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    アフターコロナを左右する日米経済政策「格差」

    これぞアメリカのダイナミズムといったところだろうか。新型コロナ対策の現金給付の大胆さを見れば、日本の「小出し」感は否めない。未曽有の危機に瀕した経済を立て直すには、それなりの荒療治が必要だが、日米の支援策の「格差」は一目瞭然だ。ここは日本も大胆な政治決断をしなけば、アフターコロナの経済には暗雲しかない。(画像はゲッティイメージズ)

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    日本と米国の現金給付「格差」が示す、コロナ後の経済復活予想図

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 米国の新型コロナ禍に対する経済対策だが、「家計支援」というか、「個人支援」に重点が置かれている。米国が行っているのは、個人への一律の現金給付(直接給付)というシンプルなやり方である。財政支出は半端ない規模にならざるをえない。だが、それはいわばフェアに最も近い、国民に不満や不平等を生まないからにほかならない。 家計支援、あるいは個人支援では、バイデン大統領、それにトランプ前大統領とも手法は一致している。ほとんど差異らしいものはない。米国民の多くも現金給付を望んでおり支持している。2人の大統領とも破格の“大盤振る舞い”で要望に応えている。 バイデン大統領の1・9兆ドル(207兆円)の新型コロナ対策法案(アメリカン・レスキュー・プラン)では、4千億ドル(43兆6千億円)相当が「家計支援」、あるいは「個人支援」にあてられている。 家計への支援の中身だが、1人あたり1400ドル(15万2600円)の現金給付が行われる。富裕層を対象外とする所得制限は強化されたが、一般の4人家族では5600ドル(61万400円)の支給になる。 「失業給付」は、当初案は失業保険に上乗せして週400ドルだったが、週300ドルに縮小された。失業給付は失業者に限定されるが、これも結果としては家計支援、個人支援につながる。失業給付も2千億ドルを超える予算規模だ。 家計支援でいえば、バイデン大統領の1400ドル支給は3回目になる。トランプ前大統領は、20年3月に1人当たり1200ドルを給付、さらに12月に600ドルの給付にサインしている。3回の家計支援を合計すると、米国民は1人当たり3200ドル(34万8800円)、4人家族では1万2800ドル(139万5200円)の給付となる。 トランプ前大統領の場合は、失業者に対して、失業保険に上乗せして週600ドルの追加給付を行っている。この追加給付は、失業者急増のピークの2020年3~7月に実施された。米労働統計局によると、20年4月にはレイオフ(一時解雇)などで非農業雇用者が前月比2050万人消滅した。過去最大の雇用減=失業者増を記録した(4月=失業率14・7%、5月=13・3%)。 期間工など一部失業者などでは、「失業しているほうが仕事を得て働いているより収入が多い」という現象が生まれた。失業保険と週600ドルの追加支給で、合計すると週1千ドルに匹敵する収入を得ることができた。「就業意欲を失わせる」と揶揄(やゆ)された。厚遇過ぎるというわけである。小規模企業を重点支援する方針を発表するバイデン米大統領=2021年2月22日、ワシントン(ロイター=共同) トランプ前大統領としたら、新型コロナ禍の状況でも“大盤振る舞い”で懐が潤っているのによもや大統領選で遅れをとるなどあり得ないと思っていたに違いない。バイデン大統領にとっても、トランプ前大統領に負けてはいられない。景気過熱でインフレが懸念されると批判を浴びても大型経済対策「アメリカン・レスキュー・プラン」に踏み込んでいる。米国の景気は回復兆候 米国が、家計給付、あるいは個人給付という支援を行っているのは、不満や不平等感といった「分断」を生まないからとみられる。(サンダース上院議員など民主党左派は、新型コロナが終息するまで毎月2千ドルの現金給付を主張している)。米国でも、中小企業の従業員雇用に対する助成や運輸、医療業界への支援などが行われている。だが、これらはレアケースで限定されたものになっている。 企業、業界などに助成金などで支援を行えば、従業員の家計や個人に行き渡る途中で消滅してしまう可能性もある。特定の業界・業種に支援が偏れば、業界・業種間で大きな不平等が生まれる。家計や個人をベースに直接給付するのがいちばんフェアで分かりやすい。いわば、「分断」の中で国民にとって軋轢(あつれき)の少ない、揉めないやり方になる。 家計給付は、富裕層を除いて国民の85%内外に支給される。経済を活性化させる最大ファクターである消費への“原資”になる。家計給付をやっているのだから、日本のようにGoToトラベル、GoToイートなどの特定産業を使った景気刺激策を考える余地はない。 米国は世界最多の新型コロナ感染者を出したが、ようやく急速に終息傾向を見せている。ワクチン接種でも先行している。そこに加熱気味といえる経済対策が追加される。バラまきによるインフレ懸念への指摘はあるが、景気は急速に立ち直る可能性を持ち始めている。 米国景気の好転機運やインフレ懸念から10年物国債利回りが1・5後半~1・6まで急上昇した。長期金利の上昇気配は、バブルの兆候を見せていた株式市場を痛撃して大きな波乱を呼んでいる。直近の米国雇用統計では、2月の非農業部門雇用者数は37万9千人増(1月は4万9千人増)に好転。失業率は6・2%と高止まりしているが、大枠では景気回復の兆しが見える。 問題は日本経済の先行きである。中国は経済ではすでに順調に再スタートを決めている。米国は遅れをとっていたが、経済のエンジンを吹かすとなれば世界経済には大きなプラス要因になる。米国、中国の経済大国は、合計すれば世界のGDP(国内総生産)の4割強を占めている。世界の経済覇権を相争っているその米国、中国が揃って経済を再始動すれば、日本経済にもプラスに作用するのは間違いない。 だが、日本経済は「アベノミクス」でゼロ金利政策まで動員しても、デフレを克服できなかった低成長体質を引きずっている。体質改善は進んでいないばかりか、長期に渡るゼロ金利の恩恵で「ゾンビ企業」も温存されているきらいがある。資本主義の本質といえる新陳代謝は進んでいない。 現状は一般に新型コロナ禍できわめて保守的な企業マインドになっており、工場、商業ビルなどの設備投資は減退している。「コロナ後」をにらんだ事業投資はなされているようには見えない。 日本の名目GDP成長率は、通常ベースでいうと1~2%成長できれば上出来の部類だ。2021年は、新型コロナによる緊急事態宣言の長期化もあって、何とか回復軌道に入るのは年後半になる。日本経済が2019年レベルに戻るのは、早くて2022~23年になるとみられる。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) 日本経済が新型コロナ以前のレベルに復旧するには、米国、中国の回復に依存して後追いする格好にならざるをえない。だが、それとて先行きに何が起こるか分からない。一筋縄ではいかないのが常だ。「withデフレ」という宿痾 新型コロナ禍の米国では、企業のレイオフなどで大量解雇が表面化したが、大量失業のピーク時に「起業ラッシュ」という現象が起こっている。企業には死ぬ権利もあり、誕生する権利もある。「起業ラッシュ」の中から、“千三つ”あるいは“万三つ”かもしれないが、新しい成長産業が生まれてくる。米国の「GAFAM」(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル、マイクロソフト)は、いずれもそうしたガレージ企業から誕生している。 解雇された失業者の多くは、成長分野に労働力として移動する。市場メカニズムの作動による米国のダイナミズムは、新型コロナ禍でも健在だ。新型コロナ禍という未曾有の危機だからこそダイナミズムが草の根ベースで巻き起こっている。大量失業の反面で「起業ラッシュ」現象が見られるところに米国資本主義の根底的な強さがある。 日本の場合は、企業が雇用調整助成金などの国家支援を受けて、「潜在失業者」を企業内に抱えている。失業率は現状でも2・9%。ただし、非正規社員、パートなどは雇い止めなどが行われており恩恵は及んでいない。企業はもらえるものはもらって、本社ビルなど売れるものは売ってキャッシュ化し、生き残りを図っている。「起業ラッシュ」のような動きは顕在化していない。 あくまで「緊急避難」とはいえ、雇用調整助成金は失業者を表面化させない政策である。米国の失業者増加を前提とした失業給付上乗せとは対照的だが、雇用調整助成金は失業を企業内に押しとどめる作用をもたらしている。日本型ということなのか、市場メカニズムではなく、国が労働力を管理し、むしろ労働力の流動化を止めているのが現状だ。 日本と米国の対比でいえば、家計給付の在り方は対極をなしている。さらに対極にあるのは、「逐次投入」「小出し」の特徴が顕著であることだ。政治の決意、決断という問題なのか、あるいは民意という問題なのか。 日本では、緊急支援として、最初に中小零細企業、個人商店などの事業継続に持続化給付金が支給された。そして国民1人当り10万円の給付金(予算12兆円)の家計支援がそれに続いている。 結局、国が景気テコ入れ策として傾斜していったのはGoToトラベル、GoToイートといった特定業界への支援である。緊急事態宣言下では時短営業の飲食店に特定して一律6万円の協力金による支援がなされている。家計、個人への直接給付が十分ではないという下地があるため窮乏する特定業界を救済するという名目で景気テコ入れ策を追加せざるをえなかった。 麻生太郎財務相は、2度目の家計への現金給付について「国の借金を増やすのか」「子孫にツケを回すのか」と否定的だ。家計、個人に対する直接給付は国にとっては巨額支出になる。それが何よりも否定的な理由とみられる。だが、米国はインフレ懸念が惹起されるほどの巨額な財政出動で現金給付を実行している。そうしたものは政治の決意、決断の問題だ。衆院本会議で財政演説をする麻生財務相=2020年6月 米国の1・9兆ドルの経済対策による分厚い家計給付とは比べようもない。コロナ禍のいまの日本の経済対策が、日本の「コロナ後」の経済にどう影響するか。日本はデフレを克服できているわけではない。一筋縄ではいかない。コロナがいずれ終息するとしても、日本経済には「withデフレ」という宿痾(しゅくあ)の大敵が再び待ち構えていることを忘れてはならない。

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    COCOA「大失敗」は成功のもと!

    新型コロナ対策の接触確認アプリ「COCOA」ははっきり言って失敗だろう。技術面以上に、発注などで不信感を招いた行政の不手際が目立った。ただ、平井卓也デジタル改革担当相や開発者らは信頼回復に懸命だ。イメージの払拭は容易ではないが、「失敗は成功のもと」。今回の失敗にこそ優れたアプリへのヒントがある。

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    COCOAは大失敗でも、それが原動力となる日本のコロナ接触アプリ

    林信行(ITジャーナリスト) この1年間、われわれは新型コロナウイルスの感染拡大と経済破綻という2つの恐怖の間を行ったり来たりしていた。2020年3月にコロナ対策の特別措置法が成立し、4月に第1回の緊急事態宣言。しばらくの自粛期間を経て感染者増を抑えられたので、秋ごろからGoTo トラベルやGoToイートといったキャンペーンで危機的な状況に陥った経済を回そうとすると、再び感染者が増え2度目の緊急事態宣言が発令された。感染の規模を抑えつつ、経済活動を最大化させるのが理想だが、実践するのは難しいと学ばされた。 だが、極端に走らずとも、感染の制御と経済活動をバランスよく保つ画期的なテクノロジーがある。世界の疫学のプロたちが考えていたDigitalContactTracing(デジタル接触追跡)という技術だ。この技術は紆余(うよ)曲折を経て「接触確認技術」と呼ばれるようになり、日本では「COCOA(ココア)」というスマートフォン用アプリとしてリリースされた。 だが、陽性者との接触が通知されない不具合が長期間修正されていなかったことが発覚し「大失敗」に終わった。だが、失敗したのはアプリの開発方法だ。感染拡大のリスクを低減しつつ経済を回し続ける上で、役に立つ技術であることに異論はないだろう。今、そのCOCOAが新しい体制の下、再出発しようとしている。改めてCOCOAでどんな間違いが起き、どのように修復されようとしているのか、歴史とともに振り返ってみたい。 「デジタル接触追跡」の考えは、最初のiPhoneが登場した2007年頃からあったとされる。名前からデジタルをとった「接触追跡」は、それより前から行われていた。つまり、感染者に最近、誰とどこで会ったかを聞き取り、会った相手の状態を調べることで感染拡大を抑えるというものだ。 これをデジタル化した「デジタル接触追跡」を、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大後、いち早く採用して成果を挙げたのは、2015年に中東呼吸器症候群(MERS)という感染症を経験していた韓国だった。同政府のIT部門、韓国疾病管理本部(KCDC)がシステムを開発。国民がCOVID-19にかかると、その人のスマホに記録された衛星利用測位システム(GPS)の位置情報や交通カードの利用履歴、防犯カメラ映像を使って、2週間の動きを追跡する。そして、感染した可能性がある人たちを追跡、特定して予防策をとるというものだった。このやり方は大きな成果を挙げ、2020年4月に同国で大規模な総選挙が行えたのも、この技術のおかげという評価もあった。 しかし、プライバシーの侵害だとして大きな波紋を呼ぶことにもなった。人には、どこに行っていたか、誰と会っていたかを隠したい場合がある。それを無視するやり方を問題視する声も多く、有識者も相次いで「コロナ禍が監視社会を推進する」と警鐘を鳴らした。 こうした方法では、望んだ効果が得られないという結果になる恐れもある。不満を持つ人々がスマホを持たずに外出したり、一時的に電源を切ったりするという行動を誘発するからだ。 この韓国の事例の後、米国の大学を含む研究機関やヨーロッパの政府、そしてシンガポール政府がプライバシーに配慮した「接触追跡」の技術を発表し始めた。 基本的な仕様はこうだ。Bluetooth(ブルートゥース)という通信技術を用いて、見ず知らずの人であっても近くに長時間いると「接触」したという記録がスマホの中に保存される。ただし、情報は暗号化されており、お互いの素性を知ることは一切ない。また、COVID-19の発症期間といわれる2週間を過ぎると、記録は自動的に抹消される。 陽性と診断された旨を登録すると、その陽性者との接触記録があるスマホ上で暗号が解除され、画面にコロナ感染者に接触していた旨が表示される。これを使ってPCR検査などを受けることができる、というのが基本的な仕様だ。 この仕様を真っ先に成功させたのはTraceTogetherというアプリだ。約1年前の2020年3月20日、大きなIT開発部隊を持つシンガポール政府内で開発された。だが、このアプリにも問題があった。バッテリーの消費が激しく、またiPhoneとAndroidスマホという、基本ソフト(OS)が異なる機種では記録がうまくとれないことがあったのだ。新型コロナウイルス感染者との濃厚接触者を追跡する端末を受け取る男性=2021年9月14日、シンガポール(共同) こうした状況を見て、世界の疫学のプロフェッショナルらが、それぞれのOSを開発するアップルとグーグルに協力を要請。これを受けてIT業界の両雄が手を取り合って動くこととなった。 アップルとグーグルは2020年4月10日、接触確認アプリの開発で協力することを発表し、技術の実現に必要な仕組みをOSそのものに組み込むことを明らかにした。これによってバッテリー消費を抑えながら、より確実な接触の確認が行えるようになり、iPhoneとAndroidスマホ間でも接触の確認をするための基礎ができた。 このとき、両社はこの技術を2つのフェーズで提供すると発表している。まず、第1フェーズでは、いち早く技術を提供するべく、OSには基本的な技術を盛り込むだけにとどめる。各国政府がその技術を応用して独自のアプリを作って提供するというフェーズだ。どれくらいの距離に何分以上いたら濃厚接触と判断するかといった基準が政府ごとに異なっている点からも、こうした作り方のほうが望ましい部分があった。 第2フェーズではOSそのものに全機能を搭載する。つまり、アプリを入れなくても接触確認が取れるという状態だ。しかし、先述したように、国ごとの基準の違いなどに配慮したのか、既にiPhoneもAndroidもOSレベルで接触確認の機能が組み込まれているにもかかわらず、今でも各国政府が提供するアプリを使って情報を確認する仕様になっている(2021年3月現在)。 なお、アップル社は他の製品の開発でも一貫してプライバシー保護に配慮する姿勢を貫いている。両社が開発した共通の技術基盤でもプライバシーについてはシンガポール政府以上に厳しい配慮を行った。また、技術の総称も、それまでの「Contact Tracing(接触追跡)」だとプライバシーを侵害するイメージがあるということなのか、「Exposure Notification(ばく露通知)」という呼称になったが、日本では「接触確認」と呼ばれることになった。 日本では、シンガポール政府の動きを受けた形で接触確認アプリの開発が始まった。TraceTogetherがリリースされた3日後の3月23日、日本にもこういうアプリがあったほうがいいというソーシャルメディア上の会話から、「Code for Japan」という団体の中で開発チームが結成されたのだ。CodeforJapanはプログラム開発などができる市民が力を合わせて社会課題を解決しようという「シビックテック」の団体だ。米国やタイでは、大規模な自然災害が起きたときに、政府や地方自治体では手が回らない課題を、テクノロジーの力で解決するといった形でシビックテックが活躍している。チームを襲った「不幸な衝突」 これに先立ち、CodeforJapanは「東京都新型コロナウイルス感染症対策サイト」を作るなどの実績を上げていた。3月4日にこのサイトの開発を終えていたCodeforJapanだったが、接触確認アプリはコロナ禍に貢献できる次のプロジェクトとして人気を博し、すぐさま50人近くのメンバーが集まってきた。 やがて、「まもりあいJAPAN」というアプリの名前やロゴマークなどが用意され、ネット上でも応援する人が増えた。ITに精通した政府関係者の中にも、このプロジェクトの可能性を知って期待する人も出ていた。 4月10日にアップルとグーグルからの発表が行われた際も、アップルやグーグルと連携をとり、すぐに仕様変更に対応できる準備を進めており、日本の「まもりあいJAPAN」がアップル・グーグル仕様に準拠した接触確認アプリの世界第1号になる可能性もささやかれていた。 だが、ここで不幸な衝突があった。TraceTogetherに感化されて接触確認アプリの開発を始めた人々が他にもいくつかあったのだ。 中でも大きな勢力となっていたのが日本マイクロソフト所属の開発者、廣瀬一海氏らが、会社とは関係ない個人プロジェクトとして始めた「Covid-19RadarJapan」というアプリだ。こちらも3月下旬にはソースコードの開発などを始めるなど、猛スピードで開発が行われていた。「まもりあいJAPAN」と少し違ったのは、世界で使ってもらうアプリを目指していたことだった。そのため、政府関係者とも早くから話し合っていたという。 使い慣れたマイクロソフトの開発環境などを使って開発開始していたため、日本マイクロソフトもサーバーを提供するなどの形で会社として支援していた。日本では同じ目的のアプリが、少なくとも2つ同時に開発され、しかも、その両方が政府に働きかけを始めていたのだ。もし2つのアプリが同時にリリースされれば、利用者が分散し、多くの人が使って始めて価値が生まれるアプリのユーザーを「奪い合う」状況になりかねなかった(一応、両団体では相互のソフトで通信の互換性を持たせようという話し合いは行われていたという)。 こうした状況下、政府はどのように動いていたのだろう。内閣官房は4月6日、「新型コロナウイルス感染症対策テックチーム」を立ち上げ、コロナ禍におけるテクノロジーの応用について有識者からのヒアリングを開始してた。接触確認アプリ以外の議論も行われていたが、接触確認アプリについては、CodeforJapan代表の関治之氏が第1回の会合から参加し、詳しい技術動向を解説していた。 その後、アップルとグーグルが連携して、各国での接触確認アプリの採用が重要課題になってきたのを受けて、この技術を話し合う分科会「接触確認アプリに関する有識者検討会合」が設置された。この会合でも関氏は中心的な役割を果たし「まもりあいJAPAN」がアップルやグーグルとも連携が取れており、5月5日に両社から発表された新仕様にも即時対応できると述べた議事録が残っている。 ただ、この5月5日のアップルとグーグルの発表には、それまでの流れを一気に変える条項が盛り込まれていた。接触確認アプリは1つの国に対して原則1種類で、国の保健担当機関、つまり日本では厚労省が開発するということが盛り込まれていたのだ。 この時点で「まもりあいJAPAN」と「Covid-19RadarJapan」の共存はなくなった。厚労省が主導するとなった時点で、「まもりあいJAPAN」の開発チームは、それまでに得られた知見がを新アプリ開発に生かしてほしいとソースコード(プログラムを動かす文字列)などをインターネットで全面的に公開した。画面や使い勝手のデザイン、早く開発を進める方法論、全体設計のあり方、セキュリティーやプライバシーに関する知見など、他のプログラム開発にも役立つ記事が多く、ネットでも評判となった。 しかし、その後に開発されるCOCOAでは、これらの知見が生かされた形跡はあまり見ることができなかった。厚労省は、大きな注目が集まる接触確認アプリの開発発注先を吟味することなく、協業していた大手開発者に丸投げした。つまり、それまでオブザーバーとして参加していた「接触確認アプリに関する有識者検討会合」での学びもまったく生かされることがなかったのだ。新型コロナウイルスの感染者と濃厚接触した可能性を知らせるアプリについて説明する加藤厚労相(肩書は当時)=2020年6月、厚労省 厚労省がアプリの開発を発注したのはパーソルプロセス&テクノロジーだった。実は、この選択には理にかなっている部分もある。厚労省はすでに、感染者の情報を管理する「新型コロナウイルス感染者等情報把握・管理支援システム(HER-SYS、ハーシス)」を同社に発注していた。COCOAでもPCR検査を受けて陽性の場合には登録するステップがあるが、この部分でハーシスと連携したいという狙いがあった。 そこで、新たに3億9036万円の追加料金を用意してパーソルに委託するが、パーソルはハーシスの開発で手一杯だった。そこで、日本マイクロソフトなど3社に3億6842万円で再委託を行った。日本マイクロソフトが工程管理と技術支援を8416万円で、エムティーアイが保守開発を1億9093万円で、保守や監視やハーシスとの連携などをフィクサーが9333万円で請け負った。このうちエムティーアイは、さらに2社に委託をしている。 ここでカギとなるのが技術支援を担う日本マイクロソフトだ。先述の通り同社は「Covid-19RadarJapan」の開発を支援している。そこで開発する接触確認アプリは、これを基盤とすることになった。「Covid-19RadarJapan」を開発していた人たちも、マイクロソフトの支援も受けてはいたものの、基本的にはボランティアベースで開発を続けていたものが、ある日を境に突然、4億円規模の開発プロジェクトの末端という形に組み込まれることになった。 この流れは「まもりあいJAPAN」を開発してきた人々には厳しい運命のいたずらだったが、テクノロジーによる社会課題解決を応援したい気持ちは一緒だったのだろう。6月19日にCOCOAがリリースされた際には、成功を期待する人が少なくなかった。 昨年の夏ごろからGoToトラベルやGoToイートキャンペーンなどが始まると、公共交通機関、宿泊施設、飲食店などにCOCOAのインストールを推奨する貼り紙などが見られるようになった。COCOAの登場が大きく報じられたこともあり、公開から24時間でダウンロードが179万件、3日で326万件という勢いで普及が進んだ。しかし、すぐにさまざまな問題点が指摘されるようになった。SNSで「火だるま」 初回起動時にブルートゥースの利用を許可していないとアプリが起動しなくなる、利用開始日が変更されてしまう、虚偽の陽性報告ができてしまう恐れがある、といった具合に次々と問題が発見された。虚偽の陽性報告については、見かけ上「陽性登録」されたように見えても実際はされていないと厚労省が説明することになったが、相次ぐ不具合に不信感を抱く声もあった。 加藤勝信厚労相(当時)から開発を担っていると紹介されていた「Covid-19RadarJapan」の開発チームは、ソーシャルメディア上で批判の矢面に立たされた。廣瀬氏は自身のツイッターで「この件でコミュニティーはメンタル共に破綻した」とツイートし、次のリリースで開発から離れ、委託会社などに託したい考えを示した。関氏は「接触確認アプリの不具合に対して、Covid19Radarチームを責めるのは筋違いだろう」と擁護し、ソースコードを無償公開する「オープンソースソフトウエア」で作られた製品(=アプリ)の責任は委託事業者が持つべきだと主張した。 その後、COCOAは11月17日までにダウンロード2001万件と利用者を伸ばしていった。検知の精度が低いといった技術的な問題や、陽性登録件数が2020年7月末時点で「92件」にとどまるなど、相変わらず課題も多かった。11月頃にはいくつか良い報告もあった。浜松市、熊本市など複数の自治体で、ユーザーがCOCOAからの通知をきっかけにPCR検査を受診したところ、陽性が判明したという事例が報告され始め、ようやく一定の効果を示すことができたのだ。 しかし、2021年に入ると深刻な問題が次々と露呈し、信頼の回復が難しい局面にまで追い込まれた。 問題が指摘され始めたのは2021年2月。Android版のアプリで、陽性者と接触したユーザーへの通知が送られない不具合があったことが判明したのだ。アプリのそもそもの価値をも揺るがす不具合だ。 2月12日には原因究明にあたった平井卓也デジタル改革担当相が、Android版アプリ開発時に必要な仕様を誤解した状態で使っていたことが原因だったと説明し、「いくらなんでもバグが多すぎる。ここまでのトラブルは普通ありえない」と苦言も呈した。また、「これまで(のシステム開発)はお金を出して終わりだったが、これ(アプリ)は常に関与し続けないといけない。永久に完成しないものに国は今まで付き合ったことがない。今までの国のシステムの発注とは違う種類だった」と振り返った。 その直後、追い打ちをかけるように、アプリの信頼を揺るがす問題点が見つかる。iPhone版のアプリで時折、状態が初期化されてしまい、2週間以内の接触者を正確に調べることができないことが分かったのだ。Androidでは、1日に1回程度、アプリを再起動しないと正常に利用できない不具合も判明。もはや、信頼は目も当てられない状態にまで落ち込んでおり、COCOAを少しでも擁護しようものなら罵声を浴びそうな空気が漂い始めていた。 もはや信頼を完全に失った日本の接触確認アプリだが、経済を回す最も有望な技術である事実は変わりなく、問題を放置しておくわけにもいかない。そこで内閣官房IT総合戦略室と厚労省が、事態の収拾のために連携チームを発足した。メンバーには、開発体制の問題点について鋭く指摘してきた楠正憲氏や、関氏が政府CIO補佐官として参加した。衆院内閣委員会で答弁する平井卓也デジタル改革担当相=2021年2月24日、国会・衆院第16委員室(春名中撮影) ネットを見てもCOCOAについては悪い評判しか見かけない。そんなアプリの信頼回復に挑むというのは火中の栗を拾うような行為だ。 しかし、その誰もやりたがらない職務に立ち上がった2人を応援する声もあった。東京都副知事で元ヤフー社長の宮坂学氏だ。東京都フェローの関さん楠さんたちのCOCOAの信頼性再構築という難事業への取組。心から応援。二人からはオープンに作ることこそが信頼性をもたらすことなど多く学んだ。宮坂学氏のツイッター 同日、関氏自身も「銀の弾なんてものはありません。できることを着実にやるしかない。みなさんご協力いただけましたら幸いです。> オープンプロセスによって、COCOAの信頼を再構築する」とツイート。同時に「オープンプロセスによって、COCOAの信頼を再構築する」と題した記事を公開し、事態収拾チームとしてやるべきことなどの考えを発信している。接触確認アプリを社会全体で活用していくためには、適時的確でわかりやすい広報、インストール後のコミュニケーションや接触通知後のユーザーエクスペリエンス(利用体験)の改善・向上など、やるべきことはたくさんあります。他国での状況を調べて参考にする必要もありますし、あるいは、ここで一度立ち止まって、そもそもあるべき姿について皆で再度考える必要もあるかもしれません。オープンプロセスによって、COCOAの信頼を再構築する これまでのCOCOAは「大失敗だった」と言っていいだろう。だが、「失敗は成功のもと」という言葉もある。アップルとグーグルが作った国際的な規格を採用していることを考えると、将来、このアプリが国際的な人の行き来を本格的に再開させる上でも重要なカギを握る可能性もある。 日本では、早い段階で手痛く、大きな失敗をしたおかげで信頼と実績を持つ監督チームを得ることができた。政府主導の開発の何が問題点であるかもたっぷり議論が行われたので、おそらく同じ失敗を繰り返すことはないはずだ。そう考えると、この失敗は必ずしも無益ではなかったようにも思える。 COCOAの失敗は、何も開発体制だけの失敗ではない。開発者を精神的に追い込んでしまった国民やメディアにも失敗があったと思っている。この点についても過去の失敗から真摯(しんし)に学び、今度は一緒に育てるようなつもりで接触確認アプリの再出発を温かく見守ってもらえたら、政府が進めるデジタル化の流れにも良い影響があるのではないだろうか。

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    自称「東大卒講師」に騙されない、withコロナ時代の塾目利き術

    山田佳央(個別指導塾ココロミル塾長) 新型コロナウイルスの広がりで大きなダメージを受けているのは、飲食やレジャーの業界だけではありません。塾業界もビジネスモデルの転換を迫られました。首都圏を中心に約300教室を展開していた進学塾が約2割閉鎖したと言われていますが、SAPIX、早稲田アカデミー、四谷大塚などの大手塾も苦戦しています。 これまで家庭教師、集団塾、個別指導塾で経験を積み、10年以上にわたって中学受験専門の個別指導塾を主催している経験から、子供を持つ保護者向けに塾業界の現状をお話したいと思います。 緊急事態宣言が発令された2020年4月と5月には、学校のオンライン授業が話題になりました。それに伴い、学習塾業界でも一気にオンライン授業実施の機運が高まり、大手各社はビデオ会議ソフトのZoomを使った双方向授業、動画投稿サービス・ユーチューブの動画配信授業などへの移行を開始しました。 授業を、学びを止めない。教室に集まらないので感染対策をしなくてもよい。大人の論理で考えれば非常に効率的で合理的な方法でした。しかし、実際はどうだったのでしょうか。 確かに学びが止まってしまうことは子供たちにとってリスクですが、授業を理解できない、集中力が続かない、ストレスになってしまうという授業は逆効果です。昨年の4、5月に行われたオンライン授業では、まさにこのような事象が起こっていました。 大きな要因として、各塾ともに「オンライン授業を行うべき」というところからスタートしてしまい、それ自体が目的化してしまったことが挙げられます。当たり前ですが、授業とは学力向上のための手段であり目的ではありません。 オンライン授業には向き不向きがあります。これは個人の性格だけではなく、年齢にも大きく左右されます。私は小学生専門の中学受験塾を経営していますが、小学生にオンライン授業はまだ難しいと思われます。高校生に比べて集中力が低く、まだまだ子供なのです。 ビジネスの世界では徐々にテレワークが浸透しつつありますが、役所などの公的機関では普及が進んでいないところもあります。大人の仕事でも対応が難しいことを、子供の大切な教育において実施することは、果たして理にかなっているのでしょうか。  ※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 私の会社では昨年から、全社的に社員らがZoomでミーティングをしていますが、やはり当初は慣れませんでした。事前にレジュメを作成し、参加者に発言内容を事前にまとめてもらい、時間管理をきちんと行わなければいけません。これを約1年間続けて、ようやく慣れ始めたというのが実感です。 小学生に対するオンライン授業では、伸びる子と伸びない子の明暗がはっきりと分かれます。オンライン授業での効果が薄いと判断した子には、できる限り対面授業を受けるようにお願いしています。 大人数を成績でクラス分けして集団授業する大手塾でもありますが、そういったところではオンライン授業も集団に向けて行っています。今のところ、多人数を対象にした「双方向性を保ったオンライン授業」は小学生には難しい、というのが私の結論です。突っ込んだことを言えば、学力とモチベーションが高い子を除けば、オンラインのみで授業は成立しないでしょう。不評だった「オンライン塾」 現在、学校で行われているオンライン授業もこのタイプですが、双方向のコミュニケーションは難しいのが現実です。パソコンやスマホの機能によって可能になるだけに過ぎず、「質問するタイミングが分からない」「話を聞いている時間が長くて退屈」などの精神的な「障壁」は大きいのです。 大学生さえ「授業はほぼ聞いていなかったし、身につかない」「教授がオンライン授業に不慣れすぎる」「質問などできる雰囲気がない」「授業中に友達とラインやツイッターをしている」などとこぼしており、ポジティブな意見としては「授業の欠席がなくなった」「単位が取りやすくなった」などでした。やはり、双方向というのは大人側、塾側の論理なのです。 実際、コロナ禍を受けて中学受験の4大塾、SAPIX、四谷大塚、日能研、早稲田アカデミーは、一時的にオンライン授業やユーチューブなどによる動画配信に切り替えましたが、緊急事態宣言解除後、すぐに通常の対面授業に戻しました。授業の満足度が低いという意見が寄せられたからです。 オンライン授業は自宅で視聴できるので、教室で行う通常の授業とは異なり、保護者が授業内容と子供の様子を見ることができます。それを目の当たりにした保護者の感想は「子供が集中していない」「授業はおじさん講師で話もおもしろくない。大人の私でも理解しにくい」「大人でも集中してられないのになぜこんな授業を」。大手の塾だから質の高い授業をやっているだろうというブランド頼みの安心感、うちの子はきちんと授業を受けているだろうという思い込みが一気に崩れたのです。緊急事態宣言明けに当塾への入塾した子供の保護者からは「子供の成績不振は本人の努力不足だけが原因だと思っていた」と大手塾に対する厳しい意見が寄せられました。 塾の授業がオンライン化されたことにより、授業そのもののクオリティーの低さに対する不満が保護者から噴出しました。教育業界の「闇」の部分がコロナ禍で明らかになった格好ですが、長期的な視点で見ればよいことであると思います。 大手塾では、テストや偏差値によるクラス分けが頻繁に行われます。数カ月おきに行われるテストの結果でクラスを分け、成績が同程度の生徒に合った授業を行うという方法ですが、成績下位のクラスでは授業が成り立たない塾も多いと聞きます。特に、クラスが細分化されている塾の下位~最下位のクラスではモチベーションも低く、授業中に騒ぐ子も多数いるようです。こうした授業の様子をオンライン化で保護者が知ることになり、大手塾に対する信頼感が大きく揺らぐことになりました。 また、子供たちがユーチューブで授業と関係のない動画を見ている、パソコンで勉強せずゲームをしている、顔芸で他の子供らを笑わせて授業を妨害するという「惨状」もあったようです。 集団塾だけでなく、生徒と講師が1対1で授業を行う形式の個別指導塾でも問題が明らかになりました。感染対策を行いながら塾で勉強をする生徒ら=2021年1月19日、奈良市(須谷友郁撮影) 個別指導塾のよい点としては、講師と生徒が向き合って指導するので置いてきぼりが少ないことが挙げられます。ですが、1人の講師が同時に2、3人を教える塾もあります。子供に合わせすぎるために授業のスピード感が遅くなり、競争心がない子供は極端なマイペースに陥ってしまうデメリットもあるでしょう。「子供のペースに合わせた授業」と聞けば良いイメージを抱きがちですが、保護者からは「よりわがままを言うようになった」というネガティブな声が出ることも少なくないのです。 成績が落ち込んでいる子供は自学力もなく、やる気もない傾向にあります。そういった子供のペースに合わせていても学力改善は望めません。指導のテクニック的な面だけでなく、一歩踏み込んで生徒と保護者との強い信頼関係を構築し、時には厳しく、時には合わせていく柔軟性と強さが講師に求められます。それは非常にタフな仕事であり、質の高い人材にしかできないことです。 優れた講師の人数は限られているのに、個人指導塾の数が多すぎると言えます。フランチャイズ化して、素人である脱サラのオーナーや、理念のない経営者が利益目的で管理している塾も非常に多いのです。アルバイト情報誌などに「未経験でもOK」「オンラインでいつでも稼げる」などと求人を出し、塾講師や家庭教師の経験を採用条件に設けないところもあります。名ばかりの「プロ講師」が増え、塾講師の全体的な質を低下させているのです。 そこで、講師の質をどのように見抜くか、というポイントを挙げたいと思います。講師の面接で「学歴詐称」 一つは、卒業証明書を提出させて担当講師の学歴を確認することです。採用の段階で卒業証明書の提出を求めない塾や家庭教師では、残念ながら「学歴詐称」が日常茶飯事となっています。東京大卒だとうそをついた人を雇えば「東大卒の講師」という価値を付加して売り出せてしまうので、悪だくみをする塾にとって都合がいいのです。 学歴は指導の質に影響を与えます。知識を自分のものとしてきた経験があるかどうかは、講師にとって重要な要素であることは間違いありません。私の塾では採用面談で卒業証明書の提出を求めていますが、いざ提出するというタイミングで辞退を申し出る、提出には時間がかかると言葉を濁す、早稲田大卒と言いながら別の大学のものを提出するということもありました。中には、前述した塾側のたくらみを意識して「東大卒としたほうが(お互いに)得じゃないですか?」と取引を持ちかける、ひどい人もいました。学歴や職歴を偽った「プロ講師」が子供らの教育に介入していく――これが実態です。私が教育業界の採用に関わるようになった2007年から変わっておりません。 このような塾では、講師の名前をホームページ(HP)や資料で公開していないので、割と簡単に見破ることができます。大きい個別指導塾では看板講師だけを公開し、主婦や学生のアルバイト、高学歴でない講師を積極的に紹介しようとはしません。「大手だから講師の学歴も良いだろう」「大手なら安心できる」という思い込みは一切通用しないのです。もし気になったら、講師の卒業証明書の提示を塾に求めてみましょう。 もう一つは、はっきりと分かる形で講師の名前を公開しているかどうかです。特別な事情がある場合を除けば、サービスの提供者である講師の名前を公開することに問題はないと思います。すべての講師の名前をイニシャルや仮名書きで記し、顔写真を出さずに「東大卒」「慶応大卒」と学歴だけ紹介している塾のHPもありますが、これらの情報が本当か慎重に判断したほうがいいでしょう。 では、どのように塾を選べばいいのでしょうか。個別指導塾に関して言えば、塾のブランドや認知度は授業の質に影響しません。個別指導塾は授業が生命線です。塾そのものが子供を指導するわけではありません。私が提案する塾選びのポイントは以下の4つです。(1)専門性があるか  個別指導塾としての専門性があるか、何に強い塾なのかを見抜くことは重要です。塾といっても専門性があるべきだと私は思っています。当塾は小学生の中学受験に特化しており、私もこの分野に12年以上、身を置いていますが、まだまだ改善の余地はあります。 しかし、ほとんどの個別指導塾では小中高生、さらには社会人まで対象にし「中学受験、高校受験、大学受験のすべてに対応します」と宣伝しています。こういった塾には残念ながら専門性がありません。学校の教員でも、小中高の学校の種類ごとに教員免許状が必要ですし、全学年を指導する教員は少数でしょう。医者でも耳鼻科、眼科、内科、外科と専門分野があります。しかし、なぜか個別指導塾では、1人の講師が「全部やる」ということがまかり通っているのです。そして、誰もそれを疑いません。(2)体験授業を受けられるか お試しで講師の授業を受けることができるかどうかも確かめてください。子供の感想を聞くだけではなく、「授業を通して課題を見つけ、どう改善していくのか」という道を示せる本物のプロなのか、信頼できる人物であるかどうかを見定め、保護者も講師と話をすることをおすすめします。(3)講師の雇用形態はどうか 子供の担当になる講師の雇用形態(正社員、契約社員、アルバイト、業務委託)を確認することも重要です。雇用形態を確認することは教育サービスを受ける側の権利であると、私は考えています。低価格の大手個別指導塾に正社員はほぼおりません。フランチャイズ経営されている教室がほとんどで、オーナー以外は非正規雇用なのが一般的です。講師の出入りが比較的激しいので、担当講師がコロコロと変わってしまうかもしれないのです。 担当講師がその会社に所属する正社員であれば、本人に退職の意志がない限り変更はないでしょう。しかし、アルバイトであれば講師の都合で休んだり、辞めたりする可能性も高くなります。また、業務委託契約、契約社員であれば契約の期間を聞いてみてください。受験の直前に講師が辞めてしまったり、別の人に代わったりすれば合否に影響します。また、大学生のアルバイト講師には留学、就職活動、テスト期間などの事情で仕事を続けられなくなるデメリットがあることにも注意してください。(4)感染症対策をしているか 授業料の安さを強みにしている個別指導塾は、薄利多売ビジネスになる傾向があります。マスク着用やアクリル板の設置などの対策をしていても、1つの教室で多くの生徒を多くのアルバイト講師が指導すれば、それだけ感染症のリスクも高くなってしまいます。特に受験シーズンは体調に気をつけなければいけません。新型コロナウイルスやインフルエンザなどの感染が起きにくい環境か、教室の人数や密度を現場で確かめてください。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) どんなビジネスの世界でも透明性が重視されているのに、個人指導塾と家庭教師の業界では「ブラックボックス」と言っていいほど情報を非公開にする会社が少なくありません。塾選びをするときは、前述のように講師の情報をHPで公開しているかを見て、可能であれば両親とも説明を聞きに行くことをおすすめします。プロを名乗る講師や塾を妄信していないか、そのリスクを見直す機会になれば幸いです。

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    テレワークに忍び寄る「サイレントうつ」の脅威と克服法

    ケースや、「誰ともコミュニケーションをとらず、孤独感を感じている」などの問題も起きています。さらに「新型コロナウイルスを過敏に意識することによるストレス」や、「突然のニューノーマルへの移行によって心がついてこない」などの心理的負担や環境の変化が「サイレントうつ」を引き起こします。 厚生労働省の平成29年の労働安全衛生調査によると、情報通信業や金融業のうつ発症リスクは全社平均の3倍と非常に高くなっています。もちろん一概には言えませんが、コロナ禍前でさえこうした結果なのですから、IT系の企業はパソコンに向かう時間が長かったり、金融系などは心理的な重圧ゆえに、他業種以上にストレスフルな環境にある証拠かもしれません。「サイレントうつ」対策 企業として講じることができる対策は、「テレワークが向かない人もいる」ということを考慮しながら、会社としての働き方の指針や組織としてのコミュニケーションの方法を決定していくことが望ましいでしょう。 定期的に社員のメンタルについてアンケートを行ったり、必要に応じて産業医に相談できる環境を整えるなど、「サイレントうつ」に社員が陥ってしまった場合のケアも重要です。 ここでは企業としてできる、「サイレントうつ」対策として、2つのポイントと施策を挙げたいと思います。いずれの施策にも共通することは、まず「孤独感を感じさせない組織づくり」と、「さまざまな施策の中で、社員が自分に合った方法で、心理的な安全性を確保する」ということです。 当社で行っている3つの例を挙げると、1つ目は「オンラインコミュニティーをつくること」です。当社では、業務に関するもの、業務外に関するもの(趣味、雑談など)の27個のコミュニティーがあります。いわゆる、オンライン上のサークル活動のようなものです。自分の好きなコミュニティーで業務以外の人間関係を構築することで、心理的安全性を確保することができます。 また、趣味などに興味を持つことで、仕事の息抜きやリフレッシュにもなります。当社ではコミュニティーを通じて、仕事で一緒になった際にスムーズにコミュニケーションがとれるようになったり、コミュニティーから新たな仕事が生まれたり、組織の活性化につながっています。 2つ目は「オンラインイベントの定期的な開催」です。当社は世界33カ国に400人のメンバーがいるため、対面で全員が参加することは現実的に厳しいです。しかし、オンラインイベントであれば世界中のメンバーが参加することが可能です。オンライン開催での花見を楽しむ参加者ら(ニット提供) これまで入社式やお花見、忘年会、バーチャル世界一周旅行などをオンラインで行ってきましたが、基本的にはメンバー同士のコミュニケーションを重視したイベントを企画しています。季節ごとに、時にはクライアントなどを巻き込みながらイベントを開催しています。 さらに「社長から定期的にメッセージをお届けすること」も意識しています。節目節目で全社会議を実施し、社長から直接メンバーにメッセージを届けることで、会社への帰属や一体感の醸成を創出しています。つながりの環境づくり さらに新入社員の入社時では、必ず一人一人に人材育成担当者をつけています。主な目的は「新しく入った人が働きやすいようにサポートする」ことです。1on1(1対1)の対話を入社時にまず行い、その後3カ月間で毎月1回そうした機会を設けています。「何が分からないか分からない」や「誰に聞いたらよいか分からない」というのが新入社員が抱く入社時の状況です。 だからこそ1on1で心理的安全性を確保しつつ、メンバーの不安を軽減しています。また、毎週オンラインチャットで重要なお知らせのリマインドや1週間の出来事を発信しています。事務連絡だけではなく、絵文字を使いながら語りかけるような口調でお知らせすることが心理的安全性を与えるためのポイントです。 テレワークでは、相手のスケジュールに合わせ続けると結果的に長時間労働になりかねません。そのため会社が与えてくれる施策にだけ頼るのではなく、自分自身の状態を管理することも大切です。最後に、「サイレントうつ」を防ぐセルフコントロール方法についてもご紹介したいと思います。 まず、不調になったときの相談先一覧を作っておきましょう。何かあった際は速やかに報告・連絡・相談を行うことで、一人で抱え込まずに周囲の人と一緒に解決策を考えることができます。 そして、そもそも「サイレントうつ」にならないために、仕事とプライベートをきっちりと分けるようにしましょう。休憩時間を定期的にとり、メリハリをつけた生活にすることで、長時間労働を防ぎます。就業時間以外は会社のパソコンを見ないなど、物理的な工夫も大切です。緊急時以外の連絡には終業時間外に対応しない癖をつけることで、メリハリをつける習慣ができます。 また、自分の仕事を可視化し、やることリストをメンバーに公開しておくこともよいでしょう。仕事のキャパシティーやスケジュールをメンバーに共有することで、自分だけでなくチーム全体が業務量を把握することが可能です。日々の仕事では休む時間や休日をカレンダー機能に入れておくことで、自分なりの休むペースを作るだけでなく、可視化することができます。 私自身、テレワークという働き方をしていますが、「テレワークが絶対によい」と考えているわけではありません。出社することで、一堂に会するメリットもありますし、一方、テレワークでは通勤時間がなくなることで、生産性が飛躍的に向上する部分もあります。写真はイメージ(ゲッティイメージズ) それぞれの特徴のよいところを生かして、出社とリモートワークを取り入れたハイブリット的な働き方を推進できるのが一番よいのではないかと思っています。そして仕事を一生懸命することも重要ですが、「一生懸命、休む」ということも本当に大事です。まずは心身ともに健康であること、つまり身体が資本です。その上で仕事のやりがいを追求したり、余暇や学習を楽しんでいけたらいいなと考えています。 自分の身体と心を守れるのは、自分自身です。セルフコントロールをしながら、仕事を含めて人生を楽しんでいけたら、とてもすてきなことですよね。だからこそ私自身、皆さんの働き方や生き方が、より豊かになるような選択肢を増やせるよう努めていきたいと思います。前例のない働き方が求められる中で、今回のテーマが少しでもこのコロナ禍で役立てば幸いです。読んでいただき、ありがとうございました!

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    落ち込みは限定的?やり方次第で希望が残るコロナ不況回避シナリオ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルス対策で2回目の緊急事態宣言が1月7日に発令されてから、延長も含めると1カ月半が経過した。日本経済は相変わらず厳しい環境に直面している。パートやアルバイトなどを中心にした雇用の悪化、企業や個人事業主、フリーランスの経済的な苦境は深刻だ。では、どのくらい厳しい経済環境なのかを簡単に推計してみよう。 経済の困難の尺度を見る一つの目安に「需給ギャップ」がある。これは「(実際のGDP-潜在GDP)/潜在GDP」で定義される。GDP(国内総生産)は直観的に言えば経済の大きさ、実際のGDPは現時点での経済の大きさであり、潜在GDPは言ってみれば経済の潜在能力である。 例えば、需給ギャップがマイナスの値をとるということは、日本経済がその潜在能力をうまく活用していない状況であり、冒頭に書いた日本経済の現状があてはまる。労働や資本(機械や設備など)を完全に利用していないのだ。つまり、潜在GDPとは、日本経済が有する労働や資本を完全に利用したときに実現される経済の大きさ(GDP)のことである。 需給ギャップを知ることは、経済政策を評価する上でも重要である。最近、バイデン米政権の1・9兆ドルの経済対策を巡って経済学者が論争をしている。日本でよくあるような、財政緊縮派と財政積極派の争いでなはい。むしろ財政積極派の中で、やりすぎかやりすぎでないかの論争である。正直、うらやましい論争である。 この論争では、ローレンス・H・サマーズ元財務長官とオリヴィエ・ブランシャール元IMFチーフエコノミストのコンビに、2008年にノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン教授が対立して意見を交わしている。特にサマーズ氏とブランシャール氏は、米国経済の需給ギャップに対して、米政権の経済対策が大きすぎてインフレが加速しすぎてしまい、連邦準備制度理事会(FRB)が金利引き締めで対応すると経済への反動が大きいと主張する。繰り返すが、経済が過熱するほどの景気対策の見通しがない日本からするとうらやましく思える。GDPなどの公表を受け、記者会見する西村康稔経済再生相=2021年2月15日、東京都千代田区(永田岳彦撮影) 論争の決着はともかくとして、需給ギャップが重要なのは分かるだろう。日本の直近の需給ギャップは、2020年10~12月期のものを見なければいけないが、まだ正確な数字は分かっていない。西村康稔経済再生相は、「ざっくり言って20兆円程度(年率換算、マイナス値)」と最近の記者会見で話している。前期(7~9月期)はマイナス34兆円だったので、かなり需給ギャップは縮小した。つまり、それだけ経済が回復基調にあったということだろう。 第3次補正予算の追加歳出は19兆1761億円であり、規模感だけ見るとほぼ10~12月期の需給ギャップの大きさに匹敵する。実際には追加歳出には「乗数効果」だとか支出のタイムラグだとか、深刻な論点として政府からお金を支援してもらう枠組みを国民が認知していない問題がある。ただ、規模感としては、第3次補正予算で、ほぼ昨年10~12月期の年率換算した需給ギャップは「埋まる」。 さらに、今年に入ってからはどうだろうか。冒頭のように、緊急事態宣言の再発令で経済は落ち込んでいる。この落ち込み(=需給ギャップのマイナス方向への拡大)を簡単に推測してみよう。「敵」はいつだって… 論点は、緊急事態宣言の再発令(と延長)で、どれだけ個人消費が落ち込むのか、である。内閣府の推計では2020年4~6月で266兆1265億円(前期比24兆8741億円減)という悲惨な落ち込みだった。ただし、第一生命経済研究所首席エコノミストの永濱利廣氏によれば、緊急事態宣言再発令の10都府県は、家計消費全体の約57・8%である。また、延長と同時に栃木県での解除も決まり対象の地域が減っている。 前回は全般的な休業要請だったが、今回は飲食中心の営業短縮であることにも注意が必要である。繁華街やビジネス街などの人通りを調査すると、前回ほど劇的な低下を見せていない。人の移動と月次GDPの高い相関を考えると、経済の落ち込みが今回はかなり限定的なものになるというのが、多くのエコノミストらの推測である。 代表例として永濱氏の推測をあげると、人出が前回の宣言時よりも2・1~2・7倍などを根拠にして、3兆円ほどのGDPの減少を計算している。ご本人に直接聞いたことがないので間違っていたら申し訳ないが、日本でも「絶滅危惧種」扱いされている筆者と同じリフレ派であることに敬意を表して、永濱氏の推計を採用しよう。 ちなみに筆者の推計は、動画番組の「Schoo(スクー)」で解説したが、だいたい4・7兆円から6・2兆円の幅になる。幅が出るのは、宣言下での経済活動の不確実性が大きいからである。実際に、延長してからのほうが繁華街など賑わいを見せている。が、それを事前に予想できた人は少ない。 永濱氏の約3兆円の落ち込みに対して、政府が採用した政策は協力金や支援金などの支出増約1兆円であるので、まだ2兆円(筆者の推計だと3・7兆円以上)不足する。このままそれを放置すれば、雇用や経営の困難は増してしまうだろう。 2020年度予算の予備費がまだ3兆円近く残っているので、これを企業や低所得層に直接に支援するのがいいだろう。緊急事態宣言における企業の売上損失を補償する政策、あるいは低所得層への直接給付でもいい。永濱氏の推計では、予備費残額を早急に使えば需給ギャップは「埋まる」。 前回も書いたが、話はこれだけでは終わらない。もともと新型コロナ危機が始まる前に、日本経済は消費増税と米中貿易戦争で景気が減速していた。経済を安定化させるには、インフレ目標を達成するまで、積極的な金融緩和と財政出動が求められる。緊急事態宣言発令中でも多くの人出が見られる東京・新橋=2021年2月8日 今回は求められる財政政策の規模感だけを指摘しておく。ワクチン接種の本格化によって、国民の多くが新型コロナ危機の終焉(しゅうえん)を予想できた段階で、少なくとも10兆円程度の追加歳出を伴う財政政策を行うべきだろう。ただ、10兆円がたとえ倍になったとしても、米国で議論されている財政積極派同士の経済の過熱か否かをめぐる政策論争が起きる心配はまずない。残念ながら「敵」はいつだって財政緊縮派である。

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    コロナ禍に打ち勝つ 新時代の経営戦略

    コロナ禍において日本企業はどう生き残るか。アジア経営者連合会理事長でタカショー社長の高岡伸夫氏と、元東洋経済新報社記者で経済ジャーナリストの小倉正男氏が苦境を乗り切る新時代のトップの在り方と経営戦略を語る。

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    最悪想定なきコロナ戦略にみる危機管理「憂国」ニッポン

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 「一寸先は闇」、江戸期から謡曲などで使われていたとされている。だが、おそらくは戦国期にはすでに用いられていたという見方もある。先の大戦後は、政界で「寝業師」といわれた川島正次郎(自民党元副総裁)らが「政界、一寸先は闇」と使っていたとされる。 何が起こるか分からない。思ってもいない最悪のことが起こる。「一寸先は闇」にはそうした含意が込められている。「一寸先は闇」は、危機管理というか、有事管理(クライシスマネジメント)と親和性がある言葉にほかならない。 有事の危機管理では、勃発した事件や事故対応の基本なのだが、「情報収集」が極めて重要である。最近では、「知見」という概念も使われるが、これは経験・体験を経たうえでの情報(インテリジェンス)ということになる。この情報収集というものも傍目には簡単に見えるのだが、意外なことにそう簡単ではではない。 事件や事故も、現在進行形で動いており、知見を含む情報を正確に捉えるのは案外難しい。実際、事態がどう転がるか、明日、明後日の先行きすらも定かではない。そのような極限状態でも、不祥事など事件、事故を起こした(企業などの)当事者は、情報を自分に都合のよいようにしか取り入れない。 一般的に人間は誰しも自分に甘いから、情報というものをどうしても自分に都合よく解釈する傾向がある。情報収集そのものが難しい。加えて情報の理解・解釈で齟齬(そご)が生じる。 「最悪の想定」というものも簡単なようで簡単ではない。危機管理では、最悪の想定をするのが必須要件なのだが、これも当事者が自分たちの都合をどうしても優先させるから例外なくといってよいほどできるようでできない。日本では、不祥事を含む事件、事故で成功した危機管理はほとんどない。 菅義偉(すが・よしひで)首相は、この通常国会で施政演説を行った。11都府県に「緊急事態宣言」再発令という状況の中であり、施政演説では菅首相の看板である「新型コロナ対策と経済との両立」というワードは一切使われなかった。「コロナと経済との両立」という持論を菅首相がにわかに修正したわけではないが、およそ1万1000字の演説では“封印”されたわけである。 「コロナと経済との両立」は、安倍晋三前首相時に発令された緊急事態宣言(2020年4月7日~5月25日)の解除に合わせて表明された政策である。「withコロナ」、コロナと共存しながら経済活動を行う、という「新しい生活様式」が突然提案された。コロナを徹底的に抑え込んだ確証はなかった状況だけに唐突な感じを受けたものである。 「コロナと経済との両立」は、いわば用意された国の既定路線だったとみられる。この両立モデルでは、コロナ再燃のリスクや不安を払底できないが、ともあれ経済活動を再開して倒産、失業などによる社会的な不安を除去することを優先。「経済が持たない」「新型コロナよりも自殺者の増加に目を向ける必要がある」―。そうした要因を重視したわけだが、事実上コロナ封じ込めより経済活動を優先するという面が否定できない。衆院予算委に臨む菅首相=2021年1月25日 緊急事態宣言の総括、コロナの状況、経済の状況、コロナ特措法などの問題点、さらには国や地方自治体の財政状況などの説明、先行きなどについては明らかにされなかった。「コロナと経済との両立」という重要政策は、その必要性、リスクを含めての問題点などはほとんど語られることはなかった。ダメージなき危機管理などない 説明責任による「見える化」、「コロナと経済の両立」によるリスクなどの検証などは素っ飛ばされたに近い。緊急事態宣言は終了したのだから、疑うことなく「はい次は経済」という進め方だった。西村康稔経済再生相らからも、あくまで当然のことのように説明らしい説明はなく、総括を棚上げする格好での提案だった。 「コロナと経済との両立」は、菅首相に引き継がれ、2020年後半のGoToトラベル、GoToイートの実行につながっている。菅首相はどういうことか、当初には「新型コロナ感染が落ち着いたら特措法を改正する」とコロナ封じ込めに自信を見せていた。どのような見通しがあったのかコロナ感染はすぐに落ち着くと判断していた気配がある。 知見を含めて情報収集はなされていたはずだが、コロナ感染に無邪気なほどの楽観論、いわば最善の想定で走ったわけである。そこまで強気になれたのは何だったのか。 問題だったのは「ダメージコントロール」。これも危機管理では重要なのだが、なかなか理解されない。深刻なダメージが想定されるから有事の危機管理であり、ダメージなしで終われるなら危機管理は本来的に必要ない。危機管理においては、ダメージがどうしても避けられない。 ダメージが避けられないとすれば、どう受けるべきかダメージを設計しなければならない。想定されるダメージを極力コントロールして、致命傷となるダメージだけはもらわない方策を施して、最終ゴールである生き残り(サバイバル)を果たす。それが有事の危機管理の使命になる。 新型コロナでいえば、経済活動を以前の状態に再生・再開するのが最終目標ならば、一時的には経済にダメージが出ても極力じっと我慢する時期や期間を設計する方策を持つべきである。安倍首相時の緊急事態宣言では、解除後もしばらくは最悪の想定を堅持して、慎重に警戒姿勢を維持すべきだった。 新型コロナ感染に対する「初期消火」を行うとすれば、ここがせめても最後の時期だったとみられる。だが、そそくさと「コロナと経済の両立」に突入した。経済は息を吹き返すが、2020年8月のいわゆる第2波などコロナのぶり返しの余地をつくることになった。 菅首相のGoToトラベル、GoToイートは、経済にはテコ入れ効果があるのは間違いない政策である。だが、これも闇雲に急ぎ過ぎた感がある。経済が活性化しても、それに伴って人々が動いて警戒が緩む可能性が生じる。しかも季節は冬場を迎えており、コロナ蔓延を呼び込む余地を生み出す。コロナ蔓延を長期化させれば、肝心の経済を殺しかねない。経済を救うのは使命にほかならないが、拙速に急げば経済を壊滅させることになりかねない。 現状は2度目の緊急事態宣言(1月8日~2月7日)に突入している。何のための緊急事態宣言なのか。コロナ蔓延を封じ込めて、経済を再生するために、飲食店の営業に午後8時まで時短営業という規制を実施している。企業にはテレワークを要請している。しかし、今回の緊急事態宣言では、国民にコロナ慣れなのかやや緊張感が失われている。首都圏の盛り場などの人出は必ずしも減っていない。緊急事態宣言の発令に伴う菅義偉首相の記者会見を報じる新宿駅前の街頭ビジョン=2021年1月7日、東京都新宿区(松本健吾撮影) 緊急事態宣言を行えば、経済にダメージが出る。だが、そのダメージはコロナを封じ込めて経済を再生するために必要なプロセスである。一時的なダメージは受け入れる。ただ、そのダメージを極力コントロールして、最終的に経済の再生に導くというプロセスを丁寧に説明する。場合によっては強いメッセージを使って、経済再生のために国民の行動に我慢を要請し、コロナ感染封じ込めを進める。教訓は脆弱性の露呈 2020年半ばに筆者は「コロナと経済の両立」は二兎を追うもので一兎も得ることができない結果となりかねないと数回指摘している。(「コロナ戦争新フェーズ、政府と企業が陥る『二正面作戦』の罠」ほか参照) 先の大戦時のミッドウェー海戦に例えれば、日本はミッドウェー島攻略なのか米空母を叩くのか、作戦使命が曖昧な二正面作戦で敗北した。「コロナと経済の両立」は、もともと相矛盾する、ブレーキとアクセルを同時に踏み込む政策で簡単に行えるものではない。しかも、そうした二兎を追いながらも実体上の軸足は経済に踏み込んでという二重の曖昧さが混在するものだった。 ミッドウェー海戦では、日本の4隻の空母は同一の海域に集中して配置され全滅の結果となった。米国が必死に間に合わせる格好で投入した空母は3隻、分散して配置された。1隻は沈没したが2隻は生き残った。虎の子のダメージを極力低減した。ダメージは伴うが、ダメージを極力コントロールして最小化し、生き残るという最終目標を達成した。 いわゆるコロナ第2波を2020年8月に経験したが、それが収まると「コロナと経済との両立」という政策の延長でGoToトラベル、GoToイートが促進された。GoToは菅首相の肝煎り政策であり、経済活動のアクセルが踏み込まれた。GoToを進めてもコロナ感染増を呼ぶという相関関係はない、という判断があったとみられる。 だが、年末年始にいたるとコロナ感染が急拡大した。日本の医療の脆弱性が露呈し、首都圏など大都市部では、コロナだけでなくコロナ以外の心不全などの病気でも入院が容易ではないという事態になっている。コロナでは自宅療養者が増加し、自宅待機しているうちに重症化して死亡するなど、病床不足という医療逼迫が現実のものになっている。 「コロナと経済との両立」、これは二兎を追う「二正面作戦」であると同時に、「ダメージコントロール」の設計がなされていないという特徴があったように見える。その傾向は現在の緊急事態宣言にも継続されている。 「1カ月後には必ず事態を改善する」(緊急事態宣言再発令前日の1月7日実施の菅首相記者会見)。コロナ感染はピークを打ったようにも見えるが、医療逼迫は依然として続いている。変異株の感染発症も伝えられている。どうやら緊急事態宣言は3月7日まで延長やむなしという状況になっている模様だ。 現状は飲食店のみならず、電通のようなトップ企業が東京・汐留の本社ビル売却を検討するなど、経済は傷んでいる。コロナ禍により経済は「地滑り現象」を起こしかねないところまで追い込まれている。 コロナという有事に、誰がリーダーでも上手くいかないというような議論がある。やさしい慰めだが、少し言い訳めいていている。そうしたあきらめで「総懺悔」に終わってはならない。おカネ(税金・財政)と時間をできるだけセーブして、最終ゴールである経済の生き残りを図るというプロセスを追うべきである。参院予算委で答弁する菅首相=2021年1月28日 新型コロナという厄災は、一国のリーダーのみならず、国民全体を揺さぶっている。この厄災をどう克服するのか、日本の叡智が問われていると受け取るべきである。コロナが炙り出したのは、日本が有事の危機管理に脆弱であるということだ。知見から学んで、急速に不備を改善、修正する対応力でも問題を残している。日本が有事対応力を蓄えるという備えを怠っている国であることを露呈させたことが、コロナの最大の教訓ではないか。

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    コロナ禍に翻弄される大学は「学問の府」としての矜持を保てるか

    金子宗徳(国体学者) コロナ禍は社会生活に大きな影響を与えたが、大学も同様である。私は都内の私立大学で日本思想史を教えているが、昨年4月の新年度開始以来、学生や教職員の大学構内への立ち入りが制限され、キャンパスでの講義のほとんどはオンラインを活用したリモート方式で行われている。 リモート方式による講義は2種類あり、一つはLMS(学習管理システム)のWEB上にレジュメと課題を掲出し、学生に自学自習してもらうオンデマンド方式。もう一つはZoomなどのWEB会議システムを用いて、定められた時間帯に講義を行うライブ方式である。 私は大学暦における前期開始の4月からは前者の方法で、夏休み明けの後期には後者の方法で講義を行ってきた。前者においては掲出する資料や課題の量が多すぎて受講生が消化しきれなかったり、後者においてはプライバシー保護の観点から受講生が顔出しをせぬために、反応が分からぬまま一人芝居のようにしゃべり続けたりと、従来の対面方式と勝手が違うため苦労した。 もちろん悪い点ばかりではない。外せない用務により所定の時間帯に講義ができぬ場合は、従来ならば休講にして補講をするしかなかった。しかし、オンデマンド方式なら休講にする必要はない。 前述の問題点にしても、大学主催のオンライン研修、あるいはフェイスブックに開設された「新型コロナのインパクトを受け、大学教員は何をすべきか、何をしたいかについて知恵と情報を共有するグループ」で所属の垣根を越えてノウハウを共有し得たため、何とか本年度を終えることができそうだ。 ただ、それは私の受け持っている講義が知識伝達型のものであったからかもしれない。理系の実験や専門技能の実技など、身体を実際に動かすことが必要な演習の担当者は苦労したのではないか。 宗教系大学に勤務する知人からは、「宗教儀礼における奉仕者の作法をリモートで学生に実習させる方法を考えている」という話を聞き、その難しさに同情したものだ。対面での授業が再開され、感染防止のため座席の間隔をあけて座る学生ら=2020年6月、京都市伏見区の京都教育大学(永田直也撮影) 令和2年度は学生にとって、いかなる一年だったろうか。実験や専門技能の演習をリモートで受講することは、受ける側にとっても困難を伴っただろう。コロナ禍の第2波が終息した後期において、文部科学省の要請を受けて多くの大学が実験や演習を中心として対面方式を再開したが、それは当然の対処であった。 一方、知識伝達型の講義については、講義担当者の不慣れさに起因する課題を除けば大きな問題はなく、遠距離通学や郷里を離れての一人暮らしをしていた者からすればかえってよかったかもしれない。さらに言えば、そうした状況を悪用する学生もいる。先に述べた通り、ライブ方式の講義では顔出しをせぬため、寝床で横になった状態だろうと、別のことをしながら講義を受けようと教員からは分からないのだ。影響が深刻な学問の府 大学生活には講義のみならず、図書館で文献を調査したり、学生食堂で友人と語らったり、課外活動に打ち込んだりといったことが含まれるが、大学構内への立ち入りが制限された結果、こうした講義に付随する部分にさまざまな影響が出ている。 このうち、しばしば言及されるのが課外活動に与える影響だ。確かに、大学構内にサークルがテントを並べるという見慣れた光景は展開されなかった。けれども、各サークルはインターネットで趣向を凝らした勧誘活動を展開したようだ。さらに言えば、そもそも課外活動は文字通り学課以外の活動である。もちろん、運動部を「広告塔」とする私立大学は存在するが、これは経営上の理由であって、「学問の府」という大学の本来的役割からすれば「なくてもよいもの」だ。 「学問の府」という観点からは、図書館に与える影響の方が深刻だ。入館は可能であるけれども事前予約が必要になり、提供されるサービスにも制約がある。厄介なのは、自分の所属大学に必要としている文献がない場合で、他大学の関係者を受け入れている大学図書館はほとんどなく、郵送で取り寄せるにしても通常より時間を要する。 国会図書館も抽選予約制となっており、講義を聴くというより自力で研究を進めることが求められる大学院生にとっては極めて不都合な状態と言えよう。 また、学生を主たる顧客とする学生食堂や近隣の飲食店は売り上げが減少し、存続の危機に陥っているという。さらに一人暮らしの学生を対象とした大学近辺のワンルーム・マンションも空室が増えているそうだ。 コロナ禍が終息した後、こうした大学の状況は旧に復するであろうか。リモート方式には時間や空間の隔たりを解消できるという利点があるため、全ての講義を対面方式に戻すことにはならないだろう。 まず、大教室が不要となる。これまで大教室で行われてきた一般教養を中心とする知識伝達型の講義は、対面方式とリモート方式を組み合わせたハイブリッド方式が採用されるだろう。スタジオに観客を入れ、テレビ番組を収録するのと同様のスタイルである。講義を教員と学生がオンラインでやりとりする遠隔授業を行う名古屋商科大の吉井哲教授=2020年4月、愛知県日進市 履修登録者の何割が直に教員の話を聞くかは分からぬが、受講者全員が教室に足を運ぶとは思えない。ただ、WEBと対面双方を用いたハイブリッド講義を実施するにあたっては、WEB会議システムを搭載したパソコンを各教室に設置するだけでなく、アクセスが集中してもダウンしないサーバーを構築するなどの設備投資も必要になる。 また、プロ野球の試合を複数の放送局が相乗りで中継する場合と同じく、一人の教員による講義を複数の大学がオンライン上でシェアすることも考えられよう。これにより、受講者数が多いとは言えない課目を開講するために雇用してきた教員が不要となる。これは私たち教員の側からすると、余人に代え難い魅力的な講義を展開しなければリストラの対象になるということだ。今後を見据えた議論を 加えて、学生が大学構内にとどまる時間が短くなるため、学生食堂をはじめとする福利厚生施設の必要性が薄れる。福利厚生施設を縮小することになれば、現状の敷地を維持する必要がなくなり、遊休地となった敷地を売却することも考えられよう。 以上は一つのシミュレーションであるが、民間企業において在宅勤務の推進や本社機能の地方移転などが進められている現状からして、大学もまた「ウィズ・コロナ」あるいは「アフター・コロナ」の時代に対応することを余儀なくされるだろう。 そして時代の変化に対応した施策を打ち出すには相当の資金力が必要だが、少なからぬ大学が財政的に厳しい状況に置かれている。文部科学省が昨年10月に公表した「私立学校の経営状況について(概要)」を見ると、全国に593校ある大学のうち、31・0%が定員を充足しておらず、36・3%が赤字決算であるという。要は志願者に比して大学が多すぎるのだ。 志願者を増やそうにも、令和元年度における18歳人口は約117万人で、これは第1次ベビーブーム世代が18歳を迎えた昭和40年代前半における約240万人と比べて半分以下である。 加えて、大学進学者数は昭和40年代前半の30万人にくらべて令和元年度は約60万人と倍増し、大学進学率は12%強から50%強へと4倍になっており、これ以上の志願者増は見込めない。 こうした状況を打破しようと、一部の私立大学は外国人留学生を積極的に受け入れているが、多数の留学生失踪問題が明るみになった東京福祉大、十分な日本語能力のない留学生を受け入れた札幌国際大など、悪質な事例も散見される。後者については、その事実を問題視し、当時教授であった民俗学者の大月隆寛氏を懲戒解雇するなど現在も混乱が続く。民俗学者の大月隆寛氏=2020年7月、東京都千代田区 その大月氏はニューズウィーク日本版のWEBサイトに寄稿した、「かくて私は教授を『クビ』になった 大月隆寛、地方大学の窮状を語る」の中で、「『自己責任』の正義任せに大学の淘汰(とうた)が叫ばれ、大都市圏の大規模大学だけが生き残り、地元に根差した小さな教育の場は国公立・私立を問わず枯れてゆくばかり」と嘆いている。 今回のコロナ禍は、このような状況に拍車をかけるであろう。そうした中で、今後大学という場をいかにしていくべきか。未来の日本を担う若者たちの精神形成にも関わる問題である以上、当事者に丸投げするのではなく国民全体による議論が必要だ。

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    あきらめてませんか?テレワークでも超絶な社内イベントの「虎の巻」

    小澤美佳(株式会社ニット広報/オンラインファシリテーター) 新型コロナウイルスの感染拡大によりテレワークが普及し、オンラインツールを活用しながら業務を行う方も増えました。正直なところ、「実際に人と会わなくても業務は進められる」ということに気付かれた方も多くいると思います。一方で、「仕事以外で会社の人と話したりする機会がほしいな」と思っている方も同じくらい増加しているという声も伝わってきています。 コロナでなければ開催していたはずの忘年会、新年会、入社式、お花見など社内イベントを今年も見送りにしようと考えておられる企業も多いことでしょう。ですがこれから先、いつまで続くか分からないコロナ禍で、ずっと中止にしてしまってよいのでしょうか? そもそも社内イベントはなぜ行われるのでしょう。会社は、個人が集まり、人生の時間を共にする場所です。もちろん、業務を遂行して事業を前へ進め、利益を追求したり社会に貢献することも目的としてあります。しかし、時として「会社」という場所や、そこにいる人と人とのつながりを通じて士気が上がったり、心理的安全性が高くなるのもまた会社の良さや意義でもあります。 だからこそ飲み会や期末の打ち上げ、忘年会などはその会社や組織の仲間であることを感じられる、とても大事な機会なのです。 私が所属するニットでは、創業時からフルリモートで事業を運営しており、現在世界33カ国400人のメンバー全員がリモートワークという形で働いています。オンラインで遂行してきた業務のノウハウを生かし、さまざまなオンラインイベントを実施しています。 新型コロナウイルスで世の中が暗いニュースばかりの中、昨年8月には1千人以上を集客した「バーチャル世界一周旅行」や、12月には6時間×2チャンネルの16コンテンツという「日本最大級のオンライン忘年会」などを開催しました。このようにコロナ禍でも「オンラインでもみんなが楽しめるイベントは作れる!」ということを、ご紹介できればと思います。 まず、これはリアルイベントでも同じですが、そもそも参加者がいないとオンラインイベントは成り立ちません。当社も社内のオンラインイベントを実施したばかりのころは、参加者を募った際に人数が少なく頭を悩ませました。 イベント企画時に特に参加してほしいと考えていたのは、「参加したいけど、どうしようかな?」と迷っている人たちや、育児に追われてなかなか飲みに行くことができない人たちなど、「参加すること」に葛藤を持つ人々でした。 当社では子育てをしているメンバーが半分以上所属しているため、子供を寝かしつけした後に参加できる時間帯と、また世界33カ国にメンバーがいるので時差がある人もなるべく参加可能にするために、開始時間を21時30分に設定しています。 その他にも、当社に入ったばかりのメンバーなどにも気軽に参加してもらえるよう個別に声をかけたり、途中参加や退出しやすいプログラムの設定、タイムテーブルを事前に知らせることで、それぞれの都合に合わせて入退出できるシステム作りを意識するようにしました。 リアルの場だと「最初から最後まで参加しないと!」という強制力を感じることもありますし、退屈する人やその場になじめない人がいることも考えられますが、それはオンラインでも一緒です。だからこそ「みんなが楽しめる場にするにはどうしたらいいか」についても事前に幹事団で話し合いを重ね、オンライン上で大人数でも楽しめるビンゴ大会やクイズをプログラムに盛り込みました。オンライン開催した忘年会でビンゴを楽しむ参加者ら(ニット提供) クイズでは「会社のビジョンはなんでしょう?」など、メンバーなら分かるクイズにしたり、「社長がハマっているプロテインはなんでしょう?」といった社長に近しいメンバーも知らないクイズを出すなど、会社の理解を深めつつ、社員一人ひとりの個性を感じるクイズも作ることが可能です。  また、ビンゴ大会はグーグルのスプレッドシートを活用し、ビンゴカードを作ることで手元に紙のカードがなくても実施可能です。さらに、誰がビンゴか一目瞭然なので公平性があり、盛り上がるポイントになります。問われる会社の姿 これらのコンテンツはどれも、「参加者に楽しんでほしい!」という気持ちがあふれたものになりました。どのイベントも同じメンバーではなく、いろいろなメンバーが企画し、主催している私たち自身も楽しみながらイベントを企画し、制作しています。 イベントを開催する際には、主催者の「参加者に楽しんでほしい!」という気持ちがまず大切です。その上で双方向の対話がなされ、共に企画を生み出す姿勢があるならば、参加者の方に企画者の思いは必ず伝わります。コロナで我慢するべき場面も多いですが、オンラインイベントの可能性は無限大だと、私自身感じています。 春になれば入社式、または期末のキックオフイベントなんかも行われます。いずれも今年はコロナ禍で開催が危ぶまれていますが、コンテンツとファシリテーション(企画の方向性の一致)が決まればそういったイベントもオンラインで実施できます。決してあきらめないでほしいと思います。 この新型コロナウイルスをきっかけに、オンラインツールをどのように活用していくかが、今後会社にとって非常に重要です。ただ業務を遂行するだけでなく、組織としてのつながりを構築し続けることで、さまざまな困難に対応できる強い組織ができ上がることでしょう。 なぜならこの状況下では「会社が社員のことをどう考えているか」が浮き彫りになり、社員からすると「このまま今の会社で働いていてよいのだろうか」と考える人もいるはずです。 このように今後は、「企業が個人を選ぶ」のではなく、「個人が企業を選ぶ」時代になっていくのではないかとも感じています。終身雇用が崩壊に向かっている昨今、企業が雇用で縛り付けるのではなく、「人と企業が信頼をベースに、対等な契約を結ぶ」という概念になっていくのではないでしょうか。 だからこそ、このコロナ禍で企業と社員の関係性を構築していくきっかけの一つがオンラインイベントだと思います。オンラインであれば場所を問わず、日本全国や海外からの参加も可能です。これを機に、社員全員が募る場をオンラインで作ることをおススメします。多人数でのオンライン会議に臨む筆者(ニット提供) 初めはうまくいかないこともあると思います。しかし、先ほど触れた通り、企画者の「みんなに楽しんでもらいたい」という思いは必ず通じます。 ぜひ皆さま、オンラインイベントを検討してみてください。ご一読いただき、ありがとうございました!

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    政府のしくじり優先、娯楽的に「反ワクチン」を煽る偏向報道の罪深さ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) マスコミの報道は、一つの娯楽の提供だと考えたほうが分かりやすい。真実の追求や社会的問題の提起という側面はあるが、それでも営利的な動機からニュースという娯楽を供給し、それを視聴者や読者が消費していく。 娯楽には日ごろのストレスを発散する効用がある。今の新型コロナ危機の感染対策や経済対策を巡る報道を見ていると、まさに国民の不満解消を狙いすぎているのではないか。 この種の報道のパターンは簡単で、①悪魔理論②全否定か全肯定かの判定、である。 ①の悪魔理論は、単純明快な二元論で、善(天使)VS悪(悪魔)という二項対立で物事をとらえる。例えば、現在の第3波の拡大は政府の「GoToトラベル」が原因だった、と「悪」として見なしてしまう。今日、その「悪」のイメージは「第3次補正予算にはGoToトラベルが入っているが、今はそれよりも優先する政策があるので予算組み替えが必要だ」という議論に結びついている。 また、政府は「悪魔」になりやすく、政府のやることはすべて失敗が運命づけられているような報道を好む。さらに、この悪魔理論では、政策ベースで議論することよりも「人間」そのものやゴシップを好む。面白い娯楽になるからであり、それ以外の理由はない。菅義偉(すが・よしひで)首相の言い間違いや会食などが極めて大きくクローズアップされるのもその一例であろう。衆院予算委員会で答弁する菅義偉首相=2021年1月25日、国会・第1委員室(春名中撮影) ②の全否定か全肯定か、という報道の手法は、「あいまいさの不寛容」と言われている。最近の新型コロナのワクチンに関する話題は、反ワクチン活動かと思うほどに偏っていた。例えば、週刊誌「アエラ」(朝日新聞出版)のツイッター公式アカウントが投稿した見出しが偏ったものであったことは明瞭である。医師1726人の本音 ワクチン『いますぐ接種』は3割さらに、「米国内でのワクチン接種でインフルエンザワクチンの10倍の副反応が出ていることをどう評価するか」「世界一多いといわれる病床を活用できないのはなぜか」についても記事を掲載しています。「AERA」公式アカウント アエラだけではなく、他のマスコミ報道やテレビなどでも、副反応が過度な注目を集めている。もちろん、副反応が「ない」などと言っているのではない。確率的には生じるのが低いとされる問題に、今の日本の報道が偏っていることを言いたいのだ。不毛な「GoToたたき」 ここには確率的な事象への無関心がある。バランスを欠いたのは見出しだけで、記事の中身では中立的な議論がなされているという指摘もあるだろう。だが、その種の批判は妥当ではない。記事の中身のバランスがいいのならば、見出しもバランスよくすればいいだけなのだから。 「日本で接種が予定されているワクチンは新型コロナに対してかなりの効果があり、副反応があったとしても確率的にわずかなものである」という話が、いつの間にか「副反応があるので、ワクチン接種はするよりも慎重になるか、しないほうがいい」という話になってしまっていないだろうか。 このような「反ワクチン」的な報道や世論の一部の動きに対しては、政府も何もしていないわけではない。ネットなど情報発信に優れている河野太郎行政改革担当相をワクチン担当相に指名したのは、マスコミの報道姿勢への対抗でもあるだろう。 ところで、「第3次補正予算にはGoToトラベルが入っているが、今はそれよりも優先する政策があるので予算組み替えが必要だ」という発言を考えてみる。GoToトラベルたたきは今も盛んであり、「悪」の象徴のように扱われている。 GoToトラベルの経済効果はかなり顕著であった。感染拡大が抑制され(感染がゼロになるわけではないことに注意)、経済の再起動に重点を置くときに必要な政策である。 政府の非公式な経済効果試算では約1兆円。明治大の飯田泰之准教授は規模は示していないが、いくつかの統計データからGoToトラベルの経済効果が大きいことを指摘している。 現状では経済の活発化に伴い、感染も次第に再拡大していく恐れが大きい。医療体制支援の拡充や、一人一人の感染対応が重要なのは変わらない。 今は緊急事態宣言の真っただ中なので、感染抑制に人々の視点が集まってしまいがちだが、第3次補正予算が順調に審議、可決され、予算が執行されるのは緊急事態宣言が解除になっている時期である。 最悪、再延長されたとしても感染拡大期が無限に続くわけもない。感染拡大期が終わって、経済活動を刺激するときに、このGoToトラベルの予算を確保していることは十分な「備え」になる。参院本会議で答弁する河野太郎行政改革担当相兼ワクチン接種担当相=2021年1月22日、国会(春名中撮影) しばしば、野党やマスコミは「緊急事態宣言は後手にまわっている」と菅首相を批判してきた。だが、昨年の補正予算の審議で、予備費を計上したときに、その金額が巨大である、国会を軽視しているなどと批判を展開してきた人たちがいた。現在の緊急事態宣言の中で、予備費から飲食店への一時協力金が出ているが、この人たちは「備え」を否定していたことになる。 予備費を批判した同じ口で「自粛と補償は一体」と言う人も多い。まさに反政権が優先しているだけで、国民の生活目線とはとても言えないだろう。

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    東京五輪は「夢」のままでいいのか

    新型コロナ感染拡大に歯止めがかからないゆえ、海外メディアも含め東京五輪の今夏の開催に否定的な報道が相次いでいる。だが、こうした中でもスポーツ大会の成功例は多い。選手にとっては人生がかかった大会だけに「夢」のままでは、あまりに無情だ。スポーツに詳しいフリーライターの清義明氏が、開催可能な理由を解説する。

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    東京五輪は開催できる!中止論過熱で見失いがちなアスリートの明日

    ないが、最新の共同通信による世論調査では、開催に否定的な意見が約80%となっている。 昨年末にかけて新型コロナウイルス感染者が激増し、その対策が後手に回ったとして菅義偉(すが・よしひで)内閣の支持率が急落したこともあり、政府内部からも世論を踏まえた上での慎重論がチラホラと出てきてさえいる。 はてして、東京五輪の開催は不可能なのか。筆者の結論から言えば、東京五輪は条件付きではあるが十分に開催可能だ。その理由は大きく2つある。 一つ目は、ワクチンがもうすでに世界での流通を開始し、接種が進んでいることだ。 もちろん、五輪開催の夏までに日本国内の集団免疫が完成するほど接種が進むのは無理だろう。だが、選手と関係者全員にワクチン接種することはさほど難しいことではない。 イスラエルでは1月20日時点で、国民の約3割(約270万人)がワクチンを接種し、実際にその効果も良好なことが報告されている。米国の大統領に就任したジョー・バイデン氏は、政権スタートから100日以内、つまり5月の初旬までに1億回分のワクチン接種をするとも表明している。 東京五輪の場合、33競技339種目の選手数は約1万人。関係者と報道陣など含めれば、この何十倍の人数が競技場に集まることになる。だが、この人数に絞ってワクチン接種することは、ワクチンの供給の展望を考えると不可能ではない。なお、日本では2月末には、ワクチンの接種が開始される。 こと選手に関しては、国の威信をかけて行われるスポーツ大会であるから、それぞれの国で接種することで問題ないだろう。その他の関係者は、ワクチン接種、または抗体証明書があることを義務付ければ特に問題はないはずだ。 また、マイクロソフトやオラクルといったIT系の有志連合がスマートフォンアプリを使った世界共通の国際電子証明書「ワクチンパスポート」の開発を開始している。おそらく今後はPCR検査と隔離期間を義務付けている、条件付きの入国緩和措置「ビジネストラック」や「レジデントトラック」もこのワクチンパスポートの所持によってスムーズになるだろう。検品されるファイザーの新型コロナワクチン そして五輪が開催できる二つ目の理由が、現在でも世界各地で実際に国際的なスポーツ大会が行われているという点だ。サッカーであれば先月まで、カタールのドーハでアジア最強のクラブチームを競う「アジアチャンピオンズリーグ」が開催されていた。 「厳しい制限がありましたが、実際に世界各地からスポーツチームが集まって大会をして、何も問題は発生しなかったのは確かです」と出場チームの担当記者は言う。 もちろんPCR検査で陰性だった人だけが渡航でき、入国後も選手たちは入国後に外部と接触しないようにホテルなどに隔離措置される。しかし、練習は普通に行うことができ、試合もほとんど通常通りだった。コロナ禍での実績 気分転換もできないまま、ホテルと練習場、本番の会場だけで大会の期間を過ごすのは窮屈かもしれないが、そもそも五輪のような大会であれば選手村での生活が一般的だ。 それゆえに、五輪選手の環境は従来とそれほど変化はないだろう。アジアチャンピオンズリーグでは、帰国後も政府の特例措置「スポーツマントラック」が選手に適用され、検査の上で問題なければ隔離期間もなく、そのまま帰国後に試合出場することも可能だ。 なお、日本国内では、11月に日本体操協会が主催する国際大会が開かれた。選手は毎日PCR検査を義務付けられていたほか、さまざまな対策が採られながら観客の入場も可能だった。そして本大会でも、問題は特に発生していない。 このようなコロナ禍での世界のスポーツ大会の実施状況を鑑みるに、五輪開催自体は必ずしも無理なことではないことは分かってもらえただろうか。 さて、開催するのは可能だとしても、ここから先が思案のしどころである。「大会組織委員会は、五輪で観客を入れるか否か」という点である。 アジアチャンピオンズリーグでは、記者は原則として同行できずに無観客で行われた。ここまでやれば開催は可能だが、五輪ではやはり観客がいたほうがいいだろう。 もっとも、現在の日本における緊急事態宣言や欧州各国のように都市ロックダウンが行われている状況が続くのであれば観客を入れることはできない。また、海外から大規模な観客を迎え入れるのも難しいかもしれない。ただし前述の通り、ワクチンパスポートや抗体証明書を条件にして入国や観戦は可能にすることもできるかもしれない。それでも、この部分の見通しは難しい。 ただ、実際のところ、現在でも日本国内でスポーツ大会は開催されていることを忘れてはいけない。感染対策を十分にし、ソーシャルディスタンスのための席配置をした上で、都内では大相撲初場所が開催され、Jリーグも12月までは観客を入れて開催していた。プロ野球も然りである。 したがって、現在の指数関数的ともいえる感染者数の激増と、それに伴う病床の確保ができていない段階を抜け出ることができ、昨年の秋くらいの状況にまで落ち着くということを前提にすれば、観客を入れて五輪を開催することは不可能ではないのだ。会談を前にグータッチを交わす菅義偉首相とIOCのバッハ会長(左)=2020年11月16日、首相官邸(春名中撮影) ただし事務的な部分も含めて、現実的に考えると日本国内の観客のみを入場可とし、海外からの観客は原則として許可しないというのが賢明かもしれない。 なお、観客をまったく入れない場合、チケット収入が得られない収益的な懸念はあるだろう。それでも、すでに五輪というビジネスは多くのスポーツと同じくスポンサー収入がその収益の大半であるから、それが決定的なネガティブ要素になるわけではない。見逃せない選手の気持ち 東京五輪の大会組織委員会によれば、大会収入予算7210億円のうち、スポンサー収入は約57%の4160億円。一方で、チケット収入は900億円と10%少々というところだ。五輪の組織委員会としては、苦しくなるとはいえ最悪無観客の開催でも大会中止に比べれば、さほどの影響とはならないのだ。 以上のように、東京五輪が開催可能であるという筆者の考えを述べたが、一つ追記しておこうと思う。実を言うと筆者は元々、東京五輪の招致に反対の立場だった。 現代における五輪は、国威発揚や経済的な効果として政治的に重要なものとされている。しかし、この30年くらいのスパンで見てみると、五輪やそれに匹敵するスポーツイベントであるサッカーワールドカップを開催した国や地域が、その効果と恩恵を得られたとは言い難い。 五輪で言えばアテネのギリシャやリオデジャネイロのブラジル、ワールドカップだと南アフリカやロシアなどの国々が、その投資に見合うだけの経済成長を得られたかというと、むしろその負債に苦しんでいるのが実情だ。この30年間で五輪開催のリターンが得られた国といえば、大きな経済成長を遂げている中国くらいしかないのではないか。 とはいえ筆者個人としては、東京五輪はすでに投資と準備がここまで進んでしまったということもあり、「せっかくだから開催する方向で考えてみるべきでは」というくらいの感覚が正直なところだ。 しかし、五輪が事実上アスリートたちの目標として重要なステージとなっていることはやはり見逃すことはできない。ゆえに、いたずらに「中止にするべき」と声高に唱える気持ちにはならないのだ。 あるサッカーメディア関係者は「昨年、東京五輪が1年間延期が決まったときも、悔しがっている選手は多かった」と述べた上で、次のように説明してくれた。 「五輪を目標にしているのは、サッカーのみならずアスリートでは当然のこと。サッカーだと、海外から注目が集まる大会ですから、そこを海外への雄飛のチャンスと考えている選手はたくさんいます。年齢制限があるサッカーの五輪代表は、1年延期になることによって規定の年齢を超えてしまうこともあるので、彼らにとっては1年延期は気が気ではなかったのではないでしょうか。これで出場できなくなったり、ましてや大会中止となった場合はショックでしょうね」とのことだ。 確かに、この選手たちの気持ちは分からなくもない。そして、これはサッカーに限った話ではないのだ。全日本体操の男子決勝、種目別鉄棒の結果が発表され、笑顔の内村航平(左)。右は個人総合で優勝した萱和磨=2020年12月13日、群馬・高崎アリーナ(代表撮影) 五輪中止を求める声があるのも理解できる。新型コロナウイルスの伝染病の猛威を強く訴えるのもいいだろうし、現実的な対応策を進めることを政府に求めるのもいい。だが、それによって押しつぶされる声にも耳を傾けることが必要なのではないだろうか。 もっとも、冷静な意見が聞かれるようになるのは、今続いている首都圏を中心とした緊急事態宣言が解除される頃だろう。昨年の五輪開催延期の判断の時期を鑑みると、今年3月までに緊急事態宣言が解除されれば、そちらのほうへシフトしていくはずだ。

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    池上彰氏、バイデン政権の不安「日本もアメリカも民主党は内紛する」

     トランプ氏と支持者らによる強烈な抵抗が続く中、いよいよ1月20日にジョー・バイデン大統領が誕生する。長年大統領選を取材してきた池上彰氏と、アメリカでトランプ陣営への潜入取材を続けてきた横田増生氏が緊急対談した。* * *横田:トランプ支持者は「バイデンを大統領として認めない」と口を揃えて言います。7400万人(※トランプ氏は大統領選で現職としては最高となる7400万票を獲得した)全員ではないにせよ、その大半がアンチ・バイデンとみられる。逆風の中の船出となるバイデンは大変ですね。池上:バイデン氏はアメリカ大統領史上、最弱の大統領としてスタートするとの声があるほどです。これまでのアメリカには選挙で争っても、いざ大統領が決まれば国民一丸となって祝福する伝統がありましたが、今は穏健な共和党支持者がトランプ氏に愛想を尽かして姿を消し、その代わりにこれまで政治と無縁だった人が大挙してトランプ氏を支持するようになり、何があろうとバイデン勝利を認めません。共和党自体がトランプ党になってしまった感があります。横田:そう思います。今後もトランプ支持者がアメリカ社会の不安要素であることは間違いありません。何せ彼らは平気でライフル銃を抱えて集会に参加しますからね。池上:日本人は「アメリカ人は政治意識が高くてみんな選挙に行く」と思い込んでいますが、実際の投票率は6割前後で日本と変わりません。一方で、あらゆることを陰謀で解釈する陰謀論者が表に出て、トランプ氏を支持するようになった。トランプ氏の出現でこれまで見えなかったアメリカが可視化されました。横田:こうした状況でバイデンはアメリカをどうリードするでしょうか。池上:なかなか見えてきませんが、一つ言えるのは、多様性を重視する姿勢です。白人中心のトランプ氏とは違い、ラティーノやアジア系、LGBTQなどマイノリティの支持を得て政権を運営しようとしています。 そこで不安要素となるのがバーニー・サンダースやエリザベス・ウォーレンといった党内左派です。この人たちは、「バイデンの政策は生ぬるい」として、徹底した累進課税や国民皆保険の実現を訴えています。横田:左からも突き上げを食らうことになると。池上:日本もアメリカも「民主党」という名がつくと内紛します(笑い)。アメリカの民主党左派は、“バイデンは嫌だけど、トランプはもっと嫌”だから、鼻をつまんでバイデン氏に投票した。目下の敵がいなくなれば、内輪揉めが始まります。横田:一つの試金石になるのは、バイデン氏がコロナにどう対処するかでしょう。トランプ氏のコロナ対策は連邦政府と州政府がほとんど連携せず感染拡大を招く一因となりました。が、速やかなワクチン接種や感染拡大防止策でコロナが落ち着けば、人心がある程度、安定するはずです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)【プロフィール】池上彰(いけがみ・あきら)/1950年長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1973年NHK入局。1994年から「週刊こどもニュース」のお父さん役を11年務め、2005年よりフリージャーナリストとして活動。2016年より名城大学教授、東京工業大学特命教授。横田増生(よこた・ますお)/1965年福岡県生まれ。アイオワ大学ジャーナリズムスクールで修士号。物流業界紙の記者、編集長を務め、1999年フリーに。2020年、『潜入ルポ amazon帝国』(小社刊)で新潮ドキュメント賞受賞。写真はトランプ陣営の選挙ボランティアに潜入時。関連記事■【アメリカ発】憂慮すべきバイデン親子の中国ビジネス■トランプ陣営の選挙ボランティアに1年潜入 衝撃レポート■トランプ氏 姪の水着姿見て「こいつはすごい」と息荒らげた■北朝鮮の秘密資金調達部門幹部 米ラジオを聴いて銃殺される■中国人が接待で「女体盛り」を要求、要した費用は32万円

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    コロナ禍克服のヒントは福知山にあり

    新型コロナの第3波は無情にも地方観光を再び苦境に陥らせている。こうした逆境の中で「何ができるか」を模索しているのが光秀ブームに湧く京都府福知山市だ。民間企業が発案した全国初の「非接触自動スタンプラリー」に協力し、官民による実証実験に取り組んでいる。そこにはコロナ克服と地方創生のヒントがある。

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    コロナ対策と観光誘致、相反課題に挑む福知山の「理想形」

     東海道新幹線からJR京都駅で山陰線の特急はしだてに乗り継ぎ、京都府福知山市へ向かったのは2020年12月上旬。福知山といえば、NHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公、明智光秀が戦国時代に平定した丹波国として注目される地方都市の一つだ。 光秀が丹波国へ向かったとされるおよそ450年前に思いを馳せつつ、車窓から色づいた紅葉を楽しんでいると、1時間20分ほどで福知山駅に到着した。 福知山市を訪れた理由は、光秀ブームだけではない。全国初の観光施策「非接触自動スタンプラリーin福知山」がスタートし、新型コロナ禍に苦しむ地方観光の克服策として注目されていたからだ。 スタンプラリーは本来、観光名所などを巡る過程で、各地のスタンプを押していくものだが、不特定多数が触れる方法はこの時世においては敬遠される。そこで、文字通り「非接触」でやれないかと企画したのが、国内外で地方自治体のPRコンサルティングなどを展開する「クロスボーダー」(東京都台東区、佐藤泰也代表取締役)だ。 「IoT(モノのインターネット)技術を使った日本初の街中回遊ゲーム」として、もともと大規模工場内などで従業員の動きを把握する目的でSocial Area Networks(東京都中央区、森田高明代表取締役)が開発したシステムを、クロスボーダー社がスタンプラリーへの転用を発案した。 これを基に、報道発表やパブリシティ活動など基本的なPR活動に加え、フェイスブックを活用し、福知山のファンづくりを実施したり、管理栄養士が福知山の「食」を解説した記事を投稿したりするなど、「日本初の街中回遊ゲーム」をフックに、訪問できない人にも魅力を伝える工夫を凝らした。特に、福知山市の鹿肉などジビエの流通を拡大するため、Stayway(東京都渋谷区、佐藤淳代表取締役)と連携してネット販売を実施し、観光誘致とともに食も売り込む、コロナ禍における観光プロモーションの一つの在り方を示している。 非接触自動スタンプラリーの仕組みは非常に分かりやすい。JR福知山駅の観光案内所で専用カードを借り(無料)、スタンプラリーに賛同した市内50の店や寺社仏閣を訪れるだけで自動に記録され、各地に設定されたポイントの数が貯まれば、その数に応じた特典がもらえる。京都府福知山市で全国初となる「非接触自動スタンプラリー」スタート前に行われた記者会見。(左から)クロスボーダー取締役の菅原豊氏、Social Area Networks代表取締役の森田高明氏、クロスボーダー代表取締役の佐藤泰也氏、Stayway代表取締役の佐藤淳氏=2020年11月、東京・丸の内(西隅秀人撮影)  注目すべき点は、もう一つ。スマートフォンなどにアプリを入れる方法は簡単だが、特にスマホの扱いが不得手な高齢者にとっては困難だ。カードを所持しておくだけで簡単に参加できるといった利便性も考慮したという。 企画の背景には、光秀ブームに湧き、そのシンボルである福知山城とその関連施設の来場者が急増しただけに、「もう一カ所足を延ばしてもらえないか」という思いもあったからだ。重要なのは「民間活力」 福知山は、光秀ゆかりの地だけでなく、「肉とスイーツのまち」として、その評価は年々高まっている。だが、コロナ禍に見舞われ、感染防止と観光誘致は相反する。とはいえ、せっかくの光秀ブームを生かさない手はない。そこで、相反する二つを同時に実現する施策を模索したわけだ。  こうした視点から企画されたこの施策は、観光庁が推進する「あたらしいツーリズム」の実証事業に採択され、福知山市や各店、寺社仏閣、観光施設などの協力を得て実現することになった。  さらに、コロナ禍克服のヒントとして特筆すべきは、「民間活力」だ。先に触れたように、アイデアやシステム、スタンプラリーの協力店舗など大半は民間である。そこに、観光庁や福知山市といった行政がバックアップするという理想的な関係が構築されている。 福知山市の大橋一夫市長は「街づくりは、行政が旗を振って先頭を進んでいくのではなく、市民のみなさんが頑張ろうとするその意志にしっかり寄り添うことが重要だ。今回の非接触自動スタンプラリーは象徴的であり、民間活力が非常に大切だ」と意義を力説する。 そして最終的に重要になるのは、各店舗の魅力だ。これが欠けていれば意味がない。ただ、大橋市長が自信ありげに語った「市民が頑張ろうとするその意志」の背景にあったのは、まさに個々の事業主のこだわりとポテンシャルにほかならない。 福知山市の中心部にある新町商店街の一角に、カフェ「まぃまぃ堂」がある。こぢんまりとした店内は、電球の明かりがやさしく灯り、まさに癒しの空間といった雰囲気だ。手作りのケーキやクッキーのほか、ドリンクもゆず茶やすももソーダといった自家製のメニューが多数あり、原材料の多くはオーガニック(有機農産物)を使う。 カフェである一方、量販品ではなく個性的な作家による靴や靴下のほか、フェアトレード(開発途上国で作製され、適正な価格で販売して生産者らの生活を守る)商品なども多数販売。また、戦時中の女性を描いた漫画「この世界の片隅に」の作者である、こうの史代さんオリジナルの「おみくじ」など、店内は驚きにあふれている。 このカフェの店主は、地元で生まれ育った横川知子さん(51)だ。東京都内の大学に進学後、大阪府内の大手電機メーカーに就職したが、年々活気が失われる商店街を盛り上げ、子供のころからの夢だった洋菓子店を開きたいとの思いから、12年ほど前、かつて呉服や洋服店だった実家の空き店舗を活用してカフェを開いた。こだわりの商品が並ぶカフェ「まぃまぃ堂」店主の横川知子さん=2020年12月、京都府福知山市(西隅秀人撮影) 横川さんは、「都会の生活は刺激的でしたが、ただ流れていくという感じでしたね。福知山はそこそこ街があって、そこそこ田舎で、山や海も近い。田舎ならではの人と人とのつながりもあり、求め過ぎなければ、本当に住みやすい。お店をやるからには、いろんな方々の役に立つことをしたい」と、福知山の魅力に加え、オーガニックやフェアトレード商品を扱う意義を教えてくれた。「どうやればできるか」 一方、「肉とスイーツのまち」と言われる「肉」のゆえんは、福知山の歴史にある。肉食が一般家庭にも普及した明治末期、市内に「山陰常設家畜市場」が開設され、西日本三大家畜市場の一つとして栄えた。こうした経緯で市内には良質の肉を扱う焼肉店や精肉店が今も多数ある。 「焼肉の高木屋」も昭和35年から続く、肉店が経営する。現在も1階で精肉店、2階で焼肉店として地元客だけでなく、旅行者の人気も高い。 高木屋取締役の高木須万子さん(66)ら地元の食肉業者たちには、ある目標があるという。それは福知山一円のブランド牛「天田牛」の復活だ。かつては自慢の黒毛和種「天田牛」の良質な肉を扱っていたが、経費がかさむことなどから、今は途絶えている。 それでも地元の焼肉店などは、「天田牛」のプライドがあるだけに、現在も良質な肉にこだわりながら、安く提供する店として続けている。高木さんは「何とか天田牛を復活させて、肉のまち福知山を今まで以上に盛り上げたい」と語った。 コロナ禍の現状を見れば、終息が見えず、都市部の店舗はもちろん、人口の絶対数が少ない地方はなおさらだ。だが、だからといってあきらめるわけにはいかない。延期となった東京五輪・パラリンピックの開催に是非があるが、「できないではなく、どうやればできるか」を模索することは重要だ。  これは大打撃を受けている地方観光も同じだろう。それだけに民間の発想と各事業者の努力、そしてそれを支援する行政という、理想的なコラボレーションが福知山で生まれた形だ。福知山城天守閣=2020年12月(西隅秀人撮影) もちろん、非接触自動スタンプラリーは「小さな一歩」かもしれない。だが、その一歩こそが、コロナ禍の克服と、かねてから日本の課題として模索してきた「地方創生」のヒントになるはずだ。 クロスボーダー社でこのスタンプリーを企画した菅原豊取締役は「コロナ禍はいつ終息するのかは分かりません。その中で観光と物産の売り込みなども感染対策をしながら同時にできるように、SNSなどを使って情報を多角的に発信していけるよう企画しました。来ていただける方はもちろん、それが無理な方にはネット販売などにもつながっていければと思います。ぜひ、ほかの地方でも試していただきたい」と呼びかけている。(iRONNA編集部) 

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    「民間活力に報いてこそ」福知山市長、大橋一夫が抱く未来志向

    大橋一夫(福知山市長) 福知山市はNHK大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公、明智光秀にゆかりが深いことから、福知山城を中心に多くの方々に来ていただいています。その一方で新型コロナ禍に見舞われ、観光誘致と感染対策を並行して行わなければならない事態になりました。 こうした中で、主に自治体PRなどを担う「クロスボーダー」(東京都台東区、佐藤泰也代表取締役)が企画した「非接触自動スタンプラリー」は、観光庁による誘客多角化を目的とした実証事業に採択され、IoT(モノのインターネット)を使って、withコロナ時代に感染防止と誘客を両立させるという日本で初めての取り組みということで、非常に期待をしています。 事業は2020年12月~21年1月末ですが、スタートまでの期間が非常に短かった中で、クロスボーダー社をはじめ、関係する民間事業者の方々の尽力で実現でき、大変感謝をしています。 コロナ禍は、いずれは終息するとは思いますが、今回の事業は新しい生活様式におけるツーリズムの手法の一つになっていくでしょう。 最も評価している点は、スマートフォンにアプリをダウンロードして実施する方法は事例があるでしょうが、貸与された専用カードだけで可能という簡便さですね。スマホやアプリと言われても、高齢者のみなさんの中には対応できない方もおられるだけに、子供も含めて気軽に参加できますからね。 ですから、このシステムをきっかけに、多数ある福知山の魅力を一人でも多くの方々に知っていただきたい。特に福知山は肉やスイーツを中心に良質な商品を提供する事業者が多く、きっと満足していただけると自信を持っています。 また、ただ来ていただくだけでなく、魅力を発信してもらい、地元の特産品などのEC(電子商取引)などに派生するといった、経済効果にも期待しています。 要するに民間活力によって地方経済の活性化を実現できれば非常に理想的なわけです。当然ですが、行政だけが全部丸抱えできることは限られますし、これからは民間の力と知恵を借りなければ真の対策はできません。 街づくりというものは、行政が旗を振って先頭を進んでいくのではなく、市民のみなさんが頑張ろうとするその意志にしっかり寄り添うことが重要です。今回の非接触自動スタンプラリーもそうですが、民間活力が貴重かつ不可欠なんです。「非接触自動スタンプラリー」や地方創生の在り方などについてインタビューに答える福知山市の大橋一夫市長=2020年12月、同市役所(西隅秀人撮影) 福知山市だけの問題ではありませんが、今、地方は大変厳しい状況です。人口減少を筆頭に、気候変動問題のほか、コロナ対策は喫緊ですね。ただ、福知山市は基礎自治体ですから、医療や介護、子育てといった福祉、それから教育施策の充実などが要諦であることは間違いありません。こうした中で、福知山市にはたくさんの強みがあります。抜群の地の利 特に福知山市は、「教育の町」としてやってきた一面があり、現在、私立高校3校、公立高校3校と高校は計6校、さらに福知山公立大学があります。大学の設置者は市ですが、2020年から情報学部を開設するなど、教育に関わる環境が充実しています。また、医療分野に関しても、重篤患者に高度医療を提供できる三次救急を担う市民病院もあります。 一方で、雇用面に関しても、国内有数の内陸工業団地があります。そもそも福知山市は交通の結節点として発達してきた街で、京都はもちろん、大阪や神戸といった都市部に1時間半ぐらいあれば行けるという地の利は抜群です。 そして、何より大河ドラマ「麒麟がくる」の舞台としても注目されている点ですね。光秀は福知山にとっては善政をひいた良君という評価ですが、その光秀が福知山の街づくりの礎を築いてくれたという歴史があります。 シンボルとなる福知山城の来場者は、当然ながら大河ドラマが決まってから急増しました。もともと、福知山城の天守閣は、市民のみなさんによる「瓦一枚運動」で再建された経緯があり、自分たちの街を自分たちで盛り上げていくマインドがあるんです。 こうした中で、目下の課題はコロナ禍による経済低迷をどう克服するかは言うまでありませんが、大河ドラマブームが去った後、どうやって魅力を維持し、発信していくかも重要になります。 これはまさに地方創生をどうやって現実的なものにするかということにつながります。そして福知山の強みも説明しましたが、魅力については、実は市民のみなさんも気が付いていない部分も多々あるんです。 どこでもそうですが、自分たちの日常というのは、市民からすれば当たり前ですが、外部の人たちから見たら意外にも大きな魅力だったりするんですよね。こうした部分をもう一度見直して、磨き上げていくことが必要だと思っています。NHK大河ドラマ「麒麟がくる」ブームで来場者が絶えない福知山城=2020年12月、京都府福知山市(西隅秀人撮影) 今回の非接触自動スタンプラリーに賛同してくれた店や施設を中心に、福知山には「名店」「名所」といえる優れたものが多数あるんです。例えば、長年続けてきた店などは、伝統を守っていながら、常に新しいものを創造し続けています。「もうこれでいいや」という発想はなく、時代に合わせて改良や新しいものを模索しているわけです。こうしたチャレンジ精神が持続している秘訣でしょうね。「弱み」も浮き彫りに 今の時代に前例踏襲主義ではやっていけません。コロナ禍もそうですが、環境の変化やそれに伴うリスクなどを乗り越えて初めて持続可能になります。要するに、しなやかで強靭な街づくりが求められているということです。 ですから、実証実験として実施した今回の非接触自動スタンプラリーは、その分析結果に応じて、福知山のウイークポイントはどこにあるのか、どこに課題があるのかも教えてくれるでしょうね。 例えば福知山城はたくさんの人が訪れたけど、ほかの光秀ゆかりの場所はイマイチだったとか、お店も同じですよね。その理由が、いわゆる距離的な問題なのか、PRがうまくいってなかったのかなどが見えてくると思います。 さらに、今回は観光面でやっていただいたわけですけど、IoT自体は決して観光だけに生かすものではないですから、それが福祉や農業の活性化につながっていくでしょう。非接触自動スタンプラリーは1月末で終了しますが、コロナ禍の経験から、観光分野だけでなくほかの分野での応用も含めて活用を検討したいですね。 先にも触れましたが、そもそも福知山の強みは観光ではなかったわけです。そこに、大河ドラマという追い風が吹いて、さらにコロナという逆風が吹いたわけです。未来というものは、何が起こるか分からない面が大きいですが、今を生きている私たちだけではなく、未来を生きる人たちの両方を考えていくことが必要です。 こうした中で、コロナ禍もあって、ローカルシフトの話がよく言われるようになりました。東京一極集中の解消は本格的になるでしょうね。とはいえ、ローカルシフトといっても受け皿がなくては意味がありません。 そこはまず地方が努力すべきかと思いますが、もう少し国としてもローカルシフトしていけるような形を作っていただきたいですね。当然ですが、地方レベルでできることと、国がやらなければできないことがあります。古くから交通の要衝として栄えた福知山市=2020年12月(西隅秀人撮影) 国が本当に東京の一極集中を排して、ローカルシフトを進めようと思うなら、今このタイミングの中で推進できる政策をしっかりやってほしいですね。そうしていただければ、もちろんですが、われわれも協力や努力を惜しみません。それがコロナ禍の克服や地方創生、ひいては日本の未来のためになるわけですから。(聞き手、編集、iRONNA編集部) おおはし・かずお 福知山市長。1954年生まれ。立命館大法学部卒。裁判所職員として勤務後、2007年4月の京都府議選に出馬し初当選し、3期務めた。その後、16年6月の福知山市長選に無所属で出馬し、現職を破って当選。現在2期目。

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    大量解雇!コロナ禍で暴かれた「外国人技能実習制度」のまやかし

    えぐ地方や農業などの一次産業において、生産・製造現場を支えてくれている。 その技能実習生たちの中で、新型コロナウイルス感染症の影響を受けて実習が休止状態となったり、解雇されたりして生活苦に追い込まれ、母国に帰りたくても帰れず、非常に厳しい状況に置かれている人が多数に上っていることをご存じだろうか。 これは、私たちがかねてから指摘をしてきた現行の外国人技能実習制度の構造的な問題が、今回のコロナ禍で顕在化しているわけだが、この事態を深刻に受け止めるべきであり、これを機に技能実習制度の抜本改革を急がねばならない。 厚生労働省によれば、コロナ禍の影響で解雇された外国人技能実習生は、すでにおよそ4千人に上っている。そもそも、なぜ、実習計画に基づいて技能を習得しているはずの実習生が、これだけ大量に解雇されなければならないのか。この実態こそ、技能実習制度の根本的な矛盾を露わにしているといえるのではないか。 これまで政府は一貫して、技能実習制度は国際貢献策であり、人手不足を補うための対策ではないと言い張ってきた。しかし、国際貢献のための実習だと言うならば、受け入れ先の経営状況の都合で解雇されるのはおかしな話であり、受け入れ国としてはまったくの責任放棄である。 ただ、いくら政府がごまかそうとも、技能実習制度の実態は人手不足を補うための労働力確保策であり、政府が表向き否定をしてきた未熟練の外国人労働者の受け入れ政策に他ならない。その現実の下、このコロナ禍にあって、彼らが雇用の調整弁となり、解雇されているのではないのか。 確かに、コロナ禍の影響が長期化する中で、多くの産業分野において事業主が厳しい経営環境に晒(さら)されており、当初計画通りの技能実習の履行に困難を生じている実習実施者がいることは否定しない。 だからこそ私たち立憲民主党をはじめとする野党は、早い段階から、中小事業主に対する国からの各種支援策の創設・拡充、特に雇用の維持や労働者の生計の確保を念頭においた施策の拡充を主張し、政府・与党に対する要請を行ってきた。 国策として40万人を超える外国人実習生を日本に招聘(しょうへい)しているのであるから、その企業支援において、技能実習生に対する雇用と生計の維持への支援を特に重視し、手当てするのは当然のことではないだろうか。政府には、実習生たちの技能実習の継続と技術の習得はもとより、収入や生活を何が何でも支える責任があるはずだ。 もちろん、一義的には、監理団体や実習実施者に実習の継続や生計・生活の維持の責任を果たしてもらわなければならない。やむを得ず休業する場合でも、雇用調整助成金など国の助成制度をフル活用して、6割以上と言わず10割の休業手当を支払い、技能実習生の雇用や生活の維持に全力を尽くすべきではないだろうか。 多くの実習生は、日々の生活に必要な費用に加え、仕送りや帰国後のための貯金や、自らの借金返済のために毎月の手当の支払いが死活的に重要なのである。水道管工事の会社で作業するベトナム人技能実習生ら=2019年4月、東京都大田区(宮崎瑞穂撮影) 政府はこれまでのところ、解雇された技能実習生への支援策として、最大1年間、別の業種で働くことができるよう特例措置を講じている。そもそも、このような特例が可能であったこと自体、技能実習制度がごまかしであったことの証左だと思う。「自主退職」偽装も さらに、これは技能実習生のためと言うよりも、新たな実習生が来日できなくなったため、人手不足に窮している実習実施者や監理団体を救済するための措置なのではないかと疑わざるを得ない。 だが、支援団体などによると、技能実習生を受け入れている「監理団体」の中には、再就職の支援などを行わず、解雇された実習生が住む場所を失って、行き場がなくなっているケースも多発しているとのことだ。 ひどいところでは、事業主都合で解雇しておきながら、自分たちが不利益を被るのを防ぐために、自主退職したかのように偽装させている事例まで聞こえてきている。言語道断だ。そういった悪しき監理団体や実習実施者に対しては、今後の受け入れ停止や禁止などを含む断固たる処置をとるべきであろう。 解雇されたり、無給の休業状態に置かれている技能実習生たちの中には、日本語が十分にできなかったり、監視下にあって声を上げられなかったりする人が少なからず存在していると思われる。 せっかくの特例措置も、実習生たちが知らなければ使いようがない。外国人技能実習機構は、相談体制の強化とその周知の再徹底を行うとともに、技能実習生の実習継続や収入・生活実態について早急に調査し、解雇されたまま放置されたり、長期にわたって無給の休業状態に置かれて、日々の暮らしにも困難をきたしているような実習生がいないかを早急に把握すべきだ。その上で、実習実施者や監理団体に対しては、休業手当の支払いや再就職・生活支援の徹底を指導するなどの対応を行ってほしい。 前述の通り、今回、コロナ禍において顕在化している問題は、外国人技能実習制度が抱えている構造的な問題であり、もはやパッチワーク的な改善策では対処できない。これを機に、改めてその抜本的な改革に向けた議論を本格化させるべきだ。 最大の問題は、国策であるはずの技能実習制度が民間の契約ベースの下に運営されており、送り出し国側でも日本国内側でも悪しき民間ブローカーが介在し、多数の実習生が多額の借金を抱えて日本にやってくることである。この多額の借金のため、人権侵害やハラスメントを受けたり、賃金未払いや過重労働などがあっても拒否できず、逃げられず、声を上げられず、帰国することもできない。 日本で監理団体や実習実施者の違法行為に声を上げた結果、実習途中で強制帰国させられた技能実習生も多数報告されているし、帰国後に契約違反だとブローカーから訴えられ、多額の違約金を払わされるような事件まで発生しているという。 外国人技能実習法は、手数料や保証金の類の徴収を禁止しているし、意に反した途中帰国や労働法令違反の禁止を明記しているが、今なお違反は後を絶たない。 また、コロナ禍で解雇されたり、人権侵害などに堪えきれず逃げ出した実習生たちが、生活苦に陥り、詐欺集団らの片棒を担がされたり、犯罪に手を染めたりする事件も発覚している。 もちろん、犯罪行為は許されないが、彼らをそういった状況に追い込んだ技能実習制度そのものや、彼らを適切に支援・救済しなかった監理団体や技能実習機構にこそ、その責任を問うべきではないのかと、立法府としての責任を痛感している。参院予算委で質問する筆者の石橋通宏氏(右端)=2020年1月 このように、現行の技能実習制度が構造的に破綻していることはもはや明らかだろう。できるだけ早期に、現行制度を発展的に解消し、現在滞在中の技能実習生を含め、正規の労働者として就労・在留ができる外国人労働者のための雇用許可制度を新たに整備すべきだ。危惧すべき「日本への絶望」 こうした現状を踏まえ、立憲民主党は、私が座長を務めている「外国人の受け入れ制度及び多文化共生社会のあり方に関するPT」において、この新たな雇用許可制度の具体的な検討を進めている。 その柱となるのは、国同士の公的な責任の下に制度を管理・運用することであり、これによって民間ブローカーの介在を排除することだ。 その上で、国が国内労働者では求人を充足できない状況にある事業主を認定し、日本での就労を希望してくれる外国人労働者との透明性あるマッチングや、出国前の日本語などの研修、入国後の継続的な研修や生活支援などにも責任を持ち、現行制度の問題の根源にある実習生の借金問題をも解消することをめざしている。 このような抜本的な改革なくして、世界から「奴隷労働」とも評されている現行の技能実習制度の改革は実現できないと考える。併せて、国内における多文化共生社会づくりのための努力を国が責任を持って実施しなければならない。 技能実習生はすでに40万人を超えたが、国内にはすでに166万人(2019年10月末時点)もの外国人労働者が就労し、そして地域において生活し、納税している。子供のいる外国人世帯も多数に上っており、地域によっては就学児童の一定割合を外国人の子供たちが占めている。技能実習生や就労留学生を含む外国人たちは、それぞれが居住する地域における生活者であり、地域共生社会の構成員なのである。 しかし、これまで国は、本音と建前の使い分けの中で、技能実習生を労働者や生活者として適切に保護する責任を放棄し、外国人労働者や居住者が急増する中にあっても、その責任を地方自治体や事業主に丸投げしてきた。 その結果として、本来提供されるべき公的な保護やサービスが届かず、人権侵害にあっても声を上げられなかったり、子供たちが就学できなかったり、生活苦に陥ってもなんの支援も受けられなかったりしているのではないだろうか。 このような社会問題への対応も急務であり、私たちは技能実習制度の改革と併せて、多文化共生社会を構築するために国の責任や施策を明確化するための基本法案も構想している。 世界に例を見ないスピードで人口が減少していく日本の経済・社会をこれからもしっかりと支え、成長させていくためにも、今こそ、外国人技能実習制度の抜本改革や多文化共生社会の構築に向けた努力を、党派や思想信条を越えて断行すべきである。 帰国するフィリピン人技能実習生ら=2018年11月、福岡空港 すでに世界は、人材獲得競争の時代に入っており、アジアも例外ではない。これまで夢と希望と憧れを持って日本に来てくれていた外国人技能実習生たちが、今回のコロナ禍で再び顕在化したように、雇用の調整弁や都合のいい低賃金労働者、いやまるで奴隷労働者のように使い捨てられ、日本に絶望して帰国するような事態が今後も続くようであれば、遅かれ早かれ、日本が選ばれなくなる国に転落することを覚悟せねばなるまい。それだけ、状況は危機的だと認識すべきである。

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    家庭、五輪、ビジネス…勢い止まらぬ「ゲーム」がコロナ禍を救う

    筧誠一郎(eスポーツコミュニケーションズ代表) 今さら言うまでもありませんが、新型コロナウイルスによって私たちの生活は激変してしまいました。 ただ、外出する人の激減や経済の停滞など、さまざまな負の側面がクローズアップされる中で、在宅勤務や巣ごもり生活がもたらしたよい面もあったと言えます。それは全ての家庭ではないにせよ、一部の家庭においては確実に増えたコミュニケーションの増加です。 小学生ぐらいの子供を持つ働き盛りの親世代は在宅勤務などで自宅にいる時間が長くなり、通勤に取られていた時間だけでなく、仕事帰りに「ちょっと一杯」の誘いや誘われることがなくなり個人の時間が持てるようになったことで、家族内のコミュニケーション時間が増えた方も多くなったのです。 もちろん、在宅勤務だと仕事を終えるタイミングが分からなくなってしまい、会社に行っているときより仕事時間が増えた、という人もいるにはいます。 ですが、そういうパターンではない場合、今までは疲れ切って会社から帰宅して、子供がゲームをやっていると「勉強はしたのか」とか「こんな時間までゲームばかりやっていないで早く寝なさい」などと注意することが多く、子供たちからは煙たく思われていました。 しかし、家で過ごす自由な時間ができたため、子供がやっているゲームもつい見るようになり、さらには見ていると面白そうなので、子供に教わりながら始めてみたら見事にハマってしまったという人も多いのではないでしょうか。おかげで子供と一緒にゲームをする時間が増え、親子間のコミュニケーションが増えたという家庭も実は少なくないのです。 特に今、小学生の男子の間で大流行している「フォートナイト」という世界のeスポーツシーンを代表するような人気ゲームがあります。このゲームはバトルロイヤル系と言われる100人規模の大人数が参加し、プレイヤー自身は1人で参戦するモードかもしくは2人、4人でパーティーを組んで戦うモードで参戦し、自分たち以外をすべて倒せば勝ち、という生き残りゲームです。 この「フォートナイト」で親子がペアを組んで協力しながら敵と戦うと、息子に指示を受けたり怒られたりしながらも、たまによいプレイをすると息子から「やるじゃん」と言われるので、それがうれしくて夜中に1人で練習をするようになったり、世界大会の動画を見たりして、その規模の大きさにびっくりした、ということもあるそうです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そうした家庭内でのeスポーツに対する理解の浸透も相まってか、高校生の大会では、とんでもないことが起こっていました。テレビ東京と電通が主催して日本コカ・コーラが冠スポンサーになっている高校生向けの全国大会「Coca-Cola STAGE:0 eSPORTS High-School Championship」がそれです。感覚は高校野球の甲子園 2019年に開催された第1回大会は予選・決勝戦がオンライン、オフラインを組み合わせた大会で、参加者4716人で4日間行われた大会配信視聴者数は約136万人でした。 それが2020年に開催された第2回大会はコロナ禍で全試合が完全オンラインとなる変更はあったものの、参加者が5555人と順調に伸びたのですが、驚くべきは同じく4日間の配信視聴者数がなんと約747万人に達し、前年の約5・5倍になったのです。 なぜ高校生大会の視聴者数がここまで伸びたのかの理由は明らかになっていませんが、それほどeスポーツに興味がなかった層でもコロナ禍に動画配信などを見る機会が増え、より身近に感じられるようになったといえます。 また、高校野球の甲子園大会を見ているような感覚で、自分の通う高校や自分の住んでいる地域であったり、自分の出身地域の高校が出場しているといった理由で、受け入れられ始めたことも視聴者増加の一端を担っているのでは、と推察されます。 さて、世界に目を向けると新型コロナが猛威を振るい始めた20年4月に筆者は本サイトへに寄稿し、米プロバスケットボール協会(NBA)やF1などをはじめとする世界中のさまざまなスポーツ団体の試合開催が困難な中、その代替のためにオンライン上でeスポーツイベントを開き、今までeスポーツに興味のなかった多くの方々の耳目を集めている、という事例を紹介しました。 その動きはさらに進んでいます。筆者の寄稿が掲載された5日後に国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は、新型コロナ感染拡大で大打撃を受けるスポーツ界に向けた書簡を公開しました。 その中で「一部の国際連盟はすでに遠隔競技(筆者注、公認eスポーツ大会)を開催している。こうした動きを今後さらに強化し、(IOCとさまざまなスポーツの国際連盟との)共同で作業に取り組むよう呼びかける」としました。筆者としては、今後のオリンピックにeスポーツを採択するための布石を打っているように思えます。国際オリンピック委員会(IOC)理事会後に記者会見するトーマス・バッハ会長=2020年3月、スイス・ローザンヌ (ロイター=共同) フィジカルのスポーツ団体と同じように世界中で行われる予定であったeスポーツのオフラインイベントは全て中止や延期になってしまいましたが、オンラインイベントは盛んに行われており、視聴者数などが拡大しています。 データ分析サイト「ESPORTS CHARTS」によると、アマゾンの子会社でeスポーツを中心とした動画配信サイト「Twitch」(ツイッチ)の視聴時間は、感染拡大前の19年12月と比べて20年7月は約2倍となったと伝えています。企業の参入も増加 毎年、5対5で行われる陣地取りゲームである「リーグ・オブ・レジェンド」の世界大会は過去、会場が米ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデンであったり、北京オリンピックの開閉会式会場の「北京国家体育場(通称鳥の巣)」であったりと、その規模の大きさや演出の派手さで話題をふりまいてきました。そして、当然のように20年の大会は他のフィジカルスポーツイベントと同じように縮小となりました。 同年10月に中国・上海のSAIC Motor Pudong Arenaにて開催された「2020 World Championship」の決勝戦は約3万人が収容できるサッカースタジアムでソーシャルディスタンスを実行し、観客席を約6300人としましたが、事前申し込みは比較的高いゲームレベル以上のプレイヤーのみ応募可、という条件をつけたにもかかわらず、約320万人の応募がありました。 この大会のグローバルスポンサーは12社で、その中にはルイ・ビトン、メルセデスベンツ、マスターカード、レッドブルなどが名前を連ねています。 そして配信は16言語、21のプラットフォームで配信され、過去最高記録を塗り替える毎分の平均視聴者数は約2304万人、最大同時視聴者数は約4595万人となりました。 ちなみに前提条件が違うので、単純比較はできないのですが、20年の米国のプロバスケットボールでレイカーズが優勝を決めたNBAファイナル第6戦のテレビ視聴者は約829万人でした。 また、米4大スポーツといわれるアイスホッケーのNHLのスタンリーカップ・ファイナルの視聴者は約210万人、ゴルフの全米オープンの視聴者は約320万人、野球の大リーグ・ワールドシリーズの決勝となった第6戦の視聴者は約1030万人でした。 今、世界中でまだまだ新型コロナが猛威を振るう中、ライブイベントは縮小しており、企業にとってリアルな場所でのマーケティングは影を潜めざるを得ません。eスポーツ競技会「STAGE:0関西ブロック代表決定戦」で、激しいゲーム展開に熱気に包まれる会場=2019年6月、大阪市福島区の堂島リバーフォーラム しかしながら、若者が夢中なeスポーツは特にネットの中でその勢いを増して広がっており、さまざまな企業がeスポーツに参入してくる流れ、さらに参入済みの企業がマーケティング予算を増やす傾向は今後も続くと思われます。 このようにeスポーツは、コロナ禍という逆境の中で家庭だけでなく、フィジカルスポーツやビジネスにおいても大きく寄与する存在になりつつあるのです。

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    性風俗の淘汰もやむなし?コロナ「根絶」に不可欠な議論のツボ

    平野和之(経済評論家) 私は早い段階から、本サイトでも経済的視点を中心に新型コロナ対策がどうあるべきかを論じてきたが、第2波、第3波を見ていると、効果的な対策が見られない。 やはりという感だが、菅義偉(すが・よしひで)首相は、仕事始めの1月4日、ついに2度目となる緊急事態宣言(4都県)の発令に向け検討を始めたことを明らかにした。 だが、緊急事態宣言を発令しても、一時的な終息にとどまるだけで、コロナウイルスの変異種なども踏まえれば、永遠に続くと危惧している。ゆえに、本稿では、感染拡大の真の要因と対策について、きれいごと抜きで論じたい。 昨年の第1波は、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に象徴されるように、海外を往来する人たちが主要因とみられ、一気に感染者が増加した。 これを受けて4月に緊急事態宣言を発令(7都府県)したが、発令時点ですでにピークアウトしていた。専門家の見解は後出しジャンケンだが、あまり意味がなかったとの意見が大半を占めた。 また、第2波以降は、20~30代の若者が主要因とされ、特に風営法の管轄となるキャバクラやホストクラブがターゲットになり、この分野を押さえ込めば効果が上がると勘違いした。  さらなる間違いは、第2波の際に政府や国民が楽観してしまったことだ。シニアはあまり感染しない、重症化しにくくなったといった雰囲気が広がり、経済最優先に方針転換してしまった。 ご存じの通り「GoToトラベル」と「GoToイート」によって、若者だけでなく高齢者も一斉に動き出した。そして昨年秋以降、感染が急拡大した結果、野党とメディアはこぞって「GoTo」を念頭に、観光と飲食店での会食を槍玉に挙げた。 大企業を中心に会食禁止の大号令を出したことは理解できるが、メディアが連呼、表記したのは「観光」「飲食店」だ。これについては、外食産業や観光産業は営業妨害として訴訟を起こすべきレベルだ。 要するに、クラスター(感染者集団)が多発しているのは、風営法管轄のキャバクラやホストクラブなどかもしれないが、こうした店にコロナウイルスを持ち込む根本の議論が抜け落ちている。 キャバクラやホストクラブなどでクラスターが起きたのは事実だが、性風俗業従事者との「アフター」などで濃厚接触した場合などが大半だ。これはラブホテルなどを利用する不倫関係や出会いサイトなどによる行きずりの性交渉も含めてだが…。 つまり、本格的に規制すべきなのは、違法やグレー、合法も含めた性産業なのだ。さらに調査を進めると、先に不倫関係などの男女に触れたが、感染者の多くは出会い系サイトなどに端を発した交際のほか、大学のナンパ系サークルでの乱痴気騒ぎなどの要因も多いようだ。歌舞伎町の繁華街=2020年12月21日、東京・新宿(酒巻俊介撮影) 食中毒の対応を含む食品衛生法が象徴的だが、保健所は食中毒を出した店を調査し、行政はそこにペナルティーを科す。だが、その魚は漁師が獲って仲買が持ち込み、市場を通して最後に行きつくのが飲食店である。買った魚が流通段階で食中毒を起こす菌などが付着しても、行政処分を受けるのは食中毒を出した店になる。 この原則こそ見直さなければ、私は抜本的なコロナ対策はできないと考える。なぜなら、今までの休業や時短営業要請は、感染が拡大している店を抑えるだけで、真の「感染源」の撲滅にはつながらないからだ。テロにも利用される? 要するに、性風俗店や出会い系サイト、ナンパ、不倫などで感染した人々が飲食店を利用したり、市中を歩き回ったりした結果、家族や会社、大学のサークル内などでまき散らしクラスターにつながるわけだ。 こうした経路で感染し、正直に申告する人がいるわけがない。ゆえに、だれが考えても分かることだが、中国や韓国、台湾などで感染抑制が比較的うまくいっていくのは「デジタル感染経路追跡」を取り入れた部分が大きい。基本、プライバシーよりも感染撲滅を優先するからにほかならない。 日本は「プライバシー保護」の名の下に、やりたい放題であり、感染拡大を防げるわけがない。 そもそも出会い系サイトの匿名利用はさまざまな事件に発展する要因にもなっており、政治家はこうしたツールの利用者のトレーサビリティ(追跡可能性)などを、この際議論するべきだ。 また、風営法そのものも改正すべきで、公衆衛生の徹底だけでなく、トレーサビリティの法制化も検討すべきではないだろうか。 とはいえ、「こんな法整備をすれば客が激減して業界がつぶれる」と批判が集中するだろう。さらには、反社会的勢力が背景にあることが予想され、法制化は困難を極めるに違いない。 だが、戦後に遊郭などが売春防止法施行で姿を消したように、社会情勢に合わせて淘汰される性産業は歴史の常である。コロナで経済が停滞し、大混乱を起こさないようにするためなら、一部の「犠牲」は致し方ない。こうした法整備によって、反社会勢力の資金ルートを根絶することもできるなら一石二鳥でもある。 一方、ワクチンの普及に期待しすぎている風潮も危険だ。そもそもインフルエンザワクチンが出回っていても、接種する人は限定的であり、毎年多くの人がインフルエンザウイルスに感染し、重症化した高齢者を中心に死亡しているのが現状だ。新型コロナに対応したワクチンが普及したところで、根本解決にはならないだろう。 コロナの感染拡大が始まっておよそ1年が過ぎても根本解決に至らないもう一つの要因は、言わずもがな水際対策だ。少々現実離れした話になるが、私が日本を貶めるために派遣される外国のスパイなら、コロナに感染した上で日本の甘い検査をすり抜けて入国させ、性風俗店をハシゴする。年頭記者会見をする菅首相。4都県を対象に緊急事態宣言発令の検討に入ると表明した=2021年1月4日、首相官邸 そうすれば、ほかに何もしなくて性風俗店の従業員や利用客が勝手にウイルスをばらまいてくれる。先に記したように、日本はプライバシーを重視するあまり、性風俗店などでの感染はたどれないからだ。 日本はテロに弱い国だと指摘されて久しいが、まさにそれがコロナ禍で露見したかたちだ。 再度念を押すが、どこまでプライバシー保護を優先するのか、そしてきれいごとを抜きに「火元」を消す議論をするかが、コロナ終息のカギとなるのではないだろうか。

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    「2021」も失われた一年になるのか

    2020年は、新型コロナウイルスに翻弄された一年だった。東京五輪・パラリンピックが延期になったほか、業界によっては大打撃受けた。とはいえ、課題はこれだけではない。強力な与党から派生した政治の歪や米中覇権争いのあおりなど、日本は苦境のどん底だ。2021年も「失われた一年」になるのか。

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    「2021」は選挙年、コロナ迷走の果てに到来する政治的大混乱

    で何人の死者までなら許容するのか、数字を述べよ」と諮問する。会見で記者団の質問に答える菅義偉首相と、新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長(右)=2020年12月25日、首相官邸(春名中撮影) 諮問した相手が、仮に「ゼロ人」だと答えたとしよう。国家予算だけでは足りず、政府は国債を刷って何年分もの借金を背負い込むこととなるだろう。だが、伝染病が流行するたびに、経済そのものを止めて、借金を拡大するわけにもいくまい。コロナ対策は風任せ 2020年春、日本政府は緊急事態宣言を発令して、経済そのものを止めた。莫大な給付金も行った。新型コロナをペストかエボラ出血熱のように危険な伝染病だと見なしてだ。結果、例年のインフルエンザの死者数よりも低い数字に抑え込んだ。この事実には2つの評価がある。 1つは「新型コロナなどインフルエンザよりも危険性はない」とする説、もう1つは「ここまでの対応をしたから、インフルエンザよりも低い数字で抑え込んだのだ。もし何もしなければ被害は甚大だったのではないか」との説。同じ尺度ではないので、厳密には比較のしようがない。 だが、科学的な議論であるならば、特に未知の病原体が対象であるならば、自由な議論が許されねばならない。一度はまるで「ペストやエボラ出血熱のような恐怖の伝染病かもしれない」との仮説に立って経済を止めたのだから、逆に「ただの風邪かもしれない」との前提に立って一切の伝染病対策を放棄する議論すら許されねばならない。 この仮説に立った場合、「消毒・就業制限・入院勧告のどれかだけをすればよい」という議論もあり得る。一時は「何もしなければ42万人死ぬ」という議論を前提に日本経済を止めたが、何もしないことなどありえない。 仮に「消毒と就業制限と入院勧告」を行った場合、死者は何人になるのか。繰り返すが、未知の病原体に怯え経済を止める議論をするならば、複数の可能性を提示すべきであろう。「ペストかもしれない」という議論と、「ただの風邪かもしれない」という議論と、その中間だ。そういった科学的議論ができない以上、疫病対策は迷走し、必然的に不況は加速する一方だろう。 そもそも、何のためにコロナ対策をしているのか。さすがに今の日本政府が新型コロナの感染者(実は陽性者)をゼロにするなどとは考えてはいまい。政府は頑(かたく)なに目標(勝利条件)を明言しないが、本当に何も考えておらず、風任せなのだろう。だから目的を見失っている。為政者自身が何をしてよいか分からないのだから、国民が動揺するのは当然だ。これにマスコミが輪をかける。もはや、引っ込みがつかなくなっているのだろう。 だからこそ、総理大臣が人心を鎮撫しなければ、誰がこの混乱を収拾できるのか。あらゆる患者の命を救おうとするのが医療倫理であるのと同時に、それは不可能なのが現実だ。そして、政治家が政策により医療と関わる場合は、最終的にはカネの問題であり、救えない命を受け容れることなのだ。 今の菅義偉(すが・よしひで)総理にこのような意見を具申する者がいない以上、当面はコロナ禍で右往左往するだろう。 さて、2020年を振り返ると、世界中がコロナ禍に明け暮れた。その中でも、わが国では長く続きすぎた安倍晋三内閣が退陣し、総理が交代した。 そもそも、2019年10月1日に消費増税10%がなされ、日本経済は破滅へのカウントダウンを始めていた。安倍総理は財務省に屈した。そこへ20年初頭からコロナ禍だ。そして20年春、安倍官邸は検察庁に抗争を挑み、完敗。既にレームダック(死に体)と化していた。6月に国会を閉じてからは延々と後継を巡る謀議が繰り広げられ、結果として菅氏に事実上の禅譲が行われた。自民党総裁選を終え、安倍晋三首相(左)に花束を渡す新総裁の菅義偉官房長官=2020年9月14日(川口良介撮影) ただ、内実は不安定だ。安倍内閣は、安倍総理、麻生太郎財務大臣、二階俊博自民党幹事長の3人が組んでいる限り無敵だった。そして100人の派閥を率いる安倍総理の下で3人は結束していた。ところが菅内閣では、二階幹事長と麻生財務大臣の暗闘が激化している。20人の派閥しか持たない菅総理が非力なのは、やむを得まい(なお、菅総理は表向き無派閥)。21年は選挙の年 現在は二階幹事長が主導する政局と見えるが、これは財務省が一時的に力を落としていると見るべきだろう。岡本薫明前財務事務次官は就任するやモリカケ騒動を終結させ、安倍政権に消費増税10%を難なく呑ませた実力者だった。その岡本氏が昨年夏の人事異動で去り、太田充現事務次官は軽量と見られている。 現に、コロナ禍での財政出動圧力に防戦一方だ。ちなみに麻生財務大臣などは国会で何度も「コロナは風邪」と言い切っている。財務省の本音としては、「たかが風邪」で巨額の財政出動などしたくないのだ。 だが、そんな財務省の本音は通らない。防戦一方とはいえ、それでも官庁の中の官庁としての底力は残っていて、「他の何を譲っても消費減税だけは絶対にさせない」との“絶対国防圏”だけは死守する構えだ。 結果、飲食業や観光業は悲鳴をあげ、自殺率も上がった。特に女性の自殺率は激増である。これに対し菅内閣が有効な対策を打つ、財務省に対し政治力を発揮するなど、期待しないほうがよいだろう。 そして2021年は選挙の年である。4月には衆議院の補選、7月(6月末に前倒しの可能性もある)に東京都議選、9月に自民党総裁選が予定されており、10月が衆議院の任期満了だ。既に菅内閣の支持率は激下がりだが、今後も上がる気配がない。コロナ対策も不況対策も風任せだからだ。 まず、4月の補選では公明党が独自候補を擁立、自民党との亀裂が深まっている。菅総理や二階幹事長と公明党の関係は良好だが(むしろ、このつながりが双方の政治的源泉)、補選で自前候補擁立を目指す岸田文雄元外相は違う。 公明党は「もしわが党の候補を応援しなければ、全国の岸田派議員を応援しない」と恫喝している。岸田派は選挙地盤が弱い議員が多く、公明党の背後にいる創価学会の支援なくして当選はおぼつかない。ではあからさまな恫喝に屈するか。創価学会・公明党の力が示される選挙になるだろう。 7月の都議選は、実は今年最も重要な選挙になりかねない。ここで東京都の小池百合子知事がどう動くか。4年前は、都民ファーストブームで東京の自民党を壊滅状態に追いやった。そして総理候補に躍り出た。 あのときは決心がつかなかったが、今回は野心満々だろう。いずれにしても「小池に応援された党派の候補が勝つ」という状況を作れれば、再び総理候補に躍り出ることになる。記者会見し、不要不急の外出自粛を呼び掛ける東京都の小池百合子知事=2020年12月25日、都庁 菅総理の支持率が下がり「選挙の顔」にならなくなれば、菅おろしが勃発するだろう。だが、2009年に当時の麻生太郎総理を引きずりおろそうとした動きも、鎮圧された。現職総理が本気で居座った場合、総選挙以外では誰も引きずりおろせないのが日本の政治だからだ。 そして09年の総選挙は自民党が記録的な大敗を喫し、旧民主党への政権交代がなされた。この再現を一部のマスコミは本気で狙っている。また、立憲民主党の枝野幸男代表も真剣だ。自民党が国民の支持をなくしたら、野党第一党党首の自分に政権が転がり込んでくると。そのために衆議院候補者の頭数をそろえ、野党内政局に勝ち続けてきたのが、枝野幸男という男だ。日本政治は動乱に 自民党もそうしたくないから「菅おろし」を目論んでいる。そして「枝野シナリオ」の上前をはねるのが「小池シナリオ」だ。 そもそも、安倍政権が長期政権と化したのには理由がある。「金融緩和をする→株価が上がる→選挙に勝てる→誰も引きずりおろせない」の方程式だ。 日銀は現在も金融緩和を続けていて、やめれば即座にリーマンショック以上の不況が訪れるのだが、かといってコロナ禍で人々が不安になっているときはインフレマインドが醸成されるはずがないので、効果は限定的だ。 株価は上がっているが、給付金の使い道に困った富裕層が投資しているだけで、実体経済を反映していない。コロナ禍を抑え込まない以上、不況対策は打つ手なしで我慢の時間帯を続けるしかない。 動乱の日本政治に突入するだろう。それでも7月に東京オリンピックをやる体制だ。その場合、8月上旬にパラリンピックが終わる。その直後から、政治は激動期に突入する。菅総理が乗り切れるかどうかよりも、そのときに何か実績があるかどうかのほうが重要だが。 世界に目を転じれば、米国で政権交代が起きた。ドナルド・トランプ大統領は対中国強硬政策を行ったが、次期大統領のジョー・バイデン氏も基本路線は受け継ぐ。 ビル・クリントン政権末期やバラク・オバマ政権もそうだったが、強すぎる中国を民主党といえども許容しないのだ。また、2年後に中間選挙があるので、それまでは極端な独自政策は出しにくく、議会で野党共和党との協調路線を続けるとみられる。 だが、優先順位は変わる。バイデン氏の最優先事項は環境問題だ。バイデン政権は「第七艦隊を動かすと地球環境が汚染させる」などと言い出す勢力も抱えている。 中国は終始孤立していたトランプ大統領よりも、ヨーロッパと強固な関係を結べるバイデン氏のほうを警戒しているようだが、日本が安心できる要素は何もない。中国は「武漢肺炎」などなかったかのごとく、コロナ禍で一人勝ちを謳歌している。この国は甘い相手ではない。 長年、中国のジュニアパートナーに甘んじつつも国内とヨーロッパに対しては居丈高だったロシアのウラジーミル・プーチン大統領の支配にも陰りが見えた。それを象徴するのが、20年秋に突如として起こったナゴルノカラバフ紛争だ。ここはアゼルバイジャンがアルメニアに占領されていた土地だったが、力づくで奪い返した。両国とも旧ソ連圏で、プーチン大統領から見たら「舎弟」だ。2020年12月23日、モスクワ郊外の公邸でテレビ会議に出席するロシアのプーチン大統領(タス=共同) この動きの背後には、まるでプーチン大統領と盃を交わしたかのごときトルコの態度がある。北大西洋条約機構(NATO)に接近しようとしたアルメニアの動きを看取したトルコはプーチン大統領と話をつけ、手下のアゼルバイジャンの軍事行動を容認させたとのことだ。トルコもただでは軍門に下らないし、プーチン大統領も仁義を切る者には「代紋」を貸す。 旧ソ連圏では反プーチン大統領の動きが続発しているが、ロシアを簡単な国と舐めないほうがよい。天王山は23年の「日銀」人事 実際に甚大な被害が出ているヨーロッパ諸国は、コロナに追われるだろう。そうした中、ドイツはアンゲラ・メルケル首相の後継問題に揺れる年となる。ヨーロッパにとって最重要課題は対露政策だが、要のメルケル首相が去った後は軽量になるのはやむを得まい。 さて、以上の状況を踏まえた上で、この先を概観する。2021年 衆議院補選、東京都議選、自民党総裁任期切れ、衆議院任期切れ2022年 参議院選、アメリカ中間選挙2023年 日銀総裁任期切れ バイデン氏の公約には、増税を軸とした破滅的な政策が並んでいる。公約を破れば政権が弱体化する。あるいは中間選挙で敗れれば、何も実行しなくてもよいが。つまり、「破滅」か「公約破り」か「レームダック」が運命づけられているのだ。 ならば、日本が強くなれば、一気に経済大国の地位を回復できるではないか。では、突破口はどこか。コロナ禍を終息させているという前提で言う。 天王山は、日銀だ。安倍前首相は日銀人事で勝利して意中の人物を送り込んだので長期政権を実現した。今でも不況がこれで済んでいるのは、黒田東彦(はるひこ)総裁が金融緩和を続けているからだ。これがリーマンショックのときのように、白川方明(まさあき)氏が総裁だったらと思うと身の毛もよだつ。 21年に日本政治の勝者が誰になるか分からない。もし、自民党なら停滞が続くだろう。もはやこの党は政権担当能力をなくしているのだから。その他の党が政権を取っても、破滅することはない。なぜなら、参議院の圧倒的第一党は自民党であり、ねじれ国会では誰が総理大臣でも何もなしえないからだ。破滅ではなく、大混乱するだろう。 決着は、22年の参議院選なのだ。そのときの総理大臣が日銀と適切な協調関係を築き、政府の財政政策と中央銀行の金融政策を正しく行えば、日本経済は一気に回復できる。さて、それをやるのは誰か。国民にとっては誰でもよいが。記者会見する日銀の黒田東彦総裁=2020年10月29日、日銀本店(代表撮影) 最後に。コロナ禍において要路者の誰もが忘れている急所がある。疫病対策も経済政策も人心鎮撫の手段であって、それ自体は目的ではないのだということを。 国民一人一人、自分が総理大臣になったつもりで考えるしかない。

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    コロナワクチン確保も…持病高齢者にはリスクといえる副反応の実態

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 新型コロナウイルスのワクチン開発に成功したというニュースが続々と報じられている。米ファイザーが2020年11月9日、約4万3千人を対象とした第3相臨床試験の中間解析で90%の有効性を報告したのを皮切りに、その後同月内に、米モデルナが94%、英アストラゼネカが70%、ロシアの国立ガマレヤ疫学・微生物学研究所が91%の有効性を示す中間解析結果を公表した。 一連の報告は、関係者の予想を大きく上回るものだった。知人の製薬企業社員は「誰もこんなに効くと思っていなかったでしょう」と話した。米食品医薬品局(FDA)や世界保健機関(WHO)が、コロナワクチンの有効性の基準として設定していたのは50%だったのだ。 今回、ファイザーとモデルナは遺伝情報を伝える「メッセンジャーRNA(mRNA)」、アストラゼネカとガマレヤ研究所はウイルスベクター(運び役)を用いたワクチンを開発した。mRNAワクチンは初めての臨床応用であり、ウイルスベクターワクチンはエボラウイルスワクチンに用いられているだけで、実績が限られている。 mRNAやウイルスベクターなどの遺伝子工学技術を用いたワクチンの長所は、短期間で大量に生産できることにある。2021年内にファイザーは13億回分、モデルナは5~10億回分、アストラゼネカは20億回分(10億回分は2020年内)、ガマレヤ研究所は5億回分を供給する予定だ。 コロナワクチンは通常2回の接種を要するが、大手製薬会社や研究所だけで最大30億人分のワクチンを提供できるという。こんなことは鶏卵培養を用いる従来型のワクチン製造法では不可能だ。 日本政府は、ファイザーとアストラゼネカからそれぞれ1億2千万回分、モデルナから5千万回分の供給を受けることで合意しており、総人口分のワクチンを確保できたことになる。とかく批判をあびがちな厚生労働省のコロナ対策であるが、ワクチン確保に成功したことは海外からも高く評価されている。 ファイザーのワクチンは、マイナス60度という超低温での保管が必要であることなどの問題もあるが、接種体制を工夫すれば、なんとかなるだろう。 では、現在、問題となっていることは何だろう。私が懸念しているのはワクチンの安全性だ。 実は、いずれのワクチンも副反応が強い。例えば、アストラゼネカのワクチンは、チンパンジーの風邪ウイルス(アデノウイルス)にコロナのスパイクタンパク質の遺伝子を導入したものだが、臨床試験では解熱剤であるアセトアミノフェン1グラムを6時間おきに内服することになっていた。総投与量は1日あたり4グラムということになる。日本でのアセトアミノフェンの常用量は1回0・5グラム程度で、最大許容量は1日4グラム。アストラゼネカは、当初から強い炎症反応が生じることを予想していたことになる。輸送準備が進められる、ファイザーなどが開発した新型コロナウイルス感染症ワクチンが入った箱=2020年12月13日、米中西部ミシガン州(ロイター=共同) すでに重症の副反応も生じている。20年9月初旬、アストラゼネカのワクチンを接種した被験者が横断性脊髄炎を発症し、世界各地で実施中だった臨床試験が一時的に中断された。この病気は脊髄に炎症を生じ、進行すれば感覚消失、まひ、尿閉や便失禁を生じる場合がある。原因はウイルス感染、自己免疫疾患などさまざまで、ワクチン接種後に起こることも報告されている。今後、多くの人が接種すれば、同様の副反応が出る可能性は否定できない。 副反応はアストラゼネカのワクチンに限った話ではない。同年11月18日、米科学誌「サイエンス」は、ファイザーとモデルナのワクチンの接種には、強い痛みと発熱を伴うことがあるという記事を掲載した。この記事によれば、接種者の2%弱が39度以上の高熱を生じている。 モデルナの臨床試験に参加した43歳の人は、接種部位が「ガチョウの卵」のサイズまで腫脹(しゅちょう)し、38・9度の発熱が起き、筋肉と骨が激しく痛んだという。この人は「一晩中電話の前に座り、救急車を呼ぶべきか迷った」そうだ。症状は12時間続いたという。持病ある高齢者は接種すべき? このような副反応が生じるのは、ファイザーとモデルナのワクチンには、mRNAを保護するために脂質ナノ粒子が用いられているためだ。この物質が強い炎症反応を引き起こす。 ここまでは短期的な安全性の問題だ。まれな合併症は十分には分からないといえども、これまでに公表された臨床試験のデータからある程度は推定できる。問題は、長期的な安全性だ。コロナワクチンは第3相臨床試験が始まってから3カ月程度しか経過していない。原理的に、長期的な安全性については評価できない。 ワクチンの長期的な合併症は女優の大原麗子さんが発症したことで知られる神経難病、ギラン・バレー症候群などの免疫異常が多い。このような免疫異常は、ウイルス感染が契機となって発症することがある。ジカ熱が流行した地域でギラン・バレー症候群などの症状が多発したと報告されている。これは、ウイルス感染細胞を認識したリンパ球が、神経細胞上に発現しているタンパク質をウイルス関連抗原と誤って攻撃してしまうからだ。 コロナ感染と自己免疫疾患の関係を議論した論文は多数存在する。私が米国立医学図書館データベース(PubMed)で「COVID-19」と「自己免疫(autoimmune)」という単語をタイトルに含む論文を検索したところ、102報がヒットした(2020年12月15日現在)。その中にはリウマチ性疾患、ギラン・バレー症候群、自己免疫性溶血性貧血、自己免疫性肝炎などが報告されていた。 ワクチン接種が人為的に疑似感染を誘導する以上、このような自己免疫疾患を発生させるリスクはあるだろう。ワクチン接種に伴う免疫異常が顕在化するのは、接種から数カ月後が多い。リスクを評価するには、最低でも半年以上の観察期間が必要だ。ところが、現在開発中のワクチンで、このようなデータが出そろうのは、早くても今春以降だ。コロナワクチンの長期的安全性はまったく担保されていないのだ。個人の状況に応じて、ワクチンのメリットとデメリットを天秤にかけて判断するしかない。 私はもちろん接種する。それは、私が臨床医だからだ。どんな形であれ患者にうつすことは避けたい。効果の持続など不明な点が多いといえども、コロナワクチンは一定レベルの効果は証明されている。多少、リスクがあろうが、ワクチンを接種して、自らが感染することを予防しなければならない。 では、患者さんにはどうすることを勧めればいいだろうか。仮に80歳で高血圧・糖尿病の男性から相談を受けたとしよう。このような患者はコロナに感染した場合、致死率が高い。米国の一部の州で20年12月14日、ファイザーが開発したワクチンの接種が始まったが、米疾病対策センター(CDC)が作成中の指針では、エッセンシャルワーカーに次いで、重い持病を抱える人と65歳以上の高齢者を優先することが検討されている。 ただ、現状では、私は80歳の持病がある男性にワクチン接種を勧めない。なぜなら、高齢者は若年者ほどは効果が期待できず、一方で副反応が出たときに重症化しやすいからだ。 米臨床医学誌「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」は同年12月10日、ファイザーのワクチンの臨床試験に関する論文を公開している。これによると参加者に占める55歳以上の割合は42%で、ワクチンを打った後に彼らの51%が倦怠(けんたい)感、11%が発熱、39%が頭痛を訴えた。また、38%が鎮痛剤の内服を要したという。もし、80歳の高齢者に接種した場合、どのような反応が生じるか想像がつかない。アメリカ・ニューヨークの病院で新型コロナウイルス感染症ワクチンの接種を受ける女性=2020年12月(AP=共同) 同様のことは、自己免疫疾患などの免疫異常を有する人にも当てはまる。コロナワクチンが自己免疫疾患を起こすリスクを否定できないのだから、持病を有するからといって、優先的にワクチンを打つべきか悩むところだ。 人種差も大きな問題となる。ファイザーの臨床試験では、アジア系の人の参加はわずかに1608人(4・3%)で、大部分は白人(3万1266人、82・9%)だった。アジア人での安全性が十分に検討されているとは言い難い。 こうした状況であれば、私は先行してワクチン接種を始めた米国や英国のデータを参照したい。日本でワクチン接種が始まるのは、早くて2021年の春以降だろう。それまでには相当数の経験が海外で蓄積されている。高齢者や持病を有する人、アジア系の人々における安全性と有効性についても臨床研究の結果が発表されているはずだ。日本ではどう対応すべきか、データに基づき柔軟に考えたい。

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    コロナ禍帰省 リスク高い「老親と子、孫」の安全な過ごし方

     コロナ禍の2020~2021年の年末年始、老親が暮らしている実家に、子や孫が訪れることは老親が感染リスクに晒されることになる。老親と子、孫が一緒に過ごすにあたって気をつけることは何があるか。「同じ部屋で過ごす場合はマスク着用の上、人と人が2メートル以上距離をあけられるかを目安にしましょう。さらに冬場は乾燥しがちでウイルスが感染力を維持しやすい。1~2時間に5~10分程度、部屋の窓を2か所開けて空気の流れを作ると換気の効率がよくなります。 注意したいのが孫の行動です。小さい子供は乾燥すると、顔をかきむしってしまい、粘膜についたウイルスを拡散させてしまう。鼻の下にワセリンを塗ることで皮膚の水分の蒸発を防ぎ、粘膜の乾燥を抑えられます」(長野保健医療大学の塚田ゆみ子助教) 子や孫の持ち物にも注意が必要だ。「衣服などの布製品に付着したウイルスは長く生存できませんが、スマホやゲーム機器といったつるつるした面に付着したウイルスは長く生存しています。一緒に遊ぶ場合は、遊ぶ前にゲーム機を除菌し、遊び終わったら手洗いをしましょう。“1行為、1手洗い”が原則です」(塚田助教) 日中は共に過ごしても、夜だけは別行動が望ましい。「ウイルスの温床になりやすいお風呂は感染リスクが高い老親から入りましょう。入浴時はマスクを外さざるを得ないので孫と一緒に入るのも我慢しましょう。バスタオルの使い回しも危険です。就寝も、いびきや寝相などで知らず知らずのうちに感染リスクが高まるので、家族ごとに別々の部屋で寝るべきです」(ナピタスクリニック新宿の濱木珠恵院長) 接触を断つのではなく、節度を保って、一家団欒を楽しもう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)関連記事■医師が「私はのまない」と宣言する要注意な市販薬■A、B、O、AB…血液型別「かかりやすい病気」が明らかに■食道がん、肺がんの5年生存率が上昇 治療技術が進化■80歳までに半分の歯失う日本人 大半が歯磨き粉について誤解■心電図チェックは不十分なことも 医師が受ける心臓検査は

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    マスク生活の弊害?「餅を喉に詰まらせる事故」急増の懸念

    飛沫が家族の手や食器に付着したとしても食前・食後の手洗い、うがいで感染リスクは抑えられます。口腔内に新型コロナウイルスが入った場合でもウイルスが増殖し、細胞に侵入する前に、うがいや口ゆすぎで洗い流すことができます」(千葉科学大学危機管理学部の黒木尚長教授) 逆にコロナ対策の弊害で、食事中の“思わぬ事故”が急増する可能性も指摘されている。神奈川歯科大学副学長・大学院歯学研究科長の槻木恵一氏が語る。「毎年1月には高齢者が餅を喉に詰まらせる事故が頻発し、昨年は約4000件も起きました。加齢とともに唾液の分泌量が減ることや、噛む力が衰えることが原因ですが、コロナ対策でマスクを常にしていると口呼吸になりがちで、さらに唾液量が減って餅を詰まらせやすくなる可能性があります。 対策としては普段から口を意識して閉じたり、唾液腺マッサージを行なうこと。餅を食べる場合も、よく噛んでから飲み込めば、唾液とよく混ぜ合わされるため餅の粘着性も弱まりますので、リスクを減らせると考えられます」 今年こそ要注意だ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)関連記事■80歳までに半分の歯失う日本人 大半が歯磨き粉について誤解■食べ物「最強ランキング」1位は「納豆」 魚なら小さなイワシ■目薬の正しいさし方「まばたき」「2~3滴さす」は間違い■「人工肺ECMO」45日目の生還 61歳理容師の壮絶告白■送迎・酒量ケア・料理…介護スナックが掴んだ要介護者ニーズ

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    「字は口ほどにモノを言う」コロナ禍にこそ実感できる直筆の潜在力

    須東潤一(詩画アーティスト・タレント) 昔からある諺(ことわざ)に「目は口ほどにモノを言う」というものがあります。 言葉でいくら繕っても目を見れば本音かどうかが、だいたい分かってしまうという意味で使われますが、マスク必須の時代で、いわば顔を隠しているようで逆に実は普段より本当の姿をさらけ出している状態が今です。 そんな中、人と会えない時間が、メールやLINEなどといったツールでコミュニケーションを取る機会が今まで以上に重要になりました。しかし会っているときとは違い、淡白な情報だけのコミュニケーションとなるので体温のないやりとりになります。 文章力が上手い下手は問題ではなく、この体温がないのが問題です。だからこそ思わぬ誤解も生まれたりします。 そこで、こんな時代だからこそシンプルに直筆が僕はお薦めです。直筆は、筆圧や大きさや配置などで、書いた人の個性が顕著に出るため、言いたいことがストレートに伝えられます。 今の時代でも体温の伝わる手紙は、もらえばうれしいものです。届くまでのドキドキ感、受け取るときのワクワク感は、手紙でしか味わえない独特の感情です。 繰り返しますが、このとき、字が上手いか下手かは問題ではなく、体温があるかどうかが問題です。 そもそも、メールなどとは違い、直筆は手間がかかります。紙もいるし、ペンもいるし、字を間違えれば書き直したり、そんな時間も割かれます。 字は書けば書くほど、その人の個性が強く表現され独自の字が確立していきます。僕自身、最初から今の字体だったわけではなく人より多く書き続けた結果、教科書にも載っていない今の“須東体文字”を確立させました。須東潤一氏の作品(シンクバンク提供) 字は体を表すという通り、いくら外見を着飾っていても、いくら高価なボールペンや万年筆を持っていても、字に慣れていなかったり、字が汚いというだけでガッカリすることがあります。 たとえ体温のないメールでもロマンティックな言葉で愛を伝え心動かせていた文章を、手紙で全く同じ文章を書いたときに汚い字だった場合、一瞬で冷めてしまいます。 そのくらい字は、その人の印象を左右します。ちなみに「下手」と「汚い」は全く別物です。下手でも一生懸命書いているかどうかが体温や想いに繋がります。 汚いというのは、簡単に言えば字を疎かにしているということです。わざわざ手間をかけて書く自分の字を疎かにすることは、潜在的に自分自身を疎かにしている証です。メールの絵文字も悪くない 字が汚い=何の主張も想いも存在していないことなのです。まさに「字は口ほどにモノを言う」ということです。ですので、字を疎かにする行為は非常に危険です。知らず知らずに自分の立場を自ら放棄してしまうからです。 筆跡鑑定があるくらい字はその人そのものの本質を表すのです。僕は詩画という作品で自分の想いを表現して伝えるアーティスト活動をしていますが、自分の性分に合っている生き方を選んだなと思います。 苦手なメールなどでは全てを伝えようとするとどうしても長くなりますし、自分が言わんとしていることが伝わらなかったことも多々あります。 いったん自分の主張を一方的にする形になるからこそ相手にとっては分かりにくかったり、相手に合わせても自分の主張とはちょっと違ってしまうときもあります。 普段、会話では表情や言い回し、微妙な声色やアクションなど全身を使って伝えることで表現しているので、体温のないメールは本当に難しいです。そんなメールの場合だと、送った後、結局電話がかかってくることもよくありました。 人と会う機会が減った今、それでも時間は流れていて想うことや考えていること、アイデアなど数多く自分の中で増えていき、行動もしていきます。 そういった日々の経緯はメールを送るほどではなく、そういうことを何気なく話すような集まりの機会も減ったことで、突然思いついたような報告に捉えられてしまいます。 友達同士やファンのみなさんにならまだ伝わったであろうことも、僕の場合だと先輩や所属事務所のスタッフさんに対してはその誤解は、なおさら顕著に表れます。 できれば、僕的には詩画でやり取りしたいくらいです(笑) まあでも、そんなときはメールの文字の後に絵文字を使うと少しは伝わることに気づきました。 絵文字なんて上司に対して失礼という風潮があるみたいですが、僕的には関係ないです。逆に伝えたいことが伝わらず、変に誤解されるくらいならちゃんと伝えられる方法を選んだ方が本質的には正しいと思っています。 そもそも絵文字って言うくらいなので、文字としての一つの表現方法として間違っているわけでもないですし。相手に何かを伝えることを目的として文字を書くので、自分の伝えたい想いが伝わらないと意味がありません。 既存の絵文字が合わないときもありますが、その点LINEの方はスタンプだけでも十分伝えられます(笑) キャラクターの動きや表情などが、より具体性を持たせられるからです。須東潤一氏の作品(シンクバンク提供) しかし、LINEの場合でも、合うスタンプがないときもあります。そういうときは、幸い絵を描く仕事をしていますので、自分でLINEスタンプを作ったりもしました。本気を伝えるには字を書くべき どちらにしてもTPOをわきまえていることや、言葉使いなど丁寧に伝えることが大前提ですが、相手を気遣いすぎて、伝えたいことよりも、相手の気分やどう思うかを考えて送る文字は、絵文字やスタンプがあっても結局、体温までは伝わりません。 つまり本音かどうかが分かりません。そう考えると、やり取りに時間がかかりますが、手紙の方が素直に本音が伝えられる手段です。 僕が活動している詩画という世界は、直筆の文字(言葉)を書くという意味ではもしかしたらちょっと近いものがあるかもしれません。 一定の安定感があるデジタルで書く文字(言葉)とは違い、直筆は隠れる場所がないので作者の気分や体調などで本音が丸裸になる世界でもあります。 詩画はさらに、文字(言葉)だけではなく絵と組み合わせて想いを表現します。文字(言葉)だけでは伝わらないことを絵と組み合わせることで、想像力を刺激する。 そして、絵だけでは伝わらないことを文字(言葉)と組み合わせることで、説得力を与えます。たとえストレートな言葉でも描く絵によって複雑にもできます。 自分が何を誰にどう伝えたいかを絵と文字(言葉)をもって表現できるまで、何十枚も何百枚も描き直すこともあります。自分の内側と対峙し、それを形にできたときにだけ完成します。 メールやLINEなどは、絵だけでも成立します。結局、自分の本気の気持ちをストレートに伝える本質には字しかありません。 例えばちょっと何かをやらかして反省文なんかを提出しなければいけない場合、パソコンで打ってプリントアウトなんかしても本人の本気度が伝わるわけもなく、もちろん反省している自分の姿を絵に描く人なんておらず、やっぱり直筆で一生懸命書くからこそ、本人の責任の元、少なくともストレートに伝わるものはあります。須東潤一氏(シンクバンク提供) 何でも本気を伝える方法には結局字が一番ということは、きっと潜在的に誰もが分かっているものです。 感謝や愛や後悔なども含め、いつか誰かに対して本気を示す機会が訪れたとき、シンプルに一生懸命に字を書けばよいのです。 そう、字が口ほどにモノを言ってくれますから。あなたが今、字を書きたい相手は誰ですか?

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    本質見失う朝日の釣り見出し、コロナ苦学生を救う一歩はこれしかない

    もいたようだった。 今年4~10月に全国の国公私立の大学や短大を中退した学生は2万5008人で、うち新型コロナウイルスの影響と確認されたのは1033人に上ることが18日、文部科学省の調査で分かった。中退者全体は昨年同時期より6833人減っており、文科省は、困窮する学生に最大20万円を現金給付した支援策などが一定の効果を上げたとみている。コロナ中退1033人 大学・短大生、文科省調査(産経ニュース) 新聞社は一般の人よりも早く、こうした資料を手に入れることができるのだから、見出しぐらいはあおらず、正確につけるべきだろう。18日に行われた記者会見で萩生田光一文部科学相も「大学の中途退学者数については昨年度よりやや少ない状況で、休学者数についても現時点においては大きな変化は見られない」と述べているのだ。 千葉商科大の常見陽平准教授や明治大の飯田泰之准教授らは、この記事の見出しのつけ方や、記事自体の問題意識に疑問を呈した。常見氏はツイッターにこう書いている。すでに多くの方が指摘していますが、見出しと中身は違います。そして、あくまで現場感ですが、学生からの相談は経済的理由よりも、心の安定、さらには将来の夢が一部、壊れたことが大きいです。常見陽平氏のツイッター 常見氏とは政治的な意見が異なり、失礼ながら度々突っ込みを入れている関係だが、学生の就活を巡る彼の問題意識についてはいつも参考にしている。今回もまた、常見氏の指摘は筆者の実感に近い。萩生田光一文科相=2020年12月18日、首相官邸(春名中撮影) 実感だけでは仕方がないので、ここでは秋田大の学生に対するうつ、不眠症、アルコール依存などのメンタルヘルスの調査を参考にしよう。この調査では、メンタルヘルスを損なうことに貢献する要因として、相談できる人の不在や運動不足などが挙げられた。「月4万円」が学生救う 相談できる人の不在については、オンライン講義への移行によって、あまりキャンパスに行かなくなったことも影響しているかもしれない。しかし、それよりも学業や自分の人生が今後どうなるのか、就職や将来の夢が思うように描けない人たちが増えているのではないか。そもそも、この学生たちの不安に応えられる人が大学にどれだけいるだろうか。 学生だけでなく教職員にとっても、新型コロナ危機のこれからの推移と、アフターコロナの社会が見えてこないというのが率直なところだろう。「相談できる人の根源的な不在」というべき状況がある。 新型コロナ危機の本質は、経済学でいう「ナイトの不確実性」にある。ナイトの不確実性とは、感染拡大や終息といった事象に確率を付与することができないことである。簡単にいえば、天気予報のように「明日の晴れの確率は60%」などのように予測できない。 これが経済全体だけでなく、学生たちの心理にも悪影響を及ぼしているのではないか。ナイトの不確実性を背景にした不安に対処するには、相当な覚悟が求められる。メンタルヘルスのケアや、そのためのカウンセリング体制の充実はもちろん必要だろう。ここでは、新型コロナ危機の持つナイトの不確実性に、どう対処するかを経済対策の面から考えてみたい。 ポイントは2つある。1つは新型コロナ危機が終わるまで、政策の維持をコミットすることである。例えば、大阪大の安田洋祐准教授が提案している、感染終息まで週1万円を国民全員に支給する政策である。いわばコロナ危機限定のベーシックインカムだ。 日本学生支援機構(JASSO)の調査によれば、大学生のひと月あたりの平均アルバイト収入は約3万円。ひと月に、これを上回る平均4万円が支給されるとなれば、家計ベースで見ても経済的なセーフティーネットとして機能することだろう。 もう1つのポイントは予算の規模をなるべく大きくすることだ。明日の天気が分からないのであれば、晴れでも雨でもいいように支度を整えるだろう。そのときに、どちらか一方の用意しかできない小さいカバンで旅行するとなったら、両方の用意ができる大き目のカバンを持ってくる。このときのカバンが、経済で言えば政府の「予算」になる。 菅政権の第3次補正予算案が明らかになり、規模感が不足していることが分かった。今年の7~9月のGDPギャップ(望ましい経済水準に至るまでに不足しているおカネの総額)は約34兆円だ。それ以降、経済は11月初頭までは改善したが、同月半ばから感染の「第3波」によって、再び経済が失速している可能性が大きい。 そうなると、GDPギャップの開きはそれほど縮小していないかもしれない。そこに「真水」19兆円では不足感がぬぐえない。上記の定額給付金政策や、弱った中小企業と個人事業主を救うための持続化給付金の再給付など、経済を維持する政策を至急、打ち出していく必要がある。オンライン授業が続く京都大学。入学試験以降、一度もキャンパスに足を踏み入れていない学生もいる=2020年8月17日午後、京都市左京区(永田直也撮影) 政府が積極的な経済政策でナイトの不確実性に抗しなければ、冒頭の朝日新聞のような見出しにあおられてしまい、われわれの不安が募るだけになってしまうだろう。

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    民族弾圧助長する中国投資、日本の経営者はこれを直視しているか

    費税減税で日本再興」(ワニブックス)の中で、この「中国の影」について批判的に検証している。 例えば、新型コロナウイルス危機で中国中心の世界的なサプライチェーン(供給網)が破綻し、各国ともに脱中国を見据えてサプライチェーンの再構築をしている点だ。日本政府も本年度第1次補正予算では、生産拠点を国内などに移転する民間企業を支援するとして総額2435億円を盛り込んだ。だが、肝心の日本の経営者らはどうだろうか?中国広東省潮州市の電子部品工場を視察する習近平国家主席(手前左)=2020年10月(新華社=共同) 他の国が中国への投資を手控え、投資の回収を増加させているのに対し、日本の経営者らは逆に対中投資を増やし、投資の回収をせずにそのまま再投資を繰り返している。その傾向はコロナ後も堅調である。「パクリ」暴いたトランプ氏 中国共産党の宣伝工作に利するサイトなどを見ると、日本の経営者たちはコロナ禍以降も経営戦略の基本方針を変えず、今後も投資を増やすだろうと述べている。完全に「従属化意識」を見透かされプロパガンダに利用されているのだ。 日本の製造業が最先端の技術を利用した生産拠点を中国で展開することは、中国のお得意の「パクリ経済」にいたずらに寄与することになるだろう。トランプ政権の対中経済制裁は、この「パクリ経済」を経済と安全保障の両面から、自国民だけではく海外にも分かりやすく伝えた効果があった。 やや長いが、重要なので田村氏の主張を引用しておく。 習近平政権はEVやAI、5Gなどの将来性のある分野の普及に向け、外資の投資を催促しています。いずれも軍事に転用されうる最先端技術をともなう分野です。加えてAIは、共産党政権が弾圧してきたウイグル人やチベット人などの少数民族への監視体制を強化するための主力技術にもなります。 日本企業が中国にビジネスチャンスを求めて、最新鋭技術を携えて対中投資をするのは、軍拡や人権侵害をともなう中国の全体主義路線を助長することにもつながります。「景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興」田村秀男 田村氏のこの主張には賛同する。中国との取引が、場合によれば反人権・軍拡への寄与という、まともな企業では採用することのない異常な路線への加担になることを日本の経営者はもっと自覚すべきだ。 日本政府もまた、反民主的・反人権的な動きに、現状で加担している日本企業などを公表し、警告を与えるのはどうだろうか。そのような企業には「レッドカード」を突きつけるべきだ。コロナ危機ほどの出来事でも対中依存が日本の経営者に芽生えないのであれば、日本政府は補助金での脱中国の拡充とともに、日本企業のコンプライアンスの見直しをレッドカード的な手法で強制していくことが望ましい。 米中貿易戦争の経験で言えば、日本政府がレッドカード的戦略を採用すると、中国側も同様の対応をしてくるだろう。そのために事前の準備も必要だ。記者会見で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加を表明する安倍晋三首相=2013年3月、首相官邸(酒巻俊介撮影) まずは環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加に最近急速に色気を見せている中国に強くけん制をしておく必要がある。TPP参加には原則、すべての国の承認が必要だ。日本側は、TPPが「自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった普遍的価値を共有する国々」(安倍晋三前首相のTPP交渉参加時の演説)との自由貿易圏であることを基本理念としている。反人権・反自由主義国家に出番はないのは自明のことだ。混乱招く報道も 日本はアジア諸国、米国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、英国などの諸国と、経済と安全保障の分野で強固な協力関係を築き、あるいは同盟関係を結んで「中国の影」と対峙(たいじ)する必要がある。ここには米国が加わるが、それは下村が批判した「アメリカの影」を引きずるものであってはならない。自主的な経済と安全保障政策の構築が必要だ。米国はそのための手段でしかない。 日本にとって、さらに必要なのは経済力の底上げだ。この点について、下村は「アメリカの影」を脱するために「忘れてはならない基本的な問題は、日本の一億二千万人の生活をどうするのか、よりよい就業の機会を与えるにはどうすべきか、という点」を重視すべきだとした。この見方は、今日の「中国の影」に対してもまったく同様だ。 この点でも田村氏は下村と同じで、積極的なポリシーミックス(財政政策と金融政策の組み合わせ)の採用によって、政府は国債を発行して積極的な財政政策を行い、日本銀行は金融緩和政策を行うべきだとしている。田村氏のケインズ経済学的なポリシーミックス論は、日本の現状では正しい政策の在り方の一つだ。筆者のリフレ理論(正確にはニューケインジアン積極派)との違いは、最近、高橋洋一氏との共著「日本経済再起動」(かや書房)にも書いた。興味のある方は参照していただきたいが、問題はそんな理論的な差異ではない。 田村氏は、「ありえない日本の財政破綻のリスクよりも、現実として起きている中国の膨張によるリスクのほうがよっぽど『次世代にツケを回してはいけない』大問題」だと断言している。この主張にも全面的に賛同する。そのためには日本経済を再起動させていかなくてはならない。 だが、日本の財政当局は緊縮スタンスをとることで、中国の全体主義に間接的に寄与している。最近でも話題になった報道では「財務当局は『悔しさもいくつかあるが、めいっぱい闘った。給付金はほぼ排除できたし、雇用調整助成金も持続化給付金もGoToキャンペーンも、春にやったバラマキはすべて出口を描けた』と胸を張った」という、どうしようもないみみっちい官僚目線が伝えられている。 第3次補正予算には多くのメディアが財政規律の観点で「過大」だと声をそろえる。日本経済の国内総生産(GDP)ギャップの拡大規模からいって、政府の「真水」の規模は不足こそあれ、「過大」などとは国民経済の目線では決して言うことができないはずだ。 もちろん田村氏が指摘するように、財務官僚ばかり批判しても始まらないかもしれない。政治の意志の強さがやはり求められる。そのためには国民の支援も必要だ。しかし、マスコミの世論誘導の成果なのか、今の世論では新型コロナ感染症抑制と経済活動の再開が二者択一で、どちらかを選ばないといけないかのような見方をされている。その典型が「GoToキャンペーンたたき」だ。マスク姿で通勤する会社員ら=2020年12月8日、大阪市北区(沢野貴信撮影) ここでも田村氏の警告が役立つ。「コロナを正しく恐れて、そして経済再生に力を入れよ」というのが、彼の最近の主張の核である。この言葉をわれわれは正しく理解しなくてはいけない。

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    コロナ第3波、大阪の「赤信号」をもたらした維新の党利党略

    上西小百合(元衆院議員) あれよあれよと言う間に、新型コロナウイルスの「第3波」に直面した日本。 「諸外国と比較するとコロナウイルスで亡くなった人の数が格段に少ない日本は、海外と比べて勝っている」などと、のんきに構えていた一部の国民も、この新型コロナの感染拡大の速さを見て考えを改めているのではないだろうか。 一極集中した人口を抱え、日本経済の中心を担う東京都はもちろんのこと、地方都市の中心地である札幌市や大阪市などでも、これまでとはレベルの違う爆発的な感染拡大が見受けられる。そして私たちの命をつないでくれる医療現場では、急増する重症患者に対応することが困難になりつつある状況だ。 そして政府は医療と経済との両立という観点で、なかなか手をつけようとしなかったGoToトラベルから、ようやく札幌市と大阪市を一時的に除外する決断を下した。 新型コロナによって冷え込む経済を止めるわけにはいかないという理屈も分かるが、現在のように中途半端に自粛と解除(経済政策)を繰り返し続けていても、一向に事態は終息しない。 それどころか繰り返すごとに感染者数は増加し、国民の命が失われ続けている。このままでは状況は悪化する一方だ。 もっとも、経済面において中小企業や個人経営の飲食店などは、新型コロナのワクチンが日本で接種可能とされる2021年6月ごろまでに耐えきる体力をもう持ち合わせていない。さらに言えば、ワクチン接種が進み、人々が安心して経済活動ができるようになるには一層の時間を要するであろう。 さらなる経済自粛になれば、飲食店などでは余った食材の廃棄、従業者の給与や賃貸費という多額の経費が待っている。そもそも飲食店たちは既にGotoイートやトラベルなどの経済政策への対応から、感染拡大予防ガイドラインに沿うための設備投資で莫大(ばくだい)な支出を既に余儀なくされている。大阪府の新型コロナウイルス対策本部会議後に「医療非常事態宣言」と書かれた紙を示す吉村洋文知事=2020年12月3日、大阪市 「たられば」ではあるものの、本来であれば第7回連載でも述べたように、日本政府は春節前に中国からの観光客を入国制限しなければならなかった。しかし、中国人観光客が来なければ、これまた大変な経済的損失を被るため、さまざまな業界団体からの反発を恐れて新型コロナの上陸と流行に指をくわえて見るほかなかった。決断できなかった当時の政府が本当に恨めしい。 個人的には、今からでもロックダウンのような対策が必要であると感じている。11月20日には東京都医師会が緊急会見を開き、「GoToトラベルについて、国には中断するという決断をしていただきたい。医療サイドから一度止めたほうがいいと呼びかけたい」と切実に訴えている。初点灯した赤信号 政治家はあまたの人々の間に立ち利害調整を行う存在ではあるものの、感染症の専門家でもなんでもない。国民の命を守るために最前線で働く方々の声にもう少し耳を傾け、何よりも大切な国民の命を守るための思い切ったかじ取りや予算編成をしてほしいものだ。 現状では「さらに10万円を国民に支給するか否か」ごときで悩んでいる場合ではない。長期の緊急事態宣言を出し、国債を発行してでも国民の生活保障をし、感染拡大防止に努め、何が何でも今を乗り切らねばならない。 私自身は大阪府民なので、大阪府の新型コロナ感染拡大対策に関して大阪維新の会の吉村洋文知事が連日のように在阪メディアを集めて記者会見を行っていたので常に動向を注視していた。しかし正直なところ、維新の会の政策は大変残念極まりないものだと感じている。 吉村知事ならびに大阪市の松井一郎市長たちは「今年9月には大阪府でワクチンができます(当然できてはいない)」という無責任発言を行ったのが記憶に新しい。それにとどまらず「雨がっぱ募集」という不可解な政策や、「イソジンが新型コロナ予防に効果的(かも)」という舌禍事件、「大阪モデルの基準変更」などという突拍子もない発言をこれまで繰り返し、府民を混乱に陥れてきた。 今のところ両氏は派手なパフォーマンスで「上手にやっている感」を出しているので、多少ごまかせてはいるものの、徐々に維新所属の2人に批判の声が出てきている。 それもそのはず、大阪府の感染者数や重症患者数のデータを見れば散々たる結果なのだ。今や大阪府の感染率は東京都を超える数値で、新型コロナ対応の通信簿があるとすれば吉村知事は0に限りなく近い1であろう。 さらに言えば、維新は新型コロナの感染力を見くびった。「メディア露出を続けたことによる吉村人気が絶頂のうちに住民投票を実施すれば、都構想が実現し、維新の勢いが増すだろう」という党利党略のために、コロナ禍にもかかわらず大阪都構想の住民投票を11月1日に企画、実行した。 それに伴い、10月には大阪府内各地で頻繁に街頭演説や大阪都構想説明会が行われ、3密状態が多発も多発。新型コロナ対策に専念すべき時期であるにもかかわらず、どこから見ても府民の命を守ろうという政治家として当然の姿勢はカケラも見られなかった。 「感染対策を徹底してください」と上っ面で言いながら、自分たちは表に出て群衆を集める。維新のそうした振る舞いによって、大阪府民全体の危機意識が低下してしまった。「大阪モデル」で最も深刻な「赤信号」が灯り、赤色に照らされた太陽の塔=2020年12月3日、大阪府吹田市(産経新聞ヘリから、寺口純平撮影) その結果、ついに大阪府は12月10日時点で重症者が過去最多の150人、病床使用率は72・8%にまで達した。これまで「大阪モデルの基準を結果により変更する」というとんでもない方法を用いたがゆえに、京都大の山中伸弥教授に苦言を呈されるほど出すのを避けてきた大阪モデルの「赤信号」を、ついに12月3日に初めて点灯させることとなった。切迫する医療体制 この遅すぎるタイミングでの初赤信号は、「住民投票が終わるまでは経済界のご機嫌取りのために黄信号である必要があったけれども、住民投票に敗北した今となっては赤信号でも構わない」という判断を維新が行ったようにしか見えない。 彼らが末永く政治家であり続けることを最優先に考えた場合には正しい判断かもしれないが、府民の命を守るという観点からすれば最低な判断だ。 そんな吉村知事は先日、「安倍晋三前総理の桜の話とか学術会議の問題は国民の命に関わらないが、コロナは国民の命に関わる問題」と発言し、野党が国会で新型コロナ以外の案件で与党を追及していることについて批判した。 けれども、自分自身が先月までしていたことについてはどのように考えているのだろうかと、相変わらず芯のない発言に驚かされてしまう。 さらに言えば、国会議員としての在職期間が約1年とさほど経験がない吉村知事には分からないのかもしれないが、国会は地方議会と異なり規模が大きい。そのため、さまざまな案件を扱った上で同時に十分に進めていくキャパシティーがある。 未曽有のコロナ禍にもかかわらず、日本の地方都市の一つである大阪での住民投票「ごとき」に心血を注ぎ、コロナ対応に割くべきだった多くの自治体職員のリソースと時間を奪った維新の吉村、松井両氏は真摯(しんし)に反省し、二度とこのような過ちを繰り返さないでほしい。 また、吉村知事はGoToトラベルの対象から大阪市内を目的地とする旅行を外すよう国へ求めていたが、その直前まで「大阪・ミナミGoToEat」という、もはや住民投票前の大阪市民へのご機嫌取りのためのバラマキと見えるようなキャンペーンで市内に人を集めに集めていた。 ミナミの飲食店は平日でも軒並み予約の取れない大盛況で、店舗側がいくら気をつけても密が多々発生してしまっていたという。 中身のないパフォーマンスだけを続けていても人の命は救えないが、維新は過去の判断ミスを棚に上げてしらじらしいというか、発言が矛盾だらけなのだ。 吉村知事には大阪府民の命を任せられている立場を今一度自覚して、先を見越し、党利党略を捨てた政策提言を行っていただきたい。そしてミスがあれば謝罪し、軌道修正をする勇気を持つことで、もう少しまともな新型コロナ対策ができるのではないかと思う。 明日15日から運用開始を目指す大阪コロナ重症センターでは看護師確保のめどが立たず、必要な130人のうち80人ほどしか確保できていない状況で、他の自治体や自衛隊の支援要請をするほどまでに事態が切迫している。臨時施設「大阪コロナ重症センター」を視察する大阪府の吉村洋文知事(左)-=2020年12月7日、大阪市住吉区万代東の大阪急性期・総合医療センター(彦野公太朗撮影) 今後は維新特有の勢いで進める高慢な政策ではなく、地に足をつけた府民生活を縁の下の力持ち的な立場で、大阪府民支える吉村知事、そして維新の姿を期待したい。長い目で見れば、きっとその方が人気も続きますよ、吉村さん。

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    コロナ苦の限界と「リスキーシフト」の罠

    新型コロナ禍が長期化する中、まるで感染を罪のように認識する風潮が広がっている。専門家は、感染を恐れるあまり合理性を欠いていても社会集団の合意になってしまう「リスキーシフト」だと分析。みだりに恐怖心を煽る報道も相まって、科学的根拠より同調圧力が上回ってしまう社会に警鐘を鳴らす。(写真はゲッティイメージズ)

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    コロナ長期化、無意識に「リスキーシフト」が蔓延するニッポン

    会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 最終回の今回は、新型コロナウイルス感染拡大の影響が長引く生活の中、図らずも普及してしまった新しい価値観やライフスタイルが、個人や家族にどう影響するのかについて話し合ってもらった。 そして、個人や家族の集合体である社会、または国はどういう方向へ進むのか。先の見えない状況が続く中、どう振る舞うべきかを提示したい。* * *梅田 今回のコロナ禍では、日本における同調圧力と村社会性があらわになった話題も多いですよね。お盆には、青森に帰省したら「さっさと帰れ」と書かれた中傷ビラが玄関先にあったという「八つ墓村」の時代のようなニュースも報じられました。杉山 こういうことは昔からあったんでしょうね。麻生 あそこの家は感染者が出た、出ない、みたいなことで引っ越しを余儀なくされた家庭もありました。梅田 それはあからさまに言われるんですか? 麻生 感染者が出た際の発表については厚生労働省の基本方針にのっとり、氏名を公開しない形で自治体、事業所、学校などで行われていますが、地方では「あの人だ」と個人を特定できるそうなんです。それで、ここでは子供が生きづらいということなって、引っ越したというケースがありました。ほかに、家族に感染者を出したことを苦に自殺したというデマが流れることもあったそうです。かなりひどいですね。梅田 デマは東日本大震災のときも目立ちました。社会が混乱したときに、こうした問題が起こるのは仕方ないのでしょうか。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)杉山 人間は分からない事態が怖いんですよ。だから情報を求めるんです。間違った情報であっても、まことしやかに聞こえてくると、飛びついて分かったつもりになりたがる。要は安心するために情報を得たい。それは錯覚なのですが、人間の心理にはそういうところがありますね。「リスキーシフト」の罠梅田 昔は全国各地で、はやり病がありました。もし近隣の村で、はやり病があったとしたら、自分の村に入れたくないじゃないですか。たとえ村の外へお嫁に行った人がいたとしても「帰ってくるな」みたいな嫌がらせがあったのだろうと思います。杉山 集団心理というか「グループダイナミズム」(集団力学)が働くんです。だから、村の総意を公平に集約したというよりは、感情的で、時としてかなり非合理的な合意形成がなされるんです。社会心理学では「集団極性化」と呼ばれるのですが、集団心理の中で、合意形成が非常に偏っていく。集団極性化には、リスクの高いとっぴな決断を集団でしてしまう「リスキーシフト」と、消極的な意見でまとまる「コーシャスシフト」の2つのパターンがあります。合意形成ではあるけど、決して合理的でなく、未来につなげる観点が欠けているのです。 コロナに絡めて言うと、今の社会はコロナ対策面でリスキーシフトをしているように見えます。あらゆるリスクを冒してでもコロナに感染しないというか、そこにばかりシフトしている。マスコミの影響もありますが、合意が形成されたかのように振る舞い、さらに同調圧力も手伝って、反対意見は全て悪であるように扱っているような感じです。リスキーシフトをしている「日本村」は今後どうなってしまうのでしょう。梅田 そうですね。街を歩いてもテレビを見ていても、マスクしてない人を無意識に探してしまいうことがあります。自分も取り込まれているのかもしれません。杉山 日本感染症学会のシンポジウムで、年齢が高いほど周囲の人にコロナをうつす傾向があると指摘されました。一方、子供同士の間では感染が比較的起きにくいとされています。重症化リスクが高いのも、媒介者になるリスクが高いのも高齢者ということですが、ニュースとしては扱いがすごく小さい。梅田 情報でも、中には科学的な裏打ちってあるじゃないですか。ワクチン開発でよく言われる「エビデンス」。もしくは科学的、工学的な裏付けや基礎中の基礎知識。マスコミはそこにあまり飛びつかないですよね。杉山 感染症学会の例もそうなのですが、みんなが同調しやすい情報のほうが優先されてしまうのです。日本は欧米とは違って、科学に弱いというより合理的に考えることが常識になっていません。ゴミのポイ捨て問題にしても、日本だと誰かが片付けてくれるだろうという感じですが、欧米ではポイ捨てによって清掃員を雇わなければいけなくなり、雇用費が発生し、税金が上がるというところまで考える。何をしたら、どんな結果になって自分に返ってくるかを、子供の時から教え込むわけです。合理的な行動か否かを短期的な視点だけじゃなくて、長期的に考えさせるのが当たり前になっている。梅田 教育の話が出ましたが、一時期、感染予防のために子供は外で遊ぶこともできませんでした。これは後々、教育にも影響が出るのではないのでしょうか。杉山 子供は遊びを通して学ぶので、遊ぶ機会が減ったのは心配です。でも、だいぶ日常を取り戻しつつあると思います。逆に、かわいそうなのが大学生なんですよ。大学はオンライン授業が中心ですから。クラスター(感染者集団)のニュースをマスコミが追いかけているので、クラスターを出さないことが大学の目標の一つになっているんです。だから、これまで通りの対面授業はハードルが高い。でも、このハードルそのままにしておくと授業内容が貧弱になります。そこの兼ね合いで、各大学が頭を悩ませているところです。新型コロナ感染拡大防止のため、大型複合遊具が使用できなくなった花園中央公園=2020年4月、大阪府東大阪市(南雲都撮影) 今が、ちょうど過渡期です。段階的に緩和している、と言えば聞こえはいいのですが、計画性なしに緩和したり、大学の入校制限を厳しくしたりを繰り返しているので混乱を招きました。私のところも、極端に言えば毎週ルールと手続きが変わるような勢いで、大変でした。華やかなキャンパスライフが…梅田 大学生というとサークルや飲み会で青春をエンジョイ、というイメージがありますが、今は大人数の飲み会も歓迎されませんし、飲食店に対して深夜の酒類提供の自粛を求める地域もあります。杉山 非常に気の毒な状況といいますか、青春が貧弱になっています。大学公式のサークル活動はかなり制限されています。飲み会も、学生の皆さんは各大学の方針に協力してくれています。梅田 どこへ行ってもアルコール消毒をするようになったので、潔癖症になる人も増えるんじゃないかという心配もあります。杉山 これまでの話と矛盾するかもしれませんが、衛生に関する社会的な共通認識が持てたことについてはポジティブに捉えています。衛生の概念がコロナで変わったのです。自分が汚いかも、感染しているかもという考えで行動しているところもあると思いますが、衛生についてみんなが共通の認識を持つに至ったかなと思います。 例えば、熱弁を振るう人から唾が飛んでくるのって、昔からみんな嫌だったと思うんです。それを堂々と嫌がっていいことが概念化された。人が使ったものは汚れているかもしれない、と思う人はずっと思っていたわけで、それがルール化されたわけですよね。衛生的な方が安心だということが世界レベルで共有されたのです。以前から日本人は衛生感覚がしっかりしている国民性だったんですが、外国から日本人は潔癖すぎると見られていました。しかし、今は私たちが潔癖症でおかしいわけではないとはっきり言えます。衛生の概念を共有できるようになったので、いいことだと思います。麻生 衛生概念って夫婦がもめる一因になりうるんですよ。そこを共有しやすくなったのは良かったと言えるかもしれません。梅田 コロナの感染が拡大してから、家庭内の暴力や虐待とは別に、ささいなことがきっかけで起きた事件が増えている気がします。マスク着用をめぐる口論が傷害事件に発展したケースもありますし。杉山 おっしゃる通りで、我慢する力が全般的に弱くなっているのかもしれません。私は本連載の第2回で触れたように「サルの脳」と呼んでいますが、人間は社会的な刺激を受ける中で、自分の立場とか自分の役割を自覚して我慢できるところがあります。ところが、テレワークでは社会的な刺激がすごく制限されました。外出自粛でずっと家にいると、好き勝手できるんですよ。それが当たり前のようになって、社会的な刺激の少なさから立場や役割への自覚が弱くなる。自分が我慢できない状態になっていると気が付けない人が増えている感じがするんですね。ただ、これは時間の問題で、自分がいらつきやすくなっている、無駄なことが気に障って事態をややこしくしていることに、だんだん気付けるようになると思います。今は過渡期なので問題が増えているのかもしれません。梅田 麻生さん、例えば街中とかで人とぶつかって舌打ちされるとか、そういう嫌な感じのことがあったりしませんか? 麻生 コンビニやスーパーの店員さんに聞くと、イライラしているお客さんが多いそうです。店員さんには気の毒な話ですが、立場の弱い人に八つ当たりしているわけですね。レジのビニールカーテンを持ち上げて、マスクもせず大声で店員さんを怒鳴りつけている人もいました。聞こえてきた内容からすると、近隣のお店に1日に何度も行ってクレームをつけているようで、そういうのを目撃したら迷わず110番だな、と。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)梅田 日本でそれですか。欧州では感染拡大が続いています。夜間外出禁止などの措置もとられていますが、直前までマスクをしていない人が多かったのには驚きました。合理的に考える教育を受けたはずの人たちなのに。「合理性」判断の基準は杉山 そこは、マスク着用の合理性を判断する基準や情報の有無だと思います。自分たちには判断できる基準も情報もないので、政府判断に任せているのではないでしょうか。自分で判断するより有効な判断が提供されるなら、それに従うのも、ある意味では合理性です。不安でマスクを手放せない、という非合理的なことをしない代わりに、行政が責任をもって危険を発信したらそれに従う、という合理性が顕(あらわ)れているように思います。自分で判断できることであれば、彼らの合理性の基準は変わってきます。 ドイツに出向していた友人が言っていましたが、「ドイツ人は他の国の人よりもルールを守ろうとする。だが、ルール至上主義ではない」。ルールを科学的というか合理的に考えているわけですね。このルールを守ったら、逆に破ったらどういう結果になるだろうか、と。破っても問題ないのであれば、もう知らないよ、という態度だそうです。梅田 コロナ禍の日本では、介護の必要な親を高齢の子供が世話をするなどの「老老介護」の家庭の問題もあります。子供が失職したり、給料を減らされたりするリスクもありますが、親子が家の中に閉じこもりがちだと悩みを抱え込んでしまうのでは。杉山 僕たちの業界でよく問題になるのは、家庭内で煮詰まって心中まで進んでしまうことです。特に認知症が入ると深刻で、意思疎通が取れないから介護しているほうが絶望的な気分になる。コロナ禍で外からの人の出入りも少なくなってしまうと、虐待やコロナ離婚の問題で話したように、気分が切り替わらなくて、ますます深刻なことになります。支援者側はそういうリスクが高まらないように、社会から孤立させないためにはどうすればいいかを考えているところです。梅田 老老介護に行き詰まった末の心中や、経済的に困って親子で飢え死にしたとみられる事件は以前からありましたが、今後も続くかもしれません。麻生 恥の文化とも関係があるかもしれませんが、介護の悩みがあっても誰かに助けを求められないで、家の中だけで抱え込んでしまうというのはありえることです。自分を子供時代に虐待していた親の介護では、虐待が起きることもあります。私が接した事例でも要介護の親御さんのことを「蹴りたい衝動に駆られる。自分が蹴られて育てられたから」という方や、老いて弱った親に復讐(ふくしゅう)心を持ってしまうことに対する罪悪感や葛藤と戦っている方など、さまざまです。かつて暴力を受けた側が振るう側になってしまう、「被害者の加害者化」は避けるべき悲劇ですし防ぎたいと考えています。 虐待サバイバーの介護は大きくわけて3択。慈愛をもって「守る」のか、「捨てる」のか、「復讐をする」のか。どれを選んでも苦しいので、お金を払って「捨てる」、つまりプロに任せるのが一番良いんでしょうけど、施設もそう簡単に入れるわけではありませんし、そこに至るまでの間に介護虐待が起きてしまうこともあります。また、プロの手を借りたとしても、まったく関わらないわけにはいきません。杉山 人生100年時代と言われる中、高齢者の定義を見直すという考え方があります。労働力が足りなくなるので、65歳でリタイアして年金生活という考え方ではなくて、働ける人は75歳、場合によっては80歳まで働いてもらえる世の中にしていこうと。厚労省と経済産業省は、仕事を通してみんながもっと活気ある生活を送れる働き方を目指すとしています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 高齢者が年金生活ではなく、継続して仕事をする生活になれば、それなりに経済的な余裕も出てくるので、介護のプロに助けてもらえる。そうすると気分的に煮詰まりませんし、介護を受けるほうもプロに世話してもらうと心地いいんですよ。親族は介護の素人ですから。そういう老老介護の在り方が次のビジョンかなと私は認識しているところですね。「長期バブル」の終焉か梅田 介護のプロの人数を確保できるかが課題になりそうですが、その点についてはいかがでしょう。杉山 2000年代の初頭は介護職が花形産業扱いでした。いろんな大学が社会福祉を掲げる学部を作って、受験生もそれなりに集まっていました。当時は私もそういう大学の教員だったのですが、介護教育専門スタッフの女性の言葉が印象に残りました。彼女は「おじいちゃん、おばあちゃんたち、しわくちゃでカワイイ!」と、高齢者に会ってテンションを上げていたんです。私も日本人なので、高齢者を敬い尊重するという価値観を身につけていますが、尊重のさらに上を行く感性というか、「これが介護の感性か」と妙に納得したんですね。 高齢者が死ぬのを待つような介護ではなく、愛されながらその時を迎えられるような介護というか、幸せな終活をクリエイトする介護であれば、こうした若い人たちもやりがいを感じられるのではないでしょうか。私は延命治療を限界まで続けるより、納得しながら旅立てる終活のほうがいいと思うのです。今はテクノロジー・イノベーションである程度の設備投資ができれば介護の負担も軽減できます。認知症の問題もあるので、幸せな終活ばかりとはいかないかもしれませんが、理想としては、介護についての議論が深まり、若者が希望を持って参入できるビジネスモデルになればと思っています。梅田 今、都心を離れて人口密度が「密」でない地方に引っ越したい人が増えているそうです。ただ、いわゆる田舎ほど同調圧力と「よそ者」への警戒心が強いので、移住とその後の暮らしがスムーズにいくかは分かりません。ワーケーションは一時的な滞在なので、GoToトラベルと同様に人気ですが…。杉山 テレワークの普及で地方の価値が見直されています。通勤に1、2時間かかる土地に住むと考えたときに、出勤が週5日だときついけど週2日ならいいという判断もあるはずです。ライフスタイルの多様化がどんどん進むと思われるので、それぞれの価値観に合った人生を送りやすい時代になることでしょう。梅田 これが最後の質問です。先ほど杉山先生がリスキーシフトの問題に言及されましたが、各国の政府や軍もイライラしていると思います。誤った政策や指導者の選択により、最悪の場合、戦争に発展する可能性はあると思いますか。杉山 私はwithコロナが長引くことで「超長期のバブル経済」の崩壊が始まって、その混乱で社会が荒れることを心配しています。バブル経済とは、もっと価値が上がるという過剰な期待が投機を促して、実体経済の成長以上に商品の価値が高騰する状態ですが、実は「フロンティア」への期待が高まった大航海時代からずっとバブル経済だと言われています。実際、現代の経済はずっと次の「フロンティア」を探している状態ですから。 バブル経済は期待が生み出すので、心理学でも考察されている分野なのですが、withコロナによって、さまざまな期待が失望に変わりました。例えば、東京オリンピックに向けて東京・千駄ヶ谷には大金を注ぎ込んで新国立競技場も、とてもすてきで豪華なホテルもできました。オリンピック景気への期待が投機を促した分かりやすい例です。しかし、オリンピックが延期になり、新国立競技場もホテルも期待した価値に見合った「果実」を生み出せていません。本当にオリンピックを開催できるのかと不安を訴える声も聞こえてきます。新国立競技場=2019年11月29日、東京都新宿区(産経新聞チャーターヘリから、桐山弘太撮影) 今、世界の至るところで似たような現象が起きているんです。失望が失望を生み、「どうなるか分からない」という不安から期待をしなくなる。そうなると、世界規模で信用収縮が起こって、お金が回らなくなる。大航海時代以前のような、いい意味では穏やかな、悪い意味ではイノベーションに乏しい時代に突入するかもしれない。これだけならまだいいのですが、強引にフロンティアを作る方法の一つが戦争です。期待という「フロンティア」を失うことへの抵抗から戦争を始める国があっても不思議ではありません。withコロナで生まれた同調圧力が、戦争への同調圧力にならないことを願っています。* * * すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    高齢者「疎開」も有効策、対コロナは大胆かつ奇抜な発想で勝負せよ

    ちは当初から、感染症の抑制と経済活動はこうした関係にあると指摘してきた。 死亡者数の観点からいうと、新型コロナウイルスで死亡者が出る一方で、経済的な苦境の中で亡くなってしまう人たちも多く出てしまうだろう。ここでは、それぞれを「感染症の死亡者数」と「経済要因による死亡者数」と呼ぶことにしよう。 学習院大の鈴木亘教授は、このトレードオフ関係を近著「社会保障と財政の危機」(PHP新書)で詳細に解説している。経済活動が活発化すると、新型コロナに感染することで高齢者や持病のある人たちを中心に、亡くなる人や重篤な状態に陥る人が出てくる。その傍らで、経済活動を抑制しすぎると、失業による社会的地位の喪失などで経済死ともいえる人たちが多く出てしまう。政府与党連絡会議であいさつする菅首相(右)=2020年12月7日、首相官邸 緊急事態宣言は、経済活動を過度に自粛することで、結果的に「経済要因による死亡者数」を激増させてしまった。だが、現在の政府の対策は、トレードオフ関係の中で最小の「感染症の死亡者数」と最小の「経済要因による死亡者数」を目指そうとしていると鈴木教授は指摘する。これは感染症対策の専門家の間で「ハンマーとダンス」と呼ばれるものだ。経済萎縮を最小限に 新規感染者数がある程度増えても、医療提供体制が限界に達するまではできるだけ事態を許容する。限界が見えてきたら、経済へのダメージが少ない順に対策を採用する。例えば、業態・時間・地域などを絞った営業の自粛要請、移動の自粛などである。 できるだけ4月の緊急事態宣言のようなものは避け、新規感染者数が下がれば経済活動を再開していく。再び感染拡大が起きれば、前述した営業や移動の自粛といった対応を限定的に採用していく。すなわち、感染者数が増えたら政策によってハンマー(金槌)を振り下ろすように強攻策をとり、減ってきたらウイルスとダンスを踊るように共存をエンジョイするというものである。「社会保障と財政の危機」 ジャーナリストの田村秀男氏は、最近の論説の中で「ウイルスを正しく恐れる対策さえすれば、経済はさほど萎縮せずに済む」と正しい方向性を示している。そのためには、「感染症の死亡者数」と「経済要因による死亡者数」のトレードオフをどのように構造変化させるかが鍵になってくる。 マスコミや世論は、GoToキャンペーンだけを感染拡大の「主犯」として問題視している。だが、このキャンペーンを中止しても、前述のトレードオフ関係からいえば経済死が増えてしまうだけである。これでは国民の厚生を改善することはできない。 田村氏の指摘のように、感染対策と経済の両立をよりスムーズにする考えが必要だ。鈴木教授は著作の中で、医療提供体制の限界を大きく引き上げることを主張している。具体的には、新型コロナ患者専用に、感染拡大期はもちろん感染終息期においても、空き病床(空床)とスタッフを確保しておくことである。そのためには政府の大規模な金銭補償が必要になる。空床確保においては交付金のさらなる増額が求められるだろう。 これは以前、細野豪志衆院議員とネット番組で対談した際に2人で議論したことだが、子供家族と同居している高齢者が一時的に住まいを別にして、政府や地方自治体が家賃を補助したり、施設を借り上げたりする政策も有効だろう。新型コロナウイルスの患者の治療に当たる東京医科歯科大病院の医療スタッフ=2020年11月、東京都文京区(画像の一部を加工しています、東京医科歯科大提供) 高齢者や持病を持つ人たちが観光地などに「疎開」することを経済的に支援するのもいい。これらの主張は、感染リスクの高い高齢者の行動を制限して日本経済へのダメージを抑える案として、鈴木教授も提言している。「ナチス化」の懸念も いずれにせよ、この「構造変化」には政府の潤沢な財政的支援が欠かせない。この原稿を書いている段階(12月7日)では、政府の第3次補正予算は不明だ。報道からの情報や、与党の補正予算案をみると、この種の「構造変化」を促す予算だけでなく、国民の経済生活を支える対策も不十分だ。 むしろ中小企業の合併を促す政策に重点を置くなど、完全に対策が明後日の方を向いている。このような補正予算ならば、現在の日本経済の総需要(お金)不足からいえば、単に緊縮政策になってしまう。 パンデミック(世界的大流行)や経済危機が重なる状況で、政府が緊縮政策を採用してしまうと、政治的な分断や極論がはびこるだろう。伊ボッコーニ大のディビッド・スタックラー教授らは、最近の論説「財政緊縮とナチスの勃興」の中で、1930年代初期のドイツにおける財政緊縮がナチスの勃興を招いたと実証的に指摘している。 この兆候は日本でも起こりつつある。身近なところでは、ツイッターのハッシュタグ(話題をまとめる「#」付きのキーワード)を見ると、特定の政治イデオロギーで偏向したものが毎日のように目につく。 これらの政治的な分断と極論が、投票行動に結びついたらどうなるだろうか。スタックラー教授らは、別の論説「投票、ポピュリズム、パンデミック」の中で、新型コロナ危機での緊縮政策が大衆扇動型政治と結びつき、国民の分断に至る可能性を論じている。 そして、ここが注意すべきポイントだが、こうした分断を背景とする政治勢力が出現したとき、彼らは積極的な財政政策を売り物にするのではないか。ナチスが国家社会主義として積極的な財政政策と国民の「完全雇用」を主張したように。 ナチスの経済政策は、「現実」の作り変えや、対抗する人たちの全否定、異端的で独善的なふるまい、そして必ずしも首尾一貫しない継ぎはぎだらけの経済政策観に象徴されていた。詳細は「ナチス 破壊の経済」(アダム・トゥーズ著、みすず書房)や「大恐慌の教訓」(ピーター・テミン著、東洋経済新報社)を読まれたい。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 社会悪をもたらす政治勢力が日本で台頭しないためにも、われわれは政府や日銀に、お金の不足を補う大胆な経済政策を引き続きしつこく要求していくべきだろう。

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    SDGs達成はほど遠い?節約志向でもプラ製レジ袋を買う日本人

    柏木理佳(生活経済ジャーナリスト) 消費税が10%に増税されてから消費が低迷していた中、新型コロナウイルスの感染拡大で先行き不安になり、家計の支出は減少している。これによって消費者は財布のひもを締めているのが現状だ。 ところが、環境問題の意識が低く有料化されたレジ袋をまだ買い続けている人が多いのも日本人の特徴である。 思い起こせば、バブル時の収入が多いとき、ブランド品には興味があっても社会貢献や環境問題には興味がなかったことに通じる傾向ではないか。 子供のころからチャリティーやボランティア活動を習慣としている英国人とは違うのだ。ただ、日本でも2010年の東日本大震災以降は、ボランティアへの意識が高まり、特に震災などを経験した女子大学生は他の年代よりもSDGs(持続可能な開発目標)意識が高いというアンケート結果もある。とはいえ、購入プロセスへの効果はない。 英国では、テレビ番組で著名人によるSDGsや社会貢献などへの取り組みが特集されるなど、企業によるコマーシャル戦略や情報提供が意識改革につながっていると思われる。 そもそもSDGsは2015年に国連で採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」で2030年までに持続可能でよりよい世界を目指す目標として掲げている。 英国を例に挙げると、スーパーでは、発展途上国の作物や製品を適正な価格で継続的に取引するフェアトレード商品が陳列されていたり、貧困地域の子供たちに商品を手渡した写真などのPOP広告も展開し、企業側のアピールもすさまじい。 実際、英国の通信会社giffgaff(ジフガフ)は、新製品を売らず再生品を「一生使い続けます」という誓約書にサインして無料で手に入れる店を出すなどしている。 そのためか、英国ではSDGsなど社会貢献に取り組んでいないスーパーより、取り組んでいるスーパー「セインズベリーズ」や「ホールフーズマーケット」を選んで足を運ぶ消費者も増えている。 筆者が英国のスーパーで買い物客に購入理由をヒアリングしたところ「自身のお金が直接、寄付できたという実感があり、遠くてもセインズベリーズを選んでいる」と話していた。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 政府の取り組みも厳しく、レジ袋を有料化して9割削減に成功しただけではない。大企業から中小企業まで社会貢献や環境などの研修を実施しており、従業員の意識も高い。 そのため、従業員が買い物に行くと、自然とそういった商品を購入することにつながっているのだ。筆者がマンチェスターを訪問したところ、プラスチック製レジ袋だけでなく紙袋さえも売られていなかった。ピコ太郎でPRもいま一つ? 一方、日本の対策はどうか。全閣僚を構成員とする「SDGs推進本部」を設置し、SDGsアクションプラン2020も掲げたが、外務省が「ピコ太郎」や「ハローキティ」を使いユーチューブなどでPRしている程度で、あまり浸透していない。 ゆえに企業は政府に頼ることができない。なぜなら、SDGsを含めたESG(環境・社会・企業統治)に取り組んでいない56%の東証1部上場企業は、年金積立金管理運用独立行政法人など、約6600兆円規模が国内外の大口機関投資家から相手にされなくなるからである。 実際には、企業のCSR(社会貢献)は収益が多いときには寄付は税金対策にはなるが、イメージアップ効果もみられないことが証明されている。新型コロナ禍で業績が悪化している企業は削減するだろう。 かつて、米コンサルティングファーム「FSG」共同創設者のマーク・R・クラマー氏も社会貢献や慈善事業は広告効果もないと指摘しており、ハーバードビジネススクールのマイケル・E・ポーター教授も社会貢献を寄付ではなく、積極的に収益を上げることが重要であると提唱していた。 だが、海外では、利益だけを追求する企業には投資をしないというPRI(責任投資原則)に署名している機関投資家は増えている。海外企業はビジネスの柱に加えて社会貢献を含める収入を得るCSV(共通価値)重視に移行しており、日本企業の対策やアピールは下手で世界ランキングの位置も低くなっている。 高ランキングに入ることで初めて海外の機関投資家に注目されるため、必死でSDGs予算を配分して広告を出しているのである。 しかし、それでは株主向けの自己満足でしかない。消費者へのインパクトを与え購入し個人個人が社会貢献をしているという意識につながり、それが投資家へ連鎖するのがベストである。実際にESGの評価が高い企業は、一般消費者向けの身近な商品を販売しており、収益性も高い。 政府は中小零細企業にも研修の義務化で従業員に浸透させ、レジ袋だけでなくゴミ袋もプラスチック製を使わないなどの厳しい対策をとる必要もあるだろう。店内に掲げられた、レジ袋の有料化の告知=2020年7月1日、東京都品川区の「ローソンTOC大崎店」 1962年にスタンフォード大のエベレット・M・ロジャース教授が提唱したイノベーター理論によると、消費者への普及には段階的に以下に示すいくつかの層を順に経なければ普及しない。①改革者の層=非常に流行に敏感な層(2・5%)②初期採用者の層=流行に敏感でオピニオンリーダーとして影響力が大きい層(13・5%)③マジョリティの層=慎重派でソーシャルネットワークサービス(SNS)などで評判を確認してから購入する層(68%)④遅帯層=保守的で確立するまで購入しない層(16%) 今はコロナ禍で自宅にいる期間が長くなりオンラインショッピングに変化している。それだけに、企業や政府がSNSでPR効果を挙げれば一気に改革者からマジョリティの層に拡大する可能性もある。 ただ、そうならなければ、消費者がスーパーなどで商品をよく見極めることが減り、SDGsは浸透しないまま2030年を迎えることになるだろう。

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    マイナンバー口座ひも付け、ゼロリスクでなくとも「無理筋」ではない

    されているのが、マイナンバーと銀行口座のひも付けの義務化である。国民が政府を「監視」 今回の議論は、新型コロナウイルス禍における現金給付の手続きが煩雑だった反省から突然議論されるようになったものではなく、18年に国税通則法が改正された際、3年後に見直すと定めたことを受け、予定通り21年の改正法で告知を義務付けるかを議論していたものである。つまり、預貯金口座付番の議論と、新型コロナの経済対策をきっかけにした議論は別のものだ。 ここでは、マイナンバー制度における「分散管理」の仕組みを理解する必要がある。マイナンバー制度においては、どこかのサーバーで情報が一元的に蓄積されているのではない。それだとプライバシー侵害のリスクが高くなるし、情報漏えいしたときのダメージも大きいからだ。 マイナンバー制度では、以前からと同じように、国税庁は国税の情報を、市区町村は地方税の情報を、ハローワークは就労状況を、健康保険組合は健康保険の情報をそれぞれ保有するといった分散管理を維持しつつ、他の機関に対して問い合わせができる仕組みになっている。収入が少ないから国民年金保険料を免除してほしい旨をマイナンバー付きで年金事務所に申請すると、年金事務所が市区町村に収入の情報を問い合わせたり、ハローワークに就労状況を問い合わせたりすることができるようになるわけだ。 そのためには、全ての役所で共通の番号を定めたほうが効率がよい。こうして生まれたのが「共通番号」といわれるマイナンバーなのである。 したがって、預貯金口座付番により金融機関がわれわれのマイナンバーと銀行口座をひも付けして管理できているからといって、国がその情報をそのまま利用できるわけではない。例えば税務調査の際に、国税庁が「マイナンバー○○番の者の預金者の情報を回答してくれ」と要求し、金融機関がそれに応えて預金者の情報を回答するという関係にすぎない。 政府が給付金を振り込むための口座を把握するためには、改めて本人から「この口座に振り込んでほしい」という情報を政府に登録してもらう必要がある。今般、この登録の義務化も見送ると決定されたということである。 マイナンバーと銀行口座のひも付けについては、プライバシー侵害を懸念する声があり、義務化を見送ることになったともいわれている。国民が納得するためには、政府による真摯(しんし)な説明が求められているのではないだろうか。マイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市・浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) そもそも、マイナンバー制度が発足したきっかけは、07年に発覚した約5千万件の年金記録が誰のものかが分からなくなった「消えた年金記録」問題だ。氏名や住所だけで登録されている年金記録は、結婚や引っ越しで追跡が困難になり、われわれが支払った年金の記録が存在しない状態になってしまっていたのである。そのため、政府は数千億円をかけて情報を突合(とつごう)したものの、結局、突合できない記録は残ってしまっているといわれている。メリット・デメリットの説明を そのほかにも、情報がバラバラに存在している結果、富裕層の税金逃れや、生活保護などの不正受給、生活保護を必要とする状況を役所が確認できず保護を断られるケースが発生するなどの懸念もある。 今後、少子高齢化が進めば税収の伸びを期待することは難しく、行政コストの削減が待ったなしとなる。税の公平な負担と社会保障の適正な給付も重要性が増す。その切り札として、個人の特定に役立ち、全ての役所で共通する番号であるマイナンバーを導入したのである。 プライバシーの保護を担保する制度としてマイナポータルという政府が開設しているサイトでは、行政機関の間で自分の情報がやりとりされた履歴が閲覧できるようになっている。われわれが政府の情報のやりとりを監視できるシステムが構築されているのである。 もちろん、このようなシステムがあっても情報の不正な取り扱いをすべて防げるわけではないだろう。マイナンバーとひも付けされることにより、情報漏えいが発生したときのプライバシー侵害のリスクも高まる。だからこそ、リスクと導入の目的と効果を政府がきちんと説明し、社会の理解を進める努力をする必要があるのではないか。 例えば、預貯金口座付番は、税務調査や社会保障の資力調査を受けた際に金融機関側で利用されるものだから、税や社会保障の不正を許さないためという目的について説明を尽くすべきであろう。既にFXや証券などの口座については義務化されているのだから、目的と仕組みを説明すれば、義務化することについても比較的理解を得られやすいだろう。 他方、給付金の受取口座を政府に届け出ることは、政府に直接口座番号を知らせることになる点においてプライバシー侵害のリスクが異なる。その主な目的も、税や社会保障の不正防止ではなく行政のコストの削減にある点で、預貯金口座付番とは事情が違う。 これについては、今年の新型コロナ感染症の特別定額給付金を支払う際にかかったコストと、マイナンバーと銀行口座をひも付けできた場合に予想されるコスト削減効果などを定量的に開示したうえで、早く給付金を受け取りたい人だけが任意で行うのか義務化すべきなのかを議論をしていく必要があるのではないだろうか。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 現時点でマイナンバーがどのように使われており、変更するとどのような効果があるのかを、メリット・デメリットを含めて丁寧に説明することが求められているように思われる。

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    苦渋の社員出向でも不採算路線を切れぬ、航空業界の「視界不良」

    月期の連結最終損益が5千億円前後の赤字になることを明らかにした。前期は276億円の黒字である。今回の新型コロナウイルス問題で、いかに深刻な打撃を受けているかが分かる。 それだけではない。日本航空は10月30日、希望する社員に対して、出向先で働く機会を増やしていることを明らかにした。グループ全体で1日あたり最大500人程度が出向先で働いているという。 国内の最大手2社がこの状態である。安価な料金を最大の強みにする格安航空会社(LCC)はさらに深刻だ。エアアジアジャパンは11月17日、東京地裁に破産手続きの開始を申し立てた。負債総額は217億円。新型コロナ禍で需要が低迷しており、マレーシアのエアアジア本体から資金面での支援を打ち切られたのが決定的となった。 枚挙にいとまがないのでこれまでにするが、企業規模にかかわらず、航空業界全体がかつてない規模の苦境に立たされているのは間違いない。 だが、今回の新型コロナ問題がなくても、解雇や出向などの余剰人員対策や、大規模倒産などの問題は起きただろうと私は思う。航空業界の赤字体質は、今に始まった話ではないからだ。 四半世紀以上前のことになるが、私自身、エアライン(航空会社)で働いていた時期がある。バブル崩壊後ではあったが、本格的な不況を実感する時期ではなかった。それにもかかわらず航空座席が全く売れず、毎日、営業の責任者と頭を抱えていたのをよく覚えている。 当時、ほとんどの航空会社は自社で航空座席を販売する力が弱く、旅行代理店に依存していた。1つの便の航空座席のうち、3分の1ほどを割引料金で旅行代理店に預け、販売してもらうのである。人気がない路線の場合、3分の2以上を預けることも珍しくなかった。 旅行代理店は、航空会社から預かった航空座席を自社企画のパッケージツアーなどに組み入れて販売して利益を出す。もちろん、預かった航空座席のすべてを販売しきれないケースもある。その場合は、ペナルティーなしで航空会社に「返却」するのだ。当時は、搭乗日の14日前に「手仕舞日」と呼ばれる日を設け、この日に旅行代理店が売れなかった航空座席を返却するのが慣習だった。人気のない成田空港のターミナル=2020年6月20日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) ほかにも、修学旅行などの団体旅行を別枠で受けていたが、これも当然ながら割引価格。航空会社が希望する小売価格(当時は個札と呼んでいた)で売れる割合は、ドル箱路線の「福岡-羽田」「札幌-羽田」を除けば、良くて1割程度だった。ネット普及後も インターネットが普及した2000年以降、多くの航空会社は自社で航空座席を売ることに注力した。しかしながら、大手旅行代理店の販売力に依存しない販売は難しく、おそらく今も体制はさほど変わっていないはずである。むしろ、航空会社間の競争が活発になり、「早割」「先得」などの独自の割引販売を行わざるを得なくなったため、収益率向上がさらに難しくなったのではないだろうか。 前述の通り、どのような路線展開を行っているエアラインも、すべての路線の利益率が高いということはまずない。赤字か極めて薄利の路線が8割程度、利益が出る路線が2割といった構成になっているといっても過言ではない。 利益を追求する民間企業が不採算部門を整理しないのは不思議に思われるかもしれない。これには3つの大きな理由がある。 1つ目は、いまだに「公」の役割を背負わされていること。年配の方はご存じかもしれないが、日本航空は1951年の発足時、半官半民の企業であり、公的な色合いが強かった。 政府がすべての株式を売却し、完全に民営化された1987年以降も、公的な役割を完全に整理しきれていない。北海道の離島や南西諸島などをはじめとした、人口が少ない地域の住民の移動手段として、路線を維持し続けている。廃止となれば住民から大規模な反対運動が起こされる可能性もある。 逆に、路線を維持していれば、国や地方自治体の助成金が手に入るケースも少なくない。観光シーズンには他社より有利になることもある。 2つ目は、航空業界特有の路線免許問題だ。定期路線を設け、商用で飛行機を飛ばす場合は、国土交通省の認可(路線免許)が必要だが、一度廃止すると再度認可を得ることが不可能に近い。そのため不採算路線といえども簡単に廃止できない。 3つ目は、大きな力を持つ労働組合だ。山崎豊子の小説「沈まぬ太陽」で、航空会社の労組の異様なくらいの強さが著(あらわ)されているのを読まれた方もいるのではないだろうか。相次ぐ欠航を知らせる成田空港の掲示板=2020年6月20日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) 実際のところ、80年代後半から90年代初めくらいまでは、乗務員の労組、地上職の労組が別個に存在する航空会社も珍しくなく、おそろしく交渉力が強い組合がほとんどだった。その名残で、不採算路線の整理に大なたを振るいにくいのだろう。地方空港にチャンスあり だが、ほとんどの航空会社で労組が弱体化しているはずである。かつて労組が強かった時代は、職員の出向などは絶対にありえなかったからだ。したがって、よくも悪くも経済の原則に沿った再編は進むだろう。 その様相は、おそらく旧国鉄が民営化されたプロセスに類似するだろうと、私は推測している。旧国鉄がJRに分割民営化される際は、再生が難しい赤字路線は廃線とされ、乗客が多い路線は活性化された。 これと同様に、福岡-東京-札幌などの収益率が高い路線は増便されるだろう。ただし、航空会社が路線を運営する上で、頭が痛いのが固定費である、飛行機の維持費用と人件費は削減に進むはずである。具体的には、自社保有の飛行機を売却してリースなどを増やしたり、余剰な正規職員を解雇して派遣や契約社員でまかなうセクションを増やしたり、といった手段を取るだろう。 ただし、不採算部門については、同じ流れにはならない路線もあると思う。前述したように、航空会社の場合、路線を廃止すると新たに路線を運航するための免許を国交省から得ることが難しくなる。そのことから、大手航空会社がLCCと共同運航する形で、不採算路線を安価な運賃で運営するようなケースも増えるのではないだろうか。 従来通り、大手航空会社が連帯して出資しLCC事業に参加するケースも増えるのではないかと思う。実際、日本国内でのLCC大手であるジェットスタージャパンは日本航空、豪カンタス航空グループ、伊藤忠商事系の東京センチュリーが共同で出資している。資金調達ノウハウを金融系企業に任せ、運航などの実務を航空会社が担うことで成功したケースだが、このような企業タッグによるLCCは増えるのではないかと思われる。 また、多くの都道府県で1つ以上の空港が開港されており、発着枠に空きがある空港も少なくない。これらの地方空港は空港使用料が総じて安いため、既存の大手航空会社はもちろん、LCCから見ても魅力的に映るはずだ。 特にビジネス・観光客が見込める路線は就航が増える可能性が高い。スカイマークが運営する茨城-福岡路線が代表的だが、首都圏の地方空港を利用して、羽田と地方都市を結ぶ路線に対抗することは十分考えられる。羽田空港を出発する航空機=2020年11月22日(iRONNA編集部、西隅秀人撮影) いずれにせよ競争が過酷になることは明らかだが、その中からビジネスチャンスが生まれるのは間違いない。コロナ問題が一通りの終息を見せた後、さまざまな航空会社や路線が日本各地で展開される可能性は大きい。

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    演歌亡びてジャニーズ栄える「ゴリ押し紅白」とNHKの本気度

    もしかすると21世紀最高となった03年SMAPの57・1%を超えるかも」という声もある。 なにしろ、新型コロナウイルス感染拡大の影響で在宅者が増え、全体的にテレビ視聴率の底上げが予想されている。コロナ禍での紅白がどんな形になるのか、好奇心を誘う部分もある。 不倫報道で活動自粛中のアンジャッシュ・渡部建が、裏番組「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」(日本テレビ系)で電撃復帰するという予測について、「紅白がかなり数字(視聴率)を稼ぐだろうという危機感から生まれた奇策」と見る向きもあるという。 紅白にとってマイナス面があるとすれば、今年は出場者予測などの事前情報で盛り上がれなかったことだろう。これは、コロナ禍で芸能イベントが激減し、記者たちが情報を小耳に挟めなかったためだ。 正式に出場者が発表されたのは11月16日。表向き、NHKはそれまで出場者情報を漏らさないのが基本だが、実際はそうではない。例年、夏あたりから「〇〇が決まった」と漏らす関係者がいる。 紅白歌合戦は、主にその年の活躍度を基準に出場者の選考をすることになってはいるが、NHKの番組制作者がすべての歌手、バンド、ユニットなどから、しがらみなく好きに選べるわけではない。東京都渋谷区のNHK=2019年4月 早くからアーティストのスケジュールを押さえるには事前交渉が必要となる。紅白に出ない選択をするアーティストもいて、そうなると所属事務所に協力をお願いすることが不可欠だ。そこで、芸能プロ側がNHKに恩を売る形となり、歌手の選考に発言力を持ってしまうのである。ジャニース躍進の傍らで そもそも、古くは暴力団の関与を許していた芸能界だ。ただでさえしがらみが多く、歴史の古い紅白は特にゼロベースで物事を進められない。結果、夏ごろには音楽業界を牛耳るといわれる芸能プロの有力者のもとに、音楽関連会社の役員たちがNHK関係者抜きで集まって事前調整をしてきた。これを紅白直前になってから出場者リストに反映させると世間から見て不自然になるから、わざとマスコミに事前情報を漏らして「最近話題の歌手」という風に前振り的な記事を書いてもらい、外堀を埋める作業もされてきたのだ。 ただ、最近の音楽業界では「ヒット曲」という定義もなかなか難しくなっているのが実情だ。CDの売り上げでいえば1万枚程度であっても、インターネットの音楽配信での実績、動画共有サービスや会員制交流サイト(SNS)などで話題になっている「認知度」が考慮される場合もあり、今年はCDデビュー前の女性グループ、NiziU(ニジュー)が出場する。 その意味ではセールス数値ではっきり優劣が分からないほうが、芸能プロ側のゴリ押しがしやすくなったとも言え、より業界内で紅白に力を持つ事務所が突出しやすくなる。 近年、紅白に出場するジャニーズ事務所のタレントはかなり多く、今年は白組の3分の1にあたる7組が出場。大人気の嵐によって高視聴率が支えられ、NHKはジャニーズへの配慮を止められないでいる。 次に福山雅治、Perfume、星野源、BABYMETALらアミューズ所属の出場も目立つ。白組司会の大泉洋もその枠だ。音楽会社ではMISIA、櫻坂46、LiSA、Little Glee Monster、JUJU、鈴木雅之らのソニーミュージック系も幅を利かせている。 特筆すべきは演歌の衰退だろう。白組が五木ひろし、氷川きよしら、紅組が石川さゆり、坂本冬美らで、それぞれ4人しかいない。年々減少してきた演歌枠はもはや定番歌手のみとなり、新人が入る余地はない。演歌は地方の高齢者などに根強いファン層があるが、CDなどのセールスに結び付きにくく、特に今年はコロナ禍で地方巡業の激減もダメ押しになった。 米国では、演歌に該当するカントリーミュージックが、90年代からロックやポップスを取り入れたモダンスタイルで若返りに成功したが、演歌は作曲・作詞サイドも含めて「大御所先生」に気を遣った業界独特の年功序列が進化を阻んできたところがある。ファン層拡大に苦戦する中、坂本冬美がポップス調の新曲「ブッダのように私は死んだ」(作詞作曲・桑田佳祐)を披露して、新風を巻き起こすことを期待している。 紅白は視聴率が非常に高いことから、出場者にとっては知名度アップの大きなメリットがある。だが「出場すれば年明けからCDがバカ売れ」という時代はとっくに終わっている。短い持ち時間で制限されたライブをやるならば、独自のカウントダウンコンサートをやったほうがいいと背を向けるアーティストも少なくない。 初出場で注目度の高いBABYMETALあたりは、いつものパフォーマンスを見せられるかという見方もある。評判が良くなければ来年以降は辞退ということもありえるだろう。 ジャニーズアイドルが多すぎることで、その手に興味のない視聴者を遠ざけるかもしれないという不安要素があるが、そこで力になるのが演奏力に絶対的な安定感のあるMr.Childrenだ。数少ない大物バンドは環境にも左右されず力を発揮し、「歌合戦」に厚みを持たせてくれる。成田山東京別院深川不動堂でお礼イベントを行った坂本冬美=2019年11月、東京都江東区 世界的な混乱を呼んでいるコロナ禍の中、視聴者を元気づけるような演出への期待も大きいが、これも内容によっては意見が割れるだろう。2年前、桑田佳祐が「勝手にシンドバッド」で松任谷由実とセクシーに絡み合い、キスシーンで大いに沸かせたのは、あくまで歌が主役の歌謡エンターテインメントだったからだ。バラエティー番組のまね事のような小手先の企画をすれば「ちゃんとした歌番組を見せろ」との批判が飛ぶ。音楽番組の本分を忘れない企画で勝負すべきだ。

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    児童虐待アラート!コロナ禍が増幅させる「裏切り者探索モジュール」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 本連載では、3つのテーマを6回にわたり取り上げてきた。締めくくりのテーマとして、社会の最小ユニットである「家庭」について掘り下げていきたい。 コロナ禍を受けて学校が休校になり、子供の面倒を見るために親が会社を休む家庭が増えた。また、緊急事態宣言後にリモートワークが普及し、親たちが自宅で過ごす時間が長くなると、子供の虐待や夫婦関係の終焉などのネガティブ話題が聞こえてくるようになった。 東京都では1日あたりの感染者数が500人を超える日もあり、全国的に感染が拡大しつつある。「第3波」の到来で政府は11月21日、経済支援策の「GoTo」事業の運用見直しを表明した。この先、再び「巣ごもり生活」が広がることも考えられる。 家庭は本来、ほっとする居場所ではなかったのか。コロナ禍は、そんな根源的な問いさえも見直さざるを得ない事態を引き起こしている。* * *梅田 人間にとって「家族」にはどんな心理的側面があるんでしょう。杉山 家族は心理学だと「マイクロシステム」と呼ばれています。社会の最小ユニットという考え方です。生活を共にする中で、行動様式や価値観などの最小単位ですし、子孫を残す生殖活動にも欠かせません。 子供はどんなユニットに生まれてくるかは選べませんが、逆に言うとユニットがしっかり機能しているから生まれてくるわけです。ユニットがしっかりしていないと生存できないんですよね。 怖い話ですけど、子供を育てられない若者が妊娠して、赤ちゃんを遺棄する事件が起きています。これはユニットとして成立していないところに生まれ落ちると生存できない例の一つと言えます。家庭がユニットとして最低限機能しているから、子供は生存が可能なのです。 なので、生存した子供にとっては、自分が生まれる前から存在している親はまるで神話のようなもので、自分にはどうしようもない世界です。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)梅田 コロナ禍で巣ごもりが始まって以来、「コロナ離婚」や夫婦げんかが増えたと話題になりました。これはどういう心理的なメカニズムから起きているのでしょう。杉山 単純に接触する時間が長くなったことが原因だと考えられます。お互いの嫌なところも、ますます目につくわけです。人間は嫌がれば嫌がるほど、相手の嫌なところしか見えなくなります。巣ごもりしていると気分をリセットできなくなり、相手の嫌なところばかり見えるようになると、けんかや離婚ということになるわけです。巣ごもりで「爆発」梅田 麻生さん、実例は何かご存じですか。麻生 自分が接している中では、コロナ以前からの不満が噴出するみたいな話が多かったですね。コロナ以前から、例えば不倫や経済的なこととか、何かしら火種があって、それがコロナの巣ごもりで爆発するみたいなケースです。 あと、発散方法がなくなったというか、例えば女性の方では、パート先でおしゃべりするとか、愚痴るとか発散できる場があったのに、コロナ禍でそれができなくなった面もあるでしょう。梅田 この時期に結婚した夫婦もいるはずです。新婚のときって、妙にベタベタするじゃないですか。そういうカップルはどうだったんでしょう。麻生 コロナ禍で結婚式の延期や規模の縮小、キャンセルなどを余儀なくされた方もいたようです。キャンセル料はいくらになるのか、引っ越しもしなくちゃいけない、とか。もともと、結婚式は火種になりやすかったりするので。梅田 たしかに結婚式の打ち合わせの段階で、もめますよね。麻生 もめますね(笑)。お互いの家の価値観が合わない、この結婚やめとこう、なんていうこともありえるイベントですから。それに加えて、コロナ禍で結婚式に人を集められないということで、式の延期やキャンセルなどで意見が合わず「やっぱりこの人じゃなかった」と思った人たちもいたかもしれません。梅田 結構な決断を迫られますからね。先生の周りでは、コロナでもめた話はありましたか?杉山 テレワークで働くようになった50代女性から、「家にいた間は夫婦関係がやばかった」という話を聞きました。出勤できるようになってよかったと。あと、ご主人が家にいるので、少しは家事を手伝ってくれると期待した奥さんが「ここまで何もしないとは思わなかった」と幻滅したというか、期待を裏切られた感じを抱いたそうです。そうなると、ご主人が裏切り者に見えてしまう。梅田 ああ(笑)。でも、子供にとっては毎日お父さんがいるので、うれしいのかな。それとも飽きるのかな。杉山 これは家庭によりますね。コロナ離婚も問題なんですけど、私が心配していたのは「コロナ虐待」のほうです。もともと虐待傾向があったお父さんやお母さんが、ずっと子供と顔を突き合わせている中で逃げ場を失うことを心配していました。 例えば子供が身体にあざを作って登校したら、学校の先生が気付けますが、コロナ禍では家庭が密室化されるので、コロナ虐待の増加が懸念されていました。梅田 子供を虐待する心理は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)麻生 子供たちの声を直接聞くことができたらと考え、春先に大人も子供も利用できる無料電話相談を設けました。学校の教員、児童相談所や児童養護施設の職員からお話をうかがうと、学校の施設を開放する「学校開放」のような形で休校中に子供が学校に来られる機会を作ると、給食が提供されないため弁当を持たせるといった、親の負担が増えるケースも多少あったようでした。 教員の方によると、虐待リスクの高い家庭では、親御さんが子供に学校開放に参加させないことがあるそうです。学校開放の趣旨に理解して子供を通わせますという、保護者の許可証がいるのですが、これを書かず、行かせない。結果的に子供が一日中家にいてイライラを募らせ、虐待に発展する危険性があると聞きました。「助けて先生」梅田 許可証を書かないのはなぜなのでしょう。趣旨が理解できないのか、面倒なのか、それとも虐待がばれるからなのか。麻生 いろんなケースがあると思います。休校期間中、子供からメッセージアプリのLINEで「助けて先生」と助けを求められたという学校の教員もいました。以前、児童相談所へ緊急一時保護をしてもらった子供で、親の型落ちスマホを契約せずにWi-Fiだけで使っていたそうです。 個人情報の問題や、先生のお仕事の範囲を超えているけれども、そうでもしなければ救えない子供が現実にいるわけです。 また、コロナを大義名分に、児童相談所の面会を断る保護者もいるようでした。「こういう時期なので、訪問も控えてくれませんか」というのは、断る理由としてはまっとうですが、それが虐待の隠れみのになり得るのは問題です。梅田 虐待する心理的なメカニズムについて教えてください。杉山 心理学でよく注目されるのは、親から子供へと伝わる「世代間連鎖」です。虐待を受けたことのある人には、虐待の事実を自覚して「これはよくないことだ」と認識できている人と、あまり認識がない人がいます。 認識がない人は、それが子育てだと思い込んでしまう。直感的に、家庭教育とはこういうものだと思っているので、自分もためらうことなく虐待をしてしまう。このような世代間連鎖があります。 もちろん、虐待サバイバーが皆、虐待するわけではなくて、自覚がしっかりしていると「自分はしない」ということができるんです。自覚がないまま大人になり、親になった場合、虐待してしまうことはありえます。梅田 虐待をする側が「しつけだった」と暴行を正当化するような発言をすることは少なくありませんし、虐待をした親が、自分自身も日常的に体罰を受ける環境で育ったことをうかがわせるケースもあります。世代間連鎖は無視できない要素かもしれません。杉山 その可能性もありますが、そもそも人間の本能として、子供が自分にとって都合が悪い存在になると自分を邪魔する裏切り者だと脳が認識してしまいます。そのとき、親としての自覚があると「子供は裏切り者じゃない」と考えを修正して違う行動ができます。それを「親としての自覚」や「制御力」といいます。 ただ、自分の感情の制御力が弱い人だと、裏切り者を「殲滅」する人間の本能に支配されて、子供を裏切り者と認識してしまいます。「裏切り者探索モジュール」といいますが、防衛するための行動が子供に対する虐待行為になってしまうのです。 虐待は、このような感情に基づいて行われるとされていますが、裏切り者を「殲滅」するような感情はアクションを起こすと消えるというか、軽くなります。感情って、もともとアクションを起こすための原動力なんですよ。だから、アクションを起こした後、感情は急激に軽くなる。 そうなると自分の立場を気にする脳がまた活性化し始めて、「これはまずい」となるわけで、自分を正当化する言い訳を考え始めます。自分自身に「これはしつけだ」と信じ込ませないと、人に対して説得力もないので、しつけだった、教育だったと強く主張するようになるのです。麻生 虐待サバイバーの話が出てきましたけど、虐待を受けて育ち、自分の子供を虐待している親の中には、子供時代の自分の身に起きた理不尽な出来事を正当化したいというか、自己防衛機制(不安を軽減しようとする心の働き)として、自分の中で「あれは親の愛だった」と置き換えて、子供に同じことをする事例も見られます。これは愛です、しつけです、と。訓練で、抵抗する親から子供を保護する児童相談所の職員=2019年2月、和歌山市 それを虐待だと認めると、子供時代の自分も傷つくんですよ。親に愛されていた、親にきちんとした教育を受けて、しつけてもらったと自分に納得させていることが覆って全否定されてしまうので、過去を正当化することで自分の心を守っているわけです。子育てに自信持てる環境を 大切なのは、大半の親は「どこまでがしつけだろう、どこまでが虐待だろう」と悩みながら一生懸命子育てしているということです。しつけと虐待の境目が分からない、虐待事件を見聞きするたびに人ごととは思えない、自分の子育ても虐待なのではないかと不安を訴える相談は非常に多いです。でも、そうやって自分の子育てに不安を抱えながら育てていらっしゃる方は大丈夫。もっと安心して、自信を持って子育てを楽しんでいけるような環境や社会になるといいですね。 でも、自分が受けてない育て方をするのは、想像以上に難しいことなのです。今って、子供を褒めて伸ばす時代じゃないですか。でも私たちの世代は周りと比べられて、親に褒められなかった人が多いので、子供を肯定してあげたくても褒め方が分かりません、という悩みもよく聞きます。梅田 結構多いと思うのが、特に小さい子は、何回叱っても同じことをするので、つい手が出てしまうことです。日常的なことでなければ、虐待とは言えないかなと思うのですが、悩んでしまう方もいるようです。麻生 います。すごく多いんですよ。ただ、体罰に教育としての効果はありませんし、体罰によらない指導方法を親が学ぶ必要性があります。虐待を監視する世間の目強くなる一方で、子育てを温かく見守ろうというまなざしが足りないと感じます。虐待対策は子育て支援とワンセットで行われるべきだということを、ずっと訴えているのですが…。梅田 とはいえ、毎日のように子供を罵倒する声が響いているとなれば、虐待の疑いが強まります。親がいくら「しつけ」と思い込んでいたとしても、子供がけがをしていたり、満足な食事を与えられずに衰弱していたりする様子を見れば、自分が虐待をしている事実に気付くと思うのですが、なぜ知らないふりができるのでしょうか。杉山 信じたくないことですが、自分にとって都合の悪いものは見ないようにする心理が働くのです。心の中で、都合の悪いことはなかったことにして、違うことに没頭し、本当に考えなければならないことから逃げてしまうのです。精神分析学で「抑圧・否認」と呼ばれます。 幼い命が失われる痛ましい事件も起きています。離婚して5歳の息子と暮らしていた父親が、妻が勝手に出ていった悔しさを思い出すので自宅に帰るのが嫌になって、子供をほったらかしにしたまま何日も家に帰りませんでした。 家に食べるものがあるから、何とかやれるだろうと思っていたようです。 ところが、帰ってみたら子供がガリガリにやせ衰え、立ち上がれないぐらいの状態だったと。それを見て、このままだと自分が虐待をしたことがばれる、育児放棄(ネグレクト)したと社会的に責められると思い、病院に連れて行くこともなく、また出て行ったんです。 子供は「パパ」って追いすがっても振り払われて、その後、衰弱死してしまいました。息子の死を隠したかった父親は、事件が発覚するまでの約7年間、賃貸だったその家の家賃を払い続け、別の女性と別の家で暮らしていたそうです。悲惨な事例ではありますが、人間の中にはそういうことできる人がいるのです。 ネグレクトする心理は、「他の虐待より心理的ハードルが低い」と私はよく解説をしています。苦しんでいる子供が目の前にいないから、違うことに没頭できる。子供が見えないから心が痛まないんですね。 もう一つ、子供の親である自分を否定したいという点もあります。子供の親である自分って、ちょっと言葉が悪いけど、子供に縛り付けられている存在だから、とても不自由なんですよね。母性本能というのは「神話」にすぎないので。梅田 母性本能は存在しないんですか。杉山 心理学的には確認されてないですね。そもそも学術用語ではありません。だから、母性本能があることを前提とした子育て論はナンセンスです。麻生 母性本能神話や、母親は子供が3歳になるまで育児に専念すべきという「3歳児神話」もお母さんたちをすごく苦しめるもので、きついと思いますよ。梅田 でも1、2歳の頃、世間のお母さんたちは子供をすごくかわいがるじゃないですか。杉山 その時期の子供は手がかかるけれども、まだ自己主張をしないし、宇宙人なんですよ。人間というよりは動物に近いと言っていいでしょう。「ベビーシェマ反応」というのがあって、赤ちゃんのような存在を本能的にかわいいと思って、何かしてあげたくなる哺乳類共通の本能があるんです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)梅田 それは母性本能ではないのでしょうか。人間だけでなく動物のお母さんも一生懸命に子育てしますが、あれは遺伝子レベルでやっている本能的な種の保存活動なのでは。杉山 そうです。本能をどうとらえるか、ということになりますが、哺乳類全般がそういう本能を持っており、種を保存することができているのです。DVと児童虐待梅田 動物の赤ちゃんは小さいけれど目が大きくてかわいいですが、動物には関係ないのでしょうか。杉山 かわいいという概念を持っているみたいですね、動物のインタビューをして聞けるわけじゃないんですけど(笑)。ベビーシェマ反応は種を超えてあるようで、ある種のメスが、別の種の赤ちゃんを育てることもあります。 メスのライオンが草食動物の子供を育てていたという、びっくりするような事例もあります。結局、子供はオスライオンに食べられてしまったのですが、そんなケースもあるのでベビーシェマ反応は種を越えて起こると考えられます。 人間だって子猫や子犬をかわいがりますよね。でも、これも母性本能ではないんです。 人間の場合、子供が0~1歳だと、それが非常に強く働くんですよ。2歳くらいになると口答えができるようになります。「テリブル(terrible)2」や「魔の2歳児」とも呼ばれる、いわゆる「イヤイヤ期」です。ここでお母さんの忍耐力が試されることになります。梅田 子供を虐待し始めるのは親のどちらかだと思います。一方が虐待しだしたら、もう一方の親も加担する、もしくは制止しない。これはなぜなのでしょう。杉山 私の印象ベースでエビデンスがあるわけではありませんが、仮に、父親が子供に暴力的になるとします。子供に暴力的な父親は恐怖で母親を支配している可能性があり、母親は逆らうと自分も被害を受けると考えて怯える。だから、父親を止められなくなり、虐待に「協力」してしまうということが考えられるのではないでしょうか。 今年、生後1カ月の子供を、父親がドアにたたきつけて死なせてしまった事件がありましたが、母親は自分も暴力を振るわれるのが恐ろしくて、虐待を止められなかったなどと説明していました。麻生 そういう家庭では、子供に暴力を振るわれること自体が、彼女にとって心理的な家庭内暴力(DV)なのではないでしょうか。「わが子に暴力を振るわれるというDV」を受けているような感じを受けます。また、そこでわが子を救えず、何をやっても無駄なんだという「学習性無力感」に陥ったという印象を受けます。杉山 多くの場合、恐怖による支配は学習性無力感を伴うので、もうどうにもできないという諦めがあると思います。梅田 ところが、家庭内で虐待があっても、近所の人からは家族仲良さそうだったと語られる場合もあります。麻生 DVを行う人にしても、虐待を行う人にしても、非常に外面(そとづら)がいいんですよね。日本では家が閉ざされた空間であり、世間様の目が一番気になる存在だったりするので、そこに対する取り繕いには長けている人もいます。母親役の女性に事情を聴く警察官や児童相談所の職員ら=2019年11月、京都市伏見区杉山 逆に言うと、取り繕いが上手いので、周りが気づきにくく、深刻な事態を招いてしまうところがあるのかもしれません。1人になれる時間を大切に梅田 それがコロナ禍の巣ごもりで増えたのは、イライラの行き場がなかった部分もあると思います。ということは、家族でも不快な距離感があるのでしょうか。杉山 家族といえども、それぞれ1人になる時間はある程度必要です。人間の心って、人に最も反応しやすくて、同じ刺激ばかり受けていると、心と脳の同じところばかりが働くことになります。すると、バランスが崩れてくるんですね。 違うところも働かせるためには、1人になる時間で違う刺激を受けることが必要です。同じ刺激ばかりだと「この刺激はもうたくさんだ」と心と脳が悲鳴をあげてしまいますから。それで、家族の間でも不快に感じることが起こり得ます。梅田 日本の住宅事情を考えると、小さい子供がいる家庭ではいつも子供を囲んで生活することになりがちです。目が離せない年頃だと、特に。麻生 日本では家庭で問題が起きると、家庭内での解決にこだわって悪循環に陥り、かえって解決から遠ざかってしまうんですね。欧米だと乳児期から子供に1人部屋を与えて、日本のような母子同室の育児はしませんし、成人後は親と同居しない風潮があります。「個」として家族の外に出ようとする意識が強いのです。 世間体を守り、家の中で問題を抱え込むようになっていくのは日本の文化特性かもしれません。「引きこもり」という言葉が、英語圏でも日本語のまま「HIKIKOMORI」と表現されることがあるのは象徴的です。杉山 日本は世間体の文化というか、「恥の文化」なんですよね。同調圧力の強い村社会の傾向があるので、「この家は恥ずかしい」となると、家単位で村社会から排除されるリスクが高まります。良くて村八分、悪いと「この家は代々問題ばかり起こすから潰してしまえ」という圧力が働いてしまう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 同調圧力が高い村社会って、本当に怖いところがあります。仲間だと思われていれば守ってもらえるメリットがありますが、いったん村の秩序を壊す存在だと見なされると、一斉に排除圧力がかかってきます。そういう怖さの中で、家の恥はどんどん隠そうという方向に行くのではないでしょうか。* * * 次回は、コロナ禍で広まった新しい生活様式やライフスタイルが、個人や家族にどう影響するのかを議論する。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    GoToたたきに御執心、無責任な野党とメディアが導く「経済死」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの感染拡大が続き、マスコミや野党などを中心に政府の観光支援事業「GoToトラベル」を悪玉にする「GoToトラベルたたき」というべき現象が起きているが、全く感心しない。 11月22日のTBS系情報番組『サンデーモーニング』では、司会の関口宏氏をはじめ出演者の多くがGoToトラベルをやり玉にあげて、政権批判の気炎をあげていた。 いつものパターンで、元文部科学事務次官の前川喜平氏は「GoToは国民を犠牲にして業界を潤す政策だ」などとツイートしている。サンデーモーニングでも同様のことを出演者が言っていた。 ワイドショーなどでは羽田空港などの3連休の混雑ぶりが映し出された。これについて、感染を避けるために旅行取りやめを検討したが、高額のキャンセル料が発生するので無理だったなどの声が紹介されることで、視聴者は知らないうちに印象誘導されることになる。もちろん誘導される先はGoToトラベルという重要な景気刺激政策への否定的なイメージだ。 GoToトラベルは、新型コロナ危機で落ち込みが極めて厳しい旅客業、飲食部門を再生するために重要な景気刺激政策である。これらの産業は日本経済の中で雇用が多く、また地域経済の要でもある。これを行うことは、今回の新型コロナ危機で苦境に陥っている国民を救う政策としてスジがいい。 GoToトラベルは7月から東京を除いた各地で始まり、10月1日になって東京が新たに対象に加えられた。10月中は東京、全国の大半で大規模な感染拡大は見られていない。利用客らで混雑する羽田空港の出発ロビー=2020年11月21日 感染拡大の気配は11月第1週後半から始まっており、この動きにGoToトラベルが影響していたとしても、直接的とは言えない。GoTo批判が政争の具に 11月1日から入国時の水際対策を緩和したことを典型とする、経済全体の再開本格化の中で始まったと考えた方がいい。GoToトラベル批判は、政権批判したい人たちにとって単なる道具でしかなく、それによって生活を脅かされる人たちはたまったものではない。 手洗い、うがい、マスク着用、そして3密回避などの対応を「具体性がない」という批判をする人がいるが、愚昧な見解である。ワクチン不在の中、これほど具体的な新型コロナ対応策はない。 政府がこうした重要な感染予防を奨励しながら、他方でGoToトラベルを見直すとしても、期間や地域を絞った限定的な停止にすべきだ。そして、これらの状況に応じた運用見直しをいちいち批判するのは賢くない。 なぜなら新型コロナ危機の感染拡大は、どんなタイミングで、どれだけの範囲と規模で起こるか、不確実性が高いからだ。不確実性が極度に高い事象に対しては、朝令暮改は十分「あり」な政策対応だ。 ここでいう不確実性とは、天気予報のように確率を予測できるケースではない。晴れか雨か、はたまた想定外の天候になるか、分からない状況に近い。このようなケースを経済学では「ナイトの不確実性」という。 不確実性が深刻なときには、できるだけ政府は柔軟に方針を見直していくことが肝要である。先ほどの朝令暮改を恐れるな、というのはそうした意味だ。 ちなみに立憲民主党の枝野幸男代表は、GoToトラベル運用見直しを批判して、感染拡大時の対応を決めておくべきだった、と発言している。 立憲民主党の枝野幸男代表は22日、新型コロナウイルス対策の観光支援事業「GoToトラベル」の運用見直しをめぐる政府対応を「泥縄式だ」と批判した。兵庫県明石市で記者会見し「GoToを始める段階で感染拡大時の対応を決めておくべきだった」と準備不足を指摘した。産経ニュース紅葉シーズンのピークで迎えた3連休初日、観光客でにぎわう京都・嵐山の天龍寺=2020年11月21日、京都市右京区(渡辺恭晃撮影) 発言の趣旨は理解できるが、同時に枝野代表は「検査体制の拡充こそが、経済を回し感染拡大を防ぐために必要」だとも言っている。これはさすがに噴飯ものである。「経済死」を避けるには また、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、拡充は当然だとしながら「感染拡大の防止には役立たない」と切って捨てている。PCR検査などは単に検査するだけであり、感染拡大の防止策そのものではない。 むしろ、GoToトラベル運用見直しで重要になるのは、経済損失が出ると予想される人たちに十分な金銭的補償を行うことだ。感染拡大に備えた医療資源の確保ももちろん重視すべきである。 そのために第2次補正予算で予備費が積みあがっている。そもそも枝野代表ら立憲民主党は、この予備費自体を批判し、用途をがんじがらめにしようとした。そのときの政治的な拘束が強く今も残り、予備費の弾力的な運用に支障が出ているのではないか。 感染拡大を声高に連呼するマスコミの手法にも正直疑問がある。1人の感染者が平均何人にうつしたかを示す指標「実効再生産数」を見ると、11月5日の1・11を底に上昇に転じ、同月12、13日にピークとなる1・42を記録し、それ以後は減少トレンドである。 もちろん、まだ高い水準ではある。だが、どんどん感染が急上昇しているというイメージを抱くのは避けるべきだ。 われわれはできるだけの感染予防に努めながら、それでも経済の再起動を進めていかなくてはならない。そうしなければ「経済死」による犠牲者がますます増えてしまうだろう。 「GoToトラベルの全否定は単なる政権批判のためにする議論でしかない。感染予防に留意しながらも、政府はより積極的な経済政策を採用するべき段階である。記者会見に臨む西村康稔経済再生相=2020年11月21日、東京・永田町(松井英幸撮影) だが、第3次補正予算をめぐる動きが遅い。11月24日の文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」の番組中での私のコメントを最後に紹介しておきたい。 「政府から景気刺激の具体策が全く挙がってこない。消費減税、定額給付、公共事業の拡大、持続化給付金の青天井化と言った力強い景気刺激策が全くない。こんなことをやってたら菅政権に対する期待が急速にしぼんでいって政治的な空白状態になる。経済的にも社会的にもまずいと思う」

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    潜在化した教育格差、コロナ禍でも実態調査を軽視するニッポン

    散見されました。 具体的に紹介しましょう。文科省は公立校の設置者である教育委員会を対象とした調査、「新型コロナウイルス感染症対策のための学校の臨時休業に関連した公立学校における学習指導等の取組状況について」を4月に、「新型コロナウイルス感染症の影響を踏まえた公立学校における学習指導等に関する状況について」を6月に実施し、集計結果を公表しました。文科省の外観=東京・霞が関 「同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習」が注目され、4月時点の「5%」という数字が盛んに報じられましたが、この数値にはいったい何の意味があるのでしょうか。実態とかけ離れた調査結果 まず、教育委員会の回答担当者が調査作成者の意図通りに設問を解釈していたのか不明です。公立校の設置者は政令指定都市から市町村までの自治体を含むので、学校数にはかなりの幅があります。 教育委員会の担当者は所管内の学校数が多い場合、コロナ禍で対応が割れる各学校の教育活動をどこまで把握していたのでしょうか。それに、調査票を見る限り、「同時双方向型のオンライン指導」を実践している(あるいは実践する予定の)学級が1つでもあれば、この選択肢を満たすかどうかも、回答者の判断に委ねられています。 調査票の設問に難があることに加え、集計結果も実態を反映しているとは言えません。公表資料では、回答した設置者のうち5%が「同時双方向型のオンライン指導を通じた家庭学習」を課す方針、という単純集計の結果が示されています。 自治体のうちの5%と聞いて、みなさんは具体的に想像できるでしょうか。どの設置者が回答しているのか分かるのですから、せめて学校数や児童・生徒数に換算しないと、日本全体でどの程度の公立校が同時双方向型のオンライン教育をしているのか(しようとしているのか)全体像が見えてきません。もし5%の中に小学校が100校以上あるような政令指定都市、あるいは、1校しかない町村が入っていれば、数値が与える印象は相当に変わります。 6月の調査では「5%」が「15%」になったとこれも多くの報道がありましたが、4月調査は1213、6月の調査で1794と回答した設置者数が異なるので比較は不適切です。また、両方回答した設置者のみに限定できたところで、設置者単位なので児童・生徒数や学校数に換算したら、5%が15%になった、という数字から喚起される理解とは大きく違う実態があり得ます。 これらの調査で、文科省が十分な実態把握をしたとはいえないでしょう。休業対応で追われる学校現場の調査負担を減らすという理念は理解できますが、緊急事態だからこそ学校間で教育実践が異なっているはずです。 普段自覚症状がなければ年に1回の人間ドックで十分かもしれませんが、体調に異変を感じたのであれば、診察や検査の回数と種類を増やすことはあっても減らすことはないはずです。何らかの症状がありそうだからこそ、むしろ意味のある調査を増やし、各学校がどのような実践をしているのか明らかにする必要があるといえないでしょうか。 もっとも、国(文科省)ではなく学校現場に近い自治体が詳細を把握しているのであればよいのかもしれません。しかし、未曽有の一斉休校にもかかわらず、自治体の調査もだいぶ心許ないのが実態のようです。 文科省が各自治体による調査の実施状況を集計していないので新聞記事のデータベースを検索してみると、学校間の実践の違いを明らかにできそうな実態調査を行った都道府県の教育委員会は、埼玉、福岡、千葉、兵庫などと多くありません。その上、さいたま、福岡、千葉、神戸といった政令指定都市は権限が独立しているので県の調査に含まれません。各県内で人口が最も多い都市部の学校の状態が一つの調査で分からないことを意味します。 本稿では、埼玉県教委の2回の調査結果を通して、コロナ禍における学校現場の実態を概観しましょう。埼玉県教委は5月下旬に各学校の教育実践を把握するために、さいたま市を除く県内公立小中学校・義務教育学校の全数を対象とした学校調査を行いました。小学校702校、中学校355校、義務教育学校1校が対象で、回収率は100%です。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 本来は教師と児童・生徒まで対象を広げるべきですが、文科省の設置者を対象とした調査と比べれば、現場で何が起きていたのかを把握する解像度がずっと上がります。もちろん、調査に回答した各学校の担当者が学校内の取組状況をすべて知っているのかには疑問が残りますが、教育委員会の担当者が所管の学校すべてについて回答するよりはずっと実態を反映しているはずです。ICT活用に格差 この学校調査の結果を見ると、同じ県内の公立校であっても学校間でICT(情報通信技術)を活用した教育実践の有無に大きな差があることが分かります。たとえば、臨時休業中に家庭学習で「グーグルクラスルーム」などのオンラインシステムを用いたのは小学校で12%、中学校で10%にとどまりました。「市町村教育委員会が独自に作成した授業動画」を活用した学習を課してきた小中学校の数も4割に届きません。 課題のホームページ掲載やメール送信などまで含めると、ICTを活用していた学校は小学校で84%、中学校は80%となりますが、これらのうち9割近くの学校が家庭のICT端末に依存していて、保有するタブレット端末などを貸し出した学校は約1割にとどまります。さらには、小中学校のどちらも約2割の学校は、家庭のICT環境の有無を調査していませんでした。把握している学校でも対象児童・生徒に支援できていない学校が約3割ありました。 8月には、2回目の調査として通常登校再開後の状況に関する調査が実施されました。 この結果を見ると、学校間のさまざまな違いがより鮮明となります。たとえば、臨時休業から夏休みまでの間にすべての学校が一度は授業や家庭におけるICT活用を行いましたが、通常登校再開後も継続して活用した学校は約半数にとどまります。換言すれば、臨時休業期間のみ、もしくは分散登校までの期間でICT活用をやめた学校が半数近く存在します。 ICT利用法だけではなく、授業内容の進度と今後の予定、授業時間数の不足と確保するための取り組み、感染症対策を考慮した指導方法、再び休校になった際の家庭学習の指導方針予定等など、同じ県内であっても学校間でさまざまな違いがあります。 「同じ教育機会」を提供しているはずの公立小中学校間の対応に差がある実態は、不思議なものではありません。現状は、義務教育であってもさまざまな観点で学校間格差があります。平常時であれば学習指導要領や授業時間などによって標準化されているので、学校間の取り組みの差は大きくは表面化しませんが、コロナ禍一斉休校という緊急事態で各学校が独自に判断しなければならない領域が大幅に増え、結果として実践の学校間格差が拡大した、と考えられます。 ICT活用の対応の遅さや通常登校再開後にICT活用をやめたことなどを批判することは簡単です。公立校は福祉的役割を持つので、確かに、すべてに対応してほしいという切実な願いは理解できます。 ただ、一方で学校現場を叱咤激励するだけでは目に見えた効果は期待できません。行政としてできることは、なぜ、ICT活用をしない学校があるのか、その背景を明らかにして、具体的に実践を変える手助けをすることではないでしょうか。 たとえば、埼玉県の2回目の調査によると、「学校再開後の授業や家庭学習におけるICT活用について、どのような課題がありますか」という設問に対して、端末などの整備不足を挙げている学校は小学校で74%、中学校で76%あります。同様に、ネットワーク環境の未整備が小中学校それぞれ73%、71%、「ICT関係の研修が不足」は49%、54%、「準備にかなりの時間が割かれるため、教員の負担が増えている」が56%、63%となっています。 また、「ICT活用能力が高い教員はいるものの、教員の活用能力に差が大きい」と回答している小学校は71%、中学校で78%となっています。これらの回答から物的・人的資源への投資不足が見えてきます。一方、公立校のICT活用の遅さに対する批判で聞かれる「新しいことに対してなかなか踏み出せない教員が多い」学校は小学校で12%、中学校で21%と、少なくとも各学校の回答者によれば、そこまで高いわけではありません。 遅々として進まないICT活用の背景に物的・人的資源の不足があるのであれば、単なる叱咤激励では、アレルギー反応で呼吸が苦しい子供相手に「気合が足りない」と言っているようなものではないでしょうか。「正しい心構え」を説教している暇があるのであれば、アレルギー症状を引き起こす原因物質を見つけて除去したり医者に連れて行ったりしたほうが、症状の緩和という結果を出すことができるはずです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 同様に、ICTを効果的に活用するという結果を出すためには、埼玉県のような学校単位の調査を日本のすべての学校で行い、どのような学校で何が足りないのか診断する必要があります。ここでも各学校の社会経済的な状況を無視することはできません。埼玉県の1回目の調査にあったように、ICTを活用した学習支援の際、公立校の9割は家庭のICT資源に依存していました。省庁横断的な対策を 高SES地域であれば公立校でも児童・生徒の大半が家庭で端末と安定したインターネット回線を所持しているでしょうから、学校側もICTを活用した授業や家庭学習を実施しやすかったはずです。結果的に、学校が提供するオンライン教育にも子供の家庭のSESによる格差がありました。この点は、法政大の多喜弘文准教授との共同研究「新型コロナ禍におけるオンライン教育と機会の不平等」で内閣府のデータを分析して実証的に示しています。 日本中のすべての学校のデータがあれば、どのような学校や自治体で物的・人的資源が不足していたのか、その背景の分析が可能になります。実態を把握した上で、どの学校にどのような資源を手当てすれば実際にICT活用が普及するのか、といった議論ができるようになるわけです。 また、埼玉県の2回目の調査でICT活用を学校再開後にやめてしまった学校が約半数あったように、教育実践と学校経営は時間の経過と共に変化していきます。埼玉県のように全学校にIDを付与し、継続的に調査して追跡データ(パネルデータ)化することで、どのような特性のある学校が各種の実践を継続、あるいは中止しているのかを分析することができます。 特に新型コロナの次波が懸念される現時点では、感染クラスター発生で学校単位の臨時休校があり得ます。普段から学校調査を定期的に行い固有の学校IDを用いてパネルデータ化しておけば、休校の有無と学校の教育実践の関連などを検討することができます。コロナ禍が終息していないからこそ、意味のある調査の回数と種類を増やし、例年実施してきた調査を含めたパネルデータを作成しておくべきです。 回答者が一人の学校調査と比べるとコロナ禍での実施が難しいのが、児童・生徒と保護者を対象とした調査です。小学6年生と中学3年生の全員を対象とした「全国学力・学習状況調査」(いわゆる全国学力テスト)は例年4月に実施するのですが、一斉休校で中止となりました。 福岡教育大の川口俊明准教授の近著『全国学力テストはなぜ失敗したのか:学力調査を科学する』(岩波書店)に詳しいように、この調査では設計上、年度間の学力の比較はできないので、コロナ禍で学力がどう変化したのかを明らかにすることはできません。 ただ、もし学校再開後に実施できていれば、少なくとも、どのような学校で基礎問題の正答率が低いとか、児童・生徒の望ましくない生活習慣が例年より増えているといった現状把握はできたはずです。悉皆の全国学力テストとは別に予定されていた、抽出の保護者調査を含む経年変化分析調査が行われなかったのは特に残念でした。 コロナ禍の影響がすべての児童・生徒や学校にとってまったく同じということは考えられません。全体的に「みんな」大変、少なくとも不便なことが増えたのは確かでしょう。しかし、そんな印象論で対策を考えても効果は期待できません。どのような児童・生徒と学校・地域で特に苦しいのかを診断する調査が必要なのです。 日本の義務教育制度は教育機会を広く付与する努力をしてきましたが、戦後日本はずっと教育格差社会のままです。また、OECD諸国と比べて教育格差が特に小さいわけではありません。親のSESに違いがあり、SESによって居住地域も偏っているので、教育行政と学校だけで、教育格差を縮小することは現実的ではありません。税制度や福祉政策などを含め、省庁横断的な対策が求められます。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 一方で、現在の学校教育の枠組みの中でも改善できることはたくさんあるはずです。戦後日本社会の教育格差の実態と向き合えば、「今まで」の教育行政と学校で「うまく回ってきた」わけではないことが分かるはずです。「そんなもんだ」と虚無に陥ったり、問題がないふりをしたりするのではなく、教育格差の理論と先行研究を踏まえた上で、データで現状把握して、少しでも効果のある対策を模索するべきではないでしょうか。公務員と教師は社会のヒーロー 残念なことに、教育行政による現状把握のための調査が不足しているだけではありません。既存の調査、たとえば、全国学力テストの児童・生徒質問紙と学校質問紙の項目の多くに学術的根拠がないことは明らかなのですが、文科省の内部から改善する動きは見えてきません。 特に学校質問紙は回答を誘導するような文言など、実態を計測する物差しとして機能していません。ただ、まっとうな調査による現状認識が不十分であることについて、文科省や各教育委員会を非難するつもりはありません。現行の制度では、教育格差や社会調査の基本的な科目を履修しなくても、教育行政職に就くことができてしまうのです。 同様に、教育格差と社会調査を学ばなくても、教師になることができます。子供に対して意味のあるアンケートを作成したり、全国学力テストなどの学級・学校の集計結果を理解したりするためには、教育格差と社会調査の基礎を学ぶことは必須といえますが、教職課程で「教育格差」はほとんど教えられていませんし、社会調査も必修ではありません。 「大学のカリキュラムになくても、自発的に学ぶべきだ」と教育行政官と教師批判したところで、結果は期待できないでしょう。自己責任にするよりも、教育行政職については新卒採用時に社会調査士の資格取得を必須にする、勤務時間内に研修する、修士課程で学ぶ人数が増えるような条件整備を進める、全国学力テストについては社会調査の専門家の助言を基に先行研究によって学術的に裏付けられた調査票に全面的に差し替えるなど、結果を出すための対策が求められます。 また、学生の読書量や知的好奇心が十分でないと嘆くよりも、教職課程で「教育格差」を必修化すべきです。叱咤激励で一部の人しか反応しないと憤っている暇があるのであれば、実際に結果を出すことにこだわった政策を打つべきなのです。 声高に他者を非難したところで反発や対立を招くばかりです。私たちに必要なのは、データと研究知見に基づいて、どうすれば実際に現実を変えることができるのかを議論することです。 また、継続的な改善のためには、必修化による効果の測定も求められます。仕組みが形骸化しないように不断の改善の努力は欠かすことができません。私の提案は拙著の他に、「教育再生実行会議 初等中等教育ワーキング・グループ」への提出資料「『教育格差』縮小のための政策提言」にまとめました。 これらのような現行制度の欠陥を補う作業も重要ですが、長期的には、教育行政職と教職が最も人気のある職業になるような条件整備を進めたいところです。残念ながら現時点では、どのような人たちが教育行政職と教職を選んできたのかという実態すら分かっていないので、まずは現状把握のための大規模調査が必要です。その上で、収入や実質的な労働時間といった勤務条件の改善などの政策的な介入によって、より望ましい人材が教育界に入ってくるのかを検証する、という改善サイクルの確立が求められます。 一人一人が「生まれ」に縛られず自身の可能性を最大限に追求できる社会を作るために、教育制度・実践の微修正を怠ることはできません。何しろ教育格差は戦後ずっと存在してきたのです。新型コロナ感染防止策として児童の机の配置を1席分空けて行う授業=2020年6月、和歌山市立和佐小 そんな先人たちが解決できてこなかった課題と日々向き合い、少しでも改善しようとする教育行政に携わるすべての公務員と教師は、社会のヒーローです。教育関係者が広くヒーローとして認知され、子供たちが率先して自分もヒーローになりたいと手を挙げる。日本がそんな社会であってほしいと思いませんか?

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    ビジネスモデル崩壊?コロナで現実味を帯びる「芸能事務所」不要論

    で注目を集めたマツコ・デラックスの所属事務所が、社員のリストラに着手したと報じた。同事務所の社長は、新型コロナウイルスの影響で経営が苦しくなり、事務所の閉鎖もほのめかしているという内容だった。 おそらく、一握りの売れっ子が大勢を食べさせているという、多くの芸能事務所に共通する歪(いびつ)な収支モデルが関係しているのだろう。稼ぎ頭のビートたけしの独立に合わせてスタッフとタレントから退職希望者が出たというオフィス北野しかり、一般企業と違って芸能事務所は、大きく稼ぐ一部のタレントと、彼らの恩恵にあずかって仕事をもらう者らの集合体になりがちである。 マツコの場合は事務所との関係が良好なのかもしれない。しかし、もし他で起きているように、芸能事務所が所属タレントの「独立リスク」を抱え続けるのであれば、従来のビジネスモデルは通用しなくなる。 「これからは人気タレントをたくさん抱えて、かつ辞めない状況でなければ、芸能界以外の収益があるとか強力スポンサーがあるとかじゃないと事務所は成り立たなくなってくると思いますよ」と前出の芸能プロ関係者も話す。 「吉本興業みたいにテレビ局を株主にするのは特例中の特例。あのジャニーズ事務所だって、グループ主体にして売っているのは、メンバーの1人が辞めてもグループそのものは残り、ファンクラブなどの収益モデルが崩れないからなんです。大手は簡単に崩れない規模を持ってますが、中堅以下になると10年、20年後に生き残っているところは現在の半分以下でしょう」 大相撲で例えれば、相撲部屋ありきだった力士たちが独自に契約したトレーニングジム、指導者、付け人を持って活動していくようなものだ。ルールで認められていないから、そんなことをする力士はいないが、もし可能になったら相撲部屋は早々に役目を終えるかもしれない。トヨタ「パッソ」のPRイベントに出席したタレントのマツコ・デラックス=2016年4月、東京都内 芸能事務所には芸能ビジネスに精通したプロフェッショナル人材が多く在籍しており、タレントの育成・輩出機関としての役割を失わないとしても、それだけで事業を維持することは難しい。 今後の芸能事務所は、それぞれ新たなビジネスモデルを模索しなければならなくなるだろう。変化の波に乗れなければ、コロナ禍がなくとも弱体化は避けられないのではないか、と思うのだ。

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    コロナで進む国力低下、克服の鍵は報われぬ庶民の脱「学習性無力感」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 働くほど豊かになれるとされた高度経済成長期、多くの日本人が家計に不安のない暮らしを手に入れた。しかし、規制緩和で外資系企業が国内に入り込み、企業は製造拠点を海外に求めるようになり、非正規雇用が当たり前のものになると、収入格差が国民を二分化させ始めた。 日本を代表するメーカーであるトヨタが9月30日、昇給ゼロもあり得る「成果主義的昇給制度」を来年導入する方針を示したように、時代は確実に変わり始めている。 また、外国人労働者が急増し、少子高齢化に伴う労働力の減少をカバーしている。労働をめぐる環境が大きな変化を迎えている今、改めて国力とは何かを考える。* * *梅田 「一億総中流」は高度経済成長期のキャッチフレーズですが、今となっては本当にそんな時代があったのか、と疑わしく思えるようになってしまいました。杉山 本当にそうですね。当時は、国内産業を保護する規制をかけることで、国家が企業を守っていました。そして、企業は従業員とその家族を守る役目を担いました。結果的に、ほぼすべての国民の生活を守ることができた時代ですから、大成功ですね。 ところが、今はグローバル化で国家が企業を守ることができなくなりました。規制をどんどん外して「グローバルなマーケットで戦ってください」となっています。 国家が企業を守らないのに、企業が従業員と家族の暮らしを守り続けるのはどうなんだ、というところから日本型雇用の見直しを求める声が経団連から出たりしますし、トヨタの豊田章男社長も「終身雇用を守っていくのは難しい」というメッセージを出したりするわけです。 経営者の本音としては、人件費という固定費を減らしたい。社会保険や交通費、住宅手当なども考えると、実質給料の2倍くらいになりますから。 そこで正社員になって生活を守られている人と、非正規雇用で生活を守られていない人たちとの格差が、これから先、社会不安につながらないか懸念されます。麻生 現行の労働者派遣法では、同一事業所の同一部署へ、同じ労働者を派遣できる期間は最長3年です。3年を超えて派遣される見込みの労働者の雇用安定措置として、労使合意のもと、派遣事業者や派遣先企業は直接雇用などの措置を講じます。しかし、実際のところ、その目前で切られてしまうことが起きています。いわゆる雇い止めです。梅田 大企業では、同じ仕事であれば雇用形態を問わず同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」が定められていますが、守られているのでしょうか?杉山 正社員には責任が伴うという理由で、差をつけています。企業の側としても、派遣社員はずっと勤めてもらう前提ではありませんからね。しかし、正社員はスキルがたまっていきます。正社員の一人一人が蓄積した経験値も、企業の財産なんです。だから財産のプールである正社員を厚遇したいわけで、責任が違うから賃金に差をつけることが、実際続いているようですね。高度経済成長期の真っただ中に行われた東京五輪=1964年10月10日、国立競技場梅田 長期雇用の派遣社員でも価値は認められないのでしょうか? 先日、郵便局員の契約社員の待遇をめぐる裁判では、一部の手当や処遇は認められましたが。杉山 経験値を下の世代に伝えていくのは正社員の役割だと思いますが、そういうことを派遣社員にさせている企業もあるでしょう。とはいえ、派遣社員には人手が足りないときに助けてもらう人材という前提があるので、その経験値を会社の財産と考えている企業がどれほどあるのかは分かりません。40、50代を襲う雇い止め麻生 「3年間スキルを磨くことができます、そのスキルを次の会社で生かしてステップアップして」という建前をとる派遣事業者もあります。若手ならば、それもキャリア形成の一つになるかもしれませんが、今、雇い止めにあっているのは40代、50代以上の方々です。まったくの異業種で仕事をしてきた方が、介護職のアルバイトでなんとか食いつないでいたり、アルバイトすら決まらず路頭に迷っていたりするんですよ。 契約社員、パート、アルバイトの方の雇用が不安定に感じられるかもしれませんが、実際はコロナ禍で派遣社員を先に切って、パートやアルバイトの方を残す企業が多かったようです。杉山 パートやアルバイトは確かに企業と雇用関係が発生していますから。雇用関係があると、アルバイトであっても簡単には切りにくいです。麻生 ただ、中には企業の責任として、非正規雇用の方を感染リスクにさらすわけにはいかないから出勤させられない、当面は社員だけで業務を回そうと決断した企業もありました。杉山 やはり、日本で国力が安定していたのは、社会的不安が少なかったからでしょう。その背景には「正社員で中流」という意識がありました。そうすると、あまり格差を実感しないので、不満も生まれません。ところが現在、コロナ禍で格差が目に見える形となり、各個人の問題として浮き上がってしまったわけです。梅田 これから先、再び自粛要請が出されたときのために、家計を助けるスキルや資格があるほうがよさそうですか? 手に職をつけるべきでしょうか?杉山 手に職というか、これからは仕事を掛け持ちするダブルワークがスタンダードになっていくと思います。副業を許す会社も増えており、ダブルワークの部分は自己実現ができるような働き方ができると理想なのかなと。 例えば、何かしらの資格をとって、ビッグマネーにはならなくても趣味と実益を兼ねた仕事をダブルワークでしていく、ということです。前にも話しましたが、理想的な生き方は仕事の中で生きがいを感じることです。生活のための仕事と、生活の足しになるくらいの稼ぎだけど生きがいの感じられる仕事のダブルワークが理想ですね。梅田 器用さを求められそうですね。個人的には怠け者なので、何カ所も回って働きたくないなという気もしますが(笑)。杉山 そこは人生の選択ですね。幸せをどこに求めるかにもよるでしょう。私はキャリアコンサルティングの研究をしており、仕事を通してもっと楽しくなろう、もっとイキイキしようと勧める立場なので、そう考えてしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)梅田 社員の独立を支援し、社内ベンチャーを作る制度を持つ企業もありますね。杉山 そうですね。企業側から見ると、とても良い制度です。結局のところ、企業の年功序列型賃金ってそんなに変わってないんですよ。成果型の賃金制度が大企業で失敗するケースもあり、日本にはなじまないと捉えられているので、年功序列型賃金が生き残っているわけなんです。 だから、企業の本音として必要以上の従業員は置いておきたくないんですよ。役員やブレーンになるような人たち以外は、できれば早めに辞めてほしい。独立を支援すると、会社の事業を広げることにもなるし、上手くやって「ウィンウィン」でいきましょうと。それに高い給料を払わずに済みますしね。麻生 あと、スキルシェアのような形で、プロフェッショナルな人間を、業務委託契約などで使うケースも増えてきそうです。資格や自分の得意なことや好きなこと、すでに持っているスキルを生かして空いた時間にお金を稼ぐとか。技術を母国に「持ち帰り」梅田 話は変わりますが、非正規雇用の外国人労働者が増えています。これも含めて国力と見ていいのでしょうか?杉山 稼いだお金を日本国内で使ってくれるのであれば、そこまで国力の低下にならないですけど、母国に送金するのであれば円が海外に流出してしまうことになります。麻生 母国の家族に送金をしている方が多いでしょうし、また、ゆくゆくは本国に帰るという方も少なくないのではないでしょうか。杉山 そうなると技術もお金も持ち帰っちゃうので、そこが心配ですね。梅田 建設の現場や工場で活躍する外国人が増え、農業や漁業でも欠かせない存在になっています。コンビニの店員さんも多いですよね。杉山 現場は技術が集約されているところなので、技術を持った外国人が主体になると、日本の技術力の流出につながる可能性もあります。梅田 とはいえ、建設業界は細かい作業工程に分かれているので、全体を把握しているのは企業の社員で、ノウハウも企業が提供しているわけですからね。杉山 私の友人の企業がビルのダクトを作っていて、職場見学させてもらったことがあるんですが、ベトナム人が多く、結構な技術力でしたね。ビルに合わせてダクトを個別に作るんですが、複雑な形のビルには複雑な形のダクトを作らないといけないので、職人技で機械じゃ作れない。そういう技術で支えてくれている。彼らのほとんどは日本にずっと住んでいるので、日本で共に働く仲間みたいな感覚はあるんですけどね。中には技術を身につけて帰国してしまう人もいますが。麻生 ベトナム、タイ、インドなどの方々と仕事をする建設業界の方へ聞くと「技術だけ持ち帰られて、それを自分のところのものみたいにされるのはいい気持ちがしない」という声もありました。 また企業側、経営者側の立場でいうと、外国人労働者を雇い入れると、次から同じ国の労働者を雇ったとき、先輩の外国人労働者が仕事を教えられます。細かいニュアンスを母国語で伝えられるので、それは企業側にとってメリットになります。梅田 「外国人技能実習制度」の実習生はどうでしょう。杉山 日本の農業技術はすごく高く、国内で生産されている糖度の高いイチゴなどは、他国では簡単に作れないんです。そういう高い技術を身につけてくれるのはありがたい反面、技術を持ち出されると国力が心配ですね。実習生だと帰らなければいけませんから。岩手県山田町の水産加工会社で働くベトナム人技能実習生(右)=2020年8月4日麻生 国際社会の中で、資源の乏しい日本が技術力を輸出するというのは、戦略として間違っていなかったとは思います。ただ、国力という視点で見ると一抹の不安はあります。杉山 とはいえ、日本は発展途上国を支援したほうがいいと考えています。これから国際社会のパワーバランスがどうなるか分かりませんが、日本に好感を持ってくれる国が増えないと危ないと思うんですよね。国力は心配な一面、発展途上国とは共に発展しましょうという姿勢がいいと思います。そのあたり、国力はパワーバランスで友好国が増えるということも含めて広く考えたいですね。梅田 日本と近隣国との関係や、パワーバランス、また国連決議での採決など日本だけで考えるわけにいかなくなっていますね。味方は多いほうがいい。麻生 コロナで全世界が困っているわけですから、世界という視線は大事ですよね。杉山 日本は決して、ばかにはされていない国ですから。梅田 これからは、国力の在り方が変わってきそうですね。杉山 日本は軍事力を国力にできないわけで、そうすると経済力と国際的な信頼関係を尊敬してもらえるかどうかが大切です。そういう面を国力に生かして行くべきだと思います。東京の人口も頭打ちに麻生 途上国支援でいうと、アフリカ諸国の国内総生産(GDP)成長率は高いです。携帯電話が普及しスマートフォンへ移行していますし、技術革新も進んでいます。伸びしろがありますよね。インド、ベトナム、バングラデシュ、パキスタンなどの成長率も大きいです。梅田 大学の留学生にはコロナ禍の影響が出ていますか?杉山 留学生試験を受ける外国人のほとんどは、日本で日本語学校に通っています。わざわざ日本と母国を行き来する人はいないので、そんなに影響がないかもしれません。梅田 あと、国力で気になるのは、新型コロナで注目を浴びることになった地方自治体です。東京は人も企業が集中しているので資金も潤沢ですが、地方も力をつけないと国力低下につながりかねないのではないでしょうか。杉山 地方の問題は、人材がどんどん流出することです。しかし、コロナ禍でテレワークが進む中、東京のオフィスでしていた仕事が地方でもできるようになりそうなので、これから地方の人口は増えていくのではないかと思えます。麻生 ビフォーコロナの2018年の時点で、東京都、神奈川県、大阪府の人口は2030年までにピークを迎え、漸減すると国立社会保障・人口問題研究所が予測していました。 都市部からの人口流出は、コロナ禍で加速化しています。東京都に神奈川県、千葉県、埼玉県を含めた首都圏の規模で見ても、転出超過になりました。大阪府、愛知県、福岡県でも人口減の傾向が見られ、都市部から人が離れているようです。地方財政の逼迫(ひっぱく)を懸念しますね。梅田 街中での「密」や通勤ラッシュを避けたいという本音もあるでしょうね。麻生 今年のお盆には、ビデオ通話などのテクノロジーを駆使したオンライン帰省が推奨されましたが、大切な人と会いたくても会えないという状況下で、故郷で暮らす高齢の親が心配だから田舎に帰って面倒を見ようという方々もいます。 仕事だって都市部でなくともできるわけで。実業家の堀江貴文さんが「スマートフォンは小さなコンピューター。スマホ一つで仕事できる。長い間、パソコンを開いていない」とおっしゃっていますが、マルチデバイスに対応したキーボードがあれば、タブレットとスマホで、いつでもどこでも仕事ができる時代です。モノがいらなくなっていきますね。5Gが普及すれば、なおのこと。場所や時間に縛られる必要性がないんです。 ただし、セキュリティー対策との兼ね合いが課題になるでしょう。顧客の個人情報などを扱う場合、セキュリティーの高い環境で仕事をするために出社する必要性があるかもしれませんが、それ以外のデスクワークは出勤しなくても可能になっていくのではないでしょうか。梅田 先日、日本の実質GDPが戦後最大の下げ幅を更新しましたが、国力を考えると、まずはこの状況を脱するマインドが必要になりそうです。心理学的に有効な方法はありますか?フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏=2014年12月1日(三井美奈撮影)杉山 世界的に先進国はGDPが低下する傾向が続いていますが、この一因は世界的な需要の低迷です。なぜ、需要が低迷するかと言うと、収入を貯蓄に回せる余裕のある富裕層に富が集中しているからです。 富裕層はお金がお金を生むことを知っていますし、満たされているから欲しい物もそんなにありません。そこで貯蓄に回します。つまり、需要が高い層にお金が回らなくなります。 現代社会では、預金や不動産などの資本の収益率は経済成長率を上回る(r>g)とするフランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の方程式がずっと機能しているんです。戦争や革命が起きず、資本家にお金が集まる仕組みが長く続いているので、資本家はどんどんお金持ちになるんです。学習性無力感のワナ この状態が長く続くと庶民は諦めモード、絶望モードになってしまう。心理学では学習性無力感と呼ばれています。どんなにがんばっても、お金は資本家に回ってしまうわけですから…。 私を含め、庶民は資本にお金が回る仕組みを変える努力をしなければならないと思います。自分にできることに注目すれば、学習性無力感に陥るのを避けられます。資本家がどうやって今の仕組みを築いたのか学び、スケールは小さいながらも自分たちもそれを作れるように考え続けることが重要です。梅田 麻生さんは、いかがですか?麻生 今後の米中関係に左右されるところではありますが、GDPベースでいうと日本はインドに抜かれ、アメリカ・中国・インドが大国になるだろうと言われていました。中国の成長を見ていて、資本主義の敗北とさえ感じたこともあります。 これまで述べてきた教育と労働の課題は、日本の社会、そして国力へと直結する問題です。 東日本大震災のときから指摘されていた、日本の情報通信技術(ICT)教育の遅れは、今回のコロナ休校でも如実になりました。こんな事態だからこそのユニークな発想、個性を育む教育を日本はしてこなかったし、また、それが受け入れられるような社会でもありませんでした。ムラ社会の同調圧力が強く、出るくいは打たれる社会ですから、優秀な人材は海外へ流出してしまいます。 都市部が先進的で、地方は遅れているというのも幻想です。児童、生徒に1人1台のタブレット端末を配布している、熊本県高森町の小中学校と義務教育学校では、無線LAN(Wi-Fi)環境のない家庭をサポートすることで、コロナ休校中もオンラインで授業を継続できました。町内全戸のインターネット利用料を全額町が負担しており、ICTを高齢者の見守りにも活用しています。リモートワークやテレワークにも活用できるでしょう。オンライン授業のリハーサルを行う教員ら=2020年5月11日、奈良市立春日中学校(桑島浩任撮影) こうした逆転現象も起きている時代ですから、これまで価値が置かれていた物事を根底から疑ってみることが重要になります。情報過多の時代に、本質を見極め取捨選択する力も必要になるでしょう。既存の価値基準や枠に縛られることなく、柔軟に、個人から社会全体の経済を含め、これからの時代を生き抜く術を考えていきましょう。* * * 次回から2回にわたり、最終テーマであるコロナ禍の「個人・家庭」について、心も関係性も壊さない方法を探っていく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    トランプvs反トランプの大統領選がもたらすバイデン「消極的」勝利

    は地に落ちていないと信じるからだ。 今の米国は、まさになんでもありのアメコミ・ワールドと化している。新型コロナウイルスの感染者が世界最多となる累計800万人を超える中で分断と対立、不信がまん延している。 社会を害する勢力とトランプが戦っているという陰謀論を信じる「Qアノン」、武装した民間組織「ミリシア」がトランプ側につき、過激派左翼と戦っている。彼らは白人至上主義、人種差別で何が悪いのかと騒ぎまくっている。 中西部ミシガン州では10月8日、ミリシアの一団「ブーガルー・ボア」が、トランプを批判した同州知事の拉致を企て、13人が逮捕された。なにしろ、支持者から見ればトランプは政財界にはびこるディープステート(闇の政府)と日夜戦っているのだ。米ノースカロライナ州の空港で、トランプ大統領を待つ支持者=2020年8月24日(AP=共同) 一方、白人警官による黒人男性暴行死事件を受け、白人警官は皆、悪徳警官やレイシスト(人種差別主義者)に仕立てあげられた。シアトルではデモ隊が警察署の周辺を占拠して「自治区」を設置したと主張し、極左運動「アンティファ(反ファシスト)」の集団が気勢を上げた。トランプ氏のコロナ感染が影響 キャップやTシャツに「BLACK LIVES MATTER(BLM、黒人の命も大事だ)」の文字があふれ、首都ワシントンDCの道路は「BLMストリート」になってしまった。 そんな中で終盤に入った選挙戦、最大のハプニングは、トランプが新型コロナに感染したことだった。ホワイトハウスでクラスター(感染者集団)が発生し、トランプ陣営から感染者が続出した。 ところが、トランプはわずか4日で「ヒーロー」としてよみがえり、第2回テレビ討論会をキャンセル。両陣営は10月15日、それぞれ別のテレビ局が主催する有権者との対話集会に参加し、トランプはマスクを外して「史上最弱サイテーの候補者に負けたら、恥だ!」とバイデンを罵倒した。 こうして最終的に、大統領選は「マスクVS反マスク」の戦いになった。トランプは第1回のテレビ討論会でバイデンを「今まで見たことないような大きなマスクをしている」とからかい、その後、マスクをポケットに入れたまま遊説に飛び回った。バイデンはマスク着けて遊説したが、自宅からカメラ越しに支持を訴えるリモート演説も多かった。よって、バイデン陣営はまったく盛り上がらなかった。 トランプには、白人の非大卒者などの岩盤支持層があるが、バイデンにはない。トランプは嫌われ者だが、バイデンは単なるいい人。それで、今回の大統領選は「トランプVSバイデン」と言うより、「トランプVS反トランプ」になった。民主党支持者も熱心にバイデンを支持しているわけではない。 しかもトランプ支持者には、表向きは反トランプなのにトランプに投票する「隠れトランプ派」がいるが、バイデン支持者には「隠れバイデン派」がほぼいない。 トランプ支持者を見つけるのは簡単だ。工業の衰退が続く地域「ラストベルト(さびた工業地帯)」の街で、朝から米国風の大衆食堂、ダイナーに行き、ステーキを食べているので、すぐ分かる。飲むビールの銘柄は、移民の成功を描いたCMがトランプの移民政策に反対しているとされたバドワイザーではなく、クアーズだ。 同様に民主党支持者も、難民1万人を雇用すると発表してトランプ支持者の反発を招いたスターバックスでラテを飲み、現政権に批判的な米紙ニューヨーク・タイムズを読んでいるのですぐ分かるが、彼らがバイデンに入れるかどうか分からない。 とはいえ、この4年間で反トランプが増えたのは確かだ。トランプは鍵を握る激戦州、フロリダとペンシルベニアを落とすだろう。そして、ラストベルトの州も落とせば、間違いなく惨敗する。共和党は上院でも議席を失い、盤石な民主党政権が誕生する――というのがエスタブ(支配者階級)系メディアの筋書きだ。米ノースカロライナ州の集会で演説するバイデン前副大統領=2020年10月14日(ゲッティ=共同) というわけで、ここからは「バイデン大統領」の誕生で米国の政策がどうなるのかを、一足先に考えてみたい。いわば「宗主国」だけに日本の将来は大きく左右される。思いやり予算は大増額か まず、日本が抱える最大の問題、トランプが増額を求めた在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)だ。6月には2020年度の約4・3倍にあたる年間約80億ドル(約8550億円)を要求したと報じられている。日米両政府は10月15、16日に実務者協議を行い、茂木敏充外相は「金額は提示されなかった」と述べた。 バイデン政権になろうと、ある程度の増額を飲まされるのは間違いない。ただ、民主党は綱領で「同盟国を中傷するのではなく、関係を強化する」としているので、トランプほどふっかけてはこないだろう。いずれにせよ、現行協定は来年3月に期限を迎える予定だ。 安倍晋三前首相は環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)でトランプにハシゴを外された。そのため、菅義偉(すが・よしひで)首相は米国のTPP復帰を請うかもしれないが、バイデンは早くから「復帰しない」と発言している。「日本国憲法はわれわれが書いた」と本当のことを言って、トランプの教養のなさを皮肉った男だ。日本に譲歩などしない。 茂木外相はTPPよりきつい条件で、事実上の自由貿易協定(FTA)を押し付けられ、その実態を隠すため物品貿易協定(TAG)という造語でごまかした「実績」がある。バイデン政権には、トランプ政権以上にモノを言えないだろう。 次に、日本が巻き込まれている「米中覇権戦争」だが、トップがバイデンになろうと米国の対中強硬策は変わらない。トランプは「カネと安全保障」だが、民主党は「人権と民主主義」だ。もはやワシントンDCに、パンダハガーと呼ばれる親中派はいない。 ナンシー・ペロシ下院議長は、かつてブッシュ大統領に「北京五輪をボイコットせよ」と迫った人権の女帝だ。バイデンが弱腰になったら尻をたたく。しかも、副大統領候補のカマラ・ハリス氏の母は、中国の宿敵インドの上位カースト、バラモンの出身。これ以上の中国の拡張主義を許すまい。 続いて、日本が今後、大出費させられそうな環境問題がある。トランプは「ただの気候だ」と言ってパリ協定から離脱した。しかし、バイデンはパリ協定に復帰し、「グリーン・ニューディールを進める」と表明している。また、2050年までに温暖化ガス排出量をゼロにする、電気自動車(EV)普及のために充電ユニットを50万カ所新設するなど、怒れる環境少女ことグレタ・トゥーンベリさんもニッコリの政策に数兆ドルを投じて「雇用を作る」と述べている。 となれば、日本も乗り出さざるをえない。莫大(ばくだい)な出費を覚悟する必要がある。米民主党大会で副大統領候補に指名され、演説するハリス上院議員=東部デラウェア州=2020年8月19日(ロイター=共同) 安倍政権は、トランプが甘かったのをいいことに環境対策に本気で取り組まず、原発再稼働、原発輸出、化石燃料発電を進めた。しかし、この政策は完全に失敗し、東芝はガタガタに、日立は英国で3千億円も失った。このツケは大きい。実体経済はどん底 環境問題、地球温暖化問題は、いまや一種の宗教となった。「環境に優しい(エコ・フレンドリー)」は誰もが反対できない絶対的な教義だ。それなのに、日本は昨年、世界の環境団体がつくる気候行動ネットワークから、地球温暖化対策に消極的な国に贈られる化石賞に2回も選ばれている。小泉進次郎環境相の「セクシー発言」で乗り越えられるような問題ではない。 そして、最後の大問題は、コロナ禍でさらに膨らんでしまった国の借金だ。国際通貨基金(IMF)は10月14日、財政報告書をまとめ、各国の債務拡大を警告した。コロナ禍で各国が9月までに行った財政刺激策の総額は、11兆7千億ドル(約1200兆円)あまり。2020年の世界全体の政府債務残高は、世界の対国内総生産(GDP)比で前年から15ポイント増の98・7%で、過去最悪になった。 国別の債務残高は、米国が前年比で22ポイント増の131%、ユーロ圏が17ポイント増えて101%、日本は、身の程知らずとも言える200兆円を超える額を計上したため、なんと30ポイント近く増えて266%と、世界でダントツの借金大国になった。これをどうやって解消していくのか。 日本銀行は今も異次元緩和を続け、国債のほか、上場投資信託(ETF)から不動産投資信託(J-REIT)まで買い、円は際限なく刷り続けられている。これで株価が維持されているが、実体経済はコロナ禍でどん底だ。 さらに、5頭のクジラと称される日銀、共済年金、ゆうちょ銀行、かんぽ生命、年金積立金管理運用独立行政法人 (GPIF)も大量に株を買っている。つまり、完全なコロナバブルが起こっていて、このバブルは緩和を止めたとたんに崩壊する。  ただし、バブルは米国も同じだ。連邦準備制度理事会(FRB)は史上ありえない規模で緩和を行っている。 リーマン・ショック時に初めて買った不動産担保証券(MBS)ばかりか、Private ABS(クレジットカード、学生ローンやカーローンの証券)、High Yield Bond(高利回りの債券に投資する投資信託)、投資不適格となったFallen Angel(堕天使債)まで買っている。そのため、ドルはどんどん刷られている。 9月16日、FRBは連邦公開市場委員会(FOMC)を開き、少なくとも2023年末まで物価上昇率が2%に到達しなければ利上げをしないと表明した。 FRBの方針はバイデンが大統領になっても変わらないだろう。バラマキを得意とするリベラルだけに、緩和は維持される。 しかし、その先は分からない。ドルは基軸通貨だから、いくら刷ってもいいが、円はそうはいかない。財政破綻と制御不能のインフレが視野に入ってくる。ホワイトハウスで共和党大統領候補指名の受諾演説をするトランプ米大統領と集まった支持者ら=2020年8月27日、ワシントン(ゲッティ=共同) 結局、米大統領になるのがトランプだろうとバイデンだろうと、日米関係は大きく変わらない。米国の要求をかわすために、その場しのぎの場当たり的政策が繰り返される。米国の矛先を徹底的に中国に向けさせ、日本はスルーしてもらう。そのぐらいしかできそうもない。気概もビジョンもない政権が続けば、日本は限りなく衰退するだけだろう。(文中一部敬称略)

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    開発・治験は難題多し、新型コロナワクチン確保でぬか喜びするなかれ

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 新型コロナウイルスの感染が、欧州で再拡大している。各国は対応に余念がない。 スペインでは首都マドリードの一部でロックダウン(都市封鎖)が実施された。フランスでは屋外でのイベントの入場者数が制限され、午後8時以降の屋外での酒類販売と飲酒が禁止。ドイツも、公共の場所や貸会場でのパーティーの参加人数を50人以下に制限するなどの対策をとった。英国は飲食店の深夜営業を禁止し、在宅勤務を推奨している。 では、日本はどうだろう。国内の新規感染者数は8月7日の1595人をピークに減少傾向にあるが、9月20日~10月上旬に約200~600人で横ばいが続く。新型コロナは基本的には風邪ウイルスだ。夏場に感染が終息していないのだから、冬場に大流行へと発展してもおかしくはない。 新型コロナの流行を抑制するには、ワクチンの開発を待つしかない。日本政府は2021年前半までに、国民全員に提供できる量のワクチンの確保を目指している。 現在、世界では約40のワクチンが臨床開発されていて、そのうち9つが最終段階である第3相試験に入っている。4つをシノバックなどの中国企業が、残る5つを英アストラゼネカ、露ガマレヤ記念国立疫学・微生物学研究センター、米モデルナ、米ジョンソン・エンド・ジョンソン、および独ビオンテックと中国上海復星医薬と米ファイザーによる企業連合が開発中だ。 日本企業も塩野義製薬、第一三共、アンジェスとタカラバイオ、KMバイオロジクス、IDファーマなどが、それぞれ国立感染症研究所(感染研)、東京大医科学研究所(東大医科研)、大阪大、医薬基盤・健康・栄養研究所という国内の研究機関と共同で開発に取り組んでいるが、2018年にノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大の本庶佑特別教授の言葉通り「日本でのワクチン開発、治験など現実離れした話」というのが実態だろう。2020年9月19日、ロンドン中心部で行われた新型コロナウイルス対策の規制再強化に抗議するデモで、警官ともみ合う男性(英PA通信=共同) そもそも、ワクチン開発は至難の業だ。世界のワクチン市場は英グラクソ・スミスクライン、仏サノフィ、米メルク、ファイザーなど数社が独占している。日本企業には荷が重い。政府はワクチン確保に注力 なぜ、難しいかと言えば、大規模な第3相臨床試験を実施しなければならないからだ。数千~数万人を対象として、ワクチンを投与する群とプラセボ(偽薬)を投与する群に無作為に割り付け、感染者を減らすことを証明しなければならない。 第3相試験で抗体ができることを確認したからといって、感染症を減らすとは限らない。ワクチン開発は第3相試験で失敗し続けている。今年2月には米ノババックスが、発熱やせきなどの症状を引き起こすRSウイルスのワクチン開発で、高齢者と妊婦を対象とした第3相試験において相次いで失敗したことが報告された。 新型コロナのワクチン開発については楽観視できない。そうはいっても、ワクチン確保は多くの国民の願いだ。日本政府は外資系企業と交渉し、確保に努めている。7月31日にファイザーから6千万人分、8月7日にはアストラゼネカと1億2千万回分のワクチンの優先購入権を得ることで合意した。 ただ、前途は多難である。9月初旬、アストラゼネカの治験中に、免疫付与以外の反応が起きる副反応が発生したと報じられた。詳細な情報は公開されていないが、横断性脊髄炎といわれている。この病気は、脊髄に炎症を生じ、進行すれば感覚消失、麻痺、尿閉や便失禁を生じる。原因はウイルス感染、自己免疫疾患などさまざまで、ワクチン接種後に起こることも報告されている。 実は、アストラゼネカのワクチンは、以前から副反応について危惧されていた。それはワクチン接種に伴い強い炎症反応を生じるからだ。 同社のワクチンはチンパンジーの風邪ウイルス、アデノウイルスに新型コロナのスパイクタンパク質の遺伝子を導入したものだが、治験では6時間おきに解熱剤であるアセトアミノフェンを1グラム内服することになっており、1日の総投与量は4グラムになる。しかし、日本でのアセトアミノフェン常用量は1回0・5グラム程度で、1日4グラムは最大許容量だ。この量を高齢者に投与することはない。 この副反応の報告を受け、アストラゼネカは治験を一時的に中断した。日本では10月2日に治験の再開が公表されたが、米国では安全性についての懸念が払拭できず、9月6日から治験は止まったままだ。米国の食品医薬品局(FDA)は、今回の治験だけでなく、アデノウイルスベクターが用いられた中東呼吸器症候群(MERS)などの、他のワクチンの臨床試験のデータも含めて調査をすると発表している。 米国はアストラゼネカに12億ドル(約1270億円)を支払い、3億回分のワクチンを確保したが、道のりは険しい。米国で治験が再開され、承認されたとしても、多くの医師は安全性について疑念を抱き続ける。通常、治験には臓器障害などの合併症がある人は登録されないからだ。市販後、このような人への接種が増えると副反応が急増する恐れがある。米メリーランド州にあるFDA本部 では、日本政府が契約しているもう一つの会社、ファイザーのワクチンはどうだろう。これは同社とドイツのバイオベンチャーであるビオンテックが共同開発したメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンだ。保管に「マイナス60度の冷蔵庫」 7月27日、ファイザー・ビオンテックは、国際共同第2、3相臨床試験を開始した。これには米国、ブラジル、南アフリカ、アルゼンチンなどが参加している。臨床試験の進行は順調で、10月に入り、ファイザー・ビオンテックは欧州医薬品庁(EMA)への承認申請を開始し、EMAの諮問委員会は前臨床試験データの検討を開始した。 このワクチンは、新型コロナのmRNAを脂質ナノ粒子に包み込んだもので、人に注射されると、体内で新型コロナ由来のタンパク質を発現する。そして、このタンパク質に対して免疫が誘導される。 ワクチン開発の先頭を走る米モデルナと同じやり方だが、問題は効果だ。mRNAを用いたワクチンは、これまで臨床応用されていない。果たして、実際に感染者を減少させるかは、現在、進行中の臨床試験の結果が出るまで分からない。 当初、ファイザー・ビオンテックは10月までに臨床試験の暫定結果が得られるとしていたが、9月末になって、60人以上の研究者が安全性を評価するには、接種後最低2カ月の経過観察が必要との声明を発表した。アストラゼネカのワクチンの副反応を受けての動きだ。 10月6日、FDAは、この方針を受け入れると発表した。この結果、ファイザー・ビオンテックの正式な申請は早くても11月下旬以降となった。米大統領選には間に合わない。 ファイザー・ビオンテックのワクチンには他にも問題がある。mRNAはゲノム配列さえ突き止められれば、ワクチンの設計は容易だ。製造についても、手間のかかるウイルス培養を必要とせず、安価に大量生産できる。ファイザー・ビオンテックは2020年末までに最大1億回分、21年末までに13億回分を用意するという。ウイルス培養を用いた通常のワクチン製造法の10倍以上を生産できることになる。 問題は保管と搬送にある。mRNAは常温では不安定なため、凍結状態で保存しなければならない。知人の製薬企業関係者によると「マイナス60度以下が必要」だという。 アストラゼネカのアデノウイルスベクターワクチンは、季節性インフルエンザワクチンなどと同様に冷蔵保存できる。だが、一般的なクリニックにマイナス60度の冷蔵庫があるとは限らない。ファイザー・ビオンテックのワクチンが日本で承認された場合、多くの国民に接種するためには、従来と異なる接種体制を整備する必要が出てくる。 現在、メディア報道を見ていると、ワクチンさえ開発されれば新型コロナは克服できるかのような論調が強い。ところが、安全性、有効性の両方で困難が予想される。英製薬大手アストラゼネカのロゴ(ロイター=共同) このことは専門家の間では常識だ。FDAは、今年6月に製薬企業向けに発表したガイドラインの中で、新型コロナワクチンの承認条件として、少なくとも50%の予防効果が必要と明記している。「別のコロナ」再感染も これに対して、米ベイラー医科大のワクチンの専門家、ピーター・ホテズ氏は「製薬企業は75%程度の有効性を目指すべき」と主張したが、FDA長官代行を務めたステファン・オストロフ氏は「50%予防の要求は高すぎで、ハイリスクの人にはそれ以下でも有益だ」とコメントしている。 ワクチンさえ打っておけば、まず罹ることがない麻疹(ましん)や風疹(ふうしん)、あるいは天然痘とは全く状況が異なる。ワクチンが開発されても、それだけで新型コロナの流行が収まるとは考えない方がいい。 このことは、新型コロナが基本的には風邪ウイルスであることを考慮すれば納得していただけるだろう。風邪は、ひと冬の間に何回もひく。どうやら新型コロナにも同じことが言えそうなのだ。 最近になって再感染の例が、複数、報告されている。特に8月末、米ネバダ大の医師たちが報告した25歳男性の症例は要注意だ。この症例では、4月に初めて感染し、その48日後に2回連続でPCR検査が陰性となった後、6月に再び陽性となった。再感染したウイルスのゲノム配列が解析されると、4月に初感染したウイルスとは明らかに違うことが判明した。つまり、別の新型コロナに再感染したことになる。 注目すべきは再感染時の症状だ。初回の感染より、再感染の方が症状が重かった。これらの事実は、実際に感染しても十分な免疫がつかないことを意味している。 では、新型コロナの免疫はどれくらい持続するのだろう。9月14日、オランダの研究チームが、国際的学術誌『ネイチャーメディシン』に発表した研究が興味深い。彼らは、すでに発見されており、臨床経験や保存検体が多い季節性コロナウイルスを対象に研究を進めた。 この研究によると、季節性コロナに罹患(りかん)しても半年程度で感染防御免疫はなくなり、4種類のうち1種類の季節性コロナにかかっても、他の季節性コロナの感染は防御できなかったという。2020年9月30日、マドリードの飲食店で、食卓を消毒する従業員(AP=共同) 新型コロナも、おそらく状況は変わらない。ワクチンを打っても効果の持続期間は短く、過去に季節性コロナに罹患していても防御免疫は期待できない。ワクチン開発は「第一歩」 これが新型コロナワクチン開発の現状だ。ワクチンには限界がある。ただ、それでもアストラゼネカやファイザー・ビオンテックがワクチン開発に乗り出す心意気には、心から敬意を表したい。新型コロナに特効薬はなく、薬剤の開発を積み重ねることでしか新型コロナを克服できないからだ。 新型コロナについて「ただの風邪」という主張をする人もいるが、これは大間違いだ。日本の致死率は1・9%(10月5日現在)で、インフルエンザ(0・01~0・1%)とは比べものにならない。さらに長期的な後遺症をもたらす恐れもある。第1波では川崎病に類似した疾患が注目されたが、最近になって妊婦への影響や心筋炎の存在も分かってきている。 9月11日、米オハイオ大の医師たちは『米医師会誌(JAMA)心臓病版』に、新型コロナに感染した大学生アスリート26人の心臓を調べたところ、4人に心筋炎の所見を認めたと報告している。この研究では12人が軽症、14人が無症状だった。同様の研究はドイツからも報告されている。 心筋炎は不整脈を合併することが多く、時として突然死を引き起こす。診断されれば、普通は集中治療室に入院して、不正脈を継続的にモニターされる。ところが、感染者は軽症か無症状で、心臓に関する特別なケアは受けていない。日本でも、軽症の新型コロナ感染症患者の突然死が報告されているが、このようなケースだった可能性がある。 季節性コロナは高率に心筋炎を起こしたりはしない。新型コロナはただの風邪ではない。では、どうすればいいのか。私はインフルエンザ対策がモデルになると考える。 インフルエンザは突然変異しやすく、毎年ワクチン接種が必要だ。ただ、ワクチンを打っても完全には予防できない。重症化を防げるだけだ。ワクチンの限界を埋めるのが、タミフルなどの抗ウイルス剤だ。 さらに、最近はインフルエンザ対策の重要性が社会で認知され、感染の疑いがある人は無理に出社せず、自宅待機できるようになった。こうやって毎年、多くの人がインフルエンザをやり過ごしている。新型コロナも同じようになるのではないだろうか。「GoToトラベル」に東京が対象に加わり、初の週末を迎えた東海道新幹線のホーム=2020年10月3日、JR東京駅(佐藤徳昭撮影) 新型コロナはインフルより強敵だ。ワクチンは複数の製品をカクテルするようになるかもしれない。アビガンや、今後開発される薬剤を感染早期に服用するようになることも考えられる。さらに、外出時のマスク着用が浸透し、社会的距離の取り方もこなれてくるだろう。こうやって新型コロナとの付き合い方が確立していくはずだ。ワクチン開発はその第一歩となろう。小さくとも、人類にとって大きな一歩に期待したい。

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    キリンの首はなぜ長い?世の「無駄」にこそあるコロナ禍克服のヒント

    松崎一葉(筑波大教授) 新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)で働き方やライフスタイルに擾乱(じょうらん)が生じ、私たちは大きなストレスに曝(さら)された。この激動の時代に役に立つ概念として「レジリエンス」と呼ばれる考え方を紹介したい。 統計数理研究所の丸山宏元教授の定義によれば、レジリエンスとは「システムに何らかの擾乱が生じた時、壊れにくく(resistance)、壊れた後に素早く回復できる(recovery)性質のこと」とされている。従来の「ストレス耐性」の概念のように、耐えることだけを意味しない。 じっと我慢するだけでは将来的なダメージが大きすぎ、この状況は乗り切れない。むしろストレスに抗うことなく、流れに身を任せ、その先をしたたかに見据えて「いかに力強く回復するか?」と策を練ること。これがレジリエンスである。 レジリエンスの概念は防災においても用いられている。大地震や大津波は起こりうるものだから、災害対策としては、完全に耐えられるような防波堤やビルを作るよりも、被害を最小限に抑えて素早く回復できる仕組みを持つ構造物を生み出そう、という減災の考え方に通じている。 筑波大の同僚である斎藤環教授の名著『人間にとって健康とは何か』(PHP新書)からこのレジリエンス概念を一部引用して解説する。レジリエンスを達成するためには三つの要素が必要だという。 一つ目は「冗長性」で、平常時は無駄と思えるようなものが、実は非常時に役立つというものだ。阪神大震災が起きたときの阪神間の3路線が典型だという。阪神間は北から阪急、JR、阪神各社の3路線があり、この短い区間にほぼ並行にあることは無駄だと思われていた。しかし、震災時にはそれぞれの路線において分断された地点が異なっていたため、3路線を乗り継げば阪神間の移動が可能だった、というエピソードがある。阪神大震災による被害で、復旧工事が進む阪急電車神戸線=1995年1月23日 論理的な合理化を進めすぎると「遊び」の部分がなくなり、非常時に立ち行かなくなるということだ。これは組織運営のみならず、われわれの生活や生き方にも応用できるだろう。生活時間における少々の余裕や無駄な時間を切り詰めることなく、健康管理上もカツカツ、ギリギリまで過重労働するのではなく、いつも心身に余裕を持った生活を送るという心掛けが大事なのだろう。 二つ目は「多様性」で、さまざまな価値観を容認すること。ボーイング777型機が搭載する3台のコンピューターシステムは、それぞれ異なる3種類の基本ソフト(OS)で稼働しており、万が一、コンピューターウイルスが侵入して1つのシステムがダウンしても、他系統のOSが正常にバックアップするのだそうだ。 単一的価値観は、先の大戦下のように一丸となって突撃するには好都合で合理的なのだが、想定外の擾乱に遭遇すると「全滅」しかねない。「短期的」の心構えは 企業内においては多様な価値観、国籍、信条、ジェンダーを有する社員を持つこと、もちろん家族の中でもそれぞれの生き方を尊重して単一の価値観を強要しないことが大事なのだろう。民族の多様度の低いわが国では、とかく周囲からの同調圧力が強くなりがちだ。出る杭は打たれやすく、周りをうかがって「右へならえ」の姿勢の人が多い。 その結果として新型コロナウイルスの感染が広がる中、自粛していないと目された個人や店舗に対して嫌がらせを行う「自粛警察」や、マスクの非着用に過剰反応する「マスク警察」が横行した。社会生活における最低限のルールの中で、多様な価値観を認め合う寛容さを身につけるべきだろう。 三つ目は適応性で、間違ったことを認めて、すぐに修正できることである。英国のジョンソン首相のコロナ対策がよい例だ。当初、英国は集団免疫を成立させる戦略を掲げて外出自粛策をとらなかった。しかし、爆発的な感染拡大に至ると、ジョンソン首相は政策の誤りを認めてロックダウン(都市封鎖)を指示した。責任の所在を明確にして自身の判断で間違いを修正していく、その姿勢が「適応」ということである。 たとえば、キリンの首はなぜ長いのか。進化論で考えれば、干ばつで餌となる樹木の葉が少なくなり、低い枝にある葉は食べ尽くされ、「たまたま」首の長いキリンは高い枝の葉を食べて生き残った。その結果として、首の短いキリンは死に絶え、首長のDNAのみが存続した。われわれもコロナパンデミックの渦中で生き延びなければならない。そのためには、この状況に適応するための潔い柔軟性を持たなければならない。 以上がレジリエンスの考え方である。これらは中長期的な視点だ。では、短期的にはどのような心構えを持って日々を送るべきなのだろうか。 私は精神科医で、特に宇宙飛行士などの過酷な閉鎖環境で働く人々のメンタルヘルスを専門としている。閉鎖環境とは、外的発散ができない環境、ということだ。宇宙では酒を飲みに出かけられない、カラオケができない、親友と会えない、ジョギングができない。どうだろう、コロナ禍にあるわれわれの日常と似ていないだろうか。ロンドンの病院を訪問したジョンソン英首相=2020年7月(ゲッティ=共同) 外的な発散解消ができないときに、どのようにストレスを解消するのか。自身の内面で情緒的に解消するのである。楽しかったよい思い出に浸る、可能な通信手段で家族や友と今の思いを共有し合う、情緒的な小説を読んで自身の精神的内界を刺激する、などだ。 われわれは爛熟(らんじゅく)した物質文明の中で、外界に溢(あふ)れる刺激物に頼りすぎてはいないだろうか。自身や家族の中に素晴らしいリソースが潜んでいることを見過ごしてはいないだろうか。過酷な閉鎖環境で力強く生きている人々のメンタル支援をする中で、そんなことを思ってきた。こういう考え方が少しでも読者の方々の参考になれば幸いである。

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    コロナ下の自殺者傾向に異変、働く女性が抱く「罪悪感」を救えるか

    論考「罪悪感、ジェンダー、包摂的な景気回復 日本に学ぶ教訓」から、重要な指摘なので長いが引用する。 新型コロナウイルスに伴い、日本では今年4月から1か月半にわたる緊急事態宣言のもと外出自粛が行われたが、女性が男性よりも大きな負担を背負う結果となった。男性と女性の間には「罪悪感の差」が存在し、女性はキャリアを犠牲にしないといけないと感じやすいことが大きな理由となっている。 12月から4月の間に100万人近くの女性が離職したが、その大半が期間限定雇用やパートタイムの非正規社員だった。 保育園や学校の休業などにより大規模な混乱が生じた中で、IMFワーキングペーパーの研究が普遍的な真実を見い出す貢献をしている。女性の方が男性よりも大きな責任を背負い、理想的な親でも、理想的な労働者でもいられないことに強い罪悪感を感じるのだ。 この日本の働く女性が抱く大きな責任感や、過度な罪悪感は、メンタルヘルスの毀損に結びつきやすいのではないか。注意すべきなのは、この過度な罪悪感は、職を現時点で得ている女性にも、また働くことを断念したり、職を求めている女性にも等しく重圧になっていることだ。 果たして、この「生命の危機」にどう対処すべきか。対策は三つの方向で考えられる。 マクロ的な景気対策としての雇用の回復、そして自殺予防を含むメンタルヘルスへの公的支出の増加がまず即応可能な「両輪」だ。だが、それだけではない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 青柳氏が指摘しているように、日本の女性のワークライフバランスに配慮した柔軟な雇用環境の整備も必要だ。これは中長期的な対応になるが、政治家や政策担当者が負うべき課題であることは言うまでもない。◇【相談窓口】 「日本いのちの電話」 0570・783・556(ナビダイヤル)…午前10時~午後10時 0120・783・556(フリーダイヤル)…毎日午後4時~9時、毎月10日:午前8時~翌日午前8時

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    コロナ不況は最悪想定、生き残りを賭けた企業が打つ「先手」の共通点

    小倉正男(経済ジャーナリスト) 菅義偉(すが・よしひで)首相は、「いま取り組むべき最優先の課題は新型コロナウイルス対策」と表明している。新型コロナと経済では、安倍晋三前首相の路線が継承され、「両立を目指す」としている。「さもなくば国民生活が成り立たなくなる」(首相就任会見)。 秋の4連休は、多くの観光地が久々に盛況となり賑わった。プロ野球などスポーツの観客人数規制も緩和された。「新型コロナと経済の両立」が促進されている。いわば「withコロナ」の新しい日常ということになる。連休明けの週末、東京都心部の盛り場も賑わいが戻っている。  経済は、実体から見れば新型コロナ禍で悲惨な事態になっている。だが、株価は「茹でガエル」ではないが、日銀の異次元金融緩和、上場投資信託(ETF)買いで何もなかったように高水準を維持している。菅首相は、中小企業への無利子無担保融資、雇用調整助成金、持続化給付金など支援策で経済を全力で支えると表明している。 株価を含む金融は経済の「血液」であり、危機は表面的には抑えられている。だが、産業界各社の経営者個々に当ると危機感は強烈である。産業界といっても、広範囲であり、スタンスは各社さまざまだが、これまで経験のないコロナ不況からの「生き残り」「勝ち残り」を意識して戦略を根本的に組み直す企業もないではない。各社がそれぞれ「危機管理」(クライシスマネジメント)を必死に実行している。 生き残りが至上命題であり「最悪の想定」を採っている。声高にクライシスマネジメントと表明しているわけではない。むしろ、密かにそれを行っているのだが、甘い見通しは捨てている。「2020年度は赤字が不可避。21年度も景気・業績はほとんど回復しないと見込んでいる」。企業経営者からそうした厳しい見方が出てくる。 一般には、20年度はともかく21年度にはコロナ禍が緩和され、景気回復が期待されている。だが、そうした「最善の想定」は片隅にもない。危機管理に踏み込んでいる企業は、多少とも回復があれば「儲けもの」というスタンスだ。コロナ不況は長期化すると睨(にら)んでいる。コロナと経済の両立、「withコロナ」という現状もコロナ不況が長引かざるを得ないという見方の根底にある。新型コロナウイルス感染拡大で暴落する直前の水準に回復した、日経平均株価の終値を示すボード=2020年9月3日、東京都中央区 両立を進めればコロナ感染がぶり返すというのはこれまでの知見にほかならない。コロナワクチンが早期に開発されれば、経済環境・状況は変わる可能性がある。だが、それも不確定要素であり、極論すれば「儲けもの」に近い受け止め方である。トヨタの融資枠は1兆円 この9月のことだが、東京都心に本社オフィスを構える都市型情報サービス企業で社員のコロナ感染が判明した。その企業は、フロア全体の社員に自宅でのテレワーク勤務を指示した。たった一人でも感染者が出れば、外回り業務などの戦力に大幅ダウンが生じる。感染を開示して、事実上開店休業状態になっている。 「withコロナ」の両立路線で「経済を回す」というが、簡単ではない。経済の現場からいえば、コロナ感染を抱えながら経済をフルに回すのは至難である。「コロナ不況」、経済の実態は深刻だ。ゆえに、トヨタ自動車は、コロナ感染が勃発したこの3月にいち早く1兆円の融資枠(コミッメントライン)の設定に動いた。コロナ感染による先行き不透明感に対して1兆円の資金繰りを行った。日本で断トツのリーディングカンパニーが生き残りを賭けてキャッシュなど手元流動性の確保に踏み込んだことになる。 ある工場設備関連企業の財務担当役員(銀行出身)は、「コロナ対応で最初にやることは融資設定だった」と打ち明けている。こうしたプロたちでも、「当初はトヨタが何をやろうとしているのか当惑した。そういうことだったのか」としている。 その後、上場、非上場を問わず一部の企業が銀行からの融資枠設定に走り出している。ある企業経営者などは、すでに引退したベテラン経営者から「融資を取り付けろ」と助言され、銀行にファイナンス要請を行ったとしている。クライシスマネジメントでいえば、予防的に「ダメージコントロール」を行っていることになる。 コロナ禍で営業が停止状態となった業態、例えば外食・飲食関連、ホテル関連、自動車関連などは、2020年前半の一時期は売り上げが前年同期比で80~90%減となった。内部留保(利益準備金)はあるにしても、キャッシュがなければ、従業員給料、仕入れ原材料費、家賃などの原価・販売管理費といった運転資金コストを賄えない。 仮に売り上げがある程度あってもキャッシュ化されるのは3カ月~半年先だったりするわけだから当面の資金繰りは企業の生命線にほかならない。 さらに行われているのは原価・販売管理費の見直しだ。不況期は「出ずるを制する」ではないが、原価低減・販管費削減ということになる。生産ラインの見直し、ムダのカット、物流、販売面のコスト削減などが行われている。企業の手元にあるキャッシュを極力温存しようとする動きだ。トヨタ自動車の高岡工場=愛知県豊田市(同社提供) 雇用調整助成金など補助金は要請しているが、非正規の派遣社員たちが切られるケースが出ている。派遣社員たちの給料は、「同一労働同一賃金」ということで見直しされる機運だった。だが、そこにコロナ不況が到来し、再び「貧富格差」が生じている。相次ぐ企業売却 「本業回帰」というべきか、「選択と集中」というべきか、企業の事業売却も目立っている。武田薬品工業は、「アリナミン」「ベンザブロック」など一般用医薬品を投資ファンド大手の米ブラックストーン・グループに売却する。 ソフトバンクグループは、半導体設計の英アームを半導体大手の米エヌビディアに売却するとしていると発表している。いずれも事業売却で借入金(有利子負債)を削減してキャッシュも手元に置く行動とみられる。 一般に日本企業は、企業買収では買うばかりで、売るのは追い込まれないと行わない傾向を持っている。「持ちたいのか、儲けたいのか」(米のビジネス格言)といえば、前者=「持ちたい」という「持つ経営」が過去からの歴史的トレンドだ。 ところが、20年度のここにきて中堅企業も事業売却に踏み込んできている。これまで企業買収しか行わなかったようなある企業が、複数のグループ企業売却に転じている。やはり、有利子負債削減など財務力を改善・整備しキャッシュも手元に置こうとしている。コロナ不況で優良企業が「安値」で売り出されたら買収しようとする作戦なのかもしれない。 コロナ禍不況は、通常の景気循環とは異なるという要素がある。企業サイドにもコロナ禍の知見は蓄積されているが、不確定部分もある。先を見通すことは困難だ。 クライシスマネジメントを実行している企業経営者の多くは、米中貿易戦争の激化と19年10月に実施された消費税増税の影響で、20年度は景気・業績悪化が避けられないとみていた。景気は米中貿易戦争激化直前の18年度をピークに下降に向かっていたのである。 そこに未曾有のコロナ禍不況が襲来した。いまは企業各社ベースでは生き残り、勝ち残りを賭けて、コロナ禍不況による業界再編成期に向かおうとしている。 こうした先行きが不透明で困難な時期には、通常の不況時よりも経営者の判断・決断が、各社の生き残り、勝ち残りの近未来を決定する。コロナ禍不況の中で各社経営者が何を目指してどう行動するかで各企業の盛衰が導かれる。 コロナ禍は、産業界の動きでいうと「テレワーク」「ウェブミーティング」「オンライン営業」「VRネット商品展示会」「オンライン面接・採用」など業務に大きな変化をもたらした。日本のビジネス社会で遅れていたIoT(モノのインターネット)化が一気に進んだ。コロナ禍は、日本の「働き方改革」をどの内閣よりも一気に促進したことになる。東京・丸の内のオフィス街(産経新聞チャーターヘリから、宮崎瑞穂撮影) コロナ禍とひとくくりにしているが、これらの変化は「禍」とは言い切れない。こうしたことは目に見える顕著な変化だが、さらに巨大な変化を導く可能性を秘めている。だが、一部の企業経営者の目線は、そうした表層的な変化も無視できないが、それよりもコロナ禍不況後の自社の生き残り、勝ち残りをあくまで睨んでいるのは確かである。GDP世界3位に甘んじる日本 コロナ禍が何をもたらすのか、20年前半には悪性インフレ、スタグフレーションという見立ても出ている。各国の異次元金融緩和、財政出動、中国を筆頭に各国のサプライチェーン寸断などがその見立てのベースをなしている。 しかし、中国は新型コロナの発生源にして隠蔽もあったが、強権的にいち早くコロナ抑え込みを断行している。中国のサプライチェーンは早急に回復に向かっている。各国ともサプライチェーンは痛んでいるわけではないため、復旧を阻害する要因が少ないように見える。 となれば、コロナ禍がもたらすものはやはりデフレか。各社経営者からもインフレを懸念する声はまったく聞かない。いま事業、企業を売却している企業経営者がデフレを見越しての行動とまではいえないが、現状ではデフレ再来の可能性が高い。 20年前半には、世界のサプライチェーンが中国に過度に集中しているリスクが意識され、中国から一部工場の中国以外のアジア(ASEAN、インドなど)への移転、あるいは日本回帰を促進する動きがあった。だが、コロナ感染がその新トレンドに微妙な変化を与えている。 中国の習近平国家主席としては、たとえ一部でも資本・技術が国外に流失・逃避するにいたっては、せっかく貯め込んだ富・雇用の喪失を意味する。何としてもそうした動きは阻止したい。 中国が強権でコロナ抑え込みを図って経済の再始動させているのに対して、中国以外のアジアはASEAN、インドともコロナ感染が長引いてしまった。こうしたコロナ禍動向は、動きかけていた中国からの資本流失にストップをかけている面がある。 中国としては、貧困に長らくに苦しんで社会主義市場経済(共産党独裁の資本主義)に転換した。以前の貧困に戻るわけにはいかない。世界的に非難されている中国の「覇権主義」(中国の夢)を継続するにも経済の繁栄があくまで前提になる。 習主席が自動車、半導体の巨大集積地である武漢をロックダウンするなどコロナを強権で抑え込んだのも、そうしたことと無関係ではない。武漢は中国製造業の拠点であり、武漢を復旧させることは国の盛衰を左右しかねない。中国は、1月後半から4月前半の76日間の長期にわたって、武漢を封鎖した。コロナを徹底的に叩いて、経済再開という手順だった。 コロナを抑え込むのは、一国の経済の現状を決定するのみならず、先行きの盛衰すらも決定する。コロナという一事は、抑えることが即経済活動を左右する。安倍前首相もそうだったのだが、菅首相においてもコロナ抑え込みが極めて重要である。官邸入りする菅義偉首相=2020年9月25日、首相官邸(春名中撮影) だが、日本はこれまでコロナ抑え込みでは甘さ、緩さが否定できない。「諸外国に比べるとコロナの爆発的な感染拡大を阻止している」、とコロナ抑え込みの劣悪国と比較している。こうした自らに都合のよい自賛を度々用いているようでは、日本は、経済で中国にますます大きく引き離され、周回遅れの国内総生産(GDP)3位国に甘んじることになりかねない。

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    表現者が苦しむ非情なる「ディスタンス」

    新型コロナは多くの業界に災厄をもたらしたが、中でもコアな空間での「息吹」こそを重視する表現者の苦悩も計り知れない。徐々に日常を取り戻しつつあってもクラスター発生の危機に怯え、コロナ以前のように戻れないのが現実だ。今回は、iRONNAに手記を寄せた落語や演劇、芸術に携わる3人の苦悩と新境地をお届けする。

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    客席が真っ白⁉談四楼の目に映った落語界の「天国と地獄」

    でしゃべったりしました。 「武漢熱」と言う人が多かったですね。事が深刻になるにつれ、それは差別的だ、新型コロナウイルス感染症、もしくは「CОVID-19」をちゃんと呼ぼうということになりました。今、武漢熱などと言おうものなら、「このヘイト野郎」と認識され、その人は友達をなくすでしょう。 3月に入ると、まだ落語会は開催されつつも、いくつかキャンセルが出ました。残った仕事もこなしつつ、これはいかんなと思うようになり、一度驚いたのは、電車の中でせきをしてにらまれたことです。 4月に入ると、キャンセルが相次ぎ、直接会ってや電話ではしにくい話なのか、中止をメールで知らせる人が多いことに苦笑いしました。延期もアテにしなくなりました。それは必ず中止になるのですから。 4月、5月と落語の仕事は一本もありませんでした。緊急事態宣言、ステイホームというヤツです。そう、アベノマスクもありました。マスク不足を解消すべく、当時の総理、安倍(晋三)さんが国民に配ったのですが、安倍さんのマスクがアベノマスクという普通名詞として定着するのに時間はかかりませんでした。「アベノマスク」を着用する安倍首相(当時)=2020年8月、首相官邸 なかなか届かずに、マスクが出回った頃に届く間抜けさ、そこに巨費が投じられたことに国民は怒り、揶揄(やゆ)されるようになったわけです。安倍さんが公開した動画も星野源を利用したと、散々な評判でしたね。とにかく安倍さん、人を怒らせることにかけては名人級なのです。 私はその頃書いた短編小説に小道具としてアベノマスクを使いました。コロナ禍が終息した近未来、主人公は地方都市における独演会にアベノマスクを着けて登場し、大きな笑いを取るのです。「なぜ、アベノマスクは二つで小さいのか。このように一つは鼻、もう一つは口に着けるために小さいのです」と。痛撃を受けた若手 「東京アラート」というのもありました。東京都の小池百合子知事がドヤ顔で発表しましたっけ。レインボーブリッジと都庁舎を赤く染めるもので、これについてはツイッターでギャグとして抗議しました。 「銘菓・東京アラートって羽田空港や東京駅で売ってそうだね」と。こうもつぶやきました。「小池さんのスタンドプレーが過ぎるからさ、レインボーブリッジも都庁舎も恥ずかしさに赤くなってるんだよ」と。 コンビニやスーパーにしか出かけない日が続き、高座がないからヒゲは伸び放題、ある日、スーパーの前の貼り紙に戦慄を覚えました。臨時休業の知らせです。「もしや客か従業員が感染?」と思ったわけですが、半分当たりました。 事情通によると、「従業員の家族に感染者が出たんだ。一応濃厚接触者ということだから大事をとって休むんだ」とのことでした。志村けんさんや岡江久美子さんが亡くなったり、著名スポーツ選手やミュージシャンも感染しましたが、それでもまだどこか他人事(ひとごと)でした。 毎日のように行くスーパーの臨時休業を目の当たりにし、改めてコロナが間近に迫っていることを知るのですから、我の不思議さを思ったのでした。「貯まった4千ポイントはどうなる?」と思ったことを付け加えておきます。(その後、10日ほどでスーパーは営業を再開し、9月現在の私のポイントは6千を超えています)。 落語界で言うと、痛撃を受けたのはこれからという若手です。春に二つ目や真打に昇進するはずだった彼らのスケジュールはすべて飛びました。冒頭、客席が真っ白に見えたと書きましたが、これは私の弟子の立川三四楼(さんしろう)改め、わんだの真打披露の落語会においてです。ビビッた客のキャンセルが出て、客席は七分の入りでしたが、彼はギリギリ間に合ったのです。 その後が全滅というわけなのですが、そう、講談の神田松之丞(まつのじょう)改め伯山(はくざん)の披露目も、ものすごい勢いで始まったものの、八分通りを終えて残り二分というところで中止になってしまいました。頼みの寄席が丸2カ月間休んでしまったのですからあきらめるより他はないのです。真打昇進襲名披露興行の初日を迎えた松之丞改め六代目神田伯山=2020年2月、東京・新宿 わが立川流からも犠牲者が出ました。志の輔門下の志の春です。彼は真打昇進披露のパーティーを派手にやろうと、ホテルの大宴会場をおさえました。ホテルニューオータニの鶴の間です。どこかで聞いたことありませんか? そうです、安倍さんが「桜を見る会」の前夜祭を催したあの会場なのです。ツブシがきかない落語家 さすがは志の輔の弟子と思う人もいるかもしれませんが、実は一門の総帥(そうすい)であった談志の「お別れ会」もそこで行われたのです。でも昇進のパーティーが無事開催されていれば、理由も相乗効果となって相当評判を呼んだはずなのですが、派手な企画もコロナにはかなわなかったのです。 志の春は二つ目昇進時にも同じような目に遭いました。東日本大震災の直後に記念の落語会を予定していたのです。歌舞音曲は自粛となり、それもまた飛んでいるのです。こうなると「あいつは何か持ってるね」となるのは落語界の不思議なところですが、真打昇進時の不幸中の幸いはキャンセル料が生じなかったことです。太っ腹なニューオータニですが、それはそれとして、前夜祭の領収書はどうなりましたかね。 二つ目や若手真打、とりわけ落語一本で勝負している連中は悲鳴を上げました。テレビやラジオのレギュラーを持ってる連中はまだいいんです。落語部門の収入がなくなっただけですから。私も恵まれている方です。新聞や雑誌の連載があって、ギリギリ家賃分の稼ぎがあるのです。あくまでも家賃分だけですが。どうやって食う? 昔の若手は落語では食えず、結婚披露宴やカラオケ大会の司会、それにデパートやスーパーでのイベントの仕事で稼ぎました。しかし近年、それらの仕事は不景気によってめっきり減り、結婚披露宴の司会にはフリーの女子アナが進出していたのですが、コロナで結婚披露宴そのものがなくなってしまいした。 われらが若手の頃と比べると夢のようです。この数年来、落語ブームなるものが到来し、地域寄席が全盛となりました。鈴本演芸場や新宿末広亭といった毎日やってる定席(じょうせき)以外の落語会が全国的に開かれるようになったのです。 寺社や公民館、すし屋にそば屋、居酒屋などが会場となり、関東圏だけでも月間1千公演超という活況を呈し、それらを掛け持ちすることで、なんと若手が落語一本で食えるようになったのです。そしてそれが本来の姿なのです。 そういう若手が仕事を失いました。つまり無収入です。特別定額給付金の10万円もなかなか振り込まれず、あえぎ声があちこちから聞こえました。能天気を装う落語家にしては明らかに異常事態でした。末広亭=東京都新宿区(加藤圭祐撮影) 小さな子供がいたりするとなおさら大変で、ツブシのきかない落語家はアルバイトさえままならず、カミさんが亭主に子供を預けて働きに出ようにも、仕事もまた容易に見つからず、廃業者が出ないのが不思議なくらいです。朗報なのに心配 6月に入り、ポツポツと寄席や落語会が開催されるようになりましたが、厳戒態勢です。客はキャパの3分の1、限定20人などと制限がつくのです。落語家にもマスク着用との厳命が出て、楽屋口で前座が待ち構え、やおら拳銃のようなものを額に当て、36・4度、次は消毒をなどと言い、まさか前座の許しを得て楽屋入りをする日がくるとは夢にも思いませんでした。 そんな状態が長く続き、そう、「GoTo」なんちゃらもありましたね。PCR検査は一向に進まない中、そんなことには熱心なのです。たった一ついいことがあったとすれば、7年8カ月の長きにわたって日本を壊し続けた安倍さんが総理の座から降りたことです。しかし、油断はなりません。安倍路線を継承するという「パンケーキ」菅義偉(すが・よしひで)さんが跡目になったのですから。 菅さんの総理就任に先立って、小池知事は再選されました。経歴詐称やヘイト体質が問題にされながらもブッチギリでした。さすがは「女帝」です。コロナで大打撃を受けたのは、観光、宿泊、飲食、エンタメ業界と言われていますが、「GoToトラベル」が観光や宿泊にいくらか恩恵があったとしても、飲食は休業や時短を強いられ、エンタメ業界はほぼ壊滅状態となりました。 しかし、小池知事はここへきて、時短の解消と10月から東京をGoToに組み込む政府の意向への賛同をにおわせました。私の行きつけの居酒屋はすでに、2、3廃業に追い込まれていますが、飲食業界は息を吹き返すのでしょうか。 東京が正式にGoToに組み込まれれば、いくつもキャンセルになった地方公演が可能になります。今まで「こんな遠いところにようこそ」と言われていたものが、「東京から来てくれるな」に変わってしまった地方公演が本当に可能になるのでしょうか。 政府もまた屋内イベントに定員の50%以内とシバリをかけていましたが、落語や歌舞伎などの古典芸能とクラシックコンサートではこれを撤廃すると言い出しました。われらにとって明らかな朗報ですが、心配もあります。待ちかねた客がドッと押し寄せ、たちまち三密状態になりクラスター発生という事態です。 でもどこかでそれを打ち消す自分がいます。そんなに客は来ないという確信です。何しろコロナ禍の開催において、主たる客層の中高年がほとんど姿を見せなかったからです。自身の判断もありますが、ほとんどが家族の反対により、来なかったのです。落語家の立川談四楼 コロナが騒がれ始めた1~2月を懐かしく思い出します。「コロナの後はマークⅡだ」などというギャグを(もちろん彼らに向けて発したのですが)、トヨタの車種だと分かる中高年だけが喜んでくれたのですから。 来年の秋頃、ようやく終息の兆しを見せる。それが私の見立てです。もちろん東京五輪・パラリンピックはありません。さてどうなるでしょうか。

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    新型コロナは戒めか、演劇界が避けられない「自己中」気質からの脱却

    ラインに非難轟々 全国公立文化施設協会が5月、演者にもマスク着用などを求めた「劇場、音楽堂等における新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」を発表すると、SNSで演劇人からいろいろな意見が上がった。「実際にやったことがないヤツが考え出した」「こんなもので公演はできない」「マスクなんかしたらセリフがしゃべられない」「ペイできない」などと、否定的な意見が目立った。 私も、これでは今まで通りの公演は難しいと感じるとともに、やはり演劇界はどこかズレているように思えた。演劇人は自分の仕事に誇りを持っているからこそ、こうした反応をしたのだと思うし、短文投稿のSNSでは真意が伝わらない面も確かにある。それでも、やはり自分の業界、自分のことしか頭にない発言のように感じてしまうのだ。 先述した「馴染んでいない」「選択の自由がない」にも通じているが、こうした発言には観客への配慮が足りていなかったのではないか。もし、コロナ禍ではないときにこうしたガイドラインが発表されれば、疑問や批判の声を上げるべきだ。しかし、このコロナ禍において、完璧とはいかないまでも演者、スタッフ、観客が安心して演じ、見るためには必要なことではないだろうか。 平田氏の発言や演劇人らのSNSでの発言には想像力が欠けているように感じる。もちろん、自分たちの業界、自分たちの職業を守るために必要なことは発信しなければならない。その一方で、少なからず人の心を表すことを仕事にしているのであれば、もう少し想像力を働かせられるのではと感じている。 演劇界は少しずつ動き始めた。緊急事態宣言解除前には、多くの劇場や団体がクラウドファンディングで運営費を募ったり、動画配信サイトやウェブ会議システムなどを利用したりした。私の団体も朗読動画を配信した。 緊急事態宣言の解除後は業界団体、劇場、劇団などがガイドラインに沿って公演を行っている。野外演劇を行ったり、配信のみで行ったり、通常の半分以下の観客数で上演したりと対応策はさまざまだ。私の知っている俳優や劇団も活動を再開し、演者やスタッフ、観客から感染者は出ていない。無観客で上演し、無料配信した劇団「鳥の劇場」=2020年4月、鳥取市 しかし、7月に入り、東京・新宿の劇場で行われた公演においてクラスター(感染者集団)が発生した。伝え聞くところによると感染拡大防止の施策を行っていなかったようだ。歌舞伎俳優の尾上松緑氏が自身のブログで怒りを露わにされていた。私も尾上氏の気持ちがよく分かる。こうした予防意識の低さが感染拡大にどんどん繋がって行くのだ観に来て下さる大切なお客さんを危険に晒す様な真似をしてどうするブログ「尾上松緑、藤間勘右衞門の日記」 ここにも演劇界が嫌われる理由が潜んでいる。演劇関係者、舞台人の多くが不満もありながら、前に進もうとしているときに、自分たちだけは大丈夫だろうという、うぬぼれにも似た感覚があったのではないか。 反対に、素晴らしい対応をしたところもあった。私は7月、新国立劇場(東京都渋谷区)にバレエの公演を見に行ったが、客席数を大幅に減らして行われていた。非常に感動したが、公演は千秋楽を迎えることなく終わってしまった。観客とも演者とも接触のない、外部スタッフに発熱の傾向があるということで公演自体を中止にしたのだ。可能な限り「安心・安全」を スタッフや演者の皆さんの悔しさは痛いほど分かる。コロナ禍でなくとも、天災などで予定していた公演ができなくなることは非常に悔しく、悲しい。だが、この対応はカンパニーや観客を守るだけでなく、演劇界全体を守る行動だと私は考えている。「舞台は安心して見られる」ということを広く知らしめるのに貢献したと感じた。 個人的なことを言えば、私はマスクが苦手だし、面倒くさいことは嫌いだ。だから、できれば以前のように公演ができたらと思っている。だが、それでは演劇界は嫌われたままだ。このコロナ禍は演劇界の在り方、これからの演劇というものにとって進むべき道を考える上で大事な期間ではあると捉えている。 ここまで「演劇界が嫌われている」と書いているが、私自身は演劇に関わる仕事を辞める気はない。なぜなら、舞台芸術は人にとって必要だからだ。どんな技術革新が起きてもなくなりはしなかった。流行(はや)り廃(すた)りはあるけれど、大昔から作られ続け、どんな危機も乗り越えて生の舞台は残ってきた。だからこそ、演劇界も変わるべきところは変わらなければいけないし、守るべきところは守らなければいけない。 舞台演出家としてもそうだが、一観客としてもやはり、生で見られることは非常によいと感じている。刺激を受けるし、何より生で動く人間を感じ、他の観客の反応なども含めて、その空気を五感全てで感じることは人間にとって必要なことだ。バレエ公演を見てその思いは強くなった。 これからの演劇界に必要なのは「安心」と「安全」だと私は考えている。このコロナ禍において、演劇公演を行うも行わないも、その判断は間違っていない。ただ、実施する以上は先述のバレエ公演のように、観客が安心して見られる施策や環境が必要だ。 現在、かつての形態で公演をすることはまず不可能だ。観客や演者、スタッフの安全を確保して公演することが最低の条件となる。不安を100%取り除くことはできないが、自分の知り合い以外の方も安心させられる広報が必要だろうし、「自分たちは大丈夫だろう」といううぬぼれは捨て去った方がいい。そうでなければ、演劇は危険なものとみなされ、今以上に世の中に馴染まなくなる。 新型コロナウイルスの脅威がなくなったとしても「安心」「安全」がない舞台は淘汰(とうた)されてしまう。なぜなら、人は舞台を見て感じ、心を動かすからだ。安心できない空間で人の心を動かすことはできない。新国立劇場の外観=東京都渋谷区 演劇に限らず、芸術に触れるときに心配事があっては落ち着いて見ることができない。落ち込んだときや悲しいときに、安全ではない空間で生の芸術に触れても楽しめない。楽しい気分や嬉しい気持ちのときに芸術に触れても安心でなければ、台無しだ。個人的な思いとしては、もっと演劇文化が世の中に馴染んでほしい。だからこそ、選択の自由がない演劇におさらばするべきだ。 新型コロナウイルスの終息後には、以前のような公演形態が可能になると思われる。そのときに観客の自由を奪うようなやり方を続けていたら、演劇は嫌われたままになってしまう。公演にかかる費用とのバランスもあるし、カンパニー、劇団、劇場などの都合もあるから、具体策はそれぞれ違ってくるだろう。だが、演劇に関わる一人一人が、「お客さま」に安心して鑑賞していただくための行動をとることはできるはずだ。 押し付けの、選択の自由がない演劇が嫌われている。演劇界が変わる機会は今だ。自由に活動できる日は必ず来る。そのときのために研鑽(けんさん)し、演劇界を少しでも好きになってもらえるように考え、行動していきたい。