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    「日本侵略」は簡単だった

    北朝鮮漁船による違法操業や中国の領海侵犯が常態化し、海洋の安全保障は危機的状況にある。日本は、津軽海峡といった本来領海とすべき海域を公海とし、さらに戦後70年以上を経ても「敵国条項」が残るなど、主権が制限されている。日本をとりまく穴だらけの安全保障は、侵略を目論む国々にとって好都合でしかない。

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    敗戦国ニッポンに残された「敵国条項」が命取りになる

    一色正春(元海上保安官) 今回は前回の話を踏まえた上で、わが国の安全保障にぽっかりと空いた穴について説明します。 繰り返しになりますが、領海の外で起こった日本船以外に乗り組む外国人が起こした過失による衝突事件については、日本人が何人死亡しようが、単なる衝突事故であれば、わが国に刑事上の管轄権はありません(国連海洋法条約第九十七条)。ことほど左様に一朝事あれば領海か否かということは非常に重要なわけですが、わが国の領海はどのように定められているのかというと、領海及び接続水域に関する法律の第一条に「我が国の領海は、基線からその外側十二海里の線(中略)までの海域とする」と定められています。しかし、同じ法律内の附則に  当分の間、宗谷海峡、津軽海峡、対馬海峡東水道、対馬海峡西水道及び大隅海峡(これらの海域にそれぞれ隣接し、かつ、船舶が通常航行する経路からみてこれらの海域とそれぞれ一体をなすと認められる海域を含む。以下「特定海域」という。)については、第一条の規定は適用せず、特定海域に係る領海は、それぞれ、基線からその外側三海里の線及びこれと接続して引かれる線までの海域とする。 という特例があり、これらの海峡や水道の幅は6海里以上あるため両岸から3海里の線を引くと真ん中に領海に含まれない海域が生じます。つまりわが国は国連海洋法条約により沿岸から12海里の幅の海域を領海であると主張できるにもかかわらず、これらの海峡や水道の真ん中に、わざわざ附則により公海を設けているのです。 なぜ、このように自ら主権を制限するかのような条文を盛り込んだのか、平成27年に緒方林太郎衆議院議員が行った「特定海域の必要性、合理性はあるのか」という質問に対する政府の答弁書を引用すると「(前略)海洋国家及び先進工業国として、国際交通の要衝たる海峡における商船、大型タンカーなどの自由な航行を保障することが総合的国益の観点から不可欠であることを踏まえたものである(後略)」と答えています。 要は「他国の船舶の航行の自由のために自国の海峡や水道の真ん中に主権を制限してまで、公海を作り出している」ということで、これを海洋法に詳しくない人が聞けば「日本は他国の利益のために自国の主権を制限しているのか」「いい話ではないか」と思うかもしれませんが、だまされてはいけません。ちなみに主権を制限するという表現に対しては、「元々領海の幅は3海里だった」「もともとあったものを狭めるのではなく、単に広げていないだけだから制限という表現は正しくない」というような屁(へ)理屈をこねています。 そもそも領海であっても国連海洋法条約に十七条 無害通航権 すべての国の船舶は、沿岸国であるか内陸国であるかを問わず、この条約に従うことを条件として、領海において無害通航権を有する。 とうたわれているわけですから、商船、大型タンカーなどは領海であろうが公海であろうが自由に航行できるのです。海上保安庁の巡視船から放水を受ける北朝鮮漁船=2018年9月、大和堆周辺(同庁提供) また、同じ答弁書で「国際航行に使用されている海峡」における通過通航に関する制度について述べていますが(話がややこしくなるのでここでは説明しません)、これも方便にすぎません。正当化する理由見つからず では、何が問題なのかと言えば商船、大型タンカーなどではなく核兵器を搭載した艦船がわが国の領海内を通行することです。この行為は国連海洋法条約で禁止されていませんが、わが国には法的拘束力こそないものの国是としている非核三原則(核兵器を持たず、作らず、持ち込まさず)というものがあり、核兵器を搭載した艦船がわが国領海に入れば、そのうちの一つ「持ち込まさず」に抵触するからです。 ただし、政府は領海及び接続水域に関する法律を作成する過程で行われた審議のときから、先ほど紹介した答弁書のような言い訳をしてきており、非核三原則が原因であることを一貫して否定しています。しかし、平成21年6月22日に配信された共同通信の記事によれば、ある次官経験者の話として「津軽海峡を全部、日本の領海にしたら『米軍艦は核を積んで絶対に通らないんだな』と質問された場合、『積んでいない』と答えなければならない。しかしそれはあまりにもうそ」と言明。「うそをつかないために」公海部分を残したと証言した。別の経験者は「(12海里にして)ゴタゴタするより(公海として)空けたままにして従来通りという方が楽」との打算があったと語った。 とあります。 この5つの海峡や水道を個別に見ると、対馬海峡西水道だけは日本と韓国の双方が領海の幅を3海里に抑えているので合理性はありますが、他の4つについては正当化する理由が見つかりません。 特に宗谷海峡は(樺太がロシアの領土か否かという問題は置いておく)海峡の幅が22・7海里と24海里未満であるため、国連海洋法条約に基づけばわが国は領海の幅を両国の領海基線から等距離にある中間線まで主張することができるのですが、わが国は領海を3海里の幅に設定しています。それに対してロシアは中間線を主張しているためロシアの領海が日本より大きいという非対称な関係になっています。 これは到底「一般商船に対する航行の自由」という理由だけでは説明がつきません。やはり、米ソ(当時)の核兵器を積んでいると思われる艦船の通行のためという説明の方が、説得力があります。  このような国会対策ともいえる理由でわが国の領海が無駄に制限されさまざまな国益が損失しており、問題は多岐にわたります。このため、全てについて説明することは難しいので安全保障上どういう問題があるのかということに絞って話しますと、ここで前述した「領海の外で起こった日本船以外に乗り組む外国人が起こした過失による衝突事件については、日本人が何人死亡しようが、単なる衝突事故であれば、わが国に刑事上の管轄権はありません」という言葉とつながるわけです。水産庁の漁業取締船「おおくに」と衝突した北朝鮮の漁船=2019年10月7日(同庁提供) ただし、この「特定海域」に存在する領海以外の海域は、水産庁の漁業取締船と北朝鮮漁船が衝突した排他的経済水域(EEZ)とは違い、公海であっても国連海洋法条約に規定された接続水域(領海の幅を測定するための基線から24海里以内に沿岸区が設定する海域)です。そのため、国外犯規定のある法令違反の取り締まり以外にも「自国の領土又は領海内における通関上、財政上、出入国管理上又は衛生上の法令の違反を防止すること」について規制を行うことができます。 平たく言えば密輸、密航や感染症などの防止に関しては規制することができるのですが、逆に言えば、それ以外のことはできないわけですから、仮に津軽海峡や大隅海峡において悪意を持った人間が衝突事故を装って重油を満載したタンカーを沈没させ、油を流出させても故意を立証するのは難しいため、民事はともかく、刑事的な責任を問えないという事態になりかねません。「敵国条項」放置の罪 あのように狭い海峡で油が流出すれば津軽海峡であれば陸奥湾が、大隅海峡であれば錦江湾が油により汚染され漁業者が壊滅的な被害を受けるだけではなく、油の回収費用も莫大(ばくだい)な金額に上ります。ちなみに、ロシア船籍タンカー「ナホトカ号」の重油流出事故の被害請求総額は358億円(最終査定は261億円)でした。 もっと極端なことを言えば、日本と敵対する国が軍事演習や通信傍受、妨害電波の発信といった敵対行動をとっても実務上はともかく、国連海洋法条約を根拠に非難することはできません。ここまで飛躍した話は今のところ起こり得ないとは思いますが、今後、国際情勢が変化し、近隣諸国との関係が悪化すれば、日本を挑発するために行われないとは言い切れません。 現状、特定海域内の公海において潜水艦が潜航したまま通行することや、上空も領空ではないため、航空機の通行が自由に行うことができますが、これについてはわが国が領海の幅を一律12海里にして海峡や水道全体が自国の領海になっても、おそらく国連海洋法条約の「国際航行に使用されている海峡」という制度が適用されるため、一般的な領海を通行する際の無害通航権より権利の強い通過航行権というものが発生しますので、実務上変わりはありません。 しかし領海であれば管轄権の問題などで公海に比べると法的なわが国の権利が認められやすくなるので、変えなくてもよいという話ではありません。その他にも、この抜け穴を利用してわが国を攻撃する方法はありますが、あまり詳しく書くと実行される恐れがあるのでここら辺にしておきます。 わが国の問題は、前回、例に挙げた公海上を航行中のパナマ船籍タンカー内で起こった殺人事件のように、事が起こってから法令をつくる泥縄式が非常に多いことで、今般の中共(中国共産党)の海洋調査船の件でも、外国船がわが国の領海内で海洋調査を行うことを阻止する国内法がないということを実際に調査船が来てから気づく有様(ありさま)です。 わが国は法治国家なので隣国のように遡及(そきゅう)して法令を適用することができないのですから、国会議員の皆さま方にはぜひとも予見される危機に対応できるような立法措置をお願いしたいところです。 私の知る限り、両岸が自国であるにもかかわらず、あえて領海の幅を制限してまで海峡や水道内に公海を意図的に作り出している国はありません。 喫緊の課題というわけではありませんが、国連の「敵国条項」が、東シナ海が今ほど騒がしくない1995年に「死文化しており現実に与える影響は極めて軽微である」として放置された結果、日本を侵略しようとしている国に悪用される恐れが現実となっている現状に鑑みれば、改正できるときに改正しておかねば、後日に禍根を残すことになりかねません。観閲する(右から)安倍晋三首相、秋元司国交副大臣、中島敏海上保安庁長官=2018年5月20日、東京湾、巡視船「やしま」艦上(酒巻俊介撮影) 多くの国では領土をめぐって他国と血で血を洗う争いを行ってきた過去があるため、このように合理的理由もなく自らの主権を制限する行為は起こり得ません。それに比べると、良い悪いは別にして日本人は陸地の国境線というものを持たないためか、国境や領域に対する意識が低いように感じられます。いずれにしても、この件で一番問題なのは、この事実を多くの国民が知らないことです。

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    悪質な北朝鮮船に「放水」しかできない日本が情けない

    形で終わりそうです。 しかし、この事件は北朝鮮によるわが国の主権侵害という問題だけではなく、わが国の安全保障にぽっかりと空いている穴を浮かび上がらせてくれました。その穴が何なのかという話の前に、今回の事件における問題点を整理しますが、誤解がないよう用語の説明から始めたいと思います。 まず、排他的経済水域(EEZ)というのは公海であり、国際法上、主権が及ぶのは領域(領土、領海、領空)に限られ、公海というものは、どこの国にも属さない自由な海です。接続水域やEEZというのは「海洋法に関する国際連合条約」(国連海洋法条約)によって、例外的に沿岸国の一部の権利のみが保障されているにすぎません。 では、今回の事件のように公海上で船籍の異なる船が衝突した場合は誰が裁くのかというと、国連海洋法条約で下記のように定められています。第九十七条 衝突その他の航行上の事故に関する刑事裁判権 1 公海上の船舶につき衝突その他の航行上の事故が生じた場合において、船長その他当該船舶に勤務する者の刑事上又は懲戒上の責任が問われるときは、これらの者に対する刑事上又は懲戒上の手続は、当該船舶の旗国又はこれらの者が属する国の司法当局又は行政当局においてのみとることができる。 これを今回のケースに当てはめれば、わが国の官憲は水産庁の漁業取締船の乗組員に対しては司法権を行使できますが、北朝鮮の漁船乗組員に対しては行使することはできず、北朝鮮漁船の乗組員を裁くのは北朝鮮国家であるということです。 北朝鮮国家が自国の漁船乗組員に対して、どのような処置をとるのかは分かりませんが、おそらく水産庁漁業取締船の乗組員は日本国海上保安庁の捜査を受け、よほどのことがなければ、不起訴になるとは思いますが、業務上過失往来危険容疑で書類送検されるでしょう。北朝鮮の漁船(水産庁提供) このように、衝突事件に関しては、わが国の官憲は北朝鮮漁船乗組員に対して事実上何もできませんが、果たして他に方法がないのかということを考えてみましょう。 まず、現場はわが国が主張するEEZであることから、「排他的経済水域における漁業等に関する主権的権利の行使等に関する法律」(EEZ漁業法)の適用が考えられます。穴を突かれる可能性も なお、北朝鮮は国連海洋法条約を批准しておらず(米国も同様に批准していない)、そもそもわが国のEEZを認めていません。その上、わが国との間には国交がなく、日中や日韓のように漁業などに関する協定を結んでいないため、細かい話をすると国際法上ややこしいのですが、本稿は厳密な法律論を述べることを目的としておりませんので、世界中で160カ国以上が締結している国連海洋法条約をベースにわが国の立場で話を進めていきます。 今回のケースは漁船が沈没してしまったため、おそらく違法操業に関する決定的な物的証拠を押さえられていないと思われます。たとえ漁船が沈没していても、映像などの証拠があれば法令上は検挙することは可能なのですが、有罪率99%を誇る完璧主義なわが国の検察はそれだけでは、なかなか起訴してくれません。ですから実務上、このようなケースにおいて違法操業の容疑で検挙することは難しいので、考えられるのはEEZ漁業法の第十五条の二 漁業監督官は、この法律を施行するため必要があると認めるときは、漁場、船舶、事業場、事務所、倉庫等に立ち入り、その状況若しくは帳簿書類その他の物件を検査し、又は関係者に対し質問をすることができる。第十八条の二 第十五条の二第一項の規定による漁業監督官の検査を拒み、妨げ、若しくは忌避し、又はその質問に対し答弁をせず、若しくは虚偽の陳述をした者は、三百万円以下の罰金に処する。 の罰条です。北朝鮮漁船は水産庁の船に自ら体当たりしてきたので、漁業監督官の検査を拒み、妨げ、もしくは忌避した可能性が高いのですが、問題は漁業監督官に検査を行う意思があったのか、あったとすれば、その意思を相手に明確に伝えていたのかが争点になり、かつ、それが映像などで記録されていなければ、同様の理由で検挙することは難しいです。 また、物理的に60人もの人間(北朝鮮は徴兵制なのでほぼ軍隊経験者であり、どのような武器を隠し持っているかも分からず、しかも衛生環境が悪いので、どのような感染症に罹患(りかん)しているかも分からない)を、狭い船内に確保することは、相当のリスクを負います。 さらに、日本に入国させるとなると法務省入国管理局(入管)、検疫、税関などの手続き、拘束すれば食と住の手当てだけではなく監視する人員、嫌疑不十分となれば帰りの飛行機の手配など、手間のかかることばかりです。それだけではなく、取り調べなどの捜査に、ただでさえ足りない人員や船舶を割かれるため通常業務に支障が出るだけでなく、その穴を突かれ、結果的に違法操業が増える可能性もあります。漁業取締船「おおくに」船首下部の突起部分を調べる第9管区海上保安本部の職員=2019年10月8日、新潟港 リーズナブルに考えると、その場で「無罪放免」するのが一番ですから、今回、北朝鮮漁船の乗組員を、その場で帰してしまったことは、ある意味では正しいと言えます。しかし、司法手続きを費用対効果だけで考えれば治安が保たれません。今回、北朝鮮漁船はわが国の公船である水産庁の取締船に対して故意に体当たりしてきたのですから、わが国の主権に対する明白な挑戦と真摯(しんし)に受け止め、厳正な対応をとらねばなりませんでした。痛めつけられてきた漁民 今回の対応が前例となり「日本の船から何か言われても、ぶつければよい」と思われれば、公船は言うに及ばず日本の漁船に対しても体当たりをしてくるかもしれません。実際に接近してこなくても威嚇だけで日本の漁師は、多大なプレッシャーを感じるでしょうし、最も懸念されるのが、今後、水産庁の腰が引けてしまうことです。 それでなくとも彼らはわが国の公船が、放水しかしないことを分かっているので軽く見ている節があり、わが国のEEZ内において公船が自国の領域であることを主張しながら小銃によりわが国の船に対して威嚇するほどです。そんなことは中共(中国共産党)でもやりませんし、何よりも北朝鮮はわが国の同胞を何百人も奪ったままの国であることを忘れてはいけません。 では、どうすればよかったのかというと、現行法で考えられるのは刑法の殺人未遂罪の適用です。刑法は基本的に国内の犯罪を取り締まるためのもので、かつては日本人が被害者の殺人事件でも発生場所が国外であれば、根拠法令がないため犯人の身柄を拘束するなど、わが国単独では強制力を行使できませんでしたが、ある事件をきっかけに刑法が改正されました。 それは平成14年にわが国の海運会社の現地法人が所有し運航するパナマ船籍タンカーの船内で起きた、日本人が被害者となった殺人事件です。発生場所が公海上であるためパナマ国内で発生したとみなされ、その直後に同船が日本に入港してきたにもかかわらず、海上保安庁は刑事裁判管轄権を持つパナマから委託を受けるという形での捜査協力しか行えませんでした。 結果としてフィリピン国籍の犯人は旗国であるパナマに移送され、現地の裁判所で無罪判決が下されました。そして、それを受けた海運業界から法令改正を要求する声が高まり、その翌年に刑法が改正され「殺人の罪及びその未遂罪」については日本国外においても日本国民に対して行われた場合には適用されるようになりました。 単なる衝突事件ではわが国に管轄権がないことは前述しましたが、今回は故意に船をぶつけてきたわけですからここで舵(かじ)を切れば、水産庁の船に衝突するだろう       ↓衝突すれば、水産庁の船が沈むかもしれない       ↓船が沈めば人が死ぬかもしれない       ↓別に相手が死んでもかまわない という「未必の故意」を立証すれば立件可能です。実務的にはかなり難しい、いわゆる「無理筋」ですが、相手は国際法の枠外でわが国に対してくる国なのですから、教科書通りに法令を順守する優等生的対応では限界があります。実際問題として他国では似たようなことがしばしば行われており、わが国の漁民は、そうやって散々痛めつけられてきました。大和堆周辺で北朝鮮漁船に放水する海上保安庁の巡視船=2018年11月(同庁提供) 何よりも北朝鮮漁船乗組員を拘束することで拉致問題に何らかのプラス効果があったと思われます。少なくとも、現場で「無罪放免]したことにより、北朝鮮から侮られることはあっても感謝されることはありません。最低でも、救助治療を名目に日本国内に連れていき、日本の社会の様子を見せて返すだけでも北朝鮮にダメージを与えることができたはずです。 現政権は拉致問題が最重要課題と考えるのであれば、今後は今回のような甘い対応ではなく、片っ端から拿捕(だほ)するくらいの姿勢で臨んでいただきたいものです。実務上、難しい面もあるとは思いますが、ロシアは今年の9月に5隻の北朝鮮漁船を拿捕し、300人以上の乗組員を拘束しています。ロシアにできることが日本にできないわけはありません。トップがやる気を見せれば日本の優秀な現場は動くのです。次回は、わが国の安全保障を脅かす「抜け穴」について説明します。

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    何もできぬ自衛隊「ホルムズ海峡派遣」のリスクは思うほど甘くない

    、政府は安倍晋三総理、菅義偉(よしひで)官房長官、茂木敏充外務大臣、河野太郎防衛大臣らが出席した国家安全保障会議(NSC)の4大臣会合を開催した。会議後の記者会見で菅官房長官は、以下の発表文を読み上げた。国家安全保障会議などにおいて、総理を含む関係閣僚の間で行った議論を踏まえ、我が国として中東地域における平和と安定及び我が国に関係する船舶の安全の確保のために、独自の取組を行っていく。首相官邸ホームページ その上で「情報収集態勢強化のための自衛隊アセットの活用に係る具体的な検討の開始」との方針を掲げ、こう述べた。活動の地理的範囲については、オマーン湾・アラビア海の北部の公海及びバブ・エル・マンデブ海峡の東側の公海を中心に検討をします。今回の派遣の目的は情報収集態勢の強化であり、防衛省設置法上の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」として実施することを考えます。首相官邸ホームページ これをNHKは「活動範囲については、オマーン湾と、アラビア海の北部、イエメン沖を中心に検討するとしています」と報じ、朝日新聞も翌日付朝刊1面トップ記事で「派遣先としてホルムズ海峡東側の『オマーン湾』のほか、『アラビア海北部の公海』『バブルマンデブ海峡東側の公海』を挙げた」と報じた。いずれの報道も、オマーン湾とアラビア海の北部を別の海域として扱っている。 だが、もし別の海域なら、政府発表文は「オマーン湾、アラビア海」云々と、最初を「・」ではなく「、」と読点(コンマ)で区切るはずだ。そうなっていない以上、並列する二つの語句を接続したとみなすのが「霞が関文法」である。 …のはずだが、なぜか、直後の河野防衛相の記者会見では、「活動の地理的範囲については、オマーン湾・アラビア海北部並びにバブ・エル・マンデブ海峡東側の公海を中心に検討していきます」と公表された(防衛省公式サイト)。 公用文で「並びに」は、「及び」を用いて並列した語句を、さらに大きく併合する際に用いる。見ての通り上記引用に「及び」はなく、理解に苦しむ。まさかとは思うが、官邸と防衛省で想定海域がずれているということなのか…。いずれにせよ、重大な問題にしては、稚拙な会見である。 はたして政府が想定している派遣海域は具体的にどこなのか。派遣される海上自衛隊の部隊にとっては、それこそが最大の問題となる。 政府が公表した通り「オマーン湾・アラビア海」なのか、それともNHK以下マスコミが報じたように「オマーン湾と、アラビア海」なのか。けっして些細な違いではない。ホルムズ海峡付近で攻撃を受けて火災を起こし、オマーン湾で煙を上げるタンカー=6月(AP=共同) もし、マスコミが報じた通り「アラビア海の北部の公海」とは別に、「オマーン湾」への派遣が検討されているなら、それはホルムズ海峡の東側に隣接する海域であり、その分リスクも増す。 菅官房長官の記者会見では、質疑応答の冒頭、「想定されるリスク」についての質問が飛んだが、その質問には最後まで答えなかった(記者からもさらに問う質問は出なかった)。また「なし崩し」でやるのか 同様に、記者会見の質疑応答では、菅官房長官が説明した派遣の法的根拠では「権限が限られているとの指摘がありますが」との質問も出たが、「いずれにせよ今後、検討する」とだけ応じ、具体的な回答はなかった。 菅官房長官が説明した通り、政府は、防衛省設置法上の「所掌事務の遂行に必要な調査及び研究」として実施する。だが、本当にそれでよいのか。実は「権限が限られている」どころの話ではない。社説で「武器使用は正当防衛や緊急避難に限られる」と書いた新聞もあるが、それも違う。正確には、武器使用を含め、何もできない。 なるほど防衛省設置法の第4条は「防衛省は、次に掲げる事務をつかさどる。(中略)所掌事務の遂行に必要な調査及び研究を行うこと(以下略)」と定める。 同様に、法務省設置法第4条も「法務省は、前条の任務を達成するため、次に掲げる事務をつかさどる。(中略)法務に関する調査及び研究に関すること(以下略)」と定める。その他、各省の設置法に同様の規定がある。当たり前だが、護衛艦の派遣や、いわんや武器使用を想定した条項ではない。 そもそも上記新聞が書いたように「自衛隊が日本周辺などで警戒監視活動を行っている規定である」。法律上は「自己」に加えて「他人」も守れる「正当防衛」を理由に、これで武器を使用できるのなら、大騒ぎして平和安全法制を整備する必要などなかったことになろう。 おそらく政府は、現地で武器使用の必要が生じた場合は、自衛隊法第95条による「武器等防護のための武器使用」と説明する腹案に違いない。上記社説もその認識を述べたのであろう。 あるいは、現地の情勢変化を見極めながら、新たな閣議決定に基づき、より適切な法的根拠に変更するつもりなのかもしれない。ホルムズ海峡付近への自衛隊派遣検討について、会見で記者の質問に答える菅義偉官房長官=2019年10月18日、首相官邸(春名中撮影) ならば、それを人は「なし崩し」と呼ぶ。それこそ「いつか来た道」ではないのか。 いずれにせよ、私が予測した通りの展開となった。たとえば近日発売予定の『2020年の論点100』(文藝春秋)の特集「シミュレーション令和X年 戦争への道」に掲載される拙稿で、こう書いた。 平成から「積極的平和主義」を掲げてきた日本政府に、自衛隊を派遣しない選択肢はなかった。とはいえ、防衛出動のハードルは高い。やむなく政府は、防衛省設置法の「調査研究」名目で、イージス型護衛艦や哨戒機を派遣した。(中略)かくして自衛隊が平成から積み重ねてきた「犠牲者ゼロ」の海外派遣実績は、あえなく幕を閉じた。 せめて最後の幕だけは、私のシミュレーションを裏切る舞台で終わってほしい。心から、そう願う。

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    戦争をしないトランプが日本にとって「不都合」な理由

    しれない。しかし最初に述べたような理由で軍事攻撃を行うよりはベターと思われる。 もしボルトン氏が国家安全保障会議(NSC)の大統領補佐官を続けていたとしたら今回の石油施設攻撃を契機に一気に対イラン戦争が起こったかもしれない。しかし石油施設の攻撃は、彼の解任から数日後に起こった。そしてイランへの金融制裁などが決定される2日前の9月18日に後任のロバート・オブライエン氏が大統領補佐官になっている。 オブライエン氏はボルトン氏が国連大使時代に副官として仕え、歴代の共和党大統領候補の選挙参謀も勤めたタカ派に近い人物ではある。しかし基本的には在野の弁護士としての業績や経歴の方が大きく、トランプ政権になってからも国務省の国際人質救出交渉担当者として辣腕(らつわん)を振るった。つまり米国人を人質にするような国際テロ組織の問題には精通していると思われる。 そして基本的には交渉人タイプの人材なので、ボルトン氏のように自らの意見を推し進める(そのためにNSC内部の決定プロセスを不透明化する)のとは違い、NSCの決定プロセスを重視するだろうと言われている。 就任2日で、どれくらい影響があったかは分からないが、このような決定スタイルが、この度の金融制裁などには適していることは確かだろう。 ボルトン氏からオブライエン氏に大統領補佐官が交代する期間に、サウジでの石油施設攻撃が起こっている。何か大きな力が働いたのかもしれない。こう考えてみるとアクシデントがない限り当面はイラン戦争はないと考えてよいだろう。スウェーデン・ストックホルムを訪れたオブライエン米大統領特使(AP=共同) だが、それは日本にとって、望ましいわけではない。この金融制裁や今までの石油輸出への制裁が続いて、しかしイランが米国となかなか妥協しない、あるいはイラン政府が倒れない状況が、長く続いたとすると、今年の年末くらいから、1バレル80ドルに近い石油の値上がりが起こる可能性がある。 世界の国内総生産(GDP)の1・2%を占めるイランの経済が大打撃を受ければ、その影響が世界経済に出るからである。これは今の米中間の貿易戦争と同じ0・2~0・3%も世界のGDPを縮小させる。特に中東の石油や経済への依存度が高い日本経済には、はるかに大きなダメージが予想されるように思う。 では日本は、どうしたらいいのか? たとえ苦しい時期はあっても、米国のイラン金融制裁に積極的に協力し、イランを妥協ないし崩壊に追い込むしかないと思う。 米国に逆らってイランと石油などで取引しても、あるいは石油の備蓄を増やしたりしても、米国の金融制裁の世界のGDPなどへの影響は打ち消せない。いずれにしても日本は米国との関係なしに世界では生きて行けない。 特に今回の金融制裁のターゲットが核開発阻止だけなら英仏独などと協力できなくはないかもしれないが、テロ対策が真の目的であることが明確になってきたので、ますます積極的に協力せざるを得ない。また、積極的な協力を正当化できるとも言える。具体的にはイランの金融機関の秘密口座開設の取り締まりなどが重要だろう。 その結果として時間はかかってもイランの現政権が米国に協力的になり、あるいは崩壊してイランが民主化されれば、それがテロ対策も含めて日本にとっても最も望ましい最終的解決になるだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057

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    ボルトン解任で「日本の核武装」が現実的になった

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 9月10日、ボルトン大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が解任された。その深層を分析してみると、トランプ政権の実態が見えてくる。そして、それは日米安保の大幅な見直しにもつながっていく可能性が極めて高いのである。 そもそもボルトン氏が前任者のマクマスター氏に代わって国家安全保障会議(NSC)の大統領補佐官になったのは、ポンペオ氏が中央情報局(CIA)長官からティラーソン氏に代わって国務長官になるのと、ほとんど同時だった。部下を戦死させたくない制服軍人のマクマスター氏と石油会社の社長だったティラーソン氏は、共に対イラン強硬路線に反対だった。 ボルトン、ポンペオ両氏は、共にタカ派として知られていた。北朝鮮に対しても先制攻撃論者だったが、二人ともNSCの大統領補佐官や国務長官に任命される前後から、トランプ政権が目指していた北朝鮮との対話路線に積極的になった。つまり、この人事は明らかに対イラン強硬派シフトであったのだ。 日本にとっては残念ながら、この段階で少なくともイラン問題が米国の目から見て解決するまで「二正面作戦」を避けるためにも、北朝鮮とは融和路線を進むことが、トランプ政権の方針だった。 だがトランプ政権は、サウジアラビア人記者、カショギ氏殺害事件を契機として、サウジの協力を得るのが難しくなった。欧州(おうしゅう)諸国を巻き込んだ対イラン有志連合の形成にも手間取っている。いずれにしてもトランプ大統領は、少なくとも2020年の再選までは、流血の大惨事を避けたいと本気で考えているようである。 と言うよりも、トランプ氏はこれまでワシントン既成勢力が行ってきた政治を改め、例えば外交に関しては過度な世界への介入を止めることを主張して大統領になった。そして、マクマスター氏ら制服軍人を含めた既存のワシントンの官僚や政治家を徐々に廃して、この公約の方向に自らの政権を変化させてきた。 ところが、ボルトン氏は印象とは違って、トランプ政権の中では珍しいくらいのワシントン既成勢力派だった。その中では最もタカ派的で、また個人としては真面目な理想主義者だったにすぎない。 それに対して、ポンペオ氏は2010年に下院議員になった元弁護士で、しかも将来は大統領の地位を狙っているとも言われている。ポンペオ氏がトランプ氏の方針に忠実だったのは当然だったかもしれない。 実は、ボルトン氏もこれまで多くの同僚たちとの摩擦が問題になったことはあっても、上司との関係は常に良好だった。しかし年齢も70歳。国家に対する最後の奉仕という気持ちもあったかもしれないし、いずれにしても個人としては実に真面目な理想主義者である。そのため、ボルトン氏は次第にトランプ氏の思惑を外れて対イラン、対北朝鮮その他で、強硬路線をひた走り始めた。 ここで同氏がワシントン既成政治派だったことの影響が出てくる。多くの元同僚を集めることで、NSCを彼は乗っ取ってしまったのだ。イランへの限定的空爆が行われそうになったのも、ボルトン氏がトランプ大統領に正確な情報―100人規模の戦死者が出ることなどを直前まで知らせなかったためだった。このような状況は、その数カ月前から始まっていた。 やはりワシントン既成勢力の一員というべき制服軍人のマティス氏が国防長官を解任されてから、国防長官代行だったシャナハン氏は、民間企業出身でワシントン政治に慣れていなかった。そのためボルトン氏に影響されることが多かった。 そこでシャナハン氏を解任し、ポンペオ氏と学生時代から親しいエスパー氏が国防長官に任命される人事が、イラン空爆の直前に行われた。そこでイラン空爆が直前に中止された経緯がある。ボルトン氏の後任候補 実はエスパー氏も制服軍人なのだが、少なくとも対中強硬派で、しかも宇宙軍創設には積極論者だった。ワシントン既成勢力である古いタイプの軍人や国防省官僚らが、ポストの奪い合いなどを嫌って宇宙軍創設に反対しているうちに、米国は宇宙軍で中国やロシアに後れをとってしまっていた。そこで宇宙軍を創設することもワシントン既成勢力打破を目的とするトランプ政権の重要な役割だった。 それを任されていたのが、ボーイングの元副社長で、理系でキャリアを積んだシャナハン氏だった。彼であれば制服軍人以上に上手くできたかもしれない。 さらに、仮に日米安保の大幅な見直しが行われることがあれば、どの在日米軍基地が本当に米国にとって必要で、どれは撤退させてもよい―といった計算も、コンピューターのプロである彼であれば、できるだけ多くの基地を守りたい制服軍人よりも的確にできただろう。 しかし、理系の彼はワシントン政治のプロであるボルトン氏に影響されすぎた。そこでシャナハン氏も解任され、ポンペオ氏に近く、部下を戦死させることを嫌う制服軍人であるエスパー氏が国防長官になった。これはボルトン氏とのバランスをとるためだったと思われる。 しかし、ボルトン氏は自らの理想と信念をひた走り続けた。イラン、北朝鮮、日本であまり報道されていないベネズエラなどに対して、これまで以上に強硬路線を主張した。そのため軍事境界線で行われた3回目の米朝会談のときは、モンゴルに出張させられていたほどである。 このような摩擦が何度も続き、ボルトン氏の解任の最後の決め手になったのは、9月7日、数日後に予定されていたアフガンのタリバン勢力とのキャンプデービッド和平協議を、トランプ政権がキャンセルせざるを得なくなったことだと言われている。これはテロ勢力との和解に反対する強硬派のボルトン氏によるリークも大きな原因の一つであるとワシントンでは考えられている。 このアフガンからの撤退問題に関しては、トランプ氏は大統領になる前から、正規軍を民間軍事会社に置き換えることを構想している。それは当然、制服軍人を中心としたワシントン既成勢力が嫌うことである。リークはボルトン氏からだけのものだったのだろうか? いずれにしても副補佐官、クッパーマン氏がしばらくは大統領補佐官代行になることになった。ボルトン氏に近すぎる彼が正式に大統領補佐官になる可能性は低いが、ないとは言えないようにも思う。彼はシャナハン氏と同様、ボーイングと非常に縁深く、宇宙軍の創設や世界の米軍展開見直しなどにおける活躍が期待できるからである。ホワイトハウスの執務室でトランプ米大統領(左)の話を聞くボルトン大統領補佐官=2019年8月20日、ワシントン(ゲッティ=共同) ほかにボルトン氏の後任として名前が挙がっているのは、みな今までイランや北朝鮮との対話路線で活動してきた人ばかりである。いずれにしても、今後のトランプ政権はアクシデントがない限り、当面はイランとも北朝鮮とも対話路線でいくことになるだろう。 その結果として、米国まで届く核ミサイルさえ持たなければ、核武装したままの北朝鮮と米国が和解する事態も考えられないわけではない。そうなれば日本は北朝鮮の核の脅威に常に曝(さら)されることになる。日米安保見直しの可能性 ボルトン氏がいてくれれば、日本に味方してくれるのに―と考える日本の保守派は多いかもしれない。しかし、そう一概には言えないだろう。 ボルトン氏は米国の愛国者で米国の国益を何よりも重視してきた。日本が国連安保理常任理事国になることを積極的に支援し始めたのも、彼が主導したイラク戦争が中国の反対で国連による容認決議がとれなくなってからであり、ブッシュ一世政権時代は湾岸戦争に中国も国連で容認したこともあり、その後の日本の安保理常任理事国入りに積極的ではなかった。 拉致問題に非常に積極的に協力してくれたのも、北朝鮮を追い詰めるための手段だ。そしてボルトン氏も実は沖縄米軍基地撤退論者だったはずなのである! この最後の問題も、私のワシントン時代の経験からすると、制服軍人以外のワシントン既成勢力―特に国務省の官僚の共通認識に実は、なってしまっているように思う。ボルトン氏と言えどもワシントン既成勢力の、それも国務省高官の一人である。 そのワシントン既成勢力を打倒することが歴史的使命であるトランプ政権もまた、米国が世界に広げすぎた手を縮めて、その分の予算で国内の格差問題などに注力することが目的だ。 そう考えると、シャナハン氏、クッパーマン氏といった理系のプロ的な人々が、米国の外交政策を取り仕切るようになったときが、米国が日本に日米安保の大幅な見直しを要求してくるときなのではないかと思う。 その際に米国は、核を持ったままの北朝鮮と和解し、日本は常に北朝鮮による核の脅威の下におかれるかもしれない。 日本は、それに備えて憲法を改正し、軍事力を増強するしかないだろう。だが日本の力だけで足りるだろうか? 一縷(いちる)の望みは今の米国の「反中」は本気だということだ。南シナ海でも航行の自由作戦を繰り返し、ボルトン氏の沖縄米軍撤退論も、その替わりに台湾に米軍基地を置くことを主張していた。中国だけではなく、中東方面での有事を考えるとき、在日米軍基地はロジスティクスの拠点として重要なものも多く、そんなに多くの在日米軍基地を削減できるか疑問もある。 今の米中の経済摩擦は、単なる貿易や技術の問題だけではない。通信技術の問題は、軍事力による世界覇権―特に宇宙軍やサイバーの問題と密接に関係している。 むしろここに、日本が米国に協力できる部分があるのではないか? 技術的な問題の一部だとしても、日米共同の宇宙戦やサイバー戦が行えるようになれば、中国や北朝鮮の核の脅威も低減させることができるかもしれない。 いずれにしても米国から購入するような形でも、もう日本も核武装も考える時期だと思う。それはワシントン既成勢力が、最も嫌がることではある。しかし彼らを打倒する歴史的使命を帯びたトランプ氏は、2016年の予備選挙の最中に一度とはいえ、口に出しているのだ。会談の前に握手するボルトン米大統領補佐官(右)と河野太郎外相(当時)=2019年7月22日、東京都千代田区の外務省(佐藤徳昭撮影) もし実はワシントン既成勢力の一員だったボルトン氏が、大統領補佐官のままだったら、それを許してくれただろうか? 今回の「ボルトン失脚劇」は、タカ派とハト派の対立というより、ワシントン既成勢力とトランプ改革政治の対立だった。いずれにしても制服軍人以外は、両者共にそろそろ在日米軍基地の大幅な見直しを考えていることは共通している。 しかしトランプ氏には日本の核武装も含めた既成勢力とは異なるビジョンがある。これからも日本はトランプ政権の人事その他の動向を注視し、その先手を打って協力するようにしていかなければ、世界の中で生き残ることができなくなってしまうだろう。【iRONNAリアルイベント第2弾を開催!】政治学者で元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏とグローバル・イッシューズ総合研究所代表の吉川圭一氏を講師に迎え、対談形式の講演会を開催します。世界の秩序を大きく変えると共に、貿易交渉や日米安保の見直しなど、日本にとっても大きな影響力を持つ米国大統領、トランプについて激論を交わします。■テーマ「神か? 悪魔か? 米国大統領ドナルド・トランプ」■日時、会場 10月31日(木)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057■宮崎正弘×吉川圭一対談 米国が描く中国崩壊シナリオはこれしかない■トランプ政権誕生を暗示した?三島由紀夫「50年後」の予言■「結果的に得する」中国を叩きのめしたいのはトランプだけじゃない

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    韓国GSOMIA破棄、懸念表明の裏で「歓迎」する日米のホンネ

    機に射撃用レーダーを照射、威嚇して追い払った。いわゆる「韓国レーダー照射事件」だが、これにより日韓の安全保障上の信頼関係は完全に崩壊したと言ってもいい。 どういうことかと言えば、まず、通常なら漂流する船舶は救難信号を出すはずなのに、北朝鮮の船舶は出していなかった。にもかかわらず、韓国はこの船舶の異常を知り、保護したのだから、北朝鮮からの依頼を受けたとしか考えられない。 しかも、救難活動は情報を公開し、各国が協力して行わなければならないのが国際法の常識なのに、日本の哨戒機を追い払って真相を隠蔽したのである。一説によれば、北朝鮮の要人が日本に亡命を図ったものの、船舶が途中で故障して漂流したところを北朝鮮の依頼を受けた韓国が、捕獲して真相を隠したまま北朝鮮に送還したとも言われている。 いずれにしても韓国は同盟国であるはずの日本に情報を伝えず、敵国であるはずの北朝鮮と通じていたのだ。しかも、韓国はその非を認めないばかりか真相を明かすことさえしなかった。防衛省が公開した韓国海軍駆逐艦による火器管制レーダー照射の映像=2018年12月、能登半島沖(防衛省提供) こうなれば在韓米軍の情報が韓国を通じて北朝鮮に漏れる事態も懸念される。米国は3月に予定されていた米韓大規模軍事演習を中止し、実動を伴わない米韓図上演習に切り替えた。米軍の実動部隊の情報が韓国を通じて北朝鮮に漏れることを懸念したのだ。 北朝鮮が第2回目の米韓図上演習を夏に挙行することについて非難し、短距離弾の発射を繰り返したが、そのとき、北朝鮮が公開した一部の写真に写っていたのは何と米国製の戦術ミサイルシステム「ATACMS」だ。 これは、韓国にも配備されており、流出経路は韓国からの公算が極めて高い。米国が韓国に事実関係の究明を求めたのは間違いない。説明に窮した韓国の答えがGSOMIAの破棄だったわけだ。 ここで興味深いのは、北朝鮮が米国製兵器を入手している事実を積極的に公表し、米国は、ミサイル発射を繰り返す北朝鮮を一向に非難しない点であろう。トランプと金正恩が手を結んで文在寅政権を転覆させる? そんなストーリーの映画も、いずれ公開されるのではないだろうか。■韓国に「本当の制裁」を行う覚悟はあるか■韓国人の反日感情はこうして増幅されていく■「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる

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    「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場

    洋学園大学教授) 6月25日配信の米ブルームバーグ通信は、米国のドナルド・トランプ大統領が「日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていた」と報じた。これに関連して、同月27日の時事通信の記事によれば、トランプ氏が米FOXビジネステレビの電話インタビューで、日米安全保障体制に関して、「日本が攻撃されれば米国は彼らを守るために戦うが、米国が支援を必要とするとき、彼らにできるのは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ることだけだ」と述べた。 インタビューで、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)に関しても「米国は(国防負担の)大半を払っているのに、ドイツは必要な額を払っていない」と指摘した。トランプ氏は、大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)開幕直前に豪州のスコット・モリソン首相と会談した際、「われわれ(米国)は、同盟諸国に善意を示し、同盟諸国と協働し、同盟諸国の面倒を見てきた」と語った。 トランプ氏の「米国が一方的に同盟運営の負荷を担っている」という認識は以前から示されてきたものであり、それ自体は何ら驚くに値しない。もっとも、トランプ氏の同盟認識がどのようなものであれ、それが米国の「国家としての意志」を反映するわけではない。 事実、6月27日、米連邦議会上院は、2020年会計年度の国防予算の大枠を定めた「2020年国防権限法案」を可決した。法案の骨子は「日米同盟への支持を表明する」とした上で、「日本の意義深い負荷分担と費用負担への貢献を認識する」としつつ、「強化された日米防衛協力を促進する」としている。 加えて、法案は「日本政府との協議の上で、インド太平洋地域における米軍部隊の展開配置を再考するように求める」としている。立法府優位の米国の国制を鑑みるに、こうした法案に示された同盟認識の意義は重い。 果たして トランプ氏は大阪G20閉幕後の記者会見で、日米安全保障条約に関して「破棄する考えは全くない」と述べ、前に触れたブルームバーグ通信の報道内容を否定した。共同記者会見で質問に答えるトランプ米大統領=2019年5月、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) ただし、なぜ、トランプ氏が現時点で持論を蒸し返すような発言を繰り返したのか。一つの仮説は、イラン情勢への対応に際して、米国と他の「西方世界」同盟諸国との温度差が露わになり、そのことに対するトランプ氏の不満が噴出したというものである。極東に求める「凪」 革命体制樹立後のイランに対する米国の敵愾(てきがい)姿勢は、王制期の癒着に対する反動という側面があるかもしれない。それでも、日本や西欧諸国には度を超したものとして映るのは、疑いを容れまい。 しかも、「イスラエルの生存にイランが脅威を与えている」という認識が、米国のイランに対する「過剰敵意」を増幅させているという指摘もある。それは、イスラエルに対する「過剰傾斜」とイランに対する「過剰敵意」が米国において表裏一体であることを意味している。 歴史家、トニー・ジャットの時評集『真実が揺らぐ時:ベルリンの壁崩壊から9・11まで』には、2000年代半ばの時評として、次のような記述がある。 アメリカの未来の世代にしてみれば、帝国主義的な偉大な力とアメリカについての国際的な評価が、なぜ地中海にある小さくも論争を呼びがちな依存国とそれほどに一蓮托生(いちれんたくしょう)になっているかは、自明ではなくなるであろう。ヨーロッパやラテン・アメリカ、アフリカ、あるいはアジアの人びとにとっても、すでにまったくもって自明ではなくなっている。 イスラエルと一蓮托生になろうという傾向は、ジャットの十数年前の展望とは裏腹に、「トランプの米国」において一層、鮮明になっている感がある。大阪での米中首脳会談や板門店での米朝首脳会談の風景は、米国にとっての当面の「主戦場」が、中国や北朝鮮を含む「極東」ではなくイランを含む「中東」であるトランプ氏の判断を示唆しているとも考えられる。トランプ氏が極東情勢に「凪(なぎ)」を欲した事情を慮(おもんばか)れば、そうした評価も決して無理とはいえまい。 筆者は、トランプ氏の登場時点から、彼が日本に提供することになるのは、「難題」ではなく「機会」であると唱えてきた。トランプ氏は、日本の増長を抑える「瓶の蓋(ふた)」論が語られた日米安保体制の永き歳月の後で、「日本の頭を抑えつけない」姿勢を明示した政治指導者である。G20大阪サミットで会談に臨むトランプ米大統領(左)と安倍首相=2019年6月28日(AP=共同) そうであるならば、日本の対応としては、トランプ氏の不満や期待に乗じつつ、米国だけではなく、豪印両国を含む他の国々との同盟形成を急ぐのが賢明である。その前提は、「フル・スペックの集団的自衛権の行使」と「対国内総生産(GDP)比2%の防衛費」を認めることである。 米国の安全保障上の関与に安住しないという姿勢こそ、「トランプの米国」を御するには、大事なものであろう。■ トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン■ 禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■ 「金正恩と恋に落ちた」トランプの口説き文句に隠された意味

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    トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン

    大統領が打ち出しているのは、米国単独ではなく、ホルムズ海峡の安全で利益を得ている国々が、自ら同海域の安全保障に責任を負うべきとの考えだ。それは米国側に立ってイランに対処するということに他ならないため、当然ながらG20の主要な合意になることはないが、米国は個別の会合ではこれを持ち出す可能性が高い。 米国ばかりがコスト負担することには反対というのは、トランプ大統領のいわば信念だ。 その要求に対しては、原油の輸出側であるペルシャ湾岸の産油国では、サウジアラビアなどすでにペルシャ湾で活動している軍のある国は、その役割の拡大というかたちで協力していく流れにある。問題は輸入側の国々で、その主力はアジアの国々、中でも中国と日本だろう。日米首脳会談 共同記者会見で話すトランプ米大統領=2019年5月27日、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) G20でもトランプ政権としては、そうしたコスト負担という観点から原油輸入国に負担を求めてくる可能性がある。中国はもちろん米国とはそこは主張が相いれないから、矢面に立つ国はあるとすれば、やはり日本となるだろう。 トランプ大統領は日米安保条約の片務性にも不満を表明しているが、それらの分野における日本の負担増を要求するトランプ大統領に対し、そうした要求をこれまでのようなトランプ大統領個人を徹底的に褒める手法でかわしていけるか、安倍首相の対応にも注目したい。■「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない■サウジ記者殺害「事件の黒幕」ムハンマド皇太子とは何者か■「21世紀最凶の殺戮者」プーチンがもたらす憎悪の世界

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    中韓に誤ったシグナルを送る岩屋防衛相の「未来志向」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) シンガポールで行われたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)における岩屋毅防衛相の中国、韓国に対する対応は、端的に言って悪いシグナルを国内外に伝えるものでしかなかった。 まず、昨年末に起きた海軍艦艇による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題において、韓国は自国の責任を認めるどころか、悪質な映像のねつ造や、論点ずらしといった国防・外交姿勢を重ねたことは記憶に新しい。 この問題については、今までの日韓における、取りあえずの安全保障上の「協力」関係に、韓国側から「裏切り」行為が生じたものと解釈できる。日韓の安全保障上の協力関係では、朴槿恵(パク・クネ)大統領時代に発効した日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)や、部隊間交流などがあった。 そのような日韓の「協力」関係は、昨年末の韓国側からの「裏切り」により、日本側はそれに対応する形で大臣クラスの積極的な交流を避けてきた。また、海上自衛隊の護衛艦「いずも」の釜山入港を見送る対応をしてきた。 その流れにもかかわらず、岩屋氏はレーダー照射問題が生じてからというもの、韓国の「裏切り」に一貫して甘い姿勢であった。率直に言ってしまえば、韓国に媚びる発言をしばしば繰り返していたのである。 2月の記者会見でも、岩屋氏は韓国との防衛協力を急ぐ考えを示し、現場交流を再開していた。北朝鮮のミサイルや核兵器の脅威があり、日韓米の協調体制が必要とはいえ、このような岩屋氏の姿勢は合理性を欠いた。むしろ、日韓、そして日韓米の防衛協力を長期的に毀損(きそん)する可能性があるといえる。非公式会談で握手する岩屋防衛相(右)と韓国の鄭景斗国防相=2019年6月1日、シンガポール(韓国国防省提供・共同) 日本と韓国の防衛協力が、韓国側の「裏切り」で揺らいでいるのは偶然ではないだろう。文在寅(ムン・ジェイン)政権に代わって、この問題も日本への姿勢が明らかに変化したシグナルととらえるべきだ。求められる「限定的合理性」 慰安婦問題の蒸し返しや、いわゆる「元徴用工」問題といった国内問題に関して、韓国は日本に責任をなすりつけ始めた。このことでもわかるように、文政権の日本への姿勢転換は鮮明である。この文脈上で、レーダー照射問題を、岩屋氏の中途半端で性急な「媚韓」的態度で対応すべきではないと考える。 こう書くと、中途半端な自称「リベラル」系の人たちや、「ハト派」と表現されれば誇らしいと信じている愚かしい人たちの意見が出てくる。「そういう強硬な意見は、単に愛国主義的な意見の歪みだ」という手合いだ。全く理に適う思考に欠けていると思う。 この種の意見は、見かけの「平和」や「友好」を口にする一種の「偽善者」ではないだろうか。ちなみに、政治学者で大和大講師の岩田温氏の『偽善者の見破り方』(イーストプレス)には、その種の「偽善者」たちのわかりやすいサンプルが多数あるのでぜひ参照されたい。 「協力」関係がまずあって、それに対して相手側が最初に「裏切り」を選んでくるならば、こちらもそれに対して「裏切り」で応じるのが、長期的には「両者」とも最も得るものが大きくなる。これはゲーム理論でいう「しっぺ返し戦略」(オウム返し戦略)であり、最も協力関係を生み出しやすい戦略である(参照:渡辺隆裕『ゼミナール ゲーム理論入門』、ロバート・アクセルロッド『つきあい方の科学』)。 相手と同じことをするので、相手側は「裏切り」をやめて、「協力」を表明すれば、こちらもそれに応じて「協力」することになる。間違っても自分の方から「協力」を持ち出すべきではない。そうすれば、再び協力関係が構築できず、日韓の関係は不安定になり、両国が損失を被る。 特に、現在の東アジア情勢のように、一寸先には何が起こるかわからない不安定要素な状況では、最初から長期的な予想を積み上げていくことは困難である。場に合わせて対応していく手法を磨いていくことが望ましい。会談前に握手する(左から)韓国の鄭景斗国防相、シャナハン米国防長官代行、岩屋防衛相=2019年6月2日、シンガポール(共同) 完全に将来を合理的に予測するのではなく、その場その場の情報を元に戦略を組み上げていく「限定的合理性」を前提にした政治や安全保障の戦略が大切になる。つまり、「しっぺ返し戦略」は、限定合理性の観点からも望ましい戦略なのである。 今回は、韓国側が裏切ったのだから、岩屋氏は「裏切り」、つまり非協力姿勢を採用するのが最も望ましい。たとえ甘言だとしても、自ら進んで「協力」を言い出すべきではないのだ。岩屋大臣の「愚かしさ」 だが、今回のシンガポールでの会議では、岩屋氏はむしろ積極的に、韓国国防相との非公式会談を行った。それどころか、その場でレーダー照射問題を棚上げし、記者団に対して「話し合って答えが出てくる状況ではない。未来志向の関係を作っていくために一歩踏み出したい」と発言した。 この岩屋氏の発言は、もちろん防衛関係者だけではなく、日韓の国民やメディアに間違ったシグナルを送ったことは間違いない。つまり、日本は「しっぺ返し戦略」を採用する能力も意志もない、というメッセージとなる。 これを聞けば、韓国側は「裏切り」行為を今後も続けていくだろう。もちろん、それは日韓の長期的な協力関係を不安定なままにするだけだ。 本当に愚かしい大臣としか言いようがない。ジャーナリストの門田隆将氏や経済評論家の上念司氏らは岩屋氏の罷免や退任を要求する趣旨の発言を会員制交流サイト(SNS)で表明した。 私も彼らと前後して同様の感想を書いた。別段、それはイデオロギー的な偏見ではない、上記で説明したようなゲーム理論からの省察である。 岩屋氏の姿勢は韓国に対してだけの話ではない。シンガポールでの中国の魏鳳和国防相との会談後、訪中の意向を改めて表明している。 尖閣諸島の周辺では、中国海警局の船舶による接続水域の航海が記録的な回数に上り、日本側に重圧を与えている。このような戦略を採用し続ける国に対して、岩屋氏の訪中の意欲は、韓国の場合と同様に、むしろ日中の関係を長期的に危ういものにするだろう。要するに、岩屋氏の「ニセの未来志向」は日本の国益を損ねるだけである。「アジア安全保障会議」に臨む韓国の鄭景斗国防相(左)と岩屋防衛相=2019年6月1日、シンガポール(共同) 安倍政権にとって、10月に控える消費税率10%引き上げと、岩屋防衛相は日本を誤らせる重荷でしかない。「一歩踏み出して」早めに辞めさせるべき人物である。■ 田母神俊雄手記「レーダー照射、韓国軍の実力では自衛隊と戦えない」■ レーダー照射「論点ずらし」は韓国の反転攻勢だ■ レーダー照射、韓国が日本に期待した「KY過ぎる甘え」

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    松原仁手記「民主党政権は誰にとって一番の悪夢だったか」

    松原仁(衆院議員)  2009年の夏、そして2012年の年の瀬に行われた衆議院解散総選挙において、私は「格差の是正」「庶民力復活」を掲げて戦った。結果から言えば、私は最初の戦いにおいて勝利することができたが、後者においては得票率で0・7ポイント及ばず敗れた。 これらの選挙の前後で、選挙区(東京3区)の有権者の皆さまからは、かつてないほど多くの激励と厳しい叱責(しっせき)の言葉をもらい、また永田町や霞が関の関係者とは、極めてダイナミックな関係の転換を経験した。私は今回、この時の体験から民主党政権の功罪を振り返ってみたい。 まず初めに民主党政権が悪夢だったとすれば、それは具体的に誰にとっての悪夢だったか。民主党政権の誕生を「悪夢」であると実感したのは紛れもなく、長期政権を手放した自民党、そして自民党政権下では「ツーといえばカー」と言った阿吽(あうん)の呼吸で、日本に対する強大な権力を行使する環境にあった米国政府であることは言をまたない。 言わずもがな、戦後のほとんどの期間で政権を担ってきた自民党にとって、国家権力と官僚機構は自らの所有物に近い感覚を持つ存在であったろう。それゆえに自民党政権の政策決定プロセスは国民に開かれたというよりは、良くも悪くも永田町と霞が関の談合のような形態を取ることになった。そのような「私有財産」が、2009年夏の総選挙によって、一夜にして完全に奪われ、特に多くの官僚が、時の新たな政権の開かれた政治体制への試みに忠誠心を示したことは、まさに自民党にとって悪夢のような体験であったことは想像に難くない。 かくいう私自身も、2012年に民主党が政権を手放した直後には、昨日まで仲間だった官僚が、次の政権に仕える準備をすぐさま開始する様子を目の当たりにした。ましてや、民主党の3年半の経験に比べ、極めて長期にわたる政権を維持してきた自民党の政治家たちが味わった屈辱と喪失感は、われわれのそれとは比べ物にならないほどのトラウマになったと考えられる。八ツ場ダム建設予定地を国交省職員の案内で視察する前原誠司国土交通相(右から3人目)=2009年9月23日、群馬県長野原町(矢島康弘撮影)  加えて、「八ツ場(やんば)ダム」に代表される、自分たちが根回しを重ね決定した政策の数々を、民主党政権は「事業仕分け」という、自民党のような権力のインサイダーにとってはパフォーマンスにしか見えない形で、国民的な賛同を引き寄せ覆した。政権運営のプロフェッショナルである彼らにとって、その大衆迎合的な方策はまるで素人政権の思いつきに見えたことだろう。 同時に、太平洋を挟んでわが国と向き合う世界の盟主にとっても、極東(きょくとう)の要となる同盟国における政権交代と、その新たなる外交姿勢は脅威と映ったかもしれない。世界の覇権国たる米国は、日本のお国文化である「建前」と「本音」を巧妙に利用し、戦後のわが国を同盟国という名の、実質的には「隷属国」として、時に優しく、時に厳しく鞠育(きくいく)してきた。そんな米国の対日政策の基本的前提には、対米協調という名の「従属的な」対米姿勢を示す自民党政権、もしくはそのような外交姿勢の「自民党的政権」であることが想定されてきた。歪な日米の友好関係 しかし、2009年に現れた民主党政権は、米国政府と自民党政権の間で既定路線となっていた普天間基地問題において、沖縄県民の心情に寄り添うことを優先した結果、右往左往することとなった。また、政権獲得前から日米地位協定の改訂を掲げるなど、日米間の圧倒的権力格差へ切り込む姿勢を見せていたことも、懸念材料となったであろう。 加えて、アジア太平洋の新たな覇権国への道程にある中国との関係において、尖閣諸島沖において発生した「中国漁船衝突事件」時の船長の逮捕と不可解な釈放や、500人近い訪中団の結成など、ホワイトハウスからは理解されがたい行動を取り、長年の付き合いがあり、こなれた自民党政権の外交に比べて、まさに不慣れで初心な政権と映っただろう。(この中国船問題に対しては、私自身大変憤りを感じ、当時与党内で行動を起こしたことにも一言触れておきたい) この対米関係にかかわる問題は、まさに釣り合いの取れない中で歴史的に築いてきた、歪(いびつ)な日米の「友好関係」の裏返しでもある。いわんや、その実態は古くは江戸時代ペリーの黒船来襲と日米和親条約、明治の日米修好通商条約、そして現代の日米安保条約と「地位協定」を含め、われわれ日本人がその尊厳と利益を傷つけられてきた歴史でもある。 私は、こうした片務的で不平等な日米関係を、対米協調という美辞麗句のもと、戦後のほとんどの期間安定政権を担いながら甘受してきた自民党、逆に言えば米国の「属国」の統治者として君臨した自民党の外交姿勢は、まさに日本国民にとって悪夢そのものであると考える。 さて、ここまで取り上げてきた民主党政権の性格と行動をまとめれば、民主党政権のナイーブな「透明化・民主的プロセス」と「不平等な対米関係の改善」が、自民党や米国にとってはアマチュアの素人政権と捉えられたことが分かる。そして、民主党の開かれた政策決定プロセスは、メディアに開かれた場でも同僚議員同士が与野党間であるかのように「白熱した」議論を行い、その末路として組織分裂を繰り返した。必然、このような「開かれた」民主党の政権運営が国民の目からも稚拙と映り、政権交代時に大きな期待をいただいた有権者の熱気を冷ましてしまったことは間違いない。消費者政策会議であいさつする野田佳彦首相。公務員制度改革関連法案の今国会での成立を断念する意向を固めた=2012年7月20日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 民主党は政権奪取後、最初の総選挙により下野し、私たちが目指した「国民に開かれた」「透明な」「民主的な」政治はこうした経緯をもって挫折し、その対米外交姿勢の転換を成し遂げることもできないままに終わった。そして、現在まで続く安倍長期政権を誕生させることになった。 それは、大きな社会的な議論を呼んだ森友・加計問題に見られるフェアでない官僚の忖度(そんたく)や、自衛隊の日報問題、賃金に関する統計不正問題など、民主的とは正反対の問題が続出する事態を許してしまっている。われわれ日本国の政治家の使命は、与野党の別なく、今も続くこの「忖度政治」と「不平等な対米関係」という悪夢から、この国を目覚めさせることであると申し上げたい。■ 「日本が真の独立国になるために」鳩山由紀夫、平成最後の反省文■ 今どきの若者は「保守化」も「安倍支持」もしていない■ 同性愛公表、尾辻かな子が徹底反論「LGBT杉田論文の度が過ぎる」

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    金正恩「クーデター失脚」発言はなぜ黙殺されたか

    重村智計(東京通信大教授) ベトナムの首都、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談(2月27、28日)は、なぜ決裂したのか。その謎を解くカギが明らかになった。実は会談後に、米情報機関が次のような情報を入手していたのである。 「北朝鮮軍は核とミサイル実験の中止、非核化に反対している。北朝鮮の指導者は軍をコントロールできていない。クーデターの可能性がある」 3月15日、この情報を北朝鮮の外務次官が公式に認めた。各国の情報関係者に衝撃が走り、「金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と軍部は緊張関係にある」との分析が広がった。 問題の発言は、15日に行われた北朝鮮の崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官の記者会見で明らかにされた。この記者会見は、米AP通信が「米朝非核化交渉中断」「近く指導者が重大声明」などの見出しで世界に報じたが、取材記者や専門家に見過ごされた「重大発言」があった。 崔次官は首都、平壌(ピョンヤン)での会見で、次のように述べていた。ちなみに、北朝鮮の外務次官は数人おり、崔氏は筆頭次官ではない。 「人民と軍、軍需工業の当局者数千人が決して核開発を放棄しないように、との請願を金正恩委員長に送った。それにもかかわらず、金正恩委員長は米朝首脳が合意した約束に互いに取り組み、信頼を築き、(非核化を)一歩一歩、段階的に推進するつもりだった」(AP通信) ここで言う「人民」とは、核開発に携わる科学者などの軍事関係者を意味する。「軍需工業」は、党の軍需工業部を中心とした組織を指し、ミサイルや核兵器を製造している。これらの人々が個別に請願書を送ったか、連名で伝えたかは明らかにされていないが、恐らく「連名」での請願書であろう。2019年3月15日、平壌で記者会見する北朝鮮の崔善姫外務次官(中央)(AP=共同) 崔次官の発言は、独自で勝手に行ったものではない。あくまでも金委員長の指示で行われたこの声明は、北朝鮮の現状と金委員長を取り巻く平壌の空気を、かなり正直にかつ雄弁に物語っている。平壌で広がる「会談決裂」 指導者と軍の「緊張関係」が、ここまで明らかにされたのは初めてだ。軍に関する情報は常に秘匿されてきたからだ。 北朝鮮を知る専門家の中には、数千人の軍関係者が指導者に「非核化反対」の意思を表明した事実に疑問を感じ、この発言を「黙殺」したようだ。反対する軍幹部を次々処刑した独裁者に、軍人が「反対」を表明できるはずがない、と受け止めたのかもしれない。 だが、「数千人の軍人の請願」はまず事実であるという。昨年、韓国に亡命した脱北軍人たちは「軍が非核化に反対し、金正恩を批判している」と証言していた。平壌でもそうした噂が流れていた。 それに、公式声明で「数千人が請願」と記録しておきながら、後で嘘だと分かると、指導者の信頼は失われる。だから、各国の情報関係者は嘘ではないと判断したのである。 崔次官の声明は外国人に向けられたもので、国内では報道されていない。しかし、既に平壌では噂が広がっているという。最近では、こうした情報が中国から携帯電話を通じ、瞬時に平壌に広がる。 北朝鮮の報道機関は「米朝首脳会談成功」を大々的に報じたにもかかわらず、「会談決裂」の噂が平壌で広がっているという。しかも、話に尾ひれがついて、「ハノイから帰国の列車内は、お通夜のようだった」との流言まで飛び交っているらしい。2019年3月5日、平壌駅で出迎えを受ける北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(朝鮮中央通信=共同)金正恩氏が帰国 北朝鮮は公式には、指導者が軍を掌握し、軍も完全に従っている、と説明してきた。また、軍の反乱やクーデター計画の報道もはっきり否定してきた。 それなのに、なぜこのタイミングで「非核化反対請願」を明らかにしたのか。軍が指導者の決断に反対を表明すれば、やがてはクーデターにも発展しかねない。 崔次官の記者会見は、民主主義国で行われる普通の会見ではない。一方的な「声明発表」であり、参加者の質問を受け付けなかった。それに、平壌駐在の外交官や報道機関は北朝鮮側の要請で集められている。つまり、どうしてもこの時期に声明を発表する必要に迫られたということが分かる。会談5日前の襲撃事件 ところが、「会見」は最悪のタイミングで行われた。中国は、全国人民代表大会(全人代=国会)の最終日であり、当日は李克強首相の会見が予定されていた。当然、中国は「北は失礼だ」と怒る。また、米ワシントンでは、議会がトランプ大統領の緊急事態宣言を否決した直後だった。 結局、米国も中国も大きな関心を示すことはなかった。韓国の報道機関でさえ「軍関係者数千人の請願」を全く伝えなかったのである。 実は、金委員長は昨年、シンガポールでの米朝首脳会談の冒頭で「ここまで来るのは大変だった、多くの困難や妨害を克服した」と述べていた。当時から、軍部の強い反対に直面していたわけだ。 さらに「軍の反対を抑えながら非核化を進めるには、段階的な交渉と解決しかない」と、金委員長は第1回首脳会談で繰り返し強調していたという。トランプ大統領も一時は「非核化は時間をかけてもいい」と発言し、北朝鮮の指導者の立場を理解する様子も見せていた。それなのに、第2回首脳会談でトランプ大統領が突然態度を変えた、というのが北朝鮮の「責任回避」の理屈のようだ。 この記者会見に関連して、各国の情報機関が注目する事件があった。米朝首脳会談5日前の2月22日、スペインの北朝鮮大使館が何者かに襲撃され、コンピューターや携帯電話が持ち去られた事件である。 ところが、北朝鮮大使館は被害届を出さず、スペイン警察の捜査は進んでない。不思議なことに、北朝鮮政府も公式の抗議声明を今も出していない。2019年2月、ソフィテル・レジェンド・メトロポール・ハノイでの夕食会で談笑する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ホワイトハウス提供・ゲッティ=共同) このため、盗まれたコンピューターや携帯電話の中に、核開発に関する秘密情報があったのではないか、との推測が広がっている。この秘密情報に怒ったポンペオ国務長官とボルトン大統領補佐官が、これまでの方針を変更し「全面的な核放棄が、制裁解除の条件」と強硬策に転じたのではないかというのだ。 米国との交渉を担当した国務委員会の金革哲(キム・ヒョクチョル)対米特別代表が、ハノイ首脳会談前までスペイン大使を務めていたこともあり、さらなる謎を呼んでいる。■ 米朝決裂もアベガー 「日本軽視」韓国より重視すべき隣人■ 米朝再会談、非核化の先にある金正恩独裁「崩壊へのカウントダウン」■ 金正恩が「完全な非核化」に初めて言及した意味

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    日本国総理大臣、安倍晋三

    安倍首相の総裁任期をめぐり異例の発言が飛び出した。自民党の二階俊博幹事長が4選の可能性ついて「今の活躍なら有り得る」と述べたのである。首相在任期間はかの吉田茂を超え、憲政史上最長も射程に入った安倍氏だが、なぜ長期政権を維持できるのか。その解に迫りたい。

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    なぜ安倍首相は憲政史上まれにみる長期政権を実現できたのか

    ており、むしろ「安定」と「王道」こそが安倍政権の特長となっているからです。2015年9月19日未明、安全保障関連法成立後に記者の質問に答える安倍晋三首相(鈴木健児撮影) 野党がまとまれない最大の理由はおそらく人間関係ですが、野党が分裂した理由は「憲法」と「安保」という論点が際立ってしまったからでしょう。そして、安倍政権はそうした分断線が主要な対立軸となることで大きく利益を享(う)ける側にいます。日本人の多数派は、日米同盟や憲法について意見に濃淡はあるものの、政権としては「安保現実派」を望むからです。 安倍政権は安保現実派です。安保法制を通じて日米同盟を維持・強化する一方で、「専守防衛」という言葉も堅持し、その中で防衛力を広げていっています。日米同盟を基軸とし続けることで、オールドな右翼が望んだ対米自立は捨て、その代わり米軍との協働を高めながらお金を節約する。 中国の目覚ましい軍拡と対外拡張主義、北朝鮮の核保有に加えて、米国の内向き化傾向を考えに入れると、もはや吉田茂の軽武装路線を維持できないであろうことは明らかです。しかし、その中でさえ、国際情勢に鑑みれば日本はもっと軍拡していてもおかしくないところ、防衛費を節約しています。最右派が採った「現実主義」 平成31年以降に関わる防衛大綱でも、政府は対外的な脅威認識を示しつつも、合理化を標榜し、選択と集中を行っています。言うなれば、安倍政権は現実主義の吉田茂の路線を、「米国一極」の世界の終焉(しゅうえん)と中国の台頭に合わせてアップデートしたものであるということができるでしょう。 吉田茂にとって、日米同盟は利害に基づく同盟であり、かつ国内における自らの権力基盤を維持するために役立つものでもありました。安倍政権が米国と共通する価値や理念について説くとき、それは利害に基づく同盟としての表現の一部なのであって、決してご本人が関係性を見誤って理想主義に立っているわけではないだろうと私は思います。それは、くしくもトランプ大統領が「日本が米国をうまく利用してきた」と指摘した通りなのです。 では、安倍政権は本来2倍の水準が要求されるはずの防衛費を大して増額せずに、節約したお金で何をしたか。社会保障費の切り下げや増税をマイルドな水準にとどめて痛みを先送りし、公共事業費をかつての水準にまで回復させたのです。つまり、もっとも対米自立的なセンチメント(感情)を代表していたはずの自民党最右派が吉田茂的な現実主義路線を採ったところに、政権が長期化した理由の一端があったわけです。 しかし、安倍政権は比較的短期に刻んだ衆院選で勝つ短期政権の積み重ねでもあります。内閣支持率に関しては、いったん低迷した後にまた上がるという、他国ではなかなか見られない現象も繰り返し経験しています。 その原因を、メディアは「他に選択肢がないから」という一点で説明しようとします。確かに野党が弱く、自民党内に有意な対抗勢力が存在しないからという理由には納得感があります。けれども、それは長期政権に伴う症状、つまり現象面の指摘であって、本当の原因を抉(えぐ)るものではありません。 安倍政権が長期安定政権を築くことができている戦略とは、「攻めと守り」「積極性と消極性」のバランスを巧みにコントロールすることで選挙に勝ち続けるプラスのサイクルを維持していることです。 積極性のうち最大のものは、アジェンダ(課題)設定が国際的、歴史的にまっとうなものであるということです。要するに、根本方針において間違っていないということです。 例えば、今の「中国台頭」の流れの中で、軍縮や非武装化を目指したり、同盟から離脱したりすることは見当外れです。グローバル化の流れの中で「貿易立国」日本が「鎖国」を目指すのも、民間企業の競争力において各国としのぎを削る中で法人税を上げようというのも見当外れです。2017年11月、安倍晋三首相(左)との会談を前に栄誉礼を受けるトランプ米大統領(松本健吾撮影) 反対に、消極性が見られるのが自民党内、あるいは支持基盤を割りかねない論点です。安倍政権は、そうした自らの支持基盤を危険に晒(さら)すような政策には踏み込んでいません。 経済政策は官僚機構の通常運転に味付けする程度の「安全運転」に終始しています。成長戦略は「競争」を促進する必要があります。しかし、どうしても既得権益層との対立が生じてしまうため、「大玉」の改革案件はほとんど先送りされてきました。政権が繰り出した攻めの一手 しかし、これだけだと政権は課題設定だけして何の実績も挙げられないことになってしまう。そこで、政権が最も攻めに出たのが、民主主義による合意形成の必要が低い外交と金融の分野でした。 金融政策は日銀が行うもので、外交では首相のリーダーシップが広く認められているからです。こうして実績を上げつつ、直近5回の選挙に勝ち抜くことで、長期政権が可能となったのです。 長期政権の維持そのものが自己目的化することは危険です。しかし、安倍政権は選挙での度重なる勝利で得た政治的資源を、「戦後レジームからの脱却」案件を進めるために投入してきました。 これまで、安倍政権は長期安定政権の維持の代わりに「戦後レジームからの脱却」を放棄したのだという論説も数多く見られましたが、私はそれは誤りであると思います。政権が「戦後レジームからの脱却」という言葉を使わなくなったのは、それが単に紛らわしい言葉であるからです。 「戦後レジームからの脱却」を英訳すれば、「Overcoming Post-war Regime」となります。この場合の「戦後レジーム」とは、国連と国際法を頂く第2次世界大戦後の国際社会そのものです。 さらに、米国を中心とする西側の秩序という含意もあるでしょう。つまり、「戦後レジーム」から脱却するというのは、第2次大戦時の旧敵国から見れば、軍国主義日本の復活と帝国建設の野望という話になるし、西側諸国からすれば、日本が米国との同盟を破棄して中国のような異質な政治・経済体制を打ち立てようとするという荒唐無稽な話になります。 その代わり、「戦後レジームからの脱却」という言葉を使わずに、安倍政権は「一国平和主義」的な発想を時代遅れなものとして位置付けることに成功し、2015年に成立した安保法制では、集団的自衛権の行使を部分的に容認しました。2017年10月、咲き誇る「バラ」の前で、座る場所を間違えて笑みを浮かべる安倍晋三首相(自民党総裁)=自民党本部(沢野貴信撮影) 日本の政軍関係における特有の制約になっていた文官優位システムを改め、日本のシビリアンコントロール(文民統制)のあり方を世界標準に近づけて政治の補佐体制を強化しつつあります。 また、歴史問題においては、保守優位の下でリベラルな価値観に歩み寄って和解を達成し、国民の間に一定のコンセンサス(合意)が生まれました。国民の多くが「後の世代に謝罪を続ける義務を負わせるべきではない」という主張に賛同し、また圧倒的多数が慰安婦問題において、韓国政府ではなく日本政府寄りの立場を支持しています。長期安定政権「最大の代償」 こうして、戦後レジームからの脱却を図ってきた安倍政権ですが、官僚との関係や官僚機構の問題をめぐって、ここしばらく停滞しつつあります。「モリカケ問題」に加えて、統計不正問題が加わったことで、最近は守勢に立たされていると言えるでしょう。 しかし、安倍政権以外の勢力がまるで見えない今、いったんは政権交代を経験した野党はほぼ解体して細分化され、官僚などエリートに対する不信も広がっています。政権後期に突入した安倍政権が、単なる保身に走らずに何を成し遂げることができるのか。ここで、対応が求められる課題を挙げておきたいと思います。 長期安定政権の最大の代償は、構造改革が遅々として進まないことでした。中長期における日本の最大の課題は少子高齢化であり、潜在成長率を改善できていないことです。 特に、人口減少局面における成長は、基本的には生産性の改善を通じて見いだすしかないにもかかわらず、成果はほとんど出ていません。ここに取り組むべきでしょう。 次に、憲法改正と自前の防衛力強化です。憲法改正は「戦後レジームからの脱却」案件の中でも最後に残された課題の一つです。ここに取り組むことなしには、もはや次の政権も意味ある改革を安全保障政策において進めることができないだろうと思われます。 憲法改正によって自衛隊を位置付けることは、再軍備を禁じられた敗戦国としての地位からの脱却を意味しますから、それ相応に先進国並みの体制とシビリアンコントロールの整備が必要です。 沖縄に集中する米軍基地を、負担軽減の意味も併せて徐々に自衛隊の基地に移行していくこと、そして、その中で緊密な米軍との連携と駐留を可能にすることは、将来を見据えて大きく舵(かじ)を切らなければいけない課題と言えるでしょう。2019年2月、衆院予算委で答弁する厚労省の姉崎猛元統計情報部長。右端は安倍首相 2020年には米大統領選が行われますが、今の米国政治の実態を踏まえれば、日米関係の距離感を実態に即してあらかじめ修正し、自前の防衛力を強化しておくことはぜひとも必要です。その上で、周辺国との関係についても引き続き円滑な経済関係や広い意味での防衛協力について取り組んでいくべきでしょう。 政権はいつの時代においても、その後期において、自らの歴史的使命を意識したものへと変化します。憲政史上まれに見る長期政権だからこそ、その目標値は高い所に置かなければならないのだと言えるでしょう。

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    韓国レーダー照射、もう白黒つけよう

    米朝首脳会談や先の天皇謝罪発言、徴用工をめぐる賠償問題などが重なり、韓国軍によるレーダー照射事件はすっかり尻すぼみになった感がある。とはいえ、これもいまだ解決のめどは立っていない。「真実を語る方が強い」とは安倍首相の言葉だが、もういい加減、この事件も白黒つけようではないか。

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    韓国レーダー照射、軍事的「忍耐」で戦争の火種を消し去れ

    回(15年10月~18年3月)・日米韓3カ国協力21回(15年4月~18年6月)・その他―研究交流/安全保障対話/各種共同訓練(日米韓・日米韓豪加・西太平洋潜水艦救難・多国間海賊対処)・セミナー/各種協定協議 これらは、自衛隊と韓国軍の間に、意思疎通が容易で良好な関係を構築、維持し、信頼を醸成している証左でもある。 今回の事件は、この友好関係を背景に「初動」で「自衛隊・韓国軍の事実認識と誤解の鎮静」が行われるべきであった。今からでも遅くない、シビリアンコントロール下において、「自衛隊と韓国軍の良好な関係に基づく話し合いに託する」ことを一考してほしい。 これは、武力の対峙、行使の危惧を排除して軍事組織間の友好関係を活用する「間接的衝突抑止」である。今日、この作戦は「ハイブリッド戦略・戦術」の一つでもある。それには「忍耐と寛容」という精神要素が不可欠であることを付言しておきたい。 振り返れば、その前例がないわけではない。軍事的「忍耐」について、筆者の体験から次の事例を紹介する。 日本の対領空侵犯措置の任務が在日米空軍から空自に移管された1960年代の過渡期、ソ連機の領空侵入に緊急発進した米要撃戦闘機のレーダー・スコープ上の輝点が、ソ連機輝点と交差し、米軍機のレーダー反射が消え、ソ連機の輝点が母基地へ向かうという事件があった。明らかに米軍機は撃墜されたのだが、大戦へのエスカレーションを回避するため米国は忍耐して看過した。 冷戦時代、日米哨戒機のオホーツク海域流氷調査、電波情報収集飛行に対して、ソ連の地対空誘導弾部隊からFCレーダーの照射を受けている。もう一方で、ベトナム・カムラン湾と沿海州基地間往復便のソ連機も日本周辺海域を飛行し、電波情報を収集していた。 しかし、空自高射部隊が追尾レーダーを照射してレーダー諸元を知られる愚は犯していない。また、空自スクランブル機は、領空侵犯の恐れがあるソ連機の行動監視のため肉眼で見える距離に接近した。その際、「TU-16」(ソ連の戦略爆撃機)などの機銃銃口が向けられることは珍しくなかった。防衛省が公開した韓国駆逐艦によるレーダー照射の映像。能登半島沖(日本EEZ内)で海上自衛隊P1哨戒機により撮影された=2018年12月(防衛省提供) これらを総ずると、いかにシビリアンコントロールに安全保障の機微、安定がかかっているかが見えてくる。今回の事件の教訓は、安全保障にかかわる事象については一層の慎重さ、冷静さ、そして忍耐が求められていくと考える。■ 「武士の情は通用しない」韓国との情報戦はこう戦え!■ 「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる■ 「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

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    韓国軍「秘密の海上作戦」は金正恩への面会料受け渡しだった!

    重村智計(東京通信大教授) 米国のトランプ大統領が2月の一般教書演説で、第2回米朝首脳会談の日程と開催地を発表して以来、韓国海軍艦艇による海上自衛隊P1哨戒機に対する火器管制レーダー事件の解明はすっかりフタをされてしまった形だ。韓国の世論は3カ月で関心が変わるが、今回は約1カ月半しかたっていない。 にもかかわらず、レーダー照射事件の「真相」は全く解明されていない。韓国の識者たちは主に四つの「推理」を語り出していた。 ここで事件を振り返る前に、「捜査」の疑問点を整理しておきたい。まず、なぜレーダーを照射したのか。韓国側は「低空の威嚇飛行」と説明しているだけで、とても理解できる回答はない。「威嚇」と言われても、P1哨戒機に武器は搭載しておらず、威嚇しようがない。韓国側は、哨戒機が距離500メートル、高さ150メートルまで近づいたと主張したが、日本は国際法上違法ではないと応じた。 韓国側の「威嚇の低空飛行」という主張が1月23日まで続いた後、東シナ海の公海上で海自のP3C対潜哨戒機が高度60メートルまで接近したと発表し、なおも自衛隊機の接近を止めるように求めた。日本は、高度150メートルを維持していた、と反論した。 第2の疑問は、なぜ韓国側は執拗(しつよう)に「接近禁止」を求めるのか、である。自衛隊の哨戒機に撮影されたくない「秘密」の作戦活動があったとしか考えられない。 第3に、韓国紙「朝鮮日報」も指摘しているが、「なぜ韓国海域から遠い能登半島沖に、韓国海軍艦艇はいたのか」という疑問だ。朝鮮日報は、何らかの裏の事実を取材していたから、このような指摘に及んだのではないか。 第4の疑問は、韓国海軍艦艇が1トン未満の小さな漁船を発見できたのか。常識的に言えば、海上でこんな漂流漁船を発見するのは至難の業だ。日本海で船が漂流中との連絡を受けたと発表されたが、どこから連絡はきたのか。現場には、日本の海上保安庁に当たる韓国海洋警察の「救助船」もいるのに、なぜ海軍艦艇まで出動する事態まで発展したのか。しかも、韓国から離れた海域に。 第5に、事件の起きた海域が特定されないことだ。日本側は「能登半島沖の排他的経済水域(EEZ)内」とするだけで、海域を明確にしていない。韓国側は緯度と経度を明らかにし、「日韓中間水域」としている。 そして、最大の疑問が、韓国国防省の報道官が事件直後は「火器管制レーダーは照射したが、自衛隊機に向けたものではない」と説明していたのに、翌日から「照射していない」との全面否定に変化した事実だ。これでは、何かを隠そうとしていると受け止められても仕方がない。火器管制レーダーの照射は「宣戦布告」にも繋がりかねない危険な行動であり、一兵士や艦長の判断ではできない。上層部から「自衛隊機を追っ払え」との指示がないと不可能だ。では、誰が指示したのか。2019年3月1日、ソウル市内で開かれた「三・一独立運動」100年の式典で演説する韓国の文在寅大統領(共同) 韓国報道官の姿勢変化に、日本では文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率低下を押しとどめるために日韓対立で「反日感情」を煽る作戦、と受け止められた。この解釈では、その後の展開は理解できない。韓国側は執拗に「威嚇飛行」を主張し、自衛隊機を接近させない「意図」を露わにした。「秘密の作戦行動」がバレた? 実は、防衛省高官によると、P1哨戒機による韓国艦艇発見は「米軍からの通報」によるものだったという。事件の背景には「日米海軍の共同作戦」があった。米軍は、偵察衛星で韓国海軍艦艇の動向を追跡していたわけだ。韓国側は「秘密の作戦行動」がバレたと心配し、日米共同作戦潰しを考えたのではないか。 一方で、韓国側の一連の対応を見ると、最初から大統領府の指示で「作戦活動」が行われていたと考えられる。韓国海軍艦艇の「作戦活動」が大統領府と直結していなければ、「自衛隊機を追っ払え」という指示と報道官の「照射全面否定」への態度変更は理解不能だ。 韓国の軍関係者によると、問題海域への海軍艦艇と海洋警察船の派遣は、本来は韓国漁船保護のために行われていたという。ただ最近は、北朝鮮からの要請があれば、北の遭難船救助にも乗り出していた。 この活動の過程で、北朝鮮漁民を「スパイ」として活用する、いわゆる「レポ船作戦」も展開された。今回の事件も、「レポ船」(レポ=レポート、非公然の連絡に使う船)との接触現場を自衛隊機に発見されたので、慌てて「遭難漁民救助」と説明したために混乱を招いた。韓国側が、北朝鮮に送還した漁民の名前や所属を明らかにせず、写真も公表していないのはおかしい。 韓国の取材記者は、北朝鮮のクーデター未遂事件との関連を指摘する。東京新聞は昨年12月11日に、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の警護をする「護衛司令部」幹部が粛清された、との特ダネを報じた。 護衛司令部は絶大な権限を持ち、決して調査対象にはならない部局だ。粛清の背景には、クーデター未遂事件があったとされる。クーデターに関連した軍幹部が「レポ船」を利用し、韓国への亡命を図ったというのだ。この「救助」により、「亡命者」は北に送り返されたことになる。 さらには、韓国の専門家の間では、南北首脳会談の「面会料」の受け渡し作戦を海上で展開していた、との見方も出ている。南北首脳会談に際して、韓国側が「面会料」を支払うのは常識だからだ。2011年9月、曳航される脱北者が乗っていたと見られる船(手前)と海上保安庁の船=石川県輪島沖(産経新聞社ヘリから) 2000年に金正日(キム・ジョンイル)総書記との会談を実現させた金大中(キム・デジュン)元大統領は、わかっているだけで5億ドル(約500億円)の現金を支払った。総額では10億ドル(1千億円)といわれる。民間人も、指導者との会見には3億ドル(約300億円)を支払った。北朝鮮の指導者には、タダでは会えないのである。 この現金を支払わないと、南北首脳会談は実現しない。しかし、米ドル建ての送金は国連制裁違反だ。米国にバレないよう、ドル資金をどのように渡すかに、文大統領の側近たちは苦心してきた。銀行送金はできないし、陸上輸送にも米国の目が光る。困り果てた大統領府は、海上での受け渡しを考えた、というのだ。 今回の遭難漁船が受け渡し船かどうかは不明だが、海上での「接触作戦」の最中に事件が起きたと考えれば、大統領府による介入と執拗な「接近禁止」要求も理解できる。南北「海上受け渡し作戦」の情報を得た米国が偵察衛星で監視していた。そう考えなければ、韓国側の「狂気の対応」は理解できない。■ 「武士の情は通用しない」韓国との情報戦はこう戦え!■ 「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる■ 「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

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    田母神俊雄手記「レーダー照射、韓国軍の実力では自衛隊と戦えない」

    田母神俊雄(元航空幕僚長) 韓国艦艇から海上自衛隊のP1哨戒機に対し、火器管制レーダーの電波照射が行われた件で日本政府が、極めて危険な行為だとして韓国政府に抗議している。 火器管制レーダーの電波照射はミサイル発射のために行われるもので、危険極まりないということのようだ。しかし、火器管制レーダーの電波照射とミサイル発射は常に一連のものとしてつながっているわけではない。また、火器管制レーダーの電波照射はミサイル発射のためだけに行われるわけではない。 ミサイルの実発射よりは、ミサイルを発射するための訓練として火器管制レーダーの電波照射が行われる。すなわちレーダー操作訓練の一環として火器管制レーダーの電波発射が行われているのである。 世界中の軍が日常的にレーダー操作訓練を実施しており、地対空ミサイル部隊や海に浮かぶ艦艇などでは火器管制レーダーの電波照射は日常的に行われている。そしてその電波は地対空ミサイル部隊や艦艇などの周辺にいる航空機などには届いてしまうことが多い。 しかし、その際ミサイルが発射されないように二重、三重の安全装置がかけられており、一人のミスでミサイルが不時発射されてしまうようなことはない。 戦争が行われている場合や情勢が緊迫している場合なら火器管制レーダーの電波照射はミサイル発射の前兆であり、危険であるが、平時においては火器管制レーダーの電波照射が行われることが、直ちに危険であるということはない。元航空幕僚長の田母神俊雄氏 陸海空自の対空ミサイル部隊では日々の訓練で、自分の部隊の上空に接近する航空機は、万が一に備えその航空機が何者であるか識別するとともに、あらゆる航空機を疑似の射撃目標としてレーダー操作訓練を実施している。疑似目標には自衛隊機だけでなく米軍機も民間航空機も含まれている。 これは多くの国で同様な訓練を実施していると思われる。民間航空機を目標として危険な訓練を実施していると騒ぐ人たちがいるかもしれないが、ミサイルが飛んでいくことはないので全く安全である。 しかし、危険だから民間航空機を疑似目標として訓練することはやめろという指示が防衛省などから出てくる恐れがある。そうすると対空ミサイル部隊は訓練の機会を大幅に失うことになり部隊の弱体化につながっていく。そういうことにはならないようにしてもらいたい。決して危険な訓練ではないのだから。 自衛隊は民間航空機や米軍機を含めレーダー操作訓練をしているだけである。同じ火器管制レーダーの電波照射でも戦闘機の場合は多少状況が違っている。戦闘機が空対空戦闘訓練を行う場合は、定められた訓練空域の中で、戦闘機同士で行われることが多いので、火器管制レーダーの電波照射は、模擬戦を戦う仲間の戦闘機に対して行われる。韓国軍に敵意なし 日米共同訓練の時には当然米軍戦闘機などに対しても電波照射が行われる。だから戦闘機の火器管制レーダーの電波発射は民間航空機に向けられることはない。 もちろん対象国の航空機に対しても戦闘機が火器管制レーダーの電波を照射することはない。これに対し地上や海上の対空ミサイル部隊の場合は、常時目標が存在するわけではないので、部隊や艦艇の上空に接近するあらゆる航空機を疑似目標として訓練を行っている。  さて、射撃管制レーダーの電波を対象国の軍用機に向けて照射することは、対象国に電波情報を与えることを意味する。だから周辺に対象国の軍用機がいる場合は、対空ミサイル部隊も戦闘機なども電波照射を控えるのが普通である。 今回、韓国艦艇の電波照射を受けたP1哨戒機も電波情報を収集できる機材を搭載している。従って今回韓国艦艇は、上空に来た航空機がP1だと気づかずに電波を照射した可能性がある。上空に来た航空機を識別するために軽い気持ちで電波照射をしたのかもしれない。 今年は日韓関係が悪化した年であった。慰安婦の問題、戦時中の徴用工の問題、国際観艦式における旭日旗の問題など、日本国民にとっては韓国に嫌気がさしてしまうようなことが多かった。 韓国があまりに理不尽なことばかり言う。今回の射撃管制レーダーの電波照射の件で、今度はわが国政府が強硬に抗議していることで、留飲を下げている日本国民も多いことだろう。韓国軍のレーダー照射問題を受けて記者会見する岩屋毅防衛相(中央)=2018年12月、防衛省 しかし、射撃管制レーダーの電波照射自体は別に危険なことではない。世界中で日常的に行われていることであり、いま日本と韓国が戦争をしているのではないのだから、電波照射とミサイル発射は別物である。 韓国海軍が敵意むき出しで海上自衛隊に向ってきたと考える日本国民もいるかもしれないが、私はそうではないと思っている。韓国海軍の実力では海上自衛隊と戦えないことは、韓国海軍は十分承知している。 喧嘩(けんか)はこれ以上エスカレートさせることなく収めた方が両国のためである。韓国に警告を与えるためには、韓国に対して圧倒的に強い日本の経済力を利用するのが一番いいと思う。■ 【徹底比較】韓国と北朝鮮の陸海空戦力はこんなにも違った!■ 韓国軍不祥事、今も韓国を支配する法より大義の儒教モラル■ ベトナムが韓国の戦争犯罪を今も黙殺する理由

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    レーダー照射、韓国に道理を説いても無駄である

    紳士協定であり、それに拘束されるか否かは基本的に参加国の自発的な意思に拠る」(防衛省防衛研究所『中国安全保障レポート2013』)。「法的拘束力を有さず、国際民間航空条約の附属書や国際条約などに優越しない」(防衛白書)。しびれ切らした防衛省 それを、一部政府高官や与党の有力議員らが「国際法違反」と合唱するのはいただけない。日本政府もその自覚があるからか。「極めて遺憾であり、韓国側に再発防止を強く求めてまいります」との表明にとどめている。 こうした抑制的な姿勢が呼び水となったのか。韓国国防省の副報道官が同月24日「人道的な救助のために通常のオペレーションを行ったに過ぎず、日本側が脅威と感じるいかなる措置もなかった」と会見で述べ、「海自哨戒機が低空で韓国軍の駆逐艦に異常接近してきたので、光学カメラで監視したが、射撃管制レーダーからは電波を放射していない」と事実関係そのものを改めて否定した。だが上記の通り、この説明は通らない。 さすがに防衛省も痺(しび)れを切らしたのか。翌25日「本件について、昨日、韓国国防部が見解を発表していますが、防衛省としては、事実関係の一部に誤認があると考えています」との見解を公表した。 その中で「海自P1は(中略)当該駆逐艦から一定の高度と距離をとって飛行しており、当該駆逐艦の上空を低空で飛行した事実はありません」、「火器管制レーダー特有の電波を、一定時間継続して複数回照射されたことを確認」したと主張した。朝日新聞の報道によれば、照射は5分間も続いたという。ならば、なおさらのこと、韓国の主張は軍事技術的に成立しない。要するに、あり得ない。 防衛省は、海自機が計3つの周波数を用いて「韓国海軍艦艇、艦番号971(KOREA SOUTH NAVAL SHIP, HULL NUMBER 971)」と英語で計3回呼びかけ、レーダー照射の意図の確認を試みた経緯も公表した。米国のマティス国防長官(中央)、韓国の鄭景斗国防相(右)と握手する岩屋防衛相=2018年10月、シンガポール(共同) その前日、韓国は「通信状態が悪く、ともに救助活動をしていた韓国海洋警察(コリア・コースト)への呼びかけだと判断した」とも釈明した。だが、海自は「NAVAL SHIP」と3回も呼びかけたのだ。しかも「HULL NUMBER 971」と艦番号を付して…。それらを「コースト」と聞き間違えるはずがない。 「通信状態が悪く」云々(うんぬん)とも言い訳したが、「当日の天候はそう悪くなかった」(防衛大臣会見)。加えて、もし韓国の主張どおり海自機が低空で異常接近していたのなら、近距離ということにもなる。思い出される中国のウソ なら、なおさらのこと、彼らの耳には「KOREA SOUTH NAVAL SHIP, HULL NUMBER 971」とハッキリ聞こえたに違いない。そもそも海自機が接近したというなら、なぜ海自がそうしたように、国際緊急周波数帯などで呼びかけなかったのか。海自機からの呼びかけを無視したあげく、通告も警告もなく、相手に火気管制レーダーを一定時間継続して複数回照射するなど、決して許されない。 以上と同様の経過をたどった事案を思い出す。2013年1月、中国海軍艦艇による海自護衛艦などに対する火器管制レーダー照射が起きた。このときも中国(国防部と外交部)が、レーダー使用そのものを完全否定した。 レーダー照射が危険行為に相当し、国際慣習上も問題があるとの判断を軍指導部が下したからであろう(拙著『日本人が知らない安全保障学』)。その後、日中の主張は平行線をたどった。おそらく今回も、さすがにマズいとの判断を韓国政府が下したから、事実関係を否定しているのであろう。きっと中国同様、韓国も白々しく嘘を突き通す。 当時も今回も、照射を浴びた海自は現場から退避した。威嚇も、警告射撃も、火器管制レーダーを浴びせることもなく、退避した。そうした抑制姿勢が呼び水になったのか。その後も「事実に反する主張を中国はたびたび行った」(防衛白書)。だが、日本政府はそう白書に書くだけ。それ以上の行為には及ばない。そればかりか、中国との「協調」姿勢を示す。 2016年には、中国軍機が自衛隊機に火器管制レーダーを浴びせ、自衛隊機がフレア(おとり装置)を発出して、空域から離脱する一触即発の事案も起きた(拙著『日本の政治報道はなぜ「嘘八百」なのか』)。 このとき日本政府から「国際社会に与える影響も極めて大きく、個人的には遺憾だと思っている」と指弾されたのは、中国ではなく、事実関係をネット上で明かした元空将だった。日本政府はいまだに事実関係を認めていない。第2次安倍内閣発足から26日で6年を迎えるにあたり、報道陣の質問に答える安倍首相=2018年12月25日夜、首相官邸 以上すべてが安倍政権下で起きた。もちろん今回のことは韓国軍が悪い。だが、こうした事態を招いた責任の一端は日本政府にもあるのではないだろうか。もし、これまで同様の対応に終始するなら、きっといずれ、同様の事件が起こる。 中国や韓国に対して、いくら道理を説いても虚(むな)しい。残念ながら「紳士協定」を守るような相手でない。結局のところ「力」だけが彼らを動かす。■ 【徹底比較】韓国と北朝鮮の陸海空戦力はこんなにも違った!■ 韓国軍不祥事、今も韓国を支配する法より大義の儒教モラル■ ベトナムが韓国の戦争犯罪を今も黙殺する理由

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    「スパイ天国」日本を狙う中朝工作員の恐るべき活動

    る。女性から自衛官に接触し結婚したケースが大多数だ。自衛隊の情報が中国側に漏れているとしたら、日本の安全保障上にも影響を与えていることになる。 実際、平成19(2007)年1月、神奈川県警が海上自衛隊第1護衛隊群(神奈川県横須賀市)の護衛艦「しらね」(イージス艦)乗組員の2等海曹の中国籍の妻を入管難民法違反容疑(不法残留)で逮捕。家宅捜索したところ、イージス艦の迎撃システムなど機密情報に関する約800項に及ぶファイルが発見されている。2005年6月に中国のシドニー総領事館の一等書記官だった陳用林がオーストラリアに亡命した。彼は、日本国内に現在1000人を優に超える中国の工作員が活動していると証言している。北朝鮮の対日工作活動 日本国内に北朝鮮の工作員はどれくらい潜伏しているのだろうか。不審船や木造船を用いて不法上陸したり、他人に成りすまし偽造パスポートなどで入国している工作員も間違いなくいる。 一方、工作員は日本人の協力者や在日本朝鮮人総聯合会(略称は朝鮮総聯)に関係する在日朝鮮人らと共謀して、日本からヒト、モノ、カネなどを持ち出してきたことは周知の通りだ。日本人拉致、核開発関連の研究者の勧誘、ミサイル技術流出への関与、日本製品の不正輸出、不正送金など。麻薬・拳銃売買などの非合法活動にも手を染めているのが朝鮮総聯である。祖国防衛隊事件や文世セ光事件を引き起こした歴史的経緯から、公安調査庁から破壊活動防止法に基づく調査対象団体に指定されている。  北朝鮮で製造されるミサイル部品の90%は日本から輸出されていた(2003年5月、米上院公聴会での北朝鮮元技師の証言)。北朝鮮の核施設元職員で1994年に韓国に亡命した金大虎は、各施設には多数の日本製の機械や設備があったと証言。平成24(2012)年3月、北朝鮮にパソコンを不正輸出したとして外為法違反罪で在日朝鮮人の会社社長が逮捕された。北朝鮮への経済制裁で全面禁輸となった後も、パソコン機器1800台を無承認で輸出。関連機器の輸出総数は約7200台にのぼるとみられている。 平成29(2017)年秋ごろから日本海沿岸に北朝鮮船籍と思われる木造船が数多く漂着している。以前から同じような木造船が日本海沿岸で発見されていたが、報道はほとんどされてこなかった。同年11月23日、秋田県由利本荘市の船係留場に全長約20メートルの木造船が流れ着き、乗組員8人が警察に保護された。8人は調べに対し、イカ釣り漁の最中に船が故障し、およそ1カ月漂流していたと話したという。 これ以外にも、北海道や青森、秋田、山形、新潟、石川の各県で北朝鮮籍の漁船と思われる木造船が漂着・漂流している。中には船内から遺体が発見されたケースもあった。だが、一連の漂流・漂着を単なる漁民の漂流・漂着として片づけることのできない事態が起きた。日本は6852の島嶼(周囲が100メートル以上)から構成されているが、そのうちの約6400が無人島で、それに伴う海岸線の総延長距離は3万3889キロメートルに達している。 24時間体制で海上保安庁が海上から不審船等を監視・警戒しているとはいえ、すべてを確認することは難しい。木造船はレーダーでは見つけにくいという問題もあるなか、北海道松前町の無人島である松前小島に一時避難した北朝鮮籍の木造船が、北朝鮮人民軍傘下の船とみられることが同年12月5日に明らかになったのだ。船体には「朝鮮人民軍第854軍部隊」というプレートがハングル文字と数字で記されていた。抵抗しながら警察官らに連行される北朝鮮船の乗員(中央)。北海道松前町の無人島に接岸した北朝鮮の木造船の乗員とみられる=2017年9月、北海道函館市 北朝鮮では、軍が漁業や農業などの生産活動にも従事しており、乗組員9人は、北海道警の事情聴取に対して、秋田県由利本荘市の事案と同様に「約1カ月前に船が故障し、漂流していた」と話しているが、信用していいか疑わしいところだ。普通に考えれば、1カ月も海上を漂流すれば、食料や水が底をつき、栄養失調になったり、衰弱していてもおかしくない。 乗組員が元気ということは、普段から訓練をしている軍人もしくは工作員であると思って間違いないだろう。平成29年12月23日に見つかった秋田県由利本荘市の船係留場に漂着した木造船が、2日後の25日朝に沈没したが、明らかに海保や秋田県警が船内を捜索する前に、証拠隠滅を図ったと考えるのが妥当だ。また、発見を免がれた乗組員以外の工作員が、上陸し潜伏している可能性もある。 また、日本海沿岸は北朝鮮による拉致事件が多発した場所でもある。拉致被害者の1人である横田めぐみさん(当時13歳)が、新潟市内で学校からの下校途中に拉致されたことを考えれば、一連の木造船が漁業だけを目的とした船とは到底思えない。間違いなく何らかの任務を与えられていると考えなければならない。感染する恐怖 平成29(2017)年11月30日の参議院予算委員会で、自民党の青山繁晴議員が「北朝鮮の木造船が次々に漂着している。異様だ。北朝鮮は兵器化された天然痘ウイルスを持っている。もし、上陸者ないし侵入者が、天然痘ウイルスを持ち込んだ場合、ワクチンを投与しないと無限というほど広がっていく」と問題提起したうえで、バイオテロにつながりかねないとの認識を示した。 青山議員が提起した天然痘ウイルスの感染や生物兵器を使用しバイオテロが現実となれば、日本国内は間違いなくパニックに陥るだろう。韓国国防白書によれば、北朝鮮は複数の化学工場で生産した神経性、水泡性、血液性、嘔吐性、催涙性等、有毒作用剤を複数の施設に分散貯蔵し、炭疽菌、天然痘、コレラ等の生物兵器を自力で培養及び生産できる能力を保有していると分析している。 アメリカ科学者連盟(FAS)は、北朝鮮は一定量の毒素やウイルス、細菌兵器の菌を生産できる能力を持ち、化学兵器(サリンや金正男氏の暗殺に使われたVXガスなど)についても開発プログラムは成熟しており、かなり大量の備蓄があるとみている。アメリカ国防総省も、北朝鮮は生物兵器の使用を選択肢として考えている可能性があると指摘している。 そのため、韓国に駐留する在韓アメリカ軍兵士は、2004年から天然痘のワクチン接種を受けている。アメリカはテロ対策のため天然痘ワクチンの備蓄を強化し、2001年に1200万人分だった備蓄量を2010年までに全国民をカバーする3億人分まで増やしている。日本でも天然痘テロに備えて、厚生労働者がワクチンの備蓄を開始しているが、備蓄量は公表されていない。 ここで青山議員が提起した天然痘ウイルスについて、もう少し詳しく説明したい。日本では、昭和31(1956)年以降に国内での発生は見られておらず、昭和51年にワクチン接種は廃止された。感染経路は、くしゃみなどのしぶきに含まれるウイルスを吸い込むことによる感染(飛まつ感染)や、患者の発疹やかさぶたなどの排出物に接触することによる感染(接触感染)がある。 患者の皮膚病変との接触やウイルスに汚染された患者の衣類や寝具なども感染源となる。潜伏期間は平均で12日間程度。急激な発熱(39度前後)、頭痛、四肢痛、腰痛などで始まり、一時解熱したのち、発疹が全身に現れる。発疹は紅斑→丘疹→水疱(水ぶくれ)→膿疱(水ぶくれに膿がたまる)→結痂(かさぶた)→落屑と移行していく。ワクチン未接種の場合、20~50%の感染者が死亡する。参院議員の青山繁晴氏 ただし感染後、4日以内にワクチンを接種すれば発症を予防したり、症状を軽減できるとされている。だが、日本では半世紀発生していないため、医師も実際の症状を見たことがない。そのため医師によるスムーズな対応ができず、感染の拡大を招く恐れもある。北朝鮮による天然痘ウイルスをはじめとする生物兵器を使用するバイオテロは、私たちの身近なところで起きる可能性もある。不法に上陸をする工作員によって、日本国内に生物兵器が持ち込まれる可能性は拭いきれない。「スリーパー・セル」とは何者なのか 「スリーパー・セル」。この言葉をめぐり論争が勃発した。平成30(2018)年2月11日放送のテレビ番組「ワイドナショー」(フジテレビ系)で、東京大学の三浦瑠麗講師が「スリーパー・セル」に言及すると、途端に激しいバッシングを浴びた。 英語で「潜伏工作員」の意味で用いられる表現だ。平時は一般市民に同化して目立たないように生活しており、有事には組織から指令を受けて諜報活動、破壊工作、テロ行為などに及び、内部から攪乱する。スリーパー・セルの個々の分子は単に「スリーパー」と呼ばれることもある。 日本において北朝鮮のスリーパーが都心部などに潜伏している可能性は決して否定できない。北朝鮮からの呼びかけに応じて、各都市で破壊活動やテロ活動をする準備をしながら、一般市民に紛れているとみられている。現在、日本に潜伏しているスリーパー・セルだが、その活動内容は、北朝鮮のサポートをすることが目的とみられている。ただ、公安当局も詳しくはつかんでいないようだ。 スリーパー・セルは、北朝鮮のラジオなどから流される暗号を受信して行動に移ることになっている。現在は目立った活動はしていないが、北朝鮮がいつ、どんな指令を下すのか。それは分からない。スリーパー・セルは銃器も持っているし、もちろん扱える、爆発物や生物・化学兵器なども扱える可能性がある。それに加えて情報操作などを行い、嘘の情報を流すことでパニックを起こさせることだってやりかねない。 韓国の高永喆元国防相専門委員・北韓分析官によると、日本人を拉致し、そのパスポートで韓国に入国し、工作活動をした辛光洙が代表的なスリーパー・セルだったと。現在も、日本国内には第2の辛光洙のようなスリーパー・セルに包摂された協力者が、約200人は潜伏している可能性があるとしている。 2017年2月、金正男氏がマレーシアのクアラルンプール国際空港で毒殺されたが、当時、協力者として逮捕された李正哲という北朝鮮人は、現地製薬会社の社員に成りすまして暗躍したスリーパー・セルであることが明らかになっている。スリーパー・セルは、あなたの近くに普通の会社員や学生として潜んでいるかもしれない。また、不審な行動をする人がいたら、すぐに警察に通報することも忘れずに。

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    トランプ「宇宙軍」構想の目算

    トランプ大統領が突然表明した「米宇宙軍構想」の波紋が広がっている。トランプ氏の発言は、国防が最大の目的とはいえ、宇宙を潜在的な戦争の場として捉えた点で、国際的な注目を集めた。中間選挙をにらんだ人気取りの思惑も透けて見えるが、そもそもトランプはどこまで本気なのか。構想の目算を読む。

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    トランプの「宇宙軍構想」はどうせ絵に描いた餅で終わる

    西恭之(静岡県立大グローバル地域センター特任助教) 宇宙空間における米軍の戦力の整備(編制・訓練・装備)または運用を、空軍から別組織に分ける方法はいくつかあるが、トランプ大統領は、宇宙軍を管理する宇宙軍省も新設するという、最も大がかりな方法を選んだ。 それゆえ、宇宙軍構想は法令や組織の整備に時間がかかるものとなっており、国防総省は宇宙軍省・宇宙軍の新設に消極的だ。議会上院の約3分の1と下院の全議席が改選される11月6日の中間選挙後、来年1月3日に開会するまで、国防総省は必要な法案の審議を先送りすることができる。 宇宙軍構想はトランプ大統領の政治的な色がついている上に、議会では上院よりも下院の方が積極的なので、中間選挙で野党の民主党が下院の多数党となった場合、実現する見込みは低い。 この問題を理解するには、まず米軍がどのような仕組みで戦力を整備し、作戦を指揮しているのかを概観するのがよいだろう。 米軍は陸軍省・海軍省・空軍省の3省と、陸軍・海軍・海兵隊・空軍の4軍種からなっている。3省の長官には、上院の承認を経て文民が就任し、それぞれの軍種の戦力整備を受け持っている。海軍省は平時から海軍と海兵隊を管轄し、議会による宣戦布告または大統領の指示があった場合は、沿岸警備隊を編入する。なお、3省の長官は、国防長官の部下なので閣僚ではない。 3省が整備した戦力を軍事作戦で運用するのは、統合軍(ユニファイド・コマンド)である。軍事作戦の指揮系統は、大統領―国防長官―統合軍司令官と法律で定められている。統合軍は10個あり、そのうち6個は米インド太平洋軍のように地理的に定義され、4個は米戦略軍のように機能別に定義されている。統合軍は2省以上の部隊からなり、幅広く恒久的な任務を担っている。米インド太平洋軍の下の在韓米軍のように、「サブ統合軍」(サブ・ユニファイド・コマンド)が設置されることもある。ホワイトハウスで軍関係者を前に演説するトランプ米大統領=2018年5月、ワシントン(AP=共同) なお、「米軍制服組トップ」とも呼ばれる統合参謀本部議長は、軍事作戦の指揮系統に入っていない。その任務は、大統領や国防長官に軍事的な助言を行い、また、3省が整備した戦力が統合軍司令官のニーズを満たすと保証することである。 宇宙空間については現在、戦力の整備を担当する空軍宇宙軍団司令官が、昨年12月1日から米戦略軍の統合軍宇宙構成部隊司令官を兼任して、作戦の指揮統制も行っている。スターウォーズ計画の行方 実は、統合軍としての米宇宙軍は過去にも存在した。レーガン政権は、ソ連の長距離弾道ミサイルを迎撃するため、早期警戒衛星のほか迎撃ミサイルやレーザー装置も衛星軌道上に配備することを目指して、戦略防衛構想(通称・スターウォーズ計画)を推進した。 初代の米宇宙軍は、その最中の1985年に設置された。それが2002年に廃止されたのは、統合軍の数が制限されている中で、米同時多発テロを受けて、北米を担当する米北方軍を設置したからである。 宇宙軍について積極的な動きをみせる下院は昨年7月、国防予算の費目別の上限を定める2018年度国防権限法案を可決した際、海兵隊(マリン・コー)が海軍と同じ地位で海軍省に監督されているように、空軍と同じ地位で空軍省の監督を受ける「スペース・コー」を新設する条文を盛り込んだ。 しかしマティス国防長官は、「間接費の節約と統合作戦の取り組みに集中しているので、新たな軍種を作り、屋上屋を架することに反対」する書簡を、上下両院軍事委員会首脳に送った。それもあって、上院は「スペース・コー」新設に反対した。 結局両院協議会は、国防総省の下で宇宙活動を管轄する新たな省を設置するための行程表を、空軍から独立した機関に国防副長官が諮問するという条文を加える形で、2018年度国防権限法案の時点では、宇宙軍に関する決定を先送りした。韓国・烏山上空を通過する米軍のB戦略爆撃機=2016年1月(共同) 慎重なマティス氏や上院とは対照的に、トランプ大統領は今年3月13日、「宇宙空間も陸・空・海と同じように、一つの作戦領域だ。わが国は将来、宇宙軍をもつだろう」とカリフォルニア州のミラマー海兵航空基地で発言した。 さらに5月1日にも、ホワイトハウスで陸軍士官学校フットボールチームを表彰した際、「第6の軍種、宇宙軍の創設を考えている」「わが国は宇宙を軍事的にも他の理由でも大いに利用するようになっているから、宇宙軍について真剣に考えている」と語った(既存の軍種に沿岸警備隊を含めると、宇宙軍は第6の軍種になる)。 その結果、宇宙軍がトランプ大統領ならではの構想としてメディアの注目を集めるようになった。これは、さまざまな政策課題に取り組んで進展させている印象を与えたい、トランプ大統領の狙い通りだ。トランプのうっかり発言 トランプ大統領は6月18日の国家宇宙会議の冒頭で、「わが国は空軍を保有し続けるし、宇宙軍も保有する。分離されても平等に」と発言、「国防総省に対し、第6の軍種として宇宙軍を創設するため必要なプロセスを直ちに始めるよう」指示した。 ちなみに、「分離されても平等」という表現は、思い浮かんだ表現を深く考えずに言ったものかもしれないが、米国民にとっては、公立学校における人種隔離を認めた1896年の米最高裁判決を表す表現であり、トランプ大統領の発言は、その点でも注目された。 それから2カ月足らずの8月9日、ペンス副大統領は、マティス国防長官を伴って記者会見し、ロシアと中国の対衛星兵器の脅威を訴え、宇宙軍創設に向けて国防総省が直ちにとる措置を指示した。 ペンス副大統領はここで、宇宙軍を管理する宇宙軍省も新設する方針を示した。国防長官の下で兵力・機能の増強を監督する文官として、まず宇宙担当国防次官補を新設するが、このポストが「将来、完全に独立した宇宙軍長官に移行するため重要」だと発言した。 そのほか、統合軍レベルの米宇宙軍、宇宙関連の調達を加速するための「宇宙開発局」、宇宙担当軍人の質と量を増強するための「宇宙作戦部隊」の創設も指示した。宇宙軍創設のイベントに参加した米国のペンス副大統領(左)とマティス国防長官=2018年8月、ワシントン近郊の国防総省(AP=共同) しかし、このままペンス副大統領が指示した通りに事が進むわけではない。8月13日にトランプ大統領が署名した2019年度国防権限法は、宇宙開発局や宇宙作戦部隊に似た内容を含むものの、米戦略軍の下にサブ統合軍として米宇宙軍を創設すると定めており、トランプ政権の計画ほど急進的ではないのだ。宇宙軍省の新設はむろん、空軍省の下で宇宙軍を新設するにも、立法が必要である。 マティス国防長官とダンフォード統合参謀本部議長は、8月28日の記者会見で、ペンス副大統領ほど宇宙軍省・宇宙軍種の新設を急がない姿勢をのぞかせた。マティス長官は、国防総省が宇宙軍省を設置する法案について議会と協議していると述べる一方、「わが国が直面している宇宙問題を定義するため、議会およびホワイトハウスと作業してきた」として、ホワイトハウスから独立した専門家集団としての立場を示した。「トランプ色」作戦は失敗か ダンフォード議長の方は、統合軍および軍種として宇宙軍を創設するための費用に関する質問に対し、「国防権限法はサブ統合軍を2018年に設置するよう定めているので、その細部を詰めるプロセスに入っている」と答えた。要するに国防総省は、議会が立法化した内容と期限より速くは進まないというのだ。 すると、宇宙軍種が新設されるかどうかは、11月6日の中間選挙で選ばれ、来年1月3日に開会する第116議会が決めることになる。 宇宙軍種を新設することへの軍事的な反対論は、前述の書簡でマティス長官が指摘した、間接費が増え、屋上屋を架する問題にとどまらない。米国が宇宙空間の軍事利用を自制すべきかどうかという問題とも別だ。 そのことは、サイバー戦力を陸海空軍などと同格の軍種とすべきだという議論が、下火になったのはなぜか考えれば明らかだろう。米軍のあらゆる活動に必要な機能は、軍種として分離すべきでないという理解が広まったからだ。米サイバー軍は、米戦略軍の下のサブ統合軍だったが、今年5月4日、軍種ではなく統合軍として独立した。宇宙軍種創設論はこの経緯を踏まえていない。 宇宙軍を軍種として新設すると、人材確保も妨げる恐れが強い。空軍は国民的人気が高いので、宇宙システムの運用と調達を担当する約5千人の要員を確保できている。宇宙軍を分離した場合、既存の軍種よりケタ違いに小規模で、独自の伝統も有人宇宙活動のドラマもないので、既存の空軍部隊のように人材が集まるとは考えにくい。すると、宇宙軍は民間企業の助言に頼ることになり、軍と民間企業の優先順位の違いによって、政策がゆがめられることになる。米アイオワ州で選挙演説するトランプ大統領=2018年10月(ゲッティ=共同) さらに、政治的には、トランプ政権側が宇宙軍創設を支持層へのアピールに使い、トランプ大統領の色をつけているので、中間選挙後の下院民主党で、宇宙軍創設への反対が高まるのは必至だ。ペンス副大統領が宇宙軍創設について記者会見した8月9日、トランプ・ペンス再選のための政治資金団体は支持者に対し、宇宙軍のロゴ候補6案を送り、投票を求めた。 この投票の結果を国防総省が採用することはないだろうが、トランプ大統領が宇宙軍構想をも金もうけに利用しているという批判が、民主党支持者の士気を高めていることは確かだ。好景気なのに支持率が低めの大統領の色がついていることも、宇宙軍新設のハードルを高くしている。

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    「宇宙軍創設」トランプの真意は中国への宣戦布告に他ならない

    鍛冶俊樹(軍事ジャーナリスト) トランプ米大統領が6月、宇宙軍創設の指示を出した。マスコミはトランプの発言をとかくフェイクと見なしたがる。そこで、この発言もトランプ一流の大ぼらかのような報道ぶりだった。 もっとも、マスコミの責任ばかりとは言えない。米国は1980年代、当時のレーガン大統領がスターウォーズ計画を発表した。当時から人気のSF映画の題名そのままに、レーザー砲で旧ソ連の大陸間弾道ミサイル(ICBM)を破壊する画像がニュースなどで繰り返し流されたものだった。 結局、米ソ冷戦の終結で、この計画も沙汰止(さたや)みになった。ただし、ここで開発された技術が現在のミサイル防衛に生かされているので、レーガンの大ぼらだったというのは言い過ぎであろう。 とはいえ、発表当初から膨大な予算を必要とすることから実現を疑問視する声が絶えず、ICBMをレーザーで破壊する画像が文字通り絵に描いた餅に終わったのは事実である。 従ってトランプの宇宙軍創設も当初マスコミは大統領の大ぼらと見なしたわけだが、8月にペンス副大統領が具体的な計画を打ち出し、にわかに現実性を帯び始めた。なにしろペンスは誠実な人柄で知られ、マスコミからも評価が高いからだ。 ペンスは「2020年までに宇宙軍を設置する」と述べ、それまでの当面の措置として宇宙担当の国防次官補を新たに任命し、統合宇宙司令部、宇宙作戦部隊、宇宙開発局を設置すると発表した。 さらに9月、ロイター通信は米国防総省の試算として、宇宙軍創設の費用について1年目に30億ドル超、その後4年で100億ドル、要員は1万3000人以上、と具体的な数字を報じた。 レーガンのスターウォーズ構想には、こうした具体的な数字が出てこなかった。しかもこの数字は現実的な数値だ。宇宙軍創設はもはやトランプの大ぼらでもなければ、絵に描いた餅でもない。 トランプは宇宙軍創設の発表時、「第6軍として宇宙軍を創設する」と述べた。「野球だって2軍までだ。それを第6軍とは何事ぞ?」といぶかる声もあったが、これを理解するためには各国の軍種を認識しなければなるまい。ミッション(任務)の内容がほとんど公開されず「謎の宇宙機」と呼ばれるX-37(米空軍提供) 20世紀半ばにおいては陸軍、海軍、空軍の3軍種が世界標準だったが、米国の場合、第4軍として海兵隊、第5軍として沿岸警備隊が位置付けられている。そこで宇宙軍は第6軍となる。 しかし、宇宙空間が初めて軍事化されたのは第2次世界大戦であり、ドイツが初の弾道ミサイルV2を開発してからである。戦後、軍事衛星が配備されるに至り宇宙の軍事化は急速に進んだ。意識しているのは中国 米国においてはICBMなどの弾道ミサイルや軍事衛星は空軍の所掌とされていた。つまり、米空軍は事実上、航空宇宙軍だった。対するソ連や中国では空軍とは独立した軍種として戦略ロケット軍が設けられた。特にソ連は米国の軍事衛星を破壊するための衛星、キラー衛星を開発していた。 軍事衛星は敵情を低高度で細かく観察する偵察衛星、高高度で弾道ミサイルの発射を監視する早期警戒衛星、情報伝達のための通信衛星などがあるが、米軍のこれらの衛星と同じ軌道上にソ連はキラー衛星を打ち上げ、戦争勃発と同時に米軍衛星を一気に破壊する計画だった。 これが成功すれば、米国はソ連がICBMを撃っても、それを認識すらできないうちに壊滅するわけだ。もちろん米国もソ連の軍事衛星を破壊するためのミサイルを開発していたため、米ソ大戦が勃発していたら、最初の戦場は間違いなく宇宙だったはずだ。 そしてソ連崩壊後、新たな軍事大国として台頭してきたのが中国である。中国の海洋進出は今やインド太平洋地域での大問題であるが、中国の軍事拡大は海軍や空軍に留まらない。むしろ宇宙分野こそ隠れた大問題だと言ってよかろう。 2007年1月に中国は、中国上空850キロの軌道上にあり、すでに機能を停止した気象衛星を弾道ミサイルで破壊した。当時、宇宙ゴミとして国際的に問題視されたが、その実、軍事関係者に与えた衝撃は大きかった。 というのも、中国が衛星破壊実験を行い成功したということは、ソ連と同じ軍事的意図を持っているとしか考えられないからである。すなわち、米国との核戦争に勝利しようとする意図である。 2008年9月、中国は宇宙船「神舟7号」で宇宙飛行士の宇宙遊泳に成功した。ロシアの援助を受けていたが、それでも宇宙開発の目覚ましさに世界中が驚いた。2011年には宇宙ステーションの原型となる「天宮1号」の打ち上げに成功した。翌年には宇宙飛行士3人が乗り込み中国初の宇宙ステーションとなった。16年には「天宮2号」の打ち上げに成功している。中国の習近平国家主席(左)と米国のトランプ大統領=北京(AP) こうした宇宙開発の姿は1950年代後半からのソ連の宇宙開発を彷彿とさせる。1957年にソ連は人類初の人工衛星「スプートニク1号」の打ち上げに成功し、1961年にガガーリンによる人類初の有人宇宙飛行に成功した。 米ソの宇宙開発競争においてソ連は当初優位な位置を占めていたが、この競争の実態は宇宙戦争に他ならず、その背景には米ソ冷戦があった。中国はこの時のソ連の軍事思想と技術を継承している。 ちなみに中国は「天宮宇宙ステーション」を2020年に完成させる予定である。なぜ、ペンスが「2020年までに宇宙軍を設置する」と述べたのか、これで分かるだろう。そして、ペンスはワシントンのハドソン研究所で、中国の覇権主義を非難するとともに全面対決すると宣言した。その内容はかつて英国のチャーチル首相が米国で行った「鉄のカーテン」の演説(米ソ冷戦のさきがけとなった)にも比せられている。 トランプの宇宙軍創設は決して口先だけのものではない。それは中国との全面対決を視野に入れた明確で緻密な計画なのである。

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    トランプが想定する宇宙戦争はどのようなものか

    エンジンを必要とする。まさに「サイエンス・フィクション(SF)」そのものだ。 米軍全体の目的は米国の安全保障であって、相手として想定しているのは異星人や宇宙植民国家ではなく、地球上で脅威となる国家やテロ集団だ。従って、米国の軍事衛星の目的は、地球上における米国の外交や、米軍の行動を有利にすることにある。これは米軍に限ったことではなく、どの国でも軍事衛星は地球上の安全保障のための道具であって、派手な宇宙戦争を見据えているわけではない。 そこで本稿では、そもそも軍事衛星とはどのようなものであり、どのような課題を抱えているのか、日米を中心に解説していく。 まず軍事用途はさておき、人工衛星そのものの基本的な特徴を確認しよう。人工衛星の利点は、年単位の長期間にわたって高い場所を飛行し、地球上を広く見渡せることにある。また宇宙空間は領土や領空のような国家主権が及ばないため、平時においても他国上空を飛行できる点は、軍事衛星にとっては大きなメリットとなろう。 一方、航空機などと比べた場合のデメリットは地球上から宇宙へ出たり、地球上へ戻ったりするのに莫大(ばくだい)なコストがかかる点にある。このため軍事非軍事にかかわらず人工衛星の用途は、物体の運搬ではなく情報のやり取りに関するものが大半だ。安全保障においても情報が重要であることは言うまでもなく、一般に軍事衛星と呼ばれるもののほとんどは、外交・公安・軍事といった安全保障に役立つ情報の取得を目的としている。2016年5月、ダイバーシティ東京プラザの広場に立つ全長18メートルの実物大「RG1/1 RX-78-2ガンダムVer.G FT」 日本政府は宇宙開発基本計画を策定し、安全保障や科学、民間活動などさまざまな用途に役立つ人工衛星の整備を掲げている。この中で安全保障用途の色が濃い衛星を挙げていこう。 情報収集衛星(IGS)は、日本が保有する衛星の中でも特に安全保障用途に特化した衛星だ。 宇宙から地上を撮影する地球観測衛星は、安全保障目的で利用される場合は偵察衛星と呼ばれることが一般的だ。基本的には用途の違いであって機能に大きな差はないが、偵察衛星は非軍事衛星より高性能で、撮影した画像などは公開されないことが多い。 IGSは安全保障のほか、大規模災害の際も画像を収集する目的の衛星とされているが、撮影された画像は特定秘密に指定され公開は極めて限られている。災害時の国内外への画像公開は主に宇宙研究開発機構(JAXA)の衛星が担当しており、IGSは事実上安全保障専用の偵察衛星と言える。恐るべき米偵察衛星の精度 偵察衛星にはデジタルカメラのように光で撮影する光学衛星と、電波を反射させるレーダー衛星がある。光学衛星は1メートル以下の物体を見分けるほど精細な画像を撮影できることがメリットで、IGSの光学衛星は30センチ程度の物体を見分けられる性能(分解能)があるとされているが、米国の光学偵察衛星は20センチ未満とみられる。 レーダー衛星は、分解能こそ1メートル程度と光学衛星に劣るものの、雲を透視して地上を撮影できることや、夜間も撮影できることが大きなメリットだ。このため光学衛星で識別した目標の移動を追跡するといった使い方ができる。 IGSは光学衛星とレーダー衛星を2機ずつの計4機、予備機などを含めると計7機(8月31日現在)が運用中で、1日に地球上の一つの場所を光学で昼間2回、レーダーで昼夜2回ずつ撮影可能な体制となっている。今後は撮影間隔を短くするため、IGSの数を倍の8機に増加することが決まっている。 安全保障寄りの衛星はIGSのほか、測位衛星の準天頂衛星システム「みちびき」を内閣府で、防衛通信衛星「きらめき」を防衛省の民間資金活用による社会資本整備(PFI)事業で運用している。測位衛星は安全保障だけでなく民間も含めあらゆる活動の役に立つ衛星だが、代名詞ともなっている米国の衛星利用測位システム(GPS)は軍事用に開発されたもので、民間用途に開放された現在も空軍が運用しているなど、安全保障にも欠かせない衛星と言える。 宇宙基本計画ではIGS以外にも、将来の安全保障目的の衛星の検討が掲げられている。 早期警戒衛星はミサイル発射の火炎を宇宙から探知する衛星で、冷戦時代の目的は「敵の核ミサイル発射を探知し、こちらが全滅する前に核ミサイルを発射して報復すること」だった。このため核を保有しない日本には不要な衛星だったのだが、現在はイージス艦や地対空誘導弾パトリオット(PAC3)などの弾道ミサイル防衛システムに第一報を発することも重要な目的となっている。 現在、自衛隊は弾道ミサイル発射の探知を米軍の早期警戒衛星に頼っているほか、国民に弾道ミサイルの危険を伝える全国瞬時警報システム(Jアラート)もこの情報を利用している。そこで宇宙基本計画は「早期警戒機能」の調査研究を掲げており、防衛省が開発したミサイル探知用の赤外線センサーをJAXAの地球観測衛星「だいち3号」に搭載して、2020年に技術実証を行う予定だ。 また、宇宙基本計画には記載がないが、防衛省の平成31年度概算要求では「宇宙領域における電磁波監視態勢の在り方に関する調査研究」が新規事業として掲載された。これは地球上の通信電波を傍受する電子情報収集(エリント)衛星を指すものと思われる。米国のものは直径約100メートルもある巨大なパラボラアンテナを備える衛星だ。日本の衛星「みちびき」の想像図(準天頂衛星システムウェブサイトより) 宇宙基本計画には特定の衛星開発だけではなく、総合的な施策である宇宙状況監視(SSA)や海洋状況把握(MDA)も掲げられている。 SSAは人工衛星や宇宙ごみ(スペースデブリ)がどのような軌道を飛行し、どんな形状をしているのかを観測して把握することを指す。現在はJAXAが観測を行っているが、加えて防衛省がSSA用レーダーを整備するなど、体制を強化している。また宇宙空間で他の衛星やデブリを観測するための専用衛星の検討も挙げられている。宇宙戦争、実はありえる? MDAは海上の船舶の位置や航行方向を宇宙から観測するもので、短い間隔で繰り返し観測する必要があるため既存衛星に加えて小型衛星も活用するなど、大量の観測データの集約や共有に主眼を置いている。 これらは事故防止など民間にとっても有益な情報となるが、他国の軍事衛星や艦船の活動を監視する安全保障目的の意味合いが強いと言えるだろう。 また、冒頭では困難だと説明した宇宙空間での戦闘だが、方法がないわけではない。米国や中国は地上から発射したミサイルで衛星を破壊する実験を行ったことがあるが、大量のスペースデブリが発生するため、実戦での使用は自国の衛星にとっても脅威となりかねない。しかし、衛星を粉砕するのではなく強力な電波やレーザーで衛星の機能を失わせたり、偽の命令信号を送って衛星を乗っ取るなどの方法であれば、スペースデブリを増加させずに衛星を無力化することができる。 また、低い軌道のスペースデブリは大気の抵抗で数日~数年程度で落下することが見込めるため、スペースデブリ発生のリスクを承知の上で攻撃することも、あり得ないことではない。このような脅威から人工衛星を守る方法は今後の課題となっている。 このように安全保障分野における人工衛星の役割は増加の一途をたどっている。トランプ政権が宇宙軍創設を発表したのも、航空機を重視する空軍から宇宙部門を分離することでより積極的な宇宙戦力整備を図ろうという意図がある。と同時に、多数の衛星が必要となるMDAでは日米の衛星情報を共有するなど、同盟国の負担にも期待している。 米国防総省の宇宙予算は日本円で2兆円以上もあり、軍事宇宙開発だけで日本のJAXAの10倍以上、日本の防衛費の半額に相当する。日本がどの程度の宇宙戦力を保有するのが妥当なのかは、慎重な検討が必要だ。早期警戒衛星や電子情報収集衛星は検討段階だが、もし衛星を開発し運用することになれば数千億円単位の予算が必要だろうし、宇宙基本計画や防衛省予算要求などでも衛星の開発までは明記していない。 収集した情報を分析するノウハウの取得や、人材の育成も大きな課題だ。画像に写っているものが何なのか、短時間で正確に分析するには職人的な技能を必要とする。 ディープラーニング(深層学習)など人工知能(AI)による自動処理も考えられるが、いずれにせよ費用と時間がかかる。衛星だけ整備しても情報分析に十分な予算を確保できなければ、衛星は役に立たない「張り子の虎」となるだろう。2018年8月、安倍晋三首相(右)に対し、スペースデブリに関する勉強会の申し入れを行う(左から)小泉進次郎ワーキングチーム座長と河村建夫宇宙・海洋開発特別委員長(春名中撮影) 地球上の防衛力と同様、宇宙でも日本単独で全てを賄うのに要する予算の獲得は不可能だろう。米国をはじめとする諸外国と衛星を持ち寄り、情報を交換するなど協力して課題に対応することが求められる。 また、安全保障専用とするのではなく民生用途にも活用することで費用対効果を改善したり、ベンチャー企業が開発する小型の衛星やロケット、データ利用事業を活用してコストを抑えるなど、宇宙ビジネスとの相乗効果にも期待が寄せられている。

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    中国軍が月に軍事宇宙基地建設しサイバーテロを行う懸念が出る

     昨年12月中旬、中国初の無人月探査機「嫦娥3号」が月面軟着陸に成功した。 月にはウランやチタン、核融合に利用できると期待される「ヘリウム3」などの資源が豊富に埋蔵されている。特にヘリウム3は2万~60万tあり、すべて採取できれば世界で使われる電力の数千年分のエネルギーをまかなえるといわれる。月の資源開発に成功すれば、米国やロシア以上の成果である。ただし、多くの専門家は、この計画はコストがかかり過ぎて採算がとれないと否定的だ。 むしろ習近平指導部が重視しているのは科学技術の軍事転用である。月探査プロジェクトを担当する姜傑・総設計士は、宇宙開発の技術がミサイルの遠隔操作や地球上の定点監視システムに応用できると指摘する。また、中国の軍事専門家、李大光氏は中国紙「環球時報」に、「月探査プロジェクトは中国軍のミサイルシステムの精度向上に大きく貢献する」とコメントしている。 北京の夕刊紙「北京晩報」は昨年12月初旬、宇宙問題の専門家の話として、中国軍は建国100周年に当たる2049年までに月に軍事基地を建設する計画を立てていると報じた。また、宇宙ステーションの建設や、宇宙基地からのサイバーテロなども研究されているといい、宇宙を舞台に世界一の軍事大国の座を目指しているともいわれる。 習近平が月面着陸を祝って宇宙飛行制御センターを訪れた際、李克強らのほか、軍から許其亮、範長龍の両中央軍事委副主席、さらに習近平の腹心で軍事開発や兵站部門を担当する張又侠・中央軍事委員の3人が同行していたことからも、軍と宇宙開発が表裏一体なのは明らかだ。中国初の無人宇宙実験室「天宮1号」のイメージ(中国有人宇宙プロジェクト弁公室提供・共同) 中国の場合、日本や米国などの民主主義国家と違い、これらの軍関連予算は国会(中国では全国人民代表大会)の承認を受ける必要がない。実際の軍事予算は全人代で承認される3倍から5倍ともいわれており、その実態は明らかにされていない。 近い将来、気が付いたら中国軍が月に軍事宇宙基地を持ち、世界中のコンピューターを自由に操っているという事態が現実になっている可能性もある。■文/ウィリー・ラム 翻訳・構成/相馬勝関連記事■ 【キャラビズム】中国は宇宙基地と宇宙船・神舟9号で宇宙戦争へ■ 中国軍 海南島に原潜秘密基地建設で南シナ海での対立激化か■ 中国 2049年の「月面軍事基地建設」と資源獲得意志を表明■ 中国軍が2万人規模の軍事演習実施 北朝鮮意識かとの指摘も■ 北朝鮮の韓国主要公共機関への大規模サイバーテロを識者予測

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    戦闘機の技術をロケットにつなげた「宇宙開発の父」糸川英夫

     戦時中の日本の航空技術は、その後のロケット開発にも貢献した。そこには、GHQの「航空禁止令」に負けなかった男たちがいた。元航空エンジニアでノンフィクション作家の前間孝則氏がつづる。* * *  戦時中、国民に圧倒的な人気を誇っていたのは零戦ではなく、三菱重工と双璧をなしていた中島飛行機製の「一式戦闘機・隼」だった。その隼の空力計算を担った人物に、後に「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫がいた。 敗戦を迎えGHQから航空機の設計や研究を禁じられた「航空禁止令」が下されると中島飛行機の技術者たちは、散り散りになり廃業する者もいた。東大で無人誘導弾の研究をしていた糸川も「飛行機屋失業」で「陸に上がった河童」となったが、敗戦に打ちひしがれてはいなかった。 糸川は中島飛行機時代から「共振(フラッター)」なども専門としていた。そこで東大病院の医師から声を掛けられ、「脳波診断器」の研究に打ち込む。また、大学では「音響工学をやる」と宣言し、バイオリン製作なども行った。 主権回復後の昭和28年、米国の有人宇宙飛行計画を知った糸川は、かつての航空研究者などに呼びかけた。「ロケットをやろうじゃないか」 この呼びかけには、中島飛行機の流れをくむ富士精密工業のエンジン技術者・中川良一や戸田康明らも応じた。世間がジェットエンジン開発へ邁進する中、富士精密工業は一歩先のロケット研究を見据えていたのだった。ここにかつて最先端を追求し先進すぎる企業とまでいわれた旧中島飛行機の英知が再集結した。「日本の宇宙開発の父」と呼ばれる糸川英夫 糸川らは昭和30年、日本初となるロケット(ペンシルロケット)の発射実験を成功させる。それを皮切りに、次々とロケットのシリーズを開発し、「ロケット博士」「日本の宇宙開発の父」と呼ばれることになった。 糸川をはじめとした日本の技術者たちは時代の常識を超え、突飛とも思える夢やアイディアをぶち上げていた。ときに糸川らは「大言壮語の山師か!」と言われつつも、目標に向かってまっしぐらに突き進んだ。その突破力が重苦しい占領下の時代であっても変わることはなかったからこそ、日本は航空宇宙技術の花を咲かすことができたのだ。関連記事■ 中国の戦闘機と日米の戦闘機どっちが強いのか専門家が分析■ 東芝開発の3D技術で「テレビと医療の技術融合」がスタート■ 中国宇宙開発 メンバー構成が共産党支配時代の終焉物語る?■ 宇宙開発利用関係予算に復興予算から22億円 内閣府の言い分■ 中国の宇宙開発加速、2031年以降に有人月面探査計画

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    米国vs中露「サイバー戦争」の行方

    た。その内容は、国防総省のサイトで読むことができる。一部、その要点を紹介する。・米国の繁栄、自由及び安全保障は、情報への開かれた信頼のおけるアクセスに依拠する。・デジタル時代の到来は、国防総省や米国に新たな問題も生じさせる。米国や同盟諸国の競争相手達は、サイバー空間を使って技術を盗んだり、政府や財界を欺いたりする。また、我々の民主的手続きや基礎インフラを脅かす。・我々は、中国及びロシアと長期的戦略的競争関係にある。これらの諸国は、競争をサイバー空間にまで広げたので、米国及び同盟・パートナー諸国にとって、長期的戦略的リスクとなっている。中国は、米国の公共及び民間組織から絶え間なく重要情報を抜き取り、米国の軍事及び経済を浸食している。ロシアは、サイバー空間を使って米国民に影響を与え、民主主義に挑戦している。他にも北朝鮮やイラン等は、同様なやり方で、米国民や米国の利益を害している。このようなサイバー空間の悪用は規模が拡大し、その速度も早くなっている。これは、米国にとって緊急かつ許容できないリスクである。・国防総省は、米国の軍事的優位及び国益を守るために、毎日のサイバー空間上の競争の対処しなければならない。我々の焦点は、米国の繁栄と安全保障に脅威をもたらす諸国、特に中国及びロシアにあてられる。我々はサイバー空間で作戦を行い、情報を集め、軍事的サイバー能力を高め、危機や紛争でも使用できるようにする。我々はネットワークの安全性と強靭性を高め、軍事的優位を保てるようにする。我々は、省庁間、財界、外国のパートナー達と協力して相互利益を促進する。・戦時には、米国のサイバー部隊は、陸海空・宇宙の部隊とともに作戦を行い、敵を打つ。統合部隊は、攻撃的サイバー能力も駆使し、あらゆる紛争場面を通じて、サイバー作戦を展開できるようにする。※画像はイメージです(ゲッティイメージズ)・「国防総省サイバー戦略2018」は、「国家安全保障戦略」及び「サイバー空間のための国家防衛戦略」に基づくもので、「国防総省サイバー戦略2015」にとって代わる。・米国は行動しないわけには行かない。我々の価値、経済競争力、軍事力は、毎日危険の増大する脅威にさらされている。中国とロシアを名指しサイバー空間における戦略的競争(1)サイバー空間を含むあらゆる局面で、米軍が闘い勝利をおさめられるようにしなければならない。(2)米国の基礎インフラに影響を与える悪意のあるサイバー攻撃を抑止、先制攻撃し、負かす。(3)国防総省は、米国の同盟諸国・友好諸国と協力し、サイバー能力を強化し、双方向の情報共有を増やして、相互利益を促進する。米軍の優位を可能にする民間アセットを守る・国防総省は、国防総省が所有者ではない防衛基礎インフラ(DCI)や防衛産業基盤(DIB)のネットワークやシステムを守る必要がある。厳しいサイバー環境においても国防総省の目的が達成されるようにDCIが継続して機能していることが重要である。戦略的アプローチ・我々の戦略的アプローチは、次のことを相互に同時並行的に行うことである。(1)より強力な統合軍の創設(2)サイバー空間での戦いと抑止(3)同盟の強化と新たなパートナー(4)国防総省の改革(5)能力向上・サイバー時代の到来は、国防総省及び米国に、新たな機会と挑戦を生む。情報への開かれた信頼のおけるアクセスは、米国及び同盟諸国の利益に不可欠なものである。我々は、それを断固として守ると言うことを、競争相手国は理解すべきである。「国防総省サイバー戦略2018」は、国防総省に対して、上記の戦略的アプローチで、前に出て防御し、毎日の競争に対処し、戦争に備えることを指示している。参考:Department of Defense ‘Summery Cyber Strategy 2018’ (September 18, 2018) 今回の「国防総省サイバー戦略2018」は、中国とロシアを名指しして、サイバー空間での相手の攻撃に対して、積極的に、すなわち防御とともに先制攻撃も含め、対処しようという意思を明確に示したものである。昨年末の国家安全保障戦略及び本年の国家防衛戦略でも、対立する大国として中国とロシアが挙げられていた。2018年6月、米ホワイトハウスで国家宇宙会議に出席したトランプ大統領(ゲッティ=共同) 中国は、サイバー空間を通じて、米国の重要な軍事情報や民間の技術情報、更には政府高官の個人情報まで盗取している。トランプ大統領は国連安全保障理事会で、最近、中国は米国の中間選挙に介入しようとしていると釘をさした。ロシアは、2016年の米国大統領選挙に介入したとされ、その事が今回の戦略文書にも明記された。 上記には、同盟国との連携も述べられている。日米同盟のもと、日本もセイバー・セキュリティーを強化する必要がある。米国も指摘しているように、防衛省や公共部門のみならず、民間との連携も欠かせない。そして防御をするには攻撃方法を知らなければ、効果的な防御策は取れない。サイバー空間に国境はない。緊急な課題であることは、日本も同様である。

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    北朝鮮非核化、日本はそれでも負担すべきか

    「払うのは日本と韓国」。先の米朝会談後、トランプ大統領は北朝鮮の非核化費用負担についてこう言い放った。安倍首相も早々と負担を受け入れる意向を示したが、拉致問題の進展が見えない中で日本がなぜ負担しなければならないのか。多くの日本人が疑問に思う非核化負担の是非を考える。

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    北朝鮮非核化「トランプの財布」に日本が甘んじてどうする

    有田芳生(参院議員) 「国務省関係者に『トランプ氏は日本人拉致問題をどこまで真剣に取り上げてくれるのか』と聞いたところ、『彼が日本との間で関心があるのはトレード(貿易)だけだ』と明言し、トランプ氏本人が拉致問題について本気で交渉すると安倍政権が考えているなら、『それは妄想だ』と警告していました」 これは共同通信の太田昌克編集・論説委員の発言だ(『世界』7月号)。トランプ米大統領の「原理」は「トレード(貿易)」にあると認識し、そこから発言と行動を判断すればいい。分かりやすい言葉で言えば「ゼニの論理」である。「朝鮮半島の非核化」プロセスもその視点から見ればいいだろう。 トランプ大統領が語ったように、北朝鮮の非核化の費用について、日本は韓国とともにその負担をすべきかどうか。安倍晋三首相は6月16日のテレビ番組で「日本の立場は明確」「かかる費用については、核の脅威がなくなることによって平和の恩恵をかぶる日本などが負担するのは当然」と語っている。 私の結論を先に述べておけば「総論反対」である。トランプ大統領が「米国は朝鮮半島から遠く離れているから負担しない」と主張するのは全く理由になっていない。英投資顧問会社、ユライゾンSLJ・キャピタルの試算では「北朝鮮の非核化」には10年間で約2兆ドル(約220兆円)かかるという。 北朝鮮の非核化をめぐる歴史を振り返ってみれば、その論理は破綻する。2002年9月17日に行われた日朝首脳会談で「日朝平壌宣言」が合意される。その内容を具体化したのが米、中、露、韓国、北朝鮮、日本の枠組みから成る「6カ国協議」であった。 2007年2月8日から北京で開催されていた六者会合(第5回会合第3セッション)は、同月13日に「共同声明履行のための初期段階の措置」を採択する。北朝鮮が「60日以内に実施する『初期段階の措置』」として、次の合意がなされた。(1)寧辺(ニョンビョン)にある再処理施設を含む核施設を、最終的に放棄することを目的として活動停止(shut down)および封印(seal)する(2)全ての必要な監視および検証を行うために、国際原子力機関(IAEA)要員の復帰を求める(3)使用済み燃料棒から抽出したプルトニウムを含む、全ての核計画の一覧表作りについて、5カ国と協議する この計画が実現しなかったことは、すでに歴史が証明している。 問題は、今回の米朝合意で確認された「段階別、同時行動原則を順守する」ことである。今後の米朝実務者協議では「朝鮮半島の非核化」プロセスが具体化されていく。共同声明に署名する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領=2018年6月12日、シンガポール(朝鮮中央通信=朝鮮通信) 07年2月の合意では、さらに課題が示されていた。非核化への「初期段階の措置」とセットで合意されたのが「緊急エネルギー支援」である。具体的には「重油5万トンに相当する緊急エネルギー支援の開始」だ。これに米、中、韓、露が実施したが、日本は「拉致問題を含む日朝関係の現状を踏まえて」参加しなかった。 そして同時に、日本と北朝鮮は「日朝平壌宣言に従って、不幸な過去を清算し懸案事項を解決することを基礎として、国交を正常化するための協議を開始する」ことも合意された。この「懸案事項」には拉致問題も含まれている。さらに「朝鮮半島の非核化」のための作業部会も設置され、「初期段階の次の段階における措置」では、北朝鮮が「全ての核計画の完全な申告の提出および全ての既存核施設の無能力化などを行う」ことまで合意されていたのである。トランプの財布から脱せよ 米朝首脳会談を受けて、「朝鮮半島の非核化」プロセスは、これから具体的に詰められていく。その枠組みが何カ国になるかはこれからの交渉にかかっているが、かつてのように複数になることは避けられないだろう。 このように過去の合意を踏まえると、「段階的、同時行動の原則」においては、非核化のために負担だけではなく、何らかの経済支援も求められることになる。私が「朝鮮半島の非核化」費用負担に「総論反対」というのは、「過去の清算」も行った上での日朝国交正常化がどんどん曖昧になる恐れがあるからである。 トランプ大統領が語ったように、北朝鮮を含めた「朝鮮半島の非核化」には10年単位の時間が必要だろう。拉致被害者家族にそんな時間はない。北朝鮮に残された残留日本人もわずか1人(北朝鮮当局によると荒井琉璃子さん)だけになってしまった。いわゆる日本人妻も生存者はわずかだ。 日本政府はまず生きている人間の課題を人道的に迅速に解決しなければならないのだ。もちろん2万柱を超える日本人遺骨の収容についても早急な検討が必要である。 「北朝鮮の非核化」、朝鮮戦争の終結と平和協定の締結、そして米朝国交回復は、北東アジアの平和を実現し、安定させる歴史的事業である。その課題を進めるのは南北朝鮮の当事国だけでなく、日本はもちろん、中国や米国も深く関与していかなければならないのである。「地理的に近いから、韓国と日本が費用を負担せよ」とするトランプ大統領の発言は、「ゼニの論理」だけで外交をとらえる大国主義による暴論以外のものではない。 もう一度言おう。日本政府は平壌宣言とストックホルム合意に基づき、一刻も早く生存している拉致被害者、残留日本人、いわゆる日本人妻問題などを解決しなければならない。その上で日朝国交正常化交渉に本腰を入れ、同時に短期、中期、長期的視野に立って、国際社会と共同して実効性ある「朝鮮半島の非核化」を実現していく責務があるのである。会談する安倍首相とトランプ米大統領=2018年4月17日、ワシントン  「対米従属」から「対米自主」へ。米国がいつでも自由にできる「財布」のような役割を演じ続ける実体を脱しなければ、日本は「真の独立国家」とは言えない。何が非核化プロセスか、全く明らかではない現状にあって、日本政府が「100%米国とともにある」として、非核化費用の負担に応じるのは、外交でも何でもないのである。 米朝枠組み合意により設立された朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)の歴史を振り返っても、日本は600億円ほどの負担をしたが、非核化にはつながらなかった。私が「総論反対」と主張するのは、スローガン先行による安倍「やってる感」政治の米国追随外交では、複雑な現実に対応できないからなのである。

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    金丸信「1兆円の約束」 日本が北朝鮮を支援する道理はない

    重村智計(東京通信大教授) トランプ米大統領は6月12日、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との米朝首脳会談後の記者会見で「北朝鮮の『非核化』費用は日韓が負担する」と述べた。さらに、トランプ大統領は拉致問題解決後の北朝鮮への経済支援にも言及した。 そんな中で、北朝鮮への経済支援をめぐり、日朝の秘密交渉による「1兆円超」という支援額が一人歩きしている。だが、日本政府が把握していない拉致被害者全員について、北朝鮮が明らかにしない限り、経済協力資金を拠出すべきではない。 いったい「1兆円」という数字は、誰が北に伝えたのか。私の取材によると、最初は金丸信元副総理である。 自民党の実力者であった金丸氏は1990年9月に訪朝し、金日成(キム・イルソン)主席と2人だけの極秘会談を行っている。この会談で、金丸氏は日本側の通訳を同席させない大失敗を犯しており、日本の「大政治家」の外交感覚のなさに驚く。秘密会談に同席した北朝鮮側通訳と、会談を準備した関係者によると、話し合いは次のようであった。金日成「日朝が国交正常化したら、どのくらいの経済協力資金をいただけますか?」金丸 「大蔵省が50億ドルというだろうが、北朝鮮は100億ドルを要求してください。私が間をとって、75億ドルにするからどうですか」 これは外交ではなく、「国会対策」の手法だ。しかも、金丸氏は拉致問題に言及することなく、経済協力を約したのである。支援額の75億ドルは、当時の為替レートで約1兆円であり、これが「1兆円の約束」の始まりだ。金主席は、中国側から「50億ドルだろう」と伝えられていたので、事実上の増額の申し出に喜んだ。 2回目の「1兆円の約束」は、2002年の日朝首脳会談だ。このとき、北朝鮮の「ミスターX」と秘密交渉を行った田中均アジア大洋州局長は交渉記録を残していなかった。この事実は、官房副長官として会談に同席していた安倍晋三首相が後に明らかにし、田中氏を非難した。この際に「1兆円覚書」が渡されたのではないかと私は見る。 なぜなら、金正日(キム・ジョンイル)総書記は平壌で、外国の要人と「無料」で会見したことはないからだ。事実、2000年6月に南北首脳会談で会談を行った金大中(キム・デジュン)元大統領も5億ドル(約500億円)に上る「面会料」の支払いを認めた。対北の経済支援に関する権利を得たい韓国の財閥、現代グループの鄭周永(チョン・ジュヨン)オーナーも3億ドルを支払っている。2002年9月、日朝首脳会談を前に、北朝鮮の金正日総書記(右)に握手を求め歩み寄る小泉純一郎首相(当時)。その右は官房副長官時代の安倍晋三首相(代表撮影) 「金正日は小泉純一郎首相にタダで会ったのか」。私の問いかけに、北朝鮮側の当局者は「将軍様がタダで会うわけはない」と答えた。その上、ミスターXが「国交正常化と100億ドルの経済協力資金を出すとの覚書をもらっている」と話してくれた、と明かしたのである。 もしそうならば、日本政府はこの「覚書」を出すように北朝鮮に要求すべきだ。経済支援算出については、過去の不透明な約束を公開し、支援額の透明性ある根拠を示さなければならない。 実は、日朝の実務者協議で、北朝鮮の交渉者は私的な会話の際に、日本外務省の課長に対し「1兆円の約束はいつ実行してくれるのか?」と聞いてきた。日本側にはその意味が分からなかった。文書も証拠も残っていないからである。 また、歴代の米大統領、ジョージ・W・ブッシュ氏とオバマ氏は拉致問題解決の経済協力資金について、「核開発に使われるから出さないでほしい」と日本に要請してきた。しかし、トランプ大統領は資金の拠出に関して、金委員長に「拉致問題を解決しないと、日本は経済協力資金を出さない」と伝えている。裏を返せば、米国が拉致問題による日本の資金拠出を認めたことを意味する。米朝会談「40分間の真実」 では、なぜトランプ大統領は金委員長を追い詰めなかったのか。事実、あいまいな非核化合意に対し、批判や疑問の声が巻き起こっている。米朝共同声明は、当初期待された「完全で検証可能かつ不可逆的な核廃棄(CVID)」に全く触れなかったからだ。トランプ氏は、今秋行われる米中間選挙のために、どうしても「成功」を演出する必要があったのである。それでも、「北朝鮮の非核化」という約束を取り付けたのだから、最初の首脳会談としては成功だろう。 米朝首脳会談の共同声明には、隠された重大な真実があった。北朝鮮の非核化をめぐる交渉で、北朝鮮と中韓は「朝鮮半島の非核化」で合意している。だが現実には、韓国に核兵器はない。 にもかかわらず、なぜ北朝鮮と中国は「朝鮮半島の非核化」をうたうのか。北朝鮮だけでなく米韓の非核化を狙い、「米国の核の傘」の撤去を求めるからである。具体的には「グアムの米軍基地」からの核兵器撤去だ。 共同声明には「金正恩委員長が『朝鮮半島の完全な非核化』を再確認した」と記述されている。その上で「北朝鮮は、朝鮮半島の完全非核化に向けて努力すると約束した」と明記した。この表現だと、「朝鮮半島の非核化は北朝鮮が行う」ということになる。米国の義務は明記されていないからである。 つまり、共同声明では「トランプ大統領と金正恩委員長が、朝鮮半島の非核化を約束した」と表現していないのである。あくまで、「非核化約束」の主語は「金正恩委員長」と「北朝鮮」だ。すなわち「朝鮮半島の非核化」は「北朝鮮の非核化である」の意味となり、「米国の核の傘」問題は消えてしまった。トランプの勝利である。 一方で、金委員長はどのようにしてトランプ大統領との信頼を築き、心をつかんだのだろうのか。首脳会談の「真実」は、冒頭40分間の2人だけの会談に隠されていた。2人は互いの国内懸案解消のために、「ライブ中継」での「歴史的」会談という演出を必要としたのである。2018年6月12日、会談場所のホテルで笑顔で手を振る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)とトランプ米大統領(ロイター=共同) 2人は何を話したのか。金委員長は緊張した表情で、他の閣僚や高官に聞かせたくない本音をトランプ大統領に打ち明けた。 「ここまで来るのは、それほど容易な道のりではありませんでした。私たちには、私たちの足を引っ張る過去があり、誤った偏見と慣行が、時には私たちの目と耳をふさいでいましたが、わたしは全てを乗り越えてここまで来ました」 さらに金委員長は会談終了時に、再び「ここまで来るのは容易ではなかった」と、もう一度ほっとした表情で語った。 「私たちの過去」とは、北朝鮮の国内事情を説明したものだ。国民に対し「反米」と「米帝との戦争」を信じ込ませた反米思想のため、朝鮮人民軍の幹部や労働党の元老が首脳会談に反対していた。「さまざまな障害」とは、軍部を中心とした「非核化抵抗勢力」の存在を意味する。中国の「北朝鮮カード」 老幹部の妨害も激しかったのだろう。首脳会談直前に軍首脳3人を入れ替えた事実が、闘争の激しさを物語っている。金委員長は、北朝鮮軍部の「抵抗」を抑えて、シンガポールまで来た国内事情をトランプ大統領に「理解してほしい」と訴えたのだった。 そこで、トランプ大統領は中央情報局(CIA)が入手した情報から、クーデターや暗殺の危機に直面する金委員長に「米国がいつでも一家を受け入れる」と伝え、万一の「亡命」にOKサインを出した。だから「完全な非核化実現を心配なく実現してほしい」と訴えたのだろう。 トランプ大統領も公言通りに8月の米韓合同軍事演習の中止で韓国側と合意し、金委員長への配慮を示した。ところが、「可能な限り早い日程」で行なわれるはずだったポンペオ米国務長官と北朝鮮高官との交渉は、7月に入ってポンペオ氏が平壌を訪問し、ようやく進展したかにみえた。しかし、ポンペオ氏が進展を強調する一方で、北朝鮮外務省は会談に関する詳細な声明を出して、進展について否定した。 そもそも、ポンペオ氏もCVIDをめぐる交渉について「期限は設けない」との立場を明らかにし、トランプ大統領も同様の発言を行い、交渉の長期化を念頭に入れている。一方で、中国の習近平国家主席も金委員長の3度目の訪中を受け入れ、首脳会談を行うなど米朝中の駆け引きが続いている。 北朝鮮高官によると、金委員長は今年9月の国連総会で演説し、ホワイトハウスでの米朝首脳会談を行う計画だという。だが、中国首脳は米朝首脳の頻繁な交流に不満を示している。 中国は、首脳会談直後から新たな危険に気がついたからである。米朝首脳が電話会談を頻繁に行い、金委員長がワシントンを訪れるようなことになれば、中国の影響力は低下してしまう。しかも、トランプ大統領は米朝会談を説明する特使を中国に派遣せず、習近平主席と電話首脳会談も行わず、習主席の顔を潰した。金委員長も米朝会談直後の訪中を行わなかった。 米朝の指導者にメンツを潰された習主席は会談1週間後の6月19日、ついに金委員長を北京に呼びつけた。結局、今年3度目の中朝首脳会談以降、米朝の高官交渉は行われず、ポンペオ長官も「北朝鮮との交渉に期限を設けない」と発言した。米国は、中国が進展を妨害していると受け止めている。朝鮮半島での早期の冷戦構造崩壊を、中国は望んでいないようだ。北京の人民大会堂で歓迎式典に臨む中国の習近平国家主席(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年6月19日(新華社=共同) 金委員長が米朝会談で「北朝鮮の非核化」を受け入れたのも、中国にとっては気に入らない。当然、グアムからの核兵器撤去を意味する「朝鮮半島の非核化」を放棄したのも納得できない。 習主席は、中国抜きでの「朝鮮戦争終結宣言はさせない」と金委員長に伝え、クギを刺した。中国は、米中貿易戦争に勝つために、北朝鮮を「外交カード」として手にしておく必要があるからだ。米朝は中国に、北の核問題の早期解決に思い切りブレーキを踏まれてしまったのである。

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    金正恩にいいとこ取りされたことに気づかないトランプ

    中止する」と発表しました。在韓米軍は核保有の北朝鮮のみならず中国も視野に入れているので、北東アジアの安全保障にとって極めて重要であるというのが、外交・安全保障問題の専門家の見解です。 ところがトランプ大統領は、彼らとはまったく異なったパラダイム(ものの見方・考え方)に基づいて議論しています。率直に言ってしまえば、在韓米軍にかかるコストに反対するトランプ支持者を意識して発言したのです。史上初の米朝会談においても、トランプ氏は「支持基盤第一主義」を貫いたということです。 米朝共同声明には、「検証可能」「不可逆的」という文言は入りませんでした。非核化に関する期限及び具体的な検証の仕方に関しても一切触れていません。結局、今回の米朝会談で非核化についてトランプ大統領の本気度に疑問符が付きました。これまでは、北朝鮮の非核化のコミットメント(関与)に懐疑的でしたが、会談の「ショー化」にエネルギーを注ぐトランプ氏を見ると、同氏の本気度を疑うのは当然です。 マンマス大学(米東部ニュージャージー州)が実施した最新の世論調査(18年6月12-13日実施)によれば、「米朝首脳会談でどちらの国がより多くの利益を得たと思うか」という質問に対して、有権者のわすか12%が米国と回答したのに対して、38%が北朝鮮と答えました。 しかも、同世論調査では米朝会談でトランプ氏が「強く見えた」と回答した有権者は46%、一方金氏は45%で拮抗しています。演技力と発言力の双方でトランプ大統領が金氏を上回っていたのにもかかわらず、米国の有権者は同大統領に厳しい評価を下しています。 確かにトランプ大統領の米韓合同演習中止の発表は、金氏にとって収穫でした。だたそれのみではありません。トランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=12日、シンガポール(ロイター) トランプ大統領は、米朝首脳会談後の記者会見で日本及び韓国に経済支援の費用を期待していると述べました。帰国後、米FOXニュースとのインタビューの中で、金氏について「我々はケメストリー(相性)がとてもいい」と4回も語り、両首脳の良好な関係を強調しました。 金氏はすでに外交・安全保障において、習近平国家主席を後ろ盾にてしています。加えて今回の会談で、同氏はトランプ氏を経済支援の後ろ盾に得ることに成功しました。これが、同氏にとって最大限の収穫であったわけです。うんの・もとお 明治大学教授、心理学博士。明治大学政治経済学部教授。心理学博士。アメリカン大学(ワシントンDC)異文化マネジメント客員研究員(08~10年、12~13年)。専門は異文化間コミュニケーション論、異文化マネジメント論。08年及び12年の米大統領選挙においてオバマ陣営にボランティアの草の根運動員として参加。16年米大統領選挙ではクリントン陣営に入る。著書に「オバマ再選の内幕―オバマ陣営を支えた日本人が語る選挙戦略」(同友館)など多数。

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    拉致解決ないなら安倍氏は米と決別しようが北への支援拒否を

     米朝首脳会談が終わると、「拉致の安倍」は正念場に立たされる。安倍晋三・首相の政治経歴の中で“勲章”といえるのが拉致問題での対応だ。 小泉政権時代の2002年、官房副長官として平壌での日朝首脳会談に同行した安倍氏は、北から一時帰国させた5人の拉致被害者を「返すべきではない」と主張し、北への強硬な外交姿勢が国民の大きな共感を呼んだ。 その功績で保守層の強い支持を得たことで2006年に首相の座に就き、2012年に再登板すると、「拉致被害者は私の内閣で最後の1人まで救出する」「拉致の解決がなければ北朝鮮との国交正常化はありえない」、そう国民に誓った。 拉致解決は安倍氏の政治家としてのレゾンデートルであり、だからこそ、米朝会談が日程にのぼると自ら拉致被害者家族に何度も面会して解決への努力を約束した。 しかし、トランプ大統領が金正恩氏と和解すれば、首相は重大な決断を迫られる。保守派の国際政治学者・藤井厳喜氏が日本にとっても、安倍首相にとっても「最悪のシナリオ」をこう予告する。「トランプがもし米朝首脳会談で拉致問題に言及しても、金正恩が応じるとは思えない。それでも、核ミサイル交渉が進展すれば、米国は拉致問題が解決していなくても日本に経済支援の実行を求める可能性が高い。『拉致の解決がなければ北朝鮮との国交正常化はありえない』と誓った安倍首相は、拉致問題の解決をいったん棚上げして日本外交の基本である米国との協調を選ぶか、あくまで政治信条を貫いてトランプに『北への支援はできない』とNOを突きつけるかの板挟みになる」 保守派は安倍氏の決断を期待を持って注視している。藤井氏はこう見る。「ここで安倍首相が弱腰を見せれば、金正恩氏に舐められて拉致被害者の全員帰国など望めない。それ以上に、拉致問題を政治的に利用してきたという批判にさらされ、被害者家族も失望する。拉致の安倍が本物であることを国民に示すためにも、安倍首相はトランプと決別することになろうと、『これだけは米国の頼みでも譲れない。日本は北が拉致被害者全員を返すまで、1か国でも経済制裁を続けて経済支援は一切行なわない』と必ず言ってくれるはずです」ホワイトハウスでトランプ米大統領の出迎えを受ける安倍晋三首相=2018年6月8日、(ロイター) 戦前、列強による日本包囲網の中で国際連盟に乗り込んだ松岡洋右外相は、有名な脱退演説を残して席を立った。「アメリカ人には、たとえ脅かされても、自分の立場が正しい場合には道を譲ったりしてはならない。対等な立場を欲するものは、対等な立場で望まなければならない」 しかし、いまや対米協調は国益と深く結びついている。安倍首相がどう決断するか。その答えは間もなく国民の前に明らかになる。関連記事■ 安倍首相への進言 「米朝和解なら6か国協議を脱退せよ」■ 米朝首脳会談 安倍首相は舞台に立てぬまま外交的敗北■ 高須院長 米朝会談で指摘「韓国は相当空気が読めてない」■ 北朝鮮の非核化による融和ムード 数年後に自ら壊す可能性も■ 昭恵夫人 安倍家の親族会議で「離婚しない!」と叫ぶ

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    米朝の相互不信 演出された首脳合意や協定では解消できない

     史上初の米朝首脳会談がシンガポールで開かれた。トランプ大統領は会談の成果を自画自賛しているが、会談の時間は短く、共同声明への署名を前提とした、すべてが演出されたものだった。 会談の冒頭で二人は笑顔で固い握手を交わし、昼食後は通訳なしで二人だけで笑みを浮かべながら会談場のホテルの敷地を歩き、トランプ氏は自分の専用車の車内を金正恩氏に見せるというサービスまでした。 トランプ氏は首脳会談前に1分で相手を見極めると公言していたが、金正恩氏と会ってみて、交渉の相手としてふさわしいことは確かめることは出来たようだ。しかし、初の首脳会談を通じて構築された信頼関係は、トランプ氏にとっては個人的、金正恩氏にとっては表向きのものに過ぎない。 それにしても、共同声明は原則論ばかりで具体的に何かを約束するものではなかった。実現のための交渉をこれから行うというものであり、実現可能かどうかは今後の交渉に委ねられるため、場合によっては交渉決裂もあり得る。 共同声明の内容は次の4項目。(1)新たな米朝関係の確立に取り組む(2)朝鮮半島の持続的で安定した平和体制の構築(3)朝鮮半島の完全な非核化(4)朝鮮半島の戦争捕虜/行方不明兵の遺骨回収──。これらの項目のうち(4)は過去に行われていたものであるため、北朝鮮側へ多額の費用を支払えば、すぐにでも実現できるため、トランプ氏は自分の宣伝に使うことができる。 首脳会談後に行われた、この共同声明に関する記者会見でのトランプ氏の発言は、残念ながら言い訳と自己弁護にしか聞こえなかった。記者会見を見ていて、首脳会談前に板門店で行われた米朝実務協議の難航ぶりが想像できた。ワーキングランチを前にカペラホテル内を並んで歩くトランプ米大統領(左)と金正恩朝鮮労働党委員長=2018年6月12日、シンガポール南部セントーサ島(ロイター)「戦争ムード」だった1年前 終始笑顔の二人だったが、1年前(2017年6月12日)を振り返ってみると、マティス米国防長官が議会で、北朝鮮を「平和と安全に対する最も緊急かつ危険な脅威だ」としたうえで、もし外交交渉が失敗し、軍事力を行使することになれば深刻な戦争になるだろうとして強い懸念を示していた。 今回の首脳会談が、このような懸念を払拭する第一歩となったのは確かだ。1年前は「米朝開戦説」を専門家やジャーナリストがまことしやかに流布していた時期だったこともあり、トランプ氏と金正恩氏が笑顔で握手することになるとは、誰も想像していなかっただろう。 しかし、今年11月の中間選挙を考えると、トランプ氏が「予測不能」な決断をすることは予想できた。これからも北朝鮮との「予測不能」な「政治ショー」が続くのだろう。 共同宣言には、当初の予想に反して「朝鮮戦争の終結」は含まれていなかった。しかし、避けては通れない問題であるため、本稿では「終戦」の難しさについて触れておきたい。空文化している休戦協定空文化している休戦協定 朝鮮戦争の休戦協定は、締結(1953年7月27日)から2か月も経っていない9月18日に北朝鮮兵が韓国へ侵入して以降、戦闘機やヘリコプターの撃墜、銃撃戦などが続いたことで、空文化した。 非武装地帯の中央を走る軍事境界線を挟んで、時には越境して小規模な武力衝突が繰り返されてきた。これは長きにわたる低強度紛争といえる。その結果、休戦後からこれまでに、米軍は80人、韓国軍は405人以上が北朝鮮軍との「戦闘」により死亡している。北朝鮮軍も857人以上が死亡している。 今日も韓国軍・在韓米軍と北朝鮮軍の、軍事境界線を挟んでの対峙は続いており、その緊張状態は「休戦」とは程遠い状態にある。毎日24時間態勢で米軍の偵察機が北朝鮮軍の動向を監視しているだけでなく、今夜も夜通しで韓国陸軍の偵察部隊が非武装地帯のなかをパトロールしているはずだ。 これまで、実態として「休戦」が存在していなかったので、「休戦」もできていない状態なのに「終戦」を宣言されても、どのような状態になるのか想像がつかない。「終戦」となっても軍事境界線を含む非武装地帯は解消されず緩衝地帯として残るだろうし、韓国軍と在韓米軍による偵察活動も継続されると思われるからだ。 また、「終戦」とするのであれば、北朝鮮軍は非武装地帯付近に大量に配備している長射程砲を削減する必要があるし、韓国軍・北朝鮮軍双方が戦略兵器を削減する必要もある。しかしこれは、非核化が完了するまで実現することはないだろう。板門店で抱き合う北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(左)と韓国の文在寅大統領=2018年5月26日(韓国大統領府提供、AP) 一般にいう「朝鮮戦争の終結」が具体的にどのような状態を意味しているのか分からないが、休戦協定を平和協定に転換し、韓国軍と北朝鮮軍を削減し、非武装地帯を解消するなど、全面戦争に備えるものを完全に撤去することは不可能に近い。 朝鮮半島の非核化と朝鮮戦争の終戦が実現できないのは、米国への不信感が根底にあるためなので、切り離して考えることはできない。 つまり、米国と北朝鮮の敵対関係は、首脳同士の個人的な信頼関係や合意や協定で解消できるものではなく、軍備の削減など物理的な側面からも、相互不信が完全に解消されるまで終わらないのだ。●文/宮田敦司(朝鮮半島問題研究家)関連記事■ 北朝鮮の高校生に金正恩氏をどう呼ぶか? と聞いてみたら…■ 米朝首脳会談報道に見る各局キャスターの悲喜こもごも■ 拉致解決ないなら安倍氏は米と決別しようが北への支援拒否を■ 撮影場所は平壌 街頭で見つけた北朝鮮の美女たち■ 北朝鮮大学生 「金正恩を陰では『子豚野郎』と呼んでいる」

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    普天間移設でも安保ただ乗り論でも米国が日本を支持する理由

    ソン提督の公聴会が行われた。多岐にわたる質疑応答のうち、日本に関わる部分を以下に紹介する。(1)日米安全保障関係の現状について 日米同盟は70年以上、インド・太平洋地域の平和、繁栄と自由の礎石である。日米両国は、同盟をさらに強化するため、次の数十年に向けて、役割分担を含めた兵力再編を始めた。2015年の日本の平和安保法制と新日米防衛ガイドラインは、日本の役割を拡大させた。日米の軍同士の関係はかつてないほど強固である。(2)日本の隣国との関係が日米関係に及ぼす影響について 日本が近隣諸国と建設的関係を築くことは重要なことである。日本は、韓国、豪州、インド、アセアン諸国との防衛協力を拡大すべきと思う。日本は、米国や米国の同盟国と協力することで、より国際平和に貢献できる。 日本は、ルールに基づいた国際秩序の重要性を認識し、「自由で開かれたインド太平洋戦略」を推進している。北東アジアにおける多国間安保対話の進展は、日米韓の連携による。その点、日韓関係が歴史や領土対立で緊張することを懸念する。日韓両国間で問題解決するにしても、外部勢力が摩擦を利用して、米国と同盟国との離反を図ろうとすることには注意しなければならない。(3)日本の対北朝鮮、対中国の抑止力を高めるためにすべきことについて 日本政府は、北朝鮮や中国に関係なく、自衛隊の対空防衛力及びミサイル防衛力を向上させようとしている。私は、日本は、さらに海洋安全保障、情報、監視等の分野の能力も高めてほしいと思う。沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場(上)と周辺の住宅地=2017年7月撮影(4)普天間移設計画について 日米両国は、長期的持続可能な米軍のプレゼンスを確保するため、在日米軍の再編を進めることで一致している。そして、普天間の海兵隊基地を返還する唯一の解決策がキャンプ・シュワブへの移設であることも確認している。米国の防衛産業を潤すために(5)在日駐留経費等について 日本の経費負担は適切なものである。日本は、グアムへの移転や普天間移設を含む在日米軍再編費用の相当の割合を負担している。日本が、日本以外の米国の主権の及ぶグアムの経費を負担するのは初めてのことである。 概算して、日本は移転費用の約3分の1を負担する。米軍駐留経費に関しても、日本は公平な負担をしている。米軍で働く日本人スタッフに関しては90%、光熱費に関しては61%負担している。 また施設の維持費や移動訓練費等も相当負担してくれている。2015年12月に合意したホスト・ネーション・サポートの5か年計画でも、日本は負担額を1%増額してくれた。日米同盟及びインド太平洋の安全保障のために必要なのは、在日米軍の駐留経費への日本の負担を増やすことではなく、現代の脅威に適した日本の防衛力を高めるために日本が投資することである。出典: US Senate ‘Advance Policy Questions for Admiral Philip Davidson, USN Expected Nominee for Commander, U.S. Pacific Command’ (April 17, 2018) 上記のデイヴィッドソン提督の発言は、常識であり、前任となるハリー・ハリス現太平洋軍司令官との政策上の差異は、日米関係上はさしあたりないのではないかと思う。日米安全保障関係の継続性が期待できる。 トランプ政権になってからは、アジア・太平洋ではなく、「インド・太平洋」という言葉が、この地域を表現する時に使用されるようになった。この点は、デイヴィッドソンでも踏襲された。日本が協力すべき相手国としても、韓国、豪州、アセアン諸国の他、インドが挙げられている。日米協力の範囲が広がったと言える。2018年4月に米軍が嘉手納基地で実施したパラシュート降下訓練(沖縄県嘉手納町提供) 米国の議員からは、日本の経費負担に関する質問が出たが、デイヴィッドソンは、日本は十分に経費を負担していると応じ、かつてのような「ただ乗り論」が出る余地はもはやなさそうである。 しかし、最後にデイヴィッドソンが述べたように、日本の防衛能力向上のための投資、すなわち、米国製の防衛装備品を購入してほしいというニュアンスは、感じ取られた。これは、Make America Great Again (MAGA)を標榜するトランプ大統領の考えとも一致し、日本が高価な防衛装備品を購入してくれれば、米国の防衛産業は潤う、との議論で、今後、その方面での要望や圧力が高まることは覚悟しなければならないだろう。

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    ウーマン村本「炎上騒動」の内幕

    「尖閣を侵略されたら、白旗を挙げて投降する」。元旦に放送されたテレビ朝日系討論番組『朝まで生テレビ!』に出演したお笑いコンビ「ウーマンラッシュアワー」村本大輔氏の発言が波紋を広げた。トンデモ発言はなぜ飛び出したのか。番組共演者が初めて明かすウーマン村本「炎上騒動」の全内幕!

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    「無知だからテレビに出すな」ウーマン村本批判のこれは間違っている

    、過去は過去として新しい未来に向けて前に進もうとしているのである。 それでも、戦後の歴史や政治関係、安全保障問題について正しく教育を受けずに育った人が過去の歴史を十分知らずに率直な疑問を発することは社会に住む人間の自然のあらわれであり、これを単に無知で誤った感覚と切り捨てることができるであろうか。 われわれの親や、その親の代がしたことは、われわれには直接責任がないように思えるが、それを引きずって生きているのであり、人が謙虚に生きていくためには、日本人がこの150年ほどの間に一近現代史の中で、いかなることをしてきたのか、アジアの人がそれをどのように思い、今なお、われわれが振る舞っていることは正しいのかどうかを常に見直しながら生きていく必要があると考える。「オホーツクール 事業発表会」に出席したお笑いタレントの村本大輔=2017年12月 13日、東京・新宿 村本氏の質問は、歴史観だけでなく、憲法、政治・安全保障の基本事項など広範に及んでおり、無知、唐突、荒唐無稽のように思われるが、同年代の多くは、よほど関心を持って学問している人を除けば平均的な若者の質問にしばしば見られる現象だ。また、それを公にメディアを通じて質問することは勇気がいるに違いない。 従って、彼の質問に全く不快感をもたなかったし、これにどう答え、どのように考えるべきかを指摘するのは、われわれ専門家の責任であると思い接したつもりだ。その点で井上達夫教授や自分が村本氏に真剣に向き合ったことは、良かったのではないかと思う。特に、井上教授の指摘は適切で大変感心した。 ただ、村本氏はもっと大人だから、さらに勉強しておいてもよいと思うが、大学生でも入学当初の素養はある程度のことが多いと思うし、「あんな無知な質問をする人をテレビに出すな」という考えは全く間違っている。年齢に関係なく、どれほどの日本人が正しい知識を持っているかを考えたとき、多くはメディアの影響を受けたり、雑誌の知識だったり、他人からの耳学問だったりして本当のことをわかっていないことが多い。村本氏への注文 試しに高等学校教科書「日本史」や「政治」「安全保障」「憲法」に関する本を買って読んでみるがよい。どれくらい、そこに載っていることをわれわれ日本人が知っているのか。それを知らずして外国人の振る舞いを指摘したり、外国人に日本のことを説明したりすることの方が恐ろしい。 もし、村本氏に注文があるとすれば、少なくともメディアで活動している人なのだから、「朝生」がどんな番組であるかを知り、番組テーマについて少しは事前に勉強してくる姿勢は必要だろう。自分の意見が訂正されたら、どこがおかしいのかについて考えてから発言するくらいに配慮も必要だ。反省の余地は十分にあると思うが、自分の意見を堂々と主張して専門家に挑戦してくる姿勢は大いに評価できる。 この問題の本質は、われわれが、日本の「近現代史」や「政治」「安全保障」について正しく理解せずに物事を論じたり判断したりしていることにある。だから、学校教育に頼らず、社会教育をもっと盛んにして自分で勉強することが必要だ。 歴史や物事を知らないからテレビに出すな、時間の無駄だというのは暴言である。言論の自由を封じてはならない。特に、「朝生」にタブーはなく、本質的に取り組んできたところに特色がある。米映画「ドローン・オブ・ウォー」のトークショーを行った田原総一朗氏(左)と 森本敏氏 現世の人は日本の伝統文化、歴史、風習を正しく後世に引き継ぐことが必要であり、そのためには、日本人がアジアで何をしたかを知り、知ったうえで日本が果たすべき役割を考えつつ、過去の過ちを犯さないようアジアの人々に率直に向かい合う勇気も必要だ。 すべての人にとってバランスのとれたイデオロギー、思想信条、博愛主義、おもてなしの心を持つことが重要で、それが、日本人の良さにつながっていく。平和で安定した国家社会をつくるため努力することは現世に生きる人間の責任であると自覚すること、それに尽きるのではないかと思う。 若い人はもっと学んでほしい。その上で勇気をもって発言してほしい。人間は、社会のどんな地位に就き、豊かになるのではなく、いかに正しく人生を全うするのかを死の寸前まで考え、悩み、生きていくべきものである。

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    村本大輔さんへ「むやみに白旗を挙げてはいけません」

    李相哲(龍谷大教授) 年始の討論番組「朝まで生テレビ!元旦スペシャル」(テレビ朝日系)では、おかげさまで有意義な議論ができたと思います。「(尖閣が)侵略されたらどうするの」との問いに、お笑いコンビ、ウーマンラッシュアワーの村本大輔さんは「白旗を挙げて降参する」と話しました。 では、「尖閣諸島をよこせと言ったら大丈夫だと言ったけど、じゃあ、沖縄をくださいと言ったらあげるんですか」という問いに、あなたは「(沖縄は)もともと中国から取ったんでしょう」と答えました。 私は、村本さんの主張は、今の日本の多くの若者の考え方や感覚を代弁していると思いました。その主張は非難に値するものではなく、そのような考えもあって当然だと思います。毎日を平和で幸せに暮らす日本の若者にとって、このような考えを持っていることを誇りに思ってもいいくらいです。ウーマンラッシュアワーの村本大輔氏 私は、20年以上、日本の大学で教えながら毎日若い日本人学生と接触していますから、彼ら、彼女らが何を考え、どんな感覚をもち、何を悩んでいるかがわかります。日本のような安定した国に暮らしていれば、毎日をどのように楽しく、幸せに暮らすかを考えればよいのです。悩みがあると言ってもサークルの人間関係とか、就職のことぐらいですね。 いま世界で何が起こっているかを忘れて暮らしても別に悪いことでもないし、むしろ、関係なく暮らすほうがよいでしょう。 それでも私は一応先生をやっているので、学生たちにたまに、重苦しい話もします。例えば、北朝鮮が核武装をしようとしたり、中国が尖閣諸島の領有権を主張したりしているが、どうすればよいのかと聞くと、ほぼ99%の学生は「戦争は絶対だめです」、「善き戦争(何を善しとするかの問題はとりあえずさておいて)があるとしても戦争よりは悪しき平和のほうがましだ」と答えるのです。おそらく、日本ではこのように教育されてきたでしょう。 しかし、現実世界というのは、そう簡単ではないですね。つい最近の出来事ですが、自分の家の前の道路を勝手に封鎖してそこを通ろうとする人々から通行料を取ろうとした住人がいましたね。日本のメディアでも大きくとりあげましたが、その住人は、通行料を払おうとしない人に暴力まで振るいました。 平和に慣れている日本人の多くは、この場合その家の前を避けて通りますね。そうすれば平和は保てますから。しかし、その住人の隣の家の人はどうでしょう。生活しにくいはずです。もしも隣の住人が、自分の家の道路まで占領しようとしたらどうすればよろしいでしょうか。日本は法治国家ですから、警察に助けを求めたり、法に訴えたりすることはできます。 また、こんな場合はどうでしょう。村本さんがとても高価な腕時計をはめて街に出たところ強盗が時計を出せと威嚇(いかく)したとしましょう。こういうときも警察がいたら守ってくれるでしょう。 しかし、国際社会には、大ざっぱに言えば「警察」のない世界です。国際社会はルールがあるようでない世界。国際連合という機関が一応ありますが、まとまりもよくない上、自分独自の警察や軍隊をもたない。最近では、多国籍軍(いろんな国から寄せ集めた軍部隊からなる)からなる「国連軍」を組織して紛争に介入することはありますが、すべてをカバーできるわけでもなく、力もありません。スイスが武装している意味 もちろん、国際社会にも一応法律(各種国際条約など)というものはあります。海に関する取り決めといえば、基線(海岸線)から12海里(約22・2キロ)までは、誰も勝手に侵犯してはならない国の権利(主権)の及ぶ水域(領海)であると決めたりします。 しかし、このような法律をすべての国が守っているわけでもなく、ルールを破ったとしてそれを制止できる「力のある」機関がないですね。アメリカが「国際警察」のようにふるまうこともありますが、限界があります。 記憶に新しいと思いますが、2014年、ロシア軍はウクライナ南部のクリミア自治共和国を侵攻しました。しかし、国際社会は「制裁」を科すだけで何もできなかった。制裁に加わったのも一部の国です。 平和な世界は誰もが否定しないと思います。ただ、争いが嫌だから沖縄を隣の国にあげたとしましょう。そうすると、沖縄の領海に日本の船は勝手に入れません。それも平和のために避けて通るとしましょう。今度は、領海近くを通る日本の船に通行料を要求したらどうしましょうか。 それも紛争がいやだから「通行料」を払うとしましよう。今度は、通行止めにしたらどうするのか。命にかかわる食糧を運搬する船が足止めになったとしたらどうするのか。選択肢は二つしかないですね。奴隷になるか、飢えて死ぬかです。残念ながら、いまだに国際社会、国際政治では「力」がものをいう世界です。力があるからとしてルールや秩序を変えようとする国もいます。朝鮮半島問題を考える講演会で、基調講演する李相哲・龍谷大教授=2017年8月、大阪市北区(前川純一郎撮影) ですから、日本は軍隊を持たなくても、最低限、自分を守るための自衛隊を持つことにしました。しかし、自衛隊では日本の島々や我々の生活基盤を守れないことも考えられます。 そこで、互いに利益を共有できる相手、例えばアメリカのような国と同盟を組みました。このように「力」を備えておかないと、遠くにある島を取られるだけでなく、自分の暮らしを守れない可能性もあります。我々の日常生活に必要なエネルギーの供給路が絶たれてしまうことも考えられます。 つまり、現実世界、特に国際社会の現実というのは、綺麗事だけでは通用しないと思います。元旦の『朝生』では、「非武装中立論」についても語られましたが、非武装では中立は守れません。スイスという国が永世中立国としていられるのは世界でもっとも勇敢な民族であり(勇敢な民族としての伝統をもつ)全国民が自分を守ることのできる「武装」をしており、平和のためなら決然戦う意思を持っているからです。 村本さん、私の主張に納得いかない部分があったら忌憚(きたん)なく、ご指摘ください。

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    海の利権を握った金正恩が日本に仕掛ける「漂流船工作」

    重村智計(早稲田大名誉教授) 日本は「空気の社会」であると言ったのは、故山本七平だ。戦艦大和は先の大戦当時の「空気」で負ける戦に出撃させられた。欧米にも「空気」はあった。米国の著名なジャーナリスト、ウォルター・リップマンはこれを「ステレオタイプ」と呼び、「誤ったステレオタイプ」が第一次世界大戦の原因と説いた。 朝鮮問題の報道や解説は、昔から「間違った空気」や「誤ったステレオタイプ」に支配された。「北朝鮮は地上の楽園」で「朴正煕(パク・チョンヒ)は残虐な独裁者」だった。金日成(キム・イルソン)主席や金正日(ジョンイル)総書記を「残虐な独裁者」とは言わなかった。「北は日本人を拉致していない」とのステレオタイプも一般的だったのである。 北朝鮮漁船が日本海岸に漂着し、漁船員が夜中に民家の戸をたたいた。転覆漁船や死体が毎日のように漂着している。船体には北朝鮮軍所属のナンバーが書かれていた。理解できない事態に、逃亡説や工作船説まで不気味な解説やステレオタイプが生まれている。 海が荒れ、天候も厳しい冬場に、みすぼらしい小さな木造船で漁に出るのは、日本人の常識では死に場所を求めた「戦艦大和」と同じだ。なぜ死を覚悟してまで漁に出るのか、理解に苦しむ。工作船や不審船と思うのも当然だ。 それは、北朝鮮海軍が漁業などの「海の利権」を握ってきた、という北朝鮮国内のシステムを知らないからだ。内部事情を知らずに、講談のように「誤ったステレオタイプ」を語る「専門家」が多すぎる。 北朝鮮では、陸上の利権は陸軍が握ってきた。鉄鉱石や石炭、一部の金鉱山も陸軍の利権だった。軍の利権システムを知っていれば、漁船の漂着はある程度理解できるだろう。それに加え「収穫ノルマ」制がある。ノルマを達成するために漁に出ざるをえないのである。 北朝鮮の漁船はかつて近海でしか操業できなかった。船は小さいし、海軍の許可が出ない。漁船燃料の石油は戦略物資で、軍が握っていたから勝手に出港できない。逃亡を恐れたから多量の石油は供給されなかったのである。 4年前から事情が変わった。金正恩(ジョンウン)朝鮮労働党委員長が、漁業を食糧難解決と外貨稼ぎのために奨励した。海軍が独占していた漁業権の一部が党や政府の部局に移管されたのである。指導者は、軍から利権を奪い、資金を経済部門に振り向けたいと考えていた。それは、軍と指導者、党と政府の葛藤を生み、漁獲量の達成競争につながった。小型の漁船が多数建造されていった。平安南道に新たに建設された順川ナマズ養殖工場を視察する、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(右)。日時は不明。朝鮮中央通信が2017年11月28日報じた(朝鮮中央通信=朝鮮通信) 漂着した漁船に、軍所属のナンバーが書かれていたのは、海軍の所属か認可を受けた漁船を意味する。軍所属でなければ、党や政府機関から操業許可を得た船ということになる。魚はタダだから中国に輸出すれば、膨大な利益が得られる。登録機関に賄賂を送り、認可を得る業者も増えた。取り調べを受けた船長や漁船員は? 北朝鮮では、毎年初めに認可を受けた漁船ごとの収穫目標を提出する。上部機関はさらに上乗せして、漁獲目標を指導機関に約束する。毎年ノルマは増えていくからたまらない。 ノルマを達成し、中国への輸出で外貨をかせぐために、日本の排他的経済水域内の漁場を荒らした。冬の荒れる日本海に乗り出した漁船の多くは、ノルマを達成できない部局所属の漁船だろう。その結果、多くの漁船が転覆し船員は命を失った。 ノルマを達成できなければ、賄賂を握らせるしかない。北海道の松前小島から電気製品や発電機、石油をなぜ盗んだのか。北朝鮮に持ち帰れば、闇市場で高額で売れるからだ。ドアノブや鍵も闇市で高く売れる。その資金を賄賂として担当部局の上官に渡せば、ノルマは達成されたことになるからだ。 北朝鮮では、日本で一般に手に入る工具や建築資材は貴重品だ。1990年代の終わりごろでも、原子力発電所建設の現場ではドライバーやペンチなどの工具は貴重品で厳しく管理されていたとの証言がある。この状態は70年代から続いている。2017年12月、函館港内で海保の巡視船が曳航している北朝鮮の木造船。赤い旗を振る木造船の乗組員(松本健吾撮影) 取り調べを受けた船長や漁船員はどうなるのか。北朝鮮漁船員の取り調べは、海上保安庁や法務省入国管理局、警察、公安の担当者が行う。この際、北朝鮮の生活や漁業システム、販売経路、収入などについて詳細に聞く。 北朝鮮に帰ると、秘密警察の厳しい取り調べが待っている。北朝鮮事情を日本の警察・公安当局に話すのは機密漏えいだ。何よりも「日本のスパイにされたのではないか」と疑われる。多くの漁船員は何らかの処罰を受けるだろう。収容所に送られるかもしれない。それを逃れるには賄賂が欠かせない。 また、漁船には必ず秘密警察の手先が乗り込んでいる。北朝鮮では、10人前後の組織や職場でも必ず秘密警察の関係者がひそかにもぐり込んでいる。誰だかわからないように。漁船も例外ではない。逃亡や脱北、亡命を恐れるからだ。 今回漂着した漁船は工作船ではない。ただ、秘密警察の関係者は乗船していると考えるべきだろう。日本政府が単なる漂流民として、簡単に北朝鮮に送還すれば、いずれ漂流漁船を装った工作が展開される可能性は否定できない。 海保や入管、政府当局は外交問題を避けるために「人道的対応」を理由に早期の強制送還で処理したいと考えた節がある。しかし、北朝鮮内部で何が起きているか、情報を入手するためには「詳細な聞き取り」と調査が欠かせない。特に、勝手に島に上陸し建物を壊し、盗みを働くのは明らかな主権侵害で犯罪である。詳細な取り調べのうえで、法律に従った処置を取るのが筋だ。朝鮮総連とつながる政治関係者の「政治決着」の動きは封じるべきだろう。

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    陸自OB座談会「稲田朋美は防衛大臣を辞める必要はなかった」

    いく必要があるでしょう。中谷 米国もレッドライン(最後の一線)をハッキリとは言っていませんが、米国の安全保障については米国が判断するわけで、その中で武力行使についても否定はしていません。日本としても、あらゆる事態に対応できるようにしっかりと日本独自の対応も考えておかねばなりません。「『日報』は行政文書」が間違い--さて、陸上自衛隊が南スーダンでのPKOの「日報」を隠したとして大きな問題になりましたが、陸自OBの皆様のお考えは柿谷 そもそも「日報」は行政文書、という扱いになっていますが、それがまず間違いではないかと思います。あれは、開示要求があったら出さねばならないような行政文書にしておくべきではなく、外部に見せる必要はないものです。PKOに関わった陸自中央即応集団の副司令官が日報を出さなかったのは、行政文書だという認識がなかったのかも知れませんが、開示した場合には情報保全の上で問題だとか仕事の量が増えるなどと考えて出さなかったのでしょう。そこから話が始まって、結局、当時の稲田朋美防衛大臣にまで報告が上がっていないんですね。 今年1月末の段階で、「廃棄した」とされていた日報が統合幕僚監部(統幕)にも陸自にもあることが分かっていたんですよ。それで統幕の総括官は、大臣に「統幕にあった」ことだけを報告しているのです。だから稲田大臣は2月7日に日報が統幕にあったことを発表し、陳謝したのです。これで問題は終わるかと思いきや、3月15日になって日報が陸自にもあったことが報道された。それで大臣は特別防衛監察を指示したわけです。 この監察結果が出てきて事の経緯が分かったのですが、稲田大臣の立場に立つならば「私が聞いていたのは『統幕にあった』ことだけだった」という話でしょう。3月になって陸自にあることが分かった日報は、2月7日に発表されていた統幕にあった日報と同じものなのですから、本来なら問題になるものではなかったと思うのですが…。2017年7月28日、防衛相辞任を表明し、防衛省を出る稲田朋美氏(寺河内美奈撮影)中谷 日報が行政文書であるのか、それとも作戦のための文書であるのか、という問題は、諸外国では、公開すべき行政文書とはしていない国もあります。しかしわが国の場合は、日報もすべて行政文書という扱いになっておりますが、情報公開法には、安全保障に関わる文書は黒塗りにして不開示として、規則に従って非公開にできるようになっているのですから、今回も素直にそうすればよかったと思います。日報というものはいわゆる作戦文書であって、現場の部隊が対応したことをそのまま司令官に報告して、それを取りまとめて日本に送ってきたものです。今回、これを破棄したことは、極めて良くなかったことであり、PKOにおける日報は1次資料で、作戦情報でもあるのにもかかわらず、PKO活動が続いている最中にこの1次資料を破棄してしまったということは、隠蔽と言われても仕方がありません。後で関係者に聞いたところ、日報は、保存期間が1年未満の文書に分類し、使用後は速やかに廃棄する分類にしていた、とのことでしたが、日報は事後の行動の資料にもなるものですから、すぐに破棄するものとしていたこと自体問題であると思います。 いずれにしろ、当初の段階での情報公開法に対する認識が間違っていたボタンの掛け違いをずっと引きずることになってしまったわけですが、情報公開における文書の扱いについて防衛省では本来、内部部局(内局)の情報公開担当部局を通じて行うものであり、今回は文書の公開をどうするかの判断を陸上幕僚監部(陸幕)の判断のみで行ってしまったわけで、文書の扱いについて現場と内局と統幕でしっかりと確認を行い、意思疎通をすべきであったと思います。火箱 やはり最初の中央即応集団の段階で、日報は行政文書であるとの意識が少し欠けていたのだろうと思います。ただ現地の部隊としては、作戦中の日報ですので「情報が全世界に出回ってしまう」との判断もあったろうと思います。日報を集めれば日本の行動や弱点等々も分かってしまう、との思いが部隊としてはあって、統幕の担当者にもどうすべきか相談し、あのような不適切と言われる対応になったのだろうと思われます。 もともと自衛隊では、日報は次の派遣での教訓にするため共有するものでしたが、それが行政文書であるという認識が足りなかった、そこに最初のボタンの掛け違いがあったわけです。今後、作戦中の現場での情報を記した文書をどの程度、公表していいかについては、防衛省の中でキチンとした見解を出すべきだと考えます。柿谷 繰り返しになりますが、統幕の総括官は日報が陸自にもあることを知っていたわけです。しかし「統幕にある」ことしか大臣には報告されていなかった。だから2月7日に大臣が発表したときには「統幕にしかない」と思っていたわけですね。それが数日たって、陸自にも存在すると言うでしょうか。私はそのような報告をしたとは思えません。それ故、大臣としては「私は聞いていない」と言うのが自然ではないでしょうか。火箱 やはり陸幕にあった日報を統幕の総括官が大臣に報告しなかったというのは問題でした。ただ陸幕が黙っていることによって、後になって「隠していた」と言われるような事態になれば、それこそ大臣に報告もしない裏切りだと思いますよ。今回、陸自が情報を漏らしたとか、シビリアンコントロール違反だとか、果ては「反乱軍」だとか言われていますが、それには少し違和感があります。打ち明けた「陸自幹部」は誰なのか--防衛監察の結果では、稲田防衛相に報告が行われたか行われていないのか、はっきりしませんが…。中谷 国防は国家の最も重要な機能であり、防衛大臣の職責は非常に重いものであります。大臣は、常に強い使命感と責任感を持ってこの任に当たり、大局の中での状況を察知し、変化する状況の中で、早め早めに指示、報告を求め、すべてを掌握して間違いのない決断をして、責任を取ることが求められるのです。つまり、困難な状況の中で、政治家として、大局を見て決断し、そのことのすべての責任を取ることが大臣の責務です。自衛隊員は「ことに臨んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に努める」、即ち、命がけで職務を遂行している組織であり。そのトップとして、防衛大臣は27万人の隊員から尊敬され、仰ぎ見られる存在でなければなりません。私も現職大臣のときは努めて現場に足を運び隊員を激励しましたが、隊員と苦楽を共にして彼らの心情を知り、「この大臣のためなら」と思わせられるような平素からの姿勢、覚悟が大事だろうと考えています。そして、世界の軍事知識や国際安全保障情勢にも精通し、いかなる事態においても自衛隊と在日米軍をしっかり機能させるべく、日米同盟調整メカニズムを担う防衛閣僚として、米海兵隊のトップだったマティス米国防長官のような人物とも協議ができ、渡り合える見識や人間性も必要でしょう。その点、小野寺新大臣には大いに期待しています。柿谷 問題なのは、新聞報道を通じて、国民からみると陸自がリークしているように見えてしまったことです。例えば監察結果が発表される前の今年7月21日、読売新聞で「陸自幹部はこう打ち明ける。『我々だけが悪者になる事態となるなら、声を上げなければならない』」などと報じられ、類似の報道も散見されました。私は陸幕に計8年間勤め、その間に11人の防衛庁長官に仕えましたが、長官の陰口を言うようなことは一切ありませんでした。今回、陸自が大臣の陰口を言っているように国民は受け止めてしまっている、このことは大変、問題だと思います。打ち明けた「陸自幹部」は誰なのか、陸幕長は調べるべきだったと思いますよ。中谷 監察の結果を読みましたが、日報問題の根本にあるのは一部職員の、情報公開業務に対する誤った基本認識です。また、業務の進め方において内局、統幕、陸幕の間での意思疎通が十分になされてなかったことが大きな問題でもありますし、最初の段階で問題を軽く考えてしまい、陸幕が中央即応集団司令部の幕僚長に対し、適切な文書管理をした上で日報の破棄を指示したのはそもそも間違いでした。こうしたボタンの掛け違いをずっと引きずることになってしまったわけですが、やはり文書管理・情報公開に対する認識をしっかり持たなければならないと思います。2017年5月、南スーダンPKO部隊の隊旗返還式を前に栄誉礼を受ける安倍首相(左)と稲田防衛相柿谷 2月16日の段階で、当時の黒江哲郎防衛事務次官が岡部俊哉陸幕長に対して、陸自にある日報は個人データだから公表する必要はない、との方針を示したのですが、防衛省としては統幕がすでに同じ日報を公表しており、隠蔽でも何でもないわけです。 それを後になって、陸自の誰かが陸自にも日報があった、と情報をマスコミに流している、これはいささか問題だと思います。軍事組織として、情報は出さないと決めたら出さない、で徹底しなければなりません。そして“ケンカ両成敗”で事務次官、陸幕長に加え大臣まで辞任することになりましたが、安倍首相は内閣改造の8月3日まで防衛大臣に職を全うさせるべきでした。 民進党は今回、国会で日報問題を追及して稲田氏を辞任まで追い込みましたが、自分たちが政権を取ったら同じようなことになるのが分かっているのでしょうか。自衛官や防衛官僚のリークによって選挙で選ばれた大臣が辞任するようでは民主主義は終わりですよ。戦前は「統帥権干犯」などとして政権への攻撃が行われましたが、今回の問題もそれと同じことではないでしょうか。火箱 稲田元大臣の辞任については、これだけの騒動になってしまったことの責任を取られたのだと思います。柿谷さんがおっしゃる通りで「陸自が日報の存在を意図的に隠し通していた」というのは事実ではないでしょう。ただ統幕、陸幕、内局の連携が不十分だったのは残念です。柿谷 統幕長が今回の日報の問題では肝心のところを何も知らず、報道でも不思議なことに統幕長についてはほとんど触れられません。統幕の総括官が上司に報告せずに勝手に指示をしていた、それもおかしな話です。部下であるはずの総括官が、どうも統幕長にきちんと報告をしていなかったらしいのです。“言葉狩り”からの卒業を中谷 私が防衛大臣のときに、内局(背広組)運用企画局と統幕(制服組)の機能を一緒に統合しました。自衛官と内局が相まって防衛大臣を支えるということで、特に国会関係は内局が対応するということで、統幕の中に総括官などとして背広組を入れる組織改正をしました。今回は日報をめぐって、これは内局が仕切る必要がある部分が多かったということで、総括官がかなり責任を持って対応していたのだろうと思います。 それから一つ申し上げたいのは「戦闘」という言葉が議論されましたが、これは一般的な言葉であって、1対1の銃撃戦も戦闘であり、国レベルの紛争も戦闘といわれます。自衛隊でも「戦闘機」とか「戦闘訓練」などと、戦闘という言葉を一般的に使っています。私が防衛大臣だった当時、イラクでの自衛隊の活動記録をまとめた「行動史」の中に「軍事作戦」という言葉が使われていて野党から追及されましたが、自衛隊の海外任務の遂行自体が軍事作戦であるのは当たり前のことです。国会の審議でこうした“言葉狩り”をするようなことは、そろそろ卒業する時期でしょう。国会ではもっと実のある議論をしていただきたいものです。2015年10月、海上自衛隊の隊員に訓示する中谷防衛相=舞鶴市の海上自衛隊第23航空隊柿谷 南スーダンPKOについていえば、もともと民主党が野田政権のときに派遣しているわけです。当時の新聞を切り抜きで保存していますが、当時すでに「戦闘」「空爆」といった言葉が度々使われていました。それを、野党になった民進党が批判するとはいかがなものか。民進党は、民主党政権時代を思い起こしてみるべきでしょう。 当時の新聞を見ると「PKO 急いだ政権」「治安に課題残し船出」などと書かれています。さらに朝日新聞は「PKO 他国軍救援も」「駆けつけ警護 首相、合憲に『余地』」とまで書いている。これも野田政権下でのことです。民進党は「よく私たちの後始末をしてくれました」と感謝するのが筋ではないですか。火箱 先ほど中谷先生が述べられた通りで、「戦闘」という言葉尻をとらえて追及して何の意味があるのか、戦闘の代わりにどんな言葉を使えばいいのかと思います。国会でも、南スーダンで行われている「戦闘」がPKO5原則に抵触するのかどうか、に絞って議論をしていただければ実のある議論になったと思うのですが…。現地の部隊としては、現実にあったことをキチンと書いて報告しなければならないのです。それを、「戦闘」という言葉を使ってはいけない、などということになれば、正しい報告ができません。中谷 今回の話は、自衛隊の国際貢献のあり方を根本から考えるいい機会でもあると思います。2年前の平和安全法制の制定でかなりの進展が図られたとはいえ、依然としてPKO参加5原則は変わっていないのです。世界に目を向ければPKO自体が、性質が変わってきています。PKOの現場で自衛官は任務と法的枠組み、それから政策の合間で非常に苦労していますので、しっかりと国際貢献のあるべき姿をこそ国会で議論するべきだと思います。5原則でがんじがらめの自衛隊火箱 おっしゃるようにPKOは第3世代といいますか、最初はあくまで中立だったものが、現在では文民保護の観点から文民に危害を加えようとするものを撃ってもいい、というところまできています。そうした中で日本はPKO5原則でがんじがらめの状態で自衛隊を参加させているわけで、この5原則は本当に妥当なのか、国会でしっかり議論していただきたい。そうでないと、今後の派遣でもまた問題が発生することになるでしょう。中谷 自衛隊の存在を憲法上にどう位置づけるかという議論は非常に重要で今、自民党の中で議論しているところです。自衛隊も創設60年を迎え、国民の間に定着し立派な仕事をしていますので、憲法上にしっかり自衛隊を明記することは必要だと思います。ただ、憲法改正は自民党だけではできません。衆参両院で3分の2の賛成が要りますし、国民の過半数の賛成も必要ですから、国民の皆様の理解を得られるよう、しっかり説明をしていきたいと考えています。柿谷 安倍首相は5月3日に「美しい日本の憲法をつくる国民の会」の集会でのビデオメッセージで、自衛隊を憲法に明記する提案をしましたが、私はビックリしました。自衛隊、という名前は本来、軍隊にしなければなりませんが、あの改憲案は「自衛隊は違憲だと言う憲法学者がいるから憲法に書いてやる」という態度ですよ。私は月刊『Hanada』7月号に「憲法『自衛隊』明記は改悪だ!」と書いたんです。 そもそもセルフ・ディフェンス(=自衛)という表現が問題です。これは外国人は皆、「自分だけを守る」と受け止めるのです。「自衛軍」でも同じ訳になるのでダメです。せめて「国防軍」とすべきではないですか。中谷 いまなお語り継がれていますが、防衛大学校1期の卒業生に、吉田茂首相は「君達は、自衛隊在職中、決して国民から感謝されたり、歓迎されることなく、自衛隊を終わるかもしれない。言葉を換えれば、君達が日陰者である時の方が、国民や日本は幸せなのだ。どうか、耐えてもらいたい」という趣旨の言葉を託しました。それから60年になりますが、いまだに「自衛隊は憲法違反だ」と主張している政党もあれば学者もいます。ですから少なくとも私たちの世代で、自衛隊の存在をしっかり位置づけたい。それがどういう名前になるのか分かりませんが「憲法違反」と言われることがなくなるよう、憲法改正を行ってはどうか、というのが一つの考え方で、自民党内でも議論しているところです。 私自身は、平成24年に発表した自民党憲法改正草案の起草委員長として、党内の意見を取りまとめました。草案では「国防軍」としており、内閣総理大臣の指揮を受け、また国防軍に審判所を置くことを盛り込んでいます。国際的な主権を持つ国家としての国防の在り方としては、ほぼ完成された条文だと思いますが、今これを提案して国民の過半数の賛同を得られるかといえば、現実的な判断が必要でしょう。2年前の安保法案審議での限定的集団的自衛権の存立危機事態を設けることすら国を二分するような議論になったことを踏まえれば、まずは自衛隊を憲法上、認めてもらうところから始めるというのも一つの手段ではないでしょうか。なぜ自民党は「国防軍」の旗を降ろすのか火箱 私も本来は、自衛隊をきちんと憲法の中に軍隊として位置づけるべきだと考えています。安保法制の成立で、かなりの部分で自衛隊の活動が一歩前進したとは思いますが、これまでの憲法解釈が踏襲されていて、まだまだ自衛隊は軍隊でないことで問題が残っています。例えば朝鮮半島有事を想定した重要影響事態安全確保法では、現に戦闘が行われている現場では米軍への支援はできないとか、「戦死」や「捕虜になる」といった概念もなく、自衛隊は端境期にあるといえます。これは何としても憲法上、軍隊にすべきだと思いますが、たしかに安保法制であれだけ反対も出たことを考えれば、国民投票で過半数の賛成が得られるかという問題はあります。やはり、一歩前進を取り憲法に自衛隊を明記してもらうことを先ず優先すべきと。私たちの世代は沖縄で「人殺しの憲法違反の自衛隊は帰れ!」などと罵声を浴びながらも耐えて頑張ってきましたが、これからの人たちが例えばPKOへ行くときに同様の目に遭うのは忍びない。せめて自衛隊と明記して「憲法違反だ」と言われる事態はなくしてほしい。今これをやらなければ、未来永劫憲法は変わらないのではありませんか。柿谷 いったん憲法に「自衛隊」と書いたらその先、何十年も変わらないことになりますよ。なぜ自民党は「国防軍」の旗を降ろすのか。これは後々、悔いが残ると思いますよ。中谷 21世紀のわが国が生存を図る上で、現行の憲法で本当に日本が守れるのかを考える必要があります。自衛隊は長射程の火器も保有していませんが、南西諸島の防衛や策源地への反撃能力などを考えれば装備についてもより効果的なものを考えていく必要があります。憲法改正議論には、いかに国民の生命・財産を守るかを、真剣に考えていかねばなりません。火箱 現在の憲法のもとで専守防衛が掲げられ、防衛費はおよそGDPの1%以内に抑えられていますが、これは相撲に例えれば「張り手などは禁止で、うっちゃりで何とかしろ」と制限されているような理不尽な話です。今の世界では、一国では自国の平和は守れない、各国が連携して守る、というのが常識になりつつあります。日本はようやく集団的自衛権が限定的に認められましたが、限定的で本当にいいのかという問題もあります。憲法を改正するのが理想的ですが、まずは「専守防衛」でよいのか、この問題を解決に向けて進めてもらえればと思っています。東京・市ヶ谷の防衛省(斎藤浩一撮影)柿谷 極論かも知れませんが、憲法はそのままに「国軍法」を作ればいいのです。これなら両院で過半数の賛成があれば可能です。  私はいっそ最高裁が「自衛隊は憲法違反だ」と判断してくれればいいのに、と思うこともあります。そうすれば自衛隊を解散するか、憲法を改正して軍を持つしか選択肢はありませんから。国民もずるいと思いますよ。歴代政府も「徴兵制は『意に反する苦役』に当たるから憲法違反で、できない」と説明してきましたが、それで一体誰が自衛官になるのですか。世界を見渡しても、徴兵が憲法違反などという国はありません。ドイツは数年前に志願兵制に移行しましたが、基本法(憲法)上は兵役の義務を残しているのです。火箱 皆、そういう思いは持っていますが、70年間ずっと動かなかったものを、まずは一歩進めて自衛隊を憲法に明記していただかなければ、これから自衛官になる若い人に対しても申し訳ないと思います。中谷 陸上自衛隊は前身の警察予備隊の時代から諸先輩が国民の信頼を得るべく黙々と努力してきました。今回の「日報」をめぐる事件は残念なことでしたが、ここは原点に立ち戻って、誠実に、愚直に任務に励んでいただき、国民の信頼を得られる組織になってもらうことを願っています。かきや・いさお 昭和13年、石川県生まれ。防衛大学校卒業と同時に陸上自衛隊入隊。大阪大学大学院修士課程(精密機械学)修了。陸上自衛隊幹部学校戦略教官、陸上幕僚監部教育訓練部教範・教養班長、防衛大学校教授などを歴任し、平成5年に退官。元陸将補。著書に『徴兵制が日本を救う』『自衛隊が国軍になる日』。なかたに・げん 昭和32年、高知県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊でレンジャー教官を担当し、59年に二等陸尉で退官。国会議員秘書を経て、平成2年に衆議院議員に初当選し、現在9期目。防衛庁長官、自民党安全保障調査会長、党政調会長代理、防衛大臣などを歴任した。自民党憲法改正推進本部長代理。ひばこ・よしふみ 昭和26年、福岡県生まれ。防衛大学校卒業。陸上自衛隊に入隊し、第10師団長、防衛大学校幹事、中部方面総監などを歴任し、平成21年に陸上幕僚長。東日本大震災の発生当時、陸上幕僚長として初期対応に当たった。23年に退官。著書に『即動必遂』。

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    「米国の手先」日本も標的? エルサレム問題でイスラム国が復活する

    和田大樹(外交・安全保障研究者、清和大講師) 米国のトランプ大統領が12月6日、エルサレムをイスラエルの首都と容認し、数年以内に最大都市テルアビブから米国大使館を移転させるという前代未聞の方針を明らかにした。トランプ氏は大統領選の時から、エルサレムに移動させることを公約としてきたが、今回の決定の背景には、国内のキリスト教福音派など自らの支持層の期待に応える狙いがあるとみられる。 当然のことながら、この決定に対してはパレスチナをはじめ、サウジアラビアやヨルダン、エジプト、マレーシアなどイスラム圏諸国に加え、欧州や国連などから既に非難や懸念の声が続出しており、今後の中東情勢の先行きが不安視されている。特に、今年10月中旬にはパレスチナ自治政府の主流派ファタハとガザ地区を実効支配するイスラム原理主義組織ハマスが、10年に及ぶ分裂に終止符を打つための和解案に署名するなど、中東和平へ明るい兆しが見え始めていた時期だけに、両者からは怒りとともに悲嘆の声さえも聞こえる。2017年12月6日、米ホワイトハウスでエルサレムをイスラエルの首都と認定すると発表したトランプ大統領(UPI=共同) しかし、今回の決定が与える影響は、米国とアラブ諸国を中心とする国家間関係だけで収まる気配はなく、国際的なテロ情勢にも一定の影響を与える可能性がある。ここでは、米国によるエルサレム首都容認が今日の国際テロ情勢に与える影響と、それによる日本権益へのリスクについて危機管理の視点から考えてみたい。 米国によるエルサレム首都容認に各国から懸念の声が高まる今日、2014年以降猛威を振るってきた過激派組織「イスラム国」(IS)は、シリアとイラクで領域支配をほぼ完全に喪失した。一般世論では、9・11以降のアルカーイダに続き、ISの時代も終わったとの風潮が流れている感があるが、現実はそう易しいものではない。 まず、多くのIS戦闘員は殺害、もしくは拘束されたものの、依然として逃亡を続ける戦闘員がいる。こういった戦闘員は支配領域を失ったとしても、内戦や戦闘が続くシリアやイラクでテロ組織としての活動をひそかに継続し、組織として復活できる機会を狙うことになるだろう。 また、既に母国や第三国に移動した戦闘員もいるが、帰還者による母国でのテロの脅威に加え、ISとしての信念を持ち続ける戦闘員らが周辺諸国や他地域に移動し、再度、模擬国家構築を目的とする戦闘を開始することが懸念される。既にフィリピン南部のミンダナオ島マラウィやリビア中部のシルトはそれに近い状況にあったといえるが、第三国へ移動した戦闘員たちはその機会をうかがいながら、ひそかに活動を続けることになるだろう。動き出すIS残党とアルカーイダ さらに、ISによる領域支配の時代が終わったとしても、そのイデオロギーやブランドの影響を受けた個々人による、いわゆるローンウルフ(一匹狼)型のようなテロが終わる気配は全く見えない。近年、ISによるプロパガンダ活動は衰退の一途をたどっているが、ISの戦闘員や支持者らは、ISの求心力を保つためにも短期的にはその活動を継続するだろう。イラク北部モスル南方にある監獄で座る過激派組織「イスラム国」(IS)のメンバーとみられる男ら=2017年7月(AP=共同) 一方、1988年にウサマ・ビンラーディン(2011年5月に死亡)が創設した国際テロ組織アルカーイダは、9・11以降米軍主導の対テロ掃討作戦で多くの幹部を失い、組織として弱体化したことは事実であるが、内部における権力闘争など紆余(うよ)曲折はあるものの、今日においても、アラビア半島のアルカーイダ(AQAP)やアルシャバーブ(ソマリア)、インド亜大陸のアルカーイダ(AQIS)、イスラム・マグレブ諸国のアルカーイダ(AQIM)など、アルカーイダ指導者のアイマン・ザワヒリ容疑者に忠誠を誓う組織が中東・アフリカ、南アジアなどで活動している。 ISの前身組織がイラクのアルカーイダ組織(AQI)で、ISとアルカーイダは手段・方法などで違いは見られるものの、初期のイスラム時代への回帰という目標をグローバルなレベルで掲げるサラフィスト(イスラム厳格派)グループで、今日でも依然としてその意思を強く持っている以上、彼らのグローバル・ジハード運動は今後も続くと判断せざるを得ない。そして、その攻撃能力は諸国家の軍事力に及ばないことは言うまでもないが、米国を中心とする欧米諸国やその同盟国、中東の権威主義的・世俗的な政府を攻撃する意思に変化は見られないことから、われわれは安全保障・危機管理の観点からそれにどう対処していくかを継続して考える必要があろう。 トランプ氏による決定後、早速ISやアルカーイダなどジハーディスト(聖戦主義者)グループは強く非難する声明を出している。それらをまとめると、まず、アルカーイダ系ではその本体であるアルカーイダ・セントラル(AQC)が、イスラム教徒に対して「米国とその同盟国の権益を攻撃せよ」と呼び掛け、その系統グループであるAQIMやAQAPもトランプ氏の決定を非難し、全世界のイスラム教徒に対して、資金的・軍事的支援をするなどしてパレスチナ解放のために連帯するよう訴えた。 また、アルカーイダ系とされるハヤート・タハリール・シャーム(HTS)、インド北部カシミール地方やガザ地区を拠点とするジハーディストグループからも同様の声明が発信された。一方、アルカーイダと対立関係にあるISの支持団体(支持者)からも、米国の決定を非難する声明が次々に出ており、中には欧米諸国での単独的な攻撃を呼び掛けたりするものもある。さらには、エジプトを拠点とするムスリム同胞団系のハサム運動やアフガニスタンの反政府勢力タリバンからも同様の声明が出ている。「声明」からわかる三つのポイント 本稿執筆時点でトランプ氏の宣言から3日が過ぎるが、上記からも世界各地のジハーディストたちが強く反発していることが分かる。そしてそれらの声明から、現時点で分かることが三つある。 まず一つ目は、アルカーイダ関連の組織による非難声明が多いということだ。AQCやAQIM、AQAP、HTS、アルシャバーブなど、中枢とその関連組織の非難声明が2日間という短い期間に一斉に発信されたことは、今まで見られなかった現象だ。なぜアルカーイダ系グループの発信が目立つかというと、それは簡単に説明すれば、アルカーイダはISよりエルサレムを重要視するということに尽きるが、領域支配を継続してきたISが崩壊したというタイミングも戦略的にはあったのかもしれない。特に、近年何か大きな出来事があっても、AQCがここまで早く明確な声明を出すのは珍しい。 二つ目は、ISのプロパガンダ活動の顕著な衰退である。今回のトランプ氏による決定は、ジハーディストたちにとっては自らの主義・主張の正当性をアピールするチャンスであるはずだが、IS関連の声明は以前に比べると目立たない。特に、支持者でなくISの公式メディアからの発信が執筆時点で見られないことからは、ISの顕著な衰退というものを想像させる。 しかし、上でも触れたように、ISが弱体化したからといって、ジハーディストによるテロの脅威が衰退するわけではない。それは別問題と考えるべきで、それが三つ目である。2017年12月11日、ニューヨークで起きた爆発で、現場付近を封鎖する警察と消防(ロイター=共同) 昨今、テロ対策研究の世界では、ISの弱体化に伴い、ISとアルカーイダの関係の行方を模索する動きが顕著にみられる。その中では、ISとアルカーイダの対立の継続の他に、両者の共闘、接近、もしくは合併などの議論が行われており、今後のテロ情勢の動向を不安視する声が聞かれる。その行方を予想することは難しい。しかし、今回のトランプ氏の決定は、少なくとも「米国・イスラエルvsアラブ」という図式を明らかに緊張化させることとなった。個人的にもトランプ氏の判断には反対の姿勢であるが、今回の決定による中東の不安定化は、繰り返しになるが、アルカーイダやISにとっては自らの存在をアピールするチャンスになっており、ひいては両者を共闘、もしくは接近というものを助長する要因にならないかが懸念される。 では、今後の情勢はわれわれ日本人にどのような影響を与えるのだろうか。遠い中東地域の出来事であるから、日本人が直接の影響を受けることはないのだろうか。答えは「NO!」だ。「日本標的」の口実を与えるな 表1(筆者作成)は、過去20年間で日本人がジハーディストによるテロの被害を受けた事件をまとめたものである。これを見るだけで日本人が断続的にテロの被害に遭っていることが分かる。そしてその多くは、「巻き込まれた」テロ事件であるが、「日本人だから殺害対象となった」事件もあることを忘れてはならない。この年表の中では、2004年10月のイラク日本人青年殺害事件と15年1月のシリア日本人男性殺害事件がそれに当てはまる。周知の通り、これらの事件で被害に遭われたのは、香田証生さん(当時24)、後藤健二さん(当時47)、湯川遥菜さん(当時42)であるが、現在でも同様のリスクは存在し、今後も日本人が殺害対象として狙われる可能性も決して排除できない。 04年10月と15年1月の事件で共通しているのは、テロリストが米国と協調関係にある日本を非難していること、そして何よりテロリストは国際政治の流れをよくウォッチングしているということだ。日本は歴史的に中東諸国と戦争をしたことがなく、中東における日本のイメージは一般的には非常に良い。しかし、このようなジハーディストたちは、国際情勢、国際政治の流れを独自に解釈し、「日本は米国の同盟国であり、欧米の手先だ」と判断することはよくあり、日本も決して彼らの標的の外ではないのである。 われわれは過去の教訓を決して忘れてはいけない。過去の事例からは、以上のようなリスクがあることを十分に認識する必要がある。現在のところ、今回のトランプ氏の決定に対して多くの国や国際機関から非難の声が集まっているが、日本政府は明確な非難を避けている。最も、日本の国益を考えるとそうならざるを得ないだろうが、それはISやアルカーイダなどのジハーディストグループに、日本を標的とするという口実を与えることになる恐れがある。2017年9月、会談を前に握手する安倍首相(左)とイスラエルのネタニヤフ首相=米ニューヨークの国連本部(代表撮影・共同) 今回のトランプ氏の決定は、特にアルカーイダにとっては最もセンシティブな問題で、彼らの怒りを最も買う出来事といえるだろう。2015年以降、故ビンラーディン容疑者の息子であるハムザ・ビンラーディンの存在が顕著になっている。昨今もハムザは、イスラエルと米国を攻撃せよというメッセージを発信しており、今後の国際テロ情勢の先行きが不安視される。現在のところ、ジハーディスト情勢で何か大きな動きがあるわけではない、しかし、われわれ日本は過去の教訓から以上のようなリスクがあることを十分に認識し、今後の情勢を危機管理的な視点から注視していく必要がある。

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    安倍政権にあって「小池劇場」に足りなかったモノ

    安倍政権への対決軸をどう構築するか、その準備が成熟していなかったことが大きかったように思う。とりわけ安全保障に関する対決軸が未成熟と言わざるを得ない。本稿ではその点について考察してみたい。 小池百合子東京都知事が希望の党の公認を求める民進党出身候補に対して、憲法改正と新安保法制への賛成が条件であり、それが飲めない人を「排除する」と明言したことは、今回の経緯の核心をなす問題だと感じる。希望の党の動きがなければ、今回の選挙は、新安保法制を踏まえて北朝鮮情勢などに対処するという政権側と、新安保法制を廃止する枠内で対処するという野党側が、正面からぶつかる二項対立の構図になる可能性があった。小池発言は、結果だけから見れば、民進党の新安保法制に対する「反対」勢力の弱さを露呈させ、想定されていた対決構図が浮上するのを押しとどめるという役割を担うことになったのである。 ただ、これは小池知事にグチを言っても仕方のないことである。野党側にも問題があるからだ。 では、何が問題だったのか。端的に言えば、新安保法制に反対したとしても、どんな安全保障政策で対処すればいいのか、という対案に説得力が欠けていたことである。野党間の政策協議で一致していたのは「新安保法制に反対」ということだけであり、新安保法制廃止後の国防政策をどうするのかということへの言及はない。つまり、建設的な防衛政策が法案反対野党にはなかったということである。 野党共闘を市民の側から主導したのは「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)である。その市民連合は9月26日、民進・自由・社民・共産の野党4党に対し、衆院選での「野党の戦い方と政策に関する要望書」を提出した。そこにも9条改正への「反対」や新安保法制などの「白紙撤回」はあったが、防衛政策での要望と呼べるようなものは見られなかった。「市民連合」と面会し、プラカードを掲げる(左2人目から)共産党の小池書記局長、立憲民主党の福山幹事長、社民党の吉田党首=2017年10月、東京都千代田区 いま、わが国の眼前で進行しているのは、北朝鮮による核ミサイル開発である。有権者の多くが関心を持っているのに、この問題が政策協議で議題になったとも聞かないし、市民運動も言及しない。国民意識と野党共闘の間には深い溝があったわけだ。 この間、北朝鮮の「完全な破壊」を叫ぶトランプ政権の下で、安倍政権がそれに追随し、新安保法制に基づいて米艦防護などを実施している状況は、有事の際には日本も巻き込まれる危険を示すものであり、この法制の「廃止」には安全保障上の危機が生じる。しかし、法律を廃止したからといって、北朝鮮の核ミサイルに対処できる態勢ができるわけではない。自民党の一部にあるような敵基地攻撃論にはくみしないにせよ、ミサイル防衛システムを整備、改良するという程度の政策も打ち出せないのが一連の野党共闘であった。「総論賛成、各論反対」の共産党 むろん、野党共闘に期待する人々もいたと思う。同時に、目の前の事態に不安を感じる大多数の国民にとって、野党は弱々しく映ったに違いない。このままでは当選できないと感じた民進党議員の中から、持論を曲げてでも希望の党に移りたいという動きが生まれたのには、そういう背景もあろう。 しかし、野党にその気があれば、安全保障問題でも政策協議できたはずだ。この間の野党共闘は、共産党が日米安保条約の廃棄と自衛隊の解消という独自の立場を持ち込まないと明確にしたことで、ようやく成り立っていたものだ。しかも、共産党はただ持ち込まないというだけではなく、新安保法制以前の条約や法律で安保や自衛隊を運用するとまで明言していたのである。志位 私たちは、日米安保条約を廃棄するという大方針、それから自衛隊は、日米安保条約を廃棄した新しい日本が平和外交をやるなかで、国民合意で一歩一歩、解消に向かっての前進をはかろうという大方針は堅持していきたいと思っています。ただ、その方針を『国民連合政府』に求めるということはしない。これをしたら他の党と一致にならない。そういう点では方針を『凍結』する。 ですから、『国民連合政府』の対応としては、安保条約にかかわる問題は『凍結』する。すなわち戦争法の廃止は前提にして、これまでの(戦争法成立前の)条約と法律の枠内で対応する。現状からの改悪はやらない。『廃棄』に向かっての措置もとらない。現状維持ということですね。これできちんと対応する。「赤旗」2015年11月8日、テレビ東京系番組「週刊ニュース新書」での田勢康弘氏とのやり取り 「戦争法廃止以前の条約と法律」と言えば、安倍政権以前の自民党政権時代の条約と法律ということである。そこには条約で言えば、日米地位協定もあるだろうし、「思いやり予算」の特別協定も含まれるということだ。法律といえば、自衛隊法はもちろん、日本防衛とは距離のある周辺事態法も含まれる。これらはすべて、共産党が野党として反対してきたものだ。それでも新安保法制を廃止するために、ここまで踏み切ったのである。この考え方で行けば、既に配備されているミサイル防衛システムの発動や改良にだって「賛成」を明言できたはずである。 ところが、その共産党もメディアに尋ねられれば、ここまで踏み込むのに機関紙「しんぶん赤旗」の記事では、自衛隊について肯定的な報道をすることが一切ない。ミサイル防衛システムを改善するイージス・アショアについても、猛反対の記事ばかりが掲載される。つまり、総論では現状の枠内なら賛成と言いつつ、各論になると賛成できるものを提示できないのである。街頭演説で支持を訴える共産党の志位和夫委員長=2017年10月、東京・新宿 そういう現状では、共産党から他の野党に防衛問題を提起することができなかったのは仕方がない。国民が信頼できる防衛政策を野党共闘が打ち出せなかった理由の一つはここにある。エキスパートでも提起できなかった民進党 一方の民進党には、共産党と共闘することへの躊躇(ちゅうちょ)がもともとあることは理解できる。けれども、民進党が総崩れになったことの本質は別のところにあったのではないか。最初に離党した長島昭久元防衛副大臣は、離党の理由を次のように述べたが、そこから見えてくるものが実に興味深い。 野党共闘そのものを否定しているわけでもありません。まず民進党がしっかりと政策の柱を立てる。その政策に共産党が賛同していただけたとする。そうなれば、『ともに闘う』という形も納得できます。 (しかし)野党共闘路線に引きずられる党の現状に非常に強い『危機感』を持っていました。つまり、共産党が主導するなかで、野党がいわば『左に全員集合』する形になりつつある。 これまで私が書いてきたことを理解していただける方は、この長島氏の言明に違和感を覚えてもらえるのではないだろうか。共産党は、左か右かを分ける分水嶺(ぶんすいれい)である安全保障問題で、魅力ある政策を自分から打ち出せていないとはいえ、野党共闘に独自の立場を持ち込まなかったのである。安全保障に関しては、新安保法制に反対するということを除き、民進党は自由にできる立場にあったのである。だから、長島氏が言っているように「まず民進党がしっかりと政策の柱を立てる。その政策に共産党が賛同していただけた」ということが可能だったのである。 それなのに、長島氏は安全保障政策について「しっかりと柱を立てる」努力をしてこなかった。共産党に賛同を求めるには、まず自分たちの政策の柱が必要だといいながら、実際には何もしてこなかった。その結果、野党共闘は安全保障政策に関しては何一つ提示できなかったのである。少なくとも、この分野では「左に全員集合」の政策など影も形も存在しない。2017年10月、党本部で会見する民進党の前原誠司代表(佐藤徳昭撮影) 民進党の中で安全保障政策の第一人者である長島氏が提示できないわけだから、他の民進党議員が提示できるはずもない。というより、長島氏も含め民進党の議員たちは、そもそも安全保障で安倍政権に代わる「政策の柱」が必要だとも思っていなかったのではないだろうか。 民進党の中にも、安倍政権に対抗するだけのリベラルな防衛政策の必要性を自覚している人が個々にはいる。民主党時代に政権奪取に成功した理由の一つも、「対等平等の日米関係」とか「米軍普天間基地は最低でも国外」として、自民党と異なる選択肢を有権者に示せたことが大きい。しかし、鳩山由紀夫政権が「抑止力のことを考えれば考えるほど」と述べて普天間基地の辺野古移設に回帰して以来、防衛問題で自民党との対抗軸を打ち出す気風はなくなり、現在も全体として問題意識は希薄である。公示直前に立憲民主党を立ち上げた枝野幸男代表も含め、安全保障政策は自民党とあまり変わらなくていいという人が多数だったのである。もう護憲派にも防衛政策は必要だ 結局、問題の根源はここにある。新安保法制への賛否というのは、あくまで安全保障政策全体の中の一部である。民進党の中でその一部を大事に思う人が多かったから、これまで「廃止」で結束し、野党共闘も成り立ってきた。 しかし、そうはいっても新安保法制は安全保障政策全体の一部に過ぎないのである。その安全保障政策が「自民党と一緒でいい」というままでは、民進党あるいは野党共闘は自民党の対抗軸になり得なかったということだ。いや、少なくとも希望の党は、憲法でも安全保障でも自民党と足並みをそろえるが、それでも対決の構図を打ち出している。そういう道も不可能ではないのかもしれない。それに意味があるかどうかは別にして。 しかし、どの野党であれ、自民党に代わる政権を本気で目指すなら、安全保障問題でも対抗軸となるものを打ち出すことが求められるだろう。それがないと、今回のように「自民党と変わらない政党」の軍門にあっさり下ることになる。2017年10月、盛岡市での街頭演説を終え、JR盛岡駅の新幹線ホームで携帯電話を操作する希望の党の小池代表 わが国では、安全保障政策といえば、これまでは政権側のものしか存在してこなかった。というより、米国の抑止力に頼るというのが、わが国の安全保障政策のすべてであり、そういう意味では政策を考えるのは米国であり、現政権側も含め自分たちで政策を考える人はいなかったのかもしれない。一方、政権と対峙(たいじ)すべき護憲派は、防衛政策を持たないことを誇りにしてきたのである。冷戦時代はそれでも良かったかもしれない。旧ソ連の影響下に入らないようにする点で、米国と日本の国益は一致していたからだ。だが、現在は明らかに違う。 中国との関係をめぐって、日本は尖閣諸島の主権が侵されることを心配しているが、米国が関心を持つのはこの地域における自国の覇権、自国主導の秩序を侵されないようにすることである。北朝鮮の核ミサイル開発についても、仮に核弾頭が米本土に到達する事態になれば、自国民を犠牲にしてでも、わが国を「核の傘」で守ることができるのかという問題も生じる。 つまり、米国と日本の国益には、微妙なズレがあるのだ。その時に、ただ米国の核抑止力に頼るという安全保障政策でいいのか、無思考のままでいいのかが、今まさに問われているのである。 野党が政権に接近しようとすれば、安保と自衛隊の維持を前提にして、しかし自民党政権とは違って抑止力を疑い、安全保障とは何か、日本の国益はどこにあるのかということをトコトン突き詰め、安保と自衛隊をどう使いこなすのかということを提示する必要がある。それができない野党は結局、他党に飲み込まれていくか、小勢力のまま生き永らえるしかないのである。いずれにせよ、小池氏が主導した今回の政界再編は、そのことを野党に自覚させたという点では、大いに意味があったのかもしれない。

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    米国が「北朝鮮の核保有」を容認すれば、日本はこうなる

    に防衛政策を組み立てていると考えるのが自然であろう。 他方で、米国を標的とする長距離ミサイルは日本の安全保障にとって無関係なわけではない。むしろ、日本にとって米本土の安全は、米国から提供される「核の傘」を含む拡大抑止の信頼性と密接に関係している。冷戦期にソ連と対峙(たいじ)していた米国が「パリを守るために、ニューヨークを犠牲にする覚悟があるか」というジレンマに直面したのと同じように、北朝鮮が非脆弱なICBMを保有した場合、米国の大統領は「東京を守るために、サンフランシスコを犠牲する覚悟があるか」という状況を前に、アジア地域への介入や日韓が攻撃を受けた場合の報復を躊躇(ちゅうちょ)する恐れがある。したがって、米本土の安全を高めておくことは、拡大抑止の信頼性を維持しておくためにも決定的に重要なのである。 極東から米本土に向けて発射されるICBMの最短飛行経路は、日本のはるか北からアラスカに向かうコースをたどるため、現在の技術ではこれを日本周辺から迎撃することはできない。だが既に米本土は、アラスカ州のフォートグリーリー基地とカリフォルニア州のバンデンバーグ基地に配備されている地上配備型迎撃システム(GMD)・迎撃ミサイル(GBI)と、一部の高高度防衛ミサイル(THAAD)によって守られている。GBIは5月30日にICBMを想定した迎撃実験に成功しており、2017年末までに44基の配備を完了する予定である。そのため、北朝鮮が数発の限定的なICBM能力を獲得した程度では、米本土のミサイル防衛網を突破することは容易ではなく、「ゲーム・チェンジャー」にはなり得ない。 しかし将来的に、火星14、もしくはより残存性・即応性の高い移動式ICBMが量産化され、実戦配備に移行した場合には、北朝鮮が一定の対米抑止力を確立し、名実ともに「ゲーム・チェンジャー」となる可能性も否定できないのだ。この段階に至っても、北朝鮮の核・ミサイル能力は、冷戦期の米ソのような相互確証破壊を達成するには遠く及ばない。しかしながら、それが米国の主要都市を1つでも確実に攻撃できるとすれば、米国は「巻き込まれる」ことを恐れて日本の防衛を諦め、われわれは「見捨てられて」しまうのではないかという「同盟の切り離し(デカップリング)」を引き起こしてしまう恐れがある。 さらに言えば、北朝鮮がICBMによって米国からの報復を抑止できるとの自信を背景に、制裁解除や経済援助、在韓米軍の撤退、あるいは朝鮮半島有事における在日米軍の来援阻止といった要求をのませるため、核を用いた恫喝(どうかつ)に及ぶことも考えられる。この恫喝相手は何も米国である必要はない。むしろ、在韓米軍の撤退や有事における在日米軍の支援を諦めさせたいのなら、今度は日本や韓国を核やミサイルで脅し「米軍のせいで、われわれが巻き込まれる」という国内世論の不安をかき立てることで、日米韓をデカップリング(非連動)させようという計算が働く可能性は十分考えられる。 すなわち、われわれは「米国が同盟国に巻き込まれることを恐れ、核の傘の提供を躊躇すること」への対処だけではなく、「日本が米韓に巻き込まれることを恐れ、朝鮮半島で生じる事態への支援を躊躇すること」への懸念に対しても同時に向き合わなければならない「二重のデカップリング」の問題に直面しているのである。2つのリスクが対立する「核容認」論 さて、ここで「北朝鮮の核容認」論とは何を意味するかという論点に立ち返ってみよう。米国で議論されつつある「核容認」論とは、何も北朝鮮を核拡散防止条約(NPT)の米露英仏中5カ国と同等の核保有国として認めるという話ではない。現在議論されているのは、北朝鮮が核ICBMを保有していることを前提に、それを使わせないよう抑止しつつ、状況改善のための交渉をするかどうかという点だ。 一方、これに反対する立場は、北朝鮮の核を前提としての交渉が、核の脅しに屈し、米国が交渉の場に引きずり出されたことになるため到底容認できないし、また金正恩朝鮮労働党委員長を伝統的な方法で抑止し続けられる保証もないというものである。そして経済制裁などの圧力の効果がなければ、究極的には軍事行動による強制武装解除も辞さない構えをとる。前者はゲーツ元国防長官やスーザン・ライス元国家安全保障担当大統領補佐官の立場、後者は現政権のマクマスター国家安全保障担当補佐官らの立場である。 つまり第一の問いは、これから長期にわたって北朝鮮の核と共存し、それを抑止し続けることのリスクと、短期決戦の軍事行動に伴うリスクのどちらを取るかという問題とも言い換えられる。ただ、この判断は極めて難しい。ライス氏が言うように、米国はこれまでにもソ連や中国のICBMと共存し、その使用を抑止し続けてきた。われわれもまた同様に、この十数年を多数のノドンを有する北朝鮮と向き合ってきた。 しかし、時間はわれわれに味方していない場合もある。「第1次朝鮮半島核危機」と呼ばれた1994年にも、寧辺の核施設に対する先制攻撃が検討されたが、大規模な被害が及ぶことを懸念した韓国政府の意向などをくみ、結局攻撃は行われなかった。だがそれから25年近くが経過した現在の戦略環境は、核・ミサイル脅威が顕在化したことによって劇的に悪化している。どのみち一定の被害は避けられないのならば、軍事行動は状況がさらに悪化する前-すなわち、北朝鮮がICBMの量産・配備に入る前でなければならないのかもしれない。 時間が状況を悪化させるとすれば、その緩和のためにも、ひとまず何らかの交渉が必要という考えはどうだろう。例えば、ゲーツ氏は「まずは北の体制は保障する。その上で核を放棄させることはできなくても、ICBM開発と実験を停止させ、ミサイルの射程を短いものに制限することは可能かもしれない」と述べている。 だが、日本はこの提案に乗るべきではない。既に北朝鮮はロフテッド軌道ではあるが、2度のICBM実験を行っている。もちろんミサイルと再突入体の完成度を高めるなら、通常弾道軌道によるフルレンジ(全射程)の実射実験をするのが望ましいが、それがなくともICBMは技術的にほぼ完成していると見るべきだろう。よって、今更実験を凍結することはさしたる意味を持たない。またミサイル実験を停止しても、「人工衛星打ち上げのロケット発射」などと言って、新型のエンジンテストなどをしてくる可能性もある。 ミサイルの射程制限については二つの問題がある。第一に、既にマティス国防長官やティラーソン国務長官は、北朝鮮を体制転換する意図がないことを繰り返し明言している。その判断が政策的に正しいかどうかはさておき、米国の長官級が体制を保障するとしているにもかかわらず、金委員長が核・ICBM実験を続けてさせているのは、言葉による体制保障を信用していないからだろう。そうであれば、物理的抑止力=体制保障の証しとしてのICBMを手放すことは考えにくい。米中両政府の「外交・安全保障対話」に先立ち、中国側と面会した米国のティラーソン国務長官(左端)とマティス国防長官(左から2人目)=6月21日、ワシントン(ロイター=共同) もう一つの問題は、対米ICBMを制限しても、日本の安全保障環境は核付きのノドンによって一方的に悪化したまま、状況が固定化されることである。もちろん、日本はノドンを自力で相殺(オフセット)する手段を持っていない。 それならば、冷戦を戦い抜いた先人たちの知恵を借りてみるのはどうだろうか。1970年代、「SS-20」に代表されるソ連の中距離核戦力(INF)が欧州に配備されたとき、西ドイツのシュミット首相は、「米国はハンブルクを守るためにニューヨークを犠牲にする覚悟がない」としてデカップリングの危険を訴えた。米=北大西洋条約機構(NATO)はこの問題を解消すべく、欧州に米国のINF(「パーシングII」と地上配備型核巡航ミサイル)を配備することによって、西独を含むNATO諸国への拡大抑止を再保証しつつ、ソ連を核軍縮・軍備管理交渉のテーブルに着かせるための圧力をかけるという「二重決定」方針を導入した。これにより、1987年には米ソ間で射程500~5500キロの地上発射型ミサイルシステムを全廃するというINF条約が締結されたのである。 米国の核持ち込みによって同盟国とのデカップリングを防ぎ、相手が持つ同等の核兵器をオフセットするという発想は、NATO型の核共有(nuclear sharing)にも当てはまる。核共有とは、NATO加盟国の一部に米国が管理する戦術核を平時から前方配備しておき、危機・有事が発生した場合には事前に策定した共同作戦計画に基づいて、米国が戦術核を供与、同盟国の核・非核両用機(DCA)がそれを搭載して核攻撃を行うというメカニズムである。米=NATO間では現在でも、200発程度とされる戦術核の配備と、その協議枠組みとしての核計画部会が継続されている。 折しも、自民党の石破茂元地方創生担当相は、非核三原則のうち「持ち込ませず」を緩和し、米国による核持ち込みの意義を検討すべきとの提案をしている他、最近ではメディアなどでも核共有の必要性を主張する声も聞かれるようになっている。 では、米国による核持ち込みやNATO型の核共有モデルをいまの日本に適用させた場合、地域の拡大抑止構造にどのような影響を与えるかを検討してみたい。考えられる唯一のオプション ここで前提としなければならないのは、現在の米国が保有する核戦力態勢である。米国の核態勢は、いわゆる「核の三本柱」(ICBM・SLBM・戦略爆撃機)に、グローバルに展開可能なDCAを加えた各種運搬手段と、戦略・戦術核兵器の組み合わせによって構成されている。これらのうち、米本土に配備されるICBM「ミニットマン3」は言うまでもなく、第二撃能力としての秘匿性を重視するオハイオ級弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)がその位置を意図的に露呈することは考えにくいため、これらは前方展開を前提とする核共有・核持ち込みのいずれのモデルにも適さない。4月26日、米カリフォルニア州のバンデンバーグ空軍基地で行われたICBM「ミニットマン3」の発射実験(米空軍提供・共同) 同様に、地下貫通型(バンカーバスター)の強力な戦略核(B61-11)を運搬可能なB2ステルス爆撃機はその航続距離と配備数20機という希少性から、また射程2500キロを超えるAGM-86B空中発射型核巡航ミサイル(ALCM)を運搬可能なB52長距離戦略爆撃機は、その利点である防空圏外からのスタンドオフ攻撃能力を犠牲にし、駐機中を先制攻撃されるリスクを負ってまで、在日米軍基地に常時前方展開することは想定しづらい。さらに、艦載機に搭載される戦術核や艦船に搭載する核トマホーク(TLAM-N)はいずれも既に退役・解体されている。そのため、かつて言われていたような、核搭載艦船による日本の領海通過や寄港という形での「核持ち込み」は今日では起こりえない。 残る手段は、かつてNATOが「二重決定」に用いたINFの前方配備であるが、皮肉なことに、米国は今現在でもINF条約の順守を継続しているため、ノドンをオフセットできる射程500~5500キロ以下の地上配備型ミサイルシステムを保有していないのだ。 したがって、現在考えられる唯一のオプションは、DCAと戦術核爆弾(B61-3/4)の前方展開という組み合わせに限られる。こうした前提で日本が米国との核共有を行うとすれば、2010年から始まった日米拡大抑止協議を格上げし、共同核作戦計画を策定。その上で在日米軍基地のいずれかに米軍が管理するB61用の備蓄シェルターを設け、それを有事の際に日本に提供するよう要請し、最終的には航空自衛隊のF-2戦闘機(将来的にはF-35A)に搭載して、総理大臣が核攻撃を命じるという形式が想像できる。 しかし、現在の核態勢下で実現できるオプションを具体化してみると、NATO型の核共有は、政治・軍事両面のハードルが著しく高いと言わざるをえない。言うまでもなく、戦術核を常時国内に備蓄することに対しては、極めて大きな政治的反発が予想される。また、米国の核報復が期待できず、自らそのトリガー(引き金)に手をかける必要があるという論理であっても、NPTとの整合性を保つ上で、最終的な戦術核引き渡しの決定権は米国が握っている。また、日本から飛び立つDCAが北朝鮮上空に達するには早くても1時間以上かかるため、弾道ミサイル発射の兆候を察知した段階で、即時的な武装解除を目的とした核攻撃を行うにはDCAは意味をなさない。加えて、DCA搭載用のB61-3/4はバンカーバスター能力がなく、地下化された北朝鮮の重要施設を破壊することも難しいため、軍事的合理性にも乏しい。 他方、軍事アセットを標的とする対兵力攻撃(カウンターフォース)ではなく、平壌に報復する対価値攻撃(カウンターバリュー・ターゲティング)を目的とするのであれば、「戦術核」とされるB61-3であっても出力調整により最大170キロトン(広島型原爆の約13倍)の威力を発揮できる。しかしその場合には、唯一の被爆国である日本の政治指導者が、自衛隊に対して民間人の大量殺戮(さつりく)を意味する報復を命じる覚悟を問われることになる。 もちろん、NATOの核共有が現在でも維持されているのと同様、戦術核の前方配備が米国のコミットメントを高める一助となることは事実であろう。しかし北朝鮮側から見れば、緊迫した情勢下における戦術核展開は先制核攻撃の準備と映りかねない。何より、近代化された空軍を持たない北朝鮮は、出撃後のDCAを迎撃するのが困難なことから、地上に置かれているDCAとB61を先制攻撃で無力化することのメリットが大きい。当然、B61の備蓄シェルターの破壊に用いられるのは核ミサイルであろう。これは抑止論で言う「脆弱(ぜいじゃく)性の窓」と呼ばれる問題であり、「危機における安定性(crisis stability)」を著しく悪化させる危険性がある。 本来こうした形での先制攻撃の誘因は、前方配備の戦術核がある種の「トリップワイヤ(仕掛け線)」としての役割を果たすことにより、米国の戦略核報復を促すため、高次の抑止構造が機能していれば、トータルな抑止計算の上では抑制されるはずである。しかし、北朝鮮が少数のICBMによって、米国からの報復を抑止できると「誤認」した場合には、上記のような形で限定核戦争の戦端が開かれる可能性も否定できないのである。こうしたDCAの脆弱性と危機における安定性に起因する問題は、核共有を行わずとも、日本や韓国に米軍のDCAと戦術核を前方配備するケースでも起こりうることに留意する必要がある。日本が今すべき具体的努力 もともと日本では、核戦略や拡大抑止をめぐる議論それ自体が限られてきた。また、そうした議論があったとしても、その大半は現実の核態勢や運用上の前提を踏まえていない場合がほとんどである。もっとも、同盟国からの要請として、米国に核兵器の運用態勢の変更や、新たな兵器システムの開発を求めること、例としては、INF条約脱退や、残存性の高い移動式中距離弾道ミサイル(IRBM、「パーシング3」?)、TLAM-Nの再開発・再配備なども考えられる。しかし、それらの要求は在欧戦術核のように軍事的意義を失った兵器を政治的理由から維持し続けるよりもハードルが高い。そうした要求をするにしても、拡大抑止の受益国として、前提となる米国の核政策やその運用態勢を理解していなければ、抽象的な不安を伝達するにとどまり、問題の具体的解決策を議論していく説得力を欠いてしまうことになるだろう。 結局のところ、北朝鮮の核・ミサイル脅威に屈することなく、日米韓のデカップリングを避けるには、どのような努力が必要なのだろうか。 月並みではあるが、やはり必須となるのは、日米韓三カ国によるミサイル防衛体制の強化である。米国は北朝鮮のICBM脅威の高まりを黙って見過ごしているわけではない。現在米国内では、本土防衛能力のさらなる強化を訴える声が高まりつつあり、議会では共和党のダン・サリバン上院議員(アラスカ州選出)が主導する形で、GBIの配備数を最終的に100基まで増強することなどをうたった超党派法案が提出され、その内容は少なからず2018会計年度の国防権限法や現在策定が進められている政策指針「弾道ミサイル防衛の見直し」(BMDR)に反映されるものとみられている。 日本では、現有のイージス艦4隻に加え、2隻が新たに弾道ミサイル防衛(BMD)能力を付与するための改修を受けている他、「SM3ブロック1B/2A」「PAC3MSE」といった新型・能力向上型迎撃ミサイルを調達する予定である。そして平成30年度概算要求では、地上配備型の迎撃システム「イージス・アショア」を中心とした新規装備の取得を目指している。イージス・アショアは、BMD専用のSM3のみならず、弾道ミサイル・巡航ミサイル・航空機といった多様な経空脅威に対処可能な艦対空ミサイルSM6も運用可能であり、柔軟性が高い。 また、現在配備されているSM3ブロック1Aよりも倍近い迎撃範囲を持つとされるSM3ブロック2Aと合わせれば、2基で日本のほぼ全域を常時カバーすることが可能であり、日本周辺に張り付けたきりになっているイージス艦の負担を軽減することも期待できる。ただし、イージス・アショアの国内配備は早くとも2023年頃とみられるため、一刻も早いミサイル防衛体制の多層強化のためには、韓国でそうしたように、在日米軍へのTHAAD配備を同時に要請すべきであろう。 その韓国では、在韓米軍へのTHAAD導入が前倒しされた他、「KAMD」と呼ばれる韓国独自のミサイル防衛の構築が進められている。ところが、韓国のミサイル防衛に用いられるセンサーや在韓米軍のTHAADに付属するAN/TPY-2レーダーは、ハワイのミサイル防衛管制施設(C2BMC)を含めた地域のBMDネットワークとは連接されていないといわれている。これは韓国が日米のBMD体制に取り込まれることを嫌う中国の懸念を反映した「忖度(そんたく)」によるものとされるが、ミサイル防衛は各種センサーがネットワーク化されてこそ、弾道ミサイルの正確な追尾や効率的な迎撃が可能となる。ならば、中国の懸念を逆手にとり、「中国が北朝鮮問題に真剣に対処してこなかったことにより生じた、やむを得ない措置」として、日米韓のセンサー・ネットワーク連携を明示的に行うことで、それを中国に圧力をかけるレバレッジ(てこ)とすることも考えられるだろう。9月7日、韓国南部、星州に搬入されたTHAADのミサイル発射台(韓国共同取材団撮影、聯合=共同) 第二には、拡大抑止にかかる共同演習や、核の先制使用を含む作戦計画の共有・策定が挙げられる。核使用を伴う米軍の作戦は、太平洋軍などの戦闘軍司令部ではなく、戦略軍がその指揮権を持つとともに主要な計画立案を行っている。そこで日米拡大抑止協議の内容を新ガイドラインで定められた共同計画策定作業と連関させ、グレーゾーンから核使用を含む高次のエスカレーションラダー(段階的な軍事衝突規模の拡大)を切れ目のない形で構築し、核オプションのより具体的な形での保証を促すべきである。 またそれらの計画を基に、在日・在韓米軍、太平洋軍、戦略軍などを交えた日米共同演習を繰り返し、実戦上の課題を常に点検・共有しておくことが望まれる。この中では、危機時におけるDCAの前方展開リスク、グアムにおけるDCAや戦略爆撃機、SSBNの展開頻度を高めることの軍事的・政治的効用、さらにはICBMやSLBMをリアクションタイムの短い移動式ミサイルに対する即時的な武装解除手段として適切なタイミングで使用する必要性などについても、個別の作戦計画に照らして検証すべきである。稚拙な対韓感情論に振り回される日本 第三は、非核の長距離即時攻撃手段(CPGS)としての極超音速飛行体の開発に関する技術協力・共同開発である。先にICBMやSLBMを即時武装解除の手段として使用する可能性に言及したのは、長射程の即時攻撃を行いうる手段が、現時点では核搭載の弾道ミサイル以外に存在しないからである。しかし、それらに搭載される核弾頭の威力や標的国以外に発射を誤認される危険性から、柔軟な運用が難しいのも事実である。そこで米国が研究開発してきた各種CPGSプログラムを技術支援する形で、同種の兵器の共同研究開発を検討することが望まれる。 第四は、B52から発射するAGM-86B空中発射巡航ミサイルの後継となる、新型長距離巡航ミサイル(LRSO)の開発継続を後押しすることである。TLAM-Nの退役とDCAの脆弱性を考慮すると、射程2500キロを超え、核出力を5〜150キロトンまで調整可能なAGM-86Bは、通常戦力と戦略核のエスカレーションラダーを埋める重要な役割を持つが、運用開始から35年以上がたち老朽化が進んでおり、2030年には退役を予定している。 今後開発される新型爆撃機B21のステルス性をもってすれば、敵の防空網に侵入して攻撃することが可能であるから、これを更新する必要はないとの声も聞かれる。だが、防空システムの高度化、とりわけステルス機を探知する「カウンター・ステルス技術」の発展をかんがみると、いまだ開発されていないB21に過度に依存するのはリスクが高い。まして中国を想定した接近阻止・領域拒否(A2/AD)能力次第では、既にDCAが直面しているように、危機や有事の際にステルス機を前方展開させるのが一時的に難しくなるケースも考えられる。したがって、B21の運用を想定した場合でも、グアム以東から2500キロ超のALCMを発射できるオプションを確保しておく意義は大きい。日本は拡大抑止の受益国としてその必要性を訴え、LRSOの開発を確実にしておく必要がある。 最後に挙げるのは、国民に対して日米韓協力の重要性理解に努めることである。今日においても、日本は朝鮮半島有事において決定的に重要な後方支援基盤であり、朝鮮半島と日本は一体化された戦域としてつながっている。だが、北朝鮮による核・ミサイルを通じた日本への恫喝は、この地政戦略的リンクを切り離しかねない。一般的な世論感覚からして、日米同盟が地域に果たす戦略的機能の重要性にかんがみれば、日本が核の脅しを受けたとしても、それに屈することなく対米協力を続けることはおおむね支持されるように思われる。 しかし、日本の世論は韓国のこととなるとその戦略的重要性を忘れ、稚拙な感情論に振り回される傾向がある。国内世論に見え隠れする韓国軽視は、北朝鮮が米韓支援を断念するよう日本を恫喝してきた際に、その脅しを受け入れかねない潜在的リスクになる恐れがある。だが、朝鮮半島の将来像が日本の安全保障にとり極めて大きな影響を及ぼすことにかんがみれば、何としても関与を継続する必要がある。そのために、日本は米国だけでなく韓国とも緊密な連携を模索し続けるべきである。 加えて、韓国が保有する独自の対北打撃力とその政策(先制攻撃システム「キルチェーン」、KMPR、米韓ミサイル指針など)に対する理解と情報共有も必要である。米韓が北朝鮮のミサイルをどこまで制圧できるかは、われわれのミサイル防衛能力はもちろん、将来敵基地攻撃能力を整備していく際の計算にも大きな影響を与えるからだ。 日本の敵基地攻撃能力については、その前提となる財政状況や防衛予算の趨勢(すうせい)からみても、弾道ミサイル発射を探知する早期警戒衛星やターゲティングのための情報・監視・偵察(ISR)などの手段をすべて独自調達し、完全自己完結型の攻撃能力を持つことは現実的ではない。同様に、相手の都市部を標的とした大量報復(懲罰的抑止)ベースの攻撃能力は、最終的に核保有に進まざるをえないことを踏まえると、これも選択肢にはなりにくい。したがって、日本が敵基地攻撃能力を保有する場合には、相手から飛来するミサイルの数をなるべく減らし、ミサイル防衛の迎撃効率を向上させるという損害限定(拒否的抑止)ベースの攻撃能力を米(韓)のISR協力の下で追求するのが最も現実的であろう。島嶼防衛用「高速滑空弾」(防衛省ホームページから) 具体的な攻撃手段は複数あるが、注目されるのは平成30年度の防衛省概算要求に要素技術研究対象として提示されている「島嶼(とうしょ)防衛用高速滑空弾」である。資料によれば、これはあくまで「島嶼間」の長距離射撃を目的とするものであるが、その原理は米国がCPGSプログラムで開発していた「(極)超音速滑空体」そのものであり、打ち上げに用いるブースター次第では、INF並みの射程を持つ即時攻撃システムとして移動目標を短時間で無力化する手段となりうる。米国がINF条約にとどまり続けるのであれば、INF再開発と前方配備を促すよりも、米国との技術協力を経て、移動式かつ十分な射程を備えた非核の即時攻撃システムを日本が自ら保有するというオプションも検討する価値があるのではないだろうか。

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    北朝鮮を核保有国として認めるべきか

    世間はすっかり解散風になびいているが、核実験とミサイル発射を繰り返す北朝鮮の脅威は何も変わっていない。トランプ米大統領は「完全に破壊する以外の選択はない」と強く警告。わが国でも長年タブーとされた核武装論に言及する動きもみられ、議論はさらに広がりつつある。もはや北朝鮮の核保有を認めざるを得ないのか。

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    北朝鮮脅威、日本に必要なのは「核武装」のタブーなき言論空間

    島田洋一(福井県立大学教授) まずは日本の核武装から論じよう。日本は、独自の核抑止力確保に向けて動き出すべきである。それは、直接的には北朝鮮による核の脅威に、アメリカに頼り切らずに対応するためだが、すでに多数の核ミサイルを実戦配備している中国をにらんだものでもある。北京市内の北朝鮮大使館前で警備する武装警察隊員 =9月3日(共同) 中国は、日本の核武装がいよいよ現実化してきたと認識すれば、その動きをもたらした「震源」である北朝鮮・金正恩体制を崩壊させることで、流れを止めようとしてくるかもしれない。すなわち中国経由で、北朝鮮の脅威を除去することにもつながりうる。 日本が核武装するか否かは、日本国民の意思次第である(これが高いハードルであることは言うまでもない)。さまざまな外的障害の存在を指摘し、核武装の不可を説く声もあるが、結論ありきで、事実認識が不足したものも多い。 外的障害としてよく挙げられるのが、日本が核拡散防止条約(NPT)を脱退し核武装に動くと、国際社会からさまざまな制裁を科され経済が破綻してしまう、ウランの供給なども止められ、原子力産業が立ちいかなくなるという主張である。  これは、NPTに加入せず核武装を進めたインドの例に照らし、当を得ていない。 2008年9月、国際原子力機関(IAEA)理事会は、NPTが「核兵器国」と規定する米露英仏中に加え、インドを例外的に核保有国と認める決定を、圧倒的多数で行っている。 それ以前、2005年7月にインドのシン首相とブッシュ米大統領の間で、インドがNPTに非加入のままでも、米国は民生用の原子力協力に向けた努力を行う旨が合意がされていた。そのブッシュ政権が各国に働きかけてのインド例外化決定であった。日本も賛成票を投じている。  中国は当初、「国際的な核不拡散体制にとり大きな打撃」と反対したが、衆寡敵(しゅうかてき)せずと見るや、パキスタンも例外扱いすべきとの主張で対抗したが、北朝鮮などへの核拡散(実務はカーン博士が担う)の過去を問われ、パキスタン例外化案は却下された。  すなわちここにおいて、「責任感ある(responsible)国」の核保有には制裁を科さないという国際的な流れができたといえる。「経済制裁」という障害はない 大多数の国々にとって、日本の経済的存在感はインドよりはるかに大きい。インドは例外化するが、日本には包括的な制裁を科すといった展開はまずあり得ないだろう。日本核武装に「経済制裁」という障害はない。  なお、IAEA理事会のインド例外化決定と前後して、原子力供給国グループ(NSG)もインドとの「民生用原子力協力」について合意に達している。ウランの供給などを認めたもので、日本が核武装すればウランを止められる云々(うんぬん)もやはり杞憂(きゆう)と言えよう。  この合意もアメリカが主導している。要するに、事前に米国と擦り合わせができていれば特に問題は生じないということである。 米印間の核問題交渉に長く携わったストローブ・タルボット元国務副長官は、「核関連物資の輸出管理に関してインドは、二つのNPT上の核兵器国、ロシアと中国より、よい成績を残していた。ロシアはイランが、中国はパキスタンがそれぞれ危険なテクノロジーを獲得するのを助けていた」と述懐している。 日本が中露以上に無責任に振る舞うと考える国はまずないだろう。インドと同等以上に厳格に核管理すると見なされるはずだ。 以上、核武装に伴って制裁を課されるという議論が、日本のような「責任感ある国」の場合根拠がないことを示してきた。独自核抑止力に向けた議論を大いに喚起し、具体的動きを起こしていかねばならない。北朝鮮の核実験について記者団の取材に応じる安倍晋三首相 =9月3日、首相官邸 もっとも、「核武装を口にすると政治家は即死する」(首相返り咲きの前の、あるシンポジウムでの安倍晋三氏発言)という状況にほとんど変化はない。いま即座に、政治家に核武装を唱えよと要求するのは酷であろう。 まずは民間において、核に関するタブーなき言論空間が打ち立てられなければならない。 その間、政権に求めたいのは、何よりも通常戦力による策源地(敵基地)攻撃力の整備に乗り出すことである。この地点までは十分に機は熟しており、踏み出さない言い訳は成り立たない。憲法9条の範囲内という、半世紀にわたって確立された政府見解もある。問われるのは政権の意志のみである。

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    米国の「アジア蔑視」が北朝鮮に核保有の大義名分を与えた

    重村智計(早稲田大名誉教授) 北朝鮮の核問題を解決できなかった米国の高官や、研究者たちが的外れと思える「宥和(ゆうわ)策」を述べている。発言者の多くが米外交の「戦犯」たちで、自分の責任を感じていないから困る。オバマ政権のスーザン・ライス前国連大使、ブッシュ政権のクリストファー・ヒル元国務次官補などだ。心の底に、アジアや朝鮮人に対する蔑視意識(オリエンタリズム)があるようだ。9月7日、ホワイトハウスで記者会見するトランプ大統領(ゲッティ=共同) 米紙ニューヨーク・タイムズ(国際版)は5日、「北朝鮮の本心はミステリー」との記事を一面に掲載した。書いたのは著名な国際記者のデービッド・サンガー氏と、トモコ・リッチ東京支局長だ。サンガー記者とは筆者がワシントン特派員時代に話をかわしたことがあるが、優秀な特ダネ記者である。 この記事によると、米国は「金正恩の本心」を計りかね、多くの主張や論議が起きているというのだ。北朝鮮は「米国の敵対政策」を非難するだけで何も要求していない。今更なにを寝ぼけたことを、と思うのだが「北朝鮮の核容認論」が生まれるワシントンの空気は十分感じられた。 背景にはライス氏のニューヨーク・タイムズ紙(8月10日)への寄稿がある。ライス氏は「北朝鮮に軍事力を行使すべきではない」と強調し「米国は北の核を容認できる」と述べた。この主張は、日韓両国が「北の核に耐えられない」事実を全く理解していない。また、中国が東アジアで自分以外の核保有国を決して認めない現実をわかっていない。寄稿の目的はトランプ大統領の軍事攻撃発言への批判だったようで、実際、大統領の強硬発言の連続が「緊張を高めている」と批判した。これも朝鮮人の言語文化と歴史を理解していない判断だ。 トランプ大統領の一連の発言は、北朝鮮の言語文化を相手にするにはピッタリだ。北朝鮮は「日米は断固たる対応に直面する」「制裁に加担した(日本の)罪に決着をつける」など、過激な表現を高官や公式の報道機関が平気で使用する。過剰表現は北朝鮮での「日常生活」なのだ。それに対し、「軍事攻撃も選択肢」と語るのは、戦術としては正しいやり返しである。北東アジアの文化を理解していないライス氏 ライス氏は、この北東アジアの文化を理解していない。ライス氏の寄稿とニューヨーク・タイムズの記事はかなり的外れと私には思える。「北の核容認論」は北朝鮮の歴史と文化を理解せず、アジアの現実もわからない米国人特有のアジア観である。「アジアがどうなろうと関係ない。あの人たちはおかしな人たちだから」との蔑視感情が根底にある。国連本部で握手する潘基文国連事務総長とスーザン・ライス米国連大使=2009年1月26日、米ニューヨーク(UPI=共同) オリエンタリズムは、故エドワード・サイード・コロンビア大教授が、欧米人のイスラムやアジアへの根深い蔑視感情をえぐり出した「書籍」のタイトルだが、欧米人の「アジア、イスラム蔑視」を意味する用語として使われている。サイード教授は、パレスチナ移民の息子で世界的な言語学者だった。 なぜ北朝鮮は核開発を始め、金正恩朝鮮労働党委員長は核とミサイル実験を急ぐのか。話は冷戦崩壊前後に戻る。東欧社会主義国が崩壊する中で、旧ソ連は韓国との国交正常化を決めた。怒った北朝鮮は、新型兵器の開発を通告した。 金日成主席と金正日総書記は北朝鮮が崩壊し、金ファミリーが指導者として追放される事態を最も恐れた。当時の軍事用石油は60万トンしかなく、戦争能力はない。米韓が軍事攻撃すれば、たちまち崩壊する。それを阻止する手だてとして核兵器保有に行き着いた。核開発にはミサイル開発が不可欠だ。 金総書記は一時「米朝合意」で核放棄を覚悟したが、軍の反発で方針を変更した。2001年頃といわれる。核とミサイルを持たないと崩壊させられるとの戦略と「信念」で指導者と軍幹部は一致した。だから、祖父と父、軍幹部が決定した方針を金正恩委員長は自らの一存で放棄できない。 これは儒教社会の北朝鮮では誰も疑わない価値観である。ライス前大使らは、北朝鮮が儒教文化の国家である事実を理解できていない。北朝鮮は対話や条件提示で核実験を止める文化でも体制でもない、とわかっていない。金正恩委員長は核とミサイルが完成するまで実験を放棄できないのだ。 儒教国家では「正統性」と「大義名分」が最大の価値観である。米国が核保有を認めれば、北朝鮮は国際社会から正統性を得たことになる。北朝鮮では核で譲歩することはないという空気が広がっている。北朝鮮国民は、金委員長は国際社会から正統性を認められた偉大な指導者と受け止める。「北の核容認論」の本当の危険性 ライス氏の主張やニューヨーク・タイムズの記事は、米国がいかに北朝鮮の歴史と文化、外交戦略、思考パターンに無知であるかを物語る。また、金正恩委員長や北朝鮮幹部が何を考えているかについての情報もなく、確認もしていない。 北朝鮮中枢は、以前からひそかに「核兵器を完成して米国と交渉する」との戦略を語っている。金正恩委員長は核開発を中断するわけにはいかないのだ。だから核の完成を急いでいる。それでも、しばらく時間がかかるだろう。核とミサイルの実験はなお続く。 核兵器が完成しても交渉で譲歩する保証はない。核兵器を手にした軍部は実験中止や核放棄に簡単に応じないだろう。金委員長と軍部の対立が高まる。もし応じなければ、米中が協力して「崩壊作戦」に乗り出し、北朝鮮の米中対立誘導戦略が破綻しまう。 「北の核容認論」の本当の危険性にライス氏は気がついていない。北朝鮮が核保有を認められれば、韓国と日本でも核保有を求める声が高まる。日本と韓国が核を持てば、台湾、ベトナム、インドネシアへと、アジアは「核拡散の時代」を迎える。その危険さを米国の「北の核容認論」は理解できていない。その背後に、アジアでの核拡散は構わないとのアジア蔑視意識が見え隠れする。 ただ、現実的には無理な話だが、「北朝鮮の核保有容認」が「日韓台の核保有容認論」につながるものなら、戦略的に理解できないわけではない。中国が最も恐れるのは、韓国や日本の核保有である。米国が「中国が北朝鮮の核保有を黙認するなら、日本と韓国、台湾の核保有を認める」といえば、中国は対応せざるを得なくなる。中国内モンゴル自治区で行われた中国人民解放軍建軍90周年記念閲兵式に出席する習近平国家主席=2017年7月30日(共同) 多くの人は、中国はなぜ北朝鮮の核開発を黙認するのか、との疑問を抱く。それは、中朝関係が2000年にもおよび、中国は朝鮮人の扱いを誰よりも知っていると考えているからだ。 中国要人はひそかに「北朝鮮はいつでもつぶせる」と言う。石油供給を全面中止すれば、北朝鮮の軍隊は崩壊に直面し、指導者追放劇が期待される。それでもダメなら国境を全面封鎖すれば北朝鮮は崩壊に向かう。ただ、今はその時期ではないと判断しているようだ。

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    「北朝鮮は草を食べても核開発」プーチンも苦悩する旧ソ連の大誤算

    にまい進する契機になったのは、1991年のソ連邦崩壊だった。最大の後ろ盾だったソ連の解体で、北朝鮮は安全保障の切り札として核・ミサイルを保有することが不可欠と判断し、開発を強化した。94年には、これを察知したクリントン米政権が寧辺の核施設攻撃を計画し、一触即発の危機を招いたこともある。 このころ、北朝鮮外交官は冷戦終結で失業したロシアやウクライナの核・ミサイル技術者を高い給与で一本釣りし、北朝鮮に招いた。北朝鮮のミサイルシステムは、旧ソ連のスカッドミサイルを軸にしており、旧ソ連の技術が開発に貢献した。ロシア外務省は、「ロシア国籍の技術者は現在、北朝鮮には一人もいない」としているが、筆者の得ている情報では、一部のロシア人は北朝鮮の女性と結婚し、国籍も変えているという。広がる北朝鮮の核保有容認論 そして北朝鮮はソ連を崩壊させたエリツィン元ロシア大統領を「社会主義の敵」と糾弾し、関係を事実上断絶した。プーチン政権発足後、金正日総書記はロシアとの関係を再開するが、ロシアはソ連時代のように石油や食糧の無償援助はできない。今日でも、朝露間の貿易額は中朝間の1~2%程度にすぎず、ロシアでは到底中国の肩代わりはできない。ロシア経済自体が中国経済の12%まで縮小してしまった。 2代目の金正日総書記は核・ミサイル開発を強化した反面、米国や韓国、日本との対話も念頭に置き、一定の落とし所が想定できた。しかし、3代目の金正恩委員長は核・ミサイル開発を急速に進めており、対話の糸口が見られない。一種の暴走状態にあることが、危機を一段と拡大させている。金委員長は、大量破壊兵器のなかったイラクやリビアの反米政権が力で倒されたことを熟知しており、同じ運命をたどらないことを誓っている。北朝鮮の故金日成主席と故金正日総書記のモザイク画の前を行き交う車=8月、平壌(共同) 北朝鮮の大量破壊兵器保有に反対する点では、米露は一致し、冷戦終結後、連携して北朝鮮に核開発中止を求めたり、6カ国協議で協力したりしたこともあった。しかし、旧ソ連は金王朝の生みの親であり、北朝鮮がどのような国かは米国以上に理解している。 米カーネギー財団モスクワセンターのドミトリー・トレーニン所長は「朝鮮半島の非核化はもはや現実的ではない。この際、北朝鮮を核保有国として認めるべきだ。そうすれば、交渉は失敗しても破滅は免れる」とし、北朝鮮をインド、パキスタンのように核保有国として容認するよう求めた。 ロシアではこうした現実論者が増えているが、米国でも北朝鮮の核容認論を主張する専門家も出ている。日米韓にとって、北朝鮮の核保有容認は受け入れがたいが、北朝鮮は米国がそれを認めない限り交渉に応じないだろう。 プーチン政権は以前、北朝鮮問題で米国と連携することもあったが、米露関係が極度に悪化した現在は、世界的に反米外交を展開し、北朝鮮問題でも米国の外交を妨害している。日米韓対ロシアという構図の中、双方の求愛を受ける中国がどちらに付くかが焦点となりそうだ。ただ、筆者自身は、中国はロシアに接近するそぶりをしながら、実質的には日中韓と連携していくのではないかと考えている。

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    「北朝鮮核施設への先制攻撃」トランプはどこまで本気なのか

    弾頭に積む水爆まで完成に近づいており、これまで東アジア政策でしかなかった北朝鮮政策は一気に米国自身の安全保障に直結する状況になっている。「核保有国」として北朝鮮を認めるのかどうか、米国としては何らかの大きな対応を一気に迫られる状況になっている。8月11日、ソウル駅でトランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が映し出されたニュースの画面を見る男性(AP=共同) トランプ政権の北朝鮮政策のゴールは「北朝鮮の非核化」に他ならない。核を放棄させるため、オバマ前政権の「戦略的忍耐」ではなく、軍事的オプションを常にちらつかせてきた。いわゆる「4月危機」のときに注目された、米韓軍事演習に呼応した空母カール・ビンソンなどの周辺への派遣がこれに当たる。ただ、実際には貿易・経済問題を「取引」材料に北朝鮮に最も影響力がある中国に対して圧力をかけ、北朝鮮を最大限に動かしていくというのが、トランプ流の対中、そして対北朝鮮政策の根本にある。 しかし、4月の米中首脳会談で、トランプ政権から北朝鮮への圧力強化の要請を受けた中国は、北朝鮮に核をあきらめさせるのが難しいことを熟知している。そもそも韓国、日本、そしてその背後にいる米国の緩衝地帯として、北朝鮮は中国にとって地政学的に重要な存在でもある。習近平国家主席にとっては、秋の中国共産党大会を前にできるだけ国内のパワーゲームに集中したいのが本音であり、北朝鮮については抜本的な制裁まで至っていない。むろん、トランプ政権のいらだちも募っている。 また、北朝鮮の核とミサイル開発のペースは速く、ここ半年だけでも米国は北朝鮮側に常に出し抜かれてきた。北朝鮮としては、ミサイルも核弾頭に搭載する水爆もほぼ完成したため、怖いものはない。米国に対して、交渉の席につかせ、何らかの条件と引き換えに無条件に核保有国として認めさせたいというのが北朝鮮の狙いだろう。限定攻撃なら日韓への報復は必至 トランプ政権としては北朝鮮の非核化どころか、核開発の凍結もなかなか難しくなっており、かなりの手詰まり感がある。いま議論されている産業や工業の「血液」となる石油の禁輸がどれだけ可能なのかさえ分からない。他の経済制裁を進めても、どれだけ効果があるのか未知数である。そうしているうちに、既に米本土に到達する核弾頭付きのミサイルも完成してしまうかもしれない。トランプ政権に残された時間は実のところ多くはない。 この手詰まり感の中、外交的な選択肢ではなく、強硬策を主張する声も米国内では目立ちつつある。報復の可能性が極めて低くなるようなことが想定されれば、先制攻撃を決断し、北朝鮮の核施設をたたいていく選択肢もあり得ないわけではない。最高司令官であるトランプ大統領が外交・安全保障政策について全くの素人である分、何らかの思い切った強硬策に出てくる可能性もゼロではない。 ただ、もし限定的な攻撃を行ったならば、北朝鮮から韓国、日本という同盟国への報復はやはり避けられないだろう。戦闘には必ず不確定要素がある。いわゆる「戦場の霧(フォッグ・オブ・ウォー)」である。北朝鮮の報復攻撃を100%抑えることができるかどうかは分からない。もし戦争になれば「米国史上最悪の戦争になる」という指摘もある。記者団に話すマティス米国防長官(左)とダンフォード統合参謀本部議長=9月3日、ワシントン(AP=共同) トランプ政権の安全保障政策は、マティス国防長官やマクマスター国家安全保障担当補佐官、ケリー首席補佐官らの軍人出身者がプロとして支えてきた。上述のようにトランプ氏は外交・安全保障政策の経験はないが、本人もそれを自覚しており、高官たちの意見を比較的そのまま採用してきた。戦闘の現場をよく知っている「外交・安全保障のプロ」たちにとって、報復が考えられる不確実な先制攻撃に踏み込むだけの米国の諜報(ちょうほう)活動がどれだけ整っているかが、今後の大きなポイントとなるであろう。 先制攻撃とともに考えられる米国の対応は、おそらく二つある。一つは何らかの条件を付けた上で北朝鮮の核保有を容認するか黙認するかという選択肢である。そして、もう一つが核保有という現実に即して、同盟国である日本や韓国の核武装を推進し、米国と協力することで北朝鮮の核に対する徹底した抑止を図るという選択肢である。「核容認」で大きく揺らぐ日米安保北朝鮮による6回目の核実験を受け、「0」にリセットされた地球平和監視時計の「最後の核実験からの日数」=9月3日午後、広島市の原爆資料館 北朝鮮の核保有を容認、または黙認するという選択肢については、オバマ前政権で国家安全保障担当補佐官だったスーザン・ライス氏のニューヨーク・タイムズへの寄稿(8月10日)が大きな波紋を広げている。北朝鮮に対する強硬策を取った場合、全面的な戦争が不可避であるため、それよりも北朝鮮の核保有を認めることも視野に入れた方がいいという議論である。同じくオバマ前政権で国家情報長官だったジェームズ・クラッパー氏も同様の指摘をしている。 北朝鮮の核を容認、もしくは黙認する代わりに、日本などの同盟国、あるいは米国に向けた挑発行為の停止、テロリストへの核拡散の徹底した防止などを条件に米国は切り出すのかもしれない。 とはいえ、もし北朝鮮の核を黙認すれば、日本にとっては米国の「核の傘」が極めて弱体化する。「有事にどれだけ日本を助けてくれるのか」という戦後何十年も続いてきた日米安保体制の、そもそもの議論が再び沸騰するのは必至である。それもあって、トランプ政権はライス氏の指摘をことあるごとに否定した。 一方で、「日本や韓国に核を持たせるなどの対抗措置を取った方が賢明」という主張も米国内で安全保障のリアリストらから指摘されるようになっている。核武装やさらなる迎撃システムの強化を通じ、日米韓で北朝鮮の核に対する徹底した抑止を図るというのがその狙いである。 しかし、唯一の被爆国である日本が核を持つという、国論を二分するような選択が本当にできるのかどうか、筆者にはまだ判断がつかない。 9月3日に行われた北朝鮮の「水爆実験」の第一報を筆者は学会報告と調査のために訪れたサンフランシスコで聞いた。この際、筆者が現地の専門家に聞いた限り、北朝鮮の核容認論と日本、韓国の核武装推進論のいずれもあったが、限定攻撃に対する肯定的な意見はほとんどなかった。これをみても、現時点では北朝鮮に核放棄を求めるのは、かなり難しくなっているのが分かる。 北朝鮮の「国家生存の柱」と位置付けられてきた核開発。それがまさに北朝鮮の国家を温存することにもなる。その意味では、北朝鮮の思惑通りに事が進んでいると言えなくもない。

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    トランプでも金正恩は止められない

    北朝鮮が9日の建国記念日に合わせ、新たな大陸間弾道ミサイル(ICBM)を発射する可能性が高まっている。トランプ米大統領は、北朝鮮に対する制裁圧力の強化を国際社会に呼び掛けるが、中露両国の同意を得るのは困難な情勢だ。国際社会はなぜ「狂気の独裁者」を止められないのか。

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    なぜ中国は「北朝鮮の非核化」に消極的なのか

    すことができていないものの、「国際関係の民主化の推進」「覇権主義および強権政治への反対」「持続可能な安全保障観」を共に唱える中露協力を中国が米日欧諸国へアピールする舞台となってきた。 しかも、BRICS首脳会議直前、ヒマラヤ山脈の国境地帯ドクラム高原における中国軍の道路建設で長らく対峙(たいじ)していた中印両軍の撤退が合意され、インドのモディ首相のBRICS首脳会議参加が実現したことにより、ホスト国として中国の面目が保たれたばかりであった。BRICS首脳会議に合わせた会談で、握手するインドのモディ首相(左)と中国の習近平国家主席=9月5日、中国福建省アモイ市(新華社=共同) 習主席は、10月18日から開催される中国共産党の第19回党大会を控え、大国外交の成果と自身の権威をアモイから国内外へ向かって発信するはずであった。アモイは、習主席が1985~88年に市党委員会常務委員や副市長を務めた地方市である。2002年に浙江省へ党委員会副書記・省長代行として異動するまで、習主席は福建省で17年も務めた。そのような福建省アモイへゲストを含めて9カ国の首脳を招いていたBRICS国際会議の当日に、金正恩朝鮮労働党委員長は核実験を行ったのである。レッドラインを越えたのか 昨年9月に杭州で開かれた20カ国・地域(G20)首脳会議と今年5月の「一帯一路」国際フォーラムの開催日にミサイルを発射したのに続き、中国がホスト国を務めた重要なBRICS会議開催日に、北朝鮮は核実験をぶつけ、習主席のメンツをまたもやつぶしたのである。  米政府は8月上旬、北朝鮮が核・ミサイル開発を放棄した場合に「4つのノー(ない)」を約束すると説明していた。「4つのノー(ない)」とは、(1)北朝鮮の体制転換は求めない、(2)金正恩政権の崩壊を目指さない、(3)朝鮮半島を南北に分けている北緯38度線を越えて北へ侵攻しない、(4)朝鮮半島の再統一を急がない、という4つの行為をしないという内容であった。それでも北朝鮮が核実験を強行したということは、「金体制の維持」を約束するだけでは北朝鮮が満足しないということを、また、米国の「レッドライン(越えてはならない一線)」を北朝鮮が越えたことを意味する。G20首脳会合に臨む中国の習近平国家主席(左)とトランプ米大統領=2017年7月7日、ドイツ・ハンブルク(代表撮影・共同) しかし、米高官が「あらゆる選択肢がテーブルの上にある」と繰り返すものの、米政府の選択肢が限られていることを中国はわかっている。米国とその同盟国の財政状況を見れば、日英独加などが戦費を出したことで戦争が可能であったイラク戦争のようにはいかない。北朝鮮と全面戦争をしても戦費と復興再建費を積極的に出そうとする国がないのは明らかである。米国の同盟国である日本と韓国は、自国への被害を考え、米朝の軍事衝突に否定的である。米トランプ政権では、アジア政策の実務担当の高官ポストがいまだに埋まっていない。トランプ政権の北朝鮮政策は袋小路に陥っている。 一方、9月3、4日の中露の対応を見る限り、核実験は中国のレッドラインをまだ越えていない。3日の吉林省延辺の朝鮮自治州では、北朝鮮による核実験の激震で建物に亀裂が入るほどの被害があった。中国の環境保護部(「部」は日本の「省」に相当)は、3日の核実験を受けて、北朝鮮に隣接する吉林省などで放射性物質のモニタリングを始めた。翌4日には、環境保護部は、放射性物質による異常が見つかっていないと発表した。北朝鮮による中国国境付近への放射性物質の侵犯、そのレベルこそが、中国のレッドラインではないかとみられている。中国の狙いはココだ 中国は、北朝鮮の核・ミサイル問題を制裁や圧力では解決できないと考えている。また、トランプ政権には北朝鮮問題を処理できないとみている。中国は北朝鮮のミサイル発射の目的を「金体制の存続」と「米日韓からの経済援助を引き出すための恫喝(どうかつ)」にあると見ており、対米攻撃を北朝鮮の核・ミサイル開発の目的とは考えていない。 さらに、北朝鮮問題は、「アジア安全保障の最大関心事」を南シナ海から朝鮮半島に移してくれている。「北朝鮮が米国にとってコントロール困難な問題国」である間、米国にとっての中国は「南シナ海や東シナ海への姿勢を変えさせる対象国」である前に、「北朝鮮情勢をめぐって協力を引き出させる協力国」として位置づけられる。また、「尖閣奪取へのろしを上げた中国」にとって、日本の防衛力が北朝鮮に分散することは悪くない話である。 したがって、中国が北朝鮮を追い詰めることはしないであろう。中国が北朝鮮を追い詰めれば、北朝鮮に対するロシアの影響力だけが強まり、そこに中国のメリットはない。 また、中国が金委員長の首をすげ替えようとすることは当分ないであろう。「ポスト金体制の北朝鮮」が不安定化したり多元化したり米韓の傀儡(かいらい)政権に北朝鮮を握られるよりは、ましてや「反中国体制」が北に誕生するよりは、「金正恩体制の現状維持」のほうが中国にとってはマシだからである。 北朝鮮が7月28日に発射したICBMの移動発車台は中国が「民生用」として提供した「中国産の新型」を北朝鮮が改造した可能性があるとの専門家の指摘が報じられている。北朝鮮の強気な態度の根底には、中国とロシアの影響力があると見るべきではなかろうか。BRICS首脳会議で、記念写真に納まるロシアのプーチン大統領(左)と中国の習近平国家主席=9月4日、中国福建省アモイ市(共同) 「カリスマでもなければ、カリスマが指名した指導者でもない」習主席にとって、安定した米中関係の構築は、中国最高指導者としての威信の確立に必至である。中国は、「北朝鮮をめぐる米中協議」を「アフガン・パキスタン・メカニズム」(4カ国調整グループ)への再開とともに、米中協調外交の政治的ツールとして組み込んでいきたいところであろう。名ばかりの経済制裁 国連安全保障理事会の新たな制裁決議に基づき、中国が8月15日から実施した対北朝鮮禁輸を受けて、中国メディアは、中朝国境に架かる橋の上で海産物を載せて中国側に入ろうとするトラックを拒否した中国側通関の報道を「宣伝」した。しかし、国連などの統計によれば、北朝鮮の約9割強の貿易相手国は中国であり、そのうち約1割が海産物である。その海産物の禁輸を「パフォーマンス以上のレベル」で中国が実際に行っているのであれば、北朝鮮の中国に対する反発はもっと激しいものになっているはずではなかろうか。 9月1日に中国吉林省の長春で開幕された国際展示会では、日本や韓国など110以上の国と地域の企業とともに、北朝鮮からも30社以上が出展していた。そこでは、国連制裁決議で輸出が禁止されているはずの海産物の乾燥ナマコも売られていた。 中国は、「国連や米国に対する協調のパフォーマンス」を内外へ、特に米国へ「宣伝」している。しかし、それが厳密に実施されているかは、疑わしい。 「トランプ米大統領が明確な対北朝鮮外交・安全保障政策をもたないままに、北朝鮮を挑発している」と中国は見ている。米朝両国が「偶発的な衝突」に突入しないように、中国とロシアは、米朝両国を抑制するような中露協調外交を強化していくことを明らかにしている。 ただし、中国はロシアの動きにも注視している。中国の「一帯一路」構想の港湾戦略を据えたベンガル湾沿岸国でロシアが軍事外交を積極的に展開する近年(この点は拙著『米中露パワーシフトと日本』〔勁草書房、2017年〕を参照されたい)、中露の北朝鮮政策は海洋戦略も含んでいる。ロシアとの「競合と協調」のバランスを図りながら、中国は北朝鮮の地政学を「氷のシルクロード(北極海航路)」構想においても位置づけて、「北朝鮮をめぐる対話・協議による大国外交」を主張していくであろう。このままでは、アジア太平洋の秩序形成におけるパワーシフトが、ますます中国優位へと加速してしまうことになる。米国が中国頼みの北朝鮮政策を転換すべき時期にきていると、日本はもっと声を高めていくべきではなかろうか。

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    トランプに戦争の選択肢はない 「北朝鮮核保有国」の現実を直視せよ

    柳澤協二(元防衛省幹部、国際地政学研究所理事長) 北朝鮮が6度目の核実験をした。しかも今度は大陸間弾道ミサイル(ICBM)の弾頭に載せる水爆だという。私は率直に言って、このことに驚かなかった。それは北朝鮮の既定路線であって、やるかやらないかではなく、いつやるかという問題だと思っていたからだ。北朝鮮はアメリカと対等になるために、アメリカ本土を脅かす核ミサイルを持たなければならないと思っている。目的は戦争ではない。戦争になれば負けることは分かりきっている。アメリカと対等な立場で交渉できるようにするためだ。 あえて「今なぜか」と言えば、北朝鮮経済の生命線である石油の禁輸という制裁に中国が同調しないという「読み」があったからであり、あるいは石油禁輸が不可避とすれば、それを発動されないうちに核を完成させようという狙いがあったのだろう。 深刻なのは、アメリカの圧力外交が効果をあげていないことが明らかになったことだ。中国が石油を止めないとすると、体制を脅かす「決め手」になるような制裁はない。そうすると、実力で核を排除する以外にない。少なくとも、空母を浮かべ、B1爆撃機を見せる程度ではなく、戦争すれすれの脅しをしなければならない。8月8日、米ニュージャージー州のゴルフ施設で北朝鮮情勢について話すトランプ大統領(ロイター=共同) それでも、北朝鮮が核を放棄することはあり得ないと誰もが知っている。つまり、武力で威嚇するやり方では、核開発は止まらないということが明らかになったのだ。 制裁や威嚇で止まらなければ、物理的に核を排除するしかない。そのためには、政権を排除することが最も確実だ。それは「大量破壊兵器を隠し持っていた」と決めつけてイラクのサダム・フセインを打倒したときと同じ論理である。 今回は、結果的に大量破壊兵器が見つからなかったイラクよりも、はるかに大義名分がある。そして、北朝鮮に武力行使した場合、水爆を積んだICBMが完成する前にやらなければ、核の反撃にあうかもしれない。アメリカにとっても「やるなら今だ」という計算が成り立つ。韓国は、自分の同意なしに戦争することに反対だと明確に述べている。中国には、戦争になれば北朝鮮に加勢するという論調もある。さて、日本はどうするのだろう。 1960年に改定された日米安保条約の交換公文では、日本の基地からの直接出撃は事前協議の対象となる。ベトナム戦争の時のように「米軍機が飛び立ったのは通常の移動であって、その時点で北朝鮮の核施設を爆撃する予定はなかったと承知している」という話では済まない。日本の基地への反撃があり得るからだ。 だが私は、実際にはそのシナリオはないだろうと思っている。戦争は、早期に目的を達成して終結する見通しと、戦争終結後に訪れる状況が戦争前よりも良くなっているという展望がなければ始められないからだ。 核開発を止められず、戦争のシナリオがないとすると、選択肢は「交渉」しか残っていない。交渉の条件は、北朝鮮が主張する「核保有国であること」を認めるか、少なくとも「棚上げ」することにならざるを得ない。交渉に移行する最大の障害は、米国内と日韓両国の世論だ。トランプは、自らの強硬路線の失敗を認めることになるのだから、どうやって「名誉ある転進」のように見せるかに腐心することになる。日本がもっと心配するべきこととは? そのシナリオは、おそらく「自分は戦うつもりだったが、韓国や日本といった同盟国がやめてくれと懇願するので仕方なく交渉を選んだ」と言えるような、もう一段高い危機的状況を作り出すことだと考える。 そして、もう一つの「おそらく」を言えば、日本の官邸もそのことに気づき始めている。だから、そこではきっとうまい「芝居」がうたれるに違いない。安倍政権の支持も劇的に回復するかもしれない。 下手な芝居をすれば、本当に戦争になってしまうかもしれない。だから、ぜひうまくやってもらわなければならないのだが、核保有を前提とした交渉をどうやって正当化するのか、依然として難しい課題があることは間違いない。 日本人が考えなければならないことは、したいこととできることは違う、という現実を直視することだ。北朝鮮に核を放棄させたいのなら、金正恩体制を倒すしかない。それは、アメリカにはできるが、その過程でどれだけの被害を受けるのか、その覚悟がなければ「できないこと」なのだ。 脅威とは、能力と意志の掛け算だ。北朝鮮の能力を止められないなら、その能力を使う意志をなくさなければならない。北朝鮮の意志は、一貫してアメリカを向いてきた。そもそも、米朝の対立は1950年の朝鮮戦争にさかのぼる。戦争は3年後に休戦を迎えたが、まだ終わったわけではない。両国は今も戦争当事者であり続けている。戦争当事者の一方に向かって、「敵と対等になるための核を持つな」と言っても通じない。 それゆえ、核放棄というハードルを外し、まずは南進統一の野望を捨てさせる。それならアメリカも北朝鮮を攻撃しない、という平和条約によって両者の戦争を終わらせることから始めなければならないのだろう。現に両者の激しい言葉の応酬にもかかわらず、事態はそこに向かって進んでいる。それは両国の政治リーダーの思惑を超えた、問題の構造に内在する論理的帰結だ。 そこで、日本がもっと心配しなければならないのは、北朝鮮の核を現実として認めることによる「核不拡散レジーム」の空洞化だ。だが、少なくともそれは、戦争の理由にはならない。それが許せないのなら、インド、パキスタン、イスラエルも許せない。そうではなく、北朝鮮が自国の脅威だから許せないというのであれば、日本も核を持つという論理になりかねない。「核兵器禁止条約」制定交渉で、空席となっていた日本政府代表の席=7月7日、ニューヨークの国連本部(共同) しかし、その脅威は日本を攻撃する意志をなくすことで脅威ではなくなる。インド、パキスタン、イスラエルの核が脅威ではない理由もそこにある。その上で、唯一の戦争被爆国という、カネで買っても得られない正当性を背景に、核の不当性を訴えていく。日本が「できること」は、そういうことではないのか。核をなくすという「したいこと」を、「できること」をもって実現するには、時間がかかるのである。