対中強硬派に突き上げられる可能性もあります。【プロフィール】●さとう・まさる/1960年生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館書記官、国際情報局主任分析官などを経て現職。著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『知性とは何か』など。●やまぐち・じろう/1958年生まれ。法政大学法学部教授。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授、オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員などを経て現職。専門は行政学、現代日本政治論。著書に『民主主義は終わるのか』、『政権交代とは何だったのか』など。■佐藤優氏 長期政権後の次期政権は短命に終わる可能性■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■佐藤優氏「国際連携が必要なのは五輪よりワクチン開発だ」■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由■横田滋さん、外務省に「命をこんなに軽く扱うのか」と激怒

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    北朝鮮の国営メディアが密かに伝え続けていた「金王朝」崩壊の凶兆

    重村智計(東京通信大教授) 「北朝鮮は個人独裁体制から集団指導体制に移行した」。韓国の情報工作機関である国家情報院がこの事実を初めて認めた。 それでも、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の健康不安に言及することはなかった。このように、国家情報院の分析にはしばしば意図や悪意が隠されている。 そのような中で、中国外交担当トップの楊潔篪(よう・けつち)共産党政治局員が8月22日に突然訪韓し、釜山で大統領府の徐薫(ソ・フン)国家安保室長と意見交換した。両者最大の関心も北朝鮮指導部の混乱にあったのである。 北朝鮮は自ら「(指導者の)唯一指導体系」を公言してきた。指導者が独裁的に統治し、国民はそれに従うシステムだ。 集団指導体制に移行したのであれば、金委員長の体調は万全でなく、体制崩壊に繋がりかねない重大な事態だ。韓国国家情報院は、その事実を隠していることになる。 国家情報院は、金委員長が妹の金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長や側近たちに一部の権限を移譲したと明らかにした。この報告は、8月20日に非公開で行われる国会の情報委員会で行われた。 そして、権限を委譲した理由を「ストレスを軽減するため」と説明した。これでは、金委員長が相当なストレスを抱え、健康状態が危ういと言っているに等しい。 しかし、金委員長が「全く健康で問題ない」としている韓国大統領府の見解とは異なる。国家情報院は「真実」を語れないでいる。 韓国や海外の専門家は、「北朝鮮の柱である唯一指導体系が変更されることはあり得ない」と指摘した上で、事実だとすれば情報院の分析は間違いだと批判している。 そもそも、唯一指導体系の下では、金日成(キム・イルソン)主席の血統を有する人間しか指導者になれない。そして、唯一の指導者が絶対的に領導する「指導者無謬(むびゅう)性」が強調される。これは労働党の「唯一領導体系十大原則」に明記されていることだ。2020年8月5日、北朝鮮・平壌の朝鮮労働党中央委員会本部庁舎で政務局会議を主宰する金正恩党委員長(朝鮮通信=共同) 信頼できる専門家の間では、北朝鮮の指導体制の異変が今年5月ごろから指摘されていた。北の国営報道から「(金正恩委員長が)指導された」という表現が消えたからだ。北朝鮮では、金委員長についての表現は厳しく定められている。メディアから消え始めた表現 重要な会議や会合では、常に「金国務委員長が指導なされた」との最大級の敬語が使われている。北朝鮮では幹部や国民を「指導」できるのは、金委員長しかいないのだ。 北朝鮮では、金委員長が側近の意見を聞いて方針を決めることはない。全ては金委員長が「指導なさる」のだ。指導者にアドバイスできる人物はいない、という統治システムだ。 だから、自宅で夫人に「指導者の軍事知識は俺が教えている」と語った軍幹部が逮捕、処刑されたのも当然だ。自宅に盗聴器があるのをうっかり忘れていたようだが、この発言は「唯一指導体系」違反にあたる。 8月5日に労働党中央委員会政務局会議が開催されたが、この会議について、朝鮮中央放送は翌日、「金正恩委員長が参加し、司会された」と報じている。以前なら使っていたはずの「指導なされた」という言葉が消えてしまったのである。 「参加し、司会」しただけなら他の政務局委員と同格になるわけで、明らかに金委員長の権威をおとしめる表現だ。6月、与正氏による対韓国の軍事行動計画の要請を「保留」として潰した党軍事委員会の予備会議についても、「指導なされた」という表現を使わず、次のように報じられた。 朝鮮労働党中央軍事委員会の予備会議が、6月23日画像(注:テレビかインターネット)会議で行われた。朝鮮労働党委員長であられ、朝鮮労働党中央軍事委員会委員長であられる金正恩同志が司会なされた。 予備会議は、最近の情勢を評価し、朝鮮人民軍総参謀部が党中央軍事委員会に提起した対南軍事行動計画を保留した。 党政務局は、以前は「書記(秘書)局」と呼ばれていたが、16年の党大会で政務局に改称された。実は、書記局時代も政務局に変更されてからも、会議開催が報じられなかったどころか、開催自体がなかった。 「唯一指導体系」では、報告は必ず指導者に対して直接行われ、指導者も個別の書記に直接指示した。こうして、指導者と幹部は常に縦の関係で結ばれていたのである。朝鮮労働党政治局拡大会議に臨む金与正党第1副部長(前列左から2人目)。北朝鮮の朝鮮中央テレビが2020年7月3日放映した(共同) したがって、書記や政治局員が勝手に集まって相談することは禁止されていた。2人や3人で会合を持つ場合でも、常に指導者に報告するか許可を受けていた。クーデターや反乱防止のためだ。 それなのに、幹部を集めた会議を開き司会をして、みんなの意見を聞いて決めたとすると、指導者の権威が失われる。つまり、最近の北朝鮮の幹部会議に関する報道は、明らかに指導者の権威を失墜させているのである。 「指導なされた」の表現が消え、「司会された」が多用されれば、首都平壌(ピョンヤン)の市民は敏感に変化を感じる。平壌は噂が先行する街である。言論統制の国では、市民は噂で真実を知ろうとする。領導者はただの「使い走り」? 平壌市民は「指導者はお元気だ。安心だ」と公言しながらも、真実を探ろうとする。誰かと話していても、こっそりと「指導されているから安心だ」と語って相手の反応を見る。こうして、平壌では「指導者がおかしい」という噂が広がっていった。 首都での噂を打ち消すために、指導者出席の会議が報じられ、併せて多数の写真も掲載された。そうしなければならないほどに、平壌は不安定だったのだ。このためか、過去3カ月で2回ほど「指導なされた」という表現で報じられた会議があった。 最近では、8月20日の朝鮮中央放送が、「党中央委総会が開かれ、金正恩委員長が指導なされた」と報じた。ところが、この報道の中で「最高領導者同志が中央委総会の決定書草案を読み上げた」と報じた。 指導者は「指導なされる」のであって、他人が作った決定書の「草案を読み上げる」ことはしない。演説や指示ならともかく、「草案の読み上げ」ではただの使い走りでしかない。 韓国紙、朝鮮日報は8月18日、北朝鮮の朝鮮社会科学院が機関紙で「独裁批判の論文を掲載した」と報じた。記事には、隔月刊誌「社会科学」2020年1月号に、中国の清の時代の書物を引用し「国家の利益は民衆の利益であり、君主個人の独占物ではない」と述べていた。 その論文は「黄宗羲の君主批判とその意義」という題で、黄宗羲の「明夷待訪録」という書物が引用されていた。黄宗羲は「中国のルソー」とも呼ばれる清朝の儒学者で、明(みん)や清のような皇帝独裁体制を批判し、政治改革を訴えた人物だ。論文では「黄宗羲は、国家の利益は民衆全ての利益であるべきで、国家を君主個人の利益と同一視する封建的絶対君主制の弊害を明らかにした」と指摘した。 北で、個人が勝手にこのような趣旨の論文を書けない。もちろん社会科学院も論文を掲載できるわけもなく、明らかに指導部が書かせたのである。 もし、金委員長が書かせたとすれば大変なことである。あるいは、党や政府、軍の勢力が書かせたのか。 朝鮮日報は、国民の不安と不満を和らげるために、金委員長を独裁者ではなく「民衆を愛する指導者」と強調するために、書かせたと分析しているが、納得できる説明ではない。やはり北朝鮮指導部で何かが起きている可能性が高い。故金日成主席(左)と故金正日総書記の銅像が立つ平壌・万寿台の丘に訪れた市民ら=2020年7月8日(共同) 考えられる可能性は、「金委員長は生存しているが指導できる状態になく、影武者が登場している」「金委員長が中国のような集団指導体制にしようと考えを変えた」かのいずれかだ。 4月上旬に動静報道が途絶えて以来、金委員長の肉声はいまだに公表されない。関係各国の情報機関に、声紋分析で本人かどうか鑑定されるのを恐れているのだ。肉声が明らかにならない限り、健康不安への疑問はこれからもくすぶり続けることだろう。

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    「理念の外政家」安倍晋三去りし後、米中冷戦下でよぎる日本の悪夢

    櫻田淳(東洋学園大現代経営学部教授) 安倍晋三が内閣総理大臣の辞任を表明した。憲政史上最長の7年8カ月に及ぶ安倍の執政は突如、終止符が打たれることになった。 安倍内閣の評価については、今後さまざまなものが折に触れて披露されるであろう。本稿では、当座のものとして「安倍後の日本」で直面するであろう難局について私見を示したい。 安倍内閣の最たる業績は、筆者が判断する限り、対外的な影響力に関するものである。安倍は就任以来、例えば北朝鮮日本人拉致問題や、北方領土問題の落着に熱意を示した。 ただし、こうした問題は、安倍の熱意の割には、具体的な成果が出ていない。北朝鮮日本人拉致問題に関していえば、その象徴的人士であった横田滋氏が既に鬼籍に入っている。北方領土問題の落着を目指して、安倍はロシア大統領、ウラジミール・V・プーチンを山口に招くなどして、さまざまな努力を重ねたけれども、その努力は実を結んでいない。 少なくとも、吉田茂にとってのサンフランシスコ講和条約、佐藤栄作にとっての沖縄返還に相当するような「具体的な」外交成果が、安倍内閣では上がっていないというのが素直な評価であろう。 安倍が上げた外交業績とは、第一義としては「地球儀を俯瞰する外交」「積極的平和主義」という言葉に象徴される理念上のものである。その具体的な事例は「自由で開かれたインド・太平洋」という概念を披露し、それが米大統領、ドナルド・J・トランプ麾下(きか)の米政府にも受け容れられることによって、日米両国の共通構想になった事実にこそある。大阪で行われたG20首脳会議(サミット)の女性活躍推進のイベントに出席し、会話を交わす安倍晋三首相(左)とトランプ米大統領。中央はイバンカ大統領補佐=2019年6月(代表撮影) 現今、2018年10月の米副大統領、マイク・ペンスの「ハドソン演説」を機に表面化した米国と中国の「第2次冷戦」の様相は、熾烈(しれつ)の度を深めている。自由主義世界と権威主義世界が対峙(たいじ)する国際認識を諸国の政治指導者の中で真っ先に披露したのが、安倍なのである。 とかく、政権掌握前は没価値的な外交運営を行うものと予想されたトランプが、今や中国に最も厳しい姿勢を向けているのは、安倍の影響を抜きにしては語れまい。「宥和」という有害な感覚 例えば、先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の枠組みの中で動く日本の政治指導者の範疇(はんちゅう)で、安倍が前例のない影響力を持つことができたのは、その政策遂行における理念上の強さによるものであろう。安倍の対外政策展開における際立った特色は、「自由・民主主義・人権・法の支配」といった普遍的な価値意識の擁護を打ち出した際の徹底性にこそある。 「安倍後の日本」における最たる懸念は、そうした安倍の徹底性が継承されるかということにある。安倍内閣下、そうした徹底性の結果として、特に中国、韓国、北朝鮮といった近隣3カ国との関係は膠着(こうちゃく)した。 「安倍後の日本」を率いる政治指導者が、自らの独自性を出すために、そうした近隣3カ国に対する宥和(ゆうわ)姿勢に転じ、「自由で開かれたインド・太平洋」構想が意味するものを骨抜きにするような方向に走ることこそ、一つの「悪夢」かもしれない。 少なくとも、1970年代以降、中国との経済関係を密接にしてきた日本には、対中ビジネス上の利得を重視する層が、米国や他の西欧諸国に比べても厚く存在する。そうした層の政治的な巻き返しに抵抗できるかが問題なのである。 現今の米国では、大統領選挙に際して、トランプが再選されるのか、あるいは前副大統領のジョー・バイデンが政権を奪還するのかが政治上の焦点になっている。仮にトランプが再選されたとすれば、トランプの「御守り役」としての安倍の政権継続が日本の国益上、不安が少なかったかもしれない。 けれども、安倍が去る以上、トランプとの関係を首尾よく紡(つむ)ぎ、バイデンが政権を奪還した場合でも、米国政治の基調となった対中強硬姿勢に歩調を合わせられる政治指導者が、「安倍後の日本」でも必要とされることになる。現今、過去40年近くの対中関係や対韓関係に反映されたような「アジアの連帯」という感覚は、率直に有害なのである。 安倍が披露した「自由で開かれたインド・太平洋」構想に反映されたように、米豪加各国や西欧諸国のような「西方世界」との連帯の論理を進める政治指導者こそが、「安倍後の日本」に求められている。首相官邸での会談に臨む安倍晋三首相(右)とバイデン米副大統領=2013年12月(酒巻俊介撮影) 安倍晋三は、その政権運営に際して、理念の強さが日本外交の支えとなることを明白に証明した宰相であった。優れた政治指導者が、まず外政家として評価されるのであれば、安倍こそはその鮮烈な事例であったかもしれない。 当節の日本は、社会における内向き志向が指摘されるとはいえ、「世界の中の日本」という視点が何よりも重要である事情は変わりがない。安倍の後を継ぐ政治指導者には、「内治の失敗は取り返せても、外交の失敗は取り返せない」という故事を肝に刻んで、宰相の座に就いてもらいたいものである。これが、筆者の当座の所見である。(一部敬称略)

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    TikTokやパクリ商法全開、中国の「合理的狂気」が止まらない

    うに、自衛隊に関する情報の取得を目的に、防衛省と取引関係にある企業が狙われている。このように、日本の安全保障や民間の経済が脅かされているのである。 中国の合理的発狂といえる世界秩序改変の中で、新たな経済的覇権を目指す動きがある。その際も、いつものようにパクることから始まる。 米国のビーガン国務副長官や共和党のルビオ上院情報委員長代行が、中国の在米領事館を「スパイの巣窟」として長年にわたって問題視してきたことを明らかにしている。ロイター通信も、米政府が閉鎖を命じた南部テキサス州ヒューストンの中国総領事館が「最悪の違反ケースの一つ」である、と政府高官の発言を伝えている。 そのケースとは、おそらく新型コロナウイルスのワクチンに関する研究だ。このワクチンが世界でいち早く開発されれば、膨大な利益を生み出すことは間違いない。現在の米中の領事館の閉鎖の応酬は、中国のパクリ産業政策をめぐる攻防戦であり、姿を変えた米中貿易戦争といえる。 さらには、中国政府からの個人情報の保護も問題となってくる。米国のポンペオ国務長官は、動画配信サービス「ティックトック」に代表される中国製ソーシャルアプリの使用禁止を検討していると述べた。 多くの識者は、中国で活動する企業や、中国発の企業データを中国共産党のものと理解する傾向を指摘している。だから、ティックトック側がどんなにこの点を否定しても何度も疑いが生じてくる。ティックトックのロゴが映し出されたスマートフォンの画面(ロイター=共同)  7月、韓国放送通信委員会(KCC)がティックトックに対し、保護者の同意なしに子供の個人情報を海外に送信したというコンプライアンス(法令順守)違反で、同社に1億8600万ウォン(約15万4千ドル)の罰金を科したのもその表れだろう。韓国政府とティックトック側は現在も協議中だという。 ところで、ティックトックの国内向けの姉妹アプリ「抖音(ドウイン)」(ビブラートの意味がある)では、中国国内でティックトックのダウンロードや閲覧ができる。ロイター通信によれば、そのドウインからRain(ピ)やTWICE、MAMAMOO、ヒョナなどのK-POPスターのアカウントが削除や一時的なブロックを受けたらしい。米中、いずれを選ぶのか ロイター通信は確言していないが、中国政府側の「報復」の可能性を匂わせている。同様な事象が、これから特に人民解放軍系の企業や中国政府と密接な関係にある企業で生じるかもしれない。 ちなみに、こんなことを指摘していると、米国だって同じことをしているではないか、という反論がすぐに出てくる。短絡的な反応か、悪質な論点そらしか、鈍感なバランス取りだとしか言いようがない。 その点については、まずは米国の情報監視活動を暴露した米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏に関する書籍を読んで、満足すればいい(『スノーデン 独白: 消せない記録』河出書房新社)。筆者は、世界秩序の改変を目指す中国政府の方により強い危険を感じるのである。 確かに米国にも、日本の利益に反するリスクは経済上でも安全保障上でも存在する。それでも、あえて極言すれば、中国と米国どちらかを選べと言われれば、明白に米国を取る。 これは筆者個人の選択だけの話ではない。日本の選択としてこれ以外にないのだ。 米国は、問題があっても国民の選択によってよりよい前進が可能な、日本と同じ民主主義の国である。他方、中国は共産党支配の「現代風専制国家」であり、そもそも政府の問題点の指摘すら満足にできない。 ただし、現代風の専制国家では、パリ政治学院のセルゲイ・グリエフ教授が指摘する「情報的独裁」の側面が強い。暴力的手段は極力採用せず、インターネットを含めたメディアのコントロールを独裁維持のために利用する。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 政治的独裁に強く抵触しなければ、かなり「自由」な言論活動もできる。むしろ「自由」に発言させることで、政治的反対勢力の人的なつながりをあぶり出す可能性を生じさせるのである(参照:ベイ・チン、ダーヴィド・ストロンベルグ、ヤンフイ・ウー「電脳独裁制:中国ソーシャルメディアにおける監視とプロパガンダ」)。 中国か米国かの選択について、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が月刊『Hanada』2020年9月号の「習近平の蛮行『世界大改修戦略』」の中で明瞭に述べている。最後にその言葉を引用しておきたい。 日本にとって中国という選択肢はありえない。だが同時に、米国頼みで国の安全保障、国民の命の守りを他国に依存し続けることも許されない。米国と協力し、日本らしい国柄を取り戻し、米国をも支える国になるのが、日本の行く道だ。 櫻井氏のこの発言に共感する人は多いのではないか。

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    香港を踏みにじった中国の脅威、なぜ沖縄メディアは目を背けるのか

    「海難救助訓練」を行い、中国の海警局の船を海賊と想定した訓練を繰り返すことだ。 もう一つは、日台経済安全保障同盟の締結である。経済安全保障には、軍事転用可能な技術流出防止や中国製の第5世代(5G)移動通信網の排除だけではなく、チャイナマネーによる不動産の購入制限、中国依存のサプライチェーン(供給網)見直しのように、分野が多岐にわたる。沖縄復帰を前に街頭に幕が飾られたコザ市センター通り=1972年5月 抱えている課題は、日本も台湾もほぼ同じはずである。であれば、その取り組みを日本と台湾が個別に実施するのではなく、情報を共有し、協力・調整し合えばいい。 日台に相互の優遇措置を設けて、サプライチェーンを密にすることも可能ではないだろう。日台間の経済交流が密になれば、対中経済安全保障網が、経済侵略を得意とする中国を大陸側に封じ込める「海の万里の長城」となるに違いない。

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    コロナや災害支援、広がる自衛隊活用で忘れてはならない本分

    められてもあまりうれしくはないだろう。今回の衛生部隊も同じかもしれない。 いずれにせよ、わが国周辺の安全保障環境を考えると、自衛隊に米軍の州兵的な役割を相次いで依頼することに疑問を覚える。特に新型コロナの発生源である中国は、尖閣を含むわが国周辺で、軍事力を含む圧力を高めているのが現実だ。 先の大戦中、旧日本陸軍は、インパールにおいて兵站(へいたん)のない中で奮戦した。そして多くの兵士が飢え死にした。その教訓は今に生きているのだろうか。自衛隊は、任務であればそれを愚直に完遂するのみである。 そこに国民や政治のサポートがないなどとは言わない。「陸自幹部はやせ我慢」だと陸上自衛隊幹部候補生学校(福岡県久留米市)で教え込まれた記憶がある。台風被害を受けた住宅の屋根にブルーシートを張る自衛官ら=2019年9月、千葉県鋸南町 今回の新型コロナ対応を通じ、自衛隊の存在は一層重要なものとなっている。一方で、自衛隊本来の目的とは異なる任務もますます増えている。そうした中で、予算と人員、装備がなければ陸自も活動することはできない。 これを契機に自衛隊や国防についての「在り方」そのものを、改めて考える必要があるのではないだろうか。

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    ボルトン暴露本が示唆、トランプ政権ゆえに強靭化する日本の防衛力

    朝鮮を軍事的に占領できても、2年はかかると言う専門家もいる。つまり手遅れだ。トランプが強化する日本の安全保障 日本は来年以降、誰が米国の大統領でも、米国まで届くミサイルを北朝鮮が持たなければ、核武装した北朝鮮と和解してしまうことを覚悟するべきだろう。 冒頭で触れた昨年9月の寄稿でも書いたが、こうした場合、バイデン氏のようなワシントン既成勢力の一員が、日本が核武装して自ら北朝鮮に対峙することを許すことはあり得ない。ワシントン既成勢力には、日本だけは核武装させないという強い意志があるからだ。 だが、トランプ氏はそうではないだろう。日本が今までと違って米国に負担をかけず、自ら北朝鮮などと対峙する覚悟を決めれば、日本の核武装を許容する余地がトランプ氏個人にはあるかもしれない。少なくとも4年前の選挙中に、そのような発言をしたのは事実だ。 ボルトン氏の著書の中で触れられたと言われているが、トランプ氏は日米安保の維持経費として8500億ドルを要求したそうである。これも日本政府は否定している。 だが、著書の中では、トランプ氏が北大西洋条約機構(NATO)からの脱退を考慮した際に、ボルトン氏が説得して止めたという部分もある。前述のようにトランプ氏は、アフガンなどからの撤退も、本気で考えている。 ボルトン氏本人でさえ、沖縄米軍基地の台湾移転論者だったことも忘れてはならない。米国は次第に日本から引けて行く傾向にあるのだ。 それを考えると日本は、来年以降、誰が米国大統領でも、核武装してでも自国は自国で守る覚悟を決めるほかはない。バイデン氏が大統領でも北朝鮮や中国との大戦になったとき、日本を一方的に守ってくれる保証はない。彼は党内左派の票欲しさに、米国は国内の格差問題解決に注力し、そのためには海外での軍事行動は控える方針をとる可能性がある。2019年5月9日に朝鮮中央通信が配信した「火力攻撃訓練」の写真。米国防総省は弾道ミサイルと断定した(朝鮮中央通信=共同) それでいてワシントン既成勢力の中心人物として、日本が軍事的に強くなりすぎないようにするという考え方に変わりはない。繰り返すが、トランプ氏にはこうした発想はないだろう。 これらを踏まえれば、日本はトランプ再選のために貿易その他で協力するべきだ。そうすることによって来年以降の自国の安全を買えると思えば安いものである。 配備に10年近くかかるという地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を断念し、敵基地攻撃ができる巡航ミサイルに切り替えるというのも、北朝鮮有事や米中の紛争が早ければ今年中にも起こり得ることを踏まえれば重要になる。 このような危機に対処するには、配備に時間のかからない巡航ミサイルを購入するというだけではなく、カネで日本の核武装を許す可能性が少しでもあるトランプ政権を支える思惑が、安倍晋三総理にはあるのかもしれない。これは非常に優れた構想である。このような構想力があるのならば、安倍総理に今後も期待したい。

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    魔の手は尖閣から沖縄へ、中国が仕掛けた「共同声明」の罠

    変ぶりに注目して、中国側にその真意をただす必要がある。そのために、すぐにできることが二つある。国防は安全保障だけにあらず まず、四つの政治文書について「日中共通認識確認会議」の開催を提案することだ。そして、双方の言い分を公にし、米国をはじめ多くの国を味方につけた上で、中国側の言い分が国際社会では通用しないことを知らしめるのである。 さらに、日本政府は、中国の仕掛ける罠を明確に把握した上で、外交防衛戦略を練り直して反撃する必要がある。2013年、内閣官房に設置された領土・主権対策企画調整室による情報発信は、沖縄の歴史戦に関して不十分だ。 国連のクマラスワミ報告や委員会の勧告に翻弄(ほんろう)されている慰安婦問題のことを思い出してほしい。沖縄の人々を先住民族として公式に認めるべきだという国連人種差別撤廃委や自由権規約委の勧告が独り歩きして取り返しがつかなくなる前に、力強く情報発信しなければならない。尖閣と同等かそれ以上に沖縄の歴史戦に力を入れなければ、優位は築けない。 中長期な課題にも目を向ける必要がある。日本にはスパイ防止法がないため、中国に対する毅然とした外交防衛体制を整えようと思っても潰されてしまう。そこで提案したいのが、全省庁で、あらゆる領域に対する「国防計画」の策定だ。 政府が策定する防衛計画の大綱と中期防衛力整備計画はあくまで安全保障政策の指針や計画であって、経済や世論戦、歴史戦の分野にまで広げることは不可能だ。そこで、自衛隊以外の省庁も参加することで、横断的に計画策定を進めなければならない。 具体的な例でいえば、経済産業省は経済領域での他国(中国)の侵略を想定した計画となる。重要技術の流出や中国製ハイテク機器の導入によりスパイ活動のインフラを構築されるリスクなどを回避する政策立案が必要だ。 また、文部科学省は教育、歴史などに対する侵略行為を想定する。地方自治体でも、その特色に応じて経済や歴史戦における侵略を想定し、特に北海道や沖縄などが急務だろう。沖縄県・尖閣諸島。手前から南小島、北小島、魚釣島 精神的に自立し、国家百年の計を考えることができるリーダーを日本で輩出するためには、国民全員が国防を考えるスキームをつくることが重要である。まずは、公務員が自分の管轄領域で「国防」を担うところから始めることだ。 すぐに着手することは困難かもしれない。それでも、戦わずして中国の「属国」にならないために、現政権にはぜひとも実現に向けて動いてほしいと願わざるをえない。

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    イージス・アショア「白紙撤回」の教訓

    河野太郎防衛相が突然表明したイージス・アショアの計画停止は、事実上の白紙撤回だけに波紋が広がっている。ただ、日本のミサイル防衛の在り方を根本から見直す契機と捉えれば、決してマイナスとはいえない。この教訓をどう生かすべきか、森本敏元防衛相と田母神俊雄元航空幕僚長が日本の防衛体制の未来像を説く。

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    イージス・アショア白紙撤回は好機、日本はミサイル防衛を再考せよ

    衛」と、その手段としての「イージス・アショアについて所論」の一端を展開したい。 なお、今夏以降に国家安全保障会議(NSC)を中心に安全保障戦略の議論が行われるとのことで、これは大いに期待される。その際、国家安全保障戦略の見直しを行うとともに、防衛計画の大綱(防衛大綱)をやめ、国家安全保障戦略に基づき国家防衛戦略と国家宇宙防衛戦略を策定すべきである。 そもそも防衛大綱とは、日本における安全保障政策の基本的指針とするものであり、およそ10年後までを想定している。一方で中期防衛力整備計画(中期防)は、5年ごとに具体的な防衛政策や装備調達量を定めている。 しかし現在の防衛大綱は、中期防の予算を獲得するための根拠を示す位置づけがなされてしまっている。そのため、中期防において装備の変更・修正が必要になると、その根拠となる防衛大綱を修正する必要が生じる。これでは発想と手順が逆になってしまう。そのため防衛大綱をやめて、中期防を3年くらいで見直しするのがよいのではないだろうか。 近年の戦闘の様相や速度は戦略環境と技術革新によって急速な変貌を遂げている。ゆえに防衛戦略を策定するにあたっては「防護目標および対象」と「脅威見積もり」を評価して、防衛方針と戦闘要領を的確に示す必要がある。 国家の防護目標と対象は、国土や国民とその財産という点で変化要因が大きくない。しかし今日の戦闘様相はグレーゾーン状態で始まり、軍隊同士の正規戦だけでなく、工作員などによる非正規戦や情報戦、サイバー領域まで含むハイブリッド戦闘という特色を有する。そのため、脅威見積もりは戦略環境や国際政治、国際経済上の状況によって大きく変化する。 日本の防衛にとって、最大脅威は北朝鮮とされている。したがって、当面の対処要領の策定として北朝鮮を優先することは問題ないが、防衛戦略上、真の脅威対象は中国であり、ロシアがこれに次ぐ。米国にとっての脅威対象は中国、ロシアという戦略的競争国や国際テロ組織であり、北朝鮮はイランと並んで二の次である。日米で脅威認識が異なる部分は、共同運用性を追求する際、調整が必要だ。 脅威と戦闘の様相が戦略環境と技術革新に伴って変貌していることは既に指摘したが、とりわけ最近の技術革新のうち、人工知能(AI)や量子力学、機械の自律化や無人化を駆使したデジタル通信電子技術、戦域のクロスドメイン(領域横断)の発達は戦闘様相を一変させている。特にデジタル技術と宇宙・サイバー分野の開発には、厳に留意する必要ある。 というのも、技術革新の課題に最も多く直面する分野がミサイルと、それに対する防衛システムであるからだ。兵器としてのミサイルは先の大戦以降、急速に発展してきた。 今日でもミサイルが重要な役割を占め、戦闘の帰趨(きすう)を担うとされるのはなぜか。それはミサイルが費用対効果的に高く、運用上の人的損害がない上に、速度と精度、破壊力と到達距離を脅威対象と自国の技術開発に応じて柔軟に選択可能であるためだ。特にミサイルは核兵器や生物兵器など大量破壊兵器の運搬手段になり得るだけでなく、相手にとって迎撃が難しいという特色を有する。2019年10月3日付の北朝鮮の労働新聞が掲載した「北極星3」の発射実験の連続写真(コリアメディア提供・共同) ミサイルの攻撃力は、弾頭威力や射程、精度、誘導システム、対電子戦能力を含む抗堪(こうたん)性の総合力によって決まる。他方、ミサイル攻撃への対処力としては「懲罰的抑止」と「拒否的抑止」への対応能力により判断される。 懲罰的抑止力は主として報復攻撃力で構成されるが、重要な要素として次のものがある。・破壊対象への命中精度および破壊力の高い第二撃の攻撃力・目標に関する情報収集能力・先制攻撃による高度な生き残り性と抗堪性多様なミサイルによる脅威 ミサイル攻撃に対する拒否的抑止力としては、ミサイル防衛力が中心となる。攻撃用のミサイルには、飛翔するプラットホームごとに地上、海洋(海上・水中)、空中、宇宙などの発射型がある。また、ミサイルの誘導方式や飛翔様式も多様にわたる。これには弾道・巡航ミサイルがあり、最近では、マッハ5以上の速度があり、実態的にはミサイルの極超音速滑空弾がある。各ミサイルには顕著な特性があり、それに応じたミサイル防衛の対処要領が開発されているが、技術開発の速度もとどまるところを知らない。 特にミサイル防衛には、システムやセンサーの精度と能力、早期警戒機能が重要だ。これらは冷戦期での地上発射型弾道ミサイル防衛(BMD)において、各国で最も早く開発・配備されてきた。有名な例では、米国のロナルド・レーガン政権下で提唱された戦略防衛構想(SDI)、通称「スターウォーズ計画」の派生技術として、BMDが急速に発展し、今日に至っている。 しかし、最近では対象となるミサイルの軌道が、射程を最も伸ばせる通常の弾道軌道ではなく、通常よりも低い高度を高速で飛行させるディプレスト軌道のミサイルや、極超音速滑空兵器、スウォーム(群体)行動する無人攻撃機(UAV)などの開発が進んでいる。 地上発射型ミサイルでは、自走式のミサイル発射車両である輸送起立発射機(TEL)が発達する一方で、多数の軍事用ドローンによるミサイルの飽和攻撃や、各種の潜水艦発射型ミサイル(SLBM)も開発されてきた。例えば、北朝鮮は2019年5月以降に30発近くの短距離ミサイルを日本海の方向に向けて発射してきた。 射程約400キロの短距離ミサイルとはいえ、その中にはディプレスト型である米国の戦術地対地ミサイル(ATACMS)と類似する型や、低空高速で飛翔する短距離ミサイル、SLBM型もあり、従来のBMDでは対応困難なミサイルシステムが出現している。 日本にとって深刻なミサイル脅威としては、北朝鮮、中国、ロシア3カ国の各種ミサイルである。【北朝鮮】・開発、配備された各種の地上発射型弾道ミサイル・ディプレスト軌道のミサイル、巡航ミサイル、SLBM【中国】・射程1千~3千キロ程度の地上発射型準中距離弾道ミサイル(MRBM)・射程3千~5千キロ程度の中距離弾道ミサイル(IRBM)、なお大陸内部や北西部に配備された約2千発のうち、9割が核弾頭の搭載が可能・巡航ミサイル、極超音速ミサイル、UAVなど【ロシア】・極東配備している射程1千キロ程度の短距離弾道ミサイル(SRBM)・IRBMや、航空機搭載型の巡航ミサイルなど これらは既に配備済みのものと、今後開発・配備されるものが存在する。いずれにしても、従来のBMDシステムで全ての脅威に対応することは困難になりつつある。 今まで日本が進めてきたBMDは、弾道の中間段階と、終末段階において撃破することを目標にしている。その装備として、弾道弾迎撃ミサイルSM3を搭載したイージス艦とイージス・アショア(イージス・システム)、そして地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の三つからなる多層防衛システム体制を整備してきた。海上自衛隊のイージス護衛艦「まや」=2020年3月19日、横浜市磯子区(産経新聞ヘリから、宮崎瑞穂撮影) このうちイージス艦の負担が大きくなっただけでなく、南西諸島における中国の脅威が高まっていることもあり、イージス艦をミサイル防衛以外の任務へ柔軟に運用するための必要性が生じた。そのためイージス・システムを地上に配備する必要があるとして、イージス・アショアが採用されたという背景がある。 そして17年12月、イージス・アショアを2基導入して地上に配備する閣議決定が行われ、そのための準備を今日まで進めてきた。この準備の一環として、地上発射型ミサイルの配備地選定とそれに伴う諸準備、特に、搭載レーダーの選定、配備部隊の編成や警備体制などを進めてきた。 これらの諸準備の中で最も留意したのは、配備地選定に伴う地元説得であったが、これが行き詰まったことが大きな障害となった。18年6月に候補地として選定した秋田県では、政府側による説明の手法が地元の反発を買い、もう一つの候補地である山口県では、ミサイルブースター落下について地元を説得するのに苦慮した。政府は山口県に対して「SM3の飛翔経路をコントロールして、ブースターを陸上自衛隊のむつみ演習場ないし海上へ落下させるため心配はない」という説明を行ってきた。ミサイル防衛で考慮すべき問題 だが、今年初めから進められてきた日米協議を通じて、ブースター落下を確実に演習場内に行うためにはイージス・アショアのソフトとハードを大幅に改修する必要性が5月下旬になってようやく判明した。ソフト改修は、ブースターが演習場外に落ちないようにコンピューター制御するためで、時間と経費はそれほどかからない。 ハード改修とは、ミサイル垂直発射装置(VLS)と、そこから発射されるブースター付きSM3本体について、そのブースターが早く切り離されて安全な地域内に落下するように改修することではないかと推定される。ただ、技術的課題はこれから日米間で協議されることになっており、まだ決まっているわけではない。それでもハード面の改修は、ソフト面での改修より多くのコストと時間がかかるであろう。 河野氏は6月初めに担当者から現状について報告を受けた後、安倍晋三総理に説明した上で「システム改修に必要なコストおよび期間に鑑み、イージス・アショアの配備に関するプロセスを停止する」との決定を6月15日に行った。その後、秋田・山口両県知事に謝罪と説明を実施している。この決定プロセスを事前にNSCや自民党、外務省など関係省庁に相談なく行ったことに対して、特に自民党から大きな反発が生じたが、世論調査では河野氏の決断を支持する意見の方が多い。 BMDシステムは、ミサイルの急速な技術進歩の結果、そのシステム自体の在り方や運用要領について再検討が迫られている。したがって、本件はイージス・アショア問題を単に処理すればよいというだけの問題ではなく、ミサイル防衛全体が直面している問題を考える必要がある。その際に考慮すべき諸点について、四つの視点から指摘しておこう。 一つ目が総合ミサイル防空システムの体制整備である。現状の陸海空自衛隊の防衛システムは、それぞれの指揮系統が通信ネットワークを介して自動警戒管制システム(JADGE)と連接し、ミサイル対処・防空・宇宙システム全体を一元化した指揮統制下で運用されている。情報収集衛星「光学7号機」を搭載したH2Aロケット41号機=2020年2月9日鹿児島県の種子島宇宙センター これをより効果的にするためには、JADGEの能力向上や、敵ミサイルや航空機の位置情報をリアルタイムで共有する共同交戦能力(CEC)の採用が必要不可欠だ。それにより航空自衛隊の早期警戒機E2Dを含む、各センサーから高速・高精度の情報が入手できる。結果、イージス艦やPAC3といったシューターの迎撃範囲や攻撃速度を向上することが可能となる。 このシステムは、米国が進めている統合防空・ミサイル防衛(IAMD)と同様のコンセプトを有する。ただ運用するにあたってはシステムだけでなく、各種兵器やCECの改良を進めつつ、日米の緊密な連携も図る必要が生じるであろう。 米国のIAMDは米本土を大陸間弾道ミサイル(ICBM)から防護するシステムとして、高威力超速弾頭(High Power Velocity)の改良、地上配備型迎撃ミサイル(GBI)搭載用の多目的迎撃体、レーザー兵器、宇宙静止軌道上やモルニア軌道上に赤外線センサー衛星を配備する「宇宙配備赤外線システム」(SBIRS)などが開発の対象となっている。このうちどのような分野で日本との共同開発が可能か、検討されることになろう。 当面の課題として、ディプレスト型ミサイルへの対応が挙げられる。これに対応するために、低高度小型衛星をメガコンステレーション(大量の超小型衛星を軌道上に周回させる)システムとして打ち上げ、相手のミサイルの発射段階から捕捉・追跡・迎撃データの送信などを行い、これをシューターによって迎撃するシステム開発が検討されている。 その際、小型衛星とシューターを日米共同開発で行うことが望ましく、メガコンステレーションシステムの開発・運用経費を日米間で折半し、来年度以降の在日米軍への接受国支援(HNS)の予算に編入することも検討の余地があろう。システム再検討のよい機会 考慮すべき二つ目の問題として、懲罰的抑止の手段について挙げたい。北朝鮮や中国のミサイル配備や航空基地を攻撃する能力として、米国が核弾頭搭載可能な中距離射程(INF)の巡航・弾道ミサイル開発に成功し、インド太平洋に配備する計画を示したとする。その場合、日本は他のインド太平洋諸国と同様に、在日米軍の装備として米国のミサイル配備受け入れを容認し、ミサイル戦力の抗堪性を維持するための協力を検討する必要がある。 北朝鮮によるミサイル発射が続いているときに、イージス・システムとPAC3の多層防衛を構成しておくことは極めて重要である。だがイージス・アショアの配備停止を理由に、昨今議題に上がっている敵基地攻撃論を進めることは国民に十分説明する必要がある。米国に日本の領域外への攻勢作戦を期待し、日本は領域内の防勢作戦に専念するのが専守防衛と日米共同運用の趣旨にかなった対応である。まず敵基地攻撃においては米国に任せて、日本はミサイル防衛をより効率的に進めることが先決だ。 しかし在日米軍にINF射程ミサイルを配備するといっても、海兵隊にはINF射程のミサイルと関連システムを受け入れる十分な場所は存在しない。沖縄に持っていくにしても、政治的な難題を抱える。場合によっては硫黄島(いおうとう)のような、住民のない離島に配備候補地を求める必要があるであろう。いずれにせよ、米国の空母部隊やグアム基地といった重要な戦略アセットを守るために、また第二列島線周辺における優位なバランスを確保するためにも、米国のINF射程のミサイル配備は重要だ。 三つ目の考慮すべき問題としては、イージス・アショアの扱いがある。配備計画の停止とはSM3を配備するためのソフト、ハードの改修予算を計上しないということであろう。だがこのまま放置すると、計画の停止ではなく、結局計画の廃棄になる。結果としてイージス艦の負担が深刻化する。 かといってイージス艦を増やすと、予算や時間というコストが一層増え、海上防衛力の柔軟な運用を損なう。イージス・アショアのソフト修正にあまり経費はかからないが、ハード改修には時間も金もかかる。そのためハード改修ではなく、ソフトの修復をしている間に、別の候補地を模索することが必要ではないか。 ミサイル攻撃の目標は、都市や政治経済上の重要防護目標である。それらを防護するには居住地から離れた場所の国有林か、あるいは海上プラットホームがよいという見方をする人もいる。いずれにしても、目的を明確にしていくつかのオプションを評価分析しつつ選択すべきである。イージス・アショアは日本の防衛にとって必要不可欠だ。今まで積み上げた努力を無駄にすべきではない。配備候補地としてきた演習場周辺の住民代表(右)に深く頭を下げる河野太郎防衛相=2020年6月21日、秋田県庁 四つ目の考慮すべき問題としては、相手のミサイルを発射段階で対処する手段を模索することである。ミサイルの発射段階(ブーストフェーズ)は、大きなブースターから出る熱や赤外線、低い速度ゆえ探知が容易な面がある。さらに上昇中のブースターは噴出する熱や赤外線も大きく、目標としては迎撃しやすい。他方で上昇するミサイルは発射国の領域・領空内であり、ミサイル目標を算定するまで時間がかかる。 すると国際法的にも技術的にも、この段階で物理的にミサイルや航空機で迎撃破壊するには難点がある。これを補う方法は、ミサイルと管制施設の通信機能をサイバー攻撃で破壊するというやり方や、無人機にレーザー砲を搭載する「エアボーン・レーザー」により上昇段階にあるミサイルを破壊するというやり方がある。いずれも相手国内に電子通信機器の機能を及ぼすなどの必要がある。相手からの反撃の可能性もあるが、将来性のある日米共同開発案件として検討の余地はある。 以上のように、イージス・アショアは日本のミサイル防衛にとって重要な機能を発揮する役割を有している。けれども、この際にミサイル防衛の在り方を展望して、イージス・アショアの扱いを含め全体のミサイルシステムを再評価し、その中でイージス・アショアの在り方を冷静に検討し直すよい機会が訪れていると考えるべきであろう。

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    イージス・アショアはいらない! 自衛隊に必要なのは「矛」である

    ・アショアの導入をとりやめるのかと不思議に思う日本国民は多いであろう。しかし私は、この判断はわが国の安全保障全般を踏まえれば、極めて妥当な措置だと考えている。 というのも、自衛隊の戦力は専守防衛という考え方により、過度に防御に偏った戦力構成となっている。そのため、攻撃力に関しては米軍に依存するという想定だ。つまり、自衛隊とはわが国を守る「盾」であり、敵に反撃する「矛」については米軍に期待しているのだ。 諸外国の軍隊は通常の場合、全体としての戦力構成は攻撃力と防御力のバランスが保たれている。その中でも空軍力については、主として攻撃力と位置付けられている。しかし、わが国の航空自衛隊では、防空という「防御が主体の作戦」を遂行することになっており、巡航ミサイルや爆撃機のような敵基地攻撃能力を有していない。 すなわち、世界の中で自衛隊だけが「攻守のバランス」を考慮されていない軍隊なのだ。自衛隊は米軍と一緒に行動しなければ軍隊として完結することができず、わが国は戦後70年を過ぎてもなお、米軍占領下で奪われた「日本軍」を取り戻すことができずにいる。わが国は世界第3位の経済大国と言われながら、いまだ日米安全保障条約に基づき、米軍によって守られている。 この構造が生まれた背景としては、1950年に始まった朝鮮戦争により、自衛隊が警察予備隊として組織されたことに起因する。陸上自衛隊は占領下の駐留米軍が朝鮮戦争に出兵するための穴埋めの治安維持軍として、海上自衛隊は日本周辺の海で行動する米軍の安全確保をするための掃海部隊として創設された。航空自衛隊に関しては、日本に基地を置く米空軍のために「空の守りを固める防空部隊」として立ち上がった。戦後、自衛隊は米軍の補完戦力として出発し、今なお、そこから脱していないのである。 独立国家とは、自分の国を自分で守ることが基本だ。であるからこそ、今回のイージス・アショアの計画見直しを機に、わが国は憲法を見直し、自衛隊を諸外国同様に正規の「日本軍」として位置付けるべきだ。それと同時に、今後は限られた防衛予算を防御力だけでなく、攻撃力にも考慮したバランス型の防衛力の整備を進め、「完結された軍隊」を目指すことが重要である。 イージス・アショアは1基約1千億円以上もする非常に高価な防衛兵器だ。ただ自衛隊はこれまでも、防御という部分に多くの防衛予算を投じてきた。もしここでイージス・アショアを導入すれば、防御力の整備にさらなる予算を増額することになる。これでは攻撃力は持てず、戦力の攻防バランスを一層崩すことになろう。しかもイージス・アショアのような高額兵器をもってしても、防御だけでは完全に日本を守ることはできない。 日本を完全に守るためには、日本へ攻撃を企図する相手のミサイル攻撃をやめさせることだ。そのためには「攻撃できるならやってみろ、必ず反撃してこちらの被害以上の大損害をお前にも与えてやる」という「抑止の態勢」が重要だ。敵基地を破壊したり、報復するような攻撃力がなければ、他国が軍事力を行使することへの抑止には、決してなり得ない。 そもそも戦争は何のために行われるのだろうか。端的に言えば「金もうけ」であろう。もうからない戦争を仕掛ける国家指導者などいない。2019年5月9日に朝鮮中央通信が配信した「火力攻撃訓練」の写真。米国防総省は弾道ミサイルと断定した(朝鮮中央通信=共同) 北朝鮮でさえも、日本にミサイル攻撃を行った結果を予測する。ミサイル攻撃で被害を与えれば、日本がさらなる攻撃を恐れて北朝鮮に資金を献上するだろうか。そのようなことはあり得ないだけでなく、逆効果だということは彼らだって考える。経済制裁や米軍からの報復攻撃などで、さらなる北朝鮮の損失を招くだけだ。ゆえに日本海への度重なるミサイル発射も「撃つぞ」というジェスチャーのみで、日本で実際の被害が出るような撃ち方をすることは決してない。 彼らがミサイル攻撃するのは、北朝鮮指導部の生き延びる手段が全て閉ざされ、活路を見いだす方法がないという状態まで追い込まれるような状況だけだ。それでも、わが国のような攻撃力を持たない軍隊、そして国家は相手から見て全く怖くない。だからこそ、現状のうちにミサイル防衛網を構築する一方で、自衛隊の攻撃力も保持することこそ、日本が外交交渉などで見下されないために必要なのである。今こそ自立のとき 今回話題となったイージス・アショアは、イージス艦を使ってミサイル防衛をすることに比べれば、かなりの経費節減と海上自衛隊の負担軽減になる。さらに、軍事的緊張が高まる南西諸島方面に海上戦力を割くこともできる。イージス艦自体を増やしたり、ミサイル対処のために常時艦艇を動かすことに比べれば、陸上配置であればかなり安い経費で済むし、配置する人員もほんの少数で対処できる。 したがって、地元自治体や予算が許せば、イージス・アショアを導入し、陸上でのミサイル防衛体制を構築すること自体は自衛隊にとって望ましいことではある。しかし、ミサイル防衛の根幹となるシステムをいまだに米国から取得することは、自衛隊だけでなく、ひいてはわが国の自立を妨げることになる。 近年の兵器システムは、その能力の半分以上がソフトウエアで決まる。兵器製造国が自国開発のソフトウエアを最新の形で外国に輸出することはない。これは米軍に限らず、どこの国の軍でも同じことだ。 また、緊要な部分はブラックボックスとして、輸出相手国に開示されることはない。航空自衛隊は米空軍と同じF15戦闘機を採用しているが、その中身は大きく異なる。なぜなら航空自衛隊は、米空軍が能力向上を企図して更新した最新のソフトウエアは決して使えず、あくまでお古のソフトウエアが開示され、使用することになっている。 したがって、自前で国産兵器を開発する姿勢を持たない限り、世界最高性能の兵器を有することはできない。また兵器のシステムは乗用車などと異なり、購入後も製造国の技術支援が継続されなければ十分な能力発揮はできない。つまり、兵器購入国は兵器販売国に対して、極めて従属的な立場に立たされることになる。 日本において今後全ての兵器を国産化する必要はないが、主要な兵器は国産化していく必要がある。そしてイージス・アショアは相当程度、米国にコントロールされたシステムの恐れがある。 今回導入が撤回されることになった背景には、施設本体の維持整備、開示されるソフトウエアのレベルなどで、日米間における軍関係者同士の折り合いがつかなかったのかもしれない。もともとイージス・アショアの日本導入は、閣議決定による自衛隊が関わらない形での政治決定であったので、防衛相がその撤回を最初に表明したのではないだろうか。 いずれにせよ、米国製の兵器システムの導入を自衛隊を介さずに政治決定するのは間違っていると考える。なぜなら自衛隊自身で新たな兵器システムを導入する場合、まずその導入条件がどうなるか、現場の自衛官が米軍と交渉することになるからだ。内容としては価格をはじめ、維持整備の要領、ソフトウエアの開示レベルやそれらに対する自衛隊の関与度合いなど細かなとり決めを必要とする。 外交文書で兵器の取得を決めたとしても、その下では日米軍関係者の間でさらに多くの覚書を締結している。私の現役時代でも、それはもう膨大な量を経験した。だが兵器の導入が政治決定になっていると、米軍は自衛隊との交渉に応じてくれない場合が多い。条件が悪くとも、自衛隊側がどうせ買うことが分かっているからだ。 そのため、条件が悪い状態で交渉するのであれば、交渉過程で自衛隊が導入を見送る可能性を織り込ませなければならない。兵器システムの導入にあたっては、まずは現場で折り合いがつけ、その後政治家がそれを吟味した上で承認すればよい。 先の大戦を境に、軍事力の役割は大きく変わっている。それまでの軍事力は「戦争をするためのもの」であり、戦争は日常的なことだった。 しかし、人類が二度にわたる大戦の悲劇を教訓としたことで国際連合が誕生し、国家が理由もなく戦争を起こすことはできなくなった。ただ、大国間での戦争は減少した一方で、核兵器の誕生が「相互確証破壊」という「戦争を起こしたら負け」という軍事的緊張関係を生み出した。※写真はイメージ(Getty Images) 今では、軍事力は「戦争を起こさないためのもの」として必要となった。そしてその根幹として「やられたらやり返す」という攻撃能力の部分が一層重要な役割を果たすことになる。相手からの攻撃を防ぐためにも、国家は軍事力を整備し、被害を受けても泣き寝入りはしないという姿勢が重要なのだ。 しかし戦後のわが国では、世界の善意に期待して「戦争を起こさない」というおとぎ話が大手を振って歩いており、自衛隊が攻撃能力を持つことはタブー視されてきた。この軍事力の役割変化を認識できない日本国民が今でもかなり多いのが現状である。そろそろ日本国民も目覚めて、世界の現実をきちんと見られるようになってもらいたい。

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    「ミサイル防衛」コンセプトにつきまとう根本的疑念

    斎藤彰(ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長) 政府は15日突如、地上配備迎撃システム「イージスアショア」の配備停止を発表した。その理由として、迎撃の際、発射したミサイルのブースターが配備予定地に落下する危険が排除できないからだという。だが、根底にはそもそも「ミサイル防衛」システムそのものの信頼性に対する不安がある。 「イージスアショア」はすでに海上自衛隊が、飛来する敵国ミサイルをレーダーでいち早くとらえ迎撃するため護衛艦に配備している「イージスシステム」の陸上型施設で、配備予定基地として、山口県の陸上自衛隊むつみ演習場と秋田県の新屋演習場の2カ所に決まっていた。しかし、同システムを含む、飛来するミサイルを途中で撃墜という「ミサイル防衛」コンセプトそのものについて、アメリカの専門家の間では早くから、信頼性に対する疑念が表明されていた。 たとえば、権威ある「全米科学アカデミー」の特別調査チームが2012年9月、発表した報告書「弾道ミサイルの論理性Making Sense of Ballistic Missile Defense」は、国防総省が取り組んできた「地上配備ミッドコース・ミサイル防衛」計画(GMD)について「コストパフォーマンスの面から不備が多く、とくにインターセプター、センサー、オペレーションなど洗い直しが求められる」との厳しい評価を下している。 それ以前にも、おもに中東に実戦配備された「パトリオット・ミサイル」の場合、1991年湾岸戦争の際、イラク軍が発射した「スカッド・ミサイル」に対処するため大量に投入されたが、命中率はわずかに9%にとどまったという記録が残されている。 その後米軍は、GMD精度と信頼性向上めざし、太平洋マーシャル列島クエゼリン環礁にある「ロナルド・レーガン実験場」から打ち上げられた模擬ミサイルを中間飛行段階の「ミッド・コース」段階で迎撃するためカリフォルニア州バンデンバーグ基地から迎撃ミサイルを発射する実験を極秘で繰り返し行ってきた。 しかし、米科学雑誌「Scientific American」などの追跡報道によると、「全米科学アカデミー」が指摘したさまざまな「不備」がその後、解決されたという確たる発表はいまだになされていない。 そうした中、英国のテレビ局「スカイ・ニュース」は2018年2月、米軍が北朝鮮の核ミサイル脅威に対処するため、秘密裏に実施した「SM-3BLOCK Ⅱ」型迎撃ミサイル実験が失敗に終わったと報じた。 「米当局筋」の話として伝えたところによると、ハワイ・カウアイ島発射場から発射された同型ミサイルは飛来する模型目標体の迎撃に失敗、開発に携わった「レイセオン Raytheon」社も含め、原因究明に乗り出したという。さらに、同年6月に行った迎撃実験でも失敗していたことも伝えた。同じ年に行った実験で2度も失敗していたことになる。写真はイメージ(Getty Images) その後、同年12月に同様の迎撃実験が日米合同で改めて実施され、この時には、成功したことが米ミサイル防衛局と防衛装備局双方から合同発表された。 ところが、わが国防衛施設庁は前年の2017年に、すでにこの「SM-3BLOCK」すなわち「イージスアショア」配備計画を決定ずみであり、その後は、実験成功時は公表され、失敗した場合は秘密裏にするなど、信頼性が十分に確立されないまま、今日に至ったと言うことができる。 さらに「ミサイル防衛」そのもののコンセプトについても、以前から多くの問題点が指摘されてきた。そのひとつは、米軍が迎撃ミサイルの「開発」から「配備」に至る過程で実施してきた「実験」の信頼性についてだ。 その実態は今日にいたるまで「極秘」とされ、詳細はつまびらかではないが、事情に詳しい専門家たちがこれまでに明らかにしてきたところによると、迎撃テストの際は例外なく、標的となるべき模擬ミサイルについては、あらかじめ正確な発射地点、秒単位の発射時間などの重要情報が迎撃側のミサイル・コンピューターにインプットされ、計算通りに軌道に乗り、予定推定時刻に飛来してくる目標に向けてミサイルが発射される。このため、命中精度は高くなる。それでもたびたび、標的を正確にとらえられず失敗に終わったケースが少なくない。今後のミサイル開発 さらに、過去の実験では、標的用模擬ミサイルには、発見されやすいように「ホーミング・ビーコン(追尾用位置表示装置)がつけられ、情報を流しながら飛行を続けた末に迎撃ミサイルによる被弾を待つケースがしばしばだった。いうまでもなく、GMD実験の成功率を高めるのが狙いだった。 問題は、このような‟仕組まれたシナリオ“の下で迎撃ミサイルの「有効性」がある程度立証されたとしても、果たして実戦でどれだけ威力を発揮できるかだ。 例えば、北朝鮮は今日、日本などを標的にした短・中距離ミサイル多数を複数の基地に配備していることが知られているが、もし、両国間で緊張が高まり、同国指導部が対日攻撃を決断した場合、予め日本側にどの基地から発射するかについての事前通告などまったくあり得ない。その正確な日や何時何分何秒の時間もわからない。 それでも自衛隊迎撃ミサイル部隊のレーダーサイトには、北朝鮮の複数の配備基地に関する情報が予めインプットされているため、ある程度の監視体制を維持することは理論上、可能だ。ただ、有事には北朝鮮による「ミサイル発射」情報を入手次第、どの基地からかを直ちに割り出し、日本の標的までの推定到達時間10分前後の間に迎撃ミサイルを発射、想定される飛来ミサイルの軌道に正確に照準を合わせた瞬時の対応が不可欠となる。 この点、米軍が過去に行ってきた実験では、標的となる模擬ミサイルの発射地点は例外なく、迎撃部隊に事前に予告されてきた。また、複数の発射場から同時発射された模擬ミサイルを標的にした実験は、これまでに判明した限りでは一度もない。 さらに厄介なのが、北朝鮮が近年、開発したと伝えられる移動式ミサイルの脅威だ。 韓国軍合同参謀本部は昨年7月31日、北朝鮮が移動式発射台を使った射程250キロ程度の短距離弾道ミサイルを発射したと発表している。もし今後、この移動式ミサイルが多数実戦配備された場合、迎撃に備えるための北朝鮮内のミサイル配備状況を把握することが不可能となり、「イージスアショア」での対応もお手上げとなりかねない。 加えて、北朝鮮は日本近海にも遊弋できる潜水艦発射ミサイルの開発にも乗り出しているが、これも一種の「移動式ミサイル」であり、脅威は増大する一方だ。 このほか、「ミサイル防衛」では、敵国がミサイル発射の際、同時に多数の「おとり」飛翔体を同一軌道に乗せる、追尾レーダー波を妨害する金属片「チャフ」を迎撃ミサイルが接近する直前に散布する、などの措置を講じた場合、標的に対する追尾、照準が極めて困難になることなどの問題が多数指摘されている。 河野防衛相は今回、「イージスショア」の配備停止発表に際して、「SM-3BLOCK」の開発には日米両国ですでに2200億円以上かかったことを明らかにした。今後、同型ミサイルを実戦配備した場合、さらに7000億円以上の予算計上が必要になるとも言われている。 読売新聞報道によれば、配備停止に関連して、政府高官が「ブースター問題の解消はめどが立たず、候補地も白紙となる。イージスアショアの配備はもう無理だろう」と語ったと報じている。 この点について、日本の一部のメディアでは、米政府が対日批判を強めるとの観測も伝えられる。防衛省=2017年7月、東京・市ヶ谷(斎藤浩一撮影) しかし、アメリカが開発に乗り出した「ミサイル防衛」計画そのものが、当初から多くの技術的問題を抱えたまま今日に至った経緯があるだけに、新たに明らかになったブースター落下地点への日本側の懸念は当然であり、これを理由に配備計画が全面停止となったとしてもやむ得ない措置とみるべきだ。もし、米側が対日批判に出るとしたら、的外れだ。 防衛省としては、毅然たる態度で、「イージスショア」に代わるミサイル防衛措置の検討に急ぎ着手することが求められる。さいとうあきら 1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』、『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

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    北朝鮮のミサイルの脅威から日本は自国を守れるか?

     日本海を挟んだだけの隣国である日本にとって、北朝鮮のミサイルは、やはり脅威の対象だ。それぞれの飛距離を比べてみると、『スカッドER』と『ノドン』は、すでに日本に到達可能。ノドンに至っては、日本全土がほぼ射程域に入る可能性がある。北朝鮮で発射された場合、日本へは約10分で到達すると予測されている。 1998年に初めて日本を越えたと話題になった『テポドン1号』は、飛行距離が1500km以上といわれ、日本上空を通過して太平洋に落下した。 北朝鮮の軍事兵器に詳しい軍事評論家の岡部いさくさんはこう語る。 「テポドンは人工衛星として打ち上げられましたが、実際は弾道ミサイルでした。わかりやすく言うと、ノドンミサイルの上にスカッド1つをのせた2段式。2つのミサイルを組み合わせたので、その分、遠くまで飛びました。その後も持っているミサイルを組み合わせたりして、改良を重ね、テポドン2まで開発していますが、これは人工衛星を飛ばすような大きな発射場が必要なので、上空から見たら丸見え。空爆されやすく、実戦には不向きでした」 現在、北朝鮮が開発に力を注いでいる弾道ミサイルは、液体燃料を使用する『火星』シリーズと、固体燃料を使用する『北極星』シリーズの2つ。 「これまで北朝鮮が開発してきた液体燃料を使用するミサイルは発射までに30~90分かかります。 一方、固体燃料のミサイルは発射まで約5分といわれ、すぐに発射できます。それに液体燃料に比べて保管も利き、小さいため、潜水艦からも発射できます。潜水艦なら海に潜ってしまえば、上空からの追跡を逃れやすい。わざわざ大陸間を横断できるミサイルを作らなくても、近くの海上から攻撃をしかけることが可能となります」 世界のミサイル保有国では、現在、固体燃料が主流のため、北朝鮮もその技術を持っている可能性が高い。それもあって、軍事兵器の専門家たちは、北朝鮮の『北極星』シリーズを危険視している。 34年間海上自衛隊の海将などを務めてきた伊藤俊幸さんはこう言う。 「少し前まで旧ソ連軍のミサイルを改良していたはずが、もう固体燃料のミサイルを飛ばしてきた。北朝鮮の開発スピードが速くなっているのが気になります」 では、ミサイルが飛んで来た場合、日本は自国を守れるのだろうか。海上自衛隊に所属していた経験を持つ伊藤さんは、次のように説明する。 「現在、日本の上空は、日本海で待機する海上自衛隊のイージス艦と航空自衛隊の警戒管制レーダーが常に探知しています。弾道ミサイルが発射されると、瞬時にレーダーで追跡を開始。大気圏外で照準を定め撃ち落とすシステムになっています。その成功率は80%以上、イージス艦が2隻あれば確実といわれています」※写真はイメージ(Getty Images) それでも、万が一失敗した場合には、陸上にある航空自衛隊の『ペトリオットPAC-3』が最後の砦となって迎撃する。 また、北朝鮮から武力攻撃として弾道ミサイルが撃ち込まれた場合は、武力攻撃における防衛出動として自衛隊の出動が許可されている。もしもの場合に日本は、2重、3重の守りを備えている。関連記事■ミサイルよりも怖い北朝鮮の攻撃 バルーンで化学兵器散布も■金日成の健康法は少女からの輸血や少女との入浴など■『国民保護ポータルサイト』 ミサイル脅威でアクセス20倍■インフラ破壊し1年後に9割死亡 「電磁パルス攻撃」の恐怖■北朝鮮の核ミサイル落下で熱線、爆風、放射線への対処法

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    北朝鮮 コロナや指導者交代よりも怖いミサイルの「老朽化」

    症状になったと報道している。もしこの重篤説が本当なら一大事である。北朝鮮国内の不安定化が北東アジアの安全保障に影響を及ぼしかねないからだ。先に述べた中国の医療専門家の派遣は、重篤説に関連するものとの見方もあるが、真相は不明だ。 万が一、金正恩が長期にわたり執務不能になるか死亡した場合、金正恩の妹の金与正、あるいは金正恩の叔父である金平日前駐チェコ大使がしばらくは代行者か後継者となるだろう。「しばらく」としたのは、北朝鮮でも熾烈な権力闘争が存在し、金与正と金平日が最高指導者の座から引きずり降ろされる可能性があるからだ。 こうした国難ともいえる緊急事態下にあっても、北朝鮮は着々とミサイルの開発を続け、発射実験を繰り返している。そして、実験が行われるたびに能力を向上させてきた。北朝鮮はこのミサイルを「大口径操縦放射砲」や「超大型放射砲」と表現しているが、これは米国でいう多連装ロケット砲であり、その「ロケット」は射程距離などから短距離弾道ミサイルに分類されるものだ。 今年は3月になって4回にわたり短距離弾道ミサイルの発射実験を行っている。・3月2日(12時40分頃)/日本海に向けて2発を発射、約240kmを飛行・3月9日(7時34分から35分頃)/日本海に向けて2発を発射、約200kmを飛行・3月21日(6時45分から50分頃)/2発を発射、約400kmを飛行・3月29日(6時10分頃)/2発を発射、約250kmを飛行 なお、4度目の発射に関しては、1発目と2発目の発射間隔が20秒に短縮されている。老朽化した600発の短距離弾道ミサイル 筆者は北朝鮮が短距離弾道ミサイルの開発を急ぐ理由として、第一に、現在600発配備されている短距離弾道ミサイルである「スカッド」(射程距離300~500km)の老朽化。第二に、弾道ミサイルに搭載する核弾頭と米国を攻撃可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)が完成したため、予算を短距離弾道ミサイルに振り向けることができるようになったことがあると考えている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 北朝鮮にとっては、在韓米軍や韓国軍、そして韓国の主要都市に脅威を与える短距離弾道ミサイルは、米国本土を攻撃可能な大陸間弾道ミサイル(ICBM)とは戦略兵器と戦術兵器という性格は異なるが、重要な戦力といえる。 その「スカッド」が、最後に日本海へ発射されたのは2016年7月19日である(射程距離を延伸したスカッドERを除く)。おそらく、「老朽化しているが、正確に目標へ向かって飛行するか」を検証する目的があったのだろう。核抑止力の完成 ここで、簡単に北朝鮮の弾道ミサイル開発の歴史に触れておきたい。 北朝鮮は1970年代末に、中東戦争へ北朝鮮空軍の操縦士を派遣した見返りとして、エジプトからソ連製「スカッドB」を2発入手、1980年代初頭から弾道ミサイル開発に着手した。1980年代中盤に「スカッドB」と「スカッドC」の開発に成功(1982年9月9日に発射に成功。1988年に実戦配備)、1980年代後半には「スカッド」をもとに、日本を攻撃するための準中距離ミサイルである「ノドン」の開発を開始、1990年代前半に開発を完了した。 そして、1992年以降は、旧ソ連のマカエフ記念設計所のロケット技術者を招聘し中距離弾道ミサイル「ムスダン」の開発を開始した(2003年、プロトタイプを試験配備)。 こうして、旧ソ連の技術を取り入れるなどして射程距離の延伸が続けられ、2017年7月に「火星14」を2度、そして同年11月にもICBM級の弾道ミサイル「火星15」を発射したほか、2018年1月の新年の辞において、金正恩が「米国本土全域が核攻撃の射程圏内」と述べた。 なお、「火星14」の射程は5500km以上、「火星15」は1万kmを超える可能性がある。核兵器の小型化については、北朝鮮が2006年に初めての核実験を実施してから通算6回の核実験を通じて技術を蓄積したことを考慮すると実現に至っている可能性がある。 このように「スカッド」に関しては、配備から約30年が経過している。「スカッド」の燃料は液体であるため、湿度が高い地下施設にある燃料の貯蔵タンクやミサイル本体の腐食が進んでいると思われる。このため「スカッド」を温存するにしても限界があろう。しかも「スカッド」は命中率が高くない。したがって、新型ミサイルの開発は喫緊の課題なのだ。核抑止力の完成 北朝鮮が核弾頭とICBMを完成させ、本当に核抑止力を完成させたのかどうかは検証のしようがないが、短距離弾道ミサイルの開発にシフトしていることを考慮すると、完成しているとみなして、北朝鮮と付き合っていくしかない。「何も持たない小国」である北朝鮮が、「すべてを持つ超大国」である米国と共存するためには、抑止力を強化することで、両国間で緊張が高まっても戦争に発展させないことが最良の道なのだ。 戦争に発展させないためには、軍事活動を継続し、相手国を牽制し続け、なおかつ戦争が勃発した場合を想定して、敵が看過できないような大きなダメージを与えるだけの軍事力を常に整備しておかなければならない。 もちろん、核弾頭や弾道ミサイルの性能や数を含め、すべての面で北朝鮮の軍事力は米国の軍事力には遠く及ばない。しかし、北朝鮮は朝鮮戦争休戦以降、米軍を相手に数々の「危機」を作り出し、終息させてきた。何があろうと続くミサイル開発新型短距離弾道ミサイルの実験も開始 北朝鮮は2019年になってから新型の短距離弾道ミサイルの発射実験を続けてきた。在韓米軍や韓国軍、韓国の主要都市を攻撃可能な短距離弾道ミサイルの存在は、北朝鮮にとって抑止力として機能している。とくに韓国の主要都市は北朝鮮の人質となっている。 新型の短距離弾道ミサイルと並行して行われている新型の多連装ロケットの開発は、韓国と北朝鮮の境界線である非武装地帯(DMZ)付近に配備されている旧式の長距離砲や「スカッド」に代わり、より脅威度が高い新型の多連装ロケットと新型の弾道ミサイルへと変貌することを意味している。 北朝鮮はミサイルなどの軍事力を用いて強硬姿勢を取り続けなければ、米国に付け込む隙を与えてしまうことになるため、北朝鮮は常に国内外へ「反米」を叫び続け、米国と対決する姿勢を崩さない。2018年の史上初の米朝首脳会談を経ても、北朝鮮の態度が何も変わらなかったのは当然のことである。とはいえ、「現状維持」を続けることは、日本の安全保障にも悪影響を及ぼすことになる。 一触即発の状態に見えても全面戦争に発展させないのが北朝鮮の“やり口”である。そして、事の発端はすべて北朝鮮が意図的に作り出したものだった。これに対して米国は常に譲歩してきた。これは米国が「紳士的」だったわけではない。米国は報復攻撃の手段として核兵器の使用まで考えていたくらいだからだ(核兵器の使用が検討されたのは1968年の「プエブロ号事件」と1994年の「第1次核危機」)。何があろうと続くミサイル開発 北朝鮮は多くの国民が餓死しようが、伝染病が流行しようが、最高指導者が交代しようが、米国から自国を守る抑止力を確保するために着々と核兵器とその運搬手段である弾道ミサイルの開発を続けてきた。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) これは、仮に金正恩体制が崩壊しても、民主主義国家となることなく反米を標榜する中国寄りの政権、すなわち事実上の中国の傀儡政権が樹立された場合(中国が強く反対しないかぎり)開発は継続されるだろう。今回のコロナウイルスの流行、金正恩の健康状態に関係なく、米国が「敵国」であるかぎり続くのだ。 新型の弾道ミサイルが完成し、配備が完了したら、今度は事実上切り捨てられてきた陸海空軍の兵器の更新に取り掛かるだろう。つまり、何があろうが、北朝鮮の軍事力は計画どおりにひたすら強化されてゆくのである。関連記事■金正恩「重篤」説 太り過ぎの健康問題が北朝鮮最大のリスク■コロナ100%封じ込め宣言の北朝鮮、朝鮮人民軍180人死亡か■藤原紀香&片岡愛之助 黒キャップ&パーカーのペアルック■新型コロナ、50~70%が免疫つけないと終息不可か PCRの意義■「闇営業」と自嘲しながら働くしかない飲食店の苦しい事情

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    媚中でブレないニッポンの財界にはびこる「社畜根性」

    強欲的利益を目指して、中国にどんどん投資している。まさに日本国を忘却した財界の姿がここにある。日本の安全保障が保たれなければ、そもそも日本経済も安定しない、という基本を忘れ、「媚中」に走っていると断じざるをえない。 日本をダメにする「四角形」といえば、増税政治家、経団連、マスコミ、そして財務省だ。この四集団は既得権益の上で、お互いがお互いをがっちり支えている構造でもある。財務省の都合のいい団体 特に異様な存在が経団連だろう。「日本国民が豊かになれば、それが自分たちの利益になる」という一番大切なことを忘れ去ってしまっているのだ。 では、なぜ忘れてしまっているのか。その答えは簡単だ。経団連の首脳陣が、悪い意味でのサラリーマン、つまり「社畜」だからだ。 自らの判断でリスクをとって会社経営を牽引する存在というよりも、組織の中で階段を上がっていくことだけに特化したムラ社会の住人で構成されている。ムラ社会の住人には、「日本」という外の広い世界もムラ視線でしか評価することができない。 また、もう一つの特徴が、サラリーマン=社畜ゆえに「上司」に頭が上がらないことだ。いつの間にか、その「上司」に中国が成り代わり、君臨しているのだろう。先の青山氏の発言が真実だとすれば、この財界人の「媚中」的な心性をまさに言い表している。「上司」たる中国に頭が上がらないのである。 経団連、日本商工会議所と並ぶ経済3団体の一つで、企業経営者の組織である経済同友会も似たようなものだ。経団連もそうだが、相変わらず緊縮主義全開である。新型コロナ危機で人類史上最大レベルの経済的な落ち込みに直面しているのに、財政規律、つまり緊縮主義を心配しているのだ。 経済同友会の桜田謙悟代表幹事は、6月12日に成立した2020年度第2次補正予算に関して、盛り込まれた10兆円の予備費が「財政規律」を乱すとを批判していた。前回の連載でも指摘したが、予備費は新型コロナ危機の対策として、不確実性への対応と政策の柔軟性の観点からベストの選択の一つだ。だが、財務省は予備費の総額と柔軟性を一貫して批判してきた。会見する経済同友会の桜田謙悟代表幹事=2020年3月 野党はまるで財務省のエージェントのように、彼らの理屈をそのままなぞっているが、財界も同じことをしている。特に経済同友会はどのような経済状況でも、悪しき構造改革主義(経済を停滞させる小さな政府論)と「財政規律」論を唱えて続けている。本当に財務省にとって都合のいい団体である。 国民の生活が困窮していても、解消に動くよりも、財務官僚の事実上の代弁をする。この姿勢も、経営者がいったい誰に食べさせてもらっているのか忘却していると感じずにはいられない。中国の「日本買い」を促進? ただ、先に指摘したように、今の日本の経営者自身がムラ社会でのし上がってきた、いわば「官僚」でしかないのだ。「官僚」同士、ウマが合うということだろう。とはいえ、日本国民には唾棄すべき関係だ。 今後、日本経済が新型コロナ危機の影響で衰弱していけば、事実上、政府の「代理人」であるような中国資本が日本の重要な資産を買い漁り続けるだろう。日本の価値を低下させることで、財界は中国による「日本買い」を促しているともいえる。このような動きも経済問題のように見えて、安全保障とも密接に関わる問題である。 最近、評論家の江崎道朗氏の近著『インテリジェンスと保守自由主義』(青林堂)を読んで強く思ったのは、近時ようやくインテリジェンス(機密情報)、この場合は国策や政策に貢献するための国家・準国家組織が集めた情報内容を踏まえた政府の枠組みが出来つつあることだ。江崎氏は「官邸主導で各省庁間の情報(インテリジェンス)を吸い上げ、国家安全保障局でとりまとめながら、国家安全保障会議の下で国策を決定していく仕組みが極めて重要である」と主張している。 江崎氏の同著でのインテリジェンスに関する分析は、対中問題と国内での情報戦を考えたときにも極めて重要な示唆に富む。当然インテリジェンスには、経済的な情報も含まれている。 だが、今の日本の官庁から上がってくるインテリジェンスの大部分は、財務省の声が中心だ。民間代表とはいっても、財界の声を聞くようでは、財務省か媚中の声を聞いていることに変わらない。 これでは日本の行方を危うくするだけだ。そこで、国家安全保障会議を補うような、経済の専門家だけに特化した「経済安全保障会議」を立ち上げるのも一案ではないだろうか。中国の李克強首相(左から4人目)と会談する経団連の中西宏明会長(同3人目)=2018年9月(日中経済協会提供) しかし、立ち上げの際に、財務省の声=財政規律を代弁する専門家ばかりを入れてしまえば、何にもならない。むしろ国際標準ともいえる、経済危機では積極的な反緊縮スタンスをとる経済学者やエコノミスト、アナリスト、経済評論家を中心に構成すべきだ。要するに、今までの政府の委員会で見慣れた名前を排除していけばいい。 日本の経済と安全保障は相互補完的である。そして、優先すべきは安全保障の方だ。日本の安全がなければ、日本経済の繁栄もないことは言うまでもない。

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    なぜ日本は中国の横暴に安穏としているのか

    中国海警局の船が先月、尖閣諸島周辺の領海に侵入し日本の漁船を追尾した。見過ごせないのは、中国公船が長時間にわたり領海にとどまったことだ。案の定、日本メディアの多くは大きく報じず、政府の弱腰姿勢も変わらない。今、日本は新型コロナだけではなく、横暴を重ねる中国の「侵略行為」に改めて憤怒し、闘うべきだ。

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    闘う「敵」はコロナだけにあらず、日本は中国の卑劣行為に憤怒せよ

    一色正春(元海上保安官) 2020年5月8日午後4時50分ごろ、中国海警局所属の巡視船4隻がわが国の領海に侵入したと、海上保安庁第11管区海上保安本部(那覇)が翌9日に発表しました。 そしてそのうち2隻が、沖縄県八重山郡、尖閣列島所在の魚釣島の西南西約6・5海里において操業中の与那国町漁協所属の漁船(9・7トン)に接近した後、移動する漁船を追尾したと説明しました。中国の巡視船は約2時間後にいったん退去したものの、翌9日午後6時ごろに再びわが国領海に侵入し、10日午後8時20分ごろまでの約26時間にわたり、居座り続けました。 このような行為は、単に領海を侵犯して、わが国の漁船に危害を加えることだけが目的ではありません。わが国の領域内で警察権を行使しようと試みる、かなり悪質な主権侵害行為で、言うまでもなく重大な国際法違反です。 日本政府は11日、外交ルートを通じて厳重に抗議を行ったと発表した上で、菅義偉(よしひで)官房長官は「新型コロナウイルス感染症の拡大防止に向け(中略)中国側の前向きな対応を強く求めていきたい」と述べるにとどまりました。 それに対して中国の報道官は、わが国の巡視船が違法な妨害を行ったと非難し「日本は尖閣諸島の問題において新たな騒ぎを起こさないよう希望する」と述べ、責任を日本側に転嫁しました。その上で「中日両国は力を集中して感染症と戦うべきだ」と発言しています。 この両者の言い分を第三国の人が聞けば、どう思うでしょうか。単に「厳重な抗議を行った」と間接的に発表するわが国に対して、中国は具体的にわが国が違法な妨害行為をしたと直接的に非難し、さらに新たな騒ぎを起こすなと盗っ人たけだけしいセリフを吐いています。しかし、世界の人々の大半は、尖閣諸島の存在やその経緯など知りません。 それらの人々が今回行われた日中両政府の発表を見れば、よくて五分五分、客観的には中国の方が正しいと思うのではないでしょうか。なぜ、わが国は記者会見において、堂々と中国を非難できないのでしょうか。これは今に始まったことではなく、中国が突然尖閣諸島の領有権を主張してから今に至るまで続いています。 わが国の政府は、尖閣諸島に関して中国が何をしてきても「わが国固有の領土」という呪文を唱えるだけで、国外だけでなく国内に対しても、自国の立場を広報することを怠ってきました。 この問題に限らず、わが国の対外発信能力が低いことは今回のウイルス対策を見ても分かるように、現政権でも変わりません。このままでは中国のプロパガンダによって、日本がかつてのように悪者にされかねません。まずは内閣府に国内外向けた広報を専門とする部署を設け、諸外国並みに発信力のある報道官がわが国の立場を伝え、官房長官は実務に専念すべきです。 ここで、日本政府のPR不足を補うために、次の年表で尖閣諸島の歴史をおさらいしておきましょう。※執筆者のリストアップで編集部が年表を作成 私も年表を作成していて嫌になったほどですから、読まれた方も不快な思いをされたかと思いますが、こちらに記されている出来事は紛れもない事実です。こうして時系列に並べてみると、中国の明確な侵略の意図が読み取れるかと思います。 今回の事件に関し、与那国町議会では県や国に警戒監視体制強化と安全操業を求める意見書を5月11日に全会一致で可決しています。さらに15日には石垣市議会も抗議決議を全会一致で可決しています。ですが、地元紙の八重山日報など少数のメディアしか、このことを報じていません。 わが国の主権が侵害され、地元の議会が怒りの声を上げているにもかかわらず、大手メディアが報じないのは大問題です。マスコミの報道以外に情報源を持たない多くの人たちにとっては、報じられないことはなかったことと同じで、事件そのものも、マスコミが報じないことも知らないままです。 中国の侵略行為に直面し、一番被害を受けている漁師の声を、国や県、マスコミ、日頃は弱者に寄り添うふりをしている人たちは誰も取り上げません。こんな理不尽なことが許されてよいのかと憤りを感じます。 私は、中国が尖閣周辺に巡視船を配備するのは大きく分けて二つの理由があると思います。一つは国際社会への実効支配アピールで、巡視船が撮影した映像を利用するなどしてプロパガンダを繰り広げること。もう一つは、わが国の反応をうかがう威力偵察のようなものです。 改めて年表を見ると、中国が尖閣諸島の領有権を主張し始めて以来、国内法の整備や実力行使を徐々にレベルアップさせているのに対し、わが国は防戦一方の感があります。なお、中国で最初に国有化を主張した周恩来元首相は、尖閣諸島の領有権を主張し始めた理由として「国連の調査により、周辺海域に油田があることを知ったから」と述べています。味を占めた中国 具体的な行動を起こし、報道を通じて自分たちの意思を表明する中国は、日本国内の世論を注視しています。そして、世論が弱いと見るや強い手段に出て、強いと見るや対応を緩和することで、じわじわと侵略のペースを進めてきています。 2012年にわが国が尖閣諸島の三つの島を国有化すると、中国は大騒ぎして哨戒艦による領海侵犯を常態化させました。ですが、本当は彼らこそ、その20年も前の1992年に国内法で尖閣諸島の領有を明記、つまり国有化を表明しているのです。 92年当時の日本政府はこのような重大な主権侵害を問題にしなかったばかりか、マスコミも大きく報じなかったため、多くの国民がこれを知らないまま約30年が経過してしまいました。 そして日本が尖閣諸島を国有化した12年当時、92年の国有化表明について知っている人間が少なくなっていたせいもあってか、一部の人を除いて、誰もこのことを指摘しませんでした。さらに当時の野田佳彦政権は反論するどころか、国有化直前に北京に特使を派遣してお伺いを立てるありさまでした。 日本の国有化発表後、わが国のマスコミは連日のように、中国での官製反日デモの映像を背景に北京の代弁者のようなコメンテーターたちを使いました。そして「当時の石原慎太郎東京都知事が買い取り宣言したのが原因だ」と事実に反したコメントをさせ、まるで日本が悪いことをしたかのように報じ続けたのです。こうして日本の反中世論を封じた結果、日本国民による中国バッシングが起こらず、今日の事態を招いています。 これと同様のことが、現在のウイルス禍においても行われています。わが国のマスコミの大半は本来の原因者である中国を非難せず、自国の政府を一方的に叩き、マスコミの情報だけを見聞きしていると、いつの間にか中国ではなく日本が悪者になってしまったような印象を受けます。このままでは、日本国内において中国に対する非難の声を上げることは難しくなるでしょう。 いまさら言っても仕方のないことですが、92年当時の日中の国力の差に鑑みれば、彼らが国有化したことを理由に本格的な灯台の建設を行い、ヘリポートを復活させて公務員を常駐させるなどしていれば、今日のような事態になることはありませんでした。日本政府は公式発言として否定していますが、実際は鄧小平氏の棚上げ論にだまされ、彼らが国力をつけるまでの時間稼ぎをさせられただけでなく、政府開発援助(ODA)などにより官民挙げて技術や資金援助も行ったのです。 結果、今や空母を保有するほどの海軍を育て上げてしまった揚げ句、その見返りとして自国の領土領海を脅かされているのです。棚上げ論と言えば聞こえはよいですが、要は結論の先延ばし、嫌なことから逃げるだけのことです。嫌なことは借金と同じで、先送りにするにつれて利息が膨らみ続けるように、問題はより大きく、解決は一層困難になるのです。 中国が場当たり的ではなく、計画性を持ちながら一貫してわが国の領土を侵略しようとしていることは、共同通信の記事(2019年12月30日付)からも読み取れます。記事によると、東シナ海を管轄する海監東海総隊の副総隊長が、中国公船が初めてわが国の領海を侵犯した08年12月8日の出来事を「日本の実効支配打破を目的に、06年から準備していた」と証言しています。 この証言の意味は、1978年4月に中国の武装漁船百数十隻が尖閣諸島海域に領海侵犯したときから今日に至るまで、中国指導部による計画された侵略行為が行われ続けているということです。 間抜けなのは、日本の政官財マスコミがその間、せっせと彼らに技術や資金の支援を行うだけでなく、日中友好とばかりにほほ笑んでくる相手を疑うこともせずにこぞって友好的態度をとり続けてきたことです。一方、彼らは嘘で塗り固めた反日教育を徹底的に行ってきたというおまけ付きで、こんな間抜けな話はめったにあるものではなく、日本政府、特に外務省にお勤めであった方々には猛省していただきたいものです。 かように中国は一貫してわが国の領土を狙っているというのに、いまだに中国を擁護する人々が政官財やマスコミに少なくないのは底知れぬ闇を見るようです。 「中国が意図的に侵略している」というのは周知の事実です。しかし、共同通信の記事を通じ、中国側が当時の高官にあえてインタビューという形で発表させた理由について考えてみると、一つの仮説が浮かびます。あくまで私の臆測ですが、このインタビューは中国指導部が尖閣侵略のレベルをワンステップ上げるための観測気球ではないかということです。 こう言うと、インタビュー記事の4カ月後には、習近平国家主席の国賓訪日が予定されていたので、「中国側がそんなことをするはずがない」という声も聞こえてきそうです。しかし、それに対する反論として、2010年にわが国で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の直前に起こった出来事を挙げたいと思います。 同年9月7日、尖閣諸島沖のわが国領海内で中国漁船が海上保安庁の巡視船に故意に体当たりする事件が発生し、海上保安庁は漁船の船長を逮捕しました。尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の動画(ユーチューブより)=2010年11月5日 一方、中国は国内にいる日本人を拘束し、レアアース禁輸などの手段でわが国に圧力をかけた結果、日本政府は同船長を処分保留で釈放しました。実質的には無罪放免です。 法と証拠に基づけば、容疑者を釈放する理由など一つも無いのに、なぜそれが行われたのでしょうか。後に政府高官が自民党の丸山和也参院議員(当時)に語ったところによると「起訴すればAPECが吹っ飛ぶ」、つまり当時の胡錦濤国家主席が来なくなるというものでした。この成功体験により、彼らは国家主席の訪問が日本に対して強力な外交カードとなることを学んだのではないでしょうか。取り上げようとしない歪さ 事実、今回の新型コロナの感染拡大の際においても、習主席の国賓訪日中止が発表されるまで中国全土からの入国制限を行わないなど、日本政府は公式に認めてはいませんが、中国に対する過剰な配慮が感じられました。それは国賓訪日を成功させたいという思惑以外には考えられません。 もし今回の新型コロナ騒動がなければ、共同通信の記事に無反応な日本の世論を見て、中国は今回の領海侵犯よりも一層大きな仕掛けをしてきたかもしれません。 仮にそうした状況が発生した際、中国は日本の対応次第で「春節中、訪日旅行を禁止する」「国家主席は日本に行かない」などと言うかもしれません。そのとき、わが国が毅然(きぜん)とした対応が取れたのかというと怪しいものです。 ただ、中国が口だけではなく実際の行動に移した今、彼らが尖閣侵略のレベルを上げたことに疑いの余地はありません。 問題なのは、自覚のあるなしを問わず、彼らのプロパガンダにわが国のマスコミが加担していることです。彼らは中国のプロパガンダを報じる一方で、一部メディアを除き中国の度重なる領海侵犯を報じません。 国民が関心を持たないから報じないのか、マスコミが報じないから国民が関心を持たないのか、因果の順序は分かりません。ですが今や日本国民は、12年12月に杜文竜大佐が言ったように「中国の領海侵犯に慣れてしまった」感があります。 中国はそれを感じ取り、米中経済戦争でにっちもさっちもいかなくなった状況を打破しようと日本に助けを乞う前段として、今回の領海侵犯事件を仕掛けてきたのかもしれません。 いずれにせよ、われわれ日本人は、千年恨む隣国かの隣国と違い忘れやすい民族です。北朝鮮による日本人拉致問題にしても、02年の小泉純一郎首相の訪朝後はあれほど盛り上がったのにもかかわらず、現在はどうでしょうか。今やマスコミで取り上げられるのは、家族が亡くなられたときだけです。 尖閣の問題にしても、東京都が買い取り資金を募ったときにかなりの金額が集まったにもかかわらず、今はその募金の使い道を論ずることすらしません。今回の事件も大して騒がずにスルーしてしまえば、彼らはますます図に乗ることでしょう。 それでも、ほとんどのマスコミは沈黙し続け、国会で取り上げられることもありません。あまり知られていませんが、今年3月30日には鹿児島県屋久島の西約650キロにある東シナ海の公海上で、海上自衛隊の護衛艦と中国漁船が衝突する事件が起きています。 本件もこの事件のように、多くの国民が知らないまま、うやむやな形(自衛隊に対しては形式通りの捜査は行われているでしょうが、中国漁船に対しては恐らく何もしていないと思われます)で終わりかねません。せめて政府は海上保安庁が撮影した動画を公表するなり、あの海域で何が起こっているのかを国民に知らせるべきです。 今回の件で問題なのは「中国の哨戒艦が漁船を追尾したということ」、そして「わが国の領海に中国の巡視船が26時間も居座ったということ」です。漁船の追尾に関しては詳細が分かりませんので省きますが、昔ならいざ知らず、21世紀にもなって他国の領海で26時間も武装巡視船が居座って領有権を主張するなど、私は寡聞にして知りません。尖閣諸島周辺の領海内で中国公船に対応する海上保安庁の巡視船(右)=2016年8月(同庁提供) 仮にあったとすれば、それは既に武力衝突のレベルです。では、何ゆえに今回そのような事態が起こったのかというと、中国側から見て「わが国が何もしないから」です。おそらく現場の海保の巡視船は、無線や拡声器、電光掲示板などで領海からの退去を要請したと思います。しかし、ただ「待て」と言われて、素直に待つ泥棒がいないのと同じで、彼らは何の痛痒(つうよう)も感じなかったことでしょう。 他国であれば警告射撃してもおかしくないのですが、わが国は憲法により武力による威嚇すら禁じられています。ですから、厳格に法令を順守すれば、相手が国家機関である今回の場合、それも適いません。外交ルートによる抗議も同様に、何らかの制裁を伴わなければ単に抗議したという記録を残すだけで、何の効力も生じません。日本の対応と限界 何しろ相手は国際常設仲裁裁判所の判決を「ただの紙切れだ」と言って無視する国です。今回は滞在したのが26時間だったからよいようなものの、もし365日、彼らが領海に居座ればどうなるでしょうか。 その場合、尖閣の領有権をあきらめるか、物理的に排除するかの2択しかありません。一部の人は「話し合えば分かる」などと言いますが、相手は何十年もの先を見据えて計画的に侵略しに来ています。その相手が乗ってくる話となると、わが国が大幅に譲歩するような場合だけです。そもそも元々存在しない「領土問題」をわが国が話し合う理由がありません。 さらに問題は、多くの国民がこの事実を知らない、もしくは薄々感じていても認めたくないので見て見ぬふりをしていることです。マスコミも、一部の専門家以外は警鐘を鳴らす人はおりません。国権の最高機関に至ってはここ数年茶番劇が続き、いたずらに時間を浪費するだけでこの問題に対して議論すらしません。 民主主義国家であるわが国においては、国民世論が盛り上がることが重要です。中国もそれを恐れているからこそ、マスコミに圧力をかけて自分たちに不利な報道をさせないようにしているだけでなく、パンダなどを使うさまざまな方法により、日本国民が中国に好感を持つような工作活動も行っています。そのため、今回のウイルス騒動に関しても、公式声明で中国を非難する政治家はほとんど見受けられず、マスコミの大半も中国責任論を報じません。 それどころかウイルス対策において、欧米と比較して桁違いに被害の少ない結果を出しているわが国の政府を叩いてばかりいます。ですから、他国とは違って、中国に対する訴訟が起こることもありません。さらに会員制交流サイト(SNS)上で中国を非難すれば、差別という話にすり替えられて逆に糾弾されるほどです(一時はユーチューブでも、中国への非難コメントが削除されていると問題になりましたが、後にこれはシステムの不具合とされました)。 このまま私たち日本国民が声を上げなければ、彼らは組み易しと思い、より一層侵略の度合いを上げてくるでしょう。それだけでなく、欧米各国がウイルス問題で対中非難を強める今、自由主義社会の結束を切り崩すために、中国がアメとムチを使ってわが国を取り込みにくることにも警戒が必要です。この期に及んで国家主席の国賓訪日を蒸し返すなど、安易に中国に加担することは現に慎まなければなりません。 1989年の天安門事件後、わが国は世界中から非難を受けていた中国の国際社会復帰を、他国に先駆けて後押ししました。その大失態を再び繰り返してはなりません。 ただ中国に対して、わが国が無為無策であるかというと、そういうわけではありませんので、公平に、ここ最近の日本の動きも紹介しておきましょう。海上保安庁および警察の動き16年:石垣島海上保安部に巡視船を増強し、大型巡視船12隻による「尖閣領海警備専従体制」を確立   :宮古島海上保安署を保安部に昇格19年:宮古海上保安部に小型巡視船9隻からなる「尖閣漁船対応体制」を確立。那覇航空基地に新型ジェット機を3機配備して空からの監視体制を整備20年:尖閣諸島をはじめとする離島警備にあたるため、沖縄県警に151人の隊員を擁する「国境離島警備隊」を発足自衛隊における動き16年:沖縄県与那国島に陸上自衛隊の部隊を新設19年:海上自衛隊が今後10年規模で12隻の哨戒艦を建造し、哨戒艦部隊を新設していくことを表明20年:宮古島駐屯地に、地対空および地対艦ミサイル部隊を配備 ただこれらは、いずれも「盾」を増強しているだけで、中国に脅威を与えるまでには至りません。ゆえに彼らは、日本がいくら部隊を増強しようが自分たちのエリアまで攻めてこないことが分かっています。ですから、守りのことは一切考えず、日本が増やした以上に部隊を増強してくると思われます。水陸機動団の緊急脱出訓練を視察する河野防衛相(右から3人目)=2020年2月8日、長崎県佐世保市の陸上自衛隊相浦駐屯地 実際中国は、今年1月から1万トン級巡視船の建造を始めています。つまり、わが国がこのような対応策をとっている限り、決して中国は侵略の野望を捨て去ることはなく、部隊増強のイタチごっこが続きます。 安倍政権は、現行法上可能な範囲内で懸命にやっているとはいえ、憲法に一言も書かれていない「専守防衛」という言葉に縛られている以上、この現状を打破することは難しいでしょう。日本人が持つべき覚悟 日本には「『矛』がないのか」と問われれば、「ある」と自信をもって答えたいところです。しかし、情けないことに米国頼みが実情です。その米国の動きを見てみると、今年の年初にライアン・マッカーシー陸軍長官が具体的な配備場所には触れなかったものの、中国の脅威に対抗し、次世代の戦争に備えるために太平洋地域で新たな特別部隊を配備する計画を明らかにしました。 4月にはフィリップ・デービッドソンインド太平洋軍司令官が、沖縄から台湾、フィリピンを結ぶ、いわゆる第1列島線への部隊増強を国防総省に訴えていることが明らかになるなど、対中戦略の見直しを実行に移し始めています。 特筆すべきは米太平洋空軍が、4月29日に行われた諸外国とのテレビ会談で台湾を加えたことです。この会議は中国周辺19カ国の空軍参謀総長や指揮官を集め、新型コロナウイルスの感染状況や対応について意見交換を行いました。 台湾軍関係者は会議後のインタビューで、これまでも米国とのテレビ会議や軍事交流を実施してきたことを明らかにしています。これらの動きを見る限り、今のところ米国は中国に一歩も引かない構えであると言ってもよいでしょう。 しかし、ここで強調しておくべきは、当たり前のことですが米国は日本を守るために戦うのではありません。あくまで「自国の国益のために戦う」のであって、自国を守るためであれば「平気で日本を見捨てる」ということです。 仮に、今秋の大統領選で現職のドナルド・トランプ大統領が敗北すれば、方針が大転換されることは容易に予測できます。ゆえに、今後も対中戦略が維持される保障はありません。今回中国が攻勢に出てきたのも、米国の航空母艦が新型コロナによる感染症で航行不能に陥っていることと無縁ではないでしょう。 そのためわが国は、いつ米国に見捨てられても大丈夫なよう、法令的にも物理的にも、迫りくる侵略に備えなければならないのです。 それには憲法改正を含め、国策の大きな転換を図らなければなりませんが、わが国は民主主義国家であるため、それは国民世論の後押しがなければ不可能です。ゆえに、一人でも多くの国民に、わが国の危機的な状況を認識してもらう必要があります。 例えば、海上保安庁の大型巡視船に各マスコミの記者を同乗させた上で、尖閣諸島や竹島、北方領土のほか国境離島の取材をさせて多くの国民に国境を意識させるという方法があります。日本国民に対してわが国の危機的状況を広く周知するだけでなく、日本の正当性と隣国の傍若無人な振る舞いを世界に向けてアピールすることにもつながり、検討してみる価値はあると思います。 今の日本には、国民一人ひとりに領土問題や国防について考えるきっかけを与えていく地道な作業が必要です。しかし、それを日本を敵視する国が手をこまねいて待ってくれるはずもありません。地道な作業は続けていくとして、今すぐにでも実現可能なことも考え、実行するべきです。 中でも一番効果的なのが、かつて自民党が選挙公約で掲げたにもかかわらず、いまだ実現に至っていない次の政策です。・尖閣諸島への公務員常駐・漁業従事者向けの携帯電話基地局の設置・付近航行船舶のための、本格的な灯台および気象観測所の設置 これらについて、日本国内で正面切って反対することは難しいでしょう。それに、憲法や法令を改正する必要もありません。さらには外交手段として、台湾に領有権の主張を取り下げてもらうことも検討すべきでしょう。実現はかなり難しいと思いますが、李登輝元総統がおっしゃっていたことを信じれば、漁業面で大幅に譲歩すれば可能性はゼロではありません。2020年5月3日の憲法記念日に配信された安倍晋三首相のビデオメッセージ(民間憲法臨調、美しい日本の憲法をつくる国民の会提供) いずれにしても、中国が今回、侵略のレベルを一段上げてきた以上、わが国も悠長なことを言っておくわけにはいきません。それなのに、多くの国民はそのことを理解しておらず、マスコミの扇動に乗って騒ぐ一部の人たちに引きずられ、本来の国難から目をそらすように些末なことで大騒ぎしています。ただ、私たち国民の一人ひとりが声を上げることも大事ですが、最終的に対応するのは政府です。ゆえに、日本政府は中国関係で何かあったときのための体制を整えておくべきです。 もしそれが難しいのであれば、政府は国民をより信頼し、正直に何もできない現状を伝えた上で、具体的な政策を説明して理解を求めるべきです。「国を守るためには、憲法をはじめとする法令を変えなければならない」と政府が持っている資料を使って説明すれば、普通の感覚を持った日本人であれば反対しません。今こそわが国は、政府国民が一体となってウイルス、そして中国の侵略にも立ち向かって行かねばならないのです。

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    「コロナ感染者ゼロ」北朝鮮が撃ち続けるミサイルは祝砲か、悲鳴か

    に宣言し続けている。事実なら奇跡だが、各国は疑問視している。 なぜ北は「感染者ゼロ」にこだわるのか。安全保障上の危機感と「儒教社会主義」の価値観が背景にある。指導者の世襲は文字通り、儒教社会主義の表れだ。 在韓米軍のロバート・エイブラムス司令官は、4月2日に米CNNテレビのインタビューに応じ、「北朝鮮の主張は事実と違う」と述べた。司令官は「情報源と情報入手の手段と証拠は、明らかにできない」とし、情報機密の開示は拒否した。 それでも、証拠に関して「われわれが見た全ての情報による」と言及した。つまり、米情報機関の人的情報に加え、偵察衛星の写真分析だ。 実は、3月にも「北朝鮮の軍が30日も軍事行動を止め、空軍戦闘機の飛行も停止した」と述べていた。国境の封鎖と軍の部隊編成に厳格な措置がとられたという。戦闘機の飛行禁止は、新型コロナウイルス感染を恐れるパイロットの亡命阻止のためだ。 米国が入手している情報によれば、北朝鮮で感染者が出ているのは明らかだ。北朝鮮は、連日新型コロナウイルスに対する警戒の動きを報道している。赤十字を通じた海外からの医療支援も受け入れており、感染拡大は間違いないようだ。 北朝鮮は、なぜ感染について明らかにしないのか。それには主に四つの理由がある。朝鮮労働党の政治局拡大会議を指導する金正恩党委員長。朝鮮中央通信が2020年2月29日報じた(朝鮮通信=共同) 米国は、偵察衛星の写真から感染兵士の火葬や集団埋葬を確認したという。北朝鮮軍にとっては、兵士の感染は安全保障上の重大な危機である。北朝鮮軍幹部が感染が米韓に知れれば軍事攻撃に踏み切ると考える、これが感染を公表しない最初の理由だ。非常に北朝鮮軍らしい発想だといえる。 攻撃を阻止するには、「感染者はいない」と言い続けるしかない。軍事上の心理作戦である。儒教社会主義国家 北朝鮮は通常の米韓合同軍事演習でも、両国が「演習を口実に北朝鮮を攻撃してくる」と考えている。軍首脳の普通の思考回路であるから、「新型コロナウイルス感染が攻撃の引き金になる」と判断するのも当然だ。 二つ目の理由は、朝鮮半島に根付く儒教的価値観にある。朝鮮半島では、天変地異や災害が起こるのは「王様に徳がないからだ」と受け止められ、支配の正当性に疑問が生まれる。 反対に、災害を防ぐことができれば「指導者の徳のおかげだ」と評価される。だから「金正恩(キム・ジョンウン)委員長のおかげでウイルス感染を防いだ。偉大な指導者だ」と、政府や朝鮮労働党が宣言するのである。 先にも触れたが、北朝鮮は、儒教的価値に支えられた儒教社会主義である。だから、指導者への忠誠心を常に強調する。新型コロナウイルスの感染で指導者への忠誠心が失われ、兵士の感染が拡大すれば、軍部隊の反乱が起きる危険がある。これが一番心配なのだ。 それでも隠蔽できなくなったら、感染を「帝国主義者の陰謀だ」ということにして明らかにする。「帝国主義者たちがウイルスを持ち込んだ」として闘争を呼びかけるのだ。 北朝鮮の「感染者はいない」という言葉には、「『平壌(ピョンヤン)』は感染していない」という意味も含まれる。北朝鮮では「人民」こそ重要で、「大衆」は保護の対象ではない。根底には、体制を支えるのは、労働党員や軍幹部の人民で、大衆は反抗するかもしれないという考えがある。 人民が多数居住し、金委員長がいる平壌こそが国家の中心であり、首都が「感染ゼロ」であれば体制は維持できる。「感染者はいない」という公式発言の裏に「平壌は感染していない」と懸命にアピールする様子が浮かぶ。 百歩譲って「感染は小規模で抑えた」と表現するならば、理解の余地はある。北朝鮮は、日常的に感染症に悩まされている。結核患者が多く、インフルエンザの感染も毎年流行する。マスクを着けて平壌駅前を行き交う市民ら=2020年4月1日(共同) だから、感染症を強く警戒しており、国境閉鎖は常に準備している。医療技術は劣っても、防疫体制は予想以上にしっかりしているという指摘もある。 さらに、体制を維持する装置としての「五戸監視制度」で、相互密告を二重三重に徹底している。この密告システムが、ウイルス感染拡大防止に役立っているというのだ。ミサイル発射「連発」の謎 世界が新型コロナウイルス対策に取り組んでいる最中に、北朝鮮はミサイル発射実験をした。国連安全保障理事会や各国は「こんなときにミサイル発射は非常識で、安保理決議違反である」と非難した。でも、国際社会が関心を向けないからこそ、やりたい放題なのだ。 北朝鮮のミサイル発射に「米国の気を引きたいから」という分析も語られたが、これは真っ赤な嘘だ。あまりに北朝鮮の発想を知らなすぎる見解である。 既に説明したように、北朝鮮の軍部が最も警戒するのは「ウイルス感染を利用した米韓軍の攻撃」だ。軍の動揺を抑え、米韓軍の攻撃に警告するために「攻撃されたら反撃できる」ミサイルを誇示する意味がある。 毎年この時期、北朝鮮軍は米韓合同演習に対応した演習を計画する。その中で、ミサイル発射の予算が付いている。予算を消化する意味もあるのだ。 ミサイル「実験」か「演習」かにも、注目する必要がある。「実験」は労働党の軍需機関が行う。「演習」は軍の管轄で、配備された兵器の訓練だ。3月中の発射は「実験」と発表している。まだミサイルが完成しておらず、技術実験を繰り返していることが分かる。 いったい、どのような技術なのか。エイブラムス司令官は「固体燃料ミサイルの開発実験だ」と述べ、完成まで数年かかることを明らかにした。液体燃料ミサイルは燃料注入に時間がかかり、攻撃されやすい。固体燃料は即応できるので、戦術的意味は大きい。軍も開発を強く望んでいる。 いずれにしろ、北朝鮮の発表やミサイル実験からは、金委員長が人民の忠誠心維持と軍の全権掌握に苦労している様子がうかがえる。この時期に逃亡を図り、外部と連絡を取るスパイの監視も徹底している。北朝鮮が2020年3月21日に発射したミサイル。朝鮮中央通信は「戦術誘導弾」としている(朝鮮中央通信=共同) 大規模な軍事演習や新型兵器の購入は資金不足で難しい。軍の不満を抑えるためには、新型コロナウイルスの感染を無視してでも、ミサイル発射実験で「忠誠心」を高めるしかないのだ。 国境を遮断した北朝鮮には資金も物資も入らなくなる。半年から1年後に経済危機に見舞われることは確実だろう。

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    国民から見放されたロシア軍がすがるしかなかった「ソ連の栄光」

    小泉悠(東京大先端科学技術研究センター特任助教) モスクワのヤロスラヴリ駅を出て1時間ほど森の中をエレクトリーチカ(郊外列車)に揺られていくと、モニノという小さな駅に着く。駅前というにはあまりにも寂しい改札口には、食料品や日用品を売る小さな商店が並んでいるだけだ。 筆者がモニノ駅に降り立ったのは2016年のことだ。この街にある空軍博物館を訪れようとしたのだが、駅を出るとすぐに道に迷ってしまった。 博物館といっても、元々はソ連空軍の教育施設であったから、そうわかりやすい場所にあるわけではない。博物館へ通じる道を探して古い団地の中を彷徨(さまよ)っていると、タイムスリップしたような気分に陥った。 この団地は、かつて存在した空軍の操縦士訓練学校のために建てられたものの、老朽化するに任されており、その所々でソ連空軍の栄光を称(たた)える銅像が雑草に埋もれている。超大国ソ連の「夢の跡」だ。 軍の建て直しが進み、軍人たちの生活環境も改善されたプーチン政権下でもこうなのだから、1990年代にロシア軍がなめた辛酸は想像に余りある。給料は大幅に遅配されるか、期日通り支払われてもハイパーインフレで紙くず同然になった。 手厚い社会保障も滞り、アルコール、ドラッグ、新兵いじめが蔓延(まんえん)する。暮らしていくために兵器や燃料の横流しに手を染める軍人も後を絶たず、国民の軍に対する信頼も地に落ちた。 こうした状況でロシア軍が頼ったのは、かつてナチス・ドイツという「人類悪」を打倒した偉大な軍隊の「後継者」というアイデンティティーである。その一例は、ソ連時代に用いられていた名誉称号をロシア軍が引き続き保持したことであろう。ロシア・モスクワ近郊のモルニ空軍記念館に展示されているスホーイ25攻撃機(手前)とツポレフ144超音速旅客機(ゲッティイメージズ) 93年に成立したロシア連邦憲法第13条は「ロシア連邦はイデオロギー的に多様な国家である」「いかなるイデオロギーも国家的なものではなく、義務ともされない」と謳(うた)っている。それでもなお、ロシア軍はこうした称号を捨てず、「赤旗勲章」、「レーニン記念」、「スターリングラード解放」などの称号が相変わらず冠され続けたのである。「ソ連ノスタルジー」への回帰 一方、2000年に成立したプーチン政権下では微妙な変化が起きた。「強いロシア」を掲げるプーチン政権は、確かに国防予算を増額し、崩壊しかかっていたロシア軍を復活させた。ただ、それはあくまでも経済の負担にならない範囲で、という但し書きのついたものでもあった。 実際、2008年にグルジア戦争が起きるまで、ロシアの国防費増は経済成長率を上回らない範囲に抑制され、その対国内総生産(GDP)比はおおむね2・5%程度に設定されていた。経済力ではるかに勝る米国と軍拡競争を繰り広げ、経済を疲弊させたソ連への反省がそこには明瞭に見て取れよう。プーチン大統領が口癖のように「ロシアは軍拡競争には陥らない」と繰り返すのも、韓国並みの経済力しか持たない現在のロシアの状況を鑑みれば、うなずくほかない。 さらに、プーチン大統領は2007年、軍改革を進めるためとしてアナトリー・セルジュコフ氏を国防相に任命した。軍や情報機関出身者が就任するのが通例であったそれまでの国防相と異なり、家具会社の社長から連邦税務局長を経て国防相に就任したという変わり種である。 セルジュコフ氏は元ビジネスマンらしい経済感覚で軍を徹底的に合理化しようとした。その主眼は、第3次世界大戦のような巨大戦争に備えるのではなく、より蓋然(がいぜん)性の高い小規模紛争への備えを優先した態勢への転換であったが、セルジュコフはこれと並行して、ソ連へのノスタルジーも一掃しようとした。 その一例が前述の名誉称号である。例えば、モスクワ防衛部隊として知られる第2師団は、それまで「十月革命勲章授与・スヴォーロフ勲章授与・カリーニン記念・赤旗第2親衛タマン自動車化歩兵師団」という実に「ソ連的」な名誉称号を冠していた。これが、一回り小さい旅団規模となり、名称も「第5自動車化歩兵旅団」という機能的だが素っ気無いものに変わった。組織改編と同時に、ソ連軍の記憶からの切り離しが進んだのがセルジュコフ時代のロシア軍であった。 ただ、こうした動きは、ロシア軍上層部や保守派からはいかにも苦々しいものとして受け止められた。ソ連の軍事的栄光が忘れ去られていくことに、彼らは感情的なレベルで反発したのである。ソ連時代に米国と戦うことを念頭に軍事教育を受けた旧世代の将軍たちを、セルジュコフ氏が片っ端から更迭していったこともこれに拍車をかけた。2011年5月、ロシア・モスクワの「赤の広場」で対ドイツ戦勝記念日の軍事パレードに参加した兵士ら。背後のスクリーンに映し出された(右から)プーチン首相、メドベージェフ大統領、セルジュコフ国防相(遠藤良介撮影) プーチン政権にしても、ナチスを打倒した歴史は西側諸国との紐帯の証しであり、共産主義イデオロギーが失われた社会をまとめ上げていく上で政治的に一定の利用価値があった。 2011年にセルジュコフ氏が汚職問題とその中心にいた愛人の存在を暴露されて失脚すると、軍の巻き返しが始まった。セルジュコフ氏が合理化によって廃止した大規模な軍事態勢が復活し、それとともに「ソ連的」な名誉称号が再び用いられるようになったのである。前述の第5自動車化歩兵旅団が、再びソ連時代の名誉称号を冠する師団に改編されたのは2013年のことであった。入り混じる「ソ連」と「ロシア」 ナチスへの勝利を記念して毎年5月9日に行われる戦勝記念パレードにも、変化が見られるようになった。勝利の立役者となったT-34戦車などの兵器がきれいにレストア(復元)されて、行進の先頭を飾るようになったことはその一つである。 また、パレード後には、「不滅の連隊(ベススメルトヌィ・ポルク)」と呼ばれる一種の市民行進も催されるようになった。第2次世界大戦に従軍した家族の写真などを掲げて市民が街中を行進するというもので、プーチン大統領も内務人民委員部(NKVD)の破壊工作員として戦った父親の写真を持って、これに加わっている。 何よりも決定的なのは、2014年のウクライナ危機で反米機運が極度に高まったことであろう。対米関係の悪化は、大国を相手に戦える巨大な軍隊の必要性をわかりやすくアピールする機会となり、かつては抑制されていた国防予算も、一時期はGDPの4%以上まで膨れ上がった。 何より、2014年以降の国際情勢は、ソ連が超大国として米国と軍事的覇権を競い合った冷戦期の記憶を、ロシア人一般の間に呼び起こした。こうして、国家を守るロシア軍の姿が、再びソ連軍のそれと重ね合わされるようになったのである。 ただ、現在のロシア軍は、ソ連時代へのノスタルジアのみを威信の源泉としているわけではない。軍事力の復活によってロシアが再び国際政治の表舞台へと返り咲いたこと、ロシア軍の規律が大きく改善されたことなどはロシア軍に対する国民の信頼感を大いに回復させ、世論調査では「信頼のおける政府機関」として大統領の次に名前が挙がるようになった。ソ連軍を持ち出さずとも、ロシア軍は国民の支持をある程度回復したと言える。 また、プーチン政権はソ連崩壊後に息を吹き返したロシア正教会に接近し、近年ではロシア軍にも従軍司祭が置かれるようになった。パラシュート部隊である空挺(くうてい)軍(VDV)には、パラシュート降下資格を持った司祭さえ在籍しているほどだ。 再び軍事パレードに話を戻すと、現在のショイグ国防相は正教式の十字を切ってから赤の広場のパレード会場へと入場するし、パレードを終えて駐屯地へ戻る部隊は国防省前の教会が鳴らす鐘の音で祝福を受ける。モスクワ・赤の広場に建つクレムリンの尖塔(右)と聖ワシリー大聖堂(ゲッティイメージズ) 現代のロシア軍は、その強力な軍事力とソ連時代へのノスタルジー、そしてロシアの民に受け継がれてきた正教への信仰など、さまざまな要素によって支えられていると言えるだろう。「ロシア連邦はイデオロギー的に多様な国家である」という憲法13条の規定は、ここにおいて奇妙な形で実現したと見ることもできないことはない。憲法の起草者たちは夢にも思わなかった形ではあろうが。

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    偶然装う「ロシアスパイ」の巧妙手口、次の標的はあなたかもしれない

    中村逸郎(筑波大教授) ロシアと聞いて、皆さんは何を想像するだろうか? 自国を軍事大国とあけすけに自慢したり、どんなにドーピング疑惑が深まってもスポーツ大国と得意げな顔を見せたりする国。多くの人は、そうイメージするのではないか。だが、かつてのソビエト連邦を知っている世代からすると、かの国は「スパイ大国」のイメージが強い。 その印象が定着したのは1950年代である。ソ連のスパイが、第二次世界大戦中にアメリカとイギリスが原子爆弾を共同開発した「マンハッタン計画」を盗んでいたことが発覚した。いわゆるローゼンバーグ事件である。スパイの暗闘に、欧米諸国で戦慄が走った。 それから月日がたった2018年2月のある日。寒空が広がるモスクワ都心にて、私自身もロシア人スパイの標的となった。 午前10時過ぎ、私はホテルから閑散とした町並みに出掛けた。日曜日ということで、車も歩行者もまばらだ。私は、ボリショイ劇場の正面を南北に走る目抜通りをくぐる薄暗い地下道を歩いていた。ふと、前方をゆっくり歩く男性の後ろ姿に気づいた。30代とみられる彼は分厚い黒色のコートを羽織り、ポケットに両手を入れながら歩いている。すると突然、ポケットからビニール袋がパシャッと音を立てて路面に落ちた。私は思わずそれに目を向けると、袋の中には無造作にたたまれた数十枚もの100ドル札が入っていた。しかし、その男性は気づかない様子で歩いて行く。私はビニール袋を拾い上げて、彼の後を追った。「お金を落としましたよ」 男性は振り向き、笑顔を浮かべて感謝の言葉を口にした。だがその直後、彼の表情は一変した。彼はもう片方のポケットを探りながら、こう声を荒げた。「あれっ…。あなたは、もう1つのビニール袋を見ませんでしたか。同じようにドル札がたくさん入っていたんです」「えっ、何のことですか。私が拾ったのはこの袋だけです」「そんなはずはない!あなた隠しているんでしょう」「泥棒だ!」 彼はそう大声で叫ぶと、4人の男たちが足早に近寄ってきた。彼らは私の抗議を無視し、口々に「ルビャーンカに行ってから話を聞く」と、そう言い放った。彼らはグルだったのだ。 ルビャーンカとはソ連国家保安委員会(KGB)、現在のロシア連邦保安庁(FSB)の代名詞だ。本庁の豪華な黄色の建物が、ルビャーンカ広場に建っていることに由来する。この地下道から徒歩で10分のところにそれはある。 私は、いつもポケットに携帯電話を入れており、何かあれば日本大使館に通報できるようにセットしていた。「大使館に電話します」。私はそう声を絞り出すと、5人の男性たちはバラバラに立ち去っていった。 こうして私は、なんとかロシア人スパイによる窮地から免れることができた。それにしても、人間の善意を逆手にとり、一瞬にして恐怖に陥れる。ロシア人の友人にその不快な出来事を打ち明けると、次のように説明してくれた。モスクワにあるロシア連邦保安庁(FSB)本部(gettyimages)「ルビャーンカに連れていけば相手は動揺します。彼らは恐怖心をあおり、自分たちの一味に囲い込むのです」ロシア人スパイの手口とは 最近、大手通信会社「ソフトバンク」の元社員が機密情報をロシアの産業スパイに渡していたというニュースが話題となった。元社員は「見返りは十数万円の現金と飲食接待だった」と打ち明けているようだ。 でも、私にはそれが信じられない。ロシア諜報機関が、金銭や飲食の提供、さらにはハニートラップなどの享楽的な機会を提供する見返りとして、機密情報を入手するとは到底思えない。あまりにも衝動的で、あまりにも刹那的なやり方だからだ。  スパイは情報提供者に4、5年にわたる情報提供を要求するわけだから、相手の強い忠誠心が不可欠な条件となる。性格的には、真面目で向上心が強く、虚栄を張っている人がスパイのターゲットになるようだ。 協力者の言動を1年ほど調査し、そのうえで日本国内に限らず、ロシアを含む海外も舞台に、相手を殺人犯や交通死亡事故の加害者に仕立てる。そして精神的な極限状態に追い込むのが、ロシア人スパイの常套的な手口である。  今回の事件では、在日ロシア通商代表部の職員が元社員に接触したらしい。ソ連時代からこの組織は、「スパイの巣窟」と称されてきた。表向きは、日露の経済交流を促進するキャンペーンや合弁企業の創設を任務としており、50人ほどの職員が勤務しているようだ。ただ昔から、5、6人のスパイが混じっているという噂が流れている。 スパイは基本的に単独行動し、互いに情報を交換することはない。もっとも彼らは、だれがスパイなのか知らされていない。スパイはモスクワの本庁からの指示で活動し、コードネーム(暗号名)を使用している。たとえ外国でつかまってもスパイ活動の全容がバレないためだ。 今年2月10日にソフトバンクの元社員から機密情報を受け取っていたスパイが成田空港から出国した。氏名はアントン・カリーニンと報じられたが、本名のはずがない。 ロシアのスパイ活動をたどると、1960年の日米安保改定でアメリカとの軍事協力が強化されてから日本国内でのソ連のスパイ活動が本格化したと考えられる。日本を通して、極東におけるアメリカ軍の機密情報を狙ったのである。そうした状況下、1979年に東京でスパイ活動をしていたレフチェンコのアメリカ亡命は衝撃的なニュースとなった。※画像はイメージ(gettyimages) ソ連の雑誌「ノーヴォエ・ヴレーミヤ」の東京支局長だったレフチェンコは、アメリカで日本でのスパイ活動についていろいろと証言した。日本の警察はその情報にもとづき、スパイと日本人の接点を特定しようとしたがほとんど解明できなかったようだ。というのも、レフチェンコは他のソ連人スパイと自分が工作した以外の日本人を知らなかったからだ。狙われる東京五輪 ソ連邦が崩壊した1991年以降、日本におけるロシアの諜報活動の検挙は9件に及ぶ。しかし、日本の警察は真相をつきとめることができず、ソフトバンクの元社員の一件も氷山の一角としてとらえるべきであろう。 ロシア諜報機関の主要な目的は、日米軍事協力を揺さぶることにある。昨年来、北方領土交渉は暗礁に乗り上げており、プーチン政権は在日米軍を厳しく非難している。 日本への不信感を強めており、ソフトバンクが設置する電話の基地局などの機密情報を入手し、日本国内でのテロ活動を準備していることも想定できる。電力や鉄道系の情報が狙われる可能性も高い。 東京五輪開催の前に日本を動揺させることも目的の一つかもしれない。 というのも、2015年12月23日にアメリカの保安当局が恐怖で震えおののいた事件が起きた。反ロシア勢力が拠点とするウクライナ西部の都市で大規模な停電が発生。約20万人の日常生活が突然停止した。ウクライナ政府はアメリカ情報機関の協力を得て原因を調査したところ、国内の電力会社がロシアからサイバー攻撃を受けたことが判明した。 東京五輪を前に、サイバー攻撃による混乱をどのよう防ぐのか。官民一体でセキュリティー対策を講じておくことが重要となってくる。※写真はイメージ(gettyimages) 日本は昔から、「スパイ天国」と揶揄(やゆ)されてきた。その理由に、スパイ活動を摘発する法律がないことが大きい。2013年に「特定秘密保護法」が成立したが、基本的には秘密にしておく情報を特定するにとどまるため、スパイ活動そのものを取り締まるわけではない。 外国のスパイに関する罪は重罪に処されることが多く、アメリカでの最高刑は死刑、フランスでは無期懲役となっている。 ロシア、中国、さらに北朝鮮によるスパイの脅威にさらされる日本。いまや軍事的な衝突ばかりではなく、情報戦こそ軍事の最前線になりつつある。「桜を見る会」の追及も必要かもしれないが、今こそ日本におけるスパイ活動への監視と対処方法を本格的に議論すべき段階だ。

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    「イラン司令官爆殺」日本の振る舞いはおのずとこうなる

    つの方面で戦端を開くのは容易ではないという事実からは、そうした結論が導かれる。しかし、中国や北朝鮮の安全保障上の圧力に直接に曝(さら)される日本にとっては、中東方面での米国の疲弊は、全く歓迎できるものではない。英国に学ぶ「初期対応」 ゆえに、米政府が「そうは問屋が卸さない」という意識の下に中東方面での緊張をコントロールしようとする限りは、そうした緊張がほどほどに高まったとしても、それ自体は日本にとってネガティブなことにはならない。 昨年10月のイスラム教スンニ派過激組織「イスラム国」(IS)最高指導者、アブバクル・バグダディ容疑者殺害の際にせよ、此度のソレイマニ司令官殺害の際にせよ、トランプ政権下の米軍が実行しているのは、個人をターゲットとして特定して「首を取る」という作戦である。こういう「斬首」作戦が次々に成功裏に実行されているという事実を適宜示すだけでも、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長に対する牽制(けんせい)として十分に作用しよう。 それでは、日本の対応はどのようなものであるべきか。参考になるのは英国の対応である。1月5日のNHKによれば、ベン・ウォレス国防相は米国のマーク・エスパー国防長官と意見を交わした際、英国の初期対応を示した。それは、次に挙げる三つを骨子とする。(1)関係当事者全てに対して事態の沈静化を要求する。(2)ソレイマニ司令官爆殺に絡む米国の立場に理解を表明する。(3)ホルムズ海峡の「航行の自由」確保に向けた具体的な行動を取る。 これらの三つの対応は、米国の同盟国としては、誠にふさわしい。米国の「武力の濫用(らんよう)」を非難した中国の王毅外相とザリフ外相の会談に示されるように、中露両国がイランの後ろ盾になろうとする動きが鮮明になっているのであれば、対米支持の旗幟(きし)を明らかにした英政府の判断は正しいと思われる。 本来ならば、日本もまた、この英国の三つの対応と同じことをすべきである。けれども実際には、(3)の対応に踏み込むのはいろいろと制約があろう。 昨年末、有志連合の枠組みを離れて決定された海上自衛隊の艦艇・哨戒機派遣は、「調査・研究」を目的にしているのである。そうであるならば、日本政府は最低限でも「ペルシャ湾やホルムズ海峡で『航行の自由』が脅かされる事態は、日本としては絶対に容認しない」と内外に宣明する必要がある。 ペルシャ湾やホルムズ海峡は、日本が展開する「自由で開かれたインド・太平洋」構想で想定される圏域の西の突端(とったん)に位置するけれども、そこへの関与に際して日本が認定する「死活的な利害」が何であるかは、明示されるべきである。無論、(1)と(2)は自明の対応である。首脳会談に臨むイランのロウハニ大統領(左)と安倍晋三首相=2019年12月20日、首相官邸(春名中撮影) 日本にとっては、今後の事態のエスカレーションによって米国が「泥沼に落ちる」光景を見たくないのは確かである。しかし、その一方で米国の安全保障上の影響力や意志を揺るがせる対応は、厳に慎むべきものである。 このようにして、中東情勢と極東情勢は連関する。当節求められるのは、中東情勢の当座の推移に幻惑されずに、日本が最も優先すべき利害が奈辺にあるかを見極める議論であろう。

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    日本が「反面教師」韓国から学べること

    済的に報復(これは韓国の勝手な解釈で事実とは異なる)するのは許さないが、自分たちが輸出入管理の問題を安全保障問題にリンクさせるのは構わない」という、自分勝手な二重基準としか言いようがありません。 兎(と)にも角にも、単なる貿易手続きの問題にもかかわらず、今まで言いなりになってきた日本が、ちょっとでもやり返してきたのが気に入らないのと、米国の仲裁を当てにしていたのでしょうが、その目論見(もくろみ)は今のところ大外れで、彼らの自尊心は大きく傷ついたことでしょう。 戦後の日韓関係においては、韓国が喚(わめ)けば、どんな無理難題でも日本が折れて、最終的には彼らの要求をのんできました。敗戦国であるという負い目や、誤った戦後教育で植え付けられた罪悪感から何となく、彼らの要求を受け入れてきた日本人も日韓ワールドカップで生の韓国を知り、日韓関係のあり方に疑問を持つようになりました。 そして、インターネットを中心に学校で教えてくれなかった本当の歴史を知るにしたがい、だんだんとエスカレートする彼らの際限なき要求や言い掛かりに怒りを覚え、この歪(いびつ)な日韓関係に終止符を打ちたいと思う人が増え、昨年のホワイト国指定解除につながったのだと思います。 わが国が韓国をホワイト国から除外したのは、あくまで単なる輸出入管理の問題なので、これほどまで大騒ぎするほどのことではないのですが、以前の日本政府であれば、その当たり前の措置すらできたかどうか疑わしいです。 そもそも欧州連合(EU)ですらホワイト国に指定していない韓国をなぜ日本が指定したのか、そこにも韓国の言いなりになった日本政府の姿が想像できます。そんな韓国の言いなりであった日本が変わったのは安倍晋三という個人の資質もさることながら、国民世論が政府の後押しをしたことが大きく、それは現政権の対韓政策を国民の7割が支持するというアンケートの数字に表れています(韓国のホワイト国除外について、経産省が今年7月に実施したパブリックコメントの結果は総数4万666件のうち賛成が約95%、反対は約1%であった)。G20大阪サミットで韓国の文在寅大統領(左)を出迎える安倍晋三首相=2019年6月28日、大阪府大阪市住之江区(代表撮影)  おそらく今回、歪な日韓関係を変えようと思っている人たちは日韓GSOMIAが破棄されることを歓迎し、それを機会に韓国とできるだけ距離をとりたいと願っていたのだと思いますが、良い意味でも悪い意味でも期待を裏切ってくれるのが大韓民国という国です。 しかし、今回の結果を前向きにとらえれば、実質的には既に対馬海峡まで下りてきている38度線(防衛線)が名目的にもわが国の眼前まで迫り、韓国軍60万が完全に敵に回るまでの時間稼ぎと考えることもできますが、現在国会で行われていることを見ると、いくら時間を稼いでも無駄なような気がしてため息しか出ません。どう見られても気にしない また今回、韓国が行ったマッチポンプから自爆した一連の騒動はわれわれから見ると「情けない」の一言で言い表せるものですが、彼らは他国からどう見られようが一向に気にしません。 嘘も百回繰り返せば真実になると思い込み、自己主張だけを繰り返す面の皮の厚さは「こんなことをすれば世界からどう見られる」とか「国際社会は云々(うんぬん)」といったように他国の目を過剰に気にするわが国(特に外務省の役人)は、ある程度見習うべきだと思います。という私の感想はさておき、わが国では日韓GSOMIAを破棄しても日本に全く影響がないと言う人もいれば、逆に大問題だと言う人もいるのが実情で、さらに破棄が問題であるという人の中にも日本のためを思っている人と、韓国のためを思って言っている人がいるので問題はやや複雑です。 そこで日韓GSOMIAは、わが国の国益にかなうのか否かという観点から話を進めていきたいと思いますが、古くは日米安保、最近では安保法制など、問題の中身を知らずイメージだけで批判する人も少なくないので、そもそもGSOMIAというものは何なのかという話から始めたいと思います。 GSOMIAというのは「General Security of Military Information Agreement」の頭文字をつなげた略語で、日本語で言うと「軍事情報に関する包括的保全協定」です。一般的には、秘密情報を共有するものと勘違いされている方も少なくありませんが、相手国から提供された情報を他国に漏らさないという約束です。 大ざっぱに言えば「〇〇国のミサイル発射情報を教えるけど、それを他の国には言ってはいけませんよ」というもので、教えたくない情報を教える義務はなく、情報は軍事関連のものに限られますので、一部の人が言う拉致事件に関するものは含まれません。 そして今回の経緯について、日韓どっちもどっちというような言い方で双方が悪いというような言い方をする人もいますが、韓国側から一方的に破棄を宣言してきたものであるということを強調しておきます。 さらに言えば本協定は2016年11月23日に発効されたものですが、その約4年半前の2012年6月29日、日韓GSOMIA締結1時間前に韓国側の一方的な都合で延期された過去があることを忘れてはいけません。つまり、締結も破棄も韓国が自国の都合で一方的に日本を振り回しているのが実情なのです。 また、この問題は日韓だけではなく実質的には日米韓3国の問題であることも理解しておく必要があります。今回、米国が多数の高官を送り込むなど執拗(しつよう)に韓国に対して破棄撤回を求めたのは、米国としては朝鮮半島有事の際に日韓GSOMIAは必要不可欠であるという認識を持っているからです。ホワイトハウスで韓国の文在寅大統領(右から2人目)らを出迎えたトランプ米大統領(同3人目)=2019年4月11日、ワシントン(ロイター=共同) 常に戦争という選択肢を持ち続ける米国は、朝鮮半島有事の際に日韓GSOMIAがなければ日韓が情報を共有するため、米国が両国の橋渡しをしなければならず、一刻を争う緊迫した場面では命取りになりかねないという現実的な懸念を持っているのです。この米国のリアリズムを日本と韓国は共有すべきなのですが、日本の国権の最高機関は「花見」の話でまともな審議が行うことができず、韓国は従北政権と保守派の内戦状態で大混乱、北京と平壌から高笑いが聞こえてきそうです。 そして、決定的なのは軍事的技術的な問題よりも政治的に他国に与える影響の大きさで、本来、朝鮮半島での対立構造は日米韓(自由民主主義)VS露中朝(独裁全体主義)の3対3であったものが、韓国が日韓GSOMIAを破棄することによって事実上日米VS露中朝韓の2対4という図式になってしまうことで、パワーバランスが崩れると紛争が起きるという古来からの教訓に鑑みれば、戦争を望まない米国が必死に阻止するのは当然です。韓国は約束を守るか 技術的から見ても、日本にとって自国を狙う北朝鮮のミサイル情報は多いに越したことはありません。普通に考えれば発射地点の情報は発射地点に近い韓国が、着弾地点の情報は着弾地点に近い日本がより精度の高い情報を持っているわけですから、お互いに情報を共有することはプラスにこそなれマイナスになるはずがありません。 ですから、日韓GSOMIA破棄は日本の国益にとってはマイナスであると言えますが、それは韓国がまともな国で、国と国との約束を守るという前提の話です。果たして韓国が国と国との約束を守るまともな国であるかというと、「日韓基本条約」「日韓漁業協定」「いわゆる慰安婦合意」等々の経緯を見れば、彼の国が日本との約束をまともに守る国だとは誰も言えないでしょう。 国と国との約束だけではなく、イラクで銃弾を供与したときもいろいろと理由をつけて感謝もせず、自衛隊員との記念写真の後ろで竹島のプロパガンダプラカードのようなものを掲げてみたり、昨年の旭日旗掲揚禁止の申し入れや、海上自衛隊の哨戒機に対する火器管制レーダー照射事件など、現場の軍隊においてさえも共に戦うに足る国とはとても思えません。 もっと言えば、本来の主敵である北朝鮮に対するため、陸軍が中心となった防衛政策をとるべきであるにもかかわらず、海軍を増強し、艦船名に「独島」や「安重根」などとわが国に対する挑戦的な名称を付し、日本の領土である竹島周辺において軍事演習を行うなど、わが国を仮想敵国とする態度を見るにつけ、韓国は既に友好国ではないと考えるのが妥当だと思います。 現場で実際に戦う者の身となって考えれば、友軍に裏切られればかなりの確率で壊滅的な打撃を受けるので「関ケ原の戦い」で東軍に寝返ったとされる小早川秀秋のような奴は最初から敵として扱うほうが無難だということです。わが国は昭和20年に日ソ中立条約を結んでいた当時のソ連に停戦の仲介役を頼んだ結果、見事に裏切られ一方的な条約破棄の後に行われた侵略により、国土や国民の生命を奪われたという教訓を忘れてはいけません。 条約や協定というものは約束を守る相手と締結してこそ価値があるものであり、約束を守らない国と約束をしても意味がないということです。特にわが国は相手に約束を守らせる力(軍事力)がなく、力ずくで相手国に約束を守らせることができませんので、条約や協定を結ぶ相手は慎重に選ばなければなりません。 さらに、韓国から得る情報が正しいものであるという保証はなく、逆にわが国の情報が中朝に漏れるという懸念もあります。実際に米国は例年行ってきた米韓軍事演習を実際の演習から机上演習に切り替えたのは経済的な問題だけではなく韓国から北朝鮮に自国の情報が漏れることを恐れたからだという説もあります。 今回の騒動の真相は結局のところ、さすがの韓国も本気の米国には逆らえなかったということなのでしょうが、韓国は「日本が譲歩したから、破棄を一時停止した」と言い張っています。 あくまでも自身の非を認めない姿勢には逆にあっぱれとも言いたくなりますが、日本はここで少しの隙(すき)をも見せてはいけません。ましてや、今回の件が「日本の完全勝利だ」などと浮かれていては足元をすくわれかねません。 あくまで今回の件は韓国が意味なく勝手に拳を振り上げ、米国に脅されやむなく拳を静かに下ろしたというものですから、わが国が勝ったとか負けたとかいう問題ではなく、大騒ぎする必要はありません。 ただし韓国の宣伝工作には気を付け、彼らが嘘を世界に発する度に、それを否定していかなければ「いわゆる従軍慰安婦の問題」のように彼らの嘘が世界に広まってしまいかねません。「対華21カ条要求」で袁世凱中華民国初代大統領にだまされた教訓を生かすべきです。韓国・ソウルで「GSOMIA延長を糾弾する」と抗議する人々=2019年11月22日(共同) また、これを機に「日本も韓国に歩み寄れ」などという人がいますが、とんでもない話で、わが国は一点の非もないのですから1ミリも譲る必要はありません。今回の騒動を見ても分かるように、毅然とした態度をとれば、相手は為す術はないのです。 今後、私が懸念するのは韓国がさまざまな方法で日本に対して嫌がらせをしてきているのに対して、わが国はホワイト国からの除外という一手しか打てていないにもかかわらず、これだけ大騒ぎして、どっちもどっちという雰囲気になれば、日本が次の一手を打ちにくくなることです。崩れるパワーバランス 今でさえ「自称徴用工問題」に関して日本企業の財産が差し押さえられているにもかかわらず、日本側は「日本企業に実質的な被害が出たら報復する」などと、差し押さえという実質的な被害が出ているにもかかわらず、まるで被害がないかのように問題を矮小化して彼らが差し押さえた財産を現金化するまで何もしないかのような態度で、唯一の立法機関である国会は報復措置のために必要な根拠法令の検討も行わず、花見の話に終始しています。 これでは韓国になめられても仕方がありません。今わが国がやるべきことは「自称徴用工問題」などの韓国の嫌がらせに対する報復ではなく、わが国が持つ当然の権利を韓国に対して主張することです。 具体的な項目は下記に列記しますが、いずれも極当たり前のことで、それを今まで行ってこなかったことの方が問題です。◎竹島返還◎「李承晩ライン」に関する犠牲者への謝罪と賠償◎日韓基本条約やウィーン条約などの条約遵守◎いわゆる慰安婦像撤去◎いわゆる慰安婦合意遵守◎知的財産権の保護や著作権法遵守◎反日教育の撤廃◎近隣諸国条項撤廃◎債務の返還◎窃盗品返還◎捏造歴史の拡散中止◎日本に対する内政干渉の禁止◎火器管制レーダー照射、天皇侮辱発言、軍艦旗侮辱に対しての謝罪◎日本から韓国への水産物禁輸解除◎輸出管理厳格化 どうせ彼らは日本の要求に応えることはないでしょうが、ここで大切なのは世界に向けて日本の正当性と彼らの弁明を発信することです。それとは別に国会は韓国が行った差し押さえに対抗するための根拠法令の審議に入り「備えあれば憂いなし」の法制化を急ぐべきです。 今まで日本から韓国に対して何らアクションを起こさなかったから一方的にやられてきたのです。「攻撃は最大の防御」わが国には捏造(ねつぞう)しなくても攻撃材料はたくさんあるのですから、遠慮なくどんどんと正当な要求を突き付けていくべきです。 また、気を付けなければならないのは彼らの譲歩です。彼らは形勢が不利と見るや最小限譲歩し、最大限の利益を得ようとします。人の良い日本人は騙されやすいので、相手が譲歩した途端、こちらも譲歩しなければならないと考え、相手より大きく譲歩してしまいがちですが、よくよく考えてみてください。今回の件も「自称徴用工問題」にしても、彼らが勝手に言い掛かりをつけてきたようなもので、それを撤回したからと言って日本が何かをしなければいけないものではありません。 近隣トラブルに例えると、隣地との境界線で揉めているときに隣家が突然騒音をまき散らし始めた挙げ句、「それを止めるから自分に有利な境界線を認めろ」と言うようなもので、無茶苦茶な話なのです。 ですから今後、GSOMIAや「自称徴用工問題」が少しでも好転したとたんに「韓国に歩み寄るべきだ」というような風潮をマスコミが煽(あお)り、それに政府が迎合して譲歩してしまうことは絶対に避けねばなりません。わが国が目指すべきは、その場しのぎの安易な解決方法ではなく問題の根本的な解決で、ひいては真の日韓友好です。 今回の問題もそうですが、韓国の日本に対する外交姿勢の特徴として、存在しないものを捏造して問題化し、本来の問題から目をそらそうとする傾向があります。レーダー照射事件のときも、火器管制レーダーの照射という問題から低空飛行という存在しない問題に話をすり替え、有耶無耶(うやむや)にしてしまいました。 そんな彼らにもうだまされてはいけません。日韓関係の最大の問題は捏造された「いわゆる従軍慰安婦」や「自称徴用工」ではなく竹島です。政府には、その大原則を念頭に置いて対韓外交を行っていただきたいものです。 日韓GSOMIA破棄は回避されましたが、韓国では従北勢力と親米勢力が対決し、内戦状態になっているだけでなく、文大統領により韓国軍が北朝鮮軍に対して一種の武装解除状態になっています。そのため朝鮮半島のパワーバランスは大きく崩れつつあり、いつ紛争が起きてもおかしくない状態です。韓国の鄭景斗国防相(右端)と会談する河野太郎防衛相(左端)=2019年11月17日、タイ・バンコク(共同) また香港や台湾の情勢に鑑みると中共(中国共産党)が危険な行動に出る可能性もあります。いずれにしても米軍が朝鮮半島から撤退する方向にあり、38度線が対馬海峡まで下りてきつつあるという現状を踏まえると、わが国は一刻も早く憲法改正を行い、自国を自国の力で守ることができる普通の国にならねばなりません。あわせて朝鮮半島有事に備え、拉致被害者の奪還、現地邦人の保護、難民対策等々、喫緊の課題が山積です。いずれの問題も忘れてはならないのが朝鮮半島の背後に控える中共の存在で、目の前の韓国にだけ気を取られ、真の敵を見誤ってはなりません。(文中一部敬称略)

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    「マウンティング韓国」を黙らせる方法

    日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄は土壇場で回避された。だが、負けを認めたくない韓国は「いつでも失効させられる」と、苛立ちを隠せない。ただ、日本に対してむやみにマウント(優位)を取りたがる韓国の言いなりになっていては、健全な関係は築けない。そろそろ日本も本気を出すべきではないか。

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    アメリカをマジギレさせた韓国「GSOMIAファイター」の誤算

    (共同) 実は、金第2次長は22日まで米ワシントンを訪問していた。そのうえで、大統領府で行われる国家安全保障会議(NSC)会合に間に合うように帰国していたのである。 彼を交えたNSC会議で、ワシントンの怒りを報告し「破棄通告停止」を決めたのだから、彼の威信は崩れた。8月のGSOMIA破棄発表の際、彼は「米国の理解を得た」と述べていたが、真っ赤な嘘であった事実が明らかにされたのである。韓国人の血がのぼる「言葉」 米国のポンペオ国務長官は、金第2次長の「米国も理解している」と発言した直後に深い「失望」を表明している。disappointed(失望)は日本語と違い、絶交や人格否定の意味を含む強く激しい言葉だ。 また、21日に米上院で超党派議員が提出したGSOMIAの継続を求める決議を全会一致で採択したのも、協定の破棄回避を決定的にした。政府と議会が一致して韓国を批判したら、誰も韓国を擁護できない。 その恐ろしさに韓国はようやく気がついたわけである。政府と議会が怒る理由は、協定破棄の背後に「超大国中国への韓国の期待と傾斜」「在韓米軍撤退要求で米韓同盟崩壊」を目指す韓国左派の意向があると警戒した。 直前の世論調査で、韓国国民の過半数が協定破棄に賛成した。多くの韓国人は「日本」「軍事」という言葉を目にすると、瞬時に頭に血がのぼる。文大統領はこの感情を利用して、日韓関係の破壊にいそしみ、反米政策を採り続けたのだ。 GSOMIA締結を強く望んでいたのは米国だった。米情報機関によると、米国が入手した機密情報が韓国経由で北朝鮮に流される事実をつかみ、頭を痛めていた。 このため、米国は日本に機密情報の70%以上を教えても、韓国には5割程度しか伝えない、と言われていた。それでも、日本に与えた情報が韓国経由で北朝鮮に伝わることを警戒し、日韓にGSOMIA締結を求めた。 韓国で「左翼」という言葉は新聞報道でも使われず、「革新勢力」「進歩勢力」と呼ばれる。韓国の「左翼」は北朝鮮を支持し同調する人たちの意味で、文在寅政権は明らかに左翼勢力を糾合した政権である。韓国のMBCテレビの番組に生出演し、参加者の質問を受ける文在寅大統領=2019年11月19日、ソウル(聯合=共同) 彼らの多くは、朴正煕(パク・チョンヒ)大統領などの保守政権下で逮捕や拘束され、不利益を受けた人たちだ。1965年に結ばれた日韓基本条約を不平等条約や国際法違反だとして、見直しを求める方針で一致している。 だから、慰安婦問題や徴用工問題で、日本政府に補償や賠償させることで日韓基本条約を骨抜きにし、再交渉につなげる戦略を展開した。その道具として、慰安婦問題と徴用工問題に関する判決が利用された。その先に待つのは米韓同盟の解消だ、と米国は警戒したのである。韓国左派の「こだわり」 文大統領が、GSOMIA破棄を決断した裏には、中国への恐怖と尊敬がある。韓国の歴代政府は、中国の脅威を決して口にすることはない。中国の反発を恐れると同時に、中国がやがて超大国になると展望しているからだ。 「将来の超大国」に対応するためには、日本と米国との関係を徐々に弱体化させる必要がある。特に、日本がアジアの二流国に没落することを期待している。 また、文在寅政権を支える左派勢力が強く意識しているのが、在韓米軍の撤退だ。 韓国の左派勢力は、国家の正統性が北朝鮮にあると考え、「反体制運動」を展開した人々の集まりだ。彼らの考えからすれば、他国の軍隊が駐留する韓国は「独立国家」ではないことになる。一方、北朝鮮は外国軍隊が駐留しないため、真の「独立国家」に位置付けられる。 だから、韓国が本当の独立国家としての正統性を確立するには、在韓米軍の撤退が不可欠だと考えている。韓国政治で絶対に譲れない儒教的価値観が正統性だからだ。 しかも、「北朝鮮が韓国に戦争を仕掛けることはなく、脅威にはならない」と考えている。この安全保障に対する理解が、日米とは全く異なるのだ。 このように、GSOMIAの破棄問題には、文在寅政権と韓国左派が考える日韓基本条約の再交渉と北朝鮮支援、そして対中政策という「三つの期待」が隠されていた。韓国・平沢の米軍基地を訪問した康京和外相(中央)。左はエイブラムス在韓米軍司令官=2019年9月20日(韓国外務省提供・共同) 日本は、「日韓友好」の美名に惑わされずに、韓国に対して冷徹な現実認識で臨む必要があることには変わりない。ただ、外交においては、「文政権と国民を分離する」戦略をとって、韓国国民の反発を買う言動や政策を避けなければならない。 だからこそ今回、韓国から破棄通告の停止を引き出したのは、現実認識と戦略に立った日本と、米国との協力による勝利の証しだといえる。こうして、文外交は全面敗北の道をたどったのである。

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    GSOMIA破棄で示したかった韓国・文政権の野望

    秋元千明(英国王立防衛安全保障研究所アジア本部所長) 韓国が日本と結んでいたGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄したことによって、日本だけではなく米国政府も懸念と失望を表明した。韓国のこの突然の決定は単に日本の輸出管理の強化に対する韓国の報復でしかないのだろうか。その背景には、韓国の文在寅政権が持つ国家的野心が見え隠れしているように思えてならない。 まず念頭に置きたいのは、GSOMIAは秘密情報を保全することを国と国が保証し合う協定であり、国家が所有する情報を無制限で共有することを決めたものではないということである。情報当局者間で必要と判断された情報に限って、情報を共有するものである。したがって、通称Five Eyes(ファイブアイズ)と言われる米国、英国、カナダ、豪州、ニュージーランドの5カ国が結んでいるUKUSA協定のように加盟国がデータベースにアクセスすることによって自由に各国の情報を閲覧できる仕組みにはなっていない。 事実、日本が2016年11月にGSOMIAを韓国と結んで以来、これまでに交換された情報はわずか29件であり、平均して年間10件というのは情報協力関係と呼ぶにはかなり少ない数である。 GSOMIAにかかわらず世界には各国の情報当局同士の協力関係は様々な形で存在しており、特にいわゆる西側各国の情報当局の交流は壮大なネットワークのように構築されている。共通の利益を守るためである。 ところが、この世界の情報コミュニティーの中にあって、韓国の存在感はほとんどない。それは各国が韓国に求める情報が北朝鮮関連に限定されていることや、それ以外の一般的な国際情報を取得したり、分析する韓国の能力はそれほど高くないからである。 それに対して、日本の情報収集能力は通信を傍受して解析する分野ではアジアではトップクラスである。具体的には、1979年2月、中国がベトナムに侵攻した際、中国人民解放軍の越境を真っ先に察知したのは日本の通信諜報であったと言われているし、83年9月、カムチャツカ半島付近の上空で韓国の大韓航空機が消息を絶った事件では、大韓航空機が旧ソビエトの空軍機によって撃墜されたことを最初に確認したのは米国でも韓国でもなく、日本の通信諜報であった。 そして現代、日本は情報衛星という事実上の偵察衛星7基を保有、運用しており、単に通信情報だけでなく、衛星写真など画像情報の収集能力も大きく向上させており、東アジア全域で米国を情報面からも支援している。つまり、日本の情報組織は、朝鮮半島だけを相手にしている韓国とは違って、国際的なインテリジェンス網の一翼を担っている。 そのため、最近では、Five Eyesの枠組みに日本も参加すべきだという意見や、米国と英国と連携し、新たなThree Eyes(スリー・アイズ)を創設すべきだという意見が情報当局者同士の間でしばしば議論されている。 このようにGSOMIAは韓国にとって世界のインテリジェンス網にアクセスできる重要なパイプであったのに、それを自ら遮断するということは合理性を欠いた行為というしかない。2019年9月23日、米ニューヨークで記念撮影に応じるトランプ大統領(右)と韓国の文在寅大統領(聯合=共同) 韓国のGSOMIA破棄について、米国務省報道官は「文政権に対し、協定を破棄すれば米国および同盟諸国の国益に悪影響を及ぼすと繰り返し明確にしてきた。(破棄の決定は)文政権が北東アジアで私たちが直面する深刻な懸案を正しく理解していないことの表れだ」と述べ、これまでになく強い調子で文政権を批判した。しかし、文政権が徴用工や輸出管理の問題でことあるごとに歴史問題を引っ張り出して日本を非難し続ける背景には、歴史問題を利用してなにかを成し遂げようとする別の意図があるように思える。 それはおそらく、韓国をこれまでとは別の国家に変貌させようとする野望、良く言えば野心的な国家戦略のように思える。米国がこれまでにない強い調子で韓国を批判するのもそれを感じ取ってのことのように思える。韓国の重大な地政学的過ち 文政権の外交姿勢は日本の輸出管理強化の問題が起きる前から、明らかにこれまでの韓国の政権とは異なっていた。一口に言えば、親北、親中、離米、反日である。 米国に対しては、文政権は日米が中心になって推進しているインド太平洋戦略にいまだに消極的な姿勢を取っている。それが中国の推進する世界戦略「一帯一路」を牽制するものであるからだろう。また、米国が韓国に配備した迎撃ミサイルTHAADに対して中国が反発し、韓国に様々な経済報復をしたことに対しては、文政権は、ミサイルの配備規模を拡大しない、ミサイル防衛に参加しない、日米韓の連帯を軍事同盟化しないなどと、米国の方針とは相いれない合意を中国と結んだ。最近では米国がロシアとのINF(中距離核兵器)全廃条約を破棄し、将来の中距離核の配備先について打診したところ、文政権は全く関心を示さなかったと言われている。 一方、文政権は中国に対しては極めて寛容である。THAADに反発した中国による経済制裁で韓国の企業が大きな打撃を受けても有効な対抗策を取ることはなかった。また、歴史的に中国は朝鮮戦争に介入して南北を固定化させた責任があるのに、中国に対して反省や謝罪を求めたということは聞いたことがない。 そして、文政権の外交で最も注目されるのが北朝鮮との融和姿勢である。今回の日本の輸出管理の強化に対抗して、文大統領は、2045年に南北を統一して、新国家が日本を追い抜くと明言した。文大統領は政府内部の会合で「南北の経済協力で平和経済を実現すれば、日本を一気に追い抜く」と発言したという。南北が一体となれば日本の経済力を凌駕できるなどと考えるのは科学性を欠いた発言である。 東西冷戦後、旧東側陣営では最も豊かと言われた東ドイツを吸収した西ドイツでさえ、統一後20年以上、EUの協力があったにもかかわらず財政負担にあえいできた。それなのに、ただでさえ経済が悪化している韓国が多くの国民が飢餓に苦しむ北朝鮮を吸収することが可能なのだろうか。日米が相当な協力をしたとしても難しい。中国からの莫大な援助を期待しているのかもしれないが、それは中国に朝鮮半島を事実上売り渡すということになる。 このように文政権は、日本に対しては徹底して威嚇や非難を行って敵対し、米国に対しては機嫌を損ねないよう少しずつ距離を置き、反対に北朝鮮や中国とはこれまで以上に良い関係を築こうとしているように見える。そこから文政権のめざす新しい国家像が透けて見えてくる。つまり、日本や米国とは一線を画し、中国やロシアに近い経済大国を朝鮮半島に作ろうとする野望である。 しかし、現実にそんなことが可能なのだろうか。地政学的視点にたてばその答えは明白にノーである。朝鮮半島は今も昔も地政学の主戦場である。朝鮮半島は数百年もの昔から、大陸内部に拠点を置く国家、通称ランドパワーと海に拠点を置く国家、通称シーパワーのせめぎ合いの場所であった。朝鮮半島の歴史を簡単に俯瞰してみよう。 朝鮮半島には紀元前2世紀頃、最初の国家として衛氏朝鮮が誕生し、その後、高句麗、百済、新羅の三国時代や高麗の時代を経て、14世紀末には朝鮮民族の最後の王朝であり、統一国家である李氏朝鮮が誕生した。その時代は1895年、日清戦争で日本が清を破り、下関条約によって朝鮮を独立国として認めさせるまで続いたが、その間、朝鮮半島の国家はほぼ一貫して、中国の属国である冊封国であった。つまり、朝鮮半島は国家が誕生して以来、中国というランドパワーの支配下に長く置かれていた。 しかし、これは決して安定したものではなかった。16世紀には日本の豊臣秀吉が当時の中国、明の征服を目指して李氏朝鮮に侵攻した。文禄・慶長の役である。これに対して、明は援軍を朝鮮に差し向け、朝鮮半島を舞台にランドパワー・明とシーパワー・日本の間で、休戦期間をはさんで通算3年以上にわたって戦争が続いた。この時代にあって世界的にも類例のない大戦争であった。2019年10月、韓国・大邱の空軍基地で開かれた「国軍の日」式典で最新鋭ステルス戦闘機F35Aを観閲する文在寅大統領(車上右)(共同) 結局、豊臣秀吉の明征服の野望は途中で頓挫し、戦争は終結したが、この時以来、日本は朝鮮半島を大陸進出の出入り口として戦略的に注目するようになり、19世紀後半の日清戦争にまで引き継がれた。日清戦争後、独立を認められた李氏朝鮮は大韓帝国として独立するが、中国の影響力は大幅に低下した。するとロシアが朝鮮半島への進出を狙うようになり、それを認めない日本との間で日露戦争が勃発した。日露戦争は朝鮮半島を経由して海に進出しようとするランドパワー・ロシアと、それを阻止しようとするシーパワー・日本の戦争であった。 その結果、日本が勝利し、大韓帝国と日韓併合条約を結び、韓国を併合した。これによって、シーパワー・日本が朝鮮半島を統治することとなり、その状態が第二次世界大戦による日本の敗戦まで続くことになるが、日本の敗戦が濃厚になると、再びロシア(旧ソビエト)は朝鮮半島東北部に侵攻し、朝鮮半島に関心を示すようになった。不安定化する東アジア そして、第二次世界大戦後、朝鮮半島は南北に分断され、北を支援するランドパワー・中国とロシア、南を支援するシーパワー・アメリカなど西側諸国の間で戦争が起こり、朝鮮半島は日本の支配が終わった後、再び戦火に包まれたのである。 このように朝鮮半島の歴史は勢力圏を朝鮮半島全域に拡大しようとする大陸のランドパワーと、それを阻止しようとする太平洋のシーパワーの衝突の歴史であり、その構図は現代でも基本的には変わっていない。 こうした歴史の事実を振り返れば、地政学上、韓国が発展するには二つの道しかないことがわかる。 それは、太平洋のシーパワーと連帯して大陸のランドパワーに対峙するか、もしくは大陸のランドパワーに寄り添い、太平洋のシーパワーと対峙するかである。実際に現代の韓国がこれまで進んできた道はシーパワーと連帯する道であり、米韓同盟はまさにそのシンボルである。韓国はこれまで米国の核の傘のもと安全を確保し、日本の莫大な経済支援を受けながら経済発展を遂げてきたのであり、日米韓のシーパワーの連帯こそが韓国の発展の源泉であることを忘れてはならない。 ところが、文大統領の国家観は韓国発展の基盤となってきたシーパワーの連帯を否定し、大陸のランドパワーに寄り添おうとしているようにさえ見える。李氏朝鮮時代への回帰である。 地政学を海軍戦略へと発展させた著名な米国の戦略家であり、海軍軍人だったアルフレッド・セイヤー・マハンは100年以上前、次のように説いた。「いかなる国家もランドパワーであるならシーパワーにはなれず、シーパワーであるならランドパワーにはなれない」。このマハンの指摘が正しいことは次のようにすでに近代の歴史が証明している。▼ランドパワーの帝政ロシアはシーパワーになろうと南下政策を進め、日本に撃退された。それを契機に国家の威信が傷つき、革命が起きた。▼ランドパワー・ドイツは二つの世界大戦を通して海岸線を拡張してシーパワーへの転換を図ろうとしたが失敗し、結局、破滅した。▼冷戦時代のランドパワー・旧ソビエトは海洋支配を試みたが、シーパワーの西側諸国との冷戦に敗れ、結局、国家が崩壊した。▼シーパワー・日本は第二次世界大戦前、大陸へ進出し、ランドパワーになろうとしたが失敗し、破滅した。 国家は本来備えている地理的要因からどのような国家になれるかは自ずから限定されており、輸送や通信の技術がいくら進歩しても、その特性は変えられない。その意味で、文政権のめざす新しい国家戦略が最終的にどのような結末を迎えるのか、すでに過去の歴史が明らかにしているところである。 この文政権の地政学的チャレンジに呼応して、大陸のランドパワーは一斉に反応している。日本の輸出規制をめぐって日本と韓国の対立が先鋭化すると、ロシアと中国は7月23日、日本海の上空で共同の軍事演習を始め、戦略爆撃機や早期警戒機を日本の竹島の上空に意図的に進入させた。そこは韓国が防空識別圏を設定している空域であり、日本と韓国の対立をあおり、日米韓の連帯を牽制しようという意図が明確にうかがえる。北朝鮮が5月9日に発射した短距離弾道ミサイル(朝鮮中央通信=共同) また、韓国が8月22日、日本とのGSOMIA破棄を決定すると、北朝鮮は24日、国連安保理決議に違反する短距離弾道ミサイルを発射し、ロシアも同日、北極圏のバレンツ海から最新型のSLBM(潜水艦発射弾道ミサイル)の発射実験を行った。これら一連の出来事が韓国のGSOMIA破棄決定の前後に集中して起きていることは、明らかに大陸のランドパワーが日米韓のシーパワーの連帯に揺さぶりをかけようとして行ったものである。 このように日本の輸出管理の強化に対して、文政権がGSOMIAを破棄し、歴史問題を絡めて日本非難を繰り返していることは、背景に「反日」を利用して韓国を新しい国家に変貌させようとする文大統領の野望があることを強く想起させる。しかし、それは、これまで緊張しつつも安定を維持してきた東アジアに地政学的な大変動をもたらす極めて危険な実験であると言わざるをえない。

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    GSOMIA維持で、韓国は「大人の対応」をしたとの意見が登場

     11月22日、韓国が日韓の軍事情報包括保護協定「GSOMIA」を破棄しないことを発表した。その後、経産省は局長級の対話を再開することを発表。韓国側が輸出管理問題について、WTOへの提訴を中断し、輸出管理改善の意欲を示したことをその理由とした。 しかし、その後韓国大統領府の鄭義溶国家安保室長は経産省の発表は事実と異なり、意図的に歪曲して発表したとして遺憾の意を表明。日本に外交ルートで抗議し、謝罪を受けたと説明。しかし、読売新聞は、「日本の外務省幹部は取材に対し、『そのような事実はない』と否定した」とこれに反論する記事を出した。 経産省は「意図的に歪曲」については24日、ツイッターで「その方針の骨子は、韓国政府と事前にすり合わせたものです」と韓国側の説明を否定。さらに、「外交ルート」をめぐっても大手韓国紙・中央日報の日本語版には〈「謝罪があった」という青瓦台の発表に…日本外務省「そのような事実はない」〉との見出しの記事も登場。記事の中では前出の読売新聞の一説を紹介している。 こうした展開に5ちゃんねるでは〈【いつもの】韓国「抗議したら日本が謝罪した」→日本「そのような事実はない」→韓国「確かに謝罪を受けた」〉というスレッドが立ち上がり、毎度食い違う両国の発表をめぐり意見が次々と書き込まれている。 22日の韓国によるGSOMIA維持決定がこの「言った言わない」騒動の発端だが、そもそものこの決定について「大人の対応」という意見も当時多数ツイッターには書き込まれた。 ツイッターのまとめサイト・togetterには〈「GSOMIAで韓国は『大人の対応』をした」…との評価や、それへの異論など〉というまとめが登場。まとめた人は『「GSOMIA 大人の対応」などで検索してみました。』とこれらのツイートを選んだ方法について言及した。 ここを見ると、元新潟県知事の米山隆一氏の「文大統領偉いじゃないですか」や、元朝日新聞記者の佐藤章氏による「正義への安倍の報復は韓国民や文在寅にとって屈辱だったろうが概ね大人の対応」などが紹介されている。2019年3月10日、ソウルの韓国大統領府で記者団と懇談する(左から)鄭義溶国家安保室長、盧英敏秘書室長ら(共同) 韓国が「大人の対応」をしたという多くの人の声を見ることができる。また、安倍晋三首相のことを「幼稚で恥ずかしい」と書いたり、日本の対応を「幼稚」とする人も。 こうした意見には異論も出ており吉本新喜劇に出演する身長149cmの池乃めだかがチンピラにボコボコにされた後、「よっしゃ、今日はこれぐらいにしといたるわ」と言ってチンピラがズッコケる様を想像すると述べる人も。あとは、日本が韓国による「子供のわがまま」に付き合わなかったとする意見も出ており、異論!反論!OBJECTION状態となっている。関連記事■ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■ベトナムの韓国大使館前に「ライダイハン母子像」建立計画■日韓外交「言った」「言わない」と双方の説明が真逆になる訳■ライダイハン里親「ベトナムには韓国兵相手の買春街あった」■ライダイハン問題 世界が注目するも韓国政府は一切対応せず

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    「GSOMIA狂騒曲」日韓が口をつぐむアメリカの本音

    のミサイル対応を理由に、GSOMIAを維持したいとの考えを韓国に何回も伝えている。だが、文大統領は「安全保障面で信用できないとして輸出管理の優遇措置対象から韓国を外した日本と、軍事情報を共有するのは難しい」と反論してきた。2019年11月15日、ソウルの大統領府でエスパー米国防長官(左から2人目)と握手する文在寅大統領(韓国大統領府提供=共同) これに対する日本の反論は弱々しい。「輸出管理と安全保障は別問題」と反論しているというが、韓国を優遇措置の対象から除外するにあたって、日本政府は徴用工問題への報復措置であることを隠すため、「韓国の対応に、安全保障面で信用できない事態が生まれたからだ」と繰り返し説明した。今になって、別問題だと言っても支離滅裂である。 日韓関係は「同盟」とは呼ばれない。しかし、戦後の日米韓は、北朝鮮をはじめとするアジアの社会主義を標的にした事実上の同盟関係を結んできたと言っても間違いはないだろう。 日本は、いわば準同盟の相手に公然と「軍事面で信用できない」と表明したのである。今になって、日本政府はミサイル問題での日韓連携が必要だと言うが、その連携を崩してきたのが日本なのだ。日本の「脅威」が消えた? しかも、日本がそういう態度をとれたのは、実は本音では、以前ほど北朝鮮を「脅威」と見ていないからではないのか。昨年末、韓国軍によるレーダー照射問題が焦点となった際、韓国が事実関係を認めないことに怒り、問題を公然化したのも日本側だった。 脅威が目の前にあると本気で信じているならば、たとえ準同盟国の言動に問題を感じていても、その脅威の前で暴露するようなことはしない。戦後の日韓はそのような関係だった。安倍政権は、そのようなことはもはや不要だと判断したのである。 つまり、韓国だけでなく日本を見ても、北朝鮮を脅威とした日米韓の結束は転機を迎えているということだ。韓国を軍事面で信用しないと公言する日本政府の「勇み足」も、その実態の反映なのだ。それならば、実体面での変化を素直に受け入れ、変化に対応した新しい外交を目指すべきではないか。 日本はこれまで、国連による北朝鮮人権非難決議の共同提出国に加わっていたが、今回は外れた。「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と無条件で対話したい」という、安倍晋三首相の言明を何とか実現するテコにしたいのであろう。 実は、日本政府も変化に対応した新しい外交を模索しているのだ。ただし、この程度ではインパクトは小さい。北朝鮮からの反応もないようだ。 ならばいっそのこと、GSOMIAの失効をバネにすることで、北朝鮮との関係を再構築すべきではないか。既に述べたように、軍事的正解が必ずしも政治的正解というわけではない。 GSOMIAを延長して、北朝鮮のミサイル情報を瞬時にやり取りすることは、ミサイルからの安全確保上、米国を経由するよりも即時性という点で意味があるだろう。けれども、米国経由でもやり取りできる、つまり軍事面での利益がなくなるわけではないのだから、拉致問題をどう動かすかという点に、知恵と力を使うべきだと思う。 具体的に言おう。日本と韓国は準同盟関係にあるといっても、米韓合同演習に加わっているわけではない。 そういうオモテに見える現実を上手に利用して、「日本は自衛の場合を除き、北朝鮮に対する軍事行動をとるための態勢は一切とらない」という宣言ぐらいしてもいいのではないか。ただ、膠着(こうちゃく)した拉致問題を動かす上で、宣言程度では足らないことを忘れてはならない。2回目の会談後、トランプ米大統領と握手する安倍首相=2019年8月、フランス南西部ビアリッツ(共同) それにしても、日米韓の関係をこれほどゆがませたのは、最近の米国の「迷走」にある。米国は3国関係をどうしたいのか、はっきりさせる必要がある。 GSOMIAの失効期日を前に、エスパー国防長官をはじめ、米高官が何人も韓国入りして説得に当たった様子は壮観とも言えた。韓国を説得できる立場にない日本としては「米国効果」を期待していたであろう。しかし、米国の説得には何の効果もなかったどころか、かえって韓国の自主独立の気概を駆り立てたように見えた。「脳死」する日米韓 それは当然である。この問題を説得するのに、米国以上に不似合いな国はないからだ。 エスパー長官は「GSOMIAが失効すると、北朝鮮や中国に間違ったメッセージを与える」と強調したそうだ。けれども、それが本当に間違っているのであれば、トランプ大統領が発するメッセージは間違っていないとでも言うのか。 冒頭で述べたように、北朝鮮では、国連安保理決議に違反する弾道ミサイルの発射実験が行われている。トランプ大統領は、日本や韓国が当事者となる短距離ミサイルの場合「問題ない」と繰り返し表明している。 GSOMIAで焦点となるのは、どうやってミサイル情報を素早く交換するかだ。だが、トランプ大統領はミサイルの発射自体に問題ないと「お墨付き」を与えているのである。 問題のないミサイルであれば、何のために情報交換がそれほどまでに必要なのか。大統領を説得できない国防長官が、米国の権威をかさに着て、他国を強引に説き伏せるなどみっともないとしか言いようがない。 最近、フランスのマクロン大統領が、北大西洋条約機構(NATO)の現状を「脳死」と表現したことが話題になった。対「イスラム国」(IS)作戦で重要な貢献をした少数民族クルド人でさえ平気で見捨てるトランプ大統領なのだから、「自分の国だけは米国が助けてくれる」とNATO加盟国も思えなくなっているのも無理もないだろう。 実は、日米韓の軍事関係でも同じような事態が進行している。NATOと異なり、心理面での米国依存から抜けきれない日本と韓国だから、いまだに表面化していないだけだ。 今、米国が日本と韓国に対し、米軍駐留経費の負担を、それぞれ現行の4倍、5倍にせよと提案していることが報じられている。一方で、日韓を目がけた北朝鮮のミサイルは問題にしていない。 この現実を目の当たりにして、米国は自国のもうけになるなら駐留するが、もうからない他国防衛には本気ではないと、誰だって本音では思っているはずだ。日韓の政府高官も心の奥で思っていても、何十年もの習慣に縛られて口にできないだけなのだ。2019年7月25日、北朝鮮が発射した「新型戦術誘導兵器」(朝鮮中央通信=共同) だから、どこからどう見ても、今問われているのは「GSOMIAをどうするか」という枝葉末節の問題ではない。「日米韓の関係を今後どうしていくのか」という本質的なことなのだ。 議論すべきは根幹の問題である。より明確に言えば、頼りにならない米国をあてにせず、どうやって日本の防衛戦略を構築していくのか、ということだ。問題点をあぶり出すことができただけ、「GSOMIA狂騒曲」は無意味ではなかったといえるのではないか。

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    敗戦国ニッポンに残された「敵国条項」が命取りになる

    一色正春(元海上保安官) 今回は前回の話を踏まえた上で、わが国の安全保障にぽっかりと空いた穴について説明します。 繰り返しになりますが、領海の外で起こった日本船以外に乗り組む外国人が起こした過失による衝突事件については、日本人が何人死亡しようが、単なる衝突事故であれば、わが国に刑事上の管轄権はありません(国連海洋法条約第九十七条)。ことほど左様に一朝事あれば領海か否かということは非常に重要なわけですが、わが国の領海はどのように定められているのかというと、領海及び接続水域に関する法律の第一条に「我が国の領海は、基線からその外側十二海里の線(中略)までの海域とする」と定められています。しかし、同じ法律内の附則に  当分の間、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡(これらの海域にそれぞれ隣接し、かつ、船舶が通常航行する経路からみてこれらの海域とそれぞれ一体をなすと認められる海域を含む。以下「特定海域」という。)については、第一条の規定は適用せず、特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側三海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする。 という特例があり、これらの海峡や水道の幅は6海里以上あるため両岸から3海里の線を引くと真ん中に領海に含まれない海域が生じます。つまりわが国は国連海洋法条約により沿岸から12海里の幅の海域を領海であると主張できるにもかかわらず、これらの海峡や水道の真ん中に、わざわざ附則により公海を設けているのです。 なぜ、このように自ら主権を制限するかのような条文を盛り込んだのか、平成27年に緒方林太郎衆議院議員が行った「特定海域の必要性、合理性はあるのか」という質問に対する政府の答弁書を引用すると「(前略)海洋国家及び先進工業国として、国際交通の要衝たる海峡における商船、大型タンカーなどの自由な航行を保障することが総合的国益の観点から不可欠であることを踏まえたものである(後略)」と答えています。 要は「他国の船舶の航行の自由のために自国の海峡や水道の真ん中に主権を制限してまで、公海を作り出している」ということで、これを海洋法に詳しくない人が聞けば「日本は他国の利益のために自国の主権を制限しているのか」「いい話ではないか」と思うかもしれませんが、だまされてはいけません。ちなみに主権を制限するという表現に対しては、「元々領海の幅は3海里だった」「もともとあったものを狭めるのではなく、単に広げていないだけだから制限という表現は正しくない」というような屁(へ)理屈をこねています。 そもそも領海であっても国連海洋法条約に十七条 無害通航権 すべての国の船舶は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、この条約に従うことを条件として、領海において無害通航権を有する。 とうたわれているわけですから、商船、大型タンカーなどは領海であろうが公海であろうが自由に航行できるのです。海上保安庁の巡視船から放水を受ける北朝鮮漁船=2018年9月、大和堆周辺(同庁提供) また、同じ答弁書で「国際航行に使用されている海峡」における通過通航に関する制度について述べていますが(話がややこしくなるのでここでは説明しません)、これも方便にすぎません。正当化する理由見つからず では、何が問題なのかと言えば商船、大型タンカーなどではなく核兵器を搭載した艦船がわが国の領海内を通行することです。この行為は国連海洋法条約で禁止されていませんが、わが国には法的拘束力こそないものの国是としている非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず)というものがあり、核兵器を搭載した艦船がわが国領海に入れば、そのうちの一つ「持ち込まさず」に抵触するからです。 ただし、政府は領海及び接続水域に関する法律を作成する過程で行われた審議のときから、先ほど紹介した答弁書のような言い訳をしてきており、非核三原則が原因であることを一貫して否定しています。しかし、平成21年6月22日に配信された共同通信の記事によれば、ある次官経験者の話として「津軽海峡を全部、日本の領海にしたら『米軍艦は核を積んで絶対に通らないんだな』と質問された場合、『積んでいない』と答えなければならない。しかしそれはあまりにもうそ」と言明。「うそをつかないために」公海部分を残したと証言した。別の経験者は「(12海里にして)ゴタゴタするより(公海として)空けたままにして従来通りという方が楽」との打算があったと語った。 とあります。 この5つの海峡や水道を個別に見ると、対馬海峡西水道だけは日本と韓国の双方が領海の幅を3海里に抑えているので合理性はありますが、他の4つについては正当化する理由が見つかりません。 特に宗谷海峡は(樺太がロシアの領土か否かという問題は置いておく)海峡の幅が22・7海里と24海里未満であるため、国連海洋法条約に基づけばわが国は領海の幅を両国の領海基線から等距離にある中間線まで主張することができるのですが、わが国は領海を3海里の幅に設定しています。それに対してロシアは中間線を主張しているためロシアの領海が日本より大きいという非対称な関係になっています。 これは到底「一般商船に対する航行の自由」という理由だけでは説明がつきません。やはり、米ソ(当時)の核兵器を積んでいると思われる艦船の通行のためという説明の方が、説得力があります。  このような国会対策ともいえる理由でわが国の領海が無駄に制限されさまざまな国益が損失しており、問題は多岐にわたります。このため、全てについて説明することは難しいので安全保障上どういう問題があるのかということに絞って話しますと、ここで前述した「領海の外で起こった日本船以外に乗り組む外国人が起こした過失による衝突事件については、日本人が何人死亡しようが、単なる衝突事故であれば、わが国に刑事上の管轄権はありません」という言葉とつながるわけです。水産庁の漁業取締船「おおくに」と衝突した北朝鮮の漁船=2019年10月7日(同庁提供) ただし、この「特定海域」に存在する領海以外の海域は、水産庁の漁業取締船と北朝鮮漁船が衝突した排他的経済水域(EEZ)とは違い、公海であっても国連海洋法条約に規定された接続水域(領海の幅を測定するための基線から24海里以内に沿岸区が設定する海域)です。そのため、国外犯規定のある法令違反の取り締まり以外にも「自国の領土又は領海内における通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令の違反を防止すること」について規制を行うことができます。 平たく言えば密輸、密航や感染症などの防止に関しては規制することができるのですが、逆に言えば、それ以外のことはできないわけですから、仮に津軽海峡や大隅海峡において悪意を持った人間が衝突事故を装って重油を満載したタンカーを沈没させ、油を流出させても故意を立証するのは難しいため、民事はともかく、刑事的な責任を問えないという事態になりかねません。「敵国条項」放置の罪 あのように狭い海峡で油が流出すれば津軽海峡であれば陸奥湾が、大隅海峡であれば錦江湾が油により汚染され漁業者が壊滅的な被害を受けるだけではなく、油の回収費用も莫大(ばくだい)な金額に上ります。ちなみに、ロシア船籍タンカー「ナホトカ号」の重油流出事故の被害請求総額は358億円(最終査定は261億円)でした。 もっと極端なことを言えば、日本と敵対する国が軍事演習や通信傍受、妨害電波の発信といった敵対行動をとっても実務上はともかく、国連海洋法条約を根拠に非難することはできません。ここまで飛躍した話は今のところ起こり得ないとは思いますが、今後、国際情勢が変化し、近隣諸国との関係が悪化すれば、日本を挑発するために行われないとは言い切れません。 現状、特定海域内の公海において潜水艦が潜航したまま通行することや、上空も領空ではないため、航空機の通行が自由に行うことができますが、これについてはわが国が領海の幅を一律12海里にして海峡や水道全体が自国の領海になっても、おそらく国連海洋法条約の「国際航行に使用されている海峡」という制度が適用されるため、一般的な領海を通行する際の無害通航権より権利の強い通過航行権というものが発生しますので、実務上変わりはありません。 しかし領海であれば管轄権の問題などで公海に比べると法的なわが国の権利が認められやすくなるので、変えなくてもよいという話ではありません。その他にも、この抜け穴を利用してわが国を攻撃する方法はありますが、あまり詳しく書くと実行される恐れがあるのでここら辺にしておきます。 わが国の問題は、前回、例に挙げた公海上を航行中のパナマ船籍タンカー内で起こった殺人事件のように、事が起こってから法令をつくる泥縄式が非常に多いことで、今般の中共(中国共産党)の海洋調査船の件でも、外国船がわが国の領海内で海洋調査を行うことを阻止する国内法がないということを実際に調査船が来てから気づく有様(ありさま)です。 わが国は法治国家なので隣国のように遡及(そきゅう)して法令を適用することができないのですから、国会議員の皆さま方にはぜひとも予見される危機に対応できるような立法措置をお願いしたいところです。 私の知る限り、両岸が自国であるにもかかわらず、あえて領海の幅を制限してまで海峡や水道内に公海を意図的に作り出している国はありません。 喫緊の課題というわけではありませんが、国連の「敵国条項」が、東シナ海が今ほど騒がしくない1995年に「死文化しており現実に与える影響は極めて軽微である」として放置された結果、日本を侵略しようとしている国に悪用される恐れが現実となっている現状に鑑みれば、改正できるときに改正しておかねば、後日に禍根を残すことになりかねません。観閲する(右から)安倍晋三首相、秋元司国交副大臣、中島敏海上保安庁長官=2018年5月20日、東京湾、巡視船「やしま」艦上(酒巻俊介撮影) 多くの国では領土をめぐって他国と血で血を洗う争いを行ってきた過去があるため、このように合理的理由もなく自らの主権を制限する行為は起こり得ません。それに比べると、良い悪いは別にして日本人は陸地の国境線というものを持たないためか、国境や領域に対する意識が低いように感じられます。いずれにしても、この件で一番問題なのは、この事実を多くの国民が知らないことです。

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    悪質な北朝鮮船に「放水」しかできない日本が情けない

    形で終わりそうです。 しかし、この事件は北朝鮮によるわが国の主権侵害という問題だけではなく、わが国の安全保障にぽっかりと空いている穴を浮かび上がらせてくれました。その穴が何なのかという話の前に、今回の事件における問題点を整理しますが、誤解がないよう用語の説明から始めたいと思います。 まず、排他的経済水域(EEZ)というのは公海であり、国際法上、主権が及ぶのは領域(領土、領海、領空)に限られ、公海というものは、どこの国にも属さない自由な海です。接続水域やEEZというのは「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)によって、例外的に沿岸国の一部の権利のみが保障されているにすぎません。 では、今回の事件のように公海上で船籍の異なる船が衝突した場合は誰が裁くのかというと、国連海洋法条約で下記のように定められています。第九十七条 衝突その他の航行上の事故に関する刑事裁判権 1 公海上の船舶につき衝突その他の航行上の事故が生じた場合において、船長その他当該船舶に勤務する者の刑事上又は懲戒上の責任が問われるときは、これらの者に対する刑事上又は懲戒上の手続は、当該船舶の旗国又はこれらの者が属する国の司法当局又は行政当局においてのみとることができる。 これを今回のケースに当てはめれば、わが国の官憲は水産庁の漁業取締船の乗組員に対しては司法権を行使できますが、北朝鮮の漁船乗組員に対しては行使することはできず、北朝鮮漁船の乗組員を裁くのは北朝鮮国家であるということです。 北朝鮮国家が自国の漁船乗組員に対して、どのような処置をとるのかは分かりませんが、おそらく水産庁漁業取締船の乗組員は日本国海上保安庁の捜査を受け、よほどのことがなければ、不起訴になるとは思いますが、業務上過失往来危険容疑で書類送検されるでしょう。北朝鮮の漁船(水産庁提供) このように、衝突事件に関しては、わが国の官憲は北朝鮮漁船乗組員に対して事実上何もできませんが、果たして他に方法がないのかということを考えてみましょう。 まず、現場はわが国が主張するEEZであることから、「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律」(EEZ漁業法)の適用が考えられます。穴を突かれる可能性も なお、北朝鮮は国連海洋法条約を批准しておらず(米国も同様に批准していない)、そもそもわが国のEEZを認めていません。その上、わが国との間には国交がなく、日中や日韓のように漁業などに関する協定を結んでいないため、細かい話をすると国際法上ややこしいのですが、本稿は厳密な法律論を述べることを目的としておりませんので、世界中で160カ国以上が締結している国連海洋法条約をベースにわが国の立場で話を進めていきます。 今回のケースは漁船が沈没してしまったため、おそらく違法操業に関する決定的な物的証拠を押さえられていないと思われます。たとえ漁船が沈没していても、映像などの証拠があれば法令上は検挙することは可能なのですが、有罪率99%を誇る完璧主義なわが国の検察はそれだけでは、なかなか起訴してくれません。ですから実務上、このようなケースにおいて違法操業の容疑で検挙することは難しいので、考えられるのはEEZ漁業法の第十五条の二 漁業監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、漁場、船舶、事業場、事務所、倉庫等に立ち入り、その状況若しくは帳簿書類その他の物件を検査し、又は関係者に対し質問をすることができる。第十八条の二 第十五条の二第一項の規定による漁業監督官の検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又はその質問に対し答弁をせず、若しくは虚偽の陳述をした者は、三百万円以下の罰金に処する。 の罰条です。北朝鮮漁船は水産庁の船に自ら体当たりしてきたので、漁業監督官の検査を拒み、妨げ、もしくは忌避した可能性が高いのですが、問題は漁業監督官に検査を行う意思があったのか、あったとすれば、その意思を相手に明確に伝えていたのかが争点になり、かつ、それが映像などで記録されていなければ、同様の理由で検挙することは難しいです。 また、物理的に60人もの人間(北朝鮮は徴兵制なのでほぼ軍隊経験者であり、どのような武器を隠し持っているかも分からず、しかも衛生環境が悪いので、どのような感染症に罹患(りかん)しているかも分からない)を、狭い船内に確保することは、相当のリスクを負います。 さらに、日本に入国させるとなると法務省入国管理局(入管)、検疫、税関などの手続き、拘束すれば食と住の手当てだけではなく監視する人員、嫌疑不十分となれば帰りの飛行機の手配など、手間のかかることばかりです。それだけではなく、取り調べなどの捜査に、ただでさえ足りない人員や船舶を割かれるため通常業務に支障が出るだけでなく、その穴を突かれ、結果的に違法操業が増える可能性もあります。漁業取締船「おおくに」船首下部の突起部分を調べる第9管区海上保安本部の職員=2019年10月8日、新潟港 リーズナブルに考えると、その場で「無罪放免」するのが一番ですから、今回、北朝鮮漁船の乗組員を、その場で帰してしまったことは、ある意味では正しいと言えます。しかし、司法手続きを費用対効果だけで考えれば治安が保たれません。今回、北朝鮮漁船はわが国の公船である水産庁の取締船に対して故意に体当たりしてきたのですから、わが国の主権に対する明白な挑戦と真摯(しんし)に受け止め、厳正な対応をとらねばなりませんでした。痛めつけられてきた漁民 今回の対応が前例となり「日本の船から何か言われても、ぶつければよい」と思われれば、公船は言うに及ばず日本の漁船に対しても体当たりをしてくるかもしれません。実際に接近してこなくても威嚇だけで日本の漁師は、多大なプレッシャーを感じるでしょうし、最も懸念されるのが、今後、水産庁の腰が引けてしまうことです。 それでなくとも彼らはわが国の公船が、放水しかしないことを分かっているので軽く見ている節があり、わが国のEEZ内において公船が自国の領域であることを主張しながら小銃によりわが国の船に対して威嚇するほどです。そんなことは中共(中国共産党)でもやりませんし、何よりも北朝鮮はわが国の同胞を何百人も奪ったままの国であることを忘れてはいけません。 では、どうすればよかったのかというと、現行法で考えられるのは刑法の殺人未遂罪の適用です。刑法は基本的に国内の犯罪を取り締まるためのもので、かつては日本人が被害者の殺人事件でも発生場所が国外であれば、根拠法令がないため犯人の身柄を拘束するなど、わが国単独では強制力を行使できませんでしたが、ある事件をきっかけに刑法が改正されました。 それは平成14年にわが国の海運会社の現地法人が所有し運航するパナマ船籍タンカーの船内で起きた、日本人が被害者となった殺人事件です。発生場所が公海上であるためパナマ国内で発生したとみなされ、その直後に同船が日本に入港してきたにもかかわらず、海上保安庁は刑事裁判管轄権を持つパナマから委託を受けるという形での捜査協力しか行えませんでした。 結果としてフィリピン国籍の犯人は旗国であるパナマに移送され、現地の裁判所で無罪判決が下されました。そして、それを受けた海運業界から法令改正を要求する声が高まり、その翌年に刑法が改正され「殺人の罪及びその未遂罪」については日本国外においても日本国民に対して行われた場合には適用されるようになりました。 単なる衝突事件ではわが国に管轄権がないことは前述しましたが、今回は故意に船をぶつけてきたわけですからここで舵(かじ)を切れば、水産庁の船に衝突するだろう       ↓衝突すれば、水産庁の船が沈むかもしれない       ↓船が沈めば人が死ぬかもしれない       ↓別に相手が死んでもかまわない という「未必の故意」を立証すれば立件可能です。実務的にはかなり難しい、いわゆる「無理筋」ですが、相手は国際法の枠外でわが国に対してくる国なのですから、教科書通りに法令を順守する優等生的対応では限界があります。実際問題として他国では似たようなことがしばしば行われており、わが国の漁民は、そうやって散々痛めつけられてきました。大和堆周辺で北朝鮮漁船に放水する海上保安庁の巡視船=2018年11月(同庁提供) 何よりも北朝鮮漁船乗組員を拘束することで拉致問題に何らかのプラス効果があったと思われます。少なくとも、現場で「無罪放免]したことにより、北朝鮮から侮られることはあっても感謝されることはありません。最低でも、救助治療を名目に日本国内に連れていき、日本の社会の様子を見せて返すだけでも北朝鮮にダメージを与えることができたはずです。 現政権は拉致問題が最重要課題と考えるのであれば、今後は今回のような甘い対応ではなく、片っ端から拿捕(だほ)するくらいの姿勢で臨んでいただきたいものです。実務上、難しい面もあるとは思いますが、ロシアは今年の9月に5隻の北朝鮮漁船を拿捕し、300人以上の乗組員を拘束しています。ロシアにできることが日本にできないわけはありません。トップがやる気を見せれば日本の優秀な現場は動くのです。次回は、わが国の安全保障を脅かす「抜け穴」について説明します。

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    何もできぬ自衛隊「ホルムズ海峡派遣」のリスクは思うほど甘くない

    、政府は安倍晋三総理、菅義偉(よしひで)官房長官、茂木敏充外務大臣、河野太郎防衛大臣らが出席した国家安全保障会議(NSC)の4大臣会合を開催した。会議後の記者会見で菅官房長官は、以下の発表文を読み上げた。国家安全保障会議などにおいて、総理を含む関係閣僚の間で行った議論を踏まえ、我が国として中東地域における平和と安定及び我が国に関係する船舶の安全の確保のために、独自の取組を行っていく。首相官邸ホームページ その上で「情報収集態勢強化のための自衛隊アセットの活用に係る具体的な検討の開始」との方針を掲げ、こう述べた。活動の地理的範囲については、オマーン湾・アラビア海の北部の公海及びバブ・エル・マンデブ海峡の東側の公海を中心に検討をします。今回の派遣の目的は情報収集態勢の強化であり、防衛省設置法上の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」として実施することを考えます。首相官邸ホームページ これをNHKは「活動範囲については、オマーン湾と、アラビア海の北部、イエメン沖を中心に検討するとしています」と報じ、朝日新聞も翌日付朝刊1面トップ記事で「派遣先としてホルムズ海峡東側の『オマーン湾』のほか、『アラビア海北部の公海』『バブルマンデブ海峡東側の公海』を挙げた」と報じた。いずれの報道も、オマーン湾とアラビア海の北部を別の海域として扱っている。 だが、もし別の海域なら、政府発表文は「オマーン湾、アラビア海」云々と、最初を「・」ではなく「、」と読点(コンマ)で区切るはずだ。そうなっていない以上、並列する二つの語句を接続したとみなすのが「霞が関文法」である。 …のはずだが、なぜか、直後の河野防衛相の記者会見では、「活動の地理的範囲については、オマーン湾・アラビア海北部並びにバブ・エル・マンデブ海峡東側の公海を中心に検討していきます」と公表された(防衛省公式サイト)。 公用文で「並びに」は、「及び」を用いて並列した語句を、さらに大きく併合する際に用いる。見ての通り上記引用に「及び」はなく、理解に苦しむ。まさかとは思うが、官邸と防衛省で想定海域がずれているということなのか…。いずれにせよ、重大な問題にしては、稚拙な会見である。 はたして政府が想定している派遣海域は具体的にどこなのか。派遣される海上自衛隊の部隊にとっては、それこそが最大の問題となる。 政府が公表した通り「オマーン湾・アラビア海」なのか、それともNHK以下マスコミが報じたように「オマーン湾と、アラビア海」なのか。けっして些細な違いではない。ホルムズ海峡付近で攻撃を受けて火災を起こし、オマーン湾で煙を上げるタンカー=6月(AP=共同) もし、マスコミが報じた通り「アラビア海の北部の公海」とは別に、「オマーン湾」への派遣が検討されているなら、それはホルムズ海峡の東側に隣接する海域であり、その分リスクも増す。 菅官房長官の記者会見では、質疑応答の冒頭、「想定されるリスク」についての質問が飛んだが、その質問には最後まで答えなかった(記者からもさらに問う質問は出なかった)。また「なし崩し」でやるのか 同様に、記者会見の質疑応答では、菅官房長官が説明した派遣の法的根拠では「権限が限られているとの指摘がありますが」との質問も出たが、「いずれにせよ今後、検討する」とだけ応じ、具体的な回答はなかった。 菅官房長官が説明した通り、政府は、防衛省設置法上の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」として実施する。だが、本当にそれでよいのか。実は「権限が限られている」どころの話ではない。社説で「武器使用は正当防衛や緊急避難に限られる」と書いた新聞もあるが、それも違う。正確には、武器使用を含め、何もできない。 なるほど防衛省設置法の第4条は「防衛省は、次に掲げる事務をつかさどる。(中略)所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと(以下略)」と定める。 同様に、法務省設置法第4条も「法務省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。(中略)法務に関する調査及び研究に関すること(以下略)」と定める。その他、各省の設置法に同様の規定がある。当たり前だが、護衛艦の派遣や、いわんや武器使用を想定した条項ではない。 そもそも上記新聞が書いたように「自衛隊が日本周辺などで警戒監視活動を行っている規定である」。法律上は「自己」に加えて「他人」も守れる「正当防衛」を理由に、これで武器を使用できるのなら、大騒ぎして平和安全法制を整備する必要などなかったことになろう。 おそらく政府は、現地で武器使用の必要が生じた場合は、自衛隊法第95条による「武器等防護のための武器使用」と説明する腹案に違いない。上記社説もその認識を述べたのであろう。 あるいは、現地の情勢変化を見極めながら、新たな閣議決定に基づき、より適切な法的根拠に変更するつもりなのかもしれない。ホルムズ海峡付近への自衛隊派遣検討について、会見で記者の質問に答える菅義偉官房長官=2019年10月18日、首相官邸(春名中撮影) ならば、それを人は「なし崩し」と呼ぶ。それこそ「いつか来た道」ではないのか。 いずれにせよ、私が予測した通りの展開となった。たとえば近日発売予定の『2020年の論点100』(文藝春秋)の特集「シミュレーション令和X年 戦争への道」に掲載される拙稿で、こう書いた。 平成から「積極的平和主義」を掲げてきた日本政府に、自衛隊を派遣しない選択肢はなかった。とはいえ、防衛出動のハードルは高い。やむなく政府は、防衛省設置法の「調査研究」名目で、イージス型護衛艦や哨戒機を派遣した。(中略)かくして自衛隊が平成から積み重ねてきた「犠牲者ゼロ」の海外派遣実績は、あえなく幕を閉じた。 せめて最後の幕だけは、私のシミュレーションを裏切る舞台で終わってほしい。心から、そう願う。

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    戦争をしないトランプが日本にとって「不都合」な理由

    しれない。しかし最初に述べたような理由で軍事攻撃を行うよりはベターと思われる。 もしボルトン氏が国家安全保障会議(NSC)の大統領補佐官を続けていたとしたら今回の石油施設攻撃を契機に一気に対イラン戦争が起こったかもしれない。しかし石油施設の攻撃は、彼の解任から数日後に起こった。そしてイランへの金融制裁などが決定される2日前の9月18日に後任のロバート・オブライエン氏が大統領補佐官になっている。 オブライエン氏はボルトン氏が国連大使時代に副官として仕え、歴代の共和党大統領候補の選挙参謀も勤めたタカ派に近い人物ではある。しかし基本的には在野の弁護士としての業績や経歴の方が大きく、トランプ政権になってからも国務省の国際人質救出交渉担当者として辣腕(らつわん)を振るった。つまり米国人を人質にするような国際テロ組織の問題には精通していると思われる。 そして基本的には交渉人タイプの人材なので、ボルトン氏のように自らの意見を推し進める(そのためにNSC内部の決定プロセスを不透明化する)のとは違い、NSCの決定プロセスを重視するだろうと言われている。 就任2日で、どれくらい影響があったかは分からないが、このような決定スタイルが、この度の金融制裁などには適していることは確かだろう。 ボルトン氏からオブライエン氏に大統領補佐官が交代する期間に、サウジでの石油施設攻撃が起こっている。何か大きな力が働いたのかもしれない。こう考えてみるとアクシデントがない限り当面はイラン戦争はないと考えてよいだろう。スウェーデン・ストックホルムを訪れたオブライエン米大統領特使(AP=共同) だが、それは日本にとって、望ましいわけではない。この金融制裁や今までの石油輸出への制裁が続いて、しかしイランが米国となかなか妥協しない、あるいはイラン政府が倒れない状況が、長く続いたとすると、今年の年末くらいから、1バレル80ドルに近い石油の値上がりが起こる可能性がある。 世界の国内総生産(GDP)の1・2%を占めるイランの経済が大打撃を受ければ、その影響が世界経済に出るからである。これは今の米中間の貿易戦争と同じ0・2~0・3%も世界のGDPを縮小させる。特に中東の石油や経済への依存度が高い日本経済には、はるかに大きなダメージが予想されるように思う。 では日本は、どうしたらいいのか? たとえ苦しい時期はあっても、米国のイラン金融制裁に積極的に協力し、イランを妥協ないし崩壊に追い込むしかないと思う。 米国に逆らってイランと石油などで取引しても、あるいは石油の備蓄を増やしたりしても、米国の金融制裁の世界のGDPなどへの影響は打ち消せない。いずれにしても日本は米国との関係なしに世界では生きて行けない。 特に今回の金融制裁のターゲットが核開発阻止だけなら英仏独などと協力できなくはないかもしれないが、テロ対策が真の目的であることが明確になってきたので、ますます積極的に協力せざるを得ない。また、積極的な協力を正当化できるとも言える。具体的にはイランの金融機関の秘密口座開設の取り締まりなどが重要だろう。 その結果として時間はかかってもイランの現政権が米国に協力的になり、あるいは崩壊してイランが民主化されれば、それがテロ対策も含めて日本にとっても最も望ましい最終的解決になるだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057

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    ボルトン解任で「日本の核武装」が現実的になった

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 9月10日、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が解任された。その深層を分析してみると、トランプ政権の実態が見えてくる。そして、それは日米安保の大幅な見直しにもつながっていく可能性が極めて高いのである。 そもそもボルトン氏が前任者のマクマスター氏に代わって国家安全保障会議(NSC)の大統領補佐官になったのは、ポンペオ氏が中央情報局(CIA)長官からティラーソン氏に代わって国務長官になるのと、ほとんど同時だった。部下を戦死させたくない制服軍人のマクマスター氏と石油会社の社長だったティラーソン氏は、共に対イラン強硬路線に反対だった。 ボルトン、ポンペオ両氏は、共にタカ派として知られていた。北朝鮮に対しても先制攻撃論者だったが、二人ともNSCの大統領補佐官や国務長官に任命される前後から、トランプ政権が目指していた北朝鮮との対話路線に積極的になった。つまり、この人事は明らかに対イラン強硬派シフトであったのだ。 日本にとっては残念ながら、この段階で少なくともイラン問題が米国の目から見て解決するまで「二正面作戦」を避けるためにも、北朝鮮とは融和路線を進むことが、トランプ政権の方針だった。 だがトランプ政権は、サウジアラビア人記者、カショギ氏殺害事件を契機として、サウジの協力を得るのが難しくなった。欧州(おうしゅう)諸国を巻き込んだ対イラン有志連合の形成にも手間取っている。いずれにしてもトランプ大統領は、少なくとも2020年の再選までは、流血の大惨事を避けたいと本気で考えているようである。 と言うよりも、トランプ氏はこれまでワシントン既成勢力が行ってきた政治を改め、例えば外交に関しては過度な世界への介入を止めることを主張して大統領になった。そして、マクマスター氏ら制服軍人を含めた既存のワシントンの官僚や政治家を徐々に廃して、この公約の方向に自らの政権を変化させてきた。 ところが、ボルトン氏は印象とは違って、トランプ政権の中では珍しいくらいのワシントン既成勢力派だった。その中では最もタカ派的で、また個人としては真面目な理想主義者だったにすぎない。 それに対して、ポンペオ氏は2010年に下院議員になった元弁護士で、しかも将来は大統領の地位を狙っているとも言われている。ポンペオ氏がトランプ氏の方針に忠実だったのは当然だったかもしれない。 実は、ボルトン氏もこれまで多くの同僚たちとの摩擦が問題になったことはあっても、上司との関係は常に良好だった。しかし年齢も70歳。国家に対する最後の奉仕という気持ちもあったかもしれないし、いずれにしても個人としては実に真面目な理想主義者である。そのため、ボルトン氏は次第にトランプ氏の思惑を外れて対イラン、対北朝鮮その他で、強硬路線をひた走り始めた。 ここで同氏がワシントン既成政治派だったことの影響が出てくる。多くの元同僚を集めることで、NSCを彼は乗っ取ってしまったのだ。イランへの限定的空爆が行われそうになったのも、ボルトン氏がトランプ大統領に正確な情報―100人規模の戦死者が出ることなどを直前まで知らせなかったためだった。このような状況は、その数カ月前から始まっていた。 やはりワシントン既成勢力の一員というべき制服軍人のマティス氏が国防長官を解任されてから、国防長官代行だったシャナハン氏は、民間企業出身でワシントン政治に慣れていなかった。そのためボルトン氏に影響されることが多かった。 そこでシャナハン氏を解任し、ポンペオ氏と学生時代から親しいエスパー氏が国防長官に任命される人事が、イラン空爆の直前に行われた。そこでイラン空爆が直前に中止された経緯がある。ボルトン氏の後任候補 実はエスパー氏も制服軍人なのだが、少なくとも対中強硬派で、しかも宇宙軍創設には積極論者だった。ワシントン既成勢力である古いタイプの軍人や国防省官僚らが、ポストの奪い合いなどを嫌って宇宙軍創設に反対しているうちに、米国は宇宙軍で中国やロシアに後れをとってしまっていた。そこで宇宙軍を創設することもワシントン既成勢力打破を目的とするトランプ政権の重要な役割だった。 それを任されていたのが、ボーイングの元副社長で、理系でキャリアを積んだシャナハン氏だった。彼であれば制服軍人以上に上手くできたかもしれない。 さらに、仮に日米安保の大幅な見直しが行われることがあれば、どの在日米軍基地が本当に米国にとって必要で、どれは撤退させてもよい―といった計算も、コンピューターのプロである彼であれば、できるだけ多くの基地を守りたい制服軍人よりも的確にできただろう。 しかし、理系の彼はワシントン政治のプロであるボルトン氏に影響されすぎた。そこでシャナハン氏も解任され、ポンペオ氏に近く、部下を戦死させることを嫌う制服軍人であるエスパー氏が国防長官になった。これはボルトン氏とのバランスをとるためだったと思われる。 しかし、ボルトン氏は自らの理想と信念をひた走り続けた。イラン、北朝鮮、日本であまり報道されていないベネズエラなどに対して、これまで以上に強硬路線を主張した。そのため軍事境界線で行われた3回目の米朝会談のときは、モンゴルに出張させられていたほどである。 このような摩擦が何度も続き、ボルトン氏の解任の最後の決め手になったのは、9月7日、数日後に予定されていたアフガンのタリバン勢力とのキャンプデービッド和平協議を、トランプ政権がキャンセルせざるを得なくなったことだと言われている。これはテロ勢力との和解に反対する強硬派のボルトン氏によるリークも大きな原因の一つであるとワシントンでは考えられている。 このアフガンからの撤退問題に関しては、トランプ氏は大統領になる前から、正規軍を民間軍事会社に置き換えることを構想している。それは当然、制服軍人を中心としたワシントン既成勢力が嫌うことである。リークはボルトン氏からだけのものだったのだろうか? いずれにしても副補佐官、クッパーマン氏がしばらくは大統領補佐官代行になることになった。ボルトン氏に近すぎる彼が正式に大統領補佐官になる可能性は低いが、ないとは言えないようにも思う。彼はシャナハン氏と同様、ボーイングと非常に縁深く、宇宙軍の創設や世界の米軍展開見直しなどにおける活躍が期待できるからである。ホワイトハウスの執務室でトランプ米大統領(左)の話を聞くボルトン大統領補佐官=2019年8月20日、ワシントン(ゲッティ=共同) ほかにボルトン氏の後任として名前が挙がっているのは、みな今までイランや北朝鮮との対話路線で活動してきた人ばかりである。いずれにしても、今後のトランプ政権はアクシデントがない限り、当面はイランとも北朝鮮とも対話路線でいくことになるだろう。 その結果として、米国まで届く核ミサイルさえ持たなければ、核武装したままの北朝鮮と米国が和解する事態も考えられないわけではない。そうなれば日本は北朝鮮の核の脅威に常に曝(さら)されることになる。日米安保見直しの可能性 ボルトン氏がいてくれれば、日本に味方してくれるのに―と考える日本の保守派は多いかもしれない。しかし、そう一概には言えないだろう。 ボルトン氏は米国の愛国者で米国の国益を何よりも重視してきた。日本が国連安保理常任理事国になることを積極的に支援し始めたのも、彼が主導したイラク戦争が中国の反対で国連による容認決議がとれなくなってからであり、ブッシュ一世政権時代は湾岸戦争に中国も国連で容認したこともあり、その後の日本の安保理常任理事国入りに積極的ではなかった。 拉致問題に非常に積極的に協力してくれたのも、北朝鮮を追い詰めるための手段だ。そしてボルトン氏も実は沖縄米軍基地撤退論者だったはずなのである! この最後の問題も、私のワシントン時代の経験からすると、制服軍人以外のワシントン既成勢力―特に国務省の官僚の共通認識に実は、なってしまっているように思う。ボルトン氏と言えどもワシントン既成勢力の、それも国務省高官の一人である。 そのワシントン既成勢力を打倒することが歴史的使命であるトランプ政権もまた、米国が世界に広げすぎた手を縮めて、その分の予算で国内の格差問題などに注力することが目的だ。 そう考えると、シャナハン氏、クッパーマン氏といった理系のプロ的な人々が、米国の外交政策を取り仕切るようになったときが、米国が日本に日米安保の大幅な見直しを要求してくるときなのではないかと思う。 その際に米国は、核を持ったままの北朝鮮と和解し、日本は常に北朝鮮による核の脅威の下におかれるかもしれない。 日本は、それに備えて憲法を改正し、軍事力を増強するしかないだろう。だが日本の力だけで足りるだろうか? 一縷(いちる)の望みは今の米国の「反中」は本気だということだ。南シナ海でも航行の自由作戦を繰り返し、ボルトン氏の沖縄米軍撤退論も、その替わりに台湾に米軍基地を置くことを主張していた。中国だけではなく、中東方面での有事を考えるとき、在日米軍基地はロジスティクスの拠点として重要なものも多く、そんなに多くの在日米軍基地を削減できるか疑問もある。 今の米中の経済摩擦は、単なる貿易や技術の問題だけではない。通信技術の問題は、軍事力による世界覇権―特に宇宙軍やサイバーの問題と密接に関係している。 むしろここに、日本が米国に協力できる部分があるのではないか? 技術的な問題の一部だとしても、日米共同の宇宙戦やサイバー戦が行えるようになれば、中国や北朝鮮の核の脅威も低減させることができるかもしれない。 いずれにしても米国から購入するような形でも、もう日本も核武装も考える時期だと思う。それはワシントン既成勢力が、最も嫌がることではある。しかし彼らを打倒する歴史的使命を帯びたトランプ氏は、2016年の予備選挙の最中に一度とはいえ、口に出しているのだ。会談の前に握手するボルトン米大統領補佐官(右)と河野太郎外相(当時)=2019年7月22日、東京都千代田区の外務省(佐藤徳昭撮影) もし実はワシントン既成勢力の一員だったボルトン氏が、大統領補佐官のままだったら、それを許してくれただろうか? 今回の「ボルトン失脚劇」は、タカ派とハト派の対立というより、ワシントン既成勢力とトランプ改革政治の対立だった。いずれにしても制服軍人以外は、両者共にそろそろ在日米軍基地の大幅な見直しを考えていることは共通している。 しかしトランプ氏には日本の核武装も含めた既成勢力とは異なるビジョンがある。これからも日本はトランプ政権の人事その他の動向を注視し、その先手を打って協力するようにしていかなければ、世界の中で生き残ることができなくなってしまうだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057■宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない■トランプ政権誕生を暗示した?三島由紀夫「50年後」の予言■「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

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    韓国GSOMIA破棄、懸念表明の裏で「歓迎」する日米のホンネ

    機に射撃用レーダーを照射、威嚇して追い払った。いわゆる「韓国レーダー照射事件」だが、これにより日韓の安全保障上の信頼関係は完全に崩壊したと言ってもいい。 どういうことかと言えば、まず、通常なら漂流する船舶は救難信号を出すはずなのに、北朝鮮の船舶は出していなかった。にもかかわらず、韓国はこの船舶の異常を知り、保護したのだから、北朝鮮からの依頼を受けたとしか考えられない。 しかも、救難活動は情報を公開し、各国が協力して行わなければならないのが国際法の常識なのに、日本の哨戒機を追い払って真相を隠蔽したのである。一説によれば、北朝鮮の要人が日本に亡命を図ったものの、船舶が途中で故障して漂流したところを北朝鮮の依頼を受けた韓国が、捕獲して真相を隠したまま北朝鮮に送還したとも言われている。 いずれにしても韓国は同盟国であるはずの日本に情報を伝えず、敵国であるはずの北朝鮮と通じていたのだ。しかも、韓国はその非を認めないばかりか真相を明かすことさえしなかった。防衛省が公開した韓国海軍駆逐艦による火器管制レーダー照射の映像=2018年12月、能登半島沖(防衛省提供) こうなれば在韓米軍の情報が韓国を通じて北朝鮮に漏れる事態も懸念される。米国は3月に予定されていた米韓大規模軍事演習を中止し、実動を伴わない米韓図上演習に切り替えた。米軍の実動部隊の情報が韓国を通じて北朝鮮に漏れることを懸念したのだ。 北朝鮮が第2回目の米韓図上演習を夏に挙行することについて非難し、短距離弾の発射を繰り返したが、そのとき、北朝鮮が公開した一部の写真に写っていたのは何と米国製の戦術ミサイルシステム「ATACMS」だ。 これは、韓国にも配備されており、流出経路は韓国からの公算が極めて高い。米国が韓国に事実関係の究明を求めたのは間違いない。説明に窮した韓国の答えがGSOMIAの破棄だったわけだ。 ここで興味深いのは、北朝鮮が米国製兵器を入手している事実を積極的に公表し、米国は、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮を一向に非難しない点であろう。トランプと金正恩が手を結んで文在寅政権を転覆させる? そんなストーリーの映画も、いずれ公開されるのではないだろうか。■韓国に「本当の制裁」を行う覚悟はあるか■韓国人の反日感情はこうして増幅されていく■「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる

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    「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場

    洋学園大学教授) 6月25日配信の米ブルームバーグ通信は、米国のドナルド・トランプ大統領が「日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていた」と報じた。これに関連して、同月27日の時事通信の記事によれば、トランプ氏が米FOXビジネステレビの電話インタビューで、日米安全保障体制に関して、「日本が攻撃されれば米国は彼らを守るために戦うが、米国が支援を必要とするとき、彼らにできるのは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ることだけだ」と述べた。 インタビューで、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)に関しても「米国は(国防負担の)大半を払っているのに、ドイツは必要な額を払っていない」と指摘した。トランプ氏は、大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)開幕直前に豪州のスコット・モリソン首相と会談した際、「われわれ(米国)は、同盟諸国に善意を示し、同盟諸国と協働し、同盟諸国の面倒を見てきた」と語った。 トランプ氏の「米国が一方的に同盟運営の負荷を担っている」という認識は以前から示されてきたものであり、それ自体は何ら驚くに値しない。もっとも、トランプ氏の同盟認識がどのようなものであれ、それが米国の「国家としての意志」を反映するわけではない。 事実、6月27日、米連邦議会上院は、2020年会計年度の国防予算の大枠を定めた「2020年国防権限法案」を可決した。法案の骨子は「日米同盟への支持を表明する」とした上で、「日本の意義深い負荷分担と費用負担への貢献を認識する」としつつ、「強化された日米防衛協力を促進する」としている。 加えて、法案は「日本政府との協議の上で、インド太平洋地域における米軍部隊の展開配置を再考するように求める」としている。立法府優位の米国の国制を鑑みるに、こうした法案に示された同盟認識の意義は重い。 果たして トランプ氏は大阪G20閉幕後の記者会見で、日米安全保障条約に関して「破棄する考えは全くない」と述べ、前に触れたブルームバーグ通信の報道内容を否定した。共同記者会見で質問に答えるトランプ米大統領=2019年5月、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) ただし、なぜ、トランプ氏が現時点で持論を蒸し返すような発言を繰り返したのか。一つの仮説は、イラン情勢への対応に際して、米国と他の「西方世界」同盟諸国との温度差が露わになり、そのことに対するトランプ氏の不満が噴出したというものである。極東に求める「凪」 革命体制樹立後のイランに対する米国の敵愾(てきがい)姿勢は、王制期の癒着に対する反動という側面があるかもしれない。それでも、日本や西欧諸国には度を超したものとして映るのは、疑いを容れまい。 しかも、「イスラエルの生存にイランが脅威を与えている」という認識が、米国のイランに対する「過剰敵意」を増幅させているという指摘もある。それは、イスラエルに対する「過剰傾斜」とイランに対する「過剰敵意」が米国において表裏一体であることを意味している。 歴史家、トニー・ジャットの時評集『真実が揺らぐ時:ベルリンの壁崩壊から9・11まで』には、2000年代半ばの時評として、次のような記述がある。 アメリカの未来の世代にしてみれば、帝国主義的な偉大な力とアメリカについての国際的な評価が、なぜ地中海にある小さくも論争を呼びがちな依存国とそれほどに一蓮托生(いちれんたくしょう)になっているかは、自明ではなくなるであろう。ヨーロッパやラテン・アメリカ、アフリカ、あるいはアジアの人びとにとっても、すでにまったくもって自明ではなくなっている。 イスラエルと一蓮托生になろうという傾向は、ジャットの十数年前の展望とは裏腹に、「トランプの米国」において一層、鮮明になっている感がある。大阪での米中首脳会談や板門店での米朝首脳会談の風景は、米国にとっての当面の「主戦場」が、中国や北朝鮮を含む「極東」ではなくイランを含む「中東」であるトランプ氏の判断を示唆しているとも考えられる。トランプ氏が極東情勢に「凪(なぎ)」を欲した事情を慮(おもんばか)れば、そうした評価も決して無理とはいえまい。 筆者は、トランプ氏の登場時点から、彼が日本に提供することになるのは、「難題」ではなく「機会」であると唱えてきた。トランプ氏は、日本の増長を抑える「瓶の蓋(ふた)」論が語られた日米安保体制の永き歳月の後で、「日本の頭を抑えつけない」姿勢を明示した政治指導者である。G20大阪サミットで会談に臨むトランプ米大統領(左)と安倍首相=2019年6月28日(AP=共同) そうであるならば、日本の対応としては、トランプ氏の不満や期待に乗じつつ、米国だけではなく、豪印両国を含む他の国々との同盟形成を急ぐのが賢明である。その前提は、「フル・スペックの集団的自衛権の行使」と「対国内総生産(GDP)比2%の防衛費」を認めることである。 米国の安全保障上の関与に安住しないという姿勢こそ、「トランプの米国」を御するには、大事なものであろう。■ トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン■ 禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■ 「金正恩と恋に落ちた」トランプの口説き文句に隠された意味

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    トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン

    大統領が打ち出しているのは、米国単独ではなく、ホルムズ海峡の安全で利益を得ている国々が、自ら同海域の安全保障に責任を負うべきとの考えだ。それは米国側に立ってイランに対処するということに他ならないため、当然ながらG20の主要な合意になることはないが、米国は個別の会合ではこれを持ち出す可能性が高い。 米国ばかりがコスト負担することには反対というのは、トランプ大統領のいわば信念だ。 その要求に対しては、原油の輸出側であるペルシャ湾岸の産油国では、サウジアラビアなどすでにペルシャ湾で活動している軍のある国は、その役割の拡大というかたちで協力していく流れにある。問題は輸入側の国々で、その主力はアジアの国々、中でも中国と日本だろう。日米首脳会談 共同記者会見で話すトランプ米大統領=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) G20でもトランプ政権としては、そうしたコスト負担という観点から原油輸入国に負担を求めてくる可能性がある。中国はもちろん米国とはそこは主張が相いれないから、矢面に立つ国はあるとすれば、やはり日本となるだろう。 トランプ大統領は日米安保条約の片務性にも不満を表明しているが、それらの分野における日本の負担増を要求するトランプ大統領に対し、そうした要求をこれまでのようなトランプ大統領個人を徹底的に褒める手法でかわしていけるか、安倍首相の対応にも注目したい。■「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない■サウジ記者殺害「事件の黒幕」ムハンマド皇太子とは何者か■「21世紀最凶の殺戮者」プーチンがもたらす憎悪の世界

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    中韓に誤ったシグナルを送る岩屋防衛相の「未来志向」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) シンガポールで行われたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)における岩屋毅防衛相の中国、韓国に対する対応は、端的に言って悪いシグナルを国内外に伝えるものでしかなかった。 まず、昨年末に起きた海軍艦艇による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題において、韓国は自国の責任を認めるどころか、悪質な映像のねつ造や、論点ずらしといった国防・外交姿勢を重ねたことは記憶に新しい。 この問題については、今までの日韓における、取りあえずの安全保障上の「協力」関係に、韓国側から「裏切り」行為が生じたものと解釈できる。日韓の安全保障上の協力関係では、朴槿恵(パク・クネ)大統領時代に発効した日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)や、部隊間交流などがあった。 そのような日韓の「協力」関係は、昨年末の韓国側からの「裏切り」により、日本側はそれに対応する形で大臣クラスの積極的な交流を避けてきた。また、海上自衛隊の護衛艦「いずも」の釜山入港を見送る対応をしてきた。 その流れにもかかわらず、岩屋氏はレーダー照射問題が生じてからというもの、韓国の「裏切り」に一貫して甘い姿勢であった。率直に言ってしまえば、韓国に媚びる発言をしばしば繰り返していたのである。 2月の記者会見でも、岩屋氏は韓国との防衛協力を急ぐ考えを示し、現場交流を再開していた。北朝鮮のミサイルや核兵器の脅威があり、日韓米の協調体制が必要とはいえ、このような岩屋氏の姿勢は合理性を欠いた。むしろ、日韓、そして日韓米の防衛協力を長期的に毀損(きそん)する可能性があるといえる。非公式会談で握手する岩屋防衛相(右)と韓国の鄭景斗国防相=2019年6月1日、シンガポール(韓国国防省提供・共同) 日本と韓国の防衛協力が、韓国側の「裏切り」で揺らいでいるのは偶然ではないだろう。文在寅(ムン・ジェイン)政権に代わって、この問題も日本への姿勢が明らかに変化したシグナルととらえるべきだ。求められる「限定的合理性」 慰安婦問題の蒸し返しや、いわゆる「元徴用工」問題といった国内問題に関して、韓国は日本に責任をなすりつけ始めた。このことでもわかるように、文政権の日本への姿勢転換は鮮明である。この文脈上で、レーダー照射問題を、岩屋氏の中途半端で性急な「媚韓」的態度で対応すべきではないと考える。 こう書くと、中途半端な自称「リベラル」系の人たちや、「ハト派」と表現されれば誇らしいと信じている愚かしい人たちの意見が出てくる。「そういう強硬な意見は、単に愛国主義的な意見の歪みだ」という手合いだ。全く理に適う思考に欠けていると思う。 この種の意見は、見かけの「平和」や「友好」を口にする一種の「偽善者」ではないだろうか。ちなみに、政治学者で大和大講師の岩田温氏の『偽善者の見破り方』(イーストプレス)には、その種の「偽善者」たちのわかりやすいサンプルが多数あるのでぜひ参照されたい。 「協力」関係がまずあって、それに対して相手側が最初に「裏切り」を選んでくるならば、こちらもそれに対して「裏切り」で応じるのが、長期的には「両者」とも最も得るものが大きくなる。これはゲーム理論でいう「しっぺ返し戦略」(オウム返し戦略)であり、最も協力関係を生み出しやすい戦略である(参照:渡辺隆裕『ゼミナール ゲーム理論入門』、ロバート・アクセルロッド『つきあい方の科学』)。 相手と同じことをするので、相手側は「裏切り」をやめて、「協力」を表明すれば、こちらもそれに応じて「協力」することになる。間違っても自分の方から「協力」を持ち出すべきではない。そうすれば、再び協力関係が構築できず、日韓の関係は不安定になり、両国が損失を被る。 特に、現在の東アジア情勢のように、一寸先には何が起こるかわからない不安定要素な状況では、最初から長期的な予想を積み上げていくことは困難である。場に合わせて対応していく手法を磨いていくことが望ましい。会談前に握手する(左から)韓国の鄭景斗国防相、シャナハン米国防長官代行、岩屋防衛相=2019年6月2日、シンガポール(共同) 完全に将来を合理的に予測するのではなく、その場その場の情報を元に戦略を組み上げていく「限定的合理性」を前提にした政治や安全保障の戦略が大切になる。つまり、「しっぺ返し戦略」は、限定合理性の観点からも望ましい戦略なのである。 今回は、韓国側が裏切ったのだから、岩屋氏は「裏切り」、つまり非協力姿勢を採用するのが最も望ましい。たとえ甘言だとしても、自ら進んで「協力」を言い出すべきではないのだ。岩屋大臣の「愚かしさ」 だが、今回のシンガポールでの会議では、岩屋氏はむしろ積極的に、韓国国防相との非公式会談を行った。それどころか、その場でレーダー照射問題を棚上げし、記者団に対して「話し合って答えが出てくる状況ではない。未来志向の関係を作っていくために一歩踏み出したい」と発言した。 この岩屋氏の発言は、もちろん防衛関係者だけではなく、日韓の国民やメディアに間違ったシグナルを送ったことは間違いない。つまり、日本は「しっぺ返し戦略」を採用する能力も意志もない、というメッセージとなる。 これを聞けば、韓国側は「裏切り」行為を今後も続けていくだろう。もちろん、それは日韓の長期的な協力関係を不安定なままにするだけだ。 本当に愚かしい大臣としか言いようがない。ジャーナリストの門田隆将氏や経済評論家の上念司氏らは岩屋氏の罷免や退任を要求する趣旨の発言を会員制交流サイト(SNS)で表明した。 私も彼らと前後して同様の感想を書いた。別段、それはイデオロギー的な偏見ではない、上記で説明したようなゲーム理論からの省察である。 岩屋氏の姿勢は韓国に対してだけの話ではない。シンガポールでの中国の魏鳳和国防相との会談後、訪中の意向を改めて表明している。 尖閣諸島の周辺では、中国海警局の船舶による接続水域の航海が記録的な回数に上り、日本側に重圧を与えている。このような戦略を採用し続ける国に対して、岩屋氏の訪中の意欲は、韓国の場合と同様に、むしろ日中の関係を長期的に危ういものにするだろう。要するに、岩屋氏の「ニセの未来志向」は日本の国益を損ねるだけである。「アジア安全保障会議」に臨む韓国の鄭景斗国防相(左)と岩屋防衛相=2019年6月1日、シンガポール(共同) 安倍政権にとって、10月に控える消費税率10%引き上げと、岩屋防衛相は日本を誤らせる重荷でしかない。「一歩踏み出して」早めに辞めさせるべき人物である。■ 田母神俊雄手記「レーダー照射、韓国軍の実力では自衛隊と戦えない」■ レーダー照射「論点ずらし」は韓国の反転攻勢だ■ レーダー照射、韓国が日本に期待した「KY過ぎる甘え」

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    松原仁手記「民主党政権は誰にとって一番の悪夢だったか」

    松原仁(衆院議員)  2009年の夏、そして2012年の年の瀬に行われた衆議院解散総選挙において、私は「格差の是正」「庶民力復活」を掲げて戦った。結果から言えば、私は最初の戦いにおいて勝利することができたが、後者においては得票率で0・7ポイント及ばず敗れた。 これらの選挙の前後で、選挙区(東京3区)の有権者の皆さまからは、かつてないほど多くの激励と厳しい叱責(しっせき)の言葉をもらい、また永田町や霞が関の関係者とは、極めてダイナミックな関係の転換を経験した。私は今回、この時の体験から民主党政権の功罪を振り返ってみたい。 まず初めに民主党政権が悪夢だったとすれば、それは具体的に誰にとっての悪夢だったか。民主党政権の誕生を「悪夢」であると実感したのは紛れもなく、長期政権を手放した自民党、そして自民党政権下では「ツーといえばカー」と言った阿吽(あうん)の呼吸で、日本に対する強大な権力を行使する環境にあった米国政府であることは言をまたない。 言わずもがな、戦後のほとんどの期間で政権を担ってきた自民党にとって、国家権力と官僚機構は自らの所有物に近い感覚を持つ存在であったろう。それゆえに自民党政権の政策決定プロセスは国民に開かれたというよりは、良くも悪くも永田町と霞が関の談合のような形態を取ることになった。そのような「私有財産」が、2009年夏の総選挙によって、一夜にして完全に奪われ、特に多くの官僚が、時の新たな政権の開かれた政治体制への試みに忠誠心を示したことは、まさに自民党にとって悪夢のような体験であったことは想像に難くない。 かくいう私自身も、2012年に民主党が政権を手放した直後には、昨日まで仲間だった官僚が、次の政権に仕える準備をすぐさま開始する様子を目の当たりにした。ましてや、民主党の3年半の経験に比べ、極めて長期にわたる政権を維持してきた自民党の政治家たちが味わった屈辱と喪失感は、われわれのそれとは比べ物にならないほどのトラウマになったと考えられる。八ツ場ダム建設予定地を国交省職員の案内で視察する前原誠司国土交通相(右から3人目)=2009年9月23日、群馬県長野原町(矢島康弘撮影)  加えて、「八ツ場(やんば)ダム」に代表される、自分たちが根回しを重ね決定した政策の数々を、民主党政権は「事業仕分け」という、自民党のような権力のインサイダーにとってはパフォーマンスにしか見えない形で、国民的な賛同を引き寄せ覆した。政権運営のプロフェッショナルである彼らにとって、その大衆迎合的な方策はまるで素人政権の思いつきに見えたことだろう。 同時に、太平洋を挟んでわが国と向き合う世界の盟主にとっても、極東(きょくとう)の要となる同盟国における政権交代と、その新たなる外交姿勢は脅威と映ったかもしれない。世界の覇権国たる米国は、日本のお国文化である「建前」と「本音」を巧妙に利用し、戦後のわが国を同盟国という名の、実質的には「隷属国」として、時に優しく、時に厳しく鞠育(きくいく)してきた。そんな米国の対日政策の基本的前提には、対米協調という名の「従属的な」対米姿勢を示す自民党政権、もしくはそのような外交姿勢の「自民党的政権」であることが想定されてきた。歪な日米の友好関係 しかし、2009年に現れた民主党政権は、米国政府と自民党政権の間で既定路線となっていた普天間基地問題において、沖縄県民の心情に寄り添うことを優先した結果、右往左往することとなった。また、政権獲得前から日米地位協定の改訂を掲げるなど、日米間の圧倒的権力格差へ切り込む姿勢を見せていたことも、懸念材料となったであろう。 加えて、アジア太平洋の新たな覇権国への道程にある中国との関係において、尖閣諸島沖において発生した「中国漁船衝突事件」時の船長の逮捕と不可解な釈放や、500人近い訪中団の結成など、ホワイトハウスからは理解されがたい行動を取り、長年の付き合いがあり、こなれた自民党政権の外交に比べて、まさに不慣れで初心な政権と映っただろう。(この中国船問題に対しては、私自身大変憤りを感じ、当時与党内で行動を起こしたことにも一言触れておきたい) この対米関係にかかわる問題は、まさに釣り合いの取れない中で歴史的に築いてきた、歪(いびつ)な日米の「友好関係」の裏返しでもある。いわんや、その実態は古くは江戸時代ペリーの黒船来襲と日米和親条約、明治の日米修好通商条約、そして現代の日米安保条約と「地位協定」を含め、われわれ日本人がその尊厳と利益を傷つけられてきた歴史でもある。 私は、こうした片務的で不平等な日米関係を、対米協調という美辞麗句のもと、戦後のほとんどの期間安定政権を担いながら甘受してきた自民党、逆に言えば米国の「属国」の統治者として君臨した自民党の外交姿勢は、まさに日本国民にとって悪夢そのものであると考える。 さて、ここまで取り上げてきた民主党政権の性格と行動をまとめれば、民主党政権のナイーブな「透明化・民主的プロセス」と「不平等な対米関係の改善」が、自民党や米国にとってはアマチュアの素人政権と捉えられたことが分かる。そして、民主党の開かれた政策決定プロセスは、メディアに開かれた場でも同僚議員同士が与野党間であるかのように「白熱した」議論を行い、その末路として組織分裂を繰り返した。必然、このような「開かれた」民主党の政権運営が国民の目からも稚拙と映り、政権交代時に大きな期待をいただいた有権者の熱気を冷ましてしまったことは間違いない。消費者政策会議であいさつする野田佳彦首相。公務員制度改革関連法案の今国会での成立を断念する意向を固めた=2012年7月20日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 民主党は政権奪取後、最初の総選挙により下野し、私たちが目指した「国民に開かれた」「透明な」「民主的な」政治はこうした経緯をもって挫折し、その対米外交姿勢の転換を成し遂げることもできないままに終わった。そして、現在まで続く安倍長期政権を誕生させることになった。 それは、大きな社会的な議論を呼んだ森友・加計問題に見られるフェアでない官僚の忖度(そんたく)や、自衛隊の日報問題、賃金に関する統計不正問題など、民主的とは正反対の問題が続出する事態を許してしまっている。われわれ日本国の政治家の使命は、与野党の別なく、今も続くこの「忖度政治」と「不平等な対米関係」という悪夢から、この国を目覚めさせることであると申し上げたい。■ 「日本が真の独立国になるために」鳩山由紀夫、平成最後の反省文■ 今どきの若者は「保守化」も「安倍支持」もしていない■ 同性愛公表、尾辻かな子が徹底反論「LGBT杉田論文の度が過ぎる」

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    金正恩「クーデター失脚」発言はなぜ黙殺されたか

    重村智計(東京通信大教授) ベトナムの首都、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談(2月27、28日)は、なぜ決裂したのか。その謎を解くカギが明らかになった。実は会談後に、米情報機関が次のような情報を入手していたのである。 「北朝鮮軍は核とミサイル実験の中止、非核化に反対している。北朝鮮の指導者は軍をコントロールできていない。クーデターの可能性がある」 3月15日、この情報を北朝鮮の外務次官が公式に認めた。各国の情報関係者に衝撃が走り、「金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と軍部は緊張関係にある」との分析が広がった。 問題の発言は、15日に行われた北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の記者会見で明らかにされた。この記者会見は、米AP通信が「米朝非核化交渉中断」「近く指導者が重大声明」などの見出しで世界に報じたが、取材記者や専門家に見過ごされた「重大発言」があった。 崔次官は首都、平壌(ピョンヤン)での会見で、次のように述べていた。ちなみに、北朝鮮の外務次官は数人おり、崔氏は筆頭次官ではない。 「人民と軍、軍需工業の当局者数千人が決して核開発を放棄しないように、との請願を金正恩委員長に送った。それにもかかわらず、金正恩委員長は米朝首脳が合意した約束に互いに取り組み、信頼を築き、(非核化を)一歩一歩、段階的に推進するつもりだった」(AP通信) ここで言う「人民」とは、核開発に携わる科学者などの軍事関係者を意味する。「軍需工業」は、党の軍需工業部を中心とした組織を指し、ミサイルや核兵器を製造している。これらの人々が個別に請願書を送ったか、連名で伝えたかは明らかにされていないが、恐らく「連名」での請願書であろう。2019年3月15日、平壌で記者会見する北朝鮮の崔善姫外務次官(中央)(AP=共同) 崔次官の発言は、独自で勝手に行ったものではない。あくまでも金委員長の指示で行われたこの声明は、北朝鮮の現状と金委員長を取り巻く平壌の空気を、かなり正直にかつ雄弁に物語っている。平壌で広がる「会談決裂」 指導者と軍の「緊張関係」が、ここまで明らかにされたのは初めてだ。軍に関する情報は常に秘匿されてきたからだ。 北朝鮮を知る専門家の中には、数千人の軍関係者が指導者に「非核化反対」の意思を表明した事実に疑問を感じ、この発言を「黙殺」したようだ。反対する軍幹部を次々処刑した独裁者に、軍人が「反対」を表明できるはずがない、と受け止めたのかもしれない。 だが、「数千人の軍人の請願」はまず事実であるという。昨年、韓国に亡命した脱北軍人たちは「軍が非核化に反対し、金正恩を批判している」と証言していた。平壌でもそうした噂が流れていた。 それに、公式声明で「数千人が請願」と記録しておきながら、後で嘘だと分かると、指導者の信頼は失われる。だから、各国の情報関係者は嘘ではないと判断したのである。 崔次官の声明は外国人に向けられたもので、国内では報道されていない。しかし、既に平壌では噂が広がっているという。最近では、こうした情報が中国から携帯電話を通じ、瞬時に平壌に広がる。 北朝鮮の報道機関は「米朝首脳会談成功」を大々的に報じたにもかかわらず、「会談決裂」の噂が平壌で広がっているという。しかも、話に尾ひれがついて、「ハノイから帰国の列車内は、お通夜のようだった」との流言まで飛び交っているらしい。2019年3月5日、平壌駅で出迎えを受ける北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同)金正恩氏が帰国 北朝鮮は公式には、指導者が軍を掌握し、軍も完全に従っている、と説明してきた。また、軍の反乱やクーデター計画の報道もはっきり否定してきた。 それなのに、なぜこのタイミングで「非核化反対請願」を明らかにしたのか。軍が指導者の決断に反対を表明すれば、やがてはクーデターにも発展しかねない。 崔次官の記者会見は、民主主義国で行われる普通の会見ではない。一方的な「声明発表」であり、参加者の質問を受け付けなかった。それに、平壌駐在の外交官や報道機関は北朝鮮側の要請で集められている。つまり、どうしてもこの時期に声明を発表する必要に迫られたということが分かる。会談5日前の襲撃事件 ところが、「会見」は最悪のタイミングで行われた。中国は、全国人民代表大会(全人代=国会)の最終日であり、当日は李克強首相の会見が予定されていた。当然、中国は「北は失礼だ」と怒る。また、米ワシントンでは、議会がトランプ大統領の緊急事態宣言を否決した直後だった。 結局、米国も中国も大きな関心を示すことはなかった。韓国の報道機関でさえ「軍関係者数千人の請願」を全く伝えなかったのである。 実は、金委員長は昨年、シンガポールでの米朝首脳会談の冒頭で「ここまで来るのは大変だった、多くの困難や妨害を克服した」と述べていた。当時から、軍部の強い反対に直面していたわけだ。 さらに「軍の反対を抑えながら非核化を進めるには、段階的な交渉と解決しかない」と、金委員長は第1回首脳会談で繰り返し強調していたという。トランプ大統領も一時は「非核化は時間をかけてもいい」と発言し、北朝鮮の指導者の立場を理解する様子も見せていた。それなのに、第2回首脳会談でトランプ大統領が突然態度を変えた、というのが北朝鮮の「責任回避」の理屈のようだ。 この記者会見に関連して、各国の情報機関が注目する事件があった。米朝首脳会談5日前の2月22日、スペインの北朝鮮大使館が何者かに襲撃され、コンピューターや携帯電話が持ち去られた事件である。 ところが、北朝鮮大使館は被害届を出さず、スペイン警察の捜査は進んでない。不思議なことに、北朝鮮政府も公式の抗議声明を今も出していない。2019年2月、ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイでの夕食会で談笑する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ホワイトハウス提供・ゲッティ=共同) このため、盗まれたコンピューターや携帯電話の中に、核開発に関する秘密情報があったのではないか、との推測が広がっている。この秘密情報に怒ったポンペオ国務長官とボルトン大統領補佐官が、これまでの方針を変更し「全面的な核放棄が、制裁解除の条件」と強硬策に転じたのではないかというのだ。 米国との交渉を担当した国務委員会の金革哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表が、ハノイ首脳会談前までスペイン大使を務めていたこともあり、さらなる謎を呼んでいる。■ 米朝決裂もアベガー 「日本軽視」韓国より重視すべき隣人■ 米朝再会談、非核化の先にある金正恩独裁「崩壊へのカウントダウン」■ 金正恩が「完全な非核化」に初めて言及した意味

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    日本国総理大臣、安倍晋三

    安倍首相の総裁任期をめぐり異例の発言が飛び出した。自民党の二階俊博幹事長が4選の可能性ついて「今の活躍なら有り得る」と述べたのである。首相在任期間はかの吉田茂を超え、憲政史上最長も射程に入った安倍氏だが、なぜ長期政権を維持できるのか。その解に迫りたい。

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    なぜ安倍首相は憲政史上まれにみる長期政権を実現できたのか

    ており、むしろ「安定」と「王道」こそが安倍政権の特長となっているからです。2015年9月19日未明、安全保障関連法成立後に記者の質問に答える安倍晋三首相(鈴木健児撮影) 野党がまとまれない最大の理由はおそらく人間関係ですが、野党が分裂した理由は「憲法」と「安保」という論点が際立ってしまったからでしょう。そして、安倍政権はそうした分断線が主要な対立軸となることで大きく利益を享(う)ける側にいます。日本人の多数派は、日米同盟や憲法について意見に濃淡はあるものの、政権としては「安保現実派」を望むからです。 安倍政権は安保現実派です。安保法制を通じて日米同盟を維持・強化する一方で、「専守防衛」という言葉も堅持し、その中で防衛力を広げていっています。日米同盟を基軸とし続けることで、オールドな右翼が望んだ対米自立は捨て、その代わり米軍との協働を高めながらお金を節約する。 中国の目覚ましい軍拡と対外拡張主義、北朝鮮の核保有に加えて、米国の内向き化傾向を考えに入れると、もはや吉田茂の軽武装路線を維持できないであろうことは明らかです。しかし、その中でさえ、国際情勢に鑑みれば日本はもっと軍拡していてもおかしくないところ、防衛費を節約しています。最右派が採った「現実主義」 平成31年以降に関わる防衛大綱でも、政府は対外的な脅威認識を示しつつも、合理化を標榜し、選択と集中を行っています。言うなれば、安倍政権は現実主義の吉田茂の路線を、「米国一極」の世界の終焉(しゅうえん)と中国の台頭に合わせてアップデートしたものであるということができるでしょう。 吉田茂にとって、日米同盟は利害に基づく同盟であり、かつ国内における自らの権力基盤を維持するために役立つものでもありました。安倍政権が米国と共通する価値や理念について説くとき、それは利害に基づく同盟としての表現の一部なのであって、決してご本人が関係性を見誤って理想主義に立っているわけではないだろうと私は思います。それは、くしくもトランプ大統領が「日本が米国をうまく利用してきた」と指摘した通りなのです。 では、安倍政権は本来2倍の水準が要求されるはずの防衛費を大して増額せずに、節約したお金で何をしたか。社会保障費の切り下げや増税をマイルドな水準にとどめて痛みを先送りし、公共事業費をかつての水準にまで回復させたのです。つまり、もっとも対米自立的なセンチメント(感情)を代表していたはずの自民党最右派が吉田茂的な現実主義路線を採ったところに、政権が長期化した理由の一端があったわけです。 しかし、安倍政権は比較的短期に刻んだ衆院選で勝つ短期政権の積み重ねでもあります。内閣支持率に関しては、いったん低迷した後にまた上がるという、他国ではなかなか見られない現象も繰り返し経験しています。 その原因を、メディアは「他に選択肢がないから」という一点で説明しようとします。確かに野党が弱く、自民党内に有意な対抗勢力が存在しないからという理由には納得感があります。けれども、それは長期政権に伴う症状、つまり現象面の指摘であって、本当の原因を抉(えぐ)るものではありません。 安倍政権が長期安定政権を築くことができている戦略とは、「攻めと守り」「積極性と消極性」のバランスを巧みにコントロールすることで選挙に勝ち続けるプラスのサイクルを維持していることです。 積極性のうち最大のものは、アジェンダ(課題)設定が国際的、歴史的にまっとうなものであるということです。要するに、根本方針において間違っていないということです。 例えば、今の「中国台頭」の流れの中で、軍縮や非武装化を目指したり、同盟から離脱したりすることは見当外れです。グローバル化の流れの中で「貿易立国」日本が「鎖国」を目指すのも、民間企業の競争力において各国としのぎを削る中で法人税を上げようというのも見当外れです。2017年11月、安倍晋三首相(左)との会談を前に栄誉礼を受けるトランプ米大統領(松本健吾撮影) 反対に、消極性が見られるのが自民党内、あるいは支持基盤を割りかねない論点です。安倍政権は、そうした自らの支持基盤を危険に晒(さら)すような政策には踏み込んでいません。 経済政策は官僚機構の通常運転に味付けする程度の「安全運転」に終始しています。成長戦略は「競争」を促進する必要があります。しかし、どうしても既得権益層との対立が生じてしまうため、「大玉」の改革案件はほとんど先送りされてきました。政権が繰り出した攻めの一手 しかし、これだけだと政権は課題設定だけして何の実績も挙げられないことになってしまう。そこで、政権が最も攻めに出たのが、民主主義による合意形成の必要が低い外交と金融の分野でした。 金融政策は日銀が行うもので、外交では首相のリーダーシップが広く認められているからです。こうして実績を上げつつ、直近5回の選挙に勝ち抜くことで、長期政権が可能となったのです。 長期政権の維持そのものが自己目的化することは危険です。しかし、安倍政権は選挙での度重なる勝利で得た政治的資源を、「戦後レジームからの脱却」案件を進めるために投入してきました。 これまで、安倍政権は長期安定政権の維持の代わりに「戦後レジームからの脱却」を放棄したのだという論説も数多く見られましたが、私はそれは誤りであると思います。政権が「戦後レジームからの脱却」という言葉を使わなくなったのは、それが単に紛らわしい言葉であるからです。 「戦後レジームからの脱却」を英訳すれば、「Overcoming Post-war Regime」となります。この場合の「戦後レジーム」とは、国連と国際法を頂く第2次世界大戦後の国際社会そのものです。 さらに、米国を中心とする西側の秩序という含意もあるでしょう。つまり、「戦後レジーム」から脱却するというのは、第2次大戦時の旧敵国から見れば、軍国主義日本の復活と帝国建設の野望という話になるし、西側諸国からすれば、日本が米国との同盟を破棄して中国のような異質な政治・経済体制を打ち立てようとするという荒唐無稽な話になります。 その代わり、「戦後レジームからの脱却」という言葉を使わずに、安倍政権は「一国平和主義」的な発想を時代遅れなものとして位置付けることに成功し、2015年に成立した安保法制では、集団的自衛権の行使を部分的に容認しました。2017年10月、咲き誇る「バラ」の前で、座る場所を間違えて笑みを浮かべる安倍晋三首相(自民党総裁)=自民党本部(沢野貴信撮影) 日本の政軍関係における特有の制約になっていた文官優位システムを改め、日本のシビリアンコントロール(文民統制)のあり方を世界標準に近づけて政治の補佐体制を強化しつつあります。 また、歴史問題においては、保守優位の下でリベラルな価値観に歩み寄って和解を達成し、国民の間に一定のコンセンサス(合意)が生まれました。国民の多くが「後の世代に謝罪を続ける義務を負わせるべきではない」という主張に賛同し、また圧倒的多数が慰安婦問題において、韓国政府ではなく日本政府寄りの立場を支持しています。長期安定政権「最大の代償」 こうして、戦後レジームからの脱却を図ってきた安倍政権ですが、官僚との関係や官僚機構の問題をめぐって、ここしばらく停滞しつつあります。「モリカケ問題」に加えて、統計不正問題が加わったことで、最近は守勢に立たされていると言えるでしょう。 しかし、安倍政権以外の勢力がまるで見えない今、いったんは政権交代を経験した野党はほぼ解体して細分化され、官僚などエリートに対する不信も広がっています。政権後期に突入した安倍政権が、単なる保身に走らずに何を成し遂げることができるのか。ここで、対応が求められる課題を挙げておきたいと思います。 長期安定政権の最大の代償は、構造改革が遅々として進まないことでした。中長期における日本の最大の課題は少子高齢化であり、潜在成長率を改善できていないことです。 特に、人口減少局面における成長は、基本的には生産性の改善を通じて見いだすしかないにもかかわらず、成果はほとんど出ていません。ここに取り組むべきでしょう。 次に、憲法改正と自前の防衛力強化です。憲法改正は「戦後レジームからの脱却」案件の中でも最後に残された課題の一つです。ここに取り組むことなしには、もはや次の政権も意味ある改革を安全保障政策において進めることができないだろうと思われます。 憲法改正によって自衛隊を位置付けることは、再軍備を禁じられた敗戦国としての地位からの脱却を意味しますから、それ相応に先進国並みの体制とシビリアンコントロールの整備が必要です。 沖縄に集中する米軍基地を、負担軽減の意味も併せて徐々に自衛隊の基地に移行していくこと、そして、その中で緊密な米軍との連携と駐留を可能にすることは、将来を見据えて大きく舵(かじ)を切らなければいけない課題と言えるでしょう。2019年2月、衆院予算委で答弁する厚労省の姉崎猛元統計情報部長。右端は安倍首相 2020年には米大統領選が行われますが、今の米国政治の実態を踏まえれば、日米関係の距離感を実態に即してあらかじめ修正し、自前の防衛力を強化しておくことはぜひとも必要です。その上で、周辺国との関係についても引き続き円滑な経済関係や広い意味での防衛協力について取り組んでいくべきでしょう。 政権はいつの時代においても、その後期において、自らの歴史的使命を意識したものへと変化します。憲政史上まれに見る長期政権だからこそ、その目標値は高い所に置かなければならないのだと言えるでしょう。

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    韓国レーダー照射、もう白黒つけよう

    米朝首脳会談や先の天皇謝罪発言、徴用工をめぐる賠償問題などが重なり、韓国軍によるレーダー照射事件はすっかり尻すぼみになった感がある。とはいえ、これもいまだ解決のめどは立っていない。「真実を語る方が強い」とは安倍首相の言葉だが、もういい加減、この事件も白黒つけようではないか。

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    韓国レーダー照射、軍事的「忍耐」で戦争の火種を消し去れ

    回(15年10月~18年3月)・日米韓3カ国協力21回(15年4月~18年6月)・その他―研究交流/安全保障対話/各種共同訓練(日米韓・日米韓豪加・西太平洋潜水艦救難・多国間海賊対処)・セミナー/各種協定協議 これらは、自衛隊と韓国軍の間に、意思疎通が容易で良好な関係を構築、維持し、信頼を醸成している証左でもある。 今回の事件は、この友好関係を背景に「初動」で「自衛隊・韓国軍の事実認識と誤解の鎮静」が行われるべきであった。今からでも遅くない、シビリアンコントロール下において、「自衛隊と韓国軍の良好な関係に基づく話し合いに託する」ことを一考してほしい。 これは、武力の対峙、行使の危惧を排除して軍事組織間の友好関係を活用する「間接的衝突抑止」である。今日、この作戦は「ハイブリッド戦略・戦術」の一つでもある。それには「忍耐と寛容」という精神要素が不可欠であることを付言しておきたい。 振り返れば、その前例がないわけではない。軍事的「忍耐」について、筆者の体験から次の事例を紹介する。 日本の対領空侵犯措置の任務が在日米空軍から空自に移管された1960年代の過渡期、ソ連機の領空侵入に緊急発進した米要撃戦闘機のレーダー・スコープ上の輝点が、ソ連機輝点と交差し、米軍機のレーダー反射が消え、ソ連機の輝点が母基地へ向かうという事件があった。明らかに米軍機は撃墜されたのだが、大戦へのエスカレーションを回避するため米国は忍耐して看過した。 冷戦時代、日米哨戒機のオホーツク海域流氷調査、電波情報収集飛行に対して、ソ連の地対空誘導弾部隊からFCレーダーの照射を受けている。もう一方で、ベトナム・カムラン湾と沿海州基地間往復便のソ連機も日本周辺海域を飛行し、電波情報を収集していた。 しかし、空自高射部隊が追尾レーダーを照射してレーダー諸元を知られる愚は犯していない。また、空自スクランブル機は、領空侵犯の恐れがあるソ連機の行動監視のため肉眼で見える距離に接近した。その際、「TU-16」(ソ連の戦略爆撃機)などの機銃銃口が向けられることは珍しくなかった。防衛省が公開した韓国駆逐艦によるレーダー照射の映像。能登半島沖(日本EEZ内)で海上自衛隊P1哨戒機により撮影された=2018年12月(防衛省提供) これらを総ずると、いかにシビリアンコントロールに安全保障の機微、安定がかかっているかが見えてくる。今回の事件の教訓は、安全保障にかかわる事象については一層の慎重さ、冷静さ、そして忍耐が求められていくと考える。■ 「武士の情は通用しない」韓国との情報戦はこう戦え!■ 「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる■ 「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

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    韓国軍「秘密の海上作戦」は金正恩への面会料受け渡しだった!

    重村智計(東京通信大教授) 米国のトランプ大統領が2月の一般教書演説で、第2回米朝首脳会談の日程と開催地を発表して以来、韓国海軍艦艇による海上自衛隊P1哨戒機に対する火器管制レーダー事件の解明はすっかりフタをされてしまった形だ。韓国の世論は3カ月で関心が変わるが、今回は約1カ月半しかたっていない。 にもかかわらず、レーダー照射事件の「真相」は全く解明されていない。韓国の識者たちは主に四つの「推理」を語り出していた。 ここで事件を振り返る前に、「捜査」の疑問点を整理しておきたい。まず、なぜレーダーを照射したのか。韓国側は「低空の威嚇飛行」と説明しているだけで、とても理解できる回答はない。「威嚇」と言われても、P1哨戒機に武器は搭載しておらず、威嚇しようがない。韓国側は、哨戒機が距離500メートル、高さ150メートルまで近づいたと主張したが、日本は国際法上違法ではないと応じた。 韓国側の「威嚇の低空飛行」という主張が1月23日まで続いた後、東シナ海の公海上で海自のP3C対潜哨戒機が高度60メートルまで接近したと発表し、なおも自衛隊機の接近を止めるように求めた。日本は、高度150メートルを維持していた、と反論した。 第2の疑問は、なぜ韓国側は執拗(しつよう)に「接近禁止」を求めるのか、である。自衛隊の哨戒機に撮影されたくない「秘密」の作戦活動があったとしか考えられない。 第3に、韓国紙「朝鮮日報」も指摘しているが、「なぜ韓国海域から遠い能登半島沖に、韓国海軍艦艇はいたのか」という疑問だ。朝鮮日報は、何らかの裏の事実を取材していたから、このような指摘に及んだのではないか。 第4の疑問は、韓国海軍艦艇が1トン未満の小さな漁船を発見できたのか。常識的に言えば、海上でこんな漂流漁船を発見するのは至難の業だ。日本海で船が漂流中との連絡を受けたと発表されたが、どこから連絡はきたのか。現場には、日本の海上保安庁に当たる韓国海洋警察の「救助船」もいるのに、なぜ海軍艦艇まで出動する事態まで発展したのか。しかも、韓国から離れた海域に。 第5に、事件の起きた海域が特定されないことだ。日本側は「能登半島沖の排他的経済水域(EEZ)内」とするだけで、海域を明確にしていない。韓国側は緯度と経度を明らかにし、「日韓中間水域」としている。 そして、最大の疑問が、韓国国防省の報道官が事件直後は「火器管制レーダーは照射したが、自衛隊機に向けたものではない」と説明していたのに、翌日から「照射していない」との全面否定に変化した事実だ。これでは、何かを隠そうとしていると受け止められても仕方がない。火器管制レーダーの照射は「宣戦布告」にも繋がりかねない危険な行動であり、一兵士や艦長の判断ではできない。上層部から「自衛隊機を追っ払え」との指示がないと不可能だ。では、誰が指示したのか。2019年3月1日、ソウル市内で開かれた「三・一独立運動」100年の式典で演説する韓国の文在寅大統領(共同) 韓国報道官の姿勢変化に、日本では文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率低下を押しとどめるために日韓対立で「反日感情」を煽る作戦、と受け止められた。この解釈では、その後の展開は理解できない。韓国側は執拗に「威嚇飛行」を主張し、自衛隊機を接近させない「意図」を露わにした。「秘密の作戦行動」がバレた? 実は、防衛省高官によると、P1哨戒機による韓国艦艇発見は「米軍からの通報」によるものだったという。事件の背景には「日米海軍の共同作戦」があった。米軍は、偵察衛星で韓国海軍艦艇の動向を追跡していたわけだ。韓国側は「秘密の作戦行動」がバレたと心配し、日米共同作戦潰しを考えたのではないか。 一方で、韓国側の一連の対応を見ると、最初から大統領府の指示で「作戦活動」が行われていたと考えられる。韓国海軍艦艇の「作戦活動」が大統領府と直結していなければ、「自衛隊機を追っ払え」という指示と報道官の「照射全面否定」への態度変更は理解不能だ。 韓国の軍関係者によると、問題海域への海軍艦艇と海洋警察船の派遣は、本来は韓国漁船保護のために行われていたという。ただ最近は、北朝鮮からの要請があれば、北の遭難船救助にも乗り出していた。 この活動の過程で、北朝鮮漁民を「スパイ」として活用する、いわゆる「レポ船作戦」も展開された。今回の事件も、「レポ船」(レポ=レポート、非公然の連絡に使う船)との接触現場を自衛隊機に発見されたので、慌てて「遭難漁民救助」と説明したために混乱を招いた。韓国側が、北朝鮮に送還した漁民の名前や所属を明らかにせず、写真も公表していないのはおかしい。 韓国の取材記者は、北朝鮮のクーデター未遂事件との関連を指摘する。東京新聞は昨年12月11日に、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の警護をする「護衛司令部」幹部が粛清された、との特ダネを報じた。 護衛司令部は絶大な権限を持ち、決して調査対象にはならない部局だ。粛清の背景には、クーデター未遂事件があったとされる。クーデターに関連した軍幹部が「レポ船」を利用し、韓国への亡命を図ったというのだ。この「救助」により、「亡命者」は北に送り返されたことになる。 さらには、韓国の専門家の間では、南北首脳会談の「面会料」の受け渡し作戦を海上で展開していた、との見方も出ている。南北首脳会談に際して、韓国側が「面会料」を支払うのは常識だからだ。2011年9月、曳航される脱北者が乗っていたと見られる船(手前)と海上保安庁の船=石川県輪島沖(産経新聞社ヘリから) 2000年に金正日(キム・ジョンイル)総書記との会談を実現させた金大中(キム・デジュン)元大統領は、わかっているだけで5億ドル(約500億円)の現金を支払った。総額では10億ドル(1千億円)といわれる。民間人も、指導者との会見には3億ドル(約300億円)を支払った。北朝鮮の指導者には、タダでは会えないのである。 この現金を支払わないと、南北首脳会談は実現しない。しかし、米ドル建ての送金は国連制裁違反だ。米国にバレないよう、ドル資金をどのように渡すかに、文大統領の側近たちは苦心してきた。銀行送金はできないし、陸上輸送にも米国の目が光る。困り果てた大統領府は、海上での受け渡しを考えた、というのだ。 今回の遭難漁船が受け渡し船かどうかは不明だが、海上での「接触作戦」の最中に事件が起きたと考えれば、大統領府による介入と執拗な「接近禁止」要求も理解できる。南北「海上受け渡し作戦」の情報を得た米国が偵察衛星で監視していた。そう考えなければ、韓国側の「狂気の対応」は理解できない。■ 「武士の情は通用しない」韓国との情報戦はこう戦え!■ 「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる■ 「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

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    田母神俊雄手記「レーダー照射、韓国軍の実力では自衛隊と戦えない」

    田母神俊雄(元航空幕僚長) 韓国艦艇から海上自衛隊のP1哨戒機に対し、火器管制レーダーの電波照射が行われた件で日本政府が、極めて危険な行為だとして韓国政府に抗議している。 火器管制レーダーの電波照射はミサイル発射のために行われるもので、危険極まりないということのようだ。しかし、火器管制レーダーの電波照射とミサイル発射は常に一連のものとしてつながっているわけではない。また、火器管制レーダーの電波照射はミサイル発射のためだけに行われるわけではない。 ミサイルの実発射よりは、ミサイルを発射するための訓練として火器管制レーダーの電波照射が行われる。すなわちレーダー操作訓練の一環として火器管制レーダーの電波発射が行われているのである。 世界中の軍が日常的にレーダー操作訓練を実施しており、地対空ミサイル部隊や海に浮かぶ艦艇などでは火器管制レーダーの電波照射は日常的に行われている。そしてその電波は地対空ミサイル部隊や艦艇などの周辺にいる航空機などには届いてしまうことが多い。 しかし、その際ミサイルが発射されないように二重、三重の安全装置がかけられており、一人のミスでミサイルが不時発射されてしまうようなことはない。 戦争が行われている場合や情勢が緊迫している場合なら火器管制レーダーの電波照射はミサイル発射の前兆であり、危険であるが、平時においては火器管制レーダーの電波照射が行われることが、直ちに危険であるということはない。元航空幕僚長の田母神俊雄氏 陸海空自の対空ミサイル部隊では日々の訓練で、自分の部隊の上空に接近する航空機は、万が一に備えその航空機が何者であるか識別するとともに、あらゆる航空機を疑似の射撃目標としてレーダー操作訓練を実施している。疑似目標には自衛隊機だけでなく米軍機も民間航空機も含まれている。 これは多くの国で同様な訓練を実施していると思われる。民間航空機を目標として危険な訓練を実施していると騒ぐ人たちがいるかもしれないが、ミサイルが飛んでいくことはないので全く安全である。 しかし、危険だから民間航空機を疑似目標として訓練することはやめろという指示が防衛省などから出てくる恐れがある。そうすると対空ミサイル部隊は訓練の機会を大幅に失うことになり部隊の弱体化につながっていく。そういうことにはならないようにしてもらいたい。決して危険な訓練ではないのだから。 自衛隊は民間航空機や米軍機を含めレーダー操作訓練をしているだけである。同じ火器管制レーダーの電波照射でも戦闘機の場合は多少状況が違っている。戦闘機が空対空戦闘訓練を行う場合は、定められた訓練空域の中で、戦闘機同士で行われることが多いので、火器管制レーダーの電波照射は、模擬戦を戦う仲間の戦闘機に対して行われる。韓国軍に敵意なし 日米共同訓練の時には当然米軍戦闘機などに対しても電波照射が行われる。だから戦闘機の火器管制レーダーの電波発射は民間航空機に向けられることはない。 もちろん対象国の航空機に対しても戦闘機が火器管制レーダーの電波を照射することはない。これに対し地上や海上の対空ミサイル部隊の場合は、常時目標が存在するわけではないので、部隊や艦艇の上空に接近するあらゆる航空機を疑似目標として訓練を行っている。  さて、射撃管制レーダーの電波を対象国の軍用機に向けて照射することは、対象国に電波情報を与えることを意味する。だから周辺に対象国の軍用機がいる場合は、対空ミサイル部隊も戦闘機なども電波照射を控えるのが普通である。 今回、韓国艦艇の電波照射を受けたP1哨戒機も電波情報を収集できる機材を搭載している。従って今回韓国艦艇は、上空に来た航空機がP1だと気づかずに電波を照射した可能性がある。上空に来た航空機を識別するために軽い気持ちで電波照射をしたのかもしれない。 今年は日韓関係が悪化した年であった。慰安婦の問題、戦時中の徴用工の問題、国際観艦式における旭日旗の問題など、日本国民にとっては韓国に嫌気がさしてしまうようなことが多かった。 韓国があまりに理不尽なことばかり言う。今回の射撃管制レーダーの電波照射の件で、今度はわが国政府が強硬に抗議していることで、留飲を下げている日本国民も多いことだろう。韓国軍のレーダー照射問題を受けて記者会見する岩屋毅防衛相(中央)=2018年12月、防衛省 しかし、射撃管制レーダーの電波照射自体は別に危険なことではない。世界中で日常的に行われていることであり、いま日本と韓国が戦争をしているのではないのだから、電波照射とミサイル発射は別物である。 韓国海軍が敵意むき出しで海上自衛隊に向ってきたと考える日本国民もいるかもしれないが、私はそうではないと思っている。韓国海軍の実力では海上自衛隊と戦えないことは、韓国海軍は十分承知している。 喧嘩(けんか)はこれ以上エスカレートさせることなく収めた方が両国のためである。韓国に警告を与えるためには、韓国に対して圧倒的に強い日本の経済力を利用するのが一番いいと思う。■ 【徹底比較】韓国と北朝鮮の陸海空戦力はこんなにも違った!■ 韓国軍不祥事、今も韓国を支配する法より大義の儒教モラル■ ベトナムが韓国の戦争犯罪を今も黙殺する理由