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    真価問われる拉致問題、菅総理は成果を生み出せるか

    残念でならない。 拉致問題が国民的課題となってから、日本社会はこの問題を長年放置し続けたことを悔い、政治家は党派を問わずその犯罪性を糾弾するようになった。加害者と被害者の構図が明確な問題では、国民の気持ちがまとまりやすいことは言うまでもない。 小泉純一郎総理が金正日総書記との間で史上初の日朝首脳会談を実現させ、5人の拉致被害者を奪還したのは18年前のことである。当時の安倍総理は官房副長官として訪朝に同行し、北朝鮮に対して誰よりも強硬な立場を見せることで大変な人気を得た。 いまから3、4年前、北朝鮮が核・ミサイル実験を繰り返していたときにも日本社会はまとまりやすかった。全国瞬時警報システム(Jアラート)が鳴り、安倍総理が前面に立って北朝鮮を非難した。 2017年9月には国連総会において「必要なのは対話ではない。圧力なのです」と主張し、その直後には「北朝鮮の脅威に対して、国民の命と平和な暮らしを守り抜く」として、「国難突破解散」が宣言された。その時点では既に北朝鮮が対話攻勢に転換する可能性が見え始めていたが、そのことには触れられなかった。 18年6月、シンガポールで史上初の米朝首脳会談が実現したが、その直前にトランプ大統領が首脳会談の中止を表明したことがあった。安倍総理は即座にそれを「尊重し、支持」した。さらに翌年2月、ハノイでの第2回米朝首脳会談が合意ゼロで事実上の失敗に終わったことについても、安倍総理は「全面的に支持する」と述べた。首脳会談が行われたホテルの庭園を並んで歩くトランプ米大統領(右)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=ハノイ(ロイター=共同) 北朝鮮側はそのような言動を注意深く観察し、安倍総理の目的は国内の支持獲得であり、実際には日朝関係を進めるつもりはないと読んできた。 しかし、外交による懸案解決には相互の歩み寄りも必要となる。強硬姿勢だけでは、国内的な支持を得ることはできても実際の成果には結びつきづらい。制裁を先導してきた安倍総理は昨年5月に、ようやく金正恩朝鮮労働党委員長との「無条件対話」について言及し始めたが、既に北朝鮮側の安倍政権に対する不信感はピークに達していた。日朝は相互不信に陥って久しい。新政権が求められるもの 北朝鮮は国連加盟国の中でわが国が唯一国交を有していない相手であり、有効なチャンネルの開拓が外交の第一歩となる。米朝間にも国交はないが、北朝鮮が国連代表部を設置しているため、「ニューヨークチャンネル」が機能する。安倍総理は、トランプ大統領に対して北朝鮮との窓口を紹介してくれるよう直接依頼したと言われるが、日朝の膠着(こうちゃく)状態が続いた安倍政権終盤には平壌中枢部につながるチャンネルすら持てずにいたということなのだろうか。 もっとも、米朝首脳が対座しても金正恩政権は容易には核兵器を手放そうとせず、対北朝鮮外交の難しさが再認識された。とはいえ、対話しないことには何も始まらない。相手が対話に応じてこない、不誠実だと主張すれば、国民の理解は得られるかもしれないが、それは問題解決とは異なる次元の話である。 小泉総理は懸案解決のためであれば相手の主張にも耳を傾けた。「拉致は日本政府の捏造(ねつぞう)劇」だという北朝鮮の主張を180度転換させて、さらには謝罪に追い込むために、日本による過去の植民地支配に対して「痛切な反省と心からのおわびの気持ち」を表明し、国交正常化まで約束したのである。拉致被害者家族の帰国を実現するために再訪朝も断行した。 一方の安倍総理は長期安定政権かつ、保守的ゆえに自国民を説得しやすいという利点を生かすことができなかった。第1次安倍政権を含めば延べ8年7カ月もの時間があったにもかかわらずだ。 拉致被害者のみならず、残留日本人、日本人配偶者を含む「全ての日本人」に関する全面的な調査が約束された14年5月の「ストックホルム合意」という画期的な外交成果もあった。 外務省では北朝鮮情勢と日朝関係を所掌する北東アジア第二課も発足した。安倍総理はトランプ大統領、習近平国家主席、文在寅大統領を通じて、わが国が拉致問題を重視していることを金正恩委員長に伝えている。 今後日本の総理が求められるのは、北朝鮮に対し自らの言動でもって日本との関係改善に大きなメリットがあることを理解させることである。ただ筆者のような外野がとやかく言おうとも、この問題に対する明確な処方箋は誰も有していない。対北朝鮮外交は総理の専権事項であり、その決断に期待するほかない。北朝鮮による拉致問題の解決を願う「国民大集会」で、握手する安倍首相と横田めぐみさんの母早紀江さん(中央右)=2019年5月、東京都千代田区 菅新総理が今回就任したことで、これまでの安倍総理に代わる新たな北朝鮮外交が展開されるべきだろう。ただ実際に物事を進めようとすれば、理不尽さや不愉快さを伴うだろう。 しかし北朝鮮で暮らす大勢の日本人配偶者も含め、日本人の生命と人権を守るという覚悟を持って進めていただきたい。「最も重要なことは結果を出すこと」であり、パフォーマンスで「やってる感」を演出する必要はない。

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    「新宰相」菅義偉の前に果てなく続く茨の道

    首相指名選挙を経て、正式に菅義偉総理が誕生した。7年8カ月ぶりの新総理に期待が寄せられるが、これほど重圧がのしかかる政権はあまりないだろう。コロナ対策はもちろん、憲法改正、拉致問題、悪化した日韓関係、北方領土問題…。最強と言われた安倍政権ですら達成できなかっただけに、菅総理の政権運営はまさに茨の道だ。

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    無派閥の菅総理誕生が浮き彫りにする自民党政治の功罪と黄昏

    って、ついに菅義偉(よしひで)新首相が誕生した。一部には、今回の総裁選出過程を難じて「国民不在の派閥政治」との評もあるようだ。 ここで言われる派閥とは、自民党の国会議員が非公式に形成している政治集団のことである。しかし、私としては、この非難はいささか的を外していると感じられる。そこで今回は、いわゆる「派閥政治」の歴史と現在、そして未来について論評したい。 今回の「派閥政治」批判の矛先の一つは、国会議員と同等の重みを持つ党員投票が行われないという点に向けられた。たしかに、自民党の党員数は日本最大である。しかし、昨年末に約108万人と伝えられる党員の数は、それでも有権者人口約1億600万人の約1%にすぎない。 ただし、自民党員の構成が、さまざまな指標において全国民あるいは有権者の忠実な縮小模型であるなら、党員投票は「民意」を反映すると言えるかもしれない。だが、自民党にかぎらず、特定の政策志向を持ち、政治信条を同じくする政治組織である政党に党費を払ってまで加入している人々が全国民の縮小模型であるわけがない。党員投票する人の数が多ければ、その選挙は民主的だというわけではないのだ。 候補者の共同会見や報道番組への出演を通して、それぞれの政見の相違も浮き彫りになった。とりわけ私の印象に残ったこととして、前政調会長の岸田文雄氏が憲法改正への積極姿勢や皇統の男系維持を唱えて、従来の所属派閥のイメージから離れたようにも思われたことである。それゆえ今回の総裁選を、派閥政治批判でよく提起される「密室の談合」のように言うことはできないであろう。公開の場での明確な発信をもたらしたという意味で、密室の派閥談合という批判は受け入れ難い。 それはそれとして、かつての「派閥全盛時代」と現在の派閥は様変わりしている。そこでまずは、派閥政治の背景と歴史を少し見ておこう。日本の衆議院の選挙制度は長きにわたって「中選挙区制」と俗称され、厳密には「大選挙区単記非移譲式制」が採用されてきた。 これは一選挙区の定数が3~5にもかかわらず、有権者は一票しか投ずることができない単記制であり、世界に例を見ぬユニークな選挙制度として大正時代より行われてきたものである。ただ、政治改革により中選挙区制は小選挙区比例代表並立制となり、候補者と支持政党へ一票を投じて候補者と比例代表が当選するようになった。それゆえ、この選挙制度に慣れ親しんだ層は主に50代以降であり、その数は徐々に減りつつある。1993年、細川護熙首相(右)を官邸に訪ね、政治改革などについて話し合う市川雄一公明党書記長。 昭和20年代(1945年~)の日本の政党政治は、戦前の系譜に連なる政党が主流を占め、明治以来の政党政治の延長線上に位置づけ得る点もある。しかし、1955年に左右両派に分かれていた社会党が統合して日本社会党が誕生し、一方で自由党と(最近の民主党とは何ら関係がない)民主党が、合同して自由民主党となった。こうして成立した政党制を、政治学では55年体制と呼ぶ。 このいわゆる55年体制とは、政党制としては自民・社会の二大政党が圧倒的な力を持ちつつも、通常の二大政党制とは異なり実は政権交代の可能性には乏しい自民党優位のものであった。これは自民党の議席数を1とし、それに対して社会党は約50%の議席を維持し続ける「1と2分の1政党制」であった。不戦敗の選挙 その根拠は、自社両党の衆院選における公認候補者数に如実に見て取れる。 日本国憲法のもとで内閣総理大臣を自らの党から輩出して政権運営に当たらんとするならば、衆議院総定数の半数を超える「当選者」を出さなければならず、そのためには衆議院総定数の過半の「候補者」を擁立する必要がある。原則として当選者数は擁立した候補者数を超えることはないからだ。「何を当たり前のことを」と多くの方は思われるかもしれない。 ところが55年体制の下で、この「当たり前」のことである「単独で衆議院定数の過半の候補者擁立」を続けたのは、自民党のみであった。日本社会党が単独で衆議院総定数の過半の候補者を擁立し得たのは58年の衆院選においてだけである。 その選挙でさえ政権奪取を果たすには、同党候補者246人中234人が当選する必要があった。つまり当選率95%超でようやく過半数に届くという瀬戸際の数字であって、それはまず実現しそうにもなかった。 なお、日本共産党は半数を超える候補者を擁立したことはあったが、これに関しては当選の可能性から考えて度外視して差し支えない。 つまり自民党以外の政党は、常に不戦敗の選挙を続けていた。55年体制とは与党と野党が固定化し、それぞれの機能を特化した体制であった。自民党には政治の運営を、野党には自民党政権の暴走への歯止めとしての機能しか期待されなかったのだ。1955年、講和条約と安保条約への対応をめぐり4年前に分裂した左右両派の社会党が統一し、日本社会党として発足。鈴木茂三郎委員長(右)と浅沼稲次郎書記長の就任が決まり野党第1党となった。 衆議院で過半数を得るには、どうしても同じ選挙区に複数の候補者を立てねばならない。だが、当時の選挙制度である、候補者一人だけを選ぶ単記制の下では、それは共倒れの危険をはらむ。同じ選挙区の自民党議員は、異なる派閥に属して政党組織からはかなり独立して選挙を戦うことが常であった。 自民党だけが共倒れの危険を冒してまで一選挙区に複数候補者を擁立する活力を維持し得たのは、一つには派閥の効用ゆえであろう。一方で野党側、とりわけ55年体制初期には衆議院総定数の過半数の候補者を擁立して政権に挑む潜在力をまだ有していたと思われる社会党は、野党第1党の座に甘んじて、次第に国会での取引を生業とする存在になり果てていった。派閥による政権交代 そして55年体制の終焉と自民党の単独の政権に終止符を打った93年の衆院選にて、自民党が過半数を失ったのは小沢一郎氏率いる新生党による分裂が大きく作用している。 この分裂の直接の契機が衆議院の選挙制度改革についての意見の相違であったことは、誠に象徴的だ。政権担当意欲を持つ政党らしい政党が出現すれば、中選挙区の下でも政権交代は生じたのだ。 自民党の派閥をして、しばしば「党中党」とも言われたものだ。そしてこの表現には、単に気の利いた比喩以上の真実も含まれていた。派閥は有望な新人候補者を発掘し、資金を援助し、選挙運動にも協力した。 そして派閥は、自民党内での多数の支持を得て総裁を輩出することで政権を得ようとしたのであった。その前提には「たとえ僅差でも総裁選挙の結果を受け入れて、党を割るようなことはしない」という暗黙の合意があった。自民党内においてそれを破るのは、自殺行為であると認識されていたのである。 政権を担う意欲を持ち、現にしばしば総裁総理を輩出して政権を担当したのは実は派閥であった。一方で、候補者全員当選でも衆議院の過半に及ばないという不戦敗を続ける野党との対比は鮮明であった。すなわち機能から見れば、自民党の派閥こそが政党であり、野党は、国会に議席を有する圧力団体であったと言える。 この政権を担う派閥の交代を「疑似政権交代」と称し、何かまがい物のように見なす向きもある。しかし、国家には日本のような単一国家と、米国のような連邦国家という類型の違いがある。 それは相違であって両者に優劣はないように、派閥連合体としての政党が、体系的政治イデオロギー綱領の下に統制された政党に劣るとは言えない。わが国の政党観には、いまだにヨーロッパの社会民主主義政党の在り方を理想化してきた名残がある。それゆえ自民党一強を揶揄(やゆ)するのは、ある意味理想的な政党の在り方についての見解の相違ではないだろうか。 その後過渡期を経て、名実ともに二党制が成立したと言い得るのは2003年の衆院選であった。この選挙で民主党が議席を大きく伸ばし、58年の日本社会党の166議席を上回る177議席を獲得する。なお05年の衆院選にて民主党は64議席を失う大敗を喫したが、それもって2党制の頓挫とは言い切れない。バラで飾られた当選者名を前に笑顔を見せる民主党の鳩山由紀夫代表(当時)=2009年8月、東京・六本木の開票センター この選挙では上位2党の自民・民主の議席占有率は変化しておらず、また議席数の大きな揺れ幅は小選挙区制につきものだからだ。実際09年の衆院選では民主党による政権交代が実現し、308議席を獲得する大躍進を遂げた。 しかし、14年の衆院選において、民主党の候補者数が衆議院総定数の過半数238に遠く及ばぬ198にとどまったことは、政党制の転換の兆しであったと言うことができよう。17年の衆院選では民進党が姿を消し、後継かと思われた希望の党の失速で二党制の崩壊がもたらされた。弱りつつある派閥政治 ただ、今後の野党再編があり得るなら、これらは過渡期の選挙であったのかもしれない。現在の無所属当選者26人は、現行選挙制度導入後最多であり、これらの議員を含む今後の野党の離合集散が注目される。 だが、最近の野党の再編には良い印象を与える点がほとんどない。野党の一本化を志向した立憲民主党と国民民主党の動きには、総裁選に隠れて霞んでしまったとはいえ、それなりの意義はあった。ただ、その推移を見ると、むしろ注目されずに終わって幸いであったとすら言えるかもしれない。 例えば小学生に、今回の野党再編を解説するとなると「立憲民主党と国民民主党がそれぞれ解散して、その結果、立憲民主党と国民民主党ができました。党代表は立憲民主党が枝野幸男氏、国民民主党は玉木雄一郎氏で、前と同じです」という感じになる。いったい、小学生からはどんな反応が返ってくるだろうか。 ともかくも、現状は55年体制型の一党優位制への回帰に向かっていると言うしかない。しかし、仮にそうであったとしても、55年体制の下での自民党派閥政治の復活はないであろう。94年の選挙制度の変更は、同一選挙区から自民党候補者が複数出る可能性を著しく低くした。 なぜなら、公認の最終権限を握る党執行部の力が増大しているためだ。衆議院が執行部の統制に服すようになったことから、相対的に参議院自民党の力が増している印象も受ける。そして派閥の統制力は、55年体制下でのそれに比べて弛緩(しかん)している。 無派閥と分類される自民党国会議員は、『国会便覧』(令和2年2月版)によると現在59人にも達し、今回新首相に就任した菅氏もその一人である。これは細田派に次ぐ、自民党のいわば第二勢力となっており、かつては考えられなかったことだ。産経新聞の単独インタビューに応じる菅義偉官房長官=9月5日午前、東京都千代田区(桐山弘太撮影) それゆえ現在の日本の政党政治は一党優位性の定着か、多少なりとも競合的政党制の芽を残すかの言わば踊り場に立っている。最近一部に伝えられる自民党と日本維新の会の接近も、こうした文脈で捉える必要があろう。 そうは言っても、「自民党支持ではないものの、野党にはそれ以上に期待できない」という人々が、せめて実質的総理の選出となる自民党総裁選に、何がしか意思を反映させたいというのも分からなくはない。 しかし、登録党員制度を持つわが国の政党の党内選挙に、党員以外の人々の参加を認めることは困難である。米国の大統領予備選は、確かに広く選挙民に開かれている。だが、それは米国の政党にはそもそも登録党員というものがなく、政党の支持者がそのまま党員と認知されているからなのだ。 多くの州では、選挙権登録の際に支持政党も登録される。有権者は、民主党か共和党か独立無党派を選ぶ。それが、予備選挙の投票資格になる例が多い。つまり、行政機関が党員登録を代行しているとも解釈できる誠にユニークな制度である。 ただ、日本の政党にそれを求めることはできない。首相が誰になるのかについて、有権者の意思のより直接的な反映を求めるのなら、筆者は現行の議院内閣制をよしとするものの、首相公選制を考えるのが筋であろう。

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    定まらぬ意思決定、命取りになり得る菅政権の「生煮え」コロナ対策

    広野真嗣(ノンフィクション作家) 9月に入って政府は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のために設けていたイベントの開催制限の緩和や、観光・飲食業支援策など経済再開のカードを次々と繰り出した。 くしくもそのタイミングと首相交代が重なり、「継承」を掲げた前官房長官の菅義偉氏が後任の首相に選ばれた。この点、見切り発車と急ブレーキを繰り返した新型コロナ対策をめぐっても政策決定の在り方が引き継がれるのか、あるいは転換するのか、改めて注目が集まる。 そんな折、政府の新型コロナウイルス対策感染症分科会に出席する専門家がぼやく言葉に接した。「各省庁がそれぞれあさっての方向を向いて『作文』した文書を出してくる」 「作文」とはどういうことか。取材を通じて見えてくるのは次のような事実だ。 例えば、飲食業支援策「GoToイート」を所管する農林水産省は9月初旬の分科会で、ネットで予約した飲食に対してポイントを付与する事業の原案を示した。そこではカラオケを支援対象から外すとし、料金の50%以上がカラオケ代にあたるなら除外とした。「ハイリスク環境は3密+大声」という言葉を教条的に理解したのだろう。 半分がカラオケ代、というと、高校生が放課後に入るようなカラオケボックスのイメージに近い。しかし、実際にこれまでクラスター(感染者集団)の発生が何度も確認されたのは、高齢者の憩いの場として定着しつつある喫茶店などでの「昼カラ」や、店の余興でカラオケセットが置いてあるスナックだ。 つまり、農水省の原案ではこうしたリスクの高い、飲食が主でカラオケを従として提供しているようなスポットを除外するべきなのに、逆に支援対象に含める内容になっていた。 実際のリスクを直視せずにデザインされた対策は、かえって感染拡大を促す愚策になりかねない。専門家たちに取材すると、同じような省庁間のコミュニケーションの壁は、観光を所管する国土交通省、海外との往来再開を所管する外務省などにも見られるのだという。札幌市のスナックで、昼にカラオケを楽しむ高齢の利用者。店では客数を限定したり、歌唱スペースをビニールで囲ったりするなど感染対策を施している=2020年6月16日 もちろん、厚生労働省や内閣官房にはリスク事例が蓄積されている。だが、省庁をまたぐと途端に現場の情報はおろか、肝心の危機意識も共有されなくなるのだ。危機管理の要諦は意思決定プロセスの一元化にあるが、コロナ対応が始まって10カ月が経とうという今でも、従来通りのセクショナリズムの壁に阻まれているのだ。トップダウン演出の弊害 コロナが上陸して以来、政府は対応が後手に回った。クラスターが発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では、船の構造が3密そのもので、船内待機が始まる前に乗客への感染は広がっていたことが現在では分かっている。ただ、検査キャパシティの制約から、感染状況は少しずつしか明らかにならず、結果的に行政がみすみす感染拡大を許しているように映った。また、船内で業務に従事した内閣官房や厚労省の職員らの感染が相次いだ。 不評を挽回しようと官邸は、2月末に小中高校や特別支援学校の一斉休校を決め、4月には布マスク2枚の全戸配布に踏み切った。だが、マスクを配り終えるのには2カ月半を要し、260億円もかけた感染拡大防止策としては効果が薄かった。 これらが問題なのは、トップダウンの演出を重んじるために担当省庁や専門家の知識や経験というフィルターを経ていない生煮えの対策であったこと、そして危機が終息していないことを理由にして、現在も十分な検証が行われていないことだ。 本来、危機管理の意思決定には迅速さが要求される。だから、通常のプロセスから余分な部分をそぎ落とすが、当然ながら決定にあたって専門家の知見を踏まえなければならず、そうした根幹のルールをそぎ落としてはいけない。このような幹があいまいになっていたせいで前政権は悪循環を断ち切れず、退陣の遠因を自らつくったのではないかと私は思う。 注目しておきたいのは、7月22日に開始した観光事業支援の「GoToトラベル」だ。場当たり的な采配に批判が多いことを意識する西村康稔(やすとし)経済再生相は「専門家のご意見を伺って決める」と繰り返していたのに、この事業では7月10日に前倒し実施が先に発表され、同月16日に政府が専門家に認めさせる経過をたどった。決めたのは「観光のドン」こと自民党の二階俊博幹事長に背中を押された菅氏自身だとされる。 この判断の問題は、ここまでと同じ、生煮えのままの決定を繰り返していることだ。横浜・大黒ふ頭に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から離れる陸上自衛隊富士病院の救急車=2020年2月14日(鴨川一也撮影) 高齢者が見知らぬ人たちと集まるバス旅行に出ていれば、クルーズ船の船内環境と同じになる。そうした懸念から、分科会は土壇場で「若者の団体旅行、重症化しやすい高齢者の団体旅行、大人数の宴会を伴う旅行は控えること」という文言を盛り込んだが、本来は大方針を決めるまえに踏まえておくべき知見だっただろう。 また、菅氏は9月11日の会見で、GoToトラベルの利用者は少なくとも延べ780万人で、判明している感染者は7人にとどまっていると強調したが、これも検証が要る。 新型コロナウイルス対策は、不確実な対処の連続で、完全な対策をとることは難しい。科学的分析と、経済再生のバランスをとった危機管理のためには、専門家の知識はもちろん、霞が関と地方自治体と民間の総力を結集して新しい経済構造をつくり上げなければならない。 「縦割りの打破」を掲げるならば、菅氏は官房長官時代のやり方を変える必要がある。さもなくば、やがて同じ轍(てつ)を踏み、政権の足元を揺るがすことになるだろう。

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    隣国の「スガノセイダーズ」予備軍が示唆する絶望の日韓関係

    た菅氏が、韓国に大きく歩み寄る政策をとるとは考えにくい。ゆえに、安倍首相を罵倒していた韓国の指導者や政治家やマスコミが、その矛先を変えて、新たな政権を罵倒し出すのも時間の問題だと思われる。 すでに韓国のマスコミは、過去に菅氏が「(伊藤博文を暗殺した)安重根は犯罪者(テロリスト)である」「徴用工判決に伴う日本企業の資産差し押さえについて厳しく対処する」などと発言したとして、揚げ足取りを始めている。就任前から、否、自民党総裁になる前から低評価なのである。 では、過去に韓国で高評価だった日本の首相は誰なのかと言うと、細川護熙氏や鳩山由紀夫氏だ。日本人の目から見れば、実績も乏しい2人がなぜ高く評価されているのかというと、韓国人の気に入る行動をとっていたからに他ならない。言うまでもなく、韓国の求めに応じていくらでも謝罪し、土下座などをしてくれる首相のみを評価しているのであって、その指導力や統治手腕などを評価しているわけではない。 現時点では、菅氏が従軍慰安婦問題や徴用工問題で韓国側に歩み寄ることは考えにくいし、鳩山氏のように「謝罪」や「土下座」に応じてくれるはずもない。遠からず徴用工裁判の判決に基づいて差し押さえられた日本企業の資産が現金化されるはずで、これが日韓関係をさらに悪化させることは必定だ。 日本政府がこれを傍観しているはずはなく、何らかの報復を行うことになるだろう。そのとき、韓国のマスコミは菅氏を「スガ」呼ばわりし、「アベ」に代わる諸悪の根源として一斉に非難し始めるだろう。 加えて、一般の韓国人も日本との関係改善を望んでいない。現在、韓国人が望んでいるのは日本を相手に「マウントを取る」ことで、今や韓国人は日本を学ぶべきモデルとして考えていない。2019年8月、韓国・釜山の日本総領事館前に設置された元従軍慰安婦を象徴する少女像のそばでデモ行進する市民ら(共同) マスコミの反日報道や左傾化した(むしろ「国粋主義化した」と言うべきか)教師による学校での反日教育のおかげで、多くの韓国人は日本を「文化・経済・産業・制度に見るべきものもない(パクるべきものすらない)、加えて民主的でもない落日の先進国」であると考えるようになってきている。 文化ではK-POPが日本を席巻し、経済では経済成長率や個人所得で日本を圧倒し、産業ではITが日本を凌駕し、制度では合理性で日本を超越したというのがその根拠である。かつて「ジャパン・アズ・ナンバーワン」などと浮かれていた鼻持ちならない日本人そっくりだ。日韓関係改善は無理 加えて韓国人には自分たちがデモで朴政権を倒したという妙な自負心があり、韓国が世界に冠たる民主国家だとうぬぼれている。また、韓国は日本の被侵略国だったため、道徳的にも日本よりもはるかに優位に立っていると考えている。 彼らの考える「望ましい日韓関係の改善」というのは、「文化・経済・産業・制度に見るべきものもない」「道徳的に格下である」日本が「すべて韓国の要求(わがままを含む)を無条件で呑んでくれ、加えて韓国を無条件で尊崇してくれる関係」である。 最後に、こうした韓国人の性向が端的に表れた事例があるので紹介しよう。 今年5月21日、米国のトランプ大統領が「現在のG7(先進7カ国)の枠組みは時代遅れだ」として、開催が検討されているG7サミット(首脳会議)に韓国、ロシア、オーストラリア、インドを招待するとの意向を示した。 これに対して官房長官だった菅氏は6月29日の会見で「G7そのものの枠組みを維持することは極めて重要であると考えている」と発言した。事実上、韓国の参加を阻む姿勢を明らかにしたわけだが、これに対する青瓦台(韓国大統領府)高官のコメントがすさまじかった。 「隣国に害を及ぼすのに慣れている日本の、誤りを認めたり反省しない一貫した態度について、今さら驚くこともない」「日本の破廉恥さの水準は全世界で最上位レベルだ」「国際社会、特に先進国は日本のこのような破廉恥水準を十分に認知しているので、格別な影響はないと見る」と、近い将来の険悪な日韓関係を予言するようなコメントである。2019年8月、ソウルで開かれた安倍首相や日本の輸出規制強化を糾弾する集会で抗議する市民ら(共同) これから菅首相には、こうした罵詈雑言が容赦なく浴びせられていくことだろう。安倍首相の辞任によって日韓関係がいくらかでも好転するなどとの夢想は投げ捨てた方がいい。希望を捨てれば絶望することもないからだ。 繰り返しておくが、安倍政権下では日韓関係にろくなことは起こらなかったし、菅政権下でもろくなことは起こらない。以上である。

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    菅義偉氏 妻は「余計なことは言わない、やらない」タイプ

    こともある本格派です。現在は大手ゼネコンで働いています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 政治家として多忙な菅さんは子供たちと向き合う時間がどうしても足りない。だから、社会に出ても挫けない心と体を養うために部活動に打ち込ませたそうです。菅さん自身、かねてより世襲政治家を批判してきたので、息子たちが“後継者”になることはなさそうですけどね」(前出・菅家の知人)菅氏、趣味は「孫」 菅氏には幼稚園から小学生ぐらいの孫もいるという。政治ジャーナリストの有馬晴海さんが語る。「菅さんは“趣味は孫”というぐらい、孫がかわいくて仕方ないそうです。以前、ぬいぐるみを贈ったときは『孫が喜ぶよ!』とうれしそうでしたし、菅さんの似顔絵キーホルダーを3つ手渡したときも『孫が3人だからちょうどよかった』と破顔していました」 男子3人を育て上げた妻の真理子さん(66才)とは、議員になる前の秘書時代に出会ったという。菅氏の元秘書で、横浜市議会議員の遊佐大輔さんが語る。「菅さんが秘書を厳しく指導すると、真理子夫人が“大丈夫ですか?”と声をかけるほど優しいかたです。選挙のときはいつも青白い顔をして“昨日は眠れなかった。菅が落ちたらどうしよう”と心配そうにしていました。菅さんは官房長官という職務上、なかなか横浜の自宅に帰れず、都内の議員宿舎で暮らしていますので、サポートのため往復しているという話を聞いたこともあります」 真理子さんは20年以上ショートカットで、女優の安田成美似だそうだ。「歴代最も髪の短いファーストレディーになるのではないか」といわれている。「メディアに出ないどころか、地元の婦人会にも出ないほど控えめなかたです。選挙で当選したとき、事務所で菅さんや支持者が喜んでバンザイをしているときも、横にいる真理子夫人だけは頭を下げて、“ありがとうございます”を繰り返していました。菅さんもそうですが、“余計なことは言わない、やらない”というファーストレディーになるでしょうね」(前出・有馬さん) 家族に支えられ、叩き上げの政治家がいよいよ国のリーダーに上り詰める。■菅氏の正念場の総選挙 小池知事が反・菅勢力結集プランも■菅義偉氏は小池百合子知事が大の苦手 背景にカジノ誘致問題■菅義偉氏の天敵 東京新聞・望月衣塑子氏からの“就任祝辞”■菅義偉氏“安倍官邸乗っ取り”の全内幕 二階幹事長と急接近■菅新内閣予測 コロナ担当に進次郞氏?橋下氏の起用案も

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    佐藤優氏 安倍政権のリアリズム外交が消えることへの不安

    かのようなタイミングで共著『長期政権のあと』を上梓したばかりの元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏と、政治学者・山口二郎氏(法政大学教授)が緊急対談した。山口:安倍政権末期は綻びが目立っていたように思えます。特にコロナ危機以降は、「マスクの全戸配布」「学校の9月入学」など、忖度官僚とか官邸官僚と呼ばれる人々が何か思いつきで提案しては失敗し、それを繰り返した。政府としてグリップが効かない状態で漂流していた感じがします。 一方で、私は安倍さんの威を借りながらやりたい放題をする、官邸官僚は官僚組織全体からしたらごく一部だと思うし、次期政権では復元力が働き、従来の官僚組織に戻っていくのではないかと期待しています。佐藤:官邸官僚と呼ばれる人たちの中でも、今井尚哉・首相秘書官、北村滋・国家安全保障局長、この2人は除外して考えないといけません。 この2人は、世の中で言われるような「安倍家の使用人」タイプではありません。その証拠に彼らは、民主党政権でも一生懸命にやっていました。出世など気にしていないし、ただ政権のため国家のために働くという腹をくくっているから、信頼できる。 官邸官僚が維持できるかどうかは、彼らのような人物が見つけられるかということにかかっています。なぜこう言うかといえば、私自身が事実上の官邸官僚でしたから(笑い)。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)山口:戦後日本の長期政権は、小泉・安倍以前にも、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘などがありましたが、いくつかの共通点があり、その第一条件が対米追随ということだと思います。米国との関係維持は、長期政権にとって不可欠でした。 ところが、米大統領選を待たずに安倍首相が辞めたことで、予測不可能になってきました。トランプ氏再選の場合は駐留米軍の経費負担問題などで無茶を言ってくる可能性が高く、バイデン氏が勝ったほうが、日本にとっては伝統的な対米関係の延長線上で議論ができるということになるかもしれません。佐藤:日本の外交は民主党政権時代も含めてすべて親米ですが、その度合いに違いがあります。対イラン自主外交やイージス・アショア導入中止に見られるように、安倍政権の親米度は実はそれほど高くない。安倍政権と米国は、トランプ氏との属人的な関係がありつつ、ペンタゴン(米国防総省)や国務省との関係では、日本の自主性、独立志向が見られます。これは安倍首相の祖父の岸信介政権を彷彿させます。 次の政権でそうした安倍さんのリアリズム外交が消えてしまうのが非常に不安です。よりイデオロギッシュな関係に基づく親米に変わり、米国の対イラン・対ロシア制裁に加わって、さらに中国に対しても米国内の対中強硬派に突き上げられる可能性もあります。【プロフィール】●さとう・まさる/1960年生まれ。作家、元外務省主任分析官。同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在ロシア日本国大使館書記官、国際情報局主任分析官などを経て現職。著書に『自壊する帝国』(新潮ドキュメント賞、大宅壮一ノンフィクション賞)、『知性とは何か』など。●やまぐち・じろう/1958年生まれ。法政大学法学部教授。東京大学法学部卒業。北海道大学法学部教授、オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ客員研究員などを経て現職。専門は行政学、現代日本政治論。著書に『民主主義は終わるのか』、『政権交代とは何だったのか』など。■佐藤優氏 長期政権後の次期政権は短命に終わる可能性■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■佐藤優氏「国際連携が必要なのは五輪よりワクチン開発だ」■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由■横田滋さん、外務省に「命をこんなに軽く扱うのか」と激怒

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    「反ガースー」ニセ対立軸に気をつけろ!

    菅義偉官房長官が自民党新総裁に選出され、「菅総理」が誕生する。新型コロナ禍だけに、苦難が予想されるが、警戒しなければならないのは「反ガースー」勢力だ。総裁選から「菅vs石破」に象徴されるように、さまざまなニセ対立軸というワナを仕掛けている。国難を乗り切るためには、まずはこのワナにはまらないことだろう。

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    警戒すべき「反ガースー」勢力が仕掛けるニセ対立軸のワナ

    期の衆議院解散と総選挙での勝利だ。 前者は日本国民に直接関係する重大事である。後者は、無派閥の菅氏の政治的な基盤を強めるためにも必要になってくるだろう。そして総選挙で勝利するかどうかが、菅政権が長期的に持続するか、あるいは短命に終わるかの大きな分岐点になる。その意味では国民全員に間接的にも重要な意味を持つことになる。 菅政権が選挙で勝てるかどうか、それは内閣の顔ぶれとその政策に大きく依存する。もちろん個々の選挙区事情やまた野党の統一された動きができるのかどうか、そして菅政権をどうマスコミが報道するか、その印象操作によっても大きく変化しそうだ。 マスコミの印象操作といえば、総裁選の間もかなり深刻な問題が起きていた。前回のこの連載でも指摘したが、「菅vs石破」を、消費税をめぐって「増税vs減税」として対立させ、菅氏のイメージをダウンさせる戦略をマスコミはとるだろう、と指摘した。そしてそのような印象報道に左右される人たち(ワイドショー民)の存在が問題だとも書いた。実際に、この現象は顕著に生じた。 例えば、菅氏が「人口減少が不可避なので、行政改革を徹底して行った上で、消費税は引き上げざるを得ない」と発言した。これは具体的な日時を決めたものではなく、ごく一般論的なものだ。安倍首相(左)に花束を手渡す菅新総裁=2020年9月14日、東京都内のホテル ただしマスコミは前記した対立軸(消費増税vs減税)を狙っているので、まさに格好の素材を与えてしまったことになる。ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)上では「菅氏は消費増税論者だ」と大騒ぎになった。懸念は「ワイドショー民」 テレビなどもワイドショーを中心にこの発言を拡大解釈して報じ、選挙の「争点」化しようと躍起だった。問題は、このような見え透いた報道でもワイドショー民を中心に大きく影響を受けることだ。軽薄な人たちだとは思うが、それが現実なのだからしょうがない。 菅氏はこのマスコミの悪しき印象報道に気が付いて、即時に安倍政権の経済政策を継承する意味でも「今後10年は、消費増税はない」と明言した。ただし、マスコミは、この発言も逆手にとって、「菅氏は増税発言での世論の反発で意見修正した」とネガティブキャンペーンの題材にした。 そしてまたもやワイドショー民はそのような印象報道に釣られて、菅氏のイメージを形成してしまうのである。実際には、菅氏の経済政策観は、リフレ政策(インフレ目標付きの金融緩和中心の経済浮揚策)が中核だ。 つまり経済を成長させ、それでさまざまな問題(社会保障、行政改革、規制緩和、財政再建など)をスムーズに取り組んでいける環境にしていく、そのような政策観でもある。「今後10年はない」は、常識的には消費増税は政治的に全否定したと同じなのだが、ワイドショー民はこれを「10年後には消費増税だ」とみなす人もいて、反知性極まれりだな、と率直に思う。 実際に、雇用や事業を確保するなど、十分な経済成長こそが財政再建を可能にすると、菅氏は積極的に打ち出した。また、新型コロナ危機には政府は国債を発行し雇用を守り、政府には国債発行で制限はない、とも強調した。 このような菅氏のアベノミクスの路線を継承し、さらに発展させていこうとする姿勢は、海外のメディアは中心的なメッセージとして伝えたが、国内ではそのような報道姿勢は少数である。むしろ消費税というニセの対立軸に加えて、今度は「官邸主導の官僚コントロールの弊害」を打ち出した。自民党新総裁に選出された菅義偉氏が映し出された街頭の大型画面を見つめる人たち=2020年9月14日、埼玉県川口市(内田優作撮影) これも単に常識的な知識が欠如でもしないかぎり騙されることはないのだが、それでもあたかも官僚は政権の決定とは違うことができる自由意志を持ち、それが望ましいとする「雰囲気」を前提にしたテレビなどの報道が盛んになった。政策がまだ決定されていない過程では、官僚の異論は議論を活発化させるためにも必要だろう。だが、政策が決定してからの官僚の異論(≒「自由な発言」)は単に政策の実行を妨害するノイズでしかない。総裁選で「予行演習」 いずれにせよ、自民党総裁選で、マスコミが争点化しようとしていた、消費税や官邸主導という点への注目は、一見すると「菅vs石破(あるいは岸田)」という対立軸だけのように思えるかもしれない。 しかし、実際には、マスコミはこのニセの対立軸を使って、近々の総選挙におけるニセの対立軸づくりも見据えている。つまり自公政権と野党を比較して、「緊縮(与党)vs反緊縮(野党)」、あるいは「自由に発言できない官僚(与党)vs自由に発言できる官僚(野党)」というイメージづくりの「予行演習」として、今回の総裁選を利用したと言えるだろう。 このマスコミが作り出すニセの対立軸に乗ることは、本連載の読者の皆さんはないだろうが、それでもワイドショー民は踊らされるに違いない。その数が少ないことを信じるしかない。 私見では、与党の中でまともな経済政策を実現できる可能性がある政治家は菅氏以外に当面いない。他の人材では、リフレ政策への理解が乏しいか、あっても政治的な実力が伴わない。 野党に至っては、それに期待することはよほどの夢想家でないかぎり現実的な選択肢ではない。改名しても立憲民主党などは、毎回、選挙のたびに消費減税を発言するが、結局は民主党政権のときからの「再分配優先で、経済成長は二の次」路線である。 ただ、総選挙がどうなるかはまったく分からない。政治的あるいは世論から見て「勝利」しないと、菅政権はただちに不安定化する可能性がある。それはよほど強度の(反ガースー的な)政治的イデオロギーに染まっているか、無知でないかぎり、日本の社会や経済の不安定化と同じであることは自明である。総裁に選出され会見する自民党の菅義偉総裁=2020年9月14日、東京都千代田区の自民党本部(桐山弘太撮影) なお「ガースー」は、菅氏が公認したニックネームであり、今後たまに論説でも使いたい。

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    「権力乱用」総裁選ゆえに狙えるポスト菅

    自民党の新総裁は、結局「安倍継承」が色濃いままとなりそうだ。思い返せば、「忖度」に象徴されるように、権力の私的乱用が見え隠れした政権だった。ゆえに総裁選も権力によって動かされた感がある。ただ、こうして生まれた新総裁となれば、潰されたあの2人は大きな反動で「ポスト菅」を狙えるかもしれない。

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    菅義偉「新総裁」に潰されても残る石破と岸田のアドバンテージ

    階氏は「頑張ってほしい」と応じ、二階派が菅氏を支持することになった。 支援する意向を固めた二階氏は「政治の停滞は一刻も許されない。一日も早く後継総裁を決めることが必要」とメディアに発言した。さらに、「党執行部が、党員投票を省いた両院議員総会で総裁選を行うことで調整中」という情報が永田町を駆け巡った。 菅氏は、麻生太郎副総理兼財務相、細田派の細田博之会長と次々と会談した。麻生派、細田派が菅官房長官への支持を決定し、「コロナ禍という緊急事態だ。安倍路線を継続すべし」という流れが、あっという間に党内に広がった。総裁選出馬が取り沙汰されたり、意欲を示していた河野太郎防衛相、西村康稔(やすとし)経済再生相、稲田朋美幹事長代行らが、次々と不出馬表明した。総務会に臨む(左から)下村博文選対委員長、鈴木俊一総務会長、二階俊博幹事長、岸田文雄政調会長=2020年9月1日、東京・永田町(三尾郁恵撮影) 9月1日の自民党総務会では、通常より長い1時間40分ほど議論が行われ、党員投票を行うべきだという意見が出たようだった。総務会メンバーではない小泉進次郎環境相がオブザーバーとして出席し、党員投票を求めるべきだと発言したという。「石破潰し」は強さの裏返し しかし、それも所詮ガス抜きのパフォーマンスにすぎなかったようだ。本気で総務会を止めるなら、総務会長を別室に拘束するなど、いくらでも方法はあった。だが、誰もそんなことをしなかった。最終的に執行部の提案通り、両院議員総会での総裁選出が決定した。 要するに、安倍首相本人が何も言わずともその意向を忖度し、一糸乱れぬ隙のない動きで「石破潰し」「菅後継」の流れが即座に決まった。数々の修羅場を乗り越え、「権力の私的乱用」という批判から生き残ってきた安倍官邸には、自民党内を抑えることなど、朝飯前ということだろう。 それでも、総裁選には菅氏以外に、石破氏と岸田文雄政調会長が出馬することになった。いずれも、「ポスト安倍」の有力候補とみなされてきたが、「菅後継」の流れに抗することができず、極めて困難な状況に陥った。 前述の通り、石破氏は、「石破潰し」の厳しい洗礼を受けた。一時は、派内からの「非戦論」や立候補断念という情報が流れたほど追い込まれた。だが、よく立候補の決断をしたと思う。 筆者は2018年の総裁選で、石破氏が安倍陣営から厳しい圧力を受けて苦戦していたとき、出馬することの大切さを指摘した。指摘だけでなく、「どうせ負けるなら、派手に負けて冷や飯を食っておいたがいい。その方が、安倍政権が破たんしたとき、チャンスが訪れるかもしれないから」とエールを送った。 その際、石破氏に向けて、第2次世界大戦前に、東京帝国大経済学部教授だった河合栄治郎の話を紹介した。河合は、日本でファシズム勢力が台頭した時代に、「反ファシズム」の論陣を張り、著作が「安寧秩序を紊乱(びんらん)するもの」として、出版法違反で起訴された。 河合は大学を追われ、著作4冊の発売禁止処分を受け、さらには裁判にかけられたが、法廷の場では「日本は戦争に負ける」と公言した。「私は無罪を信じるけれども、有罪ならば罰金刑ではなく、禁固を望む」「罪が重ければ重いほど、戦後自分が外国に対し発言する場合、自分の発言に重みがつくから」とまで言い放ったという。 河合は、敗戦の後に起こる社会的混乱の中で、必ず自分の出番が来ると予期していた。そして、そのときにより大きな発言力を得て、新時代のリーダーとなるために、あえて時代が変わる前に、最も重い罪を科されておくことを望んだというのだ。 残念ながら、河合は戦時中に病死した。しかし、戦後は河合が言った通りになった。戦時中に「重罪」に処せられた人物が、戦後に大出世したのである。その代表例が吉田茂だ。 古い時代に迎合せず、冷遇されていた人物ほど、新しい時代が始まれば、時代の寵児となる。だから、石破氏は一歩も引かず徹底的に安倍首相と戦うべきだと、筆者は言った。日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に出席した石破茂元幹事長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影) 石破氏は、18年の総裁選敗北後も、安倍首相からの冷遇に怯(ひる)むことなく、「言うべきことは言う」という反主流の姿勢を貫いた。その結果が、「次の総理」の世論調査では常に圧倒的な1位という現在の評価だ。安倍首相の周囲が露骨に「石破潰し」をしなければならないほどの存在感があるのだ。岸田氏は筆者の指摘通り 今回の総裁選も、残念ながら石破氏に勝ち目はないようだ。だが、今の姿勢を変える必要はない。これからも、政権の批判勢力に徹すればいい。「安倍・菅の政治」の限界が明らかになり、新しい指導者が求められるときが来るならば、「石破待望論」が世論だけではなく、永田町から出てくることもあるだろう。 もう1人の総裁選候補者である岸田氏は、18年の総裁選に出馬しなかった。当時、安倍首相の有力な対抗馬とみられていたが、「今の政治課題に、安倍首相を中心にしっかりと取り組みを進めることが適切だ」と判断した。それは、安倍首相からの将来の「首相禅譲」に望みを託すことでもあった。だが、筆者は当時、本サイトへの寄稿で「首相禅譲はない」として、その判断の甘さを批判していた。 戦後政治の歴史を振り返れば、禅譲を狙って裏切られ捨てられた事例は多数あるからだ。例えば、現在岸田氏が率いる宏池会の会長だった前尾繁三郎元衆院議長は、佐藤栄作元首相が4選を決めた1970年の総裁選で、「人事での厚遇」の密約を理由に不出馬を決めたが、結果的に佐藤氏に約束を反故(ほご)にされた。前尾氏は派内の反発を買って会長の座を大平正芳元首相に譲らざるを得なかった。 そもそも、生き馬の目を抜く政界で、「禅譲狙い」はうまくいくわけがないのだ。岸田氏は18年の総裁選後、政調会長に就任したが、アベノミクスを無批判に礼賛し続けるしかなくなった。 宏池会は元々、民主党、公明党との三党合意による税と社会保障の一体改革をまとめた谷垣禎一前総裁の派閥だ。本来、岸田氏は財政再建に関して、安倍首相と異なる持論を持っていたはずだ。しかし、「禅譲狙い」のために、持論は封印して従うしかなかった。 「禅譲狙い」は首相と一蓮托生(いちれんたくしょう)となり、心中するしか道はないだけではなく、それ以上に厳しいものだ。一生懸命働いても、手柄は自分のものには絶対にならない。何か落ち度があれば、全ての責任を押し付けられる。いいことは何もないものだ。 安倍政権が新型コロナウイルスをめぐる経済対策の一つとして打ち出した、国民1人当たり一律10万円の現金給付を決定したときのゴタゴタがいい例だ。当初、減収世帯に30万円を給付するという措置だったが、国民から酷評された。制度そのものが分かりづらい上に、自己申告がわずらわしく、いつもらえるかも分からない。本当に必要な人がもらえるのかどうかも分からなかったからだ。結局、公明党が首相官邸に泣きついて、「一律10万円の現金給付」に急遽(きゅうきょ)変更となった。 当初の現金30万円給付は、政調会長の岸田氏が財務省と取りまとめたものだった。自民党内から噴出した批判は岸田氏に集中した。「公明党が言えば、ひっくり返すというのはどういうことか」「党は政府の下請けではない」「岸田氏は終わりだ」などと叩かれ、彼のメンツは丸潰れとなり、「ポスト安倍」として力量不足と酷評されてしまった。 今年6月くらいまでは、安倍首相は「ポスト安倍」について、岸田氏への「禅譲」を考えていたと言われる。しかし、岸田氏の政治的センスのなさと力量不足を不安視させる事態が続き、世論の岸田支持も盛り上がらなかった。岸田氏では、憎き石破氏にとても勝てないとみて、首相は禅譲を迷うようになったというのだ。東京・新橋駅前で、通行人の男性とタッチする自民党の岸田政調会長(左)=2020年9月11日 そして、安倍首相の辞任会見後に周囲が即座に動いた。微塵(みじん)も「ポスト安倍」への色気を見せなかったはずの菅氏が出馬の意向を示すと、一気に「菅後継」の流れが生まれ、岸田氏はあっという間に蚊帳の外になった。やはり禅譲などありえなかったのである。関心は「ポスト菅官房長官」 しかし、禅譲がないとはっきりした後、岸田氏は、出馬表明の記者会見で「大変厳しい道のりを感じているが、国民のため国家のため、私の全てをかけてこの戦いに臨んでいきたいと思います。一人でも多くの国民のみなさんに共感してもらい、力を与えていただき戦いを進めていきたいと思う」と述べた。岸田氏は開き直ったのか、その言葉にこれまでにない力強さと率直さが出てきた。 岸田氏にとって現在の状況は、長い目で見れば必ずしも悪いことばかりではない。菅氏は「権力の私的乱用」を繰り返してきた安倍首相の周囲も継承する。彼らをコントロールできず、また私的乱用が起きるかもしれない。「次の首相には生真面目な岸田氏がいい」という待望論が出てくる可能性はある。今は、どんな苦戦を強いられても、この総裁選を最後まで全力で戦い切ることだ。 最後に、総裁選の大本命となった菅氏について論じたい。だが、正直何を論じたらいいか分からない。これまで、菅氏の国家観や思想、政策をはっきりと聞いたことがないからだ。 コロナ対策やGoToトラベルの推進などが出ているが、それは安倍政権の政策の継続だ。菅氏自身が何を目指すかがよく分からない。また、「菅内閣」の閣僚・党役員人事がどうなるのかも、イメージがまったくわかないのだ。 安倍政権の官房長官を7年8カ月間務めた実力者なのに、全くと言っていいほど個性が見えないのは驚くべきことだ。だが、それこそが菅氏の凄(すご)みなのだろう。首相を支える仕事に徹し切ったことで身に着けたものである。 だが、その凄みが自ら首相になったときにどうなるのかは分からない。「安倍首相には菅義偉がいた」が「菅首相には菅義偉がいない」からだ。 だから、仮に菅内閣が誕生するとすれば、筆者の関心は一つしかない。誰が官房長官に起用されるかだけだ。 菅氏の官房長官在任期間は歴代最長だ。その間、毎年約10億〜15億円計上される官房機密費や報償費を扱い、内閣人事局を通じて審議官級以上の幹部約500人の人事権を使い、官邸記者クラブを抑えてメディアをコントロールし、官邸に集まるありとあらゆる情報を管理した。官邸に集まるヒト、カネ、情報を一手に握ることで、菅氏は絶大な権力を掌握してきた。 菅氏が首相になるとき、「コロナ禍」という緊急事態を理由に、閣僚・党役員のほとんどが安倍内閣から留任ということもあるかもしれない。しかし、そんな極端なケースでさえ、官房長官だけは必ず新しい人が起用されるのだ。日本記者クラブでの自民党総裁選立候補者討論会に臨む(左から)石破茂元幹事長、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長=2020年9月12日、東京都千代田区(鴨川一也撮影) 菅氏が、自らの権力の源泉となってきた官房長官ポストを誰に渡すのか。どういう形で渡すのか。また、これは菅氏を支持する各派閥にとっても、最も関心があることだろう。 菅氏は無派閥である。どの派閥からも官房長官が起用される可能性があり、それによって党内の政治力学が変化することになる。官房長官人事は、菅政権の性格を決定する全てであると言っても過言ではないのだ。

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    内閣支持率爆上げ、「菅政権」も弄ばれるワイドショー民の不合理

    。 このワイドショー民とどこまで重なるか分からないが、この安倍政権に対する世論の在り方を分析している政治学者もいる。早稲田大政治経済学術院の河野勝教授の分析はその代表的なものである。 河野氏の分析を紹介する前に、世論調査で筆者が問題にしている点をいくつか指摘したい。安倍政権に関する世論調査の動向を分析すると、20〜30代の若年層では、内閣支持率が安定的に高水準で推移している。一方で、世代が上になればなるほど、政権の年数経過によって支持率が下落傾向にあり、時には急落した後に反転することを繰り返している。 安倍政権の経済政策の成果によって若年層の雇用状況が改善し、その状況が支持の高止まりを形成している、というのは分かりやすい仮説である。だが他方で、若年層より上の世代の支持率の急減少と回復という「支持率の循環」をどう説明すべきか。台風10号に関する関係閣僚会議に臨む安倍晋三首相(手前)。奥は菅義偉官房長官=2020年9月6日、首相官邸(川口良介撮影) 2点目はインターネットで熱い話題となっている消費税に関してだ。2014年4月と2019年10月に実施した消費税率引き上げが内閣支持率に大きな変化を示したかといえば、NHKの調査を含めてはっきりとしないのである。政策よりも「お灸効果」 むしろワイドショーなどで、安保法制議論や首相主催の「桜を見る会」関係を「スキャンダル」として連日取り上げた方が勢いよく上下動を起こす。財政政策上の最大の課題が、さほど内閣支持率に有意な変化を与えていない。これは注目すべきことだ。 実際に、河野氏は株価などと内閣支持率が連動していないことにも注目している。現在の日本では、安倍政権に考え方の近い層が厚く存在し、その層が政権の説明不足を求めて不支持を決めるという「合理的」な判断をしているというのだ。 確かに各種世論調査では、「スキャンダル」的な動きがあるたびに「説明が足りない」とする割合が上昇し、そして他方で内閣支持率は低下し、不支持率が上昇する傾向にある。いわば潜在支持層の政権に対する「お灸効果」だ。 そう見れば、今の国民の中には安倍政権と考えの近い支持層が非常に厚いのかもしれない。ただ、河野仮説のように本当に潜在的支持層の判断が「合理的」ならば、自分の利用できる情報を全て活用するはずだ。 経済データだけその判断に影響を与えないということは、特定のバイアスが存在していて、「合理的」、あるいはそれほど賢明な判断をしているとはいえないのではないか。それを示す代表例が、冒頭でも紹介した今回の内閣支持率のジャンプアップだ。 先述の通り、政権では、辞任表明以外に何の政策決定も起きていない。つまり、利用できるデータに変化がないにもかかわらず、世論の支持が大きく変わったのである。 これこそ、まさにテレビのワイドショーの話題の取り上げ方で政治への印象が大きく影響されているのではないか。個人的には、世論のコアにあるワイドショー民の存在を裏付けているのではないかと思う。空手道推進議員連盟設立総会に臨み、菅義偉官房長官(左)に話しかける自民党の石破茂幹事長=2014年6月(酒巻俊介撮影) さらに、これまでは、ほとんどの世論調査で「ポスト安倍」候補は断トツで石破茂元幹事長だったが、最新では軒並み菅義偉(よしひで)官房長官がぶっちぎりの首位となっている。このことも、最近テレビの露出の多さに影響されたワイドショー民の選択の結果だろう。「反緊縮」に煽られる人たち それでも筆者は前回で指摘したように、政策では石破氏や岸田文雄政調会長よりも菅氏の方が断然に優位だと考えているので「結果オーライ」だと黙っていればいいのかもしれない。しかし、このワイドショー民の存在が確かならば、最近ワイドショーが見せる「まき餌」を再びちらつかせる動きに注意すべきだろう。 多くのマスコミが石破氏に好意的なのはほぼ自明である。その中のいくつかの媒体で、石破氏を消費減税派に、菅氏を消費増税派として、それを「反緊縮vs緊縮」までに仕立て上げようという動きもあるようだ。 個人的には、金融緩和に否定的な石破氏が反緊縮派ということはありえないと思っている。それでも、この構図に煽られる人たちは多いだろう。 確かに、10%の消費税率を維持したまま反緊縮政策を目指すことも理論としては十分可能だろう。全品目軽減税率を導入したり、定額給付金を国民全員や特定層に向けて配布する考えもある。携帯電話代やNHKの受信料を政策的に「大幅」減少させたり、貧困家庭への光熱費免除もあり得る。 ただ、それらの政策を進めるために重要なのが、金融緩和のサポートだということは、言うまでもなく大前提になる。まさにこの考えに、菅氏が肯定的で、石破氏は否定的なのである。ワイドショーなどで見られる、消費税の在り方だけで両者を単純な対立図式とすることに、筆者が異論を唱える根拠でもある。 消費税は重要な政策だが、それでも財政政策のオプションの一つにすぎず、それを硬直的に消費減税原理主義と捉えるのはおかしい。ただ、いずれにせよ、新型コロナ危機以後、「コロナ税」のような動きに徹底して反対を唱えることは、日本経済のことを考えれば最重要である。この点については、「菅政権」の動きを注視していかなければならない。特別定額給付金でマイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 一方、立憲民主党など野党が、選挙のたびに消費税の減税や廃止を主張するにもかかわらず、国会が開会すると事実上忘れてしまうことを何度も繰り返している。だが、懲りもせずこの種の「煽り」に引き込まれる人は多い。 しかも、そのような「煽り」を批判しているだけなのに、なぜだか筆者が「消費増税賛成」や「消費税減税反対」派になってしまうようだ。個人的には、このようなタイプの人にならないことを多くの人に願うだけである。

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    「最強」安倍政権を継ぐ者たちへ

    歴代最長となった安倍政権は、実績の数に劣らぬほど不祥事も乗り越え、あらゆる面で「最強」だったことは否めない。ゆえに、この政権を引き継ぐことはかなりの重圧になるだろう。近く決まる次期総理の舵取りは一筋縄ではいかないのは明白なだけに、「最強政権」を継ごうとする者たちに覚悟を問う。

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    歴代最長ゆえに築いた安倍政権のレガシーと次代に残す「副作用」

    三浦瑠麗(国際政治学者) 歴代最長政権の幕が下りました。首相個人の健康上の理由による辞任であったこともあるかもしれませんが、その最後は、積み上げられた時間の重みに比して少々あっさりとした、実務的なものでした。 安倍首相自身が、第1次政権を去る際の政権「投げ出し」批判が強かったことを意識してのことでしょう。目下の最重要課題である新型コロナウイルス対策の進むべき方向性を明確にした上で、淡々と辞任に至る理由が語られたのでした。 一つの時代に一つの区切りがついたとき、歴史的な総括やレガシーについて語られるのは、人間という生き物が自らの生きる時代や空間を把握したいという欲望を抱えているからでしょう。政治を評する者としても、歴史に参加しているという実感が得られる営みです。 私自身、現実の政治について評論するようになったのは2014年からであり、当時は既に第2次安倍政権に入っていました。政権の後半には、安全保障政策や中期的な経済政策を議論する会議に参加する縁などもあり、首相やその後継と目される人々とも接する機会もありました。本稿は、同時代性を持って安倍政権のレガシーを定義する私なりの試みです。 安倍政権の政策的なレガシーについては、5点挙げたいと思います。内政上のテーマが2点、外交上のテーマが2点、国民意識の統合に関してが1点です。 内政上の最大の成果は、2012年時点では八方塞がりに感じられた日本経済に新たな息吹を吹き込んだことです。政権発足直後の2013年、日本銀行総裁に黒田東彦(はるひこ)氏を任命し、異次元の金融緩和策を推し進めました。 目標とされた完全なデフレ脱却までは至らなかったものの、景気の「気」の部分にも働きかけたことによって雇用は改善し、企業収益が回復し、株価も大幅に上昇しました。この景気の底上げがあったからこそ、5%から8%、そして10%への2段階の消費増税が可能となりました。「すべての女性が輝く社会づくり推進室」の看板をかける安倍晋三首相と有村治子女性活躍担当相=2014年10月 プライマリーバランス(基礎的財政収支)の均衡までは至らず、コロナ禍に伴う未曽有の支出によって日本の財政は再び危機を迎えていますが、消費増税のタブーを乗り越えた意義は大きいものでした。 第二は、経済をキーワードにして時代にあった社会政策を推し進めたことです。「女性活躍」を合言葉にして、男女共同参画を「女性の問題」から「経済の問題」へと再定義したことで経済界を巻き込むことができました。 少子高齢化社会のさらなる深刻化を踏まえた、幼児教育の無償化、年金の開始年齢の引き上げ、外国人労働者の受入れ、インバウンドの強化など、これまでも議論されていたけれど実現に至らなかった課題が前に進みました。外交のレガシー それは、保守の本格政権であったからこそ、「伝統的家族観」の信奉者たちの攻撃をやり過ごすことができたからです。保守政権ならではの漸進主義により、成果は道半ばであるにしても社会の主流の考え方へと昇華させた功績は大きいでしょう。 外交・安全保障政策における最大の成果は、安保法制の制定と日米同盟の強化でしょう。集団的自衛権について、保有はしていても行使できないという、いかにも戦後日本的な不思議な憲法解釈をようやく乗り越え、日米同盟の信頼性強化に大きく貢献しました。 米大統領の広島を、日本の首相として真珠湾を相互に訪問したことによって日米の歴史和解を完成させました。本来であれば、今秋に予定されている敵基地攻撃能力の部分的容認と専守防衛政策の転換までを見届けていただきたかったものの、それは次期政権の課題として残されました。 第二は、粘り強い交渉によってTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を完遂させたことです。 日本はエネルギーの90%、食料の60%、安全保障上の打撃力の100%を海外に依存しています。日本という国は、自由な国際経済体制の下でしか繁栄を維持できないのです。そこに、中国の急速な台頭と、米国の内向き化が重なり、世界は米中新冷戦の様相を呈しています。 そんな中、米国が抜けた穴を埋め、豪州などとも協力しながら「21世紀の経済のルール」を形にしたことは歴史的でした。並行して、日EUや日豪のEPA(経済連携協定)についても締結までもっていったことは高く評価されるべきでしょう。 国民意識というのは、いまだに日本の政治を分断している歴史認識について、国民の大層が合意できるコンセンサスを打ち立てたことです。原爆ドームの前で安倍晋三首相(左)と握手するオバマ米大統領=2016年5月27日(代表撮影) すなわち、先の大戦は国策を誤った戦争であり、日本には加害責任もある。他方で、われわれの子孫にまで謝罪の重荷を負わせるべきでないというものです。戦後70年談話や、慰安婦問題に関する日韓合意を貫く考え方です。 当然、左右両極からは不満が寄せられたけれど、国民の大層はそれを受け入れました。保守優位の政治状況をうまく利用して、リベラルに歩み寄った成果であったと思います。 反対に、負のレガシーは3点ありました。第一は、後継者を育てなかったことです。本格保守政権のジレンマ かつての日本政治にはそれなりのリーダー育成の仕組みがあり、首相は後進を育てる責務を感じていたように見えます。その後、諸改革の成果として日本政治は官邸主導型へと変化しています。 安倍政権は重要政策の全てを官邸で取り仕切り、実力派の閣僚は長老か能吏タイプによって担われており、次代を担うような人材の発掘と育成の機能を果たすことができていません。実際問題として、内政のかじ取りにおいても外交上の存在感においても、今後の日本は不安定な時代が続く可能性が高いでしょう。 第二は、構造改革への踏み込み不足です。政権の発足当初こそ、アベノミクスの三つ目の矢として構造改革や規制改革への言及がなされていたものの、本音の部分では「保守が割れる論点」に対する消極性が目立っていました。 人口減少期に入った日本経済を成長させ、社会を活性化させるには生産性の向上が不可欠であり、そのためには既得権にメスを入れて競争を促すべきであるのに、大玉の改革案件はことごとく先送りされてしまいます。諸外国対比の競争力は低下の一途をたどり続けてしまいました。 第三は、憲法改正という本格保守政権でなければ手を付けにくい政策を推し進められなかったことでしょう。辞任会見においては、首相自身が憲法改正と並んで北朝鮮による日本人拉致問題とロシアとの平和条約を志半ばの課題として挙げました。 首相の思い入れはあるにせよ、対北朝鮮や対ロシア外交については相手があることです。国際情勢の追い風がない限りは誰が政権の地位にあっても解決は困難であったでしょう。 ただ、憲法問題はコントロールできたし、もっと踏み込むべきでした。8年近い時間をもってもなお、憲法を起点とする神学論争と底の浅い与野党対立を次代にまで引き継いでしまったわけです。 お気づきのことと思いますが、これら負のレガシーはどれも長期安定政権を実現することの「副作用」として生じています。 長期政権を実現するために次代を担うようなライバルの出現を許容できなかったし、保守が割れる論点には踏み込まなかった。そして、おそらく首相が最も成し遂げたかったはずの憲法改正も実現しなかったわけです。憲法改正を求める集会で、安倍晋三首相はビデオメッセージを通じ「国民的コンセンサスを得るに至るまで(議論を)深めたい」と訴えた=2015年11月 直近の各社世論調査では内閣の支持率が大幅に上昇し、日本経済新聞の調査によれば、国民の7割以上が安倍政権の成果を評価していると報道されています。国民は実際に長期安定政権を望んでいたのだということでしょう。 当たり前ではあるけれど、政権のレガシーの多くは長期政権であったから可能になったものです。ただ、そこにはコストもあったということです。残念なのは、それらのコストの多くは、われわれが今後とも払っていかなければいけないものであることです。

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    石破、岸田、菅、私が政治家として絡んでわかった「次期総理」の実像

    権の功罪についての評価は、立場によって異なるであろうが、短命に終わる政権が多い日本で、この長期政権が政治に安定をもたらしたことは疑いようがない。しかし、同時に「権力は腐敗する。絶対的権力は絶対に腐敗する」という19世紀の英国の歴史家・思想家・政治家、ジョン・アクトン卿の言葉が示すような現象も起こっていたことも事実である。 国民の関心は、誰が安倍首相の後継者になるかということであろう。今のところ、既に出馬を表明した石破茂元幹事長と岸田文雄政調会長、そして菅義偉(よしひで)官房長官の3人が有力候補とされている。 私は、国会議員、閣僚、東京都知事時代を通じて、この3人と一緒に仕事をし、親しく交流してきた。本稿では、私なりに3人の評価をしてみたい。 まず、石破氏であるが、「防衛オタク」と言われるように安全保障の専門家であり、農林水産行政など他の分野についても該博(がいはく)な知識を持っている。問題は、その専門知識と議論好きが、アバウトな頭の持ち主が多い政治家仲間の反感を買うことである。 自民党の憲法改正作業部会で私は改正案の取りまとめを担当したが、憲法9条について党内で激しい論争を行ったものである。私は立場上、さまざまな意見を集約して丸く収めようとしたが、石破氏は論理の一貫性を求めてやまない。そこで、私は「そんな学者みたいなことを言ってどうするのか」と彼に詰め寄ったが、石破氏は「学者のあんたが政治家みたいなことを言ってどうするんだ」と反論したのである。 このエピソードが示すように、多くの同僚議員は石破氏の理詰めの議論に辟易(へきえき)する。残念ながら、それが人望をなくすことになる。共同通信加盟社論説研究会で講演する自民党の石破茂元幹事長=2020年7月 政治家とて人間であるから、一緒に食事をしてバカ話の一つもできるようになると、もっと支援者が広がると思う。政策的には優秀なだけに、この点での気配りを求めたい。 政策能力から見て、皆が協力すれば、内閣総理大臣として立派に務まると思う。洗練された岸田氏の「弱点」 岸田氏もまた、外相を4年半務めるなど政策通である。極端なところがなく、物腰も柔らかで落ち着いている。 政治家によくある「野人」といった雰囲気のない洗練された感じは、世界各国と外交を行うのには最適であったろう。しかし、それが彼の率いる宏池会の「お公家集団」の欠陥とも言われる。 彼の広島の選挙区に応援に入ったこともあるが、広島市内の繁華街で毎日地道に街頭演説を行っていたことが印象に残っている。あまりメディアなどで目立ったパフォーマンスはしないので、地味な印象が強く、国民の人気も高いとはいえない。 しかし、安倍時代の次には、パフォーマンス先行ではない彼のような人がトップに立つと、日本の政治が変わるのではないかと思う。小池百合子東京都知事に代表されるようなポピュリズム(大衆迎合主義)が政治を歪(ゆが)ませているからである。 祖父の正記氏、父の文武氏と衆院議員が3代続く毛並みの良さがある。従兄弟関係にある宮沢洋一元経済産業相の伯父、宮沢喜一元首相と同じように、酒はよく飲む。 菅氏は、石破、岸田両氏と違って、2世、3世議員ではない。根っからのたたき上げである。会見で記者団の質問に答える自民党・岸田文雄政調会長=2020年7月(春名中撮影) 私が1週間だけ早く生まれているが、同世代なので親しくしてきた。彼が総務相のとき、私は自民党の参院政審会長であり、多くの政策課題で協力した。 その総務相時代に、NHKの短波ラジオ国際放送で北朝鮮の日本人拉致問題を取り上げることに強くこだわり、当時の放送法に基づく命令を出したのも彼である。その後、2007年の参院選で自民党が惨敗し、第1次安倍改造内閣で私は厚生労働相に就いたが、菅氏は閣外に去り、同じ内閣で仕事をすることはなかった。 彼の選挙区は横浜市内にあるが、苦戦を強いられた衆院選のときには何度も応援に入っている。そのような縁で、全国を一つの単位とする比例代表から出馬している私の参院選の際には、神奈川県から大量の得票を得ることができた。 都知事になってからは、官房長官となった菅氏と、国と都の連係プレーを行ってきた。菅氏の配慮で優秀な官僚を都に派遣してもらったり、政策の調整を行ったりすることができた。 毎月1〜2度は、2人で食事をしながら打ち合わせをしたものである。都知事に小池氏が就任してから、国と都の協力関係にひびが入り、新型コロナウイルスへの対応にも問題が生じたことは周知の通りである。「裏方向き」菅氏はリリーフか 菅氏は第2次安倍政権の約8年で官房長官を勤め上げており、即戦力として首相の任務を果たすことに問題はない。本人は、あまり表に立たず、裏方が向いていると自認しているが、周りから推薦する動きも出てくると思われる。 「令和おじさん」として知名度も抜群であり、安倍首相の残りの任期を担当するリリーフ投手としては最適なような気がする。 以上のような評価をした上で、誰が首相になろうと、日本の空気を変えるために、実行すべきことを記しておきたい。 外交については、安倍路線を大きく変える必要はないが、米中関係の緊張が高まる中で、日本は両国の間の橋渡しをする必要がある。今秋の米大統領選でバイデン政権が誕生しても、強固な日米関係が日本外交の基軸であることに変わりはない。 拉致問題や北方領土問題も未解決のままであるが、引き続き粘り強く交渉していくしかない。韓国との関係については、対話は必要であるが、国際法の枠組みの中で行動している限り、日本の方から妥協する必要はない。 内政についての最重要課題は、もちろん新型コロナウイルスへの対応である。厚労省や国立感染症研究所を中心とするこれまでのわが国の対応は、必ずしもうまく行っていない。 安倍首相が命じたPCR検査の拡充すらサボタージュされる始末である。官邸の指揮命令が徹底するような体制の構築が必要である。マスクを外し会見に臨む菅義偉官房長官=2020年7月(春名中撮影) 経済対策に関しては、新型コロナの第3波、第4波の到来も予想されるため、財政出動で対応するしかない。その意味では、アベノミクスを声高に叫ぶわけにはいかない。しばらくは経済が低迷する状況が続くが、感染防止対策と経済の両立を図る、きめの細かい対応を期待したい。 次に、内閣の構成であるが、近年は「お友達内閣」の弊害が出てきたように思う。次期政権には、自民党内の多様な人材を登用する必要がある。主流派、反主流派を問わず、挙党内閣を発足させて、国難に当たるべきである。 官僚機構への対応も、これまでは官邸主導で、総理秘書官ら側近の官僚が力を持ちすぎた。それが「忖度行政」につながったのである。 彼らは選挙で選ばれたわけではない。新内閣の発足に当たっては、官邸官僚も新しい陣容にしなければならない。

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    長期政権の終わり方で読み解く、安倍首相の心境と理想の後継者

    川上和久(麗澤大教授) 歴史にifは許されない。しかし、もし新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の災厄(さいやく)に襲われることなく、東京オリンピック・パラリンピックが予定通り開催されていたならば、どうであろう。 潰瘍性大腸炎の悪化による退任だったとしても、東京オリンピック・パラリンピックを無事成功に導き、首相としての連続在任日数も佐藤栄作首相を超えて歴代1位となった。6回の国政選挙に勝利した名宰相として、惜しまれつつも花道を飾る会見になっていたかもしれない。 ところが、憲政史上最長であったにもかかわらず、新型コロナウイルス対応によるストレスと推測される持病の悪化で退任を余儀なくされてしまった。もちろん、こうなった以上、首相の胸中は、会見でもあったように「北朝鮮による日本人拉致問題の解決」「日露平和条約の締結」「憲法改正」をどれも成しえなかった無念に満たされていたのではなかろうか。 中でも、自らのライフワークとしていた拉致問題の解決に道筋をつけられなかったことについて「痛恨の極み」と述べていた。首相の退任会見としては珍しいこの表現まで用いて、7年8カ月に及んだ在任期間でも成し得なかった悔恨の念を隠そうとしなかったのである。 思えば、首相の退任会見はさまざまなドラマを生んできた。その在任中の思いもある意味凝縮されるからだ。 1964年11月~1972年7月まで、安倍首相に次ぐ連続在任2798日を記録した佐藤首相の退任表明記者会見は、今でも語り草になっている。 退任会見の際、「テレビカメラはどこかね、今日は新聞記者は話さないことになっている」と怒って内閣記者会の記者たちを追い立て、テレビに向けて「国民の皆さん」と直接呼びかけたのだ。この首相としてやや大人げない振る舞いは、「沖縄返還の実現など実績を残したのに、不当な佐藤バッシングをする新聞への最後のしっぺ返し」と揶揄(やゆ)された。新聞記者の引き上げた会見場で、テレビカメラに向かって退陣の所信を表明する佐藤栄作首相=1972年6月、首相官邸 実は、事務方が佐藤氏の意向をくんで、首相がテレビに直接語りかける形をセットしたはずだったそうだ。だが、内閣記者会との段取りの食い違いで、記者たちも陪席する形だということが佐藤氏に伝わっておらず、会見場に行ったら記者たちが並んでいたため、「話が違う」と激高したのが真相らしい。段取りの食い違いというハプニングではあったが、「偏向的な新聞は大嫌いだ」と思わず口走ったことで、佐藤氏の積年の新聞報道への恨みが図らずも露呈することとなった。印象的な福田親子の会見 その佐藤氏に「プリンス」として後継を嘱望されながら田中角栄氏に総裁選で敗れたのが福田赳夫首相である。田中内閣、三木武夫内閣では入閣と下野を繰り返し、ようやく1976年12月に第67代首相の座にたどりついた。 現職の自民党総裁として唯一総裁選に敗れ、大平正芳氏に首相の座を明け渡すことになり、1977年11月に退任に追い込まれた福田氏は「民の声は天の声というが、天の声にも変な声もたまにはあるな、とこう思いますね。まあいいでしょう。きょうは敗軍の将、兵を語らずで」と述べて記者会見場を去り、退任への悔しさをにじませた。 これも「敗軍の将、兵を語らずだったら、天の声も変な声がたまにあるな、などという言い草は語ってるじゃないか、負け惜しみも甚だしい」と批判された。勝利を確信していたものの、大平氏を支援した田中氏との権力闘争に再び敗れ去ったがゆえの落胆を、最後に抑えきれずに吐露したのだろう。  「メディア批判型」の退任会見ということでは、憲政史上初めて親子で首相になった福田康夫首相の退任会見も印象的だ。 2007年9月、安倍首相の辞任により第91代首相となったが、2カ月前の参院選で自公与党が大敗、民主党を中心とする野党が過半数を制しており、参院では同党の小沢一郎代表が首相指名される「ねじれ国会」に直面していた。その対応にも苦慮して、1年後には国政選挙が行われることなく退任を表明した。 その会見で、福田氏は記者から「国民の印象として、総理の会見は全て他人事な感じを持っている」と言われ、やや感情的に「他人事とあなたはおっしゃったが、私は自分自身を客観的に見ることができる。あなたとは違うんです」と言い返した。「あなたとは違うんです」という記者への言い返しは、自分の思いをきちんと伝えてくれない報道の「自分との違い」を感じ続けていた福田氏の最後の思いが思わず吐露されたものと受け取られた。会見で辞任を表明する福田康夫首相=2008年9月(川口良介撮影) 「メディア批判型」「負け惜しみ型」に並ぶのは「空疎型」というべきタイプだ。「自分はやるだけのことをやった」と美辞麗句を並べるものの、内容が空疎で、短い任期でほとんど何もできなかったときにはこういうタイプの退任会見となる。 思い出されるのは宇野宗佑首相だ。1989年6月、派閥の領袖ではなかったにもかかわらず、リクルート事件や消費税導入で身動きが取れなくなった竹下登首相が後継に指名する形で急遽(きゅうきょ)就任した。 ところが、神楽坂の芸妓とのスキャンダルが『サンデー毎日』に報じられ、直後の参院選ではリクルートや消費税、農政と問題山積で逆風が吹き荒れ、36議席の惨敗で、選挙翌日の退陣表明に至った。その際、「明鏡止水の心境である」と述べたことが話題となったが、69日という短い在任期間で、語るべきものは何もなかった、という心境かとも言われた。最も傷の浅い退任 中曽根康弘首相や小泉純一郎首相のように、長期政権で任期満了で退任する場合は、在任中の自らの業績を語ることに意味はあろう。だが、選挙での敗北の責を負って退任する場合には、その責を負って、という以外は空疎に響いてしまうのは致し方あるまい。 それでは、安倍首相の退任記者会見はどうだったか。メディアに対しての恨みつらみを吐露したわけではないので「メディア批判型」ではないし、選挙などに敗れて退任する「空疎型」でもないだろう。「負け惜しみ」とも言い難いが、いわば演出された「後ろ髪引かれ型」の会見といえようか。 憲政史上最長の在任期間を誇りながら、潰瘍性大腸炎の悪化によって、拉致問題、ロシアとの平和条約締結、憲法改正を果たすことなく、任期途中で退任せざるを得なくなった悔恨は、退任会見のそこかしこににじみ出ていた。「やり切った」という思いは本人も感じられないに違いない。 しかし、後ろ髪を引かれながらも、新型コロナウイルス対策に道筋をつけ、新しい体制で自らが引いた路線を踏襲する最低限の布石を打ったうえで、「後ろ髪引かれながらも後に託す」思いではなかろうか。 拉致問題、ロシアとの平和条約問題、憲法改正は「歴代政権が取り組んできた課題」とは言っていたが、それぞれ濃淡はあろう。憲政史上最長の在任期間を務めあげた首相の路線を大幅に修正するようでは、国内の新型コロナウイルス対策と社会経済活動の両立、という点でも対外的にも不安定要因となる。 さて、このタイミングで、最も傷の浅い退任を選択した安倍首相の後任は誰になるのか。自民党の例で言えば、長期政権でありながら、任期途中で退任した例はなかった。 順当に考えれば、安倍首相の自民党総裁として残る1年の任期は、安倍政権の方針を安定的に継承する人材が模索されることになるだろう。そうなると、菅義偉(よしひで)官房長官が8月末の時点では最有力に思われる。ただ、1年の総裁任期の中で「選挙の顔」として力を蓄え、来年9月に解散総選挙に打って出る可能性に自民党の国会議員たちは賭けることができるのか。辞意を表明した記者会見で、記者の質問を受ける安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 他の有力候補を見てみると、岸田文雄政調会長には選挙の顔としての不安、石破茂元幹事長には野党ばりの安倍批判に対する嫌悪感が拭えない。「消去法」でいっても、菅氏に収斂(しゅうれん)していくことで、少なくとも安倍首相は気を安んじることができるかもしれない。 いずれにせよ、国のリーダーとして潰瘍性大腸炎の再発への不安とも戦いながら、7年8カ月を走り抜けた安倍首相には感謝の念を捧げたい。

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    病気で辞任した歴代総理 「本当の病状」公表したのは1人だけ

    一過性の不整脈」と公表されたが、実際は心筋梗塞で6月12日に死去した。当時、自民党の広報を務めていた政治アナリスト・伊藤惇夫氏は、倒れる1~2週間前に異変を感じたという。「分刻みでスケジュールが決まっている総裁遊説中、突然トイレに駆け込んで姿が見えなくなったので大騒ぎになりました」 大平の後を継いだ鈴木善幸首相の主治医で、外遊随行医も務めた水町重範氏は著書『総理の随行医』で、鈴木が「総理総裁ともなると健康が何よりだ。ましてや大平さんの病死の後だしな」と語っていたと書いている。同書によれば、外遊中の首相は起床時と就寝時に必ず体温と血圧を測り、異常がないかチェックしていたという。細心の注意を払ったこともあり、鈴木は無事に2年4か月の首相任期を全うした。「いつの時代も、首相の健康状態はトップシークレット。官房長官や秘書官など数人しか本当の病状はわかりません。情報は小出しにして、その間に党内情勢の分析や後継者の選定をするのです」(伊藤氏)※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 多くの歴代総理は病状をひた隠しにしてきたが、石橋湛山首相だけは違った。「新内閣の首相としてもっとも重要なる予算審議に一日も出席できないことがあきらかになりました以上は、首相としての進退を決すべきだと考えました。私の政治的良心に従います」 1957年2月、病の石橋はこの書簡を残し、わずか在任65日で内閣総辞職をした。その潔い決断は今も語り継がれている。■安倍昭恵さん 首相辞意表明前に異例の官邸訪問、夜遊び封印■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■山口県庁で開催の総理大臣展 菅直人氏、昭恵氏が消されてた■がん隠した森氏、動静偽装した小渕氏… 病の総理が取る行動■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由

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    「理念の外政家」安倍晋三去りし後、米中冷戦下でよぎる日本の悪夢

    相は、熾烈(しれつ)の度を深めている。自由主義世界と権威主義世界が対峙(たいじ)する国際認識を諸国の政治指導者の中で真っ先に披露したのが、安倍なのである。 とかく、政権掌握前は没価値的な外交運営を行うものと予想されたトランプが、今や中国に最も厳しい姿勢を向けているのは、安倍の影響を抜きにしては語れまい。「宥和」という有害な感覚 例えば、先進7カ国(G7)首脳会議(サミット)の枠組みの中で動く日本の政治指導者の範疇(はんちゅう)で、安倍が前例のない影響力を持つことができたのは、その政策遂行における理念上の強さによるものであろう。安倍の対外政策展開における際立った特色は、「自由・民主主義・人権・法の支配」といった普遍的な価値意識の擁護を打ち出した際の徹底性にこそある。 「安倍後の日本」における最たる懸念は、そうした安倍の徹底性が継承されるかということにある。安倍内閣下、そうした徹底性の結果として、特に中国、韓国、北朝鮮といった近隣3カ国との関係は膠着(こうちゃく)した。 「安倍後の日本」を率いる政治指導者が、自らの独自性を出すために、そうした近隣3カ国に対する宥和(ゆうわ)姿勢に転じ、「自由で開かれたインド・太平洋」構想が意味するものを骨抜きにするような方向に走ることこそ、一つの「悪夢」かもしれない。 少なくとも、1970年代以降、中国との経済関係を密接にしてきた日本には、対中ビジネス上の利得を重視する層が、米国や他の西欧諸国に比べても厚く存在する。そうした層の政治的な巻き返しに抵抗できるかが問題なのである。 現今の米国では、大統領選挙に際して、トランプが再選されるのか、あるいは前副大統領のジョー・バイデンが政権を奪還するのかが政治上の焦点になっている。仮にトランプが再選されたとすれば、トランプの「御守り役」としての安倍の政権継続が日本の国益上、不安が少なかったかもしれない。 けれども、安倍が去る以上、トランプとの関係を首尾よく紡(つむ)ぎ、バイデンが政権を奪還した場合でも、米国政治の基調となった対中強硬姿勢に歩調を合わせられる政治指導者が、「安倍後の日本」でも必要とされることになる。現今、過去40年近くの対中関係や対韓関係に反映されたような「アジアの連帯」という感覚は、率直に有害なのである。 安倍が披露した「自由で開かれたインド・太平洋」構想に反映されたように、米豪加各国や西欧諸国のような「西方世界」との連帯の論理を進める政治指導者こそが、「安倍後の日本」に求められている。首相官邸での会談に臨む安倍晋三首相(右)とバイデン米副大統領=2013年12月(酒巻俊介撮影) 安倍晋三は、その政権運営に際して、理念の強さが日本外交の支えとなることを明白に証明した宰相であった。優れた政治指導者が、まず外政家として評価されるのであれば、安倍こそはその鮮烈な事例であったかもしれない。 当節の日本は、社会における内向き志向が指摘されるとはいえ、「世界の中の日本」という視点が何よりも重要である事情は変わりがない。安倍の後を継ぐ政治指導者には、「内治の失敗は取り返せても、外交の失敗は取り返せない」という故事を肝に刻んで、宰相の座に就いてもらいたいものである。これが、筆者の当座の所見である。(一部敬称略)

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    安倍辞任で日本に立ち込める暗雲

    首相の連続在職日数で歴代最長となってわずか数日。唐突な安倍首相の辞任表明は、全国に衝撃が走った。持病の悪化とされるが、13年前の退陣と同様の理由に疑念も広がる。そもそも「ポスト安倍」の不在が長期政権のゆえんでもあっただけに、コロナ禍や米中対立といった課題山積の中、不安は募るばかりだ。

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    持病悪化だけが理由か?安倍辞任劇を導いたいくつもの「限界」

    なるのが、安倍首相の長期政権を支えた菅官房長官と二階俊博幹事長の存在だ。安倍首相は、菅、二階両氏とは政治理念が同じとは言えないが、中選挙区時代に鍛えられた剛腕と調整力が「安倍一強」の後ろ盾でもあった。厳しい表情で記者会見に臨む安倍首相=2020年8月28日、首相官邸 その菅氏をめぐっては、先に述べたような不安がある。二階氏に関しては、ワシントンDCに本拠を置くシンクタンク「戦略国際問題研究所」(CSIS)の報告書で、名指しで「親中派」とされている。今秋の人事異動でこの2人を外さなければならないとすれば、安倍政権は成り立たないといっても過言ではない。 自民の有力政治家である二階氏をワシントン筋が言及したことは、過去の例ではロッキード事件以来とも言えるレベルであり、それぐらい米国は中国に対して本気なのだ。  こうした種々の問題が重なったことこそが、急な辞任劇の深層にあるとの見方が消えないゆえんだ。意外にも「平時のリーダー」 これまでの安倍首相の状況を見ていると、意外かもしれないが「平時のリーダー」だったように思う。当初は困難だとされた集団的自衛権を行使できるようにする安全保障関連法を難なく成立させ、さらに選挙は連戦連勝。コロナ禍は「国難」とされたが、日本だけの問題ではない。 要するに広い意味では、いずれも平時の出来事であり、真の危機はまさに、一触即発ともいえる米中対立と、迫りくる中国の日本への脅威と言えなくもない。この危機こそ、安倍首相にとっては「想定外」であり、健康問題も含めて対峙する余力がなくなったと見るべきではないか。 そして誰もが懸念するのが、ポスト安倍だ。これまで記してきたような状況を踏まえれば、親中派の岸田文雄政調会長は望ましいとは言えない。石破茂元幹事長に関しても、複数の防衛省筋から、「実は防衛問題が分かっていない」という批判を聞いている。 ならば、河野太郎防衛相か茂木敏充外相かとなる。もう少し幅広く見て、コロナ対応で奔走する西村康稔経済再生担当相や高市早苗総務相も悪くない。ただ、上記のポスト安倍の面々をワンポイントリリーフにして、その後、本命を首相に据えるといった考え方もある。 また、立憲民主との合流で、残された国民民主の玉木雄一郎氏による新党が一定の規模を維持した場合、連立政権に組み入れて公明の比重を減らし、憲法改正を実現に導くというシナリオもあり得る。 そして、本命のポスト安倍を考える上で、触れておきたいのが、来年に延期された東京五輪・パラリンピックだ。コロナ感染拡大が終息するにはまだまだ時間を要するとの見方が大勢で、すでに来夏でも開催は無理という見解は多い。 東京五輪が完全に中止になれば、東京都の小池百合子知事は「税金の無駄づかいをなくす」という大義をもってこれを受け入れ、責任を取って知事を辞任。その次の総選挙で衆院議員に返り咲き、一気に女性初の首相を狙っても不思議ではない。 以前の寄稿「ポスト安倍に小池知事も参入?評価を分けるリーダーの危機管理センス」でも記したが、小池氏は防衛相だった2007年、問題が発覚した防衛事務次官(のちに収賄罪などで有罪確定)を更迭し、自らも辞任した。このとき、ワシントンに赴き米国の有力者の了解を得た上で実行しており、こうした動きは国際政治に精通している証左だ。 このときからワシントンでは「小池は使える」という評価が高まったように思う。私が毎日、米メディアを見ていても「小池首相待望論」ではないかと思える記事は時折目にするのだ。記者会見で、安倍首相の辞任意向について「非常に残念」と述べた東京都の小池百合子知事=2020年8月28日、東京都庁(桐山弘太撮影) いずれにせよ、近いうちにポスト安倍は決まることになるので、推測や願望はほどほどにしておく。重要なのは、米大統領選の結果がどうであれ、米中の紛争も現実味を帯びている中で、日本のかじ取りを任せられるのは、安全保障と経済の立て直しを第一に考慮しなければならないことだ。これらを踏まえれば、やはりワシントンとのパイプを持つか、もしくは精通した人物を選ぶべきだろう。

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    真相わからぬ総理大臣の健康、政局気にして「病気隠し」

    よる波紋はなお続いている。翌々日には職務に復帰したが、詳しい説明がないこともあって、憶測が喧しい。 政治家の健康問題は洋の東西を問わずデリケートな問題だ。アメリカのトランプ大統領も昨年、首相と同様に突然の健診を受けて周囲を驚かせた。しかし、米国では、大統領の検査結果は原則的に公表され、〝透明性〟は高い。 日本では、健康状態を隠すだけでなく、過去には国民に「嘘をつき通す」ケースも少なくなかった。安倍首相が慶応病院で「追加の検査」を受けたのは8月17日。午前中、私邸から直接病院に入り、夕方まで院内にとどまった。 6月に同病院で健康チェックを受けたばかり。何のための「追加の検査」だったのか、7時間半もの時間は何らかの治療に費やされたのではないかーなどの疑問が指摘された。 ここに至る数週間、首相は記者会見も開かず、国民の前に姿を見せることが少なかった。健康への懸念が一部メディアで指摘され、8月16日に側近の甘利明自民党税制調査会長がテレビ番組で、「首相には休養が必要」と述べた翌日という微妙なタイミングも手伝って永田町にざわめきが広がった。 首相は検査翌日は終日静養、19日に職務に復帰、「体調管理に万全を期すため。仕事に復帰し頑張っていきたい」と記者団に語った。しかし、第1次政権を投げ出したのは持病の潰瘍性大腸炎の悪化だったことへの記憶はなお新しく、首相側から詳細な説明がない限り、波紋は続きそうだ。 トランプ米大統領(74)が昨年11月16日、突然、病院に現れた時も、今回の安倍首相のケースに酷似している。大統領はワシントン郊外、メリーランド州ベセスダにあるウォルターリード米軍医療センターでその年2月に詳細な定期健診を行ったばかり。10カ月もたたないなかでの「前触れなき再訪」だった。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 同医療センターでは歴代大統領らが定期的に健康診断をうけている。ちなみに、1963年に暗殺されたケネディ大統領の遺体が検視を受けたのもここだった。しかし、通常と違っていたのは、病院スタッフは最高幹部を除いて大統領の来訪を知らされず、検査に加わったのも少数の医師団だった。 ホワイトハウスからベセスダまでは自動車で数十分を要し、大統領はヘリで移動するのが常だが、この日は好天だったにもかかわらず、空の移動を避け車列を連ねた。メディアも大統領の病院到着まで報道を控えるよう指示されるという異例づくめだった。 2時間にわたる検査後、ホワイトハウスは、「週末の予定がなかったため、多忙が予想される2020年の健診の一部を先に行った。検査で異常はなかった」と説明。「一部の人々やメディアは憶測をめぐらしたり無責任なウワサを流すことを楽しんでいる」とメディア批判はいつも通りだったが、詳細な結果についての公表は避けたため、不審感が少なからず広がった。トランプさえ公表した シンゾウとドナルドといわれる〝盟友〟同士は、健診のスタイルまで似てくるのかと想像をめぐらせたくなるが、そのトランプ氏にしても、その年の2月に行った健診結果については、国民につぶさに公表している。 身長6フィート3インチ(190センチ)、体重243ポンド(110kg)、総コレステロール223、血圧118-80、心拍数1分間68-など。 驚くのはトランプ氏が2020年7月に認知テストについて自ら説明したことだ。ウォルターリードで医師によって検査が行われ、「person」「woman」「man」「camera」「TV」という5つの単語を聞かされ、他の質問に答えた数分後に、その言葉を繰り返すというものだった。インタビューアーに、「できるかい?」などと問い返し、テスト全体で好成績を得たことを強調してみせた。もっとも、「バイデン氏もテストを受けるべきだ」と大統領選での対立候補、77歳のバイデン前副大統領を揶揄するのを忘れなかったが。 オバマ前大統領が退任10カ月前の2016年3月に行った健診結果は、血圧110-68、心拍数56、コレステロールやや低め、視力20-20(1・0)ーなど。 自分の心拍数など正確に知っている人などいないだろうが、そこまで国民に知られてしまうというのだから、大統領という職はつくづく楽ではない。 自分たちが選んだ大統領の健康状態を自分たちが知るのは当然という民主主義の考え方だろう。日本ではそういう認識は、リーダー、国民いずれも低いようだ。 安倍首相自身、わずか1年で第1次政権を辞すとき、健康状態の悪化が理由であることをよく説明しなかったし、過去、政治家が国民をミスリードしたことは少なからずあった。  思い起こすのは「所得倍増」を掲げ、経済大国・日本の基礎を固めた故池田勇人首相だ。政権を担ってちょうど4年が過ぎた1964(昭和39)年7月、自民党総裁に3選された直後、ノドにガンがみつかった。 当時はまだ、ガン告知は行われておらず、しかも病名を公表すれば、政局に大きな影響を与えるとあって、医師団が考え出した苦肉の策は、「放置すれば悪性になる〝前ガン状態〟という説明だった。 記者会見で、国立がんセンター病院の久留勝院長(当時)は「組織検査の結果、乳頭腫という良性腫瘍であることがわかった。典型的な前ガン症状だ。ガンではないが、悪性化する場合もあるので十分な放射線治療を行う」と説明、「天下に大嘘をつき通した」(柳田邦男「ガン回廊の朝」、講談社、367-368頁)。「前ガン状態」は流行語にもなった。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 池田首相は東京五輪が閉幕した翌日の10月25日に辞意を表明。一時回復して退院したが再発、翌年8月に亡くなった。本当の病名が発表されたのは死去した日の朝になってからだった。  ちなみに、池田氏の後任に選ばれたのが沖縄返還を実現した佐藤栄作氏だ。望まれる説明 1980(昭和55)年6月、初めての衆参同日選挙のさ中に亡くなった大平正芳首相のケースも忘れられない。その前年秋の総選挙で大敗、退陣を求める声が強まり、80年5月、一部自民党議員の欠席もあって、内閣不信任案が成立してしまう。大平氏は衆院を解散、同時期に予定されていた総選挙とのダブル選を決断する。 参院選が公示された5月30日の遊説中に、首相は体調を崩した。午後の横浜市内での遊説では選挙カーからすべり落ちそうになるほど。さすがに異変を感じた記者、カメラマンもいたが、首相は苦しい中で時間を延長して弁舌をふるった。 もっとも首相夫人は夫の異変に気がついていたようで、首相の遊説中に、すでに主治医に対して、夜になったら往診をしてほしいと依頼していたという(三輪和雄「病める政治家たち 病気と政治家と権力」、文芸春秋社、246-247頁)。 世田谷の首相私邸で、簡易心電図を用いて診察した主治医は顔を曇らせた。単なる不整脈ではなく、深刻な所見がみられたからだ。虎の門病院の医師団に連絡がとられ、新聞の締め切り時刻を待って入院する手はずが整えられた。深刻な心臓疾患と発表すれば政局に大きな衝撃を与える。過労による一過性の不整脈があるため大事をとって入院する―と外部に説明することに決まった(同249頁)。 異変を聞きつけて未明の病院に集まった記者団に対し、首相の女婿、森田一秘書官は、打ち合わせ通りの説明をし、翌朝、伊藤正義官房長官の記者会見は「嘘でかためた談話だった」(同、251頁)。 メディアも国民も本当のことを知らされないまま、大平首相は6月12日未明に容態が急変、選挙結果を見ずして亡くなった。首相の地元、旧香川2区からは森田が急遽出馬、弔い合戦の初陣を飾った。その後は運輸大臣などを歴任して活躍した。同日選は22日に投票、自民党は衆参両院で大勝。後任の首相指名をうけたのが、大平氏の盟友の1人、鈴木善幸氏だ。 大統領の健康状態が細大もらさず公表され、政治家の病気隠しなどあり得ぬはずのアメリカにも有名な話がある。 28代大統領、第1次大戦後に国際連盟創設を提唱したウッドロー・ウィルソン(民主党、在任1913-1921年)は、退任まで1年余りを残した1919年10月、卒中の発作に見舞われた。左半身不随などの重い後遺症が残ったが、周囲はこの事実を隠し、閣僚らにも面会を禁じ、重要案件の決裁などは夫人らがひそかに行っていたといわれる。 いまなら考えられないことであり、合衆国憲法修正25条で、大統領権限継承順位が明文化される契機になったという。慶応義塾病院に入る安倍晋三首相(右から4人目)=24日午前、東京・信濃町(酒巻俊介撮影) 安倍首相の健康状態に話を戻すと、詳しい説明を待つ国民は少なくあるまい。興味本位で他人の健康状態をのぞくというのではなく、時あたかも新型コロナウィルスが猛威を振るっている時期であり、首相に元気で対策の指揮を執ってもらいたいというのは国民共通の思いだ。沈黙はさらに憶測を生む。 「問題ない」と周囲が繰り返すだけではなく、首相自身か、しかるべき政府高官の口から明快な説明をして、国民を安心、納得させるべきだろう。指導者の重病説が流れても何の説明もしない北朝鮮とは違う民主主義の国なのだから。かしやま・ゆきお 元産經新聞論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員、産経新聞社監査役を歴任。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

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    安倍首相辞任 元官邸スタッフ「8年間の体調管理は綱渡り」

     安倍晋三・首相が8月28日、辞任の意向を固めた。安倍首相は潰瘍性大腸炎の悪化で2007年にも退陣に追い込まれた過去がある。その後、症状を劇的に改善させたのが長年主治医を務めた日比紀文・元慶応大学医学部教授(現在は北里大学病院炎症性腸疾患先進治療センター長)だった。 日本消化器病学会の広報誌に掲載された日比教授との対談で、安倍首相は病状の安定についてこう語っている。〈アサコールという飲み薬が画期的に効いて寛解状態が続き、「また悪くなるのでは」との懸念がなくなり、精神状態も本当に楽です。CRP(炎症反応)検査値はゼロ、内視鏡検査の結果は「何もない」。この40年間で初めての「何もない」状態です〉(『消化器のひろば』2012秋号) 官邸には首相専用の医務室があり、防衛医大病院などからローテーションで医官が詰めている。 安倍首相が再登板してからは、そうした医官と、持病の治療にあたってきた日比教授が指導する慶応病院のスタッフを中心に医療チームが組まれている。日比教授が2013年に慶応を定年退職して北里大学に移った後は、慶応病院の医師団が主治医の役割を引き継いだが、日比教授自身も公邸や私邸に“往診”することがあるといわれる。 おおたけ消化器内科クリニックの大竹真一郎院長は、「潰瘍性大腸炎は医学的な完治は難しく、治療は症状をどれだけ安定させるかが中心になる。そのためにはきめ細かい健康管理が重要で、ストレスが大敵です」と見る。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 実際、総理の体調管理にあたる医師団にとってこの8年間の体調管理は“綱渡り”だったようだ。別の元官邸スタッフが「今だから言える」とこう振り返る。ヤジと持病の関係「総理の体調が目に見えて悪化していったのは2015年の安保法制の頃からです。反対運動が起こり、支持率が急落すると、薬のことで医療チームが揉めているという話が伝わってきた。体への負担が少ない薬を続けるか、ステロイドなど強い薬にするかで意見が分かれたようです。 結局、その日の体調や日程に応じて薬を細かく使い分けながら、少しずつ強い薬を増やしていくことになったようで、医師団の1人は“手間がかかる”とぼやいていた。国会で飲んでいるマイボトルにも、腸の炎症や下痢を抑える成分が調合されているそうです」 夜の会合が多い安倍首相の食事の管理は秘書官らの仕事だった。「会合で中華料理などの日程が組まれているときは、油を中和するような成分のドリンクが用意されていた。医療チームからは、香辛料など刺激物を摂らせないようにといった注意書きのメモが秘書官に渡されていました」(前出・元官邸スタッフ) 興味深いのは、ヤジと持病の関係だ。安保法制論議の頃から、首相のヤジが問題になることが目立ってくる。「ヤジは体調が良くないサインだと聞きました。薬の影響で気分が落ち着かないらしい。ただし、本人は国会中に意識を強く保つために思わずあんな行動に出ているのだから、体調は悪いにしても、ヤジを飛ばせるうちは大丈夫だという医療スタッフもいました」(同前) 医師団は首相のヤジの飛ばし方まで注意を払っていたことがわかる。■安倍首相体調悪化 二階、菅氏ら新・五人組は誰を選ぶか■安倍首相体調悪化 吐瀉物の内容を割り出す凄まじい情報戦も■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■安倍首相がもう一人の祖父「安倍寛」のことを口にしない理由■セクシー女優のHIV陽性判明、感染発覚以降も撮影は行われた

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    コロナ禍でも踏ん張れるアベノミクス2800日の「レガシー」

    」としばしば呼ばれる人たちだ。 このような感情的な反発がベースにあるワイドショー民が増えてしまえば、政治家の「人格」も「健康」も軽く扱われてしまう。要するに、非人道的な扱いの温床につながるのである。 安倍首相のケースでいえば、8月17日と24日の慶応大病院での受診や、新型コロナ危機の前後から続く過度な執務状況がそれに当たる。心ない反安倍系のマスコミ関係者や野党、そしてそれに便乗する反安倍的な一般の人々による、まさに醜悪といっていい発言を最近目にすることが多い。東京・信濃町の慶応大病院に入る安倍晋三首相=2020年8月24日(酒巻俊介撮影) この人たちはおそらく人を人と思っていないのだろう。どんな理屈をつけてきても、それでおしまいである。議論の余地などない。健康を政争にしかねない野党 ましてや、国会で首相の健康の状況を政争の論点にしようとしている野党勢力がある。そのようなレベルの考えだから、いつまでたっても支持率が低いままなのだ。きちんと政治を見ている心ある人たちもまた多いのである。 経済評論家の上念司氏は、8月24日の文化放送『おはよう寺ちゃん活動中』で「野党が(首相は)休むんじゃないとかひどいことを言っている。この健康不安説を流しているのは野党とポスト安倍といわれる政治家の秘書ではないか」と推論を述べている。首相の健康不安を過度にあおり、それを政争にしていく手法は、本当に醜悪の一言である。 この手の政治手法に「よくあること」などと分かった風のコメントをする必要はない。単に、人として品性下劣なだけだからだ。 実際には「一寸先は闇」なのが政治というものである。それでも、民主国家の日本でこれほどの長期政権を続けられるのは、国民の支持がなければあり得ないことだ。 この連載でも常に指摘していることだが、安倍政権が継続してきた主因は経済政策の成果にある。新型コロナ危機を一般化して、安倍政権の経済政策の成果を全否定する感情的な人たちもいるが、論外である。 もちろん景気下降の中で消費税率の10%引き上げを2019年10月に実施した「失政」を忘れてはならない。さらにさかのぼれば、二つの経済失政がある。2014年4月の8%への消費税引き上げと、18年前半にインフレ目標の到達寸前まで近づいたにもかかわらず、財政政策も金融政策も事実上無策に終わらせたことだ。2020年2月18日付の社説で、安倍政権の消費税率引き上げについて「大失態」だったと酷評する米紙ウォールストリート・ジャーナル(右)と英紙フィナンシャル・タイムズ(寺河内美奈撮影) ただし、きょう2800日を迎える中で、新型コロナ危機以前の経済状況については、雇用を中心に大きく前進していた。「長期デフレ不況」の「不況」の字が取れ、「長期デフレ」だけになっていたのが、2度目の消費増税に踏み切る19年10月以前の経済状況だったといえる。 このことは、経済に「ため」、つまり経済危機への防御帯を構築したことでも明らかである。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の防御帯は主に3点ある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」である。 これらのほぼ全てを事実上、アベノミクスの「三本の矢」の金融政策だけで実現している。この状況に、積極財政の成果も急いで加えることができたら、インフレ目標の早期実現も可能となり、経済はさらに安定化しただろう。めちゃくちゃな経済批判のマスコミ 雇用改善については、第2次安倍政権発足時の完全失業率(季節調整値)が4・3%で、新型コロナ危機前には2・2%に低下していた。現状は2・8%まで悪化しているが、あえていえばまだこのレベルなのは経済に「ため」があるからだ。 有効求人倍率も、政権発足時の0・83倍から、新型コロナ危機で急速に悪化したとはいえ、1・11倍で持ちこたえているのも同じ理由による。ただし、「ため」「防御帯」がいつまで持続するかは、今後の経済政策に大きく依存することは言うまでもない。 このような雇用の改善傾向が、若い世代の活躍の場を広げ、高齢者の再雇用や非正規雇用者の待遇改善、無理のない最低賃金の切り上げなどを実現することになった。 そのような中で、朝日新聞は首相連続在職最長になった24日に「政策より続いたことがレガシー」という東京大の御厨(みくりや)貴名誉教授のインタビュー記事を掲載していた。現在の朝日の主要読者層には受けるのかもしれないが、7年にわたる雇用の改善状況を知っている若い世代にはまるで理解できないのではないか。 日経平均株価は政権発足前の1万230円から2万3千円近くに値上がりし、コロナ危機でも安定している。為替レートも1ドル85円台の過剰な円高が解消されて、今は105円台だ。これらは日本の企業の財務状況や経営体質を強化することに大きく貢献している。 ところが、24日の日本経済新聞や読売新聞では、新型コロナ危機下であっても、財政規律や基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化の先送りを問題視する社説や記事を相変わらず掲載している。産経新聞は、比較的アベノミクスの貢献を詳しく書き、消費増税のミスにも言及している。 ただ、今回は別にして、産経新聞も財政規律を重んじる論評をよく目にすることは注記しなければならない。他にもツチノコのような新聞があったが、今はいいだろう。2万3000円台を回復した日経平均株価の終値を示す株価ボード=2020年8月13日午後、東京・日本橋茅場町 これらのマスコミは経済失速を問題視する一方で、その主因の消費増税などをもたらす財政規律=緊縮主義を唱えているのだ。まさにめちゃくちゃな論理である。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。

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    暴走ぎみの吉村知事、現場が見えてますか?

    ン発言の炎上は暴走の結果であり、パニックをもたらした責任は重い。「挑戦」を掲げながら、現場を顧みない政治でいいのか。暴走に歯止めが利かないなら、知事も維新も落日が近づくだけだ。

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    「イソジン」大炎上、吉村洋文知事の暴走で近づく維新の落日

    過度な使用をする人が実際にいる。こうした問題を避けるためにも、医療に関する発言はパフォーマンス重視の政治家ではなく専門家がすべきであった。 吉村氏は医師ではないのに、以前から医療機関の代弁をするような発言を独断で繰り返しており、そのたびに医療現場は混乱に陥り、現場からも苦言が呈されている。PCR検査数についても、吉村氏は「検査数が足りていないとは思っていない」と述べたが、大阪医師会では「検査数を積極的に拡充すべき」と発表するなど、もはや裸の王様さながらの様相である。 さらには吉村氏のイソジン発言によって、府には抗議の電話が殺到し、府の保険医協会も猛省を促す声明を発表する事態にまでなった。吉村氏の暴走発言が原因による騒動なのに、当人は矢面に立って直接対応することもなく、連日多忙を極める役所職員が尻拭いに追われている。目に余る独断専行 最近の吉村氏は、TBS系ドラマ『半沢直樹』で半沢の宿敵、大和田が述べていた「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任」を体現しているようで、まさに本性が見えたと言っても過言ではない。 部下である職員はただでさえ、維新から「給料が高い。ボーナスも満額だし、頑張らなくても給料がもらえる」と一方的に悪のレッテルを張られた上に、維新の引き起こした騒動の対応をさせられている。これでは職員のストレスはたまっていく一方だ。彼らも一人の人間であり、このままでは我慢強い職員たちの怒りが爆発したときが、維新政治の終わりであろう。 市民が首長や議員の上っ面しか見られないのをよいことに、吉村氏は恐らく今後もこの路線で突っ走るのだろう。しかし、できない上司に仕える職員たちのことを考えると、同情の念を禁じ得ない。 市民に最悪の事態をもたらさぬよう尽力するのではなく、自分が「ヒーロー」でありたいという願望を満たすことを最優先としているのが今の吉村氏だ。府民の運命を握る重責ある立場でありながら、行き当たりばったりで受けのよさそうなこと何の根拠もなく発信する。だが結果としてそれがたたり、今では化けの皮が剝がれつつもある。 以前、私は連載で「維新は検証をしない」と述べたが、維新や吉村氏の発表した対策が、実際にはどのような効果をもたらしたか検証されることなく、これまではうやむやにして逃げ切ることができた。しかし、今回の新型コロナのように一つの事案が長期にわたることはまれなため、今回はそうもいかないであろう。 そういえば今年4月、吉村氏は新型コロナの予防ワクチンについて「大阪府と市がしっかりとコーディネイトし、早ければ7月から治験を開始し、9月から実用化を図りたい」と述べていたが、その後何の音沙汰もない。府民だけでなく、国民の期待を集めるだけ集めておきながら、その後の報告もなくあっさりと裏切ることができてしまうのだ。 また、大阪府での新型コロナウイルスの重症者数が全国最多になったことに関しても「大阪は、できるだけ早めに気管切開して、人工呼吸器をつけて命を救う治療を優先している」と発表したこともあった。新型コロナウイルス専門病院となった大阪市立十三市民病院の外観=2020年6月30日、大阪市淀川区(鳥越瑞絵) しかし、大阪だけが本当にそうしているかというデータもなく、大阪府医師会の茂松茂人会長も「どこでも同じ治療を提供しています」と反論を行った。 吉村氏は「ヒーローとして扱われるためなら、市民の感情など踏みにじっても構わない。うそも方便だ。何をしたって、どうせ府民は維新を応援するんだろ」と言わんばかりだ。平時はそんなうぬぼれが大目に見られたとしても、緊急事態には許されることではない。 「イソジン会見」では「ウソみたいなホントの話」などと緊急事態下での発言とは思えない寒いギャグを飛ばしていたが、「ウソみたいだったけど、やっぱりウソだった話」を気まぐれで言って、市民が混乱するような発言は止めていただきたい。 未曽有の時代だからこそ、自分より市井の人々を大切にしてくれる人が求められる。この言葉を理解できる人だけが一生政治家でいられるはずなんですが、吉村氏は本当に理解できているんでしょうか。

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    「ハム太郎」が変える、人気キャラで勢いづくタイ反政府デモの新境地

    ろうか。また彼らの運動の背景には何があり、どのような意味を持つのか。そして、こうした運動が今後のタイ政治に対してどのような影響を与えうるのか。本稿ではそういった側面から、今回のタイにおける政治運動について考えたい。 まず、この混乱の背景として、06年にタクシン政権が軍のクーデターによって打倒されたことに始まる。もともと、そのクーデターの前後において、地方農民や低所得者の住民はタクシン首相に対する支持が集まり、上流階層や公務員層などの都市部の住民はタクシン氏に反発する構図が生まれていた。 その反タクシン派から支持を受ける「黄シャツ」陣営と、一般的にタクシン派とみられる「赤シャツ」陣営に分かれた大規模な大衆デモが、首都バンコクを中心にタイ全土で繰り返されていた。こうして、14年5月に軍が再びクーデターを起こすまで、国を真っ二つにしたある種の内戦状態となった。 そのクーデター後に登場したプラユット氏が率いる軍事政権は、大衆デモを封じるために非常に厳しい言論統制を実施し、19年3月の民政復帰に向けた総選挙までの約5年間統治を続けた。ただ、その総選挙でも、親軍の「国民国家の力党」と官選の上院の支持により、プラユット氏が続投することになった。そのため現在も、実質的には軍事政権と言った方が適切かもしれない。 今年2月には反軍政を掲げ、若い学生から多くの支持を集めていた「新未来党」が憲法裁判所により解党された。そのため学生たちの間からプラユット政権に対する不満の声が上がり、各地の大学構内などで抗議集会が開かれるようになった。ただ、3月以降は新型コロナウイルスの感染防止策もあり、いったん反政府運動は沈静化していた。 しかし、新型コロナの影響で多くの国民が経済的に深刻なダメージを受ける中、プラユット政権は効果的な救済策を打ち出すことができず、経済的理由から自殺者さえ出るようになった。他方、政府は米国からの武器購入計画を実行しようとしたり、閣僚の不祥事が表面化するなど、国民の間に政権に対する怒りと不満が日増しに大きくなりつつあった。  タイでの過去の例に照らし合わせれば、今回も多数の国民による反政府デモが起こるはずであった。しかし、14年のクーデター以降、従来のような広がりと継続性を持った大規模なデモは行われなかった。最大の理由としては、プラユット政権による厳しい言論統制がある。 ただ、実際のところ、06年以降に起きた「赤」と「黄」のシャツにより、国家が二分された大規模デモによる混乱の再来を嫌う人々も、エリート層を中心に数多く存在する。これが大きな反政府デモにつながらない理由の一つでもある。集会で気勢を上げる、タクシン派で「赤シャツ」と呼ばれる反独裁民主統一戦線(UDD)のメンバーら=2011年5月19日、バンコク市内 ゆえに多くのタイ国民はプラユット政権に対して不満を持ちつつも、先の苦い記憶から反政府運動を展開できずにいた。こうした状況下で登場したのが、学生たちによる「ハム太郎デモ」であった。 ハム太郎デモの特徴は、参加者の多くが高校生と大学生である点である。06年以降の大規模デモには高齢者や活動家、非政府組織(NGO)、そして政治家が多数参加していた。そのため、たとえ「赤シャツ」陣営が民主主義の復権をうたっても、そのデモが持つ「政治性」を警戒する国民が少なからず存在した。ハム太郎が用いられた理由 これに対して、今回のハム太郎デモはほとんどの参加者が若い学生のため、従前のデモに比べて「純粋である」と国民から見なされているようだ。学生たちの要求は3点と明確である。①プラユット首相の辞任と国会の解散②軍事政権下で制定された現行憲法の改正③表現の自由を行使する活動家への嫌がらせの中止 また特に、ハム太郎という日本のアニメキャラクターを使用したことが大きく注目されている。ハム太郎を起用した理由としては、「海外からの注目を集めやすくするためだった」とデモを企画した女性が語っている。 「ジュディ」と名乗る女性は「当初はここまで注目を集めるとは思っておらず、自分でデモの様子を撮影して、海外メディアなどに映像を送るつもりだった」と述べ、主催者側としても、ハム太郎は想像以上の効果を持っていたようだ。 アジアの民主主義運動において、人気の高い日本のアニメキャラクターが用いられたのは香港でも例があり、いずれも動機は海外からの注目を集めるためであった。香港やタイの若者たちは、国内のみならず外国に対して、ソーシャルメディアなどを通じ国内の政治状況を訴えることにより、政治闘争を有利に進めようとしている。 今回のハム太郎デモも、新しいデモのトレンドに乗ったものだといえよう。デモを主催する学生団体「FreeYOUTH」は自らのメッセージやデモの様子を頻繁にツイッターに投稿し、「#FreeYOUTH」や「#respectdemocracyTHAI」などのハッシュタグを付けて効果的に情報を拡散している。 加えてデモの様子はユーチューブにも投稿され、多くの人々が視聴できるようになっている。まさに、新世代による新しいデモの手法といえよう。 また、今回のハム太郎デモの成功を受けて、今度はハリーポッターに扮装(ふんそう)した学生も登場するようになった。このタイのハリーポッターは、魔法の杖ではなく箸を使って呪文を唱え、主権を為政者から国民に取り戻そうとしている。 ハム太郎やハリーポッターを用いることで、タイの若者たちは思惑通りに国内外からの注目を集めることに成功した。もし、このまま学生主体でデモが継続された場合、プラユット政権への決定的な打撃にならなくても、一定の圧力にはなりうる。政権側でも、学生たちが平和的に見えるハム太郎の歌を歌いながら走っている間は、暴力的な弾圧を控えるのではないかと思われる。2017年10月26日、バンコクの王宮前で、前国王の葬列に加わり歩く、プラユット暫定首相(中央) 混乱が起こるとすれば、デモの性質が変わり、再びデモが「政治性」を帯びた場合であろう。タイの政治史を振り返ると、幾度となく民衆が路上に出て、政権に対し抗議運動を行ってきた。そしてこれらのデモにおいても、大学生を中心とする学生たちが重要な役割を果たしてきた。しかし近年、特に06~14年のデモでは参加者の多様化により、学生以上に活動家やNGO、政治家たちが中心的な役割を果たすようになった。 それとともに、デモはさらに大規模で暴力的に変化していった。前述のように、デモに政治家が関与している場合、たとえ民主主義を求めるメッセージを発していても、そうした運動を懐疑的な目を向ける人々も存在する。変わりつつある情勢 現在のハム太郎デモは学生主体の運動だが、国内外から注目されているために政治家や活動家が関心を寄せ始めている。「赤色シャツ」陣営の指導者の一人は「今回のデモは若者のデモといった雰囲気だ」と現況を分析した上で、「何人かの国会議員が人気取りのために会場に出向いており、他の政党が同様の目的のためにデモを利用しないよう、合流を控えている」と述べている。ただ、「デモ隊に万が一のことがあった場合には、応援に駆け付ける」といった趣旨の話もしており、デモ参加への関心を見せている。 8月に入ると、デモがグレードアップされることが明らかになる。「FreeYOUTH」が会社員や労働者、農民といった学生以外の人々も参加する運動として、団体名を「Free People」に変更したからだ。新団体名発表のポスターにも、参加者が若者だけではないことが強調されている。 ここから鑑みるに、今後のデモは学生だけでなく、さまざまな国民が参加する政治運動へと変化していくのであろう。プラユット政権を打倒し、政治的な変革を求めるためには、確かに学生だけの力では不十分だ。デモの規模を拡大し声を大きくするには、大人たちの力が必要である。だが同時に、運動が不本意な形で「政治」に巻き込まれる可能性もあり、今後の展開は不透明でもある。 そして既に、デモの性質を変化させかねない動きが起きつつある。学生たちがハム太郎デモを続ける民主記念塔付近で、人権派弁護士で政治活動家でもあるアーノン・ナムパー氏が、タイ最大のタブーである王室批判を行ったのである。 タイではプミポン前国王が国民の敬愛を一身に集めてきたとされるが、06年のクーデター後から、プミポン前国王が過去に幾度もクーデターを承認するなど非民主的な対応を行ってきたとして、一部の国民の間から王室批判の声が上がり始めていた。 加えて16年に即位したワチラロンコン国王は、皇太子時代から評判があまり良くなく、数々のスキャンダルも報じられてきた。新型コロナの世界的な感染拡大が続く3月末にも、数百人の側近とともにドイツの高級ホテルで自主隔離生活を続けていたことがドイツ紙にスクープされ、ツイッター上で批判が集中した。 こうした動きの中から、アーノン氏は6月、政府の苦情受付センターを通じてプラユット首相に王室に関する予算の調査を求めた。ただ、彼は、王室予算に関するフェイスブックの投稿について、コンピューター犯罪法違反で訴えるという脅しも受けている。 8月3日夕刻、アーノン氏はデモの雰囲気に合わせてハリーポッターの仮装をして登壇し、次の点について政府を強く批判した。・軍事政権が制定した現行憲法が、王権を拡大するものであること・国王がドイツにいることが多いため、外国人からからかわれるようになった・国王の帰国を待つ必要があるため、行政において迅速な対応がしにくい・王室財産の管理に問題があるだけでなく、その予算には不要なものが多い そして彼は「君主制が憲法に基づく制度になるように憲法改正すべきである」と主張する。彼の演説の聴衆からは歓声とともに、幾度も大きな拍手が起こった。アーノン氏の演説はオンラインメディアで内容が報じられたことに加え、フェイスブックにも動画がアップロードされ、多くの人々の間でシェアされている。タイの首都バンコクで開かれた反政府集会=2020年7月18日(共同) アーノン氏がタイ最大のタブーである王室問題にまで切り込んだことにより、今後はデモの雰囲気も変化することが予想される。タイは、再び以前のような内戦状態になるのだろうか。 タイは日系企業や在留邦人が数多く存在するだけに、今回のデモは決して他人事ではない。プラユット政権がこれらのデモについて、どのような対応に出るのか、今後の動向を注視する必要がある。

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    政府VS東京「GoToトラベル」紛争の果てに見る共倒れの日本経済

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 「GoToトラベル」、なんとも悩み深いキャンペーンだ。政府が急いだのは、4~5月にどん底をなめている全国の観光関連産業を救済して、経済活動全体の再稼働を盛り上げたいという目論見からである。 しかし、「GoTo」は急遽「東京外し」で行われることになった。それが東京都の小池百合子知事への「小池憎し」といった感情が混入した東京除外ということなら、なんと表現すべきか。政府と東京都との確執だが「GoTo」スタート直前に表面化した。 「GoTo」について、小池知事は臨時の記者会見で「現在の感染状況を踏まえると、実施の時期であるとか、その方法などについては、改めてよ~くお考えをいただきたいとお伝えしたい」と発言した。 小池知事は、都民に対して不要不急の外出を控える要請、都外への旅行などについては自粛を要請している。「(こうした事態では)キャンペーンはフルスペックにはならないのではないだろうか」。小池知事は、「GoTo」実施に疑問を呈し見直しを求めていた。 政府与党は、「東京外し」について「GoToキャンペーンを止めてほしいといったのは小池氏だ」と突き放したとされている。「(小池氏こそ)よ~く考えていただきたい」、と。これではケンカである。 この「東京外し」の直前には、菅義偉(よしひで)官房長官の「(コロナ感染問題は)圧倒的に東京問題」発言に対して、小池知事からは「むしろ国の問題だ」という反論があった。しかも小池知事は「GoTo」については、「暖房と冷房を同時にかけるようなこと」として、政策に「整合性」があるのか、と鋭い切り返しを行っている。 政策も人間がやっているのだから、感情が入るのは否定できない。ただ、「GoTo」から東京を外すのは結果としてやむを得なかったとしても、除外基準も何も明らかにせず、いきなり「東京外し」を行ったのは感情が少し入りすぎである。双方ともルサンチマン(恨み)が複雑に入りすぎている。確執レベルでほとんどケンカに近い。「GoTo」は実施前から波乱に満ちていたことになる。 「東京外し」についてだが、観光経済、あるいは経済効果に限定していえば暴挙にほかならない。東京都の国内総生産(GDP)は、日本のGDPの20%前後を占めている。東京のいわば金持ち層の上客を「GoTo」から除外したのだから、東京から全国に出て行くトラベルだけで30%内外の経済損失(機会損失・逸失利益)を見ておく必要がある。「GoToトラベルキャンペーン」開始日、JR東京駅で新幹線に乗り込む利用者ら=2020年7月22日 東京の観光経済は、江戸期の「入鉄砲出女」(江戸に鉄砲が入ってくる、人質である大名子女が江戸を出る)ではないが、東京から全国に出て行く旅行だけではない。顧みられない視点だが、地方から東京へのトラベルは日本の国内観光マーケットでは断トツのコンテンツである。「両諦」路線か 東京にエアライン、新幹線などの鉄道、長距離バス網が集中している。地方大都市などから東京に来てアパレル衣料、化粧品などショッピングをして、観劇をして食事をして、という経済効果がばかにならない。経済効果から見て、この地方から東京に観光に訪れるという機会損失・逸失利益も大きい。「東京外し」は経済、あるいは経済効果だけから見たら暴挙に近いというのはそのためだ。 政府は新型コロナウイルス感染防止と経済の両立を図るとしている。その両立の極地ともいえる政策が「GoTo」にほかならない。「東京外し」は行われたが、神奈川、千葉、埼玉の首都圏3県は「GoTo」に組み込まれて残存した。政府も「GoTo」から首都圏3県を除外することも検討したが、さすがにそこまで外せば経済効果は半減になりかねない。それでは「GoTo」をやる意味そのものがなくなる。 新型コロナ感染急増~感染爆発の傾向を抱えながら、「GoTo」を前倒しで実施するという政策は、政府にとってリスキーな政策という側面を抱えている。「GoTo」を進めれば新型コロナ感染を全国に極大化するリスクを持つことになる。かといって引っ込めれば信認が低下し政策の推進力を弱体化させるリスク(レームダック化)を顕在化させかねない。 進むも退くもリスクがあり「悪手」というか、引っ込みがつかない。本来的には、「GoTo」を拙速で行うのは慎重でなければならなかった。だが、地方観光地の疲弊を救済することから前のめりで実施を表明した。 そのため「GoTo」実施直前に連日300人に迫る感染者が出ていた東京(7月23日には感染者366人と過去最高更新)だけを外して、いわば足して2で割るような形で格好をつけたといえそうだ。 新型コロナの全国への感染拡大の防止にもほどほど配慮し、疲弊している地方観光地の経済振興にもほどほど気を使うという両立路線である。逆にいえば、新型コロナ感染防止と経済の両方をそれぞれ少しずつ諦める、「両諦」路線にも見える。 見通しが甘いというか、間が悪いというか、「GoTo」のスタートと同時に首都圏3県、大阪、愛知、福岡など大都市を抱える府県で感染が過去最高を更新、感染爆発といった動きが表面化した。新型コロナ封じ込めと経済の両立、これを同時に追求するという「二正面作戦」は簡単ではない。二兎を追って二兎とも得ることができるというのは極めて困難とそのリスクをこれまでの寄稿で指摘してきた(『コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る「二正面作戦」の罠』など参照)。「GoToトラベル」をアピールする旅行業者の店頭=2020年7月、大阪市 そうした懸念を持ったのは4~5月の緊急事態宣言時にある。政府は緊急事態宣言を発令して、東京都など自治体が休業要請などを行った。強制力や罰則は伴わないが、国民の大半がそれにほとんど忠実に従った。西村康稔経済再生担当大臣が「日本人はすごい」と感嘆し、安倍晋三首相が緊急事態宣言解除時に発言した「日本モデル」である。深刻度増す産業界 産業界各社が政府の緊急事態宣言を極めて重く受け止めたのは間違いない。産業界各社も基本的に真面目だし、テレワークへの切り替えなどを素早く実施した。検温、マスク、手洗い、換気、そして「3密回避」も実行した。 政府の緊急事態宣言に忠実に従って、産業界各社は必死に新型コロナ対策を実行している。強制力に関係なく産業界各社は政府の指示を正確に汲み取ってシンクロナイズするのに慣れている。ただ、禍根のようなものがあるとすれば、そのシンクロナイズが忠実すぎたことである。 5~6月初旬の決算発表時に新型コロナ禍がもたらす産業界各社の業績への影響、新型コロナ防止対策などを集中取材した。5月時点での情報は、米国が工場、営業拠点は全面停止。ビジネスが止まっており、しかも日本からの入国制限が実施されている。EU(欧州連合)などヨーロッパ諸国も都市封鎖などで工場や営業拠点のビジネスは全面ストップ、日本からの入国も制限されている。欧米はビジネスが完全に停止していた。 だが、一方で新型コロナ発生源である中国は1~4月に経済が全面停止だったが、5~6月初旬には経済再開にこぎ着けており、価格が底値にあった石油輸入再開にいち早く着手していた。武漢などの自動車工場、半導体関連工場にも再開の兆しが出始めていた。 中国からの日本の工作機械などへの需要も「先行きまで続くかどうかは不透明だが、エッと思うような商談の動きが出ている」(大手機械メーカー)。当時は半信半疑だったが、そうした情報があった。極めて皮肉なことだが、新型コロナで全世界に甚大な大被害を及ぼした中国がいち早く経済再開傾向を見せていた。 日本国内への新型コロナ感染の影響・深刻度がどうかということでは、5~6月初旬の国内の経済活動の状況が大きな焦点だった。緊急事態宣言が実行下で産業界各社は、本社はもとより、工場、営業拠点などを休業要請に従って停止させた。しかし、産業界各社にとって緊急事態宣言が5月連休を織り込んで実行されたことは大きな「救い」になっていた。 産業界各社の工場、あるいは建設会社などの建設現場などは1~2週間ほど休業した。それに5月連休を加えると2~3週間の休業になる。休業を最小限にとどめることができたことになる。産業界各社は緊急事態宣言が5月連休を日程に織り込んでいることから、それを活用して休業を実施したことになる。これは政府と産業界各社の「あうんの呼吸」といったものだったに違いない。一部の生産ラインが停止した、愛知県豊田市のトヨタ自動車高岡工場に向かう作業員=2020年4月3日 産業界各社が、政府、中央官庁、地方自治体(国会議員、地方議員も含む)と根本的に違うのは倒産するというリスクを背負っているところである。政府(国)にはデフォルト(債務不履行)というリスクがある。だが、企業倒産と違って国のデフォルトはそうたやすくは起こらない。産業界各社は、積み増してきた内部留保を取り崩しながら倒産を避けるサバイバル(生き残り)戦に事実上入っている。産業界各社も必死で深刻な現状に直面している。「withコロナ」という不条理 業種によって異なるが、産業界各社からすれば、コロナ禍の新年度(2020年度)は20~25%の減収減益、最悪では30%内外の減収(損益は大幅減益~赤字)は覚悟している。だが、それ以上の減収減益、例えば40~50%の減収(損益は大幅赤字)などは危険ゾーンになりかねない。したがって国内での休業は長期では続けられない。収益などの全ての源泉である売り上げが立たない。その点、5月連休が緊急事態宣言の日程に編入されていたことは恩恵だった。 産業界各社は、倒産リスクを回避してサバイバルを果たさなければならない。新型コロナでクラスター感染などを起こせば、予期せぬ休業が避けられなくなる。産業界各社としても新型コロナ感染防止は全力を投入している。それは徹底して防衛している。ただ、売り上げは確保しなければならない。どこかでギリギリの線でリスクをとる必要も抱えている。つまり産業界各社は、最初から新型コロナ対策と経済活動の両立で走っていた。 産業界のみならず、民間というものは倒産リスクがあるのだから両立で走らざるを得ない。工場の生産ラインや建設会社の建設現場だけではない。小売店、飲食店、保育園、新聞・テレビといったメディアなどあらゆるビジネス現場は新型コロナの感染リスクと闘いながら稼働している。 ホストクラブ、キャバクラ、銀座の高級クラブなど「夜の街」関連を含めて、民間は両立路線を走るしかない。政府、中央官庁、自治体は倒産リスクがない。給料・ボーナスがきちんと出る。民間と役所の根本的な違いがそこにある。 6月初旬に取材したオフィス、マンションなど建設設備工事会社は、「建設大手なども5月連休などを組み込んで休業したが業績を大幅に悪化させるものにはなっていない」と説明。つまり産業界各社は緊急事態宣言下でも新型コロナと経済の両立、いわば新型コロナに四苦八苦しながらも何とかコントロールして売り上げを確保している、という解説だった。 産業界各社から小売店、飲食店、「夜の街」関連まで民間経済サイドは、休業要請に精一杯従った。だが、人件費、家賃など固定費の支払いは重たい。固定費補償などは十分ではないのだから、売り上げに直接関連するところは長期には休ませられない。新型コロナを徹底的に封じ込めるまでの休業はできない。新型コロナ感染源はどうしても残存することになる。その残存した新型コロナが6月後半を起点に7月の感染再爆発につながっている。 民間経済に従事している産業界、小売店、飲食店などに責任を押しつけるわけにはいかない。民間経済は、政府、中央官庁、地方自治体と違ってサバイバルが使命であり、倒産するわけにはいかない。倒産すれば従業員は失業し、取引関係先などに被害が及ぶ。新型コロナ感染対策は、第一義には専門家分科会を含む政府に責任あることはいうまでもない。さらに新型コロナ対策の現場執行の役割を担っている地方自治体も責任を免れない。記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年7月22日、東京都新宿区 米国は検査を徹底したニューヨーク州で感染者減となっているが、経済再開を焦り気味に行ったカリフォルニア、フロリダ、テキサスなどいくつかの州で新型コロナ感染拡大を招いている。日本は新型コロナ感染がぶり返す中で、東京を除外したが「GoToトラベル」を実行した。人が動けば新型コロナが感染を増殖させる。 東京都など首都圏から全国に再び新型コロナ感染が波及していく現実が迫っている。新型コロナと経済の両立という、バランスが難しいシーソーのような政策が継続されている。A・カミユの『ペスト』ではないが、「withコロナ」という不条理とともにこの夏を迎えていることは紛れもないわれわれの現実である。

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    『私は真実が知りたい』森友改ざん強要の核心

    『私は真実が知りたい』。今夏、衝撃的な一冊が出版された。「森友事件」をめぐる公文書の改ざんで自殺した財務職員の妻と、取材を続ける元NHK記者、相澤冬樹氏の共著だ。提訴や出版の決断と亡き夫への思い、そして全容解明に向けた執念が赤裸々に綴られている。まさに、うやむやになりつつあった事件の真相に迫る一冊である。

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    森友改ざん強要、なぜ自死財務職員の妻は出版を決意したのか

    たちがそんなことで改心するはずもない。するならとっくにしてるはず。訴えかける先はこの人たちではない。政治家や国家公務員を動かすことができるのは世論の力だ。だから世の中の皆さんに訴えよう。トッちゃんと私の身に起きたことを。政府、財務省、近畿財務局がいったい何をしてきたかを。 私の夫、トッちゃんは二度と返ってこない。でも私の人生は続く。真相がわからないままでは私は人生をリセットできない。トッちゃんはなぜ追い詰められたの? 改ざんはなぜ行われたの? 国有地の値引き売却がそもそもおかしかったんじゃないの? なぜそんな値引きをしたの? 公正な第三者の手で再調査をしてもらおう。そして納得のいく説明をしてもらおう。それが私の願いだ。世論に訴え、世論を動かし、真相を解明するんだ。その時、トッちゃんは言ってくれるだろう。 「ようやったなあ、まあちん。ありがとう」 …「まあちん」は、私、雅子の、トッちゃん風の呼び名だ。事件は終わっていない ここまで「私」と名乗って登場しているのは、森友事件で公文書の改ざんを強いられ命を絶った、財務省近畿財務局の赤木俊夫さん(享年五十四)の妻、赤木雅子さんである。ここからは、雅子さんとともにこの本を書いた相澤冬樹が、通常とはかなり異なるこの本の流れと、物語の舞台となった森友学園への国有地値引きと公文書改ざんについて、あらかじめご説明しておきたい。 赤木俊夫さんは、世を騒がせた森友事件の公文書改ざんを上司に強要され、自ら命を絶った。二〇一八年三月七日のことだ。彼が何かを書き残したようだという話は当時からあった。しかし厳しい情報統制が敷かれて内容は闇に隠れたまま世間から忘れられていった。 ところが実は、彼の自宅のパソコンには「手記」と題した詳細な文書が残されていたのだ。A4で、七枚。そこには、近畿財務局で密かに行われた驚くべき出来事が克明につづられていた(手記の全文は巻末に収録)。 俊夫さんが命を絶つ原因となった「森友学園への国有地売却問題」が明るみに出たのは、二〇一七年(平成二十九年)二月八日のこと。この国有地だけ売却価格が明らかにされないことを不審に思った地元・大阪府豊中市の木村真市議が、情報公開を求め裁判を起こしたのがきっかけだった。この国有地には森友学園の新設小学校が建つ予定で、その名誉校長には、安倍晋三首相の妻、昭恵さんが就任していた。学校法人森友学園が建設していた「瑞穂の国記念小学院」=2017年2月、大阪府豊中市 翌日、朝日新聞がこの問題を大きく報じたことで国会で火が付いた。野党の追及に財務省は、鑑定価格九億円余の土地を八億円以上値引きして売却した事実を明かした。自死財務職員妻の怒り 私、相澤冬樹も、NHK大阪放送局の記者として当初からこの問題を取材していた。その報道をめぐり上層部と軋轢があり、結局NHKを辞めることになる。その経緯は拙著『安倍官邸vsNHK 森本事件をスクープした私が辞めた理由』(文藝春秋)に書いた。 森友問題が発覚して十日目となる二月十七日、ターニングポイントとなる出来事があった。この日、国会で昭恵夫人の国有地取引などへの関与を追及された安倍首相は、こう言い切った。「私や妻が関係しているということになれば、間違いなく総理大臣も国会議員も辞めるということは、はっきり申し上げておきたい。まったく関係ない」 一週間後の二十四日には、財務省の佐川宣寿理財局長(当時)が国会で「交渉記録はない」「売買契約締結をもって事業は終了、速やかに(記録を)廃棄した」などと答弁。実際には、国有地取引の経緯を記した改ざん前の公文書には「安倍昭恵首相夫人」の名前が繰り返し記されていた。佐川氏の答弁の二日後、これら公文書の改ざんが始まった。赤木俊夫さんは、上司の命令によって現場で公文書の改ざんを強要されたのだ。 森友問題の発覚から一年が過ぎた二〇一八年三月二日、朝日新聞の報道によって公文書改ざんが明るみに出た。三月七日に俊夫さんが亡くなると、九日には国税庁長官に栄転していた佐川元局長が依願退官。そして十二日、財務省は改ざんの事実を認めた。 佐川元局長ら財務官僚を中心に土地取引や改ざんに関わった三十八人が刑事告発されたが、捜査にあたった大阪地検特捜部は五月末日、全員を不起訴にした。翌二〇一九年三月、検察審査会は佐川元局長ら十人について「不起訴不当」を議決したが、大阪地検は改めて不起訴処分とした。俊夫さんの死の原因となった公文書の改ざんで、誰の罪も問われないことになったのだ。 二〇二〇年三月、俊夫さんの三回忌を迎え法要も無事終わったことを期に、妻・雅子さんは佐川元局長と国を相手取り裁判を起こした。同時に、雅子さんの了解を得て私は「週刊文春」誌上で俊夫さんの手記を公開した。記事は大きな反響を呼び、週刊文春は二年半ぶりに五十三万部が完売した。さらに第三者による森友事件の公正な再調査を求めて雅子さんが行った署名活動では、三十五万を超える署名が集まった。俊夫さんの死から二年余り、あらためて森友問題に大きなうねりが起きている。 この本では、1章から5章までを、雅子さんの視点で描く。雅子さんの言葉からは、俊夫さんという誠実で快活だった人物が、理不尽な命令に悩み苦しむ姿が浮かんでくる。夫を失った女性が、国や財務省を相手にひとり戦おうと決意するのは、想像を絶する勇気がいるだろう。そこにいたる雅子さんの哀しみや憤り、迷い、葛藤をぜひ知っていただきたいと思う。 6章以降は私の記者としての視点で、雅子さんへの取材などからわかった新事実を、週刊文春で発表した記事の情報に加え新事実も交えて、同時ドキュメントとして書いている。この事件は終わっていない。現在進行形であることを表すには、この形が最善と思ったからだ。 本書が発売される二〇二〇年(令和二年)七月十五日には、新型コロナウイルスの余波で延期されていた雅子さんの裁判が、いよいよ始まる。その経過をたどり、事件の本質を理解する一助となれば幸いである。

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    「昭恵さんからLINEが来た!」森友改ざん強要に首相夫人は…

    赤木雅子相澤冬樹(文藝春秋『私は真実が知りたい』第14章より一部抜粋)発端は昭恵夫人 雅子さんはずっと考え続けている。私の“趣味”、何より大切だった夫、トッちゃんは、なぜ亡くなったのだろう? それは、公務員にあるまじき、公文書の改ざんをさせられたからだ。そのことを苦に命を絶った。はっきり手記に書いてある。 では、改ざんをさせられたのはなぜ? それも手記に書いてある。〈すべては佐川理財局長(当時)の指示です〉 それはそうだろう。でも、佐川さんが改ざんを指示したのはなぜ? 財務省で改ざんの調査報告書を取りまとめた伊藤豊秘書課長(当時)は雅子さんに語った。「安倍さんの発言が関係あった」と。国有地の巨額値引き売却が発覚した直後、二〇一七年二月十七日の国会での安倍首相の答弁のことだ。 「私や妻がこの認可、あるいは国有地払い下げに、もし関わっていれば、総理大臣はもちろん、国会議員も辞める」 安倍首相が国会でこう言い切ったことが炎上し、財務省理財局主導の公文書改ざんを招いたと、省内の調査報告の責任者がはっきり認めた。 では、なぜ安倍首相はあんな答弁をしたのだろう? それは国有地を値引きした相手、森友学園が、あの土地に建てようとしていた小学校の名誉校長が、安倍首相の妻、昭恵さんだったからだ。それがなければ単に「国有地の不審な値引き」であったことが、あれがあったことで「首相の妻が関与しているのでは?」という当然の疑念を招いた。そこを追及されて安倍首相は“逆ギレ”したかのように強気の答弁をした。 では、安倍昭恵さんはなぜ森友学園の小学校の名誉校長に就任していたのか? 昭恵さん自身が繰り返し発言している。森友学園の教育方針、教育勅語を幼稚園児に暗唱させ、愛国心を養う、その教育方針に賛同したからだ。 安倍首相は、当時の森友学園の籠池泰典理事長から昭恵さんが無理矢理名誉校長にさせられたと発言しているが、籠池氏は「昭恵夫人は喜んで引き受けてくれた」と証言しているし、昭恵さん自身、フェイスブックに「森友学園の教育は素晴らしい」と書いている。 では、昭恵さんが名誉校長だったことと、国有地を八億円も値引きして森友学園に売却したことは、関係があるのだろうか? 実際に値引きを決めて売った担当者は、池田靖氏。俊夫さんの直属の上司だが、俊夫さんがこの職場に異動したのは売却後だったので、俊夫さんは値引きの経緯を知らない。 値引きは、あの国有地に埋まっているとされた“ごみ”の撤去費用だと財務省は説明している。ところがその額について、当の池田さんは第10章で紹介したように、雅子さんにこんな話をしている。森友学園の小学校用地で建設が進められていた「瑞穂の国記念小学院」=2017年3月、大阪府豊中市(産経新聞ヘリから) 「この八億の算出に問題があるわけなんです。確実に撤去する費用が八億になるという確信というか、確証が取れてないんです」 確証がないのになぜ値引きしたのか? 結局あのスリーショット写真に行きつく。池田氏の前任者、前西勇人氏に会いに行くと、彼は写真を見たことを認め、それを上司に見せたことも否定しなかった。籠池氏は、写真を見せた後、財務局の態度が変わり「神風が吹いた」と表現している。「あれさえなければ」 こうして順を追って整理すると物事の流れがはっきりと見えてくる。●昭恵さんと籠池夫妻のスリーショット写真で近畿財務局の対応が一変。“神風”が吹く →ごみを理由に国有地を八億円値引きし売却。しかし担当した池田氏は「値引き額に確証がない」 →巨額値引き発覚。昭恵さんが名誉校長で、国会で追及 →安倍首相「私や妻が取り引きに関係していたら首相も議員も辞める」 →佐川財務省理財局長「関連する文書は破棄した」 →佐川氏答弁の二日後、俊夫さんに公文書改ざんの指示。抵抗したがやらされ、昭恵さんの名前はすべて消された →一人責任を押しつけられる恐怖から自ら命を絶つ …俊夫さんが亡くなった原点は、あのスリーショット写真。あれさえなければ死なずに済んだのではないか? 安倍昭恵さんが籠池夫妻と写真に収まらなければ。名誉校長に就任しなければ…。 国有地の値引きが発覚し、昭恵さんは名誉校長を辞任することになる。籠池夫妻は次の様に証言している。 「安倍事務所の初村秘書から電話がかかってきまして『小学校のホームページから何から昭恵夫人の名誉校長というのを取ってほしい』と。送られてきた文書には『名誉校長を辞任します』とありました」 「ところがその後、昭恵さんが電話をかけてきました。『籠池さん、私は辞めてない。今でもあきらめていません』とおっしゃっていました。それで、辞任は安倍首相の事務所が独断でしたんだなとわかりました。昭恵夫人からはその後も何度も電話がありました」 それより前、安倍首相本人からも直接電話がかかってきたことがあるという。 「安倍さんがまだ首相ではなかった頃、昭恵夫人や安倍事務所を通し『一度学園へ講演にお越し頂きたい』とお願いして了解を得ました。ところがその後、安倍さんが自民党総裁選に出ることになって、直前に安倍さんご本人から携帯に電話がありました。『申し訳ないけれど講演会に行けなくなりました』と。その時『次は行きますから』と言うので『PTAの皆さんに説明するため書面にしていただけますか?』とお願いしたら、後日、『次回は必ず行きます』という署名入りの文書が届きました。その文書は検察庁の捜索で押収されて、今も検察庁にあります」 こうして考えると、やはり一連の出来事の原点は、安倍首相の妻、安倍昭恵さんだ。夫が亡くなった原点に昭恵さんがいる。ならば知っていることを話してくださいとお願いしよう。それならできる。 こうして雅子さんは安倍昭恵さんに手紙を出した。 「安倍昭恵様 私は2年前の3月7日に自死した近畿財務局職員、赤木俊夫の妻の赤木雅子です。夫が亡くなって2年。苦しんでいる私を助けてくださる方々に巡り合い、やっと裁判をする決意ができました。いざ決意をしたものの、安倍首相は再調査することから逃げておられます。どうかご主人様に再調査するようお願いしていただけませんか? そして、昭恵さんも本当のことをお話ししていただけませんか? 夫や、本当の事を言えず苦しんでいる財務局の方々のことを助けることができるのは、昭恵さんしかいません。どうかよろしくお願い致します。赤木雅子」中東3カ国歴訪のため羽田空港を出発する安倍晋三首相(左)と昭恵夫人=2020年1月(宮崎瑞穂撮影) 手書きで心を込めて手紙をしたため、郵便で出した。返事が来てくれたら、と願ったが、結局なんの反応もなかった。返事が来た!返事が来た! 五月十五日。私は雅子さんの自宅を訪れていた。ある筋から安倍昭恵さんの携帯番号がわかったため、直接電話をしてみてはどうかと思ったのだ。雅子さんはさっそく電話をかけてみた。しばらくコールすると留守番電話につながった。「安倍昭恵です」と名乗る声は、間違いなく昭恵さん本人のものだ。雅子さんは留守番電話にメッセージを入れて電話を切ると、ふと思いついたように言った。 「電話番号を携帯の電話帳に登録してLINEの『友達の自動追加』をONにしたら、LINEで友達になれるんじゃないでしょうか?」 雅子さんは普段は自動追加をOFFにしているが、一瞬だけONにしてみた。すると…。 「あっ、つながった。昭恵さんと友達になりました!」 「すごい、さっそく送ってみましょうよ」 雅子さんが送ったメッセージは…〈赤木雅子です。LINEでも失礼します。お返事いただけましたら嬉しいです。よろしくお願いします〉 しばらく待ってみたが反応はない。私はこの日、メディア酔談の配信のため、東京に行かねばならなかった。後ろ髪をひかれる思いで駅に向かい、一時間ほどたったところで雅子さんから電話が入った。 「来ました! 昭恵さんから返事が来ました!」 「すごいじゃないですか。昭恵さんとつながったなんて」 昭恵さんから届いた返事は二言。「お手紙のお返事をせず申し訳ありません。ご主人様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。」というものだった。 「これはすぐに返事をした方がいいですよね」 「それはもう、ぜひすぐに」 そこで雅子さんは返事を返した。 〈ご返信いただきありがとうございます。お手紙読んでいただきましたでしょうか?〉 すると〈はい。〉と一言短い返事が来た。これに雅子さんは〈ありがとうございます。どうお感じになられましたでしょうか?〉と返した。ところが…ずっと待ってもその返事は来なかった。

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    エビデンスと議論不足、偏見に満ちた「香川ゲーム条例」に異議あり

    前述したように、ゲームによって救われている人や、生計を立てている人もいるのが現実です。 だからこそ、政治家には、WHOや専門家のもっともらしい意見に耳を傾けることと同程度のエネルギーを、ゲームから恩恵を受けている人々にも注ぎ、公正中立な意見を聞いた上で冷静に判断していただきたい。私はそう願っています。

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    政治へのホンネを露わにした小泉今日子の気がかりな「新境地」

    めている。渡辺は「赤旗」で共産党支持を表明し、インタビューなどにもたびたび登場している。小泉も近年、政治的な発言を続けており、しかもリベラルのスタンスを鮮明にしたこともあって物議を醸している。 小泉は、自身が代表取締役を務める制作会社「明後日」の公式ツイッターでも、東京都知事選への投票を呼びかけたり、小池百合子知事の再選という結果を受けて「現実は受け止めないといけないが、投票率の低さに驚いた」と感想をつぶやいていた。 中でも注目が集まったのが、検察官の定年を引き上げる検察庁法改正案に対して、反対のツイートを連発したことだ。改正案を含む国家公務員法改正案は結局廃案となったが、5月25日には産経新聞記者、朝日新聞元記者との賭けマージャン問題で辞職した東京高検の黒川弘務前検事長の処分について言及していた。多くの人が「おかしい」と感じ、社会的にも反響の大きかった問題だけに、意見を表明すること自体は特筆することでもない。 ただ、その内容が、安倍晋三首相の写真が掲載された記事とともに「こんなにたくさんの嘘をついたら、本人の精神だって辛いはずだ。政治家だって人間だもの」というものだった。明らかに権力者に対する皮肉で、強い政治的メッセージだといえる。 小泉だけでなく、日本の俳優や歌手がこうした問題に意見を述べるたびに騒がれ、「芸能人が政治的発言をすることへの賛否」が持ち出される。ただ、その点への議論が深まることはなく、単に発信者の内容に対する極端な賛否だけがもっぱら注目されて終わってしまう。今回の小泉に対するネット上の反応を振り返っても一目瞭然だ。 「政治利用されている」「共産党に取り込まれた」などと小泉がまるで思考停止した広告塔と勝手に位置づけて批判する声や、「日本から出ていけ」と非国民扱いするものまであった。女優の小泉今日子=2018年9月 一方で反政権の意向を持つ人は、小泉が何者か、その職業に関係なしに「選挙に出てほしい」とか「純粋な思いで発言している」と支持している。このように、発言内容で物議を醸したのではなく、単に有名人が各自の政治信条を述べて、その影響力を含めて賛否を示しているだけなのだ。 三原じゅん子や今井絵理子、蓮舫のように現職だけとってもタレント出身議員は山ほどいるし、山本太郎は参院議員や政党党首に就き、東京都知事選に出馬した。このような現状で、そもそもタレントの政治的関心自体を議論することさえ無意味な話だ。型を破ったアイドル 中には「タレントが政治に首を突っ込むな」という国民の権利や民主主義すら否定する人もいる。しかし、こんな主張は「ではどんな職業だったら政治の話をしていいのか」という反論で一蹴されるのがオチだ。 結局、小泉の政治的発言は、彼女のスタンスに対して好き嫌いを明確にさせただけだ。 そうなると、人気商売の芸能人にとって、国民を分断する論争に積極参加することは、本来得策ではないといえる。多くの芸能プロダクションが所属タレントに政治的発言を控えるようにクギを刺すのは、むやみに嫌われたり、好感度を下げることでCMなどの出演オファーから外されることを恐れるためだ。 事務所の求めに従う芸能人にしても、「ビジネス上の中立」を見せているにすぎず、選挙になれば与野党のいずれかの候補には投票している。米国では、タレントの政治的発言そのものが賛否を巻き起こすことはなく、戦時に反戦を訴えた女性カントリー歌手が保守層の多いファンから猛批判を浴びたことで謝罪した例があったが、こちらもビジネス上の損得を考えた上で撤回しただけだった。 小泉の場合は、急に政治色を強めたようにも見える。だが、もともと彼女はアイドル時代、従来の着せ替え人形のような、それまでのアイドルのステレオタイプから脱却し、自己主張を強めたキャラクターでさらなる人気を得た女性である。 これまで政治的発言が目立たなかったのは、大手事務所に所属していたことが大きい。2018年2月に独立し、自由に発言できる立場になって「たとえ仕事を失ってでも自己主張はやめない」という姿勢を本当にとっているのだから、自己主張キャラはむしろ本物といえるかもしれない。女優の小泉今日子=1984年7月撮影 先ごろ、大手事務所から独立した途端、種苗法改正案に関して言及して物議を醸した柴咲コウも同様である。今後は独立して事務所に縛られずに自由な発言をする芸能人が増え、その言葉に対する好き嫌いの感情を露わにした人たちが支持と批判を繰り返すのだろう。その裏には、19年に芸能事務所を退所したタレントの活動を一定期間禁止するような、事務所が強い立場を利用した契約は許されないと公正取引委員会が判断したことも後押ししている。 しかし、当たり前だが、日本国民として政治的発言は言論の自由であり、何ら問題のない話である。ただ、芸能人という職業を「プロフェッショナル」という視点から捉えればどうだろうか。 お笑いコンビ、ウーマンラッシュアワーの村本大輔は政治的関心を強めるあまり、本業の芸にまでその色を持ち出したため、「笑い」という観点では以前より面白くなくなったとの声が多々ある。もちろん何をしようが彼の自由だが、今や人を笑わせる漫才師というより、評論家に転身してしまったかのようだ。「本業」にはプラス? ただ、ビートたけしのように政治もネタとして扱いながら芸人の枠を超えたスターになった成功例もあるだけに、方向性を間違ったとはいえない。ただ失敗すれば、本業に徹することができない「芸能人の出来損ない」と見られるリスクがある。 独立後、プロデューサー業に専念しているとはいえ、小泉の本業は女優だ。「さまざまな役を演じる」ことが仕事であり、その道のプロとして見れば、わざわざ素のキャラを見せて反政府的な色を付ければ、今後の演技に影響が出ることは否めない。 フーテンの寅さんを演じた渥美清のように、演じる役に感情移入してもらうため、つまりは自分の芸を守るために私生活を見せないようにしてきたプロはたくさんいる。 亡くなるまで家族が笑えるコントで勝負し続けた志村けんは、自ら生み出す笑いに邪魔になるような無駄な主張は控えてきた。ある大物俳優は私生活では熱心な自民党支持者だったが、そのことを公言したことは一度もなかった。 小泉が人として何を主張しようが自由だし、彼女の政治信条を支持する人もたくさんいるはずだ。その中に、彼女の本業である女優としてプラスになるかどうかを考えている人がどれだけいるだろう。これから何を演じても政権批判している素の表情がちらついて、ドラマや映画に集中できない視聴者や観客が出てきたらどうか。 また、この上ないキャリアを築いた大女優として見れば、主張に物足りなさを感じるところもある。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、多くの芸能・演劇関係者が苦境に陥り、政府に俳優や声優の公的支援を求めたことが話題となった。「赤旗」でもこの話を取り上げ、支援のある海外の事例を語って「日本だってやればできるはず」と主張している。タレントの志村けんさん=2016年9月撮影 芸能という娯楽は大衆文化でもあって、必ずしも公的支援を受けなければ成り立たないものではない。プロスポーツでは無観客興行やクラウドファンディングで運営資金を募るなど、知恵を絞って自主努力を進めている。 小泉ほどの立場にある大物女優であれば、同業者の緊急事態に「政府はもっと支援しろ」というのが最初の主張なら少々残念な話だ。それに、彼女の興味が演技から政治にシフトしているという証でもある。 純粋に彼女の芸に惚れてきたファンなら、単に「そんなことよりも、よい演技と歌を見たい」と思っていることではないだろうか。

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    「奇妙な成功」は褒め殺し、コロナ封じ失敗を呼ぶ日本のご都合主義

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 日本の新型コロナウイルス感染対策について、米外交誌のフォーリン・ポリシーは「奇妙にうまくいっているようだ」と論評している(5月14日電子版)。 「日本の新型コロナウイルス感染対策はことごとく見当違いに見えるが世界で最も死亡率を低く抑えた国の一つで、結果は敬服すべきもの。単に幸運だったのか、政策が良かったのかは分からない」。東京発の記事である。 半分は皮肉というか、「褒め殺し」のようなものだ。「奇妙な成功」「奇妙な勝利」は決して単純な褒め言葉とはいえない。だが、先行きに自信を持っている人々には、結果から見てともあれ胸を張ってよいと受け止められた模様だ。 日本人は新型コロナに抵抗力があるとされる「ファクターX」という未解明な要因も騒がれた。緊急事態宣言(7都府県に4月7日発令、全国は同月16日~5月6日)がにわかに解除されて経済再開ということになった。 安倍晋三総理は「日本モデルの力を示した」、とスピーチした。この言葉はとりあえずの「新型コロナ終息宣言」なのだろうが、確信を持って凱歌を上げたものには見えなかった。 それかあらぬか新型コロナは、日本の「奇妙な成功」の心許なさにつけ込むように逆襲に転じている。専門家筋の多くは、新型コロナがぶり返すのはこの秋冬という見方だった。新型コロナは本来暑さと湿度に弱く、夏場は一服する。当面の危機は何とか乗り越えたとして、この間に検査、ベッド数といった医療体制を整備する期間としていた。だが、新型コロナはそうした「定説」をあっさり覆している。新型コロナに人々の予断や注文はあてはまらない。 6月後半、東京都は新型コロナ感染者が連日50人を超える事態になっていた。小池百合子知事は、新宿などのホストクラブ、キャバクラといった「夜の街」関係者に予防的に検査を進めたことによる結果という見方を表明した。 しかし、予防的検査を織り込んだとしても、感染経路不明者もじわりと増加していた。はたしてこれらの動きは、新型コロナ感染ぶり返しの大きなシグナルにほかならなかった。 7月2日、新型コロナの感染者数は緊急事態宣言解除後で最悪な記録となった。東京107人、全国196人。3日は東京124人、全国249人。4日は東京131人、全国274人。その後も記録を連日更新する動きとなった。 「しっかりと感染防止策を講じて経済活動との両立を図っていく。これができないなら、もう経済活動できません」「もう誰もああいう緊急事態をやりたくないですよ。休業をやりたくないでしょ。だから感染対策をしっかりとってですね。これ皆が努力しないとこのウイルスに勝てません」(西村康稔経済再生担当相、7月2日記者会見)記者会見する西村経済再生担当相=2020年7月2日、東京都千代田区 西村氏は、東京の感染者が再び100人を超えたのが想定外で衝撃だったのか、やや冷静さを欠いた発言をした。7月2日もそうだったが、その後も何度となく強調しているのは「新型コロナ感染対策と経済の両立」という既定路線である。そして、その都度繰り返しているのが「マスク、手洗い、そして換気」という感染対策である。「補償金」から逃げ回る行政 西村氏が、誰に対して、あるいは何に対して怒ったのか不明だ。おそらくもたらされた現実、あるいは事実というものにいら立ったのかもしれない。だが、もたらされているものは受け止めなければならない。 その現実、あるいは事実からすれば新型コロナ感染症対策の特別措置法の限界が露呈しているように見える。特措法も与野党など人々がつくったものだ。特措法は日本の新型コロナへの対応を偽りなくすべてリアルに映し出している。 特措法では、総理大臣が緊急事態宣言を発令し、都道府県知事が感染防止のために外出自粛、店舗・施設などの使用制限など協力要請をできることになっている。あくまで協力要請で強制力はない。したがって緊急事態宣言による経済損失に補償は想定していない。 強制ではなく協力要請になるため、協力に対する資金などの実質的な支援は自治体の財源次第である。協力要請に対して資金が提供されたり、されなかったりということになる。逆にいえば、財源、資金がないと協力要請も遠慮が生じかねない。 東京都は、休業要請に協力した中小企業、個人事業主に対して「感染防止協力金」を給付している。神奈川、千葉、埼玉3県などが「東京都のような財源がない」と、セコいというか露骨に協力金拠出から逃げ回ったのは記憶に新しいところだ。 国は新型コロナで収入が大幅減となった中小企業、個人事業主に「持続化給付金」を出している。これも補償ではなく、新型コロナ禍に打撃を受けている事業継続への支援金ということになっている。 補償金は出さないが、協力金、給付金は出している。どこかの海沿いの大型温泉旅館の継ぎ足し増改築ではないが、本館、新館、アネックスと複雑な設計となっている。新型コロナとの闘いは、「戦争とは異なる」とお叱りを受けそうだが、「戦争」に例えると誰がどう闘うのか、責任、役割、管轄が曖昧であり、悪くいえば皆が逃げている。本館、新館が迷路のようになっており災害など実際のクライシス時になると下手をすれば大きな混乱の元になりかねない。 特措法を日本の企業組織でいえば、総理大臣が社長で命令を出す、都道府県知事が各部門の執行役員で現場業務を行うようなものである。ただし、執行役員が担当している部署、特に財務・資金ポジションで行う業務内容、業務スタンスも大きく異なっている。 緊急事態宣言発令直前の4月初旬、小池知事が理髪店、ネットカフェ、居酒屋などに休業要請を進めようとした。国が経済への影響を懸念して発令を渋って小池知事にストップをかけた。小池知事は、「社長だと思っていたら、天の声がいろいろ聞こえてきて、中間管理職になったようだった」と。指揮命令系統、役割分担、責任など曖昧につくられているため運用面でも混乱が避けられない。東京都知事選で再選を果たし安倍晋三首相にあいさつする小池百合子氏(左)=2020年7月6日、首相官邸(春名中撮影) 緊急事態宣言では一度目がそうだったが、国も自治体も財源問題があって、補償にはお互いの顔を見て尻込みすることになりかねない。責任や役割、権限が曖昧で国、自治体、あるいは自治体同士が押し付け合ったり逃げたりすることになる。結局は、世論という「空気」待ちになる。これではコンセンサスを形成するのに手間暇がかかる。二兎を追ったツケ そうしたことから総理大臣が緊急事態宣言を発令するとしても、タイミングがどうしても遅れ気味になる。新型コロナ感染拡大を叩くタイミングではなく、自然にピークアウトしたころに発令する事態を招きかねない。 新型コロナウイルスに関連して、すでに当サイトに4本寄稿している。5月10日の「コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る『二正面作戦』の罠」で、新型コロナ対策と経済再開の両立に移行という動きについて、「二兎を追えば一兎も得ず」という可能性に触れている。   新型コロナ感染症対策の特措法は3月13日に成立している。せめて特措法成立直後の3月後半に緊急事態宣言を発令して、強制力はないにしても強い協力要請を示す必要があった。補償はできないが、実質的に資金支援するような手法で新型コロナ封じ込めを徹底する。まずは新型コロナという「一兎」を叩いて封じ込める運用が先決だった。 ところが、この「一兎」を徹底して叩くという仕事が不十分だった。緊急事態宣言が「遅い」、しかも運用が「緩い」という不徹底さが否定できないものだった。これが今の新型コロナのぶり返しの根源をなしているとみられる。 経済のためにも主要な敵である新型コロナ封じ込めに全力を傾ける。迂遠な道に見えるが、税金や時間をセーブするのが、新型コロナという「一兎」を徹底して叩くという手順への集中だった。 工場などで問題が発生し生産ラインが順調に動かなくなったケースを想像してほしい。なぜ故障が発生しているのか。機械なのか、あるいは人がからんだ使い方に問題なのか。どこに問題があるのかを究明して根因を突き詰める。トヨタ自動車に「5W1H」(5つのWHY、1つのHOW)という危機管理手法がある。 トヨタ式の危機管理では、あらゆる視点で問題の根因を究明する。(社内の情実抜きで)「事実」を徹底して突き詰める。それが5WHYだ。5WHYで「事実」が究明できたら、どうしたらよいか方向性(1HOW)が自ずと判明する。 その「事実」究明から派生して生み出されたのが、今は一般化した「見える化」だ。「見える化」は、「事実」を曖昧にすると会社は倒産するという危機感から生み出された「トヨタ語」にほかならない。さまざまな情実や不都合よりも「事実」究明が最も重要だという危機管理手法になる。トヨタ自動車東京本社の外観=東京都文京区(宮崎瑞穂撮影) 国も自治体も拙速気味に緊急事態宣言を終わらせて経済再開を急いだ。「withコロナ」「コロナとの共存」=新型コロナ感染防止と経済の両立という「新しい生活様式」を総括なしでいわばなし崩しに既定路線としてスタートさせた(日本式というのか、5WHYどころか1WHYもなかった)。幸運に頼りすぎた戦略 新型コロナ防止と経済が両立するということは都合は極めてよいが、「二兎を追う」ことになる。上手くいけばよいが、「二兎を追えば一兎も得ず」がお定まりになりかねない。新型コロナ感染が急増すれば、経済の稼働に支障が及ばざるを得ない。 東京で新型コロナ感染者が一日50人を超えるということは、すぐに100人超になるリスクを抱えていたことが、すでに実証されている。感染者が100人超になれば、次は200人超に爆発する。そして7月9日、それは現実となった。 中途半端な「二正面作戦」、「二兎を追う」という罠にすっぽりとはまろうとしているように見える。もともと「二正面作戦」というのは難しいものである。そんな難しい作戦を運用できると思っていることにリスクが内在している。 小池知事は、「夜の街など予防的に検査をしている結果で、緊急事態宣言ということではなく、ピンポイントで感染対策を行う」としている。しかし、感染者が100人超程度にとどまればよいが、200人超に爆発するリスクもあった。はたしてピンポイントで感染対策を行うというのは可能なのか。 これまでの寄稿でも指摘したが、今川義元の桶狭間では、上洛作戦なのか尾張攻略なのか戦略目標が曖昧だったことが敗因として指摘されている。ミッドウェー作戦では、敵空母殲滅なのかミッドウェー島攻略なのか、これも戦略目標が曖昧だった。いずれも「最善の想定」で臨み、「最悪の結果」を招いている。「二正面作戦」の罠である。 経済再開が最終目標であるならば、その阻害要因にして主たる敵である新型コロナを徹底して封じ込める作業を先行させることが不可欠である。「安心・安全」の完璧までの達成は無理としても、「安心・安全」をある程度確立できれば、経済は稼働させられる。しかし、緊急事態宣言が「遅い」「緩い」では「奇妙な成功」でしかなく、幸運に頼りすぎているといわれても仕方がない。 新型コロナ対策のみならず「クライシスマネジメント」では、「最悪の想定」に立つのが基本だ。だが、特措法、特措法による緊急事態宣言、解除後の新型コロナ対策と経済の両立などで、ほとんど一貫しているのは「最善の想定」でクライシスマネジメントが行われている。控えめにいっても、そうしたきらいがあり、払拭できていない。 日本人の多くは、国や東京都の協力要請に従順に行動してくれる。だが、新型コロナウイルスは、国や地方自治体の要請を考慮してくれるわけではない。「誰も緊急事態宣言などやりたくないでしょ」。だが、これはそうであるにしても「やりたくない」というのは願望でしかない。新型コロナ感染対策と経済と両立させるというのも国、地方自治体の都合というか願望の部類にほかならない。JR品川駅周辺で、マスク姿で職場に向かう人たち=2020年5月26日、東京都港区(宮崎瑞穂撮影) 都合がよい悪いということでいえば、新型コロナはこれほど都合が悪い存在はない。願望や都合で新型コロナに対応するなら、むしろ「税金と時間を食う」といった最も避けなければならない道を歩むことになりかねない。 今さら迂遠すぎる、後戻りもできない。とはいえピンポイントで効果的に感染防止を行うというのも言うほど簡単ではない。新型コロナは、「最善の想定」すなわち願望や都合で闘える相手ではない。「事実」からリセットしなければ、新型コロナ対策と経済の両立を急ぐという効率的な「日本モデル」は、ことごとく「見当違い」といわれかねない。

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    東京都知事選は「遊び場」にあらず、信念なき乱立候補に怒り心頭!

    議員) 6月18日に告示された東京都知事選がクライマックスを迎えようとしている。日本一の人口を誇り、政治、経済、文化などが一極集中する首都東京のトップとなると、総理大臣に引けも取らぬほどの存在だ。そのため政財界はもちろんのこと、あらゆる業界が都知事選の行方に注目している。 選挙以外であっても、東京都知事は他の地方の首長と異なり、メディア露出の機会も多く、現職は総じて知名度が高い。また、新型コロナウイルスの感染拡大への対応発表により、ここ数カ月は小池百合子知事の顔を見ない日はなかったと言っても過言ではない。 さらに言えば、現在の日本の選挙というものは未熟で、個人の政策や人柄うんぬんよりも有名度やどの政党が公認や推薦、支持しているかで、勝敗が大方決着する。ゆえに、今回の結果は選挙前から既に見えているだろうから、私が前回指摘した河井夫妻の公職選挙法違反(買収)事件のようなケースは発生する隙もないはずだ。 とは言いつつ、都知事選はいつも個性豊かな候補者が勢ぞろいし、まるでフェスティバルのように感じる。しかも今回は過去最多となる22人が立候補しているため、数人しか出馬しない選挙よりは選択肢も一応増える。けれども、当選を一切目的としない人たちの立候補は、私自身いかがなものかと思ってしまう。 一人の人間が選挙で立候補するにあたり、人件費もろもろの費用が税金で賄われている。当選が難しくとも、継続的に自身の政策を街頭活動などで訴え続けている候補者には、それなりの支援者が存在する。 そうした候補者であれば、現在の政界にくさびを打つ鉄槌(てっつい)ともなり得る。しかし、金もうけのために自身の知名度や信用を得たいなどという、利己的な理由で立候補するのはもってのほかだ。最近はユーチューバーなどの動画配信者が300万円の供託金という「投資」を行い、その数倍にもなる視聴料を稼ぐために選挙を利用しているという話も聞く。そのため話題性だけで立候補する候補者は、私としては大変許し難い。 ユーチューバーといえば、NHKから国民を守る党(N国)の立花孝志党首がなぜか「ホリエモン新党」という政治団体を設立し、自身も含め3人が立候補をしている。ポスターには「私も(堀江貴文氏)も応援しています」などの文言がないので、公選法上では問題ない。 ただ、著書やユーチューブなどで発信しているとはいえ、堀江氏の政策が何なのか、さらにはNHKをどうしたいのか、いまいち分かりにくい。掲示板に張られた東京都知事選の候補者ポスター=2020年6月18日、東京都新宿区(土谷創造撮影) 推測できるのは、立花氏が「小池氏や堀江氏と同姓同名の候補者を出馬させる」とできもしない話を流し、マスコミに注目させ、ユーチューブの広告収益につなげようとしていることくらいだ。立花氏からすれば、結果として「知事選と同じ投開票日の都議補選に出馬した候補者の支援にでもなればいい」というところだろう。 N国の丸山穂高副代表は、この状況にどのような気持ちでいるのだろうか。政党助成金を満額で受け取り、今後の生活の糧としたい彼の気持ちも分かる。ただ、かつての同僚として彼の名誉のために忠告しておくと、衆院議員としての最後は離党して終えた方がいいのではないか。ぜひお勧めしておきたい。共闘の難しさ なお、私と丸山氏の古巣の日本維新の会はといえば、結党当初から愛用していたグリーンの政党カラーをすっかり小池氏に取られてしまった。今回の都知事選で、維新は熊本県副知事だった小野泰輔氏を推薦している。 しかし本来であれば、候補者は別の人間が適任ではないだろうか。都議選での恩義をあっさりと踏みにじり、一時期落ち目だった小池氏に後ろ足で砂をかける形で反目し、維新にくら替えし、東京選挙区で当選を果たした音喜多駿参院議員こそ、本来立候補するのが政界の筋であろう。 音喜多氏の地元・東京北区の選挙区では多少なりとも支持層はいるだろうから、音喜多氏の出馬は維新の顔も立つはずだ。ゆえに参院議員を潔く辞した上で、小池氏に対抗する自身の公約と政策を都民のために掲げてほしかったものだ。 もっとも、職業議員気質の人は落選確実の選挙に現職を辞してまで立候補する気はないだろうし、勝ち馬の小池氏を敵とするほどの改革精神などは持ち合わせていない。 ゆえに、助けを求めてきたとはいえ、熊本県の副知事を差し出したという格好であれば、立候補した小野氏が少々気の毒だ。音喜多氏の「議員であり続けるためなら何だってする」というその執念は悪くないが、改革を掲げる議員としてはふさわしくないのも確かだ。 難病「筋萎縮性側索硬化症(ALS)」を患うれいわ新選組の舩後靖彦参院議員が新型コロナ感染の防止を目的に国会を一時欠席したとき、音喜多氏は「歳費返納がなければ厳しい」とツイートしたが、買収疑惑が浮上した際に欠席した河井夫妻に対しては同様の言及がなかったと指摘され、謝罪に追い込まれた。その程度の政治理念だから、彼の言葉はいつも支離滅裂なのだ。 ちなみに私が興味深く見守っているのが、宇都宮健児氏と山本太郎氏の獲得票数である。両氏の立候補は、野党の票を分裂させることになってしまった。願わくば、野党一本化した状況での宇都宮氏、山本氏それぞれの獲得票数を見たかったところだ。 だが、野党共闘というのは本当に難しいものだ。2017年の衆院選の際に、私も3期目に挑戦するかどうか判断する際に、身に染みて思い知らされた。当時の私は無所属として、議員となった当初の志である「政権と対立軸を立てて国民のために戦うという」原点を貫き、人権、福祉制度、中小企業支援や森友・加計問題などを中心に国政に携わっていた。かつて所属した維新も、12年はこうした理念を持つ政党だった。 そのため、野党共闘候補として立候補できないか、小沢一郎衆院議員など重鎮議員らと話し合いもしていた。地元の野党系支持層も「どうせ応援するならば無名の候補者よりは、当選する可能性がある有名な候補者を野党共闘で応援したい」と掛け合ってくれていた。 しかし、私の選挙区となると、マスコミが殺到するのを予想して「今の人生がパッとしないので知名度を上げたい。あわよくば議員になりたい」という腐った口八丁の輩(やから)がちょろちょろし出すのだ。そんなこんなでコトはすんなりと進まず、急な解散で私の選挙区は自民党候補の一人勝ちとなった。維新や野党共闘ができなかった共産党候補者も比例復活できないほどの惨敗を喫した。 野党統一候補として出馬すれば、選挙区事情のほか、「当選した後、どこの党に所属するのか」だの「議員の支援者が立候補者したいと言っている」だの「立候補できるなら寄付したいという人がいる」などと有象無象のしがらみや眉唾(まゆつば)話満載で、収拾がつかなくなってくる。東京都の対策本部会議後、記者会見する小池百合子知事=2020年7月2日、都庁 ここは、野党議員がもう少し国民のために政権交代を実現するという、力強い信念を持たなければならない。 いずれにせよ、新たな都知事の肩には、第2波が危惧(きぐ)される新型コロナへの対処、そして1400万人の都民の未来がかかっている。候補者たちには、その重責の意味をしっかりと胸に抱いてほしいと願うばかりである。

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    イージス・アショア「白紙撤回」の教訓

    河野太郎防衛相が突然表明したイージス・アショアの計画停止は、事実上の白紙撤回だけに波紋が広がっている。ただ、日本のミサイル防衛の在り方を根本から見直す契機と捉えれば、決してマイナスとはいえない。この教訓をどう生かすべきか、森本敏元防衛相と田母神俊雄元航空幕僚長が日本の防衛体制の未来像を説く。

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    イージス・アショアはいらない! 自衛隊に必要なのは「矛」である

    かったのかもしれない。もともとイージス・アショアの日本導入は、閣議決定による自衛隊が関わらない形での政治決定であったので、防衛相がその撤回を最初に表明したのではないだろうか。 いずれにせよ、米国製の兵器システムの導入を自衛隊を介さずに政治決定するのは間違っていると考える。なぜなら自衛隊自身で新たな兵器システムを導入する場合、まずその導入条件がどうなるか、現場の自衛官が米軍と交渉することになるからだ。内容としては価格をはじめ、維持整備の要領、ソフトウエアの開示レベルやそれらに対する自衛隊の関与度合いなど細かなとり決めを必要とする。 外交文書で兵器の取得を決めたとしても、その下では日米軍関係者の間でさらに多くの覚書を締結している。私の現役時代でも、それはもう膨大な量を経験した。だが兵器の導入が政治決定になっていると、米軍は自衛隊との交渉に応じてくれない場合が多い。条件が悪くとも、自衛隊側がどうせ買うことが分かっているからだ。 そのため、条件が悪い状態で交渉するのであれば、交渉過程で自衛隊が導入を見送る可能性を織り込ませなければならない。兵器システムの導入にあたっては、まずは現場で折り合いがつけ、その後政治家がそれを吟味した上で承認すればよい。 先の大戦を境に、軍事力の役割は大きく変わっている。それまでの軍事力は「戦争をするためのもの」であり、戦争は日常的なことだった。 しかし、人類が二度にわたる大戦の悲劇を教訓としたことで国際連合が誕生し、国家が理由もなく戦争を起こすことはできなくなった。ただ、大国間での戦争は減少した一方で、核兵器の誕生が「相互確証破壊」という「戦争を起こしたら負け」という軍事的緊張関係を生み出した。※写真はイメージ(Getty Images) 今では、軍事力は「戦争を起こさないためのもの」として必要となった。そしてその根幹として「やられたらやり返す」という攻撃能力の部分が一層重要な役割を果たすことになる。相手からの攻撃を防ぐためにも、国家は軍事力を整備し、被害を受けても泣き寝入りはしないという姿勢が重要なのだ。 しかし戦後のわが国では、世界の善意に期待して「戦争を起こさない」というおとぎ話が大手を振って歩いており、自衛隊が攻撃能力を持つことはタブー視されてきた。この軍事力の役割変化を認識できない日本国民が今でもかなり多いのが現状である。そろそろ日本国民も目覚めて、世界の現実をきちんと見られるようになってもらいたい。

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    河井夫妻逮捕で思い出す、選挙の裏でうごめく「クレクレ族」の面々

    をしているが、裏では税金などを原資とする不適切な金銭が飛び交っている。それが分かれば、国民はますます政治にバカバカしさを覚え、投票に行く気持ちも削がれでしまうのではないだろうか。この事件をきっかけに、政治の現場から一刻も早く膿(うみ)を出し切らねばならない。 私は常々「今の選挙は『どの政党が一番好きですか選手権』で候補者なんて誰でも一緒ですよ」と話している。なので、裏で多少の金銭が動くことがあっても、河井夫妻のようにここまで多額の札束が飛び交うことはレアケースであろう。 もちろん、多少の金銭授受であっても明確な公選法違反だ。しかし残念ながら、政治の現場ではそうした状況が数多く存在している。 まずは今回、渦中となった広島の選挙区事情に目を向けてみよう。昨年の参院選では、新人の案里氏のほかに自民党からもう一人、当時現職で岸田派の溝手顕正元参院議員会長が立候補していた。広島選挙区の改選数は2人で、野党の現職候補もいる中で自民党の公認候補が2人出たわけである。これでは自民党の支持票を案里氏と溝手氏で二分することとなり、下手をすれば片方の候補が落選する可能性が生じる。 地元議員や利権を狙う支援者なんて薄情なものだから「参院議員を長く続けていて、気心も知れている溝手さんの方が使い勝手がいいから勝ってほしいけど、勝ち馬には乗っていたいなぁ」というのが本音で、両者への思い入れなどはない。河井夫妻からの金銭授受を認め、記者会見で辞意を表明する広島県三原市の天満祥典市長=2020年6月25日午後、三原市役所 要するに、昨年の参院選は自民党票を二階派と岸田派が死に物狂いで取り合う「仁義なき戦い」が広島で繰り広げられていたのだ。二階氏は、案里氏が自身の派閥所属ということもあり、幹事長のプライドをかけてがっちりサポートすることに決めていたに違いない。 よくある話だが、「溝手氏が当確で、河井氏は危ない」という情報を流せば、溝手陣営は気が緩むし、党本部も案里氏を落選させないよう真剣にテコ入れを始めてくれる。その証拠に、応援演説で安倍晋三首相をはじめ、自民党幹部が続々と選挙区入りした。巨額の公認料もその流れで決められたのだろう。群がるクレクレ族たち 私は人生で2度の衆院選を経験してきたが「選挙を手伝ってあげますから」だとか「私は票を数百票持っていますから」とうそぶいて、金銭などを要求してくる「クレクレ有権者」がいたものだ。 他にも「選挙区に住んでいるので、自分は有権者なんです」と印籠のように一票を掲げて、常識では考えられないような高額な商品やサービスを押し売りする人や、賃貸物件や事務所工事などで理不尽な契約を強要しようとする業者が頻繁に現れた。誰が仲介者でお金を抜いているのかと考えると、本当に頭にくる。 ウグイス嬢自身からの売り込みも激しかった。「選挙になるとウグイス嬢は確保できませんよ。私なら、今決めていただく条件で特別に法定人件費の2倍でお受けします」などと、堂々違法話を持ち込んでくる輩(やから)が数多くいるのだ。 もちろん、当選確実である与党議員にはそんなことはなく、むしろ「先生を私どもにも応援させてください」と献金やボランティアのオンパレードですり寄っていく。一方、野党議員や若手議員は足元を見られた揚げ句、多くが「クレクレ有権者」の言いなりになる。初陣が20代の小娘だった私など「いいカモが来た」と思われたに違いない。 幸いにも、私は選挙に関してド素人だったので悪しき習慣を知らず、「お金の話でややこしくなるのは嫌なので」と一般常識的な思考から「クレクレ有権者」を追い返すことができた。 だが、同じ「クレクレ」でも地方議員は巧みだった。「これは選対会議を皆で集まって開いたときの会議代や。立て替えといたからお金をくれや」と同じ飲食店の手書き領収書を大量に渡されたりした。 他にも「俺の娘が今仕事してないんや。秘書に雇ってくれてもええで」だとか「君の選挙を手伝うには、なんやかんやで日頃からお金がかかる。持ってきといてくれなあかん。君と僕が言えへんかったら誰にもバレへん。安全や」などなど、枚挙にいとまがない。何度も何度も巧妙で危うい要求をされたものだ。比例での復活当選を果たした日本維新の会・上西小百合氏2012年12月17日、大阪府吹田市(志儀駒貴撮影) 「お金にキレイな政党」と主張しているくせに、有権者の負託を受けた人間の言葉とは思えない悪質な要求をする議員を私は許せなかった。だが、その「クレクレ議員」を一蹴したところ、私の所属していた日本維新の会はなにぶん地方議員の立場が強い党だったので、急に党大阪本部で冷遇されるようになった。 しかし、恐喝めいた要求や圧力におじけることなく、国民の代表である職責を果たす人間として、違法行為に手を染めなかったことは社会的に正しい。私の肌感覚でいえば「俺は票を持っているんだぞ」と言って見返りを要求してくる輩は、そもそも投票すら行っていないのではないか。 真の支持者はそんなことを言わず、候補者の仕事ぶりや人柄を見て、きちんと応援してくれているものだ。だからこそ、こうした「クレクレ族」に金銭を渡すということは、支持者に対する侮辱行為だと私は思う。清い一票のために 私の実体験から、選挙でいかに不適切な金銭が動くことが多く、慣例となっているかが透けて見えることだろう。それを裏付けるのが、私が2回目となる2014年の衆院選に出馬した際の出来事だ。 同期の若手衆院議員であった村上政俊氏が、維新の党幹事長だった松井一郎現大阪市長から「支えてくれた大阪府議会や大阪市議会の地方議員の心をつかみ切れないのに、国民の心はつかめない」などとめちゃくちゃな言いがかりで公認を剥奪(はくだつ)されたのだ。代わりの公認候補となったのが、現在の吉村洋文大阪府知事である。 この松井氏の言葉からも分かるように、「国会議員の選挙に出たければ、政治理念で賛同を得るのではなく、その選挙区の地方議員にゴマをすり、選挙に動いてもらうのが当然」という悪しき慣例が政治の世界でまかり通っている。繰り返すが、与党の重鎮議員は例外だ。 昨年4月に行なわれた統一地方選の前後で、克行氏が地元政界関係者に20万~30万円の現金を渡したというのも、上述した悪しき慣例の一部であろう。現金は「陣中見舞い」や「当選祝い」名目だったとされるが、そんなもの、阿吽(あうん)の呼吸で、どのようなお金か政治関係者なら一瞬でピンとくる。地獄の沙汰もなんとやらだ。維新の会の松井氏が発言した「心をつかみ切るもの」が何かは、これまでの私の連載をお読みの皆さんならピンときてくださるだろう。 このような環境下で行われる選挙に加え、案里氏の選挙区事情を鑑みれば、今回の買収劇も「なるほど」と思わなくもない。だが、そろそろこの負の慣例を断ち切っていかねばならない。 しかも、今回は自民党から支出された資金が買収の原資とされており、そもそも税金だ。異例とも言われるほどの多額の現金が選挙買収に使われているとすれば看過できないし、コロナ禍によって困窮極める生活に陥った国民からすれば、許し難い行為であろう。広島市のホテルで開かれた政治資金パーティーで、ステージに立つ河井克行前法相(右)と、誕生日を迎えた妻の案里参院議員=2019年9月23日 今回の買収劇は金銭を譲渡した河井夫妻だけでなく、それを授受した側も公選法違反罪に問われる。公選法第1条では、次のように記載されている。 この法律は、日本国憲法の精神に則り、衆議院議員、参議院議員並びに地方公共団体の議会の議員及び長を公選する選挙制度を確立し、その選挙が選挙人の自由に表明せる意思によつて公明且つ適正に行われることを確保し、もつて民主政治の健全な発達を期することを目的とする。 ぜひとも検察には、金銭を授受した地方議員や選挙関係者全員を立件していただきたい。そしてこれまで慣例として行ってきたことが、国民の権利を守るための法律をいかに踏みにじっているかということを、政治家にたたき込んでほしい。 そうしなければ、無垢(むく)な一票を信じて投じる有権者が、いつまでたっても報われない。

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    望月衣塑子記者に贈る「ダブスタ」にならないためのアドバイス

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ツイッターの政治風刺アカウントとして有名で、筆者と同じくアイドル業界にも詳しい「全部アベのせいだBot」をフォローしていると、面白いニュースに気が付くことが多い。6月22日朝、その「全部アベのせいだBot」が東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者に関するニュースをネタに投稿していたが、とても興味深い内容だった。 それは、「東京新聞『望月衣塑子』記者の弟が “詐欺まがい” オンラインサロン会員から悲鳴」と題する『デイリー新潮』の記事だ。望月記者の実弟、龍平氏の運営する会員制サロンに関するいくつかの「疑惑」が指摘されている。 この「疑惑」の真偽について、筆者は正直なところ関心外である。ただ、記事に出てくる経済評論家の上念司氏のイラク通貨の「ディナール詐欺」についての解説は参考になるので、ぜひ熟読してほしい。一般的な意味で、オンラインサロンで蔓延(まんえん)するという「外貨詐欺」からの自己防衛として、役に立つことだろう。 実弟の「疑惑」について、望月記者は弟と連絡をとっていないとした上で「オンラインサロンについての詳しいことは分からないので、コメントは控えさせてください」と答えたと、記事は結ばれでいる。 当たり前だが、家族のことであれ誰であれ、本人が責任を負うことがない事例で、他人に批判される筋合いは全くないと筆者は思う。ただ、望月記者の今までの「記者の作法」を思えば、どうしても単純な疑問が沸いてしまう。 望月記者は安倍昭恵首相夫人について、「花見パーティーに続き、今度は山口に旅行とは。。 #安倍昭恵 夫人には誰も何も言えないのか」とツイッター上で批判していた。筆者は、昭恵夫人が新型コロナウイルスの感染拡大への警戒が強まる中で、大分に行こうが花見パーティーを開こうが、それが公益を侵すことがなければ何の関心もない。望月記者がこのような批判をするのは、昭恵夫人が「首相夫人」であることを抜きに考えることは難しいだろう。オマーンのマスカット国際空港に到着した安倍首相と昭恵夫人=2020年1月(代表撮影) 首相夫人は、政府見解では私人扱いであり、大分に行こうが花見パーティーをしようが、それは正真正銘プライベートな行為でしかない。もし、首相夫人であることが批判の資格になると望月記者が思っているならば、やはり今回の実弟の「疑惑」についても事実を明かし、積極的に答える責任があるのではないか。 別に筆者はそれを積極的に求めているわけではない。ただ、望月記者の今までの政治批判の姿勢が二重基準に陥ることがないための「アドバイス」である。「望月ポピュリズム」の独自性 ところで、筆者は望月記者の手法を、以前から「ポピュリスト的なジャーナリズム」によるものだと思っている。ポピュリストとはポピュリズムの担い手を指すが、本稿でのポピュリズムは、米ジョージア大のカス・ミュデ准教授とチリのディエゴ・ポルタレス大のクリストバル・ロビラ・カルトワッセル准教授の共著『ポピュリズム』(白水社)に基づいている。 彼らはポピュリズムを「社会が究極的に『汚れなき人民』対『腐敗したエリート』という敵対する二つの同質的な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意志(ヴォロンテ・ジェネラール)の表現であるべきだと論じる、中心の薄弱なイデオロギー」と定義している。 望月記者の手法は、反安倍陣営を「汚れなき人民」とし、安倍首相や首相夫人を「腐敗したエリート」として対立させている。そして、前者こそ「人民の一般意志」であり、安倍政権のような「腐敗したエリート」を打倒すべきだと考えている。 この「望月ポピュリズム」の独自性は、安倍首相を「腐敗したエリート」に仕立てるその独特の話法に基づく。望月記者の共著『「安倍晋三」大研究』(ベストセラーズ)には、そのポピュリズム話法が全面に出ている。 その「腐敗」の象徴が、安倍首相の「嘘」だというのである。今でもインターネットや一部の識者からは、「安倍首相は嘘つきである」というどうしようもない低レベル発言を見かけるが、本著ではその首相の「嘘」を切り口にしている。 望月記者が一例で挙げるのが、首相が国会で自身を「立法府の長」と言い間違えたことだ。ただの言い間違えなのだが、それが安倍首相の代表的な「嘘」として何度も言及されている。正直、これでは中味スカスカと言っていい。参院予算委で答弁のため挙手する安倍首相=2020年6月11日 だが本著は、この「首相の嘘」をテーマにして、評論家の内田樹氏との対談にかなりの分量を割く構成となっている。また「エリート」部分では、祖父の岸信介元首相との血縁や政治的権威との関係を強調している。 要するに、「汚れなき人民」を代表して「嘘」つきの総理大臣を批判するという、どうしようもなく単純化された手法が、望月記者の手法のほぼ全てである。だが、本当に望月記者は「汚れなき人民」の代表なのだろうか。安易な二項対立の罠 そもそも、ポピュリズム的手法自体が一種の嘘っぽい単純化された対立図式である。あまり真に受けて考えるのも「イケズ」なのかもしれない。 ただ、本稿では望月記者もまた「エリート」なのだということを指摘すれば十分だろう。望月記者は、菅義偉(よしひで)官房長官の定例記者会見で執拗(しつよう)に質問を繰り返すことで著名だ。 だが、そもそもこの記者会見に出席できるのは、記者クラブという「エリート」のメンバーがほとんどである。記者クラブ以外の出席はかなり制限されている。つまりは、記者エリートの「代表」として質問しているのである。 政府の失敗を質(ただ)すことがジャーナリズムの仕事である、と単純に思い込んでいる人たちがいるのも事実だ。その思い込みが、暗黙のうちに「正義」の側にジャーナリストを立たせてしまっているのである。 いわば善と悪の対立である。悪=「嘘」をつく首相と、善=「嘘を暴く」記者たち、という安易な二項対立だ。もちろん既存マスコミも十分に腐敗し、そして権威化していることを忘れてはならない。 東京高検の黒川弘務前検事長と産経新聞記者、朝日新聞元記者との賭けマージャン問題により、マスコミと検察のズブズブな関係が明るみに出た。最近では、河井克行元法相と河井案里参院議員夫妻の逮捕劇が、なぜか先行してマスコミにリークされていたこともある。これもまた検察とマスコミのズブズブな関係を暗示させるものだ。菅義偉官房長官の記者会見で挙手する東京新聞の望月衣塑子記者(手前)=2020年2月 ひょっとしたら、検察庁法改正問題から河井夫妻の逮捕劇まで、マスコミと検察の「共作」ではないか、と疑問を抱いたりもする。それだけ情報が検察とマスコミとの間で共有されているようにも思えてくるのだ。 もちろん望月記者は、河井夫妻の逮捕劇を首相に結び付けようと最近も必死である。だが筆者は、検察とマスコミの国民が知ることもないズブズブな関係にこそ、問題の根があるように思えてならない。

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    東京都知事選で大化けしたかもしれない堀江貴文の「ソーシャル戦略」

    中村佳美(政治SNSアナリスト) 7月5日投開票の東京都知事選は東京五輪・パラリンピックを控え、「東京大改革宣言」を掲げた小池百合子知事の4年間の都政運営に対する審判の場になるはずでした。ところが、新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、小池氏のコロナ対応に注目が集まる中で、自民党本部と公明党、立憲民主党は独自候補の擁立を断念しました。 6月12日に出馬表明した小池氏が政党の推薦を受けないことを表明したこともあり、自民は自主投票、公明は小池氏の実質支援を決め、一方、立民は元日弁連会長の宇都宮健児氏を共産、社民とともに支援することを決定しました。 日本維新の会は元熊本県副知事、小野泰輔氏の推薦を決めています。そして告示前々日の15日には、れいわ新選組の山本太郎代表が東京五輪の中止を公約に掲げ、出馬表明しました。 中でも、思わぬ展開を見せたのが、実業家の堀江貴文氏の出馬説が報じられたことです。堀江氏は新著『東京改造計画』(幻冬舎)に、37項目500ページに及ぶ「マニフェスト」を盛り込みました。 さらに、以前から親交が深く、都知事選にも出馬するNHKから国民を守る党の立花孝志党首が5月25日に、堀江氏の愛称を使った政治団体「ホリエモン新党」を設立、自ら代表に就きました。ただ、その立花氏は6月16日、堀江氏の秘書、斉藤健一郎氏がホリエモン新党の公認候補として出馬することを発表しました。このような状況でも、「アフターコロナ」で国民から求められる政治家像が変化していく中で、インターネット上で多くの期待が寄せられていました。 堀江氏が会員制交流サイト(SNS)を使って発信する言動は、メディアなどを通して常に注目され、話題となってます。そんなネットから高い支持のある堀江氏が、今回の都知事選に出馬した場合、得票力や選挙戦の展開方法に注目が集まったことでしょう。 そこで、今回、慶応大大学院政策・メディア研究科の小野塚亮氏に協力いただき、堀江氏と現職の小池氏のフォロワーにおける属性を分析しました。本稿では、この結果をもとに、堀江氏のSNSによる情報発信が、都知事選に対してどのような影響が及ぶのか考察してみたいと思います。 まず、堀江氏と小池氏のSNSコミュニティーからファンの属性の分析を行うために定量的調査を試みました。今回は、小野塚氏が開発したツイッターAPI(外部システムで連携しやすくする技術仕様)を用いて構築したシステム『あなたが好きな人は何が好き?』を使用して、SNS分析を行いました。このシステムは、自分のツイートに定期的に「いいね」している人が、誰で、どのような人なのか、その人が自分以外に他にどんな内容に興味を持って「いいね」しているかを図で示してくれます。衆院法務委員会に参考人として意見陳述する実業家の堀江貴文氏=2015年7月(酒巻俊介撮影) この分析によって、ファンが自分の何に注目しているかを知ることができるとともに、自分のフォロワー層の属性を分析できます。これまでに、自分のことを好きな人が誰なのかを調べるマーケティング手法はたくさんありました。今回の分析では、その好きな人がどのようなフォロワー属性であり、どのようなものを好むかまでを、ツイッターを用いて抽出を行うことが新たに可能になりました。 なお、分析にあたっては、違いをより分かりやすくするために、現職の小池氏のSNSと比較しながら進めました。 今回、このシステムを使用して分析を行うにあたり、以下の四つの問いを明らかにします。(1)「いいね」してくれているユーザーのうち、何%が実際の堀江氏、小池氏のフォロワーであるか(2)両氏を好きな人(ファン)の属性は何か(3)両氏の投稿以外、どのような内容に興味を持って「いいね」しているか(4)ファンの集中度はどのくらいか※ここでのファンの定義は、3回以上リアクションしている人たちのことを指す。1ツイートあたり取得できるリアクション数には上限があり、リツイートは100件、「いいね」は26件までのみ取得できることが前提条件 また、2人のツイッターのフォロワー数を確認しておきましょう。堀江氏:610フォロー/351万6789フォロワー小池氏:596フォロー/84万7427フォロワー※5月25日時点 まず、自分の投稿に「いいね」してくれているユーザーの何%が、実際に自分のフォロワーなのかを分析しました。5月19~28日の10日間で、小池氏のツイートに3回以上リアクションしている92人中8人が非フォロワーで、堀江氏の場合、83人中2人は非フォロワーでした。堀江氏のファン属性は? つまり、両氏の投稿に「いいね」をするファンの非フォロワー比率は、小池氏が8・7%で、堀江氏は2・4%ということになります。この分析結果から、小池氏は非フォロワーに堀江氏の4倍以上も届いている可能性が高い一方で、堀江氏のツイートは、フォロワー以外には広く届いている可能性が低いことが分かりました。両氏のフォロワー数の差が大きいにもかかわらず、ファンの数に大きな差がないため、フォロワーの数の多さにばかり目を向けるのは適切ではない可能性があるといえます。両氏のフォロワー・非フォロワーのファン比率 続いて、両氏のファン属性と、そんな両氏を「好きな人は誰か」という問いです。両者のファンの属性から分析していきます。次の図は、5月28日時点の結果です。両氏のファン属性。左が堀江氏、右は小池氏 両氏のSNSアカウントに頻繁に反応しているアカウントのツイッタープロフィールに書かれている言葉から解析された結果です。テキストデータから読み取るべきポイントは、いくつかあります。一つは、全体的な文字の大きさや詰まり具合の違いです。この抽出された文字は、ファンのプロフィール文中の出現回数に比例するシステムになっています。 つまり、文字の大きさが大きくなるほど、その文字に関心を持つフォロワーが多いということです。まず、堀江氏のフォロワー層ですが、「人生」「仕事」「勉強」「ビジネス」「エンジニア」など、特定の領域のファンの属性が高いことが分かります。 一方で、小池氏のフォロワー層は「日本」「テレワーク」「東京都」「佐々木希」「八王子」「漫才」「美味しい」などさまざまなジャンルのキーワードから構成されています。しかも、強調される文字の大きさが小さいことから、フォロワー層の偏りがなく、多様な層に届いていることが分かります。 次に、「私を好きな人はどんな人か」の問いの部分である、両氏の投稿に「いいね」をくれるユーザーが、両氏以外にどんな内容に「いいね」をつけているかを分析していきます。次の図は5月18日から28日までの抽出結果です。5月18〜28日における両氏のファンの好み。左が堀江氏、右は小池氏 文字の大きさは、自分の投稿に「いいね」をしてくれている人が、他に「いいね」している投稿内容の出現回数に比例するシステムになっています。大きくなっている文字ほど、両者の投稿に「いいね」しているユーザーの注目度がより高く現れるキーワードというわけです。 つまり、堀江氏に「いいね」をするユーザー層は、経済、お金、仕事、自由など社会経済的ワードへの関心が高いファンであることが言えます。堀江氏の投稿スタイルから、熱烈的ファンを多く抱えているとも考えられます。 一方で、小池氏に「いいね」をするユーザー層は、一つの領域に偏りがなく広い関心があることで、共通の関心が見られないことが分かります。「マスク」というキーワードを含むツイートを分析した結果、マスクの支援や呼びかける温かいポジティブな投稿が複数確認できました。 両氏のSNSユーザーに共通するのは、少なくとも政治クラスターの中で発生しているということです。しかも、重複するキーワードも多くあり、実際には票の食い合いになってしまう可能性もあるのかもしれません。 両氏のフォロワー数の差に留意が必要なので、結果の妥当性を確認するために、両氏のファンの集中度を「ハーフィンダール・ハーシュマン指数」(HHI)をもとに算出しました。HHIとは、ある産業の市場における企業の競争状態を表す指標の一つです。 結果として、小池氏が20・68、堀江氏は28・92となりました。ここからも堀江氏よりも小池氏の方が広い層に届いていることが分かります。ネットを白熱させる「俺論」 この定量的結果をもとに、堀江氏が従来のネット選挙活動を行う候補者とどのような点が違っていて強みなのか、そうした違いが都知事選ではどのように活きてくるのか、考察していきます。 堀江氏のSNSスタイルの核を担うのは、社会経済から芸能まで、世の中のありとあらゆ出来事や事件に対して切り込んでいく独自の「俺論」です。堀江氏のような能力や肩書を同時に有する人は、日本にはほとんどいません。 誰もが思いつかないような視点から言語化を行い、炎上させることで自身のツイートがさらに拡散され、注目を集める仕組みを意図的に作り上げます。問題を指摘して攻撃することで、具体的な問題点に目を向けさせるような発信が多く、ユーザーが自分と同じようなポイントに問題を感じ、怒りをぶつける代弁者だということを印象付けようとしていたと見受けられます。 例えば、小池氏は5月20日、都知事選への出馬意欲が報じられた堀江氏について、記者団から感想を求められ「特にございませんけれども、まあ賑(にぎ)やかなこと、という感じ」と微笑を交えて語りました。これに対し、堀江氏はすかさず反応し、小池氏が取材に答えるニュース動画を自らのツイッターに貼り付け「コロナ危機利用してるから余裕だな」とツイート。対抗馬として意識しているかのような投稿がメディアでも取り上げられていました。 ネット上で名前を検索し、自分自身への評価を確認するエゴサーチを行い、自身に関する投稿を引用リツイートしている姿を見ても、直接的に相手に議論に持ち込むことは、なかなかできないことであり、他の候補者にない点です。小池氏の投稿するツイッターに反撃する形で、堀江氏が引用リツイートを行うことで、さらにネットが白熱していく可能性もあったでしょう。 従来の候補者のネット選挙においては、対抗馬に直接的な議論を持ちかけることは避けており、あくまで自分のコミュニティーの中で収まっていました。こうした何を言い出すか分からない、目が離せない、注目を集める手段として発信しているのが堀江氏のスタイルです。 このスタイルは、一部のユーザーから、米国のドナルド・トランプ大統領を連想させるかのような「本音で語る改革者」に映るかもしれません。トランプ氏のSNSスタイルは、過激な表現や怒りを代弁する演説を行い、物議を醸すことでユーザーたちがより反応します。 こうしたメッセージ発信がニュースのヘッドラインを飾り、賛成派も反対派も関係のない人も、トランプ氏を意識せざるを得なくなり、独特のループにハマっていくのです。日によっては、「トランプ氏は、本日はツイートしていません」とテレビで取り上げられるほど、番組コンテンツとしても注目されていました。 このように「何を言い出すか分からない」「目が離せない」というのが、トランプ氏がSNSで作り出した自らのイメージで重要な要素の一つだったのです。トランプ氏は、かつて米CBSテレビのニュース番組の中で、「自身がフェイスブックやツイッター、インスタグラムなどの各アカウントで大量のフォロワーを獲得していたことから、悪意ある情報が流されてもSNSが反撃の手段となり、選挙戦に勝利することができた」と答えています。 さまざまな物議を醸した「トランプスタイル」こそが、大統領選の勝因であったことを自ら示唆したわけです。こうしたトランプ氏のスタイルに近い堀江氏も、自らのアカウントで大量のフォロワーを獲得していることで、既存メディアなどから悪意のある情報が流された場合でも、自らの主張を数多くの人たちに直接伝える「反撃の手段」としてSNSを活用しています。米ホワイトハウスで話すトランプ米大統領(中央)=2020年4月(AP=共同) 今回の分析結果においても、ファン集中度の高さから熱烈的ファンが多く集中していることが証明されたほか、人生、仕事、勉強、ビジネス、エンジニアなど、特定領域のファンの属性が高いことにも納得がいきます。また、今回の立候補に期待を寄せられている点には、実業家として公約に対する具体性が高く、デジタルリテラシーが高いところも注目を集めています。満員電車の値上げ、江戸城再建、大麻解禁、東京都のオール民営化など37項目を盛り込んだ東京改造計画が発表されています。 従来の政治家なら一見非常識と思われるところに踏み込んでいても、堀江氏のキャラクターだからこそ、正直や素直という印象を与えています。そうした様子が支持者にとっては本音で語りかける改革者のように見えているのかもしれません。 一方で、堀江氏への批判として、「選挙を混乱させるな」「都知事選を宣伝媒体にして過激なことするつもりなのか」「N国の取り巻き」「人柄が信用できない」「弱者の気持ちが分からない」との声も多く上がりました。確かに、政治家は情報発信だけでなく、議会や政党をはじめとするステークホルダー(利害関係者)に対して粘り強く説得するコミュニケーションが必要であるため、公職経験を求められる一面もあります。 しかし、政治家は落選すれば無収入になってしまうことから、たとえ国民や都民のことを考えていても大胆な政策はできない現実があり、資産活用のアイデアも少ないのも事実です。堀江氏は『東京改造計画』でも「僕は空気を読まない。媚びない。権力にもメディアにも都民にもいい顔をしない。大いに批判され嫌われるであろう。でも、それでいい。誰かが強い意志をもって強い提言をしなければ東京は変わらない。コロナ時代の新しい首都のカタチを皆さんと一緒に考えていきたい」「東京は政治屋たちの私物ではない」と語っています。「3密」回避選挙の行方 今都民が求めるのは、実力のある改革者でありながらも着実にリスクをコントロールしながら経済を回す安心、信頼できるリーダーではないかと考えます。日本、そして東京を作るのは私たちだからです。 では、堀江氏のように情報発信力の高い候補者は、実際の選挙の現場ではどう活きてくるのでしょうか。本来、ネット選挙活動を行う目的として、候補者を多くの人に伝える、知ってもらう情報伝達に対しての訴求性が高く、宣伝、動員、空中戦の一つのツールとして位置付けられています。広報費用を抑えるメリットもあって、今回の新型コロナ禍の影響で、「3密」を避けるためにも、オンラインによる選挙活動に力を入れる現場も増えつつあります。 実際の選挙期間に入ると、投稿の量よりも質を重要視した発信する姿勢が求められます。地方選では、質より量を重視して検索結果を埋め尽くす手法も一部ありますが、選挙区で得票数が高い年齢層を見極め、それぞれに落とし込んだ政策から有権者を「説得する」ためのメッセージ化を行うということが必要です。 もし、日頃からSNSを積極的に活用して発信しているにもかかわらず、支持者が伸び悩んでいるとすれば、「エンパシー(empathy)」の能力が低い可能性が考えられます。エンパシーとは「他者の立場を想像し、感情を分かち合う能力」のことで、自分と他者が違うと認める考え方として心理学でよく使われます。 日常生活のコミュニケーションの中でもたびたび使われる、「思いやり、同情、相手を気の毒に思う」といったシンパシーという感情があるのは、ご存じだと思います。一方、エンパシーは自分と異なる他者の感情や経験などを理解する能力であり、知的作業を指します。 選挙期間中の情報発信は、自らの政策を一方的に発信して対論するよりも、有権者の感情に訴えて共感を得られるように双方向で対話することが重要になります。それには、日頃から自分と違う理念や信念を持つ人々が何を考えているか、他者の思考プロセスを想像する能力、エンパシーを鍛えることが必要です。こういう力を鍛えることにより、有権者に寄り添った関係を築くためのメッセージ化やキーワードを戦略的に生み出すことができるでしょう。 また、選挙期間以前から取り組むべきポイントとしては、広いファンではなくより一歩深く踏み込んだ「アンバサダー」を事前に増やすことです。広く浅い発信よりも、確実な票集めです。つまり、ネット上の投稿を拡散してくれる協力サポーターを増員することです。昨年の参院選で返り咲いた山田太郎参院議員には、強力なネットサポーターの渦が構築されていました。こうした点では、ファンの集中度が高い堀江氏が、分散している小池氏よりも既に優位に立っていたと考えられます。 求心力維持には票の上積みが必須ですが、堀江氏が反小池票を掘り起こすことによって現実味を帯びてくる可能性が高いと見ていました。選挙期間中、空中戦において成果に繋げるためには選挙期間外にどのくらい力を注いだかで変わってくるのです。 先日、ついにツイッター本体に予約投稿機能が搭載されました。これによって、より事前に広報スケジュールとコンテンツの事前作成を行う戦略ができます。 選挙期間中に発信する内容は、事前に作成し広報スケジュールを立てることをお勧めしています。従来の候補者の情報発信モデルは、具体的に大きく分けて四つの型があると筆者は考えています。 過去形で投稿を行う「報告型」、現在進行形で投稿を行う「実況型」、未来形で投稿を行う「告知型」、時系列を問わない「主張型」です。主に与党の候補者には報告型が多く、野党の候補者には告知型が多く含まれる傾向があります。 また、東京大大学院情報学環が、2019年の参院選の投票行動と情報行動に関する調査の中に、選挙運動期間中の選挙に関する情報へのSNS接触頻度結果が出ています。 全体の接触率は、ツイッターが最も高く、僅差でLINEとユーチューブが続きました。年代別のトップは、10代と20代がツイッターで、30代はユーチューブ、40代と50代がLINE、60代はユーチューブとなっています。 2017年の衆院選の際に行われた同様の調査と比較すると、SNS接触率が高まっているという傾向が示されています。ここでは深く触れませんが、SNS接触が高まりつつある中で、その個々のサービスには長所と短所があります。さまざまな状況に応じて複数のSNSを戦略的に組み合わせて発信することで、有権者とコミュニケーションが自然と生まれるような投稿の質に近づけることはとても大切です。 「アフターコロナ」の都知事選で、候補者は街頭演説や選挙カーを控えめにすることを余儀なくされるかもしれません。その一方で、ネット公開討論会、オンライン選挙事務所など、有権者が政策や候補者を判断に参加する新しい機会の提供が求められるのではないかと考えます。ツイッターデモは政治を変えるか また、候補者の中には、公示日を迎えてからアカウントを開設し、選挙が終われば更新をストップする人も多いです。今回の選挙だけに限らず、国民は政治家の日頃からの情報発信の内容とともに、発信している姿勢を見ていることも忘れてはなりません。私たち有権者にとって、政治家のSNSはメディアのフィルターを通さずに生で政治家が考えていることにアクセスできる「回路」なのです。 そして、SNSを選挙で活用するにあたって一番気になる部分が、その効果性です。限られた時間である選挙戦では、意味のある広報戦略が常に求められています。 これまでに、ネットとリアルの合わせ技を必要とする海外の選挙においては、選挙結果に対して無視できない影響を与えていると示唆されてきました。米大統領選でのネット選挙キャンペーンの代表例として、バラク・オバマ前大統領が挙げられます。 しかし、2008年と12年の大統領選でオバマ陣営の草の根運動に参加した明治大の海野素央教授によれば、実際オバマ氏の強さの源泉はSNSではなく、地上戦にあったといいます。著書『オバマ再選の内幕』(同友館)で海野氏は、空中戦とは、あくまで地上戦を後方から支援する存在にすぎないと指摘しています。戸別訪問が許されている米国の選挙で、オバマ氏は誰よりも地道な戸別訪問に力を注ぎ、再選の流れをつくったというのです。 オバマ氏は、もともとシカゴの貧困地区を歩き回る「コミュニティー・オーガナイジング」と呼ばれる草の根運動をしていた政治家でした。「困っていることはありませんか」「このあたりにバス停は必要ですか」「家庭教師は必要ですか」「有権者登録のやりかたはご存じですか」「アパートを建てた方がよいですか」といったことを上院議員になる前から聞いて回っていたと海野氏が明らかにしています。 こうした空中戦について、組織票中心の選挙になりやすい日本では、SNSの活用効果を低く見積もる研究が多く見られます。ネットだけで選挙に勝つことは難しいため、地上戦と空中戦を融合させることが必要であり、バーチャルの接触だけでは、支持者をつくれないのが現実でしょう。 しかし、今回のような特定のファンが既に集中している堀江氏が出馬した場合には、事前のネット上でのバーチャル接触によって、その後のリアルでの接触の価値が上がる可能性は高かったと考えられます。つまり、直接的に得票数に結びつくエビデンス(根拠)は定かでなくも、人を動員したり、投票を呼びかけたりする「得票力」として化ける可能性が十分にあったといえるのです。 このような効果を十分に証明するためには、今回の定量的データを混合的に取り入れて検証していく必要性があります。日本も米国のようにビッグデータ解析・有権者名簿の活用、それにネット選挙運動が連動し、政治家と有権者が双方向でコミュニケーションを行う変革が求められていくことでしょう。 最後に、今回の分析領域であるインターネット論と政治学の横断的研究に関して、日本は近代的分野のために未発達な理論が多く、十分な指標となるものも少ないです。しかし、国民が安心して政府の情報を受け取れる環境を整備し、デジタル社会に対応していくためには、選挙や政治の現場においてのデジタル活用促進の必要があると考えています。 横断的研究を進めている筆者としても、現場での戦略にも活かせるように、データからエビデンスを導き出し、混合的に研究を進めていくことで、国民と政治の距離が縮まり、より対話が増えていくための指標になれればと考えています。東京都庁(ゲッティイメージズ) また、今回分析したSNSの有効性だけではなく、その脅威についても、私たちは冷静に考えていかなければなりません。ネット世論が政治に与える影響が見受けられる問題が相次ぐ昨今、先月の「#検察庁法改正案に抗議します」ツイッターデモが政治に与えた意識は衝撃的でした。 まさに、これまで観客席から見守っていた多くのユーザーが、次々に舞台に現れた瞬間です。日本は代表民主制のため、自分たちの声を議会に届けるためには一人ひとりが持つ1票を候補者に託し、政治の現場に送り出すことで主張してきました。 たとえ国民と政治のズレを感じても、デモ集会やネット上で声を上げることしかできない中で、今回のツイッターデモの影響を受けて各メディアがニュースに取り上げました。つまり、SNSと政治が脅威的な親和性を持ち、集まった有権者の声が世論を超えて政治を動かす指標になったということです。 しかし、この脅威が示唆される一方で、流れを変えることができるという国民の希望にもなったはずです。緊急事態宣言が発令された後で、日本の首都東京の舵を託せる候補者を選ぶ重要な選挙になることでしょう。 先述のように、政治家のSNSは、私たち有権者にとって生で政治家が考えていることにアクセスできる回路です。ぜひ、自分の一票の投票先を決める判断材料として、候補者のSNSにアクセスし、候補者の頭の中を確認して下さい。

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    新型コロナで激変する「パラダイム」

    世界を襲った新型コロナウイルスは、政治や経済に限らず、文化や社会の在り方まで完全に変えてしまう勢いだ。これまで当たり前だったこと、すなわち「パラダイム」の激変は避けられない。艱難辛苦の世の中だが、前に進むにはどうすればいいのか。そこで今回は、多様な視点でアフターコロナについて考えたい。

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    アフターコロナの日本政治に希望をつなぐための「旗印」

    三浦瑠麗(国際政治学者) 「コロナ政局」というようなものが日本で起こるとすれば、それは与党内で起こるのでしょう。そう思わされたのは、感染の波がいったん収まって、未知の感染症だった新型コロナウイルスに関する不確実性もだんだんと減ってきたころから、自民党の中の動きが活発化したことによるものです。 とはいえ、現在の自民党を見る限り、政権末期につきもののレームダック(死に体)化の気配は感じられても、かつてのように明確に政権を引きずり下ろしに行く動きは感じられません。 それは、一つには細田派(清和政策研究会)、麻生派(志公会)、二階派(志帥会)の安倍政権を支える三大派閥がしっかりと手を組んでいるからでしょう。また、安倍晋三首相から後継とみなされている岸田文雄氏が政調会長として政権と命運を共にしているからでもありましょう。 しかし、だからこそ、でしょうか。こうして本格的な大不況時代の入り口に立ちながら、安倍政権後を視野に入れた政治家個々人の動きは、依然として危機のレベルを認識していない錯誤感が伴います。もちろん、足下での経済的損失に対処すべしという声は、与党議員の中からも大きく聞こえてきます。 逆に、今は提案さえすれば、何もかも認められそうな気配さえ感じられます。目の前の倒産を食い止めようと誰もが立ち働いていることは否定しません。 しかし、政権与党は少なくとも向こう2、3年の経済運営に関しては責任を負う立場です。コロナの第2波にどう立ち向かうのか。そこにおいて第1波と同じような緊急事態宣言と休業要請をしてしまってもよいのか。安倍首相(右)に2020年度第2次補正予算案編成に向けた自民党提言を手渡した自民党の岸田政調会長=2020年5月21日、首相官邸 はたまた、同盟国やその他の国との往来はどのように再開すべきか、米中対立によるリスクにどのように対処すべきか、といった問題を話し合うべきときなのです。自民党総裁選をにらんで各種会合や立ち上げをするのもよいですが、それは根本的な問題への対処を政権に任せっきりにし、困難な課題を避けて通るようなものであってはならない、と思います。 軒並み弱い支持しか得られていない野党を前に、政権交代を恐れず余裕綽々(しゃくしゃく)なのはまだ理解できるとしても、第2波への対応次第では、今年の実質国内総生産(GDP)がマイナス12%成長になろうかというときに、悠長な態度をとっている場合ではないと思うのです。自民の本当の強固な基盤 安倍政権の支持率低下は、自民党本体の問題ではなく、政権特有の問題だと見なされているのかもしれません。しかし、安倍政権がここまで長期政権化したことこそが特異な事例なのであって、自民党が抱える本質的な問題はいささかも変わっていません。 毎日新聞や朝日新聞の各世論調査では、安倍政権の支持率が3割を割り込んだことがニュースになりました。調査によっては半数以上の人が不支持と答えるなど不満が強いことがうかがえます。では、政党支持率といえば、NHKの5月の世論調査では自民党が31・7%、立憲民主党は4・7%、支持政党なしが43・8%と野党の弱さが目立ちます。 2009年に民主党の勝利という形で現実化した自民党にとっての危機は、党内の結束を固め、首相のリーダーシップを強化するという意味では学びとられているのかもしれません。けれども、安倍長期政権下において、自民党に対するファンが増えていったわけではありません。 確かに、選挙の出口調査でこそ若年層の自民党への投票が目立ちます。私が代表を務めるシンクタンクが実施した「日本人価値観調査2019」で、自民党に対する信頼度や好感度を表わす「評価」そのものを聞いてみると、実は若年層の自民党支持は際立たないのです。 そして、ここに来てコロナ禍と経済不安で世間に不満がわだかまる中で、無党派の政権離れが顕著になりました。自民党が新たに獲得したと考えていた層、つまり民主党に幻滅した無党派の改革支持層、そして自民党政権に慣れている若年層は、局面が変われば容易に離れてしまう浮動票でしかなかった、というわけです。 自民党は、私のこれまでの意識調査によれば、有権者全体の1割以下の強固な支持基盤しか持っていません。それは、米国のトランプ政権が3割弱の根強い共和党支持者に支えられているのとは対照的です。 自民党を初めから支持するのではなく、結果的に投票した有権者が重視していたのは、米国との同盟強化や憲法9条改正に象徴される現実主義路線でした。その上で、経済成長重視の立場に立つ人が自民党を「より選んできた」にすぎません。衆院予算委で、立憲民主党の枝野幸男代表(手前左から2人目)の質問に答える安倍晋三首相=2020年6月9日 であるとすれば、人々の現状打破に向けた欲求が一定の水準を超え、外交安保の争点を度外視したとき、全く異なる論点での分断が起きる可能性があります。危機の時にはポピュリズムが流行るものです。トランプ現象のように、経済的には中道に立ちながら、社会的には分断を煽るような言説が出てくることも十分想像できます。現状打破志向の興味深いところは、それがいかなる方向であるかを問う前に、変化を望むことです。 日本では、とりわけ年長世代にこの傾向が顕著であり、良くも悪くも彼らがこの社会を作ってきたにもかかわらず、60代や70代の有権者がその場の感情に従って選挙に風を吹かせる可能性が高いのです。なぜそう考えるかというと、現状に満足しておらず変化を望む有権者の層が、ある一定の明確な政策の方向性を示しているというわけではないからです。危機が課題を先鋭化させる その結果、自民党の弱さが顕在化し、変化が起こるとすれば、おそらくよく考え抜かれた結果の政策転換ではなくて、情動的なものになることでしょう。 そうすると、現状の継続にせよ、変化にせよ、日本政治に希望はないのか、という話になります。もちろん、私もそう思いたくはありません。もし日本社会に希望があるとすれば、合理性に基づき、社会的課題と経済成長戦略を結び付けた政策が本格的に出てくるときでしょう。 安倍政権が唯一この分野で力を発揮したのは、「ウーマノミクス」と呼ばれた女性の活躍推進と経済成長の相乗効果です。しかし、現在コロナ禍で非正規雇用の女性は再び雇用調整の対象となり、労働人口そのものが大幅に減ってしまいました。自粛政策で、男女の格差は少なくとも一時的には拡大したわけです。 同時に、コロナ禍による経済的打撃によって、若年層にしわ寄せが集まっています。今の若い世代が、就職氷河期の上の世代と同様にロストジェネレーション化することは目に見えています。 経済復興の過程は、取り組むべき本質的な課題に対処するチャンスでもあります。未来志向の社会的課題と経済成長を結び付ける分野の一つが、環境問題です。日本では諸外国ほど意識されていませんが、アフターコロナを論じる上で、環境問題は第5世代(5G)移動通信網の普及などIT化のための投資と並んで重視されています。 コロナの恐怖が世界を覆う前、グローバル社会の最大の課題は気候変動だったことを思い出してください。感染症を契機として、自然に干渉する人間の生活を見直したいという欲求は、先進国を中心に加速するでしょう。 実際、人間の活動が停滞したことで、地球環境には目覚ましい変化が現れました。観光客がいなくなったベネチアの運河は青く澄み、魚が戻ってきたといいます。二階俊博幹事長との会談を終え記者団の質問に答える自民党の石破茂元幹事長=2020年6月8日(春名中撮影) 復興で活発な公共投資が求められる中、少なくとも先進国は20世紀型の化石燃料を燃やし続けるような経済には投資しないでしょう。そうした先進国主導の流れは、先進国市場へのアクセスが重要な新興国にも波及していくことでしょう。 善きにつけ悪しきにつけ、危機は社会的課題を先鋭化させます。今だからこそ、政治は社会的課題に本格的に取り組むことを旗印にすべきであるし、それを経済成長と矛盾のない形で示すことのできる政党が評価されるのだろうと思います。

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    決して無駄にしない、「戦死」した横田滋さんのただならぬ覚悟

    西岡力(「救う会」会長、麗澤大客員教授) 拉致被害者の横田めぐみさんの父で元家族会代表、滋さんが召天された。「逝去」ではなく、あえて「召天」という言葉を使う理由は、滋さんが天の国でめぐみさんたちが帰ってくることを見守っていることを信じるからだ。 いつこのときが来てもおかしくないことを覚悟していたので、マスコミへの第一報の連絡、ご家族が静かに過ごせるための取材自粛のお願い、記者会見の設定などの準備を整えてはいた。 しかし、このときを迎え、押し寄せる実務をこなしながら、心の片隅に風穴が開いてしまったかのような感覚にとらわれている。寂しさ、口惜しさ、申し訳なさ、怒りなどが混じった感情の下敷きになっている。 滋さんに初めてお目にかかったのは1997年2月だった。ゆえに23年以上、お付き合いさせていただいたことになる。お付き合いというより、ともに戦ってきたということが実感だ。その思いを込めて私は、「救う会」のメールニュースを通じて次のようなコメントを発表した。 痛恨の極みです。拉致被害者救出のため23年間、ともに戦ってきた者として、力が足りなかった、申し訳ないという思いで一杯です。横田滋さんが、平成9年に横田めぐみさんが北朝鮮に拉致されていることが発覚した後、実名と写真を出して救出運動を行うという困難な決断をされたことで、拉致という大きな闇を明るみに出す契機になりました。 しかし、5人とその家族は助け出せましたが、めぐみさんたち多数の被害者はいまだに彼の地に抑留されたままです。一目でもめぐみさんに会いたいという強い意志で2年以上の入院生活で最後の戦いをされ、力尽きて天国に旅立たれました。必ずめぐみさんたちを助け出します。どうか、天国でそのときをお待ちください。 戦場で私のすぐ横で敵に向かっていた「戦友」が敵の弾丸にあたって倒れた、という感覚だ。同じ感覚を今年2月、有本恵子さんの母である嘉代子さんが召天されたときにも感じた。安倍晋三首相も同じ感覚を持っている。首相も「ともに戦ってきた」という表現を滋さんと嘉代子さんへのコメントで以下のように使った。 本当に、残念です。横田滋さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。そして、早紀江さんはじめ、ご遺族の皆様に、心からお悔やみを申し上げたいと思います。滋さんとは本当に長い間、めぐみさんはじめ、拉致被害者の方々の帰国を実現するために、ともに戦ってまいりました。(2020年6月5日記者団に) 有本さんご夫妻とは、まだ私が父の秘書を務めているときからお話をうかがい、長い間何とか恵子さんを取り戻そうと、ともに戦ってまいりました。嘉代子さんのご健康が優れないというお話をうかがっておりました。何とかお元気なうちに、恵子さんを取り戻すことができなかったことは、誠に痛恨の極みであります。(同年2月6日記者団に)記者会見に臨む横田滋さん、早紀江さん夫妻ら=2002年10月 戦いの中での滋さんの功績は多数ある。その第一は、97年2月、「横田めぐみ」という実名を出して日本国民に訴えるという決断をされたことだ。決断した実名公表 当時、政府内の公安機関を含む多数の北朝鮮専門家は、「北朝鮮が拉致は捏造だと主張しており、実名を出すと証拠隠滅のために、その被害者に危害が加えられるので、やめた方がよい」という意見だった。 1988年3月の参議院予算委員会で、当時国家公安委員長だった梶山静六氏が、拉致被害者の蓮池薫さん、祐木子さん夫妻ら3件6人のアベック失踪事件などについて政府として初めて「北朝鮮による拉致の疑いが十分濃厚」だとした歴史的答弁でも、実は質問と答弁の両方で被害者の実名は伏せられ、拉致現場の地名だけが言及されていた。 横田家の中でも、母の早紀江さん、双子の弟の拓也さん、哲也さんは、実名を出すことを躊躇(ちゅうちょ)していた。早紀江さんは、「20年間めぐみがどこのいるのかさえ分からなかった、その間、めぐみはこれまでお父さん、お母さん、いつ助けに来てくれるのと思い続けてきたはずだ、やっと北朝鮮にいるということが分かった。そのとき、親が最初にとる行動がめぐみを危険にさらすかもしれないということは耐えがたい」として実名での訴えに反対したと聞いた。 しかし、滋さんが毅然としてこう説得したという。「拉致が起きてから20年間、日本は真剣に救出に取り組んでいなかった。このまま、新潟出身のYさんという曖昧な形で報道がなされても、マスコミはすぐ忘れてしまい、世論は盛り上がらないだろう。そうなれば、また20年、何も起きず、親たちは死んでいき、拉致された子供たちも拉致されているとことさえ明らかにならないまま死んでいくだろう。一定のリスクはあるが世論に訴えよう」と。それを受けて横田家が記者会見で実名と写真を公開したのだ。 私は朝鮮研究者として、1991年に『諸君!』という今はなき月刊誌に、日本人が拉致されているという論文を書いた。当時、公安機関関係者を含む多数から「身の危険はないか」という質問を受けた。また、「殺してやる」という匿名の脅迫状を受け取ったこともあったが、拉致問題は闇の中に隠れていた。それを打ち破ったのが滋さんの決断だった。 滋さんの決断に接して他の拉致被害者の家族も実名での訴えを決断され、家族会ができた。それを横で見ていた私を含む少数の専門家と国民有志が、ここまで重い決断を家族がしたのに世論が盛り上がらなければ、日本はおしまいだと考えて、家族会を支援して救出運動に取り組む「救う会」を各地で結成した。街頭で拉致被害者の救出を呼びかける横田滋さんと早紀江さん=1997年5月、新潟市 1998年にその連合体として「北朝鮮に拉致された日本人を救出するための全国協議会」(救う会)を作った。それから、滋さんは日本全国そして世界各地まで、拉致問題を訴える機会があればどこでも出かけていった。私もかなりの場所にご一緒した。 当初、ほとんどのマスコミは拉致疑惑と書いて、大きく扱うことはなかった。特急列車を乗り継いで3時間以上かけて集会場に着くと、10人未満の聴衆しかいないということも何回もあった。身をすり減らした戦い それでも屈することなく、めぐみさんたちの救出を訴え続ける滋さん、早紀江さんの決死の努力が世論を動かし、2002年の日朝首脳会談では、拉致が主要議題となり、5人を助けることはできた。だが、めぐみさんをはじめとする多数の被害者は、死亡、あるいは拉致していない、という新たな虚偽通告を受けただけだった。 その後、北朝鮮の通告のウソを、次々証拠を挙げて打ち破り、世界13カ国に拉致被害者がいることを明らかにし、拉致以外にもひどい人権侵害が北朝鮮の体制下で行われていることも暴露されていった。その先頭に常にいたのが滋さんだった。 しかし、超過密スケジュールは滋さんの体をむしばんでいった。早紀江さんや2人の息子さん、そして私らが繰り返し、「少し休んでください」とお願いしたが、滋さんはそれを聞き入れてくださらなかった。 そして、2016年頃から体調を崩し、対外活動がほとんどできなくなり、2年前に倒れて入院された。毎年2回、首相を迎えて開催してきた国民大集会では、最後の出席が15年9月だった。17年4月の国民大集会では不自由な体の中、次のようなめぐみさんへのビデオメッセージを寄せてくださった。 めぐみちゃん、お父さんですよ。ここら辺で、必ず解放されると信じて、今めぐみが隣の部屋で、待っているようなと、同じような感じがします。もうすぐ会えるかもしれませんが、体だけは気を付けていてください。もうほんのわずかですから、がんばってください。 その集会で司会をしていた私は次のような反省の言葉を司会者として述べた。その気持ちは今も変わっていない。 私は少し反省をしています。われわれはこの間20年間運動をしてきましたが、家族の人を先頭に立てすぎたのではないだろうか。ある集会に行きますと、家族会の人に「がんばってください」という声がかかります。 そうではないはずです。今、滋さんがおっしゃっていましたが、向こうにいる被害者に、「もう少しですよ、がんばってください」と言わなければならないんです。そして、助け出すのは家族ではなく、日本国政府、日本国国会、日本国の国民が一体になって助け出さなければならない。家族が助けようとしているのをわれわれが助けるのではない。 しかし、横田滋さんは、どこに呼ばれても行く。もう手帳がまっ黒でした。今あれだけしかしゃべれないようになられたのは、歳相応の老いではない。自分の身をすり減らして、ここにも来られないような身体になられた。 それでよかったのか。家族が身をすり減らさなければならないような運動をわれわれがしてきたとしたら、反省しなければならない。日本人が日本人を助ける。「家族の人たちは安心して待ってください」と言えるような運動をしなければならなかった。 そして何よりも、家族がいない人たちも助けなければいけないのです。これから家族の訴えを聞いていただきますが、想像力を、その家族ではなく、向こうにいる人たち、被害者の人たちがこの瞬間どう思っているのかというところまで想像力を働かせて、「もうちょっとですよ」と先ほど滋さんが言った声を届けようではありませんか。横田滋さんの葬儀が執り行われた教会内の祭壇=2020年6月8日、川崎市(横田拓也さん提供) 滋さんは身をすり減らして世論に訴えるという戦いの先頭に立たれ、「戦死」された。だからこそ、残された私たちがこの戦いに勝利して、めぐみさんたち全被害者の即時一括帰国という絶対に譲れない課題を実現させなければならない、そう決意を固めている。

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    安倍首相のフォローもどこ吹く風、昭恵夫人の「夫唱不随」

    川上和久(麗澤大教授) 男性の政治指導者が女性にうつつを抜かすと、ろくなことがない。国を滅ぼすことにつながった歴史的事例が山ほどある。だから、古来、政治指導者が女性に溺れることは、繰り返し戒められてきた。 紀元前1100年ごろ、中国大陸の殷(いん)王朝第30代の紂(ちゅう)王は、妲己(だっき)という絶世の美女にうつつを抜かし、政治を顧みず、周の武王に攻め滅ぼされたとされる。8世紀の唐代の玄宗皇帝も、楊貴妃を愛するあまり政治をおろそかにし、安禄山の反乱を招き、楊貴妃は「傾国の美女」と言われた。 政治は冷酷だ。トップリーダーは、どんな批判を受けようとも、最後には決断を下さなければならない。ましてや、新型コロナウイルスが猛威を振るい、時々刻々と移り変わる情勢の中で、最適な判断を求められている。政治家がこんな時期に女性に溺れるなど論外中の論外だろう。 折しも、緊急事態宣言が出された4月7日の翌々日、4月9日夜に、立憲民主党の高井崇志衆院議員が、新宿・歌舞伎町のセクシーキャバクラに行っていたことが『週刊文春』に報じられた。記事には、その名の通り、ホステスとの「濃厚接触」の実態が赤裸々に描かれていた。 この高井議員、2月28日に国会の委員会で、安倍晋三首相に「総理の危機感のなさが国民のみなさんを不安にしている」「せめて今後、会食を自粛する考えはないのか」などと説教を垂れていたのだから、言行不一致、特大ブーメランの典型だ。こんな「傾国の大馬鹿野郎」を議員として当選させた立憲民主党の見識が問われよう。女性にうつつを抜かしたい奴は政治など志すべきではない。 その点、安倍首相は女性にうつつを抜かす危険性があるかどうかといえば、どうやら安心のようだ。政権に返り咲いた直後の2013年に、夫婦関係についてテレビ番組で「家庭の幸福は家内への降伏」とおどけてみせた。私も「恐妻組合理事長」を自認しているが、安倍首相も同じ人種なのだな、と親近感を持った記憶がある。 自分は自分、妻は妻、女性には目もくれず、政治に邁進する。それは、いわば政治リーダーの一つの理想の姿ではある。衆院予算委で質問する立憲民主党の高井崇志氏=2018年2月(斎藤良雄撮影) しかし、夫婦は別人格とばかりに、昭恵夫人のコントロールなど考えずに政治に邁進している間に、「ファーストレディー」として風当たりは強くなる一方だ。 新型コロナウイルスが猛威を振るい、首相がその対応に奔走している中、昭恵夫人は3月下旬、芸能人らとともに都内の高級レストランで食事し、中庭の桜をバックに写真撮影していたことが『週刊ポスト』にスッパ抜かれた。 また、3月15日に約50人の団体ツアーとともに大分県の宇佐神宮を参拝したことを週刊文春が報じた。ツアーの主催者に「コロナで予定が全部なくなったので、どこかへ行こうと思っていた」と連絡して、参拝に合流したという。「バカップル」は言いすぎ 歌手の星野源が外出自粛を促した弾き語りの動画に乗っかった安倍首相による「コラボ動画」も物議を醸した。自宅でくつろぐ安倍首相に対し「優雅でいいよな」などと批判が寄せられ、撮影したのは昭恵夫人ではないかと、またまたバッシングの対象となった。 首相が寸暇を惜しんで危機管理に努めていることを国民はよく分かっているし、オフがあってはいけない、とも言わない。ただ、感情を逆なでされたとケチをつける人たちは、ネットなどで「バカップル」とまで罵っている。安倍首相夫妻が政治家夫婦として「ベストカップル」とは言いにくいとしても、「バカップル」はあまりに失礼な物言いだろう。 しかし、危機管理に翻弄される安倍首相と、首相とは関係なく自由奔放に行動する昭恵夫人には、当世風「翔んだカップル」という表現がふさわしいのではないか。 漫画家、柳沢きみおの『翔んだカップル』は、1978年に『週刊少年マガジン』で連載が始まり、テレビドラマや映画化するなどヒットした。ちょうど大学生だった私が愛読したぐらいだから、当時20歳代の安倍夫妻も知っているかもしれない。この漫画が出始めて、それまで一般的に使われていた「アベック」から「カップル」という言葉に変わり始めたのではないかと思われるほどのブームだった。 不動産屋の手違いで高校生の男女が同居を始めるというあり得ない設定ではあるものの、女性に対して優柔不断の主人公の男子高校生・勇介と、同居相手ではないが、勇介に興味を持ち、勇介にアプロ-チする聡明な女子高生・秋美の奔放な生き方が、今60代になっている私たちを当時は惹きつけた。 戦後生まれの政治家たちは、こういった奔放な男女の生き方にさほど違和感を感じないし、「夫唱婦随」などというのは時代錯誤だとよく分かっている。 『翔んだカップル』の連載が始まった翌年にヒットしたのが、さだまさしの『関白宣言』だった。私の妻も「あの歌は女をバカにしている」とおかんむりだが、『関白宣言』は、失われた世界へのノスタルジアであったと思っている。私も含め、妻に隠れて男同士が集まってカラオケでこっそり気勢を上げる歌として歌い継がれているのではなかろうか。 いかに日本の政界がいまだに男性中心とはいえ、『関白宣言』を地で行くような政治家夫婦はさすがに絶滅危惧種だろう。 やや話が横道に逸れたが、政治家である夫とは別に妻が自立して活動する、そんな『翔んだカップル』は、鳩山由紀夫元首相夫妻も、菅直人元首相夫妻も、多かれ少なかれそうだった。首相が昭恵夫人をコントロールできないのではなく、それは70年代に青春を過ごした世代の文化でもあるのではなかろうか。2010年6月、中国・上海万博の「ジャパンデー」を記念する式典に出席した鳩山由紀夫前首相(左)と幸夫人(共同) ゴリゴリのフェミニストの方々を含めて、ファーストレディーが一つの確信を持って自分なりの行動をとることを、ある程度許容する時代である。首相夫人が、夫である首相と政治的立場を異にする反原発の人たちや沖縄の基地反対運動の人たちとコミュニケーションをとる姿に、私の妻なども「自立した人格だからいいじゃない、むしろ好感を持つわ」と評価している。自分は自分、妻は妻 だが、一般的に、妻が自分の主義主張とまるっきり反対の人たちとコミュニケーションを重ねていたら、心中穏やかではないだろう。 かといって、「ファーストレディーだから行動を控えめにしろ」「だから安倍首相はけしからん」などと言い立てるのは、野党なら安倍内閣の支持率低下のために当然かもしれない。ただ、与党内まで言い立てるのは、昭恵夫人をダシにした「安倍降ろし」の臭いがプンプンして、かえってシラケてしまう。 かくして、「自分は自分、妻は妻」を貫いて、妻に構わず政治に邁進するのが安倍流危機管理として奏功することになる。きわめて逆説的な「内助の功」なのだろうか。 実は、78年は「翔んだ」年だった。『翔んだカップル』の連載が始まっただけでなく、渡辺真知子の『かもめが翔んだ日』が大ヒットしたのもこの年だ。昭恵夫人の奔放な行動を見ていると、どうしてもこの歌が浮かんでくる。あなたが本気で愛したものは 絵になる港の景色だけあなたは一人で生きられるのね 政治に邁進する夫を横目で見ながら自由を目指して翔んでいくかもめに、昭恵夫人は自分を重ねているのだろうか。シンポジウムに参加した安倍昭恵首相夫人(前列中央)と各国首脳の夫人ら=2019年6月、大阪府庁(代表撮影) 78年の『関白宣言』は有名だが、実は翌年、さだまさしは『関白失脚』という曲を出している。私は『関白宣言』のノスタルジーよりも、『関白失脚』のリアリティーの方が好きだ。精一杯がんばってんだよ 俺なりに それなりにそれぞれご不満も おありのことと思うがそれでも家族になれて よかったと俺思ってるんだ世の中思い通りに 生きられないけれど下手くそでも一所懸命 俺は生きている 「翔んだカップル」がSTAY HOMEでカラオケを歌うとしたら、夫の『関白失脚』、妻の『かもめが翔んだ日』でキマリか。でも、安倍降ろしで本当に「失脚」したら目も当てられないが。 そういえば、『かもめが翔んだ日』を歌った渡辺真知子のデビュー曲は『迷い道』だった。新型コロナウイルスが作り出した混沌(こんとん)の中、わが国が「迷い道」に迷い込まないよう、夫婦仲も、くれぐれもよろしく願いたいものだ。

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    コロナ禍がかき乱す、トランプ再選の行方を占うアメリカの真実

    措置を発表するトランプ大統領(UPI=共同) まず彼に対する批判は、政策自体もさることながら、手法や政治姿勢、言動に向けられてきた。これらはどうでもよいとまでは言わない。しかし私にとっては、しょせん外国の大統領だ。同じような発言や振る舞いを、安倍晋三首相が行うのとはわけが違う。 話題にすべきは政策実績である。二つの視点から、それについて述べたい。侮れないトランプ氏の実績 一つ目は「好況の創出」である。トランプ氏が掲げて実現した公約として、製造業を含む雇用拡大がある。コロナ直前まで株式市場は好調であり、アメリカは好況に沸いていたと言ってよい。もちろん、全国民が等しく潤っていたかはともかくの話だ。 もっとも、バラク・オバマ政権時代の最後期あたりから景気は上向き始めており、トランプ政権初期では彼の功績ではないと言うこともできた。しかし、それから3年にもわたって持続していた好景気を、いつまでも前政権の功績に帰することはできまい。 トランプ氏の二つ目の実績として「対外政策」を挙げたい。17年12月6日、トランプ氏はエルサレムをイスラエルの首都と認定し、テルアビブにある大使館の移転手続きを開始する旨を発表し、西欧を含む国際社会の批判を浴びた。しかし、エルサレムを首都として承認すること自体、実はビル・クリントン元大統領が1992年の大統領選に名乗りを挙げた際に掲げた選挙公約であった。これは95年にエルサレム大使館法として連邦議会で議決されたものの、民主・共和を問わず歴代大統領は正面から反対せずに、実行を先延ばしにしてきたのである。 もちろん「なぜ今になって?」という感は否めない。しかしこれもまた、彼の愚直なまでに選挙公約を実行しようとする姿勢の延長線上だと理解できる。 中東に関しては、イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のカセム・ソレイマニ司令官を無人機を使って殺害した。これが今年に入って間もない1月3日であったことは、もうほとんど忘れられている。 この直後、アメリカとイランの全面軍事衝突かと思われたが、イランの「反撃」はかなり抑制されたものにとどまった。イランは勝算なしと見て自制したのであろう。さらに1月28日、新たな包括的中東和平案を発表している。内容は、総体としてイスラエルに有利なものであった。これらの一連の政策の背景には、やはりアメリカでのシェールオイルの生産量増大がある。 アメリカの原油産出量は、ロシア、サウジアラビアを凌駕(りょうが)するまでに伸長している。これはすなわち、中東原油への依存度低下を意味し、堂々とイスラエルに肩入れできるようになった。これは中東に緊張をもたらす軍事行動への敷居が低くなったということも意味する。 ソレイマニ司令官殺害は、決して衝動的な短慮に発したものではあるまい。イランの対応を読み切った上で、1月初頭に北朝鮮による核・大陸間弾道ミサイル(ICBM)実験の再開に対する警告効果をも計算した周到な作戦であったと私は考えている。 また、1月15日には中国と「第1段階」の貿易協定で合意した。その内容は、かなりアメリカの主張の通った点ばかりが目に付くものであった。つまり、中国に大幅な譲歩を強いたのであり、トランプ氏の勝利であったと言える。 だが、トランプ氏が公約に掲げたようなこれらの一連の動きがアメリカを再び「偉大」にしたのかどうか、一概には言えない。そもそも「偉大」とは何を意味するかによって、正反対の評価もできよう。 ただし、政治経験の乏しさや、側近、要職者の目まぐるしい交代ばかりに目を奪われ、果ては弾劾訴追で任期を全うできないかもしれないなどという評価は、弾追が空騒ぎに終わった今、完全に誤っていたといえる。 トランプ氏は18年の中間選挙で、下院の過半数を失う手痛い敗北を喫した。しかし、中間選挙はそもそも政権党に分が悪いものなのだ。1862年以後の中間選挙39回で政権与党が勝ったのは、わずかに2回にすぎない。その2回も第2次大戦と9・11テロという国家的危機のときである。 中間選挙史上、政権党の最大敗北は、議席数では2010年にバラク・オバマ政権時の民主党が下院で63議席を失っている。94年のクリントン政権時の民主党は下院で54議席を失った。共和党の場合、ウォーターゲート事件の影響で74年のジェラルド・フォード政権時に、下院で48議席を失った。議席の減少率からして、これこそが中間選挙史上最大の政権党の敗北であるとすることもできよう。これらに比べれば、トランプ氏の議席減は、よく踏みとどまったと言えなくもない。 なおかつ、トランプ氏は着々と再選に向けて手を打ってきている。それは、「黒人」「ヒスパニック」「ユダヤ」の3つの民主党支持の少数者集団に、くさびを打ち込もうとする試みである。2020年6月5日、米東部メーン州で話すトランプ大統領(AP=共同) 一つ目の黒人層は堅固な民主党の支持基盤であり、他の先進民主国には同様の例を見いだせない。もちろん、黒人層の過半数を取り込めるなどとは誰も思っていない。しかし16年の大統領選では、それでも8%の黒人がトランプ氏に投票した。さらに4~5%の黒人層に食い込むことができれば、大きな違いを生み出せる。大統領選は決して全国で得票数を争うのではなく、州ごとの争いであるからだ。 激戦州、接戦州でのわずかな票の上積みが、その州の選挙人の総取りにつながる。人種差別の時代には大学から締め出されてきた黒人に、トランプ氏は高等教育の機会を提供してきた「歴史的黒人大学」への連邦補助金支給法に署名し、これを成立させた。さらに黒人が不満を募らせている刑事司法制度の改革を図るなど、黒人層を意識した政策も実行してきたのである。大統領の苦難 二つ目のヒスパニック層に関しては、黒人をしのぐ(妙な言い方だが)全米最大のマイノリティー集団となり、黒人ほどではないにせよ、民主党に傾いている。それでも先の大統領選では、ヒスパニック系票の3分の1近くがトランプ氏に向かったとみられる。 ロイター通信と調査会社イプソスが昨年7~9月に実施した世論調査では、トランプ氏に対するヒスパニック系の支持率は29%に達した。そして彼らの多くは、アリゾナやフロリダといった激戦州に住んでいる。黒人層と同じく、ヒスパニック系へのわずかな浸透が巨大な差を生むことができるのだ。ただ、ロイターによれば、昨年5月から約半年間にわたるトランプ陣営の戦術は物議を醸しかねないと指摘している。 それはすなわち、英語とスペイン語のフェイスブック投稿の内容が全く違うため、「言語別差別化宣伝」だともいえる。英語では「不法移民取り締まり強化」への支持を呼びかける一方、スペイン語ではその点にほとんど触れていない。代わりに「アメリカ経済は好調だが、民主党はベネズエラ式社会主義を望んでいる」といった内容が表示されているのである。 そして、三つ目のユダヤ系については、前述したイスラエル寄りの政策が、同じく民主党に傾きがちな少数派のユダヤ系の票を意識したものでもあろう。それに加えて、トランプ氏は中絶反対派にも接近した。強硬な中絶反対派は、今日アメリカでは多数派ではなくなっている。実は、トランプ氏は政界に進出するまで中絶容認派であり、大統領選でもこうした社会文化争点に対する態度をあいまいにしていた。 しかし、1月24日、ワシントンで行われた人工妊娠中絶反対を訴える恒例の大規模行進デモ「マーチ・フォー・ライフ(命のための行進)」に現職大統領として初めて出席し、演説している。中絶反対派はキリスト教福音派(エバンジェリカル)と重なるところが大きく、トランプ氏がつなぎ留めておきたい層なのである。 ただコロナ禍により、トランプ陣営の再選戦略が大きく狂ってしまったといえよう。彼のお気に入りの大規模なコンサート風支持者集会を開くことは、もはやできない。とはいえ、ウイルスは党派を選びはしない。民主党のジョー・バイデン前副大統領も自宅からインターネットを介した「巣ごもり選挙」を余儀なくされている。候補者が自宅にとどまって選挙運動を行うのは1896年のウィリアム・マッキンリー大統領以来、実に124年ぶりのことになる。 なお、トランプ政権のコロナ対応への評価は世論調査を見る限り、高くない。しかし、トランプ氏に同情すべき点もなくはない。まず考慮すべき点は、都市封鎖や外出制限などの発動権限が州知事に帰属するということだ。 憲法上、明文で連邦政府に帰属する権限以外は各州の権限なのだ。都市封鎖を解除し、経済活動を再開しようとしても、大統領にできるのは「経済を再開できる一般的な条件を指針として示すこと」にとどまる。知事が従わなくとも、どうすることもできないのである。 さらに大統領には、それが連邦憲法に違反すると判断されない限り、州法に介入することはできない。南部中心にいくつかの州の州法では、白人至上主義の秘密結社「クー・クラックス・クラン(KKK)」取り締まりのために、公共の場所で顔を布で覆うことを禁じていた。 コロナ対策として、マスク着用の推奨や義務化に関し、こうした州法の改正や効力停止の措置が必要であったことはあまり知られていない。トランプ氏のマスクの嗜好は自ら決められても、これらは大統領がどうこうできないのだ。 ところで、アメリカがコロナ対策に難儀している理由として、アメリカ人自身が政府の干渉や強制に対して警戒し、強い拒否反応を持つということを挙げておきたい。参考に、ギャラップ・インターナショナル・アソシエーションが世界30カ国で行った「新型コロナウイルスに関する国際世論調査レポート」を見てみよう。 質問の中で「ウイルス拡散防止に役立つなら、自分の人権をある程度犠牲にしてもかまわない」に同意する割合が示された。アメリカは45%にとどまり、対象国中、下から2番目となった。ちなみに最高はオーストリアの95%で、他にもイタリア93%、タイ85%、フランス84%、韓国80%と目を引く。では、アメリカ人は少しわがままだといえるのだろうか。実はワースト2のアメリカを大きく引き離し、32%しか同意しなかった堂々最下位の国がある。 それは、わが日本である。確かに、昨今「マイナンバーで管理されるのは嫌だ。でも、給付金はすぐよこせ」とよく耳にするが、その両立は基本的にできない相談だろう。それはさておき、話をトランプ氏のコロナ対策に戻そう。 コロナに対するトランプ氏の対応を困難にしているもう一つの要因は、アメリカ全土で一様に感染爆発が起こっているわけではないことだ。さらに、共和党と民主党の支持州と相関しているので、事態はより複雑になる。 アメリカの政治的分断を語る際によく使われる表現に、共和党支持者が多い州は「赤」、民主党支持者が勝る州は「青」というものがある。これは必ずしも州内全てが「真っ赤」「真っ青」というわけではない。もちろん誇張はあるものの、この区分とコロナ禍の関係が実に興味深い。2016年米大統領選の各州の結果。赤が共和党、青が民主党(Getty Images) 赤の州と青の州を、各州知事の党籍で便宜的に分けてみる。そして、アメリカ疾病対策センター(CDC)が公開している全米感染者マップと比較すると、感染者の約3分の2が青の州に見られることが分かる。死者数でも人口当たり死亡者数でもほぼ同様の結果である。 別にウイルスが民主党を好むわけではない。青の州は人口の密集した大都市圏を含んでおり、大勢の人々が利用する公共交通機関が発達している。これらは、ウイルスの伝播(でんぱ)に好都合な環境である。トランプ氏の選挙戦法 そうなると、結果として党派に沿った反応が現れることは避けにくい。民主党優位の青の州に住み、感染爆発と医療サービスの逼迫(ひっぱく)、そしてその崩壊に直面する人々は、嫌でも厳格な都市封鎖と行動制限を受け入れざるを得ない。なにせ命あっての物種だからだ。ところが感染がさほど致命的ではない共和党優位の赤の州の住民は、厳格な都市封鎖など不必要な負担だと考える。 こうしてコロナ禍が終息していない地域が残る中で、いったん停止された経済活動を、いつ、どのようなペースで再開するかについての議論は、おおむね政党の方針に沿ったものになってしまう。知事は自州だけを考えて発言し行動すればよいが、大統領はそうはいかない。 トランプ氏は、経済再開の方向に傾いた姿勢を示している。しかしコロナの流行にも配慮せねばならず、いわば両にらみで臨まなければならない。ゆえに大統領は、どちらか一方だけに肩入れしにくいのだ。 いずれにせよ、トランプ氏の好景気を背景にした再選シナリオは霧消してしまった。現状では、コロナ対応をめぐる「トランプか、バイデンか」の信任投票の色合いが濃くなっているとする向きがメディアを中心に強い。しかし、現職大統領である候補者が臨む大統領選で、現職者への信任投票でなかった選挙などそもそもあっただろうか。 実はコロナ禍以降でも、大統領選の基本的構図は見かけほどには変わっていない。コロナ禍があってもなくても、トランプ氏を忌避する者は、誰であれ民主党候補者に投票するであろうし、トランプ氏の信者もまた忠実に投票すると思われる。 4年前と同様「不人気投票」に持ち込んで、重点州で僅差でも勝って、選挙人票で過半を制する。これがトランプ陣営の基本戦略だと考えられるし、それはコロナ以前からの姿勢でもある。  ただ仮に上記の戦略が維持されれば、今回の大統領選でトランプ陣営は前回以上の困難に直面するだろう。それは対戦相手だ。かつて共和党の指名争いが候補者乱立で混迷した際に、このようなジョークがあった。共和党を結束させられる候補者が1人だけいる。それは、ヒラリー・クリントンである。 クリントン元国務長官は、とにかく彼女を好きな人からは大いに好かれ、嫌いな人からはとことん嫌われるという人物のようだ。トランプ氏とは、その点だけ好一対であり、前回の大統領選は両者の「不人気投票」の末に競り勝つことができた。 その点、バイデン氏は熱狂的な支持者もいない代わりに、彼をひどく嫌悪する者もいない。良くも悪くも影の薄い人物なのである。穏健とは、そういうことも一面にあるのだ。そのような人物に対する嫌悪をかき立てることは容易ではない。とはいっても、過去の女性問題に関する今後の展開次第で変わる可能性はある。 現時点では、変動目まぐるしい世論調査から最終結果を予想することはできない。ただ、トランプ氏に不吉なことがいくつかある。まず、無党派層や65歳以上の高齢者層でバイデン氏がリードしている。これらがどう推移するか、目が離せない。 また、今年の大統領選の勝敗を決するとみられるアリゾナ、フロリダ、ミシガン、ノースカロライナ、ペンシルベニア、ウィスコンシンの6州だが、前回はトランプ氏が全て僅差で制していた。しかし、現在の支持率では全州でバイデン氏に後れを取ってしまっている。ここで、2016年の選挙結果と政治専門サイト「リアル・クリア・ポリティクス」による最新支持率(5月30日時点)を挙げてみよう。※いずれも「リアル・クリア・ポリティクス」の統計による これら6州の選挙人団は計101人にも達する。今回これらの半分でも失えば、トランプ氏の再選はほぼ絶望的となる。中でもペンシルベニア、ミシガン、ウィスコンシンの北部3州は12年に民主党のオバマ氏が勝利し、4年後にトランプ氏が僅差で獲得した州である。 ウィスコンシンは1988年以来計7回、ペンシルベニアとミシガンでは92年以来6回、民主党候補が勝利し続けている。それゆえ、16年の大統領選では意外な結果と受け止められた。現在はこの3州でバイデン氏がリードしており、とりわけペンシルベニアではやや差が広がっている。 しかし前回も、3州の支持率で、トランプ氏はクリントン氏を一貫して下回っていた。特にミシガンでは投票日直前の10月後半の時点で、その差は12ポイントにも達していた。今後も注視していく必要はあろうが、結局はふたを開けてみるまでは分からない。目につくバイデン氏の欠点 とはいえ、従前の大統領選とは趣を異にする点もある。一連の予備選を通して候補者が決まる現在のやり方が定着してからは、一つのパターンが出来上がった。予備選に投票するのは両党の熱心な支持者であり、アメリカ人全体の中では、共和党は保守寄りに、民主党はリベラル寄りに偏っている。 そうした票を競い合う中で両党の候補者は、保守寄り、リベラル寄りに偏り過ぎていく。そうしなければ予備選では勝てないからだ。しかし、晴れて大統領候補者の座を確実にした後には、候補者は自らの位置を中道寄りにシフトしていかなければならない。 ところが、本来中道のはずのバイデン氏は、民主党候補者の座を確実にしてからも、むしろリベラル寄りにかじを切っているように見える。それはやはり、指名争いから撤退したバーニー・サンダース上院議員の支持者をにらんでのことであろう。あまりに露骨な中道シフトは、熱心なサンダース氏の支持者に加え、同じく撤退したエリザベス・ウォーレン上院議員の支持者の失望と離反を招く。 これらの支持者は、まさかトランプ氏に流れないであろうが、棄権してしまうかもしれない。それを避けようと、バイデン氏はかなり際どい綱渡りを試みているように見える。すなわち、リベラル左派の意見を取り入れつつも全面的に採用はせず、郊外住宅地に住む中産階級の穏健な民主党支持者や、白人労働者階級が離れない程度の政策にとどめておくという芸当である。 バイデン陣営は、環境、医療保険制度改革、経済、教育、司法制度改革、移民制度の六つの政策分野について政策チームを設置した。6月中にも提言を行ない、選挙公約に反映させるためである。その一つ、環境問題チームの共同議長に起用されたのは、米国史上最年少の下院議員として話題となったアレクサンドリア・オカシオコルテス氏であった。彼女は民主党急進左派の顔として、紛れもないサンダース支持派である。 彼女はバイデン氏の指名が確実になってからも、しばらくは距離を置いていた。その彼女の起用は、将来の化石燃料全面廃止といった過激な政策を取り込むことで、サンダース支持派をつなぎ止めようとする意図に出たものであろう。しかし、もう一人の共同議長には、2004年の選挙で大統領候補者であった穏健派と目されるジョン・ケリー元国務長官を充てて、均衡を取ろうとしている。 ところで、トランプ氏はほんの少し前までサンダース氏の公約を社会主義として批判してきた。だがそのトランプ氏が、現代アメリカ史上最大規模のリベラル、社会主義的の政策、それも総額3兆ドルを越えようかという救済策を推進するとは、大いなる皮肉と言うほかはない。 とはいえ、トランプ政権発足から早いもので約3年5カ月がたった。ようやくこの人の類いまれな人となりにも慣れてきたように思う。おそらくは、他に例を見ない彼の能力の一つは、謝罪も訂正も躊躇(ちゅうちょ)も一切せずに前言を翻し、なおかつ「いや、最初からそのつもりだったのだ」と言い募って、恬(てん)として恥じずにいられる、あるいはそう見えることなのではないか。 これは皮肉でもなんでもない。実際、一貫性や整合性などという、つまらぬものにこだわる気の弱い私には、到底まねのできぬ芸当である。トランプ氏はこれからもトランプ氏であり続けよう。2020年6月5日、米東部デラウェア州の集会で話すバイデン前副大統領(ロイター=共同) 一方、バイデン氏にはさほど「アクの強さ」が感じられない。逆に不安が付きまとうのは、その失言癖である。最近もラジオ番組で黒人の司会者にこう言い放った。私かトランプのどちらを支持するか迷うようなら、君は黒人じゃない。you ain’t black” if ”you have a problem figuring out whether you’re for me or Trump. 上記の発言後、バイデン氏はこう陳謝している。(黒人の)偉そうな保護者気取りであってはならなかった。黒人社会が支持してくれて当然だなどと思ったことは、誓って一度もない。I should not have been so cavalier. I’ve never,never,ever taken the African American community for granted. いささか旧聞に属するものの、もっと見逃せない発言もある。2016年8月15日、ペンシルベニア州におけるクリントン氏の応援演説において、日本の核武装を容認するかのような当時のトランプ氏の発言を批判し、こう述べた。彼(トランプ)は、核武装を禁止した日本国憲法をわれわれが書いたことを、分かっていないのではないか。Does he not understand we wrote Japan’s constitution to say they couldn’t be a nuclear power? 全く根も葉もないでたらめを言ったわけではない。この人の「失言問題」は、その内容と別にある。それは、大局ではほぼ事実ではあっても、それを粗暴で直截(ちょくさい)に過ぎる仕方で語ってしまう点、要するにデリカシーを欠いているのだ。政治家としてのバイデン氏の欠点は、軽率さなのである。デモの先にある未来 実は過去にもそうした発言をした大物政治家はいた。それは1999年11月19日、カリフォルニア州シミ・バレーのロナルド・レーガン記念図書館にて、ジョージ・W・ブッシュ元大統領が行った外交政策についての演説である。彼は「真にアメリカ的国際主義」と銘打った演説において、過去のアメリカの「寛大な」外交政策に触れ、日本についてこう述べた。われわれは、日本を打倒した国民である。そののち、食料を配給し、憲法を書いてやり、労働組合の設立を促し、女性に投票権を与えてやった。報復を予期していた日本人は、代わりに慈悲を得たのだ。 ただし当時のブッシュ氏はテキサス州知事であり、有力とはいえ、大統領選の共和党候補者の、そのまた候補者の一人にすぎなかった。彼が大統領に就任してからは、さすがに公式にはこの種の発言は伝えられていない。ところがバイデン氏は現職の副大統領の地位にありながら、日本に関する上記の発言をしてのけたのである。 確かに副大統領は閑職であり、大統領が死亡するのを待つだけが仕事だと揶揄(やゆ)される。それでもやはり、公式には大統領職継承第1順位にある要職ではある。そのような地位を考えれば、失言と言うより暴言に近かった。 「日本国憲法はアメリカ製」という見方は、実はアメリカで広く共有されている。2016年の演説時の映像には、バイデン氏の背後で何度も深くうなずくクリントン氏が映っている。ある意味で、これは戦慄(せんりつ)すべきことなのではないか。かの国の態度に、そうした「両国を対等ではない、日本を一段下に見る意識」、今風には上から目線気味に感じることがままある。捉えようによっては、単に私がひがみっぽいだけなのかもしれない、とはいえだ。 それでも、アメリカ人にとっての憲法典とは、政治について、いわば「デモクラシー教」の神聖な経典のようなものである。だから「書いてやった相手」をどうしても対等だとは思えないのであろう。ただし、この憲法を一言一句も手直しすることなく時を過ごしてきたわれわれ自身にも、大きな原因と責任があることは言うまでもない。とにかくトランプ氏と同じく、これからもバイデン氏はバイデン氏としてあり続けよう。そしてバイデン氏がトランプ氏より付き合いやすい相手か、世界の指導者にふさわしい人物なのかについて、私は懐疑的なのである。「未知の天使より、見知った悪魔を」とまで言っていいものか、ためらわれはするのだが。 最後に、6月に入って急速に拡大した警察官による黒人男性暴行死に対する抗議行動が、大統領選にどのように影響するか考えておきたい。 抗議運動自体がどう終息するのか、しばらく続くのか、確かな見極めもつかない今の時点で、あまり断定的なことは言えない。しかし、意外にもこの暴動が選挙に決定的な影響は与えない可能性もある。確かに、黒人層に大きな不満が存在していることは紛れもない事実である。しかし、それは警察の暴力だけではなく、経済不況やコロナ禍も複合した不満だ。 コロナが流行する前の10年間、黒人の経済状況は着実な改善を見てきた。11年から今年2月までに、黒人の失業率は16%から5・8%に低下し、白人の約2倍とはいえ、半世紀で最低の水準となっていた。黒人の生産年齢における就業者比率も今年2月に59%に達し、白人より2ポイント弱低いだけであった。 だが、コロナ禍については、黒人の在宅勤務率は低いため、ウイルスにさらされやすい。結果的に、黒人層の犠牲者は人口比で突出して高くなった。学校閉鎖に伴って行われたオンライン授業でも、都心部の黒人層は郊外住宅地の中産層に比べ、通信環境や機器などの十分な準備や対応ができなかった。これらの苦境に対する不満に、警察の暴力事件が火をつけたのだ。 ただ、元来黒人の9割近くは民主党支持者であり、先述のように前回トランプ氏に投票した黒人は8%にすぎなかった。今回の件で黒人支持者がトランプ氏を離れることはないだろう。というより、離れるも何も、とっくの昔に共和党を離れてしまっている層だからである。 無論、黒人が「覚醒」することで大幅に投票率が上昇したり、前回の8%まで失ってしまえば、話は違ってくるかもしれない。とりわけ、ほんのわずかの票で勝負の決まる接戦州では勝敗を左右し得ないともいえない。しかし、人種や階層を問わず、アメリカ国民の間に「コロナ」「不況」「抗議運動」の3点セットによる閉塞(へいそく)感、無力感が広がるようなら話は違ってくる。2020年6月3日、米東部ニューヨーク市で行われた黒人男性死亡事件の抗議デモ(上塚真由撮影) そうした場合、とりあえず現政権を取り換えてみる、という方向の選択をするかもしれない。別にバイデン氏や民主党をさして好まなくともだ。また、そうした行き詰まり感を打破しようとする欲求は、1968年に「法と秩序」を掲げた共和党のリチャード・ニクソン元大統領に勝利をもたらした。80年のロナルド・レーガン元大統領の勝利も、79年末に起きたイラン米大使館人質事件をめぐるジミー・カーター政権の不手際などの行き詰まりを打破したいという感情が働いたのかもしれない。 「陰鬱(いんうつ)な天候から脱して抜けるような青空を見たい」という漠然とした感情は、「いったん広がってしまうと手に負えなくなりがち」という点で、ちょうど新型コロナウイルスに似ている。どれほど政策を語っても、効くことはないからだ。抗議運動があと5カ月も続くとはさすがに考えにくいが、コロナの感染爆発の終息と不況からの脱出の兆しが見えてこなければ、トランプ氏の再選は危ういものとなろう。

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    残る橋下時代の悪弊、維新支持率アップを導いた吉村洋文の政治手法

    雨がっぱを思いつきで集めたりしている。 未曾有(みぞう)の出来事に「どうすれば支持率が上がるのか」と政治家たちが試行錯誤を繰り返しながら悪戦苦闘している様子が日々報じられている。ただ、報道されていなくとも、コツコツ頑張っている政治家もいることだけは伝えておきたい。 そんな中、これまで全国的には無名であった大阪府の吉村洋文知事が、マスコミでヒーローのように扱われ始めている。そして松井氏が代表、吉村氏も副代表を務める日本維新の会の支持率も、報道に引っ張られる形で急上昇した。 ただ吉村氏は、松井氏とともに「それって本気で言っているの?」というファンキーなコロナ対策もちょいちょい打ち出している。しかも、その手法は非常に狡猾(こうかつ)だ。 吉村氏は矢継ぎ早にコロナ対策を発表しているが、そのために前の対策がどのような効果をもたらし、打ち出した対策が費用対効果に見合うのか、ということが全然注目されない。「させない」と言った方が正しいかもしれない。 この維新の独特な体質は、私が衆院議員として所属した当初から感じていたことである。維新は「事後検証」や「改善」という言葉が本当に見受けられない。過去の例を挙げると、2013年に惨敗した堺市長選挙の際に、1時間程度の「カタチだけ総括会議」が開かれた。 この会議では、松井氏や党幹部、その取り巻きに反する意見を言うものなら、すぐに恫喝(どうかつ)され、「次の公認を出さんぞ」などと脅される。そのため、基本的に何のしがらみもなく議員になった私のような人間は、意見を言えずにただ傍観している「カタチだけ」の会合だった。昔も今も、維新で改善されることは何もないのだ。 私は一度、あまりにも理不尽な状況に違和感を覚え、党幹部に説明を求めたことがあり、それを機に疎まれ始めた気がする。「黙って言うことを聞いておけよ、正義を振りかざしやがって」ということなのだろう。 そういえば、丸山穂高衆院議員がまだ維新に所属していた17年、「維新は総括と代表選が必要」と会員制交流サイト(SNS)で発信した際に、当時の橋下徹代表が烈火のごとく怒り狂ったことがある。いわく「維新は代表任期がない代わりに、大型選挙の後は臨時党大会で代表選をやるかどうかを毎回決める仕組みにした」ということだが、残ったものは度量の小ささだった。大阪戦略調整会議の事前協議で発言する橋下徹・大阪市長(左)=2015年9月24日、大阪市中央区(竹川禎一郎撮影) 丸山氏の女性に対する卑猥(ひわい)な発言や飲酒による暴力沙汰、国家の信用を貶(おとし)める失言などを鑑みれば、彼に議員としての素質は皆無だと思う。しかし、この発言に関しては丸山氏が正しい。 代表選の実施すら党幹部の一存で決められてしまうという、自民党も真っ青のありえない環境だ。しかも、それを恫喝で正当化してしまうのだから、いかに気に入らない意見は封じ込めて、ゴリ押しで前に進んでいく体制であるか、お分かりになるだろう。維新躍進のワケ だが、政府とは異なり、維新は日々の生活に追われる大阪府民や国民に、経緯や検証などの小難しい話をしない。ゆえにこれくらいの簡潔さが心地よく、支持率も急上昇しているのだろう。私の第1回連載で、大阪限定で発揮される維新の選挙の強さは「分かりやすさ」にあると述べたが、まさにその手法が今回のコロナ対応で功を奏している。 ただでさえ、多くの人々がコロナウイルスの影響で頭を抱える日々を過ごしている。そんな中で、政治家に「これをやります!」「次はこれです!」と矢継ぎ早に政策を打ち出されると、なんだかよく分からないけどバンバン動いてくれていると感じるだろう。有権者からすれば、政治の知識がないと理解しづらいの難しい話を延々とされるより、すごく仕事してもらっている気分になれるのだ。 内容も「雨がっぱを送ってください」「通天閣をライトアップします」など大変分かりやすく、良くも悪くもマスコミが飛びつきやすいキャッチーな面もある。専門家ではないコメンテーターも容易にコメントができるワードも入れ込んでいる。 こうなると、少しでも効果を実感している方がどれだけいるかは関係なくなる。つまり、府民を熱狂の渦に巻き込んでしまう「橋下戦法」を吉村氏は採っているのだ。お見事の一言である。 さらに、吉村氏のラッキーぶりも、維新の支持率上昇の要因の一つである。前述したように、マスコミが取り上げなければ、日本全国で吉村氏のことが知られることはなかっただろう。それほど、安倍内閣のコロナウイルス対策がとにかくお粗末だともいえる。 政権寄りと言われる政治評論家の田崎史郎氏ですら歯切れが悪くなるぐらいだから、世論を肌で感じる報道番組も当然批判的な方向で進んでいく。ただ、メディアは偏った報道だと間違っても思われたくない。そのときに安倍内閣の対比として使えそうな素材だったのが、与党なのか野党なのかよく分からない、維新という政党所属の知事だった。 しかも、大阪という立地で取り上げやすく、何だかマスコミに結構サービスしてくれる。北海道の鈴木直道知事に次ぐ若さという話題性もある。素晴らしい条件がそろっていた。 吉村氏が取り上げられた結果、低迷が続いた維新の支持率は急上昇した。5月上旬に行われた共同通信や毎日新聞などの世論調査では立憲民主党を抑え、野党支持率でトップに躍り出た。共同の最新の世論調査でも、依然として野党トップの支持率となっている。特段何もしていない国政政党である維新にしては、かなりの奮闘ぶりである。 しかし、維新の国会議員は今回の吉村氏の飛躍を複雑な気持ちで見ている。支持率の上昇で、このままいけば次回の衆院選で当選する確率も上がるから、普通なら喜べる話のはずだ。だが、母体の地域政党、大阪維新の会所属の地方議員らにまたグチグチ嫌みを言われるのである。 「お前らは俺らのおかげで国会議員になれてんや。感謝しろよ、感謝ってなんか分かるか?」という具合だ。他の政党ではなかなかお目にかかれない、どす黒い話である。記者会見する大阪府の吉村洋文知事=2020年5月20日大阪府庁(前川純一郎撮影) 最後に、私の想像する吉村氏の胸中を披露しよう。 「このまま松井さんを上手に転がして、ゆくゆくは自分が代表に就任。途中で引きずりおろされた国会議員に返り咲き、総理大臣になってやる。橋下さんができなかったゴールにたどり着くぞ」 まぁ、しょせん野党で世襲議員でもない吉村氏が首相になれる可能性はほぼゼロなのだが、政治家とは自分に甘く、夢見がちな人間が多いので、案外私の想像もはずれていないかもしれない(笑)。

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    「コロナあったから秋入学」霞が関任せで拙速な安倍政権の愚

    の9月入社になっても困る企業は多いのではないでしょうか。 安倍内閣は霞が関に課題を考えさせて、あとは政治判断だと思っているようですが、少なくとも大企業や中小企業の代表者と調整すべきでしょう。 最後になりましたが、三つ目の理由は予算と教職員の定年の関係です。 国公立の学校は税金で運営されており、そこに勤める人々は公務員か、準公務員なので、新年度が4月からスタートする官公庁と各学校のやりとりは極めて重要です。そのため次のような調整が必要になってきます。・令和2年度は18カ月になるのか?・二つの年度にまたがることになる予算をどうするか?・令和3年3月に定年になるはずだった教員をどのように扱うか?・教員の採用はどうするか? ただこうした調整は役人の得意分野ですから、既に省庁間で議論は済んでいる可能性が高いです。むしろこの程度の調整が済んだだけで、「基本的な問題は解決しました」と霞が関と永田町の住人たちが考えていることこそが問題なのです。 日本はいつまで発展途上国でいるつもりなのでしょうか。役人ごときに国家の重要事項を考察させてはいけません。彼らの本来の仕事は、先に政治的に決定された事項を無事に推進することです。39県の緊急事態宣言解除を表明する安倍晋三首相=2020年5月14日、首相官邸(春名中撮影) 空気だけで緊急事態宣言を出し、空気だけで延長してしまう今の安倍内閣ごときが急に判断して実行するほど、「何歳から義務教育を始めるか」は小さな事項ではありません。少なくとも、次の国政選挙の争点の一つにすべき事柄でしょう。 ということで、将来的な9月入学には賛成しつつも、「緊急事態宣言で入学が遅くなった学校が多いから、学校は9月からということにしませんか」という低レベルな提案には、断固反対していくつもりです。

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    変わる価値観、コロナ不安で人々が見るナショナリズムの奇妙な夢

    ド大統領は無名と言われたジョージア州知事のジミー・カーター氏に僅差で敗れ去ることになる。感染症対策は政治家の責任 97年に鳥インフルエンザが発生したときも、世界はなんとかこれを乗り切った。その後に続いた重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)も同様だった。アメリカが伝染病で最も被害を受けたのは80年代に猛威を振るったエイズだったが、不特定多数の性交渉をする者を中心に犠牲が広がったため、まだ他人事(ひとごと)でいられた人が大半だった。そして、そのエイズも、治療薬の開発で現在では命を落とすことはほとんどなくなった。 だが、疫学者は必ず、アメリカのみならず全世界を危機に陥らせる新しい伝染病の災禍がやってくると警告していた。しかし、トランプ政権に至っては、2018年に国家安全保障会議(NSC)から感染症対策担当を外していた。 さりとて、この油断は日本でも変わらない。 日本では、2009年の豚インフルエンザのパンデミックが東アジアの国々と比べ、大きな被害を出さなかったことが油断を招いたといえる。21世紀になってから徐々に姿を垣間見せていた新型インフルエンザの脅威は、当然ながら疫学者や政府の間では認識されていた。 今年4月15日に新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の記者会見で、北海道大の西浦博教授は「今後の対策が進まなければ、40万人程度の死者が出る」とのシミュレーション数値を発表し、大きな話題となった。 だが、これら新型ウイルスによるパンデミックでは、この規模の死者が出ることは既に10年以上前から想定されていたことであった。そして、その来るべき有事には、人工呼吸器も集中治療室(ICU)のベッドも、おそらく防護服や医療用マスクも足りないし、肝心要の医師も不足することは分かっていたのである。 このような伝染病対策を統括するのは厚生労働省だが、実際の準備は各都道府県に責任がある。09年に厚労相だった、前東京都知事の舛添要一氏が、今しきりに新型インフルエンザ対策と政権批判を繰り返しているが、過去の舛添氏の経歴を知っている者には何をかいわんやの話である。新型インフルエンザ対策で会見する舛添要一厚労相=2009年8月27日、厚労省 舛添氏は09年の豚インフルエンザのパンデミック時に、これから防疫対策を進めようというところで、専門家の見解と前置きしながらも「新型インフルエンザは季節性と変わらない」と記者会見で説明してしまった。 幸いなことに、11年前のパンデミックは大きな事態にはならなかったが、そんなことがあったことすら忘れている人も多いだろう。逆転した政治スタンス 09年の新型インフルエンザは大事に至らなかったものの、今後はいつアウトブレイク(感染症の突発的発生)してもおかしくない事態にあるという関係者の危機感により、12年に「新型インフルエンザ等対策特別措置法」の成立にこぎつけた。 だが一方で、医療機器や医師の動員体制をはじめ、肝心なことは一向に進んでいなかった。繰り返すが、この第一義的な責任は各都道府県にある。舛添氏も14~16年は東京都知事であった。 08年に大阪府知事となった橋下徹氏と日本維新の会は、財政改革のためとして医療施設や救急医療への支援を徹底的に削減した。新型ウイルス対策などは、ことさら進んでいなかっただろう。 橋下氏から維新代表を引き継いだ大阪市の松井一郎市長は医療現場で防護服が足りないため、代用品と称して雨がっぱの寄付を市民に呼びかけた。だが、そもそも防護服が足りない状況をつくったのはいったい誰なのか、分かっているのだろうか。 それでも、維新は立憲民主党を世論調査で追い抜いた。また、つい先日まで五輪の強行開催を主張していた東京都の小池百合子知事が世論の風を受けて東京のロックダウン(都市封鎖)を主張し、手際よい感染対策と見事なプレゼンテーション能力のおかげで一挙に評価が高まった。 人々が何をどうしていいか分からずに不安と混乱に陥ったとき、大向こうを相手にした明晰(めいせき)な言葉、とりわけ批判と断言は多くの人に響くものである。新型コロナウイルス感染に関し、記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年3月25日、東京都庁 一方で、安倍政権は火だるまだ。安倍晋三首相は戦時の宰相ではなく、むしろリーダーシップに欠けたために国民を未曽有の災禍に巻き込んだ近衛文麿のようだと、これまでの支持層からも批判の声が浴びせられている。 けれども、私は安倍首相に極めて同情的だ。おそらく東日本大震災のときと同じように、誰がやっても混乱は起きただろう。 そして、日本でリベラルと言われる人々は、これまで自分たちがこぞって反対してきた国家による強権的な措置を望んでいる。一方安倍政権は、経済的な混乱はウイルスよりも大きな被害を生み出すと懸念し、経済活動や私権の制限に慎重であり続けている。政治的なスタンスが全く逆転しているのだ。台湾と韓国にあって、日本にないもの なお、世界でも先進的とされてきた日本の医療行政は、化けの皮が剝がされたかのように、もっぱら世界から非難されている。韓国や台湾といった東アジアの国々と比べて、後れをとったと見なされている。あたかも地軸がズレ始めているようだ。 だが、よくよく考えてもみると、韓国や台湾はもともと「分断国家」で、準戦時体制の国である。韓国では徴兵制が敷かれ、18年に志願制に移行した台湾でも4カ月の訓練義務が課されていて、緊急時には私権やプライバシーの自由を厳格に制限することが可能である。 衛星利用測位システム(GPS)を使った個人の行動管理や、国民身分証による番号管理でマスクの配布ができるのは、非常時に国民統制ができる仕組みが元から整備されているからだ。 マイナンバー一つで大きな議論となり、プライバシーの侵害に敏感な日本で、この新型コロナウイルスのパンデミック前に同じような仕組みが議論されていたら、まず間違いなく批判されていただろう。 一方の韓国では、医師までもが徴兵制に基づく動員が行われている。防疫に対する手際のよさは、日本と違ってSARSやMERSを体験し、その失敗の教訓があったことに加え、北朝鮮を想定したバイオテロ対策も背景にあるのではないかと思う。なお、韓国では、平時でも国境沿いの防疫対策を韓国軍が担当している。 政治学者のカール・シュミットは、法が成立する前提には「例外状態」と言われる「無秩序」が必要になるという。法ができるのは、決して理性や真理などではなく、そのような「無秩序」が集団を存亡の危機に陥らせることが条件になるということだ。 台湾と韓国はそのような混乱を経て、その戦時動員体制を解かぬままに、80~90年代に民主化していった国家である。ここでは、リベラル層が「そのような戦時体制」を担保するナショナリズムに、むしろ積極的な役割を果たしてきた。初の直接選挙による台湾総統選で当選を決め、台北の選挙本部前の特設ステージで夫人とともに支持者に手を振る李登輝総統=1996年 「日本が今のような自由と民主主義の国となったのは、敗戦によってアメリカに与えられたもの」という理解は、事あるごとに歴史認識で見解をぶつけ合う左右両派でも異論はないはずである。 シュミットは、原初的で無秩序な例外状態から独裁的な権力が「決断」をして法が成立すると考えた。戦後日本にとって、この独裁的な権力とはアメリカであった。 そこでは、過去の戦争体験は破棄すべき思想とされた。一方で韓国や台湾には、現在でも身近に迫る「分断国家」の危機を背景に、国民に広く同意されたナショナリズムがある。ナショナリズムの夢 最近、世界では「アフターコロナ」という今後の政治や経済の変動が予測されているが、間違いなく行き過ぎた「新自由主義」的な価値観が是正されるだろう。日本では小泉政権から急加速した「市場に委ねることが善であり万能である」という価値観が、時に悲劇を招くのはもう誰が言わなくとも分かることだ。 無駄と言われ、病床や保健所を削減されてきた現在の医療現場の現状が全てを語っている。今後間違いなく、社会民主主義的な価値観が再び浮上するに違いない。 それと同時に、日本でも「韓国や台湾のようなリベラルなナショナリズムにたどり着くには、どのようにしたらよいか」という命題が問われることになる。特に、これは日本のリベラルの課題であろう。 ともすれば、偏狭さと排外性に堕したナショナリズムの「悪の面」に、どう世界が触れていくかは、予想が難しい。 伝染病は国境をいくら厳格に管理してもやってくる。だからこそ、未開社会の部族は伝染病を恐れ、部族間の交流を拒否し孤立して生きている。 だが、伝染病の猛威から隔絶されてきたアメリカ大陸の文明や原住民たちは、むしろそれがために滅亡していった。猛威を振るう天然痘やペスト、インフルエンザなどの疫病に対する免疫をもっていたスペイン人は、伝染病にかからないということが軍事力以上に決定的な優位性であったのだ。 「無菌の世界を想定することは、危険思想であると同時に愚人の戯言(たわごと)だ」とは、フランス出身の細菌学者であるルネ・デュポスの言葉である。人間が生物である以上、その食物連鎖のエコシステムから逃れることはできない。 この新型コロナウイルスをきっかけに、グローバルな存在である伝染病に対抗するためナショナリズムの在り方に再考のときが訪れているように思える。私たちは、むしろナショナリズムの向こうに、今一度「国際協調」と「万民の平和」を構想できないだろうか。※写真はイメージ(GettyImages) もしそうしなければ、人類はこの古くて新しい敵には勝つことができないであろう。 イマヌエル・カントは「永遠の平和というものを構想するとすれば、国家が廃絶して世界共和国のようなものができるよりも先に、まずは個別の国家を最善に近づけることが現実的には必要だ」と説いた。まずもって純粋実践理性の国とその正義を求めて努力せよ。そうすれば汝(なんじ)の目的はおのずからかなえられるであろう。『永遠平和のために』 なおシュミットはカントの批判者である。カントの平和主義的リベラルを偽善的として退け、政治とは「敵と味方」が発生することから始まるとした。しかしそれならば、伝染病を世界の新たな共通の敵として位置づけることはできないか。 私は最近、そのような奇妙なナショナリズムを夢見ている。みなさんは果たして、どのような夢を見るだろうか。

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    新型コロナ迷走「四悪人」にすがり続ける安倍首相の自爆

    舛添要一(元厚生労働相、前東京都知事) 5月1日に行われた新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の提言を受けて、安倍晋三首相は緊急事態宣言を5月31日まで全国一律に延長することを決めた。その上で、13の特定警戒都道府県とそれ以外の地域では、対応を変えるという。 ところで、この決定は科学的・疫学的データに基づいた判断なのであろうか。そもそも、専門家会議の現状把握に問題はないのであろうか。 新型コロナウイルスの感染拡大に対応するため、イタリア、フランス、スペイン、ドイツなどは非常事態を宣言して都市封鎖(ロックダウン)を行ったが、現在は解除する方向になりつつある。そして、その際には、きちんとした科学的データに基づいて対策を立案している。 その際に使われる基準の一つが、実効再生産数というものであるが、これは一人の感染者が何人に感染させるかという数字である。専門家会議は、この数字を3月末以来、公表してこなかったので、私は明らかにするように求めてきた。その声が届いたのか、ようやく5月1日の会見で公表された。 4月1日ごろに1・0を下回った実効再生産数は、4月10日には全国0・7、東京0・5まで下がったという。1・0以下というのは、諸外国では都市封鎖を解除するための基準数字である。 政府は、4月7日に緊急事態宣言を発出しており、この数字を公表すれば、その対応を正当化する根拠が失われることになる。そこで、情報を隠蔽したのではないかと疑わざるをえないのである。 専門家会議は「当面は今の対策を維持すべきである」というが、いったい「当面」とはいつまでなのだろうか。感染者が減少しており、実効再生産数も1・0以下になっているというのなら、論理的には緊急事態宣言を解除すべきなのではないか。 そうしない理由として、医療崩壊を挙げているが、経済活動をここまで大幅に制限しなくても回避する方法はあるはずだ。この点でも、やはり全国の病床数などの正確なデータが提示されていない。これまでも、厚生労働省はさまざまなデータ操作を繰り返してきているので、全面的に信頼することができないのである。 危機管理の基本は情報公開である。情報を開示せずに、国民に新型コロナウイルスの怖さを強調して、いわば「脅迫」によって政策を強行してはならない。記者会見する新型コロナウイルス感染症対策専門家会議の(右から)脇田隆字座長、尾身茂副座長=2020年5月4日、厚労省 政府は、感染の有無を確認するPCR検査の事態や実効再生産数、全国病院の空床数といった情報を、隠すか操作するかしているのではないだろうか。これが今の日本の惨状の根本原因である。情報を開示しないまま、緊急事態宣言をさらに延長したことは、マイナスの方が大きくなると危惧する。 専門家会議の失敗は、PCR検査をほとんど行ってこなかったことにある。この最初のミスが、次々と問題を引き起こし、今日のような「緊急事態」を呼んでいる。曖昧すぎる解除基準 クラスター(感染者集団)潰しに専念し、その成果を誇るあまり、濃厚接触者だけにPCR検査を限定する愚を犯してきた。その間に、感染経路不明者が増大していったのである。つまり、市中感染が拡大していたはずなのに、それを見逃してしまった。 しかも、PCR検査をして陽性者が増えれば、患者が病院に殺到して医療崩壊を引き起こすという理由で、意図的に検査を抑制したのである。これが間違いだったことは、車に乗ったまま検体を採取する「ドライブスルー方式」まで導入して、検査を徹底して行った韓国で、今や新規感染者がほぼゼロになっていることが証明している。 医療崩壊については、患者の症状に応じて対応する体制を最初から整えておけば、避けることができる。重症者は感染症指定病院、中症者は一般病院、軽症者や無症状者はホテルや公共施設や自宅と、収容先を分ければよいのである。 2009年に新型インフルエンザが流行した際、厚労相だった私は、神戸市の現場で患者の治療に当たっていた神戸大の岩田健太郎教授らの勧告を容れ、そのような体制にした。それが、感染の早期終息に役立った。岩田教授が、今回はクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」内部の状況について、動画配信して波紋を呼んだことは周知の事実である。 医療体制の崩壊というが、台東区の永寿総合病院や墨田区の都立墨東病院のように、院内感染が大きな引き金となっている。医師や看護師など医療従事者が感染し、外来停止などの措置をとらざるをえなくなっており、患者もまた犠牲者になっている。 例えば、5月2日の東京都の新たなコロナ死者15人のうち、11人が中野区の中野江古田病院で発生した院内感染の患者だった。自衛隊中央病院では院内感染がないし、「ダイヤモンド・プリンセス」の時も、自衛隊員は感染していない。防護服不足などの問題もあるが、発熱外来の設置など院内感染対策の徹底指示を欠いた厚労省や都、医師会にも責任の一端がある。 都市封鎖を行ったり、解除したりするときの前提は感染状態の正確な把握である。感染者数で世界一となった米国の場合、最多の感染者がいるニューヨーク州では、同州のクオモ知事が率先して感染防止対策の指揮を執っている。 クオモ知事もPCR検査を徹底し、実態を掴むことを封鎖解除の条件としている。抗体検査も実施し、免疫を持っている者の比率を参考にするのである。そして、「入院率が連続して14日間低下すること」も解除を認める指標としている。2020年4月29日、米ニューヨーク州で記者会見するクオモ知事(ロイター=共同) これに比べて、日本の専門家会議は「感染者が減ったら」という曖昧(あいまい)な基準しか提示できていない。PCR検査数と陽性者の数は正の相関関係にあり、検査数を減らせば陽性者は減るのである。 とにかく、圧倒的に検査数が少ないと言わざるをえない。PCR検査を徹底しない限り、緊急事態宣言解除の議論もできないはずである。 一方で、1カ月続いた緊急事態宣言のもとで、日本経済は急速に悪化している。緊急事態宣言を1カ月近く延長する場合、民間エコノミストからは、失業者が倍増して77万人になり、個人消費も27・8兆円減少するという厳しい予測が出ている。今回の迷走を作った「四悪人」 さらに、世界的には、これまでの超金融緩和によって、資産価格が上昇した反面、企業の債務も増加してきた。だが、新型コロナ危機で、資産価格バブルが崩壊し、世界の金融システムは危機に瀕する状況になりそうである。それは当然、日本にも大きな影響を及ぼす。 ところが、コロナ対応を決めるときに、感染症の専門家ばかりで、経済や金融の専門家が諮問の対象となっていない。安倍首相の大きな失敗である。 営業自粛を求められている業界では、既に自殺者が出ている。新型コロナウイルスでの死者よりも、間接的なケースも入れると、経済困窮による死者の方が多くなるのではなかろうか。 私は、安倍政権の今回の迷走を作った「四悪人」がいると考えている。 「第一の悪人」たちは、政府の新型コロナウイルス感染症対策の専門家会議である。既に説明したように、クラスター潰しに夢中になりすぎる余り、市中感染に手をこまねいていた愚をはじめ、多くのミスは枚挙に暇がない。 「第二の悪人」は、新型コロナウイルス対応を担当する西村康稔(やすとし)経済再生相である。今回の感染症は西村経済再生相と加藤勝信厚労相が対応しているが、2人の大臣が存在するのは有害である。感染症対策は、加藤厚労相に権力を集中させることによって可能なのである。感染症法でも、そのように明記されている。 2009年の新型インフルエンザ対応に成功したのは、厚労相だった私に権限を集中したおかげである。国会対応が上手いという理由で、新型インフルエンザ特措法の改正案を西村経済再生相に任せた安倍首相の責任は重い。 加藤厚労相がいかに無能であろうとも、いかに多忙であろうとも、厚労相が対策を一手に引き受けねばならないのである。「二人大臣」などという非常識なことをしているのは日本だけである。1安倍晋三首相から新型コロナウイルス特措法に基づく対策本部設置の指示を受けたことを表明する西村康稔経済再生担当相(左)と加藤勝信厚労相=2020年3月、首相官邸 「第三の悪人」たちは、首相のそばで権勢を振るう官邸官僚である。いわゆる「アベノマスク」の失敗に象徴されるような酷い状況になっている。ロシア帝政末期に国政に介入し、帝国を崩壊させた怪僧にちなんで、私は彼らのことを「官邸のラスプーチン」と呼んでいる。彼らこそ「安倍帝国」を壊滅させるであろう。 「第四の悪人」たちは御用学者や御用評論家である。安倍政権の政策を少しでも批判すると、忠実な番犬のように猛烈な勢いで噛みついてくる。冷静に考えることもせずに、条件反射的に対応する彼らを、私は「パブロフの犬」と称する。今のような危機的状況になると、このような存在は安倍首相の評価をさらに下げることになる。 しかし、「四悪人」を生み出したのは安倍首相であり、自ら、今その呪縛に苦しんでいるのも当然といえるのである。

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    安倍政権の是非闘争が蔑ろにする森友問題の本質と自死財務職員の無念

    相澤冬樹(大阪日日新聞論説委員・記者) 学校法人森友学園(大阪市)をめぐる事件は不幸な事件だと思う。安倍晋三政権の是か非かに巻き込まれてしまっているからだ。本来、この事件は安倍政権の是非とは関係ないものであるにもかかわらずだ。 そもそも森友事件とは何だろうか。はじめに、事件の整理から始めよう。 まず、森友学園に小学校の用地として国有地が売却された。そしてその価格が9億円余の鑑定価格から8億円以上も値引きされて1億3400万円で売られていた。 「それは正当な値引きなのか?」「国民の財産を不当に安く売ったのではないか?」。これが問題の根源だ。「値引きの是非」に「政権の是非」は本来関係ない。政権を支持しようが批判しようが、正当な値引きは正当、不当な値引きは不当だ。 ところが、この土地に建つ小学校の名誉校長が安倍首相の妻である安倍昭恵さんだったから話はややこしくなる。昭恵さんは森友学園の教育方針を繰り返し賛美していた。しかも昭恵さん付きで、事実上の秘書のような役割をしていた政府職員が、この土地について財務省に照会していたことも明らかになった。 首相は「照会しただけだ。便宜を求めていない」と言うが、首相の妻側から照会があったら役人はそれだけで「忖度(そんたく)」する。それが役所の常識ではないだろうか。だからこそ「やはり首相の妻が名誉校長だから不当に安くしたのではないか?」とか「首相自身は関与していないのか?」という野党の追及が高まった。けれども安倍首相は国会で大見えを切った。 「私や妻が(学校の認可や国有地取引に)関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」 自分も妻も全く関係ないと強調したかったのだろうが、こんなことを言ったら野党は「首相を辞めさせるチャンス」と勢いづくに決まっている。関与の証拠を見つけ出そうと、財務省に対し資料や説明を相次いで要求した。参院予算委員会で証人喚問に臨む佐川宣寿前国税庁長官(当時)=2018年3月27日、国会(納冨康撮影) これに対し、財務省の佐川宣寿(のぶひさ)理財局長(当時)は国会で「資料は廃棄しました。ございません」と突っぱねる。だがその2日後に、関連公文書の「改ざん」がひそかに始まっていた。そして現場で改ざんを押しつけられた、財務省近畿財務局の上席国有財産管理官である赤木俊夫さんはその責任の重さに耐えかね、1年後に自ら命を絶った。 このとき、財務省で改ざんに関する調査報告書の取りまとめにあたった伊藤豊秘書課長(当時)は、このあたりの経緯を指して「安倍首相の答弁と改ざんは関係があった」と赤木さんの妻に説明した。注目された職員の手記 安倍首相の強気の答弁が野党のさらなる追及を招き、改ざんを引き起こしたというのだから「安倍首相は改ざんに間接的に責任がある」と言っているのに等しい。だが、それはあくまで「改ざん」に関してのことだ。改ざんを招く原因になった「国有地値引き」についての是か非かの決着はついていない。 財務省は、これまで「土地の深い部分に埋まっているごみの撤去に8億円かかるから値引きをした。ごみを撤去しないと開校予定の決まっている小学校が開校できず、損害賠償を求められる恐れがあった」と説明してきた。 これは正当な値引きだと、財務省は主張する。しかし、その「深いところのごみ」というのが本当にあるのか、財務省はきちんとした証拠を示すことができていない。さらには、問題の国有地からごみはほとんど撤去されていないのに、既に立派な校舎がほぼ完成している。ごみのあるなしにかかわらず、校舎はできたし、開校できたはずなのだ。 ゆえに、財務省の説明は説得力を失っている。 そういう中で、森友事件はすっかり「色」が付いてしまった。安倍政権への是非という「色」だ。反安倍政権の人々は「値引きは不当、首相の責任だ」と訴える。安倍政権支持の人たちは「値引きは正当、森友はもう決着した」と突っぱね、野党とマスコミが騒ぐことが問題だという。 本来あるべきだった、政権の是非とは関係のない「値引き」について冷静に考えるという空気はない。森友学園の問題は、分断された今の日本社会を象徴するような事件になってしまった。2020年3月18日に公表された赤木俊夫さんの手書きの遺書 そこに現れたのが今回の「赤木俊夫さんの手記」だ。これは、改ざんがどのような指揮命令のもとで行われ、それを現場で押しつけられた赤木俊夫さんの苦悩、財務省や近畿財務局による数々の不当な仕打ちと、それに迫る検察の捜査についてのルポルタージュである。 俊夫さんは全責任を一身に負うようにして追い詰められていった。俊夫さんに寄り添ってきた妻の雅子さんも、深い悲しみと苦しみ、そして夫の死の真相を知りたいと願ってもかなわないもどかしさがあった。だが、今年の3月18日に発売された『週刊文春』の特集記事で克明に記し、こうした事実が初めて明らかになった。真相解明への思い その内容に多くの方が共感を寄せてくれた。その結果週刊文春は完売し、そして雅子さんがインターネット上の署名サイト、Change.org(チェンジ・ドット・オーグ)で募った「真相解明のための再調査」には33万人もの賛同者が集まった。運営団体によると、これは国内での最多・最速の新記録である。 森友事件の報道でこれほど幅広く、大勢の共感が集まったことはない。では、これまでと何が違うのだろうか? それは、この問題が「政権の是非と関係ない」ことが週刊文春の記事で初めて歴然としたからだろう。 雅子さんは「安倍政権の退陣」など求めていないし、反安倍政権でもない。むしろ若いころから自民党支持者で一時期は自民党員だったこともあり、購読紙は長らく読売新聞だった。 雅子さんが望んでいるのはただ一つ「夫が亡くなった真相を知りたい」という、その一点だ。 ・夫の死を招いた改ざんはなぜどのように行われたのか・改ざんを引き起こした国有地の値引きには本当に問題はなかったのか・問題がなかったなら改ざんする必要もなかったのではないか  雅子さんはただ、こうした疑問への真相を知りたいだけなのだ。この疑問が安倍政権への賛否に関係するはずがない。安倍政権を支持する人も批判する人も、雅子さんの思いを知れば、等しく安倍首相に「どうか遺族の願いをかなえてあげてはどうか」という念を抱くであろう。 だが「新型コロナウイルスへの対応が最優先の今、この問題を蒸し返す時ではない」という意見もある。なので森友事件や改ざんの調査をすると新型コロナ対応の妨げになるか、それも考えてみよう。 雅子さんが望んでいるのは「有識者によって構成される第三者委員会」による「公正中立な調査」だ。役所自体による調査ではない。調査を行うのは第三者委員会だから、役所の手が取られることはない。 もちろん、役所の人は調査対象にはなるだろう。だがこれは強制力のある警察の捜査ではない。任意の調査だから忙しければ「今は無理です。後にしてください」と断ることができる。だから、役所の人の手が取られることはない。参院予算委員会で森友文書改ざん問題について答弁する麻生太郎副総理兼財務相=2020年3月23日、参院第1委員会室(春名中撮影) もし、調査が新型コロナ対応の妨げになるとしたら、調査によって政権に不都合な事実が浮かび上がり、政権が窮地に立つ場合しかないだろう。だが安倍政権を支持している人たちが、調査によって不都合な事実が浮上すると考えているはずがない。 調査によって「政権は何も関係ない」ことがはっきりすれば、政権の関与を主張する人々に対し、疑惑を完全否定できる。政権は新型コロナ対応に専念できるようになり、むしろいいことずくめのはずだ。 それでも再調査を拒否していると、逆に「再調査されると困ることがあるのか?」と勘繰られることになる。安倍政権を支持する方々こそ、再調査への支持を勧めたい。

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    コロナ危機、世界各国の指導者が発した「心打たれる演説」

     「我々は岸辺で戦う。野原で街で丘で戦う。我々は決して降伏しない」──第2次世界大戦でイギリス国民を鼓舞したチャーチル首相の演説だ。国家の危機に、国民を勇気づけるか、不安にさせるか、すべてはリーダーの言葉次第である。 いま、世界の人々に求められているのは「ステイ・ホーム(家にいてくれ)」。この一言をいかに表現するか、世界のトップは苦心している。 「明日、より情愛をもって抱き合うために、今日は(人との)距離を取ったままでいましょう。明日より早く走るために。みんなが一緒にやれば乗り越えられる」 そんなロマンチックな表現で国民を説得したのは、死者1万人を超える感染大国となっているイタリアのジュゼッペ・コンテ首相だ。そのお国柄からキスやハグの禁止令も出された中で、3月11日に動画で声明を出した。首相の演説には、日本でも「心を打たれた」という声が上がっている。 「まだワクチンも治療法もなく、ドイツの人口の60~70%が感染する恐れがある」(3月11日)と会見で語るなど冷静な発言が際立つドイツのアンゲル・メルケル首相が、国内感染者数が1万人を超えた3月18日に行なったテレビ演説のスピーチ動画も大反響を呼んだ。コロナ対応の最前線にいる医療関係者に感謝を述べた後、こう付け加えたのだ。 「普段めったに感謝されることのない人々にも感謝の言葉を送らせてください。スーパーのレジ係や、商品棚を補充してくださる方々。彼らは現在、最も困難な仕事の1つを担ってくれています。仲間である市民のために、日々働いてくれて、私たちの生活を支えてくれてありがとうございます」 物資不足と感染リスクでパニック状態になっているスーパーで働く人々にも目を向け、励ましの言葉をかけたのだ。 イギリスのボリス・ジョンソン首相は、3月12日の記者会見でこう語った。 「私は英国民に対して正直に言わなければならない。より多くの家族が、彼らの愛する人たちを寿命に先立って失うことになる。しかし、過去数週間にわたって言ってきたように、我々は現在実施している明確な計画がある」※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 同27日にはツイッターで、自らが新型コロナに感染したことを公表し、国民に衝撃を与えたが、翌28日に全英の約3000万世帯に送付した書簡で、「事態はよくなるより先に、まずは悪くなる。それは分かっています」「私たちは適切な準備をしています。全員がルールに従えば従うほど、亡くなる人は減り、生活は元に戻ります」と、自宅に留まるよう訴えた。自分の言葉で話しかけている自分の言葉で話しかけている コミュニケーション・ストラテジストの岡本純子氏は、こう分析する。 「コンテ首相の言葉は国民に寄り添う姿勢を示す情緒的表現の典型で、欧米で支持される傾向が強い。ジョンソン首相は熱弁タイプで発言のエネルギーが高く、国民にメッセージが届きやすい。 メルケル首相は正反対で、その冷静さによって国民に安心感を与えていると考えられます。その上で、落ち着いていて国民を包み込むように一人一人に励ましの言葉を語り掛けた。タイプに違いはあれ、国のリーダーがそれぞれのキャラクターと国民性を踏まえて、自分の言葉で話しかけているのが特徴です」 岡本氏が秀逸だと感じたのは、ニュージーランドのジャシンダ・アーダーン首相だという。同首相はニュージーランド史上もっとも若い37歳3ヶ月で首相に就任し、現在39歳。「相談センターの電話番号を書いたパネルの前で会見し、『公衆衛生に携わる官僚や専門家は世界でもトップクラスで、医療施設も十分に準備できています』と何度も『プリペアード(準備はできている)』と繰り返しました。 さらに25日に国家非常事態を宣言し、外出制限の方針を示すと、フェイスブック上のライブ動画で、国民からの質問に答えた。緑色の普段着で現われた首相は、『カジュアルな服装ですみません。赤ちゃんを寝かしつけるのが大変で、今は仕事着じゃないんです』と説明。国民に寄り添っている姿勢を示したのです」シンガポール(ゲッティイメージズ) シンガポールのリー・シェンロン首相の発言も学ぶべき部分が多いという。 2月8日の時点でシェンロン首相は「恐怖はウイルスよりも有害です。恐怖は、インターネットでデマを拡散したり、マスクや食料品を買い占めたり、集団感染を特定の人々のせいにしたり、我々をパニックに陥らせ、状況を悪化させる可能性があります」と呼びかけ、「インスタントラーメンや缶詰、トイレットペーパーを買いだめする必要はありません」と国民に優しく語りかけた。 シンガポールの迅速な対応は海外でも高く評価されている。関連記事■イタリアの窮状「老人は死んでもらうしかない」が暗黙の了解■ヘンリー夫妻だけじゃない 英王室史に残るお騒がせ王族たち■【動画】韓国軍の蛮行伝えるライダイハン像、英国で公開■311隻のベトナム船が中国公海侵入、中国はスパイ目的と警戒■トランプ大統領が中国人妊婦の米国内出産を厳格化、摘発も