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    安倍氏とトランプ氏はケミストリーが合うと外交関係者

     一部メディアのようにいたずらにドナルド・トランプ次期大統領を“危険人物視”したり、先行きを必要以上に悲観視したりするのはミスリードになりかねない。むしろ、トランプ政権の閣僚候補の具体的な名前が浮上すると「トランプで良かった」という声が次第に大きくなっている。(ロイター)「米国の経済・金融政策を担う財務長官候補とされているのはJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)など、ウォール街出身者ばかりとあって金融界は歓迎ムードが高まっている」(米メディア関係者) 日本経済にとってインパクトが大きいのは、エネルギー長官にトランプ氏のエネルギー政策顧問のハロルド・ハム氏の就任が有力視されていることだ。ハム氏は米国を世界最大の産油国にしたオイルサンド(油砂)から原油や天然ガスを汲み上げるシェール革命の立役者として知られる。経済アナリストの中原圭介氏が語る。「クリーンエネルギーを推進したオバマ政権はシェールの掘削に厳しい環境規制をかけたため、コスト高になったシェール業界は生産調整を余儀なくされた。原油価格が1バレル=50ドルより下がれば生産を縮小し、上がれば拡大するかたちになっていた。 しかし、ハム氏がエネルギー長官候補ということは、トランプ政権は規制を大幅に緩和してシェールオイル増産に転換する可能性が高い。そうなると採掘コストが大幅に下がり、40ドルでも生産できるケースが増え、供給量が増える。原油価格は低いまま上がりにくくなる」 米国、日本、中国をはじめ石油の大量消費国には大きなメリットだという。「米国や欧州では自動車販売が伸びています。それは年初からの原油安のメリットが大きい。米国では実質所得が過去20年で最高の伸びです。日本でも下がり続けていた実質賃金が2月から上昇に転じ、原油安のメリットがようやく出てきている。米国のシェール増産はこの流れに勢いをつけるはずです」(同前) 経済が好転なら、安全保障はどうなるのか。安倍首相は米大統領選翌日の電話会談でトランプ氏から、「安倍首相の経済政策を高く評価している。今後数年間、共に働くことを楽しみにしている」という言葉を引き出した。自民党総裁任期まで1年半あまりの首相にわざわざ「数年間」といったのは総裁3選を意識した言い方だろう。 さらに安倍首相は11月17日、ペルーで開かれるAPEC首脳会議の前に米国に立ち寄り、外国首脳では初めてトランプ氏と会談した。「就任前の大統領との“首脳会談”は外交上異例だが、受け入れたトランプ氏側もそれだけ日米関係を重視していることを示している。1月には安倍首相が再訪米して一緒にゴルフをする案も調整が進んでいる。外交用語で馬が合うことをケミストリーというが、理詰めではなく直感タイプの2人はやはりケミストリーが合うようだ」(外務省筋)関連記事■ 「シェール革命」の進展で遠心分離機の需要増を見込む注目株■ 米国産シェールガス対日輸出容認 「日本商社奮闘のお陰」説■ オバマ大統領絶賛のクリーンエネルギーは「シェールガス」■ トランプ氏がグローバリズムに歯止め 日本にはプラスか■ 原油価格暴落など、世界市場の乱高下の仕掛け人は誰なのか

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    右派の攻撃にさらされる沖縄の新聞の現状

    安田浩一(ジャーナリスト) 辺野古の問題をめぐって緊迫する沖縄だが、地元の新聞に対する右派の攻撃も激しさを増している。地元の記者たちはこの現状をどう捉えて報道を行っているのか。機動隊が住民を暴力的に排除 6月22日、国はついに高江(沖縄県東村)のヘリパッド建設工事を強行した。 現地で取材していた私が目にしたのは、国家権力による剥(む)き出しの暴力である。怒号と悲鳴が響き渡るなか、反対派住民は全国各地から派遣された機動隊員に、文字通り、蹴散らされた。組み伏せられ、顔を地面に押し付けられた者がいた。顔面を殴られた者もいる。両手両足を持ち上げられ、“ごぼう抜き”された女性は、「なぜ、沖縄ばかりがこんな目にあうの」と泣きながら抗議していた。 この日、国は辺野古の新基地建設をめぐっても、沖縄県が是正指示に従わないのは違法だとして、翁(お)長(なが)雄志知事を相手に違法確認訴訟を福岡高裁に起こした。 政府はやりたい放題だ。力で押さえつければ、沖縄は何とかなるとでも思っているのであろう。ヘリパッドの工事現場の出入り口付近で、反対派が設置した車両の上から、機動隊員に排除される男性ら=22日午前、沖縄県東村高江 沖縄は、いつもそうして組み伏せられてきた。国土の0・6%の面積しか持たない島に、全国の米軍専用施設の74%が置かれているのだ。過重負担もいいところではないか。しかもそれは、沖縄が望んで誘致したものではない。押し付けられたものだ。武力で同化を強いられ、戦争に巻き込まれ、多くの県民の命が奪われ、米軍に統治され、基地負担を背負わされた。琉球処分以来、沖縄の立ち位置は変わっていない。 この圧倒的に不平等な本土との力関係の中で「弾除(よ)け」の役割を強いられてきた沖縄は、まだ足りないとばかりに、理不尽を押し付けられている。差別と偏見の弾を撃ち込まれている。しかも、そうした状況を肯定する素材としてのデマが次々と生み出されていく。「沖縄は基地で食っている」「本当は振興資金で潤っている」「沖縄は自分勝手」「ゆすりの名人」──。 うるま市在住の女性が米軍属に殺害された事件でも、ネット上には被害者を愚弄し、沖縄を嘲笑するかのような書き込みがあふれた。「事件を基地問題に絡めるな」「人権派が喜んでいる」。ナチスのハーケンクロイツを掲げて「外国人追放」のデモを行うことで知られる極右団体の代表も、この事件では、あたかも女性の側に非があるかのような持論をブログに掲載した。ツイッターで「米軍基地絡みだと大騒ぎになる」「米軍が撤退したら何が起きるか自明だ」などと発信した元国会議員もいる。これら自称「愛国者」たちは、簡単に沖縄を見捨てる。外国の軍隊を守るべきロジックを必死で探す。なんと薄っぺらで底の浅い「愛国」か。 私が『沖縄の新聞は本当に「偏向」しているのか』(朝日新聞出版)を書いたのも、こうした“沖縄ヘイト”ともいうべき言説を放置できないと考えたからだ。この数年間、ヘイトスピーチの問題を取材してきた以上、避けて通ることのできない問題でもあった。激しさを増す沖縄2紙への “偏向”報道批判激しさを増す沖縄2紙への “偏向”報道批判 直接のきっかけはふたつある。ひとつは2013年1月、沖縄の市町村長や県議たちが東京・銀座でオスプレイ配備反対のデモ行進を行ったときのことだ。日章旗や旭日旗を手にして沿道に陣取った集団が、沖縄のデモ隊に向けて「非国民」「売国奴」「中国のスパイ」「日本から出ていけ」と、あらん限りの罵声をぶつけた。彼ら彼女らは、日ごろから外国人排斥運動に参加している者たちだった。 沖縄の人間を小馬鹿にしたように打ち振られる日章旗を見ながら、沖縄もまた、差別と排他の気分に満ちた醜悪な攻撃にさらされている現実に愕然とした。 ちなみにデモ隊の先頭に立っていたのは当時那覇市長だった翁長雄志氏(現沖縄県知事)だった。翁長氏が政府に対して強い姿勢を見せるようになったのは、この日の光景を目にしたことがきっかけのひとつだといわれている。記者会見する翁長雄志知事 もうひとつは、いまから約1年前だ。自民党の学習会における議員たちと、講師に呼ばれた作家・百田尚樹氏の発言である。「沖縄の特殊なメディア構造をつくったのは戦後保守の堕落だ。左翼勢力に完全に乗っ取られている」「沖縄の新聞はつぶさないといけない」 以前から存在した沖縄メディアに対する〝偏向報道批判〟が蒸し返されたのだ。 メディアを叩くことで、戦後の日本が少しずつ勝ち取ってきた人権意識を覆そうとする動きが広まっている。しかも、攻撃の担い手はいわゆるネトウヨと呼ばれる者たちだけではなく、国家権力のど真ん中にも生息する。そうした者たちにとって、政府への批判を躊躇(ちゅうちょ)することなく紙面で展開することの多い沖縄2紙(「琉球新報」「沖縄タイムス」)は、まさにつぶすべき「敵」だった。わかりやすい標的だった。〝偏向報道批判〟と沖縄ヘイトは同じ文脈の上に成立している。 私はこれを機に沖縄へ通うようになる。国会議員や一部世論から「敵」として認知された新聞記者たちの生の声を聞きたかった。そして同時に、地方におけるメディアのあり方と、様々な攻撃にさらされる沖縄の内実を知りたいと思った。沖縄で生きる記者たちの姿を通して、沖縄の姿をも浮き彫りにしたかったのだ。 最初に訪ねたのは「琉球新報」編集局次長の松元剛氏だった。私にとっては数少ない沖縄紙の知り合いだった。 このとき〝百田発言〟から、まだ1週間と経っていない。当然ながら、松元氏は憤っていた。「つぶせ」と言われたことだけではない。自民党議員から、沖縄をめぐるメディア構造と県民世論が「歪んでいる」と言われたことに腹を立てていた。 「沖縄県民が地元紙に影響され、いや、マインドコントロールされ、〝歪んだ〟世論ができあがっているかのような言説が飛び交うことに、心底、あきれました。暴論もいいところですよ。いうなれば、沖縄県民には主体的な判断能力がないと見下すようなものです。県民をなめている。県民を愚弄し、侮辱するものです。我々の側にだって、世論をコントロールしてやるなんて意識はないですよ。そんな傲慢(ごうまん)な姿勢があれば、とっくに読者から見放されているはずです」 その通りであろう。〝新聞離れ〟は沖縄だって例外ではない。地方紙に県民意識をコントロールできるくらいの力があるのならば、そもそも読者を逃がすことはない。「結局、いつだってそうなんです。沖縄で何か問題が発生し、それが政府の思惑通りに進まないと、必ずといってよいほど同じような言説が流布される。つまり、自らの危機感を沖縄の新聞批判にすり替えることで、民意を矮小化するといった手だてですよ」。そのうえで松元氏はいくつかの事例を示した。政治家や右派論客の激しい攻撃政治家や右派論客の激しい攻撃 「沖縄のメディアが言ってることが県民すべてを代表しているわけではない」12年12月、自民党国防部会でこう発言したのは、同部会に所属していた小池百合子氏だった。小池氏は防衛担当相時代の06年にも「沖縄とアラブのマスコミは似ている。超理想主義で明確な反米と反イスラエルだ。それ以外は出てこない」「往々にして現実と遊離しがちで、結果として問題に直面すると、オールオアナッシングに陥ったり、大衆行動に頼るだけになってしまう」と講演で述べた〝前科〟もある。小池百合子氏 95年の少女暴行事件の後、当時の太田昌秀知事は米軍用地の提供に関連する代理署名を拒んだため、政府は自治体が協力を拒絶した場合でも国の権限で基地が継続使用できるように、米軍用地特措法を改定した。その際におこなわれた衆院安保土地特別委員会で、政府側参考人として呼ばれた田久保忠衛杏林大教授(当時)は次のように述べている。「この二つの新聞(※琉球新報と沖縄タイムスのこと)は、はっきりいって普通の新聞ではない。これをきちっと批判すべきだ」 また同じ委員会で新進党議員(当時)の西村慎吾氏は「沖縄の心がマインドコントロールされている。言論が封殺されている」と話した。周辺事態法などで国会が揺れていた00年には自民党幹事長(当時)の森喜郎氏がやはり「沖縄の新聞は共産党に支配されている」などと地元金沢の講演で発言している。14年11月には安倍内閣の応援団を自称する評論家の櫻井よしこ氏が、豊見城市で「沖縄のメデイアは真実を伝えてきたか?」と銘打った講演をおこなった。 以下はその際の発言である。「『朝日新聞』は悪い新聞です。慰安婦のことで大嘘をついて、福島第一原発の吉田所長のことでも大嘘をついていました。それと同じくらい悪いのが『琉球新報』と『沖縄タイムス』です」。「『琉球新報』、『沖縄タイムス』の記事は『日本を愛するという気持ちはない』としか読めない」。櫻井氏はそのうえで沖縄2紙の「不買運動」も呼び掛けたのであった。 もちろん「百田発言」以降も、ことあるごとに沖縄のメディアは攻撃の対象となっている。今年5月、東京都内で開催された沖縄県祖国復帰44周年記念集会で、神奈川県議の小島健一氏(自民党)は、次のように発言した。「沖縄には琉球新報と沖縄タイムスという、あきらかにおかしな新聞社が2社ございます。これ、つぶれろと言って非難を浴びた有名な作家もおられますが、これは本当につぶれたほうがいいと思っています」 さらに小島氏は沖縄の基地問題に言及したうえで次のように続けた。「基地反対だとかオスプレイ反対だとか毎日のように騒いでいる人がいます。これを基地の外にいる方ということで『きちがい』と呼んでおります」。県議の看板を背負ったものとは思えぬ、下劣な暴言だった。「琉球新報の人間には部屋を貸さない」という大家「琉球新報の人間には部屋を貸さない」という大家 だが、これはけっして突出した発言だったわけでもない。社会の一部にはいま、こうした空気が確実に流れている。今年春、「琉球新報」の新垣毅記者は文化部編集委員から東京支社報道部に異動した。異動に先立ち、部屋探しのために上京したのは3月上旬のことである。支社への通勤に便利なマンションを見つけ、会社と提携している不動産業者に入居を申し込んだ。 その翌日──不動産業者から電話がかかってきた。「大家が入居を拒んでいます」。理由を尋ねる新垣に、不動産業者は恐縮しきった声でこう告げた。「琉球新報の人間には貸したくないと言ってるんです」 新垣記者は、大家の対応は「琉球新報」への悪感情というよりも、「沖縄そのものへの嫌悪のようにも思えた」と言う。20世紀初頭、沖縄からの出稼ぎ者が多かった関西では、「琉球人、朝鮮人お断り」の張り紙を掲げるアパートが珍しくなかった。新垣記者には、こうした時代の風景が二重写しとなる。拙著の取材で、「沖縄タイムス」編集局長の武富和彦氏は「単なる新聞批判であれば、まだいい。本当に腹立たしいのは、新聞批判に見せかけて、実は事実関係を無視した沖縄攻撃が繰り返されていることだ」と答えた。 同紙は「百田発言」に際しても「新聞をつぶせ」よりも、「普天間飛行場はもともと田んぼの中にあった。あとから商売のために人が住み着いた」といった言葉を問題視した。記事では普天間の歴史を概観したうえで、〈沖縄戦で住民は土地を強制的に接収され、人口増加に伴い、基地の周辺に住まざるを得なくなった経緯がある〉と、事実関係の誤りを正した。「そこは絶対に譲ることができないんですよ。冗談であったとしても、はずみで飛び出した軽口であろうが、我々はとことんこだわります。そうでなければ沖縄で新聞をやってる意味がない」講演する作家の百田尚樹氏=2月27日、京都市左京区の国立京都国際会館 さらに「偏向」を指摘されることに対しては次のように話した。「一方に大きな権力を持つ者たちがいる。もう一方に基本的な人権すら奪われた者たちがいる。その不均衡をメディアはどう報じるべきなのか。そのとき権力と一体化して奪われた者たちを批判するのであれば、それこそ恥ずべき偏向だと思うんですよ。一方的に奪われた者たち、発言の回路を持たない者たちの側に立って、あるべき均衡を取り戻すことがメディアの役割ではないでしょうか」 以来、私は沖縄紙の記者たちに問い続けた。 なぜ、基地の問題にこだわるのか──。「すべての事象が基地につながるから」。私が接した多くの記者がそう答えた。沖縄で取材を続ければ、なにを追いかけていても、必ず基地と戦争にたどり着く。避けることはできない。事件記者も、政治記者も、経済記者も、島を分断するように張り巡らされたフェンスの前で立ち止まる。いや、立ち止まらざるを得ない。社会の隅々に、生活のあらゆる場面に、基地の存在が重くのしかかる。戦争の記憶が染みわたっている。 だから書かざるを得ない。無視することなどできない。地元の記者が書かずして、いったい誰が書くというのだ。基地問題に触れずに済むのであれば、むしろそうであってほしいと、記者の多くが望んでいた。「取材したいことはほかにも山ほどある」と若手記者は訴えた。現実と格闘しなければならない記者 「基地問題に追われ、視界に映ることのなかった問題もあったかもしれない」とベテラン記者も嘆いた。基地問題をやりたくて沖縄紙に入ったという者は、実はそれほど多くはなかった。一部の記者は、こっそり私に打ち明けた。家の近所だから就職を決めた女性記者がいて、寒いところが嫌いで南の果てを選んだ県外出身の記者がいて、大手マスコミの入社試験に落ちまくり、たまたま合格したのが沖縄紙だったという記者がいる。 しかし記者として取材に動けば、基地はいつも目の前に立ちふさがる。目をそらしたって、戦闘機の爆音は耳に飛び込んでくる。沖縄で記者をするというのは、そういうことだ。かつて沖縄には数多くの新聞が存在した。「保守」を掲げる新聞もあった。激しい競争のなかで生き残ったのが、「琉球新報」と「沖縄タイムス」の2紙だった。それが県民の選択である。 ある若手記者は私にこう打ち明けた。「本当は貧困の問題を追いかけたい。なかでも子どもの貧困問題は深刻です。基地によって、そうした切実な風景までかすんでしまうのが、たまらなくつらい」 だが、貧困問題を追いかけていても、突き詰めていけば基地にぶち当たる。日本が高度成長を謳歌しているときに、沖縄だけが取り残された。日本国憲法でさえ及ばなかった時期がある。成長よりも安保が優先されてきた。その「遅れ」が、いまでも経済の「足枷(かせ)」となっている。「だから、沖縄ではすべての問題が基地と地続きなんですよ。この島で新聞記者をしていれば、いやでもその現実と格闘しなければならないのです」 地域に寄り添って生きていくのが地方紙の役割であるのならば、沖縄紙はその役割を忠実に果たしているにすぎない。中央に偏った視線では、それが「偏向」に映るのであろう。沖縄紙は「偏っているのはどちらか」と問い続けているのである。 ちなみに冒頭で記した高江のヘリバッド工事強行について、沖縄2紙は当日に号外まで発行して国の横暴を訴えた。翌日朝刊の紙面は当然、現地発の記事で埋められている。同じ日の「朝日新聞」──一面トップに掲げられた大見出しは「ポケモンGO 興奮上陸」だった。

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    「ヤンキーゴーホーム」はヘイトではない! 高江で見た基地問題の本質

    有田芳生(参議院議員) 沖縄県東村高江に行く車中にあっていささか気が重かった。高江とはオスプレイのためのヘリパッド建設が進められている土地だ。「標的の村」というドキュメンタリー映画にもなったように、辺野古とともに基地問題の最先端である。那覇から車で3時間あまり、その日は台風13号が発生し、強風がサトウキビの茂みを激しく揺さぶっていた。 やがて「N1裏」と呼ばれているブルーのテントが見えてきた。車を降りてテントに入ると、昼どきだったので、食事を配る人たちが忙しく動いている。テントの端っこにはじっと座っている高齢者たちがいた。あとで聞けば普天間飛行場がある宜野湾市から支援にやってきた人たちだった。この日も逮捕者が出たので、責任者の山城博治さんは抗議のため警察署に向かったので不在だった。高江の工事現場には沖縄県警だけでなく、警視庁をはじめ、全国から警察官が動員されている。そういえば高江に向かう道すがらすれ違った警察車両のナンバーは、「なにわ」「川崎」「多摩」などであった。この日、運転速度が遅いことを理由に女性とトラブルになり、警察官がのけぞったため公務執行妨害だとして女性を逮捕したのは福岡県警だった。ヘリパッド建設反対派の集会で話す山城博治さん(左手前)=7月23日、沖縄県東村高江 この女性は名護署から翌日釈放されるのだが、私がテントに行ったとき、短い報告集会が行われることになった。案の定、私の危惧は当たった。国会議員として挨拶を求められたのだ。そしてこんな趣旨を語った。永六輔さんは沖縄から東京はよく見えるが、東京から沖縄は見えないと何度も言っていた。作家の井上ひさしさんが「砥石としての沖縄」と書いたのは、政治家だけでなく、日本人それぞれの思想が沖縄を通して問われているという意味でしょう。拍手が起きたのは次のくだりだった。民進党の代表選挙がいま行われているが、ここで見たこと、聞いたことを3人の候補者に対して質問状として出すことにします……。私のあと米軍の退役軍人が挨拶をした。雨風が強まるテントのなかで、高江で続く基地反対運動についてある男性から説明を受けた。あとで聞けば普天間飛行場の騒音被害の責任を問う裁判を30年も続けている原告だった。私が「気が重い」というのは、こうしたことだった。辺野古にしても高江にしても、沖縄戦をはじめとして、沖縄の闘いと暮らしを重ねる歴史的経験もせず、何かを語ることに後ろめたさがあるからだ。 国会議員である以上は国政にかかわる課題について求められれば語らなければならない。集会があれば、さっと顔を出して挨拶しては次の会合へ、さらに次の会合へと出かけていくような議員にだけはなるまいと自覚をしてきた。重心を低くしなければならないと思っているからだ。だから辺野古や高江について語るにしても、抑制的でなければならない。これまでも、これからもそのスタンスを変えないだろう。地元選出議員ならいざ知らず、沖縄問題が世界のすべてであるかのように語るならばバランスを欠くだろう。しかしそれが政治家なのかも知れないとも思ってしまう。結論からいえば自分は自分なりのスタンスで行動し、主張していけばいい。落ち着くところはそんなところだ。民進党新代表は辺野古移設やヘリパッド建設に反対するのか おりしも民進党の代表選挙が続いていた。私は3人の候補者に沖縄問題で質問状を出した。高江でじっと座り続けるお年寄りたちの語らずとも心に秘めたそれぞれの思いを森住卓『沖縄戦   最後の証言   おじい・おばあが米軍基地建設に抵抗する理由』(新日本出版社)から驚きをもって感じとったからだ。基地反対運動の背景には重い歴史が横たわっている。 普天間飛行場の辺野古移設やオスプレイのヘリパッド建設に反対するのかどうか。野党第一党の民進党の新代表候補者はどんな立場を、いかなる論理と言葉で表明するのか。一般論だが、たとえ「正しい」政策を語っても、それを口にする身振りや言葉遣いで認識の深さや軽さ、あるいは嘘さえ見えてくるものだ。表現が身体から分離していれば、それは行動という現実によっていずれ必ず剥がされていく。 沖縄の基地問題は日本で唯一の地上戦を体験した歴史を生身の人間と重ねて理解しなければならないのだ。余談だが米軍基地問題に取り組む者が「ヤンキー、ゴーホーム」と叫ぶのは、歴史的に堆積した沖縄の歴史と生命にかかわる個人史が重なっているのである。この言葉をヘイトスピーチだと批判する者は、概念的な無理解とともに国会での議論にも眼を逸らしている。  米軍基地反対運動などで「ヤンキー、ゴーホーム」と主張することは、政治的な目的でなされるものであり、差別的意識を助長・誘発する目的でなされたものではないから、ヘイトスピーチ解消法にある「不当な差別的言動」の定義にはあたらない。 ともあれ沖縄の基地問題は、本質的には戦争と結びついており、さらには自然破壊でもあることに、もっと敏感になっていい。琉球処分を歴史の出発点として、沖縄戦のあまりにも痛ましい悲劇、さらには本土復帰後の米軍犯罪や事故などを総体としてヤマト(本土の日本人)は受けとめなければならないだろう。辺野古移設にしても高江への強硬的なヘリパッド建設にしても、沖縄県民の民意ではないからには、必ず失敗する。問題の核心は沖縄の歴史のなかで基地問題の「第三の道」を探ることなのである。アメリカ政府に軍事戦略の変更を求める外交交渉を行うなかで、グアムやテニアンなどに辺野古基地を移転させる道を探ることこそ、現実的な解決策ではないだろうか。おりしもこの原稿を推敲しているのは、民進党の代表選挙が行われた当日である。予想どおり蓮舫さんが新代表に選ばれた。辺野古移設を堅持すると討論会で発言していた蓮舫さんは、私には「民意を無視した強硬には反対」と語っていた。それが本音なら辺野古移設も高江ヘリパッド建設も現実的でないことは明らかだ。政治家と政党にとって沖縄は試金石なのである。(2016年9月15日夕刻記)

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    「小さな声が消えてしまう」大手メディアが伝えない高江

    森達也(映画監督、作家) この原稿を書いている現在の日付は8月20日午前9時20分。場所は沖縄那覇市栄町のホテルの一室だ。『FAKE』公開初日の舞台挨拶のため、那覇空港に着いたのは一昨日の夜。上映館である桜坂劇場支配人の下地久美子と居酒屋で軽くオリオンビールと泡盛を飲んでから(初めて食べるイカスミの雑炊がおいしかった)、仮眠をとって2時半に起床。3時にホテルまで迎えに来てくれたのは、三上千恵監督のドキュメンタリー映画『戦場ぬ止み』の助監督で撮影も担当した桃原(モモハラではなくトウバルと読む)英樹と桜坂劇場スタッフの水野詩子。映画第一作『標的の村』で高江を撮った三上監督は、第三作の重要なエリアとして、現在は再び高江を撮っている。ゲート前は多くの反対者で埋め尽くされた(筆者撮影) とここまでを書いたところで、読者は「高江」を知っているだろうかと気になった。読みはタカエ。恥を覚悟で白状するが、7月の段階で僕は知らなかった。というか忘れていた。「舞台挨拶の前に高江に行きませんか」と『FAKE』プロデューサーの木下繁樹に電話で言われたとき、「高江ってどこですか?」と思わず訊き返して絶句させてしまった。さすがに「ヘリパッド問題で住民たちが…」と説明されかけて、『標的の村』の主要な舞台になった地域だと思いだした。「私は高江をあきらめない」 沖縄のヤンバルとよばれる亜熱帯森林に位置する高江は、160人ほどが暮らす小さな集落だ。この集落を囲むように米軍のヘリパッドを6つ作る工事が始まり、反対する住民は工事現場の入り口で、非暴力の抗議活動として、もう何年も座り込みを続けている。以下は『標的の村』パンフレットからの引用だ。 日本にあるアメリカ軍基地・専用施設の74%が密集する沖縄。5年前、新型輸送機「オスプレイ」着陸帯建設に反対し座り込んだ東村・高江の住民を国は「通行妨害」で訴えた。反対運動を委縮させるSLAPP裁判だ。わがもの顔で飛び回る米軍のヘリ。自分たちは「標的」なのかと憤る住民たちに、かつてベトナム戦争時に造られたベトナム村の記憶がよみがえる。10万人が結集した県民大会の直後、日本政府は電話一本で県に「オスプレイ」配備を通達。そして、ついに沖縄の怒りが爆発した。 2012年9月29日、強硬配備前夜。台風17号の暴風の中、人々はアメリカ軍普天間基地ゲート前に身を投げ出し、車を並べ、22時間にわたってこれを完全封鎖したのだ。この前代未聞の出来事の一部始終を地元テレビ局・琉球朝日放送の報道クルーたちが記録していた。真っ先に座り込んだのは、あの沖縄戦や米軍統治下の苦しみを知る老人たちだった。強制排除に乗り出した警察との激しい衝突。闘いの最中に響く、歌。駆け付けたジャーナリストさえもが排除されていく。そんな日本人同士の争いを見下ろす若い米兵たち……。 (中略)沖縄の人々は一体誰と戦っているのか。抵抗むなしく、絶望する大人たちの傍らで11才の少女が言う。「お父さんとお母さんが頑張れなくなったら、私が引き継いでいく。私は高江をあきらめない」。奪われた土地と海と空と引き換えに、私たち日本人は何を欲しているのか? 那覇から車で2時間半。まだ日が昇らない時間に高江に着いた。片側一車線の狭い村道は、ぎっしりと並んだ車で渋滞状態だ。 ヘリパッド建設予定地へと続くゲート前は、多くの反対者たちで埋め尽くされている。正直なところ数十人くらいだろうと思っていたので、予想をはるかに上回る数だ。ゲートの周囲には多くの警察官や警備員たちが、じっと一点をにらみながら立ち尽くしている。傍にいた男性(職業は漁師だという)に、県外から多くの人たちが来ているとの説もあるけれど?と訊けば、しばらく周囲を見渡してから、「今日は、おじいとかおばあとか、半分以上が沖縄の人たちですね」と答える。「もちろん、県外から来ている人もいます。でもそれ自体は、別に問題ないと僕は思っています。ただ時おり、例えば安倍首相や自民党を激しく罵倒するような人がいて、それはちょっと温度差を感じます。この運動は、民主党政権の時代から続いていますから。むしろ地元のおばあたちのように、静かで平和な生活を続けさせてください、とお願いする姿勢のほうが、僕たちの本音だし重要なのだと思っています」 もちろん運動の目的を達成するためには、こうした牽引も必要だ。それは否定しない。でも過激な思想は移り気だ。硬直する。持続するためには、小さな声を届けることが重要だ。大手メディアが報じない沖縄 僕が行ったその日の状況を、新聞記事は以下のように伝えている。 約400人が抗議の声 車両180台がメインゲートに集結 北部ヘリパッド建設【ヘリパッド取材班】東村から国頭村に広がる米軍北部訓練場の新たなヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設に反対する市民ら約400人は19日午前6時半すぎ、同訓練場のメーンゲート前でN1地区ゲートへの砂利搬入に対する抗議集会を始めた。市民らは午前5時すぎ、約180台の車両で車列を組み、東村平良の村役場付近から同訓練場のメーンゲートに向けて徐行運転で移動した。市民らはゲート付近に車を止め、メーンゲートを完全に封鎖する形で座り込んでいる。 午前7時半現在、機動隊による県道70号の封鎖や検問、砂利を搬入するトラックの車列は確認されていない。 集会は参加者全員が腕を組み、「座り込めここへ」など2曲を合唱し始まった。沖縄平和運動センターの山城博治議長は「これから本格的な建設工事が始まると予想される。だが来年2月まで工事が長引けば、ノグチゲラの営巣期間で4カ月の中断を余儀なくされる。週2回は拡大した抗議行動を行い、完全に砂利の搬入などを止め、工事を長引かせて中断に追い込もう」と述べ、今後の運動を提起した。その後、参加団体の代表が次々にあいさつした。 これは地元の琉球新報だ。でも朝日や読売など大手新聞の記者は現場にいない。だから沖縄以外の地で暮らす多くの人は、この状況どころか、高江という地名すら知らない。この翌日には、現場で取材していた琉球新報と沖縄タイムスの記者2名が警察に拘束されるという事態まで起きたのに、大手メディアはほとんど報じない。住民を排除しようとする自衛隊 競争原理に煽られたマスメディアは、情報をわかりやすく刺激的に加工するために、四捨五入を加速させる。その帰結として、小さな声が消えてしまう。残るのは大きな声ばかりだ。 三上の映画も含めて、吐息やつぶやきを届けるジャンルが重要だ。つまりドキュメンタリー映画。別にマスメディアを補完するために存在しているわけではないけれど、その機能はより重要になっている。 住民を排除する沖縄県警や警備会社の隊員の多くは、なかなか就職先を見つけられない地元の若者たちだ。彼らもつらそうだ。もしも傍に近づいたなら、微かに歯軋りの音が聞こえるかもしれない。吐息やため息を洩らしているかもしれない。 指示を下す人たちは現場には来ない。沖縄問題の根源はここにある。 ちょうどこの頃、マリオの格好をした安倍首相はリオの競技場で、まばゆいライトを浴びながら世界に向けて嬉しそうに手を振っていた。オリンピックの主体は開催する都市と参加する選手たちだ。国家の出る幕じゃない。思わずそうつぶやいたけれど、これもまたこの国では、小さな声として処理されるのだろう。もり たつや 映画監督、作家。映画「A」「A2」監督。著書『A3』(集英社)、『チャンキ』(新潮社)など。

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    「沖縄に関心がない」東京のメディア 地元紙が痛感した温度差

    宮城栄作(沖縄タイムス東京報道部長)―沖縄の高江でヘリパッド建設をめぐって住民と機動隊とが激しく闘っていることが、SNSなどで漏れ伝わってきます。でも在京のメディアではそう頻繁に報道されないため、東京では「高江」といっても知らない人が多い。そういう沖縄と本土の温度差をどう考えるのか、沖縄の地元紙はどんな取材・報道を行っているのかお聞きします。 まず高江での取材ですが、地元紙は現場に張り付いて取材しているようですが、東京からマスメディアが取材に行っているという状況ではないわけですね。筑紫哲也さんが健在だった頃の「NEWS23」とか、昔は在京メディアももっと沖縄を取材していたような気がしますが。宮城 東京からメディアが取材のために頻繁に高江へやってくるという状況ではないと思います。沖縄のことを報道するのも、例えば自衛隊のヘリコプターが資材の搬送に使われたとか、そういう大きな動きがある時だけでしょう。それもテレビは地元の系列局が取材した映像を使っているのではないでしょうか。キー局からわざわざ取材に来るというのは、テレビ朝日の『報道ステーション』とTBSの『報道特集』の金平茂紀さんくらいじゃないですか? それは、沖縄をめぐる構図というか、沖縄についての認識をどう持つかということだと思うんですよね。私たち地元紙は、過重な基地負担がある上に、更に住民の生活が大きく脅かされようとしていることについては、地元の人の生活や人権、また地方自治に関わるという普遍的な価値の問題として捉えているわけです。ヘリパッド建設に反対する人々を規制する警察官ら=7月22日、沖縄県東村高江―沖縄の地元紙2紙は、いま高江に連日、現地取材を行っているわけですね。宮城 毎日行っています。朝6時頃から、一人は必ず現場にいるようにしています。そしてツイッターとかで現場から状況を発信しているんです。取り組みはどの部署というより編集局全体でやっています。ローテーションを組んで、今日は何部が行く、明日は何部が行くと毎日、現場に行っているんです。北部支社もありますし、中部支社もあるので、そこから行く記者もいるし、那覇から行く記者もいます。 高江は地理的にも那覇から遠いですから移動も大変です。それでもやはり反対する市民たちがいて、警察や機動隊とやりあっているわけですから、その現場で起こっていることを伝えるのは地元紙としては当然の務めです。 8月20日にその現場に行っていた記者を機動隊が拘束し、車と車の間に押し込んで取材妨害するという事件が起きました。腕章をつけ、記者証も示して、取材活動であることを告げているのに拘束されたわけです。不要な土地を返し、機能強化した施設を得ようとする米国宮城 機動隊の車両と車両の間に市民を押し込めていくというのは以前からやられていて、現場では「仮監獄」とも言っています。2012年のオスプレイ配備の時にも、普天間飛行場のゲート前での抗議行動に対して市民を車両と車両の間に押し込めるというやり方をしていました。 記者証を示した記者に対してそういうことをやるというのは、やはり現場で抗議行動が起きていることを報道させない、県民とか国民の目に触れさせないという狙いもあると思います。 この取材妨害については、新聞労連や沖縄県のマスコミ労協などから抗議声明が出ました。東京新聞も特報面で取り上げたし、信濃毎日や高知新聞も社説で批判しましたね。 生活が脅かされることに対して、沖縄の住民が、あるいは支援する市民が立ち上がるというのは、1950年代に「島ぐるみ闘争」というのがありました。米軍が沖縄に基地を作るために住民の土地を強制的に奪っていったのですが、抗議する住民に対しては投げる蹴るで規制し、奪った土地に入って耕作しようものなら、銃も打ったりして排除したんですね。規模は違いますけれど、今それと同じようなことを、日本政府側が機動隊を使ってやっているのだといえます。 今回日本政府もアメリカ政府も、高江にヘリパッドを新しく作れば、7500位ヘクタールある北部訓練場の、過半、4000ヘクタールを返す、大規模返還になると言うわけですね。もともと半世紀以上前に奪って使ってきた土地なんですけど、アメリカの「戦略展望」という報告を見ると、その4000ヘクタールは、アメリカにとっても不要な土地なんです。それを返すから、新しいヘリパッド建設を受け入れよというわけです。 不要な土地を返して、機能強化した施設を得るというのが、アメリカの狙いなわけです。それを日本政府も一緒になって、大規模返還だという。高江のヘリパッドから海に出入りする訓練水域とかも新しく提供されていますし、訓練しやすい環境を整えて、いらなくなった土地を返す。そういう狙いがあるわけです。 ヘリパッドも高江の集落から一番近いところで3~400メートルのところにできるわけですから、付近の住民からすると大変だと思います。自然環境も破壊されれば住環境も影響を受ける。それに対して反対し、住民の暮らしを守りたいという思いは当然じゃないかと思います。そこをどう捉えるのか。 東京などであまり報道されないのは、沖縄の人は我慢したらという意識が何処かにあるのではないかという疑念を持つこともあります。そういうところが沖縄の人からすると、見え隠れする。何の問題なのかというのをしっかり押さえないと継続的な報道にならないし、現状を変えていくことにならないと思います。身近な「基地問題」を取り上げるのは当然―宮城さんは現在は東京支社にいるわけですが、沖縄の地元紙として東京のメディアを見ていて、関心とか動きが鈍いと感じますか?宮城 そこは難しいんですけどね。翁長知事の誕生以後、以前よりは取り上げられるようになったと思います。全国紙でも沖縄のことをよく知っていて、しっかり取材して書く記者はいるんです。でも、扱いが小さくなってがっかりするという声が多いですね。なぜ全国紙や中央のメディアで沖縄の報道が難しいのか、沖縄のことが伝わらないのか、検証してみる必要がある気がします。沖縄はいま刻一刻動いていて、新しい局面もどんどん出てきているんだけど、東京だと、また沖縄か、また反対しているとかいうようなことで、「ああいつものね」という感じになっているようなのですね。 沖縄についての報道が大きくなるのは政局が絡んだりする時です。同僚の記者が言っていましたけれど、辺野古をどうするか、辺野古がどうなるかじゃなくて辺野古でどうなるか。どうなるという対象は辺野古の住民じゃなくて、政権がどうなるか、だというのです。 だから去年の「沖縄の2紙はつぶさないかん」という百田発言の時も、全国紙の出足は最初遅かったけれど、その後、結構やりましたよね。あの時は安保法案が問題になっていた。辺野古をどうする、辺野古がどうなるではなくて、それによって政府がどうなっていくという話でしょう。やはり沖縄の問題を一面的にしか見ていないという印象は受けます。 今年9月1日の辺野古をめぐる裁判だって、一地方の問題でなくて、地方自治の話であったり、国と地方の関係であったりというような、大きな問題だと思うのですが、中央のメディアはなかなかそうなっていないような気がします。 沖縄と本土の温度差というのがよく指摘されますが、私が沖縄本社社会部から東京支局に来て最初に思ったのは「こんなに沖縄のことを知らないのか」ということでした。「知らない」というより「関心がない」と言うべきでしょうか。 それまで2年間、社会部にいて、オスプレイの配備に始まり、仲井眞さんの埋め立て承認とか、そういうことばかり取材してきたので、東京に来た当初は、その違いに驚きました。「日米安保は大事だけれど、米軍基地は近くにない方がいい」「沖縄にあるんだから、沖縄にがんばってもらった方がいい」というような雰囲気を感じました。 沖縄の人にとって身近な問題は基地問題であり、基地が集中することに絡むいろんな問題です。それが紙面において大きな分量を占めるのは、地方紙として当然ではないでしょうか。例えば福島の地方紙2紙が原発の問題をたくさん取り扱うのは当たり前で、やはり読者が一番身近に感じていること、命や暮らしの問題を報道する役割が地方紙には当然あり、紙面の価値判断も大手メディアとは違ってくると思うんです。 沖縄の場合、過酷な沖縄戦があって、その後の人権もないような米軍支配があって、復帰してもなかなか変わらない現状があり……といったことを考えると、そういう問題のウェイトが高くなるのは必然なのかと思います。―それが沖縄の2紙の特徴なのですね。宮城 保守的な新聞や親米的な新聞も含めて、戦後沖縄には10紙くらい新聞ができました。アメリカの検閲があり、紙の供給も握られているわけですから、沖縄タイムスにしても、当初はなかなか今のように米軍に対して厳しい論調でなかったようです。その後、1950年代の土地闘争の頃、土地の接収方針に反対する住民の意見を前面に出すような紙面展開をするようになります。 そういう厳しい現実の中で、ここまで論調を鍛え上げてきたのは、やはり民意に押されたのだと思います。結局10紙のうちほとんどはなくなってしまい、今この2紙が残っているわけです。もちろんそれは沖縄本島での話です。 沖縄の復帰までの歴史というのは、自治権にしろ、人権にしろ、米軍と対峙しながら一つ一つ住民が勝ち取ってきたものです。そういう中で、沖縄タイムスも住民に背中を押されてここまで来たのだと思います。住民に支持されなかったら他の新聞と同じように消えていったはずです。沖縄の歴史、住民感情に理解した報道を沖縄の歴史、住民感情に理解した報道を―辺野古の問題の捉え方なども、東京と沖縄では違っていると感じましたか?宮城 はい。東京へ来てからは、沖縄の問題については、一から説明しないといけないんです。別に、誘致して基地ができたわけでもないし、そもそも海兵隊って50年代に岐阜とか山梨とかから移ってきたものだし。今で言うと「海兵隊って、本当に抑止力になってるんですか」というところまで含めて説明します。 そもそも何度世論調査を行っても、沖縄の人は現状に反対なわけです。辺野古移設については、沖縄世論は少ない時でも6割、多い時には8割以上が反対だし、「県外へ」という機運が強くなってきたわけです。我々がリードしているんじゃなくて、県民世論がそうだというので、これに立脚しない報道がありうるのかということですよね。過去の沖縄がたどってきた歴史も含めて、本当に虫けらみたいな、人権もないような時代もあったんですから。僕らの世代も、入社して、勉強して沖縄の特異な歴史の重みを理解し、誰のために何を報道するかを考え、認識を深めてきたのです。 今の翁長知事が那覇市長の時、2013年1月に東京でパレードをしているんです。オスプレイ配備の撤回、普天間の県外移設、閉鎖ということを、全首長、市町村とかが署名して、建白書というかたちにした。そして、日比谷公園で集会を開いて、総理官邸に持って行き、パレードもやっているんです。その時に、沿道から「売国奴」とか、ものすごい罵声を浴びせられたんです。「安全保障の問題だからお前たちは黙っていろ」「それに反対するのはシナの手先か」といった罵声ですね。あれは、沖縄の人が本土との溝を痛感した出来事じゃないでしょうか。この圧力が、近年ひどいですよね。 沖縄の人からすると、本土紙の扱いが冷たいなと感じることがあるんですが、それも歴史的経緯に根差しているものだと思います。私たちは住民に押されて、あるいは住民の意見に立脚して紙面を作ってきていますが、本土の新聞はどちらかと言うと両論併記、あるいは扱いが小さい。どこかで「基地は沖縄に置いておけばいい」という考え方が基本にあるからだろうと思います。 沖縄の視点や感情は、突然生まれたものではありません。そこを体系的に理解してあたらないと、県と政府が対峙した局面になると、「落としどころは」というふうな取材に変わり、何も解決されない、「やはり沖縄に」という悪循環になります。 基地問題では、沖縄の人から見れば「なんで沖縄だけなんだ」と思ってしまう。戦争で捨石にされて、その後は米軍に差し出されて、みたいな過去の記憶がありますよね。過重負担だと言って負担を軽減してくれと言っているにも関わらず、同じ状況がずっと続いている。それが差別感みたいなところで捉えられる。逆に言うと、「沖縄問題」と言われながらいろいろな問題がずっと解決されないできている、そういう現状の裏返しではあると思うんです。(月刊「創」2015年9・10月号のインタビューを大幅に加筆しました)

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    カメラが映した「辺野古」と「高江」 2人の映画監督が見た現実

    藤本幸久、影山あさ子(映画監督) 沖縄の辺野古と高江で激しい攻防が続いている。現地に泊まり込みでカメラを回し続けている森の映画社の共同監督2人が、大手メディアを含む現場での取材状況を語った。 都内の映画館「ポレポレ東中野」に森の映画社の藤本幸久さんと影山あさ子さんを訪ねた。二人が共同監督を務めたドキュメンタリー映画「圧殺の海 第2章『辺野古』」の話を聞くためだった。この映画の前作「圧殺の海」は2014年7月の辺野古の新基地建設着工から11月の翁長知事誕生までを撮ったものだが、今回の作品はそれ以降、今年3月4日の代執行訴訟の和解までを撮影したものだ。 地元住民がゲート前で反対運動を繰り広げたり、カヌーを繰り出して海上で抗議行動を行う攻防戦を至近距離から撮影した迫力ある映像だ。カヌーからの撮影者がカメラもろとも海に投げ出され、突如画面が水中の映像に切り換わる場面もある。  この第2章の上映が続く間も、藤本さんたちは沖縄でカメラを回し続け、第3章を撮影していた。さらに沖縄本島の高江のヘリパッド建設予定地をめぐる反対運動も撮影しており、それは「高江―森が泣いている」というタイトルで9月20日から大阪で公開され、10月からは東京でも上映される。通常、ドキュメンタリー映画は撮影終了から公開まで半年以上かかると言われるが、緊迫の度合いを強める沖縄の実情を少しでも早く多くの人に伝えたいという思いで、藤本さんたちは、第2章の自主上映を全国に広げると同時に次回作を緊急上映するというスケジュールを組んだ。激しく揺れ動く沖縄を撮り続ける藤本さんと影山さんに、現地での取材状況を聞いた。沖縄北部「高江」に機動隊が大量投入 藤本 私たちは2014年7月1日の辺野古着工からほぼ毎日、辺野古を撮影しながら、上映・宣伝も自分たちでやってきました。当初は3月の和解の後、最高裁の判決が確定するまでは、少し時間的余裕もあるだろうから、その間に全国のキャラバン上映をやろうと思っていたんです。同時に、第2章の英語版と中国語版と韓国語版を作っています。韓国や台湾、アメリカで上映し、安倍政権が「沖縄に寄り添う」と言いながら、実際はどういうやり方をしているのかをワシントンの議会関係者たちやアメリカのNGOの人たちにも知ってもらおうと思いました。 しかし、その一方で今、沖縄本島北部の高江に機動隊が大量に導入され、むちゃくちゃなことがやられている。ですから、この間、高江でもカメラを回し、その映画「高江―森が泣いている」を9月20日から大阪で、10月15日から東京のポレポレ東中野でも上映します。それも早急に英語版を作って、年内に辺野古と高江の基地建設がどのように行われているかを、日本全国で自主上映を展開しながら、アメリカや近隣諸国も含めて見せていこうと考えています。映画「高江ー森が泣いている」より ただ、思いのほか裁判の進行が速い。証拠証人調べもなく、7月の裁判の時に9月16日の判決まで提示されるという進行です。9月16日以後は少なくとも陸上工事は再開したいと言っていますから、辺野古の方も機動隊を動入しての工事再開が行われるだろうと思います。今回は本当に沖縄の将来や日本の先行きに大きく関わってくることなので、辺野古に1軒宿舎を借りて、24時間365日撮影に入れる体制を作っています。そこを拠点にして、2014年3月以後ずっと誰かが現地にいるようにして、撮影を続けてきました。昔は報ステやNEWS23が取材 ―宿舎を借りたというのは具体的にどうやったのですか? 藤本 バーを経営していた母親がベトナム戦争の時代に米兵に殴り殺された金城武政という人がいるのですが、今も辺野古のゲート前のテントで世話人をやっています。僕たちとは10年位付き合いがあって、とにかく辺野古に拠点がないと撮っていくのは難しいと思ったので武政に頼んで、母親が殺されたバーのワンフロアを借りて宿舎にしているんです。集落の中にある場所ですし、10分位でゲートまで歩いて行けますから、そこを拠点に撮影をずっとやってきています。ヘリパッド反対派の車両を撤去する機動隊員ら=沖縄県東村高江 ―藤本さんたちが最初に沖縄を撮り始めたのは2004年頃から(05年公開の「Marines Go Home」)ですが、その頃と比べると現地取材の状況がだいぶ変わったというのですね。 藤本 テレビメディアで直接現地に取材に来るというのがどんどんなくなっているんです。 影山 昔なら『報道ステーション』とか、筑紫哲也さんがいた頃の『NEWS23』とか、もっと沖縄に取材に来ていました。 藤本 沖縄のことをずっとフォローし続ける専門知識のある記者もいたんです。でも、そういう記者が報道番組の現場からいなくなった。いないようにされたんですね。 僕達がそのことを感じたのは2008年、海兵隊のブートキャンプを取材した時でした。『NEWS23』と共同取材をするという形で国防総省の許可をとって入ったのですが、それが10分の特集2回で放送された。でも、しばらくしてそれをやったディレクターから連絡が来て「もう皆さんと一緒にやることができなくなりました」と言われたんです。沖縄の問題をフォローしてきた人たちがバラバラにされて、報道ではなく情報番組みたいなところに移されるということがあった。 当時は『報道ステーション』も沖縄のことをずっとフォローする記者が育っていたんですが、そういう人たちが報道の現場からいなくなっていったんです。昨年来、報道番組からキャスターが次々と降板し、話題になっていますが、そういう動きはもっと前からあったのです。 今でも大きな出来事、例えば9月16日の辺野古判決とか、そういうのは放送されますよ。でも沖縄の系列局が撮ったものをその日の出来事として報道するんですね。長期にわたって調査報道をするという機能がなくなっているんです。 今でも比較的沖縄取材をやっているのはTBS『報道特集』ですが、それでも頻繁に取材に訪れるのは難しくなっていると言います。しかも、それは東京の取材陣だけでなく、RBC(琉球放送)とかQAB(琉球朝日放送)とか、沖縄のテレビも現場に来るのが減っていますね。以前はほとんど毎日、地元のテレビが来ていましたけれど、今は大きな出来事がある時しか来ない。琉球新報と沖縄タイムスという2つの地元新聞は相変わらず毎日来ていますけれど。 影山 現場へ来た時でも、カメラマンの撮っている位置が遠くなっていますね。近づいて撮ろうという感じがない。 藤本 日々のニュースのネタとして撮っているという感じです。たぶん東京のテレビ局で起きているようなことが沖縄のテレビ局でも起きているのだと思います。 ―藤本さんたちはどういう体制でカメラを回しているのですか? 藤本 僕たち2人ともカメラを回すし、2006年から一緒にやっている栗原良介カメラマンも撮影に加わっています。 影山 最初、3人で4台のカメラと言っていたのですが、私たち3人のほかに海上保安庁に抗議するカヌーチームの一人に防水カメラをつけてもらって撮影しました。陸と海から4台のカメラを回し続けたんです。 藤本 それと第2章からは、あと3人、20代30代の若いカメラマンが加わっています。キャンプシュワブゲート前と陸と海、県庁の知事の動きも見ていかなければならないので、とても僕たち3人では持たないとわかった。そこで、若いカメラマンでやってくれる人を増やそうということで、6人体制を作りました。僕と影山は拠点が札幌ですし、若いカメラマンも関西とかから行くことになるので、6人のスケジュールを綿密に打ち合わせて取材体制を作ったのです。「同時代」を映しながらそれを記録する「同時代」を映しながらそれを記録する ―人物インタビューもはさまず、現場での激しい闘いを近い距離からリアルに描くという手法ですね。 藤本 いろんなドキュメンタリーの作り方があると思うけれど、例えば多いのは誰か人物に焦点を当てて、インタビュー映像を使って、話を作っていくというスタイルですね。けれど、今回の圧殺の海シリーズではそういう作り方はしませんでした。実際に現場で起こった出来事、行動する人のアクション、現場の出来事で辺野古での現実を見せていくというようスタイルにしています。そういうやり方をダイレクトシネマというのですが、実際に起こった出来事で見せていく。セリフとかインタビューで説明するスタイルは取らないことは決めてありました。映画「圧殺の森 第2章『辺野古』」より インタビューも、ナレーションも、作り手がこういうことを言いたいということを登場人物に喋らせるという手法ですよね。だからある意味インタビューは説明です。でも、そういうのはやめようと思いました。 ―撮影したものをできるだけ早く編集して公開していくというやり方も特徴的ですね。 藤本 いわば寿司屋ですね。握ったものをその場で生のまま味わってもらう。 影山 編集に時間をかけ、十分宣伝してからと言っていたら沖縄の状況は変わってしまい、「今頃かよ」って映画になってしまうんです。 藤本 僕たちは「同時代を記録する」ということをやっているんですね。今起こっていることを起こっていることとして伝えていく。同時代を撮りながら、歴史的にはその時代を記録する。その時代の記録になるというようなことをやろうと思っているんです。例えば、500人機動隊を動員して、沖縄の民意がどうであろうと政府が決めた通りやるということが今、高江で起こっている。このまま行くと今年中にヘリパッドができます。今の国のこういうやり方は、今後全国で起こり得る。そのことを見せなければいけないと思うので、ヘリパットが出来てから公開するようなものでないと思うんですよね。見た人が現代史に関わるようなものとして映画を成立させたいんです。 影山 今、高江で行われていることは、とにかく政府の思った通りにやる、従わなければ潰す。違法にするというか。はっきりとそんなふうに見えますね。 藤本 すごい圧迫感がありますよ。2キロ位にわたって10メートルおきに機動隊をずらーっと並べて、阻止行動をする人が声をあげようとしたり何かアクションをしようとしたら、取り囲まれて地面に押し付けられて何も出来ないような状態です。土本典昭監督の教え「記録なくして事実なし」土本典昭監督の教え「記録なくして事実なし」 ―警察が映像撮影を妨害することはないのですか? 藤本 最近はないですが、でも例えば7月22日はそうでした。 影山 私たちだけではなくて、メディア全部、完全に排除されました。 藤本 何キロも先で全部止めて中に入れない。既に中にいる人間はしょうがないから、撮影している分には直接妨害することはないけれど、そこを一回離れたら二度と戻さないというような形で、撮影をなるべくさせないということはやっています。機動隊が「お前たちはメディアと認めない」と排除しようとするから、「あなた達が決めることではない、何を言っているんだ」と言ってそのまま撮るんだけど、何人かに取り押さえられて。現場から出されることもあります。 影山 撮影する際のフットワークが悪いと、「はい、そこ! プレス排除!」って言われ、すぐに排除されてしまうんです。 藤本 混乱すると、時には僕たちだけでなくて琉球新報とか沖縄タイムスなど新聞社も排除されます。 影山 琉球新報と沖縄タイムスはローテーションを組んで、常時現場に来ていますね。辺野古の取材にしても北部の人だけがくるんじゃなくて、那覇とか中南部の人も来て、今日は誰琉球新報と沖縄タイムスは一緒になることが多いですね。その沖縄2紙と森の映画社は臨時制限区域の中に抗議船があれば入りますけど、大きいメディアの方は入らない。実際の現場には彼らは近づかないことになっているのかな。中に入れば刑事特別法で逮捕起訴の対象になり得るからでしょうね。沖縄県の米軍普天間飛行場の移設先とされる名護市辺野古沿岸部=6月 藤本 そんなことを言っても入らなければ何も見えないんですよ。だから入るけれども、東京から来たような大きいメディアの人はそういうことがあったら困るから、あえて入らない。でも遠くから見ていたって何も見えないですよ。 影山 最近は陸の上から望遠撮影も多いですね。 藤本 とにかく現場で起こっていることを記録し続けようということです。土本典昭監督が常々言っていたことだけれど、「記録なくして事実なし」。記録されないものはいつか消えていくと。事実として存在するためには、記録されなければいけない。そういうことを我々はやっているんだとずっと言ってました。それは僕も非常に重要なことと思っています。インターネットで流しているだけでは残っていかない。それを作品としてまとめて、多くの人が見られる形にしないと残らないんです。そういうふうに考えているし、そういうことをやるのは我々の役目だと思っているんです。 東京では辺野古についてはある程度知られていますが、映画を観た人に「高江のことを知っていますか」と聞くと知っているのは3分の1とか半分ですよ。圧倒的に知られていない。だから知らせないといけないし、撮ったものを速攻で出していこうと考えています。 ※映画「高江―森が泣いている」は9月20日より大阪・シアターセブン、10月15日より東京・ポレポレ東中野と沖縄・桜坂劇場に続いて全国順次公開。映画「辺野古」も全国にて自主上映展開。詳細は「森の映画社」のHPを参照のこと。http://america-banzai.blogspot.jp/

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    高江のヘリパッドとノイジーマイノリティの雑感

    やまもといちろう(ブロガー、投資家) 世の中いろいろと興奮することがあるわけなんですけど、沖縄の事例なんかは特に興味深いわけですね。 最近だと、高江のヘリパッド建設で、左翼が集まってわいわいやっているのを見ると、ああそういう問題もあるんだなと思うわけですよ。TBSの報道特集や、NHKの番組を興味深く拝見しておるのですが、毎回沖縄の問題は起きるごとにああでもないこうでもないと騒いだ結果、結局何も解決しないで両陣営に腹立たしい思いが残る、という寄せては返す波のようになってますね。 もちろん、関係者同士は合意や妥結に向けての努力を続けているわけですが、150人程度の沖縄県東村の高江という集落の人々の生活を巡る問題や、沖縄に面積で見て過剰な負担を強いて日本の安全保障が成り立っているという実態については、本土で暮らす人間としてどうよりそうべきなのかなという気持ちは常にあるのです。沖縄県庁で、中嶋浩一郎沖縄防衛局長(左)に抗議する安慶田光男副知事=7月22日午前 どうしてもこの手の話はトロッコ問題というのが存在するわけでして、左翼の大好きな白熱教室的正義感の世界があります。150人の高江の人たちの生活と、日本の安全保障を考えたとき、公共の利益のために高江は犠牲になるという理屈をどう捕らえるか、みたいな話です。ぶっちゃけ、この手の話題は別に沖縄の米軍基地関連だけじゃなくて、原子力発電所から保育園の新規建設まで、あらゆるところに存在し、それが「政治過程だよね」という。 必然的に、筋論として沖縄にあるべきかみたいなことを左翼は言うわけですし、鳩山由紀夫元首相も沖縄県民に対して「最低でも県外」とか話がこじれ、期待を持たせたあとで、最終的に「やっぱ沖縄に」と鳩山さんが腰砕けになってしまうわけですよ。これには同情を禁じ得ないんですが、いわば「基地のない沖縄を」というスローガンも、つまりはそこに沖縄がある限り基地が欲しいよなという話になってしまうわけですね。で、沖縄である必要はない、みたいな取ってつけたような説明を真に受けて、九州南部や西部に米軍基地をという話が出てくるわけなんですけど、鳩山さんのときがそうだったみたいに「やっぱ駄目だわ」となるんですよ。そして、ふりだしに戻る。■普天間基地の移設問題を時系列で整理してみた で、肝心の日本国民はというと、この普天間基地や高江の問題については「興味なし」なわけです。検索キーワードで言っても30位内外、安全保障は大事だ、という国民はいても、沖縄の基地問題に興味関心があると回答する割合は、以前からだいたい一貫して0.8%ぐらいです。ぶっちゃけ、とても低い。ただ、低いからといって無視していい話であるはずもなく、そこに人が住み、生活しているからには彼らの生活の保障をどうしたら良いのかも含めて、善後策を考えないと解決なんざ絶対にしないわけですね。■沖縄の基地問題など、国防を考える3 辺野古の住民は基地移設を容認 ただ、そういう沖縄の基地問題が、なぜか左翼というか反権力、反国家の人たちのお祭り会場になっていたりするわけですよ。もちろん、平和は大事ですし、沖縄に基地を押し付けちゃいけないぞという理屈はそのとおりで、沖縄県民、とりわけ基地に隣接している人たちに不安な思いをさせてはいけないという大前提があったうえでですけど、どういう理由か反権力、反国家的な運動のひとつに組み込まれて、成田闘争みたいな状態に祭り上げられてしまうのはどういうことなのかと思うわけです。 出口なきイデオロギー論争になってしまうのは困りますし、状況が変わって話が二転三転するごとに政府も沖縄県民も振り回されているのを見ると、きちんと法的手続きをして、問題となる地域に住む人たちの生活の保障もしっかり行って、ダム建設での村閉めや用地収容を粛々とやるのが一番よいのではないかと思ったりもするんですが、どうなんでしょうか。まあ、そう簡単にいかないからいつまでも揉めているのかもしれませんが。(「やまもといちろう オフィシャルブログ」より2016年8月9日分を転載)

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    沖縄県民大会にみる「健全なナショナリズム」のカタチ

    古谷経衡(評論家/著述家)6月19日県民大会のパノラマ風景(筆者撮影) 6月19日に沖縄県那覇市で開催された「オール沖縄」主催による県民大会(正式名称『元海兵隊員による残虐な蛮行を糾弾!被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会』)に本土から参加した。 6月23日の沖縄慰霊の日(第32軍司令部玉砕)を前に、例年より早く梅雨が明けた沖縄は、炎天下の酷暑だった。参加者の中には、熱中症で救急搬送される高齢者もいた。それをしてでもなお、6万以上の県民が詰めかけたのである。 5月、元海兵隊員で米軍属ののシンザト・ケネフ・フランクリン容疑者による同県うるま市での女性強姦殺害・死体遺棄事件を受けて行われた今回の県民大会は、一向にやまない米軍や米軍属による犯罪、そして対米批判を躊躇する日本政府への県民の怒りが爆発したものだ。ほとんどの参加者が地元民~イデオロギーを持ち込まず、持ち込ませず~いわゆる「革新の動員」は少数ながら存在したものの、マイノリティであった(筆者撮影) 主催者発表で6万5千人となった今回の大会は、1995年の米兵3名による少女暴行事件を受けての県民総決起大会(参加人数8万5千)、2012年のオスプレイ配備反対集会(同10万人)に匹敵する規模となった。会場となった奥武山公園陸上競技場は、那覇市中心部からほど近い。 当初、「3万~5万人来れば成功」(オール沖縄幹部)との目算は、実際には大きく上方修正された。会場の外にも溢れんばかりの参加者の姿があった。6万5千の数字は誇張などではなく実数であることは間違いはない。 午後2時の開演を1時間前に控え、昼過ぎから続々と奥武山公園を目指す市民の姿があった。このような光景は、必ず日本本土の保守派、ネット保守から「本土からの左翼・革新勢力の組織動員」であると揶揄され続けてきた。 確かに、堂々と「中核派(革命的共産主義者同盟全国委員会)」のタスキをつけた中年男性が同団体の機関紙『前進』を配り、同じく「革マル派(日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派)」の機関紙『解放』を配布する者の姿もあった(ただし、それぞれ1名)。 私は革新・左派が中心とする決起集会を少なくない数、見学してきたが、例えば「○○県教委」「○○労組」等のむしろ旗が所狭しと翻る光景は日常である。そのような人々が、19日の県民大会に存在しなかったのかといえば、嘘になる。 しかし、彼らは著しく高齢化し、その資金力・動員力は時を経るごとに衰微している。首都圏ならいざ知らず、長躯本土から沖縄まで大量動員することができるほどの力は、すでに彼らにはない。 この大会を、「左翼、革新のイベント」であると喝破するのは、お門違いもよいところで、それは単なる反左翼、革新揶揄のイデオロギーに過ぎない。そういう人間は、現地を見ていない。怒りに左右なし怒りに左右なし 6月19日の県民大会参加のほとんどが地元民であった証左は、同公園併設の大型駐車場に所狭しと並んだ「わ」ナンバーではない、沖縄ナンバーの乗用車の存在である。そして大会最後に海瀬頭豊氏作詞・作曲による『月桃』が、参加者の大合唱で終わったことである。『月桃』は本土ではなじみが薄いが、沖縄では6月23日の慰霊の日にちなんで、学童その他多くの人々に親しまれている平和の祈りの歌である。 恥かしながら、私は『月桃』をこの時初めて、全編を聞いた。素晴らしい曲だと思ったが、慣れていないので斉唱できなかった。しかし私の周りの人々は、みな「六月二十三日待たず 月桃の花 散りました」と歌っていた。月桃の花は沖縄地方土着の白色花である。これは地元の人々による集会なのだと痛感した。 そしてこの県民大会には、イデオロギーは本来関係がない。うら若き女性が、米軍属に殺害されたことに対する怒りに、左翼も右翼もないのである。主催者はイデオロギーの発露に極端に気を遣っていた。少ないとはいえ、「本土から来た革新系活動家」のかかげるむしろ旗を、何度も降ろすようにとアナウンスがあった。殊勝なことに、彼らはそれに従った。追悼の場にイデオロギーを持ち込むな、というのである。この姿勢は終始、大会中、徹底されていた。 「オール沖縄」は、単なる左翼や革新による団体、集会などではない。 この手の集会につきものの、「アベ政治を許さない」の横断幕も物販も無かった。主催者はできるだけ喪に服すようにと、黒い服の着用を事前にアナウンスしていた。流石にそれを忠実に守る人は少なかったが、本当に喪服でやってこられた在沖のご婦人の姿を何度も見かけた。彼女らにイデオロギーは存在しない。怒りは、左右を超克する。筆者撮影(6/19)本来右派、保守派が参加するべき県民集会本来右派、保守派が参加するべき県民集会 私はこの県民大会に、右派、保守の立場として参加した。かけがえのない日本人同胞が外国軍属の手にかかるなど、民族的義侠心に火が付くのが自然のはずである。本来、この手の事件に最も憤怒するのは愛国者、タカ派、保守派でないか。しかし、この県民大会には表向きには保守系の人々の出足は鈍かった。県議会で中間派とみられる公明党も公の参加を見送っている。 日ごろから「日本人の誇り」「日本人の尊厳」を声高に主張する右派、保守派は、こと沖縄の米軍問題になるとそのトーンを数段弱くするばかりか、攻守逆転し「むしろ沖縄が悪い」と沖縄を日米同盟の障壁であるかのごとくふるまう言説が目立つ。 このような主に本土の「親米保守」の倒錯した理屈を目の当たりにし、「アメリカ・日本(本土)VS沖縄」という構図が出来上がるのは、悲しいかな仕方がない側面もある。本来「アメリカVS日本=沖縄」であるはずが、本土の「親米保守」が沖縄の怒りを代弁しないどころか、沖縄を敵視する姿勢こそが、沖縄の怒りにますます火をつけている。 「オール沖縄会議」共同代表の一人、玉城愛さん(21歳)に、大会閉会直後に話を聞くことができた。「私は、右派・保守の立場としてこの大会に参加したのですが、本来、右翼がもっとも怒らなければならないのに、それがまったく弱いのはなぜでしょう」という私の質問に対して、玉城さんは明瞭な答えを出さなかったが、「はい、本土の保守派が、アメリカの旗を振って、あれは、どうも…」と返して言葉に詰まった。「…」の部分は、「情けない」とも「醜い」とも解釈できよう。「私は反米ではない」「私は反米ではない」黙とうをささげる人々(パノラマ左)黙とうをささげる人々(パノラマ右) 私は続けて、玉城さんに質問をした。「今回のこの大会は、反米ナショナリズムの発露と解釈してよろしいか」と。玉城さんは、即座に「私は反米ではない」と返した。「アメリカ人の知人もいるし、周りにはアメリカへ留学した友人もいる。ただ分かって欲しい、沖縄が怒っているということを」。この言葉は重い。玉城さんに「私は反米ではない」と言われて、確かに私も感じる心があった。 私も正確には、明瞭な反米主義者ではない。アメリカ文化、アメリカの合理主義に見習うべき点はあまりにも多い。アメリカ文化の洗練性と彼らの親しみやすい性格には大きな好感を持つ。しかし、それ以上に私をいらだたせるのは、どんな国に対してであれ、不道理にはNOと言い、非道には激憤する、そのある種動物的な「怒り」の感情を忘れた卑小な日本人に対する苛立ちである。 同胞を強姦され殺され、その遺体を雑木林に埋められても、へらへらと笑いながら星条旗を振り回す、その同じ日本人の卑小さへの怒りが、玉城さんからは感じられた。そしてそれは、県民大会全体を包み込むある種の空気観であった。 「オール沖縄会議」の共同代表らは、登壇上で口々に「沖縄はまるでアメリカの植民地…」と言った。米軍基地が過度に集中する沖縄を「植民地」に例えるのは、悪く言えば陳腐化した表現だ。しかし、沖縄は本当にアメリカの植民地なのだろうか。アメリカ軍、軍属の不法に、素直に怒りのこぶしを上げる彼ら沖縄県人は、少なくとも精神の意味において植民地の奴隷人ではない。 真の植民地人とは、米軍基地や在日米軍から最も遠い、安全で快適な本土の、東京や神奈川の閑静な住宅街の自室で、稚拙なネット動画や「親米保守」言論人の言い分に寄生し、怒りの感情を忘れただヘラヘラと笑いながら星条旗を振りかざす本土の日本人ではないのか。彼らこそが真の意味での「植民地」に住まう人々なのではないか。隷属、という言葉は、彼ら本土の「親米保守」にこそふさわしい形容である。 排外でも、差別でもない。アメリカ人を全部叩き出せと言っているわけではない。ただただ不条理に対する怒りとNOの表明は、「健全なナショナリズム」の発露であると感じた。6月23日からの戦後6月23日からの戦後嘉数高台公園に残る日本軍の壕(宜野湾市) 午後3時半に県民大会が終わると、雲の子を散らすように6万の参加者は自宅に戻っていった。閉会1時間と経たぬうちに奥武山公園は平時に戻った。「右翼」の抗議や襲撃を警戒したのか、会場周辺に配置された沖縄県警の巡査たちも、出番らしい出番はなかったようだ。 那覇にはめぼしい米軍基地はない。那覇の街を歩くと、「まるでアメリカの植民地…」と「オール沖縄」が自虐する沖縄の被差別、被支配の構造は見えにくい。外出禁止令発令中の那覇の街では、昼も夜も米兵の姿は一人も見えなかった。そして少なくとも那覇は、本土の並みの地方都市よりはるかに発展しているし、嘉手納や普天間といった主要な米軍基地とも地理的に遠い。県内でも在沖米軍に対する感情には温度差があることは間違いはない。 海兵隊の全面撤退と、基地撤去を求めながら、「私は反米ではない」と言い放った玉城さんの言葉を胸に、私は沖縄県宜野湾市にある嘉数高台公園へと向かった。この嘉数は、沖縄戦で首里に総司令部を置いた第32軍隷下の第62師団等が、本島南部に侵攻する米軍に対し、地形を生かして肉弾戦法を挑み、米軍に大損害を与えた数少ない激戦地のひとつである。 現在の嘉数は、往時の激戦の爪痕は若干のトーチカ、銃弾跡と、この地を守備した京都府出身兵の御霊を顕彰する「京都の塔」などがわずかに建立するだけで、周辺は閑静な住宅地に様変わりしている。地元の子供たちが虫取り網を持ち、蝉取りに興じている。碑文がなければ、ここが激戦地であったことなど分かりようもない。嘉数高地から望む普天間基地(筆者撮影) 嘉数高台公園の中央部にある展望台に上った。ここからは、米軍普天間基地が一望できる。滑走路の脇には数十機のオスプレイが駐機しているのが遠目でも見えた。嘉数で戦傷した日本軍将兵6万名以上。私には、戦死した日本軍将兵が普天間米軍基地を睨み付けているような気さえした。 沖縄の戦後は、8月15日ではなく、6月23日から始まる。(2016年6月21日 Yahoo!ニュース個人「だれ日。」より転載)

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    報道にはすべて裏がある 沖縄の反基地感情にどう向き合うか?

    織田重明(ジャーナリスト) 「日米地位協定の抜本的な見直し、海兵隊の撤退・削減を含む基地の整理・縮小、新辺野古基地建設阻止に取り組んでいく不退転の決意をここに表明します」 本土よりひと足先に真夏の日ざしが照りつけた6月19日の沖縄県那覇市。市内の奥武山公園で開かれた、米軍属による暴行殺人事件に抗議する県民大会で挨拶に立った翁長雄志知事はこう述べてみせた。日傘やタオルで暑さをしのぎながら、知事の発言に耳を傾ける多くの聴衆を前に、知事の高揚感はひとしおだっただろう。最後は、「ワッターウチナーンチュヌ クワウマガ マムティイチャビラ(私たち沖縄の人たちの子や孫を守っていきましょう)」と沖縄の言葉で怒鳴るような大きな声をあげて締めくくってみせた。県民の怒りを自ら示してみせたということなのであろう。海兵隊の撤退まで言及 翁長知事はもともと革新の政治家ではない。むしろ、かつては自民党沖縄県連の幹事長をつとめ、保守出身をもって自ら任じ、「日米安保条約の大切さをよく理解している」と公言してきた人物だ。その翁長知事がついにここまで踏み込んだかと思わざるを得ない。日米地位協定の見直しや普天間飛行場の名護市辺野古への移設反対はこれまでにも翁長氏が再三にわたって主張してきたことと同じだ。注目すべきは、「海兵隊の撤退」に言及したことだ。海兵隊は、軍人の数にして在沖米軍全体の57%を占め、基地面積で73%になる中核的存在。その撤退を求めるということの意味が持つ重さを翁長知事は十分に理解しているのだろうか。 沖縄本島中部のうるま市でウォーキング中の20歳の女性が32歳の米軍属の男に暴行され殺害された上に、北部の恩納村の雑木林に遺棄された、痛ましい事件を受け、沖縄では反基地感情がこれまでになく高まっている。沖縄県内の県議会や市町村議会では日米地位協定の改定や基地の整理・縮小を求める決議が相次ぎ、6月3日付『琉球新報』は、沖縄からの全基地撤去を求める県民が42.9%に上ったとする世論調査の結果を掲載した。反基地の動きは辺野古移設に反対してきたレベルから県内にある基地全ての撤去を求めるまでになっており、もはやこれまでとはフェイズが違う。iStock 6月5日に投票が行われた沖縄県議選でも、辺野古移設に反対し、翁長知事与党でもある革新各党派が躍進した。この勢いのまま7月10日に投票が行われる参院選の沖縄県選挙区でも勝利をつかもうというのが翁長知事らのねらいだ。すでに自民党の現職の島尻安伊子氏(51)の苦戦は必至だと伝えられている。 県民大会が開かれたのは、まさにこうしたタイミングのなかだ。実行委員会の中心となったのは、革新各党派や労働団体などからなる知事の支持母体の「オール沖縄会議」。当初は超党派での開催を目指し、自民や公明、おおさか維新にも参加を呼びかけたが、参院選の公示を目前に控えたこの時期の開催は相手陣営を利するだけであり、事件を政治的に利用しようとするものとの自公やおおさか維新の反発を受け、超党派の開催を断念した経緯がある。 一部メディアの報道で、「被害女性の遺族は、事件が基地問題や参院選に利用されていると反感を持っている」などと報じられたこともあり、実行委員会もかなり気をつかったようだ。女性の父親のコメントを読み上げてみせ、参院選の革新側の統一候補となった伊波洋一氏(64)は会場に出席はしたものの、登壇して挨拶することはなかった。 超党派での開催とならなかった影響は他にもある。まず、大会への参加者の数だ。主催者発表では、6万5000人とされたが、県警などが独自に推計した人数では3万5000人程度だったと見られている。猛暑が影響したとの見方もあるが、1995年に沖縄本島北部で米兵3人が少女を拉致して暴行する事件が起きた時の抗議集会は超党派で開催された結果、最大都市の那覇市でなく宜野湾市が会場となったにも関わらず、8万5000人も集まったとされることを考えると、その差は歴然としている。地元紙記者も「会場となった公園に立錐の余地もないほど多くの県民が集まるのをイメージしていたが、隙間があちこちにあって正直言うと拍子抜けした。しかも本土の労働組合の関係者も目立っていた」と話していた。 さらに、自公が参加せず革新各党派が主体となった結果、翁長知事が冒頭のような踏み込んだ発言をせざるを得なくなることにつながったという指摘もある。県庁の幹部はこう述べる。柔軟な対応ができない状況に 「翁長氏が2014年の知事選で初当選した際の公約は、辺野古移設の阻止だけで、革新各党派が訴えるような海兵隊の撤退までは求めていませんでした。県民大会は、事件を起こした軍属が元海兵隊員だったこともあって『海兵隊の撤退』をスローガンとして掲げましたが、これに日米同盟への理解を示す翁長知事は違和感を感じ、出席を躊躇したようです。結局、支持母体である革新各党派に押し切られる形で出席を決め、『海兵隊の撤退・削減を含む基地の整理・縮小』という言いぶりをすることで、辺野古移設の阻止にとどめるとも海兵隊の撤退要求まで踏み込むとも、どちらとも取れる挨拶をすることにしたのです。選挙によって革新各党派の勢力が伸びれば伸びるほど、翁長知事はがんじがらめにされ、柔軟な対応ができなくなっているのです」 翁長知事の立場が奈辺にあるかはともかく、事件によって高まった県民の反基地感情にどう対応していくのか。沖縄県警の定員を100人増やすなど、米軍による凶悪事件の再発防止策が官邸主導で進められているが、根本的な解決策にはほど遠い印象は拭えない。政府は辺野古移設を推進するとの立場を崩しておらず、参院選後にも新たな動きが本格化するようだが、注視していきたい。

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    沖縄「高江」の機動隊導入 安倍政権が進める強硬姿勢の象徴

    猪野亨(弁護士) 沖縄県東村高江では、ヘリコプター着陸帯(ヘリパッド)建設工事に反対する住民たちは、2007年以降、工事をさせまいと反対活動を展開、道路に街宣車を置くなどして、工事を阻止してきました。オスプレイ利用が予定されていますが、オスプレイなど沖縄県民が求めているものでありません。このような危険な施設を住民が当然に受け入れなければならないということにはなりません。 生存権を掛けた闘いです。「沖縄・東村高江 緊迫する米軍ヘリパッド建設 辺野古新基地と強行連動」(赤旗新聞2016年4月25日)「民家を取り囲むようにして建設されるため、地元住民らは2007年から工事車両が出入りするゲート前で座り込みを続けています。昨年、2カ所の建設が完了しましたが、残り4カ所は一歩も進んでいません。」ヘリパッド建設に反対する人々を規制する警察官ら=7月22日、沖縄県東村高江 その工事が再開されようとしています。しかもそのやり方があまりにひどすぎます。安倍政権の対応は、参議院選挙が終わった途端に工事の強行ですが、選挙期間中に強行すれば、自民党公認の島尻安伊子氏の落選がその時点で確定するからです。工事の強行がなくても島尻氏は落選しましたが、それでも望みは持っていたのです。島尻氏を沖縄北方担当相にするなど露骨な選挙対策をしてきたことからもかなりの重点区だったわけです。 従って、選挙期間中に工事を再開するなどあり得ない選択肢でした。「沖縄県民を裏切った島尻安伊子沖縄・北方担当相 『私は大嘘つきだけど、カネをばらまく…かもしれないから票を入れてね』」 2007年以降、工事は中断されたままですが、この時期に再開を睨んでいたのは、安倍政権が力によって沖縄支配を実現するためです。昨年、安保関連法を強行採決して成立させ、日米軍事同盟の強化という国策のもと、沖縄がもっと頑強な抵抗を続けていることが許さなかったからにほかなりません。暴力による支配は恥ずべきやり方 その意味では、選挙結果によって島尻氏が再選したとしても、工事は強行されていましたが、何よりも島尻氏の落選によって衆参どちらも沖縄選挙区から選出された国会議員がゼロになり安倍政権への批判が象徴的に示されたことによって、より一層、安倍氏の逆鱗に触れることになりました。安倍氏にとっては屈辱以外なにものでもなく、改憲勢力が3分の2を超えたなどということで満足する安倍氏ではありませんでした。自分に抵抗する者は力によって屈服させることこそ、安倍氏が求めているものです。 それが本土からの大量の警察官、機動隊の導入というやり方です。「東村高江に機動隊500人 辺野古の5倍投入へ」(沖縄タイムス2016年7月13日)「県警も機動隊員と各警察署からの応援隊員、不測の事態を警戒する刑事らで250~300人規模の要員を確保し、本土の隊員と合わせ最大で約800人の警備体制を敷く見通しだ」 「高江の機動隊投入 『暴力団壊滅と同規模』 自民議席失い、政府強行」(琉球新報2016年7月18日)「一方、一部の警察、防衛関係者からは異論もある。警備関係者は『工藤会の壊滅作戦と同規模だ。重火器を持つ暴力団と一般市民を同一視するのは尋常じゃない』と苦渋の表情を浮かべ、特定危険指定暴力団工藤会の壊滅作戦で2014年に機動隊が約530人に増派された例を挙げ、同様に一般市民に対峙(たいじ)する政府の姿勢を疑問視した」 本土から沖縄支配のために警察官、機動隊を動員し、暴力によって支配を貫徹するというのは恥ずべきやり方です。このようなヘリパッドなどなくても全く困らなかったレベルのものです。安倍政権が意地になって沖縄での建設に固執しているだけです。そこには辺野古同様、抵抗は一切、許さないという安倍政権の強権姿勢の表れだということを知るべきでしょう。また、そのような安倍政権による沖縄に対する剥き出しの暴力を本土の人たちが黙認して良いのかどうかが問われている、これを忘れてはなりません。(弁護士猪野亨のブログ 2016年7月20日分を転載)

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    「在日米軍撤退なら中国は沖縄を獲りに来る」と専門家

     米共和党大統領候補・ドナルド・トランプ氏が2016年11月の大統領選で勝利し、大統領に就任し「在日米軍完全撤退」の道を選べば、中国は尖閣どころか沖縄を獲りに来ると軍事アナリスト・毒島刀也氏は指摘する。具体的にはどのような道筋をたどるのか? 毒島氏がシミュレートする。2015年9月の軍事パレードに登場した中国軍の無人機。日本政府が尖閣を国有化した2012年9月の前後に中国がたびたび無人機を使い、同諸島の地理データを収集したり測量したりしていたことが分かった=北京(共同)【2017年2月】〈トランプ大統領が執務開始。同年3月、海外駐留する米軍の引き揚げ交渉を開始。在日米軍は2019年12月までの完全撤退で合意。これを受け、中国政府は、沖縄→南シナ海→台湾を侵攻する「東方侵攻作戦」を策定。作戦開始日は日本の沖縄防衛戦力が整わず、東京五輪閉幕直後で大量の中国人が本土、沖縄に滞留しても怪しまれない2020年8月15日に決定した〉【2020年8月15日正午】〈沖縄各地に潜伏中のスリーパー(中国人工作員)が同時多発テロを仕掛け、県内は一時騒乱状態に。時を同じくして、中国共産党の息がかかった沖縄の極左団体“琉球救国委員会”が勝手に行った会見動画をネット配信し、中国に「沖縄の治安維持と独立支援」を要請。日本政府は騒乱に乗じた悪質ないたずらと見て黙殺したが、極左団体の“会見”は中国政府が周到に準備した作戦の一環だった〉【8月15日、日没後】〈観光客や留学生に偽装し沖縄に滞留していた中国軍特殊工作部隊が、複数の電気・通信施設を破壊。作戦には、企業研修や社員旅行を装い潜伏中の中国軍空挺部隊3個大隊(2100名前後)も加わり、自衛隊の各施設と警察署を奇襲。襲撃には、事前に海上密輸で沖縄県内に集積していた小火器、弾薬が用いられた〉〈日本国内閣総理大臣は直ちに自衛隊に治安出動を命じたが、空自の那覇基地をはじめとする沖縄の各自衛隊基地は中国軍空挺部隊の奇襲を受け使用不能。その隙を突いて、中国本土から複数の戦闘機、AWACSが沖縄上空に飛来する。九州の新田原、築城基地に配備中の空自機は航続距離の関係でスクランブル発進を断念。イージス艦も単体での対空戦を行えず、中国側が制空権を先取。 続いて中国艦隊(フリゲート、潜水艦、揚陸艦、上陸部隊、輸送部隊)の沖縄接近が確認されるが、海保と海自は大量の中国偽装船団に阻まれ、対応に苦慮〉【8月16日】〈占領された港湾に中国陸軍本体が続々と上陸。中国軍に制圧された沖縄県庁は「臨時琉球政府」を名乗り、戒厳令を発令する。一方、中国政府は「上陸した部隊は“琉球救国委員会”の要請に応じた沖縄解放義勇軍であり、中国政府とは無関係」と声明。 日本政府は引き続き沖縄奪還を図るが沖縄諸島の各部隊も身動きが取れず、急行した海自護衛艦2隻も中国艦隊により撃沈。この時点で日本側の犠牲者は官民合わせ500名を超えた〉【8月17日】〈中国の支配下に置かれた沖縄県知事、県議会主流派を首班とする「琉球臨時政府」が成立し日本からの独立を宣言。騒乱を収めるため中国政府に救援を正式要請。これを受諾した中国は、「琉球臨時政府への攻撃は中国への攻撃とみなし、容赦なく反撃する」と宣言。事実上の沖縄支配を開始した〉 このシナリオが現実となれば、初動を抑えられ反撃ルートも絶たれた日本は、事態を傍観するほかない。仮にその後、米国の支援を得て反撃に転じても、沖縄奪還までの代償は計り知れないものになる。 中国共産党支配下の沖縄ではさまざまな弾圧、粛清が行われ、多数の沖縄県民が犠牲になることは想像に難くない。トランプ氏がぶちまけた「米軍撤退論」は、日本の自主防衛の在り方を問い直す同盟国からの苦言と捉えるべきではないか。【PROFILE】毒島刀也●1971年、千葉県生まれ。航空専門誌の編集者を経てフリーランスの軍事アナリスト、技術ライターとして活動。主著に『戦車パーフェクトBOOK』(共著、コスミック出版刊)、『陸上自衛隊「装備」のすべて』(ソフトバンククリエイティブ刊)、『図解 戦闘機の戦い方』(遊タイム出版刊)がある。関連記事■ 中国の学者 「沖縄の主権は中国に属する」と叫び始めている■ 中国 来年の抗日戦勝70周年式典にオバマ大統領の参加を画策■ 韓国軍 ベトナム戦争で戦果を上げる勇猛部隊として知られた■ 中国 尖閣に異議唱えたのは石油埋蔵指摘された1970年代から■ 佐野眞一氏が数々の資料や証言で沖縄戦の悲劇に迫った最新刊

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    日米地位協定3条1項 日本の法律より米の都合優先を意味

     安倍晋三・首相は、伊勢志摩サミットで来日したオバマ米大統領と固い握手を交わした。「強固で対等な日米同盟」が世界にアピールされたが、日米関係の実像は戦後70年以上が経ってなお、「占領軍とその属国」ではないのか──米国との“不平等条約”をひもとくと、そんな現実を突きつけられる。 1960年の日米安保条約締結と同時に交わされた現在の日米地位協定(前身は1952年の日米行政協定)について、在日米軍基地問題に詳しい沖縄国際大学教授の前泊博盛氏が解説する。日米地位協定における米軍属の範囲見直しについて話し合われた両国間の会談。右側手前から5人目は岸田外相、左側手前から5人目はケネディ駐日米大使=7月5日、飯倉公館「在日米軍の地位と権利を定めたのが地位協定です。米軍人・軍属の公務中の事件や事故については日本の法律は適用されず、米軍法の裁判権が適用されるという“不平等条約”の側面がある。米兵たちを守るための約定ともいえます」 今回の事件は「公務外」とされ沖縄県警が身柄を確保できたが、協定の矛盾がクローズアップされたのが1995年に沖縄で起きた米海兵隊員らによる少女集団暴行事件だった。協定に基づき、米側は起訴前の容疑者の身柄引き渡しに応じなかった。 その対応への県民の猛烈な反発を受け、殺人や性的暴行などの凶悪犯の場合は米国政府が「好意的配慮を払う」と一部運用の見直しが行なわれた。「“好意的配慮”は米国の胸三寸」 しかし、元外務省国際情報局長でベストセラー『戦後史の正体』著者の孫崎享氏は「この“好意的配慮”を払うかは米国の胸三寸で、米軍が『配慮した』といったら、日本側は受け入れざるを得ない不十分なもの」と説明する。そして、日米地位協定におけるこうした排他的な権限を最も強く意識させる条文が「3条1項」である。 その条文にはこうある。〈合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、運営、警護及び管理のため必要なすべての措置を執ることができる〉「施設及び区域」とは米軍基地を指す。沖縄県をはじめとして日本全国には広大な米軍基地があるが、その敷地内には日本の行政権や警察権が及ばないことを示している。いわば“治外法権”を認めているのだ。「基地内は米国に管理権があり、日本の行政当局にとってもアンタッチャブルな空間です」(前出・前泊氏) 記憶に新しいのは昨年8月、在日米陸軍相模総合補給 (神奈川県)で起きた爆発火災だ。基地職員からの通報を受けて市消防隊員が駆け付けたが放水できず、鎮火まで6時間以上を要した。「倉庫に何が保管されているかわからず消火が遅れた。万が一マグネシウムのような物質があったら水と反応してさらなる大爆発になりかねないからです。管理権という協定の壁に阻まれ、基地の内情を日本政府も知ることができないと露呈した事故だった」(同前) 問題の核心はその先にある。米軍の権限が及ぶのは基地施設の「内側」だけではないのだ。基地の「外」においても同様の権限が認められている現実がある。 3条1項では米軍が基地に出入りする上での便宜を図るために、〈施設及び区域に隣接し又はそれらの近傍の土地、領水及び空間において、(日本国政府は)関係法令の範囲内で必要な措置を執るものとする〉と定めている。「必要な措置を執る」のは日本国政府であるため、字面だけ見ると米国の“治外法権”を認めていないと読める。 しかし2008年、国際問題研究者の新原昭治氏が米国で秘密解除された日米密約文書を公表。「関係法令の範囲内で」という文言については、「米軍側に不都合があれば『関係法令』の見直しを日米で協議する」と決められていたのだ。要は“日本の法律・権限より米国の都合を優先する”ということである。関連記事■ 米軍機が日本で事故起こしたら米は警視総監の立ち入り拒否可■ トモダチ作戦の見返りはおもいやり予算1880億円×5年■ トモダチ作戦 アメリカは中・ロに存在感見せつけたかった■ 米国防長官「尖閣に安保適用」発言にトリック 米軍派遣は別■ 三沢基地に配備された米無人偵察機 まるでエイリアンのよう

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    暫定和解案で始まった「翁長知事敗北」への道

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 国が沖縄県を相手取って起こした、辺野古埋め立てをめぐる代執行訴訟で、福岡高裁那覇支部(多見谷寿郎裁判長)の示した暫定和解案を安倍晋三首相が受け入れたことについて、沖縄のメディアは、「裁判によって辺野古移設の不当性がますますはっきりした」という論陣を張っている。「翁長雄志知事優勢」と伝えたいのだろうが、その論調に以前ほどの力はない。見出しは相変わらずスポーツ紙並みの沖縄タイムスも、記事の中身を精査するとプロパガンダ的な物言いは減って、「事態を静観したい」という思惑も読み取れる。他方、これまで翁長雄志知事の姿勢を非難し、国による代執行を歓迎していた県民のあいだにもある種の敗北感が漂っている。中には「国に裏切られた」という悔しさを露わにする人たちさえいるようだ。 一部に誤解があるようだが、国と県による暫定和解案の受け入れが直ちに決着につながるわけではない。国と県は和解案に従って協議を行うことになっているが、協議の場で決着がつくことは事実上想定されていない。協議の決裂を前提に、両者はあらたに起こされた違法確認訴訟などで闘い、最終的にはその判決に従う、というのが、暫定和解案の内容である。 裁判所による「和解案の提示」は誰もが予想しなかったが、そのショックで、親翁長派も反翁長派も最終的な判断に躊躇しているというのが事の真相だろう。「一体何が起こっているんだ?」という思いがあちこちで見え隠れしている。辺野古沖で再開された海底ボーリング調査=2015年3月12日午前、沖縄県名護市 が、筆者には両派の躊躇が理解できない。今回の和解案受け入れは「翁長知事の敗北」を前提とした和解案だと考えるからだ。知事による「辺野古移設黙認」はほぼ決定的になったと考えて差し支えない。和解案に伴う法的手続きの分だけ時間はかかるが、辺野古移設は今後も着実に進められることになる。 翁長知事が昨年10月13日に、仲井眞弘多前知事による辺野古埋め立て承認を取り消して以来、国と県との係争が続いてきたが、今回の暫定和解案は、代執行を目指してきた国の対応を、高裁が「不十分」と評価したことが背景にある。国は、昨年11月に、地方自治法第245条の8に基づき、国による代執行を前提とした県に対する「是正指示」を行った。噛み砕いていえば、「県が埋め立て承認取り消しを撤回しないなら、国が県に代わって撤回することになる。そうならないよう、今のうちに撤回しなさい」というのが245条の8に基づく「是正指示」の意味だ。 ところが、同法245条の7には、代執行を前提としない「是正指示」が定められている。245条の8で定められているのは、国による強権発動を県に対して予告する「是正指示」だが、245条の7は県の自主的是正に期待する「是正指示」だ。国は11月の段階で、245条の7ではなく245条の8を適用すると閣議決定し、県に対してより強権的な「是正指示」を通告したのである。なぜ国は245条の7を選ばなかったのだろうか。暫定和解案が意味するもの 理由は二つあると推定できる。ひとつは、翁長知事の埋め立て承認の取り消しを是正しないという「決意」が固いため、自主的な是正を期待する245条の7に基づく指示には従わないと考え、より強権的な245条の8に基づく是正指示のほうが効果的であると判断したということ、もうひとつは、245条の7に基づく是正指示に不服であれば、県は国地方係争処理委員会への提訴が可能となってしまうということ。245条の8に基づく是正指示であれば、県は不服であっても、規定により同委員会への提訴はできない。いきなり高裁に提訴するほかないのだ。ところが、245条の7に基づく是正指示の場合、県は国地方係争処理委員会への提訴が可能であり、それでも決着がつかなければ高裁に訴えることができる。要するに県は二段構えで国と対峙できるのである。国としては245条の8に基づく是正指示であれば、国地方係争処理委員会を経由せず、係争決着に要する時間を節約できると判断したのだろう。 ややこしさを回避するために付け加えると、昨年10月13日の翁長知事による埋め立て承認取り消しを受けて、沖縄防衛局は、一般に「民」が「官」の介入を相手取って争うために設けられた行政不服審査法に依拠しながら、石井国土交通大臣に審査の請求と効力の停止を求めた。これに対して石井大臣は、「承認取り消し」の暫定的な効力停止を命じ、いったん中断した辺野古移設作業をすぐに再開させる。翁長知事は、これを不服として国地方係争処理委員会に提訴したが、同委員会は、行政不服審査法に基づく行政上の行為は同委員会の審査の対象外であるとして門前払いしている。行政不服審査法と地方自治法を法令通りに解釈すれば、この門前払いは正しい対応である。これに加えて、上述の245条の8に基づく国の是正指示も同委員会の審査の対象外だ。つまり、国は、今回の係争が国地方係争処理委員会の審査対象になることにより、余計な時間がかかると予め判断して、一連の行政行為が同委員会の審査対象にならないよう配慮しながら行動してきたことになる。この時点までは、国の判断は念の入ったものだったといえるだろう。沖縄県名護市辺野古の埋め立て承認をめぐる「代執行訴訟」の第1回口頭弁論のため福岡高裁那覇支部に入る翁長雄志知事=2015年12月2日午後 しかしながら、多見谷裁判長は、国によるこうした時間節約の行為を「拙速」と判断し、暫定和解案を作成したのだ。245条の7を飛ばして245条の8を適用することは違法ではないが、2000年に施行された改正地方自治法には、「国と地方の関係は上下の関係ではなく対等である」という精神がこめられている。自治体の自主的是正に期待した245条の7を適用しないまま代執行の手続きに移ることは、法の趣旨を軽視することにつながる。その点を多見谷裁判長は危惧したのだと思われる。 だからといって、多見谷裁判長が、翁長知事の承認取り消しの「適法性」を認めたわけではない。今回の裁判は、仲井眞知事の埋め立て承認に瑕疵があったという沖縄県の主張の正当性を争うものだが、多見谷裁判長は訴訟の過程で、環境問題の専門家など沖縄県側の証人申請を却下している。これは、裁判長が「瑕疵」の中身まで積極的に踏みこむつもりはないと判断したことを意味する。言い換えれば、多見谷裁判長は、翁長知事の行為は、公有水面埋立法上の埋め立て承認に関わる要件からして、「違法性が強い」と見ているということだ。 和解がない場合、多見谷裁判長は「国の法律上の手続きには問題があるが、翁長知事の承認取り消しは違法」という、すっきりしない判決を下すことになっただろうが、時計の針を戻して(つまり、両者に仕切り直させて)、国には245条の7に基づく是正指示を行わせ、県には国地方係争処理委員会に提訴させた上で、あらためて裁判に持ち込むことになれば手続き的な問題は解消され、「翁長知事の承認取り消しは違法」というより明快な判決を下せることになる。前例のほとんどない裁判なので、判決が判例として長く参照されることを想定しながら、多見谷裁判長は暫定和解案を示し、問題の輪郭をはっきりさせようとしたのだろう。翁長知事にとって最善の選択 この「仕切り直し」には別の効果もある。工事の中断は和解条項の一つとなっているが、翁長知事は工事中断により「辺野古反対の実績づくり」ができる上、結論も先送りできる。そもそも知事は何らかの勝利への展望を持って、この事態に臨んできたわけではない。翁長知事の姿勢は、良くいっても、闘いながら国の失点や政治環境の変化をひたすら待っていただけ、悪くいえば、ろくに考えもせずに政治力学の海を漂っていただけだ。代執行訴訟の敗訴が濃厚な段階に入っていたから、ある種の「救済措置」であるこの機会を翁長知事が見逃すはずはない。行き詰まった知事に裁判所と安倍政権が手を差し伸べたかたちである。知事がこのまま敗訴したとしても「工事中断」という実績は評価される。少なくとも保守層の支持者から「翁長さん、よくやった!」という声がかかるようにするためには、知事にとって最善の選択だったのではないだろうか。辺野古沖で再開された海底ボーリング調査 =2015年3月12日午前、沖縄県名護市 代執行訴訟で翁長知事を叩き潰すつもりだった安倍政権にとっては、ちょっとした番狂わせとなったが、翁長知事をこのまま厳しく追い詰めるよりも、手を差し伸べて誘導するほうが得策と考えたことは間違いない。知事の影響力は低下しているとはいえ、依然として県民のあいだには根強い支持がある。知事に暴れ馬のような政治行動に訴えられると、5月のサミット、7月の参院選に影響が出る。そうした事態を回避するために、この和解案を利用しようとしたことは明白だ。また、多見谷裁判長が指摘したように、一連の裁判に国が勝訴しても、辺野古移設の設計に変更が生じた場合、再び知事の承認が必要となる。現状のままでは、設計変更に対して翁長知事の承認を得られない可能性が強い以上、移設作業は大幅に遅延する。場合によっては断念する事態も想定される。「普天間基地の危険性除去」を一貫して訴えてきた政府にとって、移設断念はもちろんのこと、大幅遅延も回避する必要がある。以上を勘案して、安倍首相と菅義偉官房長官は、暫定和解案を受け入れるという判断に至ったのだろう。 もちろん、設計変更などの際の知事の不承認に対して、国が訴訟を起こすことも可能だが、その場合は攻守が逆転する。つまり、国が劣勢になるということだ。多見谷裁判長は和解案の中で「延々と法廷闘争が続くことが予想され(中略)知事の広範な裁量が認められて(国が)敗訴するリスクは高い」と指摘している。これは、改正地方自治法の趣旨の下での知事の裁量権は、改正前に比べて大きくなっているという見解を示したものだ。 その見解に従って、多見谷裁判長は、仲井眞前知事の承認をおそらく適法と判断するだろう。「辺野古埋め立てが公有水面埋立法の要件に合致している」という仲井眞氏の判断は、知事という職に与えられた裁量権の範囲内にあるが、その裁量権は選挙による民意と改正地方自治法の趣旨によって保障されていると考えられる。逆に、翁長知事が「辺野古埋め立ての設計変更は、公有水面埋立法の要件には合致していない」という判断を下す場合も、その裁量権は選挙による民意と改正地方自治法の趣旨によって保障されたもので、その限りでは正当性がある。改正地方自治法は「国と地方は対等」という理念に貫かれているから、国の方針をいたずらに優先することはできない。したがって、国が訴訟を起こすと敗訴する可能性が生まれてくる。最終的には米国との同盟関係を重視した「統治行為論」に基づき、最高裁が半ば超法規的な判断を下す可能性(国が勝訴する可能性)もあるが、最高裁も、できることならそうした高度に政治的な判断には巻き込まれたくないはずだ。覆せない仲井眞知事の判断 ただ、いくら民意(選挙)に支えられた翁長知事であっても、仲井眞知事が過去に下した「埋め立て承認」という判断を覆すことはできない。なぜなら、仲井眞知事の判断も民意(選挙)と地方自治法を根拠にしているからだ。つまり、前知事の下した判断に対して、現知事が遡及的に介入することはできないということである。もっとも、前知事の下した判断に、誰が見ても明らかな違法行為や手続き上の瑕疵があれば、遡及的に介入できるかもしれないが、前知事の判断に「誰が見ても明らかな違法行為」を見いだすことはきわめて困難だ。もし、前知事の下した判断を現知事が覆す権限を持つことになれば、それこそ行政の継続性は保障されず、その都度その都度の民意も無視され続けることになりかねない。産経新聞のインタビューに答える沖縄県の仲井真弘多前知事=2015年10月、沖縄県那覇市内 知事の地位の法的正当性は選挙を通じた「民意」が保障するものだ。この民意こそ司法上の「民意」であり、辺野古のゲート前で陣取る人たちの行動は司法上の民意ではない。翁長知事がその権限によって示す意思決定は、選挙という場で表現された県民の民意に基づいている。したがって、国の設計変更を知事が不承認とする根拠は、県民の民意にある。同じように、選挙で選ばれた仲井眞前知事の意思決定も民意の表れだから、後になってそれを取り消すことは、民主主義のあり方を根本から否定することになる。多見谷裁判長は、概ね以上のように考えたと推定できる。 国が譲歩したように見える今回の暫定和解案受け入れだが、今もって国は翁長知事が違法行為をしていると判断している。しかし、その判断に固執することで、「普天間基地の危険性除去」という当初の目的の達成が再び大幅に遅延することになるから、ここではまず和解案を受け入れ、今後、一見迂回的に見える地方自治法第245条の7に基づく違法確認訴訟の場で闘う選択をしたほうが、「普天間基地の危険性除去」という目的達成のための近道であると考えたのだろう。 一連の和解条項のうち、もっとも重要かつ決定的なのは第9条項だ。「原告及び利害関係人と被告は、是正の指示の取消訴訟判決確定後は、直ちに、同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する」沖縄にとっての最大の問題 この条項は、国と沖縄県とが争う裁判を、地方自治法第245条の7に基づく違法確認訴訟のみに一本化し、その判決に国も県も従うと誓わせるものだ。翁長知事は「あらゆる手段を用いて辺野古移設を阻止する」という決意を述べてきたが、これ以上の知事の抵抗は、この条項によって制約されたと考えられる。無論、判決はまだ下されていないが、これまでの推移を見るかぎり、翁長知事は敗北を認めたのも同然の状態だ。翁長知事は3月9日の県議会で「設計変更の場合は承認しない」と発言したと報道されているが(実際には町田優知事公室長の発言)、和解条項には「同判決に従い、同主文及びそれを導く理由の趣旨に沿った手続を実施するとともに、その後も同趣旨に従って互いに協力して誠実に対応することを相互に確約する」と書かれている。翁長知事が議会でどのように発言しようが、判決に「設計変更の場合も承認する」という趣旨が反映されれば、そちらのほうを優先せざるをえない。辺野古訴訟の和解案受け入れを表明する安倍首相=3月4日午後、首相官邸 細部のスケジュールはともかく、首相官邸サイドと翁長知事サイドは、「知事の敗北」を前提に善後策の協議を開始するはずだ。和解案に定められた協議は、事実上、知事が矛を収めるプロセス、敗北後の知事の処遇、保守派間の亀裂の修復などに重点を置いたものになるのではないか。今後、多少の紆余曲折も予想されるが、いずれにせよ、共産党・社民党系と翁長系保守派の亀裂、つまりオール沖縄の亀裂はやがて決定的となるだろう。実際、7月の参院選でオール沖縄の候補として内定していた共産・社民系候補の伊波洋一氏を、翁長系保守派が引きずり下ろそうとして失敗したことも報道されている。 しかしながら、筆者は、こうしたシナリオ、いや「茶番劇」が滞りなく上演されたとしても、沖縄の政治経済の状況は、ほとんど改善されないのではないか、と考えている。普天間基地の危険性除去を目指して、長く停滞していた辺野古移設問題が動きだしたことは大いに歓迎すべきことだが、本質的な問題の解決には至りそうもない。 沖縄にとって最大の問題は、基地と振興策のリンクを認め、そのリンクを解消しながら、古めかしく脆弱な経済的社会的構造に抜本的なメスを入れることである。そうした問題意識がなければ、今回と同じような事態が今後も繰り返されるだろう。政府に過度に寄りかかる一方で、一般の県民を苦しめる公民格差・所得格差・貧困・失業などといった、それこそ命に関わりかねない深刻な問題を、沖縄の指導者はいつまで放置しておくつもりなのか。もはや、さっさと辺野古移設問題に決着をつけ、県民を苦しめる現下の問題に正面から取り組むべき時だ。

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    辺野古和解後、「オール沖縄」との戦いは琉球独立工作に移る

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)誰も予想しなかった政府の和解案受け入れ 3月4日、誰も予想していなかった判断を安倍総理が下した。辺野古移設の代執行訴訟をめぐって福岡高裁那覇支部が提示した和解案を受け入れることを決めた。決して口にすることもネットで発信する事も無いが、この一報を聞いて最も驚いたのは沖縄の自民党議員、そしてその支持者ではないだろうか? 1月24日に投開票が行われた宜野湾市長選挙にて自民党推薦の現職の佐喜真市長が再選を果たした。この選挙の勝利は翁長知事の「オール沖縄陣営」に大きな打撃を与えたからだ。 「オール沖縄」とは共産党、社民党などの革新政党と翁長知事を支持する一部の元自民党の統一勢力のことで、その実態は「反自民」である。「もし、自民党が負ければ、反自民である『オール沖縄』が本当のオール沖縄であるかのように報道され、沖縄の自民党の存在感が薄れてしまい、そのあとの選挙も全て負けてしまう」。だから自民党県連はこのような強い危機感をもって宜野湾市長選を戦ったのである。沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場と住宅地=1月17日 総力を上げた戦いは実を結び、相手候補に大差で勝利した。逆に「オール沖縄」が「オール沖縄」で無いことを実証したのだ。「オール沖縄」陣営にとっての宜野湾市長選敗北のダメージは大きかった。既に参院選候補として擁立が決まっていた元宜野湾市長の伊波洋一氏の出馬の見直しまで始めた。宜野湾市長選でそこまで沖縄の空気は大きく変わったのだ。自民党にとっては久しく経験したことの無い追い風ムードである。そのような中での移設工事を中断しての和解受け入れだったのである。 では、このような時期に何故政府は和解案を受け入れたのだろうか? 安倍総理の答えは、「政府と沖縄県が訴え合う状況は良くない」という考えからである。また、多くの新聞や雑誌では、「6月の沖縄県議選や夏の参院選への悪影響を回避するため」という見方が多い。筆者は両方真実だと考える。宜野湾市長選の勝利で追い風が吹いているが、これまでの方針通り工事を断行して選挙を迎えると、政府との対立構図を利用した「オール沖縄」陣営に有利なように選挙を進められてしまうかもしれない。最悪の場合は万一の敗訴という可能性も残っている上、更にこの対立構図に終りが見えない。そうであるなら、工事を1年程度遅らせてでも、和解というプロセスを経て訴訟を完全に終わらせてしまうほうが懸命である。 いわゆる「急がば回れ」作戦を選んだのだ。今回の合意で、安倍総理が最もこだわったのは、再び訴訟合戦にならないようにすることだ。国と県の和解で3つの訴訟は取り下げられ、沖縄県の翁長雄志知事による埋め立て承認取り消しの違法性を争う訴訟にいずれ一本化される。和解案は「新たな訴訟の結果が出たら双方が従う」というのが合意の前提である。反政府闘争基地として利用された沖縄の歴史反政府闘争基地として利用された沖縄の歴史 安倍総理の判断は100点満点中80点の評価が出来る。マイナス20点は辺野古移設の遅延によるもので、日米同盟が維持できれば合格点である。ただしそれには、沖縄が普通の自治体であればという前提条件が必要だ。翁長知事の誕生で沖縄は全国の日米安保破棄を狙う勢力の反政府闘争基地、もしくは日本共産革命闘争基地となっているからだ。共産革命を夢見る勢力は翁長知事の誕生に希望を抱き、翁長知事を支援、または最大限に利用しようと背後で蠢いている。ここで、重要なことは、彼等は日米安保破棄を目的にしているのであって、辺野古移設阻止を目的にしていないということである(現場で運動している人は阻止を願っている人も多い)。 戦後の沖縄は日本防衛の重要拠点であると共に、常に日米安保破棄運動の基地として利用されてきた。かつては沖縄県祖国復帰を闘争材料として日米安保破棄、在沖米軍の撤去を画策していた。1960年代に沖縄祖国復帰運動をリードしていたのは、保守勢力ではなく、共産党を中心とした安保闘争勢力だったのだ。その中核団体は「沖縄県祖国復帰協議会」である。この名前を聞くと沖縄を代表した団体だと誰もが思う。しかし、実はその中に沖縄自民党は含まれていなかった。今のオール沖縄と全く同じ構図だ。 つまり、復帰前は「沖縄県祖国復帰」をエサにして県民を扇動し、県民の総意を装って反政府闘争を行っていたのだ。そして、今は普天間飛行場の県内移設反対で県民を扇動し、県民の総意を装って反政府闘争を行っている。結局、日米安保破棄さえ実現できれば、闘争材料は何でもいいのだ。しかし、彼等は辺野古闘争だけでは日米同盟を破棄に持ち込めないと考え、2010年頃から新たな手法の闘争を始めた。それは琉球独立工作である。琉球独立工作へシフトする辺野古闘争 辺野古移設問題を琉球独立工作にすり替えるキーワードが3つある。それは「米軍基地の押し付けは沖縄差別」と「第二(三)の琉球処分」「沖縄の自己決定権の回復」である。次のようなストーリーで沖縄県民を扇動している。 「安全保障は日本全体で負担するべきなのに、沖縄が日本に復帰して40年経過してもいまだに沖縄に押し付けている。辺野古移設で沖縄の民意はNO!という結果が出来ているけど、日本の人口の1%の沖縄の民意は99%の本土の人の民意に勝てない。これは構造的差別(無自覚に差別をしてしまっていること。)である。沖縄の自己決定権がないがしろにされている。これは、明治維新前に沖縄は琉球国という独立国だったが、沖縄県の設置の時に滅ぼされたことと同じである。今こそ、沖縄の自己決定権を回復しなければならない」。 このストーリーでもっとも危険な言葉が「沖縄の自己決定権の回復」である。沖縄県民向けに発する時は、「自治権の拡大」のニュアンスで使っているが、国連など海外に発信するときは、self- determinationという英単語を使い、(先住民族の)民族自決権という意味で使われている。昨年九月、翁長知事が国連で「沖縄の自己決定権がないがしろにされている」と訴えたが、これは事実上の琉球独立宣言になっている。沖縄県民の全く知らないところで、沖縄県民は琉球独立運動に利用されているのだ。政府が警戒するべき最新の工作 今年1月の台湾総統選挙で、中国との統一派の馬英九総統が台湾独立派の蔡英文氏に敗れた。長い間台湾の統一工作を進めてきた中国共産党にとっては大きなダメージである。太平洋の出口として東シナ海の軍事覇権が欲しい中国共産党は、台湾の統一工作と沖縄の反米工作、琉球独立工作をセットで行っているはずである。台湾総統選で圧勝し、笑顔でガッツポーズする民進党の蔡英文主席=1月16日、台北(共同) その台湾で独立派・蔡英文氏の総統就任が決まったことで、中国共産党の頼みの綱は沖縄の翁長知事しか残っていないということになる。翁長知事をどのように操って、沖縄の米軍基地を撤去させるか、または、どうやって日米同盟に亀裂を入れ機能不全にするかということを考えているはずだ。今後、中国共産党による沖縄工作は加速することはあっても決して収まることはない。日本政府は、手段を選ばない革命闘争集団が翁長知事のブレーンとして付いているということを想定して対処しなければならない。翁長知事が知事の座にいる限り、政府に対する闘争は決して終わらないのである。政府が警戒するべき最新の工作 ここで、日本政府への報告のつもりで、最新の沖縄の琉球独立工作につながる不穏な動きを2つ報告しておく。まず、3月7日の琉球新報から<沖縄問題、国連に発信 国際人権法研究会が発足>という記事を紹介する。 基地問題など沖縄で起こっているさまざまな問題を国際人権法の視点で捉え、国際社会に訴えようと、研究者などでつくる沖縄国際人権法研究会が6日、発足した。今後、沖縄の自己決定権、環境権、女性の権利、社会権、表現の自由の五つの作業部会を設置し、国際人権法と照らした現状を調査・研究する。その上で、国連の人権理事会や各種審査会に、沖縄の人権侵害を報告する活動を展開する。 呼び掛け人は、高里鈴代、星野英一、島袋純、若林千代、阿部藹(あい)、眞栄田若菜の6氏。現在は十数人程度の参加だが、今後、30人ほどの会員参加を目指す。〜中略〜 また、沖縄の人々が今後、国連に人権問題を訴えていく場合、人権問題の解決を担っている、スイス・ジュネーブの国連高等弁務官事務所に沖縄から人を派遣して常駐させて人脈を築いて直接アプローチすることが重要とも提起した。 このニュースに隠されている重要なことがある。国連では2008年から沖縄県民は日本の先住民、マイノリティーだと認識されており、人権関連の委員会から何度も「日本政府は琉球沖縄の人々を正式に先住民として保護するべき」と勧告を受けている。よって、「沖縄の人権問題」とは、国連では「先住民である琉球民族の人権問題」として扱われているのだ。昨年はこのような中で翁長知事が国連演説を行った。先住民族のトップが人権理事会に差別を訴えに来たのだ。そして、今年3月、国連への琉球民族の人権問題の働きかけを強くするために新たな人権研究会が発足したということである。つまり、政府の想定通りに訴訟問題が片付いたとしても、「日本国内の法律では解決できない先住民の人権問題」として国連に働きかける可能性が大きいということである。敵は手段を選ばない もう一つ、非常に危険な動きが今年2月上旬に明らかになる。沖縄県の首脳部が、改正地方教育行政法が2015年に施行されたことに伴い、現在の沖縄県教育委員会教育長の諸見里明氏(59)が退任し、後任に県総務部長の平敷昭人氏(57)を起用する人事案を固めたというニュースだ。話は昨秋に遡る。9月15日に4つのNPO団体が諸見里教育長を訪ね、更なるしまくぅとば(沖縄の方言)の普及推進を行うよう、「しまくとぅば教育センター」の設置を要請している。以下要請書の抜粋を列挙して紹介する。<「しまくとぅば教育センターの設置」の要請書から抜粋>(1)「琉球処分」以来、およそ135年にわたり、沖縄県の学校教育では、琉球の言語、祖先が歩んできた歴史や文化に関する科目が導入されないまま目隠し状態が続いている。(2)国連のB規約(市民的および政治的権利)人権委員会(2008年10月30日)や人種差別撤廃委員会(2014年8月29日)も、沖縄県には言語問題、人権問題、教育問題があることを問題視し、日本政府にその対応を勧告している。(3)2009年のユネスコによる『絶滅の危機に瀕した世界の言語』の発表以来、しまくとぅばは日本語から独立した言語だと一般的にみなされている。(4)しまくとぅばが日本語とは別の言語であれば、外国語学習と同等な組織立てられた取り組みが必要とされる。(5)センターの事業として、まず表記法の制定、それに基づくしまくとぅば教本の開発・制作、しまくとぅば講師の養成いろいろな試みが考えられる。 要請書には、沖縄県の設置を日本による琉球民族の侵略であるかのように表現をし、学校でしまくとぅばを教育しないことを問題視している。その根拠には、日本政府が認めていない、2008年以降の「沖縄県民は先住民と公式に認めるべき」との国連委勧告を掲げている。これは、純粋な地方の方言教育ではなく、沖縄の子どもたちの日本人としてのアイデンティティを破壊し、更に本土とは異なる言語環境をつくり沖縄の文化圏を日本から切り離す意図が読み取れる。安倍晋三首相との会談後、記者団の質問に答える沖縄県の翁長雄志知事 =3月4日、首相官邸(酒巻俊介撮影) このような要請書が教育委員会に提出されたが、諸見里教育長は学校でのしまくとぅば教育に関しては否定的であった。ある自民党県議からの情報によると後任の平敷氏は翁長知事の言いなりになる人物だという。今後、沖縄の学校がしまくとぅば教育を始めようとした時に、文部科学省は毅然として止めさせる覚悟が必要である。敵は手段を選ばない 以上、一見うまくいきそうな辺野古移設和解だが、それは沖縄県が通常の自治体である場合の話だ。沖縄県庁は既に反政府闘争基地と化している。その背後にいるものは、翁長雄志が知事の間に後戻りできないように知事の権限を使って様々なことをやるだろう。敵は手段を選ばない。既に様々なところから巧みな工作が浸透しており、何も手を打たなければその時間だけ工作や県民への洗脳が進んでいく環境にある。 結局、辺野古和解のあとに待つ、「オール沖縄」という反政府闘争勢力との戦いは琉球独立工作にシフトしていくことになる。つまり今回の和解案は、「これで大丈夫」だと安心するようなら失敗し、次の琉球独立工作にしっかり対処できれば成功と評価される。政府・自民党は、琉球独立工作に関する国内外の動きについて各省庁を縦断して情報収集・分析をしていただきたい。そして、願わくば、純粋な県民が知らない間に反日日本人にならないように、そのような洗脳工作に対して1日でも早く対策を打っていただきたい。

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    辺野古和解、「三本の矢」だけで自民が勝ち抜けるほど沖縄は甘くない

    仲新城誠(八重山日報編集長) 安倍晋三首相は3月4日、米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐる代執行訴訟の和解を受け入れると表明した。国と県が争っていた3件の訴訟は取り下げられ、安倍首相は辺野古埋め立て工事を中止した。夏の参院選を見据え、一時的な政治休戦を選択した安倍首相の「奇策」である。しかし安倍首相、翁長雄志知事とも、辺野古移設の推進、反対姿勢を転換させる様子はなく、両者の対立構造は根本的には変わらない。 しかし参院選こそ、辺野古移設の行方を左右する天下分け目の関ヶ原である。自民党からは現職の島尻安伊子沖縄担当相、移設に反対する「オール沖縄」勢力からは元宜野湾市長の伊波洋一氏が出馬する。 島尻氏が勝利すれば、安倍政権は初めて「民意」を掲げて辺野古移設を着実に推進できるようになり、移設をめぐる環境は劇的に改善する。 伊波氏の当選なら、反基地派のゲリラ的な妨害活動が勢いを増し、辺野古移設は、ベトナム戦争のように泥沼化するに違いない。 では、島尻氏と伊波氏は単純にどちらが強いのか。前回の参院選沖縄選挙区では、革新系政党が分裂し、島尻氏が漁夫の利で辛うじて当選した。しかし今回は共産党が独自候補の擁立をやめ、伊波氏の支持に回っている。過去の得票データから推測する限り、伊波氏がやや優勢だ。 そうした情勢で、辺野古移設の工事を続行したまま参院選に突入すれば、何が起こるだろうか。沖縄メディアは「民意を無視し、工事を強行する安倍政権」に対する批判報道を連日のように繰り広げ、島尻氏のイメージは悪化の一途をたどるはずだ。安倍政権としてはこうした事情を勘案し、和解を決断したのだろう。 安倍政権が参院選沖縄選挙区の勝利にいかに執念を燃やしているか、沖縄からも、ひしひしと感じる。真っ白なスーツで出馬会見に臨んだ今井絵理子 「第一の矢」は、候補者である島尻氏自身の大臣登用だった。島尻氏は当選2回。過去に政務官を一度経験しただけで、沖縄には島尻氏より年長で当選回数も多い政治家がいる。二階級特進とも呼ぶべき大臣登用は、明らかに参院選対策の一環だった。 「第二の矢」は沖縄出身のタレント、今井絵理子氏の参院選比例での擁立だ。同じ女性候補として、官邸が島尻氏とのタッグを期待しないわけがない。ただし、比例で共闘する公明党との関係で、吉と出るか凶と出るか未知数だ。 そして和解が「第3の矢」である。県は工事の中止を勝ち取ることができるが、国は中止による移設の遅れというリスクを一方的に抱え込む。国の実質的な譲歩であることは間違いない。だから安倍首相は、2001年、当時の小泉純一郎首相がハンセン病訴訟の控訴断念で見せたような、一種のサプライズ効果を期待したはずだ。辺野古反対の世論を一挙に軟化させようと狙ったのかも知れない。沖縄メディア 変わらぬけんか腰 しかし反基地派の急先鋒である県紙「沖縄タイムス」「琉球新報」は、和解成立後もけんか腰を変えようとしない。 安倍政権が和解条項に基づき、翁長知事の埋め立て承認取り消しに対する是正指示を出したことに対し、琉球新報は3月8日「独善と強権に対抗しよう」と題する社説を掲載した。 「敗訴を恐れ、県との歩み寄りを演出しようとしたよこしまな思惑を自ら掘り崩す挙に出たことで、世論の反作用を引き起こすだろう」「新基地を止める手だては裁判以外にも多くある。県は臆せずに渡り合ってほしい」。 沖縄タイムスの同日の社説も負けず劣らずだ。「瑕疵を修正し是正指示に臨むなら、何より政府がしなければならないことがある。それは自らの非を認め、沖縄県と県民へ謝罪することである」。 沖縄メディアがこのような状況である限り、安倍政権としては、和解だけで厳しい世論を打開できそうもない。 さらに和解に対しては、身内の自民党沖縄県連からも不満の声が上がっている。副会長の翁長政俊県議は7日、石垣市で開かれた集会で「寝耳に水だ。まず当事者である沖縄の私たちに事前に説明がないと、有権者に説明ができない」と述べ、和解が官邸主導で、県連の頭越しだったと指摘。「官邸には注文を付けさせてもらった。自民党に対する信頼の揺らぎにつながる」と苦言を呈した。 これに対し、石垣市の中山義隆市長は「幸い和解になったので(翁長知事は)基地問題はいったん脇に置き、県民の生活に目を向けてほしい」と和解を前向きに評価した。 自民党が参院選比例で今井氏を擁立した際も、沖縄県連に事前の相談はなく、地元から批判の声が上がっていた。参院選に向けた安倍首相の「奇策」に地元も振り回されているのが現状だが、個々の政治家によって理解度や評価は異なる。 自民党沖縄県連としては、首相の参院選対策をどこまで肯定的に受け止め、一致団結できるかが今後のポイントになりそうだ。 いずれにせよ「三本の矢」だけで勝ち抜けるほど、沖縄選挙区は自民党にとって甘くない。いずれ安倍政権は第四、第五の矢を放つ必要性に迫られるのではないか。 沖縄が中国の脅威に対する最前線であることを考えると、米軍基地のあり方が問われる参院選は、国運を懸けた戦いになるかも知れない。 参院選に限らないが、八重山諸島の住民としては、尖閣周辺海域で中国の武装船が領海侵犯を繰り返す現状も含め、ぜひ「沖縄を守るにはどうすればいいか」を正面から議論してもらいたい。「米軍基地は迷惑施設だ」と叫ぶだけでは、どうにもならない過酷な現実が目の前にある。機関砲のようなものを搭載した中国海警局の「海警31241」(第11管区海上保安本部提供) 正直なところその点で、私は、のらりくらりとした「オール沖縄」には業を煮やしている。一方で保守系の政治家も、右翼呼ばわりされることを恐れ、安全保障問題の議論から逃げ続けている。 沖縄タイムスや琉球新報が支配する言論空間で育ち、憲法9条を金科玉条のように受け取っている多くの県民にとって、戦争や侵略の危険性を警告する私たちの声は耳に痛い。保守も革新も、どっちもどっちという気がする。 参院選で誰が勝つにせよ、尖閣を抱える八重山住民が聞くに値する政策論争を展開しようではないか。私たちは文字通り、島々と子孫の安心安全な未来を守るため、納得のいく候補に一票を投じるだろう。

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    辺野古訴訟和解で最も喜んでいるのは裁判所

    小林正啓(弁護士) 沖縄県名護市辺野古沖の埋め立て承認を巡り、国が沖縄県を訴えた裁判について、3月4日に和解が成立し、和解条項や関連資料が公開された。この裁判や背景事情について特に詳しいわけではないが、弁護士として和解条項をみた場合、非常に興味深い。和解条項は要するに、次の2点を柱にしている。(1) 国と沖縄県双方が、本県に関して提起した訴訟等を全部取り下げ、訴訟外での協議を行う。(2)一方で、沖縄県が行った埋立承認取消処分については、国と沖縄の双方が必要な法的手続を進め、協議が調わず裁判所の判決が確定した場合には、これに従うことを確約する。 市井の弁護士が日常関わる和解条項に比べると、(1)も(2)もあり得ない条項だ。まず、(1)は当事者同士で話し合う、という内容だが、そもそも話し合いができないから裁判になっているのであるし、双方取り下げて話し合うという約束を、通常は和解とはいわない。和解とは、紛争の終局的解決を意味するからだ。 一歩譲って、本件訴訟の当事者は国と地方自治体という、それぞれ責任ある公的団体だから、訴訟外で話し合うという和解もありとしよう。 そうだとしても、(2)はさらにありえない。なぜなら、一般国民や一般弁護士から見れば、裁判結果が出れば従うのが当たり前だから、わざわざ「判決に従います」という和解条項を設ける意味がないからだ。 この条項には、裁判所の強い政治的意図が込められていると思う。その意図からすれば、今回和解が成立したことで、最も喜んでいるのは裁判所ではないだろうか。 本件訴訟で和解が成立しなければ、裁判所は判決を出さなければならない。沖縄県敗訴の判決を出した場合、県は様々な訴訟を提起して国に対抗してくる可能性がある。これは、沖縄の米軍基地問題というきわめて政治的な訴訟に裁判所が巻き込まれることを意味するし、裁判所がこれをすべて退けた場合、国に対する沖縄県(民)の怒りは政府ではなく裁判所に向けられるだろう。国民全体から見ても、裁判所が政府の走狗に成り下がっているように見られかねない(既になってるじゃないか、という議論は措く)。他方、いかに国を勝たせたいと思っても、そうなるとは限らない。国の処分にミスが出るかもしれないし、知事には広い裁量権があるからだ。もし裁判所が国を敗訴させた場合、政府与党の裁判所に対する圧力が強まるおそれがある。ただでさえ、一票の格差訴訟や婚姻禁止期間違憲訴訟等で、風当たりが強くなっているのだ。つまり、このまま基地問題に裁判所が巻き込まれた場合、裁判所の政治的正統性なり権威なりが低下する可能性が高い。したがって、裁判所としては、本件訴訟で判決を出すことは避けたい。しかし、当事者間での協議がまとまらず、訴訟で決着する事態に再度至った場合には、文句を言わず従ってもらうための布石を打っておきたい。裁判所は、だいたいこう考えたのではないかと思う。 紛争が起きたとき、第三者に裁定を委ねる合意を「仲裁合意」という。和解条項の(2)は、「和解」ではなく「仲裁合意」だ。仲裁合意をとっておけば、文句があっても表向き口に出せない。つまり、国と沖縄県に対し、裁判所が独立かつ終局的な紛争解決機関であること(つまりは裁判所の正統性と権威)を認めさせた点において、裁判所がもっとも実を得たといえる。 もっとも、これですべての問題が解決したわけでは、もちろんない。裁判所にとっても同じことである。今回の和解成立は、たとえるなら、大坂冬の陣が終わっただけかもしれないのだから。(「花水木法律事務所」ブログより2016年3月7日分を転載)

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    南シナ海の緊張 辺野古の必要性を沖縄県民に訴えよ!

    西村眞悟(前衆院議員) 中国共産党の重要大会である第18回中央委員会第5回総会というのが二十六日から始まったその時に、アメリカ海軍は、南シナ海の「航行の自由作戦」(フリーダム オブ ナビゲーション)を実施したようだ。 習近平主席は、九月にアメリカで「スプラットリー諸島は中国固有の領土だ」と言い放ち、サイバー攻撃の加害国でありながら、被害国だと憎たらしく居直り、今月十月にはイギリスで「日本軍国主義の残虐性」を強調し、さらに、かの大英帝国に巨額資金援助をする大中華の頭目を演出して、意気揚々と共産党の第五総会に臨んだ。  そして、「航行の自由作戦」によって晒し者になった。 何のことはない、習近平とは、他国の領土領海を強奪するならず者国家の頭目に過ぎないではないか、アメリカに舐められているではないか、と。米海軍横須賀基地を出港するイージス駆逐艦ラッセン =神奈川県横須賀市(米海軍提供) アメリカは、一隻であるが、イージス艦「ラッセン」を出している。イージス艦は、空中、海上そして海中の複数の敵を同時に撃破できる。従って、中共が埋め立てている島の十二浬以内を悠々と航行する「ラッセン」の存在感は強烈である。アメリカ海軍のイージス艦のROE(ルール オブ エンゲージメント、交戦規定)は厳しいから、かつて、中共が、尖閣沖で漁船を海上保安庁の巡視船に衝突させたようなことはとうていできない。また航空機をイージス艦の上空に飛ばすこともできない。  要するに、東シナ海で中共が我が国に対してしてきたことは総てできない。この「ラッセン」の母港は我が横須賀だ。 前の通信で、我が国の海上自衛隊も、南シナ海でアメリカ軍と共同行動を執っていることを願ったのだが、  現在、我が国内は、マンションの杭の問題やらが連日トップニュースで、一億総活性化という一億で「ええじゃないか踊り」でも始めるような掛け声は聞こえるが、九月まで、あれほど熱心に我が国の安全保障問題に関心を示した国会は、現実の安全保障「事態」に対しては、あれはウソでしたと言わんばかりに関心を示さない。 つまり、あいつらは、「空論」は言うが、現実の問題には「無能」なのだ。これが我が国の現実なら仕方がない。はやくこいつらが国会からいなくなるのが国のためだ。 しかし、仕方がないとだけ言っていても仕方がない。そこで、辺野古についてだけ言っておく。 幸いにして辺野古は、中共の傀儡知事のお陰で「法的処理の世界」に入っている。従って、政府は、迅速に法的手続きを済ませ、断固として工事を進めなければならない。 その上で、南シナ海での事態が辺野古の必要性を如何に高めているかを国民に衆知させねばならない。特に沖縄県民に周知させねばならない。 官房長官や防衛大臣は、沖縄の街頭に立ったらどうか。シナの屏風を背景にして沖縄県庁であの傀儡知事と話をするのは無益だが、直に県民に訴えることは大いに有益である。 我が国政府の辺野古に関するこの断固とした姿勢が、我が国の抑止力を高め、南シナ海のイージス艦「ラッセン」のプレゼンスを高める。つまり、我が国の国際貢献に繋がることなのだ。 さて、南シナ海は、これからどうなるのか。マスコミには、専門家による、米中が「落としどころ」を探っているなどの解説がある。しかし、「おとしどころ」など探って見あたるのだろうか。  習近平の背景は、軍は軍閥化して汚職摘発で習に怨みをもつ分子も多い、習の暗殺未遂が発覚している、共産党組織は汚職に塗れている、中国経済は「自壊段階」に入っている、民衆の貧富の格差の増大は危険水域に入っており年間二十万件の暴動が起こっている。要するに、何が起こるか分からない、つまり自壊段階にある共産党独裁国家を相手にして、「おとしどころ」などあろうか。 ただ一つ、確実に言えることは、何が起こっても対処できるようにしておくこと、 つまり、戦いに備えておくことが死活的に必要である。 (西村眞悟の時事通信 2015.10.29分を転載)

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    沖縄の翁長知事を甘やかしすぎていないか

    西原正(平和安全保障研究所理事長) 3月4日、安倍晋三首相は米軍普天間飛行場の辺野古移設をめぐる翁長雄志沖縄県知事との「訴訟合戦」に対して福岡高裁那覇支部が提示した和解案を受け入れ、協議を復活させることとした。 安倍政権は、近づく沖縄県議会選挙や参議院議員選挙に当たって、積極的に沖縄の基地反対ムードを変える努力をし、基地移設の重要性に対する訴えを強化すべきである。 日米同盟の障害となる言動  そのためには、翁長知事の国防感覚の欠如が日本、特に沖縄の安全をやがて脅かすことになることを効果的に県民に訴える必要がある。本来は翁長知事も米軍基地の県外移設を煽るのではなく、厳しさを増す沖縄の安全保障環境を県民に訴える責務がある筈(はず)である。 中国の習近平国家主席はオバマ米大統領に「太平洋を二分し、東半分は米国の、西半分は中国の支配下におくようにしたい」と提案している。知事は時折、日米同盟は重要だと発言しているが、中国が西太平洋から米軍を追い出そうとしているとき、沖縄に米軍基地のない日米同盟とは何なのかを説明できるのだろうか。 昨年以来、日米ガイドラインの修正、平和安保法制の採択などで日米同盟は従来に増して強化されることになった。しかしこの強化に深刻な障害となっているのが翁長知事の言動である。 翁長知事は過去に北京を何回か訪問したとされるが、中国の要人に尖閣諸島は沖縄県の一部であることを一度でも説いたことがあるのだろうか。そういう報道はない。中国の公船が尖閣諸島に頻繁に接近することに怒りをぶつけず、米軍基地の県外移設に拘(こだわ)るのは県知事として失格ではないのか。沖縄本島や南西諸島の地政学的重要性を認識し、それを日米政府と共有する者が沖縄県知事になる最低限の要件であるべきだ。 2月7日の北朝鮮による弾道ミサイルの発射が先島などの上空を通過するといわれたとき、先島の人たちは自衛隊のパトリオット迎撃ミサイルの配備を歓迎した。米軍も警戒態勢に入った。翁長知事は「パトリオット迎撃ミサイルは十分なのか」と言ったそうであるが、そうであるならば、沖縄をどう守るのかに関しての議論に加わるべきではないのか。また北朝鮮によるミサイル発射予定が1日早まるとの通告があったとき、夜を徹してパトリオットの配備を遂行した自衛隊に対して、翁長知事は慰労の言葉をかけただろうか。自己過信に陥った政治家の失策 翁長知事の登場以来、安倍政権は沖縄県に譲歩をし過ぎた。県知事が辺野古移設反対を強硬に主張しても、安倍政権は沖縄県への振興予算を民主党政権時代よりも増額してきた。安倍政権が発足した後の平成25年度には3001億円だったものが、翌年には3460億円となった。安倍政権は平成33年度まで年3千億円台の予算を付けると公約している。 その間、首相は翁長知事が首相と同格のように振る舞うのを許してきた。首相、官房長官、防衛相がしばしば翁長知事のもとに足を運ぶことが、逆に知事を甘やかしていないだろうか。中谷防衛相(左)と会談する沖縄県の翁長雄志知事(右)=2015年5月9日、沖縄県庁 翁長知事も自己の政治力を過信し、辺野古移設反対を米国政府に訴えるため、昨年6月にワシントンに出向いた。しかし米国側からは、一様に「日米政府が決めたことを否定して一知事の意見を聞くつもりはない」と言われてしまった。当然である。これも日本国内で甘やかされ自己過信に陥った政治家の失策であった。 議会上院軍事委員会のマケイン委員長は2月3日の公聴会で、移設計画が歴代の知事の立場によって左右されているとし、「私や他の委員にとっての不満の源になっている」と述べている。翁長知事がこうして日米関係を複雑にしている政治的責任は大きい。 安倍政権は6月の沖縄県議選および夏に予定されている参院選を迎えるにあたって、沖縄の反基地ムードを少しでも変える努力をすべきである。沖縄の2大日刊紙、沖縄タイムスと琉球新報による基地問題に関しての誤った報道があれば訂正を要求するとか、沖縄県民向けに政府広報紙を出すとか、ホームページで政府の立場を魅力ある形で提示するとか、SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)を用いた活動をするのも必要であろう。 南西諸島は中国の太平洋進出を抑制できる戦略的位置にあり、沖縄県の有事には在沖米軍基地が重要な役割を果たす。現在、中国の公船や軍艦が尖閣諸島に接近はするが、南シナ海の岩礁のように占拠をしないのは、沖縄に補強されつつある自衛隊と米軍が駐留しているためである。 中国が南シナ海の岩礁を埋め立て軍事施設を配備し始めているのは、それを牽制する米軍が近くにいないからだ。つまり力の空白があれば、中国は勢力を拡大してくる。この点を政府はもっと効果的に沖縄の人たちに説明すべきである。政府が沖縄に対してすべきことはまだまだたくさんある。

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    自民党参院選戦略 今井絵理子氏婚約者問題で完全に裏目

     今夏の参院選を「憲法改正の最大のチャンス」と意気込む安倍晋三首相の選挙戦略に大きな狂いが生じている。自民党内のスキャンダルの連鎖が参院選の目玉候補にまで広がっているからだ。いまや首相のストレスは頂点に達し、官邸内に、「身体検査はどうなっているんだ」と怒りの声が飛んでいるという。 最大の誤算は本誌が報じた参院選の目玉候補、SPEED・今井絵理子氏の「婚約者の逮捕歴」問題だ。自民党大会で「君が代」を斉唱する歌手の今井絵理子氏=3月13日、東京都内のホテル「障害を持っている子供たちがより明るい希望をもてる社会づくりをしたい」 シングルマザーとして難聴の子供を育てる今井氏は出馬会見でそう抱負を語り、「女性が輝く社会」を掲げる安倍政権は彼女を参院選のシンボルとして全国比例に擁立することを決めた。 ところが、その今井氏は「婚約者」に足を掬われる。同棲相手で元風俗店経営のA氏が昨年3月、女子中学生を含む18歳未満の少女3人にみだらな行為をさせた容疑(児童福祉法違反)で那覇署に逮捕され、処分保留で不起訴になっていたのだ(本誌前々号既報)。本誌前号ではさらに、A氏から「うちの店で働け」といわれて売春をさせられていたという少女(当時17歳)の生々しい証言を報じた。 未成年の少女を風俗で働かせていた婚約者の行為は今井氏の出馬を妨げるものではないとはいえ、参院選の候補者という公人になる以上、彼女は婚約者の行為についてどれほど把握し、どう考えているのか、有権者に見解を明らかにする責任があるはずだ。この問題は地元・沖縄の自民党関係者の間でも大きな波紋を呼んでいる。「今井さんの出馬は県連に根回しがないまま党本部のトップダウンで決まった。米軍基地移設問題を抱える沖縄では参院選で自民党の島尻安伊子・沖縄担当大臣の苦戦が予想されている。 そこで党本部は地元出身のアイドル、今井さんを全国比例で擁立し、島尻大臣とセットの選挙戦で勝利を呼び込もうという戦略のようだが、完全に裏目に出た。沖縄の参院選は『選挙区は自民、比例は公明』と呼び掛ける自公共闘が前提だ。今井氏を比例で擁立すれば自公の票のバーターが成り立たないうえ、今井氏の彼氏のスキャンダルは肝心な女性票まで逃がしてしまう。党の選対本部は事前に彼氏がいるかどうか確認してしっかり身体検査をするべきだった」関連記事普天間基地の辺野古移設 安倍オバマ会談誤訳でメディア同調辺野古移設は日本の利権の話 米軍の要請ではなく国防無関係櫻井よしこ氏 鳩山政権の辺野古移設拒否は理解不能と指摘「沖縄では住民75%が日本からの独立希望」と中国紙報じる中国が「北朝鮮は自国領」と伏線張っていると櫻井よしこ氏

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    高須院長、沖縄の独立を心配「中国の気持ちがわかる」

    配なんだよ。もともと自民党員だったといっても、野党の支持を受けているわけだし、去年国連でやった演説も沖縄独立に傾いた内容だったみたいだし。おそらく翁長さんの本音は沖縄の独立なんじゃないかって思うんだよ。──たしかにそういう見方をするメディアも多いですよね。高須:で、沖縄は独立して上手いことやれば、ドバイみたいな観光都市になれるはずなんだよ。気候も良いし、観光資源も多いし。石油が取れなくて本当に貧しかったドバイが、あれだけリッチな都市になれたんだから、沖縄がああなるのなんてたやすいことだよ。そんな沖縄が独立するのは、日本にとってマイナスになりかねないからね。──日本と台湾の関係は良好ですが、沖縄に変な影響を与えるのは勘弁だ…という感じですね。高須:まさにそう。台湾は本当に大好きなんだけどねえ。──なるほど。ところで、今回の総統選で“独立派寄り”といえる蔡英文氏が当選したのは、中国にとっては痛手ですよね。高須:中国は最近よくないこと続きだよ。北朝鮮も言うことを聞かないで勝手に核実験やらミサイル発射やら繰り返すし。中国政府の内部は外から見るよりも混乱しているかもしれないな。もしかしたら、いきなり崩壊なんてこともあるんじゃないかな。だってさあ、中国民のなかで共産党を支持している人がどれくらいいるんだっていう話だよ。結局一党独裁で軍が強いから、どうにか成立しているだけだからね。一気に民主化が進んで、共産党が崩壊するっていうシナリオもありうるよ。──なんとなくソ連の崩壊に近い展開ですね。高須:そう。ソ連もそうだったけど、経済が不安定になると一気に崩れると思う。やっぱり大きな国はランニングコストがかかるから、一回資金がなくなると全部がダメになりやすいんだよ。景気が良いときは問題ないけど、景気が悪くなるとものすごくもろさが目立ってくる。特に中国なんて、もう近いうちにバブル経済が崩壊して、どうしようもなくなることがわかってるんだから。本当に危ないと思うよ。──中国の今の体制はどれくらい持つでしょうか?高須:5年くらい持てばいいほうなんじゃないの? その前に台湾が独立するかもしれないし、なんなら比較的景気が良い地域が中国という泥船から逃げるように独立するかもよ。上海あたりの独立なんかはあるかもなあ。 * * * 台湾の独立は歓迎しつつも、沖縄の独立を心配する高須院長。さらに5年以内の中国崩壊というシナリオを予想したが、果たしてどうなるか? 経済的には日本にも大きな影響があるはずなので、気になるところです。たかすかつや 1945年愛知県生まれ。医学博士。昭和大学医学部卒業、同大学院医学研究科博士課程修了。大学院在学中から海外へ(イタリアやドイツ)研修に行き、最新の美容外科技術を学ぶ。脂肪吸引手術をはじめ、世界の最新美容外科技術を日本に数多く紹介。昭和大学医学部形成外科学客員教授。医療法人社団福祉会高須病院理事長。高須クリニック院長。人脈は芸能界、財界、政界と多岐にわたり幅広い。金色有功章、紺綬褒章を受章。『ブスの壁』(新潮社、西原理恵子との共著)、『その健康法では「早死に」する!』(扶桑社)など。最新刊は『筋と義理を通せば人生はうまくいく』(宝島社)。関連記事普天間基地の辺野古移設 安倍オバマ会談誤訳でメディア同調辺野古移設は日本の利権の話 米軍の要請ではなく国防無関係櫻井よしこ氏 鳩山政権の辺野古移設拒否は理解不能と指摘「沖縄では住民75%が日本からの独立希望」と中国紙報じる中国が「北朝鮮は自国領」と伏線張っていると櫻井よしこ氏

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    今井絵理子を擁立した自民の「誤算」とオール沖縄への打撃

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 7月に行われる参院選挙(比例区)に、SPEEDの今井絵理子氏が自民党から出馬することが話題になっている。2月9日に自民党本部で開かれた記者会見では、聴覚障害を持つ長男の存在が背中を押したと述べ、「明るい希望をもてる社会」をつくりたいと決意を語った。 自民党本部には、若い世代にも知名度の高い今井氏の擁立によって若年世代浸透したいという思惑があるらしいが、狙いはそれだけではないという。今井氏の出馬が、翁長雄志知事の「オール沖縄」に打撃を与える、つまり沖縄県民の「辺野古反対」を弱める効果があると考えているようだ。 すでに「オール沖縄」の退潮は始まっている。1月24日に行われた宜野湾市長選で、翁長雄志知事の「オール沖縄」が支援する志村恵一郎候補が、6000票もの大差で現職の佐喜眞淳候補に敗れている。近年の宜野湾市における選挙の動向を見ると、共産党、社民党、社会大衆党(地域政党)といった「革新系」の得票は最低で約17000票、最高で約22000票となっている。投票率の高低に配慮しても、翁長氏の応援による得票はせいぜい3000票程度である。つまり、選挙の敗因は、保守系有権者をまとめきれなかった翁長知事側にあることは明らかだ。この選挙結果を、県内世論が「辺野古反対」一辺倒から変化しつつある兆候と捉えてよいだろう。  選挙以降、「辺野古反対」「翁長支持」の県民世論をリードしてきた沖縄タイムス、琉球新報の筆致にも元気がないが、県内二紙も世論の動向をじっくり観察する段階に入った可能性が高い。沖縄県名護市辺野古の埋め立て承認をめぐる代執行訴訟の第4回弁論の開廷を待つ翁長雄志知事(左端)ら=2月15日、福岡高裁那覇支部(代表撮影) 目下審理中の国による代執行訴訟でも県側の敗色は濃厚で、裁判所による、県に対して温情的な「和解案」も決定打とはなりにくい状況だ。県側は「工事中止・国との話し合い継続」という和解案に前向きだが、国は和解よりもむしろ判決を期待している模様で、両者の和解協議が成り立つのかどうかも微妙な情勢である。「知事と政府とのあいだで、すでに和解について合意が形成されている」という観測もあるが、国の対応を見るかぎり和解決裂に至る可能性が強い。万一、和解が成立した場合は、それがどんな内容であっても「オール沖縄」は崩れ去るだろう。国への「カード」が消えていく翁長知事 こうした情勢下で、沖縄県は6月に県議選、7月に参院選を迎えることになるが、地縁血縁がよりモノをいう県議選はともかく、参院選では「オール沖縄」が敗北する可能性が高い。参院沖縄地方区は、現職国務大臣(沖縄・北方担当)の島尻安伊子氏と元宜野湾市長で「オール沖縄」の推す伊波洋一氏の一騎打ちが予想されるが、宜野湾市長選後、「オール沖縄」の結束力も怪しくなっている。 たとえば、選挙の敗因をめぐって、保守系翁長派の呉屋守将金秀グループ会長(辺野古基金共同代表)が、志村陣営の選挙対策本部長代行だった伊波氏に「詰め腹」を迫ったことが伝えられ注目を集めた。「オール沖縄」に属する市町村長の足並みも乱れつつある。石嶺傳實読谷村長は、昨年12月、返還されるキャンプ・キンザー(牧港補給地区)の倉庫など一部施設の移設を「苦渋の決断で受け入れる」と村議会で表明している。規模は小さいが、これも普天間基地の辺野古移設と同様、移設条件付きの基地返還であり、両者ともSACO合意の返還プログラムに位置づけられた「基地の整理・縮小」のプロセスである。キンザーはイエスだが、普天間はノーという論理が説得力を持つかは疑問だ。 翁長知事は陣営の引き締めに躍起になっているが、裁判で敗訴した場合の次の手も含め、国と闘うための手札もしだいに見あたらなくなっている。 ただ、自民党の側にも「誤算」はありうる。自民党沖縄県連のレベルでは、公明党との選挙協力の関係で、一部の自民支持者に対して「地方区は島尻、比例区は公明党」と投票用紙に書くよう呼びかける予定だという。ところが、抜群の知名度を誇る今井氏の出馬で、「地方区は島尻、比例区は今井(自民党)」という票が増えるのではないかと懸念されている。これによって、公明党との選挙協力にヒビが入ると、今後「オール沖縄」側に足を掬われる可能性もある。自民党本部は今井氏を「オール沖縄」に対する刺客と考えているようだが、県連にとっては逆効果になるケースもありうるということだ。 とはいえ、保革相乗りの綻びが目立ち始めた「オール沖縄」の退潮のほうがより深刻で、順調にいけば参院選で自民党が勝利する可能性は強い。そうなれば、「オール沖縄」は瓦解しかねない。 実は「基地反対」の有力な論者のなかにも、「オール沖縄」に反旗を翻すような動きがある。前泊博盛沖縄国際大学教授や作家の目取真俊氏などは「撤去すべきは嘉手納基地」という注目すべき主張を展開し始めている。とくに前泊氏は「嘉手納基地の危険性は普天間基地の比ではない」として運動の転換を促している。敗色濃厚の辺野古にこだわり続けることに警鐘を鳴らしているともいえよう。翁長知事は「日米安保支持」の立場から嘉手納基地の必要性は公言しているから、こうした主張に与することができない。本物の「基地反対」と少々怪しげな「基地反対」とがいよいよ袂を分かつ段階に入ったと見てよいだろう。 いずれにせよ、この春から夏にかけての動きのなかで、翁長知事と「オール沖縄」が正念場を迎えることだけは間違いない。

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    世代が違う「ニュー沖縄」 翁長知事を脅かす今井絵理子の存在感

    仲新城誠(八重山日報編集長) 沖縄出身の芸能人たちが勃興してきた時代、私は20代前半で、沖縄の大学を卒業したばかりだった。東京から遠く離れた石垣島にいて、テレビで熱狂的に報じられる安室奈美恵やSPEEDを見ながら、単純に「沖縄出身でもこれほどのスターになれるのか」と思った。彼女たちの出現以前は、沖縄出身で目立った芸能人はほとんどいなかったからだ。ましてや紅白歌合戦のような大舞台で沖縄人を見るのも稀だった。沖縄出身のスターが珍しくなくなった昨今の芸能界を見ると、隔世の感がある。 彼女たちより10歳ほど上の私は、沖縄復帰前の世代がいまだに深刻に訴える、本土からの「差別感」が癒やされる道のりを、この目で見て育った。 米軍支配の苦難から脱し、政府の沖縄振興策を背景に、インフラ整備がみるみる進み、県民は見違えるような豊かさを享受できるようになった。沖縄の自然や文化が全国的に見直され、観光客や移住者がどんどん増えた。今や沖縄は世界屈指のリゾート地に成長し、本土の人たちから憧憬の眼差しを向けられるようになった。 自民党が参院選比例代表に擁立したSPEEDの今井絵理子氏(32)は沖縄復帰から11年後の1983年に生まれた。沖縄が背筋をぴんと伸ばし、世界に向けて胸を張り始めた「ニュー沖縄」の第一世代である。基地負担の歴史を沖縄戦から説き起こし、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設を「沖縄差別だ」と切り捨てる翁長雄志知事とは「世代が違う」のだ。 私は復帰直後の生まれなので、上の世代の屈辱感も、下の世代のプライドも等距離に理解できる。要するに、二つの世代の狭間で生きてきた。 今井氏が当選すれば、翁長知事がシンボル的な存在になっている「旧来の沖縄」に対し「ニュー沖縄」の世代が初めて国政に進出する。沖縄で支配的な反基地の風潮に迎合せず、安全保障問題できちんとした政策の柱を堅持すれば、翁長知事への対抗軸として大きな存在感を発揮し得るだろう。自民党の参院選比例代表候補に決まり、手話を交えて記者会見する「SPEED」メンバーの今井絵理子氏(中央)=2月9日午後、東京・永田町の党本部 今井氏や、その世代が沖縄の基地負担に鈍感だというわけではない。自らが背負って立つ沖縄像の違いである。それは「本土対沖縄」という構図で語られる沖縄ではない。「日本の中の沖縄」または「日本の最先端をゆく沖縄」でもあるように感じる。 今井氏は障害を持つ子どもを育てているということで、訴えは福祉政策がメインになりそうだが、安全保障問題はなるべく避け、あえて翁長知事との対決を避けるという中途半端な姿勢であれば、有権者としては物足りない。単なるタレント候補で終わってしまう懸念もある。 沖縄の市町村では20代の議員や40代の首長も珍しくなくなったが、国政レベルでは、そこまで若返りは進んでいない。沖縄出身の30代女性が国会議員になった例は過去にない。今井氏は比例代表なので、当選しても活動が沖縄に限定されるような国会議員になるわけではないが、若者、しかも女性の社会進出という点で、沖縄社会にも大きなインパクトを与える可能性がある。 実際のところ、私が聞いた範囲では、沖縄でも本土でも、今井氏は「沖縄」というイメージで見られているようだ。そこで、今井氏には沖縄選挙区で3選を目指す島尻安伊子沖縄担当相と連携した選挙運動が期待されている。自民党は前回衆院選で、県内4つの選挙区すべてを落としており、国政選挙で巻き返す意義は大きいが、実は大きな問題点がある。 沖縄の選挙では自公の選挙協力が重視され「選挙区は自民、比例は公明」と呼び掛ける運動が一般的なのだ。島尻氏が会長でもある自民党沖縄県連としては公明党の手前、比例で今井氏を応援するわけにはいかないのである。 今井氏の擁立は自民県連にとって寝耳に水だったようで、関係者は「報道があった時、すぐに公明党との関係がどうなるか心配になった。支持者からも県連に抗議の電話があったと聞いている」と暗い表情を見せる。 辺野古移設に反対する「オール沖縄」勢力は元宜野湾市長の伊波洋一氏を擁立した。「オール沖縄」は宜野湾市長選で敗れたが、参院選が天王山と見て、必死の巻き返しを図っている。 島尻氏はただでさえ反基地派から落選運動の標的にされており、参院選はかなり厳しい選挙になるとの見方が一般的だ。自民県連としては島尻氏の3選のため、自公協力をぜひとも成立させたいところであり、比例では今井氏を支援する党本部との板挟みになる可能性もある。 ただ、参院選の自公協力に関しては、もともと不透明な面がある。沖縄の公明は辺野古移設に反対しているからだ。 辺野古埋め立てを承認した仲井真弘多前知事が翁長氏に大敗した要因の一つに、公明が支援を見送ったことが挙げられている。一方、宜野湾市長選では、候補者が辺野古移設の是非に言及しないことを暗黙の前提に、自公協力が成立した。閣僚でもある島尻氏が参院選で辺野古容認を明言しないことは考えられず、沖縄の公明は難しい選択を迫られる。 しかし、沖縄の公明が辺野古反対をかたくなに貫くあまり「オール沖縄」の候補が選挙で勝っても、政治的には何の得にもならない。沖縄の公明は、いずれかの時点で支持者にきちんと説明し、辺野古容認に舵を切るべきだ。しかし、このタイミングでの今井氏擁立は、逆に公明の反発を招き、辺野古容認の機運を遠のかせる危険性がある。島尻氏としては、自公協力と今井氏との連携をどう両立するか、重い課題になりそうだ。 島尻氏が勝利すれば「オール沖縄」は事実上の終焉となるはずだ。翁長知事の権力基盤は崩壊し、2年後の知事選で、自身の再選も危うくなる。 自民の今井氏擁立は公明との関係では劇薬だが、奏功すれば沖縄の大きな転換点になりそうだ。

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    宜野湾市長選の敗北 「翁長時代」終わりの始まりか

    野嶋剛(ジャーナリスト) 「ギノワンチュー、ウシェーテー、ナイビランドー」 意外な一言を、沖縄県の宜野湾市長選挙から4日ほど経った宜野湾市での現地取材で、市民の一人から「こんな風に私らは今回の選挙のことを言っていたんですよ」と聞かされた。どこかで聞き覚えのある言葉なのだが、最初は何を言っているのかよく分からず、少し考えて、ハッとした。 これは琉球語で「宜野湾の人を、ばかにしては、いけません」という意味である。 同時に思い起こしたのが2015年5月、那覇市のセルラースタジアム。反辺野古新基地建設のための県民集会で、集まった3万人の人々に、翁長雄志知事が吐き出した言葉は「ウチナンチュー、ウシェーテー、ナイビランドー(沖縄の人を、ばかにしては、いけません)」だった。このとき、安倍首相に向けて放たれた翁長知事の一言に会場がぐらりと揺れた感覚は、きっと生涯忘れないだろう。おそらくは沖縄政治史に刻まれる一言である。Rodrigo Reyes Marin/アフロ それから1年と経たないいま、ところを変えて、今度は、翁長知事に向けて、ブーメランのように、この言葉が語られていたとすれば、あまりにも皮肉な話である。しかし、今回の宜野湾市長選における「オール沖縄」陣営の立てた志村恵一郎候補が喫した予想外の大敗を説明するには、辺野古問題を強引に争点にしようとしたオール沖縄陣営に対する「宜野湾の人を、ばかにするな」という市民の感情抜きには、どうしてもうまく説明がつかない。 宜野湾市には、辺野古移設問題の原点である海兵隊の普天間飛行場がある。人口はおよそ10万人。その市長選で、志村恵一郎候補は、自民・公明が推す佐喜真淳候補に、得票率で10ポイント以上、票数で6千票近い差をつけられた。事前の「接戦」予測を大きく裏切る惨敗だった。 翁長知事と「オール沖縄」陣営が、宜野湾市民にここまで拒否された理由は決して複雑なものではない。それは「戦うべきではない選挙で、戦えない候補を持ち出し、戦えない戦略で戦った」からだった。見通し甘かったオール沖縄 翁長知事サイドが宜野湾市長選で候補者を立てようとした動機は、辺野古予定地での着工手続きをめぐって裁判で戦っている安倍政権に、反辺野古の結束の強さを見せつけることだった。来るべき6月の県議選、夏の参院選(あるいは同日選)に向けて、選挙の年といわれる2016年を勝ち抜くキックオフにしたかったのである。沖縄県、辺野古の地元・名護市、普天間飛行場のある宜野湾市。この基地問題のトライアングルを固め、日本政府の訴訟攻勢への反証にしたい思惑があり、勝利の後は、翁長知事、名護市長、宜野湾市長の三者で訪米するというプランも立てていたとされる。 世論の流れを読むことに長けた翁長知事は、もともと自身の選挙も他人を応援する選挙もともに強く、「無敗の翁長」の伝説もあるほどだった。加えて、自身の知事選を含めて、反辺野古を掲げた2014年の選挙では連戦連勝。自分が乗り出せば勝てる、という計算があったはずである。見通し甘かったオール沖縄 だが、宜野湾市は、普通に考えれば楽に勝てる場所ではなかった。長年の革新市政の下、市内の経済開発は大きく停滞。4年前の選挙で革新候補を破った現職の佐喜真氏は就任から積極的に経済開発にも取り組み、宜野湾市は明るさを取り戻しつつあった。市民の間には当然革新市政への拒否感が残っており、共産党も加わるオール沖縄はその点でも不利を抱えていた。 加えて、擁立した候補の志村氏は、父親が元県議会議長という血筋はあるが、政治家の経験は浅く、「あいさつでも原稿をつかえながら読み上げる姿にがっかりした」と宜野湾の人々は口々に語っていた。要は、タマが今ひとつだったのである。一方、佐喜真陣営はこまめに若者や女性の活動や集会に顔を出し、実際はディズニー系のホテルに過ぎない「ディズニーリゾート誘致」をできるだけ大きく宣伝して人々の経済的関心を引きつけていった。 オール沖縄陣営のある県議は筆者の取材に、こう振り返った。 「我々は保守から革新まで異なる背景の人々が集まったグループなので、勢いがあるときはいいが、守りに入ると弱い。その欠点が出た選挙だった。本音を言い合い、突っ込んだ情勢分析ができる選対ができていなかった」 宜野湾という地の利、候補者の人の利でともに不利であるところに加えて、今回の選挙でオール沖縄陣営は、普天間基地の移設に賛成しながら、辺野古移設に反対する「矛盾」への回答を明確に説明しきれなかった感がある。 政治は有権者を説得するゲームである。利益誘導やしがらみが地方選挙では目立つと言われているが、有権者は見るべき点はちゃんと見ているものだ。「理屈」が通らない話をされても、判断能力のある市民にごまかしは効かない。 沖縄県全体の選挙であれば、あるいは、何とかなったのかも知れない。しかし、普天間基地を抱える宜野湾の人々は、代替基地を辺野古に造れない場合、普天間返還そのものが雲散霧消しかねないリスクがあるという冷たい現実を十分に意識している。その点を明確にせず、普天間移設と辺野古拒否の両方をセットで宜野湾の人々に納得させるのは難しい。“辺野古隠し”で切り抜けた現職陣営“辺野古隠し”で切り抜けた現職陣営 一方、現職陣営は普天間の返還、その跡地の活用というところで議論をとどめ、辺野古については「容認」でありながら、可能な限り、触れないようにした。それは反対陣営が批判する「辺野古隠し」かもしれないが、自治体の将来を占う市長選で宜野湾の人々が責任を持つ話ではないことも確かだ。 こうして考えれば考えるほど、辺野古移設反対を唯一の旗として結集したオール沖縄陣営にとって、非常に戦いにくい選挙だったことが分かる。今回、明確な黒星を付けられるより、候補者をあえて出さない「不戦敗」という選択肢もあったはずだ。オール沖縄陣営が、候補者擁立に突っ込んでいった理由は今ひとつはっきりしない。 ただ、過去の選挙でオール沖縄陣営は連戦連勝、沖縄県内のメディアや言論界も翁長県政支持でほぼ一色に染まっている。辺野古移設を止めるための「辺野古基金」も5億円を超える資金が集まった。この勢いなら勝てるのでは、という漠然とした判断が根底にあったのではないだろうか。その強引さが、冒頭の「宜野湾の人を、なめないでほしい」につながったように思える。 沖縄県の政界では、今回の敗北をどう受け止めるのか、意見が二分されていた。オール沖縄の勢いが削がれ、ターニングポイントになるのではという悲観論と、宜野湾市長選の敗北は特殊事情であり、オール沖縄の優勢には影響しないという楽観論だ。結論を出すにはまだ早いが、いまの沖縄で強く感じるのは、辺野古問題以外で沖縄県民の未来につながるビジョンや政策を、翁長県政が打ち出せていない問題である。沖縄経済は全国的に見ても苦しい状態にあり、貧困家庭の割合はなお圧倒的に高い。沖縄県民の実感は、辺野古も大事だが、ほかにも大切なことがある、というバランス感覚を取り戻しつつある。選挙戦は沖縄政治の分水嶺になり得る いま日本政府が、ディズニーやUSJなど派手な「経済振興策」を掲げて攻めてくるなら、県民のニーズに基づく地に足のついた翁長県政のビジョンを示さなくてはならない。だが現段階の翁長県政は人事も政策も辺野古最優先と選挙の論功行賞の部分が目立ち、「辺野古以外」の評判は芳しくない。 沖縄国際大学(宜野湾市)の佐藤学教授(政治学)は「翁長知事サイドには見込み違いがあったのではないか。この選挙は沖縄政治の分水嶺になりかねない」と指摘する。 「オール沖縄の候補者の知名度が低く、翁長知事が無理をして前面に出たことで、逆に宜野湾の人々を白けさせてしまった。2014年は県民の怒りを買った仲井眞前知事という悪役がいた。それなくして翁長知事の個人的なアピール力で勝てる条件は長くは続かないことを今回の選挙は示した。県民の辺野古反対の民意は消えてはいないが、今後は保守層や若者を現実的・具体的な方策で説得することができないとオール沖縄陣営は苦しくなるだろう」(佐藤氏) 大きな政治の流れが、小さな地方選挙の結果から、覆されていくことを何度も目撃してきた。今回の宜野湾市長選の敗北が「翁長時代の終わりの始まり」になるかどうかは、敗北を受け止め、翁長知事を含めてオール沖縄陣営に油断や慢心がなかったかを真摯に振り返り、翁長知事が辺野古反対だけではない政治家であると県民に改めて信じさせられるかにかかっている。のじま・つよし ジャーナリスト。1968年生まれ。朝日新聞入社後、シンガポール支局長、台北支局長などを経験。著書に『ふたつの故宮博物院』(新潮選書)、『ラスト・バタリオン 蔣介石と 日本軍人たち』(講談社)、『映画で知る台湾』(明石書店)など。

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    2月9日はネタを3連発もSPEEDで出した自民党デー

    新田哲史(「アゴラ」編集長、ソーシャルアナリスト) どうもニュー・ライスフィールドです、、、じゃなかった、新田です。センテンススプリングこと週刊文春による号砲一発で、自民党的にはあわやマスコミや世論の集中砲火を浴びせられそうになるところ、昨日はたった1日でいろいろありすぎて、そのスピードっぷりに小生のBody&Soulも付いていくのがやっとな本日です。“予言”が的中したイクメン議員の不倫報道 まあ、自慢するつもりは毛頭ありませんが、宮崎議員が週刊誌のエジキにされる恐れについて、White Loveなクリスマスの余韻が残る年末に“予言”しておりました。 週刊誌界隈は年明け一発目のスクープを狙い、政治資金の流れの分析であったり、「本当に育休を取る必要があるのか」夜の行動をカメラマンに追跡させていたりしそうです。宮崎議員が留意すべき「広報の罠」 http://agora-web.jp/archives/1665142.html 宮崎センセの奥様の金子先生は大学時代のサークルの1年後輩ということもあり、私なりに老婆心ながら危惧するものがあって書き置いていたわけですが、残念であります。まあ、今や天下無双のセンテンススプリングに目をつけられちゃ詰んだも同然。甘利さんの時と同じくトラップ説もあるのですが、たとえハニトラであったとしても引っかかる方が悪いので、ご愁傷様としかいいようがないです。金子さんがあまりに気の毒。。。陰に隠れた感のある“歯舞”問題 そして、昨日は文春砲の炸裂が午前からお昼にかけてでしたが、自民党発で参院絡みの話題が2連発ありました。まずは、宮崎議員のおかげであまり注目されずにすんだのが、こちらです。【共同通信】島尻北方相、「歯舞群島」読めず 会見で「はぼ、何だっけ」http://this.kiji.is/69623846227363318 ご案内の通り、島尻センセが北方領土の担当大臣でありながら「歯舞」諸島の漢字が読めなかったわけですが、前の前の前の前の総理をお務めになられ、現在は財務省界隈におられる某ゴルゴな重鎮がその昔、漢字が読めなくて炎上したのを彷彿とさせます。「民王」ファンとしては、きっと沖縄のユタに言わせれば、その瞬間、誰かと入れ替わっていたに違いない(キリッ)、なんてジョークも差し上げたいところですが、これが2009年総選挙前の自民退潮の折なら、ワイドショーで格好のエジキになっていたはず。しかし野党は不甲斐なく、総務大臣が放送停止の最終兵器をチラ見せするご時世なので、某元ゴルゴ総理が出火した時ほど延焼は見られないのではないでしょうか。東京・永田町の自民党本部 そして、午後になると、自民党さん的には明るい方の話題、参院選目玉候補の今井絵理子さんの出馬会見です。 いやはや、事前に報道があって出るんだろうとは思ってましたが、どうしても彼女と政治が結びつかず、記者会見の写真やら動画を初めてみて、ようやく実感した次第です。朝日新聞デジタルは動画付き、産経新聞は詳報。SPEED今井絵理子さん立候補表明 参院選に自民から(朝日新聞デジタル)http://www.asahi.com/articles/ASJ2956XLJ29UTFK00M.html今井絵理子氏の出馬会見詳報(上)「政治は希望だと思います」http://www.sankei.com/premium/news/160209/prm1602090012-n1.html 手話を交えた出馬会見というのが、映像メディア的にも活字メディアの写真的にも「画」になる演出。「シングルマザー」「障害者」を含めた“1億総活躍”のストーリーのシンボルとしても打ち立てようという思惑がめっちゃ分かりやすい。今井絵理子さん出馬の「裏ストーリー」を適当に妄想今井絵理子さん出馬の「裏ストーリー」を適当に妄想 ただ、午前中に話題を振りまいた島尻大臣との関連で見ると、彼女の出馬の裏で描かれているアナザー・ストーリーが見えてくる気がします。 島尻さんは今井さんの出身地である沖縄選出(1人区)で、この夏に3期目に挑戦します。しかし、ご本人は仙台出身のヤマトンチューで、ウチナンチューの一般有権者に受けがいいとは言えない。前回選挙は25万票で当選しましたが、社民推薦の2位の候補が21万票。一見差があるようですが、3番手の共産候補が5.8万票。つまり単純計算で「オール野党」連合の票を足すと彼女を上回ってしまいます。 まあ、6年前は民主党政権下で、共産党が独自路線の時代でしたが、その後、沖縄の政治情勢はご承知の通り、左派系野党が一致団結した「オール沖縄」の翁長雄志さんが知事選で36万票をかき集め、与党が推した現職の仲井眞弘多氏(26万票)に完勝。今度の選挙戦は、翁長知事の支援を受けた元宜野湾市長の伊波洋一氏との事実上の一騎打ちと目されおり、予断を許さない情勢です。 参院選の比例選は非拘束名簿式なので、有権者が「今井絵理子」と書けば自民全体の票にもなるわけですが、自民サイドとしては、SPEEDブームに熱狂した全国のアラサー有権者だけでなく、沖縄県民の大衆人気を少しでも獲得し、6月の沖縄県議選、そして本番の7月参院選(ダブル選挙の可能性も?)に弾みをつけるための「空中戦」ネタとして、今井さんを位置づけているのではないでしょうか。 そして、与党側が巻き返しに成功した先日の宜野湾市長選で指摘されていましたが(参照;現代ビジネス)、「地上戦」のカギになりそうなのが、与党でも野党でもない「ゆ党」として存在感を発揮しつつある、おおさか維新の下地幹郎先生の票がどう動くか。今度の参院選では維新候補は立つ予定はなく、前回の知事選で7万票弱あった「下地票」を、与党サイドとしては何が何でも取り込みたいところ。今井さんの人気と知名度で掘り起こした無党派と若年層の票とハイブリッドしようとしてるのかな、と、沖縄選挙の素人なりに妄想&激しく傍観しております。参院選後へ「Go! Go! Heaven」なのか? ただ、沖縄の受け止め方はどうでしょうか。この日夜の沖縄タイムズのトップページは今井さんの出馬でしたが、見出しはこれ。SPEEDの今井絵理子氏、出馬会見 辺野古賛否明らかにせずhttp://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=153359 やはり「選挙区内争点」である基地問題を今後ますます突っ込まれそうですし、過去にツイッターで、安保法案に反対をほのめかす発言をしていたことも朝日の記事では漏れなく指摘されております。まあ、今井さんの知名度ですからご本人の当選確率は高いでしょうけど、「島尻再選」の裏ノルマも課されるであろうことを考えると、その意味では選挙後に向けて「Go! Go! Heaven」でノリノリ楽勝ムードではなさそう。まあ、参院選の取材関係を本気でするのはまだ先なので、あくまで現時点で思うことを徒然と書いてみました。各党の皆様、よろしくお願いします。 しかし、世の中、長期金利が初のマイナスとなり、世界各国で不況の足音が聞こえているこの頃、選挙前に話題がこんな与太っぽい感じでいいのかしら、政治に希望を感じづらいこの頃です。(「新田哲史のWrite Like Talking」より2016年2月10日分を転載)

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    今井絵理子の参院選出馬が「オール沖縄」にとどめを刺す

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)全ての不安を払拭させた手話を交えた記者会見 2月9日、自民党本部は夏の参院選挙の比例代表の新たな候補者として、ダンスボーカルグループ「SPEED」のメンバー、歌手の今井絵理子氏(32)の公認を決定し、夕方に記者会見を開催した。記者会見には今井氏本人と茂木敏充選挙対策委員長、後援会長を担う予定の今井氏の母校・八雲学園の近藤理事長、そして、今井氏を1月18日から芸能人出身の先輩として参議院選挙への出馬の説得にあたった山東参議院議員が同席した。 今井氏は手話を交えながら、自らが参議院選挙に立候補を決意した理由をゆっくりと語り始めた。「21歳の時に息子が聴覚障害を持って生まれてきたこと」「障害を持つ息子と出会って歌の世界しか知らない自分が初めて障害者の世界を知ったこと」「同じ障害の子を持つお母さんたちと出会ったこと」。それが、「障害を持っている子供たちが、より明るい希望を持てる社会作りをしたい」と思うに至った事が立候補を決意した理由だという。その決意を後押ししたのが、お母さん方の後押しする声や、11才の息子の「ママ、手話をたくさんの方々に広めてほしい」という言葉だったという。出馬会見を終え、笑顔を見せる茂木敏充選挙対策委員長(左から2人目)と今井絵理子氏(左から3人目)ら=2月9日、東京・永田町の自民党本部(福島範和撮影) 数日前から自民党が今井氏を擁立に動いていることが報道されていたが、その時点ではネットは自民党支持者からも彼女の擁立を不安視する様々な声が流れていた。「彼女に政治がわかるのか」「芸能人の知名度依存の候補擁立は自民党員として失望した」「プチ戦争なら賛成みたいにみえると安保法制を反対していたのに大丈夫なのか?」「当選することは確実だが、当選後はちゃんと面倒見れるのか?」などの声が見られた。恥ずかしながら筆者も不安視した言葉をFacebookに発信した中の一人である。 しかし、2月9日の今井氏の記者会見で、それら全ての不安はふっとんだ。おそらく彼女の落ち着いた出馬の決意表明、そして記者からの質問に対して一つの失言も無く、そつのない回答をする姿に多くの方は直感的に「彼女なら大丈夫」と思ったのではないだろうか。また、彼女の立候補の決意は単なる人気頼みの出馬ではなく、息子の障害を利用して同情票を集めた出馬でもないということを多くの人が感じたのではないだろうか。今井氏座右の銘『焦らず、比べず、諦めず』の背景 最も心配だった「プチ戦争」についての記者からの質問に対しても彼女は見事に回答した。記者:以前、ツイッターで「どこかプチ戦争には賛成!みたいに見える」とつぶやいた。当時は審議の真っ只中だった安全保障関連法を批判しているようにも読めるが、このメッセージに込めた意味は?今井氏:「私は沖縄出身です。沖縄は唯一の地上戦があって、たくさんの県民の方々が犠牲になったという話を、おじいちゃんやおばあちゃんの皆さんから聞きました。そこで私は『二度と戦争はしちゃいけない。平和を守らなくてはいけない。みんなの命を守らなければならない』と強く感じました。しかし、平和を願うだけでは守れないというのも現実です。一昨日、北朝鮮のミサイルが飛んで、沖縄の上空を通過したときに緊張が高まりました。万が一のための備えは必要だと思います。ですが、それは戦争をするためではなくて、平和を守る、みなさんの生活や命を守るために必要なことだと思います」 この回答は、安全保障を重要視している自民党支持者だけでなく、「基地が無いほうが平和になる」と学校で教えられてきた沖縄の若者の票も逃さない見事な回答だった。今井氏座右の銘『焦らず、比べず、諦めず』の背景 記者会見の今井氏の言葉には、人格からにじみ出る芯の強さを感じた。彼女のそのような人格を形成した背景を見てみたい。今井氏は1983年9月、沖縄県那覇市小禄で生まれた。安室奈美恵やMAXを輩出したアクターズスクールに通い、1996年8月に上京しダンスボーカルユニットSPEEDとしてCDデビュー。今井氏13才のときである。3年8か月の活動を経て2000年3月に解散。その短い間にシングル11枚、アルバム6枚の計17枚、ミュージック・ビデオ4本をリリース。2000年からはソロ歌手として活動した。 2004年6月には結婚、10月には男の子を出産した。その男の子を礼夢(らいむ)と名付けた。夢を持ち礼儀や感謝の気持ちを大切にして欲しいという願いを込めたという。出産から3日後聴覚スクリーニング検査の結果、医師より礼夢君の両耳の聴力に異常があることを告げられた。病名は高度感音性難聴ということだ。それは内耳や聴神経の障害であり、音の電気信号を脳へ伝える神経が上手く働かない病気のため、補聴器で聞こえるようなることは無いという。今井氏はこの子に自分の歌声を一生聞かせて上げることが出来ないことに大きな衝撃と悲しみを受けた。その日は、涙がこんなに出るのかと思うぐらい泣いた。泣くだけ泣いたあとに何故か自然と「耳の事で泣くのは礼夢に失礼だからやめよう」と誓っていたという。自公選挙協力への影響に動揺する沖縄自民党県連 それ以来、そのかわりに沢山の笑顔が生まれたという。礼夢君の耳の障害は聴力だけではなかった。歩行の発達にも大きな影響があった。三半規管に影響があるため、体のバランスを取るのが難しいのだ。歩けるようになったことには2才を過ぎていた。2008年から聾学校に通い親子で手話を学んだ。今井氏にとってもゼロからの手話の勉強だった。親子で手話を学ぶことこそが親子のコミュニケーションを取る唯一の方法だった。その後今井氏は再びSPEEDとして歌い始める決意をした。それは礼夢君に歌を聞かせるためである。音の聞こえない礼夢君だが彼女が歌っているときには楽しそうない表情をしているという。彼女が子育てを通して学んだ座右の銘があるという。その言葉は『焦らず、比べず、諦めず』という。また、記者会見の最後に彼女が語った言葉は、沖縄でよく使われる言葉だが一味違う。今井氏:「私の好きな言葉で『なんくるないさ』という言葉があります。それを皆さん、ちょっと誤解しているかもしれないんですけれども、これは『頑張れば何とかなるよ、乗り越えられるよ』という意味です。そういう沖縄の精神というのも沖縄の魅力の一つだと思っています」礼夢君との親子物語を描いたコミック&フォトエッセー「おやこ劇場」の発売記念イベントを行った今井絵理子=2011年4月17日自公選挙協力への影響に動揺する沖縄自民党県連 報道では、今井氏と参議院選挙沖縄選挙区から出馬する島尻安伊子氏との連携を想定しているとのことである。つまり、今井氏の知名度を島尻氏の集票力につなげるということである。自民党本部による今井氏の擁立は沖縄の選挙は絶対に落としてはならないという決意が見える。そうであるなら、今井氏には6月に県議会議員選挙が控えている沖縄には応援演説に入ってもらい、そのまま勢いをつけて夏の参議院選挙に突入する作戦があっても良いような気がする。しかし、現場の自民党県連では具体的な話は全く決まっていない。実は今井氏の擁立は自民党本部主導で行われており、自民党県連の関係者もニュース報道で初めて知ったということである。 単純に考えれば、今井氏にどんどん沖縄に入ってもらえれば、「オール沖縄」体制を崩すことができるような気がするが、現実はそう単純ではない。その足かせになっているのは自公選挙協力体制である。先月の宜野湾市長選挙では、2014年の名護市長選挙以来ギクシャクしていた自公選挙協力体制が再び強固なものに戻った。佐喜真市長が再選を果たしたのは様々な勝因があるが、公明党の組織を上げての応援は6000票近い差をつけての圧勝に大きく貢献したことは間違いない。ところが、今井氏が全国比例区に出馬し、沖縄に応援に入った場合は、これまでの「選挙区は自民、比例は公明」というセット戦術を組んだとしても自民党の票は今井氏に流れてしまうのである。これには公明党が不快感を表している。この警戒感を払拭しないことには、自民党は参議院選挙において、宜野湾市長選挙と同じような公明党の応援をもらう事が難しくなってしまう。そのため、自民党関係者でも今井氏の沖縄入りに難色を示す人は多い。党本部と県連の調整もこれからというところのようである。今井氏にネガティブキャンペーンは打てない今井氏にネガティブキャンペーンは打てない 応援演説で今井氏の沖縄入りが流動的となると、沖縄に新たな風を起こすことにならないのではないかと危惧する声が聞こえてきそうである。しかし、そういうことはない。まずは今井氏出馬の効果を改めて確認してみたい。彼女の最大のメリットは、沖縄マスコミがネガティブキャンペーンを打つことのできない候補だということである。戦後の沖縄県民には米軍統治下にある自分たちは経済、文化、学力、至る分野で遅れているというコンプレックスがあった。そのコンプレックスを跳ね除けて沖縄をメジャーにした神様的存在が沖縄に複数いる。最初の神様は誰もが知っている具志堅用高である。それに続いて現れたのが安室奈美恵、MAX、SPEEDといったの芸能人たちである。彼女たちのメジャーデビューで、沖縄の子どもたちの本土に対するコンプレックスがほとんどなくなった。逆に沖縄出身が羨ましがられる時代になってきたのである。その大功労者の一人である今井絵理子氏に対して沖縄のマスコミといえどもネガティブキャンペーンを打つことはできないのである。彼女の敵は沖縄には存在しない。つまり、戦後初の沖縄のマスコミを恐れずに選挙運動をできる沖縄出身の自民党候補だということである。 もうひとつは、彼女の出馬そのものが「オール沖縄」体制を崩壊させるということである。「オール沖縄」体制とは革新政党、左翼マスコミ、反戦平和団体の統一組織であり、彼等は「オール」沖縄という言葉を使って彼等の主張が県民の総意であるかのように県外、国外に発信するのである。その実態は全体主義であり自民党などの保守勢力に対する言論弾圧である。自民党などの主張や有利になる情報は一切報道せず、沖縄には辺野古移設に反対する人しか存在しない空気をつくり、彼等の意図する方向に沖縄の選挙や政治を誘導し、さらには日本政府に圧力をかけるのだ。これが「オール沖縄」の正体である。 しかし、自民党本部、自民党県連サイドの頑張りにより今年1月の宜野湾市長選挙で佐喜真市長の再選により反転攻勢が始まり、「オール沖縄」が崩れはじめた。その影響もありBSフジのプライムニュースのように沖縄二紙の偏向報道や「オール沖縄」という言葉を問題視して取り上げる報道番組も流され始めた。そのような中での、今井氏の出馬は「オール沖縄」体制にとどめを刺すことになるのである。その力の源泉は2つある。まず一つ目は、彼女は他の沖縄選出の保守政治家と異なり、沖縄マスコミの言論弾圧の外に存在しているということである。仮に彼女が参議選で沖縄に一度も足を踏み入れずに運動したとしても、彼女は「沖縄出身」であり沖縄県民の代表として発言するのである。そして、彼女の言動は全国で報道され即座に沖縄にも伝わるのである。 もう一つは、彼女の存在自体が「オール沖縄」体制をつくろうとする勢力の県民像の枠組みをはずれていることである。「オール沖縄」陣営にとって沖縄県民は日本の被害者であり弱者でなければならない。SPEEDのメンバーとして日本全国に広がった今井氏のイメージは、被害者でも弱者でもない。国民的アイドルである。これでは翁長陣営が作ろうとしている「オール沖縄」体制の枠組みに組み込むことができないのである。彼等がつくろうとしている「オール沖縄」VS「日本政府」という対立構図は、「オール沖縄」に例外がなく本当に一丸となっている場合にのみつくることができる。 これから、今井氏が全国活動し、新たな沖縄出身の政治家のイメージが全国に広がり、巨大なものになれば、逆に翁長陣営の「オール沖縄」が縮小し崩壊するのである。例えば今後、翁長陣営が反政府闘争集会を開いて「日本政府による米軍基地の押し付けは沖縄差別だ!」と訴えたり、再び国連に足を運んで「沖縄の自己決定権がないがしろ」にされていると訴えても、沖縄出身の今井氏が「これは差別ではありません。沖縄県民を守るために必要な備えです」とひとこと言えば、沖縄と日本政府の対立構図は消えるのである。結局、沖縄の選挙にとって今井氏の出馬自体が翁長雄志陣営のつくりあげた「オール沖縄」体制に最後のとどめを刺すことになるのである。

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    SPEED今井の立候補とは「BODY&SOUL」である

    常見陽平(千葉商科大学 国際教養学部専任講師) SPEEDの今井絵理子の立候補が正式に発表された。昨日、フジテレビ ホウドウキョクの「あしたのコンパス」という番組の岩田崇氏からコメント募集メールが届いたので、いてもたってもいられずメールをした。どうやら番組で読まれたようだ。嬉しい。 いや、最近、こう自分の投稿がBLOGOSに拾われるかどうか、ホウドウキョクやSession-22や文化系トークラジオLifeで読まれるか否かでドキドキしていて、オールナイトニッポンのハガキ職人みたいだなと思ったりする。一般リスナーに戻っている、俺。 その時の内容プラスαを備忘録的に。 まず、この件について民主党の細野豪志氏が「どういうことをやりたい方か明確であるべきだ。 知名度だけを目当てにする候補は望ましくない」と述べ、自民党をけん制したと言うが・・・。 「一強打破」など、まるで暴走族の「全国制覇」のような、具体性のない、衝動だけのコピーを打ち出すような政党にそんなことは言われたくないのである。「どういうことをやりたい方か明確であるべきだ」というが、民主党には、細野氏にはそれがあるのか。政策論争をする、政権を奪還する強い野党が必要だと我々は何年議論しないといけないのか。民主党の政治は、民主主義は弱すぎる。私も労働者に対して優しく、フェアである国にしたいと思っているのだが。民主党にはがっかりだ。 私は、国会議員はいろんな人がいる状態が良いのだと思っている。様々な立場の代表者が国会にいるということが多様性があり豊かな社会なのだと思う。私は以前はタレント議員や元スポーツ選手議員に否定的だったが、今では肯定的である。彼らもまた厳しい世界で闘ってきている。スポーツ選手に至っては、世界を体感している人も多数いるわけで。もっとも、知名度だけで当選するのは初期だけで、のちに国会議員としての能力、資質、実績は問われていく。元の世界に戻れるとも限らない。だいたい、数名タレント議員や元スポーツ選手議員がいたくらいで国は傾かないのである。若者や、それに限らず政治に関心がない層、普段選挙に行かない層が関心を持つならそれでいい。政治に関心を持つキッカケは、別にSEALDsのデモだけではないのだ。これで極端な衆愚化に走るほど、この国は腐っていない。 もっとも、細野氏が言ったように、今井氏の主張と自民党の方針との整合性は問われるだろう。その件について、今井氏にしろ、自民党にしろ、いかに説得力のある丁寧な説明をするのか。問われるのはこれからである。ただ、自民党というのはもともと多様な議員がいる政党なので。党の中でも利害調整が常に行われているわけなので。彼女のようなものが一人いたくらいで目くじらを立てるのはいかがなものか。 彼女のシングルマザーとして、耳の不自由な子供を育てているという実体験というのは、単なるお涙ちょうだいエピソードではなくて、当事者として何かを変えたい衝動があるのだろう。魂を感じる。SPEED(左から)上原多香子、島袋寛子、今井絵理子、新垣仁絵=1998年2月23日表題のSPEED今井の立候補とは「BODY&SOUL」であるというのは釣りでもふざけているのでも何でもなくて意味の一つは、心技体、全身全霊こめている感があるという意味だ。 もっとも、前述したとおり、筋が通っているかどうかや、単なる人気集めじゃないかとか、能力・資質はどうなのかという問題はあるだろう。それを決めるのは有権者だし、その支持を得られるかどうかは今後の彼女の活動にかかっている。まだ彼女は「出馬表明」をしただけであって、「政治家」でも、ましてや正式な「立候補者」でもない。選挙は正式には始まっていないのだから。SPEED今井の立候補とは「BODY&SOUL」であるとした意味のもう一つは、「BODY&SOUL」はデビュー曲であるということだ。 つまり、私が言いたいのは、今井の立候補というのは序曲であるということだ。18歳選挙権の件もあり、また甘利問題、育休議員問題(これはこの議員自体のゲスの極み問題と、議員の育休という制度の問題は分けて考えるべきだな、ただ、甘利問題以上に庶民の怒りを買いそうではある)などのマイナスイメージもあり、今後、芸能人やスポーツ選手、起業家、社会起業家、大学教員、物書きなどを候補者として立てる動きは顕著になるのではないかと私は見ている。あの人も、あの人も、立候補するのではないかと。 まあ、今後もこの手の話題はつきないと思うが、そのことでいちいち騒がず、有権者として少しでもまともな投票ができるように情報を集め、判断し、投票に行くこと。これが大事なのだ。(「陽平ドットコム~試みの水平線~」より2016年2月11日分を転載)

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    2016年、沖縄の選挙は安倍政権VS反日勢力の「関ヶ原の決戦」だ

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部)沖縄の選挙イヤーが始まった 今年の沖縄は選挙イヤーである。1月から6月までに3つの重要な選挙が行われる。1月24日に宜野湾市長選挙の投開票が行われ、選挙最終日まで熾烈な運動が熱く繰り広げられた。安倍政権が推し進める沖縄の基地政策の目玉となる政策の先行きを占うものであり、政府としても絶対に負けられない戦いである。その影響の大きさを考えると最早、単なる地方のひとつの自治体の選挙とはいえない。また、「オール沖縄」や「沖縄の民意」を大義として辺野古移設阻止を主張してきた翁長陣営にとっても絶対に負けられない戦いである。 また、6月には県議会選挙が行われる予定である。現在、自民党は48議席のうちの13議席のみで小数野党である。その議席数は、社会党、共産党、社会大衆党の革新3党の合計の14議席すら下回っている。公明党は3議席あるが、辺野古移設が争点になると県内移設反対側に回るので自民党にとって県議会の運営は非常に厳しい状態にある。今年の県議会選挙で自民党は議席を大幅に増やして、県政の主導を奪還できるかどうかがかかっている。いまの議席のままだと、革新与党が提案する議案がなんでも通ってしまい、安倍内閣と対立する方向に沖縄が持って行かれてしまうからだ。 たとえば、翁長陣営が宜野湾市長選挙に敗れたことで、彼等は「沖縄の民意」という言葉の正当性を取り戻すために住民投票を行うかもしれない。また、今後沖縄を日本から引き離し独立させるための闇条例、「沖縄の自治基本条例」などを可決にもっていく危険性も高い。そのような法案を阻止するためにも、今年の県議会選挙も絶対に負けられない戦いである。自民党沖縄県連会長である島尻安伊子沖縄・北方担当相 そして、最後には参議院選挙が待ち構えている。6月23日に公示予定との情報も流れたが、沖縄の自民党の立場からすると、それだけは絶対に回避してもらいたいはずだ。公示された時点で沖縄の候補の負けが決まるからだ。6月23日は「慰霊の日」で沖縄の祝日であり、公立の学校や機関は休暇となり県主催の行事をはじめ、様々な慰霊行事が行われる日である。つまり県民をあげて慰霊を行う日に選挙の出陣式を行わせるような判断を政府自民党が下すと、安倍自民党の沖縄不理解が沖縄の保守、革新関係なく広がってしまい、政府自民党が推す候補から票が逃げることは明らかだからである。 特に沖縄の参議院議員候補の島尻安伊子氏は、現在沖縄選出国会議員の唯一の大臣であり、かつ沖縄自民党県連会長である。その島尻氏が負けるということは沖縄自民党県連そのものが負けたことになる。この敗北は翁長陣営の「オール沖縄」を勢いづかせ、沖縄の辺野古移設推進派の声を封殺し、沖縄県民全員が翁長知事を支持しているかのような空気を創りだされてしまうことになる。絶対に負けられない戦いである。そして、それらの趨勢は初戦の宜野湾市長選挙の勝敗できまってしまうのである。「倒閣の沖縄基地の完成」か「安倍政権の沖縄奪還」か「倒閣の沖縄基地の完成」か「安倍政権の沖縄奪還」か 結局、今年の沖縄の一連の選挙は、翁長陣営にとっては「沖縄を安倍倒閣基地として完成させる」選挙であるといえる。戦国時代に例えると、一昨年の知事選挙で「沖縄県庁」という城が翁長陣営とその背後にいる共産党などの反日勢力に陥落されてしまった。しかし、沖縄県全部が落とされたわけではない。まだ、反翁長陣営の殿様が沢山残っているのである。それが宜野湾市の佐喜真市長であり、石垣市の中山市長であり、豊見城市の宜保市長なのである。沖縄には「市」が11あるが、そのうち翁長陣営は名護市長と那覇市長の二人だけである。前述した3名の市長を含む9名全員が反翁長なのである。現に昨年8月、宮古島市の下地市長が会長になって「沖縄の振興を考える保守系市長の会」(チーム沖縄)を結成した。翁長陣営の立場から見ると、知事就任後の選挙では、これらの対抗勢力を潰して、自分の息の掛かった人物を市長に据えていくことを考えているはずである。その初戦が宜野湾市長選挙で行われたということである。安倍晋三首相(右)と握手する沖縄県の翁長雄志知事=2015年5月25日午後、首相官邸(酒巻俊介撮影) 一方、政府自民党から宜野湾市長選挙をみると、普天間移設問題を解決させるにあたって絶対に負けられない戦いである。しかし沖縄自民党県連からみると、その意義はそれだけにとどまらない。沖縄で自民党や保守の立場の県民が大きなストレスを感じたり、苦しめられている言葉がある。それは、翁長陣営とマスコミが一体となって唱えている「オール沖縄」という言葉である。例えば「オール沖縄で辺野古移設阻止!」というスローガンが新聞の1面を飾ったとすると、辺野古移設を容認する自民党の議員やその支持者は沖縄には存在しないことにされているのである。筆者はこの言葉の本当の目的は琉球独立工作の環境づくりだと認識している。沖縄を独立させる時に反対勢力が声を上げることが出来ないようにするためである。「オール沖縄」というスローガンで世論を誘導できる環境をつくることができれば、独立だろうがなんだろうが沖縄の世論を自由にコントロールできるようになってしまうのだ。 自民党県連にとって、今回の宜野湾市長選挙は、翁長陣営が使っているこの「オール沖縄」というスローガンとの戦いでもある。佐喜真市長の再選により「オール沖縄」をはじめ「島ぐるみ」「沖縄の民意」というスローガンが真っ赤な嘘であることを証明する選挙でもあるのだ。当然、その言葉を頻繁に使っている琉球新報、沖縄タイムスの報道が真っ赤な嘘であることも証明されるのである。そして、筆者は琉球独立工作を阻止させる大きな勝利と位置づけられると認識している。 結局、今年の沖縄の選挙イヤーを制するものが日本を制することになると考えている。ことし1年の沖縄の戦いで、来年以降が共産主義勢力が安倍内閣を倒し始める年となるか、沖縄の左翼支配を終わらせ、日本の安全保障体制をしっかり整える年となるかが決まるのある。つまり、今年の沖縄の選挙は、安倍政権VS反日勢力の“関ヶ原の戦い”なのである。国民連合政府樹立の成功モデルは沖縄にあった国民連合政府樹立の成功モデルは沖縄にあった ここで、翁長陣営とその背後の共産党の今後の動きをシミュレーションしておきたい。共産党の発言は嘘にこそ意思と意味がかならずある。昨秋から日本共産党が新たな構想を唱え始めた。国民連合政府の樹立である。今までにない新しい動きを彼等は始めようとしている。しかし、それに対する警戒心は薄い。「日本共産党と組んだら票が逃げるので実現の可能性は無い。心配はいらない」。これが多くの知人の反応である。しかし、筆者は手放しで安心できないと認識している。それは既に成功モデルがあるからだ。その成功モデルとは翁長知事の誕生である。翁長知事は元沖縄自民党県連の会長まで務めた自民党の政治家であった。それが突如、日本共産党、社民党、沖縄社会大衆党の革新政党が自ら政党の政治家の擁立を抑えてまで、翁長雄志を統一候補として担ぎ始めたのである。共産党の志位和夫委員長(栗橋隆悦撮影) その時の沖縄でも同じような声が聞こえた。「翁長知事が共産党の街宣カーにのっている写真を拡散すれば票が減る」。沖縄でも共産党アレルギーの人が多いという認識が根拠である。それでも、何故か当選してしまったのである。私にはもう一つ大きな疑問があったので、共産党の事務所に支持者のふりをして電話をしてみた。「共産党はどうして独自の候補を出さないのですか?自衛隊を肯定している翁長雄志が知事になったら先島に自衛隊が配備されてしまうではないですか!」電話にでた共産党の方は、自信をもって筆者を説得した。「今回は辺野古移設反対1点で勝てる候補ということで翁長知事を選びました。彼が知事になっても心配はいらないです。稲嶺名護市長を見て下さい。市の職員の時は保守的でとんでも無いことも言っていましたが、今はちゃんとしています」。これは、共産党が推薦した候補を当選させたら、自分たちの指示通りに動かすことが出来るという自信だと感じた。現に稲嶺名護市長も当選後の翁長知事も、共産党の書いたマニュアルに沿って言動しているようにみえる。 翁長知事の誕生にあたって、もうひとつ認識の甘いところがあった。それは「共産党と公明党は犬猿の中だから、公明党は共産党が支持している翁長に票をいれるわけなない」という声である。一昨年の知事選挙で公明党沖縄本部は与党でありながら仲井真氏支持を打ち出さず、「自主投票」とした。関係者の情報によると、その結果殆どの票が翁長氏に流れ込んだのである。「共産党が自民党の候補を担いで当選させて革命政権を樹立させる」。これが、沖縄という自治体における国民連合政府の選挙協力成功モデルだと筆者は認識している。自民党本部は何故、このようなありえないことが成功できたのか、分析・解析し対策をしておくべきである。翁長知事誕生に向け革新統一が仕組んだ布石翁長知事誕生に向け革新統一が仕組んだ布石 沖縄の「革新統一」の歴史は長い。彼等は沖縄県祖国復帰前から主席選挙や国政選挙などの重要選挙では常に革新統一候補を擁立してきた。これは沖縄県外では見られないことである。翁長知事誕生の前も知事候補として常に革新統一候補を出し続けてきたが、稲嶺知事に2回、仲井真知事に2回の計4回、16年間負け続けてきたのである。そこで、彼等は統一戦線を自民党にまで拡大を図ったのである。そこで彼等が目をつけたのが当時那覇市長だった翁長雄志である。民主党政権下で、沖縄自民党県連は辺野古移設県外、オスプレイ配備撤回という方針に誘導され、共産党から自民党までスクラムを組んで政府と戦う構図が出来てしまった。 自民党が民主党から政権を奪還し安倍総理が誕生した直後に翁長雄志が脚光を浴びることになる目玉イベントがあった。2013年1月末の「総理直訴東京行動」である。辺野古移設断念、オスプレイ配備撤回を政府に要求した「建白書」に捺印をした沖縄県全41市町村長と議会議長が翁長雄志に引き連れられて上京し、日比谷で集会とデモを開催したのである。つまり、共産党から自民党まで同士となって安倍総理に対する抗議活動をおこなったのである。「オール沖縄」の反政府体制はここで作られたのである。 しかし翁長雄志だけをみていると問題の本質が見えてこない。最も重要なのは、日本共産党や社民党が看板を捨てて実をとるために、その時のリーダー役を翁長雄志に譲ったことである。そこに現在の翁長知事誕生の大きな布石があったのである。そして翁長知事の誕生は沖縄という小さな自治体で、共産党のいう国民連合政府樹立に成功した瞬間だったのである。一点突破全面展開=沖縄モデルの全国展開 共産党主義の革命理論の有名な言葉では、「統一戦線」「一点突破全面展開」「民主連合政府」という言葉がある。統一戦線とは前述したように共通の目標をかかげて多数派を勝ち取る工作のことである。現在の沖縄では「辺野古移設反対」が多数派工作の統一目標として沖縄県という民主連合政府(国民連合政府)をつくることができたのである。そして、彼等は今年の沖縄の選挙イヤーの勝利により「一点突破」の完全実現を狙い、次のステップである「全面展開」の開始を計画しているのである。筆者は、日本共産党が昨年、急に主張し始めた「国民連合政府の樹立」は、沖縄の一点突破を土台にした全面展開に相当する活動だと認識しているのである。沖縄自民党県連、県政奪還の秘策 その全面展開には二つあると考える。一つ目が、参議院選挙において沖縄の選挙協力の手法の全国展開である。現在、民主党との選挙協力調整もギクシャクしてうまく言っていないようだが、気をつけなければならないことがある。それは自民党の政治家にも擦り寄ってくる可能性があり、特に狙われやすいのは保守の看板をもった左翼政治家だということだ。 もうひとつは、辺野古移設阻止闘争、琉球独立(沖縄反差別)闘争の全国展開である。前者は今後の沖縄の選挙の勝敗に関係なく進めて行かれると思われるが、後者は勝敗に大きく左右される。辺野古移設阻止の「オール沖縄」が選挙により固まれば、全国展開して安倍倒閣の包囲網として利用するはずである。その際、翁長知事は県の業務を投げ出して全国の共産党の集会で演説をしてまわることになるであろう。また、辺野古移設阻止を闘争材料とするか、琉球独立(沖縄反差別)を闘争材料とするかは、沖縄の政治状態に左右される。しかし、佐喜真市長が再選すれば、「オール沖縄」は崩壊し、どちらも安倍内閣の包囲網の闘争材料として機能しなくなるのである。沖縄自民党県連、県政奪還の秘策 佐喜真市長が再選したことで、「オール沖縄」という呪縛が解けはじめ沖縄の空気は大きくきく変わるはずである。そして、この時に沖縄自民党県連は手を休めること無く、6月の県議選に向けて「オール沖縄」粉砕に向けた追撃を続けることが大切である。そこで重要なのは追撃の争点である。辺野古移設は仲井真前知事の埋め立て承認で既に政治決着した問題であり、政府に粛々と進めてもらうものであり、今頃議論するべきものではない。 いま、沖縄県民にとって最も重要な問題は、国連の各委員会が沖縄県民を先住民と認識して保護するべきだと日本政府に何度も勧告を出していることである。これは沖縄の未来のあり方を大きく左右し、更に政治問題を超え、沖縄県民の日本人としてのアイデンティティーを揺るがす大きな問題である。極小数の特殊な人たちを除いて、全ての沖縄県民は自らを日本人としての自己認識をもっているのであり、先住民族としての自己認識はもっていない。そうであるなら、「オール沖縄」で国連の「沖縄県民は先住民族だ」という前提の勧告に対して撤回の声をあげるべきである。その運動を沖縄自民党県連が主導して行うことが県政奪還の最短距離となるのである。 何故なら水面下に潜って本性を明かしていないが、翁長知事を誕生させた、新基地建設阻止を目的に活動する「島ぐるみ会議」の実態は、琉球独立工作組織であり、沖縄県民を先住民と認識している集団だからである。彼等は先住民特権の獲得により沖縄を日本から引き離すことを画策しており、その尖兵として翁長知事をコントロールして国連に足を運ばせているのである。彼等を潰すために直接戦う必要はない。「沖縄県民は日本人であり先住民ではない。国連は認識をあらため勧告を撤回するべきだ!」という運動を全県的に推進するだけで良い。この運動を押し進めていけば、賛同しない人たちが炙りだされ、本性を県民の前に晒すことになるであろう。その時に彼等に操られていた、翁長雄志の政治生命も終わりを告げるのである。

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    「オール沖縄」敗北、僭称の反基地派が沖縄の安保を曇らせる

    仲新城誠(八重山日報編集長) 沖縄では2016年、宜野湾市長選を皮切りに、県議選、参院選と、米軍普天間飛行場(同市)の辺野古移設を最大争点とする選挙が続く。文字通り「選挙イヤー」である。一地方自治体の選挙でありながら、日本の安全保障そのものが問われるという特異な状況だ。 宜野湾市長選には自民、公明が推薦する現職の佐喜真淳氏と「オール沖縄」と呼ばれる翁長雄志知事を中心とした勢力に支えられる新人の志村恵一郎氏が激戦を展開した。 選挙期間とその前後を通じ、沖縄メディアの報道を見ていると、県紙「沖縄タイムス」「琉球新報」は常に辺野古移設反対一色。当然、同じ政策を訴える「新人寄り」の紙面という印象を強く受けた。「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」の結成大会で手をつなぐ参加者=2015年12月14日夜、沖縄県宜野湾市 具体的には、新人の事実上の支援組織である「オール沖縄会議」という組織の設立を両紙が1面トップで好意的に扱ったり、現職の政策を批判する読者の投稿が連日のように掲載されたり…。細かい点を挙げれば切りがないが、現職陣営は「新聞とはこんなもの」とサバサバしていた。もう沖縄メディアの印象操作や情報操作には驚かなくなっているのである。「中立公平な紙面」とはもともと理想論に過ぎないのかも知れないが、多くの県民が、選挙報道のあり方に問題意識すら持てない現状だ。 翁長知事は新人と二人三脚の選挙戦だった。新人陣営が出した新聞の全面広告では、候補者ではなく、翁長知事の写真が大々的に使われた。翁長知事が現在の沖縄で絶大な威光を誇るのは、彼が何よりも選挙の「常勝将軍」だからだ。逆に今年の一連の選挙のうち一つでも落とせば、翁長知事の政治力は目に見えて大打撃を受けるだろうと感じた。 私が住む八重山諸島の石垣市は沖縄本島から約400㌔離れているが、宜野湾市長選の結果は他人事ではない。「オール沖縄」と称する勢力が、石垣市の行政区域である尖閣諸島の問題をはじめ、沖縄の安全保障上の危機に対し、何一つ有効な処方箋を提示していないからだ。 普天間飛行場の辺野古移設を推進する安倍政権は「基地負担の軽減」と「(中国に対する)抑止力の維持」の両立を訴えている。これに対し、辺野古移設阻止を掲げる「オール沖縄」は、普天間飛行場の米海兵隊が「そもそも抑止力ではない」とか「尖閣問題は平和外交で解決すべき」などと主張するばかりで、国境に住む住民と危機感を共有している感覚がまるでない。勝手に「オール沖縄」 「オール沖縄」という名乗り自体も八重山住民の不信感を強めている。 保守、革新・リベラルの枠を超え、沖縄県民がこぞって辺野古移設に反対―というのが「オール沖縄」の建前だ。地元メディアが意図的に定着させ、2014年の知事選、衆院選で辺野古移設に反対する候補が圧勝する原動力となった言葉である。 しかし両選挙を地域別に見ると、八重山の場合、辺野古移設容認の候補の得票が多かった。要するに辺野古移設問題に対しては県内でも温度差があり、十把一からげに「オール沖縄」という言葉が使われるのには、県民として違和感がある。 八重山のある経済界関係者は「勝手に『オール沖縄』という言葉が使われるのはおかしい。『ハーフ沖縄』が実態だ」と指摘する。米軍普天間飛行場に着陸する航空機=沖縄県宜野湾市 「オール沖縄」と称する勢力が今後も各種選挙で勝ち続け、県内の市町村、県議会、国会議員がオセロのように反基地派一色になってしまうのは、沖縄の安全保障にとっては良くないシナリオだ。尖閣を狙う中国は、これを日本の足元がぐらついた好機とみて、尖閣で新たな攻勢に出るかも知れない。 中国政府が常時航行させている公船「海警」は、国際情勢などの変化に応じた動きを見せる傾向があるからだ。例えば昨年10月、中国が南シナ海で造成した人工島を牽制するため、米艦船が周辺に進入した際、尖閣周辺にいた「海警」は突如として1週間も姿を消した。米軍の圧力に動揺した中国政府が、南シナ海と東シナ海の二正面作戦を避けるため、尖閣周辺の「海警」を慌てて下げたのだろう。 私が見たところ、中国は米国を恐れているものの、残念ながら日本の自衛隊や海上保安庁をさほど脅威とは思っていない。巡視船の存在にもかかわらず尖閣周辺では「海警」が常時出没するし、日本政府が尖閣周辺への自衛艦派遣を示唆すると、中国政府は「中国が派遣する艦船の数は日本の比ではない」と威嚇してくる。 つまり現時点では、中国に対する抑止力は日米同盟の強化しかない。しかし宜野湾市長選をはじめとする沖縄の各種選挙で「オール沖縄」が勝ち続けた場合、在沖米軍は県民の支持を得ていないという印象を内外に与え、日米同盟は弱体化の方向に向かう。中国の野心は当然、刺激されるだろう。 選挙結果が沖縄の言論空間に与える影響も大きい。現在の沖縄では「沖縄を守る軍事力は必要だ」「尖閣危機は軽視できない」と訴える声を「沖縄の民意に反している」という理由で無造作に異端扱いする空気が支配的だ。 反基地派が「オール沖縄」を僭称し続ける限り、安全保障問題で正論を語りにくい雰囲気もまた続く。こうした傾向に歯止めが掛かるのか。それも今年の一連の選挙にかかっている。

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    国民を愚弄する沖縄の「英雄」? 剥がれ始めた翁長知事の化けの皮

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 宜野湾市長選挙が終わった。沖縄の選挙では、事前運動や戸別訪問など東京などからすると信じられないほどの選挙違反が横行するのが常だが、今回もその例に漏れず、選挙違反のオンパレードだった。両派とも「あちらがやるから、こちらもやる。やらなかったら負ける」という姿勢だから、どうしてもエスカレートしてしまう。自分たちの行為が違法であるとの認識も薄い。選挙管理委員会や警察にも違反の通報はある。が、多くは対立候補支持者の通報だから、迂闊に動けないという。誰の通報だろうが、選管も警察も動くべきだと思うが、彼らもまた選挙違反に慣れっこになって、動きが鈍いのかもしれない。通常は選挙が終わっても、たいして摘発もない。記者会見する沖縄県の翁長雄志知事=2015年12月25日、沖縄県庁 お節介はあまりしたくないが、「公正な選挙」という基本的なところから正常化しないと、沖縄の政治風土はいつまでたってもよくならないと思う。どんなに候補者が高潔で優れた能力を備えていたとしても、違法な選挙を闘い、利権を争う政治風土のなかで、やがてその高潔さや能力を失い、政治的駆け引きだけに長けた政治家が生まれてしまう。不幸なことだと思う。 今回の選挙でいちばん驚いたのは、1月20日に放映されたNHK沖縄放送局のニュース番組のなかで、志村恵一郎候補と志村候補を応援する翁長雄志沖縄県知事が、一緒に街頭で選挙運動する様子が映しだされ、カメラの前で堂々と選挙違反の戸別訪問を行っていた一件だ。NHKの記者やディレクターが、翁長知事らの行為を選挙違反と承知で編集しなかったのか、それとも沖縄ではごく当たり前の光景だから、選挙違反とは思わずに放映したのかは知らないが(おそらく後者だろう)、「日本には民主主義はない」と国連人権理事会(昨年9月21日)で世界に向けて朗々と訴えた翁長知事が、民主主義の基本である選挙を汚している現場を県民に知らしめてしまったのである。 志村陣営の伊波洋一元宜野湾市長は、「街宣活動の途中に知り合いのところに顔を出すことはよくあり、違法なものではないと理解している」とのコメントを出している(1月23日付『産経新聞』)。沖縄ではこれを選挙違反といわないのかもしれないが、少なくとも東京では選挙違反だ。 選挙運動中に知り合いの家を見つけて、玄関先で「よろしく」という行為が選挙違反とされるのは理不尽だ、と言いたいとしても、公職選挙法には「戸別訪問はダメ」と厳しく定められている。規定が気に入らないからといって、法を破っていいことにはならない。しかも、法を破ったのは、「政府に果敢に闘っている」として注目を集めている翁長知事だ。現代沖縄を象徴する「英雄」が、無自覚に法を破っているとしたら、県民と国民を愚弄するものではないか。やるべきことはいくらでもある 県民や国民を愚弄しているのは今回の一件だけではない。就任して1年を超えた翁長知事だが、いくら公約だからといって「辺野古移設絶対阻止」だけに力を注ぐのは、知事という職務に臨む姿勢として明らかにバランスを欠いている。県のある職員も「知事が辺野古しかやらないから、他の仕事が遅滞して困っている」と不愉快そうにこぼしていた。所得格差、貧困、教育現場の混乱、防災、過疎、DVの横行や青少年の非行…。やるべきことはいくらでもある。基地問題は沖縄県の課題の一つに過ぎない。 翁長知事を支持する知人にそう言ったら、「そんなことはない。辺野古での政府の不正を暴くために、ワシントンやジュネーブに足を運んだのは県民にとって必要なことだ。それに、経済振興・観光振興にも真剣に取り組んでいる。この1年、北京、台湾、香港、シンガポール、そしてハワイを訪問し、トップセールスに努めている」という答えが帰ってきた。米軍普天間飛行場(中央)と周辺の住宅地=沖縄県宜野湾市 なんと全部海外出張ではないか。調べたら、翁長知事はこの1年間で8回も外遊している。外遊がいけないとは言わないが、就任1年目に「外遊が多すぎる」とメディアから厳しく批判された舛添要一東京都知事も、その回数は6回である。「アジアと日本の架け橋になる」というスローガンを掲げる沖縄県だから、「アジア各地を廻ることも仕事のうち」と言うかもしれないが、他方で翁長知事は「日本はろくでもない国だ」とあちこち吹聴して歩いている。架け橋もへったくれもないではないか。 そもそも翁長知事は、知事としてもっとも基本的な仕事に真摯に取り組んでいない。それは「防災」である。 昨年9月末、八重山地方に台風21号が襲来して、与那国島で最大瞬間風速81・1メートルを記録したことは記憶に新しい。与那国島では大きな被害が出たが。被災の2日後に副知事を派遣したが、、翁長知事はその後一度も与那国を視察していない。仲井眞知事時代は、台風で離島に被害が出たら、知事自身が視察していた。翁長知事の対応は、県民、とくに与那国の人たちを愚弄するものだ。人口1600人程度の与那国はたいした「票田」ではないから行かなかったのだろうか。「票にならないことはしない」という翁長知事一流の政治的計算が働いたのかもしれない。 さらに決定的なことを指摘しておこう。あれだけ「辺野古、辺野古」と言い続けている翁長知事だが、知事になってからの翁長氏は一度も辺野古を訪れていない。翁長氏が辺野古に足を運んだのは、知事選前の2014年9月20日と選挙直後の11月19日の2回だけだ。選挙も終わったから、辺野古で座り込むような泥臭いパフォーマンスより、ジュネーブで英語スピーチするカッコいいパフォーマンスを選んだのだろうか。おそらくここでも、翁長知事の政治的計算が働いている。翁長知事は夫人を座り込みに行かせたが、どう考えても知事本人が現場で激励するのが筋だ。「翁長知事、頑張れ!」と唱えながら辺野古ゲート前で、日夜座り込んでいる高齢の活動家に対してもあまりに失礼ではないか。辺野古の現場もよく黙っているな、と思う。 これだけ県民や国民を愚弄して平気な知事も珍しいが、多額の経費をかけた勝ち目のない訴訟合戦に時間を割くだけで、政府とまともに交渉しようともしない翁長氏の政治手法からは、容易に想像できる姿勢でもある。化けの皮は、だんだん剥がれ始めている。

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    普天間基地問題 沖縄の「争い」を喜ぶのは誰か

    森本敏(拓殖大学特任教授) 19年前の1996年4月、日米間で普天間基地返還を合意したのは、当時の沖縄がそれを最優先として要望したからである。それから代替施設の場所が検討され、岸本建男市長(当時)が名護市辺野古に受け入れを容認するという苦渋の決断を表明したのは99年末のことである。 その後、2006年に日米間で合意されたV字型施設に基づいて協議が行われ、環境影響評価も実施された。鳩山由紀夫政権になって手続きは一時、停滞したが、13年12月に仲井真弘多前知事が代替施設工事を承認するまで一貫して手続きはすべて法律に基づいて行われている。あらゆる議論が尽くされた その手続きについて沖縄県職員を含め法的な瑕疵(かし)があったとは思えない。県職員の合法的手続きに従って行われた検討作業の結果をふまえて前県知事が工事を承認した際、県知事の承認のみに法的瑕疵があったとも考えにくい。 その間、普天間基地問題はあらゆる議論が尽くされ結論を得たのである。政府は沖縄の意見にも十分、耳を傾けてその実現にできる限りの努力を行ってきた。翁長雄志知事は賛成だった時期もある。 今は工事を迅速に実行し、普天間基地返還の早期実現を期するのみである。それが日米同盟間の固い約束であり、沖縄の当初からの要望を実現する手立てでもあり、普天間基地の固定化を防ぐ唯一有効な解決策でもある。政府は仮に難題が起こっても断固として、この工事計画を推進することとしており、その決心に揺るぎはない。 辺野古施設の計画は、長い時間と協議を経て周辺住民の安全と騒音と環境に配慮し、航空機の離陸と着陸方向を主として海上で行うよう設計されている。これ以上、施設を沖合に出すと埋め立て面積が増え環境上問題があり、経費もかかる。これ以上陸地に近くすると、騒音や安全性に問題が出る。沖縄・普天間基地基地移設受け入れ表明を行う岸本建男名護市長 この施設を使う航空機は海上に向かって離陸し、海上から進入するように設定されており、住民の意向を十分に踏まえた安全設計になっている。しかも、普天間基地の返還を実現するためにはできる限り早期に工事が終了するよう地元の協力も頂く必要がある。代替施設の埋め立て面積は普天間基地の3分の1になり、沖縄の負担軽減に大きく貢献する。安全保障は国の重大な任務 政府は普天間基地だけでなく嘉手納以南の土地・施設の返還や訓練移転、日米環境特別協定の締結に努力し、沖縄の負担軽減のために絶えざる努力を進めている。経済振興予算についても他県と比べて十分、配慮して対応している。 確かに普天間代替施設建設に反対する民意が沖縄にあることは理解する。しかし、今の日本が置かれている安全保障環境をみると、かつて米軍がフィリピン基地から1990年代初めに撤退したあと、中国が力の空白を埋めるように南シナ海に入りフィリピンの占有していた島嶼(とうしょ)を力で占拠したことを忘れるわけにはいかない。 西沙諸島における中国との海上戦闘で負けたベトナムが西沙諸島から追い出されて南沙諸島に転進したことも力による現状変更の例である。一たび他国に占有された領土を取り戻すのには、どれだけの努力と犠牲が必要になるかは歴史と事実が証明するところだ。 われわれは在沖米軍と日本の防衛力を組み合わせて、対応力と抑止力を機能させ南西方面の領土保全を確保しようと努力している。国家安全保障という仕事は国の重要な任務であり、地方自治体の第一義的な任務でも義務でもない。民意は理解するが国家の安全保障政策は国に任せるべきだ。知事は思い違いをしていないか 沖縄は日本の最も重要な地域の一つであり、県民にも日本全体の安全保障という観点から、在沖米軍の機能と役割を受けとめてほしいと思う。このまま事態が進むと普天間基地問題をめぐって政府と県の間で法的措置に関する攻防が続き、その後は長い期間をかけた法廷闘争になる可能性もある。 日本国内で見苦しい争いをやっているのを喜んで見ている隣国があろう。これが日本の将来や同盟関係や日本の国益にとってどのような利益になるというのか。日本が国内を発展させ国際社会に向かって一層、重要な役割を果たし、そのような日本を世界の人々に示すべき時に国連人権理事会で訴えるなどという手段が、日本への評価や日本人らしさを世界に高らしめることになるのか。 これは安全保障政策問題であり人権問題ではない。われわれは沖縄を差別したことはない。私にも沖縄に友人がいるが、差別観を持って接したり特別扱いをしたりしたことはない。それは誰とて同じであろう。日本人の良さは平和と繁栄を求める穏健なバランス感覚を大切にしている点にある。 この際、改めて静かな多数の日本人(サイレントマジョリティー)に聞いてみたい。普天間基地代替施設は将来にわたる日本の安全保障上、ぜひとも実現すべき事業である。翁長知事は少し思い違いをしておられるのではないか。(もりもと さとし)

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    軽減税率丸呑みの裏にある宜野湾市長選挙

    [報道にはすべて裏がある]織田重明 (ジャーナリスト) 12月12日、自民・公明の両党は再来年4月からの消費税率10%増税時に外食以外の食品全般に8%の軽減税率を適用することで合意した。必要となる1兆円もの財源の確保はメドが立っていないにも関わらず、公明党の主張を自民党が丸のみしたかたちだ。普天間基地を抱える宜野湾市(Getty Images) 当初、自民党内でも財務省に与する税制調査会を中心に公明党案に対する反対は強かったはず。それを強引に押し切ったのは、来年7月の参議院選挙で公明党との協力を重視する総理官邸の意向だとされる。だが、永田町で囁かれるのは、年明け早々に行われる別の選挙こそ官邸が公明党案の丸のみを官邸に決めさせたという話だ。それが人口9万6000人あまりの沖縄県宜野湾市の市長選挙だ。 来年1月24日が投開票の宜野湾市長選挙の最大の争点は、市内にある普天間基地の問題だ。普天間基地は、面積4.8キロ平方メートル、市面積の25%におよぶ。ちょうど滋賀県における琵琶湖のように、基地は市の中心部に位置し、反対側に行こうと思えば、ぐるりと基地の外周をまわらなければならない。 しかも、宜野湾市は、那覇市を中心とする都市圏の一部を構成しており、人口密集地。04年に普天間基地に隣接する大学にヘリが墜落する事故が起きるなど、住宅密集地に囲まれた基地の危険性が指摘されてきた。日本政府は米国との合意に基づき基地を沖縄本島北部の名護市辺野古に移設する工事を進めているが、それに真っ向から反対し、普天間基地の県外移設を求めているのが、昨年11月に自民党が推す現職を破り当選した翁長雄志沖縄県知事だ。自民党は、昨年12月の衆議院選挙でも沖縄県内に4つある小選挙区で全敗。この他にも辺野古がある名護市長選挙も昨年落としており、沖縄では負けが込んでいる。メディアの論調も知事らの反対を押し切って進められる辺野古での工事に批判的で、官邸にとって最も頭が痛い難問のひとつとなっている。 そうした状況のなか来月行われる市長選挙。自民党が推すのは、現職の佐喜眞淳氏(51)。自民党県議を経て、前回にあたる12年の市長選挙で初当選した。一方、対立候補となるのは、県土木建築部の元幹部職員で新人の志村恵一郎氏(63)だ。志村氏の支持母体となるのは、昨年の知事選で翁長氏の当選を実現させた「オール沖縄」。社民党や共産党などの革新各党に加え、一部保守系も取り込んだ、沖縄独自の枠組みだ。12月9日の志村氏の総決起大会には、翁長知事も応援にかけつけた。 この選挙に官邸は異常に肩入れしている。まず、今月4日に突如、官邸で行われた日米の共同記者発表。米国のケネディ大使とともに菅義偉官房長官が、沖縄県内の米軍施設・区域の返還の一部前倒しを明らかにしたのだ。そのなかには、普天間飛行場の一部約4ヘクタールが含まれていた。政府と近い佐喜眞市長がかねてから求めていた普天間基地の早期返還に、一部とは言え応えることで、実績づくりに協力し、市長選挙を後押ししようという官邸の意図がみえみえだ。 翌日の朝刊で、沖縄の地元紙は、「今回返還される普天間飛行場の4ヘクタールは飛行場全体の0.8%に過ぎない」(沖縄タイムス)と指摘し、日米両政府の発表を「話クワッチー(話のごちそう)」に過ぎないとの翁長知事の受け止めを引用。会見にわざわざ在日米軍司令官のドーラン空軍中将を同席させたのも「何とも仰々しいお膳立てだ。成果をアピールしたい気持ちがありあり」と批判した。ディズニー側と話をつけたという噂ディズニー側と話をつけたという噂も それでも官邸は次の手を打った。12月8日に官邸で官房長官と面談した佐喜眞市長は、普天間基地の跡地利用の一環としてディズニーリゾートの誘致を目指す考えを示し、政府の協力を求める要望書を提出した。官邸関係者によると、この佐喜眞市長の要望は菅官房長官によるお膳立てだという。 「官房長官はすでにディズニー側と話をつけているようです。基地が早期に返還されると跡地がどう利用されるのか、具体的な青写真を見せることで、政府と協調して早期返還を目指す佐喜眞市政の継続を市民に訴えようということなのです」 そして、官邸による宜野湾市長選へのテコ入れのさらなる一手が、冒頭に挙げた軽減税率で公明案の丸のみだ。佐喜眞氏が市長に初当選した前回の選挙では、元市長だった革新系の相手候補とのあいだで大接戦となり、票差はわずかに900票だった。 通常、首長選挙では2期目の選挙が最も有利と言われる。1期4年間のあいだに市民のあいだに知名度が浸透する一方で、多選批判を受けることもないからだ。 だが、もともと接戦だった上に、今回の選挙では志村氏を支援するのはオール沖縄。革新票だけでなく一部保守票の取り込みも狙う。県土木建築部の元幹部職員という肩書も保守票が期待できる。現在のところ、自民党が独自に行った電話調査では、わずかに現職が有利となっているようだが、今回も大接戦となるのは必至だ。それだけにカギを握るのは公明票の行方となる。 宜野湾市内の公明票はおよそ5000。公明党は宜野湾市長選挙でどちらの候補を支援するのか、まだ態度を明らかにしていない。佐喜眞陣営とすれば、なんとしても支援を取りつけたいところだろう。参議院選挙だけでなく、この選挙でも公明票頼みとなっている構図だ。 この選挙が官邸にとって負けるわけにいかないのは、普天間基地のお膝元でもある宜野湾市で辺野古移設に反対する市長が誕生すれば、今後の移設計画の先行きが見通せなくなるからだ。一自治体の首長選挙ながら国政を左右しかねないだけに目が離せない。

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    法廷に持ち込まれた辺野古移設 在沖海兵隊が存在する正しい説明

    小谷哲男 (日本国際問題研究所 主任研究員) 日米同盟は、防衛協力の指針(ガイドライン)の改定と平和安全保障法制の成立によってさらに強化される。北朝鮮の核ミサイル開発が進み、中国が強硬な海洋進出を行う中、日米同盟の強化は避けては通れない。だが、米海兵隊普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設問題は、日米同盟の足元を揺るがしかねない状況にある。日本政府と沖縄県の対立が、ついに法廷闘争に持ち込まれたからだ。沖縄県側に勝ち目はないというのが大方の見方 普天間移設に必要な辺野古の埋め立ては、2013年12月に仲井眞弘多前知事が公有水面埋立法に基づいて承認した。ところが、14年11月の沖縄県知事選挙で、辺野古移設反対を公約に掲げて仲井眞前知事を破った翁長雄志知事は、「法的瑕疵(かし)がある」として埋め立て承認を取り消した。所管の国土交通大臣は、沖縄防衛局の行政不服審査法に基づく申し出によって翁長知事による承認取り消し効力を停止し、政府は移設工事を続けている。 今回、埋め立て承認の取り消し撤回を求めた石井啓一国交相の是正指示を沖縄県が拒否すると発表したため、政府は地方自治法に基づき、翁長知事に指示に従うことを命じるよう福岡高等裁判所那覇支部に提訴した。判決は数か月で出る見込みだが、敗訴した側は上告も可能だ。最終的に政府の主張が認められれば、国交相が行政上の強制執行である「代執行」に踏み切り、知事に代わって埋め立て承認の取り消しを撤回する。普天間基地(Getty Images) 12月2日に開かれた第1回口頭弁論で、翁長知事は沖縄の基地負担を国民に問うと訴えた。翁長知事は逆提訴も検討している。だが、仲井眞前知事の埋め立て承認に法的問題はなく、沖縄県側に勝ち目はないというのが大方の見方だ。おそらく、翁長知事もそれを承知の上で政府との対決姿勢を維持しているのだろう。辺野古移設への反対を続けることによって、来年の参議院選挙と沖縄県議会選挙を有利に進め、最終的には2018年に自らの再選につなげることができるからだ。 就任後、翁長知事は「あらゆる手段」を使って移設を中止させると明言した。その上で、埋め立て承認の妥当性を検証する第三者委員会の設置や、米政府・議会関係者に直接辺野古移設の中止を訴えたるための訪米、沖縄全戦没者追悼式での政府批判など、政治的パフォーマンスを繰り返し、果ては国連人権委員会で米軍施設が集中する沖縄は「差別」されていると訴えた。 沖縄県議会も、県外土砂を使用した国の辺野古の埋め立てを阻止するため、埋め立てによる外来生物の侵入防止を目的とした県外土砂規制条例案を賛成多数で可決し、知事を側面支援している。翁長知事への支持は県外からも寄せられ、様々な分野の著名人が共同代表を務める「辺野古基金」には3億5000万円以上が集まり、反対する市民運動を支援している。本土からの活動家も加わった辺野古での反対運動は、過激さを増している。平和安全保障法案に関して的外れな批判を繰り返した学生団体SEALDsも、今度は辺野古移設に批判の矛先を向けている。 このままでは沖縄県知事が辺野古移設反対の先頭に立つ中、移設作業が進むという、日米同盟の維持にとって極めて好ましくない構図が定着してしまう。地元が米軍基地反対の声が強めれば強めるほど、中国や北朝鮮には日米同盟が弱体化していると見えるだろう。中国は尖閣諸島での示威行為を強め、北朝鮮も核ミサイルの恫喝をさらに行えば、日本の安全保障環境は一層厳しくなる。 代執行訴訟は日本政府が有利だが、他方で沖縄のさらなる反発を招くだろう。代執行後に、どのように沖縄との関係を修復しつつ辺野古移設を進めるかについて考えておくべきだ。関係者が積み重ねてきた知恵と努力の結晶関係者が積み重ねてきた知恵と努力の結晶 翁長知事は、県知事選や衆院選、名護市長および市議会選挙の結果、辺野古移設反対が沖縄の「民意」だという。しかし、翁長知事のいう「民意」に移設で直接影響を受ける辺野古の住民の声は含まれているのだろうか。96年に日米両政府が普天間の移設で合意して以降、移設先として自ら名乗りを上げたのは辺野古の住民だけだ。それは苦渋の決断だったに違いない。しかし、だからこそ、辺野古から山を隔てた名護市中心部の住民の声よりも、辺野古の住民の決断がまず尊重されるべきだ。このため、政府が沖縄県を介さず、辺野古3地区の要望を直接聞くようになったことは、「民意」を聞くという意味で正しい。普天間飛行場の周辺住民も安全への不安から移設を求める声が強く、普天間の危険性の除去は必ず行わなければならない。 そもそも、辺野古への移設計画は、抑止力を維持しつつも、普天間の危険性の除去と固定化の回避のために、関係者が積み重ねてきた知恵と努力の結晶である。翁長知事は米軍占有施設の74%が沖縄に集中していることを批判するが、普天間の返還と嘉手納より南の施設の返還で、この状況はある程度緩和される。それは沖縄本島への米軍基地の集中という現状を根本的に変えるものではないが、市街地のど真ん中に位置する普天間の危険性の除去につながるし、跡地利用は沖縄経済振興の可能性を広げることにもなる。日米両政府は12月4日に嘉手納より南の米軍施設の前倒し返還に合意したが、目に見える形での同様の負担の軽減を続けて行くべきだ。特に、沖縄本島北部の新興に貢献できるよう、交通インフラの改善につながる施設返還を優先するのが望ましい。 日米両政府は、早ければ2022年度の普天間返還を予定している。日本政府は、埋め立てを承認した仲井眞前知事の要請に基づき、2019年2月までの普天間飛行場の運用停止も目指す。普天間の運用停止と辺野古への移設をできるだけ時差なく実現することが、政治の責任だ。だが、翁長知事は辺野古への移設に反対する一方、普天間飛行場の運用停止については予定通りの実施を求めている。また、2019年2月までの普天間の運用停止は、あくまで日本政府と沖縄県の間の目標に過ぎない。アメリカ政府はこれに関与していないが、アメリカ政府との交渉なしに運用停止は実現できない。 普天間が持つヘリポート、空中給油、有事の滑走路という3つの機能の内、ヘリポート機能以外はすでに本州および沖縄の別の基地に移転されている。普天間に配備さえているオスプレイの訓練の本州への移転も着実に進んでいる。普天間の運用はすでに大きく縮小されているのだ。この事実をふまえ、普天間の危険性の完全な除去のために、日本政府と沖縄県は運用停止に向けて協議を通じて共通の認識を共有し、その上でアメリカ政府との交渉を行うべきだ。沖縄の経済発展も安定した国際環境あってこそ 日本政府は、在沖米海兵隊が抑止力だと説明してきた。だが、沖縄はこの説明に納得していない。実際、海兵隊が抑止力だという説明は厳密には正しくない。抑止とは、相手が受け入れがたい報復を行なえる態勢を築くことによって、相手の攻撃を踏みとどまらせることだ。抑止力を構成しているのは、核兵器を頂点とする米軍全体の能力と、アメリカ政府が必要な時にその能力を使う意志である。米軍が日本に駐留し、日米が緊密な関係を維持することが抑止力の維持につながる。在沖海兵隊はその高い即応能力により、抑止力の一部を構成している。日本政府は在沖海兵隊に関する正しい説明を沖縄にするべきだ。 沖縄が目指す公共事業と観光、そして基地(「3K経済」)からの脱却と、周辺アジア諸国との連携のハブとしての自立は、安定した国際環境なしに達成できない。在沖海兵隊は安定した国際環境の維持に不可欠である。一方、安定した国際環境の下で緊張緩和が続けば、やがて沖縄に米軍が駐留する必要性が下がるかもしれない。普天間の辺野古への移設は、賛成派と反対派が正面から対立し、法廷闘争に持ち込まれてしまったが、このような戦略的視野を持って語られるべきだろう。

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    尖閣地元紙編集長が激白 「虚構の沖縄」を流布する沖縄2大紙

    々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と訴えました。自己決定権という言葉は、反基地活動家が「沖縄独立」の文脈で使う言葉です。県民の安全に責任を持つ知事であるにもかかわらず、中国に対して尖閣周辺での挑発をやめるよう訴えることもしませんでした。 そして演説直前に開かれたシンポジウムでは、琉球新報の編集局長がパネリストとして、翁長知事と並んで辺野古移設反対を訴えていました。取材中だった沖縄タイムスの記者もスピーチを始めました。これでは記者なのか、反基地活動家なのか分かりません。 私自身、以前はそうした2大紙に疑問を感じつつ、積極的に声を上げることはなかった。「そう感じる自分がおかしいのだ」と思い込まされていたのです。 転機はやはり、尖閣問題でした。現実に遭遇したことで、反基地、反自衛隊を唱える2大紙の主張は何ら処方箋にならないと分かったからです。 私と同じような疑問を持つ県民は少なからず存在します。文字通りのサイレントマジョリティー(静かな多数派)です。 石垣市もかつては「革新の牙城」と言われてきた土地柄でしたが、この10年で大きく転換しました。保守系市長の誕生が一つの契機となり、柔軟な考えの若手市議が続々と誕生し、状況は雪崩のように変化しました。 サイレントマジョリティーは確実に存在し、石垣では声を上げ始めている。かつて「革新の闘士」だった人ですら「自衛隊配備も仕方ない」と話すようになりました。一つのきっかけで変わる。沖縄本島でも同じように声が上がり始めれば、状況は劇的に変わる可能性があります。 まずは、沖縄県民が毎日読まされている新聞の欺瞞(ぎまん)性に気づくことが重要です。私自身も記者なので、記事の裏に込められている情報操作、県民を特定の方向に誘導しようとする意図が分かる。そういう隠された意図に気付いてほしいと思い、自分なりに情報発信に努めているところです。(聞き手 産経新聞・千葉倫之)なかあらしろ・まこと 八重山日報編集長。昭和48(1973)年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、平成11(1999)年に石垣島を拠点とする地方紙「八重山日報」に入社、22年から同紙編集長。イデオロギー色の強い報道が支配的な沖縄のメディアにあって、現場主義と中立を貫く同紙の取材・報道姿勢は際立っている。著書に『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』(産経新聞出版)。

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    負担軽減に大きく貢献する辺野古移設 沖縄の「争い」を喜ぶのは誰か

    森本敏(拓殖大学特任教授) 19年前の1996年4月、日米間で普天間基地返還を合意したのは、当時の沖縄がそれを最優先として要望したからである。それから代替施設の場所が検討され、岸本建男市長(当時)が名護市辺野古に受け入れを容認するという苦渋の決断を表明したのは99年末のことである。 その後、2006年に日米間で合意されたV字型施設に基づいて協議が行われ、環境影響評価も実施された。鳩山由紀夫政権になって手続きは一時、停滞したが、13年12月に仲井真弘多前知事が代替施設工事を承認するまで一貫して手続きはすべて法律に基づいて行われている。あらゆる議論が尽くされた その手続きについて沖縄県職員を含め法的な瑕疵(かし)があったとは思えない。県職員の合法的手続きに従って行われた検討作業の結果をふまえて前県知事が工事を承認した際、県知事の承認のみに法的瑕疵があったとも考えにくい。 その間、普天間基地問題はあらゆる議論が尽くされ結論を得たのである。政府は沖縄の意見にも十分、耳を傾けてその実現にできる限りの努力を行ってきた。翁長雄志知事は賛成だった時期もある。名護市辺野古沿岸部 今は工事を迅速に実行し、普天間基地返還の早期実現を期するのみである。それが日米同盟間の固い約束であり、沖縄の当初からの要望を実現する手立てでもあり、普天間基地の固定化を防ぐ唯一有効な解決策でもある。政府は仮に難題が起こっても断固として、この工事計画を推進することとしており、その決心に揺るぎはない。 辺野古施設の計画は、長い時間と協議を経て周辺住民の安全と騒音と環境に配慮し、航空機の離陸と着陸方向を主として海上で行うよう設計されている。これ以上、施設を沖合に出すと埋め立て面積が増え環境上問題があり、経費もかかる。これ以上陸地に近くすると、騒音や安全性に問題が出る。 この施設を使う航空機は海上に向かって離陸し、海上から進入するように設定されており、住民の意向を十分に踏まえた安全設計になっている。しかも、普天間基地の返還を実現するためにはできる限り早期に工事が終了するよう地元の協力も頂く必要がある。代替施設の埋め立て面積は普天間基地の3分の1になり、沖縄の負担軽減に大きく貢献する。安全保障は国の重大な任務 政府は普天間基地だけでなく嘉手納以南の土地・施設の返還や訓練移転、日米環境特別協定の締結に努力し、沖縄の負担軽減のために絶えざる努力を進めている。経済振興予算についても他県と比べて十分、配慮して対応している。 確かに普天間代替施設建設に反対する民意が沖縄にあることは理解する。しかし、今の日本が置かれている安全保障環境をみると、かつて米軍がフィリピン基地から1990年代初めに撤退したあと、中国が力の空白を埋めるように南シナ海に入りフィリピンの占有していた島嶼(とうしょ)を力で占拠したことを忘れるわけにはいかない。 西沙諸島における中国との海上戦闘で負けたベトナムが西沙諸島から追い出されて南沙諸島に転進したことも力による現状変更の例である。一たび他国に占有された領土を取り戻すのには、どれだけの努力と犠牲が必要になるかは歴史と事実が証明するところだ。 われわれは在沖米軍と日本の防衛力を組み合わせて、対応力と抑止力を機能させ南西方面の領土保全を確保しようと努力している。国家安全保障という仕事は国の重要な任務であり、地方自治体の第一義的な任務でも義務でもない。民意は理解するが国家の安全保障政策は国に任せるべきだ。知事は思い違いをしていないか 沖縄は日本の最も重要な地域の一つであり、県民にも日本全体の安全保障という観点から、在沖米軍の機能と役割を受けとめてほしいと思う。このまま事態が進むと普天間基地問題をめぐって政府と県の間で法的措置に関する攻防が続き、その後は長い期間をかけた法廷闘争になる可能性もある。 日本国内で見苦しい争いをやっているのを喜んで見ている隣国があろう。これが日本の将来や同盟関係や日本の国益にとってどのような利益になるというのか。日本が国内を発展させ国際社会に向かって一層、重要な役割を果たし、そのような日本を世界の人々に示すべき時に国連人権理事会で訴えるなどという手段が、日本への評価や日本人らしさを世界に高らしめることになるのか。 これは安全保障政策問題であり人権問題ではない。われわれは沖縄を差別したことはない。私にも沖縄に友人がいるが、差別観を持って接したり特別扱いをしたりしたことはない。それは誰とて同じであろう。日本人の良さは平和と繁栄を求める穏健なバランス感覚を大切にしている点にある。 この際、改めて静かな多数の日本人(サイレントマジョリティー)に聞いてみたい。普天間基地代替施設は将来にわたる日本の安全保障上、ぜひとも実現すべき事業である。翁長知事は少し思い違いをしておられるのではないか。

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    沖縄県民の本音を封殺、「政治運動」の本体を突き止めよ

    西村眞悟(前衆院議員) 本日の産経朝刊にある田久保忠衛さんの「正論」は、この度の参議選挙の結果を、的確に、かつ、見事に、「国際政治の流れに沿った新生日本の歴史的うねりが始まった」と大観され、安倍総理に歴史的使命を果たせと促されている。 さらに、「危険な政治家はどちらか。参院選で国民は真贋を見分けたと私は考えている」と田久保さんは述べられている。その通りだと思う。 但し、沖縄は違う。沖縄は、まことに残念だ。「危険な政治家」が選ばれた。参院選挙は、「内政問題」だと思い込んでいたら危険だ。我が国、特に沖縄は、「内政干渉」に曝されているからだ。そして、沖縄を奪おうと目論む敵が喜ぶ選挙結果が出たのだ。田久保さんは、今日の「正論」で、直ちに、集団的自衛権行使の憲法解釈変更を行うことと、日本版NSC(国家安全保障会議)を設置すべしと書かれている。全く同感だ。  しかし私は、沖縄の選挙結果を見て、NSCと同時に「スパイ防止法」の制定も急務中の急務だと思う。何故なら、例えばNSC一つをとってみても、これが機能するか否かは、NSCの決定過程に外国の干渉がないということと、決定過程の内部情報が敵に筒抜けになっていないということが確保されていることにかかっている。しかし、現在、日本は「スパイ天国」で、その保障はどこにもない。安倍内閣と与党内さらに野党を含む全政界が外国のスパイ活動のターゲットにされ、その内部にスパイが「うようよいる」ならば、やっと始まった「新生日本の歴史的うねり」が如何に歪(いびつ)に変容させられるか分からないではないか。 この度の参院選挙においても、パチンコ店の駐車場フェンスに政党のポスターが貼られていた。しかし、目に見えるのはこれくらいで、外国勢力が如何に我が国の選挙に関与しているか、スパイ防止法がないので全く分からない。  我が国を弱体化させる急所は沖縄と原発である。そして、反基地と反原発の街頭パフォーマンスを観ていて感じたのは、日本人的ではないということだ。 スパイ防止法の制定は、我が国の再興のために死活的に重要である。 最後に、沖縄についての思い出と今月初旬に沖縄を訪問した時のことを書いておきたい。 昭和四十三年八月の末、二十歳の私は、一人で北海道西北端の稚内から船に乗って樺太に最も近い島である礼文島に行った。その礼文島の宿で沖縄から来た同年代の男と泊まりあわせた。日本最北の島で日本最南の島から来た男に会ったのだ。「沖縄って、どんなとこや」と私は尋ねた。「日本であって、日本でないとこだ」と男は答えた。まだ、沖縄は本土復帰前だった。 北海道から大阪に戻ってしばらくすると、新聞に、沖縄のアメリカ軍基地の前で演説をしていた社会大衆党のちょび髭を生やした安里積千代という小柄な初老の政治家が、銃剣を構えたアメリカ兵に押されてのけぞっている写真が掲載された。沖縄では、未だにアメリカ兵が銃剣を構えて島民を蹴散らすのかと怒りがこみ上げると共に、敗戦以来未だに続く沖縄県民同胞の苦労を思った。その年の末、大阪で沖縄復帰を求める集会があり、弁士にその安里積千代さんが沖縄から来た。登壇した積千代さんが、小柄な体からは予想できない大声を出した。そして、迫力ある演説をした。我々は、断じて沖縄を取り戻そうと思い決した。  以上は、昭和四十三年のことである。 本年(平成二十五年)七月一日、私は沖縄に行った。集会の講師を頼まれたからである。目的はもう一つあった。参院選挙で比例区の中山恭子さんへの投票依頼だ。沖縄に着いてから、沖縄の友人から、選挙区選挙の立候補者が、あの安里積千代さんの孫だということを知った。沖縄返還に燃えた二十歳のころの記憶が甦った。そして、集会では、比例区は中山恭子さんを頼み、選挙区では安里さんを頼んだ。 この集会のおおよその模様は既に本時事通信で書いたが、集まった人々が、安里さんの名前を私から聞いた時の反応のなかに安里さんの敗因があるように思う。この集会に集まった人々は、安里さんの名を聞いてしらけていた。何故なら、この人々は、普天間基地を速やかに日米合意通り辺野古に移すべきだという考えを持っていたからだ。ところが、自民党沖縄県連は、辺野古移転を明言せず、安里さんも明言しない。従って、ここの人々は沖縄の自民党は、「自由共産党」だと苦笑しながら言っていた。 つまり、沖縄では自民党の候補者である安里さんも、「反基地」を言っていたのだ。これでは、「反基地」運動の本家本元に勝てるはずがない。安里さんは、敵(支那)の狙いは何か、沖縄を守り日本を守るためには、何が必要か、これを明確に訴えるべきであった。私の接した沖縄の皆さんは、それを待っていた。自民党と安里さんが、それを語らなかったので、しらけていたのだ。 とはいえ、沖縄県民の日本人としての本音を封殺し、あたかも「特殊な島」であるかのような情報のみを発信する沖縄のマスコミは、何にコントロールされているのか。天皇皇后両陛下の沖縄行幸に際し、七千名以上の県民が日の丸と提灯を持って両陛下をお迎えしたことを一切報道しない沖縄のマスコミは、事実を伝えるマスコミではなく、一種の「政治運動の機関誌」である。では、その「政治運動」の本体は何処にあるのか。これらを、スパイ防止法によって突き止めねば、我が国の危機は止めどなく進行する。もはや、一刻の猶予もならない。

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    良識ある沖縄の人々に尋ねたい 沖縄はどうあるべきなのか

    田久保忠衛(杏林大学名誉教授) 「普通の県」目指す努力を 何もいまに始まったことではないが、東京と那覇とのやり取りを観察していると、うんざりする意味で「沖縄疲れ」に陥る。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に対して翁長雄志知事は「新基地建設反対」を唱え、沖縄防衛局が辺野古沿岸部の海底に設置したコンクリート製の大型ブロックが「サンゴ礁を傷つけている。前知事時代に県が岩礁破砕を許可した区域外の設置だ」と注文をつけ出した。あらゆる手段で移設を阻止するという。 2月22日には与那国島で自衛隊配備の是非を問う住民投票が実施された。幸いにして受け入れは認められたが、中学生以上の未成年者と永住外国人に投票権を与える、異常な投票であった。 記憶に新しいのは石垣市、竹富町、与那国町1市2町の中学校教科書採択地区で、竹富町だけが決定に反した行動を取り、国はコントロールできなくなった。国家の専管事項である外交、防衛、教育、エネルギー政策などの枠を沖縄だけがはみ出しているにもかかわらず、誰もが口に蓋をしている。日本における米軍基地の負担が沖縄に集中してきたとの「東京」の罪の意識と、その心理を結果的に利用してきた「那覇」の葛藤に根本の原因がある。 日本が国際社会の中で自らが置かれた立場をいかに知らないかは、1990~91年の湾岸戦争で資金の提供以外に血も汗も流そうとせず、各国から奇異の念を抱かれたことで痛いほどに感じたはずだ。安倍晋三政権は日本を「普通の国」にしようと努力しているところだが、沖縄も「普通の県」を目指してほしい。まるで独立した国の指導者 翁長知事が先の県議会で読み上げた所信表明演説の目玉は辺野古移設反対だけだった。「沖縄を取り巻く現状の認識」の項目には、日本がどのような方向を目指し、その中で防衛の第一線に位置する沖縄がどうあるべきかには全く触れていない。沖縄県尖閣諸島の領海に中国の公船が入っている現状も、北朝鮮の脅威も知事の念頭には全くないらしい。沖縄返還前の米軍嘉手納基地=昭和44年2月 一方で、これまでの沖縄県知事の中には、基地問題などで米政府と直接交渉するためワシントンを何回か訪れた人物もいた。あたかも、沖縄は日本から独立した琉球国の指導者であるかのような言動には、日米両国にも首をかしげた向きは少なくなかったろう。 翁長知事も4月にワシントンに県駐在員として平安山英雄氏を派遣する。2月25日付の沖縄タイムス紙のインタビュー記事を読んだが、「名護市辺野古の新基地建設反対、米軍普天間飛行場の危険性除去は翁長知事の重要政策だ」との質問に対し、平安山氏は「知事の公約と政策を実現するため、しっかりと手伝いたい」と答えていた。これは沖縄の伝統、文化や県産品の対米PRとは性格が違う仕事だ。平安山氏は琉球国の駐米大使になったつもりなのか。 沖縄国際大学で2月15日に「道標求めて-沖縄の自己決定権を問う」とのテーマによるシンポジウムが開かれた。姜尚中聖学院大学長は1854年に琉球国と米国との間で結ばれた琉米修好条約や琉球併合(「琉球処分」)を起点に、沖縄の自己決定権をめぐる問題を抱えた他地域との連帯によって問題を普遍化していくべきだと述べた(琉球新報2月16日付)そうだ。辺野古移設に抗議する県民集会の記事は地元2紙によって派手に伝えられているが、「政府」と書けばいいのになぜ「日本政府」と表現し、「日本人警備員がゲート前に集合」などと不可解な言葉を使用するのか。危険性はらむ反日的ムード 私は沖縄の復帰が決まる前に1年余り那覇に住んでいたが、その際、琉球独立論者が地元紙に「復帰に条件をつけよう」との趣旨の意見広告を出した。責任者の画家で政治評論を書いた山里永吉、かつて共産党の大物だった仲宗根源和、琉球政府文化財保護委員長の真栄田義見氏らには親しくしていただいた。一部の人々は台湾の国民党と関係があったようだし、歴史的にヤマトンチュー(大和人)への反感もあったろう。 が、全員に共通していたのは島内に林立する赤旗、赤鉢巻き、赤襷(たすき)によって沖縄の存在感がなくなるとの危機感だった。意見広告に明瞭に書かれているように、本土復帰に条件をつける運動であり、独立が実現すると考えていた人は一人もいなかったように思う。 2紙が競って煽(あお)り立てる「反日的ムード」は中国の軍事的進出、米国の内向き傾向という現状の中で、特別の危険性を孕(はら)んでいる。 沖縄戦末期に通信手段を失った県に代わり、海軍次官宛てに「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電したのは大田実海軍少将(のち中将)だった。大田は国のために戦った県民に感動しこの電報を打ったのであって、国際情勢や国の置かれた立場に無頓着な今の沖縄を目にしたら、どのような感想を述べるだろうか。良識ある沖縄の人々にお伺いしたいのだ。(たくぼ ただえ) 

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    相次ぐ辺野古建設反対表明 米国の人たちの良識に期待する

    猪野亨(弁護士) 米国のケンブリッジ市議会で、辺野古建設反対決議が上がったと報じられています。「アメリカの議会、また辺野古建設反対決議 全会一致でケンブリッジ市議会」(沖縄タイムス2015年12月24日) その決議の内容も素晴らしいです。 「新基地建設計画の当事者を米政府と位置付け、大浦湾の環境破壊や県民の人権侵害など、新基地建設をめぐる米側の責任に言及。大浦湾に生息する262種の絶滅危惧種を含む5334種の生物を守ろうと日米両国の環境団体などが米国防総省を相手取り訴訟を起こしたが、日米両政府が工事を強行しようとしている現状を批判。キャンプ・シュワブ前などで非暴力で抗議する民間人らが逮捕されるなど沖縄の民主的権利が侵害されていると指摘した。」 そして、ケネディ駐日大使の辺野古移設が最善とする発言に対する識者による抗議声明です。「辺野古最善は「侮辱」 米識者70人、ケネディ氏発言に抗議声明」(琉球新報2015年12月24日) 「映画監督オリバー・ストーン氏や言語学者ノーム・チョムスキー氏ら米国の文化人や識者ら70人は22日、ケネディ駐日米大使が17日の日本記者クラブでの記者会見で米軍普天間飛行場移設に関して、名護市辺野古への移設が最善だとの考えを示したことに抗議する緊急声明を発表した。声明は大使の発言について「(辺野古移設計画に)激しく反対してきた沖縄の圧倒的多数の人々に対する脅威、侮辱、挑戦であり、同時に法律、環境、選挙結果を軽視する行為だ」と批判した。その上で「米国市民として、米政府が沖縄市民の基本的人権を否定することをやめるよう強く要求する」とし、辺野古移設をやめるよう訴えた。」オリバー・ストーン監督 米国も大きく変わりつつあるのかなと思います。 これまで米国は大統領選挙でも日本に負担を押しつけることの公約を競ってきたものですが、まだ小さな声とはいえ、このような良識的な声が具体化するなどというのは、とても画期的なことだと思います。 正直なところ、この内容を読んだとき、とても感慨深い気持ちになりました。感激といってもよく、自国政府をこのような形で批判できるところに大きな期待がふくらみます。「沖縄を犠牲にすることだけしか頭にない安倍政権、異議を唱えだした米国社会、バークレー市議会」 これにひきかえ安倍政権ときたら、普天間にディズニーランドを招致するなんて言い出す始末です。 おもちゃを買ってやるから我慢しろと言っているようなもので、どこまで沖縄県民をばかにすれば気が済むのでしょうか。 そういえば、このディズニーランドの話、いつの間にか立ち消えになったのでしょうか。 日本の恥です。<ケネディ駐日米大使発言への抗議声明全文> 12月17日、東京の日本記者クラブでの記者会見で、キャロライン・ケネディ駐日米大使は辺野古が米海兵隊の新基地の場所として最善であるとのオバマ政権の主張を忠実に繰り返した。 米国は「良き隣人」であろうと努力しており、また沖縄本島の約20%を占める何十もの米軍基地を抱える地域社会への影響については「気を配る」という丁寧なコメントをした後、ケネディ大使は沖縄の人々が容赦ない実力行使と威嚇にもかかわらず何百日も抗議活動をしている基地に対しての支持を表明した。 (記者会見で)「基地建設に対する沖縄の人々の反対についてどう思うか。また米国は代替案を検討するのか」との質問に対し、ケネディ大使は「この計画(現在人口の密集する宜野湾に位置する米海兵隊基地を閉鎖し移設する)は人々が大変懸命に努力し、多くの選択肢を検討し、練り上げてきたものだ。だから私は今まで検討された計画でこれが最善のものと思っている」と答えた。 米国が普天間飛行場を閉鎖し、辺野古に基地建設を一刻も早くすることを求めているというケネディ大使の発言は、この計画に激しく反対してきた沖縄の圧倒的多数の人々に対する脅威、侮辱、挑戦であり、同時に法律、環境、選挙結果を恥ずかしげもなく軽視する行為である。 普天間飛行場は閉鎖されなければならないが、辺野古に移設することは解決策とはならない。この計画はより人目につかない場所に問題を移すだけであり、島の別の場所に新たな環境・安全の脅威を導入し、沖縄の米軍拠点としての役割を強化するものだ。 ケネディ大使は日本記者クラブのゲストブックに、ジョン・F・ケネディ大統領による報道の自由についての発言を引用しながら署名した。しかし大使が引用するべきはむしろ、ケネディ大統領が世界平和について力強く、説得力のある主張を行った1963年のアメリカン大学卒業式での演説だったのではないか。 ケネディ大統領は言った。 「戦争に絶望し、平和をもたらすことを望む思慮深い市民は誰でも、まず内面を見ることから始めるべきだ―平和の可能性への自らの態度を調べることを…」 ケネディ大使は沖縄の人々の懸念に対し、誠実に尊厳を持って取り組む勇気も度胸も持たないような米国の選挙で選ばれた公職者、政策立案者、軍の指導者たちの代弁者としての役割を果たしている。大使は父親が「アメリカの軍事力によって世界に強制的にもたらされるパックス・アメリカーナ(米国による平和)」を拒絶した演説をもう一度読むべきだ。 もし再読したならば、ケネディ大使は父親が「平和とはつまり基本的に、荒廃の恐怖を感じることなく生活できる権利、自然の空気をそのまま呼吸する権利、将来の世代まで健全に存続する権利といった人権に関する問題ではないか」と問うたことを思い起こすことになるだろう。 これらの言葉はわれわれにとってまだ意味があるために、われわれは米国市民として、米政府が自己決定権、健全で安全な環境で暮らす権利を含む沖縄の市民の基本的人権を否定することを止めるよう強く要求する。ケネディ駐日米大使発言への抗議声明に署名した米識者<ケネディ駐日米大使発言への抗議声明に署名した米識者>(名字のアルファベット順、敬称略)▽クリスティーン・アン(DMZをわたる女性たち)▽ガー・アルペロビッツ(「ネクスト・システム・プロジェクト」共同代表、メリーランド大学政治経済学元教授)▽クリスチャン・G・アッピー(マサチューセッツ工科大学歴史学教授)▽サンディ・アリッツァ(翻訳家)▽ダビンダー・ボウミック(ワシントン大学近代日本文学准教授)▽ハーバート・ビックス(ニューヨーク州立大学ビンガムトン校歴史学・社会学名誉教授)▽コートニー・B・キャズデン(ハーバード大学名誉教授)▽ノーム・チョムスキー(マサチューセッツ工科大学言語学名誉教授)▽マージョリー・コーン(トーマス・ジェファーソン法科大学院教授)▽エリザベス・コリ―ジョーンズ(ハーバード大学)▽フランク・コスティグリオラ(コネチカット大学歴史学教授)▽ボブ・クッシング(ジョージア州セント・ジョセフ教会神父)▽サーシャ・デイビス(キーン州立大学助教授)▽ジーン・ダウニー(著述家、「京都ジャーナル」寄稿編集者)▽アレクシス・ダデン(コネチカット大学歴史学教授)▽リチャード・フォーク(プリンストン大学国際法名誉教授)▽ジョン・フェッファー(「フォーリン・ポリシー・イン・フォーカス」ディレクター)▽ノーマ・フィールド(シカゴ大学名誉教授)▽マックス・ポール・フリードマン(アメリカン大学歴史学教授)▽ブルース・ギャグノン(「宇宙への兵器と核エネルギーの配備に反対する地球ネットワーク」コーディネーター)▽ダニエル・H・ギャレット(元国務省外交局職員、アジアインスティテュート研究員)▽ジョセフ・ガーソン(アジア太平洋平和と非軍事化ワーキンググループ)▽ゲリー・ゴールドスタイン(タフツ大学教授)▽マイク・グラベル(元米国上院議員)▽メル・ガートフ(ポートランド州立大学政治学名誉教授)▽モートン・ハルペリン(元米政府高官)▽ローラ・ハイン(ノースウェスタン大学教授)▽ダッド・ヘンドリック(ベテランズ・フォー・ピース)▽ミッキー・ハフ(ディアブロ・バリー・カレッジ歴史学教授)▽パット・ハインズ(「トラップロック・センター・フォー・ピース・アンド・ジャスティス」ディレクター)▽カイル・イケダ(バーモント大学日本語准教授)▽ビンセント・イントンディ(モンゴメリー・カレッジ歴史学准教授)▽ゼニ・ジャーディン(ジャーナリスト)▽レベッカ・ジェニソン(京都精華大学人文学部)▽ジャン・ユンカーマン(ドキュメンタリー映画監督)▽シーラ・K・ジョンソン(人類学者)▽カイル・カジヒロ(「ハワイ・ピース・アンド・ジャスティス」理事)▽タラック・カウフ(ベテランズ・フォー・ピース理事)▽ピーター・カズニック(アメリカン大学歴史学教授)▽バリー・レイデンドーフ(ベテランズ・フォー・ピース会長)▽ジョー・ローリア(元「ウォール・ストリート・ジャーナル」国連担当記者)▽ジョン・レットマン(ジャーナリスト)▽スタンリー・レビン(ベテランズ・フォー・ピース)▽C・ダグラス・ラミス(沖縄キリスト教大学大学院客員教授)▽キャサリン・ルッツ(ブラウン大学教授)▽アンドリュー・R・マークス(コロンビア大学教授)▽ケネス・E・メイヤーズ(ベテランズ・フォー・ピース)▽ヨシ・マッキンタイア(学生)▽キャサリン・ミュージック(海洋生物学者)▽クリー・ピーターソン―スミス(クラーク大学地理学部博士課程)▽ロバート・ナイマン(「ジャスト・フォーリン・ポリシー」政策ディレクター)▽クーハン・パク(「グローバライゼーションを考える国際フォーラム」プログラム・ディレクター)▽サミュエル・ペリー(ブラウン大学准教授)▽マーガレット・パワー(イリノイ工科大学歴史学教授)▽クレイグ・キロロ(「レイプ・リリーフ」創立者)▽スティーブ・ラブソン(ブラウン大学名誉教授)▽ベティ・A・レアドン(「平和教育に関する国際研究所」創立者)▽ローレンス・レペタ(ワシントン州弁護士会)コリーン・ラウリー(元FBI捜査官、弁護士)▽アーニ・サイキ(「モアナ・ヌイ・アクション・アライアンス」)▽ピート・シマザキ・ドクター(ハワイ・沖縄アライアンス)▽ティム・ショロック(ジャーナリスト、労働運動家)▽アリス・スレーター(「ワールド・ビヨンド・ウォー」調整委員会)▽ジョン・スタインバック(首都エリアヒロシマ・ナガサキ平和コミティー)▽オリバー・ストーン(映画監督)▽デイビッド・スワンソン(著述業)▽ロイ・タマシロ(ウェブスター大学教授)▽エリック・ワダ(御冠船歌舞団会長)▽ローレンス・ウィットナー(ニューヨーク州立大学アルバニー校歴史学名誉教授)▽アン・ライト(元米陸軍大佐)(「弁護士 猪野 亨のブログ」より2015年12月24日分を転載)

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    辺野古移設は日本の利権の話 米軍の要請ではなく国防無関係

     普天間飛行場の辺野古移設に関する政府と沖縄県のバトルが過熱している。菅義偉・官房長官は翁長雄志知事に対し、「住宅密集地にある普天間飛行場の危険性除去」のために辺野古移設の同意を迫っている。だが、それでは「なぜ移設先が辺野古なのか」の説明がつかない。県外や国外への移転も検討できるからだ。 政府が最近、ゴリ押しする理屈は、「日米間の信頼関係が悪化して、外交・防衛上の損害が生じる」というものだ。要は、基地移設が遅れてアメリカが怒ると日本の国防が危うくなるという主張である。自衛隊幹部OBがいう。新基地建設による辺野古埋め立て工事に反対するデモ=9月12日、東京・国会前(長尾みなみ撮影)「辺野古基地に駐留するのは海兵隊。海兵隊は敵地の海岸へ強行上陸するための部隊で、国土を防衛する目的もなければ、能力もない。国防の喫緊の課題である尖閣諸島など島嶼部防衛にも役に立たない」 そもそも小泉政権時代に決められた在日米軍の再編合意書には、島嶼部への侵略に対処するのは日本、つまり自衛隊の責任であることが明記されている。尖閣有事に際し、辺野古に米海兵隊がいても出動することはないのだ。“日本の安全を守るため”というお題目は崩れている。「米軍は海兵隊をグアムに移転させるロードマップを描いていたが、小泉政権時に“沖縄にいてほしい”と辺野古移設を提案した経緯がある。小泉首相は政権幹部が辺野古は環境へのダメージが大きいので止めるべきだと進言すると、“二度とその話をするな”と一喝した。そもそも、辺野古移設は日本側の利権の話であって、米軍側の要請でもなければ、国防とも関係がない」(当時の官邸スタッフ) 高村正彦・副総裁は、3月27日に訪米するとカーター米国防長官に「国会を延長させ安保法制関連法案を今国会中に成立させる」と大見得を切った。米大使館関係者は唖然とする。「安倍政権は我が国が喜ぶと思って辺野古も安保法制もTPPも進めているが、そんなことは望んでもいない。よほど4月末の訪米と首脳会談を実現したかったのだろうが、一方的でピント外れのラブコールにオバマ大統領は困惑している」関連記事■ 基地負担減らす米軍再編 沖縄の反対は理屈に合わないとの声■ 櫻井よしこ氏 鳩山政権の辺野古移設拒否は理解不能と指摘■ 野田首相 女性番記者からバレンタイン・チョコ0の記録樹立■ 安倍政権と沖縄の対立激化 辺野古移設作業は民主主義の破砕■ 日本は地元の意思尊重し過ぎる過剰コンセンサス社会との指摘

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    【徹底討論】「沖縄問題」としての基地問題の来歴と現状

    宮城大蔵(《司会》上智大総合グローバル学部教授)遠藤誠治(成蹊大法学部教授)平良好利(獨協大学地域総合研究所・特任助手、法大兼任講師)米軍基地の約74パーセントが沖縄に集中する中で、普天間基地の辺野古移設をめぐり沖縄と本土の対立が深まっている。沖縄をめぐる問題を3人の国際政治学者が様々な角度から浮き彫りにし、状況打破の糸口を探る。本土と沖縄、かみ合わない議論(左から)遠藤誠治氏、司会の宮城大蔵氏、平良好利氏宮城 今回はまず沖縄をめぐる現状をどう見ているのかについて、お聞きしたい。遠藤 沖縄の基地問題は、本土では沖縄の問題と受け止められているのに対して、沖縄では、基地問題は日本全体の問題として受け止めている。その負担もまた日本全体で公正に分かち合うべきだという主張の上に、普天間飛行場の返還、辺野古での「新基地建設」反対が論じられている。沖縄の基地問題について、本土の人々および政府と、沖縄県および沖縄の人々の間で必ずしもかみ合った議論が行われていない。 安倍政権は辺野古の「新基地建設」については既に地元の了解を得ているとして、2014年11月の沖縄県知事選挙、12月の衆議院議員選挙など多様な機会を捉えて沖縄県民が示してきた民意を一切考慮しない姿勢をとっている。現在のところは、沖縄対本土という対立の構図があまりにも明確で、建設的な解決の方向も見えていない。 日本を取り巻く国際環境や安全保障状況が改善されれば、沖縄の基地の必要性について冷静な議論が可能になるので、基地問題の行方について多様な可能性を探究する余地が生まれてくる。しかし、尖閣問題についてはここしばらくの間は、日中間で落ち着きが得られているものの、南沙諸島の問題が緊迫感を増すと、米軍内でも日本本土から見ても、沖縄の基地の必要性が改めて強調され、米国の対東アジア関与を希薄化するような議論への共感が得にくくなる。 特に本土では、安全保障上の関心が最重要事項となり、そのためには沖縄の米軍基地が必要だという論理や思い込みが強くなっている。純粋に軍事的な観点から見て、中国を抑止するために沖縄の基地が不可欠なのかという点について検討がなされるべきであるにもかかわらず、日本政府や本土の国民は、「中国を抑止する必要があり、抑止するためには基地が必要で、基地は沖縄になければならない」という考え方以外の方法に耳を傾ける余裕を失っている。 沖縄の人たちは、日本全体の安全保障、沖縄県住民の安全な生活環境、基地撤去から得られる経済的利益、埋め立てで基地を作ることにともなう生態系の破壊の危険性など、いろいろな理由があって、それらについてかなり熟慮した上で新基地建設に反対を表明している。しかし本土ではそうした深みや広がりのある議論を理解しようとする姿勢そのものが欠けている。 このように、沖縄県民および沖縄県庁と政府の対話が行える環境としては、良くない方向に向かっており、本土と沖縄が対立しているという構図ばかりが強調されてしまっているというのが私の認識だ。沖縄に残る「敗戦国日本」の姿平良 少し別の観点から言うと、私はいまの「沖縄の姿」そのものが戦後日本のありかたを凝縮的に象徴していると思っている。これは沖縄の問題ではなく、しかも沖縄対日本という枠組みでもなく、戦後日本の問題として議論を組み立てていく必要があると考えている。 いまの「沖縄の姿」が問いかけているものは2つあって、1つは主権国家としての日本の在り方。もう1つは民主主義国家としての日本の在り方だ。 現在沖縄では、名護市長選挙、沖縄県知事選挙、衆議院議員選挙のすべてにおいて辺野古移設反対を主張する候補者が当選したにもかかわらず、政府はその民意を無視しているというかたちで、民主主義の問題を提起している。けれども私は、そのレベルでの民主主義の問題ももちろん重要だが、もっと根本的に、民主主義国家を成り立たせている前提のレベルから議論する必要があると考える。すなわち、防衛負担の平等にかかわる問題だ。こうした2つの観点から問題を捉え直さなければ、なかなか展望は開けないのでは思う。宮城 もう少し具体的に言うとどういうことか。平良 日本は1952年のサンフランシスコ講和条約の発効により、6年8カ月続いた占領を終わらせ、主権を回復した。その後、50年代には、本土に駐留する米軍の撤退と基地の縮小に取り組んでいる。これは60年代も続き、70年代には、あの関東計画に象徴されるように、首都圏からも多くの基地がなくなっていった。52年の段階で米軍基地(専用施設)は13万5200haもあったが、60年には3万3500ha、72年には1万9700ha、そして80年には8500haにまで削減されている(現在は8000ha)。 このように米軍撤退、基地縮小に日本の政治家たちをして動かしたのは何だったのか。安保改定を成し遂げた岸信介元首相の言葉を借りて言えば、占領の「残滓」の払拭。つまり、主権国家として「日米を対等の地位に置く」といったものが、強弱の違いはあれ、日本の政治指導者たちを突き動かす原動力になったと思う。60年の日米安保条約改定にしても、また72年の沖縄返還の実現にしても、根本的にはそうしたものを駆動力にして推し進められたと思う。これらの実現によって、日本は占領の「残滓」の払拭、「日米対等」の実現というものに、ひとまず “ケリ” をつけた格好にした。 しかし本当に “ケリ” をつけることができたのか。沖縄をみると、2万2700haという広大な米軍基地が戦後70年を経ったいまも残っている。沖縄戦から米軍占領期につくられた基地が、しかも戦勝国の力によってつくられた基地が残っている。この「沖縄の姿」をみると、果たして本当に日本は占領の「残滓」を払拭できたのか。あるいは敗戦国から脱することができたのか、と思う。主権国家の在り方が問われているとは、こういうことだ。基地問題にはもともと保守も革新もなかった宮城 ここに来て「オール沖縄」という形で「現行案」に対する反発が高まっている。これはどういうふうに理解すればいいのか。平良 沖縄内部の政治構造の変化を見る必要がある。沖縄では1960年あたりから本土から保革対立の枠組みが入ってくるが、この保革対立の政治構造をより仔細にみると、地域レベルの問題では保革が連携できる基盤のようなものがもともとあったことが分かる。 国家レベルの問題では、日米安保条約、米軍基地、自衛隊の存在をめぐって保革が対立するが、しかし地域レベルの問題では、基地の整理縮小と経済振興をめざすという意味では、両者の間に大きな違いはない。この点の理解が重要で、保守は「経済」、革新は「基地」や「平和」といった単純な分け方をすると、沖縄政治を捉え損なってしまう。 ただ、そうはいっても、保守は「経済」をより重視し、革新が「基地」や「平和」の問題をより重視したことは間違いない。だから、沖縄を取り巻く「現実」そのものが変わっていけば、つまり「基地もなく、豊かな沖縄県」という「理想」に近づいていけばいくほど、両者の距離が接近してくるのは、ある意味で自然なことだ。 米ソ冷戦の終結後、基地返還の可能性も見えはじめ、しかも経済振興によって基地への依存度も徐々に減っていったことから、保革がともに基地経済からの脱却と基地の整理縮小を現実の課題として射程内に入れ始め、両者の距離は事実上接近してくることになる。そうした沖縄内部の変化をまずはおさえる必要がある。経済と基地の交換に固執する本土政府経済と基地の交換に固執する本土政府遠藤誠治・成蹊学法学部教授遠藤 日本政府は、ずっと保守政権が続いてきた。沖縄復帰に向けてエネルギーを注いだ保守政権は、沖縄復帰後、基地問題そのものを解決するよりも、基地を引き続き沖縄に引き受けてもらう代わりに経済振興に取り組むという方法を採用してきた。基地固定化の代わりに行う経済振興の受け皿としての沖縄の保守勢力に肩入れしてきた。戦後日本を牽引してきた開発主義を沖縄に関しても集中的に展開する時に、沖縄にも保守勢力が必要だったということだ。 現状を見るならば、翁長雄志(おなが・たけし)新知事は保守で、翁長支持者も本来的には保守勢力という点に注目する必要がある。そして、沖縄の中の保守勢力が新基地反対を主張している現状は、「経済振興策を展開するから基地の問題では辛抱してね」という方法論が行き詰まっていることを示している。 経済面で見ると、例えば、沖縄を観光地として売り出し、リゾート開発などを行ってきたわけだが、一方で、基地を辛抱してもらう代わりに注ぎ込んだ資金でできた公民館のような箱物は、一時的に建設業界を潤すかもしれないが、結局のところ維持費がかさんで自治体財政を圧迫するし、経済的に見て持続的な開発にはつながらないことが明らかになった。そして、リゾートとしての沖縄が価値を高めていくと、基地の存在そのものはむしろ沖縄の経済的発展や自立にとって障害となるという理解が広がっている。 実際、基地跡地が返還されたところでは、新たな商業機会が生まれ、雇用が生まれるなど、プラスの経済的波及効果が大きいことが統計的にも実証されてきた。基地から得られる地代所得は波及効果が小さいのに対して、跡地を有効に活用すればその数倍の利益を生み出すことができる。つまり、基地に依存して何とかやっていくのではなくて、基地がなくとも繁栄できる、あるいは基地をなくした方がより大きな利益が得られることが示されてきたわけだ。こうした実例を基礎にして考えていけば、基地受け入れと開発の交換ではなく、基地返還と開発の両立でより大きな利益が得られるという点で、沖縄の人たちがまとまってきた。つまり、保守と革新の間には以前ほど強い対立がないということになっている。それが今の沖縄の姿ではないのか。 つまり、沖縄では、復帰以降の開発主義体制を脱した新しい方法の模索を、実績に基づいた形で展開しようとしてきた。そうした潮流が翁長知事の下で顕在化してきた。したがって、現在の沖縄が、純粋に基地問題として、海兵隊基地の撤去を求めているのみならず、経済的な利益の観点からも基地を障害と捉え、経済と平和という両方の観点から基地なしでやっていきたいと言っているのは、それなりに強固な基盤がある。 それにもかかわらず、本土の側は依然として、基地受け入れと開発の交換という古いやり方でいけば沖縄は黙らせることができるという姿勢でいる。そして、沖縄に定着してきた新しい潮流には耳を貸さないという姿勢を取っている。 つまり、沖縄の中で保守と革新が一体化していくプロセスが進行しているのに、本土の政府のやり方は全く変わらない。本土の旧来の論理は、もはや説得力を失っているということに気づきもしない。あるいは気づいていても、気づかないふりをして力で突破しようとしている。こうした形で本土と沖縄との関係が行き詰まってきたのだと考える。ターニングポイントとなった少女暴行事件宮城 おっしゃるように、構造的に行き詰まっていたものがあると思う。結果としてその「瓶の蓋」を抜いたのが、少女暴行事件であり、その後の普天間飛行場返還であった。普天間についていえば、もちろん返還はされたほうがいいのだが、一番の難題であるはずの「代替施設」について詰めないまま劇的なトップダウンで決定という「演出」が採られた。これは決定した橋本龍太郎首相自身、非常によく分かったうえでの一種の賭けだった。 沖縄県内での移設は本当に難しい。那覇軍港(那覇港湾施設)のように、何十年たってもそのままというのはごろごろしているわけで、橋本氏ほどの政策通の人ならそのことを熟知していただろう。しかし当時は大田昌秀知事の土地収用契約延長の代理署名拒否があったので、あのままいくと翌年には嘉手納をはじめ不法占拠状態が発生するという中で、沖縄の空気を変えるような劇的な手段が必要だと考えた上での決断であったといえよう。 一方で、橋本首相・モンデール駐日米大使による96年4月の普天間返還発表時には、「代替施設」については、沖縄の既存の基地内へのヘリパッド建設と部隊の本土などへの移設分散という話だった。それがどのような力学によるものか、瞬く間に長大な滑走路という話に拡大し、それをどこに持って行くかで橋本首相は悩んだ末に、海上浮体構造物という案に乗ったりした。 従来の日本政府の「沖縄政策」が潜在的に行き詰まりつつあったわけだが、それが普天間移設という非常に個別具体的な問題によって、一挙に全面化してしまった。鳩山発言「最低でも県外」の衝撃度遠藤 大きな問題にしてしまったのは、民主党政権の鳩山由紀夫首相だと思っている。それまでは、沖縄内部に、基地移設も期限をつけるなどいろいろな留保をした上ではあるが、最終的には受け入れようという勢力があったが、鳩山発言が触媒になって、もう県外でやっていけると本土だって言っているじゃないか、それならそうしてもらうべきだということになった。宮城 今の話だと、鳩山首相については否定的な評価か。遠藤 ポジティブ、ネガティブという言い方で評価するのはなかなか難しいが、鳩山首相の「最低でも県外」という発言が、沖縄の中にあったいろいろ異なる方向性を、1つの方向に束ねる役割を果たしたのだと思う。 私自身は、海兵隊の普天間基地は返還されるべきで、しかも県内移設なしでやっていく方法を模索したほうがいいと思っている。それは、既に述べたように、この点で沖縄の人たちの声が1つになっており、それに揺らぎがなさそうだと考えるからだが、そうした揺らぎのない声は、意図的だったかどうかは別にして、鳩山首相の発言を触媒として成立したと思う。宮城 沖縄からすると、鳩山発言に対し、本土がこぞって「うちも嫌だ」「うちも嫌だ」「なぜ沖縄じゃ駄目なんだ」と思っていることが明らかになってしまったという、もう1つの意味がある。遠藤 確かに、本土ではだんまりを決め込んで、結局、移設先はどこにも見つからなかった。それで、本土と沖縄の対立がはっきりしてしまったというか、差別の仕組みが見えるようになってしまったということか?宮城 差別と言うかどうかは別として、「今まで沖縄にあって慣れているのだし、これまで同様、沖縄で引き受けてくれればいいじゃないか」という本音のところが可視化されてしまったというのはある。行き詰った沖縄保守平良好利・獨協大地域総合研究所・特任助手平良 私も鳩山政権の影響は大きかったと思う。98年に大田知事が最終的に辺野古移設に反対し、その後、政府との関係が一気に悪化した。新しく知事になった稲嶺恵一氏は、やはり政府との関係をしっかりしないと経済振興もうまく進まないということで、15年の軍民共用案を条件にして辺野古移設を容認した。 「条件付き」というのが重要で、移設反対の県民世論が高い中、稲嶺県政としてもあまりに政府に迎合しすぎることもできない。かといって、県民世論に従い移設反対の立場に立てば、政府との関係がうまくいかなくなる。そうしたジレンマの中、何とかバランスを取りながらやったのが、稲嶺県政だったと思う。だから、保守の側も嫌々ながら辺野古移設を容認してきたわけだ。 それが、仲井真(弘多【ひろかず】)県政あたりから綻(ほころ)びが出て、鳩山首相が「最低でも県外」と言ったときに、ぎりぎりのバランスで成り立っていた沖縄保守の政治の在り方が、全部吹っ飛んでしまう。稲嶺元知事が「これで苦渋の選択をしなくてもよくなった」という趣旨の発言をしているが、これは稲嶺氏だけでなく、多くの保守の人たちの心情だったと思う。その結果、すでに実態としては政策距離が縮まっていた保守と革新が、手を結ぶことになる。その橋渡し役を保守の側で演じたのが、現知事の翁長氏だった。宮城 別の言い方をすると、大田知事は悩んだ末に最終的に辺野古移設の拒否を表明し、その大田知事を選挙で下して出てきた稲嶺知事は、「軍民共用で15年の期限付き」と、決して無条件で受け入れたわけではない。ところがこの「期限付き」は、2006年に米軍再編に関わる閣議決定がなされた際に、稲嶺県政からみれば事実上、一方的に破棄された。 稲嶺知事の後継者として出馬した仲井真氏は、「反対」を正面に掲げた対抗馬に対して、その時点での「現行案」には賛成できないというだけで、もっぱら経済問題に力点をおいた。 このように保守系の知事であっても、無条件に「受け入れ賛成」を掲げてきたわけでは決してない。仲井真県政時代に、市長と地元・辺野古と県知事が「受け入れ」でそろった瞬間があったといわれるが、逆に言うと、その前後を見ても、その「瞬間」しかそろったことがない。平良 鳩山首相の「最低でも県外」というのが大きかったが、もう1つ影響が大きかったのは、鳩山首相が辞めた後に、海兵隊の抑止力は「方便」であったと発言したことだ。さらに、2012年12月に森本敏防衛大臣が、「(普天間基地の代替施設は)軍事的には沖縄でなくても良いが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である」と明言したことは、決定的だった。 以前から沖縄のメディアには、海兵隊の駐留は必ずしも沖縄でなくとも可能だという日米の専門家や元政府関係者の意見が出ていたが、元総理大臣や現職の防衛大臣がそういうことを言ったもんだから、海兵隊の「抑止力」とは一体何だったのか、なぜ本土でも代替施設の建設が可能なのに我々がその負担を引き受けなければならないのか、といった疑問と不信が沖縄で急速に高まった。なぜ沖縄でなければならないのかなぜ沖縄でなければならないのか遠藤 現在、日本政府が語っていたり、日本国民が感じていたりする抑止力は、多分非常にアバウトなもので、米軍がいてくれる安心感みたいなものにすぎない。米軍がどこかに居てくれれば中国が台頭してきても守ってもらえるんじゃないかという感覚で、ちょっと言葉は良くないかもしれないが、多くの本土民にとってはお守りみたいなものだ。 ところが、沖縄で基地問題に直面している人たちから見ると、海兵隊がどこかへ出撃するのだとしたら、佐世保からわざわざ船を運んできて、沖縄で人を乗せてから出かけるのだから、効率性の観点から見ても、普天間ないし辺野古にないといけない理由は見当たらない。また、アフガニスタンへの駐留やイラク戦争、そしてイラク占領統治中は、在沖縄海兵隊の兵力は相当小さくなった。それにもかかわらず、特に大きな軍事紛争が起こったわけではない。 また、軍事的な観点で論理的に詰めて考えていってみると、海兵隊という軍隊のあり方からみて、抑止力として期待できるわけではない。つまり、沖縄の人たちにしてみれば、海兵隊が抑止力として沖縄に基地をもっていなければならないという論理的で説得力のある説明を聞いたことがない。 生活上の危険とか、騒音とか、海兵隊員の犯罪とか、さまざまな現実的な負担と、差し引き計算をしても、海兵隊の抑止力などという曖昧な主張を根拠にして自分たちが辛抱しなければいけない理由はない。ましてや元防衛大臣ですら沖縄でなくても本土の西部であれば、海兵隊の軍事的機能は維持可能だと言っているのだから、沖縄以外のところに海兵隊基地をもっていっても軍事的な安全保障は維持可能だ。それなら、日本全体の安全保障を、日本全体で負担を分かち合うことで、解決ができるはずだ。そうすれば、沖縄の負担は確実に軽減できると沖縄の人たちが考えたとしても、全く不思議ではない。 ちなみに、私自身は、中国の台頭と米国の相対的退潮という大きなトレンドがある中で、米軍が東アジアから撤退していくのは、確かに不安定要因だと思う。しかし、米軍自身が進めてきた「米軍再編」のプロセスの中で、グアム、ハワイなどに海兵隊を分散配置することが明らかになってきたし、実際に、オーストラリアのダーウィンにも配備されるようになった。こうした兵力の再配置を進めていく中で、沖縄本島に海兵隊の基地を常時設置しておかなくても、東アジア地域における抑止力を維持できるようなシナリオはつくれるのではないかと思っている。嘉手納基地の維持こそ大きな価値遠藤 この点から見て、沖縄の人たちが、嘉手納の空軍基地については、まだ縮小、撤去とは言っていない、ということを見逃すべきではない。米軍にとっては、世界全体での戦略的な配置を考慮するとき、嘉手納基地を維持することの価値はきわめて大きい。アメリカの日本および沖縄への確実なコミットメントを確保し、中国などにアメリカが東アジアにおける現状維持に関心を失ったという誤ったメッセージとなって伝わらないような、兵力の再配置計画は可能なはずだ、本来ならば、そういう提案を日本側からしても構わないはずだと思っているが、出て来ない。宮城大蔵・上智大総合グローバル学部教授宮城 この話は、「沖縄対本土」になってしまうことが問題点だ。中央政界では、これだけ政党の数がありながら、この問題については社民・共産を除けば多様性が全く出てこない。このまま「現行案」で押し切ったとしても、沖縄の反発は強まるばかりだろう。そのことが結局は、沖縄の基地に多くを依存する日米安保体制を不安定化させる要素となるのではないか。「辺野古」の話をそこまで深刻な問題にまで拡大させてしまって本当にいいのか。遠藤 アメリカの中でも地元に受け入れられていない基地への不安感が大きくなっている。特に、現役の軍人ではなくて、リチャード・アーミテージや、ジョゼフ・ナイといった政治的な判断をする人たちは、沖縄に代替基地をつくったとしても、安定運用できない。もう諦めたほうがいいと言っていたのに、結局、仲井真氏が最後に受け入れてしまったことで、アメリカの方が「なんだ、地元が受け入れて良いと言っているんだったら、自分たちが代替案を一生懸命考えたりしなくてもいいんだ」となってしまった。その意味では、仲井真氏の責任は非常に重いと思う。宮城 日本政府のほうは、過去に説明してきたこととの整合性に縛られて、ダイナミックな政策変更ができない傾向がある。戦後外交を見ても、結局、大きな政策変更の多くは、アメリカのイニシアチブから来ているようなところがなきにしもあらずだ。「国外」を言い出せなかったことにすべてが凝縮平良 やはり95年にあの少女暴行事件が起こったとき、国外移転、つまり日本から海兵隊を撤退させることを日本側が提起できなかった理由を考える必要がある。ここに問題が凝縮的に詰まっている。 1つの背景には、冷戦時代にできた固定観念を拭い去ることができなかったのではないか、ということがある。日本は少なくとも70年代前半までは、「対等性」と「安全確保」のはざまでジレンマにあった。つまり、在日米軍の撤退等によって占領の「残滓」を払拭し、日米を対等の関係にしていきたいという思いがある一方で、あまりに米軍が日本からいなくなってしまうと、今度は自国の安全確保に不安がでてしまうというジレンマがあった。 しかし、70年代前半までにかなりの米軍を撤退させ、しかも首都圏の米軍基地の返還も実現することになる。また60年には安保改定、72年には沖縄返還も実現する。先ほども言ったように、これで日米の「対等性」の問題にひとまず “ケリ” をつけた恰好となった。一方、70年初頭に米側が在日米軍の大幅撤退案を示した時、防衛庁・自衛隊の中では、日本防衛のための米軍兵力は「既に限界を割っている」、あるいは「今回の提案が最低限」といった意見が出され、米軍のさらなる撤退に懸念を示している。これは最近の研究で明らかにされたことだ。 つまり、政治のレベルで考えると米軍は撤退してもらいたいが、安全保障のレベルからみれば、これ以上の撤退は困るということになる。ここで日米の「対等性」の問題と日本の「安全確保」の問題がある種の均衡点に達したのではないか。 また、米軍の地上戦闘部隊は50年代末までに日本本土からいなくなり、唯一残っていたのが沖縄の海兵隊だったが、その海兵隊の本国撤退ないし韓国移転構想が、70年代初頭に米側から浮上してきた。これも最近の研究で明らかになったことだが、当時の防衛庁は、「極東のどの地域にでもいったん事あれば派遣できるという抑止力の役目を果たしている」といった考えで、海兵隊の沖縄残留を求めている。 こうした70年初頭に構築された海兵隊を含む在日米軍への評価が、冷戦終結後も、そのまま歴史の慣性として続いたのではないか。95~96年に国外移転を日本側が提起できなかった背景の1つには、こうしたものがあったのではないか。宮城 95年の事件のようなことはないことをもちろん強く願うが、確率的に未来永劫ゼロとは言い切れない。今の状況が続く中で何かしらの事件、事故が起きてしまったときに、本当にどうなってしまうのだろうかと考えると、非常に恐ろしい。遠藤 その感覚は、日本政府よりも米軍側に強いのではないか。日本政府は、基地を受け入れてもらう際の政治的な感覚が驚くほど鈍感だ。米軍のほうが、基地維持についてよりリアリスティックに考えている。宮城 あの暴行事件のときもそうだったように見える。当時の河野洋平外務大臣は当初、軽率な動きをすると日米安全保障が揺らぐというような姿勢だった。リベラルな部類の河野氏ですらだ。それに大田知事が強く反発して、代理署名拒否につながっていった。感度の違いとしか言いようがない。むしろアメリカのほうが実際に沖縄で基地を運営している分、感度がいいというところはある。平良 沖縄と本土との感覚の違いで言うと、本土では70年代までに米軍基地が大部分なくなっていく。それにあわせて事件事故も少なくなっていく。つまり、米軍や米軍基地という負の側面がなくなっていって、日米関係を正のイメージで捉える傾向が強くなり、しかも「日米同盟」という呼び名も広く認知され、その日米同盟を深化・発展させる方向で進んでいった。その流れが冷戦終結を経て今日に至るまで、基本的には続いていると思う。 一方、沖縄を見ると、広大な米軍基地がずっと存続しているわけだから、やはり負のイメージが強い。ここに本土と沖縄の現実の違い、また認識のギャップをみることができるのではないか。遠藤 72年の沖縄返還から40年以上経つことを考えると、あらためて本土と沖縄の感覚のずれが大きいことを実感する。みやぎ・たいぞう 上智大学総合グローバル学部教授。1968年東京生まれ。立教大学法学部卒業後、NHKで記者を勤めたのち、一橋大学大学院に入学。政策研究大学院大学助教授などを経て、現職。著書に『「海洋国家」日本の戦後史』(ちくま新書、2008年)、『戦後アジア秩序の模索と日本―「海のアジア」の戦後史 1957-1966』(創文社、2004年)など。えんどう・せいじ 成蹊大学法学部教授。1962年滋賀県生まれ。1988年東京大学大学院法学政治学研究科政治学専攻修士課程修了(法学修士)。1993年成蹊大学助教授を経て2001年より現職。1995年、2010年オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジ客員研究員、1996年ウェルスリー大学客員研究員。編著書に『グローバリゼーションとは何か』(かわさき市民アカデミー出版部、2003年)、『普天間基地問題から何が見えてきたか』(共編/岩波書店、2010年)、『シリーズ日本の安全保障』(共編/岩波書店、2014年)等。たいら・よしとし 獨協大学地域総合研究所・特任助手。法政大学兼任講師。1972年沖縄県生まれ。1995年沖縄国際大学法学部卒業。2001年東京国際大学大学院国際関係学研究科修士課程修了。2008年法政大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。主な著書は『戦後沖縄と米軍基地―「受容」と「拒絶」のはざまで 1945‐1972年』(法政大学出版局、2012年)。

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    翁長知事めぐるトンデモ話の数々 辺野古「移設阻止」 龍柱建造は推進…

    ケント・ギルバート(米カリフォルニア州弁護士、タレント) 日米両政府は、沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場を、名護市辺野古沖を埋め立てて滑走路を建設し、移設することで合意している。 民主党政権のいい加減な対応で、この計画は一度は頓挫しかけた。だが、第2次安倍晋三政権が2012年12月に誕生すると息を吹き返し、順調に進むと思われた。 ところが、那覇市長だった翁長雄志氏は「移設阻止」を掲げて14年11月の沖縄県知事選に出馬し、現職の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)氏を破って当選した。翁長氏は14日、辺野古の埋め立て承認を取り消す方針を正式表明した。翁長知事は「辺野古移設反対」を訴えるため米ワシントンを訪れた(共同) 私も辺野古移設が最善策だとは思わないが、国防に関する国家間の合意を、県知事1人の裁量で反古(ほご)にできるのなら、日本の統治制度には致命的な欠陥がある。 県議時代の翁長氏は自民党に所属し、辺野古移設推進決議案が可決された際は、旗振り役を務めた。那覇市長時代も辺野古移設に賛成していた。 しかし、県知事選では、共産党や社民党などの推薦を受け、「移設反対」を唱えた。ぜひ、宗旨変えの経緯と理由を詳しく知りたい。 そもそも、普天間移設は、宜野湾市民の「市街地の危険な基地を無くしてほしい」という要望から始まった。「移設阻止」は宜野湾市民の期待を打ち砕く、裏切り行為ではないのか。翁長氏は宜野湾市民にどう説明したのだろう。 数ある移設候補地から、辺野古が決まった理由の1つは、経済効果を期待する地元の要望があったからだ。辺野古のテント村にいる活動家の大半は、名護市民でも、沖縄県民でもないと聞く。 辺野古沖は水深が深く、新滑走路建設は他の候補地よりも工事費がかさむが、これも地元企業の要望が強かったとされる。「沖縄企業に収益を落とし、沖縄経済を活性化させる」というもので、政府と県民の両方が望んだものだ。 那覇市長時代の翁長氏は、一括交付金を使って(中国の属国の象徴との説もある)「龍柱(りゅうちゅう)」建造を進めた。中国の業者が下請けで製作したと聞くが、海外に資金流出させては交付金の意味がない。経済オンチなのだろうか。 ところで、翁長氏が今月末、ジュネーブで開かれる国連人権理事会に出席して、「沖縄の米軍基地は先住民たる琉球民族を差別する象徴だ」というトンデモ説を披露するとの噂がある。悪い冗談だと信じたい。 国連で意味不明な活動をするよりも、中国共産党とのパイプを生かして、習近平国家主席に直接こう言ってほしい。「尖閣諸島は私が知事を務める沖縄県の一部だ。手を引け」と。 翁長ファンが、全国的に増えるはずだ。ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。83年、テレビ番組「世界まるごとHOWマッチ」にレギュラー出演し、一躍人気タレントとなる。現在は講演活動や企業経営を行う。自著・共著に『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』(PHP研究所)、『素晴らしい国・日本に告ぐ』(青林堂)など。

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    翁長氏の国連演説は沖縄独立への布石か 「自己決定権」発言の違和感

    仲新城誠(八重山日報編集長) 翁長雄志知事は9月21日(日本時間22日未明)、スイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会で米軍普天間飛行場の辺野古移設反対をテーマに演説した。辺野古移設作業によって「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と強調。「自国民の自由、平等、人権、民主主義を守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのか」と日本政府を厳しく批判した。  会場で演説を聞いていた私が最も違和感を抱いたのは、知事の発言に登場した「自己決定権」という言葉だった。これは沖縄の反基地活動家やマスコミが「沖縄には独立する権利がある」という文脈で盛んに使う言葉である。 沖縄の市民団体が催したシンポジウムで講演する沖縄県の翁長雄志知事=スイス・ジュネーブの国連欧州本部 知事はこれまでも「辺野古新基地」という反基地派の捏造語(辺野古移設は現にある基地の移設作業であって、新基地ではない)を使うことで、反基地派の中でも特に過激な一派に対し、いわば媚びを売ってきたわけだが「自己決定権」と言い出すに至って、もう完全にかごの中の鳥にされてしまったという印象を受けた。つまり、知事自身が最も過激な反基地派として、今後も突っ走っていくという宣言のようなものだった。  国連の場で日本の自由、平等、人権、民主主義を否定した発言は、自国に対する侮辱であり、日本人として許し難いと思った。沖縄に生まれた私たちを含め、日本人は戦後70年、まさに民主主義と自由を享受し ながら、努力して現在の平和で繁栄した国を作り上げてきたはずである。日本に自由や民主主義が存在していなかったなら、沖縄の基地問題は現在よりはるかに深刻だったろうし「県民が反対するのに政府が強行しようとしている」とされる辺野古移設問題も、そもそも存在しなかった。独裁主義国家では政府の意思がすべてだからだ。  沖縄では「翁長知事は演説で、県民が先住民族だと主張し、先住民族の権利として基地撤去を主張するのではないか」という懸念があり、自民党沖縄県連は翁長氏の出発直前、わざわざ先住民族という言葉を使わないよう翁長知事に要請した。そして、確かに演説にはこの言葉はなかった。  しかし演説直前、翁長知事が出席し、国連ビル内で開かれたシンポジウムで、演説を支援したNGО代表の上村英明氏が「(沖縄は)自己決定権を明確に主張できる先住民族の枠組みの中で、改めて日本政府の責任を考えてほしい」と発言した。また、先住民族の権利を守る活動に取り組んでいるビクトリア・タウリ=コープス氏が「県民が先住民族と認識されれば、先住民族の権利に関する国連宣言に入っているすべての権利を主張できる」と激励した。知事が演説ではあえて言えなかったことを代弁したと受け止められても仕方がなさそうだ。  私の印象だけでなく、会場で演説を聞いた私以外の沖縄県民の感想も紹介したい。  石垣市の砥板芳行市議は「北朝鮮の拉致問題などの人権問題が審議されている場で、翁長知事が日本の国内問題である基地問題について発言したのは、出席者にとって異様な光景に映ったはずだ。どれほどの国が翁長知事の訴えに耳を傾けたのか非常に疑問」と批判した。  石垣市議会は翁長知事に対し、演説で尖閣諸島問題を取り上げるよう求める決議を行ったが、知事の演説に「尖閣」の2文字はなかった。辺野古がある名護市から来た我那覇真子さんは「沖縄が基地の被害者だとする『被害者史観』を語っていたが、真実ではない。人権問題を言うなら、中国の圧力で石垣島の漁業者が漁をできない問題を取り上げ、中国に対して県民の人権を訴えるのが筋だと思う」と指摘した。  2人が翁長知事の演説に合わせ、はるばるスイスまでやって来たのは、NGOの協力を得て、同じ沖縄県民の立場から翁長知事に反論する演説を行うためであり、22日に行う方向で調整している。  翁長知事の演説については、辺野古移設問題を「国際問題」として国連の場に持ち込んだことを画期的なことと評価するマスコミが多いようだ。マスコミ関係者が沖縄をはじめ日本から大挙してスイス入りしており、翁長氏が会場入りしただけで、多数のテレビカメラが周辺に並んだ。砥板氏のコメントにもあったが、国内主要マスコミの注目は、北朝鮮の拉致問題をはじめとする世界の人権問題より、翁長氏の2分間の発言のほうに集中した。翁長氏に同情的な報道が繰り広げられることは容易に予想される。世界各国が演説をどう受け止めたかは別にして、国内向けには、翁長氏の戦略はまさに図に当たったのかも知れない。

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    翁長氏の国連演説は沖縄マスコミを正常化させる大チャンスだ!

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部) 6月頃から可能性が報道されていたが、翁長雄志沖縄県知事は、9月21日午後5時すぎ(日本時間9月22日午前0時すぎ)、ついにジュネーブで開催されている国連人権理事会において演説を行った。まず、その全文を紹介する。<翁長知事国連人権理事会演説全文>《ありがとうございます、議長。私は、日本国沖縄県の知事、翁長雄志です。 沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を、世界中から関心を持って見てください。 沖縄県内の米軍基地は、第二次世界大戦後、米軍に強制接収されて出来た基地です。 沖縄が自ら望んで土地を提供したものではありません。 沖縄は日本国土の0.6%の面積しかありませんが、在日米軍専用施設の73.8%が存在しています。 戦後70年間、いまだ米軍基地から派生する事件・事故や環境問題が県民生活に大きな影響を与え続けています。 このように沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされています。 自国民の自由、平等、人権、民主主義、そういったものを守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのでしょうか。 日本政府は、昨年、沖縄で行われた全ての選挙で示された民意を一顧だにせず、美しい海を埋め立てて辺野古新基地建設作業を強行しようとしています。 私は、あらゆる手段を使って新基地建設を止める覚悟です。 今日はこのような説明の場が頂けたことを感謝しております。ありがとうございました》 極めて短い文章だが翁長知事の主張を更に要約すると次の3点になる。(1)沖縄県民は日米両政府から米軍基地を押し付けられて差別を受けている(2)その差別は(日本の先住民族である)沖縄県民の自決権(自己決定権)を侵害している(3)日本政府は沖縄に対しては民主主義も人権も平等も与えていない これはほとんどの沖縄県民の認識とは大きくかけ離れた被害妄想的な主張である。しかし、沖縄のマスコミや基地反対活動家がいつも発信している内容とほとんど変わりないため、このニュースを耳にしている沖縄の方でも一見大きな問題にはならないと思っている方が多いのではないだろうか。また、沖縄の政治に詳しい方からも、「国連には強制権が無いので心配無用」だとか「米国に行って辺野古移設阻止を訴えてもほとんど相手にされず恥を描いてきたように国連でも恥をかくだけだ。勝手にさせておけ」というような反応が多かった。しかし、それは大きな誤りである。 沖縄県民は既に国連にて先住民族だと認識されていた ほとんどの沖縄県民も日本国民も知られていない重大なことがある。それは、2008年時点には既に国連は沖縄県民を日本人ではなく日本の先住民だと認識し、日本政府に勧告を出していたということである。2008年10月30日の自由権規約委員会 第94回会期では、次のように日本政府に公式見解を提出した。32.委員会は、締約国が正式にアイヌの人々及び琉球・沖縄の人々を特別な権利と保護を付与される先住民族と公式に認めていないことに懸念を持って留意する。(第27条)締約国は、国内法によってアイヌの人々及び琉球・沖縄の人々を先住民族として明確に認め、彼らの文化遺産及び伝統的生活様式を保護し、保存し、促進し、彼らの土地の権利を認めるべきである。締約国は、アイヌの人々及び琉球・沖縄の人々の児童が彼らの言語であるいは彼らの言語及び文化について教育を受ける適切な機会を提供し、通常の教育課程にアイヌの人々及び琉球・沖縄の 人々の文化及び歴史を含めるべきである。 続いて、2014年9月26日、人種差別撤廃委員会は次の勧告を日本政府に出している。21.委員会は,ユネスコによる独特な民族性、歴史、文化及び伝統の承認にもかかわらず、琉球/沖縄を先住民族として承認しない締約国の立場を遺憾に思う。委員会は,沖縄振興特別措置法及び沖縄振興計画に基づく、琉球に関して締約国によってとられ実施された措置に留意するものの、彼らの権利の保護に関する琉球の代表との協議のために十分な措置がとられてこなかったことを懸念する。委員会はまた、消滅する危険がある琉球の言語を振興し保護するために十分なことが行われていないとの情報及び教科書が適切に琉球の人々の 歴史及び文化を反映していないとの情報を懸念する(第5条)。 委員会は締約国が、その立場を見直し、琉球を先住民族として承認することを検討し,また彼らの権利を保護するための具体的な措置をとることを勧告する。委員会はまた、締約国が、琉球の権利の促進及び保護に関連する問題について、琉球の代表との協議を強化することを勧告する。委員会はさらに締約国が、琉球の言語を消滅の危険から保護するために採用された措置の実施を加速させ、彼ら自身の言語による琉球の人々の教育を促進し学校カリキュラムにおいて用いられる教科書に彼らの歴史及び文化を含めることを勧告する。 つまり、国連人権理事会は翁長知事の発言を聞いて沖縄が先住民なのか日本人なのか判断するわけではなく、先住民の代表である翁長雄志知事がついに直々に国連に差別を訴えに来たという認識のもと彼のスピーチを聞いたということなのである。彼の短い言葉以外にも誤った沖縄の認識が既に頭にインプットされおり、その認識を訂正させるのはまた、それなりの働きかけが必要になるものと思われるのである。県民の知らないところで進められてきた国連での琉球独立工作谷垣禎一幹事長との会談を終え、報道陣の質問に答える沖縄県の翁長雄志知事=2015年8月6日(斎藤良雄撮影) 私は20011年頃から、「沖縄県民の知らないところで、琉球独立工作が国連を舞台に行われている」ということを雑誌に寄稿したり、講演会で警鐘を発信したりしてきた。しかし、ほとんどの沖縄県民は日本人として生きており「独立をしたい」とか「沖縄は日本の先住民族」だとか主張するような人に会うことが無いため、あまりにも突拍子もない考え方で信じがたいため当初は警戒心がなかなか広がることがなかった。しかし、2013年には琉球民族独立総合研究学界が設立し、2014年には参議院議員糸数慶子氏が国連の人種差別撤廃委員会や先住民国際会議に琉装して参加し沖縄県民は先住民族だと主張したニュースが流れ始め、それに違和感を持ち警戒心を持つ人が増えてくるようになった。2012年まではこそこそ隠れて行われていた琉球独立工作が沖縄県民の目に見えるようなかたちで進められるようになってきたのである。 そのような中、今回の翁長知事の国連演説は沖縄の政治家も強い警戒心を持つようになってきた。その結果、9月17日、翁長県知事が国連に出発する前に沖縄県議会自民党会派は翁長知事への要請行動を起こし下記の要請文を直接手渡し、国際社会に沖縄県民が日本人でなく琉球人、先住民との誤った認識を与えることがないように釘を刺したのである。その内容は翁長雄志県知事の国連演説の問題をわかりやすく浮き彫りにしているので全文を掲載する。<沖縄県として「琉球人・先住民」としての意思決定がない中で、先住民族の権利を主張する国際的な場において翁長知事が演説することに懸念し、慎重発言を求める要請 >《マスコミ報道によると、翁長知事が9月21日、22日スイス・ジュネーブで開催される国連人権理事会で演説し、また、国連NGOの主催するシンポジウムで基調報告するとのことである。 国連人権理事会は、2005年9月の国連首脳会合において設立が基本合意され、2006年3月に国連総会で採択された「人権理事会」決議により、国連総会の下部機関としてジュネーブに設置されたものである。 主な任務として   ・ 人権と基本的自由の保護、促進及びその為の加盟国への勧告   ・ 大規模かつ組織的な侵害を含む人権侵害状況への対処および勧告等がある。 翁長知事は、基地問題を中心に演説することになると思いますが、基地問題は政治の責任で、県知事を先頭に政府に交渉力で解決すべき日本の国内問題である。 9月7日の新聞報道によると、辺野古反対に対し国連側から「日本政府の適切な手続きや担当省庁と道筋を探るべきだと認識する」と文章回答が寄せられている。 この度の翁長知事の演説は、「沖縄県民は日本の先住民である」「国連は政府が琉球民族を先住民と公式に認識するように働きかけてほしい」等の要請を続けてきた団体が調整し、その主催のシンポジウムで基調報告をするとのことである。 私たち、県民は「沖縄県民であると同時に、日本人である」このことに誇りを持って生きており、沖縄県として「琉球人・先住民」としての意思決定がない中で、先住民として権利が侵害され、あるいは、先住民として差別されていることについては違和感がある。 沖縄県では、戦後70年にわたり、琉球人あるいは先住民として認定する県民運動は発生していない。 今、沖縄県は、日米安全保障条約のもとで、国防のために、米軍基地が集中しており、過度な基地負担を軽減することについては、政府、沖縄県の共通認識のもとに解決に向け取り組まれているところである。 その中で、今回の翁長知事の演説によって、県民の代表である県知事が「先住民や琉球人」への差別と世界に誤ったメッセージを送ることを危惧するものである。 翁長知事には、県民の総意として「沖縄県民であり日本人である」このことを念頭において  (1)沖縄県では、先住民や琉球人の認定について議論がなされていない。  (2)基本的に基地問題は、沖縄県と政府の日本国内の政治問題であること。に留意されると同時に、今回の演説、基調報告によって国際社会に誤解を与えることがないように慎重発言を要請する。平成27年9月17日沖縄県議会 自民党》日本の民主主義を破壊する国連NGOのロビー活動日本の民主主義を破壊する国連NGOのロビー活動 知事の国連人権理事会での演説に先立ちシンポジウムが開催され、翁長知事は20分ほどスピーチを行った。そのシンポジウムは、「市民外交センター」「反差別国際運動」が主催している。この2つの団体こそが沖縄県民の知らないところで、「沖縄県民は先住民だ」と働き続け国連に日本政府に勧告を出させた張本人である。市民外交センターの代表は自らシンポジウムでスピーチを行い、琉球国はかつて独立国だったがその自己決定権を日米両政府に無視されてきたということを偏った認識の歴史経緯を含めて主張している。 ここで重大な問題がある。沖縄県民でもなく、沖縄県民に選ばれた代表でも無い人物が沖縄県の未来に重大な影響を与える場であたかも代表であるかのように発言していることである。そして、その活動が実際に国連に誤った認識を与え修正するのも大変な状況にまで持ち込まれてしまったことである。本来沖縄の未来が託されているのは沖縄県民の選挙によって選ばれた沖縄の政治家である。その政治家が全く知らないところで、「沖縄県民は先住民である」と国連に訴え続けてきた人たちがいるのである。更に問題なのは、沖縄県議会自民党会派が翁長知事に提出した要請文にかかれているように、「沖縄では、戦後70年にわたり、琉球人あるいは先住民として認定する県民運動は発生していない」。議論すら行われたことが無いのである。一体何の権限があって沖縄の未来を自らの妄想に浸って弄んでいるのか? 沖縄県民に対する最大の侮辱である。沖縄人先住民認定の意図 沖縄県民が先住民族だと認定されることについて、日本人の誇りを傷つけられるもしくは傷つけられるような違和感を感じる沖縄県民の方がほとんどだと思うが、中には「アイヌ民族と同じで困ることが無ければそれでもいいではないか」という方がいるかもしれない。それは、国連NGOが沖縄県民を先住民族と認定させることにこれだけこだわる本当の理由を知ることが重要である。 反差別国際運動が2012年に国連人種差別撤廃委員会に提出した要請書の最後に重要な要請項目が書かれている。「日本政府が琉球沖縄人を先住民として正式に認識し、ILO169号を批准し励行することを要求すること」という一文である。ILO169号の正式名称は「独立国における原住民及び種族民に関する条約」である。この条約を日本政府に批准させるのが最終目的だと私は見ている。なぜならば、この条約には、先住民に対して土地の所有権及び占有権を認める条文や天然資源に対する権利を特別に保護する条文があるからだ。つまり、彼等の本当の目的はこの条文を根拠に米軍基地を撤去させ、沖縄の資源を日本から奪うことにあるのであり、琉球の人権などはどうでも良いのである。当然その背後には、北京や平壌の存在があり、条約批准後も翁長知事はそのリモコン操作によって日本政府と対立した行政を行うことになっていくであろう。先住民認定危機の最大の回避策は沖縄県民の声 では、このように崖っぷちに置かれた沖縄はどのようにして危機を脱出したらよいのか。そのヒントもILO169号にあった。第一条でこの条約の適用範囲について定義されている。--------------------------------------------------第 一 条1 この条約は、次の者について適用する。 (a) 独立国における種族民で、その社会的、文化的及び経済的状態によりその国の共同社会の他の部類の者と区別され、かつ、その地位が、自己の慣習若しくは伝統により又は特別の法令によって全部又は一部規制されているもの (b) 独立国における人民で、征服、植民又は現在の国境の確立の時に当該国又は当該国が地理的に属する地域に居住していた住民の子孫であるため原住民とみなされ、かつ、法律上の地位のいかんを問わず、自己の社会的、経済的、文化的及び政治的制度の一部又は全部を保持しているもの2 原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる。-------------------------------------------------- 詳細主張論拠はわからないが、国連NGOは琉球人は上記条文の(a)か(b)に該当すると主張していることがわかる。そのために、本来沖縄は琉球国ができる前から、DNA的にも信仰的にも文化的にも日本人と同じでもあるにもかかわらず、「独自の文化を持つ独立国だった」とか、本来は日本の方言であることが明らかであるにもかかわらず、「独自の言語である琉球語を失った。」と何度も同じ嘘を発信しつづけているのである。この歴史、考古学的議論は一つ一つ反論することは非常に骨が折れる。しかし、その反論をすることなく先住民族であることを明確に否定できることが書かれていた。「2 原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる。」とい一文である。(a)と(b)には種族民、先住民の定義が書かれているが、この条約を適用するかどうかを決める基準は歴史的事実ではなく自己認識だという。翁長知事がオール沖縄という言葉を使って日本政府と対立させたり、「イデオロギーではなくアイデンティティーで団結」という言葉を多用したのは、日本人と自己認識を見せる演出だったことがこの条文により明らかになった。   では、沖縄県民には原住民や先住民としての自己認識をもっているのであろうか?どれだけ謙虚に考えても99%以上の沖縄県民は自分を日本人として認識している。よって、沖縄県民はこの条約の適用範囲では無いということはあきらかである。そうであるなら、2008年に国連の自由権規約委員会が2014年には国連人種差別撤廃委員会が日本政府に対して、沖縄県民を先住民と認定して、文化・言語の保護促進と土地の権利を認めるよう勧告を出したことは明確な誤りだということだ。要は、国連の勧告を取り消させるためには沖縄県民から国連に対して (1)沖縄県民は日本人としての自己認識をもっているのであり種族民、先住民としての自己認識は持っていない(2)日本政府への勧告は誤りである(3)国連は早急に勧告の撤回を要求すると要請すれば簡単に解決できるということである。国連に送る文書は、英文で書く必要がるが最も効果的な送り先は、国連の人権高等弁務官だ。住所は以下に示す。<住所:国連人権高等弁務官 ザイド・フセイン(ヨルダン王子)>HRH Price Zeid Ra'ad Al HusseinUnited Nations High Commissioner for Human RightsPalais des NationsCH-1211 Geneva 10Switzerlandメールアドレスで事務所送ることも出来る。<一般の問い合わせ国際連合人権高等弁務官事務所>InfoDesk@ohchr.org まずは、沖縄県民一人ひとりが沖縄県民は先住民ではなく日本人だという声をあげ、国連へ伝えることが重要である。次に、沖縄県議会、各市町村議会などで意見書を可決して国連に提出することだ。その際、反対する議員が数名現れる可能性があるが、それは日本人でない政治家の本性をあぶり出す踏み絵になるので沖縄の政治を清浄化するには有効であると考える。 沖縄の政治マスコミ正常化への反転攻勢の大チャンス 私は今回の翁長知事の国連演説は沖縄の政治・マスコミの正常化への反転攻勢への最大のチャンスだと捉える。多くの沖縄県民は自らを日本人と考え日本人の一員として甲子園にも参加しオリンピックもワールドカップも応援している。ゆめゆめ、琉球人だが他に応援する国が無いからしょうがなく日本代表を応援しているという人は存在しない。頭のてっぺんからつま先まで日本人なのである。それにもかかわらず、琉球人を先住民だと国連に働きかけ、沖縄県民を地獄の底に突き落とそうとしてきた犯人を沖縄県民である私たちは看過するわけにも許すわけにもいかない。そして、それに加担して国連で演説を行った翁長知事も決して許すわけにはいかない。国連NGOが県内での議論やコンセンサスをつくる民主主義プロセスを一切無視して国連に働きかけた暴挙を許す訳にはいかない。 これから、本当のオール沖縄と本当のオールジャパンで団結して力を合わせ、市民外交センター、反差別国際運動、島ぐるみ会議が水面下で進めてきた国連へのロビー活動を白日のもとに晒し、彼等には沖縄県民140万人が納得するようにしっかりその顛末を説明していただきたい。方法は県議会で追求する方法や沖縄の市民団体が要求するなどいろんな方法があるだろう。この行動こそが、地下に潜って沖縄問題を作り上げてきた根っこを除去することになるのだ。

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    沖縄県民も安保も「人質」、「政略」の臭いさえ漂う翁長氏国連演説

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 9月22日、沖縄県の翁長雄志知事が、ジュネーヴで行われた国際連合人権理事会に出席して、政府が進めている普天間基地の辺野古移設の「不当性」を訴えた。日本時間0時8分(現地時間21日17時8分)過ぎから約2分間にわたって行われた知事のスピーチは、第30回国連人権理事会定期会合の主たるテーマである「北朝鮮の人権問題」をめぐるパネル討論終了後に設けられた各国・各団体の報告時間のうち、日本のNGO「市民外交センター」に割り当てられた時間枠を利用したものだ。以下は英語で行われた知事によるスピーチの全文(拙訳)である。◎議長 次は市民外交センターです。どうぞお話しください。◎翁長知事 議長、ありがとうございます。日本の沖縄県の知事、翁長雄志です。 私は、沖縄の自己決定権がないがしろ(neglect)にされている辺野古の現状を、世界の方々にお伝えするために参りました。 沖縄県内の米軍基地は、第2次大戦後、米軍に強制的に接収され、建設されたものです。私たちが自ら進んで提供した土地は全くありません。 沖縄の面積は日本の国土のわずか0・6%ですが、在日米軍専用施設の73・8%が沖縄に集中しています。戦後70年間、沖縄の米軍基地は、事件、事故、環境問題の温床となってきました。私たちの自己決定権や人権が顧みられることはありませんでした。 自国民の自由、平等、人権、民主主義も保証できない国が、どうして世界の国々とこうした価値観を共有できると言えるのでしょうか。 日本政府は、昨年、沖縄で行われた全ての選挙で示された民意を無視して、今まさに辺野古の美しい海を埋め立て、新基地建設を進めようとしています。 私は、考えられうる限りのあらゆる合法的な手段を使って、辺野古新基地建設を阻止する決意です。 今日はこのようにお話しする場を与えて頂き、まことにありがとうございました。 スピーチは、翁長知事が繰り返し述べてきた主張を、2分間の長さにまとめたものだが、その主張の是非をここで問わないとしても、容易には理解できない内容である。 たとえば、知事は「自国民の自由、平等、人権、民主主義も保証できない国が、どうして世界の国々とこうした価値観を共有できると言えるのでしょうか」と格調高く述べているが、この場合の「国」(a country)は、直前のセンテンスから「米国」とも読み取れる。知事の主張を知る者なら、「国」は「日本」だとわかるが、この文章だけでは「沖縄は米国の植民地」といったニュアンスになり、米国に対する厳しい批判と受け取られかねない。その直後に、今度は「日本政府」という言葉が現れ、沖縄の民意を無視して辺野古に基地を造る日本政府と徹底的に闘う、と知事は決意表明する。だが、予備知識なくこれを聴いた者にとって、米国、日本、沖縄の関係を正しく理解することは至難の業だ。失礼ながら、スピーチ原稿としては落第点である。 とはいえ、出席者が、沖縄の置かれている状況を事前にある程度理解しているとすれば、知事のスピーチも正しく受け入れられているかもしれない。しかしながらその場合は、より深刻な誤解や軋轢を生むリスクを負う。 何よりも「自己決定権」や「人権」という言葉を安易に使っている点が懸念材料だ。少数民族問題を扱う人権理事会のなかで、こうした用語を使ってスピーチすれば、「琉球民族としての固有の権利が侵害されている」と差別を訴えるに等しい。もちろん、琉球民族としての一体性やアイデンティティを沖縄に住む人びとが等しく共有しており、日本政府や米軍基地によって、彼らの生活や権利が日常的に脅かされているとすれば、知事の主張にも正当性はあるかもしれない。 が、少なくとも戦後70年間についていえば、日本への復帰運動が盛り上がりを見せた時期はあっても、琉球民族の独立や沖縄県民に対する差別が政治課題になったことはただの一度もない。ほとんどの沖縄県民は自らを日本国民であると考えており、他県民も沖縄県民を同胞と考えている。「沖縄人は日本人ではない」と断定するに等しい知事のスピーチは、多くの沖縄県民に不要な孤立感や不安感を押しつけると同時に、対外的には日本の分裂を印象づけようとする働きを持つ。近隣諸国が知事のスピーチを鵜呑みにすれば、安全保障上、負の効果が生ずる怖れさえある。 いや、翁長知事の狙い目はむしろそこにあるのだろう。「辺野古移設を進めることは、日本の安全保障にとってマイナスである」と主張したいがために、自己決定権や権利の侵害を持ち出して世界に訴えているのだ。知事は、県民も安保もまるで「人質」のように扱っていることになる。知事一流の「政略」の臭いさえ漂う。しかしながら、ここで忘れてはならないのは、辺野古移設の目的が普天間基地の危険性を除去することにあるという点だ。人口密集地にある普天間基地こそ沖縄の基地負担の象徴であり、県民とって最大の脅威である。移設先として選ばれた辺野古の住民は、脅威の除去に協力して移設を受け入れると表明しているのに、知事はこうした事実については全く触れていない。おまけに那覇軍港の浦添移設では、知事は移設推進の立場に立っているが、辺野古はノーで浦添はOKという矛盾について、知事は明確に説明したことはない。知事の主張の正当性は疑問符だらけだ。 事実を詳らかにせず、自らの矛盾を放置したまま辺野古移設に反対する知事の姿勢は、それこそ沖縄県民と日本国民をネグレクトするものではないのか。 今回の国連人権理事会で最も注目を集めたのは、難民問題も含むシリアの人権問題と拉致被害も含む北朝鮮の人権問題であった。いずれも人命に直結する深刻な問題である。翁長知事に先んじて行われた、拉致被害者・田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎氏による「私には母の記憶がない」というスピーチは出席者全員の心を打ったが、沖縄県民や安保まで「人質」に取って辺野古移設に反対する知事のスピーチは、果たして出席者の心に届いたのだろうか。 なお、人権理事会では、嘉冶美佐子ジュネーブ国際機関代表部大使と我那覇真子「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表によって、翁長知事に対するカウンター・スピーチも行われた。プログラムには、沖縄県石垣市の砥板芳行市議のカウンター・スピーチも予定されていたが、時間的な制約のため、砥板氏の主張は我那覇氏のスピーチに含められたという。 翁長氏は、現地時間22日に予定されていた2度目のスピーチをキャンセルしているが、人権理事会が複数のカウンター・スピーチを認めたことにショックを受けたことがキャンセルの一因になったとも言われている。

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    菅義偉官房長官 沖縄のUSJおよびカジノ誘致について語る

     影の総理といわれる菅義偉・官房長官が自らについてメディアに語ることは、ほとんどない。長く取り組んできた沖縄問題について、菅氏はいま何を考えているのか。ノンフィクション作家の森功氏がSAPIO連載「総理の影 菅義偉の正体」の中でインタビューした。* * * 折しも、安全保障法制の国会審議が佳境を迎え、前日には米軍基地問題のために沖縄県知事の翁長雄志との会談を済ませたばかりのタイミングだった。いきおいインタビューの話題は、沖縄の基地問題からとなった。沖縄県庁で会談する菅義偉官房長官(左)と翁長雄志・沖縄県知事=2015年8月12日、那覇市.jpg──普天間飛行場の辺野古移設は進展したか。「翁長知事は移設反対で知事に当選したのですから、そこは急には、非常に難しいのではないですかね」 菅は沖縄問題に思い入れが深い。二〇一二年十二月に第二次安倍晋三政権が発足して以来、官房長官を務めてきた菅は、現在沖縄基地負担軽減担当大臣を兼任している。前知事の仲井真弘多とは、二人三脚で米軍普天間飛行場の辺野古移設と沖縄振興策を進めてきた。が、基地移設反対の翁長知事になり、大きな誤算が生じている。 基地移設交渉は暗礁に乗り上げ、仲井真時代に進めたカジノを中心とするIR(統合型リゾート)計画も白紙撤回された。さらにもう一つ、菅自身が沖縄に誘致しようと働きかけてきたユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)についても不安が残る。──カジノやUSJは、米軍基地移設容認のバーター取引の中で考えられてきたのではないか。カジノ計画が消えれば、集客や採算面から、USJも白紙撤回とならないか。「(今度の)翁長知事との話し合いでは、USJの話は出ませんでした。ただ、沖縄の振興のためには必要だと思いますので、翁長知事としても、USJは大歓迎でしょう。そこは、国としても応援しようということです。 沖縄振興と基地問題は、リンクしているわけではありません。沖縄振興では、第一に狭くて満杯の今の空港を何とかしてほしい、第二滑走路をつくってほしい、と要請がありました。当初は滑走路の完成まで七年ほどかかるといわれていたところを、仲井真さんとの信頼関係から五年十カ月にまで短縮できた。 USJはたまたまそのあとに出てきた話です。もともと大阪の次に進出する地域として、USJが場所を探していて、九州と沖縄を候補地としていました。それを私たちが聞きつけたのです。で、USJの関係者に官邸に来てもらって、沖縄であれば様々な支援は可能であると話をした。それが始まりです」 USJの誘致に関しては、サントリーホールディングス社長で、経済財政諮問会議のメンバーでもある新浪剛史から紹介を受け、菅が働きかけたという説もある。新浪も菅の親しいブレーンだ。が、実際はそうではないという。「新浪さんはまた別で、新浪さんが今のCEO代表取締役社長グレン・ガンペルさんとすごい仲がよくて、私が沖縄の件で会いたいと言ったら、ガンペルさんがやって来たんです。USJとしては、(沖縄北西部の海洋博公園にある)美ら海水族館と連携し、観光客を呼び込みたいという発想のようです。 美ら海水族館には、年間三百万以上の来場者がいる。だから、あそこと連携して、相乗効果を高めたいといっていました」 カジノ構想については、菅自身も力を入れてきたが、現状では安保法制の国会審議が優先され、法案成立の目途は立っていない。したがって表向きは未定というほかないが、いずれにせよ、カジノ抜きでもUSJ計画は進めるというのが政府の方針らしい。仲井真時代の菅は、基地移設というムチに対し、カジノやUSJなどの沖縄振興策というアメを使って計画を進めてきた。 だが、いまや政府と地元が相容れず、膠着状態に陥っている。この先、菅に秘策はあるのだろうか。(敬称略)関連記事■ 米大手金融機関 2020年に日本が世界2位のカジノ国になると予測■ 闇カジノ27歳女ディーラー 月収300万円から35万円に激減■ 安倍政権と沖縄の対立激化 辺野古移設作業は民主主義の破砕■ カジノをつくれば外国人観光客が押し寄せるというのは錯覚■ 日本のカジノ「入場料1万円ぐらいと想定」とカジノ専門家

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    沖縄・翁長知事の国連演説は本当にヤバい

    仲村覚(沖縄対策本部) 約7年前から沖縄問題に取り組んできた私は今、沖縄の歴史という、自分の経歴とは無関係で不相応な大きなテーマに大きく足を踏み込んでしまっている。日本は「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」、「強制連行」といった歴史捏造により中国、韓国から「歴史戦」を仕掛けられている。しかし、私から見れば日本最大・最重要な歴史戦は沖縄の歴史戦である。他の二つの歴史戦は日本人の誇りを失わせ自主防衛を阻止するカードとして使われているが、沖縄の歴史捏造プロパガンダは、日本民族を分断し滅亡させるカードとして使われているからである。そして、この問題は日本民族全体の問題であり最大の危機だが、沖縄の歴史を取り戻し、根の深い沖縄問題を解決した時にこそ、日本民族は、強くて団結力のある世界のリーダーとして復活すると確信している。市民団体が国連演説を手引き沖縄県の翁長雄志知事(右)との会談を前に握手を交わす安倍晋三首相=2015年9月7日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 沖縄の地方紙では翁長雄志知事が9月14日から10月2日にわたってスイスのジュネーブで開かれる国連人権理事会に参加し辺野古移設について演説をするという報道がなされた。 普天間飛行場の辺野古移設は日米間の国防外交政策である。一地方自治体の首長が国防外交問題を国連に訴えることはありえないしあってはならない。しかし、不可解なことに、翁長知事は「辺野古移設」をテーマにこれを阻止するための演説をするというのだ。それを実現するために積極的に動いているのは沖縄県庁ではない。国連NGOという民間団体である。《スイスのジュネーブで9月14日~10月2日の日程で開かれる国連人権理事会で、翁長雄志知事が辺野古新基地建設問題について演説するための見通しがついたことが22日、分かった。 知事の国連演説は新基地建設阻止を目的に活動する「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」が複数の国連NGOの協力を得て準備してきた。島ぐるみ会議によると知事の日程調整はこれからだが、開催期間中の9月21日か22日を軸に登壇できる方向で調整している。 翁長知事は当選後、国連への働き掛けに意欲を示しており、演説が実現すれば知事が新基地建設問題の解決を広く国際世論に喚起する場となりそうだ。 今回、国連との特別協議資格を持つ国連NGOの「市民外交センター」が島ぐるみ会議などからの要請を受け、人権理事会での発言時間を翁長知事に貸与する意向を示している。国連との特別協議資格を持つNGOが他者に発言時間を貸すことは日常的に行われており、可能だという。 同センター代表の上村英明恵泉女学園大教授は「人権問題を扱う国連人権理事会で翁長知事が発言すれば、新基地建設に反対する県民の総意と理解され、日米両政府にプレッシャーを与えられるだろう」と述べ、知事が国連で演説することの意義を強調した。 島ぐるみ会議は翁長知事の人権理事会での演説に向け、同じく国連NGOの「反差別国際運動(IMADR)」と調整してきた。今回、IMADRが人権理事会との日程調整を担当し、市民外交センターが発言時間を貸す方向になった…》(琉球新報7月23日) 県庁の知事公室の秘書にこの件について尋ねて見たが「それは島ぐるみ会議が進めていることで県庁は何も知らない」という回答だった。島ぐるみ会議は翁長知事の推薦団体だが、県庁側がほとんどノータッチのまま民間に過ぎない市民団体が首長を動かし、海外日程の調整を行っているというから驚きだ。勝手に先住民族扱いするな! 知事に発言時間を提供する国連NGOは一体どんな団体なのか。記事には「市民外交センター」「反差別国際運動」など沖縄ではあまり馴染みのない団体が次々と登場する。 その団体が2013年に開催したイベントチラシを見ると「とどろかせよう! アイヌ、沖縄・琉球の声 世界に認められた先住民族の権利をもとに」「STOP! レイシズム なくそう! 日本の人種差別 集会シリーズ」とあってこう記されていた。《二〇〇七年、先住民族の権利に関する国連宣言が採択され、翌年には日本政府がアイヌ民族を日本の先住民族と認めました。現在アイヌ文化の保護促進の取り組みがなされているものの、民族の権利回復は遅々としてすすんでいません。また、「沖縄/琉球民族は先住民族だ」という主張に関して日本政府は国連の勧告にもかかわらず、認めていません…》 確かに2008年にアイヌ、琉球という少数民族を保護すべきだとした国連勧告が出されたことはあった。日本政府はアイヌ文化を保護する文化振興法を制定させたが、琉球民族を少数民族、先住民族とは認めていない。チラシはそのことを批判している。 ただ、沖縄で生まれ育った日本人である私にとって驚きなのは私の知らない間に県外の団体に勝手に沖縄県民が先住民族にされてしまっていることだ。ほとんどの沖縄県民は「自分は日本人」だと思っている。自分たちが知らないところで先住民族扱いをしたこのような集会が東京で開かれていることを知ったら激怒することは間違いない。 実は反差別国際運動とは部落解放同盟の呼びかけで発足した国連人権NGOなのだ。東京事務所は部落解放同盟中央本部と同一住所で、新聞記事にある様々な団体はいずれも反差別国際運動と連携しながら活動しているグループである。 反差別国際運動は遅くても2012年以降、米軍基地が先住民族である琉球民族の人権を侵害し、差別をもたらす存在と主張してきた。今年6月には「沖縄県民の人権が辺野古新基地建設計画によって脅威にさらされていることを懸念する。人権を守るために抗議する人々が警察や海上保安庁の暴力の対象となっている。日本政府に対しこのような暴力を控え、沖縄の自己決定権を尊重するよう要請する」などと訴えた声明を国連人権理事会に提出している。 彼らによれば、沖縄の基地問題は、先住民族である琉球民族の権利を侵害する人種差別なのだ。そう主張し続けてきたNGOがお膳立てし、時間枠まで譲ってもらって翁長知事は辺野古移設反対の演説をするというわけである。国連からすれば、先住民族の代表が「米軍基地押し付け差別」を訴えにやってきたことになる。 ではなぜ部落解放同盟が背景にいる反差別国際運動が沖縄の基地問題―一見、差別とは縁遠いように思える―にコミットするのか。それは1970年代のはじめに台頭してきた新左翼の「窮民革命論」という理論を引き継いでいると考えられる。左翼の教科書通りに考えれば革命というのは本来、労働者階級が担うものである。労働者になれない「窮民」というのは生きることで精一杯で革命への情熱や思い入れ、意欲にも乏しくなりがちだ、と考えられて来た。下手をすると反革命の温床にすらなり得る存在とされてきたのだ。 ところが竹中労、平岡正明、太田竜といった「世界革命浪人(ゲバリスタ)」を名乗る新左翼活動家は「窮民革命論」を提唱し、注目を集める。一般の労働者は高度経済成長で豊かな暮らしが謳歌でき、革命への意欲を喪失してしまった。つまり労働者階級では革命の主体にはなりえない。逆に疎外された窮民こそが革命の主体となりえるという理屈がたてられた。窮民の具体例として挙げられているのはアイヌ民族、日雇い労働者、在日韓国人、朝鮮人、沖縄人など。窮民のオルグを図って彼らを取り込むことで活路をひらき、革命への足がかりを築こうというのだ。 太田竜は自著『再び、辺境最深部に向って退却せよ!』で、約百年前に編入されたばかりの「新附の民」であるアイヌ民族や沖縄人には、まだ「数千年来の皇国の精神」が宿っておらず反日闘争の志操堅固な活動家(世界革命浪人)を生み出す貴重な人材源になりうると述べている。しかし、これほど沖縄県民をバカにした理論はない。要は沖縄を救済するかのごとく近づきながらも沖縄県民を内心で「窮民」と見下し、最終的には日本解体の先兵に利用しようと画策していることになるからだ。悲しいことに、既に翁長知事は窮民革命の先兵となってしまっているように見える。自己決定権獲得運動の意図自己決定権獲得運動の意図 沖縄の新聞では「沖縄の自己決定権」という言葉がよく目にとまる。沖縄のことは沖縄が決める権利という意味で使われ、大半の県民は漠然と地方自治体の裁量の拡大程度の話と思っている。しかし、実際はその程度の話ではない。 沖縄の新聞・左翼が主張している「自己決定権」とは、国連人権憲章で謳われている「全ての民族は自決権を有する」という条文を根拠としている。ここでいう自決権の主体は、オースラリアのアボリジニ民族のような侵略された先住民族を想定している。沖縄県民は日本人であって、国連のいう「自己決定権」を行使できる主体にはなり得ない。しかし、万一「沖縄県民が先住民である」と国際的に認識された場合、全く話は違ってくる。琉球民族は日本に植民地支配された先住民族で現在は日本に同化され独自言語・文化を奪われ差別を受けているとみなされれば、「沖縄」は自己決定権を行使できる主体になってしまう。 何故、彼等は沖縄県民の先住民族認定にこだわるのか。それは反差別国際運動が国連に働きかけてきた内容を見ればある程度、その意図が見えてくる。2012年3月に国連人種差別撤廃委員会に出した要請書には「日本政府が琉球・沖縄人を先住民族として正式に認識して、ILO169号を批准し、履行することを要求すること」とある。 ILO169号とは正式名称を「1989年の原住民及び種族民条約」という。日本は批准していないが、批准するとどうなるのか。その条文の中から日本の国家主権に重大な影響を与える土地に関する部分を紹介する。《第二部 土地第十三条1 この部の規定を適用するに当たり、政府は、関係人民が占有し若しくは使用している土地若しくは地域又は、可能な場合には、その双方とこれらの人民との関係が有するその文化的及び精神的価値についての特別な重要性並びに、特に、その関係の集団的側面を尊重する。2 第十五条及び第十六条の「土地」という用語の使用には、関係人民が占有し又は使用している地域の全体的環境を包括する地域の概念を含む。 第十四条1 関係人民が伝統的に占有する土地の所有権及び占有権を認める。更に、適切な場合には、排他的に占有していない土地で、関係人民の生存及び伝統的な活動のために伝統的に出入りしてきた土地を利用するこれらの人民の権利を保証するための措置をとる。このため、遊牧民及び移動農耕者の状況について特別な注意を払う。2 政府は、必要な場合には、関係人民が伝統的に占有する土地を確認し並びにその所有権及び占有権の効果的な保護を保証するための措置をとる。3 関係人民による土地の請求を解決するために国の法制度内において適切な手続を確立する。第十五条1 関係人民の土地に属する天然資源に関する関係人民の権利は、特別に保護される。これらの権利には、当該資源の使用、管理及び保存に参加するこれらの人民の権利を含む。2 国家が鉱物若しくは地下資源の所有権又は土地に属する他の資源に対する権利を保有する場合には、政府は、当該資源の探査若しくは開発のための計画を実施し又は許可を与える前に、当該地域の関係人民の利益が害されるか及びどの程度まで害されるかを確認するため、これらの人民と協議する手続を確立し、又は維持する。関係人民は、可能な限り、このような活動の利益を享受し、かつ、当該活動の結果被るおそれのある損害に対しては、公正な補償を受ける》 米軍基地において先住民族の請求や権利は擁護され、仮に天然資源が見つかっても、先住民族との協議が不可欠となる。要は琉球民族特権という新たな巨大な特権ができるということだ。尖閣諸島におけるガス田、油田開発やレアメタルなどでもそうしたことが現実に起こりうる。結局、琉球民族の許可なくして日本政府は資源の発掘ができなくなるということである。更に中国は、自国の利益になるように沖縄県知事及び沖縄県を巧みにコントロールすることは間違いない。結局、「沖縄の自己決定権の回復」とは、中国に沖縄を自由にコントロールするリモコンを渡すようなものである。「日本民族は異民族」とする国会議員 実際に「沖縄の自己決定権の回復」を国連に訴えた国会議員がいる。沖縄社会大衆党委員長の糸数慶子氏だ。彼女は昨年の8月と9月に国連の人種差別撤廃委員会、先住民族国際会議に琉球民族代表として在日米軍基地の駐留とそれに伴う土地の接収、それらが異民族である日本と米国による歴史的な差別と報告し、自己決定権の回復が重要と主張している。彼女は9月2日に開催された帰国後の速報記者会見で次のように述べている。《この琉球の人々が、日本政府に―やはり祖国琉球王国の滅亡(からはじまり)―今なお継続されている差別的な土地の強制接収なんですね。 そしてこれが実は米軍―これは沖縄の人々に土地を提供しないように強くずっと求めてきているのですけれども―それは土地の強制的な戦後の接収から今日に至る。 沖縄県民の八割以上が辺野古に新しい基地をつくらせないという、県民がそういう思いを持っていることをまったく無視して、土地を奪われて、海を奪われて、さらにそこに住んでいる絶滅の危機に瀕する生物すら無視して、新しく基地を埋め立ててつくろうとしていること、そのことに対する県民の怒りというのがあるわけです。 ですから私たちは、一八七九年以来―百二十八年間です。これは日本政府に百一年間、アメリカに二十七年間、異民族支配のもとに領土の支配と差別的な土地の強制収容に対してウチナンチュ(沖縄の県民、琉球の民衆)は、やはり自己決定権の回復を今強く望んで、この会議に参加をしたわけです。 ウチナンチュのことはウチナンチュで決めていくという、そういうことに、私たちは今行き着いています…訴えていきたいと思います。自己決定権の回復を目指して、頑張っていきたいと思います。ありがとうございました》 糸数議員は、米国のみならず日本までも異民族と明言していることに注意したい。琉球が「独立国」として500年の歴史があったことや琉球諸語がユネスコで独自の言語として認められている、などと強調したそうだ。彼女を国連に送り出したのは反差別国際運動を中心とした枠組みであり、それと同じ枠組みで次は翁長知事を送り込もうとしているのである。 これで「沖縄の自己決定権の回復」というスローガンの恐ろしさが見えて来たと思う。沖縄県民に対しては、「日米両政府に辺野古移設の中止をお願いしても叶わない今、沖縄のことは沖縄で決める自己決定権の回復が必要であり、翁長知事の国連演説がその切り札だ」と扇動しながら、国連では米軍基地の押し付けは、先住民族である琉球人への差別だと訴え、日本政府に沖縄県民を先住民族と正式に認定して条約を批准するよう要請しているのである。このように、「先住民族認定」という沖縄県民の国際的地位も運命も左右する重大な事を沖縄県民に完全に隠して進められているのである。つまり、沖縄県民を巧みに騙して扇動し、沖縄の米軍基地問題を国際的先住民族の人権問題にエスカレートさせる工作が進められているのである。もし、これに成功すると、国連が沖縄の米軍基地問題に口を出してくることになる。そうすると、沖縄の基地反対運動は国際的には琉球独立運動と認識されることになるのである。以上、様々な事例を説明してきたが、1970年代の「窮民革命」という日本民族解体の新左翼理論が現在は、国連のアイヌ、琉球の先住民認定と沖縄県での自己決定権回復運動として展開していることが見えて来たと思う。中国と琉球独立派のシンクロぶり中国と琉球独立派のシンクロぶり 次に、中国の沖縄を巡る主張を追っていくと、見事に沖縄の独立派の動きとシンクロしているのが見えてくる。2013年5月12日。中国の人民網日本語版に「琉球問題を掘り起こし、政府の立場変更の伏線を敷く」と題した社説が掲載された。《中国は3つのステップで「琉球再議」を始動できる。 第1ステップは琉球の歴史の問題を追及し、琉球国の復活を支持する民間組織の設立を許可することを含め、琉球問題に関する民間の研究議論を開放し、日本が琉球を不法占拠した歴史を世界に周知させる。政府はこの活動に参加せず、反対もしない。 第2ステップは日本の対中姿勢を見た上で中国政府として正式に立場を変更して琉球問題を国際的場で提起するか否かを決定する… 第3ステップは日本が中国の台頭を破壊する急先鋒となった場合、中国は実際の力を投じて沖縄地区に「琉球国復活」勢力を育成すべきだ。あと20―30年後に中国の実力が十分強大になりさえすれば、これは決して幻想ではない。日本が米国と結束して中国の将来を脅かすなら、中国は琉球を離脱させ、その現実的脅威となるべきだ。これは非常にフェアなことだ》 すでに第1ステップにある民間組織は許可されている。香港の新聞「デイリーアップル」に2011年1月17日、「中華民族琉球特別区援助籌委会(設立準備委員会)成立公告」なる公告が掲載された。 2013年5月15日には、沖縄に「琉球民族独立総合研究学会」が設立された。糸数氏に続き、翁長知事が国連で沖縄統治の不法性を発信することも現実になりつつある。こうした中国側が描いたシナリオと平仄があうように事態は進んでいるように思える。 設立された研究学会は昨年12月に琉球人への差別問題や自己決定権確立などを国連に直接訴える活動を今年度から始めることを決議。今年2月には1879年の琉球処分が「独立国だった琉球国に対する武力強制併合で国際法違反は明らかだ」と外務省に抗議し、日本政府に謝罪を求め「琉球の植民地支配の即時停止」を要求する事態も起きている。 中国では独立学会設立のニュースは大々的に報じられた。環球時報は設立の翌16日に「中国の民間は『琉球独立研究会』を支持するべきだ」と社説を掲載。CCTVも「中国は琉球の帰属を見直す」と題した特集を組み「沖縄は日本に属さない」「琉球人民の独立運動」に「日本はパニック」に陥っているなどとする特集番組を放映している。沖縄の一連の動きを独立に向けた動きととらえている。中国の主張のよりどころ 2013年9月25日、中国政府は「釣魚島白書」を公表している。そこで「世界反ファシズム戦争の勝利の成果を守ると宣言し、日本政府は日清戦争前に釣魚島を盗み取り、沖縄返還協定で日米間で不正に施政権を授受したが、釣魚島は『カイロ宣言』『ポツダム宣言』『降伏文書』『日中共同声明』に基づき台湾とともに中国に返還されるべきである」と主張している。 ここで重要なのはカイロ宣言だ。カイロ宣言はこうなっている。《同盟国の目的は1914年の第一次世界戦争の開始以後に日本が奪取しまたは占領した太平洋におけるすべての島を日本国から剥奪すること、並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。日本国は、また、暴力及び強慾により日本国が略取した他の全ての地域から駆逐される》 ポツダム宣言第8条には冒頭、「カイロ宣言の条項は履行されるべき。日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに吾等の決定する諸小島に限られなければならない」とある。 さらに日中共同声明の「日本国政府は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と認める」「日本国政府は…ポツダム宣言第8条に基づく立場を堅持する」とある取り決めに基づき、清国から盗取した尖閣諸島を我々に返せ―という論理構成を取るのだ。この白書が発表された2013年時点では、尖閣諸島のみの領有を主張しているが、既にネットや新聞記事、TV番組などではこれと同じロジックで琉球の主権を主張している。この流れを見ると、2013年に釣魚島白書で仕掛けた国際法律戦の主権の主張範囲を沖縄全体に拡大できるように、以降の沖縄工作は進められているように見える。沖縄県民が国際的に先住民族だと認められれば、「明治以降の日本の沖縄統治はファシズム国家日本による侵略だ!」と説明しやすくなるからだ。9月3日に中国政府が開催する「反ファシズム戦争勝利70周年記念パレード」以降、中国政府が「日本は過去の侵略を反省したなら、カイロ宣言、ポツダム宣言を順守して琉球の主権を放棄せよ」と言い出す可能性も低くないと見ている。その時期は国連工作と沖縄の自己決定権回復工作の成功の可否により決まると私はみている。 問題は日本国の政府である。日本政府の公式見解は「琉球民族=先住民族、少数民族」という主張を一応否定しているが「沖縄についてはいつから日本国の一部であるかということにつき、確定的なことを述べるのは困難である」というのだ。 昨年7月11日に琉球新報が1853年に締結された琉米条約を根拠に1879年の琉球処分が国際法上不当だというキャンペーン記事を掲載した。その際、琉球新報は、外務省にそれに対する見解を問い合わせたが、外務省は「確定的なことを述べることは困難である」と述べるにとどまった。琉球処分の不当性を挙げて沖縄統治の正当性を否定する相手に「沖縄はいつから日本だったか分からない」と言っているのだ。これでは「もしかすると、侵略したかもしれない」と答えているに等しい。 一般に広く知られていないが実は、日清戦争前に日本政府と清国政府との間に琉球の主権をめぐって論争が起こり、清国は今の中国メディアと全く同様の主張をし、帰属を主張したことがあった。しかし、当時の外務大臣、井上馨は「西暦七〇〇年代より南島の朝貢を受け、日本がこれを管治した。琉球国王は日本の後胤である。明や清との朝貢冊封は虚礼だった」と明快かつ毅然と清国に主張しており、これが政府の公式な外交文書として残っているのだ。この文書を読むと明治12年に日本政府は戦争をも辞さない覚悟で沖縄の領有を毅然と主張したことがわかる。 それに比べて、今の日本政府の主張はあまりにも及び腰である。また、「沖縄がいつから日本なのか」という質問に対して、明治12年の見解と現在の見解が不一致して良いわけがない。政府は今すぐにでも、明治12年の見解に戻すべきであり、もし現在の学術にそぐわない点があれば、有識者の智慧を結集して国家主権を守ることができる見解に修正するべきである。とにかく、日本政府の中国の沖縄分断工作に関する警戒心が乏しいことは残念である。沖縄は歴史戦の戦場である これまで述べたように沖縄の歴史プロパガンダは、壮大な嘘の積み重ねと工作が展開されてきた。調べたところによると沖縄の歴史捏造は1960年代後半より行われており、その裏には毛沢東の姿が見える。南京虐殺・従軍慰安婦プロパガンダより歴史が長く成功しており騙され続けてきたプロパガンダだといえる。これから日本民族は、存亡のかかったこの歴史戦と対峙していかなければならない。しかし、冒頭で述べたように私は前向きに捉えたい。沖縄問題の解決こそ、日本民族復活の鍵だと私は確信している。沖縄の本当の歴史を取り戻すことこそ、団結した日本民族を復活させ、世界のリーダーたる日本の再建に繋がるのである。なかむら・さとる 昭和39年、那覇市生まれ。埼玉県在住。昭和54年、陸上自衛隊少年工科学校(横須賀)入校、卒業後の航空部隊に配属。平成3年退官。複数の企業勤務を経て平成21年、日本は沖縄から中国の植民地になるという強い危機感から民間団体「沖縄対策本部」を設立し活動中。著書に『そうだったのか!沖縄』(示現社)。 

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    沖縄問題と東アジアの安全保障

    岡本行夫(MITシニアフェロー、外交評論家)(「nippon.com」より転載)こじれにこじれた普天間基地移設問題。現状に加えて長期的な沖縄の将来図を、東アジアの安全保障環境も俯瞰的に見据えながら展望する。「普天間移設」の膠着 米海兵隊の普天間飛行場移設の展望が開けない。どうなるのか。住宅に囲まれた普天間飛行場に並ぶオスプレイ。移転は急務だ=9月6日 私は、これまで普天間の辺野古移設を推進してきた。普天間飛行場の3分の1の面積の滑走路を海上に作って、騒音と事故の危険性を人口密集地帯から海上に出すという案だ。住民の安全を考えれば、現状よりはるかにいいに決まっている。しかし、2011年に衆議院の、2012年に参議院の、それぞれの予算委員会に参考人として出席した際には、もはや辺野古移設は強行すべきでないと意見公述をした。なぜか。 沖縄では、従来は辺野古移設について容認派が3分の1、反対派が3分の1、中間派が残り3分の1であったが、2009年に鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」と宣言したことにより、ほとんど沖縄全体が辺野古反対に回ってしまったからだ。 無責任な民主党の政策であった。普天間の代替地を県外に見つけるのは至難の業だ。理由は簡単で、普天間飛行場に配備されているヘリやオスプレイは海兵隊の「足」であり、海兵隊本体から切り離して遠隔地へ持っていくわけにはいかない。移すなら海兵隊全体だ。瑞慶覧の司令部もキャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブの演習場と諸施設も。 民主党政権は鳩山発言の尻拭いのために、40カ所以上の候補地を沖縄の外に探したが結局見つからず、2010年5月に鳩山首相は県民にわびて、やはり沖縄で受け入れてほしいと頭を下げた。懸念される「島ぐるみ闘争」の再来 しかし、もう無理だった。県民の気持ちは元へ戻らない。例えていえば、こういうことだ。県民がレストランで渋々ながらも食事をしようとしていたところへ民主党がドカドカと入り込んできて、「ここのレストランはまずい。外にたくさんいいレストランがあるからそこへ行きましょう」と客を外へ連れ出した。しかし、そんなレストランがあるはずもなく、結局、元のレストランに戻ってきたが、もう食べ物は古くなり、誰も食べる気は失った…。 沖縄の反基地闘争に本土から多数の活動家が参加していることは私も目撃してきた。彼らが目指すのは、普天間全面返還だけではない。沖縄の反基地闘争と混乱を激化させて、全ての米軍基地、特に東半球最大の米空軍基地「嘉手納基地」の撤去にまで至ることだ。 このまま政府と沖縄の対立が長引いて膠着状態になり、万が一にもオスプレイが重大事故でも起こせばどうなるか。沖縄は、大変な事態になる。1956年の「島ぐるみ闘争」(※1)の再来である。沖縄の「抑止力」の長期展望 果たして、代替案はあるのか。私は国会での意見公述の際に、内容は明らかにしなかったが「プランB」(代替案)に移行すべきだと述べた。詳述は控えるが、その真意は、少々時間はかかるが沖縄と西太平洋地域における海兵隊の配置構造と自衛隊の役割を変えることによって、辺野古移設を不要にすることを目的としたものであった。 もちろん長い期間と、アメリカとの慎重な協議が必要で、普天間返還も遅れることになる。しかし、辺野古移設決定から19年も時間を過ごしてきたことを思えば、十分価値のあるプランだと思えた。  しかし、政府は方針を変えず、沖縄県知事が2013年12月に辺野古埋め立てを許可し、工事は既に始まった。事ここに至って別の案を主張することは、プロセスを混乱させるだけになる。残念だが私は「プランB」を封印し、現在の選択肢の中では辺野古への移設が最善のものとして、再び政府案を支持している。 辺野古への移設作業は緊急避難的措置として進めるとして、さらに長期の展望について記したい。日本の抑止力を低下させることなく、沖縄から海兵隊を大きく削減するにはどうしたらいいのか。 考えてみよう。今の日本の抑止力は、沖縄に常時駐留する海兵隊が直ちに北朝鮮や中国からの侵攻に反撃できるから保たれているというものではない。「抑止力」は、日米安保体制が全体としてもたらすものだ。抑止力の象徴:空母「ジョージワシントン」 典型的なのは、第7艦隊だ。原子力空母ジョージワシントン以下の大艦隊は、艦載機も含めれば、ハードウェアだけでも数兆円近くの巨費がかかっている。その第7艦隊を首都東京に近接する横須賀に配備していることが、「日本を防衛するぞ」というアメリカの強い意志表示となって周辺諸国に伝わっている。こうしたアメリカの日米安保体制へのコミットメントそのものが、抑止力の本質なのである。 抑止力とは、つまるところ、周辺諸国が「日米安保体制は確実に発動される」と思うかどうかの心証、つまりパーセプションにかかっている。他の国々が「発動される」と思わなければ、その時点で安保条約は一片の紙切れとなる。つまり、周辺諸国がいささかの疑義も差し挟まないような、日頃からの緊密な日米同盟関係こそが日本の抑止力の根幹なのである。 ところが、混乱のうちに軍事的合理性がない撤退が沖縄から行われた場合には、抑止力には大きな穴があいてしまう。周辺諸国が力の空白を感じるからだ。これまで中国は、ベトナムから米国が撤退した後にパラセル諸島を、ロシアが撤退した後にジョンソン環礁を、フィリピンから米国が撤退した後にミスチーフ環礁を、それぞれ武力でベトナムとフィリピンから奪ってきた。 「米軍が沖縄から追い出された」と中国が受け止めれば、彼らが尖閣諸島を武力で奪う可能性は格段に高まるだろう。いったん尖閣に上陸された後に、侵略軍を放逐するのはとても難しい。戦後初の戦死者を覚悟しての中国との戦闘になる。日本はそれをやれるだろうか?結局、「粘り強く交渉していく」という日本の得意のパターンの政策となり、竹島と同様に、中国が尖閣を実効支配する状況が定着してしまう可能性だってある。沖縄に対する差別 本土は、沖縄の苦悩と被差別感を十分理解していない。面積にして米軍基地の74%が沖縄に集中すると聞けば、誰でも「それは不公平だ」とは言うが、それ以上の行動を起こすことはない。そもそも「74%」という数字が生まれたのは、沖縄が日本に返還された後、本土の基地だけが削減されたためだ。72年当時、関東には米軍の基地が密集していた。立川、調布、練馬、光が丘、代々木、横浜本牧、根岸、そういった施設がすべて撤去され、全体としてみれば本土では米軍基地は65%削減されたのである。しかし、その間に削減された沖縄の基地は20%にすぎない。 「74%」の数字を減らすことは容易ではない。単に沖縄の基地を減らしただけでは、分子だけでなく分母も減るからあまり変わらない。「74%」を減らすためには「沖縄の基地を減らして、本土の基地を増やす」ことが必要になる。こうして、“行って来い”で初めて74%という数字が減りはじめる。 しかし、本土には、岩国を除けば、言葉だけでなく実際に沖縄の負担を助けようとするところはない。全国の知事レベルで沖縄の基地を引き受けてもよいと表明したのは、当時の大阪の橋下徹知事だけであった。 本土と沖縄の感情のもつれは根深い。太平洋戦争で本土防衛の捨て石とされ、しかも住民をそのための「盾」とされた沖縄には、本土への深い不信感がある。東アジアの戦略展望 今後の中国の拡張戦略を考えれば、沖縄問題の早期解決の必要性はあきらかだ。中国は2段階からなる海洋戦略を推進している。第1段階は、2010年ごろまでに沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオを結ぶ「第1列島線」の内側、すなわち南シナ海と東シナ海を軍事的にコントロールすること。第2段階は、2020年ごろまでに、伊豆七島、小笠原諸島、サイパン、グアム、ミクロネシアを結んでパプアニューギニアに至る「第2列島線」の内側で、米艦隊を撃破できる「接近拒否能力」を持つことである。つまり、西太平洋海域の大半を確保しようとの戦略である。中国海軍は、このために沖縄列島を通過し太平洋に出て、大規模な演習を何度も繰り返している。 今の日本はこれに対応できない。冷戦当時、日本は宗谷、津軽、対馬の3つの海峡をブロックすることでソ連の原子力潜水艦艦隊をオホーツクに封じ込める戦略をとった。そのために保有してきた潜水艦は16隻。ところが今や3海峡に加えて、沖縄列島には4つの通行自由な国際海峡が存在する。沖縄列島で中国海軍をチェックする態勢を作るのであれば、当然、従来の2倍、つまり30隻以上の規模の潜水艦隊が必要になるはずだ。 残念ながら、実態はその水準にはるかに及ばない。鉛筆をなめて潜水艦の退役年齢を引き延ばすことによって潜水艦の総数を22隻としたが、予算が増えたわけではない。過去10年間に中国の軍事予算が5倍になる中で、日本の防衛費は横ばいである。日本を守るのは「9条」より日米安保 もともと、この北東アジアには、世界の兵力規模の第1位から第6位までの国々のうち、実に4カ国が集中する。中国、ロシア、北朝鮮、そして韓国。これだけの軍事集積度の高い地域は世界に類を見ない。計算違いや偶発的な理由で、衝突がいつ起こっても不思議ではない。 この緊迫した地域にあって、日本がこれまでどこからも侵略される心配をしないで済んできたのは、日米安保条約が存在するからである。日本は憲法9条で守られてきたのではない。 そうした状況を考えれば、沖縄問題を解決し、しかも東アジアの安全を確保する方向性はあきらかだ。日本が、時間はかかるが、自分自身の抑止能力を高めることだ。例えば陸上自衛隊が海兵隊になることだ。そうすれば沖縄に海兵隊が駐留する必要性も減る。日本が、米国との間でそうした役割分担を作り上げることができるのかどうかに、沖縄が置かれた大きな戦略的立場もかかっている。(※1)これまでの軍用地政策を含む米軍支配のあり方を基本的に正しいと認めた米下院の「プライス勧告」に反発して起きた、大規模な沖縄住民の抵抗運動。米国側は軍用地料の一括払いの方針を撤回し、適正価格で土地を借用するとする政策変更を余儀なくされた。おかもと・ゆきお 外交評論家、シンクタンク「岡本アソシエイツ」代表。1945年、神奈川県生まれ。一橋大学経済学部卒業。68年、外務省に入り、北米第一課長などを歴任後、91年に退職。96年に橋本内閣で内閣総理大臣補佐官(沖縄担当)、2001年に小泉内閣で内閣官房参与、03年に同内閣で内閣総理大臣補佐官(イラク問題担当)など、政府の要職を多く務めた。12年から米マサチューセッツ工科大学国際研究センターシニアフェロー。

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    「新基地建設」という偏向用語を使う翁長・沖縄県庁

    外にも、反基地派の造語が氾濫している。辺野古で警備に当たる海保を批判する「過剰警備」、主に琉球新報が沖縄独立論を理論づけるのに使用する「自己決定権」、反基地でなければ沖縄人にあらずと主張する「沖縄人(ウチナーンチュ)のアイデンティティ」などのたぐいである。 造語自体には特に問題はない。だが反基地派の口から飛び出した途端、その造語は特定のイデオロギーに奉仕させられ、一種のいかがわしさを帯びるようになる。 紙面で「自己決定権」という造語(この言葉自体は既に存在しているが、本来は沖縄独立論とは関係ない)を執拗に使い続ける琉球新報は6月11日、「併合直後に分断策 明治政府、琉球抵抗に」という記事を1面トップで掲載した。 明治政府が沖縄の廃藩置県直後、琉球旧士族の抵抗を抑えるため、旧国王から説得させるなどの分断策を提起した公文書が発見されたという内容だ。 解説記事では「分断策は植民地支配の常とう手段である。名護市辺野古の新基地建設をめぐり、自民党の県選出・出身国会議員に圧力をかけ『県外移設』公約を撤回させ、当時の仲井真弘多知事に埋め立てを承認させた安倍政権の手法とも重なる」と主張する。また、当時の沖縄について「『たとえ国王の命令でも国家のために従わないこともある』と断言する者もあり、琉球のアイデンティティに基づく自己決定権回復を求める潮流は琉球社会の底流に流れ続けた」と分析する琉球大名誉教授のコメントも引用した。 この記事には、私が指摘した沖縄マスコミの大きな特徴が見事に浮き彫りにされているように思う。「新基地」「自己決定権」「琉球のアイデンティティ」という反基地派の造語の駆使、冷戦時代のまま思考が停止していることを示す「植民地支配」「併合」という表現。これは沖縄独立論にもつながる。廃藩置県と、辺野古移設を進める安倍政権の手法が「重なる」という論理は、時代背景や意義の違いを無視した暴論である。 前述したが、沖縄の「世論」や「民意」を読み解く場合、こうした記事が沖縄で最大部数を誇る新聞の1面トップを飾っているという現実を前提とする必要がある。そこは、異なる主張を持つ複数の全国紙が競い合う本土と決定的に異なる。 私なら朝からこういう記事を読まされると胸が悪くなるが、何の予備知識も持たない県民の多くは、反基地派の造語をごく自然に受け入れるようになってしまうだろう。それは一種の洗脳にも似たシステムだ。 こういう記事を書いている記者の心境とはどういうものなのか、同じ報道に携わる身として私は常々関心を抱いてきた。そこへ、5月29日付の沖縄タイムスに、興味深いコラムが掲載された。 「事実を客観的に伝えることは大事な決まりごとである。日本ではその公正と中立を『偏らない』ことと同義にとらえる傾向が強いが、欧米メディアでは公正さ(フェアネス)を『弱者』を思いやる姿勢として重んじるという」 要するに、彼らにとっての「公正と中立」とは弱者を思いやる姿勢であって、そのためには一方の主張に偏っても構わない、というのである。米軍基地問題に関しては、弱者とは基地被害に苦しむ人たちであり、安倍政権に反対する人たちであり、究極的には辺野古移設に反対するすべての人たちのことである。異様なほどの「反基地」の報道姿勢がこのような論理で正当化されるのか、と妙に納得させられた。 この論理の一番の落とし穴は、当のマスコミが「弱者」の定義をいかようにも決められることだ。私にとっての「弱者」とは、中国公船に領海を蹂躙されている八重山住民である。また、県紙の一方的な報道で稀代の悪人扱いされている辺野古移設容認派の政治家たちである。 私は一貫して弱者の立場から米軍基地問題や尖閣問題に意見を言っているつもりだが、反基地派はそうは見てくれない。2年ほど前になるが、私は県紙の先輩記者から「権力者におもねっても、権力者の仲間になれるわけではなく、所詮、しっぽのような存在でしかない」と「忠告」されたことがある。 県紙からすると、私は保守系の市長に阿諛追従するだけの記者だと見られているのだ。国境の島に生きる住民の危機感が全く理解されていないことに寂しい思いをした。 誰が強者であり、誰が弱者かというのは相対的な問題であり、立ち位置によってさまざまな見方がある。「自分は常に弱者の味方だ」と大声で触れ歩くのは、本人の意図はともかく、自分を全能の神のように勘違いする傲慢さであり、自己陶酔的なヒロイズムではないか。中国の領海侵犯への「鈍感」が意味する恐ろしき事態 八重山から見ていると、尖閣を狙う中国の野心はますます目に余る。中国公船「海警」の動きが中国政府上層部の意向を直接反映しているらしいことは、これまでもたびたび指摘してきたが、私が着目したのは5月に起こった領海侵犯の日付である。3日の憲法記念日、15日の沖縄復帰記念日に領海侵犯したのだ。 前述のように「海警」の領海侵犯は常態化している。今年に入り、6月17日までに17回に達する。月に2~3回のペースだが、それがこれだけ日本の祝日や記念日と重なっているのは、偶然にしては高すぎるように思える。 昨年は天皇誕生日の領海侵犯もあり、報道を受けた中国ネットでは「天皇への誕生日プレゼントだ」と快哉の声も上がったという。「海警」は県知事選、石垣市長選の告示日にも領海侵犯している。こうなると、日本の祝日や政治的イベントに合わせた意図的な挑発行為と見ていいだろう。 深読みすれば、憲法記念日の領海侵犯は「平和憲法を破る」などと反対派が攻撃している安保関連法案への当てつけか。沖縄復帰記念日の領海侵犯は「沖縄は中国の領土だ」というアピールか。いずれにせよ、日本国民は「海警」に嘲弄されているのではないか。 しかしさらに悲劇なのは、当の国民、さらには沖縄県民にも、嘲弄されているという自覚がないことだ。中国の「頑張り」にもかかわらず、県紙も地元紙も、中国公船の航行や領海侵犯をほとんど報じないからだ。恐らく紙面が空いていると思われる日にベタ記事で掲載される程度で、今や領海侵犯がニュースだという感覚すら麻痺してしまっているように見える。 尖閣周辺で、尖閣の領有権を奪取する意図を持つ他国政府の公船が常時航行を続けている、というのは、私の感覚からすれば異常な状態であり、準戦時体制と呼んでも差し支えない。中国公船が尖閣周辺にいる、という事実だけでもニュースだし、ましてや航行が10日連続とか、20日連続とかに達すると、たとえ領海侵犯がなくても、ただならぬ事態ではないかと思える。 私が編集長を務める「八重山日報」では、「海警」が尖閣周辺にいる限り毎日、その動向を掲載している。読者からは「八重山日報を読まないと中国船の動向が分からない」という声が寄せられるほどだが、それは私たちが努力しているというより、他紙が努力を怠っているためだ。 6月3日には新造船の「海警2308」が「パトロール」に加わり、尖閣周辺で初確認された。中国側の報道によると、先進的な電力推進システム、総合横揺れ防止システム、衛星通信測位システム、艦載ヘリの発着台、高圧放水銃などの最新設備が搭載されているという。 海保は来年3月までに、尖閣警備に専従する巡視船を10隻体制に増強する方針で新造船を進めているが、攻撃側の中国も新戦力を着々と整えている。報道によると、国家海洋局は尖閣周辺で9隻の監視船と4機の航空機を常時投入し、無人機も運用する方針という。さらに、尖閣に最も近い沿岸の浙江省福州市では、国家海洋局が大型船が停泊可能な新基地を建設する方針だ。 「海警」に加え、6月には中国の海洋調査船もたびたび、尖閣周辺に出没するようになり、巡視船の警告を無視して海中にワイヤーを垂らすなど、調査を活発化させている。 「海警」は、台風などの悪天候時を除き、尖閣周辺を常時航行する体制を崩さない。中国国営テレビは海警の航行について「無人島を実効支配する方法として、国際的に認められているものだ」と強弁し、既に中国が尖閣を実効支配しているかのような「報道」を展開している。 日本の漁業者は、今や尖閣にはほとんど近づかない。海保の奮闘がなければ、尖閣周辺の海は中国船だけが跳梁する無法地帯になりかねない。 沖縄の主要マスコミのように、中国公船の動向に対する日本人の感覚が麻痺してしまえば、まさに中国の思うつぼだろう。中国当局が公言する「日本の実効支配の打破」とは、日本人のそういう心の隙を狙った「心理戦」でもあるはずだ。 「海警」の航行を異常事態だと思う感覚が日本人から消えてしまえば、そのうち領海侵犯も年中行事くらいに軽く考えるようになる。それは中国軍が一気に尖閣を占拠する絶好のチャンスかも知れない。警備に当たる海保もそれを知っているから「海警」との攻防を「長期戦の覚悟だ」(宮崎一巳石垣海上保安部長)と強調する。海保を後押しする国民、県民の強い思いが求められている。 尖閣警備に自衛隊が投入されるような現状ではないにせよ、尖閣まで約170キロの石垣市に自衛隊が配備されれば、傍若無人な「海警」も多少の圧迫感を感じるのではないか。とめどない領海侵犯に歯止めを掛けるためにも、八重山で自衛隊のプレゼンスを示すことが必要だろう。 防衛省が現地調査後、自衛隊配備の結論を出すのは約1年後と見られている。配備が決定した場合の住民、マスコミ、市長、市議会の反応はどうか。八重山を取り巻く厳しい国際環境について認識を共有したい。なかあらしろ・まこと 昭和48(1973)年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、平成11(1999)年に石垣島を拠点とする地方紙「八重山日報」に入社、22年から同紙編集長。イデオロギー色の強い報道が支配的な沖縄のメディアにあって、現場主義と中立を貫く同紙の取材・報道姿勢は際立っている。著書に『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』(産経新聞出版)。 

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    大前研一氏 菅官房長官の「粛々に」発言の意味を解説する

     米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡る翁長雄志・沖縄県知事と安倍官邸の話し合いが平行線をたどっている。もっとも重要な問題は、「なぜ沖縄に米軍基地があるのか」という根源的な問題だ。大前研一氏が解説する。* * * 周知の通り沖縄は1972年に返還されたが、米軍関係者によれば、実は返されたのは「民政」だけで、「軍政」は返さないという条件だった。つまり、軍政=米軍基地に関しては、日本は口出しできないのだ。 ところが、この“事実”を安倍首相の大叔父である当時の佐藤栄作首相も、その後の自民党政権も、外務省も一切、国民に説明していない。自民党の悪しき外交慣習として、文書に残っていないか、残っていたとしても隠している。 だから沖縄で米軍基地反対運動が続くわけだが、アメリカにしてみれば、なぜそんなことで騒ぐのか理解できないというのが本音だろう。 わかりやすい例は、オスプレイの配備だ。墜落事故が多くて安全性に問題がある飛行機だから配備を許してはいけないと大騒ぎしていたが、気がついてみたら、いつの間にか普天間飛行場に24機が配備されていた。それに対して日本政府は抵抗も抗議もしていない。沖縄の軍政に関してアメリカが、日本に相談する必要も承認を得る必要もないという証左である。会談に臨む菅官房長官(左)と沖縄県の翁長雄志知事=2015年4月5日、那覇市内のホテル 菅義偉官房長官は沖縄を訪問して翁長知事と会談した際、普天間飛行場の辺野古移設について「粛々と進めていく」と述べて「上から目線」と批判されたが、日本政府はアメリカの意向に逆らえないのだから、「取り決め通り粛々と」と言わざるをえない。 つまり、辺野古移設は自分たちが介在できる問題ではなく、歴代の自民党政権がコミットし、政治家が利権化してきた問題だから、過去の延長線上で決まった通りにやるしかないという意味で、菅官房長官は「粛々と」という言葉を使ったのだろう。それは極めて正しい認識だと思う。 佐藤栄作は退陣後の1974年に核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」の「非核三原則」や「沖縄返還」などによるアジアの平和への貢献を理由としてノーベル平和賞を受賞したが、とんでもない話である。核兵器の「持ち込ませず」は偽りであり、沖縄の軍政は返さないという密約を交わしていたわけだから、まさに嘘と欺瞞の塊だ。 したがって、いくら翁長知事が日本外国特派員協会で会見したり訪米したりして辺野古反対を切に訴えても、意味はないのである。 本気で沖縄の米軍基地問題を考えるなら、安倍首相の祖父の岸信介が1960年に改定し、大叔父の佐藤栄作が1970年に自動延長した日米安保条約の矛盾、そして沖縄返還のイカサマまで戻って議論する必要がある。関連記事■ 香山リカ氏 沖縄の基地ガイドに「なぜ沖縄だけがこんな…」■ 米軍 日本の国土全域でなんの制約も受けず自由に軍事行動可■ 沖縄米兵自宅に中国スパイが仕掛けたと推測の盗聴器見つかる■ 沖縄在日米軍用土地 1割以上が中国資本に買い占められていた■ 沖縄基地問題で治安悪化を専門家が懸念 オバマ氏来日中止も

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    朝日が口ごもった「平和学の父」が提案した沖縄『プランB』の恐怖

    どして国際機関を誘致」って・・・ そうか、ガルトゥング博士のプランBは、『積極的平和主義』でもって、沖縄独立をうながしていたのか・・・ 全国紙、朝日新聞が口ごもったのも無理からぬことであります。・・・ 読者の皆さん。琉球新報は本気なのであります。 25日付け琉球新報社説は、さっそくこのガルトゥング博士の講演を取り上げています。<社説>北東アジア共同体 「心に響く案」追求したい2015年8月25日 6:02http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-247786-storytopic-11.html 社説の中で『プランB』が取り上げられます。 「政府が一番嫌がるのは政府案よりいい『プランB』を出すことだ。それは単なる折衷案ではない。折衷案は『怠け者の案』だ。独創的な、人々の心に響く案を出せば、賛同が得られる」と述べた。世界200カ所以上の紛争の調停に携わった人の、経験に基づく提言には大きな説得力があった。 そのためにどうすべきか。博士は「(1)合法的か(2)人権を尊重しているか(3)基本的必要性に基づくか-の3点に鑑みて、何が実現可能か、大きなビジョンを描くことだ」と述べた。その案には互恵性と平等性が大切とも述べた。 そしてすごい意見が出ます。 それは、例えば尖閣で、博士が述べたように「日中が40%ずつ資源を分け合い、残り20%を双方の市民活動や環境保護活動に充てる」というような案のことだろう。沖縄から見ると、沖縄と台湾を加えて日中沖台で4分の1ずつ分け合う案も考えられる。歴史的に、尖閣を領有する根拠を最も持つ沖縄の提唱には一定の説得力があろう。 日中沖台で尖閣諸島を四分割って・・・ いかん、琉球新報社説子の脳内では、沖縄が、日本・中国・台湾と同格の国扱いになっています。・・・ 読者の皆さん。 『積極的平和主義』の提唱者ガルトゥング博士の『プランB』「沖縄は独立の気概をもて」に琉球新報が乗せられたのか、それともそもそも独立志向の琉球新報にガルトゥング博士が利用されたのか、よくわかりません。 しかし琉球新報は冗談ではなく真面目に沖縄独立の可能性を論説し始めているようです。 いやはやなんともです。 しかし、日中沖台で尖閣諸島を四分割って・・・ マジですか? しかし、ガルトゥング博士の『プランB』です。ぜんぜん平和的じゃない(苦笑)じゃないですか。恐ろしいです。 ふう。(「木走日記」より転載)

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    地元メディアの「暴走」 米軍ヘイト報道が奪う沖縄の未来

    ロバート・D・エルドリッヂ(元在沖縄米軍海兵隊政務外交部次長)はじめに アメリカの独立宣言の起草者トーマス・ジェファーソンは「新聞のない政府と政府のない新聞、そのどちらかを選ばなければならないとしたら、私はためらうことなく後者を選ぶだろう」という名言で知られている。しかし彼は同時にメディアの無責任さにも気づいており、「何も読まない者は、新聞しか読まない者よりも教養が上である」「新聞で最も正しい部分は広告である」といった辛辣な言葉も残している。ジェファーソンの時代と異なり、私たちの周りには新聞以外に様々なメディアが存在する。情報を深く広く収集できるメディアは今でも必要だが、彼らが時々起こす過失や無責任さといったものを無条件に見逃すべきではない。 では誰がメディアを監視しているのだろう。私自身を含め、日本国民はメディアを過信してきたのではないだろうか。今や自らの過ちを認めない、自浄作用のないメディアをチェックすべきだという意思は世界中に生まれ、特にインターネットを通じ、一般市民の間に一種の協力体制が確立されつつある。 メディアの自浄作用といえば、日本新聞協会は2000年6月21日、44年ぶりに改定した『新聞倫理綱領』を採択した。これによれば「報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない」とあるが、特に沖縄関係の報道では、多くのメディア関係者はその規定を守っていない。こうした報道の実態は日本のメディア全体の課題でもあるが、アジア太平洋地域全体の安全保障に影響する沖縄県が直面している大きな問題だ。さらに沖縄問題の報道にしばしば見られる「意図的な誤報」は、なにも沖縄県出身者や日本人記者だけによるものではなく、活動家まがいの外国人メディア関係者にも大きな責任がある。彼らの生み出す偏向報道は、多くの摩擦や間違った認識を生じさせている。 本稿は、沖縄問題をめぐる最近の報道を検証することを目的にしている。いくつかの事例を取り上げることによって、報道がどのような誤解を招き、最終的にどのような摩擦や憎しみという結果を生むのかを考えて頂ければ幸いだ。地元紙の「暴走」 今年2月22日のキャンプ・シュワブでの活動家らの拘束劇、なぜ私がその一部始終が撮影された映像を外部に提供したかなどについては「正論」7月号掲載のインタビューの通りである。今号ではその後の地元紙の「見出し」を通じて、事件後のメディアの暴走ぶりを紹介してみたい。 読み返してみてもっとも滑稽なのは「『境界線越えてない』と抗議」(2月24日・沖縄タイムス)という見出しである。3月4日に私が外部に提供した映像からわかる通り、基地反対活動家らは越えてはいけない黄色い線を、自ら何度も越えている。これは動かせない事実だ。沖縄タイムスの読者としては、この「誤報」に対してだけでも訂正を出すべきだと思っているのだが、いまだに「お詫びと訂正」の記事を見ていない。 「拘束は米軍独断の見方も」(同)という見出しもおかしい。米軍の基地施設管理権には警察権まで含まれる。そもそも一般市民とて自宅に不法侵入者がいれば、「独断」でそれなりの対応を取るだろう。 また「辺野古集会の直前拘束」(2月23日・沖縄タイムス)という見出しは、ことさら米軍側が基地反対集会つぶしを企図し、タイミングを計って活動家を拘束したように読ませたいように見えるが、買いかぶりすぎである。今回の件にそのような政治的意図はない。たまたまその日、定められたルールを逸脱した「侵入者」がいたので、ルールに従ってこれを拘束せざるを得なくなっただけだ。 各紙の見出しの中でも特に理解しがたいのは「『背後から無通告』不当」(2月24日・沖縄タイムス)というものである。いきなり無抵抗の者を拘束したように読ませたいのだろう。事件の一方の当事者だった日本人警備員の名誉とプロフェッショナリズムのために特に強調しておくが、ゲート警備にあたる者は、礼節ある態度で基地訪問者に接しているし、そうあることを求められる。ここに書かれたように、基地警備員は本当に「背後から」「無通告」で拘束したのか、私が外部に提供した映像でもう一度確認してみてほしい。 映像の提供から3カ月以上経過しても、彼らにとっては事件は終わっていなかったようだ。6月18日付琉球新報が掲載した「海兵隊解雇に不満」「昇格期待していた」との記事に、同紙の並々ならぬ関心がうかがえる。 琉球新報の記事は、映像提供を理由に海兵隊を4月に解雇されたことについて、私が本誌7月号のインタビュー記事で、「(映像提供で)昇格を期待していたくらいだ」と処分への不満を漏らしている、と伝えている。 実際はどうなのか。読者のみなさんには、本誌のインタビューで私がどんなニュアンスで「昇格を期待していたくらいです」と発言したか、お読みいただいたうえで、琉球新報記事について考えていただきたい(ネットで閲覧可能)。私は狙われていた~地元紙と英字紙の「連携」 地元紙の見出しから十分に恣意性は感じられたと思うが、状況はこれだけにとどまらない。海兵隊司令部で米軍と県民や日本国民との相互理解、交流を積極的に推進してきた私は、それを望まない者のターゲットにされていた節がある。ロバート・D・エルドリッヂ氏 今年1月上旬、日本で発行されている英字紙「ジャパン・タイムス」に、新設されたシンクタンク「新外交イニシアチブ(ND)」を絶賛する記事が掲載された。私は専門家としてその記事の信ぴょう性に疑問をもち、これに対する投稿を送った。同紙には30回以上寄稿しており、今回も問題なく掲載されるだろうと考えていたが、掲載可否を確認してもはっきりした答えがない。実は一昨年、知人の研究者も沖縄の問題点を紹介する英文原稿の掲載を断られている。いずれもやや不自然な却下の仕方だった。 「ジャパン・タイムス」の編集長からは「webのコメント欄に書いてください」と言われたので2月10日にそのようにした。するとそれを受ける形で、2月13日付の沖縄タイムスで「米軍幹部が研究所批判/安保政策の異議紹介記事に投稿/『騒音・不協和音』と表現」と題する記事が掲載されたのだが、紙面での扱いは1面のトップ・顔写真入りと大きなものだった。 この2月13日付の記事は今もネット上で読めるが、私は沖縄を巡る「状況」を「騒音と不協和音」と比喩的に表現したのであって、新設されたこのシンクタンクおよびその活動をそう評したわけではない。このシンクタンク「ND」に対しては「理事たちの沖縄問題に対する視点の変化のなさ」を指摘し、「研究は重要だが、(中略)事実に基づいて客観的、建設的にすべきだ」と書いたにすぎない。 記事内では「『外部の社会問題への発言の自由は保障されている』と説明。(中略)処罰対象にならないとの見方を示した」という海兵隊報道部のコメントも紹介されている。どんな質問をすればこのコメントを引き出せるのか、読者諸氏も記者になったつもりで想像してみてほしい。おそらくそれは「今回の件で彼は処分されないのか?」だっただろう。もしそうだとしたら、軍隊内ですら一定の範囲内で保障されている「言論の自由」という権利を行使した件に関する質問としては大げさすぎる。私はそれほど大物ではないが、映像提供の件で解雇される前からターゲットにされていたのかもしれないと思う一件だ。さて単なる意見表明は、新聞の1面を飾るほどの重大事件だろうか。私は被害妄想、あるいは被包囲心理が強すぎるのだろうか。 ちなみに「ジャパン・タイムス」からは、毎日のように普天間飛行場近くで海兵隊員に汚い言葉を投げつける「プロ市民」の実態を指摘したことで、なぜか個人攻撃を受けたこともある。同紙は英字紙であるので「正論」読者諸氏には馴染みが薄いかもしれないが、在日外国人に非常に影響力のある媒体で、日本語を読めない外国人たちにとっては日本の情報の窓口である。もちろん同紙に真面目な記者はいるのだが、この件に関わったのは外国人ライター。活動家のような書き手もいるということだ。 問題なのは、誤った情報を同紙から得た外国人読者が、その間違った情報に基づいて国外で話すことになる点だ。このままでは海外に拡散した報道が、伝染病のように国内に入り込み、日本人も「外から」影響されてしまうことになりかねない。沖縄を巡るこのような構図は、従軍慰安婦問題のそれと極めて似通っている。翁長県知事の成果なき訪米(揶揄ではない。彼らの予定通りだったと思う)が終わった今、次の「戦場」は海外へと移っていくだろう。こうした共通性が明らかになるにつれ、沖縄問題や地元紙の偏向報道の背後にある「何か」が浮かび上がってくるはずだ。 「正論」7月号でも言ったように、私は他者の「何かに反対する権利」「何かを主張する権利」を否定しない。ただその抗議や主張のやり方に問題がある、あるいは事実誤認があると指摘しただけで、個人攻撃に近い報道まで行った両紙には失望せざるを得ない。いずれにせよこれは「ペンの暴力」とでも呼ぶべきものだろう。人命救助さえ報道しない沖縄紙人命救助さえ報道しない沖縄紙 今年の1月14日、筆者は地元高齢男性の命を救った一人の米海兵隊員を称える式典に出席した。男性は昨年12月23日、沖縄県北部・金武町の国道で自転車から転落したが、キャンプ・ハンセンに向かう途中のジェイコブ・バウマン軍曹(25)が安全な場所に移動させ、蘇生させたものだ。式典は司令部で行われ、彼の上司や同僚、そして彼の若き妻が同席した。司令官のランス・マクダニエル大佐は、他の運転者が行わなかったバウマン軍曹の行動を賞賛したが、軍曹はこの行動について、他者を助けるという考えから行った、と短く答えた。 報道関係者も招待されていたが、地元住民の命が救われたにもかかわらず、日頃から「命どぅ宝」と訴えている「琉球新報」「沖縄タイムス」がいなかったことは大変残念だった。なぜ取材がなかったのか、理由は定かではない。「招待を耳にしなかった」といった言い訳をよく聞いたが、この式典に関してはそのような主張は通用しない。式典のかなり前に案内はされていたからだ。若者の将来より、己の主張 もう一つ例を挙げたい。在沖米総領事館が主催したあるパーティーで、長年親交のあった地元メディアの人に「より多くの県内の学生がその機会を捉えられるよう、海兵隊政務外交部でのインターンシップ制度の紹介をお願いしていたのですが」と話しかけてみた。「それは目新しいものじゃないから」という反応だったが、大阪大学在職時の経験から、インターンシップ制度は大学側も受け入れ企業側もアレンジに相当苦労することを伝えた上で「米軍が日本の学生に対してこういう機会を提供したことはあまりない。特に海兵隊司令部内では初めてでニュースバリューもあるはずだ」と再度お願いしてみた。すると彼は「基地問題がある限り、米軍にとっていいことは書かない」と本音を吐いた。これは米軍への憎しみのあらわれというだけではなく、沖縄の子供たちの将来を大人の都合で犠牲にし、教育や体験の機会を奪っていることに他ならない。元教育者として絶対に許せない。 幸いなことに、それでも10名の日本人学生が海兵隊でのインターンシップを体験した。そのうち沖縄出身は3名。彼らは地元メディア、米軍からの案内を学生に周知しない県内の大学からではなく、別ルートから情報を得たという。こうした形でも、沖縄の閉鎖的な教育界とメディアが沖縄の将来を損なっている。 これらは私が海兵隊在職中、何千件と経験したよくあるケースのうちの一つに過ぎない。地元メディアは日米両政府どちらかにとってマイナスの印象となる情報は積極的に掲載する一方、プラスの印象を読者に与えるものは載せない(あるいはそもそも取材しない)傾向がある。私はなにも米軍による犯罪の報道をするなと主張したいのではない。人道的行為、青少年育成といったよき側面を持つ話も、等しく県民に伝えるべきだといいたいのだ。知事訪米にあわせた米紙への寄稿 最近の翁長知事訪米の際、「沖縄の知られざるもう一つの側面」と題した私の論文が「ワシントン・タイムス」に掲載され、大きな反響を呼んだ。 同紙を寄稿先に選んだのは、昨年11月の沖縄県知事選の際、革新系といわれ同紙のライバルでもある「ワシントン・ポスト」に掲載された間違いだらけの記事に対し、それを指摘する原稿を送付したが、沖縄の地元メディア同様、黙殺された経緯があったからだ。冒頭で述べた通り、メディアは国民からの監視、あるいは明らかな間違いの指摘といったものに対して真摯に対応する姿勢が必要だと思う。 さて沖縄のメディアから派遣された記者は、翁長知事訪米団と一緒に行動し、その動きを紹介していた。ちなみに沖縄の地元紙は沖縄問題について海外の研究者、活動家、メディアなどが発信する時、必ずといっていいほど記事にして紹介する。最近だとネパールの被災地に派遣されたオスプレイの性能に批判的な現地新聞の記事まで引用した「報道」が記憶に新しい(「オスプレイ『役立たず』 ネパール支援で地元紙」/5月8日・琉球新報)。 今回の「ワシントン・タイムス」への寄稿は沖縄のメディアには取り上げられなかったが、訪米団をはじめ、同行する記者らはこれを読んでいないはずがない(もしも現地で見ていないのであれば、特派員としてはもちろん、記者としての資質を疑わざるを得ない)。彼らの主張の妨げになりかねないこの文章が沖縄のメディアで紹介されなかったことそれ自体、一種の情報操作と結論づけてもおかしくはない。おわりに 偏向報道はアメリカでも昔からある問題だ。例えば50年以上前、あのジョン・F・ケネディ大統領もメディアには悩まされていた。普及し始めたテレビでの生放送でインタビューに臨んだ彼は、親友で「ニュースウィーク」誌のライターでもあったベン・ブラドリーに対して「新聞や雑誌経由ではなく、テレビを通じて直接語る際に、アメリカ国民の理解と支持が得られるのだ」と皮肉っぽく語っている。日本政府もケネディ同様の事情に悩んでいたに違いない。だからこそ安倍政権は昨年12月の衆議員選挙において、メディアに対して公正な報道するよう呼びかけざるを得なかったのだろう(案の定、その行為は批判された)。在沖縄米軍海兵隊が宮城県気仙沼市大島でのがれき撤去作業を6日で終了。島を離れる前に上陸用舟艇(LCU)に乗り込む隊員らに、住民がハイタッチするなどして感謝を表した=2011年4月6日(大西史朗撮影) この原稿の執筆にあたり、地元メディアの報道を改めて精査してみたが、米軍に好意的な報道はほぼ存在せず、とてもみじめで悲しい気持ちを思い出すことになった。例えば2006年に私が発案と実施とに深く関わった「トモダチ作戦」は、東日本大震災時の実際の運用で、在日米軍が災害時にどのような協力ができるのかのモデルケースになったと思うが、被災地での支援活動すら地元紙には「どのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設はもういらない」(2011年3月18日・琉球新報)、「震災の政治利用は厳に慎むべきだ」(2011年3月22日・沖縄タイムス)と、意地悪く評された。震災直後の被災地で苦しむ人、それを助けようと真剣に任務に取り組む者がいた時期の論評とは思えない。よくもまあこういうことが書けたものだと思う。 約600名の海兵隊員が復興支援に従事した大島(宮城県気仙沼市)の島民とは特に深い信頼関係が生まれた。「燃えるゴミと燃えないゴミを混ぜちゃダメ!」と、あふれかえる瓦礫の撤去を急ぐ屈強な海兵隊員たちを叱りつけて回っていた島の子供のことを、うっすらと涙を浮かべて楽しそうに話す隊員がいまだにいるくらい、その想いと絆は深い。しかし私が作った、沖縄の海兵隊員たちの家に東北の子供たちをホームステイさせるプログラムのこと、島民と隊員たちとの心温まる交流の継続といった事実もまた、沖縄で報道されることはまれである。「しまぬくくる」(沖縄、沖縄人のこころ)の美しさを説く一方、ここまでの悪意を他者に向け続け、自分と異なるものを排除しようとする地元紙の「ちむぐくる」(まごころ)は一体どこにあるのだろう。 紹介してきたように恣意的なメディアの存在は民主主義の破壊のみならず、個人の人権まで損なうようになる。今、沖縄の報道は健全な状況にない。日米両政府と沖縄県にも課題はあるが、沖縄問題を煽っている最大の責任は、沖縄メディアとその報道にある。ロバート・D・エルドリッヂ氏 1968年、米国ニュージャージー州生まれ。99年に神戸大学法学研究科博士課程後期課程修了。政治学博士号を取得。2001年より大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授。09年9月より在沖縄海兵隊政務外交部(G―7)次長に就任。基地監視カメラ映像を不適切に公開したとして同職解任。近著に「尖閣問題の起源」(名古屋大学出版会)。日本人の鼓動が響く フジサンケイグループのオピニオン誌「正論」日本が日本でなくならぬよう、誇るべき歴史、受け継いできた志を正しく伝えたい。昭和48年の創刊以来の思いをこれからも変わることなく、一つ一つ紡いでいきます。定期ご購読はこちらから