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    日米に「宣戦布告」した翁長知事

    米軍普天間飛行場の移設計画をめぐり、沖縄県の翁長雄志知事がジュネーブで開かれた国連人権理事会で演説し、「沖縄は人権をないがしろにされた」と日米両政府の対応を批判した。世界に向けて自らの正当性をアピールした翁長氏だが、独善的なパフォーマンスは日米に対する「宣戦布告」にも等しい。

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    【徹底討論】「沖縄問題」としての基地問題の来歴と現状

    宮城大蔵(《司会》上智大総合グローバル学部教授)遠藤誠治(成蹊大法学部教授)平良好利(獨協大学地域総合研究所・特任助手、法大兼任講師)米軍基地の約74パーセントが沖縄に集中する中で、普天間基地の辺野古移設をめぐり沖縄と本土の対立が深まっている。沖縄をめぐる問題を3人の国際政治学者が様々な角度から浮き彫りにし、状況打破の糸口を探る。本土と沖縄、かみ合わない議論(左から)遠藤誠治氏、司会の宮城大蔵氏、平良好利氏宮城 今回はまず沖縄をめぐる現状をどう見ているのかについて、お聞きしたい。遠藤 沖縄の基地問題は、本土では沖縄の問題と受け止められているのに対して、沖縄では、基地問題は日本全体の問題として受け止めている。その負担もまた日本全体で公正に分かち合うべきだという主張の上に、普天間飛行場の返還、辺野古での「新基地建設」反対が論じられている。沖縄の基地問題について、本土の人々および政府と、沖縄県および沖縄の人々の間で必ずしもかみ合った議論が行われていない。 安倍政権は辺野古の「新基地建設」については既に地元の了解を得ているとして、2014年11月の沖縄県知事選挙、12月の衆議院議員選挙など多様な機会を捉えて沖縄県民が示してきた民意を一切考慮しない姿勢をとっている。現在のところは、沖縄対本土という対立の構図があまりにも明確で、建設的な解決の方向も見えていない。 日本を取り巻く国際環境や安全保障状況が改善されれば、沖縄の基地の必要性について冷静な議論が可能になるので、基地問題の行方について多様な可能性を探究する余地が生まれてくる。しかし、尖閣問題についてはここしばらくの間は、日中間で落ち着きが得られているものの、南沙諸島の問題が緊迫感を増すと、米軍内でも日本本土から見ても、沖縄の基地の必要性が改めて強調され、米国の対東アジア関与を希薄化するような議論への共感が得にくくなる。 特に本土では、安全保障上の関心が最重要事項となり、そのためには沖縄の米軍基地が必要だという論理や思い込みが強くなっている。純粋に軍事的な観点から見て、中国を抑止するために沖縄の基地が不可欠なのかという点について検討がなされるべきであるにもかかわらず、日本政府や本土の国民は、「中国を抑止する必要があり、抑止するためには基地が必要で、基地は沖縄になければならない」という考え方以外の方法に耳を傾ける余裕を失っている。 沖縄の人たちは、日本全体の安全保障、沖縄県住民の安全な生活環境、基地撤去から得られる経済的利益、埋め立てで基地を作ることにともなう生態系の破壊の危険性など、いろいろな理由があって、それらについてかなり熟慮した上で新基地建設に反対を表明している。しかし本土ではそうした深みや広がりのある議論を理解しようとする姿勢そのものが欠けている。 このように、沖縄県民および沖縄県庁と政府の対話が行える環境としては、良くない方向に向かっており、本土と沖縄が対立しているという構図ばかりが強調されてしまっているというのが私の認識だ。沖縄に残る「敗戦国日本」の姿平良 少し別の観点から言うと、私はいまの「沖縄の姿」そのものが戦後日本のありかたを凝縮的に象徴していると思っている。これは沖縄の問題ではなく、しかも沖縄対日本という枠組みでもなく、戦後日本の問題として議論を組み立てていく必要があると考えている。 いまの「沖縄の姿」が問いかけているものは2つあって、1つは主権国家としての日本の在り方。もう1つは民主主義国家としての日本の在り方だ。 現在沖縄では、名護市長選挙、沖縄県知事選挙、衆議院議員選挙のすべてにおいて辺野古移設反対を主張する候補者が当選したにもかかわらず、政府はその民意を無視しているというかたちで、民主主義の問題を提起している。けれども私は、そのレベルでの民主主義の問題ももちろん重要だが、もっと根本的に、民主主義国家を成り立たせている前提のレベルから議論する必要があると考える。すなわち、防衛負担の平等にかかわる問題だ。こうした2つの観点から問題を捉え直さなければ、なかなか展望は開けないのでは思う。宮城 もう少し具体的に言うとどういうことか。平良 日本は1952年のサンフランシスコ講和条約の発効により、6年8カ月続いた占領を終わらせ、主権を回復した。その後、50年代には、本土に駐留する米軍の撤退と基地の縮小に取り組んでいる。これは60年代も続き、70年代には、あの関東計画に象徴されるように、首都圏からも多くの基地がなくなっていった。52年の段階で米軍基地(専用施設)は13万5200haもあったが、60年には3万3500ha、72年には1万9700ha、そして80年には8500haにまで削減されている(現在は8000ha)。 このように米軍撤退、基地縮小に日本の政治家たちをして動かしたのは何だったのか。安保改定を成し遂げた岸信介元首相の言葉を借りて言えば、占領の「残滓」の払拭。つまり、主権国家として「日米を対等の地位に置く」といったものが、強弱の違いはあれ、日本の政治指導者たちを突き動かす原動力になったと思う。60年の日米安保条約改定にしても、また72年の沖縄返還の実現にしても、根本的にはそうしたものを駆動力にして推し進められたと思う。これらの実現によって、日本は占領の「残滓」の払拭、「日米対等」の実現というものに、ひとまず “ケリ” をつけた格好にした。 しかし本当に “ケリ” をつけることができたのか。沖縄をみると、2万2700haという広大な米軍基地が戦後70年を経ったいまも残っている。沖縄戦から米軍占領期につくられた基地が、しかも戦勝国の力によってつくられた基地が残っている。この「沖縄の姿」をみると、果たして本当に日本は占領の「残滓」を払拭できたのか。あるいは敗戦国から脱することができたのか、と思う。主権国家の在り方が問われているとは、こういうことだ。基地問題にはもともと保守も革新もなかった宮城 ここに来て「オール沖縄」という形で「現行案」に対する反発が高まっている。これはどういうふうに理解すればいいのか。平良 沖縄内部の政治構造の変化を見る必要がある。沖縄では1960年あたりから本土から保革対立の枠組みが入ってくるが、この保革対立の政治構造をより仔細にみると、地域レベルの問題では保革が連携できる基盤のようなものがもともとあったことが分かる。 国家レベルの問題では、日米安保条約、米軍基地、自衛隊の存在をめぐって保革が対立するが、しかし地域レベルの問題では、基地の整理縮小と経済振興をめざすという意味では、両者の間に大きな違いはない。この点の理解が重要で、保守は「経済」、革新は「基地」や「平和」といった単純な分け方をすると、沖縄政治を捉え損なってしまう。 ただ、そうはいっても、保守は「経済」をより重視し、革新が「基地」や「平和」の問題をより重視したことは間違いない。だから、沖縄を取り巻く「現実」そのものが変わっていけば、つまり「基地もなく、豊かな沖縄県」という「理想」に近づいていけばいくほど、両者の距離が接近してくるのは、ある意味で自然なことだ。 米ソ冷戦の終結後、基地返還の可能性も見えはじめ、しかも経済振興によって基地への依存度も徐々に減っていったことから、保革がともに基地経済からの脱却と基地の整理縮小を現実の課題として射程内に入れ始め、両者の距離は事実上接近してくることになる。そうした沖縄内部の変化をまずはおさえる必要がある。経済と基地の交換に固執する本土政府経済と基地の交換に固執する本土政府遠藤誠治・成蹊学法学部教授遠藤 日本政府は、ずっと保守政権が続いてきた。沖縄復帰に向けてエネルギーを注いだ保守政権は、沖縄復帰後、基地問題そのものを解決するよりも、基地を引き続き沖縄に引き受けてもらう代わりに経済振興に取り組むという方法を採用してきた。基地固定化の代わりに行う経済振興の受け皿としての沖縄の保守勢力に肩入れしてきた。戦後日本を牽引してきた開発主義を沖縄に関しても集中的に展開する時に、沖縄にも保守勢力が必要だったということだ。 現状を見るならば、翁長雄志(おなが・たけし)新知事は保守で、翁長支持者も本来的には保守勢力という点に注目する必要がある。そして、沖縄の中の保守勢力が新基地反対を主張している現状は、「経済振興策を展開するから基地の問題では辛抱してね」という方法論が行き詰まっていることを示している。 経済面で見ると、例えば、沖縄を観光地として売り出し、リゾート開発などを行ってきたわけだが、一方で、基地を辛抱してもらう代わりに注ぎ込んだ資金でできた公民館のような箱物は、一時的に建設業界を潤すかもしれないが、結局のところ維持費がかさんで自治体財政を圧迫するし、経済的に見て持続的な開発にはつながらないことが明らかになった。そして、リゾートとしての沖縄が価値を高めていくと、基地の存在そのものはむしろ沖縄の経済的発展や自立にとって障害となるという理解が広がっている。 実際、基地跡地が返還されたところでは、新たな商業機会が生まれ、雇用が生まれるなど、プラスの経済的波及効果が大きいことが統計的にも実証されてきた。基地から得られる地代所得は波及効果が小さいのに対して、跡地を有効に活用すればその数倍の利益を生み出すことができる。つまり、基地に依存して何とかやっていくのではなくて、基地がなくとも繁栄できる、あるいは基地をなくした方がより大きな利益が得られることが示されてきたわけだ。こうした実例を基礎にして考えていけば、基地受け入れと開発の交換ではなく、基地返還と開発の両立でより大きな利益が得られるという点で、沖縄の人たちがまとまってきた。つまり、保守と革新の間には以前ほど強い対立がないということになっている。それが今の沖縄の姿ではないのか。 つまり、沖縄では、復帰以降の開発主義体制を脱した新しい方法の模索を、実績に基づいた形で展開しようとしてきた。そうした潮流が翁長知事の下で顕在化してきた。したがって、現在の沖縄が、純粋に基地問題として、海兵隊基地の撤去を求めているのみならず、経済的な利益の観点からも基地を障害と捉え、経済と平和という両方の観点から基地なしでやっていきたいと言っているのは、それなりに強固な基盤がある。 それにもかかわらず、本土の側は依然として、基地受け入れと開発の交換という古いやり方でいけば沖縄は黙らせることができるという姿勢でいる。そして、沖縄に定着してきた新しい潮流には耳を貸さないという姿勢を取っている。 つまり、沖縄の中で保守と革新が一体化していくプロセスが進行しているのに、本土の政府のやり方は全く変わらない。本土の旧来の論理は、もはや説得力を失っているということに気づきもしない。あるいは気づいていても、気づかないふりをして力で突破しようとしている。こうした形で本土と沖縄との関係が行き詰まってきたのだと考える。ターニングポイントとなった少女暴行事件宮城 おっしゃるように、構造的に行き詰まっていたものがあると思う。結果としてその「瓶の蓋」を抜いたのが、少女暴行事件であり、その後の普天間飛行場返還であった。普天間についていえば、もちろん返還はされたほうがいいのだが、一番の難題であるはずの「代替施設」について詰めないまま劇的なトップダウンで決定という「演出」が採られた。これは決定した橋本龍太郎首相自身、非常によく分かったうえでの一種の賭けだった。 沖縄県内での移設は本当に難しい。那覇軍港(那覇港湾施設)のように、何十年たってもそのままというのはごろごろしているわけで、橋本氏ほどの政策通の人ならそのことを熟知していただろう。しかし当時は大田昌秀知事の土地収用契約延長の代理署名拒否があったので、あのままいくと翌年には嘉手納をはじめ不法占拠状態が発生するという中で、沖縄の空気を変えるような劇的な手段が必要だと考えた上での決断であったといえよう。 一方で、橋本首相・モンデール駐日米大使による96年4月の普天間返還発表時には、「代替施設」については、沖縄の既存の基地内へのヘリパッド建設と部隊の本土などへの移設分散という話だった。それがどのような力学によるものか、瞬く間に長大な滑走路という話に拡大し、それをどこに持って行くかで橋本首相は悩んだ末に、海上浮体構造物という案に乗ったりした。 従来の日本政府の「沖縄政策」が潜在的に行き詰まりつつあったわけだが、それが普天間移設という非常に個別具体的な問題によって、一挙に全面化してしまった。鳩山発言「最低でも県外」の衝撃度遠藤 大きな問題にしてしまったのは、民主党政権の鳩山由紀夫首相だと思っている。それまでは、沖縄内部に、基地移設も期限をつけるなどいろいろな留保をした上ではあるが、最終的には受け入れようという勢力があったが、鳩山発言が触媒になって、もう県外でやっていけると本土だって言っているじゃないか、それならそうしてもらうべきだということになった。宮城 今の話だと、鳩山首相については否定的な評価か。遠藤 ポジティブ、ネガティブという言い方で評価するのはなかなか難しいが、鳩山首相の「最低でも県外」という発言が、沖縄の中にあったいろいろ異なる方向性を、1つの方向に束ねる役割を果たしたのだと思う。 私自身は、海兵隊の普天間基地は返還されるべきで、しかも県内移設なしでやっていく方法を模索したほうがいいと思っている。それは、既に述べたように、この点で沖縄の人たちの声が1つになっており、それに揺らぎがなさそうだと考えるからだが、そうした揺らぎのない声は、意図的だったかどうかは別にして、鳩山首相の発言を触媒として成立したと思う。宮城 沖縄からすると、鳩山発言に対し、本土がこぞって「うちも嫌だ」「うちも嫌だ」「なぜ沖縄じゃ駄目なんだ」と思っていることが明らかになってしまったという、もう1つの意味がある。遠藤 確かに、本土ではだんまりを決め込んで、結局、移設先はどこにも見つからなかった。それで、本土と沖縄の対立がはっきりしてしまったというか、差別の仕組みが見えるようになってしまったということか?宮城 差別と言うかどうかは別として、「今まで沖縄にあって慣れているのだし、これまで同様、沖縄で引き受けてくれればいいじゃないか」という本音のところが可視化されてしまったというのはある。行き詰った沖縄保守平良好利・獨協大地域総合研究所・特任助手平良 私も鳩山政権の影響は大きかったと思う。98年に大田知事が最終的に辺野古移設に反対し、その後、政府との関係が一気に悪化した。新しく知事になった稲嶺恵一氏は、やはり政府との関係をしっかりしないと経済振興もうまく進まないということで、15年の軍民共用案を条件にして辺野古移設を容認した。 「条件付き」というのが重要で、移設反対の県民世論が高い中、稲嶺県政としてもあまりに政府に迎合しすぎることもできない。かといって、県民世論に従い移設反対の立場に立てば、政府との関係がうまくいかなくなる。そうしたジレンマの中、何とかバランスを取りながらやったのが、稲嶺県政だったと思う。だから、保守の側も嫌々ながら辺野古移設を容認してきたわけだ。 それが、仲井真(弘多【ひろかず】)県政あたりから綻(ほころ)びが出て、鳩山首相が「最低でも県外」と言ったときに、ぎりぎりのバランスで成り立っていた沖縄保守の政治の在り方が、全部吹っ飛んでしまう。稲嶺元知事が「これで苦渋の選択をしなくてもよくなった」という趣旨の発言をしているが、これは稲嶺氏だけでなく、多くの保守の人たちの心情だったと思う。その結果、すでに実態としては政策距離が縮まっていた保守と革新が、手を結ぶことになる。その橋渡し役を保守の側で演じたのが、現知事の翁長氏だった。宮城 別の言い方をすると、大田知事は悩んだ末に最終的に辺野古移設の拒否を表明し、その大田知事を選挙で下して出てきた稲嶺知事は、「軍民共用で15年の期限付き」と、決して無条件で受け入れたわけではない。ところがこの「期限付き」は、2006年に米軍再編に関わる閣議決定がなされた際に、稲嶺県政からみれば事実上、一方的に破棄された。 稲嶺知事の後継者として出馬した仲井真氏は、「反対」を正面に掲げた対抗馬に対して、その時点での「現行案」には賛成できないというだけで、もっぱら経済問題に力点をおいた。 このように保守系の知事であっても、無条件に「受け入れ賛成」を掲げてきたわけでは決してない。仲井真県政時代に、市長と地元・辺野古と県知事が「受け入れ」でそろった瞬間があったといわれるが、逆に言うと、その前後を見ても、その「瞬間」しかそろったことがない。平良 鳩山首相の「最低でも県外」というのが大きかったが、もう1つ影響が大きかったのは、鳩山首相が辞めた後に、海兵隊の抑止力は「方便」であったと発言したことだ。さらに、2012年12月に森本敏防衛大臣が、「(普天間基地の代替施設は)軍事的には沖縄でなくても良いが、政治的に考えると、沖縄がつまり最適の地域である」と明言したことは、決定的だった。 以前から沖縄のメディアには、海兵隊の駐留は必ずしも沖縄でなくとも可能だという日米の専門家や元政府関係者の意見が出ていたが、元総理大臣や現職の防衛大臣がそういうことを言ったもんだから、海兵隊の「抑止力」とは一体何だったのか、なぜ本土でも代替施設の建設が可能なのに我々がその負担を引き受けなければならないのか、といった疑問と不信が沖縄で急速に高まった。なぜ沖縄でなければならないのかなぜ沖縄でなければならないのか遠藤 現在、日本政府が語っていたり、日本国民が感じていたりする抑止力は、多分非常にアバウトなもので、米軍がいてくれる安心感みたいなものにすぎない。米軍がどこかに居てくれれば中国が台頭してきても守ってもらえるんじゃないかという感覚で、ちょっと言葉は良くないかもしれないが、多くの本土民にとってはお守りみたいなものだ。 ところが、沖縄で基地問題に直面している人たちから見ると、海兵隊がどこかへ出撃するのだとしたら、佐世保からわざわざ船を運んできて、沖縄で人を乗せてから出かけるのだから、効率性の観点から見ても、普天間ないし辺野古にないといけない理由は見当たらない。また、アフガニスタンへの駐留やイラク戦争、そしてイラク占領統治中は、在沖縄海兵隊の兵力は相当小さくなった。それにもかかわらず、特に大きな軍事紛争が起こったわけではない。 また、軍事的な観点で論理的に詰めて考えていってみると、海兵隊という軍隊のあり方からみて、抑止力として期待できるわけではない。つまり、沖縄の人たちにしてみれば、海兵隊が抑止力として沖縄に基地をもっていなければならないという論理的で説得力のある説明を聞いたことがない。 生活上の危険とか、騒音とか、海兵隊員の犯罪とか、さまざまな現実的な負担と、差し引き計算をしても、海兵隊の抑止力などという曖昧な主張を根拠にして自分たちが辛抱しなければいけない理由はない。ましてや元防衛大臣ですら沖縄でなくても本土の西部であれば、海兵隊の軍事的機能は維持可能だと言っているのだから、沖縄以外のところに海兵隊基地をもっていっても軍事的な安全保障は維持可能だ。それなら、日本全体の安全保障を、日本全体で負担を分かち合うことで、解決ができるはずだ。そうすれば、沖縄の負担は確実に軽減できると沖縄の人たちが考えたとしても、全く不思議ではない。 ちなみに、私自身は、中国の台頭と米国の相対的退潮という大きなトレンドがある中で、米軍が東アジアから撤退していくのは、確かに不安定要因だと思う。しかし、米軍自身が進めてきた「米軍再編」のプロセスの中で、グアム、ハワイなどに海兵隊を分散配置することが明らかになってきたし、実際に、オーストラリアのダーウィンにも配備されるようになった。こうした兵力の再配置を進めていく中で、沖縄本島に海兵隊の基地を常時設置しておかなくても、東アジア地域における抑止力を維持できるようなシナリオはつくれるのではないかと思っている。嘉手納基地の維持こそ大きな価値遠藤 この点から見て、沖縄の人たちが、嘉手納の空軍基地については、まだ縮小、撤去とは言っていない、ということを見逃すべきではない。米軍にとっては、世界全体での戦略的な配置を考慮するとき、嘉手納基地を維持することの価値はきわめて大きい。アメリカの日本および沖縄への確実なコミットメントを確保し、中国などにアメリカが東アジアにおける現状維持に関心を失ったという誤ったメッセージとなって伝わらないような、兵力の再配置計画は可能なはずだ、本来ならば、そういう提案を日本側からしても構わないはずだと思っているが、出て来ない。宮城大蔵・上智大総合グローバル学部教授宮城 この話は、「沖縄対本土」になってしまうことが問題点だ。中央政界では、これだけ政党の数がありながら、この問題については社民・共産を除けば多様性が全く出てこない。このまま「現行案」で押し切ったとしても、沖縄の反発は強まるばかりだろう。そのことが結局は、沖縄の基地に多くを依存する日米安保体制を不安定化させる要素となるのではないか。「辺野古」の話をそこまで深刻な問題にまで拡大させてしまって本当にいいのか。遠藤 アメリカの中でも地元に受け入れられていない基地への不安感が大きくなっている。特に、現役の軍人ではなくて、リチャード・アーミテージや、ジョゼフ・ナイといった政治的な判断をする人たちは、沖縄に代替基地をつくったとしても、安定運用できない。もう諦めたほうがいいと言っていたのに、結局、仲井真氏が最後に受け入れてしまったことで、アメリカの方が「なんだ、地元が受け入れて良いと言っているんだったら、自分たちが代替案を一生懸命考えたりしなくてもいいんだ」となってしまった。その意味では、仲井真氏の責任は非常に重いと思う。宮城 日本政府のほうは、過去に説明してきたこととの整合性に縛られて、ダイナミックな政策変更ができない傾向がある。戦後外交を見ても、結局、大きな政策変更の多くは、アメリカのイニシアチブから来ているようなところがなきにしもあらずだ。「国外」を言い出せなかったことにすべてが凝縮平良 やはり95年にあの少女暴行事件が起こったとき、国外移転、つまり日本から海兵隊を撤退させることを日本側が提起できなかった理由を考える必要がある。ここに問題が凝縮的に詰まっている。 1つの背景には、冷戦時代にできた固定観念を拭い去ることができなかったのではないか、ということがある。日本は少なくとも70年代前半までは、「対等性」と「安全確保」のはざまでジレンマにあった。つまり、在日米軍の撤退等によって占領の「残滓」を払拭し、日米を対等の関係にしていきたいという思いがある一方で、あまりに米軍が日本からいなくなってしまうと、今度は自国の安全確保に不安がでてしまうというジレンマがあった。 しかし、70年代前半までにかなりの米軍を撤退させ、しかも首都圏の米軍基地の返還も実現することになる。また60年には安保改定、72年には沖縄返還も実現する。先ほども言ったように、これで日米の「対等性」の問題にひとまず “ケリ” をつけた恰好となった。一方、70年初頭に米側が在日米軍の大幅撤退案を示した時、防衛庁・自衛隊の中では、日本防衛のための米軍兵力は「既に限界を割っている」、あるいは「今回の提案が最低限」といった意見が出され、米軍のさらなる撤退に懸念を示している。これは最近の研究で明らかにされたことだ。 つまり、政治のレベルで考えると米軍は撤退してもらいたいが、安全保障のレベルからみれば、これ以上の撤退は困るということになる。ここで日米の「対等性」の問題と日本の「安全確保」の問題がある種の均衡点に達したのではないか。 また、米軍の地上戦闘部隊は50年代末までに日本本土からいなくなり、唯一残っていたのが沖縄の海兵隊だったが、その海兵隊の本国撤退ないし韓国移転構想が、70年代初頭に米側から浮上してきた。これも最近の研究で明らかになったことだが、当時の防衛庁は、「極東のどの地域にでもいったん事あれば派遣できるという抑止力の役目を果たしている」といった考えで、海兵隊の沖縄残留を求めている。 こうした70年初頭に構築された海兵隊を含む在日米軍への評価が、冷戦終結後も、そのまま歴史の慣性として続いたのではないか。95~96年に国外移転を日本側が提起できなかった背景の1つには、こうしたものがあったのではないか。宮城 95年の事件のようなことはないことをもちろん強く願うが、確率的に未来永劫ゼロとは言い切れない。今の状況が続く中で何かしらの事件、事故が起きてしまったときに、本当にどうなってしまうのだろうかと考えると、非常に恐ろしい。遠藤 その感覚は、日本政府よりも米軍側に強いのではないか。日本政府は、基地を受け入れてもらう際の政治的な感覚が驚くほど鈍感だ。米軍のほうが、基地維持についてよりリアリスティックに考えている。宮城 あの暴行事件のときもそうだったように見える。当時の河野洋平外務大臣は当初、軽率な動きをすると日米安全保障が揺らぐというような姿勢だった。リベラルな部類の河野氏ですらだ。それに大田知事が強く反発して、代理署名拒否につながっていった。感度の違いとしか言いようがない。むしろアメリカのほうが実際に沖縄で基地を運営している分、感度がいいというところはある。平良 沖縄と本土との感覚の違いで言うと、本土では70年代までに米軍基地が大部分なくなっていく。それにあわせて事件事故も少なくなっていく。つまり、米軍や米軍基地という負の側面がなくなっていって、日米関係を正のイメージで捉える傾向が強くなり、しかも「日米同盟」という呼び名も広く認知され、その日米同盟を深化・発展させる方向で進んでいった。その流れが冷戦終結を経て今日に至るまで、基本的には続いていると思う。 一方、沖縄を見ると、広大な米軍基地がずっと存続しているわけだから、やはり負のイメージが強い。ここに本土と沖縄の現実の違い、また認識のギャップをみることができるのではないか。遠藤 72年の沖縄返還から40年以上経つことを考えると、あらためて本土と沖縄の感覚のずれが大きいことを実感する。みやぎ・たいぞう 上智大学総合グローバル学部教授。1968年東京生まれ。立教大学法学部卒業後、NHKで記者を勤めたのち、一橋大学大学院に入学。政策研究大学院大学助教授などを経て、現職。著書に『「海洋国家」日本の戦後史』(ちくま新書、2008年)、『戦後アジア秩序の模索と日本―「海のアジア」の戦後史 1957-1966』(創文社、2004年)など。えんどう・せいじ 成蹊大学法学部教授。1962年滋賀県生まれ。1988年東京大学大学院法学政治学研究科政治学専攻修士課程修了(法学修士)。1993年成蹊大学助教授を経て2001年より現職。1995年、2010年オックスフォード大学セント・アントニーズ・カレッジ客員研究員、1996年ウェルスリー大学客員研究員。編著書に『グローバリゼーションとは何か』(かわさき市民アカデミー出版部、2003年)、『普天間基地問題から何が見えてきたか』(共編/岩波書店、2010年)、『シリーズ日本の安全保障』(共編/岩波書店、2014年)等。たいら・よしとし 獨協大学地域総合研究所・特任助手。法政大学兼任講師。1972年沖縄県生まれ。1995年沖縄国際大学法学部卒業。2001年東京国際大学大学院国際関係学研究科修士課程修了。2008年法政大学大学院社会科学研究科博士後期課程修了。博士(政治学)。主な著書は『戦後沖縄と米軍基地―「受容」と「拒絶」のはざまで 1945‐1972年』(法政大学出版局、2012年)。

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    翁長知事めぐるトンデモ話の数々 辺野古「移設阻止」 龍柱建造は推進…

    ケント・ギルバート(米カリフォルニア州弁護士、タレント) 日米両政府は、沖縄県宜野湾市にある米軍普天間飛行場を、名護市辺野古沖を埋め立てて滑走路を建設し、移設することで合意している。 民主党政権のいい加減な対応で、この計画は一度は頓挫しかけた。だが、第2次安倍晋三政権が2012年12月に誕生すると息を吹き返し、順調に進むと思われた。 ところが、那覇市長だった翁長雄志氏は「移設阻止」を掲げて14年11月の沖縄県知事選に出馬し、現職の仲井真弘多(なかいま・ひろかず)氏を破って当選した。翁長氏は14日、辺野古の埋め立て承認を取り消す方針を正式表明した。翁長知事は「辺野古移設反対」を訴えるため米ワシントンを訪れた(共同) 私も辺野古移設が最善策だとは思わないが、国防に関する国家間の合意を、県知事1人の裁量で反古(ほご)にできるのなら、日本の統治制度には致命的な欠陥がある。 県議時代の翁長氏は自民党に所属し、辺野古移設推進決議案が可決された際は、旗振り役を務めた。那覇市長時代も辺野古移設に賛成していた。 しかし、県知事選では、共産党や社民党などの推薦を受け、「移設反対」を唱えた。ぜひ、宗旨変えの経緯と理由を詳しく知りたい。 そもそも、普天間移設は、宜野湾市民の「市街地の危険な基地を無くしてほしい」という要望から始まった。「移設阻止」は宜野湾市民の期待を打ち砕く、裏切り行為ではないのか。翁長氏は宜野湾市民にどう説明したのだろう。 数ある移設候補地から、辺野古が決まった理由の1つは、経済効果を期待する地元の要望があったからだ。辺野古のテント村にいる活動家の大半は、名護市民でも、沖縄県民でもないと聞く。 辺野古沖は水深が深く、新滑走路建設は他の候補地よりも工事費がかさむが、これも地元企業の要望が強かったとされる。「沖縄企業に収益を落とし、沖縄経済を活性化させる」というもので、政府と県民の両方が望んだものだ。 那覇市長時代の翁長氏は、一括交付金を使って(中国の属国の象徴との説もある)「龍柱(りゅうちゅう)」建造を進めた。中国の業者が下請けで製作したと聞くが、海外に資金流出させては交付金の意味がない。経済オンチなのだろうか。 ところで、翁長氏が今月末、ジュネーブで開かれる国連人権理事会に出席して、「沖縄の米軍基地は先住民たる琉球民族を差別する象徴だ」というトンデモ説を披露するとの噂がある。悪い冗談だと信じたい。 国連で意味不明な活動をするよりも、中国共産党とのパイプを生かして、習近平国家主席に直接こう言ってほしい。「尖閣諸島は私が知事を務める沖縄県の一部だ。手を引け」と。 翁長ファンが、全国的に増えるはずだ。ケント・ギルバート 米カリフォルニア州弁護士、タレント。1952年、米アイダホ州生まれ。71年に初来日。83年、テレビ番組「世界まるごとHOWマッチ」にレギュラー出演し、一躍人気タレントとなる。現在は講演活動や企業経営を行う。自著・共著に『まだGHQの洗脳に縛られている日本人』(PHP研究所)、『素晴らしい国・日本に告ぐ』(青林堂)など。

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    沖縄県民も安保も「人質」、「政略」の臭いさえ漂う翁長氏国連演説

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 9月22日、沖縄県の翁長雄志知事が、ジュネーヴで行われた国際連合人権理事会に出席して、政府が進めている普天間基地の辺野古移設の「不当性」を訴えた。日本時間0時8分(現地時間21日17時8分)過ぎから約2分間にわたって行われた知事のスピーチは、第30回国連人権理事会定期会合の主たるテーマである「北朝鮮の人権問題」をめぐるパネル討論終了後に設けられた各国・各団体の報告時間のうち、日本のNGO「市民外交センター」に割り当てられた時間枠を利用したものだ。以下は英語で行われた知事によるスピーチの全文(拙訳)である。◎議長 次は市民外交センターです。どうぞお話しください。◎翁長知事 議長、ありがとうございます。日本の沖縄県の知事、翁長雄志です。 私は、沖縄の自己決定権がないがしろ(neglect)にされている辺野古の現状を、世界の方々にお伝えするために参りました。 沖縄県内の米軍基地は、第2次大戦後、米軍に強制的に接収され、建設されたものです。私たちが自ら進んで提供した土地は全くありません。 沖縄の面積は日本の国土のわずか0・6%ですが、在日米軍専用施設の73・8%が沖縄に集中しています。戦後70年間、沖縄の米軍基地は、事件、事故、環境問題の温床となってきました。私たちの自己決定権や人権が顧みられることはありませんでした。 自国民の自由、平等、人権、民主主義も保証できない国が、どうして世界の国々とこうした価値観を共有できると言えるのでしょうか。 日本政府は、昨年、沖縄で行われた全ての選挙で示された民意を無視して、今まさに辺野古の美しい海を埋め立て、新基地建設を進めようとしています。 私は、考えられうる限りのあらゆる合法的な手段を使って、辺野古新基地建設を阻止する決意です。 今日はこのようにお話しする場を与えて頂き、まことにありがとうございました。 スピーチは、翁長知事が繰り返し述べてきた主張を、2分間の長さにまとめたものだが、その主張の是非をここで問わないとしても、容易には理解できない内容である。 たとえば、知事は「自国民の自由、平等、人権、民主主義も保証できない国が、どうして世界の国々とこうした価値観を共有できると言えるのでしょうか」と格調高く述べているが、この場合の「国」(a country)は、直前のセンテンスから「米国」とも読み取れる。知事の主張を知る者なら、「国」は「日本」だとわかるが、この文章だけでは「沖縄は米国の植民地」といったニュアンスになり、米国に対する厳しい批判と受け取られかねない。その直後に、今度は「日本政府」という言葉が現れ、沖縄の民意を無視して辺野古に基地を造る日本政府と徹底的に闘う、と知事は決意表明する。だが、予備知識なくこれを聴いた者にとって、米国、日本、沖縄の関係を正しく理解することは至難の業だ。失礼ながら、スピーチ原稿としては落第点である。 とはいえ、出席者が、沖縄の置かれている状況を事前にある程度理解しているとすれば、知事のスピーチも正しく受け入れられているかもしれない。しかしながらその場合は、より深刻な誤解や軋轢を生むリスクを負う。 何よりも「自己決定権」や「人権」という言葉を安易に使っている点が懸念材料だ。少数民族問題を扱う人権理事会のなかで、こうした用語を使ってスピーチすれば、「琉球民族としての固有の権利が侵害されている」と差別を訴えるに等しい。もちろん、琉球民族としての一体性やアイデンティティを沖縄に住む人びとが等しく共有しており、日本政府や米軍基地によって、彼らの生活や権利が日常的に脅かされているとすれば、知事の主張にも正当性はあるかもしれない。 が、少なくとも戦後70年間についていえば、日本への復帰運動が盛り上がりを見せた時期はあっても、琉球民族の独立や沖縄県民に対する差別が政治課題になったことはただの一度もない。ほとんどの沖縄県民は自らを日本国民であると考えており、他県民も沖縄県民を同胞と考えている。「沖縄人は日本人ではない」と断定するに等しい知事のスピーチは、多くの沖縄県民に不要な孤立感や不安感を押しつけると同時に、対外的には日本の分裂を印象づけようとする働きを持つ。近隣諸国が知事のスピーチを鵜呑みにすれば、安全保障上、負の効果が生ずる怖れさえある。 いや、翁長知事の狙い目はむしろそこにあるのだろう。「辺野古移設を進めることは、日本の安全保障にとってマイナスである」と主張したいがために、自己決定権や権利の侵害を持ち出して世界に訴えているのだ。知事は、県民も安保もまるで「人質」のように扱っていることになる。知事一流の「政略」の臭いさえ漂う。しかしながら、ここで忘れてはならないのは、辺野古移設の目的が普天間基地の危険性を除去することにあるという点だ。人口密集地にある普天間基地こそ沖縄の基地負担の象徴であり、県民とって最大の脅威である。移設先として選ばれた辺野古の住民は、脅威の除去に協力して移設を受け入れると表明しているのに、知事はこうした事実については全く触れていない。おまけに那覇軍港の浦添移設では、知事は移設推進の立場に立っているが、辺野古はノーで浦添はOKという矛盾について、知事は明確に説明したことはない。知事の主張の正当性は疑問符だらけだ。 事実を詳らかにせず、自らの矛盾を放置したまま辺野古移設に反対する知事の姿勢は、それこそ沖縄県民と日本国民をネグレクトするものではないのか。 今回の国連人権理事会で最も注目を集めたのは、難民問題も含むシリアの人権問題と拉致被害も含む北朝鮮の人権問題であった。いずれも人命に直結する深刻な問題である。翁長知事に先んじて行われた、拉致被害者・田口八重子さんの長男・飯塚耕一郎氏による「私には母の記憶がない」というスピーチは出席者全員の心を打ったが、沖縄県民や安保まで「人質」に取って辺野古移設に反対する知事のスピーチは、果たして出席者の心に届いたのだろうか。 なお、人権理事会では、嘉冶美佐子ジュネーブ国際機関代表部大使と我那覇真子「琉球新報、沖縄タイムスを正す県民・国民の会」代表によって、翁長知事に対するカウンター・スピーチも行われた。プログラムには、沖縄県石垣市の砥板芳行市議のカウンター・スピーチも予定されていたが、時間的な制約のため、砥板氏の主張は我那覇氏のスピーチに含められたという。 翁長氏は、現地時間22日に予定されていた2度目のスピーチをキャンセルしているが、人権理事会が複数のカウンター・スピーチを認めたことにショックを受けたことがキャンセルの一因になったとも言われている。

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    翁長氏の国連演説は沖縄マスコミを正常化させる大チャンスだ!

    仲村覚(ジャーナリスト、沖縄対策本部) 6月頃から可能性が報道されていたが、翁長雄志沖縄県知事は、9月21日午後5時すぎ(日本時間9月22日午前0時すぎ)、ついにジュネーブで開催されている国連人権理事会において演説を行った。まず、その全文を紹介する。<翁長知事国連人権理事会演説全文>《ありがとうございます、議長。私は、日本国沖縄県の知事、翁長雄志です。 沖縄の人々の自己決定権がないがしろにされている辺野古の状況を、世界中から関心を持って見てください。 沖縄県内の米軍基地は、第二次世界大戦後、米軍に強制接収されて出来た基地です。 沖縄が自ら望んで土地を提供したものではありません。 沖縄は日本国土の0.6%の面積しかありませんが、在日米軍専用施設の73.8%が存在しています。 戦後70年間、いまだ米軍基地から派生する事件・事故や環境問題が県民生活に大きな影響を与え続けています。 このように沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされています。 自国民の自由、平等、人権、民主主義、そういったものを守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのでしょうか。 日本政府は、昨年、沖縄で行われた全ての選挙で示された民意を一顧だにせず、美しい海を埋め立てて辺野古新基地建設作業を強行しようとしています。 私は、あらゆる手段を使って新基地建設を止める覚悟です。 今日はこのような説明の場が頂けたことを感謝しております。ありがとうございました》 極めて短い文章だが翁長知事の主張を更に要約すると次の3点になる。(1)沖縄県民は日米両政府から米軍基地を押し付けられて差別を受けている(2)その差別は(日本の先住民族である)沖縄県民の自決権(自己決定権)を侵害している(3)日本政府は沖縄に対しては民主主義も人権も平等も与えていない これはほとんどの沖縄県民の認識とは大きくかけ離れた被害妄想的な主張である。しかし、沖縄のマスコミや基地反対活動家がいつも発信している内容とほとんど変わりないため、このニュースを耳にしている沖縄の方でも一見大きな問題にはならないと思っている方が多いのではないだろうか。また、沖縄の政治に詳しい方からも、「国連には強制権が無いので心配無用」だとか「米国に行って辺野古移設阻止を訴えてもほとんど相手にされず恥を描いてきたように国連でも恥をかくだけだ。勝手にさせておけ」というような反応が多かった。しかし、それは大きな誤りである。 沖縄県民は既に国連にて先住民族だと認識されていた ほとんどの沖縄県民も日本国民も知られていない重大なことがある。それは、2008年時点には既に国連は沖縄県民を日本人ではなく日本の先住民だと認識し、日本政府に勧告を出していたということである。2008年10月30日の自由権規約委員会 第94回会期では、次のように日本政府に公式見解を提出した。32.委員会は、締約国が正式にアイヌの人々及び琉球・沖縄の人々を特別な権利と保護を付与される先住民族と公式に認めていないことに懸念を持って留意する。(第27条)締約国は、国内法によってアイヌの人々及び琉球・沖縄の人々を先住民族として明確に認め、彼らの文化遺産及び伝統的生活様式を保護し、保存し、促進し、彼らの土地の権利を認めるべきである。締約国は、アイヌの人々及び琉球・沖縄の人々の児童が彼らの言語であるいは彼らの言語及び文化について教育を受ける適切な機会を提供し、通常の教育課程にアイヌの人々及び琉球・沖縄の 人々の文化及び歴史を含めるべきである。 続いて、2014年9月26日、人種差別撤廃委員会は次の勧告を日本政府に出している。21.委員会は,ユネスコによる独特な民族性、歴史、文化及び伝統の承認にもかかわらず、琉球/沖縄を先住民族として承認しない締約国の立場を遺憾に思う。委員会は,沖縄振興特別措置法及び沖縄振興計画に基づく、琉球に関して締約国によってとられ実施された措置に留意するものの、彼らの権利の保護に関する琉球の代表との協議のために十分な措置がとられてこなかったことを懸念する。委員会はまた、消滅する危険がある琉球の言語を振興し保護するために十分なことが行われていないとの情報及び教科書が適切に琉球の人々の 歴史及び文化を反映していないとの情報を懸念する(第5条)。 委員会は締約国が、その立場を見直し、琉球を先住民族として承認することを検討し,また彼らの権利を保護するための具体的な措置をとることを勧告する。委員会はまた、締約国が、琉球の権利の促進及び保護に関連する問題について、琉球の代表との協議を強化することを勧告する。委員会はさらに締約国が、琉球の言語を消滅の危険から保護するために採用された措置の実施を加速させ、彼ら自身の言語による琉球の人々の教育を促進し学校カリキュラムにおいて用いられる教科書に彼らの歴史及び文化を含めることを勧告する。 つまり、国連人権理事会は翁長知事の発言を聞いて沖縄が先住民なのか日本人なのか判断するわけではなく、先住民の代表である翁長雄志知事がついに直々に国連に差別を訴えに来たという認識のもと彼のスピーチを聞いたということなのである。彼の短い言葉以外にも誤った沖縄の認識が既に頭にインプットされおり、その認識を訂正させるのはまた、それなりの働きかけが必要になるものと思われるのである。県民の知らないところで進められてきた国連での琉球独立工作谷垣禎一幹事長との会談を終え、報道陣の質問に答える沖縄県の翁長雄志知事=2015年8月6日(斎藤良雄撮影) 私は20011年頃から、「沖縄県民の知らないところで、琉球独立工作が国連を舞台に行われている」ということを雑誌に寄稿したり、講演会で警鐘を発信したりしてきた。しかし、ほとんどの沖縄県民は日本人として生きており「独立をしたい」とか「沖縄は日本の先住民族」だとか主張するような人に会うことが無いため、あまりにも突拍子もない考え方で信じがたいため当初は警戒心がなかなか広がることがなかった。しかし、2013年には琉球民族独立総合研究学界が設立し、2014年には参議院議員糸数慶子氏が国連の人種差別撤廃委員会や先住民国際会議に琉装して参加し沖縄県民は先住民族だと主張したニュースが流れ始め、それに違和感を持ち警戒心を持つ人が増えてくるようになった。2012年まではこそこそ隠れて行われていた琉球独立工作が沖縄県民の目に見えるようなかたちで進められるようになってきたのである。 そのような中、今回の翁長知事の国連演説は沖縄の政治家も強い警戒心を持つようになってきた。その結果、9月17日、翁長県知事が国連に出発する前に沖縄県議会自民党会派は翁長知事への要請行動を起こし下記の要請文を直接手渡し、国際社会に沖縄県民が日本人でなく琉球人、先住民との誤った認識を与えることがないように釘を刺したのである。その内容は翁長雄志県知事の国連演説の問題をわかりやすく浮き彫りにしているので全文を掲載する。<沖縄県として「琉球人・先住民」としての意思決定がない中で、先住民族の権利を主張する国際的な場において翁長知事が演説することに懸念し、慎重発言を求める要請 >《マスコミ報道によると、翁長知事が9月21日、22日スイス・ジュネーブで開催される国連人権理事会で演説し、また、国連NGOの主催するシンポジウムで基調報告するとのことである。 国連人権理事会は、2005年9月の国連首脳会合において設立が基本合意され、2006年3月に国連総会で採択された「人権理事会」決議により、国連総会の下部機関としてジュネーブに設置されたものである。 主な任務として   ・ 人権と基本的自由の保護、促進及びその為の加盟国への勧告   ・ 大規模かつ組織的な侵害を含む人権侵害状況への対処および勧告等がある。 翁長知事は、基地問題を中心に演説することになると思いますが、基地問題は政治の責任で、県知事を先頭に政府に交渉力で解決すべき日本の国内問題である。 9月7日の新聞報道によると、辺野古反対に対し国連側から「日本政府の適切な手続きや担当省庁と道筋を探るべきだと認識する」と文章回答が寄せられている。 この度の翁長知事の演説は、「沖縄県民は日本の先住民である」「国連は政府が琉球民族を先住民と公式に認識するように働きかけてほしい」等の要請を続けてきた団体が調整し、その主催のシンポジウムで基調報告をするとのことである。 私たち、県民は「沖縄県民であると同時に、日本人である」このことに誇りを持って生きており、沖縄県として「琉球人・先住民」としての意思決定がない中で、先住民として権利が侵害され、あるいは、先住民として差別されていることについては違和感がある。 沖縄県では、戦後70年にわたり、琉球人あるいは先住民として認定する県民運動は発生していない。 今、沖縄県は、日米安全保障条約のもとで、国防のために、米軍基地が集中しており、過度な基地負担を軽減することについては、政府、沖縄県の共通認識のもとに解決に向け取り組まれているところである。 その中で、今回の翁長知事の演説によって、県民の代表である県知事が「先住民や琉球人」への差別と世界に誤ったメッセージを送ることを危惧するものである。 翁長知事には、県民の総意として「沖縄県民であり日本人である」このことを念頭において  (1)沖縄県では、先住民や琉球人の認定について議論がなされていない。  (2)基本的に基地問題は、沖縄県と政府の日本国内の政治問題であること。に留意されると同時に、今回の演説、基調報告によって国際社会に誤解を与えることがないように慎重発言を要請する。平成27年9月17日沖縄県議会 自民党》日本の民主主義を破壊する国連NGOのロビー活動日本の民主主義を破壊する国連NGOのロビー活動 知事の国連人権理事会での演説に先立ちシンポジウムが開催され、翁長知事は20分ほどスピーチを行った。そのシンポジウムは、「市民外交センター」「反差別国際運動」が主催している。この2つの団体こそが沖縄県民の知らないところで、「沖縄県民は先住民だ」と働き続け国連に日本政府に勧告を出させた張本人である。市民外交センターの代表は自らシンポジウムでスピーチを行い、琉球国はかつて独立国だったがその自己決定権を日米両政府に無視されてきたということを偏った認識の歴史経緯を含めて主張している。 ここで重大な問題がある。沖縄県民でもなく、沖縄県民に選ばれた代表でも無い人物が沖縄県の未来に重大な影響を与える場であたかも代表であるかのように発言していることである。そして、その活動が実際に国連に誤った認識を与え修正するのも大変な状況にまで持ち込まれてしまったことである。本来沖縄の未来が託されているのは沖縄県民の選挙によって選ばれた沖縄の政治家である。その政治家が全く知らないところで、「沖縄県民は先住民である」と国連に訴え続けてきた人たちがいるのである。更に問題なのは、沖縄県議会自民党会派が翁長知事に提出した要請文にかかれているように、「沖縄では、戦後70年にわたり、琉球人あるいは先住民として認定する県民運動は発生していない」。議論すら行われたことが無いのである。一体何の権限があって沖縄の未来を自らの妄想に浸って弄んでいるのか? 沖縄県民に対する最大の侮辱である。沖縄人先住民認定の意図 沖縄県民が先住民族だと認定されることについて、日本人の誇りを傷つけられるもしくは傷つけられるような違和感を感じる沖縄県民の方がほとんどだと思うが、中には「アイヌ民族と同じで困ることが無ければそれでもいいではないか」という方がいるかもしれない。それは、国連NGOが沖縄県民を先住民族と認定させることにこれだけこだわる本当の理由を知ることが重要である。 反差別国際運動が2012年に国連人種差別撤廃委員会に提出した要請書の最後に重要な要請項目が書かれている。「日本政府が琉球沖縄人を先住民として正式に認識し、ILO169号を批准し励行することを要求すること」という一文である。ILO169号の正式名称は「独立国における原住民及び種族民に関する条約」である。この条約を日本政府に批准させるのが最終目的だと私は見ている。なぜならば、この条約には、先住民に対して土地の所有権及び占有権を認める条文や天然資源に対する権利を特別に保護する条文があるからだ。つまり、彼等の本当の目的はこの条文を根拠に米軍基地を撤去させ、沖縄の資源を日本から奪うことにあるのであり、琉球の人権などはどうでも良いのである。当然その背後には、北京や平壌の存在があり、条約批准後も翁長知事はそのリモコン操作によって日本政府と対立した行政を行うことになっていくであろう。先住民認定危機の最大の回避策は沖縄県民の声 では、このように崖っぷちに置かれた沖縄はどのようにして危機を脱出したらよいのか。そのヒントもILO169号にあった。第一条でこの条約の適用範囲について定義されている。--------------------------------------------------第 一 条1 この条約は、次の者について適用する。 (a) 独立国における種族民で、その社会的、文化的及び経済的状態によりその国の共同社会の他の部類の者と区別され、かつ、その地位が、自己の慣習若しくは伝統により又は特別の法令によって全部又は一部規制されているもの (b) 独立国における人民で、征服、植民又は現在の国境の確立の時に当該国又は当該国が地理的に属する地域に居住していた住民の子孫であるため原住民とみなされ、かつ、法律上の地位のいかんを問わず、自己の社会的、経済的、文化的及び政治的制度の一部又は全部を保持しているもの2 原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる。-------------------------------------------------- 詳細主張論拠はわからないが、国連NGOは琉球人は上記条文の(a)か(b)に該当すると主張していることがわかる。そのために、本来沖縄は琉球国ができる前から、DNA的にも信仰的にも文化的にも日本人と同じでもあるにもかかわらず、「独自の文化を持つ独立国だった」とか、本来は日本の方言であることが明らかであるにもかかわらず、「独自の言語である琉球語を失った。」と何度も同じ嘘を発信しつづけているのである。この歴史、考古学的議論は一つ一つ反論することは非常に骨が折れる。しかし、その反論をすることなく先住民族であることを明確に否定できることが書かれていた。「2 原住又は種族であるという自己認識は、この条約を適用する集団を決定する基本的な基準とみなされる。」とい一文である。(a)と(b)には種族民、先住民の定義が書かれているが、この条約を適用するかどうかを決める基準は歴史的事実ではなく自己認識だという。翁長知事がオール沖縄という言葉を使って日本政府と対立させたり、「イデオロギーではなくアイデンティティーで団結」という言葉を多用したのは、日本人と自己認識を見せる演出だったことがこの条文により明らかになった。   では、沖縄県民には原住民や先住民としての自己認識をもっているのであろうか?どれだけ謙虚に考えても99%以上の沖縄県民は自分を日本人として認識している。よって、沖縄県民はこの条約の適用範囲では無いということはあきらかである。そうであるなら、2008年に国連の自由権規約委員会が2014年には国連人種差別撤廃委員会が日本政府に対して、沖縄県民を先住民と認定して、文化・言語の保護促進と土地の権利を認めるよう勧告を出したことは明確な誤りだということだ。要は、国連の勧告を取り消させるためには沖縄県民から国連に対して (1)沖縄県民は日本人としての自己認識をもっているのであり種族民、先住民としての自己認識は持っていない(2)日本政府への勧告は誤りである(3)国連は早急に勧告の撤回を要求すると要請すれば簡単に解決できるということである。国連に送る文書は、英文で書く必要がるが最も効果的な送り先は、国連の人権高等弁務官だ。住所は以下に示す。<住所:国連人権高等弁務官 ザイド・フセイン(ヨルダン王子)>HRH Price Zeid Ra'ad Al HusseinUnited Nations High Commissioner for Human RightsPalais des NationsCH-1211 Geneva 10Switzerlandメールアドレスで事務所送ることも出来る。<一般の問い合わせ国際連合人権高等弁務官事務所>InfoDesk@ohchr.org まずは、沖縄県民一人ひとりが沖縄県民は先住民ではなく日本人だという声をあげ、国連へ伝えることが重要である。次に、沖縄県議会、各市町村議会などで意見書を可決して国連に提出することだ。その際、反対する議員が数名現れる可能性があるが、それは日本人でない政治家の本性をあぶり出す踏み絵になるので沖縄の政治を清浄化するには有効であると考える。 沖縄の政治マスコミ正常化への反転攻勢の大チャンス 私は今回の翁長知事の国連演説は沖縄の政治・マスコミの正常化への反転攻勢への最大のチャンスだと捉える。多くの沖縄県民は自らを日本人と考え日本人の一員として甲子園にも参加しオリンピックもワールドカップも応援している。ゆめゆめ、琉球人だが他に応援する国が無いからしょうがなく日本代表を応援しているという人は存在しない。頭のてっぺんからつま先まで日本人なのである。それにもかかわらず、琉球人を先住民だと国連に働きかけ、沖縄県民を地獄の底に突き落とそうとしてきた犯人を沖縄県民である私たちは看過するわけにも許すわけにもいかない。そして、それに加担して国連で演説を行った翁長知事も決して許すわけにはいかない。国連NGOが県内での議論やコンセンサスをつくる民主主義プロセスを一切無視して国連に働きかけた暴挙を許す訳にはいかない。 これから、本当のオール沖縄と本当のオールジャパンで団結して力を合わせ、市民外交センター、反差別国際運動、島ぐるみ会議が水面下で進めてきた国連へのロビー活動を白日のもとに晒し、彼等には沖縄県民140万人が納得するようにしっかりその顛末を説明していただきたい。方法は県議会で追求する方法や沖縄の市民団体が要求するなどいろんな方法があるだろう。この行動こそが、地下に潜って沖縄問題を作り上げてきた根っこを除去することになるのだ。

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    翁長氏の国連演説は沖縄独立への布石か 「自己決定権」発言の違和感

    仲新城誠(八重山日報編集長) 翁長雄志知事は9月21日(日本時間22日未明)、スイス・ジュネーブで開かれた国連人権理事会で米軍普天間飛行場の辺野古移設反対をテーマに演説した。辺野古移設作業によって「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と強調。「自国民の自由、平等、人権、民主主義を守れない国が、どうして世界の国々とその価値観を共有できるのか」と日本政府を厳しく批判した。  会場で演説を聞いていた私が最も違和感を抱いたのは、知事の発言に登場した「自己決定権」という言葉だった。これは沖縄の反基地活動家やマスコミが「沖縄には独立する権利がある」という文脈で盛んに使う言葉である。 沖縄の市民団体が催したシンポジウムで講演する沖縄県の翁長雄志知事=スイス・ジュネーブの国連欧州本部 知事はこれまでも「辺野古新基地」という反基地派の捏造語(辺野古移設は現にある基地の移設作業であって、新基地ではない)を使うことで、反基地派の中でも特に過激な一派に対し、いわば媚びを売ってきたわけだが「自己決定権」と言い出すに至って、もう完全にかごの中の鳥にされてしまったという印象を受けた。つまり、知事自身が最も過激な反基地派として、今後も突っ走っていくという宣言のようなものだった。  国連の場で日本の自由、平等、人権、民主主義を否定した発言は、自国に対する侮辱であり、日本人として許し難いと思った。沖縄に生まれた私たちを含め、日本人は戦後70年、まさに民主主義と自由を享受し ながら、努力して現在の平和で繁栄した国を作り上げてきたはずである。日本に自由や民主主義が存在していなかったなら、沖縄の基地問題は現在よりはるかに深刻だったろうし「県民が反対するのに政府が強行しようとしている」とされる辺野古移設問題も、そもそも存在しなかった。独裁主義国家では政府の意思がすべてだからだ。  沖縄では「翁長知事は演説で、県民が先住民族だと主張し、先住民族の権利として基地撤去を主張するのではないか」という懸念があり、自民党沖縄県連は翁長氏の出発直前、わざわざ先住民族という言葉を使わないよう翁長知事に要請した。そして、確かに演説にはこの言葉はなかった。  しかし演説直前、翁長知事が出席し、国連ビル内で開かれたシンポジウムで、演説を支援したNGО代表の上村英明氏が「(沖縄は)自己決定権を明確に主張できる先住民族の枠組みの中で、改めて日本政府の責任を考えてほしい」と発言した。また、先住民族の権利を守る活動に取り組んでいるビクトリア・タウリ=コープス氏が「県民が先住民族と認識されれば、先住民族の権利に関する国連宣言に入っているすべての権利を主張できる」と激励した。知事が演説ではあえて言えなかったことを代弁したと受け止められても仕方がなさそうだ。  私の印象だけでなく、会場で演説を聞いた私以外の沖縄県民の感想も紹介したい。  石垣市の砥板芳行市議は「北朝鮮の拉致問題などの人権問題が審議されている場で、翁長知事が日本の国内問題である基地問題について発言したのは、出席者にとって異様な光景に映ったはずだ。どれほどの国が翁長知事の訴えに耳を傾けたのか非常に疑問」と批判した。  石垣市議会は翁長知事に対し、演説で尖閣諸島問題を取り上げるよう求める決議を行ったが、知事の演説に「尖閣」の2文字はなかった。辺野古がある名護市から来た我那覇真子さんは「沖縄が基地の被害者だとする『被害者史観』を語っていたが、真実ではない。人権問題を言うなら、中国の圧力で石垣島の漁業者が漁をできない問題を取り上げ、中国に対して県民の人権を訴えるのが筋だと思う」と指摘した。  2人が翁長知事の演説に合わせ、はるばるスイスまでやって来たのは、NGOの協力を得て、同じ沖縄県民の立場から翁長知事に反論する演説を行うためであり、22日に行う方向で調整している。  翁長知事の演説については、辺野古移設問題を「国際問題」として国連の場に持ち込んだことを画期的なことと評価するマスコミが多いようだ。マスコミ関係者が沖縄をはじめ日本から大挙してスイス入りしており、翁長氏が会場入りしただけで、多数のテレビカメラが周辺に並んだ。砥板氏のコメントにもあったが、国内主要マスコミの注目は、北朝鮮の拉致問題をはじめとする世界の人権問題より、翁長氏の2分間の発言のほうに集中した。翁長氏に同情的な報道が繰り広げられることは容易に予想される。世界各国が演説をどう受け止めたかは別にして、国内向けには、翁長氏の戦略はまさに図に当たったのかも知れない。

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    翁長さんの言う沖縄の論理、間違ってますよ

    米軍普天間飛行場の移設計画をめぐり、沖縄県の翁長雄志知事が移設予定地の名護市辺野古の埋め立て承認を取り消すと表明し、県と国は全面対決に突入した。「本土の支援はいらないから、とにかく基地をどかせ!」という翁長氏の論理、はっきり言って間違ってますよ。

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    大前研一氏 菅官房長官の「粛々に」発言の意味を解説する

     米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設を巡る翁長雄志・沖縄県知事と安倍官邸の話し合いが平行線をたどっている。もっとも重要な問題は、「なぜ沖縄に米軍基地があるのか」という根源的な問題だ。大前研一氏が解説する。* * * 周知の通り沖縄は1972年に返還されたが、米軍関係者によれば、実は返されたのは「民政」だけで、「軍政」は返さないという条件だった。つまり、軍政=米軍基地に関しては、日本は口出しできないのだ。 ところが、この“事実”を安倍首相の大叔父である当時の佐藤栄作首相も、その後の自民党政権も、外務省も一切、国民に説明していない。自民党の悪しき外交慣習として、文書に残っていないか、残っていたとしても隠している。 だから沖縄で米軍基地反対運動が続くわけだが、アメリカにしてみれば、なぜそんなことで騒ぐのか理解できないというのが本音だろう。 わかりやすい例は、オスプレイの配備だ。墜落事故が多くて安全性に問題がある飛行機だから配備を許してはいけないと大騒ぎしていたが、気がついてみたら、いつの間にか普天間飛行場に24機が配備されていた。それに対して日本政府は抵抗も抗議もしていない。沖縄の軍政に関してアメリカが、日本に相談する必要も承認を得る必要もないという証左である。会談に臨む菅官房長官(左)と沖縄県の翁長雄志知事=2015年4月5日、那覇市内のホテル 菅義偉官房長官は沖縄を訪問して翁長知事と会談した際、普天間飛行場の辺野古移設について「粛々と進めていく」と述べて「上から目線」と批判されたが、日本政府はアメリカの意向に逆らえないのだから、「取り決め通り粛々と」と言わざるをえない。 つまり、辺野古移設は自分たちが介在できる問題ではなく、歴代の自民党政権がコミットし、政治家が利権化してきた問題だから、過去の延長線上で決まった通りにやるしかないという意味で、菅官房長官は「粛々と」という言葉を使ったのだろう。それは極めて正しい認識だと思う。 佐藤栄作は退陣後の1974年に核兵器を「持たず、作らず、持ち込ませず」の「非核三原則」や「沖縄返還」などによるアジアの平和への貢献を理由としてノーベル平和賞を受賞したが、とんでもない話である。核兵器の「持ち込ませず」は偽りであり、沖縄の軍政は返さないという密約を交わしていたわけだから、まさに嘘と欺瞞の塊だ。 したがって、いくら翁長知事が日本外国特派員協会で会見したり訪米したりして辺野古反対を切に訴えても、意味はないのである。 本気で沖縄の米軍基地問題を考えるなら、安倍首相の祖父の岸信介が1960年に改定し、大叔父の佐藤栄作が1970年に自動延長した日米安保条約の矛盾、そして沖縄返還のイカサマまで戻って議論する必要がある。関連記事■ 香山リカ氏 沖縄の基地ガイドに「なぜ沖縄だけがこんな…」■ 米軍 日本の国土全域でなんの制約も受けず自由に軍事行動可■ 沖縄米兵自宅に中国スパイが仕掛けたと推測の盗聴器見つかる■ 沖縄在日米軍用土地 1割以上が中国資本に買い占められていた■ 沖縄基地問題で治安悪化を専門家が懸念 オバマ氏来日中止も

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    沖縄・翁長知事の国連演説は本当にヤバい

    仲村覚(沖縄対策本部) 約7年前から沖縄問題に取り組んできた私は今、沖縄の歴史という、自分の経歴とは無関係で不相応な大きなテーマに大きく足を踏み込んでしまっている。日本は「従軍慰安婦」や「南京大虐殺」、「強制連行」といった歴史捏造により中国、韓国から「歴史戦」を仕掛けられている。しかし、私から見れば日本最大・最重要な歴史戦は沖縄の歴史戦である。他の二つの歴史戦は日本人の誇りを失わせ自主防衛を阻止するカードとして使われているが、沖縄の歴史捏造プロパガンダは、日本民族を分断し滅亡させるカードとして使われているからである。そして、この問題は日本民族全体の問題であり最大の危機だが、沖縄の歴史を取り戻し、根の深い沖縄問題を解決した時にこそ、日本民族は、強くて団結力のある世界のリーダーとして復活すると確信している。市民団体が国連演説を手引き沖縄県の翁長雄志知事(右)との会談を前に握手を交わす安倍晋三首相=2015年9月7日、首相官邸(酒巻俊介撮影) 沖縄の地方紙では翁長雄志知事が9月14日から10月2日にわたってスイスのジュネーブで開かれる国連人権理事会に参加し辺野古移設について演説をするという報道がなされた。 普天間飛行場の辺野古移設は日米間の国防外交政策である。一地方自治体の首長が国防外交問題を国連に訴えることはありえないしあってはならない。しかし、不可解なことに、翁長知事は「辺野古移設」をテーマにこれを阻止するための演説をするというのだ。それを実現するために積極的に動いているのは沖縄県庁ではない。国連NGOという民間団体である。《スイスのジュネーブで9月14日~10月2日の日程で開かれる国連人権理事会で、翁長雄志知事が辺野古新基地建設問題について演説するための見通しがついたことが22日、分かった。 知事の国連演説は新基地建設阻止を目的に活動する「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」が複数の国連NGOの協力を得て準備してきた。島ぐるみ会議によると知事の日程調整はこれからだが、開催期間中の9月21日か22日を軸に登壇できる方向で調整している。 翁長知事は当選後、国連への働き掛けに意欲を示しており、演説が実現すれば知事が新基地建設問題の解決を広く国際世論に喚起する場となりそうだ。 今回、国連との特別協議資格を持つ国連NGOの「市民外交センター」が島ぐるみ会議などからの要請を受け、人権理事会での発言時間を翁長知事に貸与する意向を示している。国連との特別協議資格を持つNGOが他者に発言時間を貸すことは日常的に行われており、可能だという。 同センター代表の上村英明恵泉女学園大教授は「人権問題を扱う国連人権理事会で翁長知事が発言すれば、新基地建設に反対する県民の総意と理解され、日米両政府にプレッシャーを与えられるだろう」と述べ、知事が国連で演説することの意義を強調した。 島ぐるみ会議は翁長知事の人権理事会での演説に向け、同じく国連NGOの「反差別国際運動(IMADR)」と調整してきた。今回、IMADRが人権理事会との日程調整を担当し、市民外交センターが発言時間を貸す方向になった…》(琉球新報7月23日) 県庁の知事公室の秘書にこの件について尋ねて見たが「それは島ぐるみ会議が進めていることで県庁は何も知らない」という回答だった。島ぐるみ会議は翁長知事の推薦団体だが、県庁側がほとんどノータッチのまま民間に過ぎない市民団体が首長を動かし、海外日程の調整を行っているというから驚きだ。勝手に先住民族扱いするな! 知事に発言時間を提供する国連NGOは一体どんな団体なのか。記事には「市民外交センター」「反差別国際運動」など沖縄ではあまり馴染みのない団体が次々と登場する。 その団体が2013年に開催したイベントチラシを見ると「とどろかせよう! アイヌ、沖縄・琉球の声 世界に認められた先住民族の権利をもとに」「STOP! レイシズム なくそう! 日本の人種差別 集会シリーズ」とあってこう記されていた。《二〇〇七年、先住民族の権利に関する国連宣言が採択され、翌年には日本政府がアイヌ民族を日本の先住民族と認めました。現在アイヌ文化の保護促進の取り組みがなされているものの、民族の権利回復は遅々としてすすんでいません。また、「沖縄/琉球民族は先住民族だ」という主張に関して日本政府は国連の勧告にもかかわらず、認めていません…》 確かに2008年にアイヌ、琉球という少数民族を保護すべきだとした国連勧告が出されたことはあった。日本政府はアイヌ文化を保護する文化振興法を制定させたが、琉球民族を少数民族、先住民族とは認めていない。チラシはそのことを批判している。 ただ、沖縄で生まれ育った日本人である私にとって驚きなのは私の知らない間に県外の団体に勝手に沖縄県民が先住民族にされてしまっていることだ。ほとんどの沖縄県民は「自分は日本人」だと思っている。自分たちが知らないところで先住民族扱いをしたこのような集会が東京で開かれていることを知ったら激怒することは間違いない。 実は反差別国際運動とは部落解放同盟の呼びかけで発足した国連人権NGOなのだ。東京事務所は部落解放同盟中央本部と同一住所で、新聞記事にある様々な団体はいずれも反差別国際運動と連携しながら活動しているグループである。 反差別国際運動は遅くても2012年以降、米軍基地が先住民族である琉球民族の人権を侵害し、差別をもたらす存在と主張してきた。今年6月には「沖縄県民の人権が辺野古新基地建設計画によって脅威にさらされていることを懸念する。人権を守るために抗議する人々が警察や海上保安庁の暴力の対象となっている。日本政府に対しこのような暴力を控え、沖縄の自己決定権を尊重するよう要請する」などと訴えた声明を国連人権理事会に提出している。 彼らによれば、沖縄の基地問題は、先住民族である琉球民族の権利を侵害する人種差別なのだ。そう主張し続けてきたNGOがお膳立てし、時間枠まで譲ってもらって翁長知事は辺野古移設反対の演説をするというわけである。国連からすれば、先住民族の代表が「米軍基地押し付け差別」を訴えにやってきたことになる。 ではなぜ部落解放同盟が背景にいる反差別国際運動が沖縄の基地問題―一見、差別とは縁遠いように思える―にコミットするのか。それは1970年代のはじめに台頭してきた新左翼の「窮民革命論」という理論を引き継いでいると考えられる。左翼の教科書通りに考えれば革命というのは本来、労働者階級が担うものである。労働者になれない「窮民」というのは生きることで精一杯で革命への情熱や思い入れ、意欲にも乏しくなりがちだ、と考えられて来た。下手をすると反革命の温床にすらなり得る存在とされてきたのだ。 ところが竹中労、平岡正明、太田竜といった「世界革命浪人(ゲバリスタ)」を名乗る新左翼活動家は「窮民革命論」を提唱し、注目を集める。一般の労働者は高度経済成長で豊かな暮らしが謳歌でき、革命への意欲を喪失してしまった。つまり労働者階級では革命の主体にはなりえない。逆に疎外された窮民こそが革命の主体となりえるという理屈がたてられた。窮民の具体例として挙げられているのはアイヌ民族、日雇い労働者、在日韓国人、朝鮮人、沖縄人など。窮民のオルグを図って彼らを取り込むことで活路をひらき、革命への足がかりを築こうというのだ。 太田竜は自著『再び、辺境最深部に向って退却せよ!』で、約百年前に編入されたばかりの「新附の民」であるアイヌ民族や沖縄人には、まだ「数千年来の皇国の精神」が宿っておらず反日闘争の志操堅固な活動家(世界革命浪人)を生み出す貴重な人材源になりうると述べている。しかし、これほど沖縄県民をバカにした理論はない。要は沖縄を救済するかのごとく近づきながらも沖縄県民を内心で「窮民」と見下し、最終的には日本解体の先兵に利用しようと画策していることになるからだ。悲しいことに、既に翁長知事は窮民革命の先兵となってしまっているように見える。自己決定権獲得運動の意図自己決定権獲得運動の意図 沖縄の新聞では「沖縄の自己決定権」という言葉がよく目にとまる。沖縄のことは沖縄が決める権利という意味で使われ、大半の県民は漠然と地方自治体の裁量の拡大程度の話と思っている。しかし、実際はその程度の話ではない。 沖縄の新聞・左翼が主張している「自己決定権」とは、国連人権憲章で謳われている「全ての民族は自決権を有する」という条文を根拠としている。ここでいう自決権の主体は、オースラリアのアボリジニ民族のような侵略された先住民族を想定している。沖縄県民は日本人であって、国連のいう「自己決定権」を行使できる主体にはなり得ない。しかし、万一「沖縄県民が先住民である」と国際的に認識された場合、全く話は違ってくる。琉球民族は日本に植民地支配された先住民族で現在は日本に同化され独自言語・文化を奪われ差別を受けているとみなされれば、「沖縄」は自己決定権を行使できる主体になってしまう。 何故、彼等は沖縄県民の先住民族認定にこだわるのか。それは反差別国際運動が国連に働きかけてきた内容を見ればある程度、その意図が見えてくる。2012年3月に国連人種差別撤廃委員会に出した要請書には「日本政府が琉球・沖縄人を先住民族として正式に認識して、ILO169号を批准し、履行することを要求すること」とある。 ILO169号とは正式名称を「1989年の原住民及び種族民条約」という。日本は批准していないが、批准するとどうなるのか。その条文の中から日本の国家主権に重大な影響を与える土地に関する部分を紹介する。《第二部 土地第十三条1 この部の規定を適用するに当たり、政府は、関係人民が占有し若しくは使用している土地若しくは地域又は、可能な場合には、その双方とこれらの人民との関係が有するその文化的及び精神的価値についての特別な重要性並びに、特に、その関係の集団的側面を尊重する。2 第十五条及び第十六条の「土地」という用語の使用には、関係人民が占有し又は使用している地域の全体的環境を包括する地域の概念を含む。 第十四条1 関係人民が伝統的に占有する土地の所有権及び占有権を認める。更に、適切な場合には、排他的に占有していない土地で、関係人民の生存及び伝統的な活動のために伝統的に出入りしてきた土地を利用するこれらの人民の権利を保証するための措置をとる。このため、遊牧民及び移動農耕者の状況について特別な注意を払う。2 政府は、必要な場合には、関係人民が伝統的に占有する土地を確認し並びにその所有権及び占有権の効果的な保護を保証するための措置をとる。3 関係人民による土地の請求を解決するために国の法制度内において適切な手続を確立する。第十五条1 関係人民の土地に属する天然資源に関する関係人民の権利は、特別に保護される。これらの権利には、当該資源の使用、管理及び保存に参加するこれらの人民の権利を含む。2 国家が鉱物若しくは地下資源の所有権又は土地に属する他の資源に対する権利を保有する場合には、政府は、当該資源の探査若しくは開発のための計画を実施し又は許可を与える前に、当該地域の関係人民の利益が害されるか及びどの程度まで害されるかを確認するため、これらの人民と協議する手続を確立し、又は維持する。関係人民は、可能な限り、このような活動の利益を享受し、かつ、当該活動の結果被るおそれのある損害に対しては、公正な補償を受ける》 米軍基地において先住民族の請求や権利は擁護され、仮に天然資源が見つかっても、先住民族との協議が不可欠となる。要は琉球民族特権という新たな巨大な特権ができるということだ。尖閣諸島におけるガス田、油田開発やレアメタルなどでもそうしたことが現実に起こりうる。結局、琉球民族の許可なくして日本政府は資源の発掘ができなくなるということである。更に中国は、自国の利益になるように沖縄県知事及び沖縄県を巧みにコントロールすることは間違いない。結局、「沖縄の自己決定権の回復」とは、中国に沖縄を自由にコントロールするリモコンを渡すようなものである。「日本民族は異民族」とする国会議員 実際に「沖縄の自己決定権の回復」を国連に訴えた国会議員がいる。沖縄社会大衆党委員長の糸数慶子氏だ。彼女は昨年の8月と9月に国連の人種差別撤廃委員会、先住民族国際会議に琉球民族代表として在日米軍基地の駐留とそれに伴う土地の接収、それらが異民族である日本と米国による歴史的な差別と報告し、自己決定権の回復が重要と主張している。彼女は9月2日に開催された帰国後の速報記者会見で次のように述べている。《この琉球の人々が、日本政府に―やはり祖国琉球王国の滅亡(からはじまり)―今なお継続されている差別的な土地の強制接収なんですね。 そしてこれが実は米軍―これは沖縄の人々に土地を提供しないように強くずっと求めてきているのですけれども―それは土地の強制的な戦後の接収から今日に至る。 沖縄県民の八割以上が辺野古に新しい基地をつくらせないという、県民がそういう思いを持っていることをまったく無視して、土地を奪われて、海を奪われて、さらにそこに住んでいる絶滅の危機に瀕する生物すら無視して、新しく基地を埋め立ててつくろうとしていること、そのことに対する県民の怒りというのがあるわけです。 ですから私たちは、一八七九年以来―百二十八年間です。これは日本政府に百一年間、アメリカに二十七年間、異民族支配のもとに領土の支配と差別的な土地の強制収容に対してウチナンチュ(沖縄の県民、琉球の民衆)は、やはり自己決定権の回復を今強く望んで、この会議に参加をしたわけです。 ウチナンチュのことはウチナンチュで決めていくという、そういうことに、私たちは今行き着いています…訴えていきたいと思います。自己決定権の回復を目指して、頑張っていきたいと思います。ありがとうございました》 糸数議員は、米国のみならず日本までも異民族と明言していることに注意したい。琉球が「独立国」として500年の歴史があったことや琉球諸語がユネスコで独自の言語として認められている、などと強調したそうだ。彼女を国連に送り出したのは反差別国際運動を中心とした枠組みであり、それと同じ枠組みで次は翁長知事を送り込もうとしているのである。 これで「沖縄の自己決定権の回復」というスローガンの恐ろしさが見えて来たと思う。沖縄県民に対しては、「日米両政府に辺野古移設の中止をお願いしても叶わない今、沖縄のことは沖縄で決める自己決定権の回復が必要であり、翁長知事の国連演説がその切り札だ」と扇動しながら、国連では米軍基地の押し付けは、先住民族である琉球人への差別だと訴え、日本政府に沖縄県民を先住民族と正式に認定して条約を批准するよう要請しているのである。このように、「先住民族認定」という沖縄県民の国際的地位も運命も左右する重大な事を沖縄県民に完全に隠して進められているのである。つまり、沖縄県民を巧みに騙して扇動し、沖縄の米軍基地問題を国際的先住民族の人権問題にエスカレートさせる工作が進められているのである。もし、これに成功すると、国連が沖縄の米軍基地問題に口を出してくることになる。そうすると、沖縄の基地反対運動は国際的には琉球独立運動と認識されることになるのである。以上、様々な事例を説明してきたが、1970年代の「窮民革命」という日本民族解体の新左翼理論が現在は、国連のアイヌ、琉球の先住民認定と沖縄県での自己決定権回復運動として展開していることが見えて来たと思う。中国と琉球独立派のシンクロぶり中国と琉球独立派のシンクロぶり 次に、中国の沖縄を巡る主張を追っていくと、見事に沖縄の独立派の動きとシンクロしているのが見えてくる。2013年5月12日。中国の人民網日本語版に「琉球問題を掘り起こし、政府の立場変更の伏線を敷く」と題した社説が掲載された。《中国は3つのステップで「琉球再議」を始動できる。 第1ステップは琉球の歴史の問題を追及し、琉球国の復活を支持する民間組織の設立を許可することを含め、琉球問題に関する民間の研究議論を開放し、日本が琉球を不法占拠した歴史を世界に周知させる。政府はこの活動に参加せず、反対もしない。 第2ステップは日本の対中姿勢を見た上で中国政府として正式に立場を変更して琉球問題を国際的場で提起するか否かを決定する… 第3ステップは日本が中国の台頭を破壊する急先鋒となった場合、中国は実際の力を投じて沖縄地区に「琉球国復活」勢力を育成すべきだ。あと20―30年後に中国の実力が十分強大になりさえすれば、これは決して幻想ではない。日本が米国と結束して中国の将来を脅かすなら、中国は琉球を離脱させ、その現実的脅威となるべきだ。これは非常にフェアなことだ》 すでに第1ステップにある民間組織は許可されている。香港の新聞「デイリーアップル」に2011年1月17日、「中華民族琉球特別区援助籌委会(設立準備委員会)成立公告」なる公告が掲載された。 2013年5月15日には、沖縄に「琉球民族独立総合研究学会」が設立された。糸数氏に続き、翁長知事が国連で沖縄統治の不法性を発信することも現実になりつつある。こうした中国側が描いたシナリオと平仄があうように事態は進んでいるように思える。 設立された研究学会は昨年12月に琉球人への差別問題や自己決定権確立などを国連に直接訴える活動を今年度から始めることを決議。今年2月には1879年の琉球処分が「独立国だった琉球国に対する武力強制併合で国際法違反は明らかだ」と外務省に抗議し、日本政府に謝罪を求め「琉球の植民地支配の即時停止」を要求する事態も起きている。 中国では独立学会設立のニュースは大々的に報じられた。環球時報は設立の翌16日に「中国の民間は『琉球独立研究会』を支持するべきだ」と社説を掲載。CCTVも「中国は琉球の帰属を見直す」と題した特集を組み「沖縄は日本に属さない」「琉球人民の独立運動」に「日本はパニック」に陥っているなどとする特集番組を放映している。沖縄の一連の動きを独立に向けた動きととらえている。中国の主張のよりどころ 2013年9月25日、中国政府は「釣魚島白書」を公表している。そこで「世界反ファシズム戦争の勝利の成果を守ると宣言し、日本政府は日清戦争前に釣魚島を盗み取り、沖縄返還協定で日米間で不正に施政権を授受したが、釣魚島は『カイロ宣言』『ポツダム宣言』『降伏文書』『日中共同声明』に基づき台湾とともに中国に返還されるべきである」と主張している。 ここで重要なのはカイロ宣言だ。カイロ宣言はこうなっている。《同盟国の目的は1914年の第一次世界戦争の開始以後に日本が奪取しまたは占領した太平洋におけるすべての島を日本国から剥奪すること、並びに満州、台湾及び澎湖島のような日本国が清国人から盗取したすべての地域を中華民国に返還することにある。日本国は、また、暴力及び強慾により日本国が略取した他の全ての地域から駆逐される》 ポツダム宣言第8条には冒頭、「カイロ宣言の条項は履行されるべき。日本国の主権は本州、北海道、九州及び四国ならびに吾等の決定する諸小島に限られなければならない」とある。 さらに日中共同声明の「日本国政府は中華人民共和国政府を中国の唯一の合法政府と認める」「日本国政府は…ポツダム宣言第8条に基づく立場を堅持する」とある取り決めに基づき、清国から盗取した尖閣諸島を我々に返せ―という論理構成を取るのだ。この白書が発表された2013年時点では、尖閣諸島のみの領有を主張しているが、既にネットや新聞記事、TV番組などではこれと同じロジックで琉球の主権を主張している。この流れを見ると、2013年に釣魚島白書で仕掛けた国際法律戦の主権の主張範囲を沖縄全体に拡大できるように、以降の沖縄工作は進められているように見える。沖縄県民が国際的に先住民族だと認められれば、「明治以降の日本の沖縄統治はファシズム国家日本による侵略だ!」と説明しやすくなるからだ。9月3日に中国政府が開催する「反ファシズム戦争勝利70周年記念パレード」以降、中国政府が「日本は過去の侵略を反省したなら、カイロ宣言、ポツダム宣言を順守して琉球の主権を放棄せよ」と言い出す可能性も低くないと見ている。その時期は国連工作と沖縄の自己決定権回復工作の成功の可否により決まると私はみている。 問題は日本国の政府である。日本政府の公式見解は「琉球民族=先住民族、少数民族」という主張を一応否定しているが「沖縄についてはいつから日本国の一部であるかということにつき、確定的なことを述べるのは困難である」というのだ。 昨年7月11日に琉球新報が1853年に締結された琉米条約を根拠に1879年の琉球処分が国際法上不当だというキャンペーン記事を掲載した。その際、琉球新報は、外務省にそれに対する見解を問い合わせたが、外務省は「確定的なことを述べることは困難である」と述べるにとどまった。琉球処分の不当性を挙げて沖縄統治の正当性を否定する相手に「沖縄はいつから日本だったか分からない」と言っているのだ。これでは「もしかすると、侵略したかもしれない」と答えているに等しい。 一般に広く知られていないが実は、日清戦争前に日本政府と清国政府との間に琉球の主権をめぐって論争が起こり、清国は今の中国メディアと全く同様の主張をし、帰属を主張したことがあった。しかし、当時の外務大臣、井上馨は「西暦七〇〇年代より南島の朝貢を受け、日本がこれを管治した。琉球国王は日本の後胤である。明や清との朝貢冊封は虚礼だった」と明快かつ毅然と清国に主張しており、これが政府の公式な外交文書として残っているのだ。この文書を読むと明治12年に日本政府は戦争をも辞さない覚悟で沖縄の領有を毅然と主張したことがわかる。 それに比べて、今の日本政府の主張はあまりにも及び腰である。また、「沖縄がいつから日本なのか」という質問に対して、明治12年の見解と現在の見解が不一致して良いわけがない。政府は今すぐにでも、明治12年の見解に戻すべきであり、もし現在の学術にそぐわない点があれば、有識者の智慧を結集して国家主権を守ることができる見解に修正するべきである。とにかく、日本政府の中国の沖縄分断工作に関する警戒心が乏しいことは残念である。沖縄は歴史戦の戦場である これまで述べたように沖縄の歴史プロパガンダは、壮大な嘘の積み重ねと工作が展開されてきた。調べたところによると沖縄の歴史捏造は1960年代後半より行われており、その裏には毛沢東の姿が見える。南京虐殺・従軍慰安婦プロパガンダより歴史が長く成功しており騙され続けてきたプロパガンダだといえる。これから日本民族は、存亡のかかったこの歴史戦と対峙していかなければならない。しかし、冒頭で述べたように私は前向きに捉えたい。沖縄問題の解決こそ、日本民族復活の鍵だと私は確信している。沖縄の本当の歴史を取り戻すことこそ、団結した日本民族を復活させ、世界のリーダーたる日本の再建に繋がるのである。なかむら・さとる 昭和39年、那覇市生まれ。埼玉県在住。昭和54年、陸上自衛隊少年工科学校(横須賀)入校、卒業後の航空部隊に配属。平成3年退官。複数の企業勤務を経て平成21年、日本は沖縄から中国の植民地になるという強い危機感から民間団体「沖縄対策本部」を設立し活動中。著書に『そうだったのか!沖縄』(示現社)。 

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    沖縄問題と東アジアの安全保障

    岡本行夫(MITシニアフェロー、外交評論家)(「nippon.com」より転載)こじれにこじれた普天間基地移設問題。現状に加えて長期的な沖縄の将来図を、東アジアの安全保障環境も俯瞰的に見据えながら展望する。「普天間移設」の膠着 米海兵隊の普天間飛行場移設の展望が開けない。どうなるのか。住宅に囲まれた普天間飛行場に並ぶオスプレイ。移転は急務だ=9月6日 私は、これまで普天間の辺野古移設を推進してきた。普天間飛行場の3分の1の面積の滑走路を海上に作って、騒音と事故の危険性を人口密集地帯から海上に出すという案だ。住民の安全を考えれば、現状よりはるかにいいに決まっている。しかし、2011年に衆議院の、2012年に参議院の、それぞれの予算委員会に参考人として出席した際には、もはや辺野古移設は強行すべきでないと意見公述をした。なぜか。 沖縄では、従来は辺野古移設について容認派が3分の1、反対派が3分の1、中間派が残り3分の1であったが、2009年に鳩山由紀夫首相が「最低でも県外」と宣言したことにより、ほとんど沖縄全体が辺野古反対に回ってしまったからだ。 無責任な民主党の政策であった。普天間の代替地を県外に見つけるのは至難の業だ。理由は簡単で、普天間飛行場に配備されているヘリやオスプレイは海兵隊の「足」であり、海兵隊本体から切り離して遠隔地へ持っていくわけにはいかない。移すなら海兵隊全体だ。瑞慶覧の司令部もキャンプ・ハンセンとキャンプ・シュワブの演習場と諸施設も。 民主党政権は鳩山発言の尻拭いのために、40カ所以上の候補地を沖縄の外に探したが結局見つからず、2010年5月に鳩山首相は県民にわびて、やはり沖縄で受け入れてほしいと頭を下げた。懸念される「島ぐるみ闘争」の再来 しかし、もう無理だった。県民の気持ちは元へ戻らない。例えていえば、こういうことだ。県民がレストランで渋々ながらも食事をしようとしていたところへ民主党がドカドカと入り込んできて、「ここのレストランはまずい。外にたくさんいいレストランがあるからそこへ行きましょう」と客を外へ連れ出した。しかし、そんなレストランがあるはずもなく、結局、元のレストランに戻ってきたが、もう食べ物は古くなり、誰も食べる気は失った…。 沖縄の反基地闘争に本土から多数の活動家が参加していることは私も目撃してきた。彼らが目指すのは、普天間全面返還だけではない。沖縄の反基地闘争と混乱を激化させて、全ての米軍基地、特に東半球最大の米空軍基地「嘉手納基地」の撤去にまで至ることだ。 このまま政府と沖縄の対立が長引いて膠着状態になり、万が一にもオスプレイが重大事故でも起こせばどうなるか。沖縄は、大変な事態になる。1956年の「島ぐるみ闘争」(※1)の再来である。沖縄の「抑止力」の長期展望 果たして、代替案はあるのか。私は国会での意見公述の際に、内容は明らかにしなかったが「プランB」(代替案)に移行すべきだと述べた。詳述は控えるが、その真意は、少々時間はかかるが沖縄と西太平洋地域における海兵隊の配置構造と自衛隊の役割を変えることによって、辺野古移設を不要にすることを目的としたものであった。 もちろん長い期間と、アメリカとの慎重な協議が必要で、普天間返還も遅れることになる。しかし、辺野古移設決定から19年も時間を過ごしてきたことを思えば、十分価値のあるプランだと思えた。  しかし、政府は方針を変えず、沖縄県知事が2013年12月に辺野古埋め立てを許可し、工事は既に始まった。事ここに至って別の案を主張することは、プロセスを混乱させるだけになる。残念だが私は「プランB」を封印し、現在の選択肢の中では辺野古への移設が最善のものとして、再び政府案を支持している。 辺野古への移設作業は緊急避難的措置として進めるとして、さらに長期の展望について記したい。日本の抑止力を低下させることなく、沖縄から海兵隊を大きく削減するにはどうしたらいいのか。 考えてみよう。今の日本の抑止力は、沖縄に常時駐留する海兵隊が直ちに北朝鮮や中国からの侵攻に反撃できるから保たれているというものではない。「抑止力」は、日米安保体制が全体としてもたらすものだ。抑止力の象徴:空母「ジョージワシントン」 典型的なのは、第7艦隊だ。原子力空母ジョージワシントン以下の大艦隊は、艦載機も含めれば、ハードウェアだけでも数兆円近くの巨費がかかっている。その第7艦隊を首都東京に近接する横須賀に配備していることが、「日本を防衛するぞ」というアメリカの強い意志表示となって周辺諸国に伝わっている。こうしたアメリカの日米安保体制へのコミットメントそのものが、抑止力の本質なのである。 抑止力とは、つまるところ、周辺諸国が「日米安保体制は確実に発動される」と思うかどうかの心証、つまりパーセプションにかかっている。他の国々が「発動される」と思わなければ、その時点で安保条約は一片の紙切れとなる。つまり、周辺諸国がいささかの疑義も差し挟まないような、日頃からの緊密な日米同盟関係こそが日本の抑止力の根幹なのである。 ところが、混乱のうちに軍事的合理性がない撤退が沖縄から行われた場合には、抑止力には大きな穴があいてしまう。周辺諸国が力の空白を感じるからだ。これまで中国は、ベトナムから米国が撤退した後にパラセル諸島を、ロシアが撤退した後にジョンソン環礁を、フィリピンから米国が撤退した後にミスチーフ環礁を、それぞれ武力でベトナムとフィリピンから奪ってきた。 「米軍が沖縄から追い出された」と中国が受け止めれば、彼らが尖閣諸島を武力で奪う可能性は格段に高まるだろう。いったん尖閣に上陸された後に、侵略軍を放逐するのはとても難しい。戦後初の戦死者を覚悟しての中国との戦闘になる。日本はそれをやれるだろうか?結局、「粘り強く交渉していく」という日本の得意のパターンの政策となり、竹島と同様に、中国が尖閣を実効支配する状況が定着してしまう可能性だってある。沖縄に対する差別 本土は、沖縄の苦悩と被差別感を十分理解していない。面積にして米軍基地の74%が沖縄に集中すると聞けば、誰でも「それは不公平だ」とは言うが、それ以上の行動を起こすことはない。そもそも「74%」という数字が生まれたのは、沖縄が日本に返還された後、本土の基地だけが削減されたためだ。72年当時、関東には米軍の基地が密集していた。立川、調布、練馬、光が丘、代々木、横浜本牧、根岸、そういった施設がすべて撤去され、全体としてみれば本土では米軍基地は65%削減されたのである。しかし、その間に削減された沖縄の基地は20%にすぎない。 「74%」の数字を減らすことは容易ではない。単に沖縄の基地を減らしただけでは、分子だけでなく分母も減るからあまり変わらない。「74%」を減らすためには「沖縄の基地を減らして、本土の基地を増やす」ことが必要になる。こうして、“行って来い”で初めて74%という数字が減りはじめる。 しかし、本土には、岩国を除けば、言葉だけでなく実際に沖縄の負担を助けようとするところはない。全国の知事レベルで沖縄の基地を引き受けてもよいと表明したのは、当時の大阪の橋下徹知事だけであった。 本土と沖縄の感情のもつれは根深い。太平洋戦争で本土防衛の捨て石とされ、しかも住民をそのための「盾」とされた沖縄には、本土への深い不信感がある。東アジアの戦略展望 今後の中国の拡張戦略を考えれば、沖縄問題の早期解決の必要性はあきらかだ。中国は2段階からなる海洋戦略を推進している。第1段階は、2010年ごろまでに沖縄、台湾、フィリピン、ボルネオを結ぶ「第1列島線」の内側、すなわち南シナ海と東シナ海を軍事的にコントロールすること。第2段階は、2020年ごろまでに、伊豆七島、小笠原諸島、サイパン、グアム、ミクロネシアを結んでパプアニューギニアに至る「第2列島線」の内側で、米艦隊を撃破できる「接近拒否能力」を持つことである。つまり、西太平洋海域の大半を確保しようとの戦略である。中国海軍は、このために沖縄列島を通過し太平洋に出て、大規模な演習を何度も繰り返している。 今の日本はこれに対応できない。冷戦当時、日本は宗谷、津軽、対馬の3つの海峡をブロックすることでソ連の原子力潜水艦艦隊をオホーツクに封じ込める戦略をとった。そのために保有してきた潜水艦は16隻。ところが今や3海峡に加えて、沖縄列島には4つの通行自由な国際海峡が存在する。沖縄列島で中国海軍をチェックする態勢を作るのであれば、当然、従来の2倍、つまり30隻以上の規模の潜水艦隊が必要になるはずだ。 残念ながら、実態はその水準にはるかに及ばない。鉛筆をなめて潜水艦の退役年齢を引き延ばすことによって潜水艦の総数を22隻としたが、予算が増えたわけではない。過去10年間に中国の軍事予算が5倍になる中で、日本の防衛費は横ばいである。日本を守るのは「9条」より日米安保 もともと、この北東アジアには、世界の兵力規模の第1位から第6位までの国々のうち、実に4カ国が集中する。中国、ロシア、北朝鮮、そして韓国。これだけの軍事集積度の高い地域は世界に類を見ない。計算違いや偶発的な理由で、衝突がいつ起こっても不思議ではない。 この緊迫した地域にあって、日本がこれまでどこからも侵略される心配をしないで済んできたのは、日米安保条約が存在するからである。日本は憲法9条で守られてきたのではない。 そうした状況を考えれば、沖縄問題を解決し、しかも東アジアの安全を確保する方向性はあきらかだ。日本が、時間はかかるが、自分自身の抑止能力を高めることだ。例えば陸上自衛隊が海兵隊になることだ。そうすれば沖縄に海兵隊が駐留する必要性も減る。日本が、米国との間でそうした役割分担を作り上げることができるのかどうかに、沖縄が置かれた大きな戦略的立場もかかっている。(※1)これまでの軍用地政策を含む米軍支配のあり方を基本的に正しいと認めた米下院の「プライス勧告」に反発して起きた、大規模な沖縄住民の抵抗運動。米国側は軍用地料の一括払いの方針を撤回し、適正価格で土地を借用するとする政策変更を余儀なくされた。おかもと・ゆきお 外交評論家、シンクタンク「岡本アソシエイツ」代表。1945年、神奈川県生まれ。一橋大学経済学部卒業。68年、外務省に入り、北米第一課長などを歴任後、91年に退職。96年に橋本内閣で内閣総理大臣補佐官(沖縄担当)、2001年に小泉内閣で内閣官房参与、03年に同内閣で内閣総理大臣補佐官(イラク問題担当)など、政府の要職を多く務めた。12年から米マサチューセッツ工科大学国際研究センターシニアフェロー。

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    「新基地建設」という偏向用語を使う翁長・沖縄県庁

    外にも、反基地派の造語が氾濫している。辺野古で警備に当たる海保を批判する「過剰警備」、主に琉球新報が沖縄独立論を理論づけるのに使用する「自己決定権」、反基地でなければ沖縄人にあらずと主張する「沖縄人(ウチナーンチュ)のアイデンティティ」などのたぐいである。 造語自体には特に問題はない。だが反基地派の口から飛び出した途端、その造語は特定のイデオロギーに奉仕させられ、一種のいかがわしさを帯びるようになる。 紙面で「自己決定権」という造語(この言葉自体は既に存在しているが、本来は沖縄独立論とは関係ない)を執拗に使い続ける琉球新報は6月11日、「併合直後に分断策 明治政府、琉球抵抗に」という記事を1面トップで掲載した。 明治政府が沖縄の廃藩置県直後、琉球旧士族の抵抗を抑えるため、旧国王から説得させるなどの分断策を提起した公文書が発見されたという内容だ。 解説記事では「分断策は植民地支配の常とう手段である。名護市辺野古の新基地建設をめぐり、自民党の県選出・出身国会議員に圧力をかけ『県外移設』公約を撤回させ、当時の仲井真弘多知事に埋め立てを承認させた安倍政権の手法とも重なる」と主張する。また、当時の沖縄について「『たとえ国王の命令でも国家のために従わないこともある』と断言する者もあり、琉球のアイデンティティに基づく自己決定権回復を求める潮流は琉球社会の底流に流れ続けた」と分析する琉球大名誉教授のコメントも引用した。 この記事には、私が指摘した沖縄マスコミの大きな特徴が見事に浮き彫りにされているように思う。「新基地」「自己決定権」「琉球のアイデンティティ」という反基地派の造語の駆使、冷戦時代のまま思考が停止していることを示す「植民地支配」「併合」という表現。これは沖縄独立論にもつながる。廃藩置県と、辺野古移設を進める安倍政権の手法が「重なる」という論理は、時代背景や意義の違いを無視した暴論である。 前述したが、沖縄の「世論」や「民意」を読み解く場合、こうした記事が沖縄で最大部数を誇る新聞の1面トップを飾っているという現実を前提とする必要がある。そこは、異なる主張を持つ複数の全国紙が競い合う本土と決定的に異なる。 私なら朝からこういう記事を読まされると胸が悪くなるが、何の予備知識も持たない県民の多くは、反基地派の造語をごく自然に受け入れるようになってしまうだろう。それは一種の洗脳にも似たシステムだ。 こういう記事を書いている記者の心境とはどういうものなのか、同じ報道に携わる身として私は常々関心を抱いてきた。そこへ、5月29日付の沖縄タイムスに、興味深いコラムが掲載された。 「事実を客観的に伝えることは大事な決まりごとである。日本ではその公正と中立を『偏らない』ことと同義にとらえる傾向が強いが、欧米メディアでは公正さ(フェアネス)を『弱者』を思いやる姿勢として重んじるという」 要するに、彼らにとっての「公正と中立」とは弱者を思いやる姿勢であって、そのためには一方の主張に偏っても構わない、というのである。米軍基地問題に関しては、弱者とは基地被害に苦しむ人たちであり、安倍政権に反対する人たちであり、究極的には辺野古移設に反対するすべての人たちのことである。異様なほどの「反基地」の報道姿勢がこのような論理で正当化されるのか、と妙に納得させられた。 この論理の一番の落とし穴は、当のマスコミが「弱者」の定義をいかようにも決められることだ。私にとっての「弱者」とは、中国公船に領海を蹂躙されている八重山住民である。また、県紙の一方的な報道で稀代の悪人扱いされている辺野古移設容認派の政治家たちである。 私は一貫して弱者の立場から米軍基地問題や尖閣問題に意見を言っているつもりだが、反基地派はそうは見てくれない。2年ほど前になるが、私は県紙の先輩記者から「権力者におもねっても、権力者の仲間になれるわけではなく、所詮、しっぽのような存在でしかない」と「忠告」されたことがある。 県紙からすると、私は保守系の市長に阿諛追従するだけの記者だと見られているのだ。国境の島に生きる住民の危機感が全く理解されていないことに寂しい思いをした。 誰が強者であり、誰が弱者かというのは相対的な問題であり、立ち位置によってさまざまな見方がある。「自分は常に弱者の味方だ」と大声で触れ歩くのは、本人の意図はともかく、自分を全能の神のように勘違いする傲慢さであり、自己陶酔的なヒロイズムではないか。中国の領海侵犯への「鈍感」が意味する恐ろしき事態 八重山から見ていると、尖閣を狙う中国の野心はますます目に余る。中国公船「海警」の動きが中国政府上層部の意向を直接反映しているらしいことは、これまでもたびたび指摘してきたが、私が着目したのは5月に起こった領海侵犯の日付である。3日の憲法記念日、15日の沖縄復帰記念日に領海侵犯したのだ。 前述のように「海警」の領海侵犯は常態化している。今年に入り、6月17日までに17回に達する。月に2~3回のペースだが、それがこれだけ日本の祝日や記念日と重なっているのは、偶然にしては高すぎるように思える。 昨年は天皇誕生日の領海侵犯もあり、報道を受けた中国ネットでは「天皇への誕生日プレゼントだ」と快哉の声も上がったという。「海警」は県知事選、石垣市長選の告示日にも領海侵犯している。こうなると、日本の祝日や政治的イベントに合わせた意図的な挑発行為と見ていいだろう。 深読みすれば、憲法記念日の領海侵犯は「平和憲法を破る」などと反対派が攻撃している安保関連法案への当てつけか。沖縄復帰記念日の領海侵犯は「沖縄は中国の領土だ」というアピールか。いずれにせよ、日本国民は「海警」に嘲弄されているのではないか。 しかしさらに悲劇なのは、当の国民、さらには沖縄県民にも、嘲弄されているという自覚がないことだ。中国の「頑張り」にもかかわらず、県紙も地元紙も、中国公船の航行や領海侵犯をほとんど報じないからだ。恐らく紙面が空いていると思われる日にベタ記事で掲載される程度で、今や領海侵犯がニュースだという感覚すら麻痺してしまっているように見える。 尖閣周辺で、尖閣の領有権を奪取する意図を持つ他国政府の公船が常時航行を続けている、というのは、私の感覚からすれば異常な状態であり、準戦時体制と呼んでも差し支えない。中国公船が尖閣周辺にいる、という事実だけでもニュースだし、ましてや航行が10日連続とか、20日連続とかに達すると、たとえ領海侵犯がなくても、ただならぬ事態ではないかと思える。 私が編集長を務める「八重山日報」では、「海警」が尖閣周辺にいる限り毎日、その動向を掲載している。読者からは「八重山日報を読まないと中国船の動向が分からない」という声が寄せられるほどだが、それは私たちが努力しているというより、他紙が努力を怠っているためだ。 6月3日には新造船の「海警2308」が「パトロール」に加わり、尖閣周辺で初確認された。中国側の報道によると、先進的な電力推進システム、総合横揺れ防止システム、衛星通信測位システム、艦載ヘリの発着台、高圧放水銃などの最新設備が搭載されているという。 海保は来年3月までに、尖閣警備に専従する巡視船を10隻体制に増強する方針で新造船を進めているが、攻撃側の中国も新戦力を着々と整えている。報道によると、国家海洋局は尖閣周辺で9隻の監視船と4機の航空機を常時投入し、無人機も運用する方針という。さらに、尖閣に最も近い沿岸の浙江省福州市では、国家海洋局が大型船が停泊可能な新基地を建設する方針だ。 「海警」に加え、6月には中国の海洋調査船もたびたび、尖閣周辺に出没するようになり、巡視船の警告を無視して海中にワイヤーを垂らすなど、調査を活発化させている。 「海警」は、台風などの悪天候時を除き、尖閣周辺を常時航行する体制を崩さない。中国国営テレビは海警の航行について「無人島を実効支配する方法として、国際的に認められているものだ」と強弁し、既に中国が尖閣を実効支配しているかのような「報道」を展開している。 日本の漁業者は、今や尖閣にはほとんど近づかない。海保の奮闘がなければ、尖閣周辺の海は中国船だけが跳梁する無法地帯になりかねない。 沖縄の主要マスコミのように、中国公船の動向に対する日本人の感覚が麻痺してしまえば、まさに中国の思うつぼだろう。中国当局が公言する「日本の実効支配の打破」とは、日本人のそういう心の隙を狙った「心理戦」でもあるはずだ。 「海警」の航行を異常事態だと思う感覚が日本人から消えてしまえば、そのうち領海侵犯も年中行事くらいに軽く考えるようになる。それは中国軍が一気に尖閣を占拠する絶好のチャンスかも知れない。警備に当たる海保もそれを知っているから「海警」との攻防を「長期戦の覚悟だ」(宮崎一巳石垣海上保安部長)と強調する。海保を後押しする国民、県民の強い思いが求められている。 尖閣警備に自衛隊が投入されるような現状ではないにせよ、尖閣まで約170キロの石垣市に自衛隊が配備されれば、傍若無人な「海警」も多少の圧迫感を感じるのではないか。とめどない領海侵犯に歯止めを掛けるためにも、八重山で自衛隊のプレゼンスを示すことが必要だろう。 防衛省が現地調査後、自衛隊配備の結論を出すのは約1年後と見られている。配備が決定した場合の住民、マスコミ、市長、市議会の反応はどうか。八重山を取り巻く厳しい国際環境について認識を共有したい。なかあらしろ・まこと 昭和48(1973)年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、平成11(1999)年に石垣島を拠点とする地方紙「八重山日報」に入社、22年から同紙編集長。イデオロギー色の強い報道が支配的な沖縄のメディアにあって、現場主義と中立を貫く同紙の取材・報道姿勢は際立っている。著書に『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』(産経新聞出版)。 

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    菅義偉官房長官 沖縄のUSJおよびカジノ誘致について語る

     影の総理といわれる菅義偉・官房長官が自らについてメディアに語ることは、ほとんどない。長く取り組んできた沖縄問題について、菅氏はいま何を考えているのか。ノンフィクション作家の森功氏がSAPIO連載「総理の影 菅義偉の正体」の中でインタビューした。* * * 折しも、安全保障法制の国会審議が佳境を迎え、前日には米軍基地問題のために沖縄県知事の翁長雄志との会談を済ませたばかりのタイミングだった。いきおいインタビューの話題は、沖縄の基地問題からとなった。沖縄県庁で会談する菅義偉官房長官(左)と翁長雄志・沖縄県知事=2015年8月12日、那覇市.jpg──普天間飛行場の辺野古移設は進展したか。「翁長知事は移設反対で知事に当選したのですから、そこは急には、非常に難しいのではないですかね」 菅は沖縄問題に思い入れが深い。二〇一二年十二月に第二次安倍晋三政権が発足して以来、官房長官を務めてきた菅は、現在沖縄基地負担軽減担当大臣を兼任している。前知事の仲井真弘多とは、二人三脚で米軍普天間飛行場の辺野古移設と沖縄振興策を進めてきた。が、基地移設反対の翁長知事になり、大きな誤算が生じている。 基地移設交渉は暗礁に乗り上げ、仲井真時代に進めたカジノを中心とするIR(統合型リゾート)計画も白紙撤回された。さらにもう一つ、菅自身が沖縄に誘致しようと働きかけてきたユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)についても不安が残る。──カジノやUSJは、米軍基地移設容認のバーター取引の中で考えられてきたのではないか。カジノ計画が消えれば、集客や採算面から、USJも白紙撤回とならないか。「(今度の)翁長知事との話し合いでは、USJの話は出ませんでした。ただ、沖縄の振興のためには必要だと思いますので、翁長知事としても、USJは大歓迎でしょう。そこは、国としても応援しようということです。 沖縄振興と基地問題は、リンクしているわけではありません。沖縄振興では、第一に狭くて満杯の今の空港を何とかしてほしい、第二滑走路をつくってほしい、と要請がありました。当初は滑走路の完成まで七年ほどかかるといわれていたところを、仲井真さんとの信頼関係から五年十カ月にまで短縮できた。 USJはたまたまそのあとに出てきた話です。もともと大阪の次に進出する地域として、USJが場所を探していて、九州と沖縄を候補地としていました。それを私たちが聞きつけたのです。で、USJの関係者に官邸に来てもらって、沖縄であれば様々な支援は可能であると話をした。それが始まりです」 USJの誘致に関しては、サントリーホールディングス社長で、経済財政諮問会議のメンバーでもある新浪剛史から紹介を受け、菅が働きかけたという説もある。新浪も菅の親しいブレーンだ。が、実際はそうではないという。「新浪さんはまた別で、新浪さんが今のCEO代表取締役社長グレン・ガンペルさんとすごい仲がよくて、私が沖縄の件で会いたいと言ったら、ガンペルさんがやって来たんです。USJとしては、(沖縄北西部の海洋博公園にある)美ら海水族館と連携し、観光客を呼び込みたいという発想のようです。 美ら海水族館には、年間三百万以上の来場者がいる。だから、あそこと連携して、相乗効果を高めたいといっていました」 カジノ構想については、菅自身も力を入れてきたが、現状では安保法制の国会審議が優先され、法案成立の目途は立っていない。したがって表向きは未定というほかないが、いずれにせよ、カジノ抜きでもUSJ計画は進めるというのが政府の方針らしい。仲井真時代の菅は、基地移設というムチに対し、カジノやUSJなどの沖縄振興策というアメを使って計画を進めてきた。 だが、いまや政府と地元が相容れず、膠着状態に陥っている。この先、菅に秘策はあるのだろうか。(敬称略)関連記事■ 米大手金融機関 2020年に日本が世界2位のカジノ国になると予測■ 闇カジノ27歳女ディーラー 月収300万円から35万円に激減■ 安倍政権と沖縄の対立激化 辺野古移設作業は民主主義の破砕■ カジノをつくれば外国人観光客が押し寄せるというのは錯覚■ 日本のカジノ「入場料1万円ぐらいと想定」とカジノ専門家

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    朝日が口ごもった「平和学の父」が提案した沖縄『プランB』の恐怖

    どして国際機関を誘致」って・・・ そうか、ガルトゥング博士のプランBは、『積極的平和主義』でもって、沖縄独立をうながしていたのか・・・ 全国紙、朝日新聞が口ごもったのも無理からぬことであります。・・・ 読者の皆さん。琉球新報は本気なのであります。 25日付け琉球新報社説は、さっそくこのガルトゥング博士の講演を取り上げています。<社説>北東アジア共同体 「心に響く案」追求したい2015年8月25日 6:02http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-247786-storytopic-11.html 社説の中で『プランB』が取り上げられます。 「政府が一番嫌がるのは政府案よりいい『プランB』を出すことだ。それは単なる折衷案ではない。折衷案は『怠け者の案』だ。独創的な、人々の心に響く案を出せば、賛同が得られる」と述べた。世界200カ所以上の紛争の調停に携わった人の、経験に基づく提言には大きな説得力があった。 そのためにどうすべきか。博士は「(1)合法的か(2)人権を尊重しているか(3)基本的必要性に基づくか-の3点に鑑みて、何が実現可能か、大きなビジョンを描くことだ」と述べた。その案には互恵性と平等性が大切とも述べた。 そしてすごい意見が出ます。 それは、例えば尖閣で、博士が述べたように「日中が40%ずつ資源を分け合い、残り20%を双方の市民活動や環境保護活動に充てる」というような案のことだろう。沖縄から見ると、沖縄と台湾を加えて日中沖台で4分の1ずつ分け合う案も考えられる。歴史的に、尖閣を領有する根拠を最も持つ沖縄の提唱には一定の説得力があろう。 日中沖台で尖閣諸島を四分割って・・・ いかん、琉球新報社説子の脳内では、沖縄が、日本・中国・台湾と同格の国扱いになっています。・・・ 読者の皆さん。 『積極的平和主義』の提唱者ガルトゥング博士の『プランB』「沖縄は独立の気概をもて」に琉球新報が乗せられたのか、それともそもそも独立志向の琉球新報にガルトゥング博士が利用されたのか、よくわかりません。 しかし琉球新報は冗談ではなく真面目に沖縄独立の可能性を論説し始めているようです。 いやはやなんともです。 しかし、日中沖台で尖閣諸島を四分割って・・・ マジですか? しかし、ガルトゥング博士の『プランB』です。ぜんぜん平和的じゃない(苦笑)じゃないですか。恐ろしいです。 ふう。(「木走日記」より転載)

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    百田発言のどこが悪い

    沖縄二紙について、百田尚樹氏の「つぶさなあかん」発言が槍玉に上げられている。沖縄二紙は会見まで開き、被害者面して言論の自由を訴えた。ならば、これまでの沖縄二紙の報道を徹底検証してみようではないか。

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    地元メディアの「暴走」 米軍ヘイト報道が奪う沖縄の未来

    ロバート・D・エルドリッヂ(元在沖縄米軍海兵隊政務外交部次長)はじめに アメリカの独立宣言の起草者トーマス・ジェファーソンは「新聞のない政府と政府のない新聞、そのどちらかを選ばなければならないとしたら、私はためらうことなく後者を選ぶだろう」という名言で知られている。しかし彼は同時にメディアの無責任さにも気づいており、「何も読まない者は、新聞しか読まない者よりも教養が上である」「新聞で最も正しい部分は広告である」といった辛辣な言葉も残している。ジェファーソンの時代と異なり、私たちの周りには新聞以外に様々なメディアが存在する。情報を深く広く収集できるメディアは今でも必要だが、彼らが時々起こす過失や無責任さといったものを無条件に見逃すべきではない。 では誰がメディアを監視しているのだろう。私自身を含め、日本国民はメディアを過信してきたのではないだろうか。今や自らの過ちを認めない、自浄作用のないメディアをチェックすべきだという意思は世界中に生まれ、特にインターネットを通じ、一般市民の間に一種の協力体制が確立されつつある。 メディアの自浄作用といえば、日本新聞協会は2000年6月21日、44年ぶりに改定した『新聞倫理綱領』を採択した。これによれば「報道は正確かつ公正でなければならず、記者個人の立場や信条に左右されてはならない」とあるが、特に沖縄関係の報道では、多くのメディア関係者はその規定を守っていない。こうした報道の実態は日本のメディア全体の課題でもあるが、アジア太平洋地域全体の安全保障に影響する沖縄県が直面している大きな問題だ。さらに沖縄問題の報道にしばしば見られる「意図的な誤報」は、なにも沖縄県出身者や日本人記者だけによるものではなく、活動家まがいの外国人メディア関係者にも大きな責任がある。彼らの生み出す偏向報道は、多くの摩擦や間違った認識を生じさせている。 本稿は、沖縄問題をめぐる最近の報道を検証することを目的にしている。いくつかの事例を取り上げることによって、報道がどのような誤解を招き、最終的にどのような摩擦や憎しみという結果を生むのかを考えて頂ければ幸いだ。地元紙の「暴走」 今年2月22日のキャンプ・シュワブでの活動家らの拘束劇、なぜ私がその一部始終が撮影された映像を外部に提供したかなどについては「正論」7月号掲載のインタビューの通りである。今号ではその後の地元紙の「見出し」を通じて、事件後のメディアの暴走ぶりを紹介してみたい。 読み返してみてもっとも滑稽なのは「『境界線越えてない』と抗議」(2月24日・沖縄タイムス)という見出しである。3月4日に私が外部に提供した映像からわかる通り、基地反対活動家らは越えてはいけない黄色い線を、自ら何度も越えている。これは動かせない事実だ。沖縄タイムスの読者としては、この「誤報」に対してだけでも訂正を出すべきだと思っているのだが、いまだに「お詫びと訂正」の記事を見ていない。 「拘束は米軍独断の見方も」(同)という見出しもおかしい。米軍の基地施設管理権には警察権まで含まれる。そもそも一般市民とて自宅に不法侵入者がいれば、「独断」でそれなりの対応を取るだろう。 また「辺野古集会の直前拘束」(2月23日・沖縄タイムス)という見出しは、ことさら米軍側が基地反対集会つぶしを企図し、タイミングを計って活動家を拘束したように読ませたいように見えるが、買いかぶりすぎである。今回の件にそのような政治的意図はない。たまたまその日、定められたルールを逸脱した「侵入者」がいたので、ルールに従ってこれを拘束せざるを得なくなっただけだ。 各紙の見出しの中でも特に理解しがたいのは「『背後から無通告』不当」(2月24日・沖縄タイムス)というものである。いきなり無抵抗の者を拘束したように読ませたいのだろう。事件の一方の当事者だった日本人警備員の名誉とプロフェッショナリズムのために特に強調しておくが、ゲート警備にあたる者は、礼節ある態度で基地訪問者に接しているし、そうあることを求められる。ここに書かれたように、基地警備員は本当に「背後から」「無通告」で拘束したのか、私が外部に提供した映像でもう一度確認してみてほしい。 映像の提供から3カ月以上経過しても、彼らにとっては事件は終わっていなかったようだ。6月18日付琉球新報が掲載した「海兵隊解雇に不満」「昇格期待していた」との記事に、同紙の並々ならぬ関心がうかがえる。 琉球新報の記事は、映像提供を理由に海兵隊を4月に解雇されたことについて、私が本誌7月号のインタビュー記事で、「(映像提供で)昇格を期待していたくらいだ」と処分への不満を漏らしている、と伝えている。 実際はどうなのか。読者のみなさんには、本誌のインタビューで私がどんなニュアンスで「昇格を期待していたくらいです」と発言したか、お読みいただいたうえで、琉球新報記事について考えていただきたい(ネットで閲覧可能)。私は狙われていた~地元紙と英字紙の「連携」 地元紙の見出しから十分に恣意性は感じられたと思うが、状況はこれだけにとどまらない。海兵隊司令部で米軍と県民や日本国民との相互理解、交流を積極的に推進してきた私は、それを望まない者のターゲットにされていた節がある。ロバート・D・エルドリッヂ氏 今年1月上旬、日本で発行されている英字紙「ジャパン・タイムス」に、新設されたシンクタンク「新外交イニシアチブ(ND)」を絶賛する記事が掲載された。私は専門家としてその記事の信ぴょう性に疑問をもち、これに対する投稿を送った。同紙には30回以上寄稿しており、今回も問題なく掲載されるだろうと考えていたが、掲載可否を確認してもはっきりした答えがない。実は一昨年、知人の研究者も沖縄の問題点を紹介する英文原稿の掲載を断られている。いずれもやや不自然な却下の仕方だった。 「ジャパン・タイムス」の編集長からは「webのコメント欄に書いてください」と言われたので2月10日にそのようにした。するとそれを受ける形で、2月13日付の沖縄タイムスで「米軍幹部が研究所批判/安保政策の異議紹介記事に投稿/『騒音・不協和音』と表現」と題する記事が掲載されたのだが、紙面での扱いは1面のトップ・顔写真入りと大きなものだった。 この2月13日付の記事は今もネット上で読めるが、私は沖縄を巡る「状況」を「騒音と不協和音」と比喩的に表現したのであって、新設されたこのシンクタンクおよびその活動をそう評したわけではない。このシンクタンク「ND」に対しては「理事たちの沖縄問題に対する視点の変化のなさ」を指摘し、「研究は重要だが、(中略)事実に基づいて客観的、建設的にすべきだ」と書いたにすぎない。 記事内では「『外部の社会問題への発言の自由は保障されている』と説明。(中略)処罰対象にならないとの見方を示した」という海兵隊報道部のコメントも紹介されている。どんな質問をすればこのコメントを引き出せるのか、読者諸氏も記者になったつもりで想像してみてほしい。おそらくそれは「今回の件で彼は処分されないのか?」だっただろう。もしそうだとしたら、軍隊内ですら一定の範囲内で保障されている「言論の自由」という権利を行使した件に関する質問としては大げさすぎる。私はそれほど大物ではないが、映像提供の件で解雇される前からターゲットにされていたのかもしれないと思う一件だ。さて単なる意見表明は、新聞の1面を飾るほどの重大事件だろうか。私は被害妄想、あるいは被包囲心理が強すぎるのだろうか。 ちなみに「ジャパン・タイムス」からは、毎日のように普天間飛行場近くで海兵隊員に汚い言葉を投げつける「プロ市民」の実態を指摘したことで、なぜか個人攻撃を受けたこともある。同紙は英字紙であるので「正論」読者諸氏には馴染みが薄いかもしれないが、在日外国人に非常に影響力のある媒体で、日本語を読めない外国人たちにとっては日本の情報の窓口である。もちろん同紙に真面目な記者はいるのだが、この件に関わったのは外国人ライター。活動家のような書き手もいるということだ。 問題なのは、誤った情報を同紙から得た外国人読者が、その間違った情報に基づいて国外で話すことになる点だ。このままでは海外に拡散した報道が、伝染病のように国内に入り込み、日本人も「外から」影響されてしまうことになりかねない。沖縄を巡るこのような構図は、従軍慰安婦問題のそれと極めて似通っている。翁長県知事の成果なき訪米(揶揄ではない。彼らの予定通りだったと思う)が終わった今、次の「戦場」は海外へと移っていくだろう。こうした共通性が明らかになるにつれ、沖縄問題や地元紙の偏向報道の背後にある「何か」が浮かび上がってくるはずだ。 「正論」7月号でも言ったように、私は他者の「何かに反対する権利」「何かを主張する権利」を否定しない。ただその抗議や主張のやり方に問題がある、あるいは事実誤認があると指摘しただけで、個人攻撃に近い報道まで行った両紙には失望せざるを得ない。いずれにせよこれは「ペンの暴力」とでも呼ぶべきものだろう。人命救助さえ報道しない沖縄紙人命救助さえ報道しない沖縄紙 今年の1月14日、筆者は地元高齢男性の命を救った一人の米海兵隊員を称える式典に出席した。男性は昨年12月23日、沖縄県北部・金武町の国道で自転車から転落したが、キャンプ・ハンセンに向かう途中のジェイコブ・バウマン軍曹(25)が安全な場所に移動させ、蘇生させたものだ。式典は司令部で行われ、彼の上司や同僚、そして彼の若き妻が同席した。司令官のランス・マクダニエル大佐は、他の運転者が行わなかったバウマン軍曹の行動を賞賛したが、軍曹はこの行動について、他者を助けるという考えから行った、と短く答えた。 報道関係者も招待されていたが、地元住民の命が救われたにもかかわらず、日頃から「命どぅ宝」と訴えている「琉球新報」「沖縄タイムス」がいなかったことは大変残念だった。なぜ取材がなかったのか、理由は定かではない。「招待を耳にしなかった」といった言い訳をよく聞いたが、この式典に関してはそのような主張は通用しない。式典のかなり前に案内はされていたからだ。若者の将来より、己の主張 もう一つ例を挙げたい。在沖米総領事館が主催したあるパーティーで、長年親交のあった地元メディアの人に「より多くの県内の学生がその機会を捉えられるよう、海兵隊政務外交部でのインターンシップ制度の紹介をお願いしていたのですが」と話しかけてみた。「それは目新しいものじゃないから」という反応だったが、大阪大学在職時の経験から、インターンシップ制度は大学側も受け入れ企業側もアレンジに相当苦労することを伝えた上で「米軍が日本の学生に対してこういう機会を提供したことはあまりない。特に海兵隊司令部内では初めてでニュースバリューもあるはずだ」と再度お願いしてみた。すると彼は「基地問題がある限り、米軍にとっていいことは書かない」と本音を吐いた。これは米軍への憎しみのあらわれというだけではなく、沖縄の子供たちの将来を大人の都合で犠牲にし、教育や体験の機会を奪っていることに他ならない。元教育者として絶対に許せない。 幸いなことに、それでも10名の日本人学生が海兵隊でのインターンシップを体験した。そのうち沖縄出身は3名。彼らは地元メディア、米軍からの案内を学生に周知しない県内の大学からではなく、別ルートから情報を得たという。こうした形でも、沖縄の閉鎖的な教育界とメディアが沖縄の将来を損なっている。 これらは私が海兵隊在職中、何千件と経験したよくあるケースのうちの一つに過ぎない。地元メディアは日米両政府どちらかにとってマイナスの印象となる情報は積極的に掲載する一方、プラスの印象を読者に与えるものは載せない(あるいはそもそも取材しない)傾向がある。私はなにも米軍による犯罪の報道をするなと主張したいのではない。人道的行為、青少年育成といったよき側面を持つ話も、等しく県民に伝えるべきだといいたいのだ。知事訪米にあわせた米紙への寄稿 最近の翁長知事訪米の際、「沖縄の知られざるもう一つの側面」と題した私の論文が「ワシントン・タイムス」に掲載され、大きな反響を呼んだ。 同紙を寄稿先に選んだのは、昨年11月の沖縄県知事選の際、革新系といわれ同紙のライバルでもある「ワシントン・ポスト」に掲載された間違いだらけの記事に対し、それを指摘する原稿を送付したが、沖縄の地元メディア同様、黙殺された経緯があったからだ。冒頭で述べた通り、メディアは国民からの監視、あるいは明らかな間違いの指摘といったものに対して真摯に対応する姿勢が必要だと思う。 さて沖縄のメディアから派遣された記者は、翁長知事訪米団と一緒に行動し、その動きを紹介していた。ちなみに沖縄の地元紙は沖縄問題について海外の研究者、活動家、メディアなどが発信する時、必ずといっていいほど記事にして紹介する。最近だとネパールの被災地に派遣されたオスプレイの性能に批判的な現地新聞の記事まで引用した「報道」が記憶に新しい(「オスプレイ『役立たず』 ネパール支援で地元紙」/5月8日・琉球新報)。 今回の「ワシントン・タイムス」への寄稿は沖縄のメディアには取り上げられなかったが、訪米団をはじめ、同行する記者らはこれを読んでいないはずがない(もしも現地で見ていないのであれば、特派員としてはもちろん、記者としての資質を疑わざるを得ない)。彼らの主張の妨げになりかねないこの文章が沖縄のメディアで紹介されなかったことそれ自体、一種の情報操作と結論づけてもおかしくはない。おわりに 偏向報道はアメリカでも昔からある問題だ。例えば50年以上前、あのジョン・F・ケネディ大統領もメディアには悩まされていた。普及し始めたテレビでの生放送でインタビューに臨んだ彼は、親友で「ニュースウィーク」誌のライターでもあったベン・ブラドリーに対して「新聞や雑誌経由ではなく、テレビを通じて直接語る際に、アメリカ国民の理解と支持が得られるのだ」と皮肉っぽく語っている。日本政府もケネディ同様の事情に悩んでいたに違いない。だからこそ安倍政権は昨年12月の衆議員選挙において、メディアに対して公正な報道するよう呼びかけざるを得なかったのだろう(案の定、その行為は批判された)。在沖縄米軍海兵隊が宮城県気仙沼市大島でのがれき撤去作業を6日で終了。島を離れる前に上陸用舟艇(LCU)に乗り込む隊員らに、住民がハイタッチするなどして感謝を表した=2011年4月6日(大西史朗撮影) この原稿の執筆にあたり、地元メディアの報道を改めて精査してみたが、米軍に好意的な報道はほぼ存在せず、とてもみじめで悲しい気持ちを思い出すことになった。例えば2006年に私が発案と実施とに深く関わった「トモダチ作戦」は、東日本大震災時の実際の運用で、在日米軍が災害時にどのような協力ができるのかのモデルケースになったと思うが、被災地での支援活動すら地元紙には「どのようなレトリックを使おうとも、県民を危険にさらす普天間飛行場やその代替施設はもういらない」(2011年3月18日・琉球新報)、「震災の政治利用は厳に慎むべきだ」(2011年3月22日・沖縄タイムス)と、意地悪く評された。震災直後の被災地で苦しむ人、それを助けようと真剣に任務に取り組む者がいた時期の論評とは思えない。よくもまあこういうことが書けたものだと思う。 約600名の海兵隊員が復興支援に従事した大島(宮城県気仙沼市)の島民とは特に深い信頼関係が生まれた。「燃えるゴミと燃えないゴミを混ぜちゃダメ!」と、あふれかえる瓦礫の撤去を急ぐ屈強な海兵隊員たちを叱りつけて回っていた島の子供のことを、うっすらと涙を浮かべて楽しそうに話す隊員がいまだにいるくらい、その想いと絆は深い。しかし私が作った、沖縄の海兵隊員たちの家に東北の子供たちをホームステイさせるプログラムのこと、島民と隊員たちとの心温まる交流の継続といった事実もまた、沖縄で報道されることはまれである。「しまぬくくる」(沖縄、沖縄人のこころ)の美しさを説く一方、ここまでの悪意を他者に向け続け、自分と異なるものを排除しようとする地元紙の「ちむぐくる」(まごころ)は一体どこにあるのだろう。 紹介してきたように恣意的なメディアの存在は民主主義の破壊のみならず、個人の人権まで損なうようになる。今、沖縄の報道は健全な状況にない。日米両政府と沖縄県にも課題はあるが、沖縄問題を煽っている最大の責任は、沖縄メディアとその報道にある。ロバート・D・エルドリッヂ氏 1968年、米国ニュージャージー州生まれ。99年に神戸大学法学研究科博士課程後期課程修了。政治学博士号を取得。2001年より大阪大学大学院国際公共政策研究科助教授。09年9月より在沖縄海兵隊政務外交部(G―7)次長に就任。基地監視カメラ映像を不適切に公開したとして同職解任。近著に「尖閣問題の起源」(名古屋大学出版会)。日本人の鼓動が響く フジサンケイグループのオピニオン誌「正論」日本が日本でなくならぬよう、誇るべき歴史、受け継いできた志を正しく伝えたい。昭和48年の創刊以来の思いをこれからも変わることなく、一つ一つ紡いでいきます。定期ご購読はこちらから

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    閉ざされた言論空間 沖縄メディアが報道しない「移設」賛成の声

    ヘンリー・S・ストークス(元『ニューヨーク・タイムズ』東京支局長) 琉球新報と沖縄タイムスの両編集局長が7月2日、東京・有楽町の外国特派員協会で記者会見を行った。自民党若手議員の勉強会で、報道機関に圧力をかけるような発言が相次いだことについて、「表現の自由、報道の自由を否定する暴論」「沖縄県民を愚弄する」などと批判した。 政権与党の国会議員が「マスコミを懲らしめろ」と発言するのは問題だ。だが、私は、民間人である作家の百田尚樹氏が「沖縄の2つの新聞は潰さないといけない」と発言したことには、品位はともかく、表現の自由の範囲内だと思う。新聞社が自社への批判を封じ込めてはいけない。 そもそも、沖縄のメディアには、県内外から批判が出ている。 沖縄県石垣市を拠点とする八重山日報の仲新城誠編集長は今月半ば、夕刊フジでの連載「沖縄が危ない!」で、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設問題に触れて、以下のように指摘していた。 《現在の沖縄では「移設」を「新基地」と言い換えるなど、反基地活動家の「造語」がマスコミを中心に氾濫している。県民感情を反基地へと導く印象操作の役割を担っている》《マスコミは辺野古(移設)容認の政治家を厳しく批判する一方、辺野古反対の政治家は厚遇する》翁長知事は対案を提示すべきではないのか 同県の翁長雄志知事は「辺野古に基地は造らせない」と公言している。多くの沖縄メディアは「反基地派」と一体化したような報道をしている。「権力のチェック」「多様な意見の反映」といったメディアの使命はどうなっているのか。 実は、沖縄には「辺野古移転に賛成」という県民もいるが、そうした声は沖縄メディアでは、まず報道されない。閉ざされた言論空間に対し、沖縄出身のジャーナリスト、我那覇真子(がなは・まさこ)さんは「沖縄のガンはメディアだ」と声をあげている。期待をもって注目したい。 辺野古移設は「世界一危険」といわれる普天間飛行場の危険性を除去し、沖縄の基地負担を減らすための、日米両政府の合意事項である。これができなければ、日本は「政府間合意を実現できない国」となり、その信用は失墜する。 翁長氏は、元自民党県連幹事長まで務めた政治家である。辺野古移転に反対するなら、実現可能な代替案を提示すべきだ。沖縄の地政学的重要性を無視して、ただ、「反基地」を連呼して、移設を妨害する権限を行使するなら、「活動家が知事になった」といわれても仕方ない。 中国は1990年代以降、国防費を毎年10%前後増加させている。日本領空に接近した中国軍機に対する航空自衛隊機のスクランブル回数は2014年度、過去最多の464回になった。沖縄西方の東シナ海にある中国の海洋プラットホームは、この1年間で2倍の12カ所に急増し、軍事基地化が懸念されている。 沖縄メディアも、翁長氏も、中国の軍事的脅威を冷静かつ深刻に受け止めるべきではないか。(取材・構成 藤田裕行)

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    「言論・表現の自由を再生、強化する機会に」沖縄二紙編集局長

     7月2日、日本外国特派員協会で沖縄タイムスの武富和彦編集局長と琉球新報の潮平芳和編集局長がそろって会見を行った。両氏は、自民党の若手議員による勉強会「文化芸術懇話会」に講師として招かれた作家の百田尚樹氏に名指しで批判を受けたことについて触れ、日本の言論の自由、報道の自由が危機にあると訴えた。 "偏向報道"との批判について武富氏は「新聞社が世論をコントロールしているのではなくて、世論に突き動かされて新聞社の報道があると思っています。為政者にとって都合が悪い報道だとしても、民衆の意見、民意をしっかり受け止めるべきだと思います。」と反論、潮平氏も「国民の信頼と国際協調の精神に根差した持続可能な日米関係を目指すべきだと主張しています。こうした主張をすることが、どうして世論を歪めていることになるのか不可思議」と述べた。 また、この問題では、党執行部が木原稔衆院議員を会長から更迭したほか、メディアや両紙を批判する発言などをしたとして大西英男、長尾敬、井上貴博の3衆院議員を厳重注意処分にしているが、潮平氏は「なぜ問題の発覚後すぐに国権の最高機関である国会で陳謝しなかったのか、あるいは1億2千万の国民の前で、目に見える形で陳謝しなかったのか、甚だ疑問」と、安倍首相が謝罪を行わないことに対して疑問を呈した。 質疑応答では「在京メディアは政権と近すぎるのではないか」という指摘に対し、潮平氏は「在京のメディアは確かに政権与党批判、政府批判を真正面からやることは少なくなった」との認識を示し、「東京のメディアの常識が、日本のメディアの常識ではない」と、地方紙の主張にも目を向けてほしいと訴えた。武富和彦・沖縄タイムス編集局長の冒頭発言 今日はこういう機会を与えて頂き感謝しています。 沖縄の新聞社として県内で発行していて、沖縄の民衆の声に関して、県内では思い切り発信している自負はあるんですが、なかなかそれが日本本土には伝わっていない現状があり、ジレンマを感じている中、今回の「沖縄の二紙を潰さないといけない」という百田氏の言葉には非常に憤りを感じています。 琉球新報さんと出させていただいた共同抗議声明にも書かせていただいたおとり、政権の意にそわない新聞報道は許さないんだという言論弾圧の発想に関しては民主主義の根幹である表現の自由、言論の自由を否定する暴論だと受けとめています。7月2日、日本記者クラブで記者会見する沖縄タイムスの武富和彦編集局長(左)と琉球新報の潮平芳和編集局長 また一番の問題だと感じているのは、百田さんの言葉を引き出した自民党の国会議員だというふうに思っています。「沖縄の世論が歪んでいる」として、「正しい方向にもっていくにはどうすればいいのか」という質問は、沖縄県民を非常に愚弄するものであり、大変失礼だと思います。 新聞社に対して「潰さないといけない」という以上に、「沖縄の世論が歪んでいる」ということは、沖縄県民を馬鹿にしているということであり、憤りを感じております。 沖縄の民意は明確です。去年の選挙、県知事選や名護市長選など、全て自民党が応援する候補が負けました。ある意味そういう結果で、「沖縄の民意が歪んでいるんだ」と言いたいんでしょうけれど、そういう民主主義において最も尊重すべき選挙結果を否定することは、民主主義の否定に他ならないと感じています 安倍政権は昨年11月に当選した翁長知事と長らく会おうとしませんでした。やっと今年の4月になってからです。私たちは「辺野古新基地建設」と呼んでいますけれど、これまで安倍さんは「普天間飛行場の移設に関しては、辺野古が唯一だ」という言葉を繰り返すだけです。 菅官房長官や中谷防衛大臣に至っては、「この期に及んで」だとか「粛々と」という言葉を使って、威圧するような形で沖縄と向き合ってきました。翁長知事から「上から目線で」と指摘され最近ではこういう言葉を使わなくなりましたが、本音の部分では何も変わっていないと思います。そういう安倍政権の姿勢が今回の国会議員の発言に現れたと思っています。 ここ数年、沖縄のメディアに対する自民党の攻撃的姿勢が目立っています。沖縄が政権の意のままにならないことをメディアのせいにしている形ですけれど、「メディアが世論を操っている」と、そういう風な見方に凝り固まっていると、問題の本質を見誤ると思います。 国土の0.6%しかない土地に74%もの米軍専用施設が、基地があるがゆえに、米軍機が自由に爆音をまき散らして上空を飛び交い、道路も軍用車両が走る。事件・事故が多発する。戦後70年、沖縄はそういう苦しみを背負わされてきました。今日に至って、これ以上の苦しみはいやだ、と声を上げたのに聞いてもらえない。 現在世論調査をしても、政府が普天間基地の移設だと称する辺野古への新基地建設については6割以上の反対があります、もちろん賛成派も居ますが、2割前後です。そういう意味で、住民の意思は堅いものがあります。にも関わらず、その意思を捉えて「世論は歪んでいる」と言い放つのは、あまりにも無神経ではないでしょうか。 戦後、沖縄には10以上の新聞社がありましたが、今日まで残っているのは、沖縄タイムスと琉球新報の二つだけです。米軍の圧政下であっても、常に民衆の側に立ったというのが支持されて、今日に至っています。民衆の支持がないと、新聞というのは存続できないと思います。新聞社が世論をコントロールしているのではなくて、世論に突き動かされて新聞社の報道があると思っています。為政者にとって都合が悪い報道だとしても、民衆の意見、民意をしっかり受け止めるべきだと思います。 繰り返しになりますが、「潰さないといけない」とターゲットにされたのは沖縄の二紙ですけれど、その発言を引き出したのは自民党の議員たちです。彼らは「マスコミを懲らしめる」と言いました。自分たちの気に入らない報道、論説は許さないという、まさに報道の自由、表現の自由を否定する思考が根底にあります。この思想は、沖縄にとどまらず、いずれ全てのメディアに向けられる恐れがあると思います。 「マスコミを懲らしめるには広告料収入が無くなるのが一番だ」と、広告を通して報道に圧力をかける発言があったために、日頃は主義主張の違うメディアも「言論封殺は許さない」と行動を共にしています。これまで日本に漂っていた、戦争につながりかねない危険な空気が、実は今回の国会議員の発言で、国民の目や耳に触れる形で表面化したことは大きいと思います。名指しされたのは沖縄の新聞ですが、全国共通の問題が横たわっていることが認識できたかと思います。 沖縄タイムスは1948年に創刊されました。戦前の新聞人が、戦争に加担したという罪の意識を抱えながら、戦犯的な意識を持ちつつ、戦後、二度と戦争のためにはペンを執らないんだと、平和な暮らしを守り、作るというのが出発点になりました。この姿勢は今日にも継承されており、今後も変わることはないと確信しています。 琉球新報もそうですけれど、「偏向報道」という批判もあります。しかし沖縄タイムスの創刊メンバーの一人がこういうことを言っています。「一方で圧倒的な権力を持つ、一方には基本的人権も守られない住民がいる。そういう力の不均衡がある場合に、客観・公正を保つには、力の無い側に立って少しでも均衡を取り戻すのが大事なんだ」と。この言葉は本土復帰の前ですけれど、沖縄の状況は今も変わらないものがあります。今に通ずるものがあると思います。 普天間飛行場の成り立ちとか、基地の地主が金持ちだとか、そういう事実誤認に基づく百田さんの発言にも色々と言いたいことはありますが、それについては社会的に大きな影響力を持つ作家が事実関係も歴史的な経緯も知らずに 発言するのは謹んで欲しい、ということだけを述べて、最後に、外国のメディアの皆様に期待というか、お願いをして締めたいと思います。 外国のメディアの皆さんには、辺野古への新基地建設問題を契機に、沖縄取材を頻繁にやっていただいています。そのことに関しては非常に感謝しております。日本は民主主義国家なのか、しっかり見て、報道してほしいと思います 選挙結果に従うというのが、民主主義の基本だと認識していますが、今の政府の対応というのは民主主義だと言えるのでしょうか。今、沖縄で起きていることは、日本の他の地域でも今後起こりうることだし、米軍が駐留している他の国でも起こるかもしれない出来事です。 米軍基地の問題では、もう一方の当事者であり、民主主義国家だと信じていたアメリカへの期待も非常に大きいものがありました。しかし今のところ、日本において沖縄が置かれている差別的状況、選挙で民意を示しても一顧だにされない沖縄のことが、アメリカに十分伝わっているとは言いがたい状況があるんではないかと思っています。 沖縄タイムスは、折に触れて英語訳を付けた特集を発行しています。6月23日、沖縄における組織的戦闘が終わったとされる日の新聞には、例年だけだと日本語だけで発行しますが、今年は英訳をつけました。5月には県民大会がありました。それも英訳を付けました。以前にはケネディ駐日大使が沖縄にいらしゃったときに、英語の社説を一面に掲げたこともあります。 日本国内で差別的扱いを受けている認識がありますが、日本政府に事態を改めるよう求めてもなかなか改善される兆しがない中、一種の外圧に頼る必要もあると考えています。当事国のアメリカをはじめ、より多くの方々が沖縄の方の声を聞いて、沖縄の実態を肌で感じて、それぞれの国に向けて、沖縄の今、県民の今を伝えてほしいと思います。以上です。ありがとうございました。潮平・琉球新報編集局長「民主主義、表現の自由、言論の自由は危機的な状況にある」潮平芳和・琉球新報編集局長の冒頭発言 今日は本当に、ここにお集まりの海外特派員の皆さま、市民の知る権利とジャーナリズムの発展のために日々戦っている皆さまと貴重な時間を共有できることを嬉しく思います。こういう場を設けていただいたことに感謝申し上げます。 武富さんが本当に沖縄県民の怒り、苛立ち、悲しい思い、全ての思いを喋り尽くしたので、このまま連名で会見を済ませてしまおうかという気がしないでもないですが(笑)、武富さんとかぶらない形で意見を述べさせていただきたいと思います。 記者会見と言えば、良いことをしたか、あるいは悪いことをしたかのどちらかの場合に記者会見する場合が多いのだと思いますけれども、琉球新報も沖縄タイムスも、権力を監視するという当たり前の活動をしていてこういう場で記者会見をせざるをえない。このことは何を意味するのでしょうか。ここにお集まりのジャーナリストの皆さまが心の中で思っている、民主主義、表現の自由、言論の自由は、やはり危機的な状況にあるのではないかと思います。 今朝の紙面を沖縄から持ってまいりました。共同電ですけれど、昨日、安倍首相が公明党の山口代表に対して今回の報道圧力問題を陳謝したというこの記事、これが一面を飾っております。 安倍首相が懇談会で陳謝したことは半歩前進と言えなくもないですが、私はタイミングと場所を間違っていると思います。なぜ問題の発覚後すぐに国権の最高機関である国会で陳謝しなかったのか、あるいは1億2千万の国民の前で、目に見える形で陳謝しなかったのか、甚だ疑問であります。何か知事選挙への影響を考慮してそういう陳謝したという話も伝わってきますが自分の党の議員が報道機関へ圧力をかけたことについて反省は二の次なのか、そういう意味で大いに疑問であります。 今回の自民党勉強会における一連の報道圧力発言は、事実に基づかない無責任な暴論であり、許せないという思いでいっぱいであります。 議員の一人が、「マスコミを懲らしめるには広告料が無くなるのが一番だ」、そして「文化人や民間人が経団連に働きかけてほしい」と求めた発言は、政権の意に沿わないメディアは兵糧攻めにして経営難に陥らせ、言論の自由、表現の自由を取り上げる。これはもう言論弾圧そのものだと考えます。 このような言説を目の当たりにすると、この国はもはや民主主義国家をやめ、全体主義の国に一歩一歩進んでいるのか、そういう懸念を持たざるを得ません。「マスコミを懲らしめる」という発想自体が、日本国憲法の尊重、遵守義務にも違反し、二重、三重の意味で憲法違反だと考えます。 別の議員が「沖縄の二紙が沖縄の世論を歪めている」「世論が左翼勢力に乗っ取られている」という発言したようですけども、沖縄の新聞がもし世論を弄ぶような思い上がった新聞だったら、とっくに県民の支持を失い、地域社会から退場勧告を受けていたことでしょう。地域住民、読者の支持無くして新聞は成り立ちません。持続可能な平和と環境を創造する新聞、社会的弱者に寄り添う新聞が、驕り高ぶることなどあろうはずがありません。紙面を手に記者会見する琉球新報の潮平芳和編集局長(右)と、沖縄タイムスの武富和彦編集局長=7月2日、日本記者クラブ 少しだけ歴史の話をさせて頂きます。1940年に、沖縄では3つの新聞が統一し、「沖縄新報」という 沖縄新報は国家権力の戦争遂行に協力し、県民の戦意を高揚させる役割を果たしました。そのことによって、夥しい数の住民が犠牲となりました。沖縄の新聞にとって、そのような悲惨な末路を招いたことは痛恨の極みであります。 皆さまの手元の共同抗議声明の中にもあるとおり、戦後、沖縄の新聞は、戦争に加担した新聞人の反省から出発し、戦争につながるような報道は二度としないというのが報道姿勢のベースにあります。 琉球新報について言えば、一貫して戦争に反対するとともに、過酷な沖縄戦や人権を脅かされ続けた戦後の米軍支配の経験も踏まえ、沖縄にも自由、民主主義、基本的人権尊重、法の支配といった普遍的な価値を、日米両国民と同じように適用してほしい、平和憲法の恩恵を沖縄にももたらしてほしい、そういった主張、論説を続けておりますし、その精神で日々の紙面も作っております。 また、軍事偏重の日米関係ではなく、国民の信頼と国際協調の精神に根差した持続可能な日米関係を目指すべきだと主張しています。こうした主張をすることが、どうして世論を歪めていることになるのか不可思議ですし、沖縄二紙が「偏向」呼ばわりされるのは極めて遺憾です。 結論的なことを一言申し上げれば、今回の報道圧力問題が、この国の民主主義の"終わりの始まり"ではなく、この国の言論の自由、表現の自由を再生・強化する再出発の機会になればと考えています。そのためにも、海外メディアの皆様も一緒に戦ってくれたら幸いであります。予定よりもはしょりますけれども、以上です。質疑応答 -安倍首相が国民全体に謝罪すべきだと思っているのでしょうか。また、日本社会において、メディアと政府の信頼関係が揺るがされたと思うのですが、そもそも日本のメディアの方々は政府と近すぎると思いますか。(フランスの記者)潮平氏:まさに謝罪すべきだと思います。たしかに安倍首相は総理大臣の立場ですけれども、同時に自民党総裁でもあるわけですから、都合のいいときは自民党総裁で、都合の悪い時は語らないというのはやるべきではないと思います。誰が見ても自民党の議員が問題発言をしたわけですから、そういうことは問題だという意識があるのであれば諌めるのが党の総裁としての責任なる態度ではないかと思います。 政府とメディアが近すぎるのではないかという質問ですが、皆さんもお感じになっていることだと思いますので、私からあらめて言うことではないのかもしれませんが、ちょっと違った視点で申し上げれば、最近、在京のメディアは確かに政権与党批判、政府批判を真正面からやることは少なくなったと私も感じます。 集団的自衛権の問題、TPPの問題、あるいは原発政策の問題、在京のメディアを見ると賛否が真っ二つという風に見えます。しかしここで私たちが強調したいんですが東京のメディアの常識が、日本のメディアの常識ではないということです。日本には50以上の地方新聞、地方紙、ブロック紙がありますけれども、その仲間たちのスタンスは集団的自衛権の問題にしろTPPの問題にしろ原発政策にしろ、大半が批判的です。 これ以上は申し上げませんが、海外のメディアの皆さまには、東京の視点だけで日本の政府や政党を評価するということは、今日を機会に改めていただければなと考えています。 -もっと地方紙を読むべきだということですが、二紙のサイトを見ても、英語の記事が少ないと思います。私たちは全てを翻訳することは出来ませんので、もっと他の言語で載せてほしいと思います。 さて、国会議員が広告料収入について言及しましたが、広告出稿を控えられるという心配はありますか。また、こうした発言をした議員への献金をやめてください、というような反撃のキャンペーンを張ることは考えていますか。(中東のメディア)武富氏:反応で言うと、少なくとも沖縄の企業からは自民党の国会議員が言うようにスポンサー降りるとか広告収入で圧力をかけるという動きはありません。 さきほど空港でたまたま沖縄県内で比較的大きな企業の社長さんと待合室で一緒でしたけれど、頑張れ、潰されるな、かえるなと、むしろ激励の言葉をもらいました。冗談で「潰さないでくさいよ」と言うんですけれど(笑)、「それは任せとけ」と、少なくとも今日あった経営者の方はそういう反応です。 会社の方にはメール、電話、FAX等でいろいろな反応があります。普段から反応はありますが、やはり今回の百田発言、国会議員発言を受けまして、反応が増えました。その7〜8割は激励です。もちろん「売国奴」とか「非国民」とか「日本から出て行け」という、「潰れろ」に近いメールもありますけれども、それは前から一定程度ありましたので、そういう声が急に増えたということはなく、むしろ応援する声が増えたということです。 一昨日には、神戸の方がわざわざ飛行機に乗って訪ねてこられました。「こういう無知な先生が未だにいるのに驚いている。そういう無知だけじゃないぞ」と、商店街で沖縄の新聞を購読するということで、数十部分の購読申し込み書類を届けてくださいました。 そういう意味では、かなり威圧するような攻撃的な過激な声もあるんですが、現時点での沖縄県内での受け止め方、読者の方々の反応でいうと、百田さんや一部の国会議員の方々の思惑とは反対の方向に動いているのではないかという印象です。 -昨年、政府が報道機関に中立な報道をという依頼をしたことが問題になりましたが、沖縄のメディアにもそういう依頼は来ているのでしょうか。(オーストリアの記者)潮平氏:先だって、沖縄の地方組織幹部が、辺野古新基地建設について、賛成と反対半々と言わないまでも、もっと賛成の意見を載せて欲しいという指摘をしておりました。その点については、我々も真摯に受け止めたいと思っております。必ずしも半々載せるのが公正中立ということではなくて、世論の8割が反対をしていて、各種選挙では反対派が全勝するという状況の中で、社会を映すというような観点に立った場合、紙面で反対意見が多めになるのは仕方がないと思います。だからと言って、賛成意見を無視する、軽視するという立場は取りません。可能なかぎり、声なき声、少数意見も救い上げるような、そういう新聞でありたいと思っております。

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    異論認めぬ沖縄二紙の画一的報道 当事者証言も黙殺

     沖縄戦の集団自決をめぐる教科書検定をきっかけに、異論を認めない沖縄における画一的な報道のあり方が注目されている。主催者が参加者数11万人と発表した教科書検定を批判する県民大会をめぐっては、沖縄県警が「約4万人」としており、ある警備会社の独自調査では2万人以下という見解もある。しかし、県内で九十数%という圧倒的なシェアを持つ琉球新報、沖縄タイムスの地元2紙が、それを報じることはない。その背景に、激しい地上戦が繰り広げられ、多数の犠牲者を出した沖縄の歴史的事情があるとしても、地元紙の報道姿勢に疑問を投げかける人も少なくない。黙殺された当事者証言 「沖縄タイムスの記者が私に取材を申し込んだり、話を聞きに来たりしたことは全然なかった。きっと、知らんぷりしている方が都合よかったということだろう」 こう話すのは、沖縄タイムス社編『鉄の暴風』に実名で登場する知念朝睦氏(85)。知念氏は、渡嘉敷島守備隊長として島民に自決命令を出したと同書に記述された赤松嘉次氏(故人)の副官代理を務め、赤松氏とずっと行動をともにしていた人物だ。 『鉄の暴風』は、赤松隊長の自決命令を聞いた知念氏の様子を次のように描写している。 《これを聞いた副官の知念少尉(沖縄出身)は悲憤のあまり、慟哭(どうこく)し、軍籍にある身を痛嘆した》 だが、知念氏は実際には「そんな隊長命令はなかった。渡嘉敷島の人からも、戦友からも聞いたことがない」と証言し、軍命令の存在を明確に否定している。 また、『鉄の暴風』によると、知念氏は自決命令を地下壕内で開かれた将校会議で聞いたことになっているが、「当時、渡嘉敷には将校会議が開けるような広い壕はそもそもなかった」と語る。 この証言によれば、沖縄タイムスは現場を知る生き証人である知念氏を一度も取材しないまま、知念氏が軍命令を聞いたと決めつけ、その心中まで推し量って本を書いたことになる。 「沖縄の新聞やテレビは、私のような体験談や意見は全く流さない」と、知念氏は指摘する。 取材を受けないまま、地元メディアに一方的な記事を書かれた点では、戦後の琉球政府で旧軍人軍属資格審査員として軍人・軍属や遺族の援護業務に携わった照屋昇雄氏(83)も同様だ。 照屋氏は2006年8月、産経新聞の取材に対し、「遺族たちに戦傷病者戦没者遺族等援護法を適用するため、軍による命令ということにし、自分たちで書類をつくった」と証言し、当事者として軍命令説を否定した。 それに対し、沖縄タイムスは2007年5月26日付朝刊で、慶良間諸島の集団自決をめぐり、当時の隊長らが作家の大江健三郎氏らに損害賠償などを求めている裁判での被告側主張を引用。「『捏造(ねつぞう)』証言の元援護課職員 国の方針決定時 担当外 人事記録で指摘」などと、4段見出しで大きく報じた。証言を否定する趣旨の記事で、名指しこそしていないが、すぐに照屋氏だと分かる書き方だ。 しかし、照屋氏は当時の琉球政府辞令、関係書類などをきちんと保管している。被告側が提示した記録について、照屋氏は「人名の上にあるべき職名が伏せられていたり、全員、庶務係となっていたり不自然だ」と指摘するが、こうした反論は地元メディアには取り上げられない。 照屋氏は渡嘉敷島に1週間滞在して住民の聞き取り調査を実施しており、「隊長命令があったと言った人は1人もいない。これは断言する」と述べている。「捏造」と決めつけた沖縄タイムスから謝罪や訂正の申し入れは一切ないという。「集団自決を削除」と誤解 「この記述をなくそうとしている人たちは、沖縄戦を経験したおじい、おばあがウソをついていると言いたいのか」 「次の世代の子供たちに真実を伝えたい」教科書検定意見撤回を求める県民大会。沖縄地元2紙は主催者発表の参加者数「11万人」を繰り返し掲載した=2007年9月27日 9月29日の県民大会で、高校3年生の2人が集団自決に関する教科書検定を批判するシーンは、繰り返しテレビ各局で放映された。 また、同日付の沖縄タイムスは「県議会の意見書が指摘するように『日本軍による関与なしに起こり得なかったことは紛れもない事実』である」、30日付の琉球新報は「いかなる改竄(かいざん)、隠蔽(いんぺい)工作が行われたにしても、真実の姿を必死に伝えようとする県民の意志をくじくことはできない」と、それぞれ社説で主張している。 だが、検定意見は「軍が(自決を)命令したかどうかは明らかといえない」と指摘したにすぎない。 また、検定決定後の記述でも、軍の関与自体はそのまま残っている。 甲南大、熊本大などの学生有志が11月、沖縄県で実施した興味深いアンケート調査(723人回答)結果がある。 それによると、検定意見がついた背景に、元琉球政府職員の照屋昇雄氏らの新証言があったことを知っていたのはわずか17%。8割の人が「知らない」と答えた。県民大会に「参加した」または「参加したかった」と答えた人にその理由を聞くと、「集団自決を伝えたい」が48・1%に上り、「軍命令を記述してほしい」は25・7%にとどまった。 「多数の県民は報道を通じ、集団自決そのものが抹消されたと誤解している。地元紙は、検定対象が軍命令の有無であることをストレートに報道してこなかった」 歴史評論家、恵忠久氏(82)はこう指摘する。恵氏らは県民大会の場で、「検定意見では、集団自決の記述は従前どおりであり、変更はない」「沖縄の新聞などの異常な報道ぶりは、誤報でしかない」などと訴えるビラを配布した。すると翌日から「これは事実か」と約100件の問い合わせ電話があったほか、「本当のことを聞かせてほしい」と直接訪ねてきた人も数人いたという。 ただ、沖縄ではこうした意見を表立って論じにくい空気がある。元宜野湾市議の宮城義男氏(83)は「軍命令はなかったという話をすると、『非県民』扱いされる。だから本当のことは言えない」と語る。『鉄の暴風』と軍命令説 沖縄戦の集団自決を日本軍の「命令」と最初に書いたのは、沖縄タイムス社編『鉄の暴風-沖縄戦記』(朝日新聞社刊、昭和25年)だ。この本の記述がノーベル賞作家の大江健三郎著『沖縄ノート』(岩波書店)などさまざまな書籍に孫引きされ、「軍命令説」が広く流布されていった。「鉄の暴風」は渡嘉敷島での集団自決についてこう書いている。 《恩納河原に避難中の住民に対して、思い掛けぬ自決命令が赤松からもたらされた。「こと、ここに至っては、全島民、皇国の万歳と、日本の必勝を祈って、自決せよ。軍は最後の一兵まで戦い、米軍に出血を強いてから、全員玉砕する」というのである》 赤松とは、慶良間列島・渡嘉敷島守備隊長だった赤松嘉次氏(故人)のことだ。大江氏は『沖縄ノート』で赤松氏らを念頭に「慶良間の集団自決の責任者は罪の巨塊」と断罪している。これに対し、赤松氏の弟、秀一氏らは平成17年8月、「誤った記述で多くの読者に非道な人物と認識される」として、大江氏と岩波書店に、出版差し止めと損害賠償を求める訴訟を起こしたが、23年4月に最高裁が原告側の上告を退け、大江氏側勝訴の判決が確定している。

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    崖っぷち「琉球王」翁長氏の独善

    沖縄は23日、太平洋戦争末期の沖縄戦の戦没者20万人以上を追悼する「慰霊の日」を迎えた。追悼式に出席した翁長雄志知事は、米軍普天間基地の辺野古移設中止を求める異例の主張を盛り込んだ。日本の安全保障や国益とかけ離れた発言を繰り返す、崖っぷちの「琉球王」はどこへ向かうのか。

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    安倍政権「翁長沖縄知事は中国の手先」との情報工作進める

     普天間飛行場の辺野古移設に反対する翁長雄志(おなが・たけし)・沖縄県知事に対し、徹底した会談拒否方針を貫いてきた安倍政権だったが、急遽、方針を一転させて菅義偉・官房長官が沖縄を訪問。翁長知事と会談した。基地移設について「粛々と進めていく」と語る菅官房長官に対し、翁長知事が「上から目線」だと批判をすると、菅氏はすぐに「粛々と」は封印すると語った。 宥和姿勢を装う裏で、政府側は翁長知事に対する情報工作を進めている。本誌が昨年12月、沖縄知事選の情勢を取材していると、複数の公安や内閣情報調査室(内調)の関係者から「翁長の疑惑を何か掴んでいないか」という探りが入った。同時期、別の情報機関の関係者が沖縄県に入り、翁長氏の当選を阻むためのスキャンダルを探し回っていたという証言もある。4月5日、会談に臨む沖縄県の翁長雄志知事(左)と菅義偉官房長官=那覇市内のホテル 結局、翁長氏は仲井眞弘多(なかいま・ひろかず)氏に大差をつけて勝利したが、辺野古移設問題が暗礁に乗り上げるやいなや、虚実ないまぜのネガティブキャンペーンが展開された。「翁長は中国と近すぎる危険人物」という情報である。 一つが、那覇市の若狭緑地に建設中の中国風のモニュメント「龍柱」をめぐるものだ。市の都市計画マスタープランでは、那覇西地域で「中国とのゆかりが深い歴史性を生かしたまちづくり」を推進。 福建省・福州市との友好都市締結30年を記念し、「那覇の新しい玄関口としての魅力を高めたい」と龍柱建設を計画した。それは翁長市長時代に決められたプランであり、「翁長氏に中国側から賄賂が流れた」という怪情報が地元で流されているのである。加えて「龍柱が完成したら、龍の目は上海を向く」というイチャモンのような話も広められた。 菅官房長官の沖縄入りと前後して、情報工作はさらに熱を帯びた。「翁長知事の娘は長く中国に留学していた」「娘は、上海市政府に勤める中国人と結婚している。相手は習近平人脈に連なるエリート共産党員だ。中国に行ったままなかなか帰国を認めてもらえない。人質に取られているも同然だから、基地問題で中国寄りの姿勢をとらざるを得ない」 そんな内容で、一部のネットメディアにリークされ、同じタイミングで自民党議員や番記者たちも噂を広めていた。それがネトウヨたちに転載されて一気に広がった。 しかし実際は、娘は結婚も留学もしていない。「龍の目が上海を向く」も、単に空港からの車の流れや港に着く船からの人の動線を考慮して「海側に向けられただけ」だった。 さらに、翁長知事が福州市から「名誉市民賞」を受けているとする情報も広がっている。だから「中国寄り」というわけで、やはりこれもネットで「売国奴だ」と批判の対象になった。名誉市民賞は事実だが、実態は友好都市として歴代那覇市長と福州市幹部が「名誉市民」の称号を交換してきた歴史があるだけだ。 安倍政権は「情報収集能力強化」を謳うが、この程度のお粗末な情報工作に手を染めているようなら、児童会選挙のスパイごっこレベルである。何より、沖縄の市民感情も日本の国防も本気で考えていない証左になる。関連記事■ 菅官房長官 「粛々と」封印は反省したからではなく票のため■ 辺野古移設は日本の利権の話 米軍の要請ではなく国防無関係■ 佳子さま ICUでの英語レベルは4クラスの中で上から3番目■ 中国全人代で風俗取り締まり 現地で人気の蒼井そらに余波も■ 上西議員にチョイ似の元あいのりG乳美女 MからドSに覚醒

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    翁長知事の危険な中国接近 左翼活動家や沖縄メディアが触れない南シナ海問題

    黄文雄(文明史家、評論家) 沖縄県の翁長雄志知事による、過剰な米軍普天間飛行場の辺野古移設反対と、対中接近が問題視されている。台湾の一部識者も「沖縄の馬英九(台湾総統)」と揶揄している。実は、馬氏の対中接近は、韓国の盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の「親北中・反日米」政策のまねたものだ。 盧氏は大統領退任後、側近・親族が不正献金事件で相次いで逮捕され、投身自殺した。馬氏は昨年末の地方選挙で大敗を喫して、政権はレームダック化している。来年1月の総統選で政権交代が起きれば、「馬氏は海外移住するのでは」とまで予想されている。 戦後日本の左翼運動は最後のあがきにある。 成田闘争などで挫折した極左・左翼活動家らが、存在価値を示す最後の場所として沖縄に集まっている。彼らや沖縄メディアが掲げる「米軍基地反対」というお題目は、習近平国家主席率いる中国共産党政権の国家戦略と見事に合致し、日本の安全保障政策と対立している。 中国共産党政権の国家戦略とは「海洋強国を目指す」「中華民族の偉大なる復興の夢の実現」「尖閣諸島、沖縄を中国領土とする」などだ。米軍基地撤退後、フィリピンは領有権を主張していた南シナ海・ミスチーフ礁などを中国に軍事占拠された。極左・左翼活動家や沖縄メディアは、こうした歴史的事実には触れない。翁長知事は「辺野古移設反対」を訴えるため米ワシントンを訪れた(共同) 沖縄の歴史を見て、近代以前には確かに薩摩藩と、中国大陸の明や清との両属関係があった。だが、1871(明治4)年の「牡丹社事件」を振り返れば、中国の主張は完全に崩れる。 宮古島から琉球・首里城に年貢を輸送し、帰途についた琉球御用船が台風による暴風で遭難し、台湾南部に漂着した。乗員66人は先住民に救助を求めたが、次々に殺害された。このため、明治政府は台湾に出兵したのだ。清は、日本の台湾出兵を「義挙」と礼賛し、沖縄の日本への所属を承認したのである。 中国は有史以来、モンゴル人の元に征服されていた時代を除き、ずっと厳しい陸禁と海禁を敷き、海を忌避していた。厳しい時代には、海に1歩でも出れば、自ら皇土皇民を棄てた「棄民」とみなされ、村ごと皆殺しにされたほどだった。中国人の伝統的海洋観では、島を領土として考えていなかった。沖縄も尖閣も歴史的には忌避していたのである。 中国が「海に出なければ21世紀の中国はない」「日本人1人あたりの平均海洋面積は、中国人の10倍もある。この不公平を是正しなくても良いのか」と主張し始めたのは、改革開放後である。 沖縄県が2013年に公表した「沖縄県民の中国に対する意識調査」で、「中国に対する印象」を聞いたところ、良くない印象を持っている県民は89%上っている。翁長知事の「反米・親中」パフォーマンスの背後には、予算増額の狙いもあるとされる。 私は学生時代、蒋介石政府が台湾北部・基隆にある琉球亡命政府の蔡璋主席を利用するのをずっと見てきた。中国政府が翁長知事をいかに利用するかを連想するとき、沖縄問題が日本最後の「がん」となることも連想せざるを得ない。こう・ぶんゆう 文明史家、評論家。1938年、台湾生まれ。64年、留学のため来日し、早稲田大学商学部卒業、明治大学大学院西洋経済史学修士。現在、拓殖大学日本文化研究所客員教授。1994年、台湾ペンクラブ賞を受賞。著書に「中国人が死んでも認めない捏造だらけの中国史」(産経新聞出版)、『米中韓が仕掛ける「歴史戦」』(ビジネス社)など。関連記事■ 『沖縄の不都合な真実』著者が語る基地反対運動のカラクリ■ 沖縄が忘れたアメリカ統治の恩■ 沖縄で騒がれ出した「独立論」の正体

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    沖縄非武装は「空想アニメ」 翁長知事、 宮崎駿氏に覚悟はあるのか

    H・S・ストークス氏 緊急激白 米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に反対する動きが目立っている。国内外に移設反対を発信する「辺野古基金」の共同代表に、アニメ映画監督の宮崎駿氏らが就任。沖縄県の翁長雄志知事は今月末から、ワシントンを訪問して米政府に反対意向を直接伝えるという。米紙ニューヨーク・タイムズや、英紙フィナンシャル・タイムズの東京支局長を歴任した、英国人ジャーナリスト、ヘンリー・S・ストークス氏が緊急激白した。 辺野古基金の共同代表に、あの有名な宮崎氏が就任したというニュースを聞き、私は「なるほど…」と思った。宮崎氏は「沖縄の非武装地域化こそ、東アジアの平和のために必要です」との直筆メッセージを寄せたというが、まさに空想アニメか小説次元の絵空事でしかないからだ。 安全保障を少しでも学んだ者なら、沖縄の地政学的重要性は簡単に理解できる。沖縄から半径2000キロ以内に、東京や北京、上海、ソウル、台北、香港、マニラといった東アジアの主要都市が入る。日本を筆頭に、東アジア諸国のエネルギー確保に死活的な「シーレーン」にも近い。 「極東最大の空軍基地」である米軍嘉手納飛行場をはじめ、米国にとって、アジアから中東までの安全保障のベースが沖縄にある。日本のシーレーンは主に米軍が守っている。米軍の沖縄駐留は日米同盟の実効性を確かなものにし、日本の抑止力を高めている。「防衛義務」と「基地の提供」。これが、日米安保条約の双務性だ。辺野古移設に反対し、キャンプ・シュワブ前で抗議する人たち ただ、戦後70年経っても米軍が駐留し、日本の国防を米軍に依存していることが、本当に独立主権国家として日本のあるべき姿なのか、本質的な議論が求められる。占領の呪縛を克服し、日米の同盟をより強化するうえでも必要なプロセスだ。 日本人が本気で、沖縄などから米軍基地を撤退させるというなら、相当の覚悟と戦略が必要だ。米国には、沖縄の基地について「若い米国兵士が血を流して獲得した」という思いがある。映画監督や地方の知事が反対したぐらいで、簡単に手放すとは思えない。 米軍基地撤退には、「自由」「民主主義」「人権」「法の支配」といった普遍的価値観を共有する米国との同盟関係が壊れる懸念や、自国の防衛力を強化するために、現状をはるかに超える防衛経費の捻出を覚悟しなければならない。日本経済にもかなりの負担となる。当然、「戦力の不保持」を定めた憲法の改正も不可欠だ。 宮崎氏や翁長氏らに、そうした覚悟と戦略があるのか。単に「基地反対」「非武装地域化」と唱えているだけでは、沖縄や日本の平和と安全を守ることはできない。 現に、中国は沖縄・尖閣諸島周辺に艦船を連日侵入させて、「尖閣は中国領」「琉球独立を支持する」と主張している。チベットや東トルキスタン(新疆ウイグル)などの周辺国を自治区として取り込んだように、沖縄をも狙っている。 フィリピンでは猛烈な反米運動を受けて、1991年に米軍基地が撤退した。この直後、中国軍はフィリピンが領有権を主張していた南シナ海・ミスチーフ礁などを軍事占拠した。フィリピンでの反米運動は中国に近い華僑が中心になっていたという話もある。こうした歴史的事実を忘れてはならない。 (取材・構成 藤田裕行)ヘンリー・S・ストークス 1938年、英国生まれ。61年、オックスフォード大学修士課程修了後、62年に英紙『フィナンシャル・タイムズ』入社。64年、東京支局初代支局長に着任する。以後、英紙『タイムズ』や、米紙『ニューヨーク・タイムズ』の東京支局長を歴任。三島由紀夫と最も親しかった外国人記者としても知られる。著書に『英国人記者が見た 連合国戦勝史観の虚妄』(祥伝社新書)、共著に『目覚めよ! 日本』(日新報道)など。関連記事■ 『沖縄の不都合な真実』著者が語る基地反対運動のカラクリ■ 沖縄が忘れたアメリカ統治の恩■ 沖縄で騒がれ出した「独立論」の正体

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    翁長知事は沖縄をどの方向へ引っ張っていくのか

    仲新城誠(八重山日報編集長) 沖縄では現在、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に反対する翁長雄志知事が、反基地派から希望の星のように仰がれている。マスコミはほぼ「翁長礼賛」一色だ。しかし、沖縄本島から約400キロ離れた八重山諸島ではだいぶ雰囲気が異なる。保守層を中心に翁長知事批判が噴出しているのだ。 石垣市の中山義隆市長は6月、同市で開かれた集会で、翁長県政の現状について「大事な県民の生活、福祉、子育てなどの課題が停滞している。新聞に出るのは毎日、辺野古反対だけ。東京や米国を訪れても基地の話しかしない」と疑問視した。 石垣市議からも市長に呼応するように「翁長県政は、経済などよりイデオロギーを優先させている」などと反発の声が出ている。 沖縄県内の首長からこれだけ公然と県政批判が出るのは珍しいが、中山市長がヒートアップしたのには理由がある。4月の翁長知事訪中だ。 石垣市の行政区域である尖閣諸島の周辺海域では、中国公船の領海侵犯が日常化。心ある石垣市民は日々、中国に対する怒りと不安を募らせている。しかし、河野洋平元衆院議長らと訪中した翁長氏は、中国最高指導部の一人である李克強首相と面会しながら、尖閣問題には一言も触れなかった。 北京の人民大会堂で中国の李克強首相(右)と握手する沖縄県の翁長雄志知事=4月14日(共同) 中山市長は6月の市議会で「尖閣には来ないで、平和的にお付き合いしましょうと言うべきだった。それを言わずに帰って来たのは非常に残念だ」と指摘。6月に訪米した翁長氏が活発に辺野古移設反対を訴えたのとは対象的だと失望感を表明した。 翁長県政は尖閣問題には無関心なようだが、辺野古移設阻止には並々ならぬ執念を燃やしている。6月には県庁に「辺野古新基地問題対策課」を新設。移設阻止に向け、各課にまたがっていた事務を一元的に統合した。地方自治体が、国の安全保障政策を妨害するために組織を新設するというのは聞いたことがない。私としては、県民の血税が「反基地」のブラックホールに次々と吸い込まれていくのではという懸念を感じる。 5月に行われた共同通信のインタビューで翁長知事が「抑止力のために(辺野古移設が)必要だと日米両国が決めても止める」と発言したことにも驚かされた。抑止力の概念そのものを否定しているように聞こえる。「知事はついに一線を越えたのでは」と懸念させるのに十分だった。 私たち八重山住民から見ると、普天間飛行場移設問題と尖閣問題は密接にリンクしている。米軍基地の撤去や整理縮小は、尖閣を狙う中国の視線を常に意識しながら進めなくてはならないからだ。 もしも反基地派に押し切られる形で同飛行場が撤去または国外・県外に移設された場合、中国の目には、反基地派の圧力に抗し得ないほど日米同盟が弱体化したように映るはずだ。尖閣周辺での挑発行為は一層エスカレートするだろうし、状況によっては辺野古移設の頓挫が、尖閣を含む八重山侵攻の「ゴーサイン」になりかねない。 反基地派に「尖閣防衛のために辺野古移設は重要だ」と言うと「米国が尖閣のために中国と戦争するはずがない。米軍は尖閣を守らない」と反論される。 しかしポイントは、尖閣有事で米軍が動くかどうかより、尖閣に対する中国の野心を事前に挫き、尖閣有事を阻止できるかどうかにある。 普天間飛行場を撤去するのであれば、それは反基地派への譲歩であってはならず、日米が「中国や尖閣にはいつでも睨みを利かせている」というメッセージを同時に示すことが不可欠なのだ。 同飛行場を同じ沖縄県内に移設する辺野古移設が、そのメッセージを実現する最も単純明快な方法であることは間違いない。その意味で、日米両政府が「辺野古移設こそ唯一の選択肢」と力説する理由は理解できる。 しかし、他に全く方法がないわけでもないはずだ。普天間飛行場を撤去する穴埋めに、自衛隊の駐屯地、人員、装備を増強するのもアイデアの一つだろう。「自分の国は自分で守る」という原則からはむしろ自然な結論だが、10年後、20年後の安全保障のあり方を含めた議論が必要だ。いずれにせよ、辺野古移設をただ拒否すればいいというわけではなく、長期的な視野に立った「辺野古移設の代替案」を慎重に検討しなくてはならない。 翁長知事にそれがあるのか。知事自身が明確に答えている。4月に沖縄を訪れた菅義偉官房長官に対して「辺野古移設の代替案を持っているのかという話をされること自体が政治の堕落だ」と主張したのだ。これでは、辺野古移設さえ阻止すれば「あとは野となれ山となれ」が知事の真意だと指摘されても仕方がない。 知事も出席する辺野古移設反対の集会では、沖縄の「非武装化」「緩衝地帯化」を訴える弁士が登壇。参加者は「日米安保粉砕」と記されたプラカードを掲げている。知事自身の考えはどうあれ、知事を支えている反基地派は、間違いなく沖縄からの全面的な軍事力撤去を叫んでいる。これでは有効な「辺野古移設の代替案」などは期待すべくもない。 翁長知事が主張する形での辺野古移設阻止は、尖閣を危険に陥れる。だから「代替案を出せと言うのは政治の堕落だ」だという知事のセリフは八重山住民には通用しない。「代替案がないというのは県政の堕落だ」と反論されるのが落ちだろう。報道陣の取材に応じる翁長雄志沖縄県知事=首相官邸 翁長知事が今後、沖縄をどの方向へ引っ張っていくのか、考えられるシナリオは次の通りだ。 まず、念願叶って辺野古移設を阻止した場合だ。翁長氏は知事選の公約を達成したことになるが、政府は「現在の普天間飛行場が固定化される」と警告している。移設阻止と引き換えに、市街地にある「世界一危険な飛行場」が放置されるなら、知事の責任は重大だ。 辺野古移設を阻止し、さらに普天間飛行場の県外、国外移設をも実現させれば、翁長氏は沖縄では世紀のヒーロー扱いされるだろう。 しかし前述の通り、知事は辺野古移設の有効な代替案を持たないから、日本や沖縄の安全保障は深刻な局面に追い込まれる可能性が高い。取りわけ八重山住民は危機にさらされるだろう。 翁長氏が辺野古移設を阻止できず、辺野古移設が実行された場合は、公約を果たせないことになる。「日米両政府が工事を強行したからだ」と弁解はできるが、反基地派は失望し、翁長氏は政治家として何らかの責任を取らざるを得ない。県政と国政の溝も残る。 辺野古移設を容認すれば、翁長氏はマスコミから裏切り者として糾弾され、知事のイスに座り続けるのは不可能だろう。 こうなると知事の行く手は八方塞がりに見えるが、起死回生の手段はまだ残る。それは、知事が沖縄の非武装化を叫ぶ反基地派と即刻手を切り、辺野古移設の代替案を真剣に模索することだ。 多少なりとも現実的な代替案であれば、そして知事が熱意を持って政府と交渉するのなら、今からでも有効な選択肢として浮上する可能性があるかも知れない。普天間飛行場は撤去され、辺野古移設は阻止され、抑止力は維持される。沖縄にとって理想的な展開だ。 代替案を検討するのにうってつけの組織がある。「辺野古新基地建設問題対策課」だ。職員も、政府の作業をひたすら妨害するという非生産的な職務から解放される。ぜひ新しい組織を有効活用してほしい。関連記事■ 『沖縄の不都合な真実』著者が語る基地反対運動のカラクリ■ 沖縄が忘れたアメリカ統治の恩■ 沖縄で騒がれ出した「独立論」の正体

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    崖っぷちに立つ翁長知事の「辺野古反対」

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 普天間基地の辺野古移設反対を訴える翁長雄志沖縄県知事の言動が注目を集めている。保守本流の中心にいた翁長氏が「県内移設反対」を掲げて「オール沖縄」の結集を呼びかけ、知事に当選したのは昨年の11月。以後、頻繁に上京を繰り返して、政府要人や内外のジャーナリストを相手に「沖縄の民意」が辺野古移設反対であると訴えたほか、5月末には訪米してハワイやワシントンの要人に「沖縄の民意」への理解を求めた。6月にはケネディ駐日大使にも面会しているが、9月には国連でスピーチし、辺野古の海を守りたいという少数民族(沖縄県民)の環境権が日本政府によって侵害されていると訴える予定だという。 翁長知事のこうしたパフォーマンスを額面通り受け取るかぎり、「沖縄という弱者を日本政府という強者が蹂躙している」と見なして、沖縄に同情する人たちが増えるのも無理からぬことだが、翁長知事自身は、なぜ辺野古移設に反対なのか、説得力のある説明をしたことは一度もない。 知事はしばしば「日米同盟は支持するが、沖縄の基地負担は過剰だから辺野古移設には反対だ」という。が、知事は、もう一つの移設問題である「那覇軍港の浦添移設」ではなんと推進する側に立っているのだ。 本土ではほとんど知られていないが、那覇軍港の浦添移設によって埋め立てられる面積は約300ヘクタール。辺野古で予定される埋立面積160ヘクタールの2倍近くに上る。辺野古の工費は3500~5000億円と予想されるが、浦添の工費はそれを遥かに上回る8000億円超と推計される。どちらが大規模な事業かわかろうというものだ。日米間で浦添市への移設が合意されている米軍那覇港湾施設(那覇軍港)=那覇市、共同通信社ヘリから 知事は、「辺野古は新基地だから許せない」と訴えるが、辺野古移設は、50年ほど前から存在する米海兵隊基地キャンプ・シュワブ沿岸部の埋立であり、防衛省は「既存の基地内における滑走路建設であり新基地ではない」という立場をとっている。辺野古の基地拡張工事は認めないが、浦添の新基地建設は認める、というのでは、「基地負担は過剰だ」と知事がいくら熱弁しても説得力はない。 翁長知事はまた、「ジュゴンが生息する辺野古の海が埋め立てるのは許されない」ともいう。が、翁長氏が那覇市長時代に先頭に立って進めてきた那覇空港拡張工事(第2滑走路建設)で埋め立てられる那覇沖にも辺野古沖と同様ジュゴンが出没するといわれている。埋立面積も辺野古と同じ160ヘクタール。すでに作業は始まっている。辺野古のジュゴンは守るが、那覇のジュゴンはどうでもいい、とでもいうのだろうか。先に触れたように、翁長知事は国連機関で「沖縄県民は日本政府に環境権を奪われている」とスピーチする予定だという。こんな話をジュゴンが聴いたら怒り心頭だろう。 「あらゆる手段を用いて移設を止める」と宣言した翁長知事とその支援者の抱える「矛盾」はこれだけに留まらない。 6月16日、知事を支援する県議会与党会派は、辺野古埋立を阻止するため、県外から土砂や石材などの搬入を規制する条例案を提出した。罰則規定はないが、従わなかった場合、知事は搬入中止を勧告し、事業者名を公表できるとしている(6月22日現在)。 が、この条例が施行され、厳格に適用されれば、辺野古埋立はおろか翁長知事が推進する那覇空港拡張工事や那覇軍港の浦添移設にも大きな影響が及ぶ。現行案のまま可決されると、県外からの土砂搬入は事実上封じられ、工期は大幅に遅延する。県内での土砂調達が加速され、土砂価格はまちがいなく高騰、埋立を予定する事業の多くが工費の膨張に苦しむことになる。 が、それだけならまだいい。県内での土砂採取が進めば、あらたなる環境破壊が多発する。知事としては、「肉を切らせて骨を断つ」つもりかもしれないが、辺野古さえ阻止できればいいという姿勢がもたらすコストは小さくない。おまけに、土砂搬入を阻止できたからといって、辺野古移設自体が中止に追いこまれる保証もない。政府も法的な対抗措置をとるはずだ。もっとも、罰則規定がないなどの理由で、この条例が何の成果も生まないザル法になる可能性も否定できない。 知事と反対運動を支えるため4月に設立され、早くも数億の募金を集めている「辺野古基金」にも問題はある。知事選で翁長氏を支援し、基金設立のために奔走した二人の共同代表に対して、呆れるほどあからさまな「利権配分」が行われているからだ。5月半ばに知事が「発令」した人事によれば、共同代表・平良朝敬氏(かりゆしグループ)が観光事業の元締め・沖縄コンベンションビューロー会長に、同じく共同代表・呉屋守将氏が率いる金秀グループの美里義雅氏(金秀バイオ副会長)が沖縄都市モノレール社長に就任することが決まっている。この人事については県内からも批判の声が上がっているが、知事側は気にする気配もない。 これだけの矛盾を抱えた翁長知事の「辺野古反対」だから、今後迷走する可能性はきわめて高い。共産党は、知事の退路を断つために選挙資金の面でも協力を申し出たという噂まであるが、矛盾に満ちた知事の姿勢にイライラを募らせているという。筆者は、翁長氏はこのまま政府批判を続けながら、あまり実効性の上がらぬ阻止行動を取り続け、鉄道敷設をネタに振興資金という実利を引き出そうとするのではないかと踏んでいる。安倍政権も落としどころが鉄道なら交渉に応ずるかもしれない。 が、そんな結末なら「ゴネるだけゴネて結局はカネの話か」という印象を残すだけだ。安保も語られず、自立への道も遠のくだけ。国民の心も、確実に沖縄から離れていく。かといって、阻止行動をいたずらにエスカレートさせれば、問題は膠着するばかりで、県民の焦燥感と孤立感は深まる一方だ。 翁長知事は、誰のため、何のために闘っているのだろうか。決意だけあって展望のない闘いはいったいいつまで続くのか。進むも地獄、戻るも地獄。翁長知事は就任半年目にして早くも崖っぷちに立たされている。関連記事■ 『沖縄の不都合な真実』著者が語る基地反対運動のカラクリ■ 沖縄が忘れたアメリカ統治の恩■ 沖縄で騒がれ出した「独立論」の正体

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    駄々っ子より始末が悪い翁長知事

    翁長知事、沖縄のメディアは異常なほど基地反対、反米を煽る。しかし、戦後のアメリカ統治は、「生活環境向上」「人口増」「平均寿命伸長」などあらゆる恩恵を沖縄にもたらした。それを忘れて、恨み言を言うなど笑止千万だ。

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    『沖縄の不都合な真実』著者が語る基地反対運動のカラクリ

     米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古移設をめぐり、政府と同県の翁長雄志知事の対立が続くなか、基地反対運動のカラクリや「オール沖縄」の欺瞞(ぎまん)性を告発した『沖縄の不都合な真実』(新潮新書)が話題を集めている。著者である評論家の篠原章氏(58)は夕刊フジの取材に応じ、沖縄の“不都合な実態”を赤裸々に語った。 「辺野古へ行けば簡単に分かることだが、住民の7~8割は移設容認だ。現地での移設反対集会への不満も強く、『反対運動が持ってくるものは(集会参加者の)ゴミと糞尿だけだ』という怒りの声が上がっている」 篠原氏はこう淡々と切り出した。 『沖縄の-』は、篠原氏と、日経新聞の元那覇支局長の大久保潤氏による共著だ。1月の発売以降、沖縄の基地問題が大きくクローズアップされたことも手伝い、発行部数は4万3000部に達しているという。 同書は、基地反対運動や平和運動の背景にある「保革同舟の支配階層」の存在をあぶり出すことに主眼を置いている。 篠原氏は、取材を重ねた経験から、「運動の最前線にいる人の大半は、労働組合員や公務員出身の年金生活者、本土から来た市民運動の活動家だ」と断じ、続けた。米軍普天間飛行場の移設先、辺野古沿岸部に海底ボーリング調査のため設置された台船と作業船=3月27日、沖縄県名護市 「基地反対が自己目的化した“反対運動業界”の人々といっていい。特に、公務員出身の年金生活者は、逮捕されても実生活にほぼ影響はないため、(集会などの主催者側から)『逮捕者を出すなら70歳以上を』『年金生活者を先頭に』というお触れも出ている」 ただ、沖縄の政財界にとって、こうした運動は不可欠な存在になってしまっているという。 「政府と折衝し、補助金を引っ張るためには、『運動が盛り上がっている』という事実が大きな圧力となる。沖縄の知事や国会議員は、国からどれだけカネを引き出せるかで評価が決まる。土建業界を中心とした経済界も仕事が欲しいので、政治家による補助金獲得の取り組みを応援する」 振興予算の利権に支えられた「誰も損をしない、持ちつ持たれつの関係」(篠原氏)というわけだが、この思惑を「県民の総意」に仕立て上げているのが、地元の報道機関だという。 「沖縄のメディアは、こうした“支配階層”の顔色をうかがい、『辺野古移設反対は県民の総意』という方向に世論を誘導している。その結果、本土でも『沖縄県民は怒っている』という印象が広がる。翁長氏が当選した知事選の結果をみても、約4割は移設を容認しており、『総意』と呼ぶには無理がある」 篠原氏はもともと、沖縄の音楽や文化の評論活動に取り組んでいた。 「沖縄音楽の素晴らしさを伝える論評を主に書いていたが、沖縄を繰り返し訪ねるなかで、自分が沖縄の良い面、明るい面しか見ていなかったことに気づいた。ネガティブな問題にも目を向けなければ、沖縄のことは理解できない。本土の人々が抱く、『かわいそうな基地の島』という幻想は、結局は沖縄の人々を苦しめることになる」関連記事■ 問われる「保守」のカタチ■ 何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか■  基地問題 「妥協の時は過ぎた」

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    沖縄で騒がれ出した「独立論」の正体

    者 沖縄では、県知事選や衆院選で米軍普天間飛行場の県内移設に反対する勢力が勝利した余勢を駆ってか、「沖縄独立論」を訴える研究者やマスコミの動きが活発化している。沖縄がかつて「琉球王国」だったことは歴史的事実だが、現在の独立論は、県民の民族的願望などとは全く関係ない。米軍基地撤去に向けた政治的カードとして「独立」をちらつかせる、いわば火遊びであり、圧倒的多数の住民の思いとはかけ離れている。しかし、沖縄のオピニオンリーダーと呼ばれる層に独立論は一定程度、浸透している。尖閣諸島防衛が一大関心事である私たち石垣市民にとっては、大きな不安材料だ。 「沖縄人(ウチナーンチュ)のアイデンティティ」「自己決定権」―。この二つは、独立論者と米軍基地反対論者が決まって使う「活動家用語」であり、沖縄マスコミや一部の政治家によって、県民なら誰でも、耳にタコができるほど聞かされている言葉である。 私たちが迷惑に感じるのは、彼らが騒げば騒ぐほど「尖閣は日本固有の領土であり、石垣市の行政区域である」という大前提が崩れてしまうためだ。沖縄が日本でないなら、尖閣も日本ではなくなってしまう。 「琉球民族独立総合学会」という研究者グループの青写真は、沖縄の各島々が州となって参加する「琉球連邦共和国」の実現だ。安全保障面では非武装中立を目指している。 2月3日には学会の松島泰勝共同代表らが外務省沖縄事務所を訪れ「日本が琉球国を武力で強制併合したのは明らかな国際法違反だ」と抗議。謝罪と「植民地支配の即時停止」を要求した。対応した外務省職員は絶句したことだろう。 県民からすれば、趣味が昂じたような研究者グループの動きなど、勝手にどうぞというところだ。しかし、これがマスコミに大々的に報道されることで、社会性を帯びてくる。活動が一定の民意を背景にしているような誤解が、特に本土の人たちの間で生まれてしまうのである。独立論報道に熱心な「琉球新報」 県紙「琉球新報」2月8日付は、琉球王国が1858年、フランスと交わした琉仏修好条約のフランス側の原本が発見された、と1面トップで報じた。「『琉球は独立国』認識」「自己決定権 議論に影響」といった大見出しが紙面上で躍った。 同紙は別の面でもこの話題を大展開し「『琉球人の主張は正当』 主権認める動かぬ証拠」という関連記事、「仏、琉球併合に同情」という識者評論まで掲載。ニュースが枯渇していたのかも知れないが、琉球民族独立総合学会の会員でもない一般の県民が朝から、1面トップでこのような記事に接しなくてはならない意義はどこにあるのだろう。中国海洋局の特設サイトに掲載されている「釣魚島の正面全景図」 記事を執筆した同紙の編集委員は、沖縄独立をテーマにしたシンポジウムなどの場でたびたび登壇して発言している。いわば運動的な紙面づくりである。 昨年のスコットランド独立騒動は、沖縄独立論を後方支援する同紙と「沖縄タイムス」の2つの県紙にとって、持論を展開する絶好の機会だった。昨年9月の住民投票を報じた際の見出しを拾うと「民主的手続き 模範」「沖縄の民意 反映に参考」「沖縄にも確実に影響」(沖縄タイムス)、「主権回復の事例に」(琉球新報)などと礼賛一色だ。 県紙は2紙とも独立論に肯定的な報道をしているが、特にプッシュしている感が強いのは琉球新報である。「主権を問う」をテーマにした100回の長期連載を昨年5月から行い、独立論の正当性をこれでもかとアピールして見せた。圧巻は連載を終えるに当たり、1ページをまるごと使った2月11日付の紙面。「琉球『国際法の主体』」「海外の独立派も沖縄に共鳴」などという見出しで、記者は「『率直に感じたのは、沖縄は独立を正当化できる歴史的要件や現状、経済的自立の可能性を十分持っている』ということだ」「安倍政権が現在のように、辺野古の新基地建設を強行すればするほど、沖縄の自己決定権要求は一層強まるだろう」などと記した。 同紙の定義によると「自己決定権」とは「自らの運命に関わる中央政府の意思決定過程に参加できる権利で、それが著しく損なわれた場合、独立が主張できる」という。 公安調査庁が1月に公表したレポート「内外情勢の回顧と展望」(2015年版)は、「琉球新報が『琉球処分は国際法上、不正』と題する日本人法学者の主張に関する記事を掲載した際には人民日報系紙、環球時報が反応し、関連記事を掲載する(2014年8月)など、中国側の関心は高く、今後の沖縄関連の中国の動きには警戒を要する」と指摘した。 独立論と中国が水面下で結託しているとまでは短兵急に断言できないが、沖縄の政治家の言動や県紙の報道に、中国はほくそ笑んでいるはずだ。上記記述がある「回顧と展望」中のコラム《「琉球帰属未定論」の提起・拡大を狙う中国》は、中国共産党機関紙「人民日報」の海外版を含む報道のほか、「中国シンクタンクなどが琉球に関する学術会議を開催し、『琉球独立』を標榜する我が国の団体関係者らを招待した」(2014年5月)という動きも紹介している。 公安のレポートが独立論に言及すること自体も異例だ。沖縄を狙う中国の動向を分析する上で、今や、独立論が無視できない存在として浮上してきたことを示している。 それにしても、国外情勢報告の項にあるコラムでわざわざ琉球新報を名指しているのは、同紙は公安の情報収集あるいは監視対象となったという意味だろうか。独立運動の「正体」は米軍基地撤廃運動独立運動の「正体」は米軍基地撤廃運動 県紙の沖縄独立論報道を読むたび、私が虚しさを感じるのは、独立論が結局は米軍普天間飛行場の県内移設反対論に収まっていくからだ。独立とは「米軍基地を撤去させる」という特定の政治的目的を達成するスローガンでしかないのである。 琉球民族独立総合学会の松島共同代表は石垣市出身で、私は2年前、里帰りした松島氏に取材した。「独立論を提唱するようになったのはいつからか」と尋ねると、松島氏は「鳩山政権が普天間飛行場の県外移設を公約したが、日本全国にどこも引き受けるところはなかった。日米安保の利益だけ得て、犠牲は沖縄に押しつける。沖縄差別が顕著になった。このまま日本に頼っては、基地問題や沖縄差別は解決できないと感じた」と、米軍基地問題が直接的なきっかけになったことを認めた。 松島氏は「尖閣は歴史的に琉球のものだと思う。しかし所有権を主張すると戦争になる。争いを棚上げし、共有の海や島々にすべきだ」と述べ、尖閣を関係国の共有地とするよう主張した。 独立論者は中国の存在をどう見ているのだろうか。2月11日付琉球新報の連載記事では「事情に詳しい複数の研究者によると『沖縄は中国の領土』という認識は(仲新城補:中国には)ほとんどなく、沖縄の自主的な決定権を尊重すべきだという論調が大勢を占めているという」とお茶を濁しており、脅威という認識がまるでない。 独立論とは、尖閣奪取を狙う中国を利し、尖閣を先祖から受け継いできた石垣市民を背後からやにわに刺すような思想である。誰より石垣市民こそ独立論に対する抗議の声を上げるべきだろう。 しかし独立への憧憬を隠さないのは、マスコミだけではない。沖縄では少なからぬ政治家も「シンパ」である可能性が高い。 例えば沖縄選出の糸数慶子参院議員は昨年8月、スイスのジュネーブで開かれた国連人種差別撤廃委員会に琉球王国時代の衣装で出席し、普天間飛行場の県内移設中止を訴えた。照屋寛徳衆院議員も独立論への共感を公言している。 聞いたところでは、沖縄のある有名な政治家は、私的な会合で「米軍基地が撤去できないなら沖縄は独立すべきだ」と息巻いた。「独立後の経済基盤はどうするのか」と問われると「お金なら中国が出してくれる」と答え、その場にいた人を唖然とさせたという。この人物はバリバリの現役で、沖縄のご意見番として活躍している。危惧すべきは一般県民よりむしろ、沖縄のオピニオンリーダーに広がる「汚染」だろう。 県民に独立への願望がまったくなくても、マスコミや政治家がこの調子だと、県内外どころか国内外に誤解が広がってもおかしくない。辺野古移設反対運動の性格は中国の尖閣奪取行動と同じ辺野古移設反対運動の性格は中国の尖閣奪取行動と同じ 政府は米軍普天間飛行場(宜野湾市)の名護市辺野古移設に向けた海上作業を粛々と進めているが、現地では反対派が抗議船を仕立て、激しい抗議活動を展開している。 2月8日付沖縄タイムスでは、抗議活動へカヌーを漕ぎ出す20代女性がアイドルのように微笑む写真を掲載。記事によると、彼女は抗議活動について「すごい人たちがやっているイメージかもしれませんが、見ての通りフツー。自分みたいな人がどんどん来たら、権力はいちばん嫌がると思うんですよね」とコメントしている。 この記事を読むと、反対派は県民の声を代弁して権力に抗戦するヒーロー、ヒロインという印象を受けてしまう。しかし前述した公安調査庁のレポートでは、辺野古反対派の動きは次のように記されている。 「革マル派などの過激派は、同調査の『実力阻止』を訴えて、沖縄県内外から辺野古に赴いた反対派と共に、海上保安庁の警告を無視して、小型船艇で移設予定地やその周辺の立ち入り禁止水域内に繰り返し侵入したり、移設予定地につながる米軍キャンプ・シュワブのゲート前で作業車両に立ち塞がるなどの抗議行動を展開した」 反対派が果たして「見ての通りフツー」の人たちなのか、地元の辺野古区民は冷静な目で見ている。 八重山日報は区民の約6・7%に当たる75人のアンケート調査を2月10日付の紙面で掲載した。 キャンプ・シュワブ前の抗議活動に批判的な区民が最多の49・3%で、共感する区民の約4倍に達した。「通行妨害」「路上で用を足す人が散見され不衛生」「法律違反を何とも思っていない」などの批判の声が出た。 辺野古移設容認は45%、反対は20%、無回答は28%、「どちらでもない」は4%で、容認派が圧倒的に多いことも判明した。 本土と沖縄の民意がねじれているなどと言われるが、実は沖縄の中でも民意はねじれている。普天間移設先の地元・名護市の中でも「地元の地元」の声は封殺されているのが現状だ。安易に「民意」を連発する県紙や政治家に警鐘を鳴らしたい。 大型船を使った海上でのボーリングや資材搬入などの作業に、一般人のカヌーが接近するのは相当に危険だ。デモは意思表示の手段として民主主義社会で当然に認められた権利だが、実力行使による工事の妨害まで容認されるのだろうか。 反対派は「沖縄の選挙で県内移設反対派が勝利して民意が示されたのに、政府は聞く耳を持たない。だから実力行使するほかない」という論理だ。しかし辺野古移設の作業は仲井真弘多前県知事の埋め立て承認が前提になっており、裁判所の違法判決でも出ない限り、現行の法秩序にのっとっている。実力行使の抗議活動は、法治国家では認められない。石垣海上保安部に配属される巡視船「ざんぱ」 尖閣周辺海域では中国公船が連日のように航行し、こちらも実力行使で日本の国境線を変更しようと試みている。反対派の抗議活動も、ことの本質は変わらない。本人たちが気づいているかどうかは別にして、両者に通底しているのは「口で分からないならこぶしで分からせる」というテロリストの論理である。 海上で抗議する反対派自身の安全を確保するためにも、海上保安官が作業への抗議船接近を阻止するのは当然だと思える。しかし1月21日の琉球新報は「保安官が海上でカヌーや抗議船の一斉確保を図った際、カメラを持つ女性に馬乗り」したと写真付きで報じ、県選出の赤嶺政賢衆院議員(共産)が国会で取り上げる騒ぎに発展した。 同31日付の琉球新報は「海上保安庁は非を認めず『安全確保のため』と繰り返している。新基地建設を強行する安倍政権の下、国民や県民の批判をかわすことだけを考え、苦しい弁明に追われている」と解説した。中国や北朝鮮で横行する人権弾圧と、移設工事の警備を同列にとらえるような論調には呆れてしまう。 さらに同紙は「本紙が写真を掲載していなかった場合、暴力行為は明るみに出なかった可能性もある。報道陣がいない時の海上保安官の暴力行為を訴える市民も少なくない」と胸を張った。こうした報道ぶりに「マッチポンプ」という言葉を連想する人もいるだろう。 ただ本土の人たちに留意してほしいのは、辺野古反対派の抗議活動にせよ、独立論にせよ、究極の目標とするのは沖縄の平和であるということだ。県民は、本土から見ると異常なほど平和にこだわる。その背景には、悲惨な沖縄戦の経験がある。 1944年、沖縄から九州に向かう学童疎開船「対馬丸」が米軍に撃沈され、約1500人の犠牲者が出た。個人的な話になるが、今年83歳になる私の母は、12歳の時、対馬丸とともに出港した別の学童疎開船に乗り込んでいた。 朝、船の甲板に出た母は、乗客たちが口々に「後ろの船が撃沈された」と話すのを聞いた。母の運命は間一髪だったし、私自身も沖縄戦のせいで、この世に生を受けるチャンスを逸するところだった。 戦後70年を経たとはいえ、戦争の記憶はいわば140万県民のトラウマとして存在し続けている。「平和のため」という口上さえあれば、独立論であれ違法な抗議活動であれ、好意的に受け止めてしまう県民性がある。それを政治的に悪用しているマスコミがあり、政治家がいるのが沖縄の問題点だろう。 しかし独立論に限って考えると、沖縄では現在、1972年の復帰後に生まれた世代が社会の中堅を占めるようになった。県民が沖縄差別に苦しんだ戦前や米軍統治時代のように「日本人と沖縄人」にアイデンティティが分断された時代ははるか過去になりつつある。将来的にも独立論が県民に浸透することは有り得ない。 警戒すべきは、例えば尖閣をめぐって日中の軍事的衝突が勃発し、県内が大混乱に陥ったときに、一部の勢力が「民意」と称して一方的に独立を宣言し、中国につけ込まれるような事態だろう。マスコミや一部の政治家にはびこる現在の独立論は、一歩間違えばそうした事態の素地を作ることになりかねない。 民主主義社会では暴力を伴わない限り、独立の主張も認められる。マスコミや一部政治家の言論自体を問題視するつもりはないが、サイレントマジョリティ(声なき多数派)である県民は「沖縄は独立を望んでいない」というメッセージをきちんと発信する必要があるだろう。 これまで、居酒屋で酔っ払いが口角泡を飛ばす「居酒屋独立論」と揶揄されてきた独立論だが、現状は明らかにそのレベルを超えつつある。独立論を批判する側もしっかりした理論武装が求められているのだ。日中「実務者協議」は開かれたが日中「実務者協議」は開かれたが 石垣市は毎年1月14日を「尖閣諸島開拓の日」と定め、毎年、この日に盛大な式典を開催している。今年、式典に参加した国会議員は民主党の渡辺周衆院議員、次世代の党の浜田和幸参院議員のみで、政権与党の自民、公明の国会議員はゼロ。例年に比べ、来賓席はガラガラだった。昨年、安倍晋三首相のメッセージを寄せた自民党は、今年は田中和徳組織運動本部長の祝電のみだった。 市は各政党の代表や沖縄関係の国会議員らに招待状を送ったが、沖縄の国会議員は12人全員が欠席した。自民党議員は祝電を寄せたが、野党議員からは何の反応もなかった。市によると県選出国会議員からは「予算編成作業が大詰めのため出席できない」と連絡があったという。 尖閣問題に対する国の熱意が薄れているという見方もできる。式典直前の1月12日、日中は尖閣周辺などの海上で不測の事態を避けるため「海上連絡メカニズム」構築に向けた実務者協議を2年ぶりに東京で開いていた。 日中ともに尖閣問題をヒートアップさせたくない微妙な時期だったのだろう。式典に安倍首相のメッセージを送らず、要人も参加させなかった自民党の判断は、恐らく日中関係への配慮である。尖閣周辺を航行していた中国公船「海警」も、日中協議前日の11日にいったん、周辺海域を去った。ただし海警は、日中協議が終わると尖閣海域に再び舞い戻っている。 それにしても、式典に参加した自民党議員がゼロだったのは納得できない。さらに問題なのは、石垣市と並んで尖閣問題の当事者であるはずの県の態度だ。 県知事は仲井真弘多前知事の時代から一度も出席していない。翁長雄志知事は上京中で多忙だったようだが、式典に代理で派遣したのは2人いる副知事でも部長でもなく、地元の出先機関職員という低いレベルだった。翁長氏が知事選で連呼していた尖閣問題の「平和的解決」の性格が見えるようである。 石垣市の中山義隆市長は尖閣の地元として、可能なことは全力で取り組む姿勢は見せている。その一つが県の交付金を活用した「尖閣ジオラマ(立体模型)」の製作である。 尖閣は南小島、北小島、魚釣島、久場島、大正島と3つの岩礁から成るが、石垣市民でも島々がどのような形で並んでいるか知らない人は多い。ジオラマで尖閣をより身近に感じてもらおうという取り組みだ。 縦、横それぞれ約2メートル。衛星写真などのデータを利用して製作され、上から異なる照明を当てることで、植物の分布、ヤギによる食害の状況なども確認できるという。 ジオラマは開拓の日に合わせて公開・展示されたが、現在は図書館の一角に眠っている。警備の問題もあるが、空港や港湾など大勢の観光客の目につく場所で展示するのも一策だろう。将来的には「尖閣資料館」が整備され、ジオラマを含めさまざまな資料が一元的に管理され、情報発信される体制が整うことが望ましい。一自治体の財政では困難なので、尖閣防衛に向けた政策の一環として政府の支援が求められる。 昨年12月30日付朝日新聞によると、中国の軍艦や公船は習近平国家主席の直属組織のもとにあり、組織のメンバーが無線やテレビ電話を使って現場に指示を出すこともあるという。日中協議の際の尖閣海域を見ても分かるように、中国公船の動きが、政府上層部の意向を直接的に反映しているのは間違いない。 その意味で現在、「海警」が発しているメッセージは、明確に「中国は尖閣をあきらめない」という一言に尽きる。尖閣周辺で常時航行する体制は全く崩しておらず、領海侵犯も頻発しているからだ。 石垣市の尖閣ジオラマ製作では、当初は航空機をチャーターして上空から各島を撮影する計画もあった。だが、中国が尖閣上空に一方的に防空識別圏を設定したことを受け、政府が市に飛行自粛を促し、市は不測の事態を回避するため撮影を断念した経緯がある。日本領でありながら、尖閣は普通の日本人が上陸することができないばかりか、政府から上空を通過することも止められる場所になってしまっているのだ。 尖閣問題に関する中国マスコミのプロパガンダは最近、減少しているようだが、中国は9月3日の「抗日戦争勝利記念日」に戦後70年の記念行事として軍事パレードを予定しているという。この日に向けてボルテージを上げ、尖閣で攻勢に出てくる可能性はある。石垣市民にとって気の抜けない日が続く。なかあらしろ・まこと 昭和48(1973)年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、平成11(1999)年に石垣島を拠点とする地方紙「八重山日報」に入社、22年から同紙編集長。イデオロギー色の強い報道が支配的な沖縄のメディアにあって、現場主義と中立を貫く同紙の取材・報道姿勢は際立っている。著書に『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』(産経新聞出版)。関連記事■ 問われる「保守」のカタチ■ 何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか■  基地問題 「妥協の時は過ぎた」

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    沖縄非武装化が招くのは平和ではなく中台紛争への道だ

    宇佐美典也(再生エネルギーコンサルタント) 宮崎駿監督が「辺野古基金」の共同代表に就任されるとのことで、「沖縄の非武装化こそ東アジアの平和のために必要」ということを仰っているのですが、いくつかのジブリ映画のファンの自分としても大変複雑な気持ちになっています。http://www.tokyo-np.co.jp/article/politics/news/CK2015050802000255.html 東アジアの安全保障問題というと当然中国の動向と切っても切り離せません。そしてその中国の第一目標はまぎれもなく台湾問題の解決にありまして、軍備も短期的には「台湾による法的独立阻止するための抑止力の獲得」、長期的には「日台紛争時の米国による介入を阻止する能力の獲得」を目指していることは明らかです。そんなわけで仮に本当に沖縄が非武装化したら真っ先に影響を受けるのは台湾と思われます。 近年中国の軍備は台湾を圧倒し始めており、平成26年度の防衛白書においては「中国は、台湾問題を解決し、中国統一を実現することにはいかなる外国勢力の干渉も受けない」というスタンスを取っていることを明記した上で、中台の軍事力について以下のように分析されています。(以下引用文)(1) 陸軍力については、中国が圧倒的な兵力を有しているものの、台湾本島への着上陸侵攻能力は限定的である。しかしながら、近年、中国は大型揚陸艦の建造など着上陸侵攻能力の向上に努力している。(2) 海・空軍力については、中国が量的に圧倒するのみならず、台湾が優位であった質的な面においても、近年、中国の海・空軍力が着実に強化されている。(3) ミサイル攻撃力については、中国は、台湾を射程に収める短距離弾道ミサイルなどを多数保有しており、台湾には有効な対処手段が乏しいとみられる。 こうした状況の中で中国を将来にわたって抑止するには台湾近海に中国に対抗できる軍事力が必要、ということになってしまいまして、その役割を果たしているのは沖縄、というのは今更言うまでもない話です。その重しが外れればどうなるかは言わずもがなで、沖縄非武装化は決して東アジアの平和への道などではないでしょう。むしろ確実に中台紛争を引き起こすと考えるべきです。(むしろそうではないと考える要素が何一つない…) そして台湾が中国の影響下に入ったら、中国に資源航路を抑えられることになり我が国の資源安全保障は危機的な状況を迎えることになります。 あまり憶測で物を言ってはいけないわけですが、こうした事情を考えると日本国内の沖縄非武装化の主張の背景には中国の支援・工作があることも想像に難くないわけでしてそんなことを思いながら、李克強首相と河野洋平氏と翁長沖縄県知事が会談したなどのニュースを見ると、さもありなんなどと感じてしまいます。http://www.asahi.com/articles/ASH4F5Q7YH4FUHBI01L.html ただ沖縄県民の負担感に関する翁長知事の主張はもっともでして、彼の知事就任時の「戦後70年になり、0・6%の面積に74%の米軍専用施設があるのは、やはりいくらなんでも理不尽でないかとということをベースにしながら、ぜひ日本の安全保障は日本国民全体で考えてもらいたいと訴えていきたいと思っております。」という言葉に十分に反論できる日本国民は皆無だと思います。 とはいえ国家間の約束となってしまい一時は沖縄県知事も同意した辺野古移設を覆すことは、日本政府としても非常に困難であることは、鳩山元首相が証明してくれたところです。そしてこの答えが無い状況の中で翁長知事は訪米という鳩山元首相と同じ道をたどりつつあるのを見て、デジャヴを感じざるを得ません。おそらく半年後には沖縄県民と日本政府、ひいては日本国民の間に深い深い溝ができるのでしょう。 市井の一市民である私などは完全にノーアイデアで、戦後70年という節目の年にこのような事態を迎えてしまったことを悲しむしかありません。少なくとも今のうちから、沖縄非武装化と辺野古移設問題を結びつけるようなことはやめて、せめて日米安保を大前提にした基地配置の在り方の国民的な議論が発展することを望む次第です。仮に普天間基地の負担がなくなっても72%の在日米軍基地は沖縄に残るのですから。http://www.pref.okinawa.jp/site/kikaku/chosei/kikaku/yokuaru-beigunkichiandokinawakeizai.html(『宇佐美典也のブログ』より転載)関連記事■ 櫻井よしこが説く 中国にひるむ必要なし■ 何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか■ 対日「十五年戦争」への前奏曲~かくして大陸は赤く染まった

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    良識ある沖縄の人々に尋ねたい なぜ国際情勢に無頓着なのか

    田久保忠衛(杏林大学名誉教授)「普通の県」目指す努力を 何もいまに始まったことではないが、東京と那覇とのやり取りを観察していると、うんざりする意味で「沖縄疲れ」に陥る。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設に対して翁長雄志知事は「新基地建設反対」を唱え、沖縄防衛局が辺野古沿岸部の海底に設置したコンクリート製の大型ブロックが「サンゴ礁を傷つけている。前知事時代に県が岩礁破砕を許可した区域外の設置だ」と注文をつけ出した。あらゆる手段で移設を阻止するという。 2月22日には与那国島で自衛隊配備の是非を問う住民投票が実施された。幸いにして受け入れは認められたが、中学生以上の未成年者と永住外国人に投票権を与える、異常な投票であった。 記憶に新しいのは石垣市、竹富町、与那国町1市2町の中学校教科書採択地区で、竹富町だけが決定に反した行動を取り、国はコントロールできなくなった。国家の専管事項である外交、防衛、教育、エネルギー政策などの枠を沖縄だけがはみ出しているにもかかわらず、誰もが口に蓋をしている。日本における米軍基地の負担が沖縄に集中してきたとの「東京」の罪の意識と、その心理を結果的に利用してきた「那覇」の葛藤に根本の原因がある。 日本が国際社会の中で自らが置かれた立場をいかに知らないかは、1990~91年の湾岸戦争で資金の提供以外に血も汗も流そうとせず、各国から奇異の念を抱かれたことで痛いほどに感じたはずだ。安倍晋三政権は日本を「普通の国」にしようと努力しているところだが、沖縄も「普通の県」を目指してほしい。まるで独立した国の指導者 翁長知事が先の県議会で読み上げた所信表明演説の目玉は辺野古移設反対だけだった。「沖縄を取り巻く現状の認識」の項目には、日本がどのような方向を目指し、その中で防衛の第一線に位置する沖縄がどうあるべきかには全く触れていない。沖縄県尖閣諸島の領海に中国の公船が入っている現状も、北朝鮮の脅威も知事の念頭には全くないらしい。辺野古沖でカヌーに乗り、海上保安官とにらみ合う基地建設反対派の人たち=3月30日午前、沖縄県名護市 一方で、これまでの沖縄県知事の中には、基地問題などで米政府と直接交渉するためワシントンを何回か訪れた人物もいた。あたかも、沖縄は日本から独立した琉球国の指導者であるかのような言動には、日米両国にも首をかしげた向きは少なくなかったろう。 翁長知事も4月にワシントンに県駐在員として平安山英雄氏を派遣する。2月25日付の沖縄タイムス紙のインタビュー記事を読んだが、「名護市辺野古の新基地建設反対、米軍普天間飛行場の危険性除去は翁長知事の重要政策だ」との質問に対し、平安山氏は「知事の公約と政策を実現するため、しっかりと手伝いたい」と答えていた。これは沖縄の伝統、文化や県産品の対米PRとは性格が違う仕事だ。平安山氏は琉球国の駐米大使になったつもりなのか。 沖縄国際大学で2月15日に「道標求めて-沖縄の自己決定権を問う」とのテーマによるシンポジウムが開かれた。姜尚中聖学院大学長は1854年に琉球国と米国との間で結ばれた琉米修好条約や琉球併合(「琉球処分」)を起点に、沖縄の自己決定権をめぐる問題を抱えた他地域との連帯によって問題を普遍化していくべきだと述べた(琉球新報2月16日付)そうだ。辺野古移設に抗議する県民集会の記事は地元2紙によって派手に伝えられているが、「政府」と書けばいいのになぜ「日本政府」と表現し、「日本人警備員がゲート前に集合」などと不可解な言葉を使用するのか。危険性はらむ反日的ムード 私は沖縄の復帰が決まる前に1年余り那覇に住んでいたが、その際、琉球独立論者が地元紙に「復帰に条件をつけよう」との趣旨の意見広告を出した。責任者の画家で政治評論を書いた山里永吉、かつて共産党の大物だった仲宗根源和、琉球政府文化財保護委員長の真栄田義見氏らには親しくしていただいた。一部の人々は台湾の国民党と関係があったようだし、歴史的にヤマトンチュー(大和人)への反感もあったろう。 が、全員に共通していたのは島内に林立する赤旗、赤鉢巻き、赤襷(たすき)によって沖縄の存在感がなくなるとの危機感だった。意見広告に明瞭に書かれているように、本土復帰に条件をつける運動であり、独立が実現すると考えていた人は一人もいなかったように思う。 2紙が競って煽(あお)り立てる「反日的ムード」は中国の軍事的進出、米国の内向き傾向という現状の中で、特別の危険性を孕(はら)んでいる。 沖縄戦末期に通信手段を失った県に代わり、海軍次官宛てに「沖縄県民斯ク戦ヘリ 県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」と打電したのは大田実海軍少将(のち中将)だった。大田は国のために戦った県民に感動しこの電報を打ったのであって、国際情勢や国の置かれた立場に無頓着な今の沖縄を目にしたら、どのような感想を述べるだろうか。良識ある沖縄の人々にお伺いしたいのだ。たくぼ・ただえ 国家基本問題研究所副理事長、法学博士、杏林大名誉教授。昭和8年生まれ。早稲田大卒業後、時事通信社でワシントン支局長、外信部長、編集局次長兼解説委員などを歴任。杏林大では社会科学部長などを務めた。第12回正論大賞受賞。産経新聞新憲法起草委員会委員長も務めた。主著は『戦略家ニクソン』など。関連記事■ 問われる「保守」のカタチ■ 何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか■  基地問題 「妥協の時は過ぎた」

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    沖縄が忘れたアメリカ統治の恩

    惠隆之介(ジャーナリスト)「自治は神話」の真意 4月5日、沖縄で菅義偉官房長官と翁長雄志沖縄県知事との初会談が行われました。 会談で菅官房長官は「辺野古移設を断念することは普天間の固定化にも繋がる。(仲井眞弘多前知事に)承認いただいた関係法令に基づき、辺野古埋め立てを粛々と進めている」と説明し、対して翁長知事はこう反論しました。 「『粛々』という言葉を何度も使う官房長官の姿が、米軍軍政下に『沖縄の自治は神話だ』と発言した最高権力者キャラウェイ高等弁務官の姿と重なる。県民の怒りは増幅し、辺野古の新基地は絶対に建設させることはできない」 たしかにキャラウェイ中将は在任当時、「沖縄の自治は神話だ」という趣旨の発言をしましたが、中将は沖縄住民の性格を熟知しており、「自治を要求する声よりも、むしろ『責任』と『能力』の度合いに考慮を払わずにはおれない」と前置きし、「やるべきことをやれ」と強調したのです。その発言のなかで、「神話だ」という言葉を使ったにすぎません。 中将の言う「義務」とは何か、そもそもキャラウェイ中将がどんな人物だったのか、きちんと理解している人はどれくらいいるのでしょうか。 中将は1961年2月16日から64年7月31日までの3年6カ月間、沖縄に赴任し、頑迷固陋な沖縄住民の啓蒙活動に邁進したのです。 当時の沖縄の金融界は腐敗しており、利益独占集団を形成していました。日米両国政府が経済援助を行っていたのですが、この集団が中間搾取してしまう。その腐敗体制にメスを入れたのが、他ならぬキャラウェイ中将だったのです。沖縄金融界の浄化、感染症防遏対策、インフラ構築、サンゴなどの自然保護政策など多大な功績を残しています。 南大東村では1900年、大日本製糖会社が八丈島から移民を募り、「農地を開拓し、一定期間耕作すればそれを解放する」という条件で小作をさせていたのですが、戦後になっても約束を履行しようとしなかった。 困った村民たちは、キャラウェイ中将に農地解放の仲介を懇請したのです。弁護士資格を有していた中将は会社側に約束を履行するよう説得し、実現しました。村民は移住64年を経過して、ようやく開墾地の私有化を実現できたのでした。 1964年6月4日には、那覇市議会が中将に名誉那覇市民憲章を授与し、功績を讃えました。さらに2000年7月30日、南大東村では開拓百周年を記念して中将の胸像が村民によって建立されました。 翁長知事やマスコミは、キャラウェイ中将を「米国支配下の沖縄で強権的な政策を進めた人物」としていますが、決してそのような人物ではないのです。 もしそうだとしたら、なぜ那覇市議会が名誉市民憲章を授与したのか、なぜ南大東村に胸像が建立されたのか、全く説明がつきません。米海兵隊が駐留する沖縄県宜野湾市の米軍普天間飛行場平均寿命が30年延びる 沖縄がアメリカの施政権下にあったのは、1945年4月1日から1972年5月15日までの27年間です。最近、この時代を暗黒の時代であったかのように言っていますが、それは違います。 むしろ、アメリカの統治によって沖縄県民の生活環境は飛躍的に向上したのです。 住民は戦後、灰燼に帰した日本本土を「再起不能」と決めつけ、貧乏な日本に戻るよりも豊かなアメリカの施政下にあるほうがいいという、米国依存ムードが強かった。当時はドルが強い時代で1ドル=360円の固定相場制でしたから、アメリカ施政権下にいたほうが儲かりました。実際、本島中部の歓楽街では「日本人立ち入りお断り」の立て看板を出す店もありました。米軍人はチップを弾むが、日本人観光客はそうしなかったからです。 アメリカ統治によってもっとも進歩したのは医療、衛生環境でしょう。 戦前の沖縄の人口動態はピークで59万7902人(1937年)、県民の平均寿命は47歳。亜熱帯の地域にあるため、マラリア、結核、ハンセン病など、東南アジアと同様の感染症が蔓延していました。 また戦前の沖縄では、罹患すると庶民はユタ(巫女)に頼り、シャーマニズム的な対処しかしなかったため、感染症は地域社会に瞬く間に伝染していきました。 しかし戦後、アメリカ軍政府が「沖縄振興の基礎は住民啓蒙と衛生環境の整備にある」と結論し、看護学校を設立、米国型スーパーナース(公衆衛生看護婦)の育成に着手しました。沖縄県は150の島から形成されております。そのうち有人島は61カ所、そのすべてに公衆衛生看護婦を配置し、住民とくに婦人層の教育にあたり、感染症防遏対策を徹底しました。 公衆衛生看護婦は、日本の保健婦システムに類似点もありますが、米国式に医師と同等の権限を付与されており、在宅患者または急患発生時に医療行為も行いました。わが国の特定看護師に相当するものです。 本土に復帰してからは日本の医師法の適用下に入ったため、平成7年に廃止されましたが、いまでも公衆衛生看護婦のノウハウを習得するため、東南アジア、アフリカ諸国から看護師たちが訪れ、昨年4月でその数は1万人を突破しました。 こういった米国政府の功績により感染症は撲滅され、本土復帰する頃には人口は96万1348人、寿命は79歳と全国最長寿を達成していたのです。 アメリカ統治による輝かしい遺産はその他、米国式医師インターンシステムが残っています。これも毎年、日本全国から新卒医師の受講希望者が殺到しています。それらすべてを無視して「日本がサンフランシスコ講和条約で独立を回復した陰で、取引材料として沖縄はアメリカに引き渡された」という「恨み節」は、無知による全くの誤りなのです。県民が基地誘致を県民が基地誘致を そもそも、沖縄が日本に返還される際に、域内では復帰反対運動が起きるほど親米ムードが残っていました。沖縄財界は復帰1年前の1971年、全国紙に沖縄復帰尚早の意見広告を掲載しようとし、慌てた総理官邸は官房長官を沖縄に派遣し、「控えてくれ」と説得したほどです。その説得材料として特別措置法が設けられ、地元企業への法人税減免が時限立法化されました。いまでも県内酒造会社に限って、延長適用されています。 「米軍基地は沖縄県民が望んだわけではない」という言い分も嘘です。 たとえば、普天間基地移設予定先のキャンプ・シュワブ。基地所在地辺野古地区は現在、合併して名護市になっていますが、もとは久志村という村でした。その村議会は満場一致で誘致を可決、全議員が署名捺印したうえ、村長が3回も陳情を繰り返して1959年10月にようやく誘致を実現したのが真相です。 うるま市のキャンプ・コートニーも、誘致運動によるものです。1983年にいったん返還されたのですが、市民(地主側)が陳情し、返還の1日後にまた土地を米軍に再賃貸したのです。 この二つの例を見ただけでも、翁長知事が主張する「沖縄県民は一度たりとも基地用地を自ら差し出したことはない」ということが嘘だとわかるはずです。 とにかく沖縄県民は歴史を忘れやすい。戦前にもこんなことがありました。 廃藩置県が行われた際、琉球王府を牛耳っていた中国帰化人子孫たちがそれに反対し、沖縄近代化の妨害をした。そこで明治政府は県知事として、奈良原繁(薩摩藩士)を送り込んで民主化を成就させました。 奈良原は16年間、知事を務め、離任時には「沖縄振興の最高功労者」として銅像も建立されました。ところが戦後、沖縄の歴史は改竄され、奈良原は県民を差別弾圧した代表的な悪党のように言われている。現在、銅像も台座しか残っておらず、某新興宗教がその上に妙な像を建ててしまった。 奈良原であれキャラウェイ中将であれ、沖縄県民は恩を、もっと言うなら歴史を非常に忘れやすい欠点があると言えるでしょう。中谷防衛相(左)と会談する沖縄県の翁長雄志知事(右)=5月9日、沖縄県庁 翁長知事は「粛々と」を「上から目線」だと批判していますが、現在、泡瀬干潟埋め立てについて県を被告に住民訴訟が行われています。県が勝訴したのですが、その際、翁長知事は「粛々と埋め立て工事を進める」と発言していました。本人はそのことをどう思っているのでしょうか。やはり忘れてしまったのでしょうか。 また、サンゴが破壊されたと大騒ぎしていますが、基地移転と同時並行で進められている那覇空港の第二滑走路埋め立て事業でも同じことが行われているのです。反対運動どころか、こちらは全く言及されません。ずっと中国にシグナルを では、翁長知事自身は基地をどうすべきだと考えているのか。落としどころが非常に難しい。 いまさら回り始めた反日反米のはずみ車を止めるのはできないでしょう。それに、知事を応援して当選させた共産党から24時間監視されている。もし国に妥協しようものなら、すぐさま失脚させられることでしょう。 翁長知事は、かつては沖縄の自民党県連の幹事長を務めており、普天間基地県内移設を推進した第一人者でした。それがあることを境に、急に親中に傾いていったのです。 大田昌秀県政の時に沖縄県が出資して、中国福建省に「福建・沖縄友好会館」の建設を推進しました。94年10月から着工、完成まで3年3カ月を要しました。当初は予算5000万円だったのですが、中国側から、やれ「人件費が上昇した」、やれ「材料費が高騰した」という要求で建設費増額を迫られ、最終的には10倍以上の5億5000万円にまで膨れ上がり、所有権すべてが福建省政府に詐取されてしまったのです。 当時、私は県議会議員だった翁長氏とは懇意にしており、この件の資料提供を受け、月刊誌に真相を公表しました。翁長氏自身も、議会で県執行部を追及していました。 ところが、この直後に彼は左傾化、親中派になっていった。なぜか。中国で消えたこの5億5000万円と関係があるのでは、と私は睨んでいます。 当時、このプロジェクトを強行した中国帰化人子孫の副知事は任期満了し、その後に県知事選に出馬しましたが、多額のキャッシュを持っていました。とても副知事だけで稼げる額ではない。つまり、翁長氏も中国式マネーロンダリングに魅了されてしまったと思われます。 翁長氏は4月11日から15日まで河野洋平氏とともに北京に行きましたが、実は知事になって最初に北京に行くつもりだったのです。しかし、さすがに身内からも「本土を完全に敵に回すことになる。それはまずい」と反対意見が出たのでいまになった。河野氏と一緒に行くのは、いわば隠れ蓑でしょう。 翁長氏はずっと中国にシグナルを送り続けている。たとえば那覇市長時代に沖縄振興一括交付金を活用して、若狭の波之上臨港道路沿いの若狭緑地に中国臣下のシンボル「龍柱」一対の設置を推進していました。また市長時代の2013年6月に、那覇市内の公園に儒教の創始者である孔子を祀った霊廟「孔子廟」を中国帰化人子孫集団に設立させたのです。その公園も、11億4386万円投じて新たに市が用地を取得造成したものです。 おそらく、今後も中国関連の施設が続々と建設されていくことでしょう。最終的には中国領事館を誘致して那覇市の一区画を治外法権化するのでは、と私は見ています。知事のバックに北朝鮮知事のバックに北朝鮮 翁長県政下の沖縄に対して、日本政府は腰が引けています。どうしても、先の大戦で沖縄が戦場となって民間人に多数の犠牲を出したこと、さらに戦後27年間、米軍統治を許したという引け目、贖罪意識が働いているのでしょう。 また、沖縄選出国会議員のなかにも「沖縄はあくまで被害者」とアピールする者が少なくありません。この国会議員たちは、沖縄の真相が曝け出されるのを忌避しています。そこで私は、シンクタンク「沖縄・尖閣を守る実行委員会」を設立して県民啓蒙活動を行っています。中国もこれに注目しており、2月23日には中国環球網で私の顔写真つきで大きく論評されました。 戦前戦後の資料収集、講演活動、メディア対策などを行っていますが、実はその後援を国に陳情したことがあります。ところが、国は一切応じようとしませんでした。 一昨年、他府県選出国会議員有志(自民党所属)から、「沖縄県の実態について党本部で講演をやってくれないか」というオファーを受けました。ところが、党執行部が開催を断ったのです。「沖縄県選出の国会議員から反対意見が出ている」とのことでした。彼らにしてみれば、沖縄が犠牲者だからこそ予算を引っ張ってこられるわけですから、私に真相を吐露されては困るのです。 とはいえ、ここまで事がこじれているのだから、国は思い切って行動してほしいと思います。 1995年に米兵による沖縄少女暴行事件が起きた際、当時の大田昌秀県知事は、基地の土地賃貸契約の継続を拒否している反戦地主の代理署名を拒絶しました。その時、私は月刊誌に、知事のブレーンたちが平壌に出入りしており、バックに北朝鮮がいることを暴露しました。 結果、国会で圧倒的多数で特別措置法が採決され、総理が代理署名できるようになったのです。当時は「地方分権の侵害だ」という反対意見を表明する県選出保守系議員もいましたが、法案制定後はこの騒乱は沈静化し、マスコミも一切言及しなくなったのです。 今回も似たような構図になっていると思います。辺野古埋め立て工事に関しては、農水相が県知事に権限を委託しているのだから農水相がその権限を停止させるのはおかしくない。何より、国防は国の専権事項です。国が考えて行動するのが当然でしょう。 基地の県内移転が確定してから19年、国は問題を先送りし続けてきました。「地方分権」だとして無責任な沖縄県に権限を丸投げし、やれ知事選だ、やれ県議会選挙だ、やれ市議選だとその都度、沖縄の顔色を窺ってきた。その間、中国は確実に手を打ってきていて、もはやその影響力を無視はできない状態に陥っています。ここに至っては、以前のように思い切って特別措置法を制定し(あるいは現行のままでも)、進行していくべきなのです。 中国共産党のある幹部が漏らしていたようですが、習近平体制は腐敗摘発の一環として軍の粛清も同時に進めているがなかなかうまく行っていない。むしろ軍を抑えるので精一杯。仮に沖縄から米軍基地がなくなったら、確実に軍部が暴走してしまうだろう。だから習近平としては沖縄にある米軍基地を“必要悪”と見ている、と。そういったアジアのバランスを維持するためにも、沖縄の米軍基地は必要なのです。4月5日、菅義偉官房長官との会談に向かう沖縄県の翁長雄志知事の車(中央)に向けて、拍手とエールを送る辺野古移設反対派の人たち=那覇市まずは県民教育から 現政権、菅官房長官は振興策といって金をちらつかせて翁長知事を手なずけようとしていますが、はたしてそれは有効な手段なのでしょうか。 最悪のシナリオとしては、知事に対して中国政府から「沖縄振興のために中国が日本以上に出資しましょう」という話が出ることです。そうなったら、日本政府はどう対応するのでしょうか。 さらに、たとえば尖閣諸島から僅か180キロに位置する下地島に、遊休化している3000メートルの滑走路を持つ第三種空港があります。沖縄県が管理権を持っていますが、もし中国企業に貸すことを決定したらどうなるか。中国は最初は平和利用だというでしょうが、既得権を積み上げ、いずれは軍用機を降ろすことになるでしょう。その時、政府はどうするのか。中国の脅威はすぐそこまできています。 また沖縄のメディアは、異常なほど沖縄県民を基地反対、さらに反日反米へと扇動しているので、対抗するための住民への啓蒙活動も必要です。 沖縄県民にも基地賛成派はいますし、現状を「異常」と感じている県民も少なくない。しかし県内は同調圧力が強く、少しでも現執行部に楯突こうものなら生活が立ち行かなくなる恐れがあります。 私は、沖縄県内各地で県民啓蒙のための講演を行っています。昨年の六月には、宮古島のPTAに呼ばれて講演しました。PTAの方々が言うには、小中学校にまで憲法九条を守る会などの左翼活動家がスクールカウンセラーの肩書きで県外から入り込んできている。結果、学校の雰囲気が異様になっているので何とかしてほしい、とのことでした。 そこで私は先ほど申し上げたように、米軍施政下における医療基盤の確立などを映像や写真を使って話を進め、離島医療向上の実績を強調しました。とくに看護婦育成、公衆衛生看護システム確立に半生を捧げた米軍看護顧問官、ワニタ・ワータータース女史について話しました。 講演には左翼活動家の方々も来られていましたが、史実なので反論はできません。かえって感動される方もいました。 政府は「沖縄振興策」という名目で毎年3000億円以上の血税を沖縄に垂れ流すより、県民教育を真剣に実施すべき時期にきているのではないでしょうか。 沖縄が本土に復帰して43年、政府は沖縄に対してナーバスになりすぎていました。しかし、もうそろそろ裸の議論をできるように、政治家はハッキリ物を言わなければなりません。このままでは、沖縄が日米関係に楔を打ち込み、大きな騒乱の根源になってしまいかねないと懸念しています。めぐみ・りゅうのすけ 1954年、沖縄コザ市生まれ。78年、防衛大学校管理学専攻コースを卒業。海上自衛隊幹部候補生学校(江田島)、世界一周遠洋航海を経て護衛艦隊勤務。82年、退官(二等海尉)。その後、琉球銀行勤務。99年、退職。以降、ジャーナリズム活動に専念。著書に『中国が沖縄を奪う日』(幻冬社ルネッサンス新書)、『誰も語れなかった沖縄の真実-新・沖縄ノート』(WAC)など多数。シンクタンク「沖縄・尖閣を守る実行委員会」代表。関連記事■ 問われる「保守」のカタチ■ 何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか■  基地問題 「妥協の時は過ぎた」

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    写真家が見た「沖縄の心」

    那覇市若狭に建造される龍柱に反対する、頑張れ日本!全国行動委員会のデモ。県庁前にてキャンプ・シュワブ、ゲート前。反対派市民と民間警備会社那覇の寒中水泳。悪しき公共工事の象徴として語られる波の上ビーチ。沖縄自身が壊していく沖縄エイサーとは?沖縄式不良更正プログラムである北谷町の駐車場にて海上自衛隊の若者達。那覇国際通りにて沖縄で唯一日本式の相撲が行われる大東島那覇は新宿2丁目に次いで、同性愛者が市民権を得ている街ではないか?美しい和彫りの沖縄人6月23日、慰霊の日。浜比嘉島にて7月中旬、那覇市内の公園にて北谷町砂辺の遊歩道キャンプ・ハンセン内の散髪屋規正線の内側。那覇新都心北部やんばる、八重岳の寒桜

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    「金で動くと思ったら大間違いだ」 沖縄の声は届くか 

     東京から沖縄に移住して1年になる。 2012年に、被災地写真集「True Frrlings -爪痕の真情-」(三栄書房)、北朝鮮写真集「隣人。38度線の北」(徳間書店)を出版した後、昨年11月に那覇にやってきた。  青い海の南の楽園、という一面的なイメージを取り払ったところに存在する多様な現実を一冊にまとめることが、今の私の仕事だ。  亜熱帯の気候に身体を馴染ませる間もなく、政治的な動きが活発化した。  昨年12月末に仲井真知事の辺野古埋め立て承認記者会見があり、年明けの名護市長選、8月からの辺野古埋め立て工事へ向けたボーリング調査、11月16日の県知事選と、沖縄の政治が大きく動く一年に立ち合うこととなった。  様々な沖縄人と対話する中で見えてきたことは、彼らが沖縄人、沖縄県民という二つのアイデンティティーの中で揺れ動いていることだ。「沖縄県人ですよね?」という主旨の質問をすると「沖縄人です」と答え、「沖縄人ですよね?」と尋ねると「沖縄県人だ」と答える方々が多い。北部やんばる、瀬底島の夕暮れ。  「ヤマトンチュになりたくて、なりきれない心」という言葉を85年に西銘順治元知事が残しているが、この傷つきの深さに我々日本人は今一度正面から向き合う必要があるのではないか、と感じている。  県知事選の結果が裏付けるように、二つのアイデンティティーの片方に、沖縄が急速に寄っていることは確かだ。  かつて滅ぼされた民族が、それでも日本人になろうとした歴史を抱え、戦後69年を経て、なぜ民族意識が台頭してくるのか?  ここ一年で見ると、幾つかの現象が、その意識を拡大させたことに気付く。  時系列に見てみたい。   昨年秋、当時の石破幹事長が沖縄県連所属の自民党国会議員5名を座らせ、辺野古移設承認を認めさせた映像。  仲井真知事が昨年末、安倍総理との会談の折りに提示された振興策に対し、仲井真知事が口にした「140万県民を代表してお礼申し上げます」と言うくだり。 那覇での辺野古移設承認記者会見後の、「これでいい正月が迎えられる」との発言。 名護市長選投開票日3日前に石破元幹事長が応援演説の中で突如口にした「名護市への振興基金500億を新設します」という話。  県知事選の争点化を避けるために来年に予定されていた、埋め立て工事に向けたボーリング調査が8月に前倒しされたこと。   一つ一つが、沖縄県民の心を傷付け、日ごとに沖縄人としてのアイデンティティーがヒートアップし、今回の知事選の大差を生む結果に繋がった。頑張れ日本!全国行動委員会による辺野古埋め立て賛成デモ。辺野古漁港テント村にて、反対派市民と対峙する  沖縄は明らかに日米安全保障上の要である。沖縄対策は、「沖縄の心」を多少なりとも忖度して行われてしかるべきだが、政府、官邸の打った2つの作、500億、工事の前倒しは逆効果にしかならなかった。かほどに、政府は沖縄の感情を軽視していることの表れではないか。  「金だけで動くと思ったら大間違いだ!」という現実的な怒りと、歴史的屈辱感がない交ぜになり、「オール沖縄」というキャッチフレーズのもと、ひとまずは纏まった沖縄の民意。しかし、産経新聞の論評にもあるように、波乱含みのスタートであることも明らかである。当初から革新系の中では翁長氏に対しての不信感は拭えず、いつ空中分解するか分からない県政の始まりとなったことは確かだ。  これしかない、というタイミングでの衆議院解散、総選挙の来たるべき結果は、沖縄から見れば辺野古埋め立てを日本国民全体が是とする確認、と写るだろう。  翁長氏自身が、沖縄のアイデンティティーを死守するために国家を敵に回す厳しさに耐えられるかは甚だ未知数である。   保守派の中の一層過激なヘイトスピーチは、これまでのところ「沖縄県民よ、琉球新報、沖縄タイムスのような、左翼のアジびらに騙されるな!」という論調であったが、県知事選の結果を受け、県民自体に直接向けられることも考えられる。  翁長新知事は投開票日の深夜のインタビューで、「ヘイトスピーチに対して、我々はひるむことはない。あくまでも日本人としての品格の問題だ」と答えていた。  かつて「居酒屋独立論」とウチナーンチュ自身が揶揄していた独立論だが、一昨年「琉球民族独立総合研究学会」の設立まではこぎ着けた。すぐさま独立の動きが加速することは現実的ではないが、今後の政府との対峙いかんでは、わずかずつでもリアリティを増す可能性はある。沖縄にとって独立が本当に是か否か、という冷静な議論を飛び越えてヒートアップしなねない火種は今後も維持されていく。 あるいは、そのような論法を持ち出してでも平等を勝ち取りたい、という思いは多くの県民が共通している認識だろう。一体いつまで0.6%の土地に74%の米軍専用施設を置いておくのだ。という主張が間違ってはいないことは、日本人の共通認識として確認できる点ではないだろうか?  基地反対運動が、補助金の増額を狙ったバーゲニングに過ぎない、という本土の認識は現場の感覚とは明らかにズレていることを、私自身、この一年で確認した。   日本は沖縄と対決すべきなのだろうか? 沖縄の声をわずかでも聞き入れ、融和していくべきなのか?  沖縄人以上に、日本人の問題として我々一人一人が考えていく必要があるのではないか? と私は感じている。

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    「沖縄の誇り」という民意はどこへ行く

    米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設問題が最大の争点となった沖縄県知事選が16日、投開票され、前那覇市長の翁長雄志氏が初当選した。県民は「移設阻止」を選択したのである。辺野古移設はどうなるのか。解散風が吹き荒れる本土にも衝撃を与えた沖縄の「民意」はどこへ行く。

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    基地問題 「妥協の時は過ぎた」

     7月17日付米カーネギー財団のサイトで、James L. Schoff同財団アジアプログラム上席研究員が、普天間問題は、辺野古移転を実現させないと日米同盟関係に危機をもたらすので、安倍総理、沖縄県知事、駐日米大使が方針について早急に合意し、日本の内閣官房、沖縄県、米国のNSC代表の間で、作業部会を作って推進すべきである、と論じています。 すなわち、普天間基地の県内移転は沖縄県の反感を買っているが、在日米軍の戦略的価値はますます増大しているので、それらを如何にバランスさせるかが課題である。 辺野古移転は日本政府に莫大な財政負担を課し、米国にも負担がかかる。また、海兵隊がそこへ移動できるのは早くて2022年であり、何か障害が起きればもっと遅くなる。しかし、これを完全に実施しない限り、同盟関係に危機をもたらす。最悪の事態はこれを動かさないことである。沖縄県が主張している米軍基地の日本全国分散は実施不可能である。 辺野古移転は、時間がかかっても、それが現地の負担を減らし、防衛力を維持する最も早い方法であり、沖縄には、基地の負担軽減と土地の返還という利益をもたらす。 多くの米国側関係者は、事態が動かないことに慣れてしまって、積極的に動こうとしない。しかし、辺野古への早期移転は、関係者すべてにとって良いことである。 日米両同盟国は、安倍総理、仲井眞知事、米駐日大使との会談を設定して、辺野古への基地移転を推進し、日本の内閣官房、沖縄県、米国のNSC代表との間で、それを実施するタスクフォースを設け、その担当者は、昼夜兼行して、このプロジェクトに心血を注ぐべきだろう。 沖縄県知事が埋め立て許可を出さなかった場合は、法的措置も考えなければならない。 もう一時しのぎや妥協の時は過ぎた。日米両同盟国は、安全保障上の必要と沖縄県民の安全との間をバランスする解決策を見出さなければならない、と述べています。 * * * ショフは、2010-12年、国防長官の下で日本問題のアドバイザーを務めた日本専門家であり、普天間問題についても、精通していると考えられます。 上記の議論は、特に新しいアイデアがあるわけではありませんが、長年この問題に関与して来た者として、現在の日米両当事者の精神的惰性は、もう許されるべきでないという危機感を表明したものでしょう。 現在、日本では、日本版NSCの設置が議論されていますので、米国NSCのカウンターパートとして、普天間問題を所管させるのは一案かもしれません。 また、沖縄問題についての特別措置法のアイデアは、沖縄出身の政治家からも提案されたことがあります。これは、充分検討する価値があるでしょう。

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    問われる「保守」のカタチ

    古谷経衡(著述家) 16日に投開票された沖縄県知事選は、普天間飛行場の辺野古への移設に反対する翁長雄志氏(前那覇市長)と容認派の仲井真弘多氏(現職)の接戦とみられたが、蓋を開けてみれば翁長氏が約36万票、仲井真氏が約26万票と10万票という大差で翁長氏が勝利した。 この事実は、普天間移設の是非で拮抗しているとみられた沖縄世論が、移設反対に大きく傾いていることを意味するものだ。 選挙前、「ネット上で右派的、国粋主義的な言動を行う人々」=通称「ネット右翼(ネット保守とも)」界隈では、基地移設容認を掲げる仲井真氏への支持が圧倒的に強いという状況であった。 彼らは、沖縄における反基地運動や集会を「反日左翼の仕業である」として、強い呪詛の対象として捉えている。加えて沖縄の米軍を「日本を護る存在」として捉え、在沖の米兵を悪者のように言うのは、「反日だ」と罵っていた。 加えて、米兵による犯罪に対する捉え方も様々である。1995年に起こった米兵3名による「沖縄少女暴行事件」では、加害者の米兵ではなく、被害者の少女の側の素行に問題があった、とする意見も、ネット上では盛んに喧伝されている。 在沖の米軍は日本を護る存在であり、米軍基地は日本に無くてはならない存在。それに対し反対するのは「反日」―。「ネット右翼」の在沖米軍と反基地勢力に対する評価は概ねこのようなものに終始している。 「ネット右翼」がこのように、時として過激な「反基地」「反米軍」への敵意を剥き出しにするのはなぜなのだろうか。「保守」と「ネット右翼」の違い 私は、「保守」と「ネット右翼」を区別して定義している。 まず「保守」とは、戦後日本の中で、全国紙「産経新聞」と、論壇誌「正論」を中心として(所謂「正論路線」)伝統的に自民党清和会(福田派)のタカ派的国家観を支持する人々の事を指す。言わずもがな、この「正論路線」のイデオロギー的骨子は「反共」と「親米」である。 これに対して「ネット右翼」は、こうした「保守」の自民党的出自とは違う、全く別の場所=インターネット空間から発生したクラスタである。特にゼロ年代の初頭、2002年の日韓ワールドカップ前後(反大メディア、嫌韓国)からその傾向が顕著となったものだ。 このように「保守」と「ネット右翼」はその出自からして全く異なっているにも関わらず、両者の主張は似通っている。なぜかといえば、現在「ネット右翼」の主張や見解は、「保守」の理屈にその多くが寄生しているからである。 これは例えば、「保守」の論客が「中国脅威論」を唱えれば、ネット右翼が「支那人けしからん」、「日米同盟強化」を唱えれば「米軍基地に反対する人間は全員反日」という理屈になってネット空間に排出されている。 前出した「ネット右翼」の在沖米軍に対する捉え方の多くは、保守のいう「米軍抑止力理論」に依拠している。ところが保守側は、「支那人がけしからん」「全部反日だ」などという過激で無思慮な物言いまではしていない。「米軍抑止力理論」には軍事的な裏付けがあるが、その部分はすっ飛ばして「沖縄が中国に占領される」などという突拍子のないタイトルのシュミュレーションのみが、なにか重大な根拠のようにネット空間を飛び回り、「反翁長」の潮流に結びついていた。 なぜ「コピー」ではなく「寄生」なのか。それは、実のところ「ネット右翼」の言説というのは、「保守」と目される人々が出版したり寄稿したりする本や雑誌の詳細を読むこと無く、そのヘッドライン(見出し)のみを観て自説に採用しているからである。「コピー」は原文を引用する場合があるが、「ネット右翼」はそもそも原文を読まず、「保守」の言う理屈のヘッドラインと目次だけを見ている。 だから本当は「中国脅威論」にも軍事的な分析や薀蓄が含まれているし、実際のチャイナ・ウォッチャー達の見識が縷縷含まれているのだが、そうした部分を一切無視してタイトルだけを拝借して「支那人けしからん」というふうになる。 まこと「保守」から発信される情報の、そのヘッドラインにだけに寄生する「ネット右翼」のこうした行為を、私は「ヘッドライン寄生(見出し寄生)」と名づけている。 「ネット右翼」は体系化された「保守」の理屈にそのまま寄生し、ヘッドラインだけをみて表現を過激に加工することで自身の理屈に採用しているきらいがある。 つまりネット上で盛んに米軍を擁護し、それに反目する人々を「反日」と呪詛する動きが見られるのは、「ネット右翼」が寄生している宿主である「保守」が、「親米」だからに他ならない。そしてその「親米保守」の言う、ヘッドラインのみに寄生して、粗悪な「反日」の言説がひとり歩きしているという情勢だ。問われる「保守」のカタチ ネット上には、「翁長氏が沖縄知事になれば、沖縄が中国の属国に成る」などといった俗説が百花繚乱である。翁長氏が知事になることが確定した今、「沖縄が中国の属国になる」が本当かどうかは厳密には分からないが、ネット上にある「中国の工作員が沖縄に忍び込んで、沖縄が人民解放軍に占領される」などという意見は突拍子もないシュミュレーションの一種であることは明らかだ。 たしかに、中国の軍事費は毎年二桁の増加をみせており、不透明な部分も多く指摘されている。中国人民解放軍は特に空軍力と海軍力の近代化を急いでおり、現代戦に不可欠な無人機の開発も怠っていない。国産の航空母艦4隻建造の観測もある。 南沙諸島、西沙諸島での中国軍とベトナム、フィリピンなどとの緊張と衝突は現実問題として起こっている。いまや世界第二位の経済大国になった中国に対し「中国脅威論」が展開されるのは無理からぬところだ。 その抑止力として、沖縄に米軍を存置させるのが、日本の安保政策にとって必要不可欠だ、という理屈は非常にわかる。しかし一方で、反基地運動を展開し、米軍に嫌悪感を示す人々を「反日、中国の手先」と決めつけるのは如何なものだろうか。 翁長雄志氏は、選挙戦の演説の中で「私は保守の政治家である」といった。本土の保守派が聞けば、「辺野古移設反対で日米同盟に亀裂がはいるというのに、何が保守だ!」と怒る人が大勢いる。しかし、その理屈はあくまで「親米保守」の理屈であり、多分翁長氏が言う「保守」の姿とは違っているのだろう。 一般的に「保守」とは、「伝統や文化を守り、育てていく姿勢」と理解されている。沖縄から基地をなくし、沖縄が先祖から受け継いだ伝統的な土地を回復する、という主張は、おそらく沖縄にとっては「最も保守的」で「ナショナリスト」的な立ち位置なのかもしれない。 沖縄戦末期の折、大田実中将は東京に向けた「沖縄県民斯ク戦ヘリ、県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ」とする決別電文を打電したことは余りにも有名である。 沖縄戦では、軍10万、民間人10万余の、軍民20万人が死んだ。 沖縄を本土決戦の時間稼ぎとする、という大本営の作戦計画の是非はともかく、沖縄と日本を護るために戦った20万の人々は、戦後の沖縄に「旧敵国」であった米軍の軍事基地を常設化することなのだろうか。 死者の気持ちを忖度するわけではないが、私は違うと思う。沖縄に対する「後世特別ノ御高配」とは、米兵に「銃剣とブルドーザー」で接収された沖縄の先祖からの土地を回復し、沖縄の古来からの伝統と文化を守る強い「保守的立場」ではないのか。 或いは、米軍基地の代わりに、強力な日本の軍隊を常駐させることも、重要な「後世特別ノ御高配」の一つであることは間違いないだろう。 そういった意味では、翁長氏への支持に、革新勢力だけではなく自民党の一部が分裂して、沖縄の保守勢力までもが翁長氏を支援した事実を、本土の保守は深刻に受け止めなければならない。 本土の「親米保守」にとっての「保守」とは日米同盟の維持と強化かもしれない。しかし、沖縄の「保守」とは、米軍基地の撤去と先祖から受け継いだ土地の回復だろう。この、沖縄と本土の「保守観」の違いが、いつも話をこじらせている。 本土の「親米保守」の理屈に寄生しているに過ぎない「ネット右翼」の無思慮な物言いが、時として沖縄の人々を傷つけていると感じる。或いは「ネット右翼」の上流に位置する保守が、例え体系的な理屈であっても、沖縄の「反基地・反米軍というナショナリズム」に対し、時として軽んじる発言を行うこともまた、沖縄県民の感情を傷つける場合があると感じる。 今回の沖縄県知事選挙は、辺野古移設を問うたもの以上に、「保守とはなにか」、という根源的な問いかけを行っている。沖縄にとっての「保守」とはなにか。沖縄にとっての「愛国心」とは。「保守のカタチ」がいま、沖縄から問われようとしている。*この原稿は”ポリタス「沖縄県知事選2014」から考える”へ寄稿した拙稿を元に、大幅に改変して加筆したものです。 

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    米海兵隊と自衛隊はともに戦う

    ケイリブ・イームス(米海兵隊大尉)[取材・構成]タカ大丸(ポリグロット〔多言語話者〕) 私が操縦するオスプレイは、大きく揺れつつ名もなき沖縄中部の野球場に降り立った――。 といっても、これはシミュレーターの話である。 7月下旬、私タカ大丸と担当編集者の野村高文氏は那覇空港に降り立った。私にとっては1月に某テレビ局の通訳として同行して以来2度目の沖縄で、目的地は渦中の普天間基地だ。 「未亡人製造機」という悪評が付きまとう垂直離着陸輸送機オスプレイに、現場の隊員はどんな思いで乗っているのか? 普天間から辺野古の移転は日本と米軍の双方にどのようなメリットとデメリットをもたらすのか? そんな本音を現役海兵隊大尉に直撃する機会に恵まれた。 まず通されたのは、基地内にあるオスプレイのシミュレーターである。現役軍人が訓練用に使うもので、沖縄の地形や建物の高さまで精巧に再現され、操縦に不具合が発生した時の揺れもじつに正確で、操縦席が激しく揺れる。不謹慎を承知でいうが、「究極の男の子のおもちゃ」である。実際にこの訓練では、「ヘリコプターとして離着陸し、飛行機として飛ぶ」オスプレイの特性を生かし、「いざというときに球場に着陸する」というシミュレーションや、住宅地にある普天間の性格上自由に行なえない「夜間飛行」の訓練も行なわれる。 その後、普天間のすぐ隣にあるキャンプ・フォスターの総司令部にあるオフィスに通され、イームス大尉のインタビューを開始した。海兵隊は「ならず者集団」ではなく「カエル」  ―― 最初に、あなた自身のことから伺いたいと思います。沖縄に配属される前は、どちらにいらっしゃったのですか? イームス 私は海兵隊に加わって18年目ですが、その間に全世界のさまざまな基地を経験しました。以前はジョージア州の基地に所属していましたが、2010年に沖縄の第31海兵隊遠征部隊(MEU)への赴任命令を受け、現在に至ります。いまでは沖縄が大好きになりました。 ―― 18年前に入隊を志したときには、陸海空軍、そして沿岸警備隊という選択肢もあったはずですが、なぜほかの4つではなく海兵隊を選んだのですか? イームス 私が海兵隊を選んだのは、自分の可能性を限界まで突き詰めてみたかったからです。人生のなかで何か意義があることをやり遂げようと思い、職務に対してもっとも忠実で、軍のなかで一番のエリートとみなされる海兵隊をめざしたのです。 ―― そもそも、海兵隊と海軍を混同している日本人も多いと思いますが、両者の違いを教えていただけますか。 イームス 海軍の役割は軍艦で海兵隊員を運ぶこと、海兵隊はその艦船から出発して海岸線に上陸することを任務としています。ほとんどの場合、海軍は海上に残って海兵隊の沿岸上陸を支援しています。海軍にも一部、上陸に特化した特別な部隊がありますが、あくまで主役は海兵隊です。カエルのように水中からやってきて、陸に上がるのです。私たち海兵隊は、海軍が大好きですよ。われわれの足となり、乗り物を提供してくれますからね。(笑) ―― ノルマンディー上陸作戦のようですね。 イームス いい例ですね。海兵隊は国家の911番(警察に通報する110番のようなもの)であり、有事に際して迅速対応できるように構築されています。この「迅速対応」には、人道支援も含まれます。好例が東日本大震災後の「トモダチ作戦」です。ただし、私たちは長期作戦には向いていません。アフガニスタンではすでに10年以上も作戦に従事していますが、あくまでも例外です。海兵隊は長期間、砂漠地帯に駐屯するようにはできていないのです。 ―― まして、アフガニスタンは山岳地帯ですからね。 イームス そのとおりです。山岳地帯での作戦も可能ですが、あくまで専門は沿岸上陸です。 ―― 日本人のなかには海兵隊を「ならず者の集まり」と誤解している人もいると思います。たとえば映画『ジャーヘッド』(2005年公開)では主人公が「オレには2つの道しか残されていなかった。刑務所か、海兵隊か」という場面があります。実際、海兵隊にはどのような人が入ってくるのでしょうか? イームス 海兵隊にエントリーするには、まず高卒の資格と一定のGPA(平均評定値)が必要です。そのうえで入隊試験に合格するためには、肉体的・精神的な健康さも求められる。海兵隊の入隊基準は年々厳しくなっており、前科・犯罪歴がある場合はその時点で入隊不可です。また、入隊後の昇進にも学士号・修士号が関係してきます。海兵隊は皆さんが思っている以上に「学歴社会」なのです。私にいわせれば、『ジャーヘッド』の主人公はいわゆる「腐ったリンゴ」、出来の悪い海兵隊員ですよ。 ―― 一方で、アメリカの人気作家が書いた『トム・クランシーの海兵隊』(東洋書林)では、海兵隊は肯定的に描かれています。本書では、CNNが海兵隊にとって重要な情報源であるとされているのですが、実際のところはいかがですか? イームス そのとおりです。海兵隊はつねに最新のニュースを注視しており、世界の政治の動きなどに敏感に反応しています。だからこそ、私たちが求めるのはきちんと学業を修め、さらに成長し続けようとする人物なのです。わが子をオスプレイに乗せたことも ―― 今年7月にはMV-22オスプレイが8機、普天間基地に追加配備されました。しかし現在も多くの日本人がオスプレイの安全性に懸念を抱いており、一部では「未亡人製造機」という不名誉なあだ名もあるほどです。これに対してはどうお考えですか? イームス まず、いまの問いのなかには正しくない部分があります。現にここ沖縄には、数百人の会員からなる「オスプレイファンクラブ」があり、フェイスブックにも数千人の支持者が集まっています。彼らは「災害時に迅速に動ける」「以前より多くの支援物資を運べ、長距離を飛行できる」といったオスプレイの利点を理解してくれていると思います。 1つの実例を挙げましょう。普天間基地では毎年6月、敷地内を一般公開するフェアを行なっており、今年は7万人の来場がありました。彼らが真っ先に見たがったものは何か? オスプレイです。ニュースで話題になっているものの実態はどうなのか、興味津々の様子でした。来場者に感想を聞いてみたところ、多くが「最新型のオスプレイは能力が高く、配備されてよかった」といっていました。「まだよくわからないので、いろいろ聞きたい」と、私や現役のパイロットに、安全性やその他の質問を熱心にしていた人もいました。 こうした声がすべての日本人を代表しているかどうかはわかりませんが、私が実際に見聞きした範囲では事実です。われわれもホームページやフェイスブック、ツイッターなどを活用して情報公開に努めており、地元メディアにも「正しい情報」を伝えることを期待しています。 ―― たとえば『琉球新報』や『沖縄タイムス』を「左翼的」と評する向きもあります。これらの地元メディアは信頼に足るものなのでしょうか? イームス 正直にいって、彼らが本来伝えるべきことを伝えていない、と思うことはあります。それでも、私たちは可能なかぎり地元メディアと協調の姿勢を続け、オスプレイの安全性を訴えていきます。パイロットやクルーの大部分は妻子持ちで、私自身、何度もオスプレイに搭乗し、わが子を乗せたこともあります。本当にオスプレイが危険なら、妻はけっして私をオスプレイに乗せないでしょう。私としても、そう簡単に妻を未亡人にするわけにはいきませんよ。(笑) オスプレイは全米のあらゆる場所を飛行し、ワシントンDCやニューヨークなど人口密集地域の上空も飛んでいますが、何の問題もありません。沖縄の皆さんにはいつでも実物をお見せしますので、ぜひご自身で安全かどうかを判断していただきたい。そのために必要な情報もすべて提供します。オスプレイ配備を懸念する声が強いのも、情報が伝わっていない側面があるからだと思いますので。 ―― もう1つ、米軍と沖縄の関係で避けて通れない話があります。ごく一部とはいえ、残念ながら海兵隊の「腐ったリンゴ」が沖縄の女性に暴行被害をもたらし、米軍への反感をもたらしているのも事実です。海兵隊はこの問題をどう考え、対処しているのでしょう? イームス 私たちは、地元のコミュニティーに対して細心の注意を払っています。実際のところ、統計を見ると、海兵隊を含む駐留米軍の犯罪率は地元沖縄の住民の半分以下です。米軍に所属する男女の99・9%は素行に何の問題もなく、私と同じくバーベキューやコミュニティー活動といった普通の近所付き合いをしています。昼夜、街に出てもトラブルを起こしたりしません。 5万人の医師を集めれば、1人くらいはよからぬことをする輩もいるかもしれない。5万人の教師でも同じことがいえるでしょう。海兵隊もしかりです。ただし、私たちは法律を犯した疑いのある者を厳しく追及し、有罪判決が出た場合、軍規に従って処罰します。そして軍隊の刑罰は、日本のそれよりもはるかに重いものです。那覇空港が津波で潰れても、高台の普天間は使える ―― 『正論』(2013年6月号ほか)では、一部の反米活動家がゲート前に居座り、米兵の車に怒鳴り散らしたり蹴りを入れる、道路に寝そべるなどの行動を取っていると報道されていますが、これは本当でしょうか? イームス 私自身も目撃しています。女性兵士が顔に砂を投げつけられ、目に入って負傷したという事件もあります。ただし、そういう活動家はごく少数で、6人から10人程度のものです。どう考えても、彼らが沖縄の大多数を代表する存在とは思えません。私が知る沖縄の地元民は、穏やかで平和的な人たちばかりで、私自身も基地の外で暮らし、近所の人たちとお互いを夕食に招いて友好的な関係を築いています。ありがたいことに、活動家が散らかしたゴミを週末に片付けにきてくれるグループもあるぐらいです。 ―― それは、地元の人たちですか? イームス そう、善意の人たちが毎週末、掃除にきてくれるのです。私が「なぜこんなことをしてくれるのですか」と聞いたところ、「あの活動家連中が地元の代表と思ってほしくない。自分たちの住む土地は、清潔で平和な場所であってほしい」という。それを聞いて、思わず、涙が出そうになりました。私は沖縄の皆さんの良心を信じています。 ―― 私自身は、オスプレイの安全性は心配していません。ただ、普天間飛行場そのものが住宅地に近く、その点では安全性には問題があると思っています。 イームス 普天間は安全な空港です。運用実績も十分にありますし、住宅地に囲まれている空港はほかにもあります。日本でも伊丹空港(大阪国際空港)や福岡空港は住宅地のなかにあり、米国でも、ロナルド・レーガン空港はワシントンDCのダウンタウン(繁華街)のそばにあります。もちろん、騒音などの問題があり「理想的な状況」とはいえないからこそ、米日両政府は普天間を辺野古に移転することで合意したのですが、かといって普天間が危険ということはありません。 もう1つ重要なのは、普天間飛行場は高台にあるということです。那覇空港は海抜0mの地点にあり、津波の際に仙台と同じく使用不能になる恐れがあります。そのとき普天間は理想的な発着位置にあるといえます。 ―― では、仮に辺野古に移転できたとしましょう。海上にヘリポートをつくることによって環境破壊につながることはありませんか? くしくもジャレド・ダイアモンドは『文明崩壊』(草思社文庫)のなかで、環境破壊が文明崩壊の1つの要因だと指摘しています。 イームス 『文明崩壊』は私も大好きな本です。ただ、彼がいう環境破壊は主として50年以上前の乱開発が対象で、現代の空港建設、それも辺野古には当てはまらないと思います。 強調したいのは、辺野古のヘリポートは決して何もない場所につくるのではないということです。既存のキャンプ・シュワブを一部、海上に拡張するというかたちでつくられます。そのため、地元の皆さんは騒音や不安から解放され、私たちもより自由な運用ができるようになる。辺野古移転は双方にとってプラスになる案なのです。 ―― 現時点で、日米同盟の「いまそこにある危機」は尖閣諸島です。現在、海兵隊は尖閣防衛のためにどのような訓練をしているのですか? 万が一、中国に占領された場合にはフォークランド紛争のような奪還のシナリオを用意しているのでしょうか。 イームス それは政府レベルが決めることで、私の口から、具体的な地域の具体的な作戦をお話しすることはできません。ただ、これだけはいえます。Every Marine is ready(海兵隊員は皆、準備が整っている)。われわれは人道支援のみならず、あらゆる種類の紛争に対する準備も行なっています。これまで海兵隊は、上陸作戦で高い実績を挙げてきました。 そこで大きな役割を果たすのがMV-22オスプレイで、老朽化したCH-46(タンデム・ローター式のヘリコプター)に比べ、速度は約2倍、積載量は約3倍、行動半径は約4倍となり、遠距離からの作戦遂行が可能になります。現在、あらゆる想定をもとに上陸作戦の訓練を重ねており、政府からの指令があれば、海兵隊はすぐに出動できます。普段から「準備万端」にしておくのがわれわれの任務なのです。東北で見たのは最悪の災害と日本人の強さだった ―― イームスさんは東日本大震災の「トモダチ作戦」にも参加されたと伺いました。震災発生時、どこで何をしていたのでしょうか? イームス 当時を思い出すと、いまでも胸が詰まります。あのとき私は日本人の強さを再確認し、自らの職務に大きな意義を見出すことができました。3月11日、私はインドネシア・マナドの近海で、津波をはじめとする巨大災害支援の訓練に当たっていました。訓練には、インドネシア、米国、日本、その他のアジア各国が合同で参加していました。 ―― スマトラ島沖地震(2004年)の津波のようなものを想定していたのですか。 イームス ええ、「大津波が起こり、現地に急行する」というシミュレーション訓練でした。ちょうどそのとき、友人から「ニュースを見ろ。地震と津波が日本を襲ったぞ」というEメールを受け取りました。大慌てでニュースサイトを見たのですが、インドネシアの海上はネットの接続環境が極度に悪く、やきもきしたのを覚えています。そのうち被災地の写真が画面に現れ、大きな衝撃を受けました。私も日本に住んでいて、友人もたくさんいる。自宅は海の目の前で、妻と子供は無事なのか……。 ―― だが、あなたは遠いインドネシアにいた。 イームス 隊員全員がその晩、新たな情報を求めてネットやテレビにかじりついていました。やがて、米日両政府が合意し、海兵隊が現地に派遣される可能性が高いことを知りました。私たちは数週間に1度、このような災害支援の大規模訓練を行ない、準備を重ねてきました。被災者は食べ物や水を必要とし、東北が寒いこともよく知っていました。そして、船内には救援に必要な物資がすべて揃っている。たしか震災発生は午後でしたね。 ―― 午後3時前でした。 イームス その夜、私たちがニュースにくぎ付けになっていると、何の発表もないまま突如、軍艦が方向を急転換したのです。瞬間、すべてのテーブルが大きく傾き、上から物が滑り落ちました。「ああ、これから東北に向かうのだ」と悟り、何千人もの乗組員が一斉に歓声をあげました。「行くぞ!」。まさに求められる場所へ、求められる時に向かうことができる、と。あの瞬間は生涯、忘れることはないでしょう。その後、日本に向かっていた他の部隊と合流しました。原発の状況が不透明だったので、いったん日本海側から北海道まで北上し、そこから再び被災地に向けて南進しました。そして宮城県付近の海域に入ったわけですが――。 ―― 真っ先に目に飛び込んできたものは何でしたか? イームス 海岸線から40~50マイル(60~80㎞)離れた地点に、白い箱が浮かんでいるのが見えました。さらに近づくと、冷蔵庫だとわかりました。その周囲には子供用の靴も浮かんでいる……。私は言葉を失い、思わず泣きました。目の前に突きつけられた現実は、もはや私の理解の範疇を超えていました。あれほどの大規模災害に対して、「心の準備」ができる人などどこにいるでしょうか。 2001年に「9・11」テロが発生したときも、私はすぐにニューヨークに向かい、無残に破壊された世界貿易センタービルを目の当たりにしました。そのとき「これは最悪の事件だ」と思いましたが、東北のほうがはるかに悲惨だった。 ―― その後、海兵隊は孤立していた大島(気仙沼市)の救援に当たりますが、あなたが大島に上陸したのは、いつのことでしたか? イームス 第一陣の上陸は3月27日で、私もその一員でした。当時、大島にあった船舶は津波ですべて流され、港湾も流された家屋や瓦礫で溢れており、救援物資を運ぶための船が接近できない状態でした。ライフラインもすべて絶たれたまま、2週間以上が経過していた。そこでまず、東北電力から借りた高圧電力車を揚陸艦で運び、電気を復旧させました。そしてすぐに地元の方々とお会いし、食料や水を提供したのです。 港沿いでは、破壊し尽くされた家屋の前で、1組の老夫婦が呆然と座り込んでいました。私が近付き、「大丈夫ですか。何か助けになれることはありませんか?」と声をかけたところ、小柄で美しい老婦人が立ち上がり、涙を流しながら「ありがとう、ありがとう」と私を抱き締めたのです。そのとき私は、災害の瞬間に被災地にいること、救うべき人の目の前にいることに深い感動を覚えました。あのときのことは、いまでも忘れられません。 ―― その後、大島の人たちとは交流が続いているのでしょうか? イームス 大島の方々とはいまでも家族ぐるみの付き合いをしています。震災後、5回ほど大島を訪れているのですが、妻と子供と一緒に現地のハーフマラソンに参加し、地元の方の家に泊めてもらったこともあります。滞在したのは漁師の一家です。一人息子の男の子と最初に出会ったとき、彼は瓦礫に埋もれた漁の道具を必死で掘り起こしていました。あれから2年が経ち、彼の身長もだいぶ伸びました。わが家にも泊まってもらい、いまもよくフェイスブックなどでやりとりしていますよ。 ―― 海兵隊に関しては、Every Marine is a rifleman(すべての海兵隊員は名射手である)という言葉もあると思いますが、東北には誰一人として銃を持っていかなかったそうですね。 イームス ええ。あなたの言葉は正しいですが、より正確にいえば、Every Marine is readyでしょう。ここでいう“ready” には、人道支援活動も含まれます。沖縄でも瓦礫やゴミの処理、台風後の民家の再建を手伝ったり、孤児の受け入れやホームレスの支援活動も行なっています。また、フィリピンの台風、スマトラの地震、台湾の土砂崩れといった災害時にも、救援のために海兵隊は出動しました。じつは、アジア太平洋地域における海兵隊の任務の大半はこうした人道支援なのです。トモダチ作戦で陸自の「プロの動き」を実感 ―― トモダチ作戦の際に、あなた方は日本の自衛隊と共同作戦をとられたわけですね。自衛隊の能力についてどのような印象を受けましたか? イームス 陸上自衛隊の迅速な対応には強く感銘を受けました。私自身の経験に絞って話すと、彼らはプロとして洗練されており、柔軟な動きができる。東日本大震災が起きる前までは、このような救援作戦は想定されていなかったと聞きますが、それでも彼らは、刻々と変わる現場の状況に対して臨機応変に対応していました。率直にいって、どの国のどの軍隊も、あれほどの規模の災害に対応する準備はできていません。米軍ですら、ハリケーン・カトリーナのときに初動が遅れたとして大きな批判を浴びました。一方で、日本の陸上自衛隊は即座に私たちのところにリエゾン・オフィサー(連絡官)を配置し、協働体制をつくりました。海兵隊が大島に入ってから1週間程度で現地を離れることができたのも、陸自がすべてを引き継ぐ力を備えていたからです。 海兵隊と陸上自衛隊は多くの場面で連携して動いています。いまでは普天間基地に陸自のリエゾン・オフィサーが常駐しており、両者の関係はかつてないほど良好といえるでしょう。つい最近も、日本の自衛隊がアメリカで「ドーン・ブリッツ(dawn blitz)」に参加したのをご存じでしょうか。 ―― 今年6月にカリフォルニア州で行なわれた統合訓練ですね。 イームス そうです。あれを見れば、私たちの強い協力関係は一目瞭然です。両国にとっての最大の強みは、戦時であれ人道支援であれ、有事に際してすでに互いをよく知っているということです。両国の特性や強みを把握しているので、その都度確認する必要がありません。危機を前に、無駄なやりとりを省いて即座に必要な作業に入れる。この違いは大きいですよ。 ―― 自衛隊は海兵隊から何を学ぶべきなのでしょうか? イームス 先に申し上げたとおり、海兵隊の得意任務は上陸作戦です。その点では大いに学ぶべきものがあります。いまの自衛隊は海兵隊をもっていません。素晴らしい陸海空の部隊がありますが、これら3つをつなげる糊のような存在として、われわれ米軍海兵隊を活用してもらえればと思います。具体的には、われわれが最初の上陸作戦を担当し、陸自の長期作戦に引き継ぐ、という体制をつくるべきでしょう。 ―― 一方、海兵隊にない自衛隊の強みとは何でしょうか。 イームス 私は米軍の砲兵部隊の訓練を見たことがあるのですが、発射までの迅速さ、計算の精密さには特筆すべきものがあります。それと同じほど、空自のパイロットの技量は素晴らしい。空自の訓練で急上昇する飛行がありますね。 ―― タッチ・アンド・ゴー(飛行機が着陸して車輪を滑走路に接触させたあと、すぐに離陸する動作)ですか? イームス そうです。あの姿を見て、パイロットではない私にも、彼らに高い技量があり、私たちが多くを学ぶべきということがわかりました。私は現代の戦争映画を見ることはありません ―― あなたはイラクに派遣されたこともあるそうですが、別の機会にお会いした際には「映画『ハート・ロッカー』(2009年公開。イラク戦争が舞台)は描写が不正確だ」とおっしゃっていました。やはり、映画やドラマで描かれる米軍は現場と異なる点が多いのでしょうか。 イームス たとえば『CSI:科学捜査班』という人気ドラマの例を考えてみましょう。犯罪が起きると30分以内に捜査が進み、悪いヤツが見つかって、刑務所に収容される。実際はこんなにスムーズに事が進むはずがありません。同じ意味で、『ハート・ロッカー』も完全なハリウッドのおとぎ話です。ドラマとアクションを詰め込み、退屈な場面は全部カットしている。登場人物は何度も「命を懸けて戦う」といって、危険な場所に飛び込んでいきますが、戦場で命懸けの判断を軽率に行なうわけにはいきません。 私は2度、イラクに派遣されています。1度目はバグダッド近辺で大量破壊兵器の探索に当たり、広範囲を移動して回りました。2度目は地雷除去のため、バグダッド北西部のスンニ・トライアングル(サダム・フセインの支持基盤とされていた)に派遣されました。実際に地雷を発見することもありましたが、現実のEOD(爆破物処理班)は映画のように爆弾のプラグを抜いたり、「やばい、時間がない! それでもやるぞ!」と叫んだりはしません。現場はもっと退屈なものです。(笑) そう考えると、現代の海兵隊を正確に描き出した映画にお目にかかることはほとんどありません。したがって私は、ドキュメンタリー作品や第二次世界大戦に関する映画はときどき見ますが、現代の戦争を描いたものは見ないことにしています。 ―― ヒロシマに原爆を落としたポール・ティベッツ(元B29パイロット)も、まったく同じことをいっていたそうですね。「戦争に行った世代に、現実離れした映画は見られない」と。 イームス その気持ちはすごくわかります。ハリウッド作品でときどき戦争を賞賛する映画がありますが、そうしたものを見ると気分が悪くなります。一度でも戦場に行けば、戦争が決して美しくも何ともないものだとわかるでしょう。戦闘で負傷しようものなら、二度と思い出したくなくなる。海兵隊員の多くは現実の戦闘を経験しています。だからこそ海兵隊の完成度は高まっているともいえますが、私が海兵隊に加わったのは戦争を通じて栄光を得るためではなく、家族を戦争の恐怖から守るためです。入隊時に宣誓した「私はアメリカ合衆国とその同盟国を守り抜くことをここに誓う」という言葉どおり、私はいま、ここにいるのです。著者紹介ケイリブ・イームス(Caleb D.Eames)米海兵隊大尉1977年、米ニューヨーク州生まれ。95年、高校卒業後に海兵隊に入隊、キャンプ・ペルドルトン(カリフォルニア州)に配属される。その後、リベリア、コロンビア、ハワイ、イラクなど世界各地での勤務を経験。2010年4月より、在沖縄・第31海兵隊遠征部隊に配属。広報渉外担当官。妻と2人の息子がいる。タカ大丸(たか・だいまる)ポリグロット〔多言語話者〕1979年、福岡県生まれ。ニューヨーク州立大学ポツダム校とテル・アヴィヴ大学で政治学を専攻。英語・スペイン語など数カ国語を駆使して国際的ビジネスを展開中。英語翻訳書に『アラジン・ファクター』(すばる舎)、スペイン語翻訳書に『モウリーニョのリーダー論』『モウリーニョ 成功の秘密』(ともに実業之日本社)がある。

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    何をよりどころに沖縄の将来を築いていくのか

    森本敏(元防衛相、拓殖大学特任教授) いま、国民世論を客観的に集計するとすれば、その多数は恐らく中間軸より、やや右派寄りで、やや(親中ではなく)親米寄りという結果になるであろう。 日本人の本質は保守的で急速な変化を求めないが、ひどい体験をすると大きく反対に振れるという性格を持つ。来年で戦後70年になるが、この性格は変わっておらず、とりわけ、原発や米軍・米軍基地、集団的自衛権行使、特定秘密保護法になると、右派寄りの世論とは異なり、反対の方に少し振れるという現象が表れる。 これは理屈を超えたものであり、過去の体験に基づく感情が支配するからであろう。日本人は「抑止」は不得手 だからかと思われるが、日本人は国際情勢の変化に敏感であるものの、自分の身に何かが起こりそうにないと真剣にならない。 イスラム国やエボラ出血熱が身近な問題になると大騒ぎをするだろうが、中国の尖閣領海侵犯やレーダー照射、自衛隊機への異常接近、あるいは東日本大震災や福島第1原発事故、御嶽山噴火などの方に、はるかに大きく反応する。 どの場合も事前に事態に備えるというより、実際に体験したあとで、反省と対策に大騒ぎして過剰反応するのである。危機管理には「抑止・予防」と「被害局限・復旧」の2面があるが、日本人は前者に向かない性格なのだろうか。 東アジアにおいて、海兵隊を含む在日米軍は日本のみならずアジア太平洋にとって不可欠の抑止力である。中国が南シナ海に軍事進出してきたのは、米軍が在比米軍基地から撤退したあとの力の真空を埋めようとしたからだ。東シナ海の現実を見ると沖縄に駐留する米軍は日本の安全にとって最も重要な抑止力である。 その中心課題が海兵隊のヘリ部隊が駐留する辺野古施設であることはいうまでもない。世論調査によると、今回の沖縄県知事選挙で県民が最も重視している争点は基地問題で、その最大課題は辺野古施設の建設工事であり、普天間基地の返還を実現することである。将来の島づくりの転換点に いずれにしても今回の知事選挙は、沖縄にとって政治的節目を示す転換点になるであろう。しかし、政府は辺野古施設の工事計画を変える考えはない。辺野古施設を建設して普天間基地からオスプレイや他のヘリを移転させ、普天間基地の返還を速やかに実現するという目標に変わりがないからである。これは日米協力体制の下で、東シナ海を中心に海洋進出する中国への抑止力として、将来にわたって重要かつ不可欠の基地施設であると確信しているからである。 このように重要な機能を持つ辺野古施設の工事計画に政府が取り組んでいるのに、これを取り消したり撤回するのは合理的と思えない。それよりも県民にとって重要なことは、この選挙を通じて沖縄の将来を展望した島づくりを構想し、これを実現する契機とすることであろう。 今回、選挙の構造を見ると保守政党は構造劣化し、革新政党は分裂している。県民は政治や政党ではなく、何をよりどころにして沖縄の将来を築いていくかを選択する選挙になろうとしている。 これは望ましいことかもしれない。沖縄が本土とは異なる政治土壌にあるという選挙はこれで終わりにしてほしい。本土の県と同様に県民中心の福祉や発展、地域伝統文化、人材育成などを軸とした未来性のある地域作りを争点とした選挙にしてほしい。米軍基地の賛否で投票して沖縄の地域振興が進むことにはならないのである。本土は痛みを理解している 沖縄にはなお、在日米軍基地の7割近くが集中している。政府もこれをよく理解し、沖縄の負担軽減を図ってきた。牧港補給地区の返還時期も短縮しようと努力している。オスプレイの半数を県外に訓練移設することも、普天間基地の5年以内の運用停止を目標に努力することも約束している。 経済振興としては、年間3000億円台の一括交付金の確保や那覇空港第2滑走路建設に取り組んでいる。沖縄経済はこのところ観光産業や失業率、個人消費が改善され、景気は上向き状況にある。 その沖縄の人々から「われわれは差別されている」という声をよく聞かされたが、誰も沖縄を差別などしていない。日本で最も重要な一部と考えているからこそ、政府は負担軽減策に懸命に取り組んでいるのである。 本土の人々は沖縄県民の痛みが分かっていないと言うが、それも誤りだ。われわれは沖縄が歴史の中で負ってきた痛みを理解している。そのうえで、沖縄の人々が日本全体の中でいかに沖縄が戦略的に重要な位置にあるかを理解し、日米で取り組んでいる負担軽減努力を公正に評価するとともに、沖縄の将来を展望した現実的な選択をしていただきたいと思う。 われわれは沖縄が豊かな文化と伝統を有する日本で最も美しい島であることを誇りにしている。今回の選挙が沖縄の新たな出発点であってほしいと念願する。森本敏(元防衛相、拓殖大学特任教授) 昭和16年、東京生まれ。防衛大学校卒業。外務省退官後、野村総研主席研究員、拓殖大学海外事情研究所所長・同大学院教授を経て現職。21年に麻生内閣で初代防衛大臣補佐官、24年6月には民間人初となる防衛相に就任。

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    迫る 海保の能力を超えた危機

    の白羽の矢が、かつて琉球王朝があった沖縄に向けられているのである。その尖兵として利用されているのが、沖縄独立を叫ぶごく少数の人びとである。 今年5月、琉球独立論を唱えるグループは、中国の北京大学で開かれたシンポジウムに参加して、沖縄県民があたかも日米政府により搾取されているかのごとく発表をして称賛されたという。また、中国社会科学院においても同様であったという。そのとき、このグループが証拠として掲げたのが、沖縄で発行されている新聞『沖縄タイムス』だった。『朝日新聞』の従軍慰安婦報道と同様な事態にならないことを望むばかりである。 この琉球独立運動のグループは、中国の支配下に入っていたころ、琉球から中国を訪れた朝貢使節が歩いた道を実際に歩き感動したという。このように、中国による沖縄の日本からの切り崩しは、琉球独立運動グループを取り込むことにより動き出しているのである。日本政府は、沖縄県に迫る危機を回避するために、安全保障の基軸である日米安全保障条約に立脚した防衛体制を整える必要があるだろう。一方、沖縄県民に不満が多い日米地位協定を時代に合わせて修正し、地域による支援体制の構築も必要だ。沖縄県に現存する問題は、沖縄県民だけで解決できるものではない。石垣市のように他の地域の力も利用しながら発展していくことが賢明な策である。やはり、沖縄県民は、もっと海洋に目を向けるべきである。海を利用することにより、果てしなく明るい未来が沖縄県にあることを伝えたい。山田吉彦(やまだよしひこ) 東海大学教授1962年、千葉県生まれ。学習院大学経済学部卒業。埼玉大学大学院経済科学研究科博士課程修了。日本船舶振興会(現・日本財団)海洋グループ長ほかを経て現職。著書に、『侵される日本』(PHP研究所)ほか多数。関連記事■中国のこれからと日本が果たすべき役割/丹羽宇一郎(前中国全権大使)■呉善花<緊急寄稿>さよなら、幻想の国・韓国■「ゆとり世代の愛国心」とは~当事者・税所篤快、自ら語る

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    香港民主社会の「進撃の巨人」の正体とは…

     「私たちはウォール・ローゼのエレンとミカサかもしれないね」。選挙制度の民主化を求め、香港のアドミラリティ(金鐘)で抗議を続けていた女子大生の劉さん(21)は、こう言って笑った。日本の新聞記者だと聞いて、劉さんは香港でも人気の日本アニメ「進撃の巨人」のストーリーに自分たちの姿を重ねてみせたのだ。「雨傘革命」続く街頭占拠 このアニメは、城壁(ウォール)に囲まれた小さな都市に暮らす人類が、壁の外から襲撃してくる恐ろしい「巨人」と戦って生存空間を守る内容。エレンとミカサは主人公の男女だ。 主権こそ1997年7月に英国から中国に返還されたが、返還後も50年間保証された「一国二制度」の国際公約の下で、香港は民主社会を謳歌(おうか)してきた。 だが、経済力の膨張とともに存在感や発言力を増した中国が、「巨人」となって壁の中の民主社会を襲ってきたと劉さんらの目には映り、エレンやミカサに共感を覚えるのだという。 暑い日差しや激しい雨だけではなく、催涙スプレーや催涙ガスから身を守るために使ったカサが象徴となり、「雨傘革命」と呼ばれる今回の街頭抗議。9月28日未明に始まった街頭占拠は、2017年の次期行政長官選挙をめぐって、中国側が民主派の立候補を阻止する制度改革を8月31日に決めたことが引き金だ。渦巻く反中感情 デモ参加者は一時10万人を超え、当局の事前承認を得ない抗議活動としては返還後、最大規模になった。ただ、劉さんが例えた「巨人」への嫌悪感は、デモの前から城壁の中の人々に強まっていたことは確かだ。 人口700万人ほどの小さな香港に昨年、中国本土からは実に延べ4000万人以上が押し寄せた。観光収入など経済的効果もあったが、一方で「運び屋」による日用品や食品などの買いあさり、子供の永住権取得を狙った富裕層の妊婦の大量越境、家族連れ観光客などの不作法な振る舞い-など目に余る行為が、英国式教育を受けた香港人に強い「反中感情」を生んでいた。 12年には香港政府が小中高の教科として「国民教育」を義務化しようとして猛反発を受ける問題もあった。 中学生の子供を2人持つ40代の香港人女性、張さんは、「中華人民共和国を愛せという愛国教育、中国共産党を崇拝せよという洗脳教育だった」と憤る。市民や学生が「反洗脳」を訴えて数万人規模のデモを繰り返して撤回させた経緯があるが、親中派の香港政府と中国政府の“結託ぶり”が露(あら)わになった。「一国1.5制度」と揶揄 そして今年6月10日。中国の習近平政権が、「香港に対し全面的な管轄統治権を持つ」とした初の「一国二制度白書」を発表。「返還後わずか17年で中国政府は『一国二制度』の国際公約を破った」と立法会(議会)の民主派リーダー、李卓人議員(57)は感じている。白書発表の後、民主派の間では「一国1.5制度」などと揶揄(やゆ)する声も増えた。 香港大学による市民の「帰属意識調査」によると、白書発表直後には自ら「香港人」と考える人が67.3%と、「中国人」との31.1%の2倍以上になった。08年に両者が逆転して以来、「中国人とは呼ばれたくない」と考える香港人が急増した。 反中感情が渦巻く中で起きた「非暴力」の抗議デモに、香港警察が催涙ガスで強制排除を試みた。城壁の中の人類と巨人の戦いの行方はまだ読めないが、民主主義を信奉する国際社会は、エレンやミカサをもっと強く支援していかねばならない。香港の街頭で、劉さんたちの笑顔を見てそう思った。(上海支局 河崎真澄)

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    中国が沖縄を呑み込む日

    小笠原諸島の近海で中国漁船によるサンゴの密漁が相次いでいる。尖閣問題も解決したわけではない。沖縄県知事選は普天間飛行場の移設問題だけが争点ではない。沖縄の未来を考えてみた。

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    民主派VS親中派「誰が命じても解散はしない」

     学生や市民が行政長官の選挙制度の民主化を求めて街頭占拠を続ける香港の民主派デモ。1カ月以上も長期化し、民主派と親中派の溝がさらに深まっている。民主派リーダーで政党「工党」党首の李卓人氏(57)と、親中派の市民団体「愛護香港力量」代表の李家家氏(50)に、それぞれの主張と今後のデモの行方について聞いた。民主派、李卓人氏李卓人氏 ここまでデモが大規模になり長期化するとは予想外だった。街頭占拠は違法で市民生活に影響を及ぼしていることは事実。だが(北京の)中央政府に香港人の行動力を示すことができた点で成功といっていい。 香港人が黙っていれば中央政府は、香港の自由な空間をどんどん狭めようとする。経済問題など短期的な視点よりも、中長期的な危機を今こそ認識して立ち上がらなければならない。 英国の統治下に戻りたいわけでも、香港独立を求めているわけでもない。若い香港人の将来のために「一国二制度」で自治や言論の自由のある民主社会を求めているだけだ。(旧宗主国の)英国には当初から支援を期待していない。英国は中国側を重視している。 デモ反対派の背後には中央政府や香港政府が見え隠れする。反対派を動員することで警察力を使わずにデモを撤収させようとしている。香港警察やそれ以外の力による強制排除も懸念されるが、北京でのアジア太平洋経済協力会議(APEC)が終了する11月中旬までは実行しないだろう。 学生や市民らはみな自発的に望んで参加した。したがって納得しなければ誰が命じても解散はしない。デモがいつまで続くか予測できないのはそのためだ。親中派、李家家氏 街頭デモは当初、金融街セントラル(中環)占拠を計画していたはずが、モンコック(旺角)など市中の路上占拠に変質した。デモが圧力をかける相手は政府や金融界ではなく一般市民になった。救急車など緊急車両も通れない。商業や観光業など経済にも影を落とす。デモに一般市民の反発が強まったのは当然だ。 民主派には米国から資金が提供されている。米国式の民主主義を押しつけるためだ。だが、香港には香港に適した中国式の民主社会がすでにある。国際金融センターとして地位も確立している。理想論より経済などの現実が大事だ。 中国の特色ある社会主義の下、「一国二制度」で民主社会が保障されていることは、デモが許されている点を考えても明らかで、もっと共産党政権を信頼すべきだ。2003年の新型肺炎(SARS)の流行や08年の金融危機でも、北京の支援なしに香港だけでは対処できなかったはずだ。 香港のトップは「国を愛し、香港を愛する」のが条件だが、民主派は国を愛さない“香港独立”も狙った選挙をもくろんでいる。しかしデモ隊は占拠し続けても反発が増えるだけ。警察は今後、世論の高まりから強制排除に乗り出すタイミングを探っていくだろう。(香港 河崎真澄)

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    中国大船団 自衛隊・機動隊で制圧せよ

     今年の9月以降、中国漁船が小笠原諸島付近に多数押し寄せ、その漁船団が我が国の領海や排他的経済水域内において違法操業を行う事件が多発し、報道によれば今なお200隻以上の船が同海域にいる模様です。この件に関して中国側の意図について色々と意見が述べられているようですが、いずれも推測でしかありません。ただ現時点ではっきりしていることは、これだけの数の船が同一海域で行動しているのは、中国政府が何らかの形で関与しているということと、彼らが国力の大小で国境線が変わるという認識を持ち、それを日本近海や南シナ海などで実行しようとしているということです。 つまり、この問題は単なる話し合いや、国際社会の圧力だけでは解決しないということです。だいたい自国に降り懸かる火の粉を自らが拂おうともせず、安易に他国に救いを求めても誰が本気で聞いてくれるでしょうか。我が国は、法治国家として断固犯罪行為を許さないという姿勢で以下のことを行うべきです。 特別対策室を設置し、その本部長に省庁の垣根を越えた権限を付与する。本部長は、その権限を行使して海上保安庁、水産庁、警視庁、防衛省、検察庁、裁判所の職員を全国からピックアップし専従チームを編成する。具体的には、密漁取り締まりのノウハウを持つ海上保安庁と水産庁、暴徒鎮圧のノウハウを持つ警視庁機動隊を自衛隊の航空機や艦船に乗り組ませ、違法漁船を法令に則り粛々と検挙する。あらかじめ大型旅客船をチャーターし、刑務官と通訳を乗り組ませて父島の湾内に停泊させておき、検挙した被疑者を、そこに拘留する。また、父島に臨時の検察庁と裁判所を設置し、大量の検事と判事及びその事務官を配備するとともに国選弁護士として大量の弁護士を国の費用で連れてきて、迅速な裁判を可能にする。外規法違反の場合は「犯人が所有し、又は所持する船舶は没収することができる。」ので可能な限り漁船を没収し、それをフィリピンやベトナムに譲渡する。合わせて国際社会に日本の正当性と中国の不法行為を訴えるとともに日中首脳会談は無期限延期とする。国会は、以上のようなことが、スムーズに行うことができるよう、また違反行為者を厳罰に処せるよう法令改正等の必要な措置を行う。第3管区海上保安本部が航空機から撮影した中国のサンゴ密漁船団=10月30日、東京・伊豆諸島沖(同海上保安本部提供) 日本政府の対応に業を煮やし「自衛隊を出動させよ」とか「発砲、撃沈」などという意見をお持ちの方も少なからずおられるようですが、私の考えは、あくまで自衛隊の艦船や航空機を戦いの道具ではなく運転手付の移動手段として使用するというものです。それは、このようなケースでは自衛隊は前面に出るべきではなく、相手に領土的野心があるにしろ表面上は「犯罪行為」という形(公船の領海侵犯とは次元が違う)でくる以上、こちらも法令に則り警察力で対応すべきだと考えるからで、自衛隊の艦船や航空機を使用するのは、海上保安庁や水産庁の船や航空機の絶対数が足りないからです。また、発砲や撃沈は取締りの過程で偶発的に起こるもので、銃器の使用は否定しませんが、それ自体が目的であってはなりません。 他にも、このような方法に対しては異論のある方も多いでしょう。確かに密漁船の取り締まりは、海上保安庁や水産庁の所管事項なのですが、いかんせん尖閣諸島警備のこともあり人員船舶ともに不足しており、単独での取り締まりには限界があるのです。そこで、限界があるといって諦めては、相手の思う壺です。これは、主権をもった国家が自国の領海内で犯罪者を捕まえるだけのことで、それ以上でもそれ以下でもなく何かに配慮すべき問題ではありません。我々が、もっとも慎まなければいけないのは「中国にはかなわない」と思い、少しでも妥協してしまったり、中国船の乱暴狼藉に慣れてしまったりすることです。相手は、国を挙げて侵略してきているのです。我々も国力を総動員しなければ領土領海をまもれないことを認識せねばなりません。

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    沖縄の平和教育に中国の影

    帰」と否定的にとらえる論調が、主要マスコミを中心にむしろ支配的だ。在沖米軍を撤退させることが目的の「沖縄独立論」がもてはやされる風潮も、その一環といえる。 「慰霊の日」前後には各学校で集中的に平和学習の授業が行われるが、戦争への恐怖をいたずらに煽り、子どもたちに非武装を促すような内容が目立つ。戦争犠牲者を追悼し、国を守るために戦った人たちに敬意を捧げるという、本来あるべき「平和教育」の要素はほとんど感じられない。 こうした「復帰記念日」「慰霊の日」の現状について「沖縄の復帰運動と平和教育の淵源は反安保闘争と共産主義革命思想だった」と証言する人が那覇市にいる。元教員の仲村俊子さん(91)だ。 次第に「反日化」していく沖縄教職員会(現在の沖縄県教職員組合)の運動に疑問を感じ、復帰直前の1969年、仲村さんによると「1万2千人の組合員の中からわずか6人だけ」組合を脱退した1人である。沖縄にとって特別な月を迎えるにあたって、まず仲村さんの証言を紹介したい。沖縄復帰運動の歪みの背後に中国あり 沖縄復帰運動はもともと、沖縄教職員会から始まったという。 仲村さんらによると、1952年に設立された沖縄教職員会が中心になり、60年代は生徒に日の丸を配布する運動が盛んになった。純粋に沖縄の日本復帰を目指す運動であり、県内各地で日の丸が盛んに掲揚された。仲村さんは「日の丸を見ると、長く会えなかった親に会った気持ちになり、涙が出た」と話す。 教職員会の復帰運動が変容したのは、日米安保に反対する闘争が激化した「70年安保」のころからだったという。 教職員会の会長が、初代会長の屋良朝苗(のちの県知事)から、2代会長の喜屋武真栄(のちの参院議員)に交代した1968年ごろ。同会から「日の丸」への賛否を問うアンケート用紙が各学校の教員宛てに送られてきた。 仲村さんが勤務していた学校の教員が「賛成多数」のアンケート結果を返送すると「突き返されてきた」という。今度は「反対多数」でアンケート結果を返送すると「OKが出た」。 喜屋武は沖縄の無条件復帰を訴えて復帰闘争をリードした人物の1人であり、トップの交代が同会の活動方針転換に色濃く影を落としたようだ。 同会が日の丸反対を打ち出したのと軌を一にして、反安保の姿勢も鮮明になった。仲村さんは、このころの同会が展開していた復帰運動について「復帰実現は県民を引き付けるための手段で、実際には安保反対が目的だった」と話す。 沖縄教職員会が中核となってつくられた組織が、沖縄復帰運動の中核となった「沖縄祖国復帰協議会」である。 「協議会の実態は、県民の感情を巧みに利用した反安保闘争組織であり、裏では日米同盟の破棄を企む中国共産党が糸を引いていた」 仲村さんの子息でジャーナリストの覚さんは、教職員を中心に展開されていた沖縄復帰運動のルーツを、こう指摘する。 証拠の一つとして挙げているのは、復帰直前の72年、中国が沖縄から友好訪問団を招いているという事実だ。団長は仲吉良新という人物で、協議会とともに復帰運動をリードした1人だった。訪問団は周恩来首相と会見。周恩来は「沖縄返還協定はペテンだが、しかし返還の始まりとみることができる」と発言したという。 覚さんは、協議会が「沖縄復帰」の目的として「軍事基地の撤去」「安保条約の破棄」などを掲げていたことに着目する。毛沢東が1964年の人民日報で「(日本国内の)すべての米軍基地の撤去要求と米軍武装部隊の撤退の要求、日本の領土沖縄の返還要求、日米安全保障条約の廃止」を応援する、と述べたことと「見事に一致する」からだ。 「沖縄を共産革命の拠点に」と画策する中国共産党の工作活動が、教員を中心に徐々に浸透していった―と仲村さん親子はみるが、象徴的な出来事が復帰前に開かれた教職員会の集会であった。 「ヤクザに刃物を持たせると人殺しをするように、日本に軍を持たせると戦争になる」 こう叫んだ参加者がいた。あきれた俊子さんは「有史以来、戦争をしたことがない国があったら教えてほしい」と発言し、立ち去った。すると残った参加者から「今の発言者を吊るし上げろ」と要求する声が上がったという。 あとで判明したところでは「ヤクザ発言」をしたのは教員ではなく、革マル派の大学生だった。教職員会の集会には、こうした人物が紛れ込み、堂々と発言していたのである。 仲村さんは70年6月、教職員会から脱会した。上原義雄さん(77)=那覇市=は仲村さんと行動をともにした教員の1人だが、学校の同僚が、中国が核実験に成功したというニュースを喜んでいたことを今も覚えている。 「米国の核は侵略の核だが、中国の核は平和の核だと言っていた。最初は純粋な復帰運動だったのに、日教組の影響を受けて『核抜き、本土並みの復帰ではないからおかしい』などという運動に変わっていった。じわりじわり洗脳されていく感じだった」 「平和教育」も、ひたすら日本軍の残虐性を強調する内容へ傾いていった。仲村さんは、復帰当時、教職員会から衣替えした教職員組合(沖教組)作成のパンフレット「これが日本軍だ~沖縄戦における残虐性」を現在も大切に保存している。 冊子では、日本兵が軍刀で住民を斬首したとか、泣く子を絞殺したとかいうエピソードが約60ページにわたって満載されている。 「復帰を前にして、なぜ沖縄県民は27年前の日本軍の残虐行為をあばこうとしているのか。それは自衛隊の沖縄配備と無関係ではありません。(中略)自衛隊即日本軍隊であるからです」 冊子は「まえがき」にそう記しており、彼らの「平和教育」の究極的な目的とは「反自衛隊」(または反米軍基地)であることが分かる。思考停止させる「平和教育」も独裁国家流 話は少し変わるが、八重山(石垣市、竹富町、与那国町)の教科書問題でも、育鵬社の公民教科書採択に反対する運動の根っこは、与那国島への自衛隊配備などを阻止しようとする「反自衛隊運動」である。沖教組を中心とした反自衛隊運動は、こうして現在も脈々と沖縄で息づいている。 沖縄の「平和教育」が実際には、自衛隊や米軍に反対し、子どもたちに「非武装」の思想を植え付ける宣伝活動にほかならないことは、石垣市で学校教育を受け、記者として学校現場を取材してきた私自身も実感している。 授業では、児童に悲惨な戦場の写真を何枚も見せつけ、住民が追い立てられた壕を訪れて恐怖感を追体験させ、最後に「2度と戦争してはいけません」と「平和宣言」(実際には非武装宣言)させるのが代表的なパターンだ。 演劇や紙芝居に残虐な日本軍を登場させるとか、反軍事、反基地を訴える「語り部」に講演させるなどという手法もある。 担当する教員たちは意識していなくても、このパターンを踏襲しなければ「平和教育」ではないという刷り込みが脳裏にあるに違いない。何せ自分自身が、そうした平和教育を受けて育っている。 石垣市の玉津博克教育長が昨年、「沖縄の平和教育は、戦争の悲惨さを強調する教育になっている。その弊害は、戦争に対する嫌悪感から派生する思考停止と言える」と発言して主要マスコミから袋叩きに遭った。 玉津氏は続いて「現実社会では平和がいいと言っても戦争は忍び寄ってくる。どう平和を維持し、戦争を防げるか。情報収集力や思考力、判断力、行動力を身につける実践的な平和学習に改善したい」とも指摘した。本来の平和教育とはそのようなものであるべきだ、と思う。 沖縄本島に住む、ある小学校教員は「沖縄戦の学習では、当時の日本、米国、沖縄という三者の視点が必要だと思うが、米国側の資料に偏り過ぎていて、日本側の視点に欠けている部分がある」と話す。 駆逐される日本兵、逃げ惑う住民の姿ばかりクローズアップされ、たとえば故郷から出撃した石垣島出身の特攻隊長、伊舍堂用久中佐のような軍人がいたことなどが教えられることはない。 仲村さんは、沖縄の平和教育の現状について「反日教育だ」と断言する。現在の中国共産党が国内向けに行っている反日プロパガンダと、質的には同一だからだ。国民に「思考停止」を要求するのは中国のような独裁国家の常套手段だ。 「反日教育をやること自体が共産主義革命思想につながる。(組合は)教え子を革命の闘士に育成するようなことをやってきた。沖縄独立論も一緒」と危惧する。 こうした証言を総合すると、沖縄の「平和教育」のDNAは中国の工作活動による共産革命思想だ、という解釈も成り立つ。やる気のある教員ほど、そうしたDNAに取り込まれた「平和教育」の罠に陥りやすいのではないか。 私が取材した学校現場では最近、児童生徒に適当に合唱などさせて終わり、というまやかしの「平和学習」も見られるようになり、担当する教員の「手抜き」が別の意味で感じられるようになった。 「私が教員時代、小学校5年生を担当した時に『国歌を書いて』と言ったら、書けた子は1人もいなかった。好きな国を聞いたら、日本を挙げた児童は約50人のうち3人しかいない。教育の影響力は大変だ、とつくづく思った」 そう嘆く仲村さんの胸中を今、何度も去来する言葉は「国家百年の計は教育にあり」だという。5月10日は尖閣の「有史記念日」 沖縄県民にとって特別な月である5月だが、将来、そこにもう一つ「記念日」が加わるかも知れない。尖閣諸島が初めて文献で確認された日付が「1534年5月10日である」という研究成果の普及を図るため5月11日、長崎純心大の石井望准教授が石垣市で講演した。石井准教授によると、今年は「尖閣有史480周年」の記念すべき年に当たる。 尖閣に関する最古の文献史料は中国の「使琉球録」だという。中国から琉球に向かった使者が1534年5月10日に「釣魚嶼」(尖閣の中国名)を通過したことが記されている。 石井さんによると、中国はこの文献を、尖閣が歴史的に自国領であることの根拠の一つだとしている。しかし出典が中国の文献であることは、日本側にとって歴史的に何ら不利にはならない。 石井さんは「同じ史料の前段に琉球人が案内したと記載されている。尖閣を通過するのは琉球人の航路。尖閣が中国ではなく、琉球の文化圏に属していたことが分かる」と説明する。しかし琉球人うんぬんの記述を、中国は故意に無視しているという。 こうした史料からうかがえるのは、琉球人が当時の中国人を「おもてなし」したという事実である。 しかし現在の中国政府は、琉球人の「おもてなし」の事実を逆手に取り、こうした文献を都合良く切り貼りして、尖閣が「中国領」であることの歴史的根拠だと主張する。石井さんは講演で「沖縄県民は怒るべきだ」と訴えた。 石井さんがこれまでに精査した尖閣関連の歴史資料は約100点に及び、そのすべてが「日本側に有利な内容」だという。中国側に有利な史料を故意に無視したわけではない。歴史史料を読み込んでも「中国が尖閣を領有していた根拠となるものはゼロ。完全にゼロだ」と強調する。 尖閣の西側に中国の国境線があったことを示す文献は幾つもあり「通常は、話はそこで終わる」。ただ、尖閣が太古の昔から日本領だったわけでもない。尖閣は中国と琉球を往復する線上に位置する「目印」であり、その意味で交通の要衝だった。日本でも中国でもない無主地だが、尖閣周辺の航路を熟知していたのは琉球人だった。尖閣が日本領となったのは1895年の閣議決定によってである。 石井さんの講演は私も司会者として参加したが、約40人の参加者があり、学術的な集会としては、石垣市ではまずまずの入りだった。石井さんは「尖閣有史500周年の20年後には、首相が尖閣に上陸して記念式典を開いてほしい」と呼び掛け、会場から拍手が起きた。 市は、日本政府が閣議決定で尖閣を領土に編入した1月14日を「尖閣諸島開拓の日」に定めている。講演会の参加者からは「1月14日より、5月10日のほうが歴史的には重要ではないか」と石井さんの呼び掛けに賛同する声も出た。交代時の領海侵犯を常態化させた中国海警 尖閣周辺海域では中国公船「海警」の日常的な航行が続いている。今年に入り、領海侵犯は5月2日までに11回に達した。 最近の海警の領海侵犯には一つのパターンがある。海警は通常2~3隻体制で、何日間か尖閣の領海外側にある接続水域を航行する。そして日本側に対する示威行為のように領海侵犯し、恐らく乗組員を休息させるため、直後に接続水域から出て、中国大陸の方向へ戻っていく。すると別の2~3隻が交代して接続水域に入ってくる。こうして尖閣周辺での24時間航行を実現している。 昨年までの領海侵犯は、尖閣に近づく日本の漁船を威嚇する目的が多かったが、最近は尖閣向けに出港する漁船がほとんどいなくなった。最近の領海侵犯は、海警が本国へ戻る前、日常行事のように行う反日パフォーマンスと化しているようだ。 領空、領海侵犯は他国の主権に対する重大な挑発行為であり、通常の国なら慎重にも慎重な検討の末に踏み切られるはずだ。それをいとも軽々しい反日パフォーマンスにしてしまった中国指導部の思考経路は、とても尋常とは思えない。「兵は国の大事」と戒めた「孫子」のDNAは、現在の中国指導部にはない。つまり、現在の中国指導部とは、豊かな古典を生んだかつての中国人ではなく、私たちが初めて遭遇するエイリアンのような存在だと考えたほうがいいだろう。 そうした中、5月に海警とベトナム沿岸警備隊の船が南シナ海で衝突する事件が起きた。 このニュースを聞き、私が反射的に思い出した光景があった。昨年5月、漁船に同乗して尖閣諸島の周辺海域に行った際、領海侵犯して近づいてきた中国公船「海監」3隻が私たちの漁船に体当たりしようとしたのだ。 巨大な中国公船が、くり船のような漁船に襲いかかって来たのである。海上保安庁の巡視船が間に割って入り、中国公船をけん制したため事なきを得たが、中国側が本気だったら、漁船は木っ端微塵だったに違いない。中国公船はこのあと、数時間にわたって漁船を包囲し、我が物顔で航行を続けた。 南シナ海の事件で、中国はベトナム艦船が衝突してきたと主張しているようだが、尖閣海域で中国公船の振る舞いを目撃した経験からすれば、牙をむいて体当たりしてきたのは中国側のほうだと確信できる。 私が目撃した尖閣周辺の中国公船はかなり横暴な態度だったが、この時は日本の巡視船のほうが数で勝っていたためか、漁船への実力行使はためらっていたようだった。南シナ海ではベトナムに対し、中国公船の数が圧倒的に優勢だという。やりたい放題だろうと想像できる。尖閣周辺でも南シナ海でも、中国がやっていることの本質は同じだ。すなわち「強盗国家」である。やはり尖閣防衛にアメリカ頼みは禁物 来日したオバマ米大統領は4月24日、日米首脳会談で、尖閣に日米安保条約が適用されることを明言した。沖縄のマスコミでも大きく報じられ、沖縄全体に、いわば安堵のような空気が漂い始めている。 しかし報道された米大統領の発言を注意深く読んでいると、そこには日本側にではなく、むしろ中国側に対する配慮のほうが色濃くにじみ出ているのではないか。 「尖閣諸島の最終的な主権の決定について特定の立場を取らない」「中国は地域だけでなく世界にとって重要な国だ」「日米安保条約は、私が生まれる前に結ばれた。越えてはいけない一線を私が引いたわけではない」――。尖閣について発言するオバマ氏は伏し目がちで、その表情には何の決意も感じられなかった。 中国メディアは、米大統領が中国寄りの発言をしたと報じたそうだが、実際にそう見える。「尖閣は日本の領土である」とオバマ氏が明言できない時点で、既に米国は頼りにならない。 中国は尖閣を奪うことによって、太平洋への出入り口となる重要拠点の海域を獲得できる。そのことは日本だけでなく米国にとっても危機であり、ひいては世界の平和にとっても危機であるに違いない。 しかし、オバマ氏をはじめとする米国政府の面々がそのことを理解しているとは到底思えない。以前にも本誌で述べたことがあるが、米国頼みの尖閣防衛などあり得ない、と改めて確信した。 米大統領が誰に配慮しようが、本来、私たちにとってはどうでもいいはずだ。尖閣を行政区域とする石垣市民の1人としては「自分たちの島々を他国に守ってもらう」ことを当然視する風潮に耐えがたい不自然さを感じる。自分の国は自分で守るという原点に一刻も早く立ち返ってほしい。 そんな中で、石垣市では、将来の国のあり方を改めて考え直すという動きが、少しずつではあるが始まっている。5月10日、沖縄「正論」友の会の「八重山セミナー」が初開催されたのだ。 地元有志の実行委員会と八重山日報が協力して実現した。最初の講師となった産経新聞社専務・大阪代表の齋藤勉氏が中国とロシアの現状を解説。「尖閣の最前線である石垣島でセミナーが開かれることに敬意を表したい」と述べた。 悪天候にもかかわらず200人超が参加した。尖閣問題に対する市民の関心は必ずしも高くないが、緊迫化する一方の国際情勢を受け、少しずつ意識の高まりがみられるようだ。 八重山を起点にして、沖縄にしっかりとした日本の防波堤を築くことが私たちの目標だ。今後もセミナーを重ねたい。月面着陸ではないが、石垣市民にとっては小さな一歩、しかし県民にとっては大きな一歩と評されるよう努力したい。仲新城誠氏 昭和48(1973)年、沖縄県石垣市生まれ。琉球大学卒業後、平成11(1999)年に石垣島を拠点とする地方紙「八重山日報」に入社、22年から同紙編集長。イデオロギー色の強い報道が支配的な沖縄のメディアにあって、現場主義と中立を貫く同紙の取材・報道姿勢は際立っている。著書に『国境の島の「反日」教科書キャンペーン』(産経新聞出版)。

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    沖縄の帰属未定論 長引く尖閣対立で揺さぶりをかける中国

    森 保裕(共同通信論説委員兼編集委員)  中国共産党の機関紙、人民日報は5月8日付の紙面で、沖縄県の帰属は今も未定であり、琉球問題は再び議論できると主張する論文を掲載した。沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)をめぐる問題で、日本をけん制する狙いだろう。日本の各メディアは大きく転電し、日本政府は厳重に抗議した。 中国のネット上では「沖縄は中国の一部だ」「沖縄を取り戻せ」といった勇ましい書き込みが相次ぐ。果たして、中国は尖閣諸島を奪った後、沖縄まで“奪還”しようとするのか。論文の真意や琉球の地位未定論が出てきた経緯を検証しながら、中国指導部の思惑を探った。「釣魚島問題を整理する」「琉球再議論」を主張 論文は「『馬関条約』(下関条約)と釣魚島問題を論ず」(約4600字)。政府系シンクタンク中国社会科学院の張海鵬氏と李国強氏の共著で、シリーズ「釣魚島問題を整理する」の第1回。人民日報第9面「重要ニュース」のページの半分を占める長文だ。 後半3分の1の「三、釣魚島と日清戦争及び“沖縄処分”」の部分では、「琉球王国は独立国家であり、明清の時期は中国の属国」「日本は武力によって琉球王国を併呑」「清政府は琉球処分に直ちに抗議し、琉球問題は日中間の懸案となった」と記述した。 論文の末尾では「馬関条約調印にあたって、清政府は琉球問題を再び提起する能力はなく、台湾及び付属諸島(釣魚島を含む)、澎湖諸島、琉球を日本に奪われた」「(日本が受け入れた)カイロ宣言とポツダム宣言に照らせば、台湾とその付属諸島(釣魚島を含む)、澎湖諸島を中国に返されなければならないだけでなく、歴史上未解決の琉球問題も再び議論できる時になった」と述べた。論文を材料に政府は対日けん制 日本の外務省は8日、論文について「仮に論文が中国政府の立場を示しているなら断固受け入れられない。厳重に抗議する」と中国側に伝えた。中国側は「記事は研究者個人の資格で執筆した」と回答し、中国外務省の華春瑩副報道局長は9日の定例記者会見で「抗議は受け入れられない」と突っぱねた。 華副局長は会見で、沖縄の主権について「中国政府の立場に変化はない」と述べ、政府としてはこれまで通り沖縄の帰属未定を主張する考えがないことを暗に認める一方、「学界の長期の関心事だった沖縄、琉球問題が再び突出してきたのは、日本側が釣魚島問題で絶えず挑発的な行動を取り、中国領土の主権を侵犯しているからだ。論文は、釣魚島と関連する歴史問題に対する中国民衆と学界の関心と研究を反映している」と論文を材料にして日本をけん制した。勢いづく中国国内のタカ派 一方、人民日報系のタカ派紙、環球時報は11日、「琉球問題を活性化し、政府の立場を変える準備をしよう」と題した社説を掲載し、日本が中国への敵対を選ぶなら、中国政府は今の立場を変えて琉球再議論を主張すべきと訴えた。 社説は論文について「日本がこれほど緊張したのは、自信のなさの表れ」として“琉球カード”の有効性を強調、3段階戦略で最終的には中国政府が「沖縄地区で琉球国復活に向けた勢力を養成すべきだ」と訴えた。まさに日本の反響の大きさに、勢いづいた形だ。加熱ぶりに当惑を隠さなかった張氏 張氏は17日付の環球時報に発表した手記で、論文の意図などについて補足説明を行って、日中双方のクールダウンを呼び掛けた。手記の要旨は以下の通り。 一、論文は、「釣魚島は中国固有の領土だ」との、より有力な論拠とするため、日本の歴史上の琉球処分を持ち出し傍証としたものだ。 一、末尾の「琉球再議論」がこれほどメディアやネチズンに注目されるとは思わなかった。 一、再議論は、わたしが琉球史と近代日中交渉の歴史から得た結論であり、現実の日中関係から出発したものではない。 一、再議論すべき点は(1)琉球はかつて独立王国であり、明清時代は中国の属国だった (2)1943年のカイロ会議で、米国のルーズベルト大統領は中国(中華民国)の蒋介石主席に対し、戦後、琉球を中国の管理とするか意見を求め、蒋は米中両国の共同管理にすべきと答えた (3)52年のサンフランシスコ講話条約を中華人民共和国は認めていない (4)琉球の人々が独立と帰属のどちらを求めるのか。琉球人民の意見は再議論の重要な根拠となるべきだ――の4点だ。 一、決して“中国は琉球を求めている”のではなく、一部の「中国は琉球を奪還すべし」との意見は妥当ではない。 一、「中国が釣魚島に次いで沖縄、最後に日本を占領する」などと日本の右翼が騒いでいるのも荒唐無稽であり、“中国脅威論”の鼓吹にすぎない。 張氏は手記の中で、人民日報論文の主眼は「尖閣諸島は古来、台湾に属する中国領土であり、日本は日清戦争に勝利した勢いに乗じて、同諸島を窃取した」と主張する点にあり、琉球の帰属問題は「傍証」と説明した。 また、琉球再議論は歴史学者としての問題提起だとし、日中両国のメディアやネチズンの過熱ぶりに当惑を隠さなかった。そして再議論すべき論点を列挙して、沖縄の人々の意思が尊重されるべきと強調。中国の「沖縄奪還論」や日本の「中国脅威論」の双方をともに批判した。8年前から登場していた沖縄の帰属未定論 沖縄の帰属未定論が中国でとりざたされ始めて久しい。2005年8月1日発売の中国誌「世界知識」には北京大学歴史学部の徐勇教授の論文が掲載されている。沖縄が日本の領土となったのは琉球王国に対する侵略の結果であり、米国から日本への沖縄返還も国際法上の根拠を欠くとする論旨は、人民日報論文と同じだ。 05年は戦後60年であり、小泉純一郎首相(当時)の靖国神社参拝などで日中関係が悪化し、春には中国全土で反日デモが起きていた。 こうした“学説”は日中関係が悪化した時期に数多く表れる。2010年9月の尖閣沖・中国漁船衝突事件の後には、中国商務省研究院の日本研究者、唐淳風氏が環球時報などに執筆。今年3月と5月の「世界知識」には、復旦大学の国際関係公共事務学院所属の雷玉虹氏が執筆していた。日本は冷静な対応を 張海鵬氏らの論文は、中国共産党機関紙、人民日報に大きく掲載されたため「中国指導部の意向か」と特に注目された。指導部が尖閣宣伝の格上げを支持した可能性はある。 しかし、1879年の琉球処分から既に130年以上が経過。中国政府は72年の日中国交正常化の際も、その後も、沖縄の帰属未定論などは持ち出してはいない。沖縄には米軍基地があり、米国務省のベントレル報道部長は論文に関し「米国は沖縄に対する日本の主権を認めている」と即座に反論した。 こうした現実を見れば、中国政府が自ら琉球帰属未定論を主張したり、沖縄を侵攻する恐れはほぼないだろう。尖閣対立が長引く中、いらついた中国が帰属未定論によって揺さぶりをかけてきた。冷静に反論しておく必要はあるが、過剰に反応すると、かえって中国内のタカ派を喜ばせることになりかねない。

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    沖縄独立という「自殺」を煽るのは誰か

    天間飛行場の名護市辺野古への移設問題が最大の争点だが、地元メディアを中心に過熱しているのが、「琉球=沖縄独立論」だ。この問題では、NHK番組がBPO(放送倫理・番組向上機構)に告発されてもいる。沖縄に何が起きているのか。

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    琉球独立論の空虚

    報工作の何らかの影響を受けていることは十分に考えられる。 一方、松島教授らとは違った流れで、古くから沖縄独立を掲げている政治団体がある。「かりゆしクラブ(旧名:琉球独立党)」だ。琉球独立党は70年、野底武彦、崎間敏勝(大衆金融公庫元総裁)が中心になり結成。1971年-参議院議員選挙に崎間が出馬したが落選。活動は停滞していた。05年に党員だった屋良朝助が党首となり、党名を「かりゆしクラブ」に改名した。 その屋良氏に今回の独立学会立ち上げについて聞いてみた。 ―沖縄独立の動きが中国を利すると思いませんか? 「私の妻が中国人ということもあり、誤解されていますが、私は中国なんかの工作員ではありません。ある意味、右派の方ともわかりあえる民族派だと思っています。もし中国の工作員だったら、たくさんの工作資金をまわしてもらって過去に知事選や市長選に当選しているはずです」 ―独立したとたん中国自治区になるのでは?「それはありません。私たちが松島さんたちと違うのは、彼らは新左翼系で非武装を唱えていますが、我々は武装を認めます。ただし、独立=自主防衛ということではないのです。独立しても、米国・琉球軍事同盟を結ぶ事や、国連に協力をもとめて多国籍軍の駐留とか、琉球国防軍を多国籍人で構成するとかも可能だと考えています。自衛隊と同盟を結ぶこともありえます。ただし、その場合は『自衛隊』ではなく『災害派遣隊』に名をかえていただき、有事の際だけ『国防軍』になってもらえばいい。中国に占領されて終わりという意見をたびたび聞きますが、いちいち反論するのは時間のむだです」 そうはいうものの、私が屋良氏を知ったのは、2010年4月25日普天間県内移設反対県民大会で、屋良氏が琉球独立のドデカイ旗を持って自転車で走りまわり、その映像が中国のテレビで放送され、中国人の間で・やはり琉球は独立したいんだ・と評判を呼んでいたからだ。その事を持ち出し、「いくら中国とは関係ないといっても、中国国内の世論形成に利用されている。その事をどう思うか?」と聞いてみたが、明確な答えは返ってこなかった。いずれにしろ中国はあらゆる手段を駆使して沖縄及び尖閣の略奪を狙っている。もし実現すれば中国の巨大艦隊が太平洋に出られる広大な海路を獲得でき、ハワイでアメリカと太平洋の覇権を二分するという野望も達成できるのだ。沖縄独立を応援するトンデモ文化人、政治家たち 4月に沖縄に行った際、沖縄財界のF女史が「最近、孫崎とか鳩山とか何人だかわからないような人がちょくちょく沖縄に来ては左翼に迎合することばかりいって困ったものだわ…」といっていた。 「鳩山」とは鳩山由紀夫元首相である。最近、沖縄に財団法人東アジア共同体研究所を立ち上げた鳩山元首相は、近々中国を再訪するという噂もあり、まるで中国のエージェントのような動きをしている。「孫崎」とは孫崎享氏で、その最重要ブレーン。元外務省情報局長、元防衛大学教授という肩書があるだけにやっかいなのだが、4月10日付沖縄タイムスに「私は最近沖縄を訪れることが多い。/気付いたことは、沖縄の政治家や言論界の相当の人々が独立論に傾いていたり、今真剣に検討しはじめていることである」という書き出しで「活発化する沖縄独立論」というエッセイを寄稿している。独立学会への側面支援である。この記事に関してF女史が「私の周囲で独立なんか唱えている人は一人もいません。孫崎氏は一体誰に会って発言しているのでしょう? 中国人ではないかしら?」と憤慨する。 また、 社民党の照屋寛徳議員は自らのHPで「沖縄、ついにヤマトから独立へ」と、独立学会設立を歓迎、応援する記事を掲載している。その内容は以下のようなものだ。「明治以来の近現代史の中で、時の政権から沖縄は常に差別され、今なおウチナーンチュは日本国民として扱われていない現実の中で、日本国から独立した方が良い、と(私は)真剣に思っている。 沖縄の人口は140万人を超えている。国際社会には人口100万規模の独立国がたくさんある。今朝(4月1日)の地元二紙朝刊によると、来る5月15日『琉球民族の琉球民族による琉球民族のための学』と定めた『琉球民族独立総合研究学会』というものが正式発足するらしい。許されるならば(会員資格のうえで)私も学会に加わりたい」  4月9日のHPにはこんなエピソードを誇らしげに紹介している。「今日、中華人民共和国駐日本国大使館・韓志強公使が私の議員会館に来室した。来室目的は、現下の日中間の諸問題や中国と沖縄(琉球)との500年余の歴史的、文化的、経済的交流(交易)について、語り合うことであった。(略)私からは、特に尖閣問題について『平和的外交手段による解決を強く望む』と申し上げた。韓志強公使は、『中国は武力や威嚇の行使による解決の意思はない』と明言された。(略)最近、ネット右翼が『沖縄でオスプレイ反対を叫ぶ者は中国の手先』とか『中国が沖縄を侵攻、占領するぞ』等と喧伝しているが、韓志強公使は『中国が武力で攻めてくるような雰囲気があるが、根も葉もないこと。そのような意図は全くない』と明確に否定された」 中国公使の吐息のような嘘を信じるのは勝手だが、5月13日には尖閣沖の領海内で漁をしていた石垣島の漁船髙州丸が、中国の海洋監視船3隻に包囲され、海上保安庁の巡視船が間に入るという事件が起きた。これを威嚇といわずに何と言うのか。それほど中国を信じ、沖縄独立を是とするなら、日本国の国会議員をさっさと辞任すべきだろう。発起人はオール・サヨク ともあれ、独立学会の発起人五十数人の公表されているバックグランドを調べたところ、見事なまでにオール・サヨクだ。一坪反戦地主、革労協、沖教組、反戦運動家、普天間ゲート反オスプレイ活動家など。政治色のない市民はほとんど見当たらない。これでは偏狭な運動集団と見なされても仕方がない。15日の記者会見に出席していた、長老格の西表島の石垣金星氏は会見で「私は元沖教組で、68年から72年まで復帰運動の先頭にたって旗を振っていました。復帰後、バラ色の世界がくると信じていた。ところが、それは間違っていた。日本政府は日本人の安全のために沖縄は言うことを聞けという。オスプレイにしろ、これまでのやりかたはすべてそうでした。沖縄市町村の代表が東京に行ってデモ行進しても何も現状は変わらない。沖縄に平和がきて夜、ゆっくり眠れるようになる選択肢は独立しかない。(略)この運動を長い目でみて、若い人たちにバトンタッチしてゆきたい」と語っている。 確かに戦後70年近くも経ちながら、日本国内に外国の軍事基地が存在するのは異常である。しかしそれを解消し、日本を真の自立した国家にするには改憲し、自衛隊を国軍として増強し、アメリカと対等の立場で同盟を結ばなければならない。その方向に進まなければ、基地問題も完全に解決はしない。日本も沖縄も、核を保有する非民主的国家に囲まれているのだ。石垣氏は1946年生まれだそうだから、沖縄戦の時には赤ん坊にもなっていない。その沖縄戦では12万人以上の民間人と、約10万人の日本軍人が命を落とした。戦艦大和も含め皆、日本と沖縄を守るために必死で戦ったのだ。敗れたとはいえ、その勇猛な必死さがあったからこそ、日本は独立でき、沖縄も復帰した。それが歴史の見方というものだ。中国の分断工作に易々と乗せられることは同じ悲劇を繰り返すことになる。 32軍司令部の直属の看護婦として従軍し、牛島大将の最期を看取った伊波苗子さん(94)は会うたびに私にこういう。「閣下殿は摩文仁で自害されてからも、ずっと沖縄にとどまり、沖縄の父神様となって私たちを見守ってくださっているのです」。それは「矢弾尽き 天地染めて 散るとても 魂還り 魂還りつつ 皇国護らん」という辞世の句に現れている。また、大田實・海軍少将は「沖縄県民斯く戦えり。県民に対し、後世特別の御高配を賜らんことを」という遺言を残して自決した。沖縄は6月23日、68年目の「慰霊の日」を迎えるが、沖縄を守るために散華した島民や日本軍兵士、神風特攻隊の英霊たちが、独立学会などの稚戯のような騒動を知ったら、どれほど嘆くだろうか。独立学会がめざす「甘世」な社会は、現時点では幻想に過ぎず、彼らの頭の中だけに限定しておかないと、それこそ東アジアの動乱に繋がってゆく。彼らは、琉球独立云々を言う前に、国家なき人々の悲劇、パレスチナやチベット、ウイグルなどの調査・研究を行い、そこから真の平和とは何なのかを真摯に学んでいただきたい。 ちなみに先述の沖縄県民意識調査で「89%は中国に対し否定的」と発表されたことに対し、沖縄タイムスは「県民は中国には批判的だが、歴史的な親近感はある」と報じている。左に巻いた脳のネジは、どんな現実を見せられても、真ん中には戻らないようだ。大高未貴 昭和44(1969)年、東京都出身。フェリス女学院大学卒業。世界100か国以上を訪れ、 ダライ・ラマ14世、PLOのアラファト議長にインタビューする。衛星放送チャンネル桜キャスター。著書に『神々の戦争』(小学館)、『魔都の封印を解け!』(防衛弘済会)など。

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    迫る沖縄県知事選 抑止力考慮した米海兵隊基地の議論を

    香田洋二 (ジャパンマリンユナイテッド顧問 元自衛艦隊司令官) 11月16日に沖縄県知事選挙の投開票が行われる。米軍施設が県土の約10%、日本全体の米軍基地施設の約75%を占める沖縄では、在沖海兵隊の再配置が主要争点となる公算が高い。7月にハワイで行われたリムパック(環太平洋合同演習)での一コマ(REUTERS/AFLO) しかし、再配置と並行して検討されるべき重要要因である「米軍の抑止力維持」に関する論議はほとんどない。 負担軽減のみを論じ、抑止力に言及しない議論は不完全である。マスコミ等があえて黙殺している節もあることから、この機会に米軍、特に海兵隊の抑止力に焦点をあてて考察する。 去る8月に米マリアナ統合軍司令官である旧知の米海軍少将の交代式へ参加するためグアムを訪問し、グアムの知事や政財学界首脳と懇談する機会を得た。主な安全保障の話題は、アジア重視政策におけるマリアナの重要性、北朝鮮のミサイル恫喝に対応した戦域高高度防衛(THAAD)ミサイルの配備と在沖海兵隊の移転であった。 海兵隊移転は転入隊員・家族数と地域経済への影響が中心であり、MV-22オスプレイは話題にもならなかった。在沖海兵隊の移転・再配置は、我が国はもとよりアジア太平洋地域全体の安全保障に大きな影響を与える。米本土より劣る在沖海兵隊 米軍が冷戦後のアジア太平洋地域の安定を支えてきたが、その役割は我が国駐留及び当地域へ展開する米軍部隊が担ってきた。ハワイ、グアムからアフリカ東岸までの広大な地域で、米軍戦闘部隊が駐留している国は日本と韓国だけである。在韓米軍は、米韓同盟の本質が対北朝鮮であることから北の抑止意義が高い反面、朝鮮半島に拘置されており、新戦略を反映した他地域への戦略的展開は困難である。 「再均衡」(Rebalance)政策を中核とする米国のアジア太平洋政策に、真っ向から挑戦する中国の「近接阻止・領域使用拒否」(以後「A2AD」)戦略を受けて立つ米国のアジア太平洋安全保障戦略を支える柱が、在日および当地域へ展開する米軍部隊である。米国の再均衡政策と安保戦略を支える我が国の決意と自衛隊の能力は、アジア諸国から高く評価されている。日米同盟を基本とする我が国の政策と地政学的位置は当地域の安定の鍵である。 残念ながら、再均衡政策の柱である対中抑止力の一翼を担う海兵隊の役割と意義は、我が国において正確に理解されていない。再配置計画推進過程において理解深化は必須である。 筆者は4年にわたる米海軍での生活を通して、海軍と密接な関係にある海兵隊に関して同僚の海兵隊将校から多くを学んだ。その立場からすると、我が国一般の海兵隊に対する理解は不十分である。 海兵隊は、軍艦内の規律維持と海外の国益保護を任務とする小規模な軍種として独立戦争前年に誕生した。一時の廃止期を経て19世紀半ばから米国のほとんどの戦争に参加し、ペリー提督来訪にも少数が同行している。2回の世界大戦、ベトナムから湾岸、更にはアフガニスタンまで多くの戦争に投入され、今日では米国の世界戦略における初動対応部隊となっている。 海兵隊はMAGTF(マグタフ)と呼ばれる司令部、地上部隊、航空部隊及び支援部隊から成る自律作戦能力の高い部隊を編成して任務を遂行する。 最大単位が遠征軍MEF(メフ)で師団規模の地上戦闘部隊と完全編成の航空団(戦闘攻撃機、垂直離着陸攻撃機、大〜小型輸送・攻撃ヘリ、電子戦機、空中給油機、輸送機等)及び支援部隊で編成される約4万人の部隊で、近年ではイラク戦争等の湾岸地域への対応の際に編成されている。 1952年制定のダグラス・マンスフィールド法による3個MEF制をとる海兵隊はⅠ-MEF(以下「Ⅰ」)が西海岸のカリフォルニア州、Ⅱ-MEF(同「Ⅱ」)が東海岸のノースカロライナ州、Ⅲ-MEF(同「Ⅲ」)が日本に所在する。 MEFのうち戦闘攻撃機から各種ヘリまでの、任務と性能が異なる200機以上の作戦機を運用する航空団は各機種の飛行特性と訓練形態に応じて3〜4個の近傍の航空基地に展開する。一時提案された「普天間所在輸送ヘリの嘉手納移駐案」を米軍が受け入れなかった大きな理由が本方式である。 海兵隊の特徴は、 (1)陸・空戦力が近傍にまとまって所在し一体化した緊密な訓練を実施 (2)洋上展開を支援する海軍基地(Ⅰ:サンディエゴ、Ⅱ:ノーフォーク、Ⅲ:佐世保)の近傍に所在 (3)実戦より厳しい訓練の継続実施 (4)自己完結性の高い作戦能力と補給途絶下における一定期間戦闘力維持 (5)非正規戦から本格的戦闘に至る幅広い各種戦能力 等があり、これらを包括的に表す標語として「敏捷性(Agility)」がある。 MAGTAFには、MEFの他に旅団規模のMEB(メブ、1〜2万人)および最小単位であるMEU(ミュー)がある。 MEUは最も運用頻度が高く「司令部」と「戦車や砲兵を含む地上大隊戦闘団」及び「各種輸送ヘリ及び垂直離着陸攻撃機からなる混成航空隊」と「後方支援大隊」から成る約2000人の部隊である。海兵隊は常時2個MEUを即応体制で維持するため、7個MEUを米本土の2個MEFに各3個、在沖縄のⅢに1個の配分で編成している。 即応MEUは空母型強襲揚陸艦及びドック型揚陸艦等3隻で構成される遠征打撃部隊に乗艦、洋上を動き回りながら待機して不測の事態に備える。本格的な両用作戦を実施する際は海軍の空母機動部隊及びトマホーク搭載艦の支援を受けるが、この組み合わせを「海軍・海兵隊チーム」(Navy-Marine Corps Team)と呼称する。 海兵隊の本質は、「上陸作戦・両用戦が得意な地上戦部隊」という単純なものではない。強力な陸・空戦闘力と支援能力をMAGTFとして集約して自己完結力と継戦能力に優れるとともに、海軍部隊と緊密に協同して人道支援から本格戦闘までの広範な任務をあらゆる場所で達成するところにある。 我が国の島嶼防衛に関連して「海兵隊的機能」という用語が広がっている。自衛隊が導入を進めている両用戦能力は島嶼防衛上必須であるが、上述のMAGTFに象徴される海兵隊と自衛隊の本質は水と油以上に異なる。 自衛隊の両用戦能力を構築するにあたり、海兵隊とは機能も運用体制も異なる陸海空自衛隊が保有すべき能力を明確にするべきである。そのうえで、海兵隊的機能である両用戦能力の整備が必要である。単なる海兵隊の一部能力導入だけで、有事に真に機能する島嶼防衛力とはなりえない。 沖縄の地理的特性からⅢの当地域の安全保障への影響は圧倒的である。しかし、米本土所在のMEFが海兵隊の特徴を全て満足する「完全MEF」とすれば、在沖のⅢは、航空部隊がカネオヘ(ハワイ州:大・小輸送・攻撃ヘリ)、岩国(戦闘攻撃機、給油機)及び普天間(オスプレイ)と広範に分散し、地上部隊も一部が旅団規模でハワイに分駐した上に総兵力も小さい「減量MEF」といえる。 この様なⅢであるが、台湾に加え、中国の強圧的対外政策の目標となっている南・東シナ海及び不安定な朝鮮半島との関係という天与の地政学的価値を有する沖縄に所在することこそ、当地域の安定における最大の戦略的意義であり、拡張主義を採る中国にとって重大な障害、すなわち極めて有効な抑止力となっている。 しかし、即応部隊の中心となるMEUが1個に限られる等、I、Ⅱに比べ能力で本質的に劣るⅢに対する正確な理解が海兵隊再配置の出発点である。海兵隊戦闘部隊の一部及び家族のグアム、ハワイ移転と訓練の豪州ダーウィン及びグアムでの分散実施は、陸・空戦力が近傍にまとまって所在し、MAGTFとして緊密に一体化した質の高い訓練を実施するという海兵隊の根本理念に反する。 本移転による在沖兵力の減少は、減量MEFの戦闘能力を更に削ることであり、機動展開等の部隊運用で補える限度を超える恐れがある。沖縄特有の厳しい訓練制約がもたらす戦闘力の低下は、訓練環境のよいダーウィン等で改善できることを勘案しても、現在の再配備・移転計画はⅢの戦闘・抑止力を許容限度の下限まで減ずるものと理解しなければならない。 「オスプレイ飛行訓練のグアム移転」や「同飛行隊の佐賀空港への暫定移駐」は、①許容限界にあるⅢの構成部隊と訓練を更に分散させ、②分散した遠隔地における移動訓練が訓練効率と質の低下に直結し、既に下限にある抑止能力を遂に許容水準下に落とし込む恐れが大である。オスプレイ訓練のグアム移転等の追加提案は、少なくとも我が国から持ち出すべきものではない。「偏重」議論の見直しを 今後、「基地負担解消」のみの論議が続き、「抑止力維持」の視点が顧みられないまま再配備・移転計画が推進される場合、中国の強圧的な対外政策に「がっぷり四つ」に組み合う米政策の柱となる米軍、なかでも在沖米海兵隊の抑止力は大きく損なわれる。 両案件の同時解決は簡単ではないことは勿論であるが、感情論から離れた論理的な取り組みが国民、特に沖縄県民に求められる。今日まで我が国と国民が享受してきた最大の価値である自由と民主主義に先鋭的に挑戦する隣国に正面から向き合う時、再配備問題で混乱し低下する海兵隊の抑止力は彼の国だけを利することになることを我々は銘記しなければならない。

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    先鋭化する沖縄独立

    る色々な資料を送つて下さつた。これは沖縄の現状を憂慮してのことである。すぐに電話でお礼を申上げたが、沖縄独立論や島言葉復興運動について、沖縄県民がどこまでその意味する所を深刻に受け止めてゐるのか、そこが分からない、そこが不安なのですとのことだつた。 送られた琉球新報の切抜きの中に「道標を求めて~琉米条約百六十年主権を問う」といふ連載記事があり、西里喜行氏、與那覇潤氏、阿部浩己氏、佐藤優氏、松島泰勝氏らが書いてゐる。また「佐藤優のウチナー評論」といふ連載もあつた。ひつくるめて言へば、日本政府による琉球併合以前に琉球は独立国として英米蘭と条約を結んでゐるから、強制による琉球併合は国際法違反であり、従つて沖縄の構造的差別を解消するためには、主権と自己決定権が認められ、回復されなければならない、とする主張で共通してゐる。直ぐか徐々にかの違ひはあつても琉球の自主権拡大、連邦化、やがては独立といふ方向を目指してゐることには変りがないやうだ。 久米島生れの作家・佐藤優氏は「ウチナー評論」でヤマトンチュに対する憎悪も露はに、「日本人の政治家の良識に期待しても無駄だ。なぜなら、その良識は身内である日本人内部にしか適用されず、外部である沖縄人には適用されないからだ。沖縄を軽く見る者に対して、我々は知恵を駆使して必ず報復する」(8月30日付)とか、スコットランドの住民投票に関連しては、「11月16日の知事選挙は、東京の中央政府に過剰同化する政治と訣別し、沖縄のアイデンティティー、自己決定権を確認する住民投票としての性格を併せ持つことになる」(9月13日付)とも述べてゐる。沖縄のメディアが毎日流し続けてゐる情報の危ふさ、凄まじさに改めて驚くばかりだ。 10月4日、NHK総合は11時から「ETV特集 沖縄 島言葉の楽園」を放送した。簡単に結論を言つておくと、これは「はるかなる琉球王国」の続編とも言へる番組で、この中では更にはつきりと、沖縄における島言葉の復興といふ動きの取材を通して、琉球独立、もしくはそれに向けての自治権拡大の主張を強く後押してゐた。先に記したやうな、沖縄のメディアが日々発信してゐる主張をそのままなぞつたのがこの番組である。沖縄県知事選挙も近い微妙なこの時期、やはり!といふ感じだつた。今後11月16日までの間、NHKはまた何らかの暗示的なメッセージを含んだ沖縄番組を放送するのではないかと懸念せざるを得ない。ともかくこの番組を見て、改めてNHKの余りに露骨な偏向姿勢と、番組に込められた政治的メッセージに、事態はここまで来てゐるのかと慄然たる思ひになつた。結局、琉球独立推進のプロパガンダだつた 1時間に及ぶ番組内容の紹介は省く。番組では、国連のユネスコが沖縄方言は日本語とは別の独立した固有の「言語」であると認めてゐると語り、また今年8月、国連の人種差別撤廃委員会も日本政府に対し、沖縄人は「先住民」であるからその権利を保護し、消滅の危機に瀕する言語を守るために島言葉での教育を推進するやう勧告したと述べる。沖縄県民は本土の日本人とは異なる「先住民族」だと聞けば、大方の日本人は異様の感に打たれるだらう。だが既に平成20年、「沖縄市民情報センター」などの人権団体から報告を受けた国連の人権委員会から、日本政府は同趣旨の勧告を受けたのだが、幸ひなことに政府はそれを問題にしなかつた。 人種差別撤廃委員会の委員には数多のNGOが資料を渡して陳情する。日本人活動家が提起して国連を巻込み、情報を世界に拡散し、その情報を殆ど鵜呑みにした国連機関の権威を以て日本政府に勧告する、といふ構図は慰安婦問題の「クマラスワミ報告」と全く同じである。今年、日本からは「人種差別撤廃NGOネットワーク」(連絡先「反差別国際運動日本委員会」理事長・武者小路公秀氏、副理事長・組坂繁之氏=部落解放同盟中央執行委員長)が同委員会に対し、国内の諸人権団体の勧告案を含む報告を取纏めたレポートを提出した。因みに理事の中には沖縄人権協会理事長・福地曠昭氏の名も見える。 レポートの8番目の項目に「琉球民族」があり、これを作成したのは「琉球弧の先住民族会 市民外交センター」なる団体だが、その報告書を読むと一貫して大和民族から琉球民族はいかに虐げられ続けたかといふ記述になつてゐて、とにかく尋常な文章ではない。その内容は昨年5月に発足した「琉球民族独立総合研究学会」(庶務理事・松島泰勝龍谷大教授)の主張と全く同じだ。先住民としての琉球民族の意思を決定するためには、現在琉球諸島に居住する人間の「所属民族」を確定し、その上で純粋の琉球民族のみで選挙を行つて代表者を決定し、日本政府と協議するなど、殆ど唖然とするやうなことが提言されてゐる。何を以て線引きするのか。最新のDNA解析結果を以てすれば琉球民族はみんな大和民族になつてしまふ。久米三十六姓の子孫の所属民族は何か。もしかしたら移住者ヤマトンチュは最下層なのか? まるで北朝鮮の「成分」ではないか。 現在の沖縄で奨励される島言葉復興運動も、実はこのやうな沖縄と本土を分断する、国連をも利用した国際的な謀略戦の深層から生じてゐるのであり、素朴な発想のお国言葉保存運動などとは訳が違ふことを理解しなければならない。「琉球民族」に関する報告の五番目に「琉球の歴史/文化及び言語教育」があり、このテーマに関はる問題として、琉球民族は〔a言語権の否定〕〔b独自の歴史・文化を学ぶ権利の否定〕をされてゐる状況にあることを挙げ、その「背景」を次のやうに述べる。「琉球語が消滅の危機に瀕する事となった最大の原因は、日本政府による同化政策と、第2次世界大戦中の沖縄戦における、琉球語の使用者をスパイとみなし、処刑するなどの強制と脅迫が大きく影響している」。そして「勧告案」として、・日本の教育において、大和民族以外の民族や文化に関する教科を設置し、大和民族の歴史や文化に関する教科と同時間数を配分すること。・先住民族の多く居住する地域では、当該先住民族独自の歴史、文化、言語教育の時間を作ること。 この驚くべき内容のレポートが日本のNGOによつて国連の人種差別撤廃委員会に提出され、それがほぼそのまま日本政府に勧告される。このやうに見てくると、NHKの「沖縄 島言葉の楽園」といふ番組は、日本人を大和民族と琉球民族とに分断し、琉球独立への布石を打つための特殊な一NGOのとんでもない提言と、またそれを是認する沖縄のメディアや左翼学者が醸成する空気に忠実に沿つて作られてゐることが分かる。こんな反日番組の制作に大枚の受信料が投じられていいものだらうか。終盤に至つていよいよ番組の狙ひは明らかになる。地方自治が専門といふ琉球大教授・島袋純氏が「島言葉の日」でもある9月18日、スコットランド独立の是非を問ふ投票日の現地をルポし、沖縄のあるべき姿をスコットランドの歴史と現在に求め、沖縄の「言語」の復興を、一時は禁止されたといふゲール語の復興に重ねる。普通はこれをプロパガンダと言ふ。 琉球独立とか自治権拡大を唱へる人はシナの脅威を言はない。チベット、ウイグル、内モンゴルがシナの民族浄化で今どうなつてゐるかを言はない。NHKもそれを言はない。言語に関して言へば「方言札」どころの話ではあるまい。国がしつかりしてゐなければ方言だつて守れまいに。 大事なことを付け加へておく。天皇陛下は素晴らしい琉歌をお詠みになる。この一事が沖縄方言は日本語から独立した言語だとの内外学者の、言はば極めて政治的な妄言を粉砕してゐる。報道されなかつたこと二題 都合の悪いことは報道しない。9月28日昼から29日夜にかけ、元社会党委員長、同衆議院議長、同社民党党首、土井たか子氏の死去(9月20日)を、NHKも民放も朝から晩まで山を動かした人とか言つて讃美一色で報じた。NHKはほぼどのニュースにも「今まで60年間戦争をしなかつたのは九条があるからであり、改憲を阻止する運動を展開したいと思つてゐる」と語る土井氏の同じ映像を入れた。これだからテレビは信用できない。九条を抱へる無防備な憲法があるから人も攫はれたのだ。折しも29日は瀋陽で拉致問題の日朝協議が行はれてゐた。パチンコ疑惑とは何だつたのか。人道の欠片もないこの独裁国家と通じて、拉致問題解決より米支援を優先し、終始拉致被害者家族に冷たかつたのは一体誰か。土井氏は責任ある立場にゐた公人中の公人だ。やたら褒めればいいといふものではないだらう。 嘗てNHKは沖縄の八重山地区での教科書採択問題については「ニュースウオッチ9」などがかなり熱心に報じた。あれは採択された育鵬社の公民教科書をNHKが問題視してゐたからだ。ところで福岡県柳川市教委幹部職員が、同市小中24校長に集団的自衛権行使容認反対の署名集めを要請した問題をNHKは報じたのだらうか。この幹部職員は反戦団体「戦争を許さない福岡県民委員会」(代表、組坂繁之氏)のネット上での呼びかけに賛同して署名集めを依頼したと報じられてゐる。市教委の組織的な関与の有無は不明なままだが、明らかに教育公務員特例法違反である。この件を最初に報じたのは、事後1カ月以上を経た8月6日付読売新聞筑後版だつた。その後続報なく、福岡県在住の年来の友人S君がこれではならじと産経新聞九州総局に働きかけ、同紙は8月29日、9月1日は「主張」で全国に報じ、やうやく広く知られるに至つた。因みにS君は福岡県の公立学校の教員として、強固な日教組支配の中で教育正常化に奮闘してきた。柳川市では中学校長を勤めたから、かの地の状況や空気は知悉してゐる。9月1日には柳川市議会において、緒方寿光市議が市長、教育部長に対し、徹底して事実関係を質し、口頭注意で済ませてゐたところを再調査するとの回答を引き出した。地方議員の行状が何かと話題になる昨今だが、かういふ使命感に満ちた人もゐて日本を支へてゐる。反戦団体や日教組の存在にも絶対に臆しない。柳川市議会のホームページを検索すれば、この時の緒方市議の粘り強い奮闘ぶりが見られる。民間団体「教育正常化推進ネットワーク」の側面からの活動もあり、10月1日の新聞各紙は関係者が懲戒や文書訓告などの処分を受けたことを報じた。この重要なニュースをNHKは報じたのだらうか。全国ニュースでは見た覚えがない。S君にNHKのローカルでは伝へたかと尋ねたが、報じたのを見たことがないと言ふ。多分2人とも見落としたのだらう。(10月17日) 本間一誠氏  昭和20年生。東京都出身。皇學館大学文学部国文学科卒。国語科教師として鹿児島県、千葉県、三重県の高校に勤務

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    知事選に向けての情報操作か! NHK沖縄番組の偏向

    元高校教師 本間一誠沖縄県知事選に向けての情報操作が始まった 足かけ4年に亘つて注視して来たNHK番組の中でも、特に関心を払つて見て来たのが沖縄関連の報道である。そこに、沖縄メディアと軌を一にした歪んだ歴史観、露骨な反日反戦の姿勢が如実に窺へるからだ。もう何度も書いてきたが、今回も沖縄関連番組に絞つて書くことにする。それといふのも来たる11月16日には、日本の将来にとつて死活的に重要な沖縄県知事選挙が行はれるからだ。これまでの報道姿勢から考へると、必ずNHKは、沖縄の被害者意識を一層煽るやうな形で、普天間基地の辺野古移設にブレーキをかけて来るだらう。そして、実際は大幅な規模縮小を伴ふキャンプ・シュワブへの「移設」なのに、殊更「新基地建設」反対と言ひ募る勢力、或いはシナの意を迎へる「龍柱」建設を推進してゐる那覇市役所内外の反日勢力の後押しをするに違ひない。実際、それはもう露骨に始まつてゐる。本土と沖縄の分断を図るNHKの情報操作は、既に随分早くから始まつてゐるが、今後は11月の県知事選から来年の敗戦70年に向け、一層その傾向に拍車がかかるのではないかと思ふ。 NHKが沖縄県知事選挙の争点を、敢へて辺野古移設の是非に持つて行きたいことは明白だ。さりげなく印象操作を始めてゐる一例を挙げておく。8月14日は基地移設作業のため、名護市の辺野古沿岸で関係者以外立入禁止を示すブイの設置が開始された日だつた。この日、「おはよう日本」は制限水域のブイ設置開始を報じ、無断で入つた場合は日米地位協定に伴ふ刑事特別法で検挙対象になることにつき、反対派の市民グループから抗議活動を抑圧するものだとの批判が出てゐることを伝へた。その日の夜7時半から75分にわたり、「コロッケぱらだいす・ごきげん歌謡笑劇場~夏休み!沖縄・名護スペシャル」なる娯楽番組を放送した。内容は出演者らによる地元紹介や歌、名護を舞台にした他愛のない人情笑劇ではあつたが、全国数多の市町村の中で、わざわざこの日に名護市である。どうにも素直になれない。余り意識の高くない視聴者の意識を名護市に向ける効果はあつただらう。こんな穏やかで平和な所に、無理に海を埋立てて基地を作るなんて、といふ訳だ。 この番組のすぐ後、「ニュースウオッチ9」はボートやカヌーで抗議する「市民グループ」と海保の睨み合いの状況を映し、キャンプ・シュワブ前で「新基地反対」のプラカードを持つて、移設反対の拳をあげる人々の抗議風景を映す。更に沖縄戦の聞き取り活動をして来たといふ「辺野古区民の会」のN氏が、「政府のやり方には憤りを飛び越えて涙も出ない」とか「戦争が起きると真先に狙はれるのは基地がある所。辺野古住民も先の大戦で68名犠牲になつてゐる。基地建設は何としても阻止」などと語る。この理屈で言へば国中丸腰でゐるのが一番安全といふことになる。実情はキャンプ・シュワブのある地元辺野古住民の殆どは移設容認なのだが、結局その声は全く報じられなかつた。お笑ひ娯楽番組と軽く見てはゐられない。かういふニュースの合間に何げなく名護市で催した娯楽番組を嵌め込めば、ある種の宣伝効果はあるだらう。心理戦の手本ではある。基地移設反対を煽る「時論公論」は放送法違反 辺野古移設報道に関してもう一つ挙げておく。9月13日の「時論公論~説明置き去りで進む辺野古移転」(西川龍一解説委員)である。最初から「辺野古沿岸部で準備作業が本格的に始まつて1カ月。この間、移設に反対する人達の抗議活動が継続する中、現場の作業は進み続けてゐる」と、専ら反対派と同じスタンスで語る。西川氏のこのコラムを手短に要約すれば、昨平成25年暮に仲井眞知事が埋立申請を承認したが、その後も反対派の抗議運動は続き、宜野湾市や名護市の民意も移設反対が圧倒的に多い。国は住民が求める負担軽減とは何かに耳を傾けよ、といふ内容。 西川氏は、制限水域を示すブイ設置後の8月23日、埋立地に隣接するキャンプ・シュワブのゲート前で「三千六百人の大規模な抗議集会」が開かれ、その後も移設反対の抗議活動が続いてゐると言ふ。氏は平成24年10月23日の「時論公論」でも、同年9月9日の「オスプレイ配備反対県民大会」を取材し、実際集会を見てゐるのに10万人を越える人が集まつたと述べた。公安筋の情報では約2万人。西川氏は主宰者発表の大嘘をそのまま伝へた訳だ。今回も全く同じで、3600人といふのは主宰者側発表の数字で、翌日の「沖縄タイムス」1面にもでかでかと載つた。 しばしば引用する沖縄発のブログ「狼魔人日記」(管理人・江崎孝氏)によれば、キャンプ・シュワブのゲート前はせいぜい入つて千人程度、当日もそんなものだつたらうとのこと。放送法四条三は「報道は事実を曲げないですること」と明記してゐる。事実とかけ離れた誇大な数字で、反対集会が盛り上がつたと印象づけるのは放送法違反だらう。自分の目で見よとは前にも書いた。 普天間基地移設問題を考へる時の大前提は、日本の存立にとり、現在も将来も沖縄が持つ地政学上の絶対的な重要性は変らないといふこと、そして、普天間基地の危険除去と北部振興、及び即応性ある堅固な国防体制の構築、これらを満たすには辺野古への移設しかないといふこと、この二点であらう。だが西川氏の解説は専ら基地撤去、もしくは移設反対派の立場に身を置いて己の心情を吐露し、政府は反発する地元住民に説明責任を果たせと言ふばかりだ。この稿を執筆中の現時点で、シナ海警の船が連続39日も尖閣諸島の接続水域を遊弋してゐる。時に平然と領海侵犯もする。西川氏はこの危機の常態化には全く言及しない。「クローズアップ現代」同様、実に奇異としか言ひやうがない。この厳しい現実を抜きにして沖縄の基地移設問題は論じられないではないか。沖縄県市議選――NHK出口調査結果に疑問 では西川氏自身は危険な普天間基地をどうせよと言ふのか、どうやつて沖縄や本土をシナの侵略から守れといふのか。それは語らず、次のやうに言ふ。「移設に肯定的な人の中にも、辺野古への移設は新たな基地機能の強化、基地の固定化であり、負担軽減には繋がらないのではないかと疑問を持つ人もゐる」と。移設容認派の人にも色々ゐるだらう。だがこの発言も西川氏の心情に沿つてピックアップされ、移設容認の人でさへかう言つてゐるとの印象操作をしてゐるとしか思へない。国外、県外への移設は不可能なのだから、西川氏のコラムの方向を延長すれば、結局残る道は移設の中止、普天間基地は閉鎖撤去といふことになる。既に工事に入つた現在、それはあり得ないことだが、安倍政権は民意を無視して移設を強行してゐるとのアピールにはなる。一番喜ぶのは心理戦、世論戦をしかけてゐるシナ共産党だらう。 西川氏は「抗議活動の根底にあるのは国への不信感」と言ふが、この番組に映つてゐる抗議活動をする人々をよく見よ。幟に記された言葉や団体名を見ても地元の一般住民ではない。県内外の左翼活動家か日当目当ての老人達である。例の辺野古テント村の住人と同類の人々であり、それを恰も地元住民であるかのやうに言ひなすのは殆ど詐術としか思へない。それはもう通用しない。西川氏は9月9日に現地取材し、「平日にも拘らず」反対派の人々が20艘ほどのカヌーでボーリング調査を止めろと訴へてゐた(映像あり)と共感の口吻で語る。普通の人間は平日には勤めがある。平日の白昼にカヌーで海保のボートに突つかかるのはバックがあるプロ市民でないとできまい。 どうしても疑義を呈しておきたいことがある。また数字の問題だ。このコラムで、9月7日の沖縄県市議会選挙に際し、NHKが宜野湾市と名護市で辺野古移設に賛成か反対かの出口調査を行つた結果を紹介してゐる。宜野湾市では反対68%、賛成32%、名護市では反対78%、反対22%であつたといふ。西川氏は負担軽減になる筈の宜野湾市でもこんなに反対が多い、これは移設が負担軽減、危険除去には繋がらないと見てゐる市民が多い結果だと言ふ。数字の印象効果は大きい。だがどうも変だ。宜野湾市(定数26人)では移設容認の与党15人は全員当選してゐる。名護市(定数27名)では選挙前に県外からの住民票移動が約1600人以上(「チャンネル桜」惠隆之介氏談)といふ異常事態の中で、移設反対、基地撤去を掲げる稲嶺進市長の与党14名が当選、公明党2名を加へ過半数を反対派が制したが、実は与党は前回より一議席減らしてゐる。宜野湾市の選挙結果とNHKの出口調査結果は、その数字が余りに乖離してはゐないか。また名護市への左翼と覚しき大人数の住民票移動が実際にあつたとすれば、それに言及しないのはフェアではない。出口調査はどのやうに行はれたのか。何より選挙結果が出たのに、今更出口調査の数字を詳しい分析もなしで強調することに強い疑問を感じる。これも印象操作ではないのか。「歴史秘話ヒストリア」は琉球独立工作だ 9月3日放送の「歴史秘話ヒストリア・はるかなる琉球王国~失われた南の島の記憶」はとにかく酷かつた。昨年、この「歴史秘話ヒストリア」が伊勢の遷宮を扱つた時も、根底に流れる反日史観に強い憤りを感じたものだつた(本誌昨年八月号)が、今回もまた同様の気分になつた。近年の東シナ海の海空の状況や、仄聞する沖縄への工作活動の浸透を考へれば、この番組は殆ど外患誘致、琉球独立工作を公共の電波を使つて堂々と実行してゐるとさへ思はれる。 冒頭のナレーションはこんな具合である。「日本列島の南に位置する沖縄の島々。嘗てここに琉球王国と呼ばれる独立国がありました。海を通じ、日本や中国をはじめ、アジアの国々と繋がつてゐた琉球は独自の文化を育んだ海洋国家でした。(中略)明治を迎へ、近代化を進める日本政府を前に琉球は存亡の危機に立たされます。強引に進められる日本への併合。さらには琉球を分割する計画まで。そんな中、琉球を守るために立ち上がつた若者達がゐました。時代の荒波に翻弄されながらも、必死に抗ひ続けた琉球王国の知られざる奮闘物語です」云々。冒頭のこの語りが簡潔にこの番組の内容を語つてゐる。 番組では、嘗て琉球王国はシナと日本といふ大国の間にあつて、その巧みな外交術と中継交易により大いに栄えたこと、幕末のペリー来航時には通訳の板良敷朝忠の巧みな交渉術で王国の危機を乗り切つたことなどが語られる。琉球王国はシナとも日本とも異なる独自の文化伝統を持つた平和で輝くやうな国といふイメージを演出する。日本の「琉球処分」がいかに理不尽な蛮行であつたかといふことを印象づける仕掛けである。 琉球王国の華やかな文化は冊封使節をもてなすところから生まれた宮廷文化であり、王族や上級士族の奢侈を支へた民衆は、重税と天災のために常時塗炭の苦しみの中にゐたことは全く語られない。明治になつても続いた宮古、八重山の過酷な人頭税のことや土地が私有できなかつたこと、農民には教育は施されず、従つて識字率がほぼゼロであつたことも全く語られない。それなのにひたすら琉球王国が美化されるのは、そこに琉球独立への情報工作が込められてゐるとしか思へない。最後のシーンで現れたCCTVの馬脚 番組中の「エピソード3~琉球を守れ! 若者たちの奮闘」が眼目の部分である。明治政府が派遣した内務官僚松田道之による「琉球処分」は、武力の威嚇のもとにいかに強引に行はれたかが語られ、明治政府の動きに抗して清国に救援を求めて奔走する幸地朝常らの活動や、救援要請の事ならずして自殺した林世功らは極めて同情的に語られる。特権階級だつた帰化人の子孫達が、琉球王国存続のために清国に救援を求める姿を過度に英雄的に描くのには強い違和感を覚える。全ては「琉球処分」によつて日本が独立国であつた琉球王国を滅ぼしたとの俗流左翼史観から来てゐる。 明治12年3月27日の首里城明け渡しの強制執行(但し一人の死者も出てゐない)、直後の四月四日の沖縄県設置布告に至るまでの過程を仔細に見れば、当時の東アジアの状況から何としても国境を画定して早急に近代化を図らなければならなかつた明治政府が、それでも能ふ限り琉球の処遇に配慮しつつ事を運んだことが見えて来る。この番組のなかで批判されてゐる清国との間の琉球分割交渉も、当時に戻つて様々な要因を丁寧に見なければ、大国の横暴であり明治政府は酷かつたといふだけの話になつてしまふ。事実、番組の印象はさうである。そんなに冷酷な政府なら、沖縄統治に当つて所謂「旧慣温存策」を長期に亘つて忍耐強く続けただらうか。改めて言ふまでもないが、「琉球処分」とは「廃藩置県」を推進する明治政府が、頑固に近代化を阻む独裁の「琉球王府」を解体したことであり、琉球の民衆をも何か専制的に処断したといふことではない。にも拘らず、そのやうな誤つた印象が意図的に振りまかれてゐることはこの番組に見る通りである。 「やがて日本語教育が徹底されて、本土との同化が進められて行きます。琉球王国は記憶の彼方に追ひやられて行きました」といふナレーションの後、この番組の最後に、今から30年前、帰化人の子孫が住む久米村の人々が祖先の出身地、福建省福州を訪ねて墓参した時の映像を流す。戦争中は敵国に通じる恐れがあるとして、久米村は厳しい監視下におかれたとの説明の後、ナレーションはこの訪問を機に琉球を救はうと尽した人々の功績を見直す動きが始まつたとも語る。更に現在の映像に戻つて、嘗ての久米村に昨年完成したといふ孔子廟(久米至聖廟)を映し、ここでも念入りに、琉球王国を支えた人々の歴史を再確認する場所になつてゐるとの説明を入れる。この廟の前でコメントをするのは「久米崇聖会」なる団体の男性。因みにこの至聖廟設置については、那覇市が特別な便宜を図つた疑ひがあるとして住民監査請求が出てをり、目下審査中である由。エンディングの映像は、空撮映像で首里城から普天間飛行場、更に駐機してゐるオスプレイと軍用機の地上映像を念入りに流して、最後は移設予定地の辺野古となる。ここまで露骨な反本土、反基地のメッセージを流すのは異常としか言ひやうがない。 制作統括・木道荘司、ディレクター・森下光泰とあるが、実際はCCTVが作つたに違ひない。笑えない「お笑い米軍基地」が好きなNHK 平成24年6月16日に「沖縄慰霊の日」関連番組として再放送された〈Eテレセレクション「基地を笑え~人気舞台で見る沖縄のホンネ」〉、今年7月10日にこれも再放送の〈プレミアムアーカイブス「笑う沖縄・百年の物語」〉をいずれも録画で見た。後者は最初に「嘗て沖縄は琉球王国と呼ばれ、アジアの海洋貿易で繁栄を極めた。しかし王国の富は四百年前、薩摩藩の武力によつて奪はれた。更に1879年、明治政府の侵攻によつて琉球王国は滅亡、沖縄は大日本帝国に組込まれた」とのナレーションが入る。先に述べた「歴史ヒストリア」と全く同じ琉球王国美化史観であり、これは則ち沖縄被害者史観、沖縄捨石史観とそのまま通底してゐる。NHKの流す沖縄関連番組には全て判で押したやうにこの歴史観が張り付いてゐるが、さういふNHKが今、贔屓にしてゐるのが沖縄で人気のコント劇団「お笑い米軍基地」であり、右の二つの番組にも登場する。主宰者は小波津正光氏。沖縄の中学や高校はこの劇団の公演を学校ぐるみで見せに行く。右の番組の中で、高校生が公演を見た後、女子生徒は「基地ハンターイ」と楽しげに声を上げ、男子生徒は「自分も米軍基地に石を投げたことがある」と言ふ。 この劇団は例へばこんなコントをする。題は「歴史教科書」。教科書の赤い表紙と黄の表紙に穴をあけ、それを顔にはめた夫婦が掛け合ひをする。教科書検定で集団自決への軍関与が削除されたことを風刺してゐるコントだと言ふ。黄の表紙には伊藤博文、聖徳太子、福澤諭吉の顔が見える。 赤「あなた最近変つたのね!」 黄「急に何を言つとるんか、お前」 赤「私に何か隠し事あるんぢやないの」 黄「ないよ、別に」 赤「嘘よ、あなた私に内緒で歴史変へたでしよ」 黄「変へてないよ、そんなもん」 赤「あなた、私が何か知らないとでも思つてるの。隣の奥さんに聞いたわ。あなた私に内緒で沖縄の歴史、変へたでしよ」 黄「ギクッ!」 赤「沖縄県の集団自決は日本軍の指示ぢやなかつた、さう書き換へたさうぢやないのよ」 黄「いやいや、それはその言葉のアヤと言ふか、ま、その…」 赤「ひどい! ひど過ぎるわ、あなた。結婚する時は事実だけを載せる、さう誓つたぢやない。ねえ、取消してよ、あなた。ちやんとした歴史、書き換へてよ。もう、バカバカバカ」 黄「うるさいなあ」(と蹴飛ばし、妻は転ぶ)  全く笑へないコントだが、NHKや日教組には受けるらしい。7月25日付の「八重山日報」に、この劇団が舞台で皇室揶揄のコントを演じ、そこに出演してゐた役者をCMに起用してゐた企業に市民から問合せがあり、その企業はCMを打ち切つたとの記事が載つた。NHK殿、それでもまだ贔屓にするのですか。(9月17日)本間一誠氏 昭和20年生。東京都出身。皇學館大学文学部国文学科卒。国語科教師として鹿児島県、千葉県、三重県の高校に勤務。

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    責任感なき独立論 スコットランドと沖縄

    スコットランド独立は住民投票で否決されたが、一連の動きは世界に大きな波紋を広げた。 日本でも、ごく少数とはいえ沖縄の独立論者が存在することをどう考えるべきか。