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    学生が主役!知られざる立科町の戦略

    地方の人口減に歯止めがかからない中、この困難に果敢に立ち向かう自治体の一つに長野県立科町がある。働き方や生活様式の大転換をもたらした新型コロナ禍以前から、テレワークやワーケーションの拠点として動き出していたのだ。「若者からも選ばれる地方」に向け、立科町を心底愛する人々の熱き思いとは。【iRONNA特集】若者が選ぶ地方へ、立科町の「リアルガチ」 https://ironna.jp/theme/1106

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    JLAA地方創生アワード受賞!若者も惹きつける立科町の本気度

     新型コロナウイルス禍によって社会はあらゆる面でこれまでの常識や価値観が覆され、「新たな生活様式」が定着しつつある。最たるものは「働き方」だろう。長時間で苦痛を伴うラッシュ時の通勤からの解放、勤務時間という束縛、社屋や事務所の不要論といった大転換が起きている。 もちろん、新型コロナ禍による経済的打撃は深刻であり、国力の低下まで懸念される事態だが、まさに「追い風」といえる分野がある。長年、日本が頭を抱えてきた地方創生だ。企業は都市部に事務所を構える必要があるのか、「テレワーク」が可能なら自宅はどこでもいいのではないか。この先、これらの概念が一気に広がるに違いないからだ。 こうした中、まるでこの価値観の変革を予測していたかのような自治体がある。それは長野県立科町だ。 東京から北陸新幹線でおよそ1時間、立科町の中心部は佐久平駅から車で30分ほど。道中、抜けるような青空と特産品の一つであるリンゴ園に広がる赤のコントラストを楽しんでいると、旧中山道沿にあるかつて宿場町として栄えたことを物語る古い建物が目に入ってくる。 立科町は人口約7千人。高原地域を中心に、有名な白樺湖やスキー場など、魅力的な観光資源を有する。高度経済成長期やバブル時代は多くの観光客でにぎわったが、長引く不況の中で、圧倒的な知名度のある軽井沢で観光や避暑目的の人々の足は止まりがちになった。 また、全国の地方の課題であり、立科町だけの問題ではないが、若い世代の進学や就職による流出が続き、少子高齢化が深刻化している。ただ、立科町はこの苦境を漫然と受け入れているわけではなく、若者のUターンや移住、地元産業の活性化など、あらゆる分野で対策に取り組み、その本気度が極めて高い。 その一つが「タテシナソン」だ。元来、地域課題の解決や地方産業の活性化などをテーマに異分野の人たちがチームをつくって提言する「アイデアソン」という取り組みがある。「アイデア」と「マラソン」をかけ合わせたものだが、これを立科町が独自に実行性のあるものにしたのが「タテシナソン」だという。 「アイデアソン」によってさまざまな提言がなされるものの、やはり具体的にそれを取り入れ、活性化につながるケースは少ない。そこで立科町は「リアルガチ」をキャッチフレーズに、実際に地元事業者に経営課題を出してもらい、大学生(高校生も含む)を中心に全国から参加者を募る。実用化することを前提としたうえで、売り上げ増などに寄与することも目的とした施策としてバージョンアップさせた。かつて中山道の宿場町として栄えたことを物語る長野県立科町の街並み(同町提供) 2018年2月に第1回目を実施した際は、白樺高原でソフトクリームなどを製造販売する「牛乳専科もうもう」が名乗りを上げた。近隣自治体の高校生のほか、関西や首都圏の大学生15人が参加。5人一組のチームが28時間(1泊2日)で、事業所などを訪問して実態を把握し、提言をまとめた。永住希望者も 「牛乳専科もうもう」では、夏を中心としたシーズンだけではなく、雪深くなる冬季も含めて年間通じた営業を可能にする対策が課題だった。実際に考案されたアイデアは「飲むヨーグルト」の新規販売やラスクなどのパッケージを牛柄に変更するなど多岐にわたり、実用化した結果、新たなパッケージ商品の販売量は前年比で20%増となった。 同社は創業が1969年ですでに50年を超えるが、牛乳消費量の激減や人手不足などの苦境の中で、乳製品にシフトして事業を持続させてきた。 2代目の同社代表、中野和哉さん(50)は「長年ここで生活しているだけに立科の良さを意識できていませんでした。ですが、学生さんと交流したことで改めて魅力を再認識できたことで、今まで以上に意欲が湧いてきましたね」と振り返った。 「タテシナソン」は、その後も木材建材業者やアクティビティ施設運営事業者の課題に取り組み、すでに計3回実施。2020年はコロナ禍のため中止したが、回を重ねるごとに応募学生は増え、19年9月の第3回は定員20人に、九州や関西、首都圏の学生36人の応募があり、抽選となったほどだ。 こうした実績が評価され、「タテシナソン」は、日本最大の広告会社ネットワークである一般社団法人日本地域広告会社協会(略称JLAA、後藤一俊理事長)が地方自治体の取り組みを表彰する「第4回JLAA地方創生アワード」の最優秀賞に輝いた。 「JLAA地方創生アワード」は2017年に創設され、JLAAの会員社がサポートする自治体のさまざまな施策を表彰。この取り組みは、地方創生関連施策のノウハウが全国的に共有されることを目指している。 ただ、「タテシナソン」の注目すべき点は、事業者支援だけではない。参加する大学生は問題意識が高いだけに立科町での思い出を今後の職業などに生かしてもらう将来も見据える。参加学生たちはいずれ卒業を迎え、大半は就職する。その後、就職企業はさまざまだろうが、「タテシナソン」の経験から魅力を知った若者に何らかのかたちで立科町を活用してもらえれば、人口増や関係人口増につながるといった視点だ。 実際、「タテシナソン」に参加した長野大2年生の山内梨帆さん(20)は、「インバウンド(訪日外国人客)に関して興味があり、ペンション経営などで、外国の方々の受け入れなどに関われるなら、永住して取り組みたい」と語った。「タテシナソン」に取り組んだ長野大の学生たち。後列左から、今西健太さん、山内梨帆さん。前列左から、細田菜々子さん、中村春斗さん、竹花日和さん=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) また、立科町の施策は「タテシナソン」にとどまらない。特筆すべきは、コロナ禍などまったく想像もつかなかった2015年度からテレワークへの取り組みを始めていたことだ。際立つ志の強さ 企業誘致などは現実的に困難なことから、テレワークによる雇用創出を目的に検討を始め、福祉的要素を加えるなどして18年度に総務省の「ふるさとテレワーク推進事業」に認定された。昨年度に立科町の施設でテレワークセンターを開設し、企業進出や住民のテレワーク就労支援が本格化している。 雇用創出といった基幹施策に取り組む立科町企画課の上前知洋主任(39)は「地方の人口減問題解決は非常に難しい課題ですが、コロナ禍で地方が見直されている今、まさにチャンスですね」と意欲を見せた。 そもそも上前氏自身が異色の経歴を持つ。出身は兵庫県西宮市だが、信州大に進学したことで長野県職員として就職した。農林関係の仕事を任じられ立科町に派遣された際、基礎自治体の現場の苦悩を実感。「県庁で政策を立案するより、現場で貢献したい」という思いから県職員を辞め、正規試験を経て立科町職員として転職したという。 一方、観光政策の面でも時代の変化に応じた見直しが進められている。先にも触れたが、立科町は白樺湖と女神湖といった美しい自然の観光資源を持つ。かつては、団体旅行だけでなく、ペンションブームもあり盛況だった時期もあった。 だが、特にペンションは、個室に籠らず他の宿泊者やオーナーとの交流を重視する独特の文化が、時代と共に徐々に敬遠されるようになった。それに加えてオーナーの高齢化による後継者不足なども相まって、苦境に立たされている。 ただ、コロナ禍が追い風になり、ワーケーションなどの価値観が生まれたことで、ペンションはIT企業の社員の長期貸し切りといった新たなニーズが生まれつつあるという。 一般社団法人「信州たてしな観光協会」の渡邉岳志企画室長(44)は、「30年前、ペンションの様式は最先端のブームでした。それが時代の流れで、テレワークやワーケーションが最先端ならそれに合わせた戦略を立てなければいけません。ペンションオーナーにリスクを感じるならサブスクリプション(定額で一定期間の利用権利を持つ)オーナーという道もありますからね」と、現状をこう指摘した。長野県立科町の観光戦略などについて語る「信州たてしな観光協会」の渡邉岳志企画課長=2020年10月(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) コロナ禍はインバウンドに依存した観光業界のビジネスモデルのリスクを露呈した。だからこそ、これを機に新たな時代に即し、持続可能な政策にどう取り組むかが重要になる。人口7千人あまりの立科町だが、危機感を抱き、コロナ禍をチャンスに変えようとする志の強さが際立っていた。 大都市圏の人口集中に伴い、地方の人口減といった課題は「手の施しようがない」というあきらめの声も多くある中で、今、果敢に立ち向かうか否かが30年、50年先の命運を左右するのではないだろうか。(iRONNA編集部) 【関連コンテンツ】 ◎「タテシナソン」公式ウェブサイト ◎「タテシナソン」ドキュメンタリー動画 ◎「立科WORKTRIP」(開発合宿・ワーケーションを立科で)

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    若者が選ぶ地方へ、立科町の「リアルガチ」

    地方の人口減に歯止めがかからない中、この困難に果敢に立ち向かう自治体の一つに長野県立科町がある。働き方や生活様式の大転換をもたらした新型コロナ禍以前から、テレワークやワーケーションの拠点として動き出していたのだ。「若者からも選ばれる地方」に向け、立科町を心底愛する人々の熱き思いとは。

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    立科町長、両角正芳の決意「コロナによる価値観の転換見逃さない」

    魅力を向上させつつ、医療や教育、産業などと共に広域的視野で取り組んでいくべきでしょう。民活の前提は「政治判断」 昨今の地方創生という議論の中で、国の機関の地方移転などがありますが、なかなか実現しません。言葉だけで「地方の時代だ」と言うのは簡単ですが、実行するのは難しい。一気に国の行政機関を移すのはそこで働く人や関係する人たちから反発もあるでしょうし、現実は難しいでしょう。ただ、医療や教育といった地方にあったほうがいい分野もあるわけですから、そういう分野から少しずつ進めていく必要があると思います。 一番ネックになるのが、4大都市圏に集中する大学です。地方から進学して、そこで就職してしまうので若者が戻ってこないのは当然です。だからこそ、地方にあってしかるべきものを移して、受け皿になる部分を創生していかなければならない。こうした現実的な部分を国政できちんと議論していただきたいと思っています。 最終的には政治的な判断次第でしょうね。政治判断がすべてだとは言いませんが、民間活力を動かすには、まず政治判断あってこそですからね。地方と国の関係も同様で、まず国の判断なくして地方は動きづらいわけです。菅義偉(すが・よしひで)首相がデジタル化を推進していますが、国と地方で格差が出てしまうようでは不安しかないですからね。 話を戻しますが、私は立科町が自立していくことに自信を持っています。もちろん、簡単ではありませんよ。ですが、きめ細かい行政サービスのメリットがあるからです。合併なども生き残る道ですが、大きな自治体になれば隅っこは見えなくなるでしょう。 新型コロナ禍に関する定額給付金も都市部では、なかなか届かない。でも、小さな自治体はすばやく対応できるわけです。これはある意味、地方であることの強みと言ってもいいでしょう。 具体的な立科町の施策については、私が町長に就任する前からスタートしていますが、全国から学生を募って地元事業者の課題実現のためのアイデアを立案してもらう「タテシナソン」に期待をしています。タテシナソンでテーマを提供した「牛乳専科もうもう」の牧場=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) これはもともと「アイデアソン」という取り組みがあって、「アイデア」と「マラソン」をくっつけた造語ですが、これを立科町独自にもっと実用的なものにしたわけです。「タテシナソン」のよい部分は、地元事業者の弱みを分析して、何が足りないのかを認識した上で、学生たちのアイデアを生かそうという点ですね。 地元にいて事業をやっていると、どうしても視野が広がらない部分があります。そこを克服するために全国から学生たちを募って、しかもそのアイデアを実行するというところまで徹底するわけです。価値観の転換に対応 そしてもっと広い視野でとらえれば、先に話した人口減という課題克服に結果的に寄与するんです。「タテシナソン」のプログラムは28時間(1泊2日)という限られた時間でチームでアイデアを立案することになっていますが、長野県内の学生も県外の学生も参加したきっかけで立科町をより深く知るわけです。 すぐに効果があるものではないですが、将来的に仕事や移住、観光も含めて立科町に戻ってきてくればいいわけです。ありがたいことに、この「タテシナソン」は一般社団法人「日本地域広告会社協会」(略称JLAA)の「第4回JLAA地方創生アワード」の最優秀賞も受賞しました。すでに3回実施しており、今年はコロナの影響で中止しましたが、来年以降、感染対策をしっかりとした中で、もっと充実させて継続していきたいですね。 今年は何と言ってもコロナ禍が深刻化し、あらゆる生活様式の転換を余儀なくされました。みなさんが大変な思いをしているのですが、ある意味地方は強みをアピールする最大のチャンスであることは言うまでもありません。素晴らしい自然環境と首都圏からの距離、そして何より「密」を避けることができますからね。 立科町はコロナ禍の前からテレワークに関する取り組みを始めていましたから、これを機に他の地域に先駆けて、受け入れができる態勢づくりをしていくつもりです。 また、今は、インバウンド(訪日外国人客)はストップしていますが、いずれ戻ってくるでしょう。ゆえに今は立科町の魅力を発信するときだと強く思っています。諸外国の方々も今は日本に行けないですが、情報はいくらでも入手できるので、可能になったら立科町に行こうと思ってもらうアピールをしっかりしておく必要があります。 コロナ禍のために国内観光が活発になってきているのも見逃してはならないですね。海外旅行に重きを置いていた方々が、国内旅行で魅力的な穴場を探すようになってきています。これもチャンスととらえれば、地方観光の活性化につながりますからね。町内各地で見られる特産品のリンゴ園=2020年10月、長野県立科町(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) テレワークに加え、ワーケーションという概念も定着しつつあります。今は、これまでの価値観が180度といっていいほど変わりつつあるだけに、地方もこの価値観の転換を的確にとらえて、民間活力が存分に発揮できるベースづくりを進めたいですね。 知恵を絞って、それを発信する。基本的なことかもしれませんが、まさに今はチャンスだと思っています。(聞き手、編集、iRONNA編集部) もろずみ・まさよし 長野県立科町長。1953年、立科町生まれ。高校卒業後、東京都内の出版社で勤務。その後、立科土地改良区、農事組合法人勤務を経て、2015年に町議選で初当選。19年の町長選に立候補して現職町長を破り初当選し、現在1期目。 【関連コンテンツ】 ◎「タテシナソン」公式ウェブサイト ◎「タテシナソン」ドキュメンタリー動画 ◎「立科WORKTRIP」(開発合宿・ワーケーションを立科で)

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    「菅首相詣で」のドタバタ劇でわかった、韓国を本気で黙らせる方法

    国政府は元徴用工判決を「司法の判断」とごまかしているものの、大統領府それ自体が、これまで重要な裁判や政治的事件において判決に介入した歴史があるのだから説得力がない。私自身もソウル特派員時代、その現場を目撃している。 徴用工問題は本来、文大統領が解決・処理すべきであり、韓国政府自身の問題なのだ。 長年にわたり日韓外交が行き詰る中、韓国国家情報院の朴智元(パク・チウォン)院長が11月10日、菅義偉(すが・よしひで)首相と会談した。また、菅首相は3日後の13日にも韓日議連の韓国政治家たちと面会している。さらに、韓国大統領府の徐薫(ソ・フン)国家安保室長が訪日するとの報道もあった。 こうした韓国の高官や政治家たちによって立て続けに行われた菅首相との会談の背景には、韓国内で展開されている「政治闘争」に菅首相を利用しようとする思惑がある。とはいえ、自民党幹事長の二階俊博氏や、二会派で日韓議員連盟幹事長の河村建夫氏もこの茶番劇に加担しているのだからたちが悪い。 日本で首相が交代すると、ソウルの政界では「誰が最初に新首相に会えるかの手柄争い」がまず展開される。自分が「日本通」だと宣伝し、自国の大統領に売り込むためだ。もちろん、それに加えて安倍晋三前首相の間に停滞していた日韓関係を改善させるきっかけとして、菅首相への期待感が高かったこともある。 韓国側としては政権交代が日本政府の態度軟化に繋がるとの期待感が広がっており、そのためソウルでは「菅首相との面会」の先陣争いが繰り広げられていたのである。韓国の国会で施政方針演説をする文在寅大統領=2020年10月28日(聯合=共同) しかし、日韓関係が現状のところ緊張状態にある中で、韓国閣僚や政治家に新首相を会わせれば韓国側に「菅は甘い」との誤ったメッセージを送る危険があると日本政府側は考えなかったのだろうか。むしろ会わせないようにしたほうが、日本政府の継続した不快感を伝えるいい機会だった。  もっとも、韓国政治家たちの真意について、毎日新聞が報じていたが、日本政府高官は「あざとい(政治家たち)」と見破っていた。また、韓国の保守系日刊紙の世界日報は、韓国の政治家たちの訪日を「自己宣伝のため」と指摘し「国家や国民のためではなかった」と批判している。日韓共に、どちらも核心を射た分析である。リアルな韓流ドラマ劇 朴氏は会談後の囲み取材で「日韓首脳の新しい共同宣言を日本側に提案し、首相も前向きに応じた」と述べた。だが、日本政府側は「そんな話はなかった」と否定している。 さらにはその1週間後、今度は韓日議員連盟会長かつ与党議員である金振杓(キム・ジンピョ)氏が菅首相との会談で「北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)委員長の東京五輪招待を提案し、同意を得た」と述べたものの、これまた日本政府はこの発言を否定した。 金振杓氏は東京五輪・パラリンピック組織委員会会長の森喜朗元首相らとも会談したが、そこで出た話を菅首相との会見内容と話をすり替えていた。ゆえに真実としては、日本政府が示した立場こそが正しかった。そもそも韓国の情報工作機関のトップや一介の国会議員が日本の首相にそのような提案をする立場にはない。 それ以前に、韓国の国家情報院は情報工作機関であり、本来そのトップの外国訪問は常に秘密にされる。それが今回は、訪日の前からメディアを通して報道させた。韓国側がリークしたのか、日本の政治家が書かせたのかは分からないが、何らかの意図を持って行われたのは間違いない。 朴氏としては競争相手の徐氏の訪日を阻止する必要があった。そのため、あらかじめ新聞に書かせ「徐薫訪日」の阻止を企図したのではないだろうか。さらに言えば、朴氏としては韓日議連会長の金振杓氏より先に菅首相に会う必要があり、このため旧知の二階氏を利用したと考えられる。 なぜ韓国政府高官たちは菅首相への詣を競い合ったのか。最大の原因は、筆者の本サイトへの寄稿(11月11日掲載)でも触れたが、北朝鮮の労働新聞1面トップ記事(11月1日)にある。この記事には、金委員長が朝鮮総連の「分会代表者(全国)大会」に送った「お言葉」が報じられている。朝鮮総連の記事が労働新聞1面トップに掲載されるのは極めて異例だ。 韓国内では聯合ニュースと中央日報の記者がこの記事に注目した。記者たちはこの「お言葉」の中から「総連は、日本国民との友好親善に努めよ」の表現に目を付け「日本と北朝鮮が秘密接触をしているのではないか」と関心を寄せたのだ。 朴氏と徐氏は北朝鮮問題の担当者だ。そうした韓国メディアの報道に衝撃を受け、日朝の秘密接触を警戒しているはずである。もし知らなかったら2人とも責任問題だからだ。一応、東京の韓国大使館に確認した上でその事実はないとの報告を受けつつも、当事者として不安は尽きない。 このため、2人とも訪日を計画したが、もし菅首相に会えなければ「何のために行ったのか」と恥をかき、批判されてしまう。だからこそ朴氏は二階氏を動かし、首相面会の約束を取り付けた上で新聞報道をさせ、徐氏を出し抜いたのではないだろうか。 実際、今回出し抜かれた徐氏は朴氏の訪日が成果なく終わったことを強調するために、自身の訪日の可能性を示している。こうしたてん末はソウルでは日常茶飯事であり、政治的駆け引きの寸劇と言うしかない。まさに「韓流ドラマ」さながらの世界である。 今回の韓国政府高官と政治家の訪日劇は、韓国が日朝の接触と正常化について、いかに神経をとがらせているかを十分に物語る。さらに言えば、これは韓国政府が北朝鮮と全く連絡が取れていない現実もさらけ出している。 南北間のホットラインが機能しているならば、日朝の接触や金委員長の五輪訪日が心配な場合、北朝鮮に直接聞けばいい。それができないからこそ、政府関係者がこぞって日本になだれ込んだのである。菅首相との面会を終え、記者団の取材に応じる韓国の国家情報院の朴智元院長=2020年11月10日、首相官邸 こうした日朝間の関係変化に敏感に反応した韓国の反応を見るに、韓国の元徴用工問題解決や反日姿勢を変えるには、日朝関係改善や日朝正常化を推進したほうが確実かもしれない。 はたして今回の「韓流政治ドラマ」は、もし日本が韓国を出し抜いて北朝鮮との関係改善や日朝正常化を進めれば、文大統領はメンツを失い、反日もしくは対日強硬策をとれない現実を日本に教えてくれることになった。

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    バイデン勝利で終わらない、米国の未来を左右する「本当の選挙結果」

    に就くべき人物を決定するために行うのであって、真理を発見したり正邪善悪を定めるものではない。 だが、政治という営みが、単により良い政策の選択であるだけではなく、時に正邪善悪の選択という色彩を帯びることはある程度はやむを得ない。それが政治の「臭さ」であり、だからこそ少なからぬ人々が、友人との会話で政治の話題を避けたり政治から距離を置くのである。2020年11月19日、米デラウェア州で記者会見するバイデン前副大統領(ゲッティ=共同) トランプ氏が大統領に就任して以来の、とりわけ今回の選挙における反対派によるトランプ氏の「悪魔化」はいささか度を越していたように思われる。米国の分断の責任の半分は、トランプ氏と共に反トランプ派にもあるのだ。無論、含みを持たせた微妙な表現をしない、あるいはできないトランプ氏にも大きな責任と原因はあるにせよ。民主党の誤算 トランプ氏は11月22日時点では、まだ公式には敗北を認めていない。こうした状況に見苦しいという向きもあろう。しかし、トランプ氏にも開票結果に異議を唱えて法廷に訴える権利はあるし、州ごとに選挙の事情が異なることに注意すべきである。いくつかの州では、僅差であれば再集計を申し立てることが州法で認められている。 もちろんこうした制度が、末端の開票がずさんであるという前提である印象も否めない。それはそれとして、とにかくそうした州では僅差であること自体が再集計の根拠となるのであり、トランプ氏のすべての訴訟を「根拠がない」と一括して片付けてしまう反トランプ派の意見は当を得ていない。 そして今回の大統領選も結局、世論調査が示唆してきたような民主党の大勝は起こらなかった。民主党の躍進を同党のシンボルカラーである「青」にちなんで Blue Wave(青い波)と呼んでそれを予想し、また期待もした人々にとって、バイデン氏の僅差での勝利はかなり物足りない結果であったろう。ただ、現職大統領を選挙で打ち破るということは一つの偉業であると言ってもよく、その限りでは民主党が勝利に酔いしれているとしても別におかしなことではない。 とはいえ、トランプ氏は予想以上の票を集めて善戦した。今回バイデン氏には及ばなかったものの、実に7千万票を超える得票数は、今回のバイデン氏に次ぐ歴代2位に位置づけられる。この選挙は「トランプ氏と共和党に米国民が鉄槌(つい)を下した」と言うにはほど遠い結果であった。現時点での2020年大統領選の勝敗は「全体として民主党の辛勝、共和党の健闘及ばずの惜敗」とすることが公正であろう。 「青い波」は確かに水位を上げて押し寄せはしたものの、「赤い堤防」に阻まれて全米を浸す津波にまでは至らなかった。具体的には、民主党は以下の4つの目標を掲げて今年の選挙に臨んだと言える。①ホワイトハウスを奪還すること。②連邦議会上院の過半数を獲得すること。③連邦議会下院の過半数を維持して、さらに議席を積み増すこと。④州議会選挙では、より多くの州議会で多数派となること。 上記のうち、民主党は①は達成できたものの、③と④には失敗し、②は来年1月5日投票のジョージア州決戦投票に持ち越されている。連邦下院では民主党が過半数を維持するものの議席を減らし、民主、共和両党の議席差は縮小した。2020月11月5日、米ペンシルベニア州アレンタウンで大統領選の票を集計する担当者(AP=共同) 大統領選でも連邦上院選でも、民主党は推定で共和党の2倍の選挙資金を投入したにもかかわらず、際どい結果に終わったことは印象的である。言うまでもなく、上院議員2人が選出される来年のジョージア州の結果次第では、大統領と上下両院を民主党が支配する可能性も残ってはいる。民主党の良心は 現時点で共和党が50議席、民主党は48議席を確保している。つまりジョージア州で民主党が2議席を制すれば、厳密には両党とも50議席で拮抗(きっこう)するという可能性がまだある。可否同数となった場合にのみ、上院議長としてのカマラ・ハリス氏(副大統領に就任予定)が膠着(こうちゃく)を打開する1票を投じることができるので、共和党が辛うじて虎口を脱したと言うのはまだ早い。 しかしながら、連邦政府が完全に青(民主党)に染まった場合、私の抱く危惧は何と言っても民主党が連邦最高裁判事の定員を増やそうとすることである。定員自体は合衆国憲法に規定はなく、法律で増減できるからだ。 そのため民主党が現在9人の定員を4人増やして13人とし、増えた4人のリベラル派を大統領に就任したバイデン氏が指名し、民主党主導の上院が承認すれば現在の保守派6人、リベラル派3人の形勢を逆転できる。 公平を期して言えば、トランプ氏と共和党が大統領選直前のタイミングで、いささか強引に保守派と目されるエイミー・バレット氏の最高裁判事指名承認を断行したことがこの問題への伏線となっている。しかしそうではあっても、選挙に勝った党がその都度最高裁判事の定員を増やすようなことになれば、司法の独立と信頼は大きく揺らぐであろう。民主党の良識と自制を期待したい。 それゆえに、あまりにも多くのことがジョージア州の決戦投票にかかっている。現時点で共和党議会指導部は、トランプ氏の法廷闘争を支持しており、これをいさめるような助言はしていない。あるいは来年1月5日の投票日まで、熱狂的トランプ支持者の「熱を冷まさない」ようにしたいという理由もあるのだろうか。 また、訴訟費用を募る運動がネット上で展開されており、共和党全国委員会に対する寄付であればジョージア州の選挙に投入することができるという事情もあるのかもしれない。 もっとも、こうしたトランプ氏の法廷闘争戦略も暗雲が立ち込めている。接戦のジョージア州では再集計の結果、バイデン氏の勝利は覆らず、トランプ氏自身もミシガン州で起こしたバイデン氏の勝利認定への異議申し立て訴訟も撤回した。米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言した民主党のバイデン前副大統領(右)とハリス上院議員=2020年11月7日(AP=共同) 共和党内部ではトランプ氏の大統領選の結果を覆そうとする姿勢に懸念する声が日増しに挙がってきており、さらにはこうした苦しい背景もあってか、トランプ氏は不正投票を否定した国土安全保障省のサイバーセキュリティー・インフラセキュリティー庁(CISA)のクリス・クレブス長官を解任した。重要な今年の州議会議員選挙 そして極めて重要であるにもかかわらず、日本では大統領選と連邦上院議員選挙の陰に隠れてあまり注目されなかったのは州議会議員選である。 今回は44州で5876議席が改選された。州議会の勢力は民主・共和両党のいわば基礎体力を測る指標であり、また州議会議員は将来の連邦議会議員の人材プールでもあるから、そもそも極めて重要な意味を持っている。 しかし、西暦で末尾がゼロの年、すなわち国勢調査の年の州議会議員選には格別の重要性がある。米国では10年ごとに国勢調査が行われ、その結果を受けて連邦下院議員の定数が各州に再配分される。 そこで各州は、さらに州内の下院議員選挙区を各区の人口が均等になるように変更することになる。定数が変わらない州でも前回の2010年の国勢調査のときから州内での人口移動に対応して、やはり選挙区割りを見直さなければならない。 この作業にこそ、州議会が大きく関わってくる。今年行われた国勢調査の結果が出るのは来年になる。連邦下院議員選の区割りに当たるのは、主に今年改選された州議会なのである。全米36州では州議会が直接線引きの作業に当たり、残る14州では独立した選挙区画定委員会が行うものの、委員の任命には州知事や州議会の多数党の意向も反映されるであろう。 というのも米国では、州議会の多数党が自党に有利な選挙区割りをすることは選挙の勝者に与えられる、いわば一種の「賞品」として暗黙のうちに認められている。民主党が今年の州議会選に力を注いだのも、現在の下院での多数を今後10年間にわたって盤石にしようとしたためである。2020年10月26日、米ホワイトハウスで最高裁判事の就任宣誓をするエイミー・バレット氏=ワシントン(ゲッティ=共同) 無党派議会の建前をとる一院制のネブラスカ州を除き、選挙前の州議会の勢力は49州、上下両院合わせて98の州議会のうち、共和党が59、民主党は39で過半数を占めていた。全米州議会議員連盟(NCSL)によると、最終結果は集計が続いているアリゾナ州の結果次第となる。しかし、共和党は少なくとも改選前の水準を確保することになろう。 今回共和党は、ニューハンプシャー州議会の上下両院で過半数を奪回した。また現職の民主党知事が引退するモンタナ州では、共和党のグレッグ・ジャンフォルテ氏が当選した。この結果、全米50州のうち27州を共和党の知事が治めることになる。誰でも夢見ることはできる 思い起こせばトランプ氏は、2015年にニューヨークのトランプタワーのエスカレーターを降りて登場し、まさかとも思われた大統領選出馬を表明して以来、多くの予想を覆して侮り難い実績を残してきた。 共和党内の乱戦を制して候補者指名を勝ち取り、本選挙でもまさかの歴史的な勝利を収めた。大敗が予想された今回の選挙でも、今一歩及ばなかったものの、接戦に持ち込んだ。 また選挙結果は、マイノリティー、とりわけフロリダのヒスパニック系や黒人に対する共和党の訴求力をトランプ氏が強めたことを示すものだった。 CNNの投票所出口調査によれば、今回黒人の12%、ヒスパニックの32%がトランプ氏に投票した。この数字は4年前より、いずれも4%の増加である。 前回の選挙でトランプ氏の掲げた主要公約が、メキシコ国境から流入してくるヒスパニックを念頭に置いた「国境の壁」建設であり、また、いわゆるBLM運動が全米を揺るがせていた時期であることを思えば、驚くべき数字と言わなければならない。 人種差別主義者だの白人優越主義者だのとレッテルを張られた人物に、それでも黒人の8人に1人、ヒスパニックの3人に1人が票を投じたのだ。外交についても、スタンドプレーばかりで国際協調をかき乱したという負の評価ばかりが目立つ中、中東における外交上の突破口を開いたことを忘れてはならない。 コロナ感染拡大の直前まで好景気を持続させ、黒人や貧困層にもその恩恵は及んでいた。さらに幸運にも恵まれて、一任期の4年間で3人もの連邦最高裁判事を指名した。これらの判事たちはトランプ、バイデン両氏がホワイトハウスを去った後も、今後長年にわたって影響を及ぼすであろう。 こうした一連の業績が最後の政権移譲の混乱でかすんでしまうことは、トランプ氏自身の名声と歴史的評価を傷つける。おそらくトランプ氏は、最後まで法廷で争うであろうし、彼にはそうする権利もある。それでも裁判を横目にしつつ、円滑な政権移譲には協力してほしいと個人的には思う。 ところが日本時間11月10日未明、米ニュースサイト「アクシオス」のジョナサン・スワン記者の記事によれば、トランプ氏は側近に対して自身の4年後の大統領選出馬について語ったという。であれば、トランプ氏自身が既に敗北を理解して受け入れており、裁判はいわば「ダメで元々」というくらいのことなのかもしれない。 トランプ氏の4年後の再出馬などあり得ないと思う人々も多くいよう。しかし、年齢の壁は既にバイデン氏が崩してくれている。もしこれが事実であれば、共和党の大統領候補者として無視し得ぬ最有力候補者となることは間違いない。もっとも、共和党の次期大統領選に意欲を持つニッキー・ヘイリー氏やマルコ・ルビオ氏といった面々は「冗談ではない」と思っていることだろう。ワクチン開発関連のイベントに出席するトランプ米大統領=2020年11月13日、ホワイトハウス(AP=共同) トランプ氏の胸中は誰にも分からない。最後は自分自身に大統領恩赦を与えて退任後の訴追を封じ、自身のテレビ局を設立して既存メディアの「フェイク・ニュース」と戦い、そして4年後には、再びホワイトハウス入りを果たすというシナリオを思い描いているのかもしれない。 確かに、夢を見る権利は誰にでもあるのだから。

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    転がり続ける反対派、横浜カジノ闘争は「複雑怪奇」なり

    清義明(フリーライター) 横浜のカジノ誘致(カジノを含む統合型リゾート施設=IR)構想が転がり続けている。 振り返れば、2014年の年頭の記者会見で、横浜市の林文子市長が初めてカジノ誘致に前向きな発言をして以降、足かけ7年近くになる。新型コロナウイルスの影響で、いったんこの動きに足踏みが見られたものの、横浜市は依然としてカジノ誘致に積極的な姿勢を崩していない。 横浜商工会議所をはじめとする経済界はカジノ誘致に賛成の意向であり、市議会の自民と公明ももちろん推進派である。一方でこれに対する反対運動もじりじりと市民の支持を受けながら拡大し、続いている。 建設予定地となっている山下埠頭に一番近い街は同市中区の新山下近辺である。現在、山下埠頭には巨大な実物大のガンダムを目玉とする「GUNDAM FACTORY YOKOHAMA」の設置が、バンダイナムコグループと横浜市や港湾協会などの主導で進められている。 すでに2004年には東急東横線が横浜高速鉄道みなとみらい線と接続し、山下埠頭にほど近い場所に元町・中華街駅も設置された。そんな新山下の地元の人たちに話を聞いてみると、地下鉄やガンダムとは違って、必ずしもカジノに諸手をあげて歓迎というわけでもなさそうだ。 聞くところでは、この地域の若い人たちはどちらかというとカジノ誘致に賛成という人が多い傾向だが、高齢になればなるほど反対の声もあるとのこと。環境の変化や治安の悪化を不安に思っているのだろう。 「カジノ誘致反対運動の方が店にやってきて、反対運動のポスターを貼らせてくれとお願いされることもある。そういうときは、社長はいないと言ってうまくごまかしちゃうんですけどね」と、笑って教えてくれたのは新山下で会社を経営する若手社長。もちろん、この人はカジノ誘致賛成派だ。「いろいろ議論はあるでしょうけど、手をこまねいているだけというのもね」 現実に目を向ければ、横浜市の財政の将来はとてもバラ色とはいえない。特に少子高齢化の波はこの街を直撃する。市区町村単位では日本最大である横浜市の人口は約375万人(2020年9月現在)。これは都道府県別に見ても上から11番目の規模だ。ところがこの人口は今年をピークに減少に入ると言われている。中でも深刻なのは税収につながる生産年齢人口の減少だ。 約2・4人の生産年齢人口が税収を納めて1人の高齢者の社会保障をカバーするのが2020年だとすれば、これが2050年には1・5人の税収によって1人の高齢者を養う社会になる。その負担はざっくり1人あたりで言えば60%増だ。 この数値は全国の少子高齢化のスピードと比べると緩やかとは言えるものの、すでに横浜市は長年積もりに積もった3兆円超の借入金に悲鳴を上げている。そのためにこれまであの手この手で企業誘致や産業招請、展示場や学究施設やコンサート会場のような娯楽施設の計画を実施し、さらには横浜港に面した「みなとみらい地区」の土地売却などを進めている。しかしそれでもまだ足りない。 いかに横浜市財政が厳しいかは、いまだに公立中学校で給食が実施されていないことでもよく分かる。こうして今後もしわ寄せは市民に押し付けられることになってしまいそうなのだ。 他の地方自治体であれば、インバウンド(観光目的の訪日外国人)需要を追い風にしていくための施策もあるのだろう。だが、観光都市としての横浜には弱点がある。それは横浜のそもそもの成り立ちに由来する「歴史」の不在だ。 「横浜の歴史には近代しかない」と言ったのは横浜の下町を愛した評論家、平岡正明氏だ。幕末の動乱の中で、いわば出島のような人工都市を中核にできた横浜には、残念ながら海外から人を誘致するような魅力のある歴史遺産や文化施設が欠けている。近代だけの150年が圧縮された横浜の歴史遺産は、日本人にはモダンでレトロな魅力となるだろうが、海外の人たちからすれば自国のどこにでもある日常風景である。IRの建設候補地として有力視されている山下埠頭=2014年10月、横浜市中区 横浜市が観光の目玉にしている明治のモダンな洋風建築も、上海にもシンガポールにも香港にもヤンゴンにもカルカッタにも、横浜の数倍の規模で今でも立ち並んでいる。アジアのグローバルな視点から見ても、観光地としては劣るのだ。 そのために横浜の観光は国内需要の日帰りがもっぱらだ。日本全体のインバウンドに占める割合はなんと1%未満。インバウンドの実数からしても東京は横浜の27倍、大阪は15倍の集客をしている。要するに横浜はインバウンド需要をまったく取り込めていない。 元来、横浜は外国人のためにつくられた街であった。幕末と戦後の占領期、日本の歴史にのこる激動期に外国人を受け入れて光を放ってきたのである。乗り遅れた観光政策 しかし、そこに罠がある。そんな横浜にとって外国人は勝手にやってくるものだった。こちらから来てくださいとお願いするものではない、というのが横浜の常識であり、プライドであった。こうして日本の成長戦略の目玉であるインバウンド誘致政策から横浜だけが乗り遅れてしまっているのだ。 カジノ誘致に飛びついたのは、こうした危機感があるからだ。 横浜市が想定するカジノ誘致の経済波及効果は年間7500億~1兆2千億円。税収増の効果は年間820億~1200億円としている。本年度の横浜市の一般会計予算が8440億円であるから、この数字は大きい。いわば打ち出の小槌である。 もちろんこれは現在の想定数値であり、この通りに行くとは限らない。カジノ反対派のこれに対する批判はさまざまなものがあるが、一番説得力があるものは世界のカジノ市場の供給サイドは飽和状態になっており、いまさら日本でつくっても経済波及効果は計画通りにはいかないというものだ。 さらに、アジアのカジノ市場が中国の富裕層によって成り立っている現状がある。その裏側には、その独特の換金システムが隆盛の裏にある。中国の富裕層は、大陸の莫大な資産を海外に持ち出す手段としてカジノの換金システムを利用しているというカラクリだ。そして、そのような資産移動の手段としてのカジノは、日本ではもちろん不可能である。 静岡大の鳥畑与一教授によれば、海外からの観光客を呼ぶ目玉と言うならば、外国人専用のカジノにすればよいのだが、それをしないのは、そもそも日本人の需要をあてにしているのではないか、と疑問を投げかけている。鳥畑氏の著書『カジノ幻想』(KKベストセラーズ)では、日本のカジノの顧客の外国人比率は3分の1にすぎないというゴールドマンサックスの試算を紹介している。 さらに実際にカジノの運営を行うライセンス事業者が海外の企業に独占されるのではないかという危機感もある。 横浜のカジノ誘致をめぐっては次のような動きもあった。「ハマのドン」と呼ばれ、横浜の港湾産業のみならず政財界に強い影響力を持つ横浜港運協会前会長の藤木幸夫氏が反対の意向を示し、独自の反対の論陣をぶち上げた。このとき、横浜の政財界やカジノ誘致に関わる人たちに衝撃が走った。記者会見でIR誘致に反対の意を強調した「横浜港運協会」前会長の藤木幸夫氏=2019年8月、横浜市 カジノの予定地である山下埠頭をはじめ、横浜の主要な港湾産業を親子2代にわたりリードしてきた横浜経済界の「ゴッドファーザー」ともいえる実力者の反対だ。本来ならば、とっくの昔に話がついているはずの人物がなぜという疑問と同時に、カジノ誘致反対派にとっては強い援軍の到来と見えただろう。ただ、これには裏事情があるようだ。 「結局、国内や地元の事業者が排除されているのかのようなところが、頭越しに決められたという怒りを買ってしまったのではないでしょうか」と、横浜の商工関係者の一人はこう話す。 カジノ事業者のライセンスは非常に厳格で、今回の事業では日本の事業者の許認可は難しいのではないかという声もある。ちなみに、現在最も公然のカジノ参入の意向を示し、地元密着の活動を始めているのはマカオのカジノ王直系企業のメルコリゾーツ社だ。 メルコリゾーツは、すでに地元の横浜マリノス社とスポンサーシップ契約を結んでいたり、地元の商工関係のイベントなどにスポンサーや寄付などを積極的に行っている。私の地元である横浜の下町のハロウィンイベントでも、昨年から参加者の賞品に、メルコリゾーツが提供する宿泊券付きのマカオ旅行券が加わったりしたのも、その一例だ。 そんな外国企業が先行する状況に苦々しい思いをする藤木氏だが、その先代、港湾荷役会社「藤木企業」の創業者である藤木幸太郎氏は、戦前には山下港周辺で賭場経営に関与していた時期があったと記録されているうえ、港湾関係のつながりで、反社会的勢力と関係があったことも別段隠そうとしていない。 横浜には戦後も賭場は多数あったし、現在でも夜の街では違法なギャンブルが、公然とまではいえないが、誰もが皆知っているというお約束のものとして商売を続けている。カジノ構想は商売敵になるという人たちの声を藤木氏が代弁しているのではないかという口さがない噂もあるくらいだ。 ただ、もともと藤木氏はカジノ誘致に賛成だった。「横浜でカジノをやるならばオレにやらせろ」と発言していた。これが一転したのは、藤木氏曰く「トランプ大統領に安倍晋三前首相が米国のカジノ財閥のラスベガス・サンズの横浜進出を約束してしまったからだ」とのこと。 その意を受けた当時官房長官だった菅義偉(すが・よしひで)首相が、その進出をバックアップしていると、藤木氏は批判する。横浜の政財界のゴッドファーザーの暴露であるからには、それなりの信憑性はあると考えてもいいのだろう。そこから転じて、カジノの有害性やビジネスとしての持続性に疑問を持って反対派になったと本人は言う。「ハマのドン」カジノ反対の真意 藤木氏は常々自らを経済ナショナリストと公言している。「横浜ナショナリズム」とも冗談混じりで言うこともある。それに加えて、もちろん自身のリーダーシップも発揮したいというところだろう。 「要するにオレにやらせろということでしょ?」と、古株の地元民の中には藤木氏の反対運動に冷ややかな目を向ける人も少なからずいる。 藤木氏が横浜でドンとして君臨しているのは、先代の幸太郎氏から父子につながる一筋縄ではいかない横浜の基幹産業である港湾産業と労働者への貢献があるからだ。 そこには長年、港湾労働者のリーダーとして残した、先代の幸太郎氏の力強い功績があり、それを発展させた藤木氏のリーダーシップがあるのは誰しも認めるところだ。 余談だが、日本最初の労働団体によるメーデーは1920年5月2日に上野公園で行われたものとされているが、実はこの前日に横浜の港湾労働者団体によるメーデーの催しが行われている。この労働運動に噛んでいたのが幸太郎氏である。港湾労働者の待遇改善や生活環境の補償やバックアップのために活躍してきたことでも知られているのだ。そのため戦前の社会主義者や戦後の旧社会党系の人脈も強くあった。 そういう側面について積極的に評価する人もいる。横浜市議会の野党と各種の市民運動団体の横断組織でカジノ誘致反対の住民投票を進める「カジノの是非を決める横浜市民の会」の政村修センター長はカジノ反対に転じた藤木氏についてこう語る。 「もともと港湾労働者に賭博はつきものでした。横浜でもそうです。昼休みには花札をして、仕事が終われば日払いの賃金を握ってまた賭場に向かう。雨の日で仕事がなくなれば朝から賭博場です。実はそういう港湾労働者を賭博の風習をやめさせて、スポーツや他のレクリエーションをさせるように取り組んできたのも藤木さんですよ。カジノ反対を公言するのは、そういう思いもあるんじゃないですかね。横浜の港の歴史と共にあるのが藤木さんですから」 「ギャンブルには悲しい歴史、現実があるということを皆見ようとしない。ギャンブルというものは目に見えないところでいろんな人が泣いているんだ」とは藤木氏がカジノ反対をぶちあげた記者会見での言葉だ。昨今では横浜の障害者支援や子供たちの活動へのボランティアにも藤木氏が積極的なもの横浜ではよく知られている。この藤木氏の「転向」は本物なのかもしれない。 横浜市民の中で、カジノ誘致反対の機運が盛り上がっている何より大きな理由は、このようなカジノの反倫理的な側面だ。さらにはギャンブル依存症の問題もある。 国や横浜市は、ギャンブル依存症対策や入場規制などでそれは防げるという。カジノで発生するリスクはゼロでないが、それをさまざまな方策で世界のカジノ関連施設はクリアするべく努力してきたし、実際に成功してきているというのだ。 だが、それを一概に信用できないという人々が多数いるのも自然なことだろう。 現在、横浜市議会は自民と公明の与党が安定多数を占めており、財界の支援も含めて林市長はカジノ誘致を進めている。これに対して、神奈川新聞による今年6月の横浜市民の意向調査によると、反対は約67%にのぼり、逆に賛成は約22%にとどまっている。カジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致に向けた調査費など4億円を盛り込んだ予算案の採決が行われた市議会に臨む林文子市長(最前列右)ら=2020年3月、横浜市役所 市民のカジノ誘致反対が大勢を占める状況は当初から変わらないが、推進派がさらに追いつめられている展開となっているのは、林市長によるカジノ誘致白紙発言である。2017年の横浜市長選で再選を目指していた林市長は、カジノ誘致について白紙としてこれまでの推進の立場を見直すとして、カジノ誘致問題争点化を避けて当選した。そしてそこから一転して、またもカジノ誘致を進めるということになった。 これに不信感を抱いた横浜市民の間では、さまざまな反対運動が始まった。 例えば、早くから横浜にカジノはいらないと主張する運動を開始していた「カジノ誘致反対横浜連絡会」は、2014年に18ある市民団体の連絡組織で、早々と運動を開始していた。混乱続く「反対派」運動 同会の菅野隆雄事務局長によると、林市長のカジノ白紙発言から一転して、誘致の動きが始まったころに、さらに大きな枠組みでの運動が始まり、それに合流したという。 それが市政への直接請求によるカジノ誘致反対を行う統一運動の「カジノの是非を決める横浜市民の会」である。 横浜市議会の野党である、立憲民主、共産、れいわ新選組、社民などの政党と市民団体の連合からなるこの運動は、横浜市民に対するカジノ誘致の是非を問う住民投票を行うことを目標とし、署名運動を展開している。(以降、「カジノの是非を決める横浜市民の会」を「住民投票推進派」とする) ところがこの市民運動の分裂があって、若干の混乱が見られている。 「一人から始めるリコール運動」(以降、「リコール運動推進派」)は、無党派組織でほとんど数人の運動から始まったものだ。JR東戸塚駅前で、リコールの署名を集める受任者の受付をしている広越由美子代表に話を聞きに行くと、事情を説明してくれた。 「リコールで50万人を集めれば(市長を辞めさせる)法的な拘束力があります。住民投票だと難しいと思っています」 広越氏によると、住民投票はカジノ誘致を止めるにはほとんど意味がないと言うのだ。なぜかと言えば、市長とカジノ推進が多数派の市議会がある限り、結局カジノ誘致は進められてしまうからだ。 この住民投票の請求は市議会にかけられるが、必ずしも請求を受け付けなければならないわけではなく、否決することができる。おそらく、現在の自民と公明のカジノ推進派の与党の市議会では、これが否決されてしまうだろう。 仮にこの住民投票条例が市議会で可決されたとしても、その住民投票には法的な拘束力は実際のところはない。住民投票の民意を無視してカジノ誘致を進めることも可能なのだ。 そうすると、おおよそカジノ誘致に賛成となっている横浜市の政財界と横浜市議会を相手にしてカジノ誘致をストップさせるには、住民投票では意味がなく、市長をリコールすることが必要だということになる。これが広越氏とリコール運動推進派の主張である。リコール後に選ばれる市長は、もちろん民意を受けてカジノ反対の市長となるだろうから、一挙にカジノ推進の動きを止められるということだ。 「でも(住民投票推進派は)リコールは無理だと思っているわけですよ」と広越氏は言う。 地方自治法によれば、市長の解職は有権者の数に応じた解職請求が必要で、横浜市の場合はその必要署名数はおおよそ50万人。これはかなりの署名が必要だ。そして解職請求が規定数に達すると、正式に解職の是非を問う住民投票が行われる。ここで投票数の過半数が解職に賛同すればリコールが成立する。 これについて住民投票推進派の関係者に聞いてみると、まずリコールは無理だろうとのシビアな反応が返ってくる。 「その数が多いので残念ながら現実的とはいえないですね。2011年に名古屋市で過去にリコールが成立した例はありますが、大きな市町村区や都道府県レベルでリコールが成立した例はほとんどないですから」と、前出の政村氏。「私たちもリコールという手法自体は否定していませんが…」と歯切れは悪い。 「客観的に見てもリコールは難しい。そして、もし市長のリコールが否決されると、かえって林市長の政策が信認されたという解釈されることになりかねない」とは、住民投票推進派である横浜市議会の某政党関係者の意見だ。リコールの失敗がオウンゴールになるのでないかということだ。 とはいえ、この議員もリコールの手法や運動自体を否定するつもりはなく、その議員自身も住民投票の署名とあわせてリコール署名を集めて協力しているという。市民グループが開始した、IR誘致の賛否を問う住民投票条例制定を求める署名活動=2020年9月4日、横浜市 それでもこれにイラついているのがリコール運動推進派である。やらなければ分からないだろうということだ。なるほどその志やよしとも思うのだが、実際どうなるのだろうか。住民投票推進派はあまりにも政党色が強く、結局は選挙目当てで反対のポーズはしているだけではないのか、とネットでは広越氏自ら批判を繰り広げている。残念ながら両派の分裂の収拾はつかない模様だ。 リコール運動推進派の発表によれば、11月4日の時点で署名は4万人弱。先にも触れたが、リコール成立に必要な署名数は約50万人。リコールのための法定投票期間は残り1カ月を切っている。メルクマールは市長選 今度は住民投票推進派の思惑を聞いてみる。 住民投票の請求は、横浜市の有権者の50分の1にあたる約6万2500人を上回る署名が必要だ。そしてこの後に横浜市議会で住民投票を行うか否かが議会で採決されるが、住民投票の請求が議会で否決されたとすれば、自民・公明の議員はカジノ誘致に賛成だという意思表示を選挙民にすることになる。そうすると、カジノ誘致の是非を明確にしなかった横浜市議会与党の市議は有権者にこれまでの説明がつかなくなる。 そして、来年の8月には林市長の任期満了にともなう市長選がある。失敗の可能性が高いリコール運動ではなく、本丸はここではないかということだ。ここで落選させるための前段階としての住民投票というわけだ。 これならば確かに理屈は通る。だが、リコール運動推進派は、その来年8月までにカジノ誘致が林市長と市議会与党によって進められてしまい、国への申請が行われてしまうのではないかとも危惧している。だからリコールなのだ、と。 しかし、住民投票推進派の横浜市議の古谷靖彦氏に聞くと、その点については心配なさそうだと説明してくれた。 「仮に市長選の前に国への申請や、それに伴う契約があったとしても申請の撤回や契約の破棄は可能です。なんらかの契約した場合の違約金のようなものも発生しないだろうと考えています」 こうして、11月4日には、リコール運動推進派の孤軍奮闘の苦戦を横目に、住民投票推進派の署名は20万人を突破。法定必要数の3倍の署名を集めることに成功している。横浜市議会のカジノ推進の与党は、これに正式に対応しなければならなくなった。 さて、この取材を進めている最中にさらに動きがあった。 これまでカジノ誘致のための国への申請期間は来年の2021年1~7月とされていた。そのための申請の具体的な方針も今年の年初に発表される予定だった。だが、これが新型コロナの混乱によるものか、いまだに音沙汰がないままだった。これがやっと10月9日に観光庁から発表された。 それによると、地方自治体からの誘致提案の申請期間か延期となったという。来年1月に開始される予定だったのが、10月開始とのことだ。これはカジノ誘致反対派にとって非常に大きい。 その理由は、来年8月の横浜市長選を経てからでなければ、カジノ誘致提案の申請ができないということだ。そうすると、市長選は自ずとカジノ誘致が争点となる。これまでリコール運動推進派が懸念していたように、市長選で民意が問われる前にカジノ誘致の国への申請が進められてしまうということはなくなったわけだ。 林市長は現在3期目で11年にわたって市政を担ってきた。しかし、中学の給食未支給から端を発した「ハマ弁」問題や、新型コロナ対応も含めて、長期政権に横浜市民の不満が高まっており、4選は厳しいのではないかというのがおおよその世評である。IR誘致について答弁する横浜市の林文子市長=2019年9月 また、これまで林市政に対するスタンスがまとまらなかった野党側も統一候補を立てる動きがカジノ誘致問題を機運にして高まっている。そうなると、リコールや住民投票の動きと相まって、林市長には非常に厳しい展開になりそうだ。 このように横浜市のカジノ誘致の反対運動は、まるで転がる石のような状況だ。石が転がり続けていくうちに、地盤までをも揺るがすように雪崩になりつつある。まずは来年8月の市長選、どうやらここがメルクマールになることは間違いないだろう。 だが、カジノ誘致を唱える林市長が市民からの信認を得られるかは容易に想像がつく。そのとき、カジノ誘致構想はどうなるのだろうか。

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    バイデンでも終止符を打てない米国の分断

    世界が注目した米大統領選はバイデン前副大統領の事実上の勝利となったものの、いまだ確定とはいえない事態が米国の混迷ぶりを象徴している。経済再生、安全保障といった日本の重要課題は米国に左右される部分が大きいだけに安定を求めたいが、それはほど遠いだろう。バイデン政権は日本にいかなる影響を及ぼすのか。(写真はゲッティ=共同)

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    中国が狙う「権力の空白」日米新政権は東アジア安保に新たな一歩を

    手嶋龍一(外交ジャーナリスト) 次期大統領に就任する見通しとなったバイデン氏は、菅義偉(すが・よしひで)首相率いるニッポンの優先順位を落としつつあるのではないか――首相官邸も外務省もそんな焦りを募らせているように見受けられる。バイデン氏は、トランプ大統領がかたくなに敗北を認めない中、バイデン外交を始動させつつある。 まずは隣国カナダのトルドー首相に電話をかけ、続いて英国のジョンソン首相、ドイツのメルケル首相、フランスのマクロン大統領と相次いで電話会談を行い、首脳外交を実質的にスタートさせた。 だが、東アジアで最重要の同盟国、日本の菅首相との電話会談は12日以降に先送りされてしまった。安倍晋三前首相がトランプ大統領と際立って良好な関係を保っていたのに対して、欧州の主要国のリーダーたちは、時にトランプ大統領と鋭く対立してきた。 このため、バイデン次期政権の外交を担う専門家たちは、大西洋を挟む欧州主要国の首脳とまず接触して信認を取り付け、それによって国際社会でもバイデン勝利を印象付けて民主党政権の基盤を揺るぎないものにしようと目論んでいるのだろう。 4年前の米大統領選直後には、当時の安倍首相が電撃的に訪米し、就任前のトランプ大統領と異例の会談を成功させた。そして「シンゾー・ドナルド」の信頼関係を素早く築き上げたのだった。 安倍首相はその足でペルーの首都リマで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に乗り込んでいった。各国に先駆けてトランプ・タワー会談を実現させた安倍首相に、集った首脳たちは熱い視線を注いだという。次期大統領と膝を交えて話し合い、首脳たちの人物譚(たん)まで披露し、トランプ大統領の首脳外交の指南役まで務めたのだから、誰しも競って安倍首相の話を聞きたがった。米デラウェア州ウィルミントンで記者会見するバイデン前副大統領=2020年11月10日(ロイター=共同) こうして築き上げた「シンゾー・ドナルド」の絆は、その後の安倍政権にとって最大の外交的資産となった。初めての米朝首脳会談の開催場所は、板門店ではなくシンガポールにすべきだと進言したのもトランプ大統領の盟友、安倍首相だった。首脳会談の早期開催を 実は、いち早く側近の阿達雅志参議院議員を訪米させて、安倍・トランプ会談の可能性を探らせたのは、当時の菅官房長官だった。それだけにトランプ大統領の敗北は菅内閣にとっては痛手だったろう。菅首相自身も官房長官時代にワシントンを訪れて、ホワイトハウスでペンス副大統領と会談し、共和党政権との絆を強めてきた経緯がある。 在ワシントンの日本大使館は、選挙期間中からバイデン氏の外交アドバイザーたちに接触し、民主党人脈の開拓に努めてきたが、すべてはこれからと言っていい。 「民主、共和両党のどちらの政権が日本にとっていいのか」。日本の政界だけでなく、経済人からも繰り返し同じ質問を受ける。だが、長年、ワシントンに暮らして日米同盟の最前線に身を置いてきた経験から言えば、日本にとってどちらの政権がいいのかなどと心配する時代はとうに過去のものだと思う。 結論を先に記せば、インド太平洋に攻勢を強める中国の前浜に位置する戦略上の要衝ニッポンを粗略にして、米国の東アジア戦略はもはや成り立たない。バイデン政権の外交・安全保障政策を担う当局者たちは、誰しも日米同盟の重みを知り抜いているはずだ。 今回の米大統領選は、共和、民主どちらの党が、中国の習近平国家主席により強硬かを競う戦いとなった。バイデン政権が発足してもこの基調は変わらないだろう。米国が敗北宣言なき政権移行を余儀なくされ、大統領権力の中枢に巨大な空白が生じたとみるや、「習近平の中国」は、その隙を突いて東アジア海域でさらなる攻勢に出ている。 台湾海峡の制空、制海権を窺うべく、台湾の防空識別圏に多数の中国軍機を飛ばしつつある。そして、尖閣諸島の周辺に海警察局の艦艇を出没させているだけではない。中国当局はこのほど「海警局の艦艇が管轄する海域で外国船が命令に従わない場合は武器の使用を認める」という法律の草案を明らかにした。 「海警局の艦艇が管轄する海域」とは、中国側が恣意(しい)的に定めた領域で武力行使をするという意思表示に他ならない。彼らの行動を取り締まる「外国船」、すなわち日本の艦艇に武器を使用していいと認める危険な法律以外の何物でもない。 米国の政権移譲が滞れば滞るほど、東アジアの安全保障の砦となってきた日米同盟にはほころびが目立つことになる。「開かれたインド太平洋」構想は、日本・米国・オーストラリア・インドによる対中同盟によって具体的に下支えするときを迎えているのである。 そのためには、菅・バイデン首脳会談を早期に開催して、尖閣諸島に日米安保条約を適用し、日米両国の防衛範囲とすることを改めて確認することが急務だろう。そのうえで、台湾問題の平和的解決を求める姿勢を日米の両首脳が鮮明にし、台湾問題を武力で解決してはならないことを闡明(せんめい)すべきだろう。出邸する菅義偉首相=2020年11月11日、首相官邸(春名中撮影) 日米同盟は、朝鮮半島の有事だけでなく、台湾海峡の有事に備える平和の盟約である。菅・バイデン両首脳は、いまこそ揺るぎないメッセージを北京に向けて発するときなのである。

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    大統領選は「ダブルKO」お飾り同然のバイデンと暗黒時代が続く米国

    山田順(ジャーナリスト) もつれにもつれた米大統領選だったが、民主党のジョー・バイデンが行った勝利宣言で決着がついたと言えるだろう。 ドナルド・トランプは、不正投票が横行したと主張して負けを認めない姿勢だが、「勝手に言っていろ」といった冷めた空気が漂う。法廷闘争に持ち込もうとするトランプの方針には、味方である共和党内からの反発も強い。 しかし、トランプが負けたかと言えば、単純にそうとは言いきれない。なにしろポピュラーボート(一般投票)では、歴代現職大統領で最多となる7千万票超を得ているのだ。当選を確実なものとしたバイデンはそれを上回る7500万票だった。 このことから言えるのは、トランプは負けてはいないし、バイデンは勝ってはいないということだ。はっきり言うと2人とも負けたのであり、これにより米国民も負けたというのが私の結論である。そう考える理由を述べてみたい。 バイデンは勝利宣言で、「確信できる勝利だ。国民は7400万以上の票をもって当選させてくれた」と述べた。そして、民主、共和両党の有権者から幅広く支持を得たとし、さらに、白人だけでなくヒスパニック(中南米系)や黒人などの多様な人種からも得票できたことに感謝の意を表した。 これは「ウソ」である。今回、民主党は黒人票もヒスパニック票も、かなりを共和党に奪われている。米デラウェア州ウィルミントンで大統領選の勝利を祝う、民主党のバイデン前副大統領(右)とハリス上院議員=2020年11月7日(ロイター=共同) また、バイデンは「私は分断ではなく結束を目指す大統領になる」と高らかに宣言した。しかし、大勝したなら別だが、僅差で勝ったぐらいでは米国の分断を解消できない。勝利宣言に漂うむなしさ さらに、「米国を再び世界から尊敬される国にする」と述べ、「米国は世界の光だ。模範としての力によって(世界を)導いていく」と強調した。米国のインテリ層は、そんなことを一朝一夕でできるわけがないと知っている。バイデンの演説に感動したという人は多いが、私はむなしさだけを感じた。 先立って行われた、初の女性副大統領になるカマラ・ハリス上院議員の演説のほうが、はるかによかった。「私は副大統領になる初めての女性かもしれませんが、最後ではありません」と述べ、子供たちにメッセージを送った。そして米国は「可能性の国だ」と力を込めた。 これだけは、本当だ。 個人的なことを言えば、ここ数年、10月と11月はニューヨーク・マンハッタンで過ごすことが多かった。しかし、今年は新型コロナウイルス禍で日本から一歩も出られない。 思い出すのはトランプが大統領選に勝利した4年前、エンパイアステート・ビルに選挙結果が映し出されると、街全体が哀しみに沈んだことだ。 翌日、知り合いの米国人は皆、無口だった。別に、敗れた民主党を支持しているわけではなかった。トランプだけは支持できない。それだけだった。 都市部のインテリ層は民主党支持者が多いとされる。実にステレオタイプの見方だが、トランプ支持者がスターバックスで、現政権に批判的なニューヨーク・タイムズ紙を読まないことだけは確かだ。スタバのカフェオレは4ドル以上もするので、私は毎朝、ファストフードチェーンのプレタ・マンジェの2ドルほどのレギュラーコーヒーを飲み、携帯電話でニュースを見ていた。 2年前の中間選挙で、民主党プログレッシブ(急進左派)のアレクサンドリア・オカシオ・コルテスが、史上最年少で下院議員に当選したときは本当に驚いた。彼女は当選の1年前までレストランで働いていたのだ。米大統領選で勝利を確実にしたバイデン氏の演説を聴く女性=2020年11月7日、サンフランシスコ(Bay Area News Group・AP=共同) 大統領選と同時に行われた今回の下院選でも、彼女は圧倒的な支持を得て当選した。ただし、ニューヨーク州全体では、民主党候補は共和党候補に追い上げられた。「反トランプを強調するだけで中身がなかった」と批判されている。また、リッチー・トレスとモンディア・ジョーンズが、同性愛者であることをカミングアウトしている黒人男性として初当選するなどの新しい動きも見られた。2人とも裕福ではない家庭の出身で、ジョーンズは白人の裕福層が多いウエストチェスター郡とロックランド郡の選挙区で勝利している。街に響く「お前はクビだ!」 バイデンの当確が報じられると、タイムズスクエアに大勢の人々が集まった。現地からの報道を見ていると、皆、歌って踊って騒いでいる。そして「ユー・アー・ファイヤード!(お前はクビだ!)」と叫んでいた。ビジネス業界をテーマにしたリアリティー番組『アプレンティス』で、トランプが脱落した出演者に浴びせた決めぜりふだ。社会的地位のある傲慢(ごうまん)な人物にやり返す様子を日本流に言うなら「倍返し」だろう。 このお祭り騒ぎの中に、ニューヨーク州選出の民主党上院議員であるチャック・シューマーの姿があり、「米国の暗黒の時代は終わった」と述べていた。しかし、私は暗黒時代は終わらないと思う。 今回の大統領選の投票率は約66%で、約1世紀ぶりの高水準だとなった。バイデンの50・6%(11月8日時点)には及ばないものの、全体のほぼ半分にあたる47・7%(同)をトランプが獲得したことは、やはり驚きに値するだろう。 なぜなら、主流派メディアの予測では、トランプは4割がせいぜいで、一般投票でも選挙人獲得数でも大差で負けるはずだったからだ。しかし、開票開始から間もない段階ではトランプが優勢であり、4年前の番狂わせが再現されるかのような勢いがあった。 今回の選挙は「トランプか、バイデンか」ではなく、「あと4年トランプでいいのか」という選挙だったことも驚きを加速させる。 つまり、対立候補は誰でもよく、とにかく反トランプの候補に票を投じればよかった。それなのになぜ、トランプは大健闘したのか。米国民の約半分が彼が大統領でいいと判断しているのだ。 前回の大統領選では、誰もがトランプのことをよく理解していなかった。とんでもないナルシストで、女性蔑視の発言をし、白人優位主義団体を擁護するような態度をとり、フェアプレーを無視する男だとは知らなかった。変わったセレブオヤジだけど「メーク・アメリカ・グレート・アゲイン(米国を再び偉大な国にしよう)」を掲げる愛国者ぐらいに思っていた。 今回は事情が違う。4年間の横暴、スキャンダル、同盟国軽視、地球環境無視で大統領としての資質に疑いがあることが分かっていた。多くのメディアは「人間失格」の烙印(らくいん)さえ押した。米大統領選の開票が進む中、ワシントンのホワイトハウスで演説する共和党のトランプ大統領=2020年11月4日(ロイター=共同) それでも、ほぼ半数がトランプに投票した。しかも、フロリダやテキサスの激戦州では前回よりヒスパニック票を増やしている。日本はどう付き合う トランプから「スリーピー・ジョー(ねぼけたジョー)」とからかわれたように、バイデンは事態を正確に認識できず、自分が多くの国民から熱烈に支持されて当選したと勘違いしているかもしれない。 米国の将来を担う若い世代はバイデンなど支持していない。学生ローンの返済に苦しむ、1981~96年生まれのミレニアル世代と、97年以降に生まれたジェネレーションZの有権者の多くは、「民主社会主義者」を自認する民主党上院議員のバーニー・サンダースの代わりにバイデンに投票したにすぎないのだ。 また、インテリの民主党支持女性にとってバイデンは、トランプに「ポカホンタス」(先住民の女性の名前)と呼ばれ揶揄(やゆ)された左派のエリザベス・ウォーレンや、中道派のエイミー・クロブシャーの代わりだった。 したがって、いくらバイデンが大統領になってホワイトハウスを奪還しても、民主党は分断されたままである。一方、トランプの岩盤支持層とされる民間の武装集団ミリシアや、インターネットで流れる陰謀説を信じるQアノンなどの「愛国軍団」は、大統領選前と変わらず気勢を上げ続ける。 バイデン新大統領の誕生が確実視されるなか、日本では、米国の対日政策や対中政策を予測する記事があふれたが、どれも競馬予想と同じであてにならない。なにしろバイデンは11月20日に78歳を迎える「史上最高齢の大統領」となる見通しであり、民主党は完全にまとまりを欠いている。 前記したように、民主党は急進左派、左派、中道派、右派寄りの中道派などイデオロギー的に多様であるうえ、予備選候補を見れば、人種的にも多種多様である。しかも「腐敗エスタブリッシュメント(支配階級)」は共和党より民主党に多く、ウオール街もほとんどが民主党支持で、献金額も共和党を上回る。 トランプが引っかき回し、民主党が混乱に拍車をかけ、バイデンが大統領としてお飾り同然になる米国と、日本はうまくやっていかなければならない。「宗主国と属国」という状況は変わらないから、首相の菅義偉(すが・よしひで)は早々に「ワシントンDC詣で」をするだろう。米ホワイトハウス前でバイデン前副大統領の勝利に歓喜する人々=2020年11月7日、ワシントン(共同) そのときに、東南アジア諸国連合(ASEAN)をアルゼンチンと読み間違いをしてしまうとか、そんなことがないように、くれぐれも気をつけてほしい。(文中敬称略)

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    バイデンの試金石、世界の脅威「巨龍中国」との覇権争いに勝てるか

    小倉正男(経済ジャーナリスト) またしても「ラストベルト」(錆びた工業地帯)が米大統領選の趨勢を決めた。 ラストベルトとは、ウィスコンシン、ミシガン、ペンシルベニアなどの各州だが、製鉄、自動車関連など旧来型製造業が集積している。少し前までは「基幹産業」といわれた分野が広く分布し、雇用でいえば多くの人的集約型ジョブをもたらしていた。 今回の大統領選でも世論調査、メディア、識者たちの見方では、民主党のバイデン前副大統領が圧倒的優勢とされていた。支持率などを含めて党派制やイデオロギーが混入した事前情報であり、まったく当てにならなかった。結果は文字通りの大接戦、とりわけ最後の最後までというか、いまだ揉めているのがラストベルトを中核とする票である。 2016年の前回大統領選では、「ラストベルトがトランプを大統領にした」といわれている。ラストベルトは、もともとは労働組合が強いところで歴史的に民主党の地盤とされてきた。しかし、16年は事前予測とは逆に共和党のトランプ氏がラストベルトで圧倒的な勝利を収めた。大逆転でトランプ氏を大統領の座に押し上げたのはまさしくラストベルトだった。 民主党にとってそれは想定を超えるものだった。問題は、「グローバリゼーション」に対する皮膚感覚だった。ラストベルトの中産階級、労働者にとっては、グローバリゼーションとは自分たちのジョブを奪う規範だった。 ラストベルトは、グローバリゼーションを当然のものと受け入れている民主党からは見捨てられた地域だった。民主党では左派のサンダース氏(上院議員)が反グローバリゼーションなのだが、民主党をリードするものではなかった。「アメリカファースト」、一国主義で中国が米国のジョブを盗んだと唱えるトランプ氏なら、ラストベルトにジョブを戻してくれると投票したわけである。 だが、今回は、ラストベルトはどの州も極めて僅差ながらバイデン氏への支持が上回った。ラストベルトは前回と違ってトランプ氏ではなくバイデン氏に勝利をもたらした。 トランプ氏の敗因としては、やはり新型コロナ感染症を甘くみたことが大きい。自ら感染したのが象徴的である。新型コロナの抑え込みに失敗したといわなければならない。トランプ米大統領の新型コロナウイルス感染を伝える大型モニター=2020年10月2日、東京都内(AP=共同) また、トランプ氏は、マスク着用などをことさら軽視し、新型コロナの感染拡大を許した。米国は、コロナ感染による死者は23万人超、感染者は960万人を上回っている。インド、ブラジルを超えて世界断トツだ。コロナが蔓延すれば、経済が停止しジョブが失われる。持てなかったトランプ再選の熱意 先に記したが、ラストベルトは僅差ではあるものの、軒並みバイデン氏が勝利した。これは旧来型製造業の人的集約型ジョブを米国に戻すことの困難さを示している。 そもそも世界のサプライチェーンを中国が占めており、米国の製造業が世界市場での競争から生き残るのは至難だった。オバマ氏が大統領、ヒラリー・クリントン氏が国務長官を務めるなどしていた時代に民主党が支持したグローバリゼーションは、中国に旧来型製造業のジョブと所得が移転することを黙認するものだった。ラストベルトの製造業は、人的集約型から脱して進化するしか生き残りの道はなく、労働者たちはジョブを失った。 トランプ氏は、一国主義を掲げて反グローバリゼーションを標榜した。中国は、米国の資本、技術、雇用などの富を盗んでいると「米中貿易戦争」をひたすら激化させ、中国に高関税を課した。しかし、それでもラストベルトに旧来型のジョブが戻ることはなかった。トランプ氏は、ラストベルトの中産階級のポケットを膨らますことを実現できなかった。 そうした要因が大統領候補の2人にとって、ラストベルトでの明暗を僅差で分けた。前回は、反グローバリゼーションのトランプ氏が支持された。だが、今回はお題目ではなく、ジョブが現実に戻らないなら、トランプ氏を再選させる熱意を持てない。 バイデン氏の大統領就任が確実になったことで「お前(トランプ氏)はクビだ」と全米はお祭り騒ぎである。だが、米国はそれどころではない。国内総生産(GDP)では、中国は米国のそれの7割弱のところまで膨張してきている。中国は虎視眈々とGDPで米国に肩を並べる勢いを示している。ちなみに中国はGDPで日本の3倍の規模を獲得している。 しかも、中国は新型コロナの発生源であるにもかかわらず、武漢封鎖など強権で新型コロナ抑え込みに成功している。中国はすでに経済を再スタートさせている。日本国内の電子部品・工作機械関連産業筋などは「中国経済の復活は本物だ」と声をそろえている。中国はいち早く新型コロナ禍から立ち直りをみせている。 米国は、大統領選のお祭り騒ぎを引きずって新型コロナ感染をさらに拡大するとしたら経済の混乱に拍車をかけるようなものである。新型コロナの抑え込み、大統領選の混乱など見ていても、米国は衰退の兆しが否定できない。ボヤボヤしていれば、世界の覇権は中国・習近平国家主席の思惑通りになりかねないことを見失ってはならない。 問題はバイデン氏の中国に対する政策である。オバマ政権当時、中国に対して融和政策をとったが、バイデン氏もその一翼を担ってきた。いまではバイデン氏も民主党も当時とは異なり、中国の覇権主義には強い警戒感を持っているといわれている。先祖返りで中国への融和政策に転じる懸念がなくもないが、香港、ウイグルなどの人権問題では強硬な方針を打ち出すとみられる。米大統領選で勝利を確実にしたバイデン前副大統領(左)と中国の習近平国家主席=2013年12月、北京(ロイター=共同) 経済ではITなど先端テクノロジー分野を含めて経済安全保障に関連する産業分野で、米中のデカップリング(切り離し)が進められるとみられる。中国としては、人権問題に加えて先端テクノロジー分野でデカップリングが進めば、米国経済を追い抜くという野望の大きな阻害要因になるのは間違いない。楽観できない「バイデン新大統領」 日本の経済界も先端テクノロジー分野を含めて安全保障に関わるデカップリングは受け入れている。ただ、デカップリングの範囲がさらに拡大することになれば軋みが出かねない。 経済界は一般にイデオロギーよりも売り上げ、利益というところが眼目であり、背に腹は代えられないという現実を抱えている。経済界では、「米中軋轢には日本はうまく立ち回って」という声が出ている。しかし、「うまく立ち回れる」といった保証はまったくない。 経済界がもう一つ抱えているのは、中国の巨大市場を捨てられないという現実だ。中国の14億人という巨大な人口もそうだが、1億人を超える金持ち層の存在がマーケットの魅力になっている。「中国のマーケットはまだ成熟しておらず、消費、贅沢に貪欲だ。米国のマーケットが成熟してきているのとは好対照だ」。製造業、サービス産業の経営者筋たちは、中国市場と米国市場の現状の違いをストレートに語っている。 中国の王毅外相が、「中国のマーケットを捨てられるか」と開き直った発言をしたことがある。確かに、新型コロナ禍に苦しむ日本の経済界にとっては、ここは急所だ。 ドイツなどが米国と少し距離を置いて、中国との関係見直しについては旗幟を鮮明にしていない。これはメルケル首相とトランプ氏の相性が悪いからということではない。ドイツ企業が中国マーケットで収益を享受している。それがメルケル首相を逡巡させている。 新大統領となるバイデン氏に求めたいのは、中国の追走を再び大きく引き離すような米国経済のダイナミズム再生に取り組んでほしいということだ。 かつて米国マーケットは世界断トツで、日本の家電製品、自動車などを成長させてくれた豊かさやおおらかさがあった。「GAFA」というイノベーションを伴った巨大ビジネスを創造したのも米国にほかならない。世界の尊敬や憧れはそうした懐の深い米国にあった。 20世紀は、世界がドイツとどう調和するのか、ドイツが世界とどう調和するのかという100年だったといわれている。現時点はおそらく世界と中国がどう調和するかという時代といえるかもしれない。米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言した民主党のバイデン前副大統領とジル夫人=2020年11月7日(ロイター=共同) 米国経済のダイナミズムを再生することで一党独裁国家である中国の凄まじい世界覇権に歯止めをかける必要がある。米国は衰退から再生を繰り返しながら世界経済をリードしてきた。「バイデン新大統領」の先行きはそう楽観できるものではなさそうだが、ともあれ米国経済のダイナミズム復活に期待したいものである。

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    マードック帝国「トランプ切り」の背景に「コロナとクスリ」

     与党・共和党や「トランプ・チャンネル」と言われたFOXニュースからも厳しい声があがり、ついにはファーストレディであるメラニア夫人が「敗北宣言するよう説得した」と報じられて、トランプ大統領はいよいよ外堀を埋められてきた。もはや一部の熱狂的支持者以外は「これは負けだな」と思っているのに、本人はまだまだファイティングポーズを崩そうとしない。ニューヨーク在住ジャーナリスト・佐藤則男氏が、その裏に2つの不穏な事情があるとリポートする。 * * * まずはFOXニュースの「手のひら返し」の続報から。すでにNEWSポストセブンで、FOXが開票速報でいち早く「トランプ劣勢」を報じて本人が激怒したこと、さらに、トランプ氏の「首席補佐官」とまで言われたアンカーマンのショーン・ハニティ氏の出番が減っていることはお伝えした。これに関して興味深い報道があった。 ピューリッツァー賞ジャーナリストでニューヨーク・タイムズのコラムニストであるモーリーン・ダウド氏が署名記事で指摘しているのだが、FOXが選挙特番で「トランプはアリゾナで勝てない」と他社に先駆けて報じたことについて、大統領上級顧問のジャレッド・クシュナー氏が、FOXオーナーであるメディア王、ルパート・マードック氏に抗議の電話をかけたというのである。マードック氏がどう答えたかは書かれていないが、番組の現場からは、「当落の判定は数学的な分析による専門家の判断だから責められるいわれはない」と突っぱねられたようだ。 ダウド氏とは個人的にも親交が深いが、とても慎重で思慮深い女性である。ここまで具体的に書くからには、かなり確度の高い情報をつかんだのだと思う。彼女の記事の通りだとすれば、FOXニュースは、すでに選挙前から「トランプ切り」を決断していたと考えられる。いつまでもトランプ礼賛をしていれば自分たちも危うくなると考えたのだろう。そして、FOXが舵を切ったということは、共和党主流派も同じだったことが推測される。FOXは、トランプ・チャンネルである前に共和党チャンネルだからだ。 大統領選挙を取材し続けているフリージャーナリストのマイケルに電話した。彼も「おそらくマードック氏はトランプ氏を見限った」と語った。「ダウド氏が指摘している通りだろう。トランプ大統領の最大の武器は、マードック氏率いる右派メディアだった。FOXニュースを筆頭に、ニューヨーク・ポストやウォール・ストリート・ジャーナルといったマードック系メディアが礼賛報道を続けたことで、無理な政策も国民から一定の支持を得てきた。メディアの運営手腕は、ニューヨーク・タイムズやワシントン・ポストなどのリベラル系より、エンターテインメントにも強いマードック氏のほうが一枚も二枚もうわてだった。しかし、マードック氏はうわてだからこそ、トランプ再選が難しいと見るや、いち早く逃げ道を用意したのだろう。私が聞いているのは、コロナ問題が大統領選挙後にさらに悪化するという予測が大きな要因だったらしい」 確かに大統領選と並行して、アメリカのコロナ感染は再拡大している。ところで、ダウド氏によれば、マードック氏に抗議して袖にされたのは、クシュナー上級顧問だったという。娘婿であり、ハーバード大学卒、MBA(経済修士号)と法学博士号を持つ天才とはいえ、普段ならこういうことはトランプ氏が自分でやりそうな気もする。筆者の疑問に、マイケルはさらに不穏な情報を明かした。「マードック氏がトランプ大統領はもうダメだと考えたもう一つの理由は、大統領が正常な判断をできなくなっていると見たからだと思う。コロナ感染して以来、強いステロイド剤を使い続けたことなどで、精神の高揚や落ち込みなど、深刻な副作用が出ているという噂が絶えない。クシュナー氏はマードック氏だけでなく、裏であちこちに電話したり指示を出したりしているようだが、それはトランプ氏がまともに陣頭指揮を執れなくなっているからだと聞いている」 そうだとすれば、クシュナー氏の妻でトランプ氏の娘であるイヴァンカ氏や、ファーストレディのメラニア夫人が「もう負けを認めましょう」と語っているという情報も合点がいく。マードック帝国による「トランプ切り」には、コロナの再燃と大統領の「異常事態」という恐ろしい背景があったということなのか。2020年11月5日、米ワシントンのホワイトハウスで演説する共和党のトランプ大統領(AP=共同)関連記事■「トランプはステロイドでおかしくなった」の声が続々■トランプ氏 姪の水着姿見て「こいつはすごい」と息荒らげた■FOXも手のひら返し!? 「トランプの口封じ」が始まった■まさかの飛び火!? トランプが「日本に復讐」の仰天証言■“味方”のFOXにいち早く「落選」報じられてトランプ激怒

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    米大統領選、「不正選挙」訴える中国発デマが飛び交った背景

    ジズ)【高口康太】ジャーナリスト。翻訳家。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国の政治、社会、文化など幅広い分野で取材を行う。独自の切り口から中国・新興国を論じるニュースサイト「KINBRICKS NOW」を運営。著書に『現代中国経営者列伝』(星海社新書)など。関連記事■米大統領選・現地フォトレポート 熱狂するトランプ信奉者■トランプ猛追の2つの理由とバイデンのピンボケ選挙戦■トランプ信者 「真実か否かの基準はトランプのツイッター」■大統領選挙いよいよ最終局面「トランプの命運は尽きたか」■FOXも手のひら返し!? 「トランプの口封じ」が始まった

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    再否決の大阪都構想が陥った「小泉構造改革」との共通点

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 地域政党の大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)が主導した「大阪都構想」の住民投票は再否決の結果に終わった。松井一郎大阪市長は、維新の代表を辞任する意向を示している。維新にとっては大きな痛手であろう。 以前、この連載でも指摘したが、大阪都構想は経済の効率性を重視する政策であった。他方で既得権重視政策というものがある。これはいってみれば「効率と平等のトレードオフ」に近い。 効率性を追求することで損害を被る人たちが出てくる。そのときに仮想的な補償を行うとして、補償をしてでも便益が上回るのであれば、その政策を行うことが望ましい。「仮想的な補償」なので、本当にお金や現物給付などで補償を行うとは限らない。実際にはしないことが大半だ。 それでもこのような効率重視政策がどんどん行われれば、全体の経済状況が良くなると考えるのが、伝統的な経済学の思考法で、「ヒックスの楽観主義」とも呼ばれる。維新は、この効率的重視政策をどんどんやることを、大阪都構想というビッグバンで一気に実現しようとしたと考えられる。 ただしヒックスの楽観主義は、しばしば現状維持を好んだり、効率性よりも平等を重視したりする意見によって実現されないことがある。これを既得権重視政策という。 仮想的な補償を実際に行え、と主張する動きも事実上そうなるだろう。このとき、効率重視政策と既得権重視政策の対立をどのように調停するかの問題がある。率直に言えば、国全体でも地方自治体でも効率性を重視しないところは長期的には衰退は必然である。住民投票で反対多数が確実となり会見する、(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文・大阪府知事、同代表の松井一郎・大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(寺口純平撮影) もちろんおカネ不足で不況に直面し、優良な企業が倒産し、または働きたい人が働けないという非効率がないことが最優先される。だが、本格的に国や都市の潜在成長を決めるのは効率性である。こう言うと効率性至上主義に思えるだろうが、それは違う。既得権維持政策(平等、再分配重視)とのトレードオフが常に課題になることは変わらない。扇動に流される「ワイドショー民」 このトレードオフで、効率性をより重視するか、あるいは既得権をより重視するかが、今回は問われた。その選択は大阪の住民の方々が行うだけである。そして民主的な結論が何よりも優先される。それだけの話だ。 経済学者は「である」という政策を提唱することはしても、効率と平等のトレードオフでどちらに比重を置くのが望ましいか、という「べきである」という提言を、普通はしない。ただ、長期的に効率性を追求しなければ、やがて国も都市も衰退するという「である」話を提示するのみである。 ただし、ここでも注意が必要だ。今回の大阪都構想は、上述のようにさまざまな効率性重視政策を、どかんとまとめてやろうとしたビッグバン型であった。そのようなビッグバン型の効率性重視政策ではなく、漸進的な効率性重視政策を望む人たちも多いだろう。ビッグバン型が良いのか悪いのか、それが問われたのが5年前と今回の住民投票だと思われる。 その点については以前書いた論説で結論した。ただ効率性重視を嫌う人、維新の話題になると頭に血が上る人、今回の毎日新聞の誤報のようなワイドショー的扇動に弱い「ワイドショー民」には、常に極端な選択しか頭にないことが多い。0か1か、全否定か全肯定かの2択である。 これは「あいまいさの不寛容」といわれるものだ。これに陥っているワイドショー民にとっては、効率と既得権のトレードオフが持ち出されることが理解できないらしい。しばしば前回の論説を「大阪都構想」賛成に読んでしまうワイドショー民も多かった。認知的バイアスと不合理な無知の問題なのでなかなか解決は難しい。 だが、そもそもビッグバン型の効率性重視政策自体にも、このような「あいまいさの不寛容」という認知バイアスを引き起こすものがある。二極の選択を迫るビッグバン型の効率性重視政策の典型は、小泉純一郎政権の構造改革路線だ。今回の大阪都構想も小泉構造改革が当初ブームになった成功体験を継承しようとしたのかもしれない。 構造改革自体は、規制緩和や民営化などで効率性を改善していく政策だった。だが、当時の小泉構造改革はいわば間違った構造改革=構造改革主義だった。なんでもかんでも「構造」の中に入れてしまうので、政策目的と手段の適切な配分などまったく考慮されなかった。参院選公示日に第一声を上げる小泉純一郎首相=2001年7月 「構造改革なくして景気回復なし」という、大ブームを巻き起こした標語が代表例だ。日本の長期停滞の主因は、長期にわたるおカネ不足だった。過度の清算主義は悲劇招く そのため、おカネ不足には、金融政策と財政政策が政策手段ではベストであり、基本的に構造改革ではない。小泉政権の「構造改革なくして景気回復なし」はその点を考慮していない間違った政策認識である。 最近でも、この考えに陥った人たちは多い。菅義偉(すが・よしひで)首相の経済政策の「指南役」の1人として脚光を浴びるデービッド・アトキンソン氏や、東洋大教授の竹中平蔵氏らの新型コロナ危機での経済政策観はその典型であろう。両者ともに新型コロナ危機を利用した過度の清算主義に陥っている。 清算主義というのは、下記の図表のような経済観である。 現実の経済(GDP)がおカネ不足でその潜在能力以下に落ち込んでいるとする(B点)。しかし、ここで財政政策や金融政策で苦境に陥った企業や労働者を救済すべきではない、というのが清算主義者の主張だ。 不況対策により、本来は淘汰(とうた)されるべき「非効率な」企業や労働者が救済されることで、かえって経済の停滞が長期化すると彼らは考えているのだ。 アトキンソン氏は、むしろ中小企業のうち小規模企業は淘汰した方がいいとの考えを示し、竹中氏は労働者の流動性を阻害するとして政府の雇用調整助成金に疑問を呈している。不況による淘汰はやがて経済を強靱(きょうじん)化して、以前よりも高い成長経路(D点のライン)を実現するだろう、という目論見だ。日本の失業率は2・6%と低い。しかし失業者178万人に対し「休業者」が652万人。潜在失業率は11%になる。政府が雇用調整助成金を出し、雇用を繋ぎ止めるからだ。不況が短期間でかつ産業構造が変わらないなら、それもいい。しかしそうではないだろう。こうした点が国会などで一切議論されないのは問題だ。竹中平蔵氏の公式ツイッター、2020年6月4日 このような清算主義は単に不況を深めてしまい、優良な企業の発展を妨げるのは自明である。どんな優良な財やサービスでも、おカネが不足していれば単に買えないからだ。清算主義の経済観を示した図表 ただ、竹中氏は清算主義と同時に、しばしば日銀の大胆な金融緩和政策を主張しており、かなり本格的に論じている。この辺りを竹中氏の矛盾ととるのか、それとも政策提言者の面妖さ、したたかさとるのか、再考してみる余地を感じている。 いずれにせよ新型コロナ危機の今、深刻なおカネ不足が問題であり、それを立て直すことが最優先である。 甚大なおカネ不足においては、ビッグバン型の効率性重視政策の出番ではないし、清算主義の出番となれば国民の悲劇である。そのことだけは確かだ。

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    大阪都構想敗北、維新が背負う「十字架」の重み

    大阪都構想の是非を問う住民投票は再び反対多数―。5年越しのリベンジマッチに挑んだ大阪維新の会の看板政策はあえなく敗北を喫した。維新代表で大阪市長の松井一郎氏は任期満了後の政界引退を明言したが、新型コロナ禍にあえぐ中、優先順位を間違えた感は否めない。維新所属議員らが背負う「十字架」の重みはいかばかりか。

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    夢破れし「大阪都構想」、混乱もたらした維新はどうケジメをつけるか

    の皆さんには「お疲れ様でした」と申し上げたい。 そしてコロナ禍での大変な時期に、大阪市民をある意味で政治家の闘争に巻き込み、多額の税金を投入しての住民投票の実行を推し進めた議員らには猛省を促したい。特に大阪維新の幹事長は「コロナ禍で(都構想を)訴えるのが大変だった、理解を深めるのが難しかった」というような総括をしていたが、こんな時期に無責任に住民投票を行ったのは誰なのかと問いたいものだ。 維新の前代表であった橋下徹氏が「住民投票は1回限り」と大阪市民に訴え、金輪際行わないはずだった住民投票をゴリ押しで2回目に持ち込んだのだから、大阪都構想を推進した維新は負けるわけにはいかない、全身全霊をささげての闘いだった。そのエネルギーは本来ならむしろ、コロナ対策に向けるべきではあったが。 さらに事前の世論調査で賛成派が反対派に押されていると分かると、維新は公明の山口那津男代表に大阪入りの応援演説を依頼したとも言われている。 これは「俺たちに逆らえば、公明の大阪の地盤に候補者を立てるからな」という維新の強圧的な態度が一転し、なりふり構わない、プライドを捨てての奮闘ぶりを見せた。 ただ、公明との交換条件が存在しないとは到底考えられないので、維新は今後、大阪の衆議院小選挙区で公明の地盤に候補者を擁立することはないに違いない。 つまり維新は次回以降、大阪で大きく衆議院の議席を伸ばす可能性は低くなった。そして、都構想が否決されたことにで、全国的な支持層拡大も壊滅的であろうし、大阪以外の維新所属議員らが離脱していく可能性も大いにある。維新に代わって大阪の自民が矛先を公明の選挙区に向け、衆院候補者擁立を企てる可能性もあるだろうが、これは自民党本部から怒られて実現しない。しかも、今回公明支持層は賛成票反対票がほぼ半分ずつで、結果として公明は維新にも自民にもうまく立ち回ることができている。良いポジションをしっかり持っていくいつもの公明党にはちょっと感心してしまう。 松井代表お気に入りの落選議員が税金で本部で雇用され、そんなお友達メンツで「大阪府民は何が何でも維新が好きやから」とあぐらをかいて運営を進めているような維新とは異なり、公明には強いブレーンがいるのであろう。否決が確実となり、会見冒頭で頭を下げる(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文知事と同代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 一方で都構想の反対派も前回の住民投票時の活動よりは、市民の反応を見ながら人々が気になっている部分を簡潔に説明していくなど、戦略的には巧みだった。 ただ、課題として、いつでも反対派はヒステリックに映ってしまうので、ここは今後の野党の改善ポイントになるだろう。議員が感情的になればなるほど、国民の大部分を占める無党派層はその圧についていけず傍観者側に回ってしまい、同調にはつながりにくくなる。 だからこそ私は議員時代、国会でプラカードを掲げる野党国会議員に「せっかく良い問題提起をしていても、その行為に国民が引くからやめてほしい」とツイッターで意見を表明したことがある。偶然か功を奏したかは定かではないが、その後いったんは国会内でのプラカード掲示はなくなった。失った維新のアイデンティティー 話を住民投票の結果に戻そう。大阪府内で圧倒的な支持率を持つ維新が10年以上にわたり、「一丁目一番地」としてきた大阪都構想は結局のところ、約1万7千票という僅差ではあるが大阪市民によって否決された。 今回は、議員選挙のときのように政党を好きか嫌いかではなく、政策の中身の良否で有権者が判断した結果が数字となって現れた、住民投票本来の姿でもあった。だからこそ今回は、大阪市民が「自分たちの生活が脅かされるのではないか」という強烈な危機感を、維新に対して抱いたということではないだろうか。 市民は生活に直結する住民投票に直面したことで、維新のキャッチフレーズである「身を切る改革」や「クリーンな政治」、「高齢者を担う次世代のために」という言葉を落ち着いて見たときに、ハリボテだと気付かされてしまった。 維新は口では素晴らしいことを言いつつも、現実には橋下氏の後援会会長の子息を特別秘書として税金で雇用したことをはじめ、維新所属の議員らは政党助成金(税金)を使って銀座で飲み歩き、市民からの税金を私的に流用したりとやりたい放題だ。バレれば小さな政党の「全国的にはほぼ注目されない」という強みを活かし、コメントを控えるという作戦でこれまで乗り切ってきた。 「高齢者を担う次世代のために」という言葉を信じた高齢者世代にとっても、少しの間と言うのであれば明るい高齢化社会のために我慢も致し方ないと思っていたのが、気づけば10年以上待てど暮らせど高齢者福祉に目新しい向上は見られず、不安は日増しに大きくなる一方だ。 加えて維新のハリボテ感の極めつけといえる出来事が、10月29日に橋下氏が更新したツイッターのコメントだ。橋下氏は「大阪都構想は世界と勝負するための令和の『大大阪』構想なのだ」とつぶやいた。 この言葉を見て私は、維新がいかに言葉遊びで大阪府民を惑わせてきたことを証明するかのようなこの内容に、心底残念な気持ちになった。東京にも追いつくどころか、企業をどんどん奪われ、息も絶え絶えの経済状況である大阪が、なぜいきなり世界と勝負するのかさっぱり意味が分からない。 このツイートが「この僕が『令和』や『大大阪』とか言っておけば、大阪市民は喜ぶでしょ。ちょっと住民投票を手伝ったんだから、維新議員はまた自分のパーティーの講演会に呼べよ」という橋下氏の心の声だとしか、私には聞こえないのだ。 私自身の考えとしては、大阪都構想が実現しようがしまいが、基本的に大阪市民の生活は何ら変化はなかっただろうから、「大阪市」という名称を残せたことだし、結果はこれで良かったのではと思う。たとえ今後大阪府知事と大阪市長が他会派になったとしても「あの人とは考え方が合わないから、維新が現れる10年前の状況に戻すぞ」なんてことを言いだすわけもない。 最後に私が注目したいのは、大阪維新の魂である大阪都構想を二度も否決された、維新議員の今後の身の振り方である。橋下氏はかつて「維新議員は都構想を実現させるためにつくった。それは国会議員だって同じだ」と、会合で何度も何度も話してきた。 となると「都構想」という、大阪を今後どのように導くのかという道しるべを失った維新議員たちは、自身の存在意義を顧みて引退するのが筋だと私は思う。しかし、維新議員のほとんどが生活の糧を議員報酬に頼っているので、その潔さはない。 維新の議員たちは地元市民に今後の大阪について問い詰められる度に、苦笑いを振りまき、時間薬である忘れ薬の効き目を待つのであろうが、それが大阪府民の求めるものなのかということを自問自答していただきたい。否決確実を受け、会見する大阪維新の会代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 大阪の街並みと経済は、発展どころか衰退の途をたどっている。そろそろ維新の実らぬ改革にお付き合いする余力も大阪にはなくなってきたところいうことを大阪府民の心に刻む良い機会が、この住民投票だったのではないだろうか。

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    フィンランドは30代の女性首相、北欧はいかに「男社会」を脱したか

    え女性の政界進出も少しずつ注目を浴びるようになってきた。 北欧諸国のどの国も三権分立に基づいており、政治家の汚職も世界で一番少ない。そもそも北欧における政治制度は、他のヨーロッパ諸国よりも社会派民主主義に基づいている。 理由として挙げられるのが、19世紀におけるマルクスの「資本論」、そして1848年革命の思想がきっかけとなり、次第に社会派民主主義が築かれてきた。また、20世紀初頭には労働組合の大規模な政治活動などが起こっている。 そのような情勢の中、女性の権利向上のための運動がさまざまな意味で起こり、普通参政権を要求するようになってきた。そして参政権取得後に、女性が少しずつ政界に進出してきたのだ。 昨年12月、フィンランドで34歳という若さの女性首相、サンナ・マリン氏が誕生した。しかも首相を含む4人の女性大臣たちは、皆30代という若さである。他の北欧を見ても、現在のデンマーク首相(42歳)やアイスランド首相(44歳)も女性だ。 また、私の住むノルウェーでは、もし現在のアーナ・ソルベルグ首相(女性)がコロナ感染などで、一時的に自宅隔離という状況になった場合、現在の貿易・産業大臣のイセリン・ニーブー氏(女性38歳)がソルベルグ氏の代行として首相になるそうだ。 さらに、最近、子供・家族大臣のチェル・インゴルフ・ロプスタ氏(男性)の育児休暇のために、当時27歳であったイダ・リンバイト・ローセ氏(女性)が代行を受け継いでいる。 では、なぜ北欧ではこのように多くの女性が、しかもその中にかなり若い女性が年上の男性と肩を並べ、政界で活躍しているのだろうか。北欧の高福祉制度と男女平等は単なる偶然なのだろうか。2020年5月4日、新型コロナウイルスについて、女性閣僚とともに記者会見するフィンランドのサンナ・マリン首相(中央)(ロイター=共同) まず、北欧における性の平等の政策は、何よりも家族政策と結びついている。歴史を振り返ると、北欧も昔は家族の世話をしたのは女性であった。しかし、女性の権利が向上するに伴い、女性の就労は当たり前になってきた。 現在では両親が共に仕事を持てるということが基本であり、それに伴い保育所施設の充実が重要であることは言うまでもない。また、病気やけがの場合の保証も必要である。家庭によっては男性だけが仕事をしている場合もあるが、その男性が病気になれば、それを補う必要がある。その後、子供や老人のための福祉制度も、国家を通じて保証されるようになった。女性の就職率74% しかしながら、いくら女性たちが集団でデモ行進などをして権利を訴えても、肝心の政治自体が変わらなければ、無意味である。ジョン・スチュアート・ミルが著書『代議制統治論』(1861年初版)で訴えたように、女性の権利を守るには法律による保護が重要である。そのために女性が行ったことは次の事項である。 まず、第一に女性普通参政権の取得である。これはもちろん選挙権と被選挙権の両方が必要だ。北欧諸国の普通女性選挙権が取得された年を挙げると、1906年にフィンランド、13年にノルウェー、デンマークとアイスランドは15年、そしてスウェーデンは19年である。その後徐々に女性が政界入りし、少しずつ政治改革を進めていった。 参政権を取得し、女性議員が増えていった次は、女性の首相誕生である。これについては、他の北欧諸国と比較するとノルウェーが秀でており、81年に最初の女性首相が誕生している。そしてフィンランドが2003年、アイスランドが09年、そしてデンマークが11年と続く。これらの国々は、後に別の女性首相が現れてもいる。スウェーデンは他のさまざまな面では他の北欧と同様、女性の進出も多いが、女性首相誕生においてはまだである。 女性が政界入りし、社会を変えていくことが可能だと証明して見せた事項が、例えば人工妊娠中絶の取り組みである。どの国も中絶の権利は、女性の政治参加に非常に大事であったが、例えばノルウェーでは、20世紀初頭から中絶の権利について真剣に話し合われるようになった。 そしてノルウェー初の女性首相である、グロ・ハーレム・ブルントラント氏は、医師であり、中絶の権利について何年も訴え続けていた。1974年には国会で問いかけ、物議を醸したほどであった。男性議員から中傷を受けても負けずに、ブルントラント氏は活動を続け、ついに78年に国会で中絶の権利が議決された。 ブルントラント氏が86年に再び首相に就任した際には、24人の大臣のうち8人が女性だった。今でこそこの割合は少ないように見えるが、当時としては大きな変化であった。戦後から72年までは、女性大臣はほぼ1人だったが、その後少しずつ増加をたどり、86年には、前の政府の4人からその倍の8人に増加した。尚、現在のソルベルグ政府では22人中20人が女性大臣である。 次に北欧の女性進出と高福祉制度について触れてみよう。北欧諸国の女性進出の特徴は、次の8項目が挙げられる。 まず、経済協力開発機構(ОECD)諸国における女性就職率の平均は66%だが、北欧では74%が仕事に就いている。理由は、子供や高齢者の福祉が充実しているからだ。 保育所の充実は、特に女性の就業率に大きく影響する。北欧での保育所施設の普及については、0~2歳までは約30〜65%と数値に開きがあるが、3~5歳までは、フィンランドでは約75%で、その他の北欧ではどの国も約95%という高い数値が出ている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 二つ目は、高学歴の女性が多いことと、両親が有給の育児休暇が取れるという理由である。また、政治における議員候補者の一定数を、女性に定める「クオータ制度」が充実しており、女性も男性ばかりの職場での就職が可能であり、逆に男性も女性の多い仕事につきやすい。平均育児休暇日数は年345日 第三の理由は、子供の福祉に関する費用だ。北欧では幼稚園など子供を預ける施設の費用が収入のほぼ10%に抑えられている。同じヨーロッパでも英国では平均が34%、また米国では26%である。 四つ目は、両親が仕事と子育ての両立をしやすいようになっている。一つ目でも触れたが、育児休暇において北欧では1年で平均345日の育児休暇が取れることになっている。スウェーデンが最長で70週の有給育児休暇が取れる。一方、アイスランドは北欧で最短の40週である。 五つ目は、父親の育児休暇である。母親より少ないとはいえ、北欧の父親たちは育児休暇の長さにおいて世界でもトップクラスだ。特にアイスランドとスウェーデンではそれぞれ28%と25%が育児休暇を取っているという統計がある。 次は仕事の時間帯の柔軟性だ。デンマークとフィンランド、スウェーデンの三国は、柔軟な仕事の時間帯を供給する企業がヨーロッパで一番多い。北欧の労働者の半分以上が、都合に応じた時間帯で働くことが可能である。つまり男女ともに仕事と育児の両立が可能ということだ。 一つ目の理由で高学歴の女性が多数いるということに触れたが、北欧では大学や大学院を修了した人の61%が女性である。これは職場における性の平等にも影響しやすいことは、明確であろう。 最後に女性リーダーが北欧では36%を占めるということもある。高学歴の女性が多いということは、職場における男女の比率にも影響し、当然のことながらリーダー職の比率にも影響を与えることは、当然と言えるだろう。 ここで、忘れてならないことは、若者の政治参加だ。北欧では年齢面での平等も重要であり、例えば昨年メディアを賑わした、スウェーデンの環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんは、当時16歳であった。 北欧に限らずヨーロッパでは若者の政治参加も珍しくなく、例えば多くの政党の下に、13歳から入党可能な若者を対象とした非政府組織(NGO)が存在し、大人と若者のグループでそれぞれの活動をしたり、選挙が近づくと共同で選挙活動をしたりしている。 また、選挙で若者が選ばれて、政治家になることもそう珍しくはなく、それにより年齢差も縮まっていくことは不思議ではない。昨年9月のノルウェーの地方選挙では、22歳の男性が全員一致で市長に選ばれたり、北欧以外にもオーストリアでは2017年に30歳の男性が外務大臣に選ばれたりしている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 米国では18年に29歳と30歳の女性が国会議員に、そしてイタリアでは31歳という年齢で男性が首相になり、同じ男性が2年後に外務大臣になっている。また、出産後に子供を国連総会に連れてきたことでも知られている、ニュージーランドの首相、ジャシンダ・アーダーン氏は、17年に就任した当時37歳だった。「バイキング時代」から平等概念 ある地域のアフリカや欧米全般にも言えることだが、若者の政治的活動が活発であり、20代や30代で政治家になっている。このような中で最近フィンランドに誕生したのが、34歳のマリン首相だ。同国政府は19人の大臣からなり、そのうち首相を含む12人が女性で占められている。 他の北欧諸国の女性大臣の数を挙げると、スウェーデン政府は、23人の大臣で女性は12人である。デンマークでは20人の大臣のうち首相を含む7人が女性で、アイスランドでは11人のうち、ここもまた首相を含む5人が女性である。 これらをまとめると北欧全般においては、それほど目立った違いが見られないし、すでに女性が首相や他の重要なポストに就くことは、北欧では何も特別なことではない。日本語の表現に「女子供」というものがあるが、北欧では全く通用しない。 それでは北欧各国の特徴を簡単に説明してみる。北欧諸国が同じような経過を辿って、女性の政界進出が起きたというわけではなく、専門家によると、それぞれの国の経過に相違がかなりあるということだ。 ノルウェーでは性の平等とは違うが、もともと平等という概念がバイキング時代からあったとされている。また、他の北欧諸国と違い、貴族という特権階級がほとんど存在しなかったという歴史的背景もあった。 さらにクオータ制が国会で承認されたのも1980年代であり、89年の国政選挙では女性の数は国会議員の36%を占め、以来その割合の大きな変化はない。北欧全体と比較するとノルウェーは中間を占める。 アイスランドについては、もともと女性の政界進出にはそれほど活動的ではなかったが、2013年にクオータ制を取り入れ、短期間で女性の政界進出が大きく変わり、10年間で女性の国会議員の数が25%から48%までになった。17年の世界経済フォーラムでの男女格差では世界のトップに位置している。 一方、デンマークはどうだろうか。以前から女性の政界進出において肯定的な伝統はあるのだが、具体的な取り組みはなく、北欧諸国の中では最低値を示しているという。政界に限らず、経済界でも同じように北欧諸国の中では女性の進出で最低の数値を示している。 しかしながら、国連開発計画(UNDP)の人間開発報告書(2018年)におけるジェンダーギャップ指数では、スイスに次いで2位に輝いている。ちなみにスウェーデンは3位、ノルウェーは4位、フィンランドは7位でアイスランドは9位だった。 スウェーデンは北欧で唯一女性首相がまだ誕生していない。しかし、その他の政界における女性リーダーの数値では、他の国とそれほど大きな違いは見られないものの、特に国有企業での女性活躍が、他の北欧諸国よりは少し進んでいるようだ。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 例えば5年前の資料だが、ノルウェーでは国有企業の女性所有者が18・6%だが、スウェーデンでは32%となっている。違いの理由は、ノルウェーでは、国ではなく企業の役員が性の平等の推進を進めるという役割を担っており、そのために平等な促進を進めることは難しくなる。ところがスウェーデンでは国自体が企業に推進を働きかけるため、企業としては進めることをやむなくされるということになる。高い国会議員の女性比率 さて、最年少の女性首相を生んだフィンランドではどうか。女性が進出するには、まず子供を預ける施設の充実が必要だが、子供を預ける施設の数がそれほど多いわけでもない。それにもかかわらず、妥当で質の良い幼稚園や保育園が、他の北欧と比べ非常に充実しているという。また、女性のパートタイム労働者の割合は、ノルウェーでは39%だが、フィンランドでは19%である。 女性の政界進出を他の欧州と比較しても、北欧はこれについても秀でており、女性政治家の数は北欧のどの国でも、同一に高い。北欧女性の普通選挙権取得年を挙げると、1位は1893年のニュージーランド、そして1902年のオーストラリアに次ぎ、06年にはフィンランド、ノルウェーは13年となっており、15年にはデンマークとアイスランド、スウェーデンは少し遅れて19年となっている。ちなみに日本は1945年である。 女性の政界リーダーについては、フィンランドとアイスランド両国で女性の大統領が存在し、現在存在する女性の首相はフィンランド初めノルウェー、アイスランドとデンマークで活躍している。また、政界リーダーではないが、デンマークでは英国やオランダと同じく、1972年から女性国王がいることも忘れてはいけない。 さらに、北欧の国会議員の女性比率は世界でも最高となっている。2016年は、北欧では41%だが、世界の平均値は23%未満だ。日本の衆院議員は10・1%、参議院は20・7%(2018年)となっている。 他のヨーロッパと比較してみよう。国連の「ジェンダー不平等インデックス」(2012年)によると、経済的平等についてはドイツやフランス、イタリアなどの保守的な国々は59・1%、英国やアイルランドなどのリベラル国家では67・6%だが、北欧では76・8%だ。民主的な一致については保守的国家が38・6%でリベラル国家は32・3%だが、北欧は67・5%と極めて高い。 北欧全般に言えることだが、労働者の政治的活動がもともと活発で、地理的にもお互い影響を受けやすい。その結果、民主社会的な社会を目指す政治的概念が育つと同時に、女性の連盟が19世紀前後に誕生し、活動し始めた。 また、前述したように、家族の世話をするのは多くの場合女性であり、連盟を通して女性の権利のための改革や運動を行っていた結果が、高福祉社会を産んだのである。つまり性の平等なしには、高福祉国家はあり得ないと言える。ベルギー・ブリュッセルでの会議に出席したフィンランド首相就任前のサンナ・マリン運輸・通信相=2019年12月(ゲッティ=共同) さらに、北欧において、若者や女性も政治活動に自由に参加する権利があるのは、当然であると一般的にも知られている。このような環境にいることで、北欧諸国の国民が女性や若年層の政治参加ということに順応していくのも不思議ではないだろう。それゆえ昨年12月にフィンランドで34歳の女性のマリン首相が誕生したということは、それほど驚くこととは言えないのだ。 日本の政界ではいまだに女性はおろか若年層のリーダーもほんの一握りしか存在していない。日本で女性首相が誕生することを心から願うばかりである。

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    日本学術会議論争、軍事研究で辛酸を舐めた学者が憂う「学問の退廃」

    がある。この利害関係者の間でしか盛り上がらない「学問の自由」をめぐる論争の背景には、荒漠たる思想的、政治的虚無が広がっている。この憂慮すべき状況に関して、筆者の個人的体験を交えながら思うところを記したい。 日本学術会議の支持派は、政府の任命拒否を「学問の自由」に対する侵害だと言って非難している。筆者としては、何十年ぶりかで「学問の自由」が声高に叫ばれるのを聞いた気がする。ただし、かつてとは異なり、否定的な意味でだが。 70年安保前後に全国の大学で吹き荒れた学生運動では、「学問の自由」を盾に自らの特権的地位や知識を独占しようとする大学教授に対し、全国の学生が「学問」とは何か「自由」とは何かを問いかけ、そして文字通り物理的に「象牙の塔」を破壊し、権威にまみれた「似非(えせ)学問の自由」を粉砕した。一方で、一部の勢力は「学問の自由」を守れと主張し、これが結果的に警察権力の介入を招いた。 東大安田講堂の落城と共に、日本の大学の「学問の自由」も「大学の自治」もとどめを刺されたのだ。それゆえ今さら「学問の自由」を守れと連呼されても、守るべき「自由」も「自治」もとっくの昔に死に絶えている。 学生運動が鎮静化する70年代半ば頃までは、大学教職員は「学問の自由」を守ると呼号して、資本家や資本主義に奉仕する「産学協同」や、ましてや自衛隊との「軍学協同」には断固反対を主張していた。しかし、いつのまにか産学協同は産学連携と呼び方を代え、今では大学は反対するどころか積極的に受け入れている。寡聞にして、日本学術会議が「学問の自由」を守るために産学連携に反対したと聞いたことがない。 しかし、日本学術会議が一貫して反対していることがある。それは自衛隊との軍学協同や軍事研究である。特に日本学術会議だけが反対しているわけではない。少なくとも冷戦が終焉(しゅうえん)するまでは、全国のほとんどの大学で軍事研究は忌避されてきた。研究だけではない。 軍学協同反対の立場から、当時の防衛庁、自衛隊やその関連研究所に所属する研究者や自衛官は学界、大学からパージされてきた。軍事研究反対の実態は、研究目的よりもむしろ研究者が「軍」に所属していることで忌避された軍学協同反対というのが実態である。 例えば、73年に設立された防衛学会(現在は国際安全保障学会と改称)に対抗して、同年に設立された日本平和学会は、いまだに以下の差別条項を掲げている。第4条:本会への入会は会員2名の推薦を要し、理事会の議を経て総会の承認を得なければならない。また、在外会員(留学生は除く)については、しかるべき研究機関の推薦状によって会員2名の推薦に代替させることができる。ただし、本会の研究成果が戦争目的に利用されるおそれのある機関あるいは団体に属するものは原則として入会できない。当時東京・中目黒にあった防衛庁防衛研究所=2000年9月 筆者は大学院生のときにこの平和学会に入会していたが、81年に防衛庁防衛研修所(現在の防衛省防衛研究所)に入所したことで退会させられた。その後96年に大学に移ってから、縁あって何人かの会長経験者に「ただし書き」の意図を直接尋ねたことがある。しかし、いずれも言を左右にして明確には答えてもらえなかった。 防衛研究所での日々 防衛研究所に勤務していた16年間は、文字通り「学問の自由」(好きな研究は自由にさせてもらったから、正確には「言論の自由」)とは縁がなかった。というのも論文を外部に発表するには、まじないのように「本論文は、著者個人の意見であり、所属する組織の見解ではありません」との一文を書き添えた上で、数人の事務官が事実上の検閲、押印したのちに所長の決裁印が押されてやっと外部発表ができたからだ。時には書き直しを命じられることもあった。それゆえ志高く持ち、その修正を拒否して若いながら辞職した同僚もいた。 安全保障研究への風当たりが少し弱まった冷戦終焉後の96年、運よく筆者は大学に移ることができた。それからは誰の許可を得ることなく、大学では自由に研究も発表もできた。しかし、防衛庁に勤務していたときには感じなかった居心地の悪さを感じることもまた、多くなった。研究所にはまず、反自衛隊や反軍の思想を持った所員はいなかった。 しかし、いわゆる「娑婆(しゃば)」に出ると、そこは平和主義者や護憲派が跋扈(ばっこ)する世界であった。ちなみに、外界を「娑婆」と呼ぶのは次のような背景がある。現在東京・市ヶ谷の防衛省敷地内にある防衛研究所は、かつて中目黒の塀で囲まれた旧海軍研究所(現防衛装備庁艦艇装備研究所)の跡地の一角に、ほかの自衛隊の教育、研究施設と共にあった。 正門が古い刑務所の門に似ていたためにヤクザの出所シーンの撮影に何度か使われたことがあり、冗談のように研究所を刑務所に見立て、筆者たちは外の世界を「娑婆」と呼んでいた。もっとも自衛隊そのものを自嘲気味に「格子なき牢獄」に見立てる自衛官も当時は多かった。 とはいえ、それなりに「ムショ暮らし」は楽しかった。反面、「出所後」の筆者は護憲派からはまるで「前科者」のように遠ざけられた。「前科者」の筆者は、果たして「日本学術会議」が言う「科学者コミュニティー」の一員として認めてもらえるのだろうか。 このような経歴のゆえに、筆者には今回の日本学術会議の任命問題は全く別世界の話だ。ただ、いささか気の毒に思うのは会員に「任命されなかった」研究者ではなく、会員に「任命された」研究者のことである。これで防衛研究所時代の筆者と同様に特別職国家公務員として、晴れて政府お墨付きの「御用学者」としてのレッテルを張られることになったからである。 尚、早稲田大教授の長谷部恭男氏は毎日新聞の記事にて「もの言わぬ学者は『政府のイヌ』とみなされる」とまで言い切っている。それゆえ会員に任命された研究者は、もし「政府のイヌ」になりたくなければ「もの」を言い、その上で「学問の自由」を主張し、不服があれば首相の任命を拒否してはどうだろうか。ただ任命されなかった研究者が政府に「任命せよ」と迫るのは、「御用学者」、「政府のイヌ」として認めろと言っているようで滑稽ですらある。衆院憲法審査会に出席した参考人の早稲田大の長谷部恭男教授=2015年6月 今回の学術会議の問題は、実のところ、任命うんぬんにあるのではない。問題の本質は「学問の自由」における「自由」の部分にあるのではなく、「学問」の退廃にこそ原因がある。とりわけ人文・社会などいわゆるリベラル・アーツの退廃が21世紀になってから著しい。その背景には、教育のグローバル化や教育予算の減少、そして文科省による管理行政がある。リベラルアーツの重要さ 教育のグローバル化で、大学はGPA(世界標準の成績評価指標)の導入や多言語教育、留学制度の拡充などに取り組み、国際的な大学間競争で生き残りを図ろうとしている。さらに文科省は、予算の集中と選択で教育や研究に競争原理を持ち込んだ。そのため各大学は、予算や補助金をめぐって激しい競争を強いられる。 そのため、学生からあまり人気のない哲学、思想、政治系の教育・研究分野は競争に劣後していかざるを得ない。だからといって、物理学や生物学など基礎系の自然科学がそれらの学問に優越するわけではない。すべての学問の根幹をなす哲学・思想が退廃すれば自然科学も衰退する。自然科学が衰退すれば、科学技術の発展もない。そして哲学・思想の退廃は政治の退嬰(たいえい)をも招く。過去の国家や文明の栄枯盛衰を見れば明らかだが、政治の退嬰は社会の混乱を、社会の混乱は国家や文明の衰退を招く。 学問の退廃は、安保法制をめぐる政治的、社会的混乱を見れば明らかだ。安倍晋三政権時、単に「アベ嫌いか」あるいは「アベ好きか」という感情で社会が二分化され、まともに国家理念や政治思想に基づく安全保障論議がされることはなかった。 反アベ派は宗教的、教条的な平和主義を振りかざし、安倍首相に悪口と罵詈(ばり)雑言を浴びせるばかりだった。他方、親アベ派も現実を無視した反中「現実主義」を声高に叫び、まさに中江兆民が著した『三酔人経綸問答』の「東洋豪傑君」のようだった。一方で野党は共闘もできず、党利党略に明け暮れた。安保法制をめぐる国論の二分化は、戦後日本が戦争研究を忌避し、思想的土台を欠いた結果である。 人が戦う原因として「利益」「名誉」「恐怖」の3つを挙げた古代ギリシャの歴史家トゥキュディデス。弱肉強食のルネサンス期イタリアにて生き残る術を説いた『君主論』の著者ニッコロ・マキャベリ。ピューリタン革命下にて社会の混乱に直面し、万人の闘争状態からの社会契約論を訴えたトマス・ホッブズ。「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」と『戦争論』にて唱えたプロイセンの将軍カール・フォン・クラウゼヴィッツの思想など、これら古来からの戦争研究は哲学・思想研究だということを「平和主義者」は今一度思い起こすべきである。 結局、日本学術会議の任命問題は、政治においては民主主義の問題である。フランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソーは、共同体(国家)の成員である人々が総体として持つとされる意志を「一般意志」と説き、各個人の意志は「特殊意志」と定義した。 学術会議側は「科学者コミュニティー」という限られた人々の「特殊意志」を、あたかも全国民の「一般意志」であるかのように自称し、とうの昔に雲散霧消した「学問の自由」を錦の御旗として反政府闘争をあおっている。日本学術会議会員の任命拒否問題を受け、プラカードを手に抗議する人たち=2020年10月6日、首相官邸前 他方政府は、これまた国民の代表という「全体意志」を振りかざし、民主主義の根幹である説明責任を果たそうとしない。学術会議側も政権与党も、いずれも民主主義の衰退に手を貸し、左右を問わず権威主義の台頭を招いている。 「学問の退廃、ここに極まれり」である。

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    国難の今、「日本学術会議」の国会論戦など愚の骨頂でしかない

    は、大和大の岩田温准教授の論説『「学問の自由」とは笑止千万!』(『WiLL』2020年12月号)や、政治評論家の屋山太郎氏の論説『日本学術会議 首相、「6人任命せず」は当然』などで指摘されている。 めったに手に入らない書籍だが、『赤い巨塔「学者の国会」日本学術会議の内幕』(時事問題研究所、1970年)には、詳細に日本学術会議の「左傾化」が報告されている。日本学術会議をどのように左翼的な組織に変えていったのか、その手法もかなり具体的に書かれている。 簡単に説明しよう。平均的な学者たちは、その時間のすべてを日本学術会議の活動にささげることはできない。多くの学者は、それこそ政策提言よりも研究活動の方を優先するからだ。これを「日本学術会議の活動の機会費用が高い」と経済学的には言い換えることができる。 それに対して共産党やその影響下にある組織に属している会員は、研究よりも日本学術会議にすべての時間をささげることが可能だった。つまり時間の機会費用が低い。研究優先の人から見れば、暇人か物好きに見えるかもしれない。 分業の利益が働いたことにより、日本学術会議は、研究よりも同会議を政治的に利用しようとする、ごく一部の会員のコントロール下に置かれてしまう。これは一般社会でもよくあることで、会社や組織に本当に貢献する人材よりも、上司にすり寄ったり、社内だけの内向きな人間関係しか頭にない人ほど出世したりするのに似ている。 もちろん、日本学術会議に全霊を尽くして貢献すること自体が悪いわけではない。政策提言も、中身の正しさの議論を脇に置けば、ほとんどが高度な専門的業務であり、特殊な知識や経験が必要だ。問題なのは、日本学術会議の活動や政策提言が特定の政党にコントロールされてしまい、しかも、そのことについて民主的な統制が働かなかったからだ。菅義偉首相との会談を終え記者団の取材に応じる日本学術会議梶田隆章会長=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) この日本学術会議の共産党支配の時代における典型的な人物像については、上記の『赤い巨塔』の他に、東京大と国際基督教大(ICU)の名誉教授、村上陽一郎氏の論説『学術会議問題は「学問の自由」が論点であるべきなのか?』、そして、東京外国語大の篠田英朗教授の論説『日本学術会議の任命拒否問題は「学問の自由」とは全く関係がない』に詳しい。70年代まで共産党が支配 政府の組織でありながら、反政府の政治的活動の拠点にされていることは、戦後まもなくから問題視されていた。しかし実際には、1970年代まで共産党の強い支配は続く。 それに対して、中曽根内閣の時代から改革が始まった。当時の問題点である「談合取引」については篠田論説を参照されたい。21世紀に入ってからの日本学術会議の民営化議論、そして会員の推薦方法などを改めた2004年の日本学術会議法改正などを経て、次第に特定政党の影響力を排除する動きが続いた。しかし、篠田論説などでは、今回の人事でも特定の政治的な勢力の影響が問題であり、その是正こそが問われているという指摘がある。 もともと日本学術会議は政府への政策提言を行うという、政治的な色合いを与えられたものである。専修大の野口旭教授が、論説『学者による政策提言の正しいあり方──学術会議問題をめぐって』(ニューズウィーク日本版)で明瞭に示している。結局のところ、日本学術会議がそもそも政治的目的を付与された存在であり、実際に無自覚にせよそのように振る舞ってきた以上、その組織は政府の政策的意図と本来無関係ではあり得なかったのである。にもかかわらず、それをあたかも純粋な学術組織であるかのように言い募って「政府からの独立」や「学問の自由」を主張するのは、それこそ統帥権の独立を楯に政治介入を繰り返した旧軍の行動そのものである。ニューズウィーク日本版「ケイザイを読み解く」 しかも、その「旧軍」は政府の政策的意図と協調するどころか、特定の政治的イデオロギーで反政府的に動く可能性さえあるならば、二重に問題は深まる。 すでに日本学術会議がここ10年の間に提言してきた経済政策の問題点も以前の論説で批判したので今回は省略するが、日本経済を破綻させようとしているとしか考えられないレベルだった。この点については、嘉悦大の高橋洋一教授らもくり返し同様の指摘をしている。 前内閣官房参与で米イェール大名誉教授の浜田宏一氏が、論説『スガノミクスは構造改革を目玉にせよ──安倍政権ブレーンが贈る3つのアドバイス』で、菅総理に3つの提言を送っている。それは金融緩和の継続、財政再建論などを言う専門家にアドバイスを参考にしないこと=積極的な財政政策の採用、そして日本の潜在成長力を高める構造改革と成長戦略に重心を置くことである。日本学術会議の会員候補任命拒否を巡り、東京・渋谷で開かれた抗議集会=2020年10月18日 日本学術会議問題は、この浜田提言の3番目に該当する問題だ。民営化よりも、廃止した方が日本学術会議の政治的バイアスにまみれた権威付けが残らないので、個人的には推奨したい。

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    「経済」か「コロナ」か、大統領選で米国人を悩ます究極の二者択一

    ずである。つまり、大統領職務継承法自体が違憲であるとの議論が、十分な根拠を帯びてしまう。これは米国の政治制度に埋め込まれた、一種の「地雷」なのだ。それなら違憲の疑いを回避するために、下院議長や上院仮議長が議員を辞職すればよいのではないかと思われるかもしれない。 しかし、そうなると今度は、そもそも大統領職務継承法に定められた継承資格自体を当人が喪失することになってしまう。こうした事態を避けるには下院議長と上院仮議長が代行就任を辞退し、国務長官以下の閣僚にバトンを渡すしかあるまい。 ただ、現国務長官であるマイク・ポンペオ氏が大統領代行とは、いかにも軽量級という気もする。そのため結局は、大統領と副大統領には、健康でいてもらうのが一番なのだという、当たり前すぎる結論に至ってしまう。 顧みれば、16年の大統領選でトランプ氏に勝利をもたらした一つの要因は、彼が当時の米国人の少なからぬ層が抱いていた閉塞(へいそく)感を理解し、それを打開すると一貫して訴え続けたことにある。そしてその訴求力において、閉塞感への打開というシンボルが、トランプ氏を大統領として後押しする力もあったといえよう。 不法移民の流入、米国人の職を奪う「不公正な」貿易協定、だらだらと続く戦争は多くの米国人に「自分たちは割を食っている」という感情を抱かせていた。トランプ氏はそれらの是正を繰り返し訴え、しかも視覚に訴える表現を用いた。 そして欠かせぬ小道具としては、例の「マガ・キャップ(MAGA cap)」がある。Make America Great Againの標語の入った、あの赤い帽子だ。しかし、トランプ氏は今回の選挙では前回のように明快な政策課題を示し、なぜ自分がもう4年、大統領であらねばならないのかを、未だうまく説明できていない。米西部ネバダ州での支持者集会で演説するトランプ大統領=2020年2月21日(黒瀬悦成撮影) 一方、バイデン氏は民主党予備選初期において、当初本命視された割に目立つ存在ではなかった。もうはるか昔のことのように思われるが、バーニー・サンダース氏やエリザベス・ウォーレン氏は格差の是正を熱く語り、民主党の左傾化を促していた。こうしたリベラル左派の主張は米国民の融和よりも、トランプ氏とその支持者との対決に重点があったように思う。また他の中道と見なし得る候補者たちも、ピート・ブティジェッジ氏のような若くユニークな経歴の人材がそろっていた。バイデン氏は個性豊かな候補者の中に埋没しがちであった。 だが、バイデン氏は、出馬以来一貫して「米国の分断を修復し、人々を結束させる」という訴えを続けてきた。それは米国が人種差別暴動に揺れた今年の夏よりも、はるか以前からであることを忘れてはならない。またバイデン氏自身なのか彼の陣営の誰かなのかは分からないものの、新型コロナウイルスの流行を深刻な問題であると捉え、そう訴え続けてもいる。苦境のトランプ氏 米国民のバイデン氏に対する最大の支持理由は、かつては「彼がトランプ氏ではないから」というものであり、あるいは今でもそうかもしれない。しかし、バイデン氏は、現在ではもう少し積極的な支持理由を与えることに成功しているようだ。つまり、米国民を結束させ、新型コロナウイルスの流行を重大な問題として真剣に対処する点で、トランプ氏とは異なる候補者であるということだ。 その象徴は、バイデン氏が着用している「マスク」かもしれない。そうした意図があるかどうかは別としてこのマスクは、4年前のマガ・キャップに相当する役割を果たしているように見える。 一方でトランプ氏は、最近ようやく簡潔なメッセージを伝えることに集中し始めた。それは「法と秩序」である。これがどの程度米国人の心に響くかどうかは分からない。 経済運営の評価だけは、トランプ氏がバイデン氏をリードしている。実際、国際通貨基金(IMF)の予想によれば、今年の国内総生産(GDP)はマイナス4・3%であり、英独仏伊カナダ、そして日本よりは落ち込みが小さい。このことから、米国人は嫌でもバイデン氏の「米国民の結束とコロナ対策」もしくはトランプ氏の「法と秩序と経済」というパッケージのどちらかを選ぶことになる。 米国での各種の世論調査を見る限り、基本的にはバイデン氏優位、それも相当の優位とは言える。ただ、世論調査を持ち出すと「そんなもの、あてになるのか」とも思われそうである。ただ4年前に世論調査が大はずれしたように言われてはいるものの、実は全国レベルの結果は外れてはいなかったのだ。 制度として米大統領選は、全米の投票数を集計して決まるものではなく、州別の集計で各州に割り当てられた選挙人の数を競う。いくつかの州で、実に僅差でトランプ氏が競り勝ったことが、トランプ氏の「大番狂わせ」を生んだのだ。今回も州別に見ると、結果が予想しにくい激戦州はアイオワ、フロリダ、ノースカロライナ、ジョージアの4州である。 このうちアイオワ以外の一つでもトランプ氏が落とせば再選はおぼつかない。つまり逆に言えば、これらの州をたとえ一票差であってもトランプ氏が制すれば、奇跡の逆転(もうそう呼ぶしかないところまで来ている)も、まったくあり得ないことではない。 フロリダ州についてはトランプ氏が期待しているのはヒスパニック(南米系米国人)票、わけてもベネズエラ系の票である。なぜならヒスパニック系は全体としては民主党に傾いてはいるものの、黒人ほど圧倒的ではなく、共和党が浸透する余地はある。 ヒスパニック系の世論調査会社である『ラティーノ・ディシジョンズ』の9月調査によれば、全米のヒスパニック系の66%がバイデン支持、24%がトランプ支持であり、テキサス、アリゾナでもほぼ同様である。ところがフロリダでは、その差は、52%対36%と縮まる。とりわけベネズエラ系はここ数年で数を増し、登録有権者数で10年前より3倍に増えた。米ナッシュビルで討論会に参加するトランプ大統領(左)とバイデン前副大統領=2020年10月22日(ロイター=共同) 数はわずかでも、接戦においては無視できない。そして彼らはベネズエラの左派政権の失政と迫害から逃れてきた人々である。トランプ氏がバイデン氏を社会主義と結びつけようとしているのも、民主党の下では米国はベネズエラのようになると宣伝するのも、一つにはベネズエラ系へ訴えていると思われる。 先月ポンペオ国務長官が南米歴訪でベネズエラ包囲網の強化を訴え、トランプ氏がキューバ産ラム酒と葉巻の輸入規制を発表したのも、その理由の一つにはフロリダのキューバ系、ベネズエラ系の票を意識してのことであろう。コロナか経済か 一方、トランプ氏にとって不吉なのは、前回のトランプ氏当選の原動力の一つであった65歳以上の高齢者層で支持が減退していることだ。上述の激戦4州の中で選挙人の数が29人と最も多いフロリダは、全米ではメインに次いで高齢者人口比率が高い州なため、この部分がネックだ。 そんな中、LAタイムズ紙が伝えるところでは、トランプ陣営はアイオワ、ニュー・ハンプシャー、オハイオでテレビやラジオコマーシャル放送を打ち切ったという。 ではトランプ氏がこれらの州を諦めたのかというと、彼は退院後に再開した選挙運動での遊説でフロリダ、ペンシルベニアに続いてアイオワ入りしているのでそうとも言えない。 それならば資金事情ゆえの打ち切りも考えられる。実はトランプ陣営は、バイデン陣営に比べて資金面では劣勢なのだ。バイデン陣営は先頃、9月中だけで3億8300万ドルを集めたと発表した。これは大統領選における、月間集金額の記録を塗り替える巨額なものだった。 またトランプ氏は、自分ではどうすることもできない人口構成の変化に直面している。16~20年にトランプ氏の支持基盤である、大卒未満の白人が有権者人口に占める割合が45%→41%、大卒以上の白人が24%→26%、ヒスパニックが12%→14%となっている。 白人で大卒以上の学歴層とヒスパニックは、民主党支持に傾斜している。4年前は大卒未満の白人、大卒以上の白人そしてヒスパニックの合計では45%対36%で白人大卒未満が10ポイント近く優位であった。 しかし、それが今年は41対40と、ほぼ互角となっている。これはトランプ氏にとって朗報とは言えない。それでもトランプ氏は、大卒未満白人層に訴える選挙運動に注力しているように見える。それはこの層が、大卒以上の学歴層に比べて投票率が低いからではないか。つまり、まだ「のびしろ」があると考えれば、これはこれで理にかなってはいる。 一方、トランプ氏にも朗報がないわけではない。「4年前よりも、今の方が暮らし向きがよい」と回答した米国人が56%もいるという調査結果が今月7日、米世論研究所のギャラップ社から発表された。 新型コロナによる経済の冷え込みを考えると、どこか現実離れしているようにも感じられるが、これは好調な株式市場によるものかもしれない。トランプ政権下でダウ平均株価は、1万9800ドルから2万8500ドルへと44%余り上昇した。これで得をしたのは資産家だけではない。日本と異なり、米国では株価上昇の恩恵は、現物株を大量に保有している一部の資産家だけではなく「401K」と呼ばれる、株価に連動する確定拠出年金を運用している中産層にも及ぶ。以前の活気にはほど遠い米ニューヨークの観光名所タイムズスクエア=2020年9月23日(共同) その数は約6800万人にのぼるとされ、この4年間で25~34歳で職歴4年以内の401K運用者の平均残高は2・76倍となり、55~64歳で職歴20~29年の熟年層でもおよそ5割増というデータもある。 ギャラップ社の報道はトランプ氏にとっては、確かに朗報ではある。しかし、結局は有権者が投票にあたって「経済」か「コロナ」のいずれを重く見るかにかかっている。クライマックスに向かっている大統領選ではあるものの、まだまだ何が起こるか分からない。

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    菅首相に提言!私たちが追加の定額給付金に込めた真意

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(すが・よしひで)政権が発足して1カ月以上が経過した。マスコミの新しい世論調査が明らかになり、支持率は当初より下がってはいるものの、いわば「ご祝儀相場」が終わった段階としてはかなり高い。菅内閣の支持率は前回9月の調査と比べ5・9ポイント減の60・5%となった。不支持は5・7ポイント増の21・9%。産経ニュース 菅政権にとっては、新型コロナウイルス危機とそれ以前からの景気減速、消費増税の悪影響という三重苦経済の再生に取り組む必要がさらに増すだろう。世論の大半も経済・生活問題への取り組みを重視している。 経済政策を理論で考えるとアベノミクスはよくできていて、景気問題には大胆な金融緩和と機動的な財政政策で対応し、長期的な日本経済の活力をアップするために成長戦略を政策的に割り当てていた。 アベノミクスの継承を菅政権は唱えているので、その意味では経済政策論としては合格点の枠組みを引き継ぎ、実際の政策を運用していくことになる。 もっとも、菅首相は既得権や因習の打破、規制緩和といった成長戦略への関心が高く、また、これまでも政策手腕を磨いてきていた。そのためマスコミや世論の一部では、菅政権が成長戦略「だけ」に傾斜を深めるのではないか、という懸念や批判が出ている。だが、それは実像と大きく異なる。新内閣発足から1カ月の受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) 筆者は10月14日、国会議員の有志による勉強会「経世済民政策研究会」の方々と一緒に、菅首相と面談することができた。その場で感じたことは、雇用や金融政策ついての意識が極めて高いということだ。専門的にいえば、マクロ経済(景気問題)に関する問題意識が深く鋭い。問題は「本当の失業率」 具体的には、公式の失業率だけではなく、「本当の失業率は(公式の完全失業率よりも)高い」のが問題だ、と積極的に口にされていた。 「本当の失業率」には、公式の完全失業率(現在は3%)以外にも、より長く働きたくても不況で実現できない人や休業者、不況で働く場がなくて求職自体を断念した人たちが含まれる。2020年第2四半期(4~6月)の「本当の失業率」は7・7%で、昨年の第4四半期(2019年10~12月)の5・7%から急増している。 ちなみにこの「本当の失業率」の5・7%という数値は、先進国の中では抜きん出て低く、まさにアベノミクスの成果だったと言える。菅首相が「本当の失業率」の増加に危機意識を持っていることは明らかであった。 さらに、失業率の高まりは、経済全般の所得の喪失と深く結ばれている。失業の拡大と、それによる所得の喪失の関係は「オークンの法則」で示される。この法則の利点は、失業率が上昇すると、どれだけ所得、つまり実質国内総生産(GDP)が低下するかが分かることにある。 なお、このときに計測に利用される失業率は、公式統計の完全失業率を使うのが普通で、先ほどの「本当の失業率」ではないことに注意が必要だ。さまざまな計測があるが、従来の研究ではオークン係数は10から5まで広がりがある。 ここでは厚生労働省の推計であるオークン係数8を採用しておこう。仮に新型コロナ危機によって今年末までに失業率が年初から1%上昇したとすると、それによってGDPは昨年から8%低下、金額にすると40兆円ほど喪失する。 新型コロナ危機の前の完全失業率は2・4%であった。現在の完全失業率は3%である。失業率を完全に予測することは難しいが、多くのエコノミストたちは3%台の真ん中まで上昇すると予測している。この40兆円のGDPの喪失を、より分かりやすく説明すれば、われわれにとって40兆円の「おカネの不足」が生まれる可能性があるということになる。 この問題への政策対応は、上述した大胆な金融緩和と積極的な財政政策が両輪になる。われわれの提言では、金融政策については、「大胆に」2021年度中に、日本銀行にインフレ目標2%の達成を政府が要請することを盛り込んだ。これが実現すると、いまの日本銀行には衝撃が走るだろう。ここ数年のぬるま湯的な政策スタンスの見直しが必要になるからだ。日本銀行本店=2020年3月16日、東京都中央区(川口良介撮影) それに加えて、日銀の金融政策に関わる政策委員会の人選では、従来の産業枠や銀行枠などという既得権と旧弊にとらわれず、インフレ目標の達成にコミットした人材を選ぶべきだ、とも提言した。医療業界などに経済対応を 実は経世済民政策研究会が、菅首相に提言を手渡すのは2回目である。前回は官房長官時代であり、そのとき、筆者は大学院のオンライン講義初日だったために同席することができなかった。日本経済も心配だが、新型コロナ危機で新学期が始まってもまったく会うことができず、不安になっている学生たちへの対応も重要だからだ。その際の提案にも、今回と類似した金融政策を利用した新型コロナ危機への対応策が書かれていた。 当時は官房長官だった菅首相から「このような金融政策は常に頭のど真ん中にある」と真っ先に言われたと、同席した議員の方々からお聞きした。今回は自分で菅首相に提言をご説明し、金融政策が経済政策の核心であるという首相の理解をじかに感じとった。これは日本経済にとって幸運なことだろう。ぜひ実現していただきたい。 財政政策については、われわれの提言の一部分である予備費を活用した5万円の定額給付金がワイドショーやニュース番組をはじめ、マスコミでかなり注目された。注目されるのはいいことだが、あくまでもそれは予備費の消化のために先行して提起した政策部分である。 総額40兆円の経済損失をカバーするには、予備費約8兆円を全額使っても不足するのは自明である。提言では、第3次補正予算で、5万円以外に定額給付金の継続を主張している。 特に、菅政権が推進するデジタル化と歩調を合わせて、社会保障の情報基盤を整えて、さらなる定額給付金の支給をする。いわば菅首相の最重点課題であるデジタル経済化という成長戦略と、定額給付金というマクロ経済政策を組み合わせたものとなる。 この第3次補正予算の定額給付金の額は、明示しなかった。これからの経済情勢の不確実性が高いためだ。ただし、現状でも40兆円のおカネ不足が予測されるならば、その方向性は自明である。 研究会では当初、金額を明記して国民1人当たり10万円という話もあった。方向性としては、この金額がこれからの具体的な金額のベースになると私見では思っている。すなわち予備費利用と含めて総額15万円の定額給付金となる。新内閣発足から1カ月、記者団の問いかけに受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) これで財政政策が終わるわけではない。提言には、医療関係、地域経済、エンターテインメント業界など大打撃を受けた業界への直接的な経済対応が提言されている。ちょうど第3次補正予算の話題が出てきたタイミングや、また筆者と同じ主張を持つ嘉悦大の高橋洋一教授が、内閣官房参与に就任すると報じられた翌日でもあり、われわれ経世済民政策研究会の提言は、かなりの反響を呼んだ。 これらの提言が実現するまでの道のりは、まだまだ長い。1人の経済学者として、また、この国難を共有する日本国民としてもこれからも微力を尽くしたい。叱咤(しった)激励を読者の皆さんに改めてお願いしたい次第である。

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    不要不急の大阪都構想、今回は「賛成でも反対でもない」が民意では?

    くっているタイミングでないと、大阪都構想は絶対に実現不可能なのだ。というのも、今の日本の主権者教育(政治教育)レベルでは「大阪都構想の中身をどう思うか?」ではなく、「維新が好き?嫌い?」という投票にすぎないからだ。 都構想実現は、コロナ禍でマスコミを集めてはとっぴなことを言って注目を浴び、ヒーローとなった吉村知事の人気が残っている今しかない。ましてや新型コロナの終息を待って行う住民投票実施など、維新からすればあり得ないだろう。維新としては住民投票で成功を収め、その勢いで衆院選での議席増につなげたいはずだ。説明できない維新議員 実際に維新は大阪都構想成功のためになりふり構わず活動を繰り広げている。維新の代表である松井市長は、中立であるべき市選挙管理委員会に対して、投票用紙の記載を「『(大阪)市』ではなく『大阪市役所』を廃止」と求めたところ却下された。さらには維新が大阪都構想を推進する文言を書いたPR旗を繁華街に設置し、大阪市建設局から道路占拠許可基準違反を指摘された上、撤去を求められた。まさにルール無用とも言わんばかりのやりたい放題である。 また、少人数利用・飲食店応援という目的で、大阪市のミナミエリアで特別に1予約につき、5千円以上の食事に最大で4千円分の還元キャンペーンを実施したのも、住民投票の前日までの予約・来店が対象であることを鑑みるに、都構想を成功させるために維新が実施した作戦あると私は見ている。おかげで10月だけは大阪のミナミエリアも人があふれ、密状態が多発している。 ところで、8月11日に大阪市は大阪都構想の住民投票にかかる経費約10億7200万円を盛り込んだ補正予算案の概要を明らかにした。前回の住民投票にかかった費用は9億3200万円であるから、実際にその程度はかかるのだろうが、むしろその分をコロナ禍で生活苦にあえぐ市民へ回すべきだったのではないか。 このような姿勢では、市民の安心安全などは二の次だと思われても仕方ない。新型コロナの感染拡大により収入が激減し、生活に困窮する事態に陥った大阪市民の中には、そんな市民感情を無視した議員による街頭活動に「今は他にすることがあるのではないか?」だとか、「住民投票に使うお金をまわすところがあるだろう!」と、憤りとむなしさを感じてしまう人もいる。大阪で常々言われているのが「大阪都構想ってよく分からない」、「説明不足なのでは?」という声だ。さらに言えば、私は維新の所属議員ですらまともに大阪都構想を理解している者は少ないのではないかと感じている。 私が衆院議員時代、地元行事にて市民が維新の地方議員に対して「大阪都構想って何をするのですか?」と尋ねる場面に幾度か遭遇したことがあった。私自身も興味があったので、そのたびに横で聞き耳を立ててみた。すると皆、十中八九、次のような受け答えをするのだ。 最初はまず「今の大阪には二重行政があるので、それをなくして税金の無駄をなくしたいです」と議員は答える。「例えば?」と市民に聞かれると、「大学とか市役所とか、いろいろある。ネットで松井代表も説明しているので見てください。とりあえず頑張っているので応援してくださいね」と皆必死にその場を乗り切っている。こんなことで市民のモヤモヤがとれるわけはないし、市民に対してその対応は失礼すぎるだろう。維新は「マスコミが大阪都構想をまともに報じてくれない」と批判ばかりするが、そういった地方議員の草の根活動の低レベルさに、理解が進まない要因が間違いなくある。あべのキューズモール前で都構想への賛成を訴える大阪維新の会の守島正市議=2020年9月22日、大阪市阿倍野区(恵守乾撮影) 今でこそ維新が支援者などを動員して説明会を開催しているが、出席者の感想はやはり「分かりにくかったので、賛否は少し考えます」というものが目立つようだ。賛成派はメリットを中心に、反対派はデメリットを中心にしか説明しないため、市民のこの反応は至極当然であるものの、当の議員の態度はまったく変わらない。まさに政策に対する自信のなさの表れと言える。自分たちにとって不利なことを隠したい気持ちは分かるが、正直に包み隠さず話す誠実さも、政治家には必要ではないか。残したい「大阪府」の名 2011年6月の政治資金パーティーで、当時大阪府知事だった橋下氏は、大阪都構想のことを「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と説明している。ゆえに大阪市民にとって都構想はそれほど喜ばしいものではないことは、このコメントを見るに確かである。では大阪市からむしりとった税金が周辺自治体にまわることで大阪市民以外の地域福祉が充実するのかと言えば、ほとんど強く実感できるものはないのではないか。大阪市営地下鉄民営化など、既に大阪都構想のスタート地点で掲げられていた内容は実施されている。せいぜい吉村知事が新型コロナの指標として通天閣をライトアップした程度の恩恵が受けられるか否かであろう。 そして先月23日に開かれた会見で松井市長は「『僕の時代に』もう二度と都構想の話はしない」、「(都構想の住民投票に)負けたら政治家としては終了です」と表明した。一方で吉村知事は「都構想が否決されたから(政治家を)辞めるとは考えていない」と語っている。ただその後、10月6日に吉村知事は「大阪維新の会としても、再度の住民投票は『難しい』」とも語っている。 議員経験者の私がこの文言を解釈すると、これは「また住民投票するかもしれません」というようにしか聞こえない。橋下氏が「住民投票は二度としない」と断言しても、維新は平気で再チャレンジしたのだ。それゆえ維新は都構想が可決されるまで、エンドレスに住民投票を実施するだろう。 それは橋下氏が言っていたように、維新議員の存在意義が大阪都構想に他ならず、大阪都構想を諦めることは維新の存在意義が消滅してしまうことになるからだ。だからこそ、そのようなことを維新議員たちは容認するわけにはいかない。 それゆえに私は大阪市民の皆さんにこうアドバイスをしたい。「大阪都構想への理解がまだ深まらないのならば『今回は』投票を見合わせてはいかがですか」と。 本来であれば「投票にはぜひ参加してください」とお伝えすべきだが、大阪市民にとっては見切り発車で決断してはならない大切な局面である。それに住民投票に参加しないという判断は、賛成派ないし反対派の議員双方に「NO」をつきつけ、議員の説明に問題があるという意思表明にもなる。 最後に一つ、私の個人的な希望を述べたい。もし住民投票で大阪都構想が可決されても、大阪府という名前を「大阪都」に変えないでほしい。東京でビジネスに一定期間携わった大阪府民はなんとなく分かると思うが、もはや東京都と大阪府の差は詰め切れないところまで離れている。残念なことに、既に大阪府は県内総生産で日本全国では2位ですらない、東京都民に「私は大阪都民なんです」と自己紹介をする場面を想像したら気恥ずかしくて仕方ない。多くの人で賑わうミナミの様子=2020年8月15日、大阪市中央区(須谷友郁撮影) 東京都民に「東京に何を憧れてんだよ」と失笑されそうだし、大阪府民の東京コンプレックスがそこまでむき出しになるのも嫌だからだ。もちろん、一般論として東京コンプレックスを持ち、それをバネに歯を食いしばって頑張る大阪の姿は素晴らしいと思っている。 そして何よりも「大阪府」という地名には、大阪府民の歴史や文化が詰まっている。それゆえ特に必要ないのであれば名称変更はやめて欲しい。何も東京のまねっこをしなくとも、大阪府には魅力的な誇れるものが数多く存在するのだから。「大阪府」という名称は雅(みやび)だと私は思う。大阪府民はそんなに「大阪府」という名称を嫌っていないはずなんだけどな。

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    看過できない、日本学術会議と中国「スパイ」組織との協力覚書

    るが、妥当な発言だ。 安倍政権への批判スキルの応用で一部のマスコミ、野党、背後から撃つのが得意な与党政治家、あるいは一部の識者らは、飽きることなく、問題の「モリカケ化」を狙うだろう。いずれにせよ、見飽きた光景が続くことになる。日本学術会議会員の任命拒否問題を受け、プラカードを手に抗議する人たち=2020年10月8日、首相官邸前 新型コロナウイルス危機によって、民間の就職も公務員の状況も厳しい。だが、日本学術会議は経済政策については、「財政再建」を重視する伝統があり、ろくな政策提言をしてこなかった。むしろ経済を失速させることに加担してきた組織である。民営化どころか「廃止」を この点については、前回の論説で詳細に記述したので参照されたい。率直に言えば、国民の血税で運営されているにもかかわらず、国民の生活を苦しめることに貢献してきたのだ。 あくまでも私見だが、日本学術会議は民営化どころか廃止が妥当だと思っている。ネットでは、日本学術会議は学者の自己犠牲に等しいボランティア精神に支えられており、既得権などないかのような匿名の「若手研究者」の意見が流布していた。だが、実際には日本政府の研究予算4兆円の配分に影響を与える助言機関である。 巨額の予算の配分には金銭的、名誉的な既得権が結びつく。また、日本の防衛装備品の研究開発に関する否定的な姿勢など、安全保障面にも直接の影響を及ぼしてきたことは自明である。 自分たちの権限は示すが、他方で自らの機構改革には最大限消極的である。この点は嘉悦大学の高橋洋一教授の論説が詳しい。 要点をいえば、なぜ税金で運営される国の組織でなければならないのか、合理的な理由がないのである。「学問の自由」を強く主張するならば、政府から独立する方が望ましい。 日本学術会議は、財政再建に極端に偏った緊縮経済政策を提起し、日本の長期停滞のお先棒を担いでいたと筆者は先に指摘した。さらに、この長期停滞をもたらした経済学者の意見を、日本学術会議は、2013年に「経済学分野の参照基準(原案)」として提起し、日本の経済学の多様性を大学教育の場から排除しようとした。 さすがにこの露骨なやり方は、さまざまな立場の経済学者やその所属学会によって批判された。だが、日本学術会議を通じて緊縮政策を公表してきたメンバーらが所属する日本経済学会は、何の反対声明も出さなかった。日本学術会議の総会後、取材に応じる梶田隆章会長(左端)=2020年10月2日、東京都内 さて、日本学術会議と、中国政府が海外の研究者や技術者を知的財産窃取のためのスパイとして活用しているとされる通称「千人計画」との関係が話題を集めている。「覚書」は問題ではないのか 日本学術会議は千人計画と関わりを持ち、軍事研究などに協力しているという情報が会員制交流サイト(SNS)で拡散されたのを受け、ネットメディアのBuzzFeedが熱心にファクトチェック(真偽検証)をして、否定した。 同記事では、「日本学術会議と中国の関係についていえば、中国科学技術協会との間に2015年に『協力覚書』を結んでいる」が、予算などの関係から「軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で『研究(計画)に協力』」しているという事実がない、ということだ」と結論づけた。 だが、他方で、このファクトチェックは重要な「ファクト」には無批判的だった。日本学術会議と中国科学技術協会との「協力覚書」問題は問題以前であるかのような、一面的とも言える主張をしているのである。 この協力覚書に問題性がある可能性を除外しているBuzzFeedの主張を真に受けるのは危険だ。中国問題グローバル研究所の遠藤誉所長は論説で、「協力覚書」を結んだこと自体が、中国の習近平国家主席が主導していた「中国製造2025」の戦略と符合することを指摘している。習近平が国家主席に選ばれた2013年3月15日、中国工程院は中国科学技術協会と戦略的提携枠組み合意書の調印式を開いた。中国科学技術協会は430万人ほどの会員を擁する科学技術者の民間組織だ。(中略)アメリカと対立する可能性が大きければ、国家戦略的に先ず惹きつけておかなければならないのは日本だ。日本経済は減衰しても、日本にはまだ高い技術力がある。十分に利用できると中国は考えていた。こうして、2015年9月に日本学術会議と協力するための覚書を結んだのである。ニューズウィーク日本版「日本学術会議と中国科学技術協会」協力の陰に中国ハイテク国家戦略「中国製造2025」 「中国製造2025」は軍事面の強化も含んだハイテク立国政策、中国工程院は政府系研究機関である。さらに、一応は民間組織であるものの、中国科学技術協会は人的な交流を通じて事実上軍部と密接につながり、党中央の意思決定に強く従属する枠組みに取り込まれている。 そんな中国の民間組織と「協力覚書」を交わしたままであることは、日本の安全保障の点から厳しく批判されるべきである。人材交流の実績が本当にないならば、実害がでないうちに明日にでも「覚書」を破棄した方がいいのではないか。新型コロナウイルス対策の功労者に勲章を授与する式典に臨む中国の習近平国家主席(中央)=2020年9月8日、北京の人民大会堂(共同) いずれにせよ、日本学術会議の任命問題が話題になればなるほど、同会議の問題性が指摘されてくるのは、以前からその緊縮的な経済政策提言にあきれ果てていた筆者からすると「いい傾向」だと思っている。

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    「学者の国会」なんぞ笑止千万、日本学術会議に蔓延した知的退廃

    あり そもそも論として、拒否できる権能が政府側にあるのだから、それを行使したことは批判にあたらない。政治的な思惑で批判されているのだろうが、その次元でしかない。個人的には、またこんなつまらない問題で国会の審議時間を浪費するのか、とあきれているだけだ。 日本学術会議が既得権を荒らされたので、抗議するのは分かるが、これまた国民には無縁な話だ。既得権、つまり会員になる権威付けが、そんなに「うまい」のだろうかという感想しかない。 日本学術会議が明日なくなっても、ほとんどの国民にも研究者にも関係がない。「学者の国会」という意味不明な形容があるが、多くの研究者はこのオーバーな形容に噴き出していることだろう。 今回の会員候補たちが、日本の科学者たちに事前に提示され、選出されたわけでもない。勝手に日本学術会議の内部で、既得権や忖度(そんたく)にまみれながら選んだだけだろう。 むしろ「学者の記者クラブ」とでも言うべき存在だ。本家の記者クラブのメンツと同じように、自分たちが選ばれたわけでもないのに「国民の代表」だと勘違いして、官房長官らにくだらない質問を繰り返し、「巨悪と対峙(たいじ)している」と悦に入る記者たちと大差ない。 「学問の自由」も侵されないだろう。むしろこの機会に、政府の影響を完全に離れた組織になるのはどうだろうか。年間10億5千万円が政府支出として日本学術会議にあてがわれ、また日本学術会議会員は非常勤の特別職国家公務員でもある。 政府にすがって権威付けされていながら、自分たちの既得権を侵されたことで大騒ぎすることが、いかに知的な醜悪さを伴っているか。権威にすがる学者には分からないかもしれないが、多くの国民の率直な感想は、税金にあぐらをかいている学者たちに厳しいだろう。一言でいえば、甘えきっているのである。 ちなみに、10億5千万円をポスドクや院生など若い研究者たちにまわせ、という意見を見たが、それでは足りない。無償の奨学金拡充とともに、どかんと何千億円も増やすべきだ。こんな少額では若手研究者も大して救えない。日本学術会議の新会員任命拒否問題について、首相官邸前で抗議する人たち=2020年10月3日午後 さて、この日本学術会議は、最近でも経済政策に関してはまさに知的腐臭の強い提言を繰り返してきた。例えば、東日本大震災での復興増税への後押しである。中国の千人計画に協力か 当時の第三次緊急提言では、財政破綻の懸念から復興増税が提言されている。この提言が出る前の学者たちの審議内容をまとめた報告書を見ると、日本の経済学者の知的堕落ぶりが明瞭である。経済の停滞を解消するための財政・金融の積極的な政策を回避するマインドが鮮明である。(3)このような拡張的政策の一部は緊急の救済策や復興支援によって先取りされているが、さらに追加すべきかに疑念を表明する経済学者もいる。特に、物価インフレは日本の名目利子率に上昇傾向をもたらし、国債負担を増加させ、日本の財政規律に対する信認を揺るがす可能性があるからである。その時、日銀による金融政策はゼロ金利の時よりもさらに難しい舵取りが必要になるだろう。東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 また当時、筆者たちが主張していた日本銀行に復興債を引き受けさせ、それで大胆な金融緩和と財政支出をすべきだという正攻法については、日本の経済学者たちは下記のような認識だった。アベノミクスから新型コロナ危機を体験しているわれわれから見ると、日本の経済学者の大半がいかに使い物にならないか明瞭である。復興債の日銀引き受けに関しては、すでに国の債務残高が860兆円に達している日本において、財政規律がさらに緩んだというメッセージを国の内外に与える可能性が高い。それは、長期金利の高騰などの大きな副作用をもたらすことになり、日本のギリシャ化の回避という立場から極力避けるべきだという意見が圧倒的に多い。 東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 日本の債務残高は現在、1300兆円ほどだが、長期金利の高騰もなく、ギリシャ化の懸念もない。むしろ国際通貨基金(IMF)など国際機関は新型コロナ危機でできるだけ財政政策で国民を救済し、またそれができない低所得途上国には日本などが財政支援すべきだとしている。 いかに日本の経済学者たちが使えないしろものかを示す代表例である。ちなみに2013年の提言では、日本の長期停滞を脱出するのに、具体的には財政再建しか言及していない。 アベノミクスのように積極的な金融政策と財政政策が主張されていたが、そのときも日本の経済学者は一貫して使えない提言を繰り返していた。金融緩和については、基本的には反対ともとれる姿勢を打ち出し、また経済成長との両立と言いながら、財政再建だけは具体的な提言をし続ける。その後の日本経済を考えると、これまた驚くべき知的退廃である。日本も含めた先進国は、現在、高齢化の進行過程で低成長を余儀なくされていて、膨大な財政赤字から財政政策の選択肢が大きく制約される状況にある。この局面では、実体経済の底上げのために、金融緩和の強化が選択される傾向がある。一般的に、デフレ脱却のために金融政策は有効な筈だが、現在のデフレの背景には金融緩和だけでは解決できない需要不足等の要因もある。伝統的な金融政策の効果に限界がみられ、国債残高が膨大に積み上がるなかでの金融緩和の強化は、国債の信認維持にとりわけ注意しつつ運営していく必要がある。日本の経済政策の構想と実践を目指して日本学術会議の建物=東京都港区 単に会員たちの権威好きを満たしているだけの腐臭の強い組織だと、何度も強調しておきたい。ちなみに日本の防衛に非協力的でいながら、中国の軍備増強に協力的で、スパイ行為の疑いも強い中国の千人計画を後押ししているという疑惑もある。本当だとしたら、これこそ国会で追及すべきだろう。

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    トランプとの関係に懸念の菅外交、払拭の要は岸防衛相しかいない

    相の評価がさらに高まる可能性がある。 確かに菅、二階両氏は親中派かもしれない。しかし、したたかな現実政治家でもある。米国から親中派として敵視された日本の政治家は、田中角栄でさえ、あのような状況に追い込まれた。衆院本会議の前に、菅義偉官房長官(左、当時)と話す自民党の二階俊博幹事長=2017年5月、国会(斎藤良雄撮影) それが分かっているからこそ、野中広務は旧田中派では珍しい親米派の政治家を旧田中派の代表者選挙に出すことで親中派の巣窟だった旧田中派を分裂させ、自らは政界を引退して余生を政界のご意見番として過ごした。 菅、二階両氏が、それを見習うなら、米国との関係も違ってくる。日本や台湾を守るという視点では、高機能の巡航ミサイルはおろか、核兵器の購入も現実味を帯びる情勢の中で、岸防衛相の存在は重要と言えるだろう。

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    失望の進次郎留任とベールに包まれた菅内閣の不気味な深謀遠慮

    なんてうそだ」などの書き込みが相次いだ。まだ始まったばかりのうちに批判ばかりは悲しすぎるし、これでは政治にチャレンジしてみたいという有能な若者はますます現れなくなる。文句ばかり言われるのならば、民間で能力を発揮して稼いだ方がいいではないか、という話になってしまう。 私も議員に初当選した直後、「維新議員なんて死ね」「若い女に何ができるんだ。税金泥棒」などとファクスや郵便物による嫌がらせを受けた。その数は夥(おびただ)しく、議員になった途端にこれでは前途多難だな、と思った。 加えて、近親者に政界関係者がおらず、地元の名士でもない者が総理になれるわけがないとの考えも根強いが、そもそも庶民出身だから仕事ができるというロジックも一切ないのだから出自は関係ない。菅氏の出自に関する批判や追及を行うのは愚かな行為だ。小泉環境相の留任に落胆 さて、菅氏は当初、自民党総裁選に立候補しないような雰囲気を醸し出しつつも、裏では華麗な当選に必要な支持票をきっちり固めていた人物だ。発言の裏にある戦略は、これから見てみないと評価などできない。 閣僚人事の顔ぶれは、改革を掲げる菅内閣にはふさわしくない気もする。だが、総裁選で多くの重鎮議員に支えられて当選したのだから、それをないがしろにしては国政をスムーズに進めていくことは絶対にできない。恩をあだで返せば、足を引っ張られて成果を残せずに菅内閣は終わってしまう。TBSのドラマ『半沢直樹』風に言えば、「施されたら施し返す、恩返しです」。議員も人の子、感情がある。 ただ、小泉環境相の留任には大いに落胆した。お父さまの小泉純一郎元総理にお世話になった人があまたいるので、そのつながりでやむを得なかったのかもしれないが、これっぽっちも国民のためになる人事とは思えない。 小泉環境相には大臣職に就くための勉強期間や、大臣として政策を実現するための仲間集めの期間がまだ必要だったのではないかと思う。コロナ禍で国民が疲弊している今年4月、「ごみ袋にメッセージを書きましょう」なんてお気楽なことを記者会見で真剣に話すような大臣が留任とは、いくらなんでも見るに堪えない。 たくさんいすぎて、重要視されていないようにしか見えない副大臣や政務官のような「充て職」ではないのだから、ここは考えていただきたかったと菅氏に申し上げたい。 高齢の重鎮議員を重用すれば、若者世代のためにならないという批判もあるが、次の解散総選挙までは長くとも約1年しかない。この超短期間で大きな成果を残すことは至難の業だ。菅氏は安定した閣僚人事を行い、彼らの下についている派閥議員らも一緒に動かすことを目論んだに違いない。そして、少しでも成果を残し、解散後にも引き続き総理の座に就くことを狙っているだろう。衆院本会議に臨む小泉進次郎環境相=2020年9月16日、国会・衆院本会議場(酒巻俊介撮影) 次の衆院選までに菅氏がどのような成果を出すか注視し、国民の利益にならぬ不適切な部分が見受けられたら正していくのが、野党の政務の一部となる。こういうときに、自称「与党でも野党でもない」日本維新の会は、国政でどういう役割を果たすのだろうか。お題目のように、是々非々で臨むと言っていれば、熱烈な維新支持者には「やったふり」ができると思っているのだろうが、そろそろ仕事をしていただきたいものだ。 長期にわたる安倍政権が終わり、菅政権が誕生した今、国民にとっては、国政選挙に1票を投じる判断材料として、新しい目で各党のお手並みを拝見できるよきチャンスだ。

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    真価問われる拉致問題、菅総理は成果を生み出せるか

    残念でならない。 拉致問題が国民的課題となってから、日本社会はこの問題を長年放置し続けたことを悔い、政治家は党派を問わずその犯罪性を糾弾するようになった。加害者と被害者の構図が明確な問題では、国民の気持ちがまとまりやすいことは言うまでもない。 小泉純一郎総理が金正日総書記との間で史上初の日朝首脳会談を実現させ、5人の拉致被害者を奪還したのは18年前のことである。当時の安倍総理は官房副長官として訪朝に同行し、北朝鮮に対して誰よりも強硬な立場を見せることで大変な人気を得た。 いまから3、4年前、北朝鮮が核・ミサイル実験を繰り返していたときにも日本社会はまとまりやすかった。全国瞬時警報システム(Jアラート)が鳴り、安倍総理が前面に立って北朝鮮を非難した。 2017年9月には国連総会において「必要なのは対話ではない。圧力なのです」と主張し、その直後には「北朝鮮の脅威に対して、国民の命と平和な暮らしを守り抜く」として、「国難突破解散」が宣言された。その時点では既に北朝鮮が対話攻勢に転換する可能性が見え始めていたが、そのことには触れられなかった。 18年6月、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が実現したが、その直前にトランプ大統領が首脳会談の中止を表明したことがあった。安倍総理は即座にそれを「尊重し、支持」した。さらに翌年2月、ハノイでの第2回米朝首脳会談が合意ゼロで事実上の失敗に終わったことについても、安倍総理は「全面的に支持する」と述べた。首脳会談が行われたホテルの庭園を並んで歩くトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=ハノイ(ロイター=共同) 北朝鮮側はそのような言動を注意深く観察し、安倍総理の目的は国内の支持獲得であり、実際には日朝関係を進めるつもりはないと読んできた。 しかし、外交による懸案解決には相互の歩み寄りも必要となる。強硬姿勢だけでは、国内的な支持を得ることはできても実際の成果には結びつきづらい。制裁を先導してきた安倍総理は昨年5月に、ようやく金正恩朝鮮労働党委員長との「無条件対話」について言及し始めたが、既に北朝鮮側の安倍政権に対する不信感はピークに達していた。日朝は相互不信に陥って久しい。新政権が求められるもの 北朝鮮は国連加盟国の中でわが国が唯一国交を有していない相手であり、有効なチャンネルの開拓が外交の第一歩となる。米朝間にも国交はないが、北朝鮮が国連代表部を設置しているため、「ニューヨークチャンネル」が機能する。安倍総理は、トランプ大統領に対して北朝鮮との窓口を紹介してくれるよう直接依頼したと言われるが、日朝の膠着(こうちゃく)状態が続いた安倍政権終盤には平壌中枢部につながるチャンネルすら持てずにいたということなのだろうか。 もっとも、米朝首脳が対座しても金正恩政権は容易には核兵器を手放そうとせず、対北朝鮮外交の難しさが再認識された。とはいえ、対話しないことには何も始まらない。相手が対話に応じてこない、不誠実だと主張すれば、国民の理解は得られるかもしれないが、それは問題解決とは異なる次元の話である。 小泉総理は懸案解決のためであれば相手の主張にも耳を傾けた。「拉致は日本政府の捏造(ねつぞう)劇」だという北朝鮮の主張を180度転換させて、さらには謝罪に追い込むために、日本による過去の植民地支配に対して「痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明し、国交正常化まで約束したのである。拉致被害者家族の帰国を実現するために再訪朝も断行した。 一方の安倍総理は長期安定政権かつ、保守的ゆえに自国民を説得しやすいという利点を生かすことができなかった。第1次安倍政権を含めば延べ8年7カ月もの時間があったにもかかわらずだ。 拉致被害者のみならず、残留日本人、日本人配偶者を含む「全ての日本人」に関する全面的な調査が約束された14年5月の「ストックホルム合意」という画期的な外交成果もあった。 外務省では北朝鮮情勢と日朝関係を所掌する北東アジア第二課も発足した。安倍総理はトランプ大統領、習近平国家主席、文在寅大統領を通じて、わが国が拉致問題を重視していることを金正恩委員長に伝えている。 今後日本の総理が求められるのは、北朝鮮に対し自らの言動でもって日本との関係改善に大きなメリットがあることを理解させることである。ただ筆者のような外野がとやかく言おうとも、この問題に対する明確な処方箋は誰も有していない。対北朝鮮外交は総理の専権事項であり、その決断に期待するほかない。北朝鮮による拉致問題の解決を願う「国民大集会」で、握手する安倍首相と横田めぐみさんの母早紀江さん(中央右)=2019年5月、東京都千代田区 菅新総理が今回就任したことで、これまでの安倍総理に代わる新たな北朝鮮外交が展開されるべきだろう。ただ実際に物事を進めようとすれば、理不尽さや不愉快さを伴うだろう。 しかし北朝鮮で暮らす大勢の日本人配偶者も含め、日本人の生命と人権を守るという覚悟を持って進めていただきたい。「最も重要なことは結果を出すこと」であり、パフォーマンスで「やってる感」を演出する必要はない。

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    「新宰相」菅義偉の前に果てなく続く茨の道

    首相指名選挙を経て、正式に菅義偉総理が誕生した。7年8カ月ぶりの新総理に期待が寄せられるが、これほど重圧がのしかかる政権はあまりないだろう。コロナ対策はもちろん、憲法改正、拉致問題、悪化した日韓関係、北方領土問題…。最強と言われた安倍政権ですら達成できなかっただけに、菅総理の政権運営はまさに茨の道だ。

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    無派閥の菅総理誕生が浮き彫りにする自民党政治の功罪と黄昏

    って、ついに菅義偉(よしひで)新首相が誕生した。一部には、今回の総裁選出過程を難じて「国民不在の派閥政治」との評もあるようだ。 ここで言われる派閥とは、自民党の国会議員が非公式に形成している政治集団のことである。しかし、私としては、この非難はいささか的を外していると感じられる。そこで今回は、いわゆる「派閥政治」の歴史と現在、そして未来について論評したい。 今回の「派閥政治」批判の矛先の一つは、国会議員と同等の重みを持つ党員投票が行われないという点に向けられた。たしかに、自民党の党員数は日本最大である。しかし、昨年末に約108万人と伝えられる党員の数は、それでも有権者人口約1億600万人の約1%にすぎない。 ただし、自民党員の構成が、さまざまな指標において全国民あるいは有権者の忠実な縮小模型であるなら、党員投票は「民意」を反映すると言えるかもしれない。だが、自民党にかぎらず、特定の政策志向を持ち、政治信条を同じくする政治組織である政党に党費を払ってまで加入している人々が全国民の縮小模型であるわけがない。党員投票する人の数が多ければ、その選挙は民主的だというわけではないのだ。 候補者の共同会見や報道番組への出演を通して、それぞれの政見の相違も浮き彫りになった。とりわけ私の印象に残ったこととして、前政調会長の岸田文雄氏が憲法改正への積極姿勢や皇統の男系維持を唱えて、従来の所属派閥のイメージから離れたようにも思われたことである。それゆえ今回の総裁選を、派閥政治批判でよく提起される「密室の談合」のように言うことはできないであろう。公開の場での明確な発信をもたらしたという意味で、密室の派閥談合という批判は受け入れ難い。 それはそれとして、かつての「派閥全盛時代」と現在の派閥は様変わりしている。そこでまずは、派閥政治の背景と歴史を少し見ておこう。日本の衆議院の選挙制度は長きにわたって「中選挙区制」と俗称され、厳密には「大選挙区単記非移譲式制」が採用されてきた。 これは一選挙区の定数が3~5にもかかわらず、有権者は一票しか投ずることができない単記制であり、世界に例を見ぬユニークな選挙制度として大正時代より行われてきたものである。ただ、政治改革により中選挙区制は小選挙区比例代表並立制となり、候補者と支持政党へ一票を投じて候補者と比例代表が当選するようになった。それゆえ、この選挙制度に慣れ親しんだ層は主に50代以降であり、その数は徐々に減りつつある。1993年、細川護熙首相(右)を官邸に訪ね、政治改革などについて話し合う市川雄一公明党書記長。 昭和20年代(1945年~)の日本の政党政治は、戦前の系譜に連なる政党が主流を占め、明治以来の政党政治の延長線上に位置づけ得る点もある。しかし、1955年に左右両派に分かれていた社会党が統合して日本社会党が誕生し、一方で自由党と(最近の民主党とは何ら関係がない)民主党が、合同して自由民主党となった。こうして成立した政党制を、政治学では55年体制と呼ぶ。 このいわゆる55年体制とは、政党制としては自民・社会の二大政党が圧倒的な力を持ちつつも、通常の二大政党制とは異なり実は政権交代の可能性には乏しい自民党優位のものであった。これは自民党の議席数を1とし、それに対して社会党は約50%の議席を維持し続ける「1と2分の1政党制」であった。不戦敗の選挙 その根拠は、自社両党の衆院選における公認候補者数に如実に見て取れる。 日本国憲法のもとで内閣総理大臣を自らの党から輩出して政権運営に当たらんとするならば、衆議院総定数の半数を超える「当選者」を出さなければならず、そのためには衆議院総定数の過半の「候補者」を擁立する必要がある。原則として当選者数は擁立した候補者数を超えることはないからだ。「何を当たり前のことを」と多くの方は思われるかもしれない。 ところが55年体制の下で、この「当たり前」のことである「単独で衆議院定数の過半の候補者擁立」を続けたのは、自民党のみであった。日本社会党が単独で衆議院総定数の過半の候補者を擁立し得たのは58年の衆院選においてだけである。 その選挙でさえ政権奪取を果たすには、同党候補者246人中234人が当選する必要があった。つまり当選率95%超でようやく過半数に届くという瀬戸際の数字であって、それはまず実現しそうにもなかった。 なお、日本共産党は半数を超える候補者を擁立したことはあったが、これに関しては当選の可能性から考えて度外視して差し支えない。 つまり自民党以外の政党は、常に不戦敗の選挙を続けていた。55年体制とは与党と野党が固定化し、それぞれの機能を特化した体制であった。自民党には政治の運営を、野党には自民党政権の暴走への歯止めとしての機能しか期待されなかったのだ。1955年、講和条約と安保条約への対応をめぐり4年前に分裂した左右両派の社会党が統一し、日本社会党として発足。鈴木茂三郎委員長(右)と浅沼稲次郎書記長の就任が決まり野党第1党となった。 衆議院で過半数を得るには、どうしても同じ選挙区に複数の候補者を立てねばならない。だが、当時の選挙制度である、候補者一人だけを選ぶ単記制の下では、それは共倒れの危険をはらむ。同じ選挙区の自民党議員は、異なる派閥に属して政党組織からはかなり独立して選挙を戦うことが常であった。 自民党だけが共倒れの危険を冒してまで一選挙区に複数候補者を擁立する活力を維持し得たのは、一つには派閥の効用ゆえであろう。一方で野党側、とりわけ55年体制初期には衆議院総定数の過半数の候補者を擁立して政権に挑む潜在力をまだ有していたと思われる社会党は、野党第1党の座に甘んじて、次第に国会での取引を生業とする存在になり果てていった。派閥による政権交代 そして55年体制の終焉と自民党の単独の政権に終止符を打った93年の衆院選にて、自民党が過半数を失ったのは小沢一郎氏率いる新生党による分裂が大きく作用している。 この分裂の直接の契機が衆議院の選挙制度改革についての意見の相違であったことは、誠に象徴的だ。政権担当意欲を持つ政党らしい政党が出現すれば、中選挙区の下でも政権交代は生じたのだ。 自民党の派閥をして、しばしば「党中党」とも言われたものだ。そしてこの表現には、単に気の利いた比喩以上の真実も含まれていた。派閥は有望な新人候補者を発掘し、資金を援助し、選挙運動にも協力した。 そして派閥は、自民党内での多数の支持を得て総裁を輩出することで政権を得ようとしたのであった。その前提には「たとえ僅差でも総裁選挙の結果を受け入れて、党を割るようなことはしない」という暗黙の合意があった。自民党内においてそれを破るのは、自殺行為であると認識されていたのである。 政権を担う意欲を持ち、現にしばしば総裁総理を輩出して政権を担当したのは実は派閥であった。一方で、候補者全員当選でも衆議院の過半に及ばないという不戦敗を続ける野党との対比は鮮明であった。すなわち機能から見れば、自民党の派閥こそが政党であり、野党は、国会に議席を有する圧力団体であったと言える。 この政権を担う派閥の交代を「疑似政権交代」と称し、何かまがい物のように見なす向きもある。しかし、国家には日本のような単一国家と、米国のような連邦国家という類型の違いがある。 それは相違であって両者に優劣はないように、派閥連合体としての政党が、体系的政治イデオロギー綱領の下に統制された政党に劣るとは言えない。わが国の政党観には、いまだにヨーロッパの社会民主主義政党の在り方を理想化してきた名残がある。それゆえ自民党一強を揶揄(やゆ)するのは、ある意味理想的な政党の在り方についての見解の相違ではないだろうか。 その後過渡期を経て、名実ともに二党制が成立したと言い得るのは2003年の衆院選であった。この選挙で民主党が議席を大きく伸ばし、58年の日本社会党の166議席を上回る177議席を獲得する。なお05年の衆院選にて民主党は64議席を失う大敗を喫したが、それもって2党制の頓挫とは言い切れない。バラで飾られた当選者名を前に笑顔を見せる民主党の鳩山由紀夫代表(当時)=2009年8月、東京・六本木の開票センター この選挙では上位2党の自民・民主の議席占有率は変化しておらず、また議席数の大きな揺れ幅は小選挙区制につきものだからだ。実際09年の衆院選では民主党による政権交代が実現し、308議席を獲得する大躍進を遂げた。 しかし、14年の衆院選において、民主党の候補者数が衆議院総定数の過半数238に遠く及ばぬ198にとどまったことは、政党制の転換の兆しであったと言うことができよう。17年の衆院選では民進党が姿を消し、後継かと思われた希望の党の失速で二党制の崩壊がもたらされた。弱りつつある派閥政治 ただ、今後の野党再編があり得るなら、これらは過渡期の選挙であったのかもしれない。現在の無所属当選者26人は、現行選挙制度導入後最多であり、これらの議員を含む今後の野党の離合集散が注目される。 だが、最近の野党の再編には良い印象を与える点がほとんどない。野党の一本化を志向した立憲民主党と国民民主党の動きには、総裁選に隠れて霞んでしまったとはいえ、それなりの意義はあった。ただ、その推移を見ると、むしろ注目されずに終わって幸いであったとすら言えるかもしれない。 例えば小学生に、今回の野党再編を解説するとなると「立憲民主党と国民民主党がそれぞれ解散して、その結果、立憲民主党と国民民主党ができました。党代表は立憲民主党が枝野幸男氏、国民民主党は玉木雄一郎氏で、前と同じです」という感じになる。いったい、小学生からはどんな反応が返ってくるだろうか。 ともかくも、現状は55年体制型の一党優位制への回帰に向かっていると言うしかない。しかし、仮にそうであったとしても、55年体制の下での自民党派閥政治の復活はないであろう。94年の選挙制度の変更は、同一選挙区から自民党候補者が複数出る可能性を著しく低くした。 なぜなら、公認の最終権限を握る党執行部の力が増大しているためだ。衆議院が執行部の統制に服すようになったことから、相対的に参議院自民党の力が増している印象も受ける。そして派閥の統制力は、55年体制下でのそれに比べて弛緩(しかん)している。 無派閥と分類される自民党国会議員は、『国会便覧』(令和2年2月版)によると現在59人にも達し、今回新首相に就任した菅氏もその一人である。これは細田派に次ぐ、自民党のいわば第二勢力となっており、かつては考えられなかったことだ。産経新聞の単独インタビューに応じる菅義偉官房長官=9月5日午前、東京都千代田区(桐山弘太撮影) それゆえ現在の日本の政党政治は一党優位性の定着か、多少なりとも競合的政党制の芽を残すかの言わば踊り場に立っている。最近一部に伝えられる自民党と日本維新の会の接近も、こうした文脈で捉える必要があろう。 そうは言っても、「自民党支持ではないものの、野党にはそれ以上に期待できない」という人々が、せめて実質的総理の選出となる自民党総裁選に、何がしか意思を反映させたいというのも分からなくはない。 しかし、登録党員制度を持つわが国の政党の党内選挙に、党員以外の人々の参加を認めることは困難である。米国の大統領予備選は、確かに広く選挙民に開かれている。だが、それは米国の政党にはそもそも登録党員というものがなく、政党の支持者がそのまま党員と認知されているからなのだ。 多くの州では、選挙権登録の際に支持政党も登録される。有権者は、民主党か共和党か独立無党派を選ぶ。それが、予備選挙の投票資格になる例が多い。つまり、行政機関が党員登録を代行しているとも解釈できる誠にユニークな制度である。 ただ、日本の政党にそれを求めることはできない。首相が誰になるのかについて、有権者の意思のより直接的な反映を求めるのなら、筆者は現行の議院内閣制をよしとするものの、首相公選制を考えるのが筋であろう。

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    定まらぬ意思決定、命取りになり得る菅政権の「生煮え」コロナ対策

    広野真嗣(ノンフィクション作家) 9月に入って政府は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のために設けていたイベントの開催制限の緩和や、観光・飲食業支援策など経済再開のカードを次々と繰り出した。 くしくもそのタイミングと首相交代が重なり、「継承」を掲げた前官房長官の菅義偉氏が後任の首相に選ばれた。この点、見切り発車と急ブレーキを繰り返した新型コロナ対策をめぐっても政策決定の在り方が引き継がれるのか、あるいは転換するのか、改めて注目が集まる。 そんな折、政府の新型コロナウイルス対策感染症分科会に出席する専門家がぼやく言葉に接した。「各省庁がそれぞれあさっての方向を向いて『作文』した文書を出してくる」 「作文」とはどういうことか。取材を通じて見えてくるのは次のような事実だ。 例えば、飲食業支援策「GoToイート」を所管する農林水産省は9月初旬の分科会で、ネットで予約した飲食に対してポイントを付与する事業の原案を示した。そこではカラオケを支援対象から外すとし、料金の50%以上がカラオケ代にあたるなら除外とした。「ハイリスク環境は3密+大声」という言葉を教条的に理解したのだろう。 半分がカラオケ代、というと、高校生が放課後に入るようなカラオケボックスのイメージに近い。しかし、実際にこれまでクラスター(感染者集団)の発生が何度も確認されたのは、高齢者の憩いの場として定着しつつある喫茶店などでの「昼カラ」や、店の余興でカラオケセットが置いてあるスナックだ。 つまり、農水省の原案ではこうしたリスクの高い、飲食が主でカラオケを従として提供しているようなスポットを除外するべきなのに、逆に支援対象に含める内容になっていた。 実際のリスクを直視せずにデザインされた対策は、かえって感染拡大を促す愚策になりかねない。専門家たちに取材すると、同じような省庁間のコミュニケーションの壁は、観光を所管する国土交通省、海外との往来再開を所管する外務省などにも見られるのだという。札幌市のスナックで、昼にカラオケを楽しむ高齢の利用者。店では客数を限定したり、歌唱スペースをビニールで囲ったりするなど感染対策を施している=2020年6月16日 もちろん、厚生労働省や内閣官房にはリスク事例が蓄積されている。だが、省庁をまたぐと途端に現場の情報はおろか、肝心の危機意識も共有されなくなるのだ。危機管理の要諦は意思決定プロセスの一元化にあるが、コロナ対応が始まって10カ月が経とうという今でも、従来通りのセクショナリズムの壁に阻まれているのだ。トップダウン演出の弊害 コロナが上陸して以来、政府は対応が後手に回った。クラスターが発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では、船の構造が3密そのもので、船内待機が始まる前に乗客への感染は広がっていたことが現在では分かっている。ただ、検査キャパシティの制約から、感染状況は少しずつしか明らかにならず、結果的に行政がみすみす感染拡大を許しているように映った。また、船内で業務に従事した内閣官房や厚労省の職員らの感染が相次いだ。 不評を挽回しようと官邸は、2月末に小中高校や特別支援学校の一斉休校を決め、4月には布マスク2枚の全戸配布に踏み切った。だが、マスクを配り終えるのには2カ月半を要し、260億円もかけた感染拡大防止策としては効果が薄かった。 これらが問題なのは、トップダウンの演出を重んじるために担当省庁や専門家の知識や経験というフィルターを経ていない生煮えの対策であったこと、そして危機が終息していないことを理由にして、現在も十分な検証が行われていないことだ。 本来、危機管理の意思決定には迅速さが要求される。だから、通常のプロセスから余分な部分をそぎ落とすが、当然ながら決定にあたって専門家の知見を踏まえなければならず、そうした根幹のルールをそぎ落としてはいけない。このような幹があいまいになっていたせいで前政権は悪循環を断ち切れず、退陣の遠因を自らつくったのではないかと私は思う。 注目しておきたいのは、7月22日に開始した観光事業支援の「GoToトラベル」だ。場当たり的な采配に批判が多いことを意識する西村康稔(やすとし)経済再生相は「専門家のご意見を伺って決める」と繰り返していたのに、この事業では7月10日に前倒し実施が先に発表され、同月16日に政府が専門家に認めさせる経過をたどった。決めたのは「観光のドン」こと自民党の二階俊博幹事長に背中を押された菅氏自身だとされる。 この判断の問題は、ここまでと同じ、生煮えのままの決定を繰り返していることだ。横浜・大黒ふ頭に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から離れる陸上自衛隊富士病院の救急車=2020年2月14日(鴨川一也撮影) 高齢者が見知らぬ人たちと集まるバス旅行に出ていれば、クルーズ船の船内環境と同じになる。そうした懸念から、分科会は土壇場で「若者の団体旅行、重症化しやすい高齢者の団体旅行、大人数の宴会を伴う旅行は控えること」という文言を盛り込んだが、本来は大方針を決めるまえに踏まえておくべき知見だっただろう。 また、菅氏は9月11日の会見で、GoToトラベルの利用者は少なくとも延べ780万人で、判明している感染者は7人にとどまっていると強調したが、これも検証が要る。 新型コロナウイルス対策は、不確実な対処の連続で、完全な対策をとることは難しい。科学的分析と、経済再生のバランスをとった危機管理のためには、専門家の知識はもちろん、霞が関と地方自治体と民間の総力を結集して新しい経済構造をつくり上げなければならない。 「縦割りの打破」を掲げるならば、菅氏は官房長官時代のやり方を変える必要がある。さもなくば、やがて同じ轍(てつ)を踏み、政権の足元を揺るがすことになるだろう。

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    隣国の「スガノセイダーズ」予備軍が示唆する絶望の日韓関係

    た菅氏が、韓国に大きく歩み寄る政策をとるとは考えにくい。ゆえに、安倍首相を罵倒していた韓国の指導者や政治家やマスコミが、その矛先を変えて、新たな政権を罵倒し出すのも時間の問題だと思われる。 すでに韓国のマスコミは、過去に菅氏が「(伊藤博文を暗殺した)安重根は犯罪者(テロリスト)である」「徴用工判決に伴う日本企業の資産差し押さえについて厳しく対処する」などと発言したとして、揚げ足取りを始めている。就任前から、否、自民党総裁になる前から低評価なのである。 では、過去に韓国で高評価だった日本の首相は誰なのかと言うと、細川護熙氏や鳩山由紀夫氏だ。日本人の目から見れば、実績も乏しい2人がなぜ高く評価されているのかというと、韓国人の気に入る行動をとっていたからに他ならない。言うまでもなく、韓国の求めに応じていくらでも謝罪し、土下座などをしてくれる首相のみを評価しているのであって、その指導力や統治手腕などを評価しているわけではない。 現時点では、菅氏が従軍慰安婦問題や徴用工問題で韓国側に歩み寄ることは考えにくいし、鳩山氏のように「謝罪」や「土下座」に応じてくれるはずもない。遠からず徴用工裁判の判決に基づいて差し押さえられた日本企業の資産が現金化されるはずで、これが日韓関係をさらに悪化させることは必定だ。 日本政府がこれを傍観しているはずはなく、何らかの報復を行うことになるだろう。そのとき、韓国のマスコミは菅氏を「スガ」呼ばわりし、「アベ」に代わる諸悪の根源として一斉に非難し始めるだろう。 加えて、一般の韓国人も日本との関係改善を望んでいない。現在、韓国人が望んでいるのは日本を相手に「マウントを取る」ことで、今や韓国人は日本を学ぶべきモデルとして考えていない。2019年8月、韓国・釜山の日本総領事館前に設置された元従軍慰安婦を象徴する少女像のそばでデモ行進する市民ら(共同) マスコミの反日報道や左傾化した(むしろ「国粋主義化した」と言うべきか)教師による学校での反日教育のおかげで、多くの韓国人は日本を「文化・経済・産業・制度に見るべきものもない(パクるべきものすらない)、加えて民主的でもない落日の先進国」であると考えるようになってきている。 文化ではK-POPが日本を席巻し、経済では経済成長率や個人所得で日本を圧倒し、産業ではITが日本を凌駕し、制度では合理性で日本を超越したというのがその根拠である。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと浮かれていた鼻持ちならない日本人そっくりだ。日韓関係改善は無理 加えて韓国人には自分たちがデモで朴政権を倒したという妙な自負心があり、韓国が世界に冠たる民主国家だとうぬぼれている。また、韓国は日本の被侵略国だったため、道徳的にも日本よりもはるかに優位に立っていると考えている。 彼らの考える「望ましい日韓関係の改善」というのは、「文化・経済・産業・制度に見るべきものもない」「道徳的に格下である」日本が「すべて韓国の要求(わがままを含む)を無条件で呑んでくれ、加えて韓国を無条件で尊崇してくれる関係」である。 最後に、こうした韓国人の性向が端的に表れた事例があるので紹介しよう。 今年5月21日、米国のトランプ大統領が「現在のG7(先進7カ国)の枠組みは時代遅れだ」として、開催が検討されているG7サミット(首脳会議)に韓国、ロシア、オーストラリア、インドを招待するとの意向を示した。 これに対して官房長官だった菅氏は6月29日の会見で「G7そのものの枠組みを維持することは極めて重要であると考えている」と発言した。事実上、韓国の参加を阻む姿勢を明らかにしたわけだが、これに対する青瓦台(韓国大統領府)高官のコメントがすさまじかった。 「隣国に害を及ぼすのに慣れている日本の、誤りを認めたり反省しない一貫した態度について、今さら驚くこともない」「日本の破廉恥さの水準は全世界で最上位レベルだ」「国際社会、特に先進国は日本のこのような破廉恥水準を十分に認知しているので、格別な影響はないと見る」と、近い将来の険悪な日韓関係を予言するようなコメントである。2019年8月、ソウルで開かれた安倍首相や日本の輸出規制強化を糾弾する集会で抗議する市民ら(共同) これから菅首相には、こうした罵詈雑言が容赦なく浴びせられていくことだろう。安倍首相の辞任によって日韓関係がいくらかでも好転するなどとの夢想は投げ捨てた方がいい。希望を捨てれば絶望することもないからだ。 繰り返しておくが、安倍政権下では日韓関係にろくなことは起こらなかったし、菅政権下でもろくなことは起こらない。以上である。

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    佐藤優氏 安倍政権のリアリズム外交が消えることへの不安

    かのようなタイミングで共著『長期政権のあと』を上梓したばかりの元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏と、政治学者・山口二郎氏(法政大学教授)が緊急対談した。山口:安倍政権末期は綻びが目立っていたように思えます。特にコロナ危機以降は、「マスクの全戸配布」「学校の9月入学」など、忖度官僚とか官邸官僚と呼ばれる人々が何か思いつきで提案しては失敗し、それを繰り返した。政府としてグリップが効かない状態で漂流していた感じがします。 一方で、私は安倍さんの威を借りながらやりたい放題をする、官邸官僚は官僚組織全体からしたらごく一部だと思うし、次期政権では復元力が働き、従来の官僚組織に戻っていくのではないかと期待しています。佐藤:官邸官僚と呼ばれる人たちの中でも、今井尚哉・首相秘書官、北村滋・国家安全保障局長、この2人は除外して考えないといけません。 この2人は、世の中で言われるような「安倍家の使用人」タイプではありません。その証拠に彼らは、民主党政権でも一生懸命にやっていました。出世など気にしていないし、ただ政権のため国家のために働くという腹をくくっているから、信頼できる。 官邸官僚が維持できるかどうかは、彼らのような人物が見つけられるかということにかかっています。なぜこう言うかといえば、私自身が事実上の官邸官僚でしたから(笑い)。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)山口:戦後日本の長期政権は、小泉・安倍以前にも、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘などがありましたが、いくつかの共通点があり、その第一条件が対米追随ということだと思います。米国との関係維持は、長期政権にとって不可欠でした。 ところが、米大統領選を待たずに安倍首相が辞めたことで、予測不可能になってきました。トランプ氏再選の場合は駐留米軍の経費負担問題などで無茶を言ってくる可能性が高く、バイデン氏が勝ったほうが、日本にとっては伝統的な対米関係の延長線上で議論ができるということになるかもしれません。佐藤:日本の外交は民主党政権時代も含めてすべて親米ですが、その度合いに違いがあります。対イラン自主外交やイージス・アショア導入中止に見られるように、安倍政権の親米度は実はそれほど高くない。安倍政権と米国は、トランプ氏との属人的な関係がありつつ、ペンタゴン(米国防総省)や国務省との関係では、日本の自主性、独立志向が見られます。これは安倍首相の祖父の岸信介政権を彷彿させます。 次の政権でそうした安倍さんのリアリズム外交が消えてしまうのが非常に不安です。よりイデオロギッシュな関係に基づく親米に変わり、米国の対イラン・対ロシア制裁に加わって、さらに中国に対しても米国内の対中強硬派に突き上げられる可能性もあります。【プロフィール】●さとう・まさる/1960年生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館書記官、国際情報局主任分析官などを経て現職。著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『知性とは何か』など。●やまぐち・じろう/1958年生まれ。法政大学法学部教授。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授、オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員などを経て現職。専門は行政学、現代日本政治論。著書に『民主主義は終わるのか』、『政権交代とは何だったのか』など。■佐藤優氏 長期政権後の次期政権は短命に終わる可能性■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■佐藤優氏「国際連携が必要なのは五輪よりワクチン開発だ」■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由■横田滋さん、外務省に「命をこんなに軽く扱うのか」と激怒

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    菅義偉氏 妻は「余計なことは言わない、やらない」タイプ

    こともある本格派です。現在は大手ゼネコンで働いています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 政治家として多忙な菅さんは子供たちと向き合う時間がどうしても足りない。だから、社会に出ても挫けない心と体を養うために部活動に打ち込ませたそうです。菅さん自身、かねてより世襲政治家を批判してきたので、息子たちが“後継者”になることはなさそうですけどね」(前出・菅家の知人)菅氏、趣味は「孫」 菅氏には幼稚園から小学生ぐらいの孫もいるという。政治ジャーナリストの有馬晴海さんが語る。「菅さんは“趣味は孫”というぐらい、孫がかわいくて仕方ないそうです。以前、ぬいぐるみを贈ったときは『孫が喜ぶよ!』とうれしそうでしたし、菅さんの似顔絵キーホルダーを3つ手渡したときも『孫が3人だからちょうどよかった』と破顔していました」 男子3人を育て上げた妻の真理子さん(66才)とは、議員になる前の秘書時代に出会ったという。菅氏の元秘書で、横浜市議会議員の遊佐大輔さんが語る。「菅さんが秘書を厳しく指導すると、真理子夫人が“大丈夫ですか?”と声をかけるほど優しいかたです。選挙のときはいつも青白い顔をして“昨日は眠れなかった。菅が落ちたらどうしよう”と心配そうにしていました。菅さんは官房長官という職務上、なかなか横浜の自宅に帰れず、都内の議員宿舎で暮らしていますので、サポートのため往復しているという話を聞いたこともあります」 真理子さんは20年以上ショートカットで、女優の安田成美似だそうだ。「歴代最も髪の短いファーストレディーになるのではないか」といわれている。「メディアに出ないどころか、地元の婦人会にも出ないほど控えめなかたです。選挙で当選したとき、事務所で菅さんや支持者が喜んでバンザイをしているときも、横にいる真理子夫人だけは頭を下げて、“ありがとうございます”を繰り返していました。菅さんもそうですが、“余計なことは言わない、やらない”というファーストレディーになるでしょうね」(前出・有馬さん) 家族に支えられ、叩き上げの政治家がいよいよ国のリーダーに上り詰める。■菅氏の正念場の総選挙 小池知事が反・菅勢力結集プランも■菅義偉氏は小池百合子知事が大の苦手 背景にカジノ誘致問題■菅義偉氏の天敵 東京新聞・望月衣塑子氏からの“就任祝辞”■菅義偉氏“安倍官邸乗っ取り”の全内幕 二階幹事長と急接近■菅新内閣予測 コロナ担当に進次郞氏?橋下氏の起用案も

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    警戒すべき「反ガースー」勢力が仕掛けるニセ対立軸のワナ

    期の衆議院解散と総選挙での勝利だ。 前者は日本国民に直接関係する重大事である。後者は、無派閥の菅氏の政治的な基盤を強めるためにも必要になってくるだろう。そして総選挙で勝利するかどうかが、菅政権が長期的に持続するか、あるいは短命に終わるかの大きな分岐点になる。その意味では国民全員に間接的にも重要な意味を持つことになる。 菅政権が選挙で勝てるかどうか、それは内閣の顔ぶれとその政策に大きく依存する。もちろん個々の選挙区事情やまた野党の統一された動きができるのかどうか、そして菅政権をどうマスコミが報道するか、その印象操作によっても大きく変化しそうだ。 マスコミの印象操作といえば、総裁選の間もかなり深刻な問題が起きていた。前回のこの連載でも指摘したが、「菅vs石破」を、消費税をめぐって「増税vs減税」として対立させ、菅氏のイメージをダウンさせる戦略をマスコミはとるだろう、と指摘した。そしてそのような印象報道に左右される人たち(ワイドショー民)の存在が問題だとも書いた。実際に、この現象は顕著に生じた。 例えば、菅氏が「人口減少が不可避なので、行政改革を徹底して行った上で、消費税は引き上げざるを得ない」と発言した。これは具体的な日時を決めたものではなく、ごく一般論的なものだ。安倍首相(左)に花束を手渡す菅新総裁=2020年9月14日、東京都内のホテル ただしマスコミは前記した対立軸(消費増税vs減税)を狙っているので、まさに格好の素材を与えてしまったことになる。ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)上では「菅氏は消費増税論者だ」と大騒ぎになった。懸念は「ワイドショー民」 テレビなどもワイドショーを中心にこの発言を拡大解釈して報じ、選挙の「争点」化しようと躍起だった。問題は、このような見え透いた報道でもワイドショー民を中心に大きく影響を受けることだ。軽薄な人たちだとは思うが、それが現実なのだからしょうがない。 菅氏はこのマスコミの悪しき印象報道に気が付いて、即時に安倍政権の経済政策を継承する意味でも「今後10年は、消費増税はない」と明言した。ただし、マスコミは、この発言も逆手にとって、「菅氏は増税発言での世論の反発で意見修正した」とネガティブキャンペーンの題材にした。 そしてまたもやワイドショー民はそのような印象報道に釣られて、菅氏のイメージを形成してしまうのである。実際には、菅氏の経済政策観は、リフレ政策(インフレ目標付きの金融緩和中心の経済浮揚策)が中核だ。 つまり経済を成長させ、それでさまざまな問題(社会保障、行政改革、規制緩和、財政再建など)をスムーズに取り組んでいける環境にしていく、そのような政策観でもある。「今後10年はない」は、常識的には消費増税は政治的に全否定したと同じなのだが、ワイドショー民はこれを「10年後には消費増税だ」とみなす人もいて、反知性極まれりだな、と率直に思う。 実際に、雇用や事業を確保するなど、十分な経済成長こそが財政再建を可能にすると、菅氏は積極的に打ち出した。また、新型コロナ危機には政府は国債を発行し雇用を守り、政府には国債発行で制限はない、とも強調した。 このような菅氏のアベノミクスの路線を継承し、さらに発展させていこうとする姿勢は、海外のメディアは中心的なメッセージとして伝えたが、国内ではそのような報道姿勢は少数である。むしろ消費税というニセの対立軸に加えて、今度は「官邸主導の官僚コントロールの弊害」を打ち出した。自民党新総裁に選出された菅義偉氏が映し出された街頭の大型画面を見つめる人たち=2020年9月14日、埼玉県川口市(内田優作撮影) これも単に常識的な知識が欠如でもしないかぎり騙されることはないのだが、それでもあたかも官僚は政権の決定とは違うことができる自由意志を持ち、それが望ましいとする「雰囲気」を前提にしたテレビなどの報道が盛んになった。政策がまだ決定されていない過程では、官僚の異論は議論を活発化させるためにも必要だろう。だが、政策が決定してからの官僚の異論(≒「自由な発言」)は単に政策の実行を妨害するノイズでしかない。総裁選で「予行演習」 いずれにせよ、自民党総裁選で、マスコミが争点化しようとしていた、消費税や官邸主導という点への注目は、一見すると「菅vs石破(あるいは岸田)」という対立軸だけのように思えるかもしれない。 しかし、実際には、マスコミはこのニセの対立軸を使って、近々の総選挙におけるニセの対立軸づくりも見据えている。つまり自公政権と野党を比較して、「緊縮(与党)vs反緊縮(野党)」、あるいは「自由に発言できない官僚(与党)vs自由に発言できる官僚(野党)」というイメージづくりの「予行演習」として、今回の総裁選を利用したと言えるだろう。 このマスコミが作り出すニセの対立軸に乗ることは、本連載の読者の皆さんはないだろうが、それでもワイドショー民は踊らされるに違いない。その数が少ないことを信じるしかない。 私見では、与党の中でまともな経済政策を実現できる可能性がある政治家は菅氏以外に当面いない。他の人材では、リフレ政策への理解が乏しいか、あっても政治的な実力が伴わない。 野党に至っては、それに期待することはよほどの夢想家でないかぎり現実的な選択肢ではない。改名しても立憲民主党などは、毎回、選挙のたびに消費減税を発言するが、結局は民主党政権のときからの「再分配優先で、経済成長は二の次」路線である。 ただ、総選挙がどうなるかはまったく分からない。政治的あるいは世論から見て「勝利」しないと、菅政権はただちに不安定化する可能性がある。それはよほど強度の(反ガースー的な)政治的イデオロギーに染まっているか、無知でないかぎり、日本の社会や経済の不安定化と同じであることは自明である。総裁に選出され会見する自民党の菅義偉総裁=2020年9月14日、東京都千代田区の自民党本部(桐山弘太撮影) なお「ガースー」は、菅氏が公認したニックネームであり、今後たまに論説でも使いたい。

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    菅義偉「新総裁」に潰されても残る石破と岸田のアドバンテージ

    階氏は「頑張ってほしい」と応じ、二階派が菅氏を支持することになった。 支援する意向を固めた二階氏は「政治の停滞は一刻も許されない。一日も早く後継総裁を決めることが必要」とメディアに発言した。さらに、「党執行部が、党員投票を省いた両院議員総会で総裁選を行うことで調整中」という情報が永田町を駆け巡った。 菅氏は、麻生太郎副総理兼財務相、細田派の細田博之会長と次々と会談した。麻生派、細田派が菅官房長官への支持を決定し、「コロナ禍という緊急事態だ。安倍路線を継続すべし」という流れが、あっという間に党内に広がった。総裁選出馬が取り沙汰されたり、意欲を示していた河野太郎防衛相、西村康稔(やすとし)経済再生相、稲田朋美幹事長代行らが、次々と不出馬表明した。総務会に臨む(左から)下村博文選対委員長、鈴木俊一総務会長、二階俊博幹事長、岸田文雄政調会長=2020年9月1日、東京・永田町(三尾郁恵撮影) 9月1日の自民党総務会では、通常より長い1時間40分ほど議論が行われ、党員投票を行うべきだという意見が出たようだった。総務会メンバーではない小泉進次郎環境相がオブザーバーとして出席し、党員投票を求めるべきだと発言したという。「石破潰し」は強さの裏返し しかし、それも所詮ガス抜きのパフォーマンスにすぎなかったようだ。本気で総務会を止めるなら、総務会長を別室に拘束するなど、いくらでも方法はあった。だが、誰もそんなことをしなかった。最終的に執行部の提案通り、両院議員総会での総裁選出が決定した。 要するに、安倍首相本人が何も言わずともその意向を忖度し、一糸乱れぬ隙のない動きで「石破潰し」「菅後継」の流れが即座に決まった。数々の修羅場を乗り越え、「権力の私的乱用」という批判から生き残ってきた安倍官邸には、自民党内を抑えることなど、朝飯前ということだろう。 それでも、総裁選には菅氏以外に、石破氏と岸田文雄政調会長が出馬することになった。いずれも、「ポスト安倍」の有力候補とみなされてきたが、「菅後継」の流れに抗することができず、極めて困難な状況に陥った。 前述の通り、石破氏は、「石破潰し」の厳しい洗礼を受けた。一時は、派内からの「非戦論」や立候補断念という情報が流れたほど追い込まれた。だが、よく立候補の決断をしたと思う。 筆者は2018年の総裁選で、石破氏が安倍陣営から厳しい圧力を受けて苦戦していたとき、出馬することの大切さを指摘した。指摘だけでなく、「どうせ負けるなら、派手に負けて冷や飯を食っておいたがいい。その方が、安倍政権が破たんしたとき、チャンスが訪れるかもしれないから」とエールを送った。 その際、石破氏に向けて、第2次世界大戦前に、東京帝国大経済学部教授だった河合栄治郎の話を紹介した。河合は、日本でファシズム勢力が台頭した時代に、「反ファシズム」の論陣を張り、著作が「安寧秩序を紊乱(びんらん)するもの」として、出版法違反で起訴された。 河合は大学を追われ、著作4冊の発売禁止処分を受け、さらには裁判にかけられたが、法廷の場では「日本は戦争に負ける」と公言した。「私は無罪を信じるけれども、有罪ならば罰金刑ではなく、禁固を望む」「罪が重ければ重いほど、戦後自分が外国に対し発言する場合、自分の発言に重みがつくから」とまで言い放ったという。 河合は、敗戦の後に起こる社会的混乱の中で、必ず自分の出番が来ると予期していた。そして、そのときにより大きな発言力を得て、新時代のリーダーとなるために、あえて時代が変わる前に、最も重い罪を科されておくことを望んだというのだ。 残念ながら、河合は戦時中に病死した。しかし、戦後は河合が言った通りになった。戦時中に「重罪」に処せられた人物が、戦後に大出世したのである。その代表例が吉田茂だ。 古い時代に迎合せず、冷遇されていた人物ほど、新しい時代が始まれば、時代の寵児となる。だから、石破氏は一歩も引かず徹底的に安倍首相と戦うべきだと、筆者は言った。日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に出席した石破茂元幹事長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影) 石破氏は、18年の総裁選敗北後も、安倍首相からの冷遇に怯(ひる)むことなく、「言うべきことは言う」という反主流の姿勢を貫いた。その結果が、「次の総理」の世論調査では常に圧倒的な1位という現在の評価だ。安倍首相の周囲が露骨に「石破潰し」をしなければならないほどの存在感があるのだ。岸田氏は筆者の指摘通り 今回の総裁選も、残念ながら石破氏に勝ち目はないようだ。だが、今の姿勢を変える必要はない。これからも、政権の批判勢力に徹すればいい。「安倍・菅の政治」の限界が明らかになり、新しい指導者が求められるときが来るならば、「石破待望論」が世論だけではなく、永田町から出てくることもあるだろう。 もう1人の総裁選候補者である岸田氏は、18年の総裁選に出馬しなかった。当時、安倍首相の有力な対抗馬とみられていたが、「今の政治課題に、安倍首相を中心にしっかりと取り組みを進めることが適切だ」と判断した。それは、安倍首相からの将来の「首相禅譲」に望みを託すことでもあった。だが、筆者は当時、本サイトへの寄稿で「首相禅譲はない」として、その判断の甘さを批判していた。 戦後政治の歴史を振り返れば、禅譲を狙って裏切られ捨てられた事例は多数あるからだ。例えば、現在岸田氏が率いる宏池会の会長だった前尾繁三郎元衆院議長は、佐藤栄作元首相が4選を決めた1970年の総裁選で、「人事での厚遇」の密約を理由に不出馬を決めたが、結果的に佐藤氏に約束を反故(ほご)にされた。前尾氏は派内の反発を買って会長の座を大平正芳元首相に譲らざるを得なかった。 そもそも、生き馬の目を抜く政界で、「禅譲狙い」はうまくいくわけがないのだ。岸田氏は18年の総裁選後、政調会長に就任したが、アベノミクスを無批判に礼賛し続けるしかなくなった。 宏池会は元々、民主党、公明党との三党合意による税と社会保障の一体改革をまとめた谷垣禎一前総裁の派閥だ。本来、岸田氏は財政再建に関して、安倍首相と異なる持論を持っていたはずだ。しかし、「禅譲狙い」のために、持論は封印して従うしかなかった。 「禅譲狙い」は首相と一蓮托生(いちれんたくしょう)となり、心中するしか道はないだけではなく、それ以上に厳しいものだ。一生懸命働いても、手柄は自分のものには絶対にならない。何か落ち度があれば、全ての責任を押し付けられる。いいことは何もないものだ。 安倍政権が新型コロナウイルスをめぐる経済対策の一つとして打ち出した、国民1人当たり一律10万円の現金給付を決定したときのゴタゴタがいい例だ。当初、減収世帯に30万円を給付するという措置だったが、国民から酷評された。制度そのものが分かりづらい上に、自己申告がわずらわしく、いつもらえるかも分からない。本当に必要な人がもらえるのかどうかも分からなかったからだ。結局、公明党が首相官邸に泣きついて、「一律10万円の現金給付」に急遽(きゅうきょ)変更となった。 当初の現金30万円給付は、政調会長の岸田氏が財務省と取りまとめたものだった。自民党内から噴出した批判は岸田氏に集中した。「公明党が言えば、ひっくり返すというのはどういうことか」「党は政府の下請けではない」「岸田氏は終わりだ」などと叩かれ、彼のメンツは丸潰れとなり、「ポスト安倍」として力量不足と酷評されてしまった。 今年6月くらいまでは、安倍首相は「ポスト安倍」について、岸田氏への「禅譲」を考えていたと言われる。しかし、岸田氏の政治的センスのなさと力量不足を不安視させる事態が続き、世論の岸田支持も盛り上がらなかった。岸田氏では、憎き石破氏にとても勝てないとみて、首相は禅譲を迷うようになったというのだ。東京・新橋駅前で、通行人の男性とタッチする自民党の岸田政調会長(左)=2020年9月11日 そして、安倍首相の辞任会見後に周囲が即座に動いた。微塵(みじん)も「ポスト安倍」への色気を見せなかったはずの菅氏が出馬の意向を示すと、一気に「菅後継」の流れが生まれ、岸田氏はあっという間に蚊帳の外になった。やはり禅譲などありえなかったのである。関心は「ポスト菅官房長官」 しかし、禅譲がないとはっきりした後、岸田氏は、出馬表明の記者会見で「大変厳しい道のりを感じているが、国民のため国家のため、私の全てをかけてこの戦いに臨んでいきたいと思います。一人でも多くの国民のみなさんに共感してもらい、力を与えていただき戦いを進めていきたいと思う」と述べた。岸田氏は開き直ったのか、その言葉にこれまでにない力強さと率直さが出てきた。 岸田氏にとって現在の状況は、長い目で見れば必ずしも悪いことばかりではない。菅氏は「権力の私的乱用」を繰り返してきた安倍首相の周囲も継承する。彼らをコントロールできず、また私的乱用が起きるかもしれない。「次の首相には生真面目な岸田氏がいい」という待望論が出てくる可能性はある。今は、どんな苦戦を強いられても、この総裁選を最後まで全力で戦い切ることだ。 最後に、総裁選の大本命となった菅氏について論じたい。だが、正直何を論じたらいいか分からない。これまで、菅氏の国家観や思想、政策をはっきりと聞いたことがないからだ。 コロナ対策やGoToトラベルの推進などが出ているが、それは安倍政権の政策の継続だ。菅氏自身が何を目指すかがよく分からない。また、「菅内閣」の閣僚・党役員人事がどうなるのかも、イメージがまったくわかないのだ。 安倍政権の官房長官を7年8カ月間務めた実力者なのに、全くと言っていいほど個性が見えないのは驚くべきことだ。だが、それこそが菅氏の凄(すご)みなのだろう。首相を支える仕事に徹し切ったことで身に着けたものである。 だが、その凄みが自ら首相になったときにどうなるのかは分からない。「安倍首相には菅義偉がいた」が「菅首相には菅義偉がいない」からだ。 だから、仮に菅内閣が誕生するとすれば、筆者の関心は一つしかない。誰が官房長官に起用されるかだけだ。 菅氏の官房長官在任期間は歴代最長だ。その間、毎年約10億〜15億円計上される官房機密費や報償費を扱い、内閣人事局を通じて審議官級以上の幹部約500人の人事権を使い、官邸記者クラブを抑えてメディアをコントロールし、官邸に集まるありとあらゆる情報を管理した。官邸に集まるヒト、カネ、情報を一手に握ることで、菅氏は絶大な権力を掌握してきた。 菅氏が首相になるとき、「コロナ禍」という緊急事態を理由に、閣僚・党役員のほとんどが安倍内閣から留任ということもあるかもしれない。しかし、そんな極端なケースでさえ、官房長官だけは必ず新しい人が起用されるのだ。日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に臨む(左から)石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影) 菅氏が、自らの権力の源泉となってきた官房長官ポストを誰に渡すのか。どういう形で渡すのか。また、これは菅氏を支持する各派閥にとっても、最も関心があることだろう。 菅氏は無派閥である。どの派閥からも官房長官が起用される可能性があり、それによって党内の政治力学が変化することになる。官房長官人事は、菅政権の性格を決定する全てであると言っても過言ではないのだ。

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    内閣支持率爆上げ、「菅政権」も弄ばれるワイドショー民の不合理

    。 このワイドショー民とどこまで重なるか分からないが、この安倍政権に対する世論の在り方を分析している政治学者もいる。早稲田大政治経済学術院の河野勝教授の分析はその代表的なものである。 河野氏の分析を紹介する前に、世論調査で筆者が問題にしている点をいくつか指摘したい。安倍政権に関する世論調査の動向を分析すると、20〜30代の若年層では、内閣支持率が安定的に高水準で推移している。一方で、世代が上になればなるほど、政権の年数経過によって支持率が下落傾向にあり、時には急落した後に反転することを繰り返している。 安倍政権の経済政策の成果によって若年層の雇用状況が改善し、その状況が支持の高止まりを形成している、というのは分かりやすい仮説である。だが他方で、若年層より上の世代の支持率の急減少と回復という「支持率の循環」をどう説明すべきか。台風10号に関する関係閣僚会議に臨む安倍晋三首相(手前)。奥は菅義偉官房長官=2020年9月6日、首相官邸(川口良介撮影) 2点目はインターネットで熱い話題となっている消費税に関してだ。2014年4月と2019年10月に実施した消費税率引き上げが内閣支持率に大きな変化を示したかといえば、NHKの調査を含めてはっきりとしないのである。政策よりも「お灸効果」 むしろワイドショーなどで、安保法制議論や首相主催の「桜を見る会」関係を「スキャンダル」として連日取り上げた方が勢いよく上下動を起こす。財政政策上の最大の課題が、さほど内閣支持率に有意な変化を与えていない。これは注目すべきことだ。 実際に、河野氏は株価などと内閣支持率が連動していないことにも注目している。現在の日本では、安倍政権に考え方の近い層が厚く存在し、その層が政権の説明不足を求めて不支持を決めるという「合理的」な判断をしているというのだ。 確かに各種世論調査では、「スキャンダル」的な動きがあるたびに「説明が足りない」とする割合が上昇し、そして他方で内閣支持率は低下し、不支持率が上昇する傾向にある。いわば潜在支持層の政権に対する「お灸効果」だ。 そう見れば、今の国民の中には安倍政権と考えの近い支持層が非常に厚いのかもしれない。ただ、河野仮説のように本当に潜在的支持層の判断が「合理的」ならば、自分の利用できる情報を全て活用するはずだ。 経済データだけその判断に影響を与えないということは、特定のバイアスが存在していて、「合理的」、あるいはそれほど賢明な判断をしているとはいえないのではないか。それを示す代表例が、冒頭でも紹介した今回の内閣支持率のジャンプアップだ。 先述の通り、政権では、辞任表明以外に何の政策決定も起きていない。つまり、利用できるデータに変化がないにもかかわらず、世論の支持が大きく変わったのである。 これこそ、まさにテレビのワイドショーの話題の取り上げ方で政治への印象が大きく影響されているのではないか。個人的には、世論のコアにあるワイドショー民の存在を裏付けているのではないかと思う。空手道推進議員連盟設立総会に臨み、菅義偉官房長官(左)に話しかける自民党の石破茂幹事長=2014年6月(酒巻俊介撮影) さらに、これまでは、ほとんどの世論調査で「ポスト安倍」候補は断トツで石破茂元幹事長だったが、最新では軒並み菅義偉(よしひで)官房長官がぶっちぎりの首位となっている。このことも、最近テレビの露出の多さに影響されたワイドショー民の選択の結果だろう。「反緊縮」に煽られる人たち それでも筆者は前回で指摘したように、政策では石破氏や岸田文雄政調会長よりも菅氏の方が断然に優位だと考えているので「結果オーライ」だと黙っていればいいのかもしれない。しかし、このワイドショー民の存在が確かならば、最近ワイドショーが見せる「まき餌」を再びちらつかせる動きに注意すべきだろう。 多くのマスコミが石破氏に好意的なのはほぼ自明である。その中のいくつかの媒体で、石破氏を消費減税派に、菅氏を消費増税派として、それを「反緊縮vs緊縮」までに仕立て上げようという動きもあるようだ。 個人的には、金融緩和に否定的な石破氏が反緊縮派ということはありえないと思っている。それでも、この構図に煽られる人たちは多いだろう。 確かに、10%の消費税率を維持したまま反緊縮政策を目指すことも理論としては十分可能だろう。全品目軽減税率を導入したり、定額給付金を国民全員や特定層に向けて配布する考えもある。携帯電話代やNHKの受信料を政策的に「大幅」減少させたり、貧困家庭への光熱費免除もあり得る。 ただ、それらの政策を進めるために重要なのが、金融緩和のサポートだということは、言うまでもなく大前提になる。まさにこの考えに、菅氏が肯定的で、石破氏は否定的なのである。ワイドショーなどで見られる、消費税の在り方だけで両者を単純な対立図式とすることに、筆者が異論を唱える根拠でもある。 消費税は重要な政策だが、それでも財政政策のオプションの一つにすぎず、それを硬直的に消費減税原理主義と捉えるのはおかしい。ただ、いずれにせよ、新型コロナ危機以後、「コロナ税」のような動きに徹底して反対を唱えることは、日本経済のことを考えれば最重要である。この点については、「菅政権」の動きを注視していかなければならない。特別定額給付金でマイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 一方、立憲民主党など野党が、選挙のたびに消費税の減税や廃止を主張するにもかかわらず、国会が開会すると事実上忘れてしまうことを何度も繰り返している。だが、懲りもせずこの種の「煽り」に引き込まれる人は多い。 しかも、そのような「煽り」を批判しているだけなのに、なぜだか筆者が「消費増税賛成」や「消費税減税反対」派になってしまうようだ。個人的には、このようなタイプの人にならないことを多くの人に願うだけである。

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    「最強」安倍政権を継ぐ者たちへ

    歴代最長となった安倍政権は、実績の数に劣らぬほど不祥事も乗り越え、あらゆる面で「最強」だったことは否めない。ゆえに、この政権を引き継ぐことはかなりの重圧になるだろう。近く決まる次期総理の舵取りは一筋縄ではいかないのは明白なだけに、「最強政権」を継ごうとする者たちに覚悟を問う。

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    歴代最長ゆえに築いた安倍政権のレガシーと次代に残す「副作用」

    三浦瑠麗(国際政治学者) 歴代最長政権の幕が下りました。首相個人の健康上の理由による辞任であったこともあるかもしれませんが、その最後は、積み上げられた時間の重みに比して少々あっさりとした、実務的なものでした。 安倍首相自身が、第1次政権を去る際の政権「投げ出し」批判が強かったことを意識してのことでしょう。目下の最重要課題である新型コロナウイルス対策の進むべき方向性を明確にした上で、淡々と辞任に至る理由が語られたのでした。 一つの時代に一つの区切りがついたとき、歴史的な総括やレガシーについて語られるのは、人間という生き物が自らの生きる時代や空間を把握したいという欲望を抱えているからでしょう。政治を評する者としても、歴史に参加しているという実感が得られる営みです。 私自身、現実の政治について評論するようになったのは2014年からであり、当時は既に第2次安倍政権に入っていました。政権の後半には、安全保障政策や中期的な経済政策を議論する会議に参加する縁などもあり、首相やその後継と目される人々とも接する機会もありました。本稿は、同時代性を持って安倍政権のレガシーを定義する私なりの試みです。 安倍政権の政策的なレガシーについては、5点挙げたいと思います。内政上のテーマが2点、外交上のテーマが2点、国民意識の統合に関してが1点です。 内政上の最大の成果は、2012年時点では八方塞がりに感じられた日本経済に新たな息吹を吹き込んだことです。政権発足直後の2013年、日本銀行総裁に黒田東彦(はるひこ)氏を任命し、異次元の金融緩和策を推し進めました。 目標とされた完全なデフレ脱却までは至らなかったものの、景気の「気」の部分にも働きかけたことによって雇用は改善し、企業収益が回復し、株価も大幅に上昇しました。この景気の底上げがあったからこそ、5%から8%、そして10%への2段階の消費増税が可能となりました。「すべての女性が輝く社会づくり推進室」の看板をかける安倍晋三首相と有村治子女性活躍担当相=2014年10月 プライマリーバランス(基礎的財政収支)の均衡までは至らず、コロナ禍に伴う未曽有の支出によって日本の財政は再び危機を迎えていますが、消費増税のタブーを乗り越えた意義は大きいものでした。 第二は、経済をキーワードにして時代にあった社会政策を推し進めたことです。「女性活躍」を合言葉にして、男女共同参画を「女性の問題」から「経済の問題」へと再定義したことで経済界を巻き込むことができました。 少子高齢化社会のさらなる深刻化を踏まえた、幼児教育の無償化、年金の開始年齢の引き上げ、外国人労働者の受入れ、インバウンドの強化など、これまでも議論されていたけれど実現に至らなかった課題が前に進みました。外交のレガシー それは、保守の本格政権であったからこそ、「伝統的家族観」の信奉者たちの攻撃をやり過ごすことができたからです。保守政権ならではの漸進主義により、成果は道半ばであるにしても社会の主流の考え方へと昇華させた功績は大きいでしょう。 外交・安全保障政策における最大の成果は、安保法制の制定と日米同盟の強化でしょう。集団的自衛権について、保有はしていても行使できないという、いかにも戦後日本的な不思議な憲法解釈をようやく乗り越え、日米同盟の信頼性強化に大きく貢献しました。 米大統領の広島を、日本の首相として真珠湾を相互に訪問したことによって日米の歴史和解を完成させました。本来であれば、今秋に予定されている敵基地攻撃能力の部分的容認と専守防衛政策の転換までを見届けていただきたかったものの、それは次期政権の課題として残されました。 第二は、粘り強い交渉によってTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を完遂させたことです。 日本はエネルギーの90%、食料の60%、安全保障上の打撃力の100%を海外に依存しています。日本という国は、自由な国際経済体制の下でしか繁栄を維持できないのです。そこに、中国の急速な台頭と、米国の内向き化が重なり、世界は米中新冷戦の様相を呈しています。 そんな中、米国が抜けた穴を埋め、豪州などとも協力しながら「21世紀の経済のルール」を形にしたことは歴史的でした。並行して、日EUや日豪のEPA(経済連携協定)についても締結までもっていったことは高く評価されるべきでしょう。 国民意識というのは、いまだに日本の政治を分断している歴史認識について、国民の大層が合意できるコンセンサスを打ち立てたことです。原爆ドームの前で安倍晋三首相(左)と握手するオバマ米大統領=2016年5月27日(代表撮影) すなわち、先の大戦は国策を誤った戦争であり、日本には加害責任もある。他方で、われわれの子孫にまで謝罪の重荷を負わせるべきでないというものです。戦後70年談話や、慰安婦問題に関する日韓合意を貫く考え方です。 当然、左右両極からは不満が寄せられたけれど、国民の大層はそれを受け入れました。保守優位の政治状況をうまく利用して、リベラルに歩み寄った成果であったと思います。 反対に、負のレガシーは3点ありました。第一は、後継者を育てなかったことです。本格保守政権のジレンマ かつての日本政治にはそれなりのリーダー育成の仕組みがあり、首相は後進を育てる責務を感じていたように見えます。その後、諸改革の成果として日本政治は官邸主導型へと変化しています。 安倍政権は重要政策の全てを官邸で取り仕切り、実力派の閣僚は長老か能吏タイプによって担われており、次代を担うような人材の発掘と育成の機能を果たすことができていません。実際問題として、内政のかじ取りにおいても外交上の存在感においても、今後の日本は不安定な時代が続く可能性が高いでしょう。 第二は、構造改革への踏み込み不足です。政権の発足当初こそ、アベノミクスの三つ目の矢として構造改革や規制改革への言及がなされていたものの、本音の部分では「保守が割れる論点」に対する消極性が目立っていました。 人口減少期に入った日本経済を成長させ、社会を活性化させるには生産性の向上が不可欠であり、そのためには既得権にメスを入れて競争を促すべきであるのに、大玉の改革案件はことごとく先送りされてしまいます。諸外国対比の競争力は低下の一途をたどり続けてしまいました。 第三は、憲法改正という本格保守政権でなければ手を付けにくい政策を推し進められなかったことでしょう。辞任会見においては、首相自身が憲法改正と並んで北朝鮮による日本人拉致問題とロシアとの平和条約を志半ばの課題として挙げました。 首相の思い入れはあるにせよ、対北朝鮮や対ロシア外交については相手があることです。国際情勢の追い風がない限りは誰が政権の地位にあっても解決は困難であったでしょう。 ただ、憲法問題はコントロールできたし、もっと踏み込むべきでした。8年近い時間をもってもなお、憲法を起点とする神学論争と底の浅い与野党対立を次代にまで引き継いでしまったわけです。 お気づきのことと思いますが、これら負のレガシーはどれも長期安定政権を実現することの「副作用」として生じています。 長期政権を実現するために次代を担うようなライバルの出現を許容できなかったし、保守が割れる論点には踏み込まなかった。そして、おそらく首相が最も成し遂げたかったはずの憲法改正も実現しなかったわけです。憲法改正を求める集会で、安倍晋三首相はビデオメッセージを通じ「国民的コンセンサスを得るに至るまで(議論を)深めたい」と訴えた=2015年11月 直近の各社世論調査では内閣の支持率が大幅に上昇し、日本経済新聞の調査によれば、国民の7割以上が安倍政権の成果を評価していると報道されています。国民は実際に長期安定政権を望んでいたのだということでしょう。 当たり前ではあるけれど、政権のレガシーの多くは長期政権であったから可能になったものです。ただ、そこにはコストもあったということです。残念なのは、それらのコストの多くは、われわれが今後とも払っていかなければいけないものであることです。

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    石破、岸田、菅、私が政治家として絡んでわかった「次期総理」の実像

    権の功罪についての評価は、立場によって異なるであろうが、短命に終わる政権が多い日本で、この長期政権が政治に安定をもたらしたことは疑いようがない。しかし、同時に「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」という19世紀の英国の歴史家・思想家・政治家、ジョン・アクトン卿の言葉が示すような現象も起こっていたことも事実である。 国民の関心は、誰が安倍首相の後継者になるかということであろう。今のところ、既に出馬を表明した石破茂元幹事長と岸田文雄政調会長、そして菅義偉(よしひで)官房長官の3人が有力候補とされている。 私は、国会議員、閣僚、東京都知事時代を通じて、この3人と一緒に仕事をし、親しく交流してきた。本稿では、私なりに3人の評価をしてみたい。 まず、石破氏であるが、「防衛オタク」と言われるように安全保障の専門家であり、農林水産行政など他の分野についても該博(がいはく)な知識を持っている。問題は、その専門知識と議論好きが、アバウトな頭の持ち主が多い政治家仲間の反感を買うことである。 自民党の憲法改正作業部会で私は改正案の取りまとめを担当したが、憲法9条について党内で激しい論争を行ったものである。私は立場上、さまざまな意見を集約して丸く収めようとしたが、石破氏は論理の一貫性を求めてやまない。そこで、私は「そんな学者みたいなことを言ってどうするのか」と彼に詰め寄ったが、石破氏は「学者のあんたが政治家みたいなことを言ってどうするんだ」と反論したのである。 このエピソードが示すように、多くの同僚議員は石破氏の理詰めの議論に辟易(へきえき)する。残念ながら、それが人望をなくすことになる。共同通信加盟社論説研究会で講演する自民党の石破茂元幹事長=2020年7月 政治家とて人間であるから、一緒に食事をしてバカ話の一つもできるようになると、もっと支援者が広がると思う。政策的には優秀なだけに、この点での気配りを求めたい。 政策能力から見て、皆が協力すれば、内閣総理大臣として立派に務まると思う。洗練された岸田氏の「弱点」 岸田氏もまた、外相を4年半務めるなど政策通である。極端なところがなく、物腰も柔らかで落ち着いている。 政治家によくある「野人」といった雰囲気のない洗練された感じは、世界各国と外交を行うのには最適であったろう。しかし、それが彼の率いる宏池会の「お公家集団」の欠陥とも言われる。 彼の広島の選挙区に応援に入ったこともあるが、広島市内の繁華街で毎日地道に街頭演説を行っていたことが印象に残っている。あまりメディアなどで目立ったパフォーマンスはしないので、地味な印象が強く、国民の人気も高いとはいえない。 しかし、安倍時代の次には、パフォーマンス先行ではない彼のような人がトップに立つと、日本の政治が変わるのではないかと思う。小池百合子東京都知事に代表されるようなポピュリズム(大衆迎合主義)が政治を歪(ゆが)ませているからである。 祖父の正記氏、父の文武氏と衆院議員が3代続く毛並みの良さがある。従兄弟関係にある宮沢洋一元経済産業相の伯父、宮沢喜一元首相と同じように、酒はよく飲む。 菅氏は、石破、岸田両氏と違って、2世、3世議員ではない。根っからのたたき上げである。会見で記者団の質問に答える自民党・岸田文雄政調会長=2020年7月(春名中撮影) 私が1週間だけ早く生まれているが、同世代なので親しくしてきた。彼が総務相のとき、私は自民党の参院政審会長であり、多くの政策課題で協力した。 その総務相時代に、NHKの短波ラジオ国際放送で北朝鮮の日本人拉致問題を取り上げることに強くこだわり、当時の放送法に基づく命令を出したのも彼である。その後、2007年の参院選で自民党が惨敗し、第1次安倍改造内閣で私は厚生労働相に就いたが、菅氏は閣外に去り、同じ内閣で仕事をすることはなかった。 彼の選挙区は横浜市内にあるが、苦戦を強いられた衆院選のときには何度も応援に入っている。そのような縁で、全国を一つの単位とする比例代表から出馬している私の参院選の際には、神奈川県から大量の得票を得ることができた。 都知事になってからは、官房長官となった菅氏と、国と都の連係プレーを行ってきた。菅氏の配慮で優秀な官僚を都に派遣してもらったり、政策の調整を行ったりすることができた。 毎月1〜2度は、2人で食事をしながら打ち合わせをしたものである。都知事に小池氏が就任してから、国と都の協力関係にひびが入り、新型コロナウイルスへの対応にも問題が生じたことは周知の通りである。「裏方向き」菅氏はリリーフか 菅氏は第2次安倍政権の約8年で官房長官を勤め上げており、即戦力として首相の任務を果たすことに問題はない。本人は、あまり表に立たず、裏方が向いていると自認しているが、周りから推薦する動きも出てくると思われる。 「令和おじさん」として知名度も抜群であり、安倍首相の残りの任期を担当するリリーフ投手としては最適なような気がする。 以上のような評価をした上で、誰が首相になろうと、日本の空気を変えるために、実行すべきことを記しておきたい。 外交については、安倍路線を大きく変える必要はないが、米中関係の緊張が高まる中で、日本は両国の間の橋渡しをする必要がある。今秋の米大統領選でバイデン政権が誕生しても、強固な日米関係が日本外交の基軸であることに変わりはない。 拉致問題や北方領土問題も未解決のままであるが、引き続き粘り強く交渉していくしかない。韓国との関係については、対話は必要であるが、国際法の枠組みの中で行動している限り、日本の方から妥協する必要はない。 内政についての最重要課題は、もちろん新型コロナウイルスへの対応である。厚労省や国立感染症研究所を中心とするこれまでのわが国の対応は、必ずしもうまく行っていない。 安倍首相が命じたPCR検査の拡充すらサボタージュされる始末である。官邸の指揮命令が徹底するような体制の構築が必要である。マスクを外し会見に臨む菅義偉官房長官=2020年7月(春名中撮影) 経済対策に関しては、新型コロナの第3波、第4波の到来も予想されるため、財政出動で対応するしかない。その意味では、アベノミクスを声高に叫ぶわけにはいかない。しばらくは経済が低迷する状況が続くが、感染防止対策と経済の両立を図る、きめの細かい対応を期待したい。 次に、内閣の構成であるが、近年は「お友達内閣」の弊害が出てきたように思う。次期政権には、自民党内の多様な人材を登用する必要がある。主流派、反主流派を問わず、挙党内閣を発足させて、国難に当たるべきである。 官僚機構への対応も、これまでは官邸主導で、総理秘書官ら側近の官僚が力を持ちすぎた。それが「忖度行政」につながったのである。 彼らは選挙で選ばれたわけではない。新内閣の発足に当たっては、官邸官僚も新しい陣容にしなければならない。

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    長期政権の終わり方で読み解く、安倍首相の心境と理想の後継者

    川上和久(麗澤大教授) 歴史にifは許されない。しかし、もし新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の災厄(さいやく)に襲われることなく、東京オリンピック・パラリンピックが予定通り開催されていたならば、どうであろう。 潰瘍性大腸炎の悪化による退任だったとしても、東京オリンピック・パラリンピックを無事成功に導き、首相としての連続在任日数も佐藤栄作首相を超えて歴代1位となった。6回の国政選挙に勝利した名宰相として、惜しまれつつも花道を飾る会見になっていたかもしれない。 ところが、憲政史上最長であったにもかかわらず、新型コロナウイルス対応によるストレスと推測される持病の悪化で退任を余儀なくされてしまった。もちろん、こうなった以上、首相の胸中は、会見でもあったように「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」「日露平和条約の締結」「憲法改正」をどれも成しえなかった無念に満たされていたのではなかろうか。 中でも、自らのライフワークとしていた拉致問題の解決に道筋をつけられなかったことについて「痛恨の極み」と述べていた。首相の退任会見としては珍しいこの表現まで用いて、7年8カ月に及んだ在任期間でも成し得なかった悔恨の念を隠そうとしなかったのである。 思えば、首相の退任会見はさまざまなドラマを生んできた。その在任中の思いもある意味凝縮されるからだ。 1964年11月~1972年7月まで、安倍首相に次ぐ連続在任2798日を記録した佐藤首相の退任表明記者会見は、今でも語り草になっている。 退任会見の際、「テレビカメラはどこかね、今日は新聞記者は話さないことになっている」と怒って内閣記者会の記者たちを追い立て、テレビに向けて「国民の皆さん」と直接呼びかけたのだ。この首相としてやや大人げない振る舞いは、「沖縄返還の実現など実績を残したのに、不当な佐藤バッシングをする新聞への最後のしっぺ返し」と揶揄(やゆ)された。新聞記者の引き上げた会見場で、テレビカメラに向かって退陣の所信を表明する佐藤栄作首相=1972年6月、首相官邸 実は、事務方が佐藤氏の意向をくんで、首相がテレビに直接語りかける形をセットしたはずだったそうだ。だが、内閣記者会との段取りの食い違いで、記者たちも陪席する形だということが佐藤氏に伝わっておらず、会見場に行ったら記者たちが並んでいたため、「話が違う」と激高したのが真相らしい。段取りの食い違いというハプニングではあったが、「偏向的な新聞は大嫌いだ」と思わず口走ったことで、佐藤氏の積年の新聞報道への恨みが図らずも露呈することとなった。印象的な福田親子の会見 その佐藤氏に「プリンス」として後継を嘱望されながら田中角栄氏に総裁選で敗れたのが福田赳夫首相である。田中内閣、三木武夫内閣では入閣と下野を繰り返し、ようやく1976年12月に第67代首相の座にたどりついた。 現職の自民党総裁として唯一総裁選に敗れ、大平正芳氏に首相の座を明け渡すことになり、1977年11月に退任に追い込まれた福田氏は「民の声は天の声というが、天の声にも変な声もたまにはあるな、とこう思いますね。まあいいでしょう。きょうは敗軍の将、兵を語らずで」と述べて記者会見場を去り、退任への悔しさをにじませた。 これも「敗軍の将、兵を語らずだったら、天の声も変な声がたまにあるな、などという言い草は語ってるじゃないか、負け惜しみも甚だしい」と批判された。勝利を確信していたものの、大平氏を支援した田中氏との権力闘争に再び敗れ去ったがゆえの落胆を、最後に抑えきれずに吐露したのだろう。  「メディア批判型」の退任会見ということでは、憲政史上初めて親子で首相になった福田康夫首相の退任会見も印象的だ。 2007年9月、安倍首相の辞任により第91代首相となったが、2カ月前の参院選で自公与党が大敗、民主党を中心とする野党が過半数を制しており、参院では同党の小沢一郎代表が首相指名される「ねじれ国会」に直面していた。その対応にも苦慮して、1年後には国政選挙が行われることなく退任を表明した。 その会見で、福田氏は記者から「国民の印象として、総理の会見は全て他人事な感じを持っている」と言われ、やや感情的に「他人事とあなたはおっしゃったが、私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたとは違うんです」と言い返した。「あなたとは違うんです」という記者への言い返しは、自分の思いをきちんと伝えてくれない報道の「自分との違い」を感じ続けていた福田氏の最後の思いが思わず吐露されたものと受け取られた。会見で辞任を表明する福田康夫首相=2008年9月(川口良介撮影) 「メディア批判型」「負け惜しみ型」に並ぶのは「空疎型」というべきタイプだ。「自分はやるだけのことをやった」と美辞麗句を並べるものの、内容が空疎で、短い任期でほとんど何もできなかったときにはこういうタイプの退任会見となる。 思い出されるのは宇野宗佑首相だ。1989年6月、派閥の領袖ではなかったにもかかわらず、リクルート事件や消費税導入で身動きが取れなくなった竹下登首相が後継に指名する形で急遽(きゅうきょ)就任した。 ところが、神楽坂の芸妓とのスキャンダルが『サンデー毎日』に報じられ、直後の参院選ではリクルートや消費税、農政と問題山積で逆風が吹き荒れ、36議席の惨敗で、選挙翌日の退陣表明に至った。その際、「明鏡止水の心境である」と述べたことが話題となったが、69日という短い在任期間で、語るべきものは何もなかった、という心境かとも言われた。最も傷の浅い退任 中曽根康弘首相や小泉純一郎首相のように、長期政権で任期満了で退任する場合は、在任中の自らの業績を語ることに意味はあろう。だが、選挙での敗北の責を負って退任する場合には、その責を負って、という以外は空疎に響いてしまうのは致し方あるまい。 それでは、安倍首相の退任記者会見はどうだったか。メディアに対しての恨みつらみを吐露したわけではないので「メディア批判型」ではないし、選挙などに敗れて退任する「空疎型」でもないだろう。「負け惜しみ」とも言い難いが、いわば演出された「後ろ髪引かれ型」の会見といえようか。 憲政史上最長の在任期間を誇りながら、潰瘍性大腸炎の悪化によって、拉致問題、ロシアとの平和条約締結、憲法改正を果たすことなく、任期途中で退任せざるを得なくなった悔恨は、退任会見のそこかしこににじみ出ていた。「やり切った」という思いは本人も感じられないに違いない。 しかし、後ろ髪を引かれながらも、新型コロナウイルス対策に道筋をつけ、新しい体制で自らが引いた路線を踏襲する最低限の布石を打ったうえで、「後ろ髪引かれながらも後に託す」思いではなかろうか。 拉致問題、ロシアとの平和条約問題、憲法改正は「歴代政権が取り組んできた課題」とは言っていたが、それぞれ濃淡はあろう。憲政史上最長の在任期間を務めあげた首相の路線を大幅に修正するようでは、国内の新型コロナウイルス対策と社会経済活動の両立、という点でも対外的にも不安定要因となる。 さて、このタイミングで、最も傷の浅い退任を選択した安倍首相の後任は誰になるのか。自民党の例で言えば、長期政権でありながら、任期途中で退任した例はなかった。 順当に考えれば、安倍首相の自民党総裁として残る1年の任期は、安倍政権の方針を安定的に継承する人材が模索されることになるだろう。そうなると、菅義偉(よしひで)官房長官が8月末の時点では最有力に思われる。ただ、1年の総裁任期の中で「選挙の顔」として力を蓄え、来年9月に解散総選挙に打って出る可能性に自民党の国会議員たちは賭けることができるのか。辞意を表明した記者会見で、記者の質問を受ける安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 他の有力候補を見てみると、岸田文雄政調会長には選挙の顔としての不安、石破茂元幹事長には野党ばりの安倍批判に対する嫌悪感が拭えない。「消去法」でいっても、菅氏に収斂(しゅうれん)していくことで、少なくとも安倍首相は気を安んじることができるかもしれない。 いずれにせよ、国のリーダーとして潰瘍性大腸炎の再発への不安とも戦いながら、7年8カ月を走り抜けた安倍首相には感謝の念を捧げたい。

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    病気で辞任した歴代総理 「本当の病状」公表したのは1人だけ

    一過性の不整脈」と公表されたが、実際は心筋梗塞で6月12日に死去した。当時、自民党の広報を務めていた政治アナリスト・伊藤惇夫氏は、倒れる1~2週間前に異変を感じたという。「分刻みでスケジュールが決まっている総裁遊説中、突然トイレに駆け込んで姿が見えなくなったので大騒ぎになりました」 大平の後を継いだ鈴木善幸首相の主治医で、外遊随行医も務めた水町重範氏は著書『総理の随行医』で、鈴木が「総理総裁ともなると健康が何よりだ。ましてや大平さんの病死の後だしな」と語っていたと書いている。同書によれば、外遊中の首相は起床時と就寝時に必ず体温と血圧を測り、異常がないかチェックしていたという。細心の注意を払ったこともあり、鈴木は無事に2年4か月の首相任期を全うした。「いつの時代も、首相の健康状態はトップシークレット。官房長官や秘書官など数人しか本当の病状はわかりません。情報は小出しにして、その間に党内情勢の分析や後継者の選定をするのです」(伊藤氏)※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 多くの歴代総理は病状をひた隠しにしてきたが、石橋湛山首相だけは違った。「新内閣の首相としてもっとも重要なる予算審議に一日も出席できないことがあきらかになりました以上は、首相としての進退を決すべきだと考えました。私の政治的良心に従います」 1957年2月、病の石橋はこの書簡を残し、わずか在任65日で内閣総辞職をした。その潔い決断は今も語り継がれている。■安倍昭恵さん 首相辞意表明前に異例の官邸訪問、夜遊び封印■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■山口県庁で開催の総理大臣展 菅直人氏、昭恵氏が消されてた■がん隠した森氏、動静偽装した小渕氏… 病の総理が取る行動■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由

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    安倍辞任で日本に立ち込める暗雲

    首相の連続在職日数で歴代最長となってわずか数日。唐突な安倍首相の辞任表明は、全国に衝撃が走った。持病の悪化とされるが、13年前の退陣と同様の理由に疑念も広がる。そもそも「ポスト安倍」の不在が長期政権のゆえんでもあっただけに、コロナ禍や米中対立といった課題山積の中、不安は募るばかりだ。

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    「理念の外政家」安倍晋三去りし後、米中冷戦下でよぎる日本の悪夢

    相は、熾烈(しれつ)の度を深めている。自由主義世界と権威主義世界が対峙(たいじ)する国際認識を諸国の政治指導者の中で真っ先に披露したのが、安倍なのである。 とかく、政権掌握前は没価値的な外交運営を行うものと予想されたトランプが、今や中国に最も厳しい姿勢を向けているのは、安倍の影響を抜きにしては語れまい。「宥和」という有害な感覚 例えば、先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の枠組みの中で動く日本の政治指導者の範疇(はんちゅう)で、安倍が前例のない影響力を持つことができたのは、その政策遂行における理念上の強さによるものであろう。安倍の対外政策展開における際立った特色は、「自由・民主主義・人権・法の支配」といった普遍的な価値意識の擁護を打ち出した際の徹底性にこそある。 「安倍後の日本」における最たる懸念は、そうした安倍の徹底性が継承されるかということにある。安倍内閣下、そうした徹底性の結果として、特に中国、韓国、北朝鮮といった近隣3カ国との関係は膠着(こうちゃく)した。 「安倍後の日本」を率いる政治指導者が、自らの独自性を出すために、そうした近隣3カ国に対する宥和(ゆうわ)姿勢に転じ、「自由で開かれたインド・太平洋」構想が意味するものを骨抜きにするような方向に走ることこそ、一つの「悪夢」かもしれない。 少なくとも、1970年代以降、中国との経済関係を密接にしてきた日本には、対中ビジネス上の利得を重視する層が、米国や他の西欧諸国に比べても厚く存在する。そうした層の政治的な巻き返しに抵抗できるかが問題なのである。 現今の米国では、大統領選挙に際して、トランプが再選されるのか、あるいは前副大統領のジョー・バイデンが政権を奪還するのかが政治上の焦点になっている。仮にトランプが再選されたとすれば、トランプの「御守り役」としての安倍の政権継続が日本の国益上、不安が少なかったかもしれない。 けれども、安倍が去る以上、トランプとの関係を首尾よく紡(つむ)ぎ、バイデンが政権を奪還した場合でも、米国政治の基調となった対中強硬姿勢に歩調を合わせられる政治指導者が、「安倍後の日本」でも必要とされることになる。現今、過去40年近くの対中関係や対韓関係に反映されたような「アジアの連帯」という感覚は、率直に有害なのである。 安倍が披露した「自由で開かれたインド・太平洋」構想に反映されたように、米豪加各国や西欧諸国のような「西方世界」との連帯の論理を進める政治指導者こそが、「安倍後の日本」に求められている。首相官邸での会談に臨む安倍晋三首相(右)とバイデン米副大統領=2013年12月(酒巻俊介撮影) 安倍晋三は、その政権運営に際して、理念の強さが日本外交の支えとなることを明白に証明した宰相であった。優れた政治指導者が、まず外政家として評価されるのであれば、安倍こそはその鮮烈な事例であったかもしれない。 当節の日本は、社会における内向き志向が指摘されるとはいえ、「世界の中の日本」という視点が何よりも重要である事情は変わりがない。安倍の後を継ぐ政治指導者には、「内治の失敗は取り返せても、外交の失敗は取り返せない」という故事を肝に刻んで、宰相の座に就いてもらいたいものである。これが、筆者の当座の所見である。(一部敬称略)

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    持病悪化だけが理由か?安倍辞任劇を導いたいくつもの「限界」

    なるのが、安倍首相の長期政権を支えた菅官房長官と二階俊博幹事長の存在だ。安倍首相は、菅、二階両氏とは政治理念が同じとは言えないが、中選挙区時代に鍛えられた剛腕と調整力が「安倍一強」の後ろ盾でもあった。厳しい表情で記者会見に臨む安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 その菅氏をめぐっては、先に述べたような不安がある。二階氏に関しては、ワシントンDCに本拠を置くシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の報告書で、名指しで「親中派」とされている。今秋の人事異動でこの2人を外さなければならないとすれば、安倍政権は成り立たないといっても過言ではない。 自民の有力政治家である二階氏をワシントン筋が言及したことは、過去の例ではロッキード事件以来とも言えるレベルであり、それぐらい米国は中国に対して本気なのだ。  こうした種々の問題が重なったことこそが、急な辞任劇の深層にあるとの見方が消えないゆえんだ。意外にも「平時のリーダー」 これまでの安倍首相の状況を見ていると、意外かもしれないが「平時のリーダー」だったように思う。当初は困難だとされた集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法を難なく成立させ、さらに選挙は連戦連勝。コロナ禍は「国難」とされたが、日本だけの問題ではない。 要するに広い意味では、いずれも平時の出来事であり、真の危機はまさに、一触即発ともいえる米中対立と、迫りくる中国の日本への脅威と言えなくもない。この危機こそ、安倍首相にとっては「想定外」であり、健康問題も含めて対峙する余力がなくなったと見るべきではないか。 そして誰もが懸念するのが、ポスト安倍だ。これまで記してきたような状況を踏まえれば、親中派の岸田文雄政調会長は望ましいとは言えない。石破茂元幹事長に関しても、複数の防衛省筋から、「実は防衛問題が分かっていない」という批判を聞いている。 ならば、河野太郎防衛相か茂木敏充外相かとなる。もう少し幅広く見て、コロナ対応で奔走する西村康稔経済再生担当相や高市早苗総務相も悪くない。ただ、上記のポスト安倍の面々をワンポイントリリーフにして、その後、本命を首相に据えるといった考え方もある。 また、立憲民主との合流で、残された国民民主の玉木雄一郎氏による新党が一定の規模を維持した場合、連立政権に組み入れて公明の比重を減らし、憲法改正を実現に導くというシナリオもあり得る。 そして、本命のポスト安倍を考える上で、触れておきたいのが、来年に延期された東京五輪・パラリンピックだ。コロナ感染拡大が終息するにはまだまだ時間を要するとの見方が大勢で、すでに来夏でも開催は無理という見解は多い。 東京五輪が完全に中止になれば、東京都の小池百合子知事は「税金の無駄づかいをなくす」という大義をもってこれを受け入れ、責任を取って知事を辞任。その次の総選挙で衆院議員に返り咲き、一気に女性初の首相を狙っても不思議ではない。 以前の寄稿「ポスト安倍に小池知事も参入?評価を分けるリーダーの危機管理センス」でも記したが、小池氏は防衛相だった2007年、問題が発覚した防衛事務次官(のちに収賄罪などで有罪確定)を更迭し、自らも辞任した。このとき、ワシントンに赴き米国の有力者の了解を得た上で実行しており、こうした動きは国際政治に精通している証左だ。 このときからワシントンでは「小池は使える」という評価が高まったように思う。私が毎日、米メディアを見ていても「小池首相待望論」ではないかと思える記事は時折目にするのだ。記者会見で、安倍首相の辞任意向について「非常に残念」と述べた東京都の小池百合子知事=2020年8月28日、東京都庁(桐山弘太撮影) いずれにせよ、近いうちにポスト安倍は決まることになるので、推測や願望はほどほどにしておく。重要なのは、米大統領選の結果がどうであれ、米中の紛争も現実味を帯びている中で、日本のかじ取りを任せられるのは、安全保障と経済の立て直しを第一に考慮しなければならないことだ。これらを踏まえれば、やはりワシントンとのパイプを持つか、もしくは精通した人物を選ぶべきだろう。

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    真相わからぬ総理大臣の健康、政局気にして「病気隠し」

    よる波紋はなお続いている。翌々日には職務に復帰したが、詳しい説明がないこともあって、憶測が喧しい。 政治家の健康問題は洋の東西を問わずデリケートな問題だ。アメリカのトランプ大統領も昨年、首相と同様に突然の健診を受けて周囲を驚かせた。しかし、米国では、大統領の検査結果は原則的に公表され、〝透明性〟は高い。 日本では、健康状態を隠すだけでなく、過去には国民に「嘘をつき通す」ケースも少なくなかった。安倍首相が慶応病院で「追加の検査」を受けたのは8月17日。午前中、私邸から直接病院に入り、夕方まで院内にとどまった。 6月に同病院で健康チェックを受けたばかり。何のための「追加の検査」だったのか、7時間半もの時間は何らかの治療に費やされたのではないかーなどの疑問が指摘された。 ここに至る数週間、首相は記者会見も開かず、国民の前に姿を見せることが少なかった。健康への懸念が一部メディアで指摘され、8月16日に側近の甘利明自民党税制調査会長がテレビ番組で、「首相には休養が必要」と述べた翌日という微妙なタイミングも手伝って永田町にざわめきが広がった。 首相は検査翌日は終日静養、19日に職務に復帰、「体調管理に万全を期すため。仕事に復帰し頑張っていきたい」と記者団に語った。しかし、第1次政権を投げ出したのは持病の潰瘍性大腸炎の悪化だったことへの記憶はなお新しく、首相側から詳細な説明がない限り、波紋は続きそうだ。 トランプ米大統領(74)が昨年11月16日、突然、病院に現れた時も、今回の安倍首相のケースに酷似している。大統領はワシントン郊外、メリーランド州ベセスダにあるウォルターリード米軍医療センターでその年2月に詳細な定期健診を行ったばかり。10カ月もたたないなかでの「前触れなき再訪」だった。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 同医療センターでは歴代大統領らが定期的に健康診断をうけている。ちなみに、1963年に暗殺されたケネディ大統領の遺体が検視を受けたのもここだった。しかし、通常と違っていたのは、病院スタッフは最高幹部を除いて大統領の来訪を知らされず、検査に加わったのも少数の医師団だった。 ホワイトハウスからベセスダまでは自動車で数十分を要し、大統領はヘリで移動するのが常だが、この日は好天だったにもかかわらず、空の移動を避け車列を連ねた。メディアも大統領の病院到着まで報道を控えるよう指示されるという異例づくめだった。 2時間にわたる検査後、ホワイトハウスは、「週末の予定がなかったため、多忙が予想される2020年の健診の一部を先に行った。検査で異常はなかった」と説明。「一部の人々やメディアは憶測をめぐらしたり無責任なウワサを流すことを楽しんでいる」とメディア批判はいつも通りだったが、詳細な結果についての公表は避けたため、不審感が少なからず広がった。トランプさえ公表した シンゾウとドナルドといわれる〝盟友〟同士は、健診のスタイルまで似てくるのかと想像をめぐらせたくなるが、そのトランプ氏にしても、その年の2月に行った健診結果については、国民につぶさに公表している。 身長6フィート3インチ(190センチ)、体重243ポンド(110kg)、総コレステロール223、血圧118-80、心拍数1分間68-など。 驚くのはトランプ氏が2020年7月に認知テストについて自ら説明したことだ。ウォルターリードで医師によって検査が行われ、「person」「woman」「man」「camera」「TV」という5つの単語を聞かされ、他の質問に答えた数分後に、その言葉を繰り返すというものだった。インタビューアーに、「できるかい?」などと問い返し、テスト全体で好成績を得たことを強調してみせた。もっとも、「バイデン氏もテストを受けるべきだ」と大統領選での対立候補、77歳のバイデン前副大統領を揶揄するのを忘れなかったが。 オバマ前大統領が退任10カ月前の2016年3月に行った健診結果は、血圧110-68、心拍数56、コレステロールやや低め、視力20-20(1・0)ーなど。 自分の心拍数など正確に知っている人などいないだろうが、そこまで国民に知られてしまうというのだから、大統領という職はつくづく楽ではない。 自分たちが選んだ大統領の健康状態を自分たちが知るのは当然という民主主義の考え方だろう。日本ではそういう認識は、リーダー、国民いずれも低いようだ。 安倍首相自身、わずか1年で第1次政権を辞すとき、健康状態の悪化が理由であることをよく説明しなかったし、過去、政治家が国民をミスリードしたことは少なからずあった。  思い起こすのは「所得倍増」を掲げ、経済大国・日本の基礎を固めた故池田勇人首相だ。政権を担ってちょうど4年が過ぎた1964(昭和39)年7月、自民党総裁に3選された直後、ノドにガンがみつかった。 当時はまだ、ガン告知は行われておらず、しかも病名を公表すれば、政局に大きな影響を与えるとあって、医師団が考え出した苦肉の策は、「放置すれば悪性になる〝前ガン状態〟という説明だった。 記者会見で、国立がんセンター病院の久留勝院長(当時)は「組織検査の結果、乳頭腫という良性腫瘍であることがわかった。典型的な前ガン症状だ。ガンではないが、悪性化する場合もあるので十分な放射線治療を行う」と説明、「天下に大嘘をつき通した」(柳田邦男「ガン回廊の朝」、講談社、367-368頁)。「前ガン状態」は流行語にもなった。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 池田首相は東京五輪が閉幕した翌日の10月25日に辞意を表明。一時回復して退院したが再発、翌年8月に亡くなった。本当の病名が発表されたのは死去した日の朝になってからだった。  ちなみに、池田氏の後任に選ばれたのが沖縄返還を実現した佐藤栄作氏だ。望まれる説明 1980(昭和55)年6月、初めての衆参同日選挙のさ中に亡くなった大平正芳首相のケースも忘れられない。その前年秋の総選挙で大敗、退陣を求める声が強まり、80年5月、一部自民党議員の欠席もあって、内閣不信任案が成立してしまう。大平氏は衆院を解散、同時期に予定されていた総選挙とのダブル選を決断する。 参院選が公示された5月30日の遊説中に、首相は体調を崩した。午後の横浜市内での遊説では選挙カーからすべり落ちそうになるほど。さすがに異変を感じた記者、カメラマンもいたが、首相は苦しい中で時間を延長して弁舌をふるった。 もっとも首相夫人は夫の異変に気がついていたようで、首相の遊説中に、すでに主治医に対して、夜になったら往診をしてほしいと依頼していたという(三輪和雄「病める政治家たち 病気と政治家と権力」、文芸春秋社、246-247頁)。 世田谷の首相私邸で、簡易心電図を用いて診察した主治医は顔を曇らせた。単なる不整脈ではなく、深刻な所見がみられたからだ。虎の門病院の医師団に連絡がとられ、新聞の締め切り時刻を待って入院する手はずが整えられた。深刻な心臓疾患と発表すれば政局に大きな衝撃を与える。過労による一過性の不整脈があるため大事をとって入院する―と外部に説明することに決まった(同249頁)。 異変を聞きつけて未明の病院に集まった記者団に対し、首相の女婿、森田一秘書官は、打ち合わせ通りの説明をし、翌朝、伊藤正義官房長官の記者会見は「嘘でかためた談話だった」(同、251頁)。 メディアも国民も本当のことを知らされないまま、大平首相は6月12日未明に容態が急変、選挙結果を見ずして亡くなった。首相の地元、旧香川2区からは森田が急遽出馬、弔い合戦の初陣を飾った。その後は運輸大臣などを歴任して活躍した。同日選は22日に投票、自民党は衆参両院で大勝。後任の首相指名をうけたのが、大平氏の盟友の1人、鈴木善幸氏だ。 大統領の健康状態が細大もらさず公表され、政治家の病気隠しなどあり得ぬはずのアメリカにも有名な話がある。 28代大統領、第1次大戦後に国際連盟創設を提唱したウッドロー・ウィルソン(民主党、在任1913-1921年)は、退任まで1年余りを残した1919年10月、卒中の発作に見舞われた。左半身不随などの重い後遺症が残ったが、周囲はこの事実を隠し、閣僚らにも面会を禁じ、重要案件の決裁などは夫人らがひそかに行っていたといわれる。 いまなら考えられないことであり、合衆国憲法修正25条で、大統領権限継承順位が明文化される契機になったという。慶応義塾病院に入る安倍晋三首相(右から4人目)=24日午前、東京・信濃町(酒巻俊介撮影) 安倍首相の健康状態に話を戻すと、詳しい説明を待つ国民は少なくあるまい。興味本位で他人の健康状態をのぞくというのではなく、時あたかも新型コロナウィルスが猛威を振るっている時期であり、首相に元気で対策の指揮を執ってもらいたいというのは国民共通の思いだ。沈黙はさらに憶測を生む。 「問題ない」と周囲が繰り返すだけではなく、首相自身か、しかるべき政府高官の口から明快な説明をして、国民を安心、納得させるべきだろう。指導者の重病説が流れても何の説明もしない北朝鮮とは違う民主主義の国なのだから。かしやま・ゆきお 元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

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    安倍首相辞任 元官邸スタッフ「8年間の体調管理は綱渡り」

     安倍晋三・首相が8月28日、辞任の意向を固めた。安倍首相は潰瘍性大腸炎の悪化で2007年にも退陣に追い込まれた過去がある。その後、症状を劇的に改善させたのが長年主治医を務めた日比紀文・元慶応大学医学部教授(現在は北里大学病院炎症性腸疾患先進治療センター長)だった。 日本消化器病学会の広報誌に掲載された日比教授との対談で、安倍首相は病状の安定についてこう語っている。〈アサコールという飲み薬が画期的に効いて寛解状態が続き、「また悪くなるのでは」との懸念がなくなり、精神状態も本当に楽です。CRP(炎症反応)検査値はゼロ、内視鏡検査の結果は「何もない」。この40年間で初めての「何もない」状態です〉(『消化器のひろば』2012秋号) 官邸には首相専用の医務室があり、防衛医大病院などからローテーションで医官が詰めている。 安倍首相が再登板してからは、そうした医官と、持病の治療にあたってきた日比教授が指導する慶応病院のスタッフを中心に医療チームが組まれている。日比教授が2013年に慶応を定年退職して北里大学に移った後は、慶応病院の医師団が主治医の役割を引き継いだが、日比教授自身も公邸や私邸に“往診”することがあるといわれる。 おおたけ消化器内科クリニックの大竹真一郎院長は、「潰瘍性大腸炎は医学的な完治は難しく、治療は症状をどれだけ安定させるかが中心になる。そのためにはきめ細かい健康管理が重要で、ストレスが大敵です」と見る。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 実際、総理の体調管理にあたる医師団にとってこの8年間の体調管理は“綱渡り”だったようだ。別の元官邸スタッフが「今だから言える」とこう振り返る。ヤジと持病の関係「総理の体調が目に見えて悪化していったのは2015年の安保法制の頃からです。反対運動が起こり、支持率が急落すると、薬のことで医療チームが揉めているという話が伝わってきた。体への負担が少ない薬を続けるか、ステロイドなど強い薬にするかで意見が分かれたようです。 結局、その日の体調や日程に応じて薬を細かく使い分けながら、少しずつ強い薬を増やしていくことになったようで、医師団の1人は“手間がかかる”とぼやいていた。国会で飲んでいるマイボトルにも、腸の炎症や下痢を抑える成分が調合されているそうです」 夜の会合が多い安倍首相の食事の管理は秘書官らの仕事だった。「会合で中華料理などの日程が組まれているときは、油を中和するような成分のドリンクが用意されていた。医療チームからは、香辛料など刺激物を摂らせないようにといった注意書きのメモが秘書官に渡されていました」(前出・元官邸スタッフ) 興味深いのは、ヤジと持病の関係だ。安保法制論議の頃から、首相のヤジが問題になることが目立ってくる。「ヤジは体調が良くないサインだと聞きました。薬の影響で気分が落ち着かないらしい。ただし、本人は国会中に意識を強く保つために思わずあんな行動に出ているのだから、体調は悪いにしても、ヤジを飛ばせるうちは大丈夫だという医療スタッフもいました」(同前) 医師団は首相のヤジの飛ばし方まで注意を払っていたことがわかる。■安倍首相体調悪化 二階、菅氏ら新・五人組は誰を選ぶか■安倍首相体調悪化 吐瀉物の内容を割り出す凄まじい情報戦も■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由■セクシー女優のHIV陽性判明、感染発覚以降も撮影は行われた

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    コロナ禍でも踏ん張れるアベノミクス2800日の「レガシー」

    」としばしば呼ばれる人たちだ。 このような感情的な反発がベースにあるワイドショー民が増えてしまえば、政治家の「人格」も「健康」も軽く扱われてしまう。要するに、非人道的な扱いの温床につながるのである。 安倍首相のケースでいえば、8月17日と24日の慶応大病院での受診や、新型コロナ危機の前後から続く過度な執務状況がそれに当たる。心ない反安倍系のマスコミ関係者や野党、そしてそれに便乗する反安倍的な一般の人々による、まさに醜悪といっていい発言を最近目にすることが多い。東京・信濃町の慶応大病院に入る安倍晋三首相=2020年8月24日(酒巻俊介撮影) この人たちはおそらく人を人と思っていないのだろう。どんな理屈をつけてきても、それでおしまいである。議論の余地などない。健康を政争にしかねない野党 ましてや、国会で首相の健康の状況を政争の論点にしようとしている野党勢力がある。そのようなレベルの考えだから、いつまでたっても支持率が低いままなのだ。きちんと政治を見ている心ある人たちもまた多いのである。 経済評論家の上念司氏は、8月24日の文化放送『おはよう寺ちゃん活動中』で「野党が(首相は)休むんじゃないとかひどいことを言っている。この健康不安説を流しているのは野党とポスト安倍といわれる政治家の秘書ではないか」と推論を述べている。首相の健康不安を過度にあおり、それを政争にしていく手法は、本当に醜悪の一言である。 この手の政治手法に「よくあること」などと分かった風のコメントをする必要はない。単に、人として品性下劣なだけだからだ。 実際には「一寸先は闇」なのが政治というものである。それでも、民主国家の日本でこれほどの長期政権を続けられるのは、国民の支持がなければあり得ないことだ。 この連載でも常に指摘していることだが、安倍政権が継続してきた主因は経済政策の成果にある。新型コロナ危機を一般化して、安倍政権の経済政策の成果を全否定する感情的な人たちもいるが、論外である。 もちろん景気下降の中で消費税率の10%引き上げを2019年10月に実施した「失政」を忘れてはならない。さらにさかのぼれば、二つの経済失政がある。2014年4月の8%への消費税引き上げと、18年前半にインフレ目標の到達寸前まで近づいたにもかかわらず、財政政策も金融政策も事実上無策に終わらせたことだ。2020年2月18日付の社説で、安倍政権の消費税率引き上げについて「大失態」だったと酷評する米紙ウォールストリート・ジャーナル(右)と英紙フィナンシャル・タイムズ(寺河内美奈撮影) ただし、きょう2800日を迎える中で、新型コロナ危機以前の経済状況については、雇用を中心に大きく前進していた。「長期デフレ不況」の「不況」の字が取れ、「長期デフレ」だけになっていたのが、2度目の消費増税に踏み切る19年10月以前の経済状況だったといえる。 このことは、経済に「ため」、つまり経済危機への防御帯を構築したことでも明らかである。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の防御帯は主に3点ある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」である。 これらのほぼ全てを事実上、アベノミクスの「三本の矢」の金融政策だけで実現している。この状況に、積極財政の成果も急いで加えることができたら、インフレ目標の早期実現も可能となり、経済はさらに安定化しただろう。めちゃくちゃな経済批判のマスコミ 雇用改善については、第2次安倍政権発足時の完全失業率(季節調整値)が4・3%で、新型コロナ危機前には2・2%に低下していた。現状は2・8%まで悪化しているが、あえていえばまだこのレベルなのは経済に「ため」があるからだ。 有効求人倍率も、政権発足時の0・83倍から、新型コロナ危機で急速に悪化したとはいえ、1・11倍で持ちこたえているのも同じ理由による。ただし、「ため」「防御帯」がいつまで持続するかは、今後の経済政策に大きく依存することは言うまでもない。 このような雇用の改善傾向が、若い世代の活躍の場を広げ、高齢者の再雇用や非正規雇用者の待遇改善、無理のない最低賃金の切り上げなどを実現することになった。 そのような中で、朝日新聞は首相連続在職最長になった24日に「政策より続いたことがレガシー」という東京大の御厨(みくりや)貴名誉教授のインタビュー記事を掲載していた。現在の朝日の主要読者層には受けるのかもしれないが、7年にわたる雇用の改善状況を知っている若い世代にはまるで理解できないのではないか。 日経平均株価は政権発足前の1万230円から2万3千円近くに値上がりし、コロナ危機でも安定している。為替レートも1ドル85円台の過剰な円高が解消されて、今は105円台だ。これらは日本の企業の財務状況や経営体質を強化することに大きく貢献している。 ところが、24日の日本経済新聞や読売新聞では、新型コロナ危機下であっても、財政規律や基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化の先送りを問題視する社説や記事を相変わらず掲載している。産経新聞は、比較的アベノミクスの貢献を詳しく書き、消費増税のミスにも言及している。 ただ、今回は別にして、産経新聞も財政規律を重んじる論評をよく目にすることは注記しなければならない。他にもツチノコのような新聞があったが、今はいいだろう。2万3000円台を回復した日経平均株価の終値を示す株価ボード=2020年8月13日午後、東京・日本橋茅場町 これらのマスコミは経済失速を問題視する一方で、その主因の消費増税などをもたらす財政規律=緊縮主義を唱えているのだ。まさにめちゃくちゃな論理である。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。

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    「イソジン」大炎上、吉村洋文知事の暴走で近づく維新の落日

    過度な使用をする人が実際にいる。こうした問題を避けるためにも、医療に関する発言はパフォーマンス重視の政治家ではなく専門家がすべきであった。 吉村氏は医師ではないのに、以前から医療機関の代弁をするような発言を独断で繰り返しており、そのたびに医療現場は混乱に陥り、現場からも苦言が呈されている。PCR検査数についても、吉村氏は「検査数が足りていないとは思っていない」と述べたが、大阪医師会では「検査数を積極的に拡充すべき」と発表するなど、もはや裸の王様さながらの様相である。 さらには吉村氏のイソジン発言によって、府には抗議の電話が殺到し、府の保険医協会も猛省を促す声明を発表する事態にまでなった。吉村氏の暴走発言が原因による騒動なのに、当人は矢面に立って直接対応することもなく、連日多忙を極める役所職員が尻拭いに追われている。目に余る独断専行 最近の吉村氏は、TBS系ドラマ『半沢直樹』で半沢の宿敵、大和田が述べていた「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任」を体現しているようで、まさに本性が見えたと言っても過言ではない。 部下である職員はただでさえ、維新から「給料が高い。ボーナスも満額だし、頑張らなくても給料がもらえる」と一方的に悪のレッテルを張られた上に、維新の引き起こした騒動の対応をさせられている。これでは職員のストレスはたまっていく一方だ。彼らも一人の人間であり、このままでは我慢強い職員たちの怒りが爆発したときが、維新政治の終わりであろう。 市民が首長や議員の上っ面しか見られないのをよいことに、吉村氏は恐らく今後もこの路線で突っ走るのだろう。しかし、できない上司に仕える職員たちのことを考えると、同情の念を禁じ得ない。 市民に最悪の事態をもたらさぬよう尽力するのではなく、自分が「ヒーロー」でありたいという願望を満たすことを最優先としているのが今の吉村氏だ。府民の運命を握る重責ある立場でありながら、行き当たりばったりで受けのよさそうなこと何の根拠もなく発信する。だが結果としてそれがたたり、今では化けの皮が剝がれつつもある。 以前、私は連載で「維新は検証をしない」と述べたが、維新や吉村氏の発表した対策が、実際にはどのような効果をもたらしたか検証されることなく、これまではうやむやにして逃げ切ることができた。しかし、今回の新型コロナのように一つの事案が長期にわたることはまれなため、今回はそうもいかないであろう。 そういえば今年4月、吉村氏は新型コロナの予防ワクチンについて「大阪府と市がしっかりとコーディネイトし、早ければ7月から治験を開始し、9月から実用化を図りたい」と述べていたが、その後何の音沙汰もない。府民だけでなく、国民の期待を集めるだけ集めておきながら、その後の報告もなくあっさりと裏切ることができてしまうのだ。 また、大阪府での新型コロナウイルスの重症者数が全国最多になったことに関しても「大阪は、できるだけ早めに気管切開して、人工呼吸器をつけて命を救う治療を優先している」と発表したこともあった。新型コロナウイルス専門病院となった大阪市立十三市民病院の外観=2020年6月30日、大阪市淀川区(鳥越瑞絵) しかし、大阪だけが本当にそうしているかというデータもなく、大阪府医師会の茂松茂人会長も「どこでも同じ治療を提供しています」と反論を行った。 吉村氏は「ヒーローとして扱われるためなら、市民の感情など踏みにじっても構わない。うそも方便だ。何をしたって、どうせ府民は維新を応援するんだろ」と言わんばかりだ。平時はそんなうぬぼれが大目に見られたとしても、緊急事態には許されることではない。 「イソジン会見」では「ウソみたいなホントの話」などと緊急事態下での発言とは思えない寒いギャグを飛ばしていたが、「ウソみたいだったけど、やっぱりウソだった話」を気まぐれで言って、市民が混乱するような発言は止めていただきたい。 未曽有の時代だからこそ、自分より市井の人々を大切にしてくれる人が求められる。この言葉を理解できる人だけが一生政治家でいられるはずなんですが、吉村氏は本当に理解できているんでしょうか。

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    「ハム太郎」が変える、人気キャラで勢いづくタイ反政府デモの新境地

    ろうか。また彼らの運動の背景には何があり、どのような意味を持つのか。そして、こうした運動が今後のタイ政治に対してどのような影響を与えうるのか。本稿ではそういった側面から、今回のタイにおける政治運動について考えたい。 まず、この混乱の背景として、06年にタクシン政権が軍のクーデターによって打倒されたことに始まる。もともと、そのクーデターの前後において、地方農民や低所得者の住民はタクシン首相に対する支持が集まり、上流階層や公務員層などの都市部の住民はタクシン氏に反発する構図が生まれていた。 その反タクシン派から支持を受ける「黄シャツ」陣営と、一般的にタクシン派とみられる「赤シャツ」陣営に分かれた大規模な大衆デモが、首都バンコクを中心にタイ全土で繰り返されていた。こうして、14年5月に軍が再びクーデターを起こすまで、国を真っ二つにしたある種の内戦状態となった。 そのクーデター後に登場したプラユット氏が率いる軍事政権は、大衆デモを封じるために非常に厳しい言論統制を実施し、19年3月の民政復帰に向けた総選挙までの約5年間統治を続けた。ただ、その総選挙でも、親軍の「国民国家の力党」と官選の上院の支持により、プラユット氏が続投することになった。そのため現在も、実質的には軍事政権と言った方が適切かもしれない。 今年2月には反軍政を掲げ、若い学生から多くの支持を集めていた「新未来党」が憲法裁判所により解党された。そのため学生たちの間からプラユット政権に対する不満の声が上がり、各地の大学構内などで抗議集会が開かれるようになった。ただ、3月以降は新型コロナウイルスの感染防止策もあり、いったん反政府運動は沈静化していた。 しかし、新型コロナの影響で多くの国民が経済的に深刻なダメージを受ける中、プラユット政権は効果的な救済策を打ち出すことができず、経済的理由から自殺者さえ出るようになった。他方、政府は米国からの武器購入計画を実行しようとしたり、閣僚の不祥事が表面化するなど、国民の間に政権に対する怒りと不満が日増しに大きくなりつつあった。  タイでの過去の例に照らし合わせれば、今回も多数の国民による反政府デモが起こるはずであった。しかし、14年のクーデター以降、従来のような広がりと継続性を持った大規模なデモは行われなかった。最大の理由としては、プラユット政権による厳しい言論統制がある。 ただ、実際のところ、06年以降に起きた「赤」と「黄」のシャツにより、国家が二分された大規模デモによる混乱の再来を嫌う人々も、エリート層を中心に数多く存在する。これが大きな反政府デモにつながらない理由の一つでもある。集会で気勢を上げる、タクシン派で「赤シャツ」と呼ばれる反独裁民主統一戦線(UDD)のメンバーら=2011年5月19日、バンコク市内 ゆえに多くのタイ国民はプラユット政権に対して不満を持ちつつも、先の苦い記憶から反政府運動を展開できずにいた。こうした状況下で登場したのが、学生たちによる「ハム太郎デモ」であった。 ハム太郎デモの特徴は、参加者の多くが高校生と大学生である点である。06年以降の大規模デモには高齢者や活動家、非政府組織(NGO)、そして政治家が多数参加していた。そのため、たとえ「赤シャツ」陣営が民主主義の復権をうたっても、そのデモが持つ「政治性」を警戒する国民が少なからず存在した。ハム太郎が用いられた理由 これに対して、今回のハム太郎デモはほとんどの参加者が若い学生のため、従前のデモに比べて「純粋である」と国民から見なされているようだ。学生たちの要求は3点と明確である。①プラユット首相の辞任と国会の解散②軍事政権下で制定された現行憲法の改正③表現の自由を行使する活動家への嫌がらせの中止 また特に、ハム太郎という日本のアニメキャラクターを使用したことが大きく注目されている。ハム太郎を起用した理由としては、「海外からの注目を集めやすくするためだった」とデモを企画した女性が語っている。 「ジュディ」と名乗る女性は「当初はここまで注目を集めるとは思っておらず、自分でデモの様子を撮影して、海外メディアなどに映像を送るつもりだった」と述べ、主催者側としても、ハム太郎は想像以上の効果を持っていたようだ。 アジアの民主主義運動において、人気の高い日本のアニメキャラクターが用いられたのは香港でも例があり、いずれも動機は海外からの注目を集めるためであった。香港やタイの若者たちは、国内のみならず外国に対して、ソーシャルメディアなどを通じ国内の政治状況を訴えることにより、政治闘争を有利に進めようとしている。 今回のハム太郎デモも、新しいデモのトレンドに乗ったものだといえよう。デモを主催する学生団体「FreeYOUTH」は自らのメッセージやデモの様子を頻繁にツイッターに投稿し、「#FreeYOUTH」や「#respectdemocracyTHAI」などのハッシュタグを付けて効果的に情報を拡散している。 加えてデモの様子はユーチューブにも投稿され、多くの人々が視聴できるようになっている。まさに、新世代による新しいデモの手法といえよう。 また、今回のハム太郎デモの成功を受けて、今度はハリーポッターに扮装(ふんそう)した学生も登場するようになった。このタイのハリーポッターは、魔法の杖ではなく箸を使って呪文を唱え、主権を為政者から国民に取り戻そうとしている。 ハム太郎やハリーポッターを用いることで、タイの若者たちは思惑通りに国内外からの注目を集めることに成功した。もし、このまま学生主体でデモが継続された場合、プラユット政権への決定的な打撃にならなくても、一定の圧力にはなりうる。政権側でも、学生たちが平和的に見えるハム太郎の歌を歌いながら走っている間は、暴力的な弾圧を控えるのではないかと思われる。2017年10月26日、バンコクの王宮前で、前国王の葬列に加わり歩く、プラユット暫定首相(中央) 混乱が起こるとすれば、デモの性質が変わり、再びデモが「政治性」を帯びた場合であろう。タイの政治史を振り返ると、幾度となく民衆が路上に出て、政権に対し抗議運動を行ってきた。そしてこれらのデモにおいても、大学生を中心とする学生たちが重要な役割を果たしてきた。しかし近年、特に06~14年のデモでは参加者の多様化により、学生以上に活動家やNGO、政治家たちが中心的な役割を果たすようになった。 それとともに、デモはさらに大規模で暴力的に変化していった。前述のように、デモに政治家が関与している場合、たとえ民主主義を求めるメッセージを発していても、そうした運動を懐疑的な目を向ける人々も存在する。変わりつつある情勢 現在のハム太郎デモは学生主体の運動だが、国内外から注目されているために政治家や活動家が関心を寄せ始めている。「赤色シャツ」陣営の指導者の一人は「今回のデモは若者のデモといった雰囲気だ」と現況を分析した上で、「何人かの国会議員が人気取りのために会場に出向いており、他の政党が同様の目的のためにデモを利用しないよう、合流を控えている」と述べている。ただ、「デモ隊に万が一のことがあった場合には、応援に駆け付ける」といった趣旨の話もしており、デモ参加への関心を見せている。 8月に入ると、デモがグレードアップされることが明らかになる。「FreeYOUTH」が会社員や労働者、農民といった学生以外の人々も参加する運動として、団体名を「Free People」に変更したからだ。新団体名発表のポスターにも、参加者が若者だけではないことが強調されている。 ここから鑑みるに、今後のデモは学生だけでなく、さまざまな国民が参加する政治運動へと変化していくのであろう。プラユット政権を打倒し、政治的な変革を求めるためには、確かに学生だけの力では不十分だ。デモの規模を拡大し声を大きくするには、大人たちの力が必要である。だが同時に、運動が不本意な形で「政治」に巻き込まれる可能性もあり、今後の展開は不透明でもある。 そして既に、デモの性質を変化させかねない動きが起きつつある。学生たちがハム太郎デモを続ける民主記念塔付近で、人権派弁護士で政治活動家でもあるアーノン・ナムパー氏が、タイ最大のタブーである王室批判を行ったのである。 タイではプミポン前国王が国民の敬愛を一身に集めてきたとされるが、06年のクーデター後から、プミポン前国王が過去に幾度もクーデターを承認するなど非民主的な対応を行ってきたとして、一部の国民の間から王室批判の声が上がり始めていた。 加えて16年に即位したワチラロンコン国王は、皇太子時代から評判があまり良くなく、数々のスキャンダルも報じられてきた。新型コロナの世界的な感染拡大が続く3月末にも、数百人の側近とともにドイツの高級ホテルで自主隔離生活を続けていたことがドイツ紙にスクープされ、ツイッター上で批判が集中した。 こうした動きの中から、アーノン氏は6月、政府の苦情受付センターを通じてプラユット首相に王室に関する予算の調査を求めた。ただ、彼は、王室予算に関するフェイスブックの投稿について、コンピューター犯罪法違反で訴えるという脅しも受けている。 8月3日夕刻、アーノン氏はデモの雰囲気に合わせてハリーポッターの仮装をして登壇し、次の点について政府を強く批判した。・軍事政権が制定した現行憲法が、王権を拡大するものであること・国王がドイツにいることが多いため、外国人からからかわれるようになった・国王の帰国を待つ必要があるため、行政において迅速な対応がしにくい・王室財産の管理に問題があるだけでなく、その予算には不要なものが多い そして彼は「君主制が憲法に基づく制度になるように憲法改正すべきである」と主張する。彼の演説の聴衆からは歓声とともに、幾度も大きな拍手が起こった。アーノン氏の演説はオンラインメディアで内容が報じられたことに加え、フェイスブックにも動画がアップロードされ、多くの人々の間でシェアされている。タイの首都バンコクで開かれた反政府集会=2020年7月18日(共同) アーノン氏がタイ最大のタブーである王室問題にまで切り込んだことにより、今後はデモの雰囲気も変化することが予想される。タイは、再び以前のような内戦状態になるのだろうか。 タイは日系企業や在留邦人が数多く存在するだけに、今回のデモは決して他人事ではない。プラユット政権がこれらのデモについて、どのような対応に出るのか、今後の動向を注視する必要がある。

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    政府VS東京「GoToトラベル」紛争の果てに見る共倒れの日本経済

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 「GoToトラベル」、なんとも悩み深いキャンペーンだ。政府が急いだのは、4~5月にどん底をなめている全国の観光関連産業を救済して、経済活動全体の再稼働を盛り上げたいという目論見からである。 しかし、「GoTo」は急遽「東京外し」で行われることになった。それが東京都の小池百合子知事への「小池憎し」といった感情が混入した東京除外ということなら、なんと表現すべきか。政府と東京都との確執だが「GoTo」スタート直前に表面化した。 「GoTo」について、小池知事は臨時の記者会見で「現在の感染状況を踏まえると、実施の時期であるとか、その方法などについては、改めてよ~くお考えをいただきたいとお伝えしたい」と発言した。 小池知事は、都民に対して不要不急の外出を控える要請、都外への旅行などについては自粛を要請している。「(こうした事態では)キャンペーンはフルスペックにはならないのではないだろうか」。小池知事は、「GoTo」実施に疑問を呈し見直しを求めていた。 政府与党は、「東京外し」について「GoToキャンペーンを止めてほしいといったのは小池氏だ」と突き放したとされている。「(小池氏こそ)よ~く考えていただきたい」、と。これではケンカである。 この「東京外し」の直前には、菅義偉(よしひで)官房長官の「(コロナ感染問題は)圧倒的に東京問題」発言に対して、小池知事からは「むしろ国の問題だ」という反論があった。しかも小池知事は「GoTo」については、「暖房と冷房を同時にかけるようなこと」として、政策に「整合性」があるのか、と鋭い切り返しを行っている。 政策も人間がやっているのだから、感情が入るのは否定できない。ただ、「GoTo」から東京を外すのは結果としてやむを得なかったとしても、除外基準も何も明らかにせず、いきなり「東京外し」を行ったのは感情が少し入りすぎである。双方ともルサンチマン(恨み)が複雑に入りすぎている。確執レベルでほとんどケンカに近い。「GoTo」は実施前から波乱に満ちていたことになる。 「東京外し」についてだが、観光経済、あるいは経済効果に限定していえば暴挙にほかならない。東京都の国内総生産(GDP)は、日本のGDPの20%前後を占めている。東京のいわば金持ち層の上客を「GoTo」から除外したのだから、東京から全国に出て行くトラベルだけで30%内外の経済損失(機会損失・逸失利益)を見ておく必要がある。「GoToトラベルキャンペーン」開始日、JR東京駅で新幹線に乗り込む利用者ら=2020年7月22日 東京の観光経済は、江戸期の「入鉄砲出女」(江戸に鉄砲が入ってくる、人質である大名子女が江戸を出る)ではないが、東京から全国に出て行く旅行だけではない。顧みられない視点だが、地方から東京へのトラベルは日本の国内観光マーケットでは断トツのコンテンツである。「両諦」路線か 東京にエアライン、新幹線などの鉄道、長距離バス網が集中している。地方大都市などから東京に来てアパレル衣料、化粧品などショッピングをして、観劇をして食事をして、という経済効果がばかにならない。経済効果から見て、この地方から東京に観光に訪れるという機会損失・逸失利益も大きい。「東京外し」は経済、あるいは経済効果だけから見たら暴挙に近いというのはそのためだ。 政府は新型コロナウイルス感染防止と経済の両立を図るとしている。その両立の極地ともいえる政策が「GoTo」にほかならない。「東京外し」は行われたが、神奈川、千葉、埼玉の首都圏3県は「GoTo」に組み込まれて残存した。政府も「GoTo」から首都圏3県を除外することも検討したが、さすがにそこまで外せば経済効果は半減になりかねない。それでは「GoTo」をやる意味そのものがなくなる。 新型コロナ感染急増~感染爆発の傾向を抱えながら、「GoTo」を前倒しで実施するという政策は、政府にとってリスキーな政策という側面を抱えている。「GoTo」を進めれば新型コロナ感染を全国に極大化するリスクを持つことになる。かといって引っ込めれば信認が低下し政策の推進力を弱体化させるリスク(レームダック化)を顕在化させかねない。 進むも退くもリスクがあり「悪手」というか、引っ込みがつかない。本来的には、「GoTo」を拙速で行うのは慎重でなければならなかった。だが、地方観光地の疲弊を救済することから前のめりで実施を表明した。 そのため「GoTo」実施直前に連日300人に迫る感染者が出ていた東京(7月23日には感染者366人と過去最高更新)だけを外して、いわば足して2で割るような形で格好をつけたといえそうだ。 新型コロナの全国への感染拡大の防止にもほどほど配慮し、疲弊している地方観光地の経済振興にもほどほど気を使うという両立路線である。逆にいえば、新型コロナ感染防止と経済の両方をそれぞれ少しずつ諦める、「両諦」路線にも見える。 見通しが甘いというか、間が悪いというか、「GoTo」のスタートと同時に首都圏3県、大阪、愛知、福岡など大都市を抱える府県で感染が過去最高を更新、感染爆発といった動きが表面化した。新型コロナ封じ込めと経済の両立、これを同時に追求するという「二正面作戦」は簡単ではない。二兎を追って二兎とも得ることができるというのは極めて困難とそのリスクをこれまでの寄稿で指摘してきた(『コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る「二正面作戦」の罠』など参照)。「GoToトラベル」をアピールする旅行業者の店頭=2020年7月、大阪市 そうした懸念を持ったのは4~5月の緊急事態宣言時にある。政府は緊急事態宣言を発令して、東京都など自治体が休業要請などを行った。強制力や罰則は伴わないが、国民の大半がそれにほとんど忠実に従った。西村康稔経済再生担当大臣が「日本人はすごい」と感嘆し、安倍晋三首相が緊急事態宣言解除時に発言した「日本モデル」である。深刻度増す産業界 産業界各社が政府の緊急事態宣言を極めて重く受け止めたのは間違いない。産業界各社も基本的に真面目だし、テレワークへの切り替えなどを素早く実施した。検温、マスク、手洗い、換気、そして「3密回避」も実行した。 政府の緊急事態宣言に忠実に従って、産業界各社は必死に新型コロナ対策を実行している。強制力に関係なく産業界各社は政府の指示を正確に汲み取ってシンクロナイズするのに慣れている。ただ、禍根のようなものがあるとすれば、そのシンクロナイズが忠実すぎたことである。 5~6月初旬の決算発表時に新型コロナ禍がもたらす産業界各社の業績への影響、新型コロナ防止対策などを集中取材した。5月時点での情報は、米国が工場、営業拠点は全面停止。ビジネスが止まっており、しかも日本からの入国制限が実施されている。EU(欧州連合)などヨーロッパ諸国も都市封鎖などで工場や営業拠点のビジネスは全面ストップ、日本からの入国も制限されている。欧米はビジネスが完全に停止していた。 だが、一方で新型コロナ発生源である中国は1~4月に経済が全面停止だったが、5~6月初旬には経済再開にこぎ着けており、価格が底値にあった石油輸入再開にいち早く着手していた。武漢などの自動車工場、半導体関連工場にも再開の兆しが出始めていた。 中国からの日本の工作機械などへの需要も「先行きまで続くかどうかは不透明だが、エッと思うような商談の動きが出ている」(大手機械メーカー)。当時は半信半疑だったが、そうした情報があった。極めて皮肉なことだが、新型コロナで全世界に甚大な大被害を及ぼした中国がいち早く経済再開傾向を見せていた。 日本国内への新型コロナ感染の影響・深刻度がどうかということでは、5~6月初旬の国内の経済活動の状況が大きな焦点だった。緊急事態宣言が実行下で産業界各社は、本社はもとより、工場、営業拠点などを休業要請に従って停止させた。しかし、産業界各社にとって緊急事態宣言が5月連休を織り込んで実行されたことは大きな「救い」になっていた。 産業界各社の工場、あるいは建設会社などの建設現場などは1~2週間ほど休業した。それに5月連休を加えると2~3週間の休業になる。休業を最小限にとどめることができたことになる。産業界各社は緊急事態宣言が5月連休を日程に織り込んでいることから、それを活用して休業を実施したことになる。これは政府と産業界各社の「あうんの呼吸」といったものだったに違いない。一部の生産ラインが停止した、愛知県豊田市のトヨタ自動車高岡工場に向かう作業員=2020年4月3日 産業界各社が、政府、中央官庁、地方自治体(国会議員、地方議員も含む)と根本的に違うのは倒産するというリスクを背負っているところである。政府(国)にはデフォルト(債務不履行)というリスクがある。だが、企業倒産と違って国のデフォルトはそうたやすくは起こらない。産業界各社は、積み増してきた内部留保を取り崩しながら倒産を避けるサバイバル(生き残り)戦に事実上入っている。産業界各社も必死で深刻な現状に直面している。「withコロナ」という不条理 業種によって異なるが、産業界各社からすれば、コロナ禍の新年度(2020年度)は20~25%の減収減益、最悪では30%内外の減収(損益は大幅減益~赤字)は覚悟している。だが、それ以上の減収減益、例えば40~50%の減収(損益は大幅赤字)などは危険ゾーンになりかねない。したがって国内での休業は長期では続けられない。収益などの全ての源泉である売り上げが立たない。その点、5月連休が緊急事態宣言の日程に編入されていたことは恩恵だった。 産業界各社は、倒産リスクを回避してサバイバルを果たさなければならない。新型コロナでクラスター感染などを起こせば、予期せぬ休業が避けられなくなる。産業界各社としても新型コロナ感染防止は全力を投入している。それは徹底して防衛している。ただ、売り上げは確保しなければならない。どこかでギリギリの線でリスクをとる必要も抱えている。つまり産業界各社は、最初から新型コロナ対策と経済活動の両立で走っていた。 産業界のみならず、民間というものは倒産リスクがあるのだから両立で走らざるを得ない。工場の生産ラインや建設会社の建設現場だけではない。小売店、飲食店、保育園、新聞・テレビといったメディアなどあらゆるビジネス現場は新型コロナの感染リスクと闘いながら稼働している。 ホストクラブ、キャバクラ、銀座の高級クラブなど「夜の街」関連を含めて、民間は両立路線を走るしかない。政府、中央官庁、自治体は倒産リスクがない。給料・ボーナスがきちんと出る。民間と役所の根本的な違いがそこにある。 6月初旬に取材したオフィス、マンションなど建設設備工事会社は、「建設大手なども5月連休などを組み込んで休業したが業績を大幅に悪化させるものにはなっていない」と説明。つまり産業界各社は緊急事態宣言下でも新型コロナと経済の両立、いわば新型コロナに四苦八苦しながらも何とかコントロールして売り上げを確保している、という解説だった。 産業界各社から小売店、飲食店、「夜の街」関連まで民間経済サイドは、休業要請に精一杯従った。だが、人件費、家賃など固定費の支払いは重たい。固定費補償などは十分ではないのだから、売り上げに直接関連するところは長期には休ませられない。新型コロナを徹底的に封じ込めるまでの休業はできない。新型コロナ感染源はどうしても残存することになる。その残存した新型コロナが6月後半を起点に7月の感染再爆発につながっている。 民間経済に従事している産業界、小売店、飲食店などに責任を押しつけるわけにはいかない。民間経済は、政府、中央官庁、地方自治体と違ってサバイバルが使命であり、倒産するわけにはいかない。倒産すれば従業員は失業し、取引関係先などに被害が及ぶ。新型コロナ感染対策は、第一義には専門家分科会を含む政府に責任あることはいうまでもない。さらに新型コロナ対策の現場執行の役割を担っている地方自治体も責任を免れない。記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年7月22日、東京都新宿区 米国は検査を徹底したニューヨーク州で感染者減となっているが、経済再開を焦り気味に行ったカリフォルニア、フロリダ、テキサスなどいくつかの州で新型コロナ感染拡大を招いている。日本は新型コロナ感染がぶり返す中で、東京を除外したが「GoToトラベル」を実行した。人が動けば新型コロナが感染を増殖させる。 東京都など首都圏から全国に再び新型コロナ感染が波及していく現実が迫っている。新型コロナと経済の両立という、バランスが難しいシーソーのような政策が継続されている。A・カミユの『ペスト』ではないが、「withコロナ」という不条理とともにこの夏を迎えていることは紛れもないわれわれの現実である。