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    楽観できない、新型コロナワクチンの裏事情

    政府は、新型コロナワクチン接種を無料とする方針を示し、数量確保も強調している。ただ、ワクチンの開発や治験は、思うほど簡単ではなく、有効性や安全性といったハードルが高い。もちろん、最終的な対処法はワクチンだが、現実はそう甘くないようだ。医療ガバナンス研究所理事長の上昌広氏が開発・治験の裏事情を明かす。

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    開発・治験は難題多し、新型コロナワクチン確保でぬか喜びするなかれ

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 新型コロナウイルスの感染が、欧州で再拡大している。各国は対応に余念がない。 スペインでは首都マドリードの一部でロックダウン(都市封鎖)が実施された。フランスでは屋外でのイベントの入場者数が制限され、午後8時以降の屋外での酒類販売と飲酒が禁止。ドイツも、公共の場所や貸会場でのパーティーの参加人数を50人以下に制限するなどの対策をとった。英国は飲食店の深夜営業を禁止し、在宅勤務を推奨している。 では、日本はどうだろう。国内の新規感染者数は8月7日の1595人をピークに減少傾向にあるが、9月20日~10月上旬に約200~600人で横ばいが続く。新型コロナは基本的には風邪ウイルスだ。夏場に感染が終息していないのだから、冬場に大流行へと発展してもおかしくはない。 新型コロナの流行を抑制するには、ワクチンの開発を待つしかない。日本政府は2021年前半までに、国民全員に提供できる量のワクチンの確保を目指している。 現在、世界では約40のワクチンが臨床開発されていて、そのうち9つが最終段階である第3相試験に入っている。4つをシノバックなどの中国企業が、残る5つを英アストラゼネカ、露ガマレヤ記念国立疫学・微生物学研究センター、米モデルナ、米ジョンソン・エンド・ジョンソン、および独ビオンテックと中国上海復星医薬と米ファイザーによる企業連合が開発中だ。 日本企業も塩野義製薬、第一三共、アンジェスとタカラバイオ、KMバイオロジクス、IDファーマなどが、それぞれ国立感染症研究所(感染研)、東京大医科学研究所(東大医科研)、大阪大、医薬基盤・健康・栄養研究所という国内の研究機関と共同で開発に取り組んでいるが、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大の本庶佑特別教授の言葉通り「日本でのワクチン開発、治験など現実離れした話」というのが実態だろう。2020年9月19日、ロンドン中心部で行われた新型コロナウイルス対策の規制再強化に抗議するデモで、警官ともみ合う男性(英PA通信=共同) そもそも、ワクチン開発は至難の業だ。世界のワクチン市場は英グラクソ・スミスクライン、仏サノフィ、米メルク、ファイザーなど数社が独占している。日本企業には荷が重い。政府はワクチン確保に注力 なぜ、難しいかと言えば、大規模な第3相臨床試験を実施しなければならないからだ。数千~数万人を対象として、ワクチンを投与する群とプラセボ(偽薬)を投与する群に無作為に割り付け、感染者を減らすことを証明しなければならない。 第3相試験で抗体ができることを確認したからといって、感染症を減らすとは限らない。ワクチン開発は第3相試験で失敗し続けている。今年2月には米ノババックスが、発熱やせきなどの症状を引き起こすRSウイルスのワクチン開発で、高齢者と妊婦を対象とした第3相試験において相次いで失敗したことが報告された。 新型コロナのワクチン開発については楽観視できない。そうはいっても、ワクチン確保は多くの国民の願いだ。日本政府は外資系企業と交渉し、確保に努めている。7月31日にファイザーから6千万人分、8月7日にはアストラゼネカと1億2千万回分のワクチンの優先購入権を得ることで合意した。 ただ、前途は多難である。9月初旬、アストラゼネカの治験中に、免疫付与以外の反応が起きる副反応が発生したと報じられた。詳細な情報は公開されていないが、横断性脊髄炎といわれている。この病気は、脊髄に炎症を生じ、進行すれば感覚消失、麻痺、尿閉や便失禁を生じる。原因はウイルス感染、自己免疫疾患などさまざまで、ワクチン接種後に起こることも報告されている。 実は、アストラゼネカのワクチンは、以前から副反応について危惧されていた。それはワクチン接種に伴い強い炎症反応を生じるからだ。 同社のワクチンはチンパンジーの風邪ウイルス、アデノウイルスに新型コロナのスパイクタンパク質の遺伝子を導入したものだが、治験では6時間おきに解熱剤であるアセトアミノフェンを1グラム内服することになっており、1日の総投与量は4グラムになる。しかし、日本でのアセトアミノフェン常用量は1回0・5グラム程度で、1日4グラムは最大許容量だ。この量を高齢者に投与することはない。 この副反応の報告を受け、アストラゼネカは治験を一時的に中断した。日本では10月2日に治験の再開が公表されたが、米国では安全性についての懸念が払拭できず、9月6日から治験は止まったままだ。米国の食品医薬品局(FDA)は、今回の治験だけでなく、アデノウイルスベクターが用いられた中東呼吸器症候群(MERS)などの、他のワクチンの臨床試験のデータも含めて調査をすると発表している。 米国はアストラゼネカに12億ドル(約1270億円)を支払い、3億回分のワクチンを確保したが、道のりは険しい。米国で治験が再開され、承認されたとしても、多くの医師は安全性について疑念を抱き続ける。通常、治験には臓器障害などの合併症がある人は登録されないからだ。市販後、このような人への接種が増えると副反応が急増する恐れがある。米メリーランド州にあるFDA本部 では、日本政府が契約しているもう一つの会社、ファイザーのワクチンはどうだろう。これは同社とドイツのバイオベンチャーであるビオンテックが共同開発したメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンだ。保管に「マイナス60度の冷蔵庫」 7月27日、ファイザー・ビオンテックは、国際共同第2、3相臨床試験を開始した。これには米国、ブラジル、南アフリカ、アルゼンチンなどが参加している。臨床試験の進行は順調で、10月に入り、ファイザー・ビオンテックは欧州医薬品庁(EMA)への承認申請を開始し、EMAの諮問委員会は前臨床試験データの検討を開始した。 このワクチンは、新型コロナのmRNAを脂質ナノ粒子に包み込んだもので、人に注射されると、体内で新型コロナ由来のタンパク質を発現する。そして、このタンパク質に対して免疫が誘導される。 ワクチン開発の先頭を走る米モデルナと同じやり方だが、問題は効果だ。mRNAを用いたワクチンは、これまで臨床応用されていない。果たして、実際に感染者を減少させるかは、現在、進行中の臨床試験の結果が出るまで分からない。 当初、ファイザー・ビオンテックは10月までに臨床試験の暫定結果が得られるとしていたが、9月末になって、60人以上の研究者が安全性を評価するには、接種後最低2カ月の経過観察が必要との声明を発表した。アストラゼネカのワクチンの副反応を受けての動きだ。 10月6日、FDAは、この方針を受け入れると発表した。この結果、ファイザー・ビオンテックの正式な申請は早くても11月下旬以降となった。米大統領選には間に合わない。 ファイザー・ビオンテックのワクチンには他にも問題がある。mRNAはゲノム配列さえ突き止められれば、ワクチンの設計は容易だ。製造についても、手間のかかるウイルス培養を必要とせず、安価に大量生産できる。ファイザー・ビオンテックは2020年末までに最大1億回分、21年末までに13億回分を用意するという。ウイルス培養を用いた通常のワクチン製造法の10倍以上を生産できることになる。 問題は保管と搬送にある。mRNAは常温では不安定なため、凍結状態で保存しなければならない。知人の製薬企業関係者によると「マイナス60度以下が必要」だという。 アストラゼネカのアデノウイルスベクターワクチンは、季節性インフルエンザワクチンなどと同様に冷蔵保存できる。だが、一般的なクリニックにマイナス60度の冷蔵庫があるとは限らない。ファイザー・ビオンテックのワクチンが日本で承認された場合、多くの国民に接種するためには、従来と異なる接種体制を整備する必要が出てくる。 現在、メディア報道を見ていると、ワクチンさえ開発されれば新型コロナは克服できるかのような論調が強い。ところが、安全性、有効性の両方で困難が予想される。英製薬大手アストラゼネカのロゴ(ロイター=共同) このことは専門家の間では常識だ。FDAは、今年6月に製薬企業向けに発表したガイドラインの中で、新型コロナワクチンの承認条件として、少なくとも50%の予防効果が必要と明記している。「別のコロナ」再感染も これに対して、米ベイラー医科大のワクチンの専門家、ピーター・ホテズ氏は「製薬企業は75%程度の有効性を目指すべき」と主張したが、FDA長官代行を務めたステファン・オストロフ氏は「50%予防の要求は高すぎで、ハイリスクの人にはそれ以下でも有益だ」とコメントしている。 ワクチンさえ打っておけば、まず罹ることがない麻疹(ましん)や風疹(ふうしん)、あるいは天然痘とは全く状況が異なる。ワクチンが開発されても、それだけで新型コロナの流行が収まるとは考えない方がいい。 このことは、新型コロナが基本的には風邪ウイルスであることを考慮すれば納得していただけるだろう。風邪は、ひと冬の間に何回もひく。どうやら新型コロナにも同じことが言えそうなのだ。 最近になって再感染の例が、複数、報告されている。特に8月末、米ネバダ大の医師たちが報告した25歳男性の症例は要注意だ。この症例では、4月に初めて感染し、その48日後に2回連続でPCR検査が陰性となった後、6月に再び陽性となった。再感染したウイルスのゲノム配列が解析されると、4月に初感染したウイルスとは明らかに違うことが判明した。つまり、別の新型コロナに再感染したことになる。 注目すべきは再感染時の症状だ。初回の感染より、再感染の方が症状が重かった。これらの事実は、実際に感染しても十分な免疫がつかないことを意味している。 では、新型コロナの免疫はどれくらい持続するのだろう。9月14日、オランダの研究チームが、国際的学術誌『ネイチャーメディシン』に発表した研究が興味深い。彼らは、すでに発見されており、臨床経験や保存検体が多い季節性コロナウイルスを対象に研究を進めた。 この研究によると、季節性コロナに罹患(りかん)しても半年程度で感染防御免疫はなくなり、4種類のうち1種類の季節性コロナにかかっても、他の季節性コロナの感染は防御できなかったという。2020年9月30日、マドリードの飲食店で、食卓を消毒する従業員(AP=共同) 新型コロナも、おそらく状況は変わらない。ワクチンを打っても効果の持続期間は短く、過去に季節性コロナに罹患していても防御免疫は期待できない。ワクチン開発は「第一歩」 これが新型コロナワクチン開発の現状だ。ワクチンには限界がある。ただ、それでもアストラゼネカやファイザー・ビオンテックがワクチン開発に乗り出す心意気には、心から敬意を表したい。新型コロナに特効薬はなく、薬剤の開発を積み重ねることでしか新型コロナを克服できないからだ。 新型コロナについて「ただの風邪」という主張をする人もいるが、これは大間違いだ。日本の致死率は1・9%(10月5日現在)で、インフルエンザ(0・01~0・1%)とは比べものにならない。さらに長期的な後遺症をもたらす恐れもある。第1波では川崎病に類似した疾患が注目されたが、最近になって妊婦への影響や心筋炎の存在も分かってきている。 9月11日、米オハイオ大の医師たちは『米医師会誌(JAMA)心臓病版』に、新型コロナに感染した大学生アスリート26人の心臓を調べたところ、4人に心筋炎の所見を認めたと報告している。この研究では12人が軽症、14人が無症状だった。同様の研究はドイツからも報告されている。 心筋炎は不整脈を合併することが多く、時として突然死を引き起こす。診断されれば、普通は集中治療室に入院して、不正脈を継続的にモニターされる。ところが、感染者は軽症か無症状で、心臓に関する特別なケアは受けていない。日本でも、軽症の新型コロナ感染症患者の突然死が報告されているが、このようなケースだった可能性がある。 季節性コロナは高率に心筋炎を起こしたりはしない。新型コロナはただの風邪ではない。では、どうすればいいのか。私はインフルエンザ対策がモデルになると考える。 インフルエンザは突然変異しやすく、毎年ワクチン接種が必要だ。ただ、ワクチンを打っても完全には予防できない。重症化を防げるだけだ。ワクチンの限界を埋めるのが、タミフルなどの抗ウイルス剤だ。 さらに、最近はインフルエンザ対策の重要性が社会で認知され、感染の疑いがある人は無理に出社せず、自宅待機できるようになった。こうやって毎年、多くの人がインフルエンザをやり過ごしている。新型コロナも同じようになるのではないだろうか。「GoToトラベル」に東京が対象に加わり、初の週末を迎えた東海道新幹線のホーム=2020年10月3日、JR東京駅(佐藤徳昭撮影) 新型コロナはインフルより強敵だ。ワクチンは複数の製品をカクテルするようになるかもしれない。アビガンや、今後開発される薬剤を感染早期に服用するようになることも考えられる。さらに、外出時のマスク着用が浸透し、社会的距離の取り方もこなれてくるだろう。こうやって新型コロナとの付き合い方が確立していくはずだ。ワクチン開発はその第一歩となろう。小さくとも、人類にとって大きな一歩に期待したい。

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    キリンの首はなぜ長い?世の「無駄」にこそあるコロナ禍克服のヒント

    松崎一葉(筑波大教授) 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で働き方やライフスタイルに擾乱(じょうらん)が生じ、私たちは大きなストレスに曝(さら)された。この激動の時代に役に立つ概念として「レジリエンス」と呼ばれる考え方を紹介したい。 統計数理研究所の丸山宏元教授の定義によれば、レジリエンスとは「システムに何らかの擾乱が生じた時、壊れにくく(resistance)、壊れた後に素早く回復できる(recovery)性質のこと」とされている。従来の「ストレス耐性」の概念のように、耐えることだけを意味しない。 じっと我慢するだけでは将来的なダメージが大きすぎ、この状況は乗り切れない。むしろストレスに抗うことなく、流れに身を任せ、その先をしたたかに見据えて「いかに力強く回復するか?」と策を練ること。これがレジリエンスである。 レジリエンスの概念は防災においても用いられている。大地震や大津波は起こりうるものだから、災害対策としては、完全に耐えられるような防波堤やビルを作るよりも、被害を最小限に抑えて素早く回復できる仕組みを持つ構造物を生み出そう、という減災の考え方に通じている。 筑波大の同僚である斎藤環教授の名著『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)からこのレジリエンス概念を一部引用して解説する。レジリエンスを達成するためには三つの要素が必要だという。 一つ目は「冗長性」で、平常時は無駄と思えるようなものが、実は非常時に役立つというものだ。阪神大震災が起きたときの阪神間の3路線が典型だという。阪神間は北から阪急、JR、阪神各社の3路線があり、この短い区間にほぼ並行にあることは無駄だと思われていた。しかし、震災時にはそれぞれの路線において分断された地点が異なっていたため、3路線を乗り継げば阪神間の移動が可能だった、というエピソードがある。阪神大震災による被害で、復旧工事が進む阪急電車神戸線=1995年1月23日 論理的な合理化を進めすぎると「遊び」の部分がなくなり、非常時に立ち行かなくなるということだ。これは組織運営のみならず、われわれの生活や生き方にも応用できるだろう。生活時間における少々の余裕や無駄な時間を切り詰めることなく、健康管理上もカツカツ、ギリギリまで過重労働するのではなく、いつも心身に余裕を持った生活を送るという心掛けが大事なのだろう。 二つ目は「多様性」で、さまざまな価値観を容認すること。ボーイング777型機が搭載する3台のコンピューターシステムは、それぞれ異なる3種類の基本ソフト(OS)で稼働しており、万が一、コンピューターウイルスが侵入して1つのシステムがダウンしても、他系統のOSが正常にバックアップするのだそうだ。 単一的価値観は、先の大戦下のように一丸となって突撃するには好都合で合理的なのだが、想定外の擾乱に遭遇すると「全滅」しかねない。「短期的」の心構えは 企業内においては多様な価値観、国籍、信条、ジェンダーを有する社員を持つこと、もちろん家族の中でもそれぞれの生き方を尊重して単一の価値観を強要しないことが大事なのだろう。民族の多様度の低いわが国では、とかく周囲からの同調圧力が強くなりがちだ。出る杭は打たれやすく、周りをうかがって「右へならえ」の姿勢の人が多い。 その結果として新型コロナウイルスの感染が広がる中、自粛していないと目された個人や店舗に対して嫌がらせを行う「自粛警察」や、マスクの非着用に過剰反応する「マスク警察」が横行した。社会生活における最低限のルールの中で、多様な価値観を認め合う寛容さを身につけるべきだろう。 三つ目は適応性で、間違ったことを認めて、すぐに修正できることである。英国のジョンソン首相のコロナ対策がよい例だ。当初、英国は集団免疫を成立させる戦略を掲げて外出自粛策をとらなかった。しかし、爆発的な感染拡大に至ると、ジョンソン首相は政策の誤りを認めてロックダウン(都市封鎖)を指示した。責任の所在を明確にして自身の判断で間違いを修正していく、その姿勢が「適応」ということである。 たとえば、キリンの首はなぜ長いのか。進化論で考えれば、干ばつで餌となる樹木の葉が少なくなり、低い枝にある葉は食べ尽くされ、「たまたま」首の長いキリンは高い枝の葉を食べて生き残った。その結果として、首の短いキリンは死に絶え、首長のDNAのみが存続した。われわれもコロナパンデミックの渦中で生き延びなければならない。そのためには、この状況に適応するための潔い柔軟性を持たなければならない。 以上がレジリエンスの考え方である。これらは中長期的な視点だ。では、短期的にはどのような心構えを持って日々を送るべきなのだろうか。 私は精神科医で、特に宇宙飛行士などの過酷な閉鎖環境で働く人々のメンタルヘルスを専門としている。閉鎖環境とは、外的発散ができない環境、ということだ。宇宙では酒を飲みに出かけられない、カラオケができない、親友と会えない、ジョギングができない。どうだろう、コロナ禍にあるわれわれの日常と似ていないだろうか。ロンドンの病院を訪問したジョンソン英首相=2020年7月(ゲッティ=共同) 外的な発散解消ができないときに、どのようにストレスを解消するのか。自身の内面で情緒的に解消するのである。楽しかったよい思い出に浸る、可能な通信手段で家族や友と今の思いを共有し合う、情緒的な小説を読んで自身の精神的内界を刺激する、などだ。 われわれは爛熟(らんじゅく)した物質文明の中で、外界に溢(あふ)れる刺激物に頼りすぎてはいないだろうか。自身や家族の中に素晴らしいリソースが潜んでいることを見過ごしてはいないだろうか。過酷な閉鎖環境で力強く生きている人々のメンタル支援をする中で、そんなことを思ってきた。こういう考え方が少しでも読者の方々の参考になれば幸いである。

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    コロナ下の自殺者傾向に異変、働く女性が抱く「罪悪感」を救えるか

    論考「罪悪感、ジェンダー、包摂的な景気回復 日本に学ぶ教訓」から、重要な指摘なので長いが引用する。 新型コロナウイルスに伴い、日本では今年4月から1か月半にわたる緊急事態宣言のもと外出自粛が行われたが、女性が男性よりも大きな負担を背負う結果となった。男性と女性の間には「罪悪感の差」が存在し、女性はキャリアを犠牲にしないといけないと感じやすいことが大きな理由となっている。 12月から4月の間に100万人近くの女性が離職したが、その大半が期間限定雇用やパートタイムの非正規社員だった。 保育園や学校の休業などにより大規模な混乱が生じた中で、IMFワーキングペーパーの研究が普遍的な真実を見い出す貢献をしている。女性の方が男性よりも大きな責任を背負い、理想的な親でも、理想的な労働者でもいられないことに強い罪悪感を感じるのだ。 この日本の働く女性が抱く大きな責任感や、過度な罪悪感は、メンタルヘルスの毀損に結びつきやすいのではないか。注意すべきなのは、この過度な罪悪感は、職を現時点で得ている女性にも、また働くことを断念したり、職を求めている女性にも等しく重圧になっていることだ。 果たして、この「生命の危機」にどう対処すべきか。対策は三つの方向で考えられる。 マクロ的な景気対策としての雇用の回復、そして自殺予防を含むメンタルヘルスへの公的支出の増加がまず即応可能な「両輪」だ。だが、それだけではない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 青柳氏が指摘しているように、日本の女性のワークライフバランスに配慮した柔軟な雇用環境の整備も必要だ。これは中長期的な対応になるが、政治家や政策担当者が負うべき課題であることは言うまでもない。◇【相談窓口】 「日本いのちの電話」 0570・783・556(ナビダイヤル)…午前10時~午後10時 0120・783・556(フリーダイヤル)…毎日午後4時~9時、毎月10日:午前8時~翌日午前8時

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    コロナ不況は最悪想定、生き残りを賭けた企業が打つ「先手」の共通点

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 菅義偉(すが・よしひで)首相は、「いま取り組むべき最優先の課題は新型コロナウイルス対策」と表明している。新型コロナと経済では、安倍晋三前首相の路線が継承され、「両立を目指す」としている。「さもなくば国民生活が成り立たなくなる」(首相就任会見)。 秋の4連休は、多くの観光地が久々に盛況となり賑わった。プロ野球などスポーツの観客人数規制も緩和された。「新型コロナと経済の両立」が促進されている。いわば「withコロナ」の新しい日常ということになる。連休明けの週末、東京都心部の盛り場も賑わいが戻っている。  経済は、実体から見れば新型コロナ禍で悲惨な事態になっている。だが、株価は「茹でガエル」ではないが、日銀の異次元金融緩和、上場投資信託(ETF)買いで何もなかったように高水準を維持している。菅首相は、中小企業への無利子無担保融資、雇用調整助成金、持続化給付金など支援策で経済を全力で支えると表明している。 株価を含む金融は経済の「血液」であり、危機は表面的には抑えられている。だが、産業界各社の経営者個々に当ると危機感は強烈である。産業界といっても、広範囲であり、スタンスは各社さまざまだが、これまで経験のないコロナ不況からの「生き残り」「勝ち残り」を意識して戦略を根本的に組み直す企業もないではない。各社がそれぞれ「危機管理」(クライシスマネジメント)を必死に実行している。 生き残りが至上命題であり「最悪の想定」を採っている。声高にクライシスマネジメントと表明しているわけではない。むしろ、密かにそれを行っているのだが、甘い見通しは捨てている。「2020年度は赤字が不可避。21年度も景気・業績はほとんど回復しないと見込んでいる」。企業経営者からそうした厳しい見方が出てくる。 一般には、20年度はともかく21年度にはコロナ禍が緩和され、景気回復が期待されている。だが、そうした「最善の想定」は片隅にもない。危機管理に踏み込んでいる企業は、多少とも回復があれば「儲けもの」というスタンスだ。コロナ不況は長期化すると睨(にら)んでいる。コロナと経済の両立、「withコロナ」という現状もコロナ不況が長引かざるを得ないという見方の根底にある。新型コロナウイルス感染拡大で暴落する直前の水準に回復した、日経平均株価の終値を示すボード=2020年9月3日、東京都中央区 両立を進めればコロナ感染がぶり返すというのはこれまでの知見にほかならない。コロナワクチンが早期に開発されれば、経済環境・状況は変わる可能性がある。だが、それも不確定要素であり、極論すれば「儲けもの」に近い受け止め方である。トヨタの融資枠は1兆円 この9月のことだが、東京都心に本社オフィスを構える都市型情報サービス企業で社員のコロナ感染が判明した。その企業は、フロア全体の社員に自宅でのテレワーク勤務を指示した。たった一人でも感染者が出れば、外回り業務などの戦力に大幅ダウンが生じる。感染を開示して、事実上開店休業状態になっている。 「withコロナ」の両立路線で「経済を回す」というが、簡単ではない。経済の現場からいえば、コロナ感染を抱えながら経済をフルに回すのは至難である。「コロナ不況」、経済の実態は深刻だ。ゆえに、トヨタ自動車は、コロナ感染が勃発したこの3月にいち早く1兆円の融資枠(コミッメントライン)の設定に動いた。コロナ感染による先行き不透明感に対して1兆円の資金繰りを行った。日本で断トツのリーディングカンパニーが生き残りを賭けてキャッシュなど手元流動性の確保に踏み込んだことになる。 ある工場設備関連企業の財務担当役員(銀行出身)は、「コロナ対応で最初にやることは融資設定だった」と打ち明けている。こうしたプロたちでも、「当初はトヨタが何をやろうとしているのか当惑した。そういうことだったのか」としている。 その後、上場、非上場を問わず一部の企業が銀行からの融資枠設定に走り出している。ある企業経営者などは、すでに引退したベテラン経営者から「融資を取り付けろ」と助言され、銀行にファイナンス要請を行ったとしている。クライシスマネジメントでいえば、予防的に「ダメージコントロール」を行っていることになる。 コロナ禍で営業が停止状態となった業態、例えば外食・飲食関連、ホテル関連、自動車関連などは、2020年前半の一時期は売り上げが前年同期比で80~90%減となった。内部留保(利益準備金)はあるにしても、キャッシュがなければ、従業員給料、仕入れ原材料費、家賃などの原価・販売管理費といった運転資金コストを賄えない。 仮に売り上げがある程度あってもキャッシュ化されるのは3カ月~半年先だったりするわけだから当面の資金繰りは企業の生命線にほかならない。 さらに行われているのは原価・販売管理費の見直しだ。不況期は「出ずるを制する」ではないが、原価低減・販管費削減ということになる。生産ラインの見直し、ムダのカット、物流、販売面のコスト削減などが行われている。企業の手元にあるキャッシュを極力温存しようとする動きだ。トヨタ自動車の高岡工場=愛知県豊田市(同社提供) 雇用調整助成金など補助金は要請しているが、非正規の派遣社員たちが切られるケースが出ている。派遣社員たちの給料は、「同一労働同一賃金」ということで見直しされる機運だった。だが、そこにコロナ不況が到来し、再び「貧富格差」が生じている。相次ぐ企業売却 「本業回帰」というべきか、「選択と集中」というべきか、企業の事業売却も目立っている。武田薬品工業は、「アリナミン」「ベンザブロック」など一般用医薬品を投資ファンド大手の米ブラックストーン・グループに売却する。 ソフトバンクグループは、半導体設計の英アームを半導体大手の米エヌビディアに売却するとしていると発表している。いずれも事業売却で借入金(有利子負債)を削減してキャッシュも手元に置く行動とみられる。 一般に日本企業は、企業買収では買うばかりで、売るのは追い込まれないと行わない傾向を持っている。「持ちたいのか、儲けたいのか」(米のビジネス格言)といえば、前者=「持ちたい」という「持つ経営」が過去からの歴史的トレンドだ。 ところが、20年度のここにきて中堅企業も事業売却に踏み込んできている。これまで企業買収しか行わなかったようなある企業が、複数のグループ企業売却に転じている。やはり、有利子負債削減など財務力を改善・整備しキャッシュも手元に置こうとしている。コロナ不況で優良企業が「安値」で売り出されたら買収しようとする作戦なのかもしれない。 コロナ禍不況は、通常の景気循環とは異なるという要素がある。企業サイドにもコロナ禍の知見は蓄積されているが、不確定部分もある。先を見通すことは困難だ。 クライシスマネジメントを実行している企業経営者の多くは、米中貿易戦争の激化と19年10月に実施された消費税増税の影響で、20年度は景気・業績悪化が避けられないとみていた。景気は米中貿易戦争激化直前の18年度をピークに下降に向かっていたのである。 そこに未曾有のコロナ禍不況が襲来した。いまは企業各社ベースでは生き残り、勝ち残りを賭けて、コロナ禍不況による業界再編成期に向かおうとしている。 こうした先行きが不透明で困難な時期には、通常の不況時よりも経営者の判断・決断が、各社の生き残り、勝ち残りの近未来を決定する。コロナ禍不況の中で各社経営者が何を目指してどう行動するかで各企業の盛衰が導かれる。 コロナ禍は、産業界の動きでいうと「テレワーク」「ウェブミーティング」「オンライン営業」「VRネット商品展示会」「オンライン面接・採用」など業務に大きな変化をもたらした。日本のビジネス社会で遅れていたIoT(モノのインターネット)化が一気に進んだ。コロナ禍は、日本の「働き方改革」をどの内閣よりも一気に促進したことになる。東京・丸の内のオフィス街(産経新聞チャーターヘリから、宮崎瑞穂撮影) コロナ禍とひとくくりにしているが、これらの変化は「禍」とは言い切れない。こうしたことは目に見える顕著な変化だが、さらに巨大な変化を導く可能性を秘めている。だが、一部の企業経営者の目線は、そうした表層的な変化も無視できないが、それよりもコロナ禍不況後の自社の生き残り、勝ち残りをあくまで睨んでいるのは確かである。GDP世界3位に甘んじる日本 コロナ禍が何をもたらすのか、20年前半には悪性インフレ、スタグフレーションという見立ても出ている。各国の異次元金融緩和、財政出動、中国を筆頭に各国のサプライチェーン寸断などがその見立てのベースをなしている。 しかし、中国は新型コロナの発生源にして隠蔽もあったが、強権的にいち早くコロナ抑え込みを断行している。中国のサプライチェーンは早急に回復に向かっている。各国ともサプライチェーンは痛んでいるわけではないため、復旧を阻害する要因が少ないように見える。 となれば、コロナ禍がもたらすものはやはりデフレか。各社経営者からもインフレを懸念する声はまったく聞かない。いま事業、企業を売却している企業経営者がデフレを見越しての行動とまではいえないが、現状ではデフレ再来の可能性が高い。 20年前半には、世界のサプライチェーンが中国に過度に集中しているリスクが意識され、中国から一部工場の中国以外のアジア(ASEAN、インドなど)への移転、あるいは日本回帰を促進する動きがあった。だが、コロナ感染がその新トレンドに微妙な変化を与えている。 中国の習近平国家主席としては、たとえ一部でも資本・技術が国外に流失・逃避するにいたっては、せっかく貯め込んだ富・雇用の喪失を意味する。何としてもそうした動きは阻止したい。 中国が強権でコロナ抑え込みを図って経済の再始動させているのに対して、中国以外のアジアはASEAN、インドともコロナ感染が長引いてしまった。こうしたコロナ禍動向は、動きかけていた中国からの資本流失にストップをかけている面がある。 中国としては、貧困に長らくに苦しんで社会主義市場経済(共産党独裁の資本主義)に転換した。以前の貧困に戻るわけにはいかない。世界的に非難されている中国の「覇権主義」(中国の夢)を継続するにも経済の繁栄があくまで前提になる。 習主席が自動車、半導体の巨大集積地である武漢をロックダウンするなどコロナを強権で抑え込んだのも、そうしたことと無関係ではない。武漢は中国製造業の拠点であり、武漢を復旧させることは国の盛衰を左右しかねない。中国は、1月後半から4月前半の76日間の長期にわたって、武漢を封鎖した。コロナを徹底的に叩いて、経済再開という手順だった。 コロナを抑え込むのは、一国の経済の現状を決定するのみならず、先行きの盛衰すらも決定する。コロナという一事は、抑えることが即経済活動を左右する。安倍前首相もそうだったのだが、菅首相においてもコロナ抑え込みが極めて重要である。官邸入りする菅義偉首相=2020年9月25日、首相官邸(春名中撮影) だが、日本はこれまでコロナ抑え込みでは甘さ、緩さが否定できない。「諸外国に比べるとコロナの爆発的な感染拡大を阻止している」、とコロナ抑え込みの劣悪国と比較している。こうした自らに都合のよい自賛を度々用いているようでは、日本は、経済で中国にますます大きく引き離され、周回遅れの国内総生産(GDP)3位国に甘んじることになりかねない。

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    表現者が苦しむ非情なる「ディスタンス」

    新型コロナは多くの業界に災厄をもたらしたが、中でもコアな空間での「息吹」こそを重視する表現者の苦悩も計り知れない。徐々に日常を取り戻しつつあってもクラスター発生の危機に怯え、コロナ以前のように戻れないのが現実だ。今回は、iRONNAに手記を寄せた落語や演劇、芸術に携わる3人の苦悩と新境地をお届けする。

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    客席が真っ白⁉談四楼の目に映った落語界の「天国と地獄」

    でしゃべったりしました。 「武漢熱」と言う人が多かったですね。事が深刻になるにつれ、それは差別的だ、新型コロナウイルス感染症、もしくは「CОVID-19」をちゃんと呼ぼうということになりました。今、武漢熱などと言おうものなら、「このヘイト野郎」と認識され、その人は友達をなくすでしょう。 3月に入ると、まだ落語会は開催されつつも、いくつかキャンセルが出ました。残った仕事もこなしつつ、これはいかんなと思うようになり、一度驚いたのは、電車の中でせきをしてにらまれたことです。 4月に入ると、キャンセルが相次ぎ、直接会ってや電話ではしにくい話なのか、中止をメールで知らせる人が多いことに苦笑いしました。延期もアテにしなくなりました。それは必ず中止になるのですから。 4月、5月と落語の仕事は一本もありませんでした。緊急事態宣言、ステイホームというヤツです。そう、アベノマスクもありました。マスク不足を解消すべく、当時の総理、安倍(晋三)さんが国民に配ったのですが、安倍さんのマスクがアベノマスクという普通名詞として定着するのに時間はかかりませんでした。「アベノマスク」を着用する安倍首相(当時)=2020年8月、首相官邸 なかなか届かずに、マスクが出回った頃に届く間抜けさ、そこに巨費が投じられたことに国民は怒り、揶揄(やゆ)されるようになったわけです。安倍さんが公開した動画も星野源を利用したと、散々な評判でしたね。とにかく安倍さん、人を怒らせることにかけては名人級なのです。 私はその頃書いた短編小説に小道具としてアベノマスクを使いました。コロナ禍が終息した近未来、主人公は地方都市における独演会にアベノマスクを着けて登場し、大きな笑いを取るのです。「なぜ、アベノマスクは二つで小さいのか。このように一つは鼻、もう一つは口に着けるために小さいのです」と。痛撃を受けた若手 「東京アラート」というのもありました。東京都の小池百合子知事がドヤ顔で発表しましたっけ。レインボーブリッジと都庁舎を赤く染めるもので、これについてはツイッターでギャグとして抗議しました。 「銘菓・東京アラートって羽田空港や東京駅で売ってそうだね」と。こうもつぶやきました。「小池さんのスタンドプレーが過ぎるからさ、レインボーブリッジも都庁舎も恥ずかしさに赤くなってるんだよ」と。 コンビニやスーパーにしか出かけない日が続き、高座がないからヒゲは伸び放題、ある日、スーパーの前の貼り紙に戦慄を覚えました。臨時休業の知らせです。「もしや客か従業員が感染?」と思ったわけですが、半分当たりました。 事情通によると、「従業員の家族に感染者が出たんだ。一応濃厚接触者ということだから大事をとって休むんだ」とのことでした。志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなったり、著名スポーツ選手やミュージシャンも感染しましたが、それでもまだどこか他人事(ひとごと)でした。 毎日のように行くスーパーの臨時休業を目の当たりにし、改めてコロナが間近に迫っていることを知るのですから、我の不思議さを思ったのでした。「貯まった4千ポイントはどうなる?」と思ったことを付け加えておきます。(その後、10日ほどでスーパーは営業を再開し、9月現在の私のポイントは6千を超えています)。 落語界で言うと、痛撃を受けたのはこれからという若手です。春に二つ目や真打に昇進するはずだった彼らのスケジュールはすべて飛びました。冒頭、客席が真っ白に見えたと書きましたが、これは私の弟子の立川三四楼(さんしろう)改め、わんだの真打披露の落語会においてです。ビビッた客のキャンセルが出て、客席は七分の入りでしたが、彼はギリギリ間に合ったのです。 その後が全滅というわけなのですが、そう、講談の神田松之丞(まつのじょう)改め伯山(はくざん)の披露目も、ものすごい勢いで始まったものの、八分通りを終えて残り二分というところで中止になってしまいました。頼みの寄席が丸2カ月間休んでしまったのですからあきらめるより他はないのです。真打昇進襲名披露興行の初日を迎えた松之丞改め六代目神田伯山=2020年2月、東京・新宿 わが立川流からも犠牲者が出ました。志の輔門下の志の春です。彼は真打昇進披露のパーティーを派手にやろうと、ホテルの大宴会場をおさえました。ホテルニューオータニの鶴の間です。どこかで聞いたことありませんか? そうです、安倍さんが「桜を見る会」の前夜祭を催したあの会場なのです。ツブシがきかない落語家 さすがは志の輔の弟子と思う人もいるかもしれませんが、実は一門の総帥(そうすい)であった談志の「お別れ会」もそこで行われたのです。でも昇進のパーティーが無事開催されていれば、理由も相乗効果となって相当評判を呼んだはずなのですが、派手な企画もコロナにはかなわなかったのです。 志の春は二つ目昇進時にも同じような目に遭いました。東日本大震災の直後に記念の落語会を予定していたのです。歌舞音曲は自粛となり、それもまた飛んでいるのです。こうなると「あいつは何か持ってるね」となるのは落語界の不思議なところですが、真打昇進時の不幸中の幸いはキャンセル料が生じなかったことです。太っ腹なニューオータニですが、それはそれとして、前夜祭の領収書はどうなりましたかね。 二つ目や若手真打、とりわけ落語一本で勝負している連中は悲鳴を上げました。テレビやラジオのレギュラーを持ってる連中はまだいいんです。落語部門の収入がなくなっただけですから。私も恵まれている方です。新聞や雑誌の連載があって、ギリギリ家賃分の稼ぎがあるのです。あくまでも家賃分だけですが。どうやって食う? 昔の若手は落語では食えず、結婚披露宴やカラオケ大会の司会、それにデパートやスーパーでのイベントの仕事で稼ぎました。しかし近年、それらの仕事は不景気によってめっきり減り、結婚披露宴の司会にはフリーの女子アナが進出していたのですが、コロナで結婚披露宴そのものがなくなってしまいした。 われらが若手の頃と比べると夢のようです。この数年来、落語ブームなるものが到来し、地域寄席が全盛となりました。鈴本演芸場や新宿末広亭といった毎日やってる定席(じょうせき)以外の落語会が全国的に開かれるようになったのです。 寺社や公民館、すし屋にそば屋、居酒屋などが会場となり、関東圏だけでも月間1千公演超という活況を呈し、それらを掛け持ちすることで、なんと若手が落語一本で食えるようになったのです。そしてそれが本来の姿なのです。 そういう若手が仕事を失いました。つまり無収入です。特別定額給付金の10万円もなかなか振り込まれず、あえぎ声があちこちから聞こえました。能天気を装う落語家にしては明らかに異常事態でした。末広亭=東京都新宿区(加藤圭祐撮影) 小さな子供がいたりするとなおさら大変で、ツブシのきかない落語家はアルバイトさえままならず、カミさんが亭主に子供を預けて働きに出ようにも、仕事もまた容易に見つからず、廃業者が出ないのが不思議なくらいです。朗報なのに心配 6月に入り、ポツポツと寄席や落語会が開催されるようになりましたが、厳戒態勢です。客はキャパの3分の1、限定20人などと制限がつくのです。落語家にもマスク着用との厳命が出て、楽屋口で前座が待ち構え、やおら拳銃のようなものを額に当て、36・4度、次は消毒をなどと言い、まさか前座の許しを得て楽屋入りをする日がくるとは夢にも思いませんでした。 そんな状態が長く続き、そう、「GoTo」なんちゃらもありましたね。PCR検査は一向に進まない中、そんなことには熱心なのです。たった一ついいことがあったとすれば、7年8カ月の長きにわたって日本を壊し続けた安倍さんが総理の座から降りたことです。しかし、油断はなりません。安倍路線を継承するという「パンケーキ」菅義偉(すが・よしひで)さんが跡目になったのですから。 菅さんの総理就任に先立って、小池知事は再選されました。経歴詐称やヘイト体質が問題にされながらもブッチギリでした。さすがは「女帝」です。コロナで大打撃を受けたのは、観光、宿泊、飲食、エンタメ業界と言われていますが、「GoToトラベル」が観光や宿泊にいくらか恩恵があったとしても、飲食は休業や時短を強いられ、エンタメ業界はほぼ壊滅状態となりました。 しかし、小池知事はここへきて、時短の解消と10月から東京をGoToに組み込む政府の意向への賛同をにおわせました。私の行きつけの居酒屋はすでに、2、3廃業に追い込まれていますが、飲食業界は息を吹き返すのでしょうか。 東京が正式にGoToに組み込まれれば、いくつもキャンセルになった地方公演が可能になります。今まで「こんな遠いところにようこそ」と言われていたものが、「東京から来てくれるな」に変わってしまった地方公演が本当に可能になるのでしょうか。 政府もまた屋内イベントに定員の50%以内とシバリをかけていましたが、落語や歌舞伎などの古典芸能とクラシックコンサートではこれを撤廃すると言い出しました。われらにとって明らかな朗報ですが、心配もあります。待ちかねた客がドッと押し寄せ、たちまち三密状態になりクラスター発生という事態です。 でもどこかでそれを打ち消す自分がいます。そんなに客は来ないという確信です。何しろコロナ禍の開催において、主たる客層の中高年がほとんど姿を見せなかったからです。自身の判断もありますが、ほとんどが家族の反対により、来なかったのです。落語家の立川談四楼 コロナが騒がれ始めた1~2月を懐かしく思い出します。「コロナの後はマークⅡだ」などというギャグを(もちろん彼らに向けて発したのですが)、トヨタの車種だと分かる中高年だけが喜んでくれたのですから。 来年の秋頃、ようやく終息の兆しを見せる。それが私の見立てです。もちろん東京五輪・パラリンピックはありません。さてどうなるでしょうか。

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    新型コロナは戒めか、演劇界が避けられない「自己中」気質からの脱却

    ラインに非難轟々 全国公立文化施設協会が5月、演者にもマスク着用などを求めた「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を発表すると、SNSで演劇人からいろいろな意見が上がった。「実際にやったことがないヤツが考え出した」「こんなもので公演はできない」「マスクなんかしたらセリフがしゃべられない」「ペイできない」などと、否定的な意見が目立った。 私も、これでは今まで通りの公演は難しいと感じるとともに、やはり演劇界はどこかズレているように思えた。演劇人は自分の仕事に誇りを持っているからこそ、こうした反応をしたのだと思うし、短文投稿のSNSでは真意が伝わらない面も確かにある。それでも、やはり自分の業界、自分のことしか頭にない発言のように感じてしまうのだ。 先述した「馴染んでいない」「選択の自由がない」にも通じているが、こうした発言には観客への配慮が足りていなかったのではないか。もし、コロナ禍ではないときにこうしたガイドラインが発表されれば、疑問や批判の声を上げるべきだ。しかし、このコロナ禍において、完璧とはいかないまでも演者、スタッフ、観客が安心して演じ、見るためには必要なことではないだろうか。 平田氏の発言や演劇人らのSNSでの発言には想像力が欠けているように感じる。もちろん、自分たちの業界、自分たちの職業を守るために必要なことは発信しなければならない。その一方で、少なからず人の心を表すことを仕事にしているのであれば、もう少し想像力を働かせられるのではと感じている。 演劇界は少しずつ動き始めた。緊急事態宣言解除前には、多くの劇場や団体がクラウドファンディングで運営費を募ったり、動画配信サイトやウェブ会議システムなどを利用したりした。私の団体も朗読動画を配信した。 緊急事態宣言の解除後は業界団体、劇場、劇団などがガイドラインに沿って公演を行っている。野外演劇を行ったり、配信のみで行ったり、通常の半分以下の観客数で上演したりと対応策はさまざまだ。私の知っている俳優や劇団も活動を再開し、演者やスタッフ、観客から感染者は出ていない。無観客で上演し、無料配信した劇団「鳥の劇場」=2020年4月、鳥取市 しかし、7月に入り、東京・新宿の劇場で行われた公演においてクラスター(感染者集団)が発生した。伝え聞くところによると感染拡大防止の施策を行っていなかったようだ。歌舞伎俳優の尾上松緑氏が自身のブログで怒りを露わにされていた。私も尾上氏の気持ちがよく分かる。こうした予防意識の低さが感染拡大にどんどん繋がって行くのだ観に来て下さる大切なお客さんを危険に晒す様な真似をしてどうするブログ「尾上松緑、藤間勘右衞門の日記」 ここにも演劇界が嫌われる理由が潜んでいる。演劇関係者、舞台人の多くが不満もありながら、前に進もうとしているときに、自分たちだけは大丈夫だろうという、うぬぼれにも似た感覚があったのではないか。 反対に、素晴らしい対応をしたところもあった。私は7月、新国立劇場(東京都渋谷区)にバレエの公演を見に行ったが、客席数を大幅に減らして行われていた。非常に感動したが、公演は千秋楽を迎えることなく終わってしまった。観客とも演者とも接触のない、外部スタッフに発熱の傾向があるということで公演自体を中止にしたのだ。可能な限り「安心・安全」を スタッフや演者の皆さんの悔しさは痛いほど分かる。コロナ禍でなくとも、天災などで予定していた公演ができなくなることは非常に悔しく、悲しい。だが、この対応はカンパニーや観客を守るだけでなく、演劇界全体を守る行動だと私は考えている。「舞台は安心して見られる」ということを広く知らしめるのに貢献したと感じた。 個人的なことを言えば、私はマスクが苦手だし、面倒くさいことは嫌いだ。だから、できれば以前のように公演ができたらと思っている。だが、それでは演劇界は嫌われたままだ。このコロナ禍は演劇界の在り方、これからの演劇というものにとって進むべき道を考える上で大事な期間ではあると捉えている。 ここまで「演劇界が嫌われている」と書いているが、私自身は演劇に関わる仕事を辞める気はない。なぜなら、舞台芸術は人にとって必要だからだ。どんな技術革新が起きてもなくなりはしなかった。流行(はや)り廃(すた)りはあるけれど、大昔から作られ続け、どんな危機も乗り越えて生の舞台は残ってきた。だからこそ、演劇界も変わるべきところは変わらなければいけないし、守るべきところは守らなければいけない。 舞台演出家としてもそうだが、一観客としてもやはり、生で見られることは非常によいと感じている。刺激を受けるし、何より生で動く人間を感じ、他の観客の反応なども含めて、その空気を五感全てで感じることは人間にとって必要なことだ。バレエ公演を見てその思いは強くなった。 これからの演劇界に必要なのは「安心」と「安全」だと私は考えている。このコロナ禍において、演劇公演を行うも行わないも、その判断は間違っていない。ただ、実施する以上は先述のバレエ公演のように、観客が安心して見られる施策や環境が必要だ。 現在、かつての形態で公演をすることはまず不可能だ。観客や演者、スタッフの安全を確保して公演することが最低の条件となる。不安を100%取り除くことはできないが、自分の知り合い以外の方も安心させられる広報が必要だろうし、「自分たちは大丈夫だろう」といううぬぼれは捨て去った方がいい。そうでなければ、演劇は危険なものとみなされ、今以上に世の中に馴染まなくなる。 新型コロナウイルスの脅威がなくなったとしても「安心」「安全」がない舞台は淘汰(とうた)されてしまう。なぜなら、人は舞台を見て感じ、心を動かすからだ。安心できない空間で人の心を動かすことはできない。新国立劇場の外観=東京都渋谷区 演劇に限らず、芸術に触れるときに心配事があっては落ち着いて見ることができない。落ち込んだときや悲しいときに、安全ではない空間で生の芸術に触れても楽しめない。楽しい気分や嬉しい気持ちのときに芸術に触れても安心でなければ、台無しだ。個人的な思いとしては、もっと演劇文化が世の中に馴染んでほしい。だからこそ、選択の自由がない演劇におさらばするべきだ。 新型コロナウイルスの終息後には、以前のような公演形態が可能になると思われる。そのときに観客の自由を奪うようなやり方を続けていたら、演劇は嫌われたままになってしまう。公演にかかる費用とのバランスもあるし、カンパニー、劇団、劇場などの都合もあるから、具体策はそれぞれ違ってくるだろう。だが、演劇に関わる一人一人が、「お客さま」に安心して鑑賞していただくための行動をとることはできるはずだ。 押し付けの、選択の自由がない演劇が嫌われている。演劇界が変わる機会は今だ。自由に活動できる日は必ず来る。そのときのために研鑽(けんさん)し、演劇界を少しでも好きになってもらえるように考え、行動していきたい。

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    コロナ禍は新たな自分の発掘場、苦境でこそ弾ける人間の創造力

    須東潤一(詩画アーティスト・タレント) 僕は過去に一度だけ、母校である長野県松川高校(県立)で講演会を行ったことがあります。そのとき、話題にしたのが自分の経験から「環境で人間は作られ、チャレンジが人間を成長させる」という内容でした。 今回その、環境で人間は作られる方の話なのですが、何か今までの自分を変えようとか、本当の自分を探すために旅に出るなんて行動はまさに無理やりにでも自ら環境を変えているということになります。 そういった行動をした時点で明らかに今までの自分ではないため、変化はすでに起こっています。もちろん、どんな変化になるのかはその時点では誰にも分かりません。良くも悪くもどんな自分になろうと、前向きに受け入れる覚悟がなければいけないと思っています。 ただ、本当の意味での「変わる」とは、単に行動を起こせばいいというものでもなく、その後の自分の心情と向き合うことだと思います。 行動は起こした、じゃあ後は変わって何をするのか、変わったから今後は何をしていきたいのか、何にチャレンジしていくのか、結局は自分に問いかけることが必要となります。そうでもしないと、せっかくの行動もただの思い出作りで終わってしまいます。 悩んだり、迷ったりしているときほど大胆に動き、うまく行動を起こせたときほど慎重に考えていく。そんな環境変えは眠っている自分と向き合うよい機会を与えてくれます。違う面から自分を発見したり、違う自分になれたりもします。 以前、俳優として舞台を経験したときには、稽古と本番では全然違う感覚に出会えました。それは用意された稽古場と劇場の「場所」という環境が明らかに違ったからです。 役の人生を生きると言ってしまえば単純ですが、そう簡単な話でもなく、メソッド演技(役の人格になりきる)なんかを下手に習うと公私の区別はなくなり、犠牲にすることが多々増えます。役を深く読み解き、役に合う環境に自らを変える覚悟が俳優という仕事なんだなと思いました。 本当の意味で役を生きるとは自分の内面と向き合う孤独な環境であり、その環境というものがまさにその役という人間を作っていくんだなと実感しました。 しかし、このコロナ禍ではそういった環境変えの意味合いが少し違ってきます。徐々に日常が戻りつつあるとはいえ、まだまだ自粛が余儀なくされ、自分の意思とは無関係に否応なしに環境が変わってしまいました。ベンチでたたずむ須東潤一氏(シンクバンク提供) 会いたい人にも会えず、行きたい場所へも行けず、そんな中で自分と向き合う時間が増えていき、まさに今コロナ禍という未曽有の環境で新しい人間は作り出されていきます。誰も望んでもいなかったこの環境で生きていかなければならなくなりました。人と会わない「癖」 現在、感染症拡大予防のため、マスクや消毒が当たり前のようになり、まだたった数カ月の継続中なのにむしろやらないと気持ちすら落ち着かない一種の「癖」(くせ)のようになりつつあります。 たとえコロナ以外でもマスクや消毒は今後も役に立つことがあるのでいいと思いますが、僕が怖いと思うのは、ソーシャルディスタンスや人と会わないということが、気づかないうちに同じように当たり前となり「癖」になってしまうんじゃないかということです。 詩画アーティストの活動は孤独な環境の中で常に自分の内側にある「想い」なんかと向き合いながら絵や言葉でそれを表に現していくものですが、そもそもその源にあるのは人と人との間と書く「人間」本来の人との関わり合いの中で自分のアイデンティティーが生まれているからこそできることでもあります。 僕は人との触れ合いがある環境の中で育ってきて、今のコロナ環境を目の前にしていますが、今まだ物心つく前の小さい子供たちや、これからもっといろんな考えの仲間との触れ合いの中でアイデンティティーを形成していく学生たちにとっては、この大事な時期にぽっかり穴が開いてしまう環境ができてしまっています。 その本来感じる違和感が徐々に当たり前になっていくことを防ぐためにも、会員制交流サイト(SNS)も含め新しい方法で人と関わっていける環境に変えていかないといけないなと思います。 当然コロナの終息が一番の解決策だと思いますが、コロナ共存の今を考えるとこの環境変えも一つの解決策になると思っています。 ソーシャルディスタンスや人と会わないとは、無関心になるということではなく、むしろ好奇心を湧かせて、より相手を想い、絆を深め、積極的に関わっていくことができれば、もしかしたら僕たち大人が経験も想像もしなかった人間の凄い世界が拓けていく可能性を秘めています。 そのためにも今までの自分の生活やルーティン、思考や行動などの中に、新しい環境に対応する新しい人間を自分の中で作っていけたらなと思います。そうしないと現状にただ文句ばかり言ってしまう嫌な人間が自分の中で着々と少しずつ作られていってしまうと感じるからです。 ただ、環境が変わればガラッと一気に新しい人間が自分の中に作られるわけではなく、ここまでの成長がそうであるように、じっくりじわじわと形成されていきます。 今現在まで成長してきた僕は、いろんな経験をしてきたからこそ、どんな状況でも自分なりに前向きに考え、逆境を乗り越えられる人間になっていますが、コロナ禍でのニューノーマルな環境はむしろまだ知らぬ新しい自分を見つけだすチャンスだと捉えている節があります。須東潤一氏(シンクバンク提供) それまでの成長が良くも悪くも、環境で人間は作られる、つまり環境で人は変われると思っています。逆に自然発生的に環境が変わってしまえば、今までの自分では通用しない事態や、何か違う自分が作られてしまう可能性も起こり得ます。苦境にこそ生まれる発想 それが今です。変えたくて変わったわけではないこのコロナ禍での環境が、自分の中でどんな人間を作るのか。今この世の中の状況は、誰にとっても経験の通じない未知なる道を各々が手探りで歩いているようなものです。 しかし、こういうときって実は何か新しいアイデアが思いつきやすかったりするんです。追い込まれて必死になっているときこそ、火事場の馬鹿力的な今までの自分では無理だったようなこともできる新しい自分が生まれやすい。これこそ環境が作り出す人間です。 今で言い換えると、コロナが作り出す人間です。良い人間も悪い人間もいますが、いつの時代も悪い人間はその環境が作り出しただけのこと。その人間自体が悪いわけではない。僕はそう思っています。 だから望んでいなかったこの環境を前向きに考えられれば、自分の中に前向きな人間が作られる。そしてその人間をじっくり育てていく。僕自身は例えばコロナ環境の中、詩画作品の中で、「defi」(デフィ)というカエルをモチーフにしたキャラクターを創り出しました。 カエルは昔から幸運の象徴でもあり、無事に帰る(カエル)という縁起のよい語呂合わせにも使われてきました。コロナが終息し平穏な日常が帰る(カエル)ようにという想いも込めて生み出しました。 そしてdefiとは、フランス語で「挑戦」という意味です。辛い環境や状況なときほど、前向きな挑戦(チャレンジ)を忘れない。そんな想いからです。 僕の中で、コロナが作り出した人間は、このキャラクターを創り出した新しい自分です。多分、コロナ環境でなければ創造もしなかったキャラクターです。須東潤一氏の作品「defi ソーシャルディスタンス」(シンクバンク提供) これからdefiがどう育っていくかは、僕のチャレンジという成長次第です。そして今後また環境が変わるのか、変えるのか、どちらにしてもそのときは違うキャラクターが生まれているかもしれません。 そのときの環境が作り出した、自分の中の新しい人間が全てを握っています。その人間を作り出すのもまた、自分次第なのかもしれません。 あなたにとって、自分の中にいるコロナが作り出した人間は、どんな人間ですか?

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    「お客さんが待っている」ホリプロ社長がコロナ禍に立ち向かう原動力

    堀義貴(株式会社ホリプロ代表取締役社長)新型コロナウイルスが世界中で猛威を振るい、音楽や演劇などのイベントの開催は困難を極めている。大手芸能事務所であり、エンターテインメント事業を手掛けるホリプロの堀義貴社長は、日本と海外の劇場公演システムの違いを指摘。エンタメはどう変わるべきなのか、その覚悟を語る。――アメリカ・ニューヨークの劇場街ブロードウェイでも、新型コロナの影響で公演は軒並み中止になりました。堀社長はかねてより、公演における日本と海外の手法の違いについて訴えていますね。【堀】 日本は妙に平等なシステムになっていて、どんな劇場も最大1カ月程度しか借りることができません。 たとえば大勢の観客を収容できる立派な公民館で、集客率が2割しかないイベントがあったとしても、基本的には地域住民優先で会場が確保できます。一方で、満員を見込める作品であっても、その扱いは同様です。 劇場の稼働率が人びとのニーズに合っていない会場がわれわれの税金で支えられていることを、多くの人は意識されていないと思います。 コロナの影響で公演が延期や中止になった場合、同じ演目を実施できるのは数年後になってしまいます。しかも東京五輪・パラリンピックが延期になったことで、会場の確保はさらに困難を極めるでしょう。 一方で、ロンドンのウエスト・エンドやニューヨークのブロードウェイは、作品の人気次第でロングランが可能です。そのため公演が再開できれば、長期的に見れば資金を回収する余地があります。 日本の劇場利用を世の中のニーズに合わせて効率化できるよう、その仕組みを再考するべきです。――今回の危機を乗り切ったあとも、やはり舞台公演やイベントを中心に事業を展開していくことになるでしょうか。【堀】 もちろんです。演劇というと、日本では儲からないと思っている人が多い気がします。でも、ニューヨークやロンドン、それに韓国では「金のなる木」なわけです。 たとえば皆さんご存知の『ライオン・キング』(ディズニーによる長編アニメーション映画)は、1994年に全米で公開されて以降、音楽やミュージカルに形を変えて、四半世紀以上も同じソフトを使っています。 『ライオン・キング』という1つのコンテンツで、これまでの累計売り上げはじつに2兆2000億円。ミュージカルだけでもおよそ7000億円です。 一方、日本のアニメ産業全体の市場規模は2兆円程度で、『ライオン・キング』一作品にも及びません。アニメといえば「クール・ジャパン」というイメージがあるかもしれませんが、まだまだマーケットが小さすぎるのが現状です。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)――オンライン配信が進んだとしても、舞台や映画館でのリアルな体感を求める人は少なくないでしょう。【堀】 元来、舞台役者はお客さんの拍手をもらって伸びていくものです。観客がたくさん入った、拍手を受けた、スタンディングオベーションが起きた――。そういった体感を得て演者は成長していき、観客に還元されていくんです。堀社長の「原動力」――著書『これだけ差がつく!「感じる人」「感じない人」』(PHP研究所)でも、リアルな体験や感情の揺れによってクリエイティビティは培われる、と述べられていますね。【堀】 活字やオンラインでも情報としての確認はできるけれど、感情の揺れは伝わりにくい。 配信においてもリアルタイムでコメントをもらえる人はいいですが、作品を演じる人たちにとって、文字のコメントだけでは得られないものがあります。 劇場公演は「生き物」です。お客さんの反応を見て翌日の演出を変えることもあります。アーティストのライブやスポーツの試合でも同様でしょう。 野球でいえば、同じピッチャーとバッターの対戦でも、毎回違った結果やドラマが生まれる。まったく同じものを二度と再現できないところが、生の醍醐味だと思います。――堀社長は未曾有の危機と向き合う経営者でありながら、プロデューサーでもあります。現在の活動の原動力は何でしょう。【堀】 「どこかでお客さんが待っている」と思い続けることです。笑いたい人がいれば楽しみを、泣きたい人がいれば感動を提供する。 舞台や映画、ドラマにしても、それを見て「明日も頑張ろう」と感じてもらえる作品を届けたい。お客さんが喜ぶことをやる。それこそが、こんな泥臭い仕事に私が人生を懸けている理由です。聞き手:Voice編集部(中西史也)関連記事■「エンタメが現場から崩壊しかねない」ホリプロ社長が恐れる最悪の事態■渡辺謙「日本人は震災を“検証”しているか」■片岡愛之助が語る、三谷作品『酒と涙とジキルとハイド』にかけた思い

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    講談師・神田伯山 「YouTubeは配信者の本質が問われる」

     コロナ騒動により、さまざまな伝統芸能の公演も自粛を迫られた。当然、講談師である神田伯山もその影響を受けた。そうした状況下での奮闘を、ノンフィクションライターの中村計氏がレポートする。 複雑な心境だった。「本音の本音を言うと、お客様のことがずっと心配でしたね」 そう吐露するのは講談師の神田伯山(37)だ。2月11日、神田松之丞改め六代目神田伯山にとって人生最大のイベント「真打昇進襲名披露興行」がスタート。ところが、人類史上、未曽有といっていいウイルス禍と重なった。都内4か所で計39日間行われる予定だったが、3月10日、29日目で打ち切りとなった。「興行を続行するか否かは、自分では決められない。誰かが感染したらどうしようと綱渡りの気分でしたね」 そんな中、定席と呼ばれる都内の寄席は営業を続けていた。寄席は東日本大震災においても数日しか休まなかった。「来て下さるお客様が1人でもいる限り開ける」というのが信条だ。幸い寄席では、誰も感染しなかった。緊急事態宣言を受け、4月上旬、ついに休演を決めた。同時に芸人たちは居場所を失った。伯山は言う。「それまでは一日3、4席やっていたのに、毎日、何もやらなくなった。あっという間に講談師の日常が失われました」※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ところがそんな期間であったにもかかわらず、伯山の名前は停滞するどころか一気に跳ねた。伯山の妻であり、制作会社社長でもある古舘理沙の発案で2月から始めたユーチューブ「伯山ティービィー」のお陰だった。登録者数は現在、約13万人。ユニークユーザーは129万人にのぼる。 披露興行中は毎日、舞台裏を撮影した動画を更新し、大好評を得た。その後も「オンライン釈場」など新しい試みを次々と展開している。それらが評価され、先日、「ギャラクシー賞テレビ部門・フロンティア賞」を受賞。ユーチューブとしては初の快挙でもあった。「ユーチューブって、最初は落ち目の芸人がやるものだと思っていた。でも始めてみたら、いろいろな発見があった。今後はコロナが収束しても、芸人個々が配信媒体を持つ時代に突入するんじゃないですかね。ただ、ユーチューブはテレビやラジオより自由なぶん、その芸人に本当に伝えたいものがあるのかないのかが如実に現れる。意外にその人の本質が問われるメディアかもしれません」【神田伯山ティービィー】登録者数:13.3万人 六代目伯山の襲名に合わせてチャンネル開設。襲名披露興行から楽屋風景までを公開して話題となり、第57回ギャラクシー賞テレビ部門・フロンティア賞を受賞。講談動画では字幕をつけて聞きやすくしている。■講談師・神田松之丞 35歳にしては老成した人生観の背景■神田松之丞改め伯山 美人講談師が語る「兄さん」の魅力■【写真5枚】小林麻耶、姪の演技に号泣 海老蔵不在バレエ参観の家族愛■【写真17枚】稲垣啓太を笑顔にする新恋人 元カノとの意外な共通点■【現場写真など40枚】木下優樹菜&フジモン「偽装離婚疑惑」家族団らん写真の真相

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    『半沢直樹』、コロナで苦境の歌舞伎にファン増やす効果も

    感じられる人でも、気軽に楽しむことができます」 8月1日から約5か月ぶりに営業を再開させた歌舞伎座。新型コロナウイルス感染拡大の影響で演劇界全体が厳しい状況に置かれる中、世間と“歌舞伎”をつなぎファンを増やす効果も期待される『半沢直樹』の果たす役割は大きいのかもしれない。●取材・文/原田イチボ(HEW)■絶好調『半沢直樹』、視聴者心理に働きかけるカット割りの妙■『半沢直樹』妻役の上戸彩、新婚時代と現在の演じ方の違いは■『半沢直樹』再放送で再燃する『あまちゃん』続編への期待■【動画】上戸彩 グラビア写真5枚 2013→2020 若返ってる…!■堺雅人の「半沢様式」 視聴者を待たせて「倍返し」に成功

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    「国力低下」 今そこにあるコロナ危機

    経済協力開発機構(OECD)の今年の成長率予測で、上方修正の欧米や中国とは裏腹に、低く据え置かれた日本。コロナ禍が続く中で懸念されるのが、教育現場の混乱や就職活動への悪影響が深刻化し、国力低下という将来の大きなダメージとなって跳ね返ることだ。第5回は、日本の「地盤沈下」の危機に関して考える。

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    日本の将来を左右する、コロナ禍が生む教育格差という「負の連鎖」

    主が活動できないし、殺してしまうので、感染力を失うんですね。結果的に人間社会から消えていくんです。 新型コロナウイルスといいますが、では新型以外のコロナウイルスはどうなのかといえば、常在化しているんです。鼻風邪を引き起こす程度です。新型も最終的にはそのレベルの毒性になるのではないかと言われています。そうなると、数年後には新型コロナのことをみんな忘れてしまうかもしれない。 これがトラウマになるかというと、ウイルスがトラウマになるのでなくて、ウイルスに対するリアクションや温度差が価値観の違いにつながるかもしれません。この価値観の違いが浮き彫りになって、新型コロナをめぐる考え方の違いから不信感を募らせていくのを懸念していて、人間関係が悪化したり社会不安にならないかが心配ですね。不安が募る就活生 梅田 今年度に就職活動をしている学生はどうですか? かなり大変だと思えますが。 杉山 就活している学生はとても不安がっています。対面面接を行っている企業さんもありますからね。オンライン面接でも部分的の場合もあるようです。 麻生 感染症対策を講じた上とはいえ、この最中に対面面接を行う企業姿勢に不安を覚える学生もいます。売り手市場と言われていたのが、新型コロナの影響で一転厳しい就職活動を強いられた学生たちにとって、面接してもらえるのはもちろん有難いことです。でも、「この会社は大丈夫なのだろうか。仮に受かったとしても従業員を大切にする会社なのだろうか」という疑問を抱く人もいました。 また、ビデオ通話で面接に臨んだ学生の話ですが、企業側がアイコンだけ表示されて、非常に話しにくかったそうなんです。面接担当者の表情が見えないし、声に出して相槌を打ってくれない担当者もいて、話すタイミングが掴みづらく、なにを求められているか、どこまで話せばよいか分からず戸惑ったそうです。そこで次の選考に進めなかったとなると、学生側はオンライン面接で力を発揮できなかったと思いたくなる。その心情は分かりますね。 梅田 オンライン面接でその人となりを見抜けるかも不安が残りますね。 杉山 採用する側は基本的に就活生にプレッシャーをかけて動揺させ、そのときにどういうリアクションをとるかを見ます。 麻生 かつては「圧迫面接」という言葉もありましたね。 杉山 今は分かりやすい圧迫をしませんけど、学生が困りそうな質問をするようですね。答えに困りそうな質問を考えるのが面接担当者の腕ですから。 麻生 その状況から想定外の事態に臨機応変な対応ができるか、柔軟性、レジリエンス(強靭=きょうじん=性)など、仕事に必要な力が見えてくるんでしょうね。ウェブ形式で実施された三井住友海上火災保険の採用面接で、モニター越しに学生と話す採用担当者ら=2020年6月、東京都内 杉山 企業はそういう力が欲しいですからね。学生が準備してきた内容を聴くだけでは面接になりません。なかなか内定が出ない生徒は、本当にいつまでも出ないんですが、例年よりそういう学生の数が多いですね。 それと、計画通りに採用活動を進めている企業と、計画を見直し始めた企業に分かれているようです。withコロナの社会が見通せないから、企業も慎重になっている部分は確かにあるようです。* * * 次回はグローバル化した世界情勢の中で、日本が国力を落とさないための方策について考えたい。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    人気復活?withコロナ下の熱海で見た「若者天国」とジレンマ

    くる。 観光地はどこもジレンマを抱えている。都会から観光客を呼ばなければ商売は成り立たない。しかし、新型コロナウイルスの感染は怖い。熱海市の斉藤栄市長は、それを以下のように「熱海の宿命」だと発言した。 「観光客を排除することがあれば、熱海市の経済が止まる。それによって市民の生活が立ち行かなくなる、そのような産業構造になっている。対策を行いながら経済を回していかざるを得ないというのが、熱海の現状であり宿命であり、それを動かしてゆく使命が自分にはあると思っています」 この「宿命」という表現自体が議論を呼びそうだが、もっともなことでもあるのだろう。 普段は首都圏の海水浴客を一手に集める神奈川県がこの夏、海水浴場を軒並み閉鎖する中で、熱海市は、海水浴場「サンビーチ」をオープンさせた。さらには、名物となっている「熱海海上花火大会」も再開させている。おかげで、「GoToトラベル」キャンペーンの効果とともに、熱海には若者を中心に人が集まり続けているのだ。熱海に向かう海岸沿いの道路(筆者提供) ここには観光都市熱海の他にはないこれまでの事情がある。熱海は長い間、没落し続けていた。温泉観光地としてピークを迎えたのは、もう半世紀前の1960年代のこと。その当時は宿泊客だけで年間500万人を超えていたという。 ところが、バブル崩壊後に急速に数を減らしはじめ、2010年には約250万人となり、最盛期の半分となってしまったのである。若者は素泊まり中心 熱海の海岸線にほど近い路地裏にある喫茶店「田園」は、1959年に旧国鉄の鉄道員をリタイアした先代がオープンした。現在のオーナーは子供の頃からここに育ち、そして店を引き継いだ。 だからオーナーは60年代の熱海最盛期をよく知っている。父親は次から次へとやってくる客のオーダーをこなすため、店の切り盛りで精いっぱいだった。だから「今の子供のような手間をかけられた育てられ方をしていない」。今の子供がうらやましいとも言い、オーナーのご子息はすでに会社勤めのために熱海を離れて横浜で暮らしているという。 昭和レトロな喫茶店だが、その60年代には相当お金がかかったはずの内装だ。天井にはシャンデリア、50~60年代に流行った曲線の段差がつけてあるデザインだ。店内には噴水と池まである。客が私一人の店内で、この店はどうやら二代限りになってしまいそうだということを教えられた。 そのオーナーに最近の熱海の観光客について聞いてみると、他の熱海の飲食店や物販店と同じ反応だ。若い人が多くなっているが、そんなに儲かっているわけではなく、宿泊も素泊まりが多いそうだ。そして、自分たちで街歩きをしながら見つけた店で夕食を食べるのだという。 熱海の衰退の理由はいくつかある。観光が国内ではなく海外に向けられたこと。ともすれば性風俗関連の店などが目当ての男性客やその団体旅行がもっぱら海外にシフトしてしまったことが挙げられる。 さらに、バブル崩壊後は、大きな熱海の収入源となっていた企業の保養所が閉鎖されたり、社員旅行や団体の慰安旅行そのものが少なくなってしまったこと。企業の保養所は最盛期の1989年に544軒、これが現在では130軒程度にまで減った。ちょうどその頃に伊豆半島沖の群発地震があったことも影響があっただろう。 そんな観光客の激減のあおりを受け、熱海の人口は最盛期の3分の2程度となり、あれだけ賑わっていた商店街もシャッターを下ろしてそのままになる。今でも熱海のいたるところは空き物件だらけだ。熱海市は2006年に「財政危機宣言」を発表した。このままでは市は財政破綻し、企業の破産にあたる「財政再建団体」となってしまう可能性があるということだ。 熱海が変わり始めたのはその頃からだ。熱海市をはじめ、熱海市観光協会や商工会議所、さらには個別の旅館や商店の方々もなんとか対策を模索する。そこで出てきたターゲットは女性や若者だ。その成果が現在の若者が集まる熱海という新しいトレンドになっていったようだ。ヨットやプレジャーボートが並ぶスパ・マリーナ熱海(筆者提供) みやげ物の干物や蒲鉾や温泉まんじゅうを売る店が立ち並ぶ駅前商店街を少し歩いてみる。すると商店街はシャッターを下ろした店ばかりになる。典型的なシャッター商店街だ。しかし、ぽつぽつとシュークリームやワッフル、いちごの生菓子の専門店などが、個性的な看板をあげているのに出くわした。そしてどの店も若者が店前にたむろしている。 旅行ガイドやグルメサイトなどに必ず出てくる「熱海プリン」もその一つ。プリンのかたちのまま棒アイスにした「熱海プリンのアイス」が人気らしく、訪れる女性やカップルが買い求めている。女性店長の岡本碧莉さんによると、多いときでプリンは一日3千個の売上があるとのことだ。若者で集まる熱海プリンの路地の店の隣は、廃業したスマートボール遊戯場がそのまま残っている。感染リスクは覚悟の上 「熱海スクエアシュークリーム」も人気の店だ。シュークリームといっても、厚手のこんがりと焼いた生地で四角くつくられている。一口サイズよりは大きいが、女性でも人差し指と親指ではさんで2~3口で食べれるサイズだ。これならば店頭でそのまま受け取り、皆とそぞろに食べ歩きもできる。店長の清水美代子さんによると、こちらも一日1千個を売り上げる日もあるそうだ。 シュークリームを店の前のベンチで腰かけて食べている女性グループに、熱海のどんなところに行くのか聞くと「アカオハーブ&ローズガーデン」だと教えてくれた。海に面した山、ちょうど熱海城の裏側にあたるところにあり、本来はハーブ園とバラの咲き乱れる庭園がメインの施設なのだが、若者が訪れる理由の一つは、ブランコだ。 といっても、ちょっとした庭付きの家にでもありそうなブランコがポツンと一つあるだけだ。そんなものがそこまで人気を集めるのは、いわゆる「インスタ映え」のおかげだ。 海を見下ろす庭園の崖っぷちにあるブランコを漕ぎ出し、それを背後から写真におさめると、あたかも空と海に飛び出すかのような構図になる。これが人気の理由だ。ブランコの背後には、わざわざインスタ映えのする撮影ポイントの位置まで指定してある。 そして、若者向きの商売が新型コロナウイルスの影響から脱しているらしいことは、射的とスマートボールの遊技場の人にも教えられた。 「そりゃ4月から6月はさっぱりだったけど、この夏は落ちているとはいえ売上はそこまでひどくはないね。例年の1~2割減というところだな」 射的の景品の小さなウサギの陶器の置物を渡してくれながら、店の男性はこう言う。筆者が店を出ようとすると若者のグループが恐る恐るといった風情で中に入ってきた。 このように熱海に復活の兆しはある。しかし、それは悩ましいものでもあるのだ。新型コロナウイルスの感染対策と経済を両立させるという「withコロナ」は、もちろんある意味でいえばノーガードに客を受け入れていくリスクを覚悟しなければならないものだからだ。インスタ映えで人気の「アカオハーブ&ローズガーデン」にあるブランコ(筆者提供) 夏シーズンが始まろうとする7月には、熱海市内の2軒の飲食店でクラスター(感染者集団)が発生した。これで観光客を受け入れるリスクを思い知らされたはずだ。 とはいえ、折から若者の観光客を増やし、それが熱海復活の狼煙(のろし)とされてきた。熱海市の観光客は東日本大震災のあった2011年を底にして、上昇基調にある。19年の宿泊客数が311万9108人で、5年連続で300万人を超えているところだ。熱海はインバウンド依存なし しかも、熱海は他の観光地と違い、インバウンドに依存していない。温泉街というのを、今一つアピールしないからだろうか。熱海市の観光経済課によると、約300万人の年間観光客のうち、外国人はわすが1・1%にすぎない。最初から外国人に依存しないために、その分マイナスも少なくなっているということだ。 そして若者がやってくるようになった。だから「withコロナ」の矛盾は、若者にぶつけられることもある。熱海の若者の多さに驚いたという筆者に、古い熱海のみやげ物屋の主人は言う。 「若い人たちが多いのはいいけれど、そんなに商売には結びつかないからねえ。ここに来て何を期待して、何をしているのか分からない。マスクもしていないで5~6人でうろついているようなのもいるしね」 ある若者をターゲットにした甘味の店に取材を申し込むと、あっさりと断られた。「ご時世ですから、目立つと何を言われるか分かりませんから。ネットとかもあるし」とのことだ。万が一にでも、その店の客に感染者が出てしまえば、営業してきた経営者側の責任にされてしまうのが今の日本だ。 ネットでは「#GoToキャンペーンを中止してください」というツイッターのハッシュタグも乱れ飛んで、賛同ツイートは20万近くに上ったそうだ。「エンジンをかけながらブレーキを踏んでいるようなものだ」と、新型コロナウイルス禍の経済復興と感染防止を同時に進めることを揶揄(やゆ)する向きもある。 しかし、そうせざるを得ないという事情もあるということを分かってもらいたい。観光客が感染拡大になることなど分かっていても、それでも生き残るためにはなんとかしなければならない。 今の観光地の状況は、先にも触れたが、ブレーキとアクセルを同時に踏みながら、足元の感覚だけでうまくクルマをスタートさせる坂道発進のようなものなのだ。そしてそれは熱海市の斉藤市長が言うように、観光地にとって「宿命」と割り切らざるを得ない。熱海市の斉藤栄市長=2019年12月、JR熱海駅前 筆者は関東近郊の観光地である、箱根や小田原、鎌倉に行ってみたが、どこも同じような状況だ。そろりそろりと様子を見ながら、エンストしないように上手くブレーキとアクセルを操作していくしかないことを実感する。 そして長年の苦難の中から、若者をターゲットにすることを選び、市を挙げて取り組んできたのが、今になって功罪ともに熱海にふりかかっているといったところだろう。それでも熱海は悩みながら前に進んでいる。復活も夢ではない 熱海市観光協会にも話を聞くと、若者向けの取り組みということなら、ぜひ来宮神社に行くようにと勧められた。記憶が確かなら、私は今から30年前にこの来宮神社に行ったことがある。なんということもない森の中の神社だった記憶しかない。 「それなら、なおのこと行ってみてください。全く変わりましたから」と、同観光協会の担当の女性。そこで訪れてみると、確かに全く変わっていた。表現する言葉に難しいのだが「近未来の神社」とでも言ったらいいのか。もちろん神社そのものは旧跡として変わらない。ただ、神社全体がインスタ映えする観光スポットのようになっていたのだ。 あらゆるところがライトアップされ、ちょっとしたスポットごとにインスタグラムのロゴ入りの台があり、木製のスマホスタンドがその上にのっかっている。 社務所はまるで美術館のようで、そこに神秘的にライトアップされた授与所があり、お札やお守りが売られている。売店というより、女性が好むオシャレなカフェだ。 筆者は、その社務所の上の屋上テラスのカフェで、熱海名産の橙(だいだい)のモヒート(650円)を注文した。グラスには「KINOMIYA JINJYA」とかわいくデザインされたロゴがプリントされ、甘くてアルコール度数は抑えてある。メニューには熱海の地ビールや、スイーツもある。どれも普通の神社で売っているようなテキヤさんのノリは全く感じられない。 来宮神社の巫女の責任者「巫女長」の湯田実咲さんに聞くと、7年前に就任した宮司から少しずつ変わっていったという。 神社は24時間入れるうえ、ライトアップは午後11時まで。来宮神社の由来(もともとは「木の宮」の由)となっている、天然記念物の大楠の周りはぐるりとデッキになっていて、ここもライトアップされている。カップルにはぴったりのロマンチックなデートスポットだろう。このようなアイディアは現在の宮司さんが中心となって考えられているそうだ。さぞややり手なのだろう。 このように、「若者天国」となった熱海の復権と憂鬱(ゆううつ)をこの夏に一通り見てきた。若者はお金を落さないと嘆く人もいるだろうが、彼らは必ず戻ってくる。今度は子供を連れて、温泉の宿にゆっくりと泊まりで訪問するだろう。 同市観光経済課の担当者は、熱海はリピーターが多い観光地だとも強調する。今、インバウンド需要を受け止められていないのは確かだが、これは課題だという。 来宮神社もそうだが、熱海の多言語案内はほとんど進められていない。峠を越えた箱根や湯河原とは対照的な違いだ。特にインバウンド需要の大半を占める中国語や韓国語の案内は全くないと言っても過言ではない。来宮神社の社務所(筆者提供) 温泉という観光資源は、アジア圏の観光客のトレンドの一つともなっているため、今後のマーケティングにかかっているのだろう。今のところその取り組みの痕跡は残念ながら筆者には分からなかった。 しかし、若者をこのままひきつけていき、外国人を本格的に誘致する努力があれば、熱海の復活というのは夢ではないと言えるだろう。

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    定まらぬ意思決定、命取りになり得る菅政権の「生煮え」コロナ対策

    広野真嗣(ノンフィクション作家) 9月に入って政府は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のために設けていたイベントの開催制限の緩和や、観光・飲食業支援策など経済再開のカードを次々と繰り出した。 くしくもそのタイミングと首相交代が重なり、「継承」を掲げた前官房長官の菅義偉氏が後任の首相に選ばれた。この点、見切り発車と急ブレーキを繰り返した新型コロナ対策をめぐっても政策決定の在り方が引き継がれるのか、あるいは転換するのか、改めて注目が集まる。 そんな折、政府の新型コロナウイルス対策感染症分科会に出席する専門家がぼやく言葉に接した。「各省庁がそれぞれあさっての方向を向いて『作文』した文書を出してくる」 「作文」とはどういうことか。取材を通じて見えてくるのは次のような事実だ。 例えば、飲食業支援策「GoToイート」を所管する農林水産省は9月初旬の分科会で、ネットで予約した飲食に対してポイントを付与する事業の原案を示した。そこではカラオケを支援対象から外すとし、料金の50%以上がカラオケ代にあたるなら除外とした。「ハイリスク環境は3密+大声」という言葉を教条的に理解したのだろう。 半分がカラオケ代、というと、高校生が放課後に入るようなカラオケボックスのイメージに近い。しかし、実際にこれまでクラスター(感染者集団)の発生が何度も確認されたのは、高齢者の憩いの場として定着しつつある喫茶店などでの「昼カラ」や、店の余興でカラオケセットが置いてあるスナックだ。 つまり、農水省の原案ではこうしたリスクの高い、飲食が主でカラオケを従として提供しているようなスポットを除外するべきなのに、逆に支援対象に含める内容になっていた。 実際のリスクを直視せずにデザインされた対策は、かえって感染拡大を促す愚策になりかねない。専門家たちに取材すると、同じような省庁間のコミュニケーションの壁は、観光を所管する国土交通省、海外との往来再開を所管する外務省などにも見られるのだという。札幌市のスナックで、昼にカラオケを楽しむ高齢の利用者。店では客数を限定したり、歌唱スペースをビニールで囲ったりするなど感染対策を施している=2020年6月16日 もちろん、厚生労働省や内閣官房にはリスク事例が蓄積されている。だが、省庁をまたぐと途端に現場の情報はおろか、肝心の危機意識も共有されなくなるのだ。危機管理の要諦は意思決定プロセスの一元化にあるが、コロナ対応が始まって10カ月が経とうという今でも、従来通りのセクショナリズムの壁に阻まれているのだ。トップダウン演出の弊害 コロナが上陸して以来、政府は対応が後手に回った。クラスターが発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」では、船の構造が3密そのもので、船内待機が始まる前に乗客への感染は広がっていたことが現在では分かっている。ただ、検査キャパシティの制約から、感染状況は少しずつしか明らかにならず、結果的に行政がみすみす感染拡大を許しているように映った。また、船内で業務に従事した内閣官房や厚労省の職員らの感染が相次いだ。 不評を挽回しようと官邸は、2月末に小中高校や特別支援学校の一斉休校を決め、4月には布マスク2枚の全戸配布に踏み切った。だが、マスクを配り終えるのには2カ月半を要し、260億円もかけた感染拡大防止策としては効果が薄かった。 これらが問題なのは、トップダウンの演出を重んじるために担当省庁や専門家の知識や経験というフィルターを経ていない生煮えの対策であったこと、そして危機が終息していないことを理由にして、現在も十分な検証が行われていないことだ。 本来、危機管理の意思決定には迅速さが要求される。だから、通常のプロセスから余分な部分をそぎ落とすが、当然ながら決定にあたって専門家の知見を踏まえなければならず、そうした根幹のルールをそぎ落としてはいけない。このような幹があいまいになっていたせいで前政権は悪循環を断ち切れず、退陣の遠因を自らつくったのではないかと私は思う。 注目しておきたいのは、7月22日に開始した観光事業支援の「GoToトラベル」だ。場当たり的な采配に批判が多いことを意識する西村康稔(やすとし)経済再生相は「専門家のご意見を伺って決める」と繰り返していたのに、この事業では7月10日に前倒し実施が先に発表され、同月16日に政府が専門家に認めさせる経過をたどった。決めたのは「観光のドン」こと自民党の二階俊博幹事長に背中を押された菅氏自身だとされる。 この判断の問題は、ここまでと同じ、生煮えのままの決定を繰り返していることだ。横浜・大黒ふ頭に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」から離れる陸上自衛隊富士病院の救急車=2020年2月14日(鴨川一也撮影) 高齢者が見知らぬ人たちと集まるバス旅行に出ていれば、クルーズ船の船内環境と同じになる。そうした懸念から、分科会は土壇場で「若者の団体旅行、重症化しやすい高齢者の団体旅行、大人数の宴会を伴う旅行は控えること」という文言を盛り込んだが、本来は大方針を決めるまえに踏まえておくべき知見だっただろう。 また、菅氏は9月11日の会見で、GoToトラベルの利用者は少なくとも延べ780万人で、判明している感染者は7人にとどまっていると強調したが、これも検証が要る。 新型コロナウイルス対策は、不確実な対処の連続で、完全な対策をとることは難しい。科学的分析と、経済再生のバランスをとった危機管理のためには、専門家の知識はもちろん、霞が関と地方自治体と民間の総力を結集して新しい経済構造をつくり上げなければならない。 「縦割りの打破」を掲げるならば、菅氏は官房長官時代のやり方を変える必要がある。さもなくば、やがて同じ轍(てつ)を踏み、政権の足元を揺るがすことになるだろう。

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    大坂なおみ「反黒人差別行動」で直面する、政治色とスポーツの分水嶺

    うち、6選手が渡米を見合わせる事態になった。 テニス・ツアーの最大の特徴は世界ツアーにある。世界的に新型コロナウイルスの感染が収まらない中、今回の全米オープンを主催する全米テニス協会(USTA)は慎重に対策を練った。 会場はニューヨークのマンハッタンとイーストリバーの対岸にあり、主要空港のJFK空港とは地続きだ。空港近くに専用ホテルを用意し、会場と宿舎を包んだ「バブル(泡)」内に選手を閉じ込めて外部との接触を遮断する形式をとった。無観客で、選手随行者数を3人に制限し、現場の取材記者は通信社と地元紙の11人、写真は3社のみ、会見はすべてリモートだ。 そこまでして大会を実施したのは、中止がもたらす莫大(ばくだい)な損失だ。中止すれば損失は2億8千万ドルとも言われ、開催すれば地元テレビ局からの放映権料1億8千万ドルが入る。そして何よりも、「とにかく始めよう」というテニス界全体の意思が開催を後押しした。女子ツアーの年間賞金総額だけで1億3900万ドル(2018年実績)というビッグマーケットを、漫然と閉じておくわけにもいかなかった。 それでも失敗は許されない。USTAは予行演習を兼ね、本来はシンシナティーで行われるウエスタン&サザン・オープン(W&Sオープン)を全米会場に移動した。これは男子では4大大会に次ぐ格のマスターズ、女子も東レ・パン・パシフィックオープン・テニス(PPO)と同じプレミア5というハイレベルの大会だ。 本大会(W&Sオープン)において錦織圭(日清食品)は、直前のPCR検査で陽性となって欠場したが、大坂は攻撃的なプレーで準決勝まで勝ち進んだ。よい感じで大会が進行していた矢先、大きな問題が発生した。 勝ち残った最大のスター、大坂が準決勝を棄権すると会員制交流サイト(SNS)で突如発信したのだ。なぜ彼女は棄権すると発表したのか。その背景には、昨今米国で深刻化している黒人差別問題がある。6月3日、米東部ニューヨーク市で行われた黒人男性死亡事件の抗議デモ。元警官全員が訴追されても各地でデモが続いている(上塚真由撮影) この問題の発端となった、ミネソタ州ミネアポリスで白人警察官の暴行によってジョージ・フロイド氏が死亡したのが、コロナ禍の真っただ中の5月20日。 その後「Black Lives Matter(BLM=黒人の命は大切だ)」と、黒人差別撤廃を訴える抗議行動が全米で展開され、大坂もボーイフレンドの黒人ラッパーと共にミネアポリスの抗議集会に参加し、SNSを通じて日本のファンへ理解を求めていた。棄権騒動から一転 ただ、アスリートである大坂の政治的発言に対し、批判の声も上がった。しかし、それに対して彼女は「イケア(家具メーカー)で働いていたら、ソファの話しか許されないのか」と反論し、さらにはボーイフレンドが集会で逮捕される事件さえ起きた。 そして8月23日夜、今度はウィスコンシン州ケノーシャで黒人男性のジェイコブ・ブレーク氏が警官によって銃撃され、重傷を負った事件が起きる。翌24日には、大坂はW&Sオープン緒戦を突破し、25日には3回戦で年下であるダイアナ・ヤストレムスカ(ウクライナ)に圧勝、翌26日の準々決勝ではアネット・コンタベイト(エストニア)に逆転勝ちを果たした。 なおこの26日には、米プロバスケットボール(NBA)と米大リーグ機構(MLB)の一部チームが抗議行動に賛同して試合が中止(延期)となっている。そしてその26日の夜に、大坂は自身のSNSで棄権を表明したのだ。翌27日(木曜日)には、エリーゼ・メルテンス(ベルギー)との準決勝の日程が発表されていたにもかかわらずである。SNSで彼女は、次のような趣旨の投稿をした。  私は明日(27日)の準決勝でプレーすることになっていました。私はアスリートである前に黒人女性です。黒人女性として、いまは私のプレーを見るより注意を喚起しなければいけない大切なことがあると思います。私がプレーしないことで劇的な変化を期待はしていませんが、白人中心のテニス界で議論が起きれば、正しい方向への第一歩となるでしょう。 「大坂なおみがBLMを叫んで大会を棄権」という、ネットを通じて発せられたメッセージはたちまち世界中に拡散した。この発信から数時間後、今度は全米オープンを主催するUSTAとプロテニス選手協会(ATP)および女子テニス協会(WTA)から、国際テニス記者協会(ITWA)と各報道機関にメールが届いた。そのメール(意訳)には、以下のように書かれていた。 テニス界は総体として、目の前の合衆国で再び起きた人種的不平等、社会的不義に対し一貫して反対する立場にあります。USTA、ATP、WTAは機を逸することなく、27日(木)の大会を中止することを決定しました。大会は28日(金)に復帰します。 そして翌27日(日本時間の28日)、大坂は一転して出場すると発表し、28日の準決勝でメルテンスに勝利。試合後の会見で、彼女はSNSでの棄権表明について以下のような趣旨の発言をした。 準々決勝の後でNBAの抗議行動を知り、私も声を上げるべきだと思い、マネジャーを通してWTAと電話で話しました。みんなが私の考えに賛同して、1日ずらすということになったので、あのSNSを出した。私は棄権するとは言っていません。次の日にプレーしないと言っただけで、それは水曜日、今日は金曜日です。だからプレーしました。女子シングルス3回戦でダイアナ・ヤストレムスカを下した大坂なおみ。準々決勝に進んだ=ニューヨーク(共同) 日本国内のメディアは、彼女が棄権することに対して当初同情論に偏って大騒ぎになった。しかしその当人から直接「棄権」を否定されたとあって、メディアはあっと驚くどんでん返しで2度も仰天することになった。ただ、そもそも当初の「棄権」という報道は誤報だったのだろうか? 確かに、大坂の最初のSNSでは「棄権(withdrawもしくはwalkover)という言葉は使っていない。だが、準決勝の日程が出た後に彼女は「By not playing(プレーしないことで)」とSNSで発言している一方、WTAと相談したことやその後1日延期になった経緯には触れていない。スポーツの政治利用 野球やバスケットボールと違い、個人競技のテニスでは「プレーしない」は「棄権」が常識であり、「延期」はない。では大坂はなぜ「話し合ってWTAが賛同し、明日は中止になった」と書かなかったのか。USTAとWTAも、彼女と話し合ったことには一言も触れず、さらにはウィスコンシン州の事件など具体的な名詞は避けている。この単純な手続きを省いた背後に、多くのテニス関係者が疑問を抱いた。 思い出すのは、68年のメキシコシティー五輪の出来事だ。当時も黒人による公民権運動が激しく繰り広げられ、指導的立場にあったマーティン・ルーサー・キング牧師がオリンピック開催の半年前に暗殺されていた。 すると、陸上200メートルで1位と2位に入った米国の黒人選手が表彰台の国旗掲揚で黒い手袋をはめ、拳を突き上げる抗議行動に出た。彼らのメッセージは、この大会で本格的に始まった衛星中継に乗って瞬時に世界中に広まった。「ブラックパワー・サリュート」と呼ばれるこの行動は、「黒人差別に抗議する」という点で先日の大坂のSNS発言と同じ趣旨であろう。しかし、2人は即刻選手村を追放され、米国選手団からも除名処分を受けている。 そこには、冷戦時代の真っただ中でスポーツを政治や思想から切り離そうという共通認識が存在していた。しかし、彼女のとった行動は、動機はさておきスポーツの場を利用したという点では明らかな政治行動であり、メキシコシティー五輪の事件と変わらない。だが、半世紀前なら出場停止処分もあり得た行為に対し、USTAのビリー・ジーンキング名誉会長が「誇りに思う」とツイートするなど、反応は当時と真逆になった。 この大坂の「棄権事件」が不可解であった原因として、米国内の空気が読めないことにある。それは、SNS時代の「壁」に起因する。USTAが彼女のメッセージに対し「スポーツの政治利用」などという理屈を掲げれば、全米オープンも開催できないほどの大騒動になる。 リモート取材では現場の緊張感は共有できない。だからといって、主催者が「なおみを支持する」と表現することもできない。時は大統領選挙戦の最中のニューヨークであり、選手会組織であるATPやWTAには民主党支持者も共和党支持者も、白人警官を擁護する選手もいる。下手をすれば、彼女が周囲から「その弱みを承知の上で抗議行動した」と受け取られる可能性さえある。 もちろん、大坂自身も知らない背景があるとは思う。彼女が電話を受けた主催者側は、8月27日を「差別への抗議」として大会を一時的に閉鎖し、テニス界の意思表示としてこの騒動を治めるつもりだったのではないだろうか。白人警官に暴行され死亡したジョージ・フロイドさんの名前が入ったマスクを着け、入場する大坂なおみ=9月8日、ニューヨーク(AP=共同) 人種問題はもちろん重要なテーマだが、全米オープンの主催者らは目の前に「コロナ禍でのテニス再開」というとんでもない難問を抱えていた、オリンピック委員会も注目する、コロナ禍真っただ中での試みなのだ。しかし、それでは人種問題を掲げた大坂の立場が消えてしまう。だからこそ彼女は先にSNSで自分のリーダーシップを発信し、大会組織がその後に延期を表明したのかもしれない。 この先走ったSNS発信は、コロナ後のテニス界が新たなヒロイン、大坂から始まると強調したかのようであり、主催者はこの行動が前例になることを恐れたようにも思える。 彼女はピュア(純粋)、イノセント(無邪気)と言われ、実際にウソの言えない正直な若者だ。だが、彼女の立つプロツアーという舞台、黒人女性として背負った背景はそれほど単純なものでもなく、生き馬の目を抜く世界である。東京五輪へ投げかけるもの 大坂は、日本人の母、ハイチ系米国人の父親の間に生まれた。3歳にして米国に移住し、ニューヨークからフロリダで育った。それでもテニスにおいて、全米協会ではなく日本協会にサポートを求めた理由は、米国には同世代に素質があふれており、一方で日本では若手育成に行き詰まっていたからだ。想像の域を出ないが、ハイチ系は国内で少数派という黒人同士の力関係もあるだろう。 同じ黒人プレーヤーとして時代を作ったビーナス、セリーナのウィリアムズ両姉妹(米国)を手本として育ち、コーチングスタッフに、サーシャ・バイン、ジャーメン・ジェンキンス、アブドゥル・シラーという、ウィリアムズ姉妹の元スタッフを登用し、大坂はメジャー2冠を達成した。彼女自身は、グランドスラム女子シングルスの優勝回数通算23回のセリーナを尊敬し、2年前の全米決勝ではその憧れの人を倒して衝撃のデビューを果たした。しかし、黒人だから一枚岩というわけではない。姉妹らもまた、黒人選手として苦難を味わってきた。 ただ、そのセリーナも男女差別に関しては攻撃的なメッセージを発しつつ、人種問題にはほとんど触れなかった。セリーナと保守派のトランプ大統領とは古くから親交がある。うがった見方をすれば、彼女の今回の行動には脱ウィリアムズの影が見え隠れする。実際今年5月にはコーチであるシラーとの契約を終了し、ウィリアムズ色が一掃されている。 28日、大坂はSNS発信の段階でセリーナから連絡があったことを認め、内容は「言いたくない」と言った。また、セリーナは記者会見で「なおみの考えはそれでいいと思う。私は違う。宗教的(spiritual)に別の考えがある」と話している。真実はもはや、闇の中だ。 そして、大坂は「棄権」を翻して臨んだ準決勝に挑み、勝利した。ただ、その後、右ふくらはぎの故障で決勝を棄権した。ちなみにプレミア大会決勝で棄権した例は、97年の東レPPOでシュテフィ・グラフ(ドイツ)がマルチナ・ヒンギス(スイス)との決勝を避けた例ぐらいしか思い浮かばない。SNS騒動も異常であったが、実は決勝での棄権も特異な事件でもあったのだ。 大坂は昨年、女性アスリートとして史上最高の約41億円の収入を手にした。抗議ストに出たNBAの80%は黒人選手であり、大リーグも多くの黒人選手の技能に多くを依存している。マラソンを筆頭にした陸上競技など、80年代から拡大してきたプロスポーツ市場は黒人アスリートが大半を占め、そこに差別はない。夕日を浴びる国立競技場(共同通信社ヘリから) ゆえにスポーツが「抗議行動へのツール」となったなら、それはスポーツのプロ化の「終着点」とも言える。では大坂が最大の目標とする東京五輪はどうなるのだろうか。 国際オリンピック委員会(IOC)、あるいは日本オリンピック委員会(JOC)は、もし今回の彼女と同様のことがあったとき、「黒人女性」としての主張、さらには「選手の政治的主張」を受け入れるのだろうか。大坂は昨年、米国との二重国籍から日本国籍を選択した「日本人」である。私たちは米国内の空気は読めないが、いずれ間もなく、今回のような問題も自分事として捉えなければいけなくなる。 同じ8月28日、実はテニス界には別の衝撃的事件が起きていた。男子世界ランク1位でATPの選手委員会代表を務めるノバク・ジョコビッチ(セルビア)が代表辞退を決め、選手組合は分裂に入ったのだ。コロナ禍の中で、テニス界では新しい波が押し寄せている。 そしてテニスは常にスポーツの先端を走ってきた。SNSが隆盛しているこの時代、大坂が提起した問題は私たち日本人自身にも、その答えを迫られている。

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    アナログ国家の日本、ヒントにすべきエストニアの「デジタル理想郷」

    スしたかをオンラインで確認し、不審な点があれば通報できるようになっている。 2020年に入り、欧州で新型コロナウイルスが猛威を振るう中、エストニアでも2月27日に最初の感染例が確認された。3月初めには、サーレマ島で開催されたスポーツイベントで、国内最大の集団感染(クラスター)が発生した。その他の地域でも感染者の増加が確認されたことを受け、政府は3月12日に緊急事態宣言を発令した。エストニアのサーレマ島(ゲッティイメージズ) コンサートやスポーツなどのイベントは中止になり、学校の授業は遠隔学習と家庭学習に切り替えられた。映画館やスポーツジムも閉鎖され、バーやカジノ、スロットなどの営業も禁止となり、レストランは持ち帰りと配達のみの営業が許可された。国外からの入国だけでなく、離島から本土への移動も制限された。日本は紙とファクスだが… 4月中旬に新規感染者のピークが確認されると、4月22日に政府は新型コロナの「危機出口戦略計画」を公表し、5月1日までの予定だった緊急事態宣言を5月17日まで延長した。以降は出口戦略に従って段階的に制限緩和され、8月下旬にはほぼ全ての制限がなくなり、日常生活が戻りつつある。 エストニアの人口あたりの感染者数と死者数は、ドイツやイタリア、フランス、英国などと比較すれば少ないが、バルト三国の中では一番多い。日本では7月以降に感染者数の増加が見られるが、人口あたりの感染者数をエストニアに比べると、はるかに少ない。 したがって、エストニアのコロナ対策が日本と比べて特に優れていたとは言いにくい。実際、サーレマ島でのスポーツイベント開催を許可した社会問題省の健康委員会は責任を追及されて、後に委員長と開催地の市長が辞任している。 しかし、出口戦略発表後の制限緩和による経済回復への兆しは日本より良いかもしれない。4月に売り上げが大きく落ち込んだ宿泊、外食産業も、6月までに少しずつ回復し、夏の休暇シーズンでは国内旅行者の増加が期待されている。新規感染者が都市部を中心に確認されているが、大きな増加はない。 日本では、新型コロナに関する各種対策を実行する過程で、電子政府やデジタル化の不備が明らかになった。特に、紙とファクスの届け出によるデータ入力の負担と感染者データ共有・活用の遅れ、特別定額給付金で発生したオンライン申請処理の混乱、あまり進まなかった子供たちへの遠隔授業で顕著だった。 エストニアでは、平時からデジタル化された医療や行政、教育などのサービスを多くの国民が利用し、慣れ親しんでいたことで、コロナ禍でも円滑に新しい生活スタイルへ移行することができた。特別定額給付金の申請書を封筒に入れる京都府舞鶴市の職員ら=2020年5月 医師が作成する医療カルテや診断画像は、電子データとして国が管理する健康情報システムへ送信される。そのうち、感染症に関するデータは、さらに「感染症登録データベース」へ転送される。 全国から集まった最新の感染症データは、感染症の診断と治療だけでなく、罹患(りかん)率や有病率、死亡率の分析、疫学調査、政策などで活用される。新型コロナのデータについては、匿名化された後、誰もが使えるオープンデータとして公開される。これらの仕組みは10年以上前に作られたものだ。 給付金といった支払いを伴う行政手続きも、オンライン申請により簡単に済ませられる。遅くとも1週間以内、早ければ2~3日で指定した口座に入金される。支援が必要な人を政府が把握 児童手当など一部の給付については、申請が不要になっている。「手当をもらえますよ」といった通知を電子メールなどで受け取り、「社会福祉給付ポータル」にログインして、支払先の銀行口座や受取人などを確認、承諾すれば、手続きが完了する。 なぜ、このようなサービスを実現できるかと言えば、社会福祉給付データベースの存在が大きい。社会福祉給付関連のデータを一元管理することで、誰にどのような公的支援が必要なのかを政府は把握することができる。本当に守るべき弱者が誰なのかが分かれば、全ての住民に一律支給するような特別定額給付金は不要と言えるだろう。 エストニアでは、3月16日から研究活動を除き、全ての学校が遠隔教育に移行した。授業にはオンライン会議システムの「Microsoft Teams」や「Zoom」など民間サービスを活用。コンピューターがない家庭に対しては、市民ボランティアや企業がコンピューターを提供した。大きな混乱もなく短期間で遠隔教育に移行できたのは、これまで地道に進めてきたIT教育のおかげだ。 本格的な電子政府サービスが始まる前より、エストニアでは限られた予算の中から教育分野への投資が続けられてきた。1996年に始まった「タイガーリープ計画」により、全ての学校でインターネット利用が可能になり、ほとんどの学校にコンピューターラボが設置された。2012年開始の「プログラミングタイガー計画」で、子供たちは7歳からコンピュータープログラミングを学習するようになり、現在はITとアートを融合した科学、技術、工学、芸術、数学(STEAM)教育を推進している。エストニアでは、子供から高齢者まで、多くの家庭で1人1台のパソコン利用環境がある。 学校から家庭への連絡や成績管理も、コロナ禍の前からオンラインで行われていた。幼児教育から高等教育まで、ほぼ全ての教材はデジタル化され、インターネット経由で閲覧、利用できる。子供から大人まで、生涯の教育履歴はエストニア教育情報システムに保存されている。学校に通う授業だけがオンラインではないのだ。 1700以上の自治体がバラバラにデータを管理する日本で、エストニアのようなデジタル国家を実現することは極めて難しい。サービスを表面的にまねることはできても、その背後で動くデータの管理を見直す調整コストが、あまりにも大きすぎるからだ。単なるITの話ではなく、国と地方の行政改革や役割分担の見直しが必要になる。 IT利活用のゴールを「社会全体の幸福」としてきたエストニアでは、今回のコロナ危機により、多くの国民が「自分たちのやってきたことは間違いではなかった」と確信し、大きな自信を持つことができた。デジタル国家に対する国民の誇りは強化され、デジタル化の流れがさらに加速するはずだ。ハンザ同盟の都市だった中世の面影を色濃く残す世界遺産に指定されたタリン歴史地区(旧市街)=2018年4月 もし日本でデジタル国家を実現できるとすれば、強い覚悟を持った政治的な意思決定が行われたときであろう。政治家や官僚だけでなく、社会全体で「国民のためのデジタル化とは何なのか」を真剣に考えることができれば、ゴールにたどり着くための道筋も見えてくると期待したい。

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    コロナ禍の日本経済を救うのは「最強の盾」スガノミクスしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先週の連載では、安倍晋三首相の連続在任「2800日」を記念して、これまでのアベノミクスの総括と今後の課題を書いた。結論部分を引用しよう。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。 この論考が掲載された3日後に、安倍首相は健康悪化を理由に突然辞任を表明した。国民の多くは驚いたに違いない。 7年8カ月もの間、その強い責任感とリーダーシップで、日本の長期停滞を終わらせたことに、ここで改めて感謝と「お疲れ様でした」の言葉を送りたいと思う。もちろん残されたさまざまな課題は、われわれ国民がこれからも取り組んでいかなければならない。 現在「ポスト安倍」をめぐる政界の動きが急である。自民党は総裁選出を国会議員と各都道府県の代表による多数決で決める方向だという。 総裁選の主軸は、菅義偉(よしひで)官房長官と岸田文雄政調会長である。その他立候補を噂されている石破茂元幹事長や河野太郎防衛相らにとって、上記の選出方法が決まれば、今回は芽がないだろう。 菅、岸田両氏の政策の違いは、とりわけ経済政策において鮮明になる。前者はアベノミクスの継承であり、後者は財務省の主導する緊縮政策により立脚するであろう。 もちろん岸田氏も、当面は安倍政権の経済政策を継承すると口では言うかもしれないが、実際には財政再建を極めて重視することは間違いない。取材に応じる自民党の岸田文雄政調会長=2020年8月30日午後、東京都千代田区(萩原悠久人撮影) 筆者は、現状の日本経済で財政規律を持ち出すことは、日本社会の「死亡宣告」に等しいと思っている。新型コロナ危機で積極的な財政政策を続けなければ、失業者と倒産が雪崩のように出現してしまうだろう。財政規律を一時棚上げし、今は金融政策と財政政策の積極的な対応を行うべきだ。 実際に先進国や主要国際機関で、新型コロナ危機に直面する中で、財政再建に注力する政治勢力が中心になることはありえない。だが、日本では岸田氏が典型的だが、財政再建を公言する政治家が主流になりがちであり、その流れがそのまま日本経済を長く低迷させてきた人的要因でもあった。 率直に言って、筆者は菅義偉政権の誕生以外に、現在の日本経済には選択肢はない、と判断している。すなわちアベノミクスを継承し、それを超えていく「スガノミクス」こそが求められる。菅氏が築く経済の「防御帯」 アベノミクスの遺産は、前回の論考でも整理したように、日本経済に三つの防御帯を構築したことにある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」だ。それぞれの詳細な成果については、前回の論考をぜひ読んで頂きたい。 スガノミクスにはこれらの防御帯をさらに強固にしていくことが望まれる。特に主力に置くべきポイントが「雇用のさらなる改善」と「国民個々の所得増加」である。 雇用について特に重要視されるのが質的な改善だ。もちろん現在、新型コロナ危機で悪化している失業率や急減している有効求人倍率を回復させることは当然である。 しかし同時に、雇用の質的改善もさらに行うべきだ。失業率や有効求人倍率ほどには話題に挙がらないが、安倍政権の下で2018年から採用されている経済指標に「未活用労働指標」がある。これは簡単に言えば、失業者数、職に就いているものの現況をさらに改善したくて転職を希望している「追加就労希望就業者」や、不況で仕事を探すこと自体を断念した「潜在労働力人口」を広範囲に含めた指標である。 パートやアルバイトなど非正規雇用者のうち、正規雇用に転じたいと考えている人たちは「未活用労働指標」の中に含まれる。この数値が低ければ低いほど、雇用の質は改善される。 新型コロナ危機以前は、アベノミクスの成果で未活用労働指標の数値は年々低下していた。各国比較でも、図1のように断トツに良好なパフォーマンスを示していた。参照:厚生労働省。%は速報値 だが、現状では新型コロナ危機の影響で7・7%に上昇し、事態は悪化している。まずスガノミクスの課題は、この水準を昨年末の5・7%(確定値)まで引き下げ、さらに改善していくことである。 そのための政策上のイノベーション(革新)は何か。それは「菅政権」と日本銀行の協調による、名目国内総生産(GDP)成長率目標政策を採用することである。 日銀には雇用の重視を今以上に求めることになる。場合によっては日銀法を改正して、物価の安定と雇用の最大化について、日銀に対して明瞭にコミットさせる必要も出てくるだろう。会見で辞任の意向を表明、退席する安倍晋三首相。奥は菅義偉官房長官=2020年8月28日、首相官邸(春名中撮影) これには官僚勢力の強い抵抗も予想される。ただ、菅氏が官房長官時代に培った抜群の官僚抑止の手腕が発揮できるに違いない。 菅氏の官僚操縦術を支える官房長官には、やはりその面で抜群のセンスを誇る河野太郎防衛相が適任かもしれない。これは嘉悦大の高橋洋一教授らのアイデアでもあるが、さすがにどうなるかは分からない。「政策協調」カギ握るのは 余談は控えて、経済政策に戻ろう。名目GDP成長率では、4%の政策目標を掲げるべきだ。 ただし、過去に政府が掲げたような実質成長率の明示までは特に必要ではない。あくまで名目GDPの成長率に徹した方が日本経済にとって得策である。なぜなら日銀の金融緩和に大きな改善の余地を与える必要があるからだ。 最近、米中央銀行である連邦制度準備理事会(FRB)は、雇用の最大化を目指して、「一定期間の平均で」2%のインフレ目標に向かうように試みると発表した。これはエコノミストのラルス・クリステンセン氏らが指摘しているように、従来のインフレ目標の上限値2%を2・5%に引き上げたのと同じ効果を持っており、大きな緩和効果が期待できるだろう。 日銀も、現状ではインフレ目標2%を超えても、しばらくは放置するといっている。おそらく今の黒田東彦(はるひこ)総裁率いる日銀の公式見解では、FRBの政策変更と日銀の現状の政策は同じであると述べるだろう。 だが、それは正しくない。特に黒田日銀の現状では、あまりにインフレ目標へのこだわり(≒コミットメント)が弱まっているのが問題だ。 これを「菅政権」との政策協調で、4%の名目GDP成長率目標政策を約束させるのである。今の日本の経済の潜在能力を考えれば、事実上2%以上のインフレ目標を国民に約束したことに等しくなる。 現状の日本経済の潜在能力は、経済回復が進めば徐々に上昇していくと考えられるが、当面は1~1・5%程度だろう。そうなると2%以上のインフレ目標が当面必要になる。 黒田日銀は、政府との4%の名目GDP成長率目標政策の協調を確約した段階で、FRBと同様に「平均して2%のインフレ目標に向かうように努力する」と宣言すべきだ。さらに一段増やして「3%のインフレ目標の引上げ」でも構わない。金融政策決定会合後、記者会見を行った日銀の黒田東彦総裁=2020年7月15日、日銀本店(代表撮影) この4%の名目GDP成長率目標政策の協調のためには、名目GDP成長率の上昇を損なう財務省、つまり「岸田的な増税路線」、財政再建路線の放棄が必然的になる。 4%の名目GDP成長率目標が達成された段階で、そこから今度は5年、10年先をめどにして名目GDP「水準」目標に切り替えていく。そうすれば、消費増税を実施しない期間のアベノミクスがそうだったように、債務残高とGDP比率が安定的に推移し、財政破綻の危機はなくなるだろう。 実際に菅政権が誕生するかどうかは分からない。政権が誕生しても派閥のない菅氏がどこまで自民党の増税勢力を抑え込むことができるか未知数だ。だが、現状のポスト安倍の布陣を見る限り、菅氏以外に選択の余地はない。 日本経済と社会の再生のためにも、スガノミクスの誕生に期待したい。

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    テレワークがカモに?手ぐすね引いて待っていたサイバー攻撃犯の狙い

    山田敏弘(国際ジャーナリスト) いまだに世界中で混乱を巻き起こしている新型コロナウイルス。日本もその例外ではなく、感染者は依然として発生しており、警戒が続いている。 そして新型コロナは、私たちの生活も大きく変化させている。その最たる例の一つが働き方ではないだろうか。コロナ禍での外出自粛や「3密」を避ける目的で、在宅勤務やテレワークが推奨されるようになった。 昨年、テレワークを導入している企業は20%ほどに過ぎなかった。今年の東京商工会議所の調査では、新型コロナ発生以降の6月には、中小企業のテレワークの実施率は67%にも達した。また工場などでも、遠隔による機械制御も増えているという。 今後も程度の差はあれ、テレワークや在宅勤務が進めば、労働者の通勤ストレスが軽減されたり、企業側にもコスト削減などのメリットが期待できる。まずは大手企業が中心になるだろうが、企業の働き方が多様化する職場の「ニューノーマル(新常態)」が期待されている。 けれどもその一方で、テレワークが増えることで懸念されることもある。昨今話題となっているサイバー攻撃のリスクだ。 実は新型コロナが蔓延(まんえん)して以降、既にサイバー攻撃は世界中で過去に前例のないレベルで激増している。サイバーセキュリティー会社のサイファーマは、ここ数カ月でサイバー攻撃が世界で600%も増加していると指摘する。 米連邦捜査局(FBI)も、新型コロナが発生してから1日あたりのサイバー攻撃報告数が400%増加したと発表。国際刑事警察機構(ICPO、インターポール)も「大企業や重要インフラ部門」と、「個人や小規模な企業から、政府機関、医療部門」でサイバー攻撃が「驚くべき割合」で増加していると報告している。 インターポールはさらに、テレワークが増えたり長引いたりすることで、リモートで働く人を狙った攻撃が増え、攻撃が高度化していくとも警告している。 もちろん日本も例外ではない。情報セキュリティー会社、トレンドマイクロの調査では、今年2月には67件だったマルウエア(悪意のあるプログラム)攻撃の件数が、6月では2272件になったと述べる。また新型コロナに絡んだ偽サイトには、1月以降に日本から6500件以上のアクセスがあったことが確認され、そこからIDやパスワードが奪われてしまう可能性がある。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そして最もサイバー攻撃の被害に遭いやすいのは、在宅勤務やテレワークによって作業をする従業員たちだ。というのも、社内でシステムを利用するのであれば、会社がそれなりの人材と予算を使って、システム構築やサイバー攻撃対策を行っており、それほどセキュリティーを意識する必要はない。 現在大手企業ならサイバーセキュリティー対策をしていない企業は少ないだろうが、中小企業だと「セキュリティーにコストはかけられない」と対策に後れをとっているケースは少なくない。しかしここ数カ月でも、三菱電機やホンダ、キヤノンUSAなどへ大規模なサイバー攻撃が発生するなど、きちんとセキュリティー対策をしている大企業でさえ被害に遭ってしまうのだから、中小企業の多くは攻撃に脆弱(ぜいじゃく)だと言っていい。執拗かつ巧妙 こうした状態で従業員たちが会社から離れ、リモートで会社のシステムやサーバーにアクセスするとなるとどうなるのか。会社から支給されるセキュリティー対策がとられたノートパソコンを使えるならまだマシだが、自前のパソコンやデバイスを使えばセキュリティーはどうしても弱くなる。 ウインドウズのような基本ソフト(OS)や、ウイルス対策ソフトなどが更新されずに古いバージョンのままである場合、既にマルウエアなどに感染してしまっているケースもあるかもしれない。そのようなネット環境の自宅やカフェなどでインターネットに接続することがあれば、さらにサイバー攻撃に晒(さら)されやすくなる。 しかも攻撃者は執拗(しつよう)かつ巧妙な攻撃を仕掛けてくる。多くの場合はフィッシングメールなどを駆使して、パソコンやネットワークに入り込もうとする。電子メールに不正なファイルを添付して実行させたり、本物そっくりな電子メールにリンクをつけてクリックさせるなどして、個人情報を盗んだりシステムに不正侵入して知的財産を奪うこともある。米マイクロソフトによれば、そうした電子メールは米国内だけで1日に2~3万件確認されているという。 企業を狙った攻撃の種類として多いものは、ランサムウエア(身代金要求型ウイルス)やビジネスメール詐欺(BEC)などがある。先に述べたように、2020年6月にホンダがサイバー攻撃の被害にあった際、ランサムウエアが用いられた可能性が指摘されたり、8月にはキヤノンUSAが身代金を要求しながらデータまで盗み出す、最近注目のランサムウエアに感染していたと報じられている。 ランサムウエアだけとっても、新型コロナ発生以降で攻撃の数は800%も増加しているというから驚きだ。イスラエル軍出身で、現在は米国でサイバーセキュリティー会社を経営するゾーハー・ピンハシ氏は、「こういう攻撃をする犯罪者たちから見れば、現状は宝の山を探し当てたようなものだ」と話す。テレワークなどで企業の隙が増えていることは、サイバー攻撃する側としてはまさに「天国のような状態」だと言う。 最近、リモート作業を行う際に重宝されているVPN(Virtual Private Network、仮想私設網)による対策も攻撃者は乗り越えて攻撃を成功させる例が報じられている。筆者のところにも、海外のセキュリティー関係者から、大手VPNメーカーに対して、盗まれたIDやパスワードの情報が少し前から報告されている。それが現実なのだ。 現在、サイバー攻撃の被害を報告する義務がない日本でも、表沙汰になっていないだけで同様の攻撃を受けている企業はおそらく少なくない。実際、実在する京都府内の保健所をかたった偽メール拡散や、北朝鮮や中国に絡んだサイバー攻撃などが日本各地で確認されている。 そして日本では現在、新型コロナの第2波がくるのではないかと懸念する声が上がっているが、サイバー攻撃でも今以上の「第2波」がくるのではないかと指摘されている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) インターポールは、「サイバー攻撃は新型コロナに乗じて今後も増える可能性がある」「もしワクチンが完成すれば、ワクチンや医療関係部門だけでなく、研究開発のデータを盗もうとするフィッシングメールなどによるサイバー攻撃の『第2波』が来る可能性が高い」と警告する。 このサイバー攻撃の対象には、医療分野のサプライチェーン(供給網)に相当する業界など、広範囲の企業に及ぶ。 そして「新型コロナによる世界的な混乱は、歴史上最も活発にサイバー攻撃が行われた時期だろう」と専門家らは指摘する。さらにその攻撃はまだ終わっておらず、テレワークなどが進んでいく現状では、この先も続いていく可能性が高い。終息の兆しが見えないコロナ禍では、引き続きサイバー攻撃の脅威を注視しておく必要がありそうだ。

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    「酷暑コロナ」下の防護服、元陸自高官が考察する極限の現場と葛藤

    濱田昌彦(元陸上自衛隊化学学校副校長) 新型コロナウイルスの感染問題は、8月終盤を迎えても依然として終息の兆しを見せていない。そして、夏の厳しい暑さの下、防護服を着用した医療関係者が屋外でPCR検査をする姿に、注目が集まった。個人的にその光景は、春夏秋冬、季節を問わず任務や訓練に携わる自衛隊員たちを彷彿(ほうふつ)とさせた。 彼らの属する化学部隊もまた、今も昔もこうした厳しい環境下で活動してきたことは、あまり知られていない。 たとえ気温が40度になろうとも、任務は待ってくれない。化学テロが真夏にないとは言えないし、近年情勢が厳しい南西諸島への侵攻が、こうした暑い時期にはないとも限らない。テロリストといった敵も、季節に合わせて待ってはくれないのである。だからこそ、自衛隊は炎天下でも任務と訓練に励むことになる。 さらに言えば、活動の苦しみを知るからこそ、この酷暑の中で従事する医療関係者の苦悩や奮闘もまた理解できる。 真夏の除染訓練の思い出は今でも鮮明である。肩に食い込む携帯除染器の重さ、ブチルゴムの化学防護衣の不快感、防護マスクの視野の狭さからくる圧迫感などはまだマシだ。訓練が長引けば、自分の汗がゴム製の長靴やゴム手袋に流れ込む。 それがくるぶしや指先にまでたまってくる感覚は何とも言えない。それでも入隊時の「服務の宣誓」、すなわち「事に臨んでは危険を顧みず、身をもつて責務の完遂に務め、もつて国民の負託にこたえることを誓います」と言った手前、暑いからといって投げ出すわけにはいかない。 もちろん訓練でも、安全管理には細心の注意が払われているとはいえ、リスクは常にある。埼玉県内の自衛隊と警察、消防が実施した埼玉スタジアム2002公園での化学テロ訓練=2018年11月、さいたま市緑区 ある暑い夏の日のことだ。太陽がさんさんと照らす中の訓練で、陸上自衛隊(陸自)の新米の化学科幹部である3等陸尉が悪戦苦闘していた。陸自の大型トラックを携帯除染器で除染する訓練だ。ところが終わりに近づいたころ、いつの間にか3尉がいないことに同僚が気づいた。 どうしたのかと数人で手分けすると、捜し出したのは、防護マスクの中で嘔吐(おうと)したまま倒れている3等陸尉の姿だった。下手をすれば、誰も気づかずにそのまま窒息していても不思議ではなかった。 熱中症と当日の体調には、強い相関があることが指摘されている。マスクと防護服を着用したまま活動すると顔色が見えず、当人の体調が確認しづらくなる。顔を覆った状態での作業では、定期的な体調確認を頻繁に行うなど注意が必要だ。自衛隊の熱中症対策 そもそも防護服を着用した状態での活動は、たとえ気温が高くなくとも過酷である。 1995年3月20日の地下鉄サリン事件は、まだ肌寒い気候の中で発生し多くの乗客も冬支度であった。こうした中、練馬から出動した第1師団化学防護小隊の隊員は、営団地下鉄(現東京メトロ)霞ケ関駅の車両とホームの除染を命ぜられた。小隊長は現場たたき上げの1等陸尉であった。 昼過ぎから始めた除染活動は夜半まで続いたが、化学防護衣や防護マスクを脱ぐことはできず、排泄(はいせつ)についてもそのまま垂れ流すしかなかった。しかも、夏ではないにもかかわらず、ゴム長靴や手袋にも汗がたまった。熱ストレスは隊員を苦しめ続けたが、訓練ではなく実任務中とあっては、除染完了まで防護レベルを落とすわけにはいかない。 「作業がすべて終わったあとの、一気飲みしたコーラの味が今でも忘れられない」と当時の小隊長は述懐する。3月というまだ肌寒い時期だったが、熱中症患者が出てもおかしくない状況であったのである。 もちろん、陸自でも熱中症対策を何もしていないわけではない。むしろ、これまで多くの解決策を探ってきた。 化学防護衣には送風装置が備えられているが、汚染された外気を取り込む形にならないよう、吸収缶を通して吸気しなければならない。また、ファンを駆動するには電池が必要なため、これらのユニットはそこそこの重量になってしまう。 ファンを回せば、化学防護衣は風船のように膨らむ。そして若干の涼しさを感じることができる。建設作業員や警備員がファン式の作業服を使っているのと同様の原理だ。シンプルでも一定の効果を期待できるが、決定的な対策にはならない。 そこで、特殊なジェルを充塡(じゅうてん)したクールベストの着用が考えられた。あらかじめ冷やしたり、体温で溶けたりといったさまざまのタイプが用意された。しかし、それ自体が重いことや、時間的な制約により隊員には不満が残った。任務上、化学防護衣の下に数時間着たままになることもある。その状況ではクールベストは少しも冷たくはなく、ただ重いだけの代物になってしまうからだ。地下鉄サリン事件で、毒物除去作業を行なうため地下鉄日比谷線築地駅構内に向かう陸上自衛隊員=1995年3月20日、東京・築地 他には、冷水を細いチューブに循環させて体を冷却するシステムもあった。今でも野外作業では有効であろうが、化学防護衣の中に着て作業するのは、前述のクールベストと同様に問題が多かった。 医療用冷蔵庫やワインセラーにも使われている半導体、ペルチェ素子によるネッククーラーも有望に思われた。首を冷やすことにより、血液全体も冷えると言われていたためである。ただ、化学防護衣の下に上手に装着して、しかも激しい作業にも耐えられるようなシステムを組むことは意外に困難であった。また、ペルチェ素子は直流電流を流すと吸・発熱するが、片面が冷たくなると、もう片面は熱くなってしまう性質があった。化学防護衣の中では、それが熱源となることも欠点の一つであった。 そのようなわけで、いまだに決定的な熱中症克服の装置やシステムは登場していない。逆に言えば、それが見つかれば地球温暖化の中で一般社会でも救世主となり得る。リスクと任務の狭間で それでは、世界でも最先端の装備を有する米軍はどうしているのだろうか。海兵隊は、通気性が皆無の重装備で中東の砂漠を徒歩で行動することもある。米軍も熱中症関係で多くの死者も出しているため、そのような状況下では個人用のクールベストを装着している。しかも、近年開発された装備は、今までのクールベストと少し構造が異なっている。 世界最小のエアコンと彼らが呼称する、350ミリリットル缶程度の大きさの円筒状の冷却装置と、同程度の大きさのバッテリーで常時22度の冷却水をベスト内で循環させるクールベストが開発されている。バッテリー寿命は4時間だが、交換すれば繰り返し使うことができる。 米RINI社が開発したPTMS(個人用温度管理システム)と呼ばれるこの装備は、4年前に1着で数百万円と言われた覚えがある。今は量産化によって、もっと安くなっているかもしれない。 暑さも根性だけで乗り切れる時代ではない。今後、酷暑下における安全管理を考慮すれば、自衛隊や医療機関は深部体温を含めた脈拍や心拍数、体表面温度、呼吸数、発汗などのバイタルサインを遠隔で監視するシステムの整備が必要となるかもしれない。 だが実は、日本人の中には熱中症に弱い遺伝子を持つ者が一定数存在するという話もある。これは日本人が、大陸の北方民族を一部ルーツに持つという学説と無縁ではないだろう。一重まぶたや短足、だんご鼻やのっぺりした顔はその特徴だという。日本人の一部の先祖は氷河期の2万5千年前から大陸北部にいて、約1万年かけて寒冷地に適応してきたらしい。 そして熱中症患者の半数が、「CPT2」という遺伝子に変異が見られることも確認されている。自分がどんな遺伝子特性を持っていて、熱中症にかかりやすい体質なのかといった点を事前に把握できれば、対処も容易になる。 暑さとの戦いは、根性だけで問題が解決しないのは当然である。しかし自衛隊や警察、消防や救急隊員など、40度という過酷な環境下でも任務を完遂できる部隊や人材を育てておくことは指揮官の責任でもある。これはある意味で、除去しきれないリスクを「誰が」「どこで」甘受するかという、一般社会でもよく直面する問題かもしれない。化学テロを想定して行われた大規模訓練。消防、警察、自衛隊、大阪市などが参加した=2006年6月、大阪市此花区 「背中を見せること」、それしかないと言い切る指揮官もいる。陸自のある隊長は、50代半ばにして自ら防護衣と防護マスクを着用して持久走競技会(自衛隊の長距離走・駅伝大会)を完走してみせた。11年の福島原発事故の際は、1佐の隊長がわずか6人の給水班を率いて、危険な状態になった3号機に自ら向かった。そこで6人は、あの建屋全体を吹き飛ばす水素爆発に遭遇することになる。 自らの背中を見せることこそ、部下を統御する上で大きな要素となることに疑いの余地はない。もちろん、安全管理上の配慮と対策は十二分に尽くした上での話である。 そう考えると、最前線で部下を率いる指揮官というのは辛いものである。いや、このコロナ禍における企業や医療関係者の中間管理職も同様かもしれない。部下の命を背負いつつ、確実な安全などない環境で「決断」と「行動」を迫られるのだから。

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    「イソジン」大炎上、吉村洋文知事の暴走で近づく維新の落日

    上西小百合(前衆院議員) 新型コロナウイルスの感染拡大が一向に収まらない。政府は「第2波」到来や緊急事態宣言を表明する様子が見られないが、深刻な状況に陥っていることは、国民の誰しも肌で感じていることだろう。 地方の情報は全国的に報道されづらいため、どうしても伝わりにくい面はあるが、腰の重い政府を見て、日本全国で多くの自治体職員と首長が市民の生命や財産を守るためにコツコツと努力を続けている。 ただ残念なことに、ここぞとばかりにメディア戦略を重要視しすぎるがゆえに、空回りして市民の怒りを買う自治体の首長もいる。東京都の小池百合子知事や大阪府の吉村洋文知事らがその典型だろう。2人は密を避けるべきこのご時世にもかかわらず、日々多くのメディアを集めて会見を行っている。 内容的に「役所から事務的に発表させる方が情報として伝わりやすいのでは?」と思うようなことまで喜々として自ら発信し、もはや次の選挙対策につながるPRに余念がないようにしか見えない。 そんな中、最近やらかしがちなのが吉村氏だ。コロナ以前では全国的にほぼ無名だった彼が、国や東京都との対比でメディアに連日取り上げられるようになり、一躍時の人となった。ここで誠実に、静かにコツコツと府民の命と財産を守るべく尽力していれば、彼の評価は今ほど下がらなかっただろう。 だが、最近の吉村氏は「ヒーローシンドローム」に陥るがごとく、はしゃぎ出してしまったように感じられる。最近の行動を見るに、まるで「何でもいいからメディア露出すればいいんだよ。テレビに出ていさえすれば、府民は頑張っていると言ってくれる」と述べんばかりだ。 実際のところ、大阪府民の多くは吉村氏と彼が代表代行を務める大阪維新の会に対し、「何をしてくれたか、具体的に聞かれるとよく分からないが、維新は頑張っている気がする」という感想を抱いている。そのためコロナ以前であれば、大阪限定という条件ならこの手法がまかり通りそうな状況ではあった。 しかし、最近では、世間一般的に考えてリコールが出されてもおかしくないほどの「やらかし」を連発し、人気絶頂の雰囲気にも陰りが出始めた。その「やらかし」の一つが、吉村氏自らが率先して打ち出した感染状況を判断する府独自の基準「大阪モデル」の度重なる基準変更だ。 京都大ⅰPS細胞研究所の山中伸弥教授も、5月23日に行われた最初の基準変更に対し「結果を見てから基準を決める。科学でこれをすると信頼性が揺らぎます。大阪府民として非常に心配です。人は権力や上司に忖度するかもしれませんが、ウイルスは遠慮ありません」と自身の新型コロナ情報発信サイトで科学者としての危機感をあらわにした。新型コロナウイルスの感染拡大の防止に向け、共同研究と検査体制の充実を図る連携協定を結び、会見を開いた京都大iPS細胞研究所の山中伸弥所長(左)と大阪府の吉村洋文知事=2020年6月12日、大阪府庁(渡辺恭晃撮影) その後、7~8月に感染者が爆発的に増え、大阪モデルもついに「黄信号」となり、次はいよいよ「赤信号」に移行するかと思われたが、吉村氏は新たな基準変更で「黄信号ステージ2」を設定するという暴挙に出た。 大阪では、与党である維新の元に「次の選挙で応援させていただきます。ですのでどうか」と多くの経済界・業界団体が陳情に来る。経済的な事情のため、切羽詰まるまでは赤信号なんて出したくない気持ちは分かる。しかし、それならばもう大阪モデルなど捨ててしまった方がよいだろう。役に立たないモデルを掲げられるより、国の基準に合わせた方が府民の混乱も避けられる。イソジン会見の衝撃 私自身も、当初は吉村氏が発表した大阪モデルに期待した。国とは一線を画し、大阪は徹底的に感染リスクを減らすため市民に強い警戒を呼びかけ、感染者を減らした上で経済をより早く正常な状態に戻す。それが実現できるのではないかと。 しかし、現実は真逆となってしまった。覚悟なき吉村氏のかじ取りのために、現状は市民に対して警戒を呼びかけるどころか、むしろ混乱を引き起こすだけとなっている。 吉村氏は自宅から府庁舎まで送迎車がつくので見えていないことだろうが、大阪に「赤信号」がともらないため、緊急事態宣言解除直後のように府民の新型コロナ感染への警戒は再び緩んでしまった。 今の大阪は、高齢者のマスク着用率が下がり、子供たちも夜な夜なマスクもせずコンビニ前や公園で騒いでいたりする。「赤信号」と言われるのと「黄信号ステージ2」では、府民の感染予防対策への心構えも変わる。 大阪モデルは一種の注意喚起として感染拡大防止につなげることが可能なツールであるのにもかかわらず、吉村氏が積極的なメディア露出で得た発信力を正義のために生かしていないことが、残念極まりない。 直近で吉村氏の失態として話題となったものといえば、8月4日の会見における「イソジン発言」が最たるものだろう。新型コロナに関しては未知の部分が多いが、まるで「イソジン」で「うがい」さえしていれば感染しないと受け取れるような言い回しをしてしまった。 会見での影響はすさまじく、その直後からドラッグストアではイソジンが完売し、医療現場からは「確実でない情報を流した上に、医療現場で必要なイソジンが不足してしまっている」と、吉村氏の引き起こした大混乱を嘆く声も数多く上がった。 このような批判を受けてもなお、吉村氏は「予防効果があるということは一切ないし、そういうことも言ってない」「感染拡大防止への挑戦」と苦しい釈明したのだが、ではなぜテレビショッピングみたいに会見でうがい薬を並べて紹介したのかという疑問を禁じ得ない。加えて、彼の口にした「挑戦」は研究段階においてすべきことであって、人の命や健康に関わることを軽々しく府民に伝えるべきではない。うがい薬の活用について説明する大阪府の吉村洋文知事(右)と大阪市の松井一郎市長=2020年8月4日、大阪市中央区(前川純一郎撮影) 「イソジン会見」におけるもう一つの問題点としては、過剰なヨード摂取が甲状腺機能の低下を招く可能性を適切に伝えていないことだ。イソジンを買った人たちの中には、一日に何度もうがいをし、過度な使用をする人が実際にいる。こうした問題を避けるためにも、医療に関する発言はパフォーマンス重視の政治家ではなく専門家がすべきであった。 吉村氏は医師ではないのに、以前から医療機関の代弁をするような発言を独断で繰り返しており、そのたびに医療現場は混乱に陥り、現場からも苦言が呈されている。PCR検査数についても、吉村氏は「検査数が足りていないとは思っていない」と述べたが、大阪医師会では「検査数を積極的に拡充すべき」と発表するなど、もはや裸の王様さながらの様相である。 さらには吉村氏のイソジン発言によって、府には抗議の電話が殺到し、府の保険医協会も猛省を促す声明を発表する事態にまでなった。吉村氏の暴走発言が原因による騒動なのに、当人は矢面に立って直接対応することもなく、連日多忙を極める役所職員が尻拭いに追われている。目に余る独断専行 最近の吉村氏は、TBS系ドラマ『半沢直樹』で半沢の宿敵、大和田が述べていた「部下の手柄は上司のもの、上司の失敗は部下の責任」を体現しているようで、まさに本性が見えたと言っても過言ではない。 部下である職員はただでさえ、維新から「給料が高い。ボーナスも満額だし、頑張らなくても給料がもらえる」と一方的に悪のレッテルを張られた上に、維新の引き起こした騒動の対応をさせられている。これでは職員のストレスはたまっていく一方だ。彼らも一人の人間であり、このままでは我慢強い職員たちの怒りが爆発したときが、維新政治の終わりであろう。 市民が首長や議員の上っ面しか見られないのをよいことに、吉村氏は恐らく今後もこの路線で突っ走るのだろう。しかし、できない上司に仕える職員たちのことを考えると、同情の念を禁じ得ない。 市民に最悪の事態をもたらさぬよう尽力するのではなく、自分が「ヒーロー」でありたいという願望を満たすことを最優先としているのが今の吉村氏だ。府民の運命を握る重責ある立場でありながら、行き当たりばったりで受けのよさそうなこと何の根拠もなく発信する。だが結果としてそれがたたり、今では化けの皮が剝がれつつもある。 以前、私は連載で「維新は検証をしない」と述べたが、維新や吉村氏の発表した対策が、実際にはどのような効果をもたらしたか検証されることなく、これまではうやむやにして逃げ切ることができた。しかし、今回の新型コロナのように一つの事案が長期にわたることはまれなため、今回はそうもいかないであろう。 そういえば今年4月、吉村氏は新型コロナの予防ワクチンについて「大阪府と市がしっかりとコーディネイトし、早ければ7月から治験を開始し、9月から実用化を図りたい」と述べていたが、その後何の音沙汰もない。府民だけでなく、国民の期待を集めるだけ集めておきながら、その後の報告もなくあっさりと裏切ることができてしまうのだ。 また、大阪府での新型コロナウイルスの重症者数が全国最多になったことに関しても「大阪は、できるだけ早めに気管切開して、人工呼吸器をつけて命を救う治療を優先している」と発表したこともあった。新型コロナウイルス専門病院となった大阪市立十三市民病院の外観=2020年6月30日、大阪市淀川区(鳥越瑞絵) しかし、大阪だけが本当にそうしているかというデータもなく、大阪府医師会の茂松茂人会長も「どこでも同じ治療を提供しています」と反論を行った。 吉村氏は「ヒーローとして扱われるためなら、市民の感情など踏みにじっても構わない。うそも方便だ。何をしたって、どうせ府民は維新を応援するんだろ」と言わんばかりだ。平時はそんなうぬぼれが大目に見られたとしても、緊急事態には許されることではない。 「イソジン会見」では「ウソみたいなホントの話」などと緊急事態下での発言とは思えない寒いギャグを飛ばしていたが、「ウソみたいだったけど、やっぱりウソだった話」を気まぐれで言って、市民が混乱するような発言は止めていただきたい。 未曽有の時代だからこそ、自分より市井の人々を大切にしてくれる人が求められる。この言葉を理解できる人だけが一生政治家でいられるはずなんですが、吉村氏は本当に理解できているんでしょうか。

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    「ベテラン斬り」コロナを言い訳にできないテレビ界の黄昏

    が決まり、司会を務めるタレントの小倉智昭にも7月上旬に伝えられたとしている。 さらにその背景として、新型コロナウイルスの影響で広告収入が減ったフジが制作費を削減するため、出演者に高額なギャラを支払っている番組の見直しを迫られていることを挙げている。『とくダネ!』に先立ち、安藤優子がキャスターを務める午後の情報番組『直撃LIVE グッディ!』の9月終了も決定したという。 筆者がスタッフに聞いたところ、記事掲載前に飛び交っていたのは、「文春に記事が出るらしいけど、どんな内容だろうね」という話だった。つまり、現場サイドでは、小倉の降板話が出ていなかったということになる。ただし、読んでみた感想は少し期待外れだったという。 「『文春砲』のことだから、もう少し突っ込んだ内幕が出ているのかと思ったので」 スタッフがそう言うのも、コストカットに伴う高額タレントのリストラは新型コロナウイルスの感染拡大前から、フジに限らず各テレビ局の課題となってきたからだ。 小倉に対しても、昨年末に「東京五輪のキャスターを花道に退くかもしれない」という話がささやかれていた。五輪延期で白紙になったものの、「小倉さんの勇退自体は既定路線ですから。その先の、僕ら現場の知らないところで上層部が決めた具体的な最新情報が記事にあるのかと思った」と先のスタッフが言う。キャスターの安藤優子=2015年3月(小倉元司撮影) 近年、各局は既に経費削減に関して、かなり努力を続けている。各番組ごとに出していた取材も、映像素材を共有化することで取材班を縮小したり、編集責任者であるデスクに複数番組をまとめて担当させている。 ただ、その中で高額なギャラの芸能人をリストラするのは、最もハードルが高い。毎度話題にはなっても実際に決断されないことも多く、かなり詳細な話でなければ、スタッフ間では「またか」との感想を抱きがちなのである。高報酬もらえない「お決まり」 テレビ界で、ベテラン芸能人やキャスターが視聴率に見合わなくても高額ギャラをキープできる理由がある。基本「ギャラ相場」は上げることはあっても下げることがないのが、業界の不文律だからだ。そして、一度定まった相場は、各局で密かに情報交換され、足並みを揃える習慣もある。 「ギャラの管理は番組ではなく、経理が行いますからね。番組で初めて起用するタレントには、タレント側の芸能プロダクションよりも、まず経理に『過去いくらでした?』と聞くか、他局にいる知人に教えてもらうので、自然と相場が出来上がるようになるんです」と、あるバラエティ番組のプロデューサーも習慣の存在を裏付ける。 実は、この慣習こそ「日本型雇用」の代名詞である終身雇用や年功序列からきているものでもある。成果を出す若手社員がいても、それに見合う報酬はすぐには得られず、いわゆる「後払い」要素が強い。人事評価にもキャリアが含まれていて、長期間務めてきた人の報酬アップが優先される。 テレビ界でもこれに近いものがある。若いタレントにどれほど人気が出ても、すぐには高報酬を得られないのが芸能界の「お決まり」であった。 つまり、「若手時代では安い給料に見合わない仕事量でも、長くこなせるようになれば、将来報われる」という日本の一般社会と同様の概念がある。小倉は「絶対に局側から辞めてくれとは言えない方」と断言する『とくダネ!』の元ディレクターが理由を次のように説明している。 「とくダネは現在の情報番組の基本スタイルを作った草分け的存在で、それまでビッグニュースを1時間かけてやっていたのを、ネタを細かく分けて矢継ぎ早に放送する画期的な手法で視聴率を伸ばしたんです。今では他局の情報番組もこぞって真似するようになり、それは当時のスタッフ全員の功績でもありますが、その方向性で司会をこなしてくれた小倉さんも当然大きな功労者です。大幅な経費削減の役目を担った宮内正喜前社長は、『局員の給与を見直す』とまで公言しましたが、あの方でさえ小倉さんの肩は叩けなかった」タレントの小倉智昭=2017年12月 ただ、一般社会では近年、長期雇用に対する信頼性が崩れ、若い人材が「10年先には報われる」などという気の遠い目標に我慢できなくなってきている。企業でも、スピードアップした成果主義により、即戦力になるなら新入社員でも高く買った方が得だという考え方が増えている。そうでもしなければ、優秀な人材を確保できなくなるからだ。 これはテレビ局にも同じことがいえる。ベテランタレントの多くが一定の視聴率こそ取れていても、高額のギャラに見合うとは必ずしも言えず、過去から積み重なった「功労金」込みとなっている芸能人が大半だ。それにベテランに頼りきりでは、番組は若い人気タレントの確保に遅れをとってしまう。「お役御免」 日本のテレビ局は基本、放送法や電波法などによる免許制の下で「電波利権」が守られ、大きな収益が保証されてきた。だから、割高に思えるギャラであっても許されてきたわけだ。 ところが、インターネットの普及という時代の波にテレビも押され始め、ついには広告費もネットに首位を明け渡すほどのビジネスモデルの変化をもたらし、新型コロナ禍がダメを押した格好だ。背に腹はかえられなくなった各局も、どこかで区切りを付けることを余儀なくされている。 7月末、タレントの上沼恵美子が放送25年を迎えたばかりの長寿番組『快傑!えみちゃんねる』を放り投げるように突然終わらせてしまったのも、例外ではなかったといえるだろう。 一部では、他の出演者とのトラブルが原因のように伝えられているが、筆者が関係者から聞いた話では「番組の将来についての話を切り出したところ、上沼さんの逆鱗に触れた」というものだった。この先、番組の終了やリニューアルにあたって何らかの提案をしたが受け入れてもらえず、「だったらすぐ辞める」となってしまったのではないか。 安藤も5年前に夕方の報道番組『スーパーニュース』の終了が取り沙汰された際、経費削減のあおりを受けて「BS番組に移るらしい」などという噂が立った。このときは、さすがにフジ報道の功労者だったこともあり、新番組『グッディ!』へのスライドにとどまった。 これは報道に限らず、あらゆるジャンルの番組で見られる傾向だ。お笑い芸人やジャニーズアイドルでも、ギャラの適正化を促すように「高いベテラン」より「若いタレント」を起用する話があちこちで聞かれるようになった。安藤にしても「お役御免」の判断を下されたというより、方向性の変化といえる。ABCラジオ「上沼恵美子のこころ晴天」の放送を終え、車で朝日放送を出るタレントの上沼恵美子=2020年7月27日 約2年前、筆者が『グッディ!』に出演した際に目の当たりにしたのは、安藤の「番組采配」の妙だ。台本に頼ることなく臨機応変に進める姿に、さすが33年にわたってフジの報道・情報番組で一線を張ってきた凄みを感じた。このように、ベテランタレントのスキルには他に代えがたいものがあるから、ギャラなどの条件さえ合えば、活躍の場はあるだろう。 ただ、テレビ界では、ギャラをいきなり半額に値下げして交渉するような習慣がないため、下手をすると突然画面から消えて、一切姿を見なくなることもある。最近は大手プロダクションから独立して個人事務所を設立する芸能人も増えているだけに、直接的な条件交渉の方がやりやすいタレントなら生き残れるかもしれない。 それも無理なら、ネット番組やユーチューブで最後の勝負に出るということもあるだろう。ただ、ネット番組はテレビと違って成果主義の傾向がより強いため、プライドの高い芸能人ほど勝負するには勇気が必要になることを忘れてはならない。

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    錦織圭も感染、withコロナに弱い宿命のプロテニス復活への道

    秋山英宏(テニスライター) イタリアで8月3日、パレルモ女子オープンが幕を開け、新型コロナウイルス感染拡大で中断していたテニスツアーが約5カ月ぶりに再開した。17日からはツアー下部大会も再開しており、月末には四大大会の全米オープンが開幕する。 しかし、テニスが戻ってきたと喜ぶのはまだ早い。10月に東京で開催されるはずだった楽天ジャパン・オープンなど秋のアジアシリーズの大会は、大半が中止を決めた。開催が予定されている欧州などの大会も、新型コロナの感染状況に開催の可否が左右される。 テニス競技そのものは相手との接触がなく、比較的、感染対策がとりやすいが、プロツアーはパンデミック(世界的大流行)に大きく影響される。選手が世界を転戦するというテニスツアーの特徴が災いし、再開が遅れた。大会開催地や近隣の国々で感染が収まっても、選手や関係者が世界中から集まるため、ウイルスが持ち込まれるリスクがつきまとう。渡航制限や空港での検疫、2週間の自主隔離など往来の不自由さが大会開催を難しくする。そこがテニスツアーの弱みである。 楽天オープンを主催する日本テニス協会は「選手、関係者を安全にスムーズに出入国させられるか見通しが立たない」「選手、関係者、観客への十分な安全対策が整えられない」と泣く泣く中止を決めた。同協会は、年間の事業収益の50%を大きく超える約10億円の収入を失うことになる。 選手も苦しんでいる。2019年全仏オープンの男子ダブルスを制したケビン・クラビーツ(ドイツ)はツアーの中断期間に、ディスカウントストアでアルバイトをして生活費を稼いだという。出場する大会がなくなった選手、特にスポンサー収入に恵まれない選手は、練習やトレーニングよりもまず、どうにかして生活していくことを考えなくてはならない。 こうした苦境を見たノバク・ジョコビッチ(セルビア)が、ランキング下位選手を救済する基金の設立を呼びかけた。ロジャー・フェデラー(スイス)など選手仲間やツアーを運営するプロテニス選手協会(ATP)と女子テニス協会(WTA)、国際テニス連盟(ITF)、さらに四大大会の各主催者も賛同し、「プレーヤー救済プログラム」に発展、600万ドル(約6億3300万円)の援助金が集まった。さらに、ITFは加盟国のテニス再開を支援する目的で、各国の協会に約145万ドル(約1億5300万円)を提供すると決めた。 とはいえ、長期化が予想されるコロナ禍を乗り越えられない選手やトーナメントが出てくることは避けられないだろう。男女のプロツアーは毎年12月末から翌年1月の上旬に開幕し、11月の最終戦まで、ほぼ休みなく続く。withコロナの時代に、これまでの規模と人気を維持できるのか。ウエスタン・アンド・サザン・オープンに出場した錦織圭=2019年8月14日、シンシナティ(共同) 8月31日に開幕する全米オープンは、感染拡大の影響で規模を縮小し、無観客で開催される。混合ダブルス、ジュニアの各部門とシングルスの予選は実施せず、通常各64組が出場する男女のダブルスは32組で争う。今後、パンデミックの第2波、第3波が押し寄せれば、無観客開催や大会の規模縮小、開催中止などの対応が続くだろう。大会の「低コスト」化 再開後の最初の大会となったパレルモ女子オープンも、地元メディアによると収支は赤字になる見通しだという。無観客開催で入場料収入を失い、それでも持ちこたえられる大会がどれだけあるだろうか。そもそも、世界規模で経済活動の縮小、景気後退が続けば、フェデラーやセリーナ・ウィリアムズ(米国)といったレジェンドが先導し、人気拡大を続けたテニスツアーも安泰ではいられない。 女子のWTAツアーでは、11月に中国・深圳で開催する予定だったシーズン最終戦、WTAファイナルの中止が決まっている。女子ツアーはコロナ禍の前から観客動員やスポンサー獲得に苦戦しているとうわさされており、相次ぐ開催中止はツアーの運営に甚大な影響を与えそうだ。 否定的な見通しを挙げていけばキリがない。一流のテニス選手は敗戦の中にも必ずプラスの面を見つけ、気持ちを前に向けようと努める。その態度に学び、ポジティブな要素を探っていきたい。 ツアー再開を控え、米国、英国などでエキシビションマッチ(非公式戦)が開催された。日本でも、7月にBEAT COVID-19オープン、8月には+POWER CUP(プラスパワーカップ)などが無観客で開催され、インターネットで配信された。 今後、新型コロナ終息後もツアーの規模が大幅に縮小されれば、ワールドツアーに代わるイベントとして、こうした国内大会がクローズアップされる可能性がある。国境をまたがない大会は選手、関係者の移動が比較的容易だ。無観客かつ小規模な大会として実施すれば感染リスクを抑えられる。賞金大会なら選手には収入源となり、観戦機会を失ったファンの渇きも癒やされる。 +POWER CUPを主催した全日本男子プロテニス選手会会長の添田豪(GODAI)は、ツアーの再開が滞れば「どこかでまたやりたい」と次回の開催を見据える。賞金大会についても、開催へのハードルの高さを覚悟した上で「やれるように準備はしていきたい」と前向きだ。シングルスでは現役最年長のATPランカー、42歳の松井俊英(ASIA PARTNERSHIP FUND)はより積極的だ。「コロナ禍に関係なく、やるべきだと思っている。四大大会を生で観戦するのは大変だが、国内大会ならファンも移動がしやすい。コンテンツとしても、甲子園の高校野球に負けない」。 日本テニス協会にとっても、ファンや愛好者のテニス離れを食い止める意味で、国内大会の充実は差し迫った課題だろう。同協会の川廷尚弘(かわてい・なおひろ)副会長は、専門誌『テニスマガジン』8月号の連載コラムでこう書く。 国際テニス連盟(ITF)では(中略)各国テニス協会に国内大会の積極的な開催を働きかけています。(中略)低コストかつ短期間で開催が可能であったり、低コストで参加できたりする大会が求められる時代になると考えます。川延尚弘の「アラウンド・ザ・ワールド」、『テニスマガジン』2020年8月号 世界のテニスに親しみ、目の肥えたテニスファンの関心を引くのは容易なことではないが、選手との「距離」の近さは熱心なファンへのアピールになるだろう。米国に拠点を持つ錦織圭(日清食品)や大坂なおみ(日清食品)の参戦は期待薄だが、世界ランキング上位の西岡良仁(ミキハウス)、ダニエル太郎(エイブル)、日比野菜緒(ブラス)、土居美咲(ミキハウス)といった選手がこぞって参加すれば、魅力あるイベントになる。東レパンパシフィックオープンのシングル決勝で、アナスタシア・パブリウチェンコに勝利し、優勝トロフィーを手にする大坂なおみ=2019年9月、ITC靱TC(岡田茂撮影) 次に、半ば希望的観測だが、ツアーが縮小すれば現在の過密日程が解消する可能性がある。シーズンの長さと過密日程はここ数年、男女プロツアーが直面してきた課題だ。大坂に大きなチャンスも 選手たちはシーズンオフに気力と体力を回復させて新シーズンに備えるが、開幕の数週間前にはトレーニングを再開する必要があるため、休暇をとれるのは11~12月の数週間、または、せいぜい1カ月しかない。 しかも、男子は国別対抗戦、デビス杯の決勝トーナメントなどが昨年から11月に開催されるようになり、さらにオフ期間が短くなった。日程の厳しさと、選手の故障の因果関係を指摘する見方もある。仮にコロナ禍で消滅する大会が出てくれば、必然的に年間スケジュールの見直しが行われ、過密日程の改善につながるのではないか。 短いスパンで見れば、コロナ禍で導入された暫定のランキング制度がツアーの様相を変えることが考えられる。世界ランキングは過去52週(約12カ月)の成績で決まり、獲得したランキングポイントは52週後に失効する。 だが、暫定ランキングの制度では19年3月~20年12月の22カ月の成績から算出し、男子は獲得ポイント上位の18大会、女子は16大会を加算する。2年続けて同じ大会に出た場合は、成績の良い方がカウントされるようになっているので、今年同じ大会で昨年を上回る成績を収めれば、獲得ポイントがランキングに反映されることになる。したがって、前年大会より早く敗退してもポイントは減らないのだ。 どの選手も、ポイントの失効には常に神経をすり減らしている。08年にツアー初優勝、ランキングを急上昇させた錦織も、優勝の直後に1年後のポイント失効への不安を口にしたほどだ。だが、失効を気にせず戦えるなら、重圧はぐんと軽くなる。 「みんな、ノンプレッシャーでプレーすると思う。試合の雰囲気が変わる」と予想するのは西岡だ。失うものはない、浮上のチャンスと意気込む選手は少なくないだろう。 また西岡は、敗色が濃くなって早々にあきらめる選手が出る可能性にも言及した。ツアー中断で選手が試合勘を失っていることも予想され、しばらくは少々荒れ模様の試合、番狂わせの多いスリリングな大会が増えそうだ。 大坂は昨秋、東レ・パンパシフィック・オープンと中国オープンで優勝したが、今年は両大会とも開催中止が決まっている。優勝で得たポイントはそのまま残るため、全米や、9月27日に開幕する全仏オープン(例年は5~6月開催)での頑張り次第ではランキングを大きく上げる可能性がある。 錦織は、故障を抱えながら粘り強く戦った昨季中盤戦での獲得ポイントが残るのが大きい。右ひじの故障で昨年の全米を最後にツアーを離脱、1年に及んだブランクは痛いが、公式戦から長く離れたのは他の選手も同様で、錦織にとっては長期離脱のハンディが消えたのと同じだ。8月16日に新型コロナ感染と復帰戦の欠場を公表したが、症状は極めて軽いという。臨時病院として稼働したビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンター=2020年4月、ニューヨーク(ロイター=共同) 新型コロナウイルス感染拡大が収まらないとして、四大大会に次ぐ格付けのマドリード・オープンの主催者は8月4日に開催中止を発表した。5月開催予定を9月に延期した末の、苦渋の決断だった。ツアーの先行きはいまだ不透明だが、まずは全米が無事に開催されることを祈りたい。 全米の舞台は、ニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンター。同市の新型コロナウイルス感染拡大が最も深刻だった4月、臨時の医療施設として使われた施設である。

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    喪失だらけのコロナ後に受ける「リロケーションダメージ」の洗礼

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 東京都だけでなく、首都圏や近畿3府県では「第3ステップ」に進んでからほどなく、感染者が増加した。これを受けて、各都道府県では独自に検査を強化したり、感染対策の呼びかけを行った。飲食店の中には、東京で「夜の街」がクラスター扱いされたことから、夜の営業を自主的に自粛して、昼のランチ・弁当営業だけに戻した店もあるという。 さらにその後、東京都では感染拡大警報が出され、8月末まで酒類を提供する飲食店などに対する午後10時までの時短営業要請が出された。全国でも新規陽性者が拡大傾向にあり、独自に緊急事態宣言を出している県もある。 このように、新型コロナ禍の終息が見えない中、どの飲食店も自粛を余儀なくされたことで、資金はギリギリだ。こうした状況だけに、飲み会や会食が気軽に楽しめる日が戻るには時間がかかりそうだ。* * * 梅田 人は夜遊びや会食をしないと、どうなってしまうんでしょうか? 杉山 人によりますけど、好きなことができなくなると、生きるのがつまらなくなっちゃいますよね。気が紛れないので、嫌なことばっかり考えてしまう。 人と会うことは、とても強力な刺激になります。心理学では「ディストラクター」と言いますが、気を紛らわせる刺激を指します。何かに集中して考えることを「ディストラクトする」という使い方を心理学者はしています。 時々、気分をディストラクトしないと、嫌なことばかり考え続けてしまう。人間はそのように作られているのです。都庁での会見で「感染防止徹底宣言」のステッカーを掲げる小池百合子都知事=2020年7月(宮崎瑞穂撮影) 心はリスクのセンサーが原点にあって、リスクのデータベースがあった方がいいとなり、記憶というものが存在している。だから、ついつい嫌なことばかり、特に自分について嫌なことをよく考えてしまうんです。そして自己価値を疑い始め、「インポスター症候群」と呼ばれる状態になります。そこから、うつ病になってしまう可能性が生じる。 では、嫌なことからディストラクトされるためのポイントは、人間の心理が最も反応するのは人間だということです。人と会う刺激が人に一番影響を与えて活性化してくれるんです。実際、人から刺激を受けることって結構ありますよね。「巣ごもり」と誘いづらさ 麻生 ZOOM飲みでも、刺激になりますか? 杉山 ないよりはいいですよね。会話もできて、つながりも確認できますし。 麻生 文字ベースのSNSはどうでしょうか? 杉山 相手の存在感を心の中で感じることができれば、意味はありますね。人間は心の中に人を住ませる生き物なので、SNSで存在感を刺激されれば、リアルで会っていなくても、心の中では似たような心理状態になります。だから、それはそれで意味がありますね。 梅田 東京都では8月2日に472人の新規陽性者が確認されるなど、200人を超える日が常態化し、他府県でも新規陽性者の増加により、お盆の帰省もままならない事態になってしまいました。こうなると、まだ「巣ごもり」は続きそうですね。 杉山 あくまで増えているのは、検査によって判明した「新規陽性者」であるはずなのに、自然免疫でウイルスに対応できなくなった感染者扱いする雰囲気が続いていますよね。続けている人は変わらず「巣ごもり」しているわけですから、今後も続くでしょうね。 梅田 お二人の周りで、飲み会の誘いは普通にありますか? 杉山 それなりに…行く人は行くようですね(笑)。 私は少人数で短時間なら参加していますが、出ない人は徹底して出ないようですね。はっきり分かれています。もちろん、店では知らない人と距離を取っています。 麻生 お店側がそうしてくれていますよね。使用禁止の席を設けて、間隔を作るように。 私は緊急事態宣言前から、体調をこまめに記録しつつ、特に異変がなくても「自分は無症状の感染者かもしれない」という前提で常に行動し続けていて、基本的にほぼ変わらない生活をしています。 自宅にはもともと来客が多くて、頻繁に仕事関係者や友人、友人の親子を招いていましたが、まだ控えています。緊急事態宣言解除後や、都道府県をまたぐ移動が緩和されたときは、食事のお誘いなども増えたのですが「まだしばらく様子を見ようと思っているので」と伝えました。ウェブ会議システムでの飲み会に参加する女性=2020年4月、千葉県船橋市 近所の方と会えば、立ち話をするくらいですね。例年なら行っていた何組もの家族が集まるバーベキューやパーティーも「まだできないね」って言ってます。 子供も去年までは毎日のように友達を連れてきたり、お邪魔したりしていたのですが、各家庭の方針にもよりますから、お互い誘いづらい様子ですね。「外遊びはOK」という方針の家庭同士なら、遊ばせながら子供たちを見守りつつ、保護者もおしゃべりくらいはできますけれどね。執着心と喪失感 梅田 さて、自粛期間以降、世界は長くエンターテインメントがない時期を過ごしてきましたが、これも欠かせないものでしょうか? 杉山 エンタメがなかった時代ならともかく、私たちは生まれた時からエンタメがあるのが当たり前の暮らしをずっとしてきているので、あったものがなくなると、欠かせないものと思ってしまう。喪失感が大きいのと、禁じられるほど燃え上がるわけです。心理学では、「中断効果」「カリギュラ効果」と呼びますが、禁じられたことでますます執着するようになるんです。 梅田 音楽や舞台、プロスポーツは観客を入れ始めていますが、制限通り観客数は少ないし、大声も出せないし動き回れない。中にはそれを無視する観客もいるようですけど、やはり物足りなさは感じますね。 杉山 音楽もスポーツも、会場にいると場の一体感が凄い。高揚感で快楽物質が出るので、くせになると思うんですよ。要は脳内麻薬ですから、それも依存症になるんです。だから、エンタメの現場に行けないことで禁断症状になっているともいえますね。 でも、会場に行くのは、まだ用心した方がいいと思います。重症者とか死亡者が大きく増加しているわけではないとはいえ、万一感染したときに手立てがない状況は変わってません。私も必要に応じて出勤するときがありますが、電車内でも街中でもみなさん距離を取っているんです。ライブなどを楽しむ人たちも同様にしてもらえたらと思います。 梅田 7月22日から「GoToトラベル」が始まりましたが、感染者が増加している東京は対象外にされました。キャンペーンの実施時期や対象がころころ変わるせいで各道府県も迷いと不安があるようで、いまだに混乱が続いています。 杉山 国がOKと言っていても、基本的にはNGという人が多いように感じますね。日本人遺伝子と絡んだ話になりますが、日本人遺伝子は排他的な遺伝子でもあるんですよ。普段はそんなに強く働かないけど、危機感を感じると排他的になるので、「県外の人は危険」と考えるようになります。 麻生 観光ではないですが、今までの災害ボランティアの状況を聞きますと、現地の方がかえって迷惑したり負担になったりするようなボランティアの方もいるようですね。東日本大震災のときから、各地で災害ボランティアの難しさを被災者側、ボランティア側の双方からお聞きしています。7月に九州で豪雨災害が起きましたが、こういう話も、もしかすると「県外の人は危険」という感覚につながるかもしれませんね。 梅田 今や観光地となった日本では旅館やホテルも危機に瀕しています。倒産がいまだ続いているので、このまま街の風景が変わっていくのではないかと思えます。その喪失感や違和感の影響は人間の心理にどのような影響をもたらすのでしょうか? 杉山 一つは「リロケーションダメージ」という言葉があって、通常は引っ越しなどに伴っての喪失感に当てはまります。災害後に街が変わってしまうのも同様に喪失感が大きい。慣れ親しんだものを失うと喪失感を覚えるので、アフターコロナのリロケーションダメージがこれから増えてくると思うんですよね。 喪失感はだいたい「抑うつ感」をもたらします。そのダメージが強い人と弱い人がいて、強い人は、何かがなくなると新しいものが生まれてくるので、それを楽しめる人はそんなにダメージを受けません。逆に慣れ親しんだものにこだわる人もいます。日本人は慣れ親しんだものを大事にするタイプが相対的に多いんですよ。ちなみに、新しいもの好きな人が多いのはラテン系なんです。日本人は慣れ親しんだものを大事にするタイプが比較的多いので、ダメージを受ける人が多いだろうと予測できますね。「GoToトラベル」初日、栃木県日光市の鬼怒川温泉駅前の足湯でくつろぐ旅行者ら=2020年7月22日 梅田 新型コロナ禍後に関する経済関連の書籍では、今後街並みが変わることを予測しているものが多いような印象を受けます。中でも、東京は大きく変わりそうな気もしますが、東京都下在住の人は変化に慣れているのでしょうか? 杉山 東京人は江戸っ子気質の人は、街はそういうものだと思ってるところはありますよね。江戸時代のお江戸は火事が起こることを前提にした都市計画でした。どんどん燃えてどんどん街が変わるというわけです。だから、江戸っ子気質の人は、既に変化を織り込み済みだと思うんですよね。「新しい働き方様式」 麻生 とはいえ、生粋の江戸っ子は少ないですよね。 杉山 私も東京に30年住んでいますけど、30年では江戸っ子といえません。でも、東京に住んでいると街並みも変わりますし、慣れますよね。下北沢にずっと通っている店があるんですけど、その店がなくなったらリロケーションダメージを受けると思いますね。ダメージを受ける場所と受けない場所を、東京に住んでいる人はどこかで分けていると思うんですよ。ここだけは変わらないでほしいというところはあるんじゃないかな。 梅田 新規陽性者の増加で第2波の到来が恐れられていますが、この状況は人の行動も心の在り方も変えてしまうでしょうか? 杉山 現状は新規陽性者の全国的な増加であって、「感染者の爆発的な増加か?」という意味ではまだ第2波ではないですね。 実は、専門家の間で「第2波」が入国拒否の対象地域にいた人たちが駆け込みで帰国した4月過ぎには、既に来ていたと言われています。それでも日本では98%の人が自然免疫で対応できるから抗体もできないというシミュレーション結果もある。だから、強烈な突然変異がない限り、巷(ちまた)で言われている第2波はもう来ていて、終息に向かっていると私は思っています。 ただ、万が一を考えると突然変異がないとは言えないので、これまで言われているような「3密」を避けるなど、どこまで効果があるか分かりづらくても、感染対策を守る。コロナ禍でよかったのは店や街が清潔になったことで、この方向性はいいと思うんです。清潔な暮らしが、コロナが残したいい所として、これからも続いてほしいですね。 あと、テレワークは結果的に「働き方改革」につながりました。誰も想像しなかった契機だけど、改革の実現に近づきつつあって、これはこれで「新しい生活様式」じゃなくて「新しい働き方様式」へと変わろうとしている。 遅くまでひたすら会社にいるという日本式の働き方がテレワークで変われば、むやみに働かなくても経済活動は可能だし、仕事もできることに気づいたというわけです。もっと効率よく働いて、人生を楽しんでいただければ。 ただ、お金が回らなくなる業種も出てくると思うんです。例えば、オフィス不動産業。知人の会社もテレワークでやれることが分かったっと、オフィスを閉じてしまいました。 だから、お金が回らなくなる業界にしがみつくのはやめましょう。お金が回るマーケットを見つけて、そっちに仕事を拡大することをみんなで考えましょうよと。「スターバックスコーヒーCIRLES銀座店」内にある「Think Lab」が運営するソロワーキングスペース=2020年7月21日(スターバックスコーヒージャパン提供) お金が回るということは、誰かが必要としていて、誰かが幸せにするということですから、お金が回るところにみんなで向かいましょう。言うのは簡単で、やるのは難しいですけどね。 でも、テレワーク専用に空きスペースを貸し出している企業も出てきましたから、本当にたくましいですよね。新しいマーケットが生まれつつあるといえます。休校中にできた「新しい会話」 麻生 私もそう思います。不可抗力で突如余儀なくされた変化、自分の意志ではない変化とはいえ、今は変わる、変えるいい機会だと捉える方がいいでしょう。つらい局面であるとは思いますが、発想の転換をして生き抜いてほしいと願います。ビジネスでも暮らしでも、制限があると人はその中でなんとか工夫しようと知恵を働かせますから。 これだけ社会構造が根底から変わってしまった中で、自分もその変化の波に飲まれるのではなく、乗ってどのように対応していくか。新しい働き方にせよ、暮らし方にせよ、コミュニケーションにせよ、いかにアップデートさせるかという視点が必要でしょう。その意味で今後、人は二分化されていくように感じています。 子供たちに関しては、休校期間中に普段しないような話もできたということもありました。忙しい日々の中で立ち止まる時間ができて、なかなかできていなかったこと、勉強をじっくり見ることができたり、世界情勢や社会に対する子供たちの視点や価値観、考え方に、はっとさせられるような気付きや発見があったり。これは周りの保護者の方々もおっしゃっていました。今世界で起きていることに対しても、例えばイタリアの感染状況が深刻なときにお子さんとスーパーでイタリアの商品を探して買ってみようという保護者もいました。 仕事もICT(情報通信技術)化やAIの技術革新がますます進んで、今ある仕事がなくなっていくともいわれています。でも、変化にいかに適応して新しい時代を生きていくか、既存の職業や価値の枠にとらわれず、どう未来を築いていくか、親として楽しみなところです。 梅田 在宅ワークが増えると、今より父親の役割もだいぶ変わってきそうですね。 杉山 変わってくるでしょうね。ただ、現状では「家で仕事」って無理があるんですよ。父親はこれからどうあるべきかという新しい価値観が生まれてくるのではないでしょうか。 麻生 夫と妻がお互いに求め過ぎないとか、期待し過ぎないとかですかね。また、家の中で物理的に一人になれる自分だけの空間がちょっとあるだけでも違うと思います。一部屋とることが難しくても、間仕切り、突っ張り棒にカーテンやのれんを渡すだけでもいいから区切ったり、誰もタッチしない、関知しない一角を作れると望ましいですよね。家族問題のご相談でもよくお伝えしていることなのですが、精神的距離は物理的距離に比例しますから。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 それはすごく大切です。ずっと顔を合わせていると煮詰まるとみんな言いますから。 麻生 ここは誰も触らない、自分だけの世界に入れる場所みたいな。子供部屋は作っても「お父さん部屋」「お母さん部屋」は作りませんよね。これから家造りや不動産関連も変わりそうですね。* * * 次回から2回にわたり、コロナ禍が招いた教育現場の混乱と、未来を見通す中で日本を襲うかもしれない国力の低下について議論する。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    「戦後最悪」GDP減があぶり出す、悪意に満ちた恥知らずな面々

    党のように「アベノミクスの失敗だ」という見方を示す人たちもいるが、おそらくこの種の人たちは、今回の「新型コロナウイルスの経済危機」をきちんと理解していない。 まず、そもそもリーマン・ショックといった通常の経済危機と比較すること自体が間違っている。 その前に、年率換算で経済の落ち込みを評価する「慣習」もばからしいので、そろそろやめた方がいいだろう。なぜなら年率換算とは、今期の経済の落ち込みが同じように1年続くという想定で出した数値である。 冒頭でも指摘したが、今期は緊急事態宣言という経済のほぼ強制的な停止と、その後の再開を含んでいる期間だ。これと同じことが1年継続すると想定する方がおかしいのは自明である。 その上で、リーマン・ショックのような通常の経済危機との違いも明瞭である。通常の経済危機の多くは「総需要不足」によって引き起こされる。簡単にいえば、おカネが不足していて、モノやサービスを買いたくてもできない状況によって生じるのである。 だが、今回の新型コロナ危機は事情がかなり違う。政府が経済を強制的に停止したことによって引き起こされているからだ。4~6月期の国内総生産(GDP)速報値の発表を受け、「アベノミクスが失敗に終わったことを示すものでもある」とのコメントを発表した立憲民主党の逢坂誠二政調会長=2020年7月(春名中撮影) それによっておカネが不足することもあるが、そもそもの主因は強制停止自体に基づく。そのためこの強制的な経済の停止期間を乗り切れるかどうかが、経済対策のポイントになる。 もちろん新型コロナ危機の前から、景気後退局面にあった2019年10月に消費税率を10%に引き上げたという「失政」もある。これは忘れてはいけないポイントだが、本稿では当面新型コロナ危機の話だけに絞りたい。 ここで、新型コロナの経済危機の特徴をおさらいしておこう。「コロナ経済危機」三つの特徴 1)新型コロナの感染がいつ終息するか、誰も分からない。これを「根源的不確実性」が高いという。天気でいえば、明日の予想確率が全く分からない状況だ。雨かもしれないし、晴かもしれない。ひょっとしたら大雪か、はたまた酷暑かもしれない。 つまり、予想が困難な状況を意味する。最近はワクチン開発や感染予防、早期治療のノウハウも蓄積してきているため、「根源的不確実性」のレベルはかなり低下してきているが、いまだに国内外で新型コロナ危機の終わるめどは立っていない。 2)経済活動と感染症抑制はトレードオフ関係にある。経済活動が進めば、それだけ感染症の抑制が難しくなり、抑制を優先すれば経済活動を自粛しなければならない。この発想に基本的に立脚して、日本は緊急事態宣言を発令し、諸外国はそれよりも厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を採用した。 ただし、最近の研究では、ロックダウンと感染症抑制は相関しないという検証結果が相次いで出ている。むしろ、ソーシャルディスタンス(社会的距離)やマスク利用の徹底のような日常的な感染症対策や、医療サービスの確保などに留意し、その上で経済活動を進めていく方が望ましい。経済活動を自粛するにせよ、限定的なものが最適になる。 いずれにせよ、緊急事態宣言の効果は、今回のGDP速報値に含まれているので、経済の落ち込みへの「寄与度」を分析してみたい。この場合、既に指摘したように年率換算や単なる前年同期比で比較するのはセンスがない。 分かりやすくいえば、経済の落ち込みと再開が短期的にかつ急激に現れているのが、新型コロナ危機の特徴だった。そうであれば、むしろ前期比(季節調整済)を利用した方がいい。 今期の経済全体の落ち込みは前期比で7・8%減だった。この「マイナス成長」はどのような要因でもたらされたかといえば、4・5%減の消費と3・1%減の輸出である。 理由は分かりやすいだろう。緊急事態宣言中で消費が委縮し、国際的な感染拡大の影響が輸出に及んでいるからである。GDP速報値が年率換算で27・8%減となり、記者会見する西村経済再生相=2020年8月17日 3)経済対策は、感染が終息しない時期の対策(感染期の経済対策)と、その後の経済の本格的な再開時期に採用される政策(景気刺激期の経済対策)では、かなり内容が異なる。 感染期は感染抑止が最優先されるため、限定的にせよ全面的にせよ経済活動がほぼ強制的に停止することになる。客が来なくてもどの店も潰れず、仕事がなくても労働者が解雇されない、そういうサバイバルを可能にする政策を採用する必要がある。注:IMFブログより引用 多くの国では、給付金や減税などの「真水」政策と、融資などの政策を組み合わせて、そのサバイバルを目指した。この感染期の経済対策についてGDP比で見ると、日本は国際水準でトップクラスである。落ち込み「批判ありき」では分からない ただし、景気刺激政策に関して、日本政府はいまだ無策に等しい。「GoToトラベル」が景気刺激期の経済対策の一つだったが、感染終息がまだ見えない段階で始めてしまったために、その効果は大きく削減された。 さらに、景気刺激期の政策であるため、感染抑制に配慮していないことも問題視されている。だが、繰り返すが、日本の感染期の経済対策は、不十分な点はあるかもしれないが、それでもかなりの成果を上げていることを忘れてはならない。 国際通貨基金(IMF)の今年度の経済成長率予測で、日本は先進国の中で最も落ち込みが少ない。それは先のGDP比で見たように、給付金や融資拡大といった感染期の経済対策が貢献しているのは自明である。 ここまでは、新型コロナの経済危機について、大きく三つの特徴をおさらいしてみた。それでは、今回の経済の落ち込みの国内の主因である消費について見てみよう。この点では、明治大の飯田泰之准教授による明快な説明がある。 飯田氏は「『家計調査』をみると、消費の低下は4-5月が大底となり、6月には年初の水準まで回復していることが分かります」と指摘している。その上で「ただし、消費については4-5月の消費手控えの反動(4-5月に買わなかった分6月にまとめて買った)可能性が高いでしょう。今後の回復の強さについては7月分の消費統計に注目する必要があります」とも言及している。 これは、緊急事態宣言の発令中には、そもそも消費したくてもお店が閉まっていることや、感染拡大を忌避して、積極的な買い物をする動機付けが起きない人々のマインドゆえに消費が急減少したことだ。 そして総需要不足、つまりおカネ不足がそもそもの主因ではないために、宣言解除後から急激に消費が戻っていることが明瞭である。この消費の急激な回復には、感染症へのマインド改善とともに、定額給付金効果もあったに違いない。ただ、今後については分からないのも確かだ。東京・新宿の慶応大病院に入る安倍晋三首相が乗ったとみられる車=2020年8月17日(児玉佳子撮影) このように政府の経済対策では、評価すべきところは評価しなければならない。政権批判ありきの悪意の人たちは、ともかく「アベノミクス失敗」「無策」と全否定しがちだ。それは政治的な煽動でしかない愚かな行為で、より望ましい経済政策を議論する基礎にはなりえない。 さらには、安倍晋三首相が検査のために慶応大病院(新宿区)に行ったことを、鬼の首をとったかのように、政権批判や首相の健康批判に結びつける論外な人たちもいる。この点については、タレントのダレノガレ明美の真っ当な意見を本稿で紹介し、悪意の人たちに猛省を促したい。タレントのダレノガレ明美のツイート 経済対策に話を戻す。今後最も懸念される事態は先述の通り、本格的な景気刺激策が採用されていないことだ。この点については、問題意識と具体的な対策に関して、8月17日の「夕刊フジ」で解説したので、ぜひ参照してほしい。 付言すれば、定額給付金については、もう一度10万円配布でもいいが、それよりも「感染終息まで毎週1万円の給付金を全国民に」という大阪大の安田洋祐准教授の案が望ましい。この政策は長期のコミットメントにもなることで、金融政策とも折り合いがいい。恒久的な消費減税の代替や補完にもなるだろう。

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    高岡伸夫×小倉正男対談 コロナ禍に負けない企業トップの在り方とは

    高岡伸夫(アジア経営者連合会理事長)小倉正男(経済ジャーナリスト) 小倉 新型コロナウイルスの感染拡大は、ビジネスにおいて日本がかなり変わるきっかけになるなという感じがしています。例えば企業と経営、そして社員の在り方ですね。従来は上司から会社や酒席で説教されることもオンザジョブ教育で、中にはトヨタじゃないですが、会社の運動会みたいなものもありました。そういう非常に村社会的なものを包含していたのが日本でした。 80年代、90年代、2000年代とグローバル化の中で変化を遂げてきましたが、やはりここで大きな転換が図られるでしょうね。コロナ禍と言っていますが、「禍福は糾(あざな)える縄の如し」で、「福」の部分もあるかもしれない。会社と社員の新しい関係が生まれてくるのかなという感じがします。 高岡 そうですね。これまでは無駄なことというのか、何か努力をしていることに意義があると勝手に思い込んでいた感があります。アメリカに住宅リフォームで有名なザ・ホーム・デポという企業がありますが、商談なんかさせてくれません。とりあえずあいさつなんてないんですよ。「とにかく先に登録してください」と言われる。すべて登録した上で商談を始めましょうと。 日本では考えられないかもしれませんが、それはもうグローバルスタンダードなんですよ。日本だけですよ、とにかく上司を連れて行って、「よろしくお願いします」と言うのは、何がよろしくなのか分からないということですよ。 国会においてもITについて理解が浅い方がまだまだいるのではないかと思います。どうやらこのコロナ禍の中で、経済人が先行していくのではないかと思います。もう政治と経済は完全に分離していって、われわれは経済人としてグローバル化の中で素早く展開していかないと生き残れないという認識で、それがもう目の前に来たということです。 小倉 そうですね。結局、企業は生き残らないと、サバイバルしなきゃいけないですからね。企業は危機管理やビジネス環境への変化対応に強くないと生き残れません。 高岡 だから常に挑戦しないといけない。今までは物のイノベート(革新)、さらにサービスのイノベートをしてきました。ですが、今回のイノベートはやっぱりDX化と呼ばれていますが、デジタルトランスフォーメーションなんです。 いわゆるデジタルをどういう風に組み合わせて、新しく組み換えて力を持つ、独自性を持たせるかという、そのDX化をどこも積極的に取り組んでいますが、実はコロナが始まるまでは他人事のような話だったんですね。 特定のIT関連企業だけが非常に力を入れて売り込もうとしていましたが、むしろわれわれのような会社も気づけば、社内はデジタル化のものばかりですよ。情報もネットワークも。だからそれをもう一度再生、つなぎ合わせて新たなビジネスモデルが作れるわけです。高岡伸夫氏(西隅秀人撮影) 小倉 なるほど、そうですね。企業は常に結果も出さなければならないわけですから。コロナで会社が前進! 高岡 私が経営するガーデン・エクステリアの製造販売をしている「タカショー」の話になりますが、全国11カ所にショールームを持っています。ですが、ここでネット上にショールームを作ろうということになりました。プラットフォームのようなところをつくって、VR(バーチャルリアリティ)でショールームを見ることができ、このWEBショールームでほぼすべて完結できるんです。 それを考えると、今までものすごい作業量でやっていたことに気づきました。商談して売り込んでみて、相見積もりをかけられて、何度も見積りし直して。10時間もかかっていたものが、ほとんど時間をかけずに可能になる、そういう仕組みがスタートしました。ほんの2カ月半ですよ。 だから各社がリアルとネットをどう活かすかということです。ネットだけでもだめなんですよ、われわれのビジネスは。リアルとネットをどう融合させていくかが重要で、この数カ月でずいぶん会社は前進しました。 小倉 ある大阪の大手Yシャツメーカーですが、アメリカの顧客がスマートフォンのアプリで首回りや腕回り、色などオーダーシャツを注文する。その注文がアメリカから大阪のメーカーに入って、その情報をバングラデシュの協力工場に送り、縫製をそこでやるそうです。完成したシャツをアメリカの顧客に物流(配送)するというビジネスをやっています。 高岡 まさにドイツの第4次産業ですよね。いわゆるマスカスタマイゼーションという、カスタマイズを大量販売型に持っていくという、その典型事例ですよね。 小倉 ベンチャー型の企業ではなく、わりと古いタイプの会社からそんなことが始まっている。ちょっと私もびっくりしましたね。変化対応というか、ここまできているのかと。そういうことがおそらくこれから出てくるだろうと思いますね。 高岡 そうですね。われわれ「アジア経営者連合会」は、アジアの各地に支局を持ちながらワンアジアの実現を目指し、各国で仕事の分担もあるんですよ。これをどう組み合わせながらビジネスをしていくかというのが重要で、単なる集まりではなくビジネスをしようということなんです。これらを実践している方々がこの後、オンラインでの開催は初めてですが、各セッションに登場していただきます。 小倉 アジア各国に進出してビジネス展開するグローバル化はすでにやってきたことですが、IoT(モノのインターネット)、オンラインなどビジネスの現場で遅れていたものが一気に日常化しているわけですね。小倉正男氏(右)と高岡伸夫氏(西隅秀人撮影) 高岡 それと並行していくのが5G(第5世代移動通信システム)ですよね、この容量とスピードが物を言うでしょう。でも逆にITではない部分も重要です。それは、コロナ禍でまさに重要性が明らかになった健康です。健康と幸せという今まで当たり前だったことがそうでなくなり、課題として目の前にきたわけです。これからは、何にお金を使うかということなんです。 国連の機関が出している「世界幸福度報告書」の世界幸福度ランキングでは、常にベスト3に北欧の国が入っている。一方で、日本は2020年版では、なんと62位ですよ。今後、おそらくコロナを機に、本当に自分にとって何が大事なのかという部分をマーケットが考えるようになるでしょう。これだけたくさんの人が自分の健康や家族を守るという意識になったわけですから、大きな変化になるはずです。未来を見据えるのがトップ 小倉 コロナ禍によるデジタル技術の進歩は、よい意味で大きな変化をもたらす気はしますよね。 高岡 今の若い世代はあまりテレビを見ないし、新聞も読まない。だけどその新聞の裏にあるコンテンツはしっかり見ています。むしろわれわれより情報収集をしている。だから情報が素早く、グローバルに誰でも手に入れることができるようになったことで、新しい組織づくりが欠かせないわけですよ。 小倉 今の若い人たちのやり方を見ていると決算短信、IR情報などもそうですが、あらゆる情報がネットから入ってきますから、そうした情報収集力は長(た)けています。ただ、ネットからの情報も受け手を誘導しようという面もありますね。情報収集・分析と同時に経営者がどういう思考でビジネスをどうしようとしているか、そうしたことも察知していかなければならないでしょう。 高岡 重要なのは経営者がどう考えているかということです。経営者がどういうビジョンを持って、世の中でどんなミッションを担っているかを明らかにするのが記者ですから、一番大事な仕事をされていると思います。未来を見据えてどんどん進んでいく経営者と、もう過去と今の話しかしない経営者は多いと思うのですが、コロナでかなり変わったでしょうね。 小倉 そうだと思います。これからの変化は劇的になるでしょう。確かにフェイストゥフェイスで会うこと、対面での交渉などは日本では重んじられてきましたが、対面ももちろん重要ですが、対面以外のところでビジネスが作られていくようなケースも増えてくるのでしょうね。 高岡 その一つはオンライン会議ができる「Zoom」のようなシステムは、ほぼ世界共通になりました。ところで、上方落語協会会長の笑福亭仁智さんとお話する機会があって、7月1日から天満天神繫昌亭(大阪市北区)で落語が再開されたとのことですが、若い落語家はネット配信していると聞きました。要するに世界中で落語を楽しめるようになったわけです。 これはこれまではあり得ない話です。やはりトップに立つ人たちの行動は早い。270人という上方落語協会の会員の中には若い人が多いだけではなく、高学歴の人もいる。そういう人たちがチームを組んで実はイノベートしているわけです。そしてネット配信でそれなりの収益を上げているそうです。少ない投資でマーケットを世界に広げているんですね。 小倉 やはりバーチャルというかデジタルを使わざるを得なくってますよね。さっきも話になりましたが、デジタルというかVRでどういう形で世界に発信するかを考えないともうやっていけなくなってきていますね。新型コロナウイルスの影響で常態化しつつある自宅でのテレワーク=2020年4月、東京都世田谷区(鈴木健児撮影) 高岡 だからそういうマーケット情報を掴んでさえすれば、あとはもうVRで中に入って、完成予想まですべてソリューションできる。今までの展示会では、実際にそこでは名刺の交換ぐらいしかできませんでした。 結局改めてもう一度足を運ぶ必要がありましたが、ネット上で完結できるわけです。逆に言うとチャンスですよね。ネット展開すれば今まで予想もしなかったお客さんから注文がとれるということになりますから。仕事の本質とは? 小倉 会社や本社というものが、銀座や日本橋にあるとかっていうようなことはもはや重要ではないですね。デジタル技術でバーチャルなテリトリーができて、そこで商談が世界的に行われるようになりましたよね。 高岡 そうです、日本は東京を中心にやっぱり一極集中しすぎですよ。これはある意味リスクですね。海外に行くと世界を狙う会社は大きな空港の傍にあります。世界をマーケットにするなら私は、会社は地方でいいと思います。金融などは東京である必要もあるかと思いますけどね。 さまざまな分野においてこれからは、地方から世界に出ていくパターンが増えると思います。実際に通勤はそもそも仕事ではありませんし、往復するのに時間をかけることがどれだけ無駄か明らかになりました。コロナの感染の危険性云々以前の問題で、仕事の本質がどこにあるのかを考えなければいけない。従来のままなら、日本の生産性が悪くて当然ですよ。 小倉 言い尽くされたことですが、東京はやはり集中しすぎですね。バブル崩壊後に一度衰退しかけたけど、容積率のアップなどで結局また集中してしまって。ですからこれがまた防災上も問題になっています。 高岡 そうですね。最も危険ですよね。 小倉 政府関係も東京に集中しすぎているわけですから、これを分散するなり、規制緩和で地方に分散する施策を早く進めるべきでしょう。 高岡 そこで、アジア経営者連合会が最も大事にしているのは関西、または福岡です。なにしろアジアに一番近いわけですから。そのアジアで考えた場合、どこに中心があるかと。もちろん日本の中心は東京なので、今は東京に連合会の本部があってこれだけ企業が集まっていますが、実際、当会の会員は関西出身の方が多い。 私はこれから地方で、アジアをはじめ、世界に通じる企業が出てくると思います。だからもう少し地方の規制を緩和して、企業がそこに拠点を置けばシンガポールのようにメリットがあるようになればいいですね。シンガポールの市街地(鳥越瑞絵撮影) 小倉 ですから税による財源を地方に与えて、自治の名に値するいろんな政策を打てるようなインフラを作っていく必要もあります。 高岡 私の会社は鳥取県にソフトウェアのオフィスを置いて、今そこで6人ぐらいですけど、どんどんと作り込みを進めています。仕事を作り出すことが地方創生の肝ですから。 地方創生は政治に任せるものではありません。われわれ経済人がしっかり仕事をそこで創出することが地方創生のスタートでしょう。それはアジアにおいても同じで、アジア経営者連合会が「ワンアジア」という概念の中でどう展開していくかということなんです。「ワンアジア」こそ不可欠 小倉 そうですね。アジアや世界の視点に立てば、東京でなくていいわけですから。今、米中貿易戦争というような流れの中で、中国はまた強硬に反発をしていくでしょう。そもそも中国にそのサプライチェーンが集中しすぎているのが問題だという世界的な政治問題もあります。自然にその中国だけに依存するのではなく、アジア全域に仕事が分散されていければ、これはまた一番いい形にはなります。 高岡 ただ、そうした中で中国にむしろ出ていくっていう手もありますよ。これは何かというと、中国が掲げる「一帯一路」構想で、なおかつ中国国内の成長する市場に参入する戦略もありますよね。または、今おっしゃったように中国をメインから外していきながら、アジア各国に自分の会社はどんなビジネス、政策でいくかというところとそれぞれの会社の戦略によって変える必要があると思います。 小倉 なるほど、コロナ禍というものを転じさせて、いかに日本のビジネスにプラスに転換していくかが重要ですね。 高岡 その視点で言えば、一つは単純ですけど、現地化ですよね。ご存じの通り、車がまた注目を浴びています。今回コロナ禍で、中国もそうですが、車はまだまだ伸びます。ただ課題は環境問題で、やはりそこはトヨタがすごいなと思ったのはハイブリッドの技術を開放しましたよね。そういうことをしながらトヨタは中国では戦略、いわゆる現地化をとっていくというやり方です。 小倉 トヨタはコロナ禍にテレワークを恒常化すると発表した。かつては最も日本的な企業でしたが、世界企業に飛躍する中で大きく変わってきていますね。 高岡 それは品質にこだわってきたという日本が一番持っている力を最大限出したのが、トヨタだと思うんですよ。これから日本がしっかりとした会社、国を作っていくのであれば日本人の特性をどう広げていくかが問われます。 それは感覚的なアートの世界や品質を維持することに、日本は世界の中でも長けていると思います。とはいえ、マーケットも必要だし、作るコストも必要で、それはグローバル化する中で特にアジアが世界の中でもう圧倒的な力を持っている。未来に向かって取り組めばやはりアジアは欠かせません。高岡伸夫氏(左)と小倉正男氏(西隅秀人撮影) 各国の平均年収が上がっていくと同時にコストが上がり、それにつれてある程度国を移動していかなければいけません。もともと会社が大事にしている価値観を残しながら時代のニーズに合わせて変化させ、どう成長させるか。これらを考えられるよう、われわれアジア経営者連合会のようなところでいち早く情報を得て、それを実行できる会社がこれからも飛躍的に発展し、社会の役に立つと私は思います。これを「ワンアジア」でアジア経営者連合会のみなさんとやっていきたいというのが、私の強い想いなのです。(構成・iRONNA編集部) たかおか・のぶお タカショー代表取締役社長、アジア経営者連合会理事長。昭和28年、和歌山県海南市生まれ。大阪経済大卒。商社勤務を経て、55年に同社設立。現在、一般社団法人日本ガーデンセラピー協会理事長、一般社団法人美しく老いる会理事も務める。 おぐら・まさお 経済ジャーナリスト。早稲田大法学部卒。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事を経て現職。著書に『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(ともに東洋経済新報社)など多数。

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    コロナに勝つ!アジア経営者連合会の挑戦

    新型コロナウイルス感染拡大の終息が見えない中、「withコロナ」という新たなフェーズを迎え、企業の模索が続いている。ただ、経営トップの本領は、こうした苦境にこそ問われるものだ。いかにして闘うか。日本経済を牽引する「アジア経営者連合会」加盟の精鋭たちが示す、コロナに負けない術とは?

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    アジア経営者連合会の精鋭が本音で語った「コロナ禍のサバイバル術」

     戦後最大の危機とされる新型コロナウイルス禍による経済的打撃は世界規模で襲いかかり、いまだ出口は見えない。だが、このまま座して死を待つわけにはいかないのが現実だ。 とはいえ、コロナ禍でよく耳にする「ピンチをチャンスに」は、まさに言うは易し行うは難しであり、実践は困難を極める。ただ、この困難を乗り越えるべく、果敢に挑む経営者集団がある。それが「アジア経営者連合会」だ。 アジア経営者連合会は7月2日、初のオンラインイベント「アントレプレナーズビジョン~コロナ禍の経営者のリアル~」を開催した。タカショー社長で同会理事長、高岡伸夫氏が総合司会を務め、会員企業のトップら計8人が「緊急対談」として臨んだ。 緊急対談は、全国に発令されていた緊急事態宣言が解除になり、「アフターコロナ」や「withコロナ」という新たなフェーズを踏まえ、まさにリアルな経営状況と、それに対峙する企業の在り方などについて議論。2人ずつ、4セッションで構成され、今回は会員だけでなく、広く一般の経営者や企業役員などに開放し、延べ約500人が視聴した。 セッション1は、MS-Japan社長の有本隆浩氏とティーケーピー社長の河野貴輝氏。 セッション2は、ベネフィット・ワン社長の白石徳生氏と武蔵精密工業社長の大塚浩史氏。 セッション3は、ビジョン社長兼CEOの佐野健一氏とベクトル代表取締役の西江肇司氏。 セッション4は、マネーフォワード社長CEOの辻庸介氏とサーキュレーション代表取締役の久保田雅俊氏。 8人はいずれも1960年代~80年代生まれの若手リーダーとして名を馳せる。コロナ禍以前から、常識や枠にはまった経営方針をとらず、そのカリスマ性と独自の経営理論を打ち立て、業界で一目置かれる精鋭たちだ。上段左から、有本氏、河野氏、白石氏、大塚氏。下段左から、西江氏、佐野氏、辻氏、久保田氏。 有本氏は、主に管理部門の人材紹介業を展開する自身の企業について、余儀なくされたリモートワークの利点として、かえって業績を伸ばした社員が現れたことを強調。リモートの方がむしろ仕事がやりやすいと感じる社員が多数いるといった現状を報告した。 一方、レンタルオフィスや貸会議室の運営管理に取り組む河野氏は、コロナによって大幅なキャンセルが相次いでいる現状を明らかにした。2008年のリーマン・ショックも経験し、今回はそれを上回る状況だが、出社して「密」を避けるためのリモートワークは自宅に限定されていない点を指摘。「自宅近くでリモートワークができる場所の提供といった新たなニーズが生まれ、そこにビジネスチャンスがある」と語った。「コロナ禍が学びになった」 サービスマッチングなどを主とする白石氏は、「ピンチはやはりチャンスとらえるべきだ」と断言。コロナによる自粛があったからこそさまざまな思考をめぐらせることが可能になったと振り返り、「改めて考えれば、元来、感情的に行動するのが人類の共通項だ。商品開発やマーケティングにおいては、人の感情に訴えるモノづくりが最後に勝つ。これを原点に今後の戦略に生かしたい」と話した。 これを受けて、輸送用機械器具の製造販売会社を経営する大塚氏は、コロナ禍でスポットライトが当たった医療従事者をはじめ、スーパーといった物販や物流に関わるエッセンシャルワーカーに注目したことを明らかにした。そのうえで、エッセンシャルカンパニーを目指す考えを示し、「ライフラインに関わるような企業になりたい。これからはどれだけ社会に貢献できるかが重要で、大きな価値観として社会に望まれる企業になれるかがカギだ」と決意を述べた。 PR事業を展開する西江氏は、採用に関して、現状は人の数はあまり求められておらず、経理的な部分を外注などすれば一人でも経営が可能になっている例を紹介。多数の人を必要とせずに新規事業を起こせるとし、「利益を上げている会社が必ずしも従業員が多いとは限らない。十人程度で新規上場している企業もある。著名な人は一人で発信しても、それを受ける側が100万人だったりする。考え方を変えていかなければならない」と訴えた。  情報通信サービスを提供する佐野氏も、労働集約型を改め、知的生産性を重視していると強調。「かつては従業員が多い企業が社会貢献していると思われがちだったが、今はそうではない。いろいろなテクノロジーを活用して価格競争力を上げる企業が称賛されつつある。大量に採用するより、一人のパフォーマンスを上げることに注力している」と語った。 また、主に中小企業向けのクラウドなどを手掛ける辻氏は、コロナ禍の初期段階だった2~3月に「平時」から「戦時」モードに自身の認識を切り替え、融資の段取りやコスト削減を進めたことを振り返った。 そのうえで、経営の優先順位を明確にできたことに触れ、まずは社員の健康や命、次に顧客に何ができるかが重要だと指摘。特にリモートワークが難しいとされる経理は命を懸けて仕事するのかという懸念に対応できるコンテンツが重宝されたといい、社員が自発的に顧客ニーズを掘り起こしていくようになり、「むしろ会社が強くなった」と胸を張った。マスク姿で通勤する人々。「withコロナ」時代を迎え働き方も変わりつつある=2020年6月、JR品川駅 さらに、プロフェッショナルな人材のシェア事業を主とする久保田氏は、厳しい状況の中で経営者としての「アドレナリン」がわき、どう生き残るのかをむしろ楽しむような心境だったと述べた。有事にこそ情熱や打てる施策の豊富さが再認識でき、まさに「ピンチをチャンスに」の実践であり、戦術を変えるチャンスになったことを力説。「コロナ禍は経営者として学びになった」と前向きにとらえた。「メリットの大きい連合会に」 このようにアジア経営者連合会の会員企業のトップの多くが、このコロナ禍においてプラス思考を維持していることがうかがえる。その背景にあるのは、やはり、同連合会の設立の経緯や理念だ。 同連合会は、2008年9月にエイチ・アイ・エス会長兼社長の澤田秀雄氏を中心に設立された。そもそも設立時からIT技術や世界を結ぶ航空路線の充実といった目覚ましい変革の荒波に加え、まさにリーマン・ショックに見舞われ、先行きの不透明感も強かった。国内に限れば人口減という市場がシュリンクする厳しい環境下で、アジアを一つの商圏とする「One Asia」をテーマに、新ビジネスの創出に寄与。同連合会が謳う入会のメリットは以下の4点だ。・グローバル市場でビジネスを展開するアジア人創業経営者との人脈構築・アジア各国、各地のビジネス情報とビジネスノウハウ獲得・上場企業や注目の創業経営者から気付きや刺激を得、事業成長を実現する勉強会・会員間交流によるビジネスチャンスや仲間づくり すでに会員企業は約400社にのぼり、情報交換や連携を深めることで、グローバル経済の先頭に立って日本経済をけん引する一翼を担ってきた。それだけに、今回のコロナ禍においても経営者同士のつながりが、危機を乗り越える原動力として欠かせない。 同連合会はこれまで年2回の例会を中心に、各分科会などを積極的に実施してきたが、コロナ禍を機に、今回初めてオンラインによる対談形式のイベントを企画して実行した。 イベント終了後、同会理事長の高岡氏は、個人の価値観で経営をよりよいものに変えていける時代になったことを強調。「業界によって規模に差はあっても、どう学んでいくかが重要だ。今回、さまざまな分野の人から情報を得て、一番適正なものを自分たちの業界に取り込んでいくべきであることを学べた。ゆえに、もっと会員を増やし、これまで以上にメリットの大きい会にしていきたい」と語った。アジア経営者連合会理事長の高岡伸夫氏 冒頭で触れたように、ビジネスの在り方や働く環境、価値観は「ビフォーコロナ」に戻ることはない。ゆえに、常に新たなビジネスの創出と逆境での思考の転換に対応してきた同連合会の会員企業の闘いぶりは、「アフターコロナ」「withコロナ」を生き抜く術として、大いなるヒントになることは言うまでもないだろう。(iRONNA編集部)

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    「数字の恐怖」に騙されない!経済と両立できるコロナ第2波への良薬

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ワイドショーの煽りがやまない。新型コロナウイルスに関するほとんどの報道が、全国や都道府県別の新規感染者数や、家庭内や若者に代表される感染経路に偏って報じられているからだ。 前者は、特に「過去最高」という視点からの報道が主流になっている。これは新聞など他媒体でも変わらない。 8月2日の朝日新聞デジタルでも、ほぼ感染者数の動向しか記載していない。確かに感染者数だけ見ると「過去最高」の数字は深刻に思える。しかし、新規感染者数の全国・都道府県別の総数だけを強調することが、本当にバランスのとれた報道といえるのだろうか。 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が7月31日に提出した「今後想定される感染状況の考え方(暫定合意)」を見ても、そうでないことは明らかだ。感染者数「だけ」の推移を見たり、3〜4月ごろの感染者数の動向と単純比較するのが正しくないことが明瞭に解説されている。 3、4月と6、7月の感染拡大を比較すると、後者では検査能力の拡充による無症状病原体保有者なども計上されていることや、医療機関や高齢者施設などの感染防止対策の成果等もあり、若年層を中心とした感染拡大が生じている。そのため、現在までのところ感染者数の増加に対して、入院者や重症者の割合が低くなっている。 この結果、3、4月の感染拡大時に用いた新規感染者数や倍加時間、感染経路の不明な症例の割合といった指標は、そのままでは医療提供体制のダメージなど、防がなければならない事態との関係性が、以前とは同等ではなくなっている。 検査の在り方や医療機関や高齢者施設における感染症対策の向上、そして治療法の確立が、3〜4月期に比べて変わった点だ。これは経済学でも「政策レジーム転換」といわれるものにあたる。いわば「ゲームのルール」が変わったのである。 野球でいえば、三振でアウトになっていたのが四振でアウトに変われば、間違いなくゲームの大きなルール変更だろう。それまでの選手データは当然、直接的に比較するのが難しくなる。 同じことは経済政策でも言えて、経済環境が従来から大きく変化するときに、これまでと同じような政策を用いても効果があるとは限らない、という意味である。 政策ルールをいつまでもデフレを継続するようなものから、デフレ脱却にコミットするルールに変更する。この政策レジームの変更と同じことが、感染症対策の評価についてもいえる、と政府の分科会は指摘しているのだ。新型コロナウイルス感染症対策分科会の冒頭、あいさつする同会の尾身茂座長=2020年7月6日(川口良介撮影) つまり、ワイドショーや他の媒体で、3〜4月期の感染者数と直近の感染者数の多寡を比べるのは適切な報道の在り方ではない。こうしたことは政府の公式資料を見れば、数分で気が付くことだ。だが、マスコミはそのような配慮をせずに、単純な「数字の恐怖」を煽るだけである。 では、今はどの点に留意すべきか。この点についても、先の分科会の文書が明瞭に指摘している。夏の「接触機会」減らすには? 検査体制(PCR陽性率など)、公衆衛生への負荷(新規報告数、直近1週間と先週の1週間との比較、感染経路不明の割合 など)に加えて、「新しいルール」では、特に医療提供体制への負荷(医療提供体制の逼迫(ひっぱく)具合)への注意を強調している。この指摘を踏まえて、今の政府の判断はどうなっているのか。 分科会の暫定合意は、単にマスコミ報道のように感染者数の人数のグラフで煽っているような爆発的拡大ではない。ただ、上図のように、既に緊急事態宣言といった強制性のある対応を検討する段階であり、メリハリの利いた接触機会の逓減を提起している。 特に挙げられる論点は、やはり夏休みの帰省だろう。それも、単に移動距離が大きい旅行だからではないことは明らかだ。 若い家族が自らの実家や田舎に帰る。そこには高齢の親戚がいるかもしれない。若い人たちに感染が拡大している状況では、かなり深刻な感染リスクをもたらすだろう。 この論考を書いている段階でも、新型コロナ対策を務める西村康稔(やすとし)経済再生相が分科会で対策を検討すると述べているので、掲載された時点では何らかの対応が発表されているかもしれない。いずれにせよ、お盆休みが接触機会の逓減を実現できるかどうかの山場となるであろう。 3〜4月期に比べると、今回は感染症対策と経済対策のトレードオフについて、合理的な解を見つけようと政府と分科会はかなり苦闘しているように思える。分科会の小林慶一郎委員は相変わらず「PCR至上主義」ともとれる資料を提出しているが、それに関してはノイズでしかないだろう。 ただし、不況が企業を淘汰してより高い生産性を実現する「清算主義」という「トンデモ経済学」で批判されている小林氏でさえ、中小企業の現状の深刻さを示す資料も提供している。もし、前回の緊急事態宣言と同じことを実施すれば、日本経済を決定的に悪化させ、中小企業の多数の倒産や営業停止、失業の高止まりなどが発生するだろう。これは小林氏だけではなく、筆者ら多くの経済学者やエコノミストが指摘していることである。 そのため、新しいルールで示されているような医療体制の充実と、それに伴う予算措置が必要になるだろう。もちろん、医療従事者に十分な給与を保障し、医療施設が経済的に困窮しない支援を併せて行うべきだ。そのための予備費活用も重要になってくる。 さらに、緊急事態宣言のような強制的な接触機会の制限がどれほど有効なのか、米国で経済学者と公衆衛生学の専門家が共同で取り組んでいる。 一例として、米カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)のデビッド・バカーイ助教授ら経済学者と、公衆衛生学の専門家たちが、分野を超えて提起した論文「第2波への対策」(Baqaee et al. 2020)がある。この論文では、米国を事例とした第2波対策を二つのシナリオでシミュレーションし、その結果を比較している。結論は次の図で示した通りだ。  この二つの図はともに、垂直軸に死亡者数と失業率を同時にとっている。水平軸は時間の経過を示す。失業率と感染者数、低下させるには? この論文では、第2波は7月以降に起きると想定されていた。両方の図にある点線の垂直線は、左側がこの論文が発表されたときまでの現実の動きを示している。垂直線の右側はこれからの「予想」を描いていることになる。 この前提を踏まえて二つの図を確認すると、明瞭に異なる点がある。左の図は、仮に第2波がきたときに、今まで欧米で採用された厳しい外出制限や営業禁止などを伴う経済的なシャットダウン(ロックダウン)を再び行った場合のシミュレーションだ。 失業率は高いまま推移し、シャットダウンしたにもかかわらず、感染による死者数が減るどころか、むしろ増加している。これは家庭内感染や小規模な友人・知人などのクラスター、病院や老人ホームなどで感染者数が激増し、死亡者も増えるということだ。店が閉まっていても、最低限の人付き合いまでなくなったわけではないからである。 右の図は一切シャットダウンしないケースだ。そうなると経済活動は普通に行われるので、失業率は急激に下がる。そして同時に「あること」を実行すれば、感染者数も劇的に低下する。 これらの仮想的な比較実験から、バカ―イ氏らは次の結論を導いた。1.経済的介入(シャットダウン)と死亡者の減少は相関していない。むしろ、経済的介入は失業率の上昇と死亡者数の増加の両方を実現してしまう。2.感染拡大と相関してないので、仕事の継続は可能だ。ただ、同時に上記の「あること」をする必要がある。それは、米疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインに従った生活方針、ソーシャルディスタンス(社会的距離)の継続やマスク着用などを採用することである。これは、日本でも同様のことを「三密」対策や「新しい生活様式」として提示している。 2-1.屋内での大人数集会の制限。劇場、スポーツ、その他のライブエンタテインメント(米経済の消費量の1%未満を占める)などリスクの高いビジネスの当面の閉鎖。→限定的なシャットダウンの採用。 2-2.マスクの着用、社会的距離の維持。 2-3.ウイルス検査と接触追跡の増加、自己隔離のサポート。 2-4.高齢者(75歳以上の人々)のための特別な保護、そのような補助生活施設や老人養護施設のスタッフや住民の定期検査実施のための財政支援、および高齢者を介護する労働者のための個人的保護具(マスク、フェイスシールドなど)の常備。そのための財政的な支援の実施。東京都庁で記者会見する小池百合子知事=2020年7月31日 バカ―イ氏らの研究は、今の日本でも大いに参考になるだろう。例えば、次の点が指摘できる。1)日本でも「第2波」が来たときに、全面的な休業要請よりも地域・業態を絞った休業要請に可能な限り留める。失業率の上昇など経済的な損失をできるだけ防ぐ。2)高齢者や持病を抱えている人たちなど、高リスクの人たちへの検査体制・追跡調査(接触確認アプリ「COCOA」の積極的推奨)・クラスター対策、医療・隔離施設の充実。その点に集中的に予算を配分する。3)マスク、社会的距離など「自主防衛」の徹底を促す。 もちろん、これとは別に、積極的な財政・金融政策を、その一部である予備費の有効活用を含めて実施することは言うまでもない。

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    須東潤一手記「コロナ禍ゆえに伝えたい、今しか描けない線」

    今日できることは、今日やろう」など、僕の世代ではよく言われてきた時代がありました。 ですが、特にこの新型コロナウイルスとの共存を余儀なくされた今、これらが当てはまらないことが多いようです。現在は、ニューノーマルという言葉が使われるほど、全く未知の新しい生活様式が始まったと言えるからです。 こうした中、「明日やれるか、バカ野郎」「今日やりたくても、今日できない」そんな状態ではないでしょうか。これまでは、時間だけが平等だと思っていましたが、そうではない時代が来たんだなと感じています。 僕の仕事にも平等に影響がありました。僕は詩画アーティストとして活動し、タレントとしてテレビにも出演しています。しかし、コロナの影響で、仕事はキャンセルが続いていました。展覧会の延期や、テレビでは時々リモート出演をさせていただきましたが、それでも影響は大きいです。 こういうときだからこそ、「今しかできないことをやる」意味があり、僕にとって「今しか描けない線を描く」意味があるんだなと知りました。この「今しか描けない線」とはどういうことなのか。 元々、僕が絵を描き始めたのは、小学3年の頃で、そのときはまだ詩画ではなく、絵が好きで絵だけをとにかく描いていました。学校で賞などもらえても、それで満足することもなく無邪気に描いていました。須東潤一氏(シンクバンク提供) その頃はもちろんこんな日が来ることなど考えもしていないので、いつでも好きなときに好きなだけ絵は描けるものだと思っていました。中学に入ると書にも興味がわき、墨を使い始めました。そして今の仕事である詩画というジャンルで描き始めたのは高校を卒業した後すぐで、そのきっかけが僕の大好きなアーティスト、長渕剛さんの影響です。 そもそも詩画というのは簡単に言いますと、墨絵とその絵に合わせた詩(言葉)を組み合わせた芸術作品です。絵だけでは成立せず、言葉だけでも成立しない、二つを一枚の紙にガッチリ出会わせることによって完成する世界です。過去にも感謝 絵を見ただけで分かるようでは、添えられる言葉はただの説明になってしまい、言葉だけで分かるようでは、絵はただ邪魔なだけです。まるで文句を言い合っていてもお互いなくてはならない熟年夫婦のようなものです。 あるいは2ピースだけのパズルのようなものです。そんな詩画の世界を初めて知ったのが、長渕剛さんが描くとんでもない詩画を見たときでした。 パワーというか、力が強すぎて正面から受け止めるのに必死でした。僕も絵は好きで描いていましたし、書は好きで書いていましたが、それを一緒に組み合わせて二つの表現から放たれる力をギュッと一つにして、持っている可能性を最大限に生かす詩画という世界を知りすっかり虜になりました。 それ以来、描いて書いて描きまくっていきました。それから考えると詩画を描き始めてもう20年以上になります。経験上、絵も書も上手い下手というよりも、いろんな意味を含んだバランスが一番大事なんだと痛感しました。 伝えたい想いがそのバランスで合っているのか、そこが本当に気を遣う部分です。それは生きていくうえでも同じことだと思います。積み上げた経験や実績も、バランス感覚が崩れると一気に崩れ落ちます。上に行けば行くほど、積み上げてきた足元のバランスを見直す時間が絶対に必要ではないでしょうか。 詩画も描いて終わりではなく、描いてきた作品を見直して、次なるステップへ進んでいく。そんな繰り返しをしていると、自分の成長やその当時に描いたときの感情や想いが今の自分を作っているんだなと実感します。過去を振り返るのではなく、歩んできたどんな過去にも感謝をする時間を設ける。それが今を生きることなんだと思います。須東潤一氏の作品(シンクバンク提供) そんな今の自分の想いを書でストレートに書き、自分が想い描く絵をストレートに描くというそれ自体は現在も変わっていませんが、変化してきたのは絵や書のクオリティーです。より自分の想いの伝え方を試行錯誤しながら自分だけのスタイルを自分で作っていきました。 それは独学ですべてやってきているからこそ、絵にも書にもこだわりを持って必死に腕を磨いてきました。答えは僕の中にしかありません。今でこそ僕の詩画がおかげさまでファンのみなさんや芸術関係者の方々に喜んでいただけていますが、スタイル模索の旅の途中では、独学だけにいろんな人に絵や書をバカにされたことも多々ありました。 それでも描き続けてこられたのは、家族やファンの存在が大きく、そして何より自分の未来を絶対に悲観しなかったからです。でも、決して僕は強い人間ではないので、迷うことも悩むことも多々ありますし、ヘコむこともあります。自分なりに自信を持ってやっているからこそ、自信を失うこともよくあります。「自信が確信に」 ですが、そのときの自分ができる精一杯な力を注いで描いていたので、今は認められなくても、今しか描けない詩画がまだこのレベルだっただけであって、未来の自分にしか描けない詩画はもっと違うはずだと自分に言い聞かせていました。そんな自分自身にも向けたメッセージでもあります。 そして今になってそんな独学でも、2019年に人生で初めてチャレンジした公募展「第26回雪舟国際美術協会展」にて初入選し、東京・六本木の国立新美術館で詩画が展示されたときには一人泣きました。やっぱりいろいろ怖かったんだと思います。 だからこそ見に来てくれる方への感謝や、僕の詩画へのみなさんの反応も見たくて、その期間は毎日美術館に通いました。いろんな先生方とも知り合いになれたり、協会のスタッフさんにも顔を覚えてもらえたり、さまざまな美術の世界の話も聞けて、美術学校などには環境的に縁がなかった僕にとってはお金には替えられない現場での勉強の場になりました。 さらにその展覧会でオーディエンス賞までいただけて、初尽くしの思い出深い経験をすることができました。実はその展覧会は日本画、水墨画、書の公募展なので僕のような詩画は一枚もなかったんです。 しかし、僕の存在を見つけてくれた担当キュレーターさんが僕の詩画を「これからの墨絵の新しい可能性を感じた」と言ってくださり、僕は「松坂世代」なのでまさに、「自信が確信に変わった」瞬間だったと思います。須東潤一氏の作品(シンクバンク提供)  今年、2020年には、フランス・パリのギャラリー展へ(コロナの影響で6月開催から11月開催予定に延期になってしまいましたが)新しく描いた詩画の展示も決定しています。昔から海外に興味があった僕としては、海外の人たちが僕の詩画を見てどのような反応をしてくれるのか、チャンスでもありピンチでもあります。 どっちにしても結果ではなく、チャレンジ自体が自分を成長させてくれると考えているので、今の自分では無謀だとしてもどんどん今度もチャレンジしていこうと思っています。強い人間ではないからこそ、逆にチャレンジを続けられるんだと僕は自分を分析しています。 思えば、僕の歩んできた道はチャレンジの連続です。現在の仕事の一つでもあります長野県のテレビ番組でレギュラー出演を勝ち取ったのも、当時の自分からすれば無謀だったと思います。「生きた詩画を描く」 当時36歳だった僕は自叙伝本を書き、出版社から発売され、その本がきっかけで長野県のテレビ番組への出演が決まり、その後レギュラー出演となり今も続いています。若干36歳にして自叙伝本出版というのも、今まで誰もやっていないチャレンジだと思います。そしてもちろん詩画もチャレンジの塊です。 満足する自分スタイルの詩画という完成はまだまだです。それが本当の意味で完成するときは、最後の詩画を描いたときです。それはなぜなら今回のテーマであります「今しか描けない線」が常に存在するからです。それがある限りそこにチャレンジし続けていかなければいけないからです。自分が自分であるという意味のために。 絵も線の集合体ですし、書も線でできています。その線は、そのときその瞬間の自分でしか表現できません。今までの絵も、書も、詩画も、そのときにしか描けない線がありました。昨日の線は今日描けませんし、明日の線も今日は描けません。つまり同じ線は二度と描けないんです。 書の先生ともなる人は、書いてある一本の線を見て、その線を書いた人の年齢などが分かるそうです。 ただ正直、コロナの影響が出始めた頃、その線を描くことへの自分の心の動きにとても敏感になっていました。 こんなときに自分は線を描き続けられるだろうか、こんなときに自分は何ができるのか? この自粛期間中に改めて気づかされました。今の自分が描ける線は今しか描けない、これが生きた詩画を描くということだと。 だからこそ今しか描けない線を描くことに意味があるんです。それは行動も同じことだと思います。生きた行動をする。今しかできないことを今やるから意味があるんです。須東潤一氏の作品(シンクバンク提供)  コロナの感染が始まったころ、マスク不足が大変な問題になりました。僕は微力ながら、自分の持っていた数十枚のマスクを封筒に小分けして入れ、医療従事者やお世話になっている方々へ送りました。最近のように比較的買えるときではなく、不足して困っているときだったからこそ相手方にとっても意味があったんです。 そしてその中に言葉を一枚一枚描いてみなさんに同封しました。そのときの自分でそのときにしか描けない線があったからです。今しか描けない線、今しかできない行動、そんなことが多い今の世の中で今できる目の前の事を一生懸命やっていれば、線が円になり、その円が縁を結び、人生という一枚の最高の詩画が描けるんだなと信じています。 みなさんが「今しか描けない線」は、どんな線ですか?

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    老若男女を翻弄、コロナ下でもはびこる「責任回避マインド」

    記者) 5月の緊急事態宣言の解除前後には、マスコミでも盛んに言われていた「ステップ3」という言葉は、新型コロナウイルス感染拡大の再加速の前に、すっかりかき消されてしまった。東京都の「ステップ3」は、休業要請を3段階で緩和していく「ロードマップ」(行程表)の1ステップだ。カラオケ、バー・スナック、ネットカフェなどの遊興施設やライブハウス、接待を伴う飲食店、さらにマージャン店やパチンコ、遊園地やゲームセンターなど遊戯施設が6月12日から緩和され、19日に全面解除された。 国の「ステップ3」は、イベントや展示会開催などの制限を4段階で緩和する過程の1段階だ。7月10日からプロスポーツやコンサートの参加者数を上限5千人まで、会場の収容人数の50%までに拡大した。しかし、東京など都市部を中心に新規感染者数が拡大したことで8月1日に予定されていた制限解除は撤回された。 制限が緩和されるにつれて、都内の繁華街や昼のオフィス街に人が戻リ始めた。しかし、新宿の劇場でクラスター(感染者集団)が発生するなど、夜の街を中心に陽性者が続出、感染経路不明者も増加している。果たして「ステップ3」の緩和判断は正しかったのだろうか。* * * 梅田 東京都では、新型コロナの陽性が判明した人が連日のように200人を超えていますが、この数字は驚きを持って迎えられましたね。 杉山 いろんな意味で驚きですね。まず、この数字で騒ぐことに少し驚いています。本当に大事なデータは重症者数と死亡者数のはずですが、実は、重症者も死亡者も大きくは増えていない。減っている傾向もありました。その中で、検査の実施件数を5月に比べて2倍から3倍に増やしているんですよね。注目すべきところが違うのではないかと思ってしまいます。 それと、新型コロナでリスクが高いのは高齢者です。死亡者の70%は80代以上ですから。なので、若者を閉じ込める施策ではなく、高齢者を守る施策を進める必要があるのですが、あまり取られていないですよね。高齢者のみなさんは、自分が守られる施策を嫌がるのかなあ…。マスクを着用し、東京都庁で記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年4月 麻生 杉山先生のおっしゃる数字のお話は、検査実施数という分母の異なる陽性者の数を単純比較することはナンセンスではないか、という疑問ですよね。それに、私は「感染者数」ではなく、より正確に「陽性判明者数」とした方がよいのではと考えます。それに、人口10万人あたりの陽性判明者数と検査実施数、受診者数や重症者数、死亡者数の推移を、その地域の風土、移動手段や人口密度、産業比などと照らし合わせて考察しないと、単に陽性者数だけに着目して扇情的に論じても…とも感じます。 また、高齢者を守るという点では、高齢者には「大切にされたいけれど、労られたくはない」というアンビバレンスが見られることがままあります。「年寄り扱いをされた」と感じる接し方に抵抗があったり、自尊心を傷付けられたりする人が決して少なくないのです。 これは高齢の親や親族との家族問題、介護問題の相談や、介護現場の方からよく聞かれることですね。もし高齢者を守る施策に当事者が抵抗を感じるとすれば、似たような心理が働いている面もあるのでしょうか。「世代間闘争」無き日本 杉山 それもあるかもしれないですね。それでも万一のリスクが高い人を守る施策、今の状況であれば高齢者への対策が最も効果があるはずで、例えば高齢者と若い人の接触を減らしたりするような対策をとった方がいい。それなのに「若い人が危ない」みたいな世論に持っていこうとしているのを感じます。 そもそも「世代間闘争」、つまりジェネレーション間の闘争は欧米では当たり前なんですよ。一方、日本は世代間闘争がないのが特徴です。とはいえ、実は若い人の不満がくすぶっている。 今の高齢者の年金は徐々に減額されてきたとはいえ、まだまだ手厚いですよね。ところが、私の世代やさらに若い世代は、年金はほとんどもらえないといわれています。企業では、仕事しないベテランのしわ寄せがいっぱい働く若手にきていて、給与格差が倍くらいあるという話もあります。 日本では若い人は表立って上の世代を批判しませんが、実は不満だらけなんです。その中で、若い人たちの不満をさらに積み上げるような施策や報道が続いているのが不安です。 麻生 世代間闘争のお話がありましたが、私は俗に言う「氷河期世代」です。同世代にはそれなりの大学を出ていても非正規雇用だったり、地方では家庭や子供を持つことはおろか、ひとり暮らしすらままならない賃金で自立できずに実家を出たことがない人が、非常に多くいます。 2019年に始まった「就職氷河期世代支援プログラム」によって、地方の役所など主に公的機関から求人の動きが始まった矢先に、新型コロナの問題が起きました。氷河期世代はますます救われないですよね。就職氷河期世代を対象に行われた厚労省の筆記試験=2020年2月2日、東京・霞が関 今の若い世代、特に就職を控えた学生たちも、売り手市場が続いていたところに、コロナのせいで大変な事態に陥っていますよね。そういう世代に対して、温かい目を向ける氷河期世代もいれば、自分たちの報われなさから同じ苦しみを味わえばよいという人たちもいるようですね。 コロナ禍で早期退職を募る企業も増えており、マスコミでも例外ではありません。ある企業では早期退職者募集以前に2、3月時点で中途採用の求人を掛けていました。他社でキャリアを積んだ若手というのは、新卒よりも育成コストが安く、50代以上の在職社員よりも安い給与で、仕事のセンスも若い存在ですからね。人件費削減や、社内体制の刷新が目的なのではと感じました。専門家で「御用会議」? 梅田 もう生涯を一社に捧げるという時代でもなくなってきていますよね。日本で長く続いた年功序列の給与体系も、今回を機に大きく変わりそうですね。 麻生 そうですね。 梅田 政府や自治体の対応に関して言えば、新型コロナ感染症対策分科会(元・専門家会議)には逼迫(ひっぱく)感があります。しかし、政府や都知事などは言葉でごまかして対応が遅い印象で、ダメージを少なく見せている気がします。庶民感覚と明らかに違う為政者の心理はどうなっているんでしょう。 杉山 行政を執行する側としては、「できれば無闇(むやみ)に責任を被りたくない」という心理が働いていると思います。一方で、成果と実績はちゃんと評価されたい。こういう心理はどんな時代でも働いているのではないでしょうか。 専門家会議というのも、要は「御用会議」になりやすいんですよね。学者の中でも「御用学者」と呼ばれる人が多く招聘(しょうへい)され、未知の人はあまり呼ばれないですね。 梅田 政権に近かったり、省庁などからヒアリングされて接触があった学者や識者ですね。 杉山 行政にとって、専門的な部分において自分たちでは責任を取れないという問題がありますね。そこで専門的な部分で責任を取ってくれる専門家が欲しいんですよ。逆に言うと、責任を被ってでも行政に協力したい人が御用学者になるわけですよ。新型コロナ感染症対策分科会の冒頭、あいさつする尾身茂会長(前列中央)。左は加藤勝信厚労相、右は西村康稔経済再生相=2020年7月6日(川口良介撮影) 梅田 ある意味、覚悟を決めている人たちなんですね。 杉山 とはいえ、責任は二重構造になっていて、学者や専門家が責任を取るのは自分の見識に対してです。ただ、その見識を採用して対策を立てる責任は行政にありますが、行政は「専門家の見識に基づいて施策を取りました」と、見識そのものに関しては専門家に責任を預ける。専門家は、自分の専門分野の学識や研究成果に責任を預ける。そういう構造で、うまく行かなかったときの責任を個人に負わせない仕組みになっているのです。日本固有の「責任分散」構造 麻生 専門家の議事録で、発言者を記録していないことが問題になりましたね。 杉山 発言者を記録した議事録もありますが、記録すると委員個人の責任が重くなってしまって、個人に責任を負わせるきっかけになりますね。こうなると委員をやってくれる人がいなくなっちゃうので、最近は少ないみたいです。 企業でもそうなんですけど、日本は基本的に、責任を個人に被せないようになっています。責任を細分、分散させて、組織として責任を取る形が日本は一般的なんです。欧米では、もう少し個人に責任を被せますね。そのかわり、責任に見合った待遇を個人に与えます。 日本の社長は世界的に見れば、給料が非常に安いんですよ。カルロス・ゴーン被告ではないけど、欧米の社長が数億円を手にするのは、万一のときの代償なんです。日本では法律の規定により、総理大臣の年収が約4千万円台になりますが、国のプレジデントという責任の重さを考えれば、安いんですよね。それでも給料が安いのは責任が分散されているからで、責任を取って辞めるということがそうそうない構造になっているわけです。それがいいか悪いかは別ですけどね。 梅田 そんな責任回避ばかりしているから、日本は対策の打ち出しが遅くなっているのでは? 杉山 日本的な責任回避が対策を遅くしている面もあるかもしれませんが、コロナ対応で日本の対策が遅れがちなのは、事態が想定されていないからなんです。米国の対応が早いのは、軍隊の延長線上に感染症対策の組織があるので、生物兵器を敵が使ったときのシミュレーションも対策もできている。でも日本は対策してないし、そもそも憲法上で軍隊がない。「緊急事態宣言」といっても、自粛の要請であって強制できない。実は日本って米国よりも民主的な国なんです。 米国はもともと「ルールは絶対だ」という意識の人が多くない感じがしますね。まずは、ルールが正しいもので納得できるかどうか考える。日本人よりも、自分は自分で守るという発想の国民性のような気がします。一方で、日本人はルールに同一化したい人が多いので、「要請」であっても守ろうとする国民性があるようです。参院予算委で答弁のため挙手する安倍首相=2020年6月11日 梅田 そんな中で、ステップ3が解禁されたそばから、「夜の街」を中心に陽性者が増えましたね。 杉山 「自粛解禁」と言われると、まずやんちゃな人たちから動き出すんですよね(笑)。で、濃厚接触しまくりみたいなやんちゃなことから始める。そうすると、やっぱり拡大するだろうなと。メディアの「高齢者」忖度 梅田 デパートや名所の再開で、オープン前から並んでいる高齢者がよくテレビでインタビューされていますが。 杉山 高齢者でも「やんちゃ」というわけではないけど、自粛が窮屈だったかもしれないですね(笑)。ただ、楽しみがなければ人間は生きられないので、並んで待つ気持ちもすごく分かるんですけど。 高齢者がうちの近くでよくジョギングしてるんですけど、マスクしてないんですよ(笑)。 高齢者ほどウイルスを排出して、人に感染させやすいという研究結果も日本感染症学会で発表されています。しかし、この結果をマスコミはあまり大きく取り上げない感じがします。 麻生 20代を中心に30代、40代へ行動を抑制するように警鐘を鳴らす向きはありますね。経済を支える層でもあるのですが、あたかも彼らがウイルスを媒介し感染を広げているかのような…。※画像はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 そうなんです。でも、本当にそう断言してもいいのでしょうか。* * * 第4回は少しずつ緩和が進んでいるエンターテインメント業界と人間心理の関係、そして、「夜の街」に関する問題点を心理面から検証していく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    政府VS東京「GoToトラベル」紛争の果てに見る共倒れの日本経済

    も大きい。「東京外し」は経済、あるいは経済効果だけから見たら暴挙に近いというのはそのためだ。 政府は新型コロナウイルス感染防止と経済の両立を図るとしている。その両立の極地ともいえる政策が「GoTo」にほかならない。「東京外し」は行われたが、神奈川、千葉、埼玉の首都圏3県は「GoTo」に組み込まれて残存した。政府も「GoTo」から首都圏3県を除外することも検討したが、さすがにそこまで外せば経済効果は半減になりかねない。それでは「GoTo」をやる意味そのものがなくなる。 新型コロナ感染急増~感染爆発の傾向を抱えながら、「GoTo」を前倒しで実施するという政策は、政府にとってリスキーな政策という側面を抱えている。「GoTo」を進めれば新型コロナ感染を全国に極大化するリスクを持つことになる。かといって引っ込めれば信認が低下し政策の推進力を弱体化させるリスク(レームダック化)を顕在化させかねない。 進むも退くもリスクがあり「悪手」というか、引っ込みがつかない。本来的には、「GoTo」を拙速で行うのは慎重でなければならなかった。だが、地方観光地の疲弊を救済することから前のめりで実施を表明した。 そのため「GoTo」実施直前に連日300人に迫る感染者が出ていた東京(7月23日には感染者366人と過去最高更新)だけを外して、いわば足して2で割るような形で格好をつけたといえそうだ。 新型コロナの全国への感染拡大の防止にもほどほど配慮し、疲弊している地方観光地の経済振興にもほどほど気を使うという両立路線である。逆にいえば、新型コロナ感染防止と経済の両方をそれぞれ少しずつ諦める、「両諦」路線にも見える。 見通しが甘いというか、間が悪いというか、「GoTo」のスタートと同時に首都圏3県、大阪、愛知、福岡など大都市を抱える府県で感染が過去最高を更新、感染爆発といった動きが表面化した。新型コロナ封じ込めと経済の両立、これを同時に追求するという「二正面作戦」は簡単ではない。二兎を追って二兎とも得ることができるというのは極めて困難とそのリスクをこれまでの寄稿で指摘してきた(『コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る「二正面作戦」の罠』など参照)。「GoToトラベル」をアピールする旅行業者の店頭=2020年7月、大阪市 そうした懸念を持ったのは4~5月の緊急事態宣言時にある。政府は緊急事態宣言を発令して、東京都など自治体が休業要請などを行った。強制力や罰則は伴わないが、国民の大半がそれにほとんど忠実に従った。西村康稔経済再生担当大臣が「日本人はすごい」と感嘆し、安倍晋三首相が緊急事態宣言解除時に発言した「日本モデル」である。深刻度増す産業界 産業界各社が政府の緊急事態宣言を極めて重く受け止めたのは間違いない。産業界各社も基本的に真面目だし、テレワークへの切り替えなどを素早く実施した。検温、マスク、手洗い、換気、そして「3密回避」も実行した。 政府の緊急事態宣言に忠実に従って、産業界各社は必死に新型コロナ対策を実行している。強制力に関係なく産業界各社は政府の指示を正確に汲み取ってシンクロナイズするのに慣れている。ただ、禍根のようなものがあるとすれば、そのシンクロナイズが忠実すぎたことである。 5~6月初旬の決算発表時に新型コロナ禍がもたらす産業界各社の業績への影響、新型コロナ防止対策などを集中取材した。5月時点での情報は、米国が工場、営業拠点は全面停止。ビジネスが止まっており、しかも日本からの入国制限が実施されている。EU(欧州連合)などヨーロッパ諸国も都市封鎖などで工場や営業拠点のビジネスは全面ストップ、日本からの入国も制限されている。欧米はビジネスが完全に停止していた。 だが、一方で新型コロナ発生源である中国は1~4月に経済が全面停止だったが、5~6月初旬には経済再開にこぎ着けており、価格が底値にあった石油輸入再開にいち早く着手していた。武漢などの自動車工場、半導体関連工場にも再開の兆しが出始めていた。 中国からの日本の工作機械などへの需要も「先行きまで続くかどうかは不透明だが、エッと思うような商談の動きが出ている」(大手機械メーカー)。当時は半信半疑だったが、そうした情報があった。極めて皮肉なことだが、新型コロナで全世界に甚大な大被害を及ぼした中国がいち早く経済再開傾向を見せていた。 日本国内への新型コロナ感染の影響・深刻度がどうかということでは、5~6月初旬の国内の経済活動の状況が大きな焦点だった。緊急事態宣言が実行下で産業界各社は、本社はもとより、工場、営業拠点などを休業要請に従って停止させた。しかし、産業界各社にとって緊急事態宣言が5月連休を織り込んで実行されたことは大きな「救い」になっていた。 産業界各社の工場、あるいは建設会社などの建設現場などは1~2週間ほど休業した。それに5月連休を加えると2~3週間の休業になる。休業を最小限にとどめることができたことになる。産業界各社は緊急事態宣言が5月連休を日程に織り込んでいることから、それを活用して休業を実施したことになる。これは政府と産業界各社の「あうんの呼吸」といったものだったに違いない。一部の生産ラインが停止した、愛知県豊田市のトヨタ自動車高岡工場に向かう作業員=2020年4月3日 産業界各社が、政府、中央官庁、地方自治体(国会議員、地方議員も含む)と根本的に違うのは倒産するというリスクを背負っているところである。政府(国)にはデフォルト(債務不履行)というリスクがある。だが、企業倒産と違って国のデフォルトはそうたやすくは起こらない。産業界各社は、積み増してきた内部留保を取り崩しながら倒産を避けるサバイバル(生き残り)戦に事実上入っている。産業界各社も必死で深刻な現状に直面している。「withコロナ」という不条理 業種によって異なるが、産業界各社からすれば、コロナ禍の新年度(2020年度)は20~25%の減収減益、最悪では30%内外の減収(損益は大幅減益~赤字)は覚悟している。だが、それ以上の減収減益、例えば40~50%の減収(損益は大幅赤字)などは危険ゾーンになりかねない。したがって国内での休業は長期では続けられない。収益などの全ての源泉である売り上げが立たない。その点、5月連休が緊急事態宣言の日程に編入されていたことは恩恵だった。 産業界各社は、倒産リスクを回避してサバイバルを果たさなければならない。新型コロナでクラスター感染などを起こせば、予期せぬ休業が避けられなくなる。産業界各社としても新型コロナ感染防止は全力を投入している。それは徹底して防衛している。ただ、売り上げは確保しなければならない。どこかでギリギリの線でリスクをとる必要も抱えている。つまり産業界各社は、最初から新型コロナ対策と経済活動の両立で走っていた。 産業界のみならず、民間というものは倒産リスクがあるのだから両立で走らざるを得ない。工場の生産ラインや建設会社の建設現場だけではない。小売店、飲食店、保育園、新聞・テレビといったメディアなどあらゆるビジネス現場は新型コロナの感染リスクと闘いながら稼働している。 ホストクラブ、キャバクラ、銀座の高級クラブなど「夜の街」関連を含めて、民間は両立路線を走るしかない。政府、中央官庁、自治体は倒産リスクがない。給料・ボーナスがきちんと出る。民間と役所の根本的な違いがそこにある。 6月初旬に取材したオフィス、マンションなど建設設備工事会社は、「建設大手なども5月連休などを組み込んで休業したが業績を大幅に悪化させるものにはなっていない」と説明。つまり産業界各社は緊急事態宣言下でも新型コロナと経済の両立、いわば新型コロナに四苦八苦しながらも何とかコントロールして売り上げを確保している、という解説だった。 産業界各社から小売店、飲食店、「夜の街」関連まで民間経済サイドは、休業要請に精一杯従った。だが、人件費、家賃など固定費の支払いは重たい。固定費補償などは十分ではないのだから、売り上げに直接関連するところは長期には休ませられない。新型コロナを徹底的に封じ込めるまでの休業はできない。新型コロナ感染源はどうしても残存することになる。その残存した新型コロナが6月後半を起点に7月の感染再爆発につながっている。 民間経済に従事している産業界、小売店、飲食店などに責任を押しつけるわけにはいかない。民間経済は、政府、中央官庁、地方自治体と違ってサバイバルが使命であり、倒産するわけにはいかない。倒産すれば従業員は失業し、取引関係先などに被害が及ぶ。新型コロナ感染対策は、第一義には専門家分科会を含む政府に責任あることはいうまでもない。さらに新型コロナ対策の現場執行の役割を担っている地方自治体も責任を免れない。記者会見する東京都の小池百合子知事=2020年7月22日、東京都新宿区 米国は検査を徹底したニューヨーク州で感染者減となっているが、経済再開を焦り気味に行ったカリフォルニア、フロリダ、テキサスなどいくつかの州で新型コロナ感染拡大を招いている。日本は新型コロナ感染がぶり返す中で、東京を除外したが「GoToトラベル」を実行した。人が動けば新型コロナが感染を増殖させる。 東京都など首都圏から全国に再び新型コロナ感染が波及していく現実が迫っている。新型コロナと経済の両立という、バランスが難しいシーソーのような政策が継続されている。A・カミユの『ペスト』ではないが、「withコロナ」という不条理とともにこの夏を迎えていることは紛れもないわれわれの現実である。

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    コロナ苦境に必要な環境メンテと心痛を和らげる「2つの脳」

    田 自分のセオリーに誇りを持っていらっしゃる方ということですね。 杉山 そうですね。だから相手の方は新型コロナウイルスの感染を嫌がってるんだけど、「営業にはとにかく足で稼げ」みたいな自分の成功セオリーを押し付けるわけですよ。 梅田 ワクチンができない時期が長引けば、そんな人がリーダーになっている会社やお店は立ち行かなくなる可能性もあるのでは。 杉山 「withコロナ」「アフターコロナ」だからといって、全てがオンラインに変わるわけではありません。今後縮小するだろうけれど、「ビフォーコロナ」的なマーケティングやマーケットを好む層の範囲内で、その市場をうまく取り込んで事業展開すれば、ビフォーコロナの手法に誇りを持っていらっしゃる方でも生き残れる可能性があるんです。しかし、市場規模は明らかに小さくなるので、小さくなったマーケットを上手につかめるかどうかが勝負になるかなという気がします。 梅田 悩みを抱えていらっしゃる若い経営者や、柔軟さを持ち続けている経営者もたくさんいそうですね。杉山先生は企業の運営や人事のコンサルティング経験もありますが、企業カウンセリングはこれからますます重要になるのではないでしょうか。 杉山 社会保険労務士の資格を持つ知り合いも臨床心理士がいまして、「社長専属カウンセラー」というキャッチコピーで売っていますよ。経営者は結構孤独ですから、忙しくしてます。 社員も含めた企業カウンセリングも当然必要になるでしょう。ところが、そこにお金を出せる企業がどんどん減ってきています。 オンラインでキャリアコンサルティングやカウンセリングを展開している事業所は、その影響を被っています。新型コロナ禍の前はそれなりの契約数があったんですけど、コロナで先行きが見えなくなったせいもあるのか、契約打ち切りやキャンセルが相次いだそうです。本当は必要なときなのに、切り捨てられている。ただ、企業から見れば稼ぐ部門ではないですからね。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ただし、従業員のメンテナンスを行わない企業は、これから伸び悩むだろうと思います。とはいえ、経営者の気持ちになってみると、まずは財政基盤の安定が先に立つんですよね。 心は環境に反応してどんどん変化していくものなので、心をいい状態に保つには、かなりの環境メンテナンスが必要です。社会人であれば、仕事の中でメンテナンスができれば理想的です。 仕事を通して自尊心の確認や、自分が役に立っていることの確認、それらを周りから評価してもらえるような、自尊心のメンテナンスができていると、いい状態を保てます。しかし、コロナ禍の中で仕事そのものがなくなってしまうと、メンテナンスもできないし、経済的にも困ってくる中では、心も経済も大打撃なんですよね。カウンセリングは安くない 麻生 自分のせいではないので、ある意味不可抗力的ですよね。 杉山 そこで無力感を感じる人はさらに感じてしまうし、今できることは何か考えられる前向きな人は、新しい生き方や新しい仕事、新しい生きがいを見つけられるんでしょうけどね。そこで一番ダメージを受けるのが、受け身のタイプです。よく言われる「命令待ち」の人ですね。自分から何かを仕掛けようとしませんからね。 麻生 それって、組織との一体感に安心する日本人には非常に多いのではないでしょうか? 杉山 そうですね。まさに現在のような状況が苦手な人が日本には多いですね。 梅田 かといって、心療内科やカウンセリングを自分で探して受診するのも少しハードルが高そうですね。 麻生 心療内科や精神科の受診や、カウンセリングを受ける方が急増したというような話は聞かれていないですね。コロナ禍でメンタルの不調を訴える方は確実に増えてはいるのですが、通院や外出による感染リスクが怖いため、受診したくてもできないという声は非常に多く聞かれました。 杉山 それと、カウンセリングって安くないんです。金額に幅がありますけれど、一番安くても5千円、高いと1万5千円くらいになります。仕事が減っていたり、職を失ってしまった人にそんな額を出す余裕はないと思えます。 お金がない人にとって、カウンセリングは行政の支援待ちになってしまいます。業界では、リタイアした臨床心理士が善意でボランティア活動をしたりしています。 麻生 私もコロナ禍で無料電話相談を受けていますが、カウンセリングでも友人への相談でも、話を聞いてもらうだけでちょっと気持ちが楽になることもありますよね。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 心の痛みは大脳辺縁系で作られるんですよ。私は「ウマの脳」と呼んでいますけど、この大脳辺縁系は、気分の重さや心の痛みを誰かが共感してくれると活動が緩和します。 話を聞いてもらって、共感されると、気が楽になる。人間の大脳辺縁系が仲間を求める役割を果たしているからです。仲間がいることは、自分が社会的に安全でもあることなので、自分の社会的安全が確認されれば、心の痛みも軽くなっていくわけです。 ただ、共感され慣れてる人と、され慣れてない人がいるんですよ。共感され慣れてない人にしつこく共感すると、嫌がられますね。「外在化」で整理する 麻生 求めるものがクライアント側にもいろいろあって、共感や心情に寄り添うことを求めてる人もいれば、コーチングのように引っ張ってくれるもの、具体的なアドバイスが欲しい人もいますね。同じクライアントでも時々で求めるものも変わりますから、要求も汲み取る必要性がありますよね。 杉山 カウンセリングの話でいえば、ポイントはウマの脳をおとなしくさせることなんです。ウマの脳のほかにも、自分の立場や評価を気にする「サルの脳(内側前頭前野)」、課題達成や計画性を担う「ヒトの脳(外側前頭前野)」があるんですが、人類になってから進化した部分が働き始めると、ウマの脳の働きを緩和してくれるんです。 つまり、助言や提案、アドバイスによってヒトの脳は活性化するんですね。ウマの脳をおとなしくさせ、ヒトの脳を活性化させることで、人は気が楽になリます。この両方を行うのがカウンセリングというわけです。 麻生 近年はカウンセラー登録サイトをビジネスとして運営する企業もあるそうですが、「話すカウンセリング」と「書くカウンリング」では、書くカウンセリングの需要が上がっているようです。 杉山 文字にする行為は、心の中を外に出してみる意味で「外在化」と言うんですけれど、外在化すると、自分と距離を取って見ることができる。そうすると合理的に見えるから、ウマの脳を外に出すことで切り離せます。合理的に考えられないこと考えるときは、だいたいウマの脳が暴走している。これを調整するために文字化して、外在化で整理をするわけです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 麻生 確かに文章化する行為だけでも効果がありますよね。頭の中、心の中を文字にして外へ出す。そして、その文章を見る自分がいる。そうして距離を取ることで、自身を客観視できる。いわゆる「メタ認知」ですね。 杉山 あと、オンラインカウンセリングってずっとカメラに向かっていて、しかも自分の顔が映っているから、緊張感もあるし、何より疲れるんですよね。そういう面でも支持されているのかもしれませんね。* * * 社会の混乱が続く中、家族に変化はないか、同僚や部下などにも変調がないか、きちんと向き合っていく必要もありそうだ。次回は、より以前に近い状態を取り戻す「第3ステップ」に進むための問題点を探っていく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    JR東日本の悲願は叶うか?コロナで浮上「時間帯別運賃」の現実味

    梅原淳(鉄道ジャーナリスト) 新型コロナウイルス感染症の拡大に伴う外出自粛は社会に大きな変化をもたらした。鉄道について言えば、各社から利用者数が前年同月比9割減などという今までに例のない数字が発表されている。通勤ラッシュは嘘であったかのように姿を消し、人であふれかえっていた巨大ターミナルが閑散とする様子は、まさに潮が引くようにという表現がふさわしい。 外出の自粛が解除された後も、鉄道をめぐる状況は以前ほどのようには戻っていないようだ。人々は引き続き移動を避けるようになったのである。 感染抑制と経済活動を両立させる「新しい生活様式」が採り入れられてから1カ月ほどが経過した7月7日、JR東日本は2020年6月の鉄道営業収入が対前年比で53・4%、つまり46・6%減少したと発表した。4月の対前年比24・0%、76・0%減、5月の対前年比29・0%、71・0%減という数値は、緊急事態宣言の発令の影響で人々が外出を控えざるを得なかったからやむを得ない。 しかし、移動の制限が原則として解除されていた6月もこのあり様である。4月から6月までの第1四半期は対前年比34・1%、65・9%減だという。 今後も鉄道営業収入が上向かないとなると、JR東日本の業績に大きな影響を及ぼす。同社は20年3月期の単体決算で2兆1133億円の営業収益を挙げ、2940億円の営業利益を計上した。 だが、21年3月期には営業収益の大幅な減少が見込まれ、殊によると赤字に転落するかもしれない。JR東日本は1987年4月1日の設立以来、一度も営業損失を計上したことはないから、同社にとっても鉄道業界にとっても大事件だ。 JR東日本が今挙げた数値を発表した同じ日、同社の深澤祐二社長が会見を行い、新型コロナウイルス感染症の影響は予想以上に深刻であることを明らかにした。それも「以前のように利用客は戻らない」とまで述べたのである。JR東日本の深澤祐二社長=2019年1月(荻窪佳撮影) その上で、深澤社長は「長期的に経営が成り立つ形で、さまざまなコストやダイヤ、運賃の見直しを検討している」との考えを示した。見直し策の一例として、ダイヤ面では利用状況の芳しくない早朝、深夜の一部列車の削減を、運賃面では混雑のピークをずらすような柔軟な運賃をそれぞれ挙げた。 深澤社長の会見は各方面に反響を呼んだ。特に、朝夕の通勤ラッシュ時には値上げの可能性も出てくる時間帯別運賃の導入を検討している点について、マスメディア各社が一斉に報じた。「時間帯別」導入した大都市 これに対して世間の評判はあまりよいものではない。利用者が少々減ったとはいえ、人口の極めて多い首都圏で鉄道の営業を行っているのであるから、営業努力によって営業利益は確保できるのではないかという意見が代表的だ。一方で、通勤ラッシュ時の運賃が値上げされるであれば、混雑緩和に結びつくのでは、という肯定的な反応も見られる。 英国のロンドンでは、混雑の緩和を目的とした時間帯別運賃が既に導入済みだ。地下鉄や通勤電車が共通の運賃で利用できるロンドンでは、都心部と郊外との区間を移動する際の運賃が時間帯によって変わる。 例えば、都心部のゾーン1と郊外のゾーン9との間の運賃は通常は18ポンド80ペンス(日本円で約2534円、7月15日現在)である。一方、平日の朝6時半~9時半、16時~19時のピーク時間に利用できないオフピーク運賃は13ポンド30ペンス(同1793円)と29・3%引きだ。 ロンドン市によると、朝の通勤ラッシュ時に市内へと向かう郊外の人たちの総数は、2010年の11万人台から、現在では12万人台に増えたこともあり、地下鉄や通勤電車の利用者数も100万人台で大きくは変わっていない。通勤ラッシュ時の運賃が高くなっていない上、定期券に相当するトラベルカードの運賃は一律で、時間帯によって変更されないからだと考えられる。 さて、通勤ラッシュ時というくらいであるから、この時間帯は定期乗車券の利用者が大多数を占めると思われる。実を言うと、時間帯別運賃の検討の前提となる通勤ラッシュ時の採算性についてはJR東日本の前身となる国鉄時代から疑問視されてきた。 定期運賃は通常の乗車券を購入したときの普通運賃に比べて割安な金額が設定されている。問題はその割引率で、JR東日本の場合は大手私鉄などと比べて大きいのだ。他方、鉄道会社は通勤ラッシュに備えて車両や線路、施設など多大な投資を行わなければならないものの、その金額をピーク時間帯の利用者だけでは負担できないという構造的な問題にも行き着く。 国が公表した2017年度の統計をもとに、まずは定期運賃の割引率を比較してみよう。JR東日本の通勤定期乗車券を利用する人は平均18・9キロ乗車している。ロンドン市内を走る列車(ゲッティイメージズ) 最も利用者が多いと思われる首都圏の電車特定区間での通勤定期運賃は1カ月で9220円だ。この距離の電車特定区間での普通運賃は310円(ICカード乗車券は308円)である。1日に1往復、つまり同距離を2回乗車し、1カ月間に22日間利用するとして、普通運賃は1万3640円(同1万3552円)であるから、通勤定期運賃の割引率は32・4%(同32・0%)だ。 今求めた割引率を、大手私鉄でもあり地下鉄事業者でもある東京メトロと比べてみよう。JR東日本と同じ条件で利用すると、通勤定期運賃は8860円、普通運賃は250円(同242円)となり、割引率は19・5%(同16・8%)だ。 東京メトロの20年3月期の同社個別の営業利益は756億円と、JR東日本に比較すると4分の1程度である。だが、東京メトロの営業距離は195・0キロとJR東日本の7401・7キロとわずか2・6%に過ぎない。営業距離1キロ当たりの営業利益を求めるまでもなく、営業利益率の高い路線ぞろいの東京メトロでさえ、JR東日本よりも通勤定期運賃の割引率を低く抑えているのだ。定期の「損失」なぜ放置? それでは、JR東日本における通期定期運賃の採算性を求めてみたい。通勤定期の利用者1人が1キロ乗車したときの鉄道営業収入は7・2円であるから、18・9キロ乗車したときの利用者1人当たりの鉄道営業収入は136・1円となる。 一方、同社の定期乗車券の利用者と通常の乗車券の利用者を合わせた利用者1人が1キロ乗車したときの営業費用は12・0円と、この段階で既に通勤定期運賃は赤字が確定してしまう。18・9キロ乗車したときの利用者1人当たりの営業費用は226・8円で、つまりJR東日本は通勤定期券を携えた利用者が1回乗車するたびに90・7円の営業損失を計上しているのだ。 通学定期運賃は通勤定期運賃以上に割引率が大きい。ということは、通勤ラッシュ時は利用者にとってはもちろん、JR東日本の経営上も誠にありがたくない時間帯であるのだ。 JR東日本の経営が成り立っているのは、2017年度に24億9445万人を数えた普通乗車券など、つまり定期乗車券以外の利用者のおかげだ。同社の利用者は合わせて64億8812万人であるから、定期乗車券以外の利用者は全体の38・4%しか存在しない。にもかかわらず、1兆8366億6678万円の鉄道営業収入のうち、何と72・6%に当たる1兆3336億3881万円をこれらの利用者から得ているのだ。 定期乗車券以外の利用者の採算性も求めてみよう。利用者1人が1キロ乗車したときの鉄道営業収入は21・9円、そして平均すると24・4キロ乗車しているので、利用者1人当たりの鉄道営業収入は534・4円となる。 先に記した通り、全ての利用者1人が1キロ乗車したときの営業費用は12・0円であるから、24・4キロでは292・8円となり、利用者が1回乗車するたびに241・6円の営業利益を計上しているのだ。 通勤定期運賃での営業損失を大きく取り戻しているとはいえるのだが、少々営業利益が多すぎるのかもしれない。というよりも、なぜ通勤定期運賃で生じる営業損失をJR東日本が放置してきたのか理解に苦しむ。JR新宿駅の南改札(ゲッティイメージズ) 通勤定期の利用者へのサービスとの声も聞かれるが、弊害も生じている。その一例は中央線の三鷹駅と立川駅との間で見られる。 長さ13・4キロのこの区間は国鉄時代から複々線化の計画が立てられていた。同じ中央線の御茶ノ水-三鷹間21・5キロのように快速電車用の複線と各駅停車用の複線を敷いて、通勤ラッシュ時の混雑を緩和しようという内容だ。 国鉄の分割民営化から既に33年が経過したものの、JR東日本は三鷹-立川間の複々線化に着手する気配を見せていない。混雑が緩和されたからという理由が挙げられるが、そうとも言えない状況が2013年度の国の統計からもうかがえる。導入に立ちはだかる壁 中央線の三鷹駅と立川駅寄りの隣駅、武蔵境駅との間を通過した利用者数は1日平均73万4488人だ。一方で、国鉄時代に完成した常磐線の複々線区間の起点となる綾瀬駅とその隣の亀有駅との間を通過した利用者数は1日平均69万1876人と、三鷹-武蔵境間よりも少ない。今も国鉄が存在していれば、三鷹-立川間は間違いなく複々線化されたであろう。しかし、JR東日本は巨額の投資を行ってまで、赤字の通勤定期利用者の便宜を図る必要はないと考えているのだ。 国鉄が昭和40年代に実施した中央線の中野-三鷹間9・4キロの複々線化に要した費用は264億円で、1キロ当たり28億円であった。28億円は現在の金額に換算して94億円であり、ここから三鷹-立川間の複々線化費用を試算すると1260億円となる。 これだけの費用を投じても、便益を享受できる利用者の多くは定期乗車券の利用者だ。現実に、先ほど挙げた三鷹-武蔵境間を通過する1日平均73万4488人の利用者のうち、定期利用者は50万5775人で、68・9%に達する。認めたくはないが、JR東日本が投資を見合わせるのも無理もない。 時間帯別運賃の導入を検討しているという深澤社長の会見は、いわばJR東日本の長年の悲願を形にしたものといえる。利用者が18・9キロ乗車したときに90・7円の営業損失が発生する通勤定期の運賃を、仮に20円の営業利益を生み出せるように改定するとしよう。となると、18・9キロ乗車した際には現行の136・1円から246・8円へと110・7円の値上げが必要となる。 1回乗車して246・8円、そして1日に1往復、1カ月に22日使ったとして通勤定期の運賃を設定すると1万859円だ。普通運賃の1万3640円(ICカード乗車券は1万3552円)から割引率を求めると、20・4%(同19・9%)となって、これでやっと東京メトロ並みとなった。 実際にJR東日本が時間帯別運賃を導入して通勤ラッシュ時の運賃を値上げするには「障壁」が待ち構える。というのも、現状では同社を含めたJR旅客会社6社の運賃、それから新幹線の特急料金は「ヤードスティック方式」という基準比較方式が採用されているからだ。 ヤードスティック方式とは簡潔に言うと、他のJR旅客会社5社と営業費用の一部を比べ、運賃を上げられる限度は適正な利潤が得られる範囲以内というものである。一時的には減ったり失われるかもしれないものの、今後も1千億円単位の営業利益が見込まれるだけに、JR東日本による運賃改定の申請を国土交通大臣が認めるとは考えづらい。JR品川駅周辺で、マスク姿で職場に向かう人たち=2020年5月(宮崎瑞穂撮影)  そこで考えられるのは、深澤社長が言及したように混雑のピークを減らすために閑散時には逆に運賃を下げる方策だ。こうなれば、営業利益の最大化は断念せざるを得ないが、代わりにどの時間帯でも営業利益率が平準化されるというメリットが生じる。いわば、受益者負担の原則が導入されるのだ。 この考え方を突き詰めていくと、JR東日本は今後、地域別に運賃を設定するかもしれない。利用者の少ない地方の路線では運賃を大幅に上げ、代わりに大都市圏では下げるという主旨で、大都市圏での営業利益が地方での営業損失を補てんするという国鉄の分割民営化時の考え方はここに崩れる。高額な運賃を負担できないとなれば、地方の路線の廃止が進みそうだ。 時間帯別運賃の導入とは、いわば長年手つかずのままでいた鉄道事業の「パンドラの箱」を開ける作業だといえる。

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    トラブったのも必然、GoToトラベル「ボタンの掛け違い」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 政府の新型コロナウイルス対策としての観光支援事業「GoToトラベル」が、トラベルならぬ「トラブル」化している。東京都で新規感染者が増加傾向にある状況を踏まえ、東京を発着とする旅行を割引対象から除外し、さらに若者や高齢者の団体旅行の自粛も求めることになった。 「GoToトラベル」を含む「GoToキャンペーン」は旅行やイベントなどの費用補助や、飲食のポイント還元を行う需要喚起策だ。2020年度の第1次補正予算に計上されている。 「GoToトラベル」の場合、国内旅行をすると費用の半額が補助される。1人当たり1泊2万円、日帰りは1万円を上限としている。補助相当額の7割が旅行代金の割引、3割は9月以降に実施する「地域共通クーポン」として配布される予定だ。 当初の実施予定は8月からだったが、旅行業界からの早期実施の要請を受けて、政府が7月22日に前倒しを決めていた。「GoToキャンペーン」の予算総額は約1兆7千億円であり、新型コロナ危機で悩む旅行や飲食、イベントの各業界にとって、予算を使い切れば、かなりの経済効果がある。ただ、1次補正の際、この予算項目が入ったことに、筆者はかなり奇異な感じがした。 なぜなら、そもそもこの「GoToキャンペーン」自体が、感染が十分に抑制された後の景気刺激策だからである。 感染症対策の難しさは、経済活動と感染抑制がトレードオフの関係にあることだ。経済活動が活発化すればするほど、新型コロナの感染抑制が難しくなる。 逆に感染抑制を徹底していけば、経済活動を休止しなければならなくなり、人々の生活は困窮する。経済活動と感染抑制のトレードオフの「解」をうまく見つけ出すことが、国や各自治体の課題になるが、これが難しいことは日本だけでなく、世界の状況を見ても明らかである。 多くの国はトレードオフの「解」を見出すために、経済対策を二つのフェーズに区分している。最初の「フェーズ1」は、感染拡大期の政策であり、続く「フェーズ2」では、感染拡大が終息して景気刺激を始める段階の政策である。会見で記者団の質問に答える自民党の二階俊博幹事長=2020年3月(春名中撮影) フェーズ1の政策では、経済活動を休止した個人や企業への給付金や貸付などが中心になる。経済活動を拡大するのではなく、あくまで「維持」が主な目的である。 フェーズ2の政策の中心は、経済活動の再開や拡大を促すためのもので、消費減税や補助金交付を実施していく。今回の「GoToキャンペーン」はその意味で、典型的なフェーズ2の政策にあたる。 しかし、この「GoToキャンペーン」が予算化されたのは、まだ感染拡大が本格化したばかりの時期だった。フェーズ1の政策の中に、特定業界の景気刺激策が先行して入ったのは、全国旅行業協会会長を務める自民党の二階俊博幹事長の影響力も大きいだろう。キャンセル補填じゃ不十分 旅行業への経済支援、それ自体はもちろん間違っていない。実際、直近の雇用統計を確認しても、「宿泊業、飲食サービス業」「卸売業、小売業」「生活関連サービス業、娯楽業」などが特に悪化しており、深刻な状況だ。 ただ、現在の政府の対策はあくまで経済の現状維持を中心とするフェーズ1の政策で、しかもその効果は今秋にはほぼ消滅すると考えていい。このままでは旅行業界だけではなく、その他の業界でも中小企業を中心に倒産ラッシュになりかねない。 前回の論考でも指摘したが、現在の東京の感染拡大に関して、感染者の多くが若い世代であることや、重症者の少なさが強調されることで、3~5月上旬の第1波より軽視する見立ては間違っている。専門家たちが指摘するように、重症者のピークは患者発生数よりも後に来るために、今後の重症者増加が懸念される状況なのである。 その意味では、「GoToトラベル」が東京を除外したことや、対象者の自粛を要請していることはひとまず理解できる。だが、そうであるならば、感染抑制期であるフェーズ1の経済対策の強化も必要になる。具体的には、旅行業界に対して追加的な金銭的補償を行うことだ。 そのためには、予備費を活用するのがいいだろう。現状、政府はキャンセル料の補填(ほてん)を考えているが、それだけでは不十分だ。 旅行や飲食、娯楽関係に従事する中小企業を中心に従来の持続化給付金の上限を撤廃し、観光シーズンに当たる7~9月の前年比の売り上げ減少分を補填する。劣後ローンなどの活用も重要だ。 そして、政府や東京都などの地方自治体は感染症対策に全力を尽くす。このような予期せぬ感染拡大に応じて、柔軟な経済支援を行うための枠組みとして、多額の予備費を計上していたのだから、ぜひ活用すべきだ。 ところで、立憲民主党の逢坂(おおさか)誠二政調会長は「GoToトラベル」の延期を求めた上で、「2020年度第2次補正予算の予備費で、観光、交通事業者を支援すべきだ」と述べた。しかし、立民は5月末に「10兆円の予備費は空前絶後で、政府に白紙委任するようなものだ」と反対していたではないか。全く、この種の二枚舌というかダブルスタンダードには毎度呆れ果てる。観光支援事業「GoToトラベル」について記者会見する赤羽一嘉国交相=2020年7月17日 しかし、政府にも課題が重くのしかかる。まずは、現状の都市部での感染抑制が最も重要な一方で、旅行業界や、前回の論考でも触れた医療業界などに対し、予備費を用いた金銭補償は急務だ。 さらに現状の感染拡大の終息を踏まえて、フェーズ2の景気刺激政策として消費減税をはじめとする積極的な財政政策を、日本銀行のインフレ目標の引上げのような大胆な金融緩和とともに行う必要がある。その際には、予備費の活用の在り方で、野党との「約束」に縛られる必要はない。 国民目線に立脚すれば、消費減税の基金としても活用することができるだろう。足りなければ第3次補正予算も求められる、政府はそのような現状であることを理解しなければならない。

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    コロナ禍でもおとなしい「不安遺伝子」が宿る日本人の拠りどころ

    ャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 新型コロナウイルスの感染拡大は、2020年の世界を大戦期のような事態に追い込んだ。現在も決定的なワクチンの開発には至っていないが、各国は独自の対策で新型コロナと向き合い、7月に入ると、経済活動の再開に向けて動き出した国が日本も含めて増えている。 日本では、事態進行に対策の遅れが指摘されていたが、4月7日に安倍晋三首相が発令を表明した「緊急事態宣言」が、当初予定から約20日後の5月25日まで続き、その間、国民は自粛生活を余儀なくされた。2月25日に出された「新型コロナウイルス感染症対策の基本方針」では、企業にできる限りのテレワークを呼びかけ、各種学校などにも休校を要請し、大半が応じることとなった。 まだ終わりの見えない新型コロナ禍の中で、私たちはこれまで体験したことのない生活を強いられている。感染抑制と経済活動を両立させる「新しい生活様式」の下で新型コロナと共存するには、心を壊さないための知識が求められる。コロナ禍の発生から今までを振り返りながら、心理学者で神奈川大人間科学部教授の杉山崇氏と、家族心理ジャーナリストの麻生マリ子氏に、対談を通して解説してもらう。* * * 杉山 私の勤務する大学の状況は、テレワーク半分、出勤半分です。やはり大学を維持しなければならないですから。テレワークといっても、子供が自宅待機になっている中では難しい方が多いですよね。 学生は8月まで完全オンライン授業です。教職員の出勤について、緊急事態宣言発令の前日までは、中間管理職クラスだと、あくまで要請だから普通に出勤と考えている人が多かったですね。それが一転、発令されたらすぐに大学への入構制限とテレワーク導入を決定しました。それだけ緊急事態宣言は威力があったと思います。 ちょっと話が広がるんですけど、この対応には「同調圧力」を感じました。同調圧力に抵抗すると、イメージも悪くなってしまう。大学に限らず、自社のブランドイメージを気にする企業や店舗などは緊急事態宣言を重く受け止めて、休業や在宅ワークにせざるを得なかったと思います。学童保育に子供を迎えに来た保護者ら。新型コロナウイルスによる臨時休校の影響で、一人親世帯の不安が募っている=2020年3月、大津市 梅田 麻生さんもお子さんがいらっしゃいますけど、大変でしたか? 麻生 現在、学校は再開されていますが、都内はおおむね6月の初めから分散登校が2週間続き、3週目から一斉登校になりました。2月27日夜に一斉休校要請が出て、取材した中ではおおむね翌週の3月2日か3日から休校に入りました。学校再開の時期に地域差はありますが、休校期間は特定警戒都道府県を中心に5月末まで最長3カ月に及んでいます。 休校中の学童保育(以下、学童)も地域や学校ごとに致し方ない差や方針の違いがありました。学童の多くは自治体から民間企業へ委託される半官半民で運営されています。お子さんが学校へ行っている時間帯や、放課後の小学生を対象に地域体験学習と居場所を兼ねた「放課後子ども教室」事業が行われている学校や地域では、その時間をパート勤務や傷病の療養にあてていた家庭もあり、その緊急受け入れをする学童もありました。それに伴う学童の支援員の緊急増員など自治体も大変だったと聞いています。 でも、隣の街に行けば、そもそも学童は常に待機児童を抱えている状態で、そのような対応はできないと言われたり、閉所になっていました。また、預かる学童にしても、医療関係者や生活インフラに関する業務に従事されている家庭や一人親家庭、自宅介護をされている家庭などに限定されていたそうです。そうなると、民間学童や、障害のあるお子さんであれば「放課後等デイサービス」に預けるしかありません。しかし、英会話教室や塾、スポーツクラブの運営する民間学童は、月額8万円ほどかかってしまうという話も取材の中でよく伺いました。社会問題が浮き彫りに 梅田 今は学校への登校も再開され、学童も同様だと思いますが、各種調査によると、出勤再開後も在宅ワークを取り入れる企業も増えてきたようですね。 麻生 取材した中では、この機に在宅やリモートワークを活用していく方向に舵(かじ)を切ったり、併用する企業が多い印象を受けています。出社したとしても時差出勤や分散勤務です。これは業務効率化の問題よりも、やはり新型コロナ禍の影響ですね。 時差出勤や時短という形態をとる企業は、在宅にはできなくても、感染リスクを極力下げるために緊急事態宣言中からその方法を採用していましたよね。コロナがきっかけではあったけれども、効率化にも繋がるから今後も在宅勤務やリモートワークを併用していこうという企業が、最も多いように見受けられますね。 梅田 今回の新型コロナ禍は、これまで放置されていた社会のさまざまな問題を浮き彫りにして、目に見えるような形にしてしまったというか、現象として顕在化させたような印象があるのですが、それに関して思われるところはありますか? 杉山 現代社会には矛盾というか、問題がいっぱいあったんですけど、問題をごまかしながらなんとかやってきたわけです。これまでも、問題が極限に行き着いたら大改革が起きたり、果ては革命や戦争が繰り返されてきましたが、新型コロナ禍のように社会を巻き込むような現象が起こると、一番弱いところに影響が集中してしまいます。 現代社会で最も影響が出るのが、派遣社員・バイトやフリーランスの方たちです。今回、生活や権利を守る社会の仕組みがないまま、政府がその働き方を推奨してきた問題が浮き彫りになりました。※画像はイメージです(ゲッティーイメージズ) 梅田 社会を回していく上で、社会一般の人たちの心理として、弱者は構造的に必要なんでしょうか? 杉山 犠牲はどの社会でも必要としています。古代ギリシャや昔の欧米列強でも奴隷制度がありました。便利に使われてくれる人というか、いろんな矛盾や問題を吸収してくれるような働き方をしてくれる立場の人は、どの社会でも時代でも必要だったということでしょうか。 これはよく言われる立場の上下を取り合う「マウンティング」ではなくて、社会を上手に回すために、臨機応変に柔軟に動いてくれる人が単純に必要なんです。 麻生 非正規雇用者などが社会の調整弁となってしまっていますよね。実際に、ショッピングモールのテナントでパート勤務されていた方は、3月から営業時間が徐々に短縮されていき、就労時間が短くなって収入減を心配していた矢先に、モールの従業員に新型コロナの感染者が出たため、臨時休業になって、翌日から仕事がなくなりました。突然収入が途絶えて、絶望的な気持ちになったそうです。 梅田 それで言えば、休業補償も給付金もまだ全然行き渡ってないですよね。だから休業中も従業員に給料を自腹で払える会社はいいんですけど、そうではないところはもうスタッフを切るしかない。緊急事態宣言前後で雇い止めが問題になりましたが、これは社会的に切り捨てられる人から先に切り捨てられたということでしょうか?デモをしない国民性 杉山 そう言えると思いますが、実際は自腹で休業中の給料を払えない企業の方が日本では多いわけで、実際とあるタクシー会社は一斉に全社員を切りましたね。これは、その間に失業手当をもらってくれ、というアイデアでしたが。 麻生 Uberもフルタイム勤務の従業員を対象に、世界で3千人以上の解雇を5月中に2度行ってますね。計6700人もの大規模な人員削減です。事業所の閉鎖や統合も行われました。コロナ禍で配車サービス事業が80%減少したことが主な理由です。 Uber Japanでも日本進出当初から数々の事業立ち上げに参画してきた日本人社員が解雇された事例もあります。一方巣ごもり消費で、Uber Eatsの配達員が担う仕事量は増加していますが、配達員は独立した一業者としての契約なので、社会的には弱者の立場といえるでしょうか。 梅田 となると、今回の新型コロナ問題では正社員も雇用の危機にさらされている。インターネットでは「おかしいじゃないか」という声が湧き上がっていましたが、時期的な問題もあって大規模デモなどは起きませんでした。米国はお構いなしにデモをやっていますけど。 杉山 日本人は、あまりデモなどで暴れない国民性なんです。まあ昔からですね。江戸時代にデモでもしたら打首ですからね。切り捨て御免の国でしたから。 だから、もともとあまりデモの文化がないというんでしょうか。戦後になってから、学生運動の時代の活動家たちがデモをしていましたが、別にみんながデモをしたというわけではなくて、「ノンポリ」と言われる学生運動に無関心な学生たちがけっこういました。今の日本でデモを起こして何かが変わると思ってない人はけっこう多いかもしれないですね。 というのも、日本人には会社に協力しようとするマインドが働くんです。いわゆる日本人気質というものです。組織に協力的なマインドを持った人しか日本では生き残れなかった。昔は村社会が組織ですから。村社会に協力的な人だけが生き残れる社会だったから、どうしても協力しようとする遺伝的な傾向が働いた。そういうマインドの人が子孫を残してきた結果が現在ですからね。安田講堂が学生らに封鎖された当時の東大本郷キャンパス=1968年7月 といいつつも、大正の近代化以降は、協力的でなくてほぼ村八分になるような一部の人が社会を変えてきたりしてきたんですけどね。でも、大多数はやっぱり村社会に協力的な人たちですよ。そういう遺伝的傾向を持った人が日本人は多いですね。 麻生 米国の方からは「この情勢下で、なぜ日本人はおとなしく暮らしているのか」とまで言われました。 梅田 日本人はあまりお上に逆らわない傾向がたしかにある気がします。SNSで声を上げている人はいて、時々盛り上がることもありますが、日本の根本は変わりませんね。「不安遺伝子」と日本人 杉山 心理学的に説明すると、「不安遺伝子」を持ってる人が世界で最も多い国の一つが日本なんですよ。不安を解消する方法はいろいろありますが、そのうちの一つが大きな組織の一部になってしまうことです。孤立は不安を高めるため、大きな組織と一体感を得ることで、自分が大きくなった気持ちになれる。だから、組織との一体感を求める人は多いです。 不安遺伝子とは別に「チャレンジャー遺伝子」というのがあって、これを持ってる人そのものが日本人では少ない上に、不安遺伝子があるとチャレンジャー遺伝子を働かなくしてしまう。不安遺伝子とチャレンジャー遺伝子学が拮抗して逆に身動きが取れなくなる。 梅田 今回の新型コロナ禍ではマスク不足が続いて、いろいろな企業や工場などがマスク作りに取り組み始めましたが、それはチャンレンジではないんでしょうか? 杉山 社会全体が「命を守れ」をスローガンのようにしているので、「みんなの身を守る」という流れに乗ることで、自分たちが大きくなった気持ちになれると思うんですよ。  何より、それは企業戦略としてマスク製造・販売で名が知られることにもつながるので、不安遺伝子の働きによるものといっていいと思います。 あと、マスク製造自体は、あまりチャレンジにならないですね。作り方は分かっているから、誰もやったことがないことをやるレベルのチャレンジではないんです。分かっていることで確実に結果が出ることやろうというのは、不安遺伝子が大好きなこと。マスク作りをするものづくり企業が増えるのは、日本人的な感覚として間違ってはいないんです。※写真はイメージです(ゲッティーイメージズ)* * * 次回はさらに、コロナ禍で浮き彫りにされた人間関係の心理について読み解く。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    コロナや災害支援、広がる自衛隊活用で忘れてはならない本分

    濱田昌彦(元陸上自衛隊化学学校副校長) 前回の寄稿では、主に新型コロナウイルスにおける自衛隊の支援について論じたが、今回は、その対応を見て感じた自衛隊の在り方を考えたい。 私はかつて情報バラエティー番組『ホンマでっか!?TV』(フジテレビ系)に出演したことがあるが、その番組で人気がある準レギュラーのおおたわ史絵氏の考えに注目した。彼女は内科医で、現在は法務省の非常勤医師として刑務所で受刑者たちの矯正医療にあたっている。新型コロナによる緊急事態宣言発令中の今年5月8日、自らのブログで、日本のPCR検査が増えないことについて当たり前であると指摘し、以下のように綴っていた。 できる場所が限られている。やる医師が少ない。いや、医療を責めているわけではない。鼻粘液採取の手技をするのは医療従事者自らも感染リスクを負う。鼻粘液採取の手技をするのは医療従事者自らも感染リスクを負う。  そのうえで、彼女は他国で検査が進む理由として「軍医」の存在を挙げている。 海外の検査が速やかに進むひとつの理由には軍隊の医師の存在があると思う。彼らは日常的に生物兵器に対する演習として防護服や汚染物の扱いに長けている。だから迷いが少なく、コロナにも向かっていける。日本には軍医がいない。前線で鍛えられた医師もいない。大多数の医師は防護服を着た事がない。見た事もないドクターだっていただろう。もとから世界で最も清潔な国のひとつゆえ、疫病対策には重点が置かれていなかった。そんな慣れない彼らが自衛隊の指導のもとに検査を始めている。使命感以外の何物でもない。 このように、おおたわ氏は、日本における課題を挙げ、現場の医療従事者への感謝の念を表していたが、これを読んで「なるほど」と思った。 私の知り合いで、防衛医科大出身の医師の中にも、イラクなどでの経験から死生観を確立した人がいる。この経験から生物兵器防護の演習や訓練を豊富にこなしているため、防護服やマスクの装着に慣れた医師は多い。 実際、自衛隊の医官(医師免許を持つ自衛官)らが、横浜港に入港し新型コロナのクラスターが発生したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」(DP号)のほか、空港(成田や羽田)における検疫支援(PCR検査のための検体採取)など、5月末まで支援活動に取り組んだ。 こうした現場が修羅場で、厳しいものであればあるほど、そこで活動するグループのリーダーの資質が結果を左右する。その構成員の命やけが、感染の確率にまで影響するだろう。そこで思い出すのは、私が初級幹部の時代に教えられた「指揮の要訣(ようけつ)」である。 指揮の要訣は、指揮下部隊を確実に掌握し、明確な企図の下に適時適切な命令を与えてその行動を律し、もって指揮下部隊をしてその任務達成に邁進(まいしん)させるにある。この際、指揮下部隊に対する統制を必要最小限にし、自主裁量の余地を与えることに留意しなければならない。指揮下部隊の掌握を確実にするため、良好な統御、確実な現況の把握および実行の監督は、特に重要である。 夜明け前からの訓練で、演習場でヘトヘトになっているときに何度も、鬼のような付教官からこれを復唱するように命じられたことがある。小隊長役を任されている際は、なおさらその言葉の一つ一つが身に染みる。PCR検査の結果待ちの帰国者らが一時滞在するホテルで、スタッフにウイルス防護策を指導、助言する自衛隊員(右)=2020年4月、東京都新宿区(防衛省提供) DP号に派遣された自衛隊の幹部隊員がこれを思い出していたかどうかは分からない。しかし、防衛医大を卒業した医官も、最初は幹部候補生学校に入り、これを教わるのは間違いない。「ニワトリ処分」も任務 ところで今回の新型コロナ支援などへの医官や看護師の派遣に関しても、先のおおたわ氏がさらに興味深いコメントをしている。 矯正医療に携わり刑務所と少年院を勤務地としているため、自身がウイルスを持ち込みクラスターが発生することを危惧している。医療崩壊だけでなく刑務所が崩壊する。絶対に避けなければならない事態である。高みの見物のようで本当に申し訳ない。そのかわり、できるだけの発信をしていこう。 確かに一理ある。ただ、この論理に添えば、自衛隊の医官や看護師、その他の関係者もDP号などへの派遣は避けた方がよいという考え方もできる。刑務所と同様に、自衛隊も基本は集団生活であり「3密」の極致だからだ。 いったん感染が広がれば、かつてのスペイン風邪の例を見るまでもなく組織として崩壊してしまう。これは、米海軍の4隻の空母で起きたクラスターも同様だ。そんな見方もできるのである。 ただ自衛隊、特に陸自のノウハウを一般市民や医療、消防、警察関係者などに広げていくという試みは、大変素晴らしいものだと思う。防衛省統合幕僚監部(統幕)や東部方面隊などから出されている防護服の着脱の動画やパワーポイントによる説明資料は、分かりやすくかつ要点を押さえている。 最近では、自衛隊体操を紹介した動画まである。これらは、長い在宅、いわゆる「ステイホーム」生活でよどんだ空気を一変させるには最適であろう。この自衛隊体操はしっかりやると汗だくになるほどハードで肉体鍛錬にも有効だ。私も20代のころ、自衛隊富士学校で初級幹部の必須アイテムとしてたたき込まれた思い出がある。 2011年に発生した東日本大震災において、自衛隊、特に陸自の活動は国民から高く評価されるようになった。福島第1原発事故でも、国民から広く感謝の言葉や手紙、メール、ファクスなどをいただき感激した。自分が現役で制服を着ている間に、国民から感謝される日が来ることは想像もできなかった。40年前に入隊したときには、「税金泥棒」などと言われる風潮もあったからだ。 このように自衛隊の存在意義が見直されるようになり、時代は変わったが、一方で隊長や管理者の苦労は続く。例えば、鳥インフルエンザの発生で、おびただしい数のニワトリの処分で養鶏場へ行くときの話である。「ニワトリの処分」これは任務だ。 しかし、若い隊員には納得させて「この任務がなぜ必要なのか」を理解させて現地に派遣しなければならない。有能な隊員ほど、「これが自分の自衛隊に入った目的だったのか。何か違う」と考えるからだ。 自衛隊の本来の任務が国防にあることは言うまでもない。そして、災害派遣やその他の任務と国防のバランスに関しては、それこそが国会で議題にすべきテーマである。憲法改正の前に、もっと具体的な議論が必要だ。陸上自衛隊の隊員に訓示する河野防衛相=2020年3月、さいたま市の陸自大宮駐屯地 米軍の場合、各州が州兵を持っている。そのためハリケーン「カトリーナ」のような大規模災害時や、塩素など危険物を満載した貨物列車の脱線事故のようなCBRN(化学:Chemical、生物:Biological、放射性物質:Radiological、核:Nuclear)事態では、まず州兵部隊を動かすことができる。 一方、米国の本土の内側で正規軍を動かすことは極めてハードルが高い。まさに、「ルビコン川を渡る」という状況のときに限られてくる。任務が増える自衛隊 日本の場合、陸自はこの州兵と正規軍の両方の役割をほぼ同時に求められることが多い。例えば、化学科部隊の場合、米国のWMD(Weapons of mass destruction、大量破壊兵器)-CST(Civil Suport Team、市民支援チーム)が担っているような化学災害やバイオテロへの対応を平時から役割として果たしている。 だが、南西方面での作戦においては、CBRNにおける検知などの情報収集、防護活動、除染、救護までカバーする。これだけの活動を、わずかオスプレイ1機分(約100億円)にも満たない予算枠の中で遂行しているのである。そのあたりの苦労と特殊性は、ぜひ多くの国民にも知っていただきたいところだ。 ゆえに近年の何でも自衛隊に支援を求める傾向について、私は少々危惧している。最近、日本各地で豪雨や台風による被害が相次いでいる。昨年の台風で千葉県内の家屋の屋根が吹き飛ばされる被害があったが、屋根にブルーシートをかける作業に、陸自の隊員が携わっているニュースを見て心底驚いた。  被害は大変ひどいものだったことは承知しているが、そこに自衛隊員を出すことは、以下の災害派遣の3要件に照らしてどうなのだろうか。・公共性(公共の秩序を維持するため、人命または財産を社会的に保護しなければならない必要性があること)・緊急性(差し迫った必要性があること)・非代替性(自衛隊の部隊が派遣される以外に他の適切な手段がないこと) 千葉県の被災家屋の支援にあたっていたのは、普通科連隊のレンジャー隊員の可能性がある。レンジャー隊員であれば「屋根から落ちなくてすごいですね」と褒められてもあまりうれしくはないだろう。今回の衛生部隊も同じかもしれない。 いずれにせよ、わが国周辺の安全保障環境を考えると、自衛隊に米軍の州兵的な役割を相次いで依頼することに疑問を覚える。特に新型コロナの発生源である中国は、尖閣を含むわが国周辺で、軍事力を含む圧力を高めているのが現実だ。 先の大戦中、旧日本陸軍は、インパールにおいて兵站(へいたん)のない中で奮戦した。そして多くの兵士が飢え死にした。その教訓は今に生きているのだろうか。自衛隊は、任務であればそれを愚直に完遂するのみである。 そこに国民や政治のサポートがないなどとは言わない。「陸自幹部はやせ我慢」だと陸上自衛隊幹部候補生学校(福岡県久留米市)で教え込まれた記憶がある。台風被害を受けた住宅の屋根にブルーシートを張る自衛官ら=2019年9月、千葉県鋸南町 今回の新型コロナ対応を通じ、自衛隊の存在は一層重要なものとなっている。一方で、自衛隊本来の目的とは異なる任務もますます増えている。そうした中で、予算と人員、装備がなければ陸自も活動することはできない。 これを契機に自衛隊や国防についての「在り方」そのものを、改めて考える必要があるのではないだろうか。

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    ワイドショー民はいつになればコロナの「不都合な事実」に気づくのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 7月に入ってから、新型コロナウイルスの感染拡大が東京圏を中心に再び加速している。12日現在、新規患者の報告件数が4日連続で200人を超えた。 特に新宿、池袋のいわゆる「夜の街」で働く人たちを中心に感染者数が増加している。この感染者数の増加には主に二つの理由がある。 一つは東京都と新宿区が連携して、夜の繁華街で働く人たちを中心にPCR検査の集団検査を実施していること、もう一つは接客業やホストクラブ、キャバクラでの陽性率が30%を上回る高率であることだ。緊急事態宣言の下での陽性率の最高値が31・7%だったのでそれに匹敵する。 ただし、新宿区の検査による会社員らの陽性率は3・7%と、東京都の5・9%(7月10日現在)よりも低い。ワイドショーなどマスコミの一部報道では、新宿に市内感染が大幅に拡大しているとするものがあるが、このデータを踏まえれば報道は正しくない。特定の業態で拡大が深刻化しているというのが実情だ。 筆者がここで特記したいのは、集団検査などで積極的に協力している「夜の街」の人たちへの感謝である。この点を忘れてはならない。 もちろん、東京都の感染状況は全く安心できるレベルではない。感染経路不明者が占める割合が高くなっていること、都道府県にまたがる感染が拡大していることが挙げられる。さらに、重症患者数は低位だが、感染者数がこのままの増加スピードで推移すれば、対応できる病床確保レベルが逼迫(ひっぱく)する恐れも生じる。 また、現在目にしている数値は、潜伏期間などを考慮すれば1~2週間前の感染レベルともいえ、現状はさらに感染が拡大している可能性がある。それに報道では、感染者の多くが若い世代であることや、重症者が少ないことが強調されているが、これも正しいとはいえない。 感染症専門医の忽那賢志氏は「重症者のピークは患者発生数よりも後に来るので、今重症者が少ないからと言って安心はできません。東京都の流行の中心は今も若い世代ですが、すでにその周辺の高齢者や基礎疾患のある方も感染しており、今後の重症者の増加が懸念される状況」だと、警鐘を鳴らしている。東京・新宿の歌舞伎町をマスク姿で歩く人たち=2020年7月10日 また個人的には、緊急事態宣言解除以後の、日常的な感染予防対策の緩みを実感している。例えば、狭い空間にもかかわらず、筆者以外全員がマスクしない環境で取材を受けたこともある。空調が効いているので息苦しくないはずなのにマスクを着用しておらず、正直非常にリスクを感じた。 これに類した体験を持つ人も多いだろう。当たり前だが、緊急事態宣言が解除されても、新型コロナ感染の脅威が終了したわけではないのだ。感染予防のマナーが日常的に求められている状況であることを忘れてはならない。苦境を救う予備費 ところで、インターネット上などで「新型コロナはただの風邪だ」とする意見が後を絶たない。 免疫学者の小野昌弘氏はツイッターで、「コロナはただの風邪ではない。『伝染する肺炎』と受け止めるのが的確と思う。そもそも肺炎は医学的に重大な状態。しかもコロナの肺炎は血栓ができやすい、全身状態の急速な悪化を招きやすいなど、タチが悪い。重症者で免疫系の異常な反応がみられ、この手の免疫の暴走は危険。やはりただの風邪ではない」と指摘している。これは多くの医療関係者の共通認識だろう。 新型コロナ対策を担当する西村康稔(やすとし)経済再生相は、「夜の街」対策が急務であると認識しているようだ。具体的には、今後の情勢次第で、東京都と埼玉・千葉・神奈川の3県に、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく休業要請を行う考えを示した。 ただ、休業要請に踏み切るならば、やはり政府の支援による金銭的な補償が必要になるだろう。今までの政府の見解では、休業要請と金銭的補償の連動に否定的だ。 その「肩代わり」をしているのが自治体だが、財政事情が大きくのしかかっている。政府には10兆円の予備費があるのだから、それを活用すべきだ。 医療機関への負担も積極的に軽減すべきだろう。感染症対策の直接的な医療体制の充実を図る必要がある。 また、新型コロナの感染を避けるために「受診控え」が広がり、多くの医療機関の経営が悪化している問題を指摘しておかなければならない。 NHKによると、3割にあたる医療機関のボーナスが引き下げられているということだ。このような医療機関の経済的苦境にも、予備費などで積極的に国が対応すべきだろう。新型コロナウイルス感染症対策分科会終了後、会見に臨む西村康稔経済再生担当相=2020年7月(川口良介撮影) ただ、ワイドショーレベルの報道では、予備費の活用などという意見は出てこない。ワイドショーだけの話ではなく、予備費が巨額であることや、その使途が特定化されてないことを批判する論調が中心だった。新型コロナ危機の本質を理解していない意見がマスコミや識者の論調の主流だった。 新型コロナ危機の本質はその根源的な不確実性にある。つまり、この先どうなるのか誰も分からない。ワイドショーの「PCR至上主義」 予備費はこの不確実性の高さに柔軟に対応できる枠組みである。それこそ経済刺激のために、追加の定額給付金や、1年間程度の消費減税の財源にも使える「優れもの」だ。 だが、財務省は予備費の額が膨らむことや、使途が減税などに向けられることを極度に警戒していた。つまり日本のマスコミの多くは、財務省の考えに従っているともいえる。 予備費批判は、野党や反安倍政権を唱える一部の識者にも顕著だ。よほど財務省がお好きなのだろう。 予備費を活用してお金を配ることよりも、この手のワイドショーや、番組と一緒に踊っている「ワイドショー民」が好きなのが、政府や自治体のリーダーシップ論だ。先日のTBS系『サンデーモーニング』でもリーダーシップ論が展開されていた。 ジャーナリストの浜田敬子氏は、米ニューヨーク州のクオモ知事のリーダーシップが新型コロナ感染の抑制に成果を挙げているとし、日本のリーダーシップの不在を批判していた。浜田氏は、検査が1日に6万6千件行われ、その結果を知る時間も極めて短く、無料で資格も問われずに何度も受けられることを称賛していた。 だが、ニューヨーク州は死者数が3万2千人と全米でも最も多い。一方で、日本は約1千人、東京が約300人である。 しかも、ニューヨークのように米国は厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を採用しているので、経済的な落ち込みも日本より激しい。ワイドショーではこの不都合な事実はめったに報道されない。 日本のワイドショーは「PCR至上主義」だ。検査に積極的であればあるだけ高い評価を与え、他の側面は無視しているに等しい。もちろん、検査体制の充実は必要だと筆者も考えている。 だが、日本のワイドショーや踊らされているワイドショー民には、検査が充実しているニューヨーク州が、なぜ都市別で世界最高水準の死者を出しているのかわからないのではないか。検査拡充は感染終息の必要十分条件ではない。2020年7月1日、米ニューヨークで記者会見するニューヨーク州のクオモ知事(ゲッティ=共同) 今、検査で陰性だとしても、それは「安全」ではないのだ。偽陰性の問題や、検査後にすぐ感染する可能性など、PCR検査が「安全」を保証することはない。 むしろ、マスク着用や正しい手洗いの励行、社会的距離(ソーシャルディスタンス)をとることといった感染予防の徹底が必要だ。そして言うまでもないが、積極的な経済支援がこれまでも、そしてこれからも極めて重要な政策であり続けるのである。

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    「奇妙な成功」は褒め殺し、コロナ封じ失敗を呼ぶ日本のご都合主義

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 日本の新型コロナウイルス感染対策について、米外交誌のフォーリン・ポリシーは「奇妙にうまくいっているようだ」と論評している(5月14日電子版)。 「日本の新型コロナウイルス感染対策はことごとく見当違いに見えるが世界で最も死亡率を低く抑えた国の一つで、結果は敬服すべきもの。単に幸運だったのか、政策が良かったのかは分からない」。東京発の記事である。 半分は皮肉というか、「褒め殺し」のようなものだ。「奇妙な成功」「奇妙な勝利」は決して単純な褒め言葉とはいえない。だが、先行きに自信を持っている人々には、結果から見てともあれ胸を張ってよいと受け止められた模様だ。 日本人は新型コロナに抵抗力があるとされる「ファクターX」という未解明な要因も騒がれた。緊急事態宣言(7都府県に4月7日発令、全国は同月16日~5月6日)がにわかに解除されて経済再開ということになった。 安倍晋三総理は「日本モデルの力を示した」、とスピーチした。この言葉はとりあえずの「新型コロナ終息宣言」なのだろうが、確信を持って凱歌を上げたものには見えなかった。 それかあらぬか新型コロナは、日本の「奇妙な成功」の心許なさにつけ込むように逆襲に転じている。専門家筋の多くは、新型コロナがぶり返すのはこの秋冬という見方だった。新型コロナは本来暑さと湿度に弱く、夏場は一服する。当面の危機は何とか乗り越えたとして、この間に検査、ベッド数といった医療体制を整備する期間としていた。だが、新型コロナはそうした「定説」をあっさり覆している。新型コロナに人々の予断や注文はあてはまらない。 6月後半、東京都は新型コロナ感染者が連日50人を超える事態になっていた。小池百合子知事は、新宿などのホストクラブ、キャバクラといった「夜の街」関係者に予防的に検査を進めたことによる結果という見方を表明した。 しかし、予防的検査を織り込んだとしても、感染経路不明者もじわりと増加していた。はたしてこれらの動きは、新型コロナ感染ぶり返しの大きなシグナルにほかならなかった。 7月2日、新型コロナの感染者数は緊急事態宣言解除後で最悪な記録となった。東京107人、全国196人。3日は東京124人、全国249人。4日は東京131人、全国274人。その後も記録を連日更新する動きとなった。 「しっかりと感染防止策を講じて経済活動との両立を図っていく。これができないなら、もう経済活動できません」「もう誰もああいう緊急事態をやりたくないですよ。休業をやりたくないでしょ。だから感染対策をしっかりとってですね。これ皆が努力しないとこのウイルスに勝てません」(西村康稔経済再生担当相、7月2日記者会見)記者会見する西村経済再生担当相=2020年7月2日、東京都千代田区 西村氏は、東京の感染者が再び100人を超えたのが想定外で衝撃だったのか、やや冷静さを欠いた発言をした。7月2日もそうだったが、その後も何度となく強調しているのは「新型コロナ感染対策と経済の両立」という既定路線である。そして、その都度繰り返しているのが「マスク、手洗い、そして換気」という感染対策である。「補償金」から逃げ回る行政 西村氏が、誰に対して、あるいは何に対して怒ったのか不明だ。おそらくもたらされた現実、あるいは事実というものにいら立ったのかもしれない。だが、もたらされているものは受け止めなければならない。 その現実、あるいは事実からすれば新型コロナ感染症対策の特別措置法の限界が露呈しているように見える。特措法も与野党など人々がつくったものだ。特措法は日本の新型コロナへの対応を偽りなくすべてリアルに映し出している。 特措法では、総理大臣が緊急事態宣言を発令し、都道府県知事が感染防止のために外出自粛、店舗・施設などの使用制限など協力要請をできることになっている。あくまで協力要請で強制力はない。したがって緊急事態宣言による経済損失に補償は想定していない。 強制ではなく協力要請になるため、協力に対する資金などの実質的な支援は自治体の財源次第である。協力要請に対して資金が提供されたり、されなかったりということになる。逆にいえば、財源、資金がないと協力要請も遠慮が生じかねない。 東京都は、休業要請に協力した中小企業、個人事業主に対して「感染防止協力金」を給付している。神奈川、千葉、埼玉3県などが「東京都のような財源がない」と、セコいというか露骨に協力金拠出から逃げ回ったのは記憶に新しいところだ。 国は新型コロナで収入が大幅減となった中小企業、個人事業主に「持続化給付金」を出している。これも補償ではなく、新型コロナ禍に打撃を受けている事業継続への支援金ということになっている。 補償金は出さないが、協力金、給付金は出している。どこかの海沿いの大型温泉旅館の継ぎ足し増改築ではないが、本館、新館、アネックスと複雑な設計となっている。新型コロナとの闘いは、「戦争とは異なる」とお叱りを受けそうだが、「戦争」に例えると誰がどう闘うのか、責任、役割、管轄が曖昧であり、悪くいえば皆が逃げている。本館、新館が迷路のようになっており災害など実際のクライシス時になると下手をすれば大きな混乱の元になりかねない。 特措法を日本の企業組織でいえば、総理大臣が社長で命令を出す、都道府県知事が各部門の執行役員で現場業務を行うようなものである。ただし、執行役員が担当している部署、特に財務・資金ポジションで行う業務内容、業務スタンスも大きく異なっている。 緊急事態宣言発令直前の4月初旬、小池知事が理髪店、ネットカフェ、居酒屋などに休業要請を進めようとした。国が経済への影響を懸念して発令を渋って小池知事にストップをかけた。小池知事は、「社長だと思っていたら、天の声がいろいろ聞こえてきて、中間管理職になったようだった」と。指揮命令系統、役割分担、責任など曖昧につくられているため運用面でも混乱が避けられない。東京都知事選で再選を果たし安倍晋三首相にあいさつする小池百合子氏(左)=2020年7月6日、首相官邸(春名中撮影) 緊急事態宣言では一度目がそうだったが、国も自治体も財源問題があって、補償にはお互いの顔を見て尻込みすることになりかねない。責任や役割、権限が曖昧で国、自治体、あるいは自治体同士が押し付け合ったり逃げたりすることになる。結局は、世論という「空気」待ちになる。これではコンセンサスを形成するのに手間暇がかかる。二兎を追ったツケ そうしたことから総理大臣が緊急事態宣言を発令するとしても、タイミングがどうしても遅れ気味になる。新型コロナ感染拡大を叩くタイミングではなく、自然にピークアウトしたころに発令する事態を招きかねない。 新型コロナウイルスに関連して、すでに当サイトに4本寄稿している。5月10日の「コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る『二正面作戦』の罠」で、新型コロナ対策と経済再開の両立に移行という動きについて、「二兎を追えば一兎も得ず」という可能性に触れている。   新型コロナ感染症対策の特措法は3月13日に成立している。せめて特措法成立直後の3月後半に緊急事態宣言を発令して、強制力はないにしても強い協力要請を示す必要があった。補償はできないが、実質的に資金支援するような手法で新型コロナ封じ込めを徹底する。まずは新型コロナという「一兎」を叩いて封じ込める運用が先決だった。 ところが、この「一兎」を徹底して叩くという仕事が不十分だった。緊急事態宣言が「遅い」、しかも運用が「緩い」という不徹底さが否定できないものだった。これが今の新型コロナのぶり返しの根源をなしているとみられる。 経済のためにも主要な敵である新型コロナ封じ込めに全力を傾ける。迂遠な道に見えるが、税金や時間をセーブするのが、新型コロナという「一兎」を徹底して叩くという手順への集中だった。 工場などで問題が発生し生産ラインが順調に動かなくなったケースを想像してほしい。なぜ故障が発生しているのか。機械なのか、あるいは人がからんだ使い方に問題なのか。どこに問題があるのかを究明して根因を突き詰める。トヨタ自動車に「5W1H」(5つのWHY、1つのHOW)という危機管理手法がある。 トヨタ式の危機管理では、あらゆる視点で問題の根因を究明する。(社内の情実抜きで)「事実」を徹底して突き詰める。それが5WHYだ。5WHYで「事実」が究明できたら、どうしたらよいか方向性(1HOW)が自ずと判明する。 その「事実」究明から派生して生み出されたのが、今は一般化した「見える化」だ。「見える化」は、「事実」を曖昧にすると会社は倒産するという危機感から生み出された「トヨタ語」にほかならない。さまざまな情実や不都合よりも「事実」究明が最も重要だという危機管理手法になる。トヨタ自動車東京本社の外観=東京都文京区(宮崎瑞穂撮影) 国も自治体も拙速気味に緊急事態宣言を終わらせて経済再開を急いだ。「withコロナ」「コロナとの共存」=新型コロナ感染防止と経済の両立という「新しい生活様式」を総括なしでいわばなし崩しに既定路線としてスタートさせた(日本式というのか、5WHYどころか1WHYもなかった)。幸運に頼りすぎた戦略 新型コロナ防止と経済が両立するということは都合は極めてよいが、「二兎を追う」ことになる。上手くいけばよいが、「二兎を追えば一兎も得ず」がお定まりになりかねない。新型コロナ感染が急増すれば、経済の稼働に支障が及ばざるを得ない。 東京で新型コロナ感染者が一日50人を超えるということは、すぐに100人超になるリスクを抱えていたことが、すでに実証されている。感染者が100人超になれば、次は200人超に爆発する。そして7月9日、それは現実となった。 中途半端な「二正面作戦」、「二兎を追う」という罠にすっぽりとはまろうとしているように見える。もともと「二正面作戦」というのは難しいものである。そんな難しい作戦を運用できると思っていることにリスクが内在している。 小池知事は、「夜の街など予防的に検査をしている結果で、緊急事態宣言ということではなく、ピンポイントで感染対策を行う」としている。しかし、感染者が100人超程度にとどまればよいが、200人超に爆発するリスクもあった。はたしてピンポイントで感染対策を行うというのは可能なのか。 これまでの寄稿でも指摘したが、今川義元の桶狭間では、上洛作戦なのか尾張攻略なのか戦略目標が曖昧だったことが敗因として指摘されている。ミッドウェー作戦では、敵空母殲滅なのかミッドウェー島攻略なのか、これも戦略目標が曖昧だった。いずれも「最善の想定」で臨み、「最悪の結果」を招いている。「二正面作戦」の罠である。 経済再開が最終目標であるならば、その阻害要因にして主たる敵である新型コロナを徹底して封じ込める作業を先行させることが不可欠である。「安心・安全」の完璧までの達成は無理としても、「安心・安全」をある程度確立できれば、経済は稼働させられる。しかし、緊急事態宣言が「遅い」「緩い」では「奇妙な成功」でしかなく、幸運に頼りすぎているといわれても仕方がない。 新型コロナ対策のみならず「クライシスマネジメント」では、「最悪の想定」に立つのが基本だ。だが、特措法、特措法による緊急事態宣言、解除後の新型コロナ対策と経済の両立などで、ほとんど一貫しているのは「最善の想定」でクライシスマネジメントが行われている。控えめにいっても、そうしたきらいがあり、払拭できていない。 日本人の多くは、国や東京都の協力要請に従順に行動してくれる。だが、新型コロナウイルスは、国や地方自治体の要請を考慮してくれるわけではない。「誰も緊急事態宣言などやりたくないでしょ」。だが、これはそうであるにしても「やりたくない」というのは願望でしかない。新型コロナ感染対策と経済と両立させるというのも国、地方自治体の都合というか願望の部類にほかならない。JR品川駅周辺で、マスク姿で職場に向かう人たち=2020年5月26日、東京都港区(宮崎瑞穂撮影) 都合がよい悪いということでいえば、新型コロナはこれほど都合が悪い存在はない。願望や都合で新型コロナに対応するなら、むしろ「税金と時間を食う」といった最も避けなければならない道を歩むことになりかねない。 今さら迂遠すぎる、後戻りもできない。とはいえピンポイントで効果的に感染防止を行うというのも言うほど簡単ではない。新型コロナは、「最善の想定」すなわち願望や都合で闘える相手ではない。「事実」からリセットしなければ、新型コロナ対策と経済の両立を急ぐという効率的な「日本モデル」は、ことごとく「見当違い」といわれかねない。

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    Jリーグの受難を乗り越える「生死より重要」という情熱

    長年待ち望んだ歴史的な優勝である。 その優勝を勝ち取ったスタジアムに、観客の姿はなかった。もちろん、新型コロナウイルスの感染予防のためである。優勝から長年遠ざかったゆえに、世代を超えて待ち望んだ栄冠の瞬間をサポーターたちは自宅で家族と喜びを分かち合ったことだろう。ただ、もちろんそれだけで済むはずもなかった。 優勝後、サポーターは試合後に続々とスタジアムに集まり、喜びを爆発させた。そこではソーシャルディスタンスは皆無だ。飲んで騒いで旗を振り、ご法度である大声でのサポーターソングも歌われた。さらには、発煙筒や花火さえも飛び交っていたようだ。 7月を迎え、全世界でプロサッカーが再開しつつある。欧州では、ほとんどのリーグが6月には再開されている。もっともベラルーシのように、欧州にも新型コロナが世界中で拡大する中でリーグを継続していた国はあった。これは例外としても、一時期は新型コロナの最大の被害を受けていた欧州ゆえ、各国でのリーグ再開は非常に早く感じる。 もちろん、ただでさえ莫大(ばくだい)な報酬で選手をかき集めているのだ。ビッグビジネスゆえ、経営上の意向もあったはずだ。だがそれよりも、サポーターの世論があったからこそ、これほど早く再開ができたのであろう。 「サッカーは生死に関わる問題ではない。それよりも重要なものだ」。この言葉は1960~70年代にリバプールを率いて数々のタイトルを獲得し、黄金時代を築いた名将、ビル・シャンクリーの言葉だ。 リバプールの本拠地であるアンフィールドの前には、シャンクリーの銅像がある。新型コロナウイルスの感染の危険を顧みずに集まって歌い踊るサポーターの姿を、シャンクリーは草葉の陰でどんな思いで眺めていただろうか。 日本でも、いよいよ本日7月4日からJ1が再開される。熱狂度では欧州に及ばないが、それでもサッカーは国内屈指の人気スポーツだ。一足早くJ2、J3が行われたとはいえ、全国各地のJリーグサポーターたちは首を長くして、週末の試合を待ちかねていたことだろう。ただし新型コロナウイルス対策により、やはり最初は無観客試合で行われる。 ネーミングセンスでは定評があるJリーグは無観客試合を「リモートマッチ」、略称を「リモマ」と名付けた。観客を入れた試合は7月10日から行われるが、密集した状況を避けるため人数は5千人以下、もしくは会場収容数50%以内という条件付きでのチケットの販売となる。なお7月中は、ビジター席は販売されないことになっている。レプリカのトロフィーを前に大喜びのリバプールサポーター=2020年6月、リバプール(AP=共同) 「チケットはしばらく争奪戦になるでしょうね」と古参のJリーグサポーターは言う。「試合に入れたとしても応援はできないし、アウェーの試合はチケットはあってもホーム側だけです。まだいつもの通りとは言えないですね」と嘆く。 彼はいわゆる「コア」サポーターの一人だ。普段は太鼓で応援をリードし、メガホンや脚立、横断幕や大旗を持ち込んだりとフル装備で試合に挑むのだが、今回は手ぶらでスタジアムに行くことになりそうだ。「ラクといえばラクなんですけども」と、複雑な表情を浮かべていた。無観客試合の「思い出」 Jリーグからは「サポーターはスタジアムの周辺に集まらないように」とも呼びかけられている。欧州では無観客試合にもかかわらず、サポーターがスタジアムの外に集まって応援するという姿が多数見受けられたためだ。日本でも、Jリーグに先んじて再開されたプロ野球で同じようなことがあり、それを熱心なファンの美談のように取り上げた記事が批判を浴びたばかりだ。 試合会場内外での横断幕も禁止されたが、この措置に浦和レッズが反対声明を出した。しかしすでに決定事項ということもあり、あっさりとその声は退けられた。 それでも浦和は無観客試合をJリーグが定めた呼称である「リモートマッチ」を、独自に「ONE HEART MATCH」と呼ぶと表明した。その理由の一つに、かつて浦和が無観客試合をJリーグで「唯一」経験したためと当初説明していた。 しかし、その無観客試合は、2014年3月に浦和サポーターがスタジアムに人種差別的な横断幕を掲げたことへのペナルティーとして科せられたものだ。それに、対戦相手として付き合わざるを得なかった清水エスパルスのことが忘れられており、私としてはトンチンカンな感じがしてならなかった。 すると案の定、後日「浦和レッズは、『無観客試合』を経験しているクラブです」とクラブ側から訂正された。なお浦和の立花洋一社長は横断幕禁止の一件について、後にJリーグ側に謝罪している。横断幕の件についてはサポーターからの声があったのだろう。良くも悪くもサポーターとの協力関係が密接な浦和らしいと言えるかもしれない。 他のサポーターにも、話を聞いてみた。彼は応援歴20年近くのベテランだ。 「無観客試合は日本代表でもありましたよね。そのときに私の友人たちは、タイのスタジアムの外から日本代表を応援していました」。彼が話しているのは、05年6月8日にワールドカップドイツ大会予選として行われた北朝鮮戦のことである。 この無観客試合の背景には、先だって行われた北朝鮮-イラン戦で、北朝鮮サポーターが判定への不服を理由に暴徒化し、集団で審判や関係者を襲撃しようとしたり、イラン代表を乗せたバスを取り囲んだことへのペナルティーだった。そのため本来平壌(ピョンヤン)で行われるはずだった試合は、中立国のタイで行われた。 熱狂的な日本人サポーターたちはスタジアムに入れないことを知りつつ、それでも日本から駆けつけた。試合を見ることができないスタジアムの外から応援する姿は滑稽とも言えたが、国内では美談としても伝えられた。なおサポーターの中には、どのように忍び込んでいたかは分からないがスタジアムの屋根までたどり着いて観戦していた猛者もいたそうだ。 「今回はさすがにスタジアムに忍び込むようなことはないでしょう。新型コロナが理由ですし、自分にも感染のリスクがあるので、さすがに皆おとなしくしているでしょう」と、先ほどの彼は言う。エバートン戦でリーグ戦初先発したリバプールの南野(右)。前半のみで交代した=2020年6月21日、リバプール(共同) では、どうやって試合を見るのかというと、動画配信サービス「DAZN」(ダ・ゾーン)一択となるらしい。 DAZNは英国に本社を置く、ネットメディアにおけるスポーツコンテンツのプロバイダーである。17年シーズンから10年間で総額約2100億円という前例のない巨額な放映権料でJリーグの全試合配信権を獲得して話題となった。サッカーはもちろん、バスケットボールやアメリカンフットボール、ゴルフにバレーボール、さらにはF1のようなモータースポーツやダーツまでをカバーする。スポーツのデジタル放送に関しては、まさにコングロマリット(複合企業)的存在といえる。不透明な先行き だが、新型コロナウイルスにより全世界でスポーツ興行が中止や延期されているため、やはり大きな会員減に悩まされているようだ。自宅待機を求められている人々の入会で、会員数が劇的に増加しているというネットフリックスのような大手とは、同じ動画配信サービスでも天国と地獄という差だ。 しかも、このDAZNは投資に次ぐ投資という拡大路線で大きな債務を抱えており、日本以外では放映料の支払いが遅延しているとも聞く。もちろん、将来を有望視される注目の新興企業はいくら負債を重ねても投資家には支持される。スタジアムに行けないサポーターたちはDAZNと契約せざるを得ないだろうから、またここから盛り返していくことになるだろう。 話をサッカー観戦に戻そう。観戦スタイルの一つであるパブリックビューイングについては、Jリーグから禁止とされた。もちろん、これは正式なライセンスを有するクラブチームなどを念頭に置いた、ある程度規模が大きなパブリックビューイングのことであろう。しかし、これに頭を抱えているのは全国のスポーツバー経営者である。 「ただでさえ飲食店は新型コロナウイルスの自粛が続いていた期間、営業していただけで怒られました。そうです、『自粛警察』ってやつです。隠れて看板の電気を消して営業していたところもあるくらいです。今回は、お客さんが集まる絶好の機会なんですが…」。既に10年以上の営業を続けているスポーツバーの店主は浮かない顔だ。 要はお客さんが来てくれても、それだけ密集してしまえば、また何を言われるか分からないということらしい。まだまだ苦難の道は続きそうだ。 Jリーグの各クラブはどうなのだろう。4月から試合が開催できなくなり、さらには無観客試合になると相当に厳しい状況が予想される。しかし、クラブ事情に詳しい記者に聞いてみると、意外な答えが返ってきた。 「延期された試合は、たとえ過密日程になっても今シーズン中には消化されるので、入場料収入は落ち込むとしても危機的になるまでのものでもないようです。スポンサー収入も新型コロナがあったからといって減収になるものではないですから」。どうやら今のところは心配なさそうだ。 5月にJリーグから開示されたクラブチームの決算情報を見ると、3月決算の2チームを除くJ1クラブの平均年間総収入は約51億円だ。そのうちスポンサー収入は約23億円で約半分を占める。ここは年間契約なので、新型コロナによる中止や無観客試合でも動かない数字だろう。日銭としてキャッシュフローに大いに関連する入場料収入は9・8億円となっており、収入のうち全体の2割にも満たない。東京都内のJリーグ事務局内で、試合を見つめる村井満チェアマン=2020年6月27日 とはいえ、今後予定されていた全試合が開催されたとしても、無観客試合や入場者数の制限で入場料収入がある程度減ることは間違いないだろうし、その他のグッズ販売なども含めた収入も観客数に応じて減る。 また、社会全体がこれだけの経済的な打撃を受けている中で、来期以降のスポンサー収入となると先行きは不透明だ。さらに言えば、上記の話を聞いた記者は財政的には恵まれているクラブの担当だ。弱い財務基盤の下、綱渡り状態で経営をしてきたクラブチームはキャッシュフローの悪化により、最悪破産というケースも出てくるだろう。生き残りをかけるクラブたち 先日にはJ1サガン鳥栖の運営会社サガンドリームスが、19年度に約20億円の純損失を計上したことを定時株主総会で発表した。これで2期連続の赤字だけに、先行きは暗い。 Jリーグのチームの多くはシーズン終了に合わせて1月末決算にしているため、この決算数字は新型コロナによる影響とは関係がない。それでもこれだけ切迫した状況だと、今後も非常に厳しいのは間違いない。 コンサドーレ札幌は、このまま自粛による試合開催ができないと、10月ごろに資金がショートすると語っている。こちらも経営苦境は新型コロナとは関係なく、以前から続いているものだ。札幌では、選手が自主的に給与の減額を申し入れるという事態にまで発展している。 サッカークラブチームの収益構造では、営業費用の半分が選手の人件費で占められている。自主的な減額は大幅な選手の放出につながることを避けたいという選手側の思いもあるのだろうが、それにして不憫(ふびん)ではある。 クラブチームの受難は海外でも当てはまる。4月には、ベルギーリーグで約100年の歴史を誇る古豪、スポルティング・ロケレンが破産宣告し、クラブ所属の日本人選手2人が契約解除となった。クラブは以前から資金繰りに悩まされていたそうで、そこにスポンサーになることが予定されていた中国の企業が新型コロナウイルスの影響を理由にスポンサーを降りてしまい、これがトドメとなってしまったようだ。 今シーズンはともかく、多くのJリーグクラブが決算を迎える来年1月前後には、苦渋の決断をしなければならないチームも出てくるはずだ。 Jリーグはこのような事態に、三菱UFJ銀行や商工組合中央金庫(商工中金)などからJリーグチーム向けの長期の融資枠を確保したと発表している。金額の総枠は非公表だが、これで、ある程度の突発的自体は避けられるだろう。それでも仮に試合が通常どおり行われるようになったとして、来年以降どうなるか、楽観視は全くできない。 日本のクラブチームの事業規模は先ほど述べたように、年間の平均収入は約50億円程度だ。中小企業とまでは言わないが、とても大企業とは呼べやしない。もちろん、サッカークラブでなくとも、どの日本企業も先行きに対して不安を抱えている。そう考えるとコロナ禍における日本の経済環境は、多かれ少なかれJリーグのクラブのような状況かもしれない。サッカーJ2のジェフ千葉対大宮アルディージャ、コロナ禍でのリーグ中断を経て再開されたリモートマッチ(無観客試合)=2020年6月27日、フクダ電子アリーナ(今野顕撮影) それでもサッカーのクラブチームが単なる企業活動とは違うのは、「生死の問題より重要」と言い放つような、熱心なサポーターに支えられていることだろう。 新型コロナウイルスを経験した日本社会は、今後「アフターコロナ」といわれる時代を迎える。厚生労働省は「新しい生活様式」を実践するように訴えている。 「ボクたちが何かやり方を変えたりすることはあるかもしれないですけれど、Jリーグとクラブチームを愛する気持ちは変わらないでしょう」と、前述の古参サポーターたちは口をそろえて語った。コロナ禍で先行きが見えないプロスポーツ。しかし、それを応援するサポーターたちの存在は、Jリーグをはじめ、多くのプロスポーツが「必ずこの苦境を乗り越えていく」太鼓判となるであろう。

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    戦略PRのプロが指南!「withコロナ」の観光サバイバル術

    菅原豊(戦略PRプロデューサー) 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が解除され、徐々にではありますが日常が戻りつつあります。目に見えないウイルスに対して感染予防策を講じるという、全く未経験のハードルがある中、各地で観光プロモーションの再考も事実上始まったと考えてよいでしょう。 しかし、第2波、第3波が来る可能性は依然としてありますし、また、次の冬に再燃する可能性もあり、新しい生活様式下での観光産業を作り上げなければならない、という命題は依然として変わりません。 そこで、「withコロナ」時代の観光地域の復活戦略として、今回も3つの指針を示してみたいと思います。・感染予防策だけでなく、それを知らせる活動を!・「withコロナ」の観光地は仲間づくりを!・ターゲットは「お隣」さん! まず、一つ目は感染予防策。新型コロナウイルスはモノに付着するとなかなか消えないという強敵のようで、私たちの日常生活も日々ピリピリしてきています。この非常にあやふやでストレスのかかる中で、観光産業を再興させなければなりません。 業種業容ごとの感染予防マニュアルのほか、市町村や特定のエリアが連係するDMO(観光地域づくり法人)単位で基準を作ったり、認証制度を作ったりと、さまざまな動きが並行して動いてきています。ただ、ウイルスの解明には時間を要することと、正しい感染予防策とは何か、を断定できない状況です。 こうした中では、誰かの指示を待つより、皆がアンテナを立て、情報を集め、動きながら実行することが求められます。さらに、周りの動きを見ながらよいと思ったら真似をして、コミュニケーションをとりながら、柔軟に対応していくことが大切だと思います。 一方、観光に出かける人の視点から見るとどうなるでしょうか。感染症罹患の恐怖やリスクという点では、観光客を受け入れる側も、観光に出かける人も、同じです。ですが、観光客の立場なら、自ずと感染予防策をとっていることを知り、より心配が少ないと判断する場所に出かけることになるのは自然な流れでしょう。 各観光地が非常に綿密に感染症予防策に取り組まれている現状は、われわれのような観光事業者と日ごろ接している者は自ずと知ることになりますが、一般的に見ると、「感染予防策を講じてはいるが、積極的に開示するまでに至ってない」というのが実態のようです。有馬温泉の旅館「陶泉 御所坊」でパネル越しに案内する仲居=2020年6月4日、神戸市 今、新聞や雑誌、テレビ、ネットサイトと、多くのメディアはコロナ禍から脱出して、地域経済、日本経済を復活させようといろいろな取り組みをしている事例や実態を取り上げる傾向があります。 その前向きな動きに関する記事やニュースに触れると、クラスターがどこかで起きるかもしれないと思いながらも、心が明るくなります。今われわれが直面する命題は「感染予防策をとりながら、いかに観光産業を復活させるか」というこの一点です。注目は「とト屋」の戦略 今回だけは、梅雨前線や真夏日、海開きなどの季節のニュースは注目されることはなく、世の中もその情報を望んでいません。今はとにかく「感染予防策」のPR合戦をする時期。多くの人が普通に目にするように、感染予防に向けた取り組みに関する情報を発信していってほしいと思います。 京都府の北。海の京都と呼ばれるエリアに京丹後市があります。丹後半島の西側、間人(たいざ)と呼ばれる場所にある一つの宿。「うまし宿 とト屋」が、独自の積極的な取り組みを会員制交流サイト(SNS)に投稿していたので紹介します。 そこには「日頃から衛生面には気をつけておりましたが、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐため、3密を防ぐ生活様式に合わせてとト屋での対策を検討致しました」とあり、以下のような内容が事細かに書かれています。 ~ 大自然の中で「暮らすように旅をする」~ とト屋ファミリーはとト屋を大きな家と考え、訪れて頂いたお客様はみんな家族。お客様同士、お客様とスタッフ、立場は違っても、みんな家族のような間柄で過ごして頂きたい、そんな願いからとト屋三密ルールでの対策を考えました。 非日常を味わいに来ていただく皆様に、たくさんのルールを提案せざるを得ない状況に、心が痛みますがご協力をお願い申し上げます。スタッフ一同、言葉は少なめ、最大の笑顔で心のおもてなしをさせて頂きます。 「とト屋の新型コロナウイルス対応」についてお知らせ致します。以下のことを学び、とト屋でのおもてなし対策を考えました。【宿泊施設の品質】①清潔感⇒高い清潔感or清潔感×笑顔=②安心感高い安心感=③快適性高い快適性=④顧客配慮④高い顧客配慮=⑤積極性、共感性①、③、④、⑤全てが②安心感を強化する関係つまり!宿泊施設の品質を顧客視点で定義すると=「安心感」となる 上記の事柄を検討し具体的な対策を明記した書面をチェックイン時にお渡しすることを決めました。≪とト屋の具体的な感染予防対策≫1)館内でのマスク着用2)空気清浄器の設置3)各スペースの消毒液の設置4)化粧品・ブラシ等は持参を要請5)ハンドドライヤー、トイレタオルからペーパータオルへの変更・設置6)館内の手が触れる場所(ドアノブ、リモコン等)清掃及び消毒の徹底スリッパの消毒7)温泉浴場の時間制限による清掃の充実と温泉利用の相談・対応8)宿泊の制限により、個人・小グループ、または貸のみ受付9)お部屋食、食事処の時間と個室利用の相談・対応10)調理場の清掃及び消毒の徹底11)スタッフの健康管理及び手洗い消毒の徹底12)従業員の客室への入室回数を少なくするため、客室への案内、寝具の準備の要請13)非対面チェックイン・チェックアウト手続きの要請(事前カード決済)14)宿泊時の感染疑いの際の対応*万一、発熱や呼吸困難、倦怠感など、感染の疑われる症状が出た場合、保健所(帰国者・接触者相談センター)に連絡し、その後は保健所からの指示に従うことを要請 以上の事を宿泊施設における新型コロナウイルス対応ガイドラインとさせて頂きます。 一つひとつの言葉に、直面する感染リスクという危機に対して、真剣にかつ非常に前向きに取り組んでおられる旅館の人の姿を感じとることができ、好感が持てました。 一方、「感染予防策」のPR合戦は、観光誘客という視点以外にも大きな意味を持ってきます。一つのお店や旅館のアイデアや取り組みでも、観光地全体での大きな施策でも、例えばメディアで報道されたり、SNSで発信したりすることで、お客様だけではなく、日本全国の同業の方の目にも留まるようになります。「うまし宿  とト屋」の外観(同宿提供) 同じ危機に同時に直面してしまった観光に関わる人たちにとっては、その一片の情報が励みになり、具体的な感染予防の方法として非常に役立つはず。日本全国の観光地が感染予防策を競っていくと、誘客マーケティングの推進と同時に、並行して、事実上日本全体の「感染予防策付の新しい観光」のレベルを上げていくことにつながっていくはずです。「仲間づくり」の視点 次は「仲間づくり」という視点です。今回、観光地の経済は、3密回避と移動制限によって深刻なダメージを受けてしまっています。加えて、新型コロナウイルスは今後もなくなることはなく、終息させるためには、ワクチンの開発か、感染と回復を繰り返しながらわれわれが抗体を持つようになるか、と言われており、「withコロナ」は重くのしかかってきています。 そこで、「人が非日常を体験するためにどこかの場所に行く」という観光から、「観光を起点にした観光地の経済」という視点を考えてみませんか? 観光地の経済は大きく、宿泊、食事、体験、お土産に、観光客がいくら払ってくれるか、で成り立っています。残念ながら、景観や景色というのは呼び込むフックとしては機能しますが、お金を取ることができません。 これが、「withコロナ」の時代になるとどうなるのか。感染者が出る、クラスターが発生するという事態になれば、有無を言わさず、一時的に今回と同じような状況になることは容易に想像できます。こうならないようにするには、地道に感染予防策を講じて、感染者が出るリスクを科学的に少なくしていくしかありません。 もう一つの変化は、「withコロナ」によって引き起こされる「感染予防策を講じることでの支出増と収入のダウン」です。3密を避けるようにあらゆる工夫が各所でとられてきていますが、隣を空けて座れば収容人数が減り、例えば、抜群においしい料理を提供しても、そもそも売上の上限が下がってくることになります。行列ができるお店が行きたいお店、とならなくなる可能性すら出てきます。総売上を無理やり維持しようとすれば、単価を上げることになりますが、それは成功することはないでしょう。 こうなってくると、観光地はこれまでの観光地としての経済でよいのか、という議論が出てこないとおかしくなります。別の収入源、経済を作る必要がある!という意味です。将来、万が一、運よく「beforeコロナ」と同じ状態に戻ったとしても、今、別の収入源を作っておくことは、プラスにしか作用しませんから、ぜひこれまでとは「違う」収入源を作っていただきたいと思っています。 そこで提案したいのが「仲間づくり」なのです。ただ好きだという「ファン」ではなく、一緒に経済を支えてくれる「仲間」を作っていきましょう。誰を仲間にするのか、それは観光客です。一度、来ていただいた観光客を、観光地が、観光地の経済を支える仲間にしていく、という考え方。 ところで、皆さんは一つの観光地に何度も行ったことがありますか。よい思い出があって、どうしてもリピートしてしまう観光地があってもおかしくはありません。ですが、地方自治体の観光プロモーションは、おもてなしをもって好印象を与え、リピーターになってもらいたいと思いつつも、その多くは初めての観光客を取りにいく施策に重点が置かれているように見受けられます。砂湯が川沿いにある旭川。川沿いの旅館の窓には「ファイト」と書いた紙が張られていた=2020年5月31日、岡山県真庭市 日本国内だけでなく、今の時代は海外渡航の方が安くあがる場合もあり、世界中に観光地があります。2回来るようにするマーケティングより、初めて来る人を獲得するプロモーションに軸を置いてしまうのは自然な動きかもしれません。 つまり、現在の観光ビジネスは、観光地と観光客は一期一会というフロービジネスが軸になっていることになり、なかなか大変なビジネスと言わざるを得ません。観光振興に携わる方々の苦労は並大抵のものではないはず。しかし、繰り返しになりますが、3密回避と移動制限で、このままでは観光地の経済は回らなくなってくるはずです。復活作戦のターゲットは? 前回のiRONNAへの寄稿で、観光とは「遠くの場所でのお買い物」であり、ゆえに、移動制限がかかっている今、宿泊施設がこれまで泊まってくれた方に「案内して、特産品などを売ってみてはどうでしょうか?」と書きました。一度、その地を訪ねた人はその地を思い浮かべることができる貴重な存在。その人を、一生離すことなく、仲間にしていくという取り組み、始めてみてはどうでしょうか。 具体的には、観光で来られた方に、宿泊施設やお土産物店、あるいは観光デスクなどで、登録していただき、帰った後もその地の特産品を安く購入できるようにしてあげる。ご家族や友達への贈り物は、ネットで簡単に手配できる。一歩進めて、特産品の販路開拓をサポートしていただいたら手数料をお支払する、など、「仲間」にしていく手法はいろいろ考えられます。 これまでも、インスタグラムにハッシュタグをつけて投稿してもらうなどの企画は時折見かけますので、観光客を仲間にしていくという方向性は共鳴していただけると思います。ですが、SNSでの写真投稿の目的は、きれいな写真を色んな人が見ると、来たくなる人が出てくるだろうという考えが基本になっており、やはりそこには、「観光地」に行かない限り1円も経済が動かないという事実が立ちはだかります。「withコロナ」の時代。情報拡散を手伝ってもらうファンではなく、観光地の経済にも貢献する「仲間」を作っていくことが望まれます。 観光客を仲間にする作戦は、これまで「密集」するほどではない、比較的自然が多く、大きな宿泊施設が少ない地域の観光戦略の一つとしても役立ちます。先日、岐阜県飛騨市のお店の飛騨牛BBQセットと蒲酒造場の日本酒のシャンパン「じゃんぱん 純米発泡酒」をネットで注文し、新潟の実家に贈りました。飛騨市に行ったことがない田舎の母親は初めて食べた味だと喜んでいました。 こんな形で、観光地から帰った後も、その地の経済に貢献していくという流れは、「観光地」と「農産品や工芸品などの産業を担う人」と、「観光客」、さらには「その観光客とつながっている近しい人」までを巻き込む、「win-win-win-win」の関係を作っていくはずです。 最後に、「withコロナ」で始めることになった観光産業の復活作戦のターゲットはどこにすべきか、について記したいと思います。 依然、各地で小規模なクラスターが時折発生するなど、油断はできない状況ですが、都道府県をまたいでの移動もできるようになってきています。こうした中で、徐々にコロナの終息傾向が強まっていったとき、どういう地域をターゲットにしていくのがよいでしょうか、という視点になります。「withコロナ」だからではなく、コロナ禍でマーケティング活動が止まってしまった状況を前向きにとらえ、観光戦略を見直すチャンスにしてみてはどうでしょうか。その検討材料の一つとして見てください。 ターゲットは「お隣」です。 例えば、自身の話になりますが、新潟県出身の私は、新潟県が、北から、山形、福島、群馬、長野、富山の5県と接しているということは小学校で習っていて、行ったことは、当時はなくとも、自然に覚えていったという記憶があります。 しかし、新潟空港から飛ぶ飛行機がどこに飛んでいるのか、大学時代から東京に出て、その後、現在のような仕事をするまで考えたこともなく、情報としても具体的に持ち合わせていませんでした。新潟県の空の玄関口、新潟空港=2017年11月、新潟市東区(市川雄二撮影) 江戸時代から、いやもっと以前から、山を越えて人が街道を移動し、商業や文化が伝播していき、その土地ならでは有形、無形の多くのものができあがってきています。新潟県は隣接する5県や、日本海を航行した北前船によってさまざまな人、モノ、カネ、情報と文化が動いたはずです。目の前の一歩と遠くの目標 しかし今、高速道路や新幹線が通り、新潟県の隣は東京都になってしまったような感じがしています。もしかしたら、若い世代は、地理的につながった隣の県には行ったことがないかもしれません。 空の道、空路もつながっています。新潟空港は国内線では札幌、成田、名古屋、大阪、福岡、沖縄とつながっています。誰もが知っている東京を、ことさら取り上げる必要はないので、ここでは空路がつながっている北海道、千葉、愛知、大阪、福岡、沖縄に注目します。 新潟県の小学生は学校で隣県は山形、福島、群馬、長野、富山の5県と習っていますが、ここに、北海道、千葉、愛知、大阪、福岡、沖縄も加えてみてはどうでしょうか。この6道府県を隣県と指定して、教科書に入れるとどんな変化が起きてくるでしょうか。 高速道路が整備され新幹線が張り巡らされると地方空港利用者が減っていく、という現象が日本各地で起きています。このままでは地方空港の存立が危ぶまれると耳にすることもあり、地方空港の利用を促進する動きが起きてきたりします。しかしどうでしょうか。そもそも、地元にある空港がどこに飛んでいるのか、なぜ、知らないまま大人になってしまうのでしょうか。 昔の先人たちが作ってきた歴史はいつの時代も大事にされ学習材料になりますが、われわれが歴史を作る立場になれば、今の「道」を移動した先になにがあるのか。もっともっと情報を動かしてよいのではと思うことがしばしばあります。 全国各地の地方自治体が、日本全国に、世界中に、アピールして観光客にきてもらいたい、交流人口を増やしたい、最終的には移住してきませんか、という一連の動きをしてきています。ですが、クリック一つで情報をインターネット上に置くことができる今、全国をターゲットにすることは間違ってはいないものの、選択と集中を行うことも重要。ぜひ、高速道路、新幹線だけでなく、空路でつながる地域も選択肢に入れ、選んでいただき、戦略PRを展開してほしいと思っています。 人は非日常体験をしたくなり、観光に出かけますが、悲しいことに、知らない先に旅にいくことはできません。せっかく空路でつながっている地域があり、そこはほぼ1~2時間で行ける距離にあるわけです。ぜひ、お隣さんの情報をもっと知り、かつ自分たちの情報も発信していく。知れば興味がわき、見てみたくも、食べてみたくもなります。 例えば、つながった地域の大学のサークル活動などの大会や発表会が行われるようにするとか。中高生が見れば、進学先になるかもしれません。子供が進学すれば、親御さんはたびたび訪れます。 企業の交流もしかり。昔々、峠を越えて行き来していた普通の活動を、空路を使って行うだけです。地域が持っているインフラを普通に活用する仕組みを作っていくことで、水が高いところから低いところに流れるように、情報が動きます。情報が動けば、そのまま旅の行先の候補になっていくはずです。埼玉県川越市の蔵造りの町並みを散策する観光客=2020年5月29日 「withコロナ」時代の観光をどう再構築するのがよいのか、ということで、感染予防策PR合戦から、観光地の収入源を増やすアイデア、さらにはマーケティングのターゲットをどう設定するか、と3つについて書きました。 まだまだ新型コロナウイルス感染症は予断を許さない状況ですが、目の前の一歩の踏み出し方も、遠くの目標に向けた準備も大切になってきます。困難ばかりの「withコロナ時代」の観光の捉え方の一つの参考にしてください。

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    新型コロナで激変する「パラダイム」

    世界を襲った新型コロナウイルスは、政治や経済に限らず、文化や社会の在り方まで完全に変えてしまう勢いだ。これまで当たり前だったこと、すなわち「パラダイム」の激変は避けられない。艱難辛苦の世の中だが、前に進むにはどうすればいいのか。そこで今回は、多様な視点でアフターコロナについて考えたい。

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    アフターコロナの日本政治に希望をつなぐための「旗印」

    、それは与党内で起こるのでしょう。そう思わされたのは、感染の波がいったん収まって、未知の感染症だった新型コロナウイルスに関する不確実性もだんだんと減ってきたころから、自民党の中の動きが活発化したことによるものです。 とはいえ、現在の自民党を見る限り、政権末期につきもののレームダック(死に体)化の気配は感じられても、かつてのように明確に政権を引きずり下ろしに行く動きは感じられません。 それは、一つには細田派(清和政策研究会)、麻生派(志公会)、二階派(志帥会)の安倍政権を支える三大派閥がしっかりと手を組んでいるからでしょう。また、安倍晋三首相から後継とみなされている岸田文雄氏が政調会長として政権と命運を共にしているからでもありましょう。 しかし、だからこそ、でしょうか。こうして本格的な大不況時代の入り口に立ちながら、安倍政権後を視野に入れた政治家個々人の動きは、依然として危機のレベルを認識していない錯誤感が伴います。もちろん、足下での経済的損失に対処すべしという声は、与党議員の中からも大きく聞こえてきます。 逆に、今は提案さえすれば、何もかも認められそうな気配さえ感じられます。目の前の倒産を食い止めようと誰もが立ち働いていることは否定しません。 しかし、政権与党は少なくとも向こう2、3年の経済運営に関しては責任を負う立場です。コロナの第2波にどう立ち向かうのか。そこにおいて第1波と同じような緊急事態宣言と休業要請をしてしまってもよいのか。安倍首相(右)に2020年度第2次補正予算案編成に向けた自民党提言を手渡した自民党の岸田政調会長=2020年5月21日、首相官邸 はたまた、同盟国やその他の国との往来はどのように再開すべきか、米中対立によるリスクにどのように対処すべきか、といった問題を話し合うべきときなのです。自民党総裁選をにらんで各種会合や立ち上げをするのもよいですが、それは根本的な問題への対処を政権に任せっきりにし、困難な課題を避けて通るようなものであってはならない、と思います。 軒並み弱い支持しか得られていない野党を前に、政権交代を恐れず余裕綽々(しゃくしゃく)なのはまだ理解できるとしても、第2波への対応次第では、今年の実質国内総生産(GDP)がマイナス12%成長になろうかというときに、悠長な態度をとっている場合ではないと思うのです。自民の本当の強固な基盤 安倍政権の支持率低下は、自民党本体の問題ではなく、政権特有の問題だと見なされているのかもしれません。しかし、安倍政権がここまで長期政権化したことこそが特異な事例なのであって、自民党が抱える本質的な問題はいささかも変わっていません。 毎日新聞や朝日新聞の各世論調査では、安倍政権の支持率が3割を割り込んだことがニュースになりました。調査によっては半数以上の人が不支持と答えるなど不満が強いことがうかがえます。では、政党支持率といえば、NHKの5月の世論調査では自民党が31・7%、立憲民主党は4・7%、支持政党なしが43・8%と野党の弱さが目立ちます。 2009年に民主党の勝利という形で現実化した自民党にとっての危機は、党内の結束を固め、首相のリーダーシップを強化するという意味では学びとられているのかもしれません。けれども、安倍長期政権下において、自民党に対するファンが増えていったわけではありません。 確かに、選挙の出口調査でこそ若年層の自民党への投票が目立ちます。私が代表を務めるシンクタンクが実施した「日本人価値観調査2019」で、自民党に対する信頼度や好感度を表わす「評価」そのものを聞いてみると、実は若年層の自民党支持は際立たないのです。 そして、ここに来てコロナ禍と経済不安で世間に不満がわだかまる中で、無党派の政権離れが顕著になりました。自民党が新たに獲得したと考えていた層、つまり民主党に幻滅した無党派の改革支持層、そして自民党政権に慣れている若年層は、局面が変われば容易に離れてしまう浮動票でしかなかった、というわけです。 自民党は、私のこれまでの意識調査によれば、有権者全体の1割以下の強固な支持基盤しか持っていません。それは、米国のトランプ政権が3割弱の根強い共和党支持者に支えられているのとは対照的です。 自民党を初めから支持するのではなく、結果的に投票した有権者が重視していたのは、米国との同盟強化や憲法9条改正に象徴される現実主義路線でした。その上で、経済成長重視の立場に立つ人が自民党を「より選んできた」にすぎません。衆院予算委で、立憲民主党の枝野幸男代表(手前左から2人目)の質問に答える安倍晋三首相=2020年6月9日 であるとすれば、人々の現状打破に向けた欲求が一定の水準を超え、外交安保の争点を度外視したとき、全く異なる論点での分断が起きる可能性があります。危機の時にはポピュリズムが流行るものです。トランプ現象のように、経済的には中道に立ちながら、社会的には分断を煽るような言説が出てくることも十分想像できます。現状打破志向の興味深いところは、それがいかなる方向であるかを問う前に、変化を望むことです。 日本では、とりわけ年長世代にこの傾向が顕著であり、良くも悪くも彼らがこの社会を作ってきたにもかかわらず、60代や70代の有権者がその場の感情に従って選挙に風を吹かせる可能性が高いのです。なぜそう考えるかというと、現状に満足しておらず変化を望む有権者の層が、ある一定の明確な政策の方向性を示しているというわけではないからです。危機が課題を先鋭化させる その結果、自民党の弱さが顕在化し、変化が起こるとすれば、おそらくよく考え抜かれた結果の政策転換ではなくて、情動的なものになることでしょう。 そうすると、現状の継続にせよ、変化にせよ、日本政治に希望はないのか、という話になります。もちろん、私もそう思いたくはありません。もし日本社会に希望があるとすれば、合理性に基づき、社会的課題と経済成長戦略を結び付けた政策が本格的に出てくるときでしょう。 安倍政権が唯一この分野で力を発揮したのは、「ウーマノミクス」と呼ばれた女性の活躍推進と経済成長の相乗効果です。しかし、現在コロナ禍で非正規雇用の女性は再び雇用調整の対象となり、労働人口そのものが大幅に減ってしまいました。自粛政策で、男女の格差は少なくとも一時的には拡大したわけです。 同時に、コロナ禍による経済的打撃によって、若年層にしわ寄せが集まっています。今の若い世代が、就職氷河期の上の世代と同様にロストジェネレーション化することは目に見えています。 経済復興の過程は、取り組むべき本質的な課題に対処するチャンスでもあります。未来志向の社会的課題と経済成長を結び付ける分野の一つが、環境問題です。日本では諸外国ほど意識されていませんが、アフターコロナを論じる上で、環境問題は第5世代(5G)移動通信網の普及などIT化のための投資と並んで重視されています。 コロナの恐怖が世界を覆う前、グローバル社会の最大の課題は気候変動だったことを思い出してください。感染症を契機として、自然に干渉する人間の生活を見直したいという欲求は、先進国を中心に加速するでしょう。 実際、人間の活動が停滞したことで、地球環境には目覚ましい変化が現れました。観光客がいなくなったベネチアの運河は青く澄み、魚が戻ってきたといいます。二階俊博幹事長との会談を終え記者団の質問に答える自民党の石破茂元幹事長=2020年6月8日(春名中撮影) 復興で活発な公共投資が求められる中、少なくとも先進国は20世紀型の化石燃料を燃やし続けるような経済には投資しないでしょう。そうした先進国主導の流れは、先進国市場へのアクセスが重要な新興国にも波及していくことでしょう。 善きにつけ悪しきにつけ、危機は社会的課題を先鋭化させます。今だからこそ、政治は社会的課題に本格的に取り組むことを旗印にすべきであるし、それを経済成長と矛盾のない形で示すことのできる政党が評価されるのだろうと思います。

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    米中に淘汰された日本、復権の機はコロナ後の新グローバリズムにある

    の選挙スローガンとほとんど同じ。これではどうしても「新冷戦」、米中による覇権の衝突が避けられない。 新型コロナウイルスでは2019年末に中国・武漢で起こっていた事態を明らかにして世界に警告することを怠った。新型コロナウイルスに世界が苦しんでいるのを尻目に香港、ウイグル、チベットなどへの露骨な弾圧を憚(はばか)らない。 全国人民代表大会(全人代)で香港への「国家安全法制」適用を決め、高度な自治を認めていた「一国二制度」を事実上破棄した。南シナ海では人工島を「西沙区」「南沙区」として行政区に組み込み実効支配を押し進めている。尖閣諸島でも中国公船が日本漁船を追い回すなど行動を活発化させている。この夏には南シナ海で空母「山東」、あるいは「遼寧」を総動員して陸海空軍合同の大規模軍事演習を行うとして緊張を高めている。 中国は米国に並ぼうとする経済大国になったが、共産党一党独裁をやめようとしない。多様な政党、多様な意見や価値観を認めない。民主主義や基本的人権は採用しない。グローバリズムによる水平分業の恩恵で「世界の工場」になったが、それはあくまで手段でしかない。目指すのは「中華民族の偉大な復興」、すなわち世界の覇権であることを隠そうとしない。中国全人代の閉幕式に臨む習近平国家主席(左)と李克強首相=2020年5月28日、北京の人民大会堂(共同) 米中貿易戦争は激化の一途をたどってきたが、2020年1月に一時的な「休戦」となった。米国は対中追加関税第4弾分の税率を15%から7・5%に引き下げる。それ以外の関税は引き下げや撤廃は行わない。中国は米国から農産物、工業製品など今後2年間に2千億ドルの輸入拡大を行う。さらなる「新冷戦」の様相 これで当面は落着するとみられていたが、新型コロナ禍が勃発して雲行きが変わった。トランプ大統領の米国は新型コロナ禍の損害賠償を中国に請求しており、応じなければ報復措置として関税を課すとしている。 トランプ大統領は、さらに安全保障の面から中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)の締め出しを各国に呼びかけている。これに対して中国は米国からの農産物輸入を停止する動きを見せて牽制するなど激しく反発。米中貿易戦争は再び激化の兆しを見せてきている。米中の激しい非難の応酬は、「新冷戦」の様相を帯びつつある。 めまぐるしい米中の「新冷戦」の応酬に目を奪われていると本質が見えなくなる。92年のグローバリズム経済勃発時に戻れば見えてくるものもある。冒頭にグローバリズム経済の勝者は米国と中国だったと述べた。リアルにいえば、勝者は米国の資本、そして中国を支配している共産党だったと言わなければならない。 92年当時、系列、下請けといった垂直統合型の「ニッポン株式会社」の一国資本主義に米国はたじろいでいた。例えば、この時代はアップルのパソコン「マッキントッシュ」は1台50万円を超えていた。値段が高くても高性能の商品は売れるというのが米国資本の信念だった。 しかし、性能がよい商品でも高くては売れないという現実を抱えていた。北米でつくれば、高い人件費で製品が高価格にならざるをえない。 これに対して「ニッポン株式会社」は系列、下請けといったシステムに加えてトータルクオリティーコントロール(統合的品質管理、TQC)、「カイゼン」といったマニュファクチュア(工場制手工業)に強みがあった。「カイゼン」を念仏のように唱えて製品を日々改良するという愚直なシステムで、パナソニック、ソニーなどは自社製品に驚くべき進化をもたらした。パナソニックグループなどではカイゼンはほとんど信仰に近い趣すらあった。 その当時TQC運動は、労働時間外に行う自発的学習ということで残業代は発生しないという慣行が認められていた。TQCに残業代が支払われることになったのは2000年代に入ってからだ。04年頃、パナソニックに並ぶカイゼンの元祖・トヨタグループは、「労働基準局のご指導によりTQCによるカイゼンは労働に変わった」と。 米国はことあるごとに「ニッポン株式会社」という一国資本主義システムをアンフェア、閉鎖的、と目の敵にした。日米貿易摩擦では日本車をハンマーで叩き壊すという「ジャパンバッシング」が行われた。しかし、マーケットでは「よいモノを安く」という日本のマニュファクチュアは優位にあった。 米国の資本にとっては、とりあえず人件費が格安だった中国を「世界の工場」にしてサプライチェーンを確立することが己の利益だった。中国にとっては資本、設備、技術が入ってきて、そして格安の労働力を提供することで国内に雇用・賃金が生み出されるのだから棚からボタ餅である。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) ここで「パラダイムチェンジ」が勃発した。すなわち米中の「ウインウイン関係」から動き出したのがグローバリズムということになる。米国資本は、グローバリズムという世界資本主義の「ルール変更」、あるいはグローバリズムという「新ルール」の構築で勝者になった。「グローバルスタンダード」が変わったわけで日本製造業もこれに追随するしかなかった。米中に共通する「一国主義」 米国資本は勝者となり膨大な利益を手にした。だが、米国の労働者たちは失業して没落を余儀なくされた。工場が廃屋になり「ラストベルト」(衰退した工業地帯)が広がった。米国の貧富の格差はすさまじいものになった。 工場と雇用は中国に移動し、今では中国は習主席が言う「小康社会」(ほどほど余裕のある社会)に変わった。米国の労働者たちの所得がそっくり中国の労働者階級の所得に移転した。とはいえ、米中の賃金格差は巨大で、中国の労働者が得たのは「小康社会」でしかない。グローバリズムの勝者は中国共産党にほかならない。ただ、ささやかには中国の労働者もその勝者の一部といえる。中国は、社会主義市場経済(資本主義)を選んだことで共産主義理念を捨てたのか、極端なほど貧富の格差を放置している。 工場が中国に移転して雇用を喪失するという現象は、日本の労働者にとっても同様だった。系列、下請け、TQC、カイゼンなどを強みにした「ニッポン株式会社」のマニュファクチュアは有効性がなくなり、製造業は空洞化した。「アベノミクス」でゼロ金利にするなどどう頑張ってもGDPの高成長が戻らないという日本、そのデフレ経済の根底にあるのが92年からのグローバリズムの進行だ。 本来、国というものは「一国主義」なのだが、それを声高に主張したのはトランプ大統領の米国である。グローバリズムは、米国の資本に膨大な利益をもたらした。 しかし、トランプ大統領のみならず共和党、民主党としても、共産党一党独裁を捨てず民主主義を認めない中国が米国と世界の覇権を争う存在になったこと自体が面白いことではない。米中の貿易収支の大幅赤字も黙認することができない。新型コロナのパンデミック(世界的大流行)でもいち早く経済再開をしている中国にいら立ちを隠せない。 前回の大統領選では、グローバリズムで失業し没落している米国の労働者階級の票をかき集めたのはトランプ大統領だった。今秋の大統領選では、新型コロナ禍の直撃で米国経済の停止が長引いており、トランプ大統領の下馬評は有利から不利に変わっている。それだけにトランプ大統領はパンデミックの非はすべて中国にあると非難をやめない。 習主席も「一国主義」ではトランプ大統領に何一つ負けていない。中国はリーマンショック時の08年に4兆元(当時のレートで57兆円)の国内インフラ投資を行った。これをテコにGDPで世界2位の国家に飛躍した。中国はそれだけで決して満足しない。中国の長期戦争は、健国100周年にあたる2049年に米国と並び立つ世界の覇権国になるまで終わらない。 米国、日本、ドイツ、あるいは韓国、台湾などの資本が大挙して中国に進出するといったグローバリズムの恩恵で、中国は徒手空拳で復活を遂げた。しかし、復活した中国が発信しているのは、世界の覇権国家になるという「一国主義」そのものだ。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) 日本にとって、中国を「世界の工場」とするグローバリズムを見直すという世界的な機運は千載一遇かもしれない。日本企業系の工場を中国集中型からアジア諸国に分散するだけではなく、日本国内に復帰させる方策が求められる。避けられぬ「パラダイム」の再構築 「経済安全保障」の面から補助金などで優遇して国内に工場を戻す。水平分業による「世界最適配置」のサプライチェーンだけではなく、国としての「クライシスマネジメント」を想定してこれを再構築する。 日本は与野党、あるいは地方自治体なども選挙の票になるということで保育園ばかりに補助金を流し込んできている。中国が中央政府、地方政府とも「中国製造2025」で半導体など次世代の自国ハイテク産業の高度化にアンフェアなほど巨額補助金を注ぎ込んでいるのと極めて対照的だ。 中国が自国ハイテク企業に巨額で不透明な補助金を注入しているは競争上アンフェアであり問題が多い。だが、新しい「富国」を目指して次世代ハイテク産業育成を目指すのはまっとうといえる。アップルが中国で「iPhone」を製造しているように中国は世界のハイテク製品の製造基地になっている。 しかし、アセンブルされたそれらのハイテク製品の中に中国製部品は使われていない。中国が半導体などを筆頭に産業マニュファクチュアの高度化を目指していること自体は当然の動きである。 問題は、グローバリズムの推移の中で無策に中国の「中国製造2025」向けに半導体関連部品、半導体・液晶製造装置、検査機器、工作機械などを供給してきた日本である。それによって日本製造業は収益を得ているのだが、このまま推移すれば2025年以降には日本は中国から半導体を輸入する側に回る可能性もないとはいえない。少なくとも中国はそうした構図を目論んで「中国製造2025」に取り組んでいる。 問題は2025年以降という先々のことだけではない。現状でもあらゆるモノの製造を中国に依存している。過剰な「中国依存」はすでに大きなリスクになっている。医薬品原薬製造なども圧倒的に中国が押さえている。 中国は新型コロナ禍で自国が非難されると、「中国が医薬品原薬の輸出を止めなかったことを世界は感謝すべきだ」と。中国へのサプライチェーンの極度の集中をを逆手にとって世界に感謝を要求している。2020年6月7日、中国政府が公表した新型コロナウイルス感染症に関する白書について、記者会見場で習近平国家主席の映像にカメラを向ける報道関係者ら=北京(共同) 世界が中国に感謝すべきなのか。中国が世界に感謝しなければならないのか。新型コロナ禍は、中国に「世界の工場」、すなわちサプライチェーンが集中している今の世界経済の破綻をあぶり出している。グローバリズムという世界経済の背骨ともいうべきパラダイムが、新型コロナというパンデミックによって、再構築を迫られていることだけは確かである。

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    「新しい生活様式」など甘すぎる、withコロナを生き抜く虎の巻

    問診を行う医療スタッフ=2020年4月30日、東京都世田谷区の自衛隊中央病院(田中一世撮影) 今回の新型コロナウイルスの感染者数は、当初想定より大幅に下回ったにもかかわらず、一時医療崩壊スレスレと騒がれた最大の要因は、病床やスタッフではなく、医療物資の不足だと現場からは聞こえてくる。避けられない患者減 特に民間病院で、急遽コロナ患者を受け入れた病院ほど、十分な備蓄がないのが実態のようだ。専門家や医師会の代表者が声高に「緊急事態宣言を」「医療崩壊が懸念される」と繰り返していたが、責任逃れの疑念もわく。 徐々に患者は戻りつつあるようだが、ほとんどの病院はコロナ後、患者が激減しており、中には8割減となったところもあるという。 そもそも大半の医療費の中身をよく見れば、多くは生活習慣病であり、これらは本来なら病院に行かなくても個人の意識次第で治るものか、行く必要性がないといえばないものが多い。 風邪は基本ひいたら寝た方が効くこともあるほか、花粉症やぜんそくは重度の人は別だが、軽度なら薬は月に一度ネットで遠隔処方してもらえれば十分だ。日本の場合は、過剰に医療費が膨れ上がる実態もコロナ禍でよく分かった。 かつて、北海道夕張市が破たんし、医療崩壊したが、結果として一人当たり医療費が抑制し始めたどころか、健康的なシニアも増え、自分でケアをする人も増えた。現状もそうで、新型コロナで気を付けるようになっただけに一般の風邪も激減している。 私自身、これまでは常に1~4月は風邪をひくことが多かった。だが、今年は皆無で逃げ切った。6月になっても風邪をひいていない。徹底した除菌と飛沫感染対策をすることで、季節性のインフルエンザはもとより風邪もひかなくなったということだ。 要するにコロナ後は、これまでと同様に患者数を確保することは不可能であるし、むしろこれを加速させていくべき点も多々あるのだろう。こうなると医療制度を根底から考え直す必要がある。 感染症病院はすべてを公営化し、開業医院は多くが廃業を余儀なくされる可能性があるため、総合病院での就労、ネット診療が可能な病院展開の支援、開業医が破産しないセーフティーネットを確立するといった抜本的な医療制度改革が求められる。 日本は海外のプライマリーケアを参考に、総合病院とかかりつけ医の制度変革を進めてきた。だが、遠隔医療と訪問医療の制度拡充、フランス的な疾病率に応じた大幅な改善による医療費負担率見直しで医療費抑制などを進めるべきであることは、国の有識者会議でも提言がなされている。医療費は毎年1兆円ずつ増えているが、45兆円の医療費は15兆円程度減らせるのではないだろうか。介護も介護保険料を数兆円削減できる可能性もある。病院の集中治療室(ICU)で、新型コロナウイルスの重症患者の治療にあたる医療従事者=2020年4月23日、川崎市 これらの問題は、開業医だけでなく中小零細企業でも同じだ。一度クラスターが起きると倒産を招く事態になりかねないからだ。ちなみに、私が経営に関与した会社は、1月17~19日に社員1人が展示会でインフルエンザにかかり、工場に帰ったところ全員に感染し、2週間程度工場稼働が停止した。慣れれば結構楽しい? 稼働停止を複数回も招けば会社の存続に関わるだけに、社員にマスクや除菌剤を支給、社内換気のほか、通路は2時間に一度水浸しにし、加湿器も湿度が70%以上になるように設定した。靴も支給して内外で履き替えるルールを決めた。会社に入る際には着衣をすべて除菌、荷物の受け取りも外で行い、受け取り時だけでなく、開封後の除菌も徹底した。 また、休憩前には必ずうがいと手洗い、休憩室ではマスクを着用するか、飲食の際などは一切しゃべらないよう徹底。全員車通勤で、利用時に足元やハンドル、シフト、キーを除菌するようにした。もう一つ、社長が病院に行くことが多いので、テレワークにしてもらった。 非常に煩わしいと思われるかもしれないが、慣れれば結構楽しくやれる。むしろ、安心感を持たせることで働くモチベーションも上がるのだ。やはりこれだけ徹底しなければ、かえって死活問題になりかねない。政府の有識者は「新しい生活様式」と繰り返すが、事業継続計画(BCP)の観点から見ると説得力が乏しい。学者らしいといえば学者らしいが、実務第一主義での専門家の指導もほしいと思う。 日常生活も変わった。例えば店舗のレジだ。コンビニエンスストアやスーパーなどの場合、すでに導入されているが、レジにビニールシートやアクリル板を常設している。基本的に新型コロナウイルスは、飛沫感染が主な「ヒトからヒト」よりも、「ヒトからモノ」に付着し、別の人に感染するケースが8割とされる。 そもそも政府の発表では、発症しない限り無症状での感染は極めて低いとされていたが、海外では感染事例もあり、政府はその後、2日前から濃厚接触者との定義に変更した。世界保健機関(WHO)も幹部が「無症状者からの感染はまれ」と発言した直後に撤回している。 このように無症状者からの感染も念頭に置く必要があるが、コンビニやスーパーのレジは支払い時ばかりを問題視し、店員と客のやり取りの後に除菌や手洗いすることで、感染防止ができていると思いがちだ。だが、本来は不特定多数に客が触った商品の表面などにウイルスが付着している可能性もある。 要するにレジスタッフ回りだけの対策がほとんどで、生産ラインや物流、商品そのものの対策はほとんど啓発されていないのが現状だ。一部大手コンビニがトイレやゴミ箱の使用も中止したが、トイレは多くの場合換気扇が回っており、除菌剤を使用して掃除するだけに感染リスクは低いだろう。 ゴミ箱は分別されていない場合、店員が分別し直すため、感染リスクは高まる傾向があり、注意が必要だ。まずはゴミ箱を外に配置するだけでなく、分別する場合は除菌水につけるといった新たなマニュアルが必要になる。最近はセルフレジ化も進み、リスク低減にかなり有効だと思われる。こうした工夫や改善を重ねることで、第2波はかなり防げるのではないだろうか。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、レジに透明のシートが設置された名古屋市内のスーパー=2020年4月 通信販売も増加傾向にあるだけに、配達物の除菌も徹底するといった在宅におけるマニュアルを作成するべきだ。これは車や自転車なども同様で、徹底的な「除菌」を習慣づけるしかない。 家庭での生活様式も見直す必要がある。今回の新型コロナ感染拡大を教訓に、そもそも外出先から家人が帰宅した際、玄関や靴を除菌し、衣服も着替え、できれば手洗いうがいだけでなく、シャワーを浴びることなどを習慣化するのが望ましい。ただ、これだけ徹底するのは現実味がない部分もあるので、新しい生活様式の提案の一部は法制化するなども急ピッチに推進すべきだと思われる。日本は「お家芸」で勝負せよ ところで、今回のコロナ対策で議論が進んでいないのが地下鉄や電車である。テレワークの推奨で、6月以降も満員度は低いが、路線によっては「密」状態に戻っている。電車内などでの感染はあまり深刻ではないようだが、盲点は地下鉄のホームにある。 地下鉄車内は窓を開けて喚起は徹底されているが、ホーム内の空気はそれなりに滞留している。「夜の街」や病院や介護施設などのクラスター以外の感染要因をとして、今一度、地下鉄の構内関連を調べる必要があるのではないかと思われる。 次にエンターテインメント関連を考察してみよう。スポーツ観戦やコンサートなど、大勢の観客を伴うイベントの再開はまだまだほど遠いようだが、3月に開催されたさいたまアリーナで開かれたK1イベントは物議を醸したものの、6500人が来場した割には、目立った感染は報告されていない。理由は、マスク着用義務と歓声を禁止したことにあるとみられるが、これらを徹底してライブハウスは再開したが、客が声を発しないライブハウスは厳しいとは思う。 最後に、今、東京の新宿・歌舞伎町での感染拡大が懸念されている。多くが、ホストとなっているが、ホストの客の大半は風俗関係で働く女性である。また、韓国の感染第2波の集団感染は同性の性的接触で、新宿2丁目はあまり話題にでないが、コロナはエイズにも似ている特性もあるため、感染源が性行為だとすれば、すべての問題の謎は解ける。この論で行けば、規制すべきは、風営法であり、店ではないのだろうとも思う。 以上、種々の対策や課題を記してきたが、無症状感染者からの感染の有無はよく分かっていないとはいえ、発熱を徹底的に確認するサーモグラフィーなどを設置などは常態化するだろう。一部の自治体では、マスク着用条例なるものが見られるし、店舗の換気も不可欠になるが政府による助成は検討されている。 今後政府が行う公共投資の景気対策と雇用対策、産業創出で期待されるのが、以前私が提唱した、オバマ大統領がリーマンショック時に行ったグリーンニューディール政策に対抗し、公衆衛生環境投資の財政出動である「クリーンニューディール」政策だ。マスクを着用して家路につく人たち=2020年5月、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 日本の技術のお家芸でもあるセンサー関連の需要は今まで以上に伸びる。店舗や行政窓口などで必要な非接触器具はもちろん、オートセンサーによる除菌など、あらゆる自動化サービスが求められ、日本の技術こそが不可欠になる産業の創出が期待できる。 日本のコロナ対策は世界各国から見れば非常に甘くいい加減なものだが、結果として感染者や死亡者数をかなり少数に抑えることができたことを思えば、日本の技術や生活習慣が再び評価され、それ自体を産業として経済再生にも寄与できる、大きなチャンスとなるだろう。 本稿では「withコロナ」対策をざっぱくに記載してきたが、各自の生活意識、経営意識、政治意識の変革の一助となり、経済復活のきっかけとなれば幸いである。

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    コロナ支援策知らぬは損、絶望の淵で奏でる水商売店主らの狂騒曲

    よく話題になっているが、企業向けの持続化給付金はあまり触れられていない。 持続化給付金は、政府による新型コロナウイルス対策の大規模経済支援策の目玉の一つだ。感染症拡大による影響で売り上げが減少した企業や個人事業主に、最大200万円ないし100万円を配布しようというものだ。 安倍晋三政権による新型コロナウイルスの財政出動は、先に触れた全国民を対象とする特別定額給付金と、主に中小企業向けの持続化給付金がいわゆる「真水」の両輪になる。 そして日本の新型コロナウイルス対策の財政支援は、国際的に見てもかなりの規模に及ぶ。これらをまとめた財政パッケージの総額は国内総生産(GDP)の約20%相当にも及ぶ。 米コロンビア大のセイハン・エルジン教授によれば、調査した世界166カ国のうち日本の支援総額はGDP比で世界第2位だ。ちなみに1位は小国のマルタなので、実質日本は世界でも最大の財政出動をしたことになるという。 ただ、批判者の中には、その支援規模は融資保証なども含めた額であり、直接国民には影響がないと指摘する人もいる。だが、特別定額給付金という国民全員に配布する10万円も、世界の実情を見れば、かなりの大盤振る舞いということが分かる。特別定額給付金のオンライン申請が始まり、マイナンバーカードの取得手続きなどで混雑する大阪市浪速区役所の証明発行窓口=2020年5月11日、大阪市浪速区(寺口純平撮影) 個人向けの給付金に関しては、米国だと一人当たり1200ドル(約13万円)と高額だが、それでも日本より額が多い国は限られている。韓国(1人では約3万5千円、1世帯あたりでも最大約9万円)やシンガポール(21歳以上の国民に約4万5千円)は、日本の額よりかなり少ない。 この金額はあくまで支給されている国での比較であり、そもそも国民一人あたりの給付金がない国の方が実際には多い。社会主義国家という建前の中国には、そのような国民一律の給付金は存在しない。もちろん収益が減少した企業への納税猶予や、商品券などの配布、失業者への手当、ロックダウンによる休業補償などはある。 それでも、どちらというと社会主義国家であるはずの中国の方が個人による自助努力が求められる。小さな飲食店たちの現場 こうした給付金のような、売り上げ減に対する直接の給付支援は世界的に見ても数が少ない。自民党が、いかに街中の中小企業や自営業者に立脚して政治を見ているかということの証左になるのかもしれない。 そんな中小企業と自営業者に向けた持続化給付金だが、予算成立後、その受付が始まっても支給対象となるはずの小さな飲食店などにはしばらく知られていなかった。 小さな飲食店の店主や、バーやスナックといった水商売の人たちは裸一貫から己の才覚のみでやってきた人ばかりだ。社会から背を向けて、自分の居場所を確保して生活しているような一匹狼も多い。 4月にそうした店を訪ねてみたところ、誰もいないガランとした店内で、一人でたたずんでいる店主たちばかりだった。行く先々で「貯金もないから、クレジットカードで暮らしているよ」というような寂しい話を何度聞いたことか。  私が「持続化給付金という国の支援金があって、あなたのとこなら100万円もらえるよ」と教えると、皆キツネにつままれたような顔をする。何度説明しても、融資の話だと思い込んでいる人もいる。きっと私が顔なじみでなければ、詐欺と思われていたかもしれない。 一般的な小さい個人事業賃貸の店は、持続化給付金でまず100万円、それに加えて世帯に給付される1人10万円、さらに各都道府県や自治体からの休業協力金(東京都は50万円、神奈川県は20万円)がもらえることになる。総額は百数十万円にも及ぶ。 スナックのような小さな店では、この金額は大きい。もちろん、売り上げが月間で数百万円から何千万円というようなレストランや大きな居酒屋のような規模だと、これでもひと月分の損失にはとても届かないかもしれない。 しかし、個人経営の小さな店であれば、実質の利益の4~5カ月分にはなる。こうした店では、固定費はほぼ家賃だけで、売り上げがなければ変動費はゼロだ。この新型コロナウイルスの客数減が始まった3月からの苦境は、ほぼ脱出できる計算になる。 店の人になんとか分かってもらえるよう、酎ハイを飲みながらその仕組みを説明するが、それでもまだ怪訝(けげん)そうだった。とりあえずお節介にならないよう「もし分からないなら手伝うよ」と言い残して店を出た。こんなことが何軒か続いた。すると翌週に、いくつか電話がかかってきた。私はノートパソコンを持って、店に向かった。200万円の持続化給付金を申請する個人会社の女性経営者。申請は必要項目を入力するほか、電子化した書類を添付し、インターネットで完結する=2020年5月1日 もちろん私は司法書士でも税理士でもないので、必要な書類を準備してもらった上でネット入力を手伝うだけだ。言うまでもなく全て無償である。しかし、手に負えないような障害もあった。 苦労したのは確定申告していない人たちだ。私は多くは聞かず、とりあえず昨年の分だけは必ずやるように伝えた。正直小さな飲食店には、さまざまな事情で確定申告を怠っている人たちがけっこうな数で存在する。コンコンと説いて、ようやくその手続きを約束させる。戻りつつある街の賑わい 5月に持続化給付金の申請が始まってから、日本中で個人事業主の確定申告の件数がかなり増えたはずだ。持続化給付金の申請には、この書類が必須だからだ。 「確定申告してください」という願いを聞いて、いつもは見せることのないような難しい顔をしているママを残し、私は帰る。こればっかりはどうすることもできないのだから当たり前だ。 それからしばらくして「やってきたよ」とショートメールが届く。そしてまたパソコンを抱えて店に行き、ようやく持続化給付金の申請が完了した。 5月下旬になると、私の周りの個人事業主から「持続化給付金が振り込まれた」という話が聞こえてくるようになった。会う人は皆、表情は明るくなっている。か細い声だった夜のママたちにも、また酒焼けした威勢のよい大声が戻ってきた。 もちろん、夜の街の飲食店が完全に苦境を脱したわけではない。かなりのサラリーマンが夜の街を依然自粛しているし、そもそもリモートワークで自宅にこもって仕事する人もまだ多い。韓国のように、完全に収まったと思い込んだところで、第2波がやってくるかもしれない。 大企業が本当に苦しいのはきっとこれからだ。さらに言えば、日本全体が新型コロナウイルスの不況から脱するのは、どんなに早くとも来年だろう。 しかし、底辺から日本経済を支える小規模の飲食店は、前代未聞のパンデミック(世界的大流行)の最初の辛苦を脱することができた。 持続化給付金がなければ、こうした小さな店の大半が夏までに潰れていただろう。 6月12日に成立した第2次補正予算では、持続化給付金に加えて、家賃支援給付金が支給されることになった。売り上げが半減した事業主の場合は、小規模の個人店舗の例ならば、家賃月額の3分の2または3分の1を6カ月にわたって支給されるというものだ。 6月に入り、私が手伝った店から持続化給付金が振り込まれたというメールが来た。笑顔が目に浮かぶようなメールの文面だった。 報酬をもらうことはご法度だが、水割り一杯ぐらいならもらってもいいのではないかと思いつつ、私は日本がまだまだ捨てたものじゃないと思った。次は店主たちに、家賃支援給付金の説明をすることになるだろう。 思えば、新型コロナウイルスをめぐっては、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でのクラスター(感染者集団)事案から始まり、東京五輪をにらんでの自粛要請の遅れがあった。その後は二転三転した学校の休校措置や9月入学の導入構想、アベノマスクの配布や治療薬承認の遅れなどドタバタが続いた。人が増え始めた新宿・歌舞伎町の歓楽街=2020年6月3日(桐山弘太撮影) しかし東日本大震災のパニック時と同様に、こうした状況への対応はどんな政権だろうと混乱するはずだ。 それでも、結果的になんとかうまくいけばいい。感染による死亡者数がいまだ低く抑えられている現在の日本、後は経済だ。

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    医療機関が怖れる「6月危機」 夏のボーナス払えない医院も

     5月1日に日本医師会と四病院団体協議会(四病協)が加藤勝信厚生労働相に提出した「新型コロナウイルス感染症における診療体制に関する要望書」は、コロナ治療対策についてだけでなく、日本の医療を支える存在が崩壊する危機を訴えたものだった。その訴えによれば、コロナ禍で患者数が激減した4月の診療報酬の支払時期にあたる6月は大幅な収入減となり、日本全国の医療機関で、そこが大病院でも町医者でも、すべてが経営危機を迎える可能性がある。コロナ治療の有無に関わりなくほぼすべての医療機関が経済的危機に直面しているというのだ。この困難な時期、少しでも出費を抑えたい小さな医療機関のもとに、高額なアルコール消毒液が届いた。ライターの宮添優氏が、苦境にありながらそれを訴えづらい医師たちの実態についてレポートする。* * *「多くの医療従事者が、まさに不退転の決意で新型コロナウイルスと戦っている。同じ医師として誇らしい気持ちでいっぱい、私も医療従事者の端くれとして何かしらお手伝いしたい、協力したいという思いはあるのですが……」 福岡県内のクリニック院長・澤田義彦さん(仮名・40代)が漏らすのは、自身が医師であるにもかかわらず、新型コロナウイルスに関する医療に全く寄与できていないという喪失感、そして何より「生活が立ち行かなくなってしまう」危機感だ。澤田さんが経営するのは、内科と整形外科の外来診療のみを行う小さな「町医者」。3月の下旬ごろから患者数はガクッと減り、4月は日に数人、5月に入っても患者数は、以前の水準の2割ほどだという。「こういう時期ですから、患者さんにも週一だった通院を二週間に一度に、月に一度にと減らすように勧めてはいるのですが、そもそも緊急事態宣言下の自粛要請のおかげで、通院控えする患者さんが多い。感染拡大のために患者さんも苦しい思いをしているし、それが世のためだというのはその通り。ただ、私どもの生活は苦しくなる一方」(澤田さん) 言うまでもなく医療機関は生活に必要不可欠な機関であり、当然「自粛要請」の対象には入っていない。医療機関が閉じてしまえば、持病を持った患者、急に体調を崩したり怪我をしてしまった患者は路頭に迷う。ただ、世の中の医療機関のうち、コロナ患者に対応できるような病院は、実はほんの一握り。「医者」といえば、景気や社会情勢に左右されず、高い収入が維持できる仕事、というイメージが根強い。そのためパンデミック下において、ほぼ全ての産業が大ダメージを受ける中で、医療機関だけは「儲かっているのではないか」と考える人も少なくなく、だからこそ「医療機関の救済」などとは声高に語られることもなかったのだ。※写真はイメージ(Getty Images)「医療機関は、商売というより社会奉仕的なイメージが強い。だから金の話は特にしづらいんですが、他の商売と同様に経営が成り立たなければその社会奉仕すらできない」(澤田さん) 多くの医療機関は、このコロナ禍でも市民の健康や命を守るために業務を続けているが、その台所事情は真綿で首を絞められるように悪くなっている。医療崩壊の危機 5月1日、日本医師会などが加藤厚労省に要望書を提出したが、それによると3月時点、医療機関の「収入」である診療報酬の請求権はすでに15~20%の落ち込みを見せていたという。4月の落ち込みについても「外来・入院ともに大幅に患者が激減」とあり、従業員の給料を確保することが難しく、新型コロナウイルスの感染終演後に地域医療が崩壊するかもしれないという懸念にも触れられている。「はっきり言ってきついですが、患者さんに通院してください、とは言いにくい。病院が3密になってしまえばそれこそ元も子もないですから」 こう話すのは、東京都世田谷区内の診療所に勤務する内科医・田中亮介さん(仮名・30代)。普段はと言えば、朝から高齢者が診療所の前に列をなし、夕方の診療終わりまでひっきりなしに患者が訪れる。「病院がまるで高齢者の憩いの場になっている」などと揶揄される光景ではあったが、こうした患者のおかげで「食えていた」とも吐露する。「高齢の患者さんの多くは、コロナを恐れての診療・通院控えをされています。高齢者がコロナに感染すると重症化する、といった報道がなされた4月以降、患者がゼロの日もあるほど。しかし、患者が来ないからと言って診療所を休みにすることはできません。看護師やスタッフを減らすこともできず、とにかく開け続けているのですが、それだけでも現金は出ていきます」(田中さん) そんな苦境の中、田中さんの下に突然「大量のアルコール剤」が届いたのは、ちょうどゴールデンウィーク明けのことだった。「地域の保健所を通じて、厚労省から医療機関・福祉施設などに消毒用のアルコールが優先販売されるという案内が届きました。それが4月の上旬くらい。当時はアルコールだけでなく、マスクも全く足りていない状況で、アルコールは薄めて、マスクは同じものを一週間も使い回しました。5リットルほどを注文したのはよかったのですが、それ以降何の音沙汰もなし。ゴールデンウィーク中に何とかアルコール消毒剤は入手できたのですが、ゴールデンウィーク明けに宅急便でいきなり5リットルの消毒剤が届きました。そもそも、供給できる状態になったら事前に連絡するという説明も書かれていましたのに連絡無し。届いたものの価格は市価の2倍近くでした。アベノマスク同様、もはやいらないものを高額で押し売りされたようなもの。ただでさえ大切な手元の現金が減ることに、不安を感じます」(田中さん) この件については、すでに一部マスコミでも取り上げられている。国の斡旋で販売された消毒液が市価の数倍もし、しかも注文した医療機関らが「忘れた頃」、およそ1ヶ月後に届けられたということで、現場が混乱しているという。日本医師会もすでに実態調査を進めているというが「頑張っている医療従事者のために」と、政府は事あるごとに「配慮の姿勢」をほのめかすものの、消毒剤の件といい、医療機関の現実をしっかりと把握しているのか疑わしい限り。 さらに田中さんが恐れるのは、業界では「6月危機」とも呼ばれる、経済的な要因による「医療崩壊」の可能性だ。※写真はイメージ(Getty Images)「診療報酬は、約2ヶ月後に医療機関に支払われます。患者が激減した4月分の診療報酬は6月に支払われるのですが、現状で言えば完全な赤字。概ね6月から8月にスタッフに支払っている夏ボーナスについても、出どころを確保できていない医療機関も多いと聞きます。当たり前ですが、人がいなくなれば医療機関も無くなります。医療機関がなくなれば、人が死ぬんです。恥も外聞も捨てて、金をくれというしかない。」(田中さん) 世間からの「医療従事者は頑張れ、応援してます」という声は、彼らにとっても嬉しいだろうし、励みになるものだろう。ただ、そのおかげで弱音を吐けなくなっているという医療従事者、医療機関が増えている現実にも目を向けなければならない。コロナ後の世界が、医療機関が減り、医療従事者が職にあぶれる、というものであれば、今以上の苦しみが世界を再び襲うことも確実なのだ。関連記事■雅子さま 感染者や医療従事者に向け、前代未聞のお言葉発表■新型コロナの免疫 普通の風邪にかかって獲得する可能性も■命を譲るカード論争に大村崑氏(88)「私は絶対に譲らない」■コロナで毎日が不安な人へ 心理カウンセラーからメッセージ■石田純一が退院2日後に散歩 家族とは一緒に食卓囲めぬ状況

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    走らない姿こそ至高、東京五輪で満喫したい競歩のロマン

    武田薫(スポーツライター) 新型コロナウイルス感染拡大による緊急事態宣言が解除になり、完全停止状態だったスポーツ界も懸命に復旧を模索している。プロ野球が無観客ながら6月19日に開幕するが、気になるのは1年間延期となった東京オリンピックの行方だ。 既に代表を決めた選手たちは、あの手この手で「3密」を避けながらGOサインを待つ。そんな中「ぼくたちは恵まれていますね」と話すのは、東京大会50キロ競歩代表の川野将虎(まさとら)だ。 川野は東洋大陸上部所属の4年生。昨秋、いち早く50キロ競歩代表の座を手にし、同じ部に所属する同級生の池田向希(こうき)も今年3月に20キロ競歩の代表になった。 バルセロナ、シドニー代表だった日本陸連の今村文男強化コーチも東洋大OBだ。東洋大は、ロンドンの西塔(さいとう)拓己、リオデジャネイロの松永大介に次いで、3大会連続で現役学生をオリンピック代表に送り込んだことになる。 陸上部の酒井俊幸監督は箱根駅伝の指揮官として知られているが、実は大の「競歩ファン」でもあり、現役時代を振り返って次のように述べている。 (私の現役当時は)特に指導者がいなくとも競歩は強かったですね。陸上部では、われわれの長距離と同じブロックだったので仲も良かった。歩行の腰の使い方に興味があったし、歩形のきれいな選手が好きでした。 酒井監督はコニカミノルタでマラソンを走った後、一時は郷里の福島に戻って教員生活に入った。その後、母校・東洋大の指導者として迎えられたのが2009年の春である。 それから2012年にかけて、「山の神」柏原竜二を起用して箱根ブームを作り上げる一方、酒井監督は競歩でも実績を積み重ねていた。だが、これは酒井監督だけの力ではなかった。それは監督の妻であり、陸上部コーチでもある瑞穂さんの存在だ。 監督と同じ福島県出身である瑞穂コーチは、高校と大学で競歩選手として活躍した。「歩形」、すなわち歩く姿勢がきれいな選手として人気があり、酒井監督は大学時代から瑞穂コーチの写真を撮りまくっていたと言われる。 ただ酒井監督は「いや、それは、ちょっとニュアンスが違うんです。当時はスマートフォンがなかったから、フォームの参考になればと思って撮っていただけです」と言う。それはそれで微笑ましいエピソードだ。 瑞穂コーチは東洋大で、当初は競歩選手のアドバイザー、そして現在は競歩担当コーチとして夫唱婦随でオリンピック代表を育てた。東洋大の(左から)酒井俊幸監督、酒井瑞穂コーチ(中央)から指示を受ける川野将虎(鈴木智紘撮影) 競歩は競泳などと違って、特別な施設も用具もいらない。500メートルの平坦な道があればよく、練習は一人のみで密閉も密集も密接もない。冒頭で記した「恵まれている」という川野の言葉はそういうことだ。だが、実際には「人の目」を最も必要とするところに、競歩の奥深さと面白さがある。 いまやマラソンを抜いて日本のお家芸とまで言われる競歩だが、二つの規則、すなわち「ベント・ニー(膝を曲げる)」「ロス・オブ・コンタクト(両足が地面から離れる)」があること以外、ほとんど知られていない。 ただ、「彼らはなぜ走らないのか」という根底的な疑問は、恐らくマラソンの普及した日本ならではの疑問であろう。そして世の中に耳を傾けると「走った方が速い、速い方が偉い」と思っている人のなんと多いことか! なお競技種目が表舞台に登場したのは、1896年の第1回アテネオリンピックでマラソンが採用されたのが始まりだ。ただ当時は、走る距離が40キロであった。競歩の原点 もちろん、オリンピック以前にも競走自体はあった。だが、その競走概念は時間よりも距離に重きが置かれていた。「40キロをどれだけ速く走るか」ではなく、「12時間で何マイル、6日間でどれだけの距離を踏破できるか」に人々の興味が注がれた。これは「ペデストリアニズム(Pedestrianism)」と呼ばれた。 そしてこのペデストリアニズムを一大ブームに巻き上げたのが、米国のボストンに住んでいたエドワード・ペイソン・ウエストンという男だ。米大統領選でエイブラハム・リンカーンが第16代大統領に選ばれた1860年、ウエストンは友人との賭けでリンカーンの落選を予想した。 負けたら大統領就任式に合わせてワシントンまで歩くという、初めは冗談のはずだった。だがウエストンは、翌61年3月4日の就任式に向けて478マイル(769キロ)を歩き出した。雪と雨に打たれ、泥道をかき分けて、10日と10時間もの間、歩き続けた。 彼は就任式には6時間届かなかったものの、晩餐会には招かれている。時代はマスメディアの夜明けで、新聞が連日ウエストンの動向を報じて国中の話題になっていた。まさに「歩くウエストン見たさに人が集まる」のだ。 当時はバスケットボール誕生前のことで、室内競技場はまだ存在せず、当時流行していたローラースケート場でペデストリアニズムの興行が行われるようになった。 現在はボクシングの世界戦や米プロバスケットボール(NBA)の試合で使われるマディソンスクエアガーデンでも、頻繁に6日間ぶっ通しのぺデストリアニズム興行が催された。 「歩くだけ」という、今思えば何が面白かったのか分からない。だが、これが押すな押すなの大盛況で、ぺデストリアニズムが近代スポーツの最初の観戦競技だったのである。何せ、歩こうが走ろうが自由なのだ。 そしてロス・オブ・コンタクトが採用され、初めて現在の競歩の形をとったと言われているのが、1875年11月15日の真夜中にスタートしたシカゴ博覧会場でのレースだ。その500マイルレースでウエストンは若いダン・オレアリーの挑戦を受け、敗れている。 オレアリーに負けたウエストンは、今度は舞台を英ロンドンに移す。そして現在のロンドン地下鉄エンジェル駅近くの旧農業センターで興行するなど、ペデストリアニズムのブームは大西洋を越え、世界的になっていく。 競歩の人気は、産業革命前夜の活気に先駆けた熱気であり、その特色は都市にあり、観衆の目にあり、そして人の持つ耐久力の追求にあった。この不思議なエンターテインメントは、やがてベースボールの娯楽性やマラソンが提起した時間の概念に押し流されていく。だが、機械の前に人間の力があり、競争にはルールがあるという共通認識が、今なお世界で競歩が行われ続ける理由であろう。 ただ、競歩については、「ロス・オブ・コンタクトは無意味」とか「どの選手の足も浮いている」という指摘がよくある。それでも、競歩は多くの競技が採用するビデオ判定を導入せずに、全て審判の目視に委ねている。走らないという「約束」が、この競技の命綱だからだ。機械ではなく「自分自身で約束を守る」ことが、彼らウォークマン(歩き人)たちの使命なのだ。世界陸上男子20キロ競歩、給水ポイントで帽子を受け取る池田向希(右)=2019年10月、ドーハ(共同) 東京大会の延期で、アスリートたちは不安な日々を過ごしている。東洋大も6月20日まで合宿所が閉鎖され、インターネットやLINEを駆使してチームを維持している。ちなみに池田は6位に入った昨年の世界陸上で、最も歩形のきれいな選手と言われた。 瑞穂コーチは、池田も川野も気持ちをうまく切り替えていると述べた上で「監督は、競歩は自立と自律だと言います。池田君もコロナに周りを見るチャンスをもらったと、新しいトレーニングに取り組んできました」と話す。 沿道の目、内なる目に己の歩形をさらしながら、求められる「約束」を守り切る。何というロマンチストたちであろう。オリンピックの開幕を祈らずにはいられない。

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    安倍首相のフォローもどこ吹く風、昭恵夫人の「夫唱不随」

    は冷酷だ。トップリーダーは、どんな批判を受けようとも、最後には決断を下さなければならない。ましてや、新型コロナウイルスが猛威を振るい、時々刻々と移り変わる情勢の中で、最適な判断を求められている。政治家がこんな時期に女性に溺れるなど論外中の論外だろう。 折しも、緊急事態宣言が出された4月7日の翌々日、4月9日夜に、立憲民主党の高井崇志衆院議員が、新宿・歌舞伎町のセクシーキャバクラに行っていたことが『週刊文春』に報じられた。記事には、その名の通り、ホステスとの「濃厚接触」の実態が赤裸々に描かれていた。 この高井議員、2月28日に国会の委員会で、安倍晋三首相に「総理の危機感のなさが国民のみなさんを不安にしている」「せめて今後、会食を自粛する考えはないのか」などと説教を垂れていたのだから、言行不一致、特大ブーメランの典型だ。こんな「傾国の大馬鹿野郎」を議員として当選させた立憲民主党の見識が問われよう。女性にうつつを抜かしたい奴は政治など志すべきではない。 その点、安倍首相は女性にうつつを抜かす危険性があるかどうかといえば、どうやら安心のようだ。政権に返り咲いた直後の2013年に、夫婦関係についてテレビ番組で「家庭の幸福は家内への降伏」とおどけてみせた。私も「恐妻組合理事長」を自認しているが、安倍首相も同じ人種なのだな、と親近感を持った記憶がある。 自分は自分、妻は妻、女性には目もくれず、政治に邁進する。それは、いわば政治リーダーの一つの理想の姿ではある。衆院予算委で質問する立憲民主党の高井崇志氏=2018年2月(斎藤良雄撮影) しかし、夫婦は別人格とばかりに、昭恵夫人のコントロールなど考えずに政治に邁進している間に、「ファーストレディー」として風当たりは強くなる一方だ。 新型コロナウイルスが猛威を振るい、首相がその対応に奔走している中、昭恵夫人は3月下旬、芸能人らとともに都内の高級レストランで食事し、中庭の桜をバックに写真撮影していたことが『週刊ポスト』にスッパ抜かれた。 また、3月15日に約50人の団体ツアーとともに大分県の宇佐神宮を参拝したことを週刊文春が報じた。ツアーの主催者に「コロナで予定が全部なくなったので、どこかへ行こうと思っていた」と連絡して、参拝に合流したという。「バカップル」は言いすぎ 歌手の星野源が外出自粛を促した弾き語りの動画に乗っかった安倍首相による「コラボ動画」も物議を醸した。自宅でくつろぐ安倍首相に対し「優雅でいいよな」などと批判が寄せられ、撮影したのは昭恵夫人ではないかと、またまたバッシングの対象となった。 首相が寸暇を惜しんで危機管理に努めていることを国民はよく分かっているし、オフがあってはいけない、とも言わない。ただ、感情を逆なでされたとケチをつける人たちは、ネットなどで「バカップル」とまで罵っている。安倍首相夫妻が政治家夫婦として「ベストカップル」とは言いにくいとしても、「バカップル」はあまりに失礼な物言いだろう。 しかし、危機管理に翻弄される安倍首相と、首相とは関係なく自由奔放に行動する昭恵夫人には、当世風「翔んだカップル」という表現がふさわしいのではないか。 漫画家、柳沢きみおの『翔んだカップル』は、1978年に『週刊少年マガジン』で連載が始まり、テレビドラマや映画化するなどヒットした。ちょうど大学生だった私が愛読したぐらいだから、当時20歳代の安倍夫妻も知っているかもしれない。この漫画が出始めて、それまで一般的に使われていた「アベック」から「カップル」という言葉に変わり始めたのではないかと思われるほどのブームだった。 不動産屋の手違いで高校生の男女が同居を始めるというあり得ない設定ではあるものの、女性に対して優柔不断の主人公の男子高校生・勇介と、同居相手ではないが、勇介に興味を持ち、勇介にアプロ-チする聡明な女子高生・秋美の奔放な生き方が、今60代になっている私たちを当時は惹きつけた。 戦後生まれの政治家たちは、こういった奔放な男女の生き方にさほど違和感を感じないし、「夫唱婦随」などというのは時代錯誤だとよく分かっている。 『翔んだカップル』の連載が始まった翌年にヒットしたのが、さだまさしの『関白宣言』だった。私の妻も「あの歌は女をバカにしている」とおかんむりだが、『関白宣言』は、失われた世界へのノスタルジアであったと思っている。私も含め、妻に隠れて男同士が集まってカラオケでこっそり気勢を上げる歌として歌い継がれているのではなかろうか。 いかに日本の政界がいまだに男性中心とはいえ、『関白宣言』を地で行くような政治家夫婦はさすがに絶滅危惧種だろう。 やや話が横道に逸れたが、政治家である夫とは別に妻が自立して活動する、そんな『翔んだカップル』は、鳩山由紀夫元首相夫妻も、菅直人元首相夫妻も、多かれ少なかれそうだった。首相が昭恵夫人をコントロールできないのではなく、それは70年代に青春を過ごした世代の文化でもあるのではなかろうか。2010年6月、中国・上海万博の「ジャパンデー」を記念する式典に出席した鳩山由紀夫前首相(左)と幸夫人(共同) ゴリゴリのフェミニストの方々を含めて、ファーストレディーが一つの確信を持って自分なりの行動をとることを、ある程度許容する時代である。首相夫人が、夫である首相と政治的立場を異にする反原発の人たちや沖縄の基地反対運動の人たちとコミュニケーションをとる姿に、私の妻なども「自立した人格だからいいじゃない、むしろ好感を持つわ」と評価している。自分は自分、妻は妻 だが、一般的に、妻が自分の主義主張とまるっきり反対の人たちとコミュニケーションを重ねていたら、心中穏やかではないだろう。 かといって、「ファーストレディーだから行動を控えめにしろ」「だから安倍首相はけしからん」などと言い立てるのは、野党なら安倍内閣の支持率低下のために当然かもしれない。ただ、与党内まで言い立てるのは、昭恵夫人をダシにした「安倍降ろし」の臭いがプンプンして、かえってシラケてしまう。 かくして、「自分は自分、妻は妻」を貫いて、妻に構わず政治に邁進するのが安倍流危機管理として奏功することになる。きわめて逆説的な「内助の功」なのだろうか。 実は、78年は「翔んだ」年だった。『翔んだカップル』の連載が始まっただけでなく、渡辺真知子の『かもめが翔んだ日』が大ヒットしたのもこの年だ。昭恵夫人の奔放な行動を見ていると、どうしてもこの歌が浮かんでくる。あなたが本気で愛したものは 絵になる港の景色だけあなたは一人で生きられるのね 政治に邁進する夫を横目で見ながら自由を目指して翔んでいくかもめに、昭恵夫人は自分を重ねているのだろうか。シンポジウムに参加した安倍昭恵首相夫人(前列中央)と各国首脳の夫人ら=2019年6月、大阪府庁(代表撮影) 78年の『関白宣言』は有名だが、実は翌年、さだまさしは『関白失脚』という曲を出している。私は『関白宣言』のノスタルジーよりも、『関白失脚』のリアリティーの方が好きだ。精一杯がんばってんだよ 俺なりに それなりにそれぞれご不満も おありのことと思うがそれでも家族になれて よかったと俺思ってるんだ世の中思い通りに 生きられないけれど下手くそでも一所懸命 俺は生きている 「翔んだカップル」がSTAY HOMEでカラオケを歌うとしたら、夫の『関白失脚』、妻の『かもめが翔んだ日』でキマリか。でも、安倍降ろしで本当に「失脚」したら目も当てられないが。 そういえば、『かもめが翔んだ日』を歌った渡辺真知子のデビュー曲は『迷い道』だった。新型コロナウイルスが作り出した混沌(こんとん)の中、わが国が「迷い道」に迷い込まないよう、夫婦仲も、くれぐれもよろしく願いたいものだ。