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    新型コロナ「パニック」の日本に必要な議論はこれしかない

    上西小百合(前衆議院議員) いまや新型コロナウイルスの影響は世界規模となった。当初中国の武漢にて新型コロナウイルスの一報が報じられたとき、ここまでの事態になることは想定していなかった。 一方で、私自身その一報を以下のようにも捉えていた。 「差し迫る春節期に、日本は中国からの観光客を入国制限しなければならなくなるだろうが、果たしてできるだろうか。中国人観光客が来ないとなると、日本の観光業界は大変な損失を被ることになり、反発も起こりうる。『英断』という言葉など、とっくの昔に消え去った政治環境で、そのプレッシャーに安倍総理は勝てないだろう」と。そして考えていたことが、まさにその通りになった。 春節になると多くの中国人観光客が日本国内にあふれ、結果的に日本国内でも新型コロナウイルスの感染拡大は現実のものとなった。そしてその影響はとどまるところを知らず、日本の観光業界は未だ冷え込みを続け、倒産する企業も出てきている。春節が日本経済にもたらす恩恵が多大なものであることは百も承知だが、そこは歯を食いしばって耐えなければならなかった。 加えて、国民の日常生活もパニック状態だ。ドラッグストアやコンビニエンスストアからマスクや消毒用アルコールはもちろんのこと、なぜかティッシュペーパー、トイレットペーパーやキッチンペーパーまでもが姿を消した。 私は幸いにも昨年末にストックを多めに購入していたということと「なんとかなる」というポジティブシンキングで、少量ではあるもののお困りの高齢者の方々にお分けするなどの余裕があった。それでも、そもそも紙類の生産は新型コロナウイルスとはほぼ無関係。それにもかかわらず、会員制交流サイト(SNS)上で無名の誰かが流したデマに右往左往する人々の多さに驚いた。 他にも納豆やもずくまでもが、免疫力が向上し新型コロナウイルス対策になるということで爆売れしたそうだ。ここまでくると、ばかばかしいコントのように感じてしまう。免疫力を上げたければ、平素から栄養バランスのよい食事を取る必要があって、ゲームじゃあるまいし栄養価の高い食物を摂取した瞬間にパワーアップするわけがない。花こう岩や玄武岩に関してはもはや言葉も出ない。しかし、その爆買いの渦中に巻き込まれている人々は至って真剣なのだから、よく言えば「人を疑わない」、悪く言えば「情報に対する民度が低い」という国民性が浮き彫りになった形だ。品薄を知らせる紙が張られたドラッグストアのトイレットペーパー売り場=3月4日、東京都内 情報過多社会の弊害とも言えるだろうが、まずは物事をうのみにするのではなく、自分で調べて考えるというステップが抜け落ちている人が多すぎる。SNSやワイドショーなどのやじ馬的な部分「だけ」から情報を取る習慣のある人は、冷静な判断を心掛けてほしい。 また、今回は新型ウイルスということで解明されていないことが多い。それにもかかわらず、テレビでは専門家でないコメンテーターの割合が平時と変わらなかったということが気がかりであった。視聴者は「どうすれば感染しないか?」と目を血眼にしてテレビにかじりついているので、専門家と専門家でないコメンテーターからのコメントを真に受けて、同列に受け取ってしまう。これが国民の過剰反応にもつながったのであろう。小さな政府、日本 このように国民生活がパニックを起こしている最中、日本維新の会の参院議員や大阪府選挙区支部長らが難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患っている舩後靖彦参院議員に向けた言葉に驚いた。舩後議員がALSゆえ、新型コロナウイルスが命に関わる恐れがあるということで国会欠席を表明したことに対し、「歳費を返納せよ」と主張したのだ。 自身でも間違いだと思ったのか維新の議員はすぐに謝罪していたが、主張内容も発信時期も、とんちんかんである。普段は与党議員がスキャンダル後に雲隠れしても指摘すらせず、維新でさえも国会採決に参加していなかった(欠席)議員が複数いることをスルーしているのだから、この発言は全くと言っていいほど理に合わない。 こんなに説得力のない発言をする議員もまれだ。まずは自分たちの襟を正し、権力者を追及するのが筋ではないのか。私が初めて衆院選に立候補したとき、「維新は高齢者や障がい者という社会的弱者を切り捨てるから嫌い」と言われたことがある。維新には、実際にそういう考え方の議員が多いのかもしれない。困っている人のために働くのが政治家であるということを、改めて肝に銘じてほしいものだ。 さて、近年の日本は小さな政府であるが故に「災害時に役所はすぐに対応できるわけではない、自助が大切」という言葉が呪文のように唱えられており、私も、ある程度はその通りだと思う。しかし今回のコロナウイルスをきっかけに、共助を充実させる、つまり大きな政府に少し移行させた方がいいのではないだろうか、と改めて考えた。 今の政治の流行は、地方自治体の財政悪化を理由に公務員を削減することだ。市民が公務員削減を公約に掲げる政党を無条件で評価する傾向があるので致し方ないのだが、今やいわゆる「先進国」とされている国々の中でも、日本の一般政府雇用者比率はかなりの低水準だ。 私は議員時代から多くの公務員の皆さんと近しく接してきたが「公務員の給料は私たちが出しているんだぞ、税金泥棒め」などと、まったくいわれのない罵声を要求が通らなかった市民から理不尽に浴びせられるそうだ。それでいて、市民のために一生懸命に尽くされている方も多い。せめて公務員の数を国際的な平均水準にし、緊急時にも国民がある程度安心して生活を送れるように福祉を前進させるべきだ。 このような環境下ゆえに、新型コロナウイルス対策はすべてが後手後手の様相を呈しており、ついに政府は被害拡大による国民の不満をなだめるため「8330円支給! いや、一律2万円支給!」などとバラマキ作戦を提案し出した。もちろん、国民にとって給付金支給は単純にうれしいのだが、根本的な解決にはつながらない。それ以前に免疫力が低下する高齢者への対応を至急充実させるなど、行うべきことは山積みなのだ。外出自粛ムードの中、公園で散歩する高齢者ら=3月17日、大阪市東住吉区の長居公園(前川純一郎撮影) 北欧の福祉体制を目指す体力は今の日本には到底ないにしても、「大きな政府」と「小さな政府」のどの辺りを目指すのか議論しつつ、所得や資産が少ない人にもう少し寄り添う「大きな政府」を視野に入れてもいいのではないだろうか。私は、政治家が「予算が足りない!」と大騒ぎし安易に公務員を削減する前に、むしろ国会議員を半分にすべきだと思っている(半分くらいは特筆すべき働きが伝わってこないので)。 季節も徐々に春めいてきた。新型コロナウイルスの被害は永遠ではない。政治家も含めた国民が冷静な判断で行動し、一刻も早い終息を実現していきたいものだ。

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    「コロナショック」の日本に足りないもの

    なぜトイレットペーパーまでなくなるのか? 新型コロナウイルスをめぐるデマで、おかしな現象が起きた。感染の終息が見通せない中、無意味な買い占めといった「パニック」が繰り返されかねない様相だ。だが、今、本当に必要なことは何なのか。少し冷静になってみれば自ずと見えてくる議論の本質とは。

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    安倍総理、「最後の希望」も無理ですか?

    新型コロナウイルスをめぐる対応で、安倍晋三総理を支持してきたはずの保守層も不満を露わにしている。思えば、憲法改正や拉致問題で進展が見られず、任期を重ねるうちに、いら立ちの声が保守の中から挙がるようになっていた。危機管理でも後手に回るようなら、総理への「希望」は全て崩れ去ってしまうのだろうか。

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    新型コロナ、安倍総理はあえて「有事の無策」で臨むしかない

    とだ。 首相は、国民の信頼を完全に失っているようだ。その結果、安倍首相の存在自体が、肺炎を引き起こす新型コロナウイルスの感染拡大という未曽有の「有事」が起こっている今、日本が負う最大のリスクとなっているように思う。 安倍首相は、日本の憲政史上最長の政権を築いてきた。だが、その間に、首相の言葉を国民が信頼しなくなっていった。本稿では、その経緯を振り返りたい。 まず、森友学園が大阪府豊中市の国有地を評価額より大幅に安く取得した問題である。14億円相当の国有地が実質200万円で売却された不可解な経緯に、安倍首相と昭恵夫人の関与が疑われた。だが、首相は「私と家内、事務所も一切関わっていないと申し上げた。もし関わっていたら私は政治家として責任を取り、議員を辞職する」と明言した。 しかし、首相夫妻や政権幹部が同学園の寄付集めや小学校認可を後押ししているかのような印象を強める事実が、次々と出てきた。そして、財務省によって国有地売却に関する決裁文書が書き換えられたことが明らかになった。 契約当時の文書には、学園との取引について「特例的な内容」との表現があり、学園の要請への対応が時系列的に記述されていたが、国会に開示された文書では、それらが消えていた。財務省は国会で、森友学園との事前の価格交渉を否定し続けてきたが、それを根底から覆す内容であった。2020年3月18日に公表された赤木俊夫さんの手書きの遺書。「これが財務官僚王国 最後は下部がしっぽを切られる。なんて世の中だ」などとつづられていた その後、近畿財務局で国有地売却の交渉・契約を担当した赤木さんが自殺し、遺書があったと報じられ、当時の財務省理財局長だった佐川国税庁長官が辞任する事態となった。 「最強の官庁」「最強のエリート集団」とされたはずの財務省が公文書改ざんという不正に手を染めてしまったのは、安倍首相の「関わっていたら政治家として責任を取る」という答弁と、決裁文書の内容を合わせざるを得なくなったからとみられている。言い換えれば、財務省は安倍首相から「責任」を押し付けられたのだ。官僚が疑惑隠しを率先? 次に、安倍首相の友人の加計孝太郎氏が理事長を務める、学校法人「加計学園」(岡山市)の獣医学部新設の認可をめぐる問題だ。加計学園が認可された経緯で、「首相の意向」などと記された文書が出回り、前川喜平前文科事務次官が「文科省で作成された文書に間違いない」と証言した。 また、獣医学部が設置される予定の愛媛県や今治市の職員、学園幹部と柳瀬唯夫首相補佐官(当時)が面会した際、柳瀬氏が「本件、首相案件」と述べたと県職員の備忘録に記されていた。 さらには、安倍首相が加計理事長と面談し、獣医学部新設の構想に「いいね」と述べたと記された県の文書が見つかった。愛媛県の中村時広知事は「県職員は柳瀬氏と名刺交換した」として職員が受け取った名刺を公開し、「文書は会議に出席した県職員が報告のために作成したものだ」と説明した。 一方、安倍首相は、「県文書に記載された日の前後の時期も含めて、加計理事長とは会っていない」と疑惑を完全否定した。柳瀬氏も県職員らに「記憶の限り、会っていない」とやや曖昧な表現で否定した。また、内閣府、厚生労働省、文科省は、愛媛県職員らが首相官邸を訪問した際のやり取りを記した文書は省内に存在しないと発表した。 だが、柳瀬氏は後に、「加計学園の関係者と面談し、その際に愛媛県や今治市の職員がいたかもしれない」と発言を修正していった。また、愛媛県など面談した際の文書が農水省に残っていることが明らかになった。 結局、加計学園の認可を巡り、安倍首相が「特別な便宜」を図ったかどうかの疑惑は解明されないままに終わっている。しかし、首相の疑惑を隠すために、官僚が省庁を超えて口裏を合わせて否定しようとしているという印象を国民が持ってしまったのは間違いない。 そして、新型コロナウイルス問題が発生するまで、国会で厳しい追及を受けていた首相主催の「桜を見る会」に関する問題だ。吉田茂内閣のころから毎年開催されてきた「桜を見る会」だったが、安倍首相や自民党議員の地元支持者が多数招待され、規模が年々拡大してきたことが、「私物化」だと批判されている。 具体的には、安倍内閣になってから「政治家枠」の招待客の人数が、2005年度には2744人だったのが、2019年度は約3倍の8894人に増加した一方で、国際貢献や災害復旧などの功労者は406人から182人に激減していた。 そのうえ、反社会的勢力が来場していた可能性も指摘されている。2019年度の費用が予算の3倍にも膨らんでいたことも判明した。2019年11月、「桜を見る会」をめぐり、首相官邸前で抗議する人たち 特に問題視されているのが、安倍首相が都内ホテルに自身の後援会関係者850人を招いて「前夜祭」を行ったこと、そして「桜を見る会」当日に、貸し切りバス17台に分乗して会場に向かったことだ。 首相の後援会関係者は「前夜祭」の会費として5千円を払ったという。だが、ホテルのグレードや料理の質から、この金額では不可能なパーティーだと疑われている。もし、会費と実際にかかった費用の差額分、当日の貸し切りバスの費用などを税金か首相のポケットマネーで補塡(ほてん)していたら「公職選挙法違反」の可能性があると疑われている。 また、この問題でも行政文書・公文書の管理のずさんさが問題となっている。招待客の名簿のデータが、野党議員が国会で質問をすると通知した約1時間後にシュレッダーにかけられていた。しかし、政府の答弁は「名簿の破棄は、たまたまシュレッダーの予約が取れたのが、野党が国会に質問通告した1時間後だった」とか、中学生でもおかしいと分かるような珍答弁だった。意図的に文書を廃棄したことが、あまりにも見え見えであった。「責任」が軽すぎる そして、この問題を巡る安倍首相や閣僚、与党議員、その他関係者の答弁があまりにもいい加減、支離滅裂、むちゃくちゃであった。例えば、招待者名簿について「バックアップデータが残っている電子データは、政府の定義では『復元できない電子データ』」「バックアップデータは公文書ではない」「バックアップデータに文書が残っているのは想定外」と答弁している。  さらに、衆院予算委員会の質疑で、辻元清美議員に対する安倍首相の「ヤジ」問題が起こった。辻元氏が「タイは頭から腐る」と批判すると、首相が「意味のない質問だよ」と声を荒らげたため、野党が反発し、審議拒否していた。結局、首相は「不規則発言は厳に慎む」と謝罪に追い込まれた。 その他にも、第2次安倍政権では10人の閣僚が辞任している。そのたびに、首相は「任免責任は、この私にあります」と発言した。しかし、首相は「任免責任」と10回も発言したわけだが、責任を1回も取っていない。 それどころか、政権に従順とされる東京高検の黒川弘務検事長の定年延長を決めた。黒川氏を検事総長に据えるためだとされる。検察庁法22条は「検事総長は、年齢が65年に達した時に、その他の検察官は年齢が63年に達した時に退官する」と定めているが、安倍政権は国家公務員法の定年延長規定を拡大解釈して決めた。度重なるスキャンダルから、「首相自身」「お友達」「仲間」を守るためだとされる。 要するに、第2次安倍政権が長期化する中で、「安倍1強」という状況が出来上がるにつれて、首相が「お友達」に「特別な便宜」を図った「権力の私的乱用」が疑われる事案が次々と発生してきた。首相は、その役人に責任を押し付けた。役人は、首相のために虚偽答弁や公文書の改ざん、破棄を行ったのではないかと国民に思われてしまっている。 安倍首相は「責任」という言葉を多用してきた。だが、実際に「責任」を取ったことがない。だから、国民は首相の「責任」という言葉を信頼できない。 また、首相は感染の拡大防止に「あらゆる手段を尽くす」というが、そこから「国民を安心させ、国民を守る」という姿勢が感じられない。 どうせ「お友達」「仲間」のためだけに手段を尽くすのだろうと思われてしまっている。だから、国民は一丸となってこの「有事」を乗り切ろうという気持ちになれないのである。 さらに問題となるのは、安倍首相自身が国民に信頼されていないことを自覚していて、焦りが見られることだ。首相は2月27日に全国の小中高校などに3月2日からの全国一斉の臨時休校を要請した。 新型コロナウイルスの感染拡大に対する防止策であり、首相は「これから1~2週間が急速な拡大か終息かの瀬戸際」と訴えた。ところが、愛媛県の中村知事などから場当たり的で唐突な決定だと批判されると、「専門家の意見を伺ったものではない。私の責任において判断させていただいた」と説明した。新型コロナウイルスの感染拡大を巡る記者会見で、記者の質問に笑顔を見せる安倍首相=2020年3月14日、首相官邸 つまり、「全国一斉休校」という重大なことを、専門家の意見を聞かずに首相の独断で決めたということだ。そして、それは新型コロナウイルスへの政府の対応が支持されないことに焦り、なんとか打開しようとして行ったことだというのだ。 筆者は、全国一斉休校には一定の合理性があると考えている。「1~2週間が感染拡大か終息かの勝負どころ」であるならば、ここでイベントなどの自粛に加えて小中高などでの感染を抑え込めれば、感染規模は大幅に小さくなるからだ。しかし、合理的な決断であっても、それが焦りからなされたものであれば、最悪な決断だ。平時で開く「亡国への道」 しかも、全国一斉休校の決断に対しては、残念ながら首相の期待通りに支持は高まらず、むしろ国民の戸惑い、怒りが広がってしまった。安倍首相が焦ってさらなる決断をしようとしたら、危ないことになる。 例えば、政府の新型肺炎への対応で最も批判が多い、ウイルスを高精度で検出する「PCR検査」についてだ。この検査の実施件数が、2月27日現在で韓国が4万4157人に対して日本では1890件と、実に23分の1にすぎなかったことから、国内外から批判を受けている。そして、この検査を希望者全員が受けられるような体制を早急に確立すべきだという訴えが広がっている。 この国民の強い訴えに、安倍首相がトップダウンで応えてしまうと大変なことになる。現在の精度が低いPCR検査では、陰性と診断されたが実は陽性だったという「偽陰性」が数%くらい発生する。偽陰性と診断された人がお墨付きをもらったことで外出してウイルスをまき散らしてしまうリスクがある。 また、PCR検査を全面的に解禁すると、ウイルス感染の可能性がある人が病院に殺到する。高齢者や基礎疾患のある外来患者や入院している人や、医師や医療スタッフが感染する可能性がある。要するに、医療崩壊を起こすリスクは、あらゆる面で格段に高まってしまう。 実際、日本の約23倍のPCR検査を実施している韓国では、新型肺炎の感染者数が8900人を超え、死者も110人に達している。日本はクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗船者を除くと、国内発生は1089人、死者41人だ(いずれも3月21日現在)。韓国では、PCR検査を徹底的に実施したことが新型肺炎感染者を激増させる原因となってしまっていると考えられるのだ。 「ダイヤモンド・プリンセス」乗船者の感染拡大も、国内外から批判はされたが、一方で米国からは対応を感謝されている。要するに、厚労省などの官僚は、新型肺炎についてベストではないにせよ、ベターな対策を慎重に進めてきたといえる。 だが、3月13日に改正新型インフルエンザ等対策特別措置法が成立した。私権制限につながる緊急事態宣言を、安倍首相が行うことができるようになる。しかし、安倍首相が今までの対策をちゃぶ台返しして、独断で決めるということは、危険なことである。 全国一律休校の決断は、「結果オーライ」かもしれない。しかし、今後は、国民をパンデミック(世界的大流行)の危険に陥れる決断を、自分一人で決めてしまわないことを願いたい。 指導者は平和なときから謙虚に振る舞い、国民の信頼を積み上げておかなければならない。それは、「有事」の際にその「信頼」を消費して、国民には不満でも大事なことを決断しなければならないからだ。 一方、平和なときにいい気になって「傲慢(ごうまん)」に振る舞い、国民の信頼を失った指導者は「有事」に自らの信頼がないことに焦って、人気取りをやってしまう。それは間違いなく「亡国」への道である。新型コロナウイルスの感染拡大に備える改正特措法が可決、成立した参院本会議=2020年3月13日 安倍首相は、これまで国民の信頼を失う言動を繰り返した自らが、「有事」の際の「最大のリスク」であり、政府の「アキレス腱(けん)」となっていることを強く自覚することだ。決して焦らず、専門家の意見を聞き、慎重に行動することだ。 幸いなことに、日本政府の新型コロナウイルスへの対応は、それほど間違ったものではないように思える。今、安倍首相に求められるのは「何もせずに、現状を維持して危機が過ぎ去るのを待つ」という、最も難しい決断をすることではないだろうか。

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    コロナ恐慌もどこ吹く風、不幸な「因習」

    「コロナ恐慌」。一部の週刊誌にこんな言葉が踊り始めるほど、ウイルス感染をめぐる状況も、そして世界経済への影響も深刻化し、不透明さを増している。そのような中で国会に提示された日本銀行の人事案は眼下の経済危機もどこ吹く風か、国民を不幸にしかねない「因習」にとらわれたお粗末なものだった。

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    コロナ不況でも消費増税? お粗末すぎる日銀の「族委員」

    一体改革」という名の消費増税路線を、積極的に推し進める内容だった。つまり、現在の日本の経済的困難を、新型コロナウイルス(COVID-19)とともに生み出した元凶の、消費増税を主張した人物である。 日銀の岩田規久男前副総裁の著書『日銀日記』(筑摩書房)にも明らかだが、インフレ目標達成を妨害した最大の要因は、2014年の消費税率の8%引き上げであった。日銀の金融政策の実行を妨害した、その主要因を唱えた人物が中村氏ということになる。2014年4月、奈良市内のスーパーで貼られた、8%の消費増税に伴い本体価格と税込価格の併記を知らせるポスター 本来であれば、日銀の政策目的と相反する人選になるはずだ。それでも「産業枠」で起用しようとするのだから、具体的な選抜方法が分かるわけもないが、推測するに財界からの要望であろう。財界と財務省が国民をないがしろ 日本の財界は、日本の顧客である国民をないがしろにしていることで有名である。おそらく、自分たちの社会的・経済的な地位に大きく依存してしまって、端的に言えば、国民の苦境にも想像力が一切欠けてしまっているのだろう。 要するに、彼らは国民によって、今の会社が回っていることを忘却している。そのため、現在の経済危機であっても、財界首脳部は消費減税をできるだけ避け、「赤字国債」の発行を控えて、緊縮政策を採ろうとしているのである。 この経済危機下での緊縮主義の表明は、国際的な経済政策の水準から見れば、もちろん異常なものだ。だが、財界と財務省という閉鎖された世界に住み、人々の生活に疎い人たちには異常ではなく、「正常」に思えるらしい。真に恐ろしいことであり、このままでは財界と財務省だけ栄えて、国民が滅びかねない。 今回の「中村人事案」は、そのような緊縮主義に対する貢献を考慮され、提示されたのかもしれない。いずれにせよ、過去の中村氏の消費増税を推し進めた発言は、現在の日本経済が置かれた危機的な状況にふさわしいものではない。ともかく、現在の日本経済には、消費減税をはじめとする、政府と日銀による積極的で反緊縮的な経済政策が望まれる。 世界経済、日本経済の状況は日に日に悪化している。いまだ推測の域を出ないが、悪化レベルはリーマン・ショック級か、それ以上の観測も提起されている。 私見では、日本だけでも最低12兆円規模の経済政策が必要だ。ただし、この数字はあくまで現状の認識であり、明日にでも大きく増額する可能性もある。それほど悪化の度合いとスピードについて、不確実性が大きいのだ。 場合によっては、20兆から30兆、それ以上の経済対策が求められるわけで、まさに「危機の時代」を迎えている。危機の時代には、ふさわしい人材が登用されるべきであって、危機をさらに悪化させ、国民の生命と生活をリスクにさらすような消費増税的緊縮主義の発想を抱く人材を日銀に送るべきではない。2014年10月、決算会見に出席する日立製作所の中村豊明副社長(当時)。2020年6月末に任期満了を迎える日銀審議委員の後任候補として国会に提示された だからこそ「中村人事案」は真っ先に否決される必要がある。同時に、今こそ意味の乏しい「産業枠」「銀行枠」「女性枠」という存在を政策委員会から放棄すべきではないだろうか。

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    泥沼ウイルス戦争、WHOと中国の「大罪」

    「ウイルスとの戦争状態にある」。新型コロナウイルス禍を踏まえ、フランスのマクロン大統領はこう懸念を示した。なぜ教訓が生かされす、深刻化したのか。その元凶をたどれば、中国の初動遅れと世界保健機関(WHO)の曖昧な見解に他ならない。世界恐慌を招きかねない今、もっと中国とWHOを問題視すべきではないか。

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    東京五輪「中止か否か」議論の違和感

    中止か延期か、それとも予定通り開催か―。新型コロナウイルスの感染が世界規模で広がる中、東京五輪の対応を巡って賛否両論渦巻いている。ただ、議論は結局、経済的ダメージの懸念が中心で、スポーツの祭典としての視点を欠いている感が否めない。そもそも、こうした議論の前にやるべきことがあるのではないか。

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    結局カネの懸念だけ、東京五輪「中止か否か」議論の前にやるべきこと

    武田薫(スポーツライター) 7月24日開催予定の東京オリンピックは、新型コロナウイルスの感染拡大によって中止か否かの瀬戸際に立たされている。 残るは4カ月。森喜朗組織委員会会長をはじめ、橋本聖子五輪担当相、小池百合子東京都知事らは「開催以外の選択肢は考えていない」と強調するが、猛威を振るうウイルスの正体がつかめないのだから、「やる」という心意気だけを聞かされても始まらない。 ただ、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長が「開催する」と言い続けることには、それなりの意味がある。 オリンピックは過去3度中止した。1926年のベルリン、40年の東京(代替地ヘルシンキも)、44年のロンドンはいずれも大戦によって中止に追い込まれたのだが、これらも大会回数に加えられている。オリンピック運動の本質が選手のパフォーマンスよりも、開催自体に存在意義を置いていることを示唆したものだ。 古代オリンピックがそうだったように、近代オリンピックも大会中は武器を置くという「平和的機関」としての絶対的意義。「今年は都合が悪いから来年に」という相対的な姿勢は、少なくともこれまではとってこなかった。延期という選択肢はなく、残された時間、IOCはギリギリまで開催に向け努力するだろう。 1908年にはローマ開催の予定が、ベスビオ火山の噴火で半年前にロンドンに移されている。ロンドンは近代スポーツの発祥地、まして2大会前に開催しているから、いつでも受け入れは可能だが、今回のウイルス禍は汎地球規模だから会場変更で片付かない。「やる、やらない」という仮定の話より、もっと論議することはあるように思う。 今回の東京オリンピックの最大の課題は、アマプロ問題と考えてきた。オリンピックは84年のロサンゼルス大会でオープン化に踏み切ってアマプロの垣根をとり払った。 ところが、アジア域でリーダー的存在のわが国では、伝統に脚を取られて改革が進まず、いまだにアマチュアリズムが4年に1度だけプロ集団を統括するような変則の形態が続いている。最近も曖昧なアマプロ関係を露呈した例があった。東京五輪に向け、聖火を採火する巫女姿の女性(右手前)=2020年3月、ギリシャ・オリンピアのヘラ神殿(代表撮影) 3月6、7日に兵庫県三木市でテニスの国別対抗戦デビス杯のプレーオフが行われ、日本はエクアドルに3連敗し、ファイナル出場権を失った。課題山積の「選考」 エースの錦織圭が故障明けで戦えないのは分かっていても、格下相手の鉄板試合とみられていたが、第2エースの西岡良仁が直前に渡米し、日本はいわば「飛車角」落ち。西岡の離脱は、新型コロナウイルスの急速な感染拡大によって次のツアーの主戦場である米国本土が封鎖される恐れがあったからだ。 しかし、事情はエクアドル代表も同じである。日本がリスク回避をし、相手はリスクを背負って乗り込んだ―その気持ちの差がはっきり出た。 デ杯を統括する日本テニス協会強化本部は「今年から個人戦を優先させる」(岩渕聡監督)方針に切り替えた。それでも、デ杯は日本のテニスの屋台骨であり続けただけに勝ちたかったが、ここにもう一つ、オリンピックという踏み絵があった。 テニスの場合、オリンピック出場には世界ランク60位内を確保しておく必要があり、西岡はその時点で48位。デ杯の日の丸を捨てて個人戦優先(ランキング)という背後では、オリンピックの日の丸が密着し「(西岡の離脱は)オリンピックのことも考えてくれてありがたかった」(土橋登志久強化本部長)という複雑な心境があった。 日本オリンピック委員会(JOC)から協会への助成金は代表成果に比例し、強化本部のスタッフのほとんどがJOC派遣コーチ、ツアー経験者はいない…。残れとも、行けとも、どちらとも言えない指揮系統。代表としても結果を出したい選手たちが、アマプロの垣根を挟んで、糸の切れた凧(たこ)のような状態になっている。 マラソンでも同じようなことが起きている。オリンピック代表を決めるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)は話題を呼んだ新方式だったが、多くの問題も残した。マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)でスタートする(左列手前から)大迫傑、設楽悠太ら=2019年9月、東京・明治神宮外苑(代表撮影) 暑さの残る9月15日、本番とほぼ同じコースでの一発勝負はいいアイディアと思われたが、MGC予選が終わったところで腰を抜かした。世界陸連(WA)が出してきたオリンピック参加標準記録が、前回リオの2時間19分を大幅に縮めた2時間11分30秒(男子)だった。 MGCの予想記録は、暑さを勘案して2時間12分前後、〝一発選考レース〟で代表が決まらないという惚けた可能性が出てきた。3カ月後にどうにかMGC5位までの代表入りを認めさせたが、世間知らずを露呈した。国内人気に目を奪われ、海外マラソンが厚底シューズで大幅にスピードアップしている現実を知らなかった。経済の担保はない五輪憲章 確かにマラソンは日本のお家芸だった。60年代前半、2時間20分を切ったランナーがアメリカの1人に対し、日本には30人近くと、現在のケニアの様相を呈していた。 マラソンを支えたのが、戦後に誕生した実業団という形態だ。米国の奨学生制度、社会主義圏の公務員アスリート(ステートアマ)に対峙させたシステムは、戦後の日本のスポーツを飛躍的に強化普及させ、海外選手がうらやんだ。 ところが、91年の世界陸連理事会で胸ゼッケンの社名は広告、実業団はプロと規定された。かつて瀬古利彦を脅かした中山竹通(たけゆき)は「ぼくはプロです」とコメントしてコーチに叱られたそうだが、アマプロ論議をスルーしている内に、マラソンはアフリカ勢によるプロランナーの世界になった。 国内大会に招待されたケニア勢にとってペースメーカーは引っ張る役目ではなく前半を抑える役目。アマチュアに構っていられないと、自分たちで別のレースをしている。 賞金の多寡はあれ、84年以降、あらゆる競技がプロ化を進めてツアー、リーグ、世界選手権などが発展した。陸上競技の現在の世界記録はほとんどオリンピック以外で作られたものだ。 オリンピックの名誉に変わりはないとはいえ、4年というオリンピック単位がまどろっこしくなっているのも事実だ。話は戻るが、そうしたそれぞれの競技日程の点からもオリンピックの延期は難しいことになる。 プロとはカネの話しだけではなく職業意識だ。スポーツはいまや社会生活に欠かせないリフレッシュ機関であり生活風景となっている。 国際大会だけでなく日本独特の大会もあり、箱根駅伝、高校野球、インターハイは今も若いアスリートたちの目標だが、図らずも新型コロナウイルスの急速な伝播が示したように、いまやスポーツも日本国内の規範だけで話しは留まらないところにきている。お台場海浜公園で水上に設置された五輪マークのモニュメント=2020年1月 オリンピックを「やるか、中止か」の議論を聞いていると、話しはまるで経済問題である。オリンピック憲章は経済を全く担保していない。この機会に、アマプロ論議を一歩でも進めないかぎり、スポーツはわれわれの実感から少しずつ遠ざかっていくのではないか、それが心配だ。

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    バイデン、サンダース、トランプ「コロナリスク」が直撃するのは誰か

    の流れを大きく左右しかねないワイルドカードへの注目が集まっている。世界を震撼(しんかん)させている「新型コロナウイルス(COVID-19)」というカードだ。 新型コロナウイルス問題は米国の場合、日本よりも約1カ月遅れで大きな社会問題となっている。初期段階まで、感染がワシントン州などの西海岸の一部州に限られ、感染者も中国への渡航歴がある人たちばかりだった。そのため、感染の深刻化に対する懸念は、日本から見れば、だいぶ遅れていたともいえる。 状況が変化したのは、カリフォルニア州で中国への渡航歴がない感染者が確認された2月26日だった。さらに、その後はニューヨークなどの東海岸などにも広がっていった。 一部の大学では、授業をオンライン形式にするなどの対応が進んでいる。テキサス州オースティンで、3月13~22日に行われる予定だった音楽祭や映画祭などの大規模イベント「サウス・バイ・サウス・ウエスト(SXSW)も中止になった。2020年2月、米南部サウスカロライナ州チャールストンで行われた民主党討論会で発言するサンダース上院議員(左)とバイデン前副大統領(ロイター=共同) 一種の社会的パニック状態に突入しつつあるのも、日本と似ている。ワシントンやニューヨークの友人によると、消毒用アルコールがどの店でも売り切れているという。 買い占めは一部の食料品にも及んでいる。実際の感染状況以上に、消費者心理は日本と同じようなオーバーリアクション状態になりつつある。利用された「トランプ叩き」 3月8日(米時間)現在、米国での感染は33州、532人になり、死者も21人となった。日本の10日正午現在の感染者数514人、死者9人を既に超えている。数を単純に比較すべきではないかもしれないが、今や「日米逆転」の状況になっている。 この社会的パニック状態が米国で「政治化」しつつあるのだ。新型コロナウイルス対策については、スーパーチューズデー直前から「トランプ政権の対応が悪い」など、民主党候補にとって格好の「トランプ叩き」の材料になっていた。特に、「米疾病対策センター(CDC)の予算をトランプ政権が削減した」というのが、各候補による政権非難の常套句(じょうとうく)になっていた。 「CDCの予算をトランプ政権が削減」したかどうか、実際には微妙だ。政府全体の予算見直しの中、トランプ政権は毎年の予算教書で、CDCの予算削減を要求し続けてはいる。 ただ、議会側の反発もあり、他の多くの政府予算と同じように、ここ数年のCDCの予算はほとんど変わっていない。2020年会計年度(2020年10月~21年9月)は77億ドル(約8千億円)と感染症対策を専門に担う司令塔の組織が不在の日本から見るとかなり潤沢な額である。2020年10月からの2021年会計年度に向けた予算教書でも、今のところ7億ドルほど減額要求となっているが、議会の本格審議はこれからである。 一方、トランプ大統領にとっては、景気にも大きな影響があるため、的確な対応をアピールしなければならない。二転三転した後、7日、CDCに乗り込んで記者会見したのもその一環である。 記者会見を見たが、「感染者数が増えるのは、それだけ検査を含めた対策をしっかりやっているからだ」というレッドフィールド所長の横で、トランプ氏は念を押すように「しっかりやっているんだ」と妙に強調していた。その言葉からは、逆に今後の感染拡大に対する世論の反応をかなり気にしているのが明らかだった。2020年3月6日、米疾病対策センター(CDC)のレッドフィールド所長(右)の隣で記者団に語るトランプ大統領=アトランタ(Hyosub Shin/Atlanta Journal―Constitution提供・AP=共同) 新型コロナウイルスの感染拡大は急務であるため、トランプ政権と議会が協力して、3月6日にはワクチンの開発や企業の支援などに充てる費用として、83億ドルというCDCの年間予算を上回る規模の緊急対策法を成立させている。緊急性から考えれば当然かもしれないが、社会的パニック状態が予算そのものの大きさも「政治化」させているといえる。 実際の感染そのものが、今後の大統領選自体にも、今後大きな影響を与えていくのは必至だ。各種政治イベントは選挙の年には欠かせないが、そのイベントが感染源となりかねないからだ。選挙に直結する「あの問題」 3月7日、既に首都ワシントンでも感染が確認されており、政治の中枢に影響が及ばないか懸念が出ている。前日には、2月末にワシントン近郊で開催された全米最大の保守団体「米国保守連合」(ACU)の年次総会、CPAC(保守政治行動会議)に感染者がいたことも判明した。 この保守系の一大イベントには、スピーカーなどとして、トランプ氏やペンス副大統領、閣僚、ホワイトハウス高官らが多数出席していたが、接触の機会はなかった。また、同じように感染者が確認されたイスラエル支持のロビー団体、米国イスラエル公共問題委員会(AIPAC)にも、ペンス氏やポンペオ国務長官、連邦議員ら多数が参加していた。 もし、大統領が感染してしまえば、政治そのものが動かなくなる。これは民主党側の候補者も同じことだ。 そして、選挙により直結する「今後の選挙集会はどうなるのか」という議論まで広がっている。トランプ氏は8日現在、選挙集会の日程を変えないことを宣言はしているものの、今後はどうなるか予想できない。 選挙への影響は、まず民主党の指名候補争いに影響が出てくるかもしれない。重症化しやすい高齢者に感染が広がるようなイメージが付いた場合、その勢いが、「若者に強い」サンダース上院議員よりも、「高齢者に強い」バイデン氏に影響をもたらす可能性すらある。また、集会を減らす形での投票となった場合、民主党側の「反トランプ」の士気も全く高まりづらいだろう。 さらに、民主党も共和党も、夏の党大会を開催できない前代未聞の事態も考えられる。その際は、オンラインで投票するようなことになれば、不正アクセス対策というコンピューターの「ウイルス」対策も急務になってしまう。 共和党への影響は、トランプ氏の支持率の源泉が好景気にある以上、新型コロナウイルスが景気に与えるダメージが何よりも懸念される。2020年3月10日、新型コロナウイルスのため、サンダース米上院議員がオハイオ州クリーブランドの施設で予定していた選挙集会の中止を伝える案内(ゲッティ=共同) 的確な対応を進めることができず、感染者が増え続ける事態が一定期間続けば、景気は停滞し、再選もおぼつかなくなってしまう。ただ今後、感染者が急激に減少し、株価も回復した場合、「新型コロナを撃退した大統領」として、政権側に有利になることは必至だ。 「新型コロナウイルス」という米大統領選の行方を左右しかねない「ワイルドカード」には、さらなる注視が必要だ。

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    ワイドショー発コロナパニックで現実となる「破滅博士」の予言

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルス(COVID-19)問題を中心に、マスコミの報道についての姿勢が問われている。中でも、今回は目に付く3点を批判的に紹介したい。 まずは、「日本の感染者数に関する過大報道」である。世界保健機関(WHO)など国際機関や著名な研究機関では、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での感染者数は「国際輸送」あるいは「その他」で別枠として掲示されている。 そもそも、「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者数の大半は、日本政府が介入する以前から感染しており、その意味でも日本の感染者数の中に換算することは、日本の感染実態を考える上で誤解を招くはずだ。だが、日本のマスコミの多くはなぜか「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者数を組み入れて報道している。 一例では、TBS系の『サンデーモーニング』が、そのような「過大」な感染者数に基づく報道を繰り返している。直近の放送では、この「過大」な感染者数をベースにして、この1カ月の感染者数の増加を中国と比べ、その多寡を評価していた。異なる状況の2国を単純に比較するのも問題があるが、いずれにせよ、このような「過大」な感染者数はテレビを見る側を不安にさせる。 何より感染者数の総数「だけ」に注目するのは適切ではない。病状に応じて適切な医療サービスを提供できているか否かが、より重要だろう。社会的な防疫政策が上手に機能しているかどうかも重要である。その意味では、死亡者数(3月8日で6人)や重篤な患者の推移(低位推移)、回復者数(3月8日で80人と増加傾向)、新規感染者数の動向などを重視すべきだ。記者会見中に額を押さえるWHOのテドロス事務局長=2020年2月28日(ロイター=共同) あくまで現段階であるが、日本の感染症介入政策は「後手後手」という批判にもかかわらず、かなり健闘しているのではないだろうか。少なくとも、WHOは懸念すべき国に日本を含めていない。 「後手後手」批判の代表例とされる中国への「水際対策」にしても、日本は世界に先駆ける形で、武漢というホットゾーンからの入国制限を採っている。その意味で、日本の水際対策を全面否定するような動きには異論を唱えたい。 次に挙げたいのが、「検査や医療を過剰に要求する報道」だ。言うまでもなく、医療資源は有限である。設備や医療スタッフには各国とも限りがある。医療資源「制約」はどこへ行った この医療資源をいかに安定的に維持できるかが、今回の新型コロナウイルス問題でもクローズアップされている。だが、ワイドショーやニュース番組では、医療資源の制約を無視したような「医者」や「専門家」たちが多く出演している。 特に、新型コロナウイルスを高精度で検出するPCR検査の実施数が多ければ多いほどいい、という論調がワイドショーを支配している。この発想がいかに医療資源を浪費し、最悪、医療崩壊に至る危険性を秘めているかは、感染症専門医の忽那賢志氏による解説を参照されたい。 PCR検査は優れた検査法だが、万能ではない。偽陰性や偽陽性の問題が発生するからだ。忽那氏は一つの推論として、東京都民1千万人にPCR検査を受けさせた場合、1320人の真の感染者が見逃され(偽陰性)、その10倍の1万人の偽陽性が発生するとしている。 つまり、この1万人がただの風邪にもかかわらず、感染症指定医療機関に隔離されて治療されることになってしまう。ちなみに、平成29年医療施設調査によると、全国の感染症病床は1876床にしかすぎないことは、大正大の高原正之客員教授の指摘を参照すれば分かることだ。 つまり、どんどん検査すればいいわけではないことが、この簡単な例でも分かる。無制限な検査は、医療資源の制約を徐々に厳しくし、やがて医療崩壊につながる。具体的には、現場でさばききれないほど病院に殺到する武漢の人たちの映像などをイメージすればいい。 今の政府方針は、相談・受診の目安を(1)風邪の症状や37・5度以上の発熱が4日以上続く、(2)強いだるさや息苦しさがある、としている。これも、発表された当初はワイドショーなどで批判する向きが強かった。 しかし、これは大勢の患者が病院に殺到するのを避けるための基準であることは明瞭である。ちなみに、個人的な経験だが、最近持病があるために、かかりつけの大きめの病院に行ってみると、驚くほど閑散としていた。患者が病院に集中することによるリスクを、日本の人たちが合理的に判断した結果でもあるだろう。新型コロナウイルスの検査に使われる装置(岐阜県保健環境研究所提供) それでも、ワイドショーでは、いまだにPCR検査を受ければ受けるほどいい、という主張が根強く、日本の医療システムの直接的な脅威となっている。日本のマスコミがパニックを生み出すことに寄与するとしたら、看過できない。 ワイドショーの中には、政府があえて検査をしないかのような「陰謀論」を語るコメンテーターを好んで出演させているようだ。これも視聴者の不安な心理を煽っているのだろう。「政府vsマスコミ」 最後に「政府vsマスコミ」の問題を取り上げたい。新型コロナウイルス問題をめぐるワイドショーや新聞などの報道姿勢については、しばしばインターネットとの対比で語られていた。 個人的には、現在はテレビのワイドショーの大半とニュース番組は見ない方がいいかもしれないと思っている。ドラッグストアやスーパーからトイレットペーパーやティッシュペーパーが消えた映像や写真が大量に流されると、合理的な行動としても感情的な行動としても、人は大挙してトイレットペーパーなどを買いに走るだろう。このような群集心理を煽る効果がある。 さらに、最近では、政府とマスコミの間で報道をめぐる「論争」が生じている。厚生労働省が一部メディアに会員制交流サイト(SNS)上で行った反論だが、内容は次のようなものだ。 一部報道で「新型のコロナであるため、感染が新しいウイルスであり、私たちには基礎的な免疫がなく、普通のインフルエンザよりもかかりやすい。」との指摘がありました。新しいウイルスのため基礎免疫はありませんが、普通のインフルエンザよりかかりやすいということにはなりませんし、そのようなエビデンスはありません。また、3月3日に世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルスの特徴について、中国で得たデータを踏まえ、季節性インフルエンザと比べて感染力は高くないとの見解を示しています。 このような政府の公的言論としての姿勢は評価したい。まだ試行段階であるが、マスコミが事実と異なるニュースで社会的不安を煽るようであれば、当然の対処だといえる。 ワイドショーなどのテレビ報道、そして新聞報道の在り方がこれからも厳しく問われるだろう。それはいいことだ。 今まで、この「権力」はあまりにもデタラメでありすぎた。政府の公的言論を含めて、国民の討議の中で、その「権力」によるデタラメな報道が検証されるべきである。これは「言論弾圧」などとはまったく異なる。新型コロナウイルスに関して会見する加藤勝信厚労相と厚生労働省のロゴマーク=2020年2月20日(宮崎瑞穂撮影) 3月9日現在、新型コロナウイルスの欧米への感染拡大が、死亡者数と感染者数の増加、そのスピードを見ても深刻化している。それが世界経済の先行きに濃い暗雲をもたらしている。東京株もついに2万円台を大きく割ってしまった。 現状で利用できる代表的な経済予測を確認しておきたい。経済協力開発機構(OECD)の基本シナリオでは、2020年の世界経済は従来の成長率2・9%から2・4%に減速、さらに、ドミノシナリオでは1・5%にまで経済成長率が落ち込む。また、「破滅博士」の異名を持つ米ニューヨーク大のヌリエル・ルービニ教授の予測はドミノシナリオとほぼ同じレベルである。リセッション入りは確実 日本経済への影響だが、OECD基本シナリオの予測では、経済成長率が19年0・7%から20年0・2%と、従来予測(0・6%)から0・4ポイント減速する。ドミノシナリオでは、日本個別は不明だが、基本シナリオの3倍のインパクトと考えればマイナス0・6%ほどに落ち込む。 「破滅博士」は、日本とイタリアのリセッション(景気後退)まで予測している。このリセッション入りは確実だろう。 日本経済がドミノシナリオ通りに、マイナス成長に落ち込んだ場合、補正予算ベースで最低でも6兆円超は必要になる。これでも、それ以前の消費増税と景気後退効果は払拭(ふっしょく)できないのだ。 払拭するためには、さらなる財政政策と金融政策の協調が必要である。この点については前回も指摘したので参照されたい。 OECDでも「破滅博士」でも、基本シナリオ通りなら、20年第1四半期で新型コロナウイルスの経済的影響が終息することが必要である。第2四半期(2020年4~6月)、第3四半期(同7~9月)まで、北半球(日本では特に環太平洋地域)での世界総需要の動向がカギを握る。ここが落ち込むとその深度に応じて、ドミノシナリオが真実味を帯びてくるだろう。 仮に世界景気が思ったほど失速しなくても、日本が経済政策で「無策」を採用すれば、日本だけが深刻な不況に直面するだろう。内閣官房参与でイェール大の浜田宏一名誉教授は、最近の論文で「財政政策の機動性を十分に生かせ」と提言している。 既に中国、韓国など海外からの観光客の急減に加え、風評被害ともいえるコロナショックに見舞われている業態も出始めた。非正規雇用を中心に雇い止めの動きが加速する懸念も強い。2020年3月9日、2万円を割り込んだ日経平均株価の終値と1ドル=102円台の円相場を示すボード 経済評論家の上念司氏は、文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」やツイッターで「予備費2700億円とかショボい事言ってるからだよ。あと、本予算通らないと補正予算議論できないなんて手続き論は市場では通用しないのさ」と発言したが、筆者も激しく賛同する。政府が早急に補正予算を打ち出すことが重要だ。日銀も緊急政策決定会合を開くべきだ。 ワイドショーの煽るパニックも恐ろしいが、政府と日銀の無策が生み出す経済不況も恐ろしいものだ。日本は今、この二つの脅威に直面している。

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    新型ウイルス退治に必死の文在寅を「怨念」は決して赦さない

    重村智計(東京通信大教授) 韓国で新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が拡大している。政府批判の高まりを受け、政局も不透明さを増している。 このままでは、4月に行われる総選挙で、与党「共に民主党」は第1党の地位を失い、文在寅(ムン・ジェイン)政権がレームダック(死に体)化しかねない。韓国社会と政界混乱の背景には、日本人には分からない宗教事情と地域対立、そして政治文化が隠されている。 「天変地異は支配者に徳がないからだ」と受け止めるのが韓国の儒教的価値観だ。近代化によって相当変化していても、庶民の素朴な感情は変わらない。 この価値観も相まって、政府の対策遅れと中国への「忖度(そんたく)」が批判を呼んでいる。皮肉なことに、日本の対応を評価する声まで出ていたが、日本政府が韓国からの入国を抑制するため、9日から発給済み査証(ビザ)の効力停止を発表したことで、状況が変わりそうだ。 2月25日、文在寅大統領が感染源とされる新興宗教団体「新天地イエス教会」や、病院のある南東部の大邱(テグ)市を突然訪問した。大邱は元々朴槿恵(パク・クネ)前大統領の地盤で、父の故朴正煕(パク・チョンヒ)元大統領を絶対的に支持する保守派の拠点であるため、「反文感情」の強い地域とされる。それゆえ、何もしなければ「見捨てた」「差別だ」とすぐに批判される。 大邱を「封鎖する」と発言した与党報道官が、たちまちクビになったことでもお分かりだろう。先述のように、大邱のある慶尚北道(キョンサンプクト)は、文大統領に反発する保守派の支持者が占めている。報道官の発言は、慶尚道と対立する全羅道(チョルラド)勢力と左派の陰謀だ、と受け取られるからだ。2019年9月、ソウルで開かれた保守派の集会で横断幕を掲げる男性。幕には朴槿恵前大統領(右)や父親の朴正熙元大統領(左)が描かれている(共同) 韓国では、朴父娘や盧泰愚(ノ・テウ)元大統領を輩出した慶尚北道と、左派勢力の地盤とされ、故金大中(キム・デジュン)元大統領の出身地の全羅道の対立が今も続く。左派勢力にとっては、慶尚北道という「保守の牙城」を崩さなければ、4月の総選挙と2022年の次期大統領選を優位に進めることは難しい。その思惑もあってか、文大統領は大邱を訪問したが、かえって「遅すぎる」との批判も出ている。 韓国での新型コロナウイルス感染は主に「新天地教会」の教会に通う信者の間で拡大している。教会は中国の武漢市で伝道していたことを明らかにしている。 韓国の報道によると、この教会は、教祖が「キリストの生まれ変わり」を自称し、多くの信者を集めたという。「新天地教会」も日本で知られる世界平和統一家庭連合(旧統一教会)も韓国の正統キリスト教界からは異端の存在だ。新興団体が狙う「宗教観」 韓国のプロテスタントは、キリスト教長老派とイエス教長老派が二大勢力である。キリスト教長老派は、かつて民主化運動や反体制運動の中心勢力となった。一方、イエス教長老派は保守的だという。信者はイエス教長老派の方が多いとされる。 ただ、韓国のキリスト教ではこの2教派のほかに、正統教会から異端視される新興団体も多くの信者を抱えている。過去にも問題を起こした新興団体は数万人から10万人もの信徒を抱えていた。 韓国では「献金の多い信徒が天国に行ける」といった思いがある。新興勢力は、この宗教理解を巧みに利用し、韓国人に「教祖は神様と話ができる」「教祖はキリストの甦り」と教導することで信徒を増やしていった。 さらには「誰が天国に行けるかは、教祖様と神様の相談次第だ。だから献金しなさい」といった教えが語られるから、教会には多くの資金が集まる。 韓国庶民の宗教は、李王朝時代から続く「ムーダン(巫堂)」と呼ばれるシャーマニズム(巫女の預言、加持祈禱(かじきとう))が今も生きている。この伝統と宗教感情をも利用し、教会は信者数を拡大させていった。「教祖が神様と話ができる」という呼びかけは、シャーマニズムが息づく朝鮮半島の宗教文化では受け入れられやすいのである。 感染源とされる「新天地教会」は海外伝道にも力を入れており、武漢や米国の首都ワシントン、アフリカのウガンダ、内モンゴルなどに教会支部を設置しているという。ただ、新型コロナウイルス感染が韓国内で問題視され始めると、協会のホームページから「武漢」の名前が消えた。 中国のキリスト教は当局支配下の組織として「三自愛国教会」や「天主教愛国会」などに限られ、指導部は外国団体の伝道を認めない。そのため、「新天地教会」には秘密集会で布教していた可能性が浮上する。 つまり、教会関係者や幹部が昨年末まで武漢を行き来するうちに感染し、信者にも広がった疑いがある。それでも、韓国政府とメディアは、この問題を追及していなかった。だが、3月に入って、ソウル市が教祖ら幹部を殺人、傷害、感染病の予防などに関する違反などの疑いで検察に告発し、教祖はようやくひざまずいて謝罪した。2020年3月、韓国北部の京畿道加平郡の教団施設周辺で記者会見し、謝罪する新天地イエス教会の李萬熙教主(聯合=共同) 韓国の宗教団体はお金持ちである。特に、新興キリスト教団体には毎年数十億円から100億円単位の献金が入ってくる。 その資金を海外布教に投資していると宣伝する。韓国当局はマネーロンダリング(資金洗浄)を疑っているが、手が出せないのが現実だ。「日本の期待」は甘くない 海外でマネーロンダリングされた資金は、別の海外口座やタックスヘイブン(租税回避地)の口座に転送される。その後、密かに韓国に還流され、政治献金や教祖個人の目的や投資などに使われる。資金調査を行った当局者や取材に当たった記者は脅されたり、危険な目に遭わされたりした。 韓国での報道や当局の説明でも、教会と武漢の関係について言及されることはなく、闇に包まれたままだ。韓国内では、新型コロナウイルスは「武漢にある軍の研究施設が発生源」とのインターネット情報が拡散し、多くの市民が話題にしている。 日本には、コロナウイルス対策に失敗し、文政権が崩壊するとの期待が少なからずある。だが、韓国の政治はかなり複雑で、韓流(はんりゅう)ドラマで描かれるような陰謀劇が渦巻くため、そう簡単な話ではない。 また、韓国の保守勢力が合流して新党を立ち上げたことへの期待も語られるが、そんなに甘くはない。左派勢力が陰謀とスキャンダルを準備しているからだ。 なんと言っても、韓国は「和解と赦(ゆる)しの政治」ではない。保守勢力は底流に、朴槿恵前大統領に忠誠を誓う勢力と大統領弾劾に賛成した反朴槿恵勢力が感情対立を続けている。 もし、朴前大統領が大政治家としての思想と決断力の持ち主で、獄中から「反朴派を赦す」と宣言すれば、保守は大同団結ができる。「赦し」の政治と思想を実行すれば、偉大な政治家として歴史に残るのに、言わない。恨みと怒りを抑えられないのである。 女性政治家の限界というべきか、「嫌いであっても、政治的には協力する」という大局が見えない。だから、「韓国の未来と国民のために赦しの政治を行う」と言えず、朴前大統領を説得する長老や政治家もいない。韓国政治の伝統的な悲劇である。2020年3月1日、ソウル市内で開かれた三・一独立運動の式典で演説する韓国の文在寅大統領(共同) 日韓に横たわる歴史認識問題でも分かるように、韓国には「赦し」の思想がない。聖書は「キリストがあなたの罪を赦したように、人の罪を赦しなさい」と教えるが、なぜか韓国のキリスト教には神の「赦し」の神学と信仰がない。 「韓国のガンジー」と呼ばれた思想家の咸錫憲(ハム・ソクホン)が、国民を思う指導者や政治家の不在から、韓国民を「悲劇の民族」と呼んだのも無理からぬ話なのである。

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    新型ウイルスでもビクともしない習近平「盤石」政権にはワケがある

    院教授) 春節(旧正月)休暇で1月上旬、勤務地の広東省・汕頭(スワトウ)大から日本に一時帰国した後、新型コロナウイルス(COVID-19)感染の拡大で新学期の授業が3週間遅れ、休暇が大幅に延長された。3月からオンラインによる在宅授業が始まり、取りあえず大学に戻ろうと思ったが、今度は日本の感染例が増えたことで、逆に出国を足止めされた。教室はまだ空っぽのままだ。 この間、自宅待機で気の滅入っている学生たちを励まし、マスクの足りない学生には郵送し、わずかながらの支援をしてきたが、今は逆に「先生、気を付けてください」と心配をされている。日本では「習近平政権が動揺している」「一党独裁にひびが入った」などの話も聞かされたが、隣人が苦しみ、奮闘しているときに、ためにする政治談議は避けてきた。 ところが、中国での感染拡大に一定のコントロールが効き始め、片や日本でトイレットペーパーやティッシュペーパーが店頭から消える騒ぎが起きた。日本政府の対応には疑問も多い。感染症は国境を越えたリスクだが、隣国の事例を他人事だと思っていたツケではなかろうか。 「しょせんは共産党独裁の弊害」だと決めつけていた思い込みはなかったか。ここで冷静に事態を振り返ることも、隣国を理解し、さらに自分たちを再認識するうえで貴重なことだと思う。 実は大学の指示により、2月16日から毎日午前、携帯のアプリを通じ、その日午前と前日午後の体温、咳(せき)やだるさの有無など、詳細な健康状態の報告を命じられている。1万人以上いる全教師学生が対象だ。各地方、各組織によりバラツキはあるだろうが、全国で似たような施策が行われているとすれば、自主申告であるにせよ、14億人の健康状態が逐一集約されるシステムができ上がっていることになる。 中国の都市部では、外出も家族で1日か2日に1回、しかも3時間だけと限られているエリアも少なくない。外出時には警備員から時間を記入したチケットを渡され、それを持たなければ再帰宅はできない徹底ぶりだ。その後緩和されたようだが、「在宅」が常態化していることに変わりはない。インターネットを通じて自宅で学習する北京の中学生=2020年2月17日(新華社=共同) 一方、日本では感染例が増加しているにもかかわらず、つい最近まで通勤時間の地下鉄はすし詰め状態で、マスクをしていない乗客も目立った。横浜に寄港したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の感染問題では議論が沸騰したが、官民を含め自分たちの日常生活に対する危機感は極めて薄い。 政府は2月末になってようやく緊急対応を呼びかけ始めたが、国民の健康に対する考慮というよりも、政治的な思惑が色濃く感じられるのは残念である。中国の危機感と徹底した管理は盛んに報道されていたはずだが、奇異な目で他人事の騒動を見物しているだけで、教訓として切実に学ぼうとする姿勢は感じられなかった。「高をくくっていた」と言われても仕方ない。 福岡市の地下鉄では走行中、乗客がマスクをせずに咳をしている他の乗客を見て、非常通報ボタンを押す騒ぎが起きた。やや過剰な反応ではあるが、緊張感のなさに対するいら立ちが爆発した一つの事例だとは言えまいか。短絡的な日本メディア 危機感の薄さ、緊張感のなさに加え、日本では個人の人権やプライバシーの尊重、個人情報の保護が優先されるので、中国のような集権的、強権的な対策は採りづらい。憲法によって個人の広範な自由が認められている日本の社会では、一方で、自己責任の原則により、自主性に頼った施策に頼らざるを得ない。とはいえ、プライバシー保護を理由に不十分な情報しか開示されない中、自分たちを守る手だてさえないのが実情である。 両者をバランスよく取り入れるのが理想なのだろうが、どちらのスタンスを取るかは、社会的合意の比重をどこに置くかによる。一方の価値観を持ち出してもう一方を批判しても意味はない。 中国では、言論の自由や個人の人権を犠牲にしても、生活の保障、健康や生命の安全を第一に考える人たちの方が多数派である。肝心なのはその違いを認識し、相手の立場に立ってものを考える視点である。 中国でなにか問題が起きるたび、すぐに共産党政権の動揺、崩壊や一党独裁の危機と結び付けた発想をするのが日本メディア、そして日本世論にしばしば見られるステレオタイプだが、あまりにも短絡的である。そうあってほしいという願望や、そうでなければならないという先入観が生んだ偏見でしかない。 中国の新型肺炎による死亡例は2月末で約2800人だ。一方、米国のインフルエンザによる死者は今年既に1万2千人に達しているが、これをもってトランプ政権の危機を論じるのを見聞きしたことはない。 同じことは日本にも言えるだろう。中国で情報隠しがあると「一党独裁の弊害」と断罪するが、情報隠しはどの国の政治権力でも起きている。権力そのものが持っている体質である。 今回の事例で明らかになったように、こうした偏見や先入見が、隣国の教訓から学ぶ目を曇らせているとしたら、世界の潮流からも取り残されることは肝に銘じておいた方がよい。 バイアスを排し、目を凝らせば、全く違った真相が見えてくる。今回の対応を通じて政治的な側面を観察すれば、習近平政権の盤石ぶりが見て取れる。むしろ基盤が再強化された側面さえ指摘できる。真相は政権の動揺や危機とは裏腹である。2019年3月に開かれた中国全人代の開幕式で、大型画面に映し出された習近平国家主席=北京の人民大会堂(共同) 徹底した健康状態の把握、管理については既に触れたが、それを隅々にまで拡大できたのは2012年末に発足した習近平政権7年間の実績にほかならない。徹底した反腐敗キャンペーン、不正幹部の摘発、イデオロギー統制によって、緩んだ官僚機構の綱紀が粛正され、末端にまで習氏の指示、意向が浸透する体制ができ上がった。権力集中の「功」 権力集中に功罪があることは言うまでもない。だがその前に、独裁の強化を批判する人たちはまず、胡錦濤時代、権力の分散によって腐敗が深刻化し、党指導部内のクーデターさえ計画されていたことに思いを致す必要がある。 当時、領土問題で日中関係が極度に悪化した背景にも、こうした熾烈(しれつ)な政治闘争があったことは衆目が一致している。前政権に対する反省から、習氏による権力の掌握、集中がスタートしている。 また、習氏のバックには、共産党政権の正統を担う革命二世代、いわゆる「紅二代」の支持があることも重要だ。両親たちの世代が築いた共産党政権が、内部の腐敗によって分裂、崩壊の窮地に追い込まれた、との危機感が共有されている。 個々の政策について立場の違いはあるが、党の支配を堅持するという原則論では一致している。中国社会においては最も発言力のあるグループだ。 中国の憲法改正によって、国家主席について任期2期10年の上限が取り払われたことは記憶に新しい。西側メディアには悪評高いが、権威の強化にとっては極めて大きな意味を持つ。 「あと数年で引退」が自明となった途端、権力が空洞化し、綱紀が緩み始めることは、過去の反腐敗キャンペーンが示している。「独裁=悪」という単純な図式だけでは、中国政治の真相を正しく理解することはできない。 もし、習近平政権が脆弱(ぜいじゃく)だったら、と想像してみるのも頭の体操にはよいだろう。あらゆる問題が政権内の政治闘争とリンクし、例えば、米中貿易摩擦は取り返しのつかない泥沼に入り込んでいたかもしれない。2008年5月、共同文書に署名交換後、握手をする中国の胡錦濤国家主席(左)と福田首相=首相官邸 新型コロナウイルス感染の対策でもより大きな混乱が起きていた可能性がある。今回、日本からの支援が美談としてもてはやされたが、それもかき消され、公式訪日の相談をするどころではなかったに違いない。巨大な隣国の政情が不安定であれば、日本が大きな影響を受けるのは必至である。  習近平政権の一連の対策や対応の中で、注目すべき点は2月13日、湖北省と武漢市のトップが同時に更迭された人事である。同日の党中央発表によれば、蒋超良・湖北省党委員会書記に代えて応勇・上海市長を、馬国強・武漢市党委書記の後任に王忠林・山東省済南市党委書記が就くことになった。応勇氏、王忠林氏ともに公安部門の経験が長い。「適材適所」断行の意味 危機管理に際し、公安部門出身の指導者を投入するのは時宜にかなった人事である。とはいえ、世界が注視する騒動のただ中で、省市トップ2人の責任を明確にし、更迭するのはかなりの荒療治だ。 だが、習氏は適材適所の人事を断行し、公安人脈を完全にコントロールしていることを示した。軍と並んで権力基盤の源泉である公安部門の掌握は、政権の安定に大きな意味を持っている。 さらに重要なのは、今回の人事が前指導者に対する懲罰として、民意の圧倒的な支持を得た点、つまり世論を読み込んでの臨機応変な宣伝工作である側面だ。この人事には前段がある。 6日前の2月7日、いち早く新型ウイルス拡散の危険を警告していた武漢の医師、李文亮氏が感染で死亡した。自分の命を犠牲にしてまで治療に力を注いだが、武漢市公安当局はそれまで李氏ら8人を「デマを流した」と犯罪者扱いし、反省文への署名まで求めていた。 訃報はインターネットでのトップニュースとなり、「英雄」に対する哀悼、さらにそれを上回る市当局への「罵倒」であふれた。私の教え子たちもそれぞれの会員制交流サイト(SNS)を通じ、一斉に哀悼と抗議を表明した。情報を操作し、初期対応で失態を演じた政府の対応に、庶民の怒りが爆発したのだ。 だが、中央の反応は早かった。共産党機関紙、人民日報が哀悼の記事を発表し、国家監察委員会も同日、武漢市の対応を調査するチームを派遣した。新型肺炎で死去した中国・武漢の医師、李文亮さんを悼み、雪の上に書かれた名前=2020年2月、北京(共同) 1週間を待たずに発表された両トップの更迭は、その調査を受けた最高レベルの処分である。庶民の怒りに応える、一応の決着にはなった。 きちんと民意をくんで責任者を処分したのだから、さらに事態を拡大させ、社会不安をあおるような言論は許さない。これが党による情報統制である。自由な言論そのものに価値を置く一部知識人は反発するが、抵抗することの損得をはかりにかける多くの庶民は受け入れている。 ただ、今回の感染についていえば、独立性の高いメディアの的確な調査報道に加え、おびただしい数のSNSによる情報発信があり、デマや誹謗(ひぼう)中傷を含め、日々あふれるほどの情報が流れたという印象だ。画一的な宣伝だけで皆が納得しているわけではない。個人情報の壁が大きく立ちはだかっている日本とは大きく異なる。習政権の「アキレス腱」 庶民は、自信を持ってリーダーシップを発揮する強い指導者を求める。組織を重視する日本社会とは違って、個人の力に頼って問題を解決していこうとする発想がある。緊急事態であればなおさらだ。 感染に関する中国の報道の中で、しばしば登場する人物が国家衛生健康委員会ハイレベル専門家グループ長で、国家呼吸器系統疾病臨床医学研究センター主任の鐘南山氏だ。2002年から03年にかけての重症急性呼吸器症候群(SARS)事件では、感染が拡大した広東省で、広州市呼吸器疾病研究所所長として手腕を発揮し、その名を世界に知らしめた。 鐘氏は、2月27日には広州医科大で感染の予防やコントロール状況について記者会見し、「4月末には感染がほぼ抑制されると信じている」との重要なメッセージを発した。鐘氏の発言は非常に説得力を持つ。個人の権威によって、情報を伝えようとする政権の意向が感じられる。日本では許されない個人的見解だろうが、これがあくまで強い指導者の権威に重きを置く中国社会の一端である。 最後に、習近平政権のアキレス腱(けん)について触れておきたい。民主主義のシステムでは、政治家への評価は選挙によって下される。失策をしても、再選されれば、禊(みそぎ)を済ませたことになる。 だが、官僚機構と人脈を通じた複雑な選抜システムを生き抜いてきた中国の指導者は、失策はすなわち失脚に直結する。敗者復活がないからこそ、政治生命をかけた激しい政治闘争が起きる。 2020年、習氏が確約していることがある。16年からの第13次5カ年計画で国民の1人当たり可処分所得を10年比で倍増させ、なお数百万人いる貧困人口を解消することだ。 これは、いわゆる「二つの100年」目標―2021年の中国共産党創立100年までに小康(ややゆとりのある)社会を全面的に築き、49年の建国100年までに近代的社会主義強国となる―を実現させるためのステップとなる最重要課題である。カギを握るのは春の全国人民代表大会で、延期されたものの、何としても責任ある態度を明確に示さなければならない。新型肺炎関連の研究を視察する中国の習近平国家主席(中央)=2020年3月2日、北京(新華社=共同) 分かりやすく言えば、共産党政権の誕生を担った農民が今や社会の最下層に追いやられ、格差社会の中で不当、不公正な扱いを受けている現状を改め、腐りきった党幹部にかつての初心を思い出させ、党支配の正統性を再び取り戻す任務である。習氏が過去の指導者には見られないほど、足しげく農村を視察して回っているのはそのためだ。紅二代から授かった使命でもある。 感染問題が長引き、十分な医療を受けられない貧困層の生活や健康、生命が脅かされる状態になれば、そのときこそ政権の是非が問われる。だからこそ多少の荒療治をしてでも、それを食い止めなければならない。習氏はそこを見ているし、心ある中国ウオッチャーもやはりそこに目を向けなければならない。

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    コロナショックと闘う「良薬」は消費減税だけと思うなかれ

    が緊急の連邦公開市場委員会(FOMC)を開催し、政策金利を0・5%引き下げた。緊急利下げの背景には、新型コロナウイルス(COVID-19)の経済への悪影響があったことは間違いない。 ただ、私見では、FRBのパウエル議長は凡庸な政策当事者であり、自らの判断でこのような緊急利下げを採用したかは疑問である。おそらくトランプ大統領によるツイッターなどを利用した、FRBへの度重なる金融緩和要請といった政治圧力があることは間違いないだろう。 ただし、この0・5%の利下げは、既に市場関係者の間では織り込まれていた。「緊急会合」という一種のサプライズ効果もあって、ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は一時的に上昇したが、結局その後は一転して暴落した。 結局、ダウ平均の終値は、前日比785・91ドル安の2万5917・41ドルだった。株価だけ考えれば、FRBの緊急利下げは強烈な市場からの返り撃ちにあったようである。 ところで筆者は、ここ数日の世界経済の動向を分析していると、新型コロナウイルスの欧米への感染拡大を背景にして、従来の経済政策のルール(レジーム)が通用しなくなっているのではないかと思っている。つまり、先進7カ国(G7)をはじめとする主要国の政策当事者たち、国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの主要国際経済機関などが今まで抱いていた世界経済の「楽観シナリオ」が崩壊した可能性がある。 そのため、楽観シナリオの微調整程度に考えていた「金融緩和」や「財政支出拡大」では、手に負えない事態に転じてしまっているのではないか、と懸念している。2020年3月3日、緊急利下げについて記者会見するFRBのパウエル議長(共同) 政策当事者が共通して抱いてきた楽観シナリオとは、次の図のような構図である。この図は、日本銀行の若田部昌澄(まさずみ)副総裁の講演に掲載されたものに、私が赤字で修正コメントを加えたものである。その若田部副総裁が、この「楽観シナリオ」に事実上強い懸念を表明していたことを強く注記しておく。世界経済の製造業・非製造業のデカップリングからの変化(若田部(2020)を修正) 楽観シナリオ上で、米中貿易問題などの貿易面での縮小やIT関連の在庫調整によって、製造業は減速していた。ただし、非製造業では、各国の金融緩和的スタンスなどが貢献することで、好調が継続していた。つまり、「製造業はダメだが、非製造業は良好」というデカップリング(分離)が顕著だった、というのが楽観シナリオにおける現状分析だ。ウイルスで崩れる楽観シナリオ さらに、昨年末からの米中貿易戦争の小休止や英国の欧州連合(EU)離脱確定を受けて、経済の不確実性が払拭(ふっしょく)され、IT投資の在庫調整も一段落することで、製造業も復活する。この点から、世界経済レベルでは2020年以降の復活が近いというものだった。 特に、日本の財務省や日銀執行部では、この楽観シナリオが支配的だった。ただ、そこには昨年10月の消費税率10%引き上げの影響は全く存在しない影のようになってしまっている。 最近、昨年10~12月期の法人企業統計が発表され、金融機関を除く全産業の設備投資が前年同期比3・5%減となった。これによって、先に発表されていた同期間の国内総生産(GDP)速報値が、年率換算6・3%減よりも下方修正されるだろう。 ところが、この設備投資の落ち込みについても、消費増税の影響は見られないというトンデモな見解が財務省筋から出ている。驚きを禁じ得ないが、根底には先ほどの世界経済に関する楽観シナリオがあったのだろう。 だが、この楽観シナリオは崩壊した。「コロナショック」により、世界の製造業、非製造業ともに深刻な打撃を受けたといっていい。 まず、製造業では、グローバルPMI(世界製造業購買担当者指数)が3・2ポイント低下の47・2と、目安となる50を下回った。一般的には、50を上回れば前月比改善、下回れば前月比改悪となる。前者は世界の投資家のリスク許容度が高まる「リスクオン」の状況を生みやすく、後者は逆に「リスクオフ」(回避)になりやすい。 ここ3カ月ほどは50を上回っていた。つまり楽観シナリオ通りの進行だったわけだ。それが2月は一転して、大幅な落ち込みに転じた。しかも、落ち込み幅は20年ぶりの水準である。主因は、やはり中国での生産の大きな落ち込みであろう。 米国の消費が堅調である一方で、中国の消費が大幅に落ち込みを見せており、そこに日本や欧州での消費低迷が加わる。そのため、世界での非製造業の堅調にも大きく陰りが見えている。ニューヨーク証券取引所のトレーダー=2020年3月3日(ロイター=共同) 特に、新型コロナウイルスの感染拡大が、消費に甚大な影響を与えるのは明瞭だ。米国での感染拡大次第では、今後さらに世界の消費活動が落ち込む可能性がある。「リスクオフ」局面、現状は? このように分析していくと、楽観シナリオから不確実性シナリオへ移行してしまったのではないか。このことは、他の経済指標からも確認できそうだ。日銀の次期政策委員であるエコノミストの安達誠司氏は近著『消費税10%後の日本経済』の中で、経済の局面の大きな転換を「リスクオフ」局面として描いている。安達氏が「リスクオフ」局面とした特徴は、次の5点である。(1)株価の急激な下落(2)国債(特に国際的に信用度が高い米国債)の利回りの急低下(3)「逃避資産」としての性格をもつ「金(ゴールド)」価格の上昇(4)「VIX指数」に代表されるようなボラティリティー(価格変動の度合い)指数の急上昇(5)円高、およびスイスフラン高の進行 それでは、5項目に関する現時点の状況を見ていこう。ダウ平均株価は2月24~28日の間続落し、12%超の週間下落率はリーマン・ショック以来の下落幅だった。 しかし、週明けには一転して前週末比1293・96ドル高の記録的な上げ幅となったが、現状は再び大きく下落してしまった。日経平均や各国の株価指数も急激な下落を経験している。 10年物米国債の利回りも低下トレンドにある。金価格も現状では下落傾向を見せていた。「逃避資産」としては不思議だが、安全志向が強く出すぎて現金保有や国債保有に偏ったせいか、もしくは最近までの金価格下落の調整局面かもしれない。 VIX指数は「恐怖指数」ともいわれ、これは投資家の先行きに対する懸念の度合いを示すものだ。数値が高いほど投資に対する「恐怖」が大きい。VIX指数(出典:FREDから作成) 恐怖指数の水準は、リーマン・ショックほどではないが、2011年のギリシャ危機までには高まっている。円高、スイスフラン高も進行中である。これらの経済指標から、従来の楽観シナリオが崩壊し、不確実な経済シナリオへの移行が真実味を増している。 そうなれば、焦点となるのは、その新しい事態(レジームの悪い方向への転換)に対応した政策は何か、ということになる。 金融政策と財政政策の協調的な拡大政策が必要なのは自明である。日本に限定して言及すれば、今までにない「劇薬政策」が必要だ。といっても、この「劇薬」は最近コメントした「夕刊フジ」の記事見出しを援用したものだ。個人的には、劇薬でも何でもなく、日本経済の現状に適合した政策にしか過ぎないと考えている。2020年2月、リヤドでのG20閉幕後に記者会見する麻生財務相(左)と、日銀の黒田総裁(共同) 過去の連載でも既に提起したが、新型コロナウイルスの経済に与える影響を「2019年10月の消費増税」並みと考えれば、補正予算ベースで少なくとも6兆円、可能であれば10兆円が必要となる。政策委員「三つの提言」 手段としては消費減税がベストだ。新型コロナウイルスのショックが特に消費に顕著なのは自明だからだ。理想的には消費税率を5%に戻したいところだ。しかし、政治的対立が激しくなる可能性もある。 それを踏まえれば、嘉悦大の高橋洋一教授が日ごろから主張している軽減税率を全品目に適用する案もある。現状の軽減税率8%に合わせるか、5%にまで下げるのかは、政治的な議論があるだろう。 さらに、期限付きクーポン券の配布や、香港が実施したような国民に対する現金の一律支給や、所得減税や社会保険料の減免も考えられる。公共事業の増額も、もちろんありだ。 筆者や高橋氏は、マイナス金利での貸出制度を提唱してもいる。手数料を入れてゼロ金利にするかは、設計次第になろう。 金融政策の方はどうだろうか。日銀の片岡剛士政策委員は最近の講演の中で、三つの政策提言をしている。 まず、「政府と日銀の政策協調の必要性」は、前回の論考で解説した若田部副総裁の講演と整合的な提言だ。簡単に言えば、政府が景気対策に使うお金は日銀が何の心配もなく出しますよ、ということだ。この提言をもとに、政府と日銀は一刻も早く世界に宣言すべきだ。 次いで「金融政策の方の具体的な緩和案」では、短期金利の深掘りが考えられる。これは政府が新規の長期国債を発行し、それを日銀が吸収するという最初の提言を実施した上で、マイナス金利の深掘りをすれば有効になる。具体的にはマイナス0・3%はどうだろうか。2020年10月1日、消費税増税に伴い、二つの価格を表す牛丼店の領収書。店内飲食には10%(右)、持ち帰り商品には8%の軽減税率が適用されている=東京都港区 最後の「日銀の示す将来的な物価見通し」だが、政策金利の指針「フォワードガイダンス」の目標値に対して、実績値が乖離(かいり)すれば、それに応じて緩和姿勢を強調する。いわゆるコミットメントの強化も必要だ。さらに、上場投資信託(ETF)の年間買い入れ額を6兆円から7兆円に拡大することで、マーケットに一種のサプライズを与えるだろう。 上述のように、やるべき政策手段が無数にあることは明らかだ。問題は、世界経済が危機的な様相に転じた中で、いかに財政と金融が協調できるかどうか、その一点に日本経済の浮沈がかかっている。

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    身動き取れない、脆弱「感染列島」

    感染が広がる新型コロナウイルスについて、政府が矢継ぎ早に対策を打ち出しているが、混乱は収まらない。終息への正念場と分かっていても不安が消えないのは、感染リスクだけではなく、政府の「後手後手」感が拭えないからだ。感染症の恐怖に直面し、政治まで身動きできなかったとでも言うのだろうか。

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    舛添要一だから言える、新型ウイルス「厚生労働相」ここが危ない

    舛添要一(元厚生労働大臣、前東京都知事) 新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が世界のみならず日本でも拡大し、各地で毎日新たな感染者が確認されている。この状態は、日々の私たちの生活にも大きな影響を及ぼしている。 特に、感染拡大を防ぐためとして、2月25日に政府が対策の基本方針を決定し、翌26日にイベントの自粛や規模縮小を要請し、27日には全国の小中高校などに一斉休校を要請したため、日本全体が大混乱に陥っている。29日には、安倍晋三首相が会見し、一連の措置について説明したが、それで国民の不安と不満が沈静化したわけではない。 新型肺炎は、昨年12月8日に中国・武漢で確認されているが、それ以来、日本政府の採った政策は正しかったのか。一言で論じれば、後手後手の対応で、全てが遅すぎたというほかはない。 私は厚生労働相として、2009年に発生した新型インフルエンザの対応に当たったが、当時の経験に照らしても、今回の政府の対応は問題が多すぎる。07年夏、私が厚労相に就任した際、「消えた年金記録問題」で厚労省や社会保険庁をはじめとする省庁の信頼は地に落ちていた。その他にも、医師不足や薬害肝炎訴訟、中国からの毒入り餃子の輸入、派遣切りなど問題が山積し、他省の大臣の何倍も働かざるをえなかった。 背景には、霞が関の官僚機構、とりわけ厚労省の抱える構造的問題があり、私はそれを解決すべく全力を挙げた。しかし、その後、民主党政権に移り、また3年3カ月後には自公政権に戻るという政権交代劇の裏で、私が断行した改革も元の木阿弥(もくあみ)となってしまい、情報隠蔽(いんぺい)体質など旧習が復活してしまっている。 そして、7年の長期にわたる安倍政権の下で、官僚が国民ではなく、高級官僚の人事権を一元的に握った官邸の方ばかりに目を向け、忖度行政に走ったことも、今回のような危機の際に適切な対応ができなかった理由の一つである。 まずは、その点から記していきたい。そもそも、官僚は政権が交代しても、時の政権の指示に従うべきである。それは、選挙で国民の代表として選出された国会議員から成る国会が国権の最高機関だから当然のことである。 私は厚労相時代に、能力があって真面目に働く官僚を抜擢(ばってき)し、お互いに競わせることで、国民目線で政策を遂行してきた。そのトップエリートの役人たちは、09年夏の総選挙で民主党政権が成立すると、当然新政権の下でも能力を発揮して政権が掲げる政策を実行してきた。民主主義国家として当然のことである。2020年2月29日、記者から質問を求める声が上がる中、首相官邸の会見場を後にする安倍首相(左から2人目) ところが、3年余りで自民党が政権に復帰し、安倍政権が成立すると、優秀な官僚たちが「民主党に協力した」という理由で左遷されてしまった。米国の猟官制度(spoils system)よりもひどい恐怖政治である。そのため、プロ野球に例えると、1軍ではなく、2軍の選手に頼らざるをえなくなったのである。 今、彼らが本省の枢要なポストに就いていれば、もう少しましな対応ができたのではなかろうか。安倍政権の報復人事の結果がこういうマイナスを生んでいる。官僚機構を動かすのは大臣 最近でも、行政の基礎となるべき統計について不正が行われていたことが発覚している。その原因の一つは「安倍一強」、安倍長期政権の機嫌を損なうようなデータを出したくないという役人心理が働いたことにある。 自民党内にも安倍総裁に対抗できる勢力がほとんどなく、「政高党低」の状況では厚労族も官邸を牽制(けんせい)する能力を失っている。そのような状況で、官僚が萎縮するのは当然である。これは、長期的には自民党の政策能力を低下させる由々しき事態である。 09年当時、07年参院選で生じた「ねじれ国会」により、参院は民主党などの野党が多数派であった。したがって、自民党の独走は許されなかったし、最初から国民的合意を得ることのできるような政策を立案することに努力したものである。 また、官僚もいつ政権交代があるか分からない状況だったので、時の政権に忖度したり、ゴマをすったりすることはなかった。つまり、官僚機構の自立性がきちんと担保されていたのである。 官僚機構を動かすのは大臣である。国民から選ばれて国会議員になったのであり、国民の代表である。 官僚は自らの専門領域に閉じこもって、大局的な判断や国民目線での配慮ができないが、それを克服するために大臣がいる。現職の加藤勝信厚労相は2度目の就任であるが、そのような観点からは、期待される役割を十分に果たしていない。何が欠けているのか。 第一は、広範な意見を聞くことである。官僚や御用学者だけではなく、政府に批判的な意見や学会でも異端とされるような人々の意見にも耳を傾ける度量が必要である。2009年5月、国内で初の新型インフルエンザの感染確認で会見する舛添要一厚労相(緑川真実撮影) 私が厚労相に就任したときには、厚労省は国民の厳しい批判に晒(さら)されていた。それだけに、内輪だけで政策を決めても国民が納得しなかった。そこで、審議会なども5人が御用学者なら、5人は反厚労省派というようなメンバー構成をして、両者の意見を聴取して、最後は大臣の私が決めるという形を採ったのである。 新型インフルエンザの専門委員会を設けたときに、官邸官僚は、教授以上の肩書のある者に限って採用するという権威主義的な方策を採った。しかし、私は感染症がはやっていた関西の医療現場で対応している若い医師たちの意見を聞くことにした。今果たすべき「大臣の役割」 官邸がチームAなら、私の方はチームBである。そのチームには、今回クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の内情をユーチューブで公開した感染症専門医、神戸大の岩田健太郎教授も入っていた。結局、やはり現場の意見の方が正しく、私はそちらを採用して、対応に成果を上げることができたのである。 安倍長期政権の下で、野党が弱く、官僚は官邸に忖度し、批判的な意見など無視される状況では、2009年のように広く意見を求める、つまり「万機公論に決すべし」というのは不可能になってしまった。そこで、数多くの感染症専門家がテレビに出て、それぞれの見解を述べ、どの説が正しいか分からず、国民は不安になっているのである。加藤厚労相は自らのリーダーシップで広範な意見を聞き、政策立案に生かす必要がある。 第二に、従来の官僚機構とは別の大臣直属のチームを持つことである。私が大臣のときは、まず袋小路に入った年金記録問題を解決するために、各省、そして民間から優秀な人々を集めたチームを作った。 そして、このチームに社会保険庁への立ち入り調査をなどの権限を付与した。その結果、社保庁の不正やミスが次々と明らかになったのである。このようなチームを作ることを官僚は嫌がるが、人事権を握っているのは大臣であることを忘れてはならない。 また、年金記録問題のときは、政権党である自民党が国民から厳しい批判を受け、党でも07年の参院選前にチームを作って対応に当たっていた。私は、そのメンバーだったので、その流れで第1次安倍内閣の厚労相に就任したのである。 今回の新型肺炎対応に当たっては、厚労省にも自民党にも、そのような独立した強力なチームが作られたという話は広く国民には知らされていない。 第三は、徹底した情報公開である。官僚は情報を隠したがる。それを吐き出させるのが大臣の役割である。 新型インフルエンザのときは、大臣の私自らが会見して、毎日のように国民に情報を伝えた。例えば、医療現場から上がってくる患者情報を分析し、新型インフルエンザの症例の特徴、つまり発熱や咳(せき)、痰(たん)などのデータを図表化して国民に伝えたのである。しかし、今回は、すでに950人も感染者が国内で発生しているのに、症例の詳細なデータがあまり出ていない。新型コロナウイルスの国内流行に備える政府の基本方針に関する記者会見で、手元に視線を落とす加藤厚労相=2020年2月、厚労省 また、「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客・乗員の国籍別人数、年齢、性別などのデータが広く公開されなかった。その数を国民が知ったのは、各国がチャーター機を派遣して自国を帰国させたときである。最初からこれをもっと世界に知らせていれば、国際世論がクルーズ船対策の改善を求める声を上げていたであろう。 官僚機構を動かすのは政治家の役割である。その意味で安倍内閣、とりわけ加藤厚労相の責任は極めて重いと言わざるをえない。

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    ネットデマはもううんざり、新型肺炎で発揮できるマスメディアの本領

    んなタイトルの特設コーナーがNHKの企画ニュースに登場し、特設サイトが作られたのは、まだ日本国内では新型コロナウイルスの感染者が一人も確認されていなかった、ごく初期の段階の話です。中国の湖北省武漢で新型コロナウイルスの感染が発生し、爆発的に拡大していることが国際ニュースとして騒がれ始めた頃です。 最近のように国内でも全国各地で毎日と言っていいほど新たな感染者が発表され、累積の感染者数が増えていく蔓延期とは違って、まだ海外の話題という段階でした。このときにNHKが打ち出した「正しく怖がろう」というメッセージが、この種のニュースをマスメディアが扱うときの、あるべき姿勢を象徴しているのではないでしょうか。 姿の見えない得体の知れない脅威に直面したとき、国民は恐怖におののき、パニック状態に陥ります。会員制交流サイト(SNS)やネット上では新型コロナウイルスに関する情報を求める書き込みや、それに答えようとする書き込みが大量に飛び交いますが、誰一人として正確に答えられる人はいないのですから、憶測や思いつきに流れるばかりです。 国民は素人が書いた感染予想のストーリーや、生半可な知識で書かれたブログなど読みたいとは思いません。新型ウイルスの正体とは何なのか。本当のところ感染力はどれくらいなのか。ずばり日本でも感染が広がるのか。国内に感染が広がった今、自分たちはどうしたらいいのか。知りたいのは確実性の高い情報だけです。そうなると新聞やテレビなど既存のマスメディアの独壇場となります。 パニックを起こしかけている国民に対してマスメディアが発するべきメッセージは、まず落ち着け、ということです。冷静に今回の武漢発とみられる新型コロナウイルスが、いったいどういうものなのか正確な知識を共有し、対処を考えようではありませんか、という提案です。そこで、まずは今回の新型ウイルスの特徴について、マスメディアは解説します。 致死率はそんなに高くなく、重症化するケースも高齢者や慢性疾患を持つ人には多いものの、若くて健康な感染者は風邪を引いた程度の症状で自然治癒すること。そばで同じ空気を吸うだけでうつるといった空気感染はせず、濃厚接触や飛沫感染と言われるように、感染者と至近距離で接してせきやくしゃみを浴びたり、感染者のせきやくしゃみで出たウイルスに、手指などが触れてそれを手洗いせずに口や鼻に接したり、といったときに感染するのだということ。 それが分かれば感染者とすれ違っただけで必ずしもうつるものではないということが理解でき、パニックは少し収まります。また、念入りな正しい手洗いが有効だという知識も共有でき、国民がとりあえずの対処手段をとることができます。石けんを使った正しい手洗い、うがい、せきエチケットなど、誰でもできる具体的な対策を提示して奨励したのです。 これについては、先の大戦中に竹槍で米軍の爆撃機に立ち向かえる、としていた大本営発表のようだ、と揶揄(やゆ)する人もいました。しかし、ウイルスに対抗する手洗いの有効性は医学的にも、過去のインフルエンザの事例によって証明されています。正しい手洗いについては、しつこいと言われても注意喚起を続けるべきです。新型コロナウイルスの感染を防ぐため、マスクを着けて通勤する人たち=2020年3月、甲府市のJR甲府駅前(渡辺浩撮影) そもそも今回の新型コロナウイルスのような事態に際して、マスメディアが考慮しなければならないミッションは、3つあると私は考えています。正確な事実関係の公開、具体策を伴った注意喚起、そして最後に述べますが、ニュースとしてのバランスの確保です。いずれもSNSには不向きな任務で、既存のメディアに期待することになります。 正確な事実関係の公開といっても、実際には厚生労働省や世界保健機関(WHO)など公的機関の発表や、感染症の医療チームからの情報をニュースソースにしているようでは限界があります。民放のワイドショーは独自取材を行い、民間の医師の話として、なぜか日本はPCR検査をしない、と指摘していました。検査をしていないから、公表感染者数が数百人にとどまっているが、潜在的な感染者数は1万人を超えているという可能性にも触れていました。ワイドショー情報も価値あり 韓国で1日に1万件以上検査できたのに、日本では1日わずか1千件以下しか検査できていないという指摘もありました。加藤勝信厚労相は記者会見で、新型コロナウイルスのPCR検査について、2月18日から1日あたり3千件以上が可能となったとしましたが、海外に比べてあまりにも少なすぎます。 民間の検査会社には1日で数万の検査をする能力があり、医師たちは民間での検査実施を要請しているにもかかわらず、厚労省が許可しないというのです。こうなると日本政府はオリンピック利権を手放したくないために、感染者数を隠蔽しようとしているのだという噂が、がぜん真実味を帯びてきます。 私はワイドショーの放送といえども、SNSなどのネット上の口コミよりは、はるかに情報としての価値を持つと考えています。ネット上の情報もピンからキリまでですが、残念ながら多くは十分な思慮に欠けるものでした。ネットで飛び交った噂の一例を挙げると、「コンビニの店員は中国人が多いから利用しない方がいい」というような話です。 こんな話など、ちょっと考えればありえないと分かります。コンビニで働いているような中国の方々は皆、来日してから相当期間が経っています。少なくとも武漢から来日して14日以内の人間が、日本のコンビニ店員になる可能性は、限りなくゼロに近いでしょう。コンビニ店員という仕事は、それほど簡単ではないのです。 「新型コロナウイルスは中国の生物兵器だ」といった説も、一時期はネット上で拡散しました。冷静に考えれば、こんな致死率の低い生物兵器では、実戦で役に立つわけがないでしょう。いずれも一部の中国人嫌いの人々が、ここぞとばかり騒いだ噂に過ぎません。他にも「中国からの郵便物は受け取るな」「中国産の食品は食べるな」など、根拠のない情報があふれかえっていました。  「早くマスクを買わないと手遅れになる」といった情報が広まったのも舞台は主にネットです。店頭でマスクが売り切れになっていたのは事実ですが、噂がそれに火をつけ加速させていったのです。当然のことながらこれで一儲けしようとたくらんだ人間がマスクを買い占めました。私がアマゾンで見た時点では、マスク50枚入りが「定価2千2円、配送料2万円」で売られていました。 とんでもない業者がいるものだと私は驚きましたが、この話にはオチがあります。「マスクを買い占めている業者は中国人だ」という説です。この業者が中国人なのか日本人なのか、私は調査していないので何とも言えませんが、悪いのはみな中国という言説は、ネット上で支持を得やすいようです。実際には中国政府は日本の国立感染症研究所に検査キットを寄贈しています。 ちなみにマスクの着用については、NHKによると、せきなどをする感染者が着けてこそ効果がある、とのことです。ウイルスの拡散を防ぐからです。 一方、まだ感染していない人については、感染者と直接対面する機会の多い医療関係者以外は、マスクを着用する意味はあまりないそうです。ウイルスは主に自分の手指などから、口や鼻に入ることが多いため、手洗いの方がはるかに重要なのです。その他、「トイレットペーパーがなくなる」という明らかなデマもネット上で流布され、品薄状態が続いています。トイレットペーパーを求め、スーパーマーケットに行列を作る人々=2020年3月、大阪府東大阪市(恵守乾撮影) ネット上の情報はピンからキリまで、と書きましたが、ネット上にしてはかなりマシだと思われる投稿もありました。大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に、災害派遣医療チーム(DMAT)の一員として2月18日に乗船した、神戸大医学部付属病院感染症内科の岩田健太郎教授がユーチューブに公開した動画です。論争は面白いが… 「どこにウイルスがいるか分からない状態」「悲惨な状況」と、船内の感染コントロールの不備を指摘した動画でした。一級小型船舶操縦士でもある私がその動画を見て感じたのは、岩田氏には船乗りとしてのセンスが致命的に欠如しているということでした。 確かに岩田氏の主張していることはまっとうだし、感染症の専門家としての意見としては正しいかもしれない。ただ、船というものを理解していない人だな、という感想です。 造船工学の視点から言わせてもらえば、船というのは基本的に極限までスペースを絞り込んだ乗り物です。総排水トンあたり、貨物船なら1キロでも多くの荷物を、客船なら1人でも多くの人間を乗せられるように設計します。大型の豪華クルーズ船といえども、この原理原則は無視できません。狭さは船というものが持つ本来的な宿命なのです。 船内ではウイルスがない安全な区域とそうでない区域の区分けが十分にできていないと指摘した岩田氏ですが、この狭さの中で精一杯の努力をしているジェナーロ・アルマ船長をはじめ、船乗りたちへの思いやりがあれば、あれほど強い調子で批判することはなかったと思います。残念ながらこの岩田氏の投稿も、ネット上の個人の意見の域を出なかったと言えそうです。 国内外に大きな反響を呼んだ投稿でしたが、これに対して反論した元厚生省技官で、「ダイヤモンド・プリンセス」内で実務に携わっていた沖縄県立中部病院感染症内科の高山義浩医師の意見もまた、ネット上の個人の意見でした。 これらは論争としては面白いけれども、私たちが今直面している新型コロナウイルスにどう立ち向かうべきか、という肝心な疑問には答えてくれていませんでした。 事態は今や新型コロナウイルスをいかにして国内に持ち込まないか、という水際対策には既に失敗していて、次の段階に入りました。札幌市の男性を皮切りに、いつどこで感染したか追跡できない「市中感染」が全国で始まっています。感染経路がはっきりしない患者が増える「流行期」「蔓延期」であることを前提にする段階になったのです。 日本政府が鳴り物入りで2月25日に発表した、新型コロナウイルス対策の基本方針は残念ながら、同時期に感染の拡がったイタリアや韓国に比べて、信じられないほど手ぬるいものでした。イタリアでは戒厳令に近く、スカラ座や大聖堂が封鎖され、ミラノコレクションも観客無しで開催。韓国では国会を封鎖して消毒、という対策をとっています。新型コロナウイルスの感染が広がるイタリアでマスクを着けた人々=2020年2月、ベネチア(ロイター=共同) そんなときに安倍政権は、今後1〜2週間が要警戒だと、専門家の見解を追認したにとどまりました。イベントの自粛も地方自治体や民間企業に判断を丸投げし、政治的な責任逃れに走ったのです。 民間では、大手広告代理店の電通が感染者の出た本社ビル勤務のおよそ5千人全員を在宅勤務にし、この日、日経平均株価は一時千円を超える下げ幅となりました。マスメディアの真の役割 翌日になって安倍晋三首相は、大規模なイベントに対して中止、延期、規模の縮小など2週間に渡る自粛の他、27日に全国の小中高の一斉休校を要請しましたが、後追い感が否めません。おそらく国際オリンピック委員会(IOC)の委員から、オリンピックを中止するかどうかを決めるのは、5月下旬までとの見解が出され、あわてて決めたように感じます。  私はマスメディアの役割として、正確な事実関係の公開、具体策を伴った注意喚起、ニュースとしてのバランスの確保を挙げましたが、それは無用な不安をあおったり、風評被害を起こしたりすることのないよう、十分に配慮されるべきであることも意味しています。 しかし、安倍政権の対策が遅きに失したり、PCR検査に消極的で感染者数に隠蔽工作を行ったりして、結果として世界各国からの信頼を失うようなことが起きれば、オリンピックどころではありません。  しっかり現政権を監視して、新型コロナウイルスに対する政策に抜かりがないのか、徹底的に検証し、責任を追及していくことが、マスメディアの重要な使命です。 現政権の責任を徹底的に追及するのは、野党の仕事だと勘違いをしている人もいるかもしれません。それは間違いです。少なくとも現政権を常に監視し、その実態を正しく国民に知らしめるところまでは、公正中立たるマスメディアの大切な任務です。その任務を果たさずして、公共の電波を独占することは許されません。 最後に忘れられがちな役割が、ニュースとしてのバランスの確保です。ウェブサイトを見ると、今日の時点でNHKのニュースサイトは、アクセスランキング1~5位まで、すべて新型コロナウイルス関連のニュースで埋め尽くされていました。 まるで他には何もニュースがなかったかのようです。ネット上ではこのような現象がしばしば起こりますが、テレビや新聞などのマスメディアがそれでは困ります。幸いテレビでは国会中継があるので、私はそれを見ています。 この時期には、国会の最大の山場である予算委員会が開かれています。「桜を見る会」問題、検察庁トップの人事問題、そして今回のウイルス対策費が総額153億円で十分なのか。まさに議論されています。新型コロナウイルス騒ぎがなければ、検察人事などおそらくトップニュースとして、上位にランキングされて目立っていたことでしょう。参院予算委員会で立憲民主党の福山哲郎幹事長(右)の質問に答える安倍晋三首相=2020年3月、国会(春名中撮影) いくら国民の関心が離れていたとしても、常に鋭い目で重要な政治の動きについては報道する姿勢を、マスメディアには持ち続けてもらいたいものです。今、問われているのは安倍首相の危機管理能力であり、世界が注目しているのは、安倍首相の一挙手一投足なのです。

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    新型コロナ禍で正念場の日本、米国に学ぶべき非常事態時の「覚悟」

    玉井清(慶應義塾大法学部教授) 新型コロナウイルス感染拡大をめぐる政府の対応に注目が集まっている。「平時」でなく「非常時」に際し、どのような決断をするか、政治の真価が問われる瞬間である。 もっとも、一口に「非常時」と言っても、ある出来事が発生したとき、それが非常時であるのか否か、非常時だとしてもどの程度の非常時であるのか、判断の難しい場合の方が圧倒的に多い。そうした状況の中、政治は決断を迫られる。 さらに、政治の決断には、薬の副作用同様、種々の不都合の発生が予想され、場合によってはマイナス面がプラス面を上回ることさえある。こうした利害得失を十分勘案した上で、政治家は、決断をし、あるいは決断しない選択をするが、その結果には全責任を負う。その覚悟なき者は政治に携わるべきではないだろう。  アメリカで2001年9月11日(9・11)に米同時多発テロが起きたとき、筆者はボストンに滞在していた。ニューヨークのワールドトレードセンターに2機のハイジャックされた旅客機が、さらにワシントンのペンタゴンに(米国防総省)3機目が突入した。 その直後、アメリカ政府は、アメリカ大陸の上空を飛ぶ全ての飛行機に対し強制着陸の命令を出した。警告しても、それに従わない飛行機はハイジャック機と見なすと宣言した。 これは、究極の場面では撃墜する許可が空軍に出され、全ての飛行機ということは旅客機も含まれていることが想像された。ハワイもアラスカも含め全ての国境と空港が瞬時に閉鎖された。 20年も前のことであるが、その瞬間、背筋が寒くなったことを鮮明に覚えている。アメリカで生活したことのある人は知っているであろうが、日本のように都市間を結ぶ鉄道は発達していない。移動は飛行機が主である。ボストンとニューヨーク、ニューヨークとワシントン、ビジネスに携わる人は、まるでバスに乗るように飛行機で往来している。それが全て止まるということである。 あらゆる商談はキャンセルされ、命に関わる緊急の血液や臓器、薬品や医師の移動もできなくなる可能性がある。アメリカの全ての日常が止まることを覚悟しなければならない。アメリカ国家全体への攻撃と捉え、政治が全責任を背負い、重い決断を即座に行った瞬間であった。その決断は、国家の危機であることを全国民に明確なメッセージとして伝えた瞬間でもあり、そのことは外国人である筆者にも容易に理解できた。 日本のメディアは、小学校の児童を前にしたジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)が側近から一報を聞き、呆然自失の表情をした顔のアップを繰り返し茶の間に伝え続けた。危機にうろたえる無能な政治指導者として。米同時多発テロに関するブッシュ大統領の演説を街頭テレビで見るカップル=2001年9月、米ニューヨークのタイムズ・スクエア(大井田裕撮影) その一方で、非情とも言える政治の決断が瞬時に行われた事実とその意味することについてはほとんど注目しなかった。求められる政治決断 アメリカに滞在しながら、霞が関ビルに、続けて国会議事堂に飛行機が突入する事態になったとき、日本の政治は、このような徹底した決断を瞬時にできるだろうかと自問自答した。ニューヨークとワシントンが標的になったので、強制着陸は東海岸の領空に限定してもよかったはずである。しかし、アメリカ政府は、瞬時に全土を閉鎖した。見事な危機対応であった。 誤解を恐れずに言えば、アメリカは「大雑把(おおざっぱ)」な文化を持つ社会である。仕事の正確さ、細部にまで手を抜かない文化に慣れた日本人にとり、慣れるまでストレスを感じる社会である。 サラダボウルと形容されるように、人種、民族、宗教が多種多様で、日本のような細部にまでこだわる正確さを求めると四六時中摩擦が発生するので、ある程度「大雑把」な方が社会はうまく回る。生活しているうちに、変な合点をするようになった。 スーパーで買うタブレット型の薬や、薬局で調剤され容器に入った薬、押してもなかなか出てこず、ふたを開けるのに難儀な薬の容器、「大雑把」なアメリカの製造技術の拙劣さと最初は誤解していた。 しかし、それは幼児による薬の誤飲を防ぐための措置であった。大国でありながら貧者がまともな医療を受けることができぬアメリカではあるが、「国民の命」を守ることにおいて周到な準備と配慮を怠らず、それを徹底している一面がある。そのためなら大胆ともいえる政治決断をためらうことなく行う国でもある。 新型コロナウイルスに対する日本政府の対応を見ていて、9・11のテロに際してのアメリカ政府の決断を想起せざるを得なかった。今回の出来事を9・11に準(なぞら)えるのは大げさ過ぎる、同列に扱うのは不適当との意見は当然あるだろう。 しかし、両者は、非常時に際し「国民の命」を守るため、全ての責任を背負った政治決断が求められている点では同じである。日本はいかなる準備と覚悟を持っているのか、それが試されている。新型コロナウイルス対策本部の会合で発言する安倍晋三首相。左は加藤隆信厚労相=2020年2月、首相官邸 冒頭に述べた「覚悟」は、政権担当者はもとより、与党だけでなく野党政治家にも、国政だけではなく地方政治においても問われている。政治に携わる者は、その立場を越え、国や地方問わず肝に銘じておく必要がある。 対外関係を配慮し過ぎて、あるいは関係機関の調整と了解に傾注するあまり、あるいは揚げ足取りにしか見えない低劣な批判への対応に時間を奪われるあまり、然るべきときに、然るべき決断ができず、結果として弥縫(びぼう)策に終始する日本政治の弱点が露呈しないことを願うばかりである。

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    コロナショック直撃、救えるのは日銀の「非公式見解」しかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルス(COVID-19)感染の影響が、経済的にも社会的にも拡大し始めている。経済的な影響は、昨年からの経済動向を分析すると、3段階の局面が重要になっている。 一つ目は、日本経済が米中貿易戦争などの影響で2018年秋から減速傾向を見せ始め、19年には明らかに景気下降局面入りになった。このタイミングで、10月に消費税率10%引き上げが政治的な思惑を優先する形で導入された。 二つ目は、消費増税が政府の対応策をほぼ無効化し、消費や設備投資、輸入など日本の購買力を直撃し、その影響が現段階まで持続している。その状況で今回、新型コロナウイルスによる経済的な影響が国内外で発生している。 三つ目の局面は今後の状況にかかっている。それは、「景気下降局面」プラス「消費増税」プラス「新型コロナウイルス」の「三重苦」がいったいいつまで持続するかだ。 この三重苦の中で、比較的短期に終息しそうと思われているのが、新型コロナウイルスの経済的ショックだろう。ここでは、中国、日本、そして世界における本格的感染の終息宣言が、世界保健機関(WHO)や各国政府などから早期に出されるケースを想定している。その場合でも、本格的な感染がいつ終わるかによって、日本経済には深刻なダメージが待ち受けている。 もちろん、それは今夏の東京五輪・パラリンピックの開催をめぐるものだ。中でも、嘉悦大の高橋洋一教授は最も悲観的な予測を提示している。 高橋氏によれば、国際オリンピック委員会(IOC)が開催するか否かの判断時期を5月中に設定する場合、WHOの終息宣言は少なくとも5月下旬がリミットになるが、それまでに本当に終息するかどうか微妙だ、という。もし、東京で開催しないと決定されれば、その経済的影響は計り知れないというものだ。下げ幅が一時1000円を超えて急落した日経平均株価を示すモニター=2020年2月25日午前、東京・八重洲 ただ、高橋氏の「悲観シナリオ」はあくまで一定の前提の上での話であることに注意が必要だろう。WHOや各国政府の終息宣言がいつ出されるか、まだ全く不確定な話でしかないからだ。 五輪やサッカーのワールドカップといったスポーツのビッグイベントの経済効果を、よく言われるようにインバウンド(外国人観光客)消費の増加や公共事業による経済浮揚効果に限定するのは、正しくはない。ビッグイベントに伴うインフラ整備は、開催までにそのほとんどの「経済効果」を使い切っている。あとは、その既存設備がどのように活用され、社会資本として機能していくかだけになる。「三重苦」への経済対策は インバウンド消費も直接面だけを見るのは妥当ではない。五輪などの一時的な観光客増を嫌って、人々が他国や地域に観光に出掛けるかもしれないし、違う形態の消費におカネを使うかもしれない。つまり、混雑効果を考慮しなくてはいけなくなる。 ある実証研究では、五輪の経済効果は、開催国の国際的な信頼性を上昇させることで輸出が増加する効果として現れるという。他方で、五輪などのビッグイベント自体の経済効果よりも、金融政策などのコントロールがうまくいっている方が重要だ、という実証もある。 仮に、高橋氏の悲観シナリオが不幸にして成立してしまえば、日本の「国際的信頼」は毀損(きそん)され、輸出にも影響を及ぼすかもしれない。他方で、増加が見込まれるインバウンド消費や五輪を当て込んだ国内消費や投資などは大幅に失われる。 今回の新型コロナウイルス問題以前に提起されていた東京五輪による経済効果の各種推計を読み解くと、既に2020年は各種インフラ整備への支出はほぼ終わっているため、キャンセル効果は大きくない。インバウンド消費が3~4兆円、国内消費も1兆円程度が失われる。 ただ、本当に「失われる」かどうかは分からない。先ほど簡単に例示したが、五輪の混雑を忌避する観光客の消費増が国内外から発生するかもしれない。もっとも、これも新型コロナウイルスの風評被害がゼロであるという前提に立っている。 新型コロナウイルスの感染拡大が収まらないことで、五輪が中止になれば、日本の「国際的な信頼」が毀損されるだろう。「観光立国」というブランド(があるとして)も大きく低下するかもしれない。 いずれにせよ、上述の悲観シナリオの当否は取りあえず別にしても、「景気下降局面」プラス「消費増税」プラス「新型コロナウイルス」の「三重苦」に対応する経済政策が必要になる。現在の国会で審議されている補正予算だけでは不十分だ。都庁で行われた記者会見で新型肺炎の東京五輪に対する影響について説明する東京都の小池百合子知事=2020年1月31日 では、どのくらいの規模が必要だろうか。現在、審議中の補正予算案は4兆3千億円程度でしかない。これではおそらく「三重苦」の「景気下降局面」プラス「消費増税」、二つの悪影響の、それも3分の2程度しか打ち消すことができないだろう。 やや粗い計算になるが、公表されている日本銀行の需給ギャップ(国内総生産=GDP=ギャップ)推計を利用してみよう。 日本経済の潜在GDP(資本や労働が完全利用されている水準のGDP)と約530兆円ある現実のGDPとの開きは、2019年の第3四半期でプラス1・02%と3四半期連続で悪化していた。この状況に「消費増税ショック」がのしかかるが、14年の増税並みと仮定すると、日銀推計のGDPギャップはおそらくマイナス域に限りなく接近するか、場合によっては小幅マイナスになるだろう。消費増税ショック再び? 「マイナスといっても、小幅だからいいじゃないか」という話ではない。次期日銀審議委員に決まったエコノミストの安達誠司氏が以前指摘していたが、日本経済がデフレ脱却に最も近づいたころが2018年秋ぐらいまでだ。その時期の日銀推計のGDPギャップは2%超だったが、この水準(以上)を目指さなくてはいけないからだ。 仮に、新型コロナウイルスの経済的影響を14年の消費増税ショック並みと見れば、上述の「三重苦」でGDPギャップは最悪マイナス1%近くまで落ち込む。要するに、消費増税が半年足らずの間に2度やってくるようなものだ。 これを打ち消すには、現状の19年補正予算4兆3千億円に加え、6兆円以上の新たな補正予算が必要になるだろう。さらに2018年秋レベルのデフレ脱却可能な水準にまで引き上げるには、さらに6兆円以上の補正予算が求められる。新型コロナウイルスの影響次第だが、補正予算ベースで総額16兆円規模になる。 これらは粗い計算ではあるが、一つの目安ぐらいにはなるだろう。「デフレ脱却を後回しにして、取りあえず経済を『三重苦』から脱却させろ」というせっかちな(愚かな?)要求ならば、10兆円程度になる。新たな補正予算には6兆円超が確実に必要というわけだ。 日銀の政策委員会にはいわゆるリフレ派が3人いる。現状では、若田部昌澄(まさずみ)副総裁と片岡剛士審議委員、そして原田泰審議委員だ。原田氏に代わり、3月26日からは安達氏が委員に就任する。 政策委では、金融政策決定会合で反対票を投じる片岡氏と原田氏がしばしば注目される。しかし、両氏以上に重要なのが、若田部氏の「隠れたメッセージ」を解読することだ。 総裁、副総裁2人から成る執行部は意思統一を強く求められるため、日銀の「公式見解」とずれる内容をなかなか言いにくい。だが実は、若田部氏は読む人がしっかりと読めばわかる大胆な提案を、講演や記者会見で発言している。青森市で記者会見する日銀の若田部昌澄副総裁=2020年6月 最近の講演では、やはり彼が政府と日銀の協調を提起しているところがツボである。黒田総裁なら、しなびたミカンの皮程度のことしか言わないものだ。 日本銀行が大規模金融緩和を継続するもとで、経済情勢に対応して機動的に財政政策が運営されることは、金融緩和と財政刺激の相乗作用を高め、景気刺激効果をより強力なものにすると考えています。一般に、政府が国債増発を通じて政府支出を増加させると、長めの市場金利に上昇圧力が加わり、これが次第に民間投資などを抑制するメカニズムが働きます。これに対して、政府支出が拡大するもとでも、中央銀行が市場金利の上昇を抑制すれば、民間投資などへのマイナスの影響は限られ、景気刺激効果の強まりが期待できるということです。若田部昌澄「最近の金融経済情勢と金融政策運営」2020.02.05 若田部氏のメッセージを実行する、このことが何よりも求められるのである。

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    「中国離れ」を左右するコロナショックと忖度リスク

    中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 春節(旧正月)明けの中国株式市場は予想通りの暴落で始まった。新型コロナウイルスの中国本土での感染拡大を受け、市場取引の連休期間を延長していた。 代表的な指数である上海総合指数は売り注文が殺到し、連休前だった1月23日の終値から、一時最大で8・7%、結局4年5カ月ぶりの大きさとなる7・7%の大幅下落を記録した。もっとも、中国の政策当局も手をこまねいていたわけではなく、株価安定のための対策を準備していた。 中国人民銀行(中央銀行)は、資本市場の資金不足を防ぐために、1・2兆元(1740億米ドル、19兆円強)もの流動性資金の供給をアナウンスしていた。また、ロイター通信によれば、中国当局は各証券会社に対し、3日の空売り注文を規制するように要請したという。 特に中国人民銀行の動きは重要である。なぜなら、中央銀行の重要な役目として、金融システムの安定性を維持する「最後の貸し手」としての機能があるからだ。 「新型コロナウイルスショック」は今のところ、人やモノの取引といった実物面だけにほぼ限定されている。影響が及んでいるのは、国内外の物流への影響、国内外の観光客やビジネスでの移動制限などだ。 だが、これに留まらず、株価の予期しない下落から金融機関、企業などに「おカネの取引」の面で影響を及ぼせば、経済的な被害ははるかに甚大なものになる。資金ショート(不足)を防止するために、中央銀行は潤沢な資金供給をもって応える必然性が出てくる。 この対応は中国だけではなく、金融システムの不安定性が懸念されれば、どの国であっても採用する政策だ。市場関係者では、現状の7~8%台の株価下落は予想の範囲内だとの見方が強い。その意味では、現時点では中国の政策当局の「必死の攻め」が効果を挙げているのだろう。もちろん、これで話が終わりというわけでは全くない。 米中貿易戦争の影響で、既に中国経済は大きく減速していた。昨年10月に2019年第3四半期(7~9月)の実質国内総生産(GDP)成長率が前年比プラス6%と発表されたが、通年で6%を下回る予測が既に出ていた。 この率は、1992年の四半期データ公表開始以来最も低い数値となった。ただし、中国の習近平指導部はこの公表値にも強気の姿勢であり、いわば政治的には「織り込み済み」であった。WHOのテドロス事務局長と会談する中国の習近平国家主席=2020年1月31日、北京の人民大会堂(共同) トランプ大統領自身の再選がかかる「政治の年」では、米政府が大胆な中国への経済的圧力を現状以上には出せないという見方もあったのだろう。だが、今回の「新型コロナウイルスショック」は、中国指導部の楽観シナリオを狂わせたのではないか。SARSとコロナ、経済的ショックは? そこで、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行による中国や世界経済の影響と比べてみよう。今回は02年よりも国内景気が悪い中国の経済状況下で、「世界の工場」だけでなく世界の物流や消費の一中心地になったことで、世界経済における位置も変化している。この状況を勘案すれば、SARSのときの国内外に与える影響を各段に上回るものと予想できる。 03年のSARSの経済的な影響については、高麗(こうらい)大の李鍾和(イ・ジョンファ)教授とオーストラリア国立大のワーウィック・マッキビン教授の論文「SARSからの教訓:次なるアウトブレイクに備えて」が有益である。両氏の論文では、SARSショックは、中国経済の成長率を1・1%引き下げ、香港に至っては約2・5%も引き下げた。 ただし、世界経済への影響は軽微であり、米国は0・1%ほどの引き下げ効果しかなかった。両氏の論文には特に日本への言及はないが、03年の日本経済は、世界経済ともSARSショックとも無縁な形とはいえ、デフレ不況の中で「格闘」中であった。 2月1日の夕刊フジでもコメントしたように、「現在の中国は世界の生産の主体であると同時に、世界の消費者としての地位を築き、ビジネスでも多数の人が動くようになった」。そもそも03年、中国の経済規模は世界第6位程度であり、GDPでは日本より小さかった。 だが、今日では、世界第2位の経済規模であり、貿易関係一つとっても各段に異なる。03年当時の中国の貿易総額は1兆ドルに満たなかったが、2018年には、約4兆6千億ドル超にも達している。 中国からの落ち込みによる外国人観光客(インバウンド)消費の減少に加え、貿易を通じた悪影響が、日本を含め世界各国で懸念されるだろう。観光立国であるタイでは、既に、深刻な観光不況がささやかれ始めている。 さらに、中国の国内消費や生産の落ち込みが早くも出ているところがある。典型例として、中国の石油需要が消費全体の20%に相当する日量300万バレル程度減少したと報じられている。複数の市場関係者の推測では、やはり新型コロナウイルスのよる影響だという。 この報道を受けて、原油先物価格が一時低下した。仮に中国の石油などのエネルギー需要低下が持続すれば、原油価格に依存している新興国経済にとっては極めて重要なリスク要因だろう。重症急性呼吸器症候群(SARS)の集団感染が発生し、封鎖された北京市内の工事現場。中に民工が隔離されたままで、昼どきには大量の弁当が運びこまれていた=2003年5月 このような中国発の経済リスクを嫌って、「中国離れ」も加速化するかもしれない。米国のロス商務長官はテレビのインタビューで、中国に依存した世界の供給網(サプライチェーン)の見直しが行われる機会になるかもしれないと発言した。 実際に、SARSショックから十数年で、同規模かそれ以上の経済・安全保障上のリスクが中国から発生しているわけである。これは各国の対中長期投資に関して、少なくとも再考を促す機会になることは間違いない。「中国離れ」できないワケ しかし、「中国離れ」、あるいは中国との距離の見直しが加速化できないところもある。国際機関に染み込んだ中国依存体質だ。 今回の新型コロナウイルス問題では、SARSでの情報公開の遅れとそれに伴う世界的大流行(パンデミック)の出現と比較して、中国の政治体制に根付くより深刻なリスクが顕在化している。それが今書いた国際機関を中心とする中国依存体質、あるいは中国の指導部の顔色を忖度(そんたく)する国際的なリスクだ。これを「中国忖度リスク」と表現しよう。これには、国連への分担金が日本を抜き去り、世界第2位になった背景もあるだろう。 フランスのル・モンド紙が、先月22、23日に開催された世界保健機関(WHO)の緊急委員会で、中国政府が新型コロナウイルスについて「緊急事態宣言」を出さないように政治的圧力を行使していた疑いを報じた。この圧力のためか、31日の緊急委後に出された「緊急事態宣言」は、渡航・貿易制限などに触れられていない抑制されたものになっている。 だが各国政府は、この「緊急事態宣言」より踏み込んだ渡航や入国制限を実施している国が目立ってきている。WHOの「中国忖度リスク」に備えたかのようだ。 この「中国忖度リスク」は、意外なところで日本にも迷惑を与えている。日本経済新聞の滝田洋一編集委員のツイッターで知ったのだが、WHOが「緊急事態宣言」を掲載したホームページでは、なぜか発生源の中国ではなく、成田空港の写真が現在でも使われている。 実に奇怪な印象操作と言わざるを得ない。もし「操作」ではないとするならば、このような悪影響を諸外国に与えるイメージは即刻撤回すべきであろう。日本政府の対応が求められる。 ところで、新型コロナウイルスの医学的な判断をこの論説で行うことはできない。筆者が参照にしたのは、感染専門医の忽那賢志(くつな・さとし)氏や、医師でジャーナリストの村中璃子氏の論考だ。特に村中氏は、日本政府がWHOや中国政府の発表を当初鵜呑みにした対応を問題視していた。 評論家、石平氏の中国問題に対する見識も、筆者は常々参考にしている。最近のインタビューでは、「上海、深圳(シンセン)などハイテク産業が盛んな地域に広がる可能性もある。このまま主要都市の生産活動が3カ月もできなければ、GDPは数割減に落ち込む可能性もある」という極めて厳しい予測をコメントしている。大幅に下落する上海総合指数のボード=2020年2月3日(萩原悠久人撮影) 実際のGDPの落ち込み予測はともかくとして、確かに上海や深圳にまで武漢同様の影響が波及すれば、中国経済の落ち込みは深刻なものになるだろう。いくつかの経済シナリオを頭の中に置きながら、今の世界経済、そして日本経済を読み解いていかなければならない。 新型コロナウイルスの感染波及が全く見通せない中では、経済的には不確実性に備えた体制を採用するのが望ましい。日本であれば、政府と日本銀行が協調した経済拡大スタンスの採用を強くアナウンスすること、それに尽きるだろう。

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    新型コロナウイルスと向き合うための「危機管理の鉄則」

    福田充(日本大学危機管理学部教授) 中国の武漢で発生し、今や世界に感染拡大した新型コロナウイルスによる肺炎に対する措置として、日本政府は武漢の在留邦人を政府チャーター機で帰国させた。一方で、武漢からの観光客を乗せたバスの運転手やガイドがこの新型肺炎に感染し、日本国内でのヒト-ヒト感染も拡大している状況である。 新型インフルエンザなどの感染症によるパンデミック(世界的大流行)で最も大切なことは、初動対応の判断である。「危機管理学」でいえば、これは発生後の危機管理(クライシス・マネジメント)にあたる。 この初動対応において、政府は危機管理のための指揮命令系統として、さらには社会全体に向けた情報伝達としてのクライシス・コミュニケーションを実行せねばならない。既に、今回の新型肺炎に対する日本政府の初動対応の遅れが指摘され、批判されているが、その側面は否定できないであろう。 発生源であった中国政府の対応自体が遅れ、後手に回ったことと、中国政府からの情報発信自体が積極的でなかったことに問題があった。武漢市民の移動規制や封鎖措置は、既に新型肺炎が武漢で蔓延(まんえん)し、武漢市民をはじめ感染者が世界各国に拡散し始めた後のことであった。 世界保健機関(WHO)の新型コロナウイルスに対する世界的な危険度評価も当初は「中程度」と発表していたことが、世界各国の政府の対応を鈍らせた原因の一つでもある。その後、WHOは世界的な危険度評価を「高い」と表記すべきであったと訂正した。WHOが新型コロナウイルスに対して「緊急事態宣言」を発表したのは1月31日になってからである。 これら発生源の中国の状況、そして国際機関であるWHOの対応を見ながら日本の対応を検討するというスキームにおいては、今回の日本政府の対応の遅れはシステム上仕方なかった側面はある。ただ、こうしたスキームの中でも素早く決断し、日本独自の対策をとるのが「政治判断」の重要性であろう。これは世界のリスクに対するインテリジェンス機能の問題であり、そのインテリジェンス機能から政治的な決断をする、普遍的な危機管理の課題である。中国の習近平国家主席(右)と会談するWHOのテドロス事務局長=2020年1月28日、北京の人民大会堂(共同) 日本政府は法的な手続きを経て、新型コロナウイルスを感染症法に基づく「指定感染症」に指定することで本格的な対応に着手することが可能となった。施行日を2月7日としていたことが事態の緊急性を反映していない対応の遅さを表しているが、WHOの緊急事態宣言を受けて、2月1日に施行を前倒しにすることができた。 感染症法や新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく、政府行動計画には以下の五つのポイントが示されている。その中には、危機管理学の重要な要素であるインテリジェンス、リスク・コミュニケーション、セキュリティー、ロジスティクスの4要素が含まれている。(1)外国や国内での発生状況、動向、原因の情報収集(インテリジェンス)(2)地方自治体、指定公共機関、事業者、国民への情報提供(リスク・コミュニケーション)(3)感染症の蔓延防止に関する措置(セキュリティー)(4)医療の提供体制の確保のための総合調整(ロジスティクス)(5)国民生活や国民経済の安定に関する措置(セキュリティー・ロジスティクス) この五つの基本計画はこの新型コロナウイルス対策においても踏襲される。パンデミック対策のカギ これらのインテリジェンス、リスク・コミュニケーション、ロジスティクス、セキュリティーの四つの活動も、特に感染症のパンデミック対策では、そのスピードが勝負の鍵となる。素早い判断と、素早い手続き、素早い指揮命令と、現場における素早い対応によって、感染拡大の規模を最小化することが可能になる。 医学的な判断や国際状況を見極める態度は重要だ。ただ、そのためにじっくり見極める時間を取ることで、対応が遅れて感染が広がるという対策上のミスを防がなくてはならないのが、感染症のパンデミック対策である。 感染症が国内に入ることを防止する水際対策も、決して万全なものではなく、感染症の国内流入を防ぐことはできない。この水際対策も機能的には時間稼ぎであり、国内に感染症が入ってくるのを極力遅らせること、流入する感染者の数を極力少なくすることにより、感染拡大スピードを遅らせることが目的である。この感染拡大スピードを遅らせることで、その間に国内の対策を進める時間的猶予を作り出すという、時間との戦いである。 危機管理の鉄則は、「最悪の事態を想定する」ということであり、「空振り三振はしても、見逃し三振はするな」という態度である。つまり、新型ウイルスなどの感染症パンデミック対策においても、常に最悪の事態を想定し、過剰な対応策となったとしても、空振り三振を恐れず、対策の一手を先行して打つということが求められる。それが政治責任であり、政治判断である。 感染症のパンデミック対策においては、社会全体の市民や組織の協力体制が不可欠である。そのためには、自治体はどのような対応を採るべきか、企業は社員に対してどう対応すべきか、学校は生徒に対してどう指示すべきか、市民一人一人はどのような対応策をとるべきなのか、積極的な広報を展開する必要がある。 それを平常時に実施するのがリスク・コミュニケーションという活動であり、それを危機発生後に行うのがクライシス・コミュニケーションである。 国家を挙げた危機である感染症パンデミック対策であれば、重要な役割を果たすのが政府とメディアである。こうしたクライシス・コミュニケーションの過程では、(1)政府から自治体への指示(2)政府からメディア各社へのリリースや会見(3)政府から国民に向けた広報、が積極的に展開されなければならない。中国・武漢から29日にチャーター機で帰国した日本人3人の新型コロナウイルス感染が確認され、会見する厚労省の担当者=2020年1月30日(寺河内美奈撮影) 政府が直接市民に向けて発信できるメディアも、インターネット、会員制交流サイト(SNS)の時代を迎えて増加した。こうしたネットやSNSを最大限に活用した感染症対策の社会教育をより積極的に展開せねばならない。 そのためには、新しい感染症に対応したリスク・コンテンツの拡充と、それを市民に分かりやすく伝える政府や官庁のリスク・コミュニケーターの育成が必要である。連日テレビや新聞で報道される感染症関連のニュースも、社会教育においては極めて重要であり、こうした従来のテレビや新聞などのマスメディアを通じて、市民は感染症の実態や対処法を学ぶことができる。 こうしたテレビのニュース番組やワイドショー、情報番組を社会教育の手段として有効活用するためには、政府や官庁から、メディア各社への積極的なプレスリリース、記者会見や、リスク・コミュニケーターの派遣を展開することが必要不可欠である。「人権」と「人命」 ここで国民世論における「不安」と「安心」のバランスを考慮した積極的な広報が求められる。危機に際して、「不安を煽ってパニックになるのではないか」ということを恐れ、公的機関の広報が消極的になるケースが発生する。 むしろ、それは逆であり、情報を積極的に発信して社会教育することにより、市民の不安を払しょくし、安心をもたらして合理的で冷静な対応行動をとることが可能となる、という側面があることを忘れてはならない。 新型コロナウイルスが指定感染症と定められたことにより、感染が確認された場合には患者に入院勧告し、従わなかった場合には強制入院させることが可能となる。職場に出勤させない就業規制も可能である。 感染症のパンデミックで日本政府が在留邦人の保護のために政府チャーター機を派遣したのは歴史上初めてのことである。こうして、武漢からの在留邦人を乗せたチャーター機が帰国したが、帰国した邦人への検査態勢と対応措置、新型肺炎に感染した邦人患者への措置には課題が残った。 その課題は、アウトブレイクした外国都市からの在留邦人が帰国した場合、今回のような新型感染症の検査の強制的実施の問題、検査結果を問わず潜伏期間を含めた一定期間の隔離実施の問題など多岐にわたる。指定感染症を定めるタイミングや、それに間に合わない初動における対処には、まだグレーゾーンが残っている。そのためには感染症法や検疫法、新型インフルエンザ等対策特別措置法などのさまざまな法律の間の整合性を再検討しなければならない。 こうした人権問題に関わる事例をクリアする法制度の構築と、それを社会で議論し、合意形成していく民主主義的なリスク・コミュニケーションの過程が、平常時に求められる。 危機管理の普遍的な課題である、「安全・安心」と「自由・人権」の対立、トレードオフの問題を感染症パンデミック対策でも検討せねばならない。中国・武漢から羽田空港に到着した日本政府のチャーター機。手前は待機する救急隊員=2020年1月29日 今後、さまざまな新型の感染症に対してワクチンを開発する取り組みが始まるが、ワクチンの開発がパンデミックの過程において間に合った場合でも、その数量の限られたワクチンを誰から摂取するか、医療関係者、子供、高齢者、一般成人など接種の優先順位の検討と決定が必要となる。どの地域の、どの自治体から摂取を始めるか、どのような場所でどのような方法で接種を行うか、徹底した議論と合意形成が求められる。 こうした命の優先順位ともいえる機微な課題を、最大限、人権に配慮しながらも、パンデミックの被害を最小限化し、人命を優先するために、冷静に決断しなければならない事態が訪れている。 こうした議論と合意形成のために、市民に対する情報提供や情報公開は不可欠であると同時に、それを担うメディアの役割も重大である。これが危機管理におけるリスク・コミュニケーションの意義であり、現在の新型コロナウイルス肺炎の対策に必要なことも、この社会全体を巻き込んだリスク・コミュニケーションなのである。

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    アベノミクスにもよく効く「パンデミック」の教訓

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの脅威が高まっている。中国本土では、ウイルスによる肺炎の死者が81人、患者数は2744人になり、世界中では3千人に迫る規模で増加している。武漢市当局者の発言や医療従事者の証言によれば、市内ではさらに1千人規模で感染者が増える可能性があり、感染力自体も高まっている。 既に日本でも患者が確認されており、今後も社会的な防疫体制の強化が必要だ。日本政府はチャーター機を手配するなどして、武漢からの邦人の全員帰国を実現しようとしている。 ただ、新型コロナウイルスに関して、これまでの日本政府の広報体制は十分なものとはいえない。画像を参照してほしいが、27日早朝の厚生労働省のホームページには、季節性のインフルエンザに対する注意喚起程度しかない、といっていい状況だ。参考として紹介している国立感染症研究所の情報も、単なるコロナウイルスの種別解説しか記載がない。 他方で、インターネット上では、国内外の報道や医療関係者の具体的な発言を無数に確認することができる。もちろん、その中には虚偽の伝聞や、過剰な煽りも多い。 日本政府の情報発信のレベルの低さは、すなわち危機管理力の決定的な遅れだ。社会的な疫病対策には、病そのものへの対応と同時に、社会的な不安を抑制する仕組みも必要だろう。その点で、日本政府の情報発信はまさに稚拙以外の何物でもない。 NHKでは、世界保健機関(WHO)の発表を紹介し、ウイルスの感染力が患者1人から2・5人(以前は1・4人)に拡大していること、致死率は3%であることを伝えている。感染力や致死率は、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)に比べれば格段に低い。ただし、多くの医療関係者は、人から人に感染していく中での変異を懸念する声も多い。 昨夏大きな注目が集まった日韓の輸出管理問題では、当時の経済産業相だった自民党の世耕弘成参院幹事長が積極的にツイッターでマスメディアの報道の問題点や、制度自体の詳細を解説して、国民の誤解を防ぐ役割を果たしてきた。河野太郎防衛相も、外相時代から始めた外交・防衛活動を現職まで続けることで、リアルタイムに政府の取り組みを知らせることに成功したといえる。 だが、今回の件では、加藤勝信厚労相の積極性は皆無だ。上述の通り、厚労省の広報もネット時代に対応できておらず、全くダメだ。車両の通行が制限され閑散とする中国・武漢市内=2020年1月26日(共同) 繰り返すが、社会的な防疫体制に、今はネットによる情報発信が極めて重要だ。その意味で、政府の現時点の対応は稚拙なものである。 最近の報道では、SARSとの比較が目立つが、新型ウイルスの猛威によって世界中で多くの人命が損なわれたのは、約1世紀中では1918年のインフルエンザのパンデミック(世界的大流行)だろう。そのときの経験から学べる教訓は多い。パンデミックの「教訓」 米歴史学者、アルフレッド・W・クロスビー氏の『史上最悪のインフルエンザ』(みすず書房)や、最近惜しくも亡くなられた歴史学者の速水融氏『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書房)で、当時世界的規模で流行したことが実証的に明らかになりつつある。当時、日本では45万人、米国でも67万5千人、全世界では推計4千万人の死者が出た。 交通網の整備や人口の集中度合いなどが、致死率を高めることにつながった。現代は、1918年当時とは比較にならないほど都市化と国際的な人的交流の発展が進み、新型感染症の脅威はさらに高まっている。なお、ウイルスの基礎知識やパンデミックの定義など初歩的な解説としては、BBCの動画ニュースを参考にするといいだろう。 18年のインフルエンザと今回を比べる上で、ミシシッピ大のトマス・A・ガレット教授の論文「パンデミック経済学:1918年インフルエンザと今日の含意」(2008年)がいまだに役立つ。ガレット氏の論文を参考にして、重要な論点を列挙しておく。1)1918年のケースでは、都市部と地方で致死率に大きな違いがあり、都市部の方が致死率は高かった。しかし今日では、交通網の整備などで都市部と地方での有意な違いはないかもしれない。2)18年当時では、低所得階層で特に致死率が高かった。今回の武漢のケースでも貧困層が最も高い罹患(りかん)のリスクに直面しているとの指摘もある。3)18年当時では、都市部住民は比較的医療サービスを受けやすい環境にあったが、医療サービスの供給を過度に超える需要が存在することで、かえってインフルエンザの集団発生に貢献してしまった。例えば、狭い医療空間の中での患者や医療関係者が直面する場合である。報道によれば、武漢の一部の医療機関では、患者たちの過密する状況があるようだ。4)18年当時では、保険に加入していた人たちは経済的負担をある程度回避できたが、この保険でも低所得者層には致死率の面で、高所得者層に比べて不利だった。医療保険は正常財であり、所得が大きければより購買量が増える財だからだ。5)18年当時では、米国のフィラデルフィアとセントルイスは対照的だった。前者はカーニバルで多くの人が特定地域に密集し、全米で最もインフルエンザの脅威に晒された。対して、セントルイスでは地域を早急に封鎖することで、インフルエンザの波及を食い止めた。春節中の国外旅行を事実上禁止した中国政府の動きはこの教訓からいって妥当だったかもしれない。武漢などの「都市封鎖」もこのときの経験を参照したのかもしれない。 過去の教訓として重要なのは、ガレット氏が「パンデミックの経済学」で述べているように、公的機関の協調だ。これら政府の協調が失敗しないためには、人々の公的機関の情報に対する信頼性が何よりも鍵になる。 ただし、経済成長率や人権抑圧の状況でもそうだったように、中国政府が提供する情報は多くの人たちに疑問視されてきた。この信頼性の欠如が、今回の新型コロナウイルスの事例でもネックになりそうだ。日本政府の情報発信の問題については先に述べた通りである。 安倍晋三政権の危機管理能力が残念な点は、新型コロナウイルス対応への情報発信だけではない。経済問題に関しても深刻である。核心にあるのが、消費増税による悪影響を低く見積もる姿勢だ。これは政府だけではなく、日本銀行を含めた体質でもある。 先日閉幕した世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)の記者会見の席で、日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁が、2019年10~12月までの経済成長率がマイナスになるとの見方を示した。国内総生産(GDP)統計(速報値)自体は2月17日に公表される予定だ。マイナス成長の主因は相次いで日本に上陸した大型台風の影響だという。金融政策決定会合後の会見で質問する記者を指名する日銀の黒田東彦総裁=2020年1月21日(酒巻俊介撮影) 大型台風の影響が深刻で今も爪痕が残ることは理解できる。だが、それは10月に集中していたはずだ。同じく10月に実施された黒田氏の発言は、消費税率10%引き上げの影響をできるだけ大きく見せないように終始しているように思えた。これは悪質な欺瞞である。 岩田規久男前副総裁は『日銀日記』(筑摩書房)の中で、黒田氏が14年の消費税率8%引き上げの最大の功労者=戦犯であると指摘している。岩田氏も同僚であったので、慎重な書き方ではあるが、一読すれば趣旨は明瞭だ。防疫も経済も協調なし? 日銀による金融緩和政策の効果を大きく削いでしまったのは、金融政策の責任者である黒田氏自身にあった。財務省出身という黒田氏のキャリアが、消費増税を推進するスタンスに大きな影響を与えているのだろう。 ここで、金融緩和政策と消費増税の関係を比喩的に説明しよう。大胆な金融緩和政策を採用する「アベノミクス」以前は、駅前のロータリーをそれなりの速いスピードでぐるぐる回るだけでしかなかった。 これは金融緩和に否定的な人たちがよく用いる形容であるが、「マネーをじゃぶじゃぶ」しても、デフレ停滞から一向に脱することができなかったことを意味している。つまり、どんなにスピードを上げても駅前のロータリーから出られないのだ。 アベノミクスはこの政策スタンスとは違う。まず目的地を設定して、高速道に乗って近くのリゾート地に向かうことを決めている。それがインフレ目標2%であり、目標を通じた雇用や経済成長の安定化だった。車は当初は高速道を80キロくらいのスピードで順調に運転していた。これが2013年終わりまでのアベノミクスの根幹である金融緩和政策の姿だ。 だが、2014年4月の消費増税は、高速道で同じスピードのまま猛烈な向かい風に当たることになる。当然にアクセルを踏む力が同じままであれば、速度は大幅にダウンする。 ただし、とりあえず進むことは進んでいる。雇用の持続的改善の主因は、目的地を見据えた緩和の継続にある。これを「アベノミクスは史上最悪の緊縮政策」「消費増税で日本経済ハルマゲドン」論者たちが見落としていることだ。 もちろん、強烈な向かい風があれば、アクセルを踏み込んで80キロに上げればいいのだが、そもそも、消費増税という向かい風を政府自らが起こす必要はないはずだ。ところが、今回の増税でもその手法を採用している。 防疫体制もそうだが、国民の生命は経済政策によっても保障されている。その経済政策の点から、政府と日銀は国民に対して、長期停滞という深刻な病に再び陥ることを強要しているともいえる。新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する関係閣僚会議で発言する安倍晋三首相。手前は加藤勝信厚労相=2020年1月24日(春名中撮影) 新型の感染症対策には、公的機関の協調が必要であり、その核は公的機関の発信する情報の信頼性にあると指摘した。経済対策でも同じことだ。 黒田総裁や政府からは消費増税の悪影響をできるだけ過小に見せかける発言しか聞こえてこない。これでは、国民の信頼を得ることはできないだろう。まずは、安倍首相自らがインフレ目標2%へのコミット(関与)を再度強調することが必要であろう。

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    この先も相次ぐ「中国発」新型コロナウイルスの潜在的な脅威

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 中国の武漢市で新型コロナウイルスの感染が確認された。この記事を書いている1月19日現在、判明していることは以下だ。 中国国内の患者数の合計は62人。このうち、8人が重症と判断され、2人が亡くなっている。1人は進行した肝疾患を抱えた61歳の男性。ウイルス感染が基礎疾患を悪化させた可能性が高い。もう1人は69歳の男性で、基礎疾患の有無は明らかではない。 中国国外で診断されたのは2人だ。1人は1月12日にタイで診断された61歳の男性。武漢からの旅行者で、5日に発症していた。もう1人は30代の日本人だ。16日に報告された。6日に武漢から帰国し、同日に医療機関を受診した。10日に入院し、15日に軽快、退院している。 では、このウイルスの毒性は、どの程度だろうか。2003年3月に中国広東省から広まった重症急性呼吸器症候群(SARS)の致死率は9・6%、13年5月にサウジアラビアで発生した中東呼吸器症候群(MERS)は34・4%だった。いずれも今回と同じコロナウイルスだが、現時点では、このようなウイルスよりは毒性は低いと考えられている。 ただ、これはなんとも言えないと思う。もし、69歳の死亡例が健常人であれば、楽観視できない。重症と言われている8人の全てが亡くなれば、致死率はSARSを上回る。 次の問題は感染力だ。注目すべきは、中国国内で診断された62人の多くが武漢の海鮮市場で働いていたことだ。この中に妻も感染したケースが含まれる。この妻は海鮮市場に出入りしていないから、職場と家族内で一気に拡散したという見方もできるし、感染している動物と接触すると容易に感染するが、家族内での感染が少ないことを考慮すれば、人から人への感染リスクは高くないのかもしれない。新型コロナウイルスが原因とみられる肺炎患者が多く出た中国湖北省武漢市内の海鮮市場(共同) ちなみに、タイと日本の患者は、この市場との接触はない。感染経路は不明だが、彼らが普通の会社員であれば、感染動物と接触し、うつった可能性は低いだろう。以上の事実は、ヒト・ヒト感染を起こす可能性を示唆している。 現在、厚生労働省や有識者の多くが「過剰に心配する必要はない」と主張している。そして、国民の多くが、毒性も感染力も低いと考えている。私は、このような希望的な観測には賛同できない。 そもそも計64人の感染者のうち、8人が重症化したのだから、毒性はそれなりに強いだろう。彼らの多くは市場で働いていた現役世代だ。介護施設に入っているような高齢者ではない。免疫を持っていない状態で罹患すれば、かなりの確率で重症化しそうだ。現状は「患者が置き去り」 ただ、私は現時点では危険とも安全とも言えないと考えている。このまま収束する可能性もあれば、将来的に大流行する可能性も否定できない。現時点で「過剰に心配する必要がない」のは、発症から時間が経っていないため、まだ拡散されていないからだ。感染者と接触する可能性は低いため、その意味でインフルエンザの方がはるかに「危険」だが、このことが新型ウイルスについて何も心配しないでいいと保証するものではない。 現に英インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者たちは、武漢市内の感染者は推計で既に1723人にのぼると報告した。上海や深圳でも疑い例の存在が報じられている。 では、どうすればいいのか。私は正確な情報を世界でシェアすることだと思う。まずは遺伝子配列のデータを一刻も早く公開することだ。世界中の専門家が様々な意見を学術論文という形で述べるだろう。また、医療現場でやるべきは、正確に診断することだ。そのためには医療現場、特に最初に受診する開業医に診断手段を提供しなければならない。 具体的には、彼らが普段使っている検査会社に普通にオーダーずれば、結果がすぐに返ってくるようにすることだ。国立感染症研究所に申し込み、サンプルを自分で送るようでは、多忙な医師は対応できない。 専門家の中には、後日、保存された血清などを用いて、疫学的な調査をすればいいという人もいるだろうが、これでは患者が置き去りだ。医療機関を受診する患者の中には「新型ウイルスにかかっているのではないか」と悩む人もいるだろう。彼らの不安に全く対応していない。政府や専門家がやるべきことは、国民と医療現場を統制することでなく、彼らを支援することだ。 これは2009年の新型インフルエンザ流行の反省だ。このときもそして現在も、厚労省は新型ウイルスの流入を水際で食い止めるといい、メディアもこの方針に疑問を呈さない。 数カ月間かけて世界を旅する大航海時代ならいざ知らず、現在、こんなことは不可能だ。日本と中国は飛行機でわずか数時間の距離で、潜伏期間の患者はどんな方法を使っても食い止められないからだ。新型のウイルス性肺炎患者が国内で初めて確認されたことについて記者会見する厚労省の担当者=2020年1月 09年の新型インフルエンザ流行の際には、最初に診断された症例は神戸の住民で、海外渡航歴はなかった。地元の医師が感染を疑い、特別に検査したところ感染が判明した。当時、厚労省は検査する患者の基準を定めており、この患者は厚労省の基準を満たしていなかった。熱意ある医師が何とか関係機関と調整して、検査をしてもらったのだ。 その後、新型インフルエンザが国内で大流行したのは、ご存じの通りだ。今回、この教訓は活かされるのだろうか。ここまでは、その兆候はない。 なぜ、やらないのだろうか。もし、財源が必要なら、加藤勝信厚労相や安倍晋三総理に正確な状況と費用を説明して、リーダーシップを発揮してもらうことだ。せっかく、検査体制を整備しても、もし流行しなかった場合は、カネは無駄になる。それはそれでいいではないか。国民の命がかかっているのだから。必要なのは「患者目線」の対応 この問題は今回の流行だけに限らない。新型ウイルスに対する危機管理体制を確立するのは、日本にとって喫緊の課題だ。なぜなら、今後も中国発の新型ウイルスが出現し続けるからだ。この問題は、今こそ議論すべきだ。 新しいウイルスは突然なにもないところから生まれてくるわけではない。多くは動物に感染するウイルスで、何らかの突然変異が生じ、動物からヒトに感染するようになる。そして、さらに変異が生じ、ヒトからヒトに感染するようになる。 例えば「はしか」は、元はウシやイヌの感染症だ。家畜化の過程でヒトの感染症へと変異した。ヒトのみに感染する天然痘は、元は齧歯(げっし)類のポックスウイルスから進化したと考えられている。人類社会が発展し、ネズミと「共生」するようになったため、ヒトに感染する変異体が生まれた。 現在、新型ウイルスが最も生まれやすいのは中国だ。二つの理由がある。一つは中国には大量の家畜が存在することだ。2017年に世界で9億6700万頭のブタが飼育されていたが、このうちの45%は中国だ。2位のアメリカの7・6%を大きく引き離して断トツのトップだ。 ニワトリは全世界で228億羽飼育されているが、21・3%が中国だ。これも2位のインドネシアの9・5%を大きく引き離す。もう一つの問題は飼育場所が人間の生活圏と近接し、家畜を生きたまま販売する習慣があることだ。 この点は以前から危険性が指摘されてきた。『サイエンティフィック・アメリカン』誌の編集長を務めたフレッド・グテル氏は著書『人類が絶滅する6つのシナリオ』の中で、「食肉用の動物を生きたまま販売する」伝統を紹介している。新型のウイルス性肺炎について注意喚起するポスターが掲示された成田空港検疫所を通過する中国湖北省武漢市からの到着客=2020年1月16日 例えば、「広東省の市場では、ニワトリが一羽ずつ入ったかごがいくつも積み上げられているのが普通」という感じだ。このような家畜は狭いところで、密集して生活しており、一旦感染症が流行すると、容易に伝搬する。そして、消費者や労働者にもうつる。これが中国から新型ウイルスが生まれ続ける理由だ。今後も状況は変わらないだろう。 中国は日本の隣国だ。われわれは、今回のような事態を繰り返し経験し続ける。今こそ、患者目線で現実的な対応を議論すべきだ。