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    テレビへの圧力? 電波独占料、負担増に漂う安倍政権のうさん臭さ

    杉江義浩(放送プロデューサー、ジャーナリスト)                    政府がテレビ局や携帯通信事業者に課している電波の利用料を、大幅に値上げする案を含めた電波法改正案が閣議決定され、国会に提出されました。NHKや民放キー局5局に対しては、5割増しということで、テレビ局の経営状況に与える影響の大きさは衝撃的なものです。 民放キー局は、収入とCM制作に関しては広告代理店任せ、番組制作に関しては制作プロダクション任せ、となりつつあり、唯一放送局として発言力を持っているのは編成権ぐらいではないかという状況です。 その編成権を裏付けるのが、電波利用権の独占です。各テレビ局は地上波、衛星放送それぞれに、一定の周波数の独占的な利用を政府から認められていて、その対価として電波の利用料を支払います。 科学に強くない人にも誤解を与えないために言っておくと、電波そのものは自然界にもともと存在する物理的な現象であり、誰のものでもないし、特にお金が発生するものでもないのです。ただ、自然界に存在する限りある周波数帯域しかない電波は、使い道を秩序立ててコントロールしなければ大変なことになります。 例えば、同じ地域で地上波テレビと携帯電話が、あるいはラジオと警察無線が、同じ周波数を使ったら、混線してしまって使い物になりません。そんなことが起きないように、周波数帯域が用途別に細かく切り分けられていて、決まった周波数を使うように義務づけられています。 それぞれの放送局には、あらかじめ放送に使ってもよい周波数が割り当てられていて、その周波数を独占的に使います。また、携帯電話に使ってもよい周波数はどこからどこまで、船舶無線に使ってもよい周波数はどこからどこまで、といった具合に細かく定められていて、総務省(かつては郵政省)がルールに従って電波を使うように整理してきました。 電波の利用料というのは本来、その整理やコントロールの事務作業にかかる「手間賃」ぐらいであり、もともと自然界に存在する時点では、電波に値段はありません。 例えば、数十メートルしか電波が飛ばないWi−Fi(ワイファイ)などでは、装置を用意するのにお金はかかりますが、Wi−Fiの電波利用料というのは特にかかりません。また、免許のいらない小出力のトランシーバーなどにも電波利用料はかかりません。 ただ、何十キロメートルもの長距離を飛ぶ、テレビやラジオの地上波に関しては、公共の電波を広範囲にわたって一定の周波数を独占することによって収益を得ているという意味から、一定の電波利用料を国に納めるようにした方が良いのではないか、というのが電波法の趣旨です。2018年8月、雷が落ちた東京スカイツリー。NHKや民放キー局のテレビ放送の電波を送信している(宮崎瑞穂撮影) 携帯通信事業者が使う電波に関しても同様です。しかし、もともと無料で自然界に存在する電波ですから、利用料の算出根拠は極めて曖昧(あいまい)です。 電波利用料というより「電波独占料」という方が、しっくり馴染むような気がします。いずれにしても総務省の胸先三寸で決まる、いわば電波の「ショバ代」であって、コストなどの合理的な根拠に基づく金額ではないのです。 適正な電波利用料がいくらかは、算出する根拠がないのですから、政府の言い値でしかありません。「電波を独占して利益を上げているのだから、これくらい払いなさいよ」という非常に漠としたものなのです。 今回の電波法改正案では、将来の5G(次世代無線方式)携帯電話環境の開発、推進に当てる財源として、平成31年度に750億円を見込んでいて、それが「電波利用料の算出根拠である」と政府は説明しています。不明瞭な電波利用料 しかし、私が思うには、本当に5Gのインフラ整備が国民にとって必要なら、税金を使ってやればいいのではないでしょうか。テレビ局に請求するのは、なんだか筋が違っている気がします。 自動車税が高速道路などの建設に使われる、道路特定財源制度のような、受益者負担の合理性は、そこには感じ取れません。新しく携帯電話の通信環境が整備されることによって、テレビ局が何か利益を得るのでしょうか。利益を得るのは国民ではないでしょうか。 だったら税金でまかなうべきです。テレビ局に課すべきではありません。今回の電波法改正案には、そういった根本的な胡散(うさん)臭さが感じられます。 胡散臭さという点から派生したのでしょうか、巷(ちまた)では今回のテレビ局への「5割増し」は、ニュースやワイドショーなどで政権批判を繰り返す、テレビ朝日やTBSへの、牽制(けんせい)措置ではないかという言説も見かけます。 これはまったく的外れだと私は思います。比較的政権に近い報道姿勢を見せるフジテレビや日本テレビ、NHKに対しても、5割増しを同様に課しているのですから、テレビ局への圧力だと勘繰るのは、いささか過敏すぎると言えるでしょう。  もちろん、民間放送は電波を独占することによって直接的に収益を上げ、利潤を追求する私企業であるという一面はありますが、別の側面では公共の電波の独占を許されているが故に、公共の福祉を担う社会的責務を持つ特殊な事業体であると言えます。私は後者の方こそ、今注目しなければならない重要な側面だと考えています。 限られた電波の有効利用という、根本の原則に立ち返ってみましょう。そもそもなぜ特定の放送局だけが、貴重な地上波の相当規模の周波数帯域を独占利用することが認められているのか。 それは放送法に定められた通り、放送局は公共の福祉に資する放送を送信していると認められているからであり、本当に放送局が公共の福祉に貢献しているのなら、極論すれば電波利用料は無料にするのが筋ではないかと私は考えます。逆に言えば、公共の福祉に寄与しないような放送局は、電波を独占する根拠も失ってしかるべきです。 地上波のテレビ局が一つ消えてなくなり、その局が独占していた1チャンネル分の周波数帯域を移動体通信事業で有効に使うことができたなら、かなりの経済的メリットが生まれるはずだと試算した人もいました。テレビと移動体通信事業は、地上波という限られたパイを分け合う敵同士です。どちらが公共の福祉に、あるいは社会の発展に役立っているのか、シビアに比較される時代でもあります。 今は、動画はネットで見る時代かもしれません。ネット発で受信する動画もあれば、テレビ発でネットで受信する動画もあります。しかし「家族でくつろぐお茶の間に入り込む」存在であるテレビには、特有のテレビ文化というものが歴然と存在していて、また確立しています。2018年4月、衆院予算委の集中審議で、疲れた表情を見せる安倍首相 家族そろって楽しめるスポーツ中継、しっかりと作り込まれたドラマやドキュメンタリー、これらはリビングの4K、8Kのテレビ画面で見たいと、私などは思います。ぐらっときた時、すぐに地震速報を見られるのもテレビの心強さです。テレビが興隆しても映画文化は廃れなかったように、ネットが興隆しても、テレビ文化は決して廃れることはないでしょう。 政府には算出根拠の不明瞭な電波利用料などでテレビ局に負担を強いるのではなく、公共の電波を使うテレビならではの、健全な文化を育成するような政策をとってもらいたいものです。【編集部より一部訂正について】 記事公開時に「免許のいらない小出力のトランシーバーやアマチュア無線にも、電波利用料はかかりません」としていた部分は、アマチュア無線にも電波利用料が課せられており、誤りでしたので、訂正しています。■ テレビが「放送法4条撤廃」のニュースを報道したくない裏事情■ テレ朝、TBS「モリカケ報道」のどこが悪い■ 池上彰『週刊こどもニュース』が直面した政権忖度と放送法の壁

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    中国並みのトランプ「言論弾圧」ではっきりしたメディアの受難

    、新聞を読んでいただけると、あらたな興趣もわいてくるだろう。かしやま・ゆきお 産經新聞元論説委員長。政治部で中曽根首相番、竹下幹事長番、霞クラブ(外務省)詰め、ワシントン特派員、同支局長、外信部次長、編集局次長、正論調査室長兼論説委員などを経て、2015年6月から産経新聞社監査役。2度のワシントン勤務時代は、ホワイトハウス、国務省などを担当、米国の内政、外交など幅広く取材した。

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    安倍首相 メディア幹部と積極会食し巧妙に操縦、その参加者

    相は再登板以来、メディアの幹部と積極的に会食し、懐柔の手段としてきた。新聞・テレビの論説委員クラスや政治評論家には、総理との食事に招かれただけでコロッと参ってしまい、政権のスポークスマン役を買って出ている者が少なくない。 安倍首相のメディア対策が歴代首相に比べて効果をあげているのは、大手メディアの社長や会長と個別に宴席を囲む“社長懇”を慣例化したことだ。この1年を見ても、4月2日にパレスホテルの宴会場「桔梗」で渡辺恒雄・読売新聞グループ本社主筆、福山正喜・共同通信社社長(当時)、熊坂隆光・産経新聞社会長らと食事したのをはじめ、日本テレビの大久保好男社長、日経新聞の喜多恒雄会長、岡田直敏社長と個別に会合を持った。 首相の政治指南役とみられている渡辺氏(6回)と日枝久・フジテレビ相談役(2回)は別格にしても、共同の福山社長は3回も食事している。政治アナリストの伊藤惇夫氏が指摘する。「総理が論説委員や各社の官邸キャップとその時々の政治テーマについて懇談するのは歴代内閣で行なわれてきた慣例で、記者にとっては取材活動です。しかし、安倍首相が社長懇を開くようになって、現場の記者は政権を強く批判すると社長に迷惑を掛けると忖度して記事を書くようになった。それが安倍さんのメディア操縦の巧妙なところです」 政治評論家の田崎史郎・元時事通信社特別解説委員(2回)などとくに首相に近いとされる各社の論説委員やOBたちは、首相から会食に誘われた回数で“いかに政権に食い込んでいるか”を競い合っている。2018年3月、プロ野球巨人戦を観戦する安倍晋三首相(左)と渡辺恒雄・読売新聞グループ本社代表取締役主筆(矢島康弘撮影) もちろん、政官財界からマスメディアまで権力に群がるのは今に始まったことではない。だが、安倍首相は性格的に「敵」と「味方」を選別し、待遇に差を付ける。この政権の「お友達政治」の本質は、インナーに入れなければ排除され、政権の便宜も重要な情報も一切得られなくなることだ。 安倍氏にとって、会食やゴルフはそのための踏み絵でもある。「敵」と見なされれば最初から排除される。大手新聞社の経営トップでは、朝日新聞の社長は2013年7月に首相と1回会食しただけで、その後は動静には一切登場しない。関連記事■ 政官財マスコミ 華麗なる安倍人脈大図解■ 進次郎氏の嫁探し 条件の一つは「昭恵さん的な発言をしない」■ 昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■ 安倍首相お友達人脈格付け サシの食事→ゴルフ→焼きそば■ 安倍首相の「悪だくみ人脈」 始まりは昭恵さんだった

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    民放テレビでやけにドラマが増えている理由とは

     テレビ局にとって視聴率はスポンサーを説得するための絶対の営業ツールであり、テレビマンが胸を張って誇るための「物差し」だった。 だが、その“目盛り”は時代とともに変わり、10%を超えれば大ヒットとなり、一桁も当たり前。冬の時代を迎えたテレビ界はいま、現状打開のために導入した「新指標」、タイムシフト視聴率で“目盛りの読み方”まで変えようとしている。 従来の視聴率は、ビデオリサーチ社が調査対象世帯に専用の受像器をセットし、その世帯が「いま見ている番組」を集計して算出。その数字を元にテレビ局は各企業に営業をかけていた。 リアルタイム視聴率の低下により、新たに導入されたのは、録画再生の視聴割合を指す「タイムシフト視聴率」だ。従来の視聴率だけでなく、1週間のタイムシフト視聴率を合算した数字をもとに、スポンサーと広告代理店、テレビ局が取引することになった。この2つを足すことにより「視聴率は高いですよ」とアピールできるよう動いているのである。 だが、肝心の番組制作サイドは、新指標に振り回されている。フジテレビのドラマ制作スタッフが嘆息する。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)「確かにタイムシフト視聴率でいえばウチのドラマは好調です。1~3月期の『海月姫』や『FINAL CUT』はリアルタイムよりタイムシフトのほうが数字がよかったし、7~10月期のドラマでも『グッド・ドクター』と『絶対零度』はタイムシフト視聴率で毎週8%以上稼いでいた。 それでも広告収入が増えたという話は聞かないし、制作費はこの数年削られる一方です。最近は上から『録画でも数字を取れるコンテンツを意識しろ』と言われ、現場は混乱するばかりです」上層部からの「無茶ぶり」 新指標を元にした上層部からの“無茶ぶり”は、他局でも起きている。別のキー局社員が語る。「最近、幹部が『報道やスポーツを録画して見る視聴者はいない。録画視聴者の多いドラマの枠を増やそう』なんて言い出したんです。それを伝え聞いた報道スタッフは激怒していましたよ。『俺たちの仕事をなんだと思ってるんだ!』って。リアルタイムの視聴率を諦めるような発言は、現場のモチベーションを下げるだけです」 その言葉を裏付けるかのように、各局は“ドラマ重視”の姿勢を鮮明にする。 テレビ朝日は4月から日曜午後9時にドラマ枠として「日曜プライム」を新設し、テレ東も月曜午後10時に「ドラマBiz」を開設。フジも昨年10月から、月曜深夜0時25分を「ブレイクマンデー24」として深夜ドラマ枠を新設している。元NHKの番組ディレクターで次世代メディア研究所の鈴木祐司氏が語る。「制作費もキャストのギャラもかかり、コストパフォーマンスの悪いドラマ枠は一時各局で縮小傾向が見られましたが、タイムシフト視聴率を意識して、この1年で復活しました。最近はドラマだけではなく、映画、アニメといった『録画でじっくり見たい番組』を各局の編成担当は増やそうとしています」 最近、テレビを付けると妙にドラマばかりやっている──そんな気分になるのは、気のせいではなかったわけだ。「スポンサーもテレビ局のドラマ偏重を理解しており、その作品に登場する俳優を使ったCMを意図的に流すなど、“録画でも飛ばされにくい”作りを意識しています。昨今、ドラマの続きかと思うようなCMが多いのも、このためです」(元テレビプロデューサーで上智大学文学部教授の碓井広義氏)関連記事■ テレビ局、CM取引新指標「タイムシフト視聴率」導入の深刻度■ 新垣結衣 主演ドラマ「けもなれ」で解禁した「タブー」とは■ 新ドラマ絶好調の米倉涼子、「海老蔵と復縁」説の真相■ 星野源 新垣結衣に「なんでそんなにかわいいの?」と直球質問■ 『逃げ恥』で使われた部屋「家賃13.6万円」騒動の真相

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    【独占手記】江田憲司が初めて明かす普天間合意「23年目の真実」

    跡地開発をしっかりやりたい」 金武町長「希望が見えた。町民全体が燃えている」 読谷村長「日本の生きた政治を見る思い。村長をして22年になるが、総理が初めてボールを沖縄に投げた。もうやるしかない」   これを受けて、橋本総理があいさつに立った。 「私がひねくれていた頃、数ある従兄弟(いとこ)連中と片っ端からけんかをしていた。その中で岡山にいた源三郎兄、彼は海軍の飛行練習生だったが、唯一私をかばってくれた。最後に会ったのは昭和19年の初夏、その時、彼は、継母になじむように私に小言を言ってくれた。そして、『今度会うときは靖国で』と言って、その年の10月、南西方面で還らぬ人となった。だから、これまで春と秋の例大祭には必ず、私は靖国神社を参拝してきた。それが我が国の外交に影響するのであれば自制したいが、彼が戦死した南西諸島というのが沖縄だということを知ったのは、戦死公報が届いた後のことだった」 ここで不覚にも、私までが涙してしまったことを覚えている。1997年9月、組閣のために官邸入りする橋本龍太郎首相 普天間飛行場の返還。それは、当時の橋本総理が、まさに心血を注いで成し遂げたものだ。元々、幼少期に可愛がってくれた従兄弟を沖縄戦で亡くしたという原点もあり、何度も総理として沖縄入りし、また、都合17回、数十時間にわたり、当時の大田昌秀沖縄県知事と直談判して、まとめあげたものだ。 1996年1月に発足した橋本政権は、村山富市前政権から困難な課題を二つ、引き継いでいた。一つは「住専問題」、そして、もう一つが、この「沖縄の基地問題」だった。1995年9月に起こった海兵隊員による少女暴行事件、それに端を発する沖縄県民の怒り、基地負担軽減、海兵隊の削減等を要求する声は頂点に達していた。  こうした声を受けて、橋本総理は、政権発足早々から一人、この沖縄問題を真剣に考えていた。夜、公邸に帰ってからも、関係書物や資料を読みふけったり、専門家の意見を聞き、思い悩んでおられた。意を決したクリントン会談 そんな時、旧知の故・諸井虔氏(元日経連副会長・秩父セメント会長)から、秘書官である私に「大田知事とは、彼を囲む沖縄懇話会というのをやっている。当選の時から懇意にしているから本音の話もできる。知事からも外務省や防衛庁などの官僚ルートを通さず、総理に直接、生の声を伝えたいとの希望がある」との話があった。私と諸井氏は、私が通産省窯業建材課勤務の時に、セメント産業の構造改善事業を通じて交友があった。 そこで、早速、このルートで知事の意向を確かめたところ、諸井氏から「普天間飛行場の返還を、初の首脳会談の場で口の端にのせてほしい。そうすれば県民感情は相当やわらぐ」との感触を得た。1996年2月21日のことだ。あえて「人払い」のため、役所出身の事務秘書官がいる官邸執務室ではなく、わざわざ自民党本部の総裁室で、私は総理と諸井氏との会談をセットしたのだ。 ちなみにこの時、大田知事は決して「反米」ではなく、むしろ「アメリカのファン」で、また、橋本龍太郎という政治家を信頼し尊敬していることも分かった。今後、この問題では、総理⇔江田⇔諸井⇔知事のルートで進めていくことも確認した。 しかし、この「普天間飛行場の返還」について、外務、防衛当局、殊に外務官僚は、いつもの「事なかれ主義」「対米追従主義」で全く取り合おうとはしなかった。普天間飛行場のような戦略的に要衝の地を米軍が返すはずがない、そんなことを政権発足後初の首脳会談で提起するだけで同盟関係を損なう、という考えだった。あたかも、安全保障の何たるかも知らない総理という烙印を押され、馬鹿にされますよと言わんばかりの対応だったのである。したがって、クリントン大統領との首脳会談(96年2月24日/サンタモニカ)用の事前の「総理発言要領」には、「普天間」というくだりはなかった。 橋本総理も、この外務当局の頑ななまでの対応を踏まえ、ギリギリまで悩まれた。首脳会談の直前まで決断はされていなかったと思う。しかし、クリントン大統領と会談をしているうちに、米国側の沖縄に対する配慮、温かい発言もあって、ついに総理は、その場で意を決して「普天間飛行場の返還」を切り出したのだ。「難しいことは分かってはいるが、沖縄県民の切なる願いは、普天間飛行場の返還である」。 当時、絶対返すはずがないと思われていた普天間飛行場の全面返還合意。それが実現できたのは、ひとえに、この総理のリーダーシップと沖縄に対する真摯な思い、それを背景に事務方の反対を押し切って「フテンマ」という言葉を首脳会談で出したことによる。会談後、総理からその首尾を聞かれた私は「フテンマという聞き慣れない四文字を、クリントン大統領の耳に残しただけで、この首脳会談は成功だと思います」と申し上げた。1996年9月、沖縄米軍基地問題で沖縄県の大田昌秀知事(左)と会談する橋本龍太郎首相 この会談を機に、クリントン大統領も早速動き、その3日後にはペリー国防長官に検討を指示した。ペリー氏(あの黒船のペリーの末裔)も沖縄での従軍経験から、沖縄県民の思い、苦悩、実情を十分理解し、軍(特に海兵隊)との調整に大変な努力をされた。副大統領経験者の大物・モンデール駐日大使(当時)も含め、日米の首脳レベルの連携プレーが見事にワークした事例だったのである。この交渉が極めて異例な総理主導であったことは、担当の外務大臣、防衛庁長官にすら、その交渉そのものが知らされていなかったことに象徴されている。歴史的な一日 その「返還合意」発表の96年4月12日。この歴史的な一日の動きを、改めて私の日記で再現してみたい。 18時半。総理から沖縄県知事に電話。 「今夜モンデール大使とギリギリの交渉をする。そのためには、今ある基地とは別の所にヘリポートをつくらなければならない。アセスの実施や地主の協力を得るためには県の協力が得られなければとてもやれない。それだけは約束を。交渉の中味は死に物狂いでやるが、どうなるかわからない。普天間を何とかするために全力を尽くす。県が全力を挙げて協力してくれないと後が進まない。古川官房副長官を中心にチームを作るので県も参加してほしい。私は、外務省、防衛庁、他の閣僚も飛ばしてやろうとしている。それだけの決心だ。県内に適地を探す、また本土の基地を含め、緊急時の使用も検討する」 これに対し、大田知事は、当初は「県の三役会にかけなければ」と口を濁していたが、「そこまで総理が言われるなら、できるだけのことをやります」 その後、モンデール大使と執務室で会談。返還合意。終了後、外務大臣、防衛庁長官、渡辺嘉蔵、古川貞二郎両副長官が入り、総理より説明。 「両大臣には申し訳ないが、私の責任で決めさせていただいた。各省庁には記者会見で知ってもらう」 外務大臣「総理の決断に感謝。日本側としては誠実に対応し、あらゆる努力をしていきたい」。ここで総理が防衛庁の局長に問題点の説明を促す。 防衛局長「アセスメントと地元対策に時間がかかる。跡地対策には原状回復と米軍への協力等が必要」 19時。総理より沖縄県知事に再び電話。 「今、大使と握手した。普天間基地は全面返還する。ここ5年から7年のうちに。条件は基地機能の維持。約束を果たしたことを認めてくれるか。そこでヘリポート問題。跡地について県の最大限の協力をいただきたい。各省庁にまたがる。古川副長官の下にタスクフォースを設置。そこに吉本副知事と調整官が入る。こうなれば、5-7年を1年でも早くするかどうかは私たちの問題。一緒にやろう」 「知事に喜んでいただいた。国と県が協力していこうと確認した」と総理が同席者に。その後、総理に促されてモンデール大使と知事が英語で電話。知事は、突然、大使が電話に出て驚くも良いムード。モンデール大使「知事の最善の努力をお約束していただき、ほっとしている」 20時より記者会見。「返還合意」をモンデール大使と発表。1996年4月、沖縄の米軍普天間飛行場返還で共同記者会見する橋本龍太郎首相(左)とモンデール駐日大使 この会見後、公邸に先回りして待っていた私は、思わず、帰ってこられた総理とどちらからともなく抱き合い、喜びあったことを覚えている。その時は、大田知事も「総理の非常な決意で実現していただいだ。全面協力する」との声明を出したのである。 ただ、普天間飛行場の返還は決まったものの、その移設先については日米交渉がデッドロックに乗り上げていた。移設先が決まらなければ返還も不可能となる。「普天間飛行場の代替機能を確保する」というのが条件だったからである。苦渋の海上施設案 もちろん、沖縄にとっては県外移設に越したことはない。しかし、そもそも当時は、「返すはずがない」という出発点からの交渉だったため、「県内移設」しか考えられなかったことも実情だった。 やはり「キャンプ・シュワブ沖案」しかないか。しかし、ここは珊瑚礁がきれいでジュゴンも生息する美しい海岸地帯だ。そこで、こうした生態系や騒音をはじめとした環境への負荷も比較的少なくてすみ、地元住民の負担もなるべく軽減、かつ日米安保からの要請も満たすという諸点をギリギリまで追求し、発案したのが「海上施設案」だった。土砂による「埋立て案」や、「メガフロート案」のようなコンクリート製の防波堤を打ちこむ必要のある工法では、その生態系に多大な影響を与える。誰もが納得する百点満点はなく、そのベストミックスを考え抜いた末の、苦渋の決断が「海上施設案」だった。 この案の経緯は、ある日、羽田空港に向かう車中で総理から「江田君、海上構造物というのは、一体技術面やコスト面でどこまでクリアーされているのか調べてくれ」という指示を受けたことからはじまる。私には、総理秘書官という立場上、色々なルートから様々な情報が入ってきていた。その中に、「あるいは最終局面では海上案も検討に値する。その場合は既に実用化されている浮体桟橋工法(QIP)が有効だ」という情報があった。私は「それなら良い工法がある。沖ノ鳥島やニューヨークのラガーディア空港に実例があるし、何といっても環境影響が少なく、かつ、容易に撤去可能で、基地の固定化の懸念も払拭できる」と答えた。  総理もこれなら、粘り強く理解を求めれば沖縄の人たちもギリギリ受け入れてくれるのではないかと決断された。相変わらず、事務当局は否定的であったが、別ルートで探ったところ、米国からも良い感触が伝えられてきた。その結果、1996年12月2日、米国とのSACO(沖縄における施設および区域に関する特別行動委員会)最終報告で、この案が採用されたのである。 その報告書にはこうある。「海上施設は、他の2案(注:嘉手納飛行場への集約とキャンプ・シュワブ内における建設)に比べて、米軍の運用能力を維持するとともに、沖縄県民の安全及び生活の質にも配意するとの観点から、最善の選択であると判断される。さらに、海上施設は、軍事施設として使用する間は固定施設として機能し得る一方、その必要性が失われたときには撤去可能なものである」。 そう、日米双方の合意として、この時は「将来的な基地の撤去可能性(出口)」についても言及されていたのである。 その後、この移設先を巡っての沖縄との交渉は紆余曲折を経た。しかし、97年12月24日、比嘉鉄也名護市長は官邸執務室で橋本総理と向き合い、自らの市長辞職と引き換えに、名護市辺野古への移設受入れを表明したのである。1997年12月、橋本龍太郎首相との会談を終え、代替ヘリポートの受け入れを決めた名護市の比嘉鉄也市長(瀧誠四郎撮影) 「知事がどうあろうと私はここで移設を容認する。総理が心より受け入れてくれた普天間の苦しみに応えたい(ここで総理がすっと立って頭を下げる)。その代わり、私は腹を切る。場所は官邸、介錯は家内、遺言状は北部ヤンバルの末広がりの発展だ」。 まさに市長の身命を賭した「侍の言」に、その場にいた総理をはじめ皆が涙したものだ。 思えば、ことは、国と沖縄との関係、日米安保体制の下での基地負担のあり方ということにとどまらず、本当に総理と沖縄県知事、名護市長との、「人間対人間」の関係の極みまでいった交渉であった。いや、それを支えた梶山静六官房長官を含めて、当時の内閣の重鎮二人が、心の底からうめき声をあげながら真剣に取り組んだ問題であった。理屈やイデオロギー、立場を超えて、人としてのほとばしる力、その信頼関係に支えられたと一時本当に信じることができた、そういう取り組みだったのである。大田知事の「方便」 しかし、このような全ての努力にもかかわらず、結論を延ばしに延ばしたあげく、最後に自らの政治的思惑で一方的にこの「極み」の関係を断ち切ったのが、大田知事だった。それまでの知事は「県は、地元名護市の意向を尊重する」と言っていたにもかかわらず、名護市長が受入れを表明した途端に逃げた。当日、時を同じくして上京していた知事は、岡本行夫首相補佐官らの説得にもかかわらず、名護市長とは会おうともせず、官邸で徒(いたずら)に先送りの方便を述べるだけだった。「方便」とは「移設先検討のための有識者委員会の設置」。それは知事側近さえ知らなかった、その場逃れの思いつきの提案だった。 これに怒声を上げたのが、意外なことに、いつもは温厚で感情を表に出さない古川官房副長官だった。「あなたはこれまで名護市の意向を尊重すると言ってきたじゃありませんか! 名護市長が命をかけてやるというなら、それをサポートするというのが筋でしょう! それは格好をつけるためだけの、先送りの委員会だ!」。その言葉に、知事は下を向いてうなだれるしかなかった。 大田知事にも言い分はあるだろう。しかし、私は、当時の橋本総理の、次の述懐がすべてを物語っているように思える。「大田知事にとっては、基地反対、反対と叫んでいる方がよほど楽だったのだろう。それが思わぬ普天間返還となって、こんどは自分にボールが投げ返されてきた。その重圧に堪えきれなかったのかもしれない」。 そして、この総理と沖縄県知事の「人と人との関係の極み」は、それからまもなくのこと、98年2月、たった一本の電話で断ち切られたのである。それは、この問題を十数回もひざ詰めで進めてきた、知事と総理との直接の会談の場ではなく、秘書官風情の私への、一本の電話だった。 「総理に代わりましょう。この問題は総理と知事でやってこられたわけですから」と私が何度言っても、「その必要はない」「辺野古への移設は絶対に認められない」と言って、知事は一方的に電話を切ってしまった。 この普天間飛行場の返還が、これまで解決できなかった理由は多々あるが、橋本、小渕政権が終わり、森政権以降、総理に「沖縄」の「お」の字も真剣に考えない人間が続いたことが一番大きい。それに加えて、政治家や官僚にも、足で生の情報を稼ぐ、県民の肉声に耳を傾ける、地を這ってでも説得、根回しをするという努力が決定的に足りなかった。そういう人たちによる政治や行政が、沖縄県民に受け入れられることもなく、積年の不信感をぬぐい去ることもできなかった。 特に、民主党への政権交代時には、この分野では最もやってはいけない政治的なパフォーマンスが繰り広げられ、それが「パンドラの箱」を開け、その代償は限りなく大きいものとなった。「覆水盆に返らず」。「ガラス細工」のように周到に積み上げられた先人の努力は脆くも崩れ去り、沖縄との信頼関係は「橋本政権以前」にリセットされてしまったのである。 そして今、安倍政権は「辺野古が唯一の解決策」と言い募り、強引に沖縄を押し切ろうとしている。しかし、本当に辺野古は、移設先として「唯一の解決策」なのだろうか? 鳩山政権時の「ダッチロール」があるだけに、政府として慎重にならざるを得ない立場はわからないでもないが、何よりもこの問題は、「沖縄の心」に真に寄り添わなければ、決して最終的に解決しはしない。安倍総理も心底「沖縄の皆さんの心に寄り添う」と言うなら、一旦ここで立ち止まって、今一度、再検証をしてみる必要があるのではないか?  96年当時と今は、東アジアを巡る安全保障環境をはじめ諸般の状況も大きく変わった。当時正しかったことが、今でも正しいとは限らない。そして、この普天間飛行場の返還を決めた時、同時に「海兵隊の削減」も沖縄は求めたが、当時の状況からは、橋本総理ですら、とてもそこまでは踏み込めなかった。しかし、それから10年以上が経ち、むしろ、米国の方から在沖縄海兵隊の8000人削減(グアムへの移転)が提案されたではないか(2006年5月/「再編実施のための日米のロードマップ」)。ことほど左様に、沖縄の米軍基地の必要性、その役割、機能等を巡っても、「10年スパン」でみれば、今時点では不可能と思えることが可能になることもある。1997年12月、橋本龍太郎首相との会談を終え、報道陣に囲まれる沖縄県の大田昌秀知事(瀧誠四郎撮影) また、既に知られているように、普天間飛行場の代替機能は、沖縄県内に必ずしも置かなければならないものでもない。安全保障や軍事戦略上、海兵隊の即応能力や機動性等を確保するためには、県外移設でも十分にそれが担保されうる場合がある。海兵隊の運用は、「教育・訓練」「演習や実任務」「次に備えた部隊再編成・教育」というフェーズに分かれ、実際、在沖縄海兵隊も、これらに合わせ、普天間飛行場だけでなく、アメリカ本土、太平洋の各地をローテーションして動いており、半年間以上、沖縄を留守にしているともいわれる。心血注いだ橋龍 さらに、最近では、北朝鮮のミサイル能力の向上に伴い、米軍側に、海兵隊を沖縄のような前線に常置しておいて良いのか、抑止力や反撃能力のことを考えれば、むしろ、もっと後方(例えばグアム)に配備した方が戦略的に正しいのではないかとの声も上がり始めたと聞く。        そうした機会をとらまえて、日本、沖縄においても米軍基地の再編が起こる可能性は十分にあるだろう。そうした時に「代替機能」が本当に沖縄に、日本国内に必要なのか、その問題提起をもう一度、米国にしてみる価値はあるのではないだろうか。少なくとも、そうした「思考回路」を持つことが、この問題を解決に導くこともあるということを、常に為政者は頭に置いておくべきだろう。 2015年4月18日。私は故翁長雄志知事と公舎でお会いした。その時、知事が一番懸念されていたのが「流血事故」の起こる可能性だった。基地建設、土砂搬入を阻止しようとする「人間の鎖」で「流血事故」の惨事にまで発展したら…。想像したくもないが、それが瞬く間に全世界にインターネットで配信されるようなことになれば、「人権大国」を自負する米国にとっても決して好ましい事態ではないはずだ。 改めて言う。普天間飛行場の返還、それは、当時の橋本総理がまさに心血を注いで成し遂げたものだ。こんな戦略的要衝の地を米国が返すはずがないという外務省の反対を押し切って、96年4月、クリントン大統領との直談判で確約を取りつけたのだ。 それほど、この国のトップリーダーが、時々の国際政治、安全保障環境、国内、特に沖縄の実情等を総合的に勘案して、決断、実行していくべき課題なのである。その自覚が、認識が、今の安倍総理にあるだろうか? それは、安倍総理の沖縄への向き合い方をみれば明らかだろう。当時の橋本総理のそれとは比肩すべくもない。 振り返れば、この問題で、安倍総理は故翁長知事に、彼の当選後、4カ月以上経っても会おうとしなかった。普天間飛行場の代替機能の確保が、国の安全保障上重要な課題だと言うなら、知事当選後、本来なら速やかに総理の方から沖縄に出向いてでも協力を要請すべきだった。その後も時折、ふと思いついたように不承不承、知事と会うことはあっても、原則、この問題の処理を菅義偉(よしひで)官房長官に任せている。 当時の橋本総理が知事と直接、しかも二人きりでひざ詰めで談判していたのとは彼我の差だ。そうした対応が「これまでは被支配者の苦悩の歴史だった」沖縄の人々の心に響くわけもなく、これでは到底、辺野古移設への沖縄県民の理解は得られないだろう。2019年2月、衆院予算委で質問する立憲民主党会派の江田憲司氏 そして、昨年12月14日、法的手段の応酬にまで発展し泥沼化した双方の対立は、とうとう、辺野古への土砂投入という重大局面に突入した。沿岸部の埋め立てによる飛行場建設は、96年の返還合意時に採用された「海上施設(杭打ち桟橋方式)案」とは違い、将来にわたって恒久施設化する可能性が高く、また、藻場やリーフの破壊、海流の変化による生態系への悪影響等環境への負荷が著しく大きい。そして、何よりも、日々刻刻、もう「後戻り」できない可能性が高まる選択肢でもある。 この「ヤマトンチュ政権」の強行に、玉城デニー知事は「本当に胸をかきむしられるような気持ち」と天を仰ぎ、琉球新報は「軍隊で脅して琉球王国をつぶし、沖縄を『南の関門』と位置付けた1879年の琉球併合(「琉球処分」)と重なる」と書いた。  今、橋本総理が生きておられたら、こうした事態を目の当たりにし、一体、何とおっしゃるのだろうか。■ 稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」■ 「ヤンキーゴーホーム」はヘイトではない! 高江で見た基地問題の本質■ 基地依存から脱却「アベノミクスの逆説」が変えた沖縄の民意

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    江田憲司手記「普天間秘録」

    「普天間返還の原点、その真実を書き記すことが私の使命と考えた」。1996年、沖縄・普天間飛行場の返還をめぐり日米両政府が合意し、今に続く基地問題はここから始まった。当時、橋本龍太郎元首相の秘書官だった江田憲司衆院議員がiRONNAに独占手記を寄せた。普天間秘録。初めて明かされる「23年目の真実」とは。

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    有田芳生が問う「安倍首相よ、それでも沖縄の民意を踏みにじるのか」

    に「無意識の植民地主義」(沖縄出身で広島修道大の野村浩也教授)である。沖縄差別の現代的表現 今、日本政治の焦点になっている辺野古新基地建設問題の思想的・精神史的背景には、意識的にせよ無意識にせよ、日本本土と沖縄との間のこうした深刻な問題が横たわっているのだ。 いい機会なので、沖縄差別の驚くべき事実を紹介しておこう。「人類館」をどれだけの日本人が知っているだろうか。1903年、大阪で開かれた内国勧業博覧会で設けられた展示である。沖縄、アイヌ、朝鮮人など、生きた人間が見世物として展示されたのである。 いまだ克服できない外国人差別やヘイトスピーチの地盤は、日本人の歴史の中に陰湿に隠れ、時に腐臭を発しながら噴出する。その現代的表現が辺野古問題であり、本土と沖縄との大きな「溝」なのである。 米国の戦略により沖縄の海兵隊は縮小の方向にあり、抑止力の観点からいっても辺野古新基地は必要ない。なぜなら、米朝接近により朝鮮半島有事に対応するというSACO(日米沖縄特別行動委員会)合意の前提が大きく崩れつつあるからだ。 それでも工事を強行する安倍晋三首相と菅義偉(よしひで)官房長官の発言には唖然とするしかない。平然と虚偽を語り、あるいは隠蔽(いんぺい)していることは、いくら言葉で逃れようとしても、厳然たる事実である。 まずはサンゴ問題だ。安倍政権は2018年12月14日から辺野古に土砂投入を始めた。県民の強い反対を踏みにじっていることは言うまでもない。2018月12月14日、米軍普天間飛行場の移設工事で、埋め立て用土砂の投入作業が進む沖縄県名護市辺野古の沿岸部(小型無人機から) 沖縄県は1995年10月に赤土等流出防止条例を施行した。土砂に赤土が相当程度混入していることは条例違反の可能性が高く、県と沖縄防衛局との約束違反だ。 赤土は、海においてはサンゴをはじめとする自然を破壊する。土砂投入は海流に影響を与えることで、絶滅危惧種や準絶滅危惧種であるサンゴを傷つける。藻場が荒れることで、絶滅危惧種であるジュゴンの生態にも影響を与えている。安倍首相「サンゴ」のデマ 安倍首相は1月6日に放送されたNHK『日曜討論』でこう語った。「土砂投入をしていくにあたって、あそこのサンゴについては移している」。発言の文脈は明らかだ。土砂投入する前に、そこのサンゴは移植しているとしか読めない。 安倍政権は希少価値のサンゴを移植しながら基地建設を進めているという印象操作をやりたいのだろうが、流行りの言葉を使えばフェイク(事実でないこと、あるいはデマ)だ。ここで、NHKが収録番組にもかかわらず、誤った事実をそのまま垂れ流した問題は指摘しておくだけにする。 安倍首相や首相官邸は、辺野古の海を埋め立てるにあたって、サンゴを移植したとしているが、言葉によるごまかしだ。新基地建設現場海域のサンゴは約7万4千群体。しかし、その中で移植したのはわずか9群体である。 海洋専門家によれば、サンゴは移植したとしても、そこで生き残るのはわずかで、環境保全策にはならないという。土砂投入海域付近に準絶滅危惧種であるヒメサンゴがあることも環境省によって確認され、レッドリストに掲載されている。 かくして「政府と沖縄の溝」は、辺野古新基地建設用地に集中している。沖縄の基地問題には大きな誤解がある。普天間飛行場の機能が辺野古新基地に移転するのではない。新たに軍港、弾薬庫などが設置され、耐用年数は200年とも評価されている。 日本で唯一の地上戦を経験した沖縄では「アメリカ世(ゆー)」が戦後もいまだ続き、さらに「ヤマト世」が重なり、基地があることによる事件や事故が頻発している。基地が返還された方が経済が振興する事実については、いまや沖縄では常識に属する。にもかかわらず沖縄にはいまだ自己決定権がないのである。 沖縄差別に抗した翁長雄志前知事に続き、玉城デニー知事の圧勝で誕生した沖縄の民意は鮮明だ。「政府と沖縄の溝」を解決するには、安倍政権が文字通り沖縄の民意に寄り添い、米政府と真剣に交渉し、「第三の道」を模索していくことだ。安倍政権がそれをしないというのなら、私たち野党は辺野古に新基地を作らない新しい政府の樹立を目指していく。2018年12月、辺野古沿岸部への土砂投入開始を受け、厳しい表情で記者会見に臨む沖縄県の玉城デニー知事 紆余(うよ)曲折はあったものの、2月24日に全県で行われる県民投票の底流には、琉球・沖縄の苦難の歴史が流れている。沖縄県民が求めているのは「イデオロギーよりアイデンティティー」(翁長雄志前知事)なのである。■ 変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」■ 沖縄のデマ垂れ流し「ニュース女子」お寒い番組制作に絶句する■ 「沖縄に関心がない」東京のメディア 地元紙が痛感した温度差

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    宮古島市長手記「県民投票に参加しない」私の真意を改めて語ろう

    があると考えています。■稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」■変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」■ウーマン村本に知ってほしい「沖縄モヤモヤ史観」

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    沖縄県民投票、辺野古埋め立て反対は「有効な武器」になり得ない

    残念なことである。■ 稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」■ 変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」■ 自衛隊を排斥しても「オール沖縄」玉城デニーのデタラメな論理

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    統計不正「官邸の圧力」追及、ならば辻元氏もあの疑惑に答えよ

    学部教授) 立憲民主党の辻元清美衆院議員は、同党の国会対策委員長の重責を担い、マスコミへの露出も多い政治家である。それだけではなく、客観的データがないのであくまで感想レベルだが、日本の政治家の中で、デマなどで最も誹謗(ひぼう)中傷されている議員の一人ではないか。 完全に対照的な政治的立場にいると目される自民党の杉田水脈(みお)衆院議員と、インターネット界隈では「両翼」といっていいかもしれない。ただし、2人を大きく超える安倍晋三首相という「別格」がいることも忘れてはならない。 辻元氏も自身に対するデマの多さは問題視していて、彼女の近著の題名『デマとデモクラシー』(イースト・プレス)はまさにその象徴だし、辻元氏のホームページにも同氏についての「10大デマ」についてきちんとした反論がある。 率直に言えば、ひどいデマが多すぎる。デマやフェイク(嘘)では、政治も政策も何もよくはならないことをぜひ理解してほしいと、その10大デマを見ていて思った。 デマや誹謗中傷はもってのほかだ。ただし、辻元氏に対するネット上での批判には理由がないわけではない。 今日の立憲民主党の国会運営における主軸であり、世間に向けての大きな論点は、今に至るも森友・加計学園問題である。最近では、これに厚生労働省の統計不正問題が加わった。 両方とも安倍首相本人の関与か、もしくは「首相官邸の圧力」があったことを、立憲民主党を中心とした野党は問題視している。先に結論を書けば、モリカケ問題もそうだったが、今回の統計不正問題も安倍首相の関与や圧力は事実としてない。2018年11月、パーティーであいさつする立憲民主党の辻元清美国対委員長(酒巻俊介撮影) 例えば、今統計調査のサンプル入れ替えが、官邸の「圧力」があったために行われ、それが賃金水準の「かさ上げ」に至ったとする見方がある。統計調査のサンプル入れ替えは、公開された委員会で審議され、そこで統計的手法の問題点なども議論されてきた。何の不透明性も、そこにはない。 いわばデマ、嘘の類いだ。だが、辻元氏らは、この問題を国会の貴重な時間をまさに「浪費」して、政治的な観点で政権批判を繰り返すことに大きな役割を果たしている。問われるべきは「ダブスタ」 一方ではデマを批判し、他方ではデマに加担しているともいえる、その「ダブルスタンダード」が問われているのではないだろうか。もちろん、辻元氏をデマで攻撃するのは全く悪質なことだけは再三注意を促したい。 このようなダブスタ的な政治姿勢に対する批判は理解できる。また、今後も辻元氏だけでなく、立憲民主党の国会運営や政策観については問題視すべきだと思っている。 ちなみに、辻元氏の経済政策観は、成長よりも再分配重視のものだ。辻元氏のホームページには、経済学者で法政大の水野和夫教授が、辻元氏本人の言葉を引いた形で応援メッセージを寄せている。 「何が何でも成長優先の安倍政権では、企業は収益を内部留保せざるをえない。働く人への還元こそが未来の安心と消費を生み、経済の好循環をつくる」 企業の内部留保を活用して、それを再分配して勤労者に還元する。辻元氏にどのような具体策があるかわからない。ただ、もし勤労者に企業から還元することで、経済の好循環を目指すならば、安倍政権の経済政策をさらに進化させて、大胆な金融緩和と積極的な財政政策で、さらに雇用を刺激し、賃金の上昇を高めていけばいいのではないか。 さらに、2012年の消費増税法案に辻元氏は賛成しているが、国会運営を担う立場から、今こそ消費増税の凍結か廃止法案を提起すべきではないだろうか。だが、どうも『デマとデモクラシー』での思想家の内田樹(たつる)氏との対談や、水野氏の推薦文などを見ていると、辻元氏の経済政策観は、全体のパイの大きさを一定にしたまま、そのパイを自分たちの政治的好みで切り分けるというものだ。2019年1月、与野党国対委員長会談に臨む自民党の森山裕氏(左)と立憲民主党の辻元清美氏 つまり、民主党政権時代の「実験」で、国民を悪夢、いや地獄に突き落とした政策観と変わりがない。反省なき旧民主党議員の典型であろう。 辻元氏にはデマではなく、今日、政治家として答えるべき二つの問題がある。一つは外国人からの献金問題である。筆者が辻元氏に聞きたいこと この点については、多くの識者が指摘しているように、辻元氏だけに発生する問題とはいえない。政治資金規正法では外国人からの献金を禁じている。 だが、どんな国会議員でも、現在の制度では、献金を日本人が行ったのか外国人が行ったのか分かりづらく、完全には防ぎようがない。そのため、辻元氏には、ぜひこの問題を率先して国会で審議する道をつくるべきだと思う。 だが、どうもその種の動きはない。あるのは、全く事実に基づかない「疑惑」だけに依存した「官邸の圧力」を審議しようとする「国会の浪費」である。 もう一つは、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(関生支部)との政治的な関係である。一部報道にあるように、大阪市内の生コン製造会社でミキサー車の前に立ちふさがって業務を妨害したなどとして、威力業務妨害容疑で同支部執行委員長の武建一被告らが逮捕、起訴された事件である。この武被告と辻元氏との関係が特に注目されている。 『夕刊フジ』や『デイリー新潮』などで、両者の関係が政治献金などの繋がりを含めて問題視されている。この関係について、辻元氏は説明をする必要があるのではないか。 ちなみに、私が今回、あえて辻元氏の政治的姿勢や政策論の一部について取り上げたのは、この関生支部との関係が気になったからである。政治的立場は異なるが、筆者と同じリフレ政策を主張する立命館大の松尾匡(ただす)教授や、穏健な人柄で国際的にも著名なマルクス経済学者の東京大の伊藤誠名誉教授、そして大阪産業大の斉藤日出治名誉教授らが、この武被告の主導する「関生型労働運動」を代替的な経済モデルの一つとして評価していたからだ。2018年11月、自身のパーティーで出席者にあいさつする立憲民主党の辻元清美国対委員長(酒巻俊介撮影) 今回の論考を書くために、彼らの文献をはじめ、武被告の発言や著作を読んだ。また、労組に過度に期待する者は、今回の逮捕劇を「権力vs労組」でとらえていることも知った。だが、一般の国民は、今回の逮捕劇が罪の存否を含め、司法の場で裁かれるべきものだと考えているだろう。 辻元氏が、過去に支援を受けた組織の大規模な逮捕劇、さらには関生支部の活動を今どのように評価しているのか、筆者はその点を聞いてみたい。少なくとも、それを明らかにしないようでは、「辻元氏はずっと他者の疑惑には厳しく、自分には甘いダブルスタンダードである」という批判から逃れることはできないのではないか。■ 統計不正も実質賃金も「アベガー」蓮舫さんの妄執に為す術なし?■ 「昭和天皇は慰安婦戦犯」韓国の理屈に加勢した朝日とあの政治家■ 辻元さん、あなたに安倍総理と同じ「悪魔の証明」ができますか?

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    望月衣塑子記者に教えたい「硬骨のエコノミスト」の戒め

    という。2017年2月に菅氏は、政府の統計改革推進会議の議長に就任。様々なGDPの嵩上げや統計不正は政治的圧力がなければ、起きえなかったのでは。望月衣塑子氏の2019年2月11日のツイート「モリカケ」でうま味? 要するに、望月記者は自社の記事を引用する形で、毎月勤労統計調査に関する「統計不正」問題を、安倍政権の政治的圧力によるものと、疑惑を表明したのである。だが、そもそも今言われている「統計不正」は、第2次安倍政権以前から十数年にわたって行われてきた「不正」である。これを安倍政権の圧力とするのは理解できない。 東京新聞の当該記事でも、「2004年ごろ厚生労働省が東京都の500人以上の事業所の抽出調査を始める」としている。望月記者は安倍政権の「疑惑」にご執心のようだが、むしろなぜこの統計不正が始まったか、そちらの事実の追及をすべきではないだろうか。 嘉悦大の高橋洋一教授や筆者も、この問題が起きてすぐに指摘したように、統計予算の緊縮によって人材の確保や育成に失敗している可能性が高い。すなわち、緊縮主義が「統計不正」の背景となる見方である。 この点が正しいかどうか、報道による追及が待たれるが、どうも多くのメディアは安倍政権の「政治的圧力論」が大好物である。おそらくこの数年続いている「モリカケ問題」でうま味を得ているのかもしれない。 さらに、望月記者だけではなく、反安倍を強く主張する野党やマスメディアでは、「実質賃金」だけを「疑惑」の対象として非常に強く打ち出している。特に強調しているのが、「実質賃金の変化率が2018年にマイナスに落ち込んだ」ことである。 しかし、安倍首相が国会でも答弁したように、安倍政権の経済政策は実質賃金の水準やその変化率をことさら目的にしてはいない。特に、実質賃金の変化率は、経済の状況(デフレを伴う停滞期、停滞からの脱出期、完全雇用が達成された後など)に応じて、それぞれ複雑な動きをすることが知られている。衆院予算委で答弁する厚労省の大西康之元政策統括官。手前右端は安倍首相=2019年2月12日 例えば、デフレを伴う経済低迷期の場合、実質賃金の水準も高い。なぜなら実質賃金は、名目賃金を物価水準で割ったものである。デフレで物価が低ければ、それに応じて実質賃金は上昇するからだ。 民主党政権の時代を今よりもはるかに良かったという主張を目にするが、その根拠として、実質賃金の水準やその変化率が高いことを挙げている人がいる。デフレは総需要が総供給に満たないときに起きていた。この場合、経済状況は「不況」である。他方で、実質賃金は高めになり、またデフレが継続するほどにその変化率も増加する。これでは「不況がいい」と言っているに等しいことになる。 他方で、経済低迷から脱出するときは、失業状態にあった人や働くことを諦めていた人たちが、雇用に参加することになる。失業率が低下すると同時に、就業者数も増加していく。実質賃金を強調「悪しき経済論者」 このとき、新規雇用された人たちは、新卒者や再雇用者のように給料の低い人たちが多いだろう。すると、平均賃金は低下する可能性が大きい。しかも同時に総需要が増加していけば、その過程で物価も上昇する。これらは実質賃金の水準を低下させるし、変化率も大きく低下するだろう。だが、この実質賃金の低下が雇用を回復させることにつながるので、国民の暮らしには大きくプラスに働くのである。 望月記者は、あたかも安倍政権が実質賃金の低下を強く懸念し、それが政治圧力に至ったという「疑惑」を抱いているようだ。そもそも、アベノミクスは実質賃金の水準を低下させ、またその変化率は場合によればマイナスでもかまわない、という形で経済を回復させる政策なのである。むしろ、実質賃金にいかなる状況でもこだわり続けるのは、望月記者らアベノミクスに批判的な人たちに見られる現象である。 もちろん、経済が完全雇用に達すれば、実質賃金の水準は向上していくだろう。それだけの話である。ちなみに、2013年以降の実質賃金の変化率(対前年同月比)と失業率の推移をグラフ化してみた。 実質賃金の変化率は、5人以上の事業所の現金給与総額のものであり、その従来の公表値と修正値の両方を提示している。また、よく話題に上る共通事業所での継続標本による実質賃金の変化率も似たような動きだ。グラフを見れば分かるように、安倍政権になって失業率は継続的に低下しているが、他方で実質賃金の変化率自体は大きく上下動している。このように、複雑な動きをしていることが分かれば十分である。 変化率の上下動は、先ほど説明したような、雇用の回復をもたらす実質賃金の「水準」自体の低下が寄与している場合もあるだろうし、物価水準の上昇や下降が寄与していることもある。さらには2014年では、消費増税の影響が特に顕著だったのかもしれない。要するに、変化率の方は複雑な動きをしているため、これだけを特段に重視することはあまり意味がないのである。 実は戦前でも、望月記者たちのように、経済停滞からの脱出期に実質賃金をことさら注目し、経済政策を批判した人たちが多くいた。それらの人たちが当時の政策議論を混乱させていたのである。日本を代表する保守リベラリストであり、優れたエコノミストであった石橋湛山は、1930年に起きた昭和恐慌に際して次のように記し、実質賃金をことさらに強調する「悪しき経済論者」を批判していた。1.不景気から好景気に転換する場合には労働者にしてもサラリーメンにしても、個々人の賃金俸給は用意に増加せぬ。だから従来継続して業を持ち、収入を得ている者からは、収入は殖えぬに拘らず物価だけが高くなると観察せられる。2.けれども斯様(かよう)な時期には、個々人の賃金は殖えずとも、少なくとも就業者は増加する。故に勤労階級全体としては収入が増える、購買力が増す。3.而(しこう)して斯様に大衆全体の購買力が増えばこそ、其個々人には幸不幸の差はあるが、一般物価(ここで問題の物価は、云うまでもなく生活用品の価格だ)の継起的騰貴も起り得るのである。『石橋湛山全集』第9巻454ページ だが、望月記者たちの「疑惑のインフレーション」を止めることはできないだろう。何年やっても、安倍政権の圧力など全く事実を見いだせなかったモリカケ騒動と同じ構図が生まれようとしている。石橋湛山元首相 石橋湛山も批判したような「トンデモ経済論」を背景に持った人たちが、政権批判のためにさらに経済政策の議論を混乱させていくのかもしれない。その不幸だけは避けなければいけない。■ 豪雨災害「クーラーデマ」を否定しない蓮舫議員もどうかしている■ 民進党、勘違いしてませんか? 蓮舫氏「二重国籍」は元凶ではない■ 「蓮舫降ろしの密約」内部崩壊した民進党が政権復帰するために

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    北方領土に留まらない、拉致・改憲の目標下方修正する首相

    付ける。そうなれば、将来の日本にとって悪影響になりかねない。「歴代最長の安倍政権は“負のレガシー”(政治的遺産)しか残さなかった」という歴史の刻まれ方をする危険も孕みつつ、任期は日々少なくなっている。関連記事■ 「北方領土は2島で」 安倍首相は歴史に名を残したいだけか■ 安倍首相の後継「岸破義信」が争う間に極右台頭の土壌も■ 北方領土問題に大前研一氏「3島返還になる可能性が高い」■ 北方領土問題 安倍首相に近いNHK女性記者の気になる動向■ 暴力団がらみの北方領土密漁 カニからナマコへシフト

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    「節操のない裏切り者」政治家、細野豪志に同情する

    、非自民の連立政権である細川政権が誕生した時であった。当時、自民党の長期政権に対する批判が高まり、「政治改革」が一大ブームを巻き起こした。若者を悩ます「選挙区事情」 そのブームに乗って、政界入りを目指す若者も多かった。それは、旧社会党や旧民社党、市民運動系だけではなく、前原氏や野田佳彦元首相ら「松下政経塾出身者」が中心の保守的な政策志向を持つ若者も少なくなかったのである。 政界を目指す保守系の若者にとって、大きな壁になったのが「選挙」だった。日本の選挙では「地盤・看板・カバン」の三バンが重視され、それを持たない新人が政治家になるのは難しかった。また、自民党が長期政権化する中で、戦後の混乱期から高度成長期に保守政治を支えた議員たちが引退し、その後を継ぐ世襲議員が増えてきた時期だったことも、政治を志す若者にとっては困難となった。 保守系の若者が議員になりたくても、地元選挙区には自民党現職がいるだけではなく、その後継者まで既に決まっていることが多かった。そういう若者の受け皿となったのが、細川氏が立ち上げた日本新党をはじめとする「新党ブーム」であったことは言を俟たない。 そして、保守系新人の発掘や受け入れという点では、実は自民党と新党は水面下でつながっていた部分がある。細川氏は元々、自民党参院議員であり、その後は熊本県知事を歴任した保守系の政治家であった。その細川氏に、かつて自民党の森喜朗元首相が相談を持ち掛けたという逸話がある。 昨年、加計学園問題でメディアに頻繁に登場した愛媛県の中村時広知事は、松山市長だった父親の縁で自民党清和会(現清和政策研究会)を通じ、当初は衆院で立候補しようとした。ところが、選挙区には世襲議員でハーバード大卒・日本銀行出身の塩崎恭久元官房長官と、同じく世襲議員の関谷勝嗣元建設相が顔をそろえ、自民党の公認が取れなかった。 そこで、清和会幹部だった森氏が細川氏に「中村の面倒を見てやってくれ」と頼んだという。その結果、中村氏は93年に日本新党から立候補して当選した。要するに、保守系新人がどの党から立候補するかは、政策志向や思想信条の違いではなく、単に選挙区の事情だったのである。 当時、新党から政界入りすることになった保守系議員は、自民党から離党したグループと合流した。その一方で、旧社会党や旧民社党、市民運動出身者の「リベラル派」とも同じ党として活動することになった。自民党の二階俊博幹事長 その後、「反自民」を旗印に政権交代に向けて98年に結成した民主党は、彼らを取り込むことで党勢を拡大し、憲法・安全保障という基本政策をめぐる党内対立に常に苦しみ、「寄り合い所帯」と批判され続けていくことになる。細野氏もまた、この過程で民主党に合流した保守系の若者の一人だった。 2009年、総選挙で圧勝した民主党は悲願の政権交代を実現した。しかし、リベラル派を中心に打ち出した「子ども手当」「高校無償化」「高速道路無料化」「農家戸別所得補償制度」の「バラマキ4K」と呼ばれた社会民主主義的な政策は、そもそも細野氏ら保守派が心から望んだものではなかった。 財政赤字が拡大する中、財源を確保できずにバラマキ4Kが次第に撤回に追い込まれ、民主党政権は財政再建路線にかじを切った。保守派の野田政権は、党内から多数の造反者を出しながらも、自民党・公明党と「三党合意」を結び、消費増税法案を成立させた。しかし、その代償として、12年の総選挙で敗北し、民主党は政権の座を追われてしまった。野党保守派の「無茶な行動」 政権陥落後、民主党内の保守派は、より苦境に追い込まれていく。保守的な政策志向の安倍晋三政権に対抗するため、民主党は共産党などとの「野党共闘路線」を選び、急速に左傾化していったからである。 特に、2015年に「安全保障法制」が審議された際、野党側は法案の廃案を求める戦術を採った。細野氏ら保守派も、国会を取り巻くデモに参加し、徹底的に反対した。 だが、それは保守派の本意ではなかっただろう。民主党の保守派は、集団的自衛権の限定的行使など安全保障政策に関して、政権担当経験もあったために、現実的な政策志向を持っており、自民党と考え方に大きな差異はなかった。しかし、徹底的な反対路線を貫く党方針によって、安倍首相率いる自民党との間にあった「議論のパイプ」さえも失ってしまったのである。 2017年8月、細野氏は民主党の後継であった民進党を離党し、同年9月には、かつて日本新党から国会議員となった経歴を持つ東京都の小池知事らと希望の党を結成した。そして、同年10月の解散総選挙の直前に、民進党代表に就任した前原氏が「何が何でも安倍政権を倒す」と宣言し、党内分裂の引き金になった「荒業」が希望の党への合流だった。それは、結果的に立憲民主党というリベラル政党の結成を促し、衆院選は大惨敗に終わった。 細野氏や前原氏らが主導した無謀な行動の背景には、「野党の左傾化」による孤立という強いストレスがあった。結局、細野氏が迷走を続けた末に、とうとう自民党に走った背景には、自民党に入りたくても入れなかった「新党保守派」としての運命があったに違いない。言い換えれば、政治家の苦闘と迷走の歴史が後押ししたとも言える。 だが、自民党に移ったとしても、細野氏には明るい将来はないだろう。石破茂元幹事長や船田元(はじめ)元経企庁長官など、自民党は離党しての「出戻り組」にさえ冷たくて厳しい不文律がある。自民党所属経験のない細野氏が自民党に入っても冷遇されるのは目に見えている。 ましてや、次の選挙も危ないだろう。同じ選挙区には自民党・岸田派の元職がいて調整は難しい。分裂選挙になる懸念がある上に、「裏切り者」のそしりを受けかねない細野氏に対しては、野党も絶対に対立候補を立ててくるだろう。加えて、細野氏は選挙に強いとされてきたが、これまでの支持者が今回の行動を理解してくれるかどうか分からない。 しかし、この件について細野氏を「節操がない裏切り者」とバッシングして終わっていいのだろうか。そもそも、安倍首相や麻生太郎副総理・財務相、甘利明選対委員長、世耕弘成経産相ら「保守派世襲議員」がどれだけ立派な政治家だと言うのか。2018年6月、証券会社から5千万円の提供を受けた問題で、記者の質問に厳しい表情の細野豪志元環境相 親の地盤を引き継ぎ、若くして議員になって、自民党の「当選回数至上主義」という年功序列システムの中で早く出世できる世襲議員よりも、一代で政治家になった人物の方が、時に「節操がない」「裏切り者」とされる行動を取ってでも、「生き馬の目を抜く」政界で生き残りを図るのが難しいのは明らかである。 もちろん、自民党など多くの政党が「候補者公募」を実施するようになって、政界入りの障壁は以前と比べると随分と低くなったように見える。とはいえ、今の自民党を見渡しても、若手のリーダー格で次期総裁候補と呼ばれるのは「四世議員」の小泉進次郎氏であり、世襲議員は小泉氏以外にもまだまだいる。 「地盤・看板・カバン」を持たない若者にとって、政界入りはいまだ高いハードルである。また、入っても出世するには大きなハンデがあると言わざるを得ない。細野氏の二階派入りは、選挙制度、有権者の政治意識、自民党のキャリアシステム、未熟な野党など、日本政治の構造的な問題を考える契機にすべきである。■ 派閥議員スキャンダル連発でも二階氏が「安倍政権の要」たる理由■ 前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない■ マスコミの掌返し「小池バッシング」が浅ましい

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    「政権が倒れるぞ」大坂なおみ国籍問題

    「政権が倒れるぞ」。全豪オープンテニスで優勝した大坂なおみの二重国籍問題をめぐり、毎日新聞の潮田道夫客員編集委員がツイッターでこうつぶやき炎上した。常識的に考えれば「政権が倒れる」とは思えないが、潮田氏自身の願望もあったのだろうか。せっかくなのでこの問題を一度整理しましょう。(写真は共同)

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    大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理

    田氏の経歴を知って驚愕(きょうがく)した。東京大学経済学部卒業。1974年に毎日新聞社入社。経済部、政治部、ワシントン特派員、経済部長、編集局次長、論説委員、論説委員長、専門編集委員などを経て2013年からは客員編集委員。 いわゆるエリートである。だから深刻なのだ。 大坂は米国を拠点にしているのだから、今年10月に迎える22歳の誕生日までに米国籍を選ぶ方が合理的である。もしそうなったら、われわれ日本人ファンはがっかりするが、それでも「日本人の心」を宿した「なおみちゃん」を応援し続けるだろう。それがまともな日本人の発想だ。ましてや、安倍政権は何ら関係ない。潮田氏の発想は全く日本人的ではなく、驚きを禁じ得ない。2018年4月、英国を破って、フェド杯WG2部復帰を決め、日の丸を手にする(左から)土橋登志久監督、奈良くるみ、大坂なおみ、二宮真琴、加藤未唯 私はこの事実を知らされるまでこのツイートを見ていなかったし、見ていたとしても反応しなかっただろう。いや、それどころか見なかったことにしようとするだろう。なぜならば、このツイートを見て私の胸によみがえるのは昨年1年間、ケント・ギルバートさんと朝日新聞を追及している際に何度も味わった「ほの暗い絶望感」があったからだ。 ケントさんと私は、イデオロギーを横に置き、純粋に朝日新聞の「自己矛盾」を追及した。歴史認識を巡る議論ではなく、朝日新聞自身の一貫性のなさ、すなわち「欺瞞(ぎまん)性」を事実に基づき、理論的にとことん追及した。 朝日新聞の社員であれば、世間一般では「エリート」「インテリ」で通って来た。高学歴なのも当然である。朝日との「顕著な共通性」 しかし、8度に及ぶ書簡交換で送られてきた朝日新聞の回答は、われわれに衝撃を与えた。ケントさんは「慇懃(いんぎん)無礼」だと怒ったが、むしろ私は「内容の空虚さ、論理的整合性の欠如」に愕然(がくぜん)とした。 どれほど論理破綻しても、それを認めず、何が何でも自分たちの偏狭なイデオロギーにしがみ付く。その結果、まともな回答もできなくなり、ついにはとてもプロが書いたとは思えない文章を平気で返してきた。朝日の回答は、まさに「証拠? ねーよ、そんなもん」の世界に満ちていたのである。 彼らは「何かが壊れている」と感じた。朝日新聞追及の顛末をまとめたケントさんとの共著『日本を貶め続ける朝日新聞との対決 全記録』(飛鳥新社)にも書いたが、確かに朝日新聞にはマルクス主義的な「反日活動家メンタリティ」という伝統がいまだに宿っており、特異な精神構造を維持している。しかし長年、日本を離れていた私は朝日新聞の異常性と並行して「現代日本における高学歴エリート・インテリ層の劣化と瓦解(がかい)」が急速に進行しているのではないか、という気がしてならなかった。 だから、朝日新聞の回答書簡を読むたびに、私は「日本という国は壊れかけているのではないか。それは戦後のいびつな教育に起因しているのではないか」との思いを徐々に抱くようになった。それは、不誠実な朝日新聞への憤りとは別に、漠然とした不安と焦燥感、そして「ほの暗い絶望感」とでも形容すべき感情である。 潮田氏のツイートを見た瞬間、その忘れかけていた「ほの暗い絶望感」がよみがえってきた。笑う気にも怒る気にも、なれなかった。 そしてもう一つ、朝日新聞との顕著な共通性が見て取れる。自己の思想信条から意識的に距離を置くことができず、強引な「結び付け」を行ってしまうことである。 私が朝日新聞に対して疑念を抱くようになった契機は多々あるが、最大のものはやはり1989年の「サンゴ事件」だ。朝日新聞のカメラマンが自作自演で沖縄・西表島のサンゴに傷を付けて落書きし、その写真と手書き原稿をもとに、企画報道室の記者が書き直し、虚構の新聞記事を書いたとされる捏造事件だ。サンゴ汚したK・Yってだれだ これは一体なんのつもりだろう。(中略)この「K・Y」のイニシャルを見つけたとき、しばし言葉を失った。(中略)日本人は、落書きにかけては今や世界に冠たる民族かもしれない。だけどこれは、将来の人たちが見たら、80年代日本人の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを、瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の…。にしても、一体「K・Y」ってだれだ。「朝日新聞東京本社版」1989年4月20日付夕刊一面より沖縄・粟国島近海のサンゴ礁(ゲッティイメージズ)  この記事の大きな特徴は、貴重なサンゴに傷をつけて落書きする、という不届きな行為を日本人全体の精神的貧困とすさんだ心に無理やり結び付けているところだ。普段から「日本人を民族として貶めたい」という欲求に駆られていたとしか思えない飛躍ぶりである。われわれの二つの「望み」 件の潮田氏のツイートにも類似した飛躍がある。大坂なおみが米国籍を選択したら、どうして安倍政権が倒れるのだろうか。本人どころか誰にも全く説明できない飛躍であり、「安倍政権を倒したい」という潮田氏の願望に無意識に結びついているとしか思えない。 第三者から見れば、極めて無理な発想なのだが、ご本人にとっては自然なのだろう。なぜ、自身の思想信条から距離を置いて、事実を客観的に捉えられないのか。 しかし、われわれには「望み」がある。二つ例を挙げたい。まずは大坂なおみ、その人が「希望」だ。グランドスラム初優勝を飾った昨年の全米オープンテニスの表彰式で、彼女が取った態度が今も忘れられない。 準優勝のセリーナ・ウィリアムズがプレー中に審判に暴言を吐くなど、試合が終わっても会場は異様な雰囲気に包まれていた。そんなセリーナのかんしゃくで晴れの舞台を台無しにされ、表彰台でセリーナびいきの観客からのブーイングを受けたとき、大坂はとっさにキャップのつばをずり下ろし、涙を隠した。 それでも、彼女は理不尽な扱いに怒ろうともせず、「優勝してどんな気持ちか?」という質問には答えずに「皆がセリーナの応援をしているのは知っていたわ。こんな終わり方になってごめんなさい。私が伝えたいのは『試合を見てくれてありがとう』っていうこと。ありがとう!」と観客に呼びかけた。そして、セリーナに対しても「あなたと試合ができて本当に感謝しています。ありがとう!」と伝えたのである。 私を含む多くのファンが「なぜ君が謝るんだ!」と心の中で憤りながら、同時に彼女の美しい心持ちに感動し、涙がこみ上げて来たのではないだろうか。もちろん、大坂にはこれからもずっと日本を代表して輝かしいキャリアを築いてほしい。 でも「なおみちゃん」がどんな選択をしても、われわれ日本人はずっと日本人の心を宿した彼女を応援し続ける。それが日本人だ。政権とは何の関係もない。潮田氏にはせめて、その事実だけでも気付いてほしい。2019年1月、テニスの全豪オープン女子シングルスで優勝し、笑顔で記者会見する大坂なおみ(共同) もう一つは、教育制度の大きな変化である。「AI(人工知能)時代」を迎えて、大学の在り方も知性の測り方もそうだが、日本の教育制度はようやく変わらざるを得なくなった。マークシートで1点を競い合い、高学歴エリート層を築いてきた無意味な学習から、一日も早く脱却しなくてはならない。 求められるのはAIが代替できない創造力と柔軟な知性だ。日本は今、「失われた30年」を経て、「二流先進国」に脱落する危機にある。それは根本的に、「日本的教育の敗北」を意味する。「壊れかけたインテリ」という戦後教育の残骸を乗り越えて日本を再興するためには、若い知性の育成が何よりも急がれる。■ 日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■ 「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■ 「自然と敵が強く見える」錦織圭が苦しむウィンブルドンの魔物

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    大坂なおみを待ち受ける日本の「国籍ルール」はここがヘン

    世のうるさ方の俎上(そじょう)にのって喧(かまびす)しい議論と相成った。しかし、これは国益にかかわる政治家のことであり、やはり問題にならざるを得ないというのは理解できなくもない。 実はオーストラリアでも議員が英国籍を保有しているということで問題になったことがある。国籍の問題ではなくとも、例えば、ミャンマーでは現行憲法では英国籍の夫(死去)との子供(英国籍)を持つがゆえに、アウン・サン・スー・チーは大統領になれない。二重国籍は黙認が実情 これは極端ではあるが、インドではかつての首相候補だったソニア・ガンディーの出生地がイタリアだったというだけで批判を浴び、首相に就任できなかったということもある。バラク・オバマ前米大統領が国籍問題でずっと執拗(しつよう)なネガティブキャンペーンを張られていたことも記憶に新しい。しかし、これはどれも国益を預かる政治家の問題であり、一般人では特に問題が生じるような話ではない。 事実、日本の法務省のスタンスは「二重国籍は黙認」というのが実情である。 これは日本の法律と海外の法律との整合性が取れないことに起因する。例えば、ブラジルは原則として国籍離脱が認められていない。よって日本国籍を取得したブラジル人は自動的に二重国籍にならざるを得ない。蓮舫議員のケースでいえば、日本が国家として承認しているのは中華人民共和国だが、本人が台湾(国)籍を主張した場合、どちらの法を適用しても両国にとっておかしなことになる。 こうして日本のように単一国籍の原則が、世界の実情にそぐわなくなっているというのは、当の法務省も認めるところであり、これまで何度か法務省内でも議論になり、検討事項となっているようだ。要するに、日本の国籍に関する法律が「ガラパゴス化」しつつあることを意味する。 こうした中、大坂なおみが日米どちらの国籍で東京五輪に出場するのか、ということが話題になっている。もし彼女が一般人であったならば、法務省も目くじらを立てることはなく、二重国籍状態のままでいただろう。だが、彼女はテニスの世界四大大会のうち二大会連続制覇という偉業を成し遂げた時の人である。とかく国籍問題に口うるさい人間が跋扈する日本社会では、簡単にはいかないだろう。 そうすると「国の代表」と皆が思っている五輪選手として、彼女もいずれはどちらかを選ばなければならなくなる。五輪のルールでは、国籍変更などがあった場合、所属する国を変更することができる(ただし国籍変更後3年間の猶予期間がある)。全豪オープン女子シングルス決勝前日、決勝に向けた調整で笑顔を見せる大坂なおみ=2019年1月25日、豪メルボルン(共同) むろん、国籍変更に関してスポーツ界ではそれぞれルールがある。ところが、日本の国籍法が世界のさまざまな国籍法と齟齬(そご)をきたしているように、世界の196カ国、さらにはまだ承認されていない国、または無国籍者などを受け入れているスポーツ界はさらに難しい事態に直面している。しかし、その解決策は意外とシンプルなこともある。 例えばサッカーの場合、ナショナルチームの所属について、国籍という概念よりも、どの国のパスポートを保有しているかということが重視される。例えば、北朝鮮代表の経験がある現清水エスパルスの鄭大世(チョン・テセ)の国籍は韓国だが、彼は北朝鮮のパスポートを保有しており、さらには韓国でも日本でも代表として試合に出場した実績がないため「北朝鮮代表」で国際大会に出場した経歴を持つ。大坂のコメントを改訳? 彼はもちろん韓国Kリーグに所属したこともあるから、韓国のパスポートもある。さらに言えば、在日コリアンとしてパスポートに準ずる日本在住の外国籍に発行される渡航書類も入手可能だろう。つまり、日本と韓国、北朝鮮のどの国でも代表選手になろうと思えばなれたわけである。こういうケースは日本では珍しがられるだろうが、国境を陸で接して人々が行き来する国では常識である。 スポーツ競技であるから、ナショナルチームの所属のルールをつくるが、そこに過剰な意味は見いださないというのがスポーツ界のおおよその考え方だ。事実、五輪憲章ではスポーツに過剰なナショナリズムを持ち込まないことが求められており、むしろその壁を越えることがスポーツの使命でもある。 国籍や民族といったものは、一人の人間の実存の前にはフィクションに過ぎない。大坂なおみの「アイデンティティーは深く考えない。私は私」というコメントを聞くと、こうした思いをさらに強くする。 さて、「グローバリズム」は資本主義の拝金主義的な拡大であるといった「古臭いガラパゴス」民族主義左翼のような物言いをされることがしばしばある。それがまたインターネットというグローバリズムの権化ともいえる場所でのことなのだから、皮肉なものである。 グローバリズムとは資本だけが越境するものではない。ヒト・モノ・カネ、さらには情報や文化までもが越境する。大坂なおみの存在もその一つだ。そこには、やはり貴重な何かがある。 日本のガラパゴスルールは「国籍唯一の原則」という古いルールをいまだ更新できず、世界の潮流からまた少しずつ後退していくのである。そういえば、台湾のイケメン選手と結婚した卓球の福原愛の子供も、いつか国籍を選ばなければならないだろう。その時、また国籍唯一の原則や台湾か、中国かという古臭い問題に法務省は再び頭を抱えることになるのだろうか。テニス全豪オープン女子シングルス準決勝で決勝進出を決め、笑顔でインタビューを受ける大坂なおみ=2019年1月24日、豪メルボルン(共同) 大坂なおみについて言えば、日清食品のアニメCMで彼女の肌の色が白く描かれ、いわゆる「ホワイトウォッシュ」(有色人種の見た目を白人に近づけて描くこと)という差別行為ではないかと物議を醸した。しかも、この騒動について言及した大坂のコメントが誤訳(改訳?)され、さも「何も問題はない」と語っているかのように報道されてしまったことも話題になり、グローバルな21世紀とはとても思えない事態が立て続けに起きている。 今後、グローバル社会に直面する意識の問題は、二重国籍問題に限らないだろう。わたしたちは、むしろ今回の議論を大坂なおみという「グローバリズムの申し子」が古臭い日本社会にプレゼントしてくれた課題として前向きに受け止めていくべきではないだろうか。■日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

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    毎日記者ツイート炎上で大坂なおみが日本に失望しないことを願う

    杉江義浩(放送プロデューサー、ジャーナリスト) テニスの大坂なおみが、1月26日に全豪オープン決勝でペトラ・クビトバを制して優勝し、男女通じてアジア人初の世界ランキング1位になりました。これはスポーツ界のみならず、明るいニュースに乏しい昨今、まれに見る歴史的な快挙と言えるでしょう。試合そのものも素晴らしい内容だったし、抜きん出た実力に似合わないシャイな性格は、そのキャラクターでも世界を魅了しました。 私が完全に大坂のファンになったのは、昨年夏の全米オープンで彼女が初優勝したときです。力強いショットを生み出す恵まれた体格は、北海道出身の母親と、ハイチ出身の父親のミックス、それに米国の育成環境が融合して生まれたのだという解説を聞いて以来、私はずっと彼女に注目してきました。 今回の全豪オープンで大坂を応援していたのは、もちろん私たち日本人だけではありません。彼女の父親の出身地ハイチでも、地元のテレビ局が彼女の全試合を生中継し、国を挙げての熱狂ぶりでした。 日本のテレビ局よりも、ハイチのテレビ局の方が、より熱く彼女を見守っていたようです。彼女がハイチの国籍を持っていないにもかかわらず、ハイチのマスメディアは彼女に非常に好意的でした。 日本のメディアは、ハイチのそれに比べると、彼女の戦績を後追いしている感が否めません。とりわけネット上で交わされた日本の議論は、彼女の偉業とはほど遠い、ガッカリするような内容でした。 毎日新聞客員編集委員で帝京大教授の潮田道夫氏が「大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手すると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君」とツイートしたところ、それに反応した作家の百田尚樹氏が「ふーん、毎日新聞の編集委員というのは、こういう考え方をするのか。クソみないな人間やね!」とツイートし、このやりとりが炎上しました。 いい年をした大の大人が、他人を指して「クソみたいな人間」と人格否定する発言には驚きましたし、「毎日新聞の編集委員というのは」とひとくくりにする浅薄な言論には、ベストセラー作家としての知性のかけらも感じられません。まるで子供のネット掲示板レベルのやりとりです。ネット上の議論というのはここまで落ちぶれたのでしょうか。 一方で引用された潮田氏のツイートも、ジャーナリストとは思えない、とんでもない論理の飛躍です。「大坂なおみが米国籍を選択する」すなわち「政権が倒れる」とは、いったいテニスと日本の政権にどういう因果関係があるのか、首をかしげるばかりです。大坂の優勝を報じるオーストラリアの地元紙(共同) 百歩譲って潮田氏のツイートを「風が吹けば桶屋が儲かる」式に解釈してみるとするなら、「日本とアメリカの二重国籍である大坂が、米国籍を選択して日本人選手じゃなくなると、多くの日本人はガッカリするだろう」ということが言いたかったのだと理解することはできます。 大坂は2020年の東京オリンピック強化指定選手に認定されていますから、日本オリンピック委員会としては、彼女にはぜひとも日本人でいてもらわないと困るのでしょう。熱意はハイチに及ばない 彼女が日本人選手でなくなることによって「政権が転覆する」とは私にはとても思えませんが、できれば大坂が日本国籍を選択してくれればいい、という願望は私にもあります。もちろん大坂本人が決める問題であって、日本と米国、どちらの国籍を選ぼうと彼女の自由です。第三者にとやかく言う権利はありません。 だからこそ、彼女に選択してもらえる、魅力ある国でなければならない、というだけです。日本人であることと米国人であることの、メリットとデメリットを彼女が天秤にかける日が来るかもしれません。日本のメディア、特に公共放送であるNHK、あるいは政府は、どれだけ本気で彼女を応援してきたか。それが問われる日がいずれやって来るということです。 相撲の世界では、米国籍の力士が日本国籍を取得して帰化したという事例もあるのはご存じの通りです。それだけ日本の相撲に魅力があったと言えるでしょう。 一方で、ノーベル賞を取るような科学者が、日本では満足な研究費が出ないと言って米国籍を取得した「頭脳流出」も実際に起こっています。どちらに転ぶ可能性もあるのです。 大坂自身、国籍問題にナーバスになっているかもしれません。そうした重要な時期に、潮田氏のような大メディアの編集委員が冗談にしろ、今回のツイッターのような発信をすることこそ、彼女が日本に失望するきかっけになりかねません。 幸いにして大坂は今のところ、テニスの世界では日本人選手として登録することを選択し、メンタリティーも日本に魅力を感じてくれているようです。主要スポンサーも日清食品やヨネックスなど、日本の大企業が多く支えています。彼女が日本国籍を選択してくれる要素は多々ありますが、冒頭で述べたように、メディアとしての応援の熱意はハイチに及ばないという現実もあります。 彼女が大ファンだというフィギュアスケートの羽生結弦は、個人としては史上最年少で紫綬褒章、そして国民栄誉賞も受章しています。「大坂にも同様に」とはあえて言いませんが、日本のメディア、あるいは政府が彼女に対してできることはあるはずです。国民栄誉賞の表彰状を安倍晋三首相から受け取る羽生結弦選手=2018年7月、首相官邸(春名中撮影) 肌の色が違う、外国人の血が混じっている、日本語がたどたどしい、そんなことを理由に彼女に差別的な視線を向けるようなことは、間違ってもあってはなりません。 一部の日本人の中には「日本人は純血民族だ」などと誤った言説に基づく民族意識を持っている人もいますが、言うまでもなく日本人は大陸から、半島から、その他さまざまな血が混じり合って成立していることは歴史的にも明らかです。 日本から本当に有能な人材を海外に流出させてはならない。その点では本稿でツイッターを引用させていただいた潮田、百田両氏も、同意してくれるのではないかと思います。大坂の活躍をきっかけに、複数の民族から生まれる日本人のパワーと価値を、われわれは改めて認識すべきではないでしょうか。■日本人らしさって何? 大坂なおみの快挙を「雑音なし」に称えよう■「最終セットで負けない」錦織圭の勝負強さを支えた怒りの感情■羽生結弦、異次元の強さを支える「硬質には表れない野生」

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    大坂なおみの祖父「日本人として試合に出続けたらうれしい」

     「女子テニスに新しいスターが誕生」「世界1位になる可能性を秘めている」「テニス界の未来を体現する存在だ」 大坂なおみ選手(20才)が、元世界女王で過去23回もグランドスラムを制したセリーナ・ウィリアムズ選手(36才)を破り、全米オープンテニスで優勝を果たした9日(日本時間)、国内外のメディアはこぞって彼女の快挙を報じた。 決勝は彼女にとって戦いにくい試合だった。セリーナ選手は主審に違反を指摘され猛抗議。ペナルティーでゲームを失うと、彼女の優勝を期待する観客から大ブーイングが起こった。表彰式でも再びブーイングが起こる中、大坂選手は「皆さんがセリーナを応援しているのはわかっています。こんな終わり方でごめんなさい」と涙ながらに語った。 米メディアはセリーナ選手の抗議や観客らの態度を酷評。「全米テニスが大坂選手にしたことは恥ずべきこと。これほどスポーツマンシップに反する出来事は記憶にない」などと批判する記事を掲載した。 逆に、“神対応”が称賛された大坂選手について、日本メディアも大きく持ち上げた。だが、どのメディアも触れていない盲点がある。 それが国籍問題だ。彼女は、ハイチ系アメリカ人の父と日本人の母を持つ。大阪で生まれ、3才の時にアメリカに移住し、現在はフロリダ州在住。日米の二重国籍を持つが、テニスプレーヤーとしてはこれまで“日本人”を選択してきた。 「彼女は2016年のリオ五輪前から“東京五輪は日本代表として出場してメダルを取りたい”と公言している。今年4月の国別対抗戦フェドカップでは、日本代表として戦ったことで、実質、東京五輪で米国代表を選ぶことはなくなったとみられています。オリンピック憲章では、一度、その国を代表した選手は、3年が経過しないと他国の代表になれないためです。彼女は日本企業の日清食品に所属していますし、このまま国籍も日本を選ぶとみられています」(スポーツ紙記者) しかし、そうも楽観視できない現状がある。 「日本の法律では22才になるまでにどちらかの国籍を選ばなければなりません。つまり、それまでに彼女の気持ちが変われば、アメリカ人になる可能性もゼロではないのです。実際に2年前に、アメリカは大坂の父親に対して“あらゆる面倒を見る”とアプローチをかけたことがある。その時は日本を選んだが、大坂の今の実力、そしてアメリカも若手が育っていないことなどを考えると、今後、アメリカが大坂に本気で再接近することも充分考えられます」(前出・スポーツ紙記者)大坂なおみの全豪オープンテニス優勝を喜ぶ祖父鉄夫さん=2019年1月、北海道根室市 アメリカはグランドスラムの開催国であり、日本よりも環境が整っている。大坂選手は日本語は聞き取ることはできるが、しゃべるのは片言。何より日本にほとんど住んでいない彼女が、日本国籍を選ぶハードルは、決して低いものではない。 大坂選手が22才になるのは来年の10月。それまでにどういった選択をするのか。現在の心境を北海道根室市に住む、大坂の祖父・鉄夫さんに代弁してもらった。 「東京五輪には、日本代表として出場したいという気持ちは変わっていないようです。ただ国籍については、直接本人に聞いたことがないので、ぼくには断言できませんな。まぁ、じいさんには関係ないことだからね(笑い)。でも日本人として、この先も試合に出続けてくれたら嬉しいね」 ぜひ、日本人として初となる金メダル、世界ランク1位を目指してほしい。関連記事■ 福原愛、宮里美香… 錦織圭の過去の恋人と現在意識する女性■ すでに大人気・松岡修造の娘、宝塚はいじめ阻止の態勢■ 片山晋呉に激怒した「プロアマ」招待客はどんな人物か■ 松岡修造熱血語録 分娩室の妻に「勝負だ、勝負に出ろ!」■ 吉澤ひとみ逮捕の4日後、義母が緊急搬送 自殺未遂か

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    平成改元「運命の一日」官邸発表までの舞台裏

    合間を縫って総理主催の官邸内幹部ら内輪の慰労会が行われた。その席上で竹下総理は、一国の総理たる気概・政治理念を熱く語った後、隣の小渕長官を見ながら「俺は消費税で『名』を残したが、この小渕は元号で『顔』を残した」と言って皆を爆笑させた。 テレビでは連日、元号発表報道がなされ、小渕長官には「平成おじさん」の異名が付いていたことは先に述べた。鎌倉時代の説話集『十訓抄』に「虎は死して皮を留め、人は死して名を残す」とあるが、映像時代にあっては、「皮」と「名」に加え、「顔」も付け加えなければならないだろう。■新元号をめぐる「タブーなき議論」こそ平成と昭和の差である■こうして元号は「時代を映す鏡」になった■67年前、日本は「元号」を奪われる最大の危機にあった

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    天皇大権を蔑ろにする「元号の事前公表」黒幕は誰か

    法律は、法制局の審査(つまり許可)がなければ、閣議決定されない。今の日本国に、法制局の見解に逆らえる政治家と官僚は、一人もいない。その法制局は「天皇ロボット説」に固執し続けている。今上陛下の譲位に際しても徹底的に抗い続け、「天皇の意思による譲位はさせない」との立場を貫いた。衆院憲法審査会の参考人発言に対する政府見解について説明に臨む横畠裕介内閣法制局長官(手前)=2015年6月、国会内(酒巻俊介撮影) 今回、法解釈による元号の事前変更を安倍内閣にさせようとしている。安倍内閣の意思だけで、そんな大それたことができるわけがない。法制局の見解がお墨付きを与えていないはずがない。もしかしたら、安倍内閣の閣僚は、誰も事の重大性を分かっていないのではないか。改元大権を干犯しようとしていること、大化以来の先例を蹂躙(じゅうりん)しようとしていることの重大性を。 立法ではなく法解釈により改元前に事前公表すると、天皇の元号ではなく、政府の元号となる。新たな元号の下で、皇室も、政治家も、政治家を選んだ国民も、法制局の権威の下で生きていくということだ。 安倍内閣に申し上げたい。今からでも遅くはない。元号の事前公表など、はっきりやらないと宣言すべきだ。 確かに元号は常に時の権力者に左右されてきた。その意味で、改元大権は最も蔑(ないがし)ろにされた天皇大権の一つである。それでも、皇室は今まで生き残ってきた。だから、今回も改元大権が蔑ろにされたところで、天皇にも皇室にも傷はつかない。 しかし、これだけは言っておく。蔑ろにした者は、逆賊だ。(文中一部敬称略)■67年前、日本は「元号」を奪われる最大の危機にあった■日本人に覚悟を問う「皇室は民主主義のロボットではない」■皇室の未来と「象徴」の地位を縛りかねない陛下のお言葉

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    平成史対談 歯車狂えば田中眞紀子総理誕生の可能性もあった

     平成という時代に強い風が吹こうとしていた。史上最低の支持率に苦しんだ森喜朗政権は、国民に政治不信を植え付け、それを払拭する役目を次期総理・小泉純一郎氏が担うことになる。「自民党をぶっ壊す」──こう宣言した男が壊したもの、壊せなかったものとは何か。作家の佐藤優氏と思想史研究家の片山杜秀氏が当時を振り返る。片山:森内閣退陣後に「自民党をぶっ壊す」をキャッチフレーズにして登場したのが、小泉純一郎でした。 彼は本当に自民党を、いや、政党政治を根本からぶっ壊した。まず長期政権を担ってきた自民党の支持母体だった郵便局や農協を狙い撃ちにした。 遡れば、1980年代以降、右派も左派も組織をひたすら破壊してきました。三公社五現業(※注1)も解体されて、労働組合も組織を維持できない。個人と国家の間に存在していた中間団体が排除されてしまった。※注1/日本国有鉄道・日本専売公社・日本電信電話公社の三公社と、郵政・造幣・印刷・国有林野・アルコール専売の五事業の総称。国有林野事業を除きすべて民営化されるか、独立行政法人に移管。佐藤:霞が関では、小泉政権ではなく、野中(広務)政権擁立の方向で動いていました。そこで小泉さんは奇策に出た。党内での根回しを一切せず、数寄屋橋で田中眞紀子さんと2人で「自民党をぶっ壊す」と演説する姿をテレビで流させた。国民は「これだ!」と共鳴した。小泉さんはこれまでの政治とは違う政治力を用いて当選した。片山:小泉内閣が様々な組織を破壊した結果、支持政党もイデオロギーも持たない人が増え続けた。こうして自ら生みだした無党派層を煽って作り出した風を掴んだ。風は、瞬間最高支持率と言いかえられます。瞬間支持率を維持するには、破壊を続けて、大衆を熱狂させ続けるしかない。これがいまの政治モデルの原型である小泉劇場です。 安倍政権も小池都知事も小泉劇場を模倣しているに過ぎません。冷戦構造崩壊以後、思想や主義に関係なく、政党が組み替えられていく流れが、小泉内閣誕生で決定的になった。金正男と見られる男を返した田中眞紀子佐藤:霞が関村は野中政権を望んでいたのですが、外務省だけは小泉政権を歓迎しました。それは外務省が、伝統的に清和会人脈が強い組織だからです。橋本政権以降、経世会の政権が続きましたが、小泉政権下では清和会人脈が優遇されるようになった。外相や文科相を歴任した田中眞紀子元衆院議員=2012年10月(三尾郁恵撮影)片山:小泉政権になり、外務省はタカ派路線で行けると喜んだわけですね。外務大臣の田中眞紀子との関係はどうだったんですか?「反主流派」の出世チャンス佐藤:ほとんどの人間が田中さんだけは勘弁してほしいと考えていました。でも、徐々に省内で田中派が強くなっていった。やがて死ぬまでついていきますという連中まで出てきた。片山:(苦笑)。そんな人たちがいたんですね。佐藤:主流派から冷遇されていた人にとって、田中外相誕生は出世のチャンスだったんです。片山:田中眞紀子が外相だった2001年に金正男と見られる男が成田空港で拘束されました。しかし慌てて帰国させてしまった。彼を日本で確保しておけば、日朝外交の切り札になったのではないですか。佐藤:おっしゃるとおりです。でも田中眞紀子さんが「そんなの怖いからすぐに帰しちゃいなさい」と政治主導で帰還させてしまったんです。 また9・11直後に田中さんは、アメリカ国防省がスミソニアン博物館に避難しているという機密をマスコミにしゃべってしまった。ここでやっと外務省内でも田中さんに対する危機感があらわになった。片山:すごい話ですね。佐藤:田中さんをパソコンにたとえれば、OSが違うから説明しても意味がないし、どんなにいいソフトをダウンロードしてみても、どう動作をするかが分からない(苦笑)。片山:とはいえ、ある時期、小泉首相と田中外務大臣を圧倒的多数の国民が支持した。歯車が狂えば、田中総理誕生の可能性もあった。佐藤:そうなったらトランプとドゥテルテを足して3で割ったような騒動になっていたでしょうね(苦笑)。片山:なるほど。日本はトランプ政治の混乱を先取りした可能性もあったのか。佐藤:そうです。だから鈴木宗男さんの政治家としての最大の功績は、田中眞紀子と刺し違えて公職から外したことなんですよ(※注2)。※注2/鈴木の圧力で、アフガン会議にNGO代表が参加できなかったと田中が糾弾。鈴木は否定し、衆議院議員運営委員長を辞任(その後、自民党も離党)。田中は外相を更迭された。●かたやま・もりひで/1963年生まれ。慶應大学法学部教授。思想史研究家。慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞受賞。近著に『近代天皇論』(島薗進氏との共著)。●さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。主な著書に『国家の罠』『自壊する帝国』など。共著に『新・リーダー論』『あぶない一神教』など。本誌連載5年分の論考をまとめた『世界観』(小学館新書)が発売中。関連記事■ 佐藤優と片山杜秀、オウム真理教「尊師マーチ」への解釈■ 佐藤優氏「田中角栄は永遠に生きたかったんじゃないか」■ 佐藤優氏と片山杜秀氏がオウム、スプーン曲げなどを語り合う■ 罪深い小選挙区比例代表並立選挙政策 いまだ修復不能■ 年収300万円、15年前は低収入だったがいまやマシな時代

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    激変の時代、平成ニッポン証言録

    平成がいよいよ終わる。「平成最後の」という言葉が世に溢れるが、今年は文字通り新たな時代の幕開けである。「衰退の時代」とも揶揄された平成はどんな時代だったのか。各界のキーマンたちの証言録で30年史を振り返る。

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    「日本が真の独立国になるために」鳩山由紀夫、平成最後の反省文

    にとっては「消えた年金を返せ」「官僚の天下りを止めさせろ」「税金の無駄遣いを止めさせろ」「官から民へ政治を取り戻せ」という叫びの熱気でした。そして、多くの民主党の議員たちも自民党政治の政官業の癒着を追及して、喝采を浴びていたのです。 長い自民党一党支配の政治が続く中で、権力の癒着が起きるのは当然でした。権力構造の内部にいる一部の者だけが利益にあずかり、そうではない多くの国民は被害に遭うばかりとなれば、多くの国民が怒るのは無理からぬことでした。そこで鳩山政権として、事業仕分けを行い、子ども手当、高校授業料の無償化、農家の戸別所得補償、障がい者対策、地域主権、新しい公共などの政策を矢継ぎ早に打ち出しました。普天間移設の真相 ただ、癒着の構造は政官業のみではなく、実際には植草一秀氏が指摘しているように、米官業政電、すなわち米国とメディアも含めて癒着しており、この構造を打破しなければ、政治を国民の手に戻すことはできず、日本が真に独立した国には戻らなかったのです。 私は米国に対しては、普天間の移設先を最低でも県外に求めました。メディアに対しては記者会見のオープン化、記者クラブ制の廃止を求めました。残念ながら、私自身の力不足で、その双方共に挫折をして、結果として総理を辞めることとなりました。 特に沖縄の問題に関しては、米官の癒着というか、米国を忖度(そんたく)した外務官僚が、事実でないことを書いた文書を作成し、それを信じた私が普天間の移設先は辺野古しかないと諦めてしまい、沖縄県民の期待を裏切ってしまったことを、今でも遺憾に思っています。今ではモリカケ問題に見られるように、役人が嘘をつく、文書を隠ぺいしたり改ざんしたりすることは日常茶飯事となっていますが、当時、総理をだますとはゆめゆめ思っていなかった私が浅はかだったのでしょう。 自民党長期政権の間に必然的に生じた米官業政電の癒着構造を打ち破ることは並大抵のことではありません。特に米官政の癒着は、防衛省が全く役に立たない1機100億円以上もするF35を100機以上米国から購入するなど、安倍政権において極めて重篤です。いくら性能の優れた戦闘機を導入しても、滑走路や空母をミサイルでやられたら、飛び立つことができないのですから。 日本のような小さな島国では、現代の兵力戦において、武力で自己防衛を完遂することは不可能なのです。その意味において、核抑止力もそうですが、米国に追従していれば日本は平和であると考えるのは幻想なのです。 では、どうすれば日本は平和を保てるのでしょうか。それは難しいことではありません。武力で真の平和を築くことはできないと気付くことです。そして、周辺諸国と徹底的に仲良くすることです。あらゆる問題を対話と協調の友愛精神で解決する仕組みを作り実践することです。鳩山由紀夫元首相=2018年10月、東京・永田町の事務所(酒巻俊介撮影) 私は日中韓3カ国が軸になって、東アジア共同体を作ることを訴えてきましたが、北朝鮮が平和に向けて大きくかじを切り、朝鮮半島が非核化する可能性が高まってきた今こそ、その時期が到来したと信じています。国と国、地域と地域、コミュニティーとコミュニティーの連帯を友愛の理念で可能にするのです。 明治維新は薩長(さっちょう)の力によって実現しましたが、結果として力による他国の支配を行い、第2次世界大戦での敗戦を招きました。ただその頃に、横井小楠や坂本龍馬などは、公武合体論を唱え、朝廷と幕府を協力させて議会を作ろうとしていたのです。いわば、共に和する共和主義の発想です。残念ながら、彼らはみな殺されてしまいましたが、私は彼らのような思想こそ、これからの日本の歩む道にヒントを与えてくれているのではないかと思量いたします。■稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」■「自衛隊は違憲の軍隊である」 この現実をあなたはどう思いますか?■国民投票はパンドラの箱 民主主義の「怪物」は日本人にも宿る

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    小選挙区制度が変えた平成ニッポンの民主主義

    三浦瑠麗(国際政治学者) 「平成」という時代の日本の民主主義は一体何だったのでしょうか。平成は、国際的には冷戦が終結してからの時代とそっくり重なっています。 今上陛下が即位したのが1989年1月8日。時を同じくして、米国ではジョージ・H・W・ブッシュ大統領が就任。その年の終わりにベルリンの壁が崩壊し、ブッシュ大統領はソ連のゴルバチョフ書記長とマルタで会談を行い、敵対関係を改めました。91年初頭の湾岸戦争では、米ソが同じ側についたことで、冷戦が名実ともに終わります。 ソ連の崩壊で、社会主義経済が立ち行かないことは実証されました。西側陣営のリベラルは、その教訓をもとに90年代には改革を志向するようになります。改革派左派の政権は、国防予算の減額によって平和の配当をもたらし、政府の効率化を進め、社会主義ではなく努力した者が報われる社会を目指しました。米国のクリントン大統領、ドイツのシュレーダー首相、英国のブレア首相などがその系譜に当たります。 日本人にとっても、平成とは迫りくるグローバルな変化に徐々に自覚を迫られる30年であったはずなのです。しかし、日本はその時期、91年にバブルが崩壊して「失われた10年」と呼ばれる90年代を過ごすことになります。 一時期は「冷戦が終わって勝ったのは日本だ」とまで言われた国ですが、日本は世界の帰趨(きすう)にほとんど影響を与えることもなく力を失っていきます。日本経済の長期低迷、政治の停滞は際立っていました。 政治停滞の理由は、日本でそうした改革志向の左派政権が成立しなかったことに求められるでしょう。例えば、スウェーデンでは平和主義の解釈や軍の海外派遣をめぐって、二大政党の間に広範な合意が存在しますが、日本では「左右対立」の核心は今も憲法9条や安全保障でありつづけています。 憲法9条や安保が与党と野党第一党の間の主要争点である限りは、「55年体制」と同じ構図が、より左派が弱まった形で展開せざるを得ません。つまり、日本における左派政党の弱さは、それが安保や憲法以外の広範な政治課題を獲得できなかったことによるものなのです。2009年8月、開票センターのボードを埋め尽くした「当確」のバラに笑顔を見せる民主党の鳩山由紀夫代表(早坂洋祐撮影) 唯一の例外が、民主党政権の誕生でしょう。民主党は有権者に構造改革志向の政党と見做(みな)され、また必ずしも従来の革新政党の枠にはまらない、安保に対する考え方の多様性を持っていたからです。しかし、ご案内の通り、民主党政権は短命に終わります。 日本政治で大きな盛り上がりを見せたのは、実はイデオロギーや政策課題を巡る論争ではなくて、制度改革、とりわけ衆院選での小選挙区制導入を巡る動きでした。しかも、その小選挙区制の導入を巡る議論は自民党の中から出てきたのです。小選挙区制の「意図した結果」 小選挙区制度は、昨今の政治停滞や長期政権の弊害などを語る際に、「犯人」として挙げられることの多い制度です。88年のリクルート事件以降、高まった国民の政治不信が向かった先が、汚職や利権を生みやすいとされた中選挙区制度でした。今は自民党内に競争がないという批判の方が優勢ですが、派閥政治こそが当時は悪であるとされたわけです。 94年に小選挙区比例代表並立制が導入され、政党交付金がつくようになります。小選挙区制が導入されてから初めての衆院選が96年のことです。それ以来、22年間に8回に及ぶ衆院選が行われていますから、現在の若手はもちろんのこと、中堅から大臣クラスに至るまでの多くが、小選挙区制しか経験していない議員で占められているわけです。 小選挙区制に対しては、政治家を小粒にしたとか、官邸に対する萎縮や官僚主導を招いたという批判があります。選挙結果だけでなく、解散の争点も批判の対象となりました。そもそも、橋本政権による選挙制度改革後初の選挙は「大義なき解散」と呼ばれましたし、2005年の郵政解散も、14年の消費税増税延期解散も、17年の消費税使途を巡る解散も、ポピュリズムだとか、大義がないと言われたものです。 また、選挙のたびに「死票」の存在が問題視され、獲得票数の差よりも議席数で大差がつくことが問題視されてきました。 けれども、小選挙区制度は、もともと政権交代を容易にし、二大政党を定着させようという観点から主張された制度であったわけです。したがって、議席数の差は意図せざる副産物ではなく、意図した結果なのです。 また、「政治主導」という考え方は90年代から現在に至るまで一貫して主張され、改革が試みられてきました。その政治主導が、かつてのような与党と官庁の間で政策が決まっていく図式ではなく、人事権と解散権を手中にした首相の権力が強くなったことで、官邸発の政治主導となっていったのです。 実は、世代的にはほぼ小選挙区制度しか知らない世代、つまり45歳から下くらいの世代は、小選挙区制に基づく政治の特徴を受け入れている傾向にあります。それは、典型的には首相のリーダーシップに対する評価に集約されます。小選挙区比例代表並立制の導入を柱とした政治改革関連法案を巡る細川護熙首相と河野洋平自民党総裁の合意文書のコピー(撮影・堀誠) 財務省のスキャンダルをめぐり、麻生太郎財務大臣が辞任すべきかどうかを聞いたFNN・産経合同の世論調査で、世代別に大きな回答の差が生じたのはその表れであると言えます。大臣は首相が任免するものであり、また与党が多数の議席を支配しているうちは、その政権が続くことは当然だという考え方です。 つまりは、辞任や権力の浮き沈みをめぐる人間模様ではなく、政党をもとに選挙で決すべきだとドライに考えている世代がこの45歳以下の世代であるということです。こうした候補者ではなく政党を中心とした発想は、都市化と相まって、日本の選挙風土を徐々に変えていくはずです。 国会議員を見ても、小泉進次郎氏や福田達夫氏といった次世代のホープが集う勉強会では、「国会改革」などの合理化提言は示されても、小選挙区制の見直しにはまるで関心が持たれていないのが現状です。小選挙区制の導入は、日本政治の根源的な変化をもたらすものであり、すでに多くの議員はそのような前提で行動しているということです。旧時代の「多数派」が消える 有権者も、現在の45歳以下世代が65歳以下になる今後20年の間に、行動様式が変わるはずです。小選挙区制を肯定的に捉え、そのもたらす意味合いに適応して生きている層が多数を占めるようになるからです。 言葉を換えれば、平成の政治改革をめぐって今交わされている批判の多くが、旧時代の前提に沿って考えられており、そのうちそうした意見は多数派ではありえなくなるということです。 中選挙区制のリバイバルは起きません。日本経済新聞編集委員の清水真人氏が著書『平成デモクラシー史』で指摘するように、小選挙区制の導入を中心とした政治改革は、実際には権力闘争の形で推進されました。 その事実は、当時の改革に向けた政治家の熱量を理解するうえでも重要であり、そこまでの熱量をもってして初めて、大改革が実現したのです。そして、現在の日本政界を見渡しても、中選挙区制を復活させるだけの凄まじい権力闘争の熱量はどこにも存在しません。 問題は、「強い首相」が政権交代の想定なしに続くことの弊害にいかに対処するかという点であり、どのようにして強い野党を育てるのかという論点です。その意味で、昨年は平成の終わりに向けて政治を取り扱った良書が並びました。前出の清水氏や東大教授の牧原出氏『崩れる政治を立て直す』など、平成の政治改革を大筋で肯定しつつも、メンテナンスやアフターケアが必要であると捉える専門家の本が、昨年はいくつか出版されました。 強い野党のイメージは、前大阪市長の橋下徹氏が展開していますが(『政権奪取論』)、それは必然的に都市型政党の「第三極」とならざるを得ないでしょう。そうした強い野党をいかに作り出すか、現状の野党とその四分五裂状態を眺めつつ、ため息をついてしまうのが現状です。 平成の次の御代の民主主義では、どのような競争が行われるのでしょうか。日本のガラパゴス的特徴としては、やはり憲法や安保を巡る問題が一つの軸とならざるを得ないでしょう。 ただ、グローバルに見れば、グローバル化や資本主義と民主主義を共存させていくために、それぞれの先進国の中で「国民国家」強化の旗印の奪い合いが起きるはずです。この場合の国民国家とは、必ずしも特定の民族を中心とする国家観ではなく国民というメンバーシップに着目する立場からする表現です。2018年12月、日本記者クラブで講演する自民党の(左から)福田達夫、小林史明、村井英樹、小泉進次郎厚労部会長(萩原悠久人撮影) 日本の左右両極はともに、裡(うち)に孤立主義的感情や反資本主義的感情を抱えてはいますが、こうしたグローバルな国民国家強化の「旗印」の奪い合いに乗れる条件を備えつつあります。今後、分配と成長のバランスをめぐって、あるいは社会政策をめぐって十分に争点を作れるはずです。 その意味では、日本のガラパゴス的特徴が延命することは、政党間競争にとってマイナスでしかありません。憲法を巡る、あるいは日米同盟を巡るイデオロギー対立を中心とした政党間対立ではなく、もっと広範なイシュー(課題)に対する政策競争で切磋琢磨(せっさたくま)したらいいのではないでしょうか。平成の改革が根付いた今、日本政治は新たな課題に取り組まなければならないのです。■変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」■内閣改造で見えた安倍総理の「改憲メッセージ」■民衆とつながる天皇像 「お気持ち」に表れた今上陛下の自信

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    平成の代替わりを仕切った石原信雄氏が語る「平成後」の変化

    は、どんな時代の転換点だったのか。 「平成とは、『内平かに外成る』という意味ですが、本当に平和、民主政治が定着した時代だったと思う。元号が平成に決まったとき、当時の小渕恵三・官房長官が記者会見で『平成』という字を額縁に入れて掲げた。あれが国民に『激動の昭和は終わった、日本は変わったのだ』と実感させるためのスローガンとして機能したのではなかったか」石原信雄・元官房副長官 来年の天皇の代替わりは、過去3代とは違う。崩御ではなく、今上天皇の意思表明によって、約200年ぶりに皇室典範に定めのない譲位(生前退位)という形式で行なわれる。「昭和から平成に時代がかわるとき、昭和天皇はそれ以前からずっと重篤な状態でした。崩御されたら、われわれ行政は次の瞬間から元号やら何やら具体的な準備をすぐ進めなければならない。でも、天皇陛下が崩御されることを前提に行政が動いているなんていうことを公にはできなかった。 今回の代替わりは一応法律をつくって行なわれることではありますが、発端は今上陛下の率直なお気持ちの表明からであったことは誰もが知っています。ですから、政府には今後の手続きも本当にオープンに進めてほしいと思います」〈天皇が健康を損ない、深刻な状態に立ち至った場合、これまでにも見られたように、社会が停滞し、国民の暮らしにも様々な影響が及ぶことが懸念されます〉動き始めた“平成後” 2年前にそう述べられた天皇のお言葉から始まった譲位の動きは、それがオープンに進められてきたが故に、国民は近づく平成という時代の終わりを日々感じながら、新しい時代に向けた不安と希望に心を波立たせているのだ。動き始めた“平成後” 果たして“平成後”は国民の意識、生活、社会にどんな変化が起きるのだろうか。石原氏に問うた。「平成という時代は確かに『内平かに』という国内の平和は実現できましたが、国際的にみると中東や北朝鮮の問題があり、世界の秩序は揺れ動いている。次の時代の日本の課題でしょう。 そして国内的にも平成という時代はこの国の将来に大きな負の財産を残している。一つは赤字国債の乱発で国はたいへんな借金を抱えてしまった。子や孫たちに申し訳ない。平成は地震、台風など自然災害も多発し、これに備える国づくりもこれからです。 こうした負の財産を解決できずに次の次の時代にまで持ち越すことだけはやってはいけない。大切なのは、国民の一人一人が能力に応じて社会を支えるための負担に向き合うことではないでしょうか。 私の生まれた頃は3世代同居の大家族が当たり前、兄弟はライバルで支え合う仲間でもあった。また、昔の地域社会では子供が悪いことをすれば近所のおじさん、おばさんが叱ってくれた。そういうことが本当になくなってしまった。平成の課題を解決するには、日本社会が地域や家族の絆を復活できるかどうかがカギを握っているように思える」関連記事■ 小室圭さん、看板のない個室マッサージに月2回通う■ 雅子さま、ご成婚25周年で会見を開かれなかった本当の理由■ 小室圭さんの留学先が異例の優遇、ロイヤルパワーの濫用か■ 新元号発表から大嘗祭まで 天皇退位と即位に関する日程■ 眞子さまと小室圭さん、6か月間デートしていない状態

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    「官僚の本分忘れた驕り」森友問題、泥沼化の本質はここにある

    など市場競争スキームを採用すべきであった。だが、おそらく近畿財務局、そしてその親元である財務省には「政治的な配慮をすることが自分の任務である」という驕(おご)りがあったのではないだろうか。財務省は特に、政治的な振る舞いを政治家以上に行う風土が存在する。その意識が、末端まで波及していても不思議でもなんでもない。実に傲慢(ごうまん)な姿勢だ。 もちろん「安倍ありき」「昭恵夫人ありき」で魔女狩り的な報道を繰り広げたマスコミ、それに煽られやすい世論も問題だろう。この点については、近著『増税亡者を名指しで糺す!』(悟空出版)の中で丁寧に解説したので、ここでは省略する。 近畿財務局、財務省の政治的な驕りは、森友問題の「深刻なスピンオフ」ともいえる文書改竄(かいざん)問題でも明らかである。訴訟化はならなかったが、国民の信頼を踏みにじる不遜ともいえる行為であった。この文書改竄もまた特定の人物や組織、つまり財務省高官の厚生を改善するために、適正な公文書管理という効率化を犠牲にした「厚生増進政策」だといえるだろう。繰り返すが、その根源には官僚があたかも政治家のように振る舞う、その傲慢な姿勢がある。学校法人森友学園前理事長の籠池泰典被告=2018年11月撮影 森友問題は、日本の官僚たちの日常的に行っている厚生増進政策の「負の側面」が大きく世に知られたものだと思う。官僚たちが、本来の職分である効率化政策への特化に至るにはまだ「道はるかに遠し」である。 それでもマスコミや野党は、官僚制の問題を議論することに熱意を示さない。安倍首相と昭恵夫人の「関与」という、2年近く経過しても全く証拠も出ていない問題に、まさに報道機会と国会の審議時間、それぞれの「ムダ」使いを続けるばかりだ。 おそらく来年の参院選での「安倍降ろし」を狙って、またモリカケ問題が再炎上する可能性がある。そしてワイドショーレベルの情報で満足する高齢層を中心とした、ずっと「疑惑」を深めている人たちを「釣る」のだろう。まさに救いのない「扇動ゲーム」だといえる。■ 新聞、テレビの受け売り「モリカケ安倍陰謀説」の無責任■ 政治的娯楽「モリカケショー」があまりにバカバカしい■ 「安倍マンセー保守」たちよ、森友文書改ざんの罪深さを認めよ

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    青山繁晴手記「総理、足元の声をお聴きですか」

    本が建国以来初めて抱擁する自前資源の探索にあたり、彼女が幼い子二人を残して遠洋航海に出た時は、忙しい政治記者だったわたしが子育てをした、そんな事実が影響しているのかもしれない。 その女性局事務局長の務めとして参加した地方のブロック会議で、公式会議が終わると地方議員の女性が複数、寄ってこられ「妊婦に金銭負担やストレスを与え、何より大事な水を売り渡し、日本の女性や中高齢者を雇わずに外国人を、総理が国会で答弁なさっていることと違って、実際には多くは低賃金で雇う。総理はいったい何なの。これで来年、選挙をやれと言うの」とわたしに厳しく問うた。 では総理の真意はどこにあるのか。 再登板後の安倍総理は現実主義者である。不肖わたしも長年、安全保障・危機管理を民間から担う実務者であったから、現実を常に見ている。ところがお話ししていると総理には、はっとさせられるほどリアルな現実把握、みごとな現実認識がある。 安倍総理がたった今、冷徹に把握している現実は、後継者がいない事実だ。日韓合意以来、わたしと安倍総理は意見の違うことばかりだが「安倍総理の後継総理は国家観、歴史観が共通する人でないと、苦闘の果てに積み上げてきた平和安全法制や特定秘密保護法という敗戦後の日本の在り方見直しが無に帰する怖れがある」という認識では一致している。 だから総理は今、「一定の仕上げを自分でやっておかないと」という危機意識でいっぱいだ。そのために「人手不足倒産をとりあえず解消しないとアベノミクスが続かない。水道をはじめインフラの更新をとりあえずできるようにしないといけない」となる。 前者には「最大でも35万人の外国人だから、あくまで労働者だ。移民じゃない」、後者には「水道の管理責任はあくまで公(おおやけ)、自治体にある」という自己弁明が付く。そして妊婦加算は、国会で答弁を求められるまではおそらくあまりご存じなかった。 これらは不肖わたしの推測だが、もとより単なる推測ではない。総理側と交渉をするなかで明瞭に伝わってきた総理の真意である。 わたしは一回生議員に過ぎない。入管法改正の廃案を叫び、ただ反対するだけなら一回生議員にもできる。だが叫ぶだけだ。おのれの支持者の喝采を待ち、結果には責任を持たない、一つの保身である。内政だけでもズレがある まだ後輩議員もいない身も顧みず、やらねばならないのは政府原案修正の実現だ。入管法改正案はこのままでは、ぼくらの祖国を見知らぬ国にしてしまう。日本国民の中高齢者、女性、そして引き籠もりや鬱によって就職できずにいた若者の就労を実現する、あるいは外国の国民が日本の社会保障を悪用しないと同時に、日本国民と同じ人権が守られる。そのための法案修正に与野党が合意するよう、勝手に、非力のまま水面下で動いている。 そのとき、もっともしっかり確認しておかねばならないのが総理の意思だ。 修正は議員間で行われる。しかし特定秘密保護法も、安倍総理と渡辺喜美・みんなの党代表(当時)の秘密合意があったから、議員間修正が実現した。入管法改正についても「修正OK」という総理の意志が背景にないと修正が進まない。それを確かめる過程で、わたしなりに総理の危機意識を把握したのだった。 その危機感を知りつつ、あえて総理にお尋ねしたい。長年、選挙への出馬要請を断ってきたわたしがついに決断したのは、西暦2016年6月の参院選公示が迫るなか、突然に掛かってきた総理からの電話がきっかけだった。 「青山さんが国会に来れば、外務省が変わる。あと経産省も変わるな。それから部会で発言すれば自民党の議員も変わる」。これは順に、拉致被害者帰還交渉の難渋、メタンハイドレートをはじめ自前資源の意図的な放置、党の利権構造、それらを変えたいという安倍晋三総理の強い願いの表れであり、現場で協力してほしいという要請に他ならなかった。 総理は忙しさでお忘れかもしれないが、これほど印象深い電話も、半生にない。記憶はまことに鮮明だ。そして法務部会で熱心にわたしの反対を聞いてくれた自由民主党代議士のひとり、行政経験の豊かな神谷昇・元泉大津市長は、わたしが講演でこのエピソードを話したとき、「変わった、変わった。確かに議員が変わった」と明るい声で叫ばれた。 総理、まずは足元の党内の声を聴き、それぞれの地元の有権者の声を集めることを急ぎ、なさってくださいませんか。それ無しでは、来年、仮に衆参ダブル選挙に打って出ても、野党の選挙協力の成否にかかわらず大敗し、政権を失いかねません。ロシアのプーチン大統領と会談後、取材に応じる安倍首相=2018年11月、シンガポール(共同) 本稿では訪中、北方領土交渉という最近の安倍外交には、字数の制約もあり、あえて言及しなかった。だが内政だけでこれだけの足元の声とのズレがある。改憲と拉致被害者の全員救出、この再登板後の安倍政権の本来の目的のためにも、ここではわたしが僭越ながら、こころの電話をお掛けします。「批判されても仕上げを急ぎたい真意を受け止めたうえで、総理、日本を取り戻すためという再登板の志に戻りましょう」と。

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    「移民法案」このままで大丈夫か

    外国人労働者の受け入れ拡大を図る出入国管理法改正案が衆院を通過した。法案はこれまで認めなかった単純労働を容認し、実質的に外国人の永住に道を開く内容である。事実上の「移民法案」とも揶揄され、将来に禍根を残しかねない。労働市場の人手不足が大義名分とはいえ、なぜ急ぐ必要があるのか。

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    「外国人労働者は移民ではない」日本はドイツの失敗を直視せよ

    失敗が大きく影響しているのは、言うまでもない。移民や難民の受け入れは、ドイツにおいて最も関心度が高い政治テーマの一つだ。 とはいえ、ドイツの外国人受け入れについてのニュースが日本で大々的に報じられるようになったのは15年の難民危機以降である。もしかしたら、「それまではうまくやっていたのに一度に大量の難民が押し寄せてきたからパンクしたんだろう」と思っている人もいるかもしれない。 しかし、歴史を振り返ってみれば、決してそういうわけではないことが分かる。ドイツの外国人受け入れ政策の失敗の一つに「外国人労働者を移民と認めなかったこと」が挙げられるからだ。 旧西ドイツは、戦後の人口増加が緩やかだった上に、戦死者が多く、経済成長に伴い人手不足に陥った。労働時間短縮や有給休暇制度の改善を求める権利闘争が盛んになったこともあり、外国人を「ガストアルバイター」として受け入れ始める。ガスト=ゲスト、アルバイター=ワーカー。分かりやすく訳せば、助っ人外国人である。 彼らは安く雇用できる上に、本国に仕送りするためによく働いてくれるし、ドイツ人がやりたくない仕事もやってくれる。便利も便利、超便利である。 ガストアルバイターはあくまで「一定期間ドイツに出稼ぎに来ている人」だから、1960年代はまだ「ドイツは移民国家ではない」というのが共通認識だった。しかし、ドイツの予想を裏切り、ガストアルバイターの多くは家族を呼び寄せたり現地で結婚したりして、ドイツに定住することになる。 1973年に一度外国人労働者の受け入れを停止するが、その後再び人手不足に陥り、受け入れを再開。2000年、ドイツの総労働力人口における外国人の割合は8・8%で、人口の7・3%が外国人という状況だった。 21世紀になって少ししてから、ドイツはやっと「移民国家」としての舵を切る。ドイツ語教育やドイツの社会、歴史などを学ぶ市民教育を統合講習として受講を義務化し、移民の社会統合を目指し始めたのだ。2018年10月、ベルリンで記者会見するドイツのメルケル首相(ゲッティ=共同) しかし、時すでに遅し。すでにドイツ人と外国人(移民背景がある人たち)の収入格差や学歴格差、言語の壁や宗教問題など、課題は山積みになっていた。 15年に大量の難民を受け入れたことで、ドイツが混乱したのは事実だが、それはあくまできっかけにすぎない。移民とそうでない人との間にある火種は、15年に突然生まれたものではなく、それよりも前にくすぶっていたのだ。ドイツと同じ轍を踏む? しかし興味深いのは、これほど多くの外国人を受け入れたのに、ドイツは2018年10月、欧州連合(EU)域外から専門的資格とドイツ語能力を持つ人を呼ぶための新移民法を制定したことである。 スイスの国際ビジネス教育・研究機関IMDによる「World Talent Ranking 2017」で「高度外国人材にとっての魅力度」が世界16位であり(ちなみに日本は51位でアジア最下位)、これだけ多くの外国人を受け入れているのにもかかわらず、新たに法を制定しなくてはならないほど高度人材が足りていないのだ。 こういったドイツの事情を踏まえて、改めて日本について考えてみよう。 日本は現在、深刻な人手不足に陥っている。中小企業を中心にバブル期並みの人手不足となっており、45%もの企業で常用労働者が足りていない。だから「移民ではない」という建前で外国人労働者をどんどん受け入れているわけだが、このままでは「気づいたら移民が増えていたので対策します」というドイツの二の舞になってしまいそうだ。 ドイツと同じ轍を踏まないために、外国人労働者の受け入れは移民政策の一貫として、戦略的に行う必要性があるのではないだろうか。 「移民」という言葉に抵抗感がある人も多いだろうが、「移民国家」を認めたことで起こる反発より、それを認めずに実質移民国家となり「日本人vs外国人」と対立するほうが、私にはよっぽど恐ろしく思える。 そもそも、日本で働いている人の多くは既に「移民」と呼べるし、そうでなくとも定住する可能性のある移民予備軍なのだから、「移民」という言葉にだけ反対していても意味がない。 では、必要とされる移民政策とは、例えばどういうことをいうのか。ドイツ・ベルリンのアラブ人街を歩く男女=2018年6月(共同) まずは、外国人の経済的安定が不可欠である。ドイツ連邦雇用庁によると、16年の失業率は、ドイツ人が5・0%、外国人は14・6%。収入にも格差があり、15年のフルタイム労働者の収入は、ドイツ人とそうでない人で21・5%もの差があった。社会保障費を減らすという点でも、外国人が経済的に不利にならないよう予防することは必要である。 また、過労死がすでに多くの国で報じられている日本で、外国人搾取が続き、それが公になれば、国際的なイメージに影響することも理解しておかないといけないだろう。「事前対策」現場だけでは限界 次に教育だ。家庭内の第一言語がドイツ語でないためドイツ語を話せないという小学1年生が増加し、現在ドイツでは教育レベルの低下が懸念されている。言語的ハンデが低学歴につながり、学歴格差がさらに収入格差として現れるのも問題である。 日本は私立の高校、大学が多いため、経済的に不利な外国人家庭の子供が進学を断念したり、公立高校に殺到したりするかもしれない。そうならないためにどうするか。 他にも宗教の問題がある。日本は比較的宗教に寛容とはいえ、勤務中の礼拝をどう扱うか、学校の修学旅行が京都・清水寺でいいか、半袖の制服着用を義務化していいか、といったことも考えていかなくてはいけない。職場飲み会もNGになるかもしれないし、社食では牛や豚を使わないメニューを用意する必要があるかもしれない。宗教において「ここは日本だから合わせろ」は通用しない。 これらは、外国人を受け入れる以上、起こり得る想定内の課題である。それならば当然、事前対策を求められる。多くの国が移民問題に揺れているのだから、「移民国家じゃないので対策しません」というのは、あまりにお粗末だ。 それぞれの自治体や学校、職場で社会統合に向けての個別努力は行われているが、現場だけでは限界があるだろう。 もうさっさと移民を受け入れていると認めて、横断的に受け入れ政策を担当する省庁、ドイツでいう連邦移民難民庁(BAMF)のような公的機関を用意した方がいいのではないだろうか。移民を認めず社会統合のスタートでつまずいたドイツと、わざわざ同じ道をたどる必要はない。 「外国人労働者を受け入れるべきか否か」という議論も大事ではあるが、既に「移民」と向き合うべき段階になっているんじゃないかと思う。求められているのは、「移民かどうか」という言葉遊びではなく、受け入れた外国人と共存・共栄するための議論だろう。 そして最後に言いたい。人手不足解消のために、引きこもりの社会復帰促進や、闘病中・介護中・育児中の人の就職支援など、国内でできることはまだまだたくさんある。政府は高度外国人材を呼び込むために最短1年で永住権を認めることにしたが、日本にだって優秀な人はいるのだから、修士以上の高学歴者の優遇や研究費の支援なども検討すべきだ。 外から人を呼ぶのは一つの選択肢だが、国内の「自給自足」も忘れないでいてほしい。

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    256万人の「移民予備軍」に口ごもる自民党の矛盾

    善することなく、さらなる労働力を呼び込むために、出入国管理法が改正されようとしている。自民党は、票や政治献金を生み出す企業や団体の要求を拒むことができないからだ。 改正の目玉は「特定技能1号・2号」という在留資格の追加だ。改正案は、1号に「相当程度の知識または経験」、2号に「熟練した技能」を要求し、外国人材を受け入れるとしているが、各号の求める具体的水準は不明だ。 その資格の詳細に関する説明は他に譲るが、改正案に対して、自民党法務部会では発言議員の9割が反対を表明したという。しかし、残る1割が賛成側に立ち、現実の倒産要因にまでなっている「人手不足解消」の大義名分を掲げて押しまくった。2018年10月、自民党法務部会であいさつする長谷川岳部会長(奥中央) 反対の議員も「具体的に何人が何年必要なのか」「要らなくなったら『帰れ』でいいのか?」と押し返すなど激しいせめぎ合いを展開した。各業界団体のヒアリングも交えた討議の結果、安易な枠の拡大や基準の引き下げで移民政策にならないよう、法務部会と厚生労働部会で具体的なハードルを設定した部会決議を法案に付した。国民も外国人も不幸にする しかし「与党グセ」がついている自民党は、いつまた野党に落ちて、このハードルが取り払われるかなど考えていない。まるで「玄関」は開放されたと言いつつも、上がり口を高さ2メートルにし、天井下30センチしかない隙間をくぐって入る客だけを歓迎するかのようだ。 でも「家」の中を見渡せば、窓にはスパイ防止法という「網戸」さえなく開けっ放しで、泥棒がよく入る上に、「家庭崩壊」寸前で「だからレベルの高い外国人メイドが必要」というオヤジをあなたは信用できるか。私たちはそんな国「家」の家族なのだ。 たとえ実習生が高度プロフェッショナル人材であっても、帯同する家族も歓迎すべき人材とは限らない。また、実習生本人も歓迎に値する人材で有り続けることを期待したり、矯正することはできない。 そして、本人が労働意欲を失ったり、何らかの理由で評価に値する技能を発揮することが不可能になっても、企業は面倒を見てくれない。収入に困った彼らによる犯罪やその被害回復の責任がどこに帰するのかも不明だ。まさに、国民も外国人も不幸にする改正法案である。 おまけ、国別の枠の割り当てもないため、隣国の中国や韓国の人材が多くなるのは必定だ。滞在中に母国崩壊が発生すれば、彼らは日本に居ながらにして難民になる。 実際に米国が進める「米中経済戦争」は政権転覆や社会の混乱、つまり国外脱出者が現れるレベルを目指し、締め上げにかかっている。そうして、難民発生の際には、国際社会が日本に対して国庫を傾けるほどの保護を求めてくるに違いない。 一方、単純労働者を求める労働市場では、難民を含む外国人材の雇用で、大企業の上層だけが潤い、収入格差は広がるばかりだ。彼らへの厚生や福祉で不可避となった消費増税がデフレを加速し、日本人は疲弊する。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 今でさえ円安路線を維持した日本は既に国際的デフレ国家であり、日本人の賃金は先進国内で驚くべき低レベルだ。外国人旅行客の目には、サービス最高の「おもてなし激安国家」と映るのだから、オーバーステイしたくなる気持ちも理解できる。 そもそも、問題は「労働力不足」である。ニートが高齢化しても、シングルマザーになっても生きていけるほどの社会制度が、きしみながらこれを支え、今やその福祉制度が外国人に食われるほど、生きる力と競争する意欲を失った日本人が問題なのだ。批判覚悟の「提案」 そこで、批判を覚悟の上で提案したい。海外展開を行っている大企業はアベノミクスの恩恵を受け、株価も上昇している。ところが、今の経営陣はバブル崩壊の経験者であるため、内部留保を積み上げ、賃上げによる支出を恐れ、さらなる安価な労働力を外国人に求める。そこで、労働基準法にでも「企業トップと末端の賃金格差は○倍まで」と定めれば、さっぱり進まない賃上げもトップから進めざるを得なくなり、社会問題である収入格差も緩和、労働意欲も上がるのではないか。 また、企業が大卒や新卒にこだわらず、独自の採用基準で若い人材を求めれば、就職のためのカタパルト(射出機)と化した意味無き大学は淘汰(とうた)され、大学全体のレベルも向上して洗練されるだろう。 こうして、企業が学歴偏重の採用基準を変えれば、親は借金してまで子供を大学に送る必要がなくなり、その資金を老後に回せる。子供は10代から社会に出ていれば、20代後半にはベテランの域に達するので、結婚資金も貯(た)まる。短期的には成婚率が、中期的には出産率と出産人口が、長期的には労働人口も上がるのではないか。 そのためには企業トップの意見を尊重する自民党の他に、勤労者のための、健全で主体性のある野党が必要だ。本来であれば、企業に君臨する「ブルジョア階級」の収入を規制し、「プロレタリア」の賃金を底上げする政策については、日本共産党あたりに期待したいところではある。また、「自民あっての反自民」を貫く立憲民主党は、今回の実質的移民政策にも反対するのだろうか。 安倍晋三内閣は「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)に「移民政策を採らない」としているが、自民党議員は移民の定義を知らないか、口にできない。国連人口部の定義によれば、移民とは「主権のある母国を1年以上離れて外国に暮らす人」を指す。そして、この移民の概念には、密入国者や不法滞在者、帰化した初代が含まれる。 既に日本には、留学生を始めとする移民と「移民予備軍」が256万人以上も存在するが、自民党議員がこれを口にすることは骨太方針の矛盾をさらけ出すことになる。だから「移民」という言葉に異を唱え、改善できる議員はいないのだ。 そもそも、議員の仕事は理想の発表や世論啓発ではなく、法の立案や審議である。法改正案に部会決議文で歯止めを盛り込んだ党内の反対議員も、議論に参加し論議を尽くした以上は、組織としての決定に文句をつけることはできない。それを期待するのが酷であることは、何らかの組織に属する社会人ならわかるはずだ。自民党本部=2018年9月(納冨康撮影) だが、読者諸兄は昨年の流行語をお忘れか。そう、ここに「忖度」が必要である。発言議員の9割ほどいた反対議員は心の中で、決議文を付けても力が及ばず手を離れたこの法改正案を誰かに潰してほしいのだ、と私は「忖度」した。 国民の政治参加は選挙のみにあらず。世論を大いに盛り上げ、燃え上がらせて法案を灰にするよう、ともに声を上げようではないか。

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    「高齢者時給500円」移民反対論をなくすにはこれしかない

    を「移民特区」で提供すれば、地方の活性化にもつながる。 ただし、たびたび議論される外国人参政権による政治の浸食、住民投票権の外国人付与につながらないよう、細心の注意を払う必要はある。これらの規制を強化できず、富裕層の資金力であらゆるものが買収されては、移民の脅威の解決策ではなくなってしまうからだ。 もう一つが起業家だ。アメリカのシリコンバレーの半数は外国人である。そもそも、起業は勉学ができるだけでうまくいくものではない。ハングリー精神も必要であり、草食系が多いとされる日本の若者から優秀な経営者が多数生まれるとは思えない。 日本も「2025年経営者問題」があり、経済産業省は今ある法人がこのままだと経営者の高齢化や後継者難で、国内総生産(GDP)の22兆円分が失われると警鐘を鳴らしている。ゆえに新陳代謝を促す上でも若者の起業率を上げるより、外国人起業家を日本で展開しやすくする方が経済のすそ野を広げる上で重要だと考える。 最後に、なぜ移民反対派であろう安倍首相が移民法を推進し、移民受け入れ賛成派であるはずのリベラル、左系野党が反対するかについて説明しておく。衆院予算委員会で外国人受け入れ問題について答弁を行う安倍晋三首相=2018年11月、国会(春名中撮影) 安倍首相の入管法改正案は、最低賃金が上昇し続けていることを踏まえ、経団連のガス抜き的な意味合いが強い。現状のような骨抜きの方がかえって、実績を出さなくても文句も出ないし逃げ道を作っておくことができるからだ。様子見しながら方針転換ができるようにしているとしか思えない。 一方、野党を見ていると、安倍政権の「移民法案」に反対なだけで、本音は賛成なのに相も変わらずのパフォーマンスと責任逃れをしているだけだ。本来なら、野党は移民を促進し、外国人参政権を解禁し、夫婦別姓で婚外子の促進が狙いだが、今、欧米で起きていることを体現しようとするなら無責任としか言いようがない。

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    「シルバーデモクラシー」の根底にあるもの

    れた。しかし、民主党政権は多くの国民の期待を裏切ってあっさりと倒れ、現在は自民党の一強多弱と呼ばれる政治状況が続いている。 一方で、「国家権力への反対運動」はなくなったわけではない。ここ数年だけみても、例えば、特定秘密保護法をめぐって反対運動を行った「SEALDs(シールズ)」と呼ばれる学生グループが注目を集めたことや、学校法人「森友学園」への国有地売却や、学校法人「加計学園」の獣医学部新設をめぐる問題での倒閣運動もあった。「アベ政治を許さない」などというプラカードとともに、国会周辺で政権に退陣を迫る〝闘争〟は今も続いている。だが、そこに集う人々をよく見ると、ほとんどが高齢者である。近年、雑誌などでシルバー民主主義をテーマにした論考が多くなっている 文庫化にあわせ、以前取材した元闘士たちの何人かに連絡をとったが、やはりというべきか、長期政権となった安倍晋三政権を批判し、野党のふがいなさを嘆く人が少なくなかった。本書でも指摘しているように、当時の大学進学率は15%前後。団塊の世代イコール全共闘世代とは言えないし、全共闘世代のその後の人生もひとくくりにはできない。ただ、彼らの世代には今も、根底に心情左派的な意識が広がっているのではないかと感じる。 それは、若いころに好んで聞いた音楽をいくつになっても聴き続けるような感覚なのかもしれないが、そのようなノスタルジーの中に彼らは今も生き続けているのだろうか。 60年代後半に学生時代を過ごした「全共闘世代」はリーダー不在の世代ともいわれる。タレントや作家など個性的な才能を発揮している人は多いものの、与党政治家やカリスマ的な経営者は意外に少ない。自民党の総理経験者でいえば、小泉純一郎氏(42年生まれ)から安倍晋三氏(54年生まれ)までの空白の期間にあたる。福田康夫氏は36年、麻生太郎氏は40年生まれで、2人はともに小泉氏より年長だ。かつて大学で何があったのか 全共闘世代で総理になったのは、やはりと言うべきか、民主党政権での2人だけである。鳩山由紀夫氏(47年生まれ)と菅直人氏(46年生まれ)だ(野田佳彦氏は安倍氏より若い57年生まれ)。2人の評価はあえてしないが、全共闘世代を代表する政治家と言っても過言ではない。 学生運動の収拾に最前線であたった警察幹部の一人で、先ごろ亡くなった元内閣安全保障室長の佐々淳行さんは本書の中で興味深い分析をしている。30(昭和5)年生まれで、全共闘世代とは一回り以上違う佐々さんは警視庁警備1課長として東大安田講堂事件の攻防戦を指揮。72年の連合赤軍によるあさま山荘事件も担当するなど、警察側から見た歴史の証言者である。 佐々さんは、年の離れた弟のような全共闘学生に対して一定の理解を示しつつも、「文明批評的にみると、昭和ヒトケタ生まれの自分たちと昭和20年代生まれの彼らの間には、埋めがたい世代間の亀裂があった」と指摘。「戦前、戦中、戦後を死にものぐるいで生き残ったわれわれと比べ、彼らは、もの心ついたときには経済復興が済み、自由と平和が保障されていた。仮にすべての人間の深層心理に闘争本能というものが潜んでいるとするならば、彼らの行動は疑似戦争体験のようにも思えた」と言う。 だが、激しい攻防となった安田講堂事件については、逮捕された計633人の学生のうち東大生はわずか38人で、全体のわずか6%。残りは他大学から駆けつけた「外人部隊」だった。東大全共闘のメンバーの多くは「勢力温存」を理由に学外に逃げ出していたという。 こうした見方をめぐっては全共闘OB側から反論もあるが、佐々さんは「まるで敵前逃亡だと思った。当事者でありながら、いざとなると日和る要領のよさと精神的なひ弱さも彼らの世代の特徴だ」と話し、次のように述べた。 「闘っている全共闘には理ありと感じていたが、問題はその後現在に至るまでの総括です。沈黙している人はまだ良いが、自分のことを棚にあげて『いまどきの若者は』なんて言うのは許せない。誰がどうだったと明らかにするつもりはないが、何も総括していないのに、いっちょ前のことを言うなと思うんです」 佐々さんは、紛争を通じて逮捕したり動向調査をしたりした闘士たちが、その後、政治家や評論家などに転身した姿をテレビなどで見かけることがよくあった。警察庁を含む中央官僚や著名な経済人にも全共闘出身者がいたという。彼らに対し、佐々さんは「早く引退しろ」と手厳しかった。 「総括もできないようでは、リーダーシップもとれない。早く次の世代にバトンタッチすべきだ。若い世代もとっくに見抜いていると思う」 そして、07年の東京都知事選を例に出し、昭和ヒトケタ世代の石原慎太郎氏=1932(昭和7)年生まれ=と対抗馬だった全共闘世代の浅野史郎氏=1948(昭和23)年生まれ=を両世代の代表と見立て、2人の勝敗を分けた要因を「若者の支持」と分析した。 「若い世代の全共闘世代への不信感が選挙結果にあらわれた。総括できない頼りないお父さんではなく、いざというときに頼れるおじいちゃんを選んだということだと思うのです」 本書では、元日大全共闘議長の秋田明大さん、元赤軍派議長の塩見孝也さん(故人)、元日本赤軍最高幹部の重信房子受刑者、元東大全学連リーダーの西部邁さん(故人)ら学生運動を内側から見ていた人たちに加え、佐々さんのような外側から見た人々や教職員の視点、そして数多くの無名の元全共闘学生たちの声を集めている。元赤軍派議長の塩見孝也さん=2008年6月撮影 今や戦争体験者の多くが鬼籍に入り、戦場体験者となれば、ゆうに90歳を超えてしまう時代になった。つい、20~30年前までは、それほどの苦労もなく探すことができた歴史の当事者たち、証言者たちが、次々と私たちの前から姿を消しつつある。 「全共闘世代」は今70歳前後。当時を記した作品はいくつかあるが、当事者目線のノスタルジックな回顧録も多い。本書は、多数の学生を巻き込んだ熱気が潮を引くように沈静化した理由について、多角的な視点で検証を試みている。かつて大学で何があったのかを知る入門書であり、シルバーデモクラシーの功罪を考える一助にもなるかもしれない。

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    シルバーデモクラシーと全共闘

    シルバーデモクラシー。既得権を守りたい高齢者が政治プロセスを支配する現象だが、わが国ではその中心が団塊世代である。彼らの青春時代、大学キャンパスは「全共闘」と呼ばれた学生たちに占拠され、まさに「革命前夜」だった。あれから半世紀。「老害」とも揶揄されるシルバー民主主義の功罪を考えたい。

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    今どきの若者は「保守化」も「安倍支持」もしていない

    ある。 ここでわが国の話に戻ろう。保守の定義は、守るべき歴史や伝統文化を、何に求めるかであろう。仮に政治体制とした場合、日本国憲法体制の擁護が保守であるとしても、必ずしも間違いではなかろう(と冒頭の若者たちが考えているとは到底思えないが)。では、政治体制こそが、その国の歴史文化伝統であるかと言えば、必ずしもそうは言えない。 たとえば、アメリカ合衆国は、合衆国憲法に規定される政治体制こそが、国家体制そのものである。ジョージ・ワシントンがジョージ3世の圧政に対し武器を持って立ち上がったという建国神話から始まる歴史、その結果として続いている憲法体制こそがアメリカの伝統そのものである。ただし、そのアメリカでも国柄や国民性は存在し、必ずしも憲法典から派生するわけではない。十七条憲法は死文化? 一方、イギリスには統一的憲法典は存在しない。「日本国憲法」「〇〇国憲法」のような「グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国憲法」などという名前の法典は存在しない。 ただし、憲法そのものは存在する。「衡平(Equity)」「伝統(Common Law)」などと呼ばれる法原理そのもの、それらに基づく判例、大憲章(マグナカルタ)に始まる歴史的文書、議会法のような憲法として扱われる重要な法律、習律と呼ばれる重大な慣例、等々の体系がイギリスの憲法である。時に、「フェアプレーの精神」も憲法として扱われる。 イギリスでは相手の人格を否定する最大級の罵倒語が、「アンフェア」だとか。わが国で「卑怯」(ひきょう)と名指しされたら、いかな沈着冷静な武士も激高(げきこう)したようなものか。イギリスは憲法政治の母国とされるが、長い歴史の中で卑怯な振る舞いをした政治家が制裁を下されることによって、慣例が確立してきた。 イギリス人が統一的憲法典を持たないのは、条文よりも運用が大事なのだと知っているからである。もっとも、それができるのは世界でイギリス人だけであるので、いまだに「憲政の母国」として尊敬されるのだが。ちなみに、伊藤博文はイギリスの実情を調査し、これをまねすることを早々とあきらめている。 ところで、1215年制定の大憲章がいまだにイギリスでは憲法として扱われているのに、驚く向きもあるのではないか。わが国が「十七条憲法」をいまだに憲法の一部と見なしているようなものか。 もちろん、今となっては裁判で使われる法規範ではないし、近代的な憲法の要件を満たしているわけではない。しかし、イギリス人は「法によらない刑罰を下してはならない」「国王は好き勝手に税金を取ってはならない」など、今となっては当たり前のことが当たり前ではない時代のことを忘れないために、過去の遺物とは扱わないのだ。 聖徳太子憲法第八条には「役人は遅刻早退するべからず」とあるが、「常識的範囲の遅刻」という概念が存在する今の霞が関を見るにつけ、十七条憲法は「死文化」しているようにも思える。というのは冗談としても、第一条「和を以て貴しとなす」も死文化しているだろうか。 良くも悪くも、日本人は「和」の民族であり、仮に「これからの時代はグローバル化だから、和を大事にしてはならない」などと憲法典に書き込んだとしよう。それで日本人の民族性が変わるだろうか。良くも悪くも「空気を読む」日本人の民族性が変わるとは思えない。大正時代の教科書「尋常小學國史」にある聖徳太子の記述(大空社復刻版より) 長々と徒然なるままに保守とは何かを書いたが、本題は「今どきの若者は保守化しているのか」である。その狙いは、70代以上の全共闘世代の投票行動が政治を左右しているとみられ、その対比としての若者分析だ。 ここで三流の言論人ならば、テレビや新聞しか見ない老人は情報弱者だが、ネットや保守の著作で真実を知っている若者は安倍政権を支持しているなどと、したり顔で説教を始めるだろう。 たとえば、自分に都合のよい世論調査を探してきて、もっともらしい「データ分析風」の講釈をたれて、自分の固定客に媚(こ)びた言説をまき散らして小銭稼ぎをする光景が目に浮かぶ。大学生の卒業論文なら目こぼしもできようが、プロの言論では立証されていない議論に意味はないので、「全共闘世代の悪あがきにトドメを刺せ」式の読者を気持ちよくさせるための言論をする気はない。 さてさて命題は、「今どきの若者は保守化しているのか」である。常識で考えよ。しているわけがないではないか。それが「安倍政権を支持しているか」との定義ならば、なおさら。 そもそも今の時代に、政治に多大な関心がある若者がどれほどいるのか。大正デモクラシーの政治運動が最も盛り上がった時代の大学では最も人気があるサークルは弁論部だったが、今はそんな話は聞かない。平成初頭の政治改革が最も盛り上がった時代ですら、どこの大学弁論部も新人勧誘に苦労していたくらいだ。「安倍支持」=「保守」ではない ちなみに、あまりにも情けないので大学名は秘すが、明治時代に創設の某名門弁論部はホームページで「国家公務員試験合格者数」を売りにしていた。明治時代に主要私立大学で弁論部が次々と発足されたのだが、藩閥官僚に対抗する党人政治家を養成するためだ。 早稲田大学雄弁会創設者の大隈重信を筆頭に、尾崎行雄、犬養毅、三木武吉、松村謙三、中野正剛、緒方竹虎、浅沼稲次郎、大野伴睦、三木武夫、等々。いずれも官僚政治と戦った人たちである。どうでもいい話だが。 一応、弁論部出身者として後輩諸君を弁護しておくと、1998年以降の大不況で、「大学生の中心活動が就職活動」という愚かな時代に巻き込まれたのである。政治どころか、自分の生活から心配しなければならない状況だ。 さらについでに、民主党政権の頃に私は大学弁論部の弁論大会の審査員として何度も招かれたものだが、天下国家を語る弁論など、ゼロ。過半数は、「年金弁論」である。19や20の若者が自分の年金について心配するなど、異常な状況ではないか。社会に関心がある若者の集団でこれである。 だから、「いまどき」の若者が政治に関心を持っているはずがなく、その中の少数の若者の中のどれくらいの多数派が安倍政権支持なのかは知らないが、少数派の中の多数派の割合を分析しても何の意味もない議論であることは説明不要であろう。 もう一つ、ついでに言うと、どこの業界でも「若者のネット離れ」の深刻さに悩んでいるし、逆に高齢者のスマホ普及率は劇的に向上している。確かに、フェイスブックやツイッター、インスタグラムなどの代表的ネットメディアの年齢別利用率は若者の方が高いが、高年齢層の利用率も年々あがっている。また、インターネットを利用する若者の中で最も関心が高いのはゲームである。政治に関心を持つ若者自体が少数派である。 よって、老人はテレビしか見ない左翼だから「テレサヨ」、若者はネットで右翼的傾向になるから「ネトウヨ」などというステレオタイプの大根切りは控えるべきだろう。ということで、「老人」「若者」という括(くく)りもどれほどの意義があるのか不明だが、あえて踏み込んでみる。 老人と若者の世代間対立を生む問題と言えば、何を言っても経済である。蓄えで暮らす年金受給世代にとって低金利は不利だが、若者にとってはアベノミクスによりバブル期以来の就職売り手市場である。若者が安倍政権を支持するのは当たり前だろう。これを「保守」が支持されたなどと勘違いしては、思い上がりだろう。 リーマンショックで日本を地獄にたたき落した無能な麻生政権に辟易(へきえき)した国民が「鳩山由紀夫でもイイから、麻生太郎は嫌だ」と民主党政権を選び、目も当てられない鳩山・菅・野田の三代の内閣に飽き飽きしたところに、返り咲いた安倍首相が景気を回復軌道に乗せてくれている。 6年もたって「民主党(と麻生)よりはマシ」以外に何の実績があるのか知らないし、財務省と喧嘩してメソメソと負けるような頼りない首相だが、今のところ他に代わる人もいないので消極的に支持している。こんなところだろう。これが保守化と言えるのか。 ただし、「保守」には「現状変革を望まない」との意味がある。老年世代の中で左傾の人たちは安倍政権のやることなすことが気に入らないだろうから、日曜の朝はTBS系の「サンデーモーニング」を見て留飲を下げ、チャンスがあれば沖縄県知事選で自民党を負かす投票行動をする、というくらいのことは言えるかもしれない。それとて、日本国憲法体制という大きな視点で見れば「保守」とも言えるのだが。 若者に関して言えば、何と言っても地獄のような就職活動から解放してくれたのだ。安倍首相を支持するのは当然ではないか。確かに今から消費増税を宣言し、「増税しても景気を悪化させないよう対策する」などマヌケな言動を繰り返している。少し学力のある大学生なら、首相の知性を疑うだろう。参院予算委員会で答弁を行う安倍晋三首相=2018年11月、国会・参院第1委員会室(春名中撮影) 「景気が悪化するなら最初から増税するな」「そんなに増税したかったら、景気を完全回復させてみろ。それまで待てないのか」「結局、いくら屁理屈(へりくつ)を並べても財務省と喧嘩して負けただけではないか。その屁理屈作文も財務省に用意してもらったのではないのか」と。それでも、今のところは景気が悪化しているわけではないし、積極的に倒閣して現状変革して余計に状況が悪化しても困る。その意味で保守化しているのは確かではないか。 そもそも今の日本の言論界での保守の定義は、「安倍政権への支持」である。現実の論壇での多数派のようなのでその定義に一応は従うが、その支持の実態を少しは分析してみないと、「若者の投票行動が安倍政権支持だから保守だ」などと短絡的に考えると色々なものを見誤るだろう。 いいかげん、「安倍0点」の左下と「安倍100点」の右下の不毛な議論から卒業しないと、取り返しがつかなくなる。その二つ以外のマトモな議論の存在する余地がないからだ。人間の評価に二者択一の100点か0点かなど、ありえない。絶対に間違っている二択の議論は、国を亡ぼす元(もと)だ。

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    「民主党の失敗」が呼び覚ました団塊世代に眠る全共闘のDNA

    もに、このような長期政権を「一党優位制(one party dominance)」と名づけ、私も含め政治学者たちは研究を進めた。2018年9月、安全保障関連法成立から3年、抗議集会後、東京都千代田区内をデモ行進する参加者 「政権イコール自民党」であって、外交や経済や社会に問題があれば、それは政権、つまり自民党に問題があるという結論以外にはなかったのである。 第二は、戦後の東西冷戦である。単純化すれば、自民党は米国主導の自由主義陣営、社会党はソ連が支配する社会主義陣営と色分けでき、日米安保や自衛隊に反対するのが「革新」、賛成するのが「保守」という区分けになっていた。高度成長が許した「甘え」 先述した「進歩的文化人」は、当然のことながら「革新」であり、メディアの多数はこちらの陣営に属した。政治学者の丸山真男に代表される学会や評論家も彼らの支配下にあったと言ってよい。自民党政権に好意的な態度を取ると「保守反動」と罵られるため、知識人はポーズだけでも「革新」ということにせねばならなかった。 これは、実は戦後の高度経済成長が許した「甘え」だったと言ってもよいが、そのぬるま湯に漬かった日本人に冷水を浴びせかけたのが、73年に起こった石油危機である。79年にも第2次石油危機が訪れるが、この二つの石油危機が、第三の要因である。 原油価格次第では日本の繁栄は砂上の楼閣となるかもしれず、もはや「革新ごっこ」を楽しんでいる余裕などなくなった。団塊の世代も、生きていくためには「革新」という仮面を捨てるしか手がなかったのである。 第四の要因は、1989年のベルリンの壁崩壊であり、東西冷戦の終焉(しゅうえん)である。米ソ二大陣営間の競争はソ連の敗北に終わり、日本でも革新勢力の影響力が大幅に減退し、「進歩的文化人」も博物館入りするようになっていった。しかしながら、自民党が政権を担う状況は続いており、国のかじ取りに対する不満は自民党の責任にする以外になかったのである。 ところが、90年代に入ると、そのような政治にも変化が現れる。政権交代である。これが第五の要因である。 93年には、非自民・非共産の細川護煕政権が誕生するが、263日で退陣し、後継の羽田孜内閣も64日の短命に終わった。その後、自民党・社会党・さきがけの連立による村山富市内閣を経て、96年11月には、連立政権を引き継いでいた橋本龍太郎による自民党単独政権となる。 93年の政権交代は、自民党から飛び出した小沢一郎や羽田孜が主導したものであり、結局は旧自民党の「へその緒」をつけたものであったと言っても過言ではない。 しかし、2009年9月の政権交代は、自民党と正面から対決した民主党の圧勝によるものであり、初めての本格的なものであった。私は麻生内閣の閣僚であったが、政策の中身よりも「政権交代」の4文字に負けたと思っている。 多くの国民が、変革への期待を民主党に寄せたのである。「コンクリートから人へ」というスローガンなどが、自民党による旧態依然とした利権政治に風穴を開けるもとして魅力的に映ったのであろう。ついに「選挙で権力を倒す」 団塊の世代にとっては、自民党政権は岩盤のように強固で、何度挑戦しても倒せなかった。ところが、2009年夏の総選挙では、ついに「選挙で権力を倒す」ということが可能となりそうになり、がぜん元気づいたのである。 選挙となった瞬間に、大臣の私は敗北を覚悟したし、麻生首相が解散のタイミングを間違えたと残念に思ったものである。仲間の選挙応援のために全国を回りながら、敗北が避けられず下野することは確実だという認識を強めていった。 政権に就いた民主党は、鳩山由紀夫、菅直人、野田佳彦と3人の内閣総理大臣を輩出したものの、大きな改革もできず、東日本大震災・原発事故も起こり、失敗のうちに2012年12月に終わった。成果を上げる前にわずか3年で潰えてしまった民主党政権は、団塊の世代にとっては、批判をしようにも、余りにも短期政権過ぎたのである。 自民党が政権に復帰し、安倍長期政権が盤石なものとなるにつれて、野党は分裂し、非力なものとなっていく。もはや選挙による政権交代は夢物語となり、団塊の世代は、若い頃のベトナム反戦デモのように、直接街頭に出たり、市民運動に参加したりしながら、政治への不満を発散していく。定年退職後で時間も十分にある。 民主党政権の失敗は、選挙によって国を変革するという可能性を摘んでしまったと言ってもよい。自民党の一党支配が再開されたのであり、それはまた長く続くと思われている。 もともと、反政府的、反権力的なDNAを持つ団塊の世代は、安倍長期政権に批判的な態度を示すのである。民主党政権がもう少し長く続き、実績も積み上げていたならば、「政権イコール自民党」という図式も壊れていたであろうし、団塊の世代の態度もまた変化していたであろう。2012年8月、衆院本会議に臨む菅直人前首相(左)と鳩山由紀夫元首相(酒巻俊介撮影) 「政権交代」というスローガンで権力の座に着いた民主党は、政権運営に失敗し、「政権交代」という言葉は輝きを失った。元気で知識も時間も潤沢にあるシルバー世代は、民主党や後継の諸政党に代わって、自民党政権を監視する役割を果たしている気分なのである。 団塊の世代の安倍政権に対する批判的な姿勢は、民主党政権に対する絶望が原点だと言ってもよい。民主党政権の責任は極めて重い。

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    「九条の会」会場 高齢者多く中座や居睡も目立っていた

     参院選挙の投票日を約一ヶ月後に控えた6月6日の夜、私(古谷経衡)は東京都中野区の「中野ZERO」に向かった。現代的設備を完備した区営の大公演会場である。お目当ては『九条の会 東京2016 in中野』。革新系文化人らを筆頭に、9条護憲を唱えるリベラル系市民運動の総本山が「九条の会」だ。 同会の発足は2004年、イラク戦争の翌年である。時代は小泉内閣。「テロとの戦い」を掛け声に日本政府がブッシュ・ジュニアと積極的共同歩調を取った。 共産、社民など革新・護憲勢力が選挙のたびに明確な衰微を繰り返していたこのとき、彼らの滾る(たぎる)危機感をして「草の根」の革新・護憲運動の結集として作られたのが正に「九条の会」だ。東京での大集会は全国に支部を持つ同会の運動を象徴する、その中枢でもあった。 折しも前日の6月5日には沖縄県議選が投開票され、翁長沖縄県知事を支持する社民、共産、社大(沖縄社会大衆党)らの県議会与党が、過半数を3議席上回る27議席を獲得、自民党に大勝した。社民・社大党候補は全員当選、共産も1名を除き当選する大金星であった。 沖縄で革新勢力が勝つのは珍しいことではないが、「安倍一強」が喧伝される中、「九条の会」にとってはまたとない反転攻勢の一里塚である。 約1200名を収容する大ホールは熱気に包まれ、平日夜にもかかわらずほぼ満席であった。前日、沖縄県議選の投開票と合わせて「九条の会」が主導した「安倍内閣退陣!国会前総行動」の翌日であるにも関わらず、連日出席する熱心な参加者の姿があった。 しかし、その多くは高齢者である。「国民怒りの声」を立ち上げ参院選出馬を表明した憲法学者の小林節氏が出席取りやめを告げる旨のFAXが読み上げられると、会場からは失笑の声。元来自民支持から転向した小林氏への革新中枢の反応は芳しくない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 会は荘厳なオーケストラから始まり、浜矩子(同志社大学大学院教授)、小森陽一(東大教授)ら登壇文化人が次々と「安倍退陣」の掛け声を上げるや、大喝采に包まれる。 最後には高校生らが壇上に立ち、「護憲平和」の大合唱。が、連日の疲労がたまった高齢者は流石に眠気が襲ったと見え、中座・居睡も目立った。安倍への敵愾心も寄る年波には勝てぬ、といったところか。●文/古谷経衡【ふるや・つねひら】1982年北海道生まれ。立命館大学文学部卒業。主な著書に『愛国ってなんだ 民族・郷土・戦争』『左翼も右翼もウソばかり』。近著に『ヒトラーはなぜ猫が嫌いだったのか』。関連記事■ 「九条の会」の逞しき商魂 右派は寄付のみで物販の発想なし■ 奨学金財源 休眠口座や高齢者の金融資産1700兆円活用を■ 揺らぐ「高齢者」の定義 「准高齢者」登場など見直しも進む■ 『バイキング』低迷 一貫性なく出演者多く噛み合ってないから■ 細野・枝野大臣 全国原発市町村協議会を「国会ある」と中座

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    基地依存から脱却「アベノミクスの逆説」が変えた沖縄の民意

    憲について、野党にも統一した主張も戦略もない。また、来年の参院選に国論を二分するほど、改憲そのものが政治的スケジュールに上がっているのか、現段階では不透明である。 要するに、沖縄知事選は確かに安倍政権に打撃を与えたが、それがそのまま国政レベルでの野党勢力の伸長につながるとはいえそうもないということだ。 このような野党のふがいなさはさておき、今回の沖縄知事選には筆者には無視できない「教訓」があると思う。それは「アベノミクスの逆説」とでもいうべき事態だ。 沖縄県の経済構造は、日本への復帰以降続いていた「基地依存」体質から改善している。しかも、2012年末今日にかけて県民総所得、つまり沖縄経済全体に占める観光所得のウエートが急上昇している。今では、沖縄経済に占める基地関連収入の割合が、せいぜい5%台なのに対し、観光はその3倍近くまで増加しているのである。 直近の経済指標を見ても実質成長率が高く、消費や投資、雇用も堅調に推移している。観光を中心に、県内の「民需」が堅調なために、地価も上昇し、これが担保価値を高めることで、県内への銀行の貸し出しの伸びも高い。2018年9月、新執行部が発足し、立憲民主党の枝野代表(左から2人目)と握手する国民民主党の玉木代表 勘のいい読者は当然お分かりだろうが、この沖縄経済の好調は、2012年終わりからのアベノミクスによる金融緩和政策、その一つの表れである円安によって観光収入が大きく改善したことにある。 沖縄県の入域観光客数は7月にストップするまで、2012年10月以降69カ月連続で前年同月比を上回った。国内からの観光客の増加もあるが、要因はやはり国外からの観光客の伸びが顕著なことにある。不十分だった安倍政権の「応援団」 いわば、沖縄経済が基地依存から脱却していく上で、アベノミクスが大きな貢献を果たしているのである。だが他方で、基地依存からの脱却を経済的にも強く意識した沖縄の人々の心理を、安倍政権はおそらく今回の選挙できちんと拾えていなかったと思われる。これが「アベノミクスの逆説」の意味だ。 ただ、沖縄経済は活況とはいえ、もちろん1人当たりの県民所得は全国最下位に変わりない。社会保障の面でも深刻な問題を抱えたままである。一例だが、子供の貧困率も、全国水準が16・3%に比べて、29・9%と極めて高い。 つまり、沖縄の人たちの生活は現状ではまだまだ改善すべきなのだ。その方策はアベノミクスのさらなる加速、すなわち民需中心の経済成長、そして貧困対策など再分配政策の拡充だ。 だがこの面で、今回の沖縄知事選では、佐喜真氏に対する安倍政権の「応援団」には不十分なものを感じた。佐喜真氏の経済政策面での公約は、県民所得を底上げし、そして教育の無償化や子育て支援、貧困対策も強調していた。その意味では、成長と再分配のバランスの取れた政策を提起していた。 佐喜真氏は、子ども食堂への公的援助をめぐる発言で、あたかも子供の貧困を軽視するかのようだとして批判を受けた。ここは反省すべき点もあっただろうが、基本的な経済政策面のバランスは趣旨としてはよかったように思える。 問題は、それを実現できるのは、国の経済政策の在り方に大きく依存しているということだ。ところが、菅義偉(よしひで)官房長官らが沖縄入りしたが、そこでは携帯電話料金の引き下げなど来年の消費増税対策の「目玉」と政権が妄信しているような主張が大きく報道されていた。それではダメだろう。 佐喜真氏の経済政策をバックアップするはずの国の政策観が、消費増税ありきなど緊縮政策にとらわれてしまっているのではないか。沖縄経済をさらに改善していく意欲が国に見られない、と県民に判断されたのかもしれない。それはさらにいえば、経済面での基地依存から脱却しつつある沖縄の人々の意識に、安倍政権がきちんと向きあっていなかったといえるかもしれない。2018年9月の沖縄県知事選、石垣市内で街頭演説を行う菅義偉官房長官 翁長知事の時代は、アベノミクスの成果を受けていた、沖縄経済の基地依存からの脱却が急激に進んだ過程でもある。沖縄の人々の翁長氏への根強い支持の背景には、この経済状況の好転も大きくあったのではないか。そして、翁長氏を政治的に継承することをうたった玉城氏に有権者の票が大きく流れた可能性がある。ここにも「アベノミクスの逆説」があるのではないか。 今回の沖縄知事選の教訓を、日本全体の経済政策に生かすとしたら、どんなことがいえるか。それはもっと現実の経済成長率を高め、それを安定化し、より積極的に貧困・教育などの再分配政策に力点を置くことであり、そして人々の対立する政治的価値観、安全保障観と政治家が面と向かうことだろう。

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    「石破潰し」安倍人事の皮算用

    第4次安倍改造内閣が発足した。首相自ら「全員野球内閣」と銘打ったものの、ホンネは「石破潰し」の報復人事だろう。とはいえ、政権に課された最大の命題は憲法改正である。長期政権の弊害を憂う声は日増しに高まるが、残り3年の任期で実現できるのか。安倍人事の皮算用を読む。

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    ポスト安倍より憲法改正 「歴史に名を刻む」改造内閣の布石

    い。そうなると、自分の後も自分と同じ方向の政策を継続してもらいたいと願っているはずだ。しかも、特定の政治家を後継指名した途端にレームダック(死に体)が始まるのが永田町の常である。このため、どのように後継者争いで競わせて求心力を維持するのかが注目される。 今回、菅義偉官房長官、岸田文雄政調会長と茂木経済再生担当相を留任させることになった。過去にも、佐藤栄作氏が「三角大福中(三木武夫、田中角栄、大平正芳、福田赳夫、中曽根康弘)」を重用することで競わせ、長期政権を維持したことがある。また、竹下登氏も「竹下派七奉行(橋本龍太郎、小渕恵三、梶山静六、羽田孜、奥田敬和、渡部恒三、小沢一郎)」を競わせて、首相辞任後も一定期間、影響力を残した。 安倍氏も総裁選で安倍支持が遅れた岸田氏を「ポスト安倍」の前提とせず、陰で安倍内閣を支え続けた菅氏にスマートフォンの料金引き下げという政策を主張させたり、茂木氏に日米通商交渉を任せてスポットライトを浴びさせたりするなど、総裁任期満了近くになるまで後継者競争をさせるのではないか。自民党臨時総務会を終え記念撮影に臨む総裁と新執行部4役(左から)甘利明選対委員長、加藤勝信総務会長、安倍晋三首相、二階俊博幹事長、岸田文雄政調会長=2018年10月2日、東京・永田町(春名中撮影) 今後の安倍政権の焦点は、安倍氏が憲法改正の発議をいつ行うのかである。今秋の臨時国会で自民党案を提出する意向であるが、衆参両院での発議にまで持ち込むためにはいくつかのハードルがある。 まず、公明党の賛同を得るためには、来年の消費税率引き上げに対する食料品などの軽減措置でどこまで譲歩できるのかである。超高齢化に伴う社会保障費の上昇を考えれば、これ以上の引き上げ先送りは難しい。公明党がかねてから主張する軽減措置を受け入れる代わりに、9条2項を削減しない範囲での憲法改正に賛成してもらう合意形成ができるかどうかがハードルの一つである。来夏「衆参同日選」の可能性 また、衆参両院での発議が来年夏の参院選以降に持ち越される場合には、参院選で議席を増やすことができるかが鍵になる。今回改選となる2013年参院選では自民党が大勝しただけに、一層の議席増のためには、状況次第で衆院選との同日選挙の可能性もゼロではない。 ただ、公明党が同日選挙に同意しなければ、自民党単独で参議院の3分の2を確保できない以上、参院選を単独で戦わざるを得ず、来年夏の景気をどのように良好な状態に持っていくのかが安倍氏の腕の見せ所になる。消費税率引き上げを決定すれば、来春から来夏にかけての駆け込み需要を期待できる一方、トランプ大統領との日米首脳会談の結果如何(いかん)やイランからの原油輸入ができなくなれば、来夏の景気にとって大きなマイナス要素になる。 安倍政権の課題は、先月の総裁選の党員票にみられたように、自民党支持者の中には安倍氏の党運営に批判的な者もいることだ。今回の内閣改造・党役員人事で石破派の当選回数が多い議員や参議院竹下派からの大臣や党の主要役職就任が見送られたことが、憲法改正の国民投票にどのような影響をもたらすのかが注目される。 この点、長期政権を継続した佐藤氏は、どんなに総裁選で厳しく争っても総裁選が終わればノーサイドとして、自分の方針に従う限り当選回数主義(衆院議員当選3回で政務次官、当選5~6回で大臣など)で挙党一致態勢を作り上げた。 今回の内閣改造が吉と出るか凶と出るかは、今後、安倍氏が懐深く党内をまとめていけるかどうかにかかっている。特に沖縄県知事選で、安倍氏についていけば選挙に勝てるという「不敗神話」が崩れただけに、来年の参院選が党内の求心力の行方を占う試金石となる。皇居に向かうため官邸を出る安倍晋三首相=2018年10月2日、東京都千代田区(飯田英男撮影) ただ、安倍氏にとって救いなのは、野党の足並みが乱れていることだ。立憲民主党も結党時より支持率を下げており、国民民主党に至っては1%前後の支持率である。 さらに、参院選での野党共闘については、共産党と組むことへの批判を避けるために市民連合を核にした共闘協議をしたい立憲民主党や国民民主党と、「選挙協力は政党と政党で協議するのが筋」とする共産党の間の溝が現時点で埋まっていない。今後、野党がどのように一つにまとまって参院選を戦うかどうかも、安倍政権の行方に大きな影響をもたらすことになる。

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    「男を下げても天下取り」小泉進次郎よ、イメチェンは今しかない

    向谷匡史(作家、ジャーナリスト) 男たちが居酒屋で盛りあがるテッパンの話題は三つ。「政治」「悪口」「下ネタ」である。中でも政治の話題は悪口とセットになるだけでなく、高尚そうな雰囲気も味わえるため、一定世代のオジさんたちは大好きである。それだけにホンネが飛び交う。 このたびの安倍改造内閣を目前に控えた夜のこと。私がなじみの店で「居酒屋フレンド」たちと飲んでいると、「麻生(太郎副総理兼財務相)の野郎、態度がデカくねぇかい?」。年かさの店主が威勢よく切り出して、政治が酒のツマミになった。 「それだけ麻生には力があるということだろう。でなければ、とっくに表舞台から消えておる」 元商店主のご隠居がしたり顔で言えば、赤い顔をしたサラリーマンが割り込んできて、「石破(茂元幹事長)、総裁選でよくやったじゃないの。石破を内閣に取り込むかどうかで、安倍の器量が問われるんじゃないの?」 「政治を器量の問題で語ってはいかん」。ご隠居がたしなめつつも、話は次第に盛りあがっていくのだが、「だけどよ、石破についた進次郎の野郎、これからどうするんだ?」。店主のこのひと言に、みんなが言葉を探すように押し黙った。 昨年8月、安倍改造内閣の目玉として話題になったのが、小泉進次郎氏の入閣問題だった。是々非々のスタンスとはいえ、安倍政権を批判して人気の進次郎氏を取り込めば、内閣支持率は確実にアップする。 自民党の二階俊博幹事長も、進次郎氏の入閣、もしくは党役員就任について「安倍総理の念頭にあるはず」、「何の役でも何大臣でも務まる人だと思っていますよ」とラブコールを送ったが、結局、進次郎氏は「入閣拒否」。党の筆頭副幹事長に就いた。 このときは居酒屋フレンドの口もなめらかで、「若けぇからな。出る杭(くい)になって頭をたたかれることを嫌ったんだ」「今、入閣すれば、安倍に『塩』を送ることになる」「安倍内閣より本体の自民党で力を蓄える。当然の戦略だな」 それぞれが政治評論家になるほど、進次郎氏の入閣問題は「絵解き」がしやすく、店主が締めくくって、こう解説した。 「ほれ、昔、ロックやフォークの人気歌手がNHK『紅白』の出演要請を蹴(け)飛ばすことで人気を煽(あお)っただろう? 進次郎もあれと同じようなもんだな、うん」 ところが今度の改造内閣は、「もし、入閣要請があった場合、進次郎氏はどうするだろうか」ということについて、居酒屋フレンドの面々は昨年のようにペラペラと分析はできなかった。国会改革に関する提言をまとめ、記者会見する自民党の小泉進次郎氏=2018年6月 言い換えれば、彼らの沈黙は入閣うんぬんとは別次元において、進次郎氏の立ち位置とイメージが微妙に変わってきたことの証左と言えるだろう。 これまでの爽やかイメージであれば、進次郎氏は早々と石破支持を表明し、旗幟(きし)を鮮明にしたはずだ。負け戦を承知で、己が掲げる大義と信念に殉(じゅん)じる。これが進次郎氏の魅力であり、国民の多くが期待した。私もそうするものと信じていたし、メディアも進次郎氏の支持表明によって石破大逆転もあると報じた。進次郎はそろそろ将来に備えよ だが、進次郎氏は態度を明らかにせず、なんと投票開始わずか10分前になって石破氏への投票を表明した。石破支持を覆(くつがえ)せば「安倍に転んだ」と批判される。アリバイづくりとの批判は覚悟の上だったのだろう。「男を下げた」、「安倍と石破のどちらにもいい顔をした」とメディアで揶揄(やゆ)された。 「総裁選は武器を持たない戦争みたいなもの。どうやって生き抜いていけるようにするか、非常に学びのある総裁選だった」。投票後、進次郎氏が記者団に語った言葉に、苦渋の決断が読み取れる。 ニューリーダーは、いつの時代も「体制」に対する批判を掲げて登場する。だが、「反体制」は「体制」があって成り立つ。居酒屋の店主が喝破したごとく、『紅白』という体制(権威)があって初めて、「出演しない」がステータスを持つのだ。 進次郎氏の立ち位置も同様だ。イケメンで、爽やかで、時の権力者である安倍総理に噛(か)みつくことで人気を得たが、「反体制」をバネにのし上がれば一転、今度は自分が「体制」として批判される側に立つ。 このことは、細胞が代謝するように、いつの時代も、どの分野でも恒常的に繰り返されていることだが、「反体制」から「体制」へと移ったところで理想主義者の多くがつまずき、「変節漢!」と批難されるのは、国内外を問わず事例が示す通りだ。 このことを進次郎氏が考えていないわけがない。となれば、そろそろ将来に備え、理想論から脱却して現実的な処し方に舵を切ることで、政治家としてイメージチェンジを図っていく必要がある。党内での立ち位置も再考しなければならない。 「そのあらわれが、総裁選で垣間見えたのではないか」。私が居酒屋フレンドにそんな話をすると、店主がそれを引き取ってこう総括した。 「つまり、清純派でデビューした若手女優が年を食ってきたってことだな。いつまでも清純派ってわけにゃいかねぇだろう。となりゃ、あとは脱いだり汚れ役をやったりして『演技派』にイメチェンだ。進次郎だってそうだろう? キャーキャー騒がれる時代は短いからさ。『脱ぎ時』ってぇことを考えるんじゃねぇか?」 分かりやすいたとえで、これまた「なるほど」と感心すると、「それも一理ある。だが、わしは別の見方をしておる」と、ご隠居がおもむろに口を開いた。 「貴乃花親方を見なさい。協会改革を叫び、邁進(まいしん)し、世間もそれを支持し、そして玉砕した。いくら人気があろうと、反体制を旗印にした人間は体制を倒すか、体制の中で確固たる地歩を占めない限り、放逐されていく。これを世の習いという。進次郎にそれがわからないわけがあるまい」退職届を出し、記者会見する貴乃花親方=2018年9月、東京都港区(松本健吾撮影) この夜の前日だったか、貴乃花親方の引退騒動がメディアをにぎわせており、ご隠居はそのことを引き合いにして言ったのだった。 安倍総理は三選を果たした。株価も2万4千円の大台を回復したものの、国内外に問題は山積している。沖縄知事選の敗北で安倍内閣の求心力低下が懸念され、来夏の参院選の結果次第ではレームダック(死に体)になる可能性も指摘されている。 それを見据える進次郎氏は、「戦略なき貴乃花親方」の蹉跌(さてつ)を目の端にとらえながら、これから現実路線に大きく舵を切っていくだろう。「総裁選は武器を持たない戦争みたいなもの」という彼の言葉が、私には「天下取り」に向けた進軍ラッパに聞こえるのだ。

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    「石破を干し、次を育てる」安倍人事の容赦なき適材適所

    数は約3500日となり、歴代1位の桂太郎の2886日をはるかに上回って、歴代最高となる。 イタリアの政治思想家、マキャベリはかつて「人の上に立つ者が尊敬を得るには、大事業を行い、前任者とは違う器であるということを、人々に示すことである」と喝破した。桂は首相在職2886日の中で、日露戦争を戦い、関税自主権を回復し、韓国からは批判されているが、日韓条約を結んだ。では、歴代1位の在職日数をうかがう安倍首相の「大事業」とは何になるのか。 大事業のためのさらなる3年間が与えられたとしたならば、安倍首相がその中で執念を燃やしている大事業は「憲法改正」か「北方領土返還」か、はたまた「日朝国交回復」か。 長期政権が実現したのは、安倍首相の力だけでなく、周囲の支え、そしてやや意地悪な言い方をすれば、権謀術数があったればこそ、ということに尽きる。安倍首相の、長期政権ならではの「大事業」を期待したいが、本稿ではそれは置いておこう。 政治リーダーに求められる資質は数多くあるが、その中核となるのが「時代の動きに合わせ、次の時代を見越した改革を行う実行力」「次の世代を育てる育成力」であることは論を俟(ま)たない。実行力も育成力も、政治リーダーの人事でつまびらかにされる。 10月2日、党役員人事と内閣改造が行われた。残る総裁任期は3年、「実行力」だけでなく、「次の世代を育てる育成力」も問われる人事だ。戦後の長期政権である佐藤栄作政権、中曽根康弘政権、小泉純一郎政権における「次のリーダーの処遇」から、今回の安倍人事を読み解いてみたい。2018年9月、新潟市内のホテルで開かれた党員集会で気勢を上げる安倍首相 佐藤栄作首相は1964年11月から72年7月まで約7年8カ月首相を務めた。在職は2798日で、現在のところ、桂太郎に次ぐ第2位の日数だ。 佐藤首相の後を継いだ田中角栄首相は、第1次佐藤内閣のもとで大蔵大臣を務めた後、自民党幹事長を通算約4年務め、71年7月に発足した第3次佐藤改造内閣では通産大臣を務めている。「後継育成」のパターン 当時、佐藤首相の後継と目されていたのは福田赳夫氏だった。福田氏は、65年6月からの第1佐藤改造内閣で蔵相となり、66年12月から約2年、自民党幹事長で党務を担った。68年11月の第2次佐藤第2次改造内閣で再び蔵相、71年7月の第3次佐藤改造内閣では外務大臣に横滑りし、佐藤首相の退陣まで務めた。 熾烈(しれつ)な「角福戦争」の末、田中氏が佐藤首相の後継を射止めたが、田中氏、福田氏とも、佐藤首相のもとで党幹事長や蔵相、通産相、外相などの主要閣僚を務め、「後継に足る実力者」と自他ともに認める存在となっていった。  中曽根康弘首相は82年11月から87年10月までの約5年間首相を務めたが、通算1806日、歴代7位の在職日数となる。このときは、安倍首相の父親である安倍晋太郎氏、竹下登氏、宮澤喜一氏の3人、「安竹宮」が後継候補とされた。 中曽根首相の後を継いだ竹下首相は、82年11月の中曽根内閣発足と同時に蔵相となり、約4年間務めた。その後は自民党幹事長となり、87年10月まで幹事長を全うして後継総理・総裁となった。 同じようにポスト中曽根の有力候補であった安倍氏も、中曽根内閣発足と同時に外相となり、竹下氏同様に約4年務め、自民党総務会長となった。竹下内閣になると、党幹事長に就任して、「ポスト竹下」の最有力候補となったが、病を得て首相の座を目前にしながら91年にこの世を去った。 宮澤氏は、1984年10月から自民党総務会長、86年7月に発足した第3次中曽根内閣で蔵相を務めている。1985年8月、箱根でゴルフを楽しむ自民党のニューリーダーたち。左から安倍晋太郎外相、西武鉄道の堤義明社長、宮沢喜一総務会長、竹下登蔵相 小泉純一郎首相は2001年4月から06年9月までで、通算在職日数は1980日、歴代6位の記録だ。今の安倍首相は、小泉政権下の03年9月から1年間自民党幹事長を務めた。また、05年10月に発足した第3次小泉改造内閣で官房長官に転じ、小泉首相の後継となった。 このように見てくると、「長期政権における後継人材の育成」には、一定のパターンがあることに気づく。長期政権の後継者は、必ず、その間に自民党幹事長を務めていること、蔵相(財務相)、外相、官房長官などの主要閣僚を経験していることだ。では、安倍政権下ではどうだろうか。見えない「懐の深さ」 この際、第1次内閣は置くとして、民主党から政権を奪還した第2次内閣以降で自民党幹事長を務めたのは、石破茂、谷垣禎一、二階俊博の3氏である。この中で、谷垣氏は「ポスト安倍」の最有力とされていたが、自転車事故で療養を余儀なくされ、政界を引退した。 二階氏は、1939年生まれの79歳。後継首相総裁として育てられる立場ではない。小泉進次郎氏までのつなぎに適任者が育たない、となれば、麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉(よしひで)官房長官と並び、「つなぎ総理」を狙うことになるかもしれないが。 では、石破氏はどうか。今回の人事で、石破氏は党の要職にも閣僚にも起用されず、「干された」形となった。ここで、佐藤→田中、中曽根→竹下、小泉→安倍という後継総理・総裁と石破氏では異なるパターンがあったことに気付く。 田中氏、竹下氏、安倍氏ともに、前任の総理・総裁と総裁選で戦った経験はない。いわば、恭順の意をひたすら表し、要職を務めあげながら、長期政権の後継を狙っていたわけだ。 だが石破氏は、安倍首相にとってはいわば「不倶戴天の敵」である。2012年の総裁選では、安倍首相が石破氏の後塵(こうじん)を拝し、2位に甘んじて決選投票で逆転するという薄氷の勝利だった。また、今回の総裁選では、政策論争を通じて、「反安倍」的な政策を唱える石破氏と対立した。 マキャベリの言に「人間というものは、危害を加えられると思っていた人から、恩恵をあずかると普通に受ける場合よりはるかに恩義を感じて、その人に深い好意を抱くものである」とあるが、今回の人事にはその懐の深さは見えない。イタリア・フィレンツェのウフィツィ美術館にあるマキャベリ像(ゲッティイメージズ) 石破氏を党の要職にも就けず、主要閣僚にも登用しないとなれば、これは、安倍首相が、石破氏を後継にしたくない、というサインに他ならないだろう。また、「入閣待機組」からのすさまじい嫉妬を計算した起用なのか、当選3回の山下貴司氏を法務大臣に「一本釣り」し、石破派への風当たりが強くなる人事をやってのけた。 いずれにせよ、これまでの「定石」であった、長期政権下で党幹事長を務めた人材から後継者が出ることは、石破氏がよほど挽回しない限り難しい。 では「つなぎ総理」ではなく、本格的なポスト安倍にふさわしい人材はいるのだろうか。マキャベリは、「君主たるものは、才能ある人材を登用し、その功績に対しては、十分に報いることも知らねばならない」とも述べている。残された時間は多くない 総裁選で安倍支持の中核となり、留任した二階幹事長、菅官房長官、岸田文雄政調会長の中で、派閥の領袖である岸田氏は安倍首相からの禅譲をうかがう。だが、支持表明の時期の遅れから、禅譲に黄信号がともった。 一方で、新たに党三役の総務会長となった加藤勝信氏は、旧大蔵省出身で、安倍政権下で厚生労働大臣など閣僚も経験し、竹下派でありながら安倍3選を支持して首相にも近く、今回の登用でポスト安倍の可能性が出てきた一人だといえる。 河野太郎氏は外務大臣を引き続き務めることになったが、党三役の経験がない。今後、困難な外交状況をうまく安倍首相をサポートしてこなし、党三役を務めることになれば、ポスト安倍に向けた「育成モード」につながるだろう。 小泉進次郎氏を今回の人事で処遇しなかったことで、小泉氏は「次の次」に回るか。定石とは異なるが、現在のところ、幹事長経験者以外からポスト安倍を、という方向が見えてきた。 麻生氏、二階氏、菅氏の「つなぎ総理」か、岸田氏、河野氏、加藤氏の3者の中から誰かが頭角を表すことになるのか。 来年は統一地方選と参院選が控えている。この二つの選挙は、おそらく安倍政権のもとで行われるが、ポスト安倍と目されたニューリーダーが火の玉になって、「この人が後継であってほしい」と自他ともに認知される状況を自らの力で作っていかなければならない。 もし参院選を花道に二階幹事長が勇退、後任にその人材が座れば、文句なしのポスト安倍一番手となるだろう。今回の人事でポスト安倍がはっきり見えなかったことは、参院選を経てポスト安倍に躍り出るチャンスだということを、本人たちも痛いほど分かっているに違いない。2018年9月、沖縄県知事選、那覇市内の街頭演説で手をつなぎ、支持を訴える(左から)菅官房長官、佐喜真淳氏、小泉進次郎自民党筆頭副幹事長 華やかな小泉氏とは違うキャラクターで、安倍政権のプラスを伸ばし、マイナスをゼロにする政治リーダーが育つことが、国益にもかなう。勝負に残された時間は多くないことを、彼らにも自覚してもらいたい。

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    総理の外交スピーチライターが見る「安倍政権の使命」

    民党の総裁選が控えています。 私は安倍内閣の参与として、安倍総理の命を受け働きながら、安倍晋三という政治家についてあれこれ観察してきました。人物について、政策について、観察をまとめたのがこの本です。 何をして総理に仕えてきたか明らかにせざるをえませんから、外交政策スピーチの起案をしてきたことを打ち明けています。そんな立場の人間として、私は安倍総裁三選を願います。たんに勝つだけでなく、断固圧倒的に勝ってほしい。 政権というもの、株式会社と違って、現政権を否定する人へとトップが交代したら、その時点で一度「自己資本」がご破算になる性質のものだからです。国も企業も、風雪に耐える資本の蓄積が必要です。 煉瓦を積むようにして堅牢な自己資本を築かないといけませんが、いまの日本には、安倍総理が積んだ煉瓦を崩し、一から新しい政治・外交・経済政策をやり直す余裕はありません。安倍首相の「外交スピーチライター」を務める谷口智彦内閣官房参与(春名中撮影) たとえば日銀の金融政策には、安倍総理、麻生太郎財務大臣、黒田東彦日銀総裁の緊密な関係により、ある程度の見通しがついています。これなどにも大きな疑問符が付き、外国投資家は一度手仕舞いするでしょう。 安倍政権発足直前から市場が反応し始めたことも勘定に入れると、アベノミクスはかれこれ6年続き、2012年12月から始まった今回の景気回復は、期間にして戦後2番目の「いざなぎ景気」より長続きしています。『何者』で描かれた政権発足前の空気 それなのに企業が倹約モードから抜け切らない。企業は用途不詳の現預金を積み上げ続け、2012年度190兆円だった現預金残高は、16年度229兆円です。日本企業は全体として、何かを恐れてキャッシュを溜め込み続けている。何を恐れているかといったら、「未来」の不確かさでしょう。 企業が本格的に現預金を使って前向きな投資をしたり、家計でいえば子育て中の若い夫婦が新しい家を買ったり、若者が将来の伴侶を見つけて結婚し、子どもをつくってみようと思うには、中長期的な見通しが必要です。 戦後日本の若者にとって「未来」という二文字は、明るい希望の象徴でした。ところがいまは未来=不安、あるいは未来=不確かです。 少子高齢化により高齢者に対する社会保障の負担が増えていくため、将来に希望を抱けない若い世代は悲観せざるをえない。これではお金を使うことはできません。 直木賞を受賞した朝井リョウさんの小説『何者』(新潮社)には、現代を生きる若者の葛藤がリアルに描かれています。大学4年生の主人公たちは、就職活動に対する不安から疑心暗鬼に陥り、友情にも亀裂が入ってしまう。 この本は第二次安倍政権発足直前の2012年11月に発刊されましたが、まさに日本の、あのころの空気を象徴しています。当時の大学生にとって社会に出ることは、まるで暴風雨のなかに飛び込んでいくようなことだったのではないでしょうか。2018年9月、米ニューヨークで行われた国連総会の一般討論演説を行う安倍首相(共同)  大人はよく「いまの若者は挑戦意欲がなく、留学にも二の足を踏んで海外に出ない」といいます。しかし、若い人たちは、状況に対し合理的に行動しているにすぎません。 就職自体があまりにも困難で、不確かなものだというのに、さらに留学という時間とお金のリスクを取る余裕など彼らにあるはずがない。若者の気持ちが縮んだのだとしたら、それはあくまで経済状況に順応した行動の結果だったと思うのです。未来は君たちの手で明るくできる 第二次安倍政権以降、とりわけ昨今の学生には、楽観意識が垣間見えます。それもそのはず、高卒就職率も大卒就職率も98%で、次代を担う若者が将来に希望を持ち始めている。待ち望んでいたことです。 2013年9月、2020年の東京五輪・パラリンピック開催が決定したとき、ある女性の学生が私にメールを送ってくれました。 その文面には「私の世代で7年後に希望があるという感覚は初めてです。斜陽の国に育ったから、信じられる明るい未来を描いて生きるのは初めてです。希望がある時代っていいですね」と書いてありました。 私はこのメールを見て、日本の土台となる若い世代に、たしかに前を向けるようになってもらう、それこそ安倍政権の使命だと感じたのです。 若い人たちの力がなければ、国全体の機運は盛り上がりません。その認識が、安倍総理には強くあると思います。総理はコマンダー・イン・チーフ(最高指揮官)であると同時に、期せずして若者を応援する「チアリーダー・イン・チーフ」の役割を務めているわけです。 フィギュアスケートの羽生結弦選手に国民栄誉賞を授賞したのは、「若者を激励したい」と心から思っているからでしょう。2018年7月、国民栄誉賞の受賞式で安倍晋三首相(右)と談笑する羽生結弦(春名中撮影) 若者のみならず女性の活躍を政府が推進しているのも、男女のワークライフバランスを改善し、賃金の差別もなくして、若いカップルが子どもを産みやすくなる環境にしたい、という願いがあるからです。 一にも二にも経済を良くし、「未来は君たちの手で明るくできる」というメッセージを伝え、その後押しをすることが、安倍総理が選び取った役割なのだと思います。たにぐち・ともひこ 内閣官房参与。1957年、香川県生まれ、東京大学法学部卒業。日本朝鮮研究所(のちの現代コリア研究所)などを経て、84年、『日経ビジネス』誌編集部(日経BP社)に入る。同誌で記者、主任編集委員などを務めるかたわら、米プリンストン大学フルブライト客員研究員などを歴任。2005年、外務省に入省し、14年4月より現職。慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント(SDM)研究科教授。主な著書に、『通貨燃ゆ』(日経ビジネス人文庫)、『明日を拓く現代史』(ウェッジ)など。関連記事■ 篠田英朗と松川るいが激論! インド太平洋戦略VS一帯一路■ LGBTを政争の具にする「保守」と「リベラル」■ 「私が長官を撃ちました」 國松長官狙撃事件の真犯人は誰か

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    安倍3選、米への従属に邁進し有事に攻撃されるリスク懸念

    ベントが続きます。その間隙をぬって、安倍首相が憲法改正のための重要な一手を打つ可能性は否めません」(政治ジャーナリストの鈴木哲夫さん) 安全保障面では対米従属が続きそうだ。2018年9月、安倍首相との会談で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長からの書簡を手にするトランプ米大統領=米ニューヨーク(共同)「安倍首相はアメリカから高額の武器や兵器を買ってトランプ大統領のご機嫌取りをします。今後もアメリカから独立するより、積極的に従属する道をひたすら歩むはず。仮に朝鮮半島で有事が起きれば、アメリカと一体化した日本は敵の攻撃にさらされる可能性が高い」(青木さん)関連記事■ 安倍3選 記者クラブの「官製スクープ」は鵜呑みにするな!■ 安倍首相の芸能界人脈 アグネス・チャン、松本人志ら■ 安倍首相お友達人脈格付け サシの食事→ゴルフ→焼きそば■ 安倍首相 メディア幹部と積極会食し巧妙に操縦、その参加者■ 政官財マスコミ 華麗なる安倍人脈大図解

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    竹中平蔵氏ら“第二官僚”の登場、要は総理のお友だち

    でしょう。片山:その感情は、左派やリベラル派への怨念としか形容できません。ファシズムの本質がエリート政治とするなら、ルサンチマンが原動力では弱いですね。現政権のファシズムも未完に終わる運命でしょうか。【PROFILE】かたやま・もりひで/1963年生まれ。慶應大学法学部教授。思想史研究者。慶應大学大学院法学研究科博士課程単位取得退学。『未完のファシズム』で司馬遼太郎賞受賞。近著に『「五箇条の誓文」で解く日本史』。【PROFILE】さとう・まさる/1960年生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。主な著書に『国家の罠』『自壊する帝国』など。片山杜秀氏との本誌対談をまとめた『平成史』が発売中。関連記事■ 小泉純一郎氏、とにかく女の話しかできないと先輩が評す■ 安倍首相の「悪だくみ人脈」 始まりは昭恵さんだった■ 安倍首相「お友達人事」の明暗 日銀総裁人事と官僚論功行賞■ 安倍首相のお友達人事 守られる人と捨てられる人の境界線は■ 安倍首相お友達人脈格付け サシの食事→ゴルフ→焼きそば

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    いまも続く「ポッポロス」 「アベロス」起きる可能性は

    歴代首相のなかでもネット人気が高いのは、2009年に第93代内閣総理大臣に就任した鳩山由紀夫氏だろう。政界を引退したいまも、その再登場を望む声があがるほどだ。では、安倍晋三首相が自民党で総裁選に敗れたら、どんな反応が起きるのか。ネットニュース編集者の中川淳一郎氏が分析する。 * * * 自民党総裁選は安倍晋三氏の圧勝との見方が出ているが、安倍氏が負けた場合に喪失感を抱くのは誰か? 安倍内閣での入閣を目指していた議員や地元の支援者は当然ながら、案外「反アベ」の人々が脱力するのでは。アベは日本を戦前の状態に戻そうとする危険な独裁者であり、この人権蹂躙の政権を倒さぬ限り市民生活は暗澹たるものになる──。 これがこの5年8か月ほど彼らが主張してきたことであり、デモではアベの顔にヒトラー風のチョビ髭をつけたプラカードを掲げたり、アベの宴会芸用マスクをブルドーザーで潰すパフォーマンスをしたりする。ヒトラーと並ぶ悪党扱いをしてきたアベが消えた場合、「イシバ」とカタカナで呼んで悪党扱いするのもまだ想像できない。というか、毛沢東やスターリンや金正日はあまり悪党扱いしないんだよな、彼ら。 アベの反対の立場ではあるものの、ネットでは「喪失感」が過去に蔓延したことがある。それは、2009年9月から2010年6月まで首相を務めた鳩山由紀夫氏をめぐってのことである。 当時ネット上で鳩山氏はかっこうのオモチャだった。沖縄の米軍基地について「最低でも県外」と安易に言ったり、米・オバマ大統領と会ってもらえなかったり、中韓に対して媚びまくったりしたのだから、右派が強い傾向があるネットではそうなるのは自明だった。「宇宙人」や「ルーピー(バカ)」と呼ばれるほか、89歳の母親から弟の邦夫氏も共に合計42億円ずつの献金を受けていたことから「高額子ども手当」と揶揄された。鳩山氏の話題が出ると当時の2ちゃんねるでは、2ちゃんねる発のキャラ「やる夫」をベースとしたAA(文字を組み合わせて作る絵)が登場し、このAAに間抜けなことを言わせるのがブームとなった。インタビューに答える鳩山由紀夫元首相=2018年4月23日、東京・永田町の事務所(酒巻俊介撮影) 基本的な行動パターンは、親に甘え、自分では立派なことを言っていると思ってキリッとするも周囲は嘲笑しており、余計なことを閃き謎の行動力を発揮する、といったものだった。呼び名はルーピーに加え、鳩にひっかけて「ポッポ」もあり、散々バカにされた。だが、いざ同氏が「国民が徐々に聞く耳を持たなくなった」と辞任して菅直人氏が首相になると「ポッポロス」が発生した。 同年7月、2ちゃんねるに『鳩山前首相「“ぽっぽ帰れ”と言われた」』というスレッドが登場。応援演説に訪れた同氏に対してこうヤジが飛んだのだという。この時に書き込まれた意見には「菅なんかよりポッポの方が19倍マシ」「だんだん可愛そうになってきたwww」「いまさらだが、本当はいい奴かもとか思ってしまう」などが並び、「なにこのポッポ人気www」とまで書かれた。 8月第2週にも翁長雄志氏の逝去を受けての沖縄知事選候補に鳩山氏の名前が登場、という記事に対しては「面白そうやし出てほしいw」という声も出るなど、鳩山人気は相変わらずである。「ポッポロス」はまだ続いているが「アベロス」は今回はなさそうなので反アベ派にとっては闘志がかきたてられる材料が残り、案外良かったのでは。●なかがわ・じゅんいちろう/1973年生まれ。ネットで発生する諍いや珍事件をウオッチしてレポートするのが仕事。著書に『ウェブはバカと暇人のもの』『ネットのバカ』など。関連記事■ 「戦後歴代最低の総理大臣」調査、3位は鳩山由紀夫氏■ 鳩山由紀夫氏が重慶爆撃を謝罪 中国人も「さすが宇宙人」■ “ポッポのスタンドプレー”が民主党内抗争激化させる可能性■ テキーラ40杯注文 米倉涼子と飯島直子がベロベロでAKB熱唱■ 1980年代の困った舅 ベロベロになりオシッコシャワー発射

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    憲法改正はタブー、反安倍カルトよりヤバい「増税ハルマゲドン」

    があることをにおわし、それをあおったマスコミの報道は、要するにこの政権の改憲志向を許容できない勢力の政治的な動きであったと思う。当面は、自民党総裁選や来年の参院選での安倍政権の終焉(しゅうえん)、百歩譲って首相の政治的求心力の低下を図るのが、この反安倍勢力の目指すところだろう。 取りあえず、総裁選は、安倍首相が3選を果たしたが、この総裁選を契機にして安倍政権のレームダック(死に体)化が始まるとする観測や、石破茂元幹事長の善戦をしきりに報道するメディアや識者が多い。それらは、実は総裁選前から仕込まれたネタでしかないだろう。つまり、「何が何でも反安倍」という価値判断から出てくるものでしかない。 こう書くと、反安倍系の人たちはすぐに「安倍擁護」「安倍御用」なる批判をするのであるが、筆者は、残念ながら安倍政権のマクロ経済政策の骨格に積極的評価を与えているだけである。政策ベースでの評価でしかないのに、それで「御用」と見なすならば、批判する側がカルト化しているだけだろう。 そんな良識もないままカルト化したり、そして特に確証もなくいまだにモリカケ問題の「疑惑」が解消されないと信じている世論が一部で存在している。反安倍系マスコミや識者の生み出した負の遺産は深刻である。 今回、筆者は安倍3選の報道を、少し空間的に距離を置いて台湾から見ていた。その台湾の蔡英文総統や米国のトランプ大統領らが、安倍3選にツイッターで積極的な賛辞を贈る中で、安倍政権に対する日本のメディアのゆがんだ報道にはやはりあきれ果てるしかなかった。2018年9月23日、ニューヨークでの夕食会を前にトランプ米大統領(右)の出迎えを受ける安倍首相(内閣広報室提供・共同) 総裁選前夜のテレビ朝日『報道ステーション』では、安倍政権への支持を占うには、党員票が55%を超えることが注目点であると、ジャーナリストの後藤謙次氏が発言していた。要するに、この55%を超えないと党員(世論の一部)と永田町(国会議員)の間に政治的意識の開きがあることになり、また石破氏の今後の政治生命にも関わるだろう、というのが報ステの伝え方であった。 ふたを開ければ、国会議員票は石破氏73票に対し、安倍首相332票と、首相の占有率は81・8%に上った。また、党員票は石破氏181票で、224票であった安倍首相の占有率は55・3%を占めた。この「党員票55%」というのは、安倍政権に批判的なマスコミや識者が設定した高めのハードルだったと思われる。 ところが、このハードルを安倍首相が超えても、日本のマスコミでは石破氏の善戦や、党員票獲得で首相側が苦戦したと伝えるものが多かった。客観的に見てもダブルスコアの得票差であり、まさに首相の地すべり的勝利と言っていい。改憲案に潜む「日本弱体化」 しかし、それを一切認めないのが日本のマスコミと、それに誘導されている世論の一部、特にテレビのワイドショーなどの影響を多く受ける人たちであろう。本当にあきれるばかりである。安倍政権を批判するならば、もう少し首尾一貫してほしいと思うのは筆者だけではないだろう。 さらに「安倍政権レームダック論」も根強い。これは総裁選前から筆者の周囲でも至るところで見かけた発言だ。それが、3選後にはマスコミでも積極的に取り上げられている。安倍政権への印象操作以外で「レームダック論」の真意を挙げるとすれば、やはり来年の参院選における与党敗北、そして憲法改正もできぬまま、安倍首相が退陣するというシナリオが前提になってのものだろう。本当に徹頭徹尾の世論操作である。 確かに、安倍首相が今回の総裁選で意欲を示していた憲法改正は、ハードルが極めて高い。演説で主張するのは簡単だが、まだどのような改憲案が憲法審査会に提出されるかさえも、はっきりしない。 安倍首相の演説だけを読み解くと、憲法9条に第3項を追加して自衛隊の存在を明記することと、教育の無償化がまず挙げられていた。しかし、自民党の改正草案には、財政規律の明示化など、筆者のような経済学者からしても無視することが到底できない条項が入っている。 これは財務省的な緊縮政策を志向する条項であり、防衛費も十分なインフラ整備や防災、教育支出さえも、この条項が入ることで大きな制約に直面するだろう。いわば「日本弱体化条項」である。このような経済関係でもトンデモ条項が入っているのだが、この草案をそのまま出すのか、それとも首相が総裁選で言及した項目だけなのか、それもまだ不透明だ。 さらに憲法改正には、憲法審査会による議決、国会での発議、そして国民投票が必要であり、これら一連の流れを考えても、やはり政治的ハードルが高い。具体的な動きも、早くて来年になる可能性が高い。 今までの反安倍マスコミのやり口では、憲法改正の議論を広く国民に訴えるよりも、何がなんでも言論封殺的な動きに出てもおかしくはない。その一端が、実はモリカケ問題であったはずだ。2018年9月、安倍首相が意欲を示す憲法改正を巡り、批判する立憲民主党の枝野代表 筆者は、憲法改正を政治の最優先課題にするには反対の立場である。だが他方で、国民が広く憲法改正を議論する意義はあると思ってもいる。当たり前だが、憲法改正が言論のタブーであっていいわけはない。しかし、それが長い間認められなかったのが日本のマスメディアの空間だった。 筆者は上記の通り、憲法改正を最優先する安倍政権の戦略は正しいものとは思えない。最優先すべきは、経済の安定と進歩である。これがなければ、どんなに憲法を変えてもわれわれの生活は貧しくなるだけである。 現状の日本経済を見れば、ようやくデフレ停滞の影響からほぼ脱した段階にある。これからが本当のリフレ過程になるのである。消費増税ハルマゲドン リフレ過程とは、バブル経済崩壊後の日本経済が失ってきた名目経済価値(代表的には名目国内総生産(GDP)の損失分)を回復するための動きを指す。具体的には、国民の一人ひとりの名目所得が、前年比4%以上拡大しなければならない。しかも、その期間は何十年にも及ぶものにしなくてはいけないのだ。 現状では、そのリフレ過程にまだいたっていない。金融緩和政策を主軸にし、積極財政政策でアシストすることで、このリフレ過程に乗せる必要がある。安定的にリフレ過程に乗せれば、マクロ経済政策の優先度は自然と後退していくだろう。だが、今の日本で政策優先度は第1位である。 そのためには、来年の消費増税について、事実上の凍結を狙うことが最優先であろう。だが、今のところ消費税凍結などの動きは、安倍政権には見られない。デフレ脱却完遂を目前にしながらの増税などという、緊縮政策への転換はどんな事態を引き起こすか、言うまでもないだろう。 ところで、最近「消費増税したら日本経済終焉=ハルマゲドン」という極端に悲観的なトンデモ論をよく目にする。この説がもし正しければ、税率を8%に引き上げた2014年4月で終焉していただろう。 もちろん、消費の大幅な落ち込みとその後の経済成長率の鈍化、インフレ目標達成の後退(金融政策の効果減退)が消費増税でもたらされたことは確かだ。しかし、この「消費増税したら日本経済終焉」論者たちは、その後も雇用改善が持続していることを無視しているか、「雇用改善は人口減少のおかげ」といったよくある別なトンデモ論を信奉しているだけである。 では、なぜ消費増税の悪影響が出ても、日本経済は「終焉」せずに、歩みが後退しながらも持続的に改善していったのか。その「謎」は、そもそも日本の長期停滞が日本銀行の金融政策の失敗によって引き起こされたことを踏まえていないからだ。 現状では、改善の余地は多分にありながらも、日銀の金融緩和は継続している。つまり、問題があるとはいえ、長期停滞脱出の必要条件を満たしている状況を、このハルマゲドン論者たちは見ていないのだろう。もちろん消費増税に筆者も全力で反対である。だが、それは消費増税を日本破滅のように信じている極端論者(それは事実上、金融政策を無視し財政政策中心主義に堕しているに等しい)とは一線を画すということもこの際、マイナーな論点だが注記したい。買い物客でにぎわう心斎橋筋商店街。2019年10月に予定される消費税率引き上げで、個人消費への影響が懸念される=2017年11月(門井聡撮影) では、消費増税をわれわれでは阻止することができないのか。そんなことはない。今の政治家やマスコミ、官庁もみなインターネット上の世論の動きを見ている。 例えば、官僚組織の一部では、識者のネット上の発言でリツイートの多いものを幹部で回覧しているという。彼らはネット世論を無視できないのだ。識者の発言へのリツイートや「いいね」をするコストなどないに等しいだろう。つまり、誰でも簡単に行うことができるレベルでも、国民が消費増税に抗する手段になるのである。

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    自民党総裁選がちっとも盛り上がらない

    戦後長らく自民党総裁選は権力闘争の頂点であった。その所以は、わが国のリーダーを決める事実上の首班選挙だったからである。安倍首相と石破茂元幹事長の一騎打ちとなった今回、党内には「安倍三選」ムードが蔓延し、国民の関心も低い。なぜこんなにも盛り上がらないのか。

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    安倍三選に支配された自民党の空気が「悪しき記憶」と重なる

    である」という理にのっとるならば、その「無難な判断」に走った岸田氏の姿勢は、「ポスト安倍」をうかがう政治家のものとして果たしてふさわしかったのか。少なくとも確実に指摘できることは、岸田氏は総裁選に出馬しなかったことによって、自らの政見を披露し、自ら「ポスト安倍」を担うにふさわしいということを世に認知させる機会を捨てたということである。 岸田氏に限らず、石原伸晃元幹事長や野田聖子総務相のように「ポスト安倍」として名が挙がる政治家も、同じ対応に走っている。自民党は、此度の選挙を「争論の舞台」としてだけではなく「『次代』のお披露目の舞台」としても実の伴ったものにしなかったわけだが、そのことの代償は、先々に大きなものになるのではなかろうか。「安直」や「安逸」の芽 第2次安倍内閣発足以降、自民党が5度の国政選挙に勝利を収めてきたことには、旧民主党内閣3代の政権運営への「悪しき記憶」が反映されている。むろん、民主党内閣3代の政権運営をネガティブ一色で語ることは、決して適切ではない。というのも、特に野田佳彦内閣下の安全保障政策展開には、安倍首相の再登板に向けて「下地」を作ったという側面があるからだ。 ただし、米軍普天間基地移設案件で「最低でも県外」を標榜(ひょうぼう)し、対米関係に無用の混乱を来した鳩山由紀夫内閣の対応、さらには東日本大震災や福島第1原発事故に際しての菅直人内閣の対応は、8500円前後から1万1000円前後で推移した日経平均株価が象徴する経済情勢に併せ、世に「混乱と停滞」を印象付けた。民主党内閣3代への「悪しき記憶」は、こうした「混乱と停滞」の印象と深く結びついている。 最も、こうした民主党内閣下の「混乱と停滞」の印象は今後、時間を経るに従って薄らいでいくのであろう。そのことは、「自民党に政権を委ねる必要性」が剝げ落ちていくことを意味する。 仮に今後、自民党内閣下の政権運営で「混乱と停滞」が生じ、それが民主党内閣下の「混乱と停滞」の印象を上書きするようなことがあれば、自民党が再び政権を失う光景も、現実のものになるかもしれない。自民党にとっては、民主党内閣三代の歳月の教訓とは、「自民党が何時でも無条件に政権を委ねられているわけではない」という一事に他ならない。 現下、「安倍晋三に任せるべきである…」というのは、国民各層の大方が受け入れる常識的な判断であるかもしれない。しかし、それが「安倍晋三に任せればよい…」といった姿勢に転ずるならば、そこに「安直」や「安逸」が生じるのであろう。自民党総裁安倍晋三選挙対策本部「発足式」で気勢を上げる安倍晋三首相(中央)=2018年9月3日午後、東京都千代田区(春名中撮影) 振り返れば、小泉純一郎内閣退陣以降、安倍晋三、福田康夫、麻生太郎の3代の政権樹立に際して、そのような「安直」や「安逸」を国民各層の大方が嗅ぎ取ったことにこそ、2009年の政権交代の遠因がある。今、安倍支持で大勢が決しつつある自民党の内に、そのような「安直」や「安逸」の芽が再び生じつつあるということはないのか。

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    「何も語らない小泉進次郎」総裁選の関心事がこれでどうする

    も今回ほど低調な選挙は過去に類を見ない。 始まる前から勝負がついてしまっている。まれにみる「茶番」に政治部の報道も低調だ。告示日前日、産経新聞は次のような分析記事を掲載している。 20日投開票の自民党総裁選は7日に告示される。産経新聞は投票資格を持つ党所属国会議員405人の支持動向を探った。安倍晋三首相(党総裁)が9割に迫る345人の支持を固め、石破茂元幹事長の50人に大差をつけている。国会議員票と同数の党員・党友票でも首相が6割前後の支持を集めているとみられ、首相の連続3選はほぼ確実な情勢となった。(産経新聞 2018.9.6) 過去の総裁選でも、圧倒的大差がついた例はある。 1956年の第一回自民総裁選では鳩山一郎に394票が集まり、2位の岸信介の4票とは、実に390票もの大差をつけている。 また、1957年の総裁選では岸信介が471票を集め、2位の松村謙三の2票に469票差をつけて雪辱を果たしている。 だが、これらは例外的だ。なにしろ、当時の総裁選は立候補制をとっておらず、前者は結党直後の現職総理だった鳩山を選出、後者は石橋湛山首相の倒れた直後の国会で首相指名を受けたばかりの岸を選出しており、それぞれが信任投票の意味しか持たない総裁選だったからだ。 こうした例を除けば、自民党総裁選は常に激しい権力闘争の歴史を持っていたとも言える。 1964年の総裁選の激しさはいまだ語り草になっている。ともに保守本流を自認する池田勇人と佐藤栄作が直接対決したこの選挙では、2・3位連合などが企図され、「実弾」も激しく飛び交ったという。そもそも、自民党総裁選は公職選挙法の規定外である。それゆえに、当時の金額で10億円とも15億円ともいわれる「実弾」、つまり裏金が各陣営の間を飛び交ったのだ。 激しい権謀術数(けんぼうじゅっすう)が渦巻き、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の跋扈(ばっこ)する永田町である。だからこそ次のようなエピソードも語り継がれることになる。 自民党の国会議員が、二つの派閥から同時に金をもらうことを「ニッカ」といい、同じく三派閥から同時に金を受けとることを「サントリー」、派閥や個人事務所も含めて4カ所以上から金をもらう場合は「オールドパー」といった。こうした隠語が生まれるほど、総裁選は「実弾」すら飛び交う、何でもありの闘いだった。池田勇人(自民党)首相による新内閣の記者会見=1964年7月 さらに、この1964年の総裁選では、佐藤派の田中角栄がぎりぎりになって池田派に寝返ったり、読売新聞記者の渡辺恒雄が、病床にいて面会謝絶中の大野伴睦(意識不明という説もあり)の「代弁者」として、池田支持を派閥に指示したりと、手段を選ばない陰謀も繰り広げられたことで知られる。安倍首相だけが原因ではない 1978年から導入された予備選は総裁選をさらに激しくさせることになった。現職首相の福田赳夫に対抗する大平正芳は、田中派の支援を受けて全国でローラー作戦を展開する。一方で、一般投票に絶対の自信を持つ福田は、自ら「予備選で100票差のついた場合は2位の者が辞退すること」とけん制したが、結果は皮肉なことに「天の声もたまには変な声がある」とセリフを残して福田が敗北することになる。 筆者は過去のこうした激しい総裁選にノスタルジーを抱いているわけではない。「勝てば官軍」がまかり通り、平気で金品が飛び交うような下品な政治の姿を求めているわけでもない。 旧田中派の議員秘書だった筆者自身の経験から「ローラー作戦」の凄さを誇っているわけでもない。もちろん過去の総裁選が健全だったと言うつもりなどない。 ただ、激しい権力闘争の陰には、政治に欠かせない人間ドラマや、見えにくいながらも政策論争が存在していたことを忘れてはならない。 外交、経済、金融、福祉、公共事業、米国など戦後日本の保守政治の基軸となる政策議論を盛んに行った。それは権力闘争の中にも、確実に散りばめられていたのである。果たして、今回の総裁選はどうか。権力闘争どころか、政策論争すらないことに危惧を覚える。 低調な総裁選は首相の安倍晋三だけが原因ではない。実は「何も語らない」ある人物の存在がこの選挙を低調にし、彼が口を閉ざせば閉ざすほど注目を浴びるという珍現象に起因している。 そう小泉進次郎である。彼が具体的なビジョンや姿勢を表明することなく、今回の総裁選のキーパーソンに祭り上げられているのは自民党にとって絶望的なことだ。 彼が何を考え、一体どういう政策を提示しているのか。それを説明のできる自民党員は多くはないだろう。また、彼は派閥を束ねるような政治力を持っているというわけでもない。少なくとも、彼の父である小泉純一郎は、派閥の領袖(りょうしゅう)を経験したし、旧大蔵族として財政投融資や郵政民営化などの政策を打ち出すなど、政治家としての顔がはっきり見えた。超党派議連の会合に臨む自民党の小泉進次郎筆頭副幹事長=2018年7月12日、国会 では、メディアが祭り上げる小泉進次郎がいったい何をしたのか。まったくバカげた話である。自民党総裁選の低調ぶりは、国の停滞も呼び込んだに等しい。 政治はしょせん権力闘争である。その権力闘争もできない自民党に未来はないだろう。

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    名門派閥に泥塗った岸田氏 「首相禅譲」の望みは不出馬で絶たれた

    。 一方、安倍首相の有力な対抗馬とみられていた岸田文雄政調会長は、結局不出馬となった。岸田氏は「今の政治課題に、安倍首相を中心にしっかりと取り組みを進めることが適切だと判断した」と不出馬の理由を語った。 当初、岸田派「宏池会」内は、若手を中心に出馬を促す「主戦論」と、ベテランを中心に今回は出馬せず、次回の総裁選で安倍首相からの禅譲を目指す「慎重論」で割れていた。そのような状況の中で、岸田氏は総裁選に出馬するかを慎重に検討してきた。 結局、自民党内に「安倍首相は余人をもって代え難し」という「空気」が広がる中、勝機が全く見えないことから、勝てない戦を避けて、安倍首相からの将来の「禅譲」に望みを託すことに決めた。 岸田氏が領袖(りょうしゅう)を務める宏池会は、吉田茂元首相の直系の弟子である池田勇人元首相によって創立されて以来、大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一と4人の首相を輩出し、河野洋平、谷垣禎一と野党時代の総裁も2人出している。経済政策通の池田氏と、彼を取り巻く官僚出身議員を中心につくられ、「軽武装経済至上主義」を掲げて、高度経済成長を成し遂げた。長く自民党長期政権の中核を担ってきた伝統から、「保守本流」の名門派閥とみなされてきた。自民党総裁選挙への不出馬を発表する岸田文雄政調会長=2018年8月24日(春名中撮影) 自民党が下野していたときも、野田佳彦政権(旧民主党)が実現した「税と社会保障の一体改革」の民主・自民・公明の「3党合意」を主導したのは、自民党の谷垣総裁(当時)だった。経済通がそろう宏池会で育った谷垣氏は、若手のころから財政再建の必要性を訴える「財政タカ派」のリーダー的存在であった。総裁時代には、民主党政権のマニフェスト政策の完全撤回を要求する「強硬路線」を突き進んでいたが、消費増税の必要性には理解を示していた。 谷垣氏は、野田首相と極秘会談し、消費増税について「協調路線」にシフトした。民主党と自民党は、社会保障政策の考え方が大きく異なっていたが、考えの異なる点については「社会保障制度改革国民会議」を設置して議論することを提案するなど、谷垣総裁は野田首相に「助け舟」を出したのである。 国会論戦では、かつて「自社さ連立政権」時代に一緒に税制改革に取り組んだことを例に挙げて、「あなたたちの先輩は、税制改革実現のためにもっと汗をかいていた」と、民主党を厳しく諭し、合意形成に導いた。 結局、3党による消費増税のコンセンサスが形成されることになり、民主党の分裂騒ぎがありながら、消費増税関連法案は圧倒的多数で可決された。実に国会議員の約8割が賛成する「大政翼賛会」並みの大規模な合意形成を実現した立役者が、谷垣総裁だったのだ。 だが、「税と社会保障の一体改革」は第2次安倍政権の登場後に頓挫した。安倍首相は最初の組閣・党役員人事で、谷垣前総裁を法相、伊吹文明元財務相を衆院議長、石原伸晃前幹事長を環境相に起用するなど、3党合意を主導した谷垣執行部の幹部を経済政策「アベノミクス」の意思決定から排除したのである。 宏池会のホープだった岸田氏を外相に起用したのも、安倍首相が岸田氏を「盟友」と信頼する一方で、財政再建派として警戒し、アベノミクスに関与させない意図があったかもしれない。 逆に、安倍首相は3党合意から外されていた麻生太郎元首相を副総理兼財務相に、甘利明氏を経済再生相に起用した。また、経済学界では少数派にすぎなかった「リフレ派」の学者や評論家たちが、首相官邸に経済ブレーンとして招聘(しょうへい)された。アベノミクス「狂騒」の後 安倍首相は、明らかに3党合意には冷淡だったといえる。3党合意で決まっていた消費増税は、2014年4月の5%から8%への引き上げこそ予定通り実行したが、10%への引き上げは2度も延期を決断した。 また、3党合意では、増税分で得られる14兆円の新たな財源については、財政再建に7・3兆円、社会保障関連費に2・8兆円、基礎年金の国庫負担引き上げに3・2兆円と使途が決められていた。 だが、安倍首相は19年10月に、延期されてきた消費増税を予定通り実行する代わりに、その使途を広げて「教育の無償化」に充当する意向を示した。そして、その財源は財政再建に充てる予定の財源を削って捻出するとした。これは、「財政再建を放棄して新たなバラマキをする」という宣言だといえる。安倍首相は「3党合意」を事実上ほごにしたのだ。 安倍首相がアベノミクスを力強く推進し、「狂騒」といっても過言ではないほどの高い支持を得た一方で、3党合意が次第に無力化していったとき、宏池会領袖の岸田氏は何をしていたか。12年12月から17年8月まで、戦後では在職期間が歴代2位となる長期にわたって外相を務めたときはもちろんのこと、その後政調会長に転じてからも、岸田氏が明確に「アベノミクス」を批判したのを聞いたことがない。 前述の通り、岸田氏は総裁選不出馬を表明し、「今の政治課題に、安倍総理を中心にしっかりと取り組みを進める」と宣言した。「今の政治課題」に、経済財政政策や社会保障政策は当然含まれる。 かつて、宏池会が中心となって実現した「税と社会保障の一体改革」の3党合意をほごにして進められているアベノミクスに、挙党態勢で全面的に協力すべきと、岸田氏は主張したのである。 岸田氏は、本音では安倍政権下で財政再建が遅れていることについて、いろいろと思うことはあるはずだ。だが、安倍首相からの「禅譲」を期待して、それを封印し続けているのだろう。しかし、岸田氏の思いに対して、安倍首相は冷淡である。自民党の地方議員研修会後の懇親会で談笑する岸田政調会長(左)と安倍首相=2018年4月、東京都内のホテル 岸田氏の総裁選不出馬表明が、安倍首相の出身派閥である細田派、そして麻生派、二階派が支持表明した後になったことは、岸田氏の迷いを示している。だが、安倍首相側から「いまさら支持するといわれても遅すぎる」と言われてしまった。総裁選後の人事で岸田派が冷遇される可能性が出てきた。 戦後政治の歴史を振り返れば、かつて宏池会会長だった前尾繁三郎元衆院議長が、1970年の佐藤栄作元首相による佐藤4選の総裁選で、「人事での厚遇」の密約を理由に不出馬を決めたが、結果的に佐藤氏に約束をほごにされ、派内の反発を買って宏池会会長の座を大平正芳元首相に譲らざるを得なかったという、「宏池会会長交代事件」があった。岸田氏も、総裁選後の人事で冷遇されれば、首相の座を禅譲してもらうどころか、派閥の領袖の座から引きずり降ろされるかもしれない。 岸田氏がアベノミクスに対する批判を封印し、全面協力を決めたことは、単なる一人の政治家の個人的な判断を超えた、深刻な影響を今後の日本政治に与えかねない。 安倍首相は常々、「アベノミクス、この道しかない」と主張している。しかし、筆者はこれまで、一貫してアベノミクスを徹底的に批判してきた。アベノミクスとは、実はつぎ込むカネの量が異次元だというだけで、実は旧態依然たるバラマキ政策である。アベノミクスの円高・株高で恩恵を受けるのは、業績悪化に苦しむ斜陽産業ばかりで、新しい富を生む産業を育成できていないからだ。 政権発足から6年になろうとしているが、いまだに政権発足時の公約である「物価上昇率2%」は実現できず、経済は思うように復活していない。バラマキ政策とは「カネが切れると、またカネがいる」だけで、効果がさっぱり上がらないものだ。アベノミクスも、異次元緩和「黒田バズーカ」を放って、効き目がなければ、さらに「バズーカ2」を断行し、それでも効き目がないのでマイナス金利に踏み込んでいる。補正予算も次々と打ち出されている。まさに、「カネが切れるとまたカネがいる」の繰り返しではないか。昔ながらのバラマキ政策と何も変わらない。ただ、そのカネの量が異次元というのが、アベノミクスの本質であるということだ。 そして、なにより問題なのは、「アベノミクス」という安倍首相の名前をつけた経済政策であるため、その間違いを認められなくなっていることではないだろうか。例えば、日銀は7月31日の金融政策決定会合で、「フォワードガイダンス」と呼ばれる将来の金融政策を事前に約束する手法を新たに導入し、「当分の間、現在の極めて低い長短金利の水準を維持する」こととした。批判を許さない空気 しかし、今回の政策変更の真の目的は、「金融緩和の副作用」を和らげることだという。インフレ目標である物価上昇率2%の達成が早期に難しくなり、金融緩和の長期化が避けられないことから、金融機関の収益の低下や、国債市場での取引の低調といった副作用が生じているとの声が高まっており、これに日銀は対応せねばならなくなったのである。 今回、2%物価目標について、物価上昇率見通しを引き下げたことで、少なくとも2020年までは2%目標を達成できそうにないことが明らかになった。要するに、物価目標は事実上放棄されたということである。これは、日銀の実質的な「敗北宣言」のように思える。 ところが、黒田東彦(はるひこ)日銀総裁は「『長短金利操作付き量的・質的金融緩和』の持続性を強化する措置を決定した」と記者会見で述べ、あたかも新たな手を打ち出したかのように見せようとした。「異次元の金融緩和」がより強化されるという印象を与えようとしているのだ。 要するに、日銀は詭弁(きべん)を弄(ろう)してでも、かたくなに「敗北」を認めようとしないのである。そして、日銀だけではない。多くの政治家や学者、評論家の口から出る、首相に恥をかかせないためのさまざまな詭弁が横行している。例えば、単に人口減で労働力が減っているだけなのに「人手不足は経済成長しているからだ」と言ったり、派遣労働者が増えているだけなのに、雇用が拡大していると強弁するなどしている。 それは、アベノミクスという「首相の名前」がついた政策であるために、その過ちを認めることは、首相に恥をかかせるからではないだろうか。これでは、神格化された独裁者を守るために、都合よく事実が曲げられる、どこかの全体主義国家の「個人崇拝」と変わらないように思える。 そして、財政再建の必要性を認識し、明らかにアベノミクスに対して批判的であるはずの宏池会領袖の岸田氏が、言いたいことを封印してアベノミクスへの無批判な支持を表明した影響は大きい。安倍首相の軍門に下ったような印象を国民に強烈に与えることになり、アベノミクスに対する「批判を許さない空気」を、一挙に日本社会全体に拡散することになってしまったのではないだろうか。 だが、いくらアベノミクスへの批判が許されない「空気」が広がっても、「カネが切れたら、またカネがいる」のバラマキ政策であることは間違いないのだから、いつまでも続けられるわけがない。ましてや、その規模が異次元であれば、その被害も甚大なものとなろう。安倍政権は、何が何でも東京五輪までは経済を維持しようとするだろう。政治家や官僚、学者、評論家、メディアは、それに疑問を感じても、物申すことなくアベノミクスを礼賛し続けるのだろうか。だが、五輪後には必ずや大きな反動がやって来る。株価の下落を示す掲示板=2018年7月、東京都内 その時、アベノミクスを支持していた人たちは、安倍首相とともに総退陣していただくしかないだろう。本来であれば、「税と社会保障の一体改革」の3党合意を推進し、財政再建に取り組むはずの宏池会が、アベノミクス後を見据えた政策スタンスを掲げるべきである。だが、派閥領袖の岸田氏自身が「アベノミクスを支える」と宣言してしまっている以上、安倍首相と心中するしかなくなってしまうだろう。 アベノミクス後の経済政策は誰が担い、どんな政策になるのだろうか。ただ、実際に起こることはそれどころではなく、日本は経済的にただの焼け野原のようになり、政策がどうだと論じる余裕などなくなるのかもしれない。 さまざまな政治体制の中で、民主主義だけが持っている利点は、「学習」ができるということである。民主主義には多くの政治家や官僚、メディア、企業人、一般国民などが参加できる。選挙などのさまざまな民主主義のプロセスにおいては、多様な人々による、多様な考えが自由に示され、ぶつかり合う。時には、為政者が多くの国民の反対によって、自らの間違いに気づかされることがある。一方で、国民自身が自らの誤りに気づいて、従来の指導者を退場させて、新しい指導者を選ぶこともできる。 他方、民主主義の対極にあるのが全体主義であろう。よく、「国家の大事なことはエリートが決めればいい。民主的な選挙に委ねるのは間違い」という主張があるが、正しいとは思わない。エリートは自らの誤りになかなか気づかないものである。たとえ誤りに気付いても、素直に認めない。いや、認めようとしない。データや文書を改竄(かいざん)するなどして、それをなかったことにしてしまう。 そして、エリートに対する批判を許さず、エリートへの「個人崇拝」を国民に求めるようになる。エリートを批判する者が現れれば断罪する。しかし、そんな全体主義は長くは持たない。間違いを間違いではないように操作し続けても、いずれつじつまが合わなくなって、体制は不安定化する。 全体主義では、エリートの失敗を改めるには、政治や社会の体制そのものを転覆するしかない。それは、大変なエネルギーを必要とするし、国民の生活は崩壊してしまう。かつての共産主義国など、エリートがすべてを決める全体主義の国はほとんどが失敗したが、当然のことである。 何度でも強調するが、民主主義の最も良いところは、すべての国民がお互いに批判できる自由があり、間違いがあればそれを認めることができることだ。多彩な人たちの多様な考え方が認められているから、一つの考えが失敗しても、また別のアイデアが出てくる。政治や社会の体制を維持し、国民の生活を守ったまま、為政者の失敗を修正できるのである。 アベノミクスという首相の個人名がついた政策が、「批判を許さない空気」を社会に広げていくことで、戦後日本が守ってきた民主主義が崩壊しないことを祈りたい。