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    コロナショックと闘う「良薬」は消費減税だけと思うなかれ

    が緊急の連邦公開市場委員会(FOMC)を開催し、政策金利を0・5%引き下げた。緊急利下げの背景には、新型コロナウイルス(COVID-19)の経済への悪影響があったことは間違いない。 ただ、私見では、FRBのパウエル議長は凡庸な政策当事者であり、自らの判断でこのような緊急利下げを採用したかは疑問である。おそらくトランプ大統領によるツイッターなどを利用した、FRBへの度重なる金融緩和要請といった政治圧力があることは間違いないだろう。 ただし、この0・5%の利下げは、既に市場関係者の間では織り込まれていた。「緊急会合」という一種のサプライズ効果もあって、ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は一時的に上昇したが、結局その後は一転して暴落した。 結局、ダウ平均の終値は、前日比785・91ドル安の2万5917・41ドルだった。株価だけ考えれば、FRBの緊急利下げは強烈な市場からの返り撃ちにあったようである。 ところで筆者は、ここ数日の世界経済の動向を分析していると、新型コロナウイルスの欧米への感染拡大を背景にして、従来の経済政策のルール(レジーム)が通用しなくなっているのではないかと思っている。つまり、先進7カ国(G7)をはじめとする主要国の政策当事者たち、国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの主要国際経済機関などが今まで抱いていた世界経済の「楽観シナリオ」が崩壊した可能性がある。 そのため、楽観シナリオの微調整程度に考えていた「金融緩和」や「財政支出拡大」では、手に負えない事態に転じてしまっているのではないか、と懸念している。2020年3月3日、緊急利下げについて記者会見するFRBのパウエル議長(共同) 政策当事者が共通して抱いてきた楽観シナリオとは、次の図のような構図である。この図は、日本銀行の若田部昌澄(まさずみ)副総裁の講演に掲載されたものに、私が赤字で修正コメントを加えたものである。その若田部副総裁が、この「楽観シナリオ」に事実上強い懸念を表明していたことを強く注記しておく。世界経済の製造業・非製造業のデカップリングからの変化(若田部(2020)を修正) 楽観シナリオ上で、米中貿易問題などの貿易面での縮小やIT関連の在庫調整によって、製造業は減速していた。ただし、非製造業では、各国の金融緩和的スタンスなどが貢献することで、好調が継続していた。つまり、「製造業はダメだが、非製造業は良好」というデカップリング(分離)が顕著だった、というのが楽観シナリオにおける現状分析だ。ウイルスで崩れる楽観シナリオ さらに、昨年末からの米中貿易戦争の小休止や英国の欧州連合(EU)離脱確定を受けて、経済の不確実性が払拭(ふっしょく)され、IT投資の在庫調整も一段落することで、製造業も復活する。この点から、世界経済レベルでは2020年以降の復活が近いというものだった。 特に、日本の財務省や日銀執行部では、この楽観シナリオが支配的だった。ただ、そこには昨年10月の消費税率10%引き上げの影響は全く存在しない影のようになってしまっている。 最近、昨年10~12月期の法人企業統計が発表され、金融機関を除く全産業の設備投資が前年同期比3・5%減となった。これによって、先に発表されていた同期間の国内総生産(GDP)速報値が、年率換算6・3%減よりも下方修正されるだろう。 ところが、この設備投資の落ち込みについても、消費増税の影響は見られないというトンデモな見解が財務省筋から出ている。驚きを禁じ得ないが、根底には先ほどの世界経済に関する楽観シナリオがあったのだろう。 だが、この楽観シナリオは崩壊した。「コロナショック」により、世界の製造業、非製造業ともに深刻な打撃を受けたといっていい。 まず、製造業では、グローバルPMI(世界製造業購買担当者指数)が3・2ポイント低下の47・2と、目安となる50を下回った。一般的には、50を上回れば前月比改善、下回れば前月比改悪となる。前者は世界の投資家のリスク許容度が高まる「リスクオン」の状況を生みやすく、後者は逆に「リスクオフ」(回避)になりやすい。 ここ3カ月ほどは50を上回っていた。つまり楽観シナリオ通りの進行だったわけだ。それが2月は一転して、大幅な落ち込みに転じた。しかも、落ち込み幅は20年ぶりの水準である。主因は、やはり中国での生産の大きな落ち込みであろう。 米国の消費が堅調である一方で、中国の消費が大幅に落ち込みを見せており、そこに日本や欧州での消費低迷が加わる。そのため、世界での非製造業の堅調にも大きく陰りが見えている。ニューヨーク証券取引所のトレーダー=2020年3月3日(ロイター=共同) 特に、新型コロナウイルスの感染拡大が、消費に甚大な影響を与えるのは明瞭だ。米国での感染拡大次第では、今後さらに世界の消費活動が落ち込む可能性がある。「リスクオフ」局面、現状は? このように分析していくと、楽観シナリオから不確実性シナリオへ移行してしまったのではないか。このことは、他の経済指標からも確認できそうだ。日銀の次期政策委員であるエコノミストの安達誠司氏は近著『消費税10%後の日本経済』の中で、経済の局面の大きな転換を「リスクオフ」局面として描いている。安達氏が「リスクオフ」局面とした特徴は、次の5点である。(1)株価の急激な下落(2)国債(特に国際的に信用度が高い米国債)の利回りの急低下(3)「逃避資産」としての性格をもつ「金(ゴールド)」価格の上昇(4)「VIX指数」に代表されるようなボラティリティー(価格変動の度合い)指数の急上昇(5)円高、およびスイスフラン高の進行 それでは、5項目に関する現時点の状況を見ていこう。ダウ平均株価は2月24~28日の間続落し、12%超の週間下落率はリーマン・ショック以来の下落幅だった。 しかし、週明けには一転して前週末比1293・96ドル高の記録的な上げ幅となったが、現状は再び大きく下落してしまった。日経平均や各国の株価指数も急激な下落を経験している。 10年物米国債の利回りも低下トレンドにある。金価格も現状では下落傾向を見せていた。「逃避資産」としては不思議だが、安全志向が強く出すぎて現金保有や国債保有に偏ったせいか、もしくは最近までの金価格下落の調整局面かもしれない。 VIX指数は「恐怖指数」ともいわれ、これは投資家の先行きに対する懸念の度合いを示すものだ。数値が高いほど投資に対する「恐怖」が大きい。VIX指数(出典:FREDから作成) 恐怖指数の水準は、リーマン・ショックほどではないが、2011年のギリシャ危機までには高まっている。円高、スイスフラン高も進行中である。これらの経済指標から、従来の楽観シナリオが崩壊し、不確実な経済シナリオへの移行が真実味を増している。 そうなれば、焦点となるのは、その新しい事態(レジームの悪い方向への転換)に対応した政策は何か、ということになる。 金融政策と財政政策の協調的な拡大政策が必要なのは自明である。日本に限定して言及すれば、今までにない「劇薬政策」が必要だ。といっても、この「劇薬」は最近コメントした「夕刊フジ」の記事見出しを援用したものだ。個人的には、劇薬でも何でもなく、日本経済の現状に適合した政策にしか過ぎないと考えている。2020年2月、リヤドでのG20閉幕後に記者会見する麻生財務相(左)と、日銀の黒田総裁(共同) 過去の連載でも既に提起したが、新型コロナウイルスの経済に与える影響を「2019年10月の消費増税」並みと考えれば、補正予算ベースで少なくとも6兆円、可能であれば10兆円が必要となる。政策委員「三つの提言」 手段としては消費減税がベストだ。新型コロナウイルスのショックが特に消費に顕著なのは自明だからだ。理想的には消費税率を5%に戻したいところだ。しかし、政治的対立が激しくなる可能性もある。 それを踏まえれば、嘉悦大の高橋洋一教授が日ごろから主張している軽減税率を全品目に適用する案もある。現状の軽減税率8%に合わせるか、5%にまで下げるのかは、政治的な議論があるだろう。 さらに、期限付きクーポン券の配布や、香港が実施したような国民に対する現金の一律支給や、所得減税や社会保険料の減免も考えられる。公共事業の増額も、もちろんありだ。 筆者や高橋氏は、マイナス金利での貸出制度を提唱してもいる。手数料を入れてゼロ金利にするかは、設計次第になろう。 金融政策の方はどうだろうか。日銀の片岡剛士政策委員は最近の講演の中で、三つの政策提言をしている。 まず、「政府と日銀の政策協調の必要性」は、前回の論考で解説した若田部副総裁の講演と整合的な提言だ。簡単に言えば、政府が景気対策に使うお金は日銀が何の心配もなく出しますよ、ということだ。この提言をもとに、政府と日銀は一刻も早く世界に宣言すべきだ。 次いで「金融政策の方の具体的な緩和案」では、短期金利の深掘りが考えられる。これは政府が新規の長期国債を発行し、それを日銀が吸収するという最初の提言を実施した上で、マイナス金利の深掘りをすれば有効になる。具体的にはマイナス0・3%はどうだろうか。2020年10月1日、消費税増税に伴い、二つの価格を表す牛丼店の領収書。店内飲食には10%(右)、持ち帰り商品には8%の軽減税率が適用されている=東京都港区 最後の「日銀の示す将来的な物価見通し」だが、政策金利の指針「フォワードガイダンス」の目標値に対して、実績値が乖離(かいり)すれば、それに応じて緩和姿勢を強調する。いわゆるコミットメントの強化も必要だ。さらに、上場投資信託(ETF)の年間買い入れ額を6兆円から7兆円に拡大することで、マーケットに一種のサプライズを与えるだろう。 上述のように、やるべき政策手段が無数にあることは明らかだ。問題は、世界経済が危機的な様相に転じた中で、いかに財政と金融が協調できるかどうか、その一点に日本経済の浮沈がかかっている。

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    身動き取れない、脆弱「感染列島」

    感染が広がる新型コロナウイルスについて、政府が矢継ぎ早に対策を打ち出しているが、混乱は収まらない。終息への正念場と分かっていても不安が消えないのは、感染リスクだけではなく、政府の「後手後手」感が拭えないからだ。感染症の恐怖に直面し、政治まで身動きできなかったとでも言うのだろうか。

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    舛添要一だから言える、新型ウイルス「厚生労働相」ここが危ない

    舛添要一(元厚生労働大臣、前東京都知事) 新型コロナウイルス(COVID-19)の感染が世界のみならず日本でも拡大し、各地で毎日新たな感染者が確認されている。この状態は、日々の私たちの生活にも大きな影響を及ぼしている。 特に、感染拡大を防ぐためとして、2月25日に政府が対策の基本方針を決定し、翌26日にイベントの自粛や規模縮小を要請し、27日には全国の小中高校などに一斉休校を要請したため、日本全体が大混乱に陥っている。29日には、安倍晋三首相が会見し、一連の措置について説明したが、それで国民の不安と不満が沈静化したわけではない。 新型肺炎は、昨年12月8日に中国・武漢で確認されているが、それ以来、日本政府の採った政策は正しかったのか。一言で論じれば、後手後手の対応で、全てが遅すぎたというほかはない。 私は厚生労働相として、2009年に発生した新型インフルエンザの対応に当たったが、当時の経験に照らしても、今回の政府の対応は問題が多すぎる。07年夏、私が厚労相に就任した際、「消えた年金記録問題」で厚労省や社会保険庁をはじめとする省庁の信頼は地に落ちていた。その他にも、医師不足や薬害肝炎訴訟、中国からの毒入り餃子の輸入、派遣切りなど問題が山積し、他省の大臣の何倍も働かざるをえなかった。 背景には、霞が関の官僚機構、とりわけ厚労省の抱える構造的問題があり、私はそれを解決すべく全力を挙げた。しかし、その後、民主党政権に移り、また3年3カ月後には自公政権に戻るという政権交代劇の裏で、私が断行した改革も元の木阿弥(もくあみ)となってしまい、情報隠蔽(いんぺい)体質など旧習が復活してしまっている。 そして、7年の長期にわたる安倍政権の下で、官僚が国民ではなく、高級官僚の人事権を一元的に握った官邸の方ばかりに目を向け、忖度行政に走ったことも、今回のような危機の際に適切な対応ができなかった理由の一つである。 まずは、その点から記していきたい。そもそも、官僚は政権が交代しても、時の政権の指示に従うべきである。それは、選挙で国民の代表として選出された国会議員から成る国会が国権の最高機関だから当然のことである。 私は厚労相時代に、能力があって真面目に働く官僚を抜擢(ばってき)し、お互いに競わせることで、国民目線で政策を遂行してきた。そのトップエリートの役人たちは、09年夏の総選挙で民主党政権が成立すると、当然新政権の下でも能力を発揮して政権が掲げる政策を実行してきた。民主主義国家として当然のことである。2020年2月29日、記者から質問を求める声が上がる中、首相官邸の会見場を後にする安倍首相(左から2人目) ところが、3年余りで自民党が政権に復帰し、安倍政権が成立すると、優秀な官僚たちが「民主党に協力した」という理由で左遷されてしまった。米国の猟官制度(spoils system)よりもひどい恐怖政治である。そのため、プロ野球に例えると、1軍ではなく、2軍の選手に頼らざるをえなくなったのである。 今、彼らが本省の枢要なポストに就いていれば、もう少しましな対応ができたのではなかろうか。安倍政権の報復人事の結果がこういうマイナスを生んでいる。官僚機構を動かすのは大臣 最近でも、行政の基礎となるべき統計について不正が行われていたことが発覚している。その原因の一つは「安倍一強」、安倍長期政権の機嫌を損なうようなデータを出したくないという役人心理が働いたことにある。 自民党内にも安倍総裁に対抗できる勢力がほとんどなく、「政高党低」の状況では厚労族も官邸を牽制(けんせい)する能力を失っている。そのような状況で、官僚が萎縮するのは当然である。これは、長期的には自民党の政策能力を低下させる由々しき事態である。 09年当時、07年参院選で生じた「ねじれ国会」により、参院は民主党などの野党が多数派であった。したがって、自民党の独走は許されなかったし、最初から国民的合意を得ることのできるような政策を立案することに努力したものである。 また、官僚もいつ政権交代があるか分からない状況だったので、時の政権に忖度したり、ゴマをすったりすることはなかった。つまり、官僚機構の自立性がきちんと担保されていたのである。 官僚機構を動かすのは大臣である。国民から選ばれて国会議員になったのであり、国民の代表である。 官僚は自らの専門領域に閉じこもって、大局的な判断や国民目線での配慮ができないが、それを克服するために大臣がいる。現職の加藤勝信厚労相は2度目の就任であるが、そのような観点からは、期待される役割を十分に果たしていない。何が欠けているのか。 第一は、広範な意見を聞くことである。官僚や御用学者だけではなく、政府に批判的な意見や学会でも異端とされるような人々の意見にも耳を傾ける度量が必要である。2009年5月、国内で初の新型インフルエンザの感染確認で会見する舛添要一厚労相(緑川真実撮影) 私が厚労相に就任したときには、厚労省は国民の厳しい批判に晒(さら)されていた。それだけに、内輪だけで政策を決めても国民が納得しなかった。そこで、審議会なども5人が御用学者なら、5人は反厚労省派というようなメンバー構成をして、両者の意見を聴取して、最後は大臣の私が決めるという形を採ったのである。 新型インフルエンザの専門委員会を設けたときに、官邸官僚は、教授以上の肩書のある者に限って採用するという権威主義的な方策を採った。しかし、私は感染症がはやっていた関西の医療現場で対応している若い医師たちの意見を聞くことにした。今果たすべき「大臣の役割」 官邸がチームAなら、私の方はチームBである。そのチームには、今回クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の内情をユーチューブで公開した感染症専門医、神戸大の岩田健太郎教授も入っていた。結局、やはり現場の意見の方が正しく、私はそちらを採用して、対応に成果を上げることができたのである。 安倍長期政権の下で、野党が弱く、官僚は官邸に忖度し、批判的な意見など無視される状況では、2009年のように広く意見を求める、つまり「万機公論に決すべし」というのは不可能になってしまった。そこで、数多くの感染症専門家がテレビに出て、それぞれの見解を述べ、どの説が正しいか分からず、国民は不安になっているのである。加藤厚労相は自らのリーダーシップで広範な意見を聞き、政策立案に生かす必要がある。 第二に、従来の官僚機構とは別の大臣直属のチームを持つことである。私が大臣のときは、まず袋小路に入った年金記録問題を解決するために、各省、そして民間から優秀な人々を集めたチームを作った。 そして、このチームに社会保険庁への立ち入り調査をなどの権限を付与した。その結果、社保庁の不正やミスが次々と明らかになったのである。このようなチームを作ることを官僚は嫌がるが、人事権を握っているのは大臣であることを忘れてはならない。 また、年金記録問題のときは、政権党である自民党が国民から厳しい批判を受け、党でも07年の参院選前にチームを作って対応に当たっていた。私は、そのメンバーだったので、その流れで第1次安倍内閣の厚労相に就任したのである。 今回の新型肺炎対応に当たっては、厚労省にも自民党にも、そのような独立した強力なチームが作られたという話は広く国民には知らされていない。 第三は、徹底した情報公開である。官僚は情報を隠したがる。それを吐き出させるのが大臣の役割である。 新型インフルエンザのときは、大臣の私自らが会見して、毎日のように国民に情報を伝えた。例えば、医療現場から上がってくる患者情報を分析し、新型インフルエンザの症例の特徴、つまり発熱や咳(せき)、痰(たん)などのデータを図表化して国民に伝えたのである。しかし、今回は、すでに950人も感染者が国内で発生しているのに、症例の詳細なデータがあまり出ていない。新型コロナウイルスの国内流行に備える政府の基本方針に関する記者会見で、手元に視線を落とす加藤厚労相=2020年2月、厚労省 また、「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客・乗員の国籍別人数、年齢、性別などのデータが広く公開されなかった。その数を国民が知ったのは、各国がチャーター機を派遣して自国を帰国させたときである。最初からこれをもっと世界に知らせていれば、国際世論がクルーズ船対策の改善を求める声を上げていたであろう。 官僚機構を動かすのは政治家の役割である。その意味で安倍内閣、とりわけ加藤厚労相の責任は極めて重いと言わざるをえない。

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    ネットデマはもううんざり、新型肺炎で発揮できるマスメディアの本領

    んなタイトルの特設コーナーがNHKの企画ニュースに登場し、特設サイトが作られたのは、まだ日本国内では新型コロナウイルスの感染者が一人も確認されていなかった、ごく初期の段階の話です。中国の湖北省武漢で新型コロナウイルスの感染が発生し、爆発的に拡大していることが国際ニュースとして騒がれ始めた頃です。 最近のように国内でも全国各地で毎日と言っていいほど新たな感染者が発表され、累積の感染者数が増えていく蔓延期とは違って、まだ海外の話題という段階でした。このときにNHKが打ち出した「正しく怖がろう」というメッセージが、この種のニュースをマスメディアが扱うときの、あるべき姿勢を象徴しているのではないでしょうか。 姿の見えない得体の知れない脅威に直面したとき、国民は恐怖におののき、パニック状態に陥ります。会員制交流サイト(SNS)やネット上では新型コロナウイルスに関する情報を求める書き込みや、それに答えようとする書き込みが大量に飛び交いますが、誰一人として正確に答えられる人はいないのですから、憶測や思いつきに流れるばかりです。 国民は素人が書いた感染予想のストーリーや、生半可な知識で書かれたブログなど読みたいとは思いません。新型ウイルスの正体とは何なのか。本当のところ感染力はどれくらいなのか。ずばり日本でも感染が広がるのか。国内に感染が広がった今、自分たちはどうしたらいいのか。知りたいのは確実性の高い情報だけです。そうなると新聞やテレビなど既存のマスメディアの独壇場となります。 パニックを起こしかけている国民に対してマスメディアが発するべきメッセージは、まず落ち着け、ということです。冷静に今回の武漢発とみられる新型コロナウイルスが、いったいどういうものなのか正確な知識を共有し、対処を考えようではありませんか、という提案です。そこで、まずは今回の新型ウイルスの特徴について、マスメディアは解説します。 致死率はそんなに高くなく、重症化するケースも高齢者や慢性疾患を持つ人には多いものの、若くて健康な感染者は風邪を引いた程度の症状で自然治癒すること。そばで同じ空気を吸うだけでうつるといった空気感染はせず、濃厚接触や飛沫感染と言われるように、感染者と至近距離で接してせきやくしゃみを浴びたり、感染者のせきやくしゃみで出たウイルスに、手指などが触れてそれを手洗いせずに口や鼻に接したり、といったときに感染するのだということ。 それが分かれば感染者とすれ違っただけで必ずしもうつるものではないということが理解でき、パニックは少し収まります。また、念入りな正しい手洗いが有効だという知識も共有でき、国民がとりあえずの対処手段をとることができます。石けんを使った正しい手洗い、うがい、せきエチケットなど、誰でもできる具体的な対策を提示して奨励したのです。 これについては、先の大戦中に竹槍で米軍の爆撃機に立ち向かえる、としていた大本営発表のようだ、と揶揄(やゆ)する人もいました。しかし、ウイルスに対抗する手洗いの有効性は医学的にも、過去のインフルエンザの事例によって証明されています。正しい手洗いについては、しつこいと言われても注意喚起を続けるべきです。新型コロナウイルスの感染を防ぐため、マスクを着けて通勤する人たち=2020年3月、甲府市のJR甲府駅前(渡辺浩撮影) そもそも今回の新型コロナウイルスのような事態に際して、マスメディアが考慮しなければならないミッションは、3つあると私は考えています。正確な事実関係の公開、具体策を伴った注意喚起、そして最後に述べますが、ニュースとしてのバランスの確保です。いずれもSNSには不向きな任務で、既存のメディアに期待することになります。 正確な事実関係の公開といっても、実際には厚生労働省や世界保健機関(WHO)など公的機関の発表や、感染症の医療チームからの情報をニュースソースにしているようでは限界があります。民放のワイドショーは独自取材を行い、民間の医師の話として、なぜか日本はPCR検査をしない、と指摘していました。検査をしていないから、公表感染者数が数百人にとどまっているが、潜在的な感染者数は1万人を超えているという可能性にも触れていました。ワイドショー情報も価値あり 韓国で1日に1万件以上検査できたのに、日本では1日わずか1千件以下しか検査できていないという指摘もありました。加藤勝信厚労相は記者会見で、新型コロナウイルスのPCR検査について、2月18日から1日あたり3千件以上が可能となったとしましたが、海外に比べてあまりにも少なすぎます。 民間の検査会社には1日で数万の検査をする能力があり、医師たちは民間での検査実施を要請しているにもかかわらず、厚労省が許可しないというのです。こうなると日本政府はオリンピック利権を手放したくないために、感染者数を隠蔽しようとしているのだという噂が、がぜん真実味を帯びてきます。 私はワイドショーの放送といえども、SNSなどのネット上の口コミよりは、はるかに情報としての価値を持つと考えています。ネット上の情報もピンからキリまでですが、残念ながら多くは十分な思慮に欠けるものでした。ネットで飛び交った噂の一例を挙げると、「コンビニの店員は中国人が多いから利用しない方がいい」というような話です。 こんな話など、ちょっと考えればありえないと分かります。コンビニで働いているような中国の方々は皆、来日してから相当期間が経っています。少なくとも武漢から来日して14日以内の人間が、日本のコンビニ店員になる可能性は、限りなくゼロに近いでしょう。コンビニ店員という仕事は、それほど簡単ではないのです。 「新型コロナウイルスは中国の生物兵器だ」といった説も、一時期はネット上で拡散しました。冷静に考えれば、こんな致死率の低い生物兵器では、実戦で役に立つわけがないでしょう。いずれも一部の中国人嫌いの人々が、ここぞとばかり騒いだ噂に過ぎません。他にも「中国からの郵便物は受け取るな」「中国産の食品は食べるな」など、根拠のない情報があふれかえっていました。  「早くマスクを買わないと手遅れになる」といった情報が広まったのも舞台は主にネットです。店頭でマスクが売り切れになっていたのは事実ですが、噂がそれに火をつけ加速させていったのです。当然のことながらこれで一儲けしようとたくらんだ人間がマスクを買い占めました。私がアマゾンで見た時点では、マスク50枚入りが「定価2千2円、配送料2万円」で売られていました。 とんでもない業者がいるものだと私は驚きましたが、この話にはオチがあります。「マスクを買い占めている業者は中国人だ」という説です。この業者が中国人なのか日本人なのか、私は調査していないので何とも言えませんが、悪いのはみな中国という言説は、ネット上で支持を得やすいようです。実際には中国政府は日本の国立感染症研究所に検査キットを寄贈しています。 ちなみにマスクの着用については、NHKによると、せきなどをする感染者が着けてこそ効果がある、とのことです。ウイルスの拡散を防ぐからです。 一方、まだ感染していない人については、感染者と直接対面する機会の多い医療関係者以外は、マスクを着用する意味はあまりないそうです。ウイルスは主に自分の手指などから、口や鼻に入ることが多いため、手洗いの方がはるかに重要なのです。その他、「トイレットペーパーがなくなる」という明らかなデマもネット上で流布され、品薄状態が続いています。トイレットペーパーを求め、スーパーマーケットに行列を作る人々=2020年3月、大阪府東大阪市(恵守乾撮影) ネット上の情報はピンからキリまで、と書きましたが、ネット上にしてはかなりマシだと思われる投稿もありました。大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」に、災害派遣医療チーム(DMAT)の一員として2月18日に乗船した、神戸大医学部付属病院感染症内科の岩田健太郎教授がユーチューブに公開した動画です。論争は面白いが… 「どこにウイルスがいるか分からない状態」「悲惨な状況」と、船内の感染コントロールの不備を指摘した動画でした。一級小型船舶操縦士でもある私がその動画を見て感じたのは、岩田氏には船乗りとしてのセンスが致命的に欠如しているということでした。 確かに岩田氏の主張していることはまっとうだし、感染症の専門家としての意見としては正しいかもしれない。ただ、船というものを理解していない人だな、という感想です。 造船工学の視点から言わせてもらえば、船というのは基本的に極限までスペースを絞り込んだ乗り物です。総排水トンあたり、貨物船なら1キロでも多くの荷物を、客船なら1人でも多くの人間を乗せられるように設計します。大型の豪華クルーズ船といえども、この原理原則は無視できません。狭さは船というものが持つ本来的な宿命なのです。 船内ではウイルスがない安全な区域とそうでない区域の区分けが十分にできていないと指摘した岩田氏ですが、この狭さの中で精一杯の努力をしているジェナーロ・アルマ船長をはじめ、船乗りたちへの思いやりがあれば、あれほど強い調子で批判することはなかったと思います。残念ながらこの岩田氏の投稿も、ネット上の個人の意見の域を出なかったと言えそうです。 国内外に大きな反響を呼んだ投稿でしたが、これに対して反論した元厚生省技官で、「ダイヤモンド・プリンセス」内で実務に携わっていた沖縄県立中部病院感染症内科の高山義浩医師の意見もまた、ネット上の個人の意見でした。 これらは論争としては面白いけれども、私たちが今直面している新型コロナウイルスにどう立ち向かうべきか、という肝心な疑問には答えてくれていませんでした。 事態は今や新型コロナウイルスをいかにして国内に持ち込まないか、という水際対策には既に失敗していて、次の段階に入りました。札幌市の男性を皮切りに、いつどこで感染したか追跡できない「市中感染」が全国で始まっています。感染経路がはっきりしない患者が増える「流行期」「蔓延期」であることを前提にする段階になったのです。 日本政府が鳴り物入りで2月25日に発表した、新型コロナウイルス対策の基本方針は残念ながら、同時期に感染の拡がったイタリアや韓国に比べて、信じられないほど手ぬるいものでした。イタリアでは戒厳令に近く、スカラ座や大聖堂が封鎖され、ミラノコレクションも観客無しで開催。韓国では国会を封鎖して消毒、という対策をとっています。新型コロナウイルスの感染が広がるイタリアでマスクを着けた人々=2020年2月、ベネチア(ロイター=共同) そんなときに安倍政権は、今後1〜2週間が要警戒だと、専門家の見解を追認したにとどまりました。イベントの自粛も地方自治体や民間企業に判断を丸投げし、政治的な責任逃れに走ったのです。 民間では、大手広告代理店の電通が感染者の出た本社ビル勤務のおよそ5千人全員を在宅勤務にし、この日、日経平均株価は一時千円を超える下げ幅となりました。マスメディアの真の役割 翌日になって安倍晋三首相は、大規模なイベントに対して中止、延期、規模の縮小など2週間に渡る自粛の他、27日に全国の小中高の一斉休校を要請しましたが、後追い感が否めません。おそらく国際オリンピック委員会(IOC)の委員から、オリンピックを中止するかどうかを決めるのは、5月下旬までとの見解が出され、あわてて決めたように感じます。  私はマスメディアの役割として、正確な事実関係の公開、具体策を伴った注意喚起、ニュースとしてのバランスの確保を挙げましたが、それは無用な不安をあおったり、風評被害を起こしたりすることのないよう、十分に配慮されるべきであることも意味しています。 しかし、安倍政権の対策が遅きに失したり、PCR検査に消極的で感染者数に隠蔽工作を行ったりして、結果として世界各国からの信頼を失うようなことが起きれば、オリンピックどころではありません。  しっかり現政権を監視して、新型コロナウイルスに対する政策に抜かりがないのか、徹底的に検証し、責任を追及していくことが、マスメディアの重要な使命です。 現政権の責任を徹底的に追及するのは、野党の仕事だと勘違いをしている人もいるかもしれません。それは間違いです。少なくとも現政権を常に監視し、その実態を正しく国民に知らしめるところまでは、公正中立たるマスメディアの大切な任務です。その任務を果たさずして、公共の電波を独占することは許されません。 最後に忘れられがちな役割が、ニュースとしてのバランスの確保です。ウェブサイトを見ると、今日の時点でNHKのニュースサイトは、アクセスランキング1~5位まで、すべて新型コロナウイルス関連のニュースで埋め尽くされていました。 まるで他には何もニュースがなかったかのようです。ネット上ではこのような現象がしばしば起こりますが、テレビや新聞などのマスメディアがそれでは困ります。幸いテレビでは国会中継があるので、私はそれを見ています。 この時期には、国会の最大の山場である予算委員会が開かれています。「桜を見る会」問題、検察庁トップの人事問題、そして今回のウイルス対策費が総額153億円で十分なのか。まさに議論されています。新型コロナウイルス騒ぎがなければ、検察人事などおそらくトップニュースとして、上位にランキングされて目立っていたことでしょう。参院予算委員会で立憲民主党の福山哲郎幹事長(右)の質問に答える安倍晋三首相=2020年3月、国会(春名中撮影) いくら国民の関心が離れていたとしても、常に鋭い目で重要な政治の動きについては報道する姿勢を、マスメディアには持ち続けてもらいたいものです。今、問われているのは安倍首相の危機管理能力であり、世界が注目しているのは、安倍首相の一挙手一投足なのです。

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    新型コロナ禍で正念場の日本、米国に学ぶべき非常事態時の「覚悟」

    玉井清(慶應義塾大法学部教授) 新型コロナウイルス感染拡大をめぐる政府の対応に注目が集まっている。「平時」でなく「非常時」に際し、どのような決断をするか、政治の真価が問われる瞬間である。 もっとも、一口に「非常時」と言っても、ある出来事が発生したとき、それが非常時であるのか否か、非常時だとしてもどの程度の非常時であるのか、判断の難しい場合の方が圧倒的に多い。そうした状況の中、政治は決断を迫られる。 さらに、政治の決断には、薬の副作用同様、種々の不都合の発生が予想され、場合によってはマイナス面がプラス面を上回ることさえある。こうした利害得失を十分勘案した上で、政治家は、決断をし、あるいは決断しない選択をするが、その結果には全責任を負う。その覚悟なき者は政治に携わるべきではないだろう。  アメリカで2001年9月11日(9・11)に米同時多発テロが起きたとき、筆者はボストンに滞在していた。ニューヨークのワールドトレードセンターに2機のハイジャックされた旅客機が、さらにワシントンのペンタゴンに(米国防総省)3機目が突入した。 その直後、アメリカ政府は、アメリカ大陸の上空を飛ぶ全ての飛行機に対し強制着陸の命令を出した。警告しても、それに従わない飛行機はハイジャック機と見なすと宣言した。 これは、究極の場面では撃墜する許可が空軍に出され、全ての飛行機ということは旅客機も含まれていることが想像された。ハワイもアラスカも含め全ての国境と空港が瞬時に閉鎖された。 20年も前のことであるが、その瞬間、背筋が寒くなったことを鮮明に覚えている。アメリカで生活したことのある人は知っているであろうが、日本のように都市間を結ぶ鉄道は発達していない。移動は飛行機が主である。ボストンとニューヨーク、ニューヨークとワシントン、ビジネスに携わる人は、まるでバスに乗るように飛行機で往来している。それが全て止まるということである。 あらゆる商談はキャンセルされ、命に関わる緊急の血液や臓器、薬品や医師の移動もできなくなる可能性がある。アメリカの全ての日常が止まることを覚悟しなければならない。アメリカ国家全体への攻撃と捉え、政治が全責任を背負い、重い決断を即座に行った瞬間であった。その決断は、国家の危機であることを全国民に明確なメッセージとして伝えた瞬間でもあり、そのことは外国人である筆者にも容易に理解できた。 日本のメディアは、小学校の児童を前にしたジョージ・W・ブッシュ大統領(当時)が側近から一報を聞き、呆然自失の表情をした顔のアップを繰り返し茶の間に伝え続けた。危機にうろたえる無能な政治指導者として。米同時多発テロに関するブッシュ大統領の演説を街頭テレビで見るカップル=2001年9月、米ニューヨークのタイムズ・スクエア(大井田裕撮影) その一方で、非情とも言える政治の決断が瞬時に行われた事実とその意味することについてはほとんど注目しなかった。求められる政治決断 アメリカに滞在しながら、霞が関ビルに、続けて国会議事堂に飛行機が突入する事態になったとき、日本の政治は、このような徹底した決断を瞬時にできるだろうかと自問自答した。ニューヨークとワシントンが標的になったので、強制着陸は東海岸の領空に限定してもよかったはずである。しかし、アメリカ政府は、瞬時に全土を閉鎖した。見事な危機対応であった。 誤解を恐れずに言えば、アメリカは「大雑把(おおざっぱ)」な文化を持つ社会である。仕事の正確さ、細部にまで手を抜かない文化に慣れた日本人にとり、慣れるまでストレスを感じる社会である。 サラダボウルと形容されるように、人種、民族、宗教が多種多様で、日本のような細部にまでこだわる正確さを求めると四六時中摩擦が発生するので、ある程度「大雑把」な方が社会はうまく回る。生活しているうちに、変な合点をするようになった。 スーパーで買うタブレット型の薬や、薬局で調剤され容器に入った薬、押してもなかなか出てこず、ふたを開けるのに難儀な薬の容器、「大雑把」なアメリカの製造技術の拙劣さと最初は誤解していた。 しかし、それは幼児による薬の誤飲を防ぐための措置であった。大国でありながら貧者がまともな医療を受けることができぬアメリカではあるが、「国民の命」を守ることにおいて周到な準備と配慮を怠らず、それを徹底している一面がある。そのためなら大胆ともいえる政治決断をためらうことなく行う国でもある。 新型コロナウイルスに対する日本政府の対応を見ていて、9・11のテロに際してのアメリカ政府の決断を想起せざるを得なかった。今回の出来事を9・11に準(なぞら)えるのは大げさ過ぎる、同列に扱うのは不適当との意見は当然あるだろう。 しかし、両者は、非常時に際し「国民の命」を守るため、全ての責任を背負った政治決断が求められている点では同じである。日本はいかなる準備と覚悟を持っているのか、それが試されている。新型コロナウイルス対策本部の会合で発言する安倍晋三首相。左は加藤隆信厚労相=2020年2月、首相官邸 冒頭に述べた「覚悟」は、政権担当者はもとより、与党だけでなく野党政治家にも、国政だけではなく地方政治においても問われている。政治に携わる者は、その立場を越え、国や地方問わず肝に銘じておく必要がある。 対外関係を配慮し過ぎて、あるいは関係機関の調整と了解に傾注するあまり、あるいは揚げ足取りにしか見えない低劣な批判への対応に時間を奪われるあまり、然るべきときに、然るべき決断ができず、結果として弥縫(びぼう)策に終始する日本政治の弱点が露呈しないことを願うばかりである。

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    コロナショック直撃、救えるのは日銀の「非公式見解」しかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルス(COVID-19)感染の影響が、経済的にも社会的にも拡大し始めている。経済的な影響は、昨年からの経済動向を分析すると、3段階の局面が重要になっている。 一つ目は、日本経済が米中貿易戦争などの影響で2018年秋から減速傾向を見せ始め、19年には明らかに景気下降局面入りになった。このタイミングで、10月に消費税率10%引き上げが政治的な思惑を優先する形で導入された。 二つ目は、消費増税が政府の対応策をほぼ無効化し、消費や設備投資、輸入など日本の購買力を直撃し、その影響が現段階まで持続している。その状況で今回、新型コロナウイルスによる経済的な影響が国内外で発生している。 三つ目の局面は今後の状況にかかっている。それは、「景気下降局面」プラス「消費増税」プラス「新型コロナウイルス」の「三重苦」がいったいいつまで持続するかだ。 この三重苦の中で、比較的短期に終息しそうと思われているのが、新型コロナウイルスの経済的ショックだろう。ここでは、中国、日本、そして世界における本格的感染の終息宣言が、世界保健機関(WHO)や各国政府などから早期に出されるケースを想定している。その場合でも、本格的な感染がいつ終わるかによって、日本経済には深刻なダメージが待ち受けている。 もちろん、それは今夏の東京五輪・パラリンピックの開催をめぐるものだ。中でも、嘉悦大の高橋洋一教授は最も悲観的な予測を提示している。 高橋氏によれば、国際オリンピック委員会(IOC)が開催するか否かの判断時期を5月中に設定する場合、WHOの終息宣言は少なくとも5月下旬がリミットになるが、それまでに本当に終息するかどうか微妙だ、という。もし、東京で開催しないと決定されれば、その経済的影響は計り知れないというものだ。下げ幅が一時1000円を超えて急落した日経平均株価を示すモニター=2020年2月25日午前、東京・八重洲 ただ、高橋氏の「悲観シナリオ」はあくまで一定の前提の上での話であることに注意が必要だろう。WHOや各国政府の終息宣言がいつ出されるか、まだ全く不確定な話でしかないからだ。 五輪やサッカーのワールドカップといったスポーツのビッグイベントの経済効果を、よく言われるようにインバウンド(外国人観光客)消費の増加や公共事業による経済浮揚効果に限定するのは、正しくはない。ビッグイベントに伴うインフラ整備は、開催までにそのほとんどの「経済効果」を使い切っている。あとは、その既存設備がどのように活用され、社会資本として機能していくかだけになる。「三重苦」への経済対策は インバウンド消費も直接面だけを見るのは妥当ではない。五輪などの一時的な観光客増を嫌って、人々が他国や地域に観光に出掛けるかもしれないし、違う形態の消費におカネを使うかもしれない。つまり、混雑効果を考慮しなくてはいけなくなる。 ある実証研究では、五輪の経済効果は、開催国の国際的な信頼性を上昇させることで輸出が増加する効果として現れるという。他方で、五輪などのビッグイベント自体の経済効果よりも、金融政策などのコントロールがうまくいっている方が重要だ、という実証もある。 仮に、高橋氏の悲観シナリオが不幸にして成立してしまえば、日本の「国際的信頼」は毀損(きそん)され、輸出にも影響を及ぼすかもしれない。他方で、増加が見込まれるインバウンド消費や五輪を当て込んだ国内消費や投資などは大幅に失われる。 今回の新型コロナウイルス問題以前に提起されていた東京五輪による経済効果の各種推計を読み解くと、既に2020年は各種インフラ整備への支出はほぼ終わっているため、キャンセル効果は大きくない。インバウンド消費が3~4兆円、国内消費も1兆円程度が失われる。 ただ、本当に「失われる」かどうかは分からない。先ほど簡単に例示したが、五輪の混雑を忌避する観光客の消費増が国内外から発生するかもしれない。もっとも、これも新型コロナウイルスの風評被害がゼロであるという前提に立っている。 新型コロナウイルスの感染拡大が収まらないことで、五輪が中止になれば、日本の「国際的な信頼」が毀損されるだろう。「観光立国」というブランド(があるとして)も大きく低下するかもしれない。 いずれにせよ、上述の悲観シナリオの当否は取りあえず別にしても、「景気下降局面」プラス「消費増税」プラス「新型コロナウイルス」の「三重苦」に対応する経済政策が必要になる。現在の国会で審議されている補正予算だけでは不十分だ。都庁で行われた記者会見で新型肺炎の東京五輪に対する影響について説明する東京都の小池百合子知事=2020年1月31日 では、どのくらいの規模が必要だろうか。現在、審議中の補正予算案は4兆3千億円程度でしかない。これではおそらく「三重苦」の「景気下降局面」プラス「消費増税」、二つの悪影響の、それも3分の2程度しか打ち消すことができないだろう。 やや粗い計算になるが、公表されている日本銀行の需給ギャップ(国内総生産=GDP=ギャップ)推計を利用してみよう。 日本経済の潜在GDP(資本や労働が完全利用されている水準のGDP)と約530兆円ある現実のGDPとの開きは、2019年の第3四半期でプラス1・02%と3四半期連続で悪化していた。この状況に「消費増税ショック」がのしかかるが、14年の増税並みと仮定すると、日銀推計のGDPギャップはおそらくマイナス域に限りなく接近するか、場合によっては小幅マイナスになるだろう。消費増税ショック再び? 「マイナスといっても、小幅だからいいじゃないか」という話ではない。次期日銀審議委員に決まったエコノミストの安達誠司氏が以前指摘していたが、日本経済がデフレ脱却に最も近づいたころが2018年秋ぐらいまでだ。その時期の日銀推計のGDPギャップは2%超だったが、この水準(以上)を目指さなくてはいけないからだ。 仮に、新型コロナウイルスの経済的影響を14年の消費増税ショック並みと見れば、上述の「三重苦」でGDPギャップは最悪マイナス1%近くまで落ち込む。要するに、消費増税が半年足らずの間に2度やってくるようなものだ。 これを打ち消すには、現状の19年補正予算4兆3千億円に加え、6兆円以上の新たな補正予算が必要になるだろう。さらに2018年秋レベルのデフレ脱却可能な水準にまで引き上げるには、さらに6兆円以上の補正予算が求められる。新型コロナウイルスの影響次第だが、補正予算ベースで総額16兆円規模になる。 これらは粗い計算ではあるが、一つの目安ぐらいにはなるだろう。「デフレ脱却を後回しにして、取りあえず経済を『三重苦』から脱却させろ」というせっかちな(愚かな?)要求ならば、10兆円程度になる。新たな補正予算には6兆円超が確実に必要というわけだ。 日銀の政策委員会にはいわゆるリフレ派が3人いる。現状では、若田部昌澄(まさずみ)副総裁と片岡剛士審議委員、そして原田泰審議委員だ。原田氏に代わり、3月26日からは安達氏が委員に就任する。 政策委では、金融政策決定会合で反対票を投じる片岡氏と原田氏がしばしば注目される。しかし、両氏以上に重要なのが、若田部氏の「隠れたメッセージ」を解読することだ。 総裁、副総裁2人から成る執行部は意思統一を強く求められるため、日銀の「公式見解」とずれる内容をなかなか言いにくい。だが実は、若田部氏は読む人がしっかりと読めばわかる大胆な提案を、講演や記者会見で発言している。青森市で記者会見する日銀の若田部昌澄副総裁=2020年6月 最近の講演では、やはり彼が政府と日銀の協調を提起しているところがツボである。黒田総裁なら、しなびたミカンの皮程度のことしか言わないものだ。 日本銀行が大規模金融緩和を継続するもとで、経済情勢に対応して機動的に財政政策が運営されることは、金融緩和と財政刺激の相乗作用を高め、景気刺激効果をより強力なものにすると考えています。一般に、政府が国債増発を通じて政府支出を増加させると、長めの市場金利に上昇圧力が加わり、これが次第に民間投資などを抑制するメカニズムが働きます。これに対して、政府支出が拡大するもとでも、中央銀行が市場金利の上昇を抑制すれば、民間投資などへのマイナスの影響は限られ、景気刺激効果の強まりが期待できるということです。若田部昌澄「最近の金融経済情勢と金融政策運営」2020.02.05 若田部氏のメッセージを実行する、このことが何よりも求められるのである。

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    「中国離れ」を左右するコロナショックと忖度リスク

    中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 春節(旧正月)明けの中国株式市場は予想通りの暴落で始まった。新型コロナウイルスの中国本土での感染拡大を受け、市場取引の連休期間を延長していた。 代表的な指数である上海総合指数は売り注文が殺到し、連休前だった1月23日の終値から、一時最大で8・7%、結局4年5カ月ぶりの大きさとなる7・7%の大幅下落を記録した。もっとも、中国の政策当局も手をこまねいていたわけではなく、株価安定のための対策を準備していた。 中国人民銀行(中央銀行)は、資本市場の資金不足を防ぐために、1・2兆元(1740億米ドル、19兆円強)もの流動性資金の供給をアナウンスしていた。また、ロイター通信によれば、中国当局は各証券会社に対し、3日の空売り注文を規制するように要請したという。 特に中国人民銀行の動きは重要である。なぜなら、中央銀行の重要な役目として、金融システムの安定性を維持する「最後の貸し手」としての機能があるからだ。 「新型コロナウイルスショック」は今のところ、人やモノの取引といった実物面だけにほぼ限定されている。影響が及んでいるのは、国内外の物流への影響、国内外の観光客やビジネスでの移動制限などだ。 だが、これに留まらず、株価の予期しない下落から金融機関、企業などに「おカネの取引」の面で影響を及ぼせば、経済的な被害ははるかに甚大なものになる。資金ショート(不足)を防止するために、中央銀行は潤沢な資金供給をもって応える必然性が出てくる。 この対応は中国だけではなく、金融システムの不安定性が懸念されれば、どの国であっても採用する政策だ。市場関係者では、現状の7~8%台の株価下落は予想の範囲内だとの見方が強い。その意味では、現時点では中国の政策当局の「必死の攻め」が効果を挙げているのだろう。もちろん、これで話が終わりというわけでは全くない。 米中貿易戦争の影響で、既に中国経済は大きく減速していた。昨年10月に2019年第3四半期(7~9月)の実質国内総生産(GDP)成長率が前年比プラス6%と発表されたが、通年で6%を下回る予測が既に出ていた。 この率は、1992年の四半期データ公表開始以来最も低い数値となった。ただし、中国の習近平指導部はこの公表値にも強気の姿勢であり、いわば政治的には「織り込み済み」であった。WHOのテドロス事務局長と会談する中国の習近平国家主席=2020年1月31日、北京の人民大会堂(共同) トランプ大統領自身の再選がかかる「政治の年」では、米政府が大胆な中国への経済的圧力を現状以上には出せないという見方もあったのだろう。だが、今回の「新型コロナウイルスショック」は、中国指導部の楽観シナリオを狂わせたのではないか。SARSとコロナ、経済的ショックは? そこで、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行による中国や世界経済の影響と比べてみよう。今回は02年よりも国内景気が悪い中国の経済状況下で、「世界の工場」だけでなく世界の物流や消費の一中心地になったことで、世界経済における位置も変化している。この状況を勘案すれば、SARSのときの国内外に与える影響を各段に上回るものと予想できる。 03年のSARSの経済的な影響については、高麗(こうらい)大の李鍾和(イ・ジョンファ)教授とオーストラリア国立大のワーウィック・マッキビン教授の論文「SARSからの教訓:次なるアウトブレイクに備えて」が有益である。両氏の論文では、SARSショックは、中国経済の成長率を1・1%引き下げ、香港に至っては約2・5%も引き下げた。 ただし、世界経済への影響は軽微であり、米国は0・1%ほどの引き下げ効果しかなかった。両氏の論文には特に日本への言及はないが、03年の日本経済は、世界経済ともSARSショックとも無縁な形とはいえ、デフレ不況の中で「格闘」中であった。 2月1日の夕刊フジでもコメントしたように、「現在の中国は世界の生産の主体であると同時に、世界の消費者としての地位を築き、ビジネスでも多数の人が動くようになった」。そもそも03年、中国の経済規模は世界第6位程度であり、GDPでは日本より小さかった。 だが、今日では、世界第2位の経済規模であり、貿易関係一つとっても各段に異なる。03年当時の中国の貿易総額は1兆ドルに満たなかったが、2018年には、約4兆6千億ドル超にも達している。 中国からの落ち込みによる外国人観光客(インバウンド)消費の減少に加え、貿易を通じた悪影響が、日本を含め世界各国で懸念されるだろう。観光立国であるタイでは、既に、深刻な観光不況がささやかれ始めている。 さらに、中国の国内消費や生産の落ち込みが早くも出ているところがある。典型例として、中国の石油需要が消費全体の20%に相当する日量300万バレル程度減少したと報じられている。複数の市場関係者の推測では、やはり新型コロナウイルスのよる影響だという。 この報道を受けて、原油先物価格が一時低下した。仮に中国の石油などのエネルギー需要低下が持続すれば、原油価格に依存している新興国経済にとっては極めて重要なリスク要因だろう。重症急性呼吸器症候群(SARS)の集団感染が発生し、封鎖された北京市内の工事現場。中に民工が隔離されたままで、昼どきには大量の弁当が運びこまれていた=2003年5月 このような中国発の経済リスクを嫌って、「中国離れ」も加速化するかもしれない。米国のロス商務長官はテレビのインタビューで、中国に依存した世界の供給網(サプライチェーン)の見直しが行われる機会になるかもしれないと発言した。 実際に、SARSショックから十数年で、同規模かそれ以上の経済・安全保障上のリスクが中国から発生しているわけである。これは各国の対中長期投資に関して、少なくとも再考を促す機会になることは間違いない。「中国離れ」できないワケ しかし、「中国離れ」、あるいは中国との距離の見直しが加速化できないところもある。国際機関に染み込んだ中国依存体質だ。 今回の新型コロナウイルス問題では、SARSでの情報公開の遅れとそれに伴う世界的大流行(パンデミック)の出現と比較して、中国の政治体制に根付くより深刻なリスクが顕在化している。それが今書いた国際機関を中心とする中国依存体質、あるいは中国の指導部の顔色を忖度(そんたく)する国際的なリスクだ。これを「中国忖度リスク」と表現しよう。これには、国連への分担金が日本を抜き去り、世界第2位になった背景もあるだろう。 フランスのル・モンド紙が、先月22、23日に開催された世界保健機関(WHO)の緊急委員会で、中国政府が新型コロナウイルスについて「緊急事態宣言」を出さないように政治的圧力を行使していた疑いを報じた。この圧力のためか、31日の緊急委後に出された「緊急事態宣言」は、渡航・貿易制限などに触れられていない抑制されたものになっている。 だが各国政府は、この「緊急事態宣言」より踏み込んだ渡航や入国制限を実施している国が目立ってきている。WHOの「中国忖度リスク」に備えたかのようだ。 この「中国忖度リスク」は、意外なところで日本にも迷惑を与えている。日本経済新聞の滝田洋一編集委員のツイッターで知ったのだが、WHOが「緊急事態宣言」を掲載したホームページでは、なぜか発生源の中国ではなく、成田空港の写真が現在でも使われている。 実に奇怪な印象操作と言わざるを得ない。もし「操作」ではないとするならば、このような悪影響を諸外国に与えるイメージは即刻撤回すべきであろう。日本政府の対応が求められる。 ところで、新型コロナウイルスの医学的な判断をこの論説で行うことはできない。筆者が参照にしたのは、感染専門医の忽那賢志(くつな・さとし)氏や、医師でジャーナリストの村中璃子氏の論考だ。特に村中氏は、日本政府がWHOや中国政府の発表を当初鵜呑みにした対応を問題視していた。 評論家、石平氏の中国問題に対する見識も、筆者は常々参考にしている。最近のインタビューでは、「上海、深圳(シンセン)などハイテク産業が盛んな地域に広がる可能性もある。このまま主要都市の生産活動が3カ月もできなければ、GDPは数割減に落ち込む可能性もある」という極めて厳しい予測をコメントしている。大幅に下落する上海総合指数のボード=2020年2月3日(萩原悠久人撮影) 実際のGDPの落ち込み予測はともかくとして、確かに上海や深圳にまで武漢同様の影響が波及すれば、中国経済の落ち込みは深刻なものになるだろう。いくつかの経済シナリオを頭の中に置きながら、今の世界経済、そして日本経済を読み解いていかなければならない。 新型コロナウイルスの感染波及が全く見通せない中では、経済的には不確実性に備えた体制を採用するのが望ましい。日本であれば、政府と日本銀行が協調した経済拡大スタンスの採用を強くアナウンスすること、それに尽きるだろう。

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    新型コロナウイルスと向き合うための「危機管理の鉄則」

    福田充(日本大学危機管理学部教授) 中国の武漢で発生し、今や世界に感染拡大した新型コロナウイルスによる肺炎に対する措置として、日本政府は武漢の在留邦人を政府チャーター機で帰国させた。一方で、武漢からの観光客を乗せたバスの運転手やガイドがこの新型肺炎に感染し、日本国内でのヒト-ヒト感染も拡大している状況である。 新型インフルエンザなどの感染症によるパンデミック(世界的大流行)で最も大切なことは、初動対応の判断である。「危機管理学」でいえば、これは発生後の危機管理(クライシス・マネジメント)にあたる。 この初動対応において、政府は危機管理のための指揮命令系統として、さらには社会全体に向けた情報伝達としてのクライシス・コミュニケーションを実行せねばならない。既に、今回の新型肺炎に対する日本政府の初動対応の遅れが指摘され、批判されているが、その側面は否定できないであろう。 発生源であった中国政府の対応自体が遅れ、後手に回ったことと、中国政府からの情報発信自体が積極的でなかったことに問題があった。武漢市民の移動規制や封鎖措置は、既に新型肺炎が武漢で蔓延(まんえん)し、武漢市民をはじめ感染者が世界各国に拡散し始めた後のことであった。 世界保健機関(WHO)の新型コロナウイルスに対する世界的な危険度評価も当初は「中程度」と発表していたことが、世界各国の政府の対応を鈍らせた原因の一つでもある。その後、WHOは世界的な危険度評価を「高い」と表記すべきであったと訂正した。WHOが新型コロナウイルスに対して「緊急事態宣言」を発表したのは1月31日になってからである。 これら発生源の中国の状況、そして国際機関であるWHOの対応を見ながら日本の対応を検討するというスキームにおいては、今回の日本政府の対応の遅れはシステム上仕方なかった側面はある。ただ、こうしたスキームの中でも素早く決断し、日本独自の対策をとるのが「政治判断」の重要性であろう。これは世界のリスクに対するインテリジェンス機能の問題であり、そのインテリジェンス機能から政治的な決断をする、普遍的な危機管理の課題である。中国の習近平国家主席(右)と会談するWHOのテドロス事務局長=2020年1月28日、北京の人民大会堂(共同) 日本政府は法的な手続きを経て、新型コロナウイルスを感染症法に基づく「指定感染症」に指定することで本格的な対応に着手することが可能となった。施行日を2月7日としていたことが事態の緊急性を反映していない対応の遅さを表しているが、WHOの緊急事態宣言を受けて、2月1日に施行を前倒しにすることができた。 感染症法や新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく、政府行動計画には以下の五つのポイントが示されている。その中には、危機管理学の重要な要素であるインテリジェンス、リスク・コミュニケーション、セキュリティー、ロジスティクスの4要素が含まれている。(1)外国や国内での発生状況、動向、原因の情報収集(インテリジェンス)(2)地方自治体、指定公共機関、事業者、国民への情報提供(リスク・コミュニケーション)(3)感染症の蔓延防止に関する措置(セキュリティー)(4)医療の提供体制の確保のための総合調整(ロジスティクス)(5)国民生活や国民経済の安定に関する措置(セキュリティー・ロジスティクス) この五つの基本計画はこの新型コロナウイルス対策においても踏襲される。パンデミック対策のカギ これらのインテリジェンス、リスク・コミュニケーション、ロジスティクス、セキュリティーの四つの活動も、特に感染症のパンデミック対策では、そのスピードが勝負の鍵となる。素早い判断と、素早い手続き、素早い指揮命令と、現場における素早い対応によって、感染拡大の規模を最小化することが可能になる。 医学的な判断や国際状況を見極める態度は重要だ。ただ、そのためにじっくり見極める時間を取ることで、対応が遅れて感染が広がるという対策上のミスを防がなくてはならないのが、感染症のパンデミック対策である。 感染症が国内に入ることを防止する水際対策も、決して万全なものではなく、感染症の国内流入を防ぐことはできない。この水際対策も機能的には時間稼ぎであり、国内に感染症が入ってくるのを極力遅らせること、流入する感染者の数を極力少なくすることにより、感染拡大スピードを遅らせることが目的である。この感染拡大スピードを遅らせることで、その間に国内の対策を進める時間的猶予を作り出すという、時間との戦いである。 危機管理の鉄則は、「最悪の事態を想定する」ということであり、「空振り三振はしても、見逃し三振はするな」という態度である。つまり、新型ウイルスなどの感染症パンデミック対策においても、常に最悪の事態を想定し、過剰な対応策となったとしても、空振り三振を恐れず、対策の一手を先行して打つということが求められる。それが政治責任であり、政治判断である。 感染症のパンデミック対策においては、社会全体の市民や組織の協力体制が不可欠である。そのためには、自治体はどのような対応を採るべきか、企業は社員に対してどう対応すべきか、学校は生徒に対してどう指示すべきか、市民一人一人はどのような対応策をとるべきなのか、積極的な広報を展開する必要がある。 それを平常時に実施するのがリスク・コミュニケーションという活動であり、それを危機発生後に行うのがクライシス・コミュニケーションである。 国家を挙げた危機である感染症パンデミック対策であれば、重要な役割を果たすのが政府とメディアである。こうしたクライシス・コミュニケーションの過程では、(1)政府から自治体への指示(2)政府からメディア各社へのリリースや会見(3)政府から国民に向けた広報、が積極的に展開されなければならない。中国・武漢から29日にチャーター機で帰国した日本人3人の新型コロナウイルス感染が確認され、会見する厚労省の担当者=2020年1月30日(寺河内美奈撮影) 政府が直接市民に向けて発信できるメディアも、インターネット、会員制交流サイト(SNS)の時代を迎えて増加した。こうしたネットやSNSを最大限に活用した感染症対策の社会教育をより積極的に展開せねばならない。 そのためには、新しい感染症に対応したリスク・コンテンツの拡充と、それを市民に分かりやすく伝える政府や官庁のリスク・コミュニケーターの育成が必要である。連日テレビや新聞で報道される感染症関連のニュースも、社会教育においては極めて重要であり、こうした従来のテレビや新聞などのマスメディアを通じて、市民は感染症の実態や対処法を学ぶことができる。 こうしたテレビのニュース番組やワイドショー、情報番組を社会教育の手段として有効活用するためには、政府や官庁から、メディア各社への積極的なプレスリリース、記者会見や、リスク・コミュニケーターの派遣を展開することが必要不可欠である。「人権」と「人命」 ここで国民世論における「不安」と「安心」のバランスを考慮した積極的な広報が求められる。危機に際して、「不安を煽ってパニックになるのではないか」ということを恐れ、公的機関の広報が消極的になるケースが発生する。 むしろ、それは逆であり、情報を積極的に発信して社会教育することにより、市民の不安を払しょくし、安心をもたらして合理的で冷静な対応行動をとることが可能となる、という側面があることを忘れてはならない。 新型コロナウイルスが指定感染症と定められたことにより、感染が確認された場合には患者に入院勧告し、従わなかった場合には強制入院させることが可能となる。職場に出勤させない就業規制も可能である。 感染症のパンデミックで日本政府が在留邦人の保護のために政府チャーター機を派遣したのは歴史上初めてのことである。こうして、武漢からの在留邦人を乗せたチャーター機が帰国したが、帰国した邦人への検査態勢と対応措置、新型肺炎に感染した邦人患者への措置には課題が残った。 その課題は、アウトブレイクした外国都市からの在留邦人が帰国した場合、今回のような新型感染症の検査の強制的実施の問題、検査結果を問わず潜伏期間を含めた一定期間の隔離実施の問題など多岐にわたる。指定感染症を定めるタイミングや、それに間に合わない初動における対処には、まだグレーゾーンが残っている。そのためには感染症法や検疫法、新型インフルエンザ等対策特別措置法などのさまざまな法律の間の整合性を再検討しなければならない。 こうした人権問題に関わる事例をクリアする法制度の構築と、それを社会で議論し、合意形成していく民主主義的なリスク・コミュニケーションの過程が、平常時に求められる。 危機管理の普遍的な課題である、「安全・安心」と「自由・人権」の対立、トレードオフの問題を感染症パンデミック対策でも検討せねばならない。中国・武漢から羽田空港に到着した日本政府のチャーター機。手前は待機する救急隊員=2020年1月29日 今後、さまざまな新型の感染症に対してワクチンを開発する取り組みが始まるが、ワクチンの開発がパンデミックの過程において間に合った場合でも、その数量の限られたワクチンを誰から摂取するか、医療関係者、子供、高齢者、一般成人など接種の優先順位の検討と決定が必要となる。どの地域の、どの自治体から摂取を始めるか、どのような場所でどのような方法で接種を行うか、徹底した議論と合意形成が求められる。 こうした命の優先順位ともいえる機微な課題を、最大限、人権に配慮しながらも、パンデミックの被害を最小限化し、人命を優先するために、冷静に決断しなければならない事態が訪れている。 こうした議論と合意形成のために、市民に対する情報提供や情報公開は不可欠であると同時に、それを担うメディアの役割も重大である。これが危機管理におけるリスク・コミュニケーションの意義であり、現在の新型コロナウイルス肺炎の対策に必要なことも、この社会全体を巻き込んだリスク・コミュニケーションなのである。

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    アベノミクスにもよく効く「パンデミック」の教訓

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの脅威が高まっている。中国本土では、ウイルスによる肺炎の死者が81人、患者数は2744人になり、世界中では3千人に迫る規模で増加している。武漢市当局者の発言や医療従事者の証言によれば、市内ではさらに1千人規模で感染者が増える可能性があり、感染力自体も高まっている。 既に日本でも患者が確認されており、今後も社会的な防疫体制の強化が必要だ。日本政府はチャーター機を手配するなどして、武漢からの邦人の全員帰国を実現しようとしている。 ただ、新型コロナウイルスに関して、これまでの日本政府の広報体制は十分なものとはいえない。画像を参照してほしいが、27日早朝の厚生労働省のホームページには、季節性のインフルエンザに対する注意喚起程度しかない、といっていい状況だ。参考として紹介している国立感染症研究所の情報も、単なるコロナウイルスの種別解説しか記載がない。 他方で、インターネット上では、国内外の報道や医療関係者の具体的な発言を無数に確認することができる。もちろん、その中には虚偽の伝聞や、過剰な煽りも多い。 日本政府の情報発信のレベルの低さは、すなわち危機管理力の決定的な遅れだ。社会的な疫病対策には、病そのものへの対応と同時に、社会的な不安を抑制する仕組みも必要だろう。その点で、日本政府の情報発信はまさに稚拙以外の何物でもない。 NHKでは、世界保健機関(WHO)の発表を紹介し、ウイルスの感染力が患者1人から2・5人(以前は1・4人)に拡大していること、致死率は3%であることを伝えている。感染力や致死率は、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)に比べれば格段に低い。ただし、多くの医療関係者は、人から人に感染していく中での変異を懸念する声も多い。 昨夏大きな注目が集まった日韓の輸出管理問題では、当時の経済産業相だった自民党の世耕弘成参院幹事長が積極的にツイッターでマスメディアの報道の問題点や、制度自体の詳細を解説して、国民の誤解を防ぐ役割を果たしてきた。河野太郎防衛相も、外相時代から始めた外交・防衛活動を現職まで続けることで、リアルタイムに政府の取り組みを知らせることに成功したといえる。 だが、今回の件では、加藤勝信厚労相の積極性は皆無だ。上述の通り、厚労省の広報もネット時代に対応できておらず、全くダメだ。車両の通行が制限され閑散とする中国・武漢市内=2020年1月26日(共同) 繰り返すが、社会的な防疫体制に、今はネットによる情報発信が極めて重要だ。その意味で、政府の現時点の対応は稚拙なものである。 最近の報道では、SARSとの比較が目立つが、新型ウイルスの猛威によって世界中で多くの人命が損なわれたのは、約1世紀中では1918年のインフルエンザのパンデミック(世界的大流行)だろう。そのときの経験から学べる教訓は多い。パンデミックの「教訓」 米歴史学者、アルフレッド・W・クロスビー氏の『史上最悪のインフルエンザ』(みすず書房)や、最近惜しくも亡くなられた歴史学者の速水融氏『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書房)で、当時世界的規模で流行したことが実証的に明らかになりつつある。当時、日本では45万人、米国でも67万5千人、全世界では推計4千万人の死者が出た。 交通網の整備や人口の集中度合いなどが、致死率を高めることにつながった。現代は、1918年当時とは比較にならないほど都市化と国際的な人的交流の発展が進み、新型感染症の脅威はさらに高まっている。なお、ウイルスの基礎知識やパンデミックの定義など初歩的な解説としては、BBCの動画ニュースを参考にするといいだろう。 18年のインフルエンザと今回を比べる上で、ミシシッピ大のトマス・A・ガレット教授の論文「パンデミック経済学:1918年インフルエンザと今日の含意」(2008年)がいまだに役立つ。ガレット氏の論文を参考にして、重要な論点を列挙しておく。1)1918年のケースでは、都市部と地方で致死率に大きな違いがあり、都市部の方が致死率は高かった。しかし今日では、交通網の整備などで都市部と地方での有意な違いはないかもしれない。2)18年当時では、低所得階層で特に致死率が高かった。今回の武漢のケースでも貧困層が最も高い罹患(りかん)のリスクに直面しているとの指摘もある。3)18年当時では、都市部住民は比較的医療サービスを受けやすい環境にあったが、医療サービスの供給を過度に超える需要が存在することで、かえってインフルエンザの集団発生に貢献してしまった。例えば、狭い医療空間の中での患者や医療関係者が直面する場合である。報道によれば、武漢の一部の医療機関では、患者たちの過密する状況があるようだ。4)18年当時では、保険に加入していた人たちは経済的負担をある程度回避できたが、この保険でも低所得者層には致死率の面で、高所得者層に比べて不利だった。医療保険は正常財であり、所得が大きければより購買量が増える財だからだ。5)18年当時では、米国のフィラデルフィアとセントルイスは対照的だった。前者はカーニバルで多くの人が特定地域に密集し、全米で最もインフルエンザの脅威に晒された。対して、セントルイスでは地域を早急に封鎖することで、インフルエンザの波及を食い止めた。春節中の国外旅行を事実上禁止した中国政府の動きはこの教訓からいって妥当だったかもしれない。武漢などの「都市封鎖」もこのときの経験を参照したのかもしれない。 過去の教訓として重要なのは、ガレット氏が「パンデミックの経済学」で述べているように、公的機関の協調だ。これら政府の協調が失敗しないためには、人々の公的機関の情報に対する信頼性が何よりも鍵になる。 ただし、経済成長率や人権抑圧の状況でもそうだったように、中国政府が提供する情報は多くの人たちに疑問視されてきた。この信頼性の欠如が、今回の新型コロナウイルスの事例でもネックになりそうだ。日本政府の情報発信の問題については先に述べた通りである。 安倍晋三政権の危機管理能力が残念な点は、新型コロナウイルス対応への情報発信だけではない。経済問題に関しても深刻である。核心にあるのが、消費増税による悪影響を低く見積もる姿勢だ。これは政府だけではなく、日本銀行を含めた体質でもある。 先日閉幕した世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)の記者会見の席で、日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁が、2019年10~12月までの経済成長率がマイナスになるとの見方を示した。国内総生産(GDP)統計(速報値)自体は2月17日に公表される予定だ。マイナス成長の主因は相次いで日本に上陸した大型台風の影響だという。金融政策決定会合後の会見で質問する記者を指名する日銀の黒田東彦総裁=2020年1月21日(酒巻俊介撮影) 大型台風の影響が深刻で今も爪痕が残ることは理解できる。だが、それは10月に集中していたはずだ。同じく10月に実施された黒田氏の発言は、消費税率10%引き上げの影響をできるだけ大きく見せないように終始しているように思えた。これは悪質な欺瞞である。 岩田規久男前副総裁は『日銀日記』(筑摩書房)の中で、黒田氏が14年の消費税率8%引き上げの最大の功労者=戦犯であると指摘している。岩田氏も同僚であったので、慎重な書き方ではあるが、一読すれば趣旨は明瞭だ。防疫も経済も協調なし? 日銀による金融緩和政策の効果を大きく削いでしまったのは、金融政策の責任者である黒田氏自身にあった。財務省出身という黒田氏のキャリアが、消費増税を推進するスタンスに大きな影響を与えているのだろう。 ここで、金融緩和政策と消費増税の関係を比喩的に説明しよう。大胆な金融緩和政策を採用する「アベノミクス」以前は、駅前のロータリーをそれなりの速いスピードでぐるぐる回るだけでしかなかった。 これは金融緩和に否定的な人たちがよく用いる形容であるが、「マネーをじゃぶじゃぶ」しても、デフレ停滞から一向に脱することができなかったことを意味している。つまり、どんなにスピードを上げても駅前のロータリーから出られないのだ。 アベノミクスはこの政策スタンスとは違う。まず目的地を設定して、高速道に乗って近くのリゾート地に向かうことを決めている。それがインフレ目標2%であり、目標を通じた雇用や経済成長の安定化だった。車は当初は高速道を80キロくらいのスピードで順調に運転していた。これが2013年終わりまでのアベノミクスの根幹である金融緩和政策の姿だ。 だが、2014年4月の消費増税は、高速道で同じスピードのまま猛烈な向かい風に当たることになる。当然にアクセルを踏む力が同じままであれば、速度は大幅にダウンする。 ただし、とりあえず進むことは進んでいる。雇用の持続的改善の主因は、目的地を見据えた緩和の継続にある。これを「アベノミクスは史上最悪の緊縮政策」「消費増税で日本経済ハルマゲドン」論者たちが見落としていることだ。 もちろん、強烈な向かい風があれば、アクセルを踏み込んで80キロに上げればいいのだが、そもそも、消費増税という向かい風を政府自らが起こす必要はないはずだ。ところが、今回の増税でもその手法を採用している。 防疫体制もそうだが、国民の生命は経済政策によっても保障されている。その経済政策の点から、政府と日銀は国民に対して、長期停滞という深刻な病に再び陥ることを強要しているともいえる。新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する関係閣僚会議で発言する安倍晋三首相。手前は加藤勝信厚労相=2020年1月24日(春名中撮影) 新型の感染症対策には、公的機関の協調が必要であり、その核は公的機関の発信する情報の信頼性にあると指摘した。経済対策でも同じことだ。 黒田総裁や政府からは消費増税の悪影響をできるだけ過小に見せかける発言しか聞こえてこない。これでは、国民の信頼を得ることはできないだろう。まずは、安倍首相自らがインフレ目標2%へのコミット(関与)を再度強調することが必要であろう。

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    この先も相次ぐ「中国発」新型コロナウイルスの潜在的な脅威

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 中国の武漢市で新型コロナウイルスの感染が確認された。この記事を書いている1月19日現在、判明していることは以下だ。 中国国内の患者数の合計は62人。このうち、8人が重症と判断され、2人が亡くなっている。1人は進行した肝疾患を抱えた61歳の男性。ウイルス感染が基礎疾患を悪化させた可能性が高い。もう1人は69歳の男性で、基礎疾患の有無は明らかではない。 中国国外で診断されたのは2人だ。1人は1月12日にタイで診断された61歳の男性。武漢からの旅行者で、5日に発症していた。もう1人は30代の日本人だ。16日に報告された。6日に武漢から帰国し、同日に医療機関を受診した。10日に入院し、15日に軽快、退院している。 では、このウイルスの毒性は、どの程度だろうか。2003年3月に中国広東省から広まった重症急性呼吸器症候群(SARS)の致死率は9・6%、13年5月にサウジアラビアで発生した中東呼吸器症候群(MERS)は34・4%だった。いずれも今回と同じコロナウイルスだが、現時点では、このようなウイルスよりは毒性は低いと考えられている。 ただ、これはなんとも言えないと思う。もし、69歳の死亡例が健常人であれば、楽観視できない。重症と言われている8人の全てが亡くなれば、致死率はSARSを上回る。 次の問題は感染力だ。注目すべきは、中国国内で診断された62人の多くが武漢の海鮮市場で働いていたことだ。この中に妻も感染したケースが含まれる。この妻は海鮮市場に出入りしていないから、職場と家族内で一気に拡散したという見方もできるし、感染している動物と接触すると容易に感染するが、家族内での感染が少ないことを考慮すれば、人から人への感染リスクは高くないのかもしれない。新型コロナウイルスが原因とみられる肺炎患者が多く出た中国湖北省武漢市内の海鮮市場(共同) ちなみに、タイと日本の患者は、この市場との接触はない。感染経路は不明だが、彼らが普通の会社員であれば、感染動物と接触し、うつった可能性は低いだろう。以上の事実は、ヒト・ヒト感染を起こす可能性を示唆している。 現在、厚生労働省や有識者の多くが「過剰に心配する必要はない」と主張している。そして、国民の多くが、毒性も感染力も低いと考えている。私は、このような希望的な観測には賛同できない。 そもそも計64人の感染者のうち、8人が重症化したのだから、毒性はそれなりに強いだろう。彼らの多くは市場で働いていた現役世代だ。介護施設に入っているような高齢者ではない。免疫を持っていない状態で罹患すれば、かなりの確率で重症化しそうだ。現状は「患者が置き去り」 ただ、私は現時点では危険とも安全とも言えないと考えている。このまま収束する可能性もあれば、将来的に大流行する可能性も否定できない。現時点で「過剰に心配する必要がない」のは、発症から時間が経っていないため、まだ拡散されていないからだ。感染者と接触する可能性は低いため、その意味でインフルエンザの方がはるかに「危険」だが、このことが新型ウイルスについて何も心配しないでいいと保証するものではない。 現に英インペリアル・カレッジ・ロンドンの研究者たちは、武漢市内の感染者は推計で既に1723人にのぼると報告した。上海や深圳でも疑い例の存在が報じられている。 では、どうすればいいのか。私は正確な情報を世界でシェアすることだと思う。まずは遺伝子配列のデータを一刻も早く公開することだ。世界中の専門家が様々な意見を学術論文という形で述べるだろう。また、医療現場でやるべきは、正確に診断することだ。そのためには医療現場、特に最初に受診する開業医に診断手段を提供しなければならない。 具体的には、彼らが普段使っている検査会社に普通にオーダーずれば、結果がすぐに返ってくるようにすることだ。国立感染症研究所に申し込み、サンプルを自分で送るようでは、多忙な医師は対応できない。 専門家の中には、後日、保存された血清などを用いて、疫学的な調査をすればいいという人もいるだろうが、これでは患者が置き去りだ。医療機関を受診する患者の中には「新型ウイルスにかかっているのではないか」と悩む人もいるだろう。彼らの不安に全く対応していない。政府や専門家がやるべきことは、国民と医療現場を統制することでなく、彼らを支援することだ。 これは2009年の新型インフルエンザ流行の反省だ。このときもそして現在も、厚労省は新型ウイルスの流入を水際で食い止めるといい、メディアもこの方針に疑問を呈さない。 数カ月間かけて世界を旅する大航海時代ならいざ知らず、現在、こんなことは不可能だ。日本と中国は飛行機でわずか数時間の距離で、潜伏期間の患者はどんな方法を使っても食い止められないからだ。新型のウイルス性肺炎患者が国内で初めて確認されたことについて記者会見する厚労省の担当者=2020年1月 09年の新型インフルエンザ流行の際には、最初に診断された症例は神戸の住民で、海外渡航歴はなかった。地元の医師が感染を疑い、特別に検査したところ感染が判明した。当時、厚労省は検査する患者の基準を定めており、この患者は厚労省の基準を満たしていなかった。熱意ある医師が何とか関係機関と調整して、検査をしてもらったのだ。 その後、新型インフルエンザが国内で大流行したのは、ご存じの通りだ。今回、この教訓は活かされるのだろうか。ここまでは、その兆候はない。 なぜ、やらないのだろうか。もし、財源が必要なら、加藤勝信厚労相や安倍晋三総理に正確な状況と費用を説明して、リーダーシップを発揮してもらうことだ。せっかく、検査体制を整備しても、もし流行しなかった場合は、カネは無駄になる。それはそれでいいではないか。国民の命がかかっているのだから。必要なのは「患者目線」の対応 この問題は今回の流行だけに限らない。新型ウイルスに対する危機管理体制を確立するのは、日本にとって喫緊の課題だ。なぜなら、今後も中国発の新型ウイルスが出現し続けるからだ。この問題は、今こそ議論すべきだ。 新しいウイルスは突然なにもないところから生まれてくるわけではない。多くは動物に感染するウイルスで、何らかの突然変異が生じ、動物からヒトに感染するようになる。そして、さらに変異が生じ、ヒトからヒトに感染するようになる。 例えば「はしか」は、元はウシやイヌの感染症だ。家畜化の過程でヒトの感染症へと変異した。ヒトのみに感染する天然痘は、元は齧歯(げっし)類のポックスウイルスから進化したと考えられている。人類社会が発展し、ネズミと「共生」するようになったため、ヒトに感染する変異体が生まれた。 現在、新型ウイルスが最も生まれやすいのは中国だ。二つの理由がある。一つは中国には大量の家畜が存在することだ。2017年に世界で9億6700万頭のブタが飼育されていたが、このうちの45%は中国だ。2位のアメリカの7・6%を大きく引き離して断トツのトップだ。 ニワトリは全世界で228億羽飼育されているが、21・3%が中国だ。これも2位のインドネシアの9・5%を大きく引き離す。もう一つの問題は飼育場所が人間の生活圏と近接し、家畜を生きたまま販売する習慣があることだ。 この点は以前から危険性が指摘されてきた。『サイエンティフィック・アメリカン』誌の編集長を務めたフレッド・グテル氏は著書『人類が絶滅する6つのシナリオ』の中で、「食肉用の動物を生きたまま販売する」伝統を紹介している。新型のウイルス性肺炎について注意喚起するポスターが掲示された成田空港検疫所を通過する中国湖北省武漢市からの到着客=2020年1月16日 例えば、「広東省の市場では、ニワトリが一羽ずつ入ったかごがいくつも積み上げられているのが普通」という感じだ。このような家畜は狭いところで、密集して生活しており、一旦感染症が流行すると、容易に伝搬する。そして、消費者や労働者にもうつる。これが中国から新型ウイルスが生まれ続ける理由だ。今後も状況は変わらないだろう。 中国は日本の隣国だ。われわれは、今回のような事態を繰り返し経験し続ける。今こそ、患者目線で現実的な対応を議論すべきだ。