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    心許ない災害大国の「緊急参集チーム」

    東日本大震災から10年を迎え、日本の危機管理を見つめ直せば、やはり脆弱である。有事の際には内閣危機管理監が各省庁に号令をかける「緊急参集チーム」が迅速に対応するとはいえ、専従職員が少ないなど、現体制に懐疑的な専門家も多い。災害大国の日本だけに、そろそろ「危機管理庁」なるものを創設すべきではないか。

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    3・11から10年、なぜいまだ日本に「危機管理庁」がないのか

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) 東日本大震災は今年の3月11日で丸10年の節目を迎えた。その翌12日に私の事務所と一般財団法人尾崎行雄記念財団の共催、近代消防社、iRONNAの協力により、震災当時、消防庁長官だった久保信保氏、東京消防庁長官だった新井雄治氏を講師に招きシンポジウムを開催した。 そのときにいろいろな話題が出たが、その中で私が最も心に残ったのは、あれだけの災害が起きたにもかかわらず、なぜ10年経っても日本版「危機管理庁」が創設されていないのか、という疑問だった。 思えば私がワシントンDCに事務所を構えてしばらくした2011年3月11日に東日本大震災が起こった。これを契機に、以前から会員だった一般社団法人日本安全保障・危機管理学会のワシントン事務所長にしていただき、米国の危機管理システムに関して同学会会報に連載した。 さらに、それが近代消防社から何冊かの書籍にまとまり、日本国内での立場も向上し尾崎財団との共催で定期的な講演会も行えるようになった。いわば3・11とは、今の私の原点である。 こうした中で、日本版「危機管理庁」の必要性を強く感じたのだが、いまだ実現していないのは、議論に混乱が生じているからであろう。ゆえに、早急にその議論の混乱を解消する必要があると思う。 「危機管理庁」と聞くと、危機発生時の司令塔のようなものが連想され、現状の日本では、内閣危機管理監室がある程度果たしているといえるだろう。 大規模災害などの発生時には、かつて同室などに在籍し、元の省庁(総務省、警察庁、防衛省、国土交通省など)に戻っている人材が、馳せ参じるシステムがある。映画「シン・ゴジラ」で「緊急参集チーム」と呼ばれているものである。 このような態勢をとることで、常設の「危機管理庁」より、予算や人員の無駄を省くことが可能になる。国家の存亡や国民の生命・財産も重要であるが、やはり国家財政の限界も考えなければならないのはもっともだ。 そもそも内閣官房は首相直轄であるため、強力なリーダーシップを備えた首相なら、内閣官房が危機発生時の司令塔である今の制度は、決して間違っていない。むしろ望ましいのかもしれない。 だが「危機管理庁」には危機発生時の司令塔以外にもう一つの重要な意味がある。それは平時に危機発生時の準備をする役割だ。 都道府県をまたいで地震、津波、水害、事故そしてテロなどが起きたとき、また、「想定外」というような未経験の危機が起きた際に、どう対処するかを、平時から議論し、訓練を積み重ねていることが何より重要だ。Jヴィレッジ内で福島第1原発事故に対応する自衛隊員を激励する菅直人首相(当時)=2011年4月、福島県(内閣広報室提供) こうしたことを通じて初めて自衛隊、警察、消防、自治体、医療機関などが、想定外の危機発生時に、スムーズに協力し対処することが可能になるのではないか。 また、訓練を通じて、どこの自治体の消防や警察に、どのような機材が足りないかなども明確になる。そこに国からの補助金を付けたりすることも「危機管理庁」の重要な役割である。常駐職員はわずか100人 米国の連邦緊急事態管理庁(FEMA)は、こうした役割を、まさに担っている。災害対策の官庁だったのがテロ対策の官庁に吸収されたのも、地方の警察や消防との、(毒ガス・テロなどに対する)資金および情報のパイプを持っている官庁が、他になかったからである。 FEMAは今でもテロや災害に関する自治体を巻き込んだ常に新しい大規模訓練を頻繁に行なっているし、その結果として足りない機材などが判明した場合、補助金を出している。 これは危機発生時あるいは収束後も同様で、例えばニューヨークの消防が地方の災害の救援に駆けつけた際の費用などはFEMAが拠出する。負傷した消防士への保証といったことは言うまでもない。それゆえ、FEMAは“公的な損害保険会社”と揶揄(やゆ)されることもあるほどだ。 一方で、FEMAは危機発生時の司令塔的な役割も果たしてはいる。例を出せば、ニューヨークの消防だけでは足りないときに別の自治体の消防に救援を要請したりする。これは司令塔と言うより調整役かもしれないが、それが平素の訓練の賜物であることは言うまでもない。 また、今回のコロナ禍でも、当初は人工呼吸器が余っている自治体から、足りない自治体に輸送させる活動を行なっていた。これも通常の災害やテロの訓練の応用ができたからである。最近のワクチン接種のためのテント村設営も同様だ。 このようにFEMAは、想定外の事態にも司令塔だけでなく、調整機関としても機能していると言ってよい。それは他の省庁である軍、警察、消防、医療関係などから独立し、独自の判断で緊急事態に対応できる。 翻って日本は、どうか。内閣官房とは、縦割りの省庁からの出向者が数年いるだけの部署であり、縦割りの発想から逃れるのは難しい。 まして大規模な訓練を頻繁に行うことは、常時いる職員が100人前後しかおらず、十分な対応ができないのが現状だ。 その訓練に基づいて、ある自治体の消防と警察の装備の不足が問題になった場合、同じような装備が警察と消防で重複せず、効果的に補助金が使えるような予算編成を行うことも、縦割り省庁の出向者の集まりである内閣官房では難しい。 そのような予算パッケージを組むことは、少なくとも2001年の省庁再編後、内閣府防災担当の役割になっていたはずである。しかし、予定通りに機能しないまま長年経過。この度のコロナ対策で、ようやく関係予算のパッケージ化が本格的に行われたという。 だが、その主体は内閣府の防災担当ではなく、経済担当であった。これはコロナ問題の場合、経済対策が重要という理由だけではないだろう。内閣府でも経済担当には、財務省や経済産業省などを横から動かすことに興味を感じ、そのような役所にも行けたような人材がいることもあるが、防災担当は省庁再編以前の中小官庁国土庁の一部の名残である。 逆に言うなら、経験豊富で優秀な人材を内閣府に集めれば、それで十分に日本版「危機管理庁」になるようにも思われる。 要するに、今回のコロナ対策、五輪警備、そして従来の緊参チームのそれぞれが内閣府で専従となればよい。こうすれば日本版「危機管理庁」を創設するにあたって必ず課題になる「予算や人員が増える」ということもなくなる。むしろ効果的な予算パッケージを組むことで、先に述べたような重複や無駄を省くことも可能になるのではないだろうか。 ただ、内閣府に集められた人々が、出身省庁での染み付いた固定概念を払拭するには時間がかかるかもしれない。その場合は民間のコンサル会社などで実績のある人に出向してもらうようなことも考えてよいだろう。総合防災訓練として、官邸で実施した緊急参集チーム会議=1996年9月 こうした民間の人材との競争で危機管理専門家として「不適任」と認められる官僚には、辞めてもらい、例えば大学教員などに転籍してもらい、代わりに民間企業の有能な人材を内閣府の危機管理担当として迎え入れればよい。  いずれにせよ、3・11から10年が経過しているだけでなく、コロナ禍そして東京五輪を契機として、そろそろ日本版「危機管理庁」を創設すべきときが来ていると強く思う。

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    日台の相互防衛なくんば、それすなわち亡国

    海警法は中国の覇権主義を現実のものとする海洋進出にほかならない。これによって危機に晒されているのが、台湾と尖閣だ。ゆえに米国は「台湾関係法」に基づく軍事協力を明確にしているが、運命共同体とも言える日本はまるで傍観者である。そろそろ日本も建前論を捨て、日本版「台湾関係法」を策定し、中国と対峙すべきではないか。(画像はゲッティイメージズ)

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    真の「男女平等社会」にはほど遠いニッポン

    の本質を浮き彫りにしたといえるだろう。「女性蔑視にはあたらない」など、賛否は分かれたものの、最近男性政治家の本心が垣間見える発言が目立っているのは確かだ。「男女平等社会」を実現したかのように見える日本だが、やはり実態はほど遠いのが現状ではないか。

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    政治家経験でわかった、日本の自由で多様性豊かな社会を阻む枷

    した「ガラスの天井」もその一つだ。府のトップである知事が誤った意味として使うほど、一部の頭の固い男性政治家からすれば、社会で活躍しようとする女性の存在など認められないものなのであろう。 それは国民を代表する立場の政治家からジェンダー問題発言がなくなるどころか、いまだ頻発していることにも表れている。記憶に新しいものは、森喜朗東京五輪・パラリンピック大会組織委員会前会⻑の「女性がたくさん入っている理事会(会議)は時間がかかります」という発言だ。 森氏は失言であると釈明したが、私には失言などではなく、戦前教育などによって心の底に染み付いた本音がこぼれてしまったようにしか見えない。昭和12年生まれという森氏の年齢を考えると、「女がでしゃばるな」という考え方があっても不思議ではない。 倫理的には疑問符がつけられようとも、思想は人それぞれであるから、これが隠居後のつぶやきであればスルーできるのかもしれない。けれども世界から注目され、多大なる権限を握る役職に就任しておきながら、公でそのような発言を堂々と行ったということはいまだに日本が「女がでしゃばるな!3歩後ろを歩け!」とか、「女性が男性と同様に活躍するなど厚かましい!」という思想の国であると世界中に刻み込んでしまった気がして残念でならない。 こういう議論のときに必ず出てくるのが「男性が『女性は~』なんて言うというと批判されるが、女性が『男性は~』といってもさほど問題視されないのは不公平だ」という声だ。私はこれをナンセンスだとしか思えない。 これまでの歴史を俯瞰(ふかん)してみると、男性は社会構造上、女性より多くの権利を手にしていたのも事実だ。選挙権や職業選択の自由、雇用機会などがそれにあたる。その優遇されていた男性が「女のくせに…」という発言をすることが問題なのだ。 例えてみれば、裕福な人が「貧しいくせに~」と言うことと、貧しい人が「金持ちのくせに~」と言うことの心象や問題性の違いを考えてみてもらえば分かりやすいのではないか。裕福な人は選択の自由の幅が広いものの、貧しい人のそれではその余地が少ないのは自明ある。 それゆえに森氏のこのような声は、実は「男女共同参画社会の実現を何としても食い止めたい」という気持ちの表れなのではないかと感じてしまうし、世界的に見ても遅れている女性の社会進出の現状を作り出す要因になっていることに他ならない。東京五輪・パラリンピック組織委の評議員会と理事会の合同懇談会で、会長辞任を表明する森喜朗氏=2021年2月12日、東京都中央区(代表撮影) 森氏に似た政治家の発言でいえば、日本維新の会前代表である松井一郎大阪市長のコロナ禍における外出自粛を促す発言に衝撃的なものがあった。 それは「やっぱり女の人が(スーパーなどに)行くとね、いろいろ商品とか見ながら『これはいい』『あれがいい』と時間がかかる」という主婦からすれば家事一切を放り出してしまいたくなるような無礼極まりない発言である。次世代にツケを残さない なぜ森氏や松井氏のように、そこまで女性を見下さなけらばならないのか本当に不思議になってしまう。しかし、残念なことにこのように女性をばかにする頭の固い政治家が多く存在するというのが現在の女性を取り巻く惨状なのである。 国民からすれば、そんな人たちに「男女共同参画に協力してください」などと言われても、安っぽいコントでも見せられているような気分にしかならないのではないだろうか。それではいつまでたっても真の男女平等など実現しない。 実際に私の経験から男女平等について考えてみよう。私は神戸女学院大という女子大を卒業し、運よく女性が多く活躍する職種の企業で会社員勤めをすることができ、その後は衆院議員になった。 恵まれたことに議員になるまでは前述のように女性が過ごしやすい環境に囲まれており、「女性は生きにくい」などと特段感じたことはなかったのだが、それが政界に入り一転した。 まず初めて本会議場で着席したときに、女性議員の比率の異様な少なさに驚きと恐れを抱いた。そして女性議員だからこそ受けた衝撃的なこと、特に分かりやすい例を挙げれば、私が委員会質問の席で自民党議員から投げかけられた「早く子供を産めよ!」というマンスプレイニングが過ぎるヤジ、懇親会の席で同席者(一部の議員や有権者)からのいわゆるホステス扱いの対応などである。 つまり、女性議員が男性議員と同様に政策について議論しようとしても、「まぁまぁ女なんだからそんな難しい話をしないでよ、面倒くさいな」などと言わんばかりの反応を随所で押し付けられるのだ。 社会において女性が当たり前に職務を遂行しようとしても、邪険にする人たちの存在を私は皮肉にも国民の模範となるべき政界に入って初めて身に染みて感じさせられた訳だが、これこそが日本の女性たちが男性と比較しいかにハンディーを背負わされているかということを集約ないし例示したものであろう。 歴史により刻み込まれたことを変えるのは非常に困難なのかもしれないが、女性が男性と同様に普通に生きられる社会をつくり、男女共同参画社会を目指すことは日本経済の発展につながり、男性にとっても住みよい社会になることは間違いない。 「男性は仕事、女性は家庭」という時代にそぐわない決めつけの価値観に縛られずに、「男は強くなければ!」「女は支える側でなければ!」などと古い思い込みは取っ払っておのおのが得意な役割を担えばいいのだ。 家事や子育てなど家庭を支えることを得意とする男性が主夫になり、社会に出て活躍し稼ぐことを得意とする女性が外で働くという選択肢にも支障があってはならない。 男女関係なく、それぞれが一人の人間として尊重され、各々の個性が重要とされる社会にするためにも、まずは視野の広い政治家を多く選出することが必要だ。1985年の男女雇用機会均等法成立に先立ち、同法案を可決した参院社会労働委員会の傍聴席に詰めかけた女性たち  それこそが政治家たちがよく口にする「次世代のためにツケを残さない!」ことにつながり、男女参画や主権者教育といった教育分野を進めていく礎になるであろう。すべての国民が自由な生き方を選択できる時代を目指したいものだ。 なお今回が最終回ということで、私の言いたい放題にお付き合いくださった心温かい読者の皆さま、iRONNA編集部に心より感謝を申し上げます。またどこかでお会いできることを楽しみにしています。

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    総務省接待の追及がなんとも情けない

    総務省幹部への接待問題の質問が相次いだ参院予算委員会。相変わらず、野党の追及や一部マスコミの報道は、菅義偉首相への「口撃」が目立つ。むろん、今回の問題には看過できない面があり、解明が必要だ。だが、「口撃」に終始する姿勢は、問題の核心を突くのではなく、悪印象を与えたい下心満載で、なんとも情けない。

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    また首相「口撃」、総務省接待の核心を突けない反権力な人たちへ

    ると、お茶や食事をするだけでも「接待」という言葉で疑惑をかきたてるような雰囲気が作られている。続く「政治ショー」 違法性の根拠を示すよりも単に「国民の疑惑」をたきつけるという、森友・加計学園問題などでおなじみの手法である。むしろ、本丸は総務省の許認可の在り方だと思うのだが、なかなかそこにまで議論がいかない。あくまで「政治ショー」だ。 もし、この程度ならば、福山氏が自ら認めているようにエネルギー問題や新型コロナ対策により時間をかけるべきだった。相変わらずのテレビのニュース番組やワイドショーウケを狙う、多くの野党の姿にはあきれるしかない。 ただし、与党、自民党には、より根源的な問題がある。総務省の放送・通信の裁量権を減らすためには、競争入札方式で最も高い価格を提示した事業者に周波数を一定期間与える「周波数オークション(電波オークション)」の導入が望ましい。 実は、民主党政権の時代に周波数オークションの導入が閣議決定された。しかし、自民党政権になってから「資金力のある者が周波数を独占する」という理由で廃案となった。(参照:経済学者の安田洋祐氏のブログ)。国民の利益をよそに、民主党政権は郵政利権を、自民党は放送・通信利権を守ろうとしたわけである。 今回の問題でもそうだが、公務員の不祥事が出てくると、なぜか決まって内閣人事局が批判される。内閣人事局があるせいで官僚が政府に忖度(そんたく)し、問題が起こるというのである。高橋氏が適切に指摘しているようにそもそも内閣人事局が官僚の特権を規制するために存在していることを無視した暴論ではないか。内閣人事局を批判したい官僚側の理屈をマスコミ、野党、それに薄っぺらい反権力志向の人たち(≒ワイドショー民)が無思考で「相乗り」しているのだろう。 できれば官僚組織の利権の温床を明るみに出してほしいが、世論調査を見ると、どうも世論は明後日の方向に関心がいっているようだ。毎日新聞の世論調査では、なんと約半数の人が、菅首相の長男の接待について、首相に責任があると思っているという。これではまるで悪しき連帯責任であり、良識ある意見とはいえない。総務省の外観=東京都千代田区 ただ、ニュース番組やワイドショーを見ていると、そのような意見を持つように国民が誘導されているのかもしれない。報道のレベルの低さは深刻だろう。報道各局には、総務省などに「接待」をしたことがないか、第三者委員会で調査をすることをおすすめしたい。身近なところで自社のワイドショーネタが発掘できるかもしれないからだ。 ところで、今回がiRONNAへの最後の寄稿になる。iRONNA自体が3月末で終了するからだ。とても残念である。iRONNAに最初に寄稿したのは、2014年12月25日「社会の分断を深めない政治を」が初めてだった。その後、「田中秀臣の超経済学」と題して連載を担当したのが、16年3月22日の「韓国経済、『失われた20年』への招待状」からなので、かれこれ5年になる。寄稿数は今回を入れると総計259本になった。 本当に多くの読者の方々に支えられてここまで続けることができました。最後に心から感謝します。ありがとうございました。

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    愛知リコール不正署名の「元凶」に迫る

    愛知県の大村秀章知事へのリコールを巡る不正署名問題が混迷を深めている。署名を主導した高須クリニックの高須克弥院長と、支援した名古屋市の河村たかし市長は関与を否定するが、何者かによる大掛かりな不正は決定的だ。ただ、真相究明は重要だが、こうした事態を招く「元凶」があることも直視しなければならない。

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    元凶はここにある!愛知県知事リコール不正署名騒動の核心

    清義明(フリーライター) 今年2月末に判明した愛知県の大村秀章知事に対するリコール(解職請求)署名偽造問題は、収束どころかその余波はとどまる兆しが見えない。とりあえず今後は、刑事事件として司直の手に委ねられることが間違いなさそうだ。 そもそもこの発端は、愛知県と名古屋市の共同プロジェクトである芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」において、昭和天皇の肖像を焼却する映像イメージが一部分収録された作品や従軍慰安婦像などの展示が行われ、これが右派の方々の逆鱗(げきりん)に触れたところから始まる。 この芸術祭の芸術監督である津田大介氏(ジャーナリスト)が仕込んだ挑発的なアートイベントが予想以上の波紋を広げてしまい、そして連鎖的に実行委員会トップの大村知事と名古屋市の河村たかし市長とのバトルまでもが巻き起こった。 高須クリニックの高須克弥院長と河村市長がどのような経緯で問題となった愛知県知事のリコール運動に関わっていき、さらにはリコール運動の代表と「応援団長」になったのかは、まだ不分明だ。 なぜなら2人とも、このリコール運動を「首謀」したのは自分たちではないと言い合っているためだ。そうした中でリコール運動の不正問題が発生した。 もともと不正が発覚したのは、ボランティアでリコール運動に関わっていた右派の有志が、ひょんなことから大量の偽造署名の存在を知り、それを告発したことから始まっている。 大村知事のリコールには賛成するものの、ひきょうな手を使うことは良しとしないボランティアの告発により発覚したこの問題は、すでに左右の思想の立場を超えたものとなっている。 これらの告発をした有志の方々は高須院長から裏切り者扱いされた末に、偽造署名を取り除いたことを窃盗だとして、まったく不思議なことに高須院長によって刑事告発までされている。では、元凶は誰なのだろうか。おそらくは、ほどなくしてその実態は分かってくるだろう。よってここでは触れない。 さて、この愛知県知事のリコールの署名問題や、同時期に行われたカジノを含む統合型リゾート施設(IR)誘致をめぐる横浜市長のリコール署名などの経緯を見ていくと、地方自治の直接請求制度の根底に構造的な問題があるのではないかと思わざるを得ない。 地方自治における直接参加の民主主義のシステムが時代遅れになってしまっていて、それがこの署名偽造問題の背景になっているのではないだろうか。 まずは直接請求制度の基本的なシステムについて軽く説明したい。この制度は、条件を満たせば強制的に首長の解職や議会の解散を行うことができる。ただし、その仕組みは複雑である。 愛知県知事のリコールでも勘違いしている人がいるようだが、このリコールのための署名といわれているものは、正確には「リコールそのものを決める」署名ではない。「リコールの可否を問う住民投票を行うことを求める」署名である。 よって、実際に地方自治体の県知事や市長などが解職されるまでには、2段階の署名と投票行為が必要となる。1段階目の署名でまずリコールのための住民投票を行うことを決め、そして2段階目で初めてリコールを決める住民投票が行われるのだ。 さらにこの署名の数が問題だ。リコールのための住民投票の実施を求める署名は、有権者の3分の1が必要とされている。この3分の1というのは、人海戦術でボランティアなどが一人ひとり自署を集める仕組みを考えれば、大都市の場合だと非現実的かつ実現困難な数字になる。愛知県の大村秀章知事のリコールを求める署名を選管に提出する「高須クリニック」の高須克弥院長(右端)=2020年11月、名古屋市千種区役所 例えば東京都で、都知事をリコールするために署名を集めるとすると、約1100万人(2020年6月実施都知事選の有権者)のうちの3分の1は約380万人だ。そんな膨大な署名数を一人ひとり集めていかねばならない。しかも対面で本人が書き、そこには自署も押印も必要なのである。 さすがにこの380万人という数字は非現実的といえるのではないかということで、地方自治法第76条第1項では、ある一定の有権者数を超える地方自治体はその数が緩和されることになっている。 この緩和された数で東京都の首長のリコールに必要な署名数を計算すると、約150万人の署名が必要になる。署名の個人情報 これを愛知県にあてはめて計算すると、有権者数は約610万人で必要署名数は約87万人分。横浜市だけでも有権者数約310万人で必要署名数は約49万人分にものぼる。これを対面で集めていくというのは並大抵のことではない。 そして、この数を人海戦術で集める期間はわずか2カ月間である。署名を集める人は「受任者」と呼ばれているが、これも事前登録が必要だ。ここまでくると政党レベルかそれ以上の組織力がなければ、大都市だとリコールのための署名数は事実上不可能ともいえる。 この署名の法定数が集まった後に、今度は自治体の選挙管理委員会(選管)によって第2段階の本格的な住民投票が行われ、ここで過半数を取ることでやっと解職となる。 このような膨大な署名を対面で集めなければならないために、これまで大都市と呼ばれる自治体でリコールが成立したケースはあまりない。自治体の首長がこのようにして直接請求でリコールされたのは、地方の町長や村長がほとんどである。 なお、唯一の例外といえるのは2010年の名古屋市議会の解散請求で、これは画期的なことだった。そのときのリコール運動を主導したのは、河村市長である。河村市長は大都市でのリコール運動の成功事例の経験とノウハウがある第一人者と言うこともできる。 もっとも河村市長いわく、今回の愛知県知事リコール運動は応援団にすぎず、リコール運動のノウハウがある河村市長の選挙事務所のスタッフも今回のリコールの実務からどういうわけか遠ざけられていたという。 そうすると、あまりにも幼稚といえる偽造方法の数々も、リコール運動のノウハウを知った河村市長のスタッフがいなかったから…という理解もできなくはないが、まだこちらはやぶの中。実態が明らかになるまで待つことにしよう。 このように、現在リコールの直接請求制度であると大都市ではそれが成立することは難しい。しかし地方の市町村では規模が小さいため、活発に直接民主制が機能するときもある。 2000年以降の実績では、リコール署名と住民投票の末に解職された市町村の首長は、群馬県富士見村長(03年)、滋賀県豊郷町長(同年)、長崎県香焼町長(04年)、福井県鯖江市長(同年)、香川県三野町長(同年)など、18人がリコールされている。 最近では昨年、群馬県草津町の女性町議が現市長から性的な被害を受けたと訴えたことに対し、それが虚偽であるとの理由などで町議に対するリコール運動を逆に起こされ、署名と住民投票ともに成立して失職するという一件があった。 このように、規模が小さい市町村ではそのリコールに至る理由は別として、比較的直接請求が機能しているといえる。ところが、その小さな市町村ではまた別に問題がある。 「徳島みたいな小さい町などでは、誰それが署名したとか(署名集めのボランティアである)受任者をやっているというのは仕事に直結してしまうんです。(署名に協力したら)仕事出さんぞとか、そういうことになりますから」 このように語るのは、現在徳島市の内藤佐和子市長に対するリコール運動を準備している「徳島の未来を守る会」の担当者が筆者の取材に答え、その問題点を教えてくれた。 この団体は、最年少女性市長ということでも話題になり、昨年4月に就任した内藤市長が保育園施設の整備事業を取りやめたとしてリコールを目指している。 この団体の担当者によると、小さな町や村では首長やその支持政党などとの利害関係があるため、それが知られてしまうと、近所づきあいのレベルから仕事の取引まで影響が出てくる可能性があるということだ。_林文子・横浜市長のリコールを目指した署名活動の結果を報告する市民団体「一人から始めるリコール運動」の広越由美子代表(左端)ら=2020年12月、横浜市 そのため、この徳島の未来を守る会では、受任者の個人情報もPマーク取得企業(個人情報の取扱いが適切であると認定された企業)にそのまま委ねて管理してもらう予定なのだそうだ。これだと確かに、個人情報が漏れるリスクは少なくなる。 しかし、署名が集まり自治体の選管に提出したあと、署名の原本は有権者に公開され、誰でもこれを閲覧することができる。これを縦覧制度という。 「署名の縦覧制度だけはなんとかしてほしいですねえ」と、同会の担当者はため息をつく。「バレたらどうしようと不安に思っている人はいますから…。田舎だと特にしり込みしますよ」と、不安げに話した。署名妨害行為は実際にありえる 徳島市はかつて地方自治制度を利用した署名と住民投票により吉野川可動堰計画をストップさせた歴史もあり、その他も含めて直接請求は過去何度か行われ、成功している。 そういうことから直接請求にはある程度の理解がある自治体ともいえるが、それでもやはり個人情報という面には不安があるということだ。 署名の縦覧制度とは、集まった署名を選管が審査した後に、住民の請求により7日間閲覧させる制度である(地方自治法74条)。これによれば、集められた署名は「予めこれを告示し、且つ、公衆の見易い方法によりこれを公表しなければならない」とされている。そのため、住民であれば誰でも署名を見ることができることになる。 ただし、個人情報保護の観点からだろうが、この縦覧をどのように行わせるかについては地方自治体ごとの解釈がそれぞれちがう。 例えば横浜市選管に聞いたところだと、署名を閲覧できるのは自分の名前が記載された署名用紙だけとのことで、署名簿全体を請求されても、特段の理由がなければお断りするとのことだ。自治体の署名の縦覧の規定を見ても、そのようにしているところは多い。 だが、そうでないところもある。というか、そちらのほうが地方自治法の規定には忠実であったりする。 調査報道のNPO法人「インファクト」によると、愛知県は署名の縦覧については署名簿全体を見ることは拒否する方針だったが、のちに管轄省である総務省との協議の結果、全体の閲覧を可とする判断をしたという。 インファクトも、これについて個人情報保護の観点から疑問のある措置としている。また、署名簿が閲覧された結果、その署名を取り消すように働きかけなどがあった事例を挙げている。実際、第三者による「誰が署名したか分かるんだぞ!」というような署名活動の妨害行為はよくある話だそうだ。 高須院長や河村市長のこれまでの行状に対してリコール反対派の立場の人々から、「署名活動に参加した人の県の広報で個人情報が公開される」だとか、「受任者の引き受けた人の個人情報が県の広報で公開されている」という趣旨のことを著名なリコール反対派のお三方らがツイッターで発信した。 すると高須院長はこの3者を選挙妨害として、愛知県警に地方自治法違反罪で刑事告発した。確かに、この3者のツイッターでの発言は事実関係としても正確ではなく、残念ながら勇み足としか言いようがない。署名者と受任者の情報は縦覧期間には確かに公開されるが、県の広報には掲載されない。さらに掲載されるのは受任者ではなく、限られた請求代表者のみである。 これが事実関係としても間違っているばかりではなく、個人情報がバレるから署名に行くなというのは事実としてその危険性を伝えたとしても、よくあるリコール署名つぶしと同じことをやっていることになる。この辺は、3者とも慎重になってほしかったと思う。 愛知県知事のリコール運動が進むにつれ、高須院長やその支持者の間では陣営内にスパイがいるなどの発言が繰り返されるようになり、挙げ句に「事務所に盗聴器があった」との発言まで出てきた。 これが本当なのかは明らかではないが、過剰な情報統制やボランティアが票の集計などの運営から遠ざけられていたこともあり、何かを隠しているのではないかと疑う向きもある。愛知県の大村秀章知事のリコール運動を巡る、署名偽造のアルバイトが集められた貸会議室がある建物=2021年2月、佐賀市 大量の偽造署名の存在を告発した右派有志も、この点を昨年の段階から指摘しており、この情報統制や秘密運営の影で何かが行われていたのではないかとの見方もある。 偽造署名についても、提出された約43万の署名のうち8割以上が不正なものとされている。そうすると30万以上の署名がリコール事務局の関与なしに持ち込まれることは不可能であり、そのような事情から秘密主義でスパイなども疑うような厳戒態勢になっていったのではないかという声もある。 だが、直接請求の署名運動に携わる人から言わせれば、実際に署名運動を妨害する目的で反対勢力が介入することは大いにあり得るとのことだ。署名偽造はチェックできるか 「愛知のリコールみたいにネットで人集めしして、ガバガバな運営をしてると反対勢力が入ることはありえますよね」と話すのは、前述のリコール運動の担当者である。 「例えば、受任者にしても大量に反対勢力が入り込むこともありえます。そうすると過大な受任者が集まったのに、それが署名活動を実際にしなければ、それだけで署名活動を混乱させることもできます。わざと偽造した署名を紛れ込ませることもできるでしょう」とのことだ。 スパイがいるかもしれないと連呼していた高須院長だが、こうした話を聞くとあながち的外れでもない。 愛知県のリコール署名で最もあからさまな問題になっているのは、河村市長によれば名簿業者から買ってきたのではないかとされるどこからか調達してきたリストを元に、大量の署名をアルバイト動員して偽造した件だ。 正直、こんな幼稚なことは考えればすぐダメと分かるものだろうと思うのだが、ここには事情を知っている人だけに分かる裏がある。これについて念のため横浜市の選管にも聞いてみたが、やはり事実だった。 署名の審査に際して、基本的に選管は筆跡鑑定のようなことはやらないのである。チェックするのは、選挙人名簿に照らし合わせて、名前と住所と生年月日が正しいものかチェックし、あとは印章やそれの代わりになる母印があるかどうかだけ。その必要条件が満たされていれば、それ以上は特に審査の対象にしないという。 逆にこの必要項目に関しては、誤字や住所の誤表記なども含めて厳格に確認するそうだ。ちなみに、前述の2010年の名古屋市議会リコール運動では、集めた署名約46万筆のうち、4分の1にあたる11万筆がこれらの条件を満たさない不備署名とされた。 さすがにこれは厳しすぎるのではないかということで、多少の住所の誤記や書類提出上のミスなどは、署名縦覧期間に訂正されて有効扱いされたという経緯もある。なお、このときは署名の不法な偽造ということは問題にされていない。 この署名の有効とれさる要件さえ厳格に守っていれば、筆跡と押印はチェックされないという事実を知っていたものが、今回の署名偽造を行ったのではないかという予測ができる。だが、今回はさすがに露骨にやりすぎた。 河村市長は偽造が選管で分かった理由を、筆跡うんぬんで偽造が明らかになったというよりは、住所表示があまりにも整然としており、住民基本台帳や選挙人名簿などのように住所表示の通りに抜けなく整然と並んでいたからではないかと述べている。 もちろん、これまでにボランティア有志から告発までされていたわけであって、しかも「いくらなんでも」というような、あからさまな偽造であるだけに、さすがに選管も偽造と認めざるを得なかったというのもあるだろう。 ちなみに高須院長は、不正と思われる署名でもそのまま選管に提出することを厳命したと自らツイッターで語っていた。有効か無効かを判断するのは選管だという理屈である。 そして実際に提出した後に、「不正があるため調査する」と選管が動き出すと、今度は署名を調査する権限は選管にはないと不思議な主張をした。こうした高須院長の行動はまったく不可解なのだが、この辺の理由も後に全て明らかになるかもしれない。 そのほか署名の情報管理や、河村市長も認める受任者の名簿が違う目的で利用されている件も問題ともいえる。しかし、もうそれ以上にこの直接請求における署名制度が前時代的なものになっているのは間違いなかろう。愛知県選管の調査を受けて会見する高須院長=2021年2月4日、愛知県庁 「この制度自体、もうどんづまりなんですよ」と語るのは、徳島の未来を守る会の担当者だ。 そのどんづまりの直接請求制度の盲点を利用したのが、今回の愛知県知事を巡るリコールにおける偽造署名なのである。こうした現状を踏まえれば、やはり根本的にこの制度を見直すことが必要ではないだろうか。 もちろんリコールが乱発されて、地方自治が機能不全になるのは困るが、これだけネットが普及し、今や印鑑も廃止されようと政府が取り組む時代である。今後、直接請求制度はさまざまな見直しが行われることになるだろうし、そうでなければならないとも思う。

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    COCOA「大失敗」は成功のもと!

    新型コロナ対策の接触確認アプリ「COCOA」ははっきり言って失敗だろう。技術面以上に、発注などで不信感を招いた行政の不手際が目立った。ただ、平井卓也デジタル改革担当相や開発者らは信頼回復に懸命だ。イメージの払拭は容易ではないが、「失敗は成功のもと」。今回の失敗にこそ優れたアプリへのヒントがある。

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    COCOAは大失敗でも、それが原動力となる日本のコロナ接触アプリ

    林信行(ITジャーナリスト) この1年間、われわれは新型コロナウイルスの感染拡大と経済破綻という2つの恐怖の間を行ったり来たりしていた。2020年3月にコロナ対策の特別措置法が成立し、4月に第1回の緊急事態宣言。しばらくの自粛期間を経て感染者増を抑えられたので、秋ごろからGoTo トラベルやGoToイートといったキャンペーンで危機的な状況に陥った経済を回そうとすると、再び感染者が増え2度目の緊急事態宣言が発令された。感染の規模を抑えつつ、経済活動を最大化させるのが理想だが、実践するのは難しいと学ばされた。 だが、極端に走らずとも、感染の制御と経済活動をバランスよく保つ画期的なテクノロジーがある。世界の疫学のプロたちが考えていたDigitalContactTracing(デジタル接触追跡)という技術だ。この技術は紆余(うよ)曲折を経て「接触確認技術」と呼ばれるようになり、日本では「COCOA(ココア)」というスマートフォン用アプリとしてリリースされた。 だが、陽性者との接触が通知されない不具合が長期間修正されていなかったことが発覚し「大失敗」に終わった。だが、失敗したのはアプリの開発方法だ。感染拡大のリスクを低減しつつ経済を回し続ける上で、役に立つ技術であることに異論はないだろう。今、そのCOCOAが新しい体制の下、再出発しようとしている。改めてCOCOAでどんな間違いが起き、どのように修復されようとしているのか、歴史とともに振り返ってみたい。 「デジタル接触追跡」の考えは、最初のiPhoneが登場した2007年頃からあったとされる。名前からデジタルをとった「接触追跡」は、それより前から行われていた。つまり、感染者に最近、誰とどこで会ったかを聞き取り、会った相手の状態を調べることで感染拡大を抑えるというものだ。 これをデジタル化した「デジタル接触追跡」を、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大後、いち早く採用して成果を挙げたのは、2015年に中東呼吸器症候群(MERS)という感染症を経験していた韓国だった。同政府のIT部門、韓国疾病管理本部(KCDC)がシステムを開発。国民がCOVID-19にかかると、その人のスマホに記録された衛星利用測位システム(GPS)の位置情報や交通カードの利用履歴、防犯カメラ映像を使って、2週間の動きを追跡する。そして、感染した可能性がある人たちを追跡、特定して予防策をとるというものだった。このやり方は大きな成果を挙げ、2020年4月に同国で大規模な総選挙が行えたのも、この技術のおかげという評価もあった。 しかし、プライバシーの侵害だとして大きな波紋を呼ぶことにもなった。人には、どこに行っていたか、誰と会っていたかを隠したい場合がある。それを無視するやり方を問題視する声も多く、有識者も相次いで「コロナ禍が監視社会を推進する」と警鐘を鳴らした。 こうした方法では、望んだ効果が得られないという結果になる恐れもある。不満を持つ人々がスマホを持たずに外出したり、一時的に電源を切ったりするという行動を誘発するからだ。 この韓国の事例の後、米国の大学を含む研究機関やヨーロッパの政府、そしてシンガポール政府がプライバシーに配慮した「接触追跡」の技術を発表し始めた。 基本的な仕様はこうだ。Bluetooth(ブルートゥース)という通信技術を用いて、見ず知らずの人であっても近くに長時間いると「接触」したという記録がスマホの中に保存される。ただし、情報は暗号化されており、お互いの素性を知ることは一切ない。また、COVID-19の発症期間といわれる2週間を過ぎると、記録は自動的に抹消される。 陽性と診断された旨を登録すると、その陽性者との接触記録があるスマホ上で暗号が解除され、画面にコロナ感染者に接触していた旨が表示される。これを使ってPCR検査などを受けることができる、というのが基本的な仕様だ。 この仕様を真っ先に成功させたのはTraceTogetherというアプリだ。約1年前の2020年3月20日、大きなIT開発部隊を持つシンガポール政府内で開発された。だが、このアプリにも問題があった。バッテリーの消費が激しく、またiPhoneとAndroidスマホという、基本ソフト(OS)が異なる機種では記録がうまくとれないことがあったのだ。新型コロナウイルス感染者との濃厚接触者を追跡する端末を受け取る男性=2021年9月14日、シンガポール(共同) こうした状況を見て、世界の疫学のプロフェッショナルらが、それぞれのOSを開発するアップルとグーグルに協力を要請。これを受けてIT業界の両雄が手を取り合って動くこととなった。 アップルとグーグルは2020年4月10日、接触確認アプリの開発で協力することを発表し、技術の実現に必要な仕組みをOSそのものに組み込むことを明らかにした。これによってバッテリー消費を抑えながら、より確実な接触の確認が行えるようになり、iPhoneとAndroidスマホ間でも接触の確認をするための基礎ができた。 このとき、両社はこの技術を2つのフェーズで提供すると発表している。まず、第1フェーズでは、いち早く技術を提供するべく、OSには基本的な技術を盛り込むだけにとどめる。各国政府がその技術を応用して独自のアプリを作って提供するというフェーズだ。どれくらいの距離に何分以上いたら濃厚接触と判断するかといった基準が政府ごとに異なっている点からも、こうした作り方のほうが望ましい部分があった。 第2フェーズではOSそのものに全機能を搭載する。つまり、アプリを入れなくても接触確認が取れるという状態だ。しかし、先述したように、国ごとの基準の違いなどに配慮したのか、既にiPhoneもAndroidもOSレベルで接触確認の機能が組み込まれているにもかかわらず、今でも各国政府が提供するアプリを使って情報を確認する仕様になっている(2021年3月現在)。 なお、アップル社は他の製品の開発でも一貫してプライバシー保護に配慮する姿勢を貫いている。両社が開発した共通の技術基盤でもプライバシーについてはシンガポール政府以上に厳しい配慮を行った。また、技術の総称も、それまでの「Contact Tracing(接触追跡)」だとプライバシーを侵害するイメージがあるということなのか、「Exposure Notification(ばく露通知)」という呼称になったが、日本では「接触確認」と呼ばれることになった。 日本では、シンガポール政府の動きを受けた形で接触確認アプリの開発が始まった。TraceTogetherがリリースされた3日後の3月23日、日本にもこういうアプリがあったほうがいいというソーシャルメディア上の会話から、「Code for Japan」という団体の中で開発チームが結成されたのだ。CodeforJapanはプログラム開発などができる市民が力を合わせて社会課題を解決しようという「シビックテック」の団体だ。米国やタイでは、大規模な自然災害が起きたときに、政府や地方自治体では手が回らない課題を、テクノロジーの力で解決するといった形でシビックテックが活躍している。チームを襲った「不幸な衝突」 これに先立ち、CodeforJapanは「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」を作るなどの実績を上げていた。3月4日にこのサイトの開発を終えていたCodeforJapanだったが、接触確認アプリはコロナ禍に貢献できる次のプロジェクトとして人気を博し、すぐさま50人近くのメンバーが集まってきた。 やがて、「まもりあいJAPAN」というアプリの名前やロゴマークなどが用意され、ネット上でも応援する人が増えた。ITに精通した政府関係者の中にも、このプロジェクトの可能性を知って期待する人も出ていた。 4月10日にアップルとグーグルからの発表が行われた際も、アップルやグーグルと連携をとり、すぐに仕様変更に対応できる準備を進めており、日本の「まもりあいJAPAN」がアップル・グーグル仕様に準拠した接触確認アプリの世界第1号になる可能性もささやかれていた。 だが、ここで不幸な衝突があった。TraceTogetherに感化されて接触確認アプリの開発を始めた人々が他にもいくつかあったのだ。 中でも大きな勢力となっていたのが日本マイクロソフト所属の開発者、廣瀬一海氏らが、会社とは関係ない個人プロジェクトとして始めた「Covid-19RadarJapan」というアプリだ。こちらも3月下旬にはソースコードの開発などを始めるなど、猛スピードで開発が行われていた。「まもりあいJAPAN」と少し違ったのは、世界で使ってもらうアプリを目指していたことだった。そのため、政府関係者とも早くから話し合っていたという。 使い慣れたマイクロソフトの開発環境などを使って開発開始していたため、日本マイクロソフトもサーバーを提供するなどの形で会社として支援していた。日本では同じ目的のアプリが、少なくとも2つ同時に開発され、しかも、その両方が政府に働きかけを始めていたのだ。もし2つのアプリが同時にリリースされれば、利用者が分散し、多くの人が使って始めて価値が生まれるアプリのユーザーを「奪い合う」状況になりかねなかった(一応、両団体では相互のソフトで通信の互換性を持たせようという話し合いは行われていたという)。 こうした状況下、政府はどのように動いていたのだろう。内閣官房は4月6日、「新型コロナウイルス感染症対策テックチーム」を立ち上げ、コロナ禍におけるテクノロジーの応用について有識者からのヒアリングを開始してた。接触確認アプリ以外の議論も行われていたが、接触確認アプリについては、CodeforJapan代表の関治之氏が第1回の会合から参加し、詳しい技術動向を解説していた。 その後、アップルとグーグルが連携して、各国での接触確認アプリの採用が重要課題になってきたのを受けて、この技術を話し合う分科会「接触確認アプリに関する有識者検討会合」が設置された。この会合でも関氏は中心的な役割を果たし「まもりあいJAPAN」がアップルやグーグルとも連携が取れており、5月5日に両社から発表された新仕様にも即時対応できると述べた議事録が残っている。 ただ、この5月5日のアップルとグーグルの発表には、それまでの流れを一気に変える条項が盛り込まれていた。接触確認アプリは1つの国に対して原則1種類で、国の保健担当機関、つまり日本では厚労省が開発するということが盛り込まれていたのだ。 この時点で「まもりあいJAPAN」と「Covid-19RadarJapan」の共存はなくなった。厚労省が主導するとなった時点で、「まもりあいJAPAN」の開発チームは、それまでに得られた知見がを新アプリ開発に生かしてほしいとソースコード(プログラムを動かす文字列)などをインターネットで全面的に公開した。画面や使い勝手のデザイン、早く開発を進める方法論、全体設計のあり方、セキュリティーやプライバシーに関する知見など、他のプログラム開発にも役立つ記事が多く、ネットでも評判となった。 しかし、その後に開発されるCOCOAでは、これらの知見が生かされた形跡はあまり見ることができなかった。厚労省は、大きな注目が集まる接触確認アプリの開発発注先を吟味することなく、協業していた大手開発者に丸投げした。つまり、それまでオブザーバーとして参加していた「接触確認アプリに関する有識者検討会合」での学びもまったく生かされることがなかったのだ。新型コロナウイルスの感染者と濃厚接触した可能性を知らせるアプリについて説明する加藤厚労相(肩書は当時)=2020年6月、厚労省 厚労省がアプリの開発を発注したのはパーソルプロセス&テクノロジーだった。実は、この選択には理にかなっている部分もある。厚労省はすでに、感染者の情報を管理する「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS、ハーシス)」を同社に発注していた。COCOAでもPCR検査を受けて陽性の場合には登録するステップがあるが、この部分でハーシスと連携したいという狙いがあった。 そこで、新たに3億9036万円の追加料金を用意してパーソルに委託するが、パーソルはハーシスの開発で手一杯だった。そこで、日本マイクロソフトなど3社に3億6842万円で再委託を行った。日本マイクロソフトが工程管理と技術支援を8416万円で、エムティーアイが保守開発を1億9093万円で、保守や監視やハーシスとの連携などをフィクサーが9333万円で請け負った。このうちエムティーアイは、さらに2社に委託をしている。 ここでカギとなるのが技術支援を担う日本マイクロソフトだ。先述の通り同社は「Covid-19RadarJapan」の開発を支援している。そこで開発する接触確認アプリは、これを基盤とすることになった。「Covid-19RadarJapan」を開発していた人たちも、マイクロソフトの支援も受けてはいたものの、基本的にはボランティアベースで開発を続けていたものが、ある日を境に突然、4億円規模の開発プロジェクトの末端という形に組み込まれることになった。 この流れは「まもりあいJAPAN」を開発してきた人々には厳しい運命のいたずらだったが、テクノロジーによる社会課題解決を応援したい気持ちは一緒だったのだろう。6月19日にCOCOAがリリースされた際には、成功を期待する人が少なくなかった。 昨年の夏ごろからGoToトラベルやGoToイートキャンペーンなどが始まると、公共交通機関、宿泊施設、飲食店などにCOCOAのインストールを推奨する貼り紙などが見られるようになった。COCOAの登場が大きく報じられたこともあり、公開から24時間でダウンロードが179万件、3日で326万件という勢いで普及が進んだ。しかし、すぐにさまざまな問題点が指摘されるようになった。SNSで「火だるま」 初回起動時にブルートゥースの利用を許可していないとアプリが起動しなくなる、利用開始日が変更されてしまう、虚偽の陽性報告ができてしまう恐れがある、といった具合に次々と問題が発見された。虚偽の陽性報告については、見かけ上「陽性登録」されたように見えても実際はされていないと厚労省が説明することになったが、相次ぐ不具合に不信感を抱く声もあった。 加藤勝信厚労相(当時)から開発を担っていると紹介されていた「Covid-19RadarJapan」の開発チームは、ソーシャルメディア上で批判の矢面に立たされた。廣瀬氏は自身のツイッターで「この件でコミュニティーはメンタル共に破綻した」とツイートし、次のリリースで開発から離れ、委託会社などに託したい考えを示した。関氏は「接触確認アプリの不具合に対して、Covid19Radarチームを責めるのは筋違いだろう」と擁護し、ソースコードを無償公開する「オープンソースソフトウエア」で作られた製品(=アプリ)の責任は委託事業者が持つべきだと主張した。 その後、COCOAは11月17日までにダウンロード2001万件と利用者を伸ばしていった。検知の精度が低いといった技術的な問題や、陽性登録件数が2020年7月末時点で「92件」にとどまるなど、相変わらず課題も多かった。11月頃にはいくつか良い報告もあった。浜松市、熊本市など複数の自治体で、ユーザーがCOCOAからの通知をきっかけにPCR検査を受診したところ、陽性が判明したという事例が報告され始め、ようやく一定の効果を示すことができたのだ。 しかし、2021年に入ると深刻な問題が次々と露呈し、信頼の回復が難しい局面にまで追い込まれた。 問題が指摘され始めたのは2021年2月。Android版のアプリで、陽性者と接触したユーザーへの通知が送られない不具合があったことが判明したのだ。アプリのそもそもの価値をも揺るがす不具合だ。 2月12日には原因究明にあたった平井卓也デジタル改革担当相が、Android版アプリ開発時に必要な仕様を誤解した状態で使っていたことが原因だったと説明し、「いくらなんでもバグが多すぎる。ここまでのトラブルは普通ありえない」と苦言も呈した。また、「これまで(のシステム開発)はお金を出して終わりだったが、これ(アプリ)は常に関与し続けないといけない。永久に完成しないものに国は今まで付き合ったことがない。今までの国のシステムの発注とは違う種類だった」と振り返った。 その直後、追い打ちをかけるように、アプリの信頼を揺るがす問題点が見つかる。iPhone版のアプリで時折、状態が初期化されてしまい、2週間以内の接触者を正確に調べることができないことが分かったのだ。Androidでは、1日に1回程度、アプリを再起動しないと正常に利用できない不具合も判明。もはや、信頼は目も当てられない状態にまで落ち込んでおり、COCOAを少しでも擁護しようものなら罵声を浴びそうな空気が漂い始めていた。 もはや信頼を完全に失った日本の接触確認アプリだが、経済を回す最も有望な技術である事実は変わりなく、問題を放置しておくわけにもいかない。そこで内閣官房IT総合戦略室と厚労省が、事態の収拾のために連携チームを発足した。メンバーには、開発体制の問題点について鋭く指摘してきた楠正憲氏や、関氏が政府CIO補佐官として参加した。衆院内閣委員会で答弁する平井卓也デジタル改革担当相=2021年2月24日、国会・衆院第16委員室(春名中撮影) ネットを見てもCOCOAについては悪い評判しか見かけない。そんなアプリの信頼回復に挑むというのは火中の栗を拾うような行為だ。 しかし、その誰もやりたがらない職務に立ち上がった2人を応援する声もあった。東京都副知事で元ヤフー社長の宮坂学氏だ。東京都フェローの関さん楠さんたちのCOCOAの信頼性再構築という難事業への取組。心から応援。二人からはオープンに作ることこそが信頼性をもたらすことなど多く学んだ。宮坂学氏のツイッター 同日、関氏自身も「銀の弾なんてものはありません。できることを着実にやるしかない。みなさんご協力いただけましたら幸いです。> オープンプロセスによって、COCOAの信頼を再構築する」とツイート。同時に「オープンプロセスによって、COCOAの信頼を再構築する」と題した記事を公開し、事態収拾チームとしてやるべきことなどの考えを発信している。接触確認アプリを社会全体で活用していくためには、適時的確でわかりやすい広報、インストール後のコミュニケーションや接触通知後のユーザーエクスペリエンス(利用体験)の改善・向上など、やるべきことはたくさんあります。他国での状況を調べて参考にする必要もありますし、あるいは、ここで一度立ち止まって、そもそもあるべき姿について皆で再度考える必要もあるかもしれません。オープンプロセスによって、COCOAの信頼を再構築する これまでのCOCOAは「大失敗だった」と言っていいだろう。だが、「失敗は成功のもと」という言葉もある。アップルとグーグルが作った国際的な規格を採用していることを考えると、将来、このアプリが国際的な人の行き来を本格的に再開させる上でも重要なカギを握る可能性もある。 日本では、早い段階で手痛く、大きな失敗をしたおかげで信頼と実績を持つ監督チームを得ることができた。政府主導の開発の何が問題点であるかもたっぷり議論が行われたので、おそらく同じ失敗を繰り返すことはないはずだ。そう考えると、この失敗は必ずしも無益ではなかったようにも思える。 COCOAの失敗は、何も開発体制だけの失敗ではない。開発者を精神的に追い込んでしまった国民やメディアにも失敗があったと思っている。この点についても過去の失敗から真摯(しんし)に学び、今度は一緒に育てるようなつもりで接触確認アプリの再出発を温かく見守ってもらえたら、政府が進めるデジタル化の流れにも良い影響があるのではないだろうか。

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    東日本大震災10年目の述懐

    東日本大震災は発生から10年の節目を迎えた。あの日、われわれは成す術もなく自然の猛威を改めて実感し、原発事故を含め「想定外」として受け入れるしかなかった。ただ、無力さの中で何ができるかの議論は進んでいる。当時、政府や自衛隊、同盟国として関わった3識者が、10年を経た万感の思いとともに、防災対策の真の在り方を問う。

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    「歴史法廷で罪を告白」細野豪志、原発事故10年目の覚悟

    、時計の針を戻すことはできない。果たすことのできなかった責任を全うするために、福島のこれからのために政治家として全力を尽くす覚悟だ。≪渡辺利綱・前大熊町長≫相馬藩には野馬追に象徴されるように1100年の歴史があって、6万石ほどの小さな藩だけれどもずっと残ってきた。千年の歴史の中でお互い協力し合った積み重ねがあって初めて文化が栄えるわけですよ。そんなに簡単に人が一緒に住めば町ですよっていうのは妄想だっていうのを私は言ったんですけど。同書より≪遠藤雄幸・川内村村長≫被災地の住民は、自分が被災したという意識は強いですよね。先ほど自立独立の気風のお話が出ましたが、原発事故によってそれが失われた部分もやはりある。その被災者の意識をどう自立の意識に変えていくかです。やはり自分の人生設計の中で、いつまでも被災者だという不幸に甘んじるわけにはいかない。どこかでやはり震災前のような生活、自分で判断して行動できるような、そういう生活パターンをきちんと確立していかなければいけないんだろうと思います。同書より 福島の最大の課題は浜通りの市町村のこれからのまちづくりだ。他の地域で生活基盤が確立した人の多くは、故郷への思いを残していたとしても、これから住民として戻ってくることは考えにくい。やがては震災・原子力災害対応の予算も減少し、地元自治体の自立的な財政運営が求められる時代が来る。 積み重ねてきた歴史を大切にしながら、以前の街を取り戻すという発想ではなく、新たなまちのかたちを明確にしていくことが求められる。次の10年は、浜通りで始まっているイノベーションコースト構想や中間貯蔵施設の将来構想に地元の企業の参加を募り、具体的なプロジェクトを推進することで自立的な地域づくりを目指すべきだ。帰還困難区域への立ち入り規制が緩和され、ゲートを開放する警備員=2021年3月8日、福島県大熊町 「いちえふ」にたまり続ける処理水、福島県内で学齢期の若者については、悉皆(しっかい)検査に近い形で行われている甲状腺検査など、10年が経過する中で決断が求められている問題は他にもある。新型コロナウイルスで社会が騒然とする中で、今こそ福島を国民に問うべきだと信じ、拙著を世に送り出すことにした。一つでも福島のためにできることを見つけてくだされば望外の喜びである。

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    西東京市の「ムラ社会」的選挙が妨げる、第三極保守政党という新風

    としたのが、シンボリックなテーマを掲げて支持を集める旧みんなの党や日本維新の会など「第三極」を掲げた政治勢力である。けれども新参者は地縁でつなぐことができないために組織化しづらく、シンボリックなテーマを掲げて支持を集めるという「ポピュリズム」の手法を取らざるを得なくなる。 その結果、国会においては一定の勢力を確保する一方で、それに見合うだけの影響力を地方議会において確立できなかった。そのため、結局みんなの党は瓦解(がかい)し、日本維新の会も大阪府以外では存在感を発揮し得ていない。 現時点において、保守的な心情を有する新参者が地方政治に自らの声を届ける術は存在しない。地方自治体の首長や議員の選挙における投票率が向上しないのは、そのためだ。 もし、自民党の地方組織が新参者の声を拾い上げる努力をしたり、立憲民主党の地方組織が保守層に羽を広げる努力を行ったりすれば、新たな支持層とすることができるだろう。しかしながら、両党の現状を見る限り難しいと言わざるを得ない。神奈川県逗子市長時代の平井竜一氏=2014年2月 こうした状況が続いてきたのは、サラリーマン家庭においては健康保険や年金に関する手続きが勤務先を通じてなされているため、市区町村とやりとりするのは自分の子を保育園や幼稚園、さらには公立の小中学校に通う時ぐらいであり、地方行政の実態に触れることが少なかったからだ。そのため、学生や単身者、あるいは結婚していても学齢期の子どもの居ない者が地方自治体のことを意識する機会はほとんどない。 けれども、コロナ禍に端を発する在宅勤務の普及や外出自粛の風潮により、人々は自らが生活する場の環境を重視するようになった。当然のことながら、地方自治体の運営に関心を抱く者も増えていくに違いない。そうした動きに首長や議員、さらには職員が真摯(しんし)に向き合おうとしなければ、議員定数の削減は言うに及ばず、地方自治体の在り方そのものに疑いの目が向けられることになるだろう。

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    中国「海警法」は極めて狡猾、日本が仕掛ける世論戦で尖閣を死守せよ

    柿沢未途(衆院議員) 2月1日、「中国海警法」が施行された。NHKのニュース報道では、「海上警備にあたる海警局に武器使用を認める法律が施行」と表現されており、他のマスコミ報道も「海警局に武器使用を認める」という点を強調しているが、これはそのように要約できる内容の法律ではない。 海警法は、中国の国内法ではあるが、実際は国際法を無視して領海の外側に位置する接続水域、排他的経済水域(EEZ)、そして大陸棚を勝手に350カイリまで延長し、そこまでを事実上中国の領海と見なすような一方的宣言をしているに等しいとんでもない法律だ。本法律では、これら海域を事実上の中国領海=国家管轄海域(海洋国土)とし、その海域を守るために中国海警局は他国の公船を排除するために武力行使に及んでもいいことになっているのだ。 ことの本質は中国が勝手に「事実上の領海=国家管轄海域(海洋国土)を宣言して、それを守る」と言っている点にある。国内法でそう決まった以上、海警局は行政組織たるもの、法律で決まったことを実行しなければならない。中国海警局にとって、東シナ海や南シナ海の接続水域、EEZ、大陸棚を他国の領域侵害から守るのは、法律上の義務となる。やらなければ担当者は自らの立場が危うくなる。彼らは必死で「守りに」くるだろう。左遷やクビがかかっているのだから。 言うまでもなく、国連海洋法条約では沿岸国の主権が及ぶ範囲は領海(12カイリ)までであり、その外側の接続水域(24カイリ)、EEZの200カイリに主権は認められていない。 接続水域では出入国管理や通関などの国内法適用、EEZでは資源探査や環境調査などの管轄権が認められているだけである。 それを勝手に「国家管轄海域(海洋国土)」と名付けて、その海域で中国の主権や管轄権が侵害されていると見なせば、「他国の公船(例えば日本の海保巡視船)の航行を武器使用により排除できる」と海警法では定めている。国際法の初歩を学んだ大学生なら誰でも分かる、明らかな国際法違反である。 もちろん中国が大学生レベルの国際法の知識を持っていないはずはないし、中国は国連海洋法条約を普通に批准している。そのため、それに違反する国内法を制定・施行するのは当然意図的だ。 その意図の1つは間違いなく尖閣諸島にあり、海警法が「接続水域」における管制権を行使し、強制的措置をとることを海警局に認めている点からも明らかである。東シナ海にしろ南シナ海にしろ、中国が接続水域の実効支配による実益があるのは当面は尖閣諸島しかない。尖閣諸島(沖縄県石垣市)の領海に侵入した中国海警局の船(海警1305)。船の前方に砲らしきものを搭載している=2019年8月、海上保安庁提供 「接続水域」であるがゆえに、この海域には日本の主権も及ばない。つまり日本が国連海洋法条約を順守するならば、日本が中国の公船に強制的措置をとることもできない。しかも日本の主権が及ばない領域であるがゆえに、「日本の施政下にある領域」とされている日米安全保障条約第5条の防衛義務の範囲外でもある。 米国のジョー・バイデン大統領に「尖閣諸島は日米安保の適用範囲」と明言されて安心していても、「接続水域」にはその保障が及ばないことになる。後手に回る政府 それらをすべて分かった上で中国はこのような国際法違反の法律を制定・施行したに違いない。中国が尖閣諸島に当面は手を出さなくとも、海警局の公船で日本の海保巡視船を蹴散らし接続水域を中国船だけの海域にしてしまえば、もはや日本は尖閣諸島に近づけず、いくら中国が島に指一本触れなくとも日本の実効支配は空洞化してしまう。 いわんやそれは「日本の施政下にある領域」という日米安全保障条約第5条の適用の根拠まで揺るがす事態につながりかねない。しかし、日本政府のこの問題に対する対応は非常に鈍い。1月29日には茂木敏充外相が「国際法に反する形で適用されることがあってはならない」とコメントしたが、自民党や世論からの批判に直面し、2月16日には「わが国海域での海警船舶の行動そのものが国際法違反」と批判のトーンを上げた。 しかし、私としては「海警法そのもの」を「国際法違反」と断ずるスタンスを日本政府は今のところとっておらず、非常に対応不足と感じている。このまま事態が進展し、中国海警の公船が尖閣諸島の接続水域を埋め尽くしてから、「国際法違反だ」といくら非を鳴らしても「時すでに遅し」になりかねない。 法施行直後の抗議のトーンが弱ければ「あのときに日本は何も言わなかったではないか」と、あたかも海警法を認めたかのように言われかねないリスクもある。 その際に日本が遅ればせながら対抗措置をとろうとしても、事態が進展しているだけにその実行は困難を伴うだろうし、それどころか「日本が現状変更を仕掛けてきた」と中国に逆手にとられて「世論戦」に利用されかねない。かつての尖閣国有化時の苦い経験を忘れるべきではない。 海警法の施行を機として、日本こそが国際社会に「世論戦」を仕掛けていくべきだ。中国自らが批准している国連海洋法条約を無視し、国際法違反が明らかである大陸棚までの「海洋国土」化は、国際法秩序に真っ向から挑戦する暴挙であり、国内法を装いつつその適用で力による現状変更を試みる野蛮な行為は断じて認められないと、当事者である日本が声を上げなければならない。 そして南シナ海でそうであるように、米海軍の協力を得て、東シナ海における「航行の自由作戦」を日本も実行すべきである。まず、中国による国内法を利用した現状変更を認めない。そして日本列島から台湾へと伸びる「第一列島線」の内側を、中国の「海洋国土」とする試みを許さない強い姿勢、それらを今の段階から示さなければならない。 もう1つ、日本に今すぐできることがある。それは中国海警局を「中国の第2海軍」として、軍事組織であると認定することだ。海上保安庁は海上警察権を行使する組織として、それにふさわしい装備の巡視船や航空機を有し、日夜、海上の安全と治安の確保の任務にあたり、行政組織上も国土交通省の外局とされている。英国のドミニク・ラーブ外相、ベン・ウォレス国防相とのテレビ会議に臨む茂木敏充外務相(奥)と岸信夫防衛相=2021年2月3日、東京都千代田区の外務省(川口良介撮影) 海上保安庁は海外の沿岸警備隊(コーストガード)とは異なり、戦時において軍隊の一部として参戦する準軍事組織という位置付けは持っていない。 一方、中国海警局はもともと中国国務院国家海洋局のもとにある行政組織であったが、18年の組織改正により中央軍事委員会の指揮下にある人民武装警察(武警)の傘下に移行した。そして海警法では「重要な海上武装部隊」として中央軍事委員会の指揮のもとで「防衛作戦の任務を遂行する」と明確に位置付けられた。なすべきことをなす 中国海警局は、中国人民解放軍の最高意思決定機関である中央軍事委員会が指揮する組織となったのだ。今や海警局は中国海軍少将が指揮をとるようになり、主要ポストも海軍出身者で占められるようになっている。 装備においても、世界最大級の1万トン級の巡視船を少なくとも2隻有し、海軍艦艇と同水準の76ミリ砲とみられる武器を搭載した公船もあり、れっきとした「第2海軍」的組織としか言いようがなく、黒い軍艦を白く塗れば日本の海上保安庁と同じような行政組織と見なせるわけではない。 このような海警局の船艇を「中国公船」と呼び続けるのは、実態は軍艦であるのにあたかも巡視艇のように扱われる点で、中国にいかにも好都合な状況になっているのではないだろうか。 そして海警局を「第2海軍」と認定するのには実質的な意味がある。これまで海警局の船艇と対峙(たいじ)するのは海上保安庁の役割とされてきた。それは行政組織である(と見なしてきた)海警局に対して、海上自衛隊が前面に出れば、周辺事態をミリタリー・レベルに上げるエスカレーションを日本の側が起こしたことになってしまうからである。 私自身、かつて海上保安庁と海上自衛隊による領域警備にあたって、一体的かつ迅速な運用を可能にする「領域警備法」の議員立法案をとりまとめる役割を担ったことがある。 そもそも尖閣諸島の海域で毎日のように緊張状態が起きているにもかかわらず、これまでこうした法律ができてこなかったのは、ミリタリー・レベルへのエスカレーションを日本の側が引き金を引くことへの懸念があったからでもある。 だがそれは、中国海警局を海上保安庁並みの行政組織と見なしているからこそ生じる懸念である。「日本の領海や接続水域などで航行しているのは中国『第2海軍』の艦艇に他ならない」となれば、海上自衛隊と一体となった警備行動でもエスカレーションの引き金を日本が引いたことにはならない。そうすれば、日本で最も必要で差し迫っているのに存在しなかった「領海警備法」のような法律の制定も可能になるのではないか。 もちろん海上保安庁の艦艇の装備増強の議論も必要であろう。国土交通省の外局のままでいいのか、という議論も出てくるかもしれない。外国の軍艦や公船に対する武器使用はできない海上保安庁法第20条の規定を改正すべきという意見もあるが、それらには一定の時間を要する。海上保安庁が入る東京・霞が関の中央合同庁舎3号館 気が付いたら手遅れになっていた、対抗措置をとった頃には「世論戦」に負けて日本の側が現状変更勢力であるかのように仕立て上げられてしまったという悔恨を後に味わうことがないよう、日本にできること、やるべきことを今すべきである。 それは尖閣諸島の領土と領海を守るためだけではなく、国際秩序の危惧される近未来予測を現実化させないために日本が果たすべき責任である。

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    私がスーパークレイジー君を「令和の信長」と呼ぶ理由

    を多く連れていき、道三を感服させたといわれている。スーパークレイジー君には小学生も含む若者など、他の政治家にはない仲間が多くいるようである。政治の世界では珍しい仲間とともに、市政をどのように変えていくのかも楽しみだ。 信長は桶狭間の戦いで今川義元を破り、楽市楽座などの斬新な政策を打ち出して時代を変えていった。スーパークレイジー君が今後どのように活躍するか予想できないが、私はすごくワクワクしながらツイッターなどで彼の活動を追っている。 改めて自己紹介をさせていただくと、私自身は立憲民主党公認として次の衆院選への挑戦を予定している34歳だ。10年以上にわたり、若者と政治をつなぐ活動をNPO法人などで行っている。インターネット選挙運動の解禁や、18歳選挙権の実現などに取り組んできた 。 2019年、参院選(岡山選挙区)に立候補したが落選し、今はいわゆる浪人中の身だ。NPO活動、政治活動を通じて、「政治の若者離れ」を変えることをテーマの一つとしている。選挙のたびに若い世代の投票率が他の世代より低く、「若者の政治離れ」と言われ続けている。だが、私は若者が政治から離れたのではなく、政治が若者から離れていったのだと思っている。 「スーパークレイジー君」の通称名で出馬し、支持を訴える西本誠氏=2021年1月30日、埼玉県戸田市のJR戸田公園駅前(内田優作撮影) 学校の中でしっかりとした政治教育の機会がなく、政治との関わり方を学べない。子供や子育て世代の意見を聞かず、いつの間にか公園ではしゃぐことすら禁止される。少子高齢化が進む中、次の世代に負担を先送り。選択的夫婦別姓の議論も進まない。 例を挙げればきりがない。このように、若い世代の悩みや不安に寄り添うことのない政治が続いている。この「政治の若者離れ」の状況を政治の世界に入り、変えていく覚悟だ。威勢のいいことを書いたが、私はまだ議員ではない。「秀吉・家康」は現れるか スーパークレイジー君は市議選の選挙公報で、昨年の都知事選を「若者の政治離れは、やはり深刻で根深いものがあると強く感じました」と振り返っている。全国には同様の問題意識を持ち、政治の在り方を変えていこうとしている議員や首長が多くいる。 そして、若者議会の実現、行政手続きのICT(情報通信技術)化の促進、若者や子育て世代との対話なども進んできた。しかし、若者にとって政治はまだまだ遠い存在だ。「自分たちのほうを見ている存在」とはなっていない。 新しいことや必要なことをいくら言っても、 届けたい人に情報が届かなければ 言っていないも同然である。私も選挙運動と政治活動を通じて試行錯誤をしているが、同世代が若者世代にアプローチをする難しさを日々感じている。 スーパークレイジー君に話を戻そう。彼は都知事選での経験から、本気で政治と社会を変える必要があると感じたのだろう。だから、売名や話題作りではなく、都知事選に比べてメディアが取り上げる機会が圧倒的に少ない市議選に打って出た。私はこの本気度に感銘を受けた。 ただ、都知事選のときは、スーパークレイジー君に投票した人たちさえも、彼が当選すると思っていなかったのではないか。だが、今回は市議選だ。組織や政党のバックアップがなくとも当選する可能性はある。しかも、挑戦は2回目。金髪特攻服のパフォーマーとしか思われていなかったスーパークレイジー君が、信念を持ち、当選の可能性がある候補として出馬し信任を得た。 結果的に、これまで選挙や政治に関心を持っていない人の目を選挙に向けさせ、今後も市政に関心を持たせることになるだろう。1回の挑戦で落選し、挑戦をやめてしまうこととは雲泥の差がある。 また、彼の政策にも着目をしたい。悲しいかな、彼の当選を伝える報道の中で、政策について触れたものは少なかった。選挙公報を読んでみると、子育て・福祉・まちづくり・新型コロナウイルス対策の各項目に具体的な政策が並んでおり、政治への思いもバシバシ伝わってくる。「現職か、俺か。」というスローガンを強く押し出し、政策を語る文字数が比較的少なかった都知事選の選挙公報と見比べると違いは明らかだ。金華山麓の岐阜公園内には若き日の織田信長像が設置されている=岐阜県岐阜市(竹川禎一郎撮影) スーパークレイジー君はパフォーマンスで知名度を上げたのかもしれないが、投票された理由は政策や理念にも大いにあると感じた。  彼が政治の土俵に上がったことによって、他の政治家も彼の手法や意見を意識せざるを得ない。私もその一人だ。なぜなら、他の多くの政治家が持っていない「若者らの意見」という「現代の鉄砲」を持っているからである。 今後、スーパークレイジー君が、令和の楽市楽座のように斬新な政策を実現したり、豊臣秀吉や徳川家康のような仲間を作り勢力を拡大したりすることができるかは分からない。しかし、2回目の立候補という彼の本気度から、議員としての活動にも新たな風を吹かせてくれると期待している。同世代で政治の世界にいるが、議員ではない者として、大きな刺激になったことは間違いない。

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    尖閣諸島をどうやって守るか

    中国の「侵略」行為に国際社会の包囲網が確立されつつあるが、日本にとって目下最大の懸念は尖閣諸島だ。重要になるのは、中国に隙を与えないよう、具体的な行動が必要なことは言うまでない。今回は、尖閣を死守するために有効な対応策と、「番人」といえる地元民の奮闘の軌跡をお届けする。

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    活用すべきは浮いた寄付金、尖閣問題解決の糸口は資料館建設にあり

    ロバート・D・エルドリッヂ(エルドリッヂ研究所代表、元在沖縄米海兵隊政務外交部次長) 先月14日、沖縄県石垣市において、尖閣諸島が1895年1月14日に日本の領土として編入された日を祝し「尖閣諸島開拓の日」式典が開催された。 これは石垣市で行われる毎年恒例の式典だ。2011年より始まったこの式典は、今年で10年という節目を迎える。12年に行われた2回目の式典では、私も米海兵隊メンターのグラント・ニューシャム大佐と共に参列し、感銘を受けた。 当時大佐はハワイにある米海兵隊太平洋軍に所属し、私は沖縄県の海兵隊太平洋基地で勤務していた。それぞれ異なる司令部に勤めていたが、共に非公式な立場で記念式典とその後に市民会館で行われた公式な式典を見学させていただいた。 毎年恒例の本イベントは、通常、全国および地元の与野党議員たちが出席している。また、尖閣諸島の行政管轄権を持つ石垣市長の中山義隆氏も毎年出席し、あいさつされている。 そして、尖閣諸島の歴史や日本への編入の背景、同諸島に対する日本の主権に対する中国の挑戦、さらには、中国の領海侵犯などによる現地漁師たちの問題を取り上げ、本件に関して意識を高める重要なイベントだ。 こうした啓発式典は大変重要だが、尖閣問題に関する意識醸成のためには不十分だ。そこで私は、12年に東京都が集めた資金を活用し、石垣市に「尖閣諸島資料館」の建設を実施すべきだと考える。 構想では、資料館は4階建ての建物で、これを次のような区分けにするのがよいだろう。 1階部分にはオープンスペースを用意し、修学旅行生や団体観光客などが見学前後に食事や休憩がとれる集会所を設け、壁には尖閣諸島の写真や地図を貼ることで入館者に尖閣諸島の姿と地理関係をまず意識させる。 2階にはこうした学生たちや観光客、地元民が講演を聴いたり、尖閣諸島についてのドキュメンタリーを視聴できる講義室ないし上映室を設け、それに続く展示室には過去1世紀以上に渡って撮影された尖閣諸島の写真と、その歴史的背景を説明したボードを展示する。 3階には尖閣諸島関係の物品や重要な資料のコピー、写真などここでしか見られない展示物を設置する。なお、説明文には日本語はもちろんのこと、英語やその他の言語でも表記することで、本館の希少性と尖閣諸島が持つ連綿とした歴史を全世界にアピールする場にする。 そして4階には、世界中から集まった尖閣に関わるあらゆる資料(外交文書や論文、記事や書籍、雑誌ないしビデオ)のアーカイブを視聴できるライブラリーを設け、研究者に公開する。そうすれば、この資料館は尖閣諸島情報に関する世界最大のリポジトリ(宝庫)になるだろう。尖閣諸島国有化を受けて記者会見する石原知事 2012年9月11日、東京都庁(三尾郁恵撮影) 多くの人は覚えていると思うが、当時の東京都知事であり、巷では愛国者として有名な石原慎太郎氏が外国籍の民間人に転売できないよう、都によって尖閣諸島数島の購入を勇気をもって表明し、それを機に日本全国から14億円もの寄付金が集まった。 しかし、12年に旧民主党政権が尖閣諸島を「国有化」すると決定したことから、多額にのぼった寄付金はいまだ利用されず、基金として宙に浮いたままだ。そのため私は、当時東京都に「資料館建設」の構想を米軍職現役でありながら実名で英字紙を通じて提案していた。資料館建設のメリット およそ3年前のことではあるが、石原氏や猪瀬直樹前都知事の2人と別々で面会した際、両者ともこの提案に関心を寄せ、猪瀬氏は寄付金の使用目的の変更を示した上で、「東京都議会が基金の設置法を改正すれば、石垣市にて資料館の建設が可能だろう」と教えてくれた。 もし、尖閣諸島資料館が実現すれば、官民含めさまざまなメリットがもたらされる。例えば、石垣島は国内外の観光客にとって日本有数の観光スポットだ。そのため日本の領土、特に尖閣諸島問題に対する国民の理解が深まるだろうし、尖閣諸島が日本の領土であることを世界中の人々に認識させるよい機会となる。 また、国際交流や学術研究促進のため客員研究者の招聘(しょうへい)を通じて国外における学術的発信を強化をするだけでなく、尖閣諸島資料館の研究者や学芸員が、国内外の大学やシンクタンクに遠隔で講演を行うことで、尖閣諸島についての学問的交流も可能となる。 石垣市や日本政府などの機関も、尖閣諸島の動植物の生態系調査という理由付けで不可解かつセンシティブになりがちな調査船派遣や、定点カメラの設置やドローンなどによる撮影もできる。 実際、終戦直後の45年から沖縄が日本へ復帰した72年までの米国統治下では、多くの日本人科学者や政府職員が尖閣諸島を訪れることができた。だが、施政権が日本に返還されると、特に近年ではあるが皮肉なことに日本人の訪問は厳しく制限されている。その結果、今日では、同諸島の現状に関する情報はほとんどない。 以上の点から、尖閣諸島の学術研究は日本国民や研究者にとって重要な意味を持つ。現状、日本政府は日本人が尖閣諸島を訪れることを制限しているが、将来的には資料館のスタッフがツアーガイドとして国内外向けに広報したり、調査研究ができる環境が望ましい。 さらに言えば、自民党は12年12月の衆院選前に、尖閣諸島に公務員を常駐させると公約したが、いまだに実現していない。多くの日本人や米国の日米同盟支持者は、尖閣諸島に対する日本の実効支配を一層示すために、公務員常駐が必須だと考えている。石原都知事の尖閣諸島購入発言を支持する地方議員の会緊急集会で発言する中山義隆石垣市長(右から2人目)=2012年4月、衆院第1議員会館(酒巻俊介撮影) 広報外交が弱いと言われている日本だからこそ、資料館の建設による国内外への情報発信が重要だ。コロナ禍で人の往来が減っているものの、アフターコロナを見据えて、むしろ動くなら今であろう。この1年で中国はコロナ禍を利用し、香港の一国二制度の形骸化や台湾への圧力も強めている。 さらには今月1日から、中国は海警局の船による武器使用を認める海警法を施行し、尖閣諸島の緊張感は一層高まっている。米中の対立はより深まり、国際環境は大きく変化し続けている。これまで静観しがちだった日本も、私が提案する資料館建設を含め、今後何かしらの行動が求められるだろう。

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    日本は目を覚ませ!苦節27年、尖閣の「番人」仲間均かく闘えり

    西牟田靖(ノンフィクション作家、フリーライター) 尖閣諸島問題に関わって27年、上陸回数は16回に及ぶ。書類送検が13回、罰金1回(10万円)。そんな尖閣の「番人」とも言うべき人物が沖縄にいる。石垣市議会議員の仲間均氏(72)である。彼の経歴は以下の通りだ。 1949年、沖縄県(当時はアメリカ統治下)宮古島生まれ。石垣市議会議員(7期)。「尖閣諸島を守る会」代表世話人。94年、石垣市議選で初当選、翌95年に尖閣諸島に初上陸以来、各種調査を実施。2012年に「尖閣」を登録商標し、尖閣ブランドの魚を全国に広める活動に取り組む。尖閣の字名変更にも尽力(昨年10月に変更)している。著書に『危機迫る尖閣諸島の現状』がある。 2012年以降、中国公船が常駐するようになり、様変わりした尖閣の海を仲間氏はどう思うのか。昨年11月の日中外相会談、そして同年12月に行ったという尖閣沖での操業、さらに中国海警法成立についても聞いた(21年1月下旬に電話にて取材)。――中国の王毅外相が昨年11月に来日して、茂木敏充外相と会談しましたね。 会談後の共同記者発表を見て、茂木外相はバカだと思ったさ。だってね、「中国海警局と海上保安庁の船がその周辺海域を守りましょう」と言っているにもかかわらず、抗議せずに笑っているだけなんだから。こういう人が大臣だから日本という国は廃れるんだよ。だから私はね、12月の石垣市議会の一般質問で発言しましたよ。「国益のためにならないバカな大臣は早く辞めてもらいたい」って。――王毅外相はあの場で「所属不明の漁船」や「正体不明の漁船が敏感な海域に侵入している」などというふうにコメントしていましたね。仲間さんは石垣市議会に所属しているから、所属不明にはあてはまらないですよね。 いや、あれは私のことを言っているんですよ(笑)。どこかに協力してもらうことなくいつも一人旅ですから。だから私のことなの。でも、そんなことを言われても私は平気なんだから。石垣市議会議員になって尖閣に取り組み始めて27年。採算関係なく突っ走って出かけてしまう。だから家計はいつも火の車だよ(笑)。――今年(2021年)も尖閣で漁をしてきたんですか? 年末に漁をしてきましたよ。予報で「波が2・5メートル」とおさまったところで出航したんですよ。ところがね、尖閣に着いた途端に4メートルの大シケですよ(笑)――新しい漁船を手に入れたそうですね。 その新しく入手した鶴丸(9・1トン)で行きました。和歌山県串本町に使われず港に浮いていたマグロ漁船。それを2019年5月に購入した後、半年かけて、修理・塗装、GPS(衛星利用測位システム)や自動操舵といった装備をそろえたんです。出航準備をする「鶴丸」=2020年12月26日(仲間均氏提供)――購入の交渉をするにしても、石垣から和歌山ではずいぶん離れていますよね。 和歌山在住の和田天寿さん(67)が購入から整備まで何から何まで協力してくれました。この方は神社の神主だった人でね、いろんな人助けをしてきた方。見ず知らずの私にね、「あなたはこれまで命がけで尖閣に取り組んできたんだから、ぜひ協力させてください。お金のない者同士、日本の国を守るために汗をかきましょう」って言ってくれてね。串本町を出航したときは、感謝の気持ちがこみ上げてきて、涙が止まりませんでしたよ。待ち構えていた中国公船 ――なるほど、志のある方の協力があったんですね。その後、鶴丸を石垣まで持ってきた後、尖閣に向かわれたんですね。 そうです。ただね、11月初旬からずっと大シケが続いていたのでね。なかなか出航できなかったよ。先ほど申し上げた通り、12月26日の予報で波が2・5メートルとそれまでに比べて穏やかになったので、出航したんです。12月26日午前5時、海上保安庁の臨検を受けた後、石垣市の登野城漁港をね。――乗組員は? 船長と私の他に漁民の方と見習いの計4人。出航した後、GPSが使えないことに気がついて登野城港に一度引き返しました。それでGPSが動くのを確認して、午前9時にもう一度出航しました。――現場に到着したのは? その日の午後2時半ごろ。12~24海里の間の接続水域にね。魚釣島の南東約20キロに位置する北小島と南小島の付近に。雨が降ってどんよりと曇って薄暗くてね、海上は波の高さが4メートルというとんでもない大シケでね。大変だったよ。でもね、鶴丸はもともとシケに強いマグロ漁船だったから、転覆せず、無事だったさ。――どんなふうに大変だったんですか? 手すりとか、船のどこかに掴まっていないと体ごと持っていかれるような状態。操縦している船長が私のところに転がってきて、私は腰を打ってしまいました。帰ってきてから1週間ぐらい動けなかったよ(笑)。船酔いはしなかったさ。人間、心配すると船酔いをしないんですよ。――まずは、魚を釣っていたときの様子を教えてください。 北小島・南小島の南東約1キロのポイントで、釣りを始めました。釣り糸に10個の針が枝状になった仕掛け。そこにエサをつけて、巻上機を使って深さ約100メートルのところに針を下ろしていくんです。帰投するまでに2回。1回目は8匹、2回目は7匹釣れました。釣れたのはどちらもマーマチ(ヒメダイ)。黄金色の魚で、石垣ではキロ700円ぐらいします。――高級魚であるアカマチ(ハマダイ)は釣れなかったんですか? もちろん私らだってアカマチを釣りたいわけよ。だけどもアカマチがいる海域はものすごいシケだったから行けなかった。アカマチなら正月の相場だからキロ5千円ほどもしたからね。アカマチがたくさん釣れていたら、燃料代もすべてまかなえたし、利益も出たわけさ。――現場海域には中国海警局の船はいた? いたさ。鶴丸から200~250メートルほどの距離に中国海警局の公船が接近してきました。1隻は3千トンクラス(海警2302)、もう1隻は4千トンクラス(海警1401)。でも、鶴丸には近寄れません。というのも鶴丸の左右に海保の小型巡視船(180トン型)が100メートル付近に張り付いていたんです。午後4時すぎに鶴丸が領海内に入ると、海警局の公船は躊躇(ちゅうちょ)なく領海侵犯して追いかけてきたよね。一方、海上保安庁の巡視船は出航した時点から追尾してきたね。石垣市議の仲間均氏=2020年8月(筆者撮影)――シケていても、日中両国の公船がいるんですね。 そのとき私は不思議に思ったんです。なぜ海警局の船が待ち構えていたかとね。魚釣島から大正島までは110キロ。その間を海上で移動すれば、早くて2時間、今回は大シケだったので4時間はかかるでしょう。石垣に中国のスパイ?――中国海警局の公船は基本的に魚釣島・北小島・南小島周辺にいるという印象なんですけど。 そうじゃないんですよ。われわれの1週間前に宮古島の船が追われたのは大正島ですよ。その前の与那国島の瑞宝丸も大正島。出航する前に、海上保安庁に問い合わせたら「中国公船は大正島の方に入っている」って言ったのにもかかわらずですよ。とするとね、情報がすべて漏れていた可能性が高いということ。中国海警局に情報を伝えているスパイが石垣にいるのか。それとも海上保安庁が教えているのか。――スパイ疑惑についての報道、昨年ありましたね。 もう一つはね。中国の人民解放軍の人工衛星です。海警局の衛星は精度が低いので漁船の動きは拾えない。だけど軍の衛星ならば拾える可能性がある。というのも、中国海警局が軍の指揮下に置かれたのが2018年7月。軍の指揮下に置かれたことで、軍の人工衛星がわれわれの漁船の位置を拾って中国海警局に教えているんじゃないですか。それが私の見解です。――なるほど、海警局の公船は、何らかの方法で情報を得て、現場で待ち構えていたんですね。 でね、その海警局の公船の外側に海上保安庁の巡視船(1千~1500トンクラス)がいました。鶴丸の前方には2隻、後方には1隻。海上保安庁の船は合計7隻いました。中国公船がわれわれの漁船に近寄ってこられないように海上保安庁の巡視船が7隻体制でカバーしたんですよ。海警局の船はどんなに離れていたとしても250メートルぐらいかな。――中国海警局の公船が武装しているという噂をよく聞くのですが、それは本当ですか? 大きいほう(3千~4千トン)は海上保安庁と見た目、装備は変わらないようでした。2千トンクラスの公船には、一見したところ放水銃だけだが、武器は隠しているはず。ただ、放水銃にしても船は破壊できるからね。――そのとき、海警局の公船や海保の巡視船の動きは? 発砲してきたりはしなかったんですか? 基本は動かずにじっとこちらを見ていましたね。威嚇射撃をしてくることはなかった。だけど、釣っているとき、汽笛を4回鳴らして威嚇されました。――何時ごろまで漁をしていたんですか? 日没後の午後6時50分です。マーマチが泳いでいるのは浅い海域、しかも船が進行していないから余計に揺れるわけですよ。針をはずすのも大変な作業でしたからね。ああもうこれは命に関わることだと思って引き上げたんですよ。それで、鶴丸が接続水域を出ると海警局の公船も追いかけてきて。結局、午後8時まで追尾されたかな。その後、鶴丸が石垣市の登野城港に帰り着いたのは約13時間後。そのとき、とっくに朝になっていました。シケのせいでGPSが落下してしまって壊れたからです。――今回の漁を振り返ってみていかがでしょうか? 今回、2年ぶりに出かけてみるとね、中国海警局の船の動きが一変していました。われわれの船を追尾してためらいなく領海侵犯しているわけですよ。2012年に中国公船が尖閣にひんぱんにやって来るようになったころは、領海侵犯するのを躊躇していたのにね。つまり、日本側が攻撃してこないってことを知っているから、中国につけ込まれ続けている…ということ。日本がだらしなさすぎるんだよ!――中国で武器使用を認める海警法が成立して、2月1日から施行されるそうですね。 次、尖閣へ行ったときに中国海警局の公船が撃ってくるんじゃないですかね。どういう行動をしてくるか、どういうふうに攻撃してくるか、見物ですよ。もしかしたら、最初に攻撃を受けるのは私なんじゃないですかね。面白いでしょ(笑)尖閣諸島周辺で警戒する海上保安庁の巡視船=2020年12月27日(仲間均氏提供)――いやいや、笑えないですよ。命だけは死守してください。 ありがとうございます。でもね西牟田さん。私はね、鶴丸を手に入れましたからね、今後は尖閣にずっと行き続けますよ。尖閣で魚を釣って、尖閣ブランドの魚を世の中に出して行きたいです。尖閣は日本のものだし、石垣市の行政区域だから何ら問題がないわけだから。中国公船が攻撃してこようが何をしようがね。それでこの国が目を覚ましてくれたら、御の字ですよ(笑)※関連記事 「尖閣で漁をしたい」中国の脅威に立ち向かうウミンチュの声を聞け※編集部より 記事中の中国海警局公船の部分で、事実関係に誤りがある可能性について指摘があったため、記事アップ以降(2月17日)に一部修正しています。

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    アメリカよ、どこへ行く 尾崎行雄記念財団 GII 共催パネルディスカッション

    ドナルド・トランプとは、いかなる人物だったのか?どのような政治を本当は行ったのか?今後どうなるのか?日米の有識者4人が、選挙後の情勢を踏まえて、日本の社会に伝わっていない、真実の姿に関してパネルディスカッションを行い、その後に関しても各々の立場からの分析も行ったものを書籍化!今回はその一部を特別に動画配信する。「トランプ精神」は永遠に不滅だ!ーシンポジウム「アメリカよ、どこへ行く」https://www.amazon.co.jp/gp/product/4...​著書執筆者ケント・ギルバート1952年、米国ユタ州生。経営学修士(MBA)、法務博士。法律コンサルタントとして来日。弁護士業と並行しタレント活動を行う。『新しいナショナリズムの時代がやってきた! 』『日本人が知らない朝鮮半島史』『中韓が繰り返す「反日」歴史戦を暴く』『私が日本に住み続ける15の理由』『プロパガンダの見破り方』『素晴らしい国・日本に告ぐ』など。ロバート・D・エルドリッヂ1968年、米国ニュージャージー州生。リンチバーグ大卒(国際関係論)。神戸大学大学院法学研究科博士課程後期課程終了。政治学博士。2009年、在日海兵隊基地外交政策部次長就任。15年、退任。『沖縄問題の起源』『尖閣問題の起源』『トモダチ作戦』『トランプ政権の米国と日本をつなぐもの』など。第八回中曽根康弘賞などを授賞。松本佐保神戸生。聖心女子大学卒業(歴史学)学士。慶應義塾大学大学院文学研究科・修士号。英国ウォーリック大学大学院・博士号(PhD)。イタリア政府給費留学生としてバチカン機密文書館でローマ教皇研究を行う。現在、名古屋市立大学大学院・人間文化研究科教授。『バチカン近現代史』『熱狂する神の国アメリカ』『バチカンと国際政治』他。吉川圭一1963年、東京都生。修士(筑波大学)。ペマ・ギャルポ事務所特別秘書等を経て2002年グローバル・イッシューズ総合研究所設立。11年日本安全保障・危機管理学会ワシントン事務所長兼任。『楯の論理』『911から311へ–日本版国土安全保障省設立の提言』『日本はテロを阻止できるか?』『救世主トランプ“世界の終末"は起こるか?』他、講演歴多数。金子宗德1975年、愛知県生。京都大学総合人間学部在学中に京都大総合人間学部在学中に第3回読売論壇新人賞・優秀賞を受賞。京大大学院人間・環境学研究科博士課程修了退学。姫路独協大学講師を経て亜細亜大学講師。里見日本文化研究所所長。グローバル・イッシューズ総合研究所研究顧問。共著書に『「大正」再考』『保守主義とは何か』『国家神道と国体論』など。

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    歴史的な政権交代劇の先にあるアメリカの「憂鬱」

    統領選投票日から就任までの80日余りは、例年であれば、それまでの大統領選一色の報道から一転して、米国政治が、世界の新聞1面の見出しやテレビニュースのトップを飾ることはなくなる。 せいぜいが、米国内で新政権の人事が取り沙汰される程度で、世界の耳目を引きつけることはない。ところが、異例づくしだと言われたトランプ時代は、最後の最後まで、前例のない幕切れとなって、全世界の注目を集めた。政権移行期を振り返り、新政権の今後にも若干説き及びたい。 去る1月6日に、首都ワシントンの連邦議会議事堂で起こったことが、将来の歴史にどう記録されるのだろうか。例えば、これから生まれてくる子供が高校生ぐらいになって習う歴史の教科書にどう記述されることになるのかは、まだ分からない。 特筆すべきは、この日、上下両院合同会議の議長を務めるマイク・ペンス副大統領が、各州からの結果を破棄して覆してほしいというトランプ氏からの要請を拒んで、集計手続きを粛々と進めようとしていたことだろう。トランプ氏を常に擁護してきたミッチ・マコーネル上院院内総務も、たとえ選挙に不正があったとしても、結果を変えるほどのものではないと述べた。 両氏が、最後の最後になってからではあっても、トランプ氏と袂(たもと)を分かったことは、称賛されてよい。ペンス氏を副大統領に選んだことは、トランプ氏の最も成功した人事と言えるかもしれない。 むろん、多数の共和党議員が異議を申し立てるであろうから、何時間も要することになると予想されてはいた。しかし、そうしたことは、過去に何度も起こってきたのであり、異例ではない。2001年にも、05年にも、そして前回の17年の際にもあった。とりわけ05年には、僅差ではなかったにもかかわらず、民主党議員による異議申し立てが行われた。 そして今年1月6日の集計確定手続きは、暴徒の乱入により中断されはしたものの、同夜には再開され、結局無事完了したのである。何も天が落ちてきたわけでもあるまいに、とは外国人ゆえの感想だろうか。2021年1月6日、米ワシントンの連邦議会議事堂の前に集結するトランプ氏の支持者ら(ゲッティ=共同) 思い起こせば4年前、トランプ氏は、共和党が上下両院で多数を占める中、第45代米国大統領に就任した。強い嫌悪と深い懸念が抱かれる一方で、その破天荒なポピュリスト的指導力への期待も抱かれながら。 その任期は、1月20日の就任式典を待たずして、6日の連邦議会議事堂乱入事件によって、実質的な終焉を迎えてしまった。前日の5日に行われたジョージア州の上院決戦投票で、民主党が2議席を手中に収めて、上下両院で事実上の多数派となったその日でもある。「実力行使」は過去にも この日、自らの主張に与しない一部の共和党指導者を、トランプ氏は激しく非難した。彼らは、それまで大統領を忠実に支持してきたが、多くの共和党議員たちが、退任後のトランプ氏を、共和党の指導者として受け入れるかどうかは、1月6日以前ほどには確かではなくなったと言えよう。トランプ氏は、「法と秩序」という共和党の金看板に泥を塗ってしまったのだ。 そして、バイデン氏の掲げる分断の修復は、容易ではないことが改めて示された。この事件に対する見方は、党派によってくっきりと分かれている。世論調査会社YouGovが、6日の事件直後に行った調査によれば、1397人のうち、民主党支持者の96%が、この事件に対して反対すると回答する一方で、共和党支持者の45%はこの行動を支持すると回答した。 ただし、共和党支持者の43%も支持しないとしている。また、驚くべきことに、共和党支持者の58%は、事件は平和的だったと回答している。そして民主党支持者は、9割が暴力的だったと回答。また、民主党支持者の93%が、同事件は民主政治を脅かすと回答しているのに対し、共和党支持者の68%は、そうは思わないとしている。 また、キニピアック大学が1月15~17日に実施した世論調査によると、共和党有権者の73%が大統領としてのトランプ氏の仕事ぶりを評価している。だが、同じ調査で、有権者の59%が、トランプ氏を将来、公職に就かせるべきではないと答えた。 こうした評価となったこの事件について、まるで世界の終わりのように悲痛な調子で伝える米国の報道機関には、少し違和感を抱くし、いささか滑稽さを感じると言うと怒られるだろうか。そもそも、米国における違法の実力行使の政治行動は、何も天地開闢(てんちかいびゃく)以来初の出来事というわけでもない。別に何十年も遡らずとも、議事堂の占拠は、ウィスコンシン州議会議事堂で、2011年2月に起こっている。リベラル左派によるものだった。 さらに、今は懐かしい「ウォール街を占拠せよ」なんて運動もあったことを思い出す。今回の乱入事件は、こうした実力行使運動の拡大右派バージョンであるとも言える。 トランプ氏に対するツイッターやフェイスブックのアカウント停止措置について、両社は暴力を煽る内容だからとして正当化している。こうした治安上の理由で、中国やロシア、トルコが同様の措置をとれば、米国政府も言論機関も「言論の自由の侵害」だと大騒ぎするくせにと言えば、ひねくれていると言われるだろうか。明らかに、二重の基準があるように思う。ただし、念のために付言すれば、中国やロシアの政府は邪悪であるとは思うが…。 また、米国がもはや民主政治のお手本ではなくなってしまったという趣旨の報道にも、不謹慎ながら失笑してしまった。中東では、「アラブの春」ならぬ「アメリカの春」という風刺が会員制交流サイト(SNS)で拡散しているという。イラクでは、ブッシュ(子)大統領によるフセイン政権打倒の軍事行動を念頭に、「今こそイラクが有志連合軍と侵攻して、米国を圧政から解放しよう」などという投稿があったとも聞く。 今次の事件とその報道で、われわれが、いまさらながらに思い知ったことは、デモクラシーなしの米国というものはあり得ないということである。デモクラシーを失ってしまえば、他に国家を結合する基礎になる民族も文化も見当たらない。米ワシントンで連邦議会議事堂になだれ込むトランプ氏の支持者=2021年1月6日(ロイター=共同) かつてはキリスト教と英語が、そうした役割の一部を担っていたかもしれない。しかし、両者は、一頃よりはるかに相対化されてしまっている。キリスト教の信仰心は衰え、「多様性」崇拝教が勃興した結果、ヒスパニック系の増加と相まって、英語は、「事実として」多くの米国人が使う言語であるという程度の位置づけとなっているように見える。蔓延した「トランプ中毒」 貴族政であったときも武家政治であったときも、日本は日本であった。少なくともわれわれはそう思っている。もしも平安時代にタイムスリップしてしまえば、当時の「日本人」とはろくに言葉も通じないかもしれない。それでもなお、われわれはこの列島の歴史を、連続性と一体性で認識しているのだ。 一方で、米国は民主国家として出発しているから、それ以外の政体を経験していない。デモクラシーとは、米国人にとっての一種のナショナリズムのようなものなのだ。そう考えると、米国人にとっての連邦議会議事堂の象徴としての意味が見えてくる。国会議事堂に神聖さを感じる日本人は、絶無とは言わぬにせよ、比較的珍しい部類に属しよう。 しかし、国会議事堂は、連邦議会議事堂に完全に相当するものではない。米国人にとって、連邦議会議事堂とは、建物の機能としては国会議事堂と同じでも、半ばは、日本の皇居や御所に相当する意味があるのだ。自分たちが選ぶ一代限りの王様の住まいがホワイトハウスなら、連邦議会議事堂は、同じく自分たちが選んだ一代限りの貴族が集う場所なのである。 皇居に暴徒が大挙して乱入し、陛下が避難を余儀なくされるなんてことになったら、日本国民の反応は冷静だったろうか。ゆえに、今回の事件を不用意に嘲ったり茶化したりすることは、内々にとどめておくのが礼儀というものだろう。また、ドイツの首相、メルケル氏など説教くさいことを言った主要国の指導者も、いただけない。わが首相がそんなことを言わなかったのは賢明であった。 ところで、どうやら共和党ばかりか民主党にも、トランプ中毒が蔓延したようだ。そう言いたくもなる症状を呈している。下院では、トランプ氏の弾劾訴追が、あれよあれよという間に可決された。公聴会も開かず、トランプ氏側には弁護の機会も与えられなかった。 何のための弾劾訴追なのか。おそらくは、単にトランプ氏を、任期中に2度までも弾劾訴追された米国史上唯一の大統領にして、汚名を残そうということなのだろう。ならば、その目的は果たされた。上院での裁判は不要だろう。下院の訴追で十分だ。共和党議員から10人もの賛成者が出たのだから、共和党に亀裂を入れることにも成功した。もうそれで矛を収めてはどうか。それでも、2月9日に審理が開始されるようだ。下院が弾劾取りやめを議決して、上院か審理をしなかった前例はあるのだが。 トランプ氏の任期は、制度上1月20日の正午で終了した。上院は、前日の19日まで開会しないことが分かっていたのだから、弾劾審理は、トランプ氏の退任後に持ち越す前提だったのだろう。死人を死刑にしようとするようなものだと思う。 こうしたことに詳しくはないので、唯一の類似事例だとは断言しないが、退任後どころか死後に裁判にかけられた例はある。今を去ること1100年以上前の897年1月に、ローマ教皇フォルモススが、死後裁判にかけられている。彼の遺骸が墓から掘り起こされて被告席に据えられたという。偽証および不正に教皇の地位に就いたことで有罪を宣告され、遡及してフォルモススの教皇位は無効とされた。 そもそも、退任後の弾劾審理が憲法上可能なのか。前例はあるにはある。1876年3月2日、陸軍長官のウィリアム・ベルナップは、辞表を提出した直後に、汚職の容疑で弾劾訴追された。しかし、下院はそれでも弾劾決議を上院に送付し、翌4月に裁判が始まった。結果は、上院の過半数が有罪に票を投じたものの、3分の2には届かず、無罪となった。米連邦議会で、トランプ氏への弾劾訴追決議を撮影するカメラマン=ワシントン=2021年1月13日(ゲッティ=共同) また、2009年、連邦判事のサミュエル・ケントは女性職員2人に対する性的虐待に関して弾劾訴追された。その後、ケントが辞任に同意したため、下院は上院に審理の取りやめを求める決議を採択し、それを受けて2日後、上院は審理を取りやめた。ケントは、刑事裁判では有罪判決を受けている。150年ぶりの「荒行」? 憲法上明確に規定されている弾劾の刑罰は、罷免だけである。トランプ氏を将来公職に就けなくする、つまり2024年大統領選に立候補できないようにすると、民主党筋は述べているものの、筆者の知る限りこれには前例がない。 弾劾とは別に、合衆国憲法修正第14条第3項には、「合衆国に対する暴動または反乱に加わり、または合衆国の敵に援助もしくは便宜を与えた者」は、全ての州または連邦の官職に就くことはできないと規定されている。 さらに、同条第5項は、「連邦議会は、適切な立法により、この修正条項の規定を実施する権限を有する」と規定する。これは、連邦議会の制定法のみで、公職就任資格を剥奪できるとも読める。南部連合国に加わった政治家を念頭に置いたこの規定を、150年ぶりに引っ張り出すという荒業まで、ひょっとしてやりかねない雰囲気だ。 このような退任後の弾劾審理は、大統領退任後の年金や警護特権を受けられなくさせてやろうという嫌がらせと見なされるかもしれない。トランプ氏本人は、むろんそう言うだろう。少なからぬ米国民もまた、そう見なすかもしれない。民主党は、いつまでトランプ氏にかまけているつもりなのか。この問題の処理を誤れば、早くも1年9カ月後に迫った中間選挙で、民主党に鉄槌が下りかねないと筆者は思う。ただでさえ、中間選挙は、政権党が議席を減らすものなのだから。 バイデン氏は、この弾劾には気乗り薄であるように見える。高位の人事承認にあたる上院の審議時間が削られるということもある。加えて、氏の掲げる分断の修復とは相いれない。 1月29日配信の「FNNプライムオンライン」によれば、マンモス大学による最新の世論調査では、「弾劾への賛成が民主党支持層で92%にのぼったのに対し、共和党支持層では13%にとどまった」という。いささか暴走気味の議会民主党の動向は、注視する必要があろう。合衆国最高裁判事の定員増加や首都ワシントンの州昇格に取りかかろうとすれば、紛議を招くことは必至である。実現すれば、今後の米国政治に大変動をもたらす。具体的な動きが出れば、解説してみたい。 トランプ氏とその政権の政策の位置づけと評価とは、トランプ氏個人の人格への評価とは離れて、今後冷静かつ真剣に取り組まれるべき課題である。筆者なりの仮説では、リチャード・ニクソンとペアで評価することができるのではないか。 ニクソンが、ソ連牽制の意図もあって進めた対中国交回復は、中国を国際社会に組み入れ、その後のグローバリゼーション経済を準備したと言える。中国は、その後外国資本の導入により世界の工場と称される生産拠点となり、世界経済の一体化の不可欠な要素となる。 こうしたグローバリゼーションに疑念を抱き、その終焉をもたらしたとまでは言えぬにせよ、重大な転換を図ったのがトランプ氏だったのではないか。「アメリカ・ファースト」とは、そうした文脈で理解される。ニクソンがグローバリゼーションの幕を開き、トランプ氏が幕を下ろそうと試みたと言えるかもしれない。米アラスカ・アンカレジに立ち寄られた際の昭和天皇と出迎えたニクソン大統領=1971年9月 ニクソンと言えば、その業績にもかかわらず、未だに最初に語られるのはウォーターゲート事件であり、弾劾罷免を免れるために自ら辞任した、合衆国史上唯一の大統領だということである。それを思えば、同様にトランプ氏も、内外の業績にもかかわらず、連邦議会議事堂の騒乱を招き、2度までも弾劾訴追された唯一の大統領として語り継がれることは、やむを得ないことなのかもしれない。退屈な政権に そして、バイデン政権の展望については、何と言っても「断定的なことを言うには早すぎる」というこの魔法の文句を使えるうちに、少しだけ述べておこう。 バイデン氏は、就任当日に15もの大統領令を発出した。就任当日のトランプ氏は、国境の壁建設についての1件のみ、オバマ氏はゼロであったのに比べて印象的ではある。しかし、それらの内容と効果は一様ではない。世界保健機関(WHO)や温暖化防止のためのパリ協定への復帰のように実質のあるものから、マスク着用義務化のように象徴的意味合いのものまでさまざまである。マスク着用義務化の効果は限られる。 そのような権限は、州政府が持っているのが米国という国なのだと、昨年来思い知らされたばかりである。大統領令の効力は、国立公園敷地内、連邦刑務所、軍施設あたりに適用されるだけである。また、路線が州間にわたる列車、航空機にも適用される。マスク義務化よりは実質を伴うとはいえ、パリ協定への復帰と温室効果ガス排出量の削減とは別の話であるし、WHOに復帰すればすぐにコロナが収まるわけでもない。 就任当初よりの一連の政策と人事とは、それだけではないにせよ、詰まるところ「脱トランプ」を印象付けようという意図に出たという面も無視できまい。対中強硬姿勢は、脱トランプ化していない。しかし、これについては、トランプ時代から超党派合意が成立していた稀有の例であった。トランプ路線の継続というのは当たるまい。 また、先の就任式には、事実上の駐米台湾大使にあたる台北経済文化代表処代表の簫美琴(しょう・びきん)氏が招待された。1979年の断交以来初めてのことである。ただし、大統領就任式典の主催者は連邦議会であり、民主共和両党より成る実行委員会が招待したのだということを忘れてはならない。実は、過去の歴代政権は、いずれも台湾重視を表明はしている。しかし、トランプ氏が示したような、台湾への武器売却や米台合同軍事演習の実施という実質ある台湾重視政策をとるかどうかを、今後見守る必要があろう。 むしろ、トランプ路線の継続と見なしてよいのは、保護貿易を強化したことだ。1月25日の大統領令で、いわゆる「バイ・アメリカン」政策が強化された。政府が購入する物品の選定では、国産品を優遇することは、はるか以前から行われてきており、トランプ氏は、それを強化した。バイデン氏の大統領令は、それをさらに一層強化したと言える。しかし、この路線は、傾向としては民主党が以前よりとってきたものである。自由貿易に背を向けたかに見えたトランプ氏の路線が、共和党では異端であったのだ。 バイデン氏は、政権発足当初としては恵まれたスタートを切ったと言えるだろう。トランプ氏では「ない」からという理由で選ばれたということは、期待値がさして高くないということでもある。トランプ氏が去って舞い上がり、うわついた期待を抱いているのは、テレビの司会者やリポーターぐらいではないか。バイデン氏に投票した人々も、別に彼が目の覚めるような政治で国を一新するとは思っていまい。つまり、何か一つでも成功すれば、大人気を博すことだってできよう。 バイデン氏は、中道派の政治家として知られてきた。それは疑い得ない。しかし、中道派が意味するものは何だろうか。ある特定の政治信条、政策路線を固守する、言わば絶対値としての中道というものもあり得なくはない。 しかし、普通中道とは、右と左の真ん中という相対的な位置である。つまり、民主党全体が左にシフトすれば、中道も左に寄ることになる。バイデン氏は、今それに抗っているようにも見える。どこまで、従来の中道にとどまれるかは、今後を見るしかない。米ホワイトハウスで大統領令に署名するバイデン大統領=2021年1月28日(ロイター=共同) いずれにせよバイデン政権は、以前より退屈な政権になるだろう。頻繁な閣僚、スタッフの解任、辞任もなければ、暴露本が次々と書かれることもなくなるだろう。それでも、脱トランプのレトリックはともかくとして、結果として「トランプ氏なきトランプ路線」に収斂していくことになるのではないか。それは、筆者自身の希望でもある。

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    最悪想定なきコロナ戦略にみる危機管理「憂国」ニッポン

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 「一寸先は闇」、江戸期から謡曲などで使われていたとされている。だが、おそらくは戦国期にはすでに用いられていたという見方もある。先の大戦後は、政界で「寝業師」といわれた川島正次郎(自民党元副総裁)らが「政界、一寸先は闇」と使っていたとされる。 何が起こるか分からない。思ってもいない最悪のことが起こる。「一寸先は闇」にはそうした含意が込められている。「一寸先は闇」は、危機管理というか、有事管理(クライシスマネジメント)と親和性がある言葉にほかならない。 有事の危機管理では、勃発した事件や事故対応の基本なのだが、「情報収集」が極めて重要である。最近では、「知見」という概念も使われるが、これは経験・体験を経たうえでの情報(インテリジェンス)ということになる。この情報収集というものも傍目には簡単に見えるのだが、意外なことにそう簡単ではではない。 事件や事故も、現在進行形で動いており、知見を含む情報を正確に捉えるのは案外難しい。実際、事態がどう転がるか、明日、明後日の先行きすらも定かではない。そのような極限状態でも、不祥事など事件、事故を起こした(企業などの)当事者は、情報を自分に都合のよいようにしか取り入れない。 一般的に人間は誰しも自分に甘いから、情報というものをどうしても自分に都合よく解釈する傾向がある。情報収集そのものが難しい。加えて情報の理解・解釈で齟齬(そご)が生じる。 「最悪の想定」というものも簡単なようで簡単ではない。危機管理では、最悪の想定をするのが必須要件なのだが、これも当事者が自分たちの都合をどうしても優先させるから例外なくといってよいほどできるようでできない。日本では、不祥事を含む事件、事故で成功した危機管理はほとんどない。 菅義偉(すが・よしひで)首相は、この通常国会で施政演説を行った。11都府県に「緊急事態宣言」再発令という状況の中であり、施政演説では菅首相の看板である「新型コロナ対策と経済との両立」というワードは一切使われなかった。「コロナと経済との両立」という持論を菅首相がにわかに修正したわけではないが、およそ1万1000字の演説では“封印”されたわけである。 「コロナと経済との両立」は、安倍晋三前首相時に発令された緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)の解除に合わせて表明された政策である。「withコロナ」、コロナと共存しながら経済活動を行う、という「新しい生活様式」が突然提案された。コロナを徹底的に抑え込んだ確証はなかった状況だけに唐突な感じを受けたものである。 「コロナと経済との両立」は、いわば用意された国の既定路線だったとみられる。この両立モデルでは、コロナ再燃のリスクや不安を払底できないが、ともあれ経済活動を再開して倒産、失業などによる社会的な不安を除去することを優先。「経済が持たない」「新型コロナよりも自殺者の増加に目を向ける必要がある」―。そうした要因を重視したわけだが、事実上コロナ封じ込めより経済活動を優先するという面が否定できない。衆院予算委に臨む菅首相=2021年1月25日 緊急事態宣言の総括、コロナの状況、経済の状況、コロナ特措法などの問題点、さらには国や地方自治体の財政状況などの説明、先行きなどについては明らかにされなかった。「コロナと経済との両立」という重要政策は、その必要性、リスクを含めての問題点などはほとんど語られることはなかった。ダメージなき危機管理などない 説明責任による「見える化」、「コロナと経済の両立」によるリスクなどの検証などは素っ飛ばされたに近い。緊急事態宣言は終了したのだから、疑うことなく「はい次は経済」という進め方だった。西村康稔経済再生相らからも、あくまで当然のことのように説明らしい説明はなく、総括を棚上げする格好での提案だった。 「コロナと経済との両立」は、菅首相に引き継がれ、2020年後半のGoToトラベル、GoToイートの実行につながっている。菅首相はどういうことか、当初には「新型コロナ感染が落ち着いたら特措法を改正する」とコロナ封じ込めに自信を見せていた。どのような見通しがあったのかコロナ感染はすぐに落ち着くと判断していた気配がある。 知見を含めて情報収集はなされていたはずだが、コロナ感染に無邪気なほどの楽観論、いわば最善の想定で走ったわけである。そこまで強気になれたのは何だったのか。 問題だったのは「ダメージコントロール」。これも危機管理では重要なのだが、なかなか理解されない。深刻なダメージが想定されるから有事の危機管理であり、ダメージなしで終われるなら危機管理は本来的に必要ない。危機管理においては、ダメージがどうしても避けられない。 ダメージが避けられないとすれば、どう受けるべきかダメージを設計しなければならない。想定されるダメージを極力コントロールして、致命傷となるダメージだけはもらわない方策を施して、最終ゴールである生き残り(サバイバル)を果たす。それが有事の危機管理の使命になる。 新型コロナでいえば、経済活動を以前の状態に再生・再開するのが最終目標ならば、一時的には経済にダメージが出ても極力じっと我慢する時期や期間を設計する方策を持つべきである。安倍首相時の緊急事態宣言では、解除後もしばらくは最悪の想定を堅持して、慎重に警戒姿勢を維持すべきだった。 新型コロナ感染に対する「初期消火」を行うとすれば、ここがせめても最後の時期だったとみられる。だが、そそくさと「コロナと経済の両立」に突入した。経済は息を吹き返すが、2020年8月のいわゆる第2波などコロナのぶり返しの余地をつくることになった。 菅首相のGoToトラベル、GoToイートは、経済にはテコ入れ効果があるのは間違いない政策である。だが、これも闇雲に急ぎ過ぎた感がある。経済が活性化しても、それに伴って人々が動いて警戒が緩む可能性が生じる。しかも季節は冬場を迎えており、コロナ蔓延を呼び込む余地を生み出す。コロナ蔓延を長期化させれば、肝心の経済を殺しかねない。経済を救うのは使命にほかならないが、拙速に急げば経済を壊滅させることになりかねない。 現状は2度目の緊急事態宣言(1月8日~2月7日)に突入している。何のための緊急事態宣言なのか。コロナ蔓延を封じ込めて、経済を再生するために、飲食店の営業に午後8時まで時短営業という規制を実施している。企業にはテレワークを要請している。しかし、今回の緊急事態宣言では、国民にコロナ慣れなのかやや緊張感が失われている。首都圏の盛り場などの人出は必ずしも減っていない。緊急事態宣言の発令に伴う菅義偉首相の記者会見を報じる新宿駅前の街頭ビジョン=2021年1月7日、東京都新宿区(松本健吾撮影) 緊急事態宣言を行えば、経済にダメージが出る。だが、そのダメージはコロナを封じ込めて経済を再生するために必要なプロセスである。一時的なダメージは受け入れる。ただ、そのダメージを極力コントロールして、最終的に経済の再生に導くというプロセスを丁寧に説明する。場合によっては強いメッセージを使って、経済再生のために国民の行動に我慢を要請し、コロナ感染封じ込めを進める。教訓は脆弱性の露呈 2020年半ばに筆者は「コロナと経済の両立」は二兎を追うもので一兎も得ることができない結果となりかねないと数回指摘している。(「コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る『二正面作戦』の罠」ほか参照) 先の大戦時のミッドウェー海戦に例えれば、日本はミッドウェー島攻略なのか米空母を叩くのか、作戦使命が曖昧な二正面作戦で敗北した。「コロナと経済の両立」は、もともと相矛盾する、ブレーキとアクセルを同時に踏み込む政策で簡単に行えるものではない。しかも、そうした二兎を追いながらも実体上の軸足は経済に踏み込んでという二重の曖昧さが混在するものだった。 ミッドウェー海戦では、日本の4隻の空母は同一の海域に集中して配置され全滅の結果となった。米国が必死に間に合わせる格好で投入した空母は3隻、分散して配置された。1隻は沈没したが2隻は生き残った。虎の子のダメージを極力低減した。ダメージは伴うが、ダメージを極力コントロールして最小化し、生き残るという最終目標を達成した。 いわゆるコロナ第2波を2020年8月に経験したが、それが収まると「コロナと経済との両立」という政策の延長でGoToトラベル、GoToイートが促進された。GoToは菅首相の肝煎り政策であり、経済活動のアクセルが踏み込まれた。GoToを進めてもコロナ感染増を呼ぶという相関関係はない、という判断があったとみられる。 だが、年末年始にいたるとコロナ感染が急拡大した。日本の医療の脆弱性が露呈し、首都圏など大都市部では、コロナだけでなくコロナ以外の心不全などの病気でも入院が容易ではないという事態になっている。コロナでは自宅療養者が増加し、自宅待機しているうちに重症化して死亡するなど、病床不足という医療逼迫が現実のものになっている。 「コロナと経済との両立」、これは二兎を追う「二正面作戦」であると同時に、「ダメージコントロール」の設計がなされていないという特徴があったように見える。その傾向は現在の緊急事態宣言にも継続されている。 「1カ月後には必ず事態を改善する」(緊急事態宣言再発令前日の1月7日実施の菅首相記者会見)。コロナ感染はピークを打ったようにも見えるが、医療逼迫は依然として続いている。変異株の感染発症も伝えられている。どうやら緊急事態宣言は3月7日まで延長やむなしという状況になっている模様だ。 現状は飲食店のみならず、電通のようなトップ企業が東京・汐留の本社ビル売却を検討するなど、経済は傷んでいる。コロナ禍により経済は「地滑り現象」を起こしかねないところまで追い込まれている。 コロナという有事に、誰がリーダーでも上手くいかないというような議論がある。やさしい慰めだが、少し言い訳めいていている。そうしたあきらめで「総懺悔」に終わってはならない。おカネ(税金・財政)と時間をできるだけセーブして、最終ゴールである経済の生き残りを図るというプロセスを追うべきである。参院予算委で答弁する菅首相=2021年1月28日 新型コロナという厄災は、一国のリーダーのみならず、国民全体を揺さぶっている。この厄災をどう克服するのか、日本の叡智が問われていると受け取るべきである。コロナが炙り出したのは、日本が有事の危機管理に脆弱であるということだ。知見から学んで、急速に不備を改善、修正する対応力でも問題を残している。日本が有事対応力を蓄えるという備えを怠っている国であることを露呈させたことが、コロナの最大の教訓ではないか。

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    市場経済の導入示唆、新体制から浮かぶ金正恩の次なる目論見

    関係改善を強く示唆している。一方で、これまで新たな後継者とされていた妹の金与正(キム・ヨジョン)氏が政治局候補委員から外れ、金正恩氏の「与正離れ」が明らかになった。 ただ、米朝関係改善に関しては、ジョー・バイデン新政権が核兵器と人権問題に厳しい姿勢を見せており、当面は難しいであろう。さらに金正恩氏は日本への接近を模索はするものの、今年衆院選を迎える菅義偉(すが・よしひで)政権が短期で終わるかどうか見計らっていると思われる。 そして金正恩氏は今回の演説で「市場経済導入」の言葉は使わなかったが、「価格」「原価」「質」の言葉を繰り返し、「経済改善」を説いた。この3つの言葉は、北朝鮮では「市場経済導入」を意味する。 だが、日本では、これらの言葉は全く注目されなかった。北朝鮮の社会主義経済は、原価(コスト)を抑え利益を得るのは資本主義的とし、原価と価格は政府が設定する、いわゆる「中央統制経済」と呼ばれる政策をとり続けている。 そのため、製品価格は原価を割り、たとえ利益がなくとも生産ノルマの数さえ達成すれば評価される。品質が悪く、斜めに傾いたコップでも問題にされない。とにかく目標数量が重要なのだ。 資本主義経済では「価格」は本来需要と供給のバランスで決まる。金正恩氏は演説の中で、過去の経済政策の「欠陥と障害」を指摘し、「価格」と「原価」「質」を繰り返し強調している。これまでの北朝鮮では「中央統制計画経済」を誇り、指導者の指示に従うのが「主体経済」と理解されていた。 だが、たとえ金正恩氏が理想を掲げたとしても、国連による経済制裁下での北朝鮮経済は「自力更生」あるいは「自給自足」が現実ゆえに、「市場経済」への転換は簡単ではない。なぜなら旧ソ連はペレストロイカを掲げて市場経済を導入し、崩壊した前例があるからだ。これは金正恩氏にとって、かなり困難な道のりだ。 市場経済には外国からの投資を呼び込む「開放経済」が不可欠だが、今なお北朝鮮では導入していない。現実は、およそ30年以上前の東欧経済の状況である。 そして金正恩氏にとって頭が痛いのは、先週発足したバイデン政権であろう。それまで関係が続いていたドナルド・トランプ前大統領が落選したことで交渉チャンネルが途絶し、失望したのは想像に難くない。それでも党大会では外交向けに「対外関係推進」を表明している。これは日米との関係改善を進める方針を示している。 なお、北朝鮮にとっての「対外関係」とは、日米と欧州を意味する。今回の演説では日本を全く非難せず、言及さえなかったが、これは日本との関係改善を示唆しているものだ。 韓国については「対外関係」に含まれていない。あくまで「南朝鮮」という扱いである。北朝鮮は韓国を国家として認めておらず、「南朝鮮統一」を国家目標として今なお掲げているためでもある。軍事パレードに登場した「北極星5」と書かれた新型とみられる潜水艦発射弾道ミサイル=2021年1月14日、平壌の金日成広場(朝鮮中央通信=共同) 米国との関係については、「核兵器完成」を繰り返し言及した。これは「核兵器はすでに完成したから、核実験は必要ない」という意味であり、核実験を再開しないことを米国に強調している。 その一方で、大陸間弾道ミサイル(ICBM)や原子力潜水艦、多弾頭ミサイル開発、戦術核兵器の開発やミサイル技術の高度化も演説中で明らかにしている。軍事機密の新型ミサイル開発を明らかにした根底には、米国への「軍縮交渉」を呼びかけがあり、「米国側と交渉したい」という思いを暗に伝えている。しかし、米国は交渉を拒否しており、進展は簡単ではない。なぜならそれを許せば、北朝鮮を核保有国と認めることになるからだ。秘められたメッセージ この演説での対米外交姿勢について、一部のメディアは「主敵米国に強硬姿勢」と報じたが、的外れである。北朝鮮は、昔から公式には米国のことを「米帝国主義」と呼び、北朝鮮にとっての「宿敵」、もしくは「主敵」と表現してきた。けっして新しい表現ではない。しかし今回は、その言葉を使わなかった。 党大会では、金正恩氏はトランプ氏との3回に渡る首脳会談を自画自賛している。対米外交関係を首脳会談のレベルまで引き上げ、「敵の反動的攻勢を粉砕した」とまで述べている。 金正恩氏としては、対米関係は大統領が代わろうとも「敵の反動的策動を粉砕」するには必要だとすることで、国内の強硬派を押さえ込んでいる。ここから察するに、米朝関係改善の意欲を伝えようという懸命さが伝わってくる。 そして、今回の党大会後の軍事パレードには、これまで登場していたI C B Mの姿はなかった。出さなかったのは、米国に敵対しないという意図を込めているためだ。それでも米朝関係の早期改善は難しい。トランプ氏以上の実績を求められるバイデン政権は、当面トランプ氏によるこれまでの米朝首脳会談を失敗として否定せざるを得ない。 このため北朝鮮は、米韓を揺さぶるために日本への接近を図るしかないであろう。だが、菅政権には対応できるパイプ役がいない。何も知らない官邸周辺は在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)ルートへと群がる動きがあるものの、金正恩氏が現在の朝鮮総連議長に早期退陣を求めている以上、このルートでの交渉は無理だろう。 そして韓国に対しては「南北首脳会談での合意を履行していない」と文在寅(ムン・ジェイン)大統領を激しく非難している。これは「開城(ケソン)工業団地と金剛山の観光再開の約束を果たしていない」という意だ。さらに金正恩氏は「韓国は新型兵器を導入し米韓軍事演習中止の約束も履行していない」と厳しい口調で非難している。 こうした文大統領への非難は北朝鮮軍部の反発を抑えるための配慮だろうが、南北対話や南北首脳会談再開の可能性は否定されており、金正恩氏の文大統領に対する不信感は根深い。 そして今回、朝鮮労働党は書記局を復活させた。これは祖父、金日成(キム・イルソン)体制への復帰を意味し、父親である金正日(キム・ジョンイル)氏の「軍優先政治」を完全に解体したことになる。金正恩氏が軍を抑え、全権を掌握したのだろう。 今後は書記局が事実上の最高意思決定機関であり、そこに属する7人の書記が北朝鮮の新しい実力者だ。なお米朝首脳会談で米国を訪問した金英哲(キム・ヨンチョル)政治局員は外されている。 冒頭で触れたように、党大会では、金与正氏が政治局員候補を解任された。北朝鮮では政治局員候補が首脳部への登竜門になる。当初彼女は、党第一副部長の肩書で登場し、韓国では後継者とも報道された。彼女は第一副部長から、一介の副部長になった。これまでは党政治局会議や拡大会議にも出席したが、それもできなくなることになり、金正恩氏による「与正離れ」とみられる。 金与正氏は昨年、韓国が建築した開城工業団地内の南北連絡事務所を爆破した。これは与正グループが彼女を後継者にするために、実績作りを狙った行動だった。この「反乱劇」を阻止した李炳哲(リ・ビョンチョル)中央軍事委員会副委員長が事実上のナンバー2の地位に昇進したことは、金与正氏の影響力低下を物語る。政権内で、金与正氏への反発が生まれたのかもしれない。 平壌には隠れた激しい勢力争いと明かされない闇がある。一方、韓国の情報機関は、金与正氏が政治局員になるとの予測を流していたが、完全に外れたことになった。北朝鮮の朝鮮労働党大会に臨む金正恩氏(右)=2021年1月9日、平壌(朝鮮中央通信=共同) この他、対米外交を取り仕切った崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官も党中央委員から中央委員候補に降格された。米朝首脳会談失敗の責任を問われたのだろう。また、日本担当の書記が決まったはずだが、未だ明らかにされていない。 新体制となった北朝鮮に対応するために、日本は誰が対日担当の書記なのか、そしてどの部局が担当するのかについて今後注視すべきだろう。

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    バイデン政権で何が失われるのか

    第46代米大統領にバイデン氏が就任した。昨年11月の大統領選以降、トランプ氏の「敗北」を巡って国際世論も激しく揺れた。最たるものは連邦議会議事堂占拠事件や2度目となる弾劾訴追だが、それでもトランプ氏への支持の高さは異例である。バイデン政権によって失われるものは何なのか、改めて考えたい。(写真はゲッティ=共同)

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    「文在寅病」極まれり、慰安婦トンデモ判決が示唆する断末魔

    重村智計(東京通信大教授) ソウル中央地裁は1月8日、元慰安婦や遺族ら12人に一人あたり約1千万円の賠償を日本政府に支払うよう命じた。これは「主権免除」という、国家には他国の裁判権が及ばないという国際法の原則に反した判決となっただけでなく、1965年の日韓基本条約で交わされた請求権協定を否定する内容だ。もっとも、そのような重大な判決を一介の地裁の裁判長が下せるわけがない。 韓国政府は「司法の判断」と述べ、責任を司法に押し付けているが、三権分立の民主主義であるならば、行政府として司法判断に対抗し「韓国政府が責任を持って支払う」との方針を明らかにすればいい。 それをしないのは、文在寅(ムン・ジェイン)政権がこの判決を支持、あるいは黙認したということになる。そもそも、韓国の司法の歴史では、日本のように「司法の独立」が確認されたことはない。 韓国における司法の歴史を調べれば、「司法は権力の僕(しもべ)」と称され、重大判決は常に大統領府の指示を受けて下されたと考えるのが普通だ。 一連の「反日判決」を下す裁判官は、左翼系裁判官による「ウリ法研究会」のメンバーだと韓国紙は報じているが、これは文大統領が支持する団体でもある。 今回の判決と文政権の態度は、過去の日本の努力を無に帰するものだ。これまで日本は1995年に「アジア女性基金」を設立し、資金を提供している。また2015年には日韓外相会談でなされた慰安婦問題の日韓合意に基づき、10億円の資金を提供し、財団も設立した。 ところが支援団体や一部の元慰安婦たちが「日本政府の公式謝罪」を要求したことで受け取りを拒否したばかりか、その後に文政権は日韓合意を事実上破棄した。要するに、これまでの日韓双方の努力を知らないわけはないのに、それを無視して判決を下しているのである。 もちろん、日本政府にも問題はあった。93年、河野洋平官房長官が慰安婦への日本軍の関与を政府として初めて認め、謝罪した。韓国側から「軍の関与を認めてくれたら後は問題にしない」という提案へ、安易に応じてしまった。これ以後、韓国は胸を張って「日本政府は軍関与を認めた」と主張できるようになった。 実際、韓国最高裁は18年に、日本製鉄(旧新日鉄住金)に対し「元徴用工」一人あたり約1千万円の賠償命令を下した。この判決でも、少なくとも大統領への忖度があったと思われる状況証拠が数多く存在する。 それはまず、最高裁長官に地裁の裁判長だった左翼系の判事を、文大統領が長官に抜てきしたことだ。判事は先に触れた「ウリ法研究会」の会員で、文大統領は以前から徴用工への賠償判決を支持する立場を明らかにしていた。最高裁長官は、文大統領の意向を受けたと考えるのが普通だ。ソウル市内で新年の辞を発表する韓国の文在寅大統領=2021年1月11日(聯合=共同) また、過去の経過を見ると、言うまでもなく文政権は「反日政権」だ。今回の賠償判決の狙いは、来年3月に実施される大統領選のための支持率回復、そして「文在寅世代」の喪失したアイデンティティー復興がある。 いまや30%台に落ちた文大統領の支持率では、与党候補の勝利は難しい。そのため与党代表は、懲役20年が確定した朴槿惠(パク・クネ)前大統領の赦免も考えている。赦免すれば、野党は「朴支持派」と「反朴派」で分裂するため、左翼候補が勝利するという「悪知恵」な策を練っているためだ。反日あおる新駐日大使 もっとも、現代韓国の左翼は国民を統合する共通のアイデンティティーを失っており、それを「反日アイデンティティー」で満たせると誤解しているばかりか、南北統一のための「共通のアイデンティティーは反日」とも考えている。これは「文在寅病」ともいうべき韓国左翼の症状であり、この押しつけがましいアイデンティティーは北朝鮮にさえ拒否されている。 ゆえに文政権は反日言動で日本を挑発し、日本がそれに対抗させることで韓国民の反日感情を煽り、支持率を上げる手法を繰り返している。 こうした対応を続ける限り、日本は文政権下へ「絶交」という意向を示唆しつつ、韓国民を味方につけるような賢明ある対応が重要だ。 ただ、賠償判決で大きな話題となった陰で、韓国の新駐日大使が任命されたことに新たな懸念が生じている。彼の名は姜昌一(カン・チャンイル)。韓国では有名な「強硬反日派」だ。11年、彼はロシアのビザを取り国後(くなしり)島を訪問し、「北方領土はロシアの領土だ」と述べている。さらには「天皇は、慰安婦に土下座して謝るべき」との国会議長の発言を応援し、同様の言及をしている問題人物だ。 そんな反日強硬派が新駐日大使に任命されたにもかかわらず、日本政府はその任命に「国民が反発する」とさえ言わず、今回の賠償判決前に彼の赴任を認めるアグレマン(同意)を昨年末に出してしまった。 判決が年明けすぐの1月8日に出るのは事前に分かっていながら、日本の外務省は新駐日韓国大使就任を認めたのだ。そもそも国の大使は、相手国政府の同意がなければ赴任できない。通常であれば相手国の同意後に大使任命を発表するが、日本の出方を窺ったのだろう、韓国は日本政府が同意を出す前に新大使の任命を発表していた。 外交上の駆け引きをするのであれば、日本は判決の結果を見た上で大使任命の同意を出すかどうかを決めればよかったのではないか。これでは駆け引きに日本が負けたという印象を相手に与えかねず、戦略性に欠けたと言われても仕方がない。 外務省は、日本の新駐韓大使が認められなくなるとの憂慮もあったのかもしれない。だが、外交的にも国際法的にも問題があるのは韓国側にあるのだから、相手を揺さぶる意味も含めて、それでもいいではないか。 今回の賠償判決の結果を受けて、日本は当分の間、駐韓日本大使の赴任を留保しても問題はない。安易に大使の同意を与え、今回の賠償判決でも日本政府の対応が緩い結果、日本は韓国に甘く見られているだろう。 新駐日大使の問題はまだある。姜氏は、前述したように「天皇は慰安婦に土下座して謝れ」と賛同し、天皇陛下を「日王と呼ぶべき」とかつて主張している。 だが、外国の大使は、日本で就任するにあたり天皇陛下に「信任状」を奉呈する。ソウル市内の韓国大統領府で記念撮影する文在寅大統領(左)と新駐日大使の姜昌一氏=2021年1月14日(聯合=共同) 個人的には、官邸と外務省の判断が疑われる。そのまま「信任状奉呈」を認めれば、大使の失礼な発言を日本政府が「容認」したことになるからだ。 菅義偉(すが・よしひで)首相は、天皇陛下に失礼な発言を繰り返していた大使を、謝罪も得ずに天皇陛下に会わせるのだろうか。

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    大量解雇!コロナ禍で暴かれた「外国人技能実習制度」のまやかし

    石橋通宏(参議院議員) 国内に滞在する外国人技能実習生は、今や40万人を超え、事実上、国内の多くの産業・経済分野、特に人手不足にあえぐ地方や農業などの一次産業において、生産・製造現場を支えてくれている。 その技能実習生たちの中で、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて実習が休止状態となったり、解雇されたりして生活苦に追い込まれ、母国に帰りたくても帰れず、非常に厳しい状況に置かれている人が多数に上っていることをご存じだろうか。 これは、私たちがかねてから指摘をしてきた現行の外国人技能実習制度の構造的な問題が、今回のコロナ禍で顕在化しているわけだが、この事態を深刻に受け止めるべきであり、これを機に技能実習制度の抜本改革を急がねばならない。 厚生労働省によれば、コロナ禍の影響で解雇された外国人技能実習生は、すでにおよそ4千人に上っている。そもそも、なぜ、実習計画に基づいて技能を習得しているはずの実習生が、これだけ大量に解雇されなければならないのか。この実態こそ、技能実習制度の根本的な矛盾を露わにしているといえるのではないか。 これまで政府は一貫して、技能実習制度は国際貢献策であり、人手不足を補うための対策ではないと言い張ってきた。しかし、国際貢献のための実習だと言うならば、受け入れ先の経営状況の都合で解雇されるのはおかしな話であり、受け入れ国としてはまったくの責任放棄である。 ただ、いくら政府がごまかそうとも、技能実習制度の実態は人手不足を補うための労働力確保策であり、政府が表向き否定をしてきた未熟練の外国人労働者の受け入れ政策に他ならない。その現実の下、このコロナ禍にあって、彼らが雇用の調整弁となり、解雇されているのではないのか。 確かに、コロナ禍の影響が長期化する中で、多くの産業分野において事業主が厳しい経営環境に晒(さら)されており、当初計画通りの技能実習の履行に困難を生じている実習実施者がいることは否定しない。 だからこそ私たち立憲民主党をはじめとする野党は、早い段階から、中小事業主に対する国からの各種支援策の創設・拡充、特に雇用の維持や労働者の生計の確保を念頭においた施策の拡充を主張し、政府・与党に対する要請を行ってきた。 国策として40万人を超える外国人実習生を日本に招聘(しょうへい)しているのであるから、その企業支援において、技能実習生に対する雇用と生計の維持への支援を特に重視し、手当てするのは当然のことではないだろうか。政府には、実習生たちの技能実習の継続と技術の習得はもとより、収入や生活を何が何でも支える責任があるはずだ。 もちろん、一義的には、監理団体や実習実施者に実習の継続や生計・生活の維持の責任を果たしてもらわなければならない。やむを得ず休業する場合でも、雇用調整助成金など国の助成制度をフル活用して、6割以上と言わず10割の休業手当を支払い、技能実習生の雇用や生活の維持に全力を尽くすべきではないだろうか。 多くの実習生は、日々の生活に必要な費用に加え、仕送りや帰国後のための貯金や、自らの借金返済のために毎月の手当の支払いが死活的に重要なのである。水道管工事の会社で作業するベトナム人技能実習生ら=2019年4月、東京都大田区(宮崎瑞穂撮影) 政府はこれまでのところ、解雇された技能実習生への支援策として、最大1年間、別の業種で働くことができるよう特例措置を講じている。そもそも、このような特例が可能であったこと自体、技能実習制度がごまかしであったことの証左だと思う。「自主退職」偽装も さらに、これは技能実習生のためと言うよりも、新たな実習生が来日できなくなったため、人手不足に窮している実習実施者や監理団体を救済するための措置なのではないかと疑わざるを得ない。 だが、支援団体などによると、技能実習生を受け入れている「監理団体」の中には、再就職の支援などを行わず、解雇された実習生が住む場所を失って、行き場がなくなっているケースも多発しているとのことだ。 ひどいところでは、事業主都合で解雇しておきながら、自分たちが不利益を被るのを防ぐために、自主退職したかのように偽装させている事例まで聞こえてきている。言語道断だ。そういった悪しき監理団体や実習実施者に対しては、今後の受け入れ停止や禁止などを含む断固たる処置をとるべきであろう。 解雇されたり、無給の休業状態に置かれている技能実習生たちの中には、日本語が十分にできなかったり、監視下にあって声を上げられなかったりする人が少なからず存在していると思われる。 せっかくの特例措置も、実習生たちが知らなければ使いようがない。外国人技能実習機構は、相談体制の強化とその周知の再徹底を行うとともに、技能実習生の実習継続や収入・生活実態について早急に調査し、解雇されたまま放置されたり、長期にわたって無給の休業状態に置かれて、日々の暮らしにも困難をきたしているような実習生がいないかを早急に把握すべきだ。その上で、実習実施者や監理団体に対しては、休業手当の支払いや再就職・生活支援の徹底を指導するなどの対応を行ってほしい。 前述の通り、今回、コロナ禍において顕在化している問題は、外国人技能実習制度が抱えている構造的な問題であり、もはやパッチワーク的な改善策では対処できない。これを機に、改めてその抜本的な改革に向けた議論を本格化させるべきだ。 最大の問題は、国策であるはずの技能実習制度が民間の契約ベースの下に運営されており、送り出し国側でも日本国内側でも悪しき民間ブローカーが介在し、多数の実習生が多額の借金を抱えて日本にやってくることである。この多額の借金のため、人権侵害やハラスメントを受けたり、賃金未払いや過重労働などがあっても拒否できず、逃げられず、声を上げられず、帰国することもできない。 日本で監理団体や実習実施者の違法行為に声を上げた結果、実習途中で強制帰国させられた技能実習生も多数報告されているし、帰国後に契約違反だとブローカーから訴えられ、多額の違約金を払わされるような事件まで発生しているという。 外国人技能実習法は、手数料や保証金の類の徴収を禁止しているし、意に反した途中帰国や労働法令違反の禁止を明記しているが、今なお違反は後を絶たない。 また、コロナ禍で解雇されたり、人権侵害などに堪えきれず逃げ出した実習生たちが、生活苦に陥り、詐欺集団らの片棒を担がされたり、犯罪に手を染めたりする事件も発覚している。 もちろん、犯罪行為は許されないが、彼らをそういった状況に追い込んだ技能実習制度そのものや、彼らを適切に支援・救済しなかった監理団体や技能実習機構にこそ、その責任を問うべきではないのかと、立法府としての責任を痛感している。参院予算委で質問する筆者の石橋通宏氏(右端)=2020年1月 このように、現行の技能実習制度が構造的に破綻していることはもはや明らかだろう。できるだけ早期に、現行制度を発展的に解消し、現在滞在中の技能実習生を含め、正規の労働者として就労・在留ができる外国人労働者のための雇用許可制度を新たに整備すべきだ。危惧すべき「日本への絶望」 こうした現状を踏まえ、立憲民主党は、私が座長を務めている「外国人の受け入れ制度及び多文化共生社会のあり方に関するPT」において、この新たな雇用許可制度の具体的な検討を進めている。 その柱となるのは、国同士の公的な責任の下に制度を管理・運用することであり、これによって民間ブローカーの介在を排除することだ。 その上で、国が国内労働者では求人を充足できない状況にある事業主を認定し、日本での就労を希望してくれる外国人労働者との透明性あるマッチングや、出国前の日本語などの研修、入国後の継続的な研修や生活支援などにも責任を持ち、現行制度の問題の根源にある実習生の借金問題をも解消することをめざしている。 このような抜本的な改革なくして、世界から「奴隷労働」とも評されている現行の技能実習制度の改革は実現できないと考える。併せて、国内における多文化共生社会づくりのための努力を国が責任を持って実施しなければならない。 技能実習生はすでに40万人を超えたが、国内にはすでに166万人(2019年10月末時点)もの外国人労働者が就労し、そして地域において生活し、納税している。子供のいる外国人世帯も多数に上っており、地域によっては就学児童の一定割合を外国人の子供たちが占めている。技能実習生や就労留学生を含む外国人たちは、それぞれが居住する地域における生活者であり、地域共生社会の構成員なのである。 しかし、これまで国は、本音と建前の使い分けの中で、技能実習生を労働者や生活者として適切に保護する責任を放棄し、外国人労働者や居住者が急増する中にあっても、その責任を地方自治体や事業主に丸投げしてきた。 その結果として、本来提供されるべき公的な保護やサービスが届かず、人権侵害にあっても声を上げられなかったり、子供たちが就学できなかったり、生活苦に陥ってもなんの支援も受けられなかったりしているのではないだろうか。 このような社会問題への対応も急務であり、私たちは技能実習制度の改革と併せて、多文化共生社会を構築するために国の責任や施策を明確化するための基本法案も構想している。 世界に例を見ないスピードで人口が減少していく日本の経済・社会をこれからもしっかりと支え、成長させていくためにも、今こそ、外国人技能実習制度の抜本改革や多文化共生社会の構築に向けた努力を、党派や思想信条を越えて断行すべきである。 帰国するフィリピン人技能実習生ら=2018年11月、福岡空港 すでに世界は、人材獲得競争の時代に入っており、アジアも例外ではない。これまで夢と希望と憧れを持って日本に来てくれていた外国人技能実習生たちが、今回のコロナ禍で再び顕在化したように、雇用の調整弁や都合のいい低賃金労働者、いやまるで奴隷労働者のように使い捨てられ、日本に絶望して帰国するような事態が今後も続くようであれば、遅かれ早かれ、日本が選ばれなくなる国に転落することを覚悟せねばなるまい。それだけ、状況は危機的だと認識すべきである。

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    性風俗の淘汰もやむなし?コロナ「根絶」に不可欠な議論のツボ

    を防げるわけがない。 そもそも出会い系サイトの匿名利用はさまざまな事件に発展する要因にもなっており、政治家はこうしたツールの利用者のトレーサビリティ(追跡可能性)などを、この際議論するべきだ。 また、風営法そのものも改正すべきで、公衆衛生の徹底だけでなく、トレーサビリティの法制化も検討すべきではないだろうか。 とはいえ、「こんな法整備をすれば客が激減して業界がつぶれる」と批判が集中するだろう。さらには、反社会的勢力が背景にあることが予想され、法制化は困難を極めるに違いない。 だが、戦後に遊郭などが売春防止法施行で姿を消したように、社会情勢に合わせて淘汰される性産業は歴史の常である。コロナで経済が停滞し、大混乱を起こさないようにするためなら、一部の「犠牲」は致し方ない。こうした法整備によって、反社会勢力の資金ルートを根絶することもできるなら一石二鳥でもある。 一方、ワクチンの普及に期待しすぎている風潮も危険だ。そもそもインフルエンザワクチンが出回っていても、接種する人は限定的であり、毎年多くの人がインフルエンザウイルスに感染し、重症化した高齢者を中心に死亡しているのが現状だ。新型コロナに対応したワクチンが普及したところで、根本解決にはならないだろう。 コロナの感染拡大が始まっておよそ1年が過ぎても根本解決に至らないもう一つの要因は、言わずもがな水際対策だ。少々現実離れした話になるが、私が日本を貶めるために派遣される外国のスパイなら、コロナに感染した上で日本の甘い検査をすり抜けて入国させ、性風俗店をハシゴする。年頭記者会見をする菅首相。4都県を対象に緊急事態宣言発令の検討に入ると表明した=2021年1月4日、首相官邸 そうすれば、ほかに何もしなくて性風俗店の従業員や利用客が勝手にウイルスをばらまいてくれる。先に記したように、日本はプライバシーを重視するあまり、性風俗店などでの感染はたどれないからだ。 日本はテロに弱い国だと指摘されて久しいが、まさにそれがコロナ禍で露見したかたちだ。 再度念を押すが、どこまでプライバシー保護を優先するのか、そしてきれいごとを抜きに「火元」を消す議論をするかが、コロナ終息のカギとなるのではないだろうか。

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    「2021」も失われた一年になるのか

    期になったほか、業界によっては大打撃受けた。とはいえ、課題はこれだけではない。強力な与党から派生した政治の歪や米中覇権争いのあおりなど、日本は苦境のどん底だ。2021年も「失われた一年」になるのか。

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    「2021」は選挙年、コロナ迷走の果てに到来する政治的大混乱

    ロナ禍で何人の死者までなら許容するのか、数字で述べよ」と。この諮問を残酷と思うなら、総理大臣どころか政治家を辞めたほうがよい。少なくとも、厚生労働大臣にはならないほうがよい。 医療における議論の決着の仕方は、最終的にカネなのである。たとえば、「iPS細胞の研究」「離島へのドクターヘリ配備」「都会での救急車の増加」などなど、医療において必要な政策は無数にある。 では、どれを優先するのか。重要性は同じであり、命の尊さだ。離島でドクターヘリを待ち望んでいる人の命も、都会で救急車がもっと走っていれば救えるかもしれない命も、iPS細胞の実用化を待ち望んでいる人々の切実な願いも、差がつけられるはずがない。 また、当たり前すぎる事実だが、医者は「すべての命を救う」ことなど求められていないし、できもしない。最善を尽くし、救える命を救うのが医者の使命だ。医者の本分は結果責任ではなく、最善を尽くしたか否かだ。 よって、政治が医療問題を解決しようとすれば、結論は「限られた予算をいかに効率的に投じるか」の議論に収斂(しゅうれん)されるのだ。そして、医療問題で政策の優先順位をカネで決着させるということは、「カネの問題で救えない命もある」というのが現実なのである。 果たして日本政府は、こうした医療の基本を踏まえていただろうか。 新型コロナは未知の伝染病である。伝染病である以上、根絶は不可能だ。当然、コロナ禍において一人も死なせないなど、不可能だ。だから、「俺が責任を持つ。コロナ禍で何人の死者までなら許容するのか、数字を述べよ」と諮問する。会見で記者団の質問に答える菅義偉首相と、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長(右)=2020年12月25日、首相官邸(春名中撮影) 諮問した相手が、仮に「ゼロ人」だと答えたとしよう。国家予算だけでは足りず、政府は国債を刷って何年分もの借金を背負い込むこととなるだろう。だが、伝染病が流行するたびに、経済そのものを止めて、借金を拡大するわけにもいくまい。コロナ対策は風任せ 2020年春、日本政府は緊急事態宣言を発令して、経済そのものを止めた。莫大な給付金も行った。新型コロナをペストかエボラ出血熱のように危険な伝染病だと見なしてだ。結果、例年のインフルエンザの死者数よりも低い数字に抑え込んだ。この事実には2つの評価がある。 1つは「新型コロナなどインフルエンザよりも危険性はない」とする説、もう1つは「ここまでの対応をしたから、インフルエンザよりも低い数字で抑え込んだのだ。もし何もしなければ被害は甚大だったのではないか」との説。同じ尺度ではないので、厳密には比較のしようがない。 だが、科学的な議論であるならば、特に未知の病原体が対象であるならば、自由な議論が許されねばならない。一度はまるで「ペストやエボラ出血熱のような恐怖の伝染病かもしれない」との仮説に立って経済を止めたのだから、逆に「ただの風邪かもしれない」との前提に立って一切の伝染病対策を放棄する議論すら許されねばならない。 この仮説に立った場合、「消毒・就業制限・入院勧告のどれかだけをすればよい」という議論もあり得る。一時は「何もしなければ42万人死ぬ」という議論を前提に日本経済を止めたが、何もしないことなどありえない。 仮に「消毒と就業制限と入院勧告」を行った場合、死者は何人になるのか。繰り返すが、未知の病原体に怯え経済を止める議論をするならば、複数の可能性を提示すべきであろう。「ペストかもしれない」という議論と、「ただの風邪かもしれない」という議論と、その中間だ。そういった科学的議論ができない以上、疫病対策は迷走し、必然的に不況は加速する一方だろう。 そもそも、何のためにコロナ対策をしているのか。さすがに今の日本政府が新型コロナの感染者(実は陽性者)をゼロにするなどとは考えてはいまい。政府は頑(かたく)なに目標(勝利条件)を明言しないが、本当に何も考えておらず、風任せなのだろう。だから目的を見失っている。為政者自身が何をしてよいか分からないのだから、国民が動揺するのは当然だ。これにマスコミが輪をかける。もはや、引っ込みがつかなくなっているのだろう。 だからこそ、総理大臣が人心を鎮撫しなければ、誰がこの混乱を収拾できるのか。あらゆる患者の命を救おうとするのが医療倫理であるのと同時に、それは不可能なのが現実だ。そして、政治家が政策により医療と関わる場合は、最終的にはカネの問題であり、救えない命を受け容れることなのだ。 今の菅義偉(すが・よしひで)総理にこのような意見を具申する者がいない以上、当面はコロナ禍で右往左往するだろう。 さて、2020年を振り返ると、世界中がコロナ禍に明け暮れた。その中でも、わが国では長く続きすぎた安倍晋三内閣が退陣し、総理が交代した。 そもそも、2019年10月1日に消費増税10%がなされ、日本経済は破滅へのカウントダウンを始めていた。安倍総理は財務省に屈した。そこへ20年初頭からコロナ禍だ。そして20年春、安倍官邸は検察庁に抗争を挑み、完敗。既にレームダック(死に体)と化していた。6月に国会を閉じてからは延々と後継を巡る謀議が繰り広げられ、結果として菅氏に事実上の禅譲が行われた。自民党総裁選を終え、安倍晋三首相(左)に花束を渡す新総裁の菅義偉官房長官=2020年9月14日(川口良介撮影) ただ、内実は不安定だ。安倍内閣は、安倍総理、麻生太郎財務大臣、二階俊博自民党幹事長の3人が組んでいる限り無敵だった。そして100人の派閥を率いる安倍総理の下で3人は結束していた。ところが菅内閣では、二階幹事長と麻生財務大臣の暗闘が激化している。20人の派閥しか持たない菅総理が非力なのは、やむを得まい(なお、菅総理は表向き無派閥)。21年は選挙の年 現在は二階幹事長が主導する政局と見えるが、これは財務省が一時的に力を落としていると見るべきだろう。岡本薫明前財務事務次官は就任するやモリカケ騒動を終結させ、安倍政権に消費増税10%を難なく呑ませた実力者だった。その岡本氏が昨年夏の人事異動で去り、太田充現事務次官は軽量と見られている。 現に、コロナ禍での財政出動圧力に防戦一方だ。ちなみに麻生財務大臣などは国会で何度も「コロナは風邪」と言い切っている。財務省の本音としては、「たかが風邪」で巨額の財政出動などしたくないのだ。 だが、そんな財務省の本音は通らない。防戦一方とはいえ、それでも官庁の中の官庁としての底力は残っていて、「他の何を譲っても消費減税だけは絶対にさせない」との“絶対国防圏”だけは死守する構えだ。 結果、飲食業や観光業は悲鳴をあげ、自殺率も上がった。特に女性の自殺率は激増である。これに対し菅内閣が有効な対策を打つ、財務省に対し政治力を発揮するなど、期待しないほうがよいだろう。 そして2021年は選挙の年である。4月には衆議院の補選、7月(6月末に前倒しの可能性もある)に東京都議選、9月に自民党総裁選が予定されており、10月が衆議院の任期満了だ。既に菅内閣の支持率は激下がりだが、今後も上がる気配がない。コロナ対策も不況対策も風任せだからだ。 まず、4月の補選では公明党が独自候補を擁立、自民党との亀裂が深まっている。菅総理や二階幹事長と公明党の関係は良好だが(むしろ、このつながりが双方の政治的源泉)、補選で自前候補擁立を目指す岸田文雄元外相は違う。 公明党は「もしわが党の候補を応援しなければ、全国の岸田派議員を応援しない」と恫喝している。岸田派は選挙地盤が弱い議員が多く、公明党の背後にいる創価学会の支援なくして当選はおぼつかない。ではあからさまな恫喝に屈するか。創価学会・公明党の力が示される選挙になるだろう。 7月の都議選は、実は今年最も重要な選挙になりかねない。ここで東京都の小池百合子知事がどう動くか。4年前は、都民ファーストブームで東京の自民党を壊滅状態に追いやった。そして総理候補に躍り出た。 あのときは決心がつかなかったが、今回は野心満々だろう。いずれにしても「小池に応援された党派の候補が勝つ」という状況を作れれば、再び総理候補に躍り出ることになる。記者会見し、不要不急の外出自粛を呼び掛ける東京都の小池百合子知事=2020年12月25日、都庁 菅総理の支持率が下がり「選挙の顔」にならなくなれば、菅おろしが勃発するだろう。だが、2009年に当時の麻生太郎総理を引きずりおろそうとした動きも、鎮圧された。現職総理が本気で居座った場合、総選挙以外では誰も引きずりおろせないのが日本の政治だからだ。 そして09年の総選挙は自民党が記録的な大敗を喫し、旧民主党への政権交代がなされた。この再現を一部のマスコミは本気で狙っている。また、立憲民主党の枝野幸男代表も真剣だ。自民党が国民の支持をなくしたら、野党第一党党首の自分に政権が転がり込んでくると。そのために衆議院候補者の頭数をそろえ、野党内政局に勝ち続けてきたのが、枝野幸男という男だ。日本政治は動乱に 自民党もそうしたくないから「菅おろし」を目論んでいる。そして「枝野シナリオ」の上前をはねるのが「小池シナリオ」だ。 そもそも、安倍政権が長期政権と化したのには理由がある。「金融緩和をする→株価が上がる→選挙に勝てる→誰も引きずりおろせない」の方程式だ。 日銀は現在も金融緩和を続けていて、やめれば即座にリーマンショック以上の不況が訪れるのだが、かといってコロナ禍で人々が不安になっているときはインフレマインドが醸成されるはずがないので、効果は限定的だ。 株価は上がっているが、給付金の使い道に困った富裕層が投資しているだけで、実体経済を反映していない。コロナ禍を抑え込まない以上、不況対策は打つ手なしで我慢の時間帯を続けるしかない。 動乱の日本政治に突入するだろう。それでも7月に東京オリンピックをやる体制だ。その場合、8月上旬にパラリンピックが終わる。その直後から、政治は激動期に突入する。菅総理が乗り切れるかどうかよりも、そのときに何か実績があるかどうかのほうが重要だが。 世界に目を転じれば、米国で政権交代が起きた。ドナルド・トランプ大統領は対中国強硬政策を行ったが、次期大統領のジョー・バイデン氏も基本路線は受け継ぐ。 ビル・クリントン政権末期やバラク・オバマ政権もそうだったが、強すぎる中国を民主党といえども許容しないのだ。また、2年後に中間選挙があるので、それまでは極端な独自政策は出しにくく、議会で野党共和党との協調路線を続けるとみられる。 だが、優先順位は変わる。バイデン氏の最優先事項は環境問題だ。バイデン政権は「第七艦隊を動かすと地球環境が汚染させる」などと言い出す勢力も抱えている。 中国は終始孤立していたトランプ大統領よりも、ヨーロッパと強固な関係を結べるバイデン氏のほうを警戒しているようだが、日本が安心できる要素は何もない。中国は「武漢肺炎」などなかったかのごとく、コロナ禍で一人勝ちを謳歌している。この国は甘い相手ではない。 長年、中国のジュニアパートナーに甘んじつつも国内とヨーロッパに対しては居丈高だったロシアのウラジーミル・プーチン大統領の支配にも陰りが見えた。それを象徴するのが、20年秋に突如として起こったナゴルノカラバフ紛争だ。ここはアゼルバイジャンがアルメニアに占領されていた土地だったが、力づくで奪い返した。両国とも旧ソ連圏で、プーチン大統領から見たら「舎弟」だ。2020年12月23日、モスクワ郊外の公邸でテレビ会議に出席するロシアのプーチン大統領(タス=共同) この動きの背後には、まるでプーチン大統領と盃を交わしたかのごときトルコの態度がある。北大西洋条約機構(NATO)に接近しようとしたアルメニアの動きを看取したトルコはプーチン大統領と話をつけ、手下のアゼルバイジャンの軍事行動を容認させたとのことだ。トルコもただでは軍門に下らないし、プーチン大統領も仁義を切る者には「代紋」を貸す。 旧ソ連圏では反プーチン大統領の動きが続発しているが、ロシアを簡単な国と舐めないほうがよい。天王山は23年の「日銀」人事 実際に甚大な被害が出ているヨーロッパ諸国は、コロナに追われるだろう。そうした中、ドイツはアンゲラ・メルケル首相の後継問題に揺れる年となる。ヨーロッパにとって最重要課題は対露政策だが、要のメルケル首相が去った後は軽量になるのはやむを得まい。 さて、以上の状況を踏まえた上で、この先を概観する。2021年 衆議院補選、東京都議選、自民党総裁任期切れ、衆議院任期切れ2022年 参議院選、アメリカ中間選挙2023年 日銀総裁任期切れ バイデン氏の公約には、増税を軸とした破滅的な政策が並んでいる。公約を破れば政権が弱体化する。あるいは中間選挙で敗れれば、何も実行しなくてもよいが。つまり、「破滅」か「公約破り」か「レームダック」が運命づけられているのだ。 ならば、日本が強くなれば、一気に経済大国の地位を回復できるではないか。では、突破口はどこか。コロナ禍を終息させているという前提で言う。 天王山は、日銀だ。安倍前首相は日銀人事で勝利して意中の人物を送り込んだので長期政権を実現した。今でも不況がこれで済んでいるのは、黒田東彦(はるひこ)総裁が金融緩和を続けているからだ。これがリーマンショックのときのように、白川方明(まさあき)氏が総裁だったらと思うと身の毛もよだつ。 21年に日本政治の勝者が誰になるか分からない。もし、自民党なら停滞が続くだろう。もはやこの党は政権担当能力をなくしているのだから。その他の党が政権を取っても、破滅することはない。なぜなら、参議院の圧倒的第一党は自民党であり、ねじれ国会では誰が総理大臣でも何もなしえないからだ。破滅ではなく、大混乱するだろう。 決着は、22年の参議院選なのだ。そのときの総理大臣が日銀と適切な協調関係を築き、政府の財政政策と中央銀行の金融政策を正しく行えば、日本経済は一気に回復できる。さて、それをやるのは誰か。国民にとっては誰でもよいが。記者会見する日銀の黒田東彦総裁=2020年10月29日、日銀本店(代表撮影) 最後に。コロナ禍において要路者の誰もが忘れている急所がある。疫病対策も経済政策も人心鎮撫の手段であって、それ自体は目的ではないのだということを。 国民一人一人、自分が総理大臣になったつもりで考えるしかない。

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    コロナ第3波、大阪の「赤信号」をもたらした維新の党利党略

    ただきたい。医療サイドから一度止めたほうがいいと呼びかけたい」と切実に訴えている。初点灯した赤信号 政治家はあまたの人々の間に立ち利害調整を行う存在ではあるものの、感染症の専門家でもなんでもない。国民の命を守るために最前線で働く方々の声にもう少し耳を傾け、何よりも大切な国民の命を守るための思い切ったかじ取りや予算編成をしてほしいものだ。 現状では「さらに10万円を国民に支給するか否か」ごときで悩んでいる場合ではない。長期の緊急事態宣言を出し、国債を発行してでも国民の生活保障をし、感染拡大防止に努め、何が何でも今を乗り切らねばならない。 私自身は大阪府民なので、大阪府の新型コロナ感染拡大対策に関して大阪維新の会の吉村洋文知事が連日のように在阪メディアを集めて記者会見を行っていたので常に動向を注視していた。しかし正直なところ、維新の会の政策は大変残念極まりないものだと感じている。 吉村知事ならびに大阪市の松井一郎市長たちは「今年9月には大阪府でワクチンができます(当然できてはいない)」という無責任発言を行ったのが記憶に新しい。それにとどまらず「雨がっぱ募集」という不可解な政策や、「イソジンが新型コロナ予防に効果的(かも)」という舌禍事件、「大阪モデルの基準変更」などという突拍子もない発言をこれまで繰り返し、府民を混乱に陥れてきた。 今のところ両氏は派手なパフォーマンスで「上手にやっている感」を出しているので、多少ごまかせてはいるものの、徐々に維新所属の2人に批判の声が出てきている。 それもそのはず、大阪府の感染者数や重症患者数のデータを見れば散々たる結果なのだ。今や大阪府の感染率は東京都を超える数値で、新型コロナ対応の通信簿があるとすれば吉村知事は0に限りなく近い1であろう。 さらに言えば、維新は新型コロナの感染力を見くびった。「メディア露出を続けたことによる吉村人気が絶頂のうちに住民投票を実施すれば、都構想が実現し、維新の勢いが増すだろう」という党利党略のために、コロナ禍にもかかわらず大阪都構想の住民投票を11月1日に企画、実行した。 それに伴い、10月には大阪府内各地で頻繁に街頭演説や大阪都構想説明会が行われ、3密状態が多発も多発。新型コロナ対策に専念すべき時期であるにもかかわらず、どこから見ても府民の命を守ろうという政治家として当然の姿勢はカケラも見られなかった。 「感染対策を徹底してください」と上っ面で言いながら、自分たちは表に出て群衆を集める。維新のそうした振る舞いによって、大阪府民全体の危機意識が低下してしまった。「大阪モデル」で最も深刻な「赤信号」が灯り、赤色に照らされた太陽の塔=2020年12月3日、大阪府吹田市(産経新聞ヘリから、寺口純平撮影) その結果、ついに大阪府は12月10日時点で重症者が過去最多の150人、病床使用率は72・8%にまで達した。これまで「大阪モデルの基準を結果により変更する」というとんでもない方法を用いたがゆえに、京都大の山中伸弥教授に苦言を呈されるほど出すのを避けてきた大阪モデルの「赤信号」を、ついに12月3日に初めて点灯させることとなった。切迫する医療体制 この遅すぎるタイミングでの初赤信号は、「住民投票が終わるまでは経済界のご機嫌取りのために黄信号である必要があったけれども、住民投票に敗北した今となっては赤信号でも構わない」という判断を維新が行ったようにしか見えない。 彼らが末永く政治家であり続けることを最優先に考えた場合には正しい判断かもしれないが、府民の命を守るという観点からすれば最低な判断だ。 そんな吉村知事は先日、「安倍晋三前総理の桜の話とか学術会議の問題は国民の命に関わらないが、コロナは国民の命に関わる問題」と発言し、野党が国会で新型コロナ以外の案件で与党を追及していることについて批判した。 けれども、自分自身が先月までしていたことについてはどのように考えているのだろうかと、相変わらず芯のない発言に驚かされてしまう。 さらに言えば、国会議員としての在職期間が約1年とさほど経験がない吉村知事には分からないのかもしれないが、国会は地方議会と異なり規模が大きい。そのため、さまざまな案件を扱った上で同時に十分に進めていくキャパシティーがある。 未曽有のコロナ禍にもかかわらず、日本の地方都市の一つである大阪での住民投票「ごとき」に心血を注ぎ、コロナ対応に割くべきだった多くの自治体職員のリソースと時間を奪った維新の吉村、松井両氏は真摯(しんし)に反省し、二度とこのような過ちを繰り返さないでほしい。 また、吉村知事はGoToトラベルの対象から大阪市内を目的地とする旅行を外すよう国へ求めていたが、その直前まで「大阪・ミナミGoToEat」という、もはや住民投票前の大阪市民へのご機嫌取りのためのバラマキと見えるようなキャンペーンで市内に人を集めに集めていた。 ミナミの飲食店は平日でも軒並み予約の取れない大盛況で、店舗側がいくら気をつけても密が多々発生してしまっていたという。 中身のないパフォーマンスだけを続けていても人の命は救えないが、維新は過去の判断ミスを棚に上げてしらじらしいというか、発言が矛盾だらけなのだ。 吉村知事には大阪府民の命を任せられている立場を今一度自覚して、先を見越し、党利党略を捨てた政策提言を行っていただきたい。そしてミスがあれば謝罪し、軌道修正をする勇気を持つことで、もう少しまともな新型コロナ対策ができるのではないかと思う。 明日15日から運用開始を目指す大阪コロナ重症センターでは看護師確保のめどが立たず、必要な130人のうち80人ほどしか確保できていない状況で、他の自治体や自衛隊の支援要請をするほどまでに事態が切迫している。臨時施設「大阪コロナ重症センター」を視察する大阪府の吉村洋文知事(左)-=2020年12月7日、大阪市住吉区万代東の大阪急性期・総合医療センター(彦野公太朗撮影) 今後は維新特有の勢いで進める高慢な政策ではなく、地に足をつけた府民生活を縁の下の力持ち的な立場で、大阪府民支える吉村知事、そして維新の姿を期待したい。長い目で見れば、きっとその方が人気も続きますよ、吉村さん。

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    見直すべきはご公務、「皇女」創設が良案といえない3つの問題点

    金子宗徳(国体学者) 11月24日付読売新聞に、「政府は、皇族減少に伴う公務の負担軽減策として、結婚後の皇族女子を国家公務員と位置づけ、皇室活動を継続してもらう制度を創設する」ことを検討し、その際には「『皇女』という新たな呼称を贈る案が有力視されている」という記事が掲載された。 これは、野田佳彦内閣が平成24年10月に公表した「皇室制度に関する有識者ヒアリングを踏まえた論点整理」において示された「女性皇族に皇籍離脱後も皇室の御活動を支援していただくことを可能とする案」を踏まえたものだ。 現在、今上陛下および上皇陛下を除く皇族は男性3人、女性13人であり、また高齢や未成年の方も居られるので、皇室としての「ご公務」が今上陛下や、皇嗣である秋篠宮さまなどに集中してしまっている。その上、皇族女子の婚姻に伴う皇籍離脱などで皇室を構成する方々が少なくなると、そうした傾向に拍車がかかり、「ご公務」の遂行自体が困難となりかねない。 こうした課題に対応すべく、今回の「皇女」創設の動きは「皇籍を離脱した元皇族女子も『ご公務』に携わることを可能としよう」というものだ。 その際、皇籍離脱後も「内親王」の称号を保持することは「皇族という特別な身分をあいまいにする懸念があり、法の下の平等を定めた憲法第14条との関係においても疑義を生じかねない」と、先の論点整理でも指摘されていたことから、それに代わって「皇女」という呼称が検討されるに至ったのであろう。 けれどもこの案は、「『皇女』という呼称」、「『ご公務』の意義」、そして「配偶者の適性」という3つの点で大きな瑕疵(かし)がある。 1つ目の「皇女」という呼称を巡る点においては、そもそも「皇女」とは文字通り「天皇の御息女」という意味であり、歴史的にもそのように用いられてきた。 その意味における「皇女」は、皇族としては今上陛下の長女である愛子さまのみであり、婚姻に伴って皇籍離脱された方を含めても、昭和天皇の御息女であられる池田厚子さんや島津貴子さん、上皇陛下の御息女であられる黒田清子さんしかおられない。 なお、秋篠宮さまの長女、眞子さまや次女の佳子さまは、上皇陛下の「皇孫女」であるが、皇嗣の秋篠宮さまが皇位を継承されるまでは「皇女」ではない。また、三笠宮家の彬子さまや瑤子さま、さらには高円宮家の承子さま、(ご結婚されて既に皇籍離脱された)千家典子さん、守谷絢子さんは大正天皇の「皇曾孫女」であるが、今上陛下にとっては「又従妹(またいとこ)」であって「皇女」でない。「明治神宮鎮座百年祭」にあたり、明治神宮へ参拝に向かわれる眞子さまと佳子さま=2020年11月6日、東京都渋谷区(代表撮影) にもかかわらず、ご結婚に伴って皇籍離脱された全ての元皇族女子に「皇女」という新たな呼称を奉ることは語義に反するもので、歴史的用例との齟齬(そご)をもたらすものだ。皇族の位置づけ 2つ目の「『ご公務』の意義を巡る点」については、日本国憲法において、天皇は国政に関する権能を有さないとされ、「国事行為」に限って内閣の助言と承認とを経た上で行うと規定されている。具体例としては、国会の召集や衆議院の解散、憲法改正や法律、政令及び条約を公布することなどがある。 従って、そうした「国事行為」を除く天皇の「ご公務」、つまりさまざまな場に行幸され、「お言葉」を述べられたりする行為は「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇の意思に基づくものである。 では皇族の「ご公務」はいかなる性質のものか。皇室典範第5条によれば、皇族とは「皇后・太皇太后・皇太后・親王・親王妃・内親王・王・王妃及び女王」の総称である。 平成29年に制定された皇室典範特例法において、上皇后は皇太后に準ずる存在とされているが、その「ご公務」に関する明文規定は存在しない。だが、皇族男子には皇位継承資格が認められ、親王妃・王妃を除く皇族には摂政就任資格が認められている。 つまり皇族とは、以下の2点に位置づけられる。①天皇の地位を受け継いだり、権限を代行したりする可能性が認められた公的な存在②天皇の御一族として、「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇と国民との橋渡し役たることを期待される存在 それゆえに皇族の方々は、政府機関の主催する諸行事に出席されたり、公益法人の名誉総裁・名誉副総裁に推戴されたりするのだ。 そうした事実を踏まえて、今回の「皇女」案について考えてみるならば、婚姻により皇籍を離脱された「皇女」は、②であることに変わりはないが①でない。だからこそ、国家公務員として「ご公務」を担っていただこうという発想が生まれるのだが、天皇に直結した①という身位と、国家公務員という職責とは同列に論じられない。 一方、「天皇のご一族である」という属性に由来する②の側面を有しつつも、公的存在たる天皇との関わりという①の側面を有さない点に着目するなら、「皇女」に期待される「ご公務」は、黒田清子さんによる伊勢神宮斎主としての御祭祀や、旧皇族の末裔(まつえい)である竹田恒和氏による日本オリンピック委員会(JOC)会長としての活動に近い。桂宮宜仁親王三年式年祭「墓所祭」に向かう、元皇族の黒田清子さん=2017年6月、東京都文京区の豊島岡墓地(代表撮影) つまり、天皇や皇族によってなされる「ご公務」と、国民である「皇女」によってなされる「ご公務」とは、名称こそ同じでも内実は異なっており、両者を同一視することは非論理的と言わねばならない。在り方を見直すべき そして3つ目の論点として「配偶者の適性を巡る点」については、もし「皇女」が国家公務員として「ご公務」に携わることになった場合、それは天皇のご一族という属性に由来する。 そのため「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」たる天皇と国民との橋渡し役たるべく、「皇女」におかれても深い自覚が期待されよう。さらに言えば、その配偶者となる国民男子や、両者の間に生まれる子に対しても、天皇の姻戚ということで高い倫理観が求められる。 そればかりでなく、「皇女」としての「ご公務」を妨げるような職業を避けることが望ましいなど、通常の国民とは異なる生活が要求される。 従って「皇女」の配偶者たる人物が、そうした生活を送る適性の持ち主か、婚姻前に判断する必要がある。皇族男子の婚姻に際しては皇室会議の議を経ることが皇室典範の第10条で定められているが、皇族女子の婚姻に際しては皇籍を離脱して純然たる国民となるとされていたため、そのような規定は設けられていなかった。 しかし、眞子さまの婚約相手についての議論が今なお紛糾していることからして、その制度的欠陥は明らかである。そうした欠陥を無視したまま「皇女」という、国民でありながら「皇族」的な性格を有する存在を法制化することは、さらなる問題を引き起こす可能性があろう。 以上3つの理由により、「皇女」制度を巡る政府案には賛同し難い。 では、どうすべきであろうか。本来であれば、皇族女子が国民男子と婚姻後も「皇族」の地位にとどまる、すなわち「女性宮家」を創設するのが最善だ。この場合、「皇女」という呼称や「ご公務」の意義を巡る問題は解決する。また、配偶者の適性を巡る問題も、皇族男子の婚姻に倣って皇室会議の議を経ることと改められることで解決できる。 だが、その一方で、極めて重大な問題が生ずる。それは配偶者および子を「皇族」とするか否かという問題だ。歴史上、女性皇族の配偶者たる国民男子、ひいては両者の間に生まれた子が「皇族」となった事例は存在しない。もし子が「皇族」とされた場合、その方が皇位につかれる、いわゆる「女系」が皇統として確認されることになる。 この選択をするならば、皇位継承を支える原理の再検討が必要であり、議論の枠組みは根底から変わる。この点に関する筆者の見解は、「皇位継承問題に対する弊学会の立場」をご覧いただければと思う。 次善の策としては、「ご公務」の在り方それ自体にメスを入れることだ。上皇陛下が譲位の御意向を示された際にも、「ご公務」が過多であるとの意見も見られた。昨今、政府機関や民間では盛んに「働き方改革」が唱えられている。皇室におかれても、その「ご公務」は本当に必要なものか再検討すべき時期が来ているのではないか。とりわけ、芸能人やスポーツ選手ばかりが目立つ春秋の園遊会の在り方など、根本的に改められるべきではないか。お住まいの仙洞仮御所の庭を散策し、キンモクセイを見つめられる上皇ご夫妻=2020年10月、東京都港区(宮内庁提供) そうした「ご公務」の再検討を踏まえた上で、なおかつ皇室活動が繁忙を極めるというのであれば、前述した「属性を有する」元皇族女子の方々や旧皇族末裔の方々に、国家公務員としてではなく天皇陛下に直属して奉仕する非常勤の内廷職員として協力くださるよう、お願い申し上げるしかないだろう。

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    学生が主役!知られざる立科町の戦略

    地方の人口減に歯止めがかからない中、この困難に果敢に立ち向かう自治体の一つに長野県立科町がある。働き方や生活様式の大転換をもたらした新型コロナ禍以前から、テレワークやワーケーションの拠点として動き出していたのだ。「若者からも選ばれる地方」に向け、立科町を心底愛する人々の熱き思いとは。【iRONNA特集】若者が選ぶ地方へ、立科町の「リアルガチ」 https://ironna.jp/theme/1106

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    若者が選ぶ地方へ、立科町の「リアルガチ」

    地方の人口減に歯止めがかからない中、この困難に果敢に立ち向かう自治体の一つに長野県立科町がある。働き方や生活様式の大転換をもたらした新型コロナ禍以前から、テレワークやワーケーションの拠点として動き出していたのだ。「若者からも選ばれる地方」に向け、立科町を心底愛する人々の熱き思いとは。

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    JLAA地方創生アワード受賞!若者も惹きつける立科町の本気度

     新型コロナウイルス禍によって社会はあらゆる面でこれまでの常識や価値観が覆され、「新たな生活様式」が定着しつつある。最たるものは「働き方」だろう。長時間で苦痛を伴うラッシュ時の通勤からの解放、勤務時間という束縛、社屋や事務所の不要論といった大転換が起きている。 もちろん、新型コロナ禍による経済的打撃は深刻であり、国力の低下まで懸念される事態だが、まさに「追い風」といえる分野がある。長年、日本が頭を抱えてきた地方創生だ。企業は都市部に事務所を構える必要があるのか、「テレワーク」が可能なら自宅はどこでもいいのではないか。この先、これらの概念が一気に広がるに違いないからだ。 こうした中、まるでこの価値観の変革を予測していたかのような自治体がある。それは長野県立科町だ。 東京から北陸新幹線でおよそ1時間、立科町の中心部は佐久平駅から車で30分ほど。道中、抜けるような青空と特産品の一つであるリンゴ園に広がる赤のコントラストを楽しんでいると、旧中山道沿にあるかつて宿場町として栄えたことを物語る古い建物が目に入ってくる。 立科町は人口約7千人。高原地域を中心に、有名な白樺湖やスキー場など、魅力的な観光資源を有する。高度経済成長期やバブル時代は多くの観光客でにぎわったが、長引く不況の中で、圧倒的な知名度のある軽井沢で観光や避暑目的の人々の足は止まりがちになった。 また、全国の地方の課題であり、立科町だけの問題ではないが、若い世代の進学や就職による流出が続き、少子高齢化が深刻化している。ただ、立科町はこの苦境を漫然と受け入れているわけではなく、若者のUターンや移住、地元産業の活性化など、あらゆる分野で対策に取り組み、その本気度が極めて高い。 その一つが「タテシナソン」だ。元来、地域課題の解決や地方産業の活性化などをテーマに異分野の人たちがチームをつくって提言する「アイデアソン」という取り組みがある。「アイデア」と「マラソン」をかけ合わせたものだが、これを立科町が独自に実行性のあるものにしたのが「タテシナソン」だという。 「アイデアソン」によってさまざまな提言がなされるものの、やはり具体的にそれを取り入れ、活性化につながるケースは少ない。そこで立科町は「リアルガチ」をキャッチフレーズに、実際に地元事業者に経営課題を出してもらい、大学生(高校生も含む)を中心に全国から参加者を募る。実用化することを前提としたうえで、売り上げ増などに寄与することも目的とした施策としてバージョンアップさせた。かつて中山道の宿場町として栄えたことを物語る長野県立科町の街並み(同町提供) 2018年2月に第1回目を実施した際は、白樺高原でソフトクリームなどを製造販売する「牛乳専科もうもう」が名乗りを上げた。近隣自治体の高校生のほか、関西や首都圏の大学生15人が参加。5人一組のチームが28時間(1泊2日)で、事業所などを訪問して実態を把握し、提言をまとめた。永住希望者も 「牛乳専科もうもう」では、夏を中心としたシーズンだけではなく、雪深くなる冬季も含めて年間通じた営業を可能にする対策が課題だった。実際に考案されたアイデアは「飲むヨーグルト」の新規販売やラスクなどのパッケージを牛柄に変更するなど多岐にわたり、実用化した結果、新たなパッケージ商品の販売量は前年比で20%増となった。 同社は創業が1969年ですでに50年を超えるが、牛乳消費量の激減や人手不足などの苦境の中で、乳製品にシフトして事業を持続させてきた。 2代目の同社代表、中野和哉さん(50)は「長年ここで生活しているだけに立科の良さを意識できていませんでした。ですが、学生さんと交流したことで改めて魅力を再認識できたことで、今まで以上に意欲が湧いてきましたね」と振り返った。 「タテシナソン」は、その後も木材建材業者やアクティビティ施設運営事業者の課題に取り組み、すでに計3回実施。2020年はコロナ禍のため中止したが、回を重ねるごとに応募学生は増え、19年9月の第3回は定員20人に、九州や関西、首都圏の学生36人の応募があり、抽選となったほどだ。 こうした実績が評価され、「タテシナソン」は、日本最大の広告会社ネットワークである一般社団法人日本地域広告会社協会(略称JLAA、後藤一俊理事長)が地方自治体の取り組みを表彰する「第4回JLAA地方創生アワード」の最優秀賞に輝いた。 「JLAA地方創生アワード」は2017年に創設され、JLAAの会員社がサポートする自治体のさまざまな施策を表彰。この取り組みは、地方創生関連施策のノウハウが全国的に共有されることを目指している。 ただ、「タテシナソン」の注目すべき点は、事業者支援だけではない。参加する大学生は問題意識が高いだけに立科町での思い出を今後の職業などに生かしてもらう将来も見据える。参加学生たちはいずれ卒業を迎え、大半は就職する。その後、就職企業はさまざまだろうが、「タテシナソン」の経験から魅力を知った若者に何らかのかたちで立科町を活用してもらえれば、人口増や関係人口増につながるといった視点だ。 実際、「タテシナソン」に参加した長野大2年生の山内梨帆さん(20)は、「インバウンド(訪日外国人客)に関して興味があり、ペンション経営などで、外国の方々の受け入れなどに関われるなら、永住して取り組みたい」と語った。「タテシナソン」に取り組んだ長野大の学生たち。後列左から、今西健太さん、山内梨帆さん。前列左から、細田菜々子さん、中村春斗さん、竹花日和さん=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) また、立科町の施策は「タテシナソン」にとどまらない。特筆すべきは、コロナ禍などまったく想像もつかなかった2015年度からテレワークへの取り組みを始めていたことだ。際立つ志の強さ 企業誘致などは現実的に困難なことから、テレワークによる雇用創出を目的に検討を始め、福祉的要素を加えるなどして18年度に総務省の「ふるさとテレワーク推進事業」に認定された。昨年度に立科町の施設でテレワークセンターを開設し、企業進出や住民のテレワーク就労支援が本格化している。 雇用創出といった基幹施策に取り組む立科町企画課の上前知洋主任(39)は「地方の人口減問題解決は非常に難しい課題ですが、コロナ禍で地方が見直されている今、まさにチャンスですね」と意欲を見せた。 そもそも上前氏自身が異色の経歴を持つ。出身は兵庫県西宮市だが、信州大に進学したことで長野県職員として就職した。農林関係の仕事を任じられ立科町に派遣された際、基礎自治体の現場の苦悩を実感。「県庁で政策を立案するより、現場で貢献したい」という思いから県職員を辞め、正規試験を経て立科町職員として転職したという。 一方、観光政策の面でも時代の変化に応じた見直しが進められている。先にも触れたが、立科町は白樺湖と女神湖といった美しい自然の観光資源を持つ。かつては、団体旅行だけでなく、ペンションブームもあり盛況だった時期もあった。 だが、特にペンションは、個室に籠らず他の宿泊者やオーナーとの交流を重視する独特の文化が、時代と共に徐々に敬遠されるようになった。それに加えてオーナーの高齢化による後継者不足なども相まって、苦境に立たされている。 ただ、コロナ禍が追い風になり、ワーケーションなどの価値観が生まれたことで、ペンションはIT企業の社員の長期貸し切りといった新たなニーズが生まれつつあるという。 一般社団法人「信州たてしな観光協会」の渡邉岳志企画室長(44)は、「30年前、ペンションの様式は最先端のブームでした。それが時代の流れで、テレワークやワーケーションが最先端ならそれに合わせた戦略を立てなければいけません。ペンションオーナーにリスクを感じるならサブスクリプション(定額で一定期間の利用権利を持つ)オーナーという道もありますからね」と、現状をこう指摘した。長野県立科町の観光戦略などについて語る「信州たてしな観光協会」の渡邉岳志企画課長=2020年10月(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) コロナ禍はインバウンドに依存した観光業界のビジネスモデルのリスクを露呈した。だからこそ、これを機に新たな時代に即し、持続可能な政策にどう取り組むかが重要になる。人口7千人あまりの立科町だが、危機感を抱き、コロナ禍をチャンスに変えようとする志の強さが際立っていた。 大都市圏の人口集中に伴い、地方の人口減といった課題は「手の施しようがない」というあきらめの声も多くある中で、今、果敢に立ち向かうか否かが30年、50年先の命運を左右するのではないだろうか。(iRONNA編集部) 【関連コンテンツ】 ◎「タテシナソン」公式ウェブサイト ◎「タテシナソン」ドキュメンタリー動画 ◎「立科WORKTRIP」(開発合宿・ワーケーションを立科で)

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    立科町長、両角正芳の決意「コロナによる価値観の転換見逃さない」

    魅力を向上させつつ、医療や教育、産業などと共に広域的視野で取り組んでいくべきでしょう。民活の前提は「政治判断」 昨今の地方創生という議論の中で、国の機関の地方移転などがありますが、なかなか実現しません。言葉だけで「地方の時代だ」と言うのは簡単ですが、実行するのは難しい。一気に国の行政機関を移すのはそこで働く人や関係する人たちから反発もあるでしょうし、現実は難しいでしょう。ただ、医療や教育といった地方にあったほうがいい分野もあるわけですから、そういう分野から少しずつ進めていく必要があると思います。 一番ネックになるのが、4大都市圏に集中する大学です。地方から進学して、そこで就職してしまうので若者が戻ってこないのは当然です。だからこそ、地方にあってしかるべきものを移して、受け皿になる部分を創生していかなければならない。こうした現実的な部分を国政できちんと議論していただきたいと思っています。 最終的には政治的な判断次第でしょうね。政治判断がすべてだとは言いませんが、民間活力を動かすには、まず政治判断あってこそですからね。地方と国の関係も同様で、まず国の判断なくして地方は動きづらいわけです。菅義偉(すが・よしひで)首相がデジタル化を推進していますが、国と地方で格差が出てしまうようでは不安しかないですからね。 話を戻しますが、私は立科町が自立していくことに自信を持っています。もちろん、簡単ではありませんよ。ですが、きめ細かい行政サービスのメリットがあるからです。合併なども生き残る道ですが、大きな自治体になれば隅っこは見えなくなるでしょう。 新型コロナ禍に関する定額給付金も都市部では、なかなか届かない。でも、小さな自治体はすばやく対応できるわけです。これはある意味、地方であることの強みと言ってもいいでしょう。 具体的な立科町の施策については、私が町長に就任する前からスタートしていますが、全国から学生を募って地元事業者の課題実現のためのアイデアを立案してもらう「タテシナソン」に期待をしています。タテシナソンでテーマを提供した「牛乳専科もうもう」の牧場=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) これはもともと「アイデアソン」という取り組みがあって、「アイデア」と「マラソン」をくっつけた造語ですが、これを立科町独自にもっと実用的なものにしたわけです。「タテシナソン」のよい部分は、地元事業者の弱みを分析して、何が足りないのかを認識した上で、学生たちのアイデアを生かそうという点ですね。 地元にいて事業をやっていると、どうしても視野が広がらない部分があります。そこを克服するために全国から学生たちを募って、しかもそのアイデアを実行するというところまで徹底するわけです。価値観の転換に対応 そしてもっと広い視野でとらえれば、先に話した人口減という課題克服に結果的に寄与するんです。「タテシナソン」のプログラムは28時間(1泊2日)という限られた時間でチームでアイデアを立案することになっていますが、長野県内の学生も県外の学生も参加したきっかけで立科町をより深く知るわけです。 すぐに効果があるものではないですが、将来的に仕事や移住、観光も含めて立科町に戻ってきてくればいいわけです。ありがたいことに、この「タテシナソン」は一般社団法人「日本地域広告会社協会」(略称JLAA)の「第4回JLAA地方創生アワード」の最優秀賞も受賞しました。すでに3回実施しており、今年はコロナの影響で中止しましたが、来年以降、感染対策をしっかりとした中で、もっと充実させて継続していきたいですね。 今年は何と言ってもコロナ禍が深刻化し、あらゆる生活様式の転換を余儀なくされました。みなさんが大変な思いをしているのですが、ある意味地方は強みをアピールする最大のチャンスであることは言うまでもありません。素晴らしい自然環境と首都圏からの距離、そして何より「密」を避けることができますからね。 立科町はコロナ禍の前からテレワークに関する取り組みを始めていましたから、これを機に他の地域に先駆けて、受け入れができる態勢づくりをしていくつもりです。 また、今は、インバウンド(訪日外国人客)はストップしていますが、いずれ戻ってくるでしょう。ゆえに今は立科町の魅力を発信するときだと強く思っています。諸外国の方々も今は日本に行けないですが、情報はいくらでも入手できるので、可能になったら立科町に行こうと思ってもらうアピールをしっかりしておく必要があります。 コロナ禍のために国内観光が活発になってきているのも見逃してはならないですね。海外旅行に重きを置いていた方々が、国内旅行で魅力的な穴場を探すようになってきています。これもチャンスととらえれば、地方観光の活性化につながりますからね。町内各地で見られる特産品のリンゴ園=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) テレワークに加え、ワーケーションという概念も定着しつつあります。今は、これまでの価値観が180度といっていいほど変わりつつあるだけに、地方もこの価値観の転換を的確にとらえて、民間活力が存分に発揮できるベースづくりを進めたいですね。 知恵を絞って、それを発信する。基本的なことかもしれませんが、まさに今はチャンスだと思っています。(聞き手、編集、iRONNA編集部) もろずみ・まさよし 長野県立科町長。1953年、立科町生まれ。高校卒業後、東京都内の出版社で勤務。その後、立科土地改良区、農事組合法人勤務を経て、2015年に町議選で初当選。19年の町長選に立候補して現職町長を破り初当選し、現在1期目。 【関連コンテンツ】 ◎「タテシナソン」公式ウェブサイト ◎「タテシナソン」ドキュメンタリー動画 ◎「立科WORKTRIP」(開発合宿・ワーケーションを立科で)

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    「菅首相詣で」のドタバタ劇でわかった、韓国を本気で黙らせる方法

    国政府は元徴用工判決を「司法の判断」とごまかしているものの、大統領府それ自体が、これまで重要な裁判や政治的事件において判決に介入した歴史があるのだから説得力がない。私自身もソウル特派員時代、その現場を目撃している。 徴用工問題は本来、文大統領が解決・処理すべきであり、韓国政府自身の問題なのだ。 長年にわたり日韓外交が行き詰る中、韓国国家情報院の朴智元(パク・チウォン)院長が11月10日、菅義偉(すが・よしひで)首相と会談した。また、菅首相は3日後の13日にも韓日議連の韓国政治家たちと面会している。さらに、韓国大統領府の徐薫(ソ・フン)国家安保室長が訪日するとの報道もあった。 こうした韓国の高官や政治家たちによって立て続けに行われた菅首相との会談の背景には、韓国内で展開されている「政治闘争」に菅首相を利用しようとする思惑がある。とはいえ、自民党幹事長の二階俊博氏や、二会派で日韓議員連盟幹事長の河村建夫氏もこの茶番劇に加担しているのだからたちが悪い。 日本で首相が交代すると、ソウルの政界では「誰が最初に新首相に会えるかの手柄争い」がまず展開される。自分が「日本通」だと宣伝し、自国の大統領に売り込むためだ。もちろん、それに加えて安倍晋三前首相の間に停滞していた日韓関係を改善させるきっかけとして、菅首相への期待感が高かったこともある。 韓国側としては政権交代が日本政府の態度軟化に繋がるとの期待感が広がっており、そのためソウルでは「菅首相との面会」の先陣争いが繰り広げられていたのである。韓国の国会で施政方針演説をする文在寅大統領=2020年10月28日(聯合=共同) しかし、日韓関係が現状のところ緊張状態にある中で、韓国閣僚や政治家に新首相を会わせれば韓国側に「菅は甘い」との誤ったメッセージを送る危険があると日本政府側は考えなかったのだろうか。むしろ会わせないようにしたほうが、日本政府の継続した不快感を伝えるいい機会だった。  もっとも、韓国政治家たちの真意について、毎日新聞が報じていたが、日本政府高官は「あざとい(政治家たち)」と見破っていた。また、韓国の保守系日刊紙の世界日報は、韓国の政治家たちの訪日を「自己宣伝のため」と指摘し「国家や国民のためではなかった」と批判している。日韓共に、どちらも核心を射た分析である。リアルな韓流ドラマ劇 朴氏は会談後の囲み取材で「日韓首脳の新しい共同宣言を日本側に提案し、首相も前向きに応じた」と述べた。だが、日本政府側は「そんな話はなかった」と否定している。 さらにはその1週間後、今度は韓日議員連盟会長かつ与党議員である金振杓(キム・ジンピョ)氏が菅首相との会談で「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長の東京五輪招待を提案し、同意を得た」と述べたものの、これまた日本政府はこの発言を否定した。 金振杓氏は東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相らとも会談したが、そこで出た話を菅首相との会見内容と話をすり替えていた。ゆえに真実としては、日本政府が示した立場こそが正しかった。そもそも韓国の情報工作機関のトップや一介の国会議員が日本の首相にそのような提案をする立場にはない。 それ以前に、韓国の国家情報院は情報工作機関であり、本来そのトップの外国訪問は常に秘密にされる。それが今回は、訪日の前からメディアを通して報道させた。韓国側がリークしたのか、日本の政治家が書かせたのかは分からないが、何らかの意図を持って行われたのは間違いない。 朴氏としては競争相手の徐氏の訪日を阻止する必要があった。そのため、あらかじめ新聞に書かせ「徐薫訪日」の阻止を企図したのではないだろうか。さらに言えば、朴氏としては韓日議連会長の金振杓氏より先に菅首相に会う必要があり、このため旧知の二階氏を利用したと考えられる。 なぜ韓国政府高官たちは菅首相への詣を競い合ったのか。最大の原因は、筆者の本サイトへの寄稿(11月11日掲載)でも触れたが、北朝鮮の労働新聞1面トップ記事(11月1日)にある。この記事には、金委員長が朝鮮総連の「分会代表者(全国)大会」に送った「お言葉」が報じられている。朝鮮総連の記事が労働新聞1面トップに掲載されるのは極めて異例だ。 韓国内では聯合ニュースと中央日報の記者がこの記事に注目した。記者たちはこの「お言葉」の中から「総連は、日本国民との友好親善に努めよ」の表現に目を付け「日本と北朝鮮が秘密接触をしているのではないか」と関心を寄せたのだ。 朴氏と徐氏は北朝鮮問題の担当者だ。そうした韓国メディアの報道に衝撃を受け、日朝の秘密接触を警戒しているはずである。もし知らなかったら2人とも責任問題だからだ。一応、東京の韓国大使館に確認した上でその事実はないとの報告を受けつつも、当事者として不安は尽きない。 このため、2人とも訪日を計画したが、もし菅首相に会えなければ「何のために行ったのか」と恥をかき、批判されてしまう。だからこそ朴氏は二階氏を動かし、首相面会の約束を取り付けた上で新聞報道をさせ、徐氏を出し抜いたのではないだろうか。 実際、今回出し抜かれた徐氏は朴氏の訪日が成果なく終わったことを強調するために、自身の訪日の可能性を示している。こうしたてん末はソウルでは日常茶飯事であり、政治的駆け引きの寸劇と言うしかない。まさに「韓流ドラマ」さながらの世界である。 今回の韓国政府高官と政治家の訪日劇は、韓国が日朝の接触と正常化について、いかに神経をとがらせているかを十分に物語る。さらに言えば、これは韓国政府が北朝鮮と全く連絡が取れていない現実もさらけ出している。 南北間のホットラインが機能しているならば、日朝の接触や金委員長の五輪訪日が心配な場合、北朝鮮に直接聞けばいい。それができないからこそ、政府関係者がこぞって日本になだれ込んだのである。菅首相との面会を終え、記者団の取材に応じる韓国の国家情報院の朴智元院長=2020年11月10日、首相官邸 こうした日朝間の関係変化に敏感に反応した韓国の反応を見るに、韓国の元徴用工問題解決や反日姿勢を変えるには、日朝関係改善や日朝正常化を推進したほうが確実かもしれない。 はたして今回の「韓流政治ドラマ」は、もし日本が韓国を出し抜いて北朝鮮との関係改善や日朝正常化を進めれば、文大統領はメンツを失い、反日もしくは対日強硬策をとれない現実を日本に教えてくれることになった。

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    バイデン勝利で終わらない、米国の未来を左右する「本当の選挙結果」

    に就くべき人物を決定するために行うのであって、真理を発見したり正邪善悪を定めるものではない。 だが、政治という営みが、単により良い政策の選択であるだけではなく、時に正邪善悪の選択という色彩を帯びることはある程度はやむを得ない。それが政治の「臭さ」であり、だからこそ少なからぬ人々が、友人との会話で政治の話題を避けたり政治から距離を置くのである。2020年11月19日、米デラウェア州で記者会見するバイデン前副大統領(ゲッティ=共同) トランプ氏が大統領に就任して以来の、とりわけ今回の選挙における反対派によるトランプ氏の「悪魔化」はいささか度を越していたように思われる。米国の分断の責任の半分は、トランプ氏と共に反トランプ派にもあるのだ。無論、含みを持たせた微妙な表現をしない、あるいはできないトランプ氏にも大きな責任と原因はあるにせよ。民主党の誤算 トランプ氏は11月22日時点では、まだ公式には敗北を認めていない。こうした状況に見苦しいという向きもあろう。しかし、トランプ氏にも開票結果に異議を唱えて法廷に訴える権利はあるし、州ごとに選挙の事情が異なることに注意すべきである。いくつかの州では、僅差であれば再集計を申し立てることが州法で認められている。 もちろんこうした制度が、末端の開票がずさんであるという前提である印象も否めない。それはそれとして、とにかくそうした州では僅差であること自体が再集計の根拠となるのであり、トランプ氏のすべての訴訟を「根拠がない」と一括して片付けてしまう反トランプ派の意見は当を得ていない。 そして今回の大統領選も結局、世論調査が示唆してきたような民主党の大勝は起こらなかった。民主党の躍進を同党のシンボルカラーである「青」にちなんで Blue Wave(青い波)と呼んでそれを予想し、また期待もした人々にとって、バイデン氏の僅差での勝利はかなり物足りない結果であったろう。ただ、現職大統領を選挙で打ち破るということは一つの偉業であると言ってもよく、その限りでは民主党が勝利に酔いしれているとしても別におかしなことではない。 とはいえ、トランプ氏は予想以上の票を集めて善戦した。今回バイデン氏には及ばなかったものの、実に7千万票を超える得票数は、今回のバイデン氏に次ぐ歴代2位に位置づけられる。この選挙は「トランプ氏と共和党に米国民が鉄槌(つい)を下した」と言うにはほど遠い結果であった。現時点での2020年大統領選の勝敗は「全体として民主党の辛勝、共和党の健闘及ばずの惜敗」とすることが公正であろう。 「青い波」は確かに水位を上げて押し寄せはしたものの、「赤い堤防」に阻まれて全米を浸す津波にまでは至らなかった。具体的には、民主党は以下の4つの目標を掲げて今年の選挙に臨んだと言える。①ホワイトハウスを奪還すること。②連邦議会上院の過半数を獲得すること。③連邦議会下院の過半数を維持して、さらに議席を積み増すこと。④州議会選挙では、より多くの州議会で多数派となること。 上記のうち、民主党は①は達成できたものの、③と④には失敗し、②は来年1月5日投票のジョージア州決戦投票に持ち越されている。連邦下院では民主党が過半数を維持するものの議席を減らし、民主、共和両党の議席差は縮小した。2020月11月5日、米ペンシルベニア州アレンタウンで大統領選の票を集計する担当者(AP=共同) 大統領選でも連邦上院選でも、民主党は推定で共和党の2倍の選挙資金を投入したにもかかわらず、際どい結果に終わったことは印象的である。言うまでもなく、上院議員2人が選出される来年のジョージア州の結果次第では、大統領と上下両院を民主党が支配する可能性も残ってはいる。民主党の良心は 現時点で共和党が50議席、民主党は48議席を確保している。つまりジョージア州で民主党が2議席を制すれば、厳密には両党とも50議席で拮抗(きっこう)するという可能性がまだある。可否同数となった場合にのみ、上院議長としてのカマラ・ハリス氏(副大統領に就任予定)が膠着(こうちゃく)を打開する1票を投じることができるので、共和党が辛うじて虎口を脱したと言うのはまだ早い。 しかしながら、連邦政府が完全に青(民主党)に染まった場合、私の抱く危惧は何と言っても民主党が連邦最高裁判事の定員を増やそうとすることである。定員自体は合衆国憲法に規定はなく、法律で増減できるからだ。 そのため民主党が現在9人の定員を4人増やして13人とし、増えた4人のリベラル派を大統領に就任したバイデン氏が指名し、民主党主導の上院が承認すれば現在の保守派6人、リベラル派3人の形勢を逆転できる。 公平を期して言えば、トランプ氏と共和党が大統領選直前のタイミングで、いささか強引に保守派と目されるエイミー・バレット氏の最高裁判事指名承認を断行したことがこの問題への伏線となっている。しかしそうではあっても、選挙に勝った党がその都度最高裁判事の定員を増やすようなことになれば、司法の独立と信頼は大きく揺らぐであろう。民主党の良識と自制を期待したい。 それゆえに、あまりにも多くのことがジョージア州の決戦投票にかかっている。現時点で共和党議会指導部は、トランプ氏の法廷闘争を支持しており、これをいさめるような助言はしていない。あるいは来年1月5日の投票日まで、熱狂的トランプ支持者の「熱を冷まさない」ようにしたいという理由もあるのだろうか。 また、訴訟費用を募る運動がネット上で展開されており、共和党全国委員会に対する寄付であればジョージア州の選挙に投入することができるという事情もあるのかもしれない。 もっとも、こうしたトランプ氏の法廷闘争戦略も暗雲が立ち込めている。接戦のジョージア州では再集計の結果、バイデン氏の勝利は覆らず、トランプ氏自身もミシガン州で起こしたバイデン氏の勝利認定への異議申し立て訴訟も撤回した。米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言した民主党のバイデン前副大統領(右)とハリス上院議員=2020年11月7日(AP=共同) 共和党内部ではトランプ氏の大統領選の結果を覆そうとする姿勢に懸念する声が日増しに挙がってきており、さらにはこうした苦しい背景もあってか、トランプ氏は不正投票を否定した国土安全保障省のサイバーセキュリティー・インフラセキュリティー庁(CISA)のクリス・クレブス長官を解任した。重要な今年の州議会議員選挙 そして極めて重要であるにもかかわらず、日本では大統領選と連邦上院議員選挙の陰に隠れてあまり注目されなかったのは州議会議員選である。 今回は44州で5876議席が改選された。州議会の勢力は民主・共和両党のいわば基礎体力を測る指標であり、また州議会議員は将来の連邦議会議員の人材プールでもあるから、そもそも極めて重要な意味を持っている。 しかし、西暦で末尾がゼロの年、すなわち国勢調査の年の州議会議員選には格別の重要性がある。米国では10年ごとに国勢調査が行われ、その結果を受けて連邦下院議員の定数が各州に再配分される。 そこで各州は、さらに州内の下院議員選挙区を各区の人口が均等になるように変更することになる。定数が変わらない州でも前回の2010年の国勢調査のときから州内での人口移動に対応して、やはり選挙区割りを見直さなければならない。 この作業にこそ、州議会が大きく関わってくる。今年行われた国勢調査の結果が出るのは来年になる。連邦下院議員選の区割りに当たるのは、主に今年改選された州議会なのである。全米36州では州議会が直接線引きの作業に当たり、残る14州では独立した選挙区画定委員会が行うものの、委員の任命には州知事や州議会の多数党の意向も反映されるであろう。 というのも米国では、州議会の多数党が自党に有利な選挙区割りをすることは選挙の勝者に与えられる、いわば一種の「賞品」として暗黙のうちに認められている。民主党が今年の州議会選に力を注いだのも、現在の下院での多数を今後10年間にわたって盤石にしようとしたためである。2020年10月26日、米ホワイトハウスで最高裁判事の就任宣誓をするエイミー・バレット氏=ワシントン(ゲッティ=共同) 無党派議会の建前をとる一院制のネブラスカ州を除き、選挙前の州議会の勢力は49州、上下両院合わせて98の州議会のうち、共和党が59、民主党は39で過半数を占めていた。全米州議会議員連盟(NCSL)によると、最終結果は集計が続いているアリゾナ州の結果次第となる。しかし、共和党は少なくとも改選前の水準を確保することになろう。 今回共和党は、ニューハンプシャー州議会の上下両院で過半数を奪回した。また現職の民主党知事が引退するモンタナ州では、共和党のグレッグ・ジャンフォルテ氏が当選した。この結果、全米50州のうち27州を共和党の知事が治めることになる。誰でも夢見ることはできる 思い起こせばトランプ氏は、2015年にニューヨークのトランプタワーのエスカレーターを降りて登場し、まさかとも思われた大統領選出馬を表明して以来、多くの予想を覆して侮り難い実績を残してきた。 共和党内の乱戦を制して候補者指名を勝ち取り、本選挙でもまさかの歴史的な勝利を収めた。大敗が予想された今回の選挙でも、今一歩及ばなかったものの、接戦に持ち込んだ。 また選挙結果は、マイノリティー、とりわけフロリダのヒスパニック系や黒人に対する共和党の訴求力をトランプ氏が強めたことを示すものだった。 CNNの投票所出口調査によれば、今回黒人の12%、ヒスパニックの32%がトランプ氏に投票した。この数字は4年前より、いずれも4%の増加である。 前回の選挙でトランプ氏の掲げた主要公約が、メキシコ国境から流入してくるヒスパニックを念頭に置いた「国境の壁」建設であり、また、いわゆるBLM運動が全米を揺るがせていた時期であることを思えば、驚くべき数字と言わなければならない。 人種差別主義者だの白人優越主義者だのとレッテルを張られた人物に、それでも黒人の8人に1人、ヒスパニックの3人に1人が票を投じたのだ。外交についても、スタンドプレーばかりで国際協調をかき乱したという負の評価ばかりが目立つ中、中東における外交上の突破口を開いたことを忘れてはならない。 コロナ感染拡大の直前まで好景気を持続させ、黒人や貧困層にもその恩恵は及んでいた。さらに幸運にも恵まれて、一任期の4年間で3人もの連邦最高裁判事を指名した。これらの判事たちはトランプ、バイデン両氏がホワイトハウスを去った後も、今後長年にわたって影響を及ぼすであろう。 こうした一連の業績が最後の政権移譲の混乱でかすんでしまうことは、トランプ氏自身の名声と歴史的評価を傷つける。おそらくトランプ氏は、最後まで法廷で争うであろうし、彼にはそうする権利もある。それでも裁判を横目にしつつ、円滑な政権移譲には協力してほしいと個人的には思う。 ところが日本時間11月10日未明、米ニュースサイト「アクシオス」のジョナサン・スワン記者の記事によれば、トランプ氏は側近に対して自身の4年後の大統領選出馬について語ったという。であれば、トランプ氏自身が既に敗北を理解して受け入れており、裁判はいわば「ダメで元々」というくらいのことなのかもしれない。 トランプ氏の4年後の再出馬などあり得ないと思う人々も多くいよう。しかし、年齢の壁は既にバイデン氏が崩してくれている。もしこれが事実であれば、共和党の大統領候補者として無視し得ぬ最有力候補者となることは間違いない。もっとも、共和党の次期大統領選に意欲を持つニッキー・ヘイリー氏やマルコ・ルビオ氏といった面々は「冗談ではない」と思っていることだろう。ワクチン開発関連のイベントに出席するトランプ米大統領=2020年11月13日、ホワイトハウス(AP=共同) トランプ氏の胸中は誰にも分からない。最後は自分自身に大統領恩赦を与えて退任後の訴追を封じ、自身のテレビ局を設立して既存メディアの「フェイク・ニュース」と戦い、そして4年後には、再びホワイトハウス入りを果たすというシナリオを思い描いているのかもしれない。 確かに、夢を見る権利は誰にでもあるのだから。

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    転がり続ける反対派、横浜カジノ闘争は「複雑怪奇」なり

    清義明(フリーライター) 横浜のカジノ誘致(カジノを含む統合型リゾート施設=IR)構想が転がり続けている。 振り返れば、2014年の年頭の記者会見で、横浜市の林文子市長が初めてカジノ誘致に前向きな発言をして以降、足かけ7年近くになる。新型コロナウイルスの影響で、いったんこの動きに足踏みが見られたものの、横浜市は依然としてカジノ誘致に積極的な姿勢を崩していない。 横浜商工会議所をはじめとする経済界はカジノ誘致に賛成の意向であり、市議会の自民と公明ももちろん推進派である。一方でこれに対する反対運動もじりじりと市民の支持を受けながら拡大し、続いている。 建設予定地となっている山下埠頭に一番近い街は同市中区の新山下近辺である。現在、山下埠頭には巨大な実物大のガンダムを目玉とする「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」の設置が、バンダイナムコグループと横浜市や港湾協会などの主導で進められている。 すでに2004年には東急東横線が横浜高速鉄道みなとみらい線と接続し、山下埠頭にほど近い場所に元町・中華街駅も設置された。そんな新山下の地元の人たちに話を聞いてみると、地下鉄やガンダムとは違って、必ずしもカジノに諸手をあげて歓迎というわけでもなさそうだ。 聞くところでは、この地域の若い人たちはどちらかというとカジノ誘致に賛成という人が多い傾向だが、高齢になればなるほど反対の声もあるとのこと。環境の変化や治安の悪化を不安に思っているのだろう。 「カジノ誘致反対運動の方が店にやってきて、反対運動のポスターを貼らせてくれとお願いされることもある。そういうときは、社長はいないと言ってうまくごまかしちゃうんですけどね」と、笑って教えてくれたのは新山下で会社を経営する若手社長。もちろん、この人はカジノ誘致賛成派だ。「いろいろ議論はあるでしょうけど、手をこまねいているだけというのもね」 現実に目を向ければ、横浜市の財政の将来はとてもバラ色とはいえない。特に少子高齢化の波はこの街を直撃する。市区町村単位では日本最大である横浜市の人口は約375万人(2020年9月現在)。これは都道府県別に見ても上から11番目の規模だ。ところがこの人口は今年をピークに減少に入ると言われている。中でも深刻なのは税収につながる生産年齢人口の減少だ。 約2・4人の生産年齢人口が税収を納めて1人の高齢者の社会保障をカバーするのが2020年だとすれば、これが2050年には1・5人の税収によって1人の高齢者を養う社会になる。その負担はざっくり1人あたりで言えば60%増だ。 この数値は全国の少子高齢化のスピードと比べると緩やかとは言えるものの、すでに横浜市は長年積もりに積もった3兆円超の借入金に悲鳴を上げている。そのためにこれまであの手この手で企業誘致や産業招請、展示場や学究施設やコンサート会場のような娯楽施設の計画を実施し、さらには横浜港に面した「みなとみらい地区」の土地売却などを進めている。しかしそれでもまだ足りない。 いかに横浜市財政が厳しいかは、いまだに公立中学校で給食が実施されていないことでもよく分かる。こうして今後もしわ寄せは市民に押し付けられることになってしまいそうなのだ。 他の地方自治体であれば、インバウンド(観光目的の訪日外国人)需要を追い風にしていくための施策もあるのだろう。だが、観光都市としての横浜には弱点がある。それは横浜のそもそもの成り立ちに由来する「歴史」の不在だ。 「横浜の歴史には近代しかない」と言ったのは横浜の下町を愛した評論家、平岡正明氏だ。幕末の動乱の中で、いわば出島のような人工都市を中核にできた横浜には、残念ながら海外から人を誘致するような魅力のある歴史遺産や文化施設が欠けている。近代だけの150年が圧縮された横浜の歴史遺産は、日本人にはモダンでレトロな魅力となるだろうが、海外の人たちからすれば自国のどこにでもある日常風景である。IRの建設候補地として有力視されている山下埠頭=2014年10月、横浜市中区 横浜市が観光の目玉にしている明治のモダンな洋風建築も、上海にもシンガポールにも香港にもヤンゴンにもカルカッタにも、横浜の数倍の規模で今でも立ち並んでいる。アジアのグローバルな視点から見ても、観光地としては劣るのだ。 そのために横浜の観光は国内需要の日帰りがもっぱらだ。日本全体のインバウンドに占める割合はなんと1%未満。インバウンドの実数からしても東京は横浜の27倍、大阪は15倍の集客をしている。要するに横浜はインバウンド需要をまったく取り込めていない。 元来、横浜は外国人のためにつくられた街であった。幕末と戦後の占領期、日本の歴史にのこる激動期に外国人を受け入れて光を放ってきたのである。乗り遅れた観光政策 しかし、そこに罠がある。そんな横浜にとって外国人は勝手にやってくるものだった。こちらから来てくださいとお願いするものではない、というのが横浜の常識であり、プライドであった。こうして日本の成長戦略の目玉であるインバウンド誘致政策から横浜だけが乗り遅れてしまっているのだ。 カジノ誘致に飛びついたのは、こうした危機感があるからだ。 横浜市が想定するカジノ誘致の経済波及効果は年間7500億~1兆2千億円。税収増の効果は年間820億~1200億円としている。本年度の横浜市の一般会計予算が8440億円であるから、この数字は大きい。いわば打ち出の小槌である。 もちろんこれは現在の想定数値であり、この通りに行くとは限らない。カジノ反対派のこれに対する批判はさまざまなものがあるが、一番説得力があるものは世界のカジノ市場の供給サイドは飽和状態になっており、いまさら日本でつくっても経済波及効果は計画通りにはいかないというものだ。 さらに、アジアのカジノ市場が中国の富裕層によって成り立っている現状がある。その裏側には、その独特の換金システムが隆盛の裏にある。中国の富裕層は、大陸の莫大な資産を海外に持ち出す手段としてカジノの換金システムを利用しているというカラクリだ。そして、そのような資産移動の手段としてのカジノは、日本ではもちろん不可能である。 静岡大の鳥畑与一教授によれば、海外からの観光客を呼ぶ目玉と言うならば、外国人専用のカジノにすればよいのだが、それをしないのは、そもそも日本人の需要をあてにしているのではないか、と疑問を投げかけている。鳥畑氏の著書『カジノ幻想』(KKベストセラーズ)では、日本のカジノの顧客の外国人比率は3分の1にすぎないというゴールドマンサックスの試算を紹介している。 さらに実際にカジノの運営を行うライセンス事業者が海外の企業に独占されるのではないかという危機感もある。 横浜のカジノ誘致をめぐっては次のような動きもあった。「ハマのドン」と呼ばれ、横浜の港湾産業のみならず政財界に強い影響力を持つ横浜港運協会前会長の藤木幸夫氏が反対の意向を示し、独自の反対の論陣をぶち上げた。このとき、横浜の政財界やカジノ誘致に関わる人たちに衝撃が走った。記者会見でIR誘致に反対の意を強調した「横浜港運協会」前会長の藤木幸夫氏=2019年8月、横浜市 カジノの予定地である山下埠頭をはじめ、横浜の主要な港湾産業を親子2代にわたりリードしてきた横浜経済界の「ゴッドファーザー」ともいえる実力者の反対だ。本来ならば、とっくの昔に話がついているはずの人物がなぜという疑問と同時に、カジノ誘致反対派にとっては強い援軍の到来と見えただろう。ただ、これには裏事情があるようだ。 「結局、国内や地元の事業者が排除されているのかのようなところが、頭越しに決められたという怒りを買ってしまったのではないでしょうか」と、横浜の商工関係者の一人はこう話す。 カジノ事業者のライセンスは非常に厳格で、今回の事業では日本の事業者の許認可は難しいのではないかという声もある。ちなみに、現在最も公然のカジノ参入の意向を示し、地元密着の活動を始めているのはマカオのカジノ王直系企業のメルコリゾーツ社だ。 メルコリゾーツは、すでに地元の横浜マリノス社とスポンサーシップ契約を結んでいたり、地元の商工関係のイベントなどにスポンサーや寄付などを積極的に行っている。私の地元である横浜の下町のハロウィンイベントでも、昨年から参加者の賞品に、メルコリゾーツが提供する宿泊券付きのマカオ旅行券が加わったりしたのも、その一例だ。 そんな外国企業が先行する状況に苦々しい思いをする藤木氏だが、その先代、港湾荷役会社「藤木企業」の創業者である藤木幸太郎氏は、戦前には山下港周辺で賭場経営に関与していた時期があったと記録されているうえ、港湾関係のつながりで、反社会的勢力と関係があったことも別段隠そうとしていない。 横浜には戦後も賭場は多数あったし、現在でも夜の街では違法なギャンブルが、公然とまではいえないが、誰もが皆知っているというお約束のものとして商売を続けている。カジノ構想は商売敵になるという人たちの声を藤木氏が代弁しているのではないかという口さがない噂もあるくらいだ。 ただ、もともと藤木氏はカジノ誘致に賛成だった。「横浜でカジノをやるならばオレにやらせろ」と発言していた。これが一転したのは、藤木氏曰く「トランプ大統領に安倍晋三前首相が米国のカジノ財閥のラスベガス・サンズの横浜進出を約束してしまったからだ」とのこと。 その意を受けた当時官房長官だった菅義偉(すが・よしひで)首相が、その進出をバックアップしていると、藤木氏は批判する。横浜の政財界のゴッドファーザーの暴露であるからには、それなりの信憑性はあると考えてもいいのだろう。そこから転じて、カジノの有害性やビジネスとしての持続性に疑問を持って反対派になったと本人は言う。「ハマのドン」カジノ反対の真意 藤木氏は常々自らを経済ナショナリストと公言している。「横浜ナショナリズム」とも冗談混じりで言うこともある。それに加えて、もちろん自身のリーダーシップも発揮したいというところだろう。 「要するにオレにやらせろということでしょ?」と、古株の地元民の中には藤木氏の反対運動に冷ややかな目を向ける人も少なからずいる。 藤木氏が横浜でドンとして君臨しているのは、先代の幸太郎氏から父子につながる一筋縄ではいかない横浜の基幹産業である港湾産業と労働者への貢献があるからだ。 そこには長年、港湾労働者のリーダーとして残した、先代の幸太郎氏の力強い功績があり、それを発展させた藤木氏のリーダーシップがあるのは誰しも認めるところだ。 余談だが、日本最初の労働団体によるメーデーは1920年5月2日に上野公園で行われたものとされているが、実はこの前日に横浜の港湾労働者団体によるメーデーの催しが行われている。この労働運動に噛んでいたのが幸太郎氏である。港湾労働者の待遇改善や生活環境の補償やバックアップのために活躍してきたことでも知られているのだ。そのため戦前の社会主義者や戦後の旧社会党系の人脈も強くあった。 そういう側面について積極的に評価する人もいる。横浜市議会の野党と各種の市民運動団体の横断組織でカジノ誘致反対の住民投票を進める「カジノの是非を決める横浜市民の会」の政村修センター長はカジノ反対に転じた藤木氏についてこう語る。 「もともと港湾労働者に賭博はつきものでした。横浜でもそうです。昼休みには花札をして、仕事が終われば日払いの賃金を握ってまた賭場に向かう。雨の日で仕事がなくなれば朝から賭博場です。実はそういう港湾労働者を賭博の風習をやめさせて、スポーツや他のレクリエーションをさせるように取り組んできたのも藤木さんですよ。カジノ反対を公言するのは、そういう思いもあるんじゃないですかね。横浜の港の歴史と共にあるのが藤木さんですから」 「ギャンブルには悲しい歴史、現実があるということを皆見ようとしない。ギャンブルというものは目に見えないところでいろんな人が泣いているんだ」とは藤木氏がカジノ反対をぶちあげた記者会見での言葉だ。昨今では横浜の障害者支援や子供たちの活動へのボランティアにも藤木氏が積極的なもの横浜ではよく知られている。この藤木氏の「転向」は本物なのかもしれない。 横浜市民の中で、カジノ誘致反対の機運が盛り上がっている何より大きな理由は、このようなカジノの反倫理的な側面だ。さらにはギャンブル依存症の問題もある。 国や横浜市は、ギャンブル依存症対策や入場規制などでそれは防げるという。カジノで発生するリスクはゼロでないが、それをさまざまな方策で世界のカジノ関連施設はクリアするべく努力してきたし、実際に成功してきているというのだ。 だが、それを一概に信用できないという人々が多数いるのも自然なことだろう。 現在、横浜市議会は自民と公明の与党が安定多数を占めており、財界の支援も含めて林市長はカジノ誘致を進めている。これに対して、神奈川新聞による今年6月の横浜市民の意向調査によると、反対は約67%にのぼり、逆に賛成は約22%にとどまっている。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致に向けた調査費など4億円を盛り込んだ予算案の採決が行われた市議会に臨む林文子市長(最前列右)ら=2020年3月、横浜市役所 市民のカジノ誘致反対が大勢を占める状況は当初から変わらないが、推進派がさらに追いつめられている展開となっているのは、林市長によるカジノ誘致白紙発言である。2017年の横浜市長選で再選を目指していた林市長は、カジノ誘致について白紙としてこれまでの推進の立場を見直すとして、カジノ誘致問題争点化を避けて当選した。そしてそこから一転して、またもカジノ誘致を進めるということになった。 これに不信感を抱いた横浜市民の間では、さまざまな反対運動が始まった。 例えば、早くから横浜にカジノはいらないと主張する運動を開始していた「カジノ誘致反対横浜連絡会」は、2014年に18ある市民団体の連絡組織で、早々と運動を開始していた。混乱続く「反対派」運動 同会の菅野隆雄事務局長によると、林市長のカジノ白紙発言から一転して、誘致の動きが始まったころに、さらに大きな枠組みでの運動が始まり、それに合流したという。 それが市政への直接請求によるカジノ誘致反対を行う統一運動の「カジノの是非を決める横浜市民の会」である。 横浜市議会の野党である、立憲民主、共産、れいわ新選組、社民などの政党と市民団体の連合からなるこの運動は、横浜市民に対するカジノ誘致の是非を問う住民投票を行うことを目標とし、署名運動を展開している。(以降、「カジノの是非を決める横浜市民の会」を「住民投票推進派」とする) ところがこの市民運動の分裂があって、若干の混乱が見られている。 「一人から始めるリコール運動」(以降、「リコール運動推進派」)は、無党派組織でほとんど数人の運動から始まったものだ。JR東戸塚駅前で、リコールの署名を集める受任者の受付をしている広越由美子代表に話を聞きに行くと、事情を説明してくれた。 「リコールで50万人を集めれば(市長を辞めさせる)法的な拘束力があります。住民投票だと難しいと思っています」 広越氏によると、住民投票はカジノ誘致を止めるにはほとんど意味がないと言うのだ。なぜかと言えば、市長とカジノ推進が多数派の市議会がある限り、結局カジノ誘致は進められてしまうからだ。 この住民投票の請求は市議会にかけられるが、必ずしも請求を受け付けなければならないわけではなく、否決することができる。おそらく、現在の自民と公明のカジノ推進派の与党の市議会では、これが否決されてしまうだろう。 仮にこの住民投票条例が市議会で可決されたとしても、その住民投票には法的な拘束力は実際のところはない。住民投票の民意を無視してカジノ誘致を進めることも可能なのだ。 そうすると、おおよそカジノ誘致に賛成となっている横浜市の政財界と横浜市議会を相手にしてカジノ誘致をストップさせるには、住民投票では意味がなく、市長をリコールすることが必要だということになる。これが広越氏とリコール運動推進派の主張である。リコール後に選ばれる市長は、もちろん民意を受けてカジノ反対の市長となるだろうから、一挙にカジノ推進の動きを止められるということだ。 「でも(住民投票推進派は)リコールは無理だと思っているわけですよ」と広越氏は言う。 地方自治法によれば、市長の解職は有権者の数に応じた解職請求が必要で、横浜市の場合はその必要署名数はおおよそ50万人。これはかなりの署名が必要だ。そして解職請求が規定数に達すると、正式に解職の是非を問う住民投票が行われる。ここで投票数の過半数が解職に賛同すればリコールが成立する。 これについて住民投票推進派の関係者に聞いてみると、まずリコールは無理だろうとのシビアな反応が返ってくる。 「その数が多いので残念ながら現実的とはいえないですね。2011年に名古屋市で過去にリコールが成立した例はありますが、大きな市町村区や都道府県レベルでリコールが成立した例はほとんどないですから」と、前出の政村氏。「私たちもリコールという手法自体は否定していませんが…」と歯切れは悪い。 「客観的に見てもリコールは難しい。そして、もし市長のリコールが否決されると、かえって林市長の政策が信認されたという解釈されることになりかねない」とは、住民投票推進派である横浜市議会の某政党関係者の意見だ。リコールの失敗がオウンゴールになるのでないかということだ。 とはいえ、この議員もリコールの手法や運動自体を否定するつもりはなく、その議員自身も住民投票の署名とあわせてリコール署名を集めて協力しているという。市民グループが開始した、IR誘致の賛否を問う住民投票条例制定を求める署名活動=2020年9月4日、横浜市 それでもこれにイラついているのがリコール運動推進派である。やらなければ分からないだろうということだ。なるほどその志やよしとも思うのだが、実際どうなるのだろうか。住民投票推進派はあまりにも政党色が強く、結局は選挙目当てで反対のポーズはしているだけではないのか、とネットでは広越氏自ら批判を繰り広げている。残念ながら両派の分裂の収拾はつかない模様だ。 リコール運動推進派の発表によれば、11月4日の時点で署名は4万人弱。先にも触れたが、リコール成立に必要な署名数は約50万人。リコールのための法定投票期間は残り1カ月を切っている。メルクマールは市長選 今度は住民投票推進派の思惑を聞いてみる。 住民投票の請求は、横浜市の有権者の50分の1にあたる約6万2500人を上回る署名が必要だ。そしてこの後に横浜市議会で住民投票を行うか否かが議会で採決されるが、住民投票の請求が議会で否決されたとすれば、自民・公明の議員はカジノ誘致に賛成だという意思表示を選挙民にすることになる。そうすると、カジノ誘致の是非を明確にしなかった横浜市議会与党の市議は有権者にこれまでの説明がつかなくなる。 そして、来年の8月には林市長の任期満了にともなう市長選がある。失敗の可能性が高いリコール運動ではなく、本丸はここではないかということだ。ここで落選させるための前段階としての住民投票というわけだ。 これならば確かに理屈は通る。だが、リコール運動推進派は、その来年8月までにカジノ誘致が林市長と市議会与党によって進められてしまい、国への申請が行われてしまうのではないかとも危惧している。だからリコールなのだ、と。 しかし、住民投票推進派の横浜市議の古谷靖彦氏に聞くと、その点については心配なさそうだと説明してくれた。 「仮に市長選の前に国への申請や、それに伴う契約があったとしても申請の撤回や契約の破棄は可能です。なんらかの契約した場合の違約金のようなものも発生しないだろうと考えています」 こうして、11月4日には、リコール運動推進派の孤軍奮闘の苦戦を横目に、住民投票推進派の署名は20万人を突破。法定必要数の3倍の署名を集めることに成功している。横浜市議会のカジノ推進の与党は、これに正式に対応しなければならなくなった。 さて、この取材を進めている最中にさらに動きがあった。 これまでカジノ誘致のための国への申請期間は来年の2021年1~7月とされていた。そのための申請の具体的な方針も今年の年初に発表される予定だった。だが、これが新型コロナの混乱によるものか、いまだに音沙汰がないままだった。これがやっと10月9日に観光庁から発表された。 それによると、地方自治体からの誘致提案の申請期間か延期となったという。来年1月に開始される予定だったのが、10月開始とのことだ。これはカジノ誘致反対派にとって非常に大きい。 その理由は、来年8月の横浜市長選を経てからでなければ、カジノ誘致提案の申請ができないということだ。そうすると、市長選は自ずとカジノ誘致が争点となる。これまでリコール運動推進派が懸念していたように、市長選で民意が問われる前にカジノ誘致の国への申請が進められてしまうということはなくなったわけだ。 林市長は現在3期目で11年にわたって市政を担ってきた。しかし、中学の給食未支給から端を発した「ハマ弁」問題や、新型コロナ対応も含めて、長期政権に横浜市民の不満が高まっており、4選は厳しいのではないかというのがおおよその世評である。IR誘致について答弁する横浜市の林文子市長=2019年9月 また、これまで林市政に対するスタンスがまとまらなかった野党側も統一候補を立てる動きがカジノ誘致問題を機運にして高まっている。そうなると、リコールや住民投票の動きと相まって、林市長には非常に厳しい展開になりそうだ。 このように横浜市のカジノ誘致の反対運動は、まるで転がる石のような状況だ。石が転がり続けていくうちに、地盤までをも揺るがすように雪崩になりつつある。まずは来年8月の市長選、どうやらここがメルクマールになることは間違いないだろう。 だが、カジノ誘致を唱える林市長が市民からの信認を得られるかは容易に想像がつく。そのとき、カジノ誘致構想はどうなるのだろうか。

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    バイデンでも終止符を打てない米国の分断

    世界が注目した米大統領選はバイデン前副大統領の事実上の勝利となったものの、いまだ確定とはいえない事態が米国の混迷ぶりを象徴している。経済再生、安全保障といった日本の重要課題は米国に左右される部分が大きいだけに安定を求めたいが、それはほど遠いだろう。バイデン政権は日本にいかなる影響を及ぼすのか。(写真はゲッティ=共同)

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    中国が狙う「権力の空白」日米新政権は東アジア安保に新たな一歩を

    手嶋龍一(外交ジャーナリスト) 次期大統領に就任する見通しとなったバイデン氏は、菅義偉(すが・よしひで)首相率いるニッポンの優先順位を落としつつあるのではないか――首相官邸も外務省もそんな焦りを募らせているように見受けられる。バイデン氏は、トランプ大統領がかたくなに敗北を認めない中、バイデン外交を始動させつつある。 まずは隣国カナダのトルドー首相に電話をかけ、続いて英国のジョンソン首相、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領と相次いで電話会談を行い、首脳外交を実質的にスタートさせた。 だが、東アジアで最重要の同盟国、日本の菅首相との電話会談は12日以降に先送りされてしまった。安倍晋三前首相がトランプ大統領と際立って良好な関係を保っていたのに対して、欧州の主要国のリーダーたちは、時にトランプ大統領と鋭く対立してきた。 このため、バイデン次期政権の外交を担う専門家たちは、大西洋を挟む欧州主要国の首脳とまず接触して信認を取り付け、それによって国際社会でもバイデン勝利を印象付けて民主党政権の基盤を揺るぎないものにしようと目論んでいるのだろう。 4年前の米大統領選直後には、当時の安倍首相が電撃的に訪米し、就任前のトランプ大統領と異例の会談を成功させた。そして「シンゾー・ドナルド」の信頼関係を素早く築き上げたのだった。 安倍首相はその足でペルーの首都リマで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に乗り込んでいった。各国に先駆けてトランプ・タワー会談を実現させた安倍首相に、集った首脳たちは熱い視線を注いだという。次期大統領と膝を交えて話し合い、首脳たちの人物譚(たん)まで披露し、トランプ大統領の首脳外交の指南役まで務めたのだから、誰しも競って安倍首相の話を聞きたがった。米デラウェア州ウィルミントンで記者会見するバイデン前副大統領=2020年11月10日(ロイター=共同) こうして築き上げた「シンゾー・ドナルド」の絆は、その後の安倍政権にとって最大の外交的資産となった。初めての米朝首脳会談の開催場所は、板門店ではなくシンガポールにすべきだと進言したのもトランプ大統領の盟友、安倍首相だった。首脳会談の早期開催を 実は、いち早く側近の阿達雅志参議院議員を訪米させて、安倍・トランプ会談の可能性を探らせたのは、当時の菅官房長官だった。それだけにトランプ大統領の敗北は菅内閣にとっては痛手だったろう。菅首相自身も官房長官時代にワシントンを訪れて、ホワイトハウスでペンス副大統領と会談し、共和党政権との絆を強めてきた経緯がある。 在ワシントンの日本大使館は、選挙期間中からバイデン氏の外交アドバイザーたちに接触し、民主党人脈の開拓に努めてきたが、すべてはこれからと言っていい。 「民主、共和両党のどちらの政権が日本にとっていいのか」。日本の政界だけでなく、経済人からも繰り返し同じ質問を受ける。だが、長年、ワシントンに暮らして日米同盟の最前線に身を置いてきた経験から言えば、日本にとってどちらの政権がいいのかなどと心配する時代はとうに過去のものだと思う。 結論を先に記せば、インド太平洋に攻勢を強める中国の前浜に位置する戦略上の要衝ニッポンを粗略にして、米国の東アジア戦略はもはや成り立たない。バイデン政権の外交・安全保障政策を担う当局者たちは、誰しも日米同盟の重みを知り抜いているはずだ。 今回の米大統領選は、共和、民主どちらの党が、中国の習近平国家主席により強硬かを競う戦いとなった。バイデン政権が発足してもこの基調は変わらないだろう。米国が敗北宣言なき政権移行を余儀なくされ、大統領権力の中枢に巨大な空白が生じたとみるや、「習近平の中国」は、その隙を突いて東アジア海域でさらなる攻勢に出ている。 台湾海峡の制空、制海権を窺うべく、台湾の防空識別圏に多数の中国軍機を飛ばしつつある。そして、尖閣諸島の周辺に海警察局の艦艇を出没させているだけではない。中国当局はこのほど「海警局の艦艇が管轄する海域で外国船が命令に従わない場合は武器の使用を認める」という法律の草案を明らかにした。 「海警局の艦艇が管轄する海域」とは、中国側が恣意(しい)的に定めた領域で武力行使をするという意思表示に他ならない。彼らの行動を取り締まる「外国船」、すなわち日本の艦艇に武器を使用していいと認める危険な法律以外の何物でもない。 米国の政権移譲が滞れば滞るほど、東アジアの安全保障の砦となってきた日米同盟にはほころびが目立つことになる。「開かれたインド太平洋」構想は、日本・米国・オーストラリア・インドによる対中同盟によって具体的に下支えするときを迎えているのである。 そのためには、菅・バイデン首脳会談を早期に開催して、尖閣諸島に日米安保条約を適用し、日米両国の防衛範囲とすることを改めて確認することが急務だろう。そのうえで、台湾問題の平和的解決を求める姿勢を日米の両首脳が鮮明にし、台湾問題を武力で解決してはならないことを闡明(せんめい)すべきだろう。出邸する菅義偉首相=2020年11月11日、首相官邸(春名中撮影) 日米同盟は、朝鮮半島の有事だけでなく、台湾海峡の有事に備える平和の盟約である。菅・バイデン両首脳は、いまこそ揺るぎないメッセージを北京に向けて発するときなのである。

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    大統領選は「ダブルKO」お飾り同然のバイデンと暗黒時代が続く米国

    山田順(ジャーナリスト) もつれにもつれた米大統領選だったが、民主党のジョー・バイデンが行った勝利宣言で決着がついたと言えるだろう。 ドナルド・トランプは、不正投票が横行したと主張して負けを認めない姿勢だが、「勝手に言っていろ」といった冷めた空気が漂う。法廷闘争に持ち込もうとするトランプの方針には、味方である共和党内からの反発も強い。 しかし、トランプが負けたかと言えば、単純にそうとは言いきれない。なにしろポピュラーボート(一般投票)では、歴代現職大統領で最多となる7千万票超を得ているのだ。当選を確実なものとしたバイデンはそれを上回る7500万票だった。 このことから言えるのは、トランプは負けてはいないし、バイデンは勝ってはいないということだ。はっきり言うと2人とも負けたのであり、これにより米国民も負けたというのが私の結論である。そう考える理由を述べてみたい。 バイデンは勝利宣言で、「確信できる勝利だ。国民は7400万以上の票をもって当選させてくれた」と述べた。そして、民主、共和両党の有権者から幅広く支持を得たとし、さらに、白人だけでなくヒスパニック(中南米系)や黒人などの多様な人種からも得票できたことに感謝の意を表した。 これは「ウソ」である。今回、民主党は黒人票もヒスパニック票も、かなりを共和党に奪われている。米デラウェア州ウィルミントンで大統領選の勝利を祝う、民主党のバイデン前副大統領(右)とハリス上院議員=2020年11月7日(ロイター=共同) また、バイデンは「私は分断ではなく結束を目指す大統領になる」と高らかに宣言した。しかし、大勝したなら別だが、僅差で勝ったぐらいでは米国の分断を解消できない。勝利宣言に漂うむなしさ さらに、「米国を再び世界から尊敬される国にする」と述べ、「米国は世界の光だ。模範としての力によって(世界を)導いていく」と強調した。米国のインテリ層は、そんなことを一朝一夕でできるわけがないと知っている。バイデンの演説に感動したという人は多いが、私はむなしさだけを感じた。 先立って行われた、初の女性副大統領になるカマラ・ハリス上院議員の演説のほうが、はるかによかった。「私は副大統領になる初めての女性かもしれませんが、最後ではありません」と述べ、子供たちにメッセージを送った。そして米国は「可能性の国だ」と力を込めた。 これだけは、本当だ。 個人的なことを言えば、ここ数年、10月と11月はニューヨーク・マンハッタンで過ごすことが多かった。しかし、今年は新型コロナウイルス禍で日本から一歩も出られない。 思い出すのはトランプが大統領選に勝利した4年前、エンパイアステート・ビルに選挙結果が映し出されると、街全体が哀しみに沈んだことだ。 翌日、知り合いの米国人は皆、無口だった。別に、敗れた民主党を支持しているわけではなかった。トランプだけは支持できない。それだけだった。 都市部のインテリ層は民主党支持者が多いとされる。実にステレオタイプの見方だが、トランプ支持者がスターバックスで、現政権に批判的なニューヨーク・タイムズ紙を読まないことだけは確かだ。スタバのカフェオレは4ドル以上もするので、私は毎朝、ファストフードチェーンのプレタ・マンジェの2ドルほどのレギュラーコーヒーを飲み、携帯電話でニュースを見ていた。 2年前の中間選挙で、民主党プログレッシブ(急進左派)のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスが、史上最年少で下院議員に当選したときは本当に驚いた。彼女は当選の1年前までレストランで働いていたのだ。米大統領選で勝利を確実にしたバイデン氏の演説を聴く女性=2020年11月7日、サンフランシスコ(Bay Area News Group・AP=共同) 大統領選と同時に行われた今回の下院選でも、彼女は圧倒的な支持を得て当選した。ただし、ニューヨーク州全体では、民主党候補は共和党候補に追い上げられた。「反トランプを強調するだけで中身がなかった」と批判されている。また、リッチー・トレスとモンディア・ジョーンズが、同性愛者であることをカミングアウトしている黒人男性として初当選するなどの新しい動きも見られた。2人とも裕福ではない家庭の出身で、ジョーンズは白人の裕福層が多いウエストチェスター郡とロックランド郡の選挙区で勝利している。街に響く「お前はクビだ!」 バイデンの当確が報じられると、タイムズスクエアに大勢の人々が集まった。現地からの報道を見ていると、皆、歌って踊って騒いでいる。そして「ユー・アー・ファイヤード!(お前はクビだ!)」と叫んでいた。ビジネス業界をテーマにしたリアリティー番組『アプレンティス』で、トランプが脱落した出演者に浴びせた決めぜりふだ。社会的地位のある傲慢(ごうまん)な人物にやり返す様子を日本流に言うなら「倍返し」だろう。 このお祭り騒ぎの中に、ニューヨーク州選出の民主党上院議員であるチャック・シューマーの姿があり、「米国の暗黒の時代は終わった」と述べていた。しかし、私は暗黒時代は終わらないと思う。 今回の大統領選の投票率は約66%で、約1世紀ぶりの高水準だとなった。バイデンの50・6%(11月8日時点)には及ばないものの、全体のほぼ半分にあたる47・7%(同)をトランプが獲得したことは、やはり驚きに値するだろう。 なぜなら、主流派メディアの予測では、トランプは4割がせいぜいで、一般投票でも選挙人獲得数でも大差で負けるはずだったからだ。しかし、開票開始から間もない段階ではトランプが優勢であり、4年前の番狂わせが再現されるかのような勢いがあった。 今回の選挙は「トランプか、バイデンか」ではなく、「あと4年トランプでいいのか」という選挙だったことも驚きを加速させる。 つまり、対立候補は誰でもよく、とにかく反トランプの候補に票を投じればよかった。それなのになぜ、トランプは大健闘したのか。米国民の約半分が彼が大統領でいいと判断しているのだ。 前回の大統領選では、誰もがトランプのことをよく理解していなかった。とんでもないナルシストで、女性蔑視の発言をし、白人優位主義団体を擁護するような態度をとり、フェアプレーを無視する男だとは知らなかった。変わったセレブオヤジだけど「メーク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国を再び偉大な国にしよう)」を掲げる愛国者ぐらいに思っていた。 今回は事情が違う。4年間の横暴、スキャンダル、同盟国軽視、地球環境無視で大統領としての資質に疑いがあることが分かっていた。多くのメディアは「人間失格」の烙印(らくいん)さえ押した。米大統領選の開票が進む中、ワシントンのホワイトハウスで演説する共和党のトランプ大統領=2020年11月4日(ロイター=共同) それでも、ほぼ半数がトランプに投票した。しかも、フロリダやテキサスの激戦州では前回よりヒスパニック票を増やしている。日本はどう付き合う トランプから「スリーピー・ジョー(ねぼけたジョー)」とからかわれたように、バイデンは事態を正確に認識できず、自分が多くの国民から熱烈に支持されて当選したと勘違いしているかもしれない。 米国の将来を担う若い世代はバイデンなど支持していない。学生ローンの返済に苦しむ、1981~96年生まれのミレニアル世代と、97年以降に生まれたジェネレーションZの有権者の多くは、「民主社会主義者」を自認する民主党上院議員のバーニー・サンダースの代わりにバイデンに投票したにすぎないのだ。 また、インテリの民主党支持女性にとってバイデンは、トランプに「ポカホンタス」(先住民の女性の名前)と呼ばれ揶揄(やゆ)された左派のエリザベス・ウォーレンや、中道派のエイミー・クロブシャーの代わりだった。 したがって、いくらバイデンが大統領になってホワイトハウスを奪還しても、民主党は分断されたままである。一方、トランプの岩盤支持層とされる民間の武装集団ミリシアや、インターネットで流れる陰謀説を信じるQアノンなどの「愛国軍団」は、大統領選前と変わらず気勢を上げ続ける。 バイデン新大統領の誕生が確実視されるなか、日本では、米国の対日政策や対中政策を予測する記事があふれたが、どれも競馬予想と同じであてにならない。なにしろバイデンは11月20日に78歳を迎える「史上最高齢の大統領」となる見通しであり、民主党は完全にまとまりを欠いている。 前記したように、民主党は急進左派、左派、中道派、右派寄りの中道派などイデオロギー的に多様であるうえ、予備選候補を見れば、人種的にも多種多様である。しかも「腐敗エスタブリッシュメント(支配階級)」は共和党より民主党に多く、ウオール街もほとんどが民主党支持で、献金額も共和党を上回る。 トランプが引っかき回し、民主党が混乱に拍車をかけ、バイデンが大統領としてお飾り同然になる米国と、日本はうまくやっていかなければならない。「宗主国と属国」という状況は変わらないから、首相の菅義偉(すが・よしひで)は早々に「ワシントンDC詣で」をするだろう。米ホワイトハウス前でバイデン前副大統領の勝利に歓喜する人々=2020年11月7日、ワシントン(共同) そのときに、東南アジア諸国連合(ASEAN)をアルゼンチンと読み間違いをしてしまうとか、そんなことがないように、くれぐれも気をつけてほしい。(文中敬称略)

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    バイデンの試金石、世界の脅威「巨龍中国」との覇権争いに勝てるか

    小倉正男(経済ジャーナリスト) またしても「ラストベルト」(錆びた工業地帯)が米大統領選の趨勢を決めた。 ラストベルトとは、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアなどの各州だが、製鉄、自動車関連など旧来型製造業が集積している。少し前までは「基幹産業」といわれた分野が広く分布し、雇用でいえば多くの人的集約型ジョブをもたらしていた。 今回の大統領選でも世論調査、メディア、識者たちの見方では、民主党のバイデン前副大統領が圧倒的優勢とされていた。支持率などを含めて党派制やイデオロギーが混入した事前情報であり、まったく当てにならなかった。結果は文字通りの大接戦、とりわけ最後の最後までというか、いまだ揉めているのがラストベルトを中核とする票である。 2016年の前回大統領選では、「ラストベルトがトランプを大統領にした」といわれている。ラストベルトは、もともとは労働組合が強いところで歴史的に民主党の地盤とされてきた。しかし、16年は事前予測とは逆に共和党のトランプ氏がラストベルトで圧倒的な勝利を収めた。大逆転でトランプ氏を大統領の座に押し上げたのはまさしくラストベルトだった。 民主党にとってそれは想定を超えるものだった。問題は、「グローバリゼーション」に対する皮膚感覚だった。ラストベルトの中産階級、労働者にとっては、グローバリゼーションとは自分たちのジョブを奪う規範だった。 ラストベルトは、グローバリゼーションを当然のものと受け入れている民主党からは見捨てられた地域だった。民主党では左派のサンダース氏(上院議員)が反グローバリゼーションなのだが、民主党をリードするものではなかった。「アメリカファースト」、一国主義で中国が米国のジョブを盗んだと唱えるトランプ氏なら、ラストベルトにジョブを戻してくれると投票したわけである。 だが、今回は、ラストベルトはどの州も極めて僅差ながらバイデン氏への支持が上回った。ラストベルトは前回と違ってトランプ氏ではなくバイデン氏に勝利をもたらした。 トランプ氏の敗因としては、やはり新型コロナ感染症を甘くみたことが大きい。自ら感染したのが象徴的である。新型コロナの抑え込みに失敗したといわなければならない。トランプ米大統領の新型コロナウイルス感染を伝える大型モニター=2020年10月2日、東京都内(AP=共同) また、トランプ氏は、マスク着用などをことさら軽視し、新型コロナの感染拡大を許した。米国は、コロナ感染による死者は23万人超、感染者は960万人を上回っている。インド、ブラジルを超えて世界断トツだ。コロナが蔓延すれば、経済が停止しジョブが失われる。持てなかったトランプ再選の熱意 先に記したが、ラストベルトは僅差ではあるものの、軒並みバイデン氏が勝利した。これは旧来型製造業の人的集約型ジョブを米国に戻すことの困難さを示している。 そもそも世界のサプライチェーンを中国が占めており、米国の製造業が世界市場での競争から生き残るのは至難だった。オバマ氏が大統領、ヒラリー・クリントン氏が国務長官を務めるなどしていた時代に民主党が支持したグローバリゼーションは、中国に旧来型製造業のジョブと所得が移転することを黙認するものだった。ラストベルトの製造業は、人的集約型から脱して進化するしか生き残りの道はなく、労働者たちはジョブを失った。 トランプ氏は、一国主義を掲げて反グローバリゼーションを標榜した。中国は、米国の資本、技術、雇用などの富を盗んでいると「米中貿易戦争」をひたすら激化させ、中国に高関税を課した。しかし、それでもラストベルトに旧来型のジョブが戻ることはなかった。トランプ氏は、ラストベルトの中産階級のポケットを膨らますことを実現できなかった。 そうした要因が大統領候補の2人にとって、ラストベルトでの明暗を僅差で分けた。前回は、反グローバリゼーションのトランプ氏が支持された。だが、今回はお題目ではなく、ジョブが現実に戻らないなら、トランプ氏を再選させる熱意を持てない。 バイデン氏の大統領就任が確実になったことで「お前(トランプ氏)はクビだ」と全米はお祭り騒ぎである。だが、米国はそれどころではない。国内総生産(GDP)では、中国は米国のそれの7割弱のところまで膨張してきている。中国は虎視眈々とGDPで米国に肩を並べる勢いを示している。ちなみに中国はGDPで日本の3倍の規模を獲得している。 しかも、中国は新型コロナの発生源であるにもかかわらず、武漢封鎖など強権で新型コロナ抑え込みに成功している。中国はすでに経済を再スタートさせている。日本国内の電子部品・工作機械関連産業筋などは「中国経済の復活は本物だ」と声をそろえている。中国はいち早く新型コロナ禍から立ち直りをみせている。 米国は、大統領選のお祭り騒ぎを引きずって新型コロナ感染をさらに拡大するとしたら経済の混乱に拍車をかけるようなものである。新型コロナの抑え込み、大統領選の混乱など見ていても、米国は衰退の兆しが否定できない。ボヤボヤしていれば、世界の覇権は中国・習近平国家主席の思惑通りになりかねないことを見失ってはならない。 問題はバイデン氏の中国に対する政策である。オバマ政権当時、中国に対して融和政策をとったが、バイデン氏もその一翼を担ってきた。いまではバイデン氏も民主党も当時とは異なり、中国の覇権主義には強い警戒感を持っているといわれている。先祖返りで中国への融和政策に転じる懸念がなくもないが、香港、ウイグルなどの人権問題では強硬な方針を打ち出すとみられる。米大統領選で勝利を確実にしたバイデン前副大統領(左)と中国の習近平国家主席=2013年12月、北京(ロイター=共同) 経済ではITなど先端テクノロジー分野を含めて経済安全保障に関連する産業分野で、米中のデカップリング(切り離し)が進められるとみられる。中国としては、人権問題に加えて先端テクノロジー分野でデカップリングが進めば、米国経済を追い抜くという野望の大きな阻害要因になるのは間違いない。楽観できない「バイデン新大統領」 日本の経済界も先端テクノロジー分野を含めて安全保障に関わるデカップリングは受け入れている。ただ、デカップリングの範囲がさらに拡大することになれば軋みが出かねない。 経済界は一般にイデオロギーよりも売り上げ、利益というところが眼目であり、背に腹は代えられないという現実を抱えている。経済界では、「米中軋轢には日本はうまく立ち回って」という声が出ている。しかし、「うまく立ち回れる」といった保証はまったくない。 経済界がもう一つ抱えているのは、中国の巨大市場を捨てられないという現実だ。中国の14億人という巨大な人口もそうだが、1億人を超える金持ち層の存在がマーケットの魅力になっている。「中国のマーケットはまだ成熟しておらず、消費、贅沢に貪欲だ。米国のマーケットが成熟してきているのとは好対照だ」。製造業、サービス産業の経営者筋たちは、中国市場と米国市場の現状の違いをストレートに語っている。 中国の王毅外相が、「中国のマーケットを捨てられるか」と開き直った発言をしたことがある。確かに、新型コロナ禍に苦しむ日本の経済界にとっては、ここは急所だ。 ドイツなどが米国と少し距離を置いて、中国との関係見直しについては旗幟を鮮明にしていない。これはメルケル首相とトランプ氏の相性が悪いからということではない。ドイツ企業が中国マーケットで収益を享受している。それがメルケル首相を逡巡させている。 新大統領となるバイデン氏に求めたいのは、中国の追走を再び大きく引き離すような米国経済のダイナミズム再生に取り組んでほしいということだ。 かつて米国マーケットは世界断トツで、日本の家電製品、自動車などを成長させてくれた豊かさやおおらかさがあった。「GAFA」というイノベーションを伴った巨大ビジネスを創造したのも米国にほかならない。世界の尊敬や憧れはそうした懐の深い米国にあった。 20世紀は、世界がドイツとどう調和するのか、ドイツが世界とどう調和するのかという100年だったといわれている。現時点はおそらく世界と中国がどう調和するかという時代といえるかもしれない。米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言した民主党のバイデン前副大統領とジル夫人=2020年11月7日(ロイター=共同) 米国経済のダイナミズムを再生することで一党独裁国家である中国の凄まじい世界覇権に歯止めをかける必要がある。米国は衰退から再生を繰り返しながら世界経済をリードしてきた。「バイデン新大統領」の先行きはそう楽観できるものではなさそうだが、ともあれ米国経済のダイナミズム復活に期待したいものである。

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    マードック帝国「トランプ切り」の背景に「コロナとクスリ」

     与党・共和党や「トランプ・チャンネル」と言われたFOXニュースからも厳しい声があがり、ついにはファーストレディであるメラニア夫人が「敗北宣言するよう説得した」と報じられて、トランプ大統領はいよいよ外堀を埋められてきた。もはや一部の熱狂的支持者以外は「これは負けだな」と思っているのに、本人はまだまだファイティングポーズを崩そうとしない。ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏が、その裏に2つの不穏な事情があるとリポートする。 * * * まずはFOXニュースの「手のひら返し」の続報から。すでにNEWSポストセブンで、FOXが開票速報でいち早く「トランプ劣勢」を報じて本人が激怒したこと、さらに、トランプ氏の「首席補佐官」とまで言われたアンカーマンのショーン・ハニティ氏の出番が減っていることはお伝えした。これに関して興味深い報道があった。 ピューリッツァー賞ジャーナリストでニューヨーク・タイムズのコラムニストであるモーリーン・ダウド氏が署名記事で指摘しているのだが、FOXが選挙特番で「トランプはアリゾナで勝てない」と他社に先駆けて報じたことについて、大統領上級顧問のジャレッド・クシュナー氏が、FOXオーナーであるメディア王、ルパート・マードック氏に抗議の電話をかけたというのである。マードック氏がどう答えたかは書かれていないが、番組の現場からは、「当落の判定は数学的な分析による専門家の判断だから責められるいわれはない」と突っぱねられたようだ。 ダウド氏とは個人的にも親交が深いが、とても慎重で思慮深い女性である。ここまで具体的に書くからには、かなり確度の高い情報をつかんだのだと思う。彼女の記事の通りだとすれば、FOXニュースは、すでに選挙前から「トランプ切り」を決断していたと考えられる。いつまでもトランプ礼賛をしていれば自分たちも危うくなると考えたのだろう。そして、FOXが舵を切ったということは、共和党主流派も同じだったことが推測される。FOXは、トランプ・チャンネルである前に共和党チャンネルだからだ。 大統領選挙を取材し続けているフリージャーナリストのマイケルに電話した。彼も「おそらくマードック氏はトランプ氏を見限った」と語った。「ダウド氏が指摘している通りだろう。トランプ大統領の最大の武器は、マードック氏率いる右派メディアだった。FOXニュースを筆頭に、ニューヨーク・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルといったマードック系メディアが礼賛報道を続けたことで、無理な政策も国民から一定の支持を得てきた。メディアの運営手腕は、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどのリベラル系より、エンターテインメントにも強いマードック氏のほうが一枚も二枚もうわてだった。しかし、マードック氏はうわてだからこそ、トランプ再選が難しいと見るや、いち早く逃げ道を用意したのだろう。私が聞いているのは、コロナ問題が大統領選挙後にさらに悪化するという予測が大きな要因だったらしい」 確かに大統領選と並行して、アメリカのコロナ感染は再拡大している。ところで、ダウド氏によれば、マードック氏に抗議して袖にされたのは、クシュナー上級顧問だったという。娘婿であり、ハーバード大学卒、MBA(経済修士号)と法学博士号を持つ天才とはいえ、普段ならこういうことはトランプ氏が自分でやりそうな気もする。筆者の疑問に、マイケルはさらに不穏な情報を明かした。「マードック氏がトランプ大統領はもうダメだと考えたもう一つの理由は、大統領が正常な判断をできなくなっていると見たからだと思う。コロナ感染して以来、強いステロイド剤を使い続けたことなどで、精神の高揚や落ち込みなど、深刻な副作用が出ているという噂が絶えない。クシュナー氏はマードック氏だけでなく、裏であちこちに電話したり指示を出したりしているようだが、それはトランプ氏がまともに陣頭指揮を執れなくなっているからだと聞いている」 そうだとすれば、クシュナー氏の妻でトランプ氏の娘であるイヴァンカ氏や、ファーストレディのメラニア夫人が「もう負けを認めましょう」と語っているという情報も合点がいく。マードック帝国による「トランプ切り」には、コロナの再燃と大統領の「異常事態」という恐ろしい背景があったということなのか。2020年11月5日、米ワシントンのホワイトハウスで演説する共和党のトランプ大統領(AP=共同)関連記事■「トランプはステロイドでおかしくなった」の声が続々■トランプ氏 姪の水着姿見て「こいつはすごい」と息荒らげた■FOXも手のひら返し!? 「トランプの口封じ」が始まった■まさかの飛び火!? トランプが「日本に復讐」の仰天証言■“味方”のFOXにいち早く「落選」報じられてトランプ激怒

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    米大統領選、「不正選挙」訴える中国発デマが飛び交った背景

    ジズ)【高口康太】ジャーナリスト。翻訳家。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を行う。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。関連記事■米大統領選・現地フォトレポート 熱狂するトランプ信奉者■トランプ猛追の2つの理由とバイデンのピンボケ選挙戦■トランプ信者 「真実か否かの基準はトランプのツイッター」■大統領選挙いよいよ最終局面「トランプの命運は尽きたか」■FOXも手のひら返し!? 「トランプの口封じ」が始まった

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    再否決の大阪都構想が陥った「小泉構造改革」との共通点

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 地域政党の大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)が主導した「大阪都構想」の住民投票は再否決の結果に終わった。松井一郎大阪市長は、維新の代表を辞任する意向を示している。維新にとっては大きな痛手であろう。 以前、この連載でも指摘したが、大阪都構想は経済の効率性を重視する政策であった。他方で既得権重視政策というものがある。これはいってみれば「効率と平等のトレードオフ」に近い。 効率性を追求することで損害を被る人たちが出てくる。そのときに仮想的な補償を行うとして、補償をしてでも便益が上回るのであれば、その政策を行うことが望ましい。「仮想的な補償」なので、本当にお金や現物給付などで補償を行うとは限らない。実際にはしないことが大半だ。 それでもこのような効率重視政策がどんどん行われれば、全体の経済状況が良くなると考えるのが、伝統的な経済学の思考法で、「ヒックスの楽観主義」とも呼ばれる。維新は、この効率的重視政策をどんどんやることを、大阪都構想というビッグバンで一気に実現しようとしたと考えられる。 ただしヒックスの楽観主義は、しばしば現状維持を好んだり、効率性よりも平等を重視したりする意見によって実現されないことがある。これを既得権重視政策という。 仮想的な補償を実際に行え、と主張する動きも事実上そうなるだろう。このとき、効率重視政策と既得権重視政策の対立をどのように調停するかの問題がある。率直に言えば、国全体でも地方自治体でも効率性を重視しないところは長期的には衰退は必然である。住民投票で反対多数が確実となり会見する、(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文・大阪府知事、同代表の松井一郎・大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(寺口純平撮影) もちろんおカネ不足で不況に直面し、優良な企業が倒産し、または働きたい人が働けないという非効率がないことが最優先される。だが、本格的に国や都市の潜在成長を決めるのは効率性である。こう言うと効率性至上主義に思えるだろうが、それは違う。既得権維持政策(平等、再分配重視)とのトレードオフが常に課題になることは変わらない。扇動に流される「ワイドショー民」 このトレードオフで、効率性をより重視するか、あるいは既得権をより重視するかが、今回は問われた。その選択は大阪の住民の方々が行うだけである。そして民主的な結論が何よりも優先される。それだけの話だ。 経済学者は「である」という政策を提唱することはしても、効率と平等のトレードオフでどちらに比重を置くのが望ましいか、という「べきである」という提言を、普通はしない。ただ、長期的に効率性を追求しなければ、やがて国も都市も衰退するという「である」話を提示するのみである。 ただし、ここでも注意が必要だ。今回の大阪都構想は、上述のようにさまざまな効率性重視政策を、どかんとまとめてやろうとしたビッグバン型であった。そのようなビッグバン型の効率性重視政策ではなく、漸進的な効率性重視政策を望む人たちも多いだろう。ビッグバン型が良いのか悪いのか、それが問われたのが5年前と今回の住民投票だと思われる。 その点については以前書いた論説で結論した。ただ効率性重視を嫌う人、維新の話題になると頭に血が上る人、今回の毎日新聞の誤報のようなワイドショー的扇動に弱い「ワイドショー民」には、常に極端な選択しか頭にないことが多い。0か1か、全否定か全肯定かの2択である。 これは「あいまいさの不寛容」といわれるものだ。これに陥っているワイドショー民にとっては、効率と既得権のトレードオフが持ち出されることが理解できないらしい。しばしば前回の論説を「大阪都構想」賛成に読んでしまうワイドショー民も多かった。認知的バイアスと不合理な無知の問題なのでなかなか解決は難しい。 だが、そもそもビッグバン型の効率性重視政策自体にも、このような「あいまいさの不寛容」という認知バイアスを引き起こすものがある。二極の選択を迫るビッグバン型の効率性重視政策の典型は、小泉純一郎政権の構造改革路線だ。今回の大阪都構想も小泉構造改革が当初ブームになった成功体験を継承しようとしたのかもしれない。 構造改革自体は、規制緩和や民営化などで効率性を改善していく政策だった。だが、当時の小泉構造改革はいわば間違った構造改革=構造改革主義だった。なんでもかんでも「構造」の中に入れてしまうので、政策目的と手段の適切な配分などまったく考慮されなかった。参院選公示日に第一声を上げる小泉純一郎首相=2001年7月 「構造改革なくして景気回復なし」という、大ブームを巻き起こした標語が代表例だ。日本の長期停滞の主因は、長期にわたるおカネ不足だった。過度の清算主義は悲劇招く そのため、おカネ不足には、金融政策と財政政策が政策手段ではベストであり、基本的に構造改革ではない。小泉政権の「構造改革なくして景気回復なし」はその点を考慮していない間違った政策認識である。 最近でも、この考えに陥った人たちは多い。菅義偉(すが・よしひで)首相の経済政策の「指南役」の1人として脚光を浴びるデービッド・アトキンソン氏や、東洋大教授の竹中平蔵氏らの新型コロナ危機での経済政策観はその典型であろう。両者ともに新型コロナ危機を利用した過度の清算主義に陥っている。 清算主義というのは、下記の図表のような経済観である。 現実の経済(GDP)がおカネ不足でその潜在能力以下に落ち込んでいるとする(B点)。しかし、ここで財政政策や金融政策で苦境に陥った企業や労働者を救済すべきではない、というのが清算主義者の主張だ。 不況対策により、本来は淘汰(とうた)されるべき「非効率な」企業や労働者が救済されることで、かえって経済の停滞が長期化すると彼らは考えているのだ。 アトキンソン氏は、むしろ中小企業のうち小規模企業は淘汰した方がいいとの考えを示し、竹中氏は労働者の流動性を阻害するとして政府の雇用調整助成金に疑問を呈している。不況による淘汰はやがて経済を強靱(きょうじん)化して、以前よりも高い成長経路(D点のライン)を実現するだろう、という目論見だ。日本の失業率は2・6%と低い。しかし失業者178万人に対し「休業者」が652万人。潜在失業率は11%になる。政府が雇用調整助成金を出し、雇用を繋ぎ止めるからだ。不況が短期間でかつ産業構造が変わらないなら、それもいい。しかしそうではないだろう。こうした点が国会などで一切議論されないのは問題だ。竹中平蔵氏の公式ツイッター、2020年6月4日 このような清算主義は単に不況を深めてしまい、優良な企業の発展を妨げるのは自明である。どんな優良な財やサービスでも、おカネが不足していれば単に買えないからだ。清算主義の経済観を示した図表 ただ、竹中氏は清算主義と同時に、しばしば日銀の大胆な金融緩和政策を主張しており、かなり本格的に論じている。この辺りを竹中氏の矛盾ととるのか、それとも政策提言者の面妖さ、したたかさとるのか、再考してみる余地を感じている。 いずれにせよ新型コロナ危機の今、深刻なおカネ不足が問題であり、それを立て直すことが最優先である。 甚大なおカネ不足においては、ビッグバン型の効率性重視政策の出番ではないし、清算主義の出番となれば国民の悲劇である。そのことだけは確かだ。

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    夢破れし「大阪都構想」、混乱もたらした維新はどうケジメをつけるか

    の皆さんには「お疲れ様でした」と申し上げたい。 そしてコロナ禍での大変な時期に、大阪市民をある意味で政治家の闘争に巻き込み、多額の税金を投入しての住民投票の実行を推し進めた議員らには猛省を促したい。特に大阪維新の幹事長は「コロナ禍で(都構想を)訴えるのが大変だった、理解を深めるのが難しかった」というような総括をしていたが、こんな時期に無責任に住民投票を行ったのは誰なのかと問いたいものだ。 維新の前代表であった橋下徹氏が「住民投票は1回限り」と大阪市民に訴え、金輪際行わないはずだった住民投票をゴリ押しで2回目に持ち込んだのだから、大阪都構想を推進した維新は負けるわけにはいかない、全身全霊をささげての闘いだった。そのエネルギーは本来ならむしろ、コロナ対策に向けるべきではあったが。 さらに事前の世論調査で賛成派が反対派に押されていると分かると、維新は公明の山口那津男代表に大阪入りの応援演説を依頼したとも言われている。 これは「俺たちに逆らえば、公明の大阪の地盤に候補者を立てるからな」という維新の強圧的な態度が一転し、なりふり構わない、プライドを捨てての奮闘ぶりを見せた。 ただ、公明との交換条件が存在しないとは到底考えられないので、維新は今後、大阪の衆議院小選挙区で公明の地盤に候補者を擁立することはないに違いない。 つまり維新は次回以降、大阪で大きく衆議院の議席を伸ばす可能性は低くなった。そして、都構想が否決されたことにで、全国的な支持層拡大も壊滅的であろうし、大阪以外の維新所属議員らが離脱していく可能性も大いにある。維新に代わって大阪の自民が矛先を公明の選挙区に向け、衆院候補者擁立を企てる可能性もあるだろうが、これは自民党本部から怒られて実現しない。しかも、今回公明支持層は賛成票反対票がほぼ半分ずつで、結果として公明は維新にも自民にもうまく立ち回ることができている。良いポジションをしっかり持っていくいつもの公明党にはちょっと感心してしまう。 松井代表お気に入りの落選議員が税金で本部で雇用され、そんなお友達メンツで「大阪府民は何が何でも維新が好きやから」とあぐらをかいて運営を進めているような維新とは異なり、公明には強いブレーンがいるのであろう。否決が確実となり、会見冒頭で頭を下げる(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文知事と同代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 一方で都構想の反対派も前回の住民投票時の活動よりは、市民の反応を見ながら人々が気になっている部分を簡潔に説明していくなど、戦略的には巧みだった。 ただ、課題として、いつでも反対派はヒステリックに映ってしまうので、ここは今後の野党の改善ポイントになるだろう。議員が感情的になればなるほど、国民の大部分を占める無党派層はその圧についていけず傍観者側に回ってしまい、同調にはつながりにくくなる。 だからこそ私は議員時代、国会でプラカードを掲げる野党国会議員に「せっかく良い問題提起をしていても、その行為に国民が引くからやめてほしい」とツイッターで意見を表明したことがある。偶然か功を奏したかは定かではないが、その後いったんは国会内でのプラカード掲示はなくなった。失った維新のアイデンティティー 話を住民投票の結果に戻そう。大阪府内で圧倒的な支持率を持つ維新が10年以上にわたり、「一丁目一番地」としてきた大阪都構想は結局のところ、約1万7千票という僅差ではあるが大阪市民によって否決された。 今回は、議員選挙のときのように政党を好きか嫌いかではなく、政策の中身の良否で有権者が判断した結果が数字となって現れた、住民投票本来の姿でもあった。だからこそ今回は、大阪市民が「自分たちの生活が脅かされるのではないか」という強烈な危機感を、維新に対して抱いたということではないだろうか。 市民は生活に直結する住民投票に直面したことで、維新のキャッチフレーズである「身を切る改革」や「クリーンな政治」、「高齢者を担う次世代のために」という言葉を落ち着いて見たときに、ハリボテだと気付かされてしまった。 維新は口では素晴らしいことを言いつつも、現実には橋下氏の後援会会長の子息を特別秘書として税金で雇用したことをはじめ、維新所属の議員らは政党助成金(税金)を使って銀座で飲み歩き、市民からの税金を私的に流用したりとやりたい放題だ。バレれば小さな政党の「全国的にはほぼ注目されない」という強みを活かし、コメントを控えるという作戦でこれまで乗り切ってきた。 「高齢者を担う次世代のために」という言葉を信じた高齢者世代にとっても、少しの間と言うのであれば明るい高齢化社会のために我慢も致し方ないと思っていたのが、気づけば10年以上待てど暮らせど高齢者福祉に目新しい向上は見られず、不安は日増しに大きくなる一方だ。 加えて維新のハリボテ感の極めつけといえる出来事が、10月29日に橋下氏が更新したツイッターのコメントだ。橋下氏は「大阪都構想は世界と勝負するための令和の『大大阪』構想なのだ」とつぶやいた。 この言葉を見て私は、維新がいかに言葉遊びで大阪府民を惑わせてきたことを証明するかのようなこの内容に、心底残念な気持ちになった。東京にも追いつくどころか、企業をどんどん奪われ、息も絶え絶えの経済状況である大阪が、なぜいきなり世界と勝負するのかさっぱり意味が分からない。 このツイートが「この僕が『令和』や『大大阪』とか言っておけば、大阪市民は喜ぶでしょ。ちょっと住民投票を手伝ったんだから、維新議員はまた自分のパーティーの講演会に呼べよ」という橋下氏の心の声だとしか、私には聞こえないのだ。 私自身の考えとしては、大阪都構想が実現しようがしまいが、基本的に大阪市民の生活は何ら変化はなかっただろうから、「大阪市」という名称を残せたことだし、結果はこれで良かったのではと思う。たとえ今後大阪府知事と大阪市長が他会派になったとしても「あの人とは考え方が合わないから、維新が現れる10年前の状況に戻すぞ」なんてことを言いだすわけもない。 最後に私が注目したいのは、大阪維新の魂である大阪都構想を二度も否決された、維新議員の今後の身の振り方である。橋下氏はかつて「維新議員は都構想を実現させるためにつくった。それは国会議員だって同じだ」と、会合で何度も何度も話してきた。 となると「都構想」という、大阪を今後どのように導くのかという道しるべを失った維新議員たちは、自身の存在意義を顧みて引退するのが筋だと私は思う。しかし、維新議員のほとんどが生活の糧を議員報酬に頼っているので、その潔さはない。 維新の議員たちは地元市民に今後の大阪について問い詰められる度に、苦笑いを振りまき、時間薬である忘れ薬の効き目を待つのであろうが、それが大阪府民の求めるものなのかということを自問自答していただきたい。否決確実を受け、会見する大阪維新の会代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 大阪の街並みと経済は、発展どころか衰退の途をたどっている。そろそろ維新の実らぬ改革にお付き合いする余力も大阪にはなくなってきたところいうことを大阪府民の心に刻む良い機会が、この住民投票だったのではないだろうか。

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    フィンランドは30代の女性首相、北欧はいかに「男社会」を脱したか

    え女性の政界進出も少しずつ注目を浴びるようになってきた。 北欧諸国のどの国も三権分立に基づいており、政治家の汚職も世界で一番少ない。そもそも北欧における政治制度は、他のヨーロッパ諸国よりも社会派民主主義に基づいている。 理由として挙げられるのが、19世紀におけるマルクスの「資本論」、そして1848年革命の思想がきっかけとなり、次第に社会派民主主義が築かれてきた。また、20世紀初頭には労働組合の大規模な政治活動などが起こっている。 そのような情勢の中、女性の権利向上のための運動がさまざまな意味で起こり、普通参政権を要求するようになってきた。そして参政権取得後に、女性が少しずつ政界に進出してきたのだ。 昨年12月、フィンランドで34歳という若さの女性首相、サンナ・マリン氏が誕生した。しかも首相を含む4人の女性大臣たちは、皆30代という若さである。他の北欧を見ても、現在のデンマーク首相(42歳)やアイスランド首相(44歳)も女性だ。 また、私の住むノルウェーでは、もし現在のアーナ・ソルベルグ首相(女性)がコロナ感染などで、一時的に自宅隔離という状況になった場合、現在の貿易・産業大臣のイセリン・ニーブー氏(女性38歳)がソルベルグ氏の代行として首相になるそうだ。 さらに、最近、子供・家族大臣のチェル・インゴルフ・ロプスタ氏(男性)の育児休暇のために、当時27歳であったイダ・リンバイト・ローセ氏(女性)が代行を受け継いでいる。 では、なぜ北欧ではこのように多くの女性が、しかもその中にかなり若い女性が年上の男性と肩を並べ、政界で活躍しているのだろうか。北欧の高福祉制度と男女平等は単なる偶然なのだろうか。2020年5月4日、新型コロナウイルスについて、女性閣僚とともに記者会見するフィンランドのサンナ・マリン首相(中央)(ロイター=共同) まず、北欧における性の平等の政策は、何よりも家族政策と結びついている。歴史を振り返ると、北欧も昔は家族の世話をしたのは女性であった。しかし、女性の権利が向上するに伴い、女性の就労は当たり前になってきた。 現在では両親が共に仕事を持てるということが基本であり、それに伴い保育所施設の充実が重要であることは言うまでもない。また、病気やけがの場合の保証も必要である。家庭によっては男性だけが仕事をしている場合もあるが、その男性が病気になれば、それを補う必要がある。その後、子供や老人のための福祉制度も、国家を通じて保証されるようになった。女性の就職率74% しかしながら、いくら女性たちが集団でデモ行進などをして権利を訴えても、肝心の政治自体が変わらなければ、無意味である。ジョン・スチュアート・ミルが著書『代議制統治論』(1861年初版)で訴えたように、女性の権利を守るには法律による保護が重要である。そのために女性が行ったことは次の事項である。 まず、第一に女性普通参政権の取得である。これはもちろん選挙権と被選挙権の両方が必要だ。北欧諸国の普通女性選挙権が取得された年を挙げると、1906年にフィンランド、13年にノルウェー、デンマークとアイスランドは15年、そしてスウェーデンは19年である。その後徐々に女性が政界入りし、少しずつ政治改革を進めていった。 参政権を取得し、女性議員が増えていった次は、女性の首相誕生である。これについては、他の北欧諸国と比較するとノルウェーが秀でており、81年に最初の女性首相が誕生している。そしてフィンランドが2003年、アイスランドが09年、そしてデンマークが11年と続く。これらの国々は、後に別の女性首相が現れてもいる。スウェーデンは他のさまざまな面では他の北欧と同様、女性の進出も多いが、女性首相誕生においてはまだである。 女性が政界入りし、社会を変えていくことが可能だと証明して見せた事項が、例えば人工妊娠中絶の取り組みである。どの国も中絶の権利は、女性の政治参加に非常に大事であったが、例えばノルウェーでは、20世紀初頭から中絶の権利について真剣に話し合われるようになった。 そしてノルウェー初の女性首相である、グロ・ハーレム・ブルントラント氏は、医師であり、中絶の権利について何年も訴え続けていた。1974年には国会で問いかけ、物議を醸したほどであった。男性議員から中傷を受けても負けずに、ブルントラント氏は活動を続け、ついに78年に国会で中絶の権利が議決された。 ブルントラント氏が86年に再び首相に就任した際には、24人の大臣のうち8人が女性だった。今でこそこの割合は少ないように見えるが、当時としては大きな変化であった。戦後から72年までは、女性大臣はほぼ1人だったが、その後少しずつ増加をたどり、86年には、前の政府の4人からその倍の8人に増加した。尚、現在のソルベルグ政府では22人中20人が女性大臣である。 次に北欧の女性進出と高福祉制度について触れてみよう。北欧諸国の女性進出の特徴は、次の8項目が挙げられる。 まず、経済協力開発機構(ОECD)諸国における女性就職率の平均は66%だが、北欧では74%が仕事に就いている。理由は、子供や高齢者の福祉が充実しているからだ。 保育所の充実は、特に女性の就業率に大きく影響する。北欧での保育所施設の普及については、0~2歳までは約30〜65%と数値に開きがあるが、3~5歳までは、フィンランドでは約75%で、その他の北欧ではどの国も約95%という高い数値が出ている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 二つ目は、高学歴の女性が多いことと、両親が有給の育児休暇が取れるという理由である。また、政治における議員候補者の一定数を、女性に定める「クオータ制度」が充実しており、女性も男性ばかりの職場での就職が可能であり、逆に男性も女性の多い仕事につきやすい。平均育児休暇日数は年345日 第三の理由は、子供の福祉に関する費用だ。北欧では幼稚園など子供を預ける施設の費用が収入のほぼ10%に抑えられている。同じヨーロッパでも英国では平均が34%、また米国では26%である。 四つ目は、両親が仕事と子育ての両立をしやすいようになっている。一つ目でも触れたが、育児休暇において北欧では1年で平均345日の育児休暇が取れることになっている。スウェーデンが最長で70週の有給育児休暇が取れる。一方、アイスランドは北欧で最短の40週である。 五つ目は、父親の育児休暇である。母親より少ないとはいえ、北欧の父親たちは育児休暇の長さにおいて世界でもトップクラスだ。特にアイスランドとスウェーデンではそれぞれ28%と25%が育児休暇を取っているという統計がある。 次は仕事の時間帯の柔軟性だ。デンマークとフィンランド、スウェーデンの三国は、柔軟な仕事の時間帯を供給する企業がヨーロッパで一番多い。北欧の労働者の半分以上が、都合に応じた時間帯で働くことが可能である。つまり男女ともに仕事と育児の両立が可能ということだ。 一つ目の理由で高学歴の女性が多数いるということに触れたが、北欧では大学や大学院を修了した人の61%が女性である。これは職場における性の平等にも影響しやすいことは、明確であろう。 最後に女性リーダーが北欧では36%を占めるということもある。高学歴の女性が多いということは、職場における男女の比率にも影響し、当然のことながらリーダー職の比率にも影響を与えることは、当然と言えるだろう。 ここで、忘れてならないことは、若者の政治参加だ。北欧では年齢面での平等も重要であり、例えば昨年メディアを賑わした、スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんは、当時16歳であった。 北欧に限らずヨーロッパでは若者の政治参加も珍しくなく、例えば多くの政党の下に、13歳から入党可能な若者を対象とした非政府組織(NGO)が存在し、大人と若者のグループでそれぞれの活動をしたり、選挙が近づくと共同で選挙活動をしたりしている。 また、選挙で若者が選ばれて、政治家になることもそう珍しくはなく、それにより年齢差も縮まっていくことは不思議ではない。昨年9月のノルウェーの地方選挙では、22歳の男性が全員一致で市長に選ばれたり、北欧以外にもオーストリアでは2017年に30歳の男性が外務大臣に選ばれたりしている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 米国では18年に29歳と30歳の女性が国会議員に、そしてイタリアでは31歳という年齢で男性が首相になり、同じ男性が2年後に外務大臣になっている。また、出産後に子供を国連総会に連れてきたことでも知られている、ニュージーランドの首相、ジャシンダ・アーダーン氏は、17年に就任した当時37歳だった。「バイキング時代」から平等概念 ある地域のアフリカや欧米全般にも言えることだが、若者の政治的活動が活発であり、20代や30代で政治家になっている。このような中で最近フィンランドに誕生したのが、34歳のマリン首相だ。同国政府は19人の大臣からなり、そのうち首相を含む12人が女性で占められている。 他の北欧諸国の女性大臣の数を挙げると、スウェーデン政府は、23人の大臣で女性は12人である。デンマークでは20人の大臣のうち首相を含む7人が女性で、アイスランドでは11人のうち、ここもまた首相を含む5人が女性である。 これらをまとめると北欧全般においては、それほど目立った違いが見られないし、すでに女性が首相や他の重要なポストに就くことは、北欧では何も特別なことではない。日本語の表現に「女子供」というものがあるが、北欧では全く通用しない。 それでは北欧各国の特徴を簡単に説明してみる。北欧諸国が同じような経過を辿って、女性の政界進出が起きたというわけではなく、専門家によると、それぞれの国の経過に相違がかなりあるということだ。 ノルウェーでは性の平等とは違うが、もともと平等という概念がバイキング時代からあったとされている。また、他の北欧諸国と違い、貴族という特権階級がほとんど存在しなかったという歴史的背景もあった。 さらにクオータ制が国会で承認されたのも1980年代であり、89年の国政選挙では女性の数は国会議員の36%を占め、以来その割合の大きな変化はない。北欧全体と比較するとノルウェーは中間を占める。 アイスランドについては、もともと女性の政界進出にはそれほど活動的ではなかったが、2013年にクオータ制を取り入れ、短期間で女性の政界進出が大きく変わり、10年間で女性の国会議員の数が25%から48%までになった。17年の世界経済フォーラムでの男女格差では世界のトップに位置している。 一方、デンマークはどうだろうか。以前から女性の政界進出において肯定的な伝統はあるのだが、具体的な取り組みはなく、北欧諸国の中では最低値を示しているという。政界に限らず、経済界でも同じように北欧諸国の中では女性の進出で最低の数値を示している。 しかしながら、国連開発計画(UNDP)の人間開発報告書(2018年)におけるジェンダーギャップ指数では、スイスに次いで2位に輝いている。ちなみにスウェーデンは3位、ノルウェーは4位、フィンランドは7位でアイスランドは9位だった。 スウェーデンは北欧で唯一女性首相がまだ誕生していない。しかし、その他の政界における女性リーダーの数値では、他の国とそれほど大きな違いは見られないものの、特に国有企業での女性活躍が、他の北欧諸国よりは少し進んでいるようだ。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 例えば5年前の資料だが、ノルウェーでは国有企業の女性所有者が18・6%だが、スウェーデンでは32%となっている。違いの理由は、ノルウェーでは、国ではなく企業の役員が性の平等の推進を進めるという役割を担っており、そのために平等な促進を進めることは難しくなる。ところがスウェーデンでは国自体が企業に推進を働きかけるため、企業としては進めることをやむなくされるということになる。高い国会議員の女性比率 さて、最年少の女性首相を生んだフィンランドではどうか。女性が進出するには、まず子供を預ける施設の充実が必要だが、子供を預ける施設の数がそれほど多いわけでもない。それにもかかわらず、妥当で質の良い幼稚園や保育園が、他の北欧と比べ非常に充実しているという。また、女性のパートタイム労働者の割合は、ノルウェーでは39%だが、フィンランドでは19%である。 女性の政界進出を他の欧州と比較しても、北欧はこれについても秀でており、女性政治家の数は北欧のどの国でも、同一に高い。北欧女性の普通選挙権取得年を挙げると、1位は1893年のニュージーランド、そして1902年のオーストラリアに次ぎ、06年にはフィンランド、ノルウェーは13年となっており、15年にはデンマークとアイスランド、スウェーデンは少し遅れて19年となっている。ちなみに日本は1945年である。 女性の政界リーダーについては、フィンランドとアイスランド両国で女性の大統領が存在し、現在存在する女性の首相はフィンランド初めノルウェー、アイスランドとデンマークで活躍している。また、政界リーダーではないが、デンマークでは英国やオランダと同じく、1972年から女性国王がいることも忘れてはいけない。 さらに、北欧の国会議員の女性比率は世界でも最高となっている。2016年は、北欧では41%だが、世界の平均値は23%未満だ。日本の衆院議員は10・1%、参議院は20・7%(2018年)となっている。 他のヨーロッパと比較してみよう。国連の「ジェンダー不平等インデックス」(2012年)によると、経済的平等についてはドイツやフランス、イタリアなどの保守的な国々は59・1%、英国やアイルランドなどのリベラル国家では67・6%だが、北欧では76・8%だ。民主的な一致については保守的国家が38・6%でリベラル国家は32・3%だが、北欧は67・5%と極めて高い。 北欧全般に言えることだが、労働者の政治的活動がもともと活発で、地理的にもお互い影響を受けやすい。その結果、民主社会的な社会を目指す政治的概念が育つと同時に、女性の連盟が19世紀前後に誕生し、活動し始めた。 また、前述したように、家族の世話をするのは多くの場合女性であり、連盟を通して女性の権利のための改革や運動を行っていた結果が、高福祉社会を産んだのである。つまり性の平等なしには、高福祉国家はあり得ないと言える。ベルギー・ブリュッセルでの会議に出席したフィンランド首相就任前のサンナ・マリン運輸・通信相=2019年12月(ゲッティ=共同) さらに、北欧において、若者や女性も政治活動に自由に参加する権利があるのは、当然であると一般的にも知られている。このような環境にいることで、北欧諸国の国民が女性や若年層の政治参加ということに順応していくのも不思議ではないだろう。それゆえ昨年12月にフィンランドで34歳の女性のマリン首相が誕生したということは、それほど驚くこととは言えないのだ。 日本の政界ではいまだに女性はおろか若年層のリーダーもほんの一握りしか存在していない。日本で女性首相が誕生することを心から願うばかりである。

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    日本学術会議論争、軍事研究で辛酸を舐めた学者が憂う「学問の退廃」

    がある。この利害関係者の間でしか盛り上がらない「学問の自由」をめぐる論争の背景には、荒漠たる思想的、政治的虚無が広がっている。この憂慮すべき状況に関して、筆者の個人的体験を交えながら思うところを記したい。 日本学術会議の支持派は、政府の任命拒否を「学問の自由」に対する侵害だと言って非難している。筆者としては、何十年ぶりかで「学問の自由」が声高に叫ばれるのを聞いた気がする。ただし、かつてとは異なり、否定的な意味でだが。 70年安保前後に全国の大学で吹き荒れた学生運動では、「学問の自由」を盾に自らの特権的地位や知識を独占しようとする大学教授に対し、全国の学生が「学問」とは何か「自由」とは何かを問いかけ、そして文字通り物理的に「象牙の塔」を破壊し、権威にまみれた「似非(えせ)学問の自由」を粉砕した。一方で、一部の勢力は「学問の自由」を守れと主張し、これが結果的に警察権力の介入を招いた。 東大安田講堂の落城と共に、日本の大学の「学問の自由」も「大学の自治」もとどめを刺されたのだ。それゆえ今さら「学問の自由」を守れと連呼されても、守るべき「自由」も「自治」もとっくの昔に死に絶えている。 学生運動が鎮静化する70年代半ば頃までは、大学教職員は「学問の自由」を守ると呼号して、資本家や資本主義に奉仕する「産学協同」や、ましてや自衛隊との「軍学協同」には断固反対を主張していた。しかし、いつのまにか産学協同は産学連携と呼び方を代え、今では大学は反対するどころか積極的に受け入れている。寡聞にして、日本学術会議が「学問の自由」を守るために産学連携に反対したと聞いたことがない。 しかし、日本学術会議が一貫して反対していることがある。それは自衛隊との軍学協同や軍事研究である。特に日本学術会議だけが反対しているわけではない。少なくとも冷戦が終焉(しゅうえん)するまでは、全国のほとんどの大学で軍事研究は忌避されてきた。研究だけではない。 軍学協同反対の立場から、当時の防衛庁、自衛隊やその関連研究所に所属する研究者や自衛官は学界、大学からパージされてきた。軍事研究反対の実態は、研究目的よりもむしろ研究者が「軍」に所属していることで忌避された軍学協同反対というのが実態である。 例えば、73年に設立された防衛学会(現在は国際安全保障学会と改称)に対抗して、同年に設立された日本平和学会は、いまだに以下の差別条項を掲げている。第4条:本会への入会は会員2名の推薦を要し、理事会の議を経て総会の承認を得なければならない。また、在外会員(留学生は除く)については、しかるべき研究機関の推薦状によって会員2名の推薦に代替させることができる。ただし、本会の研究成果が戦争目的に利用されるおそれのある機関あるいは団体に属するものは原則として入会できない。当時東京・中目黒にあった防衛庁防衛研究所=2000年9月 筆者は大学院生のときにこの平和学会に入会していたが、81年に防衛庁防衛研修所(現在の防衛省防衛研究所)に入所したことで退会させられた。その後96年に大学に移ってから、縁あって何人かの会長経験者に「ただし書き」の意図を直接尋ねたことがある。しかし、いずれも言を左右にして明確には答えてもらえなかった。 防衛研究所での日々 防衛研究所に勤務していた16年間は、文字通り「学問の自由」(好きな研究は自由にさせてもらったから、正確には「言論の自由」)とは縁がなかった。というのも論文を外部に発表するには、まじないのように「本論文は、著者個人の意見であり、所属する組織の見解ではありません」との一文を書き添えた上で、数人の事務官が事実上の検閲、押印したのちに所長の決裁印が押されてやっと外部発表ができたからだ。時には書き直しを命じられることもあった。それゆえ志高く持ち、その修正を拒否して若いながら辞職した同僚もいた。 安全保障研究への風当たりが少し弱まった冷戦終焉後の96年、運よく筆者は大学に移ることができた。それからは誰の許可を得ることなく、大学では自由に研究も発表もできた。しかし、防衛庁に勤務していたときには感じなかった居心地の悪さを感じることもまた、多くなった。研究所にはまず、反自衛隊や反軍の思想を持った所員はいなかった。 しかし、いわゆる「娑婆(しゃば)」に出ると、そこは平和主義者や護憲派が跋扈(ばっこ)する世界であった。ちなみに、外界を「娑婆」と呼ぶのは次のような背景がある。現在東京・市ヶ谷の防衛省敷地内にある防衛研究所は、かつて中目黒の塀で囲まれた旧海軍研究所(現防衛装備庁艦艇装備研究所)の跡地の一角に、ほかの自衛隊の教育、研究施設と共にあった。 正門が古い刑務所の門に似ていたためにヤクザの出所シーンの撮影に何度か使われたことがあり、冗談のように研究所を刑務所に見立て、筆者たちは外の世界を「娑婆」と呼んでいた。もっとも自衛隊そのものを自嘲気味に「格子なき牢獄」に見立てる自衛官も当時は多かった。 とはいえ、それなりに「ムショ暮らし」は楽しかった。反面、「出所後」の筆者は護憲派からはまるで「前科者」のように遠ざけられた。「前科者」の筆者は、果たして「日本学術会議」が言う「科学者コミュニティー」の一員として認めてもらえるのだろうか。 このような経歴のゆえに、筆者には今回の日本学術会議の任命問題は全く別世界の話だ。ただ、いささか気の毒に思うのは会員に「任命されなかった」研究者ではなく、会員に「任命された」研究者のことである。これで防衛研究所時代の筆者と同様に特別職国家公務員として、晴れて政府お墨付きの「御用学者」としてのレッテルを張られることになったからである。 尚、早稲田大教授の長谷部恭男氏は毎日新聞の記事にて「もの言わぬ学者は『政府のイヌ』とみなされる」とまで言い切っている。それゆえ会員に任命された研究者は、もし「政府のイヌ」になりたくなければ「もの」を言い、その上で「学問の自由」を主張し、不服があれば首相の任命を拒否してはどうだろうか。ただ任命されなかった研究者が政府に「任命せよ」と迫るのは、「御用学者」、「政府のイヌ」として認めろと言っているようで滑稽ですらある。衆院憲法審査会に出席した参考人の早稲田大の長谷部恭男教授=2015年6月 今回の学術会議の問題は、実のところ、任命うんぬんにあるのではない。問題の本質は「学問の自由」における「自由」の部分にあるのではなく、「学問」の退廃にこそ原因がある。とりわけ人文・社会などいわゆるリベラル・アーツの退廃が21世紀になってから著しい。その背景には、教育のグローバル化や教育予算の減少、そして文科省による管理行政がある。リベラルアーツの重要さ 教育のグローバル化で、大学はGPA(世界標準の成績評価指標)の導入や多言語教育、留学制度の拡充などに取り組み、国際的な大学間競争で生き残りを図ろうとしている。さらに文科省は、予算の集中と選択で教育や研究に競争原理を持ち込んだ。そのため各大学は、予算や補助金をめぐって激しい競争を強いられる。 そのため、学生からあまり人気のない哲学、思想、政治系の教育・研究分野は競争に劣後していかざるを得ない。だからといって、物理学や生物学など基礎系の自然科学がそれらの学問に優越するわけではない。すべての学問の根幹をなす哲学・思想が退廃すれば自然科学も衰退する。自然科学が衰退すれば、科学技術の発展もない。そして哲学・思想の退廃は政治の退嬰(たいえい)をも招く。過去の国家や文明の栄枯盛衰を見れば明らかだが、政治の退嬰は社会の混乱を、社会の混乱は国家や文明の衰退を招く。 学問の退廃は、安保法制をめぐる政治的、社会的混乱を見れば明らかだ。安倍晋三政権時、単に「アベ嫌いか」あるいは「アベ好きか」という感情で社会が二分化され、まともに国家理念や政治思想に基づく安全保障論議がされることはなかった。 反アベ派は宗教的、教条的な平和主義を振りかざし、安倍首相に悪口と罵詈(ばり)雑言を浴びせるばかりだった。他方、親アベ派も現実を無視した反中「現実主義」を声高に叫び、まさに中江兆民が著した『三酔人経綸問答』の「東洋豪傑君」のようだった。一方で野党は共闘もできず、党利党略に明け暮れた。安保法制をめぐる国論の二分化は、戦後日本が戦争研究を忌避し、思想的土台を欠いた結果である。 人が戦う原因として「利益」「名誉」「恐怖」の3つを挙げた古代ギリシャの歴史家トゥキュディデス。弱肉強食のルネサンス期イタリアにて生き残る術を説いた『君主論』の著者ニッコロ・マキャベリ。ピューリタン革命下にて社会の混乱に直面し、万人の闘争状態からの社会契約論を訴えたトマス・ホッブズ。「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」と『戦争論』にて唱えたプロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツの思想など、これら古来からの戦争研究は哲学・思想研究だということを「平和主義者」は今一度思い起こすべきである。 結局、日本学術会議の任命問題は、政治においては民主主義の問題である。フランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソーは、共同体(国家)の成員である人々が総体として持つとされる意志を「一般意志」と説き、各個人の意志は「特殊意志」と定義した。 学術会議側は「科学者コミュニティー」という限られた人々の「特殊意志」を、あたかも全国民の「一般意志」であるかのように自称し、とうの昔に雲散霧消した「学問の自由」を錦の御旗として反政府闘争をあおっている。日本学術会議会員の任命拒否問題を受け、プラカードを手に抗議する人たち=2020年10月6日、首相官邸前 他方政府は、これまた国民の代表という「全体意志」を振りかざし、民主主義の根幹である説明責任を果たそうとしない。学術会議側も政権与党も、いずれも民主主義の衰退に手を貸し、左右を問わず権威主義の台頭を招いている。 「学問の退廃、ここに極まれり」である。

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    国難の今、「日本学術会議」の国会論戦など愚の骨頂でしかない

    は、大和大の岩田温准教授の論説『「学問の自由」とは笑止千万!』(『WiLL』2020年12月号)や、政治評論家の屋山太郎氏の論説『日本学術会議 首相、「6人任命せず」は当然』などで指摘されている。 めったに手に入らない書籍だが、『赤い巨塔「学者の国会」日本学術会議の内幕』(時事問題研究所、1970年)には、詳細に日本学術会議の「左傾化」が報告されている。日本学術会議をどのように左翼的な組織に変えていったのか、その手法もかなり具体的に書かれている。 簡単に説明しよう。平均的な学者たちは、その時間のすべてを日本学術会議の活動にささげることはできない。多くの学者は、それこそ政策提言よりも研究活動の方を優先するからだ。これを「日本学術会議の活動の機会費用が高い」と経済学的には言い換えることができる。 それに対して共産党やその影響下にある組織に属している会員は、研究よりも日本学術会議にすべての時間をささげることが可能だった。つまり時間の機会費用が低い。研究優先の人から見れば、暇人か物好きに見えるかもしれない。 分業の利益が働いたことにより、日本学術会議は、研究よりも同会議を政治的に利用しようとする、ごく一部の会員のコントロール下に置かれてしまう。これは一般社会でもよくあることで、会社や組織に本当に貢献する人材よりも、上司にすり寄ったり、社内だけの内向きな人間関係しか頭にない人ほど出世したりするのに似ている。 もちろん、日本学術会議に全霊を尽くして貢献すること自体が悪いわけではない。政策提言も、中身の正しさの議論を脇に置けば、ほとんどが高度な専門的業務であり、特殊な知識や経験が必要だ。問題なのは、日本学術会議の活動や政策提言が特定の政党にコントロールされてしまい、しかも、そのことについて民主的な統制が働かなかったからだ。菅義偉首相との会談を終え記者団の取材に応じる日本学術会議梶田隆章会長=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) この日本学術会議の共産党支配の時代における典型的な人物像については、上記の『赤い巨塔』の他に、東京大と国際基督教大(ICU)の名誉教授、村上陽一郎氏の論説『学術会議問題は「学問の自由」が論点であるべきなのか?』、そして、東京外国語大の篠田英朗教授の論説『日本学術会議の任命拒否問題は「学問の自由」とは全く関係がない』に詳しい。70年代まで共産党が支配 政府の組織でありながら、反政府の政治的活動の拠点にされていることは、戦後まもなくから問題視されていた。しかし実際には、1970年代まで共産党の強い支配は続く。 それに対して、中曽根内閣の時代から改革が始まった。当時の問題点である「談合取引」については篠田論説を参照されたい。21世紀に入ってからの日本学術会議の民営化議論、そして会員の推薦方法などを改めた2004年の日本学術会議法改正などを経て、次第に特定政党の影響力を排除する動きが続いた。しかし、篠田論説などでは、今回の人事でも特定の政治的な勢力の影響が問題であり、その是正こそが問われているという指摘がある。 もともと日本学術会議は政府への政策提言を行うという、政治的な色合いを与えられたものである。専修大の野口旭教授が、論説『学者による政策提言の正しいあり方──学術会議問題をめぐって』(ニューズウィーク日本版)で明瞭に示している。結局のところ、日本学術会議がそもそも政治的目的を付与された存在であり、実際に無自覚にせよそのように振る舞ってきた以上、その組織は政府の政策的意図と本来無関係ではあり得なかったのである。にもかかわらず、それをあたかも純粋な学術組織であるかのように言い募って「政府からの独立」や「学問の自由」を主張するのは、それこそ統帥権の独立を楯に政治介入を繰り返した旧軍の行動そのものである。ニューズウィーク日本版「ケイザイを読み解く」 しかも、その「旧軍」は政府の政策的意図と協調するどころか、特定の政治的イデオロギーで反政府的に動く可能性さえあるならば、二重に問題は深まる。 すでに日本学術会議がここ10年の間に提言してきた経済政策の問題点も以前の論説で批判したので今回は省略するが、日本経済を破綻させようとしているとしか考えられないレベルだった。この点については、嘉悦大の高橋洋一教授らもくり返し同様の指摘をしている。 前内閣官房参与で米イェール大名誉教授の浜田宏一氏が、論説『スガノミクスは構造改革を目玉にせよ──安倍政権ブレーンが贈る3つのアドバイス』で、菅総理に3つの提言を送っている。それは金融緩和の継続、財政再建論などを言う専門家にアドバイスを参考にしないこと=積極的な財政政策の採用、そして日本の潜在成長力を高める構造改革と成長戦略に重心を置くことである。日本学術会議の会員候補任命拒否を巡り、東京・渋谷で開かれた抗議集会=2020年10月18日 日本学術会議問題は、この浜田提言の3番目に該当する問題だ。民営化よりも、廃止した方が日本学術会議の政治的バイアスにまみれた権威付けが残らないので、個人的には推奨したい。

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    「経済」か「コロナ」か、大統領選で米国人を悩ます究極の二者択一

    ずである。つまり、大統領職務継承法自体が違憲であるとの議論が、十分な根拠を帯びてしまう。これは米国の政治制度に埋め込まれた、一種の「地雷」なのだ。それなら違憲の疑いを回避するために、下院議長や上院仮議長が議員を辞職すればよいのではないかと思われるかもしれない。 しかし、そうなると今度は、そもそも大統領職務継承法に定められた継承資格自体を当人が喪失することになってしまう。こうした事態を避けるには下院議長と上院仮議長が代行就任を辞退し、国務長官以下の閣僚にバトンを渡すしかあるまい。 ただ、現国務長官であるマイク・ポンペオ氏が大統領代行とは、いかにも軽量級という気もする。そのため結局は、大統領と副大統領には、健康でいてもらうのが一番なのだという、当たり前すぎる結論に至ってしまう。 顧みれば、16年の大統領選でトランプ氏に勝利をもたらした一つの要因は、彼が当時の米国人の少なからぬ層が抱いていた閉塞(へいそく)感を理解し、それを打開すると一貫して訴え続けたことにある。そしてその訴求力において、閉塞感への打開というシンボルが、トランプ氏を大統領として後押しする力もあったといえよう。 不法移民の流入、米国人の職を奪う「不公正な」貿易協定、だらだらと続く戦争は多くの米国人に「自分たちは割を食っている」という感情を抱かせていた。トランプ氏はそれらの是正を繰り返し訴え、しかも視覚に訴える表現を用いた。 そして欠かせぬ小道具としては、例の「マガ・キャップ(MAGA cap)」がある。Make America Great Againの標語の入った、あの赤い帽子だ。しかし、トランプ氏は今回の選挙では前回のように明快な政策課題を示し、なぜ自分がもう4年、大統領であらねばならないのかを、未だうまく説明できていない。米西部ネバダ州での支持者集会で演説するトランプ大統領=2020年2月21日(黒瀬悦成撮影) 一方、バイデン氏は民主党予備選初期において、当初本命視された割に目立つ存在ではなかった。もうはるか昔のことのように思われるが、バーニー・サンダース氏やエリザベス・ウォーレン氏は格差の是正を熱く語り、民主党の左傾化を促していた。こうしたリベラル左派の主張は米国民の融和よりも、トランプ氏とその支持者との対決に重点があったように思う。また他の中道と見なし得る候補者たちも、ピート・ブティジェッジ氏のような若くユニークな経歴の人材がそろっていた。バイデン氏は個性豊かな候補者の中に埋没しがちであった。 だが、バイデン氏は、出馬以来一貫して「米国の分断を修復し、人々を結束させる」という訴えを続けてきた。それは米国が人種差別暴動に揺れた今年の夏よりも、はるか以前からであることを忘れてはならない。またバイデン氏自身なのか彼の陣営の誰かなのかは分からないものの、新型コロナウイルスの流行を深刻な問題であると捉え、そう訴え続けてもいる。苦境のトランプ氏 米国民のバイデン氏に対する最大の支持理由は、かつては「彼がトランプ氏ではないから」というものであり、あるいは今でもそうかもしれない。しかし、バイデン氏は、現在ではもう少し積極的な支持理由を与えることに成功しているようだ。つまり、米国民を結束させ、新型コロナウイルスの流行を重大な問題として真剣に対処する点で、トランプ氏とは異なる候補者であるということだ。 その象徴は、バイデン氏が着用している「マスク」かもしれない。そうした意図があるかどうかは別としてこのマスクは、4年前のマガ・キャップに相当する役割を果たしているように見える。 一方でトランプ氏は、最近ようやく簡潔なメッセージを伝えることに集中し始めた。それは「法と秩序」である。これがどの程度米国人の心に響くかどうかは分からない。 経済運営の評価だけは、トランプ氏がバイデン氏をリードしている。実際、国際通貨基金(IMF)の予想によれば、今年の国内総生産(GDP)はマイナス4・3%であり、英独仏伊カナダ、そして日本よりは落ち込みが小さい。このことから、米国人は嫌でもバイデン氏の「米国民の結束とコロナ対策」もしくはトランプ氏の「法と秩序と経済」というパッケージのどちらかを選ぶことになる。 米国での各種の世論調査を見る限り、基本的にはバイデン氏優位、それも相当の優位とは言える。ただ、世論調査を持ち出すと「そんなもの、あてになるのか」とも思われそうである。ただ4年前に世論調査が大はずれしたように言われてはいるものの、実は全国レベルの結果は外れてはいなかったのだ。 制度として米大統領選は、全米の投票数を集計して決まるものではなく、州別の集計で各州に割り当てられた選挙人の数を競う。いくつかの州で、実に僅差でトランプ氏が競り勝ったことが、トランプ氏の「大番狂わせ」を生んだのだ。今回も州別に見ると、結果が予想しにくい激戦州はアイオワ、フロリダ、ノースカロライナ、ジョージアの4州である。 このうちアイオワ以外の一つでもトランプ氏が落とせば再選はおぼつかない。つまり逆に言えば、これらの州をたとえ一票差であってもトランプ氏が制すれば、奇跡の逆転(もうそう呼ぶしかないところまで来ている)も、まったくあり得ないことではない。 フロリダ州についてはトランプ氏が期待しているのはヒスパニック(南米系米国人)票、わけてもベネズエラ系の票である。なぜならヒスパニック系は全体としては民主党に傾いてはいるものの、黒人ほど圧倒的ではなく、共和党が浸透する余地はある。 ヒスパニック系の世論調査会社である『ラティーノ・ディシジョンズ』の9月調査によれば、全米のヒスパニック系の66%がバイデン支持、24%がトランプ支持であり、テキサス、アリゾナでもほぼ同様である。ところがフロリダでは、その差は、52%対36%と縮まる。とりわけベネズエラ系はここ数年で数を増し、登録有権者数で10年前より3倍に増えた。米ナッシュビルで討論会に参加するトランプ大統領(左)とバイデン前副大統領=2020年10月22日(ロイター=共同) 数はわずかでも、接戦においては無視できない。そして彼らはベネズエラの左派政権の失政と迫害から逃れてきた人々である。トランプ氏がバイデン氏を社会主義と結びつけようとしているのも、民主党の下では米国はベネズエラのようになると宣伝するのも、一つにはベネズエラ系へ訴えていると思われる。 先月ポンペオ国務長官が南米歴訪でベネズエラ包囲網の強化を訴え、トランプ氏がキューバ産ラム酒と葉巻の輸入規制を発表したのも、その理由の一つにはフロリダのキューバ系、ベネズエラ系の票を意識してのことであろう。コロナか経済か 一方、トランプ氏にとって不吉なのは、前回のトランプ氏当選の原動力の一つであった65歳以上の高齢者層で支持が減退していることだ。上述の激戦4州の中で選挙人の数が29人と最も多いフロリダは、全米ではメインに次いで高齢者人口比率が高い州なため、この部分がネックだ。 そんな中、LAタイムズ紙が伝えるところでは、トランプ陣営はアイオワ、ニュー・ハンプシャー、オハイオでテレビやラジオコマーシャル放送を打ち切ったという。 ではトランプ氏がこれらの州を諦めたのかというと、彼は退院後に再開した選挙運動での遊説でフロリダ、ペンシルベニアに続いてアイオワ入りしているのでそうとも言えない。 それならば資金事情ゆえの打ち切りも考えられる。実はトランプ陣営は、バイデン陣営に比べて資金面では劣勢なのだ。バイデン陣営は先頃、9月中だけで3億8300万ドルを集めたと発表した。これは大統領選における、月間集金額の記録を塗り替える巨額なものだった。 またトランプ氏は、自分ではどうすることもできない人口構成の変化に直面している。16~20年にトランプ氏の支持基盤である、大卒未満の白人が有権者人口に占める割合が45%→41%、大卒以上の白人が24%→26%、ヒスパニックが12%→14%となっている。 白人で大卒以上の学歴層とヒスパニックは、民主党支持に傾斜している。4年前は大卒未満の白人、大卒以上の白人そしてヒスパニックの合計では45%対36%で白人大卒未満が10ポイント近く優位であった。 しかし、それが今年は41対40と、ほぼ互角となっている。これはトランプ氏にとって朗報とは言えない。それでもトランプ氏は、大卒未満白人層に訴える選挙運動に注力しているように見える。それはこの層が、大卒以上の学歴層に比べて投票率が低いからではないか。つまり、まだ「のびしろ」があると考えれば、これはこれで理にかなってはいる。 一方、トランプ氏にも朗報がないわけではない。「4年前よりも、今の方が暮らし向きがよい」と回答した米国人が56%もいるという調査結果が今月7日、米世論研究所のギャラップ社から発表された。 新型コロナによる経済の冷え込みを考えると、どこか現実離れしているようにも感じられるが、これは好調な株式市場によるものかもしれない。トランプ政権下でダウ平均株価は、1万9800ドルから2万8500ドルへと44%余り上昇した。これで得をしたのは資産家だけではない。日本と異なり、米国では株価上昇の恩恵は、現物株を大量に保有している一部の資産家だけではなく「401K」と呼ばれる、株価に連動する確定拠出年金を運用している中産層にも及ぶ。以前の活気にはほど遠い米ニューヨークの観光名所タイムズスクエア=2020年9月23日(共同) その数は約6800万人にのぼるとされ、この4年間で25~34歳で職歴4年以内の401K運用者の平均残高は2・76倍となり、55~64歳で職歴20~29年の熟年層でもおよそ5割増というデータもある。 ギャラップ社の報道はトランプ氏にとっては、確かに朗報ではある。しかし、結局は有権者が投票にあたって「経済」か「コロナ」のいずれを重く見るかにかかっている。クライマックスに向かっている大統領選ではあるものの、まだまだ何が起こるか分からない。