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    「こち亀」連載終了の決断を支持する

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師) 『こち亀』の連載終了が発表された。40年の長寿連載に幕 コミックス200巻で完結(まんたんウェブ) - Yahoo!ニュースhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160903-00000005-mantan-ent(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 著者の秋本治さん、スタッフの皆さんに感謝したい。お疲れ様でした、と。 まだ最終回を読んでいないからなんとも言えないのだが、良い決断だと思う。人気投票で強制終了なんてことがあり得る、生き馬の目を抜くような週刊少年ジャンプの競争社会において、これだけ続くのはスゴイことだ。もちろん、作品自体が続けやすいフォーマットだったということもあるのだけど。Twitter上では「200巻で終わるように綿密に調整されていたのではないか」との説も出ているが・・・。40周年、200巻で終わるという決断が素晴らしい。どんな終わり方をするのか。今から楽しみだ。 秋本治さんは『情熱大陸』にも登場したことがあり。両さんのようなキャラでは全然なく。物静かな職人タイプである。建築物を描く際などにはちゃんと取材に出かけ、カメラとビデオで両方、立体像を抑えるなどのこだわりも紹介されていた。沢山のスタッフとの協業も。 『こち亀』にピリオドをうつことによって、次の創作活動も始めるとのことで。結構な年齢なので、実は『こち亀』終了というのは、創作意欲の現れだとも言えるのだろう。漫画化人生も後期に入る中で秋本治さんが何を描きたいのか、何を伝えたいのか。期待したい。 ここからは、ファンとしての自分語りになる。40年も続いているだけに、作風は何度か変わっている。自分が漫画に熱中していた時期とも重なるのだが・・・。私は初期というか、50巻くらいまでの頃が好きだ。これも、だいたい2期くらいに作風がわかれ。最初はスーパーバイオレンスおまわりさん的だったのだが、だんだん人情おまわりさん風になり。漫画を読んで、お腹を抱えて笑った体験は、『こち亀』が人生で初めてだった。 でも、それは既存の警察官像をガラリと変えたものであり。漫画の中ではあるものの、こんな社会人がいていいんだと思ったりしたものだ。よく大学教員っぽくないと言われるのだけど、どこかで私は両さんみたいな人を目指しているのかもしれない。(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 両さんは、大人の趣味を紹介してくれる漫画でもあった。プラモデル、ラジコンなどで無邪気に遊ぶ様子は、当時は新鮮で。そうか、大人になっても遊びをやめなくていいんだと思った次第だ。大人になる、警察官になるということ自体が自由な人生の終わりではないのだと勇気づけられている。 サブキャラクターの秀逸だ。バイクに乗ると豹変する本田速人、キザな星逃田、五所川原の親分などがお気に入りのキャラだった。ゴルゴ13を真似したキャラ、後流悟十三の登場回も傑作だった。オリンピックのたびに覚醒する日暮熟睡男さんは、東京オリンピックを迎えることがなくなってしまい、そこは残念なのだが。 2005年から墨田区に住んでいる。葛飾区、荒川区、足立区、台東区が近く、まさに両さんエリアに住んでいる。住み始めた頃から、「両さんっぽい街だなあ」と感じていた。 歩いていると、たまに両さんとすれ違ったかのような気分になる。自分は両さんみたいな型破りな、人生楽しんでいる社会人になれているのかと、問いかけられているかのようだ(幸い、職務質問ではなく)。 その度に、私はこうつぶやく。「両さん、おかげ様で人生楽しんでいるよ。あなたにはまだまだかなわないけどね」と。連載は終わるけど、私と両さんの関係は続くのだ。(「陽平ドットコム~試みの水平線~」より2016年9月3日分を転載)

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    いつもそばにある「こち亀」は私たちの精神的支柱だった

    区、人口急増してこの時代に珍しく学校新設なんかがされてる江東区、待機児童ネタがつきない世田谷区、都の文化施設が結構あって何かと改修されたりする台東区なんかがあった。バランスがいいように、各自の担当は人気区が1~2個、次点が2~3個、などと分かれており、荒川区、足立区、葛飾区、江戸川区、杉並区など、別に住んでもいいけど記者的にはそんなに食指が動かない影の薄い区がおまけでくっついてくるというのが定石だった。 というわけで私は、渋谷・新宿・品川・世田谷のほかに葛飾区と大田区も担当することになり、生まれて数回目に京成線に乗って立石にある葛飾区役所なんかを訪問したりなんかした。東京って広いので、新宿スワンも東京、六本木心中も東京、こち亀も東京である。葛飾区に関する記事で、次年度予算の事業計画の他に書いた記憶のあるのが、亀有駅周辺に、区がこち亀の銅像を設置したという話と、それが何者かによって故意に破損されたという話である。で、亀有駅なんて一生降り立つことはないと思っていた駅で降りて銅像の写真を撮ったり、記者クラブへのおみやげにこち亀饅頭的な物を買ったりしたものである。葛飾区っぽいオトコではない葛飾区のオトコ 漫画には二種類あって、ひたすら引き込まれてやめられなくなるものと、常にそこにあって好きなときに手に取り好きなときにまたそこに置けるもの。後者の代表格であるように感じられるこち亀だが、それは単純に長く連載されていたとか、人が死なないとか、主人公が男前じゃないとか、ロマンチックラブがないとかっていうことではなく、おそらく葛飾区にカギがある。(C)秋本治・アトリエびーだま/集英社 こち亀は必ずしもほのぼのとした話ではない。そういう意味ではサザエさんやあさりちゃんとは大分異質である。過激で国際的な回もあるし、暴れるし、時空まで超える。しかし、次回には必ず冴えない葛飾区のさらにしみったれた亀有に戻っているのである。日常というのはそう簡単にそこから逃れられない退屈で平坦なものだし、多くの私たちにとってそれはとても冴えない。けれども一度そこから引き剥がされると急に心細くなり、平坦で退屈だった日常を懐かしみ、戻りたいと願う。離れてみるとその盤石さと力強さが愛おしくなるのである。 日常というのを地元、と置き換えることもできる。地元が表参道であるとかいうすかしたレア人間は別として、多くの人の地元はギラギラとした刺激もスラム街のようなひりひり感もない、退屈なものである。ただし、そこから離れるとなんだか駅前の原色の看板やパチンコ屋でタバコ吸ってるオジサンや公営住宅の脇の公園とかが妙に懐かしく、恋しく感じられる。日常というのは、地元というのは、まさに葛飾区なのである。冴えなくてつまらなくて、恋しい。 こち亀は別に平坦な日常のヒトコマを描いた作品ではないし、両さんも退屈なオトコではない。しかし、葛飾区という圧倒的に平坦な冠をつけることで、常にそこにある漫画として孤高の位置まで上り詰めている。両さんは冒頭で言う葛飾区っぽいオトコではない。野性的でエロくて暴れん坊である。ただし、葛飾区のオトコであることに変わりない。これが六本木や渋谷でなく、またちぇるちぇるランドやこりん星やナルニア国でないことは極めて重要である。さらに、舞台が派出所、つまり警察という、言ってみれば我々住民の日常を守るべく設置された国家機関であることも当然それをさらに強いものにする。 平坦な街を飛び出し、事件が起こり、退屈な日常をドラマチックに補完する。これはフィクションの大きな役割である。しかし、その根底に、私たちの日常よりもさらに安定した平坦で冴えない日常の時間が流れていること。これもまたフィクションのドラマチックさとは別の役割でもある。私たちの日常は退屈だが、同時に不安定であるのも確かだからである。つまらないくせに、失うとなかなか取り戻せないもの。それをノット・ドラマチックに補完するフィクション、私たちはこち亀の連載終了で、大きな精神的支柱を失うことになる。

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    「こち亀」原作者、秋本治さんに聞く両さん「無欠勤」の秘訣

    則1話完結でアクションや恋愛などさまざまなジャンルを盛り込んでいる。例えば、弓道に凝ったときは、日本文化の良さを作品の中で伝えたことも。パソコンや携帯電話が登場すればいち早くネタにするなど常に最新事情を反映させてきた。時代設定も、郷愁を誘う昭和30年代から現代まで。世の中のあらゆる事象がネタとなる。読み切り形式なので、毎回違う話が読者を飽きさせない。 両さんのアイデアは、当時、映画「ダーティハリー」や、テレビドラマ「太陽にほえろ!」など刑事物がはやっていたことがきっかけ。交番のお巡りさんで、競馬もするし酒も飲む、本能のままに生きる警察官はそれまで誰も描いておらず、目立つと思ったのだそうだ。 連載10年、20年の節目では、続けていいのかと、自問したことも。だが、描いているうちに面白い素材が見つかり、まだまだやりたいと思うようになったという。 さて今回は-。「新たな展開が思いつく間は、描かせていただきたい」。「こち亀」ファンには何ともうれしい答えが返ってきた。

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    ポケモンの原点 ~ファミコンブームの社会学

    世界中を虜にする『ポケモンGO』がついに日本上陸した。ゲームにハマる大人が続出し、各地でトラブルも後を絶たないが、この社会現象ともいえる熱狂ぶりに、30年前の「ファミコンブーム」を重ねた人も多いのではないだろうか。ポケモン列島と化した今、あえてその原点であるファミコンブームを考えたい。

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    ファミコンブームのレジェンドが語る「僕が高橋名人になるまで」

    高橋名人(ゲームクリエイター) もともとゲームに興味があったかというと、そうでもなかったんです。ただ、大学に入学したころはあのシューティングゲームの元祖『スペースインベーダー』が発表された時でもありました。「インベーダーハウス」という名前のゲームセンターが次々出来て、どの喫茶店にもインベーダーのテーブル筐体が置かれていましたから、私も喫茶店に行って食事した後に100円か200円ぐらい投入して遊んでいました。その場で動かないで遊べるのがよかったのかもしれません。私が大学を中退してスーパーマーケットの青果部で働いていたときも休み時間に遊んでいて、パチンコ好きの上司からは「戻ってこないものに金かけてどうするんだ」と言われましたけどね。思えば私がビデオゲームに初めて接した機会ということになりますね。インタビューに答える高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) ハドソン入社のきっかけは、スーパー時代の昭和56年に、シャープのパソコン「MZ-80B」を買ったことから始まります。ちょうどマイコンブームのころで、ショップの店員さんに「これを買えば伝票整理が簡単だよ」と勧められたんですが、ウルトラマン世代の私は、科学特捜隊の基地でランプがいっぱいついているシーンにすごく憧れていたから、キーボードがあって文字が出てくるコンピュータを見て「かっこいいな」と、思わず手を出してしまいました。本体が28万8000円、加えてフロッピーディスクドライブとプリンター、メモリも増設したので合計75万円ぐらいかかりました。同じころに中古で買ったクルマが45万円の時代でした。 買ってはみたものの、コンピュータ初心者ですから使い方がわからない。おまけにメモリが32KB(キロバイト)と少ないので、コンピュータにBASICというプログラミング言語を読み込ませてから、実際にプログラムを読み込ませるので、全ての野菜の伝票整理なんて一週間分も入らない。1カ月単位でも根菜類といった分類でまとめないといけないから、買って二週間で無理だと気付きました。でもローンを組んで買いましたから、今みたいな銀行口座から自動引き落としと違い振込用紙が毎月届くので、その金額を見るたびにコンピュータにほこりを被らせたままではいけないと思い直し、プログラミング言語を勉強して、コンピュータにのめりこむようになりました。 パソコン専門雑誌もよく読んでいました。あるとき、裏表紙にあったハドソンの広告を見ていたら、会社の住所が私の生まれと同じ札幌市で、さらに高校に行く途中にあった会社だったことに気づいた。そのうち知人がたまたまハドソンに面接しに行くというので一緒について行ったら、知人が落ちて私は受かったんです。まるでタレントのオーディションのエピソードみたいですよね(笑)。 アマチュア無線の店として始まったハドソンですが、私が入社した57年8月にはパソコンのソフトメーカーの方がメインに変わっていました。そのころのコンピュータのプログラムはパソコン専門誌にリストがプリントされているものを、まるで写経のようにユーザーが手で打ち込んでいたので、打ち間違いでエラーが出て当たり前だったんですよ。そこで当時のハドソンの社長の工藤祐司さんが「プログラムをカセットテープに記録したら売れるんじゃないか」と考えて、商品化してみたら本当に売れたんですね。ハドソンが日本で初めてカセットテープに記録して売ったわけですが、ほかの会社も真似してやり始めたことでパソコンのソフト市場が生まれて、活性化されていきました。私が入社した57年は孫正義さんのソフトバンクが経営的に大変だったらしくて、工藤さんが「儲かったら返してくれればいいよ」とソフトを何万本か与えて、それで経営を乗り切ったみたいな話は聞いていますね。だから孫さんの「四大恩人」の一人に工藤さんが入っているみたいですね。明暗を分けた『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』 入社後は営業部に配属され、1年後の昭和58年には宣伝部に異動となりました。それまでハドソンでは宣伝に力をいれていませんでした。扱ったのは「今月の新作がいっぱい出ました」みたいな雑誌広告ぐらいのもので、社員一人いれば済んだんですね。ところが、その年の7月15日にファミコンが発売され、任天堂からシャープ経由で「ファミコン用のBASIC言語を作ってみないか」と打診があったんです。ファミコンがまだ何物か知らなかったハドソンも、カセットが30万本出ている玩具だと知り、ファミコンへの参入が決まりました。だって当時のパソコンの世界ではゲームソフトが1万本売れれば大ヒットですけど、ファミコンソフトの『ポパイ』や『ドンキーコング』なんていきなり30万本出荷していたので、経営陣もGOサインを出しますよね。ただ、まだゲームを開発する前段階だったので「『ファミリーベーシック』というBASIC言語で簡単なゲームプログラムを作るのですが、BASICは子供には絶対に分からないから、高橋が解説本を書け」という命が下りまして、この『ファミリーベーシックがわかる本』の制作が宣伝部に移った時の最初の仕事になりました。子どもが少しでも分かりやすいように漫画を描いてもらう間に10本のゲームプログラムを書いて、カセットテープに記録してセットで売り出したら、おかげさまで12万5000部ぐらい売ることができました。ゲームをする高橋名人=1998年7月23日 「高橋名人」という名前になったのは昭和60年のことです。前年、ハドソンがファミコンのゲームソフトを発売しました。アクションパズルゲーム『ナッツ&ミルク』と『ロードランナー』の2本を出したんですが、両タイトルを同じレベルで宣伝をしたら共倒れするということで、ロードランナーの方に力を入れて宣伝したら、その通りに110万本も売れてしまいました。そして61年に3作目としてシューティングゲーム『バンゲリングベイ』を出すことが決まりましたが、ゲームとしては面白いのですが、プレイヤーが動かすヘリコプターの操作方法が難しいんです。ちょうどナッツ&ミルクを発売したころから『コロコロコミック』編集部の皆さんと仲良くなりまして、誌面展開もさせていただきましたが、当時の子供にはちょっと面白さが伝わらなかったんでしょうね。バンゲリングベイは本数的にはうまくいきませんでした。 バンゲリングベイの発売2カ月後には『チャンピオンシップロードランナー(以下、チャンピオンシップ)』というロードランナーの続編を発売しました。全世界のユーザーが作って投稿した、非常に難易度の高いステージをまとめたゲームなんですけど、ロードランナーを知らないとまずクリアできないんですよ。ただでさえバンゲリングベイで失敗していたので、子供たちに受け入れられるかどうか不安でした。そんな時、コロコロから「コロコロまんがまつり」でステージをやってみないかという提案があったんです。コロコロまんが祭りといえば、今の「次世代ワールドホビーフェア」の前身で、漫画家さんのサイン会などが行われていました。私たちも子供がチャンピオンシップを見てどういう反応が来るのか実際に知りたかったし、コロコロもファミコンブームを肌で感じてみたいと思っていたようです。「高橋名人」が誕生したハドソン全国キャラバン 銀座の松坂屋で私がチャンピオンシップを実演してゲーム画面を見てもらうことになったのですが、1000人ぐらいの子供が集まって、イベントは大成功を収めました。実演を終えた私の前に200人ぐらい並んでいるので、「どうしたの?」と聞いたら「サインが欲しい」と言われて驚きました。サインなんか書いたことないので途中で疲れてきて、1日3回もサインが変わりました。コロコロまんが祭りには、ハドソンの将来を占うイベントということで役員が大勢来ていましたが、打ち上げで社長が「これを全国各地でやったら面白いんじゃないか」という話が持ち上がり、7月に「ハドソン全国キャラバン」がスタートすることになりました。それまでゲーム大会というのは各店舗の店頭でこぢんまりとやってるのが多かったんですけど、全国レベルで日本一を決める大会は全国キャラバンが最初だと思います。ハドソン宣伝本部宣伝部在籍当時の高橋名人=2009年10月07日 「ハドソン全国キャラバン」を行う上で話し合いを重ねて行くうちに、ラジオ体操の先生みたいに実演をする人がいるという話になったんです。まだ昔社員数が少なかった時代ですので、宣伝部のファミコン担当がまだ私一人しかいなかったので私が担当することになり、どうせだったら名前も決めようという話になり、「将棋や囲碁の最上位の人は名人と呼ばれるから、名人はどうだろう」と一言で「高橋名人」が誕生したわけです。 第1回キャラバンの競技用ソフト『スターフォース』で披露したことから、私の代名詞となった「16連射」ですが、実は第1回では16連射と言ってなかったんですよ。その後に出た言葉なんですね。子供から「敵を倒すのがすごい速いけど、どれぐらいのスピードで打っているの?」という質問があって、調べてみることになりました。ただ調べる機材が全くないもんですから、スターフォースの攻略ポイントを使って、アバウトに数えてたんです。だから翌年公開の映画で『スターソルジャー』をプレイしたフィルムをスタッフが数えてくれたら、実際は17連射していたそうです。ただ、元々ハドソンはコンピュータのソフトメーカーで、仕事柄16進数も使っていましたし、キリがいい綺麗な数字ということで16連射にしました。 皆さんによく聞かれますけど、16連射の特訓はやっていません。でもコツはお教えできますよ。16連射は指先だけでやっていると思いがちなんですけど、私は肘から指先まで全体を動かしているんです。だから腱鞘炎には絶対にならない。後は物理の問題で、同じスピードでも引き上げた指の高さを半分にすれば倍の回数で打てるからどんどん狭くしていきます。1、2ミリぐらいにするのが一番いいんですけどね。ただ、いまの私だと3~5ミリぐらいなので、もう16連射は無理ですね。調子の良い時でも13連射前半になってしまいました。 第1回キャラバンで全国を回ったことで名人人気は確かに上がっていきましたが、子供の中だけの話なんですよね。夏休み期間ですから当然と言えば当然ですけど。ファミコン人気も同じようなものでした。変わり始めたのは、年末に「クリスマスファミコンフェスティバル」というチャリティイベントを開催したときのことでした。ちょうど取材に来ていた東京新聞が翌日の紙面の見開きに「〝スーパーヒーロー〟出現」「今、子供たちのあこがれ」「ファミコン・高橋利幸名人」と大きく取り上げてくれたんです。すぐに「週刊文春」や「フライデー」から取材依頼が来ましたよ。ファミコン人気の出始めなので、ほかのマスコミも話せる人間を探していたんじゃないでしょうか。年明けに雑誌が発売されて、大人にもファミコンブームが一気に広がっていきましたね。また、キャラバンを終えた9月に発売された『スーパーマリオブラザーズ』の存在も大きかった。「ファミコンに面白いゲームがある」と口コミから広がり始め社会現象を巻き起こしたわけですから、ブームを大きく後押ししましたね。「ゲームは一日一時間」合言葉に込めた思い 「ゲームは一日一時間」という言葉は子供たちには色んなことを経験してもらいたかったという思いから出たものですが、実は第1回キャラバンから言っていました。世間では「テレビゲーム=不良」というイメージがついていたこともあって、ファミコンでも同じ印象を持たれるのはまずいということもありましたね。でも「ゲームを売る側の高橋が『遊ぶな』と言うのは何ごとだ!」とほかの関係者からクレームがあって問題になりましたが、工藤さんが「これからのゲーム業界には健全なイメージが必要だから、会社として子供へのメッセージにしよう」と判断してくれてOKになりました。この判断がお母さんたちにも受け入れられたポイントじゃないかと思うんですね。今だったら漫画による影響力が大きければ、一気に各世代に受け入れられることが多いですが、当時のコロコロコミックの読者層はほぼ小学校高学年しかいません。教育熱心なお母さんだったらコロコロを開くかもしれませんけど、お父さんは『小学六年生』のような学習雑誌でさえ読まないと思うんですよ。でも高橋名人が「ゲームは一日一時間」と言えば、お母さんたちも「名人が1時間って言っているんだからやめなさい」と言えるようになるわけですからね。高橋名人(撮影・iRONNA編集部 松田穣) 第1回キャラバンのスターフォース予選では2分間のプレイで高得点を競うルールでしたが、2分間だと1面クリアぐらいしかできないんですよ。そうなると高得点を叩きだすには敵を早く倒す必要がありますから、早く打つしか方法がなくなってくるんです。中でも子供たちは1秒間に8発打たないと5万点のボーナスが入らない「ラリオス」というボーナスキャラを倒さないと決勝に進めないので、なおさら名人は子供が届かない点数を出さなきゃならなくなります。負けちゃうと「名人」の称号が崩れていくんですよね。子供って結構シビアなんですよ。デビューしたての名人が同じエリアで3回失敗して、「帰れコール」が起きましたからね。横で見ていて本当にかわいそうに思いました。私だって失敗はよくありました。ただ運が良くて、子供の前で失敗する確率が本当に少なかったんですよね。私のプレイはほぼテレビの生番組とイベントだけだったんですが、長くても5分程度なんですね。生番組で30分間もプレイはしませんし、イベントでも最初の2、3分を見せれば大丈夫でしたから。もし失敗しそうになってもポーズを押して「いいかみんな、ここからはな…」と子供に説明を入れながら、再開してミスをして「これはしょうがないよな」なんてごまかしたりもしました(笑)。だから練習時間も1日1時間ぐらいで、ゲーム開始からの5分間程度を集中的に練習しました。 今のシューティングゲームって、魅せるためのプレイと点数を取るためのプレイが違うんですね。でも私は基本的には魅せながら点数をできるだけ稼ぐというプレイをしていました。シューティングゲームの上手な人がプレイすると敵の出現位置がすぐ分かってきて、出てきた瞬間に打っちゃうから、画面の真ん中に自機以外敵が1匹もいないんですね。でもそんな画面を子供に見せても面白くもなんともないんですよ。私は宣伝部ですから、ゲームを売るためのイベントということを考えてプレイし続けると、魅せるポイントっていうのが決まってくるようになるんです。だから敵が自分の周りを一周して帰ってくるんだったら半周ぐらいはさせておいて倒したりしました。ただ、それをやるとただ敵をやっつけるスピードが遅くなるので点数がどうしても伸びないんですけど。だから点数だけ稼ぐプレイもやっておきました。でもキャラバンが2年目、3年目になると点数よりも魅せるプレイをすることだけを心がけるようになりましたね。「名人」は第1回キャラバンで私しかいませんでしたが、2年目以降は〝弟子〟たちも2代目、3代目の名人として全国を回ることになったので、点数を稼ぐプレイは彼らに任せ、私は子供たちに解説をしながらプレイして、ゲーム画面が面白く見えるようにすることに注意を払いましたね。バイクを指で止める…映画「高橋名人VS毛利名人」は悪ノリしすぎた? 昭和61年はファミコンブームが全盛を迎え、私も歌手デビューしたり『高橋名人の冒険島』という自分が主人公のゲームソフトを発売した忘れられない年になりましたが、何と言っても思い出深いのは、映画『高橋名人VS毛利名人 激突!大決戦』ですね。山本又一朗さん(映画プロデューサー)がハドソンに来られて、第1回の全国キャラバンを見て面白いんじゃないかと企画を持ってこられたんです。実は全国キャラバンは南北二手に別れていて、南を私が回って、北をバイトだった大学生の毛利名人にお願いしていたので、二人を対決させたいと言うんです。映画化の話に社長はじめ経営陣も乗り気で、だったら来年のキャラバンで使用するゲームで行おうと話になり、スターソルジャーでのバトルが決まりました。そこで企画に入ってもらっていた渡辺浩弐君(作家、ゲームクリエーター)と映画で何をしたらいいのかということを考えていたら、「戦うだけじゃ面白くないから訓練しているシーンも入れよう」という話が持ち上がったんです。 すでにコロコロコミックでは野生派の高橋、都会派の毛利という設定が出来上がっていたのも幸いしました。私なんて、3周巻きついていたへその緒を自分で引きちぎって生まれたことになっていましたから(笑)。その設定に乗る形で、毛利君はジムやプールサイドのトレーニングやピアノ特訓をさせることになりました。渡辺君が「じゃあ、名人はどうする?」と聞かれましたので連射特訓をやっぱり出したいと思ったので、食堂のカウンターや工事現場のハンマードリルで連射するアイディアがどんどん出てきて、すべて採用されました。中でも印象的だったのは伝説となったスイカ割りですね。本当に出来たんですかって? 出来るわけないですよ(笑)。実は下から圧縮した空気を送って割ったんですけど、なかなかきれいに割れないので10個ぐらい買って試して、軽く切れ目を入れたらようやくスパッと割ることができました。もちろんスイカはスタッフがおいしくいただきました。あと、バイクを止める指のトレーニングもありました。これは前輪ブレーキだけ掛けておいて、アクセルを吹かせば後輪は空回りしますから大したことはありません。私も「どうせやるなら楽しい方がいいよね」と悪ノリしちゃうんで、ほぼ不可能なアイディア以外はやりましたね。ゲーム見本市「E3」に設けられた人気シリーズ「ファイナルファンタジー15」の体験コーナー=6月14日、米ロサンゼルス 全盛期のゲーム業界は日本がリードしていましたが、今は海外の方が優勢になってしまいました。海外のゲーム会社は日本以上にスタッフを投入して大工場のようにあっという間に作っている。市場規模も大きいので発売当初から数百万本売れるんですよ、日本だと頑張っても百何万本売れたら御の字と考えてしまう。特に『プレイステーション4』ぐらいになってくると、もう億単位の開発費でなければ作れなくなってきます。海外のゲーム業界では日本は面白いゲームを作れなくなったと厳しい見方をしますが、海外しか見ていないからじゃないでしょうか。日本だとCGにしなくても面白いゲームがあるじゃないですか。ただ多額の費用を投入しなくてもいいようになるけど、ビジュアルが安っぽいと言われることを気にし始めると、それなりのグラフィックが必要になるので、開発費も高騰して、目標の売り上げ本数も一桁上げなきゃいけなくなる。そうするなら内容も充実させなければいけなくなるので、全てにおいて底上げが必要になってしまいますよね。でもそこそこのグラフィックだけどゲーム性さえ考えれば面白くできそうなゲームもいま出てきてますから、ゲーム機に合ったゲームを作れる環境というのを、日本はもう一度整えた方がいいのかなと思いますね。ゲーム大会で賞金を出せるシステムを それにスマートフォンのゲームアプリやソーシャルゲームが出てきて、大きく様変わりしました。だって「基本無料」が当たり前になってるじゃないですか。まずは遊んでもらって、アイテムで課金して、利益を上げていくシステムが大前提になってきている。ただ最初に広告を打って名前を広めないと、ダウンロードもしてくれない。だから結局コンシューマゲームと同様に宣伝費がかかるわけですから、「基本無料」というのはなかなか難しい。当然ですよね、スーパーの販売員さんが「おいしいですよ」と試食品を10人に配って1人買ってくれれば上出来という世界をゲームソフトでやっているのですからね。 今後日本のゲーム界が盛り返すためには、ユーザーの皆さんにも、ゲームが苦労するものじゃなくて楽しく遊べるものだと感じてもらえることが鍵になる気がします。ゲームってやっぱり遊びの一つなんですよ。ソフトの値段も決して安くはないですし、私もメーカーの人間なんで、あんまり言ってしまうとまずいんでしょうけど、作る方も買う方も遊ぶ方も気楽なぐらいの方がいいと思うんです。今の社名でも使っていますけど、「ドキドキ」という言葉を広めたいと私は思っているんです。「カワイイ」もそうですけど、日本から発生した言葉っていっぱいありますよね。ドキドキもなんか「ワクワクする」とか「驚く」とか、色んな意味が込められているので、ゲームで遊ぶ時の一つのキーワードとして広めていきたいですね。だからメーカーの方もドキドキさせてくれるようなゲームを出してほしいし、ユーザーもゲームを遊んでドキドキして欲しい。 私が代表理事を務める「e-sports促進機構」では、ゲーム大会で賞金を出せるシステムを作ろうとしています。世界ではゲームで対戦して賞金を稼ぐことができるし、大いに盛り上がっているんですが、日本ではまだまだこれからの分野で、生計を立てられる状況にはありません。法律的な問題もあるので、稼げるようになるには簡単ではないです。でもいつかは、日本でプロゲーマーが食えるような環境にしていきたいですね。ただそうなると多くのソフトメーカーの協力を得て進めていく必要があります。さらに大会を盛り上げるために、さまざまな分野の企業から寄付金を集めていかなければいけません。ドワンゴの『闘会議』みたいに、一つの冠大会の中に『みんなのゴルフ』や『ウイニングイレブン』の大会があるとみんなが集まってくれるし、盛り上がってくれれば、ユーザーはみんなドキドキしてくれますよね。その仕組みを早く確立していかなければいけないと思ってます。日本のゲームの未来は明るい! 今の子供はスマホが当たり前の時代になってきていて、幼児だって何も考えなくてもスマホを操作できますよね。つまり、操作に関するハードルがないんですよ。その当たり前の感覚を、同じ端末でもゲームと教育で枝分かれさせた方がいいのか、あるいは遊んでいくうちに勉強になるようにゲームと教育を繋げて行く形がいいのか、これから考えていかなければならないでしょうね。子供って楽しければ勉強すると私は思っていますから、例えば数学が苦手な子供でも、パズルゲームのようにすれば面白がって解けるようになる。子供はゲームを通して学ぶものがいっぱいありますから。もともとゲームがなくても昔の子供って伝承遊びから色んなことを学んできているし、例えば木登りから握力が強くなったりとか、鬼ごっこするから駆けっこが強くなったり、かくれんぼするから隠れる知恵がつきますけど、それと同じようにテレビゲームも色んな知恵を与えてくれると思うんですね。画像はイメージです スターフォースの時なんかメーカー側は誰も思ってなかったことですけど、小学生がアルファ、ベータ、ガンマ、デルタって覚えたんですよ。たまたま面の数をギリシャ文字にしていたからですけど、ゲームやるだけで身についたんですよ。『三国志』だって難しい武将の名前を覚えるようになったし。だから遊びを通してやることで覚えていくんですよ、子供って。だからその当たりをもう少し上手くやれば、それを東大に入れる子供に育てるってところにはいかないかもしれないけど、全体的な学力の底上げの部分につながっていくんじゃないかと考えています。だからそういうアプリを作っていけば、子供は絶対良い方に反応するんじゃないかなと思いますね。 私は日本のゲームの未来は明るいと思っています。新しいゲーム機が出るから可能性が出てくるんじゃなくて、今までのゲーム機を使ってもまだまだいっぱい出来る気がします。『3DS』の時に脳トレが一気に流行りましたし、『ゲームボーイ』の時にはテトリスが大ブームになりましたよね。だから日本人って新しいアイディアが出るとみんな飛びついてくれるから、ブレイクするソフトが一つでも出てくれば、みんなの大きな注目が集まると思うんですよね。ただ今は自分自身で見つけられていないのが、ちょっと悔しいですけど、誰か面白いアイディアを見つけてくれると思うので、そこに期待したいですね。(聞き手・iRONNA編集部、本江希望/松田譲)たかはしめいじん 本名・高橋利幸(たかはし・としゆき)。1959年生まれ、北海道出身。現在はタレント活動のほか、「ドキドキグルーヴワークス」の代表取締役名人としてゲーム制作業務に携わる。ニコニコ生放送のゲーム情報番組『電人☆ゲッチャ!』などでゲームプレゼンターとしても活躍中。 

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    世界が遠ざかる日本のゲーム業界 救世主は任天堂しかない!

    危うくなる。 中でも重要なのは、暗黙知に陥りやすい企業のノウハウ、言い替えれば「社風」をできるだけ明文化していくことだ。前述したように企業が社員に求める人物像は、どこも比較的似通っている。その一方で社風は企業ごとに異なっており、社員の行動規範に対して間接的な影響を与えている。いわば社風は創造性を育む温床だといえる。逆にどれだけ優秀や人材でも、社風にそぐわずに短期間で離職する例は少なくない。 問題は社員が社風を当たり前と捉えがちな点だ。そのためには他社からの転職組の体験談が参考になる。どのような理由で転職を決め、企業に対してどのように適合していったのか、社内でヒアリングを行うのだ。これはまた、転職者の精神的なケアにもつながる。これらはゲーム業界に固有の問題ではないが、ゲーム業界では特に必要だともいえる。ゲームは人が作るものであり、会社にとって人材は最大の資産だからだ。

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    日本でも配信開始 なぜ世界中が「ポケモンGO」に熱中するのか

                                                                                              (THE PAGEより転載)    人気キャラクター「ポケットモンスター」の世界観を実世界で楽しめるスマートフォン向けゲームアプリ「ポケモンGO」の配信が日本でも始まった。米国を中心に世界中でヒットしていることを受け、ポケモンを生んだ任天堂の株価がうなぎ登り状態だ。ポケモンに関連する銘柄の株価も軒並み上昇するフィーバーぶりで、市場関係者の間で「ポケモノミクス」と呼ばれる盛り上がりを見せている。なぜ世界中が一つのゲームに熱中するのか? ポイントをまとめた。 ポケモンGOは、空想世界の生き物「ポケモン」をスマホ上で捕まえ、育てたり、プレーヤーの間で交換したり、対戦させたりするゲームだ。スマホの画面越しの風景にポケモンが出現し、対峙する。速く捕まえないと逃げられてしまう。そんな切迫感もあり、ゲームの主人公になったかのような気分を味わえるのが魅力だ。今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破 特定の場所、タイミングにしか現れない「レアキャラ」もいる。それを実現するのは、拡張現実(AR:Augmented Reality)や衛星利用測位システム(GPS)で、最新技術を駆使した新感覚のゲームだ。プレーは基本的に無料。スマホにアプリをダウンロードすれば遊べる。ただ、ポケモンを捕まえるのに使う「モンスターボール」などを追加で入手する際に課金される仕組みとなっている。 アプリは任天堂と、関連会社でカードゲームなどの商品やイベントを企画する「ポケモン」(東京都港区)、米国の「Niantic(ナイアンティック)社」の3社が組んで2013年にプロジェクトが始動、開発した。ナイアンティック社は、グーグルから独立したスタートアップで、ARを応用したゲームをいち早く手掛け、コアなファンを獲得している。 役割分担として、開発・発売元となっているのはナイアンティック社、アプリ配信に合わせた説明書の作成や告知・宣伝をポケモン、そしてゲームに関する重要な情報を通知する腕時計型の装置「ポケモンGO Plus」の開発を任天堂が担った。 ポケモンは1996年2月に任天堂の携帯型ゲーム機「ゲームボーイ」の専用ソフトとして発売された。ソフトは赤と緑の2種類あり、それぞれで出くわすモンスターが一部異なる。友人同士で捕まえたモンスターの対戦や交換ができることも受け、赤と緑合わせて計200万本を超える、任天堂の代表作の一つとなった。爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇 今年で発売から20周年を迎えた。発売当時、子どもだった世代は大人になったが、継続的なファンは多い。新シリーズのソフトが続々と登場し、アニメや映画にもなっており、現代の子どもにも受け入れられている。海外でも人気で、世代と国境を越えて愛され、今年2月末にはシリーズ累計2億本を突破した。 爆発的なヒットを受け、任天堂株は急上昇している。株価は19日に配信前の2倍を上回る3万円の大台を突破し、約6年ぶりの高値を付けた。時価総額も5兆円に迫る勢いだ。また、ポケモンGOと提携すると発表した日本マクドナルドホールディングス株も急騰するなど、ポケモンとの相乗効果が期待できる銘柄が買われ、市場は活況に満ちている。 ポケモンGOの大ヒットを受け、ひとまず株高という好影響は出ているものの、今後の対応次第では市場やファンの失望を買いかねない。今のお祭り騒ぎに慢心せず、再び時代に残る名作、人気キャラクターを創り出していくことが期待されている。 日本でのヒットはまず間違いないと確実視されているものの、アプリ自体がもたらす収益が、任天堂の業績を押し上げるかは未知数の部分がある。課金などによるアプリの収益配分は不明だが、開発主体のナイアンティック社が多くを占めるとみられるからだ。任天堂が得るのは「ポケモンGO Plus」の売り上げや、32%を出資しているポケモンによる間接的な利益が中心となる。 ポケモンGOは7月6日に米国、ニュージーランド、オーストラリアを手始めにリリースされ、英国、スペイン、カナダなど30カ国以上で始まっている。今後も中国や韓国など配信地域は拡大する見通しで、未配信の国ではツイッターなどで「まだー?」とため息交じりに待ちわびているファンらの投稿が絶えない。任天堂とグループ会社などが開発したゲーム「ポケモン」=米カリフォルニア州(ロイター) ポケモンGOに好意的な意見が多い一方、批判もある。街中や施設内、浜辺など「神出鬼没」のポケモンを、プレーヤーはスマホを見ながら探すため、熱中するあまり転んだり、人や物にぶつかったりといった事故が多発。また、墓地や慰霊施設といった神聖な場所にも現れているため、宗教団体から批判の声が上がるなどのトラブルも相次いでいる。

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    「初めて触れたときのワクワクを思い出して」 TVゲームは一生の伴侶

    畑史進(フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター) TVゲーム初体験を覚えているだろうか? 僕よりも高い年齢の方ならファミコン、SG-1000より以前のハード(ゲーム機)カセットビジョン、ゲームウオッチ、テレビゲーム15だろうか?それともテレビテニスだろうか?僕と同年代の方ならスーパーファミコン、プレイステーション、セガサターン。若い方だとゲームキューブ、プレイステーション2、Xboxという方もいるでしょう。 TVゲームと言うのは面白いもので、家電製品、アクセサリー、衣服などとは違って「本体・ハード」だけではTVゲームとの出会いは始まってすらいない。「ゲームソフト」を買って「本体」にセットして初めて本当の出会いが始まるのだ。 さらに面白いのは、両親や親しい人から梱包(こんぽう)紙に包まれてプレゼントされたり、ある日突然家で本体の箱を目にした瞬間にいろいろ心がワクワクしたではないだろうか? 「これから何が始まるんですか?」 「あのゲーム・このゲームがやってみたい」 「TVゲームだ!すぐに開けなきゃ!」etc… またこんな経験もあったはずだ、興味ない自分の中では「クソゲー」同様のゲームをプレゼントされ、とりあえずと思って触ってみるとガッツリハマってしまったこともあるはずだ。その時皆さんは間違いなく熱中していたのだ。 僕が生まれた頃には既にTVゲームはバブルが大きくなる象徴のように空前の大ブーム真っ最中であった(らしい) 僕のおやじの世代は「インベーダーゲーム」が喫茶店を始め大ブームになり「ギャラクシアン」「パックマン」「マリオブラザーズ」「ドンキーコング」等のアーケードゲームが隆盛し、日本中の100円玉がゲーム筐体に吸い込まれ、その行く先にファミコンのような家庭用ゲーム機が誕生し、ゲームセンターに行かなければできないようなゲームたちが、家庭でもカラーテレビにつなげば家でも気軽にお金のことを気にせず思う存分ゲームができるという時代だった。かなりの衝撃だったと思う。 話は脱線するが、「ドンキーコング」等多くのアーケードゲームは日本より先にアメリカでは「インテレビジョン」「コレコビジョン」「ATARI2600」で発売されていた。 ファミコン本体の値段が1万4800円でソフトが一本5千円程度。 2万円でお気に入りのアーケードゲームが遊び放題、200回も遊べば十分もとが取れる(ただしアーケード版とは違う箇所がグラフィックなど多くあり、説明はここでは割愛する)。 しかし、それだけで終わるのではなく魅力的なソフトも多くSG-1000やファミコン向けに発売され瞬く間に家庭用ゲーム機は家庭の中心的存在になった。その象徴として、当時幾つかの日本映画にもファミコンがカメオ出演していた。「マルサの女」では「スーパーマリオブラザーズ」が映り、「男はつらいよ」でも寅さんのおい、満男の部屋にはスーパーファミコンが置かれた。ファミリーコンピューター 多くのソフトメーカーが生まれ、ファミコンの普及にあやかって自分たちのアイデアを披露してきたのもこの頃が特に多かった。「ロックマン」「悪魔城ドラキュラ」「ドラゴンクエスト」「ファイナルファンタジー」「スウィートホーム」等アーケードゲームでは味わえないジャンルのゲームが生まれ、「ポートピア連続殺人事件」「ファミコン探偵倶楽部」「探偵神宮寺三郎」など、まるで小説を自分自身が入り込んで体感するような芸術性あふれるゲームも次々出てきた。 またファミコンをパソコンとして考えてみると敷居が非常に低くゲームをプレイしてマイコンに興味を持ち、自身も新たな作品を披露したくなるという相乗効果もあり、パソコン普及にも一役買ったのは間違いないだろう。 僕の初めてのTVゲーム体験はアーケードゲームではなくシャープから発売された「ツインファミコン」でのディスクシステム版「スーパーマリオブラザーズ」だった。3,4歳の頃とうっすらと覚えているのはダッシュからのジャンプができなくてただ穴に落ちるのが面白かったことだ。幼稚園の頃には「ウルトラマン倶楽部 怪獣大決戦」にドハマリ。数多くあるファミコンゲームの中でも特にお気に入りのゲームで今でも自身のオールタイムナンバーワンファミコンゲームだ。それからはさまざまな友達の家に方々訪ね歩いて自分の家では買ってもらえないさまざまなゲーム機・ソフトに触れてここに至るわけです。「初めて触れた大変」こそ重要 こう思い返してみると、若い人たちにとってはファミコンがいかに素晴らしいものだったのかと聞こえてくだろうが、それは違う。 今を生きる人たちにとっても、TVゲームとの出合いは人それぞれであり、それぞれの入り口となったゲーム機、ゲームソフトがあるはずだ。僕も当然Nintendo64以降はその時代にいたので背景は理解できるが、初めて触れた体験ではない。「初めて触れた体験」そこにおのおの一度ぶり返って思い出してほしい。 その時には高騰したワクワクがそこに実際あったわけだ、いやあったはずだ。ゲームボーイやスーパーファミコンなどのゲーム機 現に僕もいまだに新しいゲーム機が出ると発売日にお店にすっ飛んでいき、「ワクワク」しながらゲーム機とソフトを抱えて6畳一間の部屋に(引っ越ししたい)帰ってきて「ウキウキ」してセットしている。新作のゲームが発表されると「ワクワク」して発売日まで待ってしまうそれらが自分にとって未体験ゾーンだったら尚更だ。 「クソゲー」なんてつかまされた日にはスイッチオンにして開発者、クリエイター相手に怒り狂う。傍から見ればただの危険人物かもしれないが、「ゲーム好き」がやってるただの一興であり時間もたてば笑い話にしてしまう。 何が言いたいのか? 単刀直入に言いましょう。「そのワクワクをいつまでも捨てないでほしい」と声を大にして言いたいのだ。 TVゲームに飽きたという人から話を聞くと多くの人が「複雑になった」「ワクワクしなくなった」「いい年して恥ずかしくなった」「ファミコンが至高だった」と多くの人が答えるのだ。 そんな理由で良いのか!?今でも多くのゲームクリエイターたちがアイデアを巡らせ素晴らしい、心から面白いといえるゲームが作られている。 日本は世界中から尊敬されるほど多くの名作ゲームが生み出され、「ユートピア」としてみられていたことを読者の方はご存じだろうか?いや今でもそう見ている人たちは多いといっても過言ではない。「日本ならでは」の素晴らしいアイデアの詰まったゲームは世界からも絶賛されリスペクトされ、尊敬されるクリエイターも多い。 現にディズニー作品「ミッキーマウス!」という作品ではミッキーが作中「トーキョー」に訪れた際に一部の画面がファミコンテイストになるワンシーンもあるほど。 去年は「ピクセル」という映画も公開されたが出てくるほとんどの元ネタのゲームは「日本製」だったのだ しかし日本のTVゲーム事情は一時よりも随分と下火になった。 スマホゲームの台頭もその原因だろうが、それだけではない。 あらぬ根拠を世に垂流したえせ学者が支持を得たりとTVゲームは人気者の宿命を経てすっかり縮こまってしまった。 皆さんにはそのようなことを忘れて(なかったことにして)、かつて好きだった人は今一度自分自身の心に問いかけてほしい。その時のワクワクを「世間と切り離して」思い出してほしい。ゲームに夢中になったあの時の出来事をそして再び手にとってほしい。 未だ触ってすらいない人は一度でも良い、食わず嫌いにならずに触ってほしい。 もしもいまだにファミコン・スーパーファミコン様なゲームがプレイしたいのであれば、広く探せば必ず有志が作って、さまざまな販売もされているので手にとってプレイしてほしい。 必ずスマホゲームとは違う、気軽に、気兼ねなく、夢中になれるゲームがそこに有る! (毎週木曜日掲載)畑史進 フリーランス声優・ナレーター フリーランスライター。日々、ゲームネタを漁りながらニコ生放送にも出演。スター・ウォーズ解説員、TVゲーム解説員としても活動中。

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    開く「洋ゲー」との差 凋落著しい元ゲーム王国・日本

    日本ではあまり浸透していない。「日本におけるゲームは、まだまだ『趣味』。アメリカでは『産業』であり『文化』。趣味にはスポンサーという考え方がないですし、日本のユーザーはそういった商売っ気を毛嫌いするので、根付きませんでした」(吉田氏)。 また、海外ゲームには出資を得るためのファンドが存在するが、日本にはほとんど存在しない。ファンド会社が少ないという事情もあるが、そもそもエンタメ作品の収益性を正当に評価できる人間が金融業界に少ない、という事情もある。 さらに、アメリカでは娯楽産業の法律まわりを専門に請け負う法律家である「エンタテインメント・ロイヤー」という職業が確立しており、彼らとエージェントがタッグを組んで、資金集めや契約、マーケティング、プロモーションなどを行っている。日本のゲーム業界が世界に打って出るには、まずはビジネスのプロを育成するところからはじめなければならない。「五右衛門風呂」から脱出せよ「五右衛門風呂」から脱出せよ 日本の携帯電話産業はガラパゴス化の末に国際競争力を失い、「ガラケー」と揶揄されるまでになってしまった。結果、日本ではアップルのiPhoneやサムスンのGalaxyといった海外製端末が市場を席巻している。 現在の国内ゲーム市場も、完全にガラパゴス化しているといってよい。日本製ゲームはごく一部を除いて海外では売れず、海外展開に積極的なメーカーはコナミやカプコンなどごくわずかだ。 これで国内ゲーム市場が順風満帆であればガラパゴスであっても問題ないのだが、無論そうではない。13年の家庭用ゲームソフト市場は約2537億円(CyberZとシード・プランニング共同調べ)。これはスマートフォンゲーム市場の5468億円の半分以下。この小さな、しかも縮小の一途をたどっているパイを、任天堂やセガ、コナミやカプコンといった大手ゲームメーカーがとりあっているのだ。 これはまるで、小さな五右衛門風呂にぎゅうぎゅうに詰め込まれたゆでガエルのような状態だ。狭いスペースの争奪戦。しかもお湯は煮えたぎり、苦しみが増すばかりの我慢大会である。しかし世界には大きな市場が広がっている。ガラパゴス化を食い止め、世界市場に打って出るためには、狭苦しい湯船から脱出する覚悟が必要だ。 日本ゲームが世界を席巻し、再び「ゲーム大国」に返り咲く日は、果たして来るのだろうか?

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    急拡大するソーシャルゲーム 世界で勝てない日本のゲーム業界

    みたが失敗も目立った。「何でも言うことを聞く国内協力会社との仕事が中心のプロデューサーも多く、言語や文化の違うスタッフを満足に使いこなせなかった。数十億円の損失を出した会社もあった」(業界関係者)。成功事例もあるが「リスクを冒すより利益の出る国内市場に注力しようという雰囲気だった」(前述の業界関係者)という。 日本のメーカーにとって、国内市場は今も重要な位置を占める。だが、旧態依然とした体制を温存したままでは、海外に打って出る力を蓄えられないばかりか、国内ユーザーにも見限られるだろう。

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    『たけしの挑戦状』には北野映画のエッセンスがつまっている

     家庭用ゲーム機「ファミリーコンピュータ」(任天堂)・通称ファミコンが1983年に発売されると、日本中の子どもたちがゲームに熱狂し、社会現象にまでなった。計1200以上のタイトルが発売されたゲームのなかから、お笑いコンビ「浅草キッド」の玉袋筋太郎が師匠の名前を冠したゲーム『たけしの挑戦状』(タイトー/1986年12月10日発売)を紹介する。 * * * オレが最初に紹介するゲームっていったら、やっぱり師匠のゲーム『たけしの挑戦状』。これしかないじゃない。 このゲームってさ、北野映画のエッセンスが全部つまってるんだぜ。沖縄行ったりとか、街中でヤクザと殴り合いのケンカしたりとか、まんま『ソナチネ』や『アウトレイジ』じゃない!北野武氏 じゃあ、早速やってみよう。ええと、これ最初に何やるんだっけ……。確か「げーむをさいかいする」を選んで、そこにいるオヤジを殴ったら……うわっ! いきなりゲームオーバーだよ。たまんないなあ、最高すぎるよ。 師匠曰くタイトーに行って2時間くらい喋ったらできたゲームらしいけど、う~ん。これはやっぱり大したゲームだ。見てよこの看板、「極東興業」とか「スナックあぜ道」だもん。ネーミングセンスも半端ないよね。 スナックで酒飲むなんて場面もあるけどさ、今はこんなゲーム出せないんじゃないの? 楽しすぎてもう3杯目だよ。そういや、今オレの芸能活動もスナックを中心にしてるからね、ゲームはすべてに通じるわけですよ。あっ、また飲んじゃったよ。このスナックって『2コン』のマイクでカラオケ歌えるんだよね。ちょっとやってみよう……。「こしょうちゅう」ってオイ! いやあ、それにしても主人公が自宅に戻って奥さんに対してやることの選択肢が「かあちゃん ねようぜ」って、すごすぎるでしょ。とりあえず「いしゃりょう はらう」を選んでみるよ。あっ、殴られて死んだ! 難しすぎるよ、ほんと。当時「攻略本を読んでも解けない」って苦情があったらしいけど、納得だね。 そもそもこのゲームって何するゲームだっけ? えっ、たまたま手に入れた地図を頼りに財宝を探しに行く? そうだったっけ? 攻略本持ってたらちょっと見せてくれない?●たまぶくろ・すじたろう/1967年生まれ。お笑いコンビ「浅草キッド」のボケ担当。スナック愛好家として知られる一方、かつてMONDO TVで放送されていた『ゲームレコードGP』のMCを務めるなどゲームにも造詣が深い。関連記事■ 初訪問のスナックで居心地良く過ごす方法を玉袋筋太郎伝授■ スナックの作法 「名刺交換をしてはいけない」とスナック通■ スマホゲームプレイしすぎ無職男 ハロワ待ち時間で腱鞘炎に■ 紳助「出張ホスト業参入でその筋の人にすごまれ廃業」の証言■ 全日本スナック連盟会長・玉袋筋太郎 スナックの良さを力説

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    伝説のクソゲー 楽しいかより楽しむスタンスこそ大事

     「風俗で地雷女」「クソゲー」誰でも1度はつかまされたことがあるだろう。しかしそれは本当に「地雷」だったのか、「クソ」だったのか。風俗、ゲームから端を発し、仕事への姿勢まで、作家で人材コンサルタントの常見陽平氏が考察する。 * * * もう、だいぶ前ですが、『週刊SPA!』の7/17発売号に「[風俗大ハズレ体験]地獄変」という特集が載っていました。タイトルだけでのけぞりそうになりましたが、内容はそれ以上でした。「ソープに行ったら、友達の母ちゃんが出てきた」「暴力を振るわれた」なんていう凄い話が出ていましたよ。 同じ号だったと記憶していますが、同誌での風俗ライターなどによる座談会が熱かったです。その中で、ある風俗ライターが良いことを言っていたのですよ。「風俗嬢に地雷女なんて、いない。どの嬢とも、その時間、どう楽しむかという視点が大事なんです」そんな内容でした。この話を聞いて、なるほど、物事には「楽しむ」というスタンスが大事なのだと思ったのです。 今年の夏の出来事だったのですが、この話をある公開パネルディスカッションの時に思い出しました。11月2日(金)に阿佐ヶ谷ロフトにて『またーりファミコン語り ~あの日僕たちは少年だった~』というイベントに出演しました。ライターさやわかさんの新作『僕たちのゲーム史』(星海社新書)の発売記念イベントで、彼と私の他に、ライターの赤木智弘さん、西森路代さんの4人でまたーり語りましたよ。80年代に子供だった私たちがあの頃のファミコンと遊びをまったり語ったのでした。現在に続くゲーム史、西森路代さんの女子目線アイドルトークもあり、実に楽しい3時間でした。 そのときにいわゆる「クソゲー」の話が出ました。若い人はクソゲーという言葉自体、知らないかもですね。クソみたいなゲームのことで、面白くないゲーム、明らかにゲームとして崩壊しているものなどを指します。伝説のクソゲーは『いっき』 私の思い出に残るクソゲーと言えば、『バンゲリングベイ』(ハドソン 1985年)というゲームですね。ヘリコプターを操縦して、敵の秘密兵器の工場を破壊するというものなのですけど、なんか地味なのですよ。ただ、あれはあれで良ゲームだったのではないかという意見も出ました。その時も話題になったのですが、このゲームのWikipediaの項目をみると、元々大人向けのゲームだったのに、当時、『コロコロコミック』(小学館)でゲームの告知を行なっていたわけですが、明らかにゲームのターゲットと読者層がずれていたのですね。でも、当時、もともとのゲームの対象に告知できるメディアも少なかったわけで。実際の内容が優れていたとしても、ターゲット以外の人がやるとつまらなく感じるのですね。 他にも、伝説のクソゲーとして「いっき」(サン電子)というゲームがあったわけですが、元々のアーケードゲームはなかなか面白かったそうで、ファミコンへの移植が上手くいかなかったというわけですね。実際にはかなり売れたらしいですが。 ここで思いついたのは「楽しむ」というスタンスです。「楽しい」かどうかではなく、どんなものでも「楽しむ」というスタンスが大事なのではないか、と。そして、「楽しい」ことは「楽」じゃないな、とも。「楽しむ」というスタンスがあれば、あの「バンゲリングベイ」も「いっき」も、もっと楽しかったんじゃないか、と。 もちろん、この「楽しむ」というスタンスはたまに悪用されていて、「やりがいの搾取」が行なわれている明るいブラック企業などでは、きつい仕事、きつい目標を「楽しもう!」という言葉の連呼でごまかしたりしているわけですが。 会社や仕事に対して「嫌なら辞めろ」という論をよく見聞きするわけですが・・・。明らかに自分と合わない場合や、ブラック企業なら別ですが、楽しむというスタンスが大事だと思ったわけです。 私も仕事と大学院の両立にやや悩み気味だったわけですが、困難を乗り越えるプロセスを楽しまなければと思った次第です。クソゲーよりはずっとずっと楽しめるはずです。はい。関連記事■ 自粛・節電ムードで『人生ゲーム』などアナログ玩具が人気■ 【プレゼント】展示機器はプレー無料 ゲームエキスポ入場券■ LINE 人気理由は「スタンプ可愛いからでしょ」と運営社社員■ パチスロ版モンスターハンターが近々登場 ゲーマーも期待?■ ゲームセンターに集まる高齢者「スリルと快感を味わえる」

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    日本のアニメ、“ソフトパワー”としての実力を問う

    とは、1980年代後半にハーバード大学のジョセフ・ナイ教授が提唱した、強制力によらずに自国の価値観や文化によって他国を魅了し影響を与え得る能力のことだ。実際、主要な評論誌や政策白書などをざっと見れば、この概念が2002年以降盛んに取り上げられるようになったことがわかる。こうしたソフトパワー論議の中で、今日のアニメやマンガの分析が語られるのは文化論としては面白くても、外交論としては問題が多い。現実政治での効力は実証できない ナイ教授は政治学の分野で重要な貢献をしてきたが、「ソフトパワー」はほとんどの政治学者が真剣に受け止めていない。そして、それがどれだけ的確なものであるか、誰も実証も評価もできていない。今のところ、ソフトパワーの支持者たち―ジャーナリスト、シンクタンク、外交官など―の間で掲げられる信念にすぎない。つまり、ソフトパワーを活用すれば、難しい局面でも米国(後に、日本、中国、韓国、その他の国でも)の価値観を他国民に受け入れさせることができるという信念だ。 しかし、その確証は、一体どこにあるというのだろうか?米国のポップカルチャーはまさに世界文化だといえる。映画からヒップホップ、デニムジーンズに至る人気、そして米国の大学で学ぶ外国人留学生数の多さからも明らかだ。にもかかわらず、ジョージ・W・ブッシュ前大統領は、諸外国の国民にイラク戦争の必要性を十分納得させることはできなかった。 むしろ、ほとんどの国は「ハードパワー」、つまり米国の意向に沿わなかった場合の結果を恐れて参戦したように思える。同様に、米国では日本のポップカルチャーの影響力がけん伝されているが、日本の保守的な政治家や作家たちが広く知られている日本の戦時中の残虐行為―南京虐殺や従軍慰安婦の強制連行―については実は行われていなかったと主張する動きに対して、米国の一般大衆や政治家たちの間に賛同する動きは全く見られない。 米国大統領や日本の首相は、例えば『アナと雪の女王』やポケモンの世界的な人気によって、大きな論議の的となる目的を遂行するにあたり、他国民に好意的に判断してもらえるよう願うかもしれない。だが、まさにソフトパワーの威力を借りたいような状況下で、ソフトパワーを政治的に活用できたという事例を実証できないということも、政治学者たちが口をつぐんでいる理由の一つだ。ハードパワーの過大評価と「正統性」への固執 それでも外交の専門家たちがソフトパワーの概念をもてはやす現象は、学者の注意を引く。なぜ人々は―官僚や経験豊かな政治家を含めて―ソフトパワーを過大評価し、自国の文化で魅了するという考えに取りつかれているのだろうか。 米国と日本の例は、その理解の一役を担うかもしれない。両国とも、紛れもない大国で、ハードパワーを行使している。つまり米国には軍事力・経済力、そして日本には経済力があるからこそ、多くの国が両国の怒りを買うことは避ける。それなのにどうして日本も米国もソフトパワーだの、他国は自分たちに好意的かなどということを気にするのだろう。マキャベリでさえ、愛されるより恐れられることのほうが役に立つと言っている。それなのになぜ、すでに十分畏怖されているはずの両国は、愛されることまで求めるのか。 ソフトパワー概念がもてはやされるのは、国際社会においては国力の大小を問わず、「正統性」(legitimacy)が鍵だということを示唆している。つまり、力を行使する国にとって、自分達の行為が道理にかなっていて正当だと信じることが重要なのだ。自分たちが信奉する民主主義、ヒューマニズム、ジャズ音楽、アニメなどが、他国で受け入れられているという状況がその根拠となる。その意味でソフトパワーは、ゆがんだ鏡に映し出されたハードパワーの姿だともいえる。落ち目になると台頭するソフトパワー論 このことは、ナイ教授が「ソフトパワー」を提唱したのが、経済成長を続ける西ドイツや日本に対して米国の力にかげりが見えてきた頃で、米国の評論家や政府関係者の多くが不安を抱いていた時期だったことからもわかる。日本では、中国の国力が高まり、対外的に日本が落ち目に映るという懸念が強まったときに、このソフトパワーの概念が広まった。 いずれの場合も、ソフトパワーは、幼児にとってのお気に入りのぬいぐるみのようなものに思える。つまり、ライバルたちがいまだ持ちえない国際的な正統性を保持している、という感情的な支えになっている。 日米両国において、ポップカルチャーを通じて、自国の明確で一貫した価値観がわかりやく他国民に伝わり、受け入れられるという思い込みがあるが、それはあらゆる面で間違っている。そもそも価値観がそんなに明確になるわけがないし、しかも政府が期待するような形で、米国・日本発の文化を理解して敬意を表するなどあり得ない。広く薄い浸透こそが、ソフトパワー力 だからといって、ポップカルチャーが政治的に重要でないと言っているわけではない。その影響力は、ソフトパワー論が想定するような、外交に利するような実質的なものではなく、広く薄く(diffuse) 浸透しているものだ。 ここで、2000年のウォン・カーウァイ監督の名作『花様年華(In the Mood For Love)』を例に挙げたい。(※1)1960年代の香港のアパートが舞台となっているこの映画には、ヒロインが、日本に出張していた夫の土産として、素晴らしい発明品―電気炊飯器―を隣人たちに紹介するという印象的な場面がある。アパート中が即座にこの話題で持ちきりになり、みんな自分たちも炊飯器が買いたいと言い出す。この炊飯器が日本製だということを、特に羨望や興奮、対抗意識もなく受け入れている。 彼らは、この日本の発明品によって一変する自分たちの日常生活を思い描く。あたかも、自分たち香港の中流家庭の未来は炊飯器の有無にかかっているかのように。この場面が示唆しているのは、当時の東京、大阪、その他の日本の都市における中流家庭の生活が、香港市民がこうありたいと目指す理想だったということだ。もちろん、これは際だった文化的影響力の一例だ。 しかし、このような影響力は、日本、そしてどの国の政府であろうと、行使できるようなものではないし、自国製品が海外で人気を得たところで、他国の消費者を自分達の思い通りに動かすことなどできやしない。 私は、あくまでも広い意味で、アニメやマンガが学生たちに影響を及ぼしてくれることを願っている。ただ、日本の最新アニメシリーズに感動することが、日本の政策を支持することにはつながらないし、K-Popファンが韓国の外交政策を支持することにもならない。 同様にNBA(米プロバスケットボール)のファンだからといって、米国のイエメンでの無人機攻撃の支持者というわけでもない。そんなことを想定するのは馬鹿げている。一方で学生たちは、こうしたさまざまな文化を楽しむことで、新たな想像の世界に触れ、自分たちの生活を違う視点から捉え、また慣れ親しんできた環境に新鮮な問いを投げかける機会を得るのだ。(原文英語・2015年1月5日掲載)(※1)^ 香港大学の中野嘉子准教授が、私のソフトパワーに関するリサーチに関連してこの場面を思い起こさせてくれた。あらためて感謝したい。David LEHENY プリンストン大学東アジア学部教授。専門は日本政治。日本に留学経験があり、東京大学社会科学研究所で助手を務め、1996~2007年まで年ウィスコンシン大学マディソン校でも教鞭をとった。著書にThe Rules of Play: National Identity and the Shaping of Japanese Leisure (2003)、Think Global, Fear Local: Sex, Violence, and Anxiety (2006) がある。

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    もはやクールジャパンが格好悪い

    日本文化を海外に売り込む「クールジャパン」という言葉が使われるようになって久しい。だが、国の成長戦略の一つに掲げる経済政策としては、どうしてもインパクトに欠ける。これだけ世間から批判されても、まだ自分たちが格好いいとでも思っているかのようなこの戦略、さすがにお寒くないですか?

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    「おもてなし」はコンテンツではない 観光立国戦略の勘違い

    to Japan! とともに Cool Japan という項目があるが、そのページには「世界に日本文化の魅力を伝えることで、日本のプレゼンス向上、海外マーケットの拡大、訪日外国人旅行者の増加が期待されます。」という説明と、経済産業省商務情報政策局が作成した「クールジャパン/クリエイティブ産業」というページへのリンクが置かれているだけだ。2020年東京五輪招致団が国際オリンピック委員会(IOC)総会の帰国会見後、「おもてなし」のポーズを披露するアンバサダーのフリーアナウンサー・滝川クリステル=東京都庁 経済産業省が推進するクールジャパン政策は、「内需減少等の厳しい経済環境」において「日本の文化やライフスタイルの魅力を付加価値に変え」て「新興国等の旺盛な海外需要を獲得し、日本の経済成長(企業の 活躍・雇用創出)につなげる」というものだ。そのコンテンツは「日本の文化やライフスタイル」とされているが、ファッションやアニメなどの現代文化と、ラーメンや寿司そして日本酒などの輸出しやすい食文化が中心となっている。 そして、そのシナリオは、1. 日本の魅力の効果的発信によって日本ブームを創出し、2. 現地で稼ぐためのプラットフォームを構築して海外で稼ぎ、3. それによって観光客を日本に呼び込み大きく消費を促すというものだ。 6月5日に開催された観光立国推進閣僚会議で「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」が決定された。「2020年に外国人旅行者数を2000万人に増やす」という目標達成のための政府の戦略と施策はこちらに集約されているようだ。それには「日本の歴史・文化に高い関心を有しつつもまだ十分に取り込めていない欧米からの訪日需要を確実に取り込むべく、欧米向けのプロモーション戦略を今一度練り直し、欧米からの旅行者に訴求する日本の歴史や伝統文化をテーマとしたプロモーションを実施し、体験型訪問ツアー商品の充実を図る」。とある。観光立国推進拡張会議は内閣総理大臣が主催し2011年から開催されているが、欧米からの旅行者の呼び込みついて触れたのは今回が初めてだ。観光立国のコンテンツは何か? クールジャパンのコンテンツは、日本に興味を持つきっかけにはなるが、多くの外国人観光客を日本に呼び込むためのコンテンツには成り得ないだろう。アニメやファッションを購入し、ラーメンや寿司などを食べることができる地域も増えた。クールジャパンの戦略も、現地で稼ぐことを優先して輸出しやすいコンテンツが選ばれている。 海外で日本ブームを創出することも必要だが、高い旅費を払ってわざわざ日本に来てもらうためには、日本でしかできない体験を提供しなければならない。まして、「観光立国実現に向けたアクション・プログラム2015」の冒頭に書かれているように「力強い日本経済を立て直すための成長戦略の柱として、世界に誇る魅力あふれる観光立国の実現に向けて強力に施策を推進する」のであれば、目先の珍しさに頼ったブームではなく、2020年の後にも継続する日本の魅力の創造に取り組む必要がある。 「訪日外国人消費者動向調査」のアンケート結果を元に、欧米からの観光客が最も期待していたことをグラフにしてみた。外国人観光客全体での順位で上から並べてある。これを見ると「日本の歴史・伝統文化体験」への期待が、欧米からの観光客に特徴的であることがわかる。【欧米からの観光客が最も期待していたこと(人)】観光庁の「2014 訪日外国人消費者動向調査」より筆者作成 「日本の歴史・伝統文化体験」の中心となるコンテンツは文化財だ。現在、日本の文化遺産として次の15件がユネスコに登録されている。 法隆寺地域の仏教建造物、姫路城、古都京都の文化財(京都市、宇治市、大津市)、白川郷・五箇山の合掌造り集落、原爆ドーム、厳島神社、古都奈良の文化財、日光の社寺、琉球王国のグスク及び関連遺産群、紀伊山地の霊場と参詣道、石見銀山遺跡とその文化的景観、平泉仏国土(浄土)を表す建築・庭園及び考古学的遺跡群-富士山-信仰の対象と芸術の源泉、富岡製糸場と絹産業遺産群、明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業 もちろんユネスコの世界遺産条約(世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約)は、それらの遺産を観光資源として認定するものではない。危機に瀕している文化や自然を登録することによって、未来に遺すべきものであることを世界に示し、各国がその条約に基づいて保護・保存をすることを促すことが本来の目的だ。 屋久島、白神山地、知床、小笠原諸島といったユネスコの自然遺産に登録されている地域は、保護を最優先すべきで、観光資源としての活用は厳重な管理のもとで限定的なものにしなければならない。しかし、文化遺産に関しては、積極的な活用と保護が両立するはずだ。ユネスコの文化遺産に限らず、文化財の補修や整備には莫大な費用がかかる。 本年度(平成27年)の国家予算は 96兆円あまりだが、文化庁の予算は1038億円で、そのうち「文化財の適切な修理等による継承・活用等」にあてられるのは334億円にすぎない。 観光立国の実現を力強い日本経済を立て直すための成長戦略の柱とするのであるならば、重要な観光資源である文化財の補修と整備に積極的に投資すべきだ。姫路城や金沢城などの文化財に限らず、テーマパークやショッピングモールそしてホテルなどの成功例を見ても、積極的な投資が人を呼び込むために非常に効果的かつ必須であることは明白だ。「おもてなし」はコンテンツではない 「皆様を私共でしかできないお迎え方をいたします。それは日本語ではたった一言で表現できます。お・も・て・な・し。それは訪れる人を心から慈しみお迎えするという深い意味があります。先祖代々受け継がれてまいりました。以来、現代日本の先端文化にもしっかりと根付いているのです。そのおもてなしの心があるからこそ、日本人がこれほどまでに互いを思いやり、客人に心配りをするのです。(ANNニュースの同時通訳)」 IOC総会での滝川クリステルさんのスピーチの「おもてなし」という言葉が話題になった。個人的には、このスピーチに違和感を感じた。日本で滝川さんのように合掌してお辞儀をしてくれるのは、お寺の住職ぐらいのものだ。ずいぶん昔の、仏教国タイの「微笑みの国」というプロモーションを思い出した。 それはともかく「おもてなし」は観光立国のコンテンツにはなりえない。インバウンドをビジネスとして考えれば、そのビジネスに関わる人や企業が接客に気を使うのは当然のことだ。「おもてなし」は観光客に良い体験をしてもらうための重要なサービスであることに疑いはないが、外国人観光客が日本を旅行先に選ぶ目的は、食・自然・文化などのコンテンツであって、「おもてなし」を受けるためではないだろう。 5月6日に世界経済フォーラム(World Economic Forum)で、2015年度の旅行・観光競争力指数(The Travel & Tourism Competitiveness Index)が発表され、日本は141カ国中の9位で、アジアでもっとも競争力指数が高い国とされた。「おもてなし」が評価されたとの報道があったが、高い評価(1位)を受けたのは企業の顧客対応度(Treatment of customers)であって、滝川さんのいう「おもてなし」とは違うものだ。 欧米からの観光客は、団体旅行やツアーではない個人手配による旅行が多い。日本の歴史・伝統文化を体験したいという欧米からの観光客にとって、観光バスに乗って観光スポットを観てまわるだけでは物足りない。しかし、個人で移動しようとすると、いろいろな情報が必要になる。 ターミナル駅の複雑な路線図を見上げて呆然としている外国人観光客に声をかけて助けてあげるのも良いことだが、そうならないように根本的な問題を解決することが本来の「おもてなし」だろう。【欧米からの観光客が滞在中にあると便利だと思った情報】観光庁の「2014 訪日外国人消費者動向調査」より筆者作成コンテンツの商品化とマーケティング インバウンドをビジネスとして考えた場合、その商品とマーケティングが非常に曖昧なままになっている。後編では、欧米からの観光客が期待する「日本の歴史・伝統文化体験」を商品化することと、その商品を売るためのマーケティングについて考えてみたい。

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    外国人がフィギュアとゆるキャラに否定的でコスプレOKな理由

    ンが魅力のようです。同様に花鳥風月の絵柄が描かれたカラフルな地下足袋もお土産として人気です。 思わぬ文化的背景を感じさせられたのが人間型ロボット。漫画の「鉄腕アトム」に始まり、実物の「ASIMO」(ホンダ)、「ペッパー」(ソフトバンク)まで人間型ロボット開発は日本の独壇場です。欧米発が少ないのが不思議でしたが、敬虔なクリスチャンのイタリア人男性が「人間を創るのは神だけ。人間は人間を創ってはいけない。だから人間型ロボットを開発できない」と教えてくれました。 日本が世界に先駆けて2010年に打ち上げた宇宙ヨット「イカロス」の開発では、ある伝統文化がヒントとなりました。太陽光の圧力で航行するため、宇宙で広げる一辺14mの巨大な帆を折り畳む際、折り紙の技術を転用したのです。広大な宇宙と小さな折り紙の融合とは、実に夢のある話です。 伝統文化が称賛される一方、外国人がネガティブな視線を向けるのがフィギュアとゆるキャラです。ポップカルチャーの代表である両者だけに意外な反応ですが、基本的に海外では「マンガやアニメは子供の文化」とされて、大人がそれらに熱中するのは「幼児的」「成熟していない」とみなされます。多くの外国人は、警視庁のマスコットがピーポくんという現実に「ふざけているのか」と青ざめます。 ところがコスプレには一転、「立派な自己主張だ」と肯定的な意見が増え、ゴスロリファッションやメイドファッションのファンという外国人も大勢います。日本のポップカルチャーは賛否両論なのです。関連記事■ 訪日外国人向けサイトの利用者が選定 日本百景を紹介した本■ 外国人に人気の観光スポット 日本文化体験可能施設注目上昇■ 富士そばに外国人観光客殺到 人気の理由に意外な事実判明■ 外国人が喜ばない日本食は「おでん」と大前研一氏■ 韓国人作家「偉大な日本の精神は大和魂でなく甘えん坊精神」

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    「ニッポン」礼賛ブーム 影に潜む問題点から目を背けるな

     安倍宏行(「Japan In-depth」編集長) 日本の地下鉄の快適な乗り心地を支えるのは、「ミリ単位」のメンテナンスが日々行われているからである。数分刻みで規則的に走る運行スケジュールを支える「秒単位」の正確な運転技術は、徹底的な操作訓練の賜物である—こうした驚くべき日本の技術力の現場を目の当たりにして、驚いた外国人たちが一斉に「Amazing!」「スゴイデスネー!」と驚愕する。こういうシーンを、最近よくテレビで目にするようになった。「てんま天神梅まつり 盆梅と盆石展」 樹齢100年を超える古木が並び、外国人観光客も見入っていた=大阪府大阪市北区の大阪天満宮 今、テレビメディアを中心に、日本の素晴らしさを再発見、発信する番組が花盛りである。2015年2月現在、テレビ地上波では『所さんのニッポンの出番(TBS)』『世界が驚いた→ニッポン!スゴーイデスネ!! 視察団(テレビ朝日)』『Youは何しに日本へ?(テレビ東京)』など、次々に番組が制作されている。テレビメディアだけでなく、出版の世界でも、いわゆる愛国本とされる本の売り上げが好調だ。最近では『日本はなぜ世界でいちばん人気があるのか』(竹田恒泰著、2010年、PHP新書)の売上が、2014末時点で累計50万部超を誇る。 こうした、いわゆる「ニッポン礼賛」ブームから、私たちは何を考えるべきなのか。この現象から透けて見える現代日本人のメンタリティとは何だろうか。まずは、現在までの社会経済的な背景からたどってみたい。 日本経済に目を向けてみると、90年代初頭のバブル崩壊、その後97年に消費税が3%から5%に引き上げられたあたりから日本は緩やかなデフレに入った。景気の面では明るさは見えて来たものの、長いデフレのトンネルを完全に抜けたとは言えない。 私はフジテレビで21年間、報道現場の最前線に立ち続けてきた中で、この「負」のマインドというものをいつも身近に感じてきた。 国内では、長い間日本について自ら自信を回復できるような大々的なニュースにずっと乏しい状態であった。中でも日本に負のインパクトを与えたニュースの最たる例が、2011年3月の東日本大震災による福島第一原子力発電所事故だ。絶対に事故を起こさないという安全神話の象徴だった原子力発電所がメルトスルーし、甚大な被害をもたらした。これによって、日本の依り所でもあった自国の高い技術力に対する自信も、同時に崩壊してしまいかねないほどのインパクトを与えたと言えよう。「礼賛ブーム」は、自信回復の兆し「礼賛ブーム」は、自信回復の兆し あれから4年あまり経過し、最近ではようやくアベノミクスによって景気に若干の明るさが見えてきた。もちろん国民全員にその恩恵がもたらされる状況に至っているわけではない。例えば一部の大株主や機関投資家がキャピタルゲインで大もうけしたり、大企業の収益が右肩上がりだったりといったニュースを目にする、という程度のものである。だが、それによって今はまだ恩恵を受けていない零細企業や末端の人々の間にも、少なくとも近い将来にはこの長いトンネルから抜け出られる日がいつか来るのではないかという、希望の兆しが見え始めてきた。 そして、2013年には東京へのオリンピック招致が決定。ビザ要件緩和や円安誘導政策によって、訪日外国人観光客数は大幅に増加し、2014年には前年比では約30%もの伸びとなる過去最高の1,300万人を突破した。今では日本の各地で、本当に多くの外国人を見かけるようになったが、彼らは平均して10万円以上を滞在中に消費するという。日本での滞在中、一回当たりもっとも多額の出費をする中国人を筆頭に、訪日外国人の消費総額は年間2兆円レベルにまで達する。こうした中で、海外から来た人々をどうビジネスに結び付けるかというのは、テレビメディアに限らずどこでも花盛りとなってきている。 現在のニッポン礼賛ブームは、国内で見聞きされるようになった景気の「薄日」ムードを受けて、日本人が少しずつ、その内面に自信を取り戻してきたことの表れではないだろうか。 また、2013年には、ユネスコ世界遺産に「和食」が登録された。そのほか、海外で「クールジャパン」が非常に評価されているといった、外的な積極要因も大きい。私は毎年、パリで開催されるジャパンエキスポを取材しているが、2014年の入場者数は25万人を超える大盛況となった。パリだけでなく、欧州全域からニッポンを体感しようと集まってくる参加者の中には、「ゴスロリ」の扮装でパリ市内を練り歩くイベントを楽しむ若者までいるほどの過熱ぶりだ。 このような現象を見聞きするうちに、「日本は嫌われているのではない。むしろ世界から好かれているのだ」ということを現実のものとして実感できるようになり、またニュースでもそうした報道が多く流れるようになった。こうした高揚感や、ポジティブな全体的意識というものは、多かれ少なかれ、こうした番組が生まれる背景としてあると思われる。 それを敏感に察知したとある番組制作サイドが、ニッポンの魅力を再発見する番組を作ってみたところ意外にもヒットして視聴率を稼いだため、これに他局も追随した、というのがテレビ局側の事情であろう。 現在の「ニッポン礼賛」ブームを契機に、日本の良さを見つめ直すことは大いに結構である。ただし、ここで忘れてはならないのは、同時に日本が抱えるさまざまな問題点についても、きちんと目を見開くきっかけにすべきであるということだ。 確かに日本の技術は高度で素晴らしいかもしれない。しかし、そのためにむしろオーバースペックに陥っている可能性があることは憂慮すべきだろう。例えば日本の鉄道の運行技術は、確かに外国人から見たら「スゴイ!」のかもしれないが、それゆえに過剰なコストを企業は負担しているということだ。日本の労務費の高さは世界一だが、それゆえに、安い人件費を求めて海外に流出してしまった企業もあるのだ。つまり、国内の雇用が減少してしまう。 際限なく高スペックを追い求めて高コストになるよりも、効率化してコストダウンすることで、新たなサービスが生まれるかもしれないし、そこで生まれた余剰人員で新商品の開発ができるかもしれない。そうした発想の転換が必要かもしれないということである。“世界の中の日本”だということを忘れるな 現在のニッポン礼賛ブームは、何を問いかけているのだろうか。それは今こそ、日本から世界についてきちんと目を向けるタイミングがきたということを、私たちに知らせるサインだと捉えるべきなのではないか。 あくまでも「世界の中の日本」なのであり、「日本のための世界」ではないのである。このことを忘れてはならない。日本を知り、そしてもちろん世界についても、正しい知識と理解を持つきっかけにしてもらいたい。 世界に広く目を向けて、日本は世界をどう受け入れていくのか。日本の立ち位置をしっかり捉え直すというのが、これからのグローバル時代の日本の役割であり、ひいては東アジアの安定にもつながる。 「イスラム国」のテロが世界を震撼させている中東に目を向けてみると、2015年1月~2月、安倍晋三首相は中東歴訪の際に積極的な人道支援を表明した。この地域が政治的に安定することは、ひいては非道なテロを取り除くことにもつながっていく。「ニッポン」に熱い注目が集まっている今だからこそ、日本が世界に対して何ができるのかということを考え、実行していかなければならない。あべ・ひろゆき  昭和30年、東京都生まれ。慶応大卒。ジャーナリスト、ウェブメディア「Japan In-depth」編集長。他にも危機管理コンサルタントや成城大学非常勤講師なども務める。平成4年にフジテレビ入社、総理官邸や経済・政治担当キャップ、ニューヨーク支局長、解説委員などを歴任。その後、報道番組「ニュースジャパン」キャスター、元BSフジプライムニュース解説キャスターを務める。平成25年にフジテレビを退社し、同年にウェブメディア「Japan In-depth」を立ち上げる。

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    死語になったクールジャパン もう「ゴスロリ」しか残っていない

    それは「ゴスロリ」ではない 日本文化を海外へ売り込もうとの動きが高まっている。2010年には、経済産業省が「クールジャパン」という言葉を打ち出し、政府や大企業が旗振り役となって、日本文化を発信するイベントが開かれるようになった。しかし、日本の何を「クール」とするのか、ということは政府もまだわかっておらず、とりあえず「ハイカルチャーからサブカルチャーまで、日本の文化は何でもクールだ」ということになっている。 この、やや大雑把なクールジャパン政策の象徴が、「ゴシック・ロリィタファッション」への誤解である。2013年、パリで開かれた、日本の「カワイイ文化」を紹介するイベント「Tokyo Crazy Kawaii Paris」において、稲田朋美クールジャパン戦略担当大臣が「自称」ゴスロリ姿で記者会見したのは記憶に新しい(「稲田朋美 クールジャパン ゴスロリ」などで検索すれば、当時の画像がたくさん出てくる)。ゴシック文化、そしてロリィタ文化を愛する筆者からすれば、あれはゴスロリでも何でもなかった。おまけに稲田氏は同年、うっかり「ゴスロリは十二単がルーツと聞いている」なんてトンチンカンな発言までしてしまったものだから、ファッション愛好家のみならず、多くの国民から「それは違うだろ!」「クールジャパン戦略担当なのに、日本のファッションをまるでわかっていない」と、総ツッコミを受けた。が、稲田氏を責めても仕方がない。それほどに日本のゴシック・ロリィタファッションのルーツは奥深く、複雑だからだ。ゴシックとロリータの違いゴスロリファッションを研究する上田安子服飾専門学校の学生ら=2012年11月26日、大阪市北区(竹川禎一郎撮影) 一口に「ゴスロリ」といっても、「ゴシック=ゴス」と「ロリィタ=ロリ」は全くの別物である。まず「ゴス」から説明しよう。ゴス文化のルーツは、中世ヨーロッパの「ゴシック建築」だ。尖った塔と、崇高で威圧的な様式美。そのゴシック建築が廃墟と化したものを、18世紀のイギリス貴族たちが「再発見」し、小説の舞台にしたのが始まりだ。しかしながら、現代の「ゴス文化」は、文学やパンクス、ヴィジュアル系バンドの音楽性、ストリートファッションなど、ゴシック建築がどうのという次元をはるかに超えて広がっている。統一されたルールがあるわけではない。ただただ、死の匂いと退廃性を感じさせ、おどろおどろしいが魅力的なサブカルチャーの総称となっている[1]。 一方のロリィタ文化については、乙女趣味や過度なロマンチシズム、ロココ調やヴィクトリア時代への憧れ、人形への偏愛などが特徴である。ウラジミール・ナボコフの少女性愛趣味小説『ロリータ』(1955)が由来ともいわれるが、フリルや少女性にあふれた「ロリィタファッション」を好む若者が、必ずしもナボコフを読んでいるわけではない。ロリィタもまた、歴史的背景うんぬんというよりは、ストリートファッションの中から徐々に生まれた精神性の総称だ。西洋文化を好むかと思えば、大正ロマンや『不思議の国のアリス』(ディズニー版ではない、ジョン・テニエルの挿絵版である)、キティちゃんへの憧憬もみせる。とにかく少女的で、退行的な趣味である。クールジャパン(死語)が「ゴスロリ」を支援する方法ゴスロリとヴィジュアル系バンド この、一見相反する「ゴシック文化」と「ロリィタ趣味」を合わせたものが、「ゴスロリ」と呼ばれるファッションだ。90年代の日本では、MALICE MIZERなどの有名バンドが、「ゴス」と「ロリ」を合わせたような衣装を身にまとっていた。それを真似したいというファンの女の子たちが、ゴスロリジャンルを確立させたともいわれる。女の子たちは、ヴィジュアル系バンドの音楽性と主張(要はファッション)に惹かれ、彼らと同じような装いをしたいと願った。その一部が、ゴスロリ系と呼ばれるようになったのだ。 黒やワインレッドを貴重とし、パニエで大きく膨らませたスカートと、フリフリのブラウスやヘッドドレス、日傘。退廃的だが乙女チックでもあり、「何を考えているのかわからない」と思われてしまうような装い。当事者にとっては、「私は◯◯系」という明確なカテゴライズがあるのだが、政府のいう「クールジャパン」のもとでは、そうした細かな違いはどうでもいいのだろう。ただ、少なくともゴスロリファッションは、稲田元クールジャパン戦略担当大臣の「コスプレ姿」とはまったく違うものだし、ましてや「十二単がルーツ」でないことは確かだ。ゴスロリは、80年代後半~90年代の原宿を中心としたストリートファッションが、西洋の歴史を換骨奪胎し、そこへ日本ならではの少女趣味、そして一部、ヴィジュアル系バンドの音楽性などを結びつけた、独自の「クールさ」を醸し出す日本文化である。そのクールさは、政府が「クールジャパン」なんて単語を使うずっと前から、フランスなどで高い評価を得ていたのだ。クールジャパン(死語)が「ゴスロリ」を支援する方法 では、「ゴスロリ」的な日本のサブカルチャーを、海外へ売り込もうという政府の戦略がすべて間違っているかといえば、そうでもない。国はただ、ファッションについて理解せずとも、「お金を出してくれればよい」という見方もできる。日本のゴスロリ系ブランドは多くが零細企業で、少量生産だ。ゴブランや高品質のレースは、原価も高い。ファンの目は厳しいので、いかにも「安物」「パクリ」らしいアイテムは嫌われる。大手メーカーとは違って、大量生産でコストカット、というわけにはいかないのだ。「ファッション関係で食べていける」のはごく一部。筆者が10代の頃、好んだブランドで、今も原宿に店を構えているのは一握りだ。そんな日本のゴシック・ロリィタブランド勢が、政府の支援によって、海外でも販路を広げることができれば、もしかしたら状況は変わるかもしれない。 たとえばフランスでは、2000年から現地の協力で「ジャパン・エキスポ」が開かれている。そこに日本のゴスロリブランドが出展するだけでなく、販売支援や生産体制まで政府が支援すれば、零細ブランドでも多くの消費者をつかめるかもしれない。稲田元クールジャパン戦略担当大臣の、珍奇な「ゴスロリ」姿に象徴されるように、国は日本のストリートファッションをまるで理解しないまま、「クールジャパン事業」にお金をつぎ込んでいる。その「使い方」され間違えなければ、きっとファッション業界は良い方向へ動くと思うのだが……と、提案してみたが、最近では「クールジャパン」という言葉すら死語になりつつある、との指摘もある。政府には今一度、「クールジャパン」なんてダサいキーワードに何でも放り込まず、日本のファッション文化を丁寧に支援してほしいものである。[1]詳しくは、樋口ヒロユキ氏の『死想の血統 ゴシック・ロリータの系譜学』(冬弓舎、2007)や、高原英理氏の『ゴシックハート』(講談社、2004)などを参照のこと。

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    「クールジャパン」を担うクールじゃない発想

    実現しようとする内容の劣悪さもさることながら、クリエイティブ系の産業の上っ面のところだけを撫でて日本文化を外に宣伝することが自己目的化してしまう仕組みと、それを誰も止められないところに大きな課題を抱えているように思うわけです。クールジャパン/クリエイティブ産業http://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/「クールジャパン」、本来は何をするべきかhttp://toyokeizai.net/articles/-/51613「クールジャパン機構」が出資する事業、いくつ知ってる?http://matome.naver.jp/odai/2142838513435128901 ジャーナリストの本多雅一さんは、この手の政策論争においてもっとも見たくない現実のひとつである日本の「アニメの輸出ピークは90年代」を例示した上で、その輸出が伸びた理由が「安価であったこと」とはっきり解説しています。 何のことはない、日本で盛り上がっていると思い込んでいるクリエイティブ産業は、基本的には日本人が日本人のために好きなコンテンツを作り、ぐるぐると回しているだけの状態なのですが、これを海外にも売っていき持続的で外貨を稼げる産業へ育成しようと考えたとき、現在クールジャパンで取り組んでいるものとはかなり異質な問題構造に出会います。大きなものはおおよそ3つ、ひとつは「事業目標や事業の効果測定が不明確」である点、ひとつは「クリエイティブ産業を担う人材が食えない」点、そしてもうひとつが「世界で日本の著作物の権利があまり守られない」点が挙げられます。わざとわかりにくくしている?お寒い事業結果 経済産業省のクールジャパン関連の報告書は、読む者に一足先に冬の訪れを感じさせるほど寒い事業結果報告が並んでいます。どれも、公に、国家が金を出して海外に展開しなければならないような事業ではなく、民間が必要であれば自分でやるタイプの代物ばかりです。安く日本茶が飲めるショップを赤字覚悟で世界展開することが、クールジャパンの手助けとなり日本の海外でのプレステージが上がると確信しているのであれば、それは大変にアレな人だと思われかねない状況なのです。 何かを目的にして事業を構想し、実現のためにその予算を投下した結果、どのくらいの効果が出たと目されるのか、しっかりと検証しなければなりません。それは、例えばその国や地域で特定のクールジャパン印の関連商品を喧伝した結果、その国や地域向けの文化輸出がどれだけ向上したのか、あるいは、日本を訪れる観光客が増えたと見られるのか、日本への好感度がどれだけ改善したのかといった、指標をしっかり作って効果測定をしなければならないのは自明です。むしろ、他の産業分野の支援よりも「輸出額」といった点で貢献を数値化できるだけ把握しやすいものであるはずが、なぜかクールジャパンの世界ではわざと分かりにくいようにしているのかと勘ぐりたくなるほど余計な事業ばかりが報告をされているのは問題なのではないでしょうか。 また、日本のアニメや漫画など主力となるコンテンツの輸出を伸ばそうにも、そこに従事しクリエイターを目指す人々の所得はきわめて低く抑えられ、よほどその方面の仕事が好きだと人生を捨てる覚悟で道に入る人々ぐらいしか産業を支えられない構造になっているのも見逃せません。しかも、かなりの部分が産業を支えた人材の中年化、高齢化を迎え始め、新しい表現技法やコンテンツのテーマについて他の国々のキャッチアップを受けて競争が激化している現状があります。健康保険も満足に入れない、過酷な労働現場で心身を病むクリエイターが出る中で、リスクある制作に取り組める環境をどれだけ用意できているのか、よく考える必要があるのではないかと思います。 アニメーターにせよ演出家にせよ漫画家にせよ、文化に従事する職業の宿命として「当たらなければ貧乏」に甘んじなければならないという世界は存在します。しかしながら、「好きでやっている仕事だから貧乏で当然」ということではなく、誇りのある職業としてしっかりと若い世代にも語り継いでいけるような世界でない限り、長い目で見て日本産業のお家芸にはならないであろうことも事実でしょう。本来、産業政策とは単にモノを海外に売っていくための仕掛けだけで終わるものではなく、その産業で飯を食い暮らす人たちの人生そのものも預かっているのだという自覚が必要なのではないかと感じます。 最後に、我が国の海外での著作物の権利があまりきちんと守られない問題については、もう過去何年にもわたって事業者や専門家が指摘し続けてきたものの、意味のある形で公的に対応される気配がないので、いまや事業者が自衛のために努力を払い続けている状況です。 内閣官房知財本部では、さまざまな施策を実施しているように書類上は書いてあるのですが、いま必要なことは背広を着て会議することではなく、具体的に海賊版の氾濫やネットでの違法ダウンロードなどの問題に直面している事業者が解決を行うための補助線を太く強く引くことであって、そもそも海外での事業拡大のためにどう戦うか、それを援けるかという意識を強く持ってほしいと思うわけであります。首相官邸 知的財産戦略本部https://www.kantei.go.jp/jp/singi/titeki2/ 知財分野も含めたTPP交渉が大枠を終え、日本政府としては合格点が充分に与えられるほど、しっかりとした議論が行えたと思います。その成果をしっかりと国内産業の育成に資する環境づくりをしていただきたく、もうちょっとやりようを良く考えてほしいと願うばかりであります。

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    底が浅い「クールジャパン」はジャポニズムと同じ運命をたどる

    会があった。ほかの集中講義よりも登録学数数が多く、出席学生は熱心であったが、課題レポートの半数近くが文化外交についてであったことには驚いた。世界に誇るフランスワインの本場で、日本通であることを自負する学生も数多くいて、筆者に話しかけてくる。彼らにとって、日本は伝統文化と近代科学技術を併せ持ち、文化外交に成功した国として理想的な国ということのようであった。 その反面、我々が考えるほどにはかれらはフランスの文化外交が成功しているとは考えていない。フランスが誇る奢侈品や装飾品は古色蒼然たるイメージのコマーシャリズムにしか見えないのである。決して「クール(かっこいい)」ではないのである。しかし確かに往時の勢いはないが、我が国をはじめとして世界中どこにでも、フランス文化の愛好家は多い。世界に根付いた文化であり、フランスの文化産業は依然として一定のシェア率を誇っているといってよい。日本文化普及の突破口としての「クールジャパン」 こうした海外の若者たちが日本に関心を持つ切掛けは、マンガ・アニメ・ゲーム・DVDなどであることが多い。 パリ郊外で毎年開催されるJ-Popの祭典「ジャパン・エクスポ」は、日本のポップ・カルチャー大ファンの三人の仏人が最初は小学校の教室を借りて立ち上げたイベントであったが、今や今年で16回目を数え、25万人もの人々を集める世界最大の日本文化関連イベントとなっている。各種マンガ・アニメのブースや日本の若者向けファッション、コスプレーショー、ポップコンサートなど大変な賑わいである。私はこの種のイベントを「夏祭り参加型イベント」と呼んでおり、日本の海外イベント展開の一つのパターンであると考える。「ナルト」や「ワンピース」は世界中で大人気である。ワインのマンガ「神の雫」はフランスとイタリアのワインの蘊蓄を傾けたものだが、これも仏語訳で良く読まれている。青年層を中心にJ-Popの浸透振りは驚くばかりであるが、それを切り口に日本社会や歴史伝統文化に関心を広げる人々の裾野も広がっている。 今から7年前の日仏外交樹立150周年記念の年、その一年間だけで大使館に登録された記念文化事業の数は758件に上った。平均して一日二件フランスのどこかで日本関連の文化事業(の式典)が開催されていたことになる。柔道人口が世界最大の国は六十万人の「ジュードーカ(柔道家)」を擁するフランスであることはつとに有名である。鎧兜は昔から人気があるが、武具を着けた剣道も徐々に普及しつつある。 日本人街ともいわれるオペラ座界隈の日本料理店、とくにてごろな値段の日本ラーメン屋ではフランス人の若者が客の大半である。彼らはラーメン餃子や半ちゃんラーメンとビールで盛り上がっている。 その意味では、「クールジャパン」は日本への関心と日本ファンを育成することに大きく貢献したことは確かである。国家ブランド「ジャパン」--日本の好イメージ---信頼できる国、日本 さて人気上々は結構なことだが、この「クールジャパン」の効用は、どんなところにあるのであろうか。ひとつは経産省がバックアップする「クールジャパン機構」をはじめとする文化産業の貿易振興という経済効果、もうひとつは日本文化ファンの増加にあやかった対外広報文化活動の活性化、というふたつの方向である。 「クールジャパン」とは、ダグラス・マックグレイが2002年に発表した論文GrossNational Cool の中で、日本の文化的潜在力について論じたときに使った表現である。バブル崩壊以後経済的に後退する日本経済とは裏腹に、ポップ・カルチャーの面で日本は世界に大きな影響力を及ぼし始めた、と論じたのである。 しかし今日一般に使われている「クールジャパン」という表現は、そのような意味に限定されない。より伝統的な日常生活の側面も含む広い意味での表現である。華道・茶道が伝統文化といってもかつては「禅」の生活習慣の一部であり、「花嫁修業の必須科目」であったのだから、「ポップ」であった。文化とは発祥の段階ではポップであったという主張はよく聞かれる主張である。後で述べるが、「クールジャパン」とは何かというコンセプトの問題はやはり改めて問い直されるべきであろう。 いずれにせよ国際的な日本人気は上げ潮であり、これを利用しない手はない。国家のイメージは、その国の総合力の反映である。「国家ブランド指数」というものがある。対象国の「文化」、「国民性」、「観光」、「輸出」、「統治」、「移住・投資」の6つの分野を指数化したものである。それによると2014年のトップはドイツ、二位は前年一位だったアメリカ、日本は6位である。日本は大体5-6位にランクされる。また、ブランド・コンサルティング会社のフューチャーブランドが、17ヶ国の頻繁に海外を旅行する旅行者を対象にした調査「国別ブランド指標」では日本は2010年の6位から2014-15年には1位になった。またBBC(読売)の調査による「世界によい影響を与える国」として日本は昨年5位(1位はドイツ)、一昨年は4位の地位にあった。2012年にトップとなったこともある。 いずれも日本が、多様な文化と長い歴史をもち、最先端の科学技術と世界第三位の経済力を擁するだけでなく、最近では観光立国をめざして富士山、和食の世界遺産登録を追い風に「安定した信頼できる国」としてよいイメージを世界に与えていることを示している。試練に立たされている「クールジャパン」試練に立たされている「クールジャパン」 しかしこのよいイメージの実態を私たちはまだつかみきれていないし、自ら世界に説明し得ていない。そのための言葉も持っていない。たしかに「禅」の発想を起点とする近世以後の日本文化は語るべき文化ではなく、感じとる文化である。よく言われるように、前後の成り行きで、語らずとも感得しうる、いわば「ハイコンテクストカルチャー」である。「インワード戦略」で観光客の増員を図り、来て見てもらって日本を理解し、観光収益もあげたい。その意図はよく理解できる。しかし日本にきて何を理解してもらい、日本の何を「買ってもらう」のか。かつて19世紀後半から20世紀初めにかけてジャポニズムという美術・芸術部門を中心とするブームがあった。浮世絵から印象派が大きな影響を受けたように、世界的に多くの痕跡を残したが、今ジャポニズムが一般的に語られることはない。「クールジャパン」も同じ運命をたどりはしないか。 クールジャパン戦略推進会議やクールジャパン機構などが、コンテンツ、ファッション、日本食、デザイン、ハイテクなどを切り口に、対外的な日本製品の普及と好イメージの拡大に努めている。しかし、気になるのは、それらの戦略が長期的な展望を持ったものであるかということである。「受けるから売り出す」ということでは真の発信にはならないし、それではいつまでたっても世界の潮流の中で浮き沈みするだけだ。「他律依存型」の日本外交の実態でもある。 「クールジャパン」と称してはいるが、それは単に日本人の独善的な自己解釈にとどまっている部分もありはしないか。「おもてなし」という言葉にしても、それが肌理の細かい配慮のある接待の仕方であるという以外に、どこまで外国の人達に「ジャパン」をイメージさせることができているだろうか。それが「日本流」の心遣いと様式を持っている独特なものであるということは来て感じてもらうことはできても、普遍的な理解の広がりには限界がある。 温泉や伝統文化の紹介も異国情緒、物珍しさを超えて日本文化の本質をどこまで伝えているものだろうか。フランスでのフランス人ジャーナリストによる温泉キャンペーンの会合に出席したことがある。温泉旅館では、なぜ女将が入り口で三つ指をついて迎え、部屋に入ると浴衣に必ず着替える。なぜなのか。庭をおもむろに散策し、風呂や食事が終わり、部屋に戻ると寝床が整っている。なぜなのか。そのジャーナリストはいちいち説明するのである。私たちには説明できない。それが習慣だからである。しかしそれだけでは単に「珍しい」「面白い」で終わりだ。それも各自の主観以外のものではない。そうではなく、きちんと説明する言葉を持つことで、日本の「おもてなし」という言葉が広く普遍的に理解されるのではないか。どこがほかの国と違うのか。独善におちいることのないコンセプトと言葉・表現なしには、「クールジャパン」はかつてのジャポニズムと同じ運命をたどるであろう。 それは日本からのメッセージである。思弁的な議論のようにも見えるが、やはり本質の見えない事象はいずれ底の浅さを露呈する。畏敬や尊敬を生まないからである。それでは長続きしない。どんな仕掛けが必要か そのための仕掛けについては、商品開発などの技術的な側面だけでなく、対外政策・国際交流面での仕掛けが必要であろう。それこそ文字通り「オール・ジャパン」の戦略が必要だ。それについては紙幅上ここで論じる余裕はないが、知的交流、日本語の普及と、それにともなう発信内容の発展など課題は多い。 たとえば、観光大国であるフランスでは、最近フランス観光開発機構が観光基盤会議を立ち上げ、行動計画を策定した。名勝旧跡はもちろん自然資源を生かす山岳地帯の観光という地理的環境、長期滞在型の伝統的生活を楽しむ(スローツーリズム)というような余暇の時間、さらに夜のツーリズムという非日常性などという概念的な多様性に配慮した計画設計が行われた。 同時に、贅沢感や高級感を売り物にしてきたフランス文化は依然として多くの人々にとって敬意や憧憬を持つ対象であるが、その振興策にはやはりそれなりの仕掛けが見て取れる。 たとえばフランスは高級な装飾品のブランドをたくさん持ち、それがフランスのイメージの高級感を生み出している。かつてフランスは、こうした高級装飾品をヨーロッパの王侯貴族に販売した。その装飾品のカタログは、図柄の入った豪華本の装丁で、しかもフランス語で書かれていた。そのカタログを読むにはフランス語の能力が必要であり、そのカタログを通してフランスの豪奢なイメージが自然と伝わると、同時にフランス語を理解することが社会的地位の象徴ともなる。 そこにはコンセプト、それを伝えるための手段、そしてターゲットが明白であることがわかるであろう。すでにフランス人の若者が「賞味期限を失った」と考えているフランス文化を過大に持ち上げるつもりもないが、そこには今後の日本の対外的文化発信と文化産業振興を考える鍵が隠されているように思う。