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    北朝鮮非核化、日本はそれでも負担すべきか

    「払うのは日本と韓国」。先の米朝会談後、トランプ大統領は北朝鮮の非核化費用負担についてこう言い放った。安倍首相も早々と負担を受け入れる意向を示したが、拉致問題の進展が見えない中で日本がなぜ負担しなければならないのか。多くの日本人が疑問に思う非核化負担の是非を考える。

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    北朝鮮非核化「トランプの財布」に日本が甘んじてどうする

    有田芳生(参院議員) 「国務省関係者に『トランプ氏は日本人拉致問題をどこまで真剣に取り上げてくれるのか』と聞いたところ、『彼が日本との間で関心があるのはトレード(貿易)だけだ』と明言し、トランプ氏本人が拉致問題について本気で交渉すると安倍政権が考えているなら、『それは妄想だ』と警告していました」 これは共同通信の太田昌克編集・論説委員の発言だ(『世界』7月号)。トランプ米大統領の「原理」は「トレード(貿易)」にあると認識し、そこから発言と行動を判断すればいい。分かりやすい言葉で言えば「ゼニの論理」である。「朝鮮半島の非核化」プロセスもその視点から見ればいいだろう。 トランプ大統領が語ったように、北朝鮮の非核化の費用について、日本は韓国とともにその負担をすべきかどうか。安倍晋三首相は6月16日のテレビ番組で「日本の立場は明確」「かかる費用については、核の脅威がなくなることによって平和の恩恵をかぶる日本などが負担するのは当然」と語っている。 私の結論を先に述べておけば「総論反対」である。トランプ大統領が「米国は朝鮮半島から遠く離れているから負担しない」と主張するのは全く理由になっていない。英投資顧問会社、ユライゾンSLJ・キャピタルの試算では「北朝鮮の非核化」には10年間で約2兆ドル(約220兆円)かかるという。 北朝鮮の非核化をめぐる歴史を振り返ってみれば、その論理は破綻する。2002年9月17日に行われた日朝首脳会談で「日朝平壌宣言」が合意される。その内容を具体化したのが米、中、露、韓国、北朝鮮、日本の枠組みから成る「6カ国協議」であった。 2007年2月8日から北京で開催されていた六者会合(第5回会合第3セッション)は、同月13日に「共同声明履行のための初期段階の措置」を採択する。北朝鮮が「60日以内に実施する『初期段階の措置』」として、次の合意がなされた。(1)寧辺(ニョンビョン)にある再処理施設を含む核施設を、最終的に放棄することを目的として活動停止(shut down)および封印(seal)する(2)全ての必要な監視および検証を行うために、国際原子力機関(IAEA)要員の復帰を求める(3)使用済み燃料棒から抽出したプルトニウムを含む、全ての核計画の一覧表作りについて、5カ国と協議する この計画が実現しなかったことは、すでに歴史が証明している。 問題は、今回の米朝合意で確認された「段階別、同時行動原則を順守する」ことである。今後の米朝実務者協議では「朝鮮半島の非核化」プロセスが具体化されていく。共同声明に署名する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領=2018年6月12日、シンガポール(朝鮮中央通信=朝鮮通信) 07年2月の合意では、さらに課題が示されていた。非核化への「初期段階の措置」とセットで合意されたのが「緊急エネルギー支援」である。具体的には「重油5万トンに相当する緊急エネルギー支援の開始」だ。これに米、中、韓、露が実施したが、日本は「拉致問題を含む日朝関係の現状を踏まえて」参加しなかった。 そして同時に、日本と北朝鮮は「日朝平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための協議を開始する」ことも合意された。この「懸案事項」には拉致問題も含まれている。さらに「朝鮮半島の非核化」のための作業部会も設置され、「初期段階の次の段階における措置」では、北朝鮮が「全ての核計画の完全な申告の提出および全ての既存核施設の無能力化などを行う」ことまで合意されていたのである。トランプの財布から脱せよ 米朝首脳会談を受けて、「朝鮮半島の非核化」プロセスは、これから具体的に詰められていく。その枠組みが何カ国になるかはこれからの交渉にかかっているが、かつてのように複数になることは避けられないだろう。 このように過去の合意を踏まえると、「段階的、同時行動の原則」においては、非核化のために負担だけではなく、何らかの経済支援も求められることになる。私が「朝鮮半島の非核化」費用負担に「総論反対」というのは、「過去の清算」も行った上での日朝国交正常化がどんどん曖昧になる恐れがあるからである。 トランプ大統領が語ったように、北朝鮮を含めた「朝鮮半島の非核化」には10年単位の時間が必要だろう。拉致被害者家族にそんな時間はない。北朝鮮に残された残留日本人もわずか1人(北朝鮮当局によると荒井琉璃子さん)だけになってしまった。いわゆる日本人妻も生存者はわずかだ。 日本政府はまず生きている人間の課題を人道的に迅速に解決しなければならないのだ。もちろん2万柱を超える日本人遺骨の収容についても早急な検討が必要である。 「北朝鮮の非核化」、朝鮮戦争の終結と平和協定の締結、そして米朝国交回復は、北東アジアの平和を実現し、安定させる歴史的事業である。その課題を進めるのは南北朝鮮の当事国だけでなく、日本はもちろん、中国や米国も深く関与していかなければならないのである。「地理的に近いから、韓国と日本が費用を負担せよ」とするトランプ大統領の発言は、「ゼニの論理」だけで外交をとらえる大国主義による暴論以外のものではない。 もう一度言おう。日本政府は平壌宣言とストックホルム合意に基づき、一刻も早く生存している拉致被害者、残留日本人、いわゆる日本人妻問題などを解決しなければならない。その上で日朝国交正常化交渉に本腰を入れ、同時に短期、中期、長期的視野に立って、国際社会と共同して実効性ある「朝鮮半島の非核化」を実現していく責務があるのである。会談する安倍首相とトランプ米大統領=2018年4月17日、ワシントン  「対米従属」から「対米自主」へ。米国がいつでも自由にできる「財布」のような役割を演じ続ける実体を脱しなければ、日本は「真の独立国家」とは言えない。何が非核化プロセスか、全く明らかではない現状にあって、日本政府が「100%米国とともにある」として、非核化費用の負担に応じるのは、外交でも何でもないのである。 米朝枠組み合意により設立された朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の歴史を振り返っても、日本は600億円ほどの負担をしたが、非核化にはつながらなかった。私が「総論反対」と主張するのは、スローガン先行による安倍「やってる感」政治の米国追随外交では、複雑な現実に対応できないからなのである。

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    金丸信「1兆円の約束」 日本が北朝鮮を支援する道理はない

    重村智計(東京通信大教授) トランプ米大統領は6月12日、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との米朝首脳会談後の記者会見で「北朝鮮の『非核化』費用は日韓が負担する」と述べた。さらに、トランプ大統領は拉致問題解決後の北朝鮮への経済支援にも言及した。 そんな中で、北朝鮮への経済支援をめぐり、日朝の秘密交渉による「1兆円超」という支援額が一人歩きしている。だが、日本政府が把握していない拉致被害者全員について、北朝鮮が明らかにしない限り、経済協力資金を拠出すべきではない。 いったい「1兆円」という数字は、誰が北に伝えたのか。私の取材によると、最初は金丸信元副総理である。 自民党の実力者であった金丸氏は1990年9月に訪朝し、金日成(キム・イルソン)主席と2人だけの極秘会談を行っている。この会談で、金丸氏は日本側の通訳を同席させない大失敗を犯しており、日本の「大政治家」の外交感覚のなさに驚く。秘密会談に同席した北朝鮮側通訳と、会談を準備した関係者によると、話し合いは次のようであった。金日成「日朝が国交正常化したら、どのくらいの経済協力資金をいただけますか?」金丸 「大蔵省が50億ドルというだろうが、北朝鮮は100億ドルを要求してください。私が間をとって、75億ドルにするからどうですか」 これは外交ではなく、「国会対策」の手法だ。しかも、金丸氏は拉致問題に言及することなく、経済協力を約したのである。支援額の75億ドルは、当時の為替レートで約1兆円であり、これが「1兆円の約束」の始まりだ。金主席は、中国側から「50億ドルだろう」と伝えられていたので、事実上の増額の申し出に喜んだ。 2回目の「1兆円の約束」は、2002年の日朝首脳会談だ。このとき、北朝鮮の「ミスターX」と秘密交渉を行った田中均アジア大洋州局長は交渉記録を残していなかった。この事実は、官房副長官として会談に同席していた安倍晋三首相が後に明らかにし、田中氏を非難した。この際に「1兆円覚書」が渡されたのではないかと私は見る。 なぜなら、金正日(キム・ジョンイル)総書記は平壌で、外国の要人と「無料」で会見したことはないからだ。事実、2000年6月に南北首脳会談で会談を行った金大中(キム・デジュン)元大統領も5億ドル(約500億円)に上る「面会料」の支払いを認めた。対北の経済支援に関する権利を得たい韓国の財閥、現代グループの鄭周永(チョン・ジュヨン)オーナーも3億ドルを支払っている。2002年9月、日朝首脳会談を前に、北朝鮮の金正日総書記(右)に握手を求め歩み寄る小泉純一郎首相(当時)。その右は官房副長官時代の安倍晋三首相(代表撮影) 「金正日は小泉純一郎首相にタダで会ったのか」。私の問いかけに、北朝鮮側の当局者は「将軍様がタダで会うわけはない」と答えた。その上、ミスターXが「国交正常化と100億ドルの経済協力資金を出すとの覚書をもらっている」と話してくれた、と明かしたのである。 もしそうならば、日本政府はこの「覚書」を出すように北朝鮮に要求すべきだ。経済支援算出については、過去の不透明な約束を公開し、支援額の透明性ある根拠を示さなければならない。 実は、日朝の実務者協議で、北朝鮮の交渉者は私的な会話の際に、日本外務省の課長に対し「1兆円の約束はいつ実行してくれるのか?」と聞いてきた。日本側にはその意味が分からなかった。文書も証拠も残っていないからである。 また、歴代の米大統領、ジョージ・W・ブッシュ氏とオバマ氏は拉致問題解決の経済協力資金について、「核開発に使われるから出さないでほしい」と日本に要請してきた。しかし、トランプ大統領は資金の拠出に関して、金委員長に「拉致問題を解決しないと、日本は経済協力資金を出さない」と伝えている。裏を返せば、米国が拉致問題による日本の資金拠出を認めたことを意味する。米朝会談「40分間の真実」 では、なぜトランプ大統領は金委員長を追い詰めなかったのか。事実、あいまいな非核化合意に対し、批判や疑問の声が巻き起こっている。米朝共同声明は、当初期待された「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(CVID)」に全く触れなかったからだ。トランプ氏は、今秋行われる米中間選挙のために、どうしても「成功」を演出する必要があったのである。それでも、「北朝鮮の非核化」という約束を取り付けたのだから、最初の首脳会談としては成功だろう。 米朝首脳会談の共同声明には、隠された重大な真実があった。北朝鮮の非核化をめぐる交渉で、北朝鮮と中韓は「朝鮮半島の非核化」で合意している。だが現実には、韓国に核兵器はない。 にもかかわらず、なぜ北朝鮮と中国は「朝鮮半島の非核化」をうたうのか。北朝鮮だけでなく米韓の非核化を狙い、「米国の核の傘」の撤去を求めるからである。具体的には「グアムの米軍基地」からの核兵器撤去だ。 共同声明には「金正恩委員長が『朝鮮半島の完全な非核化』を再確認した」と記述されている。その上で「北朝鮮は、朝鮮半島の完全非核化に向けて努力すると約束した」と明記した。この表現だと、「朝鮮半島の非核化は北朝鮮が行う」ということになる。米国の義務は明記されていないからである。 つまり、共同声明では「トランプ大統領と金正恩委員長が、朝鮮半島の非核化を約束した」と表現していないのである。あくまで、「非核化約束」の主語は「金正恩委員長」と「北朝鮮」だ。すなわち「朝鮮半島の非核化」は「北朝鮮の非核化である」の意味となり、「米国の核の傘」問題は消えてしまった。トランプの勝利である。 一方で、金委員長はどのようにしてトランプ大統領との信頼を築き、心をつかんだのだろうのか。首脳会談の「真実」は、冒頭40分間の2人だけの会談に隠されていた。2人は互いの国内懸案解消のために、「ライブ中継」での「歴史的」会談という演出を必要としたのである。2018年6月12日、会談場所のホテルで笑顔で手を振る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ロイター=共同) 2人は何を話したのか。金委員長は緊張した表情で、他の閣僚や高官に聞かせたくない本音をトランプ大統領に打ち明けた。 「ここまで来るのは、それほど容易な道のりではありませんでした。私たちには、私たちの足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が、時には私たちの目と耳をふさいでいましたが、わたしは全てを乗り越えてここまで来ました」 さらに金委員長は会談終了時に、再び「ここまで来るのは容易ではなかった」と、もう一度ほっとした表情で語った。 「私たちの過去」とは、北朝鮮の国内事情を説明したものだ。国民に対し「反米」と「米帝との戦争」を信じ込ませた反米思想のため、朝鮮人民軍の幹部や労働党の元老が首脳会談に反対していた。「さまざまな障害」とは、軍部を中心とした「非核化抵抗勢力」の存在を意味する。中国の「北朝鮮カード」 老幹部の妨害も激しかったのだろう。首脳会談直前に軍首脳3人を入れ替えた事実が、闘争の激しさを物語っている。金委員長は、北朝鮮軍部の「抵抗」を抑えて、シンガポールまで来た国内事情をトランプ大統領に「理解してほしい」と訴えたのだった。 そこで、トランプ大統領は中央情報局(CIA)が入手した情報から、クーデターや暗殺の危機に直面する金委員長に「米国がいつでも一家を受け入れる」と伝え、万一の「亡命」にOKサインを出した。だから「完全な非核化実現を心配なく実現してほしい」と訴えたのだろう。 トランプ大統領も公言通りに8月の米韓合同軍事演習の中止で韓国側と合意し、金委員長への配慮を示した。ところが、「可能な限り早い日程」で行なわれるはずだったポンペオ米国務長官と北朝鮮高官との交渉は、7月に入ってポンペオ氏が平壌を訪問し、ようやく進展したかにみえた。しかし、ポンペオ氏が進展を強調する一方で、北朝鮮外務省は会談に関する詳細な声明を出して、進展について否定した。 そもそも、ポンペオ氏もCVIDをめぐる交渉について「期限は設けない」との立場を明らかにし、トランプ大統領も同様の発言を行い、交渉の長期化を念頭に入れている。一方で、中国の習近平国家主席も金委員長の3度目の訪中を受け入れ、首脳会談を行うなど米朝中の駆け引きが続いている。 北朝鮮高官によると、金委員長は今年9月の国連総会で演説し、ホワイトハウスでの米朝首脳会談を行う計画だという。だが、中国首脳は米朝首脳の頻繁な交流に不満を示している。 中国は、首脳会談直後から新たな危険に気がついたからである。米朝首脳が電話会談を頻繁に行い、金委員長がワシントンを訪れるようなことになれば、中国の影響力は低下してしまう。しかも、トランプ大統領は米朝会談を説明する特使を中国に派遣せず、習近平主席と電話首脳会談も行わず、習主席の顔を潰した。金委員長も米朝会談直後の訪中を行わなかった。 米朝の指導者にメンツを潰された習主席は会談1週間後の6月19日、ついに金委員長を北京に呼びつけた。結局、今年3度目の中朝首脳会談以降、米朝の高官交渉は行われず、ポンペオ長官も「北朝鮮との交渉に期限を設けない」と発言した。米国は、中国が進展を妨害していると受け止めている。朝鮮半島での早期の冷戦構造崩壊を、中国は望んでいないようだ。北京の人民大会堂で歓迎式典に臨む中国の習近平国家主席(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年6月19日(新華社=共同) 金委員長が米朝会談で「北朝鮮の非核化」を受け入れたのも、中国にとっては気に入らない。当然、グアムからの核兵器撤去を意味する「朝鮮半島の非核化」を放棄したのも納得できない。 習主席は、中国抜きでの「朝鮮戦争終結宣言はさせない」と金委員長に伝え、クギを刺した。中国は、米中貿易戦争に勝つために、北朝鮮を「外交カード」として手にしておく必要があるからだ。米朝は中国に、北の核問題の早期解決に思い切りブレーキを踏まれてしまったのである。

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    金正恩にいいとこ取りされたことに気づかないトランプ

    中止する」と発表しました。在韓米軍は核保有の北朝鮮のみならず中国も視野に入れているので、北東アジアの安全保障にとって極めて重要であるというのが、外交・安全保障問題の専門家の見解です。 ところがトランプ大統領は、彼らとはまったく異なったパラダイム(ものの見方・考え方)に基づいて議論しています。率直に言ってしまえば、在韓米軍にかかるコストに反対するトランプ支持者を意識して発言したのです。史上初の米朝会談においても、トランプ氏は「支持基盤第一主義」を貫いたということです。 米朝共同声明には、「検証可能」「不可逆的」という文言は入りませんでした。非核化に関する期限及び具体的な検証の仕方に関しても一切触れていません。結局、今回の米朝会談で非核化についてトランプ大統領の本気度に疑問符が付きました。これまでは、北朝鮮の非核化のコミットメント(関与)に懐疑的でしたが、会談の「ショー化」にエネルギーを注ぐトランプ氏を見ると、同氏の本気度を疑うのは当然です。 マンマス大学(米東部ニュージャージー州)が実施した最新の世論調査(18年6月12-13日実施)によれば、「米朝首脳会談でどちらの国がより多くの利益を得たと思うか」という質問に対して、有権者のわすか12%が米国と回答したのに対して、38%が北朝鮮と答えました。 しかも、同世論調査では米朝会談でトランプ氏が「強く見えた」と回答した有権者は46%、一方金氏は45%で拮抗しています。演技力と発言力の双方でトランプ大統領が金氏を上回っていたのにもかかわらず、米国の有権者は同大統領に厳しい評価を下しています。 確かにトランプ大統領の米韓合同演習中止の発表は、金氏にとって収穫でした。だたそれのみではありません。トランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=12日、シンガポール(ロイター) トランプ大統領は、米朝首脳会談後の記者会見で日本及び韓国に経済支援の費用を期待していると述べました。帰国後、米FOXニュースとのインタビューの中で、金氏について「我々はケメストリー(相性)がとてもいい」と4回も語り、両首脳の良好な関係を強調しました。 金氏はすでに外交・安全保障において、習近平国家主席を後ろ盾にてしています。加えて今回の会談で、同氏はトランプ氏を経済支援の後ろ盾に得ることに成功しました。これが、同氏にとって最大限の収穫であったわけです。うんの・もとお 明治大学教授、心理学博士。明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08~10年、12~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年及び12年の米大統領選挙においてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。著書に「オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略」(同友館)など多数。

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    拉致解決ないなら安倍氏は米と決別しようが北への支援拒否を

     米朝首脳会談が終わると、「拉致の安倍」は正念場に立たされる。安倍晋三・首相の政治経歴の中で“勲章”といえるのが拉致問題での対応だ。 小泉政権時代の2002年、官房副長官として平壌での日朝首脳会談に同行した安倍氏は、北から一時帰国させた5人の拉致被害者を「返すべきではない」と主張し、北への強硬な外交姿勢が国民の大きな共感を呼んだ。 その功績で保守層の強い支持を得たことで2006年に首相の座に就き、2012年に再登板すると、「拉致被害者は私の内閣で最後の1人まで救出する」「拉致の解決がなければ北朝鮮との国交正常化はありえない」、そう国民に誓った。 拉致解決は安倍氏の政治家としてのレゾンデートルであり、だからこそ、米朝会談が日程にのぼると自ら拉致被害者家族に何度も面会して解決への努力を約束した。 しかし、トランプ大統領が金正恩氏と和解すれば、首相は重大な決断を迫られる。保守派の国際政治学者・藤井厳喜氏が日本にとっても、安倍首相にとっても「最悪のシナリオ」をこう予告する。「トランプがもし米朝首脳会談で拉致問題に言及しても、金正恩が応じるとは思えない。それでも、核ミサイル交渉が進展すれば、米国は拉致問題が解決していなくても日本に経済支援の実行を求める可能性が高い。『拉致の解決がなければ北朝鮮との国交正常化はありえない』と誓った安倍首相は、拉致問題の解決をいったん棚上げして日本外交の基本である米国との協調を選ぶか、あくまで政治信条を貫いてトランプに『北への支援はできない』とNOを突きつけるかの板挟みになる」 保守派は安倍氏の決断を期待を持って注視している。藤井氏はこう見る。「ここで安倍首相が弱腰を見せれば、金正恩氏に舐められて拉致被害者の全員帰国など望めない。それ以上に、拉致問題を政治的に利用してきたという批判にさらされ、被害者家族も失望する。拉致の安倍が本物であることを国民に示すためにも、安倍首相はトランプと決別することになろうと、『これだけは米国の頼みでも譲れない。日本は北が拉致被害者全員を返すまで、1か国でも経済制裁を続けて経済支援は一切行なわない』と必ず言ってくれるはずです」ホワイトハウスでトランプ米大統領の出迎えを受ける安倍晋三首相=2018年6月8日、(ロイター) 戦前、列強による日本包囲網の中で国際連盟に乗り込んだ松岡洋右外相は、有名な脱退演説を残して席を立った。「アメリカ人には、たとえ脅かされても、自分の立場が正しい場合には道を譲ったりしてはならない。対等な立場を欲するものは、対等な立場で望まなければならない」 しかし、いまや対米協調は国益と深く結びついている。安倍首相がどう決断するか。その答えは間もなく国民の前に明らかになる。関連記事■ 安倍首相への進言 「米朝和解なら6か国協議を脱退せよ」■ 米朝首脳会談 安倍首相は舞台に立てぬまま外交的敗北■ 高須院長 米朝会談で指摘「韓国は相当空気が読めてない」■ 北朝鮮の非核化による融和ムード 数年後に自ら壊す可能性も■ 昭恵夫人 安倍家の親族会議で「離婚しない!」と叫ぶ

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    米朝の相互不信 演出された首脳合意や協定では解消できない

     史上初の米朝首脳会談がシンガポールで開かれた。トランプ大統領は会談の成果を自画自賛しているが、会談の時間は短く、共同声明への署名を前提とした、すべてが演出されたものだった。 会談の冒頭で二人は笑顔で固い握手を交わし、昼食後は通訳なしで二人だけで笑みを浮かべながら会談場のホテルの敷地を歩き、トランプ氏は自分の専用車の車内を金正恩氏に見せるというサービスまでした。 トランプ氏は首脳会談前に1分で相手を見極めると公言していたが、金正恩氏と会ってみて、交渉の相手としてふさわしいことは確かめることは出来たようだ。しかし、初の首脳会談を通じて構築された信頼関係は、トランプ氏にとっては個人的、金正恩氏にとっては表向きのものに過ぎない。 それにしても、共同声明は原則論ばかりで具体的に何かを約束するものではなかった。実現のための交渉をこれから行うというものであり、実現可能かどうかは今後の交渉に委ねられるため、場合によっては交渉決裂もあり得る。 共同声明の内容は次の4項目。(1)新たな米朝関係の確立に取り組む(2)朝鮮半島の持続的で安定した平和体制の構築(3)朝鮮半島の完全な非核化(4)朝鮮半島の戦争捕虜/行方不明兵の遺骨回収──。これらの項目のうち(4)は過去に行われていたものであるため、北朝鮮側へ多額の費用を支払えば、すぐにでも実現できるため、トランプ氏は自分の宣伝に使うことができる。 首脳会談後に行われた、この共同声明に関する記者会見でのトランプ氏の発言は、残念ながら言い訳と自己弁護にしか聞こえなかった。記者会見を見ていて、首脳会談前に板門店で行われた米朝実務協議の難航ぶりが想像できた。ワーキングランチを前にカペラホテル内を並んで歩くトランプ米大統領(左)と金正恩朝鮮労働党委員長=2018年6月12日、シンガポール南部セントーサ島(ロイター)「戦争ムード」だった1年前 終始笑顔の二人だったが、1年前(2017年6月12日)を振り返ってみると、マティス米国防長官が議会で、北朝鮮を「平和と安全に対する最も緊急かつ危険な脅威だ」としたうえで、もし外交交渉が失敗し、軍事力を行使することになれば深刻な戦争になるだろうとして強い懸念を示していた。 今回の首脳会談が、このような懸念を払拭する第一歩となったのは確かだ。1年前は「米朝開戦説」を専門家やジャーナリストがまことしやかに流布していた時期だったこともあり、トランプ氏と金正恩氏が笑顔で握手することになるとは、誰も想像していなかっただろう。 しかし、今年11月の中間選挙を考えると、トランプ氏が「予測不能」な決断をすることは予想できた。これからも北朝鮮との「予測不能」な「政治ショー」が続くのだろう。 共同宣言には、当初の予想に反して「朝鮮戦争の終結」は含まれていなかった。しかし、避けては通れない問題であるため、本稿では「終戦」の難しさについて触れておきたい。空文化している休戦協定空文化している休戦協定 朝鮮戦争の休戦協定は、締結(1953年7月27日)から2か月も経っていない9月18日に北朝鮮兵が韓国へ侵入して以降、戦闘機やヘリコプターの撃墜、銃撃戦などが続いたことで、空文化した。 非武装地帯の中央を走る軍事境界線を挟んで、時には越境して小規模な武力衝突が繰り返されてきた。これは長きにわたる低強度紛争といえる。その結果、休戦後からこれまでに、米軍は80人、韓国軍は405人以上が北朝鮮軍との「戦闘」により死亡している。北朝鮮軍も857人以上が死亡している。 今日も韓国軍・在韓米軍と北朝鮮軍の、軍事境界線を挟んでの対峙は続いており、その緊張状態は「休戦」とは程遠い状態にある。毎日24時間態勢で米軍の偵察機が北朝鮮軍の動向を監視しているだけでなく、今夜も夜通しで韓国陸軍の偵察部隊が非武装地帯のなかをパトロールしているはずだ。 これまで、実態として「休戦」が存在していなかったので、「休戦」もできていない状態なのに「終戦」を宣言されても、どのような状態になるのか想像がつかない。「終戦」となっても軍事境界線を含む非武装地帯は解消されず緩衝地帯として残るだろうし、韓国軍と在韓米軍による偵察活動も継続されると思われるからだ。 また、「終戦」とするのであれば、北朝鮮軍は非武装地帯付近に大量に配備している長射程砲を削減する必要があるし、韓国軍・北朝鮮軍双方が戦略兵器を削減する必要もある。しかしこれは、非核化が完了するまで実現することはないだろう。板門店で抱き合う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と韓国の文在寅大統領=2018年5月26日(韓国大統領府提供、AP) 一般にいう「朝鮮戦争の終結」が具体的にどのような状態を意味しているのか分からないが、休戦協定を平和協定に転換し、韓国軍と北朝鮮軍を削減し、非武装地帯を解消するなど、全面戦争に備えるものを完全に撤去することは不可能に近い。 朝鮮半島の非核化と朝鮮戦争の終戦が実現できないのは、米国への不信感が根底にあるためなので、切り離して考えることはできない。 つまり、米国と北朝鮮の敵対関係は、首脳同士の個人的な信頼関係や合意や協定で解消できるものではなく、軍備の削減など物理的な側面からも、相互不信が完全に解消されるまで終わらないのだ。●文/宮田敦司(朝鮮半島問題研究家)関連記事■ 北朝鮮の高校生に金正恩氏をどう呼ぶか? と聞いてみたら…■ 米朝首脳会談報道に見る各局キャスターの悲喜こもごも■ 拉致解決ないなら安倍氏は米と決別しようが北への支援拒否を■ 撮影場所は平壌 街頭で見つけた北朝鮮の美女たち■ 北朝鮮大学生 「金正恩を陰では『子豚野郎』と呼んでいる」

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    普天間移設でも安保ただ乗り論でも米国が日本を支持する理由

    ソン提督の公聴会が行われた。多岐にわたる質疑応答のうち、日本に関わる部分を以下に紹介する。(1)日米安全保障関係の現状について 日米同盟は70年以上、インド・太平洋地域の平和、繁栄と自由の礎石である。日米両国は、同盟をさらに強化するため、次の数十年に向けて、役割分担を含めた兵力再編を始めた。2015年の日本の平和安保法制と新日米防衛ガイドラインは、日本の役割を拡大させた。日米の軍同士の関係はかつてないほど強固である。(2)日本の隣国との関係が日米関係に及ぼす影響について 日本が近隣諸国と建設的関係を築くことは重要なことである。日本は、韓国、豪州、インド、アセアン諸国との防衛協力を拡大すべきと思う。日本は、米国や米国の同盟国と協力することで、より国際平和に貢献できる。 日本は、ルールに基づいた国際秩序の重要性を認識し、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推進している。北東アジアにおける多国間安保対話の進展は、日米韓の連携による。その点、日韓関係が歴史や領土対立で緊張することを懸念する。日韓両国間で問題解決するにしても、外部勢力が摩擦を利用して、米国と同盟国との離反を図ろうとすることには注意しなければならない。(3)日本の対北朝鮮、対中国の抑止力を高めるためにすべきことについて 日本政府は、北朝鮮や中国に関係なく、自衛隊の対空防衛力及びミサイル防衛力を向上させようとしている。私は、日本は、さらに海洋安全保障、情報、監視等の分野の能力も高めてほしいと思う。沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場(上)と周辺の住宅地=2017年7月撮影(4)普天間移設計画について 日米両国は、長期的持続可能な米軍のプレゼンスを確保するため、在日米軍の再編を進めることで一致している。そして、普天間の海兵隊基地を返還する唯一の解決策がキャンプ・シュワブへの移設であることも確認している。米国の防衛産業を潤すために(5)在日駐留経費等について 日本の経費負担は適切なものである。日本は、グアムへの移転や普天間移設を含む在日米軍再編費用の相当の割合を負担している。日本が、日本以外の米国の主権の及ぶグアムの経費を負担するのは初めてのことである。 概算して、日本は移転費用の約3分の1を負担する。米軍駐留経費に関しても、日本は公平な負担をしている。米軍で働く日本人スタッフに関しては90%、光熱費に関しては61%負担している。 また施設の維持費や移動訓練費等も相当負担してくれている。2015年12月に合意したホスト・ネーション・サポートの5か年計画でも、日本は負担額を1%増額してくれた。日米同盟及びインド太平洋の安全保障のために必要なのは、在日米軍の駐留経費への日本の負担を増やすことではなく、現代の脅威に適した日本の防衛力を高めるために日本が投資することである。出典: US Senate ‘Advance Policy Questions for Admiral Philip Davidson, USN Expected Nominee for Commander, U.S. Pacific Command’ (April 17, 2018) 上記のデイヴィッドソン提督の発言は、常識であり、前任となるハリー・ハリス現太平洋軍司令官との政策上の差異は、日米関係上はさしあたりないのではないかと思う。日米安全保障関係の継続性が期待できる。 トランプ政権になってからは、アジア・太平洋ではなく、「インド・太平洋」という言葉が、この地域を表現する時に使用されるようになった。この点は、デイヴィッドソンでも踏襲された。日本が協力すべき相手国としても、韓国、豪州、アセアン諸国の他、インドが挙げられている。日米協力の範囲が広がったと言える。2018年4月に米軍が嘉手納基地で実施したパラシュート降下訓練(沖縄県嘉手納町提供) 米国の議員からは、日本の経費負担に関する質問が出たが、デイヴィッドソンは、日本は十分に経費を負担していると応じ、かつてのような「ただ乗り論」が出る余地はもはやなさそうである。 しかし、最後にデイヴィッドソンが述べたように、日本の防衛能力向上のための投資、すなわち、米国製の防衛装備品を購入してほしいというニュアンスは、感じ取られた。これは、Make America Great Again (MAGA)を標榜するトランプ大統領の考えとも一致し、日本が高価な防衛装備品を購入してくれれば、米国の防衛産業は潤う、との議論で、今後、その方面での要望や圧力が高まることは覚悟しなければならないだろう。

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    ウーマン村本「炎上騒動」の内幕

    「尖閣を侵略されたら、白旗を挙げて投降する」。元旦に放送されたテレビ朝日系討論番組『朝まで生テレビ!』に出演したお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」村本大輔氏の発言が波紋を広げた。トンデモ発言はなぜ飛び出したのか。番組共演者が初めて明かすウーマン村本「炎上騒動」の全内幕!

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    「無知だからテレビに出すな」ウーマン村本批判のこれは間違っている

    、過去は過去として新しい未来に向けて前に進もうとしているのである。 それでも、戦後の歴史や政治関係、安全保障問題について正しく教育を受けずに育った人が過去の歴史を十分知らずに率直な疑問を発することは社会に住む人間の自然のあらわれであり、これを単に無知で誤った感覚と切り捨てることができるであろうか。 われわれの親や、その親の代がしたことは、われわれには直接責任がないように思えるが、それを引きずって生きているのであり、人が謙虚に生きていくためには、日本人がこの150年ほどの間に一近現代史の中で、いかなることをしてきたのか、アジアの人がそれをどのように思い、今なお、われわれが振る舞っていることは正しいのかどうかを常に見直しながら生きていく必要があると考える。「オホーツクール 事業発表会」に出席したお笑いタレントの村本大輔=2017年12月 13日、東京・新宿 村本氏の質問は、歴史観だけでなく、憲法、政治・安全保障の基本事項など広範に及んでおり、無知、唐突、荒唐無稽のように思われるが、同年代の多くは、よほど関心を持って学問している人を除けば平均的な若者の質問にしばしば見られる現象だ。また、それを公にメディアを通じて質問することは勇気がいるに違いない。 従って、彼の質問に全く不快感をもたなかったし、これにどう答え、どのように考えるべきかを指摘するのは、われわれ専門家の責任であると思い接したつもりだ。その点で井上達夫教授や自分が村本氏に真剣に向き合ったことは、良かったのではないかと思う。特に、井上教授の指摘は適切で大変感心した。 ただ、村本氏はもっと大人だから、さらに勉強しておいてもよいと思うが、大学生でも入学当初の素養はある程度のことが多いと思うし、「あんな無知な質問をする人をテレビに出すな」という考えは全く間違っている。年齢に関係なく、どれほどの日本人が正しい知識を持っているかを考えたとき、多くはメディアの影響を受けたり、雑誌の知識だったり、他人からの耳学問だったりして本当のことをわかっていないことが多い。村本氏への注文 試しに高等学校教科書「日本史」や「政治」「安全保障」「憲法」に関する本を買って読んでみるがよい。どれくらい、そこに載っていることをわれわれ日本人が知っているのか。それを知らずして外国人の振る舞いを指摘したり、外国人に日本のことを説明したりすることの方が恐ろしい。 もし、村本氏に注文があるとすれば、少なくともメディアで活動している人なのだから、「朝生」がどんな番組であるかを知り、番組テーマについて少しは事前に勉強してくる姿勢は必要だろう。自分の意見が訂正されたら、どこがおかしいのかについて考えてから発言するくらいに配慮も必要だ。反省の余地は十分にあると思うが、自分の意見を堂々と主張して専門家に挑戦してくる姿勢は大いに評価できる。 この問題の本質は、われわれが、日本の「近現代史」や「政治」「安全保障」について正しく理解せずに物事を論じたり判断したりしていることにある。だから、学校教育に頼らず、社会教育をもっと盛んにして自分で勉強することが必要だ。 歴史や物事を知らないからテレビに出すな、時間の無駄だというのは暴言である。言論の自由を封じてはならない。特に、「朝生」にタブーはなく、本質的に取り組んできたところに特色がある。米映画「ドローン・オブ・ウォー」のトークショーを行った田原総一朗氏(左)と 森本敏氏 現世の人は日本の伝統文化、歴史、風習を正しく後世に引き継ぐことが必要であり、そのためには、日本人がアジアで何をしたかを知り、知ったうえで日本が果たすべき役割を考えつつ、過去の過ちを犯さないようアジアの人々に率直に向かい合う勇気も必要だ。 すべての人にとってバランスのとれたイデオロギー、思想信条、博愛主義、おもてなしの心を持つことが重要で、それが、日本人の良さにつながっていく。平和で安定した国家社会をつくるため努力することは現世に生きる人間の責任であると自覚すること、それに尽きるのではないかと思う。 若い人はもっと学んでほしい。その上で勇気をもって発言してほしい。人間は、社会のどんな地位に就き、豊かになるのではなく、いかに正しく人生を全うするのかを死の寸前まで考え、悩み、生きていくべきものである。

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    村本大輔さんへ「むやみに白旗を挙げてはいけません」

    李相哲(龍谷大教授) 年始の討論番組「朝まで生テレビ!元旦スペシャル」(テレビ朝日系)では、おかげさまで有意義な議論ができたと思います。「(尖閣が)侵略されたらどうするの」との問いに、お笑いコンビ、ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんは「白旗を挙げて降参する」と話しました。 では、「尖閣諸島をよこせと言ったら大丈夫だと言ったけど、じゃあ、沖縄をくださいと言ったらあげるんですか」という問いに、あなたは「(沖縄は)もともと中国から取ったんでしょう」と答えました。 私は、村本さんの主張は、今の日本の多くの若者の考え方や感覚を代弁していると思いました。その主張は非難に値するものではなく、そのような考えもあって当然だと思います。毎日を平和で幸せに暮らす日本の若者にとって、このような考えを持っていることを誇りに思ってもいいくらいです。ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏 私は、20年以上、日本の大学で教えながら毎日若い日本人学生と接触していますから、彼ら、彼女らが何を考え、どんな感覚をもち、何を悩んでいるかがわかります。日本のような安定した国に暮らしていれば、毎日をどのように楽しく、幸せに暮らすかを考えればよいのです。悩みがあると言ってもサークルの人間関係とか、就職のことぐらいですね。 いま世界で何が起こっているかを忘れて暮らしても別に悪いことでもないし、むしろ、関係なく暮らすほうがよいでしょう。 それでも私は一応先生をやっているので、学生たちにたまに、重苦しい話もします。例えば、北朝鮮が核武装をしようとしたり、中国が尖閣諸島の領有権を主張したりしているが、どうすればよいのかと聞くと、ほぼ99%の学生は「戦争は絶対だめです」、「善き戦争(何を善しとするかの問題はとりあえずさておいて)があるとしても戦争よりは悪しき平和のほうがましだ」と答えるのです。おそらく、日本ではこのように教育されてきたでしょう。 しかし、現実世界というのは、そう簡単ではないですね。つい最近の出来事ですが、自分の家の前の道路を勝手に封鎖してそこを通ろうとする人々から通行料を取ろうとした住人がいましたね。日本のメディアでも大きくとりあげましたが、その住人は、通行料を払おうとしない人に暴力まで振るいました。 平和に慣れている日本人の多くは、この場合その家の前を避けて通りますね。そうすれば平和は保てますから。しかし、その住人の隣の家の人はどうでしょう。生活しにくいはずです。もしも隣の住人が、自分の家の道路まで占領しようとしたらどうすればよろしいでしょうか。日本は法治国家ですから、警察に助けを求めたり、法に訴えたりすることはできます。 また、こんな場合はどうでしょう。村本さんがとても高価な腕時計をはめて街に出たところ強盗が時計を出せと威嚇(いかく)したとしましょう。こういうときも警察がいたら守ってくれるでしょう。 しかし、国際社会には、大ざっぱに言えば「警察」のない世界です。国際社会はルールがあるようでない世界。国際連合という機関が一応ありますが、まとまりもよくない上、自分独自の警察や軍隊をもたない。最近では、多国籍軍(いろんな国から寄せ集めた軍部隊からなる)からなる「国連軍」を組織して紛争に介入することはありますが、すべてをカバーできるわけでもなく、力もありません。スイスが武装している意味 もちろん、国際社会にも一応法律(各種国際条約など)というものはあります。海に関する取り決めといえば、基線(海岸線)から12海里(約22・2キロ)までは、誰も勝手に侵犯してはならない国の権利(主権)の及ぶ水域(領海)であると決めたりします。 しかし、このような法律をすべての国が守っているわけでもなく、ルールを破ったとしてそれを制止できる「力のある」機関がないですね。アメリカが「国際警察」のようにふるまうこともありますが、限界があります。 記憶に新しいと思いますが、2014年、ロシア軍はウクライナ南部のクリミア自治共和国を侵攻しました。しかし、国際社会は「制裁」を科すだけで何もできなかった。制裁に加わったのも一部の国です。 平和な世界は誰もが否定しないと思います。ただ、争いが嫌だから沖縄を隣の国にあげたとしましょう。そうすると、沖縄の領海に日本の船は勝手に入れません。それも平和のために避けて通るとしましょう。今度は、領海近くを通る日本の船に通行料を要求したらどうしましょうか。 それも紛争がいやだから「通行料」を払うとしましよう。今度は、通行止めにしたらどうするのか。命にかかわる食糧を運搬する船が足止めになったとしたらどうするのか。選択肢は二つしかないですね。奴隷になるか、飢えて死ぬかです。残念ながら、いまだに国際社会、国際政治では「力」がものをいう世界です。力があるからとしてルールや秩序を変えようとする国もいます。朝鮮半島問題を考える講演会で、基調講演する李相哲・龍谷大教授=2017年8月、大阪市北区(前川純一郎撮影) ですから、日本は軍隊を持たなくても、最低限、自分を守るための自衛隊を持つことにしました。しかし、自衛隊では日本の島々や我々の生活基盤を守れないことも考えられます。 そこで、互いに利益を共有できる相手、例えばアメリカのような国と同盟を組みました。このように「力」を備えておかないと、遠くにある島を取られるだけでなく、自分の暮らしを守れない可能性もあります。我々の日常生活に必要なエネルギーの供給路が絶たれてしまうことも考えられます。 つまり、現実世界、特に国際社会の現実というのは、綺麗事だけでは通用しないと思います。元旦の『朝生』では、「非武装中立論」についても語られましたが、非武装では中立は守れません。スイスという国が永世中立国としていられるのは世界でもっとも勇敢な民族であり(勇敢な民族としての伝統をもつ)全国民が自分を守ることのできる「武装」をしており、平和のためなら決然戦う意思を持っているからです。 村本さん、私の主張に納得いかない部分があったら忌憚(きたん)なく、ご指摘ください。

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    海の利権を握った金正恩が日本に仕掛ける「漂流船工作」

    重村智計(早稲田大名誉教授) 日本は「空気の社会」であると言ったのは、故山本七平だ。戦艦大和は先の大戦当時の「空気」で負ける戦に出撃させられた。欧米にも「空気」はあった。米国の著名なジャーナリスト、ウォルター・リップマンはこれを「ステレオタイプ」と呼び、「誤ったステレオタイプ」が第一次世界大戦の原因と説いた。 朝鮮問題の報道や解説は、昔から「間違った空気」や「誤ったステレオタイプ」に支配された。「北朝鮮は地上の楽園」で「朴正煕(パク・チョンヒ)は残虐な独裁者」だった。金日成(キム・イルソン)主席や金正日(ジョンイル)総書記を「残虐な独裁者」とは言わなかった。「北は日本人を拉致していない」とのステレオタイプも一般的だったのである。 北朝鮮漁船が日本海岸に漂着し、漁船員が夜中に民家の戸をたたいた。転覆漁船や死体が毎日のように漂着している。船体には北朝鮮軍所属のナンバーが書かれていた。理解できない事態に、逃亡説や工作船説まで不気味な解説やステレオタイプが生まれている。 海が荒れ、天候も厳しい冬場に、みすぼらしい小さな木造船で漁に出るのは、日本人の常識では死に場所を求めた「戦艦大和」と同じだ。なぜ死を覚悟してまで漁に出るのか、理解に苦しむ。工作船や不審船と思うのも当然だ。 それは、北朝鮮海軍が漁業などの「海の利権」を握ってきた、という北朝鮮国内のシステムを知らないからだ。内部事情を知らずに、講談のように「誤ったステレオタイプ」を語る「専門家」が多すぎる。 北朝鮮では、陸上の利権は陸軍が握ってきた。鉄鉱石や石炭、一部の金鉱山も陸軍の利権だった。軍の利権システムを知っていれば、漁船の漂着はある程度理解できるだろう。それに加え「収穫ノルマ」制がある。ノルマを達成するために漁に出ざるをえないのである。 北朝鮮の漁船はかつて近海でしか操業できなかった。船は小さいし、海軍の許可が出ない。漁船燃料の石油は戦略物資で、軍が握っていたから勝手に出港できない。逃亡を恐れたから多量の石油は供給されなかったのである。 4年前から事情が変わった。金正恩(ジョンウン)朝鮮労働党委員長が、漁業を食糧難解決と外貨稼ぎのために奨励した。海軍が独占していた漁業権の一部が党や政府の部局に移管されたのである。指導者は、軍から利権を奪い、資金を経済部門に振り向けたいと考えていた。それは、軍と指導者、党と政府の葛藤を生み、漁獲量の達成競争につながった。小型の漁船が多数建造されていった。平安南道に新たに建設された順川ナマズ養殖工場を視察する、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右)。日時は不明。朝鮮中央通信が2017年11月28日報じた(朝鮮中央通信=朝鮮通信) 漂着した漁船に、軍所属のナンバーが書かれていたのは、海軍の所属か認可を受けた漁船を意味する。軍所属でなければ、党や政府機関から操業許可を得た船ということになる。魚はタダだから中国に輸出すれば、膨大な利益が得られる。登録機関に賄賂を送り、認可を得る業者も増えた。取り調べを受けた船長や漁船員は? 北朝鮮では、毎年初めに認可を受けた漁船ごとの収穫目標を提出する。上部機関はさらに上乗せして、漁獲目標を指導機関に約束する。毎年ノルマは増えていくからたまらない。 ノルマを達成し、中国への輸出で外貨をかせぐために、日本の排他的経済水域内の漁場を荒らした。冬の荒れる日本海に乗り出した漁船の多くは、ノルマを達成できない部局所属の漁船だろう。その結果、多くの漁船が転覆し船員は命を失った。 ノルマを達成できなければ、賄賂を握らせるしかない。北海道の松前小島から電気製品や発電機、石油をなぜ盗んだのか。北朝鮮に持ち帰れば、闇市場で高額で売れるからだ。ドアノブや鍵も闇市で高く売れる。その資金を賄賂として担当部局の上官に渡せば、ノルマは達成されたことになるからだ。 北朝鮮では、日本で一般に手に入る工具や建築資材は貴重品だ。1990年代の終わりごろでも、原子力発電所建設の現場ではドライバーやペンチなどの工具は貴重品で厳しく管理されていたとの証言がある。この状態は70年代から続いている。2017年12月、函館港内で海保の巡視船が曳航している北朝鮮の木造船。赤い旗を振る木造船の乗組員(松本健吾撮影) 取り調べを受けた船長や漁船員はどうなるのか。北朝鮮漁船員の取り調べは、海上保安庁や法務省入国管理局、警察、公安の担当者が行う。この際、北朝鮮の生活や漁業システム、販売経路、収入などについて詳細に聞く。 北朝鮮に帰ると、秘密警察の厳しい取り調べが待っている。北朝鮮事情を日本の警察・公安当局に話すのは機密漏えいだ。何よりも「日本のスパイにされたのではないか」と疑われる。多くの漁船員は何らかの処罰を受けるだろう。収容所に送られるかもしれない。それを逃れるには賄賂が欠かせない。 また、漁船には必ず秘密警察の手先が乗り込んでいる。北朝鮮では、10人前後の組織や職場でも必ず秘密警察の関係者がひそかにもぐり込んでいる。誰だかわからないように。漁船も例外ではない。逃亡や脱北、亡命を恐れるからだ。 今回漂着した漁船は工作船ではない。ただ、秘密警察の関係者は乗船していると考えるべきだろう。日本政府が単なる漂流民として、簡単に北朝鮮に送還すれば、いずれ漂流漁船を装った工作が展開される可能性は否定できない。 海保や入管、政府当局は外交問題を避けるために「人道的対応」を理由に早期の強制送還で処理したいと考えた節がある。しかし、北朝鮮内部で何が起きているか、情報を入手するためには「詳細な聞き取り」と調査が欠かせない。特に、勝手に島に上陸し建物を壊し、盗みを働くのは明らかな主権侵害で犯罪である。詳細な取り調べのうえで、法律に従った処置を取るのが筋だ。朝鮮総連とつながる政治関係者の「政治決着」の動きは封じるべきだろう。

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    陸自OB座談会「稲田朋美は防衛大臣を辞める必要はなかった」

    いく必要があるでしょう。中谷 米国もレッドライン(最後の一線)をハッキリとは言っていませんが、米国の安全保障については米国が判断するわけで、その中で武力行使についても否定はしていません。日本としても、あらゆる事態に対応できるようにしっかりと日本独自の対応も考えておかねばなりません。「『日報』は行政文書」が間違い--さて、陸上自衛隊が南スーダンでのPKOの「日報」を隠したとして大きな問題になりましたが、陸自OBの皆様のお考えは柿谷 そもそも「日報」は行政文書、という扱いになっていますが、それがまず間違いではないかと思います。あれは、開示要求があったら出さねばならないような行政文書にしておくべきではなく、外部に見せる必要はないものです。PKOに関わった陸自中央即応集団の副司令官が日報を出さなかったのは、行政文書だという認識がなかったのかも知れませんが、開示した場合には情報保全の上で問題だとか仕事の量が増えるなどと考えて出さなかったのでしょう。そこから話が始まって、結局、当時の稲田朋美防衛大臣にまで報告が上がっていないんですね。 今年1月末の段階で、「廃棄した」とされていた日報が統合幕僚監部(統幕)にも陸自にもあることが分かっていたんですよ。それで統幕の総括官は、大臣に「統幕にあった」ことだけを報告しているのです。だから稲田大臣は2月7日に日報が統幕にあったことを発表し、陳謝したのです。これで問題は終わるかと思いきや、3月15日になって日報が陸自にもあったことが報道された。それで大臣は特別防衛監察を指示したわけです。 この監察結果が出てきて事の経緯が分かったのですが、稲田大臣の立場に立つならば「私が聞いていたのは『統幕にあった』ことだけだった」という話でしょう。3月になって陸自にあることが分かった日報は、2月7日に発表されていた統幕にあった日報と同じものなのですから、本来なら問題になるものではなかったと思うのですが…。2017年7月28日、防衛相辞任を表明し、防衛省を出る稲田朋美氏(寺河内美奈撮影)中谷 日報が行政文書であるのか、それとも作戦のための文書であるのか、という問題は、諸外国では、公開すべき行政文書とはしていない国もあります。しかしわが国の場合は、日報もすべて行政文書という扱いになっておりますが、情報公開法には、安全保障に関わる文書は黒塗りにして不開示として、規則に従って非公開にできるようになっているのですから、今回も素直にそうすればよかったと思います。日報というものはいわゆる作戦文書であって、現場の部隊が対応したことをそのまま司令官に報告して、それを取りまとめて日本に送ってきたものです。今回、これを破棄したことは、極めて良くなかったことであり、PKOにおける日報は1次資料で、作戦情報でもあるのにもかかわらず、PKO活動が続いている最中にこの1次資料を破棄してしまったということは、隠蔽と言われても仕方がありません。後で関係者に聞いたところ、日報は、保存期間が1年未満の文書に分類し、使用後は速やかに廃棄する分類にしていた、とのことでしたが、日報は事後の行動の資料にもなるものですから、すぐに破棄するものとしていたこと自体問題であると思います。 いずれにしろ、当初の段階での情報公開法に対する認識が間違っていたボタンの掛け違いをずっと引きずることになってしまったわけですが、情報公開における文書の扱いについて防衛省では本来、内部部局(内局)の情報公開担当部局を通じて行うものであり、今回は文書の公開をどうするかの判断を陸上幕僚監部(陸幕)の判断のみで行ってしまったわけで、文書の扱いについて現場と内局と統幕でしっかりと確認を行い、意思疎通をすべきであったと思います。火箱 やはり最初の中央即応集団の段階で、日報は行政文書であるとの意識が少し欠けていたのだろうと思います。ただ現地の部隊としては、作戦中の日報ですので「情報が全世界に出回ってしまう」との判断もあったろうと思います。日報を集めれば日本の行動や弱点等々も分かってしまう、との思いが部隊としてはあって、統幕の担当者にもどうすべきか相談し、あのような不適切と言われる対応になったのだろうと思われます。 もともと自衛隊では、日報は次の派遣での教訓にするため共有するものでしたが、それが行政文書であるという認識が足りなかった、そこに最初のボタンの掛け違いがあったわけです。今後、作戦中の現場での情報を記した文書をどの程度、公表していいかについては、防衛省の中でキチンとした見解を出すべきだと考えます。柿谷 繰り返しになりますが、統幕の総括官は日報が陸自にもあることを知っていたわけです。しかし「統幕にある」ことしか大臣には報告されていなかった。だから2月7日に大臣が発表したときには「統幕にしかない」と思っていたわけですね。それが数日たって、陸自にも存在すると言うでしょうか。私はそのような報告をしたとは思えません。それ故、大臣としては「私は聞いていない」と言うのが自然ではないでしょうか。火箱 やはり陸幕にあった日報を統幕の総括官が大臣に報告しなかったというのは問題でした。ただ陸幕が黙っていることによって、後になって「隠していた」と言われるような事態になれば、それこそ大臣に報告もしない裏切りだと思いますよ。今回、陸自が情報を漏らしたとか、シビリアンコントロール違反だとか、果ては「反乱軍」だとか言われていますが、それには少し違和感があります。打ち明けた「陸自幹部」は誰なのか--防衛監察の結果では、稲田防衛相に報告が行われたか行われていないのか、はっきりしませんが…。中谷 国防は国家の最も重要な機能であり、防衛大臣の職責は非常に重いものであります。大臣は、常に強い使命感と責任感を持ってこの任に当たり、大局の中での状況を察知し、変化する状況の中で、早め早めに指示、報告を求め、すべてを掌握して間違いのない決断をして、責任を取ることが求められるのです。つまり、困難な状況の中で、政治家として、大局を見て決断し、そのことのすべての責任を取ることが大臣の責務です。自衛隊員は「ことに臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める」、即ち、命がけで職務を遂行している組織であり。そのトップとして、防衛大臣は27万人の隊員から尊敬され、仰ぎ見られる存在でなければなりません。私も現職大臣のときは努めて現場に足を運び隊員を激励しましたが、隊員と苦楽を共にして彼らの心情を知り、「この大臣のためなら」と思わせられるような平素からの姿勢、覚悟が大事だろうと考えています。そして、世界の軍事知識や国際安全保障情勢にも精通し、いかなる事態においても自衛隊と在日米軍をしっかり機能させるべく、日米同盟調整メカニズムを担う防衛閣僚として、米海兵隊のトップだったマティス米国防長官のような人物とも協議ができ、渡り合える見識や人間性も必要でしょう。その点、小野寺新大臣には大いに期待しています。柿谷 問題なのは、新聞報道を通じて、国民からみると陸自がリークしているように見えてしまったことです。例えば監察結果が発表される前の今年7月21日、読売新聞で「陸自幹部はこう打ち明ける。『我々だけが悪者になる事態となるなら、声を上げなければならない』」などと報じられ、類似の報道も散見されました。私は陸幕に計8年間勤め、その間に11人の防衛庁長官に仕えましたが、長官の陰口を言うようなことは一切ありませんでした。今回、陸自が大臣の陰口を言っているように国民は受け止めてしまっている、このことは大変、問題だと思います。打ち明けた「陸自幹部」は誰なのか、陸幕長は調べるべきだったと思いますよ。中谷 監察の結果を読みましたが、日報問題の根本にあるのは一部職員の、情報公開業務に対する誤った基本認識です。また、業務の進め方において内局、統幕、陸幕の間での意思疎通が十分になされてなかったことが大きな問題でもありますし、最初の段階で問題を軽く考えてしまい、陸幕が中央即応集団司令部の幕僚長に対し、適切な文書管理をした上で日報の破棄を指示したのはそもそも間違いでした。こうしたボタンの掛け違いをずっと引きずることになってしまったわけですが、やはり文書管理・情報公開に対する認識をしっかり持たなければならないと思います。2017年5月、南スーダンPKO部隊の隊旗返還式を前に栄誉礼を受ける安倍首相(左)と稲田防衛相柿谷 2月16日の段階で、当時の黒江哲郎防衛事務次官が岡部俊哉陸幕長に対して、陸自にある日報は個人データだから公表する必要はない、との方針を示したのですが、防衛省としては統幕がすでに同じ日報を公表しており、隠蔽でも何でもないわけです。 それを後になって、陸自の誰かが陸自にも日報があった、と情報をマスコミに流している、これはいささか問題だと思います。軍事組織として、情報は出さないと決めたら出さない、で徹底しなければなりません。そして“ケンカ両成敗”で事務次官、陸幕長に加え大臣まで辞任することになりましたが、安倍首相は内閣改造の8月3日まで防衛大臣に職を全うさせるべきでした。 民進党は今回、国会で日報問題を追及して稲田氏を辞任まで追い込みましたが、自分たちが政権を取ったら同じようなことになるのが分かっているのでしょうか。自衛官や防衛官僚のリークによって選挙で選ばれた大臣が辞任するようでは民主主義は終わりですよ。戦前は「統帥権干犯」などとして政権への攻撃が行われましたが、今回の問題もそれと同じことではないでしょうか。火箱 稲田元大臣の辞任については、これだけの騒動になってしまったことの責任を取られたのだと思います。柿谷さんがおっしゃる通りで「陸自が日報の存在を意図的に隠し通していた」というのは事実ではないでしょう。ただ統幕、陸幕、内局の連携が不十分だったのは残念です。柿谷 統幕長が今回の日報の問題では肝心のところを何も知らず、報道でも不思議なことに統幕長についてはほとんど触れられません。統幕の総括官が上司に報告せずに勝手に指示をしていた、それもおかしな話です。部下であるはずの総括官が、どうも統幕長にきちんと報告をしていなかったらしいのです。“言葉狩り”からの卒業を中谷 私が防衛大臣のときに、内局(背広組)運用企画局と統幕(制服組)の機能を一緒に統合しました。自衛官と内局が相まって防衛大臣を支えるということで、特に国会関係は内局が対応するということで、統幕の中に総括官などとして背広組を入れる組織改正をしました。今回は日報をめぐって、これは内局が仕切る必要がある部分が多かったということで、総括官がかなり責任を持って対応していたのだろうと思います。 それから一つ申し上げたいのは「戦闘」という言葉が議論されましたが、これは一般的な言葉であって、1対1の銃撃戦も戦闘であり、国レベルの紛争も戦闘といわれます。自衛隊でも「戦闘機」とか「戦闘訓練」などと、戦闘という言葉を一般的に使っています。私が防衛大臣だった当時、イラクでの自衛隊の活動記録をまとめた「行動史」の中に「軍事作戦」という言葉が使われていて野党から追及されましたが、自衛隊の海外任務の遂行自体が軍事作戦であるのは当たり前のことです。国会の審議でこうした“言葉狩り”をするようなことは、そろそろ卒業する時期でしょう。国会ではもっと実のある議論をしていただきたいものです。2015年10月、海上自衛隊の隊員に訓示する中谷防衛相=舞鶴市の海上自衛隊第23航空隊柿谷 南スーダンPKOについていえば、もともと民主党が野田政権のときに派遣しているわけです。当時の新聞を切り抜きで保存していますが、当時すでに「戦闘」「空爆」といった言葉が度々使われていました。それを、野党になった民進党が批判するとはいかがなものか。民進党は、民主党政権時代を思い起こしてみるべきでしょう。 当時の新聞を見ると「PKO 急いだ政権」「治安に課題残し船出」などと書かれています。さらに朝日新聞は「PKO 他国軍救援も」「駆けつけ警護 首相、合憲に『余地』」とまで書いている。これも野田政権下でのことです。民進党は「よく私たちの後始末をしてくれました」と感謝するのが筋ではないですか。火箱 先ほど中谷先生が述べられた通りで、「戦闘」という言葉尻をとらえて追及して何の意味があるのか、戦闘の代わりにどんな言葉を使えばいいのかと思います。国会でも、南スーダンで行われている「戦闘」がPKO5原則に抵触するのかどうか、に絞って議論をしていただければ実のある議論になったと思うのですが…。現地の部隊としては、現実にあったことをキチンと書いて報告しなければならないのです。それを、「戦闘」という言葉を使ってはいけない、などということになれば、正しい報告ができません。中谷 今回の話は、自衛隊の国際貢献のあり方を根本から考えるいい機会でもあると思います。2年前の平和安全法制の制定でかなりの進展が図られたとはいえ、依然としてPKO参加5原則は変わっていないのです。世界に目を向ければPKO自体が、性質が変わってきています。PKOの現場で自衛官は任務と法的枠組み、それから政策の合間で非常に苦労していますので、しっかりと国際貢献のあるべき姿をこそ国会で議論するべきだと思います。5原則でがんじがらめの自衛隊火箱 おっしゃるようにPKOは第3世代といいますか、最初はあくまで中立だったものが、現在では文民保護の観点から文民に危害を加えようとするものを撃ってもいい、というところまできています。そうした中で日本はPKO5原則でがんじがらめの状態で自衛隊を参加させているわけで、この5原則は本当に妥当なのか、国会でしっかり議論していただきたい。そうでないと、今後の派遣でもまた問題が発生することになるでしょう。中谷 自衛隊の存在を憲法上にどう位置づけるかという議論は非常に重要で今、自民党の中で議論しているところです。自衛隊も創設60年を迎え、国民の間に定着し立派な仕事をしていますので、憲法上にしっかり自衛隊を明記することは必要だと思います。ただ、憲法改正は自民党だけではできません。衆参両院で3分の2の賛成が要りますし、国民の過半数の賛成も必要ですから、国民の皆様の理解を得られるよう、しっかり説明をしていきたいと考えています。柿谷 安倍首相は5月3日に「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の集会でのビデオメッセージで、自衛隊を憲法に明記する提案をしましたが、私はビックリしました。自衛隊、という名前は本来、軍隊にしなければなりませんが、あの改憲案は「自衛隊は違憲だと言う憲法学者がいるから憲法に書いてやる」という態度ですよ。私は月刊『Hanada』7月号に「憲法『自衛隊』明記は改悪だ!」と書いたんです。 そもそもセルフ・ディフェンス(=自衛)という表現が問題です。これは外国人は皆、「自分だけを守る」と受け止めるのです。「自衛軍」でも同じ訳になるのでダメです。せめて「国防軍」とすべきではないですか。中谷 いまなお語り継がれていますが、防衛大学校1期の卒業生に、吉田茂首相は「君達は、自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく、自衛隊を終わるかもしれない。言葉を換えれば、君達が日陰者である時の方が、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい」という趣旨の言葉を託しました。それから60年になりますが、いまだに「自衛隊は憲法違反だ」と主張している政党もあれば学者もいます。ですから少なくとも私たちの世代で、自衛隊の存在をしっかり位置づけたい。それがどういう名前になるのか分かりませんが「憲法違反」と言われることがなくなるよう、憲法改正を行ってはどうか、というのが一つの考え方で、自民党内でも議論しているところです。 私自身は、平成24年に発表した自民党憲法改正草案の起草委員長として、党内の意見を取りまとめました。草案では「国防軍」としており、内閣総理大臣の指揮を受け、また国防軍に審判所を置くことを盛り込んでいます。国際的な主権を持つ国家としての国防の在り方としては、ほぼ完成された条文だと思いますが、今これを提案して国民の過半数の賛同を得られるかといえば、現実的な判断が必要でしょう。2年前の安保法案審議での限定的集団的自衛権の存立危機事態を設けることすら国を二分するような議論になったことを踏まえれば、まずは自衛隊を憲法上、認めてもらうところから始めるというのも一つの手段ではないでしょうか。なぜ自民党は「国防軍」の旗を降ろすのか火箱 私も本来は、自衛隊をきちんと憲法の中に軍隊として位置づけるべきだと考えています。安保法制の成立で、かなりの部分で自衛隊の活動が一歩前進したとは思いますが、これまでの憲法解釈が踏襲されていて、まだまだ自衛隊は軍隊でないことで問題が残っています。例えば朝鮮半島有事を想定した重要影響事態安全確保法では、現に戦闘が行われている現場では米軍への支援はできないとか、「戦死」や「捕虜になる」といった概念もなく、自衛隊は端境期にあるといえます。これは何としても憲法上、軍隊にすべきだと思いますが、たしかに安保法制であれだけ反対も出たことを考えれば、国民投票で過半数の賛成が得られるかという問題はあります。やはり、一歩前進を取り憲法に自衛隊を明記してもらうことを先ず優先すべきと。私たちの世代は沖縄で「人殺しの憲法違反の自衛隊は帰れ!」などと罵声を浴びながらも耐えて頑張ってきましたが、これからの人たちが例えばPKOへ行くときに同様の目に遭うのは忍びない。せめて自衛隊と明記して「憲法違反だ」と言われる事態はなくしてほしい。今これをやらなければ、未来永劫憲法は変わらないのではありませんか。柿谷 いったん憲法に「自衛隊」と書いたらその先、何十年も変わらないことになりますよ。なぜ自民党は「国防軍」の旗を降ろすのか。これは後々、悔いが残ると思いますよ。中谷 21世紀のわが国が生存を図る上で、現行の憲法で本当に日本が守れるのかを考える必要があります。自衛隊は長射程の火器も保有していませんが、南西諸島の防衛や策源地への反撃能力などを考えれば装備についてもより効果的なものを考えていく必要があります。憲法改正議論には、いかに国民の生命・財産を守るかを、真剣に考えていかねばなりません。火箱 現在の憲法のもとで専守防衛が掲げられ、防衛費はおよそGDPの1%以内に抑えられていますが、これは相撲に例えれば「張り手などは禁止で、うっちゃりで何とかしろ」と制限されているような理不尽な話です。今の世界では、一国では自国の平和は守れない、各国が連携して守る、というのが常識になりつつあります。日本はようやく集団的自衛権が限定的に認められましたが、限定的で本当にいいのかという問題もあります。憲法を改正するのが理想的ですが、まずは「専守防衛」でよいのか、この問題を解決に向けて進めてもらえればと思っています。東京・市ヶ谷の防衛省(斎藤浩一撮影)柿谷 極論かも知れませんが、憲法はそのままに「国軍法」を作ればいいのです。これなら両院で過半数の賛成があれば可能です。  私はいっそ最高裁が「自衛隊は憲法違反だ」と判断してくれればいいのに、と思うこともあります。そうすれば自衛隊を解散するか、憲法を改正して軍を持つしか選択肢はありませんから。国民もずるいと思いますよ。歴代政府も「徴兵制は『意に反する苦役』に当たるから憲法違反で、できない」と説明してきましたが、それで一体誰が自衛官になるのですか。世界を見渡しても、徴兵が憲法違反などという国はありません。ドイツは数年前に志願兵制に移行しましたが、基本法(憲法)上は兵役の義務を残しているのです。火箱 皆、そういう思いは持っていますが、70年間ずっと動かなかったものを、まずは一歩進めて自衛隊を憲法に明記していただかなければ、これから自衛官になる若い人に対しても申し訳ないと思います。中谷 陸上自衛隊は前身の警察予備隊の時代から諸先輩が国民の信頼を得るべく黙々と努力してきました。今回の「日報」をめぐる事件は残念なことでしたが、ここは原点に立ち戻って、誠実に、愚直に任務に励んでいただき、国民の信頼を得られる組織になってもらうことを願っています。かきや・いさお 昭和13年、石川県生まれ。防衛大学校卒業と同時に陸上自衛隊入隊。大阪大学大学院修士課程(精密機械学)修了。陸上自衛隊幹部学校戦略教官、陸上幕僚監部教育訓練部教範・教養班長、防衛大学校教授などを歴任し、平成5年に退官。元陸将補。著書に『徴兵制が日本を救う』『自衛隊が国軍になる日』。なかたに・げん 昭和32年、高知県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊でレンジャー教官を担当し、59年に二等陸尉で退官。国会議員秘書を経て、平成2年に衆議院議員に初当選し、現在9期目。防衛庁長官、自民党安全保障調査会長、党政調会長代理、防衛大臣などを歴任した。自民党憲法改正推進本部長代理。ひばこ・よしふみ 昭和26年、福岡県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊に入隊し、第10師団長、防衛大学校幹事、中部方面総監などを歴任し、平成21年に陸上幕僚長。東日本大震災の発生当時、陸上幕僚長として初期対応に当たった。23年に退官。著書に『即動必遂』。

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    「米国の手先」日本も標的? エルサレム問題でイスラム国が復活する

    和田大樹(外交・安全保障研究者、清和大講師) 米国のトランプ大統領が12月6日、エルサレムをイスラエルの首都と容認し、数年以内に最大都市テルアビブから米国大使館を移転させるという前代未聞の方針を明らかにした。トランプ氏は大統領選の時から、エルサレムに移動させることを公約としてきたが、今回の決定の背景には、国内のキリスト教福音派など自らの支持層の期待に応える狙いがあるとみられる。 当然のことながら、この決定に対してはパレスチナをはじめ、サウジアラビアやヨルダン、エジプト、マレーシアなどイスラム圏諸国に加え、欧州や国連などから既に非難や懸念の声が続出しており、今後の中東情勢の先行きが不安視されている。特に、今年10月中旬にはパレスチナ自治政府の主流派ファタハとガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが、10年に及ぶ分裂に終止符を打つための和解案に署名するなど、中東和平へ明るい兆しが見え始めていた時期だけに、両者からは怒りとともに悲嘆の声さえも聞こえる。2017年12月6日、米ホワイトハウスでエルサレムをイスラエルの首都と認定すると発表したトランプ大統領(UPI=共同) しかし、今回の決定が与える影響は、米国とアラブ諸国を中心とする国家間関係だけで収まる気配はなく、国際的なテロ情勢にも一定の影響を与える可能性がある。ここでは、米国によるエルサレム首都容認が今日の国際テロ情勢に与える影響と、それによる日本権益へのリスクについて危機管理の視点から考えてみたい。 米国によるエルサレム首都容認に各国から懸念の声が高まる今日、2014年以降猛威を振るってきた過激派組織「イスラム国」(IS)は、シリアとイラクで領域支配をほぼ完全に喪失した。一般世論では、9・11以降のアルカーイダに続き、ISの時代も終わったとの風潮が流れている感があるが、現実はそう易しいものではない。 まず、多くのIS戦闘員は殺害、もしくは拘束されたものの、依然として逃亡を続ける戦闘員がいる。こういった戦闘員は支配領域を失ったとしても、内戦や戦闘が続くシリアやイラクでテロ組織としての活動をひそかに継続し、組織として復活できる機会を狙うことになるだろう。 また、既に母国や第三国に移動した戦闘員もいるが、帰還者による母国でのテロの脅威に加え、ISとしての信念を持ち続ける戦闘員らが周辺諸国や他地域に移動し、再度、模擬国家構築を目的とする戦闘を開始することが懸念される。既にフィリピン南部のミンダナオ島マラウィやリビア中部のシルトはそれに近い状況にあったといえるが、第三国へ移動した戦闘員たちはその機会をうかがいながら、ひそかに活動を続けることになるだろう。動き出すIS残党とアルカーイダ さらに、ISによる領域支配の時代が終わったとしても、そのイデオロギーやブランドの影響を受けた個々人による、いわゆるローンウルフ(一匹狼)型のようなテロが終わる気配は全く見えない。近年、ISによるプロパガンダ活動は衰退の一途をたどっているが、ISの戦闘員や支持者らは、ISの求心力を保つためにも短期的にはその活動を継続するだろう。イラク北部モスル南方にある監獄で座る過激派組織「イスラム国」(IS)のメンバーとみられる男ら=2017年7月(AP=共同) 一方、1988年にウサマ・ビンラーディン(2011年5月に死亡)が創設した国際テロ組織アルカーイダは、9・11以降米軍主導の対テロ掃討作戦で多くの幹部を失い、組織として弱体化したことは事実であるが、内部における権力闘争など紆余(うよ)曲折はあるものの、今日においても、アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)やアルシャバーブ(ソマリア)、インド亜大陸のアルカーイダ(AQIS)、イスラム・マグレブ諸国のアルカーイダ(AQIM)など、アルカーイダ指導者のアイマン・ザワヒリ容疑者に忠誠を誓う組織が中東・アフリカ、南アジアなどで活動している。 ISの前身組織がイラクのアルカーイダ組織(AQI)で、ISとアルカーイダは手段・方法などで違いは見られるものの、初期のイスラム時代への回帰という目標をグローバルなレベルで掲げるサラフィスト(イスラム厳格派)グループで、今日でも依然としてその意思を強く持っている以上、彼らのグローバル・ジハード運動は今後も続くと判断せざるを得ない。そして、その攻撃能力は諸国家の軍事力に及ばないことは言うまでもないが、米国を中心とする欧米諸国やその同盟国、中東の権威主義的・世俗的な政府を攻撃する意思に変化は見られないことから、われわれは安全保障・危機管理の観点からそれにどう対処していくかを継続して考える必要があろう。 トランプ氏による決定後、早速ISやアルカーイダなどジハーディスト(聖戦主義者)グループは強く非難する声明を出している。それらをまとめると、まず、アルカーイダ系ではその本体であるアルカーイダ・セントラル(AQC)が、イスラム教徒に対して「米国とその同盟国の権益を攻撃せよ」と呼び掛け、その系統グループであるAQIMやAQAPもトランプ氏の決定を非難し、全世界のイスラム教徒に対して、資金的・軍事的支援をするなどしてパレスチナ解放のために連帯するよう訴えた。 また、アルカーイダ系とされるハヤート・タハリール・シャーム(HTS)、インド北部カシミール地方やガザ地区を拠点とするジハーディストグループからも同様の声明が発信された。一方、アルカーイダと対立関係にあるISの支持団体(支持者)からも、米国の決定を非難する声明が次々に出ており、中には欧米諸国での単独的な攻撃を呼び掛けたりするものもある。さらには、エジプトを拠点とするムスリム同胞団系のハサム運動やアフガニスタンの反政府勢力タリバンからも同様の声明が出ている。「声明」からわかる三つのポイント 本稿執筆時点でトランプ氏の宣言から3日が過ぎるが、上記からも世界各地のジハーディストたちが強く反発していることが分かる。そしてそれらの声明から、現時点で分かることが三つある。 まず一つ目は、アルカーイダ関連の組織による非難声明が多いということだ。AQCやAQIM、AQAP、HTS、アルシャバーブなど、中枢とその関連組織の非難声明が2日間という短い期間に一斉に発信されたことは、今まで見られなかった現象だ。なぜアルカーイダ系グループの発信が目立つかというと、それは簡単に説明すれば、アルカーイダはISよりエルサレムを重要視するということに尽きるが、領域支配を継続してきたISが崩壊したというタイミングも戦略的にはあったのかもしれない。特に、近年何か大きな出来事があっても、AQCがここまで早く明確な声明を出すのは珍しい。 二つ目は、ISのプロパガンダ活動の顕著な衰退である。今回のトランプ氏による決定は、ジハーディストたちにとっては自らの主義・主張の正当性をアピールするチャンスであるはずだが、IS関連の声明は以前に比べると目立たない。特に、支持者でなくISの公式メディアからの発信が執筆時点で見られないことからは、ISの顕著な衰退というものを想像させる。 しかし、上でも触れたように、ISが弱体化したからといって、ジハーディストによるテロの脅威が衰退するわけではない。それは別問題と考えるべきで、それが三つ目である。2017年12月11日、ニューヨークで起きた爆発で、現場付近を封鎖する警察と消防(ロイター=共同) 昨今、テロ対策研究の世界では、ISの弱体化に伴い、ISとアルカーイダの関係の行方を模索する動きが顕著にみられる。その中では、ISとアルカーイダの対立の継続の他に、両者の共闘、接近、もしくは合併などの議論が行われており、今後のテロ情勢の動向を不安視する声が聞かれる。その行方を予想することは難しい。しかし、今回のトランプ氏の決定は、少なくとも「米国・イスラエルvsアラブ」という図式を明らかに緊張化させることとなった。個人的にもトランプ氏の判断には反対の姿勢であるが、今回の決定による中東の不安定化は、繰り返しになるが、アルカーイダやISにとっては自らの存在をアピールするチャンスになっており、ひいては両者を共闘、もしくは接近というものを助長する要因にならないかが懸念される。 では、今後の情勢はわれわれ日本人にどのような影響を与えるのだろうか。遠い中東地域の出来事であるから、日本人が直接の影響を受けることはないのだろうか。答えは「NO!」だ。「日本標的」の口実を与えるな 表1(筆者作成)は、過去20年間で日本人がジハーディストによるテロの被害を受けた事件をまとめたものである。これを見るだけで日本人が断続的にテロの被害に遭っていることが分かる。そしてその多くは、「巻き込まれた」テロ事件であるが、「日本人だから殺害対象となった」事件もあることを忘れてはならない。この年表の中では、2004年10月のイラク日本人青年殺害事件と15年1月のシリア日本人男性殺害事件がそれに当てはまる。周知の通り、これらの事件で被害に遭われたのは、香田証生さん(当時24)、後藤健二さん(当時47)、湯川遥菜さん(当時42)であるが、現在でも同様のリスクは存在し、今後も日本人が殺害対象として狙われる可能性も決して排除できない。 04年10月と15年1月の事件で共通しているのは、テロリストが米国と協調関係にある日本を非難していること、そして何よりテロリストは国際政治の流れをよくウォッチングしているということだ。日本は歴史的に中東諸国と戦争をしたことがなく、中東における日本のイメージは一般的には非常に良い。しかし、このようなジハーディストたちは、国際情勢、国際政治の流れを独自に解釈し、「日本は米国の同盟国であり、欧米の手先だ」と判断することはよくあり、日本も決して彼らの標的の外ではないのである。 われわれは過去の教訓を決して忘れてはいけない。過去の事例からは、以上のようなリスクがあることを十分に認識する必要がある。現在のところ、今回のトランプ氏の決定に対して多くの国や国際機関から非難の声が集まっているが、日本政府は明確な非難を避けている。最も、日本の国益を考えるとそうならざるを得ないだろうが、それはISやアルカーイダなどのジハーディストグループに、日本を標的とするという口実を与えることになる恐れがある。2017年9月、会談を前に握手する安倍首相(左)とイスラエルのネタニヤフ首相=米ニューヨークの国連本部(代表撮影・共同) 今回のトランプ氏の決定は、特にアルカーイダにとっては最もセンシティブな問題で、彼らの怒りを最も買う出来事といえるだろう。2015年以降、故ビンラーディン容疑者の息子であるハムザ・ビンラーディンの存在が顕著になっている。昨今もハムザは、イスラエルと米国を攻撃せよというメッセージを発信しており、今後の国際テロ情勢の先行きが不安視される。現在のところ、ジハーディスト情勢で何か大きな動きがあるわけではない、しかし、われわれ日本は過去の教訓から以上のようなリスクがあることを十分に認識し、今後の情勢を危機管理的な視点から注視していく必要がある。

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    安倍政権にあって「小池劇場」に足りなかったモノ

    安倍政権への対決軸をどう構築するか、その準備が成熟していなかったことが大きかったように思う。とりわけ安全保障に関する対決軸が未成熟と言わざるを得ない。本稿ではその点について考察してみたい。 小池百合子東京都知事が希望の党の公認を求める民進党出身候補に対して、憲法改正と新安保法制への賛成が条件であり、それが飲めない人を「排除する」と明言したことは、今回の経緯の核心をなす問題だと感じる。希望の党の動きがなければ、今回の選挙は、新安保法制を踏まえて北朝鮮情勢などに対処するという政権側と、新安保法制を廃止する枠内で対処するという野党側が、正面からぶつかる二項対立の構図になる可能性があった。小池発言は、結果だけから見れば、民進党の新安保法制に対する「反対」勢力の弱さを露呈させ、想定されていた対決構図が浮上するのを押しとどめるという役割を担うことになったのである。 ただ、これは小池知事にグチを言っても仕方のないことである。野党側にも問題があるからだ。 では、何が問題だったのか。端的に言えば、新安保法制に反対したとしても、どんな安全保障政策で対処すればいいのか、という対案に説得力が欠けていたことである。野党間の政策協議で一致していたのは「新安保法制に反対」ということだけであり、新安保法制廃止後の国防政策をどうするのかということへの言及はない。つまり、建設的な防衛政策が法案反対野党にはなかったということである。 野党共闘を市民の側から主導したのは「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)である。その市民連合は9月26日、民進・自由・社民・共産の野党4党に対し、衆院選での「野党の戦い方と政策に関する要望書」を提出した。そこにも9条改正への「反対」や新安保法制などの「白紙撤回」はあったが、防衛政策での要望と呼べるようなものは見られなかった。「市民連合」と面会し、プラカードを掲げる(左2人目から)共産党の小池書記局長、立憲民主党の福山幹事長、社民党の吉田党首=2017年10月、東京都千代田区 いま、わが国の眼前で進行しているのは、北朝鮮による核ミサイル開発である。有権者の多くが関心を持っているのに、この問題が政策協議で議題になったとも聞かないし、市民運動も言及しない。国民意識と野党共闘の間には深い溝があったわけだ。 この間、北朝鮮の「完全な破壊」を叫ぶトランプ政権の下で、安倍政権がそれに追随し、新安保法制に基づいて米艦防護などを実施している状況は、有事の際には日本も巻き込まれる危険を示すものであり、この法制の「廃止」には安全保障上の危機が生じる。しかし、法律を廃止したからといって、北朝鮮の核ミサイルに対処できる態勢ができるわけではない。自民党の一部にあるような敵基地攻撃論にはくみしないにせよ、ミサイル防衛システムを整備、改良するという程度の政策も打ち出せないのが一連の野党共闘であった。「総論賛成、各論反対」の共産党 むろん、野党共闘に期待する人々もいたと思う。同時に、目の前の事態に不安を感じる大多数の国民にとって、野党は弱々しく映ったに違いない。このままでは当選できないと感じた民進党議員の中から、持論を曲げてでも希望の党に移りたいという動きが生まれたのには、そういう背景もあろう。 しかし、野党にその気があれば、安全保障問題でも政策協議できたはずだ。この間の野党共闘は、共産党が日米安保条約の廃棄と自衛隊の解消という独自の立場を持ち込まないと明確にしたことで、ようやく成り立っていたものだ。しかも、共産党はただ持ち込まないというだけではなく、新安保法制以前の条約や法律で安保や自衛隊を運用するとまで明言していたのである。志位 私たちは、日米安保条約を廃棄するという大方針、それから自衛隊は、日米安保条約を廃棄した新しい日本が平和外交をやるなかで、国民合意で一歩一歩、解消に向かっての前進をはかろうという大方針は堅持していきたいと思っています。ただ、その方針を『国民連合政府』に求めるということはしない。これをしたら他の党と一致にならない。そういう点では方針を『凍結』する。 ですから、『国民連合政府』の対応としては、安保条約にかかわる問題は『凍結』する。すなわち戦争法の廃止は前提にして、これまでの(戦争法成立前の)条約と法律の枠内で対応する。現状からの改悪はやらない。『廃棄』に向かっての措置もとらない。現状維持ということですね。これできちんと対応する。「赤旗」2015年11月8日、テレビ東京系番組「週刊ニュース新書」での田勢康弘氏とのやり取り 「戦争法廃止以前の条約と法律」と言えば、安倍政権以前の自民党政権時代の条約と法律ということである。そこには条約で言えば、日米地位協定もあるだろうし、「思いやり予算」の特別協定も含まれるということだ。法律といえば、自衛隊法はもちろん、日本防衛とは距離のある周辺事態法も含まれる。これらはすべて、共産党が野党として反対してきたものだ。それでも新安保法制を廃止するために、ここまで踏み切ったのである。この考え方で行けば、既に配備されているミサイル防衛システムの発動や改良にだって「賛成」を明言できたはずである。 ところが、その共産党もメディアに尋ねられれば、ここまで踏み込むのに機関紙「しんぶん赤旗」の記事では、自衛隊について肯定的な報道をすることが一切ない。ミサイル防衛システムを改善するイージス・アショアについても、猛反対の記事ばかりが掲載される。つまり、総論では現状の枠内なら賛成と言いつつ、各論になると賛成できるものを提示できないのである。街頭演説で支持を訴える共産党の志位和夫委員長=2017年10月、東京・新宿 そういう現状では、共産党から他の野党に防衛問題を提起することができなかったのは仕方がない。国民が信頼できる防衛政策を野党共闘が打ち出せなかった理由の一つはここにある。エキスパートでも提起できなかった民進党 一方の民進党には、共産党と共闘することへの躊躇(ちゅうちょ)がもともとあることは理解できる。けれども、民進党が総崩れになったことの本質は別のところにあったのではないか。最初に離党した長島昭久元防衛副大臣は、離党の理由を次のように述べたが、そこから見えてくるものが実に興味深い。 野党共闘そのものを否定しているわけでもありません。まず民進党がしっかりと政策の柱を立てる。その政策に共産党が賛同していただけたとする。そうなれば、『ともに闘う』という形も納得できます。 (しかし)野党共闘路線に引きずられる党の現状に非常に強い『危機感』を持っていました。つまり、共産党が主導するなかで、野党がいわば『左に全員集合』する形になりつつある。 これまで私が書いてきたことを理解していただける方は、この長島氏の言明に違和感を覚えてもらえるのではないだろうか。共産党は、左か右かを分ける分水嶺(ぶんすいれい)である安全保障問題で、魅力ある政策を自分から打ち出せていないとはいえ、野党共闘に独自の立場を持ち込まなかったのである。安全保障に関しては、新安保法制に反対するということを除き、民進党は自由にできる立場にあったのである。だから、長島氏が言っているように「まず民進党がしっかりと政策の柱を立てる。その政策に共産党が賛同していただけた」ということが可能だったのである。 それなのに、長島氏は安全保障政策について「しっかりと柱を立てる」努力をしてこなかった。共産党に賛同を求めるには、まず自分たちの政策の柱が必要だといいながら、実際には何もしてこなかった。その結果、野党共闘は安全保障政策に関しては何一つ提示できなかったのである。少なくとも、この分野では「左に全員集合」の政策など影も形も存在しない。2017年10月、党本部で会見する民進党の前原誠司代表(佐藤徳昭撮影) 民進党の中で安全保障政策の第一人者である長島氏が提示できないわけだから、他の民進党議員が提示できるはずもない。というより、長島氏も含め民進党の議員たちは、そもそも安全保障で安倍政権に代わる「政策の柱」が必要だとも思っていなかったのではないだろうか。 民進党の中にも、安倍政権に対抗するだけのリベラルな防衛政策の必要性を自覚している人が個々にはいる。民主党時代に政権奪取に成功した理由の一つも、「対等平等の日米関係」とか「米軍普天間基地は最低でも国外」として、自民党と異なる選択肢を有権者に示せたことが大きい。しかし、鳩山由紀夫政権が「抑止力のことを考えれば考えるほど」と述べて普天間基地の辺野古移設に回帰して以来、防衛問題で自民党との対抗軸を打ち出す気風はなくなり、現在も全体として問題意識は希薄である。公示直前に立憲民主党を立ち上げた枝野幸男代表も含め、安全保障政策は自民党とあまり変わらなくていいという人が多数だったのである。もう護憲派にも防衛政策は必要だ 結局、問題の根源はここにある。新安保法制への賛否というのは、あくまで安全保障政策全体の中の一部である。民進党の中でその一部を大事に思う人が多かったから、これまで「廃止」で結束し、野党共闘も成り立ってきた。 しかし、そうはいっても新安保法制は安全保障政策全体の一部に過ぎないのである。その安全保障政策が「自民党と一緒でいい」というままでは、民進党あるいは野党共闘は自民党の対抗軸になり得なかったということだ。いや、少なくとも希望の党は、憲法でも安全保障でも自民党と足並みをそろえるが、それでも対決の構図を打ち出している。そういう道も不可能ではないのかもしれない。それに意味があるかどうかは別にして。 しかし、どの野党であれ、自民党に代わる政権を本気で目指すなら、安全保障問題でも対抗軸となるものを打ち出すことが求められるだろう。それがないと、今回のように「自民党と変わらない政党」の軍門にあっさり下ることになる。2017年10月、盛岡市での街頭演説を終え、JR盛岡駅の新幹線ホームで携帯電話を操作する希望の党の小池代表 わが国では、安全保障政策といえば、これまでは政権側のものしか存在してこなかった。というより、米国の抑止力に頼るというのが、わが国の安全保障政策のすべてであり、そういう意味では政策を考えるのは米国であり、現政権側も含め自分たちで政策を考える人はいなかったのかもしれない。一方、政権と対峙(たいじ)すべき護憲派は、防衛政策を持たないことを誇りにしてきたのである。冷戦時代はそれでも良かったかもしれない。旧ソ連の影響下に入らないようにする点で、米国と日本の国益は一致していたからだ。だが、現在は明らかに違う。 中国との関係をめぐって、日本は尖閣諸島の主権が侵されることを心配しているが、米国が関心を持つのはこの地域における自国の覇権、自国主導の秩序を侵されないようにすることである。北朝鮮の核ミサイル開発についても、仮に核弾頭が米本土に到達する事態になれば、自国民を犠牲にしてでも、わが国を「核の傘」で守ることができるのかという問題も生じる。 つまり、米国と日本の国益には、微妙なズレがあるのだ。その時に、ただ米国の核抑止力に頼るという安全保障政策でいいのか、無思考のままでいいのかが、今まさに問われているのである。 野党が政権に接近しようとすれば、安保と自衛隊の維持を前提にして、しかし自民党政権とは違って抑止力を疑い、安全保障とは何か、日本の国益はどこにあるのかということをトコトン突き詰め、安保と自衛隊をどう使いこなすのかということを提示する必要がある。それができない野党は結局、他党に飲み込まれていくか、小勢力のまま生き永らえるしかないのである。いずれにせよ、小池氏が主導した今回の政界再編は、そのことを野党に自覚させたという点では、大いに意味があったのかもしれない。

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    米国が「北朝鮮の核保有」を容認すれば、日本はこうなる

    に防衛政策を組み立てていると考えるのが自然であろう。 他方で、米国を標的とする長距離ミサイルは日本の安全保障にとって無関係なわけではない。むしろ、日本にとって米本土の安全は、米国から提供される「核の傘」を含む拡大抑止の信頼性と密接に関係している。冷戦期にソ連と対峙(たいじ)していた米国が「パリを守るために、ニューヨークを犠牲にする覚悟があるか」というジレンマに直面したのと同じように、北朝鮮が非脆弱なICBMを保有した場合、米国の大統領は「東京を守るために、サンフランシスコを犠牲する覚悟があるか」という状況を前に、アジア地域への介入や日韓が攻撃を受けた場合の報復を躊躇(ちゅうちょ)する恐れがある。したがって、米本土の安全を高めておくことは、拡大抑止の信頼性を維持しておくためにも決定的に重要なのである。 極東から米本土に向けて発射されるICBMの最短飛行経路は、日本のはるか北からアラスカに向かうコースをたどるため、現在の技術ではこれを日本周辺から迎撃することはできない。だが既に米本土は、アラスカ州のフォートグリーリー基地とカリフォルニア州のバンデンバーグ基地に配備されている地上配備型迎撃システム(GMD)・迎撃ミサイル(GBI)と、一部の高高度防衛ミサイル(THAAD)によって守られている。GBIは5月30日にICBMを想定した迎撃実験に成功しており、2017年末までに44基の配備を完了する予定である。そのため、北朝鮮が数発の限定的なICBM能力を獲得した程度では、米本土のミサイル防衛網を突破することは容易ではなく、「ゲーム・チェンジャー」にはなり得ない。 しかし将来的に、火星14、もしくはより残存性・即応性の高い移動式ICBMが量産化され、実戦配備に移行した場合には、北朝鮮が一定の対米抑止力を確立し、名実ともに「ゲーム・チェンジャー」となる可能性も否定できないのだ。この段階に至っても、北朝鮮の核・ミサイル能力は、冷戦期の米ソのような相互確証破壊を達成するには遠く及ばない。しかしながら、それが米国の主要都市を1つでも確実に攻撃できるとすれば、米国は「巻き込まれる」ことを恐れて日本の防衛を諦め、われわれは「見捨てられて」しまうのではないかという「同盟の切り離し(デカップリング)」を引き起こしてしまう恐れがある。 さらに言えば、北朝鮮がICBMによって米国からの報復を抑止できるとの自信を背景に、制裁解除や経済援助、在韓米軍の撤退、あるいは朝鮮半島有事における在日米軍の来援阻止といった要求をのませるため、核を用いた恫喝(どうかつ)に及ぶことも考えられる。この恫喝相手は何も米国である必要はない。むしろ、在韓米軍の撤退や有事における在日米軍の支援を諦めさせたいのなら、今度は日本や韓国を核やミサイルで脅し「米軍のせいで、われわれが巻き込まれる」という国内世論の不安をかき立てることで、日米韓をデカップリング(非連動)させようという計算が働く可能性は十分考えられる。 すなわち、われわれは「米国が同盟国に巻き込まれることを恐れ、核の傘の提供を躊躇すること」への対処だけではなく、「日本が米韓に巻き込まれることを恐れ、朝鮮半島で生じる事態への支援を躊躇すること」への懸念に対しても同時に向き合わなければならない「二重のデカップリング」の問題に直面しているのである。2つのリスクが対立する「核容認」論 さて、ここで「北朝鮮の核容認」論とは何を意味するかという論点に立ち返ってみよう。米国で議論されつつある「核容認」論とは、何も北朝鮮を核拡散防止条約(NPT)の米露英仏中5カ国と同等の核保有国として認めるという話ではない。現在議論されているのは、北朝鮮が核ICBMを保有していることを前提に、それを使わせないよう抑止しつつ、状況改善のための交渉をするかどうかという点だ。 一方、これに反対する立場は、北朝鮮の核を前提としての交渉が、核の脅しに屈し、米国が交渉の場に引きずり出されたことになるため到底容認できないし、また金正恩朝鮮労働党委員長を伝統的な方法で抑止し続けられる保証もないというものである。そして経済制裁などの圧力の効果がなければ、究極的には軍事行動による強制武装解除も辞さない構えをとる。前者はゲーツ元国防長官やスーザン・ライス元国家安全保障担当大統領補佐官の立場、後者は現政権のマクマスター国家安全保障担当補佐官らの立場である。 つまり第一の問いは、これから長期にわたって北朝鮮の核と共存し、それを抑止し続けることのリスクと、短期決戦の軍事行動に伴うリスクのどちらを取るかという問題とも言い換えられる。ただ、この判断は極めて難しい。ライス氏が言うように、米国はこれまでにもソ連や中国のICBMと共存し、その使用を抑止し続けてきた。われわれもまた同様に、この十数年を多数のノドンを有する北朝鮮と向き合ってきた。 しかし、時間はわれわれに味方していない場合もある。「第1次朝鮮半島核危機」と呼ばれた1994年にも、寧辺の核施設に対する先制攻撃が検討されたが、大規模な被害が及ぶことを懸念した韓国政府の意向などをくみ、結局攻撃は行われなかった。だがそれから25年近くが経過した現在の戦略環境は、核・ミサイル脅威が顕在化したことによって劇的に悪化している。どのみち一定の被害は避けられないのならば、軍事行動は状況がさらに悪化する前-すなわち、北朝鮮がICBMの量産・配備に入る前でなければならないのかもしれない。 時間が状況を悪化させるとすれば、その緩和のためにも、ひとまず何らかの交渉が必要という考えはどうだろう。例えば、ゲーツ氏は「まずは北の体制は保障する。その上で核を放棄させることはできなくても、ICBM開発と実験を停止させ、ミサイルの射程を短いものに制限することは可能かもしれない」と述べている。 だが、日本はこの提案に乗るべきではない。既に北朝鮮はロフテッド軌道ではあるが、2度のICBM実験を行っている。もちろんミサイルと再突入体の完成度を高めるなら、通常弾道軌道によるフルレンジ(全射程)の実射実験をするのが望ましいが、それがなくともICBMは技術的にほぼ完成していると見るべきだろう。よって、今更実験を凍結することはさしたる意味を持たない。またミサイル実験を停止しても、「人工衛星打ち上げのロケット発射」などと言って、新型のエンジンテストなどをしてくる可能性もある。 ミサイルの射程制限については二つの問題がある。第一に、既にマティス国防長官やティラーソン国務長官は、北朝鮮を体制転換する意図がないことを繰り返し明言している。その判断が政策的に正しいかどうかはさておき、米国の長官級が体制を保障するとしているにもかかわらず、金委員長が核・ICBM実験を続けてさせているのは、言葉による体制保障を信用していないからだろう。そうであれば、物理的抑止力=体制保障の証しとしてのICBMを手放すことは考えにくい。米中両政府の「外交・安全保障対話」に先立ち、中国側と面会した米国のティラーソン国務長官(左端)とマティス国防長官(左から2人目)=6月21日、ワシントン(ロイター=共同) もう一つの問題は、対米ICBMを制限しても、日本の安全保障環境は核付きのノドンによって一方的に悪化したまま、状況が固定化されることである。もちろん、日本はノドンを自力で相殺(オフセット)する手段を持っていない。 それならば、冷戦を戦い抜いた先人たちの知恵を借りてみるのはどうだろうか。1970年代、「SS-20」に代表されるソ連の中距離核戦力(INF)が欧州に配備されたとき、西ドイツのシュミット首相は、「米国はハンブルクを守るためにニューヨークを犠牲にする覚悟がない」としてデカップリングの危険を訴えた。米=北大西洋条約機構(NATO)はこの問題を解消すべく、欧州に米国のINF(「パーシングII」と地上配備型核巡航ミサイル)を配備することによって、西独を含むNATO諸国への拡大抑止を再保証しつつ、ソ連を核軍縮・軍備管理交渉のテーブルに着かせるための圧力をかけるという「二重決定」方針を導入した。これにより、1987年には米ソ間で射程500~5500キロの地上発射型ミサイルシステムを全廃するというINF条約が締結されたのである。 米国の核持ち込みによって同盟国とのデカップリングを防ぎ、相手が持つ同等の核兵器をオフセットするという発想は、NATO型の核共有(nuclear sharing)にも当てはまる。核共有とは、NATO加盟国の一部に米国が管理する戦術核を平時から前方配備しておき、危機・有事が発生した場合には事前に策定した共同作戦計画に基づいて、米国が戦術核を供与、同盟国の核・非核両用機(DCA)がそれを搭載して核攻撃を行うというメカニズムである。米=NATO間では現在でも、200発程度とされる戦術核の配備と、その協議枠組みとしての核計画部会が継続されている。 折しも、自民党の石破茂元地方創生担当相は、非核三原則のうち「持ち込ませず」を緩和し、米国による核持ち込みの意義を検討すべきとの提案をしている他、最近ではメディアなどでも核共有の必要性を主張する声も聞かれるようになっている。 では、米国による核持ち込みやNATO型の核共有モデルをいまの日本に適用させた場合、地域の拡大抑止構造にどのような影響を与えるかを検討してみたい。考えられる唯一のオプション ここで前提としなければならないのは、現在の米国が保有する核戦力態勢である。米国の核態勢は、いわゆる「核の三本柱」(ICBM・SLBM・戦略爆撃機)に、グローバルに展開可能なDCAを加えた各種運搬手段と、戦略・戦術核兵器の組み合わせによって構成されている。これらのうち、米本土に配備されるICBM「ミニットマン3」は言うまでもなく、第二撃能力としての秘匿性を重視するオハイオ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)がその位置を意図的に露呈することは考えにくいため、これらは前方展開を前提とする核共有・核持ち込みのいずれのモデルにも適さない。4月26日、米カリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地で行われたICBM「ミニットマン3」の発射実験(米空軍提供・共同) 同様に、地下貫通型(バンカーバスター)の強力な戦略核(B61-11)を運搬可能なB2ステルス爆撃機はその航続距離と配備数20機という希少性から、また射程2500キロを超えるAGM-86B空中発射型核巡航ミサイル(ALCM)を運搬可能なB52長距離戦略爆撃機は、その利点である防空圏外からのスタンドオフ攻撃能力を犠牲にし、駐機中を先制攻撃されるリスクを負ってまで、在日米軍基地に常時前方展開することは想定しづらい。さらに、艦載機に搭載される戦術核や艦船に搭載する核トマホーク(TLAM-N)はいずれも既に退役・解体されている。そのため、かつて言われていたような、核搭載艦船による日本の領海通過や寄港という形での「核持ち込み」は今日では起こりえない。 残る手段は、かつてNATOが「二重決定」に用いたINFの前方配備であるが、皮肉なことに、米国は今現在でもINF条約の順守を継続しているため、ノドンをオフセットできる射程500~5500キロ以下の地上配備型ミサイルシステムを保有していないのだ。 したがって、現在考えられる唯一のオプションは、DCAと戦術核爆弾(B61-3/4)の前方展開という組み合わせに限られる。こうした前提で日本が米国との核共有を行うとすれば、2010年から始まった日米拡大抑止協議を格上げし、共同核作戦計画を策定。その上で在日米軍基地のいずれかに米軍が管理するB61用の備蓄シェルターを設け、それを有事の際に日本に提供するよう要請し、最終的には航空自衛隊のF-2戦闘機(将来的にはF-35A)に搭載して、総理大臣が核攻撃を命じるという形式が想像できる。 しかし、現在の核態勢下で実現できるオプションを具体化してみると、NATO型の核共有は、政治・軍事両面のハードルが著しく高いと言わざるをえない。言うまでもなく、戦術核を常時国内に備蓄することに対しては、極めて大きな政治的反発が予想される。また、米国の核報復が期待できず、自らそのトリガー(引き金)に手をかける必要があるという論理であっても、NPTとの整合性を保つ上で、最終的な戦術核引き渡しの決定権は米国が握っている。また、日本から飛び立つDCAが北朝鮮上空に達するには早くても1時間以上かかるため、弾道ミサイル発射の兆候を察知した段階で、即時的な武装解除を目的とした核攻撃を行うにはDCAは意味をなさない。加えて、DCA搭載用のB61-3/4はバンカーバスター能力がなく、地下化された北朝鮮の重要施設を破壊することも難しいため、軍事的合理性にも乏しい。 他方、軍事アセットを標的とする対兵力攻撃(カウンターフォース)ではなく、平壌に報復する対価値攻撃(カウンターバリュー・ターゲティング)を目的とするのであれば、「戦術核」とされるB61-3であっても出力調整により最大170キロトン(広島型原爆の約13倍)の威力を発揮できる。しかしその場合には、唯一の被爆国である日本の政治指導者が、自衛隊に対して民間人の大量殺戮(さつりく)を意味する報復を命じる覚悟を問われることになる。 もちろん、NATOの核共有が現在でも維持されているのと同様、戦術核の前方配備が米国のコミットメントを高める一助となることは事実であろう。しかし北朝鮮側から見れば、緊迫した情勢下における戦術核展開は先制核攻撃の準備と映りかねない。何より、近代化された空軍を持たない北朝鮮は、出撃後のDCAを迎撃するのが困難なことから、地上に置かれているDCAとB61を先制攻撃で無力化することのメリットが大きい。当然、B61の備蓄シェルターの破壊に用いられるのは核ミサイルであろう。これは抑止論で言う「脆弱(ぜいじゃく)性の窓」と呼ばれる問題であり、「危機における安定性(crisis stability)」を著しく悪化させる危険性がある。 本来こうした形での先制攻撃の誘因は、前方配備の戦術核がある種の「トリップワイヤ(仕掛け線)」としての役割を果たすことにより、米国の戦略核報復を促すため、高次の抑止構造が機能していれば、トータルな抑止計算の上では抑制されるはずである。しかし、北朝鮮が少数のICBMによって、米国からの報復を抑止できると「誤認」した場合には、上記のような形で限定核戦争の戦端が開かれる可能性も否定できないのである。こうしたDCAの脆弱性と危機における安定性に起因する問題は、核共有を行わずとも、日本や韓国に米軍のDCAと戦術核を前方配備するケースでも起こりうることに留意する必要がある。日本が今すべき具体的努力 もともと日本では、核戦略や拡大抑止をめぐる議論それ自体が限られてきた。また、そうした議論があったとしても、その大半は現実の核態勢や運用上の前提を踏まえていない場合がほとんどである。もっとも、同盟国からの要請として、米国に核兵器の運用態勢の変更や、新たな兵器システムの開発を求めること、例としては、INF条約脱退や、残存性の高い移動式中距離弾道ミサイル(IRBM、「パーシング3」?)、TLAM-Nの再開発・再配備なども考えられる。しかし、それらの要求は在欧戦術核のように軍事的意義を失った兵器を政治的理由から維持し続けるよりもハードルが高い。そうした要求をするにしても、拡大抑止の受益国として、前提となる米国の核政策やその運用態勢を理解していなければ、抽象的な不安を伝達するにとどまり、問題の具体的解決策を議論していく説得力を欠いてしまうことになるだろう。 結局のところ、北朝鮮の核・ミサイル脅威に屈することなく、日米韓のデカップリングを避けるには、どのような努力が必要なのだろうか。 月並みではあるが、やはり必須となるのは、日米韓三カ国によるミサイル防衛体制の強化である。米国は北朝鮮のICBM脅威の高まりを黙って見過ごしているわけではない。現在米国内では、本土防衛能力のさらなる強化を訴える声が高まりつつあり、議会では共和党のダン・サリバン上院議員(アラスカ州選出)が主導する形で、GBIの配備数を最終的に100基まで増強することなどをうたった超党派法案が提出され、その内容は少なからず2018会計年度の国防権限法や現在策定が進められている政策指針「弾道ミサイル防衛の見直し」(BMDR)に反映されるものとみられている。 日本では、現有のイージス艦4隻に加え、2隻が新たに弾道ミサイル防衛(BMD)能力を付与するための改修を受けている他、「SM3ブロック1B/2A」「PAC3MSE」といった新型・能力向上型迎撃ミサイルを調達する予定である。そして平成30年度概算要求では、地上配備型の迎撃システム「イージス・アショア」を中心とした新規装備の取得を目指している。イージス・アショアは、BMD専用のSM3のみならず、弾道ミサイル・巡航ミサイル・航空機といった多様な経空脅威に対処可能な艦対空ミサイルSM6も運用可能であり、柔軟性が高い。 また、現在配備されているSM3ブロック1Aよりも倍近い迎撃範囲を持つとされるSM3ブロック2Aと合わせれば、2基で日本のほぼ全域を常時カバーすることが可能であり、日本周辺に張り付けたきりになっているイージス艦の負担を軽減することも期待できる。ただし、イージス・アショアの国内配備は早くとも2023年頃とみられるため、一刻も早いミサイル防衛体制の多層強化のためには、韓国でそうしたように、在日米軍へのTHAAD配備を同時に要請すべきであろう。 その韓国では、在韓米軍へのTHAAD導入が前倒しされた他、「KAMD」と呼ばれる韓国独自のミサイル防衛の構築が進められている。ところが、韓国のミサイル防衛に用いられるセンサーや在韓米軍のTHAADに付属するAN/TPY-2レーダーは、ハワイのミサイル防衛管制施設(C2BMC)を含めた地域のBMDネットワークとは連接されていないといわれている。これは韓国が日米のBMD体制に取り込まれることを嫌う中国の懸念を反映した「忖度(そんたく)」によるものとされるが、ミサイル防衛は各種センサーがネットワーク化されてこそ、弾道ミサイルの正確な追尾や効率的な迎撃が可能となる。ならば、中国の懸念を逆手にとり、「中国が北朝鮮問題に真剣に対処してこなかったことにより生じた、やむを得ない措置」として、日米韓のセンサー・ネットワーク連携を明示的に行うことで、それを中国に圧力をかけるレバレッジ(てこ)とすることも考えられるだろう。9月7日、韓国南部、星州に搬入されたTHAADのミサイル発射台(韓国共同取材団撮影、聯合=共同) 第二には、拡大抑止にかかる共同演習や、核の先制使用を含む作戦計画の共有・策定が挙げられる。核使用を伴う米軍の作戦は、太平洋軍などの戦闘軍司令部ではなく、戦略軍がその指揮権を持つとともに主要な計画立案を行っている。そこで日米拡大抑止協議の内容を新ガイドラインで定められた共同計画策定作業と連関させ、グレーゾーンから核使用を含む高次のエスカレーションラダー(段階的な軍事衝突規模の拡大)を切れ目のない形で構築し、核オプションのより具体的な形での保証を促すべきである。 またそれらの計画を基に、在日・在韓米軍、太平洋軍、戦略軍などを交えた日米共同演習を繰り返し、実戦上の課題を常に点検・共有しておくことが望まれる。この中では、危機時におけるDCAの前方展開リスク、グアムにおけるDCAや戦略爆撃機、SSBNの展開頻度を高めることの軍事的・政治的効用、さらにはICBMやSLBMをリアクションタイムの短い移動式ミサイルに対する即時的な武装解除手段として適切なタイミングで使用する必要性などについても、個別の作戦計画に照らして検証すべきである。稚拙な対韓感情論に振り回される日本 第三は、非核の長距離即時攻撃手段(CPGS)としての極超音速飛行体の開発に関する技術協力・共同開発である。先にICBMやSLBMを即時武装解除の手段として使用する可能性に言及したのは、長射程の即時攻撃を行いうる手段が、現時点では核搭載の弾道ミサイル以外に存在しないからである。しかし、それらに搭載される核弾頭の威力や標的国以外に発射を誤認される危険性から、柔軟な運用が難しいのも事実である。そこで米国が研究開発してきた各種CPGSプログラムを技術支援する形で、同種の兵器の共同研究開発を検討することが望まれる。 第四は、B52から発射するAGM-86B空中発射巡航ミサイルの後継となる、新型長距離巡航ミサイル(LRSO)の開発継続を後押しすることである。TLAM-Nの退役とDCAの脆弱性を考慮すると、射程2500キロを超え、核出力を5〜150キロトンまで調整可能なAGM-86Bは、通常戦力と戦略核のエスカレーションラダーを埋める重要な役割を持つが、運用開始から35年以上がたち老朽化が進んでおり、2030年には退役を予定している。 今後開発される新型爆撃機B21のステルス性をもってすれば、敵の防空網に侵入して攻撃することが可能であるから、これを更新する必要はないとの声も聞かれる。だが、防空システムの高度化、とりわけステルス機を探知する「カウンター・ステルス技術」の発展をかんがみると、いまだ開発されていないB21に過度に依存するのはリスクが高い。まして中国を想定した接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力次第では、既にDCAが直面しているように、危機や有事の際にステルス機を前方展開させるのが一時的に難しくなるケースも考えられる。したがって、B21の運用を想定した場合でも、グアム以東から2500キロ超のALCMを発射できるオプションを確保しておく意義は大きい。日本は拡大抑止の受益国としてその必要性を訴え、LRSOの開発を確実にしておく必要がある。 最後に挙げるのは、国民に対して日米韓協力の重要性理解に努めることである。今日においても、日本は朝鮮半島有事において決定的に重要な後方支援基盤であり、朝鮮半島と日本は一体化された戦域としてつながっている。だが、北朝鮮による核・ミサイルを通じた日本への恫喝は、この地政戦略的リンクを切り離しかねない。一般的な世論感覚からして、日米同盟が地域に果たす戦略的機能の重要性にかんがみれば、日本が核の脅しを受けたとしても、それに屈することなく対米協力を続けることはおおむね支持されるように思われる。 しかし、日本の世論は韓国のこととなるとその戦略的重要性を忘れ、稚拙な感情論に振り回される傾向がある。国内世論に見え隠れする韓国軽視は、北朝鮮が米韓支援を断念するよう日本を恫喝してきた際に、その脅しを受け入れかねない潜在的リスクになる恐れがある。だが、朝鮮半島の将来像が日本の安全保障にとり極めて大きな影響を及ぼすことにかんがみれば、何としても関与を継続する必要がある。そのために、日本は米国だけでなく韓国とも緊密な連携を模索し続けるべきである。 加えて、韓国が保有する独自の対北打撃力とその政策(先制攻撃システム「キルチェーン」、KMPR、米韓ミサイル指針など)に対する理解と情報共有も必要である。米韓が北朝鮮のミサイルをどこまで制圧できるかは、われわれのミサイル防衛能力はもちろん、将来敵基地攻撃能力を整備していく際の計算にも大きな影響を与えるからだ。 日本の敵基地攻撃能力については、その前提となる財政状況や防衛予算の趨勢(すうせい)からみても、弾道ミサイル発射を探知する早期警戒衛星やターゲティングのための情報・監視・偵察(ISR)などの手段をすべて独自調達し、完全自己完結型の攻撃能力を持つことは現実的ではない。同様に、相手の都市部を標的とした大量報復(懲罰的抑止)ベースの攻撃能力は、最終的に核保有に進まざるをえないことを踏まえると、これも選択肢にはなりにくい。したがって、日本が敵基地攻撃能力を保有する場合には、相手から飛来するミサイルの数をなるべく減らし、ミサイル防衛の迎撃効率を向上させるという損害限定(拒否的抑止)ベースの攻撃能力を米(韓)のISR協力の下で追求するのが最も現実的であろう。島嶼防衛用「高速滑空弾」(防衛省ホームページから) 具体的な攻撃手段は複数あるが、注目されるのは平成30年度の防衛省概算要求に要素技術研究対象として提示されている「島嶼(とうしょ)防衛用高速滑空弾」である。資料によれば、これはあくまで「島嶼間」の長距離射撃を目的とするものであるが、その原理は米国がCPGSプログラムで開発していた「(極)超音速滑空体」そのものであり、打ち上げに用いるブースター次第では、INF並みの射程を持つ即時攻撃システムとして移動目標を短時間で無力化する手段となりうる。米国がINF条約にとどまり続けるのであれば、INF再開発と前方配備を促すよりも、米国との技術協力を経て、移動式かつ十分な射程を備えた非核の即時攻撃システムを日本が自ら保有するというオプションも検討する価値があるのではないだろうか。

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    北朝鮮を核保有国として認めるべきか

    世間はすっかり解散風になびいているが、核実験とミサイル発射を繰り返す北朝鮮の脅威は何も変わっていない。トランプ米大統領は「完全に破壊する以外の選択はない」と強く警告。わが国でも長年タブーとされた核武装論に言及する動きもみられ、議論はさらに広がりつつある。もはや北朝鮮の核保有を認めざるを得ないのか。

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    北朝鮮脅威、日本に必要なのは「核武装」のタブーなき言論空間

    島田洋一(福井県立大学教授) まずは日本の核武装から論じよう。日本は、独自の核抑止力確保に向けて動き出すべきである。それは、直接的には北朝鮮による核の脅威に、アメリカに頼り切らずに対応するためだが、すでに多数の核ミサイルを実戦配備している中国をにらんだものでもある。北京市内の北朝鮮大使館前で警備する武装警察隊員 =9月3日(共同) 中国は、日本の核武装がいよいよ現実化してきたと認識すれば、その動きをもたらした「震源」である北朝鮮・金正恩体制を崩壊させることで、流れを止めようとしてくるかもしれない。すなわち中国経由で、北朝鮮の脅威を除去することにもつながりうる。 日本が核武装するか否かは、日本国民の意思次第である(これが高いハードルであることは言うまでもない)。さまざまな外的障害の存在を指摘し、核武装の不可を説く声もあるが、結論ありきで、事実認識が不足したものも多い。 外的障害としてよく挙げられるのが、日本が核拡散防止条約(NPT)を脱退し核武装に動くと、国際社会からさまざまな制裁を科され経済が破綻してしまう、ウランの供給なども止められ、原子力産業が立ちいかなくなるという主張である。  これは、NPTに加入せず核武装を進めたインドの例に照らし、当を得ていない。 2008年9月、国際原子力機関(IAEA)理事会は、NPTが「核兵器国」と規定する米露英仏中に加え、インドを例外的に核保有国と認める決定を、圧倒的多数で行っている。 それ以前、2005年7月にインドのシン首相とブッシュ米大統領の間で、インドがNPTに非加入のままでも、米国は民生用の原子力協力に向けた努力を行う旨が合意がされていた。そのブッシュ政権が各国に働きかけてのインド例外化決定であった。日本も賛成票を投じている。  中国は当初、「国際的な核不拡散体制にとり大きな打撃」と反対したが、衆寡敵(しゅうかてき)せずと見るや、パキスタンも例外扱いすべきとの主張で対抗したが、北朝鮮などへの核拡散(実務はカーン博士が担う)の過去を問われ、パキスタン例外化案は却下された。  すなわちここにおいて、「責任感ある(responsible)国」の核保有には制裁を科さないという国際的な流れができたといえる。「経済制裁」という障害はない 大多数の国々にとって、日本の経済的存在感はインドよりはるかに大きい。インドは例外化するが、日本には包括的な制裁を科すといった展開はまずあり得ないだろう。日本核武装に「経済制裁」という障害はない。  なお、IAEA理事会のインド例外化決定と前後して、原子力供給国グループ(NSG)もインドとの「民生用原子力協力」について合意に達している。ウランの供給などを認めたもので、日本が核武装すればウランを止められる云々(うんぬん)もやはり杞憂(きゆう)と言えよう。  この合意もアメリカが主導している。要するに、事前に米国と擦り合わせができていれば特に問題は生じないということである。 米印間の核問題交渉に長く携わったストローブ・タルボット元国務副長官は、「核関連物資の輸出管理に関してインドは、二つのNPT上の核兵器国、ロシアと中国より、よい成績を残していた。ロシアはイランが、中国はパキスタンがそれぞれ危険なテクノロジーを獲得するのを助けていた」と述懐している。 日本が中露以上に無責任に振る舞うと考える国はまずないだろう。インドと同等以上に厳格に核管理すると見なされるはずだ。 以上、核武装に伴って制裁を課されるという議論が、日本のような「責任感ある国」の場合根拠がないことを示してきた。独自核抑止力に向けた議論を大いに喚起し、具体的動きを起こしていかねばならない。北朝鮮の核実験について記者団の取材に応じる安倍晋三首相 =9月3日、首相官邸 もっとも、「核武装を口にすると政治家は即死する」(首相返り咲きの前の、あるシンポジウムでの安倍晋三氏発言)という状況にほとんど変化はない。いま即座に、政治家に核武装を唱えよと要求するのは酷であろう。 まずは民間において、核に関するタブーなき言論空間が打ち立てられなければならない。 その間、政権に求めたいのは、何よりも通常戦力による策源地(敵基地)攻撃力の整備に乗り出すことである。この地点までは十分に機は熟しており、踏み出さない言い訳は成り立たない。憲法9条の範囲内という、半世紀にわたって確立された政府見解もある。問われるのは政権の意志のみである。

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    米国の「アジア蔑視」が北朝鮮に核保有の大義名分を与えた

    重村智計(早稲田大名誉教授) 北朝鮮の核問題を解決できなかった米国の高官や、研究者たちが的外れと思える「宥和(ゆうわ)策」を述べている。発言者の多くが米外交の「戦犯」たちで、自分の責任を感じていないから困る。オバマ政権のスーザン・ライス前国連大使、ブッシュ政権のクリストファー・ヒル元国務次官補などだ。心の底に、アジアや朝鮮人に対する蔑視意識(オリエンタリズム)があるようだ。9月7日、ホワイトハウスで記者会見するトランプ大統領(ゲッティ=共同) 米紙ニューヨーク・タイムズ(国際版)は5日、「北朝鮮の本心はミステリー」との記事を一面に掲載した。書いたのは著名な国際記者のデービッド・サンガー氏と、トモコ・リッチ東京支局長だ。サンガー記者とは筆者がワシントン特派員時代に話をかわしたことがあるが、優秀な特ダネ記者である。 この記事によると、米国は「金正恩の本心」を計りかね、多くの主張や論議が起きているというのだ。北朝鮮は「米国の敵対政策」を非難するだけで何も要求していない。今更なにを寝ぼけたことを、と思うのだが「北朝鮮の核容認論」が生まれるワシントンの空気は十分感じられた。 背景にはライス氏のニューヨーク・タイムズ紙(8月10日)への寄稿がある。ライス氏は「北朝鮮に軍事力を行使すべきではない」と強調し「米国は北の核を容認できる」と述べた。この主張は、日韓両国が「北の核に耐えられない」事実を全く理解していない。また、中国が東アジアで自分以外の核保有国を決して認めない現実をわかっていない。寄稿の目的はトランプ大統領の軍事攻撃発言への批判だったようで、実際、大統領の強硬発言の連続が「緊張を高めている」と批判した。これも朝鮮人の言語文化と歴史を理解していない判断だ。 トランプ大統領の一連の発言は、北朝鮮の言語文化を相手にするにはピッタリだ。北朝鮮は「日米は断固たる対応に直面する」「制裁に加担した(日本の)罪に決着をつける」など、過激な表現を高官や公式の報道機関が平気で使用する。過剰表現は北朝鮮での「日常生活」なのだ。それに対し、「軍事攻撃も選択肢」と語るのは、戦術としては正しいやり返しである。北東アジアの文化を理解していないライス氏 ライス氏は、この北東アジアの文化を理解していない。ライス氏の寄稿とニューヨーク・タイムズの記事はかなり的外れと私には思える。「北の核容認論」は北朝鮮の歴史と文化を理解せず、アジアの現実もわからない米国人特有のアジア観である。「アジアがどうなろうと関係ない。あの人たちはおかしな人たちだから」との蔑視感情が根底にある。国連本部で握手する潘基文国連事務総長とスーザン・ライス米国連大使=2009年1月26日、米ニューヨーク(UPI=共同) オリエンタリズムは、故エドワード・サイード・コロンビア大教授が、欧米人のイスラムやアジアへの根深い蔑視感情をえぐり出した「書籍」のタイトルだが、欧米人の「アジア、イスラム蔑視」を意味する用語として使われている。サイード教授は、パレスチナ移民の息子で世界的な言語学者だった。 なぜ北朝鮮は核開発を始め、金正恩朝鮮労働党委員長は核とミサイル実験を急ぐのか。話は冷戦崩壊前後に戻る。東欧社会主義国が崩壊する中で、旧ソ連は韓国との国交正常化を決めた。怒った北朝鮮は、新型兵器の開発を通告した。 金日成主席と金正日総書記は北朝鮮が崩壊し、金ファミリーが指導者として追放される事態を最も恐れた。当時の軍事用石油は60万トンしかなく、戦争能力はない。米韓が軍事攻撃すれば、たちまち崩壊する。それを阻止する手だてとして核兵器保有に行き着いた。核開発にはミサイル開発が不可欠だ。 金総書記は一時「米朝合意」で核放棄を覚悟したが、軍の反発で方針を変更した。2001年頃といわれる。核とミサイルを持たないと崩壊させられるとの戦略と「信念」で指導者と軍幹部は一致した。だから、祖父と父、軍幹部が決定した方針を金正恩委員長は自らの一存で放棄できない。 これは儒教社会の北朝鮮では誰も疑わない価値観である。ライス前大使らは、北朝鮮が儒教文化の国家である事実を理解できていない。北朝鮮は対話や条件提示で核実験を止める文化でも体制でもない、とわかっていない。金正恩委員長は核とミサイルが完成するまで実験を放棄できないのだ。 儒教国家では「正統性」と「大義名分」が最大の価値観である。米国が核保有を認めれば、北朝鮮は国際社会から正統性を得たことになる。北朝鮮では核で譲歩することはないという空気が広がっている。北朝鮮国民は、金委員長は国際社会から正統性を認められた偉大な指導者と受け止める。「北の核容認論」の本当の危険性 ライス氏の主張やニューヨーク・タイムズの記事は、米国がいかに北朝鮮の歴史と文化、外交戦略、思考パターンに無知であるかを物語る。また、金正恩委員長や北朝鮮幹部が何を考えているかについての情報もなく、確認もしていない。 北朝鮮中枢は、以前からひそかに「核兵器を完成して米国と交渉する」との戦略を語っている。金正恩委員長は核開発を中断するわけにはいかないのだ。だから核の完成を急いでいる。それでも、しばらく時間がかかるだろう。核とミサイルの実験はなお続く。 核兵器が完成しても交渉で譲歩する保証はない。核兵器を手にした軍部は実験中止や核放棄に簡単に応じないだろう。金委員長と軍部の対立が高まる。もし応じなければ、米中が協力して「崩壊作戦」に乗り出し、北朝鮮の米中対立誘導戦略が破綻しまう。 「北の核容認論」の本当の危険性にライス氏は気がついていない。北朝鮮が核保有を認められれば、韓国と日本でも核保有を求める声が高まる。日本と韓国が核を持てば、台湾、ベトナム、インドネシアへと、アジアは「核拡散の時代」を迎える。その危険さを米国の「北の核容認論」は理解できていない。その背後に、アジアでの核拡散は構わないとのアジア蔑視意識が見え隠れする。 ただ、現実的には無理な話だが、「北朝鮮の核保有容認」が「日韓台の核保有容認論」につながるものなら、戦略的に理解できないわけではない。中国が最も恐れるのは、韓国や日本の核保有である。米国が「中国が北朝鮮の核保有を黙認するなら、日本と韓国、台湾の核保有を認める」といえば、中国は対応せざるを得なくなる。中国内モンゴル自治区で行われた中国人民解放軍建軍90周年記念閲兵式に出席する習近平国家主席=2017年7月30日(共同) 多くの人は、中国はなぜ北朝鮮の核開発を黙認するのか、との疑問を抱く。それは、中朝関係が2000年にもおよび、中国は朝鮮人の扱いを誰よりも知っていると考えているからだ。 中国要人はひそかに「北朝鮮はいつでもつぶせる」と言う。石油供給を全面中止すれば、北朝鮮の軍隊は崩壊に直面し、指導者追放劇が期待される。それでもダメなら国境を全面封鎖すれば北朝鮮は崩壊に向かう。ただ、今はその時期ではないと判断しているようだ。

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    「北朝鮮は草を食べても核開発」プーチンも苦悩する旧ソ連の大誤算

    にまい進する契機になったのは、1991年のソ連邦崩壊だった。最大の後ろ盾だったソ連の解体で、北朝鮮は安全保障の切り札として核・ミサイルを保有することが不可欠と判断し、開発を強化した。94年には、これを察知したクリントン米政権が寧辺の核施設攻撃を計画し、一触即発の危機を招いたこともある。 このころ、北朝鮮外交官は冷戦終結で失業したロシアやウクライナの核・ミサイル技術者を高い給与で一本釣りし、北朝鮮に招いた。北朝鮮のミサイルシステムは、旧ソ連のスカッドミサイルを軸にしており、旧ソ連の技術が開発に貢献した。ロシア外務省は、「ロシア国籍の技術者は現在、北朝鮮には一人もいない」としているが、筆者の得ている情報では、一部のロシア人は北朝鮮の女性と結婚し、国籍も変えているという。広がる北朝鮮の核保有容認論 そして北朝鮮はソ連を崩壊させたエリツィン元ロシア大統領を「社会主義の敵」と糾弾し、関係を事実上断絶した。プーチン政権発足後、金正日総書記はロシアとの関係を再開するが、ロシアはソ連時代のように石油や食糧の無償援助はできない。今日でも、朝露間の貿易額は中朝間の1~2%程度にすぎず、ロシアでは到底中国の肩代わりはできない。ロシア経済自体が中国経済の12%まで縮小してしまった。 2代目の金正日総書記は核・ミサイル開発を強化した反面、米国や韓国、日本との対話も念頭に置き、一定の落とし所が想定できた。しかし、3代目の金正恩委員長は核・ミサイル開発を急速に進めており、対話の糸口が見られない。一種の暴走状態にあることが、危機を一段と拡大させている。金委員長は、大量破壊兵器のなかったイラクやリビアの反米政権が力で倒されたことを熟知しており、同じ運命をたどらないことを誓っている。北朝鮮の故金日成主席と故金正日総書記のモザイク画の前を行き交う車=8月、平壌(共同) 北朝鮮の大量破壊兵器保有に反対する点では、米露は一致し、冷戦終結後、連携して北朝鮮に核開発中止を求めたり、6カ国協議で協力したりしたこともあった。しかし、旧ソ連は金王朝の生みの親であり、北朝鮮がどのような国かは米国以上に理解している。 米カーネギー財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長は「朝鮮半島の非核化はもはや現実的ではない。この際、北朝鮮を核保有国として認めるべきだ。そうすれば、交渉は失敗しても破滅は免れる」とし、北朝鮮をインド、パキスタンのように核保有国として容認するよう求めた。 ロシアではこうした現実論者が増えているが、米国でも北朝鮮の核容認論を主張する専門家も出ている。日米韓にとって、北朝鮮の核保有容認は受け入れがたいが、北朝鮮は米国がそれを認めない限り交渉に応じないだろう。 プーチン政権は以前、北朝鮮問題で米国と連携することもあったが、米露関係が極度に悪化した現在は、世界的に反米外交を展開し、北朝鮮問題でも米国の外交を妨害している。日米韓対ロシアという構図の中、双方の求愛を受ける中国がどちらに付くかが焦点となりそうだ。ただ、筆者自身は、中国はロシアに接近するそぶりをしながら、実質的には日中韓と連携していくのではないかと考えている。

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    「北朝鮮核施設への先制攻撃」トランプはどこまで本気なのか

    弾頭に積む水爆まで完成に近づいており、これまで東アジア政策でしかなかった北朝鮮政策は一気に米国自身の安全保障に直結する状況になっている。「核保有国」として北朝鮮を認めるのかどうか、米国としては何らかの大きな対応を一気に迫られる状況になっている。8月11日、ソウル駅でトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が映し出されたニュースの画面を見る男性(AP=共同) トランプ政権の北朝鮮政策のゴールは「北朝鮮の非核化」に他ならない。核を放棄させるため、オバマ前政権の「戦略的忍耐」ではなく、軍事的オプションを常にちらつかせてきた。いわゆる「4月危機」のときに注目された、米韓軍事演習に呼応した空母カール・ビンソンなどの周辺への派遣がこれに当たる。ただ、実際には貿易・経済問題を「取引」材料に北朝鮮に最も影響力がある中国に対して圧力をかけ、北朝鮮を最大限に動かしていくというのが、トランプ流の対中、そして対北朝鮮政策の根本にある。 しかし、4月の米中首脳会談で、トランプ政権から北朝鮮への圧力強化の要請を受けた中国は、北朝鮮に核をあきらめさせるのが難しいことを熟知している。そもそも韓国、日本、そしてその背後にいる米国の緩衝地帯として、北朝鮮は中国にとって地政学的に重要な存在でもある。習近平国家主席にとっては、秋の中国共産党大会を前にできるだけ国内のパワーゲームに集中したいのが本音であり、北朝鮮については抜本的な制裁まで至っていない。むろん、トランプ政権のいらだちも募っている。 また、北朝鮮の核とミサイル開発のペースは速く、ここ半年だけでも米国は北朝鮮側に常に出し抜かれてきた。北朝鮮としては、ミサイルも核弾頭に搭載する水爆もほぼ完成したため、怖いものはない。米国に対して、交渉の席につかせ、何らかの条件と引き換えに無条件に核保有国として認めさせたいというのが北朝鮮の狙いだろう。限定攻撃なら日韓への報復は必至 トランプ政権としては北朝鮮の非核化どころか、核開発の凍結もなかなか難しくなっており、かなりの手詰まり感がある。いま議論されている産業や工業の「血液」となる石油の禁輸がどれだけ可能なのかさえ分からない。他の経済制裁を進めても、どれだけ効果があるのか未知数である。そうしているうちに、既に米本土に到達する核弾頭付きのミサイルも完成してしまうかもしれない。トランプ政権に残された時間は実のところ多くはない。 この手詰まり感の中、外交的な選択肢ではなく、強硬策を主張する声も米国内では目立ちつつある。報復の可能性が極めて低くなるようなことが想定されれば、先制攻撃を決断し、北朝鮮の核施設をたたいていく選択肢もあり得ないわけではない。最高司令官であるトランプ大統領が外交・安全保障政策について全くの素人である分、何らかの思い切った強硬策に出てくる可能性もゼロではない。 ただ、もし限定的な攻撃を行ったならば、北朝鮮から韓国、日本という同盟国への報復はやはり避けられないだろう。戦闘には必ず不確定要素がある。いわゆる「戦場の霧(フォッグ・オブ・ウォー)」である。北朝鮮の報復攻撃を100%抑えることができるかどうかは分からない。もし戦争になれば「米国史上最悪の戦争になる」という指摘もある。記者団に話すマティス米国防長官(左)とダンフォード統合参謀本部議長=9月3日、ワシントン(AP=共同) トランプ政権の安全保障政策は、マティス国防長官やマクマスター国家安全保障担当補佐官、ケリー首席補佐官らの軍人出身者がプロとして支えてきた。上述のようにトランプ氏は外交・安全保障政策の経験はないが、本人もそれを自覚しており、高官たちの意見を比較的そのまま採用してきた。戦闘の現場をよく知っている「外交・安全保障のプロ」たちにとって、報復が考えられる不確実な先制攻撃に踏み込むだけの米国の諜報(ちょうほう)活動がどれだけ整っているかが、今後の大きなポイントとなるであろう。 先制攻撃とともに考えられる米国の対応は、おそらく二つある。一つは何らかの条件を付けた上で北朝鮮の核保有を容認するか黙認するかという選択肢である。そして、もう一つが核保有という現実に即して、同盟国である日本や韓国の核武装を推進し、米国と協力することで北朝鮮の核に対する徹底した抑止を図るという選択肢である。「核容認」で大きく揺らぐ日米安保北朝鮮による6回目の核実験を受け、「0」にリセットされた地球平和監視時計の「最後の核実験からの日数」=9月3日午後、広島市の原爆資料館 北朝鮮の核保有を容認、または黙認するという選択肢については、オバマ前政権で国家安全保障担当補佐官だったスーザン・ライス氏のニューヨーク・タイムズへの寄稿(8月10日)が大きな波紋を広げている。北朝鮮に対する強硬策を取った場合、全面的な戦争が不可避であるため、それよりも北朝鮮の核保有を認めることも視野に入れた方がいいという議論である。同じくオバマ前政権で国家情報長官だったジェームズ・クラッパー氏も同様の指摘をしている。 北朝鮮の核を容認、もしくは黙認する代わりに、日本などの同盟国、あるいは米国に向けた挑発行為の停止、テロリストへの核拡散の徹底した防止などを条件に米国は切り出すのかもしれない。 とはいえ、もし北朝鮮の核を黙認すれば、日本にとっては米国の「核の傘」が極めて弱体化する。「有事にどれだけ日本を助けてくれるのか」という戦後何十年も続いてきた日米安保体制の、そもそもの議論が再び沸騰するのは必至である。それもあって、トランプ政権はライス氏の指摘をことあるごとに否定した。 一方で、「日本や韓国に核を持たせるなどの対抗措置を取った方が賢明」という主張も米国内で安全保障のリアリストらから指摘されるようになっている。核武装やさらなる迎撃システムの強化を通じ、日米韓で北朝鮮の核に対する徹底した抑止を図るというのがその狙いである。 しかし、唯一の被爆国である日本が核を持つという、国論を二分するような選択が本当にできるのかどうか、筆者にはまだ判断がつかない。 9月3日に行われた北朝鮮の「水爆実験」の第一報を筆者は学会報告と調査のために訪れたサンフランシスコで聞いた。この際、筆者が現地の専門家に聞いた限り、北朝鮮の核容認論と日本、韓国の核武装推進論のいずれもあったが、限定攻撃に対する肯定的な意見はほとんどなかった。これをみても、現時点では北朝鮮に核放棄を求めるのは、かなり難しくなっているのが分かる。 北朝鮮の「国家生存の柱」と位置付けられてきた核開発。それがまさに北朝鮮の国家を温存することにもなる。その意味では、北朝鮮の思惑通りに事が進んでいると言えなくもない。

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    トランプでも金正恩は止められない

    北朝鮮が9日の建国記念日に合わせ、新たな大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射する可能性が高まっている。トランプ米大統領は、北朝鮮に対する制裁圧力の強化を国際社会に呼び掛けるが、中露両国の同意を得るのは困難な情勢だ。国際社会はなぜ「狂気の独裁者」を止められないのか。

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    なぜ中国は「北朝鮮の非核化」に消極的なのか

    すことができていないものの、「国際関係の民主化の推進」「覇権主義および強権政治への反対」「持続可能な安全保障観」を共に唱える中露協力を中国が米日欧諸国へアピールする舞台となってきた。 しかも、BRICS首脳会議直前、ヒマラヤ山脈の国境地帯ドクラム高原における中国軍の道路建設で長らく対峙(たいじ)していた中印両軍の撤退が合意され、インドのモディ首相のBRICS首脳会議参加が実現したことにより、ホスト国として中国の面目が保たれたばかりであった。BRICS首脳会議に合わせた会談で、握手するインドのモディ首相(左)と中国の習近平国家主席=9月5日、中国福建省アモイ市(新華社=共同) 習主席は、10月18日から開催される中国共産党の第19回党大会を控え、大国外交の成果と自身の権威をアモイから国内外へ向かって発信するはずであった。アモイは、習主席が1985~88年に市党委員会常務委員や副市長を務めた地方市である。2002年に浙江省へ党委員会副書記・省長代行として異動するまで、習主席は福建省で17年も務めた。そのような福建省アモイへゲストを含めて9カ国の首脳を招いていたBRICS国際会議の当日に、金正恩朝鮮労働党委員長は核実験を行ったのである。レッドラインを越えたのか 昨年9月に杭州で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議と今年5月の「一帯一路」国際フォーラムの開催日にミサイルを発射したのに続き、中国がホスト国を務めた重要なBRICS会議開催日に、北朝鮮は核実験をぶつけ、習主席のメンツをまたもやつぶしたのである。  米政府は8月上旬、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄した場合に「4つのノー(ない)」を約束すると説明していた。「4つのノー(ない)」とは、(1)北朝鮮の体制転換は求めない、(2)金正恩政権の崩壊を目指さない、(3)朝鮮半島を南北に分けている北緯38度線を越えて北へ侵攻しない、(4)朝鮮半島の再統一を急がない、という4つの行為をしないという内容であった。それでも北朝鮮が核実験を強行したということは、「金体制の維持」を約束するだけでは北朝鮮が満足しないということを、また、米国の「レッドライン(越えてはならない一線)」を北朝鮮が越えたことを意味する。G20首脳会合に臨む中国の習近平国家主席(左)とトランプ米大統領=2017年7月7日、ドイツ・ハンブルク(代表撮影・共同) しかし、米高官が「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」と繰り返すものの、米政府の選択肢が限られていることを中国はわかっている。米国とその同盟国の財政状況を見れば、日英独加などが戦費を出したことで戦争が可能であったイラク戦争のようにはいかない。北朝鮮と全面戦争をしても戦費と復興再建費を積極的に出そうとする国がないのは明らかである。米国の同盟国である日本と韓国は、自国への被害を考え、米朝の軍事衝突に否定的である。米トランプ政権では、アジア政策の実務担当の高官ポストがいまだに埋まっていない。トランプ政権の北朝鮮政策は袋小路に陥っている。 一方、9月3、4日の中露の対応を見る限り、核実験は中国のレッドラインをまだ越えていない。3日の吉林省延辺の朝鮮自治州では、北朝鮮による核実験の激震で建物に亀裂が入るほどの被害があった。中国の環境保護部(「部」は日本の「省」に相当)は、3日の核実験を受けて、北朝鮮に隣接する吉林省などで放射性物質のモニタリングを始めた。翌4日には、環境保護部は、放射性物質による異常が見つかっていないと発表した。北朝鮮による中国国境付近への放射性物質の侵犯、そのレベルこそが、中国のレッドラインではないかとみられている。中国の狙いはココだ 中国は、北朝鮮の核・ミサイル問題を制裁や圧力では解決できないと考えている。また、トランプ政権には北朝鮮問題を処理できないとみている。中国は北朝鮮のミサイル発射の目的を「金体制の存続」と「米日韓からの経済援助を引き出すための恫喝(どうかつ)」にあると見ており、対米攻撃を北朝鮮の核・ミサイル開発の目的とは考えていない。 さらに、北朝鮮問題は、「アジア安全保障の最大関心事」を南シナ海から朝鮮半島に移してくれている。「北朝鮮が米国にとってコントロール困難な問題国」である間、米国にとっての中国は「南シナ海や東シナ海への姿勢を変えさせる対象国」である前に、「北朝鮮情勢をめぐって協力を引き出させる協力国」として位置づけられる。また、「尖閣奪取へのろしを上げた中国」にとって、日本の防衛力が北朝鮮に分散することは悪くない話である。 したがって、中国が北朝鮮を追い詰めることはしないであろう。中国が北朝鮮を追い詰めれば、北朝鮮に対するロシアの影響力だけが強まり、そこに中国のメリットはない。 また、中国が金委員長の首をすげ替えようとすることは当分ないであろう。「ポスト金体制の北朝鮮」が不安定化したり多元化したり米韓の傀儡(かいらい)政権に北朝鮮を握られるよりは、ましてや「反中国体制」が北に誕生するよりは、「金正恩体制の現状維持」のほうが中国にとってはマシだからである。 北朝鮮が7月28日に発射したICBMの移動発車台は中国が「民生用」として提供した「中国産の新型」を北朝鮮が改造した可能性があるとの専門家の指摘が報じられている。北朝鮮の強気な態度の根底には、中国とロシアの影響力があると見るべきではなかろうか。BRICS首脳会議で、記念写真に納まるロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席=9月4日、中国福建省アモイ市(共同) 「カリスマでもなければ、カリスマが指名した指導者でもない」習主席にとって、安定した米中関係の構築は、中国最高指導者としての威信の確立に必至である。中国は、「北朝鮮をめぐる米中協議」を「アフガン・パキスタン・メカニズム」(4カ国調整グループ)への再開とともに、米中協調外交の政治的ツールとして組み込んでいきたいところであろう。名ばかりの経済制裁 国連安全保障理事会の新たな制裁決議に基づき、中国が8月15日から実施した対北朝鮮禁輸を受けて、中国メディアは、中朝国境に架かる橋の上で海産物を載せて中国側に入ろうとするトラックを拒否した中国側通関の報道を「宣伝」した。しかし、国連などの統計によれば、北朝鮮の約9割強の貿易相手国は中国であり、そのうち約1割が海産物である。その海産物の禁輸を「パフォーマンス以上のレベル」で中国が実際に行っているのであれば、北朝鮮の中国に対する反発はもっと激しいものになっているはずではなかろうか。 9月1日に中国吉林省の長春で開幕された国際展示会では、日本や韓国など110以上の国と地域の企業とともに、北朝鮮からも30社以上が出展していた。そこでは、国連制裁決議で輸出が禁止されているはずの海産物の乾燥ナマコも売られていた。 中国は、「国連や米国に対する協調のパフォーマンス」を内外へ、特に米国へ「宣伝」している。しかし、それが厳密に実施されているかは、疑わしい。 「トランプ米大統領が明確な対北朝鮮外交・安全保障政策をもたないままに、北朝鮮を挑発している」と中国は見ている。米朝両国が「偶発的な衝突」に突入しないように、中国とロシアは、米朝両国を抑制するような中露協調外交を強化していくことを明らかにしている。 ただし、中国はロシアの動きにも注視している。中国の「一帯一路」構想の港湾戦略を据えたベンガル湾沿岸国でロシアが軍事外交を積極的に展開する近年(この点は拙著『米中露パワーシフトと日本』〔勁草書房、2017年〕を参照されたい)、中露の北朝鮮政策は海洋戦略も含んでいる。ロシアとの「競合と協調」のバランスを図りながら、中国は北朝鮮の地政学を「氷のシルクロード(北極海航路)」構想においても位置づけて、「北朝鮮をめぐる対話・協議による大国外交」を主張していくであろう。このままでは、アジア太平洋の秩序形成におけるパワーシフトが、ますます中国優位へと加速してしまうことになる。米国が中国頼みの北朝鮮政策を転換すべき時期にきていると、日本はもっと声を高めていくべきではなかろうか。

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    トランプに戦争の選択肢はない 「北朝鮮核保有国」の現実を直視せよ

    柳澤協二(元防衛省幹部、国際地政学研究所理事長) 北朝鮮が6度目の核実験をした。しかも今度は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の弾頭に載せる水爆だという。私は率直に言って、このことに驚かなかった。それは北朝鮮の既定路線であって、やるかやらないかではなく、いつやるかという問題だと思っていたからだ。北朝鮮はアメリカと対等になるために、アメリカ本土を脅かす核ミサイルを持たなければならないと思っている。目的は戦争ではない。戦争になれば負けることは分かりきっている。アメリカと対等な立場で交渉できるようにするためだ。 あえて「今なぜか」と言えば、北朝鮮経済の生命線である石油の禁輸という制裁に中国が同調しないという「読み」があったからであり、あるいは石油禁輸が不可避とすれば、それを発動されないうちに核を完成させようという狙いがあったのだろう。 深刻なのは、アメリカの圧力外交が効果をあげていないことが明らかになったことだ。中国が石油を止めないとすると、体制を脅かす「決め手」になるような制裁はない。そうすると、実力で核を排除する以外にない。少なくとも、空母を浮かべ、B1爆撃機を見せる程度ではなく、戦争すれすれの脅しをしなければならない。8月8日、米ニュージャージー州のゴルフ施設で北朝鮮情勢について話すトランプ大統領(ロイター=共同) それでも、北朝鮮が核を放棄することはあり得ないと誰もが知っている。つまり、武力で威嚇するやり方では、核開発は止まらないということが明らかになったのだ。 制裁や威嚇で止まらなければ、物理的に核を排除するしかない。そのためには、政権を排除することが最も確実だ。それは「大量破壊兵器を隠し持っていた」と決めつけてイラクのサダム・フセインを打倒したときと同じ論理である。 今回は、結果的に大量破壊兵器が見つからなかったイラクよりも、はるかに大義名分がある。そして、北朝鮮に武力行使した場合、水爆を積んだICBMが完成する前にやらなければ、核の反撃にあうかもしれない。アメリカにとっても「やるなら今だ」という計算が成り立つ。韓国は、自分の同意なしに戦争することに反対だと明確に述べている。中国には、戦争になれば北朝鮮に加勢するという論調もある。さて、日本はどうするのだろう。 1960年に改定された日米安保条約の交換公文では、日本の基地からの直接出撃は事前協議の対象となる。ベトナム戦争の時のように「米軍機が飛び立ったのは通常の移動であって、その時点で北朝鮮の核施設を爆撃する予定はなかったと承知している」という話では済まない。日本の基地への反撃があり得るからだ。 だが私は、実際にはそのシナリオはないだろうと思っている。戦争は、早期に目的を達成して終結する見通しと、戦争終結後に訪れる状況が戦争前よりも良くなっているという展望がなければ始められないからだ。 核開発を止められず、戦争のシナリオがないとすると、選択肢は「交渉」しか残っていない。交渉の条件は、北朝鮮が主張する「核保有国であること」を認めるか、少なくとも「棚上げ」することにならざるを得ない。交渉に移行する最大の障害は、米国内と日韓両国の世論だ。トランプは、自らの強硬路線の失敗を認めることになるのだから、どうやって「名誉ある転進」のように見せるかに腐心することになる。日本がもっと心配するべきこととは? そのシナリオは、おそらく「自分は戦うつもりだったが、韓国や日本といった同盟国がやめてくれと懇願するので仕方なく交渉を選んだ」と言えるような、もう一段高い危機的状況を作り出すことだと考える。 そして、もう一つの「おそらく」を言えば、日本の官邸もそのことに気づき始めている。だから、そこではきっとうまい「芝居」がうたれるに違いない。安倍政権の支持も劇的に回復するかもしれない。 下手な芝居をすれば、本当に戦争になってしまうかもしれない。だから、ぜひうまくやってもらわなければならないのだが、核保有を前提とした交渉をどうやって正当化するのか、依然として難しい課題があることは間違いない。 日本人が考えなければならないことは、したいこととできることは違う、という現実を直視することだ。北朝鮮に核を放棄させたいのなら、金正恩体制を倒すしかない。それは、アメリカにはできるが、その過程でどれだけの被害を受けるのか、その覚悟がなければ「できないこと」なのだ。 脅威とは、能力と意志の掛け算だ。北朝鮮の能力を止められないなら、その能力を使う意志をなくさなければならない。北朝鮮の意志は、一貫してアメリカを向いてきた。そもそも、米朝の対立は1950年の朝鮮戦争にさかのぼる。戦争は3年後に休戦を迎えたが、まだ終わったわけではない。両国は今も戦争当事者であり続けている。戦争当事者の一方に向かって、「敵と対等になるための核を持つな」と言っても通じない。 それゆえ、核放棄というハードルを外し、まずは南進統一の野望を捨てさせる。それならアメリカも北朝鮮を攻撃しない、という平和条約によって両者の戦争を終わらせることから始めなければならないのだろう。現に両者の激しい言葉の応酬にもかかわらず、事態はそこに向かって進んでいる。それは両国の政治リーダーの思惑を超えた、問題の構造に内在する論理的帰結だ。 そこで、日本がもっと心配しなければならないのは、北朝鮮の核を現実として認めることによる「核不拡散レジーム」の空洞化だ。だが、少なくともそれは、戦争の理由にはならない。それが許せないのなら、インド、パキスタン、イスラエルも許せない。そうではなく、北朝鮮が自国の脅威だから許せないというのであれば、日本も核を持つという論理になりかねない。「核兵器禁止条約」制定交渉で、空席となっていた日本政府代表の席=7月7日、ニューヨークの国連本部(共同) しかし、その脅威は日本を攻撃する意志をなくすことで脅威ではなくなる。インド、パキスタン、イスラエルの核が脅威ではない理由もそこにある。その上で、唯一の戦争被爆国という、カネで買っても得られない正当性を背景に、核の不当性を訴えていく。日本が「できること」は、そういうことではないのか。核をなくすという「したいこと」を、「できること」をもって実現するには、時間がかかるのである。

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    「核戦争の共通認識」がない北朝鮮に米国が取るべき道は対話しかない

    中岡望(東洋英和女学院大学大学院客員教授) 北朝鮮の核兵器と大陸間弾道弾の開発で朝鮮半島の緊張が高まっている。北朝鮮は挑発的で過激な発言を繰り返し、トランプ大統領も激しい言葉で応じている。アメリカは北朝鮮に対する経済政策強化を進めることで北朝鮮に核兵器開発を断念するよう圧力をかけ続けている。 しかし、誰も経済制裁の強化で北朝鮮が核兵器開発を断念するとは思っていないのではないだろうか。最悪の場合、事態はさらに悪化する可能性もある。こうした時こそ単に軍事的な分析だけでなく、冷静な判断が必要となるだろう。 戦争は誰のメリットにもならない。北朝鮮とアメリカの軍事力、経済力の格差は歴然で、どう転んでも北朝鮮に勝ち目はない。「螳螂(とうろう)の斧」である。その激しい口調とは裏腹に、北朝鮮にはアメリカを攻撃する能力も意味も存在しない。過剰に北朝鮮の脅威を強調するのは賢明な対応とはいえない。 実際に軍事衝突が始まれば、北朝鮮が目指す体制維持は難しくなるだろう。韓国と中国にも戦火は拡大するかもしれないし、北朝鮮の体制崩壊で中国と韓国に大量の難民が押しかけてくるのも間違いない。日本にも影響は及ぶだろう。またアメリカにとっても何のメリットもない。「核クラブ」による核兵器の独占を維持できたとしても、その代価はあまりにも大きい。北朝鮮の水爆実験の成功を報じる街頭テレビ=3日、東京都(佐藤徳昭撮影) では、なぜ北朝鮮は強引に核兵器の開発を進め、アメリカを挑発し続けるのだろうか。北朝鮮は非合理的な判断をする可能性はあるのだろうか。そこまでのリスクを冒して、北朝鮮は何を得ようとしているのだろうか。狙いは単純である。すべては「体制維持」にある。「核保有国」として認知されることで、それを実現しようとしているのである。 さらにアメリカを直接交渉の場に引き出したいのである。もうひとつ加えれば、経済制裁は効果がないことを示そうとしているのだろう。しかし、アメリカは北朝鮮を「核保有国」として容認することはできないし、直接交渉する準備もできていない。 まず指摘しておかなければならないのは、朝鮮戦争はまだ終わっていないということである。現在は休戦状態だ。アメリカは朝鮮戦争が始まったときから現在に至るまで北朝鮮に対する制裁を続けている。両国の間には正式な外交チャンネルが存在していない。「ニューヨーク・チャンネル」と呼ばれる国連を舞台にする細いチャンネルがあったが、オバマ政権の最後の年にそのチャンネルも閉ざされている。両国はお互いの真意を知る機会さえ持つことができない状況が続いている。 一番怖いのは、対話のない中でお互いの意思を誤解し、計算間違いを犯すことだ。アメリカも北朝鮮に関する明確な情報を持っていない。誤解と計算違いのリスクは北朝鮮だけでなく、アメリカにもある。北朝鮮を非核化するために必要なこと 冷戦の時でさえ米ソの間に外交チャンネルは存在し、お互いの意思を確認し合うことができた。また「相互確証破壊」という共通した考えを持ち、核戦争ではどちらの国も勝利を収めることはできないという共通認識が存在した。だが、北朝鮮とアメリカの間には、共通認識は何も存在しない状況にある。 北朝鮮の挑発的な発言は今に始まったことではない。それに対してアメリカは比較的自制的な対応を取ってきた。オバマ政権は「戦略的忍耐(strategic patience)」を取り、直接的にコミットすることを避けてきた。付け加えれば、オバマ政権は成功はしなかったが核軍縮を目指してきた。 だが、トランプ大統領はそうした自制心を投げ捨て、極めて厳しい対応を取り始める。核開発予算の増額も求めている。北朝鮮に対しては「すべてのオプションはテーブルの上にある」と、「対話」と同時に「軍事的攻撃」も選択肢にあると発言している。 3日、トランプ大統領は記者団に「北朝鮮を攻撃する計画はあるのか」と聞かれ、「検討する(We’ll see)」と答えている。こうしたメッセージが北朝鮮にどう伝わり、どう受け止められているか分からないが、北朝鮮に大きな脅威を与えていることは間違いないだろう。記者団に対応するドナルド・トランプ米大統領=10日、米ニュージャージー州(AP=共同) さらに混迷を深めているのは、トランプ政権内で明確な北朝鮮政策がみられないことだ。トランプ大統領とは違い、ティラーソン国務長官やマティス国防長官は対話の重要性を訴えている。9月3日のNBCニュースは、ジョンズ・ホプキンス大学の北朝鮮ウオッチサイト「38North」が8月に「もしアメリカが北朝鮮に対する敵対政策と核の脅威を止めるなら、核兵器とミサイル開発を中止する準備がある」と分析していると伝えている。だが、トランプ政権はそうした兆候や分析を無視している。 スタンフォード大学教授のエイミー・ゼガート氏は、『アトランティック』誌に寄稿した記事(How not to Threaten North Korea)で「アメリカの北朝鮮政策は失敗し続けている。トランプ政権になって対立のリスクは劇的に高まった」と指摘している。その中で注目されるのは、トランプ大統領は自らの情緒的な発言でアメリカに対する「信頼性」を損なっていると指摘していることだ。「外交政策では、言葉は安っぽいものではない。危険性を孕(はら)むものである」とも書いている。危機的な状況の時こそ、冷静な発言と判断が必要となる。 北朝鮮問題を解決できるのはアメリカだけである。北朝鮮の対米不信は根深い。声高に制裁強化を主張するだけでは問題解決にはならない。また歴史的に見て、経済制裁が成功した例はない。北朝鮮に対する「太陽政策」も「北風政策」もあまり効果はなかった。太陽政策は単に北朝鮮に時間を与えただけではないかとの批判もある。しかし、北風政策は間違いなく危機を深刻なものにするだろう。 目標は明確である。朝鮮半島の非核化である。そのために必要なことは、経済制裁強化ではなく、まずアメリカが北朝鮮との間に対話のチャンネルを構築する努力を行うことであり、高官レベルでの直接対話の可能性を探ることである。それによって初めて信頼関係を取り戻せるのだ。

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    北朝鮮が「アメリカ本土に届くミサイル」にこだわる理由

     7月28日、日本時間の午後11時42分頃、北朝鮮の内陸部・舞坪里(ムピョンリ)から弾道ミサイルが発射された。このミサイルは、約45分間飛行して、北海道・奥尻島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したと推定されている。朝鮮中央通信によると、高度は3724.9km、水平距離は998kmで、過去最高の高度と飛行時間を記録。7月4日に発射した大陸間弾道ミサイル(ICBM)『火星14号』の改良版ではないかといわれている。金正恩朝鮮労働党委員長は「米本土全域がわれわれの射程圏内にあるということがはっきりと立証された」と誇らしげだったという。 北朝鮮はなぜここまで、“アメリカ本土に届くミサイル”にこだわるのだろうか。 オバマ時代の対北朝鮮政策は「戦略的忍耐」と呼ばれ、「北朝鮮が非核化に向けた措置を取らない限り、対話に一切応じない」というものだったが、北朝鮮はそれを無視し、オバマ時代に4回も核実験を行い、核兵器の性能を大幅に向上させてきた。だが今年1月、トランプ大統領政権に変わったことで、事態は大きく変化する。 金沢工業大学虎ノ門大学院教授で、34年間、海上自衛隊の海将などを務めてきた伊藤俊幸さんが、こう解説する。「トランプ政権が北朝鮮に対して出した対話の条件は、“核の完全放棄”です。さらに、北朝鮮が核実験や弾道ミサイル発射を繰り返す挑発行為をエスカレートさせた場合、あらゆる措置をとると厳しく警告。軍事行動が含まれることも示唆しています」 実際にアメリカは、北朝鮮への影響力が強い中国に対し、北朝鮮への圧力強化を指示している。しかし、中国はそれに応える結果をなかなか出さない。そんな中国に対してアメリカは、米中の銀行取引を禁じるなど、この6月から経済制裁をかけ始めている。「そうした中、北朝鮮は、“自分たちにも核ミサイルをアメリカまで飛ばす軍事力があるとわかれば、アメリカは自分たちと対等に話をするはず”と考え、そのアピールのために、頻繁にミサイルを飛ばしているのです。言うなれば、北朝鮮が欲しいのは“核”による抑止力です。これがあれば、アメリカをはじめとするロシアや中国などの大国と対等になれると思い込んでいるのです。しかし、北朝鮮の核保有に、アメリカは強く強く反対しています」(伊藤さん)関連記事■ 北朝鮮核ミサイルに対抗するには日韓核武装も選択肢と専門家■ 北がミサイル発射、日本EEZに落下か…深夜に■ ノドン、ムスダン、テポドン… 金正恩のミサイルの実力■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 金正日死去で北朝鮮に暴動発生・米国の武力介入の可能性指摘

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    北朝鮮核実験、揺らぐ世界秩序

    北朝鮮が6度目の核実験を強行した。国営放送を通じた声明では「水爆実験の成功」を主張し、強硬姿勢を貫く米国を射程圏に入れた核ミサイル開発が最終段階にあることをアピールした。国際社会の反発を無視して暴挙を繰り返す北朝鮮。対話か圧力か、それとも軍事オプションか。揺らぐ世界秩序の今を読み解く。

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    「電磁パルス攻撃」が次の一手? 核実験も疑わしい北朝鮮に騙されるな

    原田武夫(元外交官・原田武夫国際戦略情報研究所代表取締役) 9月3日、北朝鮮を震源地とする大きな揺れが観測された。これを受けて北朝鮮は「水爆実験に成功した」と主張し、国際社会全体に衝撃を与えた。北朝鮮は先日も弾道ミサイルを太平洋上に向けて発射し、北海道をまたいでわが国に対して深刻な恐怖を与えたばかりだ。北朝鮮核実験のニュースを報じる街頭モニター=9月3日、東京都千代田区(佐藤徳昭撮影) しかもそれだけではない。今後、北朝鮮は一般には聞きなれない「電磁パルス攻撃」なるものまで仕掛けて来ると言われている。「次の一手」として北朝鮮が一体どのタイミングで何をしでかしてくるのかに注目が集まっているのである。 私は2005年春まで外務省にキャリア外交官として勤務し、最後は北東アジア課で北朝鮮班長を務めていた。わが国の対北朝鮮外交の最前線にいたわけであるが、そこで積んだ経験、さらにはその後、外務省を自主退職して以降、さまざまな方面から収集した情報をベースに「私たち日本人はいま何を考え、そしてこれから何をすれば良いのか」について書いてみたいと思う。 最初に考えなければならないのはそもそも北朝鮮の「主張」が真実なのかという点である。 「弾道ミサイルが発射されたのは本当であり、また巨大な揺れを感じた以上、水爆実験が行われたことも真実のはず。これ以上何を疑う必要があるのか」 読者はきっとそう考えるに違いない。しかし、プロの「北朝鮮のウォッチャー」の視点からすると最初にこの点こそ真正面から疑ってみる必要がある。それはなぜか。 例えば、今回の「水爆実験成功」なる北朝鮮の主張を取り上げてみよう。実は核不拡散の専門家の見地からいうと、まだ本当に「水爆実験」であったかどうかは分からないというのが正直なところなのだ。 なぜなら、非常に簡単にいうとこうした核実験が行われたことを確認するためには、下記の3つの要件が必ず必要だからである。①巨大な揺れが世界中に設置されている「包括的核実験禁止条約(CTBT)」事務局公認の地震計(わが国では長野県・松代に設置されている)で均(ひと)しく観測される必要がある。②核実験を行った時のみに観測することができる特定の放射性物質(キセノン等)を空気中で実際に採取することができる。③ 中立的な専門家が当該国の現地を実際に訪問し、確認すること しかし、北朝鮮がこれまで「核実験」として主張してきた例を見ると、①~③まで全ての条件がそろったことは一度もないのである。③については北朝鮮という閉鎖的な国柄から考えて、当然、現地査察は認められないとしても、②も毎回観測できているわけではないのだ。そして、①も実のところ、専門家たちの間では「核実験が行われたと考えるのに十分な揺れ」が全ての観測地点で観測されているわけではない。核実験に加えミサイルも それでも米国やわが国をはじめとする各国は、どういうわけか「北朝鮮が核実験を行ったこと」を認め、そのことを前提に議論してしまっているのである。むろん、弾道ミサイルの開発が北朝鮮において順調に進んでいることは確かなのだから、悠長なことを言うべきではないという意見もあるはずだ。だが、その肝心の「弾道ミサイル」開発についても、ここに来て「どうやらウクライナからミサイルエンジンを輸入しているらしい」という分析を米インテリジェンス機関が公開したばかりなのである。 つまり、北朝鮮は完全に自分自身で弾道ミサイルを開発し、それに「核弾頭」を載せて威嚇しているわけでは決してないのである。そもそも弾道ミサイルについては、どこか外部の勢力からの支援を受けて開発しているに過ぎず、また「核弾頭」は存在するかどうかさえ分からず、その大前提としての「核実験」についてすら、本当に行われているのかどうか、全く定かではないというのが実態なのだ。 だが、米国をはじめとする関係諸国はすでに「北朝鮮がいよいよ米領グアムに対して弾道ミサイルを発射すること」を前提に動き出している。先日まで「北朝鮮はよく自制をしてきている」として対話の用意があることすら示唆していたトランプ米政権も、どういうわけか軍人たちを筆頭とする「主戦論」に転換し、下手すれば「第二次朝鮮戦争」にまで発展しかねない軍事的衝突を今や遅しと待ち構えている可能性がある。演説するトランプ米大統領=8月22日、アリゾナ州フェニックス(AP=共同) しかも、わが国はそうした中で北朝鮮が隣国であるにもかかわらず、主体的な動きをすることができず、明らかにもがいているのである。事実、わが国の上空をまたいでいった先日の弾道ミサイルに対して、事前及びその飛行中にわが国は何もすることができなかった。もはや「国民の生命と財産」と言う意味での「国益」は政府であっても守れないことが露呈しているというのが実態なのである。 しかし、そうした状況の中であっても驚き、慄(おのの)いてはならないというのが私の考えである。むしろ、北朝鮮をめぐる現下の情勢において、ある意味では、わが国が明らかに「当事者能力」を失っているからこそ、冷静に今の状況を見つめる必要がある。そうして、グローバル社会の背後にうごめく、日本古来から伝えられる妖怪「鵺(ぬえ)」のような不可思議なものが、この出来事を通じて一体何を実現しようとしているのかをはっきりと見いだすべきなのである。東アジア秩序の大転換 なぜならば、今回の北朝鮮をめぐる一連の「出来事」はあまりにも「できすぎたストーリー」だからだ。事実、突然「テロ」に遭って亡くなった金正男から始まり、ここに至るまでの北朝鮮をめぐる一連の展開は話ができすぎている。北朝鮮の金正日総書記の長男、金正男氏=2007年3月18日マカオ市内(清水満撮影)  その金正男が実のところ、ある段階まで「今後、北朝鮮の金正恩体制が事実上崩壊した際、暫定大統領として自由選挙を取り仕切る役割を果たすべき人物」として、マカオで米国と華僑・客家集団の取り決めに基づき「温存」されていたことは、グローバルなインテリジェンスの世界では「常識」だった。ところがある時、何者かによってこのシナリオは完全に破棄され、少なくとも表舞台から金正男は姿を消したのであった。 このような展開を前に各国の情報機関でも動揺が走っているように見受けられる。なぜならば、より上位の意思決定によって明らかにこの「シナリオ」は放棄され、そこからやおら、北朝鮮の金正恩体制による暴走が露呈し始めたからである。そして現体制は明らかに「自滅」に向かっている。 このままいけば、弾道ミサイルはグアムに向けて発射され、それに対して怒り狂うトランプ米政権は一気にミサイル攻撃を北朝鮮に対して仕掛け、その軍事力を極めて短時間で「無能力化」するのは目に見ている。「裸の王様」となった金正恩に統治能力はもはやないに等しいが、問題はその時「彼の身に何が起こるのか」なのである。 万が一、金正恩が「命を落とす」といったケースが自然な形で起きてしまった場合、なし崩し的に北朝鮮における体制転換が生じ、これが韓国をも含む朝鮮半島全体の再編を促し、ついには周辺諸国をも含む、いわば「環日本海秩序」とでもいうべきものをリニューアルする流れが一気に始まる可能性がある。 国際社会のより上部に位置しながらその歩みの連続として「世界史」を動かしている「鵺(ぬえ)」は今、いよいよ決断し、動かし始めたと考えるべきだと私は分析している。 そして何よりも問題なのは、「加計問題」など国内問題に相も変わらず揺れている安倍政権が、果たしてこうした極めてハイレベルな国際社会の最上部における決断に対して、応分の貢献が主体的な形でできるか否かなのである。広い意味で言えば「2019年に主要20カ国・地域首脳会議(G20)の議長国をわが国にする」という決定は、そのための機会として与えられたものであることを私たちは忘れてはならないのだ。 そして、その先においてわが国が憲法でうたう「国際社会における名誉ある地位を占める」ことができるかどうかは、今この瞬間から始まっている「グレート・ゲーム(政治的駆け引き)」において、私たち日本人一人ひとりがいかなる自覚をもって、どのように動くのかにかかっているのである。そのことを決して忘れてはならない。

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    北朝鮮情勢、カギは日本の核武装を許さない中国の「レッドライン」

    しなければ米国に協力する」とのニュアンスに変わっている。中国もロシアもややサジを投げた格好だ。 国連安全保障理事会や日米韓三国は、北朝鮮への経済制裁を実施してきた。ぜいたく品の輸出禁止や、高官や企業への制裁を実行したが、北朝鮮が本当に困る制裁ではなかった。企業名と個人名を変更すれば制裁逃れができたように、抜け道がいくらでも可能だったからだ。北朝鮮の「最も嫌がる作戦」 日露戦争の名参謀、秋山真之は外交や軍事戦略の極意について「相手が最も嫌がる作戦の実行だ」と述べた。北朝鮮が最も嫌がる対応は、石油の全面禁輸と米国の軍事攻撃である。北朝鮮は石油が一滴も出ない。しかも、年間の石油の確保量は世界最低である。軍用石油の保有も世界最低だ。北朝鮮は昨年約27万4千トンの石油製品を中国から輸入した(読売新聞、9月4日朝刊)。中国はひそかに、通関統計には公表されない原油を数十万トン供給していると報じられる。中国以外では、ロシアや中東、東南アジアから数万トン規模の石油を輸入している。 それでも、軍事用に使用できる石油は最大で50万トン程度しかない。自衛隊の約3分の1だ。石油製品と原油が全面ストップすると北朝鮮は軍隊を維持できない。通常兵器による戦争と戦闘は不可能になる。中国は、この状況を十分に理解していたから北朝鮮に毎年50万トンの原油を送り続けた。だが、この原油から軍事用の石油製品は最大でも20万トンしか生産できない。中国は重質分が多く質の悪い原油しか供給しなかったからである。北朝鮮に輸出する原油を積んだ貨物列車=4月、中国遼寧省丹東市(共同) 歴史の教訓に学ぶなら、北朝鮮は明らかに崩壊の道に突き進んでいる。歴史の流れに逆行する国家はやがて滅びるからだ。旧ソ連は、市場経済を拒否し核大国として人権と自由を抑圧し、崩壊した。北朝鮮は、中国とロシアの黙認を背景に核開発を継続できた。しかし、中露が許せる「レッドライン(越えてはならない一線)」を越えれば、黙認も終わる。 中国はなぜ北朝鮮への石油禁輸に反対したのか。石油を全面禁輸すれば北朝鮮の軍隊は崩壊する。戦車は動かないし、戦闘機も飛べない。軍の崩壊はすなわち北朝鮮の体制崩壊を意味する。それは望んでいないから、石油禁輸に反対してきたわけである。だが、米国に届く核弾頭とミサイルが完成すれば、トランプ大統領は北朝鮮を軍事攻撃するかもしれない。そうなれば、北朝鮮が崩壊し朝鮮半島は統一され、中国の東アジアへの影響力は失われる。 軍事攻撃がなければ、北朝鮮の核保有は既成事実となる。次に起きるのは日本や韓国、台湾、ベトナムなどの核開発だ。米国が容認するかもしれない。むろん、中国にとっては最大の悪夢である。米中の「レッドライン」はこれだ とすると、中国にとってのレッドラインは、北朝鮮が米国に届く核ミサイルを完成する直前になる。これは、トランプ政権とも共有できるレッドラインだ。あるいは、米国が日本や韓国の核武装を認める時期がレッドラインになる。 安倍首相とトランプ大統領は、国連安保理で「対北石油全面禁輸」の制裁決議を採択させようとしている。中国とロシアは簡単には賛成しないかもしれない。その場合にはどうするのか。米ロ首脳とそれぞれ電話会談後、取材に応じる安倍首相=9月3日深夜、首相公邸 選択肢は、①北朝鮮への石油タンカーの全面入港禁止②中露以外の国の石油輸出禁止③中露は核実験とミサイル実験のたびに石油供給を減らす④世界の船舶の北朝鮮入港禁止⑤北朝鮮との貿易の全面禁止⑥北朝鮮の国連傘下機関からの除名⑦北朝鮮の国連加盟資格停止⑧国連からの除名-など本格的な制裁はなお多く残されている。 米国の軍事行動も、小規模なものから大規模なものまで、多くのオプションがある。そのオプションが既に提出されているとトランプ大統領は明らかにした。 軍事オプションは、①中朝石油パイプラインの破壊②北朝鮮に向かう全タンカーの海上での阻止-などの小規模行動から、③核実験場破壊④ミサイル発射台破壊⑤核施設破壊-などの限定攻撃まで、数百もの細かい攻撃目標がリストアップされる。米国は、北朝鮮が韓国に報復攻撃しにくい口実と攻撃目標を設定するはずだ。軍事オプションには、在韓米軍兵士の家族や米民間人の韓国からの退去が不可欠だ。報復攻撃による米国民の犠牲を恐れるからだ。それがない限り、北朝鮮の核とミサイルの実験は続く。

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    北ミサイル発射 それでも日米が「断固抗議」で済ませる理由

    できない。そこで登場するのが、弾道ミサイルを使っての「脅し」なのである。脅しで米朝対話を要求 国連の安全保障理事会は8月5日、北朝鮮が7月に実施した2回のICBM発射を受けて、新たな制裁決議を全会一致で採択した。しかし、今回の弾道ミサイル発射は、あえて太平洋に向けて発射することにより、国連安保理決議を無視し、さらに経済制裁をも無視する余裕があることを改めて強調したものといえる。 太平洋への発射は、最近の日本海へ落下させる実験よりも米国を強く刺激することができる。太平洋に落下させた意図には、ミサイルの開発が着々と進んでいることを米国にアピールする狙いもあったのだろう。外交カードとしての核 これまでの米朝関係を振り返ると、北朝鮮が強硬姿勢に出る時は、米朝直接対話を要求するときであった。この手法は「瀬戸際政策」とも呼ばれている。「瀬戸際政策」は北朝鮮が1993年にNPT(核拡散防止条約)からの脱退を表明したところから始まる。いまや使い古された手法だが、結果的に米国の譲歩を勝ち取り、経済支援を受けるなどの勝利を収めてきたことは事実だ。北朝鮮が米領グアム沖に弾道ミサイルの発射を検討中と表明したことに対応するドナルド・トランプ米大統領=8月10日、米ニュージャージー州(AP=共同) 今回の弾道ミサイル発射も核実験とともに対話の実現を目指したものであろう。つまり、米国を対話のテーブルに着かせるためのカードというわけである。「圧力」しかかけられない米国 北朝鮮に軍事攻撃を加えようにも、現在の米国はイラクやシリア、アフガニスタンでの戦争で手一杯である。2018会計年度で戦費として約7兆1000億円を計上しているほどだ。 このような状態で北朝鮮との「二正面戦争」を遂行することは不可能に近く、トランプ大統領としては現に戦闘が行われている地域を重視せざるを得ないため、たまに強硬な発言をしていても、北朝鮮だけに対応する余裕はない。このため北朝鮮は「後回し」となるだろう。 北朝鮮はこうした米国の苦しい事情を見透かしている。いまが米国に対する圧力のかけどころだと判断したのかもしれない。 今後、弾道ミサイルの発射が続き、たとえ北朝鮮に対する警告の意味であっても、米国が北朝鮮近海や核関連施設などへミサイルを発射することは現実的ではない。北朝鮮が反撃する可能性がゼロではないためだ。戦争はタダではできない トランプ大統領が愛用しているツイッターでの「言葉の攻撃」にかかる費用はタダ同然なのだが、現実的な問題として、米国は世界最大の債務国であり国家予算は国債に依存しているため、北朝鮮に武力行使するための費用、すなわち戦費をどのように確保するのかという問題がある。 米国防総省が今年5月23日に発表した2018会計年度の国防予算案は、本予算約5745億ドル(約64兆2千億円)にイラクやシリア、アフガニスタンなどでの戦費約646億ドル(約7兆1000億円)を加えた約6391億ドルとなっている。(日本の2017年度の一般会計予算は97兆4547億円、防衛費は5兆1251億円)戦争が国庫を食いつぶす 戦費の負担は景気にも影響する。2010年9月、オバマ米大統領が米軍のイラクでの戦闘任務の終結を宣言したが、7年5か月に及ぶ戦いにより、7000億ドル(約77兆円)にのぼる戦費が米国経済への重荷となり、リーマン・ショックの伏線となった。国連総会の一般討論で演説するオバマ米大統領=2016年9月20日、米ニューヨーク(ロイター=共同) 戦争により軍需産業が潤うなどの経済効果はあるが、返す当てのない大量の国債の発行が長期的に経済に与える影響は少なくない。 北朝鮮への武力行使に必要となる戦費は、クリントン政権が北朝鮮攻撃を検討した際の推計が1000億ドル(現在のレートで約11兆円)であった。攻撃を検討した1994年当時とは違い、巡航ミサイルや誘導爆弾が大量に使用されることになるため、大規模な地上戦が行われることはないだろうが、高価な兵器を大量に使用することになるため高額な戦費になるのは間違いない。 北朝鮮軍が相手なら、米軍が現在保有している兵器の「在庫処分」で済むという見方もあるが、それは一時的なものであり、後々「在庫処分」した分の穴埋めをするために新たに兵器を購入しなければいけない。日本に着弾した場合 今回のミサイルは日本列島を飛び越えたが、もし、日本へ着弾したらどうなるのだろうか。安倍晋三首相は8月29日、「北朝鮮のミサイル発射直後から動きを完全に把握していた。万全な対策を取ってきた」「これまでにない深刻かつ重大な脅威。(北朝鮮に)断固たる抗議を行った」と述べている。 弾道ミサイルが発射されるたびに繰り返される、何の実効性もない「断固たる抗議」はともかく、「万全な対策」とはどのような対策なのだろうか。 おそらく、人工衛星を使って防災無線から地方自治体に瞬時に伝達する「Jアラート」と、内閣官房から緊急情報が流れる「Em-Net(エムネット)」が正常に作動し、自治体での被害状況の確認が円滑に行われたことを指しているのだろう。 今回は何の被害もなかったが、もし弾頭が着弾した場合はどう対応するのだろうか。日本への着弾が予想される場合は、自衛隊法に基づく破壊措置を実施することになるが、その後の自衛隊の対応に問題が残る。つまり、「防衛出動」や「防衛出動待機命令」を発するかどうかである。 防衛出動には国会の承認が求められるため、よほどの事態に発展しないかぎり、野党が反対することは目に見えている。本当の「宣戦布告」か?あいまいな「宣戦布告」 北朝鮮が事前に「宣戦布告」した後の攻撃なら別だが、北朝鮮は米国を非難する際に「宣戦布告」という表現をこれまで乱発してきたため、本当の「宣戦布告」なのか北朝鮮側に確認する必要がある。 もちろん、複数の弾道ミサイルが日本列島に着弾した場合は、事実上の「宣戦布告」となる。しかし、1発だった場合は「発射実験の失敗」の可能性を排除することが出来ないため、本当の攻撃なのかどうかを確認するという滑稽な形を取ることになる。 戦争は、ある日突然起きるわけではない。対話が行き詰まるなど何らかの前兆がある。現在の北朝鮮情勢の緊迫度は、米朝関係の歴史を振り返るとそれほど高いものではない。しかし、複数の弾道ミサイルが日本に着弾するという事態になってしまった場合、米軍はどのように動くのだろうか。 米国に対して「宣戦布告」が明確に行われれば、米軍は北朝鮮攻撃へと動くだろうが、北朝鮮は「宣戦布告」する前に大規模な奇襲攻撃を仕掛けるだろう。 とはいえ、弾道ミサイルで奇襲を仕掛けるにしても、1990年代に製造された日本を攻撃する「ノドン」や、もっと前に製造された韓国を攻撃する「スカッド」は老朽化をはじめており、正常に飛ぶのかどうかも怪しい。 最新の弾道ミサイル以外は老朽化した兵器しか持たない北朝鮮軍には、いまも昔も大規模な奇襲攻撃しか勝ち目がない。あとは特殊部隊を用いた破壊工作に頼るほかない。 北朝鮮は、米国本土まで届くICBMを配備したとしても、米国、日本、韓国に戦争を仕掛けることはないと筆者は考えている。戦争を行なうとなれば、少なくとも在日米軍と在韓米軍の北朝鮮に対する攻撃手段を短時間で全て破壊するだけでなく、グアムや米国本土の航空基地も破壊しなければならないからだ。 北朝鮮の弾道ミサイル発射と核実験はセットで行われる傾向があるため、6回目の核実験もまもなく行われるだろうが、日本が行えることは「断固たる抗議」と効果が疑問な経済制裁しかない。 このような事を繰り返しているうちに、今回のように日本列島を弾道ミサイルが飛び越えるという事態になってしまった。敵基地攻撃能力の保有に本格的に着手すれば、野党などから猛反発を受けるだろうが、そろそろ実効性のある対応策を検討すべきではなかろうか。関連記事■ 使える時間は4分のみ 現実に見えた「Jアラートの実力」■ 「日本の刑務所すら夢のような世界」北朝鮮の難民リスクは■ 金正恩が核兵器と弾道ミサイルの開発を止めることはない理由■ 北朝鮮のミサイルの脅威から日本は自国を守れるか?■ インフラ破壊し1年後に9割死亡 「電磁パルス攻撃」の恐怖

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    金正恩が核兵器と弾道ミサイルの開発を止めることはない理由

     北朝鮮がグアム島周辺に弾道ミサイルの発射を計画していることで、アメリカと一触即発の緊迫状態が続いている。グアム当局は核兵器による攻撃も想定した緊急ガイドラインを発表するなど、いまや北朝鮮の核保有は現実的な脅威として受け止められている。 北朝鮮の核開発の進捗状況や威力、日本への影響などどれほど深刻なのか。『北朝鮮恐るべき特殊機関』などの著書がある朝鮮半島問題研究家の宮田敦司氏がレポートする。* * * 韓国国防省は7月5日、北朝鮮北東部の豊渓里(プンゲリ)の核実験場の状況について、「2番、3番坑道はいつでも核実験が可能な状態を維持している」「爆発力を拡大させた核実験で、核弾頭の能力を試す可能性がある」と明らかにしている。 北朝鮮は昨年の9月9日の建国記念日に5回目の核実験を実施していることから、今年の建国記念日に6回目の核実験を行う可能性もある。 北朝鮮は核実験の回数を重ねるたびに核爆発の威力を高めてきた。2006年10月の初回は1キロトン未満と推定されたが、2016年9月の5回目は広島や長崎に投下された原爆と同程度の最大20キロトンと推定されている。 米ジョンズ・ホプキンズ大の北朝鮮分析サイト「38ノース」は2017年3月10日、核実験場で坑道の掘削が続いており、地形などから昨年9月に実施された5回目の10倍以上の威力を持つ核実験も可能で、6回目の核実験を行う場合、最大282キロトン規模になる可能性があるとの分析を発表している。北朝鮮の核実験の危険性 北朝鮮はこれまで全ての地下核実験を豊渓里(プンゲリ)で行っているが、このような狭い地域における地下核実験には大きな危険が伴う。地下核実験では実験の規模にもよるが、通常、地下核実験では一辺が50~60kmの砂漠で行われる。その理由は、核爆発によって破壊された地下水脈を通じて放射能が拡散することを防ぐためだ。 米国はネバダ砂漠、中国はタクラマカン砂漠、インドはタール砂漠、パキスタンはシン砂漠、旧ソ連は砂漠がないため広大な平原で地下核実験を行っている。ネバダ砂漠の核実験場は日本の鳥取県全域に相当し、旧ソ連・カザフスタンのセミパラチンスク核実験場の面積は四国とほぼ同じである。つまり地下核実験は砂漠などの広大な場所が必要になるのだ。核実験場が確保できない そのため、北朝鮮は過去に、金日成政権が旧ソ連・ブレジネフ時代(1964~1982年)の末期に旧ソ連共産党指導部に対し「核兵器を開発したあかつきには、その実験場としてソ連の地下核実験場を使用させてほしい」と非公式に要請したことがある。(「産経新聞」1993年3月20日)北朝鮮の特別調査委員会の庁舎玄関に掲げられた、金日成主席と金正日総書記を描いた絵画=2014年10月29日(桜井紀雄撮影) 金日成政権がブレジネフ政権に場所借りの要請をした時期は、1970年代末から1980年代初めで、希望した実験場はセミパラチンスクの可能性がある。 ブレジネフ政権が当時、北朝鮮の核実験場使用の申し入れにどう対応したかは明らかになっていない。しかし、このような北朝鮮の動きは、北朝鮮には核実験に適した場所がないことを北朝鮮(金日成)が認識していたことを示している。 豊渓里周辺は岩盤となっているため安全という見解があるが、度重なる実験により岩盤に亀裂ができている可能性もある。朝鮮半島は豊かな地下水脈が流れており、最終的に少量の放射性物質が日本海へ流出しないという保証はどこにもない。地下核実験でも起きる放射能汚染 北朝鮮が過去5回行った地下核実験では、放射能漏れは起きていないようだ。 大気圏に放射性物質が放出された場合は、日本海を飛行する米空軍のWC-135大気収集機と、集塵ポッドを搭載した航空自衛隊のT-4 練習機で放射性粒子を収集することができる。この結果、これまでは放射性物質は観測されていない。 だが、1960年代に遡ると、米国、旧ソ連、中国、フランスは地下核実験で放射能漏れを起こしており、同様の事態が北朝鮮で起こらないとはいえない。 米国は1960年代に行った地下核実験で放射能漏れを何度も起こしている。放出された放射能の規模は大気圏内実験並みであったという。その後、放射能の封じ込めの技術の進歩により、放射能漏れはほぼなくなった。 旧ソ連は1965年に行ったセミパラチンスクでの地下核実験で、爆発によって山が吹き飛ばされ、その時の「死の灰」は風下のセミパラチンスク市に大量に降り注いだだけでなく、微量ではあるが5日後に日本でも検出された。日本への影響も核実験によるウイグル人の被害の実態調査を訴えるイリハムさん=2012年 6月 22日、広島県庁(浜田英一郎撮影) 中国が新疆ウイグル自治区のロプノールで核実験を行った際には、実験に使われた山中のトンネルの一部が吹き飛ぶ事故が発生しており、大気圏に放射性物質が放出された。放射性物質を帯びた雲は4000km離れた日本上空に達したという。 フランスは1960年2月13日以降、当時フランス領だったアルジェリアのサハラ砂漠で核実験を実施しており、6年間で13回行われた地下核実験のうち12回の実験で放射性物質が大気圏に放出された。 北朝鮮の地下核実験における放射能の封じ込めの技術がどの程度なのか分からないが、実験を行うたびに規模が拡大していることから危険性は高まっているといっていいだろう。 北朝鮮は1回目の地下核実験の前に、実験場がある豊渓里周辺の住民に強制移住を命じている。この措置は地下核実験後、放射能が漏れる可能性に備えたものとみられるが、詳細は不明だ。日本への影響 北朝鮮が2016年1月6日の4度目の地下核実験に成功したと発表したのを受け、日本の原子力規制庁は全国約300か所のモニタリングポストの測定結果を公表し、いずれも放射線量に変化がなかったことを明らかにした。 しかし、放射能の封じ込めが不完全だった場合、日本には25~50時間後に影響が出る可能性があるという見解と、日本で健康へ影響を及ぼすことは考えにくいという見解がある。どちらの見解が正しいのか分からないが、最悪の場合、旧ソ連や中国のような山やトンネルが吹き飛ぶような深刻な事態が発生し、大量の放射性物質が放出されるかもしれない。1950年代から核開発を開始 北朝鮮は2005年に核保有を公式に宣言しているが、開発には半世紀以上の時間をかけている。 1950年代から旧ソ連の支援を受けて核開発を進めてきた。1956年に旧ソ連の核研究所の創設に加わる協定を結び、モスクワ郊外にあるドブナ合同原子核研究所をはじめとする東欧諸国で技術者を研修させ、核の専門家を養成するなど核関連技術の蓄積を始めた。なぜ核開発を続けるのか 採掘可能量が約400万トンの良質なウラン鉱山を持っている北朝鮮は、1959年に旧ソ連と原子力協力協定を締結し、1965年に旧ソ連から研究実験用原子炉1基(熱出力2000kW)を導入し、寧辺(ヨンビョン)に原子力研究所を設立し、同研究所を中心に原子力技術の研究開発を進めた。 1970年代に入ると、核燃料の精錬、変換、加工技術などを集中的に研究するなど、自国の技術で研究用原子炉の出力拡張に成功した。 1980年代には寧辺原子力研究所の敷地を拡張し、電気出力5MW級の黒鉛原子炉を建設し、1986年に稼動させた。また、出力50MW級黒鉛減速炉、核燃料製造工場及び核再処理工場等の核関連施設の建設を本格化させた。その後、米朝枠組み合意(1994年)で核開発凍結に合意するまでに、核兵器の原料となるプルトニウムの抽出に成功したとされる。 そして2006年、豊渓里での初の地下核実験を行い、世界で8か国目の実施国となった。北朝鮮・豊渓里にある核実験場と見られる建物、5月18日撮影(デジタルグローブ/38ノース提供・ゲッティ=共同)核兵器の開発を続ける理由 北朝鮮は長い歳月をかけて核開発を行ってきた。核兵器の開発は金正恩が暴走しているのではなく、米国の脅威を感じた金日成と金正日の「遺訓」を守ってきた結果ともいえる。 北朝鮮は米国と敵対している。その米国は広島と長崎に原爆を投下した。世界で唯一、核兵器を使用した国である。米国と敵対している国の指導者にとっては、核兵器を本当に使用してしまう米国を信用することは出来ないだろう。 もっとも、米国は北朝鮮に対して核兵器の使用を検討したことがある(1968年のプエブロ号事件など)。このため、金日成が米国の核兵器に脅威を感じたのも無理はない。金日成が経済の停滞や食糧不足にもかかわらず核兵器の開発を推し進めた目的と、中国の毛沢東が大量の餓死者を出しながらも核兵器の開発を推し進めた目的には共通点がある。 したがって、北朝鮮は米国の軍事的脅威がなくなるまで、制裁が強化されようとも、核兵器の開発とそれを運搬する手段である弾道ミサイルの開発を止めることはない。むしろ、制裁が厳しくなればなるほど開発を急ぐだろう。関連記事■ 金日成の健康法は少女からの輸血や少女との入浴など■ インフラ破壊し1年後に9割死亡 「電磁パルス攻撃」の恐怖■ 激太り目立つ金正恩に欧州から医師招く「特別医療体制」■ 中国 ウェブからプーさん遮断し「北朝鮮よりひどい」の声■ 金正男氏暗殺事件 北朝鮮に引き渡された遺体の行方

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    日本はこのまま「北朝鮮の核ミサイル完成」を待つのか

    門田隆将(ノンフィクション作家) 本日早朝、北朝鮮の中距離弾道ミサイルが、警告されていた島根、広島、高知の上空ではなく、北海道上空を通過し、太平洋上に落下した。小野寺五典防衛相は、「中距離弾道ミサイル『火星12』の可能性がある」と記者団に述べた。 これまで、北朝鮮が予告の上で「人工衛星である」と称して発射した飛行体が日本列島を通過したことはあったが、ついに弾道ミサイルが「予告なし」で列島を通り越していったのである。 北海道をはじめ全国各地で、Jアラートと連動したサイレンが鳴り響き、携帯電話やスマートフォン等で「エリアメール」が鳴動した。テレビ画面も一斉に緊急画面に切り替えられた。 「私たちは、このまま北朝鮮の“核ミサイルの完成”を待ちますか?」――私は、そんなことを思いながら、一連の動きを見ていた。北朝鮮のミサイル発射について取材を受ける安倍晋三首相=29日(宮川浩和撮影) 「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意」した私たち日本人にとって、北朝鮮の弾道ミサイルは、本来「あり得ないこと」である。 憲法前文で謳うこの理想は、人類の夢である。だが、「夢」は「夢」であり、「現実」ではない。世界の諸国民が「平和を愛する人々である」という前提がいかに「おめでたい」かは、小学生にでもわかる。 だが、私は、「日本人はこのまま北朝鮮の“核ミサイルの完成”を待ち、座して“死”を待つのだろうか」と本当に思う。当欄でも、私は長くこう書いてきた。「北朝鮮が核弾頭の小型化と起爆装置の開発を果たすまでが、日本人が生存できるリミットである」と。 多くの研究者が、「もはや北朝鮮は核弾頭の小型化を実現している」という中、あとは「起爆装置の開発」ができているかどうか、である。 言うまでもなく「核弾頭の小型化と起爆装置の開発」の成功は、「核ミサイルの完成」を表わす。その瞬間から、日本人は、「いつ、理不尽に、自分の命が失われるかわからない状況下に立つ」ことになる。すでに日本の「5都市」が攻撃対象 日本人は忘れやすいのであらためて記すと、北朝鮮はすでに、2013年4月、朝鮮労働党の機関紙「労働新聞」に〈わが国に対する敵対政策は日本の滅亡を招く〉という記事を掲載(4月10日付)している。 その中で、〈日本は我々の報復対象から逃れることはできない〉とし、攻撃対象として〈東京、大阪、横浜、名古屋、京都〉の「5都市」を挙げている。 記事はかなり詳細で、これらの5都市が日本の人口の「3分の1」近くを占めていることを理由に、〈われわれは、日本の戦争持続力を一気に壊滅させることができる。日本列島のすべてをわれわれは戦場とするだろう〉と主張していた。 この「宣言」は核ミサイルを前提にしている。そして今、いよいよその完成が「間近」となったのである。北朝鮮の労働新聞が7月29日に掲載した「火星14」発射の写真=(共同) 私は、テレビで評論家の話を聞きながら、「なぜ、ここまで危機感がないのか」と思う。まだ「起爆装置の開発ができていない」今だからこそ、日本は「生存」できている。なにも起こらないで欲しい、と思っても、もはやそんな悠長なことを言っていられる場合ではない。 もし、北朝鮮が「すべての開発」を終了させたら、日本はどうするのだろうか。そんなことをなぜ議論しないのだろうか。そして、今回のミサイルを「なぜ、撃ち落さなかったのか」、それは、ひょっとして「撃ち落せなかったのか」、それとも完全にミサイルの航跡を把握しながら「撃ち落す必要はない」と判断したのか、そして、もしそうなら、なぜそう判断したのだろうか。議論すべきことは数多くある。 なかでも日本が今、議論すべきは、アメリカに「北朝鮮の無力化」をどう果たしてもらうか、ということではないだろうか。その具体策をどうするか、それを政府に先んじてマスコミは議論していかなければならない。 加計問題で、ファクトに基づかない一方的で煽情的な報道をつづけた日本のマスコミ。「国民の生命と財産を守る」ということに対するマスコミの意識の低さと危機感の欠如に、私は、ただ溜息が出るだけである。(「門田隆将オフィシャルサイト」より2017年8月29日分を転載)

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    北朝鮮ミサイル、日本は迎撃できるか

    北朝鮮が日本上空を通過する弾道ミサイルを発射した。朝鮮中央通信は「太平洋における軍事作戦の第一歩」とした上で、「日本が慌てふためく作戦」とも伝えた。安倍首相は「発射直後は動きは完全に把握していた」と強調したが、そもそもわが国のミサイル防衛能力はどれほどなのか。迎撃可能性の有無を検証する。

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    もし北朝鮮が多弾頭化に成功すれば、日本の迎撃可能性は「0%」

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 8月29日の朝、筆者が目覚めたときはすでに北朝鮮のミサイルが日本上空を越え、北海道の東側海域に落下したという情報が流れていた。その後、現在まで1日で得た情報を通じて感じることを1つのキーワードにすると、「当事者性」ということになろうか。 びっくりしたのは、早い段階で「ミサイルは上空で3つに分離した可能性がある」とされていたことだ。これによって、日本の「当事者性」は格段に高まった。 北朝鮮のミサイルというと、この間、飛距離が大きな話題になってきた。米本土まで到達するかどうかが焦点だった。そうなると、米国が北朝鮮ミサイル問題の最大の「当事者」になるからだ。今回、そういう点での技術的進歩はなかったわけで、米国防総省のマニング報道官は「北米には脅威にはならない」(米国時間28日朝)と述べたという。米本土に届くようなものではなかったので、冷静に受けとめているように見える。 だが、上空で分離したというのが「多弾頭化」への前進を意味するなら、日本にとっては重大な問題である。いうまでもなく、弾道ミサイルを迎撃するのは、それが1発だとしても至難の業である。複数が同時に発射されるだけで、迎撃はほとんど不可能になるといわれている。多弾頭化が成功し、上空に来てから分離されるとなると、対処しようがなくなるわけである。配備している地対空誘導弾パトリオット(PAC3)などの信頼性がなくなるという事態に日本は直面しているということだ。防衛省に配備されているPAC3=8月29日、東京都新宿区(桐原正道撮影) ところが、安倍晋三首相の談話が問題にするのは、ミサイルが日本の上空を飛び越えたことだけだ。もっとも懸念すべき多弾頭化には何もふれていない(菅義偉官房長官の記者会見では言及していた)。国民に恐怖感を植え付けるためには、「頭の上を飛んだぞ」というのが効果的という程度のことなのだろうか。多弾頭化の問題に関心がないとすると、当事者意識が希薄でないかと心配になるほどだ。Jアラートが混乱を招く 一方、日本政府は、国民に当事者意識を植え付けることについては、かなり真剣になったようである。話題になっている全国瞬時警報システム(Jアラート)の問題である。 安倍首相は、談話で「ミサイル発射直後からミサイルの動きを完全に把握して」いたことを明らかにした。北朝鮮が関係国の目をグアム方面にくぎ付けにしようとしたなかで、その陽動作戦に惑わされず、かつ早い段階で日本に落下しないことも分かっていたということで、日本にそこまでの情報力があったのは大事だったと思う。 しかし、今回の問題を通じて議論の必要性が明らかになったのは、日本にミサイルが落下しないことが明白なのに、どこまで国民を巻き込むのかということだ。ミサイルの発射が午前5時58分で、Jアラートが12道県に伝えられ、新幹線などが運転を見合わせたのが6時2分、太平洋に落下したのが同12分とされる。そして、北海道のえりも町教育委員会が児童に自宅待機を要請したのは、落下したあとの6時20分ということだ。日本政府は、日本に落下しないと分かっていたのに(だから破壊を命令しなかった)、いろいろな措置がとられるのを黙って見ていたわけである。北朝鮮のミサイル発射の影響で、JR北海道では各方面への列車に遅れと運休が発生した=8月29日、JR札幌駅(高橋茂夫撮影) 未完成のミサイルが日本上空を通過するわけだから、たとえ日本領土に向けたものでなくても、破片の落下など万が一の心配があることは分かる。しかし、オオカミ少年の寓話(ぐうわ)にあるとおり、常に国民を巻き込んでいては、いざというときに冷静な行動がとれなくなる。慌てふためく日本国民を見て、日本上空を通過させるのが効果的と、北朝鮮が判断しても困る。 Jアラートの発動は、政府がミサイルの破壊を命令するとき(日本に向かうミサイルだと判断したとき)など、限定的なものにすべきではないだろうか。北朝鮮によるミサイル発射が今後も頻繁にくり返されることが予想されるだけに、余計にそう感じる。迎撃システムは必要か? また、日本政府は、日本が衛星を打ちあげる際、たとえ北朝鮮の上空を通過しない場合でも通告することによって、北朝鮮にも同様の通告を促すべきではないか。6月はじめに日本が測位衛星を打ちあげた際、北朝鮮外務省は「日本は、われわれが何を打ちあげようと、そしてそれが日本の領空を通過しようと、何も批判できなくなった」と主張したそうだ。そんな口実を許すようであってはならない。 最後に、地上配備型の迎撃システム「イージス・アショア」の問題である。今回のミサイル発射を受けて、導入の必要性に向けた議論が加速されるだろう。しかし、「ちょっと待て」と言いたい。 冒頭に書いたように、今回のミサイル発射は、多弾頭化の実験だった可能性がある。今回がそうでなくても、ミサイルを効果的なものにしようとすれば、どの国であれ多弾頭化に行き着くことは当然である。ところが、イージス・アショアは、多弾頭のミサイルに対しては無力なのである。2017年5月に行われた北朝鮮の中距離弾道ミサイル「火星12」の発射実験(朝鮮通信=共同) 北朝鮮の核ミサイル問題は外交努力抜きに解決できないのは明白だ。ただ、一方で「どうせ撃ち落とせないのだから外交を」という立場では、外交努力を強める方向に単純には働かないように思う。撃ち落とせないことが前提になってしまうと、「じゃあミサイル基地をたたくべきだ」という世論に向かうことと背中合わせになるからである。 いま大事なことは、多弾頭化によって、このままでは日本の迎撃システムは役に立たないと自覚することである。そして、迎撃システムを開発している米国に対して、多弾頭化に対応したシステムの開発を強く求め、「対応すれば購入する」という立場を貫くことではないか。米本土と異なり、日本はミサイル被害の「当事者」になり得るだけに、役に立たないものは買えないと明確に主張するのは、あまりにも当然の対応ではないだろうか。

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    北朝鮮ミサイル、日本の「迎撃成功率90%」でも守りは万全じゃない

    鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト) 「自衛隊は大したものです。日本の守りは万全ですね」と知り合いからお褒めの言葉を授かった。私を航空自衛隊出身と知っている彼が私共々、自衛隊全体を褒めるきっかけとなったのは、他でもない。 8月10日に北朝鮮が「中距離弾道弾『火星12号』を島根、広島、高知3県上空を通過させ、米軍基地のあるグアム島沖に着弾させる計画を検討中」と発表し、それを受けて自衛隊が迎撃ミサイルPAC3を3県に配備したからである。 国民の期待を代表しているようなお褒めの言葉はうれしい限りなのだが、実情を知る身としては誤解を放置しておくわけにはいかない。 「実は万全とは言えないのですよ。確かにこの3県に落ちて来るなら、迎撃できます。しかし、ここに撃つと言って、欺いてよそに撃つことだってあり得るわけです。そうなったら全く対処できません」 今回、まさに期せずしてそうなった。北朝鮮はグアム島沖に撃つと言って、実際には8月29日、襟裳岬東方の太平洋上に撃ち込んだ。自衛隊としては情報収集以外、何の対処も出来なかった。しかし、だからといって「自衛隊は大したものだ」という国民の期待が「自衛隊は役に立たない」という失望に一変するとすれば、それは国民の無知と身勝手としか言いようがない。 迎撃ミサイル部隊は全国に6個部隊しかなく、もともと主要地域しか防衛できない。全国くまなく防衛せよと言うなら、この10倍必要なのだが、そんな予算も人員もない。国会で審議すらしていないから、国会議員の怠慢だが、そんな議員を選んだのは他ならぬ国民自身なのである。 そもそも迎撃ミサイル「PAC3」とは、PAC2の後継である。PAC2が航空機の迎撃を主要目的としているのに対して、PAC3は迎撃の対象を弾道ミサイルに広げている。米国製であり日本で実戦配備が始まったのが2007年。迎撃の成功率は90%超とされている。米軍横田基地内でPAC3機動展開訓練に取り組む航空自衛隊=2017年8月29日、東京都福生市(川口良介撮影) ただ、同年に米国では高高度迎撃ミサイル「THAAD」が完成しており、翌2008年から米国で実戦配備が始まっている。PAC3は低高度で迎撃するのに対しTHAADは高高度で迎撃する。 ご存じの通り弾道ミサイルは放物線を描いて落下する。THAADは放物線の頂点付近の中間段階の高高度で迎撃するのに対して、PAC3は落下予定地に近い終末段階の低高度で迎撃するわけである。 2009年4月に北朝鮮は弾道ミサイル「テポドン2号改良型」を発射し、東北地方上空を通過させ太平洋上に落下させた。今回の軌道に近いが、北朝鮮は人工衛星の打ち上げと称し事前に軌道を予告していた。危機の本質を知らない日本国民 自衛隊はPAC3を東北地方に配備したが、その時、公表した対処方針がいけなかった。「日本の領土に落下する様であれば迎撃するが、米国に向かって飛んで行く場合は迎撃しない」。これに米国が激怒したことは言うまでもない。4月5日に発射された際には、米軍は一切その情報を日本に伝達しなかった。日米の信頼関係が損なわれ、日米同盟は情報通信上、崩壊したのである。 実はこの対処方針を公表したのには、二つの理由があった。一つは、米国に向かう弾道ミサイルを日本が迎撃するのは、日本が米国を守る行為であり日本の集団的自衛権の行使に他ならない。2009年当時、日本の集団的自衛権の行使は憲法上禁止されているとの政府見解がなされており、憲法上、こうした対処方針にならざるを得なかったのである。 この点については2014年に安倍総理が、集団的自衛権の行使が一部可能になるように政府見解を改め、翌年には平和安全法制が制定されたおかげで今般、小野寺防衛相は国会で、グアム島の米軍基地を攻撃する北朝鮮の弾道ミサイルを法的には迎撃可能とする見解を示せた。 これは大きな進歩だと言っていい。トランプ大統領が「日本を100%守る」と明言できたのも、この新見解があればこそであり、グアム島の住民も「米軍だけでなく日本もグアム島を守ってくれる」と喜んだと言うから、日米の信頼関係の維持に明確に貢献したのである。 だが、もう一つの理由は、現在に至っても解決されていない。実の所、日本のPAC3は米国に向かう弾道ミサイルを迎撃する能力がないのである。 先に説明したようにPAC3は終末段階において低高度で迎撃するミサイルであり、日本を飛び越えて米国に向かう北朝鮮の弾道ミサイルは、日本上空では中間段階つまり大気圏外の高高度を飛行するため、日本のPAC3では迎撃できないのである。 ちなみに海上自衛隊のイージス艦に装備されている迎撃ミサイル「SM3」は日本に着弾する弾道ミサイルを中間段階である日本海で迎撃するためのものである。つまり、2009年当時は法的にも物理的にも不可能であった迎撃が現在、少なくとも法的には可能になっただけで、物理的には相変わらず不可能なのである。小野寺防衛相の見解はリップサービスに過ぎない訳だが、そうであれば当然、トランプ大統領の発言もまたリップサービスなのである。海上自衛隊のイージス艦「ちょうかい」(海自提供) トランプ大統領の本音は、むしろ5月26日の日米首脳会談で安倍総理に言ったとされる、「米軍が北朝鮮を攻撃した場合、日本は軍事的に何ができると言うのか?」といういらだちに満ちた発言にあるとみてよい。 北朝鮮が7月28日に発射したICBM「火星14号」にしろ、今回の中距離弾道ミサイル「火星12号」にしろ、完成すれば米国領を射程に入れる事は確実だ。完成は来年以降と見られるが、完成すれば米国市民の大量殺戮を避けるために、米国は北朝鮮の核兵器を承認して米軍を極東から撤退させる他なくなる。 もし、この事態を避けたければ、年内か来年の早い時期に北朝鮮を米軍が攻撃する以外に選択肢はない。要するに米国は進むか、退くかの二者択一を迫られており、それは日本の対応次第なのだ。 だが、日本国民はいまだにその事に気が付いていない。そこに今回の危機の本質がある。

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    「戦時放送を流す安倍政権も怖い」北朝鮮危機で注目した謎のつぶやき

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)北朝鮮がミサイルを発射したことを伝えるJアラートの画面=8月29日午前6時24分、東京都港区 北朝鮮がミサイルを発射し、全国瞬時警報システム(Jアラート)を通じて「国民保護に関する情報」が流されたときに、私はちょうど文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」の本番中だった。番組開始して2、3分後には、スタジオの中にスタッフの方が緊張した顔で入ってこられ、メーンパーソナリティーの寺島尚正アナウンサーに、Jアラートの本文が記された用紙が手渡された。われわれはそれから1時間近く、北朝鮮のミサイルについての警報と、また政府の対応、そしてこれからの経済・社会に対する影響について放送させていただいた。 ミサイル発射による避難を呼びかける政府の警報が流れる中、それを伝える側として現場にいたことは、実に緊張した時間であった。もちろん避難を呼びかけられた地域にお住まいだった方々の不安はそれどころではなかったと思う。また日本や世界の多くの人たちが、この日本の上空を通過するミサイル発射の「無法」に心を痛めたことであろう。 私は、寺島さんやスタッフの誠実で、また緊張感のある仕事に感銘を受けるとともに、ジャーナリズムと災害警報、しかも天災ではなく他国によるミサイル発射という人災との関係にも深く思うところがあった。 Jアラートでは、北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県という極めて広範囲に対して、ミサイル発射に関しての避難勧告が出された。内容も「頑丈な建物や地下に避難してください」というものであった。ラジオでもコメントしたのだが、おそらく「頑丈な建物」や「地下」などが周囲になく、どうしていいのかわからなかった方々も多かったろう。 政府では事前にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで、ミサイルが墜落してくる場合の避難の仕方として、頑丈な建物や地下がない場合で、屋外にいるときは物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守ること、さらに屋内では窓から離れるか窓のない部屋に移動するように説明していた。しかし、その広報活動は必ずしも周知徹底されていたわけではなく、また今回のJアラートでも避難の仕方について、少なくとも窓から離れるなどの付加的な指示を明記すべきであったと思う。あえて注目したい金子勝氏のツイート 不幸中の幸いで、ミサイルによる国民への直接の被害は発生しなかった。今後は、ミサイル発射に対しての避難のあり方について、国民的な議論を行う必要があるだろう。もちろん北朝鮮に対する抗議を強めること、そして国際社会と連携して北朝鮮にこれ以上の暴挙を行わないように、さまざまな手段を講じる必要がある。個人的には、危機を過剰にあおることがないことを、政府や政治家だけではなく、言論に責任をもつ識者やマスコミにも賢慮を求めたい。危機や恐怖をあおることで、議論があさっての方向にいってしまえば、むしろ北朝鮮の狙いのひとつである、日本国内の世論分断や混乱とも合致してしまう不幸な展開になる。 もちろん多様な意見があるのは当然である。ただ同じ経済学者であることで、あえて注目したいのだが、慶応大経済学部の金子勝教授による以下の意見には賛同しかねる。テレビは「国民保護に関する情報」と称して北海道から関東甲信越まで「頑丈な建物に避難せよ」と、まるで戦時中の「空襲警報」を一斉に流す。北朝鮮も怖いが、「戦時放送」を流す安倍政権も怖い。出典:金子勝教授の公式ツイッター 「空襲警報」や「戦時放送」というのは、金子教授の独特レトリックでもあり、また彼の現状認識を反映しているのかもしれない。その表現については特に賛成も反対もない。だが、なんで警報を流す「安倍政権が怖い」のだろうか。 警報には余計な価値判断は一切含まれていない事実のみを伝えるものだ。問題があるとしたら、先ほど指摘したように、避難の対処法など説明が不足していたことを挙げることができる。私見では、正体不明の「恐怖」をつぶやくよりも、Jアラートが問題をはらむものならば具体的な批判を展開すべきではないだろうか。ただ、金子教授のつぶやきは現在も多くの議論を招いていて、その意味では多様な意見をぶつけあう場になっている貢献はあるかもしれない。市場が記憶する「北朝鮮リスク」 経済学の観点から、番組でも言及したのは「北朝鮮リスク」を反映した株式市場や為替レートなどへの影響である。実は、ミサイル発射の当日は、民間団体「放送法遵守を求める視聴者の会」を新たな体制で立ち上げた初日でもあった。この会の目的や活動については、リンク先を見ていただきたい。その会合で、作家の百田尚樹氏や評論家の上念司氏、米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏、ジャーナリストの福島香織氏らと、今後の北朝鮮問題やミサイル発射に伴う影響についても話す機会があった。私は経済学の観点から、「北朝鮮リスク」が、当面は株価に不安定な影響を与え、また為替レートも円高に振れるのではないかと意見を述べた(注)。 ここでは特に為替レートの動向についてのみ簡単にコメントをしておきたい。ミサイル発射を受けて、日経平均株価は下げ、また為替レートは円高に振れた。市場関係者はしばしば「リスクオフ」(リスク回避)をすると円や円資産(日本国債など)を購入するためだという。しかし、そもそも北朝鮮のリスクは、今回日本が最も大きくなるではないか、と誰でも思うことだろう。実際にこのリスクオフ仮説は、いささか根拠に乏しい。日経平均を示す株価ボード。北朝鮮のミサイル発射を受け、約4カ月ぶりの安値を付けた=8月29日、東京都中央区(松本健吾撮影) ひとつのあり得る仮説としては、日本の政策当局が過去、甚大な災害にあたって事実上の金融引き締め、そして増税にシフトした経験をもとにマーケットが判断しているからだ、というものがある。もちろん現在の日本銀行は、量的・質的金融緩和を継続中である。だが、直近では、東日本大震災に際して、民主党政権は野党であった自民党とともに、被災の状況もまだわからない中で、増税の相談を真っ先にしたことがあった。そして当時の日銀には、金融緩和姿勢をとる気配はなく、そのため急激に円高・デフレが進行したのである。実はこの事実上の金融引き締めスタンスは、阪神・淡路大震災のときにも観測される出来事であった。このような記憶が、日本の市場取引者の中で共有されている可能性はあるだろう。 ただ、現在の日銀の金融政策のスタンスは緩和姿勢を維持している。また、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策のスタンスは利上げを伺うなど「引き締め」スタンスである。そのため一時的には、円高ドル安に振れても、次第にミサイル発射前の為替レートの水準(円安トレンドの維持)に戻る可能性が大きいだろう。もっとも北朝鮮リスクが深刻化していけば、この日銀の金融緩和姿勢で基本的に決まる中長期の為替レート理論は、見直しを迫られることにはなる。 現状の日本経済は、ようやく長い停滞の時期を抜けつつある。今回の北朝鮮リスクの顕在化は、日本の経済復興にとっても無視できない障害となるだろう。その意味でも、過剰な不安を抱くことなく、冷静で具体的な議論をしていかなくてはいけない。(注)議論の詳細は上記HPで購入できるオーディオブックを参照にしていただきたい。

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    北朝鮮のミサイルを自衛隊は撃ち落とすことができるのか

     弾道ミサイル防衛(BMD)システムは、早期警戒衛星が弾道ミサイルの発射を探知すると、地上レーダーや海上のイージス艦などが得た情報とを総合して、コンピューターが自動的にミサイル軌道を計算する。北朝鮮の弾道ミサイル発射に備え、陸上自衛隊出雲駐屯地に配備されたPAC3=8月12日、島根県出雲市(門井聡撮影) 弾道ミサイルの飛翔経路は、発射後に上昇する「ブースト段階」、大気圏外に出て弾道飛行する「ミッドコース段階」、大気圏再突入後に着弾するまでの「ターミナル段階」の3つに区分される。日本のBMDシステムは、ミッドコース段階で海上自衛隊のイージス艦に搭載したSM3が、高度100km以上の大気圏外で迎撃する「高層迎撃」と、それを撃ち漏らした場合に「ターミナル段階」において、航空自衛隊のPAC3が上空15km付近に飛来した時点で迎え撃つ「低層迎撃」の2段構えとなっている。 米韓軍の情報によれば、北朝鮮は日本を射程に収める「ノドン」を200~300基、韓国向けの「スカッド」を600基(このうち日本攻撃が可能なスカッドERは多くて100基と推定)、北朝鮮は保有している。これらのミサイルを一度に発射する「飽和攻撃」に対処できるのかという議論があるが、その際重要になるのは発射機の台数であり、米韓軍によればノドン用は40台、スカッド用は50台という(スカッドER用は不明)。 日本向けの発射機は最大50台と推測される。常時使用可能なのは保有数の3分の1という原則(残り3分の2は予備と整備)に従えば、常時使用可能な発射機は15台ほどとなる。海上自衛隊のイージス艦1隻が「SM3で同時に迎撃可能なのは2基」という“神話”が横行しているが、実際に操作可能なミサイル数は軍事機密であり、公表されていない。 そうしたSM3を搭載した日米両軍のイージス艦は、日本海に常時数隻遊弋(ゆうよく)しており、現在の北朝鮮の能力による「飽和攻撃」に対しては、ほぼ全てを撃ち落とすことができると考えられるが、撃ち漏らしたノドンが着弾する可能性は否定できない。●解説・文/惠谷治関連記事■ 米韓VS北朝鮮戦争勃発で日本はどうなる?のシミュレーション■ 海上自衛隊 今後10年以内にイージス艦をさらに2隻建造方針■ ミサイル防衛 北の核弾頭迎撃可能確率は50%以下との予測も■ 北朝鮮がミサイル50発を一斉射撃したら日本は防げるのか■ 日中潜水艦比較 攻撃力は互角、探知能力・静粛性は日本が上

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    北朝鮮の核ミサイル落下で熱線、爆風、放射線への対処法

    北朝鮮の核ミサイルが日本のミサイル防衛網を突破し、日本列島で爆発した時、我々がとるべき行動とは何か。元自衛官で『ミサイルの科学』の著者・かのよしのり氏が核爆発から生き残るための方法を伝える。 * * * 核ミサイルが飛んできた時、個人ができることは政府が提供するJアラート(全国瞬時警報システム)が作動してからの数分間と爆発後の行動で、最善を尽くすことだけだ。そこで適切な行動を取れるかどうかで、生存率には雲泥の差が出る。北朝鮮のミサイル発射で作動した全国瞬時警報システム(Jアラート)の画面=8月29日、東京都千代田区の産經新聞東京本社 そもそも核ミサイルの被害は、爆弾の爆発力と爆心地からの距離によって大きく違う。たとえば、外務省がまとめた「核兵器使用の多方面における影響に関する調査研究」(平成25年)によれば、広島に落ちた16KT級(TNT火薬相当)原爆に近い20KT級の空中爆発(都市の数百m上空での爆発)では、1km以内の建物はほぼ全壊、インフラもほぼ壊滅状態で、車両もほぼすべて走行不能になると想定されている。 核爆弾が爆発すると、巨大な火の玉(火球)ができる。このとき熱線と爆風、放射線が放出される。ピカッと光った瞬間、光と同時にやってくるのが熱線だ。20KT級の核爆弾なら熱線は約1.5秒持続する。爆心地から数百m以内なら瞬時に蒸発し即死、1.5km程度までが黒焦げとなり約6~8割が死亡する。2km程度までは火膨れ(ひどい火傷)、2.8km程度までは日焼けのように肌が赤くなる。広島では3.5km離れていても素肌は火傷になった。熱線は、光った後では逃げられるものではないから、爆心地から近ければ諦めるしかない。ただし、運よく物陰などにいた場合は、爆心地から近くても助かることがある。 熱線の後、風速数百m/sの爆風がおおよそ10秒後までに吹く。都市の場合、爆風によって破壊されたガラス片が、爆心地から1km以内なら弾丸と同じスピードで飛んできて人を殺傷する。その場の状況によってガラス片から体を防御することが必要だ。放射線が弱まる速度 爆発が起こると、熱せられた空気が上空に巻き上げられ、上昇気流が発生する。すると地表の空気が希薄になりそれを補うように周囲から風が吹き込む。爆風はまず爆心地から吹き、そのあと逆方向からの「吹き戻しの風」が吹くため、2方向からガラス片が飛んでくることを覚えておこう。◆概ね24時間で放射線は弱まる 熱線、爆風の次に考えなければならないのは放射線だ。爆発で一次放射線と二次放射線が生じる。前者は核爆発の反応が起きているときに出る放射線で、放出される時間は火球が見える時間とほぼ同じ(20KT級なら1.5秒程度。爆発力による)。後者は核爆弾の材料が蒸発した後、冷えて灰のような細かい固体になって降ってくるものや、爆風で巻き上げられたほこりなどが、一次放射線の影響を受けて放射能を持ったもの。いわゆる「死の灰」だ。 一次放射線から生き残るために特に何かを考える必要はない。地下や建物内で熱線や爆風から生き残ることができれば、一次放射線からも逃れたことになるからだ。むしろ心配しなければならないのは二次放射線のほうだ。 放射能は時間に比例して弱まる。それは放射性物質の種類によってさまざまだが、おおまかにいうと、時間経過が7倍になれば放射能は10分の1になる。爆発7分後の放射能は1分後の10分の1、さらに7倍の49分後には100分の1になる。核爆弾の規模にもよるが、概ね24時間も屋内に退避していれば、かなりの程度、放射能は弱まり、注意すれば外出できるようになるだろう。 つまり、生死を分けるのは最初の数時間なのだ。●かの・よしのり/昭和25年生まれ。自衛隊霞ヶ浦航空学校出身。北部方面隊勤務後、武器補給処技術課研究班勤務。平成16年退官。『ミサイルの科学』(サイエンス・アイ新書)など著書多数。関連記事■ 朝鮮半島有事で押し寄せる難民27万人がもたらす影響■ インフラ破壊し1年後に9割死亡 「電磁パルス攻撃」の恐怖■ ノドン、ムスダン、テポドン… 金正恩のミサイルの実力■ 北朝鮮のミサイルを自衛隊は撃ち落とすことができるのか■ 愛子さま「激やせからの15キロ増」に周囲は心配の声

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    「稲田大臣への報告はあった」日報問題の真実はそれしかない

    潮匡人(評論家) 7月28日午前、防衛省が「特別防衛監察の結果について」を公表した(以下「監察結果」)。今回の特別防衛観察は「南スーダン派遣施設隊日々報告」(以下「日報」)の管理状況に関し、「防衛大臣の命を受け、平成29年3月17日から実施している特別防衛監察について、これまで明らかになった事項等を取りまとめたものである」(監察結果)。特別防衛監察の結果を公表し、辞任を表明する稲田防衛相=7月28日、防衛省 つまり、稲田朋美「防衛大臣の命を受け」実施された監察であり、防衛省の防衛監察本部が実施した監察結果に過ぎない。一定の独立性があるとはいえ、公正中立な第三者によるチェック機能は働いていない。元検事長らが監察した結果とはいえ、裁判所の確定判決とは似て非なる性質である。 広く知られたとおり、稲田大臣が「隠蔽(いんぺい)を了承していた」と報じられてきた。加えて、日報データの存在を複数回にわたり報告されていたと報じられた。その際の場面を克明に記録したメモの存在も明かされた。そうした経緯を受けた監察結果である。当然ながら関心はその一点に集中した。 監察結果で、以上はどう結論づけられたのか。該当個所の本文を引こう。 平成29年2月16日、事務次官は、陸幕長等に対し、陸自に存在する本件日報は個人データであるとの認識により、当該日報の取扱いについて、防衛省として本件日報を公表していることから、情報公開法上は問題ないとし、対外説明する必要はないとする旨の対外説明方針を示した。特別防衛監察の結果について (防衛省ホームページより) この「情報公開法上は問題ない」との判断が批判されたが、当を得ない。なぜなら、なかで「戦闘」と明記され、問題視された当該「日報」は、一部が黒塗りになっていたとはいえ、すでに(2月6日)公開されていたからである。 河野太郎衆院議員のブログを借りよう。防衛省は、見つかった日報が個人の文書だと考え、特に発表の必要がないと考えた。しかし、日報に関してはそれまでいろいろとあったわけだから、自分たちで判断するだけではなく、内閣府の公文書課や国立公文書館に、きちんとした判断を仰ぐべきだった。それがこの騒動の本質ではないか。こうした説明もなく、あたかも日報を隠蔽する決定が行われたかのような報道は、間違っていないか。河野太郎ブログ「ごまめの歯ぎしり」 その通り。公開済「日報」の電子データが見つかった、というだけ。すでに「公開」したものを「隠蔽」するなど、技術的にも不可能である。自ら火に油を注いだ防衛省 同様に当初「日報」を「破棄」した経緯も批判されたが、これも当を得ない。今度は監察結果を借りよう。 本件日報は、「注意」、「用済み後破棄」の取扱いであるが、これらに関連する標記の表示がなされておらず、関係者において、必ずしも認識が統一されていなかった。また、平成28年8月3日付の日報からこれらの標記が表示された。「特別防衛監察の結果について」 もともと「用済み後破棄」されるべき日報である。ポレミック(論争的)に言えば、用が済んだにもかかわらず、そのデータが「破棄」されず、“保管”されていたという“問題”にすぎない。 さらに言えば、マスコミは「保管されていた」と報じたが、いったん陸自の指揮システムにアップロードされたものを、誰かがどこかで閲覧(ダウンロード)すれば、ほぼ自動的にそうした状態が発生してしまう。公表された「特別防衛監察の結果について」 単に、それだけの話である。もともと、大騒ぎするような話ではなかった。だが、他ならぬ防衛省が自ら火に油を注いだ。稲田大臣が特別防衛監察を命じ、今日に至る結果を自ら招いた。 監察結果は「改善策」として、以下の3点を挙げた。(1)適正な情報公開業務の実施(2)適正な文書管理等の実施(3)日報の保存期間等のあり方の検討及び措置 それらより、例えば電子データの取り扱いを今後どうすべきか、といった視点のほうが重要なポイントではないかと思うが、監察結果にそうした問題意識はない。最後の「結言」はこう述べた。 防衛省・自衛隊の活動には、国民の理解と支持が不可欠であり、国民に説明する責務を全うすることが、極めて重要であることを認識し、改善策を早急に講じた上で、各種業務における適正性の確保に万全を期すべきである。「特別防衛監察の結果について(概要)」(防衛省ホームページより) 以上に納得した国民が一人でもいるだろうか。もしいるなら、たぶん稲田大臣ひとりであろう。焦点の「隠蔽了承」について、監察結果は上記引用個所の注記で以下のとおり記した。まず、フジテレビが当日の詳細な報告場面のメモまで明かした2月13日の統幕総括官および陸幕副長による防衛大臣への日報に関する報告について、こう書いた。 その際のやり取りの中で、陸自における日報データの存在について何らかの発言があった可能性は否定できないものの、陸自における日報データの存在を示す書面を用いた報告がなされた事実や、非公表の了承を求める報告がなされた事実はなかった。また、防衛大臣により公表の是非に関する何らかの方針の決定や了承がなされた事実もなかった。「特別防衛監察の結果について」 同様に2月15日の事務次官、陸幕長、大臣官房長、統幕総括官による防衛大臣への日報に関する報告についても、同じ表現が用いられた。マスコミ、防衛省・陸自幹部が全員ウソつき? 果たして、2月13日および15日に、日報データの存在が報告されたのか。監察結果は、上記の表現で、巧妙にその判断を避けた。 今回、最も真相に迫った報道を続けたフジテレビは7月28日午前のニュース番組でメモの存在を改めて指摘しながら「真相を明らかにしませんでした」と監察結果を断罪した。 日本テレビの番組でも政治部長が「稲田大臣が関わったわけではないと結論付けたわけではない」と解説した。TBSも「曖昧な表現にとどめた」と報じ、テレビ朝日も「保管の事実は(稲田大臣に)伝えていたことがANNの取材でわかっています」と明言し「十分に解明されていません」と監察結果を批判した。NHK総合テレビも正午のニュースで「解明できない点も残りました」と報じた。特別防衛監察の結果を公表する稲田防衛相=7月28日、防衛省(納冨康撮影) 他方、稲田大臣は辞任表明会見で「私への報告がなかった」と明言、監察結果を“錦の御旗”に掲げながら、「隠蔽了承、そのような事実はない」と断言した。フジテレビが報じたメモについても、「しかしながら、私の認識を覆す報告は一切なかったと承知しております」との表現で、報じられた事実関係を全否定した。 もし、稲田大臣が真実を語ったとすれば、これまで全マスコミが誤報を繰り返したことになる。ひとり大臣を除き、防衛省・陸上自衛隊の主要幹部らがウソをついたことになる。あろうことか、メモまで捏造(ねつぞう)し、大臣を陥れたことになってしまう。 真実はひとつ。大臣への報告はあった。監察結果のとおり「日報データの存在を示す書面を用いた報告」はなかったとしても、大臣室における口頭での報告は複数回あった。そうとしか考えられない。同時に、稲田会見もまた真実を語ったとすれば、大臣は複数回にわたる口頭報告の中身を正しく理解できなかった。そういうことになろう。いずれにせよ「自衛隊の隊務を統括する」(自衛隊法第8条)防衛大臣がすべての責任を負う。その大臣が部下に責任を転嫁するなど、あり得ない。 この1年間で、防衛省・自衛隊が失ったものは大きい。次の防衛大臣が背負う責任は重大かつ深刻である。

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    「核とミサイルの罠」金正恩を追い詰める父の亡霊と内なる敵

    重村智計(早稲田大学名誉教授) 北朝鮮北東部の日本海に近い豊渓里(プンゲリ)には、核実験場がある。核実験に携わる人たちの放射能汚染や人権侵害を描いた韓国の小説「豊渓里」が、関係者の注目を集めている。作者は、豊渓里に長年居住した脱北者で、核開発の科学者たちとも交流があった。この中で、ロシアや東欧の科学者たちの存在が初めて確認された。 外国人科学者は、偵察衛星に発見されないように核実験場や核施設の近くには姿を見せず、都市に住まわせていた。この中に、ミサイル開発の外国人科学者もいた。最近の北朝鮮のミサイル開発の進展は、この外国人科学者のおかげだと言ってもいいようだ。 北朝鮮は、7月4日に大陸間弾道ミサイル(ICBM)の発射実験を行った。北朝鮮の報道機関は、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長が指示書にサインする場面を伝え、指示書の内容を次のように明らかにした。日本では報じられなかった。平壌駅前の大型スクリーンに映し出される、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長による大陸間弾道ミサイル発射実験実施命令のサイン=7月4日(共同)「党中央は、大陸間弾道ロケット試験発射を承認する。7月4日午前9時に発射しろ。金正恩 2017.7.3」 実はこの表現からは、金委員長が全権掌握にかなり苦労している様子がうかがえる。この指示書で最も重要なのは、「党中央」の表現である。党中央は、後継者として登場する前の金正日(ジョンイル)総書記を意味する代名詞だった。今は金委員長を意味する言葉だが、最後にサインがあるので、文章としてはおかしい。ただ、素直に読めば、党中央を「労働党指導部」と読めないことはない。 どちらにしろ、今回のICBM成功は「金正恩委員長」と「労働党」の成功である、と強調しているわけだ。つまり、人民軍の成果ではなく、指導者と党の成果で「指導者の偉大な業績」と述べている。「軍でなく党の力」を見せつけようとしているのだ。裏を返すと軍の掌握に苦労している姿が浮かび上がる。 なぜ、これほど「指導者と党」を強調する必要があるのか。正日氏が残した「先軍政治」にすがる抵抗勢力を排除できない事情がある。金委員長は、軍優先の先軍政治の終了を宣言し、「経済と核の並進路線」に切り替えたが、軍部の抵抗はなお根強い。昨年6月、先軍政治の象徴であった国防委員会を廃止したものの、国防委の下部組織はそのまま維持されているからだ。 正日氏は、党の権限を弱体化させるために、先軍政治を数十年間展開した。この結果、事実上軍が党よりも権限を持つ事態が生まれた。多くの利権を軍が握っている。金委員長が目指す「経済建設」には、軍が握る利権を引き剥がす必要があるが、これが極めて難しい。軍の協力と努力に言及せずに、「党中央」を強調する理由がここにある。習近平と会談できない金正恩の重い現実 北朝鮮の指導者には、血統と思想の継承に加え「偉大な業績」が求められる。抵抗勢力は、「金委員長には偉大な業績がない」と陰口をたたく。だから、「ICBM成功」と「核保有」が必要になる。その思いは、金委員長の次の発言からも伝わる。「米帝との長い戦争も最後の局面に来た。警告を無視し、われわれの意思を試した米国に明確に示すときが来た」「米国野郎どもはたいへん不愉快だろう。独立記念日の贈り物が気にくわないだろうが今後も頻繁に送り続けてやろう」 朝鮮中央通信は、「絶妙なタイミングで、傲慢な米国の顔を殴りつける決断をした」と報じた。この発言は、一国の指導者としてはかなり下品な言葉だ。だが、こうした発言が国民の拍手を浴び、軍を掌握できるとの計算があったのだろう。ということは、それほどに国内掌握に苦労していると思われる。 また、この表現を報道した当局者の中に、抵抗勢力の影を見るのは読みすぎだろうか。「米帝」の表現は、米国に対する敵対意識が露骨で、米朝対話を求める意向を感じさせない。米国は怒るだろう。それを承知の上で、報道した事実からは金委員長をおとしめようとする人々の「悪意」が感じられる。 こうしてみると、北朝鮮は「核とミサイルの罠(わな)」に陥ってしまったようだ。 国内的には先軍政治の亡霊との戦いを強いられ、偉大な成果を生み続ける必要がある。経済優先政策も経済制裁のため頓挫している。 米国との交渉に乗り出したいが相手は応じない。米国を対話に向かわせるためには、ミサイルを発射し核実験を続けるしかない。緊張が頂点に達すれば対話に乗り出してくるとの過去の成功戦略にしがみついている。出口のない核とミサイルの罠から抜け出せない。 金委員長が、外国の指導者と首脳会談をできない現実は、祖父の金日成(イルソン)主席や父親の正日氏と全く異なる。特に中国の習近平国家主席と会談できない事実は、国際社会から追い詰められた現実を物語る。日米は中国の意向も尊重し、決定的な制裁は控えている。米国のヘイリー国連大使は、国連安保理での軍事的対応にも言及し始めている。すぐに軍事的な措置が取られる可能性はないが、やがて大きな議題になりそうだ。7月3日、「火星14」の発射実験を承認するため報告書に署名する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長。朝鮮中央通信が配信した(朝鮮通信=共同) 北朝鮮軍は核実験実施を強く求めていると伝えられているだけに、金委員長は大きなジレンマに直面している。核実験に踏み切れば、中国とアメリカから大きな制裁を受ける。核実験ができなければ、米中を恐れる弱気の指導者と国内で陰口をたたかれ、権威が失墜する。 それを避けるために、「核兵器の完成」「ミサイルの完成」を宣言し、「核とミサイルの実験をしない」交渉に乗り出すとの戦略が、平壌から流されたこともあった。戦略への期待が急速に失われている。

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    日本のテロ危険度は本当に低いのか

    英マンチェスターのコンサート会場で起きた爆弾テロは世界に衝撃を与えた。イスラム教のラマダン(断食月)が始まり、過激派組織「イスラム国」(IS)によるテロの危険度は一層高まる。欧州に比べ、危険度が低いと言われる日本だが、テロの脅威を楽観視して本当に大丈夫なのか?

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    日本でも浮かぶ「要人暗殺」の可能性、X国のテロから首相を守るには

    して、その環境は現在も決して変わってはいない。現代の自民党安倍政権誕生以降も、特定秘密保護法をはじめ安全保障法制、そして現在のテロ等準備罪などのアジェンダ(議題)に対して国会周辺等で大規模な反対デモも発生した。また沖縄を中心とした米軍基地への反対闘争、反原発運動などのイシュー(論点)で局所的な政治的闘争は存在している。こうした政治的闘争は、現代の日本においてきわめて民主的で合法的な手段を用いた社会運動として定着していることも事実である。 しかしながら、最悪の事態を想定する危機管理の観点からみれば、また60年代、70年代において学生運動やマルクス主義運動が過激化して多くの爆弾テロやハイジャックなどの事件を引き起こした歴史的事例をみれば、社会運動が過激化した結果としてテロリズムが発生する可能性は決してゼロではない。本来、民主的かつ合法的であった政治運動から逸脱した一部の「過激化(radicalization)」という現象がテロリズムに結び付くプロセスは現代においても見逃してはならない。 また、国際テロリズムや国際安全保障の文脈においても日本の要人がテロリズムの標的となるリスクは高まっている。2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、これまでのオリンピックなど国際的メディアイベントがそうであったように、テロリズムの標的になる可能性が高く、東京五輪に向けた日本のテロ対策の強化が求められている。さらに「イスラム国」による欧米各国へのグローバル・ジハードはまだ終結しておらず、世界のどこでイスラム過激派によるテロリズムが起きてもおかしくない状況はいまだ続いている。北朝鮮の核実験・ミサイル実験や、中国による尖閣諸島、南シナ海への侵出など、東アジアをめぐる国際安全保障環境も緊張状態にある。テロリズムを防止する手だて このような時代状況と国際環境を踏まえたとき、また現代テロの特徴であるソフトターゲットを狙った無差別テロへ意識が向かっている現在こそ、要人暗殺テロへの備えに綻びが発生する可能性がある。いまこそ、本来テロリズムの王道であった要人暗殺テロへの備えと予防策を強化すべきである。 要人暗殺テロを防止するためには、その①「リスク源(risk source)」となる問題や組織の洗い出しが第一歩となる。そしてそれらの問題や原因によってテロが発生する可能性があることを②「リスク認知(risk perception)」し、さまざまな情報分析により③「リスク評価(risk assessment)」を実施しなければならない。そうして得られた要人暗殺テロのシナリオや想定に対して、具体的な④「リスク管理(risk management)」を実施し、国内外に幅広くアピールする⑤「リスク・コミュニケーション(risk communication)」が重要となる。このプロセス全体がテロ対策をめぐる危機管理である。そこで重要な鍵となるのは情報活動、諜報活動とも訳される「インテリジェンス(intelligence)」である。 想定されるシナリオには多様なケースが存在する。しかし日本の要人暗殺テロにおいて、リスクとして可能性が高いのは次の2つのケースであろう。1つ目は「日本国内のメディアイベントで警備状況が手薄になるケース」であり、2つ目は「国外の外遊時に外国勢力に狙われるケース」である。 本来、いずれも警察や治安機関により警備態勢が強化されている状況にあるはずであるが、その警備が一瞬緩むポイント、タイミングが発生したときに要人暗殺テロが発生する余地が生まれる。あえて具体的なシナリオで示せば、とくに危険なのは要人が小規模な文化的催しに参加して一般人と交流し、その様子をテレビや新聞などのメディアに公開してアピールしようとするようなケースである。 そこで使用されるテロの道具は、蓋然性としては爆弾や銃器、刀剣などの一般的に普及していて利用しやすい兵器である可能性が高いが、同時にこれらの道具は金属探知機や手荷物検査で発見しやすく失敗する可能性も高くなる。反対に、サリンやVXガスなどの液体、炭疽菌などのように粉末状にできるもの、放射性物質などのNBC兵器は、入手や製造が困難であったとしても、探知機や手荷物検査で発見しにくいという条件から、こうしたNBCテロやCBRNE(化学・生物・放射性物質・核・爆発物)テロは事前に防止するのが困難であるという理由で大きな脅威となる。インテリジェンス・サイクルを強化せよ 要人暗殺テロを防止するための対策にはさまざまなものがある。まずは、危険団体、危険人物を特定してマークするインテリジェンス活動である。警察庁、警視庁の外事や公安が実施している活動であり、通信傍受などのシギント(SIGINT)や、監視カメラによるイミント(IMINT)などの監視活動も含まれる。また、危険な外国勢力の入国を水際で阻止するための出入国管理も重要な活動である。法務省の出入国管理インテリジェンス・センターは、出入国管理の情報収集と分析をテロ対策に活かすために設置された組織である。外務省は国際テロ情報収集ユニットを結成して、外国のインテリジェンス機関と情報共有し、海外のテロ組織やテロリストの情報分析を強化している。これらの各省庁が実施しているインテリジェンス活動の成果が内閣情報調査室、および国家安全保障会議(NSC)に集約されることで安全保障やテロ対策など危機管理に活用される。こうした一連のインテリジェンス・サイクルの強化が現代の日本に求められている。 またテロリズムの防止には、ほかにも多様なアプローチが存在する。たとえば、企業の研究施設や大学の研究所で使用される化学剤や放射性物質が拡散してテロリズムに利用されないようにするための拡散防止、危険物質の管理が重要である。デュアル・ユース(dual use)と呼ばれる問題であるが、そのために化学剤やバイオ、放射性物質などに関する危険物を保持している企業や病院、大学などのネットワークを強化して管理体制を構築することが必要である。 戦後の日本国内では、オウム真理教による地下鉄サリン事件以降は、大規模なテロ事件が発生していない。むしろイラク日本人人質テロ事件、アルジェリア日本人テロ事件、シリアイスラム国日本人人質テロ事件、ダッカ襲撃テロ事件など、国外の日本人がテロ事件に巻き込まれるケースのほうが増えている状況である。グローバル化した国際テロリズムの時代にこそ、こうした国際的環境のなかで日本のテロ対策の在り方を見直し、国民のなかで議論を行なうべき時期が訪れている。ふくだ・みつる 日本大学危機管理学部教授。1969年、兵庫県生まれ。99年、東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学。博士(政治学)。コロンビア大学戦争と平和研究所客員研究員、日本大学法学部教授などを経て、2016年4月より現職。関連記事■ 福田充 危機管理学とは何か■ なぜ、イスラム系のテロ組織が多いのか―テロにまつわる4つの疑問■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?

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    重要な敷居を超えつつある北朝鮮の核能力

    研究所論評集岡崎研究所 米ハーバード・ケネディスクールBelfer Center主任研究員で米国家核安全保障局次長もつとめたウィリアム・トビーが、Foreign Policy誌ウェブサイトに4月7日付で掲載された論説で、北の核物質保有量の増大により核脅威の緊急性とその性質は大きく変わっている、戦略的忍耐はもはや実効性のあるオプションではない、と五つのリスクを挙げて主張しています。要旨は次の通り。 北朝鮮の核脅威が大幅に増大している。2015年に北が保有していた核分裂物質の量では20未満の核兵器しか作れなかった。しかし、北は急速に核物質の備蓄量とその生産能力を増大させている。 昨月IAEA事務局長は寧辺のウラン濃縮工場の規模が二倍に拡大されたとの報告を出した。科学・国際安全保障研究所は今のウラン濃縮・プルトニウム生産施設の能力を使えば18カ月の間に4~6個のペースで核兵器を製造することができる、もし秘密の第二の濃縮工場があれば生産能力は更に50%増大する、と予測している。 核開発が規制されない限り、北は2024年までに100個に近い核兵器を保有することになるだろう。これらのことは五つの次元で北の核脅威の性質を変えることになる。 第一に、核戦力の展開、ドクトリン、ポスチャーが変わる可能性がある。核兵器の保有量が増えれば、北はドクトリンを発展させ、もっと攻撃的なポスチャーを採用し、場合によっては核兵器を常時使用可能な状態に置くことまでしかねない。朝鮮半島の核戦争の脅威は大きく高まる。北は核能力を隠れ蓑にして、通常戦力による攻撃あるいはテロ攻撃を行ってくる可能性もある。 第二に、核分裂物質の保有量の増大は核兵器と運搬システムの進歩を容易にする。核実験のペースは速まっている。昨年は2回核実験をしたが、それまでの核実験は約3年の間隔で行われてきた。実験を通じて兵器の小型化、軽量化、強力化が可能となり、ミサイルの射程距離は増大する。 第三に、核兵器の移転のリスクが高まる。北はこれまでリビアへのミサイル売却やシリアでのプルトニウム生産原子炉の建設などを行ってきた。核物質の保有量が小さい段階では核物質や兵器の売却は軍事的にはコストの高いものだったが、保有量が増えればそのような懸念は縮小する。さらに、北への制裁は強化されており、価値のある核兵器や核物質を売る誘惑は増えるだろう。 第四に、北が核兵器を常時使用可能な状態に置くようなことになれば、偶発発射や無許可発射のリスクが高まる。経験を持たない北にとりリスクは一層高いものになる。第五に、核窃盗のリスクが高まる。核物質生産が大規模施設で行われるようになると、これらの物質を盗み出す機会は増大する。北は世界で最も厳しい警察国家だが、最悪の汚職国家でもある。 これまで北の核脅威は相対的に小さかった。米国と同盟国は強制等種々の政策を試みてきたが、北は、中国の庇護の下、処罰を受けることなく国際法を無視してきた。北の核物質保有量の増大により、脅威の緊急性とその性質は変わっている。戦略的忍耐は、もはや実効性のあるオプションではない。出典:William H. Tobey,‘The North Korean Nuclear Threat Is Getting Worse By the Day’(Foreign Policy, April 7, 2017)今の北朝鮮は50年代、60年代の中国と同じ 極めて興味深い、説得力のある見解です。筆者は、北の核物質生産能力の増大に伴い、(1)軍事ポスチャー、(2)技術進歩、(3)移転、(4)偶発、(5)核窃盗という五つの次元でリスクが大幅に増大すると主張しています。それに伴い北の通常戦力による行動も攻撃的になり得るとの指摘は重要です。これに対抗するためには、抑止力を強めるしかありません。その他のリスクが高まることも指摘の通りでしょう。 北の核能力は重要な敷居を超えつつあります。今の北朝鮮は50年代、60年代の中国と同じだとも言えます。成長する核兵器国が最も不安定で、危険な存在です。 筆者は、戦略的忍耐に代わる実効性のあるオプションが何であるかについては述べていません。しかし、筆者の議論から敢えて推測すれば、問題がこのような段階に至っている以上、優先順位として現下の脅威のリスクをコントロールすべきだということではないでしょうか。引き続き非核化を究極の目標としつつも、それが今できないのであれば、筆者が言う五つのリスクについて何らかのコントロールが必要だということでしょう。北朝鮮は、孤立させておくには危険になりすぎました。リスク・コントロールのためには話し合いが必要となります。 4月6~7日に行われた米中首脳会談は、共同声明もなく共同記者会見もありませんでした。報道によれば、米中両首脳は北朝鮮問題が極めて深刻な段階に入ったとの認識を共有し、米側は人権問題の重要性を指摘し、トランプは習近平に「中国が我々とともに行動しないのなら、米国は単独で対応する用意がある」との意向を伝え、北朝鮮への制裁強化を求めました。ただ、この問題で具体的な項目の合意はなかった、ということです。 しかし、トランプが述べたことは北朝鮮側にも伝えられたと思われるので、やり取りは有益であったはずです。戦術核の韓国再配備や米朝接触の可能性などが話し合われたかどうかは定かではありません。米中首脳会談の直後、4月9日ティラーソン国務長官は、米のシリア攻撃の北朝鮮への意味合いについて、「他国への脅威となるなら、対抗措置がとられるだろう」と述べています。米国としては、北への圧力を強めるとともに、北側の反応を見ようということでしょう。

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    朝鮮半島動乱、自衛隊は在韓邦人を救えない

    日本国憲法施行70年の節目の日に、安倍首相は2020年の憲法改正を明言した。最大の焦点は、9条に自衛隊の存在を明記する条文を追加することだが、はっきり言って遅すぎる。動乱が続く朝鮮半島情勢下、いまだ「違憲の軍隊」である自衛隊に在韓邦人の救出などできるはずがない。

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    ヒゲの隊長が緊急警告! 今の自衛隊では在韓邦人6万人を救えない

    佐藤正久(参議院議員) 3月6日、北朝鮮は東倉里(トンチャンリ)から4発のミサイルを発射し、そのうちの3発が日本の排他的経済水域(EEZ)に着弾しました。北朝鮮のミサイル技術は日々精度と射程が向上し、発射手段も多様化しています。米国の人工衛星画像などからの分析によると、核実験の準備も進んでいる模様です。 トランプ米大統領は「第一空母打撃群を派遣した」と発言。4月18日に来日したマイク・ペンス米副大統領は「平和は力によってのみ初めて達成される」と、北朝鮮の行動を強く牽制し、安倍総理も「新たな段階の脅威」と述べました。朝鮮半島の緊張状態は、朝鮮戦争以来ピークに達しているといえます。朝鮮半島情勢に関心を持つ日本人は増えていますが、かたや備えは十分できていると言えるでしょうか。 もし、北朝鮮がミサイルを発射した場合、ミサイルは10分ないし15分以内にわが国本土に到達します。早期警戒衛星などの情報をもとに全国瞬時警報システム(Jアラート)を使って自治体が国民に速報を打つことができるのは3~4分後になります。北朝鮮の軍事パレードに登場した、潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)「北極星」=4月15日(共同) 政府並びに自治体が「弾道ミサイル」を想定した住民避難訓練を実施したのは、実は今年3月、秋田県男鹿市が初めてです。地震や津波の防災訓練をやるように、外国からの攻撃や弾道ミサイルを想定した訓練も、国民の生命を守るという点では同じことです。 北朝鮮の脅威が新たな段階に入ったのであれば、日本でも新たな備えが必要です。さらに、朝鮮半島有事の際は、韓国内にいる邦人の安全と避難についても考えなくてはなりません。 私は自衛官時代、朝鮮半島有事を想定した演習を実施してきましたが、未解決の課題はたくさんあります。有事になる前に邦人を避難させることができればよいのですが、情勢が急変する場合も想定し備えなければなりません。 韓国に滞在している邦人は、約6万人と言われています。日本大使館に滞在届けを出しているのは約3万8千人ですが、旅行者や出張の人が一日あたり約2万人と推定されており、実際の旅行者等の数や行動を把握するのは困難な現状です。 さらに、自衛隊を邦人救出に向かわせようと計画をしても、韓国政府の同意がなければ、自衛隊は韓国内に入ることはできません。その韓国政府との調整も歴史的背景から進んでいない現状もあります。「憂いあれども備えなし」は無責任 一昨年、平和安全法制を整備しましたが、自衛隊が邦人救出のために外国へ行って活動するには、次の3条件が必要です。① 当該外国の権限ある当局(警察など)が、現に公共の安全と秩序の維持に当たっており、かつ、戦闘行為が行われることがないと認められること。② 自衛隊が当該保護措置(邦人救出)を行うことについて、当該外国の同意があること。③ 当該外国の権限ある当局(警察など)との間の連携及び協力が確保されると見込まれること。 仮に韓国政府が自衛隊を受け入れたとしても、自衛隊は現地の警察が機能していて、現地の警察との連携の下で邦人を保護するという活動しか認められていないということです。 さらに、韓国に滞在している外国人は約200万人。そのうち半数は中国人です。アメリカ人が約20万人、ベトナム人が約14万人、タイ人は約8万人いると見込まれています。韓国の人口は約5100万人ですが、その半分の約2500万人が、ソウルと仁川、その周辺の京幾道の数十キロの狭い地域に暮らしています。 そこが〝火の海〟になれば、韓国は大混乱に陥り、韓国に滞在する外国人も、韓国人も、日本への避難を考えるでしょう。これは最悪のケースで、日本には数十万人から100万人の避難民が押し寄せる可能性もあります。邦人だけ救出するという状況は、実際には想定できないのです。 今から7年前の2010年、北朝鮮が韓国の延坪(ヨンピヨン)島を砲撃し、海兵隊員2人と民間の2人が亡くなりました。その時、フィリピン政府から「韓国にいるフィリピン人約5万人を避難させてほしい」と日本政府に申し入れがありました。韓国からフィリピンまで帰国させるには遠いので、一番近い日本にとりあえず避難させようと考えるのは自然です。他国も同じ考えでしょう。 もし、フィリピン人5万人を避難させるとなったら、韓国ー日本間をピストン輸送する必要があります。200人乗りの飛行機で250往復は現実的ではありません。 実際には、アメリカ人、ベトナム人、タイ人あるいは韓国人も日本に避難してくることを想定して備えなければいけません。すなわち、避難する人たちをどこに移送するのか。空港や港湾の利用状況は。滞在施設や生活支援はどこまですればいいのか。期間はどれくらいになるのかなど、東日本大震災や熊本地震などの経験を踏まえても、予め検討しておくべき課題は多くあるのですが、政府も地方自治体もこういう視点からの避難訓練をしたとは耳にしていません。陸上自衛隊11次隊の先発隊=2016年11月21日、首都ジュバの空港(共同) そもそも、邦人ではない外国人を避難させる場合、誰が輸送するのでしょうか。実は、私が自衛官時代にイラク人道復興支援でイラクに向かう際にも、迷彩服を着た自衛官を乗せると攻撃対象になるかもしれないという理由で、日本の航空会社から搭乗を断られた経験があります。 もし、朝鮮半島で緊張が高まった時、民間の航空会社が邦人救出に協力してくれるかどうかはわかりません。政府も、民間企業に「行け」とは命令できません。国民の自由と権利は憲法で保障されているからです。 結局、邦人を救出するには、自衛隊が十分に活動できるような法整備と、関係国との平素からの信頼醸成が肝となります。危機管理とは、最悪に備え、想定外をできるだけなくし訓練しておくことに他なりません。 「憂いあれども備えなし」は無責任です。「備えあれば憂いなし」がどれほど重い言葉か、東日本大震災から学んだはずです。

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    「在韓邦人救出も米国任せ」 日本人よ、ホントにこれで良いのか?

    も戦争のことばかり考え子供のころから反日教育を受けてきた国と、「平和平和」とお題目を唱えるだけで国家安全保障について深く考えることを拒否して能天気に暮らしてきた国とは考え方が大きく違うということを改めて認識し、彼らが日本に対して攻撃してくる可能性を排除せず、それに備えなければなりません。 日本人は今こそ、この言葉の重みを感じなければなりません。古人曰く「汝平和を欲さば、戦への備えをせよ」。

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    北朝鮮有事は「想定内」 在留邦人退避のためにまずやるべきこと

    吉富望(日本大学危機管理学部教授) 4月12日、菅義偉官房長官は「朝鮮半島で在留邦人の保護や退避が必要になった場合を想定し、常日頃から必要な準備、検討を行い、いかなる事態にも対応できるよう万全な態勢を取っている」と述べた。朝鮮半島情勢に対する国民の懸念が増す中での大変力強い発言である。しかし、「朝鮮半島で在留邦人の保護や退避が必要になった場合」における具体的な状況をイメージしてみると、菅官房長官に「在留邦人の保護や退避の態勢は、真に万全なのでしょうか?」と質問したくなる。 「朝鮮半島で在留邦人の保護や退避が必要になった場合」とは、朝鮮半島で戦争が切迫している場合、あるいは戦争が勃発した場合である。前者の場合には自衛隊による邦人の輸送は法的に可能であるが、韓国政府が自衛隊の受け入れに同意していない現状では、民間の航空機や船舶の使用を検討せざるを得ない。 しかし、いつ戦争が勃発しても不思議ではない切迫した状態の中で、政府は本当に民間の航空機や船舶に危険覚悟での派遣を要請するのだろうか。また、民間の航空機や船舶の乗員組合は運航に同意するのだろうか。結局のところ、民間の航空機や船舶の派遣には大きな疑問符がつく。(※写真はイメージです) 韓国には邦人以外にも多数の外国人が滞在している。戦争が切迫している場合、多くの国は自国民を退避させるだろう。しかし、米国でさえ約20万人の在韓米人を自力のみで退避させることは難しいだろう。 したがって、多くの国が韓国に隣接する日本に自国民の退避への協力・支援を依頼し、日米を含む多国籍での大規模な退避作戦が実施されることも考えられる。この時に隣国の日本が日の丸を掲げた民間機、民間船舶、そして自衛隊も派遣せず、代わりに外国の民航機をチャーターして邦人や外国人の退避を行う姿は、日本の国際的な信頼にどのような影響を与えるだろうか。 日本が1991年の湾岸戦争において資金協力しかできず、国際的に評価されなかった轍(てつ)を踏むことは避けねばならない。政府は米国、韓国に多数の自国民が滞在する国々と連携し、韓国政府に対して邦人及び外国人の退避のための自衛隊の受け入れを強く働きかける必要がある。全面戦争レベルじゃなくても武力行使を行う北朝鮮 ここで仮に、韓国政府が在留邦人などの退避のための自衛隊の艦艇や航空機の受け入れを認めたとしよう。しかし、それでも懸念は残る。朝鮮半島で戦争が切迫している状況下では、自衛隊の艦艇や航空機は平素を上回るレベルで情報収集、警戒・監視、部隊輸送などの任務に従事し、本土防衛のための即応態勢の維持を求められる。その結果、韓国に派遣できる艦艇や航空機の数が制約される可能性は否めない。この際、自衛隊が保有する輸送機や輸送ヘリの搭載人員数は多くないことから、1隻で多数の人員輸送が可能な艦艇による在留邦人などの退避への期待が高まる。韓国・ソウル しかし、戦争が切迫している状況は、危険が全くないという状況ではない。2010年3月に韓国海軍の哨戒艇が北朝鮮の小型潜水艇による魚雷攻撃を受けて沈没した事件と、同年11月に北朝鮮が韓国北西部の延坪島(ヨンピョンド)を砲撃した事件は、北朝鮮が平素においても全面戦争に至らないレベルで武力行使を行う可能性を示唆している。 この際、特に警戒が必要なのは、10年の哨戒艦沈没事件と同様の小型潜水艇による艦艇への魚雷攻撃である。こうした攻撃は匿名性が高く、北朝鮮にとっては好都合なのだ。加えて、水深の浅い海域に潜伏する小型潜水艇を発見するには時間と困難が伴う。 また、いつ戦争が勃発しても不思議ではない切迫した状態の中では、艦艇で在留邦人などを退避させる前に潜水艇の捜索に十分な時間をかける余裕はない。したがって、在留邦人などを乗せた艦艇が魚雷攻撃を受けるリスクは覚悟せざるを得ない。 しかし、幸いなことに日本と韓国は近接しており、たとえば博多-釜山の距離は約200キロしかない。この距離であれば小型・中型艇を使った退避作戦も可能であり、喫水の浅い高速艇であれば、「おおすみ」型輸送艦などの大型艦に比べて魚雷攻撃を受けるリスクは大幅に低下する。したがって、人員を200-300人積載可能で、40ノット程度の高速性を有し、約800キロ以上の航続距離(無給油で博多-釜山間を2往復以上)を有し、海岸へのビーチング(直接乗り上げ)や岸壁への接岸も可能な高速揚陸艇を自衛隊が多数保有することは、朝鮮半島からの在留邦人などの退避にあたって意義が極めて大きい。邦人救出、現在の法制度でできること 現在、海上自衛隊は巨大ホーバークラフト「エアクッション艇(LCAC=エルキャック)」を6隻保有している。しかし、LCACの航続距離は40ノットでの航行時に約370キロと短く、一般の船舶に比べて小回りが利かないため小規模な漁港湾には入港しづらく、岸壁に接岸した場合には人員の乗降に時間がかかるという欠点を有するため、朝鮮半島からの在留邦人などの退避に適しているとはいえない。政府は、朝鮮半島からの在留邦人などの退避に備えて、LCACとは別の新たな高速揚陸艇を10隻以上自衛隊に保有させるべきだろう。2016年9月、支援車両を乗せて西表島の大原港に上陸する、海上自衛隊のエアクッション艇「LCAC(エルキャック)」(宮崎瑞穂撮影) もちろん、こうした新たな高速揚陸艇の導入には一定の時間を要し、現在の朝鮮半島情勢の緊張に直ちに対応はできない。しかし、北朝鮮が現在の危険な体制を維持する限り、朝鮮半島では今後も緊張が繰り返されることが予想され、それに備えた装備品の導入は急ぐ必要がある。また、高速揚陸艇は朝鮮半島からの邦人などの退避のみならず、南西諸島などでの離島防衛あるいは大規模震災における海路からの救援活動においても有効性が高く、「四面環海」の日本には不可欠の装備である。 最後に、危機管理の基本は「最悪の事態に備えた準備をしておく」ことであり、戦争が勃発した場合における在留邦人の退避態勢の整備を政府・与党に強く求めたい。現在の法制度では戦闘下における在留邦人の退避は外国頼りであり、イラン・イラク戦争中のトルコ航空機による在留邦人のテヘランからの救出劇(1985年)の再現を祈るほかに手段はない。野党も、在留邦人の命を守るという国家の責任に思いを致し、現実的な姿勢で議論に臨んでほしい。 6年前の東日本大震災は「想定外」だったのかもしれない。しかし、朝鮮半島で戦争が勃発した場合に多くの在留邦人が命の危険にさらされることは「想定内」である。「想定内」の事態に備えないことは、「想定外」の事態への準備がなかったことに比べれば、はるかに罪が重い。

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    朝鮮半島有事 10~15万人の北朝鮮難民が日本に流入か

     米軍は、韓国に駐留させている軍隊を縮少・撤退する方針を発表している。朝鮮半島の軍事バランスが崩れた場合には何が起きるか。 軍事ジャーナリストの黒井文太郎氏は、「在韓米軍撤退後、金正恩が軍事挑発を繰り返し、第二次朝鮮戦争を誘発する可能性がある」と指摘。北朝鮮を支援する中国との全面戦争を回避するためアメリカが韓国支援を控えた場合、どうなるか。「韓国が反撃に出れば金正恩がソウル一斉攻撃を決断するかもしれません。そうなれば、北は板門店付近に配備したロケット砲などでソウルを火の海にするでしょう。北の工作員によるテロも多発し韓国は大混乱に陥ります(フェーズ1)」 ただし、戦力は韓国が北を上回り、早い段階で北の対南攻撃部隊は壊滅。その後、韓国軍の対北空爆、地上進撃が始まり、1か月程度で平壌が陥落する(フェーズ2)と黒井氏は見る。「中朝国境に追い詰められた金正恩が捨て身の反撃で核攻撃を仕掛ける可能性もある(フェーズ3)。韓国の複数の大都市が焦土化すれば、被爆地から大量の韓国人が日本に避難してくるでしょう(フェーズ4)」 2007年、日本政府は、朝鮮有事で日本に流入する北朝鮮難民を10万~15万人と見積もった。これに韓国の避難民が加われば日本の治安当局の機能は麻痺。難民の暴徒化や、北の武装難民が上陸することも考えられる。 約4万人の韓国在留邦人の救出も課題だ。韓国に自衛隊艦艇を派遣すれば、北からの攻撃に晒されかねない。金正恩が日本本土にミサイル攻撃を仕掛ける事態も想定される。米軍撤退は、東アジアの悪夢の始まりになるかもしれない。関連記事■ 延坪島砲撃事件 北朝鮮難民の日本への不法流入を専門家懸念■ 日中尖閣紛争が起きれば混乱に乗じて金正恩が南侵する可能性■ 次の将軍様・金正恩に「取り柄」が一つだけあるとの指摘出る■ 金正恩はシンクロナイズドスイミング愛した父の趣味受継ぐか■ 金正恩政権で予想される崩壊シナリオ 「朝鮮統一」「暗殺」等

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    元海自小隊長 自衛隊員が最も「死」に近づいた瞬間を語る

    際に彼らを送り込むことはなかったが、自衛隊員が最も「死」に近づいた瞬間だった。緊迫感を増す日本周辺の安全保障環境において、能登半島沖のような事態は十分起こりうる。(談)【PROFILE】いとう・すけやす/1964年生まれ。日本体育大学から海上自衛隊へ入隊。「みょうこう」航海長在任中の1999年に能登半島沖不審船事件を経験。後に海自の特殊部隊「特別警備隊」の創設に関わる。現在は退官し、警備会社のアドバイザーを務めるかたわら、私塾にて現役自衛官の指導にあたる。著書に『国のために死ねるか』(文春新書)。関連記事■ 能登半島地震 2013年から2019年にかけ起こる可能性と専門家■ イラクで活躍「ヒゲの隊長」 震災後の自衛隊の活躍を報告■ 海上自衛隊特殊部隊の能力を、お世辞を言わない米軍がホメた■ 安保論議の最中に「命令あらば実戦で任務遂行」と現役自衛官■ 震災後に士気高揚した自衛隊 最前線に行きたい人間が増加する

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    北朝鮮の核実戦配備は最終段階へ、3つの抑止策とは

    美しいアルプスの山並みを望むことができる。このホテルの会議場で、スイス外務省は9月中旬に北東アジアの安全保障に関する1・5トラック(政府関係者と民間研究者が参加)のハイレベルセミナーを開催した。日米中ロ韓にEU諸国の代表団が集う会議場が独特の緊張感に包まれたのは、同セミナーに初めて北朝鮮の政府代表団が参加したからだ。 主催者によると、過去に開催された同セミナーへの招待に振り向きもしなかった北朝鮮だったが、今回は強い要望で参加が実現したという。その代表団を率いたのは崔善姫(チェ・ソンヒ)外務省米州局副局長だった。同氏は5月末にスウェーデンのストックホルムで開催された国際会議、翌6月に中国の北京で開催された「北東アジア協力対話」(ミニ6カ国協議と呼ばれる)にも相次いで参加している。後者の会議は北朝鮮が新型ミサイル「ムスダン」発射の最中に開催され注目された。崔副局長は同会議で「6カ国協議は死んだ」と発言したとされており、記者会見でも「(北)朝鮮の非核化を議論する会談に応じる気はない」と強調した。 改めて9月のモントルーでの北朝鮮代表団の主張の概要を紹介したい。・我が国は本年に入り2度の核実験を成功させ核兵器の技術的精度を高めた。また多種多様なミサイル実験も成功させ運搬手段を多角化した。これにより敵国である米国に対する抑止力を完成するに至った。・我々が「核兵器国」であることは現実であり、もはや一方的な非核化などありえない。核兵器の開発を中途半端にした結果、愚かにも崩壊を招いたイラクやリビアなどの轍は絶対に踏まない。・我が国は「責任ある核兵器国」であり、核兵器保有の目的は我が国の自衛に限定される。また我が国は核兵器の先制不使用を採択し、無用に他国を刺激することはない。・6カ国協議の過去の共同声明は(「核兵器国」である我が国の実態とは乖離しており)すでに死文化した。我々は同共同声明に関し、何ら履行義務を負わない。現況のような米国の敵視政策が続く限り、公式な多国間の対話をすることは考えられない。 以上のように、北朝鮮は今年に入って相次いで実施した核実験及びミサイル実験の成果を背景に、インドやパキスタンに連なる「核兵器国」としての地位を獲得したことを自認し、これを国際的に認知させることに躍起となっている。かつて北朝鮮自身が署名した「すべての核兵器及び既存の核計画を放棄」を柱とする6カ国協議共同声明は、もはや「核兵器国」としての現実と乖離し、リセットしなければならないと主張するのである。核の実戦配備は、すでに最終段階へ 北朝鮮のこうした言説キャンペーンの背景には、自他共に「核兵器国」として認める新しい現実を作りたい意図があることは明白である。しかし、問題となるのは核兵器計画や抑止力の実態の評価、そしてそれに基づく今後の対北朝鮮政策のあり方である。 北朝鮮が過去5回の核実験によって核兵器の小型化・弾頭化を実現させた可能性は高まった。特に9月に実施された第5回実験では過去最大の10キロトン程度と推計され、その爆発規模もさることながら、弾頭化に必要とされる運用の信頼性が重視されている。北朝鮮の声明によれば、今回の核実験により「小型化・軽量化・多種化」された核弾頭を必要なだけ生産できるようになり、「核兵器化はより高い水準」に引き上げられたという。 長年その実現が疑問視されてきた「小型化・弾頭化」について、日本の防衛白書(2016年度版)も「米国、ソ連、英国、フランス、中国が1960年代までにこうした技術力を獲得したとみられることや過去4回(刊行当時)の核実験を通じた技術的成熟などを踏まえれば、北朝鮮が核兵器の小型化・弾頭化の実現に至っている可能性も考えられる」と踏み込んだ評価をしているのである。 核兵器の運搬手段としてのミサイル開発も急速な進展がみられる。相手国に探知されにくい潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、移動式発射型ミサイルの実験、ミサイル防衛で迎撃を難しくさせるノドンミサイルの連続発射実験、中距離弾道ミサイルに匹敵するムスダンの「ロフテッド軌道」(通常の軌道に比べて高高度まで打ち上げる)実験の成功など、攻撃手段の多様化と高精度化を同時に追求している。また、北朝鮮は弾頭の耐熱性技術の確保に熱心に取り組み、最近のミサイル実験では再突入時の弾頭保護について相当の成果を得たという分析もある。金正恩朝鮮労働党委員長(中央)=2016年12月、平壌(共同) 現段階において、北朝鮮の核兵器の実戦配備はほぼ最終段階にあるとみてよい。北朝鮮の核・ミサイル実験は実戦配備に向けた軍事的合理性に適ったものであり、単なる「核保有」という象徴的な意味合いから「核の運用」という現実的段階へと状況は急速にシフトしているのである。その意味で、「北朝鮮の核兵器は運用段階にない」といった楽観的評価や、核・ミサイル実験の主たる目的は国威発揚や対米交渉カードであるといった情勢判断は、北朝鮮の意図と能力の過小評価であると言わざるをえない。 しかし、冒頭の北朝鮮代表団が言及したような、北朝鮮が対米抑止力を持ったという判断は過大評価でしかない。核兵器が抑止力として機能するためには、いかなる状況下でも相手国に核ミサイルを高精度で打ち込める能力(具体的には相手国からの攻撃を回避し、ミサイル防衛を突破できる能力)を担保する必要がある。北朝鮮が現時点で達成したのはその一部分の能力であり、最小限抑止を担保する攻撃手段の残存性や指揮命令系統の信頼性の確保など、まだ初歩的な段階に過ぎないのである。 しかし、仮に北朝鮮が、米国や韓国への抑止力を確保したという認識を一方的に持った場合、地域における小・中規模の軍事的挑発行為を誘発する可能性も高まる。これが北朝鮮の核能力を過大評価することの危険性である。 我々は以上の過小・過大評価を慎重に避けつつ「核兵器の実戦配備は現実的段階にあるが、信頼ある対米抑止力の確保には至らない」ということを情勢判断の基礎に据えるべきである。北朝鮮の戦略的優位を阻む、不断の抑止態勢を築け 北朝鮮の核・ミサイル開発の進展は、日本を含む北東アジア諸国にとり、現実的で差し迫った問題となっている。 しかし、6カ国協議の再開の目処が立たず、北朝鮮が6カ国協議の共同声明を反故にするなかで、膠着状態に陥った多国間外交に打開の可能性を見出すことは難しい。今年の3月に制裁措置を追加・強化した国連安保理決議2270が全会一致で採択されたことは重要な成果だが、北朝鮮の核・ミサイル開発の制止に向けた効果を見出すことはできていない。制裁の効果の鍵を握る中国も北朝鮮の体制の動揺・崩壊に繋がるような圧力の強化には依然として及び腰である。 こうした中で重要性を増すのは、北朝鮮に新たな能力獲得によって戦略的な優位をもたらさない、不断の抑止態勢の整備の必要性である。第1に重要なのは、日本の弾道ミサイル対処能力の総合的な向上の必要性である。近年の北朝鮮の多種・多様なミサイルとその運用態勢に対応するためにも、隙のない即応態勢や同時・継続的な対処能力を強化する必要がある。 第2に、日米韓の安全保障協力を一層強化する必要がある。在韓米軍のTHAAD導入決定を重要な機会と捉え、韓国における早期警戒情報やXバンドレーダーの情報を日米韓がリアルタイムに共有することは日本のミサイル防衛の精度向上に不可欠となる。軍事情報包括保護協定(GSOMIA) (出所)各種資料をもとにウェッジ作成 そのためにも、日米韓でミッシングリンクとなっている日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の早期締結は急務だ。また、本年実施した日米韓のミサイル防衛合同演習を定例化・活性化させるとともに、米韓合同軍事演習への自衛隊の参加や、日米共同統合演習における北朝鮮の挑発・エスカレーション事態の重視など、平素の安全保障協力の基盤強化が重要となる。 第3は米国の核拡大抑止(核の傘)の重要性を日米及び米韓が不断に確認することである。北朝鮮の核・ミサイル開発の実態を踏まえつつ、北朝鮮のあらゆる事態に適合した米国の核態勢の維持は、北朝鮮の挑発行動の拡大を抑止するための鍵となる。その意味でも、米次期政権の下で策定される「核態勢見直し」が北東アジアの現実を見据え、核戦力の戦域展開を担保するものであってほしい。性急な核戦力の削減や「先制不使用」は北東アジアの現実とは相容れないのである。 以上の抑止態勢の整備によって、北朝鮮の核・ミサイル開発が限定的な効果しか生み出しえない戦略環境を作るべきである。こうした戦略的膠着が定着してこそ、北朝鮮に外交オプションを真剣に追求する機会を促すことができる。北朝鮮の核・ミサイル能力の過大評価に基づく必要以上の外交的妥協や、逆に過小評価に基づいて実態に向き合わないことの双方が、大きな安全保障上のリスクとなるのである。

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    北朝鮮有事、日本はどう動くべきか

    もはや火薬庫と化した朝鮮半島情勢だが、北朝鮮の挑発が止む気配はない。「米軍が先制攻撃に踏み切れば、いかなる戦争にも対応する」。報復を警告した北朝鮮の標的には、むろん日本も含まれる。迫り来る北朝鮮有事に日本はどう対応し、いかに備えるべきか。北朝鮮クライシスを考察する。