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    進次郎よ、「第二の真紀子」になるなかれ

    ろう。心強い伴侶を得て、今秋の内閣改造での入閣や「ポスト安倍」への期待も一層高まる。だが、公表時に「政治家として真似したくない」と触れた父、純一郎元首相を少しは見習わなければ、田中真紀子氏の二の舞になるだけだ。

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    令和婚の小泉進次郎に舛添要一があえて贈る「祝言」

    郎氏は外交などの国際的な仕事をあまりしたことがないが、外国語にも堪能な夫人のサポートで世界に羽ばたく政治家に成長してほしいと思う。本当に良いカップルが生まれたことを祝福したい。 ただ、世襲でない議員たちは、親の地盤を引き継ぐ2世たちには分からない苦労がある。また、結婚しようが、新聞に1行も書かれない議員もいる。 そういう意味で、非主流派の議員から見れば、進次郎氏は恵まれているわけで、嫉妬の対象となりうるのである。その点を注意しないと、政治の世界では思わず足をすくわれることがあるので、あえて警告をしたのである。 本稿では、その警告と危惧について、もう少し詳しく書く。せっかく誕生したスターには大きく成長してもらいたいからである。安倍首相に結婚すると報告し、取材に応じる自民党の小泉進次郎衆院議員(左)とフリーアナウンサーの滝川クリステルさん=2019年8月7日午後、首相官邸 まずは「官邸での発表」という手法である。官邸で、芸能ネタには慣れていない政治部記者を相手に、ちゃっかりと結婚を国民に知らせたことにも「公私混同」という批判が集まっている。その批判も一理ある。 参院選後の臨時国会も閉幕し、広島「原爆の日」の翌日、しかも週刊誌がお盆休みで発刊されない時期である。そして、午後のワイドショーに間に合う時間帯、官邸からという「大本営発表」で権威づけるという、マスコミを熟知して、何から何まで計算し尽くした芝居である。「対談効果」も戦略に これまで一切マスコミには知られていなかっただけに、大きなサプライズとなって、このニュースは日本国中の話題となったのみならず、世界にまで発信された。 しかも、8月10日発売の『文藝春秋』9月号には、「菅義偉×小泉進次郎<初対談>令和の日本政治を語ろう」という対談記事まで掲載されている。そこには、進次郎氏の入閣を「良いと思う」とか、進次郎氏が「ポスト安倍」の有資格者であり、「早すぎるということはない」という菅氏の見解が示されている。雑誌は発売日より1〜2日前には中身が分かるので、対談効果も念頭に置いた戦略だとも言われている。 日本のマスコミは大フィーバーで、テレビ局はワイドショーなどで朝から晩まで、このニュースで持ちきりである。日韓関係悪化、米中貿易摩擦、米国の銃乱射事件、広島や長崎の原爆の日、北朝鮮の短距離ミサイル発射などのニュースが小さな扱いとなってしまった。 進次郎氏が問題というよりも、マスコミを含め大衆迎合型のポピュリズムに染まってしまった日本社会に危機感を覚える。前日の6日には、女子ゴルフの渋野日向子が全英女子オープンで優勝した話題で、日本全国が歓喜に包まれた。 これまた、テレビ局のワイドショーは横並びで特番である。夏休みで夏枯れの時期に、続けて二つのサプライズでネタが切れず、視聴率を稼げるとあっては、テレビ局は笑いが止まらなかったであろう。 そして、その祝賀ムードには逆らえない「空気の支配する」日本で、今がチャンスとばかりに巨悪が裏で何をやっているか分からない。まさに日本は太平天国である。喜ぶべきか、悲しむべきか。 国会議員と閣僚を経験した私には、進次郎氏は田中真紀子氏によく似ていると思っている。彼女が外務大臣だったとき、私は参院外交防衛委員会のメンバーとして委員会運営に苦労しただけに、その虚像と実像を間近に見てきた。自民党総裁選に立候補した小泉純一郎氏(右)のスーツに付いたほこりをとる、応援に駆けつけた田中真紀子議員=2001年4月20日 まず、両者の父親はともに自民党総裁、内閣総理大臣経験者であり、しかも戦後の日本政治を大きく動かした大物である。 サラブレッドであるから、それだけで世間の注目を集める。種牡馬に例えると、最近逝ったディープインパクトとキングカメハメハの仔のようなもので、血統書だけで何千万円もの値がつく。屈指の「演説上手」 そして、大衆を演説で動かすという能力は、田中角栄元首相も小泉純一郎元首相も群を抜いているが、真紀子氏も進次郎氏も父に似て、演説がうまい。人を引きつける漫談能力に長(た)けている。だから「人寄せパンダ」という。 私は政治家として、街頭演説を最大の集票手段として使い、演説能力には多少の自信はあったが、現役時代に自分が敵わないと思った演説上手は純一郎氏と真紀子氏だけである。進次郎氏については、まだ及第点はあげられないが、並の政治家よりもTPOを考えた演説はできていると思う。 問題は、演説の中身である。素晴らしい政策の発表があるわけでもないし、大衆受けする激烈な言葉とジョークを並べるだけで、中身がない。 国の根幹である外交防衛、財政政策、経済政策、憲法改正などについて、具体的にどのような政策を持ち合わせているのか分からない。何か言っているのだろうが、中身が空虚なので印象に残らない。 角栄氏には、列島改造論などの政策があり、純一郎氏にも構造改革や郵政民営化といった政策があった。一方、真紀子氏は外相ではあったが、どのように日本外交をかじ取りしたかは普通の日本人の記憶に残っていないし、そもそも彼女に外交政策があったのかどうかさえ疑わしい。進次郎氏に至っては、政策らしきものはまだない。 これから、あらゆる分野について政策をもっと勉強する必要がある。特に、宰相になるには、外交や安全保障について広範な知識が要る。日中国交正常化20周年で中国側の招待を受け、中国へ出発するため目白台の自宅を出る田中角栄元首相(右)と娘の田中真紀子氏=1992年8月27日 本もよく読んでほしい。自民党の石破茂元幹事長は「防衛オタク」と言われたが、農業などにも精通しているし、何よりも読書家である。耳学問だけではなく、さまざまな論者による本や論文を読むべきである。 経済などは、基本的な学識を身につけていないと、例えばアベノミクスについて擁護も反論もできない。最近の予算委員会の議論を聴いていると、勉強不足で知的水準の低い国会議員が多すぎる。特に若い議員がそうである。とにかく「お先にどうぞ」 もう一つ、「出世を焦るな」と言ったのは、嫉妬が渦巻く中で、同期の議員を差し置いて、自分が光の当たるポストに就くと、風当たりが強くなるからである。必要なのは、竹下登元首相が言った「汗は自分でかきましょう。手柄は他人(ひと)にあげましょう。そしてその場で忘れましょう」という態度だ。とにかく「お先にどうぞ」という姿勢が大事なのである。 2001年、私は学者を経て、52歳の時に参院議員になったが、年齢とは関係なく、1年生議員であることに変わりはなかった。そこで、自民党政務調査会の部会などに出席するときには、末席に座ることにした。もちろん政策の議論には積極的に参加したが、新人であることは忘れなかった。その態度を評価してくれたのが、野中広務元幹事長で、政治の要諦(ようてい)を教えていただくことができたのである。 進次郎氏は青年局長、農林部会長、筆頭副幹事長、厚生労働部会長などを歴任し、着実に自民党内での出世の階段を上っているが、政府に関しては内閣府大臣政務官の経験があるだけである。一気に大臣を狙うのではなく、まず副大臣を経験し、行政の経験を一歩一歩積んだほうがよい。 自民党政権が危機的状況にあるときには、人気取りのためにスター選手の抜擢(ばってき)人事もありうるが、今は安定政権で「安倍一強」である。下手に使われて失敗すると、二度と登板できないことになってしまう。 何といっても、まだ38歳の若さである。急ぐことはない。政策の勉強をして、どのような課題にも対応できる能力を養うことである。神奈川県横須賀市での自民党時局講演会で後継者の二男・進次郎氏を紹介する小泉純一郎元首相=2008年9月27日(鈴木健児撮影) また、野党とのパイプづくりも重要であり、その点では国会対策の仕事を経験しながら進めるとよい。これは、角栄氏がお手本になる。 さらには、官僚を使いこなすことができなければならない。そのためは各省の幹部官僚に「謙虚に教えを請う」という姿勢が肝要である。官僚の評価が低いと、要職はこなせない。 以上のような点で、成功しなかった例が真紀子氏なのである。演説上手以外は、父・角栄の持つ優れた政治家としての資質を継承しなかった。進次郎氏は、その轍(てつ)を踏んではならない。■ 「男を下げても天下取り」小泉進次郎よ、イメチェンは今しかない■ 小泉進次郎が「こども保険」にこだわるホントの理由はアレしかない■ 「節操のない裏切り者」政治家、細野豪志に同情する

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    だれが天皇の靖国参拝を阻止しているのか

    ? まさか、「天皇が8月15日に靖国に来ると、自分たちの気持ちがいい」ではあるまい。それこそ、天皇の政治利用だ。靖国神社を参拝された昭和天皇=1975年11月21日  靖国神社は本来、国のために命を捧げた人に静かに感謝する場所である。政治に利用する場所ではない。では、誰が靖国を政治に利用したかを思い出さねばならない。この話は、意外と忘れられているか、そもそも知らない人が多いと思われるので、少し詳細に述べる。 これが、第二の理由となる。話は、三木武夫内閣に遡(さかのぼ)る。 三木武夫はニューライト(今で言うリベラル)を標榜しており、自民党では保守傍流。それどころか、本当に保守政治家かどうかを疑われていたほどだった。その三木が権謀術数の限りを尽くして、前任首相の田中角栄を失脚させ、総理の座を奪い取った(徳島代理戦争~金脈政変~椎名裁定)。昭和49年12月のことである。しかし、総裁選で多数の支持を集めての勝利ではない。政権基盤は不安定だった。 当時の自民党五大派閥領袖は、田中角栄、福田赳夫、大平正芳、三木武夫、中曽根康弘の5人。このうち、明確な主流派は、当時自民党幹事長だった中曽根のみ。田中と大平は政権発足当初から、隙あらば倒閣を仕掛けかねない反主流派と目されていた。よって、どうしても福田の支持を必要としていた。 ここで三木が利用した政策が二つある。一つは金権政治批判である。前任の田中が不透明すぎる錬金術を世間に批判されて退陣に追い込まれただけに、三木はことさら「クリーン」を利用した。田中は総理総裁の椅子を奪い取るのに大掛かりな買収を仕掛けたが、これに敗れた福田は怨念を抱いている。そもそも、三木と福田は田中内閣の閣僚でありながら、その金権体質を批判して大臣の辞表を叩きつけた仲だ。 そしてもう一つが、靖国参拝である。 福田の周りには、タカ派政治家が集まっていた。特に、若手議員が超派閥的に、「青嵐会」を結成し、党内を席巻していた。中心議員は、中川一郎、渡辺美智雄、石原慎太郎ら。青嵐会は「福田派別動隊」「福田親衛隊」と化していた。三木「私的参拝」の意味 三木は、青嵐会の中心人物である彼らを懐柔する。あまりの接近ぶりに、ニューライトで三木の信奉者だった河野洋平などは、失望して自民党を脱党したほどだった(新自由クラブ)。三木はマスコミ受けを狙いニューライトを標榜していたが、特に堅固な思想があるわけではない。政権維持のためなら、青嵐会と手を組んだ。そして、彼らが要求する「8月15日の靖国参拝」をのんだ。 8月15日が特別な意味を持つのは、ここからである。三木はバルカン政治家と言われた策士である。青嵐会の若手如きの言いなりになる政治家ではない。三木は「私的参拝」であると、必要以上にマスコミの前でアピールした。公用車を使わず、タクシーの支払いもわざわざ胸の内ポケットから自分で財布を出すところまでカメラに撮らせた。 8月15日が特別な意味を持つようになったのは、考えなし保守が、権力亡者の自民党政治家に利用された、政治の産物に過ぎないのだ。 これに輪をかけたのが、中曽根だ。 昭和60年、中曽根は首相として初めて、8月15日に靖国神社を公式参拝する。ところが、翌年は諸外国の圧力に屈して取りやめてしまった。ここに、「参拝が、公式か私的か」「8月15日に行くかどうか」「そもそも参拝するかどうか」が、内政のみならず、国際問題と化す。 唯一、毎年参拝した首相が小泉純一郎で、退陣が決まっていた政権最後の年に、ようやく公約通りに8月15日に参拝した。そして安倍晋三首相は二度の政権において、第二次内閣の平成25年12月26日に参拝したのが唯一だ。 第二次安倍内閣は、靖国神社で最も大切な行事である、春秋の例大祭に参拝することで決着を付けようとしていた。ところが、力が足りず今に至る。 6年も政権を独占している首相が参拝できないのに、天皇陛下に、よりによって8月15日に参拝せよなど、何がしたいのか? その後の責任を、誰も取れないではないか?一般参賀に訪れた人たちに手を振られる天皇陛下と皇后さま=2019年5月4日、皇居・宮殿(川口良介撮影) 私は、日ごろは宮内庁の態度に批判的だと自負しているが、報道で言われているように、天皇陛下に8月15日に参拝してほしいとの依頼を断ったとしたら、当然だと考える。私でも断る。 さて、根本的な問題である。なぜ、天皇陛下は靖国神社に参拝できないのか。今この状況で「8月15日に参拝せよ」などと迫ることが、この本質から目を背けさせる。 これが愚論である、第三の理由だ。 もちろん、政治問題化し、総理大臣が参拝できないようなこじれた状況になったから、ということなのだが、より直接的に阻止している勢力の存在が、どれほど知られているだろうか。 はっきり言うが、内閣法制局が阻止しているのである。「A級戦犯合祀」が理由ではない 三木は、初閣議で全省庁を敵に回した。役所に何の根回しもせず、滔々(とうとう)と閣僚を相手に所信を演説した。完全に宣戦布告である。官房副長官だった海部俊樹の下には、慌てた官僚たちから苦情と悲鳴と問い合わせが殺到したとか。三木は、その2年の政権で、官僚機構を敵視し、実際に振り回し続けた。ただし、例外が二つある。 一つが検察庁。三木内閣を語る上で、ロッキード事件での田中角栄逮捕と、その際の検察との蜜月は欠かせない。こちらはよく知られている。もう一つが、内閣法制局である。三木内閣の史料を渉猟していると、政局の節目や重要政策の決定において、内閣法制局が登場する。三木の「私的」参拝は、法制局の見解なのである。 法制局は中曽根内閣の「公式」参拝にも、日本国憲法第二十条の政教分離を理由に多くの注文を付けた。結果、靖国神社に多くの失礼を働く結果となった。そして、小泉内閣は「私的」参拝で通した。法制局見解が「私的参拝ならば、政教分離の原則と抵触しない」との見解だからだ。 話を昭和50年の三木首相靖国神社参拝に戻す。これが社会党から国会で問題にされた。これに対する、当時の法制局長官、吉國一郎は、「天皇の行動があらゆる行動を通じて国政に影響を及ぼすことがあってはならない」と言い切った(昭和50年11月20日参議院内閣委員会)の答弁である。 いわゆる「天皇ロボット説」を政府見解にした答弁である。それは別の話として、本論との関係で言えば、この答弁以後は天皇の靖国神社参拝は一度として行われていない。三木武夫元首相(三木事務所にて)=1984年6月 東條英機ら、いわゆる「A級戦犯」を合祀したので昭和天皇が参拝を忌避したなどと、何の立証もされていない議論が繰り広げているのに比して、吉國の答弁が取り上げられることはほとんどない。 以上、今の状況で、「天皇陛下に8月15日に靖国神社に参拝していただきたい」などとお願いするのが、いかに愚論であるかを説明した。本来は正論であっても。 ただし、断っておく。「今の状況で」という条件があることを。 再び繰り返す。時宜にかなっていない正論は、単なる愚論よりも質が悪い。ならば、正論が通らない「状況」を動かす方策を考える。その前に原因を考える。 自分だけが気持ちよくなる、保守商売とは決別しよう。(文中敬称略) 追記:本論で述べた事実関係の詳細は、以下の小著を参照されたし。『政争家・三木武夫 田中角栄を殺した男』(講談社、2016年)『検証 検察庁の近現代史』(光文社、2018年)『東大法学部という洗脳 昭和20年8月15日の宮澤俊義』(ビジネス社、2019年)■元幹部告白手記「靖国神社150年目の危機」■「ミス」から始まった真珠湾攻撃 九七艦攻隊員が語った奇襲の真相■理不尽すぎる南雲忠一「愚将論」を徹底論破する

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    「N国」が日本の政治をぶっ壊す⁉

    立しつつある。ユーチューブを駆使した戦略に戦々恐々の既成政党。立花氏がぶっ壊すのはNHKより、日本の政治かもしれない。

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    「NHK経理から国会議員へ」私が見た立花孝志のしたたかな転身術

    現役職員だった頃だ。 当時、NHKは『冬のソナタ』や『プロジェクトX』のヒットに沸く一方、不正経理や政治家による番組制作への介入疑惑など、スキャンダルが続出していた。そのため、視聴者の間に「NHK受信料不払い運動」が起きた。 ピーク時には、不払い世帯は115万件を超えた。2004年末に当時の海老沢勝二会長が辞任し、NHKが不払いに対して裁判を起こすなど厳しい措置をすることで、不払いは減っていった。 私もNHKの金満体質や職員厚遇について毎週のように記事を書いており、週刊誌の編集者から立花氏を紹介された。 「NHKの現役職員です。これが証拠です」 氏は、チェーンがついたNHKの職員証を出して自己紹介をした。「経理畑が長く、不正経理をやらされてうつ病になった。休職して治ったので告発したい」という。関西人らしくぺらぺらよくしゃべるが、痛々しくも見えた。 事前に、編集者から「氏はうつ病で精神的に不安定だから気をつけて対応しよう」という注意も受けていた。実際、氏と話して気分を害した編集者もいる。 氏の自宅にも呼ばれた。当時、単身で東京の一間か二間のアパートに身を寄せていた。がらんとした部屋に当時の奥さんが心配そうに見守る中、二人でこんな会話をした。 ―妻子があるなら生活を考え、在職のまま匿名の告発をした方がいいと思いますよ。 「いや、内部告発してNHKを辞め、ジャーナリストになります」 ―でも、立花さんは直接報道の仕事に携わっていたのでなく、経理のご出身でしょう。そんな簡単にいきますか。 「現場経理として報道を支えてきました。私も番組を作ってきたジャーナリストです」 結局、氏は私とは関係なく、週刊文春で「NHK現役経理職員、立花孝志氏懺悔実名告白、私が手を染めた裏金作りを全てお話しします」という衝撃的な題で実名の内部告発を果たした。その後NHKから懲戒処分を受け依願退職した。 その後も氏と数回会って食事をしたりした。内部告発を終えてほっとしたのか、どんどん色気と魅力を増していったと感じた。  とりあえずパチプロとして生活すると言い、週刊誌にパチンコ指南の連載を持った。   やがてユーチューブにパチンコ必勝法の動画をアップロードし、「立花孝志ひとり放送局」と名乗るようになった。また、NHKが受信料不払い者に対して訴訟を起こしていることに目を向け、NHKだけ受信しない装置「イラネッチケー」や、NHKの勧誘や集金の追い返し法を説く動画もアップロードした。 そして、氏は人気ユーチューバーとなり、2018年のユーチューブでの広告料収入が1248万円になったという。比例代表で当選が決まり、笑顔でポーズをとる政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志代表=2019年7月25日、東京・赤坂 氏は、身内の内部告発者を黙殺する新聞・テレビ業界、不況にあえぐ出版業界には背を向け、インターネット動画配信という新しい分野で、言語感覚や話術の才能を開花させ、自分の伝えたいことを自由に伝える「ジャーナリスト」になったのだ。立花氏からの留守電 氏がぶっ壊したのはNHKでなく、既存メディアの閉塞(へいそく)性。いや、壊したという表現は適当でない。マスメディアの新しい一形態を作り出した「創造主」なのだ。 そして、氏は新たな挑戦をする。2013年、氏から私の携帯に留守電が入っていた。  「議員を目指します、よろしく」 氏は、「NHK受信料不払い党」(後の「NHKから国民を守る党」)という政治団体を設立する。そして、複数の自治体の市議会議員選挙に立候補しては落選、2015年に千葉県船橋市議会議員に初当選した。だが、2016年には市議を辞職して東京都知事選に立候補し、政見放送で「NHKをぶっ壊す」と連呼して注目を集めた。2017年にはまた複数の市議会議員選挙に立候補して東京都葛飾区議会議員に当選、2019年に辞職して大阪府堺市長選に立候補し落選した。 めまぐるしい選挙の連続である。しかし、それによって氏はよくも悪くも知名度を上げていった。そして、夏の参院選である。 選挙には、「3バンがいる」といわれる。「地盤」「看板」「カバン」である。地盤とは、選挙区において投票したり、選挙を手伝ってくれる人がいるという地縁である。看板は知名度。かばんは選挙資金である。 詳しく説明すると、地盤として、国会議員の選挙では、選挙のポスターを貼ったり、選挙運動をしてくれたり、自分の支援者に投票を頼んでくれたりする、地元の議員がいることが必要だ。これが既成政党の強みだ。逆もまたしかりで、地元議員の選挙のときは国会議員が応援をする。それでも看板として大物政治家や有名人がいればメディアが取り上げ、選挙運動をあまりしなくても当選することもありうる。 また、選挙というのはお金がかかる。まず、供託金。地方議員なら60万円、都道府県知事、国会議員なら300万円、比例枠では600万円かかる。その金は、当選か、かなりの善戦をしなければ没収される新人にとっては事実上の捨て金だ。会見する、NHKから国民を守る党の立花孝志代表(中央右)=2019年7月1日、東京都新宿区の都庁(宮崎瑞穂撮影) 立花氏は、この3バンを一人で短期間に集めた。2016年の東京都知事選で、秋葉原で街頭演説をする立花氏を見た。そのときは、スタッフは一人か二人で、誰も立ち止まる人はなかった。けれども、今春の統一地方選ではN国の党員を募って、大都市圏を中心に47の自治体で候補を擁立、26人を当選させた。そして、彼らを先の参院選の選挙運動のスタッフとした。選挙は主張のためのツール 横浜駅でN国の参院選の街頭演説を見たが、20人近いスタッフがそろいのジャンパーを着てビラを配っており、存在感を増していた。参院選の選挙資金は、ユーチューブを通じて一口300万円、年利15%の借金で集めたという。 誰にも知られている、というほどの知名度はなかったが、選挙戦術で補った。それは、参院選において、なるべく多くの選挙区に「かかし」と言われる候補を立てることだ。選挙区の候補は公設掲示板にポスターを貼ることができる。このポスターで「NHKをぶっ壊す。NHKスクランブル放送の実現。NHK受信料を払わない人を応援します」とシンプルな主張を訴えた。ワンイシューの主張は分かりやすい。 さらに、政見放送を最大限に使った。氏は政見放送の冒頭で「NHK職員による不倫路上カーセックス」というスキャンダルを話した。後半は、ポスターに書いたと同じ主張である。全国の「かかし」候補たちも同じ主張を行った。中には「既得権にあぐらをかくな、バカヤロー」とだけ連呼する候補者もいた、賛否両論だが、存在も知られない新党も多い中、注目をひいて党名が知られたことは間違いない。 「参院選か知事選に出れば、政見放送で6分間、自分の主張ができる、ラジオや再放送を含めると30分になる。新聞の選挙公報も配ってもらえる。コマーシャル代に換算したら一億なんかじゃきかない。NHKプライムタイムの広域放送で30分主張できると思えば、供託金の300万円はお得だ」(立花氏) 荒唐無稽な言い分に見える。だが、実際、政党が全国紙に広告を出せば、3段抜きの広告だけで300万円近くかかる。購読者は数百万人、NHKの政見放送は視聴率2~5%、視聴者200万~500万人。確かに政見放送は効率がいいのである。マスコミ出身者ならではの、合理的な発想である。  露出が増えれば、たとえ落選してもユーチューブの視聴者が増える。氏は「選挙は主張のためのツールだ」とさえ言う。  こうして立花氏は当選。N国も選挙区での得票が2%を超え、法的に認められる「政党」となった。「どうせ政治は変わらない」「議員は二世か官僚ばかり」という、国会議員への高い参入障壁をも「ぶっ壊した」のだ。比例代表で当選が決まり、笑顔で記者会見する政治団体「NHKから国民を守る党」の立花孝志代表=2019年7月22日、東京・赤坂 今後、氏が本当に「NHKをぶっ壊す」のか、それとも、これまでしてきたように、既存の閉塞状況をぶっ壊し、新しい価値を創造していくのか、注目していきたい。■政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白■自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由■船田元手記「憲法改正の議論は波静かな時にしか進まない」

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    「N国」に乗っかる維新がみっともない

    国会議員の受信料不払いを黙認するなら、大阪市も払わない―。維新代表、松井一郎大阪市長の発言が物議を醸した。「NHKから国民を守る党(N国)」への批判とジョークかもしれないが、不払いという違法行為を党代表が「公言」した格好だ。とはいえ、そもそも共通点が多いN国と維新。両党の連携はなきにしもあらず?

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    松井一郎さん、いっそ維新も「N国」と組んだらいかが?

    係者が過去にNHKの受信料を支払っているという前提が必要だ。私はここに非常に興味を持っている。過去に政治資金規正法違反が指摘された地方議員を幾名も所属させていただけに、NHK受信料を支払っていない議員も存在すると私はにらんでいる。 維新にはぜひ、所属議員や議員事務所、議員秘書など関係者、関係各所の過去のNHK受信料の領収書を公開していただきたい。それこそ彼らの大好きな炎上が見られるのではないかと思っている。 松井代表は丸山議員が参加するN国党に何か文句をつけたかったのかもしれないが、これではN国党に同調し、後方支援をしているかのようなマヌケな惨状に陥っている。彼がよく行う、浅はかなパフォーマンスはいつも失言につながる。 以前も江田憲司議員に対し、ツイッターで「痴呆症の症状が見受けられます(原文ママ)」ととんでもないコメントをして、慌てて撤回謝罪したことがあった。やらかしては火消し作業にいそしむというコントの繰り返しで、今回も例にもれず「『大阪市も払わない』というのは松井一郎代表の『例えの話』だと思う」と日本維新の会の馬場伸幸幹事長があっけらかんと言ってのけた。党代表の言葉はそれほどまでに軽いのかと何とも言えない不思議な気持ちになる。 さて、違法行為を仄(ほの)めかす発言を堂々とできるほどにNHK受信料を支払いたくない松井代表は地上波のスクランブル化の議論も進めるべきだと強調している。NHKから国民を守る党への入党を表明し、立花孝志代表(左)と握手する丸山穂高衆院議員=2019年7月29日、衆院第二議員会館(古厩正樹撮影) 丸山議員が所属しているから嫌かもしれないが、N国党との連携を模索してみたら面白いかもしれない。ついでに同じく受信料を支払いたくない玉木雄一郎代表の国民民主党も誘って。そうすれば、国政政党日本維新の会が何か変わるかもしれない。松井さん、今までみたいに何もしなければ、いつまでも自民党の補完勢力のままですよ。維新にはどっちを選んでもイバラの道ですが…。いかがですか?■iRONNAが初イベント、講師は上西小百合氏■選挙だけは強い「維新の会」に未来なんて感じない■【上西小百合独占手記】橋下さん、私からはこれが最後の言葉です

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    沖縄と秋田「落選の法則」が教えてくれた自民党に忍び寄る危機

    存し、自ら国防政策についての議論を深めることもなく、国民の国防教育も怠ってきたことにある。そうして、政治家は国防に関する説明能力を失い、国民は安全保障に関する理解能力が奪われたのだ。 今からでも遅くない、自民党はこの課題を克服するためにあらゆる手を打つべきだ。選挙が始まってから国防政策を説明したのでは意味がない。会談後、秋田県の佐竹敬久知事(右)に歩み寄り、改めて頭を下げる岩屋防衛相=2019年6月17日、秋田県庁 本来なら、大学に地政学や軍事学のコースを設置し専門家を育成し、国民の素養を向上させるべきだが、急にはそこまでは届かない。 まずは、自民党所属の政治家全ての安全保障知識の素養を上げるとともに、選挙運動の最前線に立つ党員に選挙運動で自民党政府の国防政策を一般の有権者に説明できるように育成すべきではないだろうか。国民の国防に対する理解力と政治家の説明能力の向上こそが、日本の国防力の基礎につながっていくはずである。■ 政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白■ 選挙だけは強い「維新の会」に未来なんて感じない■ 「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷

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    選挙だけは強い「維新の会」に未来なんて感じない

    上西小百合(前衆院議員) 参議院選挙の結果を見て、今回は真新しい風景がたくさんあるなとしみじみ思っている。与党や維新はいつも通りなのだが、新しく出てきたばかりの野党が、彼らなりのやり方である種の奮闘を見せたことは意外だった。 私は大阪で生まれ育ち、選挙も大阪選挙区から出馬して、衆議院議員を二期務めたので保守が強いのが当たり前の空気に囲まれていたのだが、都心部周辺(東京など)をまわるとそれは一転する。リベラルがかなりの人気を誇っているのだ。 「れいわ新選組」山本太郎代表が各地で街頭演説をすると、とんでもない数の群衆が押し寄せる。そこには、維新の代表として、大阪でムーブメントを起こした時の橋下徹氏同様の熱狂的なものがあった。 リベラルと保守の違いはあれども、新しい政党が、どうにかして変えてくれるのではないかという淡い期待を抱いた日本国民が熱狂したのだ。れいわ新選組の山本太郎代表と当時の維新橋下徹氏の手腕は、カリスマ的だ。 私が衆議院議員の任期を終えてから、よく「なぜ、維新はこんなに選挙に強いのでしょうか」という取材を受ける。確かに、そう聞きたくなるのも分からないわけではない。唯一無二の維新の象徴であった橋下氏は維新を去り、写真も一切使用禁止というお触れが出ているのだから、危機的状況に陥ってもおかしくはなかった。 それに加えて、国政での維新の評価は、与党でも野党でもない「ゆ党」だの「虎(自民党)の威を借る狐(きつね)」だの「自民党の補完勢力」などと散々な言われようだ。中には再選を不安視した議員が存在感を出そうと国会質問の場で「あほ」「ばか」などと品位のない言葉を発し、懲罰委員会が開かれようが、特に気にも留めないで平然といるような状況だ。 私でさえも国会にいるときには「こんなことでは支持者が離れ、次の選挙で維新は議席を半減させてしまうのではないか」と心配したものだが、維新はとにかく選挙になると驚くべき底力で踏ん張るのだ。当選確実の報を受け、ガンバローコールする日本維新の会・東徹候補(左)と梅村みずほ候補(右)=2019年7月21日、大阪市北区(渡辺恭晃撮影) この部分には一目置くべきところがあって、彼らの「何としても当選するぞ」という議員であることへの執着心からくる戦略がいつも功(こう)を成すのである。大阪のプライドをくすぐる 2012年に日本維新の会が結党したときは全国的に議員を生みだし、政界の重鎮と言われるようなベテラン議員のアドバイスもあり、それなりに国政政党としての形はあったのだが、その後はほぼ大阪選出の議員ばかりになってしまい、もはや地域政党ばりのコンパクトな姿となった。 そこで維新は大阪での議席をまずは守ることに特化すべく、もう9年も前に行った2011年の大阪府議会の議員定数・議員報酬カットを所属議員がアピールし続け、「身を切る改革で大阪から日本を変える」というワンイシューで大阪人の大阪プライドをうまくくすぐり続けたのだ。 参院選挙のコマーシャルもその一点を声高々にアピールしているのが印象的だっただろう。私も議員時代の街頭演説で日々実感していたことだが、外交や経済など、幅広い話をするよりワンイシューで攻めると非常に受けがいい。なんといっても、とにかく簡単で分かりやすいのだから。「NHKから国民を守る党」が議席を獲得したことがいい例だ。 加えて、維新は話題性をつくり出すという点でも非常に戦略的だ。今年の統一地方選挙の前には、大阪都構想の住民投票をめぐってダブル選挙を行った。本来ならば、住民投票は一回限りだったはずなのだが、「反対するならば選挙や。首長を選ぶ選挙なら、まだ維新の方が強いんや」という、冷静に考えれば非常に強引とさえ思えるやり方で、維新の歯車を好転させることに成功した。首長の当選にけん引され、府議選、市議選共に「維新」の看板を掲げる候補者が圧勝。そして大阪の参院選挙でもその影響が持続し、圧勝した。 政党助成金をもらっているとはいえ、自民党ほど資金が潤沢ではない中でワンイシューを掲げるインパクトのあるコマーシャルも放送し、大阪以外でもそれなりに知名度のある候補者の擁立に成功した。そのようにして相乗効果を生みだし、議席を獲得していくやり方も狡猾(こうかつ)だった。 今後、維新の抱える課題としては国会で「自民党の補完勢力」と揶揄(やゆ)される状況から直ちに脱却することだ。自民党に仕えても、自民党は維新を眼中に入れてはいないし、維新にはもう衆議院は3期目、参議院は2期目を迎える所属議員がいる。自立したっていいのだ。記者会見に臨む日本維新の会の松井一郎代表=2019年7月21日、大阪市北区(須谷友郁撮影) 決して新党ではないし、なんなら今は爆発的なエネルギーを持つ新しい改革政党がめじろ押しだ。国会での「本当」の存在感を出していかなければ、いつの日かは大阪府民からも愛想をつかされてしまう日がやってくる。2011年の大阪維新の会の行動力をいまだ脳裏に焼き付け、あの奇跡が国政でも行われることを期待している支持者の声にそろそろ応えてほしい。【お知らせ】上西小百合氏を講師に迎えた「iRONNA」初のリアルイベントを開催! 大阪都構想、憲法改正のカギを握る一方で議員の不祥事が問題視されている維新の会の話を中心に講演します。■テーマ「(仮)維新の会を斬る!」■日時、会場 8月30日(金)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057関連記事■【上西小百合独占手記】橋下さん、私からはこれが最後の言葉です■橋下徹が私たち大阪人に残したのは「負の遺産」だけだった■自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由

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    政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白

    参院選が終わった。静かな参院選だった。投票率は50%割れで戦後2番目の低さだった。 私はこの選挙に、政治素人ばかりで集まった政治団体から立候補した。私は、お役所の無駄遣いを取材するジャーナリストであり、汚職を減らす非政府組織(NGO)「トランスペアレンシー・インターナショナル」の日本代表を務めている。 今年5月に元レバノン大使で作家の天木直人氏から電話があった。 「ぜんぶ費用をもつから、参院選に出てくれないか? 比例代表で。新党を作ったので、候補を10人そろえなければならない。男性ばかりなので女性がほしい」  聞くと、元衆院議員の小林興起氏、千葉県議会議員の西尾憲一氏、市民運動家の黒川敦彦氏らと共に参院選出馬のために「オリーブの木」という政治団体を作り、資金を貯めてきたそうだ。  参院の選挙区で議席を得られるのは、自民や立憲、公明、共産といった、既存の大政党にほぼ限られる。天木氏は、作家として全国的な知名度がそこそこにある。そこで全国にわたる比例代表で立候補を目指していた。だが、参院比例は、個人では立候補できない。国会議員が5人以上いるか、直近の選挙で2%以上の票を得た政党、あるいは10人以上の候補を擁立する政治団体でなければならない。 そのため、既存の政党に入らずに立候補するには、10人を集めなければならないのだ。 ちょっと調べてみると、参院比例で当選するには、党名および個人名の票が計100万票必要だ。とてもそんな数はとれない。いったんは断った。 が、国会で「老後資金2000万円が不足する」との年金報告、消費増税、ホルムズ海峡での日本船への攻撃に端を発する米国によるイラン攻撃の呼びかけなど、私や天木氏の専門とする事件が次々に起こり、このタイミングなら当選があるやもしれないと思い、立候補することにした。 メディアは公示日(選挙運動の開始を告げる日)に「安倍政権の6年半を問う、年金・増税・憲法焦点に」などと報じた。だが、実際報じられるのは、自民、立憲、公明、国民、維新といった主要政党の党首や候補者の動向ばかり。 新党の動向は報じられず、私たちの政治団体はなかなか存在すら知ってもらえなかった。福島駅前で選挙活動する「オリーブの木」の黒川敦彦氏代表(右)ら 党は選挙区で一人300万円、比例区で600万円という高額の供託金を出すのが精いっぱいで、広告費は出せない。供託金は、選挙に立候補するために国に払い込む、いわば受験料のようなものだ。 遊び半分の立候補を防ぐためというが、事実上、一般の人が気軽に立候補できない壁となっている。既存の政党は、議員一人につき年に約1億円の政党助成金を税金から得ており、これを選挙費用や宣伝費に充てているようだ。話題になった政見放送 新党が無料で有権者にアピールできる手段は、テレビとラジオの政権放送と、新聞様式の選挙公報だけである。 選挙公報は、比例区5人分で、新聞の3段ほどのスペースが割り当てられる。党の政策である「対米自立、ベーシックインカムの研究、官民格差是正」などの言葉と候補者の名前と写真を並べるだけでいっぱいだ。 それに引き換え、政見放送は一党17分、比例候補が5人で一人4分。じっくり自分の主張をできる。念入りに準備をした。 「私は、皆さまの年金を守る、年金ビーナスになります」   私は、あえてスーツではなく、党のイメージカラーの緑のドレスをまとい、絵に描いた餅のような政策ではなく私の特異な体験と実績を語ることにした。 「私は消費税の増税には反対です。お役所には無駄遣いがたくさんあります。私が働いていたお役所の実態はこうでした。毎朝全員遅刻、昼休みは3時間、一日の実働10分、天下りの理事長は毎月税金で海外旅行」  この話は、支援者に対するミニ集会でとても驚かれ受ける話だ。 ところで、収録直前、ちょっとした事件があった。 天木氏ら4人いた共同代表のうち3人が辞任して一番若い41歳の黒川氏が代表になった。それに伴い、小林氏は立候補を取り止めた。 このことで予定が狂った。小林氏が話すはずだった時間が余ってしまい、収録の順番が最後だった私が間を埋める必要に迫られた。 そこで、とっさに、歌を歌うことにした。もともと、選挙の準備期間、自分の公約を「笹の葉さらさら」で知られる、七夕さまの曲の替え歌にして歌っていた。すると、家族から、「硬く難しい言葉を使うより、歌のほうが聞いてもらえるのでは」と言われて、街頭演説で歌ってみようと思っていた。 それを放送で披露することにしたのだ。視聴者の耳目を引いて話題になる、と思ったからでもある。 果たして、視聴者は度肝を抜かれ、話題になった。すぐに録画がインターネット上に上げられ、再生回数は半日で8000回、選挙期間を通じ、10万回を超えた。ネット上で、新党オリーブの木は一躍有名になった。 中には、「ふざけてる」という批判の意見もあったが、存在すら知られないよりはましだ。 ただし、元NHK職員で、今回初当選したNHKから国民を守る党の立花孝志氏によれば、政見放送の視聴率は2~5%という。視聴率が3%なら300万人、うち1割が私たちの党に入れてくれたとしても、30万票である。当選には及ばない。私たちに取材は来なかった 選挙期間中、私たちに取材は来なかった。選挙区の候補なら、一回は平等に紹介してもらえる。だが、比例候補については、大きな政党の候補も含め、あまり取材がない。特に、新党についてはゼロだ。 選挙の争点であるはずの、年金や憲法改正、消費増税について、選挙の公示前に大政党だけを集めた党首討論が行われ、報じられた。 年金については、与党は「老後資金が2000万円分不足する」とした報告書を受け取らないとしたことについて、そのままにして弁解も改善策も示さない。 野党は「年金増やせ、消費税を上げるな」というが、財源については言わないので実効性が乏しい。また、憲法改正について国民に与える影響の議論はあまりなく、する、しないを政局絡みで主張し合っているだけだ。 メディアもその矛盾を突いたり、議論を深める努力を怠っている。 各党の選挙戦が、国民を置き去りにして、旧来の主張をぶつけ合うだけの場になっている。参院選に挑む新党や政治団体の中には、その矛盾を突いたり、解決策を示したり、あるいは既存の政治家が取り上げない国民の関心事を取り上げている党があるが、そういう主張が報じられることはない。 だから、選挙戦が国民の関心を引かない。それが低い投票率に表れているのだと思う。 私たちは、インターネットでは一生懸命訴えた。けれども、まだまだネットを使わないお年寄りが多い中、テレビや新聞の威力にはかなわない。 人口の多い首都圏のターミナル駅、そして地方大都市と人の多いところに行って街頭演説はした。ただし、通りがかりの人に公約を聞いてもらうのはなかなか難しい。若い黒川代表が音楽や踊り、対話を入れた新しい選挙活動を試み、人々の注目を集めることには成功したが、大量の得票に結びつくかは疑問だった。 投票日、結果は、比例区で、私の個人得票が1万票、党全体での得票が17万票だった。議席獲得には遠く及ばなかった。けれども、選挙区での得票が9万票で、計26万票を得たことになり、結党から2カ月の短期間にしては健闘した。 けれども、供託金は没収されてしまった。比例では、たとえ惜敗であったとしても、当選者がいない限り、供託金は全没収なのである。演説する筆者の若林亜紀氏=東京・有楽町 一般国民は、国会で主張したいことがあり、一定の支持を得ていても、議員にはなるな、挑戦してもいいけど文無しにしてけり出してやる、と既存政党からあざ笑われているような、参入障壁に見える。  選挙を一般国民が参入しやすいものにすること、そして国民のための論戦の場にすることが望まれる。でなければ、いつの間にか国会が形骸化して、既存の政治家たちの独裁の場、なれ合いの場になって、国が衰退の一途をたどるからだ。■自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由■「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷■“選挙に強い泡沫候補”はすべて計算ずくのことである

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    参院選で浮き彫りになった「保守VS革新」イデオロギー軸の変化

    には20カ国・地域首脳会合(G20)の議長を務め、7月には韓国への輸出規制強化を打ち出すなど、外交や政治指導力を有権者に印象付ける機会が多かった。特に、韓国への輸出規制強化については有権者の6割以上が賛成しており、韓国に対する政府の対応を支持している。 ここで、安倍政権の業績評価をみると、財政政策や景気対策については評価するよりも評価しない者の方が多いが、外交や政治指導力になると評価する者の方が多い。これに関連する形で、全体としての安倍政権の仕事ぶりについても評価する者が多くなっている。 そのためか、党首に対する好感度を見ると、各党の党首の中で安倍自民党総裁が最も高く、日本維新の会の松井一郎代表が続いている。また、政党に対する好感度を見ても、自民党が頭一つ抜け出し、これに日本維新の会、立憲民主党が続いている。党首だけでなく自民党の印象も全ての党の中で最も良い点が特徴である。演説する自民党総裁の安倍晋三首相=2019年7月20日、東京都千代田区の秋葉原駅前(古厩正樹撮影) このことは、支持者の歩留まりを見ても明らかである。元々、自民党支持者は全体の33%と最も多い上に、その内の87%が参院選比例代表で自民党に投票しており、支持層を手堅くまとめて公明党に次いで高い歩留まりを示している。また、無党派層を見ても31%が自民党投票で立憲民主党投票の22%を上回っている。支持者の数で勝る自民党が無党派層の獲得でも野党第一党より多く、結果として前回より議席を増やすことになった。 なお、自民、公明、維新の改憲に前向きな三党で、非改選と合わせて参議院の発議に必要な85議席を獲得するかどうかが注目されたが、3分の2には4議席足りない81議席となった。このため、安倍首相は改憲議論自体には反対ではない野党の一部を取り込んで早期の憲法論議を目指す意向であるが、成案を得て発議に至るかどうかが注目される。 また、憲法改正について有権者の意識を聞くと、「改正すべき」が「改正すべきでない」を上回っており、さらに9条を改正して自衛隊を明記すべきかを尋ねても、「明記すべき」が「現行のまま」より多くなっている。(※注)投票行動研究会(研究代表者・小林良彰)調査:7月12日~16日、全国有権者対象、有効回収3000保守vs進歩は変わった 一方、今後の安倍政権がこのまま順調に推移するかどうかは経済面の業績次第である。前述の通り、財政政策や景気対策についての評価は厳しい。 例えば、アベノミクスを評価するかどうかを尋ねると、「評価しない」が「評価する」をわずかに上回っている。その背景には、景気について「悪い」が過半数を占め、「良い」は2割弱しかない。また、生活将来感について見ても「不安がある」が3分の2に達し、「不安がない」は1割余である。このため、景気が良くない東北地方で、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」問題が争点となった秋田だけでなく、岩手、宮城、山形でも自民党候補が負けている。 つまり、2012年の政権奪還当初にアベノミクスを打ち上げ、経済などの生活争点で内閣支持率を維持した頃とは異なり、現在は対韓国問題や外交などの社会争点で支持率を維持している。このため、外交や政治指導力という安倍総理の長所を維持できるかどうかは参院選後に控えるトランプ米大統領との日米貿易交渉の結果や日韓関係の推移にかかっている。 なお、今回、議席を伸ばしているのが立憲民主党と日本維新の会である。この内、立憲民主党については野党第一党として自民批判の受け皿になっていることや、国民民主党の不人気さ故、旧民進党支持者が国民民主党支持から立憲民主党にくら替えしたことも原因となっている。 一方、日本維新の会は大阪の2議席獲得に加えて、関東東京の神奈川でも議席を得た。この背景については、世代によるイデオロギー軸の変化が原因ではないかと考えられる。かつて「保守vs革新」と言えば、「日米安全保障条約是か非か」や「在日米軍基地から米軍がベトナム戦争に出撃することの問題」などを通した軸として考えられ、極論すれば「タカ派vsハト派」と解釈する者もいた。しかし、都市部を席巻した革新自治体が衰退して以降、最近では「革新」という言葉自体を聞く機会が少なくなった。参院選の投票が行われる=2019年7月21日、大阪市福島区の吉野投票所(前川純一郎撮影) ここで有権者の政治意識を見ると、前述の通り、憲法改正や9条改正による自衛隊明記賛成が多いが、その一方で夫婦別姓については賛成が6割で反対を上回っており、原発再稼働についても反対が6割で賛成を上回っている。 つまり、かつてのタカ派vsハト派という対立軸でみれば「改憲=夫婦別姓反対=原発再稼働賛成」vs「護憲=夫婦別姓賛成=再稼働反対」となるが、今の多数派は「改憲+夫婦別姓賛成+再稼働反対」となる。つまり、少なからぬ有権者は「保守vs革新」を「タカ派vsハト派」ではなく、現状維持か改革志向かという「保守vs進歩」軸で認識しているのではないか。 そうした有権者にとって、日本維新の会は保守ではなく進歩になり、50代以上の有権者の認識とは異なっている。日本維新の会のベクトルについては賛否両論あるが、現状を変える提案をしているという印象を持つ有権者が増えている。このため、現在の政治に閉塞(へいそく)感をもつ一部の者が日本維新の会に投票したことになり、それとは反対のベクトルのれいわ新選組が2議席を得た理由でもある。 こうしたイデオロギー軸の変化に他の野党が追い付いているのかが問題となる。冒頭の年金不足問題で指摘したように、政府与党を批判するだけで実現可能な代替案を示すことができなければ、若い有権者からは与党と同じ「現状維持=保守」に見られることになる。常に各党のベクトルに則した新しい制度改革案を提示していくことが、いずれの政党にも求められている。■「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷■老後2000万円問題「参院選の争点化」に財部誠一がモノ申す■日本国憲法の語数は世界一少ない?70年間改正を阻む「分量」の盲点

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    自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由

    三浦瑠麗(国際政治学者) 今回の参議院選挙は、夢のない、しかもダークな選挙でした。2013年に会員制交流サイト(SNS)での選挙戦が導入されてから、選挙期間中は党派ごとに全く分断された世界を生きていることが可視化されるようになりました。 自民党が保守の王道を行く勝ち組的な選挙戦を展開しなかったことも特徴的でしたし、最大野党である立憲民主党も政権を全否定しました。政策をめぐる論争よりも、互いに対する全否定の方が際立ってしまったのは残念なことです。 人々は自分が選んだ情報にのみ接し続けると、どんどん偏見(バイアス)が強まると言われています。インターネットの世界では、誰がどんな思想を持っているかがすぐ分かってしまうため、リアルな社会では経験しないような摩擦が多く生じがちです。 それでも、無党派層が多い日本では、中間にいる人たちがたくさん存在しており、彼らはそのような選挙戦の雰囲気から取り残されています。結果、初めからバイアスのある人は一層バイアスがかかり、そうでない若年層の多くや無党派層はそのような党派性に接するとむしろ意識的に価値中立的になる傾向が感じられます。 日本の高齢者はSNSやブログなどのインターネットに数多く接すると両極的な意見を持つようになりますが、若者だとむしろ中庸の政策志向に近づくという調査結果もあるのです。 自民党が王道の選挙よりも「煽り」に振ったのはおそらく戦略でしょう。野党バッシングの方が票になると判断したということです。大衆化が進展し、いよいよ自民党の中でエリート主義が終わったのだともいえます。 また、今回は政治団体、れいわ新選組が経済政策で、さらに左から立憲民主党を圧迫しました。これら他政党の戦略の結果、立憲民主党は左傾化していくと思われます。2019年7月20日、東京・新宿での街頭演説で支持を訴える「れいわ新選組」代表の山本太郎参院議員 先進国の中で、日本が稀に見る政治的安定を確保している理由は四つあります。消えた左右の「専売特許」 第一に、自民党が経済政策でどっかりと中道に位置していること。第二に、所得階層ではなく、憲法と日米安保条約をめぐる分断が投票行動を左右していること。第三に、小選挙区制度が導入されたこと、第四に、日本人がここしばらくの政治を経験してもはや「破壊」や「変化」を望んでいないように思われることです。 先進国には、グローバリゼーションの結果としての中産階級の地盤沈下と、富裕層との格差拡大に対する強い反発が生じています。政府の政策選択肢にはもはや大きな幅が残されていません。 また、冷戦が終結したことにより、冷戦下で出来上がった既存政党を軸とした政治的分断の効力が薄れつつあるということも指摘できます。かつてであれば、「社会主義対資本主義」「共産主義対民主主義」といった対立軸が有効でした。 ですが、移民や難民の受け入れ数が論点となり、グローバル化への対応が問題となる昨今においては、格差やQOL(生活の質)、環境保護などをめぐる論点はもはや「左派」の専売特許ではなく、独自の伝統や文化の保護などをめぐる論点も、もはや「右派」の専売特許ではなくなったからです。 既存の政党を分けてきた亀裂が、もはや有用ではなくなると、新勢力が台頭しやすくなります。欧州では多くの既存政党が力を喪っている現状が指摘されています。 しかし、日本では事情が異なります。安保や憲法といった冷戦期から持ち越した対立がいまだにビビッドに存在しているがゆえに、経済階層をめぐる分断が先鋭化せず、既存政党の有効性が持続しているからです。 人の移動を中心に十分なグローバル化がまだ進展していないという事情もありますし、戦後すぐに連合国軍総司令部(GHQ)が行った改革によって相当程度分配と経済の民主化が進んだことや、自民党がバラマキを行ってきたという歴史的経緯も影響しています。 そのうえ、民主党政権が「失敗」と総括されてしまったことにより、国民の多くは「既存秩序の破壊」に希望を見いださなくなりました。また、小選挙区制度の下で、いったん野党を経験した自民党の求心力が高まったために、かつてのように自民党が分裂することによる政権交代も難しい状況です。2019年7月16日、広島市内で街頭演説する立憲民主党の枝野代表 それでも、多くの先進国と同じように、日本には閉塞(へいそく)感が蓄積していっている。この安定が永遠に続くわけではなく、閉塞感打破がどのような形でいつ起きるかは、なかなかコントロールしづらいということです。もはや保守の余裕はない そうした中で、憲政史上最長の政権をうかがう安倍晋三政権はどのように評価されることになるでしょうか。安倍政権の特長は多くの場合、日本の置かれた構造や歴史的経緯の産物です。 安倍政権は、明らかにベースとしては既成の秩序を維持する側に立っています。社会保障や安全保障、経済政策の内実やスピードは漸進的変化にとどめ、保守的政策に徹しています。 ドラスティックな改憲を目指さず、徐々に自国防衛を強化しているのも、社会保障支出の自然増への対応以外には大きく財政政策を変化させていないのも、保守であるがゆえの特徴なのです。そうした姿勢への賛否は存在するでしょうが、グローバル化する世界への対応策として、保守にこれ以上を望むことはなかなか難しいでしょう。 その一方で、現在の自民党は大衆化の進む日本社会の現状を反映して、保守の余裕を感じさせない「左派バッシング」をメッセージの中心に据えた選挙戦を戦っています。これは典型的な「アイデンティティー・ポリティクス」です。 資源配分を変化させるような実利をめぐる論点でもなく、何か具体的な政策をめぐる論争でもない。功利主義とは異なる次元で存在している「アイデンティティー・ポリティクス」は、日本限定の事象ではもちろんありません。 既得権の打破のように、動く政治が実現しない場合、人々はアイデンティティーの領域でガス抜きを図ります。新聞などのメディアや識者はとかく、現代は理解しがたい時代だとしがちですが、人間の属性が何かいきなり変化して、そのような政治が登場したわけではありません。2019年7月14日、神戸市での街頭演説で有権者らに支持を訴える自民党総裁の安倍首相 とどのつまり、アイデンティティーの浮上は閉塞感の蓄積によるものでしかありません。アイデンティティー・ポリティクスの台頭による弊害はもちろん存在しますが、それへの本質的な解決策は、アイデンティティーとは無縁の功利主義にこそ存在します。 合理主義的改革を掲げる勢力が登場しない限りは、日本は停滞の絶望感の中でより極端な勢力が台頭する可能性があります。参院選後は、安倍政権後の日本を見据えながら合理主義的改革勢力を与野党ともに育てていく必要があるでしょう。■ なぜ安倍首相は憲政史上まれにみる長期政権を実現できたのか■ 小選挙区制度が変えた平成ニッポンの民主主義■ 「スイッチが入った政治家」安倍晋三のリベンジ

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    船田元手記「憲法改正の議論は波静かな時にしか進まない」

    法解釈をめぐって審査会で混乱を招き、再び会議が暗礁に乗り上げた。 こうした経験から、憲法改正の議論は政治的に波静かな時にしか進まないこと、少なくとも野党第1党との話し合いがきちんと行われる環境にないと、実質の議論ができないことを学んだ。 マスコミの多くは衆参両院の改憲勢力が3分の2を超えるか超えないかを、しきりに気にしているが、3分の2を超えなければ改憲ができないのかというと、決してそうではない。筆者の船田元衆院議員=2018年8月27日、衆院第2議員会館(酒巻俊介撮影) むしろ3分の2を超えてしまったがために、野党が警戒心を強くして後ろ向きになったとも言える。決して手加減しろという意味ではないが、結果として一院でも3分の2を超えない方が、野党の必要以上の警戒心を招かず、また与野党間で話し合う環境が整うという点で、かえって議論が前に進む可能性もある。安倍首相の前のめり発言 また識者や政治家の多くは、国民投票と国政選挙を同時に行うべきとの意見を持っている。選挙費用が節約できる効果は論外としても、改憲に対する関心を高める効果を期待する向きは多い。しかしこれにも私は賛成できない。 規制のあり方が根本的に異なる国民投票運動と選挙運動を同時に行うことは、現場を大混乱に陥れるからである。さらに根本的な問題は、政権選択を求める国政選挙と、基本的政策を問う国民投票を同時に行うことは、改憲に対する国民の意思表示をゆがめることになりかねないからである。 なお昨年来、私は憲法改正国民投票法に関する超党派の議員連盟に参加しているが、その中心議題はテレビCM規制をどうするかという点である。私は、この議題を投票環境の改善を目的とした国民投票法の改正や、憲法改正議論にスムーズに入っていくための呼び水にしようとしたが、どうもこれが改憲議論の前提、あるいは枕となって立ちはだかってしまったのではないかと反省している。 安倍総理の「憲法改正を早期に実現したい」との気持ちはよく分かるが、前のめりの発言をするたびに憲法議論が止まってしまうことを、これまで何度も経験して来た。自民党総裁としての発言なら問題はないのだが、総理大臣との人格的な切り離しができないという現実を、直視しなければならない。 今後の憲法改正議論は、このたびの参院選の結果がどうあろうと、審査会の場で与野党間が冷静に議論することが重要である。理想を言えば野党の一部、とりわけ野党第一党が積極的に参画し、最後に同意できないとしても、ともに議論したという過程が、極めて重要である。第21回公開憲法フォーラムの会場で上映された安倍晋三首相からのビデオメッセージ=2019年5月4日、東京都千代田区(桐原正道撮影) そのことが必ず、発議した後の国民投票運動に影響を与え、さらには国民投票の結果そのものにも影響を与えると思うからである。「急がば回れ」の精神を今こそ生かすべきではないか。これまで20年以上憲法改正議論に関与してきた私としても、静かな環境のもとで改正の中身の議論が盛んに行われるよう、最大限の努力をしていきたい。■「護憲」「改憲」の二元論を超えて■日本国憲法が70年間一度も改正できなかったホントの理由■「自衛隊は違憲の軍隊である」 この現実をあなたはどう思いますか?

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    政治に日本の閉塞感を破る力はあるのか

    参院選は開票の結果、改憲勢力が議席の3分の2を割り込んだ。争点が曖昧で、投票率も低調に終わり、盛り上がりに欠けた選挙戦だったが、政党要件を持たない「れいわ新選組」が、山本太郎代表の常識を超えた戦略で注目を集めたのは特筆すべきだろう。こうした動きが、日本に漂う閉塞感を打ち破る起爆剤になるか。

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    「理想主義は捨てよ」基地問題にかき消される沖縄の真実

    かれる。右派左派問わず、年輩者ほどこうした対立の構図にこだわる傾向が強い。 が、こうした構図の下での政治のあり方には「もううんざりだ」というのが率直な気持ちである。「基地問題は重要でない」と言いたいわけではない。必要以上に肥大化してしまった「沖縄の基地問題」が、沖縄にとって重要な他の問題を覆い尽くしてしまっているからだ。 たしかに国と県との対立は深刻ではある。2015年以降、この対立は法廷に持ち込まれ、16年の最高裁判決では埋め立ての適法性が認められたが、その後も係争は収まる気配はなく、今回の参院選挙の期間中にも新たな訴訟が県によって提起されている。埋め立て予定区域に軟弱地盤が存在することもこの問題を錯綜させ、今後際限のない訴訟合戦が続く可能性がある。 だが、沖縄の置かれている状況に踏み込んで、本当に深刻な問題は何かを見極めようとすると、基地問題にメディアで喧伝(けんでん)されるほどの重要性を見いだすことは難しくなってくる。 最大の問題は経済だ。少々遠回りだが、例の「年金不足2000万円問題」に絡めて沖縄の現状を説明しよう。ここで問題としたいのは、平均的な日本国民がいったいどの程度の貯蓄(純貯蓄)を備えているかである。 2014年の消費実態調査によれば、国民1世帯当たりの平均貯蓄額は1565万円だ。他方、1世帯当たりの平均負債額(借金)も見る必要がある。同じ調査によれば1世帯当たりの平均負債額は488万円である。貯蓄額と相殺すると1077万円という1世帯当たりの平均純貯蓄額を得る。沖縄県名護市辺野古の沿岸部=2019年3月 問題視したいのは地域間のバラツキだ。都道府県別に見ると、世帯別の貯蓄額が最も大きいのは東京都であり、一番小さいのは沖縄県である。東京都の貯蓄額は1997万円で、借金を差し引いた純貯蓄額は1396万円、沖縄県の貯蓄額は575万円で純貯蓄額はわずか61万円である。これは東京都の純貯蓄額の4・4%にすぎない。むろん沖縄県の数値は全国最低である。 純貯蓄額を「暮らしの糊代(のりしろ)」と見なすと、沖縄県の糊代の小ささは突出している。「2000万円問題」どころの騒ぎではない。糊代61万円では、ひとたび家計上の問題が起こった途端、あっというまに破綻してしまう。これは危機的な状況だ。暮らしという観点から見れば、基地問題の比ではない。必要なのはリアリズム 沖縄の純貯蓄額の突出した小ささがこれまで社会問題化しなかったのは、おそらく各種の社会保障制度にバックアップされているからだろうし、人口の高齢化が全国で最も緩慢なおかげだろう。しかしながら、このまま放置していたら、沖縄県民の家計は崩壊して県経済も立ちゆかなくなる。 なぜ、純貯蓄額がこれほど低いのかについてはさらなる検討が必要だが、貯蓄が所得と消費の差額の集積であるという事実からして、県民1人1人がより大きな所得を得られるような方策を地道に積み重ねていくほかない。県民の消費スタイルにも問題はあるかもしれないが、まずはより多く稼ぎ、より多く貯蓄することが必須だ。 目下、台湾や中国などからのインバウンド(訪日外国人)のおかげで、沖縄は空前の「観光景気」を迎えている。全国最低だった失業率も大幅に改善し、同じく全国最低だった1人当たりの所得も少しずつ上昇している。 一方で、一部に投機的な動きもあり、土地価格や賃貸価格には高騰の気配もある。いずれにせよ、「暮らしの糊代61万円」では、一時の好景気に浮かれている余裕などない。政府の全面的な協力の下、県独自の経済政策・産業政策の実施によって「経済成長」を図ると同時に、県民の間の所得の分配構造を改善することが急務だ。 今回の参院選沖縄選挙区では、先に述べたのと同じような問題意識を持って立候補した自民公認で公明と維新が推薦する沖縄経済界の若手リーダー、安里繁信氏と、埋め立てに反対する「オール沖縄」が選んだ無所属の野党統一候補で、立憲民主、国民民主、共産、社民、沖縄社会大衆党が推薦する琉球大名誉教授の高良鉄美氏ら4氏が立候補した。沖縄選挙区で当選を決め、玉城デニー沖縄県知事(左)と握手する高良鉄美氏(右)=2019年7月、那覇市 事実上、安里氏と高良氏の一騎打ちで高良氏に軍配が挙がった。が、冒頭で触れたように「辺野古埋め立て」にこだわり続けるような政治のあり方では、「暮らしの糊代」を増やすことは難しい。県民1人1人が、沖縄の直面するリアルな経済の現実に気づき、一刻も早く事態を改善しないと、予想を超えた厳しい事態を迎えることになるだろう。 人は万能ではない。一つのこと(たとえば埋め立て反対)に注力したら他のことがおろそかになるのが常だ。県民にとって何がより重要かを明確に認識することができる政治家だけが沖縄の現状を変えられる。もはやイデオロギーに基づくイデアリズム(理想主義)の時代は終わった。客観的なデータに基づくリアリズム(現実主義)こそが沖縄に求められているのである。■変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」■【独占手記】江田憲司が初めて明かす普天間合意「23年目の真実」■自衛隊を排斥しても「オール沖縄」玉城デニーのデタラメな論理

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    改憲勢力「3分の2」割り込む

    第25回参院選の投票が終了した。報道各社の世論調査では、自公で改選過半数(63議席)を上回る見通しだが、憲法改正に前向きな「改憲勢力」が国会発議に必要な3分の2(164議席)の維持が難しくなった。iRONNAでも開票速報をお届けする。

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    将来の首相候補 進次郎氏、河野太郎氏、橋下氏、細野氏の評価

    ポスト安倍に向けた動きが喧しいが、国民の目は冷めている。ならば、発想を転換して「総理にしてはいけない政治家は誰か」―─政治のスペシャリスト30人に緊急アンケートを実施したところ(投票者1人つき3人まで回答)、1位(14票)稲田朋美氏、2位(7票)に枝野幸男氏と茂木敏充氏、4位(6票)が石原伸晃氏、岸田文雄氏、菅義偉氏となった。 では、「次の次」の首相候補の評価はどうか。 自民党の将来のエースと呼ばれる小泉進次郎氏(10位・4票)にも厳しい評価がある。「容姿とパフォーマンスに優れ、間違いなく次の次の最有力候補だが、政策的な実績はまだゼロに等しい。特に心配なのは『ジャパンハンドラー』と呼ばれる知日派の人脈に助けられて米国留学したこと。父の小泉純一郎氏は対米追従で日本弱体化を招いたが、進次郎氏はそれ以上に米国に頭が上がらないだろう」(外交評論家・天木直人氏)「首相の息子として絶対に落選しない地盤を引き継ぎ、その利点を活かして党内野党として政権のガス抜き要員の役割をこなし、選挙応援で全国に顔を売る。ザ・世襲サラリーマン議員で政治手法は令和という新しい時代ではなく、古い昭和政治の申し子といえる」(政治アナリスト・渡瀬裕哉氏) 渡瀬氏は河野太郎外相(17位)にも、「自分のツイッターから批判的な人をブロックしてイエスマンだけを集めてきた。外国要人とのコミュニケーションはできても、国民と会話ができないということを示している」と手厳しい。 その進次郎氏に対抗する“野党のホープ”と見られていた細野豪志氏だが、自民党二階派への加入で一気に評価がダウンした(7位・5票)。細野氏と当選同期だった元民主党代議士の政治評論家・木下厚氏がいう。「いずれは進次郎vs細野の対決があると期待していたが、細野氏は民主党離党で党の崩壊を促し、希望の党が解党されると二階派入り。裏切りと変節で陽の当たる所に行く。これでは総理は任せられない」2019年5月21日、安倍晋三首相へ自民党人生100年時代戦略本部取りまとめの提言書を渡し、記者団の質問に答える小泉進次郎事務局長(右)。左は岸田文雄本部長(春名中撮影) 本人はBS11の番組で「総理の夢は捨てた」と語っているが、令和の政治でどんな居場所を見出そうとしているのか。 現在は政治家ではないものの、根強い「待望論」と「警戒論」が半ばするのが橋下徹氏だ。維新の会が大阪ダブル選や大阪補選で勝利したことでいつ政界再進出するかと動向が注目され、今回のアンケートでも進次郎氏と並んで10位(4票)に入った。「めぼしい相手を“敵認定”しては、人々の攻撃が向かうように仕向ける大衆操作術は見事だが、その手法で国家を運営されると国内に分断が生じることは必至」(精神科医・香山リカ氏)「沸点が低く、政敵を徹底的に論破しようとする。強いリーダーシップが必要な大統領なら向いているかもしれないが、反対派との意見調整能力が求められる議院内閣制の指導者には向いていない」(日本大学教授・岩井奉信氏)関連記事■総理にしてはいけない政治家ランキング 2位に枝野氏と茂木氏■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■小泉孝太郎、芦名星と連泊愛 愛犬を連れてデート撮■衆参W選で自民大敗なら「石破の乱」勃発か 鍵握る進次郎氏■「僕は安倍晋三君が憎らしいわけじゃない」と小沢一郎氏

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    老後2000万円問題「参院選の争点化」に財部誠一がモノ申す

    府・与党を国会で追及した。これがまたとんちんかんな話で、「100年安心」は年金制度の持続可能に対する政治的キャッチコピーだ。そんなことくらい野党も分かっているだろうが、おいしい話である。「2000万円もの資産を自分で貯めろとは何事か」とフェイクニュースの政治利用を始めた。 もっともここまでの展開は、気分は悪いが、日本社会の日常風景である。本当に驚かされたのはこの後の政府の対応だった。金融庁を所管する麻生太郎財務大臣が報告書を「受理しない」と言い出したのだ。騒動が起こった当初は「遊ぶカネくらい自分で貯めるのは当然だろ」といつもの大雑把な言葉でメディアに反論していたが、公的年金だけでは老後の生活を支えられないと政府が認めるわけにはいかぬと翻意して、報告書を受理しないと言い始めたのである。 年金だけで老後は安泰などという能天気な人間がいるだろうか。老後のために少しでも貯蓄しておきたいと考えるのが日本人の性癖だ。若い世代は自分たちがとんでもない貧乏くじを引かされたことを明確に自覚しているから、年金に対する期待などはなからない。フェイクニュースに乗じて政府批判をする野党の仕掛けにのってデモで憂さ晴らしをする者もいるだろうが、若者の「公助」に対する期待感は恐ろしく低い。正常な反応だ。参院決算委員会で立憲民主党・蓮舫副代表兼参院幹事長(右)の質問に答弁する安倍晋三首相=2019年6月10日、参院第1委員会室(春名中撮影) しかし政治は権力闘争だから、ひとたび「老後2000万円問題」に火がつけば、野党はポジショントークで突っ走る。6月19日の1年ぶりに行われた党首討論も野党のパフォーマンスばかりが目立ち、不毛なことこの上なかった。そして揚げ句の果ては麻生財務大臣の問責決議案まで出す始末。脱線国会はフェイクニュースの醸成所と化してしまった。お粗末だ。それを思うと金融庁の報告書の見識の高さががぜん浮き上がってくる。滑稽な政府の怒り 論より証拠。「老後2000万円」の論拠となっている報告書の該当箇所を読んでもらおう。 夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円~2000万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。当然不足しない場合もありうるが、これまでより長く生きる以上、いずれにせよ今までより多くのお金が必要となり、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要になってくるものと考えられる。重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである。それを考え始めた時期が現役期であれば、後で述べる長期・積立・分散投資による資産形成の検討を、リタイヤ期前後であれば、自身の就労状況の見込みや保有している金融資産や退職金などを踏まえて後の資産管理をどう行っていくかなど、生涯に亘る計画的な長期の資産形成・管理の重要性を認識することが重要である。 極めて当然なことを、分かりやすく書いている。もう一カ所、引用したい。麻生財務大臣に「受理しない」と言わしめたところだ。  わが国では、バブル崩壊以降、「失われた20年」とも呼ばれる景気停滞の中、賃金も長く伸び悩んできた。年齢層別に見ても、時系列で見ても、高齢の世帯を含む各世代の収入は全体的に低下傾向となっている。公的年金の水準については、今後調整されていくことが見込まれているとともに、税・保険料の負担も年々増加しており、少子高齢化を踏まえると、今後も この傾向は一層強まることが見込まれる 「公的年金の水準については、今後調整されていくことが見込まれている」というくだりはなんとも婉曲(えんきょく)的だが、要は年金の支給額が減ったり、支給開始年齢が遅くなったりと、支給調整が起こるだろうと報告書は言っている。ここに政府は腹を立てているのだが、なんとも滑稽な話である。 そんなことも分かっていないのんきな日本人がどれだけいるというのか。とんでもなく割をくってしまう若者は例外なしに年金制度に絶望している。報告書の正しい読み方 そもそも公的年金は積み立て方式ではなく、皆で支えあう賦課方式である。少子高齢化に加えて、「人生100年時代」と言われるほど予想外に寿命が伸びてしまったのだから、支給調整は必然だ。本来なら、安倍政権は泰然自若として、この問題に本気で向き合っていく構えを見せれば良かったのだ。社会保障の部外者である金融庁が領空侵犯を犯した上に、よりによって参院選直前に、結果的とはいえ「炎上」させてしまったことに怒りが収まらなかったのだろう。 過ごしたい自分の老後のために、長期分散投資で資産寿命を延ばそうという「報告書」の主張は極めて当然の内容で、本来なら「炎上」するようなシロモノではない。良質な運用会社のファンドに長期間、積み立て投資をしていけば、かなりの確率で資産寿命を延ばすこともできるかもしれない。だが必ずしもそうならない場合もある。今回の「報告書」が金融商品販売のためのセールストークで終わってしまう可能性もある。 しかし「報告書」を読み込んでいくと全く違う結論に至る。 どんな老後を送りたいかは、結局、どう生きていくかだ。 それはお金だけの問題ではない。報告書は「夫婦2人で無職」をモデルに試算したが、いつまでも2人一緒というわけにはいかない。それどころか未婚、離婚、ノーキッズのお一人さまという選択をしている人も今後さらに増えてくるに違いない。 公的年金だけでは不足する収入を補うためではなく、生きがいを感じながら生きるためには「働く場所」が必要だ。ボランティアでもいいし、老後資産を減らしてしまうかもしれないが定年後にスタートアップに挑戦するのもいい。もちろん再雇用でもいい。日本人には「働く場所」が絶対的に必要だ。※写真はイメージです(GettyImages) 先日、国際会議で日本を訪れた欧米人が「死ぬまで働かなければならないなんて地獄」だと言っていたが、日本人は違う。「死ぬまで働く場所があったら天国」なのだ。社会保障制度維持のためなどではなく、自分が必要とされることに幸福感を抱く日本人が多いのではないだろうか。生きるためのコストだって暮らす場所で変わってくる。東京などの大都市と地方では雲泥の差だ。どこで、どう生きていくのか。その前提があって初めて個々人にふさわしいマネー計画ができるのではないだろうか。■「平成バブル崩壊」振り返れば日本の一人負けだった■「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた

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    安倍総理が断行すべき5つのニッポン大改革

    著者 daponte(東京都) 2013年の年初時点で「リフレ政策の目標として物価上昇2%の達成時期を2年以内とするが、状況によっては6年後(2019年)までは許容する」と政策当局が言明したと仮定してみよう。100人中99人は「それはないだろう」と言うに違いない。しかし、それが今現実になっている。普通の個人間の約束にしても、会社の株主総会の施策目標にしてもこんな約束が認められることはまず絶対にない。 そもそも政府や日銀が立てる目標の重要性は問わなくてよいとでも言うのだろうか。その反対である。あるいは経済政策の目標は単なる願望なり、気楽な予想でもよいということなのだろうか。そんなバカなことはない。特に財務省幹部や日銀総裁・副総裁クラスの幹部の責任は重大だ。 バブル期以降20年を経過してもデフレからの脱出は未だなされていない。この間に失われた国富の総額は1千兆円にもなろうとの試算がある。また、世界的にみてもこの20年間のわが国の経済成長率はほぼゼロであり、先進国の中で最下位である。どう見たってこれでだれも責任を取らず、しかも日々偉そうなことを宣っているのは実に不思議な現象である。国民は徹底的に甘く見られている。 マネタリーベースを増加させれば、マネーサプライも歩調をあわせて増加し、それが民間の資金需要を充足して設備投資の増加につながるものとされていた。しかし、そうはならなかったし、当初からそうはならないとの観測・主張もあった。民間企業がもともと確かな売上げ・収益をもたらす優れた投資対象を持っていて、かつ保有の資金に不足がある場合には、マネタリーベースの増加がその資金需要を満たすであろう。 ところが、すでに1990年代において、事態はまったく逆になっていたのだ。こんな循環は起こりようがなかったのである。財務省・日銀などの政策当局、学者、マスコミなどはそれに気が付いていなかったし、今でも分かっていないようだ。また、経済界は損得だけで判断するので全然存在意義がない。 資金供給があれば投資が増加するのではない。投資需要が先に存在しなければ、何も起こらない。単に日銀当座預金残高が増加するだけだ。普通に実世界で活動している人々にとっては当然至極のことで議論の余地がない事柄なのである。 どうしてこんな簡単なことが分からないかというと、政策当局、学者、マスコミなどの幹部がいわば「アホ」だからである。実態を知らないのだ。また、財務省、日銀の緊縮財政主義、インフレ嫌いでデフレに甘い気質、さらには彼らの特権意識・縄張り意識が強く影響している。霞が関の官庁街=2017年2月、東京都千代田区(産経新聞チャーターヘリから、桐原正道撮影) 彼らは天下の東大を上位の成績で卒業しており、中にはアメリカの有名大学で学位を取っている者も少なくない(でもそれが何だというのだろうか。東大やハーバード大の教育や経済理論が優れているのならば、2008年のリーマン・ショックのような混乱は起きなかったはずである)。 こうした彼らの上等な学歴がかえって仇になっている。彼らは現実経験が乏しい一方で、理論らしきものにすがり付き、またアメリカの学会の動きにすぐに同調する。エリート意識は人一倍強く、他の人々の意見や観測をバカにしているのだから困ったものである(ただ彼らのエリート意識をこれほどまでに育ててしまったのは他ならぬわれわれ国民と朝日新聞・岩波書店などを代表とする言論界なのだ)。 誠に遺憾ながらアベノミクスをめぐるこの7年間の政界、官界、経済界、言論界、学界などの行動・主張を仔細に見るとこのような動きが浮かび上がってくる。重要な財政出動 そしてこの状況下で、また消費税増税が強行されようとしている。2014年の教訓はどうしたのか。これは学説ではなく厳然たる事実である。万人が粛然と認めるべき事実である。若干の救いは、安倍首相は内心では増税を望ましいとは考えていないようだ。 しかし、財務省を初めとする勢力の圧力に押されてしまっている。しかも首相任期の残りは少なく、かつ党内の後継者候補はみな緊縮財政論者である。また野党の中に正論を主張しているところが見当たらない。彼らは多忙だろうが過去の歴史の勉強をしっかりしてもらいたい。 もともと、アベノミクスでは金融政策だけではなく「第二の矢」として財政政策の出動が予定されていた。そして2013年度においては財政の出動もあった。一時はこのデフレもいよいよ収束するかと見られた。しかし、その後財政は眠ったままで今日に至っている。 このところ盛んに議論されている現代貨幣理論(MMT)に対して守旧派の面々は必死で抵抗・否定を繰り返している。まさに喜劇の様相を呈している。そろそろ議論を終りにして実行に移るべきときなのにである。 わが国にとって今最も大切な経済政策は、財政の大幅かつ持続的な出動である。その根拠はMMTなどの場で散々議論されている通りである。民間に需要がないのだから政府がその需要を担うのである。財源に懸念はない。幸いインフラ、医療、福祉・介護、技術開発、学術・文化振興、防衛など重要な需要分野は多岐にわたっており、また、その規模は大きい。財政が本格的に出動すれば国富は飛躍的に成長することは確実である。 ところで、わが国は近世以降、二度にわたって根底からの革命的変革を経験してきた。明治維新と大東亜戦争の敗北である。そしてそれを契機として支配階層が交代を余儀なくされた。わが国は新しい体制のもとで、復活・発展・成長を遂げてきた。 しかし、そろそろ再び変革が必要な時期に来ているのではなかろうか。各界の中枢は老齢化・保守化しており、彼らは「明日も今日のごとくあれかし」と思っている。それが彼らにとって至極快適だからだ。残念だが、変革の兆しはほとんどみられない。 一方、世界の諸情勢は急速に変化している。米中の貿易戦争の妥協点がいずれに落ち着くか不明であるが、双方必死であり、長期化することは間違いない。この間中国はメンツを賭けて猛烈に経済発展・改革を進めるであろう。そうして建国100年の2049年には世界の覇権を握ることを目標としている。G20大阪サミットで、習近平国家主席(右)と握手する安倍晋三首相=2019年6月、大阪市北区(代表撮影) その推進体制は共産党独裁の強権的手法によっており、極めて強力である。重要なテーマに関しては政府中枢が先頭に立って迅速に決定し実行に移している。このまま推移すればわが国と中国との経済的・軍事的格差はさらに拡大していくであろう。 その結果、対等の関係を維持するのが困難になる懸念が強い。わが国が中国の属国に堕してしまう懸念である。われわれはそんな悲劇に耐えるべきなのだろうか。チベットや新彊ウイグル地区の惨状を見よ。答えは否である。中国に勝つために こうした事態を阻止するには、まず早急にわが国経済の停滞を脱し、次に中国と比肩できる成長を目指していくことが絶対に必要である。先方は独裁の国だ。当方は何事もまず話し合い民主的に進めねばならない国柄である。こうした体制上のハンデを背負いつつ戦うのは容易なことではない。政策課題に関して重点を絞りかつスピード感をもって取り組むことが必須の要件と言えるだろう。 そのためにわが国は戦後75年となる2020年を期し再び抜本的な改革を実行し、生まれ変わらねばならない。そこで、改革の手始めとして、まず以下の5点を提案したい。 一つ目は、基本テーマとして、各方面における優れた人材の育成と人工知能(AI)などの高度かつ先端技術の開発に向けて、保有する資源を集中的に活用する。 二つ目は、各界の幹部は60歳で引退し、50代の若手(?)に任せる。 三つ目は、立法府において国会を一院制とするとともに、行政府は大統領制に移行させ、大統領府は東京に置くが、国会は南東北(福島県)に置く。そして南関東、北関東、南東北の3地区を有機的に融合し国土発展の核とする。 四つ目は、緊縮財政主義を放棄する。 五つ目は、財務省・日銀、経済産業省などの経済官庁の政策・企画部門を統合し、大統領直轄の組織とする。各省・日銀はこの新組織が策定した政策(歳出予算を含む)を実行するための組織とする。新組織の構成員の選抜は主として官界・経済界から行う。選抜に際しては特に人品を重視する。そして彼らは古巣に帰還することはない。 安倍首相に残された時間は少ない。この5つの改革の実現にぜひ着手してもらいたい。■「異次元金融緩和は成功した」数字が語るアベノミクスの5年間■前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない■骨抜きの働き方改革をみれば「アホノミクス」批判も納得できる

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    「先住民族」アイヌの次は沖縄だ!

    アイヌを「先住民族」と初めて明記した新法が先月施行された。閣議決定から3カ月、議論が深まらないまま成立した感があり、批判の声も根強い。国連は沖縄の人々も先住民族と認めるよう勧告しているが、沖縄では「独立論」もはびこる。それだけに、振興は重要とはいえ、安易な先住民認定は国家の分断を助長しかねない。

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    日本のアイヌ政策は世界の常識からこんなにズレている

    紙智子(参議院議員) 「アイヌ新法」(アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律)が今年4月に成立しました。 私はアイヌ新法について、2007年の「先住民族の権利に関する国連宣言」や、08年の国会決議「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を踏まえること。そして何よりも先住権を明確にしてアイヌ民族の意向に沿った内容にすべきだと主張してきましたが、法案に盛り込まれることはありませんでした。 国連で採択された「先住民族の権利宣言」は、先住民族のすべての人権と基本的自由の十分な享受の権利、差別からの自由、自決権、自治権、それを補償する土地や領域、資源の権利、言語、文化、雇用や就学での格差是正を求めています。 とりわけ、言語と文化は民族的共感の根源となるものであり、これらの伝承も含めた先住民族としての自決権の保障と民族性の回復などを保障するための国連加盟国が守るべきルールと基準を示しています。「宣言」を機に、オーストラリア政府は先住民を差別扱いしていたことを謝罪、カナダ政府も同化教育政策を謝罪しました。 ところが、日本政府は宣言に賛成しながら、反省・謝罪はおろか先住民と認めなかったため、北海道ウタリ協会(当時)などはアイヌを先住民と認め、その生活と権利を向上させるために集会を開き、国会に向けた活動を活発化し、各党の国会議員への働きかけを行いました。 日本共産党の私も要請を受け、政府への質問主意書(08年10月31日)を提出しました。その中で、国連の先住民族の権利宣言採択を受けた政府の認識を問い、アイヌ民族の現状を明らかにし、アイヌ政策全体を議論する審議機関を政府内に設置するよう求めました。 一方、北海道出身議員を中心に「アイヌ民族の権利確立を考える議員の会」が立ち上がり、私もこの議連に参加しました。学習会をくり返し、08年6月に衆議院と参議院両院で「アイヌ民族を先住民族とすることを求める決議」を採択するに至りました。国連事務所=ジュネーブ(GettyImages) 国会決議は国連宣言を踏まえて「アイヌ民族の長年の悲願を反映したものであり、同時に、その趣旨を体して具体的な行動をとることが国連人権条約監視機関から我が国に求められている」と指摘した上で、①同国連宣言を踏まえ「アイヌの人々を日本列島周辺、とりわけ北海道に先住し、独自の言語、宗教や文化の独自性を有する先住民族として認める②「同宣言における関連条項を参照しつつ、高いレベルで有識者の意見を聞きながら、これまでのアイヌ政策をさらに推進し、総合的な施策の確立に取り組む」として有識者懇談会を設置するよう求めました。 これを受けて、当時の町村信孝官房長官は「アイヌは先住民族である」と政府として初めて認める所信を行いましたので、国会決議でアイヌ民族が「差別され、貧窮を余儀なくされたという歴史的事実を、私たちは厳粛に受け止めなければならない」と述べていることを踏まえると、新法も含めた施策の抜本的拡充とともに緊急課題を国の責任で解決することが求められました。なぜ10年もかかったのか 歴史的にみれば、江戸時代、北海道はアイヌが住む地域と和人が住む地域に区分されていました。和人地は渡島半島西南地域で、それ以北はアイヌ民族が住む蝦夷島でした。明治政府は、アイヌ民族を日本国民に編入し、アイヌ民族が生活していた土地を取り上げ、サケ漁などを禁止したうえ、学校教育で和人社会への同化を押しつけ、1899年には差別法である「北海道旧土人保護法」を制定したのです。この法律が廃止されたのが100年後の1997年です。 しかし、代わって制定された「アイヌ文化振興法」もアイヌ民族の権利を骨抜きにし、アイヌ民族の「先住権」は言うまでもなく、アイヌ民族の経済生活を保障する施策は何一つ記されず、「アイヌ文化の振興」策のみをうたったものでした。 政府は、今年、アイヌ新法を成立させましたが、国連宣言や衆参両院で国会決議をあげても、10年近く動かず、ようやく重い腰をあげたと言わざるを得ません。あまりにも時間がかかりすぎていることを反省すべきです。 日本共産党は73年に行われた12回党大会で「少数民族としての権利を保障しアイヌ文化の保護と一切の差別の一掃、生活に対する特別の対策を実施する」と提起しました。それ以来、情勢の変化やアイヌの意見を反映させて発展させ、2007年の国連先住民族権利宣言を受けて策定した政策提言などをもとに、取り組んで来ました。 アイヌ新法に「先住民族」と言う言葉は入りましたが、アイヌの方々が事前説明会で出した意見要望がどのように扱われたのか、詳細に公表すべきです。明治政府がアイヌから土地や生業(なりわい)を奪い、同化を強要したり、長年にわたり行ってきた差別政策への謝罪もありません。 また、国連の宣言を踏まえて権利回復の手立てを実効性のあるものにすることや、北海道が行った調査により、大学進学率や所得に著しい格差があるなど、アイヌ世帯が厳しい生活環境に置かれていることが明らかになっていますので、経済的・社会的な苦難を解消する生活・教育支援が必要です。アイヌ民族の集落で代表者らと意見交換する菅義偉官房長官(左側の前列左から3人目)=2018年8月20日、北海道釧路市(田村龍彦撮影) 文化や歴史の保護、伝承と合わせて古老・高齢者の生活保障、アイヌ女性が気軽に相談できる窓口の拡充、給付制奨学金の創設が求められていますが、新法にはそれらが排除されています。アイヌ民族の権利や歴史を正しく教えることにより、アイヌ民族の存在や歴史について正しい理解を広げ、奪われた先住民族としての権利や、民族としての尊厳を回復できるよう、教育をはじめあらゆる施策を強めることが必要です。 また、明治期よりアイヌ人墓地から研究目的と称して遺骨が持ち持ち出され、いまなお返還されていない遺骨もあります。これはアイヌ民族に対する差別的処遇の象徴です。アイヌは土から生まれて土に帰るのが幸せとされている、と聞きました。巨大なコンクリート慰霊施設への集中は適当ではありません。アイヌ遺骨は地域受け入れ先と協議のうえ、元に戻すことを基本に、返還する必要があります。※「土人」は、現代では不適切な表現ですが、かつて存在した法律名として記載しています。■小林よしのり×香山リカ アイヌと差別をめぐる対決対談■アイヌ民族の「権利確立」を 鈴木宗男の10年■朝日新聞の次なる標的は「アイヌ侵略」で間違いない

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    真のアイヌを知らないニッポン、私が反新法を訴えるこれだけの理由

    合田一彦(「日本国民の声・北海道」主宰) 近ごろ北海道を訪れた方々は、空港のロビーなどに掲げられた「イランカラプテ(こんにちは)」や「アイヌ」をモチーフにしたポスター、展示物など、北海道の観光テーマとして「アイヌ」が大きくアピールされていることにお気づきかと思います。 これらは観光立国を掲げる北海道が、自治体として「アイヌ」を積極的に宣伝しているもので、人気漫画『ゴールデンカムイ』とのコラボ企画なども行われています。 こうしたアピールにより、また昭和の北海道観光ブームの定番の土産物「木彫り熊」や「イオマンテ(熊送り)」などで、何となく知っているような「アイヌ」ですが、現在、彼らはどのように暮らしているのでしょうか。日本の国土の片隅で独自の習俗を守って暮らす「異民族」なのでしょうか。 もちろん、そんなことはありません。昭和10年、アイヌ出身の言語学者・文学博士の知里眞志保氏は「過去のアイヌと現在(そして未来)のアイヌは区別すべき」として、「伝統の殻を破って、日本文化を直接に受け継いでいる」と語っています。また「アイヌ民俗」をアピールする人たちに向かっては、こうした言葉も残しています。 「保護法の主旨の履き違えから全く良心を萎縮させて、鉄道省あたりが駅前の名所案内に麗々しく書き立てては吸引これ努めている視察者や遊覧客の意を迎うべく、故意に旧態を装ってもって金銭を得ようとする興業的な部落(コタン)も二、三無いでは無い。けれどもそれらの土地にあってさえ、新しいジェネレーションは古びた伝統の衣を脱ぎ捨てて、着々と新しい文化の摂取に努めつつあるのである」 つまり、80年以上も昔に、観光土産物屋でアイヌ衣装で売り子をしていたり、見世物をしているのは、故意に旧態を装って金銭を得るための興業だと指摘しています。 では「古びた伝統の衣」を纏(まと)い「旧態を装った」生活をしていた方々は、同じ日本の国土に住まう日本人でありながらも、日本人としての生活に事欠く状況なのでしょうか? いえ、そんなこともありません。いろりを囲み、アイヌ民族の歴史や文化を伝承するポロトコタンの夜 昭和43年の内閣委員会の席上、それまで適用されていた「北海道旧土人保護法」に対する答弁として以下のように語られています。 「この支給規定は昭和11年ごろまでに適用したのであって、その後はもう現実に死文化されておると私は聞いておるのです。それ(北海道旧土人保護法)に代わって生活保護法の制度による教育扶助、住宅扶助、あるいは不良環境の改善というようなところへ目標を変えておられるわけです」 つまり、たとえ個人としてあるいは世帯として貧しい方がおられたとしても、等しく日本国民として「生活保護の適用対象」であり、北海道旧土人保護法は既に死文化しているという説明の通り、独自の保護・保障は必要ないという見解が、すでに50年前に示されています。客観的資料のないアイヌ ところで、こうした「独自の保護・保障」を行政として日本人の一部に対してのみ供与することは、憲法14条に定められた「法の下の平等」に反していないでしょうか。条文にも「社会的身分又は門地により(中略)差別されない」と記載されている通り、門地(出自・血統)での特別扱いは憲法の条文に違反するという指摘もあります。 ただ、これについては、実際は「合理的な理由が有れば必要に応じて支援を行うことは憲法違反ではない」という判断があるようです。 例えば、原爆訴訟などをご存じの方は分かると思いますが、目に見えない被爆の影響が「ある」と「法的に認められた」場合は、「原爆被爆者」として公費での医療助成などが受けられます。ただし、その認定は非常に厳密かつ客観的に判断されるため、依然として認定を求める訴訟が続くのは、それだけ「客観的な資料」と「法的基準」の狭間で「いかに合理的か」を判断すべく行われる論争があるわけです。 さて、ここで「アイヌ」について考えてみると、前述の「独自の保護・保障は必要ない」という見解が示された以降も、自治体として住宅購入支援から免許取得支援、修学助成金、就労支援など、数多くの支援が行われており、それらは北海道の平均よりも高い世帯所得があってさえも「アイヌ支援」としての受給資格が認められています。 では、それだけの福祉施策が受けられるのなら、どれだけ厳しい公的な認定基準があるのでしょうか。認定を求めて訴訟も辞さない覚悟が必要でしょうか。いえ、認定を求める訴訟など必要ありません。 「アイヌ協会」が、希望者に対して独自の認定基準で判断して「アイヌ」として認め、さらには「アイヌ協会」が推薦状を出すことで、北海道や札幌市からの支援が受けられるのです。また、アイヌ協会の認定ルール上は「戸籍等の客観的な資料」および「家系図などの系譜を示すもの」で「判断する(アイヌ協会が)」とありますが、実際には、既に閲覧禁止となっている壬申戸籍の時代ならばともかく、今現在の戸籍制度上はかつての身分を確認することはできません。参院本会議で「アイヌ民族支援法」が可決、成立し、傍聴席で喜ぶアイヌの人たち=2019年4月、国会 これは「壬申戸籍オークション騒動」の際に、法務省から「身分などが分かる」ことを理由に改めて報道発表された通り、実際には「身分が分かる戸籍」を公的に入手することは不可能です。 つまりは、公的な資料はなくても、アイヌ協会が認定すればアイヌであり、アイヌ協会が推薦状を出せば助成の受給資格を満たせる、という図式です。 そしてまた、今年2月の予算委員会で丸山穂高衆院議員が指摘した通り、「アイヌ支援」の前提となっている「アイヌ生活実態調査」も、これもアイヌ協会が「協力」して行うものです。 つまりは公的な「アイヌ基準」がないから行政としては「どこの誰の世帯を調査すべきか」をアイヌ協会に依頼するよりほかなく、結局はアイヌ協会による「機縁法」つまりは「有為抽出法」ですから、これを「実態調査」と称するのは統計的に正しくないでしょう。「特別な支援は不要」 ましてや実施団体が利害関係のある「身内組織」ですから、なおさらバイアスが加わる可能性を否定できません。結果、アイヌ協会が認定したアイヌの「生活が苦しい」「進学率が低い」といった「生活実態」に基づいて、まだまだ助成が足りていない、という主張に繋がっています。 こうした状況の中、とうの昔に国会では「今後は特別な支援は不要である」と説明されたはずのものが、自治体レベルでは支援が継続して行われているという、どこかで見覚えのある構図が存在しているわけです。 さて、やっとここで本題の「アイヌ新法」です。正式名称は「アイヌの人々の誇りが尊重される社会を実現するための施策の推進に関する法律」。国会に政府提出され、可決された法案であり、その問題点に気が付いておられる方々は決して多くはありません。 まず、正式名称に掲げられている「アイヌの人々」。これ、どういう意味でしょうか。むろん、一般的にイメージされる「アイヌ」の方々を指していることは分かりますが、では「法律」として考えたときに、かつての「北海道旧土人保護法」はすでになく、現状、自治体レベルで「支援を希望する者」への受給要件に「アイヌ協会の推薦状」が必要とされているだけで、法的には「アイヌの人」を区分する法律・法制度はありません。 さらに、第1条には「この法律は、日本列島北部周辺、とりわけ北海道の先住民族であるアイヌの人々の…」とあります。先の通り「アイヌの人々」が定義できないうえに、今度は「先住民族」です。 日本列島は、沖縄から北海道まで、当時の縄文人が北から南まで交流していました。その後、ロシア北東部から北海道東部に渡ってきたと考えられるオホーツク文化人や、さらに続いていくつかの部族ごとに渡ってきた方々との混交の末にアイヌ文化が成立したとされています。アイヌ民族の集落で代表者らと意見交換する菅義偉官房長官(左側の前列左から3人目)=2018年8月、北海道釧路市(田村龍彦撮影) つまり、先住性でいえば、元から日本中に住んでいた縄文の血統こそが先住民であり、大陸北東部から渡ってきた方々との混交で生じたアイヌは、むしろ「後発」なのです。 これは縄文期の遺跡から発掘された人骨や、その後の時代のアイヌの方々の遺跡の人骨、それから遺骨、さらに大陸北東部の諸部族の方々のDNAを比較分析することで判明した科学的な事実であり、北海道には最初からアイヌが住んでいたという主張は幻想に過ぎません。 また「先住民族」というワードは、特に国際社会においては「先住民族の権利に関する国際連合宣言」とセットで用いられるため、非常に危険です。 これはつまり、オーストラリアのアボリジニやニュージーランドのマオリ、北米のネイティブアメリカンや南米のインカなど、それまで白人(異民族)文明とは無縁に過ごしていた「先住民族」を、大航海の末にたどり着いた白人が蹂躙(じゅうりん)し、土地や財物を略奪し、虐殺したうえに勝手に住みついて、その揚げ句に、今度は「保護が必要だ」として「彼らは元から住んでいた『先住民族』だ。その権利を守り、彼らの文化を維持するための義務(略奪者の責任)を負う」ための宣言です。不十分な議論 こうした観点から見れば、日本におけるアイヌの存在は、その当初から交流・混交による成立であり、またその後も常に交易を行っていた(それも日本だけではなく、ロシアや中国とも交易していた記録があります)のですから、無縁の異民族による突然の侵略といった歴史もありません。 そして「アイヌは先住民族」を法律上に明記することは、世界の先住民族の虐げられ、滅ぼされた歴史と同じことを、日本がアイヌに対して行ったものと解釈される危惧があります。 しかも、国会で行われた予算委員会における安倍晋三総理の発言がこれです。 「アイヌであることの確認に当たり、北海道アイヌ協会理事長等の推薦書の提出を求めているところでありまして、同協会においては、戸籍等の客観的な資料をもとにしながらアイヌであることを確認した上で推薦書を作成しているものと承知をしております」 安倍総理に、アイヌであることは「アイヌ協会が確認」し、かつ、法的には旧身分が分かるはずもない「戸籍」を資料にしている、と語らせてしまいました。 「戸籍等」とあるから戸籍だけで判断しているわけじゃない、というのは詭弁(きべん)でしょう。合理的な客観資料が存在するのならば、それを筆頭に挙げれば良いだけであって、それを語らずに「戸籍等」と記載する必要があるとは言えません。 むろん、失われつつある文化の保護や継承は大切ですし、日本の郷土文化の一つとして尊重し、伝統を未来に繋げていく必要性は誰も否定できない「文化事業」でしょう。大阪府吹田市の国立民族学博物館で展示されたアイヌの家=2002年12月(朝田康嗣撮影) けれども、このような状況の中、誰がアイヌかも、どのようなアイヌ差別が今なおあるのかも、そうした認定や統計調査をアイヌ協会が担ったままで策定された政策を基に、新たな法律を制定して良いものでしょうか。 批准済みの「先住民族の権利に関する国際連合宣言」の再検討も含め、国会においてはアイヌ新法への議論を充分に尽くしたうえで、国策としてどのように判断すべきであるかを是非とも検討していただきたいと願います。※「土人」は、現代では不適切な表現ですが、かつて存在した法律名として記載しています。■アイヌ民族の「権利確立」を 鈴木宗男の10年■沖縄の基地集中は「人種差別」危険な国連勧告の裏側を読む■沖縄知事選は反差別の理不尽と戦う「日本解体闘争」である

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    醜態よりも救いがたい丸山穂高に抜けている「基礎知識」

    したときには、西部邁(すすむ)さんらとともに、私は既にキャンパスを去っていたので、彼がどのような国際政治の講義を聴いたのかは分からない。しかし、大学の授業に頼らずとも軍事の勉強はできるはずだ。 「戦争をしないとどうしようもなくないですか」などという発言は、現在のロシアと日本の軍事力を比較してみれば荒唐無稽である。ロシアは米国と対峙(たいじ)する核大国である。単独でロシアに戦争を挑んで勝利し、北方領土を奪還するのは軍事的に不可能である。同盟国のアメリカとともにロシアと戦えば、勝ち目はあるが、人類を滅亡させる核戦争の引き金を引くことにもなりかねない。 国民の選良である国会議員が、そのような基本的な軍事知識を欠いていることは論外である。最新兵器を駆使して戦う現代の戦争は、神風が吹けば勝てるようなものではない。彼我の国力、軍事力の冷静な比較分析なしに太平洋戦争に突進した旧日本軍の愚を繰り返してはならないのである。 もし、国会議員への立候補に資格試験を導入するとしたら、私は、いの一番に基礎的な軍事知識を問うてみたいと思う。海外の国会議員と議論するときなど、軍事的知識の欠如は致命的なものとなる。 最近の例だと、イランがミサイルを艦船に移動しているとの情報を前提に、アメリカが空母「エイブラハム・リンカーン」を中心とする空母打撃群と爆撃機を中東に派遣したが、軍事知識がなければ、このことの意味が理解できないであろう。まさに、丸山議員は、平和ボケして軍事をタブーとしてきた戦後日本を象徴する存在なのである。衆院決算行政監視委を終え、記者団の質問に答える丸山穂高議員=2019年5月20日(春名中撮影) 第三に、日本とロシアは、平和条約の締結と北方領土返還交渉を行っている。あくまでも話し合いで問題の解決を目指しているのである。 2014年3月、ロシアはクリミアをウクライナから分離させ、自国に併合した。ロシアは住民投票の結果だと主張するが、それは形式的なものであり、実際には軍事力を投入して奪い取ったと言ってもよい。ロシアにはロシアの言い分があり、旧ソ連時代も含めての歴史的経緯を見ると理解できないわけでもない。しかし、武力によって他国から領土を奪い取るのは、第2次世界大戦後の国際社会のルールに違反している。 丸山議員の言うように「軍事力で北方領土を取り返す」というのは、まさにロシアと同様の行動をするということである。ロシアに言わせれば、「戦争の結果手に入れた領土を戻してもらいたければ、戦争で取り返してごらん」ということになり、対話による交渉など行うに値しないことになる。ツイートするぐらいなら… これは、現に進行している日露交渉を無意味にするものである。つまり、日本政府の立場を弱めることになる。国益という観点からは許しがたい。 第四は参院選が近いからか、日本維新の会をはじめ、各党がポピュリズム(大衆迎合主義)に走りすぎている。非常識な発言を理由に、安易に議員辞職を勧告してはならない。 維新にしてみれば、傷口を早くふさぐために大衆受けのする手段を採ったのであろう。しかも、維新の幹部がロシア大使館に謝罪に行っているが、通常の外交常識だと、こういう行動はありえない。ほとんど自虐趣味で、国内世論向けのパフォーマンスであり、日本人をねじ伏せるのは容易だとロシア側に思わせるだけだ。 そして、自民党も公明党も、何にもせずに有権者の反発を買うことを恐れて、けん責決議案を提出した。これも前代未聞で、全てが選挙対策であり、政策や憲法規範など考慮すらされない選挙至上主義である。 もし、目の前に参院選が控えてなければ、もう少し違った対応ができたであろう。大阪で、公明党が豹変して都構想賛成に回ったのも参院選対策であり、それ以外の何物でもない。いつまで大衆迎合の愚民政治を続けていくのであろうか。 最後に指摘したいのが国会、特に議院運営委員会の対応の甘さである。言うまでもなく、国会は「国権の最高機関」であり、議運委は国会運営で大きな役割を果たす常任委員会の一つだけに、国会として自浄作用を働かせる重要な機会だったはずだ。衆院本会議を欠席し、倒れたままの丸山穂高氏の氏名標=2019年5月21日 ところが、「2カ月の休養が必要」という診断書を提出した丸山議員に、衆院議運委理事会は事情聴取を拒否されてしまった。裁判でも病気などの場合では出張尋問を行えるわけだから、本人が意識不明など重篤な状態ならともかく、議運も病室に出張して聴取する可能性を探れなかったのだろうか。 また、丸山議員にしても、ツイッターで主張するのも結構だが、議員である以上、一番ふさわしい反論の場は、やはり国会である。病状について私が知りようもないが、自身への辞職勧告決議案について「言論府が自らの首を絞める」とツイートするぐらいなら、むしろ、言論府たる国会で「やっと反論できる絶好の機会を得た」とばかりに、議運の聴取に積極的に応じるべきだったのではないか。診断書1枚で逃げおおせるという印象を有権者に与えかねないからである。■ 「超傲慢エリート」元官僚議員はなぜ量産されるのか■ 安倍政権に朗報! こうすれば「モンスター議員」はいなくなる■ 派閥議員スキャンダル連発でも二階氏が「安倍政権の要」たる理由

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    なぜ安倍総理は「皇室軽視」を繰り返すのか

    感があったのかを問いたいのである。安倍総理は緊張感が欠如 実は、こうした総理の緊張感の欠如は、昨今の政治課題においても散見される。弛緩(しかん)からくる慢心が、憲法改正の先行き、拉致問題解決の方針転換、消費増税といった課題について、まともに議論をしようとしない姿勢に、ありありと出てしまっている。 単に東京オリンピック・パラリンピックまで総理を続けたくて日々の日程をこなしているだけなのではないか、とすら思えてくるのだ。 実際の生きた政治はどこにいったのか。長期政権だけが取りえではない。政治家の使命として、何をやり遂げたかが重要なのだが、昨今の安倍総理の姿勢はあまりに弛緩(しかん)していると言わなければならない。そして、最も緊張すべきところの御大典においても、それが出てしまったのだ。 安倍総理は、「退位礼正殿の儀」に臨む直前まで外遊に出かけ、非常に多忙なスケジュールであっただろう。ようやく帰国してホッとして緊張感が一気に緩んだかもしれない。だが、どれほど過密なスケジュールだったにせよ、「国民代表の辞」の文言に丁寧に目を通し、何度も練習をしておくべきだった。特に、滑舌がよくないことは総理自身も認識しているはずであり、一言一句ゆっくりと発声するように心がけて事前練習をしなければならなかったのではないか。 もちろん、事前にきちんと目を通し、練習もしたのかもしれない。ただ、例えそうであったとしても、結局、本番でトチってしまったらダメなわけで、そういう意味でも総理の自覚と宰相としての覚悟が欠けていたのではないかと思うのだ。 そしてもう一つ、実際に読み間違い疑惑が浮上しているのだから、陛下にご無礼を謝罪し、国民に対しても潔く説明をすべきではなかったか、と言いたいのである。 私は、安倍総理も天皇陛下や皇室に向き合うときは、軽々しい態度で向き合っていないと信じたい。むしろ、尊敬の念も強く感じられるとは思う。ただ、その一方で自らへの権威付けに皇室を利用しているようにも感じられるのだ。 5月14日には、安倍首相が天皇陛下に行った内外の情勢などを報告する「内奏」の様子を撮影した映像が公開された。宮内庁は「国事行為を広く知ってもらうため」と説明しているが、内奏は、内において行われるもので、無暗(むやみ)に公開するものではない。これこそ皇室を軽視した政治利用であり、「退位礼正殿の儀」での不敬を挽回したいという思いも感じられる。安倍晋三首相から「内奏」を受けられる天皇陛下=2019年5月14日、皇居・宮殿の「鳳凰の間」(宮内庁提供)  さらに、さかのぼること平成25年4月28日、憲政記念館で「主権回復の日」を記念する政府主催の式典が行われた。現行憲法は米軍占領下で作られた憲法であるが、本来ならば手続き上、占領下での憲法の制定は国際法違反に当たる。さらに、講和条約とともに締結された日米安保条約によりわが国には米軍基地が今なお存続できる権限を有し、この存在により日本の主権は制限されたままの状態である。 そんな状況下で、そもそも「主権回復」などという認識自体が間違っているわけだが、そこに天皇皇后両陛下の御臨席を賜り、記念式典を開催したのである。これは明らかに、安倍総理が自己の政治的主張に皇室という権威を付加するための行為であったと言わなければならない。トランプ会談の問題発言 先だっては、今上陛下と面会する最初の外国元首としてトランプ米大統領が5月下旬に来日することについて、同大統領は、安倍総理に「スーパーボウルと比べて、日本人にとってどれくらい重要なイベントか」と質問し、総理から「百倍重要」との説明を受け訪日を決断した、と明かした。 スーパーボウルというのは米プロフットボールの年間王者決定戦のことだが、いやはや、「スーパーボウルの百倍の価値」とは一体何なのか。 安倍総理としてはとっさに機転を利かせて数値化したのかもしれない。ディール(取引)の王様である米大統領にとっては分かりやすい返答だっただろう。だが、本来は日本人にとって皇室が何ものにも比較できない尊崇(そんすう)の対象であることをきちんと伝えるべきではなかったか。あえて数字を絡ませるなら、「プライスレスだ」ぐらいの発想がほしかったところである。 こうした事例から分かるのは、安倍総理の姿勢が場当たり主義で、「戦後レジームの脱却」「地球儀を俯瞰(ふかん)する外交」などというキャッチフレーズばかりが目立っているということである。 しっかりとした思想と哲学、使命感に裏打ちされた何かを成し遂げるというものではなく、昨今は自己保身のためのパフォーマンスに流れているといわざるを得ないのだ。 ところで、今回の一件で醜悪なのは、総理の「事前の準備」と「事後の対応」だけではない。この国の言論空間を見事に証明してしまっているマス・メディアの姿勢である。安倍総理の誤解を招く発言に、メディアがほとんど何も反応しないというのはいかがなものか。 それも、総理が「願っていません」と述べたとすれば、本人の意図ではないにせよ、本来、陛下にささげるべき内容と真逆の意味になってしまうにもかかわらず、一部夕刊紙がこれを指摘しただけで、大手メディアはほとんど沈黙の状態であった。米ワシントンのホワイトハウスで握手するドナルド・トランプ大統領(右)と安倍晋三首相=2019年4月26日、(共同) あるテレビ局などは「願ってやみません」と、わざわざご丁寧にテロップまでつけて安倍発言をフォローしていた。これは、明らかにマス・メディアの安倍総理への「忖度(そんたく)」であろう。疑問点を疑問点としてただしていく是々非々の姿勢がなくなったならば、それはメディアの自殺行為ではないのか。この点も一言付け加えておきたい。 ともあれ、私は皇室を尊崇し敬愛する一国民として、率直に今回の一件の疑問を問うとともに、頰かぶりを続け、政治課題に緊張感を欠く安倍総理の慢心に対して猛省を促したい。■新元号「令和」公表にチラつく支配欲と主導権争い■禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■日本人に覚悟を問う「皇室は民主主義のロボットではない」

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    愛子さまが天皇になる日

    「令和」が幕を開けた。列島は祝福ムード一色だが、新時代の皇室が抱える不安も少なからずある。平成の終わりに週刊誌上をにぎわせた「愛子天皇」待望論はその最たるものであろう。秋篠宮家を取り巻く最近の風評が多分に影響しているとはいえ、令和の次の時代に愛子天皇が誕生する日は本当に訪れるのか。

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    「愛子天皇」待望論者たちよ 、もう一度壬申の乱を起こしたいのか

    殿下と結婚して男の子が生まれたら天皇になれるのか? そんな簡単なことが許されるなら、なぜ藤原氏は摂関政治などという面倒くさいやり方を何百年も続けたのか。 平民の男子は陛下になれない。内親王殿下と結婚しても、平民は平民である。これがわが皇室の絶対の掟である。わが国は一君万民であり、君臣の別がある。皇室から見れば、藤原も平も源も、皆、等しく平民である。皇室から見れば、貴族と平民に差はない。あるのは皇族と貴族・平民の差だけである。 ただ、私は男系絶対派の中で、最も女系論者に理解を示してきたつもりだ。理由を一言でまとめると、「一部の男系論者の頭が悪すぎるから」となる。女系論者の中には、「あんな連中と一緒にされたくない」「あのような連中が言っているのだから、たぶん逆が正しいのだろう」と考えたくなる気持ちはわかる。その愚かな主張から、代表的な二つを取り上げよう。一つは、「皇室のY染色体遺伝子が尊い」である。不敬な論理 いつから皇室の歴史を遺伝子で語るようになったのだ? ちなみに、この理屈、高校生物の知識としても間違っているのだが、それは本筋ではないので無視する。言うまでもないが、遺伝子どころか、アルファベットが生まれる前から、わが皇室には歴史がある。「Y染色体遺伝子」などで皇室を語るなど、児戯(じぎ)に等しい。なお当たり前だが、皇極天皇から後桜町天皇の歴代女帝のすべての方は、「Y染色体遺伝子」を有していない。こうした議論は今や見向きもされなくなったが、高校生物程度の知識で皇室を語る輩(やから)が後を絶たない。 最近よく聞く風説は、「皇太子より血が濃い男系男子が存在する」である。皇太子殿下は本日、めでたく践祚された。さて、この風説を流す者は、今の陛下の正統を疑う気か? 最初にこの失礼極まりない言説を聞いたとき、「それは今の殿下(今上陛下)が(上皇)陛下の実子ではないと言いたいのか?」と訝(いぶか)ったが、そうではないらしい。先般、お亡くなりになられた東久邇信彦氏とその御子孫の方を仰(おっしゃ)りたいらしい。 小泉純一郎内閣で女系論が話題になったとき、占領期に皇籍離脱を迫られた旧皇族の方々のことが話題になった。特に信彦氏は、両親と4人の祖父母が全員皇族(母方の祖父は昭和天皇)、さらに母方の曽祖父が明治天皇である。 しかし、皇室の歴史では、高校生物の理屈など持ち込まない。今の皇室の直系は今上陛下である。今上陛下は、上皇陛下と太后陛下の紛れもない嫡子であらせられる。この論点に争いはない、などと言わされるだけ愚かしい。皇室の直系を継いだ今上陛下より血が濃い方など、いらっしゃらないのである。 ご本人たちに迷惑な書き方だが、一部の風説に従い東久邇信彦氏の方が今の陛下よりも血が濃いとしよう。その根拠は、太后陛下が皇族の出身ではないからになるではないか。実に不敬である。 そもそも、男系が絶対ならば、天皇陛下のお母上は誰でも良いではないか。「皇太子より血が濃い」などと主張する論者は人として失礼なだけでない。男系絶対を言いながら自説の根拠が女系である。論理も破綻している。この論者の言う通りにすれば、古代国家のような近親結婚を永遠に繰り返さなければならない。皇居と宮内庁=東京都千代田区(産経新聞チャーターヘリから) 一部の男系絶対主義者のおかしな主張への反発で女系論に走った論者も、女系論の悪口さえ言っていれば、いかなるでたらめな男系論でも構わないとする論者も、何が大事か分かっていない。 男系継承は絶対である。しかし、直系継承もまた重要である。そもそも、わが国の歴史は皇室の歴史であり、皇位継承とは誰の系統が直系になるのかの歴史なのだから。今上陛下の父親の父親の…と男系でたどっていけば、江戸時代の第119代光格天皇にたどり着く。当時の第114代中御門天皇の直系が第118代後桃園天皇で途絶えたので、閑院宮家から即位された。「傍系継承」である。 しかし、後桃園天皇から父親の父親の…と男系でたどっていくと、第113代東山天皇にたどり着く。東山天皇から見れば、後桃園天皇は玄孫、光格天皇は曾孫である。東山天皇まで継承されてきた直系は、光格天皇から今上陛下まで継承されてきているのである。「五世の孫」の原則 ちなみに私はこの前、「光格天皇六世の孫」の方に会った。由緒正しき、光格天皇の男系子孫の男子である。血は完全だ。しかし、この方に皇位継承資格はもちろん、皇族復帰資格もない。「五世の孫」の原則があるからだ。 皇族は臣籍降下したら、皇族に戻れないのが原則である。もちろん、例外はある。定省王が臣籍降下して源定省となったが、皇籍復帰して定省親王となり、践祚した。第59代、宇多天皇である。元皇族から天皇になった、唯一の例である。 宇多天皇が源定省であったときに生まれたのが源維城(これざね)であり、後の第60代醍醐天皇である。生まれたときは臣下だったが、本来の皇族の地位を回復し、天皇になった、唯一の例である。元皇族と区別して、旧皇族と呼ぶ。いずれも当時の藤原氏の横暴により、皇位継承が危機に陥ったが故の、例外的措置である。決して吉例とは言えない。 ただ、明らかに現在は、醍醐天皇の先例に習うべき危機的状況だろう。かたくなに「君臣の別」を唱え、「生まれたときから民間人として過ごし、何世代も経っている」という理由で元皇族男子の皇籍復帰に反対する女系論者がいる。 では、誰ならば皇族にふさわしいと考えているのか。どこぞの仕事もしていないフリーターならば、よいのか。身分は民間人に落とされても皇族としての責任感を継承して生きてこられた方たちよりもふさわしい人がいるのか。女系論者は「実際に、そんな男系男子はいるのか」と主張し続けていたが、東久邇家の方々よりふさわしい方はおるまい。むしろ、女系論を主張するならば、東久邇宮家の皇籍復帰こそ命がけで訴えるべきだろう。 東久邇家の方々に限らず、占領期に臣籍降下された11宮家の方々は、父親の父親の…と男系でたどっていくと、北朝第3代崇光天皇にたどり着く。「五世の孫」の例外とされた伏見宮家の末裔の方々だ。男系では、直系からは遠すぎる。しかし、女系では近い。 本来、女系とは男系を補完する原理なのである。分かりやすい一例をあげよう。古代において、当時の直系は第25代武烈天皇で絶えた。そこで、第15代応神天皇の五世の孫である男大迹王(をほどのおおきみ)が推戴された。継体天皇である。神武天皇以来の直系は継体天皇の系統が継承し、今に至っている。なお、五世の孫からの即位は唯一であり、この先例が、直系ではない皇族は五世までに臣籍降下する原則の根拠となっている。 ちなみに、継体天皇と武烈天皇は十親等離れている。それこそ血の濃さを持ち出すなら、「ほぼ他人」である。継体天皇から光格天皇まで、傍系継承は何度かある。むしろ古代や中世においては、誰の系統が直系を継承するのかで、皇位継承が争われてきた。新年一般参賀に訪れた人たちを前にお言葉を述べられる天皇陛下と皇后さま(当時)=2019年1月、皇居(佐藤徳昭撮影) その最たる例が、壬申の乱(672年)だ。その壬申の乱は「天智天皇が勝った」と言えば驚かれるだろうか。第38代天智天皇の崩御後、息子の大友皇子(明治3年に弘文天皇の名が贈られた)と弟の大海人皇子(天武天皇)が皇位を争った。践祚した大友皇子に対し大海人皇子が兵を挙げ、自害に追い込み自らが即位する。その後、皇位は天武天皇の系統が継承した。天皇の崩御後は皇后が持統天皇として即位したが、以後の奈良時代の天皇はすべて天武天皇の男系子孫である。天武朝とも呼ばれる。奈良時代は女帝が多いが、天武天皇の直系を守ろうとしたからである。 ところが、健康な男子に恵まれず、称徳天皇の代で途絶えた。この女帝のときに道鏡事件が起きるのだが、「皇位を天智系に渡すくらいなら」との執念すら感じられる。もちろん、民間人の天皇など認められず、皇位は天智天皇の孫(施基親王の皇子なので男系男子)の光仁天皇が継承した。ここに天武朝は途絶え、直系は天智天皇の系統に移った。これが「壬申の乱は天智天皇が勝った」と評するゆえんである。臣民の責務とは ちなみに、女系を持ち出すなら、第43代元明天皇は天智天皇の娘である。第44代元正天皇は、元明天皇と草壁皇子の娘で、天智天皇の孫娘だ。よって、女系では天智天皇の子孫である。しかし、当時は早逝した草壁皇子の系統にいかに直系を継承するかが、天武朝の悲願だった。草壁皇子は天武天皇の息子である。女系でよいなら、天智系と天武系の血で血を洗う抗争は何だったのかと、古代史の門外漢の私ですら思う。皇室が女系で構わないと主張したいなら、古代史を書き換えてからにしていただきたい。 そして、天智朝にしても天武朝にしても、第34代舒明天皇の男系子孫であることには変わりないが、いずれが直系かをめぐり、100年の抗争を繰り返したのだ。それほどの抗争を繰り広げながらも、男系継承の原理を守ってきたので、皇室は続いてきたのだ。 このように、どの天皇の系統が直系を継承するかをめぐり争った歴史は何度かある。第63代冷泉天皇と第64代円融天皇の系統は、交互に天皇を出し合っている。この「両統迭立」は、円融天皇の孫の第69代後朱雀天皇の系統が直系を継承する形が成立するまで続いている。 自分の子供に継がせたいとする感情は、皇室でも同じなのだ。院政期の抗争もそうだ。それは保元の乱で爆発したが、院政期は常に抗争が繰り広げられた。鎌倉時代の両統迭立は南北朝の動乱にまで発展した。そして、大覚寺統(南朝)の中でも、持明院統(北朝)の中でも、直系をめぐる争いはあった。 北朝第3代崇光天皇は動乱の中で南朝に拉致され、そのまま廃位された。皇位は弟の後光厳天皇が継ぎ、直系はその系統に移った。しかし、後光厳天皇の直系が絶えたとき、崇光天皇の曽孫の彦仁(ひこひと)親王が即位された。後花園天皇である。崇光天皇が皇位を奪われてから、77年ぶりの奪還である。 戦国時代以降は、ここまでの激しい皇位継承争いはない。むしろ、皇統保守のために、宮家の方々は天皇陛下をお守りしてきた。江戸時代、幕府の圧力から朝廷を守った後水尾天皇にも、皇室の権威を回復した光格天皇にも、優れた皇族の側近がいた。後水尾帝を支えた近衛信尋は臣籍降下した天皇の実弟であるし、光格天皇は自身が閑院宮家において直系断絶に備えていつでも皇位継承できるよう準備をされていた。陛下御一人では、皇室は守れない。皇族の方々の御役割とは、かくも大きいのだ。 先帝陛下には先の美智子陛下がいらっしゃった。今上陛下を支える筆頭は、東宮となられた秋篠宮殿下である。将来、悠仁親王殿下が皇位を継がれ、日本国は守り継がれていく。お茶の水女子大学附属小の卒業式を終えられた悠仁さまと秋篠宮ご夫妻=2019年3月、東京都文京区(代表撮影) さて、ここまで皇室の歴史を簡単に振り返ったが、「愛子天皇」待望論を唱える者たちは、今の皇室の直系をなんと心得るか。いずれ皇統の直系が悠仁殿下の系統に移られたとき、愛子内親王殿下も陛下をお支えする立場にある。 それを、畏(おそれ)れ多くも悠仁親王殿下がおわすのに、どういう了見か。直系を悠仁親王殿下から取り上げようと言うのか。 もう一度、壬申の乱を起こしたいのか。それとも保元の乱か。はたまた、南北朝の動乱を再現したいのか。 今この状況で、「愛子天皇」待望論を唱える者たちよ。貴様たちは自分の言っていることが分かっているのか。 悠仁親王殿下につながる直系をお守りする。これが、臣民の責務である。■ 「眞子さまへの純真は本物か」小室圭氏よ、試練を歩み解を出せ■ 女性宮家の創設とは「制度化された道鏡」に他ならない■ 女性宮家以外にも「皇統の断絶」を防ぐ手立てはある

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    皇室の危機は一目瞭然、「愛子天皇」待望論の答えは一つしかない

    高森明勅(皇室研究家) このところ「愛子天皇」待望論が高まっているという。当然、予想できたことだ。 5月1日に皇太子殿下は即位されて126代の天皇になられた。新天皇にはご健康でご聡明(そうめい)なお子さまがいらっしゃる。ならば、そのお子さまに次の天皇になっていただきたいと願うのは、皇室を敬愛する国民の心情としてごく自然だろう。 そのお子さまが男子か女子かは、差し当たり二の次と考えられるはずだ。なぜなら、男女の区別よりも天皇との近さ、皇位との距離感こそが、優先されるからだ。 今の皇室典範も明治の皇室典範も、皇位継承の順序において、天皇の子(皇子)や孫(皇孫)を優先する「直系」主義を採用している。その理由は何か。1つには過去の伝統を尊重したため。もう1つは国民のそうした素直な感情に立脚したためである。 だから、「愛子天皇」待望論が浮かび上がってくるのは、決して不思議ではない。 それに加えて、秋篠宮殿下のご即位の先行きが不透明という事情がある。 皇太子殿下が即位されると、同じ瞬間に秋篠宮殿下は「皇嗣(こうし)」になられる。しかし、皇嗣というのは、ある時点でたまたま皇位継承順位が第1位である事実を示すにすぎない。次の天皇であるべきことが確定している「皇太子(または皇太孫)」とは立場が異なる。 天皇の弟で皇嗣の場合は歴史上、「皇太弟」という立場があった。このたびの皇室典範特例法でも、秋篠宮殿下の皇位継承上の地位を固めるためには、そうした称号を新しく設けるべきだった。だが、秋篠宮殿下ご本人が辞退されたと伝えられる。「皇太子になるための教育は受けてこなかったから」と。 常識的に考えて、秋篠宮殿下を単に「皇嗣」として、特段の称号を用意しないという法律の作り方は、かなり非礼な扱い方と言える。当事者のご意向を前提としなければ、こうしたやり方は一般的に想定しづらい。だから、そこに秋篠宮殿下のお考えが反映されている、と推測するのが自然だろう。 それが事実だとすれば、重大事だ。言うまでもなく、「天皇」という地位は皇太子(皇太弟)などより遥かに重い。ならば、皇太弟すら辞退された方が、そのまま天皇に即位されるというシナリオは、いささか考えにくいのではあるまいか。 その上、皇太子殿下と秋篠宮殿下はご兄弟で、ご年齢が近い。皇太子殿下が今上陛下と同じ85歳まで在位された場合、秋篠宮殿下は79歳または80歳でのご即位となる。さすがにそれは現実的には想定しにくいだろう。 そうかといって、皇太子殿下がまだまだご活躍いただける年齢で、早めに皇位を譲られるというのも、今回のご譲位の趣旨から外れてしまう。平成最後の「歌会始の儀」を終えて退席される天皇、皇后両陛下と皇太子さま、秋篠宮さま=2019年1月16日、皇居・宮殿「松の間」(代表撮影) 皇室典範には、「皇嗣」に「重大な事故」がある場合は「皇室会議の議により」「皇位継承の順序を変えることができる」という規定がある(第3条)。したがって、今の制度のままでも、秋篠宮殿下がご即位を辞退されるという場面は、十分にあり得る。と言うより、先の年齢的な条件を考慮すれば、その可能性はかなり高いだろう(朝日新聞4月21日付1面に、こうした見方を補強するような秋篠宮殿下のご発言が紹介された)。そのようであれば、愛子内親王殿下への注目はより高まるはずだ。「属人主義」に陥るな ただし、くれぐれも誤解してはならないのは、皇太子殿下の「次の」天皇については、具体的な誰それがよりふさわしい、といった「属人」主義的な発想に陥ってはならないということだ。 そうした発想では、尊厳であるべき皇位の継承に、軽薄なポピュリズムが混入しかねない。そうではなくて、皇位の安定的な継承を目指す上で、どのような継承ルールがより望ましいか、という普遍的な問いに立ち返って考えなければならない。 そもそも、皇位継承資格を「男系の男子」に限定したのは明治の皇室典範が初めてだった。しかも、明治典範の制定過程を見ると、2つの選択肢があった。 ①側室制度を前提とせず、非嫡出の皇位継承を認めないで、「男系の男子」という制約は設けない。 ②側室制度を前提とし、非嫡出にも皇位継承資格を認めて、「男系の男子」という制約を設ける。 これらのうち、①は明治天皇にいまだ男子がお生まれになっていない時点でのプランだった。しかし、その後、側室から嘉仁親王(のちの大正天皇)の誕生を見たため、①が採用される余地はなくなった。 ところが、今の皇室典範はどうか。 ②の「男系の男子」という制約は明治典範から引き継いだ。一方、それを可能にする前提条件だった側室制度プラス非嫡出の皇位継承は認めていない。つまり、①の前段と②の後段が結合した、ねじれた形になってしまっている。 ③側室制度を前提とせず、非嫡出の皇位継承を認めないで、しかも「男系の男子」という制約を設ける。 率直に言って、このようなルールでは皇位の安定的な継承はとても確保できない。 過去の歴代天皇の約半数は側室の出(非嫡出)であり、平均して天皇の正妻にあたる女性の4代に1人は男子を生んでいなかった。傍系の宮家も同様に側室によって支えられていた。 したがって、③をこのまま維持すると、皇室が行き詰まるのは避けられない。もし皇室の存続を望むならば、明治典範制定時の①と②からどちらを選ぶか、改めて問い直さなければならない。 しかし、いまさら②が前提とした側室制度を復活し、非嫡出による皇位継承を認めることができないのは、もちろんだ。何より皇室ご自身がお認めにならず、国民の圧倒的多数も受け入れないだろう。側室になろうとする女性が将来にわたって継続的に現れ続けるとは想像できないし、逆に側室制度を復活した皇室には嫁ごうとする女性がほとんどいなくなるだろう。 そのように考えると、答えは自(おの)ずと明らかではあるまいか。皇太子さまと資料を見ながら修学旅行について話をされる皇太子ご夫妻の長女、敬宮愛子さま=2018年11月25日、東京・元赤坂の東宮御所(宮内庁提供) 「愛子天皇」待望論についても、目先の週刊誌ネタなどによって短絡的に判断するのではなく、持続可能な皇位継承のルールはいかにあるべきかという、広い視点から慎重に評価されるべきだろう。■ 「眞子さまへの純真は本物か」小室圭氏よ、試練を歩み解を出せ■ 女性宮家の創設とは「制度化された道鏡」に他ならない■ 女性宮家以外にも「皇統の断絶」を防ぐ手立てはある

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    「愛子天皇」を実現させる令和おじさんの布陣

    た。女性天皇待望論が自然に湧き上がってきたのも当然であろう。 しかし、小泉内閣が実際に皇位継承問題を政治日程にのせたのは、2004年のことである。実はそれ以前の1997年、橋本龍太郎内閣の下でひそかに、皇室典範を所管する内閣官房を中心に、宮内庁と内閣法制局から有能なスタッフを集め、極秘の研究会を組織していた。 研究会は当時の古川貞二郎内閣官房副長官が故橋本首相の了解を得てスタートした。研究会のメンバーで研究の中心にあった宮内庁OBによると、研究会は2001年末の愛子さまご誕生により世論の動向を見極めるため一時中断され、2003年に再開、翌2004年に皇室典範の改正案を取りまとめた。その経緯についてはかつて毎日新聞が詳報したほか、本年3月下旬には政府の関係文書の存在が共同通信により明らかにされた。 2004年12月に発足した小泉首相の私的諮問機関「皇室典範に関する有識者会議」のたたき台となったこの改正案は大筋、有識者会議の最終報告書に反映され、女性・女系天皇を容認する方針が確定した。有識者会議では、すでに女性宮家の創設も検討され、女性天皇のみならず女性天皇の配偶者や皇室に将来、男子が誕生した場合についても織り込み済みとされた。しかし、男系維持を掲げる保守系の団体や国会議員が猛反発する中、2006年2月の秋篠宮妃紀子さまのご懐妊発表により、同改正案は棚上げされた。 すでにこの頃から、筆者は特定の皇族の即位を前提とした議論は危ういと考えるようになった。安定的な皇位継承のための制度設計には、冷静な判断と静かで落ち着いた議論の環境が必要である。こうした考えに今も変わりはない。そのため、率直に言って「愛子天皇」待望論に安易にくみすることはできない。何より皇位継承問題は国家の根幹にかかわる重大な課題だからである。皇后になられた雅子さまの心身のご健康などを考慮すれば、なおさらであろう。皇室典範に関する有識者会議で最終報告書を小泉純一郎首相(右)に手渡す吉川弘之座長=2005年11月、東京・首相官邸(門井聡撮影) われわれ日本人にとって皇室とは何か。天皇や皇族からなる皇室の歴史を振り返れば、日本が危急存亡の秋(とき)にわが国を守ったのが天皇や皇室の統合力であったことに気づかされる。かつて福沢諭吉は『帝室論』の中で「帝室は政治社外のものなり」とし、政治が皇室の尊厳やその神聖さを侵すことがあってはならないと警鐘を鳴らした。新天皇の課題 皇室の存在意義は、政治を超越した立場から社会秩序の維持に寄与することにある。戦後、福沢の描いた皇室像は、現行憲法の定める象徴天皇制度としっかりと結びついた。こうした福沢の思想を継承したのは、慶應義塾長(現慶応大)の小泉信三である。小泉は東宮御教育常時参与として、皇太子時代の上皇さまとともに福沢の『帝室論』を音読し、帝王学を施した。福沢の皇室像は戦後の象徴天皇を先取りしていたといえよう。 象徴天皇制度の下での帝王学は、天皇と国民との相互作用から天皇ご自身で体得されてゆく側面が大きい。すなわち、象徴天皇のあり方は、天皇自らが国民とのふれあいを通じて模索されるべきものである。上皇さまはいみじくも、「天皇像を模索する道は果てしなく遠く」と述べられた。その時代時代に合った象徴のあり方が模索されねばならないということであろう。 よって、いかに国民との関係を構築してゆくかは、陛下の最大の課題といっても過言ではない。同時に、日本国憲法1条は、天皇は「日本国と日本国民統合の象徴」であり、「この地位は、主権の存する日本国民の総意」に基づくと規定されており、われわれ国民もしっかりと主権者の自覚を持ちその責任を果たさなくてはならない。 現在の皇室は大きな不安を抱えている。いうまでもなく、それは皇統断絶の危機にほかならない。今世紀に入り、愛子さま、悠仁さまが生誕したとはいえ、若い世代の皇族方の多くは皇位継承権を有しない内親王や女王であり、年配の皇族方の薨去(こうきょ)や女性皇族の婚姻に伴う皇籍離脱により皇族の減少に歯止めがかからない。 皇族減少への対応の必要性については、小泉内閣、野田佳彦内閣、安倍晋三内閣の共通認識となっている。それぞれの内閣において、女系拡大論や女性宮家の創設などによる皇位継承の安定化や天皇の公務の負担軽減が議論されてきた。しかし、いざ皇位の安定継承策を議論すると、イデオロギー対立の先鋭化とともに国論がなかなかまとまらない。日本の大切な宝であり、国家・国民統合の象徴である皇室を守るためには、養子の解禁と一代限りの女性宮家の創設を組み合わせるなど思い切った皇室制度の改革が求められよう。慶応大学三田キャンパス内にある福沢諭吉の胸像=2008年10月、港区三田の慶應義塾大学内(大山実撮影) 3月18日の参議院予算委員会で、菅義偉官房長官は5月1日の陛下即位後、速やかに皇位の安定継承策について検討に入る意向を表明した。その後、メディアはさまざまな憶測記事やうがった見方を報じているが、あの菅氏が何の根拠もなくああした踏み込んだ発言をするはずがない。 2016年から翌17年にかけての「退位特例法」成立に向けた菅氏の手綱さばきは実に見事であった。これまでの経験を踏まえれば、皇位継承問題を前進させるには、長期安定政権でしかも内閣官房が指導力を発揮しないと成果をあげることは難しい。鍵は「旧自治省シフト」 皇位継承安定化策の立案をめぐっては、内閣官房のうち、とりわけ重要なのが内閣総務官室である。そのトップである内閣総務官(かつての首席内閣参事官)は次官級コースとされ、現に野田内閣の二人の内閣総務官はそれぞれ厚生労働審議官、内閣府事務次官に栄進した。現職の宮内庁長官も内閣府事務次官からのぼりつめた旧自治官僚であり、安倍内閣で辣腕(らつわん)をふるい「退位特例法」を成就させた内閣総務官と内閣審議官もまた旧自治省出身で、おのおの内閣府事務次官や内閣法制局の主要ポストに異動している。 菅氏の強力なリーダーシップの下に上記のような「旧自治省シフト」を動員し、大島理森衆議院議長を中心に国会とも緊密に連携すれば、事態は大きく動くと筆者は期待する。もはや「旧自治省シフト」は内閣官房のみならず、宮内庁や宮内庁が設置されている内閣府、さらには内閣法制局をも席巻している。これを警察庁OBがバックアップする格好だ。 そもそもこの問題は政治家にとって「リスクが大きい割に票にならない」ため、これまで率先して問題解決に取り組もうという内閣は少なかった。しかし、政府が手をこまねいているうちに、若い世代の女性皇族の婚姻に伴う皇族の減少はさらに深刻化していった。もはや待ったなしといっても過言ではあるまい。安倍内閣が同問題を先送りすれば、将来皇統断絶の危機に直面したとき、同内閣の不作為はまちがいなくやり玉にあげられよう。 もはや水面下では皇位継承安定策がかなり具体化しているはずである。確かにかつての民主党や民進党が熱心に取り組み、「退位特例法」の付帯決議にまで盛り込んだ女性宮家の創設は将来、女系拡大につながる可能性がある。よって、少なくとも「一代限り」といった条件付けが必要となろう。 一方、皇室典範9条が禁じる養子を解禁する方策はどうであろうか。養子といってもさまざまな形態があり、女性皇族との婚姻を前提とした婿養子には、婚姻を「両性の合意のみ」と規定する憲法24条が適用されることになる。現在のままではいずれ絶家となる運命の三笠宮家や高円宮家が養子をとることの方が現実的かもしれない。その場合、緊急避難的措置として特例法を用いることも選択肢の一つであろう。静養のため、JR長野駅に到着された皇太子ご一家=2019年3月、長野市(代表撮影) ここのところ、秋篠宮家をめぐる報道や愛子さまの高評価を伝える記事が散見される。しかし、これらは事実上の問題であって、制度上の問題ではない。もちろん象徴天皇制度を念頭に置けば、世論の動向は無視しえないが、やはり制度設計にあたってはいったん両者を切り離した上で冷静な議論が求められる。いずれにせよ、事の成否は安倍総理の決断と「令和の顔」となった菅氏の手腕にかかっているといえよう。■語り継がれる「天皇の旅」 批判はあっても膝をつかれた陛下のスタイル■新元号「令和」公表にチラつく支配欲と主導権争い■「天皇はかくあるべし」上から目線の知識人が錯覚した陛下のお気持ち

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    「令和おじさん」菅義偉、そろい始めたポスト安倍の3条件

    7年は第1次安倍内閣の下で行われ、安倍晋三首相退陣の引き金ともなった。 選挙は歴史であり、その時々の政治事情が色濃く反映する。地方組織がフル回転しないで自民党の議席が伸び悩む、という仮説に対しては、「言い過ぎではないか」との批判も寄せられている。 2019年、統一地方選の前半戦では、41道府県議選で自民党が1158議席を獲得した。過半数に達し、15年の前回選挙の獲得議席を上回った。だが、「大乱の前兆」を感じ取った人も少なくないのではないか。 統一地方選で、本人が意識していたかどうかはともかくとして、「令和(れいわ)効果」を見せつけたのが菅義偉(よしひで)官房長官だ。11道府県知事選で唯一の与野党激突となった北海道知事選。自らの主導で38歳の鈴木直道前夕張市長を担ぎ出し、反発して他の候補を模索した自民党の道議会議員らをねじ伏せた。結果は鈴木氏が約162万票を獲得し、野党統一候補となった石川知裕元衆院議員に60万票以上の大差をつけた。 特筆すべきは投票日前日の4月6日、札幌市で行われた演説会に菅氏が登場した時だ。「あ、令和おじさんだ!」と観衆の大注目を浴び、スマートフォンのシャッターがひっきりなしに切られていたという。 もちろん、官房長官としての在任期間は2012年12月26日に就任してから既に6年半になろうとしており、記者会見でのやりとりがしょっちゅうニュースになる。東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者とのバトルでも、ポーカーフェースで淡々とこなす印象が強かった。2014年8月1日、閣議前の写真撮影で、安倍首相、麻生副総理らが不在のため、首相臨時代理として中央に座り、談笑する菅義偉官房長官(酒巻俊介撮影) しかし、「令和」発表記者会見での笑顔がそれを一気に覆した。ふだん官房長官の記者会見を見る人の数とは次元が違う。官房長官が「令和」を掲げた写真の号外は奪い合いの人気となり、「令和おじさん」の名前が一気に広がった。 4月13日に新宿御苑(ぎょえん)で行われた内閣主催の「桜を見る会」でも、菅官房長官との記念撮影のために並ぶ行列がひときわ目立った。政権支える重鎮の失態 それにひきかえ、この間、菅氏と並び「岸破義信」と言われたポスト安倍と目される自民党の岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、加藤勝信総務会長は「令和おじさん」の前に、圧倒的に存在感を欠いた。石破氏は「令和には違和感がある」というようなコメントをして、「これだから、『安倍政治ノー』などと言い続けている左派の連中から支持される野党政治家に成り下がったと言われるんだ」と、党内からもさらに顰蹙(ひんしゅく)を買った。 一方、菅氏と安倍政権を支える「三羽ガラス」麻生太郎副総理・財務相、二階俊博幹事長はどうか。麻生氏は、自らの地元、福岡県知事選で、現職の小川洋知事の対抗馬として元厚生労働省官僚の武内和久氏をぶつけ、安倍首相に直談判して自民党の推薦までもぎ取った。小川氏には、8年前に自分が主導して知事にしたにもかかわらず、補選の際に自分が立てた候補を応援してくれなかった意趣返しといわんばかりだ。 あげくの果てに、麻生氏の元秘書で麻生派所属の塚田一郎前国土交通副大臣が地元の道路建設をめぐり、安倍首相と麻生氏に「忖度した」と発言し、同5日に副大臣辞任に追い込まれた。 結果は小川氏が約129万票に対し、武内氏は約35万票とトリプルスコアで惨敗した。これでは、さすがに傲慢(ごうまん)な麻生氏も「自らの不徳の致すところ」と頭を下げざるを得なかった。 二階幹事長は、統一地方選前半で道府議選で自民党候補が過半数を得た。ところが、地元の和歌山県議選の御坊市選挙区で、鉄壁の当選8期を誇った自らの元秘書の現職が共産党新人の元同市議に敗北するというまさかの結果となった。3年前の御坊市長選で、二階氏が現職に対して長男を立てて敗れたこともあり、地元での対立が共産党候補に敗れるという結果になってしまった。 それに追い打ちをかけたのが、二階派の櫻田義孝五輪相の失言による辞任だ。岩手県選出の高橋比奈子衆院議員のパーティーのあいさつで、「復興よりも高橋さんが大事」と口を滑らせ、事実上の更迭となった。 元はといえば、櫻田氏を閣僚に推挙したのは派閥領袖(りょうしゅう)の二階氏だ。安倍首相は「任命責任は私にある」と殊勝に頭を下げたが、櫻田氏を押し込み、かばい立てした挙げ句にしりぬぐいさせられた二階氏への屈託は察するに余りあるものがある。 麻生、二階の両氏が傷つき、他のポスト安倍候補が存在感を示せない中にあって、菅氏が「令和効果」でダントツのポスト安倍候補に躍り出た。2013年10月、衆院予算委員会に臨み、二階俊博委員長(右)に話しかける麻生太郎副総理・財務金融相(酒巻俊介撮影) 産経新聞社とFNNが2019年4月に実施した合同世論調査では、次期首相にふさわしいとして、菅氏が5・8%の支持を集めた。自民党の小泉進次郎厚生労働部会長の25・9%、石破氏の20・7%らに次ぐ4位に浮上した。昨年10月の調査では、菅氏への支持は2・7%で、全体の6位にすぎなかった。しかも、自民党支持層に限ると、菅氏は9・4%の支持を集めている。 そこで思い起こされるのが、長く官房長官を務めて、首相に駆け上がった福田康夫氏の例だ。福田氏は、2000年10月27日から04年5月7日まで、森喜朗内閣、小泉純一郎内閣の二つの内閣にまたがって1289日間官房長官を務め、第1次内閣での安倍首相の退陣に伴って首相となった。官房長官が首相になれる三条件 官房長官は基本的に、首相官邸から離れることがほとんどできない。したがって、外務大臣のように、外交で華々しい脚光を浴びることもないし、幹事長のように、選挙を仕切って党内からその実力を認められることも難しい。最低限、三つの条件がかみ合わないと、たとえ官房長官を長く務めても、首相になるのは至難の業だ。 その三つの条件は「前職が、かなり急な形で首相の座を降りる形になった」「前職の首相の後を継ぐ政治家として、適材がいない」「官房長官としての手腕を認められており、幹事長経験や重要閣僚の経験がなくても、周囲がその手腕で政権を運営することを期待される」というものだ。 菅氏は5月9日から異例の訪米を行う。もちろん、安倍首相の指示による訪米だが、「安倍首相は、自分が万が一のときに備え、米国に『この政治家もよろしく』とサインを送っている」との見立てもある。当然、米国も菅氏が自らの国益に合致する人材かどうかを徹底的にマークし始めるだろう。 ポスト安倍として実績を伴う存在感がある政治家はいないし、菅氏は官僚への抑えも効いている。第2、第3の条件は整っていると見ていいだろう。そこに、「亥年ジンクス」で自民党の参院選大敗、安倍首相の退陣などという事態になれば、野党支持層に人気の高い石破氏などに絶対に政権は渡せない、という思いが安倍首相にはあろう。 菅氏は秋田県湯沢市の出身だ。これまでの歴代首相の中で、東北出身の首相は岩手県に偏っている。原敬(第19代)、斎藤実(第30代)、米内光政(第37代)、鈴木善幸(第70代)と4人の東北出身の首相はいずれも岩手県出身だ。 「秋田県から初の首相を」という期待は地元ではいやがうえにも高まっている。令和への改元効果と統一地方選による実力者の蹉跌(さてつ)で、菅氏の存在感は高まるばかりだ。 だが、当の菅氏は「絶対にない」とポーカーフェースを貫いている。おそらく、安倍首相が首相である限りは安倍首相を支え続ける、というスタンスを貫き続けながら、ここまで支えてくれた菅官房長官なら、自分の政治を引き継いでくれる、と思ってくれるような安倍首相との信頼関係を何より大事にしているのだろう。 天の時、地の利、人の和。「令和おじさん」への大きな流れができつつある。後継首相として解散・総選挙を打っても、「令和おじさん」のプラスのイメージは計り知れないだろう。選挙に強い、となれば、自分が落選したくない議員たちはますます「令和おじさん」に右に倣(なら)えとなる。2018年3月31日、衆院予算委で自らの携帯電話を楽しそうに安倍晋三首相(左)に見せる菅義偉官房長官(春名中撮影) しかし、菅氏は、こういうときこそ拙速を戒め、自らに課せられた使命を淡々と果たしていくしかないと、自らに言い聞かせているのではないか。一歩一歩、邪心なく安倍首相に仕え続けることが、さらに周囲の期待を高めることも織り込みながら、目立たないようにその時を待つ。 「令和」を掲げたとき以来の笑顔を見せるのは「その時」と、心に秘めているのかもしれない。■「節操のない裏切り者」政治家、細野豪志に同情する■「今の記者クラブはバカの集まり」官邸vs望月記者、舛添要一の苦言■「安倍時代の終焉」が現実的とは言えない理由

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    石破茂まで乗っかったキラーコンテンツ「安倍叩き理論」

    、ワイドショーなどの情報を鵜呑みのする人たちの「疑惑」は全く晴れないだろう。そう考えれば、これは既に政治や経済の問題ではなく、一種の社会心理学の話かもしれない。 そして、この種の「忖度」物語が、容易に生み出せることは自明でもある。なぜなら、安倍首相と何らかの関係のある人物が、「首相に忖度した」とただ言えば、直ちに「忖度物語」が生まれるからだ。この新しいバージョンが、辞任した塚田一郎国土交通副大臣の「忖度発言」である。 発言は、塚田氏が統一地方選の応援に訪れた北九州市内の集会で飛び出した。山口県下関市と北九州市を結ぶ関門新ルート(下関北九州道路)の国直轄調査への移行に関し、安倍首相と麻生太郎財務大臣の地元なので、塚田氏が国直轄のものに「首相や麻生氏が言えないので私が忖度した」という内容だった。 この「忖度」という言葉は、政治的にもマスコミにとっても「キラーコンテンツ」と化している。与党は「忖度」という言葉の利用が新たな「疑惑」を生み出さないかと極度に警戒し、野党やマスコミは「忖度」という言葉に政権批判の足掛かりを見いだそうとする。特にマスコミで目立つのは、朝日新聞、毎日新聞と関係が深い媒体だろう。 事実はどうでもいい。そこに「忖度」という言葉をめぐる狂騒が生まれれば、取りあえず「勝ち」である。 例えば、テレビ朝日のニュースではテロップに「忖度道路」という言葉が使われていた。この種のイメージ報道により、いかにも「忖度」があったかのような印象を視聴者にもたらすだろう。山口県下関市と北九州市を隔てる関門海峡(ゲッティイメージズ) では、実際に、国直轄の調査に引き上げたことに対して、塚田氏が本当に影響力を行使し、またそれが「忖度」だったのか。そもそも、「忖度」したからといってそれがどうして問題なのか、一切不問である。「政権批判」という傾きで、ひたすらイメージが優先されている。野党もマスコミも「忖度」優先 ところが、テレビ朝日のニュースをよく見ると、野党議員も道路建設の取り組みを加速すべきだとの質問趣旨書が出ていたという内容だった。実は、この下関北九州道路は、与野党問わずに地元の政治家や経済団体などが念願していたものだった。その要望書もインターネットで読むことができる。 まさか、野党や地元経済団体などもこぞって、安倍首相や麻生氏の政治的利益を実現するために、この下関北九州道路の推進を求めていたわけではないだろう。それに、地元自治体の調査に対して国費が出ていることが、何か法的に問題なのだろうか。 そのような事実の提起はどこからも行われていない。単に、塚田氏が「忖度」という言葉を唱えたからにすぎない。 もちろん、これは「疑惑」扱いなので、国会でまたもや時間が浪費されることになるだろう。そこでひょっとしたら何か「粗雑な話X(エックス)」というものが出てきたり、「官僚の落ち度Y(ワイ)」や、ユニークな政権批判をする「関係者Z(ゼット)」が出てくるかもしれない。ワイドショーなどのメディアもそれが「利益=視聴率」などに結び付く限り、放送し続けるだろう。 そして、野党はまともな政権奪取の政策もないので、批判のための批判を展開するかもしれない。もし、このように展開すれば、本当に愚かなことだ。 以前から指摘しているが、日本のマスコミが特に安倍政権批判として利用しているのが、「悪魔理論」の応用である。これは経済学者でハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ジェンセン教授が提唱した「ニュースの経済学」に基づく理論だ。 マスコミもその受け手側もともに、ニュースを情報獲得よりも、一種の娯楽消費ととらえている。娯楽には「わかりやすさ」が何よりも重要になる。「悪魔理論」は、社会的事件を善(天使)と悪(悪魔)の二項対立に分けて、ニュースを消費しやすくしてしまう。特に、政府は悪に認定されることが一般的である。記者会見で謝罪する塚田一郎国交副大臣=2019年4月5日 このような善悪の二項対立的な状況は、安倍政権が長期化する中で、マスコミの常套(じょうとう)手段として使われている。新元号の「令和(れいわ)」が発表された際、安倍首相の「成果」を否定するために、反安倍系のマスコミや識者たちがその落ち度を探すのに必死だったことは記憶に新しい。石破氏も乗っかる「悪魔理論」 その象徴が、自民党の石破茂元幹事長の「違和感がある。『令』の字の意味を国民が納得してもらえるよう説明する努力をすべきだ」という発言や、朝日新聞の「国民生活を最優先したものとは言い難い」とした社説だろう。 批判的精神はもちろんいいことだ。だが、その批判的精神も、最近では安倍批判ありきの「アベガー」ばかりだ。いかにも悪魔理論に安易に乗っかった現象とはいえないか。 筆者は、今回の塚田「忖度」発言が、またモリカケ的な話にならないことを願っている。単に政治資源の大きな無駄だからだ。 影響はそれだけに留まらない。今の日本経済は長期停滞からの回復期にある。本当に回復するかどうか、最近の経済情勢に加えて、10月実施予定の消費増税の行方に大きく左右される。 だが、長期停滞から脱出するのであれば、有効な手段となるのが、長期に策定したインフラ投資である。補正予算などの一時的な財政出動よりも、長期間の公的支出の方が停滞脱出に効果があることは、教科書的な常識だ。 実際に、中央大の浅田統一郎教授は「名目国民所得の動きは政府支出の合計の動きと非常にパラレルである。すなわち、政府支出が国民所得にプラスの影響を及ぼすというケインズの『乗数理論』がそれなりに機能している」と以前から主張している。政府支出の拡大と名目国民所得の拡大が一致しているのならば、当然に前者を持続的に拡大することは長期停滞からの脱出に有効である。それには、もちろん日本銀行の金融緩和政策が大前提となる。松江市で街頭演説する自民党の石破元幹事長=2019年4月4日 インフラ投資である下関北九州道路が地元経済への影響、災害時のバイパスとしての利用価値など、多基準による判断で今後検討されるべきだと思う。だが、それが冷静に認められる環境になるのかどうか。モリカケの狂騒を繰り返さないことを望みたい。■ 「加計ありき」で発狂するワイドショーの安倍叩きがヒドすぎる■ 石破茂さん、菅野完のインタビューまで受けてどうする■ 加計理事長にも「悪魔の証明」を求める愚劣な論調

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    いい加減「大阪都構想」3つのウソを直視せよ

    すポジションを取り替えて出馬したことにある。こうして異例のダブルクロス選挙となった。 一般論として、政治家である知事と市長がその政治的信条から別の職をルールに沿って目指すことに違和感はない。 しかし、今回のダブルクロス選挙は、11月に予定されている選挙を前倒しすることで経費の節減になるからだと公言されていることは理解できない。民主主義のルールは選挙経費より尊重されなければならない。 実態は、都構想の行き詰まり打開のために府・市の議員選挙との相乗効果を狙うとともに、相手陣営の機先を制しようとする党利党略に基づく奇策であるとしか考えられない。  ここで都構想をめぐる動きと今回のダブルクロス選挙に至る経緯を簡単に要約しておきたい。 都構想は2015年5月の住民投票で否決された。しかし、同年11月のダブル選挙で再度都構想を公約に掲げる大阪維新の会の松井一郎氏と吉村洋文氏がともに知事と市長に当選し、再び挑戦が始まった。 2017年6月には大都市制度(特別区設置)協議会(略して「法定協議会」)が設置され、今年3月まで23回の協議が重ねられた。特別区設置協定書の作成を目的とする協議会であるが、その構成員20人は府・市の首長と議員のみで構成されており、最終局面が近づくにつれて政治的対立が表面化することは避けられないと予見されていた。「大阪都構想」を議論する法定協議会が開かれた=2019年1月29日、大阪市中央区の大阪府庁(彦野公太朗撮影) 昨年までは事務局(府・市共同設置の副首都推進局)が項目ごとにたたき台となる考え方を提示し、委員との質疑応答を重ねてきた。その取りまとめとして「副首都大阪にふさわしい大都市制度《特別区(素案)》」がある。協議をする上での「たたき台」であり、大阪都構想の概要はこれによって知ることができる。分厚い資料は難解だが、その核心は大阪市を廃止し、その事務事業を府移管分と新たに基礎自治体となる60万~70万の人口規模の四つの特別区とに仕分けすることにある。 そしてその裏付けとなる財源は、府は市の有力財源である法人市民税、固定資産税、都市計画税、事業所税などで賄い、特別区は個人市民税などの限られた市町村税のほか、府から交付される財政調整財源に大きく依存する(地方交付税の直接交付はない)。実質的に府の管理下に入り、財政自治のない特別区は真に基礎的自治体といえるのか疑問である。混乱の始まり 淡々と回を重ねてきた法定協議会であるが、年末からの余震に続いて今年に入ると、会の進行などをめぐって不満が噴出し混乱が始まった。その原因は、①代表者会議のあり方②議会日程との調整③協定書のまとめ方、などをめぐってであった。 その根底には、委員間討議を早急に行って協定書を取りまとめ住民投票に持ち込みたい大阪維新の会、反対ではあるが素案についてより熟議を求める公明、都構想そのものに反対する立場から採決による決着を求める自民と共産、という委員間の対立の構図があった。 こうした経緯を経て、3月7日の法定協議会において今井豊会長(大阪維新の会)は「今後のスケジュール『工程表』(会長案)」を提案し採決が行われた。 その内容は、統一選挙後の5月から6月にかけて4回の協議会を開催して審議の到達点や方向性を確認の上6月には協定書(案)を取りまとめ、再開後第5回の法定協議会で協定書を決定、直ちに所定の手続き(議会での審議など)を経て本来の知事・市長のダブル選挙日であった11月24日に再度の住民投票を実施するというスケジュール案であった。 採決の結果は反対多数で否決された。 そしてこの結果を受けるかたちで翌3月8日に知事と市長は辞意を表明した。 今回の知事、市長、府議会議員、市会議員の選挙結果は、都構想論議の今後(終結か継続か)に決定的影響を与える重要な選挙となった。入れ替えダブル選への立候補を表明し、記者会見する大阪府の松井一郎知事(左)と大阪市の吉村洋文市長=2019年3月8日、大阪市中央区(彦野公太朗撮影) しかし、そもそも都構想には懸念が多い。都構想をめぐる「軽視・錯覚・誤解」について指摘したい。 都市ではヒト・モノ・情報が激しく流動し、相互依存関係を高めながら密集した場が形成され、そこで経済活動や市民生活が営まれる。そしてこれらの活動は多岐にわたる公務や都市装置の集積によって支えられている。 指定都市である大阪市は、多様な事務事業の担い手である有機的総合行政体として重要な役割を果たしてきた。 大阪市政130年の歴史は自治権拡充を求める歴史でもあった。戦前からの大都市の特別市制確立運動は、戦後、地方自治法上で特別市が条文化されたものの、五大府県と五大市との激しい対立によって特別市制は実現せず、代ってその妥協の産物として1956年に指定都市制度が創設された。事務権限移譲の流れは、国から地方へ、府県から市町村へ、をキャッチフレーズとする分権改革の流れに沿って今日なお途切れることなく続いている。 大阪都構想はこの流れを逆流させようとする動きである。この逆流は、一度は2015年の住民投票で反対多数の結果となったことで解消したかに見えた。しかし、その後のダブル選挙で都構想を目指す知事、市長が当選したことで、再び大阪の地方政治はこの問題に政治的エネルギーと行政資源を注入することとなった。都構想3つの真実 なぜいつまでもこの論議が延々と続くのか。 都構想の深層がよく理解されないままに、その深刻さは軽視され、錯覚や誤解が渦巻いているからではないだろうか。 以下、都構想の真実をこの観点から3点に絞って論じることとしたい。 一つ目は、合併を「足し算」と例えると分割は「割り算」であり、この二つは全く次元の違う問題であるということだ。市町村の廃置分合には、①分割②分立③合体④編入、の四つのパターンがあるが、昭和の大合併、平成の大合併の実態は③か④であって、基礎自治体が解体され、複数の基礎自治体となった前例を知ることはできない。 ③と④はいわば「足し算」による合併であり、②は分家する「引き算」、①は「割り算」に例えることができる。 大阪市を廃止し4特別区を設置するということは、①の分割に該当し、しかも市を廃止し複数の市を設置する(前記②)のではなく、その事務権限を大幅に縮小した基礎自治体(市町村以下と言ってよい)に転換しようとするものである。前例のない分割であるが、特別区への分割は「ありえない」ほど深刻な分割問題であるという認識を共有することが、議論の出発点とならなければならない。 合併は合意形成など苦労の多い大事業であるが、合併するA市とB町・C村の間には、同じ基礎自治体としての「行政の同質性と連続性」が確保できる。国による交付税措置や法的バックアップもあった。 しかし、大阪市の廃止・特別区設置(分割)には行政の連続性や同質性はなく、大阪市のヒト・カネ・モノ・システム・公文書などあらゆる行政資源をそれぞれの特別区へと選別解体する作業をともなう。しかも合併のような財政支援もない。 この「割り算」作業が現実問題としてスムーズに実現するとは思えない。反対派の集会「大阪市をなくすな!5/10市民大集会」で会場に掲げられたのぼり=2015年5月10日、大阪市北区(安元雄太撮影) 特別区移行の日(設置の日となるXデー)まで大阪市政は、直前までの指定都市としての役割に加えて、特別区への移行作業を全組織をあげて担わなければならない。Xデーには選挙で選ばれる特別区長も区議会の議員もいない。選出される日まで大阪市長が職務代理者となり移行作業の指揮をとらねばならないのだ。この二重の負担に耐えうるのか。 一方Xデーには、解体される大阪市の職員は、前日までの職務を終結させて、全員が大阪府、4特別区、そして前例のない一つの自治体にも比肩するマンモス一部事務組合へと配置替え、大異動が行われる。前後して書類・備品などの移管が必要である。今どき配送業者がタイミングよく確保できるかも心配だ。分割にともなう財政負担も甚大である。 さらに、混乱する職員に輪をかけて困惑するのは市民である。混乱ぶりが目に浮かぶではないか。行政は1日の停滞も許されない。 Xデーが万博前ともなると、万博への大きな悪影響も避けがたい。「割り算」と「足し算」とは次元の違う問題であることが認識されなければならない。 上記は一つのシミュレーションだが、移行期間そして大阪市廃止後の長期にわたる混乱に思いの至らない構想は大阪市民をミスリードする政治的ゲームの道具以外のなにものでもない。市民を欺く説明 大阪市を一度解体するということは、再び大阪市に戻ることのできない「片道切符」の制度であり、特別区は仲間のいない孤独な「異端自治体」であることの覚悟も重要である。特別区を「中核市並みの自治体」であるとの説明も市民を欺くものだ。消防も水道も分担せず、課税権も制約された基礎自治体は並の市町村以下の自治体である。 二つ目は、東京都区制度と大阪都構想は似て非なる制度である点だ。大阪府市再編による大阪市廃止・特別区設置構想が大阪都構想と称されて久しい。だが、この構想は、府市関係が府・4特別区の関係に移行するだけで、そこに「都」は存在しない。東京一極集中の勢いにあやかろうとする市民を欺く詐称である。 大阪市というビッグネームはなくなり、大阪府北区(仮称)などと個性のない半人前の基礎自治体に変換されるわけである。一方的に「広域」と仕分けされた市内の事務事業は府に移管され、調整財源の配分の主導権も府に握られた状態で、府内人口の30%、面積で10%程度の特別区民の府議会での立場は常に少数である。東京都23特別区が70%近い人口割合を占めているのと対比しても格段の差があるのである。 また、東京と大阪では、戦前、戦後の自治制度についてそれぞれ独自の軌跡を歩んできたという歴史の重みを忘れてはならない。 戦前東京、京都、大阪三市の区は法的に法人区であったが、東京市の区が区会をもち自治区と学区(区が単位)の議決機関としての役割を果たしてきたのにたいして、大阪市では区内に多数の学区が存在(1927年廃止時点で65の小学校学区)したものの区に区会はなく、区は行政区であった。市政としての統一性と総合性が重視されてきたのである。 さらに忘れてはならないのは財政力の違いで、東京23区と大阪4区とでは格段の差があることは明らかである。東京都区は地方交付税の不交団体であるが、大阪は府・市ともに交付団体で地方交付税に大きく依存した財政であるという違いがある。大阪の特別区は、大阪府・市分として府に交付されたものが調整財源に組み込まれるにとどまり、地方交付税の財源保障と特別区財政との直接の結びつきはない。開票作業を行う職員ら=2015年5月17日、大阪市淀川区の同区民センター(恵守乾撮影) また、法人市民税、固定資産税、都市計画税、事業所税といった有力な都市的税目はことごとく府税に移譲され、この結果特別区が課税する税は住民税中心となるが、この点でも23区と大阪市では税収水準に大きな格差があることが知られている。 2018年の『個人所得指標』によると、人口1人あたりの住民税課税対象所得は、全国平均を100として、東京23区平均が163・2に対して大阪市は全国平均を下回る93・9の指数となっている。東京23区は大阪市を1・7倍強上回っている。 特別区になることで成長するといった単純な話ではない。二重行政は理由にならない 三つ目は感覚的な「二重行政」論についてである。かつて大阪の二重行政を象徴する事例として流布されたのは、狭い市域に府立と市立の図書館と体育館が二つ併存しているということであった。だが、今日これを口にする人は稀(まれ)である。 なぜ変わったのか。それが必要で大切な役割を果たしていることが広く認知されているからである。類似した行政と二重行政とは違うにもかかわらず、「為にする」二重行政探しが今日なお続き、改悪としか思えない統合・合併が進められ検討されている事例が見られる。 府県と市町村の役割分担の基本は地方自治法と個別の法令で定められており、自治事務の中にはある意味で類似行政が存在する。しかし、これらが直ちに非効率や無駄というわけではなく、「多々益々(ますます)弁ず」と評価されるものもある。その評価は、有用か無用か有権者市民によって判断されるべきものであって、政治的に仕分けすべきものではない。 かつて地方制度調査会は、1970年の「大都市制度に関する答申」において、現地実地調査を踏まえ、大阪府市について、「市は都心部の再開発に専念し、府は周辺地域についての市町村行政を補完し、都市の経営に当たっているという現在の行政体制は府市の二重行政という理論上の問題があるにもかかわらず、その運営の実態においては、地域的な機能分担を図りつつ、それぞれの大都市問題の効率的処理に努力している状況を認めることができる」と述べている。日本万国博覧会開催を正式に承認され、中馬肇大阪市長から国際電話で承認を喜びあう左藤義詮知事=1966年5月12日、大阪市 また、当時左藤義詮(ぎせん)府知事が語った行政哲学「内野・外野守備論」がある。大阪市は都心部の再開発に専念し、外野である周辺都市で府は先行的に都市整備を行って副都心を育て、多核心都市への成長に努める中で府市連携を図るというものであった。この府市の役割分担の基本は今日なお存続しているものである。 1970年万博の地元受け入れ体制は、左藤知事と中馬(ちゅうま)馨市長との府市連携のもと、万全を期し成功に導いた。 いずれにしても二重行政問題は軽々と感覚的に論ずべき問題ではない。二重行政を理由に、府市再編により大阪市を廃止する必要があるとの論理には飛躍があり、人々をミスリードするものだ。■大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし■「橋下徹のしょぼい提案」をスケールのでかい構想に変える秘策がある■大阪が副首都になれば、日本はこんなにも変わる

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    「橋下政治」を終わらせてはいけない理由はこれだけある

    、副首都形成、二眼レフ国土構造への転換のきっかけとなるかだ。もう一つは、自民長期政権による「改革なき政治」の風土を一掃する機会になるかどうか。安倍政治と一線を画し、大阪独自の都構想を進める「維新政治」が大きく広がるかどうかだ。 当然、その選択はすべて有権者の投票行動に託されている。世の中では「東京一極集中」はけしからん、日本を歪めている「諸悪の根源」人口減の加速は、出生率ワーストワンの東京がブラックホールのように若い人を飲み込むからだ、と口をそろえて言う。 そこで、しからばどうするか聞くとみな黙ってしまう。国会での質疑もここはスルーだ。東京一極集中論議などどこ吹く風、相変わらずの「サービスは大きく、負担は小さく」との手品師のようなポピュリズム合戦を繰り広げている。 所得格差、機会格差を縮めるには教育の無償化も有効だが、これが人口減対策だと言われてもそうは思えない。選挙前のバラマキではないか。大都市からのUターン希望者にカネを出すというが、これで東京集中が緩むとでも考えているのか。2019年3月、大阪市役所前に設置された統一地方選挙の日程を知らせる看板(南雲都撮影) 地方の雇用の場、若者を吸引できる拠点性のある都市を育てなければならないのに、それを阻むさまざまな規制や集権構造の解体には手を付けない。大借金からどう脱出し、過疎・過密の同時併存する日本の構造的双子問題をどう解決するかという骨太の話もない。 確かに慣れ親しんだ日常を変えるのは容易でない。明治維新から150年、この間、日本はひたすら人は増え、所得は増え、税収は増え、拡大続きの「右肩上がり社会」だった。 しかし、この先は一転、人は減り、所得は減り、税収は減り、縮小続きの「右肩下がり社会」に向かう。下り坂も、年を追う毎に厳しいものとなっていく。80年後、大方の予想では良くて人口8千万人、悪くすると5千万人まで減るという。これをどう捉えるかだ。国土にも定員がある 私は、国土にも定員があるとみる。現状、日本の人口は定員大オーバーだ。府県制の始まった130年前の日本はたった3500万人だった。当時、新潟県が1番で東京府などは9番目。だが、その後、倍々ゲームのように人口爆発となり、1億2800万人に増え「東京大集中」となった。 果たして、この歴史上特異な20世紀の現象を維持するのが正しいのか。むしろ、21世紀に入って急減し始めているこの現象は、国土の定員に向かい正常化している動きと理解できないか。もちろん、急減に伴うひずみの解消は大きな課題だが、フランスを除く先進諸国はおしなべて人口減少期に入っている。 仮に、日本の人口が8千万人に落ち着くとして、今の国内総生産(GDP)500兆円を、ロボットや人工知能(AI)などハイテク技術を駆使して維持できるなら、世界で一番豊かな国になる。1億2800万人が暮らしやすいよう整備した道路、橋、河川、公共施設、住宅、鉄道、新幹線、高速道などさまざまな社会インフラを8千万人で使う。そこにはゆとりと豊かさが生まれる。 日本の人口問題は絶対数の多寡より、極端な地域偏在の方がより深刻な問題である。人口拡張期のトラウマで食うために「景気だ!経済だ!」と成長率ばかり追い求めた20世紀型政治から決別し、賢くたたむ、生活者起点の新たな日本づくりを目指すべきだ。その切り口を、この10年挑んできた大阪の維新政治は示している。大阪都構想はそのモデルとなる。有権者には、この維新改革の本質を見抜いた上での判断を望みたい。 振り返れば、大阪は明治時代に商都として日本一繁栄し、「民都」の魅力を有していた。だが、その繁栄も昭和45(1970)年の大阪万博までだった。半年間で世界から6500万人もの人を集め、昭和39年(1964)年の東京オリンピックをはるかに凌(しの)ぐ影響力があった。 しかし、昭和45年以降、大阪は右肩下がりの時代へ向い、関西経済の長期停滞が続くことになる。その要因の一つは、人々が共有すべき大阪の将来ビジョンがハッキリしなかったことだ。府と市の2元政治が、統合よりせめぎ合ういわゆる「府市合わせ」(不幸せ)構造でマイナスに作用した。 現在、大阪は日本第2の都市とはいえ、本社機能をはじめさまざまな中枢管理機能は東京に奪われ、経済活動の大半は地場の中小企業が中心で低迷している。東京一極集中は大阪凋落の裏返しでもある。生活面も所得、貧困、失業、犯罪、治安、離婚、学力などデータでみる限り、数々の分野でワーストワンに近い数値が並んでいる。 それを、旧来の公共投資を大量につぎ込む方法ではなく、統治の仕組み、意思決定の構造的欠陥を取り払う方法で立て直そうというのが維新政治、「大阪改革」だろう。私はそう見ている。自民政治と一線を画し、地域政党「大阪維新の会」をつくり、大阪の市政・府政改革に挑んできた。それにより二重行政の解消、地下鉄民営化、節減経費を教育投資に振り向けるなど、大阪の都市経営を「身を切る改革」思想で切り盛りしてきた。結果、改革が進み、子供たちの成績ランキングも上がってきている。2012年11月、大阪維新の会の合同集会終了後、握手する橋下徹氏(右)と堺屋太一さん=大阪市内 だが、現段階では、問題の本質が解けていない。構造的に低迷要因である司令塔の2元構造、財政規模もほぼ同じ大阪府と大阪市、その指揮官である知事、市長の2頭立てによる「不幸せ」構造は変わっていない。たまたま知事、市長が意気投合し、目指す改革方向を一体として進め、大阪の都市経営が前進しているに過ぎない。人が変われば、仮に同じ政党に所属していてもこうなる保証はない。 そうではなく、大阪都市経営の司令塔を一本化し、二度と過去に戻さないために、巨大な大阪市を廃止して4つの適正規模の特別区に衣替えし、住民の基礎自治を充実する。一方で、広域行政は府に統合し、大阪全体のかじ取りを担う「大阪都構想」は時宜に叶っている。だが、いよいよ本丸の大阪市解体、特別区創設、府市統合へ進む段階になっていながら、さまざまな抵抗に遭っている。それが今のゴタゴタ騒ぎではないか。それを乗り越えるためのダブル選、クロス選ではなかろうか。守旧派の抵抗の後に何が残る 有権者の多くがこの先「都構想の改革を進めるべし」と判断するなら、大阪はこう変わろう。今のかゆいところに手の届かない大規模市役所に代わり、公選の首長、議会を持つ60万人規模の中核市並みの4つの特別区が生まれ、ゆりかごから墓場まで住民生活の拠り所となる。そこを拠点に教育、医療、福祉、まちづくり、中小企業の支援など住民に直結した地方自治が営まれる。 これまでの大阪市の各出張所に過ぎなかった24行政区と違い、高槻市や豊中市並みの権限を持つ4特別区の誕生で市域に個性的なまちづくり競争が起こり、各区の自治体間競争によりもっと魅力的な大阪づくりが行われていく。図:大阪都構想(現行と対比) 一方で、広域行政の府市を統合すれば、大阪都知事を司令塔に大都市の一体性、リーダーシップが強化され、大規模インフラの整備や都市開発、成長戦略など大阪の方向性は明確になる。大阪全体で見ると、面積も狭く過密に喘いできた大阪市内だけでなく、他の42市町村も含め広い視野に立った広域政策が展開され、関西全体のけん引力が強化されよう。既に都知事一本化から70年経つ東京都政を見れば、そのことがよく分かるはずだ。 幸い今、大阪は上向き始めた。2025大阪万博、統合型リゾート施設(IR)の法整備など都市戦略を組む手立てもそろい始めている。残るはこれを実現できる統治の仕組みを変えるところにある。万博、IR、都構想の3点セットを三位一体で進める、これを「トリプルスリー構想」と呼んでよかろう。このネーミングは前大阪市長の橋下徹氏によるものだ。 万博、IRの2つにメドがついた今、残る大阪都構想も今回のダブル選挙を勝たせ、秋に住民投票の賛成で大きく前に進めたら、大阪は跳躍台に立つ。この流れを止めるべきではない。    「万博には賛成だが都構想には反対!」という意見もあるが、かつての大阪五輪招致の失敗など府市バラバラの政治で自滅してきた轍(てつ)を踏むべきではない。その時代に戻すことは、特定の業界や一部の政治勢力にとって利益かもしれないが、若い人たちを含め大阪市民、府民の全体の利益にはならない。経済界にとってもそうだ。  その点、今回の出直しダブル選は「住民投票をさせまいとする自公勢力との捨て身の戦い」という様相が強い。だが、残念ながら維新政治に代わる対案、大阪の都市経営、将来戦略があっての戦いではない。かつて郵政民営化を断行した際の小泉純一郎首相が唱えた「抵抗勢力」との戦いに近い。守旧派の抵抗の後に何が来るというのだろうか。 私は4年前の住民投票が「都構想」の最終決着とは見ていない。誹謗中傷も含め、流言飛語が飛び交う初の住民投票の現場を見ていた私にとって、あの結論はざっくり「誤差の範囲」「答えを出すには時期尚早」という住民の平衡感覚の証のように見えた。今回の出直し選で、4年前に全て決着がついた、終わったと喧伝する候補がいるが、統治の仕組みを変える大改革が一夜で成った歴史はない。少し冷静に過去の例を眺めてみたらどうか。 一つは明治期の廃藩置県だ。教科書的には明治4(1871)年に約300の藩が47府県に一夜にして統合されたかのように言うが、実際はそうでない。300の藩は同年に3府72県、5年に3府69県、6年に3府60県、8年に3府59県、9年に3府35県となった。「副首都」らしい大阪に しかし、ここで逆に面積が大き過ぎるとの地域紛争が起こり、一部の府県で分割が行われ、明治22年に3府42県(対象外だった北海道、沖縄県を除く)となった。18年間を要して今の47都道府県の区域割りができている。民意を問う住民投票などない時代だが、権力的な上からの再編でもさまざまな反対があり、これだけの時間がかかっている。 もう一つは昭和期の都制創設だ。昭和18(1943)年、戦時体制下で東京府と東京市の統合で東京都ができているが、大正デモクラシー運動の時期を除いてみても、大正12(1923)年の関東大震災時に改革が始まる。東京府内で約7万人も死者を出した関東大震災後、復興過程で東京市とその周辺の人口が急増するが、東京市と周辺町村はそれぞれ行政管轄が違い、包括行政ができなかった。 その打開のため、まず昭和7年に東京市と周辺82カ町村が合併し「大東京市」(35区)をつくる。これで東京府人口の約93%が東京市の帰属となり、府税総額の約96%も東京市民が納める形となった。 だが、府と市の所掌事務が異なり、なかなか復興も進まない。府市の分担を明確にする必要から大正12年に都制案が出てくる。都知事公選などを盛り込む斬新な案だったが、時の政府の反対で潰れた。 しかし、以後も都制導入の議論は衰えず、結局第2次世界大戦のさなか、二重行政解消、帝都防衛、生活物資補給、戦費捻出などを理由に府市合体が行われ、昭和18年に東京都が誕生している。都制度の提案から実に20年もかかっている。これだけ統治の仕組みを変えるのは難しい。大阪都構想が一度挫折したから「終わり」というのは、歴史からみても早計過ぎる。 今大阪は、都構想に一度「ノー」を突き付けた大阪市民も万博決定で賛成派が多数になってきているように見える。最近の世論調査(朝日新聞、4月1日付)をみても「賛成」(43%)が「反対」(36%)を上回っている。 大阪府市ではこの4年間、都市ビジョンが見えないとされた前回の反省を踏まえ「副首都ビジョン」を練ってきたはずだ。単なる都区改革ではなく、大阪を副首都にふさわしい風格ある大都市に育てていくための「都構想」であるという都市政策の視点から有権者に広く説明していくことが大事だ。東京都庁舎=2018年7月、東京・新宿区 最近、政府は安倍政権の長期化で弛んでいる。モリカケ問題、自衛隊の日報隠し、統計不正と目を覆いたくなるような事件が相次ぐ。日本の官僚機構そのものが肥大化し過ぎ、弛みが生まれ、官僚のムラ社会を政治がコントロールできていない。 これを変えるには、日本官僚制の組織規模の適正化を図ることが不可欠だ。東京一極集中是正のため、大阪都構想を実現し、大阪を副首都にする。そこに首都機能の3分の1を移す。併せて日本を47都道府県制から約10州への統治改革を進め、各州が内政の拠点になるよう大胆に分権化し、中央省庁はスリム化する。 日本の行政を「賢く、簡素で効率的な統治の仕組みに変える」その改革の先陣を切るのが大阪都構想だ。「改革なき政治」風土を一掃し、人口減時代にふさわしい新たな国のかたちをつくっていく。今回の大阪クロス選はそうした大きく深い意味を持っている。有権者の賢い選択に期待したい。■ 「橋下徹のしょぼい提案」をスケールのでかい構想に変える秘策がある■ 「大阪万博は夢のまた夢」スーパー南海地震のリスクも考慮せよ■ 大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし

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    橋下徹「大阪都構想は新たな政治行政を実現する切り札だ」

    策はぶれて当たり前』」「橋下徹『野党は安倍首相とトランプ大統領に学べ』」に詳しい。では、与党を含めた政治家がいま最も取り組むべき課題は何なのか。橋下氏自身の政界復帰の可能性は?大阪府市のトップを務めたからこそ語る、組織マネジメント論にも注目いただきたい。―現在の野党の状況を見ていると、橋下さん自らが再び政治の世界に乗り出す気になりませんか?橋下 自分がまた政治をやろうという気持ちにはならないですね。子どもを大学にあと4人行かせないといけないですし、これ以上、家族に迷惑は掛けられない(笑)。―そうですか(笑)。では、日本の政治家がいま最も手を付けるべき課題は何だとお考えですか。橋下 政治家時代ずっと言い続けてきましたが、統治機構改革です。政策の具体的な中身は専門家や役人を集めて議論すればいい話です。しかし、その実現のためには政策を実行できる統治機構が必要不可欠で、権力装置である統治機構を改革するのは政治家にしかできません。 まず現在の日本の統治機構は、中央の政府と地方の自治体の役割分担が適切ではない。 たとえば待機児童対策なんて、中央政府が実際に手掛ける問題ではありません。地方自治体に待機児童の解消を義務化する法律を制定すればいいだけの話です。 その代わり、権限も財源もすべて地方に渡し、保育所設置に関するルールも地方ですべて自由に決めさせる。責任を負わせる代わりに権限とお金を与えるのです。それが組織マネジメントというものです。中国全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席=2019年3月、北京の人民大会堂(共同) トランプ大統領や習近平主席が、待機児童問題について語っていることを聞いたことがあるでしょうか? 国のトップが心血を注ぐべきは、外交・安全保障政策などであって、待機児童対策ではありません。 森友問題に関しても、安倍政権の対応は不誠実だったと思いますが、これもしょせん私立小学校の敷地をめぐる問題でしかない。仕事を抱え込みすぎる中央政府―本来であれば、日本中が騒然となるような議題ではなかったと。橋下 役所の不正や不適切な行為は徹底的に正さなければなりません。しかし森友問題が議論される場は、本来は地方議会であるべきです。近畿財務局が土地を抱えているからこうなってしまう。 これらの土地を大阪府庁の所管にするか、近畿財務局という組織そのものを関西広域連合の下に置くかしていれば、この問題は国会ではなく、大阪府議会や関西広域連合議会で議論されていたでしょう。―地方に任せるべき問題を国が一手に担っている。橋下 島国日本の政治指導者が、トランプ大統領、習近平主席、プーチン大統領などの大国の指導者と渡り合うためには、中央政府が外交・安全保障政策に集中できる環境を整える必要がある。 いまの日本は、安倍さんの頑張りで何とか国際社会において存在感を示せていますが、安倍さんは、不毛な議論が行なわれている国会に連日拘束されている。これだけ国のトップが国会に拘束される国は世界にも類を見ません。 その理由は中央政府があらゆる仕事を抱え込み、それがすべて国会で議論されるからです。しかし、島国日本の首相だからこそ、年間100日以上は外国に行けるような、そんな環境にしなければならない。 そのためには、いま中央政府が抱えている仕事のうち、内政問題はできるかぎり地方自治体の仕事に移譲すべきです。そして中央政府は外交・安全保障などの仕事に集中し、国会での議論を絞り込むべきです。2018年3月、「森友」決裁文書改竄問題で野党から連日追及を受ける安倍首相(左)と麻生副総理兼財務相(斎藤良雄撮影) 民間企業であれば、経営本部が行なう仕事と現場が従事する仕事がきっちりと役割分担され、そのような組織形態になっています。日本の統治機構も、中央政府と地方政府の役割分担を明確にできる道州制に改めるべきです。―現在の安倍政権は強固な体制を築いているようにみえますが、「ポスト安倍」の問題についてはどう見ていますか。習近平が日本の首相になったら橋下 そもそもリーダーシップは、個人の力で発揮されるものではなく組織に規定される、と僕は考えています。 たとえば習近平主席が日本の首相になっても、リーダーシップは執れないでしょう。習主席があのようにできるのは中国の政治組織だからこそです。 僕は大阪府知事・市長だったとき、「橋下は独裁者だ」と散々いわれてきましたが、そのような強烈なリーダーシップを僕が発揮できたのは、有権者から直接選ばれる知事・市長という立場で、大阪府庁・大阪市役所という巨大組織において人事権と予算権を握る仕組みに乗っかっていたからです。 まさに組織の仕組みによってリーダーシップが発揮できたのです。また大阪維新の会も、僕がリーダーシップを発揮できる組織形態になっていました。 僕が議院内閣制の仕組みである国政の場に行ったとしても、リーダーシップなど発揮できないし、政治家としてクソの役にも立ちません。組織に規定されるんです。―まず、リーダーシップを発揮できる体制を整える必要があるわけですね。橋下 リーダーシップや戦略は組織に規定される。僕が大阪都構想に取り組んだのも、大阪全体の政策を、大阪全体のリーダーが強力に実行するための組織、統治機構をつくるためだったのです。 大阪府庁・市役所がそれぞれ行なっていた行政を統括し、大阪が一体となって政策を実行し、大阪の活力と競争力を高める。東京に並ぶ2つ目のエンジンとして大阪が力をもてば、日本全体の大きな推進力になります。 大阪都構想、ひいては道州制を含む統治機構改革を進めることで、地方は自律的に創意工夫を凝らした行政を展開でき、中央政府は国の大きな舵取りに集中できる。写真:大坊崇 これこそが、激動する国際情勢を乗り切り、少子高齢化に突入しながら価値観がますます多様化する社会ニーズにしっかりと応える政治行政を実現する切り札です。 そして、このような統治機構改革は内戦に匹敵する凄まじい権力闘争に打ち勝たなければならず、政治家にしかできない仕事です。自民党にはそれをやる意思も能力もありません。ゆえに統治機構改革を実行してくれる野党の誕生を期待しています。関連記事■ 橋下徹「政策はぶれて当たり前」■ 橋下徹「野党は安倍首相とトランプ大統領に学べ」■ 気鋭の国際政治学者同士が激論!真のリアリズムに基づく国防とは何か

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    都構想の延命、大阪クロス選に打って出た「維新」のホンネ

    で「都」構想にこだわり続けるのであろうか。それは「都」構想が、「敵を作り出して攻撃する」という維新の政治手法と親和的なことに加え、政治的支持を集めるためのスローガンとして、使い勝手が良いからである。 「都」構想が実現すると自分の生活がどう変わるかについて、具体的に想像できる人は多くないはずだ。具体的に実感しにくいだけに、「二重行政の解消」「府市合わせ(不幸せ)の解消」「既得権の打破」といったプラス評価の言葉とともに訴えかけることで、肯定的なイメージを抱かせることが可能となる。 だが、そもそも「都」構想は、2015年5月に行われた住民投票において、否決という民意が明確に示されたはずである。何度も何度も復活、延命させるだけの価値があるものなのであろうか。「都」構想の中身を評した上で、こうしたテーマが繰り返し争点化されることの問題点について論じてみたい。 「都」構想については、数多くの課題や問題点を指摘できるが、筆者がポイントと考える点が二つある。第一は、「都」構想が実現した場合には、大阪市が廃止されるということである。 どういうわけか、大阪維新の会はこの事実の否定に躍起である。「大阪市はなくならない。なくなるのは市長と市議会、市役所だけ」ということが、あちこちで主張されている。 だが、「都」構想とは、大阪市を廃止して、大阪市が持っていた権限や財源を、大阪府と新たに設置される四つの特別区に分配するものである。常識的かつ法律上の用語法に従えば、「大阪市」とは普通地方公共団体たる大阪市を意味するのであり、「都」構想の実現によって大阪市がなくなるのは確かである。2013年に「大阪維新の会」が新たに作成した大阪都構想に関するポスター これまで、このような形で指定都市が廃止されることはなかったが、市町村合併によってなくなった自治体は少なくない。「都」構想が実現しても大阪市がなくならないとすれば、2005年に堺市と合併した美原町もなくなっていないとでも言うのであろうか。 第二のポイントは、新たに設置される4区が「特別区」だということである。府に委ねられる財源や権限はあるものの、基本的に特別区は市に準ずる自治体として、区長が選挙で選ばれ、区議会が設置される。 仮に「都」構想が実現したとすれば、これまでは一つの大阪市であったものが、四つの区に分割されるだけでなく、24区の時代と比べて、各区の自律性は圧倒的に高くなる。その結果、隣接する区同士で厄介な調整の問題も生じるであろうし、府と区で意見が分かれた結果、対立に至ることもあるであろう。選挙は「戦」ではない これからも、大阪維新の会が常に府知事と4つの区長ポストを占め続けるのであれば、問題ないのかもしれない。しかし、「府市合わせ」よりも複雑かつ深刻な問題が生じることも十分に予想される。 このように、「都」構想はもろ手を挙げて賛成できるような代物では決してない。さらに、2015年の住民投票の結果が示す通り、民意が割れている問題である。果たして、こうしたテーマを公約に掲げ続け、改めて住民投票にかけようとすることが望ましいのであろうか。 「究極の民主主義」とする橋下氏の言葉もあるように、住民投票を無条件に礼賛する見解もなくはない。だが、国民や住民が二分されるようなテーマに白黒をつけようとする場合には、住民投票は必ずしも好ましい手段ではない。 政治や選挙について、戦(いくさ)にまつわる表現が用いられることは少なくない。なるほど、政治家にとって、選挙は勝つか負けるかであり、まさに「戦」としか言いようがないのかもしれない。 だが、本物の戦の場合、一方の死や滅亡で決着がつくことも少なくないのに対し、選挙や住民投票の場合には、結果がどうあれ、それらが実施された後も、人々は同じ国や地域でともに暮らしていかなければならない。 「都」構想が実現して大阪市が廃止されたとしても、「都」構想が否決されて大阪市が存続したとしても、現在の大阪市域で、人々は共存し続けなければならない。逆に、こうした共存が脅かされるほどに民意が割れる恐れがある場合には、争点化を避けるという選択肢もある。 例えば、福島県矢祭町は、「平成の大合併」の際に「合併しない宣言」を発したことで有名である。同町で合併が避けられた理由として、「昭和の大合併」の反省があるとされる。 昭和の大合併で前身の矢祭村が誕生したが、賛否を巡って肉親や親類をも引き裂くような分裂が生じ、しこりは後々までも残ったとされる。矢祭町では、昭和の大合併と同様の事態を引き起こしたくないという思いから、合併という選択肢の争点化を回避したのである。大阪ダブル選を控え、大阪市港区内に設置された、4枚並んだ選挙ポスター用の掲示板=2019年3月20日(前川純一郎撮影) 統治機構の変革に必要とされるエネルギーや労力の大きさを鑑みれば、大枠には手をつけずにそのままにしておいた上で、「取り組むべきことに取り組む」といった選択肢もある。矢祭町では、単独での生き残りを決めた上で、365日の開庁や、「矢祭もったいない図書館」の開設など、知恵と工夫を凝らした取り組みが進められている。その実現には、「都」構想をどうしても必要とすることが具体的に示されていない以上、現行の大阪府と大阪市の体制の下、大阪の発展を目指す方が現実的ではないだろうか。 大阪維新の会が府市の両議会選で圧倒的な勝利を収めれば話は別だが、今回の選挙後に「都」構想が大きく前進することはないであろう。今回の選挙は、「都」構想に対する賛否を正面から問うものではない。「都」構想の可能性を残して延命を認めるか、「都」構想を巡る長年の議論に終止符を打つか、有権者にはこうした審判が求められている。■ 「大阪万博は夢のまた夢」スーパー南海地震のリスクも考慮せよ■ 大阪直下地震で思い出す「増税なくして復興なし」のペテン■ 大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし

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    “地方政界のドン”になる条件は「知事の後ろ盾になる」こと

    一緒。人はどんどん入れ替わっていくが、座に加われば自然に県の情報が入ってくる。選挙になれば中央の大物政治家の為書き(*注)をもらってくれたり、困った時に泣きつくとなんとかしてくれる」(地元議員)【*注/候補者が支援者にもらう選挙応援ポスターのこと。選挙事務所に貼り出される】 隣の岐阜県にも12期、45年間県議を務める自民党の重鎮、猫田孝氏(79)がいる。小泉郵政解散の時には党本部の方針に反対して造反組の野田聖子氏を応援し、野田氏は頭が上がらないといわれる。「県議は200人、国会議員は1200人の党員集めを達成しなければ選挙で公認を出さない」というノルマを課して岐阜を「自民党王国」にした。 そうした大物地方議員にとって、統一地方選は書き入れ時だ。彼らがドンへとのぼる階段は、自分の手で知事をつくり出すこと。東京都議会の本会議=2019年3月28日午後 愛知の水野県議は大村秀章・知事をバックアップし、神奈川では、小泉純一郎・進次郎父子を支えてきた横須賀選出の竹内英明・県議(68)が黒岩祐治・知事を擁立することで「県議会のドン」にのしあがった。「知事を後ろ盾にする」のではなく、「知事の後ろ盾になる」のが、地方政界のドンたらしめる“条件”なのだ。週刊ポストでは、内田氏のほか「地方政界のドン」と言える50人の全実名を紹介している。関連記事■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■福岡知事選「麻生の乱」 県政のドンへの借りを返す目的あり■もし日韓戦わば… 軍事力の差は歴然だった■ドン・内田茂氏、影の司令塔として力を取り戻し小池都政追及■【動画】眞子さまと小室圭さんの結婚 長引くほど費用がかさんでいる

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    地方議員のなり手不足問題の解決策 いっそ「議会廃止」を

     年間の実働時間が100時間を切る議員も珍しくない■議会で座るだけの地方議員 控室でブログ更新等の「政治活動」■東京都議は年収1525万円 地方議員の報酬は浮世離れの高水準■無投票当選が2割超 地方議員は就職活動がかなりラクな職業■新元号はもう決まっている! 立入禁止の秘密司令部に保管か

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    新元号「令和」と「昭和」の知られざる共通点

    鈴木洋仁(社会学者) 新元号に決まった「令和(れいわ)」について、私はかなり意外な印象を持ちました。その理由は二つあります。 一つは、昭和の「和」と同じ文字が使われているからです。もう一つは、万葉集を出典としていることです。 すでに多くの解説で言われている通り、「令」という文字は、これまでの元号には使われていません。初出の文字です。「和」は、昭和をはじめとして、今回で20回目です。 昭和、平成がいずれも初出と頻出の文字の組み合わせでしたので、今回もこの傾向を続けています。 ただし、それ以上に私が注目したのが、この「令」という文字です。「令」という文字は、元号候補として、少なくとも一度挙がっているからです。幕末の西暦1864年に「元治」と改元されたときの最終候補といわれています。  このときの候補は、「令徳」でした。しかも、京都の朝廷からの候補とされています。 ところが、「令」は命令を、「徳」は徳川幕府をそれぞれ意味するといわれ、幕府側から難色を示されたと伝わっています。つまり、朝廷から徳川幕府への命令だと見なされたのです。 この経緯に鑑みると、今回の令和もまた、「令」を命令ととらえられなくもありません。もちろん、今回の令の出典は「令月」、つまり何をするにもよい、めでたい月ですから、「命令」とは違います。 ただ、「令」という文字から「令月」を連想できる人は、よほどの教養の持ち主ではないでしょうか。少なくとも私には、その教養はありません。 この点、すなわち漢字から意味をすぐには想像しづらい点からも「昭和」との共通点を感じさせます。「昭和」の「昭」という文字もまた、それだけでは意味や熟語をとっさには思いつくことができません。  さらに「令和」と「昭和」は、「和」が重なっているだけではなく、出典の意外性についても共通点があるように思えます。 そもそも、「昭和」は「明和」という元号と共通しています。この明和という元号は「明和9年」には、「迷惑年」と同じ音になり、不吉なことが起きると言われていたとされています。実際、この明和9年には、明和の大火と呼ばれる大火事が江戸で起き、安永に改元されています。  昭和の出典は『書経』の「百姓昭明、協和万邦」であり、明和と全く同じものです。つまり、よくないことが起きて改元した元号と出典を同じにしています。これは、良い意味を込める元号としては意外です。新元号「令和」が発表され、大型モニターに映し出された記者会見する安倍首相=2019年4月1日午後0時11分、東京都新宿区 一方、「令和」の意外性は改めて言うまでもなく、万葉集が日本古典として初めて元号の出典となったことにあります。 万葉集は、安倍首相の談話にもあったように日本語の根幹である、万葉仮名を生み出した古典中の古典です。また、出典の箇所ももちろん、とてもいい意味だとされています。 元号の歴史に照らし合わせた「伝統」という意味では、これまでがほぼすべて中国古典を出典としていますから、その流れに沿うべきだという考え方もあるでしょう。元号は誰のものか 他方で、日本固有の伝統としての「万葉集」を重視するという考え方もあり得ます。日本が生み出した文化が大事だと考える立場もあり得ます。今回、安倍政権は後者をとったと、私は見ています。 そうした昭和との共通性をふまえると、今回の新元号はいくつかの論点を示しています。一つは、元号は誰のものなのか、という論点です。 元号法は、元号は政令で定める、そして、元号は皇位の継承があった場合に限り改める、と定めています。この法律の主語は、誰でしょうか。政令は、政府が定めますので、手続きとしては、主語は政府です。すると、元号は政府のもの、ということになるのでしょうか。 あるいは、この政府を決めるのは国民だという立場に基づけば、元号は国民のものだ、ということになるのでしょうか。もしくは、皇位の継承が行われるのは、いうまでもなく天皇陛下によるので、すると主語は天皇陛下、ということになるのでしょうか。 少なくとも、法律の上からは、政府が主語だと考えざるを得ません。あくまでも、政府が元号を決めます。今回の新元号発表にあたっても、菅義偉官房長官が閣議決定事項として発表し、安倍晋三首相が談話として自ら述べました。  また、大化から昭和にいたる246の元号は、すべて最終的には天皇が決めてきましたが、元号法のもとでは平成も令和も内閣が決めています。こうした経緯をふまえて、それでもなお元号は誰のものなのか、という論点は残り得るのかもしれません。 また、次の論点として、元号は隠すべきものなのか、という点が挙げられます。今回、政府は元号に関する情報管理を徹底したと報じられています。新元号候補が、事前に報道された場合には、差し替えると語ったとも言われています。 ただ、そもそも、なぜ新元号を、ここまで隠す必要があるのでしょうか。もちろん、次の天皇陛下のおくり名(追号)として使われるのだから、国家の最重要機密なのだ、という理屈は、考えられます。新元号「令和」に関し記者会見で談話を発表する安倍首相=2019年4月1日午後0時21分、首相官邸 かといって、新元号候補や考案者を、かたくなに隠そうとするばかりです。少なくとも政府から公式には、上記の説明はありません。菅官房長官による公式の説明としては、3月29日の記者会見で「決定された新元号が、広く国民に受け入れられ、日本人の生活の中に深く根ざしていくものになること」と述べたところまでです。 「本当に」元号は「絶対に」隠さなければならないのか、という点については議論の余地があります。 他にも、元号予測が、ここまでイベント化してしまってよかったのかどうか。あるいは、保守派が主張するように、改元前の新元号公表は、そもそも是なのか、非なのか、といった論点が浮かびます。こうしたいくつかの論点をどのように受け止めるのか、ということが問われているのではないでしょうか。■ 信長でも苦慮した改元「元亀から天正」暗闘の歴史■ 67年前、日本は「元号」を奪われる最大の危機にあった■ 呉智英が読む平成30年史「日本人はどう変わったか」

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    新元号「令和」が持つ本当の意味を日本人はどれだけ理解しているか

    歴史に期間を設定し「時代」の概念を作ることである。これにより、元号制度が日本人にとって文化的、そして政治的、社会的に重要なものになってくるのである。 その一方で、元号反対論には誤解によるものと政治的な陰謀がある。誤解によるものは、暦は数えやすいようにキリスト歴一本にすべきという単純な意見である。しかし、これは短い人生を終える国民の歴史的感慨に配慮のない意見である。共産党の矛盾 結論としては、キリスト歴は巻尺であり、元号はもの差しに当たると考えて併用すればよい。換算が不便というが、たいした手間ではない。早見表を見れば良いだけの話で小学生でもできることだ。 共産党の志位和夫委員長はこれまで、元号制度は支配者が時を支配するものだから反対と述べたことがある。しかし、時というものは想像上のもので存在しないことは古代の龍樹、アウグスチヌス、道元などの先哲がすでに明らかにしている。 だから時は誰も支配などできない。そして共産党の代案がマルクス暦というのなら分かるが、キリスト歴というのでは驚いてしまう。共産党はいつからキリスト教徒になったのか。 そして唯物無神論ではなかったのか。あまりにも無原則で機会主義的だ。キリスト歴はあくまでも宗教暦であり、キリスト教徒の暦である。イスラム圏ではイスラム暦があり、中東の新聞ではキリスト歴はカッコ付きで付記されている。 そもそも元号問題は戦後2回、大きな政治問題になった。1回目は昭和25(1950)年に元号廃止が国会で検討されたことだ。これは戦後のドサクサを利用して日本の伝統文化を廃止しようとする左翼、キリスト教勢力の陰謀であったが、左翼の最優先課題がサンフランシスコ平和条約の反対運動にシフトしたため、幸い防ぐことができた。実に危なかった。 2回目は昭和53(1978)年で愛国的な国民が結集し元号法を制定した。この時は危機感の高まりで元号制度制定促進を求めて国民があの日本武道館いっぱいにあふれたのである。 また、元号制度は連続した歴史に期間を決めることにより「時代」の概念を作るが、これにより歴史はとりとめのない時点主義から人生の記録を示す人間の歴史になる。この中で各人は天皇の謚(おくりな)を通じて公の歴史につながることができる。新元号が「令和」に決まり、記者会見で談話を発表する安倍首相=2019年4月1日、首相官邸 私の場合、昭和に生まれ、平成を経験し、新しい元号の時代に死ぬことになるから三代の天皇を戴いて生きたということである。ささやかであるが、私の公的記録だ。また、歴史が時点主義から期間になることにより、共同体の成員にとって国家の歴史が成員の共有財産になる。 われわれ日本人は元号を介して歴史を共有する民族なのだ。これが、われわれが元号制度を守らなければならない大きな理由なのである。元号が持つ時代感覚 ところで、元号は日本の文化に多くの影響を与えているが、その一つとして俳句がある。有名な句に、俳人である中村草田男の「降る雪や明治は遠くなりにけり」がある。この句の感慨は明治だからこそであり、これがキリスト暦では俳句にならない。 そして明治という元号は明治天皇を戴き、全国民が心を一つにして大きな犠牲を払いながらも大敵を撃退した日本民族の苦しくも栄光の時代を意味している。この時代の国民の感動と感慨が夏目漱石の小説「こころ」、乃木希典将軍の殉死など、国民の深い感慨になっている。中村草田男もその一人だ。 また、明治の元号を冠する明治大学の校歌には明治時代の明るさと力強さを感じる。作家の戸川幸夫は、明治は日本人にとって特別の時代であったと記し、次のように述べている。 私は明治人間である。と言っても末年に生まれたので、大きな顔は出来ないが、それでも九州の片田舎で育ったので、当時はまだ明治の気風がそのまま色濃く残っていた。私は大東亜戦争に従軍し苦労を体験したので、戦後の平和な今を生きる若い人がうらやましいが、同時に不安も感じる。明治の人々やそれ以前の日本人が歩き残していったものを伝えるべきであった。その意味で今が明治の昔を振り返って学ぶべきことを学ぶ大切な時期と思う…(「明治の気概」抜粋要約) こうした時代の感動が元号による時代認識として共同体の成員に共有され、さらに若い世代に継承されるとしたら、これはすばらしいことである。時代機能のないキリスト歴では到底考えられない。元号はその共通の時代意識を通じて日本民族の伝統意識を作っている。これは日本社会の安定のために非常に重要だ。 フランスの社会心理学者、ル・ボンは19世紀欧州の革命暴乱をみて国民の精神的伝統の深層が破壊されると社会は流動的になり、それが強い刺激を受けると想定外の暴走を始め悲劇を生む、と民族の深層を守る伝統意識の重要性を記している。 彼によると、フランス革命前夜のフランス社会ではキリスト教の権威の衰退、地方から都市への移住、産業の変化などがそれまでのフランス人の深層意識を不安定化したため、パリの暴動事件が全国規模の革命の大乱に拡大したという。川越市立博物館蔵の五姓田芳柳筆「明治天皇肖像」 また、ロシア革命でも農奴解放や産業化による社会の変動が人心の流動化を招き、あの大規模な内戦と革命の悲劇を生んだ。ドストエフスキーは小説『悪霊』で19世紀中頃のロシア社会の深層の変化について、次のように記している。  それは一種特別な時代であった。以前の平穏さとは似ても似つかない何か新しい事態が始まりそれが至るところで実感されるのであった。その背後にそれらに付随する思想が生み出されていることは明らかであった。しかしそれがおびただしい数に上がるので突き止めようとしても不可能であった…的外れな元号非難 われわれ日本人は現在、幸い何となく安心して暮らしているが、その深層には同じ民族としての共通の信頼感があることは間違いない。その柱が天皇崇敬であり、それに伴う元号の作る共通の時代意識なのだ。 ル・ボンは社会の大乱を深海の大地震が起こす大津波に例えている。民族の深層が強固なら地震の揺れを吸収するが、そうでないと、大津波となって社会を崩壊させてしまうのだ。元号は天皇崇敬とともに、この大地震を吸収する有力な緩衝材の一つである。だからこそ元号制度は敵に狙われるのであり、われわれは意識してしっかり守らなければならない。 ただ、今上陛下の譲位を控えた本年の一般参賀にうかがった国民の数は15万人に上り、史上最多であった。また、先日の今上陛下の神武天皇陵参拝の関西行幸には異例の多くの国民がお迎えした。これは今上陛下への敬慕の思いと、自分の歴史としての平成の時代が過ぎていくことを実感し惜しんだからではないか。これはまさに平成という元号が国民各自の時代でもあったことを示している。 だから帝王が「元号によって時を支配する」などという非難が、全く的外れであることが分かる。これは同時に日本民族の深層が天皇崇敬と元号制度を通して、まだしっかり維持されていることを示しており心強い。 日本の元号制度とは、天皇の謚によって、長大でとりとめのない歴史を時代という概念で等身大に切り取り、それを保管、共有し、後世に伝えるという極めて高度で素晴らしい制度である。 ゆえに、新元号について、文字の善し悪しなどを論じるのは本筋から外れていると思う。時代は、元号の文字によるのではなく、その時代の歴史の評価で強く記憶されてきたからだ。それは現代ではわれわれが作るものであり、時代に生きるわれわれの力量を示すものである。帰京のためJR京都駅を出発される天皇、皇后両陛下=2019年3月、京都市下京区(代表撮影) 冒頭でも記したが、これが国家とともに自分個人の唯一無二の歴史を作ることにもなる。時代概念は時の容器である。新しい時代の始まりを見て期待とともに、ある種の畏(おそ)れの念を持つのは私だけではないだろう。 今われわれは過ぎ行く平成の御代を惜しみながらも、新しく始まる時代を迎える心の準備をしている。後世の日本人に感謝されるよう父祖にならって新しい天皇陛下の下で強く団結し、内外の危機を乗り切っていかなければならない。■ 呉智英が読む平成30年史「日本人はどう変わったか」■ 幕末幻の元号「令徳」が示す改元のインパクト■ 元号をめぐる「タブーなき議論」こそ平成と昭和の差である

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    新元号発表に「権力者は安易に元号にかかわるべきではない」

    (現在の毎日新聞)が新元号を『光文』とスクープしましたが、結果的に誤報になった。今回も新聞やテレビの政治部が中心となって『元号取材班』を組んでいます。 特に注力するのが、安倍晋三首相(64才)周辺や官邸関係者への取材です。そもそも“時代に名前をつける”という行為は、時の為政者が自身の権力を誇示するためのもの。強権的な政治姿勢をとる安倍首相も、新元号に強いこだわりを持っているとされます」(全国紙政治部記者) たとえば、その「出典」だ。これまでの元号はすべて中国の古典(漢籍)から選ばれてきたが、安倍首相は周辺に「出典は日本で書かれた書物(国書)がいい」と話しているという。国書とは、『古事記』や『日本書紀』などを指す。実際に菅義偉官房長官(70才)は3月25日、国文学や日本史学などの専門家に考案を委嘱したことを明らかにした。「安倍首相は“なぜ日本の元号制定に中国の手を借りなければならないのか”という感覚だそうです。一部では、安倍首相の『安』の字を採用するという話も浮上しています」(政治ジャーナリスト)私利私欲の道具にしてはならない 3月26日、新元号の発表は菅官房長官が行う方針だと報じられた。だが、この報道以前には、発表者は長らく「検討中」とされ、さまざまな憶測を呼んでいた。自民党役員会に臨む安倍首相(右)と二階幹事長=2019年3月15日午後、国会(共同)「安倍総理はこの8月まで政権を維持すれば、第1次政権を含めた通算で戦後最長の在職期間になります。ただ、“首相として歴史に残る大事業を行ったか”と問われれば、いまいちパッとしない。そこで、新元号を自ら発表することで末永く記憶に残る政治家になりたいという意欲があったと囁かれていました」(官邸関係者) たしかに「平成」の額縁を高々と掲げた小渕恵三官房長官(当時)の会見は、時代を象徴する1ページとして、繰り返し目にしてきた。「元号について見識の深い人たち、特に皇室関係者の間では、“権力者が自らの権威づけのために、安易に元号にかかわることは避けるべき”と考えられています。 たとえば、明治天皇は15才という若さであったとはいえ、『明治』をくじ引きで決めたことは有名です。大正天皇も昭和天皇も、天皇の最高諮問機関『枢密院(すうみついん)』の判断に任せた上で、追認しました。『平成』も竹下登首相ではなく、小渕官房長官が発表した。 御代の名前の決定は、向こう何十年かの国の平安を左右するかもしれない責任重大な行為であって、過去の為政者たちでさえ慎重に距離を取った、畏れ多い行為なのです。私利私欲の道具にしていいものではありません」(宮内庁関係者)関連記事■新元号はもう決まっている! 立入禁止の秘密司令部に保管か■新元号の選び方に法則性 平成の次の頭文字はKか■「これ書いたらクビに…」安倍四選、新元号、石破除名の核心■「元号」と「年号」の違いと元号の6つの条件とは?■改元控え、皇太子さまと秋篠宮さまの「不穏な関係」に心配

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    新元号で「一世一元」に矛盾 急ごしらえ退位特例法に批判も

    きないということになるのだ。 生前退位という異例の御代がわりではあるが、「皇室の伝統を理解していない政治家や官僚が急ごしらえで退位特例法を作ったからこういう矛盾が出てくる」(別の皇室ジャーナリスト)という声も大きい。関連記事■新元号発表に「権力者は安易に元号にかかわるべきではない」■新元号発表日、ネットニュースがスクープ合戦の舞台に■新元号はもう決まっている! 立入禁止の秘密司令部に保管か■「これ書いたらクビに…」安倍四選、新元号、石破除名の核心■過去データを元に元号通が予想した新元号本命は何か?

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    民主党政権は本当に「悪夢」だったか

    自民党が民主党から政権を奪還して6年余り。自公による盤石の政権が続く中、先の自民党大会で安倍晋三首相が「悪夢のような民主党政権」と発言した。これに対し、民主党や民進党の重鎮だった岡田克也氏らがiRONNAに手記を寄せた。民主党政権は本当に「悪夢」だったのか。

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    岡田克也手記「総理の『悪夢発言』は民主主義への冒涜である」

    党を全否定するような発言をして、民主主義は深まるのでしょうか。 私は国会で、政府や与党の具体的政策や政治姿勢を厳しく批判してきました。しかし、少なくとも、総理大臣や自民党に対する敬意は忘れないよう心掛けてきたつもりです。相手を全否定しては議論が成り立たず、深まることはないからです。安倍総理のあの発言には民主党に対する敬意は全くなく、単にこき下ろしているだけです。 自民党大会での「悪夢」発言時に、最初はほとんど拍手がありませんでした。会場の自民党員の皆さんにも、戸惑いや違和感があったのではないでしょうか。私は、リーダーとしての安倍総理に、もっと謙虚になってもらいたいのです。 予算委員会でのやり取りも、議論を深めることにはなりませんでした。安倍総理は、「悪夢」発言を「少なくともバラ色の民主党政権でなかったことは事実」と言い換えて論点をすり替え、言論の自由は自分にもあると主張したり、民主党が党名を変えたことを取り上げて批判したりしました。子供じみた言動でした。旧民主党政権で外務大臣などを務めた岡田克也氏 私はそれらの発言には一切応じず、福島原発事故の対応を取り上げました。民主党政権時代の最大の出来事であり、今なお生活を破壊され、故郷に戻ることができず苦しんでいる方々が多くいらっしゃるからです。 もっとうまく対応できなかったのか、当時の与党幹事長として私自身、今も強い反省があります。安倍総理にそのような反省と責任の共有という意識はあるのかを問いたかったのです。必要なのは「寛容と自制心」 国会に置かれた国会事故調査委員会(黒川清委員長)は、民主党政権の事故後の対応について厳しく指摘しつつ、「事故の根源的な原因は、平成23年3月11日以前に求められる」と述べています。 事故以前の政府の対応に決定的な不備があったことを指摘したもので、例えば、津波を想定できたにもかかわらず、予備電源が原発建屋の地下に設置され、水没により全く使えなかったことなど、今考えると信じられないようなお粗末な措置が長年にわたってなされていました。 そこについては、第一次安倍政権を含む歴代自民党政権に大きな責任があることは明白です。原発事故について、民主党政権を批判するだけでなく、自らが行ってきたことを反省し、少なくとも責任を共有してもらいたいのです。 安倍総理は私との質疑の中で、原発事故について「歴代の政権として、第1次安倍政権のときも含めて、反省をしている」と発言しましたが、民主党政権時の最大の出来事であった原発事故について本当にそう思っているなら、「悪夢」発言のようなレッテル貼りはできなかったのではないでしょうか。 私は、予算委員会や党首討論を通じて、歴代総理と何度も質疑を行ってきました。質疑の後は、いい議論ができたという一定の充足感がありました。ところが、安倍総理とは、ほとんどが議論のすれ違いで、不完全燃焼の連続でした。 国会での議論を通じて国民に理解を求めるという姿勢が、そもそも安倍総理にはないのではないかと思っています。野党を敵だと考え、レッテル貼りをする。野党の主張に耳を傾けることもなく、そもそもまともに議論しようとしない。これでは国会の議論は劣化し、議会制民主主義が危うくなる。安倍総理にはもっと謙虚になってもらいたい。これが、私が予算委員会質疑の中で繰り返したメッセージです。 しかし、その私の思いは、安倍総理の答弁からは感じることができず、本当に残念でした。議会での議論に期待できないと感じる人々が増えれば、政治そのものに対する不信を生み、その先にあるのは、欧米の一部でも見られるようなポピュリズムの政治です。党首討論で安倍晋三首相(左)と論戦を交わす無所属の会の岡田克也氏=2018年6月、参院第1委員会室(酒巻俊介撮影) 「民主主義を機能させるために必要不可欠なのは寛容と自制心だ」(『民主主義の死に方』第5章「民主主義のガードレール」スティーブン・レビツキー、ダニエル・ジブラット著)。 与野党ともに心しなければならないことですが、一国のリーダーである安倍総理に、特に重く受け止めてもらいたい言葉だと思います。■足立康史手記「野党が猿芝居で満足する限り、安倍内閣は強くなる」■山尾志桜里に「むき出しの好奇心」で迫る報道は控えるべきか■私が安倍政治を「スーパー独裁政治」と呼ぶ理由

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    松原仁手記「民主党政権は誰にとって一番の悪夢だったか」

    が、2009年夏の総選挙によって、一夜にして完全に奪われ、特に多くの官僚が、時の新たな政権の開かれた政治体制への試みに忠誠心を示したことは、まさに自民党にとって悪夢のような体験であったことは想像に難くない。 かくいう私自身も、2012年に民主党が政権を手放した直後には、昨日まで仲間だった官僚が、次の政権に仕える準備をすぐさま開始する様子を目の当たりにした。ましてや、民主党の3年半の経験に比べ、極めて長期にわたる政権を維持してきた自民党の政治家たちが味わった屈辱と喪失感は、われわれのそれとは比べ物にならないほどのトラウマになったと考えられる。八ツ場ダム建設予定地を国交省職員の案内で視察する前原誠司国土交通相(右から3人目)=2009年9月23日、群馬県長野原町(矢島康弘撮影)  加えて、「八ツ場(やんば)ダム」に代表される、自分たちが根回しを重ね決定した政策の数々を、民主党政権は「事業仕分け」という、自民党のような権力のインサイダーにとってはパフォーマンスにしか見えない形で、国民的な賛同を引き寄せ覆した。政権運営のプロフェッショナルである彼らにとって、その大衆迎合的な方策はまるで素人政権の思いつきに見えたことだろう。 同時に、太平洋を挟んでわが国と向き合う世界の盟主にとっても、極東(きょくとう)の要となる同盟国における政権交代と、その新たなる外交姿勢は脅威と映ったかもしれない。世界の覇権国たる米国は、日本のお国文化である「建前」と「本音」を巧妙に利用し、戦後のわが国を同盟国という名の、実質的には「隷属国」として、時に優しく、時に厳しく鞠育(きくいく)してきた。そんな米国の対日政策の基本的前提には、対米協調という名の「従属的な」対米姿勢を示す自民党政権、もしくはそのような外交姿勢の「自民党的政権」であることが想定されてきた。歪な日米の友好関係 しかし、2009年に現れた民主党政権は、米国政府と自民党政権の間で既定路線となっていた普天間基地問題において、沖縄県民の心情に寄り添うことを優先した結果、右往左往することとなった。また、政権獲得前から日米地位協定の改訂を掲げるなど、日米間の圧倒的権力格差へ切り込む姿勢を見せていたことも、懸念材料となったであろう。 加えて、アジア太平洋の新たな覇権国への道程にある中国との関係において、尖閣諸島沖において発生した「中国漁船衝突事件」時の船長の逮捕と不可解な釈放や、500人近い訪中団の結成など、ホワイトハウスからは理解されがたい行動を取り、長年の付き合いがあり、こなれた自民党政権の外交に比べて、まさに不慣れで初心な政権と映っただろう。(この中国船問題に対しては、私自身大変憤りを感じ、当時与党内で行動を起こしたことにも一言触れておきたい) この対米関係にかかわる問題は、まさに釣り合いの取れない中で歴史的に築いてきた、歪(いびつ)な日米の「友好関係」の裏返しでもある。いわんや、その実態は古くは江戸時代ペリーの黒船来襲と日米和親条約、明治の日米修好通商条約、そして現代の日米安保条約と「地位協定」を含め、われわれ日本人がその尊厳と利益を傷つけられてきた歴史でもある。 私は、こうした片務的で不平等な日米関係を、対米協調という美辞麗句のもと、戦後のほとんどの期間安定政権を担いながら甘受してきた自民党、逆に言えば米国の「属国」の統治者として君臨した自民党の外交姿勢は、まさに日本国民にとって悪夢そのものであると考える。 さて、ここまで取り上げてきた民主党政権の性格と行動をまとめれば、民主党政権のナイーブな「透明化・民主的プロセス」と「不平等な対米関係の改善」が、自民党や米国にとってはアマチュアの素人政権と捉えられたことが分かる。そして、民主党の開かれた政策決定プロセスは、メディアに開かれた場でも同僚議員同士が与野党間であるかのように「白熱した」議論を行い、その末路として組織分裂を繰り返した。必然、このような「開かれた」民主党の政権運営が国民の目からも稚拙と映り、政権交代時に大きな期待をいただいた有権者の熱気を冷ましてしまったことは間違いない。消費者政策会議であいさつする野田佳彦首相。公務員制度改革関連法案の今国会での成立を断念する意向を固めた=2012年7月20日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 民主党は政権奪取後、最初の総選挙により下野し、私たちが目指した「国民に開かれた」「透明な」「民主的な」政治はこうした経緯をもって挫折し、その対米外交姿勢の転換を成し遂げることもできないままに終わった。そして、現在まで続く安倍長期政権を誕生させることになった。 それは、大きな社会的な議論を呼んだ森友・加計問題に見られるフェアでない官僚の忖度(そんたく)や、自衛隊の日報問題、賃金に関する統計不正問題など、民主的とは正反対の問題が続出する事態を許してしまっている。われわれ日本国の政治家の使命は、与野党の別なく、今も続くこの「忖度政治」と「不平等な対米関係」という悪夢から、この国を目覚めさせることであると申し上げたい。■ 「日本が真の独立国になるために」鳩山由紀夫、平成最後の反省文■ 今どきの若者は「保守化」も「安倍支持」もしていない■ 同性愛公表、尾辻かな子が徹底反論「LGBT杉田論文の度が過ぎる」

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    江田憲司手記「民主党政権より恐ろしい本当の悪夢を教えよう」

    議員) まず、冒頭、はっきりと申し上げておきたいことは、私は、「民主党政権」とは全く関わりのなかった政治家だということだ。いや、むしろ、当時は、みんなの党幹事長として、民主党政権の種々の問題点について、予算委員会等の場で追及していた側の政治家だった。したがって、「あの悪夢のような民主党政権」(安倍首相)を弁護する立場にはない。 にもかかわらず、私が2月20日の予算委員会で、あえてこの問題を取り上げたのは、安倍首相に「もう不毛な議論はやめよう。過去の政権がどうだったとか、それに比べて良いだ悪いだといったことより、国民が望んでいるのは、これからの日本をどうするかだ。そうした将来のことを語ってほしい」という思いからだった。本件だけでなく、安倍首相は「反論」のための「反論」で、あまりに民主党政権時代のことをあげつらうことが多すぎるからだ。 そこで私は、僭越(せんえつ)ながら、安倍首相にこう申し上げた。「もっと首相としてディグニティー(Dignity)を持ってほしい。国民の代表、トップリーダーなのだから、もっと威厳と品位を持ってほしい」と。安倍首相は不服そうだったが、最後は「江田委員の言うことだから深く胸に刻む」と答弁したが、その後も繰り返しているところを見ると、やはり、本気ではそう思ってはいないのだろう。 そして、その予算委で私は引き続き、安倍首相が自省する「よすが」となるように、あえて「安倍首相、民主党政権が悪夢なら、あなたが幹事長、官房長官として支えた小泉政権も悪夢ではなかったのですか?」という問いかけをした。安倍首相が、岡田克也議員や旧民主党議員と予算委でやりとりした中で「私は、民主党政権時代の経済のことを言ったのだ。有効求人倍率は今より半分で『就職氷河期』だったし、中小企業の倒産が今より3割も多く、『連鎖倒産』という言葉もあった」という趣旨の発言をしたからだ。 旧民主党議員が安倍自民党政権を批判すると「ブーメラン」を食らっていたように、安倍首相も人のことを批判ばかりしていると、同じようにブーメランを食らう。それが、予算委でも示した下記のパネルだ。 民主党政権と小泉自民党政権を比べてみると、「有効求人倍率」では多少、小泉政権の方が良いが、「完全失業率」でも「倒産件数」でも「負債総額」でも、小泉政権の方が悪い。だから、安倍首相の「定義」に倣っても、「民主党政権が悪夢なら、小泉政権も悪夢」であるはずだ。本当の「悪夢」とは 少しだけ民主党政権のことを弁護すると、2008年にはリーマンショックが起こり、2011年には東日本大震災と原発事故があり、日本経済は、誰が政権にいても大変な状況だった。また、安倍首相は、政権交代した2012年12月以降、戦後最長の景気回復と胸を張るが、いみじくも、そのスタートが12年12月であるように、それは民主党政権時代から「芽」が出ていたとも言えるのだ。突然、政権が代わったから景気が上向くことなどない。その流れを、安倍政権が「異次元金融緩和」で加速したという分析もできよう。 誤解なきように繰り返し申し上げるが、私は、こんな議論を「どや顔」でやっているのではない。どの政権にも「光と陰」というものがある。私がお仕えした橋本龍太郎政権もそうだ。どの政権も、時々の国際・国内情勢、諸条件を所与の前提として、善政もあれば失政もある。そこに思いをいたして、反省すべきことは反省し、それを将来につなげていくことこそ政治家の使命だろう。 しかし、「悪夢のような民主党政権」という発言が、自民党大会という身内を鼓舞する舞台でのものだったとはいえ、トップリーダーたる首相は、そこをあえてのみ込んで、もう少し「言い方」があるのではないかということだ。少なくとも私が知る故橋本龍太郎元首相なら、そんな言葉は発しなかった。 さあ、ここからが私の本論だが、「悪夢」と言うなら、私は「アベノミクスの行く末」と「異次元金融緩和の出口」の方が、はるかに悪夢だと思う。 ご承知のように、長期化する「異次元金融緩和」で、今や、日銀の保有する国債残高は473兆円(19年2月)、数年前の国内総生産(GDP)並みに膨れ上がった。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)と日銀が保有する株式も66・5兆円(18年6月)。これは東証一部上場会社の時価総額の約1割にあたり、その3社に1社の筆頭株主は「公的資金」と言われている。20カ国・地域(G20)財務大臣・中央銀行総裁代理会議であいさつする麻生太郎副総理兼財務相(右)。左は日銀の黒田東彦総裁=2019年1月17日、東京都文京区のホテル椿山荘東京(酒巻俊介撮影) こうした「官製相場」となっている債権や株式市場に一体「出口」はあるのか。未来永劫(えいごう)、こうした金融政策が続けられないことは分かっているのだから、それが「ステルス・テーパリング (密かな量的金融緩和の縮小)」であろうがなかろうが、どこかで「手じまい」をしなければならない。そして、その「出口」で、ソフトランディングはできるのか、それとも、ハードランディングになってしまうのか…。 私は、今の日本経済の、一見良さそうに見える各種指標が、こうした「砂上の楼閣」の上に立っていることを強く危惧せざるを得ない。ひとたび、その「楼閣」が崩れれば、過去の「世界恐慌」の例が教えるように、経済は底を打つまで反転しないのではないか。私は今、そうした「悪夢」に苛(さいな)まれている。ひとたび、こうしたクラッシュが起これば、もはや、今の日本に尽くすべき財政・金融政策の手立てはない。アベノミクスの「副作用」 具体的には、それは「国債価格の下落」から始まる。日銀が何らかの形で市場に「手じまい」の信号を出すと、それをきっかけに、国債を買うインセンティブがなくなり、国債価格が下がる。それは金利の上昇を意味し、それが「暴落」に発展すれば、金利が急上昇し、経済も財政も破たんしてしまう。 この「悪夢」をどう回避するか。残念ながら、「カンフル剤」の打ちすぎで、金融政策にその余地はもうない。財政出動が効くようなレベルでもなくなるし、それを賄える財源もない。それどころか、借金の利払いの急増で財政も破たんしてしまう。「底」を打つまで反転しないとは、こういうことだ。 ちなみに、私は2009年8月、みんなの党結成時より、その公約で「大胆な金融緩和がデフレ脱却への道だ」と訴えてきた政治家だ。安倍政権が「異次元緩和」を実行する3年以上も前のことだ。その私ですら、ここまで「異次元緩和」を続けることは想定していなかった。 これまで私は「カンフル剤は一本打つから効果があるのであって、二本も三本も打つものではない。カンフル剤で体が一時的にシャキッとしている間に『体質改善』、必要なら『手術』(いわゆる構造改革)が必要だった。アベノミクスにいう『3本目の矢(成長戦略)』のことだが、安倍首相はそれを怠った。今や、異次元緩和の効果どころか。副作用が大いに心配されている」と予算委で安倍首相に詰問してきた。 その「副作用」が、「金融機関の収益悪化」という形で今でも徐々に出てきているが、上述した「悪夢」のような副作用がいつ出るのか。来年のオリンピック、パラリンピックまでは、日本全体に公共投資等の前向きの「気」があるので持ちこたえるだろうが、それを過ぎると危ないと私は思っている。そして、「すわ、危機だ!」という時に、その責任者たる安倍首相も日銀黒田総裁も退任していないということになりかねない。そして、その責任は、それを防げなかった後継者の、もしかしたら政権交代後の政権の責任にされるかもしれないのだ。衆経済財政諮問会議で発言する安倍晋三首相(手前)=2019年1月30日、首相官邸(春名中撮影) こうした「本当の悪夢」を迎えるかもしれない重大な時に、他人の悪夢をあげつらっている場合ではないのだ。「安倍首相、国会では過去のことより将来、これからの日本のことを語ろうではないか!」。最後に、もう一度申し上げて、本稿を終わりにしたい。■【独占手記】江田憲司が初めて明かす普天間合意「23年目の真実」■安倍外交85点の理由は「欧米と仲良く、中国と喧嘩せず」■「スイッチが入った政治家」安倍晋三のリベンジ

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    仙谷由人氏お別れ会 旧民主党が勢揃いも呼ばれなかった元総理

    相として支えた関係。何よりこうした政界関係者のセレモニーでは、『首相経験者』の肩書きは別格です。現役政治家ではないが、鳩山さんの名前がないのは解せない話で、“最初から誰も声をかけなかったのでは”と思えてしまいます」(同前) 鳩山氏は総理辞任から2年後の2012年に政界引退するが、その後に訪れた中国で「尖閣は日中の係争地」と発言したり、ロシアが一方的に併合を宣言したウクライナのクリミア半島を訪問したりするなど独自の“民間人外交”を展開。そのたびに自民党から「おたくの元総理が問題を起こしている」と攻撃された苦々しい思い出が民主党側にある。 「“宇宙人”だから諫めても馬耳東風で、すぐに我々が予想できない言動をする。率直なところ“もう鳩山さんには関わりたくない”というのが本音」(旧民主党系の現役代議士) そんな事情が“ハト抜き”の遠因にあったようなのだ。もっとも、別の旧民主党系議員はこう言う。参院予算委で菅直人首相(右)と話す仙谷由人官房長官=2010年11月 「基地建設を争点として与野党対決となった9月末の沖縄県知事選の応援に入ったある立憲民主党の幹部は、演説で“私は鳩山政権の一員だった”としきりにアピールしていた。沖縄では『最低でも県外』と主張した鳩山さんに今も一定の人気がある。そんな時だけは鳩山の名前を利用するのだから現金なものです」 政権を失ってからの6年で、党もバラバラになった。それでも「言動をコロコロ変える、内ゲバ大好き」という民主党の“文化”は変わらない。その様を仙谷氏は草葉の陰でどう思うだろうか。関連記事■安倍首相に自民党内から「鳩山さんに似てきた」との批判■鳩山由紀夫氏が重慶爆撃を謝罪 中国人も「さすが宇宙人」■パソコン使えぬ桜田五輪相 権力の空気だけは読めるとの評価も■九重親方 「協会葬」ではなく「お別れの会」となった内幕■紀州のドン・ファン「急死の愛犬」のため訃報広告出していた

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    民主党政権が変えた「現役重視」シルバー民主主義を言い訳にするな

    優遇され、我々は年金自体もらえるかどうかわからない」といった不満の声を聞く。 しかし、本当に高齢者が政治的に有利に振る舞い、優遇されてきたと言えるのだろうか。『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)を上梓した島澤諭・公益財団法人中部圏社会経済研究所 経済分析・応用チームリーダーに「日本にシルバー民主主義は存在するのか」「世代間格差や財政赤字を解消するための施策」などについて話を聞いた。―高齢者を支える現役世代の負担が重くなると盛んに報じられてきました。また高齢者人口の増加にともない、選挙で大きな影響をもつ層として高齢者の意向が通りやすくなっているのではないかと指摘されています。実際に、このようなシルバー民主主義は日本で存在しているのでしょうか?島澤:現在の日本でシルバー民主主義が生じているかどうかについては否定的です。 シルバー民主主義とは、高齢者が直接的に政治に働きかけ、数の力で現行のシステムを維持・伸長する、または政治に直接的には働きかけないが、高齢者の数の力を政治側が忖度し、既得権の維持・伸長を図ることで、どちらにしろ、高齢者が政治プロセスを支配し、自分たちに都合の良いように振る舞うことです。それによって若者が困窮しているというのは、日本では30年以上前から、また西欧でも同様の指摘がありました。 ただ、そういったシルバー民主主義を批判する指摘のほとんどは、高齢世代ほど負担が低く若い世代ほど負担が大きくなっている世代会計の結果を根拠としています。 しかし、実際に世代会計の結果を虚心坦懐に読み込むと、また違った結果が見えてきます。図表1の世代会計の結果を見ると、65歳世代は0歳世代より生涯純負担率で見て10ポイント程度小さく確かに若い世代ほど負担が大きくなっていますが、マクロ経済環境も財政・社会保障制度の受益負担構造も全く同一の条件に直面しているはずの0歳世代と将来世代とでは、将来世代が27ポイントも負担が大きくなっていることが分かります。出所:『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)108ページ 表2 つまり、現在の日本には、「現在生きている世代内における世代間格差」と「現在世代と将来世代の間の世代間格差」の二つが存在し、しかも、前者の格差より後者の格差の方が大きいので、要するに、高齢世代と現役世代は暗黙のうちに“結託”し、将来世代を財政的に“虐待”し続けている構図が明らかになります。実は将来世代から見れば現役世代も加害者側に区分されるのです。このようにデータとファクトとロジックを使ってシルバー民主主義が存在するのか否かについて調べたのが本書です。実態は「全世代型バラマキ」―シルバー民主主義の存在について否定的である根拠を具体的に教えて下さい。島澤:シルバー民主主義が存在しないと考える理由は次の通りです。確かに、少子化、高齢化の進行と高齢者ほど高い投票率を反映して高齢者の票数は無視できないほど大きくなっていますが、最近政治家たちが力を入れている幼児教育や大学教育の無償化、奨学金の拡充などの政策は、若者や現役世代を重視したものです。こうした政策からは高齢者は利益は受けませんから、シルバー民主主義が存在するならば高齢者は反対し、政治も高齢者の反対に追随するはず。しかし実際には、高齢世代を優遇したまま、現役世代を重視した政策が各党から相次いで提案されていますが、これはシルバー民主主義論では解けないパズルと言えます。こうした現象を見ても、シルバー民主主義には否定的です。 結局のところ、シルバー民主主義が存在しているように見えたのは、たまたまこれまでは高齢者のほうが票を計算しやすかったからに過ぎず、若者や現役世代が貧困化し、政党が彼ら彼女らに再分配を行うことで票を見込めるようになってからは、若者も重視されるようになりました。その転換点は旧民主党が「子ども手当て」や「コンクリートから人へ」といった現役世代重視の政策を掲げて、自民党政権下では給付が高齢者に偏っていた点に不満を抱いていた現役世代の票の取り込みに成功して政権交代を果たした2009年にあります。 政党から見れば、高齢世代の民意だろうが若者世代の民意だろうが、投票してくれる民意がよい民意であり、実態は民意ファーストな政治だったのです。―しかしながら、シルバー民主主義という言葉は世間に広がっています。島澤:シルバー民主主義という言葉が、人口に膾炙し始め、みなさん言い訳として使うようになったのではないかと思います。 たとえば若者が、何か政治的な行動を起こそうと考えても、高齢者の反対にあい頓挫するからと諦める。つまり、シルバー民主主義を言い訳にして諦めてしまう。それによって現状は維持されたままです。 また仮に高齢者が、自らの意見を主張し政治的に優位であったとしても、民主主義の枠内で行動しているので問題はありません。2009年8月、衆院選で政権交代を実現した民主党執行部。(左から)岡田克也幹事長、鳩山由紀夫代表、小沢一郎代表代行、菅直人代表代行(いずれも当時) さらに政治は、シルバー民主主義を克服し、全世代型社会保障を実現するため、高齢世代のへの給付は維持したまま若者の給付を拡大しようとしていますが、その実態は、将来世代に負担を先送りした「全世代型バラマキ」に過ぎません。つまり、幅広い世代から民意を獲得するための「全世代型バラマキ」の正当化のため、シルバー民主主義を利用しているのです。 このように、高齢者も政治も、そして若者までもが、シルバー民主主義の存在を自らあえて将来世代のために行動しない“言い訳”にしてしまっています。待ったなしの構造改革―シルバー民主主義は生じていなくても、世代間格差は生じています。そして日本の赤字財政は目を向けられないほど深刻な状況です。どうしてこういった状況に陥ってしまったのでしょうか?島澤:日本の根本的な問題として、政策を立てる上で、必要とする財源を財政赤字で賄おうとするケースが多い。そもそも財政法上“特例”のはずの赤字国債が1975年度から平成3年から5年度までの一時期を除いて現在に至るまで恒久的に発行され続けているわけですが、海外を見ても、そんな国はありません。ですから、まずはリーマンショック以降膨れ上がった歳出規模をそれ以前の規模にまでスリム化し、そして全世代が広く負担する消費税増税をするなどして、財政赤字をこれ以上増やさないようにすることですね。 現行の社会保障制度は、受益面は年齢が上がるほど受益が増加し、負担は勤労世代が高くなる仕組みです。例えば、厚生労働省の「所得再分配調査」によれば、60歳以上になると、再分配後の所得が、当初の所得を上回ります。 この調査結果を使い平均的な日本人の所得と再分配後の所得を計算したところ、給付が負担を89万円超過していることがわかりました。この超過分は、財政赤字に回されるのです。つまり、社会保障の受益負担の構造改革も待ったなしです。―平均的な日本人1人あたり、89万円も超過しているとは驚きですね。島澤:世代間格差を考える時に、現役世代と高齢世代の格差に目が行きがちですが、これから生まれてくる将来世代との格差も考えなければなりません。財政赤字が解消されない限り、そのツケは今後生まれてくる子どもたちに重くのしかかります。先ほどお話したように、新たな政策の財源を財政赤字で賄うのは、若者と高齢者、そして政府という鉄のトライアングルが結託し、将来世代の財布から同意を得ずにお金を調達している、つまり財政的幼児虐待を行っているのです。―財政赤字をなるべく減少させ、世代間格差がこれ以上開かないようにするには、どんな政策が考えられますか?島澤:まず、日本の財政赤字を考えるうえで、世間一般に誤解があるように思います。特に、政府や財務省の資料では、財政赤字が世代間格差を発生させ、この格差を埋めるためには増税しないとならない、と見て取れる。しかしながら、このロジックはミスリードです。実際には、世代間格差は財政赤字があるから発生するわけでもなく、財政赤字があったとしても世代間格差がないような仕組みを理論的にはつくることができます。 さらに言えば、財政黒字であったとしても世代間格差が存在することはあり得ます。要するに、増税と世代間格差の解消にはあまり関係はありません。 こうした点と先に指摘した2つの世代間格差(「現在生きている世代内における世代間格差」と「現在世代と将来世代の間の世代間格差」)の存在を念頭に考えますと、現在世代内の格差に対しては財政・社会保障制度の受益負担の構造改革で対応し、現在世代と将来世代間の世代間格差に対してはリーマンショックで膨れ上がった歳出規模の削減と消費増税で対応するのが最適解と考えます。―19年10月に消費税が引き上げられる予定です。それにより財政赤字は少しでも少なくなるのでしょうか?島澤:将来世代に先送りされる財政赤字の解消に充ててこそ増税の意味はあると思いますが、幼児教育の無償化に充てるなど結局現役世代に使うようですから、実態は何も変わらないと思います。近視眼の政治家―政治家がとにかく近視眼的になっている印象です。島澤:政治家は、本来目先の利益ではなくもう少し長いスパンの利益を考える存在だと思いますが、近視眼的な民意に引きずられ過ぎているきらいはありますね。現代日本の一つの問題は現役世代が貧困化し、これまでのような寛大な社会保障制度を維持するのが難しくなってきたことにあります。したがって、政治がなすべきは、現役世代の生活を安定化することですが、これには先にも言いました通り、財政・社会保障制度の受益負担の構造改革を断行する以外には実現できません。もちろん、これにより高齢世代と現役世代の対立の高まりによって世代間闘争が起きる可能性は否定できませんが、長期的なスパンで考えれば、いまのままの財政赤字を放っておいて良い訳はないので、そのために国民を説得してほしいですね。―それは選挙制度の問題ともつながってくるのでしょうか?島澤:現在の民意ファーストの政治は、小選挙区制の問題かもしれません。衆議院に関しては、政策を決定し実行していくことが重要ですから、小選挙区制のままで良いと思います。しかし、参議院の存在意義は、衆議院とは違う代表が選出され、違う視点から法案を審議することに意味があると思います。ですから、参議院は比例代表制だけにして、多様化した民意を反映できるようにするのが良いのではないでしょうか。―諸外国を見た時に、世代間格差の是正や財政赤字の解消など参考になる事例はありますか?島澤:年金などの国の社会保障の根本に関わるようなシステムの改革には、与党だけで決定するのではなく、野党や産業界などより広い利害関係者から成る会議を開き、合意に達するべきです。スウェーデンの年金改革はまさにそういった形で行われました。 ただ、日本のこれまでの政治を見ると合意の拘束力が弱すぎます。たとえば、橋本龍太郎内閣で合意した財政構造改革法は、与野党で合意したにもかかわらず、予想以上に不景気が長引いたため改正を余儀なくされ、小渕内閣では凍結する事態となりました。旧民主党・自民党・公明党による社会保障と税の一体改革に関する三党合意も結局なし崩し的に反故にされました。夏休みに入る子どもが宿題の計画を途中でひっくり返すのとは訳が違うのですから、一旦合意したら最後まで守って欲しいものです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)――最後にメッセージをお願いします。島澤:読者の皆さんは、日常生活に精一杯でなかなか政治や財政赤字のことまで考える余裕はないと思います。しかも、巷ではインフレや経済成長によって痛みを感じることなく財政健全化が可能だという主張が流布され、安倍内閣もそれに乗っかっています。仮にそれが本当だとしても、受益負担の構造改革を避けていては世代間格差の解消は不可能です。現在の我々の生活が成り立っているのは、将来世代へツケを回し、政府の借金で賄っているということをしっかり認識する必要があります。また、現役世代の方々は、高齢世代に比べ、被害者意識を持つ傾向があります。しかし、将来世代から見えればどちらも加害者なんです。ただ、世代間のそうした対立は何も建設的な結果を生みません。そうではなくて、今後の日本の財政や社会保障、社会情勢がどうすれば良くなるかということに視点を置き換え、現状の生活だけでなく、もう少し将来の日本や子供たちの未来について考えていただければと思います。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。

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    稲盛和夫氏、なぜ1人で政権交代をバックアップできたか

     平成という時代を振り返ると、政治や経済の重大な局面で必ずその存在が見え隠れする。表の権力者たちを支え、動かし、時に揺るがす「フィクサー」たちだ。確かに昭和の時代にも暗躍した「大物フィクサー」はいた。舞台回しのスケールでいえば、平成よりはるかに大きかったかもしれない。 だが、表の権力者が小粒化した平成の政界において「フィクサー」の存在感は相対的に増している。さらにいえば、彼らが「表の実力者」としての顔を持つことも特徴といえる。いったいなぜ彼らは、それほどの存在になり得たのか。 民主党への政権交代(2009年)の「陰の主役」といえば、京セラ創業者の稲盛和夫氏(86)だ。 政権交代を目前に控え、当時の小沢一郎・民主党代表はしばしば隠密行動を取った。「お忍びで京都に行ったらしい」──党内ではそんな噂がささやかれた。民主党事務局長を務めた政治アナリスト・伊藤惇夫氏が当時を振り返る。 「京都で稲盛さんにお世話になっていたのでしょう。それほど近い関係でした。その一方で前原誠司氏の後援会長を務めるなど、個々の民主党議員の面倒もよく見ていた」 自民党政権は財界主流が支えてきたが、民主党を支えた経済人といえば稲盛氏くらいだった。なぜたった1人で政権交代をバックアップすることができたのか。 「ベンチャー企業の創業者で、挑戦する立場に理解があった。京都の経営者だから東京の財界に対する対抗心もあったと思う。だから既存の自民党ではない政治勢力、政権交代可能な2大政党制の必要性を強く感じていたのではないか」(伊藤氏)2013年3月、取締役からの退任を発表する日本航空の稲盛和夫名誉会長(写真左)。右は植木義晴社長(大西史朗撮影) 2大政党制を作るために、稲盛氏は政権交代前の2003年民主党と自由党の民由合併の工作に関わった。当時、菅直人氏ら民主党内に“小沢アレルギー”が強く、合併に反対したが、それを説得して合併を成功させたのが稲盛氏だったとされる。合併民主党の事実上の“オーナー”だったことになる。しかし、政権交代後は民主党に使われた。伊藤氏はいう。 「経営破綻した日本航空の経営再建を担わされ、出資も求められた。稲盛さんが民主党のフィクサー的なポジションにあったのは政権交代前の野党時代までではないか」 民主党が分裂騒動を起こした菅政権時代、「大変落胆している。こういうことのために支援してきたのではなかった」と稲盛氏は記者会見で語り、以降は民主党と距離を置いた。関連記事■渡辺恒雄氏 なぜ一介の番記者から総理動かす政治力持ったか■最近のナベツネ氏「誰も分かっちゃくれない…」と周囲に弱音■孫正義、稲盛和夫、柳井正 成功を収めた大富豪の至言■靖国やNHK会長人事にJR東海名誉会長が影響力を持つ理由■稲盛和夫氏「不運でも耐えて明るく前向きに続けるのが人生」

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    安倍外交85点の理由は「欧米と仲良く、中国と喧嘩せず」

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 昔日、国際政治学者の高坂正堯は、日本の対外政策方針の原則として「米国とは仲良く、中国とは喧嘩(けんか)せず」と語ったと伝えられる。現下、米中両国を軸とした「第2次冷戦」の到来が語られる折柄(おりから)、「第1次冷戦」の歳月を凝視し、その歳月の終わりとともに世を去った高坂の言葉は、次のように読み替えられるべきかもしれない。 「米国や欧州諸国のような『西方世界』諸国とは仲良く、そうでない国々とは喧嘩せず」。この言葉が日本の対外政策を評価する基準を表しているのであれば、日本の対外政策方針の大黒柱は、「西方世界」諸国、すなわち「自由・民主主義・人権。法の支配といった価値意識」を共有する国々との協調にこそあり、他の国々との関係は、それに代替することはないということになる。 この評価基準にのっとれば、第2次安倍晋三内閣発足以降に披露された対外政策展開には、特段の瑕疵(かし)はない。安倍晋三首相は、再執政始動直後に米豪印3カ国との提携を打ち出して以降、「自由・民主主義・人権。法の支配といった価値意識」の意義を強調しつつ、対外政策を展開してきた。 その徹底性において、安倍首相は過去に類例がない宰相である。安倍首相の徹底性の故にこそ、日本の対外政策展開には相応の「強靱(きょうじん)性」が備わるようになった。 米国のドナルド・トランプ大統領の登場、英国の欧州連合(EU)離脱、英仏独墺蘭各国における「ポピュリズム」の様相を帯びた「反動」政治勢力の台頭、さらにはフランスにおける「ジレ・ジョーヌ(黄色いベスト)運動」の激化は、その一つ一つが「西方世界」諸国の内なる動揺を表している。日本の対外政策上の「強靱性」は、そうした「西方世界」諸国の動揺の中では、それ自体が日本の国際政治上の「声望」を担保している。 国際政治学者でプリンストン大のジョン・アイケンベリー教授が米外交評論誌『フォーリン・アフェアーズ』(2017年5月号)に寄せた論稿の中で、「リベラルな戦後秩序を支持する二人の指導者」の一人として安倍首相の名前を挙げているのは、誠に象徴的である。 方や、米中第2次冷戦が語られる中でも、安倍の対外政策展開に際して、「中国と喧嘩しない」ための手は、確かに打たれている。2018年10月、安倍首相が中国の習近平国家主席との会談の席で、「競争から協調へ、日中関係を新しい時代へと押し上げていきたい」と表明したのは、そうした対応の事例であろう。2018年5月、第6回日中韓ビジネス・サミットに臨む韓国の文在寅大統領(左)と安倍晋三首相(斎藤良雄撮影) むしろ、安倍内閣下の対外政策に係る難題は、その「西方世界」協調方針に齟齬(そご)が生じた結果として現れる。その齟齬が最も鮮明に現れているのが、対韓関係である。「不安要素」の危うさ 韓国紙『朝鮮日報』(日本語電子版、2月23日配信)は「386世代」の動静を評した記事の中で、「民主化・高度成長の達成感も味わった世代だ。80年代後半の物質的豊かさは、世界に向けて足を踏み出す動力になった」と記している。「386世代」とは、1990年代に30代を迎え、80年代に大学へ通った、60年代生まれの世代であり、現在の韓国社会を主導している。 そもそも、「民主主義」「南北融和」「グローバリゼーションの波に乗った経済発展」「対中関係や対露関係における外交の幅」「日本に対する『尊大』姿勢」といった当代韓国を彩るさまざまな相は、第1次冷戦終結後、韓国にとって「米国か中国か」という選択に悩む必要がなくなった時代の所産である。目下、この「386世代」人士を傍らに多く置き、その思考に強い影響を受けているとされるのが文在寅(ムン・ジェイン)大統領である。 文氏は、過去30年の韓国にとっての「幸福な時代」の惰性を反映して、「安全保障は米国、経済は中国」という「米国も中国も」の姿勢が通用せず、「米国か中国か」という選択に再び迫られるようになる環境下でさえも、「米国も中国も」という姿勢が続けられると錯覚しているのであろう。 文氏の対外姿勢は、安倍首相のものとは明らかに相いれない。日韓関係の現下の冷却には、歴史の中で積み重ねられた「感情」以上に、こうした対外政策上の「構造」が反映されている。 もっとも、安倍首相の対外政策展開にも一つの不安要素がある。現下、ロシアと「西方世界」との関係は険悪である。 ロシアのウラジーミル・プーチン大統領は「西方世界」に対する協調と対抗の論理の相克に彩られたロシア史の中では、ソ連のミハイル・ゴルバチョフ元大統領とは対照的に、その対抗の論理を体現してきた政治指導者である。2018年12月、ブエノスアイレスで会談に臨むロシアのプーチン大統領(右)と安倍首相(共同) 安倍首相は、そうした「西方世界」に親和的ではないプーチン大統領との会談を既に25度も経ているけれども、北方領土問題における六十余年の膠着(こうちゃく)を解くためとはいえ、その対露姿勢は、ロシアと「西方世界」の確執の中で、どのように整合するのか。 もし、安倍首相における対露政策展開が「ロシアと喧嘩しない」という姿勢を示す域に止まらず、対中牽制の思惑をも含んでいるのであれば、そうした没価値的な思考は、安倍内閣下の対外政策展開全体における「つまずきの石」になるかもしれない。万事、「似合わぬ振る舞い」に走ることの危うさは、強調されてよい。■ 「安倍時代の終焉」が現実的とは言えない理由■ 鈴木宗男手記「北方領土交渉、安倍総理を1000%信頼する」■ 「石破を干し、次を育てる」安倍人事の容赦なき適材適所

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    安倍外交を採点したらこうなった

    歴代首相で最多の78か国・地域を訪れ、文字通り「地球儀を俯瞰する外交」を続ける安倍首相だが、その外交手腕をどう評価すべきなのか。米国一辺倒と揶揄され、日韓関係は最悪、対露交渉も遅々として進まない。政権復帰7年目、正念場の安倍外交を識者に採点してもらった。

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    日韓関係は最悪、北朝鮮問題で出番なくとも安倍外交は「78点」

    との協力関係だ。そのことを確認して、この小稿を終えることとしたい。(文中一部敬称略)■「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる■天皇陛下を「おじさん」 韓国議長、もう一つの侮辱発言■安倍総理の「やってる感」に愛想を尽かした拉致家族のホンネ