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    埼玉新聞「ネトウヨ表記」削除の深層

    埼玉県秩父市が予定していた韓国の姉妹都市、江陵市との職員派遣に抗議が殺到し、中止が決まった。地元紙、埼玉新聞のネット記事では、抗議の主が「ネット右翼とみられる人々」とあったが、その後削除した。深層に迫るべく、声優の小西寛子が突撃取材してみると、意外な事実が発覚した。

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    埼玉新聞に突撃取材「韓国との交流事業中止はネトウヨのせい?」

    小西寛子(声優、シンガーソングライター) 埼玉県秩父市が12月から実施予定だった同市の姉妹都市である韓国・江陵(カンヌン)市との職員相互派遣事業について、市役所に抗議が殺到し、久喜邦康市長が中止を決めたという、11月28日配信の埼玉新聞のネット記事が目に留まった。 秩父市と江陵市は昭和58年に姉妹都市になり、職員派遣による交流は35年間続いている。秩父市は今年10月、一層の友好関係の発展につなげる目的で「姉妹都市間の職員相互派遣に関する協定書」を締結。職員研修の一環として毎年相互に職員1人を半年間派遣し、行政の実務研修を受けさせる計画だった。 秩父市としては韓国人観光客の誘致を狙うインバウンド事業を推進するために観光課海外戦略担当職員を12月初旬に派遣し、一方の江陵市からも12月下旬から来年1月にかけて職員の受け入れを予定していたらしい。 このニュース自体は特に気になるものではなかったが、私がやや違和感を覚えたのは記事中のある表現だった。 記事によれば、秩父市が今月5日に職員派遣を発表した後、同市にはインターネット上で右翼的な発言をする「ネット右翼」とみられる人々から、「江陵に慰安婦像があるのを知っているのか」「秩父は好きだったけど、秩父には絶対に行かない」などといった抗議のメールや電話が約50件以上寄せられたという。江陵オリンピックパーク近くの鏡浦湖のほとりにたたずむ慰安婦像=2018年2月14日、韓国・江陵(桑村朋撮影) この記事の下りで、特に気になったのが「インターネット上で右翼的な発言をする『ネット右翼』とみられる人々」という表現である。 記事の流れからみると、市役所の広報担当や同事業の担当者が取材に答えたようにも見える。もし、これが行政側の発言であったとしたら、いささか問題ではないだろうか。つい先日も、埼玉県鴻巣市のショッピングモールで開催予定だった自衛隊関連のイベントが「市民団体」の抗議で中止になったという報道があったばかりである。しかも、秩父市と同じ埼玉県内で起きた問題だった。 このときは抗議の主が「市民団体」や「市民」という表現が使われていたが、今回のケースは「ネット右翼」。しかも、この「ネット右翼」という言葉は、一般的に侮蔑的な意味合いで使われることが多い形容表現である。秩父市の職員派遣中止は本当にネット右翼による抗議が原因だったのか。どうしても真相が気になった筆者は直接、秩父市役所など関係各所に取材をしてみた。ネット右翼は新聞社の判断? 11月28日午後、秩父市役所に電話取材を申し入れ、秘書広報課を通じて以下の2点を問い合わせたところ、人事課長から下記のような回答が得られた。質問① 本件の記事について経緯を知りたいのですが、どのような流れで職員相互派遣の中止を発表されたのでしょうか。 「12月定例市議会の開会初日に、市長自らが「職員の派遣を中止した」と言及し、明らかになりました。それを受けて、地元紙である埼玉新聞記者が秘書広報課に取材に来られ、記事になったということです」質問② 記事中にあった「ネット右翼」という表現について、市がそういう表現を使って発表した事実はあるのか。 「そういう表現を市側が使ったのかどうか、ということですよね? (その前に)まず、今回の件に関しては多少誤解もあるようなんですが、江陵市との姉妹都市協定は、既に昭和58年からやってます。今年は35周年という節目でもあり、6月には江陵市の市長さんがこちら(秩父市)に来られ、その際両市長が相互派遣をやろうと合意したんです。こちらとしては市長からの指示を受け、相互派遣の事務を進めていました。 埼玉県内の自治体でも珍しい事業であり、11月5日に地元記者クラブに投げ込みの資料提供を行いました。その後、19日くらいから市のホームページ内のメールサイトを通じて、相当数の苦情が寄せられたことは事実です。 その内容は言葉に出せない誹謗中傷のようなものもありました。ちょっと大げさかもしれませんが、両市を行き来する職員に身の危険があるとか、不快な思いをする可能性は拭いきれないということから、市長が急遽中止という判断を下しました。 当然ながら、私どもから「ネット右翼」などの表現を使って説明した事実はありません。正直、こちらも驚いております。そういった状況を踏まえて再度、秘書広報課につなぎますので(そちらでも)ご確認ください」 再度、人事課長から秘書広報課につないでもらうと「担当課長が申し上げた通り、こちらでも一切そういった表現は使っていません」との回答を得た。 であるならば、記事中の「ネット右翼」という表現は、新聞社が独自の判断で使ったのだろうか。 双方から事情を聞きたいと思い、筆者の事務所を通じて同じように埼玉新聞報道部を名乗る関係者に電話で取材した。自分の名前は最後まで名乗らなかったが、この人物によれば、「まあ、その…舌足らずというか。当該部分は慌てて削除したんですけど、ちょっとネットに出てしまって…」というような状況だったらしい。 はっきり言って、この説明だけではどうにも腑に落ちない。関係者個人の見解ではなく、より正確な事実を知るために、改めて書面で埼玉新聞社に取材を申し入れた。その後、埼玉新聞からは30日午後になって、筆者の事務所宛てに下記の回答メールが届いた。質問及び回答内容は下記の通りである。質問①   秩父市役所広報課及び人事課担当者によると、「ネット右翼などの表現を用いて発表していない。埼玉新聞が勝手に書いた」とのことだが、なぜ「ネット右翼」という表現を使ったのか。 「記事作成段階で、当該表現を使用してしまいましたが、最終的には社の判断で削除しました。紙面制作工程上で削除された表現が、ネット用の原稿配信ミスでネット記事のみに残ってしまいましたが、同29日に記事を修正いたしました」質問②   「ネット右翼」について、どうお考えか。 「社としての見解はございません」 埼玉新聞社総務部からの回答は大ざっぱに言えば以上である。回答の通り、確かに当該記事は「ネット右翼」の部分が削除、訂正されている。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) 原稿の配信ミスとはいえ、この記事を読んだ多くのネットユーザーは、あたかも「ネット右翼」による抗議が原因で、秩父市の職員派遣が中止になったと思ったに違いない。もっと言えば、取材記者や埼玉新聞に印象操作の意図は本当になかったのか。筆者の取材の限りでは、それは明らかにならなかったが、新聞が公共メディアである以上、明確な裏付けもないままに「ネット右翼、ネトウヨ」などと安易に用いるべきではないと思う。 いずれにせよ、秩父市の職員派遣中止は、筆者の出身地(同県川越市)とも関係するネタであり、特に気になる記事だったことには変わりない。■姑息な言論テロ『竹田恒泰チャンネル』停止祭りの内幕■「ネトウヨ夏のBAN祭り」ヘイト裁きをグーグルに訴える意味■【長谷川幸洋独占手記】異論を封じる東京新聞と私は断固闘う

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    日韓関係はこの先どうあるべきか

    を命じた。先の新日鉄住金への賠償命令もしかり、日韓慰安婦合意に基づく財団の解散もしかり。このところ、日韓関係をめぐる両国の動きはマイナス思考ばかりである。さて、どうしたものか。(写真は共同)

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    「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 現在、日韓関係の険悪さは、既にデフォルト(規定事項)である。文在寅(ムン・ジェイン)大統領の登場以降、近時だけでも日韓慰安婦合意の「骨抜き」の動きや、新日鉄住金(旧新日本製鉄)の戦時労働者訴訟に係る韓国大法院判決に表れたように、日韓関係にはネガティブな材料だけが次々と積み重なっている。 ゆえに、今後、どのような悪しき材料が日韓関係に絡んで噴出したとしても、それは、もはや大仰に反応するに値しない。それは、現下に零下30度に達している日韓関係の「温度」を、零下40度や零下50度に下げるほどの意味しかないのであろう。近々、韓国大法院が三菱重工の戦時労働者訴訟に絡んで下す判決は、新日鉄住金訴訟と同じ類いのものになるとされているけれども、それもまた、厳寒期に入った日韓関係の「温度」低下を示す材料でしかない。 目下、米中両国を軸にした「第2次冷戦」が始まろうとしているという観測は、既に国際政治観察に際しての「共通認識」になっている。 10月上旬、米国のマイク・ペンス副大統領がワシントンのハドソン研究所で披露した対中政策包括演説の意義は、それが米国政治の「異形の存在」としてのドナルド・トランプ大統領ではなく、彼よりは米国政治の「主流」や「体制派」の立場に近いペンス氏の口から発せられたことにある。ペンス氏の「ハドソン」演説は、現下の米国における最大公約数的な対中認識を反映したものであるといえる。 そうであるならば、日韓関係もまた、米中「第2次冷戦」の相の下に語られなければならない。米中「第2次冷戦」の局面では、東南アジア・南シナ海と並んで朝鮮半島・東シナ海が、その「激突の場」になるというのは、あえて語るまでもない。2018年11月、APEC首脳会議に出席したペンス米副大統領(奥)と習近平・中国国家主席(ロイター=共同) 1980年代末期までの「第1次冷戦」局面では、韓国が日米両国にとって「こちら側」にあるのは、自明であったけれども、「第2次冷戦」局面ではどうなのか。「第1次冷戦」局面でも「第2次冷戦」局面でも、日本が対韓関係に寄せる国益の本質は、「韓国は、中露両国や北朝鮮のような大陸勢力に対する『防波堤』の役割に徹する気があるか」ということでしかない。 それは、米国の極東戦略の必要に合致するものでもある。 ちなみに、シンガポールのリー・シェンロン首相は、11月中旬、パプアニューギニア・ポートモレスビーで行われたアジア太平洋経済協力会議(APEC)に先立つ東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国会合閉幕直後、次のように語った。切迫性なき文氏の対外姿勢 「東南アジア諸国は、そういう事態にはすぐにならないことを望むけれども、米中確執が深まっていけば、米中のいずれかを選ばなければならなくなる」 シンガポール単独としてならばともかくとして、東南アジア諸国が総体として、米中両国のいずれかを選ぶようなことができるのかは、定かではない。ただし、そこには、米中確執の狭間に置かれかねないシンガポールや他の東南アジア諸国の現状を前にして、リー氏が抱いた切迫意識が浮かび上がる。 翻(ひるがえ)って、文氏の対外姿勢からは、リー氏が抱いているような切迫性を嗅ぎ取るのは難しい。そうした文氏における切迫意識の欠如こそが、彼の対日「尊大・軽視」姿勢にも反映されているのであろう。 日本経済新聞(電子版、11月22日配信)は、韓国大法院判決に対する米国の反応を報じた記事の中で、「米政府では最近、韓国による南北協力の傾斜に警戒感が高まっていた。韓国が米国と十分な相談もなく、南北境界線の上空を飛行禁止区域に設定したことには米が不満を伝えている。きしみつつあった米韓協調に新たな火種が加わった格好だ」と伝えている。 この記事は、対日関係を顧みない文氏の姿勢が米韓関係の軋(きし)みも増幅しているという認識が米国政府部内に広がっていることを示唆している。文氏は、そうした米国政府部内の懸念の意味を適宜、理解しているであろうか。前に触れた文氏における切迫意識の欠如は、そのことを指してのものである。 そもそも、1980年代末期以降、韓国が享受した「民主主義体制」「経済発展」「『安全保障は米国、経済は中国』を趣旨とする外交の自在性」の3点セットは、過去30年の「冷戦間期」の国際環境の所産であった。韓国の対日姿勢は、それがポジティブなものであれネガティブなものであれ、そうした3点セットを反映したものであった。2018年10月、韓国・済州島で行われた国際観艦式で掲揚された李舜臣将軍を象徴する旗。手前は韓国の文在寅大統領(聯合=共同) しかし、「冷戦間期」が終わり、この韓国繁栄の3点セットを支えた条件が揺らぎつつある今、韓国は近時には際立っている対日「尊大・軽視」姿勢を含めて、従来の対外姿勢を続けていられるのであろうか。文氏の対外姿勢には、「冷戦間期」の惰性が強く反映されているのではないか。 今後、日本の対韓姿勢を語るに際しては、こうした韓国の対外姿勢の観察や評価が全てに優先される。韓国の対日姿勢の一々に正面から反応するのは、当節、もはや大して意味のないことであろう。

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    漂流する日韓関係 「ニッポン軽視」文在寅が抱えた政治リスク

    よる徴用工判決や、慰安婦問題における「和解・癒やし財団」の解散など、相次いで韓国から報じられる動きに日韓関係は大きく揺らいでいるが、その背景には一体何があるのだろうか。 こうした韓国の動きについて、「文在寅(ムン・ジェイン)左派政権が日本への攻勢を強めているのだ」という議論がある。これは、韓国では大統領が裁判所に対しても強い影響力を有しているという理解に基づいており、文在寅政権による組織的な動きの結果だとされている。 とはいえ、このような見方はいささか単純に過ぎる。例えば、10月30日に出された元徴用工らに対する最高裁の判決は、6年以上も前の2012年5月、同じ最高裁が下級審の判決を差し戻し、再び上告されてきたものである。 どこの国においても、最高裁が自ら差し戻し、下級審がその最高裁の差し戻し判決の趣旨に従って出し直した判決を、最高裁がもう一度覆すことは考えにくい。事実、今回の判決の趣旨は基本的に2012年の差し戻し判決に沿ったもので、その論旨が新しいわけではない。 そもそも、この判決に対し、1965年の日韓請求権協定によって個人的請求権が消滅した、とする少数意見を出した2人の判事のうち1人は、文在寅が自らの大統領就任後最初に最高裁判事に任命した人物だ。逆に保守政権であった李明博(イ・ミョンバク)や朴槿恵(パク・クネ)が任命した判事は、1人を除いて、判決を支持している。 文在寅に近い左派が「反日判決」を支持し、これに対抗する右派がこれに反対する、というほど韓国の状況は単純なものではない。当然、文在寅政権が意図的に「反日政策」を仕掛けているなら、こんな状況になるはずがない。APEC首脳会議の関連会合に臨む安倍首相(左)と韓国の文在寅大統領=2018年11月17日、パプアニューギニア(代表撮影・共同) 重要なことは、徴用工判決から慰安婦関係の財団解散に至るまでの過程は、日本において考えられているほど韓国で注目されているわけではないということだ。 実際、韓国内の雰囲気は「どうして日本はこの判決でこんなに怒っているのだ」という声が多く聞かれる状況である。これはよく誤解されているが、今日の韓国では日本に対する政策のあり方で、大統領の支持率が上下することはほとんどない。韓国で何が起こっているのか 今年1月の慰安婦合意にかかわる見直しの発表時も、徴用工裁判の時も、また慰安婦関係の財団解散の際にも、文在寅の支持率はほとんど動いていない。盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権期や李明博政権期のように、領土問題などの対日政策のあり方で大統領の支持率が大きく上下する状況は、今の韓国には存在しない。 そしてそのことは、文在寅をはじめとする韓国の今日の政治家にとって、対日強硬政策を取り関係を悪化させることで得られる利益がほとんどないことを意味している。 文在寅政権の支持率の推移をみれば、徴用工判決のインパクトがほとんどないのに対して、税金引き下げの影響の方がはるかに大きいことが分かる。 要するに、文在寅政権が一連の事態を意図的に仕掛けているわけではないことは、彼ら自身の対応からも明らかだ。そもそも徴用工判決が出て1カ月近く経つが、文在寅自らこの問題について公の場で一切触れていない。 これは文在寅政権がこの事態への対処の方向を決めかねていることを示している。とはいえ、それはそれで不思議なことだ。なぜなら、先に述べたような事情から、徴用工裁判においては、いったん判決が出ればその内容が日韓関係に大きな打撃を与えるであろうことは容易に予想できたからである。徴用工裁判前後の文在寅支持率推移(出典:Realmeter) 慰安婦関連の財団の解散も同様だ。仮に徴用工判決への対処として何らかの政治的妥協を日本との間で模索するなら、先に締結した慰安婦合意を無にするかのような行動を行うのはマイナスにしかならない。 加えて11月5日には、韓国外交部はわざわざ「慰安婦合意には法的効力がない」という公式解釈まで示している。先に結んだ国際的合意の法的効力を一方的に否定する相手と、歴史認識にかかわる重要な合意を新たに結ぶことは難しい。これだけ見ると韓国政府はわざわざ日本との妥協の道を閉ざしているようにしか見えない。 結局、韓国では何が起こっているのか。その答えは彼らには確固たる対日政策がなく、政権内での十分な調整もされていない、ということである。韓国「日本は重要じゃない」 北朝鮮との協議に総力を注ぎ、そのためのワシントンの動きに一喜一憂する今の韓国政府にとって、日本はさして重要な存在には映っていない。だからこそ大統領も国務総理も、また外相も、今後の日韓関係をどうするのかについて具体的なアイデアを有していない。 そして、それは彼らが重視する北朝鮮問題との関連についてすらそうである。韓国政府は現在の北朝鮮を巡る動きにおいて、日本に特段の役割を求めておらず、だからこそ、いかなる具体的な提案をも伝えてこない。 彼らが日本に当面望んでいるのは、日本が彼らの北朝鮮政策の邪魔をしないことであり、それは日本が何もしてくれなければそれでよいことを意味している。 韓国側が自衛艦に旭日旗の掲揚自粛を求めた問題が勃発した直後、文在寅が年内の訪日を早々に断念して見せたように、今の韓国は日本をさほど重視しておらず、大統領もそのリスクを取ろうとはしない。だからこそ、事態は司法部や行政部の各部署がばらばらに動くことにより、ますます悪化する。 旭日旗問題にせよ、慰安婦問題にせよ、徴用工問題にせよ、例えば教科書の記述に見られるように、韓国では「国の建前として」、日本に対して批判的な意見が主流である。ゆえに、誰かが日韓関係を考慮して統制しなければ、悪化させる方向へとしか動かない。 そして、それは「政権が世論を配慮して行っている」というようなものですらない。誰もが何も考えずに状況に流された結果として、次から次へと新しい既成事実が作り上げられ、そのことに後から気づいた韓国政府は事後的な対処に追われることになる。韓国の文在寅大統領(右)と抱擁する北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長=2018年4月27日、板門店の韓国側施設「平和の家」(韓国共同写真記者団撮影) しかしながら、そこにグランドデザイン(長期的な計画)はなく、現れる施策は弥縫(びほう)的なものになる。日本の重要性が低下した状況の中、動きは遅く、誰も事態の責任を取ろうとはしない。 このため、ますます文在寅の訪日は遅れ、日韓関係は悪化していくことになる。仮に事態が政権の統制により動いているなら、政権を動かしさえすれば関係は改善するだろう。しかし、問題は事態を誰も統制しておらず、統制するための真剣な努力もなされていないことである。しばらくは韓国の対日政策は漂流を続けることになりそうである。(敬称略)

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    朝鮮半島の戦時労働が「人権問題に化ける」韓国のカラクリ

    西岡力(麗澤大学客員教授、モラロジー研究所教授) 韓国裁判所で現在係争中の朝鮮人政治労働者に関する裁判は、10月末の新日鉄住金確定判決裁判を含めて15件あり、被告企業は合計71社以上、原告は合計945人だ。1人あたり1億ウォンとすると945億ウォン(約100億円)となる。15件のうち7割を占める11件は、3社を相手にしたもの。すなわち三菱重工5件、新日鉄住金3件、不二越3件だ。 3社は日本に支援組織があり、まず日本で裁判が起こされて敗訴し、その後日本の支援組織の援助を受け、韓国で裁判が起こされたという共通の特徴がある。新日鉄住金裁判支援組織は「日本製鉄元徴用工裁判を支援する会」だ。今回勝訴した原告らが日本の裁判で敗訴したとき、韓国で訴訟をするように励まし、支援したと伝えられている。 三菱重工裁判の支援組織は少なくとも2つある(長崎に三つ目があるという情報があるが未確認)。1つ目が元工員を支援する「三菱広島元徴用工被爆者裁判を支援する会」で1995年に広島地裁に提訴した時から支援を継続している。2つ目が元女子挺身隊を支援する「名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟を支援する会」で、やはり99年に名古屋地裁に提訴したときから支援している。 不二越裁判の支援組織は「第二次不二越強制連行・強制労働訴訟を支援する北陸連絡会」で、1992年に富山地裁に裁判を起こしたときから活動している。92年提訴の1次訴訟は、2000年7月に最高裁で和解が成立して、原告3人、元同僚5人、「太平洋戦争犠牲者遺族会」に合計3千数百万円の解決金が支払われている。その後、日本で2次訴訟を起こし、韓国でも訴訟を提起した。 これらの支援組織は左派系労組や学者、宗教人などが主体で現在に至るまで毎年、当該企業の株主総会に出席し、年に数回、企業を抗議訪問している。元徴用工訴訟の判決を言い渡すため韓国最高裁の法廷に入る裁判官ら= 2018年10月 30日 (ロイター)   この3社を相手にする裁判に先駆けて91年12月、日本政府を相手にした「アジア太平洋犠牲者訴訟」が東京地裁に提起される。高木健一弁護士らが支援し、元慰安婦も原告として参加したため大きく報じられた。2004年に最高裁で敗訴したが、こちらは日本政府が被告だった関係で韓国での裁判は提起されていない。韓国の「日本統治不法論」 3社を相手にする11件以外の4件のうち日立造船を1人の原告が訴えたもの以外の3件は、62人(当初は252人だったが62人以外は取り下げとみなされた)、667人、88人という多数の原告がそれぞれ3社、70社、18社をまとめて訴えているところに特徴がある。 2015年に最高裁が新日鉄住金の先行裁判に対して原告敗訴の高裁判決を棄却して高裁に差し戻す判決を下した後、勝訴の可能性を見た韓国内の弁護士や運動家の勧めで多数の原告が慌てて起こしたという印象がある。なお、三菱重工はこの3件全部でも被告とされ、新日鉄住金は2件で被告になっている。したがって、三菱重工は合計8件、新日鉄住金は合計5件の裁判で訴えられていることになる。 3社以外に提訴されているのは以下の67社だ。飛島建設、麻生セメント、安藤ハザマ、石原産業、岩田地崎建設、宇部興産、王子製紙、大林組、角一化成、鹿島、クボタ、熊谷組、小林工業、佐藤工業、三光汽船、山陽特殊製鋼、昭和電気鋳鋼、清水建設、品川リフラクトリーズ、住友化学、住友金属鉱山、住石ホールディングス、常磐興産、菅原建設、大成建設、ダイセル、ダイゾー、太平洋興発、デンカ、東邦亜鉛、東芝、新潟造船、西松建設、日産化学、日産自動車、ニッチツ、日鉄鉱業、日本通運、日本曹達、日本冶金工業、日本郵船、日油、野上、函館どつく、パナソニック、日立造船、広野組、フジタ、古河機械金属、北海道炭砿汽船、松本組、三井金属、三井松島産業、三井E&S造船、三菱ケミカル、三菱倉庫、三菱電機、三菱マテリアル、三宅組、森永製菓、山口合同ガス、ラサ工業、りんかい日産建設、DOWAホールディングス、IHI、JXTGエネルギー、TSUCHIYA なお、私たち歴史認識問題研究会の調査で、韓国政府が273社を強制動員を行った現存企業と認定していることが判明した。 この273社には上記3社と67社が含まれる。したがって、全体の構造は90年代から日本の組織の支援の下で訴えられていた3社、2012年の韓国最高裁差し戻し判決後、駆け込み的に訴えられた67社、今回の不当判決により今後訴えられる危険性が大きくなった203社ということになる。韓国人元徴用工訴訟 判決が言い渡される前に韓国最高裁前で集会を開く原告側の支援者ら。新日鉄住金(旧新日本製鉄)の上告を棄却、賠償を命じる判決が決定した=2018年10月30日、ソウル(共同) 私は、現在の状況はそれほど有利ではないと見ている。なぜなら、最高裁判決は1965年の協定とその後の韓国内で2回にわたって行われた個別補償等について詳細に事実関係を記述した上で、「朝鮮半島に対する不法な植民支配および侵略戦争の遂行と直結した反人道的な不法行為に対する慰謝料」という理屈を持ち出して論理を構成しているからだ。 その論理の土台には日本の統治が当初から不法だったという奇怪な観念がある(以下「日本統治不法論」と呼ぶ)。当時、朝鮮は大日本帝国領であり朝鮮人は日本国籍者だった。だから、彼らを日本国が戦争遂行のために軍需産業で賃労働させることは合法的な活動であり、それ自体が慰謝料を請求されるような不法活動ではない。ところが、「日本統治不法論」により、待遇も悪くなかった賃労働が「反人道的な不法行為」に化けてしまったのである。村山談話につながった運動 見逃せないのは、その論理も日本の学者運動家が提供していることだ。1984年の全斗煥大統領(チョン・ドゥファン)訪日のときに日本の朝鮮統治を不法とする国会決議を求める運動が歴史学者の和田春樹氏や作家、大江健三郎氏らによって始まり、それが後の村山談話につながった。運動のピークは2010年の菅直人談話だった。そのとき、和田氏らは日韓知識人1000人が署名する声明を公表して、菅談話に統治不法論を盛り込ませようと画策した。 菅談話にはそれが入らなかったが、その2年後、韓国最高裁が下級審ではまったく触れられなかったその論理を突然持ち出して、日本企業勝訴の高裁判決を差し戻す逆転判決を下した。これが今回の不当判決に引き継がれた。 この論理にかかると、戦時労働者問題が「人権問題」に化けてしまう。そうなれば、国際社会で「日本はナチスの収容所での奴隷労働と同じような奴隷労働を多くの韓国人男女に強要しながら、被害者の意向を無視して韓国保守政権に幾ばくかのカネを支払って、責任逃れをしている」とする誹謗中傷が広がってしまう恐れがある。 外務省は世界に向けて判決の不当性を広報するという。しかし、その内容が1965年の日韓請求権協定など日韓の戦後処理に限定されるなら、広報は失敗する危険がある。なぜなら、裁判を企画、支援してきた日韓の反日運動家、学者、弁護士らは「日本が戦時に朝鮮人労働者を強制連行して奴隷労働させた」「ナチスの強制収容所と同種の人道に対する罪を犯した」という事実無根の誹謗中傷を繰り返してきたからだ。 公娼制度下で貧困の結果、兵士を相手する売春業に従事した女性たちを「性奴隷」だとして日本の名誉を傷つけた人たちが、総体的に好待遇の賃労働に就いていた朝鮮人労働者を「奴隷労働者」として宣伝しようとしているのである。すでに10月30日付のニューヨーク・タイムズが、韓国人の原告は「slave laborers(奴隷労働者)」だったと書いている。日韓首脳会談 会談前に握手を交わす盧武鉉・韓国大統領(右)と小泉純一郎首相 ※ともに当時= 2003年6月7日、東京・元赤坂の迎賓館(代表撮影) 韓国は盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権下で対日歴史戦争を宣言し、巨額の資金を投じて財団を作り、統治時代の調査研究を蓄積している。今では国立博物館まで建設し、動員被害を内外に広報している。 日本は今こそ官民が協力して統治時代の真実を証明する史料と証言を集め、実証的な調査研究を行い、若手研究者を育て、国際広報を行う「歴史認識問題研究財団」(仮称)を早急に作るべきだ。新日鉄住金や三菱重工などもぜひ、資金と社内資料の提供で協力してほしい。それなしには事態は悪化する一方だと強く警告したい。

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    BTS「原爆Tシャツ」に通底するもの

    韓国の7人組男性音楽グループ「BTS(防弾少年団)」の原爆Tシャツ騒動が物議を醸した。紆余曲折を経て、所属事務所は謝罪したが、日本国内でも受け止め方は世代によってまちまちである。この問題を通して見えたものとは。(写真は共同)

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    徴用工判決に広がる波紋

    償を命じた判決について、政府は国際社会に正しく事実を伝える必要があるとして、英語版の資料を作成した。日韓関係に再び亀裂を生んだ徴用工判決。広がる波紋の内幕を読む。(写真は共同)

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    徴用工判決と日韓の正義、いつまで「歴史戦」を続けるのか

    5年6月の日韓国交正常化の基礎となった日韓請求権協定を実質的に無効とするものであることは間違いなく、日韓関係に少なからぬ影響を及ぼすことが予想された。筆者は今後、日韓関係がどこへ向かうのか、特に韓国は日韓関係をどのような方向に持って行くつもりなのか、という不安を抱かずにはいられない。 筆者は、この判決には同意できなかったし、こうした判決が出ることが日韓関係にもたらす悪影響を憂慮していた。しかし、他方で、こうした判決が全く間違った判決だとも思わない。むろん、判決の前提を受け入れることはできないが、ある前提を受け入れさえすれば、こうした判決が出てくることは十分理解し得たからだ。 ただ、判決内容の是非を論じる前に、まず明確にしておかなければならないのは、これは司法の判断であって、韓国政府の最終判断ではないということである。一部には、韓国政府がこの判決を積極的に支持していることを前提にした報道がなされているが、これは事実とは異なる。韓国政府は、この司法判断を受けてどう対応したらいいのか、依然として悩んでいるというのが正直なところではないか。この判決に対する日本の「過剰反応」を批判しながらも、この判決を尊重すると言うだけでそれ以外沈黙を守っているのは、その証左である。 現時点での韓国政府の立場は、徴用工に関する補償問題は1965年の日韓請求権協定によって「完全かつ最終的に解決」しているというものであり、司法の判断とは異なる。もちろん、今後、韓国政府が既存の立場を変えることで、この司法判断がそのまま韓国政府の立場になってしまう可能性を排除することはできない。特に、日韓両政府が現在のように非難合戦をエスカレートしていくと、「売り言葉に買い言葉」で、そうなってしまう危険性は高まる。 翻って考えると、今回の判決は、既に2012年5月にある意味では決まっていたと考えられる。韓国政府が1965年の日韓請求権協定の範囲外に置いた慰安婦問題をめぐって、その範囲内とみなす日本政府との解釈の違いにもかかわらず、それを放置して日本との交渉に乗り出さないのは憲法違反だとした、2011年8月の韓国憲法裁判所の判断があった。その司法判断とある意味では競争するかのように出てきたのが、2012年5月の韓国大法院の小法廷判決であった。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) この小法廷判決は、徴用工である原告の請求を棄却して賠償を認めないとした下級審判決を破棄差し戻ししたものである。この判決は当時の韓国の学界においても、従来の通説を覆す「画期的判決」と受け止められた。換言すれば、当時の韓国社会でも、この判決は「意外」なものであった。この判決の政治的責任を第一次的に負うべきなのは、韓国政府の過去の外交政策を否定することで、その選択を極度に制約してしまうような、こうした判決を「許容」した、当時の李明博(イ・ミョンバク)政権にあったと見るべきだろう。それだけ、当時の李明博政権は極度のレームダック状態にあった。 筆者がこの小法廷判決に驚いたのは、その結論というよりも、その論理であった。それは、今回の大法廷判決においてもその多数意見がそれに従うように、ある意味では「韓国社会ウケ」するものであり、韓国社会の中でそれに抗することが難しい論理を展開したからであった。約束より上位にある「正義」 本来であれば、日韓両政府が1965年に合意し、さらに、2005年盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権の時にも韓国政府が今一度確認したように、徴用工問題は日韓請求権協定の範囲内の問題であり、それによって文字通り「完全かつ最終的に解決」されたはずのものであった。しかし、小法廷判決は、それを覆す論理を日韓の歴史観の乖離(かいり)に求めたのである。 1910年の韓国併合条約は合法であり、それが45年の日本の敗戦によって無効になったと解釈する日本政府に対して、韓国政府はこの条約はそもそも強制された違法なものであり、したがって植民地支配自体は「不法占拠(強占)」に過ぎなかったという立場であった。そうした歴史観の違いを乗り越えて、日韓両政府は日韓請求権協定に妥協し国交を正常化したのである。 しかし、小法廷判決は、こうした妥協がそもそも日本の植民地支配自体を不法と見るべき韓国の「正しい歴史観」からは受け入れ難いものであり、したがって、そうした前提に立つ政府間の妥協は、韓国国民の個人の請求権を消滅させるものではないという論理を展開した。つまり、小法廷は徴用工の個人請求権が消滅していないことの理由を「韓国の正しい歴史観と日本の間違った歴史観」に求めたわけである。 1987年の民主化以降、韓国の憲法裁判所を含めた司法は、政治的に微妙な問題に対しても積極的に関与した。首都移転に違憲判決を出して白紙撤回させたように、政府や国会の決定を真っ向から否定してしまう司法積極主義の立場を採用してきた。しかし、そうした歴史観の違い、特に韓国だけではなく対日外交が関わる問題を、司法が一刀両断に正義、不正義で論じるべきことではないように思う。 司法消極主義に立脚する日本の最高裁であれば、それは「政府の統治行為に属する問題であり、司法判断は控える」という「統治行為論」を持ち出していたと考えるが、この小法廷判決は、司法判断に国家間の歴史観の違いを持ち出し、しかもその正義、不正義までも判断したのである。その点で、司法積極主義を飛び越えた、外交に対する司法の介入とさえ言えるだろう。 ところが、日本との間で存在する歴史問題に関して、常に被害者としての正義という価値観に基づいて考えることが共有される韓国社会から見ると、こうした前提は受け入れやすい。いや、むしろ受け入れなければならない論理である。日本企業に賠償を命じるとした韓国徴用工訴訟判決を受け、支援者らから拍手を送られる原告の李春植さん(手前中央)=2018年10月30日、ソウルの韓国最高裁前(共同) 過去の日本との「約束」は基本的に守らなければならないかもしれないが、そうした「約束」よりももっと上位の「正義」という価値があり、日本の植民地支配を不法とする韓国の「正義」に基づけば、政府間の協定によって個人請求権を消滅させるという「約束」よりも、韓国の「正義」に基づいて個人請求権を認めなければならないという理屈である。 しかし、この徴用工問題は、こうした歴史観の違いにまでさかのぼって判決を下すべき問題だったのか。しかも、徴用工の人権救済の担い手は、日本企業ではなく韓国政府であるべきではないのか。おそらく、こうした認識は韓国社会でも相当程度共有されていると考える。にもかかわらず、小法廷判決がこうした日韓の歴史観の違いという問題を判決理由に持ち込んだために、大法廷判決もその前提となった「韓国の歴史観」という「正義」を否定することはできず、小法廷判決とは異なる判決を下すことは困難であったと見るべきであろう。韓国の対日強硬力学 今回の大法廷判決に対して、韓国では与党=進歩(リベラル)、野党=保守という政治的立場を超えて歓迎したように、対日政策、特に対日歴史問題に関しては与野党の違いはない。一方で、歴史観の違いは保守と進歩の重要な対立軸の一つである。 1948年の大韓民国の成立以後の歴史を誇らしいものとして肯定的に評価する保守勢力に対して、進歩勢力は1987年以前の独裁時代を批判し、それ以後の民主化時代だけを肯定的に評価する。このように、相当に乖離した歴史観を持つ。しかし、この両者の間には、対日歴史問題に関しては相互に強硬な立場を競争するような政治力学が働くのである。 その背後には、保守勢力の歴史的ルーツが「親日」(日本の植民地支配の時代に植民地権力と協力したという意味)であると進歩勢力が批判的に見るのに対して、保守勢力は、そうした批判を免れるためにも、対日歴史問題に関してはより一層強硬な姿勢を示さなければならないと考えるからである。そうした「悪循環」が、韓国政治、さらには韓国社会における対日歴史問題をめぐる強硬化力学として作用する。 しかも、日本との関係は、1980年代までのような、非対称(日本と韓国とは国力や価値観が異なる)で相互に補完的な関係(日韓が相互に自らのために相手との協力が不可欠である意味)から、1990年代以後、対称で相互に競争的な関係へと大きく変容している。それが、韓国の対日強硬化力学を弱めるどころか、却(かえ)って強める帰結を後押ししている。 韓国から見ると、1965年の日韓国交正常化は日本に対して韓国が弱小国であった時代の産物であり、韓国が日本と対等に近い関係になった今こそ、それを是正するべきだという主張である。それに対して、日本社会の側は、以前は反共のための協力という名分に起因した韓国に対する「寛大」さがあったが、日韓の差が縮まってくると、いつまでも韓国に譲歩してばかりはいられないと、韓国の対日強硬姿勢に反発する感受性をますます高める状況にある。韓国政府主催の慰安婦記念日の式典に出席し、元慰安婦の女性にあいさつする文在寅大統領(中央)=2018年8月14日、韓国・天安(聯合=共同) このように考えると、特に歴史問題をめぐる日韓関係は時間の経過によって希釈されるようなものではなく、時間の経過とともに日韓双方から拡大再生産されていくという意味で、出口が見えないと、悲観論に傾斜することになる。こうした日韓の歴史に根ざした韓国社会の力学を、日本の政策によって一朝一夕に変えるということはほとんど不可能に近い。さらに、日韓は隣国として「引っ越し」ができない関係であり、朝鮮半島が日本の安全保障にとって重要であるという地政学的関係はかなりコンスタント(常に一定した)な条件である。 したがって、こうした社会力学を持つ韓国社会を与件として、そうした韓国といかに付き合うことで、日本にとって有利な安全保障環境を確保するのかを日本としては考えなければならない。韓国が日本にとって重要でも何でもなく、付き合わなくてもよいという関係であれば、そうすればいいだけだが、そういうわけにはいかないのである。これは、韓国にも同じことが言えるだろう。日韓関係に与える影響 韓国にとって望ましい日本、過去の歴史を心底反省して懺悔(ざんげ)する日本を期待するのかもしれないが、韓国の期待水準ほど日本が変わることは難しいだろう。しかし、韓国にとって日本は1948年以降の歴史が証明してきたように、依然として重要な存在である。したがって、そうした日本を前提としつつも、韓国にとって日本が重要な点で協力してくれるように、いかに付き合うのかを考えるしかないだろう。 この判決が日韓関係に及ぼす影響は、非常に重大なものである。韓国の司法も、また政府も、それを意識していなかったということではない。にもかかわらず、前述したような国内の力学のために、それを回避することが難しかったわけである。 本判決の論理を貫徹させると、植民地支配自体が不法なので、それに起因するあらゆる行為が不法行為として損害賠償の対象にもなりかねない。その時代を経験した生存者が減りつつあるとはいえ、その数は計り知れない。矢継ぎ早にこのような訴訟が提起され続けると相当に混乱した状況になってしまう。おそらく、そうした混乱は、韓国社会が「正義の貫徹」を主張することによって得られる「利益」以上の重大な損害を韓国社会にもたらすことになってしまうだろう。 さらに、これは日朝関係にも甚大な影響を及ぼすことが予想される。2002年の日朝平壌宣言によって、北朝鮮は日本の植民地支配に起因する補償の問題を、1965年の日韓国交正常化と同じような経済協力方式で行うことを確認している。しかし、その当事者である韓国の姿勢がそれとは異なるということになると、北朝鮮の対応や日朝関係にも影響を及ぼさざるを得ない。 文在寅(ムン・ジェイン)政権は朝鮮半島の平和体制の一環として、日朝国交正常化を日本政府に対して求めている。核問題や拉致問題の解決が条件となることは言うまでもないが、それがたとえ順調に行ったとしても、経済協力方式であれば日朝間の妥協は相対的に容易であったと考えられるが、本判決が主張するような植民地支配の不法行為に基づく損害賠償を個人にも広く認めるということになると、日朝国交正常化交渉も相当な困難が予想される。 日本政府としても、もちろん「売られた喧嘩(けんか)は買う」という姿勢で対応することもあり得るだろう。取りあえずは、請求権協定の仲裁制度の利用や、国際司法裁判所への提訴という可能性も取り沙汰されている。それは、以前も何度も繰り返されてきた、歴史問題をめぐる日韓「消耗戦」の様相を呈することになるだろう。日本にとっても韓国にとっても、それほど成果のある「戦い」になるのかは疑問である。韓国最高裁の判決について報じる10月31日付の韓国主要各紙=2018年10月31日(共同) 日本政府の強硬姿勢が韓国では連日のように報道されるたびに、本判決を危惧していた一部の韓国マスコミも、これを日韓の「歴史戦」「外交戦」として位置付けるようになっている。そうなると、マスコミや世論も韓国政府に対して、日本との間で安易に妥協することへの批判が高まる。これは、慰安婦問題をめぐる日韓関係で既に実証済みのことである。韓国政府に、本判決を尊重しつつ対日関係を悪化させないための、どのような知恵や妙案があるのか不透明感が残ることは確かだ。 韓国政府が主導して徴用工問題を解決するための財団を創設し、そこに日本政府や企業の協力を呼びかけるという「慰安婦方式」程度のアイデアしか出てこないようにも思う。しかし、「慰安婦方式」は慰安婦問題の解決に失敗したと韓国政府も自認するところである。勝ち負けの論理を超えて もちろん、その失敗原因は当事者に何の事前の相談もなく行ったからであり、今回はそれを十分に行うということは考えられる。しかし、それが解決策になり得るのかどうか、韓国国内においても、また日韓関係においても不透明である。にもかかわらず、現在は本判決に対する韓国政府の姿勢を粘り強く待つべき時であると考える。それへの対応は、その結果が出てからでも遅くはない。 にもかかわらず、日本でも強硬論が出てくること、特に政府与党において強硬論が突出することは、ただでさえ選択の幅が狭い韓国政府の対応をより一層狭くしてしまうことになると考えられる。しかも、その選択は、日本政府が期待するような日韓関係を重視する方の選択ではなく、本判決の貫徹を支持する韓国の一部強硬的な世論を重視する方の選択である。これは、日本にとっても賢明な選択ではないだろう。 日韓関係を「歴史戦」「外交戦」という勝ち負けの論理ではなく、この危機に伴うリスクをいかに管理するのかという「共同リスク管理」という発想で対応するべきではないか。そう主張するべき理由は明確である。日韓が置かれた現状は、短期的に見ても中長期的に見てもこうした「戦い」に没頭する余裕などないからである。 短期的な課題とは北朝鮮の非核化プロジェクトである。これは米中が協力しない限りは実現できないが、米中をそのように動かせられるのかは、北朝鮮の選択がもちろん重要だが、それ以外には日韓の協力が必須である。さらに中長期的には、中国の大国化に伴う米中関係の変容の中で、その一員である日韓がどのように発言力を確保し存在感を維持できるのかという問題である。 この課題を日韓は共有しているが、課題への取り組み方が現状では一致しているとは言い難い。果たして、そのままで日韓ともにこの死活的な課題にうまく取り組むことができるのか。何よりも、こうした課題は日韓の間に存在する歴史問題をめぐる対立よりも、生存に関わるという点で重要である。この点は、日韓ともに共有してもらわないと困る。会談前に文在寅大統領と握手する安倍首相=2018年9月25日、ニューヨーク(共同) 歴史問題に起因する相互の不信感に便乗して、お互いに信頼して協力などできないと放棄するのか、それともそうした現実を受け入れて、それでも相互の共通点を探りながら協力し得ることは協力して行くのか、そうした選択の岐路に立たされている。

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    徴用工「衝撃の判決」に文在寅の意向はどこまで働いたか

    応酬、日本が問題を外交的な紛争に追い込もうとするとして「遺憾」の意を表明した。 ただ、不思議なことに日韓関係の根幹を揺るがしかねない今回の事態について、文在寅(ムン・ジェイン)大統領は一言も触れていない。 そもそも、この問題に一番熱心だったのは文在寅氏だ。文氏は、法務法人「釜山」に弁護士として在籍していた2000年頃から徴用工問題にかかわった。三菱重工業広島機械製作所の労働者として強制的に徴用されたとする6人の代理人の一人として訴状、準備書面、証拠資料を集め裁判所に提出した。 この裁判は、1審、2審とも原告側の請求は棄却されたが、2012年5月、韓国大法院は「損害賠償請求権は消滅されていない」として原審判決を破棄、釜山高等裁判所に再審理を命じた。その後、釜山高等裁判所が三菱重工業に損害賠償を命じる判決を出したのは2013年7月、三菱重工業はこれを不服として上告し現在大法院に係留中だ。 大統領就任100日記者会見で文氏は、徴用工問題について次のように述べている。「両国間で合意(65年の日韓請求権協定を指すものとみられる)があったとしても強制徴用者個人が三菱をはじめとする日本の会社に対して有する民事的な権利(請求権)はそのまま残っているというのが韓国法院の判断だ。政府はそのような立場で過去史問題に臨んでいる」(2017年8月17日の記者会見)。 文氏は大統領就任前に、徴用工問題の訴訟を起こした張本人なのだ。大統領就任後もこの問題を追及し続け、司法判断にガイドラインを提示したといってもよかろう。 文政権発足後、韓国では政府の各部署に積弊清算(それまでに蓄積されてきた様々な弊害を一掃する)を目的とする作業部会がつくられ、過去の政府の「過ち」をあぶり出している。 市民団体から選ばれた活動家や左寄りの性向を鮮明にする文氏を支持する知識人らが主軸となる作業部会は、政府各部署に対する調査に当たっている。機密文書までひっくり返し「ミス」を発見しては責任者を断罪する調査はいまだに続く。司法部も例外ではない。 大法院で徴用工判決が出る直前に韓国検察は当該裁判を遅延させるため「裁判取引」を企てたとして朴槿恵(パク・クネ)政権時代の法院行政処や大法院などに対する捜査を行ったのもその一環だった。ソウル中央地裁に連行された韓国の朴槿恵前大統領(左)=2017年10月(聯合=共同) 朴槿恵政権下に裁判所は外交摩擦を懸念し、徴用工裁判を故意に遅延させ、その「代価」として、外交部に裁判官の海外派遣枠を増やしてもらおうとしたとして、検察が法院行政処長の逮捕に踏み切ったのは10月27日。韓国大法院が新日鉄住金に対し元徴用工への損害賠償を命じる判決を出したのは30日だ。 今回の裁判を担当したのは文政権発足後の2017年9月に大法院院長に任命された金命洙(キム・ミョンス)氏だ。金氏は、進歩左派傾向の強い判事の集まりとして知られる「ウリ(わが)法研究会」の会長を歴任し、文氏と同じ人権問題に取り組んできた法曹人として知られ、文氏が抜擢(ばってき)した人物だ。韓国にとってもマイナス 徴用工判決が下されるまでの一連の過程を見ると裁判に文氏が直接介入はしていないとしても、司法部が大統領の考えに影響されなかったとは言い難い。韓国の司法部が三権分立の原則を守れるほどの勇気があったかは疑問だ。 判決は、二つ深刻な問題をはらんでいる。まず、韓国大法院が日本の企業に賠償金支払いを命じたのは、韓国人労働者を強制に動員したことは植民地統治時代の「不法行為」に当たり、ゆえに個人の請求権は消滅していないという論理だ。 言い換えれば、植民地時代に不法行為に相当するものと判断されれば訴訟を起こし、勝訴する可能性が高いということだ。これから、徴用工に限らず、日本語の使用を強制されたのは不法行為だとして損害賠償を起こすことさえ可能かもしれない。 次に、日本植民地統治時代の「不法行為」に対する裁判は、韓国司法管轄の問題であると「確認」されてしまったことだ。例えるなら、フランス植民地統治を受けたアフリカの某国が、植民地時代のフランスの植民地統治時代の不法行為を裁くことが可能になったのと同じだ。 つまり、韓国大法院の判決はパンドラの箱を開けたといってもよい。法律を専門とするソウル大教授によると「今回の判決は、日帝強占時代(日本植民地時代)に行われたすべての不法行為に対し損害賠償請求訴訟を始められるという宣言だ」。 このような動きに対し日本政府は「韓国において国際法違反の状態が生じている」(11月7日、菅義偉官房長官)と懸念を表明、判決を断固受け入れるつもりはないという姿勢だが、今の文政権は、日本が納得できるだけの答えを出さないのではないか。 理由は主に二つある。まず、判決は、一部市民団体の情緒や左派寄りの政治理念を優先した判断だったとみるべきであり、文氏の政治性向、従来の日本植民地時代の歴史認識にも合致するものだからだ。 もう一つは、文政権の外交政策に通じる判断でもあるからだ。北朝鮮問題にすべてを賭ける文政権は、日本と連携を組んでいるとの印象を北朝鮮に与えたくない。政権発足後、韓国外相は中国に対し「3つをしない約束」(中国政府の主張)をしたとされる。 それは「日米韓関係を軍事同盟にはしない。アメリカのミサイル防衛システムには加入しない。高高度ミサイル防衛システム(THAAD)を追加配置しない」というものだ。北朝鮮に配慮しての措置といえる。昼食会で韓国の文在寅大統領(左)から贈り物を受け取り笑顔を見せる金正恩委員長=2018年9月(平壌写真共同取材団) 今回の徴用工判決で日韓関係がギクシャクし、この問題が原因で日韓が協力しなくなれば、喜ぶのは北朝鮮だ。このような判断は決して韓国の国益にはならない。 最近、日本のソフトバンクや日産などグローバル企業112社は、韓国の釜山とソウルで「日本就職博覧会」を開催し日本で働きたいと思う韓国の若者の募集に力を入れている。将来、このような日本企業の決断が裏目に出ないことを祈りたい。

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    徴用工判決「国交断絶」は韓国に言わせるのが筋である

    」と会見で発言している。 これらが韓国政府の「正式な見解」である。さらに、任大統領秘書室長は「今後、日韓関係をそのまま維持すべきかどうか、検討している」と答弁している。「維持」などしてもらう必要はない。「検討」の上、日韓関係を破棄して、断交するなり断絶するなりしてもらいたいものだ。 日本から断交・断絶せよという声も国内にあるが、日本のような法治国家が韓国の稚拙な言動に対し、断交・断絶で報いるというのは国際社会に対し恥ずかしい。むしろ、韓国側にそれを言わせるべきだ。 韓国は1965年の日韓基本条約の国交正常化交渉が間違った不当な交渉だったと主張している。そうであるならば、韓国は正式に「日韓基本条約を破棄する」と言えばよい。それで、かつての国交正常化は白紙撤回となり、晴れて国交断絶となる。われわれの側から言うべき筋合いのものではない。 文在寅政権は革命政権である。今回の徴用工裁判判決をはじめ、彼らのやっていることは韓国版「文化大革命」である。合法的に当選し、政権を運営しているところは、1930年代のヒトラー政権にも似ている。韓国の文在寅大統領=2018年11月、済州島(聯合=共同) 例えば、文大統領支持者がセウォル号のマーク(2014年のセウォル号沈没事故犠牲者をしのぶマーク)を保守派勢力の家や店に貼る事件があった。朴槿恵(パク・クネ)前政権はセウォル号沈没の対応に失敗し、国民の支持を失った。そのため、セウォル号のマークは保守派を攻撃するために使われる。セウォル号のマークを貼る行為は、ナチスの突撃隊がユダヤ人の家や店に「ダヴィデの星」のマークを付けて襲撃した「水晶の夜」をほうふつとさせる。 また、朴前大統領の秘書室長であった金淇春(キム・ギチュン)氏が8月6日に仮釈放されたときには、左派団体のデモ隊が彼に一斉に、「恥を知れ!」などと罵声を浴びせた。金淇春氏は車に乗り込んだが、左派団体は車を取り囲み、興奮した者が車を蹴り上げ、モノを投げつけ、ついにフロントガラスを割った。 周囲に100人を超える警察官がいたが、警察官は左派団体の暴力・暴行を遠巻きに眺めるだけで、取り締まらなかった。今や文大統領を支持する左派勢力は文政権の「紅衛兵」みたいなものだ。もし、警察が彼らに手出しをして傷付けようものならば、警察も無事ではいられない。見てみぬフリをするしかない。文在寅の恐怖政治 文政権ににらまれているのは、政界関係者だけではない。崔順実(チェ・スンシル)ゲート事件で、汚職疑惑を追求されている財閥企業重役たちがいる。彼らは李明博(イ・ミョンバク)政権・朴槿恵政権の2代に渡り、保守政権を支えてきた。たたけばいくらでもホコリは出る。彼らを生かすも殺すも、現在の当局次第だ。 10月5日には、収賄罪などで李明博元大統領に懲役15年の実刑判決が出た。これは財界に対する脅しである。財閥企業はこぞって、文政権にスリ寄っている。そして、財閥をスポンサーとしているテレビ局もまた、財閥を忖度(そんたく)して文政権を持ち上げる一方で、保守派をおとしめる情報操作に余念がない。 このように、文大統領のあの温和な顔からはなかなか想像できないが、彼は恐怖政治によって徹底的に反対勢力を締め上げて、従北・左派の革命政権の基盤を築き上げようとしている。今回の徴用工裁判判決も、革命へ邁進(まいしん)する文政権にとっては「当然の使命」の一つなのだ。 文大統領は今までとまったく違う新しい革命政権を打ち出すために、過去を完全否定する。朴正熙政権が残した1965年の日韓基本条約のような「負のレガシー」は、真っ先に否定すべきものなのだ。国際法を順守しようとするわれわれの常識は彼らに通用しない。 徴用工裁判の判決が出る3日前の10月27日、韓国大法院(最高裁)付属機関、法院行政庁の林鍾憲(イム・ジョンホン)前次長が逮捕された。朴前政権の意向を受けて、徴用工裁判の判決を先送りした容疑を掛けられている。朴政権は判決が出ることで、日韓関係が悪化することを懸念していたのだ。 そして、11月6日、このことを裏付ける当時の対外秘文書「将来シナリオ縮約」が公開された。この文書は前述の金淇春大統領秘書室長(当時)が、裁判を遅延させ、消滅時効(3年)を過ぎさせるよう、司法に圧力をかけたという内容のものである。 今回、この文書の公開は決定打として利用された。元徴用工に対する日本の賠償責任を「認める者は善」、「認めない者は悪」という図式が見事に作り出され、韓国国民もこの図式にまんまと乗せられて、まともな判断ができなくなっている。文政権が用意周到に、徴用工裁判の判決を打ち出す計画を練っていたことがよくわかる。韓国・釜山の日本総領事館付近で、徴用工像をめぐり警官隊ともみ合う労働団体メンバーら=2018年5月(共同) 現在、検察は当時の大法院長(最高裁長官)らの関与についても捜査を進めており、新たな逮捕者が出る可能性もある。 文政権は「積弊」という言葉を使っている。これは「保守政権時代に積み重なった弊害」を意味している。「積弊」を清算するという大義名分の下、保守派や反対勢力を葬り去ろうという革命が進行中なのだ。今回の徴用工裁判判決は革命という歴史の大転換において現れた「現象の一コマ」にすぎない。 この左派革命の流れは最終的に、北朝鮮主導の赤化統一へと行き着く。それは、われわれにとって「荒唐無稽」なことであるが、彼らにとっては「遠大で偉大な目標」なのである。実際に、それへと向かう布石が今、一つ一つ着実に打たれている。

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    韓国「独島統一旗」にモノ申す

    日本人の活躍に沸く平昌五輪だが、競技場内外では竹島(韓国名・独島)が描かれた「統一旗」がはためいたことも話題になった。実際の縮尺より、はるかに大きい竹島が描かれていたようだが、韓国側の政治的主張を平和の祭典に利用した行為は断じて許されるものではない。iRONNAが「竹島の日」にモノ申す。

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    日韓ガチンコ勝負、竹島問題「へそ曲がり」のススメ

    り通っている。 そのような中で、新書で簡単に入手して読める名古屋大の池内敏教授の『竹島-もうひとつの日韓関係史』(中公新書)を勧めたい。この本は文献に基づき、また多角的な資料分析を行って、日本政府と韓国政府の公式見解の問題点を摘出している。 例えば、江戸時代から竹島は日本領だったのか。池内氏の著書によると、徳川幕府は「竹島(現在の鬱陵島)」と「松島(現在の竹島)」は一体のものとして認識しており、二島とも朝鮮のものだと考えていたとある。ちなみに、日本が先占の事実により竹島を自国の領土に編入したのは、日露戦争中の1905(明治38)年1月のことである。むろん、この手続きは国際法にのっとった正当なものである。関心だけなら強い韓国人 次に、韓国の公式見解であるが、韓国政府は1696(元禄9)年に鳥取藩に渡来した安龍福(アン・ヨンボク)らが「鬱陵島と竹島は朝鮮の領土だ」と言ったというが、池内氏はその主張を肯定していない。 以上は一例だが、このような史実が池内氏のような研究者によって積み重ねられており、多くの両国の国民が知る必要がある。ところが、両国民とも最新の歴史学の成果について学ぼうとしない。しかも、その度合いは、韓国人よりも日本人の方が弱いかもしれない。知識は韓国政府の公式見解をそのまま踏襲しているとはいえ、『独島はわが地』を合唱する韓国人の方が、まだ関心だけなら強いのである。 第二に、領土を持つということがどんな意味を持つかを真剣に考えるべきである。まずは、国民が生産し、生活する場所を持つということである。2016年春から使われた中学校教科書の検定結果を受け、尖閣諸島など領土をめぐる問題について多く記載されている各社の教科書(大西正純撮影) つまり、シベリアやサハラ砂漠のように、いかに広くても生産や生活に適さない所がある。そのような領土を持つことは経済合理性を欠く。ただし、そこに石油などの天然資源が埋蔵されていれば、富を得ることになるので、話は別である。尖閣諸島の周辺に石油などの鉱物資源が眠っているという報道がなされると、中国がにわかにこの島々の領有権を主張し始めたことはその代表例だ。 さらに、海の場合は排他的経済水域(EEZ)にも関わり、漁業資源の獲得という経済的プラスもある。また、領土問題はナショナリズムを高揚させる道具として使うことができる。 また、重厚長大から軽薄短小へと産業構造が変化している今日、経済活動のために広大な土地は必要ない。だからこそ、領土が生み出す富と領土を管理するコストを冷静に比較する必要がある。 具体的な歴史的経験を振り返ってみよう。第二次世界大戦で日独伊は負け、米英仏は勝った。しかし、負けた方も繁栄している。敗戦によって広大な領土を失ったおかげである。 もし、大日本帝国が存在していたら、海外領土の維持管理に莫大(ばくだい)なコストがかかっていたはずである。私は東京大学ではなく、ソウル、台北などの帝国大学で教鞭(きょうべん)をとっていたかもしれないし、警察官は東南アジアのどこかの交番で勤務していたかもしれない。むろん強大な軍事力も維持し続けねばならなかったであろう。相手の土俵に乗る必要などない 一方、戦勝国のフランスは戦後、アルジェリアなどで植民地独立戦争に悩まされ、多くの犠牲を払った。英国もコモンウェルス(旧英連邦)との関係で同じような経験をした。第二次大戦後の米国は「世界の警察官」として、平和維持のために巨額の予算を使っている。 いわば「住居」と同じであり、広大な邸宅の維持管理コストは大きい。こぢんまりとした家の方が掃除の手間もかからないというわけだ。 日独伊は敗戦のおかげで、領土維持や軍備のためのカネとエネルギーを経済活動に注ぐことができたのであり、それが戦後の繁栄を生んだといえよう。まさに「敗戦のススメ」であり、「戦争は負ける方がよい」「広い領土は持たない方がよい」と言えることもあるのである。 第三に、第二次世界大戦の戦後処理についてみると、1951年9月8日に調印されたサンフランシスコ平和条約では、竹島が日本の放棄する領土とはなっていない。これは当時、ディーン・ラスク米国務次官補も韓国政府に対して明言していることだ。 したがって、1905年以降は国際法上、竹島は日本の領土である。それを近代以前、例えば20世紀以前から「日本固有の領土だ」などと言わない方がよい。江戸時代の資料から主張に反する解釈があることが分かっているからであり、相手の土俵に乗る必要はあるまい。 結局、日韓両国とも自分に都合の良い主張ばかりを繰り返し、問題解決の糸口すら見いだせないので、竹島問題は「棚上げ状態」に陥っている。 江戸時代の1695(元禄8)年12月25日、老中阿部豊後守正武は鬱陵島や竹島について、対馬藩家老の平田直右衛門に「鮑(あわび)取りに行くだけの無益な島のごときで、日本と朝鮮の両国関係がもつれてしまい、ねじれた関係が解けずに凝り固まって、これまで継続してきた友好関係が断絶するのもよくなかろう」と喝破している。 1962年10月、韓国の金鍾泌(キム・ジョンピル)中央情報部長は、池田勇人首相や大平正芳外相との会談の席で「カモメが糞(ふん)をしているだけの竹島など爆破してなくしてしまおう」と提案したという。ともに領土問題をめぐる係争のデメリットを正確に認識した発言といえよう。1998年11月、鹿児島市内での会談前に小渕恵三首相(右)と握手する韓国の金鍾泌首相「…『緊急情報です』というラジオのニュース。アナウンサーが震える声で、『北朝鮮が発射したミサイル数発が標的を誤り、竹島に命中、島は岩一つ残らず海中に沈んでしまいました』と繰り返した」。金正恩の独裁体制を分析する論文を書きながらうたた寝したら、思わずそんな夢を見てしまった。

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    「タコ一味から独島を守るアシカ」韓国、幼児洗脳アニメの正体

    竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト) 「アシカが『独島守備隊』になって『独島』を守る」。昨年、こんな内容の幼児向け国策アニメが韓国で製作され、全国の幼稚園・小学校などに配布された。当時、日本でも一部の好事家(韓国ウォッチャー)の間で話題になったが、実際に鑑賞する機会がなかったためか、今では韓国でこうしたアニメが製作されたこと自体、忘れられている。最近、筆者は実際にこのアニメを全編鑑賞する貴重な機会を得た。以下、この「幼児洗脳」を目的とした反日アニメの内容と、その製作の背景について述べてみたい。 タイトルは『独島守備隊・カンチ』。「カンチ」とはアシカのことである。このアニメは3Dで製作され、10分余りの5つのチャプターがつながった1時間ほどの短編アニメである。対象である幼児を退屈させないための配慮もあるのだろう。あらすじは次の通りである。 厳然たる大韓民国の領土、独島。この島を守るのはカモメの「独島守備隊」。しかし、独島は侵略の危機に瀕(ひん)していた。独島周辺の「燃える氷(メタン・ハイドレード)」を狙って、タコの化け物が襲撃を繰り返していたからである。島の守り神・古木の聖霊が「独島を守るために、神秘の石を持っているアシカを見つけろ!」と述べたことから、カモメたちは神秘の石を持つアシカを探すために旅立つ。カモメたちは場末のサーカス一座で芸をするアシカが、実は母譲りの神秘の石を持っていることを知り、アシカを独島に連れてゆく。自らの使命に目覚めたアシカは、独島を守る覚悟を決めて、友人たちとともにタコ一味と対決する。タコ一味の卑劣な策謀によって一時は危機に陥るものの、島の中心部に埋蔵されていた巨大な神秘の石の魔力によって、敵を撃退。独島を侵略から守ったアシカと友人たちはそのまま島にとどまり、独島の守備警護に当たるのだった…。 このアニメは、慶尚北道文化コンテンツ振興院という自治体の機関とピクセル・プレイネットという企業が共同製作したもの。企画は政府機関である海洋水産部(日本の農林水産省に当たる)と慶尚北道が共同で行っており、事実上の「国策プロパガンダ映画」と見ていいだろう。報道によれば、「2015年から2年間、各分野の専門家が丹精し、徹底した企画とストーリー構成を行った」とあり、確かに随所で高度な映像技術が用いられている。 ただ、いかんせんアニメの内容が、ジブリ映画『天空の城ラピュタ』にそっくりなのである。主人公がそれと知らずに「神秘の石」を持っていたり、神秘の石が光を発して独島のある方角を指し示したり、ストーリーの最後で島の内部に埋蔵された巨大な石の力によって奇跡が起こったりするシーンは『ラピュタ』そのままである。韓国内の反応がいまひとつなワケ 作中では明示されていないが「悪役のタコ一味」はもちろん日本人である。当然、分かりやすく醜悪で卑劣なキャラクターとして描写されている。たとえ、悪役が日本人だと明示されていなくても、独島やアシカ(これについては後述)がモチーフになっている以上、韓国人なら悪役のタコが日本人を意味することくらい、瞬時に判断できるだろう。何しろ、韓国人は幼稚園・保育園の年頃から「独島は韓国の領土である」という、いわば「絶対不滅の真理」を耳にタコができるほど聞かされ、育っているからである。「日本人が海洋資源や地下資源を狙い、虎視眈々(たんたん)と独島の侵略をたくらんでいる」というのも、韓国ならではのお約束。そう思っていない韓国人は「親日派」、つまり「売国奴」である。 それでも、企画・製作サイドはこのアニメが反日感情を煽るためではなく、あくまで教育的な目的で製作されたものだと主張する。チュ・ガンホ監督はメディアの取材に対し「子供たちが今回のアニメーションを通して独島を知る契機になってくれたらと思う」「独島の自然環境と海の中の環境表現に心血を傾け、アシカを通して独島広報の役に立ってくれたらと思う」などと無邪気に語っている。アニメ『独島守備隊・カンチ』のポスター 言うまでもないが、幼稚園の園児や小学校の児童に、複雑極まりない竹島をめぐる領土紛争の経緯や、日韓両国の主張の正当性を吟味する判断能力があるとは思えない。そうした思慮分別のない園児や児童に、国策をもってこうした一方的な内容を教え込み、自国の主張を絶対的に正当化し、日本や日本人に対する敵愾心(てきがいしん)を煽り立てている。そら恐ろしい限りである。しかも、かわいらしいアニメのキャラクターを使ってである。 このアニメは昨年4月に試写会で公開され、一部の映画館でも上映され、テレビの地上波やケーブルテレビでも放映された。ただし、当初からこのアニメは劇場公開よりも幼児に対する「洗脳教育」に重点が置かれていたようである。後に慶尚北道はこのアニメのDVD1万5000枚を韓国全土の幼稚園や小学校に配布している。 ただし、昨年は話題の反日映画『軍艦島』が公開されたこともあってか、『独島守備隊・カンチ』はほとんど話題にすらならなかった。内容が説教じみている上に、ストーリーがテレビの幼児番組並みに単純でつまらなかったせいであろう。韓国のマスコミは「独島守備隊カンチ・韓国全土を強打!」といった扇情的な煽り文句で、あたかもこのアニメが全国の幼児から大好評を得ているかのような記事を掲載したが、これは事実に反すると言わざるを得ない。その後、このアニメは昨年11月に開かれた「ホーチミン・慶州世界文化エキスポ」なるイベントでも上映され、初の海外進出を果たしたそうである。主人公がアシカである理由 さて、このアニメの主人公はなぜアシカだったのか。これには、意外と深い来歴がある。実は、日本ではまったく知られていないが、韓国では「独島周辺のアシカを絶滅させたのは日本だ」という都市伝説が語り継がれており、日本糾弾のネタとして、しばしば使われている。韓国での報道を総合すると、「19世紀末まで、鬱陵島や独島周辺にはアシカが生息していたが、1904年から1911年まで日本が独島周辺で1万5000匹ものアシカを乱獲した。乱獲は1950年代まで続き、その結果アシカは絶滅した」というのである。 また、ごく少数残っていたアシカも1950年7月に独島がアメリカ軍の砲撃演習の目標となったため絶滅した、ということになっている。韓国はなぜそこまでアシカにこだわるのか。それは、日本が竹島(独島)に対する領有権を主張する根拠の一つが「日本人による竹島を拠点としたアシカ漁」だったからである。つまり、1905年に竹島(独島)が島根県に編入される以前から、日本人がこの島を根拠地としてアシカ漁を行っていたことは、既にさまざまな資料によって立証されている。これに対して韓国は説得力のある反論ができないでいる。そこで、日本の主張を逆手にとって「日本が独島のアシカを乱獲し絶滅させた!」と主張し、日本を糾弾するネタとして利用しているのである。 こうした火種があったところに、2014年12月、日本の内閣官房領土・主権対策企画調整室が、隠岐の漁師と竹島のアシカとの関わりを描いた絵本「メチのいた島」(「メチ」とは現地の方言でアシカのこと)の読み聞かせ動画を公開し、これが韓国を刺激した。韓国はこれに対抗して竹島にアシカの像を置こうとしたが実現せず、2015年8月になって竹島の船着場近くにアシカのレリーフを設置している。竹島と日本人と関わりを描いた絵本「メチのいた島」を出版した杉原由美子氏 また、韓国の海洋水産部は2014年9月、「滅亡したアシカの生息を復元する」という事業計画を公表している。もちろん、これは単なる自然保護が目的ではなく、「韓国政府が自国の領土である独島の生態系復元に努力している」ということを国際社会にアピールし、領土紛争で有利な地歩を確保しようとする下心からである。「独島守備隊・カンチ」の企画が立案され、製作が開始されたのは、まさにこの時期だったのである。日本人がアシカを絶滅させた説 さて、アニメが公開されて2カ月ほどたった6月中旬、韓国の地方紙が「日本人が独島のアシカを絶滅させた」という説がまったくのデタラメであったことを報じた。2016年6月13日、韓国の慶尚毎日新聞(ネット版)は「1950年代半ば、独島に駐在していた独島義勇守備隊の複数の隊員から『当時、アシカは最小限700頭余りが生きていた』という証言が得られた」「1960年代に独島に駐在していた海洋警察隊員と漁民が『数百頭のアシカが棲息(せいそく)していた』と証言している」「1970年代初頭に工事のため独島に渡った韓国・欝陵島の住民が『当時、アシカ数百頭が生きていた』と証言している」と報じたのである。島根県の竹島で捕獲されたニホンアシカの幼獣を撮影した最も古い写真とみられる絵はがき(島根県竹島問題研究会提供) 同紙は、アシカ絶滅の背景について「アシカからは漢方薬として重用されていた海狗腎(かいくじん、アシカの生殖器)と肉を得られた」「独島を警備していた隊員が(アシカを狙って)機関砲を撃ち、射撃訓練をしていた」「隊員の中には『海狗腎を政府の高官や軍の上層部に上納していた』と証言する者もいた」「独島周辺では韓国によるイカ漁などの漁業が盛んになり、集魚灯近くにアシカが出現すると魚が逃げるため、漁師らが追い払った」とも報じている。つまり、1970年代まで独島にアシカは生息しており、その後韓国側の乱獲や漁労行為によって絶滅したことを意味するのである。もっとも、この報道は「独島守備隊・カンチ」ほどの関心さえ呼び起こさなかった。韓国人は自らに都合の悪い、かつ日本を利する恐れのある「不都合な真実」に対しては、徹底して目をつぶる傾向が強いのである(現在、この記事は削除されてしまって読むことはできないが、記事の概要を記した新たな記事もアップされており、その概略だけは把握することができる)。 以上、反日国策アニメ『独島守備隊・カンチ』の内容と背景を見渡した。日本には、竹島にも、アシカにも、もちろん「竹島の日」にも、まったく関心がない、という人が多いことは筆者も承知している。ただし、日本人がそう思っているからといって、韓国人も同様などと考えることは大きな誤りである。 韓国には、幼少時からこうした国策反日アニメで洗脳され、事実に反する誤った歴史認識を注入され、日本に対する敵愾心を燃え立たせている国民が数多くいることを認識しておかなければならない。『独島守備隊・カンチ』は、韓国人の本性を理解するための、ある意味で良き教材でもある。領土問題に関する限り、日本人も韓国に対する甘い想念を捨て、覚悟を決める時が来ているようである。

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    南北統一旗が逆に世界に知らしめた「日本の竹島」

    下條正男(拓殖大教授) 平昌五輪は「ピョンヤン(平壌)五輪」と揶揄(やゆ)されるほど、北朝鮮による政治宣伝が巧みに行われた大会となった。 2006年6月以来、ミサイル発射実験を続け、同年10月に核開発を再開した北朝鮮は、日米などによる経済制裁を回避する手段としてオリンピックを利用したのだろうか。「三池淵管弦楽団」と「美女応援団」を派遣し、独島(トクト、竹島の韓国名)を描いた統一旗で応援させたのは、南北の融和を図るための対南工作ともいえるからだ。 事実、2月11日、ソウルで開催された公演で、南北統一を謳(うた)う『白頭と漢拏は我が祖国』を歌唱した玄松月(ヒョン・ソンウォル)団長は、歌詞の「済州島漢拏山も我が祖国」を「漢拏山も独島も我が祖国」と替え、韓国側の歓心を買った。北朝鮮にとっても独島は、「神聖な我国の領土」だからである。 その独島が描かれた「統一旗」が登場したのは2月4日、女子アイスホッケーの強化試合で、韓国と北朝鮮の合同チームがスウェーデンと戦った会場である。この独島が描かれた「統一旗」については、国際オリンピック委員会でも「政治的に使うことは不適切」との理由で、使用を認めていなかった。それを北朝鮮の「美女応援団」は、独島が描かれた「統一旗」を使ったのである。アイスホッケーの試合で統一旗を掲げる金正恩朝鮮労働党委員長のそっくりさん=2018年2月 そこで菅義偉官房長官は翌日、「旗は竹島の領有権に関するわが国の立場に照らして受け入れることができず、遺憾だ」とした。これに対して北朝鮮の「労働新聞」は、「日本が手段と方法を選ばず、国際オリンピック委員会が、北と南が、独島が表記されていない統一旗を使用する決定を採択するための陰湿な陰謀」と報じたとして、15日付の韓国の『中央日報』(電子版)が伝えている。 だが、今回の北朝鮮による「統一旗」騒動は、「策士、策に溺れる」結果となった。英国の日刊紙『タイムズ』が「統一旗」と関連し、「独島は日本の所有」と報じたことに韓国側が抗議したことから、2月12日付の同紙の訂正記事では、竹島を「係争中の島、独島」として竹島問題が日韓の懸案である事実を明らかにしたからだ。 ただ、今回の「統一旗」騒動で明確になったことは、韓国と北朝鮮では竹島問題に対して共通認識を持っているという事実で、それは将来的に竹島問題が、南北の外交カードの一つになるということである。これまでも南北では民族の同一性を強調し、神話に登場する檀君(だんくん)の遺骨が北朝鮮で発見されたとした際も、韓国側が呼応した。平昌オリンピックとパラリンピックのマスコットの虎と熊は、その檀君神話にも登場する。現在、韓国の歴史教科書では、檀君を古朝鮮の建国者として教え、中国とはその古朝鮮の疆域を巡って争っている。そのため南北の接近は、今後も続く可能性がある。形式的な抗議で済まない竹島問題 江原道の崔文洵(チェ・ムンスン)知事は17日、2021年の第9回冬季アジア大会の南北共同開催を提案したが、平昌オリンピック施設の活用と、スポーツを通じ南北交流と和合を継続するための案だという。 しかし、北朝鮮と韓国とでは、社会体制が全く違う。今の北朝鮮は、朝鮮時代とほぼ同じ社会状況にある。宮中(金正恩氏の財布)と府中(北朝鮮政府)が分離しておらず、近代的な国家とは距離がある。その南北が接近すれば、竹島問題をはじめ歴史問題は共通の対日外交カードとなる。これは日本にとっては、願ってもないことだ。竹島は歴史的に朝鮮領であった事実はなく、北朝鮮の竹島研究も韓国側とは大同小異である。 それに今後のスポーツ大会などで独島を描いた「統一旗」を使えば、それは政治利用となる。実際の独島を「統一旗」に描くと、縮尺の関係で竹島は確認ができないほどの大きさにしかならない。それを大きく象徴的に描けば、それは政治的目的と判断され、「統一旗」を排除する理由になる。平昌五輪の開会式で統一旗を先頭に合同で入場行進する韓国と北朝鮮の「コリア」選手団=2018年2月9日 独島を描いた統一旗は、これからも登場する。韓国では、歴史の事実よりも政治的判断が優先される傾向があるからだ。数年前、「東北アジア歴史財団」では政府事業として、歴史地図の編纂をすることになった。だが縮尺の関係で独島が描かれないと、それを理由にその事業は頓挫(とんざ)してしまった。それは民間も同じで、李氏朝鮮時代の地理学者、金正浩(キム・ジョンホ)の『大東輿地図』を刊行することになったが、そこには原典にはない竹島が描き込まれていた。これは改竄(かいざん)である。 韓国と北朝鮮が接近すれば、必ず日本に歴史問題で攻勢をかけてくる。日本にその備えはあるのだろうか。近年、日本では『学習指導要領』に竹島を載せ、「領土・主権展示館」を開館したが、その内容は2007年に島根県が開設した「竹島資料館」の展示内容にも及ばない。 外務省では島根県の竹島研究の最終報告書を受け、2008年に『竹島問題を理解する10のポイント』を刊行し、今も使っている。だが韓国側ではすでに反論し、2011年には独島教材『独島を正しく知る』を開発して、小・中・高での独島教育に使用されている。 「統一旗」に竹島が描かれ、それを形式的な抗議で済ませるようでは、竹島問題の解決はおぼつかない。韓国側の竹島研究の不備を衝(つ)き、戦略的に対処できるくらいの見識がなぜ、日本にはないのだろうか。2月22日は「竹島の日」である。

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    韓国メディアの「良心的日本人」 竹島、慰安婦等問題の見解

    ます」との回答があった。 ただし、保坂氏が挙げた池内敏・名古屋大教授は、その著書『竹島─もうひとつの日韓関係史』で、日本だけでなく韓国政府の主張も正当性に欠けると指摘している。また坂本悠一氏は、2013年5月に竹島に上陸する際、「独島を韓国領と見なすことはできない」との見解を示し韓国側に止められたことがある人物だ。 さらに保坂氏は、慰安婦や徴用工の問題についても次のように発言している。〈日本安倍政権は慰安婦強制連行の事実を否認している〉(「中央日報」2017年3月16日付)〈韓国側から見れば(徴用工の)個人請求権が充分に残っている〉(韓国YTNラジオのインタビュー。2017年8月25日)ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像(右)の周りで、日本に謝罪を求める抗議団体=2018年1月10日(共同) このような保坂氏の発言は、韓国側の主張そのもの。韓国のメディアが、日本を批判する“元日本人の発言”を都合良く使っている様子が窺える。 こうした発言についても、保坂氏は、「日本では少数派かもしれませんが、慰安婦に関しては日本の慰安婦支援団体や女性の権利を訴える市民団体、慰安婦問題の研究者などの間では当然の考え方ですし、徴用工問題についても、私や韓国側と同じ考え方の日本人学者が結構います」と重ねる。 だが、韓国市民の中には、保坂氏の発言を冷静、というより冷ややかに見ている者もいる。「学者が政治に関わりを持つと、客観性が保てなくなるのではないか」(40代男性)、「独島問題以外の発言が雑で、残念だ」(50代男性)といった声が聞こえてくる。関連記事■ 文在寅候補の「反日ブレーン」は韓国に帰化した日本人■ 文在寅の支持者に独島問題専門家の“良心的日本人”の存在■ 中韓の「日本買収」が止まらない これは武器を持たない戦争■ 高須院長 韓国の慰安婦問題再交渉は「無視すればいい」■ 親北を掲げる文在寅政権の先は「赤化統一」と暗黒の生活

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    韓国「独島研究者」の主張を私が論破する

    著者 茶阿弥(ブログ「日韓近代史資料集」管理人 九州在住) 1月25日、日本政府は、竹島および尖閣諸島が日本の領土であることを示す資料を展示する「領土・主権展示館」を東京の日比谷公園内に開館した。この展示館の開館については、竹島問題で日本と対立している韓国側も当然強い関心を持ったようだ。韓国のハンギョレ新聞(インターネット日本語版)は開館当日に展示内容を取材し、その日に記事を掲載した。その記事の中には、韓国側の領土問題理解のレベルを示す面白い一文がある。次の文章だ。 展示には、1877年明治時代に日本の最高行政機関だった太政官(だじょうかん)が江戸幕府と朝鮮政府間の交渉(鬱陵島爭界)の結果「竹島外一島(一嶋・独島)は、日本と関係ないということを肝に銘じること」を内務省に指示する「太政官指令」など日本側に決定的に不利な史料は展示していない。 この「太政官指令」というのは、明治10(1877)年3月に明治政府の最高国権機関である太政官を代表する右大臣岩倉具視が、内務省からの問いに対して「伺之趣竹島外一島之儀本邦関係無之儀ト可相心得事」(伺いの趣旨の竹島ほか一島の件は本邦とは関係の無いものと心得るべし)と指示した指令文のことである。この指令が出されたのは、明治9(1876)年10月、島根県が「日本海内竹島外一島地籍編纂方伺」と題する文書で、隠岐の彼方にある「竹島外一島」(「竹島」あるいは「磯竹島」と「松島」)を島根県の地籍に入れたいと内務省にお伺いを立てたのが契機だ。2018年1月、「領土・主権展示館」の開館式で、展示の説明を受ける江崎領土問題相(左端) このとき、島根県が提出した文書に添えられた補足説明書や絵図面(磯竹島略図)を見れば、「竹島あるいは磯竹島」は朝鮮の鬱陵島であり、「松島」が今日の日韓間で領土紛争が継続している竹島であることをわれわれは容易に知ることができる。だから、太政官指令について調べた大抵の人は、太政官が鬱陵島と今の竹島を本邦とは関係無いと判断したと思ってしまう。ハンギョレ新聞の記事も、また韓国の「独島(トクト、竹島の韓国呼称)」に関する多くの研究論文も、そういう理解の上に立って書かれている。 その結果、太政官指令の意味は「日本によって独島に対する韓国の領有権が認められていた」と考えられている。さらに、1905年2月に日本が竹島を無主地として島根県に編入したことについても、「無主地という主張が偽りだということは、何よりも太政官指令により立証される」という結論に結び付けられている。 ある韓国の大学教授はこんな主張までしている。「今まで日本政府が製作したどんな広報資料にも太政官指令に関する内容はありません。独島は日本の固有領土という彼らの主張を正面から否定しているからでしょう。まさにこの点を強調すれば日本政府の主張を無力化できます」。日本政府を論破できる超強力な証拠? 要するに、太政官指令の存在によって、日本政府の主張は虚偽であることが明らかになっていると韓国側はみているのである。竹島問題で日本政府を論破できる超強力な証拠を掴んだという思い込みが、韓国政府や韓国の「独島」研究者、マスコミ、さらにはそれらの影響を受けた韓国国民に広がっているのだろう。  ところが、「事実は小説よりも奇なり」ということわざがあるが、この問題、実は太政官が今の竹島を本邦とは関係の無いものと判断したことを全く証明できない。それどころか、太政官が「松島」と捉えていた島が、実際は鬱陵島だったことが明らかなのである。 今、多くの人が「言っていることが矛盾している」と感じられたかもしれない。この結論について、筆者が過去にiRONNAへ寄稿した「太政官指令「竹島外一島」の解釈手順」「太政官指令「竹島外一島」が示していたもの」という二つの文章で詳説したことがあるので、ここでは繰り返さない。要するに、明治10年太政官指令は、今の竹島を対象として発されたものではないし、何の判断も下していないのだ。 韓国側の論者たちの史料分析ではそういうことには全く思考が及ばないのだが、ここではひとまず置いておく。筆者が本稿で述べたいのは、仮に韓国側の言うように、明治10年太政官指令が今の竹島のことを「本邦とは関係の無いものと心得るべし」との指示だった場合、現在の竹島領有権論争にどのような影響を及ぼすかということだ。 現代の領土紛争を判定するとき、国際法がその基準となる。領土紛争に関する判決を多数下している国際司法裁判所は、領土紛争は、その土地は紛争発生の時点でいずれの国の領土だったかということが判断の軸になると示している。つまり、その土地をどちらの国が正式・公式に、また適法に領土として実効支配していたかどうかが鍵になる。 そういう国際法的な基準から考えた場合、本来、日本側が言うべきことはそんなに多いわけではない。既に政府(外務省)の『竹島問題10のポイント』などに簡潔にまとめられていることだが、ごく簡単に言えば、竹島は江戸時代(江戸時代には松島と呼ばれていたが)に朝鮮国から何の異議も受けることなく日本人が利用していた時期がある。そのときから日本の領土と言える状態にあったが、さらに明治38(1905)年に閣議決定と島根県告示によって竹島を公式に島根県の区域として日本領土に編入して、その後、領土としての実効支配を継続的に行って来ており、これらのことはいずれも明確な史料があって裏付けられている。そういう史料が「領土・主権展示館」にも展示されているのだろう。鬱陵島のすぐ東に韓国が竹島と主張する「于山」が描かれた地図 その間、韓国側には、日本政府が「韓国側からは、日本が竹島を実効的に支配し、領有権を再確認した1905年より前に、韓国が同島を実効的に支配していたことを示す明確な根拠は提示されていません」と説明するように、竹島を実効支配していたことを示す証拠は全くない。「于山島」とか「勅令41号の石島」などが韓国の「独島領有権」の根拠として主張されるが、これらはいずれも虚偽であり朝鮮または韓国が竹島を実効支配していたという史実は全く証明されない。竹島論争における太政官指令の意味 その後、竹島の日本領土としての地位の変化について注意を要するのが、サンフランシスコ講和条約である。日本の戦後処理を定めたこの条約で、戦後の日本の新しい領土範囲も決定された。日本は朝鮮や台湾など大日本帝国時代の領土のかなりの部分を放棄したものの、竹島は日本が放棄すべき領土の範囲に指定されず(条約第2条a項)、日本の領土であるという地位は変わらなかったのである。ところが、条約発効を待つばかりだった昭和27(1952)年1月、韓国政府がいわゆる「李承晩ライン」を設定してその中に竹島を取り込む事件が発生した。これに日本政府が抗議したのが竹島紛争の発生と目される。 以上、日本の「竹島領有史」を踏まえて、もし韓国側の言うように明治10年の政府が今の竹島について「本邦とは関係の無いものと心得るべし」と指示していたとして、どういう影響を及ぼすかというと、何の影響もないのである。 そう言える理由は、明治10年太政官指令が、内務省からの質問に対して太政官が回答したという「日本政府内部のやり取り」だからである。これが、紛争相手である外国に対して回答したのであれば、禁反言の原則によって、後になってから「いや、あれはやっぱり日本のものです」などと言い出すことは通用しない。しかし、太政官指令は、質問の出どころである島根県を含めても、あくまで日本国の内部の話なのだ。だから、後になって「これは日本のものだ」と言っても外国との関係では別に問題は生じない。 また、明治10年太政官指令は、仮に韓国側の間違い解釈によるとしても、今の竹島を日本の領土ではないと太政官が「思った」から、それを下級機関に指示したに過ぎない。太政官が何かを「思った」からといって、それだけで竹島の客観的な史実に何かの変化が生じるわけではないのである。 例えば、前項で「日本によって独島に対する韓国の領有権が認められていた」という韓国側の主張を紹介したが、日本の太政官が「その島は日本の領土ではない」と考えたからといって、自動的にその島が現実に外国の領土になるわけではないのは当然だ。重要なことは、客観的な史実として見た場合に竹島がどういう位置づけを経て来たのかという実体的な問題の方であって、それが領有権論争において考慮されるべきことなのだ。 現実は、竹島は朝鮮・韓国の領土であった史実はないし、日本もそれまで竹島を公式に領土扱いしていたわけではなかったので、1905年に日本政府が竹島を領土編入する前に調査して「無主地」と判断したのは正しかった。したがって、無主地を前提とした日本による竹島の領土編入は、明治10年の太政官が何を思っていたにせよ、有効であることに変わりはない。 さらに、太政官指令の存在と、現代の日本政府の「竹島は日本固有の領土」という言い方は矛盾するという韓国側からの指摘がある。だが、明治10年の太政官が今の竹島について「日本の領土ではない」と考えたとしても、先述したように竹島の歴史を通覧すれば、江戸時代の日本人による竹島(松島)の利用実績という史実が変化することはあり得ないし、太政官指令後の日本領土への編入やそれに引き続く実効支配に何の傷をつけることもない。太政官指令は領有権論争とは無関係 その間に竹島が現実に韓国の領土であったという史実が何一つ証明されない以上、「竹島は日本固有の領土」という事実は何も変化しない。岩倉具視の主観が客観的な史実を変えることなどないのだ。明治10年の太政官が仮に今の竹島について「日本の領土ではない」と判断したとしても、竹島の客観的な歴史においてそれはほとんど何の意味もないということをご理解いただけるだろうか。以上を要すれば、まず「明治10年太政官指令は今の竹島を日本とは無関係と指示した」という韓国側の理解自体が誤りであって、そもそも彼らの主張は成り立たない。 ということで、明治10年太政官指令は、そもそも日本の竹島領有権を否定も肯定もしない領有権論争に関係のない史料なのだ。だから、日本政府がそういう領有権に関係のない史料を展示しないのは当然だと筆者は考える。 太政官指令が「日本側に決定的に不利な史料」だというのは、表面に見える磯竹島略図だけに気をとられて領有権に影響しないことをさも重大事件であるかのように主張しているに過ぎない。しかも、韓国の政府や研究者、マスコミは史料の分析の方法も分からず、国際法上の領有権確定の理屈も分からないという二重の間違いを犯している。日本政府がそんなものを相手にする必要はさらさらないのだ。韓国・鬱陵島の独島(竹島)博物館からケーブルカーで行ける独島(竹島)展望台。韓国側は、ここから87.4キロ先に竹島が見えると主張する。眼下に見えるのは道洞(トドン)港 もっとも、もし将来、竹島問題が国際司法裁判所で審理される事態が生じ、その中で韓国政府が明治10年太政官指令を持ち出すなら(間違いなく持ち出すだろうが)、そのときには日本政府としても何らかの応答をするのだろう。だが、韓国政府が問題解決に向けた何の動きも示さない現状で、日本政府がバカな議論に付き合って領有権に関係のないことまでわざわざ説明したり資料を展示したりするなら、それは先走り過ぎということになるのではないだろうか。 韓国側の論者たちが「日本政府は自分に決定的に不利な太政官指令については知らないふりをしている」などと批判するときには、日本側としては「あなたたちの言うことが嘘でも本当でも、日本の領有権には別に影響しませんからね」とでも言って涼しい顔をしていればいいのだろう。参考として紹介しておきたいが、「仮に今日の竹島が明治10年の太政官指令の対象であり日本政府がこの時点で領有意思を有していなかったことが知られるとしても、後年、領有意思を持ち、国際法上の領土取得方法に則して当該島を領有することが妨げられることはない」という基本的な指摘が、国際法に詳しい日本の研究者から既に今から5年近く前に説明されている(『島嶼研究ジャーナル』第2巻2号(2013年4月30日)掲載論文「元禄竹島一件をめぐって―付、明治十年太政官指令」)。 だが、韓国の研究者たちはこういう指摘について検討することはない。筆者は太政官指令に言及した韓国の「独島研究者」たちの論文にかなり目を通して来たつもりだが、上の指摘に対する反論は見たことがない。そして、5年近くたっても冒頭に紹介したような記事を書くのが彼らの問題認識の現実だ。 竹島の領有権論争は「実効支配」の実績がいずれの国にあるかを軸として、いずれの国家がその土地をいかに具体的に領土として取り扱って来たのかということをめぐって議論されるべきだ。日本政府のそういう主張はいずれも史料の裏付けがあることなので、韓国側は否定しようがない。具体的な領土取り扱いと無関係な史実は、本来、竹島領有権論争で取り上げられるべきではないのだが、現状の日韓の論争ではこの太政官指令問題を含めて領有権に関係のない歴史的事件が実に多く議論されている。しかし、それは韓国側の研究者たちが裏付けのある日本政府の主張を否定することができないために、ごまかしで何でもかんでも「独島領有権」にこじつけて主張して来るという自転車操業をやめないだけだ。日本側としても、いちいちそれが間違いであることを説明することが必要になって反論しているだけで、本当に必要とされる領有権論争はとっくに決着はついているのである。 竹島を一日も早く日本に取り戻したいと思う日本側の人たちが、韓国の研究者・マスコミなどが自信満々のふうに述べるこれら本来無意味な言説に惑わされることなく、竹島奪還への歩みが着実に進んで行くことを望みたい。

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    高須院長 南北合同、五輪政治利用韓国に激怒「選手に失礼」

     高須クリニックの高須克弥院長が世の中の様々な話題に提言するシリーズ企画「かっちゃんに訊け!!」。今回は開幕が迫ってきた平昌オリンピックでの“南北合同チーム”についてお話をうかがいました。* * *──平昌オリンピックの開幕が近づいてきました。北朝鮮情勢を考慮し、アメリカやヨーロッパ各国がボイコットするのではないか…などいう話もありましたが、特にボイコットはなさそうです。しかし一方で韓国政府からの働きかけで、北朝鮮は選手団を派遣することを決定しました。女子アイスホッケーでは南北合同チームで出場するほか、開会式では「統一旗」を掲げて南北合同で入場することで合意しています。高須:オリンピックを政治利用してはならないというのが、共通認識だと思うけど、これまた驚くほどに露骨な政治利用だね。韓国政府にとって、世界のルールなんてものは、まったく関係ないのかな? もはや笑えてくるレベルだね。 そもそも北朝鮮は、他国の国民を拉致してスパイ活動をさせて、ミサイルを次々と放って挑発してくるようなテロ国家であるという大前提がある。そういう国におかしなことをさせないために、日本とアメリカと韓国は協力しなくてはいけない。統一旗を手に合同で入場行進する韓国と北朝鮮=2018年2月9日、平昌五輪スタジアム(松永渉平撮影) にも関わらず、文在寅大統領は北朝鮮に圧力をかけるのではなく、仲良くしようとして、ついにはオリンピックを利用してきたわけだよ。本当に理解に苦しむね。世界中から「スポーツを政治利用するルール破り国家」だと白い目で見られることがわかっているのに、どうしてテロ国家と手を組もうと思うのだろうか…。 結局のところ韓国は北朝鮮情勢を本気で解決しようとは思っていないんだろうな。それどころか、立場的には完全に北朝鮮側に回っているということなんだよ。本来協力しなければいけないはずの日本に対しては、いつまでも解決済みの慰安婦問題で言いがかりをつけてくるのに、ミサイルをバンバン打っている北朝鮮と握手をするんだから、もはやそういうことでしょ。韓国政府が戦いをふっかけている相手は、北朝鮮ではなく日本なんだ。韓国と北朝鮮の共通認識は「敵は日本」ということなんだよ。 日本政府も、そのあたりはそろそろはっきりさせたほうがいいのかもしれない。いつまでも韓国政府の不誠実な態度を許していたら、ただただ北朝鮮をめぐる緊張が長引くだけで、日本国内の政治も停滞してしまう。韓国政府は選手を応援する気がない それはアメリカも同じだよ。トランプ大統領だっていつまでも北朝鮮なんかを相手にしていたくはないはず。でも、韓国に足を引っ張られて、何もできないままズルズル時間だけが経ってしまう。このままではトランプは、韓国のせいで何の成果もあげられないまま、次の大統領選を迎えることになるだろうね。それはトランプのキャリアに傷がつくということだけでなく、単純にアメリカが大きな損をするということだ。そろそろアメリカも本気で韓国に対して圧力をかけなくちゃいけないんじゃないかな。「お前がすべきは北朝鮮を叩くことだ」と知らしめないと、取り返しがつかないことになりかねない。──女子アイスホッケーの南北合同チームは、既存の韓国代表チームに北朝鮮の選手数人を合流させる形にするとのことで、韓国代表選手の一部からは「出場機会が奪われる」と反発もあるようです。高須:そりゃそうだ。純粋にスポーツ選手として練習してきて、晴れ舞台でプレイできると思っていたところで、いきなり政治利用されるんだからね。韓国政府がやっていることはスポーツ選手にとって本当に失礼なこと。選手を応援する気持ちなんて微塵もないんだろうな。平昌五輪関連 韓国・鎮川のナショナルトレーニングセンターでアイスホッケーの選手らと記念写真に納まる文在寅大統領(中央上) =2018年1月17日(聯合=共同)──韓国の李洛淵首相は、韓国女子アイスホッケー代表について「メダル圏内にはない」と発言したそうです。高須:どうせメダルが獲れないんなら、北朝鮮の選手を入れても影響ないだろうっていうことか。これは本当に酷い。こんな政府のいいなりにならなきゃいけないなんて、韓国のスポーツ選手が不憫でならない。もっと純粋にスポーツに打ち込ませてあげたいと思うよ。韓国政府は本当に最悪。こういう選手たちを見ていると、サポートしたくなっちゃうなあ…。* * * 自身も学生時代にはアイスホッケーの選手をしており、女子アイスホッケー日本代表のスポンサーを務めたこともある高須院長。アイスホッケーを愛する人間として、女子アイスホッケーを政治利用する韓国政府により一層激しい怒りを抱いているのかもしれない。【プロフィール】高須克弥(たかすかつや):1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。脂肪吸引手術をはじめ、世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。昭和大学医学部形成外科学客員教授。医療法人社団福祉会高須病院理事長。高須クリニック院長。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。『ブスの壁』(新潮社、西原理恵子との共著)、『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)、『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)、『行ったり来たり 僕の札束』(小学館)など。最新刊は『ダーリンは71歳・高須帝国より愛をこめて』(小学館)。関連記事■ 拉致命じられ日本に潜入した韓国秘密工作隊の悲劇を描いた本■ 北朝鮮と韓国との全面戦争はあるか? 専門家はないと説明■ 拉致問題や拉致被害者の家族は韓国政府にとって厄介な存在■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「愛国烈士」■ 金正恩氏 脱北者に激怒し中国国内で韓国人拉致を指示か

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    竹島紛争で日本が「敵国」? 韓国海軍、驚愕の空母導入計画

    高橋一也(ジャーナリスト) 今年の漢字に「北」が選ばれた2017年の暮れ、防衛省が海上自衛隊最大の護衛艦「いずも」を、F−35B戦闘機が離発艦できる「空母」に改修することを検討していると報じられた。報道によれば、海上自衛隊の“空母保有計画”は、尖閣諸島をはじめとした南西諸島の防衛を目的としており、有事の際、中国軍の弾道ミサイル攻撃により緒戦で滑走路が破壊される恐れがあるため、移動可能なプロットフォームを洋上に確保することが狙いであるという。 筆者はこの報道に接し、「いずも」が就役した2012年に、海上自衛隊の艦艇導入計画を担当する関係者が、「将来的には、『いずも』をVSTOL(垂直・短距離離陸)機搭載の“軽空母”に改修する」と、オフレコで明かしたことを思い出した。 「空母保有は、海上自衛隊の悲願。輸送艦『おおすみ』型、ヘリ搭載護衛艦『ひゅうが』型と、全通甲板の艦艇を建造して実績を積み上げてきた。そこに満載排水量2万トン級の『いずも』が就役したことで、政界やマスコミ、国民の“空母アレルギー”は完全に払拭されたといえる。次の段階は、情勢緊迫を受けて、『いずも』型にVSTOL機を搭載できるように改修して、事実上の“軽空母”とすること。空母を一度保有してしまえば、その後は制度的に建造できる。帝国海軍の空母と同等以上の諸元を持った船を造ってはじめて、“空母保有”が実現したことになると考えている」(前出の関係者)海上自衛隊のヘリコプター搭載型護衛艦「いずも」=2017年5月1日午後2時ごろ(共同通信社ヘリから) 奇しくも、大日本帝国海軍の空母「加賀」と海上自衛隊の「いずも」型の2番艦「かが」は、満載排水量こそ1万トン以上異なるものの、全長は数十センチも違わない。2019年に決定される次期中期防衛力整備計画で、「いずも」の空母への改修が決まれば、海上自衛隊の悲願である“空母保有”が現実のものとなる。 このような中、韓国の保守系有力オピニオン誌『月刊朝鮮』1月号が、「英『クイーン・エリザベス』が目標とする空母のモデル」と題する、韓国海軍の空母建造計画をすっぱ抜いた。 同誌によれば、韓国海軍は朴槿恵政権であった2015年4月、北朝鮮の脅威と日中の空母保有に対応するため、韓国の大手造船会社「大宇」などに、空母建造に関する検討を依頼した。同誌は大宇などが作成した597ページに及ぶ報告書を入手したという。韓国の空母導入計画 周知のとおり韓国は、日本と同じく米国と軍事同盟を結んでおり、また、日本とも「日韓秘密軍事情報保護協定」(日韓GSOMIA)を締結している。日韓はいわば、準同盟国ともいえる関係だが、韓国海軍に提出された報告書には、空母の必要性の一つとして日本との戦闘が挙げられているのだ。 報告書には、「日本と領有権紛争が生じた際には、編隊級(2〜4機)以上の戦闘機を出撃させて、敵の攻撃編隊群の形成を妨害する任務を遂行する。この任務を遂行するためには、空母に30機以上の艦載戦闘機を搭載しなければならない」と、対日戦を想定した任務と要望性能が記載されている。 日本との領有権紛争とは、竹島を巡る争いを指す。竹島は現在、韓国が不法占拠しており、「独島警備隊」という対空砲まで装備した武装警察が警備し、韓国軍は年に2回、陸海空軍海兵隊と海洋警察まで動員する大規模な「独島防衛訓練」まで行っている。 日本が、中国の海洋進出と北朝鮮の核・ミサイルに対処しなければならない情勢の中で、準同盟国と位置付けられる韓国に紛争を仕掛けると本気で考えているのだろうか。もし、そうであれば、現状認識が根本的に間違っているといわざるを得ない。 報告書に記載された空母保有の必要性は、対日戦だけではない。第一の理由として、朝鮮半島有事に際して、黄海と日本海に進出し、北朝鮮の指導部や主要施設を攻撃する「戦略的麻痺戦」の実行を挙げ、次に、朝鮮半島有事に中国軍が介入してきた場合の航空阻止作戦を挙げている。 そして、これら任務を遂行するためには、イギリス海軍が2017年2月から実戦配備した空母「クイーン・エリザベス」を目標とする空母を建造・保有する必要があると説いている。日米英が保有する最新の“空母”と韓国が導入を検討する空母のモデルを比較したものが下表だ。※ 「いずも」の諸元は就役時のもの、搭載戦闘機数は改修後の予想(著者作成) 韓国海軍が、日米英という第2次世界大戦当時からの海軍大国を凌駕する、あるいは一挙に肩を並べる空母の保有を検討していることが分かるだろう。だが、果たして皮算用通りに事が運ぶのだろうか。 韓国の空母導入計画が明るみ出たのは、今回で3回目。最初は1996年に竹島を巡り日本との対立が深刻化すると、金泳三大統領が計画を承認した。次は2013年に軍人最高位の合同参謀本部議長が、空母保有の検討計画を発表したが、いずれも予算面の問題で頓挫している。海軍力の土台がない だが筆者は、仮に予算の問題をクリアして建造にたどり着いていたとしても、韓国海軍が空母を作戦配備することはできないのではないかと考える。 韓国海軍は、海上自衛隊に刺激されたためなのかは定かではないが、次々に新型艦艇を導入するなど近代化に躍起になってきた。しかし、日韓間での政治的摩擦にまで発展した強襲揚陸艦「独島」は、レーダーや武器管制システムに欠陥があるまま就役し、2015年の韓国独立70周年を記念する竹島への派遣には、スクリューの故障で参加できないという失態を犯した。また、韓国初の国産潜水艦の「孫元一」型は燃料電池の不具合で数日間しか潜行できず、基準値よりも大きな水中雑音を発するため、まともに作戦行動がとれないとも伝えられている。 韓国が空母保有を検討しているという報道を受けて、前出の関係者に連絡してみたところ、彼は「絵に描いた餅」と一笑に付した。 「海軍力の整備は、国家の技術力と国民の海洋への関心、海軍の練度を土台として、100年単位で培っていくもの。経済力をつけた韓国は、“先進国クラブ”への仲間入りの象徴として空母を持ちたいのだろうが、日米英と比肩する土台にそもそもない。海上自衛隊観艦式に参加した韓国海軍の艦船=2015年10月18日午後、神奈川県沖の相模湾(酒巻俊介撮影) そして、空母は1隻建造したところで、無用の長物でしかない。護衛艦や潜水艦と『空母打撃群』(CGS)を編成してはじめて、空母の持つ攻撃力を投射できる。だが、海上自衛隊であってもCGSを維持することは予算的・人的に困難。韓国海軍が仮に空母を持ったところで、“岸壁の守り神”よろしく巨大な広報施設になるだけだろう」(前出の関係者) 報告書では、韓国海軍が空母を保有した時の期待効果として、「国威宣揚」を挙げている。艦載戦闘機を含めて1兆円近い予算を投じなければならない韓国空母は、建造されれば国民のプライドを満足させる効果はあるだろう。 しかしながら、米軍のTHAAD(終末高高度防衛)ミサイル配備を受け入れただけで、中国から経済的に干される仕打ちを受けた韓国が、朝鮮半島有事に際して、北朝鮮を空爆し、中国軍戦闘機の接近を阻止するための空母を黄海に投入できるのであろうか。この一点だけを取り上げても、韓国海軍の空母保有計画が前提から破綻していることがうかがえる。  韓国誌が暴露した韓国海軍の空母保有計画が教えてくれたことは、韓国の反日姿勢が「従軍慰安婦」などの歴史的・政治的問題のみならず、軍事的にも同様であるという警告だ。

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    「五輪停戦」で金正恩の勝利、文大統領の危険な「前のめり外交」

    岡崎研究所 ウォール・ストリート・ジャーナルの1月9日付け社説が、南北会談は金正恩のプロパガンダの勝利であり、金正恩との融和よりは米軍の展開こそが平和の確かな保証だ、と述べている。要旨は次の通りです。北朝鮮が韓国で「三池淵管弦楽団」の公演を行うとの南北合意に基づき韓国を訪問した同楽団のヒョン・ソンウォル団長=1月22日(韓国取材団・共同) 1月9日の南北会談は金正恩のプロパンガンダ勝利となった。南北は北朝鮮の平昌オリンピック参加に合意した。南北会談と「五輪停戦」は金正恩を平和の人と印象付けることになった。 これはひどく苛立たしいことだ。しかし金正恩の深謀は韓国と米国の間に楔を打ち込むことだ。今や文在寅(大統領)には米韓分断にならないことを明確にする責任がある。 戦略問題は米国としか話をしないとの、これまでの北の一貫した政策からすれば、新年の金正恩の南北会談提案は驚きであった。北の宣伝によれば韓国は米国の傀儡政権だ。最大の例外は金大中が南北首脳会談開催と引き換えに数百万ドルを北に支払った2000年だった。2000年の首脳会談により南北は「太陽政策」と呼ばれる短い融和の時期に入ったが、この間多額の対北援助が行われた。 文在寅は開城工業団地(北にとり毎年1億ドルの外貨収入源)を含む太陽政策を復活したいと考えている。先ず核、ミサイル開発を縮小すべきとの米国の政策に相反して、文在寅は5月の大統領就任時から対北直接対話を呼びかけてきた。北はこれを相手にせずミサイルの完遂を進めてきたが、今は南北会談により政治的利益を得ることができると考えている。 恐らくトランプ政権は五輪のために韓国の考えに従うことにしたのであろう。韓国は五輪の期間定例の軍事演習の延期を求め米国はこれを黙認した。 北はオリンピックの後も会談を継続し、それにより韓国を米から離反させることを狙っているかもしれない。国連制裁が効果を発揮し、燃料の流れは段々と減り、輸出による外貨収入も難しくなっている。そのような状況なので韓国との関係改善は非常に魅力的になってきた。しかし文在寅には大きな制約が掛かっている。国連制裁のため資金援助は困難であり、また北の急速な核兵器開発の結果半島の緊張が高まり韓国の対米軍事依存は高まらざるを得なくなっている。 米国はオリンピックの間も韓国沿岸にカール・ビンソン空母軍を展開すると明らかにしている。このような米軍の展開こそが、戦争を脅かしながら平和を求めるような金正恩との融和よりは一層信用できる平和の保証になる。出典:‘North Korea’s Peace Games’(Wall Street Journal, January 9, 2017) この社説は全くの正論です。北は五輪終了後も対話を継続させ米韓離反を狙っているかもしれないとの指摘は的確です。韓国主要紙の反応も総じて文在寅の対応に諸手で賛同ということではありません。文在寅は優先順位を理解していない 10時間を超える会談の後、3項目の共同合意文書が発表されました。合意の第一は北の平昌五輪への参加です。第二は、「軍事的緊張状態の緩和」について、南北の偶発的な衝突を防ぐため軍の当局者の会談を開催すること、第三は、「南北関係の改善」につき問題の解決は韓国と北朝鮮の「当事者同士で行う」ことです。 五輪に参加する北側高官代表団、選手団、応援団の派遣と北側関係者の滞在の便宜を南側が保障するという内容も共同文書に入っているといいます。これに対し、この滞在支援は国連制裁に反するのではないかとの指摘が出ています。制裁のためか、北は高麗航空の使用ではなく陸路で入るということです。韓国政府は制裁との関係につき米国や国連と協議すると述べています。 今後、開城工業団地、金剛山観光開発の再開を北が求めてくる可能性も排除できません。制裁の厳格な実施が最重要であることを韓国に念押しすべきです。 北の五輪参加は良いことですが、最重要問題の非核化は議論されませんでした。会談で韓国側が非核化に言及したところ、北は峻拒したといいます。南北会談の限界とリスクを表しています。今後南北で軍当局者会談が開催されるでしょうが、過去の例も考えると、大きな成果は期待できません。北は米軍の展開や合同演習の中止を強く求めるでしょう。 南北関係に関する南北の文言には齟齬が出ています。韓国の発表では「われわれ民族が韓半島(朝鮮半島)問題の当事者として対話と交渉を通じて解決していくことにした」(9日夜韓国政府発表)であるのに対し、北側の発表は「われわれ民族同士の原則で、対話と交渉を通じて解決していくことにした」(10日未明朝鮮中央通信報道)となっています。南北間の言葉使いとして北側の文言には特別の意味が込められており、米韓同盟に楔を打つ考えが一層明確になっていると言われます。 文在寅の、危なっかしいともいえる前のめりの外交には、一層の注意が必要です。文在寅は今の優先順位を十分に理解していないのではないかと思われます。更に文在寅は従来から北朝鮮問題では韓国が運転席にいるべきだとか、韓国がリードすべきだと述べています。過去の失敗も余り理解していないようです。南北対話が持続的に成功した例はないのではないでしょうか。南北融和を図る度に核問題がうやむやにされ、その間に北は核、ミサイルの開発に邁進し、今日の事態に至っています。核問題は今が最後のチャンスです。1月10日、ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見を行う文在寅大統領(共同) 1月10日に文在寅はトランプと電話で会談、南北会談の結果を伝えた。韓国側の説明によれば、両首脳は米韓間の協力を強化することで合意し、南北協議が「米朝間の対話」につながる可能性もあるとの見通しを示したといいます。しかし最近も米韓間の対外説明に齟齬があった事例が指摘されており、懸念が残ります。 今後、北の五輪参加準備がうまく進めば、ともかく3月中旬までは今の状態で推移するでしょう(オリンピック2月9~25日、パラリンピック3月9~18日)。しかし、五輪の後は元のギアに戻し、対北圧力を強めていかねばなりません。その間も対北制裁は効いてきます。

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    首相は平昌五輪に出席すべきか

    安倍晋三首相が平昌冬季五輪の開会式に出席する意向を表明した。「慰安婦合意について日本の立場を伝えていきたい」。首相はこう語ったが、慎重論が渦巻く中での訪韓決断に政権内でも賛否が分かれる。スポーツの祭典と割り切るべきか、五輪の政治利用と捉えるべきか。その是非を考える。

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    「恨みは善意からも生まれる」総理の平昌出席は危険かつ愚行である

    韓期待論」の浮上は、どのように評価すべきであろうか。 朴槿恵前大統領の執政期に「底」を付けた感のある日韓関係は、現下の文在寅大統領執政期に至って「2番底」の局面に入りつつある。日韓慰安婦合意に絡んで「ゴール・ポスト」を動かすそぶりを示した文大統領麾下の韓国政府の対応は、例えばJNN世論調査の結果によれば、日本国民の実に8割方の層が「理解できない」ものとして受け止められている。政権与党部内からの「安倍訪韓期待論」には、こうした日韓関係の「2番底」局面なればこそ、日本は大局的見地からあえて韓国に対して「善意」を示すべきであるという考慮が働いているのであろう。2018年1月、韓国の文在寅大統領の年頭記者会見で、質問のため挙手する記者たち(共同) もっとも、それにもかかわらず、安倍訪韓は、実際の対外政策上の選択肢としては取り難いものであろう。それは、日韓関係の現況、あるいは米中露3カ国ですら最高政治指導者を送らないという事情に因るものではない。 安倍訪韓に支障を生じさせている最たる要因は、実は文大統領麾下の韓国政府の姿勢にこそある。韓国政府は、北朝鮮が国際社会から幾度も制裁を発動されている事情を脇に置いてでも、「平昌2018」を朝鮮半島の外には共感の難しい「同胞」意識の発露の舞台にしようとしている。 韓国政府は、「平昌2018」が「スポーツの祭典」であるという建前を放り出して、それを「南北融和」を図る機会として露骨に政治利用しようとしているのである。韓国国内でも強い批判を招いている「女子アイスホッケー南北合同チーム」の結成は、そうした「スポーツの祭典」としての性格がねじ曲げられていることを示す一つの事例であろう。こうした文大統領の思惑に、日本があえて付き合う合理的な理由は率直に乏しいであろう。オリンピックは「スポーツの祭典」であるという建前の下に、安倍総理が平昌に赴くべき根拠は薄弱なのである。人の恨みは善行からも生まれる 前に触れた政権与党部内の「安倍訪韓期待論」は、日本が対韓強硬姿勢の一色に塗り込められたわけではなく、その故に韓国に対して「善意」を表そうとしたことを内外に示す限りにおいて、相応の意義を持つのであろう。大体、現下の北朝鮮を典型的な事例として、周囲の国々に対して、殊更に「悪意」や「敵意」を向ける対外姿勢が、真っ当なものであるはずはない。既に「氷河期」に入ったとおぼしき日韓関係の現況下、日本が「善意」を忘れなかったと知られることは、わが国の声望の上でも意義深いことかもしれない。 ただし、政治の文脈における「善意」の意味を考える際には、ニコロ・マキアヴェッリが『君主論』(『マキアヴェッリ語録』塩野七生、新潮社版)書中に残した次の一節を参照することが大事である。 「人を率いていくほどの者ならば、常に考慮しておくべきことの一つは、人の恨みは悪行からだけではなく善行からも生れるということである。心からの善意で為されたことが、しばしば結果としては悪を生み、それによって人の恨みを買うことが少なくないからである」マキアヴェッリの『君主論』(iStock) このマキアヴェッリの言葉を踏まえるならば、「善意」の政治上の効果を素朴に信じるのは、率直に危険にして愚かなことである。文大統領麾下の韓国政府は、仮に日本が安倍訪韓という体裁で「善意」を示した場合の見返りとして、どのような「善意」を日本に示すつもりであろうか。そうしたことが曖昧にされたままの安倍訪韓は、日本の国益に照らし合わせて有害なものにしかなるまい。 加えて、確認されるべきは、「東京2020」という催事が日本という国家にとって持つ意味である。安倍総理が平昌五輪開催式に出席しなかった場合、文大統領が「東京2020」の折に訪日するのを期待するのは、客観的に難しくなるであろう。「安倍訪韓期待論」には、そうしたことへの懸念もまたいくばくかは反映されていよう。しかしながら、「東京2020」に先立ち、来年に平成の次の御代が来ることを思えば、その折に海外から顕官貴賓を迎えることになる「大礼」こそ日本という国家にとっては最も重要な祭事であろう。 代替わりの際の「大礼」は、当然のことながら、その重要さにおいて「東京2020」がしのぎ得るものではない。「東京2020」という高々、スポーツイベントに過ぎぬものに過度の意義を持たせて、日本の国家路線や対外政策方針をねじ曲げない配慮こそが肝要であろう。「平昌2018」への対応は、そうした距離感を問うているのである。

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    安倍首相「平昌五輪欠席」の政治判断に反対する

    鈴木知幸(国士舘大客員教授) 平昌冬季五輪の開会式に、安倍晋三首相は出席すべきであり、国会日程を理由に欠席することにも反対である。 世界の国家元首に対して、オリンピック開会式への招待状を出すことは、いつから始まったのか不明だが、少なくとも「オリンピック憲章」と昨年公開された「開催都市契約」には、その必要性も否定的見解も記載されていない。 国際オリンピック委員会(IOC)も、各国の政府代表が、開会式へ出席することや、政治的理由をつけて拒否することについて、評価も批判もしていないのである。開催国の元首が世界の国家元首に招待状を出すのは、主役である開催国が高評価を得るために長年の慣例として行われてきただけである。 また、オリンピック大会のたびに厚遇が保障されているオリンピックファミリーにも、IOCは国家元首を入れていない。それどころか、オリンピック大会の「開催期間中、政府またはその他の機関の代表、その他の政治家が、大会組織委員会(OCOG)の責任下にある競技会場において演説することは、いかなる種類のものであれ認められない」とオリンピック憲章で禁止されており、政治家の発言さえも封鎖しているのである。にもかかわらず、国家元首のオリンピック開会式出席は、開催国に対する重要な評価の一つになり、その参加人数や拒否理由などが、大会ごとに話題となるなど注目され続けているのである。 翻(ひるがえ)ってみれば、2008年の北京五輪では、チベット弾圧などの人権問題を批判する欧米諸国が開会式出席のボイコットをちらつかせた。しかし、中国も改善をアピールし、すべての国連加盟国に招待状を送るなど猛烈に巻き返し、結果的に100人以上の各国要人の出席を確保した。これは当時の過去最高人数であり、日本も聖火リレーの混乱を批判しながらも当時の福田康夫首相が出席している。 2014年のソチ冬季五輪は、ロシアが「同性愛宣伝禁止法」を制定したことに反発した欧米諸国の首脳が多数欠席し、結局出席した国は四十数カ国にとどまった。なお、この時の日本政府は、安倍首相が「北方領土交渉」を進めるためとして出席しており、一部の国から批判を受けている。リオデジャネイロ五輪に至っては、開催国ブラジルのルセフ大統領が弾劾手続きで職務停止中となり政情不安になったことで、世界から批判が殺到し、40人ほどしか参加しないという結果に終わった。2014年のソチ冬季五輪の開会式に出席した安倍晋三首相(中央)=ロシア・ソチのフィシュト五輪スタジアム (代表撮影) このように、各国が開催国への批判を理由に五輪開会式の出席可否を決定することは、国家間の政治的対立をあおることになり、その応酬が続いている。 そして、今回の安倍首相の参加可否が注目されている中で、自民党の二階俊博幹事長が「国会と五輪出席は、両方とも大変重要な政治課題」という旨の発言を公然としており、そのことをマスコミも違和感を覚えていないことが、この問題の根深さを物語っている。「平昌欠席」を黙殺するIOC こうした開会式への国家元首の出席について、自国の重要な政治課題として決定している現状をIOCが黙視しているのは極めて不可解である。この問題を政治介入あるいは政治利用と認識することを、IOCはあえて避けているとしか思えない。オリンピック憲章には、IOCの使命と役割として「スポーツと選手を、政治的または商業的に不適切に利用することに反対すること」と定めているのであって、IOCはこの悪しき傾向を断じて黙殺すべきではない。 したがって、オリンピック憲章に示されている「開会式のプロトコル(儀礼上の約束事)」の中に、開催国と世界各国が、開会式への国家元首の出席可否を開催国に対する政治的メッセージに利用しないよう追記すべきである。 IOCは、過去に国連総会の場を通じて、何度もオリンピックの自治を働きかけてきた。2014年10月には「スポーツの独立性と自治の尊重およびオリンピック・ムーブメントにおけるIOCの任務の支持」を全会一致で取り付け、2015年4月にも、バッハ会長が国連本部で「スポーツは世界を変える力を持ち、さらに重要な役割を果たす時代が来た。スポーツは政治的に中立な立場でなければならない」と演説し、絶賛を得ているのである。記者会見するIOCのバッハ会長(左)=2017年12月5日、ローザンヌ(AP=共同) 今回の開会式出席問題についても、IOCが国連の場で、開催国に代わって五輪開会式には無条件に出席するよう要請し賛同を得るべきではないだろうか。 五輪の開会式は、政治的に中立な「スポーツという部分社会」の場であり、その上サッカーのワールドカップのような選抜された国の集まりではなく、国連加盟国数を超える世界のすべての国と地域が一堂に会することができる唯一無二の機会だからである。このような国際的な場が他にあろうか。  そのような世界の場において、安倍首相が国会日程を理由に開会式を欠席したとしたら、韓国はいわゆる慰安婦問題への抗議のためと受け取ることは明白である。そして、2年後の東京五輪開会式には、韓国大統領が報復で欠席することを覚悟しなければならない。 問題は日韓の応酬だけではない。このような五輪開会式への参加可否に関して、政治的主張の悪しき応酬が続けば、2020年の東京大会でも、日本政府にとっては不本意な理由をもとに、開会式をボイコットする国家元首が出てくることは十分予想される。例えば、ノーベル平和賞を受賞した非政府組織(NGO)「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)による、「核兵器禁止条約」に日本が加盟しないことを批判する国がボイコットする懸念を考えたことはないのだろうか。 そのためにも、今回の安倍首相の出席について、微力は十分承知ながら、日本オリンピック委員会(JOC)は平昌五輪開会式への参加を促すよう、日本政府に働きかけることを期待したい。しかし現在のところ、JOCにその気配が感じられないのは残念である。 

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    どこが「南北融和の象徴」か、安倍首相の平昌五輪出席は論外である

    大統領主催の晩餐(ばんさん)会で元慰安婦の女性にトランプ氏とハグさせるパフォーマンスを演出するなど、日韓関係は冷え込む一方である。さらには、核の脅威のみならず、拉致問題解決の糸口さえ示さない北朝鮮の思惑も見え見えである。そう考えれば、安倍首相の平昌五輪出席などもとより論外であろう。

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    なぜ安倍首相は平昌五輪に行くべきではないのか

    門田隆将(ノンフィクション作家)  私は、日々、変わっていく“観測報道”に驚いている。韓国で2月9日に始まる平昌冬季五輪開会式への安倍首相の「出席・欠席」問題である。なぜ、日本はこうなんだろう、と。 安倍首相は、平昌五輪開会式に出席してはならない。国会云々ではない。日本の首相たる安倍晋三氏は、日本国民を代表して毅然と「欠席」しなければならない。 五輪を政治利用するのではない。北朝鮮との共同チーム編成など、五輪を政治利用しているのは韓国である。日本は、きちんと選手団も派遣するので、そんな次元には立っていない。現に日本政府の高官は出席する。だが、将来の韓国との真の友好のためにも、安倍首相は行ってはならないだろう。 今年、安倍首相が「欠席の意向」を固めたことを1面トップでスクープしたのは、1月11日付の産経新聞だった。記事にはこう書かれていた。 〈(安倍首相の欠席の理由は)表向きは1月22日に召集予定の通常国会の日程があるためとするが、慰安婦問題の解決を確認した2015年12月の日韓合意をめぐり、文在寅政権が日本政府に新たな措置を求める姿勢を示したことを受けて判断した〉 つまり、首相は、「最終的、かつ不可逆的な解決」で決着した韓国との慰安婦合意が反故(ほご)にされたことで、平昌五輪開会式への出席を取りやめることを決断したのだ。当然の判断だろう。安倍首相欠席の意味を韓国の国民がどう受け止めるのか、それは韓国側の問題である。衆院本会議で施政方針演説をする安倍晋三首相 =2018年1月22日、国会(宮崎瑞穂撮影) しかし、その首相の決断をさまざまな人々が覆そうとしている。日本という国の不思議さは、そこにある。踏まれても、蹴られても、それを乗り越えて「相手にすり寄る姿勢」である。日本外交の基本は、「どこまでも ついていきます 下駄の雪」という都々逸(どどいつ)に歌われた姿勢に最もあらわれている。 現在の安倍政権を除き、日本は、ひたすら「中国と韓国」の意向に寄り添ってきた。どれだけいわれなき批判を受けようと、国旗を焼かれようと、史実に基づかない非難を受けようと、ただ、黙って「友好」のために口を噤(つぐ)んできた。 中国の場合でいえば、中国が天安門事件(1989年の六・四事件)で世界中から制裁を受け、孤立を深めていたとき、これに「手を差し伸べ」て、「立ち直らせた」のは日本である。 中国は、国際社会からの非難がつづく中、1992年2月に、悪名高きあの「領海法」を一方的に制定し、中国の赤い舌と呼ばれる「九段線」を設定した。 これによって、東シナ海、南シナ海のほとんどの島嶼(とうしょ)を「自国のものである」と言い始めたのだ。もちろん、尖閣諸島(中国名:釣魚島)も、このときから「中国領」とされた。 しかし、日本はこの時、国際社会が唖然とする信じられない行動に出た。当時、駐中国大使だった橋本恕氏が中国の国際的孤立を打破するために精力的に動き、多くの日本の親中派の政治家・官僚を動かし、領海法の制定発布8か月後の1992年10月に、なんと、「天皇訪中」を実現するのである。微笑外交の限界 当時の宮沢喜一首相、加藤紘一官房長官、小和田恒外務事務次官、橋本恕・駐中国大使の罪は測り知れない。日本の領土である尖閣諸島まで「自分たちのもの」と主張し始めた中国に、いわば国際社会復帰への“お墨付き”を与えたのだ。 中国の民主活動家たち、いや、中国を脱出し、世界中で人権活動をおこなっている中国の人々が、今も「日本だけは許せない」と憤る理由はそこにある。そして、問題は、これによって果たして中国と日本は真の友好関係を結べただろうか、ということである。南北会談で握手する韓国の趙明均統一相(右)と 北朝鮮の祖国平和統一委員会の李善権委員長=2018年1月9日、板門店 「特定アジア」という言葉がある。反日感情が極めて強い中国と韓国、そして北朝鮮を指す言葉である。「特亜三か国」とも言う。特に、中国と韓国は、いずれも慰安婦の「強制連行」という史実に基づかない虚偽をもとに日本と日本人の名誉を貶めつづけている。 「女子挺身隊」を慰安婦と思い込んで報道した朝日新聞と、それを鵜呑みにした韓国の人々が、国家総動員体制下で軍需工場等で働いた14歳以上の「女子挺身隊」を慰安婦と混同し、世界中に「少女像」を建てまくっているのは周知のとおりである。これは「あり得ない喜劇」として、いつか国際社会に認識される日も来るだろう。 しかし、相手がどんなことをやろうと、日本は安倍政権が誕生するまで“微笑外交”をつづけてきた。今回もまた、平昌五輪開会式への安倍首相の「出席」を求める声が政界とマスコミの間に澎湃(ほうはい)と湧き起こっている。 日韓議員連盟という、うわべの「友好」と「利権」に群がった超党派の議員懇談会のメンバーが必死に安倍首相の出席を促しているのである。彼らこそ、韓国との「通貨スワップ」を復活させろという主張をおこなっている元凶でもある。 中国や韓国に日本が毅然とした姿勢を示したことは殆どなく、そのために「日本には強く出ても大丈夫」と舐められ、「真の友好」から逆に遠ざかって来た“愚”が、またくり返されるのだろうか。  そんなことは「二度とくり返さない」、そして、日本は毅然として「是は是、非は非」という姿勢を貫くことを国際社会に示すために、安倍首相は、絶対に「平昌に行ってはならない」のである。(「門田隆将オフィシャルサイト」より2018年1月22日分を転載)

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    「秘密外交」の無残な結末、また韓国にだまされるのか 

    かった。とくに慰安婦合意についての大統領の方針には、常識ある国々、人々があっけにとられただけでなく、日韓関係がいよいよもって「マネージ不能」(河野太郎外相)に陥るという深刻な状況をもたらした。韓国は、しかし、そういう国なのだろう。誤解を恐れずにいえば、過去に同じ目にあっているにもかかわらず、また騙された日本政府の外交的失敗でもあった。韓国の非を鳴らすだけでなく、自ら反省することも必要だろう。 1月10日の記者会見での文大統領の発言、慰安婦合意検証に関する韓国政府の方針はすでに日本のメディアで報じられているので、その詳細を繰り返す必要はあるまい。ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見に臨む 文在寅大統領=2018年1月10日 それにしても驚くのは、先進国クラブ、OECD(経済協力開発機構)に古くから加盟し、世界で11位(2016年)の経済大国である韓国の指導者がいまだに前世紀の発想から抜け出せずにいることだ。絶望的なことだが、そのことを議論しても詮ないことなので、やめておく。 むしろ釈然としないのは、こういう結末になることはわかりきっていたのに、〝秘密交渉〟を進め、10億円の拠出を余儀なくされた日本政府の甘い外交姿勢だ。しかも、日本国民の税金から支払われたその拠出金は、すでに多くの元慰安婦や遺族に給付された後であるにもかかわらず、韓国側が〝凍結〟するという。日本側の意思が踏みにじられた形になってしまった。 〝秘密交渉〟については、韓国政府が昨年暮れに公表した「慰安婦問題日韓合意検証報告書」で暴露された。 報告書によると、局長協議が難航したため、谷内正太郎国家安全保障局長と李丙●(王ヘンに其)国家情報院長(当時)が別ルートでの非公開の交渉を展開した。最終的な合意内容についても、日本側がソウルの日本大使館前の少女像の撤去や第3国での像、碑の設置への善処、「性奴隷」という言葉を使用しないことを求め、韓国側は「適切に解決されるよう努力する」「韓国政府は支援しない」「公式名称は〝日本軍慰安婦被害者問題〟だけ」などと約束したという。 慰安婦の象徴とされる少女像がソウルの日本大使館前に設置されていることは、外交官や外交使節団の身分を規定したウィーン条約に違反し、米国内などでの像設置は、日本に対する誤解を助長する結果になっている。日本としては極めて重大な問題であるはずで、それを非公開にしたという判断は理解できない。韓国は非公開の約束について何ら手段をとらずに放置しており、この部分が両国民にはっきりと公開されていたら、その後の展開は違ったものになったかもしれない。 河野外相は、非公開部分が公表されたことについて、「両国首脳間の合意であり、正当な交渉を経てなされた。合意に至る過程に問題があったとは考えられない」と説明しているが、いささか歯切れが悪い。  日本側としてみれば、10億円で「最終的、不可逆的な解決」が実現するなら安いと考えたのだろう。しかし、そうだとしたら、甘かったという他はない。いや、日本政府は、いずれ韓国政府が問題を蒸し返してくることはわかっていたのではないか。しかし、慰安婦問題に固執していた当時の朴槿恵政権を宥めなければならなかったことに加え、北朝鮮情勢を抱えて日韓関係が不安定になることを嫌った米国から、さまざまな形での要請があったであろうことも想像がつく。やむをえず合意をはかった苦しい決断だったのかもしれないが。予想された結末 2015年暮れの合意当時から、それを危ぶむ声は少なからず存在した。最初は歓迎しておいて、蒸し返されてから「それ、みたことか」と批判に転じる結果論とは違う。合意発表の翌日、15年12月29日付産経新聞の「主張」は早くも「本当にこれで最終決着か」という見出しで、「韓国側は過去、日本側の謝罪を受け、何度か決着を表明しながら蒸返した経緯がある」と強い懸念を表明した。今回まさに、それが的中したというべきだろう。 こうした危惧を抱いたのは、ひとり産経新聞だけではあるまい。やはり日本が資金を拠出したアジア女性基金の教訓から、同じ轍を踏むのではないかとの懸念はあちこちから指摘された。 アジア女性基金は村山内閣当時、戦後50年にあたる1995年に発足が決まった。民間からの募金と政府の支出で50億円を超える基金を創設。韓国やオランダなど元慰安婦の女性たちに見舞金・償い金を支給する事業だったが、韓国では、慰安婦支援団体などが「日本の責任回避のためのまやかし」などと反発、元慰安婦に受取り拒否を説得した。一部支給を受けた人たちもいたものの、韓国内で反発が高まっただけで、何ら問題の解決につながらなかった。 今回、日本が拠出した10億円について、2018年1月9日の朝日新聞夕刊は、17年末の時点で、健在の元慰安婦47人のうち34人に各1億ウォン(約1000万円)、亡くなった199人のうち58人の遺族に各2000万ウォンを支給する手続きがとられたと報じている。 それを中断して、資金を凍結するというのだから、元慰安婦や当事者以外の意思によって事業が挫折するという意味では、アジア女性基金とまったく同様だ。 文大統領は、あらためて日本側の謝罪を求めるともいう。 日本はこれまで、何度謝罪してきたことか。 今回の合意がなされた15年12月28日、ソウルでの岸田文雄外相(当時)と韓国の尹炳世(ユン・ビョンセ)外相(同)との共同記者会見で岸田外相は、「心身にわたり癒やしがたい傷をおわれたすべての(慰安婦の)方々に心からお詫びと反省を表明する」という安倍首相のメッセージを伝えた。 そもそも、1965年2月、日韓基本条約仮調印のため訪韓した当時の椎名悦三郎外相は、「両国間の長い歴史の中に不幸な時期がありましたことは遺憾な次第でありまして、深く反省するものであります」と明確に謝罪している。 さらに戦後50年の大きな節目だった1995年8月15日の村山富市首相の談話は、「植民支配と侵略によってアジア諸国の人々に多大な損害と苦痛を与えた」ことを認め「痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持を表明する」と大きく踏み込んだ。 昨年12月30日付の読売新聞朝刊によると、1990年、韓国の盧泰愚大統領が来日した際、宮中晩餐会での天皇陛下のお言葉にある「痛惜の念」という表現は、陛下のご意向をくんで用いられたという。1984年、全斗煥大統領来日晩餐会での昭和天皇のお言葉、「遺憾」より強い表現となっている。 それでも足りず、さらに謝罪せよという。まさか、そんなことはしないとは思うが、仮に日本政府が韓国の意向を受けて、あらたな謝罪をしたとしても、また同じことが繰り返されるだけだろう。 文大統領は当初、合意の破棄も辞さない姿勢を見せていたが、さすがに思いとどまったようだ。だからといって、大国とは思えない振る舞いをする韓国への批判や嘲笑が軽減することはありえない。  河野外相の談話にあるとおり、日韓関係はもはや「管理不能」になりつつあり、韓国とはもう、やっていけないと感じる人も少なくないのではあるまいか。1月11日付の産経新聞朝刊は、「韓国は放っておくしかない」という見出しのコラムを掲載した。溜飲を下げ、同感した読者も少なくないだろう。北朝鮮の祖国平和統一委員会の李善権委員長(右)と握手する 韓国の趙明均統一相=2018年9日、板門店(韓国取材団・共同) しかし、それでいいのか。韓国を「放っておく」ことは、日韓、さらに言えば日米韓3国の連携を解消することにつながる。それによって、誰が得をし、ほくそ笑むか。考えるまでもないだろう。 文大統領会見前日の9日、板門店で開かれた南北閣僚級会談では、平昌五輪への北朝鮮参加問題、緊張緩和のための軍当局者による会談などで一定の進展がみられたようだ。北朝鮮との対話を模索しながら無視されてきた文大統領は、会談が実現したこと自体大きな成果と感じているだろう。 しかし、日韓を離反させたうえで、文政権をいっそう自らに引きつけることができるとあらば、北朝鮮にとってはこれ以上望めない成果だ。しかし、核・ミサイルの脅威にさらされている日本や米国にとっては危険このうえない。日米関係強化で韓国を引き戻せ 対日関係が冷却化するような事態をあえて引き起こし、北朝鮮との対話に前のめりになる文政権に対し、日米、とくに日本はどう臨めばいいのか。心情的にはともかく、現実のさまざまな状況を考慮すれば、韓国を「放っておく」ことは難しいだろう。繰り返すが、北朝鮮、そして背後に控える中国を利する結果を招くだけだからだ。 とりあえず、日本がすべきことは、米国との連携をいままで以上に強化することだろう。韓国は対米関係を考えるときに、常に日米関係に強い関心を払う。「日米」に比べ、「韓米」が後れをとることを極端に嫌う。「日米」が、いっそう関係を緊密化すれば、韓国としても心中穏やかではなくなる。そうしておいて、韓国を日米に回帰せざるを得ない状況を作り上げるべきだ 南北関係の推移を注視していくことも重要だ。南北対話を警戒する向きが日本国内にあるが、対話自体は本来、大いに歓迎すべきことだろう。南北間の問題だけを協議するなら朝鮮半島の緊張緩和にもプラスになるはずだ。ただ、核・ミサイル問題について、韓国が安易な妥協をして日米を窮地に陥れるようなことは避けてもらわなければならない。菅官房長官が、北朝鮮の五輪参加を歓迎しながらも、北朝鮮に圧力をかけ続けていくことを強調したのは、こうした期待と懸念を踏まえてのことだろう。日米は韓国に、詳細に南北関係の状況について説明を受け、韓国が対話一辺倒にならないよう牽制していく必要もあろう。 韓国が対話を通じて北朝鮮の核・ミサイル問題を完全に解決できるなら、こんなすばらしいことはないが、韓国にそういう外交手腕があるとはとうてい思えないし、北朝鮮も相手にすまい。事実、9日の協議でも、この問題は議題にすらならなかったようだ。身の丈にあった南北対話を推進するよう日米は強く求めるべきだ。  北朝鮮をめぐる日米韓3カ国の連携には長い歴史がある。最初は、1996年1月、当時北朝鮮国民を苦しめていた水害被害の救済、食糧支援をめぐる次官級協議だった。それ以来、機会あるごとに、緊急のテーマをめぐって首脳、外相、次官級、局長級などさまざまなレベルでの対話が行われてきた。取材に応じる安倍首相=2018年1月12日、首相官邸 この連携の枠組みはなんとしても維持しなければならない。それが存在すること自体、北朝鮮、中国への牽制になるからだ。文大統領が〝宥和政策〟を追求するとしても、日米韓の連携の効果まで否定することはできまい。 今回の韓国政府の方針をめぐって、安倍首相の平昌五輪開会式出席見送りがとりざたされている。 首相自身は1月12日、今回の問題について「韓国が一方的にさらなる措置を求めてくることは、全く受け入れることができない」としながらも、「合意は国と国との約束で、これを守ることは国際的、普遍的原則だ。韓国側に実行するよう強く求めていく」と述べ、比較的抑制した対応ぶりを示した。韓国をことさら非難、糾弾するだけではいいい結果を生まないことを認識しているのだろう。 個人的考えだが、首相が五輪開会式に出席するのはむしろ悪くはないかもしれない。出席することで〝大人の態度〟を示し、韓国政府に、自らの行動を省みる機会を与える方が生産的ではないか。 それにしても、中国といい、ロシアといい、韓国といい、〝厄介な隣人〟たちに囲まれている日本の外交には、したたかさが求められる。韓国にだまされるようなことは、もうこれ以上あってはならない。

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    北の思惑通りに動く韓国 平昌五輪ならぬ“平壌五輪”に

    性をにじませた。 無理もないことだろう。韓国政府が慰安婦問題をめぐる2015年合意を覆してきたことで日韓関係に再び暗雲が立ちこめ、“祝賀ムード”は吹き飛びつつある。北の言いなりじゃないか! 奇しくも、平昌五輪には各国首脳の「欠席」の表明も相次いでいる。 ドーピング疑惑で選手団が参加できないロシアのプーチン大統領の出席は期待できず、米国もトランプ大統領ではなくペンス副大統領が出席する方針だ。さらに16日、「中国からは韓正・政治局常務委員が訪韓する方向で調整中」と公表され、習近平・国家主席の“欠席”が決まった。 北朝鮮の核問題を巡る6か国協議のメンバー国の首脳の欠席表明が続いているのだ。さらに安倍首相まで欠席を検討する背景にあるとみられるのが、慰安婦日韓合意を巡る問題、そしてそれと表裏一体の関係にある“北との接近”である。 韓国の康京和外相が慰安婦問題について「日本の自発的な真の謝罪を期待する」との要求を発表したのは1月9日だった。その日、北朝鮮との南北対話は大きく動いた。 金正恩・朝鮮労働党委員長が元旦の演説で「五輪に代表団を派遣する用意がある」と述べたことに文政権が反応し、電撃的に閣僚級会談を開始したのだ。 そこで北朝鮮の五輪参加が合意に至ると、実務者協議では230人規模の応援団の派遣を北側が表明。「美女軍団」の来訪を韓国側は即座に歓迎した。この間、北朝鮮は「非核化」の要求にはゼロ回答を貫いた。2017年4月、韓国・江陵で開かれたアイスホッケーの大会で記念撮影する韓国と北朝鮮の女子チームの選手ら(共同) 北主導のシナリオに乗るばかりの文政権の姿勢には韓国内でも困惑が広がった。アイスホッケー女子で韓国側が合同チームを提案したことには、韓国代表のカナダ人監督が「北朝鮮選手を起用しろという圧力がないことを希望する」と吐露した。譲歩を求めてくる北朝鮮 もちろん、“平和の祭典”に参加することが北朝鮮の核・ミサイル放棄につながるならば、意味のあることだろう。しかし、元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏は、むしろ逆のシナリオを懸念する。「五輪成功という成果を前に浮き足立つ文氏の足元を見て、北側が“土壇場で不参加”をちらつかせながら、様々な譲歩を求めてくる可能性がある。すでに北朝鮮代表団の滞在費用を韓国側が負担することについて、“制裁違反”にあたるかもしれないと指摘されている。今後、北側は金銭的支援など様々な要求を突きつけてくるのではないか」 それが金正恩体制を今のまま永らえさせることにつながりかねないわけだ。 そもそも日韓の緊迫化と南北の接近が同時に起きたことも偶然とは思えない。2017年5月の大統領選の際、日韓合意の破棄を主張した元慰安婦の支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」は親北団体として知られ、代表の夫と妹が北のスパイ事件への関与を疑われ有罪判決を受けた過去がある。2018年1月、協議前に握手する北朝鮮首席代表のクォン・ヒョクボン文化省芸術公演運営局長(左)と韓国首席代表の李宇盛・文化体育観光省文化芸術政策室長(韓国統一省提供・聯合=共同) 慰安婦を巡って日韓が仲違いすれば、制裁を課す近隣国の足並みが乱れることにつながり、北朝鮮にとって都合がいいことは確かだ。「北側の思惑通りに文氏が動いてしまっている現在の状況は、平昌五輪ならぬ、“平壌五輪”とでも呼びたくなる。肝心の安全保障問題で何一つ譲歩を引き出していないのに、あたかも融和ムードが解決につながるかのように勘違いしている」(ジャーナリストの室谷克実氏)関連記事■ 平昌五輪メイン会場 観客一斉移動で揺れるといわれる安普請■ 平昌五輪 ボイコットも出る一方でモーテルが「1泊12万円」■ ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■ 北朝鮮は平昌五輪で破壊工作に乗り出すか■ 慰安婦問題 繰り返される手のひら返しと河野談話への流れ

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    慰安婦問題は振り出しに? 蒸し返し続ける韓国側の事情

     いったい何度“約束”を反故にするのか。1965年、朴正熙政権と交わした日韓基本条約から50余年──この隣国は、国家間の協定も、大統領の発言も、首脳が握手して交わした合意さえも、平然と踏みにじってきた。そして文在寅大統領は慰安婦問題を巡る嘘と裏切りの歴史に、新たな1ページを加えようとしている。 そもそも日韓の過去の賠償問題は、1965年の日韓基本条約および日韓請求権協定で解決済みだった。このとき個人保障は韓国政府が行なうと主張したので、日本政府から韓国に5億ドルが提供された。ところが、1992年1月の日韓首脳会談で宮澤喜一首相が謝罪の言葉を連発、翌1993年には、河野洋平官房長官が「河野談話」を発表した。 この後、日本では自民党が下野し、細川、羽田内閣と続いた後、自民党・社会党・さきがけの3党連立の村山政権が誕生。韓国側の怒りを収めるため、1995年に設立されたのが、「アジア女性基金」である。2017年12月、ソウルの名所、光化門の前で従軍慰安婦問題の日韓合意の破棄を要求し行進する学生ら(共同) アジア女性基金は、日本政府が約48億円を拠出して運営された。民間からの募金約6億円をベースにして元慰安婦に一人200万円の「償い金」と首相の「おわびの手紙」を届ける事業を開始した。「最初は韓国の元慰安婦7人が受け取りを希望したのですが、慰安婦支援団体である韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)が、基金は『日本政府の賠償責任を回避するためのまやかし』との批判を展開。元慰安婦に受け取り拒否をするよう説得した。韓国メディアも基金を非難しました。それでも日本側は、水面下で計61人に償い金を届けた。 しかし、結局は日韓の溝はさらに深まることになり、慰安婦問題を複雑化しただけでアジア女性基金は解散しました」(元朝日新聞ソウル特派員でジャーナリストの前川惠司氏) 韓国には、大きな声を上げた者が優遇されるという意味の「泣く子は餅を一つ余計にもらえる」という諺がある。泣く子に餅を与える日本に対して、泣き声はどんどん大きくなった。東京基督教大学の西岡力氏が解説する。「2005年8月、当時の盧武鉉政権は慰安婦問題について、『日本政府・軍等の国家権力が関与した反人道的不法行為については、請求権協定により解決されたものと見ることはできず、日本政府の法的責任が残っている』という、驚くべき法的立場を表明します」 ついに日韓請求権協定を無視して国家賠償を求めてきたのである。「10億円はもらってない」「10億円はもらってない」 2015年の日韓合意では国家賠償ではなく、財団への拠出金のかたちで日本政府が10億円を供出することになった。その代わり、合意は「最終かつ不可逆的」なものとなったのだ。 それを今回、政権が代わってまたもや「新方針」というから、呆れるほかない。「心からの謝罪」を新たに求めてきた韓国に、菅義偉官房長官は「日韓合意は国際的に見ても極めて重い合意」とはねのけたが、今後新たな“餅”を要求してくることは明白である。前出・西岡氏はこう分析する。2017年12月、慰安婦問題を巡る日韓合意の検証結果を発表する、作業部会の呉泰奎委員長(共同)「すでに実施されている元慰安婦らへの現金支給事業もあるのですが、それらは“韓国政府のお金でやったこと”と主張するようになるのではないか。さらに、将来、『日本の10億円は1円も使っていないから合意は破棄しても問題ない』と言い出すことも考えられます」 そうなると、再び韓国が国家賠償まで求めて慰安婦問題は振り出しに戻る──そんな可能性さえあり得るのだ。慰安婦問題を蒸し返し続ける韓国側の事情を、前出・前川氏はこういう。「政権にとって国内世論をまとめるには“反日”が一番いいからです。日本は韓国から誠意を見せろといわれれば、お金を出し続けてきた。だから韓国では反日が再生産され続けるのです」 拓殖大学客員教授の藤岡信勝氏はこう話す。「そもそも日韓合意の『不可逆的』という文言は、日本が謝罪を覆せないように韓国側が入れることを要求してきたのです。それを政権が代わったからといって、簡単に破っていいと考えている国なのだから、まともに相手をすべきではない」 慰安婦問題における50年の裏切りの歴史を振り返れば、自明のことである。関連記事■ ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」■ ケント・ギルバート/百田尚樹対談 「儒教に呪われた韓国」■ 高須院長 韓国の慰安婦問題再交渉は「無視すればいい」■ 韓国人がおかしなことを鵜呑みにするのは漢字廃止が影響か■ 慰安婦問題は振り出しに? 蒸し返し続ける韓国側の事情

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    日韓「慰安婦問題」の火種を打ち消す戦争とセックス論

    かっていない一次資料として、大変に貴重なものだと思っている。 この日記の現在の所蔵者は、今日のような日韓関係を懸念して、この日記の公開を控えたり、宝物のように一瞬だけ見せたりしている。だが、日記を書いた人の本意を読みとろうとすればするほど、この日記が、資料として公開されることを考えて書かれたように思えてくる。だからこそ、この日記を読み解くという作業も、あながち日記を書いた人に無礼なことではないのではないだろうかと考えている。ソウルの日本大使館前に設置された慰安婦像 日記は万年筆で書かれており、そのインクが濃くなったり薄くなったりしていることから、彼が、毎日日記を書いたのか、2、3日まとめて書いたのかがわかる。日記の言語は、ハングルと、日本語の漢字や平仮名、片仮名まじりで書かれている。 日本の植民地教育を受けたとはいえ、彼の日本語の使い方は、私が使う日本語と似ている。つまり、濁音や長音など、私と同じように間違っていることが多いのである。その意味でも、私のような立場の者が翻訳しやすいのではないかと思った。 日本は、戦争と植民地化によってアジアに大きな損害を与えたとされ、その責任が、国内外でたびたび問われている。そうした、戦争の負の遺産は、戦後の国際関係にも大きく影響を及ぼしている。戦争や植民地化が終戦によって終わっても、それはその後も負の遺産、いわゆる歴史認識の問題として残り、現在にまで関与し続けている。特に日韓関係においては、それが顕著である。しかも、そうした「悪い状況」を、反韓・嫌韓として売り物にする者が多い。こうした様々な負の遺産の中でも特に、日本の将兵が慰安所を利用した事実、慰安所や慰安婦の問題が、不和の根元になっている。 私は、朝鮮戦争での体験に基づいて、戦争と性に関していくつかの論文を書いたり、講演・講義をしたりしている。それらは戦争中の、特に交戦中の兵隊の性の問題に関するテーマという点では、本書とも共通する。例えば、『恋愛と性愛』(早稲田大学出版部、2002年)で「韓国における処女性と貞操観」として発表したのをもとにした論文が、比較家族史学会の学会誌に「韓国における性と政治」として掲載されており、『アジア社会文化研究』二号には「朝鮮戦争における国連軍の性暴行と売春」(広島大学大学院国際協力研究科、2001年)が掲載された。また、『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』(ハート出版、2014年)という著書もあり、本書は、それらの研究と対になるものである。慰安婦問題とは何か慰安婦問題とは何か いわゆる「従軍慰安婦」の問題が、日韓関係上で不和の火種になっている。この最悪の日韓関係の中で、反日や嫌韓などの書物が氾濫している。私は、そうした類に加わるのではなく、戦争とセックスの関係、性と政治が深く関わっている韓国社会を理解するために、より根本的な問題に挑戦している。単に日本を責めるだけではなく、他の多くの国家、様々な戦争などを通じて性を考察することが、私の研究テーマである。その脈絡から、つまり、「戦争と性」「韓国社会と性」に関するものとして、この問題を考えたい。 戦争とセックスに関する私の考え方の原点は、1950年の朝鮮戦争にあり、私が10歳の時の体験にある。そして、韓国の味方であるはずの国連軍によって行われた婦女暴行が凄惨を極めたのを、私は体験的に知っている。 私の生まれ故郷は、儒教的な倫理観が強かった村であったが、戦争という不可抗力と、性暴力の恐怖によって、住民たちは売春婦、つまり「米軍慰安婦」を認めざるを得なかった。国連軍は平和軍であり、共産化、赤化から民主主義を守ってくれる天使のような軍だと思われていた。だからみんなが手を振って迎えたのに、村の女性に性暴行するとは、思いもよらないことであった。その国連軍に翻弄された小さな私の故郷の村は、売春村となった。 人間の性欲は満足させるか、抑制させるべきか。性欲には極端な快楽性があり、時に犯罪の源にもなっている。現代でも、繰り返される痴漢騒ぎと、それに対する「女性専用車両」など、男性を危険視し、あるいは非人間化する傾向がある。多くの宗教は禁欲主義的でありながら、人間社会の基礎である性を完全に抑制することはできていない。 満足か抑制か。前者の例は遊郭などでの売春であり、後者の例は去勢による宦官制度である。遊郭=廓などは離脱的な文化であって、戦争期などには、より乱れる現象がある。だが、売春は性を乱れさせるだけのものではない。先述したように私の故郷では、売春婦たちによって、一般の女性たちが性暴行を免れることができた。いま問題となっている慰安婦問題にも、そうした側面があったのか。つまり、売春によって性暴行を防ぐためのものであったのか。あるいは、それ自体が性暴行、性奴隷であったのか。こうしたことを検討しなければならない。※写真はイメージ(iStock) では、もう一つの側面である、性欲の抑制、禁欲についてはどうだろう。家畜に施す去勢が、人間にも有効なのであろうか。実際、人間に対する去勢が制度として成り立っていた地域もあった。李王朝の宮中には、去勢された男の「内侍」が存在した。 私は、日韓間の政治的な葛藤の問題も、性の認識に対する根本的な差があると思う。それは、韓国はセックスについての貞操観を主張するのに対して、日本は性を満たすような点があり、このあたりが対照的に感じるのである。そして、それをあえて政治に利用しているのではないかと思っている。 性は、夫婦愛や恋愛といった次元で管理されることが多いが、若い成年男性に性欲を抑制させることは難しいものである。ましてや、死と闘う軍人に性欲を抑制させるのは、ことさらに難しい。いま問題になっている慰安婦などがその例である。性交自体は犯罪行為ではない。社会や時代によっては、男性が女性をある程度強く誘うということが許されていたこともある。「強制」が読み取れない日記 今ここで、私は慰安婦問題を考える。私の興味あるテーマの一つである。だが、ただ単に社会的な風潮やブームに乗ろうとするわけではない。かといって、私が時宜的な状況を全く知らないわけでもない。そこに共感できるという意味では、時宜に便乗する形になっているかもしれない。しかしそれは、表面的な次元ではなく、深層に、そして真相に迫っていくべきだと思う。広く深く、人間の根本的な普遍性に迫って、戦争や性犯罪を考察したいのである。 この「慰安婦問題」がソウルの挺身隊協議会に申告され、初めて報道されたのは1991年12月2日であった。これが韓国の反日感情を高調させたのは当然である。 日韓関係は、良い状態も悪い状態も、それほど長く続かない。韓国の反日感情は主に、日本向けというより国内的なものであるが、それに日本が過剰に反応し、メディアを使って増幅させるという傾向が著しい。つまり、日本人が「逆輸入」して利用するということがいえるのである。これが慰安婦問題を難しくし、さらに一部の人間を面白がらせるという傾向さえある。ソウルの日本大使館前で開かれた恒例の「水曜集会」で、慰安婦問題を巡る日韓合意の破棄を訴える参加者たち=2018年1月(共同) こうした状況の中、私はこの「慰安所帳場人」の日記を検討する。この日記は、ある朝鮮人が、終戦直前にビルマ(現在のミャンマー)とシンガポールで書いた日記である。個人の日記ではあるが、「慰安所日誌」ともいえるものである。先述の通り、私はこれを、慰安婦の本質を知る上で非常に貴重な資料だと思っている。 この日記については、日韓に相反する意見がある。韓国では、日本軍による朝鮮人女性の強制動員の決定的資料だとされている。しかし、この日記には慰安婦の募集の過程が書かれておらず、強制連行、軍が業者に強制して連れて行った、などということには、一切触れていない。この日記からは、それは読み取れないのである。だから、この日記をもとにした「戦時動員の一環として組織的に強制連行を行った」という主張は、早過ぎる結論である。 慰安婦問題に関する多くの戦争中の軍関連文書が発掘されても、慰安婦が日本軍の「従軍」であったという説には、なかなか納得いかない点がある。植民地化や戦争を行った大日本帝国の軍隊が、本当に軍の組織の中に慰安婦制度を作ったのだろうか、という疑問があり、戦時中の軍による文書を読んでも、そのあたりの判断がつき難かった。また、「慰安婦か売春婦か」という議論も古くからある。 そもそも「慰安」とは何だろう。慰安とは心をなぐさめることであり、「慰安旅行」という言葉は、いまだに使われている。戦争中は病院でも慰安をしたし、私は、傷病兵に慰問の手紙や慰問袋を送った事を覚えている。慰安婦関連文書の中にも、「慰安」と「慰問」の区別が曖昧なものは多い。また、元慰安婦たちの証言も、直接、間接的に聞いたが、完全に信頼するまでには至らなかった。私は、朝鮮戦争時に自分の目で中国支援軍、国連軍、韓国軍を観察した経験からも、そうした慰安婦関連文書に確固たる信念を持てなかった。慰安婦と烈女慰安婦と烈女 ここまで何度か、私の経験をもとに朝鮮戦争時の慰安婦について触れたが、実際には「慰安婦」という言葉は、全く使われていなかった。韓国では、「慰安婦」ではなく、「洋セクシー」「洋公主」などと呼ばれた。 一般用語としては「売春婦」であったが、韓国で「慰安婦」が多く使われるようになったのは、恐らく日本からの影響であると思う。韓国では現在、慰安婦は被害者から愛国者へと変換され、民族的英雄のように銅像が建てられ、拝まれているが、実はその現象は、新しいものではない。日本人「倭」の犠牲になった妓生(キーセン)の「論介」が、民族的英雄、そしてさらに昇格されて、神になっている。慶尚南道晋州には、この妓生の論介を祀る堂「義妓祠」がある。彼女は、韓国を守るために敵の日本軍の武将を抱いて川に投身したと言われており、肖像画も祀られている。 豊臣秀吉が朝鮮出兵した壬辰倭乱の時には、日本の将兵たちが朝鮮の女性の貞操を汚したことへの憤怒と怨念で、烈女門が多く立てられた(烈女とは、夫以外に性関係を持たない女性のこと)。それは、蒙古の侵略に際して処女を供出したことに憤慨した事と同様である。だが、韓国では、儒教によって女性の貞操は強調された反面、男性に関しては、ほぼ放任された。私はここで、この韓国の歴史的「烈女」像の伝統から、慰安婦問題を考えてみたい。平壌にあった妓生学校(Wikimedia Commons) 日本の太平洋戦争は、植民地諸国の領域を越えて、東南アジアなど広大な地域に拡大していった。太平洋戦争の最終期に朝鮮は、戦場ではない後方(銃後)の地として徴用、徴兵などで動員され、ものや人が収奪された。それが戦後処理問題として残っており、現在まで日韓関係を難しくしている。慰安婦問題も、その一つである。 しかし、なぜそれが、植民地あるいは戦争被害の第一義的な、象徴的なものになったのであろうか。多くの韓国人は、少女像(慰安婦像)を見ながら、「女性の貞操を奪った日本人は悪い」と思い、場合によっては「許せない」と激しく非難する。本書の読者には唐突な話に聞こえるかもしれないが、私はこの少女像を見ながら、朝鮮王朝時代に女性の貞操を強調する政策として建てられた「烈女門」を想像するのである。烈女門は、当時の政治秩序と社会安定のためのものであった。 ではこの、少女、烈女、慰安婦は、何を意味するのだろうか。少女と烈女は貞操を意味する。私は、烈女門の変身として少女像を見ている。慰安婦は、貞操が犯された、汚れた女性を指す。それを日韓に相応してみると、日本は悪の植民者、韓国は善なる被植民者、つまり、悪の日本人が善なる韓国人の女性の貞操を奪ったということになるわけである。それは、反日以前の、原初的な韓国社会の特質といえる。日韓不和の火種 韓国では最近まで姦通罪、貞操に関する刑法が成立していたが、これらは女性だけに強いられた儒教的な貞操観である。戦前の植民地時代の朝鮮にも、姦通罪の刑法があった。日本は戦後になって廃止した。一方の韓国では、一夫一婦制の婚姻制度を保護して夫婦の間で貞操義務を守るようにするためのものであり、「廃止されれば性道徳が紊乱になりえる」として、逆に、1953年に新しく刑法を設けた。もちろん、「私生活の秘密、自由を過度に制限するので違憲だ」と、一方では反対意見もあった。そして、韓国の憲法裁判所は2008年2月26日になって、その刑法の規定が憲法違反であり無効であると判決した。韓国の憲法裁判所 私は、慰安婦問題が登場する以前の韓国の教科書で、「モンゴルから侵略された時、女性供出を恐れ『早婚風習』が生まれた」と学んだ。また、壬辰倭乱(秀吉の朝鮮出兵)で倭が女性の貞操を蹂躙したということが、女性に礼儀作法を教える教科書の「内訓」にも書かれていた。つまり、当時の朝鮮の重要な国是の一つが、こうした「貞操」であったといえる。今の慰安婦問題も、根底には、このような性意識や貞操観が横たわっているのである。 儒教的な性のモラルでは、「一夫従事」すなわち女性にだけ夫への貞操が強調される。つまり、基本的には「女性に限って」、貞操を守ることを強調したのである。キリスト教の性モラルで、男性の禁欲が強調されているのとは違う。 私は、このような朝鮮社会の代表的な女性教育テキストであった『内訓』や『女範』等を分析して、批判的な見解を学会に提示したことがある。韓国人は貞操観が強いと思われているが、それは女性にだけ求められており、実際には男女差別を基礎としているのである。 ただ、こうした慰安婦問題を反日感情に載せると、国民統合や外交の効果が倍増する。だから政治家は世論を引き上げるために貞操感を持ち出す。そして、元慰安婦の人権を著しく傷つけたことへの誠実な謝罪が必要だと主張する人権主義者たちやフェミニストたちとも連携しやすくなる。 このように、韓国政府は常にセックスや性倫理を政治に利用してきており、今もそれが日韓において不和の火種になっているのである。 戦争の被害は多方面にわたるが、虐殺や性暴行などは、後々までも追及される。日本を取り巻く環境には、反日文化圏がある。私は、韓国、北朝鮮、ロシア、中国、台湾、東南アジア諸国を訪れるたびに、反日について見て、聞いてきた。中でも韓国の反日が、一番強く感ずる。それは植民地の歴史と戦後の国際関係によるものであろう。他の地域に比べて、朝鮮民族が初めて異民族支配を経験したというのが、大きな理由だといえる。北朝鮮より韓国の「反日」が強いのは、戦後の北朝鮮は「反米」が主であるからだろう。チェ・キルソン 東亜大教授、広島大名誉教授。1940年、韓国京畿道生まれ。1963年、ソウル大師範学部卒。現職のほか、東亜大東アジア文化研究所所長も務める。専門は文化人類学。著書に『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』(ハート出版)、『韓国のシャーマニズム』(弘文堂)など多数。

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    「軍人からチップ」元慰安婦の証言から浮かぶ「強制と商売」の真相

    崔吉城(東亜大教授、広島大名誉教授)(ハート出版『朝鮮出身の帳場人が見た慰安婦の真実』より)元慰安婦たちの証言 私は、2001年5月3日、北朝鮮の平壌で開かれた北朝鮮主催の国際シンポジウム「日本の過去の清算を求めるアジア地域討論会」に参加した。海外からは日本人57人、韓国人12人を始め、中国、台湾、フィリピン、インドネシア、アメリカの7カ国から約80人、特に韓国からは約80人の参加希望者があったが、結局、一部の選ばれた人が公費参加となり、「挺対協」(韓国挺身隊問題対策協議会)の名誉代表、尹貞玉氏を団長に、いわゆる活動家が初めて参加するという、画期的なものになった(台湾も一部、公費負担)。 中国、日本、インドネシア、台湾、フィリピン、アメリカ、そして韓国、北朝鮮、在日本朝鮮人総聯合会(朝鮮総連)、在米同胞の学界、法曹界、言論界、人権団体の人士と、関係部門の活動家など、8カ国の代表、約300人が、平壌にある人民文化宮殿の国際会議場に参集した。これらの団体は、慰安婦問題をもって南北の対日民族運動にするという。2016年6月、ソウルで「日本軍性奴隷制問題解決のための正義記憶財団」の設立総会を終え、記者会見に臨む元従軍慰安婦の女性と挺対協メンバーら=(共同) 会場には三周円のテーブルが配置され、全ての会議は同時通訳システムで進められた。朝鮮語、日本語、英語、中国語で通訳されるが、これらはいずれも朝鮮語への通訳であり、英語から中国語などは、基本的に英語から朝鮮語を介して通訳される間接通訳であったので、その場合は時間がかかり、内容も正確とは言えないものであった。通訳員は全部で20人ほどであった。私は会議が終わってから、彼らと記念写真を撮った。「労働新聞」「青年朝鮮」などの新聞記者たちが取材していた。 主催国の朝鮮民主主義人民共和国「朝鮮従軍慰安婦および太平洋戦争被害補償対策委員会」の洪善玉委員長が、初日の冒頭で基調報告を行った。次に被害者たち、日本軍性奴隷被害者(北朝鮮3人、韓国2人、フィリピン、インドネシア、台湾のムロ湾から各1人)の計8人、強制連行被害者(北朝鮮2人、韓国1人)の計3人、合計11人が3時間半に及ぶ証言を行った。その主張は以下の通りである。慰安婦と直接話し「さらに迷い込む」 『日本はアジア人民に想像を絶する反人道的罪悪を犯したにもかかわらず、特に朝鮮に対してだけは、過去の清算を全く放置したまま敵視政策を終始一貫し、日本に住む朝鮮人とその子孫たちに苛酷な民族的差別と弾圧行為を続けている。今回のシンポジウムでは、日本の過去を清算して本当の社会的正義を確立し、日本帝国主義による被害者たちの名誉と尊厳を回復するための戦いとして、さらに一歩前進することを期待する。特に、慰安婦については、日本帝国主義が朝鮮で約20万名の若い未婚女性と婦人を白昼に誘拐、拉致して「皇軍」の性欲を満たす奴隷にし、最後にはその大半を残酷に虐殺した。日本軍の性奴隷犯罪は、世界戦争史に類例の見ないものである。 これまで朝鮮で掌握された日本軍の「慰安婦」の生存者は218名で、公開証言に名乗りを上げた女性は47名であり、そのうち21名は最近、死亡した。これらのことは、被害者の生存者と目撃者の証言、特に咸鏡北道清津市清岩区域芳洞と咸鏡北道清津市羅南区域豊谷洞で発見された日本軍「慰安所」などを通じて立証されている。 この2カ所の軍「慰安所」の形態とその設置経緯、証言の内容を総合分析して見ると、日本軍性奴隷制度の発生地が朝鮮であり、その被害者の大部分が朝鮮人であり、軍慰安婦の供給源が朝鮮であった。特に、最近公開証言に同意して名乗りを上げた徐忠女は、1944年から終戦まで日本帝国主義により日本軍「慰安婦」として連れて行かれる前に「訓練」を受けたと言う。これは、極秘密裏に実施された日本軍性奴隷制が、大陸侵略遂行の過程に政策化され、組織的に行われたことをよく示している』 続いて、日本人の弁護士、土屋公献氏が基調講演で、中国もインドネシアも、朝鮮民主主義人民共和国の被害者にとっても、事態は何も変わらず、日本政府は「謝罪と補償をしていない」、これは間違った政策であると指摘した。 次に、いわゆる従軍慰安婦たちと、強制労働させられた被害者たちの証言が行われた。その女性たちは泣き叫びながら、1998年7月に日本政府の予算と一般国民の募金によって発足した「国民基金」などの民間基金による支援を断ったこと、直接的に日本の政府が公式に謝罪して賠償することを訴えた。 私は、会での証言や、労働新聞によるインタビュー記事を読んだ。また、慰安婦たちと直接話す機会も得た。だが、いずれも「さらに迷い込んだ」というのが実感であった。 彼女たちの証言は、次のようなものである。(※引用部の傍線は筆者/以下すべて同じ)「もう待てない」元慰安婦の証言「もう待てない、手伝って下さい!」──鄭 陳桃さん(台湾の元「慰安婦」被害者、80歳)〈発言は日本語で行われた〉 わたしは、台湾から来ました。私は18歳の時、中学校1年の時、ワタナベ警察から引っ張られて、アンダマン(インド洋の島、当時英領)まで行きました。それでアンダマンで1年2カ月おって、その後、ジョホールバルまで来ました。それで、ずーとジョホールバルにおって、降伏後に台湾まで帰ってきました。台湾に帰ってきたらね、家の人が1人もいないから、それで、あたし1人で、あっちこっち仕事さがして今まで暮らしてきました。もう、わたしは80歳になりました。いま仕事ができないから、それを、こんなことをね、あなたたちにお願いして……(涙)お願いしてね、手伝って早く解決してくれるようにお願いします。 もう台湾のおばあちゃんたちはね、もう80以上の年寄りのおばあさんたちばかりです。歩けない人もおるし、それはわたし代表して来ました。もう65年前のことを話したら、とてもほんとに悲しいことです。若いあなたたちに話して……わからせる……。でもわたしたちは80以上のおばあちゃんだから、まだ待たれないから(もう、待っていられないから)あなたたちにお願いします、手伝ってください。(拍手)ありがとうございました。日本統治時代に建てられた台南州庁を改修した国立台湾文学館 なお、当日の配布資料には次のように書かれていた。 私は、1922年11月14日に、台北で生まれました。父の名は陳清河、母の名は陳江玉霞です。私が3歳のとき母が亡くなり、父は再婚しましたが、私は継母に殴られたり罵られたりしました。父は、あちこちで働きながら家族を養ってくれましたが、その父も、私が7歳の時に亡くなりました。以後は、継母と叔父に育てられました。 小学校を卒業し、私は中学(高等課)に進みましたが、戦争が始まったので中退しました。私が16歳の時、叔父と継母が、私を台北近郊の板橋の林金という人の家に養女として売りました。林金は、私に客を取って稼ぐように言いましたが、私が「お酒の相手ならするが、客を取るのは嫌だ」と拒否したところ、台南の塩水の柯鼻という人に売られました。柯鼻は、「月津楼酒家」という酒場を経営しており、私はそこで酒の相手をする女給として働かされました。 17歳から18歳ころ、新竹の叔母のところに逃げたことがありますが、結局は連れ戻され、また働かされました。19歳の時に、柯鼻は私を魏という姓の高雄の男に売りました。私は読み書きができたのですが、魏と魏の妻は、読み書きのできる看護婦の助手が必要だと言って、私に、2年間の約束で、アンダマン(インド洋上の島)に行くように言いました。私を含め21人の女性が一軒の旅館に集合し、一週間程待機していました。そして、1942年6月4日、高雄から日本の貨物船に乗って出発しました。途中、ペナンに寄った後、アンダマンに上陸しました。「諦めなさい」と諭す魏の妻 アンダマンは小さな島で、海岸線には日本軍の基地があり、現地の人は山間部に居住していました。日本人と現地の人との交流や接触は一切ありませんでした。近くに集落と言えるものもありませんでした。私の印象では、2000人くらいの兵隊が駐屯していました。部隊名は、石川部隊と言い、イ─19あるいはイ─17の番号がついていました、基地には囲いはなく、軍用の建物がいくつかあり、その中のひとつが私たち女性用として割り当てられました。この建物には24部屋がありましたが、先に来ていた女性もなく、アンダマンに到着した女性は18人だったので、全員に各部屋が割り当てられました。私の部屋は3号でした。アンダマン・ニコバル諸島で英軍兵士によって撮影された写真。「日本によって軍のための『慰安少女』としてペナン島から強制的に連行された中国人とマレー人の少女」との写真説明がついている。同館の旧日本軍の慰安婦関連資料には、慰安婦にするため女性を強制連行したり、慰安婦が性奴隷であったりしたことを客観的に示すものはなかった(英帝国戦争博物館所蔵、岡部伸撮影) 上陸後すぐには何もありませんでした。しかし5日目くらいに、魏の妻が私たちを集めて、そこが「慰安所」であることを話しました。私も他の女性たちも話が違うと言って、魏の妻に食ってかかりました。魏の妻は、「金は払っている」「親には話してある」と言いましたが、皆納得せず、魏の妻は、大隊長を呼んできました。大隊長は脅すように「慰安所」なのだから諦めるように私たちに言いました。魏の妻は、今度は哀願調で、「諦めなさい」と諭しました。私たちは怒り、憤慨し、悲しみましたが、周りは海ばかりの離島で、逃げることもできませんでした。 ここでは、女性は番号を付けられ、互いにその番号で呼ぶように言われました。また私は、「モモ子」という日本名を付けられました。魏の妻が管理人も兼ね、もうひとり日本人の老女がいました。軍人は、管理人のところで札を買い、それを持って部屋に来ました。私は、前借金があるという理由で、お金をもらったことはありませんでしたが、軍人からチップをもらうことはありましたので、このお金は自分で貯めていました。毎月曜日に基地の病院で軍医から性病検査を受けました。外出は禁止されていませんでしたが、離島なので、禁止する意味がなかったのです。一週間に1日くらいの休みがあり、軍人が島巡りに連れていってくれたこともありました。休みがあるといっても「慰安所」での生活があまりにも苛酷で、身体的にも辛く、森に逃げ出したこともありましたが、すぐに探し出されて連れ戻されてしまいました。 1年2カ月が過ぎたころ、新しい女性と交替するとのことで、私を含め7人くらいの女性が魏の妻と共にジョホールに移ることになりました。18人のうち、ひとりは死亡していました。他の者は島に残りました。1800円貯金しました 1943年秋、私たちは海軍旗を付けた船でジョホールに到着し、上陸しました。そして、日本軍の管理地域内の倉庫用の建物に入れられ、ここで更に船を待つように言われました。ここにはゲートがあり、外には出られませんでした。軍隊から出される三度の食事を待っている毎日でした。1カ月経っても船は来ないので、私たちはだんだんすさんだ気持ちになってきました。私は、アンダマンで辛い思いをしてチップを貯めたお金を、船を待っている期間に軍の酒保で使い果たしてしまいました。私たちは、魏の妻に台湾に早く返してくれるよう要求しましたが、サイパン行きの船も来ませんでした。魏の妻は、「見晴荘」と言う名の「慰安所」に私たちを売り込みましたが、私たち全員がこれを拒否したので、魏の妻はどうすることもできず、そのうち姿を消してしまいました。 4カ月経ったころ、私たちはお金もなくなり、台湾に帰る船もなく、誰にも頼ることができずに放置され、途方に暮れてしまいました。そして、倉庫で世話をしてくれていた兵隊が「見晴荘」に行ってみたらどうだ、と言うので、どうしようもなくなった私たちは、「見晴荘」に行き、7人で当面必要な120円を前借りし、結局「慰安婦」として居ることになってしまいました。 「見晴荘」も軍の管理地域にあって、建物自体には監視の兵隊はいませんでしたが、管理地域の境には監視兵がいて、ジョホールの町へ外出することはできましたがシンガポールヘ行くことは禁止されていました。「見晴荘」は軍人のみが出入りできるところで、下野という日本人が管理人をしており、別に経営者がいました。私たち以外に、広東や朝鮮から連れてこられた女性が30人程いました。軍人はコンドームを付けることが規則となっており、私たちは週に一度身体検査を受けました。 私たちは、毎日10人から多いときは20人の軍人の相手をさせられました。前借りした120円を返し終わってからは、軍人が払うお金の中から一部が私たちにも支払われました。私はこれを軍事郵便貯金にして、総額で1800円くらい貯金しました。この貯金は、1998年になって、交流協会を通して請求したところ、日本政府から1829米ドルがやっと支払われました。私は、あんなに辛い思いをして貯めた預金なのにと思うと、何だか悲しくなりました。台湾初の慰安婦記念館に展示された台湾人元慰安婦らの写真=2016年12月(田中靖人撮影) 1945年7月、「見晴荘」に客として来ていた山口看護長という人が、私たちを台湾に帰国させてあげようと努力してくれました。山口看護長は、軍の病院に所属する人らしく、疾病証明を作ってくれ、私たちが赤十字の病院船に乗ることができるように手配してくれました。結局、ジョホールには2年近く居たことになります。 私は、2人の台湾女性と共に8月上旬ころ、ようやく高雄に帰還しました。私は、高雄の病院に一週間程度収容されて、その後、台北に帰りました。ちょうど、終戦の日だったと思います。夫に過去は話せませんでした 私は、台北に戻り、叔父と継母に会いましたが、叔父は、私が「慰安婦」をしていたことを知り、軽蔑した態度を取るようになりました。私は、自分が望んだわけでもなく、騙されてアンダマンに連れて行かれたのに、叔父や継母の蔑みを受け、悔しくてたまりませんでした。叔父や継母が私を売るようなことがなければ、こうした目に遭わずに済んだのにと考えて、叔父や継母を恨みました。私は、1カ月足らずで台北を離れ、以後、叔父や継母には二度と会いませんでした。 その後、私は、花蓮で住み込みの飯炊き(炊事の仕事)をしたり、台東に出て、裁縫を習い、洋裁の仕事をしたりして何とか暮らしていました、28歳の時、以前塩水で知り合った者と再会し、結婚しましたが、私には子供ができなかったので、結局離婚に至りました。その後、私は放浪生活をして、高雄で飯炊きの仕事などをしていましたが、さらに屏東に移り、45歳の時に鄭標と結婚しました。夫は私より3歳年上で、もう十数年前に亡くなりました。夫に軽蔑されるのが嫌で、私は夫に過去のことは話せませんでした。夫の死後、私に結婚相手を紹介してくれると言う人もいましたが、断りました。 現在は、知り合いの厚意で、倉庫の一室に住まいを得て、ひとりで老人年金と政府からの補助金で暮らしています。夜になると眠れなくて涙が出ます。幼いころから良いことはありませんでした。でも、騙されてアンダマンに連れて行かれなければ、こんなに落ちぶれてはいないと思います。親戚にもばかにされることはありませんでした。魏夫妻も、日本人も憎いです。日本政府には、賠償と謝罪を求めます。「身体と心に刻んだ傷と名誉の回復を」──アモニタ・バラハディアさん(フィリピンの元「慰安婦」被害者、73歳)〈イロカノ語→英語の通訳はクレオ・エルミド氏〉2017年12月、フィリピン・マニラ湾沿いに設置された慰安婦問題を象徴する女性の像(共同) 私はフィリピンからまいりましたアモニタ・バラハディアといいます。73歳です。今日、日本の市民グループの招待でここに来ることができたことを大変感謝しています。私たちフィリピンの被害者は、日本の裁判所で2回請求を棄却され、私たちの名誉を否定されています。したがって、私たちとしてはなんとかこの法案を立法で問題が解決できないものかと、最後の望みを託しています。 私が日本軍の性暴力被害にあって、最初に強姦された時は、まだ本当に小さい少女でした。その時以来、私は、私の尊厳を奪われ、今に至るも心安らかな生活、人生を送ってくることができませんでした。本岡昭次参議院議員などによって提案されたこの法案というのが、私たちにとって先程申し上げたように、ほんとに最後の希望だと思っています。私は第二次世界大戦中に日本軍によって、私の身に起きたこと、その証拠を自分自身のなかに刻んでおります。そのことを、きちんと日本政府が最終的に認めてくれることが、一番大きな目的です。 今日こちらに来ることが出来なかったフィリピンの沢山の性暴力被害者、元「慰安婦」たちもそれぞれに同じような傷を心に、そして身体に刻んできています。名誉を回復することが、本当の平和の歩みであり、平和の道になるわけです。そのことを、この法案が実現してくれるであろうと私は期待をしているわけです。日本の支援者の皆様に対して心から感謝を申し上げます。混在する「強制」と「商売」 以上が彼女たちの証言である。まず、先の鄭陳桃氏の陳述から、多くの事実が明らかになる。彼女はつまり「看護婦の助手」として「二年間の約束」という口頭契約で、「アンダマン(インド洋上の島)に」奉仕か働きに行った。しかし「それは話(約束)が違う」。彼女は「騙されてアンダマンに連れて行かれ」、そこが慰安所であり、「諦めるように」言われ、拒否することができなかった。「前借金があるという理由で、お金をもらったことはありませんでした」、つまり前借金はもらっている。「軍人は、管理人のところで札を買い、それを持って部屋に来る」、「毎月曜日に基地の病院で軍医から性病検査を受けました」という。 彼女の話には、「軍人からチップをもらうことはありました」「お金は自分で貯めていました」「チップを貯めたお金を、船を待っている期間に軍の酒保で使い果たして」「軍事郵便貯金にして、総額で1800円くらい貯金しました」とあり、売春の形になっている。 要約をすると、客である軍人が管理人のところでお金を払い(札を買い)、それを持って部屋でセックスをした、ということである。管理人と軍人の間に女性(慰安婦)が存在し、慰安業が営まれた。ここには、半軍と半民、強制と商売が混在している。 このような証言は多い。そしていつも、慰安と売春が混在しているように感ずる。 今まで私は、多くの慰安婦関係の証言を読んだ。ポルノのような体験談から、涙の人権話、怒りと反省、「作り話」も多い。そこでは、「慰安婦」と「醜業婦」の、相反する言葉が乱舞する。 「醜業」とは、婚外性交を悪とする貞操観念によるものであり、当時の日本の内務省は、帝国の威信を守るために売春を「醜業」とし、「娼妓」などを取り締まる態度を堅持した。だがそれは、戦地で戦う軍隊とは、必ずしも一致したものではない。醜業を目的として渡航せんとする婦女は必ず本人自ら警察署に出頭し身分証明書の発給を申請すること稼業契約其の他各般事項を調査し婦女売買又は略取誘拐等の事実なき様特に留意すること 「その時代」を「現在の感覚」で読むということは難しい。それはまるで、戦前の戦争と戦後の平和が混在するかのようである。そうした証言は、読んでも解釈に困り、悩ましいものである。チェ・キルソン 東亜大教授、広島大名誉教授。1940年、韓国京畿道生まれ。1963年、ソウル大師範学部卒。現職のほか、東亜大東アジア文化研究所所長も務める。専門は文化人類学。著書に『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』(ハート出版)、『韓国のシャーマニズム』(弘文堂)など多数。

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    米中の「二兎」を追うなら、文在寅は日韓関係を改善するほかない

    、中国からは、韓国が日米韓の連携強化に前のめりにならないようにすることが中韓関係改善の条件であると、日韓関係に関するブレーキをかけるように要求されている。韓国としても中韓関係を良好なものに保つためにも、米韓同盟はともかく、日韓関係の軍事的側面を希釈化しておきたいと考える傾向にある。そうしたはざまで対日外交の可能性を実質的に「封印」してしまった感がある。 韓国には、19世紀末から20世紀初頭にかけて、大国間国際政治に翻弄された結果、日本によって植民地化されたという「苦い歴史的経験」がある。したがって日韓の安保軍事面での連携強化には強い拒否反応があることもよく理解できる。 しかし、北朝鮮の核ミサイル開発に起因して緊張が高まり、場合によっては韓国の生存自体が脅かされる状況の中、北朝鮮の核の脅威を共有し、しかも戦争ではなく平和的に問題解決を志向しなければならないという使命も共有する日本との間で、この問題に関する協力の可能性を自ら閉ざしてしまうのは妥当なのか、再考する必要があるのではないか。もちろん、それに対応する日本の対韓外交にも同様なことが言える。会談に臨む文在寅韓国大統領(左)と安倍首相=2017年9月21日、ニューヨーク(共同) 北朝鮮の核ミサイル危機には何よりも米中の協力が必要であることは言うまでもない。しかし、それに劣らず、そうした米中協力を支える日韓協力が何よりも必要とされているのではないか。北朝鮮の核ミサイル開発を抑制するための米中協力が、米中関係から必然的に帰結されることはないからだ。その軍事的脅威に最も直接的にさらされ、その解決のための軍事的オプションの行使には何よりも慎重にならなければならない日韓の意向が十分に反映されるべきである。 そして、そのためには日韓が協力するほかはないのである。その意味で、文在寅政権には、対米外交、対中外交の次に、対日外交を打開して、短期的には北朝鮮の核ミサイル危機の克服、中長期的には韓国主導の朝鮮半島統一に関して日本の協力をいかに獲得するのか、そうした外交が必要とされているのではないか。

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    迷走する文在寅

    安全保障では米国に媚を売り、経済で深く依存する中国の顔色もうかがう。「民族ファースト」を掲げて北朝鮮融和を模索したかと思えば、対日政策では強硬路線を貫く。迷走が続く韓国外交。文在寅大統領のスタンスはどこにあるのか。iRONNA韓国リポート第4弾は、文政権下で分断が進む韓国社会の今。

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    日本は「独島エビ」で鯛を釣れ、文在寅が食いつく「竹島のエサ」

    想していなかった」と釈明したが、日本側の反発は心外だったようである。この日韓の齟齬(そご)は、今日の日韓関係を象徴している。 韓国は歴史的に「東方禮義の邦」を自負してきたが、日韓の係争の地である竹島近くで獲れたエビを晩餐会の料理に出し、前政権との間で「最終的かつ不可逆的解決」を確認した慰安婦問題を蒸し返したのは、日本に対しては傍若無人の振る舞いも許されると錯覚しているからである。 今回の所作も、前政権を倒した際の民衆の民意におもねたのだろうが、それは慰安婦問題や竹島問題の歴史的事実についての理解が足りないからである。 慰安婦問題は、当初、日本軍を相手にしていたのは自尊心が許さないからだ。何とか無理やり売春をさせられたことにし、そのためには日本政府の関与があったことにしてほしい、ということから始まった。 それが「河野談話」を経て、戦前の酌婦は慰安婦から性奴隷になってしまった。慰安婦を日本の軍国主義による被害者とし、国際社会に吹聴したのは、文在寅大統領の盟友であった盧武鉉大統領である。バスに乗せられた慰安婦問題の少女像の手に触れる朴元淳ソウル市長=ソウル(同市提供・共同) 竹島問題もこれと似た状況にある。韓国の外交部によると、独島は「歴史的にも国際法上も、地理的にも韓国の固有領土」だそうだが、その歴史認識に基づいて日本に強く「謝罪」を求めたのは盧武鉉大統領である。 11月12日付の「朝鮮日報」(電子版)のコラム記事では、「日本は韓国はいつまで謝罪しなければならないのか」というが、彼らの心の中には『謝罪』などない」。(中略)「日本は韓国をそのような相手だとは思っていない。これが韓日関係の本質だ」と報じた。この現状認識は盧武鉉大統領と同じである。 だが今日、「謝罪」をしなければならない立場にあるのは韓国側である。韓国が不法占拠をしている竹島は、歴史的に韓国領であった事実がないからだ。それを韓国側では1954年以来、不法占拠を続け、日本側がその竹島の領有権を主張すると、過去を「反省」していないと反発してきたのである。これが事実に近い「日韓関係の本質」である。 それも韓国政府が竹島を侵奪したのは、「サンフランシスコ講和条約」の発効で敗戦国日本が国際社会に復帰する3カ月前の1952年1月18日。日本が最も弱体していた時を狙って、略取したのである。日本は独島エビで鯛を釣れ その後、日本政府は1954年9月、竹島を占拠した韓国政府に対して、国際司法裁判所への付託を提案するが、韓国側では竹島を「日本の朝鮮半島侵略の最初の犠牲物」として一蹴した。戦後の朝鮮半島と日本との関係は、竹島を略取した韓国側が歴史認識を外交カードとしたことで、歪んでしまったのである。 その竹島問題が再燃するのは、1994年に国連海洋法条約が発効し、新たに日韓の漁業協定を結ぶことになったからである。韓国の金泳三大統領は、1996年2月、竹島に接岸施設を建設して、竹島の不法占拠を正当化しようとしたのである。この金泳三大統領は、「歴史の立て直し」と称して、日本の統治時代に建てられた朝鮮総督府の建物を解体した人物で、歴史問題に関しては「日本をしつけし直す」と発言している。 この蛮勇は2012年8月、竹島に上陸した李明博大統領にも受け継がれた。竹島問題となると、つい強気になるのだろう。 これは盧武鉉大統領も例外ではなかった。2005年3月16日、島根県議会が「竹島の日」条例を制定することになると、その9日前に「歴史・独島問題を長期的総合的体系的に取り扱う専担機関の設置」を指示し、3月22日には「北東アジアの平和と繁栄のため、『バランサー』の役割を果たしていく」と宣言した。 以後、「バランサー役」を任ずる韓国が、国際社会を舞台に侮日戦略を展開すると、中国はそれに便乗して尖閣問題を浮上させ、ロシアは北方領土問題を第二次世界大戦の結果として、領土問題と一線を画した。 2006年4月25日、盧武鉉大統領は、竹島問題と関連した特別談話で、「韓国に対する特別な待遇を要求するのではなく、国際社会の普遍的な価値と基準に合う行動を要求するのです。歴史の真実と人類社会の良心の前に率直で謙虚になることを望むのです」と日本に注文をつけた。 その後、国策研究機関の「東北アジア歴史財団」を発足させ、国際社会を舞台に、慰安婦問題や日本海呼称問題、歴史認識問題などで日本批判を行なわせたのである。文在寅大統領は、その盧武鉉大統領の秘書室長を務めた人物である。 その文在寅大統領が、トランプ大統領歓迎の晩餐会で、独島エビと元慰安婦を政治的に利用したとしても不思議はない。トランプ米大統領(左)との会談を終え、記者会見する韓国の文在寅大統領=2017年11月、ソウル(共同) だが、歴代の韓国大統領が理解する竹島の歴史は、韓国側の歴史認識によるもので、歴史の事実とは無縁である。それは島根県竹島問題研究会の竹島研究で、実証済みである。 今、文在寅大統領がすべきことは、歴代大統領が歪めた日韓関係の修復である。そのためには竹島を速やかに返還して、過去の清算をすることである。 日本政府は、独島エビと李容洙氏の招待に異議を唱えたが、すべきことは他にあったはずである。韓国側が独島エビを出すなら、日本はそのエビで鯛を釣ればよいのである。 盧武鉉大統領が「竹島の日」条例に食いついたように、日本側が多少の工夫をすれば、文在寅大統領もエサに飛びついてくる。それは「竹島の日」条例以後、「日韓の間に領土問題は存在しない」としていた韓国政府の動きが、証明している。

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    「文在寅は嘘つきだ」山本みずきが見た韓国リベラルのメンタリティー

    山本みずき 今年の8月15日、私は韓国に滞在していた。日本でこの日は終戦の日だが、韓国では大日本帝国からの独立を祝う「光復節」という祝日である。日本と韓国では、歴史的に「8月15日」の持つ意味合いが大きく異なる。 2011年に、ソウルの日本大使館前に慰安婦像が設置されて日韓の歴史認識問題が改めて浮き彫りになり、今年になってからはそれに輪をかけるようにソウル市内に徴用工像が設置された。日本の報道を見ている限りでは、韓国のナショナリズムは年々高まりを見せており、これが光復節ともなれば、街は反日ムードで盛り上がり、韓国国旗を掲げたデモ隊がソウル市内を行進しているはずだ。そんなイメージだけが勝手に膨らんでゆく。韓国人はこの日をどのように過ごすのだろうか。疑問を胸に抱きながら、恐る恐るソウルの中心街へと繰り出した。 確かに市内はデモで盛り上がっていた。だが、少し様子がおかしい。ソウル市庁舎前の広場には200以上の団体が集い、雨が降り注ぐ中、群衆は雨合羽に身を包み、プラカードを掲げて何かを訴えていた。「No war, No THAAD」。意外なことにデモの目的は、反日運動ではなく、反政府運動だったのである。高高度防衛ミサイル(THAAD)配備に反対し、デモ行進する人たち=2017年7月、ソウル 彼らは文在寅大統領に向けて、米韓合同軍事演習の中止を訴え、北朝鮮との緊張状態をいたずらに悪化させないよう、米軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)配備の即時撤回を激しい怒号とともに要求していたのである。 デモの参加者に聞くと「大統領は嘘つきだ」と感情的に現政権への失望を語った。それもそのはず、彼らは皆、もともと進歩派である文在寅の支持者だったのである。デモ参加者は、自らの期待とは異なる政策を断行する文在寅政権に対して、デモを通じて激しい批判をぶつけていたのである。 韓国には、大まかに「保守派」と「進歩派」という2つの政治的潮流が存在する。ほかの民主主義諸国と比べても、この両者の亀裂は深く、対立は構造的であって、まるで二つの異なる民族がいがみ合う構図とも似ている。 対外政策について目を向ければ、保守派は北朝鮮の脅威に対して、米韓同盟を中心とする軍事的圧力に基づいた抑止力の強化を志向するが、進歩派は北朝鮮との民族的紐帯を重視して、融和的な対話路線を唱える。文在寅政権は、後者の進歩派を支持基盤としており、政権発足時は急進左派系の学生運動経験者が要職に就く様子も注目された。文在寅政権に不満を募らせる韓国 選挙活動中には朴槿恵前政権時に決定していたTHAAD導入に反対する姿勢を見せていたが、いざ政権の座に就くと、一転してTHAADの導入・配備を短期間のうちに実現した。進歩派であるはずの文在寅は、なぜ保守派が推進したTHAADの導入と配備を覆すことなく、その路線を継承したのか。 私はこのような疑問を抱えて、韓国を代表する国際政治の専門家の意見を聞くことにした。その際に、保守派と進歩派双方の主張に耳を傾け、その主張の対立する部分と重なる部分について、より深く知りたいと考えた。彼らはこの問題をどのように見ているのか、私なりに意見をぶつけてみた。 保守派であり、李明博政権や朴槿恵政権の対日政策に大きな影響力を及ぼし、また韓国を代表する日本専門家である世宗研究所所長、陳昌洙(チン・チャンス)氏によれば、当初は進歩派の文在寅政権が北朝鮮や中国に接近することを懸念していたという。だが、文在寅が大統領として現実の国際情勢に向き合ったことで、それまで唱えていた理念を軌道修正して現実的な手法を取るようになったと指摘した。 かつて、歴史家のE・H・カーは著書『危機の二十年』の中で、「左派の政党ないし政治家は政権を獲って現実とかかわるようになると『空論家的』ユートピアニズムを放棄して右派へと転じていく傾向がある」と喝破した。カーの議論をなぞるかのように、文在寅政権はまさに北朝鮮の脅威という現実に接したことで、それまでの安全保障政策を一部転換させたのだと言えよう。カーは続けて「しかも左派はしばしば左派のラベルをつけたままにしており、そのため政治用語の混乱に拍車をかけている」と述べている。 文在寅は大統領就任後、演説を通して左派的な発言を繰り返しており、国民から見れば進歩派の大統領なのであろう。それだけに、文在寅の支持基盤であり、彼と政治的理念を共有しているはずの進歩派の国民にとっては、矛盾を孕(はら)んだ文在寅政権への怒りが満ちていたに違いない。演説する文在寅大統領 あのソウルの暑い夏から、4カ月。その間に韓国外交はさらなる混迷を見た。文在寅は、核実験を強行して事態をエスカレートさせた北朝鮮に対して、約9億円の人道支援を決定した。国内の支持者を無視して現実の国際政治にだけ対処すれば、政権そのものの存立が危ういことは明白である。言うなれば、北朝鮮支援は文在寅の政治理念の実践であり、国民への配慮でもあったのだろう。 しかし、その結果、圧力強化で一致していた日米韓の足並みは乱れ、三首脳会談において蚊帳の外に置かれた文在寅は、まるで「現実政治(レアルポリティーク)」を逸脱したことへの代償を払わされているかのようであった。日米両国から孤立する韓国 次に私は、ソウル市内の西側に位置して、ソウル国立大学や高麗大学と並んで韓国の大学の頂点に位置する延世大学に向かった。進歩派を代表する国際政治学者であり、選挙活動中から文在寅の外交ブレーンとして政権を支えてきた金基正(キム・ギジョン)延世大学教授の話を聞くためだ。 金教授は、韓国人のメンタリティーには(保守派寄りの)「国家中心的な見方」と(進歩派寄りの)「民族中心的な見方」との二つが並存すると指摘した。国家中心的な見方に立てば、挑発的な態度を取り続ける北朝鮮は敵国であり、国家の存立をかけて対峙しなければならない存在だ。 一方で、民族中心的な見方に立てば、同胞からなる北朝鮮と対峙姿勢をとることは受け入れ難く、むしろ融和的な姿勢で接する必要がある。進歩派の文在寅政権の支持者たちの多くは、後者の「民族中心的な見方」をしている。つまり、同じ民族の北朝鮮に対しては、軍事的な威嚇ではなく、むしろ経済支援や人道的援助を行うべきだと考えているのだろう。 「国家中心的な見方」をすることは、端的に言えばリアリズムを選択することである。ただ、進歩派の政権にとっては、そのようなリアリズムを選択することは容易ではない。現在も北朝鮮に親族や友人のいる進歩派の人々にとって、北朝鮮を敵視することは道徳的に憚(はばか)られる。それゆえ、文在寅政権に人道支援や対話政策を期待しているのだ。 そして、米国や日本とともに推進する北朝鮮への圧力外交や、THAAD導入をはじめとする防衛力の強化はかえって南北の緊張を煽り、戦争を誘発するものに映るだろう。はたして、進歩派の政権がリアリズムの息吹を取り入れて、日本やアメリカと完全に共同歩調を取れるときは来るのだろうか。それとも、「民族中心的な見方」の磁力は強く、日米両国からますます離れていくことになるのだろうか。トランプ米大統領(左)との会談を終え、記者会見する韓国の文在寅大統領=2017年11月、ソウル(共同) 韓国人にとっても8月15日は特別な日である。祖国が南北に分断されている現状や、それを是とする米国や日本との軍事協力、そしてそれに甘んじている文在寅政権に対して声を上げなければならないーあえて光復節に合わせて実施された反政府デモには、そのようなメッセージが込められていたのかもしれない。韓国社会を分断する亀裂はあまりに深い。政権交代が起こるたびに、現実主義と理想主義の往来が繰り返されるこの国はどこへ向かうのか。一端を垣間見た一人として今後も注視したい。

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    慰安婦を「ゲスな演出」でアピールする韓国に反論してもムダである

    山岡鉄秀(AJCN代表) 訪韓した米国のトランプ大統領を歓迎する晩餐(ばんさん)会の最中、元慰安婦を称する女性がトランプ氏に抱き着いたことが記憶に新しい。多くの日本人は心底あきれ、苦々しく思ったことだろう。ただ、西洋社会で長く暮らした人なら分かることだが、トランプ氏は元慰安婦を「ハグ」などしていない。失礼にならない程度に受けただけで、むしろ右手で元慰安婦の腕を押さえて距離を取っている。あれはハグとは言わない。 ハグするときは、両手を背中まで回して、ほほ笑みながら親しみを表現しなければならない。あれは「一生懸命、拒否しなかった構図」とみるべきである。こんな陳腐なことを国家レベルでやってみせるのが真の「韓流」だ。日本の文化とはまさに対極だが、識者によれば「先祖返り」だという。親日派排除といいながら、李氏朝鮮時代のメンタリティーに急速に戻っているというのである。筆者にはそれを検証する術がないが、一つだけ言えることは、日本統治時代に教育を受けた韓国人に会うと、今の日本人よりもずっと立派な人が多いということだ。そのような人たちは文在寅政権の幼稚な振る舞いを心底軽蔑している。 ところで、韓国の「ゲスな演出」に憤るのは無理もないが、もっと大事なことがある。それは、日本政府が慰安婦問題に関して、トランプ氏にあらかじめどのようなブリーフィングをしたか、ということだ。というのも、韓国が訪日後にやってくるトランプ氏へ何か仕掛けるであろうことは十分予想できたからだ。2014年4月、ソウルの青瓦台で握手するオバマ米大統領(左)と韓国の朴槿恵大統領(AP=共同) 覚えている方も多いだろうが、2014年4月にやはり日本の後に韓国を訪れたオバマ前大統領が、共同記者会見で突然、「慰安婦問題は重大な人権侵害で、戦時中であったことを考慮してもショッキングだ」と発言した。これは当時の朴槿恵政権が仕掛けた演出である。この時も多くの日本人が憤慨した。同年4月26日の産経ニュースによれば、オバマ氏は「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」とも述べたという。 オバマ氏からこのような発言が飛び出すということは、日本政府はオバマ氏が次に訪韓することを知りながら、慰安婦問題について明確な説明をしなかったことを意味する。もし、本当に何のブリーフィングもしていなかったとしたら、信じ難い怠慢である。 韓国文化では、告げ口をし、人前で感情的になって他人の悪口をわめき散らすことが許容される。米国の大統領が来るのであれば、必ず何かチープトリックを仕掛けてくる。そういうことをしない民族ならば、慰安婦問題などとっくに解決している。十分に予測できることだ。オバマ氏の失敗に学んでいれば、今回はトランプ氏に十分なブリーフィングを行ったはずだが、どうであっただろうか。またもや逆戻り 仮に、ブリーフィングを行っていたと想定しても、問題はその中身である。わざわざ日本の立場を弱くするような説明をしていなければいいと思うが、筆者が心配するのには根拠がある。最近、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「世界の記憶」(世界記憶遺産)に慰安婦関連資料が登録されようとしているのを、日本の官民の努力で先送りにしたことは記憶に新しい。しかし、国連には「人種差別撤廃委員会」「女性差別撤廃委員会」「拷問禁止委員会」「奴隷廃止委員会」など、さまざまな条約委員会があり、その全てで慰安婦問題が日本の人権侵害の例として取り上げられ、日本政府は苦しい答弁を強いられてきた。そして先月末、下記の記事を見かけた。政府、慰安婦問題は「解決済み」国連委に検証も困難と回答2017/10/31 15:31©一般社団法人共同通信社 【ジュネーブ共同】旧日本軍の従軍慰安婦問題を巡り、日本に適切な補償などの包括的解決を求めた国連人種差別撤廃委員会の勧告に対し、日本政府が昨年12月に「補償に関してはサンフランシスコ平和条約などにより解決済み」と回答していたことが10月31日、分かった。委員会が回答を公表した。 委員会は責任者を裁判にかけるようにも勧告したが、日本政府は「今からの具体的な検証は極めて困難」で、責任者追及も考えていないと指摘。一方で、慰安婦問題の解決に関する2015年の日韓合意に言及し「高齢の元慰安婦のためにも日韓両政府で協力し合意を実施していく」と強調した。 これだけ読むと、日本政府は旧来のパターンを繰り返しているように見える。つまり、「日本はもう謝罪して補償しました。解決済みの案件です」と許しを請うパターンだ。まして、「高齢の元慰安婦のためにも…」などといえば、「悪いことをしたのは本当です。でも、もう謝って弁償しました。もっと努力致します」と言っているのに等しい。16年2月16日の国連女性差別撤廃委員会における杉山晋輔外務審議官(当時)の発言によりこのパターンを脱したはずだったが、またもや逆戻りしてしまったのか。このときの日本政府の英文回答を探し出して読み直した。 まず、対日審査をしている委員会側は、完全に「慰安婦制度は多くの女性を軍隊のための性奴隷にした犯罪行為で日本政府の対応は不十分」という前提で対応を要求してきている。杉山発言は完全に無視されている。ならば、杉山発言の内容を繰り返すべきだが、それをせずに旧来のパターンに逃げ帰っている。委員会側の日本政府に対する要求は以下の通りだ。1.早急に責任者を探して処罰せよ。2.生存する慰安婦とその家族に対する誠実な謝罪と十分な補償を含む、包括的かつ完全で継続的な対策を講じろ。3.慰安婦問題を否定したり侮辱する言動を取り締まれ。日本はまだ土下座外交を続けたい? まだこんなことを国連委から言われているのである。これに対する日本政府の回答を要約すると以下の通りになる。1.当委員会で慰安婦問題を取り上げるのは適切ではないと考える。なぜならば、日本が95年に人種差別撤廃条約を批准する以前の出来事だからである。2.15年12月28日に日韓合意が成立し、日本政府は10億円を韓国政府に支払った。3.90年代に慰安婦問題が浮上した際、日本政府は詳細な調査を行った。その結果、インドネシアなどで犯罪行為が行われたことがわかったが、発覚とともに軍によって閉鎖されており、首謀者は戦後の戦犯裁判で処刑を含めて断罪されており、今から個別のケースで加害者を見つけて処罰することは困難なのでやるつもりはない。4.韓国に対する補償は51年のサンフランシスコ講和条約で最終的に解決済み。5.95年にはアジア女性基金を設立して、元慰安婦の尊厳の回復に努力し、首相の署名入り謝罪レターを元慰安婦個人に直接手渡した。6.07年にアジア女性基金が解散した後も、日本政府は償い事業を停止せずにフォローアップした。7.日本政府は慰安婦問題を否定したり、矮小(わいしょう)化したりすることはしない(例として、安倍首相戦後70年談話の戦時の女性の人権に関わる一節を引用)。 こんな具合である。これを英語話者が読めば、「日本は昔のことだからと逃げようとしている。また、罪を全面的に認めながら、十分な償いはしたと主張している」と感じるだろう。日韓合意が一方的に破られているというのに、どうしても「土下座外交」を続けたいらしい。これでは、韓国や中国が「日本にとって最大の急所」と見て執拗(しつよう)に攻撃してくるのも当然だ。弱いと思われたら徹底的に攻撃されるのが国際社会の常識だからである。 この日本政府からの回答に対する委員会のコメントは以下のようなものだ。 「日本政府の対応については理解した。しかし、最近、そのような努力に反抗するトレンドがあると報告を受けている。例えば、被害者が日本で起こした裁判はすべて却下されている。また、教科書から慰安婦の記述が削除された。したがって、当委員会は、全ての要求事項の遂行を再度要求する。次回の対日審査で進捗(しんちょく)を報告するように」 完璧な上から目線である。そして、日本政府の説明は何の効果も上げていない。「これだけ償ったと言いたいんだな。でも、おまえらの努力を無にするような右派どもがいるだろう。しっかり取り締まって報告しろよ」と言われているだけである。これでは民間の努力も水の泡だ。百歩譲って、このような「おわびと償いアプローチ」が功を奏するなら、慰安婦問題はとっくに過去のものになっているだろう。しかしながら、結果は逆で謝れば謝るほど状況が悪くなっている。2017年11月、ソウルの日本大使館前で開かれた慰安婦問題の抗議集会(共同) 理由は二つある。韓国や中国は「効果があった」と思ってますます攻撃の度合いを強めてくるからだ。そして第三国は、日本政府が謝罪してお金を払う姿を見て、「ああ、やっぱり日本は言われていたようなひどいことをしたんだな、今まで隠そうとしていたんだな」と思ってしまう。「潔く謝ったのだから、この件は終わりにしよう」とはならないのである。なぜこんな基本的なことが分からないのか、本当に理解できない。 では、日本政府の説明に完全に欠けているものは何か。それは、「そもそも慰安婦制度とは何だったのか?」という定義である。上記の日本政府の回答にあるように、慰安婦問題が国際問題化した際、政府はかなり詳細に調べたはずだ。その結果、何が分かったのか。「いくつかの犯罪的なケースがあったことが分かりました」とだけ説明すれば、やっぱり「慰安婦は犯罪的な制度だった」と思われてしまう。謝って許しを請うのは意味がない 海外暮らしが長い筆者が、日本政府の立場に立ったなら、まずは一次資料に基づき、日本政府が認識する「慰安婦制度の実態と問題点の定義」を述べ、それを軸に議論を展開する。つまり、立論から始めるのである。それをせずに「償った」とばかり繰り返しても、ごまかしているように聞こえてしまう。これが、前述のオバマ氏の「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」という発言につながるわけだ。謝って許しを請うばかりで、説明になっていない。このありさまでは、やはりトランプ氏にも明確な説明がなされていないと推測すべきだろうか。2017年8月、韓国・ソウル市内を運行したプラスチック製の慰安婦像を乗せた路線バス(聯合=共同) 90年代ならともかく、現在までには研究もかなり進み、慰安婦制度とは何だったかがかなり正確に分かってきた。一次資料に基づいて、「慰安婦制度とは何だったのか。強制連行は行われず、慰安婦は性奴隷ではなかった」ことを明確に説明することは困難ではない。日本政府は明確で簡潔な「定義=立論」を作成し、それを一貫して使い続けるべきだ。それには、例えばソウル大学の李栄薫(イ・ヨンフン)教授の研究などが参考になるだろう。慰安婦制度の定義(例)「慰安婦制度とは、日本国内で施行され、日本統治下の朝鮮半島と台湾でも施行された公娼(こうしょう)制度の軍隊への適用である。目的は兵士による性犯罪や性病の蔓延(まんえん)の阻止、スパイ行為の防止などである。当時も軍が売春制度を管理することには躊躇(ちゅうちょ)があったが、性犯罪防止を優先した。慰安婦制度の導入と同時に、戦場における兵士の性犯罪を刑事犯罪として立件できるようにした。厳格な法律の下に運用されていたので、だまして売春をさせたり、強制的に連行したりすることは明確な法律違反であった。慰安婦は契約期間が終了すれば廃業して帰国できた」慰安婦制度の問題点「兵士による性犯罪を防止するのが主目的であったが、それでも戦争犯罪と呼べるケースは発生した。代表的なものがインドネシアで発生したスマラン事件であるが、管轄する日本軍将校によって取り締まられ、首謀者は戦後の戦犯裁判で処刑された。また、女性の募集は現地の業者によって行われたが、特に朝鮮半島で朝鮮人業者による暴力を含む犯罪行為でだまされたり強制的に連れ去られたりしたケースがあった。日本の警察が取り締まったケースが数多く報告されているが、取り締まりきれなかった可能性がある」日本政府はなぜ謝罪し、賠償してきたのか?「当時の慰安婦制度は合法であり、軍隊による一般女性の組織的強制連行などは行われていない。慰安婦強制連行説は吉田清治という詐欺師の嘘を朝日新聞が検証せずにばらまいた虚偽である。朝日新聞は2014年に誤報を認めて記事を撤回している。しかし、当時は貧しさから家族に売られたり、悪質な業者にだまされたりするケースが多かったことは事実であるから、そのような女性たちの境遇に心から同情を示すものである」反論よりも大事な「立論」 もちろん、これは一例であり、詳しく書こうと思えば、いくらでも長く書ける。しかし、ここでのポイントは、誰でもすぐに覚えられるように、簡潔な定義をしておくことである。そして、その定義を一貫して矛盾なく使い続けることが肝要だ。慰安婦を「売春婦」と切り捨てるような発言は控えるべきだ。わざわざ反感を買って、絶好の攻撃機会を与えることになる。 あのトランプ氏に抱き着いた元慰安婦も、証言が頻繁に変わることで知られるが、哀れな存在であることに変わりはない。あのような女性の背後には、満足な教育も受けられないままに親に売られてしまった女性たちが数多く存在した。日本政府に法的責任はなくとも、同情するから何度も謝罪し、お金を払ってきたと説明すべきだ。 筆者は一貫して「反論よりも立論が大事」と主張している。立論がないままに反論や説明を試みても、有効な議論はできない。明確な立論は、それ自体が有効な反論になり得るのである。日本政府は「誠意をみせて許してもらおう」とするあまり、何度も謝罪したり金を払ったりしては「罪を認めた犯罪者」呼ばわりされる愚を犯している。察するに、かつて保守系知識人が米紙に出した意見広告が反発を買ったことがトラウマ(心的外傷)になっているのかもしれない。 センセーショナルな物言いをする必要はまったくない。あくまでも淡々と一次資料に基づく立論を行うのだ。今年8月に、筆者は米ジョージア州の州議会議員2人に資料を見せながら「慰安婦制度とは何か」を説明する機会を得た。二人ともひどく驚いた様子で、「日本政府は強制連行や性奴隷を否定する証拠を持ちながら謝罪しているのか?」と聞いてきたのが印象的だった。 「抱き着き慰安婦」に立腹するのはよい。無理やり「独島エビ」を晩餐会メニューに含める極左親北の韓国政府に何を言っても無駄だろう。しかし、大切なことは、トランプ氏をはじめ、第三国のキーパーソンに誤解が生じないように「慰安婦制度とは何だったのか?」を明確な立論を持ってしっかりと説明することである。2017年11月7日、トランプ米大統領を招いた韓国大統領府の夕食会に出席した元慰安婦の李容洙さん(左、聯合=共同) 国の名誉を守るのに、反発を恐れてはいけない。恐れるのなら、その分隙のない立論を作ればよいのだ。謝ってばかりでは、犯罪者認定されてしまうのがオチである。「罪を認めるなら責任を取れ、もっと賠償しろ」と言われ続けるのが国際社会の常識だ。今となっては、なぜ謝ったのかも明確に説明しなくてはならない。ゆめゆめトランプ氏に「何が起きたのか正確で明快な説明が必要だ」と言わせてしまってはならない。

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    トランプに抱き着いた「元慰安婦」李容洙の正体

    竹嶋渉(元在韓ジャーナリスト) アメリカのトランプ大統領は11月7日から8日にかけて韓国を訪問した。アメリカの大統領が韓国を国賓訪問するのは25年ぶりのことである。トランプ大統領の訪韓中、日本では大統領の言動よりも、韓国の奇妙な「おもてなし」ぶりに注目が集まっていた。とりわけ7日の夕刻に青瓦台の迎賓館で行われた歓迎晩餐会の席上、メニューに「独島エビ」なるものが含まれていたことと、唐突に元従軍慰安婦女性が招待され、トランプ大統領と抱擁したことが大きく取り上げられた。 そもそも北朝鮮の核・ミサイル開発や米韓の通商問題を論じるために韓国を訪問したはずのトランプ大統領を歓迎する席上で、日韓の領土問題や従軍慰安婦問題などを持ち出すなど、とんちんかんも甚だしい。韓国の不可解な「おもてなし」の底意をめぐって日本ではさまざまな臆測がなされたが、ここでは韓国が歓迎晩餐会になぜ元従軍慰安婦を登場させたのか、その背景を簡単に見渡してみたい(文中敬称略)。 まず、晩餐会に登場した元慰安婦、李容洙(イ・ヨンス)とは何者なのか。韓国大統領府での晩餐会で抱き合ってあいさつするトランプ米大統領(中央)と元慰安婦の李容洙さん。左は文在寅大統領=2017年11月7日、ソウル(聯合=共同) 公刊されている資料から彼女の略歴を簡単に見渡して見ると、次の通りである。1928年、韓国の南東部・大邱で生まれ。1944年に慰安婦として台湾に連行され、1947年まで慰安所で拷問を受けたと主張している。現在は京畿道広州市にある「ナヌムの家」に居住し、日韓の市民団体などの求めに応じて政治色の強いパフォーマンスや講演をすることで知られている。韓国各地はもちろん日本・アメリカにまで渡航し、抗議運動や糾弾活動を行うことでも有名で、2000年に東京で行われた「国際戦犯法廷」にも証人として参加している。ちなみに、この「模擬裁判」で韓国側の「検事」を務めたのが、現ソウル市長の朴元淳(パク・ウォンスン)である。 特に有名なのが、2007年に米下院で可決された従軍慰安婦問題の対日謝罪要求決議」(米下院121号決議)の審議の席上、米国議員たちの前で泣き叫びながら証言を行ったことである。その後も韓国・日本・アメリカを渡り歩き、従軍慰安婦に関する講演活動、日本政府や日韓の慰安婦合意に対する抗議運動、慰安婦記念碑の建立などを精力的に行っていることで知られている。 一方、李容洙が語った内容は変遷や矛盾が多いことが知られており、慰安婦として名乗り出た当初は「国民服を来た日本人の男から、ワンピースと革靴をもらってうれしくてついて行った」と証言していたが、その後「日本の軍服を着た男らが家にやってきて、男から何かとがったものを背中に突きつけられ船に乗せられて行った」などと主張し、「軍による強制連行」を訴える内容に変化している。1992年に李容洙が「挺身隊対策協議会」で証言した内容は次の通りである。  それから何日かたったある日の明け方、プンスンが私の家の窓をたたきながら「そうっと出ておいで」と小声で言いました。私は足音を忍ばせてそろそろとプンスンが言う通りに出て行きました。母にも何も言わないで、そのままプンスンの後について行きました…行ってみると川のほとりで見かけた日本人の男の人が立っていました。その男の人は四十歳ちょっと前ぐらいに見えました。国民服に戦闘帽をかぶっていました。その人は私に服の包みを渡しながら、中にワンピースと革靴が入っていると言いました。 包みをそうっと開けてみると、本当に赤いワンピースと革靴が入っていました。それをもらって幼心にどんなに嬉しかったかわかりません。もう他のことは考えもしないで即座について行くことにしました。私を入れて娘たちが全部で5人いました。そのまま駅に行って汽車に乗り、慶州で一軒の旅館に入りました。(韓国挺身隊問題対策協議会・挺身隊研究会編『証言・強制連行された朝鮮人軍慰安婦たち』、明石書店、1993年、133~134頁)コロコロ変わる証言 ちなみに李容洙は2007年のアメリカ下院公聴会でも「16歳の秋、国民服に戦闘帽姿の日本人男性から革靴を見せられ、母親に気づかれないように家を出た」という内容を語っている。ところが、どうしたことか、直後に来日すると「日本兵に連行された」と語り、「日本兵が家に侵入してきて、首をつかまれ引きずり出された」「軍人と女に刀をつきつけられ、口をふさがれ連れ出された」などと証言したのである。下記の一文は2009年3月に彼女が語った内容である。 オンマは、生まれたばかりの弟のいる部屋の方にいました。わたしの家はわらぶき屋根の家で、後ろに小さな窓がありました。何か物音が聞こえたようなので窓の方を見ました。すると、数日前、ヨモギ採りにさそってくれた友だちが手招きしています。 「なんだろう」 外に出てみると、友だちのそばに目深に帽子をかぶった軍人が立っていました。友だちは、その男から手招きされるようにいわれたといい、わたしに風呂敷包みを渡しました。さわってみると、そこには靴と服が入っているようでした。 「いっしょに来い」 軍人はそういうと、歩き出しました。怖くなって逃げようとしたのですが、友だちが「行こう」といって歩きだしたので、わたしも風呂敷包みをもってついて行きました。近くの踏切まで行くと、そこに三人の女の人が待っていました。そして、そのまま駅につれていかれ、五人は汽車に乗せられました。わたしはそれまで、汽車に乗ったことがありません。怖さと不安と乗り物酔いで、わたしは吐きながら叫びました。「オンマ!オンマ!」 軍人はわたしを黙らせようと「チョウセンジン!」「チョウセンピー!」と怒鳴りながら、わたしの髪をつかんで床にたたきつけました。(李容洙・高柳美知子、『わたしは日本軍「慰安婦」だった』、新日本出版社、2009年、29~30頁) ちなみに、上記の内容は「15歳の私に起こったこと」らしく、年齢も92年の証言とは食い違っている。これ以外にも彼女の証言は食い違いが数多く指摘されている。李容洙の証言が時と場によって変わるのはかねてから指摘されてきたことで、慰安婦問題に関心を持つ日本人の間でも広く知られている。ただし、韓国国内においては元従軍慰安婦女性の証言に異議を差し挟むことは「社会的なタブー」であり、誰もその証言の矛盾について指摘しようとしない。 韓国国内では元慰安婦女性は(銅像も含めて)神聖にして侵すべからざる存在であり、その証言は聖書の聖句のように、一字一句疑わず押し頂かなければならないものなのである。そうでない輩は「親日派」「売国奴」として、糾弾され、社会的に抹殺される。 慰安婦に関する著書の記述に難癖をつけられ、民事訴訟に巻き込まれ、刑事告訴までされた朴裕河(パク・ユハ)世宗大学校教授の事例はその典型である。付け加えていうと、韓国社会では「日本政府は慰安婦の存在自体を認めていない」「日本は元慰安婦女性に対し謝罪も補償もまったくしていない」などといった事実無根の風説が広く信じられており、さらに「日本軍が元慰安婦女性を直接強制連行した」という根拠のない主張までも、いまだ事実として信じられている。国内向けの反日演出 では、なぜトランプ大統領の歓迎晩餐会に慰安婦が招かれたのだろうか。これについては特別な理由などはない。韓国の歴代大統領がやってきた「告げ口外交」の継承なのだ。「告げ口外交」といえば朴槿恵(パク・クネ)元大統領が有名だが、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の兄貴分である故・盧武鉉(ノ・ムヒョン)前大統領も訪問先のドイツやアメリカで盛んに繰り広げた。「告げ口外交」の特徴は、日本とは何らの関係もない席上で、何の脈絡もなく唐突に日本を糾弾し出すことであり、その内容も「領土問題」「戦後補償」「歴史認識」など訪問先の当事国にはまったく関係のないものばかりである。 文在寅大統領は盧武鉉と政界入り前からの付き合いで、弁護士時代には大統領秘書室長を務めた。盧武鉉大統領の「告げ口外交」を裏から支えていたわけで、自身が大統領になった後に自前の「告げ口外交」を始めたとしても驚くものではない。ただ、この「告げ口外交」も口先だけでは効果が弱い。そこで、トランプ大統領の訪韓という絶好の機会を捉えて、元慰安婦女性を「生き証人」として登場させたわけである。 北朝鮮の核ミサイル開発と貿易通商問題、そして「アメリカ第一主義」にしか関心のないトランプ大統領に、元慰安婦女性を面会させたところで、この告げ口外交は何らの効果もないように思えるのだが、実はこの演出は国内向けとみるべきである。告げ口外交とは言うものの、決して「外交」ではないのである。 朴槿恵元大統領の罷免という政局を利用し、圧倒的な国民的支持を受けて当選した文大統領だが、現在まで内政でも外交でも目立った成果など何もない。特に外交は惨憺(さんたん)たるもので、アメリカ軍の高高度防衛ミサイル(THAAD)の配備をめぐって、アメリカと中国との間で右往左往している。アメリカからは「信じられない同盟国」として不信感を買い、中国からはミサイル配備の報復として経済制裁を受ける始末である。やりたい放題の北朝鮮に対しては何一つ有効な手を打てないのに、平昌五輪の参加を突然呼び掛けたり、800万ドルの人道支援を申し出たりするなど、誰がみても支離滅裂な政権運営を続けている。 おまけにアメリカからは米韓自由貿易協定(FTA)の再交渉を迫られている。こんな状況でトランプ大統領を迎えたとしても、ろくな成果を得られないことは明らかだろう。しかも、訪韓に先立つ訪日は韓国よりも訪問日程が長く、トランプ大統領と安倍首相は蜜月関係である。トランプ米大統領夫妻歓迎晩餐会のメニュー。マツタケ釜飯、韓国産牛肉のカルビ、「独島エビ」の和え物が並ぶ(韓国大統領府のホームページより) 安倍首相以上の外交成果も上げたいが、かといって反米志向が強いリベラル派の支持を受けて当選した文大統領としては必要以上にトランプ大統領と親しくすると、わが身を滅ぼしかねない。トランプ氏は韓国・平沢にある米軍基地を訪問したが、その際、文大統領は基地に直々に出向くというパフォーマンスを演じた。文大統領にしてみれば、これも最大限のサービスだったのである。 ただ、当地では2007年に米軍基地移転をめぐって大規模な反対運動が起こっており、平沢はいわば反米リベラル派の「聖地」でもある。そこでタカ派のトランプ大統領を出迎えざるを得なかった文大統領の心境も複雑だっただろう。窮地の文大統領を救ったのは、現政権になって大統領府の儀典秘書室行政官に抜擢されたタク・ヒョンミンなる人物だったが、彼は元慰安婦女性の晩餐会招待と「独島エビ」メニューという演出の立役者でもあった。李容洙が選ばれたワケ では、なぜ元慰安婦女性の中から李容洙が選ばれたのであろうか。まず、李容洙が日米韓を股にかけて抗議運動や糾弾活動をしており、米下院でも証言するなど、国際的に知名度が高かったことが挙げられる。また、日本に対して一貫して強硬姿勢を取っていることも要因の一つであろう。さらに今年9月に李容洙の活動を題材とした『ユーキャンスピーク』という映画が韓国で封切りされ、300万人を超える観客を動員するなど、韓国内で興行に成功していたことも大きな要因である。 この映画は元慰安婦女性が区役所の職員の助けを受けて渡米し、米下院公聴会で日本を糾弾するという内容で、李容洙をモデルとしているとはいえ、事実そのものを映画化したものではない。特に公聴会で「日本側の議員」なる人物が「お前は金がいくら必要なんだ」と挑発的に尋ね、これに怒った主人公が日本語と韓国語の毒舌で相手を罵倒するシーンは見せ場を作るための演出であろう。 もっとも「毒舌」という点では実物も引けをとらない。李容洙は晩餐会の翌々日の11月9日、韓国のラジオ番組に出演し、日本に対して「耳もなく目もなく良心もない」「生意気なことこの上ない」「恥ずかしく鼻でも隠してネズミの穴にでも入るべきで、あれこれほざくことが正しいことなのか」と憤激した後、日本政府が「独島エビ」に対して抗議したことに対して、「私たちの独島で獲れた料理にまで干渉する。これが本当に××でなくて何だ」と日本政府の対応を罵倒した。この「××」が何であるのかを元の音声を確認したが、「ピー」という音声がかぶせられていたことから、差別的な放送禁止用語だと思われる。放送禁止用語であれ何であれ、日本を罵っておけば聴取者は痛快だし、元慰安婦女性に文句を言える人間など韓国にはいないので、言うなれば「結果オーライ」である。 李容洙は放送で「(トランプ大統領の抱擁が)夢のような感じ」だったと述べ、「私が手を振ると、トランプ大統領がやってきてすぐに抱きしめてくれた」「本当に長生きした甲斐があった。楽しい気持ちが湧いてきた」「トランプ大統領に『慰安婦問題を解決してノーベル賞を取ってください』と言いたかったが、できなくて残念だ」などと絶賛した。臨機応変にこうしたコメントができるのも、歓迎晩餐会に招かれた理由の一つかもしれない。 ところで、李容洙は去る5月3日、慶尚北道星州で開かれたTHAADミサイル配備反対集会に参加し、壇上で「主人(住民)が(THAADミサイル配置を)嫌がっているというのに、住民の皆さんが嫌だと言っているのに、あるアメリカ野郎やアマどもが大韓民国にTHAADミサイルを配置するなんて、とんでもない」と発言している。THAADを配置しようとする「とんでもないアメリカ野郎」とはトランプ大統領なのだが。二転三転するのは過去の体験談だけではないようである。 こうしてみると、韓国にとっては大した外交成果のないトランプ大統領訪問であったが、「不道徳な日本に一矢報いた」という精神的勝利を得たことで国内向けには十分に成果があったとも言える。結果的にトランプ氏訪韓は、文政権にとって政権運営上のマイナス要因にはならなかった。これは余談だが、「独島エビ」を扱う業者には今も注文が殺到しているそうである。

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    韓国が「慰安婦の日」をわざわざつくった裏事情

    して、韓国に対する(かなり感情的な)反発が見受けられた。 もっとも晩餐会に元慰安婦を招待することが、日韓関係はいざ知らず、日米関係にクサビを打ち込む効果を持つとは信じがたい。理由は簡単、トランプ大統領の関心事は、北朝鮮を封じ込めるための態勢をつくりあげることと、経済面で自国に有利な譲歩を引き出すことに集中しており、他の事柄に注意を払うつもりがあるとは思えないのだ。 これを端的に示したのが、トランプが11月8日に韓国国会で行った演説だった。くだんの演説、北朝鮮問題への言及が大半を占めているものの、韓国の女性について触れた箇所も存在する。けれどもその内容たるや、大統領がニュージャージー州に所有する「トランプ・ナショナルゴルフクラブ」で行われた今年の全米女子オープンゴルフで、同国のパク・ソンヒョン選手が優勝したことを讃えるものだったのである。 韓国(人)にとり、慰安婦問題は重大かつ切実な意味合いを持つのだろう。だとしても「われわれにとってこれだけ重大で切実なのだから、トランプも関心を持ってくれるはずだ」と思い込むのは自意識過剰にすぎない。「アメリカ・ファースト」の立場を取るかぎり、慰安婦問題の重要性など二の次、三の次に決まっている。 ましてトランプは、「アメリカ・ファースト」どころか「自分ファースト」の傾向が際立つ、唯我独尊タイプの人物ではないか。外遊先で相手国(民)をほめるときすら、自慢話につなげてしまうほどなのだ。晩餐会が終わったとたん、イ・ヨンスについてきれいさっぱり忘れたとしても驚くにはあたらない。産経新聞の記事によれば、晩餐会の席では大統領の周囲に通訳がいなかったため、トランプはそもそも彼女が何者なのか知らなかった可能性まであるとのことだった。韓国を笑えない日本 その意味で韓国の行動は、単なる「対日嫌がらせ」の域にとどまり、アメリカへのアピール、ないし得点稼ぎとはなりえない。けれども、北朝鮮をめぐる問題がかくも深刻なとき、なぜわざわざ嫌がらせをしたがるのか? こう書くと、「韓国人の民族性」とか「歴史を通じて培われた『恨(み)』の文化」といった話が出てきそうだが、そこまで風呂敷を広げなくとも説明は十分できる。北朝鮮問題が深刻だからこそ、韓国は日本に嫌がらせをしたがるのだ。 北朝鮮にとって、核開発・ミサイル開発は「体制を維持し、国際的な立場を強くする切り札」としての意味合いを持つ。よって話し合いはむろんのこと、圧力を強めたところで、同国が方針を転換する可能性は低い。 しかし、米朝間で武力衝突が発生したら、どうなるか。アメリカ国防総省のシミュレーションによれば、たとえ通常兵器しか使われなくとも、韓国では1日あたり2万人の死者が出るという。韓国の合同参謀本部など、2004年の時点で、開戦後24時間以内に230万人の死傷者が出ると見積もった。核兵器をはじめとする大量破壊兵器が使用された場合、死傷者は一週間で500万人に達すると予測されている。韓国・平沢の在韓米軍基地を訪れ、米軍や韓国軍兵士らと昼食をとるトランプ米大統領(左)=2017年11月 破局的な大惨事が引き起こされるわけだが、だからと言ってアメリカが北朝鮮の核保有を容認すれば、朝鮮半島のパワーバランスは韓国にとって一気に不利なものとなる。しかも北朝鮮問題に関して、米朝の他に影響力を及ぼしうる国と言えば、核を持った二つの大国、つまり中国とロシアぐらいしかない。要するに韓国は、「八方ふさがりのうえに無力」という、きわめて厳しい立場に置かれているのである。 となれば、長らく反感を抱いてきた日本に嫌がらせをすることで、せめてもの不満解消を計るのは、むしろ自然ではないだろうか。「無力感に苛(さいな)まれる者は意地が悪くなりやすい」というのは、国境や国籍を超えた、人間社会の普遍的な真理なのだ。 ただし、ここで考えねばならない点がある。 先の総選挙で、安倍首相がいみじくも「国難」という言葉を使ったとおり、北朝鮮問題はわが国にとっても他人事ではない。武力衝突が発生した場合、日本も多大な被害をこうむる恐れが強いし、北朝鮮の核保有が容認された場合、パワーバランスが不利になるのも確実だろう。 しかも核武装はおろか、敵基地攻撃能力も持たない以上、わが国もこの問題にさしたる影響力を持ちえない。「万全の態勢で国民を守り抜く」などとうたいつつ、シェルター整備すらなされていないのが現実なのだ。 言っては何だが、この件に関するかぎり、日本と韓国は五十歩百歩なのである。現にトランプは在日米軍の横田基地を使って来日したものの、韓国を訪問する際にも、在韓米軍の烏山(オサン)基地を使った。韓国が「対日嫌がらせ」に走った根底にも、「八方ふさがりで無力なのは日本も大差ないじゃないか」という心情があったのかもしれない。 拙著『対論「炎上」日本のメカニズム』でも論じたように、わが国でも近年「無力感に苛(さいな)まれた人々が、意地悪く攻撃的になる」現象が目立つ。韓国の振る舞いは愉快ではないものの、同国のことをどこまで笑えるかは分からないのだ。人の振り見て我が振り直せ、である。 

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    韓国に「慰安婦の日」ができるらしい

    韓国の国会が8月14日を法定の「慰安婦の日」とする議決をしたという。慰安婦問題を蒸し返す韓国に今さら驚きはしないが、北朝鮮リスクが高まる中、この期に及んでまた慰安婦である。iRONNA韓国リポート第三弾は、訪韓したトランプ米大統領も仰天した(?)韓国の慰安婦事情!

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    韓国人がおかしなことを鵜呑みにするのは漢字廃止が影響か

     文在寅大統領の暴走が加速している。慰安婦問題の日韓合意を反故にするような発言を繰り返すとともに、解決済みである徴用工の個人請求権まで容認してしまった。日本政府はこれに抗議、韓国で開催されるアジア中南米協力フォーラム外相会議に日本の河野太郎外相に招待状が届いていたが、欠席を決めた。なぜ、韓国は国と国との約束が守れず、韓国の人たちはおかしなことを鵜呑みにするのか。ジャーナリストの櫻井よしこ氏が、その背景を解説する。 * * * 日本と朝鮮半島は遥か古代から非常に難しい関係を続けてきました。穏やかな国、日本が対外的な争いに巻き込まれる時は、ほとんどの場合、朝鮮半島問題が原因となってきたのです。 古くは663年、すでに滅亡していた百済の復興を手助けするために唐と新羅の連合軍と戦い、敗北を喫しました(白村江の戦い)。13世紀に2度にわたってわが国が侵略された元寇は、元との戦いというより高麗との戦いでした。日清戦争は朝鮮半島に支配権を広げようとする清国を阻止することが目的であり、日露戦争もロシアが南下する危険性に備えた戦いでした。 そして今、日本に同じような危機が迫っています。北朝鮮が暴走すれば、否応なく日本にも飛び火します。本来であれば日米韓が連携して北朝鮮、そして背後にいる中国と対峙しなければなりませんが、韓国の文在寅大統領はまったく逆を向いています。 金正恩氏による大陸間弾道ミサイル実験や、そのことに対する国際社会の制裁強化の動きなど見れば、北朝鮮にすり寄り、「南北共同で強制動員被害の実態調査」をするなどと言っていられる状況ではないのは明らかです。しかし、文大統領は「反日」を親北政策に利用しようとしています。こんな状況では韓国が北朝鮮に事実上支配され、38度線が対馬海峡まで下りて来ることも、日本は覚悟しておかなければなりません。元慰安婦の支援団体「韓国挺身隊問題対策協議会」などがミニチュアの金色の慰安婦像500体を展示した =2017年8月14日、韓国(共同)◆韓国の「悪意」 文氏は国際ルールを完全に無視し、「ゴールポストを動かす」どころか、国家間の取り決めをすべてひっくり返そうとしています。 8月17日の韓国大統領府での記者会見で、文氏は日本統治時代に動員され働いていた元徴用工らの「個人請求権は消滅していない」と述べました。もちろん個人請求権が「ない」ことは、1965年の日韓国交正常化の際に結ばれた日韓請求権協定で明らかです。この問題はすべて解決済みです。韓国人に影響を与えた漢字廃止 左翼の盧武鉉大統領は2005年、日韓国交正常化交渉に関する全資料3万6000ページを公開させました。それを詳細に調査した結果、日本側が「韓国の被害者個人に対して補償する」ことを提案したのに対し、韓国側が「国として請求する」「個人に対しては国内で措置する」と主張し続けたことが明らかになったのです。そのため、さすがの盧氏も「すでに日本から受け取ったお金に個人補償分も含まれている」として、徴用工の個人請求権を諦めざるを得なかったのです。 ところが2012年、韓国の最高裁が「個人請求権は消滅していない」という驚くべき判断を下し、日本企業を相手どった訴訟で賠償命令が相次いで出されています。文氏の発言は韓国政府として初めて、個人請求権は消滅していないと正式に認めたものであり、今後、深刻な影響が生じてくるのは間違いありません。 慰安婦の「強制連行」も徴用工の「強制動員」もまったくの事実無根で、日本にとっては酷い「濡れ衣」です。しかし韓国は国家戦略として歴史を捏造し、それを世界に喧伝しています。儒教思想に基づく歪んだ優越意識から、韓国人にとって日本は「未開で野蛮な国」「蔑む対象」であり、今は「お金を取る国」なのです。相手を理解し、歩み寄ろうとするのは日本人の美徳ですが、その前に韓国が「悪意」を持って日本を貶めようとしていることに気づかなければなりません。 文氏は慰安婦や徴用工問題は、1965年の日韓請求権協定時には「わかっていなかった問題だ」とも述べました。しかし、もし彼らが主張するような酷いことが本当に行われていたなら、気づかないはずがありません。路線バスに乗せられたプラスチック製の慰安像に触れる乗客=2017年8月14日、韓国・ソウル(聯合=共同) 少し考えればおかしいとわかることを、なぜ韓国の人たちは鵜呑みにしてしまうのでしょうか。拓殖大学国際学部教授の呉善花氏は漢字の廃止が影響していると指摘します。 日韓併合当時、韓国では難しい漢字を使っており、庶民はほとんど読み書きができず、識字率は6%に過ぎませんでした。そのため日本は学校の数を59倍の5960校に増やし、庶民にハングルを教えました。ハングルは日本語でいえば平仮名やカタカナのようなもので、「漢字ハングル交じり文」を普及させたわけです。福澤諭吉らの尽力もあり、朝鮮人の識字率は1943年には22%にまで上がったそうです。 ところが1970年代に入ると韓国は漢字を廃止し、ハングルだけを使うようになりました。それによって韓国人の思考能力が著しく低下したと指摘する人は少なくありません。 しかも、最近では研究者でさえ漢字が読めなくなっているため、歴史的な資料を読むことができない。そのため韓国人は自国の「過去」の事実を知ることができず、自分たちに都合のいい「幻想」を歴史的事実だと思い込むようになったと呉氏は分析するのです。関連記事■ 在韓35年の教訓「韓国に関心を持っても、深入りはするな」■ 百田尚樹氏 「今こそ、韓国に謝ろう」の真意を語る■ 韓国政府がひた隠す「元慰安婦の9割が日韓合意に納得」■ アン・シネ、推定Gカップの美ボディを横から撮影■ ケント氏「韓国には嘘が恥ずかしいという概念がないのか」

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    物見遊山の交流ばかり 格好だけの姉妹都市はさっさと辞めよ

     米サンフランシスコ市で11月14日、市内に設置されている慰安婦像と碑の寄贈を受け入れる決議が市議会で可決された。この像はもともと、在米韓国系団体と連携している在米中国系団体が私有地に建てたもので、この決議によって市の公有物とされた。ちなみにサンフランシスコ市長のエドウィン・M・リー氏は中国系アメリカ人で、韓国・ソウル市の名誉市民でもある。米カリフォルニア州サンフランシスコのセント・メリーズ公園展示スペースに設置された慰安婦像=2017年9月22日(中村将撮影) この碑には、「性奴隷」「(被害者が)何十万人」「捕らわれの身のまま死亡」などの表現がある。中韓が世界に喧伝する「慰安婦=性奴隷」を市が認めたのだ。これに怒った大阪市の吉村洋文市長(大阪維新の会)は「サンフランシスコ市が寄贈を受け入れることになれば、姉妹都市の関係を解消する」と断言した。 そもそも姉妹都市に法律上の定義はない。日本で初の締結は1955年の長崎市と米セントポール市だ。1989年に旧自治省は「地域国際交流推進大綱策定の指針」を定め関与を強めたが、今は総務省は手を引き、外務省も口を出さず、各自治体に任された格好だ。 自治体は姉妹都市関連の予算を組み、姉妹都市に市長らが出張した際の旅費や活動費を拠出している。 たとえば大阪市の場合、今年度の「姉妹都市ネットワークを活用した経済交流の推進」予算は1816万円にも上る。ちなみに同市の借金(市債残高)は4兆円超(2016年度末)だ。大阪市は8都市と姉妹都市関係を結ぶが、なかでも友好60周年の節目になるサンフランシスコ市関連の予算は726万円と突出している。その結果が慰安婦像の設置では、何のための友好だったのか。 この姉妹都市予算に関しては、かねてより「市長や市議の視察という名の旅費に消えている」との批判がある。舛添要一・前都知事は姉妹都市ソウルへの出張で1000万円超を費やし、しかもその場で韓国人学校を作ることをソウル側に約束し、後に猛批判を浴びた。元駐レバノン大使の天木直人氏は言う。 「そもそも外交は国家同士が行なうもの。都市外交と言えば聞こえはいいが、しょせん地方都市同士の交流に過ぎません。私がデトロイトの総領事をしている時も、首長をヘッドにした市議団のただの物見遊山という例がありました。格好だけの姉妹都市関係などやめたほうがいい」 姉妹は他人の始まり、ということで。関連記事■ 姉妹都市に慰安婦像… 小池都知事はソウルにどう対応?■ 慰安婦像承認の米SF市、中国系市長はソウル名誉市民■ SAPIO人気連載・業田良家4コママンガ【1/2】「橋下の影響力」■ 石原都知事 橋下市長と石原伸晃自民党幹事長の連携あり得る■ 橋下徹府知事が掲げる「大阪都構想」とは何か? 目的は?

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    なぜ韓国は北朝鮮と事を構えたがらないのか

    一色正春(元海上保安官) 国際社会の批判をものともせず核実験やミサイル発射を繰り返す北朝鮮。それに対して恫喝(どうかつ)を繰り返すだけで阻止できないアメリカ、裏で北朝鮮を援助しながら高みの見物を決め込む中国とロシア。緊張が高まる朝鮮半島において、一方の当事者である韓国は北朝鮮に対して何ら有効な対抗策をとっていません。 そればかりか、第三者である日本に対して、解決済みの慰安婦や徴用工問題を蒸し返し、虚偽の像を建てるだけではなく、その像を乗せたバスを走らせるなど病的な反日行為を繰り返しています。最近はアメリカの圧力などにより、さすがに危機意識を持つようになったのか、反日姿勢が若干トーンダウンした感はありますが、その基本的な姿勢は変わっていません。 韓国は昭和25年の朝鮮戦争のときと同じように、有事になれば日本の後方支援をあてにしなければならないのですが、自国が安全保障上かなり危機的な状況に陥っている現状においても、日本に対して連携を深めるどころか、あえて敵に回すような行動をとる様は我々日本人には理解し難いところです。しかし、これには彼らなりの理由があると思われるので、それについて考えてみることにします。南北の軍事境界線がある韓国・板門店を視察する宋永武国防相、 マティス米国防長官ら=2017年10月27日(共同) まず、大韓民国にとっての朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)を一言でいえば敵です。大韓民国憲法第3条において「大韓民国の領土は、韓半島およびその附属島嶼(とうしょ)とする」とうたっている以上、韓半島の北半分に居住する住民もまた大韓民国国民であり、そこを統治している北朝鮮は韓国にとって憲法上、自国の領土を不法に占拠する反国家団体ということになります。 つまり、韓国政府には、北朝鮮の圧政よる人権弾圧や飢えなどに苦しむ自国民を救うために北朝鮮政府を打倒する義務が道義的だけではなく法的にもあるのです。  実際に朝鮮戦争を経験した軍人大統領が国を治めていたころは、多くの国民が「北朝鮮や共産主義は敵である」と認識していましたが、政権が軍事独裁から民主化されると人権擁護の名のもと、国家保安法の見直し運動が活発になるなど政府の強権的なスパイ取り締まりが批判されるようになりました。 金大中政権のときには対北強硬派の牙城であった国家安全企画部が国家情報院に改編縮小されたりするなど、韓国ではだんだんと対北朝鮮強硬路線が緩和されてきました。一方の北朝鮮は一貫して日米韓を敵性国家とみなし続け、韓国だけではなく日本に対しては拉致という卑劣な手段で攻撃を行い、アメリカに対抗するため核と弾道ミサイルの開発を着々と進め現在に至っています。 つまり指導者の代替わりがあっても一貫して自国主導での半島統一を目標に軍備増強に励んでいた北朝鮮に対して、韓国は金泳三、金大中、盧武鉉の3人の大統領が親北政策を続けた結果、いつの間にか北朝鮮は打ち倒すべき敵性国家から共存共栄する対象になってしまったのです。 韓国の国民も自国が一応の民主化を果たし、経済的には経済協力開発機構(OECD)に加盟して先進国を名乗るようになって現状に満足するようになったのか、北朝鮮の貧困が明らかになるにつれ、東西ドイツが統合したときの西ドイツのように、自らは経済的負担を負いたくないという心理から、口先では統一を唱えるも実際には統一そのものを忌避して現状維持を望む人が多くなりました。 それどころか、長年の北朝鮮の工作や親北教育が浸透した結果、朝鮮戦争で韓国が北朝鮮と戦ったことを知らない若者が増えるだけではなく、欧州における東西冷戦終結や中国の改革開放路線の影響を受け「共産主義の脅威は去った」と多くの韓国国民は油断してしまいました。そして反共思想が下火になる一方で、同一民族に対する同胞意識が事あるごとに強調され北朝鮮にシンパシーを感じる人が多くなり、北朝鮮と現在も戦争中(休戦中)であることを忘れたのか、北朝鮮を脅威と感じる人が少なくなりました。 その結果が、対北強硬姿勢を打ち出した朴槿恵大統領がクーデターのような形で罷免逮捕され、その後継に親北派の文在寅氏が大統領に選出されるという現象です。とはいえ、さすがにここまで北朝鮮が挑発してくると、対外的に韓国政府としても何らかの対応を取らねばならないような状況になってきたのですが、文大統領は、いまだに北朝鮮との対立姿勢を明確にしていません。反日は北の脅威を隠すため? 国内的にも、いくら親北派が増えたとはいえ、対話ありきでいつまでも北朝鮮に対して強硬的な態度をとろうとしない現政権に疑問を持つ国民は少なくなくありません。 政府に対する批判の声が上がりそうになってきたので、困ったときの日本頼みと「日韓合意の見直し」や「徴用工の個人請求権」に関して大統領自身が発言するなど「愛国反日運動」を政府主導で盛り上げて北朝鮮の脅威から国民の目をそらそうとしているのが、一連の反日運動の本質ではないでしょうか。 北朝鮮に対して抗議や示威的な行動をとれば、相手が反撃をしてくるので本格的な武力衝突が起こりかねませんが、日本には何をしても「遺憾の意」を表明するのが関の山ですからノーリスクであり、何よりも日本をたたくことに関しては全国民が一致するので、やらない理由が見つかりません。 つまり韓国は自己保身のため、本当に奪還しなければいけない朝鮮半島の北半分の領土と、そこに抑留され苦しんでいる同胞を放っておいて、現実から逃避するためにありもしなかったでっち上げた話をもとに日本にからんできているのです。 その証拠に韓国の政治家や芸能人の大半は何ら危険のない竹島に上陸しても、生命の危険がある38度線には行きません。戦争をしたことのない日本に対して根拠のない謝罪や賠償を求めても、突然侵略されて、あれほど多くの罪もない自国民が殺された朝鮮戦争に関しては何も言いません。 虚偽の映画を作ってありもしなかった強制連行を理由に日本を非難しても、日本以上に多い北朝鮮に強制的に拉致された被害者を取り戻そうとはしません。このように何をしても反撃してこない日本に対しては傍若無人に振る舞う韓国も、やられたらやり返してくる北朝鮮に対しては弱腰で何もできないのです。朝鮮戦争の激戦地跡を視察する金正日書記(左から2人目)=1997年4月  実際に戦争をしたことのない日本に対して根拠のない謝罪や賠償を求めても、突然侵略されて、あれほど多くの罪もない自国民が殺された朝鮮戦争に関しては何も言いません。虚偽の映画を作ってありもしなかった強制連行を理由に日本を非難しても、日本以上に多い北朝鮮に今なお抑留されている拉致被害者を取り戻そうとはしません。このように何をしても反撃してこない日本に対しては傍若無人に振る舞う韓国も、やられたらやり返してくる北朝鮮に対しては弱腰で何もできないのです。 韓国は北方限界線(NLL)付近で偶発的に起こったと思われる小規模な戦闘や、自国の領土に攻め入られたときは反撃していますが、「ラングーン事件」や「大韓航空機爆破事件」に代表される大規模テロに対しては、多くの国民を殺されても目に見える反撃をしていません。 記憶に新しいところでは2010年に、自国の海軍艦艇が北朝鮮に撃沈され何十名もの将兵が殺されたときも、自国が北朝鮮との武力衝突に巻き込まれることを嫌ったアメリカの圧力があったのかもしれませんが、何もしませんでした。 これらの事例を見れば、いかに韓国が北朝鮮と事を構えたくないと思っているかということがわかります。朝鮮戦争を忘れたのか? 日本も人のことを言えた義理ではありませんが、これだけ北朝鮮が核やミサイル実験を繰り返しているのですから、インドが核武装したときのパキスタンのように韓国も核武装してもおかしくないのです。マスコミや野党の一部、最近では政府内にもアメリカの核の再配備など自国の核武装を求める声が出ていますが、肝心の大統領府は全面的にそれを否定しています。 もし同じ民族に対して核を使うはずがないというような根拠のないナイーブな幻想を抱いているとしたら、大間抜けとしか言いようがありません。朝鮮戦争で何百万人の自国民が彼らに殺され、今なおどれだけの家族が引き裂かれたままになっているのか忘れてしまったのでしょうか。ソウルで韓国の母親と対面する北朝鮮の男性=2001年2月  結局、彼らは口先では「我が民族」「我が同胞」などと綺麗(きれい)ごとを言っていますが、自己の繁栄を維持したいがために、北で抑圧されている二千数百万人の同胞を見殺しにしているのです。本来、彼らが救わねばならないのは静かな余生を送っているはずの自称従軍慰安婦や元徴用工ではなく、今も北で抑圧されている「我が民族」「我が同胞」なのです。 その事実に直面したくない政府、マスコミが国民の目線を日本に向けて憎しみをあおり、保守派と呼ばれる勢力が一部の人を除いて北朝鮮との衝突を避けたいため、それに同調するだけでなく、保守派と敵対する親北勢力も日韓離反工作のために同調する訳ですから、国を挙げての反日運動となるのです。 一般国民の多くも、あえて危険な北朝鮮と敵対するより、援助はしても攻撃はしてこない日本を一方的に叩く方が楽で適度に愛国心を満たしてくれるので、大勢に従っているのが現状です。要するに日本は朝鮮民族同士の内紛の出汁(だし)に使われているのです。 こんな人たちに日本がいつまでも付き合う必要はないのですが、日本としては安全保障上、韓国が北朝鮮ひいては中共との防波堤であった方が都合が良いのもまた現実です。そのためには、日本が北朝鮮よりも怖いと思わせるとともに、真の敵が北朝鮮であることを分からせ、今までのような謝罪や援助を一切止めて韓国の自立心を育てなければなりません。 そして、韓国の「日本に対して何をしても、日本が我々を見捨てることはない」というような甘えた考えも改めてもらう必要があります。元寇に匹敵する脅威 韓国は日本が北朝鮮と手を組むことはあり得ないと高をくくっているようですが、日本には北朝鮮シンパが多いことや、最近の韓国の度を越した反日行為にうんざりしている国民がかなり増えてきていること、北朝鮮に対するアメリカの腰の引けた態度などを勘案すれば、拉致問題さえ解決すれば日朝間に国交が樹立され、朝鮮半島有事の際に日本が韓国側に立たないことも十分あり得ます。 そういうことも含めて、日本がいつまでも韓国に友好的な態度をとる保証はないことを、彼らに認識させることが外務省の役割であり、友好ありきの外交姿勢を改める必要があります。 さらに外交政策の転換に合わせて防衛政策も見直す必要があります。早急にやるべきは、在韓邦人の速やかな撤退作戦の立案訓練、対馬(つしま)海峡に38度線が下りてくることを想定した部隊配置などの朝鮮有事への備えです。いま日本は「白村江(はくすきのえ)の戦い」「元寇(げんこう)」「大東亜戦争」に匹敵する国土侵略の危機が迫っていることを自覚せねばなりません。 当然、北朝鮮だけではなく中共による侵略への備えも怠ってはならないことは言うまでもありません。中長期的にはアメリカ頼みの主体性のない国防姿勢を改め「自分の国は自分で守る」という、ごく当たり前のことを憲法改正を含めて実践する必要がありますが、70年以上さぼってきたツケは重く、かなりの困難が予想されます。しかし、それは我が国が今後も独立国として生き残っていくためには避けて通れない道です。あまり期待してはいけませんが、そうやって日本の本気度を見せれば韓国も事態の深刻さを理解して日本に対する態度を改めるかもしれません。会談前に韓国の文在寅大統領(右)と握手する安倍首相 =2017年9月7日、ウラジオストク(共同) 日韓が国交を結んでから韓国は日本に対してやりたい放題、日本がひたすらそれに耐えるという関係でしたが、近年、多くの日本国民は歴史の真実を知るとともに、それにうんざりしてきています。夫婦関係も長年我慢してきた妻が夫の定年を機に離婚を切り出す熟年離婚のように、我慢を重ねてきた方が切れてしまえば、あっけなく終わってしまいます。 日本と韓国との関係も、そうならないように正すべきところは、たとえ一時的に波風が立とうとも直言し、突き放すところはきちんと突き放すべきなのです。 いつまでも韓国が一方的に日本に対して好き放題やり、日本がそれに耐えるというような不適切な関係を続けていくことは日韓両国にとって良いことではありません。 わが国は明治以来、朝鮮半島を自国の防波堤にすべく、日清日露の大戦を戦って多くの血を流しました。日韓併合後は多額の資金を投入するなど大変な苦労を重ねましたが、その結果はどうなったでしょうか。これらのことを踏まえた上で、いま一度朝鮮半島との付き合い方を考え直す必要があるのではないでしょうか。

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    冷戦期と逆転した北朝鮮の脅威への日韓温度差

    澤田克己(毎日新聞記者、前ソウル支局長) 日本上空を飛び越す北朝鮮の弾道ミサイル発射は日本にとって大きな脅威だが、その感覚を他国と完全に共有するのは難しい。韓国メディアで見聞きする論評のうちのある一言は、そのことを実感させる。韓国のネットでは「日本は騒ぎ過ぎだ」という声が多いというけれど、メディアに出てくる人々がそんなことを言うわけではない。「日本の上空を通過したのだから日本人が大騒ぎするのは当然だ。もし韓国の上空だったら我々だって大変な脅威を感じるはずだ」と言うのである。日本の対応に理解を示しているのだが、どこか他人事という響きは否めない。北朝鮮の軍事パレードに登場した、新型ICBM用の可能性がある片側8輪の発射管付き車両=2017年4月、平壌(共同) そもそも韓国は以前から北朝鮮の脅威にさらされているから、脅威のレベルが特段上がったとは言えない。あるいは、韓国人は北朝鮮の脅威に「慣れてしまっているから」という説明もされる。どちらも間違っているわけではないが、それよりも冷戦終結後の四半世紀の間に起きた変化の影響が大きいと思われる。 一方で最近は、過去最大規模の核実験を受けて韓国でも危機感が急上昇していると報道する日本メディアもあるようだ。しかし、これも実態はあやしい。広島型原爆の10倍以上という爆発規模は韓国でも驚きを持って迎えられ、在韓米軍への戦術核再配備や独自核武装を声高に語る保守系政治家や保守系メディアが出ていることは事実だ。ただ、実際には韓国ではこれまでも同様の主張が繰り返されてきたし、世論調査の数字を見れば核実験で脅威認識が高まったとは言えないのである。 9月の核実験直後に韓国ギャラップ社が実施した世論調査がある。韓国の独自核武装論に「賛成」という人が60%を占め、「反対」35%を大きく上回ったというものだ。これだけ見ると、今回の核実験で韓国でも危機意識が高まったのかと感じる人もいるだろう。 だが実際には、この結果はこれまでの調査と変わらない。同社は発表資料に過去3回の核実験直後に行った調査結果を付しているのだが、それを見ると13年2月(3回目の核実験直後)が64%、16年1月(4回目)54%、9月(5回目)58%。今回を含め、ずっと6割前後である。 米ランド研究所が90年代後半に韓国で実施した「もし北朝鮮が核武装したら韓国も独自核武装すべきか」と聞いた世論調査を見ると、核武装に賛成が96年9月調査では91.2%、99年2月調査で82.3%だった。北朝鮮の核開発を巡る状況が当時とはまったく異なるので同列に並べることは難しいが、長期トレンドで見れば韓国における核保有論は減少しているとさえ言える。韓国における戦争の脅威 貿易依存度の高い経済を持つ韓国には国際的孤立を甘受してまで核開発を進めるメリットはなく、核保有論に現実味はない。在韓米軍への戦術核再配備にしても実現可能性の点では同じだ。既に戦略核で十分な抑止力を持つ米軍が管理や警備に莫大なコストとリスクをかけて、韓国に戦術核を持ち込む意味はないからだ。韓国世論の反応は、北朝鮮が核兵器を持つなら対抗しなければという程度の軽い考えでしかない。残念なことだが、唯一の被爆国である日本と他国では核兵器に関する感覚はまったく違う。韓国も「その他の国」の一つなのだ。(iStock) 今回の韓国ギャラップ社の調査で興味深いのは、むしろ北朝鮮に対する脅威認識の長期的低下を如実に示す設問である。 調査では「北朝鮮が実際に戦争を起こす可能性」について聞いている。「大いにある」と答えた人は13%、「ある程度ある」が24%で、両方を合計した「ある」は37%。これに対して「まったくない」22%、「別にない」36%で、「ない」の合計は58%だった。 「ある」37%と「ない」58%。これだけを見ると判断に迷うかもしれない。ただ過去の調査と並べると、変化を見て取れる。同社の発表資料には92年以降に行った9回の調査結果が並んでいる。 「ない」58%というのは、今までで最も多かった金大中政権末期の2002年と同じだった。「ある」37%も、02年の33%に次いで低かった。6回目の核実験直後でも、南北首脳会談後の融和ムードが強かった時と同じ程度にしか戦争の脅威を感じていないということになる。 冷戦終結直後だった92年の調査では「ある」が69%、「ない」24%だったから、四半世紀前と比べたら完全に逆転した。 背景にあるのは、冷戦終結を境に韓国と北朝鮮の国力差が如実に見えてきたことだ。 韓国と北朝鮮は朝鮮戦争休戦(53年)後に体制間競争を繰り広げてきた。ソ連や中国から大規模な支援を受けた北朝鮮の方が戦後復興は順調に進め、世界最貧国レベルだった韓国経済に差を付けた。日米から資金と技術を導入した韓国が追い上げ始めるのは60年代後半になってからで、南北の経済力が逆転したのは70年代半ばのことだ。 冷戦期には、北朝鮮の武装ゲリラが韓国に浸透して青瓦台襲撃を図った事件(68年)や外遊中の全斗煥・韓国大統領暗殺を狙ったラングーン爆弾テロ事件(83年)、ソウル五輪妨害を狙った大韓航空機爆破事件(87年)などが続いた。北朝鮮の脅威はまさに身近なものだったと言える。明暗を分けた南北 ところが韓国は「漢江の奇跡」と呼ばれる驚異的な経済成長を遂げ、冷戦終結と時期が重なったソウル五輪を契機に旧東側諸国との関係を一気に改善させた。北朝鮮の後ろ盾だったソ連(90年)、中国(92年)との国交樹立はそのハイライトだ。韓国はその後も経済成長を続け、いまや世界10位前後の経済力を持つ。国際社会での地位も、主要20カ国(G20)の一角に食い込むまでになった。(iStock) 北朝鮮の境遇はまったく違う。韓国との国交樹立に踏み切った中ソ両国との関係が90年代に冷え込んで孤立の度を深めた。なによりソ連や東欧社会主義国の体制が次々と崩壊する中で、自らの体制生き残りを最優先せざるをえない状況に追い込まれた。頼みの綱だった社会主義圏からの援助を失った上、90年代半ばには天候不順にも見舞われて数十万の餓死者を出すほどの食糧危機に見舞われた。その中で体制生き残りのため必死に続けてきたのが核・ミサイル開発だ。もはや韓国と正面から競争する余力など残っていない。 冷戦期の韓国では北朝鮮の実情を知らせるようなニュースは統制され、人々が持っている北朝鮮イメージは反共教育で教え込まれた「強くて憎むべき敵」だった。前述のように80年代にも大型テロが続いたから、そのイメージには現実味があっただろう。ところが、冷戦終結後に知るようになった北朝鮮の実情は違った。韓国の人々は、それまで抱いていたイメージとは正反対ともいえる「貧しい北朝鮮」像を眼前に突き出された。それを見た韓国の人々が「体制間競争に勝負がついた」と考えるのは当然だ。だからこそ金大中政権(98〜2003年)の太陽政策が受け入れられたのだろう。そして、韓国人の脅威認識はさらに薄れていった。 脅威認識の逆転は、冷戦終結をはさんだ時間軸だけで起きたのではない。日本と韓国の脅威認識もこの四半世紀の間に逆転した。 私はソウルで韓国語を学んでいた1989年に夜間防空訓練に出くわした。韓国では当時、北朝鮮からの攻撃に備えた避難訓練が毎月あり、その一環として夜間訓練が行われることがあった。 夜間訓練では灯火管制が行われる。すべての明かりが消された暗い町でサイレンが鳴り響く。音を正確に覚えているわけではないが、Jアラートのサイレンと同じような感じだったように思う。高台にあった下宿の窓を開けて外を見た私は、心細くなった。時間にしたら10分か15分だったはずなのだが、時間の流れはとても遅かった。韓国と逆のコースをたどる日本 ソウル五輪を成功させた後ではあったが、冷戦末期の韓国社会にはまだ北朝鮮を脅威だととらえる感覚が強く残っていた。だから、92年になっても世論調査で「北朝鮮が実際に戦争を起こす可能性がある」と考える人が7割に上っていたのだ。一方で日本では70年代のように北朝鮮を「地上の楽園」だとたたえる意識こそ影を潜めていたものの、身近な脅威だとする感覚まではなかった。平和を当然のものとする日本社会で育った20代前半の私には、韓国との感覚の違いは鮮烈だった。(iStock) 韓国での夜間訓練は90年が最後となった。前述のように、北朝鮮を脅威と見る感覚はその後どんどん薄れていった。 冷戦期に脅威認識が薄かった日本は、まったく逆のコースをたどった。93年には日本に到達しうるノドン・ミサイルの発射実験が日本海で行われ、北朝鮮の脅威が認識され始めた。それでも93〜94年の第1次核危機の時に日本が抱いた危機感は、現在とはまったく異なる。北朝鮮の核・ミサイル能力はまだまだ未熟で、日本が巻き込まれるなどとは想像しなかったからだろう。 そうした空気を決定的に変えたのは、98年にテポドン・ミサイルが日本上空を初めて通過したことだ。北朝鮮を脅威と見る視点はさらに、2002年の日朝首脳会談で北朝鮮が日本人拉致を認め、その直後に新たな核開発疑惑が発覚したことで強まった。北朝鮮はその後、核実験やミサイル発射を繰り返すようになり、日本にとって現実の脅威だと認識されるに至っている。 こうして見ると、過去四半世紀の間に日本と韓国の脅威認識はまるで反対になったことが分かる。北朝鮮との歴史的関係や地理的条件の違いを考えれば、日本と韓国の間に温度差があることは当然だ。それでも北朝鮮情勢を巡る現在の局面では日韓が協力する以外の選択肢がないのだから、日韓の温度差を正面から認識しておく必要がある。その上で、問題解決のために協力する方策について考えなければいけない。そうしなければ、北朝鮮を利するだけなのだから。さわだ・かつみ 毎日新聞記者、前ソウル支局長。1967年埼玉県生まれ。慶応義塾大法学部卒、91年毎日新聞入社。99~04年ソウル、05~09年ジュネーブに勤務し、11~15年ソウル支局。15年5月から論説委員。著書に『「脱日」する韓国』(06年、ユビキタスタジオ)、『韓国「反日」の真相』(15年、文春新書、アジア・太平洋賞特別賞)、訳書に『天国の国境を越える』(13年、東洋経済新報社)。礒﨑敦仁慶応義塾大准教授との共著『LIVE講義 北朝鮮入門』(10年、東洋経済新報社)を大幅に改訂した『新版 北朝鮮入門』(東洋経済新報社)を17年1月に刊行予定。

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    徴用工「残酷物語」は韓国ではなく日本が生んだイメージだった

    西岡力(麗澤大学客員教授、「救う会」全国協議会会長)ソウルの韓国大統領府で記者会見する 文在寅大統領=2017年8月(共同) 文在寅韓国大統領が8月17日の記者会見で、日本統治時代に徴用されて働いた徴用工問題で、個人の賠償請求を認めた韓国裁判所の立場を支持する考えを示した。文氏は「(徴用工問題を解決した政府間の)両国合意は個人の権利を侵害できない。政府はその立場から歴史認識問題に臨んでいる」と語った。 その後、安倍首相との電話会談で国家対国家の請求権処理は終わっているという立場を表明したというが、文在寅大統領発言は1965年に作られた日韓国交正常化の枠組みを根底から覆しかねない危険性を含んでいる。 わが国政府は、徴用による労働動員は当時、日本国民だった朝鮮人に合法的に課されたものであって、不法なものではなかったと繰り返し主張している。しかし、それだけでは国際広報として全く不十分だ。 韓国では映画『軍艦島』や新たに立てられた徴用工像などを使い、あたかも徴用工がナチスドイツのユダヤ人収容所のようなところで奴隷労働を強いられたかのような宣伝を活発に展開している。このままほっておくと、徴用工問題は第二の慰安婦問題となって虚偽宣伝でわが国の名誉がひどく傷つけられることになりかねない。官民が協力して当時の実態を事実に即して広報して、韓国側の虚偽宣伝に反論しなければならない。 国家総動員法にもとづき朝鮮半島から内地(樺太など含む)への労働動員が始まったのは1939年である。同年9月~41年までは、指定された地域で業者が希望者を集めた「募集」形式、42年12月~44年8月まではその募集が朝鮮総督府の「斡旋(あっせん)」により行われ、44年9月に国民徴用令が適用された。なお、45年3月末には関釜連絡船がほとんど途絶えたので、6カ月あまりの適用に終わった。 1960年代以降、日本国内の在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)や日本人左派学者がこれら全体を「強制連行」と呼び始め、彼らの立場からの調査が続けられてきた。韓国でもまず学界がその影響を受け、次第にマスコミが強制連行を報じるようになった。 政府も盧武鉉政権時代の2004年に日帝強占下強制動員被害真相糾明委員会を設立した。ここで言われている「強制動員被害」とは、「満州事変から太平洋戦争に至る時期に日帝によって強制動員された軍人・軍属・労務者・慰安婦等の生活を強要された者がかぶった生命・身体・財産等の被害をいう」(日帝強占下強制動員被害真相糾明等に関する特別法)。同委員会は2010年に対日抗争期強制動員被害調査及び国外強制動員犠牲者等支援委員会となり、20万を超える被害申請について調査を実施した。徴用工問題は「日本発」だった まず、日本において問題提起がなされ、それが韓国の当事者を刺激し、運動が始まり、韓国マスコミが大きく取り上げ、韓国政府が動き始めるという慰安婦問題とほぼ同じパターンで事態が悪化している。日本の反日運動家と左派学者らは2005年、「強制動員真相究明ネットワーク」(共同代表飛田雄一、上杉聡、内海愛子)を結成して、韓国政府の調査を助けている。 共同代表の一人である内海愛子は、2000年の「女性国際戦犯法廷」で、東京裁判を「天皇の免責、植民地の欠落、性暴力の不処罰」を理由に批判した、代表的反日学者だ。彼らは、日本の朝鮮統治が国際法上、非合法であったという立場を日本政府に認めさせ、国家補償を実施することを目的とした大規模な反日運動を続けている。彼らはこう主張している。「強制連行がなかった」とする主張の根元には、植民地支配は正当なものであるという認識があります。日本による植民地支配は正当な支配であり、動員は合法的なものであるという考え方です。しかし、韓国では「韓国併合」を不法・不当ととらえており、日本に強制的に占領された時期としています。 まず、植民地として支配したことを反省することが大切でしょう。(略)強制的な動員は人道に反する不法行為でした。 強制連行は虚構や捏造(ねつぞう)ではありません。強制連行がなかったという宣伝じたいがプロパガンダであり、虚構や捏造です。 歴史学研究では、戦時に植民地・占領地から民衆の強制的動員がなされたことは歴史的事実として認知されています。歴史教科書にもそのような認識が反映され、植民地・占領地からの強制的な動員がなされたことが記されています。朝鮮人の強制連行はそのひとつなのです。 そして、2012年5月に韓国の大法院(最高裁判所)が「個人請求権は消えていない」と判定し、三菱重工業や新日本製鉄(現新日鉄住金)など日本企業は、徴用者に対する賠償責任があるとして原告敗訴判決の原審を破棄し、原告勝訴の趣旨で事件をそれぞれ釜山高裁とソウル高裁に差し戻すという、日韓基本条約秩序を根底から覆す判決を下したが、同ネットワークはその判決を強く支持して次のように主張する。 そこ(大法院判決・引用者補)では日本占領を不法な強制占領とし、そのような不法な支配下での動員法は大韓民国の憲法に相反するものとしています。そして、強制動員を不法なものとして、原告の個人の請求権は日韓請求権協定では消滅していないとしました。(略)つまり、強制動員は不法であり、個人の損害賠償請求権がある、会社には支払う義務がある、という判決を出したわけです。(略)韓国政府はもとより、日本企業もこの判決への対応が問われているのです。この判決に従っての問題解決が求められているわけです〉(同ネットワーク「朝鮮人強制連行Q&A」) 1965年の日韓基本条約体制を根元から覆そうとしている彼らこそ、本当の嫌韓・反韓派だ。したがって、国際広報の観点からすると、39~45年にかけての朝鮮人労働者の戦時動員全体像を正しく認識する必要がある。もっと言うと、日本の統治時代に朝鮮でどのような社会変化が起きたのかについても、事実を正しく研究し、日本の国益と日韓基本条約体制を守る立場から、しっかりした国際広報が必要なのだ。朝鮮人の戦時動員 韓国政府が対日歴史戦を公式に宣言したのが2005年、今から12年前だった。盧武鉉政府が同年3月「新韓日ドクトリン」を発表し、「最近の日本の一隅で起きている独島(竹島)や歴史についての一連の動きを、過去の植民地侵略を正当化しようとする意識が内在した重い問題と見て、断固として対処する」「我々の大義と正当性を国際社会に堂々と示すためあらゆる努力を払い、その過程で日本の態度変化を促す」と歴史認識と領土問題で日本を糾弾する外交を行うことを宣言した。 さらに大統領談話で「侵略と支配の歴史を正当化し、再び覇権主義を貫こうとする(日本)の意図をこれ以上放置できない」「外交戦争も辞さない」「この戦いは一日二日で終わる戦いではありません。持久戦です。どんな 困難であっても甘受するという悲壮な覚悟で臨み、しかし、体力消耗は最大限減らす知恵と余裕をもって、粘り強くやり抜かねばなりません」などと述べて、多額の国費を投じて東北アジア歴史財団を作る一方、全世界で日本非難の外交戦争を展開し、それが現在まで続いている。 日本は同年に戦後60年小泉談話を出して「侵略と植民地支配」に謝罪したが、日本の国益の立場から戦前の歴史的事実を研究し国際広報する体制を作るという問題意識を持たなかった。その上、日本国内では上記したように反日運動家らが韓国政府の反日歴史外交に全面的に協力する研究と広報体制を作り上げていた。平成17年8月、衆院を解散し、記者会見する小泉純一郎首相(当時) 私は同じ2005年、強い危機意識をもって『日韓「歴史問題」の真実 「朝鮮人強制連行」「慰安婦問題」を捏造したのは誰か』(PHP研究所)という本を書いた。しかし、ほとんど世の関心を集めることはなく同書は絶版となっている。 ここでその結論部分を紹介して、事実に基づく国際広報の一助としたい。 同書で私は、朝鮮人の戦時動員について大略こう書いた。 1939年の国家総動員法にもとづき「朝鮮人内地移送計画」が作られた。それに基づき、約63万人の朝鮮人労働者が朝鮮から日本内地(樺太と南洋を含む)に移送された。 ただし、そのうち契約が終了して帰還したり、契約途中で他の職場に移った者が多く、終戦時に動員現場にいたのは32万人だった。 それに加えて終戦時に軍人・軍属として約11万人が内地にいた。これらが朝鮮人の戦時動員だ。5年で108万人が渡航出願 動員が始まる前年1938年にすでに80万人の朝鮮人が内地にいた。動員が終わった45年には200万人が内地にいた。つまり、国家総動員法が施行された39~45年の間に内地の朝鮮人は120万人増加した。しかし、そのうち同法に基づく戦時動員労働者は32万人、軍人・軍属を加えても43万人だけだった。 つまり動員された者は動員期間増加分の3分の1にしか過ぎなかった。その約2倍、80万人近くは戦時動員期間中も続いた出稼ぎ移住だった。 終戦時内地にいた朝鮮人200万人のうち80%、160万人は自分の意志により内地で暮らす者らだった。 ちなみに、併合前の1909年末の内地の朝鮮人人口は790人程度だったから、日本統治時代35年間の結果、戦時動員された40万人の4倍にあたる160万人が自分の意志により内地で暮らしていた。朝鮮から内地へ巨大な人の流れがあった。この大部分は出稼ぎ移住だった。 当時の内地に多数の出稼ぎ移住を受け入れる労働力需要があったことだ。1935年末で5万人以上の人口を持つ都市は内地に87あったが、朝鮮にはわずか6しかなかった。その上、戦時動員期間には日本人男性が徴兵で払底していたことから、内地の肉体労働の賃金が高騰していた。内地の都市、工場、鉱山には働き口があり、旅費だけを準備すれば食べていけた。内地と朝鮮を頻繁に往復することができ、昭和に入ると毎年10万人を超える朝鮮人が往復した。まず、単身で渡航し、生活の基盤を築いて家族を呼び寄せる者も多かった。仁川市内で公開された徴用工像 日本語が未熟で低学歴の朝鮮農民が多数日本に渡航したことにより、日本社会と摩擦を起こした。また、不景気になると日本人労働者の職を奪ったり、低賃金を固定化するという弊害もあった。そのため、朝鮮から内地への渡航は総督府によって厳しく制限されていた。渡航証明書なしでは内地にわたれなかった。不正渡航者も多数いた。 総督府の統計によると、1933~37年の5年間、108万7500人から渡航出願が出され(再出願含む)、その60%にあたる65万人が不許可とされた。許可率は半分以下の40%だった。 不正渡航者も多かった。内地では不正渡航者を取り締まり、朝鮮に送還する措置を取っていた。これこそが強制連行だ。1930~42年まで13年間に内地で発見され朝鮮に送還された不正渡航者は合計3万3000人にのぼる。特に注目したいのは、戦時動員の始まった39~42年までの4年間で送還者が1万9000人、全体の57%だったことだ。むしろ動員期間に入り不正渡航者の送還が急増した。驚くべきことに、戦時動員開始後、動員対象者になりすまして「不正渡航」する者がかなりいた。朝鮮人の自由労働者たち 戦時動員は大きく二つの時期に分けられる。 1938年に国家総動員法が公布され、内地では39年から国民徴用令による動員が始まったが、朝鮮では徴用令は発動されず、39年9月~42年1月までは「募集」形式で動員が行われた。 戦争遂行に必要な石炭、鉱山などの事業主が厚生労働省の認可と朝鮮総督府の許可を得て、総督府の指定する地域で労働者を募集した。募集された労働者は、雇用主またはその代理者に引率されて集団的に渡航就労した。それによって、労働者は個別に渡航証明を取ることや、出発港で個別に渡航証明の検査を受けることがなくなり、個別渡航の困難さが大幅に解消した。一種の集団就職だった。 この募集の期間である1939~41年までに内地の朝鮮人人口は67万人増加した。そのうち、自然増(出生数マイナス死亡数)は8万人だから、朝鮮からの移住による増加分(移住数マイナス帰国数)は59万人だ。そのうち、募集による移住数は15万人(厚生省統計)だから、残り44万人が動員計画の外で個別に内地に渡航したことになる。つまり、39~41年の前期には、動員計画はほぼ失敗した。巨大な朝鮮から内地への出稼ぎの流れを戦争遂行のために統制するという動員計画の目的は達成できず、無秩序な内地への渡航が常態化した。動員数の3倍の労働者が職を求めて個別に内地に渡航したからだ。そのうちには正規の渡航証明を持たない不正渡航者も多数含まれていた。 動員の後期にあたる1942年から終戦までは、動員計画の外での個別渡航はほぼ姿を消した。前期の失敗をふまえて、戦時動員以外の職場に巨大な労働力が流れ込む状況を変えようと42年2月から、総督府の行政機関が前面に出る「官斡旋」方式の動員が開始されたからだ。 炭鉱や鉱山に加えて土建業、軍需工場などの事業主が総督府に必要な人員を申請し、総督府が道(日本の都道府県に相当)に、道はその下の行政単位である郡、面に割り当てを決めて動員を行った。一部ではかなり乱暴なやり方もあったようだが、その乱暴さとは、基本的には渡航したくない者を無理に連れてくるというケースよりは、個別渡航などで自分の行きたい職場を目指そうとしていた出稼ぎ労働者を、本人が行きたくなかった炭鉱などに送り込んだというケースが多かったのではないかと推測される。ソウルの韓国国会で開かれた集会で、自身の若いときの写真を掲げ被害を訴える元徴用工の男性(左) その結果、1942~45年の終戦までを見ると、動員達成率は80%まで上がった。また、同時期の内地朝鮮人人口の増加は53万7000人だったが、戦時動員数(厚生省統計)はその98%におよぶ52万人だった。この間の自然増の統計は不明だが、これまでの実績からすると年間3万人以上にはなっていたはずで、その分、戦時動員以外の渡航者が戦火を避けて朝鮮に帰ったのだと考えられる。 この期間は動員における統制がかなり厳しく機能していたように見える。しかし、実は計画通りには進んでいなかった。官斡旋で就労した者の多くが契約期間中に逃走していたからだ。1945年3月基準で動員労働者のうち逃亡者が37%、22万人にものぼっている。 この事実をもって、左派反日学者らは、労働現場が余りにも過酷だったからだと説明してきた。しかし、当時の史料を読み込むと、逃亡した労働者は朝鮮には帰らず、朝鮮人の親方の下で工事現場等の日雇い労働者になっていた。それを「自由労働者」と呼んでいた。また、2年間の契約が終了した労働者の多くも、帰国せずかつ動員現場での再契約を拒否して「自由労働者」となっていた。失敗だった戦時動員 官斡旋では逃亡を防ぐため、集められた労働者を50人から200人の隊に編制し、隊長その他の幹部を労働者の中から選び、団体で内地に渡航した。隊編制は炭鉱などに就労してからも維持され、各種の訓練も行われた。 しかし、実情は、動員先の炭鉱で働く意志のない者、すなわち渡航の手段として官斡旋を利用して、内地に着いたら隙を見て逃亡しようと考えている者が60%もいたという調査結果さえ残っている(『炭鉱における半島人の労務者』労働科学研究所1943年)。 1944年9月、戦局が悪化し空襲の危険がある内地への渡航希望者が減る中、朝鮮では軍属に限り1941年から適用されていた徴用令が全面的に発令された。また、すでに内地に渡航し動員現場にいた労働者らにもその場で徴用令がかけられ、逃亡を防ごうとした。しかし、先述の通り、終戦の際、動員現場にいた者は動員数の約半分以下の32万人(厚生省統計)だった。法的強制力を持つ徴用令もそれほど効果を上げられなかった。設置されたばかりの徴用工像=2017年8月、韓国・仁川市 つまり、官斡旋と徴用によるかなり強い強制力のある動員が実施されたこの時期でさえ、渡航後4割が逃亡したため、巨大な出稼ぎ労働者の流れを炭鉱などに送り込もうとした動員計画はうまく進まなかった。 国家総動員法に基づき立てられた「朝鮮人内地移送計画」は、放っておいても巨大な人の流れが朝鮮から内地に向かうという状況の中、戦争遂行に必要な産業に朝鮮の労働力を効率よく移送しようとする政策だった。しかし、その前期1939~41年までの募集の時期は、動員計画外で動員者の約3倍の個別渡航者が出現して計画は失敗し、後期42~45年までの官斡旋と徴用の時期は、個別渡航者はほとんどなくなったが、約4割が動員現場から逃亡して自由労働者になって、動員計画の外の職場で働いていたので、やはり計画は順調には進まなかった。全体として戦時動員は失敗だった。 一方、平和な農村からいやがる青年を無理やり連れて行って、奴隷のように酷使したという「強制連行」のイメージは1970年代以降、まず日本で作られ、それが韓国にも広がったもので、以上のような実態とは大きくかけ離れていた。

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    慰安婦より根深い「徴用工問題」を蒸し返した韓国の裏事情

    木村幹(神戸大学大学院国際協力研究科教授) 「韓国で新たな大統領になった文在寅(ムン・ジェイン)は左派の政治家だ。韓国の左派は中国にも近い反日勢力であり、反日政策を意図的に進めている。増え続ける慰安婦像や新たな徴用工像の設置はその表れであり、文在寅政権は各種社会勢力と結託して日本へ挑戦状をたたきつけようとしているのだ」 今日の韓国の状況を説明するのによく使われる「通俗的な」説明だ。そこでは、韓国の政治社会状況を左派と右派、韓国で使われる言葉を使えば「進歩」と「保守」に両分し、左派を「反日反米親北親中」勢力、逆に右派を相対的に「親日親米反北反中」勢力と断定した上で、「わかりやすく」韓国の状況が説明される。 このような論者は、歴史認識問題もまたその中に位置づける。つまり、歴史認識問題が激化するのは、中国や北朝鮮と結びついた左派の、組織的な策動の産物だと言うのである。 とはいえ、少し考えればわかるように、このような説明は明らかな破綻を抱えている。そもそも韓国の右派が単純に「親日親米反北反中」だといえないことを、われわれは朴槿惠(パク・クネ)政権から学んだはずである。当初、慰安婦問題で日本に強硬な姿勢を突きつけ首脳会談さえ長らく拒否した朴槿惠政権は、積極的に中国への接近も行った。結果、これを不快とする米国の反発に直面し、日韓慰安婦合意と高高度防衛ミサイル(THAAD)配備を押し付けられた。THAAD配備に向けた約束は中国の反発を呼び、中韓関係も悪化した。大統領府から退去し、自宅に到着した朴槿恵前大統領(中央)=2017年3月、韓国(共同) また、韓国の状況は、政権と各種市民団体が連携して「反日」政策を遂行する、というほど単純なものでもない。朴槿惠政権の反日政策が、例えば慰安婦像設置などを進める左派の市民団体「韓国挺身隊問題対策協議会(挺対協)」との密接な協力のもと行われたか、といえばそんな事実は存在しない。歴史認識問題に関心を持つ左派の諸団体は、2015年末の慰安婦合意に反対していたように、徹頭徹尾、朴槿惠政権への対決姿勢を貫いたからだ。挺対協は、同じ右派政権であった李明博(イ・ミョンバク)政権下で、日本にある朝鮮学校との関係を疑われ、幹部のメールに対する警察の捜査まで受けている。より複雑な第2の反日シンボル 右派の朴槿惠から代わって成立した文在寅政権下においても、状況が複雑にねじれているのは同様だ。とりわけ複雑なのが現在再び議論の的となっている徴用工をめぐる動きである。例えば慰安婦問題について言えば、左派の文在寅政権は同じく左派色の強い挺対協の理事の1人を大統領官邸に迎えるなど、良好な関係を築いているように見える。しかし、徴用工問題については同じことが言えない。なぜなら、そこには慰安婦問題よりもはるかに複雑で錯綜(さくそう)した状況が存在するからだ。韓国仁川市の公園に設置された徴用工の像=2017年8月(共同) 第一に重要なことは、この徴用工問題には左派、右派が入り乱れて参与する状況が存在することである。例えば先日、ソウル市内に徴用工像を設置した主体は、全国民主労働組合総連盟(民主労総)である。韓国のナショナルセンターに当たる労働組合組織は、この民主労総と韓国労働組合総連盟(韓国労総)の2つが存在する。民主労総はより闘争的な組織として知られているから、これについては左派的な組織の動きだと言って間違いではない。 しかしながら、この民主労総が文在寅政権が密接といえる関係を有しているかといえばそれは微妙である。例えば、北朝鮮による立て続けの核とミサイル実験を理由に、文在寅政権はTHAAD配備をなし崩しに進めている。しかし、この問題について民主労総は強い反発を見せている。そもそも韓国では、労働組合の主要政党への影響力は限定的であり、その関係も必ずしも円滑なものとは言えない。労組は彼らにとって重要だが、一つの基盤にしか過ぎないのである。徴用工像設立をめぐる動きの中で、むしろ歴史認識問題を利用して自らの存在を誇示しようという民主労組の思惑を読み取るべきであろう。 第二に重要なのは、徴用工問題では、「当事者」の力が大きいことである。この問題は第2次世界大戦時に労働者として動員された人々とその遺族が、失われた経済的補償を求めていることがその基盤となっており、当然、韓国各地で進められている裁判や徴用工像設置にはこれらの人々が深く関与している。とりわけ裁判は当事者なしには不可能であり、当然彼らの存在は重要になってくる。 ただそれだけなら徴用工問題と慰安婦問題は同じように見える。なぜなら、慰安婦問題においても元慰安婦であった当事者が存在するからである。しかしながら、慰安婦問題と徴用工問題の間にはいくつかの大きな違いが存在する。最も大きな違いは当事者の力 最も大きな違いは、慰安婦問題の運動の主導権を、挺対協をはじめとする「運動団体」が掌握していることである。誤解されがちであるが、挺対協は元慰安婦ら自身により構成される団体ではなく、あくまでその活動などを支援する「支援団体」にすぎない。言い換えるなら、元慰安婦らではなく、その支援を行う「運動団体」が主導権を握っており、この「運動団体」があたかも元慰安婦らの意見をそのまま代表するかのような状況が生まれている。 実際には、元慰安婦やその遺族の中にも多様な意見が存在し、その中には「運動団体」と距離を置いている人も多く存在する。にもかかわらず、これらの人々の意見が採り上げられないのは、元慰安婦やその遺族らが政治的に組織化されていないからである。 これに対して、徴用工問題における当事者たちの力は大きい。最大の理由は彼らの長い運動の経験と、一定の組織を有することである。日本ではあまり知られていないが、韓国では1970年代以降、一貫して元日本軍軍人・軍属や労務者など、第2次世界大戦時に動員された人々やその遺族による補償を求める運動が存在し、彼らは今日も自身の組織を有している。すでに生存者数が30人余りとなった元慰安婦らと異なり、軍人・軍属や労務者はそもそもの被動員数が多く、当事者の数も比較にならないほど多い。 徴用工問題において当事者たちが力を有しているもう一つの理由は、その運動や組織が、動員された当事者たちよりもその遺族、とりわけ子女によって担われていることである。第2次世界大戦終焉(しゅうえん)から70年以上を経た今日、元慰安婦や徴用工などの平均年齢は90歳を超えようとしており、当然彼ら自身による活発で組織的な活動は不可能である。これに対してそれよりも一世代若い彼らの遺族たちは未だ70代前後であり、活発な運動を展開し続けている。 元慰安婦は、その特性上、子女を持たない人が多く、また子女が存在する場合においてさえ、依然として慰安婦に対する社会的偏見が存在する現状では、慰安婦の遺族が自ら積極的にカミングアウトして活動するハードルも高い。ソウルの日本大使館前に置かれた慰安婦像の横で開かれた抗議集会=2017年7月(共同) これに対して、元軍人・軍属や徴用工らの遺族にはカミングアウトをはばからねばならない理由は存在せず、彼らは長年活発な活動を続けてきた。当然のことながら、イデオロギー的に編成されがちな運動団体とは異なり、遺族たちが作る団体にはさまざまな人々が含まれる。ゆえにそのイデオロギー的色彩は曖昧になる。なぜ慰安婦ばかりが優遇されるんだ! そしてもう一つ重要なことは、このような徴用工問題に関わる当事者たちは、これまで韓国政府や左派系の運動団体により主導されてきた慰安婦問題と距離を置いてきた人が多いことである。その論理は簡単だ。同じ第2次世界大戦時において、日本による戦争遂行のために動員された人々でありながら、慰安婦には大きな注目が集まり、手厚い保護がなされている。これに対して、元軍人・軍属や徴用工に対する政府の姿勢はそうではない。 1965年に右派の朴正熙(パク・チョンヒ)政権下で結ばれた日韓基本条約とその付属協定により韓国政府が得た資金は、元軍人・軍属や徴用工などの個人的な請求権を一つの根拠として積み上げられたものであった。にもかかわらず、韓国政府からなされた彼らへの補償は極めて限られたものだった。韓国陸軍士官学校の卒業式に出席した朴正熙大統領(当時、左)と長女の朴槿恵氏=1977年3月(UPI=共同) それは左派の政権も同じだった。歴史認識問題を重視した盧武鉉(ノ・ムヒョン)政権は「対日抗争期強制動員被害調査および国外強制動員犠牲者等支援委員会(支援委員会)」を通じて補償を行ったが、その審査は時に冷徹なものだった。右派勢力との対決状況の下、盧武鉉政権は歴史認識問題において日本への対決姿勢を強めると同時に、国内における親日派問題にも取り組んだからである。 カギとなるのは、徴用工やその遺族らの運動が、「遺族会」というくくりの下、元軍人・軍属の遺族とともに行われてきたことだった。軍人・軍属の一部は、将校や志願兵を中心として、自ら進んで日本統治に協力した者として親日派に分類されがちであり、彼らは時に補償を受ける権利をも否定された。「補償を受けられると聞いて申請した結果、返ってきたのは『お前の父親は親日派だ』という認定だった」。このように憤る遺族たちは1人や2人ではない。 「結局、今回もわれわれは切り捨てられるのだ」「どうして慰安婦とその運動を支える団体ばかりが優遇されるのだ」。遺族会ではそのような根強い不満がうごめいている。彼らにとって、韓国の右派は朴正熙政権の下、日韓基本条約とその付属協定により得た資金をかすめ取った人々であり、また左派は彼らを「親日派」の疑いを持って見続ける人々である。「弱い韓国政府」こそが核心 「信用できないのは日本政府も韓国政府も同じだ」。徴用工問題を巡る複雑な状況には、元軍人・軍属や徴用工などによって構成された「遺族会」の長い苦悩の歴史がある。 そしてこのような中、8月17日の記者会見で、徴用工問題について「私的請求権は残っている」としてこれを取り上げる姿勢を見せた文在寅は、わずか約1週間後の25日、安倍総理との電話首脳会談にて、今度は一転して徴用工問題は日韓基本条約にて解決済みという判断を確認した。揺れ動く韓国政府の背後に見え隠れするのは、この問題をめぐる一貫しない姿勢であり、遺族たちはそこに韓国政府の不誠実な姿勢を読み取ることになる。 そもそも彼らが韓国政府を本当に信頼し、協調関係が確立しているなら、彼らは黙ってこれを見守ればいいだけのはずである。にもかかわらず、彼らが自ら立ち上がり、時にイデオロギー的に距離がある左派労働組合とさえ手を組もうとするのは、彼らがこの問題に「韓国国内で」十分な関心が集まっていないと考えているからである。 日本大使館前に慰安婦像を立てる動きが本格化したのは、挺対協が右派李明博政権と対立を深めるさなかのことであり、そこには日本政府と並んで李明博政府への非難の意が込められていた。日本の植民地支配からの解放を記念する式典で元徴用工の男性と握手する韓国の文在寅大統領(右)=2017年8月15日、ソウル(聯合=共同) そして今、各地に徴用工像が立とうとしている。そこには労働組合や遺族らの複雑な思惑が存在し、その中で左派の文在寅政権は明確な姿勢を決められずにいる。韓国では高齢者に保守層が多いため、高齢者が多数を占める遺族らの中にも、左派政権に強い拒否感を持つ人々も数多く存在する。 こうしてみるなら、徴用工像が日本の過去清算に対する異議表明であると同時に、元軍人・軍属や徴用工など、「慰安婦以外の問題」に真摯(しんし)に取り組まない韓国政府や運動団体への不満表明であることがわかる。韓国政府は、各種運動団体などを統制して日本へ挑戦状をたたきつけるという状態にはなく、むしろこの反発を抑え込み、落としどころをどこに見出すかに苦労している。 問題は彼らが政府を中心にまとまっていることではなく、むしろ、韓国政府がこの問題における当事者能力を喪失していることにある。左右のさまざまな団体の活動や、裁判所の判決に一喜一憂せざるをえない「弱い韓国政府」の存在こそが問題の核心なのかもしれない。

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    悲しくも滑稽な映画『軍艦島』にみた韓国人の心の奥

    山岡鉄秀(AJCN代表) 8月23日、ニューヨークに降り立つや否や、件(くだん)の韓流プロパガンダ映画『軍艦島』を見ることになった。7月にはブロードウェーのビルボードで派手なプロモーションを打ち、8月4日には米国とカナダの約40カ所で封切られたので、マンハッタン界隈(かいわい)の映画館で見られるだろうという思い付きだった。ところが、ホテルのコンシェルジュに聞くと、隣のクイーンズ地区まで行かなくてはならないという。クイーンズといえば「フラッシング」という韓国人街がある。そこでも午後と夕方の2回しか上映していない。映画『軍艦島』のパンフレット 要するに、封切り後3週間未満でニューヨークの中心部から消えて、韓国人が多い郊外で細々と上映されている、ということだ。興業的には失敗したことがはっきりわかる。約220億ウォン(約22億円)という巨額の製作費をかけ、韓流スターを動員したトンデモ映画『軍艦島』は、本国での封切り初日こそ97万人を超える史上最多の動員を記録したが、翌週からまさかの失速をし、いまや損益分岐点に届くかも怪しいという。何が韓国人をしらけさせたのだろうか。タクシーに30分も乗ってまで見る価値があるかという思いを振り払って、これも調査と自分に言い聞かせてクイーンズ地区へ向かった。 本稿の目的は、この映画がいかに荒唐無稽かを詳述することではなく、日本人としてこの映画から何を読み取るべきかを解説することである。『軍艦島』は徴用工がテーマであるが、慰安婦も登場し、慰安婦問題を含む全ての歴史問題に通底する韓国人の被害者ファンタジーである「恨(ハン)タジー」と、悲しいまでの自己肯定願望があふれている。その現代韓国人のメンタリティこそ日本人がしっかりと理解しなくてはならない要諦であり、それを理解せずに彼の国と外交を行えば必ず失敗する。この映画はそういう観点からこそ見るべきものである。 それにしても、ここまで荒唐無稽になるとほとんどギャグの世界だが、史実を極端に歪曲(わいきょく)すると、エンターテインメント映画にならざるを得なかったのだろう。映画評論家のジャスティン・チャンは、米紙ロサンゼルス・タイムズの映画批評欄で「この手の歴史修正主義は映画の世界では珍しくない。歴史をばかげた復讐(ふくしゅう)ファンタジーに仕立てあげる特権はクエンティン・タランティーノだけに許されるべきではない」(筆者訳)と書いている。つまり、歴史を知らない人間の目にさえ、「歴史捏造(ねつぞう)復讐ファンタジー」であることが明らかな出来栄えだということだ。 映画館に入る前、チケット売りが「この映画にはコメディーの要素もあるんだ」と前の客に言っていたのが聞こえたが、人気俳優のファン・ジョンミンとキム・スアンが親子役で登場してその意味がわかった。娘を愛するジャズ楽団団長の父親と、楽団の歌手で小学生の娘がコミカルな人情劇を演じる。ふたりが連絡船で端島(軍艦島)に着くなり、軍人らが乗り込んできて、警棒で乗客を殴りつけて連行していく。ファン演じるイ・カンオクは「やめてください、やめてください」と日本語で懇願する。ばかげたシーンである。労働者を痛めつけてどうするのか。要は、端島の炭鉱で働く朝鮮人は全員が強制連行の被害者だったという印象操作がなされているわけだ。朝鮮人の敵は朝鮮人 実際には、国家総動員法に基づく国民徴用令が朝鮮半島で適用されたのが1944年9月だが、制海権を失ったことから、45年3月までの7カ月間しか朝鮮人を移送できなかった。それ以前は一般公募による出稼ぎと官斡旋(あっせん)だった。戦争で日本国内は極度の労働力不足に陥っていたので、朝鮮半島で支度金を払って、家族単位での出稼ぎが募集された。だから端島には女性も子供もいた。かつて三菱の私有地だった長崎市の端島炭坑(通称・軍艦島)。建物の劣化が進む 映画のクライマックスでは、敗戦が近いことを悟った日本人経営者が、奴隷労働の証拠隠滅のために、朝鮮人全員を坑道に閉じ込めて殺害することを画策。察知した朝鮮人が武装蜂起し、激しい銃撃戦の果てに船を強奪して逃亡する。船上で、被弾して負傷したイ・カンオクが、武装蜂起をリードした工作員のパク・ムヨン(ソン・ジュンギ)に「俺の娘に好物のそばを食べさせてくれ」と頼んで息を引き取る。お涙頂戴のシーンだが、実際には終戦後、炭鉱を所有していた三菱が船を用意してみんな平和に帰国したのである。 さすがにここまでの捏造は、いくら韓国人でも見ていて恥ずかしいだろう。しかし、もうひとつ韓国人がエンタメと割り切れない要素がこの映画にはある。悪役の朝鮮人がたくさん登場するのである。朝鮮人の悪人とは、日本人に協力する裏切り者で「親日派」と呼ばれる。日本人経営者にへつらって朝鮮人を弾圧する朝鮮人労務係が登場し、朝鮮人慰安婦を虐待する朝鮮人の女衒(ぜげん)が言及され、そして極め付きは、端島の朝鮮人に「先生」と崇拝される独立運動家のイ・ハクチュンの裏切りだ。尹は朝鮮人を代表して会社と交渉するふりをしながら、ひそかに会社側と通じており、朝鮮人労働者の給与や死亡補償金をピンハネしていた。揚げ句の果てには、朝鮮人全員を証拠隠滅のために坑道に生き埋めにして抹殺する会社の計画に加担し、朝鮮人を坑道に誘導しようとする。それを見破った工作員の朴に朝鮮人群衆の面前でのどをかっ切られて絶命する。 なんという後味の悪さであろうか。朝鮮人の敵は朝鮮人だったのだ。これでは韓国人が単純にエンタメと割り切れないのも無理はない。日本人だけを悪役にしないのは、韓国人の自己反省の表れであろうか。いや、そうではない。韓国人の強引な自己肯定のためには、悪役は日本人だけでは足りないのだ。実はこれは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領をはじめとする現在の韓国人が信奉する歴史観の表れなのだ。それはこういうことだ。・韓国は平和で健全な独立国だった・それを、大日本帝国が強引に合併し、独立を奪った・親日派の裏切り者朝鮮人が虎の威を借る狐のように同胞を搾取した・日本による併合がなければ、韓国は自力で近代化を成し遂げ、もっと発展していた・親日派は戦後、親米派となって搾取を続けた売国奴だ・だから韓国が真っ先にすべきことは親日派の排除だ・韓国は無実の被害者であり、日本の悪事を世界に知らしめて、民族の栄光を取り戻す必要がある・韓国の独立は、自ら日本を追い出して勝ち取った どうしてもこのように信じたいのである。そのためには、史実を歪曲せざるを得ない。事実とかけ離れているからだ。映画の中のたったひとつの真実 周知のとおり、朝鮮半島は極めて長きにわたって中国歴代王朝の属国だったが、日清戦争に勝利した日本が下関条約により朝鮮を独立させた。しかし、財政的に自立できず、結局日本に併合された。日本国内では併合反対論も強かった。日本は朝鮮半島を内地化し、膨大な投資をして近代化した。非常に多くの朝鮮人男性が大日本帝国陸軍に志願した。日本が敗戦しても、朝鮮総督府は機能を続けて米軍に引き継がれた。独立運動は存在し、上海に「大韓民国臨時政府」なるものが設立され、「光復軍」なる軍事組織も作られたが、内紛が絶えず、いかなる国からも承認されなかった。 したがって、韓国人は自らの手で独立を勝ち取ったことは一度もない。独立させてもらったが、自力で維持すらできなかったのが現実だ。彼らが「親日派」「親米派」として敵視する世代の人々は、その時代の官僚や軍人など、社会を支えた功労者である。彼らを憎んだところで意味がない。これは韓国人の知人の言葉だが、採用試験に受かったら売国奴で、落ちたら愛国者だとでもいうのだろうか。それとは別に、朝鮮人の女衒たちが朝鮮人婦女子を売り飛ばして稼いでいた。それは今も同じだ。その現実を直視することなく、前述のように強引に自己肯定しようと国を挙げて必死にもがいている。 その「恨タジー・歴史修正主義」の象徴が「慰安婦」であり、「徴用工」であり、そのメンタリティの結晶がプロパガンダ映画『軍艦島』なのだ。韓国人の妄想を凝縮した『軍艦島』は大ヒットするはずだったが、図らずもそのいびつさゆえに失速した。『軍艦島』とはそのように悲しくも滑稽な映画なのである。「本当にあのように戦えたらどんなによかっただろう!」と多くの韓国人が心の奥で思っているのだ。 もっとも、このトンデモプロパガンダ映画にも、たったひとつ真実が含まれていることを追記しておくべきだろう。朝鮮人は実際のところ、いざとなったら映画のラストシーンのように、死を賭して戦う覚悟はあった。 終戦間際の1945年4月、捕虜になった朝鮮人のうち、信頼に足るとみなされた3人が米軍によって尋問された。尋問内容は慰安婦に関してだった。(Composite report on three Korean navy civilians, List no.78)「朝鮮人は一般的に、日本軍による朝鮮人女性の売春業への採用を知っていたか? 平均的な朝鮮人のこの制度に対する態度はどのようなものであったか? この制度を原因とする混乱や摩擦を知っているか?」(筆者訳)という質問に対し、朝鮮人捕虜は以下のように答えた。「太平洋地域で会った朝鮮人娼婦は、みんな自発的な売春婦か、両親に売られて売春婦になっていた。これは朝鮮の考え方ではまともなことだった。もし、日本人が女たちを直接徴用したら、老いも若きも絶対に許容しなかっただろう。男たちは怒りに燃え、いかなる報復を受けようとも日本人を殺していただろう」(筆者訳)2017年8月16日、ソウルの日本大使館前で慰安婦像を囲みながら開かれた抗議集会 このことからわかるように、徴用工であれ、慰安婦であれ、日本人によって強引で悪辣(あくらつ)なことがなされれば、朝鮮人は『軍艦島』のラストシーンのように戦う意思があったのだろう。それだけは真実といってもよいのだろう。そして、そのような暴動は起きなかった。その必要がなかったからである。炭鉱労働は日本人にとっても朝鮮人にとっても過酷であった。しかし、朝鮮人は平和裏に故郷へ帰り、戦後補償問題は政府間で解決された。 韓国人はいい加減に「恨タジー」に逃げ込むのをやめて、歴史を直視しなくてはならない。さもなければ、痩せこけた徴用工像も、幼年慰安婦像も、欺瞞(ぎまん)の象徴であり続けることになるだろう。映画『軍艦島』の失敗がそのことを示唆している。

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    日韓関係の新たな火種「徴用工」の真実

    れる韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は対日強硬路線を貫き、北朝鮮危機の真っただ中にもかかわらず、日韓関係は冷え込んだままだ。なぜ韓国とはいつもこうなるのか。現地リポート第一弾は、第二の慰安婦問題と化した「徴用工問題」。

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    協定を真っ向否定!「徴用工トンデモ判決」の裏にある韓国の伝統意識

    した文書があるならともかく、そうしたものを示すこともなく法廷の場で事実として認定するのは無理がある。日韓関係の懸念材料になった「韓国司法」 判決について報じた韓国紙・朝鮮日報は、韓国の多くの専門家の意見として「たとえ略奪された文化財だとしても適法な手続きを通じて返してもらわないといけない」と書いている。浮石寺が所有権を主張するにしても、いったん観音寺に戻してから行うべしということだ。当然の見解だろう。この判決には韓国内でも異論が多いのである。 「韓国の司法」は、2010年代に入ってから日韓関係に大きなマイナス影響を与える要因として浮上してきた。 憲法裁判所は2011年に韓国政府が慰安婦問題解決へ向けた外交努力を尽くしていないことを「違憲」だと判断し、外交懸案としては極めて低い優先順位しか与えられなくなって久しかった慰安婦問題を最大の懸案に押し上げた。 さらに大法院(最高裁)は2012年、戦前に日本企業で働かされた元徴用工が未払い賃金の支給などを三菱重工と新日鉄住金に求めた訴訟で、1965年の日韓請求権協定の効力を否定する判断を示した。協定によって元徴用工の請求権問題は解決されたという、日韓両政府の共通した解釈を正面から否定するものだ。この判断が判例として確定した場合には、日韓の経済関係に極めて大きな打撃を与えることは確実だ。ソウルの竜山駅前に設置された「徴用工の像」に触れる元徴用工の男性=8月12日(共同) この時の判断は原告敗訴だった高裁判決の破棄差し戻しで、やり直しの高裁判決は当然のことながら原告の逆転勝訴。日本企業側は上告し、大法院の最終的な判決はまだ出ていない。そのまま確定させると大変なことになるけれど、ここでまた判断を変えると法的安定性の面で問題が大きいというジレンマに直面した大法院が塩漬けにしていると見られている。 背景にあるのは、日本とは違う法律に対する感覚であろう。条文に書かれた文面を重視する日本に対し、韓国は「何が正しいのか」を問題にする。条約などの国際取り決めに対しても同じようなアプローチが目立つ。道徳的に正しくないのであれば、事後的にでも正すことが正義であり、正義を追求しなければならないという考え方だ。 「正しさ」を追求するのは儒教の伝統に依拠するものだ。軍部が力で国を統治した時代には押さえつけられていた伝統意識が民主化によって息を吹き返し、韓国社会では「正しくない過去は正されねばならない」という意識が強まった。1993年に就任した金泳三大統領が、全斗煥、盧泰愚という軍人出身の前任者2人を「成功したクーデター」を理由に断罪したことや、「歴史立て直し」を掲げて日本の植民地時代から残る社会的遺産の清算を進めたことが、その典型だろう。韓国司法の特殊事情とは? ここに1987年の民主化まで「権力の言いなり」だったという韓国司法の特殊な事情が加わる。権威主義時代と呼ばれる朴正煕、全斗煥政権の時代は政治犯罪のでっち上げは日常茶飯事で、裁判所も権力の意向に沿った判決を量産していた。 2008年に大法院で開かれた式典で、当時の大法院長はこうした暗い過去について「判事が正しい姿勢を守ることができず、憲法の基本的価値や手続き的な正義に合わない判決が宣告されたこともある」と認めた。そして、「司法府が国民の信頼を取り戻して新たな出発をしようとするなら、まず過去の過ちをあるがままに認めて反省する勇気と自己刷新の努力が必要だ」と述べている。 こうした司法の側の意識が、「正しさ」重視を強める社会の雰囲気を気にする判決を生む素地になっているようだ。 2012年に退官した元判事は私の取材に、民主化以前の時代について「判事だって国民の一人だから社会全体の流れから抜け出すのは難しかった」と釈明した。それは、社会全体が「正しさ」重視路線に回帰する中で抵抗することの難しさを語っているようでもあった。 だが、この元判事は民主化の影響について別のことも口にした。「いきなり裁判の独立と言われて判事たちは戸惑った」というのだ。初めて経験する事態に直面した判事の中には自らの所信を強く前面に押し出せばいいと解釈した人たちがおり、「判事によって判断が極端に割れるという事態が珍しくなくなってしまった」と話した。 「正しさ」重視とは言っても、法理を重視する世界だから限界はある。それでも元判事の述懐のように「裁判の独立」が拡大解釈され、判事によって判断が極端に割れる状況になったから、「正しさ」重視の司法判断も気軽に出せるようになったのではなかろうか。ソウルの日本大使館前で、徴用工を象徴する労働者像の設置予定地にくぎを打ち込みアピールする人た=8月15日(共同) 前述した大法院による元徴用工訴訟の判断は好例だろう。日韓請求権協定の効力を否定する2012年の新判断は、日本の最高裁小法廷に当たる「部」によるものだった。建て前としては判事4人の合議だが、実際には主審判事に大きな裁量が与えられており、他の判事は追認するだけということが多い。 これほど重大な問題は大法廷に当たる「全員審理」に回付しなければならなかったと後に批判されたのだが、全員審理ではこれほど「画期的」な判断を出せないと判断した主審判事が自分で処理してしまった可能性が高い。韓国メディアによると、この主審判事は周囲に「建国する心情で判決文を書いた」と語っていたという。これでは、英雄気取りで「正しさ」に酔ったと言われても仕方ないだろう。韓国側に伝わらない「日本の抱く違和感」の強さ 大田地裁の判決は、浮石寺の所有権を認めただけでなく、判決確定前に仏像を引き渡す仮執行も認めた。浮石寺に仏像が渡ってしまった場合、上級審で判決が覆っても日本への返還が難しくなる恐れが強い。被告の韓国政府は即日控訴すると同時に、仮執行にストップをかけるための「強制執行停止」を申し立てた。この申し立ては大田地裁の別の裁判官によって審理され、政府側の主張が認められた。とりあえず仏像が浮石寺に移される事態は回避されたということだ。韓国の司法といっても一枚岩ではないことは明白である。仏像の所有権に関する判断も、高裁でひっくり返る可能性が十分にあるだろう。1月26日、浮石寺の請求を認めた判決を受けて取材に応じる住職(右から2人目)=韓国・大田地裁(共同) トランプ米大統領を見ていると、国家間の合意を覆すハードルは低くなっているような思いにとらわれる。しかし、それでは相手はたまらない。しかも、道徳的な正しさをふりかざす考え方は独善に陥りやすいので、さらに対応が難しいのである。 問題の仏像が1330年に浮石寺に奉安されたことと、1526年頃以降は観音寺にまつられていたことは争いの余地がない。これを機に二つの寺が交流を始め、仏像も日本への返還前に故郷の寺で特別展示でもしましょう、ということにでもなっていれば「ちょっといい話」で終わっていたはずだ。 だが実際には、浮石寺は「倭寇によって略奪された」と所有権を主張して提訴した。日本側は、長い交流の中で多くの仏教文物が朝鮮半島から渡ってきたうちの一つという位置づけをしている。過ぎ去った年月を考えれば当然だが、どちらも具体的な証拠があるわけではない。  仏像訴訟の判決に対しては韓国内でも批判が出ている。それでも日本では「やはり韓国司法はおかしい」という反応を生み、韓国そのものに対する違和感を強めているように感じられる。さらに問題なのは、日本側での違和感の拡大という「不都合な真実」が韓国社会にきちんと伝わっているようには見えないことだ。私もなんとかきちんと伝えたいと思うのだが、いつも力不足を嘆くことになってしまうのである。 (「正しさ」重視への回帰や司法への影響は、2年前に上梓した拙著『韓国「反日」の真相』(文春新書)の内容をベースにしている。関心をお持ちの場合には同書を手に取っていただければと思う。)

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    徴用工設置をはじめ、憎悪拡大再生産する韓国の動き

    つつある。文在寅大統領は国と国との約束として解決したはずの、徴用工の個人請求権まで容認する発言をして日韓関係を揺るがせている。慰安婦像だけでなく、徴用工像の中心的な制作者であるキム夫妻に直撃したジャーナリスト・竹中明洋氏が、韓国国内で急速に広がる徴用工の設置の様子を追った。* * * 龍山駅前に徴用工像が設置された同じ8月12日、ソウルに近い仁川市内の公園にも徴用工像が設置された。地元の労働組合や市民団体が寄付を集めて実現に至ったという。 仁川にも取材に向かった。像の制作者こそキム夫妻ではなかったが、こちらも場所はすでに設置されている慰安婦像の隣り。やはり日本の植民地支配の象徴として徴用工を慰安婦と並んで記憶させたいようだ。 文在寅大統領は、8月15日の光復節の記念式典で演説し、徴用工問題を慰安婦問題と並んで解決すべき日本の歴史問題とした上で、「強制動員の苦痛は続いている。被害規模の全てが明らかにされていない」「まだ十分でない部分は政府と民間が協力し、解決せねばならない。今後、南北関係が改善すれば、南北共同で強制動員被害の実態調査を検討する」と述べた。韓国の文在寅大統領の記者会見に集まった報道陣=8月17日、ソウル(共同) 徴用工への賠償問題は、1965年の日韓国交正常化にともなう請求権協定で解決されたはずである。ところが、文大統領は8月17日の会見では、個人の請求権はまだ残っていると発言した。 8月に入り光州地裁は、韓国人女性らが戦時中に名古屋の軍需工場での労働に強制徴用されたとして損害賠償を求めた裁判で、三菱重工に支払いを命じる判決を相次いで出した。今後は文政権の意向を汲み、同様の判決が相次ぐことも予想される。そうなれば、日本企業の韓国での活動に重大な影響を及ぼしかねない。 折しも韓国では、長崎県の端島(軍艦島)炭鉱に徴用された韓国人労働者らの脱出劇を描いた映画『軍艦島』が7月末に公開され、観客動員数が600万人を超える大ヒットとなっている。 光復節の前日には、慰安婦像のレプリカを乗せたバスがソウル中心部を走り始めた。日本大使館に近い地区にバスが差しかかると、慰安婦問題の歴史を説明する放送が車内で流れ、少女が村から連れ出される様子を再現した悲痛な叫び声に思わず耳を塞ぎたくなる。 過去の歴史に真摯に向き合うことの大切さは我々も決して忘れてはならない。だが、徴用工像の設置をはじめ憎悪を拡大再生産するかのような動きが急速に韓国で広がることを懸念せざるを得ない。 これが文大統領の強調する「未来志向の日韓関係」につながるはずがない。●たけなか・あきひろ/1973年山口県生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院修士課程中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリーランスに。近著に『沖縄を売った男』。関連記事■ 慰安婦像、徴用工像を作り世界に拡散させるキム夫妻を直撃■ 韓国人がおかしなことを鵜呑みにするのは漢字廃止が影響か■ 韓国人も冷ややかに見る映画『軍艦島』、史実として世界拡散■ 在韓35年の教訓「韓国に関心を持っても、深入りはするな」■ アン・シネ、推定Gカップの美ボディを横から撮影

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    慰安婦像、徴用工像を作り世界に拡散させるキム夫妻を直撃

    山駅や徴用先での労働を写したレリーフが貼り付けられていた。制作者は言うまでもない。あのキム夫妻だ。 日韓関係に刺さったトゲとなった慰安婦問題を拡大再生産させる慰安婦像を次々と制作するばかりか、徴用工像まで手がけて新たな火種を作ろうとするのはなぜか。そのキム夫妻がこの日の式典に現れたのである。「日本メディアは歪曲する」「日本メディアは歪曲する」 夫のキム・ウンソン氏が壇上にあがって、制作意図を説明する。「日本による強制徴用で北海道から沖縄まで各地で多くの同胞が労働に就かされ帰って来なかったのです。過酷な労働により亡くなった人は森の中で打ち捨てられ、目印として白いペイントをつけた木の棒が墓標代わりに建てられただけだったといいます。時間が経つと棒が朽ちてしまい、あらためて遺骨を探そうにもどこにあるのかも分からなくなりました。この像はその棒をイメージしたものです。ここに労働者たちがいるのですよ、と伝えるためです」 痩せこけた上半身はわずかな食料だけで働かされた過酷な労働の実態を、振り上げた手は真っ暗闇の炭坑から地上に出たまぶしさと喜びを、肩に乗った小鳥は抑圧からの解放を、それぞれ表現したのだと解説してみせると、会場から喝采があがる。 会場で夫婦をつかまえた。だが、夫のキム・ウンソン氏から返ってきたのはこんな反応だった。「取材には応じません」──なぜ?「日本のメディアは歪曲した報道ばかりするからです。私が言ったとおりに書かないでしょう」──慰安婦像や徴用工の設置をめぐり日韓関係が深刻な問題になっている。これについてどう思うのか。「コメントしません」 夫婦は穏やかな笑みを浮かべるが、一切、具体的な言葉を発さない。対照的に、韓国メディアのインタビューには快く応じてみせている。日韓関係の障壁を作っている、その当事者の態度として、納得できるものではなかった。●たけなか・あきひろ/1973年山口県生まれ。北海道大学卒業、東京大学大学院修士課程中退、ロシア・サンクトペテルブルク大学留学。在ウズベキスタン日本大使館専門調査員、NHK記者、衆議院議員秘書、「週刊文春」記者などを経てフリーランスに。近著に『沖縄を売った男』。関連記事■ 慰安婦像制作費は1体300万円 土産用ミニチュアも販売中■ 慰安婦像の制作者夫婦が沖縄の“反戦彫刻家”を訪れていた■ 京都の山奥に慰安婦像製作者による「徴用工像」が存在■ 徴用工像は「第二の慰安婦像問題」か 日韓の火種化懸念■ 徴用工像 釜山の日本総領事館前の慰安婦像横に設置も

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    韓国人にとって靖国神社とはいかなる存在なのか

    一色正春(元海上保安官) 今回は前回に引き続き大日本帝国軍人軍属として日本のために戦った朝鮮半島出身者についての話から始めます。 先の大戦において動員された朝鮮半島出身者は軍人軍属合わせて約24万人、そのうち還らぬ人となったのが約2万人です。その中には特別攻撃隊に自ら進んで参加した人や、いわゆる戦犯として刑死した人もおられ、さまざまな思いで亡くなられたことと思います。ですから、この方たちの最期を単に非業の死と一口でくくることはできませんが、すべての方に共通するのは、自ら進んで戦地に赴き、大日本帝国のために戦ったことと、現在は靖国神社に神として祀られ多くの人にお参りされていることです。 そのことに対して日本人の多くは「日本人として戦いに参加してもらった以上、靖国に祀るのは当然だ」として異議を唱えることはありません。台湾出身軍人軍属も同様に3万人弱の方々が靖国に祀られていますが、台湾において、そのことに抗議しているのは極少数の人たちだけです。夕方以降も多くの参拝客でにぎわう靖国神社(財満朝則撮影) それに比べて、現代韓国人の多くは靖国神社そのものの存在に対して不快感をあらわにし、日本国の首相をはじめとする政治家が靖国神社に参拝することに対して抗議するだけではなく、参拝中止を求めるという重大な内政干渉を平気で行い、中には実際に靖国神社まで出向いて爆発物を仕掛ける人間までいるくらいです。 彼らの言い分は「朝鮮民族を無理やり戦わせた人間が祀られている」「植民地支配を行った日本軍国主義の象徴だ」「戦争犯罪人が祀られている」というものですが、いずれも明らかな事実誤認で、日本の立場としては言いがかりをつけられているとしか言いようがありません。 まず「朝鮮民族を無理やり戦わせた人間が祀られている」という理屈は、前回の「もし、今も朝鮮統治が続いていれば、日本はどうなっていたか」をお読みいただければわかるように、無理やり徴兵されて実際に戦地に行った朝鮮系日本人がいないのですから、完全な誤解です。 次に「植民地支配を行った日本軍国主義の象徴だ」という理屈で、あたかも日本が武力により平和で豊かな朝鮮半島を侵略して搾取したかのような印象を与えようとしていますが、日本の朝鮮統治は西欧型の植民地支配ではなく主権国家双方が合意のもとに締結した日韓併合条約という国際条約に基づく併合であり、同条約により大日本帝国と大韓帝国は武力を用いずに一つの国になったのです。日清戦争勝利で独立できた韓国 そもそも19世紀末、朝鮮という国は清国の属国で完全なる独立国ではありませんでした。それを日本が日清戦争に勝利したことにより大韓帝国という独立国となったのです。それは日清講和条約(下関条約)の第一条「清国は朝鮮国が完全無欠なる独立自主の国であることを確認し、独立自主を損害するような朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼などは永遠に廃止する」を見れば明らかです。伊藤博文、李鴻章が会談した春帆楼2階大広間を再現した日清講和記念館 日清戦争後、日本は清の冊封体制を脱し独立国となった朝鮮に対して自立を促しましたが、彼らはこともあろうか当時の日本にとって最大の脅威であるロシアの支配下に自ら進んで入ろうと、王宮ごとロシア公館に逃げ込むありさまで、その結果ロシアは朝鮮半島におけるさまざまな利権を手に入れ、次第に日本とロシアは朝鮮半島の主導権をめぐって対立するようになっていきました。 満州だけではなく朝鮮半島がロシアの支配下に入れば「力のある白人国家が力のない有色人種国家を支配する」という当時の国際情勢に鑑みて、次に超大国ロシアに侵略されるのは弱小日本の番であることは火を見るより明らかですから、日本としては何とかそれを阻止しようと外交努力を重ねました。しかし当時、世界一の陸軍国といわれたロシアが弱小国日本に譲歩するはずもなく、日本は座して死を待つか、勝てる見込みは少なくとも打って出て戦うかという選択を迫られることになったのです。 戦うことを選んだ日本は、局外中立を宣言していた大韓帝国の防衛および領域内での軍事行動を可能にするため日韓議定書を締結し、それに応えた進歩会などの大韓帝国改革派は鉄道施設などの工事に数万人を動員するなど日本に協力的でしたが、皇帝を中心とする守旧派の腰が定まらないため、外交案件に日本政府の意向が反映されるよう、さらに第一次日韓協約を結びました。 ところが大韓帝国皇帝は、これに違反してロシアだけではなくフランス、アメリカ、イギリスに密使を送ったので、辛くもロシアに勝利した日本は後顧(こうこ)の憂いを絶つため「日本が大韓帝国の外交権を完全に掌握する」とする第二次日韓協約を締結しました。 しかし、その後も大韓帝国皇帝はオランダのハーグで開催されていた第2回万国平和会議に密使を送るなど迷走を止めず、日本の国家安全保障に重大な脅威を与え続けました。(密使は、会議参加国から「大韓帝国の外交権が日本にある」ことなどを理由に門前払いにされています) 日本は、この状態を放置して大韓帝国が植民地拡張政策を続ける欧米諸国の支配下に入れば再び日本は重大な危機に陥ると危機感を抱き、外交だけではなく内政も掌握するため、やむなく併合に踏み切ったのです。日韓併合と靖国神社は無関係 日本としては自主的に独立した大韓帝国と同盟を組んで西欧諸国に対抗することを望んでいたのですが、肝心の大韓帝国にその能力や意思がなく、朝鮮時代からの事大主義を改めることなく大国に擦り寄る政策を続ける姿勢を見て、今の大韓帝国には自主独立する力がないと判断し、他国の保護下になるくらいであれば日本の保護下に置く方が自国のためになると考えたのです。 このように、日本が大韓帝国を併合した最大の理由は自国の安全保障のためで、西欧諸国の搾取を目的とした植民地支配とは異なり、朝鮮半島には搾取するものはなく、併合後は搾取どころか内地から資金や物資を半島につぎ込んだため、内地に住む日本人の生活が苦しくなるほどでした。 しかも併合前は、そうなることを予見した人たちが併合に反対していたため、当時の日本の世論は併合賛成派と反対派が拮抗しており、日本人全員が朝鮮を併合しようと思っていたわけではありません。同様に大韓帝国内も併合賛成派と反対派に意見が分かれており、現在の韓国のようにほぼ100%反対ではありませんでした。 ちなみにアメリカとイギリスは併合に賛成、その他の主要国である清国、ロシア、イタリア、フランス、ドイツなどからの反対もありませんでした。つまり日韓併合は両国の国内に反対派がいたとしても両国政府が話し合いで合意し、かつ当時の国際法上何ら問題のないことで、今の韓国人が反対しているのは後付けの理屈でしかなく、百歩譲って日本の統治を非難するのであれば、その象徴である統監や総督を非難するべきなのですが、下表を見ればわかるように歴代10人の統監と総督のうち靖国神社に祀られているのは、朝鮮統治とは無関係の罪状で服役中に病死した小磯國昭ただ1人でした。 そもそも日韓併合に際して戦争は行われておりませんので戦死して靖国神社に祀られた将兵はいません。したがって日韓併合と靖国神社は無関係なのです。次回は靖国神社に「戦争犯罪人が祀られている」という韓国人の理屈がいかにおかしいかということについて説明をいたします。