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    ボルトン暴露本が示唆、トランプ政権ゆえに強靭化する日本の防衛力

    吉川圭一(グローバル・イッシューズ総合研究所代表) ボルトン前大統領補佐官の著書『それが起きた部屋』が波紋を広げている。本稿では、その内容に触れつつ、今ワシントンで何が起こっているか、そして日本への影響はどれほどなのか、分析してみたい。 というのも、私が昨年9月に寄稿した「ボルトン解任で『日本の核武装』が現実的になった」で論じたことがまさに現実になりつつあるのだ。 これを踏まえてボルトン氏の著書を評価してみると、意外なことが浮かび上がってくる。ボルトン氏の著書の中で最重要部分は、トランプ氏がウクライナ大統領に対し、バイデン前副大統領の裏マネー疑惑を暴くことと引き換えに、米国による軍事援助を行うと、電話で話した部分だろう。 これはトランプ政権が何度も否定しているが、その場にいた閣僚級の人物の証言は、初めてに近い。ボルトン氏の著書の題名が『それが起きた部屋』なのは、そのような理由によると思われる。 では、ボルトン氏は、ウクライナ疑惑でトランプ氏が弾劾されそうになったとき、何ゆえ証言を拒んだのだろうか。これに関してボルトン氏は、ウクライナ問題だけでトランプ氏を弾劾しようとした民主党の戦略が不十分であり、トルコの銀行の裏マネー問題まで追及しなければ、不十分と思ったからであると述べている。 このウクライナとトルコの裏マネーなどは、元ニューヨーク市長でトランプ氏の顧問弁護士、ジュリアーニ氏が個人的に任されていた問題である。ワシントンの官僚機構にいたボルトン氏には、このような「個人外交」が望ましくないと思えたのだろう。 だが、既存の官僚政治に捉われず、真に米国と世界の利益を追求するのが、トランプ政治である。トランプ氏がモデルにしているものと思われるジョン・F・ケネディ元大統領も、キューバ危機の際に、ワシントンの官僚に頼らず、タスクフォースを弟で外交と無関係な司法長官だったロバート氏に任せた。 それを考えるとジュリアーニ氏個人に複雑なバルカン情勢を任せたトランプ氏の判断は、間違っているとは言えない。 余談だが、ジュリアーニ氏の裏マネー問題を追及していた連邦検事のバーマン氏が解任され、その後にトランプ氏の友人で証券取引委員会(SEC)委員長だったクレイトン氏が指名されそうである。だが、前後して米国最高裁は、SECには明確な被害者のいる金融犯罪に強制的に介入する権限があるものの、それ以外の場合には強制権限がないという判断を示した。トランプ大統領(左)の暴露本を出版したボルトン前大統領補佐官=2018年6月、カナダ・シャルルボワ(ゲッティ=共同) クレイトン氏は在野からリーマン危機を克服しようとした金融専門の法律家である。リーマン危機とは不動産担保制証券の破綻が、同じ会計の中で行われていた石油などの先物に影響して莫大な追加保証金が発生したため、あのような不良債権が生じた。 それを会計科目の付け替えなどで隠蔽していたウォール街の金融機関が、米国の会計年度の終わりである9月末に、それを隠しきれなくなって破綻を宣言したのが、リーマン危機だった。 新型コロナ封鎖で5月に石油の先物がマイナスになった。リーマン危機以上の追加保証金である不良債権を、ウォール街の金融機関が隠している可能性は低くない。歴代国防長官が反トランプ このままでは今年9月に世界が金融的に破滅する。それを防ぐためにクレイトン氏を、強制力を持つウォール街を含む地区担当の連邦検事にする必要があったのではないか。 だが、前任者のバーマン氏が手続的な問題を理由に自主的な退任を拒否。実は彼には、よりよい上級職が用意されていた。このバーマン氏の辞任拒否も、ワシントン改革を目指すトランプ氏に対する司法省筋のクーデターの一種だったのかもしれない。 このように今ワシントンでは、トランプ改革勢力対既成勢力の闘いが続いているのである。 話を戻すと、ボルトン氏は、トランプ氏を騙して対イラン戦争を起こさせようとし、また反米テロ集団だったタリバンと和解することでアフガンから撤退するというトランプ氏の計画をリークして一度は中断させた。 この中東からの撤退は、米国の正規軍、つまりワシントン既成勢力の一部にとって、とても望ましくないものだ。特にトランプ氏は大統領になる前から、アフガンの治安を正規軍ではなく、「ブラックウォーター」のような民間軍事会社に任せる方針だったのでなおさらだった。 歴代の国防長官らが、トランプ氏不支持を言い出したのも、それが原因ではないかと思われる。中にはボルトン氏と共にイラク戦争を起こしたパウエル元国務長官もいる。 その2人の上司だったジョージ・W・ブッシュ元大統領が、バイデン氏を応援するという話まであった。これは立ち消えになったものの、ブッシュ氏のスタッフ数百人が、バイデン支持の方向で動くとの情報がある。バイデン氏はワシントン既成勢力の糾合として、それを望んでいる。そして逆にトランプ氏も、ワシントン既成勢力と自分との闘いを明確にできるとして歓迎している。 ボルトン氏もバイデン支持を表明したことがあった。これも立ち消えになったが、ボルトン氏は今回の著書で200万ドルの印税が入る。そのマネーを少なくとも共和党が今年、上院で過半数を割らないようにするために使う意向を示している。 だが、ボルトン氏から献金を受けているとみられる共和党の極右上院議員も、トランプ氏の支持者に遠慮してか、ひた隠しにしている。ブッシュ氏も、ボルトン氏の助言通りアフガンやイラクの占領政策を行なっていたら上手くいかなかった関係上、彼を信用していないという。 バイデン氏個人も、ボルトン氏の選挙応援は、ありがた迷惑だったようだ。民主党リベラル系のメディアも、ボルトン氏による今までの数次に渡る中東での戦役や、核軍縮条約の反故によって、この著書と作者には批判的である。2020年6月23日、米ニューヨークの書店に並べられたボルトン前大統領補佐官の回顧録(ロイター=共同) あの『TIME』誌でさえ、この著書の中で描かれるトランプ氏の無知、感情的、自己中心的という描写は、これまでのトランプ本でも描かれていたのと同じなので、トランプ支持者には何の影響もないだろうと論説している始末である。 つまり日本は、この著書の概ねは気にする必要がないと言えるだろう。むしろワシントンの中で大きな潮流の変化が起ころうとしていることに注目すべきだ。石油危機に日本はどう備える? 日本でも報じられているが、トランプ氏が中国に自身の再選のために協力してほしいと要請したという話は、トランプ政権の『それが起きた部屋』の閣僚のみならず、中国政府からも否定された。だが、ボルトン氏の著書では、トランプ氏に再選されたら、台湾を放棄するのではないかとまで述べている。 しかし、米国政府は、ボルトン氏が政権を去ってから、中国通信大手のファーウェイへの半導体の供給を、世界的に禁輸し、そのため米国の産業界にとって、台湾の半導体メーカーが生命線になっている。台湾防衛法も上院に提出されている。 仮にバイデン氏が大統領になっても今の米国の雰囲気では、中国の(情報通信を含めた)世界支配と闘う方針はブレないのではないか。 中東情勢に関しても今まで述べた通りであり、ボルトン氏は第2期政権でトランプ氏はイスラエルからも引けていくのではないかとまで主張している。 エルサレム首都宣言までしたトランプ政権が、そんなことをするとは思えないが、パレスチナを刺激しないためにヨルダン渓谷にトンネルを作ることにクシュナー大統領上級顧問(トランプ氏の娘イヴァンカ氏の夫)が反対したことを、ボルトン氏は問題視しただけである。 クシュナー氏の政権内の発言権が、かなり強いことはボルトン氏の著書からも読み取れる。だが、そもそもクシュナー家はイスラエルのネタニヤフ首相と一家ぐるみで親しい。ゆえにトランプ2期目があるとして、イスラエルは守られるだろう。だが、他の中東諸国からは前述のように引けていく可能性が高い。 その後に大きな紛争が中東で起こり石油が来なくなったら、日本はどうするのか。自ら石油を取りに行く軍事力を持つのか。米国のシェール石油を購入するのか。今から日本は戦略を立てておく必要がある。 一方、北朝鮮に関しては、どうだろうか。ボルトン氏は元々、北朝鮮との対話路線には否定的だった。ボルトン氏の著書によれば、トランプ氏は北朝鮮もイランも金融制裁で弱体化させ、その上でクリントン氏やオバマ氏以上の和解を行う考えを持っていた。それについてボルトン氏はもちろん反対だった。 そこで第2回米朝会談について、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の寧辺核施設解体と引き換えに、米国が北朝鮮への経済制裁を全て解除するという交渉を、トランプ氏が相手にせず、席を蹴って帰ったことは評価している。 それと同時に現実主義者であるボルトン氏は、寧辺核施設の解体は、北朝鮮全体の非核化の、大きな一歩にはなったとも主張している。ボルトン前米大統領補佐官=2019年9月、ワシントン(AP=共同) これに関しては保守系のFOXテレビなどが、タカ派のボルトン氏がいなくなった今こそ、その方向で北朝鮮と和解するべきだとも主張している。だが、北朝鮮全体の非核化とは、米国が北朝鮮を軍事的に占領できても、2年はかかると言う専門家もいる。つまり手遅れだ。トランプが強化する日本の安全保障 日本は来年以降、誰が米国の大統領でも、米国まで届くミサイルを北朝鮮が持たなければ、核武装した北朝鮮と和解してしまうことを覚悟するべきだろう。 冒頭で触れた昨年9月の寄稿でも書いたが、こうした場合、バイデン氏のようなワシントン既成勢力の一員が、日本が核武装して自ら北朝鮮に対峙することを許すことはあり得ない。ワシントン既成勢力には、日本だけは核武装させないという強い意志があるからだ。 だが、トランプ氏はそうではないだろう。日本が今までと違って米国に負担をかけず、自ら北朝鮮などと対峙する覚悟を決めれば、日本の核武装を許容する余地がトランプ氏個人にはあるかもしれない。少なくとも4年前の選挙中に、そのような発言をしたのは事実だ。 ボルトン氏の著書の中で触れられたと言われているが、トランプ氏は日米安保の維持経費として8500億ドルを要求したそうである。これも日本政府は否定している。 だが、著書の中では、トランプ氏が北大西洋条約機構(NATO)からの脱退を考慮した際に、ボルトン氏が説得して止めたという部分もある。前述のようにトランプ氏は、アフガンなどからの撤退も、本気で考えている。 ボルトン氏本人でさえ、沖縄米軍基地の台湾移転論者だったことも忘れてはならない。米国は次第に日本から引けて行く傾向にあるのだ。 それを考えると日本は、来年以降、誰が米国大統領でも、核武装してでも自国は自国で守る覚悟を決めるほかはない。バイデン氏が大統領でも北朝鮮や中国との大戦になったとき、日本を一方的に守ってくれる保証はない。彼は党内左派の票欲しさに、米国は国内の格差問題解決に注力し、そのためには海外での軍事行動は控える方針をとる可能性がある。2019年5月9日に朝鮮中央通信が配信した「火力攻撃訓練」の写真。米国防総省は弾道ミサイルと断定した(朝鮮中央通信=共同) それでいてワシントン既成勢力の中心人物として、日本が軍事的に強くなりすぎないようにするという考え方に変わりはない。繰り返すが、トランプ氏にはこうした発想はないだろう。 これらを踏まえれば、日本はトランプ再選のために貿易その他で協力するべきだ。そうすることによって来年以降の自国の安全を買えると思えば安いものである。 配備に10年近くかかるという地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」を断念し、敵基地攻撃ができる巡航ミサイルに切り替えるというのも、北朝鮮有事や米中の紛争が早ければ今年中にも起こり得ることを踏まえれば重要になる。 このような危機に対処するには、配備に時間のかからない巡航ミサイルを購入するというだけではなく、カネで日本の核武装を許す可能性が少しでもあるトランプ政権を支える思惑が、安倍晋三総理にはあるのかもしれない。これは非常に優れた構想である。このような構想力があるのならば、安倍総理に今後も期待したい。

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    イージス・アショア「白紙撤回」の教訓

    河野太郎防衛相が突然表明したイージス・アショアの計画停止は、事実上の白紙撤回だけに波紋が広がっている。ただ、日本のミサイル防衛の在り方を根本から見直す契機と捉えれば、決してマイナスとはいえない。この教訓をどう生かすべきか、森本敏元防衛相と田母神俊雄元航空幕僚長が日本の防衛体制の未来像を説く。

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    イージス・アショア白紙撤回は好機、日本はミサイル防衛を再考せよ

    森本敏(拓殖大学総長、元防衛大臣) 6月15日、河野太郎防衛大臣は、防衛省が進めていた地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の配備計画の停止を、突如として表明した。本稿では、防衛戦略全体を論じることは別の機会に譲り、防衛戦略の中で極めて重要な位置を占める「ミサイル防衛」と、その手段としての「イージス・アショアについて所論」の一端を展開したい。 なお、今夏以降に国家安全保障会議(NSC)を中心に安全保障戦略の議論が行われるとのことで、これは大いに期待される。その際、国家安全保障戦略の見直しを行うとともに、防衛計画の大綱(防衛大綱)をやめ、国家安全保障戦略に基づき国家防衛戦略と国家宇宙防衛戦略を策定すべきである。 そもそも防衛大綱とは、日本における安全保障政策の基本的指針とするものであり、およそ10年後までを想定している。一方で中期防衛力整備計画(中期防)は、5年ごとに具体的な防衛政策や装備調達量を定めている。 しかし現在の防衛大綱は、中期防の予算を獲得するための根拠を示す位置づけがなされてしまっている。そのため、中期防において装備の変更・修正が必要になると、その根拠となる防衛大綱を修正する必要が生じる。これでは発想と手順が逆になってしまう。そのため防衛大綱をやめて、中期防を3年くらいで見直しするのがよいのではないだろうか。 近年の戦闘の様相や速度は戦略環境と技術革新によって急速な変貌を遂げている。ゆえに防衛戦略を策定するにあたっては「防護目標および対象」と「脅威見積もり」を評価して、防衛方針と戦闘要領を的確に示す必要がある。 国家の防護目標と対象は、国土や国民とその財産という点で変化要因が大きくない。しかし今日の戦闘様相はグレーゾーン状態で始まり、軍隊同士の正規戦だけでなく、工作員などによる非正規戦や情報戦、サイバー領域まで含むハイブリッド戦闘という特色を有する。そのため、脅威見積もりは戦略環境や国際政治、国際経済上の状況によって大きく変化する。 日本の防衛にとって、最大脅威は北朝鮮とされている。したがって、当面の対処要領の策定として北朝鮮を優先することは問題ないが、防衛戦略上、真の脅威対象は中国であり、ロシアがこれに次ぐ。米国にとっての脅威対象は中国、ロシアという戦略的競争国や国際テロ組織であり、北朝鮮はイランと並んで二の次である。日米で脅威認識が異なる部分は、共同運用性を追求する際、調整が必要だ。 脅威と戦闘の様相が戦略環境と技術革新に伴って変貌していることは既に指摘したが、とりわけ最近の技術革新のうち、人工知能(AI)や量子力学、機械の自律化や無人化を駆使したデジタル通信電子技術、戦域のクロスドメイン(領域横断)の発達は戦闘様相を一変させている。特にデジタル技術と宇宙・サイバー分野の開発には、厳に留意する必要ある。 というのも、技術革新の課題に最も多く直面する分野がミサイルと、それに対する防衛システムであるからだ。兵器としてのミサイルは先の大戦以降、急速に発展してきた。 今日でもミサイルが重要な役割を占め、戦闘の帰趨(きすう)を担うとされるのはなぜか。それはミサイルが費用対効果的に高く、運用上の人的損害がない上に、速度と精度、破壊力と到達距離を脅威対象と自国の技術開発に応じて柔軟に選択可能であるためだ。特にミサイルは核兵器や生物兵器など大量破壊兵器の運搬手段になり得るだけでなく、相手にとって迎撃が難しいという特色を有する。2019年10月3日付の北朝鮮の労働新聞が掲載した「北極星3」の発射実験の連続写真(コリアメディア提供・共同) ミサイルの攻撃力は、弾頭威力や射程、精度、誘導システム、対電子戦能力を含む抗堪(こうたん)性の総合力によって決まる。他方、ミサイル攻撃への対処力としては「懲罰的抑止」と「拒否的抑止」への対応能力により判断される。 懲罰的抑止力は主として報復攻撃力で構成されるが、重要な要素として次のものがある。・破壊対象への命中精度および破壊力の高い第二撃の攻撃力・目標に関する情報収集能力・先制攻撃による高度な生き残り性と抗堪性多様なミサイルによる脅威 ミサイル攻撃に対する拒否的抑止力としては、ミサイル防衛力が中心となる。攻撃用のミサイルには、飛翔するプラットホームごとに地上、海洋(海上・水中)、空中、宇宙などの発射型がある。また、ミサイルの誘導方式や飛翔様式も多様にわたる。これには弾道・巡航ミサイルがあり、最近では、マッハ5以上の速度があり、実態的にはミサイルの極超音速滑空弾がある。各ミサイルには顕著な特性があり、それに応じたミサイル防衛の対処要領が開発されているが、技術開発の速度もとどまるところを知らない。 特にミサイル防衛には、システムやセンサーの精度と能力、早期警戒機能が重要だ。これらは冷戦期での地上発射型弾道ミサイル防衛(BMD)において、各国で最も早く開発・配備されてきた。有名な例では、米国のロナルド・レーガン政権下で提唱された戦略防衛構想(SDI)、通称「スターウォーズ計画」の派生技術として、BMDが急速に発展し、今日に至っている。 しかし、最近では対象となるミサイルの軌道が、射程を最も伸ばせる通常の弾道軌道ではなく、通常よりも低い高度を高速で飛行させるディプレスト軌道のミサイルや、極超音速滑空兵器、スウォーム(群体)行動する無人攻撃機(UAV)などの開発が進んでいる。 地上発射型ミサイルでは、自走式のミサイル発射車両である輸送起立発射機(TEL)が発達する一方で、多数の軍事用ドローンによるミサイルの飽和攻撃や、各種の潜水艦発射型ミサイル(SLBM)も開発されてきた。例えば、北朝鮮は2019年5月以降に30発近くの短距離ミサイルを日本海の方向に向けて発射してきた。 射程約400キロの短距離ミサイルとはいえ、その中にはディプレスト型である米国の戦術地対地ミサイル(ATACMS)と類似する型や、低空高速で飛翔する短距離ミサイル、SLBM型もあり、従来のBMDでは対応困難なミサイルシステムが出現している。 日本にとって深刻なミサイル脅威としては、北朝鮮、中国、ロシア3カ国の各種ミサイルである。【北朝鮮】・開発、配備された各種の地上発射型弾道ミサイル・ディプレスト軌道のミサイル、巡航ミサイル、SLBM【中国】・射程1千~3千キロ程度の地上発射型準中距離弾道ミサイル(MRBM)・射程3千~5千キロ程度の中距離弾道ミサイル(IRBM)、なお大陸内部や北西部に配備された約2千発のうち、9割が核弾頭の搭載が可能・巡航ミサイル、極超音速ミサイル、UAVなど【ロシア】・極東配備している射程1千キロ程度の短距離弾道ミサイル(SRBM)・IRBMや、航空機搭載型の巡航ミサイルなど これらは既に配備済みのものと、今後開発・配備されるものが存在する。いずれにしても、従来のBMDシステムで全ての脅威に対応することは困難になりつつある。 今まで日本が進めてきたBMDは、弾道の中間段階と、終末段階において撃破することを目標にしている。その装備として、弾道弾迎撃ミサイルSM3を搭載したイージス艦とイージス・アショア(イージス・システム)、そして地対空誘導弾パトリオット(PAC3)の三つからなる多層防衛システム体制を整備してきた。海上自衛隊のイージス護衛艦「まや」=2020年3月19日、横浜市磯子区(産経新聞ヘリから、宮崎瑞穂撮影) このうちイージス艦の負担が大きくなっただけでなく、南西諸島における中国の脅威が高まっていることもあり、イージス艦をミサイル防衛以外の任務へ柔軟に運用するための必要性が生じた。そのためイージス・システムを地上に配備する必要があるとして、イージス・アショアが採用されたという背景がある。 そして17年12月、イージス・アショアを2基導入して地上に配備する閣議決定が行われ、そのための準備を今日まで進めてきた。この準備の一環として、地上発射型ミサイルの配備地選定とそれに伴う諸準備、特に、搭載レーダーの選定、配備部隊の編成や警備体制などを進めてきた。 これらの諸準備の中で最も留意したのは、配備地選定に伴う地元説得であったが、これが行き詰まったことが大きな障害となった。18年6月に候補地として選定した秋田県では、政府側による説明の手法が地元の反発を買い、もう一つの候補地である山口県では、ミサイルブースター落下について地元を説得するのに苦慮した。政府は山口県に対して「SM3の飛翔経路をコントロールして、ブースターを陸上自衛隊のむつみ演習場ないし海上へ落下させるため心配はない」という説明を行ってきた。ミサイル防衛で考慮すべき問題 だが、今年初めから進められてきた日米協議を通じて、ブースター落下を確実に演習場内に行うためにはイージス・アショアのソフトとハードを大幅に改修する必要性が5月下旬になってようやく判明した。ソフト改修は、ブースターが演習場外に落ちないようにコンピューター制御するためで、時間と経費はそれほどかからない。 ハード改修とは、ミサイル垂直発射装置(VLS)と、そこから発射されるブースター付きSM3本体について、そのブースターが早く切り離されて安全な地域内に落下するように改修することではないかと推定される。ただ、技術的課題はこれから日米間で協議されることになっており、まだ決まっているわけではない。それでもハード面の改修は、ソフト面での改修より多くのコストと時間がかかるであろう。 河野氏は6月初めに担当者から現状について報告を受けた後、安倍晋三総理に説明した上で「システム改修に必要なコストおよび期間に鑑み、イージス・アショアの配備に関するプロセスを停止する」との決定を6月15日に行った。その後、秋田・山口両県知事に謝罪と説明を実施している。この決定プロセスを事前にNSCや自民党、外務省など関係省庁に相談なく行ったことに対して、特に自民党から大きな反発が生じたが、世論調査では河野氏の決断を支持する意見の方が多い。 BMDシステムは、ミサイルの急速な技術進歩の結果、そのシステム自体の在り方や運用要領について再検討が迫られている。したがって、本件はイージス・アショア問題を単に処理すればよいというだけの問題ではなく、ミサイル防衛全体が直面している問題を考える必要がある。その際に考慮すべき諸点について、四つの視点から指摘しておこう。 一つ目が総合ミサイル防空システムの体制整備である。現状の陸海空自衛隊の防衛システムは、それぞれの指揮系統が通信ネットワークを介して自動警戒管制システム(JADGE)と連接し、ミサイル対処・防空・宇宙システム全体を一元化した指揮統制下で運用されている。情報収集衛星「光学7号機」を搭載したH2Aロケット41号機=2020年2月9日鹿児島県の種子島宇宙センター これをより効果的にするためには、JADGEの能力向上や、敵ミサイルや航空機の位置情報をリアルタイムで共有する共同交戦能力(CEC)の採用が必要不可欠だ。それにより航空自衛隊の早期警戒機E2Dを含む、各センサーから高速・高精度の情報が入手できる。結果、イージス艦やPAC3といったシューターの迎撃範囲や攻撃速度を向上することが可能となる。 このシステムは、米国が進めている統合防空・ミサイル防衛(IAMD)と同様のコンセプトを有する。ただ運用するにあたってはシステムだけでなく、各種兵器やCECの改良を進めつつ、日米の緊密な連携も図る必要が生じるであろう。 米国のIAMDは米本土を大陸間弾道ミサイル(ICBM)から防護するシステムとして、高威力超速弾頭(High Power Velocity)の改良、地上配備型迎撃ミサイル(GBI)搭載用の多目的迎撃体、レーザー兵器、宇宙静止軌道上やモルニア軌道上に赤外線センサー衛星を配備する「宇宙配備赤外線システム」(SBIRS)などが開発の対象となっている。このうちどのような分野で日本との共同開発が可能か、検討されることになろう。 当面の課題として、ディプレスト型ミサイルへの対応が挙げられる。これに対応するために、低高度小型衛星をメガコンステレーション(大量の超小型衛星を軌道上に周回させる)システムとして打ち上げ、相手のミサイルの発射段階から捕捉・追跡・迎撃データの送信などを行い、これをシューターによって迎撃するシステム開発が検討されている。 その際、小型衛星とシューターを日米共同開発で行うことが望ましく、メガコンステレーションシステムの開発・運用経費を日米間で折半し、来年度以降の在日米軍への接受国支援(HNS)の予算に編入することも検討の余地があろう。システム再検討のよい機会 考慮すべき二つ目の問題として、懲罰的抑止の手段について挙げたい。北朝鮮や中国のミサイル配備や航空基地を攻撃する能力として、米国が核弾頭搭載可能な中距離射程(INF)の巡航・弾道ミサイル開発に成功し、インド太平洋に配備する計画を示したとする。その場合、日本は他のインド太平洋諸国と同様に、在日米軍の装備として米国のミサイル配備受け入れを容認し、ミサイル戦力の抗堪性を維持するための協力を検討する必要がある。 北朝鮮によるミサイル発射が続いているときに、イージス・システムとPAC3の多層防衛を構成しておくことは極めて重要である。だがイージス・アショアの配備停止を理由に、昨今議題に上がっている敵基地攻撃論を進めることは国民に十分説明する必要がある。米国に日本の領域外への攻勢作戦を期待し、日本は領域内の防勢作戦に専念するのが専守防衛と日米共同運用の趣旨にかなった対応である。まず敵基地攻撃においては米国に任せて、日本はミサイル防衛をより効率的に進めることが先決だ。 しかし在日米軍にINF射程ミサイルを配備するといっても、海兵隊にはINF射程のミサイルと関連システムを受け入れる十分な場所は存在しない。沖縄に持っていくにしても、政治的な難題を抱える。場合によっては硫黄島(いおうとう)のような、住民のない離島に配備候補地を求める必要があるであろう。いずれにせよ、米国の空母部隊やグアム基地といった重要な戦略アセットを守るために、また第二列島線周辺における優位なバランスを確保するためにも、米国のINF射程のミサイル配備は重要だ。 三つ目の考慮すべき問題としては、イージス・アショアの扱いがある。配備計画の停止とはSM3を配備するためのソフト、ハードの改修予算を計上しないということであろう。だがこのまま放置すると、計画の停止ではなく、結局計画の廃棄になる。結果としてイージス艦の負担が深刻化する。 かといってイージス艦を増やすと、予算や時間というコストが一層増え、海上防衛力の柔軟な運用を損なう。イージス・アショアのソフト修正にあまり経費はかからないが、ハード改修には時間も金もかかる。そのためハード改修ではなく、ソフトの修復をしている間に、別の候補地を模索することが必要ではないか。 ミサイル攻撃の目標は、都市や政治経済上の重要防護目標である。それらを防護するには居住地から離れた場所の国有林か、あるいは海上プラットホームがよいという見方をする人もいる。いずれにしても、目的を明確にしていくつかのオプションを評価分析しつつ選択すべきである。イージス・アショアは日本の防衛にとって必要不可欠だ。今まで積み上げた努力を無駄にすべきではない。配備候補地としてきた演習場周辺の住民代表(右)に深く頭を下げる河野太郎防衛相=2020年6月21日、秋田県庁 四つ目の考慮すべき問題としては、相手のミサイルを発射段階で対処する手段を模索することである。ミサイルの発射段階(ブーストフェーズ)は、大きなブースターから出る熱や赤外線、低い速度ゆえ探知が容易な面がある。さらに上昇中のブースターは噴出する熱や赤外線も大きく、目標としては迎撃しやすい。他方で上昇するミサイルは発射国の領域・領空内であり、ミサイル目標を算定するまで時間がかかる。 すると国際法的にも技術的にも、この段階で物理的にミサイルや航空機で迎撃破壊するには難点がある。これを補う方法は、ミサイルと管制施設の通信機能をサイバー攻撃で破壊するというやり方や、無人機にレーザー砲を搭載する「エアボーン・レーザー」により上昇段階にあるミサイルを破壊するというやり方がある。いずれも相手国内に電子通信機器の機能を及ぼすなどの必要がある。相手からの反撃の可能性もあるが、将来性のある日米共同開発案件として検討の余地はある。 以上のように、イージス・アショアは日本のミサイル防衛にとって重要な機能を発揮する役割を有している。けれども、この際にミサイル防衛の在り方を展望して、イージス・アショアの扱いを含め全体のミサイルシステムを再評価し、その中でイージス・アショアの在り方を冷静に検討し直すよい機会が訪れていると考えるべきであろう。

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    イージス・アショアはいらない! 自衛隊に必要なのは「矛」である

    田母神俊雄(元航空幕僚長) 先般、河野太郎防衛大臣が地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入停止を表明し、時間をおいて間もなく安倍晋三総理もこれを容認する談話を発表した。諸悪の根源である北朝鮮は、今やミサイル発射を繰り返し行うだけでなく、韓国脱北者団体による体制批判ビラ散布に反発し、融和路線を進めていた韓国への強硬姿勢をエスカレートさせている。 6月16日には、西部の開城(ケソン)工業団地内にある南北共同連絡事務所を当初の予告通り爆破した。このような時期に、なぜ日本が北朝鮮などのミサイルを迎撃するイージス・アショアの導入をとりやめるのかと不思議に思う日本国民は多いであろう。しかし私は、この判断はわが国の安全保障全般を踏まえれば、極めて妥当な措置だと考えている。 というのも、自衛隊の戦力は専守防衛という考え方により、過度に防御に偏った戦力構成となっている。そのため、攻撃力に関しては米軍に依存するという想定だ。つまり、自衛隊とはわが国を守る「盾」であり、敵に反撃する「矛」については米軍に期待しているのだ。 諸外国の軍隊は通常の場合、全体としての戦力構成は攻撃力と防御力のバランスが保たれている。その中でも空軍力については、主として攻撃力と位置付けられている。しかし、わが国の航空自衛隊では、防空という「防御が主体の作戦」を遂行することになっており、巡航ミサイルや爆撃機のような敵基地攻撃能力を有していない。 すなわち、世界の中で自衛隊だけが「攻守のバランス」を考慮されていない軍隊なのだ。自衛隊は米軍と一緒に行動しなければ軍隊として完結することができず、わが国は戦後70年を過ぎてもなお、米軍占領下で奪われた「日本軍」を取り戻すことができずにいる。わが国は世界第3位の経済大国と言われながら、いまだ日米安全保障条約に基づき、米軍によって守られている。 この構造が生まれた背景としては、1950年に始まった朝鮮戦争により、自衛隊が警察予備隊として組織されたことに起因する。陸上自衛隊は占領下の駐留米軍が朝鮮戦争に出兵するための穴埋めの治安維持軍として、海上自衛隊は日本周辺の海で行動する米軍の安全確保をするための掃海部隊として創設された。航空自衛隊に関しては、日本に基地を置く米空軍のために「空の守りを固める防空部隊」として立ち上がった。戦後、自衛隊は米軍の補完戦力として出発し、今なお、そこから脱していないのである。 独立国家とは、自分の国を自分で守ることが基本だ。であるからこそ、今回のイージス・アショアの計画見直しを機に、わが国は憲法を見直し、自衛隊を諸外国同様に正規の「日本軍」として位置付けるべきだ。それと同時に、今後は限られた防衛予算を防御力だけでなく、攻撃力にも考慮したバランス型の防衛力の整備を進め、「完結された軍隊」を目指すことが重要である。 イージス・アショアは1基約1千億円以上もする非常に高価な防衛兵器だ。ただ自衛隊はこれまでも、防御という部分に多くの防衛予算を投じてきた。もしここでイージス・アショアを導入すれば、防御力の整備にさらなる予算を増額することになる。これでは攻撃力は持てず、戦力の攻防バランスを一層崩すことになろう。しかもイージス・アショアのような高額兵器をもってしても、防御だけでは完全に日本を守ることはできない。 日本を完全に守るためには、日本へ攻撃を企図する相手のミサイル攻撃をやめさせることだ。そのためには「攻撃できるならやってみろ、必ず反撃してこちらの被害以上の大損害をお前にも与えてやる」という「抑止の態勢」が重要だ。敵基地を破壊したり、報復するような攻撃力がなければ、他国が軍事力を行使することへの抑止には、決してなり得ない。 そもそも戦争は何のために行われるのだろうか。端的に言えば「金もうけ」であろう。もうからない戦争を仕掛ける国家指導者などいない。2019年5月9日に朝鮮中央通信が配信した「火力攻撃訓練」の写真。米国防総省は弾道ミサイルと断定した(朝鮮中央通信=共同) 北朝鮮でさえも、日本にミサイル攻撃を行った結果を予測する。ミサイル攻撃で被害を与えれば、日本がさらなる攻撃を恐れて北朝鮮に資金を献上するだろうか。そのようなことはあり得ないだけでなく、逆効果だということは彼らだって考える。経済制裁や米軍からの報復攻撃などで、さらなる北朝鮮の損失を招くだけだ。ゆえに日本海への度重なるミサイル発射も「撃つぞ」というジェスチャーのみで、日本で実際の被害が出るような撃ち方をすることは決してない。 彼らがミサイル攻撃するのは、北朝鮮指導部の生き延びる手段が全て閉ざされ、活路を見いだす方法がないという状態まで追い込まれるような状況だけだ。それでも、わが国のような攻撃力を持たない軍隊、そして国家は相手から見て全く怖くない。だからこそ、現状のうちにミサイル防衛網を構築する一方で、自衛隊の攻撃力も保持することこそ、日本が外交交渉などで見下されないために必要なのである。今こそ自立のとき 今回話題となったイージス・アショアは、イージス艦を使ってミサイル防衛をすることに比べれば、かなりの経費節減と海上自衛隊の負担軽減になる。さらに、軍事的緊張が高まる南西諸島方面に海上戦力を割くこともできる。イージス艦自体を増やしたり、ミサイル対処のために常時艦艇を動かすことに比べれば、陸上配置であればかなり安い経費で済むし、配置する人員もほんの少数で対処できる。 したがって、地元自治体や予算が許せば、イージス・アショアを導入し、陸上でのミサイル防衛体制を構築すること自体は自衛隊にとって望ましいことではある。しかし、ミサイル防衛の根幹となるシステムをいまだに米国から取得することは、自衛隊だけでなく、ひいてはわが国の自立を妨げることになる。 近年の兵器システムは、その能力の半分以上がソフトウエアで決まる。兵器製造国が自国開発のソフトウエアを最新の形で外国に輸出することはない。これは米軍に限らず、どこの国の軍でも同じことだ。 また、緊要な部分はブラックボックスとして、輸出相手国に開示されることはない。航空自衛隊は米空軍と同じF15戦闘機を採用しているが、その中身は大きく異なる。なぜなら航空自衛隊は、米空軍が能力向上を企図して更新した最新のソフトウエアは決して使えず、あくまでお古のソフトウエアが開示され、使用することになっている。 したがって、自前で国産兵器を開発する姿勢を持たない限り、世界最高性能の兵器を有することはできない。また兵器のシステムは乗用車などと異なり、購入後も製造国の技術支援が継続されなければ十分な能力発揮はできない。つまり、兵器購入国は兵器販売国に対して、極めて従属的な立場に立たされることになる。 日本において今後全ての兵器を国産化する必要はないが、主要な兵器は国産化していく必要がある。そしてイージス・アショアは相当程度、米国にコントロールされたシステムの恐れがある。 今回導入が撤回されることになった背景には、施設本体の維持整備、開示されるソフトウエアのレベルなどで、日米間における軍関係者同士の折り合いがつかなかったのかもしれない。もともとイージス・アショアの日本導入は、閣議決定による自衛隊が関わらない形での政治決定であったので、防衛相がその撤回を最初に表明したのではないだろうか。 いずれにせよ、米国製の兵器システムの導入を自衛隊を介さずに政治決定するのは間違っていると考える。なぜなら自衛隊自身で新たな兵器システムを導入する場合、まずその導入条件がどうなるか、現場の自衛官が米軍と交渉することになるからだ。内容としては価格をはじめ、維持整備の要領、ソフトウエアの開示レベルやそれらに対する自衛隊の関与度合いなど細かなとり決めを必要とする。 外交文書で兵器の取得を決めたとしても、その下では日米軍関係者の間でさらに多くの覚書を締結している。私の現役時代でも、それはもう膨大な量を経験した。だが兵器の導入が政治決定になっていると、米軍は自衛隊との交渉に応じてくれない場合が多い。条件が悪くとも、自衛隊側がどうせ買うことが分かっているからだ。 そのため、条件が悪い状態で交渉するのであれば、交渉過程で自衛隊が導入を見送る可能性を織り込ませなければならない。兵器システムの導入にあたっては、まずは現場で折り合いがつけ、その後政治家がそれを吟味した上で承認すればよい。 先の大戦を境に、軍事力の役割は大きく変わっている。それまでの軍事力は「戦争をするためのもの」であり、戦争は日常的なことだった。 しかし、人類が二度にわたる大戦の悲劇を教訓としたことで国際連合が誕生し、国家が理由もなく戦争を起こすことはできなくなった。ただ、大国間での戦争は減少した一方で、核兵器の誕生が「相互確証破壊」という「戦争を起こしたら負け」という軍事的緊張関係を生み出した。※写真はイメージ(Getty Images) 今では、軍事力は「戦争を起こさないためのもの」として必要となった。そしてその根幹として「やられたらやり返す」という攻撃能力の部分が一層重要な役割を果たすことになる。相手からの攻撃を防ぐためにも、国家は軍事力を整備し、被害を受けても泣き寝入りはしないという姿勢が重要なのだ。 しかし戦後のわが国では、世界の善意に期待して「戦争を起こさない」というおとぎ話が大手を振って歩いており、自衛隊が攻撃能力を持つことはタブー視されてきた。この軍事力の役割変化を認識できない日本国民が今でもかなり多いのが現状である。そろそろ日本国民も目覚めて、世界の現実をきちんと見られるようになってもらいたい。

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    「ミサイル防衛」コンセプトにつきまとう根本的疑念

    斎藤彰(ジャーナリスト、元読売新聞アメリカ総局長) 政府は15日突如、地上配備迎撃システム「イージスアショア」の配備停止を発表した。その理由として、迎撃の際、発射したミサイルのブースターが配備予定地に落下する危険が排除できないからだという。だが、根底にはそもそも「ミサイル防衛」システムそのものの信頼性に対する不安がある。 「イージスアショア」はすでに海上自衛隊が、飛来する敵国ミサイルをレーダーでいち早くとらえ迎撃するため護衛艦に配備している「イージスシステム」の陸上型施設で、配備予定基地として、山口県の陸上自衛隊むつみ演習場と秋田県の新屋演習場の2カ所に決まっていた。しかし、同システムを含む、飛来するミサイルを途中で撃墜という「ミサイル防衛」コンセプトそのものについて、アメリカの専門家の間では早くから、信頼性に対する疑念が表明されていた。 たとえば、権威ある「全米科学アカデミー」の特別調査チームが2012年9月、発表した報告書「弾道ミサイルの論理性Making Sense of Ballistic Missile Defense」は、国防総省が取り組んできた「地上配備ミッドコース・ミサイル防衛」計画(GMD)について「コストパフォーマンスの面から不備が多く、とくにインターセプター、センサー、オペレーションなど洗い直しが求められる」との厳しい評価を下している。 それ以前にも、おもに中東に実戦配備された「パトリオット・ミサイル」の場合、1991年湾岸戦争の際、イラク軍が発射した「スカッド・ミサイル」に対処するため大量に投入されたが、命中率はわずかに9%にとどまったという記録が残されている。 その後米軍は、GMD精度と信頼性向上めざし、太平洋マーシャル列島クエゼリン環礁にある「ロナルド・レーガン実験場」から打ち上げられた模擬ミサイルを中間飛行段階の「ミッド・コース」段階で迎撃するためカリフォルニア州バンデンバーグ基地から迎撃ミサイルを発射する実験を極秘で繰り返し行ってきた。 しかし、米科学雑誌「Scientific American」などの追跡報道によると、「全米科学アカデミー」が指摘したさまざまな「不備」がその後、解決されたという確たる発表はいまだになされていない。 そうした中、英国のテレビ局「スカイ・ニュース」は2018年2月、米軍が北朝鮮の核ミサイル脅威に対処するため、秘密裏に実施した「SM-3BLOCK Ⅱ」型迎撃ミサイル実験が失敗に終わったと報じた。 「米当局筋」の話として伝えたところによると、ハワイ・カウアイ島発射場から発射された同型ミサイルは飛来する模型目標体の迎撃に失敗、開発に携わった「レイセオン Raytheon」社も含め、原因究明に乗り出したという。さらに、同年6月に行った迎撃実験でも失敗していたことも伝えた。同じ年に行った実験で2度も失敗していたことになる。写真はイメージ(Getty Images) その後、同年12月に同様の迎撃実験が日米合同で改めて実施され、この時には、成功したことが米ミサイル防衛局と防衛装備局双方から合同発表された。 ところが、わが国防衛施設庁は前年の2017年に、すでにこの「SM-3BLOCK」すなわち「イージスアショア」配備計画を決定ずみであり、その後は、実験成功時は公表され、失敗した場合は秘密裏にするなど、信頼性が十分に確立されないまま、今日に至ったと言うことができる。 さらに「ミサイル防衛」そのもののコンセプトについても、以前から多くの問題点が指摘されてきた。そのひとつは、米軍が迎撃ミサイルの「開発」から「配備」に至る過程で実施してきた「実験」の信頼性についてだ。 その実態は今日にいたるまで「極秘」とされ、詳細はつまびらかではないが、事情に詳しい専門家たちがこれまでに明らかにしてきたところによると、迎撃テストの際は例外なく、標的となるべき模擬ミサイルについては、あらかじめ正確な発射地点、秒単位の発射時間などの重要情報が迎撃側のミサイル・コンピューターにインプットされ、計算通りに軌道に乗り、予定推定時刻に飛来してくる目標に向けてミサイルが発射される。このため、命中精度は高くなる。それでもたびたび、標的を正確にとらえられず失敗に終わったケースが少なくない。今後のミサイル開発 さらに、過去の実験では、標的用模擬ミサイルには、発見されやすいように「ホーミング・ビーコン(追尾用位置表示装置)がつけられ、情報を流しながら飛行を続けた末に迎撃ミサイルによる被弾を待つケースがしばしばだった。いうまでもなく、GMD実験の成功率を高めるのが狙いだった。 問題は、このような‟仕組まれたシナリオ“の下で迎撃ミサイルの「有効性」がある程度立証されたとしても、果たして実戦でどれだけ威力を発揮できるかだ。 例えば、北朝鮮は今日、日本などを標的にした短・中距離ミサイル多数を複数の基地に配備していることが知られているが、もし、両国間で緊張が高まり、同国指導部が対日攻撃を決断した場合、予め日本側にどの基地から発射するかについての事前通告などまったくあり得ない。その正確な日や何時何分何秒の時間もわからない。 それでも自衛隊迎撃ミサイル部隊のレーダーサイトには、北朝鮮の複数の配備基地に関する情報が予めインプットされているため、ある程度の監視体制を維持することは理論上、可能だ。ただ、有事には北朝鮮による「ミサイル発射」情報を入手次第、どの基地からかを直ちに割り出し、日本の標的までの推定到達時間10分前後の間に迎撃ミサイルを発射、想定される飛来ミサイルの軌道に正確に照準を合わせた瞬時の対応が不可欠となる。 この点、米軍が過去に行ってきた実験では、標的となる模擬ミサイルの発射地点は例外なく、迎撃部隊に事前に予告されてきた。また、複数の発射場から同時発射された模擬ミサイルを標的にした実験は、これまでに判明した限りでは一度もない。 さらに厄介なのが、北朝鮮が近年、開発したと伝えられる移動式ミサイルの脅威だ。 韓国軍合同参謀本部は昨年7月31日、北朝鮮が移動式発射台を使った射程250キロ程度の短距離弾道ミサイルを発射したと発表している。もし今後、この移動式ミサイルが多数実戦配備された場合、迎撃に備えるための北朝鮮内のミサイル配備状況を把握することが不可能となり、「イージスアショア」での対応もお手上げとなりかねない。 加えて、北朝鮮は日本近海にも遊弋できる潜水艦発射ミサイルの開発にも乗り出しているが、これも一種の「移動式ミサイル」であり、脅威は増大する一方だ。 このほか、「ミサイル防衛」では、敵国がミサイル発射の際、同時に多数の「おとり」飛翔体を同一軌道に乗せる、追尾レーダー波を妨害する金属片「チャフ」を迎撃ミサイルが接近する直前に散布する、などの措置を講じた場合、標的に対する追尾、照準が極めて困難になることなどの問題が多数指摘されている。 河野防衛相は今回、「イージスショア」の配備停止発表に際して、「SM-3BLOCK」の開発には日米両国ですでに2200億円以上かかったことを明らかにした。今後、同型ミサイルを実戦配備した場合、さらに7000億円以上の予算計上が必要になるとも言われている。 読売新聞報道によれば、配備停止に関連して、政府高官が「ブースター問題の解消はめどが立たず、候補地も白紙となる。イージスアショアの配備はもう無理だろう」と語ったと報じている。 この点について、日本の一部のメディアでは、米政府が対日批判を強めるとの観測も伝えられる。防衛省=2017年7月、東京・市ヶ谷(斎藤浩一撮影) しかし、アメリカが開発に乗り出した「ミサイル防衛」計画そのものが、当初から多くの技術的問題を抱えたまま今日に至った経緯があるだけに、新たに明らかになったブースター落下地点への日本側の懸念は当然であり、これを理由に配備計画が全面停止となったとしてもやむ得ない措置とみるべきだ。もし、米側が対日批判に出るとしたら、的外れだ。 防衛省としては、毅然たる態度で、「イージスショア」に代わるミサイル防衛措置の検討に急ぎ着手することが求められる。さいとうあきら 1966年早稲田大学卒業。68年米カリフォルニア州立大学バークレー校大学院修士課程修了、70年読売新聞入社。ワシントン常駐特派員を2度務めた後、アメリカ総局長、東京本社取締役調査研究本部長などを歴任。近著に『中国VSアメリカ』、『アメリカはカムバックする!』(いずれもウェッジ)がある。

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    酒と女と横須賀ドブ板通り、沖縄だけでは語り尽くせぬ米兵街の素顔

    。 「ところで、一人の日本人として米軍基地は必要だと思いますか?」 「必要だ」。即答である。「それは日米関係ということもあるのだろうけれど、それよりもドブ板と横須賀のためだ」 私はその答えに少し考え込んだ。そして、この基地の街で生きていくためには、「日本」や「日本人」という大きな主語は似つかわしくないかもしれない。そうして横須賀は戦後生き抜いてきたのだろう。 取材を終えて、横須賀駅まで歩いて帰る。港には米軍か自衛隊か、いくつもの潜水艦が並んで係留されている。ドッグヤードからの、まばゆいばかりのライトが水面に光っている。 煮えたぎるような横須賀とドブ板通りの時代は終わりつつあり、そして新しいドブ板通りの時代が始まっている。

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    「安保は不平等」トランプの持論蒸し返しで鮮明になる日米の主戦場

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 6月25日配信の米ブルームバーグ通信は、米国のドナルド・トランプ大統領が「日本との安全保障条約を破棄する可能性についての考えを側近に漏らしていた」と報じた。これに関連して、同月27日の時事通信の記事によれば、トランプ氏が米FOXビジネステレビの電話インタビューで、日米安全保障体制に関して、「日本が攻撃されれば米国は彼らを守るために戦うが、米国が支援を必要とするとき、彼らにできるのは(米国への)攻撃をソニーのテレビで見ることだけだ」と述べた。 インタビューで、トランプ氏は北大西洋条約機構(NATO)に関しても「米国は(国防負担の)大半を払っているのに、ドイツは必要な額を払っていない」と指摘した。トランプ氏は、大阪での20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)開幕直前に豪州のスコット・モリソン首相と会談した際、「われわれ(米国)は、同盟諸国に善意を示し、同盟諸国と協働し、同盟諸国の面倒を見てきた」と語った。 トランプ氏の「米国が一方的に同盟運営の負荷を担っている」という認識は以前から示されてきたものであり、それ自体は何ら驚くに値しない。もっとも、トランプ氏の同盟認識がどのようなものであれ、それが米国の「国家としての意志」を反映するわけではない。 事実、6月27日、米連邦議会上院は、2020年会計年度の国防予算の大枠を定めた「2020年国防権限法案」を可決した。法案の骨子は「日米同盟への支持を表明する」とした上で、「日本の意義深い負荷分担と費用負担への貢献を認識する」としつつ、「強化された日米防衛協力を促進する」としている。 加えて、法案は「日本政府との協議の上で、インド太平洋地域における米軍部隊の展開配置を再考するように求める」としている。立法府優位の米国の国制を鑑みるに、こうした法案に示された同盟認識の意義は重い。 果たして トランプ氏は大阪G20閉幕後の記者会見で、日米安全保障条約に関して「破棄する考えは全くない」と述べ、前に触れたブルームバーグ通信の報道内容を否定した。共同記者会見で質問に答えるトランプ米大統領=2019年5月、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) ただし、なぜ、トランプ氏が現時点で持論を蒸し返すような発言を繰り返したのか。一つの仮説は、イラン情勢への対応に際して、米国と他の「西方世界」同盟諸国との温度差が露わになり、そのことに対するトランプ氏の不満が噴出したというものである。極東に求める「凪」 革命体制樹立後のイランに対する米国の敵愾(てきがい)姿勢は、王制期の癒着に対する反動という側面があるかもしれない。それでも、日本や西欧諸国には度を超したものとして映るのは、疑いを容れまい。 しかも、「イスラエルの生存にイランが脅威を与えている」という認識が、米国のイランに対する「過剰敵意」を増幅させているという指摘もある。それは、イスラエルに対する「過剰傾斜」とイランに対する「過剰敵意」が米国において表裏一体であることを意味している。 歴史家、トニー・ジャットの時評集『真実が揺らぐ時:ベルリンの壁崩壊から9・11まで』には、2000年代半ばの時評として、次のような記述がある。 アメリカの未来の世代にしてみれば、帝国主義的な偉大な力とアメリカについての国際的な評価が、なぜ地中海にある小さくも論争を呼びがちな依存国とそれほどに一蓮托生(いちれんたくしょう)になっているかは、自明ではなくなるであろう。ヨーロッパやラテン・アメリカ、アフリカ、あるいはアジアの人びとにとっても、すでにまったくもって自明ではなくなっている。 イスラエルと一蓮托生になろうという傾向は、ジャットの十数年前の展望とは裏腹に、「トランプの米国」において一層、鮮明になっている感がある。大阪での米中首脳会談や板門店での米朝首脳会談の風景は、米国にとっての当面の「主戦場」が、中国や北朝鮮を含む「極東」ではなくイランを含む「中東」であるトランプ氏の判断を示唆しているとも考えられる。トランプ氏が極東情勢に「凪(なぎ)」を欲した事情を慮(おもんばか)れば、そうした評価も決して無理とはいえまい。 筆者は、トランプ氏の登場時点から、彼が日本に提供することになるのは、「難題」ではなく「機会」であると唱えてきた。トランプ氏は、日本の増長を抑える「瓶の蓋(ふた)」論が語られた日米安保体制の永き歳月の後で、「日本の頭を抑えつけない」姿勢を明示した政治指導者である。G20大阪サミットで会談に臨むトランプ米大統領(左)と安倍首相=2019年6月28日(AP=共同) そうであるならば、日本の対応としては、トランプ氏の不満や期待に乗じつつ、米国だけではなく、豪印両国を含む他の国々との同盟形成を急ぐのが賢明である。その前提は、「フル・スペックの集団的自衛権の行使」と「対国内総生産(GDP)比2%の防衛費」を認めることである。 米国の安全保障上の関与に安住しないという姿勢こそ、「トランプの米国」を御するには、大事なものであろう。■ トランプ「イラン包囲網」で割を食うG20議長国ニッポン■ 禍根を残す「やったふり外交」安倍首相の評価は65点止まり■ 「金正恩と恋に落ちた」トランプの口説き文句に隠された意味

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    「首相はトランプの運転手」朝日の安倍批判がイケてない

    トランプ大統領はぶれておらず、鳩山元首相は米軍普天間基地の移設問題について、方針がぶれまくったために日米関係を危うくしたと岩田氏は指摘している。私もこの点に賛同する。蜜月を築いた「トリガー戦略」 そのトランプ政権の外交手法を分析すると、ゲーム理論でいう「トリガー戦略」に似ている。これは交渉相手が裏切れば、それを許さず、報復姿勢を持続的に採用するものだ。現在の中国や北朝鮮、イランに対する姿勢がこれに当てはまるといえるだろう。 このトリガー戦略に近いのが、「しっぺ返し戦略」だ。ただ、トリガー戦略ほど「強い」ものではなく、一度裏切られたら、そのたびに報復していく。それゆえ、トリガー戦略の方が長期的で安定的な協調関係を生み出しやすいといわれている。 北朝鮮に対しては、国連安全保障委員会の決議違反をしたことにより、米国の制裁は米朝首脳会談の進展にかかわらず、全くぶれていない。また、米国の姿勢に日本が完全に同調していることで、トランプ政権には、日本がトリガー戦略の心強いパートナーとして映るに違いない。 トランプ大統領と安倍首相との政治的「蜜月」には、このトリガー戦略の採用、あるいは軸がぶれない外交姿勢に裏付けられたものであるように思える。先ほどの拉致問題への関与はその一例であろう。 だからこそ安倍政権は、トランプ政権の拉致問題に対する理解を背景にして、金委員長との首脳会談を実現させ、拉致被害者の救済を完遂すべきだ。にもかかわらず、なぜか日本のマスコミは、この外交上の協調関係を低評価して、話題をつまらない方向に限定する傾向にある。 その典型が、今回の安倍首相とトランプ大統領に関する記事にも表れている。例えば、朝日新聞の霞クラブ(外務省担当記者クラブ)のツイッターは、千葉で行われた両首脳のゴルフの写真に対して、「とうとうトランプ大統領の運転手に」と低レベルな揶揄(やゆ)を書いていた。安倍晋三首相が運転するゴルフカートに乗り、笑顔を見せるトランプ米大統領=2019年5月、千葉県茂原市の茂原カントリー倶楽部(内閣広報室提供) その写真では、安倍首相がトランプ大統領を横に乗せて、ゴルフカートを運転していたからだ。だが、インターネットのいい所は、このような低レベルな書き込みに対して、米国で行われた両首脳のゴルフでは、トランプ大統領の方が運転していたと写真を添えて即座に反論できる点にある。マシな報道はないのか まさに、朝日新聞の中身のない「反権力」姿勢や、「安倍嫌い」「トランプ嫌い」の軽薄さを示す出来事であった。当たり前だが、ゴルフをともにすることは、その場が率直な意見交換の場になり得るし、また対外的に「親密さ」をアピールする場にもなる。 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権のように、本来なら日米とともに北朝鮮に対峙(たいじ)しなければいけないのに、まるで北朝鮮側のエージェントのようにふるまう政権には、日米の「親密さ」が強い政治的メッセージになる。もちろん、北朝鮮や中国に対しても同様だ。 さらに、両首脳の大相撲観戦に関する毎日新聞や朝日新聞の記事もおかしなものだった。前者は、トランプ大統領が拍手もせずに腕組みしていたことを不思議がる記事だったし、後者は大統領の観戦態度に「違和感」があるとするものだった。 一方で、日本経済新聞はさすがにスポーツ記事が面白いだけあり、両紙に比べると客観的に報じていた。「首相に軍配について聞くなど説明を聞きながら熱心に観戦した」とした上で、優勝した朝乃山に笑顔で米国大統領杯を渡すトランプ大統領の写真を掲載していた。 反権力や安倍・トランプ両政権への批判を止めることはしないが、それにしても、もっとましな報道はないのだろうか。嘉悦大教授の高橋洋一氏は、次のように日本のマスコミの低レベルぶりを批判している。 イデオロギーで考える文系の記者は、ロジカルな世界である科学や経済を理解するのは難しいから、そういう記者は、科学や経済の報道に携わらないほうがいい。スポーツなどを担当するといいのかもしれない(笑)『「文系バカ」が、日本をダメにする』(ワック)2019年5月、大相撲夏場所千秋楽を升席で観戦する(上左から)安倍首相、トランプ米大統領、メラニア夫人、昭恵夫人(代表撮影) だが、今回のゴルフと大相撲に関する記事やコメントを読むと、スポーツ関係でも客観性について怪しいと言わざるをえないのである。■ 朝日新聞の次なる標的は「アイヌ侵略」で間違いない■ 「ヤフーニュース一人勝ち」紙メディアよ、死を迎える前に現実を見ろ■ 記事大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理

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    近隣諸国に根回しした中曽根外交と安倍外交の明確な違い

    いるのが中曽根外交だ。1982年、首相に就任した中曽根氏は「日本は不沈空母」という発言で悪化していた日米関係を修復し、ロナルド・レーガン大統領と「ロン」「ヤス」とファーストネームで呼び合う関係を築いた。 当時、父の安倍晋太郎外相の秘書官を務めていた若き安倍氏は「首脳外交には個人的な信頼関係が重要だと学んだ」と述懐している。しかし、木を見て森を見なかったようだ。中曽根氏は昨年1月、在任時の外交記録公開にあたってこうコメントを出した。 〈首脳外交では常にアジアの一員であることを心掛けた。サミットの際にアジアの各国首脳と連絡を取り意見や要望を聴き、その上でサミットの場に臨んだ。(中略)米国追随型といわれたそれまでの日本外交を脱し、アジアを背景に自主外交路線を打ち出すことは、アジアの国々や国際社会から信頼を得る上でも非常に重要な視点であったと思う〉2017年5月、「中曽根康弘先生の白寿を祝う会」で中曽根康弘元首相に挨拶する安倍晋三首相(宮川浩和撮影) 事実、中曽根氏は日米関係を重視する一方、サミットでは「哲人宰相」と呼ばれたフランスのミッテラン大統領の見識を高く評価して個人的親交を結び、「鉄の女」サッチャー英首相やコール西ドイツ首相とも本音で語り合う信頼関係を築いたことで知られる。 北朝鮮との交渉も拉致問題解決もトランプ大統領に頼り切りの安倍外交にそうした心構えと近隣諸国への周到な根回しはみられない。 亀井静香氏や石原慎太郎氏ら“応援団”からも「トランプのポチみたいな扱いをされちゃいかんぞ」と念を押される始末なのだ。これでは“トランプがコケたらシンゾーもコケる”と他国から危うく見られても仕方ない。

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    トランプにノーベル平和賞、安倍首相は「世界の笑い者」と言えるか

    川上和久(国際医療福祉大学教授) 毎年、10月になると「ノーベル賞の季節」がやってくる。ノーベル賞は、言うまでもなく、ダイナマイトの発明者として知られるアルフレド・ノーベルの遺言に従って1901年から始まった世界的に権威ある賞だ。 テレビの視聴率が安定して取れる話題なのだろうか。「今年は日本人のノーベル賞受賞があるのか?」という話題は、今や「年中行事」化していると言っていいだろう。 特に、近年は日本人のノーベル賞受賞が続いている。2014年からの5年間だけでも、14年の赤崎勇、天野浩(物理学賞)、15年は梶田隆章(物理学賞)、大村智(医学・生理学賞)、16年は大隅良典(医学・生理学賞)、そして18年の本庶佑(医学・生理学賞)と6人の受賞者を出している。 日本人は物理学と化学、医学・生理学の三つの自然科学分野で多数の受賞者を輩出してきたが、ノーベル賞には他に三つの分野がある。1968年に川端康成、94年に大江健三郎が受賞した文学賞と、74年に佐藤栄作が受賞した平和賞、それに経済学賞だ。 自然科学や文学と比較して、平和賞はいかにも異質に映る。実は、平和賞はノーベルがスウェーデンとノルウェー両国の平和友好を祈念して、ノルウェーで授与を行うことにしたため、授与主体がノルウェー政府になっており、その点でも他の分野と異なる。オスロでのノーベル平和賞授賞式で演説するナディア・ムラド氏。「イスラム国」(IS)の性暴力を告発し、2018年の平和賞を受賞した(AP=共同) ちなみに、いまだ日本人受賞者がいない経済学賞は、正式名称を「アルフレド・ノーベル記念経済学スウェーデン銀行賞」といい、スウェーデンの中央銀行が1969年に始めたものだ。ノーベルの遺言に基づく五つの賞とは明らかに成り立ちが異なる。 そのノーベルの遺言で、平和賞は「国家間の友好関係、軍備の削減・廃止、及び平和会議の開催・推進のために最大・最善の貢献をした人物・団体」に授与することになっている。トランプ氏の「対抗心」 国別で見ると、最も多く受賞しているのは、やはり米国だ。日露戦争の際、ポーツマス講和会議を開催して日露の講和を仲介したセオドア・ルーズベルトが1906年に受賞、国際連盟創設に貢献したウッドロウ・ウィルソンも1919年に受賞している。 そのほか、米国の大統領としては、2002年にカーター元大統領も受賞している。カーター氏の受賞理由は「数十年間にわたり、国際紛争の平和的解決への努力を続け、民主主義と人権を拡大させたとともに、経済・社会開発にも尽力した」とある。 だが、1994年に北朝鮮の核開発で米朝関係が緊張した際、特使として北朝鮮入りしたことを忘れてはならない。会談した金日成(キム・イルソン)主席が、国際原子力機関(IAEA)査察官の駐在継続に同意し、米朝協議が続いている間、使用済み燃料の再処理を凍結すると約束した。 要するに、カーター氏は国連安全保障理事会による北朝鮮への制裁回避に動いたのである。言い換えれば、「北の核開発を結果的に止められなかった元大統領」なのである。 このとき、きちんと北朝鮮への制裁を実行していれば、北朝鮮の核ミサイル開発は今日のような深刻な事態にはならなかったろう。この一事をもってしても、平和賞の選考には毀誉褒貶(きよほうへん)がつきまとう。 これまでノーベル平和賞を受賞した米国大統領は4人いる。最後の一人が2009年に受賞したオバマ前大統領だ。「国際的な外交を強化し、市民の間の協力を高めることに、特別な努力を傾けた」というのが受賞理由であり、その年の4月にチェコ共和国の首都、プラハで「核なき世界」に向けた呼び掛け、「プラハ演説」を行ったことも評価された。そんなオバマ氏へのトランプ大統領の対抗心は、並々ならぬものがある。米国のオバマ前大統領のポスターを掲げる支持者(ゲッティイメージズ) 「カーターなんて、北朝鮮の核開発を助長した張本人じゃないか、オバマだって、オレ以上の『言うだけ王子』だ。オレは、実際に金正恩(キム・ジョンウン、朝鮮労働党委員長)とサシで会談して、核開発を止めさせているし、ミサイルだって発射させてない。行動を伴っているのだ。ノーベル平和賞くらい、オバマにやるくらいなら、オレだってもらったっていいだろう」。邪推かもしれないが、トランプ氏の思いを勝手に推察してみれば、これぐらいは考えているのかもしれない。 韓国の金大中(キム・デジュン)元大統領も、2000年の南北首脳会談で北朝鮮に甘い顔を見せただけで、ノーベル平和賞を受賞した。パフォーマンスとロビー活動での受賞と揶揄(やゆ)されたが、「実質を伴わなくてもパフォーマンスで受賞できる」というノーベル平和賞は、パフォーマンス好きのトランプ氏にはふさわしい、と見るべきか。実害のない「手土産」 しかし、わが国にとっては、北朝鮮がいまだに核・ミサイル開発を中止せず、拉致問題も解決していない現状、韓国があからさまな親北・反日姿勢を強めている状況の中にある。米朝首脳会談という「パフォーマンス」だけで終わられては、日本国民にとってはたまったものではない。 安倍晋三首相がトランプ氏をノーベル平和賞に推薦したかどうかは定かではない。それでも、トランプ氏が国連安保理による北朝鮮に対する制裁をきっちりと継続させ、韓国による「制裁逃れ」への加担を許さないよう強い姿勢で臨んだ場合はどうだろうか。そして、最後のトドメとして米朝首脳会談で、透明性がある形で実効ある核ミサイル開発の断念が保証され、拉致問題が解決に向かえば、「トランプ氏のノーベル平和賞の価値も認めよう」というのが日本国民としての切なる思いだろう。 今回はたまたま、トランプ氏が「安倍首相からノーベル平和賞に推薦された」と暴露し、想定外のパフォーマンスとなってしまった。それでも、反日政策に凝り固まった韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領や、わが国固有の領土である北方領土の返還交渉に後ろ向きの姿勢を鮮明にしているロシアのプーチン大統領だったら「推薦に値しない人物」という激しい反発が湧き起こっただろう。 中距離核戦力(INF)全廃条約からの脱退を表明するなど、米朝会談以外の政治姿勢は、ノーベルの遺言から考えれば、平和賞にほど遠い。もし本当に推薦したとするならば、今のノーベル平和賞の価値から考えると、安倍首相にとっては実害のない「手土産」くらいの感覚だったのだろうか。 実は、安倍首相の祖父である岸信介元首相も、1960年に日米安保条約を締結したことの評価だろうか、ノーベル平和賞に推薦されたことがある。「かつて祖父が推薦された」という意味で、推薦のハードルも下がったのかもしれない。 朝日新聞が社説で「外交辞令では済まされぬ、露骨なお追従」と批判しようとも、野党が「(推薦が)世界の笑い者」とバカにしても、北朝鮮が核ミサイル開発を断念し、拉致問題を解決すれば、「こういう結果を見越して私は推薦した」と胸を張って言うだろう。また、相変わらず北朝鮮が核ミサイル開発を続け、拉致問題が解決せずに、米朝首脳会談がパフォーマンスに終われば、ダンマリを決め込めばいいだけの話である。2018年4月、米フロリダ州パームビーチでの首脳会談前にトランプ米大統領の出迎えを受ける安倍首相(共同) 「政治は結果責任」とは言うものの、「推薦」という結果責任を問われない行為は、内外に課題が山積している安倍首相にとっては、些末(さまつ)な出来事かもしれない。しかし、内外の課題に対応し、トランプ氏へのノーベル平和賞推薦が些末な出来事だと国民から評価されるような政治に邁進(まいしん)できるのか。 郷里の長州藩士、桂太郎を超える憲政史上最長の通算首相在任日数のカウントダウンが始まり、来年の東京五輪・パラリンピックも控える中、最大の「落とし穴」は7月に予定されている参議院選挙だ。今回の推薦は、トランプ氏のパフォーマンスが自らの支持率に響かないように、と水面下で行っていた可能性が高い。安倍首相にとってはバラされたくなかった事実かもしれないが、それでも野党やマスコミの批判など「痛くもかゆくもない」と高をくくっているに違いない。(一部敬称略)■ 安倍三選に支配された自民党の空気が「悪しき記憶」と重なる■ 「反トランプ」のうねりはなぜ起こらなかったのか■ 政治利用される「ノーベル平和賞」 憲法9条は道具に過ぎない

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    米兵が左翼活動家から「死ね」と罵詈雑言浴びせられ幹部激怒

     戦後70年以上、政治家たちは「国防」を正面から議論してこなかった。左翼陣営は議論すら許さなかった。そのツケが回ってきたようだ。国難を前に日本は無防備だ。ジャーナリストの櫻井よしこ氏と米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏の国を憂う二人が、日本人の覚醒を期待して国防について論じた。櫻井:本来なら、日本は自力で日本を守るべきですが、中国の軍拡が猛烈な勢いで進み、単独での自国防衛が難しい状況になってきた。 そこで日本にとって重要なのはいかに日米同盟を維持するかです。米国が「日米安保はアメリカの国益にとっても重要だ」と思うように、日本も役割を果たしていかなければいけない。人間関係も同じですね。一方が他方に頼りっぱなしでは嫌になってしまいます。ケント:米軍兵士たちはみんな若いですが、彼らの平和を守ろうという精神には本当に感動しますよ。沖縄にいる米兵たちは皆、本気で日本を守るつもりで来ています。 ところが米兵たちが仕事に行こうとすると左翼活動家の私的検問にあい、「死ね、死ね、米兵死ね!」と罵詈雑言を浴びせられ車をバンバン叩かれる。 全国から過激派の活動家が集まってきて、中国や北朝鮮の工作員の疑いがある者まで混じっているのに、沖縄県警の動きは鈍い。これでは米兵は複雑な気持ちになりますよ。僕が直接話した米軍の幹部はカンカンに怒っていました。記者会見する在沖縄米軍トップのニコルソン沖縄地域調整官=2017年11月16日、沖縄県うるま市の米軍キャンプ・コートニー(高木桂一撮影)櫻井:怒るのは当然です。米国の国益とはいえ、いざという時には日本を守るために命を懸けるんですから。ケント:米国では「ファースト・リスポンダー」と言って、危機に際して最初に対応し、我々を守ってくれる人たちは国民からとても尊敬されます。警察、消防、救急隊員、そして軍人です。自衛隊員ももっと尊敬されるべきだと思います。櫻井:戦後、日本は占領下で行われた洗脳政策、WGIP(ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム)と学校教育を通じて軍に対するアレルギーを植え付けられました。それが間違いの根本で、経済力と軍事力のふたつがない国はまともに国を守れません。 幕末にペリーの黒船が来航した時、日本には経済力も軍事力もありませんでした。鎖国していたから情報力もない。そのため欧米列強に様々な不平等条約を結ばされてしまった。しかし、先人たちには現実を見つめる賢さがありました。国を守るためには経済力と軍事力が必要だとして「富国強兵」を国策に掲げたんです。●さくらい・よしこ/新潟県長岡市出身。ハワイ州立大学卒業。元日本テレビ「きょうの出来事」キャスター。1995年、『エイズ犯罪 血友病患者の悲劇』で大宅賞受賞。執筆・講演活動を続ける一方、インターネット放送「言論テレビ」を運営中。●ケント・ギルバート/1952年アイダホ州生まれ。1971年初来日。カリフォルニア州弁護士。1983年にテレビ番組「世界まるごとHOWマッチ」にレギュラー出演し人気に。近著に『中韓がむさぼり続ける「反日」という名の毒饅頭』、近日刊行予定に『日本人だけが知らない世界から尊敬される日本人』がある。関連記事■ ケント氏「憲法によって危険に」櫻井氏「日本は商人の集合体」■ ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■ ケント氏「韓国はベトナム女性に謝罪する像を建てるべき」■ 中国官製メディア 反日へ誘導のため日本人学者を登場させる■ 慰安婦問題は振り出しに? 蒸し返し続ける韓国側の事情

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    ポチ外交が染み付く安倍首相は「天才老人」トランプの金髪を逆立てよ

    山田順(ジャーナリスト) 17日から18日(米東部時間)にかけて行われる日米首脳会談で、安倍晋三首相は、トランプ米大統領と「じっくり話し合う」意向だと伝えられている。いまだにあるのかどうか判然としない「米朝首脳会談」、トランプ氏と金正恩朝鮮労働党委員長との激突をにらんでの日米同盟のあり方が最大の議題となる。そして、先日発動された「鉄鋼・アルミ関税」の適用除外も議題となるだろう。そこで本稿では、鉄鋼・アルミ関税問題を中心に考察を試みてみたい。 まず、述べておきたいのは、トランプ氏という人物が、人の話をまず聞かない、とんでもない大統領だということ。つまり、首脳会談などと言っても、何が飛び出してくるか分からないのだ。外交常識から言えば、首脳同士が会うのだから、その前に行われる実務交渉や高官協議で大概の話は終わっている。ところが、トランプ政権というのは、この常識が通用しない。 トランプというのは、アメリカ合衆国の歴史に登場したことのない「偉大なる大統領」であり、自分を「(情緒が)すごく安定した天才(a very stable genius)」と思っている男である。しかも、ポルノ女優、ストーミー・ダニエルズと一夜限りの関係を結び、それを口外しないように13万ドルを支払ったという老人である。とてもじゃないが、何を言っても説得などできないだろう。 米中西部の「ラストベルト(さびついた工業地帯)」の街で、朝からダイナーでクアーズのビールを飲み、ステーキをたいらげるプア・ホワイト(白人貧困層)のために「制裁関税(sanction tariff)」を思いつく「錆びついたアタマ」の持ち主に、今さら自由貿易の大切さを熱弁しても、聞く耳を持たないだろう。菅義偉(よしひで)官房長官は「(日本側から)自由貿易の大切さを十分に申し上げることになる」という見通しを述べたことがあるが、そんなことをまともに言ったら、この老人の機嫌を害すだけである。 ここから順次説明していきたいが、この大統領には、論理的な説得は一切通用しない。例えば、「大統領閣下、クオリティーの高いわが国の高規格鉄鋼の値段が上がると困るのは貴国の方ではないですか。自動車の販売価格の上昇を招きます」などと言っても、この人は何のことか分からないだろう。毎朝、オーバルオフィス(大統領執務室)に届けられるレクチャーペーパーの枚数が多いと、即座に怒り出すという「天才老人」なのだから。2017年2月、米フロリダ州でゴルフを楽しみ、ハイタッチする安倍晋三首相(左端)とトランプ米大統領(内閣広報室提供) それでは、トランプタワーに真っ先に駆けつけ、ゴルフを2回もやった「仲の良さ」で、何とかお願いすればいいのだろうか。これもまた違うだろう。なにしろ、この「天才老人」は筋金入りの「白人至上主義者」で「レイシスト」だ。チャイニーズもジャパニーズも、彼にとっては同じだからである。 それに、トランプ氏には安倍首相より仲のいいゴルフ・フレンドが山ほどいる。フロリダ州パームビーチの金ピカ別荘「マールアラーゴ」の近所には、あのグレッグ・ノーマンも豪邸を構えており、トランプ氏とは「ご近所ゴルフ付き合い」をしている。そのため、トランプ氏はノーマンの頼みにイヤとはいえず、オーストラリアが関税適用除外になったと言われている。ロビー活動しない「お人好し」日本 今回適用除外になったのは、このオーストラリアのほかに、カナダ、ブラジル、メキシコ、欧州連合(EU)、アルゼンチン、韓国の7カ国および地域だが、いずれもワシントンに代表団を送り込んでロビー活動をしていた。例えば、ブラジル大使とブラジル鉄鋼協会会長は、上下院議員数十人を回って説得に当たった。また、EUは米国からの輸入品に対抗関税をかけるとちらつかせた。2018年1月、NAFTA再交渉の会合終了後に記者会見する(右から)ライトハイザー米通商代表、カナダのフリーランド外相、メキシコのグアハルド経済相(共同) ところが、日本は「日米同盟は世界一重要な同盟だから、日米の絆は揺るぎない」などという「外交辞令」を信じ込み、ロビー活動をほとんどしなかった。「安全保障上の措置から一部の国を除外する」というワシントンの「お言葉」を信じたままだったというから、お人好しにもほどがあろう。 カナダ、メキシコ2カ国は北米自由貿易協定(NAFTA)加盟国だし、中南米諸国は米国のバックヤード(裏庭)だ。そして、EUは白人が多くを占める「国家連合」である。アジアの国は、これらの国や地域よりも、少なくとも2倍以上のロビー活動をしなければ、ワシントンを動かすことはできないのである。 鉄鋼・アルミ関税発効前日である3月22日、ホワイトハウスでのトランプ発言を報道で知って、世耕弘成経済産業相は青ざめたという。また、安倍首相自身も「財務省文書改ざん問題」との「ダブルパンチ」に頭を抱えたという。では、トランプ氏はなんと言ったのか、ここで振り返ってみよう。《And I will say, the people we're negotiating with ―smilingly, they really agree with us. I really believe they cannot believe they've gotten away with this for so long.》(もう一つ言ってやろうか。われわれの交渉相手はいつもニコニコしながらわれわれと合意する。しかし、ずっとごまかし続けられると信じているとしたら間違いだ)《I'll talk to Prime Minister Abe of Japan and others ―great guy, friend of mine ―and there will be a little smile on their face. And the smile is,“I can't believe we've been able to take advantage of the United States for so long." So those days are over.》(日本の安倍首相とそのほかの人たちに言ってやろう-まあ、彼はグレートでオレの友人だがね。彼らはいつもほほ笑みを浮かべている。そのほほ笑みは「こんなに長くアメリカを出し抜けると思ってなかった」っていうほほ笑みだね。でも、もうそんな日々は終わりだ) ここまでコケにされたら、普通は中国のように報復措置を発動させると息巻くものだが、「ポチ外交」が染み付いてしまった日本にはこれができない。「安倍首相はほほ笑みだけ」発言の謎 トランプ氏が安倍首相を名指しして、「いつもほほ笑みを浮かべて何もしない」という趣旨の発言をした背景には、日米自由貿易協定(FTA)の交渉が一向に進まないことがある。「天才老人」トランプ氏は不動産屋だけに、「相対取引」しかできない。そのため、多国間交渉が苦手で、これまでに環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)からもNAFTAからも離脱してしまった。おまけに、地球温暖化対策の国際枠組みである「パリ協定」からも離脱を表明してしまった。いっぺんにいろいろなことを考えられないのだ。 FTAのような2国間交渉は、TPPのような多国間交渉と比べれば、力関係がそのまま反映する。弱い相手は脅かすことで言うことを聞く。これは、トランプ氏の自尊心をいたくくすぐる。だから、トランプ氏はFTAが大好きなのだ。 2017年11月、トランプ氏は日本にやってきて、安倍首相と3度目の日米首脳会談に臨んだ。このとき、北朝鮮情勢などとともに日米FTA交渉が取り上げられたが、日本側はのらりくらりと交わし、交渉開始時期すら決めることをはぐらかした。トランプ氏の「ほほ笑みだけ」発言は、このときの安倍首相の態度を揶揄(やゆ)しているに違いない。 トランプ氏にレクチャーペーパーを上げている米通商代表部(USTR)や商務省は、1970年代から始まった「日米貿易摩擦」(当時は貿易戦争と言わず貿易摩擦と言った)以来、一貫して強硬に「ジャパンバッシング」(日本たたき)を行ってきた。ロバート・ライトハイザーUSTR代表やウィルバー・ロス商務長官は、自由貿易主義者にもかかわらず、日本の対米貿易黒字、つまり米国の対日貿易赤字を以前から問題視してきた。 日本にFTAを持ちかけているのはひとえに貿易赤字解消のためであり、「FT」(Free Trade=フリー・トレード、自由貿易)などと言ってはいるが、本質は自国産業を保護する「保護主義(Protectionism)」なのである。 米国のFTA圧力に日本がのらりくらりかわせたのは、米国が韓国とのFTA修正協議や中国との貿易交渉を優先していたからだ。ところが、韓国はトランプ氏の圧力に負けてFTA修正に応じたため、鉄鋼・アルミ関税の適用から除外された。2018年3月、鉄鋼とアルミニウムの輸入制限に関する文書に署名後、掲げるトランプ米大統領。周囲にいるのは鉄鋼とアルミの業界関係者(UPI=共同) そのため、鉄鋼・アルミ関税が発効した3月23日、トランプ氏は「韓国との貿易交渉(trade deal with South Korea)がワンダフルだ」と言い、「じきに成果が出る」と自慢しまくった。となると、日本が鉄鋼・アルミ関税から逃れるには、安倍首相が韓国以上の「手土産」、つまり、日米FTA交渉入りを持参するしかないことになる。 一方で、思いつきも人並みではないトランプ氏は突如「TPP復帰を考える」と言い出した。だが、これは日米FTA締結に向けての「まき餌(ground bait)」だという見方もある。「歴史の教訓」を知らないトランプ(iStock) ホワイトハウスは、今回の関税に除外を認めたのは「安全保障上の理由」と表明した。しかし、これは方便にすぎない。なぜなら、世界貿易機関(WTO)のルールでは、安全保障上の理由がない限り貿易制限は認められないからだ。 ただし、これは戦時の場合であって、平時で貿易制限をすることは異例とされている。もしこれが許されるなら、貿易戦争が際限なく続き、世界貿易そのものが成り立たなくなってしまうからである。 保護主義と貿易戦争が何を招くか、歴史の教訓がある。1930年、大恐慌後の米国では、国内産業を保護するために関税を大幅に引き上げる「スムート・ホーリー法」(Smoot-Hawley Tariff Act)が成立した。だが、法律をきっかけに、欧州各国も一斉に関税を引き上げることになり、世界は貿易戦争に突入してしまった。その結果、ブロック経済圏が成立し、最終的に第二次世界大戦を引き起こしてしまったのである。 しかし、トランプ氏はこんなことを全く理解していないから、1962年に成立した「通商拡大法(the 1962 Trade Expansion Act)」に第232条の安全保障条項があると教えられ、これを利用した。そうして、なんでもかんでも「大統領令(Executive Order)」で実行できると誤解しているから、得意がってサインするのである。 この条項は「安全保障上の懸念がある場合」に、米政府が輸入の制限を決定できると定められている。ただし、この条項は、1982年にレーガン政権下でリビア産原油を禁輸して以来、発動されていない。しかも、これはあくまで米国の国内法であり、国際ルールと整合していない。 シンプルヘッド(単純アタマ)のトランプ氏は、ともかく関税をかけて輸入品を減らせばいい。そうすれば貿易赤字が減る。そうすると、かつて世界一だった米国の製造業が復活する。その結果、「MAGA」(Make America Great Again)のロゴ入りブラックTシャツを着たラストベルトのプア・ホワイトたちが職にありつける。そうすれば、オレさまは「偉大な大統領」として、感謝されるに違いない。そんな風に考えているだけだ。 これは完全な時代錯誤である。もちろん、鉄鋼・アルミ関税の発効と同時に、中国製品への関税が発表されたので、今回の措置は明らかな「中国叩き」(中国封じ込め)であるのは明白だ。 しかし、中国を封じ込めたいなら、ほかにも方法がある。関税をふっかけるなどという時代錯誤の方法を採るのは、国境の壁(現代版「万里の長城」)をつくるのと同じくらい愚かではないだろうか。ただし、中国封じ込め自体は、日本にとっては大歓迎である。時代錯誤の「トランプ交渉術」 時代錯誤のトランプ氏のアタマの中には、自分がビジネスマンということもあって、貿易赤字が企業の赤字と同じで「悪」であるという発想がこびりついている。しかし、国家の貿易赤字と企業の営業赤字は本来違うものだ。なぜなら、世界一の経済大国である米国の景気がよくなれば、その分消費が拡大し、世界中からモノとサービスを輸入することで、貿易赤字が拡大することは必然だからである。 しかもこれで世界は潤い、米国の繁栄も持続する。さらに、その輸入代金はすべて自国通貨のドルで決済できるのだから、赤字はむしろ歓迎すべきことなのである。つまり、米国の貿易赤字というのは、米ドルが基軸通貨(キーカレンシー)である限り、痛くもかゆくもないのだ。トランプ氏はこの辺のところを全く分かっていない。 ところで、このような時代錯誤のトランプ氏の交渉術は、これがまたとんでもなくシンプルだ。トランプ氏は政治交渉もビジネス交渉も同じで、「ディール」(取引)の一つだと考えている。米東部の名門、アイビーリーグの「Uペン」(ペンシルベニア大学)ウォートン校の卒業生で、MBAホルダーのトランプ氏に対して、日本の二流大学の学部しか出ていない私がこんなことを書くのはおこがましいが、トランプ氏の交渉術は本当に「バカの一つ覚え」である。 それは「BATNA」(バトナ)と呼ばれるやり方で、どこのビジネススクールでも真っ先に教えているものだ。「BATNA」とは「Best Alternative to a Negotiated Agreement」の略だ。「不調時対策案」と訳されている。簡単に言うと、交渉が不調に終わっても、最低限の妥協できる代替案をあらかじめ決めて交渉するというやり方である。 この交渉術では、まず相手にふっかける。ふっかければふっかけるほどいい。そうすると、その条件、特に数字なら、その数字が相手の頭の中にこびりつく。これは一種の印象操作で、これを「アンカリング(Anchoring)」あるいは「アンカリング効果」と呼んでいる。そうすると、そのふっかけ自体にはなんら根拠がないのに、相手はそこから譲歩を引き出そうとしてくる。 このとき、「RV」(Reservation Value:留保価値)といって、「BATNA」を行使した際に得られる価値をあらかじめ決めておく。例えば、1万円ふっかけても留保価値が5000円なら、最終的に5000円で決着すれば、それで交渉は成功したことになる。もちろん、7000円なら大成功である。(iStock) トランプ氏はいつもこれをやっている。なにしろ、なぜ、鉄鋼の関税が20%でアルミの関税が5%でなければならないのか。その根拠は希薄だ。要するに「ふっかけ」である。 しかも、そもそも、これまでそんな関税など存在しなかったのである。したがって、カナダ、メキシコ、オーストラリア、EUなどが憤慨すると関税対象から外す。そうすると、何も状況は変わっていないのに、相手は何かトクした気分になる。トランプの「罠」から逃れる秘策 トランプ氏には「自伝」とされる著書『トランプ自伝―不動産王にビジネスを学ぶ』(Trump: The Art of the Deal、1987年)がある。もちろんゴーストライターが書いたものだが、この本の中で、自分の交渉スタイルを自慢している。 それはまさに「ふっかけ」で、まず何かとんでもないことを提案する。そして、相手がそれにこだわって、妥協を重ねれば大成功というものだ。また、トランプ氏の「オレさま自慢」は昔からで、ビジネス誌のインタビューでは、不動産取引の成功の秘訣(ひけつ)をこのように言っている。 部下から、建築費用の見積もりが、例えば5000万ドルになると報告を受ける。そこでクライアントには1億ドルかかると伝える。そして、最終的に7500万ドルで建てる。こうすると、クライアントはいい仕事をしてくれたと感謝してくれる。 要するに、これは「ぼったくり」だ。それでは、このような「BATNA」の罠から逃れるにはどうしたらいいのだろうか。 ビジネス書が教えているのは、相手の提案や提示額がとんでもないものだったら、具体的交渉に入らず、いったん席を立つということだ。そうして時間を置いて、改めて交渉を行う。こうすれば、最初の提案や提示額の影響を受けずに済むという。さらに、相手の提案を倍返しにして、こちらもとんでもない提案や提示額を示すという方法もある。 今回の日米首脳会談では、鉄鋼・アルミ関税の適用除外と、米朝会談を見据えて拉致問題の解決を要請するという。しかし、これは要請でも交渉でもなく、単なる「懇願」だから「まあ考えておく」で終わりだろう。 現在、日本は米国産牛肉の大口輸入国だから、鉄鋼・アルミ関税の報復として牛肉に100%関税をかけることを表明したらどうか。米国産牛肉の関税は38・5%で、緊急輸入制限(セーフガード)発令時は50%になる。これ以上、ホルモン剤漬けの米国産牛肉を輸入する必要があるだろうか。よく考えてみてほしい。(iStock) ともかく、安倍首相もたまにはトランプ氏の金髪を逆立てない限り、いくら一緒にゴルフをやっても無駄だ。またバンカーに落ちて、置いてけぼりにされるかもしれない。 それに、トランプ氏が「オレさま」でいられるのは、あと数カ月かもしれない。今年11月の中間選挙で、共和党は地滑り的大敗を喫する可能性がある。事実、先日のペンシルベニア下院補選では負けたではないか。もっとも、その前に安倍退陣という可能性もある。いずれにせよ、日本はもういい加減、トランプ氏と正面から真面目に交渉することを止め、米国の本当の中枢と確固たる外交関係を築いていく必要がある。

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    安倍、トランプ「密約」の裏側

    「対話のための対話では意味がない」。日米首脳会談に臨んだ安倍首相は、対北朝鮮圧力の強化で米国と一致したことを強調し、トランプ大統領も「戦略的忍耐の時代は終わった」と表明した。両首脳の蜜月を世界にアピールしたとはいえ、水面下では「密約」も交わされたとされる。その裏側を読む。

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    トランプは北朝鮮の核放棄など本気で考えていない

    手嶋龍一(外交ジャーナリスト) 先のアメリカ大統領選挙でトランプ陣営の選挙対策本部長を務めたポール・マナフォート氏が10月30日、一連のロシア疑惑で起訴された。トランプ大統領への包囲網がまた一つ狭まってきた。アメリカ紙「ウォールストリート・ジャーナル」の世論調査によれば、トランプ大統領の支持率がついに最低の38%にまで落ち込んでしまった。このような苦境に立っているのは、政権内の情報機関が自分に不利な情報を捜査当局やメディアにリークしているからだ―。トランプ大統領はこう考えて情報機関への不信感を募らせている。 歴代のアメリカ大統領は、毎朝、CIA(中央情報局)をはじめとする情報機関からえりすぐられた「インテリジェンス」のブリーフィングを受けてきた。だが、トランプ大統領は、PDBと呼ばれる情報機関の報告を重んじようとしなかった。それだけ、情報機関との関係が冷めたものとなり、不信感が募っているのだろう。 だが、日本の総選挙に関する情勢報告に限っては、トランプ大統領はことのほか強い関心を示し、熱心に耳を傾けたという。親密な関係にある安倍晋三首相が総選挙で勝利し、引き続き政権を担うのか。11月上旬に日本をはじめとする東アジア歴訪を控えていただけに、選挙結果がよほど気掛かりだったらしい。2017年11月6日、ワーキングランチに向かう安倍首相(左)とトランプ米大統領=東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) 日本の総選挙の結果は、「東京発」の米情報機関の予測通り、安倍政権が圧勝した。彼らの報告は「安倍自民党が、北朝鮮の核・ミサイル危機を訴え、国難突破を有権者にアピールしたことが功を奏している」と分析した。 確かに自民党は「国際社会の圧力強化を主導し、北朝鮮に核・ミサイル開発の完全な放棄を迫る」と訴えた。これに対して立憲民主党は「北朝鮮を対話のテーブルに着かせるため、国際社会と連携して圧力を強める」と、あくまで対話の実現に力点を置いていた。実は自民党が掲げる「圧力」とは、同盟国アメリカが究極の局面では先制攻撃に踏み切るかもしれないことを暗黙の前提にしている。国連決議や経済制裁を専ら想定して、「圧力」を強めるとする立憲民主党の主張とは、その内実が大きく異なっている。 外科手術的空爆やサイバー攻撃を含めた「あらゆる選択肢」を用意しておくことが北朝鮮に核・ミサイルを放棄させるために欠かせないと安倍政権は考えている。だが、トランプ政権がひとたび先制攻撃に踏み切れば、北朝鮮が大がかりな反撃に打って出て、日本や韓国に甚大な被害が出る懸念がある。トランプ大統領と軍人出身の政権幹部が先制攻撃の可能性をどこまで真剣に検討しているのか。朝鮮半島の有事を見据えて、6日に東京で行われる安倍・トランプ会談はいつになく重要なものとなる。トランプの東アジア戦略はどこにある トランプ大統領はどのような思想をよりどころに対東アジア戦略の舵を定めていくのか。それは「アメリカ・ファースト」主義に他ならない。アメリカの国益をすべてに優先させ、自らの強固な支持基盤である貧しい白人層の利益を守り抜いていく。それゆえ、「アメリカ・ファースト」主義を掲げる政権のイデオローグ、スティーブン・バノン前首席戦略官は「対中経済戦争こそ最優先課題であり、北のことなど座興にすぎない」と言い切ったのである。 北朝鮮が北米大陸に届くICBM(大陸間弾道ミサイル)の開発・実験さえ凍結することを約束すればいい―。「アメリカ・ファースト」の思想は、対北政策にも顔をのぞかせるかもしれない。そうなれば、日本だけが北の中距離ミサイルの射程に収まって取り残されてしまう。安倍首相は、6日の日米首脳会談で、かかる事態だけは何としても避けなければならない。 緊密な同盟国同士であっても、それぞれの利害がぴたりと一致することなどありえない。それだけに日本側は、対トランプ会談で機先を制し、攻勢に出るべきだろう。アメリカ政府は、2008年に北朝鮮を「テロ支援国家」のリストから外してしまった。「テロ支援国家」のくびきを解かれた金正恩政権は、クアラルンプールで金正男氏暗殺に手を染め、イランとひそかに新鋭ミサイルを共同開発し、ヒズボラとハマスに武器を売却している。指定解除がいかなる結果をもたらしたか、その誤りを米側にはっきりと伝えるべきだろう。2017年9月、ニューヨークでトランプ大統領の発言に対する北朝鮮の立場を表明する李容浩外相(共同) いまや北朝鮮は、6千人規模のサイバー戦士を擁して、サイバー攻撃能力を急速に高めている。それを裏付けるように、バングラデシュの中央銀行にサイバー攻撃を仕掛け、8000万ドルを奪っている。マシンガンを持った覆面の銀行強盗などいまや過去の風景になりつつある。こうした事態が繰り返されれば、国連安保理の制裁決議や米中の独自制裁も効力を減じてしまう。北朝鮮は核・ミサイルの開発資金をさらにサイバー空間から調達することになるだろう。 安倍首相は、あらゆる機会を捉えてトランプ大統領にひざ詰めで談判し、北朝鮮を「テロ支援国家」に再指定させ、サイバー攻撃へ備えを日米連携で一層強化するべきだ。アメリカのトランプ政権は、東アジアの戦略地図を根底から塗り替え、ソウルと東京を火の海にしかねない先制攻撃より前に、多くのなすべきことがあることを真摯(しんし)に説いてもらいたい。

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    安倍総理の「やってる感」に愛想を尽かした拉致家族のホンネ

    有田芳生(参院議員) 「トランプ氏、来日時に横田夫妻らと面会へ調整 『拉致』北に圧力」。 読売新聞がこう報じたのは10月12日朝刊の一面である。この報道をきっかけに他紙やテレビも後追い報道を始めた。総選挙の真っただ中の報道に接し、私はまた安倍首相の「やってる感」政治だと思わざるを得なかった。 御厨貴・芹川洋一著『政治が危ない』(日本経済新聞出版社)で紹介されている「やってる感が大事なんだ」という首相の発言である。言い得て妙で安倍政治の手法を本人がよく理解していることを表す言葉である。「やっている」ではない。「感」とは「その・もの(場)の雰囲気から受ける、ある種の判断を伴った印象」(『新明解国語辞典』三省堂)だ。つまり「やっているという印象」である。何か拉致問題が動くかもしれない、そんなムードを広げたことは確かだろう。だがそうだろうか。私はまったく悲観的だ。その理由を知られざる家族の心情もふくめて明らかにしたい。トランプ大統領と拉致被害者家族の面会には5つの問題がある。横田めぐみさんの父親の滋さん(左)、母親の早紀江さん=2017年10月4日、 神奈川県川崎市(飯田英男撮影) 第一に、この報道時点で横田滋、早紀江夫妻をはじめとして、拉致被害者家族に対して、政府からは何の打診もなかった。トランプ大統領に会うのが当たり前のように安倍首相は思っているが、実は拉致被害者家族の気持ちは首相への諦念も含めてすでに相当冷めている。拉致対策本部なども被害者家族の本音を聞いていないから、安倍政権への期待が続いていると勘違いしているのだ。そんな質問主意書をかつて出したところ、被害者家族には必要に応じて情報を提供しているとする答弁が戻ってきた。 ウソだ。首相官邸などで「家族会」が首相などと懇談することがあるが、拉致問題の具体的情報などは一切知らされない。安倍首相が第2次政権を成立させたのは、2012年12月。「私の政権で拉致問題を解決する」と豪語してから5年になる。拉致問題がまったく解決していないことに、被害者家族は心底落胆している。 第二に、トランプ大統領が国連総会の演説で拉致問題に触れ、横田めぐみさんのことを語ったことは世論を高めるために意義があることである。しかし残念ながらアメリカ政府は、拉致問題にほとんど関心がない。アメリカにとっての北朝鮮問題とは核であり、ミサイル問題なのだ。 小泉純一郎政権で拉致問題を金正日総書記に認めさせた客観的背景に、当時のブッシュ政権の「ならず者国家」指定などがあり、北朝鮮が「7・1経済改革」で国内的苦境を打開したいとの狙いがあったことは明らかである。その国際的条件を背景に置いても、拉致問題はあくまでも日本政府独自の課題だったことを忘れてはならない。言葉を換えればアメリカ政府が日本政府の肩代わりで拉致問題を解決することはないのである。安倍政権の「やってる感」で問題が解決しないことは、この5年の歴史がすでに冷厳なる回答を出している。早紀江さんに口止め? 第三に、安倍首相をはじめとする政府関係者よりも、帰国した拉致被害者や被害者家族の方が、理論としてではなく、当事者としての切実な皮膚感覚で現状と今後を恐れていることを知らなければならない。 それは拉致問題解決への協力をトランプ大統領に依頼することで、日本政府としての独自の課題が後継に押しやられてしまい、結局は「拉致問題が終わりにさせられてしまう」という深い危惧である。 おそらく首相や関係者は、帰国した拉致被害者や被害者家族がそんな思いでいることをつゆ知らずだろう。9月17日に開かれた「救う会」などが主催した国民大集会では「今年中に全拉致被害者の救出を!」が目標として設定された。この集会には安倍首相も出席している。その「今年中」もあと2カ月を切った。14年5月の日朝ストックホルム合意に意味はないとの意見があるものの、政府は破棄しないとしている。 02年9月の「日朝平壌宣言」からストックホルム合意まで12年。この合意を破棄すればもはや日朝間の交渉は10年単位で動かないことが容易に理解できる。家族会代表の飯塚繁雄さん(右から3人目)、横田早紀江さん(同4人目)らと面会する安倍晋三首相(同2人目)=2017年9月28日、首相官邸 第四に、今度のトランプ大統領と拉致被害者家族が面会することが決まってから、驚いたことがある。10月19日に行われた「横田早紀江さんを囲む祈りの会」でのことだ。早紀江さんが「トランプさんに会ったら戦争はしないでくださいと言おうかな」と話すと、「それは政治的発言だから語るべきではない。想い出だけを話せばいい」と関係者がアドバイスしたことだ。 第二次朝鮮戦争になれば、北朝鮮の攻撃により韓国だけでなく日本にも被害が生じる可能性が高い。作家の佐藤優さんによれば、日米政府は戦争が起きたときのシミュレーションを行っており、北朝鮮もふくめ少なくとも100万人の犠牲者がでるという(『文藝春秋』17年11月号)。北朝鮮にはおそらく拉致被害者がどこかで暮らしているだろう。横田めぐみさんの娘のウンギョンさんとその一人娘も平壌にいる。そうした生命の危険をさらす戦争を起こしてほしくないとの気持ちは、政治的発言ではなく、「人間の根本倫理」(渡辺一夫)である。拉致問題を政治利用して北朝鮮の崩壊を望んできた者たちこそ、「宙返り」した論理にとらわれている。 第五に、ではどうすれば拉致問題を解決できるのかという根本問題がある。それはストックホルム合意に基づいて、すでに完成していると見られる北朝鮮による報告書を受け取り、厳しい検証作業に入ることだ。警察庁の専門家による現地調査なども必要だろう。北朝鮮は受け入れるという。日本政府は水面下の交渉で、北朝鮮側が拉致被害者の「5人生存、8人死亡」とする2002年の立場を変えていないことから、報告書の受け取りを拒否している。だが重要なことは事実の確認である。北朝鮮がこれまでのように杜撰な調査報告をするなら、徹底して検証、批判すればいい。 ある被害者家族は「私たちが知りたいのは事実です。運動のための運動をしているのではありません」と語る。外務省は日本人妻や残留日本人問題などの人道課題をまず進めることで、拉致問題に風穴を開けたいとしていた時期がある。それを受け入れなかったのが官邸である。被害者家族はこんな本音を私に語った。「政府は拉致問題にいつまでも曖昧な対応をするだけで、本音では解決したくないのではないでしょうか」

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    「在韓米軍撤収」これが習近平を黙らせるトランプの隠し球だ!

    李英和(関西大学教授) このところ北朝鮮の金正恩政権はすっかり鳴りを潜める。9月15日に中距離弾道ミサイルを試射してからは音なしの構えだ。 北の核ミサイル開発は、アメリカ本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)の完成まであとひと息。向こう半年から一年間で「頂上」に登り詰める。その数歩手前で、金正恩は足踏みする。 巷(ちまた)では、北朝鮮の次なるICBMの発射実験は、去る10月10日の朝鮮労働党創建記念日、あるいは10月18日の中国共産党大会開催日が有力視された。ところが、大方の予想に反して撃たなかった。筆者の知るところでは、撃ちたくても「撃てなかった」。俗な言い方をすれば「ビビった」のだ。 技術的に何か問題が起きたからではない。朝鮮半島近海への米空母戦団の派遣や爆撃機の演習を恐れたのでもない。また、共産党大会の開催を前にした中国に脅されたわけでもなさそうだ。 金正恩が怖じ気づいた理由はただ一つ。11月3日から始まるトランプのアジア歴訪、より正確には11月8日の米中首脳会談にある。そこで北朝鮮の命運が決まることを鋭敏に感じ取った。これが金正恩にミサイル発射を自制させた。北朝鮮の労働新聞が掲載した、弾道ミサイル「火星12」の発射訓練を視察し、笑顔の金正恩委員長の写真(コリアメディア提供・共同) 今回のトランプ訪中の目的は二つ。北朝鮮問題と貿易問題の「解決」だ。時間的な切迫の度合いから言えば、前者が最優先の課題となる。知財権などの複雑な貿易問題は後回しにしてもかまわない。むしろ、貿易問題は北朝鮮問題で中国と直談判する際の有力な取引材料の一つだ。 首脳会談の前にミサイルを発射してトランプを刺激するのは、いくら何でも冒険が過ぎる。同時に、北朝鮮問題と貿易問題でトランプに強く圧迫される習近平の立場をさらに弱めることになる。 金正恩は固唾(かたず)をのんで米中首脳会談を見守るしかない。したがって、トランプ訪中が終わるまでは、ICBMの発射実験を控えることになるだろう。会談の成り行き次第で、金正恩が実験に込める政治的メッセージを変えることになるからだ。いずれ崩壊する金正恩政権 そんな米中首脳会談では何が決まるのか、大胆に予測してみよう。トランプは習近平に北朝鮮の非核化を前提条件として「二者択一」を強く迫る気配が濃厚だ。一つは、北朝鮮に対する原油と食糧の禁輸を含む経済制裁のさらなる強化。端的に言えば、事実上の「経済封鎖」だ。もう一つはアメリカによる予防的な先制攻撃。中国が前者を拒むのなら、後者を容認もしくは黙認させる仕掛けだ。 米中両国は表面上「北朝鮮の政権交代を目指さない」と言う。だが、二者択一のどちらに転んでも、結果的に金正恩政権は崩壊に行き着く。 経済封鎖となれば、主役は中国が担うが、日韓両国も一役買うことになる。先制攻撃の場合には、日韓両国は否応なしに協力することになる。そのための事前の調律作業が訪中に先立つ日韓両国訪問だ。 習近平は上記した二者択一のどちらでも選べる。とはいえ、長大な国境線を接する中国の裏庭での戦乱を黙って見守るのは難しい。金正恩政権に援軍を送ったり、あるいは逆に米軍と共同して金正恩掃討作戦を敢行したりするのは至難の業だ。そうなら、経済封鎖をのむしかなくなる。新たな最高指導部メンバーを紹介し、拍手する習近平総書記=2017年10月 その場合、問題となるのは、金正恩政権を除去した後に生まれる北朝鮮の新しい政治地図だ。中国は、韓国が北朝鮮を吸収するのはともかく、北朝鮮領内に米軍基地が展開する事態だけは何としても避けたい。中国軍が「金正恩後」の北朝鮮に進駐するのは無理でも、中国軍と気脈を通じた北朝鮮軍を中軸とする「親中政権」を樹立したいところだ。 今回の米中首脳会談では、トランプが習近平に貿易問題での譲歩だけでなく、安全保障面で十分な「安心」を与えることが必要になる。現実的な「落としどころ」は次の二点だろう。 一つは、経済封鎖であれ先制攻撃であれ、米韓両軍が北朝鮮領内に兵を進めないという約束。今の韓国左派政権はその気が毛頭ないので、トランプ政権の決断次第だ。この点では、トランプには習近平を安心させられる「隠し球」がある。近い将来での在韓米軍撤収がそれだ。今回、この「密約」が成立する公算が大だ。 要するに、北朝鮮だけでなく、朝鮮半島全体を米中両国の「緩衝地帯」とするなる新たな北東アジアの政治地図と経済環境の出現である。 日韓両国にとって、この金正恩後の北東アジアの将来構想が吉と出るか兇と出るかは未知数である。だが、金正恩にとって「大凶」であるのは疑いない。金正恩は、ICBM完成の頂上を目前にして、険しい絶壁に直面する。だが結局は、中途で下山する勇気はなく、遭難の危険を覚悟して無謀な登頂を試みるしか道はなさそうだ。金正恩の対中「極秘命令」 経済封鎖となれば早晩、北朝鮮は経済的に窒息する。最近になって韓国政府が警告するように、大勢の北朝鮮住民がその犠牲になる恐れが色濃い。90年代中盤に続く大飢饉の再発だ。 2度目の大飢饉を金正恩政権が果たして乗り越えられるかどうか、大いに疑問である。だが、北朝鮮は、前回の大飢饉では国民の10人に1人を飢え死にさせながら、独裁体制を維持して核ミサイル開発を進めた「成功体験」に浸る。 それに加えて、金正恩は習近平による経済制裁や軍事的圧迫の脅しにまったく動じない。この点については、韓国の駐中国大使による興味深い証言がある。今年9月に起きた6回目の北朝鮮核実験直前の話だ。 中国政府は「北朝鮮の核実験を阻止した。今後もできないだろう」と米韓両国に自信満々に語っていた(2017年10月17日、朝鮮日報「北朝鮮危機:『核実験阻止する』と自信見せていた中国」)。おそらく北朝鮮に「制裁強化」の脅しをかけたのだろう。ところが、金正恩はそんな習近平をあざ笑い、過去最大規模の「水爆実験」で応じた。 金正恩が習近平を恐れないのには明快な理由がある。一般には知られていないが、金正恩は昨年3月に朝鮮人民軍の戦略軍司令部に驚くべき命令を下した。「北京に核ミサイルの照準を合わせろ」というものだ。極秘命令とはいえ、筆者の耳に入るくらいだから、習近平がそれを知らないはずがない。半ば公然たる中国への挑戦状である。弾道ミサイル「火星12」を見る北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(手前)。朝鮮中央通信が5月に配信した(朝鮮通信=共同) 金正恩の愛用句に「日本は百年の敵、中国は千年の敵」というのがある。歴史上、中国は朝鮮半島で「宗主国」として振る舞い続けてきた。それに対する民族的反感が表出したものである。その中国を北朝鮮の核ミサイルが射程に収めた。だが、北朝鮮と中国は表面上、「同盟国」の関係だ。その首都である北京に核攻撃の「自動発射態勢」を取るのは尋常でない。 ともあれ、核ミサイルの「民族の宝剣」を手にした金正恩は、習近平だけが相手なら「ビビらない」。習近平も金正恩を相手にうかつに手出しできない。金正恩は今般の中国共産党大会に祝電を送ったが、中身は素っ気ないものだった。「恭順の意」を表したものでは決してない。米中首脳会談を意識した危機管理次元での形式的で戦術的な「祝意」に過ぎない。金正恩が恐れるのは、まだ「宝剣」の圏外にあるアメリカだけだ。そのトランプが今、尻込みする習近平の背中を押して経済封鎖に追い込もうとしている。 米中首脳会談の結果を見極めれば、金正恩は乾坤一擲(けんこんいってき)、年内中に再びICBMの発射実験を強行することになるだろう。

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    拉致解決を「トランプ任せ」にして恥ずかしくないのか

    官である。非常事態に対処した経験はあるのだ。当時でも少なくとも菅直人首相よりはまともに見えた。そして日米関係はとにもかくにも良いのである。ある意味条件はそろっているように見える。 あとは自分でどこまでできるかであり、逆に言えば、これだけ条件がそろっても自分でやらなければ何もできないのである。安倍首相は北朝鮮の予想される事態に対処するための解散だと言った。それならば選挙に勝った以上、しっかりと対処しなければならないはずである。 本来トランプ大統領に拉致被害者家族を会わせるというのは恥ずかしいことだ。「拉致被害者の救出は日本がやります。米国も協力してください」と言うべきである。 映画『シン・ゴジラ』の中で首相補佐官役の竹野内豊だったか、「戦後は続くよ、どこまでも」と言っていた。戦後体制とは米国の庇護の下、保護国に甘んじることである。しかし、もう戦後は続かない。自ら政治の責任で現在の矛盾を断ち切り、国家としての整合性を確立できるか、安倍政権の真価が問われている。 いや、本当に問われているのは私たち日本国民一人ひとりの真価なのかもしれないのだが。

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    トランプの外交予定からわかること

    岡崎研究所 9月28日付のワシントンポスト紙に、同紙コラムニストのイグネイシャスが「トランプの政策への手がかりが欲しい?彼の予定を見よ」と題する論説を寄せています。論説の要旨は、次の通りです。 トランプ大統領が中国他アジア諸国を訪問する予定であることは、地域で何が起こるかを、ツイートや噂話などよりもよく示してくれる。 北朝鮮との戦争の可能性は恐ろしい。しかし、習近平との会談に赴く大統領が核攻撃の雲の中を飛んでいくことはない。習近平は北朝鮮に圧力をかけるとの約束を訪問前に実施するだろうか。習近平がそうする可能性は大きい。 解任の噂の絶えないティラーソン国務長官についてはどうか。彼は、トランプ訪中の準備をしている。その彼が今、首になることは考え難い。 混乱した大統領府をフォローするうえで、難しい問題は大統領周辺の蔭口から実際の政策を分別することである。トランプは、「気まぐれ」で動いているようだ。司法長官セッションズを公に侮辱したが、引き続き一緒に働いている。上院院内総務マコーネルに腹を立て、民主党のシューマーとの良い関係をみせたが、数週間後には共和党の機嫌を取っている。 このホワイトハウス・ハリケーンの中心にいるのがティラーソンとマティス国防長官である。二人の同盟は安定しているように見える。ヘイリー国連大使をティラーソンの後任にするとの噂は絶えないし、それは今後ありうるが、ティラーソンが中国訪問と北朝鮮への外交戦略を指揮している今はない。会談を前に握手するティラーソン米国務長官(左)と河野外相=2017年11月5日、東京都 外遊が外交政策を説明する。トランプは最初の外遊でサウジを訪問し、壮麗な歓迎を好んだ。ムハンマド・ビン・サルマン皇太子を改革者として評価し、サウジとUAEがカタールに圧力をかけた時には、サウジ側に立った。ティラーソンはこの紛争は調停されるべきだと主張し、トランプをイライラさせた。しかし今月、トランプはティラーソンの見方に近づき、サルマン国王とカタールの首長に電話し、紛争を解決する時だと述べた。努力は失敗に終わったが、さらなる努力がありうる。トランプはまだサウジ支持であるが、ティラーソンとマティスがこの問題で共同戦線を取っている。 ただティラーソンは最近、国務省の伝統的政策分野、難民政策を大統領府のステファン・ミラーに譲り、ミラーは受け入れ上限を4万5千人という最近の最低に定めた。 我々はトランプの扇動的なツイートより、彼が何をするか、彼がどこに行くかを見て、わかることがある。北朝鮮を攻撃しようとしている大統領は中国への11月の訪問を予定はしない。出典:David Ignatius ‘Want a clue to Trump’s policy? Look at his schedule’ (Washington Post, September 28, 2017)トランプが訪中して達成すべきこととは イグネイシャスはワシントンの内部状況に詳しい人であり、いつも傾聴に値する論説を書いています。 この論説は、トランプ大統領が11月に北京、東京などを訪問予定であることから、米国と北朝鮮との戦争はしばらくないと推定しています。これは正しいでしょう。ただ、平和的な関係を作るのには、2か国の合意がいりますが、戦争は1か国だけで始められます。したがって、この論説は、北朝鮮から攻撃を仕掛けることはないとの前提で書かれています。これも正しいでしょう。専用機に乗り込むトランプ米大統領=2017年11月3日、米メリーランド州(ロイター=共同) 米国と北朝鮮の戦力は、巨人と小人の違いがあり、米国が本気で攻撃すれば北朝鮮はひとたまりもありません。金正恩は、米国の攻撃を抑止するために核とミサイルを開発しているのであって、北朝鮮から仕掛けることはあり得ないと思われます。北朝鮮の暴発を言う人もいますが、そんなことは考え難いです。 問題は、米国が北朝鮮の挑発的行動をどれほど我慢できるかです。北朝鮮は米国の攻撃を招くことはない範囲内で、挑発行為を引き続き行うと思われますが、米国の反応を読み間違える危険があります。国内事情があるのかと思われますが、危険な火遊びはしない方がよいでしょう。 第2次朝鮮戦争になると、ソウルは火の海になり、日本にも戦火が及ぶ危険があります。米韓の軍事的オプションのあり方については、全面戦争に至らない諸段階があり得ます。注意深く考えていく必要があります。 トランプ大統領は訪中に際し、北朝鮮問題について深く突っ込んだ話をし、米中間で何らかの合意を達成することを目指すべきでしょう。米韓軍は38度線を越えて北朝鮮には行かないとか、将来の朝鮮半島をどうするか、統一するかまたは二国家継続にするか、中国軍が北朝鮮北部に進駐することを難民対策上認めるかなど、米中間で話し合うべき問題はたくさんあります。 この問題は外交的に解決すべく努力すべきです。米中間での了解を作る外交が最も重要です。外交の重点は、無意味になることが明らかな米朝対話に置かれるべきではありません。 ロシアについては、プーチンは問題があるところに絡み、ロシアの影響力を強めることを狙う性向があり、ロシアを本件に絡ませることには注意深くあるべきと考えます。北朝鮮の米局長がロシア外務省で何を話したのかわかりませんが、ロシアは北朝鮮の立場に理解を示したように報じられています。

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    米が北の核容認で「圧力」主張の安倍首相ハシゴ外されるか

    〈この国を、守り抜く。〉──安倍晋三・首相はそんな勇ましい選挙スローガンを掲げ、テレビCMを流し続けた。 北朝鮮の核開発と弾道ミサイル危機が深まる中、こと安全保障の面では安倍政権の下で米国は日本を守ってくれるはずだと期待している人が多いはずだ。 安倍首相は世界の指導者のなかでもとくにドナルド・トランプ米大統領と「ケミストリーが合う」と宣伝されており、日米同盟をバックに国連総会で強硬姿勢で北朝鮮の核ミサイル開発を中止に追い込むべきだと訴えた。トランプ大統領も、「北朝鮮はこれまで世界が見たこともないような炎と怒りを見ることになる」と警告し、米軍は「斬首作戦」を用意するなど、日米が結束して北に備えているように見える。安倍晋三首相(左)との会談を前に栄誉礼を受けるトランプ米大統領=2017年11月6日午前、東京・元赤坂の迎賓館(松本健吾撮影) だが、1年以内にその軍事同盟が幻になるかも知れない。米紙ワシントン・ポストは、米国の国防情報局(DIA)が〈北朝鮮がICBMに搭載可能な小型核弾頭の生産に成功した〉との機密分析報告書をまとめ、北は米本土に到達するICBMの実戦配備に必要な大気圏再突入技術を2018年末までに獲得する可能性があると報じている(今年8月8日付電子版)。 外務省国際情報局の主任分析官を務めた作家・外交評論家の佐藤優氏は、実戦配備の前に米朝が日本の頭越しに妥協をはかると指摘する。「トランプ大統領は武力攻撃に言及しているが、米軍が北を空爆しても核施設を全部破壊することは難しい。北の反撃で事実上の第2次朝鮮戦争が始まれば100万人規模の死者が予想され、韓国にいる20万人と推定される米国人にも多くの犠牲者が出る。従ってその前に米朝の交渉が行なわれるはずです。 しかし、北朝鮮は核廃棄や弾道ミサイルの放棄には絶対に応じないでしょう。そこで、米国は北朝鮮に自国の生命線である米本土に到達するICBMを持たせないかわりに、核弾頭と日本全土が射程に入る中距離弾道ミサイルの保有までは容認する可能性が高い」 米朝が核保有容認で合意すれば、国連で「必要なのは対話ではない。圧力なのです」と言い切った安倍首相は、米国から完全にハシゴを外されることになる。 もちろん、日本は米国の「核の傘」で守られ、日米安保条約では、北が日本を攻撃した場合、米国は反撃することになっている。ただし、佐藤氏は「それもどこまで実行されるかクエスチョンが残る」と見ている。 安倍政権は憲法解釈を変更して集団的自衛権を行使する安保法制を成立させ、自衛隊が「米艦防護」の任務を実施している。そこまで米国に尽くしても、米国が日本を見捨てる日が近づいているのだ。関連記事■ 自民党幹部「最大の功労者は小池・前原、自民に迎えたい」■ 路チュー議員・門博文氏 選挙戦中に後援会幹部逮捕の騒動■ 小池百合子都知事 「弱者イメージ」崩れ、アンチ増やす■ 金正恩の妹と横田めぐみさんの娘「学校も職場も同じ」説の真偽■ 北朝鮮を牽制する米軍の訓練 使い古された手法で効果はない

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    日本は「魔人」トランプとこう戦え

    第45代米大統領に就任したトランプ氏が早くも牙をむいた。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の離脱表明に加え、自動車市場をめぐり日本にも批判の矛先を向けた。徹底した保護主義を貫くトランプ流。日本にとっては厄介な存在だが、超大国に突如として現れた「魔人」と戦う術がないわけではない。

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    金正恩の北朝鮮にそっくり? 側近重視のトランプ政権は必ず道を誤る

    石澤靖治(学習院女子大学長) 1月20日、ドナルド・トランプ氏が第45代米大統領に就任するに際し、何を語るのかが世界中で注目された。その関心が高まっていた就任約1週間前、トランプ政権で国務長官と国防長官にそれぞれ指名された、レックス・ティラーソン氏とジェームズ・マティス氏に対する議会公聴会が行われて、大きな注目を集めた。トランプ政権の具体的政策を事前に知る絶好の機会と思われたからである。 そして両者は、極めて穏当な発言を行った。トランプ政権において日本側が特に関心をもっているのは、貿易問題を別にすれば、アメリカの対中国政策と日米同盟に対するスタンスである。それに対してティラーソン氏は、南シナ海における中国の海洋進出に懸念を表明すると同時に、尖閣諸島には日米安保が適用されるとした従来の考えを踏襲すると発言した。 一方、マティス氏は日米同盟には直接ふれなかったものの、同盟関係の重要性を尊重すると述べた。日本外交の基軸である日米同盟については、選挙期間中にトランプ氏から見直しについて言及されていただけに、日本側にはこれらの発言に一応の安堵感が生まれた。 ティラーソン氏はエクソンモービルの最高経営責任者(CEO)であった時代に築いたロシアとの近すぎる関係が懸念され、公職の経験も全くない。しかし、それを除けば大企業経営者として、その指導力と組織運営について高い評価を得ている。マティス氏は、アメリカの軍関係者からは「軍神」とあがめられる存在であり、その実績と戦争についての哲学と考察について最高水準の人物であるとされる。したがって、本来ならこうした国務長官と国防長官からなる外交の二本柱の発言から、トランプ政権の外交・安全保障政策について、ある程度の見通しは立つはずであり、安堵してもいいはずだった。 しかし、20日の就任演説でそれは大きな落胆に変わった。演説でトランプ氏は、選挙戦のように常軌を逸した発言をするのではなく、現実的な状況を踏まえた上で、壮麗な言葉で理想を語るのかと思われた。だが17分弱の演説では「アメリカ・ファースト」を繰り返し、今のアメリカがいかに外国からダメージを与えられているかを説き、自分こそがアメリカを強くする指導者であると語った。そして選挙期間中のキャッチフレーズである“Make America great again!”で締めくくった。就任式で演説するトランプ米新大統領=20日、ワシントン(AP=共同) 本来、就任演説とは選挙演説と一線を画し明るく前向きの姿勢を示すものだが、最初から最後まで、暗く、ネガティブに、そして怒りに満ちた選挙演説と変わらない就任演説だった。もちろんそこには、アメリカがこれまで戦後長く掲げてきた「民主主義」や「自由」「人権」などといった言葉はなく、「アメリカ」だけが躍った。 つまり、選挙中のトランプ氏のスタンスは、大統領のトランプ氏と何ら変わらないということである。トランプ政権はまさしく「トランプ氏自身の政権」であるということを認識しておかなければならない。政権側にとって使い勝手がいい「二層構造」 これまで、アメリカの政策について分析し言及する場合には、大統領、議会、圧力団体、世論、シンクタンクなど様々な要因を絡めて何らかの結論を出したり、見通しを示したりするのが常だった。そしてその見通しがはずれたとしても、大体は想定の範囲内に収まった。それは他の主要な先進国でも同様である。 しかしトランプ政権においては、「金正恩の北朝鮮」「プーチンのロシア」において、それぞれの国の政策を予想するような色彩を帯びてきた。つまり、指導者が何を考えて何をしようとしているのか、当人の頭と心の中を読むことが極めて重要性をもつようになったということである。だからこそ、トランプ政権は不確実性をもち、外部からの予測が難しくなったことを意味する。 もちろんアメリカは北朝鮮やロシアと政治機構は違うし、アメリカ社会の成熟度も高い。北朝鮮やロシアとは違って、より豊富で質の高い情報も報道されている。上下両院でトランプ氏の共和党が過半数を占めているといっても、党内は必ずしも一枚岩ではない。しかしトランプ氏の頭と胸の内は当人以外わからない。その意味での不確実性は北朝鮮やロシアに近いものがある。 アメリカの閣僚は、議院内閣制の日本のように大臣=ministerではなく、長官=secretaryである。わかりやすく言えば、アメリカの大統領は行政府で図抜けて権力をもち、長官はそれに従う存在だということである。その上で、トランプ氏はこれまでの大統領の中で、最も自分中心の指導者である。もちろん、実際にトランプ氏に会った安倍首相が言うように「人の話を聞く人だ」という側面もあるが、基本的に「自分」の考えを極めて大事にする。したがって、そんな中での国務長官のティラーソン氏や国防長官のマティス氏の裁量は限定的である。 さらに、アメリカの政権内の二層制を思い出しておく必要もある。それは閣僚と、一般に「補佐官」という名称で知られるホワイトハウス・スタッフとの関係である。そして補佐官たちは閣僚と同様か、時に閣僚以上に力をもつ。またこの役職は議会で承認を得る必要もないし、政策について証言することもない。したがって、外部からみれば政策の状況はみえにくい一方で、政権側にとっては使い勝手がいい。 外交・安全保障を担うポストでいえば、国家安全保障担当補佐官がそれにあたり、トランプ政権においてはマイケル・フリン氏がその任にあたる。同氏はオバマ政権で国防情報局長に就任したものの、わずか2年で退任。そこから反オバマ派に転じ、多くの安全保障関連の主流派の専門家たちがトランプ氏に背を向ける中で、いち早くトランプ支持を打ち出した。今回、国家安全保障担当補佐官の座を射止めたもの、その功績からである。 ところが、国防長官のマティス氏が多くの軍人から最高の敬意をもって迎えられたのに対して、フリン氏の人物像には疑問符をつける声が少なからずある。オバマ政権を2年で退任を余儀なくされたのも、不穏当な発言を繰り返したからである。ニクソン政権の再来で恐れる中国との「間違った取引」 ならばマティス氏が政権で主導権を握りそうなものだが、ここはトランプ政権である。前述したように、自分中心のトランプ氏は、自分に近い人物の声を重視する。米大統領ならず世の権力とは基本的にそのようなものだが、トランプ氏のこれまでの行動を見てみるとその傾向が非常に強い。 したがってこの政権においては、先ごろ上席顧問として加わった娘婿のジェレッド・クシュナー氏が実質的なナンバーツーとなり、副大統領のマイク・ペンス氏、首席補佐官のラインス・プリーバス氏、戦略担当官兼上級顧問のスティーブ・バノン氏のトロイカが、その次に位置する存在になると推測される。閣僚人事に関する書類に署名するトランプ米大統領(前列左端)=20日、ワシントンの連邦議会議事堂(ロイター=共同) そんな身内・側近政治だから、外交・安全保障も、結局のところ以前から近しい関係を打ち立てていたフリン氏になるのではないかとも思われるのである。だとすると、日本は国務・国防長官が言及した「同盟重視」という前提で楽観することはできない(フリン氏は昨年来日した際に、日米同盟には肯定的だったと言われるが)。そしてニクソン政権が行ったようなホワイトハウスにおける側近政治ということになれば、国務省・国防総省主体のそれよりも、その方針は非常に見えづらくなる。 さらに就任9日前の1月11日にトランプ氏が行った記者会見での発言にも注目しておく必要がある。この席でトランプ氏はメディア批判を行い、また自らの事業の運営を息子たちに任せて、自らは今後かかわらないことを述べた(それについては説明が不十分で、利益相反の懸念はまだ残ると指摘された)。 ただそれ以外は、メキシコとの間の壁建設や雇用、産業・貿易問題が中心で、外交や安全保障について多少ふれたものの、それを正面から語ることはなかった。そしてそれは1月20日の就任演説でも同様であった。ということは、トランプ氏の関心は世界全体をにらんだ外交・安全保障戦略ではなく、アメリカが直接的に関係するシリアやIS(イスラム国)など一部の地域や分野に限られ、対外的な関心は基本的に通商問題なのではないかということである。 さらに言えば、筆者がかねてから、トランプ氏を「ボトムライン大統領」(損得勘定の大統領)だとして懸念しているように、例えば貿易問題で中国から一定の果実を得ることができれば、アジアの大きな波乱要因になっている中国に対する安全保障問題には関心が薄くなるのではないか、そして「間違った」取引をするのではないかということである。 これらは全て推測である。しかし「トランプのアメリカ」においては、「金正恩の北朝鮮」「プーチンのロシア」と同じように、推測で推し量るしかない。それこそが2017年の世界における「トランプのアメリカ」のもつ大きな不確実性なのである。

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    韓国が騒げば騒ぐほど、トランプの眼中に入ってくる「慰安婦像」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) トランプ大統領の政策にとって韓国が占める位置はどのようなものだろうか。そこから、現在の日韓で大きな関心を集めている慰安婦像問題を考えていきたい。1月21日、トランプ米大統領就任を伝えるテレビニュースが流れる大阪市内の大型モニター トランプ政権にとって韓国は、経済的側面と安全保障のふたつが主要な関心事だろう。「米国第一主義」を就任演説でも強調し、また米国民の雇用の最大化を主軸にしていることは、トランプ氏が以前から公約で明言してきたことで目新しいことはない。 また就任演説直後に、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の合意からの離脱を表明し、北米自由貿易協定(NAFTA)の再交渉を要求した。TPPもNAFTAも多国間の自由貿易圏を生み出すための国際的な枠組みである。この両協定に対して、トランプ大統領が否定的であることから、保護貿易主義を米国がそのまま採用すると考える意見もあるが、それは即断すぎる。むしろ二国間の交渉によって、自国に有利な形での「自由貿易」路線を継続するのが主眼だろう。 このような通商・貿易政策の戦略は、米国が1980年代から90年代前半にかけて、特に日本を中心に適用してきたものを想起させる。例えば、当時の米国の歴代政権は、日本の「構造問題」を指摘し、その解決を政治的な権力を多様に駆使して実行を迫った。 規制緩和や民営化路線を強行すれば、日米の貿易問題が解消すると米国の当局者は理解していた。米国の貿易赤字は、いわば日本の「構造問題」によって米国の産業・企業が日本で「条件を同じくして」競争できないために発生していると考えたのである。 さらに為替レートの強制的な調整も実行を迫られていた。円安ドル高がこれまた米国の貿易赤字をもたらしているとして、円高ドル安路線への政治的転換を迫った。米国はこれを他国にも迫り、それがいわゆる「プラザ合意」として各国協調でのドル安(他国通貨高)政策に結実した。 このような米国の日本への「構造問題」解決圧力と、また強制的な円高政策は、日本に米国からの積極的な政治的圧力がなくなった後でも深刻な弊害をもたらした。つまり日本の停滞の主因は「構造問題」であるという誤解の蔓延、さらに“円高シンドローム”という事実上のデフレ政策の採用である。 後者はわかりやすくいえば、円高を続けるということは、市場に出回るマネーの通貨量が少ないので、マネーの価値が(モノやサービスに対して)高まることになるからである。マネーの価値の高まり、すなわちデフレは人の価値よりも超えてしまい、失業や自殺者数の増加に結び付いた。いわば、80年代から続く米国の政治的呪縛と、それが事実上解けた後でも日本の政策当局の構造問題やデフレ政策への妄執によって「失われた20年」という大停滞が続いた。韓国で巻き起こる「構造改革」ブーム 実は韓国はすでにこの「失われた20年」の罠にどっぷりと浸かっていると筆者は判断している。すでに米国と韓国の間では、米韓自由貿易協定(FTA)が締結されているため、韓国の政治・経済界そしてメディアで、韓国の経済的低迷は、例えば財閥系企業がグローバル化に不適合な旧体質にあるという、かつての日本のような批判が主流になっている。いわば韓国版の「構造改革」ブームとでもいえる現象が起きているのだ。 これはまさに米国との通商交渉のひとつの帰結とみてもおかしくないだろう。確かに規制緩和などが必要な領域があるだろう。しかし本連載の第1回でも指摘したように、現在の韓国経済の問題は持続的な総需要不足であり、その解決は構造改革ではまったくない。「失われた20年」の日本と同様に、積極的な金融政策と財政政策による総需要不足を解消するしかないのである。 だが、韓国の経済界や言論界で、このような当たり前な総需要刺激政策を唱える論者、特に金融政策の転換を主張する人は皆無である。「リフレ派なき韓国経済」といっていい。またこのことが、金融政策を事実上デフレスタンス(=ウォン高)のまま放任することにつながり、「ウォン高シンドローム」によって経済の低迷はより確実なものになるだろう。 確かに財政政策の拡大の余地があるが、日本が90年代に積極的な財政政策を行っても停滞から脱出できなかったように、財政と金融の両方の政策が協調性をもって大きく緩和に転じない限り、財政政策はムダ打ちになる可能性が大きい。それはますます通常の景気刺激政策への失望を招き、より韓国を構造問題主義に傾斜させていき、自国を停滞の罠に陥らせるだろう。 ところでトランプ政権が米韓FTAの再交渉を提起する可能性を、韓国内でも懸念しているようだ。ただし、米国のいわゆる貿易赤字にしめる韓国の位置はそれほど重要ではない。筆者の現在の見通しでは、FTA再交渉の緊急性は高くないと判断している。 いま、トランプ政権が問題視しているのは、最大の貿易相手国の中国である。トランプ政権は中国との通商・貿易交渉で強気の交渉-国内各経済部門の規制緩和、対外資本投資の自由化など-を展開する可能性が大きい。もしこの対中交渉が決裂し、米国が報復的な高関税政策を中国に適用した場合、中国の輸出産業に中間財を供給している韓国の産業がダメージを負うことがあるかもしれない。むしろ韓国にはそちらの懸念の方が大きいだろう。「慰安婦像」で決定的になる政治停滞 もっとも韓国経済からみれば、すでにFTA交渉で植え付けられた「構造問題主義」が蔓延してしまったほうがよほど深刻のはずだが。さらに為替レートの動向については、従来からの「為替操作国」への認定を、トランプ政権は強く意識する可能性が大きい。そのために過去に実行されていた疑念のある為替介入は事実上封印されるだろう。またデフレスタンスの韓国銀行(韓国の中央銀行)の政策スタンスの変更はないだろうから、筆者のかねてからの予測通りに、そのまま韓国が日本型の長期停滞に自ら入り込む可能性が高い。 安全保障については、これも米国の対中国・対北朝鮮政策によって韓国の位置付けが大きく左右されるに違いない。その延長で、慰安婦像の設置問題も考える必要がある。 筆者の見解では、今回の慰安婦像設置は、明らかに日韓合意に反するものである。その非は完全に韓国側にある。と同時に、この慰安婦像問題も含めて、韓国の親北朝鮮勢力の政治的な動きと連動していることを見逃してはいけない。韓国・釜山の日本総領事館前への慰安婦像設置に対抗して、一時帰国した長嶺安政駐韓大使(合成写真) 現在のところ、朴大統領の弾劾が決定し、その後に大統領選挙が行われれば、韓国で北朝鮮・中国寄りの政権ができる可能性が大きい。これはトランプ政権にとって座視できるものではない。さまざまな政治的ルートで、もし親北・親中の新政権に揺さぶりや圧力を明示的にかけるだろう。 筆者の私見では、それで韓国が米国と関係を悪化させることはできないと見ている。なぜなら米国は韓国の域内の軍事的プレゼンスを支える動機付けを、トランプ政権になっても維持すると考えられても、中国が米国の代替になるとはまったく考えられないからだ。中国は韓国に対して、貢物や服従を要求すれども、その恩恵付きの庇護には無関心であるという、何千年にもわたる両地域の歴史がそれを裏付けているからだ。 韓国は経済面で米国に必要以上に隷従しているし、また安全保障上でも米国の存在抜きでは、国家の存立さえも事実上危うい。特に安全保障面では、トランプ政権は日本と韓国が外交的摩擦を過度に起こすことにやがて神経質になるだろう。 そのとき慰安婦像問題は、トランプ政権にとって無視できない位置におかれる。外交的にもまた政治的にも、ボールは韓国側にあることは、米国だけでなく、海外の良識すべてが判断することになるだろう。日本はこの状況をよく考慮に入れて、いまから対応すればいい。仮に新政権が慰安婦像を再び政治利用すれば、そのとき韓国の政治的な停滞もまた決定的になるに違いない。そこまで愚かでないことを望む。

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    「最もいい加減な人種」と非難、トランプ氏とメディアの対立激化

    【WEDGE REPORT】佐々木伸(星槎大学客員教授) ホワイトハウス入りしたばかりのトランプ米大統領は就任式に集まった聴衆の人数などをめぐって激しいメディア非難を繰り広げ、双方の不信は極限まで高まってきた。対立の大きな要因は「批判に衝動的に反応する」(アナリスト)トランプ氏の人格にあり、メディア側も対応に苦慮している。「大きな代償を支払うことになる」 米紙などによると、トランプ氏が今回、メディアに激怒したのは大統領就任式の翌日(21日)の朝だった。テレビをつけてネットワークのニュースを見たところ、就任式に集まった聴衆が前任者のオバマ氏の就任式と比べて格段に少なかったと報じられた上、ガラガラの就任式会場の1つが映し出された。 トランプ氏は怒りを抱えたまま、バージニア州ラングレーにある中央情報局(CIA)本部を訪問、任務の最中に殉職した職員を称える記念碑を背景に幹部職員約300人を前に15分程度のスピーチを行った。この日までトランプ氏はCIAなど情報機関が同氏のモスクワでのわいせつスキャンダルを漏らしたと非難し、両者の緊張が続いていた。 CIA訪問は本来ならこうした緊張を緩和して情報活動を鼓舞する機会のはずだったが、トランプ氏がCIAの活動に触れたのはほんの一瞬。同氏は大半をメディアへの不満、就任式の人数が不当に低く報じられたこと、さらには政治的支持層や自分の知的レベルの高さなどに終始、自己顕示欲をあらわにした。 トランプ氏は「就任式の聴衆は150万人はいたように見えた。メディアは嘘つきだ」と指摘。「私はメディアとやり合っている。彼らは地球上で最もいい加減な人種だ」と述べ「連中は大きな代償を支払うだろう」と恫喝した。トランプ大統領とメラニア夫人(右) 殉職者の碑はCIAの中で最も敬われる場所。そうした“神聖な”碑を背景にしてCIAと関係のない話をしたことに前長官のブレナン氏は「見下げた自己顕示欲だ。恥を知れ」と怒りの声明を発表した。 トランプ氏はわいせつスキャンダルを漏らしたのが前長官と思い込んでいるフシがあり、先週には「彼は偽ニュースの漏洩源」と罵っていた。しかしある職員は「大統領は単に情報機関との関係を強めるために来たと言えば良かったのに、ほとんどは就任式の聴衆の人数の話だった。場違いなスピーチだった」と語っている。 トランプ氏は就任式の聴衆人数について、側近らにメディアに反撃しろとどやしつけたと伝えられているが、この日、CIAからホワイトハウスに戻ったスパイサー大統領報道官はこうしたボスの怒りを記者団にぶつけた。報道官はトランプ大統領の就任式はこれまでで最も聴衆が多かったと反発。 その証拠として、就任式が行われた20日のワシントンの地下鉄の乗降客を持ち出し、2013年のオバマ大統領再選の際の式典では31万7000人だったのに対し、今回は42万人だったと主張。しかし、地下鉄当局によると、実際にはオバマ氏の時は78万人で、今回の57万人よりも多かった。自己愛性人格障害? スパイサー氏は「メディアは大統領の責任を問う話を報じているが、メディアにも同様に責任を取らせる」と捨て台詞を残して、一切の質問を受け付けずに5分で会見を打ち切るというまさに異常事態になった。自己愛性人格障害? こうしたトランプ氏のメディア不信は選挙期間中からのものだが、当選後最初の記者会見(11日)では、わいせつスキャンダルの内容を報じたニュースサイト「バズフィード」を罵倒したのは無論のこと、そうしたスキャンダルが出回っていると伝えたCNN記者にも質問をさせなかった。トランプ米新大統領の就任式会場に詰めかけた大勢の人たち=1月20日、ワシントン トランプ氏は記者会見を開いて記者とやり取りをするのを嫌悪しており、その代わり、ツイッターで一方的に“トランプ砲”を発信するのを好んでいる。米自動車産業やトヨタがメキシコに工場を建設することなどに直接文句を付け、女優のメリル・ストリープさんの弱者軽視の批判にもすぐに反撃した。 それも早朝からツイートしており、「ほとんど寝ていないのではないか」(米専門家)と思われるほど。こうした自分への批判や悪口が気になり、言われると衝動的に反応していることに、一部には「自己愛性人格障害」の兆候とのうわさもささやかれている。この症状はナルシストに多いことでも知られる。 米国では、新政権発足後、100日間はメディアも政権批判は控えて見守るという習わしがあるが、トランプ政権に限ってはそれは当てはまらないようだ。それどころかメディアとの対立がさらに激化すれば、トランプ大統領が何を考え、何をやろうとしているのかが国民の目から遠くなってしまう恐れがある。 オバマ氏は退任会見で「私は称賛されるのを求めない。権力者を批判するのはメディアの仕事だ」と述べた。トランプ氏にこうした大人の対応を期待するのは最初から無理なのかもしれない。

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    安倍首相はトランプ氏の完全なるしもべだと大前研一氏

     昨年末、あまりに急ぎすぎだと与党内からの批判も起きるなかカジノ解禁法(IR整備推進法)が成立した。経営コンサルタントの大前研一氏が、カジノ解禁法を例にとり、安倍首相の政治、外交手腕の空虚さを指摘する。* * * 前回は、安倍晋三首相の通算在職日数が戦後歴代4位となり、このままいくと歴代最長を更新する可能性もあるが、アベノミクスや対米外交などを見ると、その主張には一貫性がなく、まるでカジノのルーレットのように、投げた玉が止まるまで当たりと外れのどちらに転ぶかわからない、と指摘した。今回は、そういう安倍首相の“ルーレット政治”が日本に何をもたらしているのか、ということについて考察したい。2016年11月、ニューヨークのトランプタワーでの会談前、握手を交わす安倍首相とトランプ米大統領(内閣広報室提供・共同) まずは、昨年末に成立したIR(カジノを含む統合型リゾート施設)整備推進法(カジノ解禁法)をめぐる動きだ。これまでは国会に提出されるたびに廃案や継続審議になって3年も“店晒(たなざら)し”にされてきた同法案が突然昨年11月30日に審議入りし、極めて短い審議時間で可決・成立したのは、実に不自然だった。その疑問を解くカギは、11月18日の安倍晋三首相とドナルド・トランプ次期米大統領の会談にある。 大統領選挙でトランプ氏に大口の選挙資金を提供した献金者の1人にシェルドン・アデルソン氏という人物がいる。ラスベガス・サンズ会長で、トランプ氏と同じカジノ・不動産開発を手がける世界有数の資産家だ。ユダヤ・ロビーの大物としても知られ、トランプ氏の“インナーサークル”の人物である。 アデルソン氏はもともと日本のカジノ市場参入に強い意欲を示し、2014年の来日時にカジノが解禁されたら100億ドルの事業資金を用意できると公言していた。 そういう背景を踏まえると、安倍首相がニューヨークのトランプタワーを訪れた際にトランプ氏だけでなくユダヤ教徒の長女イヴァンカ氏とその夫ジャレッド・クシュナー氏が同席していた理由は想像がつく。すでに内外のメディアでも報じられているように、おそらく「ファミリー・ビジネス」のミーティングを行なっていたのだろう。その只中に通訳だけ連れて飛び込んでいった安倍首相は何を言われたか? IR整備推進法案を速やかに成立させるよう要請されたに違いない。だから安倍首相は帰国後、いきなり同法案の成立を急がせたのだと思う。 むろん、この見立てを安倍首相や政府関係者に問い質したとしても、容易に認めるわけがないだろう。あくまでもトランプ氏が大統領に就任する前の極秘の“ディール”だからである。 トランプ氏との会談後、安倍首相は「内容は明かせないが、信頼できる指導者だと確信した」と述べた。この言葉は裏を返せば「自分は裏切らない。必ずIR整備推進法を成立させる」というトランプ氏へのメッセージと読めなくもない。1月下旬にはホワイトハウスに参上して約束を守ったことを報告するというのだからもはや完全な僕(しもべ)である。 しかし、そういう姿勢は、前回も述べたように、アメリカべったりの土下座外交、朝貢外交であり、中曽根首相とレーガン大統領の時のような「日米イコールパートナー」とは全く違う。いくら戦後歴代4位の在職日数となり、プーチン大統領との北方領土交渉やオバマ大統領とのハワイ・真珠湾訪問などで「戦後政治の総決算」「私の世代で戦後を終わらせる」と大言壮語しても、中身は相手の言いなりで、日本にとってのメリットが見当たらないのだ。関連記事■ 安倍首相 オバマ氏会談後「遠くから来たのに冷たい」と愚痴■ 安倍首相よ、「広島」と「真珠湾」の等価交換でいいのか?■ 安倍首相が寿司業界と親密な関係 業界団体の名誉顧問に就任■ トランプ氏 ウマが合うプーチン氏&安倍氏の系譜に連なる■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コマ「例え話国会」

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    安倍総理が「もうひとつの真珠湾」に込めた謝罪なき慰霊の旅

    青山繁晴(参議院議員、作家) 安倍総理の真珠湾訪問は当初、「現職総理として初」とされていた。実は吉田茂、鳩山一郎の両氏、さらには安倍総理の祖父である岸信介氏まで含めいずれも現職総理としてパールハーバーを訪ねていたことが分かった。 外務省は安倍総理にも、マスメディアを通じて国民にも、間違ってレクチャーしていた。 日本国外務省に、積極果敢にしてしたたかな外交が乏しいことは多くの国民も気付いている。半面で、事務的なことは日々さぞやしっかり遂行しているだろうと考える人は国会議員にも多い。それがこれである。慰霊を終え、演説する安倍首相とオバマ米大統領=12月27日午後0時13分、米ハワイ州オアフ島(代表撮影) 真珠湾への歴代総理の相次ぐ訪問は、その都度、ハワイの地元紙に大きく報道された。しかも米海軍の栄誉礼を受けた事実を考えれば、公式訪問の範疇に入る。これを外務省が失念していたとは開いた口が塞がらない。  まさしくその真珠湾の攻撃をめぐり、外務省が関係して日本の宣戦布告のアメリカへの手交が遅れ、今に至るまで「卑怯な不意打ち」とされている事実と繋がる、あり得ないはずの不祥事だ。宣戦の遅れは「駐米大使館の怠慢ではなく陸軍と外務省が手を組んで意図的に行った」とする新説などが学者から出ているが、いずれにしても外務省が関与している。 ただし、この外務省の体たらくがあってなお、安倍総理の訪問の値打ちは下がらない。歴史的意義は失われない。 理由は三つある。 まずオバマ米国大統領の、現職大統領として初の広島訪問があっての真珠湾訪問である(ふたつの歴史を同一視するのではないことは後述)。 また安倍総理はこれより先に、米国の上下両院合同会議で、これは間違いなく現職総理として初めて演説し日米戦争についても語った。そして日米和解の象徴として、硫黄島で戦った米海兵隊生き残りのローレンス・スノーデン海兵隊退役中将と、日本軍のフェアな指揮官だった栗林忠道帝国陸軍中将、その直系の孫である新藤義孝元総務相をギャラリー(傍聴席)に招いて紹介し、満場の拍手を巻き起こした。この拍手の音が耳に残るなかの真珠湾訪問だ。 さらに世界はたった今、大戦後の秩序が壊れゆく途上にある。英国のEU離脱をはじめ欧州の既存体制の崩壊、米国の大統領選挙が露呈した米国民自らによるアメリカ社会の破壊、これらは大戦の勝ち負けによって作られた秩序が七十余年で終焉を迎え、新秩序への呻吟が始まったことを意味する。 そのさなか、かつての勝者と敗者の象徴である米国と日本の首脳が呼応し、開戦の地、真珠湾に集うて和解を世界に告げるのには歴代総理の訪問にはない新しい意義がある。それは次の時代への号砲だ。真珠湾はふたつある 一方で、わたしはいくつかの懸念を持った。そこで安倍総理と不肖ながら直接にお話をした。いかなる手段、どんな場でのことかは明らかにしない。総理と接することを自己宣伝にすり替える人がいる。恥ずかしいことだ。総理に僭越ながら意見を申し述べるのは、一切がただ国益のためだ。そうでなければ、いわば公共財である総理の時間を奪ってはいけない。 わたしの懸念の第一は、真珠湾訪問が謝罪であってはならないことだ。広島、長崎への原爆投下は、赤ちゃんから女性、お年寄りまでの非戦闘員を溶かし、灰にし、階段に残された影に変え、すべての皮膚を剥がされて腕から垂らしながら彷徨(さまよ)い、水を求めて空の貯水槽に赤黒い顔を突っ込んで絶命する人々に変えたことであり、まごうことなき戦争犯罪だ。 真珠湾攻撃は当時の国際法にきちんと則(のっと)った戦闘であり、しかも日本海軍は民間人を一切、狙わず、戦争犯罪ではない。 これは安倍総理はよく理解されていた。しかしそれは予想通りだ。問題は、外務省の作った日程の原案である。 まず外務省が「これこそ現職の総理が訪れるのが初めての場所」と今、強調するアリゾナ記念館は、日本軍が撃沈して海の底にある戦艦アリゾナを跨いで作った水上の記念館であるから、慰霊だけではなく日本への憎悪の場所でもある。 さらに通称パンチボール、正式には国立太平洋記念墓地。ここは、あの自由の女神がニューヨークの端正な顔を一変させて、底知れぬ憎悪の表情で壁に浮かんでいる場所である。わたしがとても若いとき、初めて訪れると地元で責任ある立場のアメリカ人がはっきりと「真珠湾のあの卑怯な不意打ちを忘れない、リメンバー・パールハーバーのために女神の顔を変えたのさ」と言った。 安倍総理がこうしたところだけ回れば、謝罪の言葉は無くとも謝罪の旅に見えるという仕掛けなのだ。 わたしの邪推ではない。 外務省のなかにも拙著の読者がいる。「青山繁晴の逆転ガイド ハワイ真珠湾の巻」という本を読んだ外務省のキャリア官僚は「場所がひとつの焦点ですよね」と言った。 真珠湾にはふたつある。ひとつはアメリカ本土と同じく、真珠湾攻撃を卑怯として日本を憎悪するメモリアル。これは、わたしたち日本国民にも刷り込まれた考えだ。 ところが真珠湾のど真ん中に、これと真逆の場所が少なくとも三箇所ある。ビジターセンターに展示されている、広島市の平和記念公園にある「原爆の子の像」のモデル、佐々木禎子さんの折り鶴=2016年12月15日、米ハワイ・オアフ島(共同) ひとつはビジターセンターの展示館二棟。もうひとつは戦艦ミズーリの後部デッキ。残るひとつは太平洋航空記念館だ。いずれも日本軍を稀なるフェアな存在として正当に扱い、いやそれだけではなく、まさかの絶讃もある。拙著のタイトル「逆転ガイド」とは、これを指す。思い込みを逆転するためのガイドである。観光案内ではない。対等な真の日米同盟への可能性 日本国民はみな、もちろんわたし自身も含めて「アメリカは真珠湾攻撃を卑怯だと怒り、リメンバー・パールハーバーと称して今も忘れず、だから原爆投下も正当だと主張している」と教わってきた。世代を問わない。現在もそのように教えている。 ところが当の攻撃を受けた現場では、逆転がある。たとえばビジターセンターの記念館では、空母赤城を膨大なコストを掛けて精密に復元し、その先進性を文字通り絶讃している。乗組員は、白いスカーフの戦闘機乗りだけではなく車輪に屈む作業の水兵までフィギュアで大変な数を一体、一体、丁寧に再現し、そこには深い尊敬が隠しようもなく表れている。 この隣には、沈められたアリゾナの模型がある。こちらは格段の差がある、やや粗雑な模型であり、フィギュアはたった二体、艦長と水兵だけである。背後の解説パネルでは、その戦略思想の古さを自ら徹底批判している。ここで反省をアメリカの若者にも世界の誰にも見せ、「反省したからこそ半年後のミッドウェー海戦で勝ち、祖国を護った。失敗をこそ活かせ」という真意なのだ。 アメリカ政府が建て、運営するこの展示館の説明は「日本の資源輸入路をアメリカが封鎖したから日本は戦わざるを得なかった」(原文は英語)と開戦の理由を語り、日本の軍国主義とか侵略といった表現は無い。 そしてミズーリには、特攻で上半身が千切れて甲板に転がった日本の若者を戦中にアメリカの正式な海軍葬で弔った事実が展示されている。 同じ思想の展示である太平洋航空記念館でわたしは、九十四歳のディック・ジロッコという真珠湾攻撃当時の米兵と会い、その英語の対話をそのまま拙著の巻末に収録した。彼は「日本軍は民間人を狙わなかった」と明言し、「攻撃は見事だった」と語った。真珠湾の戦艦ミズーリとアリゾナ記念館=ハワイ・オアフ島(鈴木健児撮影) わたしは安倍総理に拙著を渡し、こう述べた。「ほんとうはこれら三箇所も回って欲しいのです。しかし無理は言いません。せめて、総理の動線にもっとも無理のないビジターセンターの展示館は見てください」。 総理は「見ましょう」と約束してくれた。その後、官邸の要人から「総理は熱心にあの本を読まれて、日程に組み込むよう指示されましたよ」と聞きつつ、わたしなりに外務省と交渉を重ねた。 そしてオバマ大統領との共同声明を発する直前に、この展示館をも訪ねる日程が内定した。ところが「マスメディアを入れない」という奇妙な振り付けになっていたから、それも正して、メディアが取材できるようにした。あとは総理が何を語り、メディアが何を伝えるかとなった。 そして安倍総理は、真珠湾で海風に吹かれながら述べたステートメント(所感)で謝罪はせず、日米の和解と同盟強化がたった今、世界に新たな価値を生むことを語った。オバマ大統領との最後の首脳会談で、中国の空母艦隊の西太平洋と南シナ海への進出を懸念することを提起し、中国に融和的だったオバマ大統領の同調を引き出したことも大きい。中国に厳しいトランプ次期大統領にも伝わる。 ビジターセンターの展示館視察を伝える報道ぶりがフェアなものとなれば、日本国民は「日本軍が卑怯なことをした」という刷り込みを脱することができる契機を摑むだろう。その先にあるのは、対等な真の日米同盟への可能性である。 もはや右でも左でもなく、思い込みのない客観的な事実によって歴史、先人の苦闘を辿(たど)りたい。余談を申せば、真珠湾も、ほんとうは湾ではなく真珠港である。青山繁晴氏も登壇!ニッポン放送『ザ・ボイス そこまで言うか!場外乱闘 激論!首都大決戦 MEGAMAX』 チケット購入はコチラ

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    真珠湾慰霊でみせた安倍外交のしたたかさ

    広島訪問に続き、安倍首相の真珠湾訪問は、日米にとって歴史的な1ページとなった。戦後70年の節目以降、日米関係の再構築を急ピッチで進めてきた2人。ただ、日本側は「謝罪」ではない巧みな慰霊訪問を演出し、安倍外交の「したたかさ」も垣間見えた。

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    首相に真珠湾訪問を決断させた理念の日米同盟に差すトランプの影

    手嶋龍一(外交ジャーナリスト) 殺人を犯して最大の利益を得る者こそ、殺人犯である可能性が高い――アガサ・クリスティの推理小説は、意外にもこうしたシンプルな発想を犯人捜しの基本に据えている。 アメリカのルーズベルト大統領は、日本の空母機動部隊による真珠湾奇襲を事前に承知していた。だが、ナチス・ドイツへの参戦を忌避するアメリカ国内の世論を突き動かすため、敢えて真珠湾にいた太平洋艦隊を日本海軍に闇討ちにさせた。1941年12月7日の真珠湾攻撃の直後から囁かれてきた「ルーズベルト陰謀説」である。トランプ次期米大統領と会談する安倍首相=11月17日、ニューヨーク(内閣広報室提供・共同) 先日、テレビの番組で、憲法学者を名乗る「論客」が、真珠湾奇襲の陰謀説を真面目に説いて、対日批判をかわそうとしていた。こうした場面で言い争ったり、批判したりすることなど滅多にない。だが、若い視聴者がかかる杜撰な話を信じ込んでしまってはいけないと思い、反論することにした。 アメリカ本国でも、修正主義学派に属する人々が、さまざまな陰謀説を発表してきた。だが、厳密な歴史の考証に耐えうるような新しい証拠は今日まで公になっていない。 永井陽之助は『歴史と戦略』のなかで、日本の有識者のなかにいまなお陰謀説を信じている人が多い歴史的背景を鋭く言い当てている。「察するに、アメリカ人がパール・ハーバーの『卑劣きわまる、だまし討ち』を信じることで、ヒロシマ・ナガサキの非人道性を正当化しようという心理がはたらいているのとおなじように、われわれもまた、ルーズベルト陰謀説を信じることで、モヤモヤした戦後の対米コンプレックスを一掃し、わが国の自立と誇りを回復したという願望がかくされているのだろう」 冷戦がいまだ続いていた1980年代の半ばに書かれた論考なのだが、パール・ハーバーとヒロシマに関する限り、日米の位相は大きく変わっていない。それだけに、太平洋戦争が始まって75年が経った2016年という節目に、アメリカのバラク・オバマ大統領が被爆地、広島でヒロシマ・スピーチを行い、日本の安倍晋三首相が真珠湾のアリゾナ記念館を訪れて犠牲者たちに慰霊の祈りを捧げる意義は大きい。太平洋戦争が幕を開けた真珠湾とこの戦争を終結に向かわせた原爆投下の地、広島を日米の首脳が相互に訪れることは、国際社会の秩序が変容しはじめ、新たな時代に入りつつあることを物語っている。 広島へのオバマ大統領の訪問、そして安倍首相の真珠湾訪問は、ともに背後で第45代アメリカ大統領となるドナルド・トランプ氏の影が見え隠れしている。 太平洋の波を静かなものにしてきた日米同盟について、共和党のトランプ候補は、大統領選挙のキャンペーンを通じて、日本側に多くの財政負担を求め、見直しの意向を示してきた。「日本はどうやって北朝鮮から自国を守ろうとしているのか。日本に核兵器を持たせることは、さほど悪いことではないと思う」(2016年3月、ニューヨークタイムズ紙とのインタビュー)「理念の同盟」を確固たるものにしたい両首脳の思い 戦後のアメリカは、民主、共和のいずれの政権も、日本とドイツに核のボタンを委ねることだけは認めないという原則を一貫して堅持してきた。トランプ発言は、核兵器を東アジアと欧州にさらには中東に拡散させる引金となりかねない。共和党の有力候補トランプ氏のこうした主張にオバマ大統領は強い懸念を抱いたのだろう。その危機感がオバマ大統領にヒロシマ・スピーチを決断させたと言っていい。 トランプ次期大統領は、「アメリカ・ファースト主義」を唱え、アメリカの国益を何より優先させる姿勢を鮮明にしてきた。戦後のアメリカは、西側同盟の盟主であり、冷戦の終結後も世界の指導的国家であり続けてきた。現に第一次湾岸戦争では、同盟国や国際社会の利益を優先させ、クウェートと安全保障条約を結んでいないにもかかわらず、アメリカの若い兵士は最前線に赴いていった。こうした行動を通じて指導的な地位を揺るぎないものにしてきた。「日本もアメリカを防衛する義務を負うべきだ。我々がこう求めたなら、日本の人々はきっと断ってくるに違いない。それじゃ交渉は決裂だと言えばいい。日本は必ずやアメリカを防衛すると我々の要求を受け入れはずだ」 今回の大統領選挙で隠れた激戦州となったウィスコンシン州ミルウォーキーでの選挙演説である。アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議後、オバマ米大統領(右)と歩きながら会話する安倍晋三首相=2016年11月20日、ペルー・リマ(AP) オバマ大統領の「ヒロシマ・スピーチ」は、日米両国にマグマのように堆積されつつある「歪んだナショナリズム」に警告を発するものであった。それゆえ日米の同盟関係を単に軍事的な盟約にとどめることなく、自由や民主主義といった共通の理念を分かち合い、揺るぎない礎の上に築き上げていくべきだと説いている。 「アメリカと日本は単なる安全保障同盟だけでなく、私たち市民に戦争を通じて得られるよりも遥かに多くのものをもたらす友情を築いてきた」 安倍演説では、首都ワシントンのフリーダム・ウォールの壁面に刻まれた第二次世界大戦の犠牲者を追悼する4千の星々に触れている。「その星ひとつ、ひとつが先の戦陣に斃れた兵士百人の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。金色の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません」 安倍スピーチの草稿を準備したのは、ジャーナリストの谷口智彦氏だが、この演説の行間には、日米同盟が自由と民主主義という共通の価値観を分かち合う「理念の同盟」に脱皮していかなければというトーンに貫かれている。4年間に及んだ安倍・オバマ時代の締めくくりとなる真珠湾会談で「理念の同盟」をより揺るぎないものにしたいと考えているのだろう。それは、トランプ次期大統領との間で、共通の理念を分かち合えずにいる危機感の反映に他ならない。安倍・オバマ時代に太平洋を結ぶ同盟の礎を確固たるものにしておかなければという両首脳の思いが真珠湾会談を実現させたのだろう。

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    安倍首相が真珠湾慰霊で中朝露に示した「新日米同盟」の重み

    。世論調査でも88%が支持している。それは内外の政治的に難しい状況で、日本の安全と発展に必要不可欠な日米関係に好影響を与えると思われるからだ。 また、これとともに私が期待するのは、この慰霊行事が両国民の戦争の記憶に上塗りされて事件の生々しい印象が緩和されることと、歴史の見直しにより日本人が戦後の自虐的な日本悪者史観から解放されることである。このため早くも中共や韓国から否定的な反応があり、彼等もこの慰霊行事が日本人に自信を取りもどさせる機会になると考えていることがわかる。真珠湾攻撃75年の追悼式典が開かれた米ホノルルで海上を通過する駆逐艦。左はアリゾナ記念館 今回の慰霊行事の日本側の動機は、極東における日本の安全が脅かされてきたからである。日本は北から中朝露という3大核大国に包囲され尖閣では既に侵略が始まっている。自力で国防が出来ない日本は米国が撤退すればたちまち占領される。 また、米国は国防だけでなく経済関係でも最重要な大市場であるから日米友好は不可欠だ。しかしその頼みの米国はトランプ新大統領が世界、極東、日本についてどのような方針を打ち出すのか分からない。 このため日本は大変不安な状況にある。そこで今なお両国民の喉に刺さった骨のような真珠湾事件の慰霊を行い少しでも両国民の対立感情を緩和することを望んでいるのだろう。 一方、米国にとっては緊迫する極東問題の対応には日本の協力が不可欠だ。そこで半世紀以上昔の歴史事件が今なお日米離間工作に利用されるのは望ましくないので、両国民の心情を考えて慰霊を行うことにしたのではないか。これは両国のきわめて高度な政治的判断であるから、真珠湾の慰霊をオバマ大統領の原爆慰霊のバーターと考える人がいるとしても結果が良ければ問題は無い。国家の利害に合わせて変わる「歴史観」 米国の政治的な視点では、真珠湾事件は65年前にすでに終わっている。すなわち1951年5月のマッカーサーの米上院委員会の証言だ。彼は「日本は絹産業以外には固有の天然資源はほとんど何もない。彼らは綿が無い、羊毛が無い、石油の産出が無い。錫が無い、ゴムが無い。それら一切のものがアジアの海域には存在していた。もし、これらの原料の供給を断ち切られたら、1000万から1200万の失業者が発生することを日本人は恐れていた。したがって、彼らが戦争に飛び込んでいった動機は主として生存の必要に迫られてのことだった」これは真珠湾の反撃は日本の自衛のためであったということである。これは史実と合致する。 この米国の大転換の背景には長年の太平洋政策の失敗がある。戦前米国は支那満州への進出を望み邪魔な日本を滅ぼしたが、ソ連の南下で1949年支那満州が共産化され1950年には全支那から追い出されてしまった。 まさに「鳶に油揚げをさらわれた」のである。この結果米国は日本防衛が大きな経済的な負担になり、日本に自衛を促すために独立させることになった。これに伴い、米国は歴史観をそれまでの日本悪者論から日本自衛戦争論に180度切り換えたのである。 日本の指導者を断罪した東京裁判の国際法廷は解散され2度と開かれることはなかった。そして1951年にはサンフランシスコ講和条約が結ばれ日米の正常な国交が回復し日米の敵対は正式に終わったのである。政治的な歴史観は現実の国家の利害の変化に合わせて変わる。まさにクローチェの述べたように「あらゆる歴史は現代史」なのである。東京裁判に出廷した東条英機元首相(中央上)ら=1948年 なお米政府は事件の10カ月前に日本海軍の真珠湾攻撃を警告したグルー駐日大使のハル国務長官宛ての公電(1941.1.27付)を外交公文書館のHPで公開している。これは米政府が日米両国民に対し、真珠湾事件は奇襲ではなかったことに気付けというメッセージに思われる。 しかし、日米が講和を結んだにも拘わらず、両国には反日プロパガンダ史観が根強く残り今日まで続いている。それには両国の特別な事情があるからだ。 米国側には国家の無謬性につながるルーズベルト大統領を無条件で守る動きがある。このため米国の歴史研究者が真珠湾事件に到る外交関係を調べようとするとすぐに陰謀論者、歴史修正主義者のレッテルが貼られ研究を妨害される。 これは大統領の戦争責任が明らかになることを恐れているのであろう。この結果米国社会では真珠湾事件の真相が知らされていないので一般国民はそれまでの反日宣伝を信じて日本に反感をもつのである。「真珠湾」は反日歴史観のシンボル 一方、日本では占領初期にGHQが真珠湾事件を使って反日洗脳を徹底的に行った。このため日本悪者論が戦後の政治、司法、文化、教育の思想基盤となった。そして左翼がマスコミ文化界に「閉ざされた言語空間」を作ったため、独立後も大東亜戦争の真の因果関係が真珠湾事件を含めて隠蔽されてきた。実際1951年の米政府の歴史見直しも未だに日本国民に知らされていないのである。 このため、今でもこの日本人悪者史観が日本社会を支配する重要なイデオロギーになっている。例えばNHKは占領中の「真相はかうだ」番組でわかるように占領軍の日本人洗脳組織であり、真珠湾事件を使って日本悪者論を散々放送したが、独立後も解体されることなく公共放送として依然として反日歴史観による番組を放送している。自民党も安倍首相を総裁に頂きながら今も占領政策に従い独立記念日を祝わない。これらの反日歴史観のシンボルが真珠湾事件の日本非難なのである。 そこで宣伝で繰り返される「真珠湾奇襲攻撃は卑怯なだまし討ち」の真相を解明したい。まずこの事件は日本の攻撃ではなく米国の挑発と圧迫に対する日本の自衛反撃である。そして奇襲ではない。1941年12月7日、日本軍のハワイ真珠湾攻撃で、炎上して沈む米戦艦 日本海軍の真珠湾計画はグルー公電で10カ月以上前に米政府にすでに通報されていた。さらに日本の暗号は事件の一年以上前の1940年9月に米軍の暗号専門家フリードマン大佐により解読されていたから日本政府の外交通信はすべて大統領に報告されていたのである。フリードマン夫人は「夫は真珠湾大被害のラジオニュースを聞くと、何故だ、奴ら(大統領ら)は知っていたのに、と言いながら居間をぐるぐる歩き廻った」と語っている。 この事件では日本の最後通牒の手交が遅れたことが潔癖症の日本人の不満になっている。しかし重光葵は反撃なので通告は不要と主張したという。すでに米陸軍の大航空部隊が義勇軍(フライング・タイガー)に偽装して支那南部で日本軍を攻撃していたからである。また、米国は歴史的に宣戦布告をしていない。朝鮮戦争、ベトナム戦争などが良い例だ。日本だけに宣戦布告を要求するのは二重基準の不正だから拒否して良い。 開戦前夜の緊迫した状況で日本大使館の館員が送別会を開いたことが通牒文書作成の遅れにつながったとして怒る人もいる。しかし通牒自体が余計な文書であり内容も先に解読されていたのだから意味が無い。これはFBIの厳重監視下に置かれていた日本の大使館員が米国に対して多少でも異変を見せないように偽装したのかも知れない。 日本海軍の攻撃はルーズベルトの想定内であったが、結果は重要艦船の壊滅的被害に加え戦死者が2345名に上りまったく想定外となった。 このため、ルーズベルトは動転狼狽しそれが「日本の卑怯な騙し打ち」の猛宣伝となった。軍事とスポーツをすり替えて米国民を誤魔化したのである。勿論ハルノートに到るそれまでの対日圧迫政策は隠蔽されていた。このため米国民は国会議員を含めて騙され日本の「卑怯な」反撃に対して憤激したのである。ルーズベルトの囮にされたハワイ米軍 しかし、米議会は奇襲だとしてもあまりに甚大な被害に驚き、戦時中から調査委員会を何度も設立し原因究明を続けた。この過程で日本暗号解読の事実が明らかになったためワシントンからハワイ現地軍への事前警報の有無が問題になった。そして大統領府の米陸海軍最高幹部と現地司令官の間で、警報を伝えたはずだ、聞いていない、の責任のなすり合いになったが、結局現地軍司令官の怠慢と云うことで、海軍のキンメル提督、陸軍のショート将軍が降格され名誉を失った。 ただし、死後ではあるが共和党ブッシュ大統領時代の1999年に名誉を回復している。なお1954年12月7日、キンメル元海軍大将はUP通信の記者に対して「13年前日本を計画的に挑発して米国を戦争に引きずり込んだのはルーズベルト大統領である。米国陸海軍の最高首脳部は日本の暗号電報や関連情報を手に入れながら何一つ前線の我々に伝達しなかった。もし伝達されていれば、それが前夜であったとしても米国艦隊は迎撃措置をとり、あれほどむざむざと敵にやられることはなかっただろう。私は当時のワシントン当局者を許すことは出来ない」と語っている。 とにかく現地トップの2人に日本の攻撃が明日に迫っていることが知らされていなかったことは間違いない事実である。だとすれば驚くべきことであるがハワイの米軍がまるごとルーズベルトの戦争戦略の囮にされていたということである。ルーズベルトの名言として「歴史的事件に偶発はない。すべては仕組まれている」があるが、まさに真珠湾事件はそのよい例である。 一方、日本海軍の攻撃が成功した理由は新型の航空魚雷だった。当時米側は空爆に弱い空母は外洋に出し湾内には空爆に強い甲板の厚い戦艦だけを停泊させていた。そして魚雷を防ぐ防潜網は布設していなかった。というのは従来の航空魚雷は投下後50m位潜りそれから浮上して走行するので、深さ15mの真珠湾では使えなかったからである。しかし日本海軍は水深の浅い真珠湾に備えて特殊なヒレをつけた浅海用の航空魚雷を開発していた。この新型魚雷が係留されていた巨大戦艦群に甚大な被害を与えたのである。 今回の慰霊祭は75年前とはまったく違った形で極東の危機に直面する両国にとって、歴史的わだかまりを解き相互協力を強化するための非常に重要な行事になる。真珠湾事件の真相については、真珠湾そのものが日本に対するルーズベルトのワナであり、ハワイの米軍はその囮であった。だから日本に罪がないことは明かだが米国人が非常に気の毒な立場にあることを知っておくべきである。自国の大統領に裏切られたのだから。従って日米の英霊はともにルーズベルトの戦争政策の犠牲者なのだ。日本人は、この新しい歴史観により真珠湾事件非難が象徴する過去の反日歴史観から解放されるべきである。 今回の両首脳の恩讐を越えた慰霊行事が大きな成果となり、かつて戦争という避けられない運命により遠くハワイの地に導かれ散華した両国青年たちの尊い死が新しい意味を持つことを心から願っている。

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    真珠湾攻撃75周年式典 安倍総理は訪問すべきか?

    ピューの世論調査で、米では正当とする人56%、日本では正当でないとする人79%)が相当埋まることで、日米関係が強化されることにあります。 この論説はオバマの広島訪問とセットで安倍総理の真珠湾訪問を推奨したものです。理由づけには異論もありますが、発想の基本については、賛成できます。 米国人は、広島、長崎の話に対しては、真珠湾の不意打ちを想起させてくる場合が多くあります。日米関係が戦争の痛手から強固な同盟になったことを示す意味で、安倍総理の真珠湾訪問を真剣に考えたらいいと思います。日米関係の強化になるからです。 日本人の中には、軍事目標を攻撃した真珠湾と文民攻撃をした広島、長崎は違うとの意見が強く、それはそれで正しいです。しかし、広島、真珠湾はともに太平洋戦争のシンボルの面があり、同列に扱うのではありませんが、日本側も反省すべき点は素直に反省したらよく、それは日米関係に良い影響を与えるでしょう。 米国は、また、今度は東京などへの無差別爆撃(実行したルメイ将軍自身、戦争犯罪だったと言っている)への反省も示せばよいでしょう。ただし、謝罪を求めるとか強要するとかは品のないことです。相互にこういう行動を交換していくことで、日米同盟は感情面で強化されることになります。

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    安倍、オバマの真珠湾会談はトランプへの牽制

    でしょうが、そうすると今度はトランプさんがヘソを曲げるという心配が出てくるかもしれません。 第2に、日米関係やアジアへの関与を見直すと言っているトランプ次期大統領へのけん制という狙いがあります。オバマさんとの関係を修復して親密さを演出することで、日米同盟の強化をアピールしようというわけです。トランプ米次期大統領 これまでオバマさんが進めてきた対日政策をそのまま引き継いでもらいたいという魂胆もあるでしょう。とりわけ、トランプさんが離脱を明言して「風前の灯」となっているTPPについて、起死回生の逆転打を狙っている可能性もあります。 真珠湾への訪問と戦争犠牲者への追悼は、日米同盟の強化を再確認するための付け足しということなのでしょうか。そうであれば本末転倒であり、真珠湾攻撃で犠牲になった戦没者への冒涜であるとの批判を免れないでしょう。 第3に、この間に相次いだ外交的失点を挽回し、解散・総選挙に向けての条件を整備するという狙いがあるのかもしれません。外交で点数を稼いで内閣支持率を高め、あわよくば解散・総選挙に打って出て長期政権に向けての基盤を固めたいと考えている可能性があります。当初、12月15、16日に予定されている日露首脳会談で領土問題での成果を上げ、それを「手土産」に解散・総選挙に打って出るのではないかと見られていました。しかし、最近では領土問題での譲歩はなく、新たな進展は望めないとの観測が強まっています。 それに代わるのが今回の真珠湾訪問と日米首脳会談であり、これを「手土産」に解散・総選挙に打って出る可能性があります。今週発売の『サンデー毎日』12月18日号は「決断できるか!『クリスマス』電撃解散」「1・15投開票」という記事を掲げていますが、もし12月14日までの臨時国会が再延長されれば、この記事が現実のものとなるかもしれません。 自分の都合で、勝手に国会を解散してもいいのか。そのために外国首脳との会談や戦没者の慰霊を利用することが許されるのか。もしそうなったら、このような疑問や批判が生ずるにちがいありません。しかし、安倍首相にとっては「どこ吹く風」でしょう。一部では、通常国会冒頭の1月10日か16日に解散して2月19日投開票という具体的な日程もささやかれています。年末年始にかけて、解散・総選挙含みで油断のならない緊張した日々が続くことになりそうです。(五十嵐仁公式ブログ 2016年12月6日分を転載)

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    「竹下登氏も総理時代に真珠湾慰問していた」スクープ証言

    はその1度きりですから、記憶違いはあり得ない」と断言する。 1988年当時は日米貿易摩擦が吹き荒れ、日米関係が悪化していた。また、真珠湾攻撃を巡っては様々な見解があることから、現職首相がアリゾナ記念館を訪問することが明らかになれば、日本国内で少なからぬハレーションが起きたことは想像に難くない。「“気配りの人”と呼ばれた竹下さんが、その点に配慮して非公式訪問とした可能性は高い」(同前)というが、安倍首相の公式訪問が実現する今、竹下氏のアリゾナ記念館訪問の“封印”は解かれていい時期なのではないか。 いやむしろ、安倍首相の“初訪問”があるからこそ、この歴史は知られてはならないのかもしれない。関連記事■ 安倍首相の真珠湾訪問、日露領土交渉難航の埋め合わせか■ 安倍首相よ、「広島」と「真珠湾」の等価交換でいいのか?■ オバマ氏の広島訪問 安倍首相の真珠湾訪問とバーター案も■ 石川遼記念館でオリジナルゴルフヘッドカバー他レアグッズ発売中■ 稚内の松坂大輔スタジアム レ軍契約解除で再開の目処立たず

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    安倍首相の真珠湾訪問、日露領土交渉難航の埋め合わせか

    げるつもりだった。 ところが、領土交渉は難航している。返還が遠のいたと判断したから、真珠湾訪問による日米関係強化に急に舵を切った。日露交渉の行き詰まりを真珠湾訪問のパフォーマンスで埋め合わせようという狙いでしょう」 この時期の“サプライズ発表”となった理由がよくわかる。関連記事■ オバマ氏の広島訪問 安倍首相の真珠湾訪問とバーター案も■ オバマ広島訪問に韓国紙「日本は加害者のままでいろ」と騒ぐ■ 安倍首相 オバマ氏会談後「遠くから来たのに冷たい」と愚痴■ 自民党CMのオバマ広島訪問映像に「いくらなんでもやり過ぎ」■ オバマ大統領の広島訪問検討に韓国メディアが猛反発

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    「ミスター円」が読むトランプショックと日米経済戦争の可能性

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授) 大方の予想に反してドナルド・トランプが大統領選挙に勝利した。対立候補だったヒラリー・クリントンは元ファースト・レディ―で、また、上院議員を8年も務め、オバマ政策では国務長官を務めたワシントン政治の中心にいたインサイダーだ。トランプは実業家としてのキャリアは長いが、政治の世界は始めて。今回の選挙はワシントンDCのアウトサイダーがインサイダーに勝利したものだといえる。多くのアメリカ国民は現状に不満を持ち、従来からのワシントン政治には飽き飽きしていたのだ。演説するトランプ氏 トランプが掲げる「変革」(change)を選挙民が望んだ結果、彼の勝利になった。選挙中、メキシコ国境に壁をつくれだとか、ムスリムを差別しろだとかトランプは過激な発言を繰り返し、マスメディアの強い非難を受けたが、一般大衆、特に白人労働者層はこうした発言を歓迎したのだった。イギリスのEU離脱の最大の原因は大陸からの難民にあったといわれているが、トランプの勝利も、また、メキシコからの移民に対する反発が大きな要素の一つだったのだろう。  1980~90年代以来、グローバリゼーション、そして国家の統合が進んできた。欧州中央銀行の設立は1998年、共通通貨ユーロ―の創設は1999年だった。グローバリゼーションと統合の流れは一方で大きなメリットを世界にもたらしたが、他方でそのマイナス面も最近大きくなってきたのだった。難民・移民問題、あるいは、格差の拡大はそうしたマイナス面の代表的なものだといえる。 イギリスのEU離脱、そして、トランプ大統領の選出はこうしたグローバリゼーションのマイナス面を選挙民が強く意識した結果だと言えるのではないだろうか。イギリスでは前首相デーヴィッド・キャメロンがEUに留まることを強く望み、そうしたキャンペーンもしたのだが、国民投票では離脱派が残留派を上回ったのだった。トランプが本命だったヒラリー・クリントンを破り、次期大統領に選ばれたのもグローバリゼーションのマイナス面を強調し、メキシコ国境に壁をつくれなどという主張を多くの選挙民が受け入れたからだったのだろう。 世界の政治、あるいは経済の流れは大きく変化し始めたのだ。人々はグローバリゼーションのメリットを享受したものの、今やそのマイナス面を強く意識し、反グローバリゼーションを、あるいは主権国家への回帰を望み始めた。トランプの「アメリカ・ファースト」のスローガンもこうした人々の意識の変化をとらえ、アメリカの外交政策の転換を示唆したものだったということができる。日本やドイツは競争相手 第二次世界大戦後、アメリカは最大の強国として世界の安全保障を担い、アメリカ軍をヨーロッパや日本等に駐留させてきたし、戦後、マーシャル・プラン、ガリオア・エロア資金などによってヨーロッパや日本を経済的にも支援してきたのだった。そのせいもあって、第二次世界大戦の敗戦国である日本、ドイツ、そしてイタリアも戦後、力強い復興を果したのだ。 アメリカは今もGDPナンバーワンの経済大国だが、10年前後で中国のGDPがアメリカのそれを抜くとされているし、1人当りGDPでも日本が1980年代後半にはアメリカを抜くに至っている。アメリカはいまだに強大だが、唯一の経済大国ということではなくなってしまった。トランプ次期米大統領と会談する安倍晋三首相 =11月17日夕、ニューヨーク(内閣広報室提供) おそらく、トランプはこのあたりのことを強く意識し、政治的には同盟国である日本やドイツとの経済面での競合を明確に認識しているようだ。競争相手である日本に高いコストをかけ、いつまで米軍を駐留させるのか、もっと日本に費用を負担させろという主張はごく自然にこうした認識から生じてきたものだと思われる。また、日本がアメリカの牛肉に高い関税をかけているのだから、日本車の輸入にも同様の関税をかけるべきだという主張も同じ認識から出てきたのだろう。 トランプが選挙中に主張してきたことは、彼が閣僚たちを任命し、大統領に就任すればかなり変わる可能性もあるが、例えばTPPからの離脱等は大統領になっても変わらないと彼自身が明言している。正確な予測は難しいが、彼が国内の雇用等を優先し、相当保護主義的な政策を実行する可能性はかなり高い。  また、どちらかというと輸出にプラスになるドル安を指向し、日本が意図的に円安を誘導していると非難している。日本の円安は積極的な金融緩和が継続された結果なのだが、為替レートをかなり意識した政策だったのだと考えているのかもしれない。  いずれにせよ、国内の雇用を重視し、アメリカ・ファーストを掲げる新大統領が、日本やドイツを貿易政策上の競争相手として強く意識していることは確かなのだろう。11月17日の安倍晋三首相とトランプの会談は友好的に行われたようだが、今後、トランプ大統領が貿易面でどんな対日政策を取ってくるかは今のところはっきりしていない。 日米は1980年代貿易摩擦で対立をしていたが、トランプはこうした時代の対日観を引きずっているとの見方もあり、予断を許さない点も少なくない。トランプ次期大統領の為替政策・貿易政策をしっかりと見守っていく必要がある。

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    バラマキ大統領、トランプの「鎖国化」は日本が食い止めよ

    山田順(ジャーナリスト) まず、こう、言わせて欲しい。ヒラリー・クリントン候補が間違いなく勝つと予測してきた人間が、トランプ次期大統領がどんな経済政策を取り、それによって日本がどんな影響を受けるかを予測していいものかと。ニューヨーク証券取引所(ロイター) それでもあえて予測するとすれば、トランプ氏はバブルを起こす。すでにその兆候は始まっているが、彼の大統領就任後のバブルはいま以上のものになるだろう。少なくともNYダウは2万ドルを超え、円は1ドル=125円を軽く突破するだろう。原油価格が上がるということは当分ありえない。 なぜ、そんなことが言えるのか? それは、トランプ氏にはアメリカをアメリカたらしめている伝統的な価値観、政治思想、理念などがまったくないからだ。自由と平等、基本的人権、民主政治などがアメリカの普遍的価値観である。歴代アメリカ大統領は、これを守って政治を行ってきた。 しかし、トランプ氏の頭の中には「アメリカ第一主義」(America First)による「偉大なるアメリカの復活」(Make America Great Again)しかない。  トランプ氏は、ビジネスマンらしく愛想は格別にいい。実際、トランプタワーに飛び込んできた安倍首相一行を満面の笑顔で迎えている。彼は誰に対しても「ウィン・ウィンの関係を築いていこう」と言い、「ディール」(取引)という言葉が大好きだと語る。 つまり、誰とでもうまくディールできればいいと思っている。そして、政治もビジネスと同じと考えている節がある。つまり、彼が言う「アメリカ第一主義」というのは、アメリカが儲かればいいということだ。そのために、グッドディール(いい取引)を積み重ねていこうということだけだ。 とすれば、これが政策と言えるだろうか。政治を一つの思想、理念で行うことは正しい選択ではない。しかし、思想も理念もない政治もまた、正しい選択とは言えない。 その結果、これまで彼が述べてきたこと、特に経済に関することには論理的な裏付けがなく、ひとつひとつに整合性がない。それでもあえて要約すると、国内的には史上最高のバラマキをやり、対外的には保護主義政策を取るということになる。 すでに、この保護主義政策の動きの一つとして、TPP(環太平洋経済連携協定)からの離脱が11月21日に宣言された。来年1月20日の大統領就任初日に即通知するという。同じく、TTIP(環大西洋貿易投資協定)からも離脱するだろう。なぜトランプバブルが起こるのか トランプ氏は、本当に不思議なことに「反グローバリズム」と思える言動を繰り返してきた。アメリカは移民で成り立っているのにそれを排除し、日本や中国の製品に高関税をかけると言ってきた。これは自由貿易の否定であり、アメリカの伝統的な通商政策ではない。 彼は、20世紀に確立したアメリカの世界覇権がグローバリズムによって成り立っていることを理解していないのかもしれない。アメリカはペリー提督の黒船を日本に派遣して、自由貿易と開国を迫った国である。 20世紀の初めから今日まで、アメリカで保護主義を唱えた大統領はたった1人しかいない。1930年、フーバー大統領は「スムート・ホーリー関税法」(Smoot-Hawley Tariff Act)を導入して、関税の壁を築いた。そのため、世界中でブロック経済化が進み、ついに世界は第二次世界大戦に突入してしまった。この教訓をトランプ氏は知らないようだ。 それでは、ここからはなぜトランプバブルが起こるのか。順を追って説明していきたい。 トランプ氏は、選挙期間中に、今後10年間のGDP成長率を平均3.5%に高め、最終的には現在の2倍の4%に引き上げると公約してきた。そのために、政府支出を大幅に増やすと言ってきた。要するに、財政出動を大規模にやり、積極的なインフラ投資を行う。その額、10年間で1兆ドル(約110兆円)という。 さらに、彼がずっと言い続けてきたのが大減税だ。そのメニューとして、以下の3点を挙げてきた。(1)連邦法人税の大幅減税(最高税率を現行の35%から15%へ)(2)個人所得税の税率適用区分の簡素化(現行の7段階から3段階へ)と税率の大幅引き下げ(12%、25%、33%の3段階へ)(3)相続税の廃止 このうちの(2)の部分を補足すると、年収2万5000ドル未満の人間の所得税はゼロになる。これは、中流下層、貧困層へのプレゼントとなる。(3)の相続税の廃止は、共和党の伝統的な要望と言える。これが本当に実現すれば、富裕層への恩恵は計りしれない。海外に出ていた資産は国内に戻ってくるし、投資も活発になる。ただし、格差はさらに開くだろう。 トランプ氏は、アップルやグーグルなどがアメリカの高税率を嫌って海外に出ていったことを、これまで何度も批判してきた。それで、大幅な法人税の減税を行い、企業の国内回帰を目指すと公言してきた。アップルのティム・クックCEO(AP) したがって(1)の連邦法人税の減税は間違いなくやるだろう。そうなれば、税率が15%になるので、アメリカはタックスヘイブン化する(いまもそうだが)。 オバマ大統領も法人税減税を考え、28%に引き下げることを目指したが、議会とのねじれで実現しなかった。しかし、もうこのねじれはない。とすると、今回は実現する可能性が大きい。しかし、15%というのは減税幅が大きすぎる。共和党は「小さな政府」志向だが、ここまで減税幅が大きいと主流派は反対する。ただ、減税されることは間違いないだろう。大規模な財政出動と大幅な減税、財源は? アメリカ企業が海外にため込んだ資金は2兆ドルと言われている。これを国内に戻すときは、さらに税率を下げ10%にするとトランプ氏は言ってきた。ブッシュ政権の2005年に、アメリカは時限立法で還流資金の税率を下げたことがあったが、このときは海外留保資金が3000億ドルも戻り、株高、ドル高が進んだ。したがって、これもやるとなれば、今回もそうなるのは間違いない。 大規模な財政出動と大幅な減税。そんなことができる財源があるのか?という批判がある。たしかにその通りで、ついこの前までアメリカは「財政の崖」(fiscal cliff)をめぐって、民主党と共和党が激しい攻防を繰り広げてきた。とくに共和党は、これまでの主張通り財政の拡大には反対するだろう。 しかし、トランプ氏は自分を支持した白人貧困層・中流下層の気を引き止めるために、そんなことはおかまいなしにやる可能性がある。 とすると、財政赤字は拡大する。となれば、いずれアメリカ国債の利回りは上昇する。つまり、インフレが襲ってくることになる。企業や政府の借り入れ負担が増し、結局、景気が悪化する可能性が強い。しかし、短期的にはバブルとなり、表向きの景気はよくなるのは間違いない。トランプ氏は自己愛男(ナルシスト)だから、財政の悪化など知ったことではないのだ。 彼は、財源がないなら単にドルを刷ればいいと、かつて公言したことがある。これは、一種のヘリコプターマネーである。FRBがドルを刷って、それでアメリカ国債を買えばいいと言ったのだ。これをやれば、連邦政府は債務から解放されるばかりか、新たに発行した国債もFRBが発行するドルで元利払いが行われる。 もし、イエレンFRB議長がこれを拒否したら、彼は「彼女をクビにする」とまで言い放ったことがあった。しかし、これは明らかな財政ファイナンス、つまり“禁じ手”だから、実行すれば、最終的にアメリカ国債の暴落を招く。コントロールできないインフレに見舞われる。  アメリカ国債の発行残高の6割は海外が持っている。筆頭は中国で、2番手は日本だ。トランプ氏がこの手に出れば、ドル資産が紙切れになるのだから、中国は間違いなく売り逃げるだろう。そうなれば、一気に株安、ドル安となる。しかし、日本は売り逃げることはできない。 トランプ氏の当選の原動力となったのは、白人の貧困層、中流下層である。このことはすでに確定している。しかし、彼がこの層のための政治をやるかどうかは確定していない。なぜなら、彼はバニー・サンダース候補のような社会主義者ではないからだ。大金持ちが本当に貧困層の味方をするか トランプ次期大統領は、全米各地に別荘を持っている大金持ち(スーパーリッチ)だ。フロリダ州のパームビーチには、部屋数118室の大豪邸(Mar-a-Lago estate)を持っている。この豪邸は、購入時1億2500万ドルという、当時のアメリカの住宅販売価格のレコードを樹立している。感謝祭の休暇を終え、プライベートジェットでニューヨークに向かうトランプ次期米大統領一家=11月27日、米フロリダ州パームビーチ(ロイター) パームビーチは、全米にいくつかある富裕層の別荘地の一つで、彼はここをいたく気に入っている。その理由は、富裕層は富裕層としか付き合わないから、富裕層ばかりが住むこの南国の地がいちばん快適に過ごせること。もう一つは、趣味のゴルフがいつでもできるからだ。タイガー・ウッズも、ここの住人である。 トランプ氏は、全米に18のゴルフ場を持っている。そんな人間に、安倍首相は特製のゴルフクラブを訪問時の手土産として持参した。  今年の3月15日、「NYT」紙にトランプ氏のパームビーチでの生活を描いた記事が載った。書いたのはジェイソン・ホロウィッツ記者で、トランプ氏の別荘のバトラー(執事)アンソニー・セネカル氏が、ホロウィッツ記者のインタビューに答えて、非常に興味深いことを語っている。「A King in His Castle: How Donald Trump Lives, From His Longtime Butler By JASON HOROWITZMARCH 15, 2016」http://www.nytimes.com/2016/03/16/us/politics/donald-trump-butler-mar-a-lago.html あるとき、主人の機嫌がよくないと、到着間近のプライベートジェットからセネカル氏に連絡が入った。すると、彼は即座にラッパの吹き手を手配し、トランプ氏が邸宅にリムジンで到着した瞬間に、『大統領に敬礼を』(Hail To The Chief)という曲を吹かせた。 この曲は、実際にアメリカ大統領が公式行事に出席するときに演奏されるもので、これを聞くとトランプ氏の機嫌は直るという。トランプ氏はいまやホンモノのアメリカ大統領になった。とすれば、今後この曲を聞き続けるわけで、ずっと上機嫌でいるに違いない。 トランプ氏は移民を締め出すと言ってきたが、パームビーチの豪邸では外国人労働者ばかりを雇っていて、ルーマニア人、南アフリカ人もいる。トランプ氏は機嫌がいいと、使用人に100ドル札のチップを渡すという。つまり、バラマキが好きなのだ。 このような大金持ちが、本当に、同じ白人とはいえ、貧困層、中流下層の味方をするだろうか。「反ウォール街」の嘘 トランプ氏はこれまで「反ウォール街」「反エスタブリッシュメント」を表明してきた。しかし、それが嘘であるのは、政権移行チームの顔ぶれを見れば、すでに明らかだ。 ゴールドマン・サックス元幹部のスティーブン・ムニューチン氏=11月18日、米ニューヨーク(ロイター=共同) 財務長官候補のスティーブン・ムニューチン氏はゴールドマンサックスの元幹部で、一時指名を取りざたされたジェイミー・ダイモン氏はJPモルガンのCEOである。経済政策アドバイザーのジェブ・ヘンサリング氏は下院金融サービス委員長だ。つまり、彼らは、いずれもウォール街の代弁者である。さらに、商務長官候補のウィルバー・ロス氏は、トランプ氏の破産管財人と経済顧問を務めてきた人物であり、「再建王」という異名を持つ企業再生ファンドの大物である。 トランプ氏は、秘書を通してツイッターで囁くのは好きだがITには疎い。そこで、政権移行チームにシリコンバレーからただ1人、ピーター・ティール氏を引き入れた。彼はゲイであるとともに最強のリバタリアンの一人だが、もちろん桁違いの富豪だ。 トランプ氏を「反ユダヤ主義者」だと見ている向きもあるが、これは誤解だろう。なんといっても彼は、イスラエルのネタニヤフ首相と親しく、ネタニヤフ首相は「(トランプ氏が大統領になったら)同盟関係はさらに強固になるだろう」と言い続けてきた。また、ネタニヤフ首相の親友とされる「カジノ王」シェルドン・アデルソン氏(ラスベガス・サンズ会長)は、トランプ氏の選挙資金の最大の提供者である。 しかも、トランプ氏が寵愛する娘のイヴァンカさんの夫ジャレッド・クシュナー氏は、ニュージャージー州のユダヤ人実業家の息子であり、そのためイヴァンカさんは結婚に当たってユダヤ教に改宗し、生まれた3人の孫はみなユダヤ人となった。 ウォール街はユダヤ金融財閥が牛耳る街である。彼らは常にワシントンを動かし、世界の金融・経済を支配してきた。トランプ政権になってもこれは変わらない。 このようなメンバーがやることは決まっている。まず、オバマ政権では既定路線だった「グラス・スティーガル法」(Glass-Steagall Act)の復活を見直すか反故にするだろう。さらに、これと併せて「ドッド・フランク法」(Dodd–Frank Wall Street Reform and Consumer Protection Act:金融規制法)を全廃するか骨ぬきにするだろう。 グラス・スティーガル法は、1933年に制定された銀行業務と証券業務の明確な分離を定めた法律だが、1990年代のクリントン政権下で廃止され、その後の金融ビックバンの引き金を引いた。銀行と証券は一体となって巨大化し、デリバティブ金融が進み、ついにリーマン・ショックを招いた。その反省から、オバマ大統領と議会はこの法律を復活させ、さらにドット・フランク法をつくったわけだが、この両方とも反故になれば、ウォール街ではまた“パーティ”が始まるに決まっている。グローバリズム批判で本質を見誤る日本 こうして、アメリカ経済が好況になり、たとえそれがバブルであっても、世界中のカネが集まるようになれば、ここにアクセスしなければ、ほかの国の経済はよくならない。とくに日本はアメリカ依存が大きいからなおさらだ。 ところがトランプ大統領は、前記したようにTPPやTTIPなどの貿易協定を破棄し、2国間協定によって関税をかけるというブラフ(脅し)に出てくる。これをやられると、日本経済は本当にまずいことになる。 アメリカは、シェールオイル・ガス革命でエネルギー自給国から輸出国になり、他の資源も豊富で、食料自給もできる。つまり、多国間協定を離脱してもなんの問題もない。保護主義によるダメージは、短期的にはほとんど受けない。しかし、保護主義によってアメリカ市場が少しでも閉ざされたら、そのダメージをもっとも受けるのは日本だ。 私は、トランプ次期大統領は、つくづく運のいい男だと思っている。あれほどのデタラメを言い続けて大統領になったうえに、アメリカ経済には今後再び大きく成長していく3要素が揃っているからだ。 その3要素とは、(1)今後も人口増が続くこと(とくに生産年齢人口の増加はGDP成長率を引き上げる(2)IoT、AIなどの先端イノベーション産業のほとんどをアメリカが独占していること(3)ネットによる世界の情報を独占的に支配できていること-である。 最後に再び、わが国の経済を考えると、日本は世界のどの国よりもグローバリズムの恩恵を受けている国である。戦後の日本が経済復興できたのは、アメリカが日本を冷戦の防波堤にするため、産業振興を許したからである。 そうして日本製品にアメリカ市場を開き、どんどん買ってくれたおかげである。この構造は、いまもあまり変わっていない。 日本の食料依存度(食料自給率)はカロリーベースで約40%、エネルギー依存度(エネルギー自給率)はわずか6%で、これはOECD加盟34か国中2番目に低い。つまり、わが国はグローバル経済がなければ成り立たない。福井県美浜町の関西電力美浜原発3号機。11月16日、原子力規制委から20年間運転延長の認可を受けた ところが現在、この日本でもグローバリズムを批判する声が強い。ことさら国民経済を強調し、「経済は経世済民ですから国民のためにあります」などと言い、「みずほの国の資本主義」という的外れな言論を展開している評論家がいる。このような方々は、グローバリズムが国民を不幸にし、格差を助長するとでも言いたいのだろうが、これらの言論はすべて資本主義の本質を見誤っている。「黒船に開国された国」の最大の外交課題 近代資本主義は18世紀の半ば、英国のマンチェスターで綿工業から始まったとされるが、綿花は熱帯性の植物であり、欧州には存在しなかった。当時、綿花を栽培していたのは、カリブ海諸国やアメリカ南西部であり、ここから大西洋を横断して英国まで運ばれた。 しかも、綿花栽培のプランテーションでは、アフリカから運ばれた黒人奴隷が労働力として使われていた。つまり、資本主義は一国では成立しないのだ。資本主義経済は、その始まりからしてグローバリズムなのである。 したがって、グローバリズムを否定し、国を閉じる保護主義を唱えることは、自ら貧しくなると宣言しているのと同じだ。  現在、私たちは極限まで発展した資本主義経済のなかで生きている。それなのに、「国民経済」などと、1国だけの経済を論じている学者や評論家は化石人間と言うしかない。まず1国単位の経済があり、それがいくつも結びついてグローバル経済になったのではない。初めから、世界はグローバル経済だったのである。 現在、世界には、国連をはじめとして、多くの国が参加する国際的な枠組みがいくつも存在する。たとえば、IMF(国際通貨基金)、WTO(世界貿易機構)、世界銀行(WB)、EU(欧州連合)、ADB(アジア開発銀行)、ASEAN(東南アジア諸国連合)、NAFTA(北米自由貿易連合)などがこれに該当する。TPPもまた、こうした国際的な枠組みの一つになるはずだった。それをトランプ次期大統領はやらないと言うのだから、とんでもない時代錯誤だ。 これらの国際間の枠組みとそれを支えるルールは、第2次世界大戦後はほとんどが世界覇権国のアメリカによってつくられ、そのイニシアティブによって、世界は今日まで運営されてきた。実は、これに最大の貢献を果たしてきたのは日本である。トランプ次期米大統領と会談する安倍首相=11月17日、ニューヨーク(内閣広報室提供・ロイター) 世界全体のGDPの推移を見ると、1950年から2015年にかけて1人当たりの実質GDPの平均は約6倍に拡大している。つまり、グローバリズムとそれを促進した国際間の枠組みが、世界を発展させてきたのである。 したがって、トランプ次期政権に保護主義政策を実行させてはならない。このことを今後の日本の最大の外交課題にすべきだ。黒船によって開国された国が、今度はアメリカに開国を説くのだ。そうしないと、日本はトランプバブルに乗り遅れるばかりか、その恩恵すら受けられなくなる。

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    トランプショックでも勝機あり

    政治や社会秩序だけではない。世界の金融市場も「トランプショック」の行方に怯える。トランプ氏の掲げる米国第一主義が、世界経済の後退を招く「劇薬」であるからに他ならない。自由経済と基軸通貨ドルを武器に君臨した米国はどこへ向かうのか。先行きは不透明だが、それでも日本には勝機がある。

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    トヨタ、日産は大丈夫か? トランプショックはこうやれば乗り切れる

    片山修(経済ジャーナリスト) 米大統領選でのドナルド・トランプ氏の勝利は、日本の経済界に衝撃を与えた。最大の懸念は、環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱など、トランプ氏の保護貿易主義の姿勢だ。 オバマ米政権は11日、任期中のTPPの議会承認を見送る考えを明らかにした。トランプ氏との対立を防ぐためだ。これにより、世界の国内総生産(GDP)の4割を占める巨大経済圏確立の道筋はほぼ閉ざされた。 さらに気がかりなのは、米国がカナダ、メキシコと結んでいる北米自由貿易協定(NAFTA)の行方だ。 かりに、米国がNAFTAから離脱するとなれば、カナダやメキシコから無関税で米国に製品を輸出することはできなくなる。米国内からメキシコに生産拠点を移管してきた日本の自動車メーカーは、北米戦略そのものを大幅に見直さざるをえない。窮地に陥るわけだ。 トヨタ自動車は、メキシコでピックアップトラック「タコマ」を年8万2000台生産している。19年の稼働に向けて、メキシコ・グアナフアト州に生産能力20万台の新工場の建設も進行中だ。 日産自動車は、メキシコに2つの工場をもつ。生産台数は、55万5000台と31万6000台だ。16年までにメキシコの生産能力を年100万台に引き上げる計画である。 ホンダは、メキシコに2つの工場をもち、米国向け「フィット」など、合計28万台を生産している。 また、マツダは、メキシコ・グアナフアト州の工場で米国向け「Mazda3」(日本名マツダアクセラ)など、28万台を生産している。 加えて、日本の自動車メーカーの完成車工場の周辺には、デンソー、日本精工、リケンなど、多数の自動車部品メーカーが進出している。その中には、中小企業も少なくない。 では、日本の自動車メーカーにとって、「トランプ・ショック」は文字通り危機そのものなのか。北米戦略は見直さざるを得ないのか。80年代の日米貿易摩擦のように日本車はやり玉にあげられるのだろうか。“いいクルマづくり”に磨きをかけよ いや、必ずしもそうはならないだろう。なぜならば、いまや経済はグローバル化し、相互依存関係が緊密化しており、日米の二国間で通商問題を解決することなどできなくなっているからだ。 第一、メキシコには、米国のGMや独のBMWの工場のほか、フォードの工場進出の話も出ている。部品調達に関しても、サプライチェーンが世界中に張り巡らされており、米国産の部品だけでクルマを生産するのは到底不可能だ。ましてや、自動車メーカーに限らず、日系企業による雇用創出は70万人を超える。日本企業を排除する保護貿易主義のシナリオは考えられない。 そもそも、世界首位の経済大国アメリカが、かりにも保護主義に傾斜すれば、貿易停滞により、世界経済は足元から揺らぐことになる。それは、米国の利益にならないばかりか、他国からの猛反発を受ける。根っからのビジネスマンのトランプ氏は、安易に国益を最優先する「米国第一主義」を押し通すことは考えられないというのが、まずは常識的な見方だろう。 だからといって、楽観視することもできないのは確かだ。トランプ氏の選挙中の言動などからして、少なくともゴタゴタは避けられない。覚悟しておいたほうがいい。 対策として大事なことは、これを機に経営トップに現地人を積極的に登用するなど、一層の現地化すなわち土着化の道を突き進むことである。 それからトヨタの豊田章男氏が日ごろからいっているように、“いいクルマづくり”に磨きをかけることに尽きる。トヨタは1997年、世界初の量産ハイブリッド車両「プリウス」を発売し、世界をあっといわせた。残念ながら、FCV「ミライ」は先進性が評価されても、ヒット車とはいえない。 自動車はいま、AI、ロボット、ビッグデータなどのほか、衝突安全、自動運転などを取り込みながら大きく様変わりしようとしている。日本の自動車メーカーが競争力を高めるには絶好のチャンスだ。トランプ次期政権の経済政策がどのようなものになろうとも、日本の自動車メーカーは従来通り、技術やブランド価値を上げ続けることができれば、変革の時代を乗りこえることができるのではないだろうか。

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    トランプ大統領誕生で日本の製造業は試練を迎える

    (THE PAGEより転載) 「アメリカ・ファースト」を掲げるトランプ大統領が誕生したことで、日本の製造業の先行きを不安視する声が上がっています。トランプ政権が保護貿易主義に傾いた場合、日本の製造業にとって大打撃となる可能性が高いというのがその理由です。トランプ時代において日本のモノ作りは大丈夫なのでしょうか。トヨタの米国ミシシッピ工場米国市場に依存する日本の製造業 日本の製造業は、巨大な消費市場である米国が存在することで成り立っています。日本経済の大黒柱であるトヨタ自動車は、昨年度は年間で約870万台のクルマを販売しましたが、このうち国内市場での販売はわずか200万台に過ぎません。残りはすべて海外での販売であり、中でも北米市場は280万台と突出しています。 こうした米国依存は業績にも表れています。同社の2016年4~9月期決算(中間決算)は減収減益とあまりよい結果ではありませんでした。その原因は為替が円高に振れたこともあるのですが、主力の北米市場の販売が不振だったからです(販売台数そのものは微減ですが、トヨタにおいて北米で横ばいというのは不振といってよい状況です)。つまり、日本の製造業は基本的に米国市場に大きく依存しているのです。 日本ではリーマン・ショックを引き起こした米国の不動産バブルを批判する声が大きいのですが、米国のバブル経済による過剰消費の恩恵をもっとも受けたのは、ほかでもない私たち日本人であることを知っておく必要があるでしょう。米国と個別の貿易交渉になる可能性 トランプ大統領は、日本メーカーが怒濤の輸出攻勢をかけ、米国で大量の失業者を生み出した80年代のイメージを強く引きずっており、ことあるごとに日本メーカーを批判しています。当時の日本の世論は、今の人が聞くとびっくりするような弱肉強食主義で、競争に敗れた企業の社員が路頭に迷うのは当たり前だというかなり強硬なものでした。米国の労働者の一部は、相手に対してまったく配慮をしなかった日本企業に対して悪いイメージを持っています。トヨタ自動車の元町工場=愛知県豊田市 トランプ氏も、実際に大統領に就任すれば、ある程度、現実的な対応を検討することになると思われますが、TPP(環太平洋パートナーシップ)協定は、このままでは成立が難しいと考えるのが自然でしょう。TPPが発効しなかった場合、各国は米国と個別に貿易交渉を行わなければなりません。農業分野において日本が市場開放をしなければ、日本車に関税をかけるといった要求を米国が突きつけてこない保障はありません。 本当に米国が保護貿易主義に傾いた場合、日本メーカーが摩擦を回避するためには、米国での現地生産を増やす以外に方法はなくなります。トヨタの国内生産比率は約45%ですが、工場が米国に移ってしまえば、国内の空洞化はさらに進むことになるでしょう。 識者の中からは、これ以上米国におんぶにだっこという経済運営をやめ、日本独自の道を模索すべきという声も上がっているようです。しかしモノ作りで稼ぐ以上、世界で突出した市場である米国に販売する以外に方法はありません。米国市場と比較すると中国などの新興国は取るに足りない市場です。米国にすべてを頼り切ってきた日本のモノ作りは、いよいよ試練の時代を迎えることになるのかもしれません。(The Capital Tribune Japan)    

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    トランプ大統領で得をする日本企業は?

    【World Energy Watch】山本隆三 (常葉大学経営学部教授) 企業に勤務していた時に米国に駐在し、日本と欧州向けの石炭輸出を担当していたことがある。時々、東部の炭鉱を訪問することもあった。輸出元であったケンタッキー州の石炭会社の従業員と一緒に州東部の彼の炭鉱にドライブした時のことだ、彼から「道の両側の畑の植物を知っているか?」との質問があった。見たことがなかったので、そう答えたところ、意外な答えが返ってきた。「大麻草だ」。彼によると、石炭以外に産業がない地域なので生計のため大麻草を育てているという。当然違法だが、地元の警察も見て見ぬふりなので、道路の両側が大麻草畑になってしまった。 ペンシルバニア、ウエストバージニア、ケンタッキー、オハイオ州は、アパラチア炭田の北部地域として知られるが、貧しい地区もあり、いわゆるプアホワイト(貧しい白人)も多い。例えば、ウエストバージニア州は白人比率が94%と高いが、平均収入の中間値は全米50州中下から2番目だ。州の主要産業である石炭業の労働者は炭鉱夫を含め圧倒的に白人が多いことも、白人比率の高さに影響しているのかもしれない。炭鉱でセールス担当のマネジャーだった知人は、奥さんが博士号を持つ高校の数学の教員だったが、その年収が炭鉱夫の半分もないと嘆いていた。石炭関係以外の仕事があまりなく、低賃金になってしまうのだ。 このアパラチア炭田のいくつかの州は、米国大統領選では接戦州と呼ばれる共和、民主両党の票が接近する選挙結果を左右する州になる。特にオハイオ州は、全米の縮図と言われここで勝たなければ、全米でも勝てないとされている。炭鉱で働く人は生産量の減少に合わせて減り、今は10万人を切ってしまったが、資材、機械を販売する企業、石炭を輸送する企業など関連する企業で働く人は多い。合わせれば100万人と言われる。炭鉱の恩恵を受ける地域のサービス業の従業員を合わせれば、相当の数の票になる。トランプの環境・エネルギー政策 共和党支持者に信奉者が多い温暖化懐疑論の立場に立つトランプは、今回の選挙戦でもオバマ大統領が進めた温室効果ガスの削減を柱とする温暖化対策を全て見直すことを謳っていた。その最大のものは、国際的には温室効果ガス削減のため198カ国が合意し、11月4日に発効したパリ協定からの離脱であり、国内では石炭火力発電所の削減を狙ったクリーンパワープラン(CPP)の無効化だった。 温室効果ガスの削減が必要ないとすれば、二酸化炭素の排出量が相対的に多い石炭の使用量を削減する必要はない。オバマ大統領は共和党が支配する議会の協力を得ることなく石炭使用量を削減することを狙い、環境保護庁の大気浄化法を利用し同庁が各州に対し二酸化炭素の排出削減を求めるCPPの体制作りに成功した。 実行に際しては共和党知事の州からの反発に合い、訴訟が起こされたため司法の判断を仰ぐことになったが、司法の判断にかかわらずトランプはCPPの無効化を図ることになるだろう。その具体的な方法については、推測するしかないが、大気浄化法の修正、環境保護庁の体制を縮小し、実務的に対応不可能にするなどが考えられる。 司法の場でも、政権末期にあったオバマ大統領が指名できなかったため現在空席になっている最高裁判事に保守派を指名することは確実であり、最高裁の構成を保守派5、リベラル派4とすることにより、CPPに対し否定的な立場の司法を作り出すことになる。 トランプは米国のエネルギー自給率を100%にすると主張している。米国がサウジアラビアを抜き原油生産量世界一に、ロシアを抜き天然ガス世界一になり、図-1の通り昨年自給率が90%まで向上したのは、爆砕法を利用したシェールガス・オイルの生産増によるものだ。環境団体から批判を浴びることのある爆砕法については引き続き利用し、生産量の増加を目指す立場だ。さらに、トランプは石炭の復活を訴えていた。今回の選挙戦ではその路線が成功し、脱石炭を主張したクリントンに勝ちアパラチア炭田の接戦州を制したようにも思える。オバマとは戦略を変え敗れたクリントンオバマとは戦略を変え敗れたクリントン 石炭産業では、経営者は共和党支持、炭鉱夫、特に組合員、は民主党支持だった。オバマ大統領の1期目から温暖化問題への取り組みに焦点が当たり、化石燃料、なかでも二酸化炭素排出量が多い石炭への風当たりが強くなりはじめた頃から炭鉱夫にも共和党支持が増え始めた。 しかし、2012年の2期目の大統領選では、オバマ大統領は石炭支持を打ち出す。共和党の候補者だったロムニーも同様に石炭支持を打ち出し、泥仕合の模様になった(「オバマとロムニーの石炭戦争」)。選挙前には、必ずしも石炭支持ではなかった2人の候補者が共に態度を変えたのは、接戦州の石炭関連票のためだったのだろう。その結果、オハイオ、ペンシルバニア州はオバマが制することになった。  今年の大統領選では、クリントンは、このオバマの戦略を引き継がなかった。地球温暖化対策のため再生可能エネルギーの導入を訴え、疲弊していく産炭地対策としては、補助金によるインフラ整備、雇用創出、退職した炭鉱夫への年金維持などを打ち出した。もはや石炭の復活はないとの宣言に等しかった。二酸化炭素の補足・地中固定化(CCS)の利用が進めば石炭消費の減少に歯止めがかかるとの見方もあったが、クリントンの政策を見る限り、コストが高いCCSへの期待もないようだった。 オバマとは異なり、反石炭の立場を鮮明にしたクリントンは接戦州での戦いに敗れることになった。オバマが勝利したオハイオ、ペンシルバニア州を失ったが、両州においてクリントンが勝利していれば、トランプ大統領は誕生しなかった。各州の石炭生産量と8年、12年と16年の大統領選での民主党の得票率が図-2に示されている。トランプの再生可能エネルギー政策トランプの再生可能エネルギー政策 2012年には「温暖化問題は、米国の競争力を奪うため中国がでっち上げた」とツイートしたトランプも、選挙期間中のインタビューでは「温暖化が人為的な原因で発生していることも少しはあるかもしれない」と温暖化懐疑論の立場を少し後退させた。テレビ討論でツイートのことをクリントンから責められた際には、「そんなことは言ってない」と否定していた。 パリ協定離脱を明言しているトランプが温暖化問題に取り組むことはないだろう。再エネにも否定的だが、米国で導入が進む風力、太陽光発電については、共和党議員の地元との関係も考慮することになるだろう。例えば、米国の風力発電は、テキサス州、アイオワ州など共和党が強い地区に多く、風力発電設備の80%は共和党が優勢な地域に設置されている。風力発電設備量米国2位のアイオワ州のグラスリー上院議員(共和党)は、選挙前に「もし、風力発電の税額控除をトランプが廃止しようとするならば、私の屍を乗り越えなければならない」と発言しているほどだ。 実際に、風力発電の導入量が多い州は、今回の選挙戦でも、表-1が示す通り、トランプの得票率が高い共和党の地盤だ。現在米国では、風力、太陽光発電に対し税額控除による支援制度があり、この制度が米国での風力と太陽光導入を支え、米国を世界2位の風力発電設備、4位の太陽光発電設備導入国に押し上げた。今後徐々に支援額は減少することになっているが、2005年にブッシュ大統領が導入し、共和党が多数の議会で2015年末に延長されたばかりのこの制度をトランプがどう扱うかが、いま米国の再エネ関連事業者の最大の関心事だ。税額控除がなくなれば、再エネ設備導入が一挙に減速するとみられている。 トランプは税額控除制度に関する発言を行っておらず、制度をどう考えるのか不透明だが、再エネを含むエネルギーに関する投資については、ビジネスマンとしてのトランプの思考法がありそうだ。トランプの投資の判断基準は期間回収法トランプの投資の判断基準は期間回収法 トランプのエネルギー問題に関する発言をみていると、思考方法を垣間見ることができる。それは収益性重視だ。エネルギー関連の投資に関する政策決定を行う際には、当然収益性を検討することになるだろう。収益性をみる指標としては、日本でも米国でもキャッシュフローを基にし、時間の概念を入れたDCF(Discounted Cash Flow)法に基づき、内部収益率、IRR(Internal Rate of Return)あるいは純現在価値、NPV(Net Present Value)を計算するのが普通だ。 トランプは、もっと単純な方法で投資を考え、費用に対する効果を常に求めている。例えば、米国が反カダフィ派支援を2011年に行なったことについては、次のようにコメントしている「反カダフィ派から助けを求められ時に、応じることは了解だが、見返りに今後25年間の石油生産の半分を寄越せと要求すべきだった」。 エネルギー問題に関しトランプが判断基準として用いる収益率は、期間回収(Pay Back Period)法だ。投資額を何年で回収可能か計算し、意思決定に用いる。簡単な方法だ。2008年の著書では、建設中のビルを環境に対応した省エネビルにするように州政府に要請されたが、巨額の資金の回収に40年掛かり投資が成立しないとの話を披瀝している。2012年には、太陽光発電への投資の回収には32年必要だが、誰もそんな事業には投資しないと発言し、さらに2015年の著書では、投資の回収に20年必要な太陽光発電を良い投資とは呼ばないとしている。  投資を何年で回収できるかが、トランプにとっては重要な判断基準のようだ。補助制度により支えられている再エネについては、収益面からトランプの評価は低いようだが、税額控除制度の延長を認めた議会との関係などから、直ちに再エネの税額控除を見直す可能性は低いように思われる。日本企業のメリットは?日本企業のメリットは? さて、トランプの環境・エネルギー政策は日本企業に影響を与えるのだろうか。まず、今後化石燃料の開発には優遇策が講じられることになるだろう。例えば、連邦政府所有地での開発を容易にする、あるいは、税額、ロイヤルティーを減額するなどの施策が考えられる。米国でのエネルギー資源開発の権益を保有している日本企業にはメリットがある。 最も重要な点は、米国のエネルギーコストが引き続き世界の中で圧倒的競争力を持ち続ける可能性が高いことだ。トランプは、炭素税、あるいは二酸化炭素の排出量取引はエネルギーコストの上昇を招くとして、反対の立場を鮮明にしている。共和党の政策綱領にも明記された。炭素に価格がかからず、国内の化石燃料の採掘を容易にする政策が採用されれば、米国のエネルギーコストは圧倒的競争力を維持することになる。 図-3は、日米独の電炉向けの電気料金を示している。固定価格買い取り制度の賦課金を免除されているドイツよりも、米国の電気料金が競争力を持っている。シェール革命により天然ガスが価格競争力を持ち、米国の電気料金は図-4の通り家庭用において多少の上昇はあるものの、他先進国との比較では圧倒的に競争力を維持している。米国に進出している日本企業はこのメリットを受けている。さらに、シェールガスを原料として使用するため米国に進出を考えている化学関連メーカーにもトランプの政策は朗報だろう。 再エネ支援策の見直しと同様に不透明なのが、自動車の排ガス規制と電気自動車(EV)への連邦政府の支援策の先行きだ。欧米メーカーがEVに力を入れる中(「次世代自動車競争、欧米に続き韓国も、大丈夫か? 日本車」)最近日本メーカーもEVに舵を切ったように思えるが、米国の政策が変われば、日本を含め世界のメーカーに影響がでてくる。その中でも11月17日に太陽光パネル業者のソーラーシティを2200億円で以て買収する決定をしたばかりのテスラは、大きな影響を受ける可能性がある。 もう一つ見逃せないのが、石炭支援のトランプは、オバマが決定した米国輸銀の途上国の石炭火力発電設備への融資禁止を見直す可能性が高いことだ。石炭火力発電設備を得意とする日本の重工メーカーには間接的な支援になる。ただし、CCSの将来は全く不透明となった。米国でCCSに関与する日本企業は苦しい立場になる可能性がある。 トランプが大統領に就任し、具体策を打ち出すまで分からないが、現時点での予想に基づけば、日本企業もエネルギー・環境政策のメリットを享受できる可能性がかなりありそうだ。 

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    トランプ外交を読み解く3つのキーワード「取引」「世論」「変化」

    より転載) 次の米大統領に選出されたドナルド・トランプ氏は、選挙期間中に在日米軍の撤退に言及するなど日米関係についても“型破り”な発言が目立ちました。トランプ氏はどのように外交を展開していくのか。オバマ政権が掲げたアジア重視の外交安保政策はどうなるのか。米国政治に詳しい上智大学の前嶋和弘教授に寄稿してもらいました。「内向き」か「強い米国」か トランプ新政権の外交・安全保障政策はどこに向かうのだろうか。特にアジア太平洋政策や日米同盟について考えてみたい。 当選から間もない現在、トランプ外交の基本路線を読むのはなかなか難しい。「米墨国境の万里の長城建設」や「ムスリム入国禁止」といった選挙戦のハチャメチャな政策ともいえないような政策は目立ったものの、実現性を考えると、これは支持者を固めるためのスローガンといえるようなものかもしれない。外交は言葉のゲームでもあるため、そのことは問題だ。ただ、今回は「暴言」以外の部分で読み取れるトランプ外交の方向性を考えてみたい。会談前、握手を交わす安倍首相とトランプ次期米大統領(内閣広報室提供・共同) 具体的には次のような3つの傾向が高くなるかもしれない。 第1点目はビジネスマンとしてのトランプの性格である。オバマ政権では、軍事力よりも話し合いを重視し、単独行動ではなく、多国間での協調主義を重視する傾向が続いた。トランプの場合、おそらくビジネスマンらしく2国間の協議をし、話し合いをまとめていく手法を進めるのが得意かもしれない。パリ協定やTPPに代表されるような多国間で物事を進めていくような枠組みではなく、できる限り相手と1対1で取引をし、最大限のメリットをアメリカにもたらせようとするような外交の方向性が予想される。オバマ政権ではスローガンのように何度も登場したが、結局大きくは進まなかった核軍縮もトランプ政権ではどうなるのか、不透明である。実利的な「ディール」(取引)がキーワードである。 第2点目はポピュリストとして、外交・安全保障上の世論の影響が大きくなる可能性である。国民の間には、中東に介入に対して、極めて強い厭戦気分がまだ続いている。体力以上にイラク戦争や、アメリカの歴史上もっとも長い戦争となっているアフガニスタン戦争を進めた結果、アメリカの海外での威信の低下や、国力そのものの低下を招いたという意識がアメリカ国民には強い。この世論を背景に、「アメリカは世界の警察ではない」と繰り返し公言したオバマ大統領と同じ、あるいはそれ以上に、どちらかといえば内向き路線が目立つことになるかもしれない。ここでは「世論」がキーワードである。オバマ政権の「アジア回帰」は? ただ、これまでの選挙戦でのトランプのアメリカの外交・安全保障に関連する発言は必ずしも「二国間」「内向き」とばかりは言えない。例えば、中東情勢、特に差し迫ったイスラム国への対応については、トランプはロシアを含む各国と協力し対応すると指摘してきた、ただ、予備選前の共和党立候補者の討論会では「イスラム国はじゅうたん爆撃する」と極めて、ユニラテラリズム(単独行動主義)を単純化した介入主義的な発言もトランプはしており、やはりまだ読みにくいのが現状だ。 第3点目は、オバマ外交からの乖離の傾向である。政権交代で別の政党の大統領が就任すると前の大統領の路線を大きく変えるのが一般的である。オバマ外交は、ブッシュ政権1期目の力による外交や単独行動主義を大きく修正した。トランプ外交もおそらくオバマ政権の否定から始まる部分も大きい。その意味でオバマ政権のレガシーの一つであるイランとの核合意は大きく方向転換していくかもしれない。また、オバマ政権時代にこじれたイスラエルとの関係については修復が前提にあるのではないか。オバマ米大統領(AP) 特に、オバマ政権時に対立が鮮明化したロシアとの関係については、一気に状況が変わり、米露が歩み寄り、イスラム国対策などに力を入れてくる可能性も高い。上述のようにトランプ政権もオバマ政権も「アメリカは世界の警察官ではない」という認識が根底にある。ただ、「偉大なアメリカをもう一度」という例のトランプの選挙スローガンを支持した層を意識して、場合によってオバマ政権以上は「力による外交」を躊躇しない可能性もあるだろう。いずれにしても「変化」がキーワードである。オバマ政権の「アジア回帰」は? 難しいのは、アジア・太平洋政策である。そもそも、オバマ政権が掲げていた主張した、アメリカ外交の「アジア回帰」(アジア・リバランス)については、なかなか具体的なものになっていない。アメリカの視点から見れば、その後のアラブの春や、シリア内戦、イスラム国の台頭などで中東が大混乱に陥っており、アメリカ本土を本格的に狙うイスラム教過激派のテロの可能性もある。その状況に比べればまだ具体的な紛争が起こっていない尖閣問題などの優先度はやや低くなっていたのが現状である。 しかし、日本にとっては、軍拡を続ける中国の海洋進出は差し迫った脅威に他ならない。アジア太平洋地域の安定には、自転車の「ハブとスポーク」のような形でアメリカを中心(ハブ)として、日米、韓米、米豪、米比などの二国間同盟(スポーク)で、中国やロシアの暴発を牽制し、北朝鮮のまさかの状況などに備えてきた。基本的にはアメリカを核とした体制はアジア太平洋の安定に不可欠である。それはアメリカにとってもメリットがある。もし、二国間同盟がなかったら、中国やロシア、北朝鮮の脅威はアメリカの自国に対する安全保障への脅威でもある。また、地政学的リスクが少ない方がアメリカ経済にとってもプラスであるのは言うまでもない。 しかし、トランプの選挙戦の間の様々な発言から考えると、近年の大統領候補の中で、これだけ日本や東アジアの安全保障の現実を理解していない(あるいは理解しているそぶりを見せない)大統領候補は、筆者は記憶にない。在日米軍の費用負担を日本が増やさなければ、米軍の撤退や、その過程で日本の核保有を認めるまで踏み込んだのは、アジアの安全保障の基本路線とは大きく異なる。このままでは一気にアジア太平洋情勢が不安定化する可能性もある。 トランプ発言は日本向けだけでなく、韓国やNATOなどとにも応分の負担を要求している。上述の「取引」「世論」「変化」で考えていけば、自分たちのメリットを声高に主張する人々の声に対応して、少しでも同盟国から譲歩を導き出したいという新しい手法と考えることができる。 日本の中では、米軍撤退の可能性を歓迎する声や日本の安全保障強化と自衛隊の国軍化がトランプ政権誕生で可能になるかもしれないという観測もあるかもしれないが、おそらくあくまでも在日米軍の撤退はあくまでも交渉材料に過ぎず、同盟国の負担の増加を勝ち取る手法であろう。日本の一部報道で具体的な費用負担の数字がすでに上がりつつあるのは、ビジネスマンとしてのトランプのやり方にすでに影響されているようなものである。 「曖昧」では済まされない日本外交「曖昧」では済まされない日本外交 トランプ外交は斬新ではあるが、やはり危険ではある。外交・安全保障政策は国家の存続に直結する政策であり、取引を超えたものでもある。ただ、日本にとって、今後は「価値の共有」といった曖昧さでは済まされないことも出てくるだろう。ボタンを掛け違えれば日米同盟は「漂流以上の危機」になるかもしれない。トランプ氏(ロイター) 実際の外交は大統領一人ではできない、それには政権を支える国務長官、国防長官をはじめとする閣僚や、ホワイトハウスのスタッフ、担当省庁の政治任命が鍵となる。まだ、見えていないが、日本としてはどの人物が任命されるかに注目したい。 一方、あり得ないと思うが、もしトランプ氏が在日米軍を撤退すると言ったとしても、議会では民主党ばかりか、共和党も反対するはずだ。外交は大統領の専権事項であるが、外交や安全保障の予算を決める権限は議会にあるほか、各種人事の承認も上院が動かなくてはならないため、全く自由ではない。自由でない部分、トランプは国民世論に訴えて、議会の反発を抑えるといったやり方をしてくる可能性もある。「世論」に訴える手法がうまくいけば、トランプ政権はそれなりの独自路線を進めることができるかもしれない。 ところで、大統領選挙でのこれまでのTPPをめぐる議論の中で、自由貿易は繁栄のシンボルでなく、「弱い者いじめ」の象徴になってしまっている。トランプ勝利で、TPPはおそらくこのままの形では難しくなる。日本の国民にとっては、トランプがTPPを破棄すれば、日本には米国への大きな不信が生まれ、大きなショックとなるが、日本としてはアメリカの動きを見て、再交渉となるのか、2国間での別の枠組みでの自由貿易協定が考えらえるのか、出方をいろいろ考えなければならない。 また、中国の台頭の中、中国と米国が「フレネミー(フレンド+エネミー)」という状況はずっと続くだろう。米国は硬軟両様で、中国との間で正解を探り、その中で海洋進出や軍事大国化を阻止するほかないのだが、日本はその両大国の動きを注視するのはこれまで同じである。トランプ政権がアメリカ外交をどう変えていくのか、まだ先は見えないが、米国の大きな変化に注目しなければいけない。 まえしま・かずひろ 上智大学総合グローバル学部教授。専門はアメリカ現代政治。上智大学外国語学部英語学科卒業後,ジョージタウン大学大学院政治修士課程修了(MA),メリーランド大学大学院政治学博士課程修了(Ph.D.)。主要著作は『アメリカ政治とメディア:政治のインフラから政治の主役になるマスメディア』(単著,北樹出版,2011年)、『オバマ後のアメリカ政治:2012年大統領選挙と分断された政治の行方』(共編著,東信堂,2014年)、『ネット選挙が変える政治と社会:日米韓における新たな「公共圏」の姿』(共編著,慶応義塾大学出版会,2013年)

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    トランプ氏がグローバリズムに歯止め 日本にはプラスか

     米国大統領選の翌日、日本の国会では与党の強行採決でTPP(環太平洋経済連携協定)を批准した。日本のコメ、小麦、牛肉・豚肉など9012品目の関税を引き下げて貿易障壁を撤廃することを取り決めた協定だ。 しかし、大統領選に勝利したドナルド・トランプ氏は選挙中から「大統領になれば就任初日にTPPを離脱する」と反対を表明しており、日本が批准したのはトランプ氏の勝利によって“協定の失効”が見えたタイミングだったから、与野党の対決も、強行採決も茶番劇である。政治評論家の有馬晴海氏は「日本の政治家はトランプに救われた」とこう語る。「自民党議員の多くは農協と関係が深く、本音ではTPPに反対でした。だが、安倍晋三・首相はオバマ大統領の広島訪問などで米国に借りがあったから、なんとか批准しようと農協改革まで行なって反対論を封じ込める力の入れようでした。党内も首相に反する言動を取れば出世できないから従うしかない。そこに反対派のトランプ氏が勝ったことで“よし、これはどうせ発効しない”と安心して強行採決できたわけです」 トランプ氏に救われたのは自民党の政治家だけではない。相沢幸悦・埼玉学園大学経済経営学部教授は「日本経済」がグローバル化の荒波から逃れたという。「日本のような輸出経済の国にとって自由貿易を進めるTPPはプラスで、保護主義的な流れは好ましくないという意見が国内では多数派です。しかし、それは正しくはありません。 日本の貿易依存度(GDPにおける輸出総額の比率)は15%程度しかなく、ドイツや韓国の約40%、中国、ロシア、イタリアなどの25%前後と比べても低い。実は、日本は輸出立国ではなく、米国のように個人消費が経済を支えている内需国なのです。だから経済のグローバル化を進める必要性は高くない。トランプ氏がTPPを拒否してグローバリズムにストップをかけたのは日本の経済にとってプラスの方が大きい」 漫画家の小林よしのり氏も「米国の選択」をこう評価する。「米国が進めてきたグローバリズムは富裕層だけが徹底的に儲かる仕組みです。その結果、社会の格差が広がってニューヨークも若者のホームレスがあふれかえっている。 トランプ氏を勝たせたのはグローバリズムで貧困に陥って、自分たちの暮らしをなんとかしてくれる政治家じゃないとダメだと切羽詰まっている人々。これによってグローバリズムは終焉を迎えるし、日本も米国の富裕層に搾取される構造からようやく脱却できるのではないか」関連記事■ トランプ氏と「夢語り合う会談に」…首相、渡米■ トランプ大統領誕生 大谷翔平の米国流出阻止できるか■ トランプ氏 超格差社会から目そらさせ日中を悪者にする作戦■ トランプ氏「NYタイムズが読者に謝罪した」■ ほんの僅かなグローバル企業が国家を飲み込む姿を紹介した本

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    トランプの貿易政策、日本車の関税引上げはほとんど意味なし

    う見る?】 米大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利し、次期大統領に内定してからというもの、これからの日米関係や経済がどうなるのか、盛んに論じられている。様々な経済政策をトランプ氏は開陳しているが、果たしてそれはどんな効果をもたらすのか。経営コンサルタントの大前研一氏が、トランプ流の保護主義的な貿易政策について解説する。 * * * アメリカのドナルド・トランプ次期大統領とニューヨークのトランプ・タワーで会談した安倍晋三首相は「トランプ氏は、まさに信頼できる指導者だと確信した」そうである。しかし私は前号で、トランプ氏は大統領選挙中の公約をほとんど実現できない可能性が高く、もし公約通りの政策を実行すれば、アメリカと世界は大混乱に陥るだろう、と述べた。 たとえば、トランプ氏は貿易政策について「就任初日にTPP(環太平洋経済連携協定)から離脱する」「NAFTA(北米自由貿易協定)の再交渉ができなければ脱退する」などと極めて保護主義的な姿勢を示し、日本に対しても「日本がアメリカ産牛肉に38.5%の関税をかけ続けるなら、我々も日本車に同率の関税をかける」と主張している。 しかし、日本自動車工業会の統計によると、日本の自動車メーカーはアメリカで約385万台(2015年)を現地生産している。一方、オートデータの統計によれば、日本の主要自動車メーカーのアメリカにおける新車販売台数は約657万台(同)である。つまり、すでに日本の自動車メーカーはアメリカで新車販売台数の6割近くを現地生産しているのだ。 関税が高くなったら現地生産を増やせばよいだけなので、トランプ政権が日本車にアメリカ産牛肉と同率の関税をかけたとしても、ほとんど意味はないのである。 また、トランプ氏は「中国に奪われた雇用を取り戻す」と宣言しているが、これも不可能だ。なぜなら、平均年収がアメリカは約500万円、中国(都市部の企業従業員)は約100万円だからである。つまり「中国に奪われた雇用を取り戻す」ためには、アメリカ人の給料を中国人並み=現在の5分の1にしなければならないわけで、そんなことはできるはずがない。 給料だけの問題ではない。ディープ・サウスならぬ「ディープ・ラストベルト」(中西部から北東部にかけての製造業が廃れた地帯の中でも衰退の著しい地域)では失業率が非常に高く、アルコール依存症や麻薬中毒などの社会問題が蔓延して、まともに働けない人も多い。もし中国から雇用を取り戻したとしても、産業が成り立たない事態もあり得る。 トランプ氏は貿易政策や経済政策だけでなく、不法移民問題でも「メキシコとの国境に壁を築く」という閉鎖的な公約を掲げているが、メキシコ国境は全長3000km以上あるので、もちろん物理的に不可能だ。 さらにトランプ氏は、法人税を35%から15%に引き下げ、所得税を富裕層も含めて減税し、相続税もゼロにすると言明している。しかし、そうすると税収が大幅に減ってしまう。それを補うために、アップルやGEなどのアメリカ企業が海外に貯め込んでいる金をアメリカに戻させると言っているが、その程度では全く足りないし、そんなことをしたらアメリカ企業はみんな本社を海外に移してしまうだろう。 軍艦を100隻以上新造するなど軍事力を大々的に増強するとも言っているが、その財源については何も説明していない。 要するに、トランプ氏が主張している政策は何もかも全く辻褄が合わないのである。もし本当に公約通りのことをやり始めたら、それらの矛盾が一気に噴き出してくるだろう。関連記事■ トランプとレーガン 比較する向きもあるが両者は全く違う■ トランプ氏に暗殺の危険性、JFKとの共通点も■ トランプ氏 超格差社会から目そらさせ日中を悪者にする作戦■ トランプ氏 カジノで大儲けした日本人に大リベンジの過去■ 米の低レベル高校生、殺人事件が日常の街等をリポートした本

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    あばよ米軍、トランプに媚売る翁長氏の下心

    「沖縄の基地問題にどう対応するか、期待しつつ注視したい」。米軍普天間基地の名護市辺野古への移設に反対する沖縄県の翁長雄志知事が、トランプ氏との面会を求め来年2月にも訪米する意向を示した。トランプ政権で強まる米軍の「日本撤退論」に乗っかり、ここぞとばかりに媚を売る翁長知事の下心やいかに。

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    トランプ政権に媚売る翁長知事と沖縄メディアの思惑

    仲新城誠(八重山日報編集長) 米大統領選で、米軍軍基地の撤退に言及した実業家、ドナルド・トランプ氏が当選し、沖縄では翁長雄志知事や主要な沖縄メディアから「米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設を阻止できるかも」と新大統領の決断に期待する声が上がり始めている。しかし今後、米新政権で問題になりそうなのは辺野古移設の是非どころか、米軍が沖縄から全面的に撤退する可能性だ。そうなれば、中国の脅威に対する処方箋を持たない翁長知事こそ窮地に陥る。米大統領選でトランプ氏が勝利したことを受け、記者団の取材に応じる沖縄県の翁長雄志知事=11月9日午後、沖縄県庁 トランプ氏による選挙期間中の発言のうち、日本にとって最も衝撃的だったのは、米軍駐留経費の負担増に応じない場合、米軍を撤退させる方針を示したことだ。 新大統領がこの方針を実行すれば、日米同盟は希薄化してしまう。もはや辺野古移設とか駐留経費がどうのという話ではなく、日本が米国抜きで、自分の国は自分で守らなくてはならない時代が来るかもしれないということだ。 次期大統領は「世界の警察官」の役割放棄、自国の国益最優先主義に言及している。国際社会に冷戦終結以来の大規模な地殻変動が起こるかもしれない。沖縄が備えなくてはならないのは、そのような事態だ。 しかし米大統領選の結果を受け、翁長知事は11月9日、報道陣にこうコメントした。「(普天間飛行場問題で)政府は『辺野古が唯一』、私は『ありとあらゆる手段を駆使して基地を造らせない』と言っている。膠着状態の中、私どもの意見も聞いていただいて、どのような判断をされるのか期待したい」 沖縄は尖閣諸島を抱えており、恒常的に中国の脅威にさらされている。日米同盟が機能しなくなれば、沖縄は圧倒的な中国の軍事力を前に、最前線で突然、しかもたった一人で放り出されることになる。翁長知事のコメントには、そうした問題意識がまるで感じられない。「辺野古」以外は何も見えない「辺野古」以外は何も見えない 翁長知事は、トランプ氏に次のような祝電も送った。「大統領就任後は米国と沖縄との関係について話し合う機会をつくっていただき、双方にとって良い結果となるよう、強力なリーダーシップを発揮されますことをご期待申し上げます」 真に県民の生命や財産に責任を持つ知事であれば、次期大統領への祝電では沖縄の基地負担軽減に言及しつつ「日米同盟の重要性を再確認してほしい」と念を押すのが筋だろう。「米国と沖縄の関係について話し合いたい」などという幼稚で無内容な文章を一体誰が考えたのか、県民として理解不能だ。 しかし翁長知事は、来年2月に訪米する意向も示すなど、なお日本政府の頭越しに独自外交を展開する気満々だ。国益を超越する県益が存在するかのようである。 翁長知事を支える県紙2紙は、社説でこう主張した。「知事は早期に米国を訪れ、政権交代前、新政権の対沖縄政策が固まる前に、辺野古新基地建設の断念を求めるべきだ」(琉球新報)「米軍普天間飛行場の辺野古移設問題を見直す絶好の機会にすべきだ」(沖縄タイムス) こちらも翁長知事と同じく「辺野古」以外は何も見えない視野狭窄状態に陥っている。安倍政権やオバマ政権に対して繰り返してきた「辺野古断念を」という旧態依然とした訴えを、そのままトランプ政権にぶつけようとしているだけだ。 米軍の全面的撤退が現実化するなら、それは普天間飛行場問題とは無関係に、新政権が米国のあり方そのものを見直す流れの中で、将来的に起きるだろう。だから普天間だけを切り離し、トランプ氏に「辺野古断念」を訴えても恐らく徒労に終わる。 しかし、実は私は、米軍の全面的撤退という事態を必ずしも悲観的には捉えていない。むしろ、沖縄にとっての好機だという考え方は、翁長知事や沖縄メディアと共通している。 米軍が撤退すれば日本は当然、自衛隊を強化し、自主防衛を確立する道を選ぶほかなくなる。まさにそこれこそ、沖縄の米軍基地問題を抜本的に解決する唯一の道であると考えてきたからだ。 米軍基地問題で本土住民と意見交換した際、私はこう話したことがある。「県民が最も憤っているのは、事件・事故を起こした米兵が保護される日米地位協定の不平等性です。しかし米軍の代わりに自衛隊が配備されれば、この問題はなくなります。自衛隊員は日本の公務員であり、事件・事故を起こせば間違いなく処分されるからです」 本土住民は「そんな考え方は初めて聞いた」と目を丸くした。その表情から、本土住民が漫然と「米軍基地は沖縄にあればいい」と思っているのではないかと感じた。翁長知事に「自主防衛」なし翁長知事に「自主防衛」なし とはいえ、翁長知事の脳裏には「自主防衛」の四文字はない。翁長知事の著書「戦う民意」で、興味深いエピソードが紹介されている。 翁長氏は知事選出馬直前、当時の自民党幹事長だった石破茂氏と面会した。石破氏は国土防衛に関する持論である「郷土部隊」について語り始めた。 「辺野古には将来、自衛隊による海兵隊をつくったらどうかと思っているんですよ。それは沖縄の若者で百パーセント編成をする。そうすると日米地位協定の問題もなくなり、沖縄の人たちは喜んでくれるんじゃないでしょうか」 石破氏の構想は「自分の国は自分で守る」という独立国家の理想を体現しており、もっともな話であると思う。しかし翁長氏は「即座に反論」した。 「とんでもないですよ。もともと私たちは基地そのものに反対しているんですよ」 翁長知事は、尖閣問題で中国に毅然とした態度を示したことは一度もない。これまでの尖閣危機でも右往左往するだけだった。米軍の全面的撤退が現実化すれば、こうした危機管理能力のない県政を、県民が信認し続けることは有り得ない。 辺野古移設に限定して考えると、トランプ新政権は当面、日米合意を堅持するだろう。米国の損得勘定からすれば、日米合意を破棄してまで普天間飛行場を県外・国外に出す米国自身のメリットは想定しにくい。 軍関係者からは「あえて移設しなくても、現在の普天間のままがいい」という声もあると聞いたことがある。知事が新政権に「日米合意破棄」「移設反対」の圧力をかけ過ぎると、やぶ蛇で普天間の固定化という最悪の決断が飛び出さないとも限らない。 米新政権は短期的には辺野古推進であり、長期的には、あるいは米軍の全面的撤退を決断するかもしれないが、いずれの場合でも、翁長県政がピンチに陥ることに変わりはない。理由は一つ、中国の脅威を直視する勇気を持たないからだ。 トランプ氏が米軍の全面的撤退を決断するかどうかは、現時点では分からない。ただ指摘すべきことは「いずれにせよ、日本はその日に備えなくてはならない」ということだ。動画投稿サイト「ユーチューブ」で公開されたビデオメッセージで、TPPから離脱する意向を表明するドナルド・トランプ氏=11月21日 中国は尖閣諸島周辺に連日、公船を派遣しているが、尖閣への軍事的な侵攻には踏み切っていない。それは日米同盟があるからだ。中国は、日本はともかく米国の軍事力には到底かなわないと考えており、現時点では米国との融和に懸命だ。 だが、中国は驚異的なスピードで軍拡を続けている。数年後か十数年後、「もはや単独で日米に勝てる」と確信する日が来るかもしれない。それが尖閣侵攻、さらには沖縄侵攻のXデーになる可能性は十分にある。だから日本の「米国頼み」がいずれ限界に達するのは時間の問題だろう。 この期に及んで、相も変わらず「辺野古阻止」だけ連呼し続ける翁長県政と沖縄メディアは、思考が20世紀の時点で停止している状態に見える。 それは両者が、反基地イデオロギーで築き上げてきた沖縄「主流派」の地位を今後とも維持したいという、誠に現実的な理由があるからだ。20世紀的な表現で言うと、翁長知事と沖縄メディアは「わかっちゃいるけどやめられない」のだ。

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    実現性はゼロ? それでも翁長・トランプ会談を熱望する沖縄2紙の魂胆

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)知事早期訪米を煽る沖縄メディア 11月8日に投開票の行われた米国大統領選挙において、トランプ氏が当選を果たした。翌9日、沖縄県の翁長雄志知事は、記者会見でトランプ氏への祝電を送ることを明らかにした。総理大臣でも外務大臣でもない一つの県の首長が他国の国家元首へ祝電を打つことはおそらく前代未聞であろう。祝電の送付は事務方からの提案ではなく、翁長氏からの指示とのことだ。9月16日、米軍普天間飛行場の移設を巡る訴訟で沖縄県側が敗訴し、沖縄県庁で記者会見する翁長雄志・沖縄県知事 翁長氏は記者会見で、「新しい発想の政治を考えており、沖縄の基地問題にどう対応するか注視したい。(日本政府は)『辺野古が唯一』と、(沖縄県側が)ありとあらゆる手段を駆使して造らせないと、(政府と県が)こう着状態。私どもの意見を聞いていただき、どのように判断するか沖縄側としては期待したい」と述べた。 さらに祝電には、「大統領就任後は、米国と沖縄との関係について話し合う機会をつくっていただきたい」と面談の申し込みも行い、訪米時期はトランプ氏が2017年1月20日に大統領に就任し、関係閣僚が決まる2月ごろとしている。 今後の日本の安全保障政策の成否は、沖縄県石垣島、宮古島への自衛隊の早期増強配備と日米同盟強化にかかっているといっても過言ではない。そのうちのひとつ、日米同盟強化はひとえにトランプ大統領との関係構築にかかっている。 トランプ氏は選挙期間中に在日米軍の撤退も口にしたため、沖縄からの米軍基地の撤去を唱えている勢力にとっては、トランプ大統領の誕生が大きなチャンスと捉えることも出来る。その代表のひとりが翁長氏で、祝電まで送り面談まで申込んだのだ。 仮に安倍総理がトランプ氏と安全保障政策で足並みを揃える事に成功したとしても翁長氏が背後から妨害をする可能性は大きい。よって、日本政府は今後の翁長氏のトランプ氏への対応を把握して適切に処理しすることが重要になってくる。沖縄ではマスコミが主で政治が従 通常、新聞の政治報道というのは政治家の言動を取材してそれを正確に報道するものだ。しかし、沖縄の2紙はそうではない。まず、新聞が(彼らなりの)沖縄の政治のあるべき姿を報道する。 例えば、「世界一危険な航空機オスプレイの配備撤回の声をオール沖縄であげるべきだ」と報道すれば、自民党から共産党まで一体となってオスプレイ配備阻止の運動が湧き起こり、「翁長雄志知事待望論」を唱えれば、不思議なことに自民党の政治家だった翁長氏が革新統一候補として担がれ、県知事選に出馬してくるのである。 その後はシナリオに一致した政治家、県民の声を報道し、そうでない声は報道しない自由を最大限に行使する。これが、沖縄の政治とマスコミの関係だ。マスコミが主で政治が従なのである。よって、今後の翁長氏が辺野古移設阻止に向けてどのようなトランプ対応に動くかは、沖縄2紙の関連記事をチェックすれば概ね把握できるはずである。 沖縄タイムスは、11日「[トランプ氏と日米安保]今こそ辺野古見直しを」というタイトルをつけた社説で、「翁長雄志知事は、トランプ氏との面会を求め来年2月にも訪米する考えを示した。辺野古の新基地建設に反対する沖縄の民意を伝え、米側に計画断念を要請する意向だ。敵意に囲まれた基地は機能しない。日本政府はトランプ氏に対し『辺野古が唯一』との考え方を懸命に吹き込むはずだが、辺野古埋め立て工事を強行すれば激しい反対行動に遭い、沖縄基地全体が不安定化するのは確実である。県はそのような厳しい現実を、あらゆるチャンネルを使って新政権に伝えるべきだ」と訪米してトランプ氏を脅す必要性を説いた。 10日の琉球新報の社説は更に踏み込んでいる。「米大統領にトランプ氏 辺野古新基地断念せよ 知事は直ちに訪米すべきだ」というタイトルで「トランプ氏の辺野古新基地建設への対応は未知数だ。米有力シンクタンクのアジア専門家は「辺野古移設について、トランプは全くの『白紙』状態だ。今後、判断していくことになるだろう」と指摘している。それならば、翁長雄志知事は早期に米国を訪れ、政権交代前、新政権の対沖縄政策が固まる前に、辺野古新基地建設の断念を求めるべきだ」と2月の訪米では遅いと早期訪米の注文を付けた。首相に先手を打たれた焦り首相に先手を打たれた焦り 安倍総理の動きは早かった。10日、午前7時55分から約20分間、ドナルド・トランプ次期米国大統領と電話会談を行い、APECの前にニューヨークで会談を行う方向で調整することを決めると、17日夕(日本時間18日朝)にはトランプ氏とニューヨークで約1時間半にわたり会談した。 当初45分間だった予定が倍の1時間半に延長され、公開された写真でもお互いに和やかな笑顔を見せ、会談が大成功だったことを伺わせている。会談内容は非公開のため詳細は不明だが、殆どのメディアは関係構築に成功したと報道している。 19日、沖縄タイムスは平安名純代・米国特約記者の署名で、安倍・トランプ会談のレポートを掲載し、次の解説で締めくくっている。 「アジア太平洋地域における米軍の重要性を強調しながら日本の責任としての自衛隊配備と米軍との共同訓練などを力説する安倍氏の姿に、トランプ氏は『目指す方向は同じようだ』と笑顔で答えたという。トランプ氏は、日米同盟の重要性を強調し、両国が信頼関係を構築して協力し合うことが双方の国益につながるとの安倍氏の主張に耳を傾け、ペンス氏も『信頼できそうな人物だ』と好感を示していたという。米軍撤退の可能性を指摘したトランプ氏が強硬姿勢を改めるかどうかは今回の会談では判明しなかったが、安倍氏を歓迎して受け入れたことから、今後は両者の間に信頼関係が築かれ、在沖米軍基地の増強や先島の自衛隊配備を巡り協力する可能性も出てきた」 続いて翌20日には、「[安倍首相・トランプ氏会談]県は働き掛けを強めよ」というタイトルの社説を掲載した。 「トランプ政権が正式発足してからの交渉によっては日本の軍事的役割の増加を求めてくる懸念も消えない。そうなれば、沖縄は負担軽減どころか、さらなる負担を押しつけられることになりかねない。(中略)翁長雄志知事は大統領就任後の来年2月に訪米を計画しているが、むしろ政権移行期の今こそ県ワシントン事務所などあらゆるチャンネルを活用して辺野古新基地建設に反対する沖縄の民意と、仮に強行することがあれば日米安保全体がリスクにさらされることをトランプ氏側に正確に伝える必要がある」 続いて、21日の琉球新報では「[安倍トランプ会談]辺野古見直す柔軟性持て」というタイトルで、「翁長雄志知事は来年2月にも訪米し、トランプ氏らとの面談を求め、辺野古新基地断念を訴える考えだが、就任前にこそ、政権要職の布陣にらみ沖縄の実情を理解させる戦略を練り、実践すべきだ」と主張した。 当選直後は琉球新報のみが政権交代前の訪米を主張していたが、安倍総理とトランプ氏の会談後の社説では両者とも就任前の訪米を要求している。おそらく、知事の背後にいる様々な勢力はすでに訪米の前倒しに向けて、国内外で動き出しているのではないだろうか? ちなみに、翁長氏が就任してから沖縄県知事の国外出張の日程調整は、県議会も知事公室の秘書も全く知らないところで組み込まれるようになっている。「島ぐるみ会議」等の民間人が調整してから知事が判断し、慌てて県庁職員が動くしくみになっている。つまり、県庁は知事を背後で操る特定の団体に乗っ取られているのだ。翁長知事の対米外交の真意翁長知事の対米外交の真意 さて、翁長氏は安倍総理と対米外交を競っているかのようだが、現時点では圧倒的に安倍総理に軍配が上がっている。6月23日、国立沖縄戦没者墓苑で献花に向かう安倍晋三首相(左)。右奥は沖縄県の翁長雄志知事 筆者は翁長氏がトランプ大統領に面会できる可能性はほぼゼロだと見ている。何故なら、トランプ氏が国家安全保障問題担当の大統領補佐官への就任を打診したのが、元国防情報局のマイケル・フリン氏だからだ。フリン氏は沖縄の反基地運動の背景に中国共産党などの工作があることは重々承知なはずだ。 では、沖縄の基地問題は手放しで喜ぶことが出来るかというとそうではない。次の大きな火種は仕込まれている。沖縄県に派遣された大阪府警機動隊員の「土人」「シナ人」との発言が沖縄県民全員に対する差別発言だとされている事件である。 この問題で10月28日には沖縄県議会で臨時議会が開催され、社民党、共産党などが中心となって提出された抗議の意見書は賛成多数で可決された。一方、自民党会派はこの問題の本当の目的は沖縄県民と日本国民を分断するためのマッチポンプだと見抜き、機動隊員の発言はエスカレートした抗議活動が招いたものであり、県民に対して向けられたものではなく差別ではないとして現場警察官の負担軽減と十分な休養と心のケアを求める独自の意見書を提出した。 事実、ヒューマンライツ・ナウという国際人権NGOは、9月13日から30日まで開催された第33回国連人権理事会に声明「沖縄県における米軍基地問題に反対する平和的抗議活動に対する抑圧と琉球/沖縄の先住民族の権利の侵害」を提出した。 その中には「琉球/沖縄の人々が先住民族であることを認めた上で、国連先住民族権利宣言26条及び18条に基づき、琉球/沖縄の人々の「伝統的な土地及び天然資源に関する権利」及び「影響を受ける政策に事前に情報を得た上で自由に関与する権利」を保障すること」という勧告も含まれている。要は沖縄県民を国際的に先住民族だと認めさせることで、先住民族の土地と資源に対する特別な権利を利用して合法的に米軍基地を撤去させようという魂胆である。 沖縄県民を先住民族だと認めさせる最も効果的な手段は、翁長氏が国連人権理事会で差別被害を訴えることであるが、それにはプロセスを経る必要がある。「日本政府に訴えても駄目だった」「米国に訴えても駄目だった」というプロセスである。このプロセスを経て、初めて政府から弾圧を受けていると主張することが出来、先住民族が国連に駆け込むことが出来るのだ。 つまり、沖縄2紙は翁長氏の早期訪米を煽っているが、会談を成功させることが目的ではなく、無視されて失敗することが成功だと考えているのだ。つまり、翁長氏の訪米と土人問題のマッチポンプは、国連に差別を訴えるためのセットとなった環境づくりだということである。鶴保大臣を槍玉に挙げる本当の目的参院内閣委の理事懇談会後、取材に応じる鶴保沖縄北方相=10日午前、国会 現在、国会の野党議員は、沖縄が政府から差別を受けているという構図を作るために、鶴保沖縄北方相を槍玉に挙げて騒いでいる。鶴保氏は、8日の参議院内閣委員会で、「人権問題であるかどうかの問題を第三者が一方的に決めつけるのは非常に危険なことだ。言論の自由はどなたにもある」「個人的に『これは差別である』という風には断定はできない」と答弁したことから、沖縄担当大臣にふさわしくないと国会で追及されている。 さらに19日の琉球新報では、佐藤優氏が「うちなー論評」という自らのコラムに「鶴保弾劾闘争宣言、沖縄差別への無自覚露呈」という記事を掲載した。このように機動隊「土人」発言は本来火のないところに火をつけたマッチポンプだが、一過性のものではなく、大阪府や永田町までも飛び火をさせて大きく燃え上がらせようとしている。それは、沖縄を日本から引き離し奪い取るための革命闘争である。 彼らの本当の目的は、沖縄差別を認めさせ謝罪させることでも、鶴保氏を辞任に追い込むことでも辺野古移設を断念させることでもない。差別という言葉を利用して沖縄と日本との対立構図をつくり、亀裂を入れることである。 現在の沖縄問題は単なる基地問題でも安全保障問題ではない。国内外の共産主義勢力及びその関連団体による沖縄分断工作との戦いである。 よって、今後日本政府は、工作の実態と理論を隅々まで把握し整理しトランプ陣営と共有する必要がある。何故なら、そのルーツをたどれば共通の敵である中国共産党に辿り着くからだ。新たな日米同盟には軍事同盟だけではなく、中国の対日工作、対米工作への共同対処も含まれることを願っている。それが、日米離間工作に対する最大の防御であり、中国への最大の攻撃でもあるからだ。

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    トランプ当選で沖縄に漂う微妙な空気

    織田重明 (ジャーナリスト) 「これで普天間問題に劇的な変化が起きてしまうのだろうか。だとすると、喜ぶべきなのかも知れないが、この20年間はいったいなんだったのだろうとも思えてくる」 大方の予想に反する米大統領選挙でのトランプ氏の勝利。その晩に飲んだ沖縄県の幹部はそうぼそりつぶやいた。米大統領選で勝利したトランプ氏(左)と大統領首席補佐官への起用が決まったプリーバス氏=11月9日、米ニューヨーク20年間の迷走 1996年の日米政府によるSACO合意で、米海兵隊が使用する普天間飛行場の代替施設を沖縄本島の東海岸沖に建設するとして以来、20年にわたって迷走が続いてきた普天間問題。2013年12月に当時の仲井真弘多知事が名護市辺野古沖の埋め立てを承認したことで、安倍政権は埋め立ての工事に着手したものの、仲井真氏に代わって沖縄県知事となった翁長雄志氏は埋め立て承認の取り消しに踏み切り、これを不服とする国が県を提訴するなど、普天間問題は沖縄の過剰な基地負担の象徴として、沖縄県民のみならず私たち日本国民の眼前に広がり続けてきた。 ところが、まさかのトランプ氏当選である。 大統領選のキャンペーンの間、トランプ氏は在日米軍の駐留費や米軍の体制をめぐって物議を醸すような発言を繰り返してきたことはよく知られている。 「日本の防衛は続けたいが、公平な支払いが必要だ。日本は自分自身で防衛しないといけないだろう」 「米国は巨額の資金を日本の防衛に費やす余裕はもうない」 日米安保条約では、日本に米国を防衛する義務はなく、日本は安全保障で「フリーライダー(タダ乗り)」となっている、もっと駐留費の負担を増やすべきだとトランプ氏は主張してきた。日本だけでなく韓国やドイツも引き合いに出しながら、負担増に応じなければ、米軍撤退も辞さないというトランプ氏の発言が喝采を受けてきたのは事実だ。翁長知事の期待  「(米軍駐留経費の負担を日本が増やさなければ在日米軍を撤退させるかとの問いに)喜んではいないが、答えはイエスだ」 トランプ氏のこれらの発言は、日本などの各国からより多くの駐留経費(いわゆる思いやり予算)を取りつけるために言っているだけで、本気で米軍の撤退を考えているわけではない、あるいは大統領になれば、もっと現実的な対応を取るようになるとの楽観論もあるが、在日米軍を取り巻く環境に不透明感が高まっていることは否めない。 そうしたなかで、沖縄ではトランプ氏当選に対する、戸惑いとも期待感ともつかぬ微妙な空気が漂っている。トランプ氏の当選確実が明らかになった11月9日午後、翁長知事はトランプ氏への祝電を送ることを明らかにし、普天間の辺野古移設への影響を記者から問われて、こう答えている。 「トランプ氏は破天荒な人だ。基地問題がどういうふうに動くかは分からないが、膠着状態の政治はしないのではないか。できるだけ早く私の考えを伝える」トランプ当選への期待感の裏で 翁長知事は、トランプ氏について触れる前に、大統領選で敗れたクリントン氏については、「今日までの政治を背負っている。ある意味では(当選すれば)今の膠着状態がそのままになると思っていた」と述べており、トランプ政権の誕生で、現行の在日米軍再編計画を決め、日本政府以上の岩盤として沖縄側の要求をはねつけてきたホワイトハウスやペンタゴンが変化することへの期待感を示したものだ。移設反対派の集会で話す沖縄県の翁長雄志知事=8月5日、福岡高裁那覇支部前 翁長知事は12月の訪米を予定しており、その時にトランプ氏との会談を申し入れるつもりだという。これを受けて、翌日11月10日付の地元紙・琉球新報は社説でこう書いている。 「(米国の)政権交代は日本の国土面積の 0.6%に74.46%の米軍専用施設が集中する沖縄にとって現状を変更する好機である。(中略)翁長雄志知事は早期に米国を訪れ、政権交代前、新政権の対沖縄政策が固まる前に、辺野古新基地建設の断念を求めるべきだ」 冒頭の県幹部のつぶやきは、20年にわたって難航を極めてきた普天間問題が大統領の交代によって劇的な変化が起きるかも知れないことへの喜びの反面、沖縄県としての無力感も滲ませたものだ。だが、この県幹部はそう楽観もできないばかりか、懸念材料はたくさんあるという。「海兵隊を4大隊増やす」「海兵隊は撤退を」と書かれた紙を一斉に掲げる参加者 =6月19日、沖縄県那覇市の奥武山陸上競技場 「在沖海兵隊の移転に『待った』がかかったりしないか」 沖縄の基地負担の軽減のために2006年の米軍再編ロードマップでは、1万5000人の在沖海兵隊のうち8000人をグアム移転するとされたが、2012年に計画の見直しがされ、現行の計画では在沖海兵隊9000人を2020年代から順次、グアムやハワイなどに移転するとされている。問題はこの移転にかかる巨額の経費(2012年の価格で総額86億ドル。日本円にして9000億円以上)の支出にトランプが同意するかだ。 これまでのところ、トランプは在沖海兵隊の移転に関しては言及していないようだ。というか、恐らく彼はまだこの計画を知ってもいないだろう。安全保障や外交についての知識はまだかなり浅そうだ。ただ、米軍の増強には熱心な様子である。こんな発言をしたこともある。 「米軍は枯渇している。陸軍兵力を54万人(現在は48万人弱)に増やし、36歩兵大隊の海兵隊を構築し(現在32大隊)、2020年までに350(現在272隻。現行計画では308隻)の海軍軍艦と潜水艦を導入する」海兵隊を4大隊増やす 海兵隊を4大隊増やすという発言が普天間飛行場の辺野古移設や在沖海兵隊の国外移転計画にどう影響するのか。 先月、来日し菅義偉とも会談した、トランプ氏の外交アドバイザーであるマイケル・フリン元米国防情報局長は、与野党の国会議員との会合で、「米国の安保政策は変わらない」と伝える一方で、「むちゃくちゃにはしないが、継続ではなく新しいものをつくりたい」と述べたという。フリン氏は、トランプ政権の国防長官にも名前が挙がっている。 トランプ政権がどんな手を打ってくるのか。沖縄だけでなく、日本全体もその動向に目を離すべきではない。

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    安倍氏とトランプ氏はケミストリーが合うと外交関係者

    ンプ氏と会談した。「就任前の大統領との“首脳会談”は外交上異例だが、受け入れたトランプ氏側もそれだけ日米関係を重視していることを示している。1月には安倍首相が再訪米して一緒にゴルフをする案も調整が進んでいる。外交用語で馬が合うことをケミストリーというが、理詰めではなく直感タイプの2人はやはりケミストリーが合うようだ」(外務省筋)関連記事■ 「シェール革命」の進展で遠心分離機の需要増を見込む注目株■ 米国産シェールガス対日輸出容認 「日本商社奮闘のお陰」説■ オバマ大統領絶賛のクリーンエネルギーは「シェールガス」■ トランプ氏がグローバリズムに歯止め 日本にはプラスか■ 原油価格暴落など、世界市場の乱高下の仕掛け人は誰なのか

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    トランプ大統領は日本経済に不利、憲法改正の動き強まる観測

     大統領選に勝利し、アメリカの新リーダーとなったドナルド・トランプ氏(70才)。今後、私たちに最も大きな影響を与える可能性があるのは安全保障面だろう。 選挙中、トランプ氏は何度も「日米安保条約は不公平だ」と繰り返し、日本が安保条約に「ただ乗り」していると強調して、在日米軍の駐留経費を全額負担しないと「米軍撤退」もあると訴えた。日本から米軍が撤退すれば、中国や北朝鮮などの脅威にこれまで以上にさらされることへの不安の声も上がっている。 元外務相主任分析官で作家の佐藤優さんは、現在沖縄で進行中の基地移転は中止になる可能性があると指摘する。「米軍普天間飛行場の辺野古移設や米軍ヘリパッド建設は地元住民の反対運動が強く、流血事件まで起きています。現実主義のトランプ氏なら、『米軍兵士の居心地が悪い基地なら必要ない』とスパッと中止するかもしれません」 産経新聞ワシントン駐在客員特派員の古森義久さんは、全面的な撤退は現実的ではないと言う。「トランプ氏は日米同盟堅持を公言しており、米軍全面撤退はありえない。実は日本は『思いやり予算』など、在日米軍の駐留費を年間5000億円以上負担しており、トランプ氏にその事実を説明する必要がある。 一方で、日米同盟はいざという時に米国が一方的に日本を守るが、日本には同様の義務がない、世界でもめずらしい片務的な同盟です。 今後は米国民の不満の高まりとともに、同盟国として公平な軍事的負担を担うため、足かせとなっている憲法9条を改正する動きがトランプ旋風を機に国内でさらに強まるかもしれません」 佐藤さんが指摘する意外な恩恵は北方領土問題だ。「この問題のネックの一つは、日本の施政が及ぶ領域では米軍が活動できることです。ロシアは米軍の動きを警戒しているので、今後トランプ氏が日本固有の問題として領土問題への干渉をやめ、北方領土が米軍の活動地域外となれば、日露間で返還交渉が一気に進む期待があります」 経済面では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)の問題が深刻だ。日本は与党が今国会での関連法案成立を目指しているが、トランプ氏は「大統領の就任初日に離脱する」と断言してきた。外国の輸入攻勢から米国産業を守ることが目的だ。 安倍首相はそれでもTPPに前向きな姿勢を崩していないが、早稲田大学大学院教授の浦田秀次郎さんは「米国脱退でTPPは崩壊する」と言う。「TPPは米国が離脱すれば、発効できない仕組みです。TPPが消滅すれば、アベノミクスが思い描く成長戦略は実現が難しくなる。本来なら外国産の食料品や製品が安くなって消費者が潤うはずでしたが、TPPの崩壊で消費が伸びなくなり、日本の景気に悪影響が出るはずです」 トランプ氏が掲げる“内向き”の経済政策により、一層円高に向かう可能性がある。「輸出産業への依存が大きい日本経済にはマイナス。輸出品が売れなくなりやがて雇用や給料にも影響が出るでしょう」(浦田さん)関連記事■ 『SAPIO』人気連載・業田良家氏4コマ「米軍撤退」■ 大前研一氏 「トランプ大統領なら横田空域の返還求めよ」■ トモダチ作戦の見返りはおもいやり予算1880億円×5年■ 中国でトランプ氏支持者急増!? 現地ファンクラブ管理人を直撃■ 【ジョーク】米国防長官がシリア攻撃計画に関し説明した内容

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    「トランプ当選」で日本の防衛の行方を論じないマスコミ

    井本省吾(元日本経済新聞編集委員) 前回、「トランプ・ショック」を「革命的な変化」と書いた日本経済新聞を大げさだと批判するブログを書いた。だが、当選決定前の雰囲気を思うと、日経の反応もやむを得なかったと、ちょっと同情している。私自身、トランプが当選する可能性は小さいと思っていたという反省もある。 それを改めて感じたのは「WiLL」12月号で中西輝政・京都大学名誉教授が坂元一哉・大阪大学教授との対談「『ヒラリー幻想』を戒める」で語った言葉だった。選挙直前の対談だが、当時の雰囲気がよくわかる。<今や、よほどのハッピー・ルーザー(負け好きの人)でない限り、いやでもクリントンに賭けるでしょう。……とりわけ(選挙の)終盤になって、「トランプが大統領になったら、、アメリカは大惨事になる」と金切り声で叫んでいるアメリカのメディアにしてみれば、「Anybody but Trump(トランプ以外なら誰でもいい)」なんでしょうけれど。>  中西氏や坂元氏もトランプ当選は「まさか」だったのである。それには米国のメディアの雰囲気が大きく影響している。  米国のマスコミはどういう状態なのか。同誌はジャーナリストの高山正之氏と政治評論家の加藤清隆氏の対談「鼻つまみ者と嫌われ者の戦いだよ」を載せているが、その中で両氏が語っている。<加藤 これまで中立だった「USAトゥディ」はトランプに投票するなとまで言い切っています。1996年のビル・クリントンの2期目の大統領選の時、私はホワイトハウスの取材担当をしていたのですが、アメリカのジャーナリストの8割から9割は民主党支持でした。それはいまも変わっていない。><高山 いまやメディアに共和党支持者は皆無だよ。「ウォールストリート・ジャーナル」も「ワシントンポスト」も、ヒラリーを選ぼうと書いている。……異常なまでのトランプ叩きは、アメリカの新聞が瀕死の状態であることの証左です。トランプが勝てばアメリカ・ジャーナリズムの敗北にほかならない。そんなのを無反省に見習って追随している日本のジャーナリズムは大バカだよ。>  まさに日経ほか日本の大手メディアは自分では十分取材せずに、米国メディアに追随していたのだった。 さて、トランプ大統領になって、日本の防衛はどうなるのか。トランプ氏は選挙戦時には「日本が防衛費を出さなければ、日本を守らない。日本から撤退する」「自分で核武装でもして自分で守れ」と言っていた。米ホワイトハウスの大統領執務室で、バラク・オバマ大統領との会談の間に、マスコミと話をする次期大統領のドナルド・トランプ氏 これに対して、見方はいろいろだが、全体的には「アメリカの財政赤字は増え続けているのでいずれ在日米軍は撤退の方向に向かわざるを得ません」(加藤氏)という意見が強い。 そこで中西氏は「防衛は、アメリカを頼ってばかりでは最後の保障がないので……いくらお金がかかっても日本自身で自前の防衛力を備えなければなりません」と発言。坂元氏は「そのご意見には百%賛成で、そうなってこそ、日米同盟はますます頼りがいのあるものになると思います」と応じている。 加藤氏は「現在の防衛費は5兆円を突破しましたが、米軍が撤退すれば通常兵器でもその5倍かかると試算されています。……今回の大統領選の最大の関心事はそれだと思うんですが、国会で誰も議論しようとしない。……核の話を持ち出すこと自体、タブーになっている。> 5倍かかるかどうかについては異論もあるが、基本的には同感である。産経新聞など一部を除くと、そのことを新聞、テレビなど大手メディアが全く無視していることが危うい。それだけ現実の状況取材に踏み込んでいない。何度も書いてきたことだが、そこが問題なのである。(「鎌倉橋残日録 ~井本省吾のOB記者日誌~」より2016年11月17日分を転載)

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    嫌われ者同士の大接戦となった米大統領選 米国民の複雑感情

     投票日前日の支持率は、ヒラリー・クリントン(69才)が45%、ドナルド・トランプ(70才)が41%。まれに見る「大接戦」になったアメリカ大統領選。 とはいえ、どうしてそんなに接戦になったのか、ピンとこない日本人も多いだろう。ある調査によると、「日本人が選ぶ米大統領」はヒラリーが9割、トランプはたったの1割だったという。 「ヒラリーは史上初の女性大統領候補だから、女性人気があるのでは?」というのは大きな勘違い。これほどまでに選挙がもつれてしまった理由は、簡単にいえば、どちらも“超”のつく「嫌われ者」だからだ。 「暴言王でセクハラ王のトランプ」が嫌われるのはわかるけど、なぜヒラリーが? 「アメリカ人の間では“エリート人種”、特に首都ワシントンでずっと政治家をやってきた人たちのイメージがすこぶる悪いんです。汚職にまみれ、利権ばかりを追求し、隙あらば国民の自由と権利を奪おうとする悪者…というのが全米の共通認識。だから、だいたいのアメリカ人はヒラリーのことを好きじゃない」(在米ジャーナリスト) エリート弁護士出身で、国務長官(日本でいう外務大臣)や上院議員を歴任し、夫のビル・クリントンが大統領の時には「最強のファースト・レディー」。長年、政界の中枢近くにいた彼女は、アメリカ国民の目には「悪の権化」のように映っているらしい。11月8日の米大統領選挙を控え、ゴムマスク製造販売会社ではヒラリー、トランプ両候補のマスク製作がピークを迎えている=さいたま市大宮区の「オガワスタジオ」 それは過去の大統領たちの経歴を見れば一目瞭然だ。カーター大統領は元ジョージア州知事で、レーガンも元カリフォルニア州知事。ジョージ・ブッシュも、ビル・クリントンもみんな州知事出身。「中央政界の腐敗」と関わっていないと思われたからこそ、大統領になれたのだ。例外は元上院議員のオバマだが、彼は新人議員だった。 そして、「ヒラリー嫌い」の票は、もう1人の嫌われ者・トランプに流れた。「メキシコ人は強姦魔」「イスラム教徒をアメリカ入国禁止にすべき」などの暴言やセクハラ騒動に「なぜこんな人が大統領候補に?」と首を傾げた人も多いのでは。 「トランプが“過激発言”をすればするほどテレビは視聴率が取れたんです。だからメディアはこぞってトランプのニュースを流し、インタビューや公開討論を組んだ。結果、メディアはトランプ一色。いくらヒール(悪役)でも、あれだけテレビに出れば人気も出ます。あとは、それだけ“ヒラリー嫌い”が根強い証拠です」(前出・ジャーナリスト) 選挙戦最終盤まで、支持率でトランプはヒラリーを上まわらなかったが、「それでもトランプが勝つ」という意見は多かった。その理由も、彼が“嫌われすぎていたから”だ。「『隠れトランプ信者』がかなりいると見られていました。“トランプ支持と言ったらバカだと思われる”“もしかして会社をクビになるかも”という理由で公言できず、こっそりトランプを支持していた人たちです。それもあってますます選挙の行方が不透明になった」(前出・ジャーナリスト) ある意味で“究極の嫌われ者”同士の選挙戦になったというわけだ。そんな嫌われ者の新大統領で、アメリカはホントに大丈夫なの?※女性セブン2016年11月24日号■ 三田寛子 中村芝翫を支える貫禄の「あくび姿」■ 長期欠席の愛子さま 「お疲れ」レベルは他の中学生と別次元■ 酒井法子を直撃 「45歳のビキニ写真集」の第2弾は?■ トランプ・米大統領誕生なら日本はついに戦争に駆り出される■ トランプ氏取材した落合信彦氏「会話する価値なかった」

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    トランプ大統領誕生と英国・EU離脱の共通点

    中泉拓也(関東学院大学 経済学部教授) 英国のEU離脱(ブレキジットBrexit)投票もまさか離脱が採択されるとは思いませんでしたが、トランプ大統領の誕生はまた更に予想を外しました。さすがにここまで外すと、ショックを通り越してかえって冷静に頭が働いてきます。そこで分析をし、その原因を考えてみました。1.トランプ候補者に投票した人々 トランプ候補に投票した層として、メディアでよく指摘されているのは、白人男性、中でも低学歴の方です。ペンシルバニア州やミネソタ州など、かつて米国の製造業の中心地でこれまで民主党への支持が堅固だった地域でトランプ候補が多数を獲得し、大統領就任を決定づけました。その意味でも白人男性のトランプ大統領への投票の影響が強かったといえます。 また、CNNやニューヨークタイムズには、投票者の属性調査が掲載されていますが、それによるとやや意外な結果として、白人女性もやはりトランプ候補への投票者が多いことが示されています。トランプ候補には様々な女性スキャンダルが取りざたされましたが、それが強い逆風とはなっていなかったわけです。 更に、アフリカ系の人々の1割にも満たない投票率に対して、メキシコ国境に壁を作るとまで言われたヒスパニック系の3割もが、トランプ候補に投票しています。これは、現在米国に滞在するヒスパニック系にしてみれば、新たに移民が増えて自分の生活が脅かされるより、移民を制限した方が自分たちにとって有利と考えたのかもしれないと言われています。6月7日、トランプ氏の選挙運動に参加した長女イバンカさんとジャレッド・クシュナー氏の夫妻(左)2.トランプ候補者への投票者とEU離脱に投票した人々の共通点 以上が、今回の大統領選挙に特徴的な点です。そして、実はEU離脱に投票した人々と共通の属性があるのです。そもそもEU離脱とトランプ候補支持は、ともに反グローバルという共通項があり、投票者にも共通項があって不思議ではありません。本稿ではその共通項に注目したいとおもいます。 それは年齢構成です。なんと共に45歳未満の有権者では、ヒラリークリントンやEU残留への投票者が過半数なのに対して、45歳以上ではEU離脱とトランプ候補へ投票がともに過半数となるのです。投票者は国も違う全く別の人々なのですが、年齢はともに45歳で別れるのです。(米国大統領選はCNN、英国の国民投票にはLord Ashcroft Pollsのデータより著者作成) CNNとBBCも詳細なグラフを示していますが、そこでも18歳から44歳までと45歳以上で反対、賛成が入れ替わっていることわかります。3.トランプ候補者への投票の理由 EU離脱やトランプ候補への指示について、よく言われているのは、反グローバル主義や、経済格差の広がりへの反発です。国際貿易の進展によって、米国や英国の製造業は何十年もの間打撃を被ってきました。それに対してノーを突きつけたというのが説明です。実際、EU離脱はEUという大きな経済圏からの離脱を意味しますし、トランプ候補もメキシコ国境に壁を作ると言った、保護主義的な演説を多く行なっています。 しかしながら、こういった説明は、年齢別の違いの説明としては不十分ではないでしょうか。というのは、むしろこれから働こうとする若い人は、グローバル化による強い競争にさらされます。それに対して、反対した高齢の人々は、これから年金をもらおう、既にもらっている人たちですから、若い人に比べて、移民との競争や海外への工場移転による雇用の減少のインパクトはむしろ弱まります。 逆に、グローバル化がもたらす富が年金や社会保障の財源になりますから、EU離脱や保護主義で、社会保障の悪化や年金の減額のリスクが増加すると考えられます。実際、トランプ候補はオバマ大統領が導入した貧困層向けの医療保険(オバマケア)の見直しに言及していて、これからまさに医療保険を必要としている低所得層の高齢者に打撃を与える格好になっています。 こうみると、一般に言われている反グローバル主義が理由だとすると、この表の年齢は逆になっても不思議ではありません。では、どういうことが考えられるのでしょうか。 インターネットが普及してすでに20年、インターネットを使いこなし、世界中の人々とリアルタイムに交信することが当たり前の世代には反グローバルという言葉は非常に奇異に感じるのではないでしょうか。グローバル化や世界の一体化というものは、そもそも受け入れるという以前に、既に当然のものになっていると思います。 AIやドローン、iPS細胞や自動車の自動運転といった革新的な技術の実用化や普及さえ間近になった現在、保護主義といった言葉があまりにもレトロな方法に映るのではないでしょうか。そういった若い世代にとっては、保護主義や反グローバリズムは、仮にそれで恩恵があっても賛同し難いと思います。 それに対して、そういった急激な変化を望まない世代が、その流れに反対を投じたのではないでしょうか。ヒラリークリントン候補や英国のキャメロン元首相が明るい未来を説けば説くほど、そういった流れについていけない人々にとっては、むしろ恐怖が増長されてしまったのかもしれません。 当然、過去における強い英米時代の成功体験、ノスタルジー、高齢化による所得格差の拡大... 可能性は色々考えられるでしょう。しかしながら、単なる反グローバルや保護主義、エスタブリッシュに対する反抗だけではないのではと思います。4.再チャレンジの機会を そもそも、現代の市場経済は、機会の平等を厳格に保障するのが理念です。反面、結果の平等を追求しすぎると社会主義になってしまうので、どうしても格差が出来てしまいます。そういった結果の差は、年をとるとともに拡大するのも必然です。そして、成功できなかった年配の層が社会に対して不満を持つというのも十分納得できます。そういう意味で、これは、アメリカやイギリスの話だけでなく、現代の社会全体に発生しうる問題だと考えられるでしょう。 この対策として、人生のスタートラインを何度も設けるのは有効だと思います。再チャレンジで機会の平等をより年齢が高くても保障しようとする訳です。拙稿、高齢化社会へのヒント「どうせなら、楽しく生きよう」でも述べましたが、東大経済学部教授の柳川範之先生が提唱されている40歳定年制は、こういった点でも一つの対策となるのではと思います。【参考記事】■経済学部教員コラム vol.83 2016.09.12経済学科 中泉拓也「柳瀬さんと小網代との出会い」http://keizai.kanto-gakuin.ac.jp/column/column-2161/■経済学部教員コラム vol.47 2014.09.15経済学科 中泉 拓也「藤野さん講演会」http://keizai.kanto-gakuin.ac.jp/column/column-1188/■オリバー・ハート教授のノーベル経済学賞受賞によせて(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)http://sharescafe.net/49768172-20161014.html■1票の価値は百万円?(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)http://sharescafe.net/48990722-20160702.html■高齢化社会へのヒント「どうせなら、楽しく生きよう」(中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授)http://sharescafe.net/47759756-20160208.html中泉拓也 関東学院大学 経済学部教授