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大震災「想定外」にどう向き合うべきか
未曽有の被害をもたらした東日本大震災から丸9年。想像を超える自然の猛威が残した爪痕はあまりに深く、未だ復興を実感できない被災者も多い。新型コロナウイルスも然り、予想だにできない脅威から逃れられないのは、われわれの宿命である。ならば、こうした「想定外」にどう向き合うべきなのか。
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世界も注目「ゆっくり滑り」が教えてくれる巨大地震の現在地
加藤愛太郎(東京大地震研究所教授) 地球の表面は十数枚のプレートと呼ばれる硬い板状の岩盤に覆われている。プレートは、地球内部で対流しているマントルの上に乗って、それぞれ異なる速さで移動している。 プレートが近づき合う境界の一つである「沈み込み帯」では、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込んでいる。このとき、海洋プレートと大陸プレートの境界面は摩擦によりくっつく(固着)ため、大陸プレートは海洋プレートに引きずられて沈もうとする。 一方で、大陸プレートには元に戻ろうとする力が働くため、プレート境界周辺域にひずみが蓄積する。そのひずみが限界を超えると、プレート境界で急激な滑りが発生する。こうして起こるのが、2011年の東北地方太平洋沖地震や想定されている南海トラフ沿いの巨大地震などの「プレート境界型地震」である。 また、引きずりこまれる大陸プレート内部や曲げられる海洋プレート内部でもひずみが生じるため、それを解放しようとして断層(岩盤内の割れ目)で急激な滑りが発生する。陸域の「活断層」などで滑りが生じたものが「内陸地震」と呼ばれ、1995年の兵庫県南部地震や2016年の熊本地震などが該当する。 日本列島は二つの海洋プレートが沈み込む境界域に位置するため、ひずみの蓄積スピードが速く、巨大地震を含め地震活動が世界的に見ても大変活発であり、日本全土のほとんどが地震のリスクにさらされている。世界で起きるマグニチュード(M)6以上の地震の内、約10%が日本列島で発生している。 南海トラフ沿いでは、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に1年あたり約5センチの速度で沈み込んでいる。近年の観測・研究の進展により、急激な滑りを起こす通常の地震以外にも、「ゆっくり滑り」と呼ばれる、通常の地震に比べてプレート境界がゆっくりと滑ることでひずみを解放する現象が起きていることが、約20年前に南海トラフ沿いで発見された。 これは、兵庫県南部地震の発生を受けて全国に展開された地震・地殻変動観測網によって取得された高品質な観測データに基づく成果の一つである。通常の地震では秒速1メートル程度の速さで断層が急激に滑るのに対し、ゆっくり滑りでは、1週間かけて数センチ、あるいは1年で十数センチの速さで断層が滑る。 滑り速度に大きな違いはあるが、岩盤にたまったひずみを断層の滑りによって解放する点は通常の地震と類似している。さらに、ゆっくり滑りは国内に限らず、世界各地で起きていることも、その後の観測により明らかになった。 カナダ・米西海岸やメキシコ・チリの太平洋沿岸付近、ニュージーランド周辺など、巨大地震が起きやすい環太平洋のプレート境界周辺で報告されている。これらの観測結果に基づくと、ゆっくり滑りはプレート境界面の巨大地震発生域に隣接して発生している。 また、ゆっくり滑りが始まって終わるまでの継続時間が長くなるほど、解放されるエネルギーも大きくなる。今のところ、最大でM7・6の地震に相当するエネルギー解放が、メキシコのゆっくり滑り(約1年間の継続時間)において観測されている。南海トラフ巨大地震で被害が懸念される愛知県弥富市。奥は木曽川河口部=2019年11月(共同通信社ヘリから) 南海トラフ沿いでは、想定震源域におおむね相当する固着域の深い側(深さ約30~35キロ)において、長さ約600キロにわたって、ゆっくり滑りが帯状に発生する領域が分布する。また、海底下における地殻変動の観測技術の発展により、固着域の浅い側(深さ約10キロ以浅)においてもゆっくり滑りが散発的に起きていることが示されつつある。今年1月の東京大生産技術研究所と海上保安庁からのプレスリリースによると、南海トラフのプレート境界浅部の複数の場所において、ゆっくり滑りが起きていることが新たに解明された。 ゆっくり滑りは、巨大地震発生域に隣接して発生するため、巨大地震との関係性という点で世界的にも注目されている。しかしながら、多くの場合、ゆっくり滑りが起きている最中に大地震は発生していない。例えば、南海トラフ沿いの深部では、数カ月から半年に1回の頻度でM6程度のゆっくり滑りが、数年に1度の頻度でM7程度のゆっくり滑りが発生しているが、ゆっくり滑りの進行中に大地震が起きた事例は、過去約20年間の観測期間中には見られない。巨大地震の「前触れ」か 一方で、数は少ないものの、東北地方太平洋沖地震(M9・0)や2014年のチリ北部地震(M8・2)といったプレート境界型の巨大地震の発生前に、ゆっくり滑りが固着域の内部や端で起きていたことが示されている。これらの巨大地震の発生前には、ゆっくり滑りや活発な地震活動により、固着域の一部で滑りが生じていた(固着のはがれ)と考えられる。 また、2014年のメキシコ中部地震(M7・3)の発生前にゆっくり滑りがすぐ近くで起きていた事例や、房総半島沖やニュージーランド北島沖などでは、ゆっくり滑りの最中にM5~6の地震が発生したことが複数回報告されている。このように、ゆっくり滑りの発生により固着状況に変化が生じ、その周辺域では地震の発生が一時的に誘発されやすい状況になる。よって、これらの地震前に見られたゆっくり滑りは、地震の発生時期を早めた誘発的(最後の引き金的)な役割を担ったものと解釈できる。 しかしながら、このようなゆっくり滑りを巨大地震の「前触れ」として、地震の発生前に断定することは極めて難しい。固着のはがれは、連続的かつ加速的に進行するものではなく、固着域の一部で間欠的に進行するため、巨大地震がどのタイミングで発生するのか、高い確度で予測することは現時点の知見では不可能である。 地震発生を模擬した室内実験によると、断層の構造が比較的均質でなめらかな場合は、地震発生前に固着のはがれが徐々に進行するとともに、滑り速度もなめらかに加速する現象が捉えられている。このような特徴は、南海トラフ沿いの巨大地震の発生直前に固着のはがれが加速的に起きるはずであるという期待のよりどころでもあった。 しかしながら、複雑で不均質性の強い断層構造を取り入れた近年の室内実験や理論研究によると、地震発生前の固着のはがれ方は多様性に富んでいることが明らかとなった。加速的な固着のはがれが起こらずに、突然地震が発生する場合や、ゆっくり滑りが起きている最中に、突然地震が発生する場合など、観測事実に類似した結果が報告されている。今後は、自然界の複雑な断層構造を取り入れた地震発生モデルの構築を進め、地震発生過程の多様性の理解を深めることが本質的に重要である。 自然界では、断層の構造が実験室に比べてより複雑であるとともに、地震のような急激な滑りとゆっくり滑りが同時に起き、かつ、それらの間に相互作用も働くため、地震発生前の固着のはがれ方には多様性が生じることが十分考えられる。そのため、固着のはがれが進行しているときは、普段に比べて巨大地震の発生が相対的には高まっていると思われるが、固着のはがれが起きたからといって、巨大地震の発生に常につながるわけではない。 なぜなら、巨大地震を起こしうる断層が最終的に破壊に至るかどうかは、ひずみがどの程度、どれくらいの範囲に蓄積されているかに依存するためである。広い領域にひずみが十分蓄積されているような臨界状態に近い状況であれば、ゆっくり滑りや活発な地震活動によって、巨大地震の発生が誘発されると考えられる。 南海トラフ沿いのゆっくり滑りは普段から起きているものの、巨大地震の発生前に普段と異なる振る舞いを示すのか、それとも示さないのかは、現在の知見に基づく限り、答えのない問いである。また、南海トラフで普段と異なるゆっくり滑りが起きた場合、どのように評価するかは極めて悩ましい問題である。 巨大地震の発生間隔(約100~200年)に比べて、高感度・高精度な観測網による観測期間が圧倒的に短く経験が少ないため、未知の現象なのか、それとも巨大地震の前触れなのかは明確には判断できない。普段よりもゆっくり滑りの発生頻度が高まる場合や、固着域の中でゆっくり滑りが起きる場合、ゆっくり滑りの進行が普段よりも急な場合など、特段の注意を払うべき現象は想定されるが、何が異常なのかを判断するための明確な基準をあらかじめ決めておくことはできない。ある意味、現象がおおむね完了した時点で、初めて理解して説明できる段階にすぎないのが地震学の現状である。 ゆっくり滑りと巨大地震との関係性を解明することは、地震学の中でも最も挑戦的な研究テーマの一つである。将来、両者の関係性が十分に解明されれば、巨大地震の発生可能性を検討するための有意義な知見が得られることが期待されている。東日本大震災の津波で横倒しになり、震災遺構として保存された旧女川交番=2020年2月29日、宮城県女川町 そのためには、ゆっくり滑りと地震発生との相互作用に関する観測事例の蓄積や、ゆっくり滑りが固着状況へ与える影響を明らかにすることが必要不可欠である。同時に、新たなゆっくり滑りの検出を進めていくことで、ゆっくり滑り自体の特徴・多様性を把握することも重要である。 ゆっくり滑りから高速滑りまでの地震現象の統一的な理解を深め、ゆっくり滑りと巨大地震との関係性を探求することは、地震学の体系を大きく変え得る潜在性を有しているのである。
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地震多発地帯なのは当たり前、首都圏だけの「アキレス腱」
全く別の内陸直下型地震、北海道胆振東部地震が起きてしまったのである。2007年9月1日、東海地震地震災害警戒本部会議で、中川義雄内閣府副大臣(画面右)とのテレビ会議に臨む安倍晋三首相(左端)=首相官邸(代表撮影) これからもそうだが、南海トラフ地震が「次に起きる大地震」ではないかもしれない。海溝型地震は「いずれ」起きる。しかし、現在の学問では、「いつ」起きるか分からない。その間に、大きな内陸直下型地震によって大きな被害が生じてしまう可能性は決して低くないのである。 それが首都圏かもしれないのだ。首都圏を襲う大地震にしても、次に起きるのが内陸直下型地震か、関東地震型の海溝型地震かは分からないのである。
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「災害列島」脱却は間近、それでも避けられぬ想定外の未知なる脅威
学術院教授) 2004年のインド洋大津波、2011年の東日本大震災などを契機として、日本および世界の災害の予測技術は急速に進歩した。今では日本国内であれば、それぞれの地域でどのくらいの災害リスクがあるのかを具体的な被害金額で計算できるようになっている。 一例を挙げれば、若いカップルが結婚後に新居の選択をする場合などに、利便性や価格と比較できるレベルで災害リスクを算定することが技術的に可能だ。 具体的には、地震、津波、高潮・高波、集中豪雨、河川洪水、地盤の液状化、傾斜地の崩壊、火災、火山噴火など、自然災害の各事象について、生起確率、被害のレベルと広がりなどを、ある程度の精度で推定可能となっている。個々の事象についての被害予測金額と生起確率とを掛け合わせ、さらにそれらを足し合わせることによって総合的な災害評価が可能だ。 こうした各種災害による、将来の損害金額の総計を算定する技術は、個人が将来にわたって安全に生活する場所を、地価や利便性による利得と比較しつつ合理的に選択するうえで大いに役立つ。もし今後、この技術が広く普及すれば、日常レベルでの合理的選択の積み重ねの結果として、人々の居住地域がより安全な場所に移っていくことになる。 数十年の時と世代交代を経て、巨視的に見れば日本が「災害列島」と呼ばれる現状から徐々に脱却することも可能になると予想される。 しかしながら、この予測技術はこれまでの自然災害の経験を蓄積していった上で創出されたものだ。ゆえに近年の新たな災害の傾向などは含まれていない。実際、これまで専門家も含めて誰も考えていなかった災害のメカニズムが、海外および日本国内の災害を通して、いくつも明らかになりつつある。 まず海外の事例として、2018年9月のインドネシア・スラウェシ島のパル湾で起きた津波が挙げられる。この津波は、沿岸部での山腹崩壊、海底部での斜面崩壊が複雑に重なり合うことで、湾内に大きな津波が発生した。2018年10月、津波被害にあったインドネシアのパル市(gettyimages) また、この災害は津波による被害のほか、液状化に起因する地盤の流動化で多くの住民が家屋とともに土砂に飲み込まれ、大きな被害を出した珍しいケースだ。全ての被害を合わせると、死者が2千人以上、行方不明者も1300人以上と沿岸域の住民に甚大な被害を出した。 同じく2018年12月のインドネシア・スンダ海峡津波は、クラカタウ山が135年ぶりに大噴火して引き起こされた津波だった。この火山は1883年にも津波を伴う大噴火を起こしていたが、多くの地域住民がその事実と教訓を忘れていたために、死者が400人を超える大きな被害が出た。想定外の災害にどう向き合うか 日本国内でも、われわれがこれまでに経験したことがない災害が頻発している。例えば、2018年7月に発生した台風12号は、日本の太平洋岸を東から西に移動したことで小田原の海岸で高波被害が発生した。台風がこのコースを通るのは、記録に残っている限り1945年8月以来、実に73年ぶりであった。通常の台風は移動に伴い、その深刻さの情報は西から東に伝わる。しかし台風12号は最初に相模湾に来襲し、さらに西に進んだために台風への準備を整えるのが難しかった。 また、同年8月の台風21号は、大阪湾で想定されている1961年の第2室戸台風と類似した経路をたどった。こちらは経験があったにもかかわらず、関西国際空港や芦屋市の埋め立て地など、第2室戸台風以降に建設された場所で浸水被害が発生した。これは空港管理会社や埋め立て地の住民にとって、これまでにない経験であり、適切な対応をとるのは難しかったといえよう。 このように、ここ10年ほどで地球温暖化に伴う気候変動の影響で、日本列島に近づく台風の挙動も変わったと実感する。特に変化の特徴としては、2つの点を指摘できる。 第1の変化は、日本列島周辺の海水面の水温が上昇し、台風が日本近海でも成長を続けることだ。かつて台風の勢力は、日本列島に接近・上陸すると弱まることが多かったが、近年では強い勢力をそのまま保ち、時にはかえって強く成長する台風も現れるようになった。 第2の変化は台風の進路である。これまでのように、台風が日本列島に差し掛かると偏西風の作用で速度を上げて足早に東方向に立ち去る、ということが予測できなくなった。偏西風の位置が安定しないためである。気圧の配置によっては、日本列島近傍で迷走したり停滞したりする台風もある。 2007年の台風9号では、相模灘付近で停滞した台風による高波で、海岸に沿って建設されている西湘バイパスの一部が崩壊した。こうした事例は、歴史的な経験の少ない、すなわち工学的に経験の蓄積がない事象による災害例が多く出現するようになってきたことを示すものである。 今後も、われわれがまだ科学的に気づいていない、未経験の事象による災害が発生する可能性がある。災害に対応する科学が進展していても、住民や行政担当者も備えていなかった、想定とは違う災害が起こる可能性は依然として残っており、それが防災上の盲点になり得る。 これに備えるためには、被害が想定を超えても人命を守るという観点からの余裕を持った災害対策が必要となる。例えば、現在の津波ハザードマップで浸水が想定されていない地域でも、近隣まで浸水する場合には少し広めに、避難が必要な地域の範囲を設定しておく。高田松原津波復興祈念公園と東日本大震災津波伝承館(中央)=2020年2月14日(古厩正樹撮影) また、がけ崩れの兆候が必ずしも明らかではない場合であっても、ささいな変化を敏感に捉えて、災害の潜在的可能性がありそうな場所はあらかじめ見当をつけていくことなどが考えられる。 巨視的に見れば、災害予測技術は進歩し、中長期にわたる災害対策については、行為選択を合理的に行う下地が整備されつつある。一方で、われわれは災害予知が完全に可能なわけではないという前提に立ち、災害ポテンシャルをミクロな視点で意識しながら、未知の事象に対して用心深く備えておくことが肝要である。 与えられた自然条件・社会条件の下、行政から与えられる防災知識に加えて、地域に生きる住民として未経験の事象を感じ取り、自ら有事の際の地域の守りを考える知恵が求められている。
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「静穏期は終わった」世界規模で見れば分かる日本の巨大地震リスク
った。これ以降、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)で約6500人の犠牲者が出るまで、比較的災害のない時代が続いたのである。 1964年の東京オリンピックや1970年の大阪万国博覧会などのイベントは、まさにその最中に開催されたのである。この時代、社会でも教育でも「災害」はまるで忘れられていた。 21世紀になる直前に、その静穏期は終わりを告げた。地震、集中豪雨、台風などさまざまな災害を引き起すような自然現象が頻発するようになったのである。ところが、社会の中枢を担っている世代の人々は、このような現象について知らず、適切な対応をとることができていない。そして、「想定外」という言葉で責任を放棄しようとしている。 さて、台風、集中豪雨、地震などの現象には「自然の揺らぎ」がある。観測時代に入ってから200人以上の犠牲者を出した地震に注目すると、次のようになる。【第1期】濃尾地震(1891年:7273人)、庄内地震(1894年:726人)、明治三陸地震(1896年:2万1959人)、陸羽地震(1896年:209人)【第2期】大正関東地震(関東大震災 1923年:14万2800人)、北但馬地震(1925年:428人)、北丹後地震(1927年:2925人)、北伊豆地震(1930年:272人)、昭和三陸地震(1933年:3064人)【第3期】鳥取地震(1940年:1083人)、昭和東南海地震(1944年:1223人)、三河地震(1945年:2306人)、昭和南海地震(1946年:1443人)、福井地震(1948年:3769人)【第4期】北海道西南沖地震(1993年:230人)、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災、1995年:6437人)【第5期】東北地方太平洋沖地震(東日本大震災、2011年:約2万2千人)、熊本地震(2016年:273人)※()内は発生年、行方不明者と死者数の合計で推計含む 見ての通り、第3期と第4期の間の45年が空白となっている。関東大震災で被災した東京・神田橋付近=1923年9月 1868年の明治維新の頃、日本の人口は約3400万人であった。それが現在は約1億2700万人になっている。約4倍である。しかも、その多くは大都市周辺に集中している。15世紀末~19世紀中葉の「小氷期」に人口が減少した東北地方の太平洋岸でも、気候の温暖化やコメの品種改良により人口が激増した。増えた人口の多くは東京などの大都市へ労働力として移動した。重要なのは世界の傾向 こうして、1960~90年代に大都市周辺の旧海域、旧河道、後背湿地など、かつてはダムの役割を果たしていた地域に宅地化が著しく進行したのである。これが、地震、台風、集中豪雨などで被害を受けるリスクを大きくしてきた。 しかも、現在、自治体などでリーダーシップをとる人々は、「災害の空白期」に生まれ育った人たちであり、災害の実体験が極めて乏しい。このことが、「役に立たないハザードマップ」、「避難できない・避難したら危険な避難場所」などの存在を許容している。 2020年東京オリンピック、2025年大阪万博などは、1964年東京オリンピック、1970年大阪万博が開催されたことと無関係ではない。64年や70年に首都高速道路や地下鉄など多くの都市のインフラが整備された。 しかし、鉄筋コンクリートを使用した施設は意外に耐久年数が短く50年ほどしかない。潮風にさらされるような場所では、さらにそれは短くなる。したがって、2020年東京オリンピックや2025年大阪万博はイベントとしてはともかく、都市インフラの再整備はやらざるを得ないのである。 さて、地震という観点で見るならば、アメリカ地質調査所(USGS)、気象庁、防災科学研究所(Hi-net)などが提供する複数のデータを参照する必要がある。USGSが提供する地震データで世界中の傾向をつかむ必要がある。マグニチュード(M)4以上の地震を地球レベルで知ることができる。 たとえば、2016年の熊本地震の際、太平洋の西岸で大きな地震が起きていたことが分かる(図参照)。要するに地震には国境は存在しない。 また、Hi-netの「震央分布図」を見ると、日本列島で1カ月に1・5万~3万回ほどの地震が起きていることが分かる。しかもそれからは、震源の分布域や深さにきれいな傾向が読み取れる。 たとえば、北方領土から東北日本では太平洋プレートが北米プレートにもぐり込み地震を起こしている。また、福井県敦賀沖から伊勢湾沖に向かい、500キロ以深を震源とする地震が日本列島を横断している。これは太平洋プレートの先端である。これより深いところではプレートは熱で融解してしまうため地震を発生させない。 さらに、琉球トラフに沿ってフィリピン海プレートがユーラシアプレートにもぐり込む様子が分かる。その東北部分は日向灘からは豊後水道を経て広島へと至る。そして、北米プレートやユーラシアプレートでは震源が10キロ程度の深さの地震で陸地のほとんどが埋め尽くされている。懸念される「スーパー南海地震」 ここで注目しておきたいのは、北方領土から北海道南部エリア、東北日本エリアと、広島から沖縄諸島へかけてのエリアで地震発生する傾向が極めてよく似ていることである。前2者は太平洋プレートが北米プレートにもぐり込んでいるところであり、北あるいは西へ向かうほど震源の深さは深くなる。それに対し、後者はユーラシアプレートにフィリピン海プレートがもぐり込むところであり、北に向かうほど震源は深くなる。 これまで、沖縄諸島は、比較的小さな島であり電子基準点や震度を計測する地点の数が少なくあまり注目されてこなかった。しかし、地震が少ないわけではない。そして、地震の帯は台湾を経てフィリピンやインドネシアへと続く。筆者が政府の言う「南海トラフ地震」だけでなく、フィリピン海プレートの影響を受ける範囲における「スーパー南海地震」を心配するゆえんである。 フィリピン海プレートの南端で、2018年12月29日にフィリピン(M7・2:深さ60キロ)、2019年1月7日にインドネシア(M7)が連続して発生した。そして、インドネシアでは、6月24日に(M7・3:220キロ)、7月14日に(M7・3)、11月15日に(M7・1)と続いた。 また、ユーラシアプレートにあるクラカタウ山やタール火山が大噴火し、他方、太平洋プレートのもぐり込みの影響を受けたカムチャッカ半島や千島列島では、クリュチェフスカヤ山、エベコ山、シベルチ山などが大規模な爆発をしている。これらは海溝型地震の発生後に発生する巨大噴火と考えられており、海溝型地震以前に発生している九州の火山噴火とは異なる。 口永良部島、薩摩硫黄島、桜島、霧島山新燃岳、霧島山硫黄島、阿蘇山などの九州の火山は、ユーラシアプレートに位置し、フィリピン海プレートの圧縮でユーラシアプレート内部のマグマだまりにあるマグマが噴出するもので、噴火により、たまっているマグマがなくなればそこで一度終了する。 海溝型地震の発生する前には、これらの場所では極端に大規模な噴火は発生しない。これはフィリピン海プレートに位置し太平洋プレートの圧縮の影響で噴火している西之島新島と同じメカニズムである。 さて、2019年10月12日、台風19号が関東地方やその周辺を襲い大騒ぎになっていたとき、千葉県南東沖でM5・7、震源の深さ80キロの地震が発生した。最大震度4であり、被害が生じるほどのものではなかった。この地震には東京湾口に東西に伸びる相模トラフが関与していた。 すなわち、フィリピン海プレートが北米プレートにもぐり込んだことによる地震であった。通常、東北日本では太平洋プレートと北米プレートの関係で地震や火山噴火が発生すると考えられている。そして、西南日本ではフィリピン海プレートとユーラシアプレートの関係で考えられてきた。さらに、政府地震調査会は、南海トラフ地震を伊豆半島より東、高知県西部までの範囲に限定してきた。四国沖の南海トラフ沿いでの大地震を想定し実施された、評価検討会を緊急に開く訓練=2019年10月、東京・大手町の気象庁(代表撮影) ところが、10月12日の千葉県南東沖の地震は、フィリピン海プレートと北米プレートとの関連で発生した地震であった。すなわち、伊豆半島の東側においてフィリピン海プレートの影響がある。深刻になる「食料危機」 そして、この後、千葉県、茨城県、福島県で地震が頻発した。あまりの地震の多さにマスコミもこれらの地震に注目した。地域的には比較的近接したところで発生していたが、震源などを見ると、異なったタイプの地震が3種類以上混じっていたことが分かっている。 ①茨城県南部や西部の地震は震源の深さが40~50キロであり、フィリピン海プレートが関係していた。これに対し、②茨城県北部の地震は震源の深さが約10キロであり、太平洋プレートによって圧縮された北米プレートで発生した地震であった。 また、③福島県南部の地震は震源の深さが40~50キロ、太平洋プレートが北米プレートにもぐり込んだところで発生していた。さらに、千葉県では①と③とが混在していたのである。これらのことから関東地方以北の地震にフィリピン海プレートの動きが関与していることが分かってきた。 フィリピン海プレートが関与する地震は、「南海トラフ」に限定されるものではなく、伊豆半島の東の相模トラフにも関係する。過去に相模トラフで発生した地震として1923年の大正関東地震(関東大震災)がある。 この地震に関しては、東京下町を中心に発生した火災の被災者が多く、東京の地震というイメージが強い。しかし、地震としては横浜や房総半島南部で揺れが大きかった。伊豆半島以西と相模トラフの地震が連動すると、首都圏以西の地域で大災害になる。 直接的な地震や津波の被害はもとより、ここで重要な問題は物流が停滞することである。極論すると、日本は、今、自動車を海外に売ったお金で、食料を輸入している。食料自給率が40%を切るようところは先進国には存在しない。言い換えれば、巨大地震は食料危機をまねくのである。重機によってがれきの中から掘り起こされた道=2011年3月16日、宮城県気仙沼市(古厩正樹撮影) フィリピン海プレートは「南海トラフ」だけではなく、琉球トラフ、台湾、フィリピン海トラフに近いフィリピンやインドネシアでも地震を発生させる。しかも、すでに2018年末以降、フィリピンやインドネシアではM7以上の地震が発生し、火山の巨大噴火も起きているのである。 日本の国内だけを見ていては、地震は見えてこない。また、地震と火山噴火とにはメカニズムの上でも密接な関係があり、別々に考えるべきではない。さらに、地震、火山噴火、台風などが災害になるには、人間の営みが密接に関与している。 21世紀になった頃から、災害が頻発しているのは、「自然の揺らぎ」、経済の高度成長期における不適切な土地開発、災害を知らないリーダーたちの無知が関与している。
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新型コロナ対応に追われる今こそ、3.11の教訓が問われている
新型コロナウイルスの対応が正念場を迎えている。企業はテレワークを推進し、観光地は閉鎖され、各種イベントは自粛されている。その影響は、地域の自治会や町内会などの小さな会合にまで及んでいる。こんなことが続くと、あたかも実際に人と会うことがリスクであるような錯覚に陥ってしまう。今年で丸9年を迎える東日本大震災とも合わせ、今一度、顔を突き合わせるコミュニケーションの重要性に目を向けてみたい。 東日本大震災の後、被災者の心の様子を定点観測し続けた人がいる。震災発生の2か月後から、ボランティアで移動式の傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」を始めた、金田諦應(かねた・たいおう)通大寺住職(宮城県栗原市)だ。「傾聴」とは、相手の話に真摯に耳を傾け、共感しながら聴く技術のことを指す。 この9年間で金田さんが訪れた被災地は44か所、開催回数は370回を超えた。色とりどりのケーキとドリップコーヒーを無料で振る舞う。この間の被災者たちの歩みは、金田さんにはどう見えているのだろうか。「仮設住宅に入ってからの被災者は、『一日も早くここを出て、元の生活を取り戻す』という目的で一致していたけれど、復興住宅に移ってからはそれがなくなり、問題が個別になってきました。 震災というのは、あいまいにしていたものを否応なくはっきりさせられた出来事でした。たとえば、男女の話で、いいところまで行っていた二人が決断を迫られる。結婚した人もいれば、別れた人もいる。生々しく決断を求めてくる。それが震災なんです」 その他にも住宅のこと、土地の権利のこと、お金のこと、家族との関係など、問題が多様になっている。背負っているものがそれぞれ違うし、時間が経ったからといって必ずしも苦しみが軽くなるわけではない。「9年経って被災者の多くが今向き合っているのは、自分の老いと孤独、それに死です。一見、元気に見えても、自分でも身体や心の劣化を感じている。そして、そんな中でも歩み方がわかってきていると感じます。苦しい中でよたよた歩いてきたけれど、以前の歩き方とは違う──。 震災を通して多くの学びがありました。それぞれが現実の状況を受容し、納得するプロセスを経ているように感じます。だから以前のように深刻には心配していません」(金田さん)震災後、津波に襲われた街を追悼行脚する僧侶と牧師(2011年4月28日、宮城県南三陸町/写真提供:金田諦應) 傾聴喫茶を訪れる人たちはまだいい。問題は長い間、誰ともつながれなかった人たちかもしれない。 「先日も、とある復興団地に初めて行ったんです。30人ほど来たうち、以前、仮設住宅時代にカフェに来てくれていた人が20人くらいで、あとの10人は初めて会う人たちでした。そのうちの3人ぐらいは9年前の話をしながら泣き始めてしまい、今でもこうなんだって思ってね。これまで気持ちを吐露する機会がなかった人たちなんですね」(金田氏)問題視すべきは「無縁」 人間にとって、話を聞いてもらう場やつながりがいかに大切か。振り返れば、震災以前から日本全国いたるところに孤立や孤独、無縁社会という言葉が浸透していた。震災後は反作用のようにいたるところで「絆」が強調されたが、それで以前からある孤立や孤独が解消されたわけではない。 実は、金田さんは震災の1年前から自殺者の増加を懸念して、「自殺防止ネットワーク」という活動に参加していた。このスキルが結果として傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」の準備運動になったという。無縁社会に対する抗いが、金田さんのこの10年だった。 だが一方で、それは孤立無援の闘いではなかったという。志を同じくする仏教の他宗派の僧侶、キリスト教の牧師たちが立ち上がり、カフェ・デ・モンクで一緒に傾聴活動を行ってくれたのだ。カフェ・デ・モンクの活動は、他の被災者や地域にも静かなさざ波となって広がっていき、現在では14の地域で地元の宗教者が傾聴活動を行っている。 加えて、震災を契機として「臨床宗教師」が産声を上げた。臨床宗教師とは、金田さんや岡部健医師(故人)らが中心となって養成した宗教者のこと。死期が迫った患者や遺族に対し、心のケアを多業種で連携しながら行っている。臨床宗教師の誕生は、医療現場に宗教家が入れるようになった画期的な出来事だった。すでに200名近くの臨床宗教師が宗派を超えて連携し合い、学びを深めている。 大津波によって海水と泥に覆い尽くされようとも、やがて草木が生い茂って来るように、人々の強い思いの萌芽が確かに育ち、実を結んでいった9年間でもあった。金田さんは言う。震災から2年後、傾聴喫茶にて。左端が金田住職(写真提供:金田諦應)「孤立や孤独、無縁を問題視しないといけない。祭りやイベントだけでなく、もっと身近な近所の寄り合い、井戸端会議、PTAの集まりといった“居場所”で人は自然とお互いの心のケアをし合っているのです。コロナウイルスに感染しない程度の距離で顔を合わせ、つながり、支え合っていかなければ。 震災を通して私たちが共通財産として学んできたことが沢山あります。それを被災地以外のところでも生かしていかなければならない。それは震災で亡くなった人への何よりの供養になるし、また9年間、悩みながらも歩き続けた方々に対する敬意にもなると思います」●取材・文/岸川貴文(フリーライター)関連記事■ノンフィクション大賞笠井千晶氏 津波被災家族テーマの理由■“里親”は全国15万人、被災地に人を呼ぶソックモンキー秘話■東日本大震災 死者の霊と共にあろうとする切実で敬虔な思い■皇居のハマギク 被災地ホテルに「逆境に立ち向かう力」くれた■測量学の権威が警鐘 「東日本大震災の直前と同じ兆候出現」
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首都直下地震に備えよ! 今いる場所の地盤条件の把握は必須
んが指摘する。「震度6強以上の揺れが東京都心を襲うとされますが、東京に住むほとんどの人は過去に大規模災害を経験したことがないため、対策への意識が低いと感じます。ライフラインが途絶えたあとの備え、食料の備蓄、家族との合流手段など、必要な対策は各家庭で違います。家族全員でしっかりシミュレーションしておかなければいけません」 若松さんの教え子であるSさんは、2011年の東日本大震災を地元の福島県・大熊町で経験した。音を立てて崩れる体育館から逃げ出し、その後3日間、家族と連絡が取れないまま過ごしたという。「自分で考えて行動する力を身につけておくことが重要」と話すSさんは、「自宅の耐震性、地盤条件、周辺状況を確認」「今いる場所がどういう地形で、どういう災害の危険性があるのか考えておく」など、リスクを把握する必要性を痛感したという。たとえば、東京23区内の墨田区・文京区・台東区周辺は、こんな地盤条件になっているという。「墨田区のような標高の低い地域は軟弱地盤による揺れやすさに加え、水害の危険も高い。一方、文京区は広範囲が台地なので比較的安全だと思いがちですが、かつて『池』だった土地や『谷底』だった地域が点在しています。上野公園の『不忍池』を埋め立てた上に住んでいるようなものです。そういった地域は地盤が軟らかく、台地と少ししか離れていないのに、揺れの大きさがまったく変わってきます」(若松さん・以下同) 揺れが大きいほど、火災や液状化現象、地盤沈下などが起こるリスクは高くなる。すると、震災発生後に自宅で過ごすのは危険なため、避難場所へ速やかに移動したり、避難所での生活を想定しておく必要が出てくる。首都直下地震の発生を想定し、東京都庁で行われた訓練=2020年1月 このように、住んでいる土地を知ることは、いざという時の優先順位や対策を考えるヒントになり得るのだ。「いざ被災すると、デマ情報が飛び交います。避難したあとも2次、3次災害が続くと考えて準備をしておくことが、被害を最小限にするために今できることです」 まずは命を守ることが先決。自宅や職場のリスクをハザードマップで確認してほしい。関連記事■首都直下地震に備える! 江戸川区江東区の「ハザードマップ」■地震学者が警鐘「サクラエビ不漁は南海トラフ地震の前兆だ」■相模川でアユが大量発生 地元住民が気味悪がる言い伝え存在■首都直下型地震での火災、「火災旋風」他誤った認識の数々■避難所生活 盗難対策に役立つのは粘着テープと紐
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首里城火災、玉城デニーはリーダーシップを果たせ
た。(詳細は、拙著『トモダチ作戦』集英社および『次の大震災に備えるために』近代消防社を参照) 結局、災害協力ができるようになったのは、2014年9月の宮古島で実施した沖縄県防災訓練だった。つまり、3年間待たされた。もしその間、有人島が多く、離島との間で移動が難しい沖縄県で地震や津波などが発生したら、県と米軍の協力関係が薄いため、十分な対応はできない。激しく燃え上がる首里城の正殿=2019年10月31日、那覇市(近隣住民撮影) 今回の首里城の火災では、米軍のヘリによる消火活動の依頼がなかった。依頼があれば、被害はもう少し抑えられたのではないかと思う。いずれにしても、県の政治思想によって、沖縄県と在日米軍の協力関係があまり構築できず、県の生命と財産(この場合、国や世界の財産でもある)を守ることができなかった。協力どころか、深夜に発生した火災の消火活動に対応するための米軍による夜間訓練はいつも抗議を受け、反対されている。ノーとしか言わない沖縄 不思議なことに、これは米軍だけではなく、自衛隊にも要請しなかったようだ。実は、県庁と県内にある自衛隊、特に陸上自衛隊第15旅団は、期待するほどの関係ができていない。それは、『防衛白書』からも読み取ることができる。その中に「退職自衛官の地方公共団体防災関係部局における在職状況」という一覧がある。 全国でほとんどの都道府県や地方自治体で、元自衛官の幹部が防災の専門家として再就職するが、反軍、反基地、反自衛隊の思想を持つ沖縄県は、元自衛官を採用していない。県内で、今年6月30日の時点で退職自衛官を採用しているのは豊見城市のみだ。その結果、県は重要な情報共有、意思疎通ができないだけでなく、速やかに出動などの協力の依頼もできない。 今回の火災の拡大の背景には、こうした事情があると思われる。「危機管理」は、近年よく使用するようになっている4字熟語だが、行政をはじめ、組織や会社が最も重視すべき仕事だ。 これから、首里城の消防体制など多くの内部告発が出ると思う。なぜなら、沖縄県の政治・行政の改革だけではなく、国や他の都道府県などの文化財の保全のあり方の改善につながるからだ。 3年前に、拙著の『オキナワ論』(新潮新書)で、「NOKINAWA」という新しい言葉を発表した。「『ノー』としか言わない沖縄」を意味するが、主張主義によって国と対立やけんかをし、自衛隊や米軍と距離を置き、批判している沖縄県庁は果たして150万人の県民をはじめ、日本国民のことを考えているのか、常に疑問を持っている。 以前にも提案しているが、こうした状況を改善するために、在日米軍と県庁は、互いに連絡官(liaison officer)を置くべきだ。少なくとも、県庁の職員を、筆者が務めたキャンプフォスター(在沖海兵隊司令部)内にある、4軍調整官の事務所に派遣し、連絡・協力体制を強化すべきだと思っている。 今後も、緊急的に連絡を取る必要がある事案(事件・事故、災害など)が考えられるので、このような緊密関係を構築し、沖縄県の危機管理を向上することができれば、今回の火災という「不幸中の幸い」が生まれるかもしれない。 しっかりした体制に加え、リーダーシップが重要である。昨年8月の翁長雄志氏の突然の死去に伴う選挙で選ばれた玉城デニー沖縄県知事は、火災の1カ月前の9月30日に、就任1周年を迎えたが、県内では評判が高くない。 特に、日本本土をはじめ、国外の出張が多く、県知事の仕事が疎かになっているのではないかとの疑念もある。特に今年、台風などの被害が多く、災害における危機管理が既に問われ、「不在の知事」とまで言われている。首相官邸を訪れ菅官房長官(右)と握手する沖縄県の玉城デニー知事=2019年11月1 日 来月で23年も経過している普天間飛行場の県内移設で国との対立が続いている中、沖縄県は、10年おきに策定する政府による沖縄振興策に向けて40ページに及ぶ要望書を政府に提出しているが、その矛盾が県内外で指摘されている。 首里城の火災は行政の無策による「人災」と言っても過言ではない。この悲しい事件を乗り越え、再建することをはじめ、より長いスパンで政府との信頼ある関係をつくることも求められる。玉城知事にその力があるのかは、過去一年間を見る限り、疑わしい。しかし、国民をはじめ、在沖米軍など外国人の沖縄を愛する人たちは、首里城の再建と沖縄の再発展を応援しているに違いない。
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台風19号、八ツ場ダムが教えてくれた深刻すぎる「緊縮汚染」
方式を破綻させる行為だった、と土屋氏は著作で記している。 今回の台風でもそうだが、最近の大規模な自然災害でよく分かることは、「コンクリートから人へ」のような政治スローガンに踊らされることなく、どのような防災インフラが必要なのか、それを真剣に考えることの大切さである。 国民の命と財産を守るためには、コンクリートも何でも必要ならば排除すべきではないのだ。単純で極端な二元論は最低の議論と化してしまう。八ツ場ダムに関する意見交換会で、地元住民と意見交換をする前原誠司国土交通相=2010年1月、群馬県長野原町(三尾郁恵撮影) 最低で極端な議論といえば、民主党政権下で行われた、スーパー堤防(高規格堤防)廃止に至る「事業仕分け」の議事録を今回読んだが、その典型だった。また、日本に巣くう「本当の悪」が誰なのか、今さらながら再確認できた。 その議事録によると、財務省主計局の主計官がコストカットを求めたことに対して、国会議員や有識者、国交官僚といった他の委員が「忖度(そんたく)」をしていたことがうかがえる。もっと言及すれば、出席した財務官僚が納得しなければならない、という「財務省中心主義」が見えるのである。 つまりは、みんな財務省の顔色をうかがっているのだ。これでは、主権者が国民ではなく、一官僚であるかのようだ。緊縮に汚染されたマスコミ このコストカットありきの姿勢、今でいう「財政緊縮主義」こそが、財務省の絶対的な信条であり、そのため、今回の河川氾濫でも明らかなように、防災インフラの虚弱性をもたらしている権化である。まさに「人殺し省庁」といっても過言ではない。 その信条が、今日も仕事の一環で国民の生命を危機に直面させているのだ。まさに恐怖すべき、軽蔑すべき官僚集団である。 さらに財務省の緊縮主義は、日本のマスコミを歪(ゆが)んだ形で汚染している。今回の台風を受けて、日本経済新聞の1面に掲載された論説記事が話題になった。 書かれていることは、公共工事の積み増しの抑制と自助努力の要請である。今の日本では、防災インフラの長期的整備の必要性が高まっていても慎むべきだ、というのは非合理的すぎる。 例えば、費用便益分析を単純に適用しても、今の日本の長期金利がかなりの低水準で推移していることがポイントとなる。つまり、国債を発行して、長期の世代にまたがって防災インフラを整備するコストが低い状況にあるのだ。 むしろ、国土を永久的に保つ必要性からいえば、永久国債を発行しての資金調達もすべきだろう。日経の上記の論説はこのような点からかけ離れていて、まさに緊縮主義の行き着く先を示してもいる。2010年10月、事業仕分け第3弾の現地調査で東京・下丸子の多摩川の高規格堤防(スーパー堤防)を視察する蓮舫大臣(中央)や国会議員ら(早坂洋祐撮影) そこで、長期的な経済停滞を防ぐために「国土強靱(きょうじん)省」のような省庁や、オランダなどで先行例のある国土強靭ファンドを新設すれば、国民の多くは長期の財政支出が続くことを期待して、デフレ停滞に陥るリスクを「恒常的」に予防する。この恒常的な防災インフラ投資が、金融緩和の継続とともに、日本の経済停滞を回避するための絶好の両輪になるだろう。 もちろん、このような規模の大きい財政政策には既得権益が発生し、国民の資産を掠(かす)める官僚組織や業界団体が巣くう可能性は否定できない。また、それらを完全に排除できると考えるのも楽観的すぎる。 それでも、このような国民の「寄生虫」たちを一定レベルに抑制した上で、長期的な防災インフラの整備を進めることは、国民にとって大きな利益をもたらすことは疑いない。これこそ政治とわれわれ国民が立ち向かう価値あるチャレンジではないだろうか。
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日本列島を繰り返し襲う巨大台風はこうして「狂暴化」する
島を襲う現状を気候温暖化と関連させて考えている人が少なからずいるようだ。そこで、環境史、土地開発史、災害史に基づくリスクについて研究をしている立場から、これについて検討してみたい。 先の台風15号は、神奈川県の三浦半島に接近した後、東京湾を抜けて千葉市に上陸したときの中心気圧が960ヘクトパスカルで、最大風速も45メートルを観測し、たしかに強い台風であった。 これを60年前の1959年に紀伊半島から東海地方を襲った伊勢湾台風と比較してみると、伊勢湾台風は9月23~26日に895~910ヘクトパスカルで、最大風速は60~75メートルを記録。26日午後6時に潮岬西方に上陸したときの気圧は929ヘクトパスカルになり、勢力のピークを少し過ぎていた。 また、1934年9月の室戸台風は、上陸直前の中心気圧が911ヘクトパスカル、1945年9月の枕崎台風が916ヘクトパスカル、1961年9月の第2室戸台風が925ヘクトパスカルであり、今年の15号や19号が飛びぬけて強いというわけではない。 ただ、15号と19号は、関東地方(特に首都圏)を直接襲う台風であることや、上陸直前まで勢力が増すという点が特徴だ。これまでの台風の多くは、関東地方に達したとしても、中部地方以西に上陸し勢力が衰えていた。要するに、強い勢力を維持したまま首都圏を直撃する台風は、ほとんど経験がない。しかも、台風にエネルギーを供給する太平洋の海水温が27度を超えており、上陸直前まで、勢力が衰えるどころか、勢力が強くなり続けるという点も未経験だ。 ところで、熱帯低気圧のうち10分間の最大風速が17・2メートルに達したものを台風と呼ぶ。そして台風の近くでは気圧が低下している。1気圧は1013ヘクトパスカルだが、10ヘクトパスカル気圧が低下するごとに海水面はおよそ10センチ上昇する。すなわち、913ヘクトパスカルであれば約1メートル海面が上昇するのだ。これを「吸い上げ効果」と呼ぶ。日本列島に近づく台風19号=2019年10月11日午前(気象庁提供) また、風によって海水が移動し高くなる「吹き寄せ効果」も生じる。湾口が広く、風が湾奥に吹き込み、湾奥の幅や水深が浅くなるほど吹き寄せ効果が大きくなる。伊勢湾や東京湾は吹き寄せ効果が起きやすい。さらに月の引力の関係で、一日2回の潮の干満が生じる。今回の台風19号が東京湾に進入すると考えられる時間は10月12日夕刻であり、東京港の満潮(午後4時31分)のピークにあたる。しかも、14日が満月であり、12日でも海面は193センチの上昇が考えられている。これらの総計が高潮であり5メートルを越える可能性がある。 では、近年日本各地で甚大な被害をもたらす台風発生の背景を見てみよう。今年7月ごろ、南米赤道付近の海面水温が高くなるエルニーニョ現象が終了し、赤道付近を東から西へ吹く風により太平洋の西にあたるフィリピン沖の海水温が高くなった。これによって、フィリピン沖で熱帯低気圧が発生しやすくなり、温度の高い海水温のために熱帯低気圧はエネルギーを供給され続け、勢力を増し強く大型の台風に発達しやすい状態になっている。現在は温暖期 この海水温の上昇が、人為的に増加したCO2と結びつくかどうかは、そもそもよく分かっていない。日本付近の海水温の上昇は、エルニーニョ現象の終了でも説明は可能だ。気候変動は様々なスケールでとらえることができる。たとえば、更新世から完新世に氷河期と温暖期が何度も繰り返していることが分かっている。それによれば、約2万年前は最終氷河期、そして現在は温暖期にあたる。 また、1万2700~1万800年前は、氷期末亜間氷期(アレレード期)と呼ばれる温暖期で、1万800~9600年前は氷期末亜氷期(ヤンガードリアス期)と呼ばれる寒冷期だった。そしてその後、温暖期となる。しかし、温暖期のピークは約7400年前ごろであり、現在は少しずつではあるが寒冷化しつつある。 そして、最近2千年間にも気候の変動が見られる。2世紀ごろはやや寒冷、西暦600年ごろはやや温暖、700年ごろは寒冷期、750年ごろから1300年ごろまでは温暖期(ヨーロッパでは中世温暖期と呼ばれている)である。 しかし、1300年ごろから寒冷化が始まり、1500年ごろまで断続的に続く。日本の戦国時代は、気候の寒冷化により食料が獲れないことから始まったとみることができる。そして、一時的な短い温暖期をはさみ、1600年ごろから小氷期と呼ばれる時期に入り、それは1850年ごろまで続く。それ以降、気候は温暖化する。明治時代の初めに目盛りのついた温度計が発明されたが、「観測史上」と呼ばれるのは最近150年ほどのことである。 さらにくわしく見ると、太陽黒点の増減から、1650年ごろから1700年ごろまでに太陽活動が衰退する「マウンダー極小期」や、1800年ごろの「ダルトン極小期」の存在が明らかになっている。そして1750年ごろ以降は、約11年周期で太陽活動の盛衰が繰り返し起き、現在はその24周期目で、2019年は再び太陽活動の衰退期にあたっている。 また、火山の大規模な噴火も気候に影響する。たとえば、フィリピンのルソン島西部にあるピナツボ火山は1991年に大噴火した。そして噴出した火山は1万メートルを越え、成層圏まで到達し地球を覆い、太陽の光をさえぎるパラソル効果をもたらした。ピナツボ火山の噴火後、波長の短い青い太陽光線が地上に到達しなくなり、数年にわたり見事な朝焼けや夕焼けが見られた。波長の長い赤い光線が地上に到達したのである。 そして、1993年に日本でも夏の気温が上がらず、コメの大不作が生じて外国からのコメの緊急輸入が行われたのである。現在、カムチャッカ半島や千島列島のシベルチ山などが大噴火しており、フィリピンやニューギニア、あるいは、メキシコでも火山の大噴火が続いている。これらが数年後に気候に影響する可能性がある。 このように、気候変動は地球のタイムスケールによって様々にとらえられるし、いろいろな要素が組み合わさって決まる。冒頭で触れたように、グレタさんが考えているほど単純なものではないのだ。台風15号の影響で出た大量のがれきやごみを片付ける住民やボランティア=2019年9月、千葉県鋸南町(鴨川一也撮影) 彼女はアスペルガー症候群を公表しており、他人を疑うことが苦手で、嘘をつくことも苦手なのだろう。他人の言説をそのまま信じて、発言したり行動したりしている可能性がある。CO2の排出規制による化石燃料を用いた発電を抑えることは、1970年代に「クリーンエネルギー」と盛んに宣伝された原子力発電の推進に利用されかねない。このことをグレタさんは理解しているのだろうか。
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千葉県をとやかく言えない「全国を敵に回す」ニッポンの防災力
敵に回した」というコメントが会員制交流サイト(SNS)に散見されたが、その投稿は私ではない。 日本の災害対策基本法は、市町村に対して被災状況を速やかに都道府県に報告することを求めている。被災した市町村の職員が不足する場合は、都道府県が職員を派遣することも定めているし、当然都道府県に支援義務がある。 そもそも避難勧告は、一次的には市町村が発することになっている。これを講学上は「市町村第一主義」「自治体第一主義」という。 このように定めたのは、1959年の伊勢湾台風で5千人を超す死者・行方不明者を出したことが契機となった。日本中が衝撃を受けた被害を受けて、地域を熟知する市町村を災害対策の主軸においたからである。 道路は自治体にとって基本的な財産である。自治体の経理を市民に分かりやすく見せるためバランスシートをつくるが、自治体では所有財産の大宗を道路が占める。停電が続く千葉県鋸南町では、住民らが工面したガソリンと発電機でともした明かりに人々が集まっていた=2019年9月12日 道路は数十年、数百年かけて資産形成してきたものだ。ただ、価値は大きくても売ることができないのでバランスシートから除かないと、実態が分からない。 自治体の被災状況の把握にとっても、復旧の見通しにとっても、道路の被災状況の把握は出発点であり、基本である。電力会社任せにはできない。自治体はお客さまじゃない 2000年、伊豆諸島・三宅島(東京都三宅村)の雄山で大規模な噴火が起きたとき、私は東京都副知事を務めていた。9月に全島民が島外へ避難したあと、政府高官から年内に一時帰島できるような発言が飛び出し、大きなニュースになったことがあった。 だが、石原慎太郎知事は不用意な発言だとして、直ちに打ち消した。災害対策本部で指揮を執っていた私たちは、大量の降灰が降雨のたびに泥流・土石流と化して道路を破壊している現地の状況について正確に把握していた。 当時、副知事は2人しかいなかったが、私は東京の島嶼(とうしょ)部で噴火や地震、土砂崩れといった災害が発生するたび、島に飛んだ。議会の本会議があっても、それを休んで島に行くことに努めた。 欠席をとがめる議員はおらず、むしろ一緒に来てくれるほどだった。各政党の伝(つて)で、大臣や政党幹部を現地に呼んでくれた。 島の道路は都道か村道であり、それが壊れて停電や電話の不通が生じた場合、電力会社や電話会社が復旧の当事者になるが、道路を所有・管理する自治体もまた当事者である。私たちはそういう意識だった。 公有であろうと私有であろうと、倒木によって電力や通信の設備が壊れたら、自治体が当事者となる。復旧見通しというのは、自治体が道路の被災状況を把握し、道路や橋を回復する見通しを立てた上での話であるからだ。2000年9月、三宅村の長谷川鴻三村長(右)の案内で、三宅島噴火による土石流被災地域を視察する東京都の石原慎太郎知事 自治体はお客さまではない、当事者だ。自治体にそういう責任感があるから、世界に冠たる日本社会の安定が成り立っている。 電線絡みの倒木処理は電力会社に依頼するが、そうではない道路の倒木を片付けるのは自治体の仕事である。だから、自治体が電力会社の復旧見通しをとやかく言うこと自体に違和感を覚える。見通しが甘いと思ったならば、直ちに訂正する「実力」が自治体に求められる。弱まっている「防災力」 災害対策基本法ができた1961年当時の市町村数は4千近くあった。今では1700くらいしかない。 広域合併の結果、地域の実態からかけ離れた市町村が増えたということだろうか。2000年前後の構造改革によって市町村の職員数も減っている。 被災状況に限らず、避難勧告についても、近年は勧告を出さずに多くの犠牲者が出たり、数十万人に対し一括して避難勧告が出されたりする例が目立つ。これでは、市町村が基本法の期待する防災機能を十分に果たしていない。 つまりは、自治体の「防災力」が弱くなっているのではないか。私たちが先ごろ、若手の研究者や自治体の実務家を糾合して「令和防災研究所」を設立したのも、そういう問題意識に基づいている。 それに、「死者が出ないと大きな災害ではない」という感覚を持つ人がいるとしたら間違いだ。屋根の一部が飛んだ家が1万戸を超えたというのは、市民や自治体の感覚からいえば、未曽有の大災害である。 屋根の一部が飛んで雨風が吹き込んでしまえば、日常生活の継続は困難と考えるのが生活者の感覚だ。2000年の三宅島噴火は今日の中学校教科書にも登場する大災害だが、死者を一人も出すことはなかった。それでも、しばらく島に住めなくなったのだから、国民レベルでは大災害なのだ。台風15号の被害にあった千葉県館山市内の住宅で、屋根にブルーシートなどを張る作業をする地元建設業者やボランティアの人たち=2019年9月14日 一部損壊住宅では、被災者生活再建支援法の対象にならず、再建に公費が支給されないというのも現実的ではない。支援法では、半壊し、大規模補修を行わなければ居住困難な住宅を対象としている。2000年の三宅島噴火では、全島避難のため自宅に住むことができないので、物理的に壊れていない住宅でも、全戸適用対象になった。 もともとこの制度は、阪神・淡路大震災のあと、政府としては個人財産形成の補助はできないということで、国会において議員立法で成立し、支給のための財源も自治体側が基金の半分を拠出している。被災者の生活支援という立法の精神に沿うよう運用すべきだ。自治体の「努力」は足りているか 他にも課題は山積している。東電が近年、送配電設備への投資を大幅に減らしていると報じられた。東電に限らず全国の大手電力会社では、来年から発電と送配電が別会社となる。 送配電設備は道路と同じで、市場原理とは馴染(なじ)みにくい、基本的なインフラである。今後は、送配電に必要な投資が継続して行われるよう、公的な監視の強化が望まれる。 千葉県の杉の4分の1を占める特産の「山武杉」に、幹が腐って空洞となる病気が流行(はや)っていて、中折れした幹が電線に引っかかった例が多いという報道もあった。電力会社の努力も望まれるが、森林経営管理法によって所有者に伐採を命じられるようになった自治体の努力も求められる。 携帯電話の基地局の電源が失われ、通信が途絶したことも、被害状況の把握や復旧への障害となった。東日本大震災のとき、私たちは現地に支援に入ったが、通信途絶に大いに困った記憶がある。 令和防災研究所では、現地からの個別情報を研究所のホームページに掲載し、支援する側のために役立たせようと計画している。だが、基地局の非常電源が充実しなければ、この計画はなかなか実現しない。 今年の台風15号による甚大な被害を受けたのは、千葉だけではない。東京の島々でも屋根が飛んだり、農業用ハウスのビニールが飛んだりするといった被害が多かった。家屋の損壊戸数も1千戸を超えるという。これは2000年に噴火と地震が頻発したときより大きい数である。倒れた千葉県君津市にある送電線の鉄塔=2019年9月9日(共同通信社ヘリから) そこで私は、東京都の被害把握が不十分ではないかと批判しようと、都庁に電話してみた。すると、知事が既に厳重注意し、知事も都議会議員も現地を回るという返事を聞いて、批判を抑えることにした。 こういう場合は何はともあれ、自治体のトップには先頭に立って現地に立つことが求められる。防災服を着て役所の中で会議し、国に要請に行くだけではなく、政府高官を現地に迎えた方がいい。災害対策を行うには、現地の生活実感に基づくことが必要なのである。
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巨大台風が招く東京大水害「とにかく逃げろ」となぜ呼びかけるのか
累計経済被害46兆円、資産被害64兆円、財政的被害5兆円)と推計しました。まさに「国難」というべき大災害です。日本の政治、経済、文化の集積した地域をことごとく巨大高潮が覆いつくしてしまうのです。 そのため浸水区域に想定された17区は今後、高潮ハザードマップを作ることになっています。浸水面積は、墨田区のほぼ全域にあたる99%(13・61平方キロ)や、葛飾区の98%(34・15平方キロ)をはじめ、江戸川区で91%(45・46平方キロ)、江東区では68%(27・42平方キロ)にも及んでいます。 日本有数の本社機能が集中する丸の内地区のある千代田区や、中央区、港区でも約50センチ浸水すると想定されています。都心部においても、銀座東部で1~3メートル以上まで浸水、JR品川駅や新橋駅でも浸水が1メートルを超えます。東部低地帯の真ん中を流れる荒川の両岸では、2階建ての建物はもちろん、3階の床までが水没してしまう7メートル程度の浸水の深さを予測しています。 その東部低地帯に位置する墨田、江東、足立、葛飾、江戸川の「江東5区」は、隅田川や荒川といった大きな川に面し、海面より低いゼロメートル地帯が大半です。洪水においても、過去の台風被害などを基にした被害想定では、3日間の総雨量が荒川周辺で632ミリ、江戸川周辺で491ミリという未曽有の集中豪雨を想定しています。 その結果、5区の総人口、約260万人の9割以上が住む地域が50センチ以上浸水するという予測が出ました。足立区の北千住駅周辺をはじめ、人口の1割が居住するエリアは、2階が浸水する可能性があります。最大では10メートルまで浸水し、2週間以上も水の引かない地域もあると想定されています。 平成30(2018)年8月、江東5区が大規模水害に際して、地域住民全員を区外へ避難させる広域避難計画を発表しました。大部分が満潮位以下のゼロメートル地帯のため、水害に対して極めて脆弱(ぜいじゃく)なのです。 事実、これまでも度重なる大きな水害に見舞われてきました。しかし、地球温暖化の進行、これに伴う気候変動の影響により、台風の巨大化や豪雨災害の激甚化など、高潮や洪水による大規模水害の発生が避けられない事態になっています。国土交通省が作成した荒川(中央の太い川)が氾濫した場合に浸水するとされる場所を示した地図。標高が低い流域が色づけされている その広域避難計画では、次のような発令基準が定められています。(1)72時間前から高潮が起きる可能性の検討を始め、その情報を住民に知らせる。(2)48時間前には「自主的広域避難情報(広域避難の呼びかけ)」を発信する。(3)24時間前には「広域避難勧告」を5区で一斉に発令する。(4)9時間前になったら、広域避難を切り替えて、短距離避難を目指す「域内垂直避難指示(緊急)」を発令する。 (4)の時点になれば、これまでとは反対にもう遠くまで逃げることを考えず、可能な限り近所の高い建物に避難する指示を出すのです。「私は大丈夫」は通用しない これまでの行政による避難情報には、具体的な避難場所を決めず「とりあえず逃げろ」という避難勧告はありませんでした。それぐらい、東京で起こる水害には切迫性があって危険性も高いため、とにかく安全な高台地域に逃げることが先決なのです。 本来であれば、災害が起きた場合「自分の命は自分で守らなければならない」はずです。しかし、多くの日本人は「私は大丈夫」という「正常性バイアス」に陥っているのです。 水災害に対して、当然抱くはずの危機意識が希薄なことが、犠牲者を増やしているのです。平成30年7月の西日本豪雨における避難率を見ても、行政による避難の呼びかけを無視している人がほとんどだったといえるでしょう。 日本の災害対策基本法には、国民の生命・財産を守る責務は、国と都道府県、市町村にあると記されています。第60条には、避難指示は市町村長が発令すると決められています。 今まで、実質的に災害対応を行ってきたのは行政だけだったわけです。治水対策として堤防を造り、ハザードマップを作成し、避難所を設置するのも全て行政が担ってきました。 一方で、国民はお客さま状態です。何もかも行政がやってくれると思っています。自分の命まで役所任せにしてしまっているようでは、自分の命は守れません。 自分の命だけではなく、家族や地域の命、そして日本の社会を守るという観点から、地域社会やコミュニティーを強固にしなければなりません。地域力の復活が何としても必要です。そのために求められるのは、防災を目的として、新たにコミュニティーをつくるといった発想の転換です。 どんなに精密なハザードマップを作ったとしても、実際に住民が避難行動を起こさなければ、自分の命も守れないし、地域の人命も救えないのです。コミュニティーの再生こそ、一番の防災対策になるのです。 そのようななかで、江東5区の一つ、江戸川区が11年ぶりに改訂した「水害ハザードマップ」が注目を集めました。区内全世帯に配布されたマップには、洪水や高潮によって荒川と江戸川が氾濫すると、ほぼ区内全域が浸水するという最悪の想定が示され、被害発生前に、区外に避難をするよう区民に求めています。江戸川区が公表した水害ハザードマップの冊子表紙の挿絵(江戸川区提供) 表紙に描かれた地図には、江戸川区に「ここにいてはダメです」と太字で書かれていて、この率直な表現が「あまりにも潔すぎる」として、大きな反響を呼んでいます。具体的には、江戸川区のほぼ全域が浸水し、建物の3階から4階に当たる5メートル以上の浸水が発生する地域もあるとされたほか、区内の広い範囲で1~2週間以上の浸水が続くとしています。首都を水害から守るには また、小・中学校などの避難所やマンションの3階以上に避難しても救助が難しく、電気や水道などのライフラインが使えない生活に長期間耐えなければいけないと指摘しています。先ほど述べたように、江戸川区で大規模な水害が起きると大部分が浸水し、浸水時間も長くなるからです。 「ここにいては危険で、そうなる前に安全な場所に逃げてほしい」という行政の切羽詰まった思いが伝わるハザードマップではないでしょうか。しかも、今年の台風15号の停電地域とちょうど重なる被害予測でした。 垂直避難する場合でも3階では不十分で、4階建て以上の建築物でなければ一時避難場所にも指定できません。しかも、江東区と江戸川区では、区庁舎が5メートル程度まで水没してしまうことが想定され、江戸川区は現在水害BCP(事業継続計画)に基づく新庁舎建設を準備しています。 首都東京には、「ここにいてはダメです」という地域を「ここにいれば大丈夫!」という安全な地域に生まれ変わらせる安全対策が必要です。そこで私は、水害に対する「絶対安全高台」を目指す「首都東京ゼロメートル地帯『命山(いのちやま)』計画」を提唱しています。 これは豪雨や洪水、台風、高潮、地震など、あらゆる災害に対し安全な東京につくり変える計画です。高度成長期に大量の工業用水を地下からくみ上げた結果として発生した地盤沈下に対し、ゼロメートル地帯を「絶対安全高台」につくり変える計画です。 これまでも、東京を安全にするための高台造りが取り組まれてきました。約380ヘクタールある葛西臨海公園地区をはじめ、大島小松川公園や篠崎公園、平井や北小岩に建設されているスーパー堤防の高台化などは、先人たちによる不断の努力の「継承」です。 計画の目標は、水害における犠牲者をゼロにすることです。命山の建設により、東京ゼロメートル地帯そのものを「コンパクトシティー」「スマートシティー」として再生します。 あらゆる災害から電気やガス、水道などインフラ施設の継続を確保し、独立した場所としての安全性から、ゼロメートル地帯の居住者を一人残らず普段の生活を継続できるようにします。首都東京ゼロメートル地帯「命山」計画著者作成) そのために市・区役所や警察、消防、学校、病院、福祉施設、障害者施設など全てを高台に配置します。これらの都市施設を高台に配置することで、防災機関としての機能を失わずに機能させ続けることができるのです。 台風による高潮や洪水から東京を守ることは、一地域のローカルな問題にとどまりません。首都東京の安全が失われることは、日本という国家の存立問題であり、国そのものの継続性がかかっていることを忘れてはならないのです。
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平成は「閉塞の時代」だったか
平成が終わる。この30年を振り返ると、バブル経済が崩壊し、未曽有の自然災害が頻発、オウム真理教によるサリン事件も社会を震撼させ、インターネットという新たなメディアも台頭した。閉塞感が漂う時代の中で日本人の価値観はどう変わったのか。
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平成の30年間で「災害の凶暴化」はここまで進んだ
島村英紀(武蔵野学院大特任教授) 平成時代は約30年続いたが、自然災害の多い時代だった。2018年の漢字は「災」に決まったが、近年では、地震や火山、気象災害が増えてきたのが目立つ。 まず、地震について見てみよう。日本に起きる地震には二種類があり、一つは海溝型地震、もう一つは内陸直下型地震である。 前者には2011年の東日本大震災を起こしたマグニチュード(M)9・0の東北地方太平洋沖地震や、これから起きるに違いない南海トラフ地震がある。後者には、1995年に起きた阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)がある。 この二種類の地震は起きるメカニズムが違う。海溝型地震は、日本列島を載せているプレートに海洋プレートが衝突してくることで起きる。それゆえプレートが毎年4~8センチという速さで動いてくる分だけ、次第に地震を起こすエネルギーが溜まっていっている。そして、岩が我慢できる限界を超えたら、大地震が起きる。 その意味では、毎年地震に近づいていることは確かなことだ。起きる場所は海溝近くに限定され、多くの場は太平洋岸の沖である。この地震はM8クラスか、もっと大きくなる。 他方、内陸直下型地震は違う。これは日本列島を載せているプレートがねじれたり、歪(ゆが)んだりして起きるもので、どこに起きるのか、いつ起きるかは、今の学問では分からない。つまり、日本のどこにでも起きる可能性があるのである。 しかも、間の悪いことに、内陸直下型地震は人間が住んでいるすぐ下で起きる。このため、地震の規模(M)の割に被害が大きくなる。M7・3の阪神・淡路大震災では6400人以上の犠牲者を出したし、2018年9月のM6・7の北海道地震や同6月のM6・1の大阪北部地震でも、大きな被害が生じた。2011年4月27日、東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町で黙礼される天皇、皇后両陛下 政府の地震調査委員会が毎年発表している「全国地震動予測地図」がある。地震危険度を場所ごとに色分けしている。黄色がもっとも地震危険度の低い所、赤やえんじ色が地震危険度の高い所になる。南海トラフ地震が起きると影響の大きい西日本の太平洋岸や、首都圏地震が起きる可能性のある首都圏が、赤やえんじ色に塗られている。 問題はこの種の地図が、一般には「安心情報」として受け取られてしまうことだ。つまり黄色の場所は「地震が起きない所」ではなくて、「起きるかどうか、今の学問では分からない所」なのである。相次ぐ「ノーマーク地震」 実は、黄色、つまりノーマークのところで地震が相次いでいる。この種の地図が作られるようになったのは阪神・淡路大震災以後だが、その後に起きた大地震、2000年の鳥取県西部地震(M7・3)、04年の新潟県中越地震(M6・8)、07年の能登半島地震(M6・9)と中越沖地震(M6・8)、08年の岩手・宮城内陸地震(M7・2)などはすべて、ノーマークだったところで起きてしまった内陸直下型地震である。 地震調査委員会によれば、16年に起きた熊本地震の発生確率は30年以内に0・9%以下だった。つまり、決して高くない数値だった。でも、大阪北部地震も北海道地震も、政府は予測できなかった。地震がノーマークのところで起きてしまったからである。 直下型地震の多くは、既に分かっている活断層ではないところで起きた。地震が起きてから初めて活断層だと分かったところもあれば、結局、活断層が地震を引き起こしたかどうか分からなかったものもある。つまり、既存の活断層だけを警戒していればいいものではないことが、最近の直下型地震でも確かめられたのだ。 プレートの動きは止まることはなく、一定の速さで日本列島に向かって動き続けている。プレートの動きによって、岩が我慢できる限界を超えると起きるのが地震、そして、プレートが約100キロのところまで潜り込んだところで、岩が溶けてマグマが生まれ、それが上がってきて起こすのが火山噴火だ。地震はプレートの動きの直接的な反映で、火山は間接的になる。 では、平成時代の火山活動はどうだったろうか。2014年に起きた御嶽(おんたけ)山(長野、岐阜両県)の噴火は、60人以上の犠牲者を出した。これは1991年に雲仙・普賢岳(長崎県)の犠牲者46人という戦後最多の記録を塗り替えてしまった。 だが、噴火の規模から言えば、日本で過去に起きた噴火に比べると、御嶽山が噴出した火山灰や噴石の合計の容積は東京ドーム(容積約124万立方メートル)の3分の1から2分の1ほどの量だった。火山学から言えば、決して大噴火ではなかった。 19世紀までの日本では、各世紀に4~6回の「大噴火」が起きていた。「大噴火」とは、火山学で3億立方メートル以上、東京ドームの250杯分以上の火山灰や噴石や溶岩が出てきた噴火をいう。御嶽山の噴火よりもはるかに大きな噴火である。この「大噴火」は17世紀には4回、18世紀には6回、19世紀には4回あった。2018年9月26日、御嶽山噴火から4年を前に、登山道の規制を麓の長野県木曽町が解除。慰霊登山の遺族らが到着した御嶽山の山頂(共同通信社ヘリから) ところが20世紀に入ると「大噴火」は1914年の桜島と29年の北海道・駒ケ岳の2回だけで、その後100年近く「大噴火」は起きていない。 しかし、この静かな状態がいつまでも続くことはありえない。これらが東北地方太平洋沖地震という巨大地震をきっかけに「普通」に戻りつつある。世界的にも、大地震と噴火は関連があることが多い。都会ほど災害に弱い しかも、地球温暖化で、気象が「凶暴化」している。海水からエネルギーを得て強くなる台風も、かつては日本近海の海水温が低かったので、弱まってから日本に近づいたが、これからは強いままで日本を襲う可能性が高い。 また、今までにない大雨や、今まで日本では少なかった竜巻の被害も増えつつある。これらも地球温暖化の影響である。 例えば、2014年夏に起きた広島市安佐南区の地滑りも、かつてないほどの大雨が原因だった。戦後に広島市が膨張して、60年以上も「無事に」暮らしていたところが、今までにない大雨による地滑りが起きてしまったのだ。この災害で77人が死亡した。死者・行方不明者が230人を超えた18年7月の西日本豪雨も、今までに日本ではなかった豪雨の影響である。 竜巻も今までにない被害を起こしている。06年には北海道佐呂間(さろま)町でトンネルの工事をしていた作業員など9人が死亡した。 これは日本だけの話ではない。近年、欧州でも中東でも北米でも、大規模な洪水や干魃(かんばつ)や森林火災が続いている。これは、地球規模での温暖化がさまざまな形で起こしているせいだ。 阪神・淡路大震災も、その5年後に起きた鳥取県西部地震も、同じM7・3で同じような直下型地震だった。しかし、被害のありさまは大きく違った。これには地盤の良しあしもあるが、都会ほど地震に弱いということが反映している。 18年6月の大阪北部地震では、地震保険の支払額が阪神・淡路大震災を上回った。死者の数で災害の規模を表すのは不謹慎だが、大阪北部地震では5人、阪神・淡路大震災では6400人以上である。つまり、都会ほど災害に弱いことを如実に示している。 富士山の最後の噴火である宝永噴火では、2時間で江戸に火山灰が降って5~8センチも積もった。噴火では心配なことが多い。コンピューターに欠かせないハードディスクが動いている狭い隙間に火山灰が入りこんだら、大いに悪さをする。そもそも、交通も通信も金融も水道も、コンピューター頼みの現代では、江戸時代にはなかった大災害を引き起こす可能性が大きい。火山灰は尖(とが)ったガラスの粉だから、コンタクトレンズと目の間に入ったら角膜を痛めてしまう。豪雨で水に漬かったままの岡山県倉敷市真備町地区の住宅地=2018年7月8日(小型無人機から) 自然災害は首都圏など大都市圏に大きな被害をもたらす可能性がある。人口密度が高く、そのうえ、木造住宅密集地帯を多く抱えている都会では、将来の被害がとても大きいものになることが心配されている。 地震や火山噴火が多くて災害を受けやすい日本列島が、これからも襲って来る地震や火山噴火だけではなく、「気象の凶暴化」によって、さらに脆弱(ぜいじゃく)になっている。地震も火山も、そして気象災害も、文明の進歩に伴い、被害が大きくなるに違いないのである。■ 豪雨報道より『鶴瓶の乾杯』を優先した首都圏NHKが嘆かわしい■ 死者47万人「スーパー南海地震」の条件はいよいよ整った■ 「記録的」がもたらす未曾有の災害 異常気象からどう身を守るか
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呉智英が読む平成30年史「日本人はどう変わったか」
、悪しき平準化が観察できるようになった。 また、平成七(一九九五)年には、社会の「安全」にかかわる大災害、大事件が続いて起こった。 一つは、一月十七日の阪神淡路大震災である。平成二十三(二〇一一)年に東日本大震災が起きるまでは、戦後最大の災害で、伊勢湾台風(一九五九年=昭和三十四年)の死者五千人を超えて、約六千人の死者を出した。 もう一つは、三月二十日のオウム真理教による東京地下鉄のサリン散布事件である。この凶暴かつ異常な宗教団体の犯罪によって、信教の自由論を含む日本人の宗教観は大きくゆさぶられ、治安意識にも変化が現れだした。 六年後の二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルにイスラム系テロ組織のハイジャックした旅客機が突入自爆し、二千七百余人の死者が出た。宗教の種類は異なるものの、宗教が常に平和を実現するものとは限らないことを、内外のテロ事件は教えている。米中枢同時多発テロで、ハイジャックされた航空機よって炎上する世界貿易センタービル=2001年9月11日 そして、二〇一一年三月十一日の東日本大震災は、千年に一度の規模の広範な巨大災害であり、「安全」と同時に「国土」という意識をも喚起したと言えよう。死者は約一万六千人にも及び、今なお行方不明者の遺体が発見されている。この大災害は原発破損ももたらし、直後に関東圏から西日本に避難する人たちもあった。保守系の反原発論者の主張には、安全な国土という意識が垣間見られる。 ただ、これほどの大災害にもかかわらず、日本国民は冷静に対応して世界から称賛され、ボランティアなどの支援活動は現在も継続している。「国民意識」が健全な形で定着していたことが、期せずして明らかになったと言えよう。※文中の「中国」は、呉智英氏の「支那」の表記を編集部が変更しています。■憲法上の問題をはらんだNHKの天皇陛下「ご意向」スクープ■新元号をめぐる「タブーなき議論」こそ平成と昭和の差である■本多勝一「中国の旅」はなぜ取り消さない
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大阪万博がちっとも盛り上がらない
2025大阪万博の開催が決まった。「経済効果は2兆円」との触れ込みも、開催地以外での盛り上がりはいま一つである。高度経済成長の象徴と言われた前回開催と比べ、その国民的関心の低さが際立つ。正式決定後も、まだ不要論が聞こえてくる大阪万博の是非を考えたい。
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「大阪万博は夢のまた夢」スーパー南海地震のリスクも考慮せよ
出た95年の兵庫県南部地震(阪神大震災)までのおよそ30年間、日本では経済の根幹を揺るがすような巨大災害が発生していなかったことだ。 もちろん、まったく災害が発生しなかったわけではないが、犠牲者が1000人を超える規模はなかった。日本経済の高度成長期からバブル経済期まで、この点で非常に恵まれていたと言える。2025年大阪万博の会場予定地の夢洲(手前)=大阪市此花区 昭和の後半は大きな災害が発生せず、経済成長を謳歌(おうか)できた時代だったのだ。最近、ようやく防災意識が高まりつつあるが、現在社会の中枢を担っている世代の人々の多くは、巨大災害について教育を受けておらず、体験もしていないのである。 そのため、今年の西日本豪雨、マグニチュード(M)6・1の大阪北部地震、台風21号、M6・7の北海道地震などで、適切な対応が取れず、被害が拡大したのは周知の通りだ。 振り返れば、元号が昭和から平成に変わるとバブル経済が崩壊し、そして巨大災害の時代に突入した。そこで政府やマスコミは「未曽有の」「想定外の」という言葉を連発し、また被災した多くの市民も「まさかこの地域で」との思いを口にした。迫る巨大地震の発生 しかし、環境史、開発史、災害史を基礎とした災害リスクの研究をしている筆者からすると、「未曽有の」「想定外の」「まさかこの地域で」などは幻想に過ぎない。たとえばM7以上の地震は、観測時代に入ったこの100年余りで5年ごとに平均3回も発生している。 M6以上だと5年ごとに6回も発生しており、この程度の地震は、決して「未曽有の」ではない。また、津波についても1896年の明治三陸地震で2万人以上の犠牲者が出ている。2011年の東北地方・太平洋地震(東日本大震災)は、しばしば貞観大地震(869年)まで遡(さかのぼ)り、1000年に一度の震災と言われているが、そんなことはない。世界では、M8・5以上の地震は20世紀以降、11回も生じているのである。 そして、筆者はこれまで「スーパー南海地震」が発生する危険性が迫っていることを指摘してきた。政府は、静岡県-三重県-高知県近海の「南海トラフ」を震源とするプレート型地震を警告してきたが、地震の範囲は過去に起きた東海、東南海、南海地震の範囲に収まらない可能性が高い。これがスーパー南海地震と呼ぶゆえんである。 そこで、2025年大阪万博の開催が予定されている「夢洲(ゆめしま)」(大阪市此花区)について考えてみる。夢洲は、現在埋め立てが進行中の人工島だ。標高が極端に低く、津波時には確実に水没する。しかも巨大地震が起きれば広範囲にわたって液状化する。さらに、夢洲に至る交通アクセスは極端に少なく、災害時にここから脱出することは容易ではない。 現在、夢洲では鉄道の延長が計画されているが、万博後は利用者が激減するため、対策としてカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致も計画されており、一帯は高層建物が多数乱立することも予想される。すでに東日本大震災の際、大阪湾岸の人工埋め立て地の高層建物では、エレベーターが停止し、多くの人たちが閉じ込められたことを考えれば、スーパー南海地震による被害がいかに甚大になるか、想像に難くない。 そもそも、大阪屈指の繁華街・梅田や大阪市域を南北に走る幹線道路、御堂筋などがある大阪平野は津波で完全に水没する。また、少し離れた大阪城がある上町段丘面(東京の山の手にあたる)の東側に位置する河内平野も津波被害を受ける。スーパー南海地震時に津波の被害からまぬがれる範囲は、大阪城付近のみという悲惨な状態にある。津波でほほ水没する可能性が高い梅田周辺=大阪市北区(産経新聞社ヘリから、彦野公太朗撮影) こうした状況の中、現在、ユーラシアプレートでは、口永良部島、桜島、霧島山新燃岳、霧島山硫黄山、阿蘇山などの活動が活発化している。ゆえに、スーパー南海地震が発生するまでの時間は、かなり近いと考えざるを得ない。 筆者は、大阪万博どころか、2年後の東京五輪すら無事に迎えられるかどうか懸念している。政府は、南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率を「80%」と予測する。当たり前だが、30年以内の中には今日も明日も含まれている。また、地震発生確率というものは、実は0・5%でもかなり高い。これが80%となると、断定しているようなものだ。 そして筆者は、東日本大震災の被害から考察し、スーパー南海地震の津波犠牲者は47万人以上(政府は32~33万人)と推定している。一方、土木学会は今年、南海トラフ地震による経済損失を試算し1440兆円と公表した。これは、日本の国家予算の14~15倍の額である。 こうした現状を踏まえれば、2025年大阪万博の開催は、豊臣秀吉の辞世の句よろしく「浪速のことは夢のまた夢」になりかねない。■ 大阪直下地震で思い出す「増税なくして復興なし」のペテン■ 大阪直下地震は次に起こる南海トラフの前兆か■ 松井一郎手記「安倍総理は本心をごまかしている」
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北海道電力「ブラックアウト」の裏を読む
北海道地震では、日本の電力会社で初めて管内すべての電力供給が止まる「ブラックアウト」に見舞われた。直接の原因は震源近くの火力発電所に電力供給を依存していたことだったが、むろん今回の事態はどこでも起こり得る。なぜ電源は崩壊したのか。脆弱な電力供給の背景を読む。
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「たかが電気」どころじゃない! ブラックアウトの経済的損失がヤバい
上念司(経済評論家) まずは北海道で被災された方々にお見舞い申し上げます。 日本で初めてのブラックアウトが起きてしまった。これは由々しき問題だ。ご存じの通り、電力の供給と消費は「同時同量」でなければならない。例えば、今年の夏のように猛暑が続くと、昼間の電力消費が急激に増える。電力会社は「同時同量」を維持するために発電所の稼働を上げてそれに備える。もしそれをしなければネットワーク全体がダウンしてしまうからだ。 今回のブラックアウトは消費側ではなく、供給側の発電所が地震によって停止したために発生した。苫東厚真火力発電所は、出力165万キロワットで北海道全体の電力需要310万キロワットの約半分を占めていた。ここが地震で止まったことで、「同時同量」が維持できなくなってしまった。 そもそも、なぜ北海道電力の電源構成が苫東厚真(とまとうあつま)火力発電所に偏っていたのか? その理由は人災である。すでに指摘されていることではあるが、もし泊原発が動いていれば全道停電などという事態は避けられた可能性が高い。そして、泊原発を7年も停止状態に追い込んだのは菅直人だ。この点に関しては以下の論説に詳しいのでぜひこちらをお読みいただきたい。 澤田哲生「北海道地震、未曽有の大停電は菅直人にも責任がある」(iRONNA 2018/09/07) 技術的な問題は専門家に譲るとして、私は経済的な損失について考えてみたい。まず停電によって失われる経済的な付加価値について考えてみよう。電力中央研究所は次のように試算している。産業連関表(2005年、ただし全国版4)によると、生産活動に中間投入される電力(の金額)は、GDPの2・3%程度であり、その逆数をとると約44である。短期的には電力は代えが効かないとみると、経済活動は、電力コスト1の投入を前提に、その44倍の付加価値を生み出しているという言い方ができる。 需給対策コストカーブの概観 (今中健雄 電力中央研究所 社会経済研究所) では、この44倍という数値を今回のケースに当てはめてみる。被害を受けた北海道電力の発電コストは部門別収支計算書(平成29年4月1日から平成30年3月31日まで)に書いてある。これによれば、電気事業費用の総計は6564億円だ。これを365日で割ると、1日当たりの発電コストが17・9億円になることがわかる。これを44倍した791億円が1日の電力コストを消費して得られる経済的な付加価値だ。 今回のケースではブラックアウトは約2日間だったので、その分の経済的付加価値の損失は1582億円と試算される。避難所となった小学校の体育館。停電のため被災者はランタンや懐中電灯などをともし、不安な夜を過ごした=2018年9月6日、札幌市東区 ここまでがすでに失われた経済的付加価値だ。しかし、損失はこれにとどまらない。今後も続く電力不足による経済的な悪影響についても見積もる必要がある。 北海道電力の不眠不休の努力によって、全道停電状態は9月8日の昼頃には解消した。しかし、実際のところはギリギリの綱渡りだ。苫東厚真石炭火力発電所の完全復旧にはまだかなりの時間を要すると見られており、それまで電源不足は続く。既述の通り、電力は「同時同量」なので、供給側に余裕がないとこの近郊が崩れかねない。再びバランスを崩せばブラックアウトに逆戻りだ。損失は年間で5000億円 そうならないようにするために、今緊急にできることは需要側の制限だ。そのため、政府および北海道電力は東日本大震災の時に実施したのと同じような計画停電の検討をしているとのことだ。ただ、現時点(9月9日)ではまだ具体的な実施計画は決まっていない。 とはいえ、仮にこれが実施されたとすると、経済的な損失はさらに拡大する。東日本大震災の計画停電に伴う経済的な損失については以下のような試算があった。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストの佐治信行氏が一定の前提を置いたうえで試算したところによると、1都8県(東京都、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、神奈川県、山梨県、静岡県の一部)の対象地区が3時間の停電を4月末まで続けた場合、5・4兆円、1年間のGDPの1・04%が失われる。(ロイター 2011/03/15) 実際には複雑なサプライチェーンがあり、どのような影響がでるのか試算は難しいが、ざっくり県内生産額で比較すると今回の被災地は東日本大震災の被災地の10分の1位程度になる。これを単純に当てはめると、仮に東日本大震災の時と同程度の期間計画停電が行われるとするなら、損失は年間で5000億円程度になる。 また、仮に計画停電がなかったとしても、いま政府が呼びかけている20%の節電は現実に続いている。先程の試算に基づくなら、20%の節電によって失われる経済的な付加価値は1週間あたり1107億円だ。果たしてこれだけで済むかどうか、予断を許さない。 ここまで試算した停電に伴う損失を合算すると累計損失額は最低でも2700億円、最大で6600億円にもなる。これはあくまでも試算だが、停電に伴う経済的な損失はこれほど膨大な数字となるのだ。「たかが電気」などと揶揄していたミュージシャンがいたそうだが、ぜひこの損失金額を見てよく考えてほしいものだ。 ちなみに、北海道電力が泊原発の再稼働に向けた安全対策の予算は約2000~2500億円である。この損失額に比べれば安いものではないだろうか? 北海道電力は24日、泊原子力発電所(泊村)の再稼働に向けた安全対策に2011年度から18年度までの8年間で2000~2500億円を投じると発表した。原子力規制委員会の新規制基準に対応するため、従来計画より5割ほど増やす。11月を想定していた再稼働時期については、記者会見した真弓明彦社長が「かなり厳しい」と発言し、12年5月から続く停止期間が長引く見通しを示した。 北電、泊原発の安全対策に2000億円超 8年間で(日経新聞 2015/3/25) 東京工業大先導原子力研究所助教の澤田哲生氏によれば、今回の地震で泊原発が観測した揺れはせいぜい10ガル以下である。泊原発は100~300ガルの揺れを観測すると安全のため緊急停止するが、10ガル以下では全く運転に支障はない。もし泊原発が再稼働済みだったら今回の地震では停止せず運転を続けていた可能性が高い。泊原発の1号機と2号機は57・9万キロワット、3号機は91・2万キロワットの出力がある。3基とも稼働していたら出力の合計は苫東厚真石炭火力発電所の出力165万キロワットを上回る。おそらくブラックアウトもなければ、計画停電も不要だったのではないか? 仮に一時的な停電が発生していたとしても、復旧は早く被害は桁違いに少なかっただろう。電気の復旧作業を行う作業員ら=2018年9月10日、北海道厚真町(松本健吾撮影) 今回、全電源が停止したことによって、人工透析を受けている人、ICUで処置中の人に多大なる迷惑がかかっていたと聞く。電源喪失は人の命に関わる問題であることを再認識すべきではないだろうか? 原発をタブー視して議論を避けてばかりでは何も始まらない。泊原発の地震対策について具体的に議論し、安全な再稼働を検討すべき時期に来ていると私は思う。
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北海道大停電、真のリスクは泊原発「チェルノブイリ級核爆発」だ!
藤原節男(原子力安全基盤機構元検査員) 9月6日深夜3時8分、北海道胆振(いぶり)地方を襲った大地震で、泊原子力発電所が外部電源喪失となり、非常用ディーゼル発電機が自動起動した。北海道電力最大の火力発電所である苫東厚真発電所が緊急停止した影響で、他の発電所がダウンしたためだという。 原子力発電所には、設計基準事象の事故を起こした時の安全確保のため、原子炉を止め、原子炉や使用済み燃料プールにある燃料を冷却(崩壊熱除去)し、放射能の放出を閉じ込めるために安全上重要な設備がある。この「安全上重要な設備」の電源には、外部電源または非常用ディーゼル発電機を用いる。 地震により、原子炉を停止した場合に、外部電源喪失と、非常用ディーゼル発電機の起動失敗が重なると、福島原発事故の二の舞となる。したがって、外部電源の信頼性は非常に重要である。 北海道電力のプレスリリース(2011年5月16日)には「泊原子力発電所の外部電源は、信頼性が確保されている」との記述がある。 しかし、今回の外部電源喪失は、真弓明彦・北海道電力社長によれば、「極めてレアなケース。すべての電源が落ちるリスクは低いとみていた」とのことであった。総出力165万キロワットの苫東厚真発電所がダウンして、実際に、北海道全域の交流電源が失われたのなら、「極めてレアなケース」とは言えない。偏った電力系統構成を変更し、電力の需給を適正にコントロールしないと、泊原子力発電所は「現在も、極めて供給信頼性のない送電線により電力系統に接続されている」ということになり、北海道電力は結果的に「虚偽報告」を行ったことになる。 私はこれまで、2011年に爆発した福島原発3号機と同じような危険性が、泊原発3号機もあると警告してきた。 さかのぼること2009年3月、独立行政法人「原子力安全基盤機構」の検査員だった私は、泊原発3号機の安全性について上司からの改ざん命令を拒否し、4件の公益通報を行った。それは、検査員としての職務を全うするためであったが、原子力村組織により公益通報は、ないがしろにされ、結局それがために職を追われるという不利益を被った。そこで「このままの原子力村組織では、いずれチェルノブイリのような大事故が生じるに違いない」と考え、120%敗訴を覚悟で、原子力公益通報裁判に訴えた。 私が行った4件の原子力公益通報は下記の通りである。(1)泊原発3号機使用前検査での記録改ざん命令について(2)その記録改ざん命令の是正処置を行わず、問題を放置したJNES(原子力安全基盤機構)組織のあり方について(3)1999年に敦賀2号機で起きた再生熱交換器連絡配管破断事故の原因究明をめぐる問題について(4)JNES(原子力安全基盤機構)において、検査ミスを報告する際に本来の報告書を使わず、簡略化した書式(裏マニュアル)で済ませていることについて 11年3月8日、いつまでたっても公益通報を記事にしない経産省記者クラブの記者たちに、私は「このまま公益通報を記事にしないで、公益通報(内部通報)が無視されている状態が続けば、明日にでもチェルノブイリ級の大事故が生じる。すぐに記事にしてください」と警告メールを送った。 東日本大震災、そして福島原発事故が発生したのは、その3日後、3月11日のことだった。3月14日午前11時01分の福島3号核爆発は、まさに原子力公益通報「泊3号減速材温度係数測定検査」と同じ原理であった。福島第1原発4号機のオペレーションフロア(5階)から見た3号機、その奥が2号機(水色の建屋)=2012年5月、福島県大熊町(代表撮影) 福島原発事故以降は、日本最強の脱原発弁護団を擁して、東京地裁から東京高裁、最高裁へと舞台を移しながら闘った。しかし、いかんせん、行政府に支配された裁判所では、健闘むなしく全面敗訴という結果に終わった。これら全ての経緯は、私の著書『原子力ドンキホーテ』(ぜんにち出版)に、実名記録としてまとめている。福島との共通点 11年3月14日午前11時01分に爆発した福島3号。この爆発は後述する「福島3号核爆発の理論」の解説の通り、福島3号使用済み燃料プールでの核爆発であった。これと同じ原理で、泊3号の原子炉も同じように核爆発を生じる危険性がある。 福島3号核爆発は、まさに私が行った原子力公益通報「泊3号減速材温度係数測定検査」と同じ原理であった。 福島3号核爆発では、使用済み燃料プールが沸騰している時に、使用済み燃料プールの水面上方にて水素爆発があり、その爆発圧力が水面下に伝搬して、沸騰水中のボイド(気泡)が急激に小さくなることにより、正の反応度が添加され、それが結局核爆発の原因となった。これと同じことが、泊3号でも生じる危険性がある。 そのリスクのひとつが、制御棒引き抜き事故だ。泊3号、というより加圧水型軽水炉では、制御棒引き抜き事故を「原子炉の中で、反応度効果最大の制御棒1本が、何らかの事故で急激に引き抜かれる」事故であると定義して、「反応度効果最大の制御棒1本が、何らかの事故で急激に引き抜かれても爆発を生じることはない」と解析している。 これは言い換えれば、制御棒2本以上が引き抜かれる場合には、核爆発が生じる可能性があるということに等しい。特に、泊3号の燃料は高性能燃料55GWD/T(ギガワットデイ/トン)、すなわちウラン高濃縮度燃料を用いていており、09年3月にも泊3号減速材温度係数測定検査で安全性に問題がある兆候があった。 また、混合酸化物(MOX)燃料を用いる場合にも、同じく核爆発が生じる可能性が強くなる。ちなみに、加圧水型軽水炉よりも沸騰水型軽水炉の方が、原子炉での核爆発の危険性が高い。沸騰水型軽水炉の原子炉容器内水素爆発及び制御棒引き抜き事故が該当し、福島3号核爆発と同じ現象を生む可能性がある。 福島3号使用済み燃料プールは、満水状態で未臨界となるように設計していた。しかし、沸騰状態で臨界になる欠陥設計であった(上図の通り)。最適臨界点に到達するまでは、軽水のボイド(気泡)反応度係数は正(プラス)。最適臨界点に到達した後の、軽水のボイド反応度係数は負(マイナス)。欠陥設計は、使用済み燃料稠密(ちゅうみつ)保管、ボロンステンレス(またはボロンアルミニウム)採用、MOX燃料保管にも関係がある。 実際に発生した現象は、以下の通りだ。(1)全交流電源喪失により、使用済み燃料プール冷却用ポンプが作動しなくなり、使用済み燃料からの崩壊熱除去ができなくなった。それで使用済み燃料プール水は、崩壊熱により、沸騰を始めた。(2)徐々にボイド率が増し、A点(臨界)に達すると、使用済み燃料からの崩壊熱に、核反応熱が追加となり、ボイド率がすぐにA点からB点に移行して、安定的な遅発臨界状態となった。これは、以下に示す図1での「自己制御あり」の状態である。(3)福島3号5階(オペレーションフロア)では、水の放射線分解による水素ガスが蓄積してきた。原子炉格納容器からの水素ガス漏れも追加されたと推測される。その水素ガスが発火して、水素爆発が生じた。発火原因は、制御用直流電源と制御装置スイッチ作動と推測される。(4)水素爆発により、急激な圧力が使用済み燃料プール水面から水中に向かい発生した。そのため、急速にボイドが消滅し、反応度が急激に増加した。反応度が増加して発生熱が増えても、深さ10mの水の慣性により、臨界場所の圧力は減少しなかった。さらに圧力が増加して、さらにボイドが消滅し、最適臨界状態に近づいた。このため、即発臨界(核爆発)となった。これは、図1での「自己制御なし」の状態である。沸騰水型でも核爆発の可能性 沸騰水型原子炉で、主蒸気の流れが遮断され原子炉圧力が急上昇した場合には、ボイドがつぶれ、正の反応度が添加され、原子炉出力が急上昇する。この場合、実際の運転では、制御棒、タービンバイパス弁、主蒸気逃がし安全弁を作動させて、原子炉圧力の急上昇を防止する自動制御が行われる。この自動制御に失敗すると、沸騰水型原子炉でも核爆発の可能性がある。 福島3号使用済み燃料プールは、自動制御装置のない沸騰水型原子炉となっていた。原子炉内での過渡変化に伴う反応度の増減効果を、正または負の反応度効果と言い、その増減率を反応度係数と呼ぶ。 例えば、沸騰水型原子炉において、減速材の温度上昇に伴う蒸気の泡(ボイド)の発生量の増加現象は、減速材の密度低下による中性子減速効果の減少をもたらすので、負の反応度効果である。すなわち温度が上がってボイドが多くなると核分裂が減って温度が下がる。また、燃料集合体の温度上昇はウラン238の中性子吸収確率を増加(ドップラー効果)させるので、やはり負の反応度効果である。つまり燃料ペレットの温度が上がると、ドップラー効果で核分裂が減って温度が下がる(自己制御性)。 原子炉の温度変化に伴う反応度係数を反応度温度係数と呼び、通常は温度係数と略称される。温度係数には燃料の温度変化による燃料温度係数、減速材の温度変化による減速材温度係数、ボイド発生量によるボイド係数がある。その他には原子炉出力による反応度出力係数や反応度質量係数などがある。 原子炉を安全に運転するためには、原子炉全体の出力増加に伴う反応度出力係数が負の値となるように原子炉が設計されていなければならない。旧ソ連のRBMK-1000型原子炉は正の出力反応度係数を持つ原子炉であったため、常に何本かの制御棒を原子炉内に挿入しておく必要があった。そのため規定以上の数の制御棒引き抜きは禁止されていて、運転規定にも明記されていたものの、理由の説明が操作員に徹底されていなかった。蒸気タービンの惰力運転試験のために操作員が原子炉出力を上げようとして規定以上の数の制御棒を引き抜いたことが、チェルノブイリ原子力発電所の事故原因とされる。 次に、活断層による耐震基準の問題点について述べたいと思う。現在の耐震基準では、活断層の長さや活断層面積と、地震の大きさ(マグニチュード)との相関関係図から、エイヤ(概算)と公式を作成して、原子力発電所サイトでの地震の大きさ(マグニチュード)を決めている。公式は、地震の最大値を算出するものではなく、地震の平均値を算出する公式である。したがって、公式通りであれば、未来の地震の半数は、耐震基準を超えることになる。実際に多数の耐震基準オーバーが起きている。 そもそも「活断層の長さや活断層面積から、そこで起こる最大の地震を予測できる」という理論的根拠が薄弱だ。「断層が動いて、地震を引き起こすのではなく、別の原因で地震が生じ、その結果、地震が原因で活断層が生じた」という可能性がある。例えば「マグマの熱によって深層水(超臨界水)が水素と酸素に解離して、その水素と酸素が再結合する時に爆発、爆縮(ばくしゅく)が生じて、その結果、地震、活断層が生じる。断層は地震の傷跡である」という、石田地震科学研究所所長の石田昭氏の学説(注)がある。過去の計測記録データからは、この「巨大地震は解離水の爆縮で起きる」という石田氏の学説の方が真実味がある。 断層が動いて地震を引き起こすのではなく、別の原因で地震が生じ、その結果、地震が原因で活断層が生じたのであれば、活断層面積から、そこで起こる最大の地震を予測できないということになる。 私の「地震学新説」 なお、「大陸プレートと海洋プレートの境界面では、水が大陸プレートと化学反応で結合する。そして、大陸プレートの底部に水素や酸素が多く、軽いマグマを発生させる。富士山のような噴煙型火山では、マグマが浮上、噴出する際に、マグマ圧力低下とともに、マグマが溶岩と水蒸気に分離し、噴煙型火山を形成する」というのが火山学の通説だ。そうであれば、私も以下の通り、「地震学新説」を唱えたいと思う。 2011年3月11日東北地方太平洋沖地震のような、大陸プレートと海洋プレートの境界面での地震では、海山が地中に滑り込んだ場所のような「地殻のひずみがたまっている場所」で、弾性バネがはじけるようにして、地震が生じるというのが地震学の通説である。 しかし、地殻に弾性バネのような弾性があるはずがない。「弾性バネがはじけるようにして、地震が生じる」というところに無理がある。そこで、私の地震学新説では、このような地殻のひずみがたまっている場所では、海洋プレートの境界面での水が原因で、大陸プレートに薄いマグマ層を発生させ、そのマグマが潤滑剤となり、ハイドロプレーン(水膜)現象のように大陸プレートが滑ると考える。 そのように考えると、大陸プレート内の地震も、活断層が動いて、地震を引き起こすのではなく、地殻のひずみがたまっている地層境界面での水や温度、圧力が原因で、マグマ層を成長させ、そのマグマが潤滑剤となり、ハイドロプレーン現象のように地層が滑る。マグマ層の成長が原因で地震が生じ、その結果、地震が原因で、活断層が生じたということになる。 現在の原子力規制庁に該当する「原子力安全基盤機構」の検査員だった私の考えは、妄信的原子力推進でなく、原子力安全(原子力品質)に万全を期すことであった。それが、検査員の立場であった。そのための原子力公益通報であった。しかし、それは「日本株式会社原子力村支社」により排除された。原子力事故の怖さを知り、職業倫理観を持っている技術者が排除されることを私は身をもって知った。北海道電力泊原発=北海道泊村、2015年9月 原子力村は「赤信号、みんなで渡ればこわくない」の体質であり、今の原子力村技術者は、上司の言いなりで「権力組織の歯車」に成り下がっている。 品質(安全)マネジメントシステムが機能していない。事故再発防止システムが機能していない。すなわち、PDCA(プラン、ドゥ、チェック、アクション)が機能していない。国際原子力機関(IAEA)も、プルトニウム不拡散(NPT)の機能だけに特化しており、原子力の安全には役に立たないのが現実なのだ。 以上、泊原発と日本の原発を取り巻くさまざまな問題点について述べた。今回の北海道地震による全域停電を受け、原発推進派が泊原発の再稼働をアピールしている。私は断固として泊原発の再稼働に反対する。<参考> 書籍 石田昭『巨大地震は「解離水」の爆縮で起きる!』(工学社) 動画「地震は解離した水の爆発現象である」
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「原発を止めるリスク」北海道大停電が教えてくれた再稼動の意義
6日夜、停電のため、ガソリン式の発電機を使い、一酸化炭素中毒で死亡した。こうした人の命にかかわる激甚災害を作ったのは、原発を何の法的根拠もなしに運転を停止させて再稼働させない規制によってもたらされた人災である。要は「原発を止めるリスク」は非常に高いのだ。 そもそも、変動電源である太陽光、風力は火力や原子力、水力などの安定電源が動いていないと接続できない。北本連携線の本州からの直流送電も、道内火力が動いていないと交流に変換できない。送電網の「素人集団」である原子力規制委はこのようなこともご存じないらしい。真冬の北海道で同じ事態が起きたらそれこそ何万人にも凍死する事態になる。原子力規制委も政府も、原発を止めているリスクの高さを認識していない。 この大停電のリスクを筆者は櫻井よしこ氏との共著『それでも原発が必要な理由』で警告しているが、本来ならこの全道大停電の人的・経済的大損失の責任を原子力規制委と政府が負わなければならない。 厚生労働省によると、地震の影響で北海道内の376の病院で停電し、そのうち11の病院は災害拠点病院で自家発電機を使って対応した。水などが使えない病院も82施設あり、医療ガスが使えない病院が11施設に上った。 また、日本透析医学会によると、停電の影響によって北海道内で透析ができなった医療施設が17施設に達した。透析が3日間できないと深刻な事態になる。また、病院などの冷蔵庫に保管されているワクチン、例えばインフルエンザ、ジフテリア、ポリオ、風しん、ボツリヌス、肝炎、日本脳炎、狂犬病などあらゆる種類の病気や検査のワクチンも2℃から8℃の間で保管されていなければならず、10℃を超えると廃棄しなければならない。原発は電源の中で「最強」 地震による建物の倒壊で骨折したり、頭部をけがして救急搬送されてきた患者のX線撮影やCTスキャンによる頭部検査もできない。実際、外来患者の受け入れを中止した病院も多かった。手術や現在の高度な医療も電気に支えられているのだ。震災時にこそ、医療が重要になるのは言うまでもない。 また、北海道の主力産業である酪農も打撃を受けた。乳牛の搾乳機が使えなくなると乳牛は乳房炎にかかりやすい。さらに、ミルクが絞れたとしても今度は、出荷できない。ミルクが廃棄されたことも報道されている。 そして物流への影響も大きかった。ガソリンやディーゼルエンジンの燃料である軽油などの流通が滞り、苫小牧埠頭では、停電の影響でタンカーで運ばれたガソリンや石炭などの荷降ろしができなくなった。タンクローリーに移すにもポンプを回す電力が要る。 長距離トラック便や、道内の鉄道貨物の輸送も停止した。物流が滞ると野菜などの農産物、乳製品の出荷もできないだけでなく、百貨店やスーパー、コンビニなどの食料品の冷凍ができなくなる。本州へ送られる収穫期のジャガイモやタマネギなどの農作物が輸送できずに山積になったという。 一方、新千歳空港では8⽇早朝に国際線ターミナルビルの閉鎖が解除されるまで、国際線の運航が停止した。7⽇に再開した国内線は乗務員の⼈繰りなどのため36便が⽋航。約1200⼈が空港に宿泊した。9⽇にも国内線28便が欠航。JR北海道では、8⽇になっても一部の普通列⾞やすべての特急列⾞を含む855本が運休した。札幌と帯広、釧路を結ぶ特急は運休が続いた。この時期、北海道を訪れる人は多く、観光客への影響も甚大だった。運航が再開され帰国する外国人観光客らで混雑した新千歳空港の国際線ターミナル=2018年9月8日 ではなぜ、このような全道停電という事態に陥ったのか。そもそも、耐震補強を徹底的に施した原発に比べ、火力発電所は地震に弱い。ボイラーの伝熱管群は、熱膨張を避けるために垂直に数十メートルの長さがあり、上部で吊っているので今回のように直下型の縦揺れには弱いのだ。運転中は高温高圧になった伝熱管群が数十センチも下方向に伸びて下がってくるので、垂直方向には固定できない。 このため、1、2号機のボイラーの伝熱管が損傷し、高温高圧の蒸気が吹き出した。4号機はタービンで火災が発生し、復旧にはケーシング(建具材)が冷えるまで待ち、分解点検して修理しなければならないので、修理期間は約1カ月と報じられている。その一方で、原発の燃料集合体は厚さ約20センチもある鋼鉄製の原子炉容器に収納されており、接続される配管も太く堅牢(けんろう)だ。 つまり、最新補強工事が徹底的になされ、地震には非常に強くなっている。ソーラーパネルは台風で飛散し、風力発電所も倒壊したことが報じられている。このため、原発は現在の電源の中で最も頑健(がんけん)となった。 マスコミ報道やインターネット上には、泊原発が震度2で外部電源が喪失し、もし運転中だったらメルトダウンして爆発する危険性があるというような意図的に原発の危険性を煽る情報がたくさん出ている。日本の再エネ政策は失敗 しかし、原発は今やほとんど全ての自然災害への頑健な対策を取り、震度2程度ではびくともしない。外部電源が喪失したのは、火力発電所のせいであって、泊原発のせいではない。非常用ディーゼル発電機が2台とも起動停止する確率は1/1000以下である。そして、原発は、外部電源喪失や負荷遮断といった外乱は織り込み済みで、設計と実際のハードウエアで対処可能となっている。 少々、専門的になるが、外部電源が喪失し送電もできない負荷遮断状態になると、まず自動的に制御棒が挿入されていき、出力を5%ぐらいまで絞る。蒸気タービンは、余剰な蒸気は、タービンバイパスと言われ、タービンを回さずに直接復水器に放出される。蒸気タービンは回転が続いているから発電が続き、所内動力といって、原発が必要とする電気は自前で供給し、所内単独運転という状態で待機する。 水力発電所などが運転を再開すれば、その給電で、運転を再開できる。非常用ディーゼルが起動するのは、所内単独運転に失敗したときのみだ。このときは、タービン動補助給水ポンプにより蒸気発生器に給水され、主蒸気逃がし安全弁から蒸気が放出されて、蒸気発生器を介して原子炉が冷却される。 タービン動補助給水ポンプが起動に失敗しても、電動給水ポンプが代わりに給水する。さらにこれらに失敗しても、たくさんのモバイル電源、非常電源、給水車などが所用台数の2倍以上も準備されており、炉心損傷確率は隕石の落下確率以下となっている。さらにフィルタベントが設置されるので、万が一の炉心損傷が発生しても、放射性物質は濾(こ)し取られ、地元の汚染は防止される。今や原発の安全性は、3・11前の原発とは比較にならないほど頑健になっているのである。 ここまで書くと、もはや原発を動かすリスクよりも、止めているリスクの方が高いことが分かる。原発を止めることにより、大停電のリスクは上がり、二酸化炭素の排出は増える。太陽光や風力では火力によるバックアップがないと運転できないので原発を止めると二酸化炭素の排出が増え、地球温暖化のリスクが上がる。札幌市の地下歩道に立ち、節電を呼び掛ける北海道電力の社員ら=2018年9月9日 ゆえに、太陽光や風力が原発の設備容量を上回るほど普及したドイツや日本で二酸化炭素は減っていない。1キロワット時の電気を得るのに、排出する二酸化炭素の質量で比較すると、ドイツも日本も先進国の中で最悪の二酸化炭素排出国なのだ。 ドイツと我が国の再エネ政策は失敗しており、経済産業省と政府は第5次エネルギー基本計画を見直す必要がある。世界一になった太陽光に見切りを付けて原子力に大きく舵を切った中国の選択は正しいと言える。ちょっとデータをみれば、そうすべきことはだれでも分かる。このような重要なデータを報じないマスコミの責任も重いと言えるだろう。
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大停電は天災だけではなく地球温暖化でも引き起こされる
主力とし大きく依存せざるを得なかった事情は、戦後の日本のエネルギー供給の歴史に遡る。 今回の停電は、災害により引き起こされたが、米国カリフォルニア州では、乾燥時に送電線が切断され火花が出ることが山火事の原因ではないかとの疑いが出ており、電力会社が山火事を避けるため乾燥時に送電を停止し、強制停電を行う可能性が出てきている。停電の備えを米メディアが報道しているが、停電の際に参考になると思われるので、これを本稿の最後にまとめている。 乾燥による大規模な山火事は、米国に留まらず今年ポルトガル、ギリシャ、スウェーデンでも発生している。ギリシャでは91名が犠牲になったと報道された。いずれも地球温暖化が引き起こす熱波と干ばつが原因とされているが、欧州では雨が降らない猛暑により、太陽光発電の発電量が平年比で大きく伸びる一方、太陽光より発電量が大きい風力の発電量が、安定した天候のため大きく落ちる状況になっている。※画像はイメージです(GettyImages) 再生可能エネルギーの今後の導入量は、欧州では風力を中心に増加するとの予測だが、温暖化による猛暑、少雨という安定した気候が将来も続くとなれば、温暖化により風力発電量が減少し、停電が引き起こされる可能性があるということになる。 第二次世界大戦直後、日本の電力供給の主体は水力だった。豊富な水資源を利用する発電用ダムが世界銀行などの資金を活用し建設された。水力発電は、設備を建設すれば燃料代も不要な競争力のある発電方式だ。やがて、経済成長の開始に伴い電力需要量が急増し北海道、九州、常磐などで生産が行われていた国内炭を利用する石炭火力が建設された。1960年には国内の石炭生産量は5000万トンを超えていたが、この頃から利便性が高い石油に需要が移り始める流体革命が起こる。北電は矢面に立たされた 石炭への需要落ち込みを受け経営の合理化を図りたい経営陣と炭鉱労働者が対峙し、総資本対総資本の対決と呼ばれた1960年の三井三池争議を契機に、国内の石炭生産量は坂道を転げ落ちるように減少し始める。この国内炭の状況を変えたのは、1973年のオイルショックだった。原油価格が4倍になったことから、世界では石炭が注目を浴びることになったが、日本で最も問題となったのはエネルギー供給を原油に依存している状況だった。オイルショック当時、日本のエネルギー需要量の4分の3以上は主として中東の原油により供給されていた。 エネルギー源の多様化と自給率向上策を迫られた日本政府は、採炭条件の悪化により生産数量の減少が続いていた国内炭の年産量2000万トン維持を打ち出す。しかし、採炭条件が悪い日本の石炭価格は高く、原油との競争力はなかった。さらに、80年代初め豪州などから燃料用一般炭輸入が開始された。輸入炭の日本着価格5000円に対し、国内炭価格は2万円に近く、国内炭はますます販売が厳しくなり、80年代には北炭夕張炭鉱、三菱高島炭鉱、三井砂川炭鉱の閉山が相次ぎ、1987年には生産数量を見直した年産1000万トン体制の政策が打ち出された。 国内炭生産維持のため、国内で生産される燃料用一般炭引き取りに電力業界も協力したが、その矢面に立たされたのは、北海道の炭鉱の隣接地に発電所を建設していた北電だった。しかし、内外価格差があまりに大きく、90年代には住友赤平炭鉱、三池炭鉱、池島炭鉱などが閉山し、1000万トン生産体制維持政策は2001年度に終了した。2002年の太平洋炭鉱(釧路)の閉山を以て、日本の坑内掘り炭鉱はその歴史を閉じ、生産は比較的価格競争力がある北海道内陸部の小規模露天掘りと研修用として残された坑内掘りだけになった。現在も年間約120万トンの生産が行われている。 依然として生産が行われている国内炭を主として使用しているのは内陸部に建設された北電の発電所だ。驚くのは、その運転開始時期だ。表-1の通り、1960年代、70年代の設備が主体であり、35年以上利用されている発電所ばかりだ。燃料効率も悪く、露天掘りとはいえ、輸入炭との比較では相対的に価格が高いと思われる国内炭を使用していることから発電コストも安くはないだろう。表1 北電の火力発電所 北電は石油火力も保有しているが、石炭との比較では燃料費は高くなる。今年3月の輸入価格を元にすると、1kW時当たり石炭3.8円に対し石油は11円と約3倍になる。コストを抑えるためには、石油火力の利用は抑制する必要がある。電源を分散できない事情 競争力のある電気を提供するため、北電が建設したのが太平洋側の苫東厚真石炭火力発電所だった。豪州などから大量に輸入することで輸送コストの引き下げを狙った大規模な発電所になった。さらに、日本海側に泊原子力発電所を建設した。北電の最大電力需要量と販売電力量の推移は図の通りだ。 需要は伸び悩んでおり、大規模火力と原発を建設すれば、これ以上の設備を分散し建設することは経済性の面から難しい。さらに、冬の気象条件が厳しく、海外から燃料を輸入する大規模港湾を必要とする発電所を北部に建設することは難しいという地理的な制約もある。 国内炭引き取りのため維持が必要な内陸部の老朽化した石炭火力発電所、石油火力、大規模輸入炭火力、原発を抱える北電が、これ以上の設備の多様化を進めるのは経済性の面から無理だったが、泊原発の停止が長期化していることから、石狩湾に液化天然ガス火力を今建設している。しかし、自由化された電力市場では将来の電気料金が不透明なことから、新規設備への投資にはどの電力会社も慎重になる。設備の更新が自由化市場では遅れることになり、北電も老朽化した設備を簡単に更新することは難しいだろう。 電源を分散しておけばと言うのは簡単だが、非常時に備えて電源の予備を用意すれば、それは電気料金上昇に結び付く。電気料金は産業の競争力、家庭生活に大きな影響を与えるので、余分な電源を用意し高い予備率を維持している電力会社はない。欧州は、送電網が連携しているため発電所の故障時に他の電源から電気を送れる可能性は高いが、列島の形状から南北方向にしか連携が難しい日本で欧州のような連携は地理的に難しい。その欧州でも再エネ設備量の増加により電力供給に問題がでてきている。 今年猛暑が続いた日本と同じく、世界の多くの国でも猛暑が続いた。欧米では、日本と違い雨が殆ど降らず、熱波が襲った。スウェーデンでは氷河が溶け最高峰の山頂が4メートル下がり、スイスでは気温30度が続き警察犬が靴を履き、ポルトガル、スペイン南部では8月上旬45度、46度を記録し、熱中症で亡くなる方が出た。図 北電の電力需要 高温で雨が降らず安定した気温だったので、太陽光発電量は各地で大きく増加した。ドイツでは7月の平年日照時間212時間が今年は305時間になった。7月ドイツの太陽光発電量は67憶kW時となり史上最高を記録した。安定した気温なので風は吹かず、風力発電量は前年同期比20%減の45億kW時と大きく減少した。停電に備える10のポイント 再エネ導入量比率の高い、ドイツとデンマークの6月、7月の太陽光、風力の発電量は表-2の通りだ。表2 ドイツ・デンマークの再エネ発電量 風力発電に供給量の半分近くを依存しているデンマークは、落ち込みを補うため隣国よりの電力輸入量を増やした。欧州では、太陽光発電設備に関する補助制度の見直しが続き、太陽光発電設備導入量は急減した。一方、稼働率が相対的に高い洋上風力設備の導入量は増加している。2017年の欧州の累積導入量1578万kWは2030年には7020万kWに伸びると欧州風力発電協会は予想している。 温暖化対策として逆風が吹く石炭火力設備を廃棄し、洋上風力設備で置き換える動きが続けば、やがて温暖化により天候が安定した猛暑が欧州で多発し、洋上風力設備の発電量が大きく減少、停電の可能性も出てくることになる。 カリフォルニア州では、昨年、今年と大規模な山火事が発生した。州消防庁は、昨年カリフォルニア州北部で発生した12の山火事の原因として地元電力会社PG&Eの送電線の切断あるいは電力設備からの火花をあげた。電力会社が山火事の責任を負うかどうかで今年の夏カリフォルニア州議会では議論が行われたが、今年7月、PG&Eは送電線が山火事の原因と疑われたことから、乾燥し、強風が吹く時には送電を停止し強制停電を行う可能性があると警告を発した。 強制停電への備えを米のメディアは次のようにまとめている。今回の停電を契機に我々も学んだことが多いが、参考になる。1 携帯電話をフルに充電しておくこと2 携帯電話を数回充電可能な大容量バッテリーを用意すること3 ラジオとLEDライト用の電池を用意すること4 内燃機関自動車であれば、半分以上給油しておくこと。ガソリンスタンドは電気で動いている。電気自動車はフルに充電しておくこと5 現金を十分に用意しておくこと。ATMは電気がないと動かない6 パソコンを電源から外しておくこと。電気が回復した時に損傷する可能性がある7 プラスチック・コンテナーを氷で満たしておくこと。蓋を開けなければ食品は48時間持つ。冷蔵庫はドアを開けなければ約4時間冷蔵は保たれる8 家族は緊急連絡リストを紙で持つこと。携帯電話の電池が切れたときに必要9 腐りにくく直ぐに食べられる物(ツナ缶、クラッカー、ドライフルーツなど)と水を用意すること10 必要と思われる薬を用意すること(ABC 30 action newsから)やまもと・りゅうぞう 常葉大学経営学部教授。住友商事地球環境部長等を経て現職。経済産業省地球温暖化対策技術普及等推進事業審査委員会、東京商工会議所エネルギー・環境委員会委員などを務めている。近著に『電力不足が招く成長の限界』(エネルギーフォーラム)。
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巨大地震発生 電車内ではどこに乗り、どう動けば安全か
頭に乗るか、後方に乗るか】 これは「地震が起きた時に、どちらに乗っているほうが安全か」という話だが、災害危機管理アドバイザーの和田隆昌氏は、「基本的には先頭車両が最もリスクが高い。過去の衝突・脱線事故の死傷者のほとんどは先頭車両と2番目の車両に乗っていました」 と語る。そのため、電車に乗る時は必ず3両目以降に乗るようにしていると和田氏はいう。ただし、脱出しやすさの観点では、話は別だ。都市防災に詳しい、まちづくり計画研究所所長の渡辺実氏がいう。緊急停車した電車から降り、線路を歩いて避難する乗客=2018年6月18日、奈良市(神田啓晴撮影)「地下鉄は最前部と最後部の車両に脱出ハッチがある。それを早く使えるのは先頭か後ろの車両です」【満員電車ではドア近くに立つか、奥に立つか】 ドア付近のほうが危険なイメージがあるが、和田氏は「中央のほうが危ない」と断言する。「満員電車の中央にいると、電車が急停止した時に前方向に流されて将棋倒しになり、圧死する危険性がある。一方、ドア付近なら、座席の脇に隠れる格好になり、衝撃を受けにくいというデータがあります」【地下鉄では、車内にとどまるか、外に出るか】 地震で地下鉄がストップしたら、怖くて車両の外に避難したくなりそうだが、「基本的に出ないほうがいい」と和田氏はいう。「地下鉄にはすべて非常電源が入っています。一時的に停電で停止しても、脱線しない限りは駅まで移動してドアが開くようになっている。逆に人が車外に出ると車両が動かせなくなってしまいます」 慌てて車両の外に出ると、他の乗客に多大な迷惑をかけることになるのだ。しかも、丸ノ内線などでは線路近くに高圧電流が流れているので、感電死する危険性もある。電車が最寄りの駅に着くまで、車内でじっとしていよう。関連記事■ 首都直下大地震 東京ドーム内にいたらどう動くのが安全か■ 東京ほか13都市の巨大地震発生時をシミュレートした本登場■ 地震学者 房総半島沖での大地震発生の可能性を指摘■ 地震雲観測専門家「低い虹や赤い色の月は大地震発生の兆し」■ 外出時の大地震対処法 電車内ではシートの両端が生存率高い
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地震発生時、実は危険な机の下 被災直後はトイレを流すな
というのも、旧耐震建築時代の防災マニュアルなので、改めるべき。ドアが歪んで開かなくなる可能性がある。災害危機管理アドバイザーの和田隆昌さんは言う。「揺れを感じたら、まず頭を守り、転倒落下物の危険がない場所に移動します。余裕があれば、避難経路を確保してください。実際に地震が起きたら、人はすぐに行動できません。発災後わずか1分間の判断が生死を分けますから、普段から地震が来たらどう動くか、シミュレーションしておくことがとても大事です」 地震が起きると断水や停電により、多くの水洗トイレは水が流れなくなる。こんな時にはバケツなどに水を汲み、直接タンクや便器内へ流せば、排泄物が流れると考えている人が多いが、これも大きな間違いだ。NPO法人ママプラグ副理事長の冨川万美さんは、地震によって下水管が破裂して、汚水が漏れたり、逆流する可能性を指摘する。「特に、マンションの場合は要注意。1階から最上階まで排水管がつながっているため、排水管が壊れているのに水を流すと、下層階に大きな被害が出てしまいます。配水管の損傷確認ができるまでは、トイレの水は流さないのが鉄則です。簡易トイレを準備しておき、汚物の処理は自分で行いましょう」 熊本地震では、1981年施行の新耐震基準をクリアした住宅が複数倒壊した。さらには耐震基準が強化された2000年以降に建築した建物にも倒壊などの被害が多く出て、衝撃が走った。避難訓練で机の下に身を隠す児童たち=2017年11月1日、和歌山市(撮影・小笠原僚也)「地盤が悪く、地割れが起きてしまったのが倒壊の原因でした。建物が厳しい基準を通っていても、熊本地震のように、震度7が2度も来てしまった場合までは、想定していないことが多いのです。それに、土地の性質によって倒壊してしまう恐れもあります」(和田さん) 海岸は津波、川は氾濫、山間は土砂など、暮らしている場所によって、災害時のリスクはさまざま。液状化しやすい土地は、ライフラインの復旧まで時間がかかるとも考えられる。自分の住んでいる環境を把握し、リスクに応じた対策を考えたい。関連記事■ 地震発生時は地下へ!…はベイエリアでは危険な行為■ 地震発生時「火を消せ」を鵜呑みにするのは危険と専門家警告■ 地震発生時 トイレや風呂は安全…との噂に防災専門家が回答■ 地震発生時テーブルの下に隠れるのはNG 圧死リスクも■ 地震発生時の鉄則 窓から5m離れ、電車では鉄棒持つ
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北海道地震、未曽有の大停電は菅直人にも責任がある
澤田哲生(東京工業大学先導原子力研究所助教) 9月6日深夜3時8分、北海道を襲った最大震度7の地震は、道内全域をブラックアウト(停電)に陥れた。私たちは広域停電の恐怖をまざまざと見せつけられたのである。295万戸が停電し、発生から丸1日たっても約131万戸分しか電源は回復しなかった。完全復旧には1週間以上かかる見通しだ。 道内全域の長時間にわたるブラックアウトの原因は意外なものだった。それは、震源地に近い北海道電力苫東(とまとう)厚真火力発電所(厚真町、165万キロワット)が大きなダメージを受け、一時停止せざるを得なくなったからである。この火力だけで道内の電力の約半分を担っていた。苫東厚真の脱落の結果、電力網全体で需給バランスが一気に不安定化した。そして道内の他の火力発電所が次々に停止し、道内全域停電という事態に陥った。 電力安定供給を至上使命としてきた電気事業者にとっては、まさにほぞをかむ事態である。この事態を招いた原因として、強大な権限を背景に科学的判断を避け続けた原子力規制行政がある。 泊原子力発電所(泊村)の3基の原子炉の総出力は207万キロワット。苫東厚真火力の出力を補って余りある。しかし、泊原発は3・11後にいったんフル稼働運転をしたものの、2012年5月5日に定期点検に入り、今日に至るまで停止したままだ。そう、日本は「原発ゼロ」になったのである。 今、泊原発の原子炉内の燃料棒は全て引き抜かれ、使用済み燃料プールにおいて冷却されている。今回の地震で泊村の最大震度は2であった。そもそも、原子炉は強固な岩盤に直付けされている上に、一般の建造物に比べてはるかに厳しい耐震強度が、昔から課せられてきた。2018年9月6日午後、停電で明かりが少ない札幌市中心部の大通公園付近。手前中央にさっぽろテレビ塔がある(共同通信社ヘリから) つまり、この震度2程度の揺れでは、何ら影響を受けずに運転を続けていたはずである。そうすれば、今次の「全道大停電」は回避できた可能性が高い。ただし、「もし泊原発が再稼働していたならば」という仮説ではあるが。 では、なぜ3・11から7年以上もたっているのに、いまだに原発が再稼働していないのか。そこには東日本大震災当時の首相、菅直人氏の深謀がある。2011年5月、菅氏は首相の立場を最大限に利用し、首都圏に最も近い静岡県の中部電力浜岡原発を、その非望のもとに停止させた。権力を持ってすれば、理にかなわない原発停止要請も事業者に強いることができることを天下に示したのである。 続いて菅氏は、原発が「トントントンと再稼働しない」ための奇手を次々に打っていくことになる。最も強力な手段が2012年9月に発足した原子力規制委員会である。巧妙に仕組まれた「脱原発装置」 規制委は「ザル法」と言われる原子力委員会設置法により、強大な権限を持つ「3条委員会」として発足した。そして、その長である原子力規制委員長は絶大なる権力を一身に集めている。そのことを菅氏は2013年4月30日付の北海道新聞に臆面もなく吐露している。 原発ゼロに向けた民主党の工程表は、自民党政権に代わり白紙に戻されました。「トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです(中略)独立した規制委の設置は自民党も賛成しました。いまさら元に戻すことはできない」「北海道新聞」2013年4月30日19面、特集『幻の原発ゼロ』 このように巧妙に仕組まれた「脱原発装置」である原子力規制委の委員長に就いた田中俊一氏は、政権を去った菅氏の「意志」を見事に受け継いだ。菅氏の北海道新聞への吐露に先立つこと1カ月余り、2013年3月19日に俗称「田中私案」なるものを委員会に示したのである。 その文書のタイトルは「新規制施行に向けた基本的な方針」。この文書は暴論極まりない。つまり、文書を作成した責任者の明記がないばかりか、一体この文書が最終的にどのように取り扱われたのか、杳(よう)として知れないのである。 とどのつまり、何ら法的根拠に基づかない私案にもかかわらず、それが大手を振ってまかり通る状況ができたのである。しかも、この私案にはまさに「奸計(かんけい)」が巡らされていた。その最たるものが、国内すべての原子力発電所をいったん全て停止し、運転再開の前提条件となる安全審査を異様に厳しい規制基準の下でゼロからやり直すというものだった。 つまり、菅氏が放った「浜岡原発停止要請」の見事なまでの水平展開を成し遂げたのである。そのことを見届けた上で、上記の北海道新聞紙上での「勝利宣言」と相成ったということになる。「愚相」と揶揄され続けた中での完勝劇であった。 ところで、泊原発の3基の原子炉は加圧水型軽水炉(PWR)である。3・11で重大アクシデントを起こした福島第1原発はいずれも沸騰水型軽水炉(BWR)だった。2011年5月、会見で浜岡原発の運転停止を要請したことを発表する菅直人首相(大西正純撮影) 両者は、その仕組みにいささかの違いがある。現在、国内で安全審査を通過して稼働している原子炉は9基ある。内訳は九州電力4基、四国電力1基、関西電力4基。いずれもPWRである。 では、他の電力各社のPWRが再稼働にこぎつけている中で、なぜ北海道電力の泊原発は再稼働していないのであろうか。その最大の理由は審査の基準とすべき地震動がなかなか策定されないことにある。2015年12月には、それまでの550ガルから620ガルに引き上げることでいったん決着したかに見えた。しかし、事はそうたやすくはなかった。迫られた「悪魔の証明」 基準地震動の策定の際に、これまで必ず問題にされてきたのが「活断層の有無」である。北海道電力の泊原発は他の電力各社のPWRと歩調を合わせるかのように新規制基準に合わせるべく追加的な安全対策を進めてきた。ところが、2017年4月になって、規制委員会から泊原発のある積丹半島西岸の海底に「活断層の存在を否定できない」という判断が下された。 このことによって、泊原発の再稼働は全く先が見通せなくなり、窮地に追い込まれた。なぜか。「活断層の存在を否定できない」という規制委は、北海道電力に「活断層がないことを証明してみよ」と迫っているのである。これはいわゆる「悪魔の証明」であり、立証不可能だ。積丹半島西岸の海底をくまなくボーリングし、活断層がないことを証明するのは現実的ではない。 つまり、非合理極まりない非科学的なことを規制権限を盾に事業者に強いているのである。事業者はその対応に苦慮し、多大な労力と時間を費やすことを強いられているのが現実だ。 もっと言えば、規制委は自ら科学的判断を避けているとも言えるが、これは今に始まったことではない。規制委発足間もない2012年12月、委員長代理の島崎邦彦氏が、日本原電敦賀原発2号機の敷地内の破砕帯について「活断層の可能性が高い」と指摘した。 しかしその後、内外の専門家が科学的に慎重な検討を重ねた上で、この破砕帯は「断層ではない」と報告されている。この活断層の有無をもって、事業者を手玉にとる「島崎ドグマ(偏見)」は、氏が委員会を去った後も亡霊のように生き続けているのである。 ちなみに、震度7に相当する目安の地震動は400ガル以上とされている。よって、仮に620ガルを基準地震動とすれば、泊原発は震度7にも十分耐え得る強度を持つ。もっとも、今回の地震では震源地近くで1505ガルが観測されている。2007年の中越沖地震の際、東京電力柏崎刈羽原発では当時の基準地震動の数倍程度の地震動に対して原子炉は安全に停止した。泊原発では、100〜300ガル程度の地震動を検知すれば自動停止する仕組みになっている。北海道電力泊原発 なお、泊原発1〜3号機で実際に検知された地震加速度はいずれも10ガル以下であった。つまり、もし今回の地震発生時に泊原発が稼働していれば、全道大停電は防げた公算が大きいのである。 規制委発足から間もなく6年。原子力規制委は一体、いつになれば科学的、技術的リテラシーに欠ける集団から脱皮できるのであろうか。さもなくば、全道大停電のような悲劇がまたいつ国民を襲うかもしれない。言い換えれば、原子力規制自体が「社会リスクを生む」という、国民への背信行為をもうこれ以上許してはならない。
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震災の「猫迷子問題」に迫る
「飼い猫がいなくなった」。6月の大阪北部地震後、ツイッターには、行方不明になった猫の飼い主たちの悲痛な訴えが相次いだ。臆病な猫は地震でパニックになり家を飛び出すという。大切な飼い猫を守る手立てはあるのか。iRONNAが専門家や「ペット探偵」に密着取材!■関連テーマはこちら
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地震でパニック、迷子の猫はどうなる?
の大阪北部地震では、被災地域で飼い猫がパニックになり、家を飛び出すという事案が相次いだという。過去の災害現場でもペット連れの避難や置き去りが問題になった。もし再び大災害が起きたとき、ペットはどうすればいいのか。自然災害とペットという観点も踏まえ、防災の日に考えたい。
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現役獣医が見た熊本地震「猫ちゃんパニック」
外に逃げる…。今この瞬間は何も起こっていない平時なので、時間をかけてゆっくり考える余裕がありますが、災害は突然起こるものであり、起こった場合にほとんどの人がパニックになります。それは人だけではなく、猫ちゃんたちも同じことです。猫ちゃんたちの場合は特に、私たち人間のような防災訓練や準備を行っているわけでもなく、テレビやラジオから情報を得ることもできませんので、そのパニックたるや大変なものです。私も2年前、熊本地震を経験してから初めてそのことを知りました。 熊本地震発災時、「ドスン!」という大きな音と振動とともに経験したこともないほどの大きな揺れを経験しました。幸い、私が院長を務める竜之介動物病院は耐震性に優れた構造だったため、私の診察室は何もなかったかのようにいつも通りの診察ができましたが、薬品庫や処置室は悲惨な状態で足の踏み場もないほどでした。 私は飼い主さんを落ち着かせようと、いつも通りの診察と会話を心がけましたが、その数分後から、外来に患者さんや避難者の方々が一気に押し寄せ、あっという間に待合室がいっぱいになりました。 割れたガラスを踏んでけがをした猫ちゃん、家具やタンスの下敷きになってしまったワンちゃん、パニックで飛び出し、交通事故で血だらけで運ばれてきたゴールデンレトリバーなど、待合室は白い床が血液で真っ赤に染まっていました。私は戦争経験者ではありませんが、野戦病院はこんな感じだったのではないかと想像してしまうほどの光景が目の前に広がっていました。 その中で、猫ちゃんの場合にいくつか特徴的な症状がありました。 一つ目は、「後ろ足からの出血が止まらないので、何か踏んだんじゃないでしょうか?」というものです。診察をしてみると後ろ足の爪が全部剝(は)げて、そこから大量に出血しているというものでした。 原因を推測するに、突然の揺れに驚いた猫ちゃんたちが、パニックのあまり走り出し、部屋中を床だけでなく、壁、天井まで駆け上がりながら、気づいたら爪が剥げて、出血している状態であると考えられました。 ケガをしてからすぐ来院した猫ちゃんたちは比較的軽傷で済んだのですが、けがから数日経った場合には、後肢から感染を起こして、膿(うみ)がたまった状態でパンパンに腫れているという症状の子も多かったです。動物看護師と被災地に赴き、野良猫などの治療・調査をする徳田竜之介氏(提供画像) 次に多かったのは、パニックで部屋の外に逃げ出す、または、マンションから飛び降りるといったものです。 私たちは通称「フライングキャット」と呼んでいますが、マンションなどの高層階から飛び降りた場合には、骨盤骨折や内臓破裂などの重傷で運ばれてきます。 震災の場合には、大きな揺れで扉やサッシなどが外れ、容易に外に出られてしまうことが大きな原因だと考えます。特に猫ちゃんの場合は、部屋の中で放し飼いにされてることが多く、首輪やマイクロチップ、迷子札などをつけていないコがほとんどだったので、逃げ出してしまった後もなかなか見つからないという相談が後を絶ちませんでした。猫が突然攻撃的に 日頃おとなしい猫ちゃんでも、災害時は程度は違えどほとんどがパニックになります。「うちの子は大丈夫!」と思っていても。パニック状態の猫は野生の本能がむき出しになり、「いつものうちのコ」ではなくなってしまいます。不用意に近寄ったり、手を出したりすると攻撃されて飼い主でさえけがをすることもありますので、よく観察して注意深く対応する必要があります。パニック時に考えられる猫ちゃんの行動としては次のようなものがあります。それぞれに対処法を記載しますので参考にしてみてください。「ひたすら鳴く」抱っこができるようなら抱いて落ち着かせます。キャリーバッグに入れて、上からバスタオルをかけて暗くすると落ち着くこともあります。「おびえる」落ち着かせるために、バスタオルや洗濯ネット、クッションカバーなどで身をくるんだり、キャリーバッグに入れたりすると安心できます。「人から離れない」不安な気持ちを取り除くために、甘えさせてあげましょう。スリング(抱っこひも)に猫を入れて肩から提げると、体が密着するので猫も安心します。「隠れる」落ち着くまではしばらく出てきません。無理に引っ張り出そうとすると恐怖心がさらに高まり、噛んだり引っかいたりするので、猫ちゃんが自分で出てくるのを待ちましょう。「暴れる」興奮状態の猫ちゃんは周りが見えていません。落ち着かせようと思って不用意に近づくと思わぬけがにつながることもあるので、興奮が収まるまでは離れた場所から静かに様子を窺ってみてください。「威嚇する」声をかけたり触ったるするとかえって猫を刺激して不安感をあおってしまいます。威嚇している場合には目を合わせずに、離れた場所からそっと見守りましょう。「外へ飛び出す」猫が逃げても、そんなに遠くまでは移動しません。慌てて追いかけたくなってもまずは自分自身の安全確保が第一です。※この画像はイメージです(GettyImages) もしも猫ちゃんとはぐれてしまったら、まずは慌てずに冷静に行方を探しながらさまざまな手段で情報を集めます。猫ちゃんのテリトリーは自宅から100m~300mといわれており、基本的に長距離の移動はしません。特に室内飼育の猫ちゃんはそんなに遠くにはいかないので、猫の名前を呼びながら、家の周辺の車の下、植え込みや茂みの中、縁の下、屋根の上等、猫ちゃんが好みそうな場所を上下左右立体的に丁寧に探してみてください。外に逃げたと思っていても、実は家の中に隠れていたというケースも多くありましたので、家の周辺を徹底的に探すことが重要です。ペットの防災「かきくけこ」 また、猫ちゃんがいなくなった際には、動物愛護センターや保健所、周辺の動物病院などにも連絡しておくことをお勧めします。はぐれた場所、猫ちゃんの特徴、年齢、名前、毛色や種類などを伝え、似た猫が保護されていないか問い合わせてみると何か手がかりが見つかるかもしれません。いざというときに備えるポイントとしては、日頃から自分の猫ちゃんの写真を正面だけでなくあらゆる角度から撮っておくことです。猫は犬と比べて特徴が少なく、顔だけの写真では見つけにくいものです。全身の色、柄、尻尾の形等、飼い主以外の人でもわかるように写真を撮っておくと格段に見つかりやすいですし、やはり個体識別にはマイクロチップ装着が一番です。 また、もし見つけたとしても、急いで駆け寄ったり、大きな声を出したりはしないよう注意しましょう。驚いて逃げ出してしまう可能性があるからです。少し離れた場所からしゃがんで優しく声をかけ、ごはんやおやつ、またたびなどで気を引き、確実に捕獲します。安全に連れて帰れるようにキャリーバッグや洗濯ネットも忘れずに持ち歩くこともポイントです。 私は、熊本地震を経験してから、日頃の備えが非常時の状況を大きく左右することを身をもって経験しました。そこで、備えておきたいペットの防災「か・き・く・け・こ」を紹介します。備蓄品などの「物」だけでなく、飼い主の心構えやマナーも大切な備えの一つです。いざというとき、飼い主がパニックになってしまうと猫も不安になります。飼い主の気持ちが猫に連鎖してしまうのです。しかし、この連鎖はプラスにも働きます。落ち着いて行動していれば、猫も安心できます。日頃から非常時のシミュレーションをして、精神的にも備えておきましょう。「か」飼い主のマナー・責任大切な愛猫を守るために動物が苦手な人に対しても、思いやりを持ち、飼い主としてのマナーを身に付けるよう心がけてみてください。「き」キャリーバッグキャリーバッグでの避難が原則です。室内では猫の身を守るシェルターにもなるので、日頃から慣らしておく必要があります。「く」薬・ごはんいつも食べているフードや飲んでいる薬は非常用持ち出し袋などに準備しておき、期日管理を行いながら、常に新しいものに入れ替えるよう工夫してみてください。「け」健康管理災害時は病気や感染症にかかりやすくなるので、ワクチン接種やノミダニ予防、定期的な健康診断を受けておくことが大切です。普段の様子を把握することで、ちょっとした異常も察知することができます。「こ」行動・しつけトイレのしつけ、キャリーバッグに入る練習など、いろいろなものに慣らしておくことは猫のストレス軽減にもつながります。熊本県益城町で倒壊した家屋を捜索する警察官=2016年4月 最後に、災害時、大切な猫ちゃんを守れるのはあなたしかいません。そして、災害時にあなたを支えてくれるのも一番そばにいる猫ちゃんなのです。大切な存在がそばにいれば、どんな困難でも乗り越えられます。大切な猫ちゃんのために備えることで、きっと今よりももっといい関係が築けるはずです。
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動物の異常行動と地震予知よりも大切な「ペット防災」
なって未曾有(みぞう)の大惨事となりました。大地震に限らず、現在の日本では台風や大雨による洪水や土砂災害などで避難生活を余儀なくされることも多くなっています。 そのような境遇に置かれてしまった際に、自分の飼っているペットをどのように守るのか。それを日ごろから想定しておくべきでしょう。有事の際、共に避難できる場所はあるのか。もしないのなら、動物はどこに避難させるのか。餌と水は何日もつのか。大量の餌と大量の水が、食べれば足されていくような装置は準備されているのか。気温や室温は大丈夫か。 そのように具体的に命を存続させる手段を考えていない限り、もしもの時にはあなたの家のかわいい生き物たちも、地獄の中で苦しんで、哀れな姿に変わってしまう可能性が十分にあるのです。2012年4月16日に警戒区域の指定が解除された南相馬市小高区。小高駅前では首輪をつけた飼い犬が警戒しながらこちらを見ていた=2012年6月(早坂洋祐撮影) 地震予知も非常に大切ですが、いずれ地震は起きるとわかっているのであれば、それに備えた万全の対策こそが、自分と、自分の周りの大切な生命を守る一番のものではないでしょうか。 地震の直前に逃げようとする動物たちがわれわれに訴えかけていること、それは、「私たちも生き延びたい」というメッセージに他ならないはずです。
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「想定外より深刻な想定内」巨大地震、試される防災の本気度
矢守克也(京都大学防災研究所教授) 災害が起きるたびに、「今回新たに浮き彫りになった課題は?」と尋ねられる。研究者もメディアも、そして社会一般も、新しく表面化した課題を探すのが好きである。その方が研究的価値あるいはニュースバリューがあるからだろう。 しかし、私自身も大阪府豊中市の自宅で揺れを体験した6月の大阪北部地震ほど、新しい課題を探すことが困難な災害はなかったと言ってよい。裏を返せば、これまでも繰り返し指摘されながら放置ないし軽視されてきた課題が、そのままの形で再度あるいは三度登場した。 つまり、すべてが既視感(「かつて経験したことがある」という感覚)を伴っていた。このことが、大阪北部地震の最大の特徴だったと言えるだろう。 まずは、このポイントをいくつかの例を通して確認しておこう。膨大な数の帰宅困難者と都市ターミナル周辺の大混乱、エレベータ内部への閉じ込めは2011年の東日本大震災で顕著になり、天井、照明器具、看板など非構造部材の危険性やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上を流れるデマ情報などが問題視されたのは16年の熊本地震だ。 また、水道、ガスなど地下に埋設されたライフラインの脆弱性については、04年の中越地震、老朽化した住宅の低耐震性、家具固定の重要性は1995年の阪神・淡路大震災、コンクリートブロックの危険性は78年の宮城県沖地震でそれぞれ露呈した。要はこうした各震災で浮かび上がった問題点のリストをつくろうと思えばいくらでもできる。 以上のことは、言い換えれば、大阪北部地震については「想定外」がほとんどなかったということである。防災・減災について論じられるとき、これまで、ややもすると「想定外」に批判が集まってきた。「これほどの巨大な地震・津波を想定していなかったことは問題だ、落ち度だ」のように。大阪北部地震で被災した家屋には、雨に備えブルーシートで覆われていた=2018年6月19日、大阪府高槻市(産経新聞ヘリから) しかし、私の考えは逆である。本当に深刻なのは、「想定外」よりも、むしろ「想定内」の方である。ある課題をかつて経験しながら、あるいは、ある対象を危険だと知りながら、それらに対して十分な手を打ってこなかった事実、言い換えれば、「想定内」にあった課題によって生じた被災や被害の方が、「想定外」の被災や被害よりも、はるかに重大である。 「私たちが伝えたいことは、『本気』の防災です」。これは、私もメンバーの一人である阪神・淡路大震災の経験を語り継いでいる団体「語り部KOBE1995」代表、田村勝太郎さんの言葉である。何であれ、軽妙でライトであることが尊ばれる時勢にあって、「本気」などと聞くと、何やら重たげで泥臭い印象を持たれるかもしれない。 だが、阪神・淡路大震災の経験者がたどり着いたこの言葉の意味は深い。なぜなら、この言葉は、防災・減災にとって最大の敵がもはや「知らない」ことではなく、むしろ「本気になっていないこと」が生む被災や被害、つまり、「想定内」の被災や被害だと看破(かんぱ)しているからだ。 たとえば、大災害時には、多くの帰宅困難者でターミナル周辺があふれかえることは、大阪北部地震の前から、だれもが十二分によく知っていた。必要なのは「押しかけ」 しかし、徒歩での帰宅訓練などに実際に参加した人が何人いただろうか、自社ビルに通行人や観光客を受け入れるための準備を「本気」で開始していた企業がいくつあっただろうか。産官学民の垣根(縦割り)をぶち破って「本気」でこの問題に取り組もうとした行政職員がどれだけいただろうか。 あるいは、老朽化したものを中心に建物の耐震化を進めることが地震対策の最善手であることも、むろんだれもが知っていた。しかし、行政予算の削減、会社の収支悪化、あるいは家計の逼迫を覚悟してでも、耐震化にお金をつぎ込もう、つまり「本気」で地震に備えようと英断した人がどのくらいいただろうか。私を含めて、一人一人の「本気」度が試されている。 論述がいささか説教調になってきたので、最後に一つ、こんな方向性もあるという話をしてみたい。これは、本稿で指摘した項目の一つ、家具固定についての話である。私の研究室では、ここ数年、南海トラフ地震・津波による被害が懸念される高知県内の沿岸地域で、「押しかけ家具固定」と名付けた取り組みを実施している。 これは、特に過疎高齢化が進む地域では、家具固定が進まないのは、「する気がない」からではなく「できない」からだと気づいて始めた取り組みである。一度でも実際に家具固定をしたことがある方ならお分かりの通り、あの作業は、(特に独居の、身体が頑健でない)高齢者には実施困難である。地震の影響で物が散乱した住宅の室内=2018年6月18日午前、大阪府吹田市 粘着マットを家具の下に敷くにしてもだれかが家具を持ち上げておかないといけない。L字金具を家具の裏面に設置するにしても、不安定な脚立などの上で工具や器具を操らねばならない。 そこで、私たちは、地域の小中学生に、高齢者宅で「家具固定をしてあげます。ご希望ありませんか」と呼びかけてもらった。そして、希望者宅には、地元の電器店、工務店の方など、こうした作業が得意な住民とアシスタントの小中学生から成るチームが押しかけていく。必要な器具は、多くの場合、自治体の補助金などで購入できるので、経費もほとんど無料で済む。 要するに、家具固定に関する「本気」が問われているのは、家具固定が必要とされている側(だけ)ではなく、家具固定を推奨する側だったというわけである。「家具固定しましょう!」と教育・啓発するだけの姿勢には、まさに「本気」が欠落していたのである。ささやかな試みであるが、こうした小さな「本気」の積み重ねが、巨大な災害に対して人間が対峙するための最強の「武器」だと思う。
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首都直下型地震で生死を分ける「過去の経験」の使い方
高荷智也(防災アドバイザー) 「首都直下地震」が近い将来に発生すると想定されています。過去の歴史をみれば、首都圏を大地震が直撃することは確定事項です。防災の日にちなんで、今回は首都直下地震が「起きるかどうかではなくいつ起きるのか?」というレベルで、その対策を論じたいと思います。 国内では1989年以降、1人以上の死者が生じた地震が24件発生しています。内訳を見ると、休日の発生が10件で平日は14件。平日のうち深夜の地震が6件、通勤時間帯が2件、日中が3件、夜間に3件が生じています。(※いずれも本震発生時間のみで、余震は除く) 直近の例として2018年6月18日に発生した大阪北部の地震をみてみると、発生時間は朝7時58分。これ以外で平日の通勤時間帯に生じた地震は、2011年6月30日の8時16分に発生した「長野県中部地震(松本地震)」で、死者1人、負傷者17人の被害が生じています。 しかし、この松本地震は大都市直下の地震ではなかったこと、地震の規模を示すマグニチュードが5・4、最大震度も5強と比較的小さかったことから、被害の大きさは限定的になっています。よって、大阪北部地震は、平成以降では初めてとなる「大都市の通勤時間を襲った大地震」という特徴を持つことになります。 「大都市直下・通勤時間帯」という地震の発生状況を考えると、大阪北部地震も死者数万人を数える大震災となってもおかしくなかったと言えます。しかし過去の大地震と比較すれば、被害規模は小さなものにとどまったと言っていいでしょう。むろん、死者が生じておりますので「被害が少なくてよかった」というものではありません。 被害が小さくとどまった理由は、「地震の規模が小さかった」からです。気象庁発表によるマグニチュードは6・1、これは前述の「平成以降で死者1人以上」を数えた24件の地震の中では、下から数えて2番目に小さい規模です。地震の影響はマグニチュードだけでなく、震源の深さ(浅いほど被害は拡大)や位置(都市直下ほど被害は拡大)が関連して定まる「震度」の方が重要ですが、その震度も「6弱」と大地震の中では小さな方に該当します。大阪北部地震で鉄道の運転見合わせが続き、改札の外で足止めされた人々=2018年6月18日、大阪府高槻市のJR高槻駅(永田直也撮影) つまり、「大都市直下・通勤時間帯」にも関わらず被害が小さかったのは、もちろん日頃の防災対策の成果でもありますが、たまたま地震の規模が小さかったからであり、これは「ラッキー」にすぎないということでもあります。「電車で地震にあってもたいしたことはない」と考えるのではなく、たまたま地震が小さかったから助かった、もっと大きな地震だったら大変なことになっていたと考え、今後に生かさなければならないのです。首都直下地震で絶対にやってはいけないこと 2011年3月11日の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では、直接的な被災地ではなかった首都圏においても、JRをはじめとする鉄道がストップし、515万人という膨大な「帰宅困難者」が発生しました。この時、長い距離を頑張って徒歩帰宅された方も多かったかと思います(私は動き出した私鉄で帰れた組でした)。そして「大変だけど、なんとか歩いて帰れる」という経験値を持たれた方も多いのではないでしょうか。 しかし、もし「首都直下型地震」が起きた時、「東日本大震災の時は歩いて帰れた、だから首都直下地震でも歩ける、実際大阪の地震ではみんな歩いていたし」と考えることは、生死に関わる極めて危険な事項です。 東日本大震災時の首都圏と大阪北部地震の場合、大都市の公共交通機関が停止して多くの帰宅困難者が発生した事象は共通しています。しかし、この2件において「歩いて帰るのが大変だった」という経験値は、今後の防災対策の基本にしてはいけない項目です。本来は、「大地震が発生した場合、少なくとも3日程度は会社にとどまり、安全が確保されるまで徒歩で帰宅することは避けなければならない」と考えるべきなのです。 多くの徒歩帰宅者が路上を埋め尽くしている状態で、大規模な余震やより大きな本震が発生した場合、建物の倒壊、道路の破壊、火災旋風の発生、あるいは人の集中による「群衆雪崩」の発生により、多数の死傷者が生じると考えられています。そのため、例えば東京都などは、2012年に「東京都帰宅困難者対策条例」を定め、企業に対して3日間、従業員を帰宅させない準備をすることを努力義務としています。 しかし、企業が防災備蓄に励んでも、そこで働く私たちひとり一人が、「多分大丈夫」とか「前の時は歩けた」などと考え、勝手に徒歩で帰宅してしまっては意味がありません。「大地震が発生した場合、都心部の徒歩移動は生死に関わる」と考え、安全が確認されるまでは移動をしないという意識や、そのために必要な道具の準備が重要です。新大阪駅でタクシーを待つ行列=2018年6月18日夜、大阪市淀川区(彦野公太朗撮影) もちろん、日頃から防災グッズなどを持ち歩くのも対策の一つですが、ぜひ「家族との安否確認」の手段がきちんと取れているか、確認をしてみてください。家族の安否が確認できない場合、企業が備蓄品の準備などをしていても帰宅せざるを得なくなります。普段から連絡先を控えたメモやポケットアルバムを持ち歩く、スマホアプリでやり取りができるか定期的に確認をする、といった対応をぜひ行ってみてください。
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震災で亡くなった福島県の犬は2500匹 残されたペットは今…
環境省によると、東日本大震災で亡くなった犬は、確認されているだけでも、青森県で31匹、岩手県で602匹、福島県で約2500匹にものぼる。なかには家族と再会できても、別れを強いられたペットたちも。あれから5年、熊本地震に受け継がれた、東北の想いをひもとく──。「“飼い主とはぐれた犬や猫を保護しています──”。すぐ目の前で遺体捜索をしている人たちがいるなか、そんな話をすると、白い目を向けられ、非難されました。あの時は、声をあげてペットたちの心配をできるような状況じゃなかったんです」 2011年3月11日に起きた東日本大震災で、飼い主を失った犬や猫の保護活動をしていたNPO法人・SORAアニマルシェルターの二階堂利枝さんは、まるで昨日のことのように当時のことを語ってくれた。二階堂さんは東日本大震災後、住民が避難して取り残された犬や猫を保護し、被災動物シェルターを2011年に開設した。「震災後の3月末、避難指示が出ていた福島県の南相馬市や浪江町に向かいました。町はまるで神隠しにあったように、人だけがおらず、牛や馬はすでに死んでいました」(二階堂さん) 飼い主を待ち、家の周りをさまよい続ける犬や、鎖で繋がれたまま逃げられず、餓死寸前の犬、フードは腐り、ケージに入れられたまま糞尿まみれになっている毛足の長い猫…。そんな子たちを保護していった。「誰も悪くないんです」とつぶやく二階堂さん。保護した犬や猫は、車に乗せると嘔吐する子が多かった。吐瀉物の中には、プラスチックや布、ひもが混じり、食べ物のかけらすらなかったという──。2011年8月、福島第1原発事故による警戒区域から保護され、福島市内のシェルターで暮らしている犬 そうして保護したペットは今、犬22匹、猫24匹に。多くが新しい家族に引き取られ、震災時に保護した数の半数以下にまで減った。シェルターに残る子たちも、今は元気に走り回っている。「昨年、飼い主さんが新しく家を建てられて、お返しできたワンちゃんがいました。高齢のおばあちゃんだったのですが、“チビタのために広いお庭を作ったのよ”って、とてもうれしそうで。新しい家でペットと一緒に過ごすのを楽しみに、震災を乗り越えられたかたも多いんです」(二階堂さん) 熊本地震では、東日本大震災の経験が教訓となり、ペット同行避難が推奨された。東北の動物たちが教えてくれたことは、今、次の時代にしっかりと生かされている。関連記事■ あまちゃん 震災で亡くなるのは夏ではなく春子との説出る■ 妻を震災で亡くした男性 遺族年金受給されず悲しみ■ 3歳の犬は人間ならアラサー 他の犬と遊ばなくても心配無用■ 震災で生徒亡くしたフラダンス教室主宰者「あの世で踊ってる」■ 大宅壮一賞受賞するも45歳で亡くなった記者の足跡辿った本
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災害があってもペットと生きる方法 準備と災害前後の注意点
てくる人がほとんど。家族同然の犬や猫と離れたことで心の支えを失い、寝たきりになった人もいました」 災害時こそ、ペットと共に生きるべき。そのためには備えが必要なのだ。ペットの災害対策について、今こそ考えてみよう。事前の準備として、まず大切なのは迷子札をつけることだと徳田さんは強調する。 「熊本地震では、飼い主とはぐれても身元がわかるペットの約8割が再会できました」(ゲッティイメージズ) 猫は、迷子札をつけても首輪ごと外れることが多いので、個人情報を記憶させたマイクロチップを体内に埋め込むのがおすすめだという。また、避難所ではしつけが何より大切、と民間の人道支援団体ピースウィンズ・ジャパンの大西純子さん。 「人に慣れている犬なら、避難所で受け入れてもらいやすい。無駄吠えしない、排泄が決まった場所でできるなど、基本のしつけが重要です」 「熊本地震では、多くの犬や猫が、人間よりも早く異変に気づき、ソワソワと異常な行動をとりました。それくらい動物たちは敏感なため、人間以上に恐怖を感じているのです。特に犬は、飼い主と離れてしまうことが強いストレスに。共に避難することを第一に考えて」(徳田さん) 環境省は、東日本大震災で多くのペットが飼い主と離れ離れになった事態等をふまえ、2013年、「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」を発表。その中で、ペットの同行避難を推奨し、それは熊本地震でも適用された。しかし実際は、他の被災者への迷惑を考え、車中泊を選ぶ飼い主も多かった。 「避難所にペットを同行させるには、家族以外の人にもなつける社交性を身につけさせて。また、飼い主が落ち着いているとペットも安心しておとなしくなります。どうしても吠える場合は、散歩で気を紛らわせて」(大西さん) ストレスを受けた犬や猫が、元通りの状態になるまでは、最低でも約1か月はかかると徳田さんは話す。 「犬は極度のストレスで嘔吐や下痢を繰り返し、猫はパニックになり、突然走り出したり、癲癇のような症状をみせる子もいました。心のケアも課題になってきます」 東日本大震災を経験した二階堂さんは、震災後の心のケアについて、「毎日積極的に話しかけ、触れてあげてください。お互いの気持ちが伝わって、表情が変わります」と言う。 ペットと触れ合うことで、人も癒されるのだという。関連記事■ 災害時 電気止まった時のために冷凍庫にペットボトルの水を■ 災害時にペットがいたりATMが使えないときの対処法を解説■ 災害時の非常持出品 「小旅行に行くときの準備を」と専門家■ 在宅看取りマニュアル 死の1週間前の家族の準備と心構え■ アベノミクス第2幕の注目株 地方インフラ整備と省エネ関連
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むしろ避難しない方が安全? 「防災マップ」はこんなにもヤバい
高橋学(立命館大学環太平洋文明研究センター教授) 6月の大阪府北部地震以来、記録的な大雨などの災害が頻発している。テレビのアナウンサーは、災害危険性を声高に伝え、避難場所への避難を呼びかけたが、西日本豪雨は結局、死者200人を超える甚大な被害をもたらした。 ここで、ちょっと考えてほしい。あなたが避難しようとした場所は本当に安全なところなのであろうか。また、避難場所へ至る経路は本当に大丈夫だったのだろうか。それ以前に、避難する必要があるのだろうか。 象徴的な例がある。名古屋市教育委員会などは、津波の際に臨海部の小中高に校舎の屋上への避難を指示している。だが、校舎は3階建て程度であり、津波の避難場所には不十分な高さだ。 2011年の東日本大震災を思い出してほしい。石巻市立大川小学校(宮城県)では、児童や教職員の8割以上が犠牲となった。ここの小学校の場合、不適切なハザードマップ(災害危険予測地図)の存在と教職員の判断の悪さが、被害を大きくする一因となったと考えられる。 宮城県が作成した津波のハザードマップによれば、大川小学校は津波の被害に遭わない場所と記されていた。それを信じた教職員たちは、津波の到達までに避難するのに十分な時間があり、避難できる場所もあったのに、児童を安全な場所に避難させなかったのである。阪神大震災で倒壊した阪神高速神戸線=1995年1月17日、神戸市東灘区(産経新聞社ヘリから) ハザードマップは1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)後に、急速に地方の行政組織に取り入れられ住民に配布された。ところが、このハザードマップには、大きな問題点があったのだ。 その問題点とは、死者が約4700人に上った1959年の伊勢湾台風以降、1995年の阪神・淡路大震災までの36年間、日本の根幹を揺るがすような大災害はほとんど発生しなかったことだ。 ちょうど、この時期の日本は高度経済成長期だった。そのため、「災害研究」や「リスクマネージメント」が真剣に考えられることはなく、教育も対策もほとんど行われることがなかった。ゆえに、ハザードマップを作成しようとした場合、都道府県や市町村の行政、警察、消防、自衛隊にも、それをできる人材がほとんどいない状況が生まれたのだ。 ハザードマップの作成や、避難場所の選定、避難経路の検討などは、コンサルタントに依頼したり、外部に「専門委員会」を作ったりして、作成が委託された。しかし、コンサルタントや専門委員会に召集された人々でも、ハザードマップの作成や避難に関して専門といえる人材が少ない。 また、ハザードマップは「時間・労力・資金・専門的知識」を駆使して、より精度の高いものを作成しても、地方行政体や地域の住民には歓迎されないことが多い。なぜなら、精度の高い地図を作れば作るほど危険と分類される地域が広くなるからだ。歓迎されない「防災マップ」 専門委員会の場合はともかく、コンサルタントにとっても、作成に時間や労力をかけ精度を上げたハザードマップが歓迎されないのであれば、最初から労力やコストをかけないものを作成することになる。 そうすれば、作成費用の見積もりが安くて受注しやすい上に、利益率も高くなる。仮に役に立たなくても場合によっては「想定外」という言い訳もできる。このような構造の中で、精度の低いハザードマップが作成され流布しているのが実態なのだ。 また、ハザードマップで避難場所に指定された場所が安全性に欠けるケースもよくある。それ以前に、避難場所に行くための経路の安全性が考慮されていることがほとんどないのも現状だ。 そもそも、ハザードマップで避難場所とされている学校、公園、公民館などは、一般的に、安くて広い土地が手に入る場所に立地していることが多い。また、避難路とされているにもかかわらず、住宅の倒壊やブロック塀の倒壊、液状化などの理由で道路が寸断され、避難場所に行くことすらままならないケースもある。 さらに、住民は不安な夜を体育館(公民館)で過ごしているというマスコミの定式化した災害報道により、本来、災害危険度の低い自宅からわざわざ危険なところに「避難」していることさえある。こうした現状を踏まえれば、むしろ避難しない方が安全といえる場合もあるということだ。冠水した岡山県倉敷市真備町地区を歩く女性=2018年7月 ゆえに、行政に頼ったハザードマップの作成や避難計画は役に立たないといっても過言ではない。避難訓練も春や秋の天気のいい日に、ピクニック気分で実施されていることもしばしばである。 特に地震の場合は、余震によって建物が倒壊して道路をふさいだり、火災のほか、路面の液状化で歩くことすらままならないなど、避難行動がかえって被害を拡大させる可能性が高い。行政やマスコミは「災害の教訓」を声高に訴えるが、日本の災害対策を根本的に見直すべき、大きな転換期を迎えているといえよう。
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豪雨災害「クーラーデマ」を否定しない蓮舫議員もどうかしている
、政治的な集団が先鋭的に対立している場合では、この「デマの延命」が見られるようである。 西日本の豪雨災害では、いまだ被災地で復旧作業や安否不明者の捜索が懸命に続いている。テレビや新聞の報道だけではなく、実際の被災者がほぼリアルタイムで知らせてくれる現状の一端は、被災地にいる人だけではなく、他の地域に住む人たちにも貴重な情報になっている。 民間の方々はもちろん、自治体や警察、消防、自衛隊などの人たちの必死の努力もネットなどで伝わってくる。事実、ボランティアの参加方法、寄付の注意点、また募金の重要性なども、筆者はネットを中心にして知ることができた。 他方でひどいデマにも遭遇した。中でも「風評被害」だと思えるケースが、岡山県倉敷市の「観光被害」とでもいうべきものだ。 今回の豪雨で、倉敷市の真備地区が深刻な浸水被害を受けた。だが倉敷の市域は広く、県内有数の観光地である美観地区はほとんど被害がない。観光施設や店舗なども平常通り営業している。 だが、「倉敷市が豪雨災害を受けている」というニュースや情報が、テレビでヘリコプターなどから映されている広域にわたって浸水した街の姿などとともに流布してしまうと、市域の広さや場所の違いなどが無視されて人々に伝わってしまう。ただし、観光客のキャンセルなどもあるようだが、この種の「風評被害」は、ネットメディアや一般の人たちの努力で打ち消していく動きも顕著である。2018年7月17日、風評被害により、観光客もまばらな岡山県倉敷市の美観地区(小笠原僚也撮影) 例えば、ツイッター上では「#美観地区は元気だったよ」というハッシュタグによる「拡散活動」が展開されている。また、大原美術館の防災の試みを紹介するネットメディアの記事で、今回は美術館のある美観地区が災害から免れているという紹介もあわせて説明されていて、それがよくネットでも注目を集めている。この種の試みや工夫は非常に重要だ。 これらの試みは、いわば民間の自主的な努力によるものである。言論や報道の自由が、あたかも市場での自由な取引のように行われることで、その権利が保たれるという見解がある。「言論の市場理論」とでもいうべき考え方だ。「クーラーデマ」と「コンビニデマ」 代表的には、19世紀の啓蒙(けいもう)思想家、ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』の中で展開されている。今回のようにネットでのさまざまな風評被害を防ごうという試みは、多くは人々の自主的な言論活動で行われている。 他方で、冒頭でも指摘したが、より対応が難しいのは、政治的に対立した人たちが放つデマである。今回の豪雨被害では、ネットを中心に代表的なケースが二つあった。一つは、先週、安倍晋三首相が岡山の被災地を視察に訪れ、避難所を訪問した際のことである。ところが、この訪問後に、ツイッターで「安倍首相が視察に来るので慌ててエアコンを設置した」というデマが拡散した。 最初にデマを「ウソに基づく噂」と書いたことからもわかるように、これは真実ではない。このデマに対しては、世耕弘成経産相がツイッターで即時に否定した。被災各地の避難所へのクーラーの設置は、被災者を多く収容している施設にまずは優先的に行われていることを、世耕氏は指摘したのである。 もう一つのデマは、政府が自衛隊の車両を緊急利用して、品薄が続くコンビニエンスストアに食品や飲料などを輸送したことへの批判である。これには「物流費を肩代わりするとは官民協力ではなく、官民癒着だ」という批判が上がった。また自衛隊への心ない批判も多くみられた。 もちろんこれは「官民癒着」などではなく、デマである。すぐさまネットでは、これらの施策が1年前に「災害対策基本法」に基づいて、「官民が一体となった取組の強化を図るため、内閣総理大臣が指定する指定公共機関について、スーパー、総合小売グループ、コンビニエンスストア7法人が新たに指定公共機関として指定」されたと指摘している。 当然だと思うのだが、被災地のコンビニで、以前と同じように品物がそろうことは被災している人たちにも助けになることは間違いない。「官民癒着」も間違いならば、官民連携によるコンビニ「復旧」を批判するのは、あまりにデタラメではないだろうか。 ただし問題はここからで、このような「クーラーデマ」「コンビニデマ」でも、いまだに政治的に対立する人たち、例えば安倍政権を批判することの好む人たちの中では健在である。だから、取るに足らない理由でデマを延命させている「努力」について、確認することは難しくない。2018年7月11日、岡山県倉敷市の避難所を訪れ、被災者の話を聞く安倍首相 特に野党議員など、国会レベルでの政治的な対抗勢力の人たちがこのデマに加担していることも確認できるだけに、政治的な思惑でのデマの流布により、社会的な損失がしぶとく継続しがちだと思われる。なぜなら、政治的な対立者たちが合理的なデマの拡散者である、という可能性も否定できないからだ。 デマの拡散力とデマを否定する力と、どちらが大きくなるかは、「正しさ」の観点だけで決めるのはなかなか難しい。いずれが打ち勝つかはケースによる、と冒頭でも書いた通りだ。特にこのような政治が絡む案件ではデマは真実だけでは打ち消せないかもしれない。政治的バイアスを打ち砕けるか ネット社会の問題について詳しい法学者、米ハーバード大のキャス・サンスティーン教授が著書『うわさ(On Rumors)』(2009)の中で、類似したケースを紹介している。要するに、人々の自由な言論ではこの種のデマを防ぐことは難しいと、サンスティーン氏は指摘している。 ではどうすればいいのか。サンスティーン氏は「萎縮効果(Chilling Effect)」に注目している。つまり、法的ないし社会的なペナルティーを与えることによって、この種のデマを抑制することである。 例えば、デマの合理的な流布者に対し、悪質度に応じて、法的な制裁やまたは情報発信の制限を与えてしまうのである。これを行うことで、他のデマの合理的な発信者たちに、デマを流すことを抑制できるとする考え方である。 このような「萎縮効果」は確かに有効だろう。だが、あまりに厳しければ、それはわれわれの言論の自由を損なってしまう。 現状でもあまりに悪質なものには、法的な処罰やまたソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のアカウントの制限や削除などが運営ベースで行われている。それが「萎縮効果」をもたらしているかもしれない。「萎縮効果」はやはり補助的なものだと考えた方がいいだろう。 立憲民主党の蓮舫議員はツイッターで以下のようなことを書いている。 総理視察の直前に避難所にクーラーが設置されたとのツイッターに、経産大臣が随分とお怒りの様子で、かつ上から目線のような書きぶりで反応されていたが、もはや避難所にクーラーのレベルではなく、災害救助法上のみなし避難所の旅館・ホテルを借り上げ、被災者の居場所を確保すべきです。蓮舫氏の7月13日のツイッター 「クーラーデマ」を明瞭に否定せずに、世耕氏の発言を「上から目線」として批判することで、かえってデマをあおる要素もこの発言にはある。ただし、この蓮舫氏の宿泊施設への対策が政府にあるかないかについて、即座に自民党の和田政宗議員が次のように反応している。 ご意見有難うございます。ご指摘いただいた前日までに政府は既に対応済みで、12日の非常災害対策本部の会合で、被災者向けに公営住宅や公務員宿舎、民間賃貸住宅など7万1千戸を確保し、旅館・ホテル組合の協力により800人分も受け入れ可能となっている旨、報告されています。r.nikkei.com/article/DGXMZO …和田政宗氏の7月15日のツイッター2018年6月18日、参院決算委員会に臨む立憲民主党の蓮舫氏(春名中撮影) この与野党の国会議員のやりとりを、ネットユーザーが直接見ることができ、それに評価を下すことができる。確かに、政治的バイアスを打ち砕くのは至難の業である。だが、同時にわれわれの言論の自由は、その種の政治的バイアスに負けない中でこそ養われていくことを、災害だけではなく、さまざまな機会で確認したい。
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テーマ
「豪雨報道」がなんだかおかしい
西日本を襲った豪雨災害は、平成史に残る甚大な被害をもたらした。これほどの大災害だったにもかかわらず、被災当初のテレビの報道ぶりに違和感を覚えた人も多かったのではないだろうか。「赤坂自民亭」もさることながら、テレビの豪雨報道もなんだかおかしい、そう思いませんか?
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「赤坂自民亭」より不謹慎? エンタメ化したテレビの災害報道を憂う
観性や公共性に努めてはいるのであろう。 とはいえ、お笑い芸人やタレントの司会者が、同じように芸能人に災害に関するコメントなどを求めている場面を見れば、それが「報道番組」ではなく、あくまでも「情報バラエティー番組」であることを痛感させられる。 また、東日本大震災や熊本地震などの時でも多発したように、テレビメディアが「震災報道」と称して、単なる「スクープ」「衝撃映像」「独占入手」を求めているだけのような動きをしたり、何を勘違いしたのか、取材クルーが単なる被災地の迷惑になっているだけの場合も少なくない。今回の豪雨被害でも、濁流に流される被災者の救助を助けることなく撮影し続けた様子が「見殺しだ」という批判が高まった。同じような主従逆転の事例は数限りない。 筆者は7月8日から11日まで、役員を務める鳥取県米子市で開催されていた国際学会に出席していたが、その際に改めて現在のテレビ報道がいかに不十分な報道メディアであるか、ということに気づかされ、反省もした。具体的には、東京に在住する筆者は、被災地の隣県・近県にある鳥取県に行って、初めてその被災のリアルを知ることができたからだ。被災地に向けて出発する、鳥取県米子市にある西部消防局の緊急消防援助隊員(山根忠幸撮影) そもそも、首都圏にいる以上、西日本豪雨による物理的なダメージや不都合を感じることは難しい。例えば、多少の影響はあるにせよ、羽田空港から米子鬼太郎空港までは問題なく飛行機は運航している。到着した米子も多少の雨模様とはいえ、基本的には「いい天気」だった。しかし、会場に到着してみれば、海外の研究者も含め、多くの参加者が遅延あるいは欠席の連絡が相次いでいた。ここで、初めて被害状況を理解できたことになる。 駅前にある大型スーパーなども営業こそしていたが、生鮮食品を中心に十分な在庫はなく、品ぞろえも悪い。ロジスティクス(物流)が停滞していたのである。だが、一見しただけでは、街は特に大きな障害もなく動いているようにも見える。隣県・近県が未曾有(みぞう)の豪雨災害に見舞われているとは到底思えない。しかし、表に見えてこない部分では確実に不都合が発生しているのである。コンビニでは品薄状態が続き、朝から現金自動預払機(ATM)には長蛇の列ができていた。 役員として会場に待機していた筆者の元に、国内外から続々と情報が届いてきた。多くの参加者が会場である米子に到達できなかったからである。まず、海外からの訪問者で米子まで到着できなかった人たちの多くが、岡山や大阪などから米子へ向かう経路が確保できず、足止めをされていた。 米子鬼太郎空港はいわゆる「国際空港」ではないので、海外からの直行便はほとんどない。よって、近県の大きな国際空港から陸路や鉄路で米子に向かう方法が採られる。しかし、隣県・近県をつなぐ主要な陸路や鉄路が遮断されており、近くまで来ているにも関わらず、米子に到達できないという現象が起きていたわけである。ショッキング映像ばかり もちろん、それは国内からの参加者も同様であった。東京など東日本から米子に向かう場合、空路利用が多いので、そこまで移動経路が遮断されているとは到底実感できない。一方で、西日本からの参加者は、あらゆる手段が寸断・遮断され、にっちもさっちも行かない…という状況になっていた。 だから、到着した参加者の多くが、いったん西日本から空路で東京の羽田空港へ向かい、そこからまた空路で米子に行くという信じられないような大回りで、どうにかして到着していた。 大きな迂回(うかい)経路を利用するということは、数万円の交通費を新たに消費するということも意味する。しかし、学会参加による出張では、参加できなければ出張旅費が支出できなかったり、国によってはめったに海外出張が許されない大事な機会であることが少なくない。また、座長などの役職者であれば、自分が到着しなければ学会が始められない…といった抜き差しならぬ事情を抱えることが多く、相当無理をして到着してきた参加者も少なくなかった。 この時に痛感したことは、被災地の現地以外の居住者に向けられたテレビで放送される情報の多くが、「しょせん全国放送向け」の薄い情報や、大衆的な興味を喚起できる、すなわち視聴率を獲得できそうなショッキングな情報ばかりであるという現実だ。 一方で、学会の会場にどうにかして到達した「猛者」たちの全てが、ネットで細かい情報を入手していた人ばかりであった。テレビが繰り返し映し出す「独占スクープ」の悲惨映像などは何の役にも立たない。つまり、テレビなどの主要メディアは「ショッキングな映像」以外に有用な情報はほとんど提供しきれていなかった。「公共の電波」と言いつつも、全く公共的には機能していなかったわけである。 しかしながら、テレビには主要キー局だけではなく、それにネットワークを形成する多くの地方局を抱えている。当然、それら地方局や放送網を効果的に利用すれば、さまざまな情報の収集や発信が可能であろう。2018年7月7日、冠水した岡山県倉敷市真備町で、ヘリコプターで救助される人(産経新聞社ヘリから) もちろん、被災地の地方局では、現地ならではの細かい情報を発信していたであろうが、それはあくまでもローカル局が現地に向けて制作したローカル番組でしかない。そのような番組が東京のキー局に届き、全国に発信されたような事例は多くないだろう。 地方局がリアルな「情報センター」として機能していたとしても、その情報が他に届かなければ、われわれは被災地の現実を知りようもないし、対策もできない。キー局による全国ネットの「情報バラエティー番組」は、視聴者の目を引くようなスクープ映像や同情する以外に視聴者には何もしようがないショッキング映像ばかりだ。それにコメントするタレントの喜怒哀楽を映し出すことが、公共の電波の役割ではあるまい。糾弾すべきは安倍首相よりテレビ もちろん、テレビに対して四六時中、細かい災害情報ばかりを放送せよ、と言っているわけではない。しかし、いわゆる「視聴率稼ぎ」の立ち位置からばかりではなく、公共の電波という意識と責任を強く持ち、テレビ局の放送網やリソース(資源)をもっと有効に利用すれば、中央と地方の報道格差を埋め、日本国として一丸となった情報共有もできるはずである。それが引いては効果的な避難情報や救援情報の提供も可能にするのではないか。 タレントたちが神妙な顔つきで「豪雨で大きな被害を受けたショッキングな映像」ばかりを紹介する情報番組が終われば、いつもの通りのバラエティー番組が放送される。もちろん、多少の自粛や方向修正はあるのかもしれないが、いつもと同じものばかりだ。それをとがめる人もいなければ、悪びれることもない。今のテレビ放送の存在はどう考えても「不謹慎」だ。 一方で、7月5日に自民党の国会議員が安倍晋三首相との宴会に出席し、同席していた兵庫県選出の西村康稔官房副長官がその写真をツイッターに投稿した、ということが「不謹慎だ」と非難が集まった。もちろん、兵庫県内でも10万人以上の避難勧告が出ていたので、地元選出の政治家としては緊張感を持って対応してほしいと願うのは当然だ。タイミングや対応の悪さはあったとは思う。 しかし、宴会やパーティーに出席したり、懇親会の類いに参加することも政治家の仕事の一部という側面もある。時には断ることのできない懇親会だってあるだろう。特に、首相も同席した宴会となればなおさらだ。 むしろ、それを不謹慎だと糾弾するエネルギーがあるのであれば、情報バラエティー番組で「独占映像」などと称してショッキングな映像を繰り返し流して視聴率を稼いだり、いつものようにバラエティー番組を放送したり、「報道もどき番組」で災害をコンテンツ化するテレビの存在の方こそ、はるかに糾弾されるべきものがあるように思う。2018年7月13日、宇和島市役所で行われた愛媛県の中村時広知事(右)との意見交換を終え、取材に応じる安倍首相(代表撮影) 公共の電波であるテレビは、こういった大きな災害時にこそ、あらゆる私欲を捨て、情報センターとしての役割を果たすべきであるように思う。テレビをつければ、公共性の失われた情報ばかりに埋め尽くされている。何のために大きな権力を与えられた「公共の電波」なのか、改めて考えるべきではないだろうか。
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嫌われるマスコミの災害報道は「オーダーメイド取材」で一変する
堀潤(ジャーナリスト、キャスター) 西日本を襲った豪雨災害は、200人以上の方々が亡くなり、現在も20人以上の方の安否がわかっていません。私は7月7日以降、豪雨被害が大きかった岡山県や広島県の各被災地を回り、被災された方々に今必要な支援が何かを聞いて回りました。 やはり被災者の第一声は水です。飲み水ではありません。生活用水です。トイレや風呂、手や顔を洗う水だけではなく、泥かきをしたり汚れを拭いたりする時に必要な水です。飲料水は支援物資や自衛隊からの給水などでなんとか賄えているのですが、生活用水を確保するのは至難の技です。 広島県三原市では井戸水を利用している世帯が少なくなく、水をくみ上げるモーターを修理し、使用できるようになった水を近所の人たちと共有し、助け合って復旧、復興に取り組んでいました。ただ、課題もあります。地元三原市の社会福祉協議会の方々に話を聞くと、犠牲になった方々の多くが自力で2階に上がることができない知り合いの方々でした。 足の不自由な50歳代の人、90歳を超え一人暮らしだった女性は「近所の誰かが大丈夫か?と訪ねてくれてさえいれば…」と唇を噛み締め、悔しそうに話をされていました。浸水被害がひどかった地域は比較的商業施設などが集まる中心部でした。新しく移り住んできた人も多く、地域の町内会の加入率が年々下がっていることが地元の方々の悩みでした。 女性はさらに「災害が起きると実感するはずです。地域のつながりがどれだけ大切か。普段から顔見知りだったら井戸の水だって借りやすいだろうに。命だって守ることになるんですから」とも語っていました。 実感したのはハザードマップの正確さです。各地を取材した際の共通の質問が「ハザードマップではこの地域はどのような状況でしたか?」です。地元の方々が改めて驚くほど、災害被害は起こるべくして起こるんだということを実感させられました。水害や土砂災害、地震、火災など災害ごとにハザードマップが作られているのをご存じでしょうか。それが何を意味するのかというと、避難先が変わってくるということです。 今回の豪雨災害でも地震などを想定した避難場所が浸水していたケースがありました。自治体からは防災無線を通じて別の高台の避難所の案内をしていましたが、馴染みのない場所で戸惑いが広がったという声も聞きました。災害が起きてからの対応では遅いのです。当たり前のことですが、平時のアクションが自分の大切な人と自分の命と財産を守るための防災です。 そもそも、私たち日本人は災害が発生しやすい国土で生活しています。地震、津波、台風、集中豪雨、そして火山。2011年3月11日に東北沖でマグニチュード(M)9・0の巨大地震が発生した東日本大震災では、10メートルを超える巨大な津波にも襲われ福島県にある東京電力福島第一原発がメルトダウンを起こす大規模な事故を起こしました。放射性物質に汚染された土地を取り戻すためには半世紀近くの時間が必要だとも言われ、私たち日本人は自然災害だけではなく、原子力災害も経験しています。炎天下の被災地を歩く男性。大量の土砂で下部が埋まった車や標識が放置されたままになっている= 2018年7月13日、広島県坂町(鴨川一也撮影) 地震は地中の岩盤同士がぶつかり合いズレることで地表に揺れを引き起こすわけですが、日本には今後もそうしたズレが起きる可能性が高い「活断層」が2千以上あります。世界中の地震の約10回に1回は日本やその周辺で起きているとあって、実は私たちの暮らす地面はとても揺れやすいのです。 特に東日本大震災以降は地震活動が活発で、政府は今後30年以内に東京や神奈川など首都圏でM7級の直下型地震が起きる可能性は70%と予測。東海から九州にかけてM8級の揺れが想定される東海、東南海、南海大地震も88%〜60%と、こちらも高い確率です。いつ起こるのかは分かりませんが、いつ起きてもおかしくないのです。家族4人が車で生活 また、日本は「火山列島」とも呼ばれ、噴火する可能性のある「活火山」が全国に110もあります。実は、あの富士山も活火山です。いつ噴火してもおかしくはありません。山梨県、静岡県、神奈川県では富士山噴火に備えた避難訓練が行われたりしています。富士山が噴火すると当然東京などにも影響が出ます。火山灰が降り積もり、新幹線や高速道路など交通網がマヒ。灰の影響で水道や電気、ガスが長期間ストップ。ジェット機も飛び立てなくなり、東京が陸の孤島になり混乱することも予想されています。 「これだけ色々な予測がされているのであれば備えも万全だろう」と思いがちですが、冒頭述べた通り、災害には「想定外」がつきものです。例えば、国は熊本地震のように震度7の地震が連続して起きることは想定していなかったと言います。災害発生時の対応をまとめた全国の自治体の防災計画の多くで「想定外」だったということも報道機関の調べで分かりました。 熊本の地震では1度目の震度7の地震で避難所に避難した人に加えて、さらに規模の大きな揺れに襲われ「もうダメだ」と思った人たちが一気に避難所に向かいました。最大で20万人とも言われる避難者の数、小学校や中学校の体育館には収まりきらず、校庭や渡り廊下といった屋外で野宿をせざるをえない人たちも大勢いました。 一方、そうして人があふれた避難所をあきらめ、仕方がなく自分の車の中で寝泊まりする人たちも少なくありませんでした。「赤ん坊が泣いて迷惑になるといけないから」「持病があって硬い床で寝られないから」「余震が怖くて建物の中にいたくないから」など理由は様々です。西日本豪雨被害の避難所でうちわをあおいで暑さをしのぐ人たち=2018年7月8日、岡山県倉敷市真備町の岡田小学校(永田直也撮影) 私が取材をしていた家族は親と子供の4人で3週間以上車で避難生活を続けました。避難所ではないので食料の配給も受けられず自力で調達。狭い車内で同じ姿勢のまま過ごすことで体調を壊す人もいます。「エコノミー症候群」と言って血のめぐりが悪くなり血管が詰まるなどして、最悪、死にいたる症状です。絶えず体を動かしたり、血のめぐりが良くなるようにマッサージをしたり工夫が必要でした。 食料の確保が大変だったのは、車中避難の人たちばかりではありません。避難所でも圧倒的に食料が足りずに苦労した人たちもいました。災害時の対応などを定めた法律「災害対策基本法」の中には「指定緊急避難場所」と「指定避難所」という言葉が出てきます。前者は地震や津波からいち早く身を守るために逃げ込むことができる高台や公園などにある安全な場所や施設。後者はそこに留まって食糧支援などを受けながら避難生活を送ることができる施設を指します。 災害による影響が比較的少ない場所であることや生活物資の運搬がしやすい環境であることなど、法律によって条件が定められています。ですから、すべての小・中学校などの避難所がこの「指定避難所」ではありません。 熊本地震では、避難した人が身を寄せた避難所が「指定避難所」なのかどうかで状況が大きく異なりました。指定避難所の小学校に避難した人は自治体からの物資や自衛隊からの支援を優先的に受けられました。しかし、同じ区内の小学校でも「指定避難所」ではなかった場合は、避難した人たちが自力で食料を調達しなくてはならず、大変苦労したのです。 10カ月の赤ん坊を抱えたお母さんは避難した体育館で「ここは指定避難所ではないので、食料は届きません。自力で調達が必要です」と言われた時には目の前が真っ暗になったと言っていました。そうした避難所ではインターネットを使うなどして全国からの直接支援でなんとか水や食べ物をかき集め、なんとか凌(しの)いだという状況でした。「何のための地元局か」 今回の西日本豪雨や熊本地震のように、首都圏が被災地にならない場合、相対的にテレビの報道量が減っていくのが体感として分かります。台風などは顕著な例であり、首都圏に上陸が予想される場合とその他の地域の場合とでは中継体制の力の入れように温度差があるのは明らかです。全国ネットの放送は東京一極集中であり、首都機能や交通、物流などに与える影響の大きさを考えると、首都圏の情報に重きを置くテレビ局の判断も分からなくはありません。 西日本豪雨の被害の大きさを考えると、首都圏が台風を迎え撃つ時のように事前の特番体制で報じるべきだったという声が上がるのは必然です。ただ、進路や速度などをもとに被害予測をたてやすい台風と短期間で変化に富む集中豪雨災害とでは勝手が違ったのかもしれません。 岡山県に住む方からこんなメールをいただきました。 6日夜、県の広い範囲に避難指示が出されていたにもかかわらず、ニュースでずっと報道していたのは、NHKのみでした。11時半過ぎ、地震かと思うような揺れがあり、家族がツイートやLINEで情報収集すると、浸水で避難途中の真備の友人から、工場爆発との知らせがありました。ツイートを見ると、津山でも揺れ、県内騒然とするなか、民放は、警報のテロップだけで、通販番組とか、いつもの放送内容でした…。日付がかわり7日のNHKニュースの総社市長のコメントで、爆発だと知った人もたくさんいたと思います。豪雨の犠牲者は、お年寄りばかり。岡山県も高齢化が進み、頼りの情報源はラジオTVという一人暮らしのお年寄りもたくさんいると思います。何のための地元局か、と怒りが。 お怒りはごもっともです。逆に、NHKの責任の重さも感じます。個人的には、被害の大きさを量で測るのには抵抗があり、ましてや1人の命も、100人の命もそれぞれ同じ重さであると思いたいものです。 私がNHKを辞め、自由な発信の場を求めた理由の一つが災害報道のあり方に疑問を感じたからです。今年でフリーになって5年になりますが、その間発生したさまざまな災害報道では常にそこで暮らす一人一人の生活者の皆さんとの連携を第一に掲げてきました。 2年前の熊本地震以降、大きな災害が発生すると私はまず自分のLINE IDをツイッターやフェイスブックで公開し、被災者の方とつながりながら、現場が最も必要としている発信を支援する取り組みを始めています。拡散した災害情報 災害時の会員制交流サイト(SNS)には悪意あるデマのみならず、古い情報がそのままリツイートされ誤解を生んだり、伝言ゲームで不正確な表現となり結果としてデマになってしまうケースなど、まさに玉石混交、さまざまな情報が流布します。そうした中に、被災者本人の本当のSOSが埋もれていってしまうことがあります。 フォロワー数の少ない個人が発信するよりもより強い拡散力を持つアカウントから発信してもらった方が多くの人にSOSが届く可能性が高まります。情報を精査、検証する力やより多くの人たちに短い時間で情報を届けるノウハウが求められますが、私のようなSNS使いのテレビマンにとっては何か役に立てそうだと思い、熱心に取り組んでいる支援の一つです。 例えば、今回の西日本豪雨では私が公開したLINE IDには愛媛県西予市野村、広島県呉市天応西条、岡山県総社市下原などで孤立したり、救援が必要な住民の皆さんやそのご家族、約20名の方から切実な連絡が入りました。 8日午前、広島県呉市天応西条3丁目の36歳の男性からのSOSは、20名から30名が今も川の決壊で孤立したままだという内容でした。1歳と12歳のお子さんがいるとのことで、そのうち持病のある12歳のお子さんの薬が明日までしかなく、発作が起きるのが心配だというのです。せめて薬だけでも届けてもらえないかと、男性は私に発信の支援を求めてきたのです。男性がLINEに送ってきてくれた動画を見ると、家の目の前の道路が崩壊し目の前を茶色く濁った泥水がものすごい勢いで流れていく様子でした。 撮影は8日早朝です。男性の身元の確認や映像の検証などをこちらで行い、ツイッターや各SNSで発信したところ、瞬く間に50万を超えるアカウントからのアクセスがあり拡散されていきました。そして、それから5時間後。「堀さん!お力を貸してくれたみなさん。どうもありがとうこざいます。無事救助連絡、そして子供の薬も5日分もらえました!本当に心から感謝します。救助ヘリも何機かきてもらい、具合が悪い方の救助もしてもらえました!断水状態も続きまだ不安定ですが、頑張ります」と男性から連絡が入ったのです。土砂崩れ現場で行方不明者を捜索する消防隊員ら=2018年7月7日、広島県東広島市 情報が途絶え、孤立した状況が続く中、SNSに寄せられる人々の声が男性やその家族を励ましたと言います。このように情報を寄せてくださった方々の元にはその後一人一人直接会いに行きます。今日の時点で岡山や広島から連絡をくれた人たちを直接訪ね、さらなる追加取材を行っています。オーダーメイド型の取材で被災者の切迫したニーズを満たす、これも新しい時代の報道の在り方なのではと思っています。
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「五感で伝えない」民放テレビの災害報道は役に立たない
りの生活が戻ってくることを祈っている。 さて、この原稿を書いている時点では、まだ被害は拡大しており、災害報道のあり方を総括する段階ではないかもしれない。ただ、7月5日に気象庁が「記録的大雨となる恐れがある」と警戒を呼び掛けてから、これまでのテレビ報道に関して「取り上げ方が小さすぎる」「腰が引けている」などの指摘がある。 録画していた民放のニュース番組を改めてチェックしてみると、確かに「何かが足りない」ような気がする。なぜこの緊急事態に民放テレビ局の報道姿勢が消極的に見えるのか、これまでの放送内容に問題点はなかったかどうかについて、特にニュース番組の初動対応を中心に考察してみたい。 まずは、5日夜のテレビ各局のニュース番組について振り返ってみよう。番組では、キャスターや気象予報士が落ち着いたトーンで、「大規模な土砂崩れや河川の氾濫の恐れもあるため警戒が必要である」と大雨への注意を呼び掛けていた。 テレビ各局には、災害時の対応の仕方や放送上の注意点をまとめた「災害マニュアル」がある。マニュアルでは、視聴者がパニックにならないように、あおらず冷静に伝えることが原則となっているため、適切な対応である。いわゆる「L字画面」で、随時大雨の状況や避難情報も表示しており、各ニュース番組は、情報をきちんと整理して伝えていた。 ところが、テレビを見ている側からすると、大雨情報は報じられていても、「未曽有の大災害の恐れがある」という切迫感があまり伝わってこないために、「何かが足りない」印象を受けてしまったのである。 その後、「大規模な土砂災害」や「河川の氾濫」が実際に発生し、気象庁の予測が的確だったことが証明されたが、5日の段階では、サッカー日本代表の帰国やタイの洞窟に閉じ込められた少年たちに関するニュースも、それなりの時間を取って放送していた。とりわけ視聴者の関心が高くなるはずの天気コーナーでも軽やかなBGMが流れていて、番組全体の雰囲気は非常時対応ではなく「通常運転」であったことがうかがえる。2018年7月6日、激しい雨が降る中、JR博多駅前を行き交う人たち テレビというメディアは、視聴者の五感に訴えかける。ニュース番組に出演している人の話の内容、すなわち「言語情報」だけでなく、話すときの表情、声色、しぐさのほかスタジオの雰囲気やBGMなどによる視覚情報、聴覚情報などの「非言語情報」が大きな意味をもつ。 豪雨の初期段階でのニュース番組から発信された情報に当てはめて考えてみると、「言語情報」では豪雨による被害拡大の危険性が高いことを強調していながら、視覚情報や聴覚情報から、あまりそのリアリティーが伝わってこなかったことが問題である。「言語情報」と「非言語情報」にギャップがあったように思う。リアリティーに欠けた「東京発」 テレビ局側は災害マニュアルに沿った教科書通りの放送をしていたため、「落ち度はなかった」と反論するかもしれない。確かに、「言語情報」において落ち度はなかったのかもしれないが、「非言語情報」から伝わる緊張感が弱かったために、「伝えるべきことが伝わらなかった」のではないか。 実際、福岡市に住む私にとって、「東京発」のニュース番組は、若干リアリティーに欠けたものに映った。というのも、私が住んでいる福岡市の「一部」に対して、この時点で避難準備情報が発令されていたことがL字画面で確認できたが、「一部」に自分が住んでいる場所が含まれているかが分からなかったのだ。 このため、テレビの災害情報が、避難の準備をするかどうかの判断材料には全くならなかった。結局、福岡市のホームページを見て、避難準備地域から外れていたことが確認できた。 また、番組で「土砂災害」や「河川の氾濫」の恐れがあるというコメントは何度も耳にしたが、自分が住む場所にどの程度のリスクがあるかが、テレビの情報では分からず、やはり福岡市の「浸水ハザードマップ」「土砂災害ハザードマップ」で改めて確認せざるを得なかった。そのサイトでは、刻一刻と変わる近所の川の水位も把握することができた。 東京発のニュース番組からは、大雨が降り続く地域の住民にとって必要な具体的情報が十分にあったとは言えない。しかも、繰り返された注意喚起も紋切り型で、大災害が現実に発生する恐れが本当にあるとは受け止められるような作りではなかった。 せめて、大雨が降り続く地域には、地方自治体のホームページにアクセスすれば、地域別の詳細な災害リスクが分かることを伝えて、視聴者を誘導してもよかったのではないか。私の場合、必要な情報は東京発のテレビにはなく、福岡市のホームページにあったのである。 今回のテレビ報道を見て、大災害にもリアルに対応できる災害マニュアルの再検討が必要ではないだろうか。迅速でスムーズな報道対応のためには、決められた流れで作業を進めるためのマニュアルが欠かせない。愛媛県大洲市の豪雨で、路上に横転したままの車両=2018年7月8日午前 具体的には、どのように情報発信すれば注意喚起のリアリティーが伝わるのかを「言語情報」と「非言語情報」の二つの側面からアプローチしなければならない。そのほか、被災地の人々が望む詳細な情報にいかに誘導するのか、という問題についても検討が必要だろう。 想定外の自然災害がこれからも発生する可能性はある。まずは、今回の被災地の人々がテレビの情報をどのように受け止めたかを丁寧に検証することから始めたらどうだろうか。
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豪雨報道より『鶴瓶の乾杯』を優先した首都圏NHKが嘆かわしい
豪雨」は、西日本を中心とした各地で、何十年に一度という驚くべき雨量で甚大な被害をもたらし、未曾有の大災害となった。すでに死者は200人、安否不明も60人超となり、現在も懸命の捜索活動が続けられている。 安倍晋三首相は、被災自治体からの要請を待たず、国が支援物資を送るプッシュ型支援で、20億円を支出しエアコンや水などを被災地に送るよう指示した。また、被災地のコンビニエンスストアなどへの物資の輸送車両を緊急車両の扱いにする考えを示した。 東京にいて幸いにも豪雨の実感を全く持たないでいた私も、8日から9日にかけて、これは大変なことになったと、NHKの画面に目が釘付けになっていた。人命に関わる災害報道はNHKの独壇場だ。 7月9日の朝、毎日楽しみにしていた朝ドラ『半分、青い。』もL字画面(テレビの画面に青い帯で緊急ニュースを入れ、本編の番組画面を4分の3程度に縮小して放送する編成)になり、正直言って私はドラマを存分には楽しめなかった。 それでもNHKには国民の生命・財産を守るための情報を提供するという、極めて優先度の高い任務があり、9日の『半分、青い。』の放送中にも、死者88人安否不明58人という情報は提供され続けた。 安否不明というのは、昔は行方不明と呼ばれた。子供の頃の私は行方不明と聞いて、どさくさに紛れて家出する人がそんなにいるのか、と大きな勘違いをしていた。もちろん、災害における安否不明とは、残念ながら死亡している可能性が大きく、遺体さえも発見してもらえない人であったりもする。『半分、青い。』を見ながら、不明の人が無事に救出されることを祈りつつ、内心この時点で死者数は三桁に達するだろうと懸念していた。豪雨で水に浸かったままの住宅地=2018年7月8日、岡山県倉敷市真備町(小型無人機から) 9日の『半分、青い。』の番組そのものは、L字画面で見づらかった。だが、刻一刻と変わる危機に、私はリアルタイムで接することができ、さすがは災害報道のNHKだと信頼感を覚えたのである。 ところが、同じ9日でも夜になるとNHKは一変した。人気娯楽番組である『鶴瓶の家族に乾杯』がL字画面になることもなく、通常画面で放送されていたのである。災害関連の字幕もない。確認したところ、この時点で死者114人、重体3人、安否不明61人であった。なんと朝ドラが放送された時点よりも死者数、安否不明者数ともに増えているではないか。当然ながら捜索活動も続けられていることだろう。 いったい何を考えてNHKは災害報道体制を、この段階でやめてしまったのだろうか。安否不明の人がすべて発見され、捜索活動が終結したのなら、理解できる。しかし、実際には捜索活動はまっただ中で、安否不明の人がどんどん増えつつある状況だったのだ。軽率なNHKの番組編成 警報が解除されたから、中国地方の雨が上がったから、というのが理由だとしたら、それはあまりにも軽率であろう。大変なのは「これから」だからだ。雨が上がっても土砂災害の危険性は引き続きあり、水没した家、冠水した道路、決壊した河川によって被害は拡大する。そして何よりも、避難所に身を寄せている方々の苦難は、これから始まるのだ。そういった認識がNHKの編成に本当にあったのだろうか。 被害のなかった東京の私たちにしてみれば、西日本の大災害がもたらす、その異常なまでの悲惨さについては、テレビによってしか実感を持って知ることができなかった。NHKはそれをリアルタイムで伝えることのできる唯一のメディアなのだ。 民放の場合、視聴者に「豪雨のニュースもう飽きたよ」と言われればおしまいだ。豪雨のニュース映像も最初はショッキングだが、何日も続くと飽きっぽい視聴者の興味をそそらなくなる。 そうなると別の娯楽番組を用意して、視聴者を満足させなければならない。そうしないと視聴率が落ちて、スポンサーからの収入が減ってしまうからだ。スポンサーによって経営が成り立っている民放の宿命である。 受信料で運営され、視聴率も絶対指標ではないNHKの場合、そこまで民放各局のように視聴者におもねる必要はないはずである。確かに『半分、青い。』も『鶴瓶の家族に乾杯』も視聴率の高い人気番組だ。そして番組本編の画面を小さくするL字画面は、視聴者にすこぶる評判が悪い。 実際に人気番組の放送時には、L字画面が邪魔だからやめてくれ、というクレームの電話が、視聴者ふれあいセンターへ相次ぐ。特に今回のように長期間にわたってL字画面が続いた時は、なおさらそうだろう。とはいえ、これはなんとかご理解いただくしかない。 また、NHKにも災害報道ばかり見せられるとウンザリする、という視聴者からの意見はある。「気分が落ち込む」、「何か楽しい番組で気分を晴れさせてくれ」という声もある。各避難所には特設テレビが置かれているが、それを見ている避難者の方々からさえ、災害の映像は見たくないから面白い番組を見せてくれ、というリクエストが上がってきたりする。ヘリで救助された住民=2018年7月7日、岡山県倉敷市(永田直也撮影) そういった事情を解決する苦肉の策として、災害報道をしつつ同時に一般の番組を見せる、L字画面という手法が取り入れられたのだろう。 あまりスマートなやり方とは言えないL字画面だが、テレビというメディアの使命をNHKが果たすためには、やむを得ない手段なのかもしれない。エンターテイメントのみに走って、災害報道のミッションを忘れては、NHKの存在理由そのものが問われてしまうからだ。東京目線のNHK その意味で『鶴瓶の家族に乾杯』を見せるのに、今まさに死者や安否不明者が増えつつある段階で、あえてL字画面をはずす必要があったのか。それを見て、あたかも災害が去ったかのように、笑うことができたのか。甚だ疑問である。L字画面があったほうが、むしろ安心して楽しめたかもしれない。 良くできた娯楽番組であったがゆえに、裏で続けられている捜索活動が気がかりで、私の目には番組自体が浮いて見えてしまい、素直には笑えなかった。番組にとっても気の毒である。そこには晴れた初夏の風そよぐ東京で、エンターテイメント優先に番組を編成している、東京目線のNHKの姿勢が垣間見えてしまったのである。広島県熊野町の土砂崩れ現場で続く捜索活動=2018年7月13日 さまざまな要望があるだろうが、やはりNHKの目線は被災地目線でなければならない。豪雨の被災地の方々には、翌日から猛暑という厳しい気候が容赦なく襲いかかる。エアコンの十分に行き届かない避難所で、熱中症の危険にさらされるはめになる。停電し、断水する。ボランティアなど支援活動もこれからだ。水没した家の再建を考えると、気の遠くなるような長い闘いが待っている。 今回のような未曾有の豪雨という大災害は、一過性のハプニングではなく、復旧と復興に長い期間と資金を必要とする国難だということを、しっかり認識して報道するべきだろう。「喉元過ぎれば熱さ忘れる」ではダメなのである。 特別警戒警報が出たから臨時ニュースにする。警報が解除されたらニュースをやめる。こうした気象庁の発表のみに頼った報道姿勢では、NHKは視聴者の信頼に応えることはできない。警報や避難指示は、もちろん直ちに報道しなければならないが、NHKはあくまでも被災者の目線に立った自主的な取材で、長期的に災害報道にあたるべきだ。 地域に密着した取材網を持ち、視聴率に左右されないNHKならではの災害報道でこそ、その存在意義を示すことができる。金で買えるワールドカップの放映権で満足するのではなく、公共放送としての強みがどこにあるのか、その本質を見失わないでもらいたい。
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「赤坂自民亭」人命より酒宴の安倍政権に心底絶望した
本大震災が起きた2011年3月11日以降の民主党政権で懲り懲りなのだ。 慌てた安倍政権は3日後に非常災害対策本部を設置し、「的確に対応していた」と応じている。また西村官房副長官も「安倍首相の陣頭指揮のもと」と繰り返している。 しかし、果たして本当にそうなのか。【日本人の恥】警察・消防・自衛隊・海保・民間有志は発災当初から国民の命を救ってくれている。自民党の力も総理の指示も関係なく…。政治のフェイク介入は現場の士気を削ぐ。むしろ党派の仲間たちと宴に興じていてください。 @AbeShinzo #西日本豪雨災害【日本人の恥】故郷の人々の顔を思い出さなかったのか?演技でも選挙区の有権者の顔が浮かばなかったのか?初代自民党総裁の孫の元秘書として自民党の変節を嘆く。 @AbeShinzo #岸田文雄 #山口県 #広島県 #豪雨災害【日本人の恥】故郷の人々の顔を思い出さなかったのか?演技でも選挙区の有権者の顔が浮かばなかったのか?初代自民党総裁の孫の元秘書として自民党の変節を嘆く。 @AbeShinzo #岸田文雄 #山口県 #広島県 #豪雨災害 【日本人の恥】防衛大臣、自衛隊員が飲酒しながら救援活動をしていたら懲戒です。#自衛隊 #西日本大水害 @AbeShinzo 100人、200人と国民の命が次々と失われていく様をみながら、筆者は感情的になりすぎたのかもしれない。気づくと、安倍首相や酒宴に参加した閣僚たちに対して、繰り返し抗議のツイートをしていた。「赤坂自民亭」で酒を酌み交わす安倍晋三首相(下段中央)と岸田文雄政調会長(同左)=2018年7月5日夜、衆院赤坂議員宿舎(西村康稔官房副長官のツイッターより) 実は、6年目の長期政権を迎える安倍首相にここまで嫌悪感を持ったのは初めてだった。約10年前、拙著『官邸崩壊』(新潮社)で、安倍政権を徹底的に批判し、首相辞任にまで追いつめた時ですら、安倍首相本人への嫌悪感はほとんどなかった。むしろ、本にも記した通り、安倍首相の周囲に集まる政治家や官僚やマスコミの人間に利用された「被害者」という意識を持っていた。 しかし、今回は違う。6年に及ぶ長期政権への過信と、国民への共感を忘れた奢(おご)りの気持ちが、酒宴を開かせ、記念写真を撮り、それをSNSにアップするという愚行を自ら許したのだ。 そして、その愚行を誰も止められなかったのは、安倍官邸のみならず、自民党という党派そのものの腐敗に尽きる。死刑前日に酒宴に参加する法相 悲しむべきことは、翌6日、オウム死刑囚7人の執行にサインをした上川陽子法相がその場にいたことだ。しかも、酒宴の主催者で集合写真では安倍首相の横で親指を立てている。 かつての筆者のボスである鳩山邦夫法務大臣は在任中に13人の死刑囚の執行にサインをした。歴代最多で、当時は朝日新聞に「死神」と揶揄(やゆ)されたものだ。 しかし、その鳩山氏が死刑執行の週にどういう気持ちでいたか、朝日新聞もメディアも知らないだろう。「自分のサインひとつで一人の人間の人生が終わるんだぞ。眠れなくなるのも当然だろう」とも語っていた鳩山邦夫法相。死刑の週には登庁前に必ず体を清めて墓参していた。朝日新聞に「死神」と書かれたが、そんな優しい「死神」がいるのか?民主党政権や現政権の法相の方が心がない。 @hatoyamayukio 筆者が代表を務めるNOBORDERが運営する報道番組『ニューズ・オプエド』に鳩山元法相の兄の鳩山由紀夫元首相が出演した昨日(12日)、筆者が当時の様子を明かした時の言葉だ。 法相は死刑執行の約48時間前、つまり二日前の火曜日か水曜日に、大臣室で執行のサインを行う。その前、執行者リストの知らせが、法務官僚(大抵は大臣秘書官)から受けるのだが、それが前週末か、当週の月曜日だという。 鳩山法相は、その知らせを受けると、早朝に自宅で身を清めて、東京・谷中にある先祖の墓参りをした。さらに、執行日まで墓参を繰り返し、夜は断酒、死刑囚への祈りを毎日欠かさなかった。 「そうですか。弟のそうした振る舞いは知りませんでした」 番組の中で、兄の鳩山元首相はそう語った。 筆者は、死刑反対論に与(くみ)する者ではない。しかし、人命を奪う最強の国家権力行使に当たって、担当の法務大臣が、前夜に酒宴で首相と並んでサムアップで記念撮影に応じるというのはどうしても容認できないのだ。麻原彰晃死刑囚らの死刑執行を受け、臨時記者会見を行う上川陽子法相=2018年7月6日、法務省(桐原正道撮影) 国民の命を軽視する政権に未来はない。いや、そうした政権の存続を許しているのは私たち国民だ。となれば、私たちの国、日本の未来は…。 政治は結果責任だ。安倍首相と自民党は日本の未来のために潔く決断をすべき時に来ているのではないか。
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NHK「災害報道」は熊本地震で3・11の教訓を活かせたか
回の地震を考えるうえで、NHKスペシャルが4月3日に東日本大震災後の地震研究の成果を振り返った「巨大災害 日本に迫る脅威~地震列島 見えてきた新たなリスク」が、災害報道の重要な試金石になったことに触れたい。 東日本大震災から5年を経て、日本の研究者の新たな挑戦をとりあげるとともに、東海地方から九州の太平洋岸に甚大な被害をもたらすことが想定されている「南海トラフ」地震がどのようなメカニズムで発生するのかという問題意識だった。 京都大学防災研究所の西村卓也・准教授は、GPS(全地球測位システム)の観測を活用することによって、地殻の変動を数値化して、地震発生のメカニズムを解明するとともに、次に巨大地震がどこで起きるのかを探ろうとしている。 巨大地震の発生は、プレートテクニクス理論によって説明されてきた。海側のプレートが陸のプレートに沈み込んでいくときに、徐々にひずみができてそれが耐えられない圧力となったときに、ずれが生じて地震が発生する。 日本の西日本の陸はひとつのプレートであるとされてきた。このプレートに海側のフィリピンプレートが沈み込むことによって、南海トラフ地震が発生すると推定されてきた。2016年4月17日、大きく亀裂が入った熊本県益城町の畑。地震で地表に現れた断層とみられる(本社ヘリから) 西村准教授は、GPSの数値よって、陸のプレートがひとつではなく、九州は4つのプレートに分かれていると分析している。それぞれの分かれたプレートは違った方向に向かっているのである。大分地方は西へ、長崎と佐賀は南東へ、南部は南に動いている。 こうしたプレートは表面的なものではなく、地下30㎞付近まで壁のようになっている。この帯状の壁が境目となっている地帯は、過去の地震の震源、震度の帯と一致する。それは活断層である。今回の地震が発生した、布田川断層と日奈久断層はまさにこの活断層である。 西村准教授は、こうした陸のプレートの境目に地震が起きる可能性があると指摘して、警戒を呼びかけていた。 NHKは4月16日にNHKスペシャル「緊急報告 熊本地震『活断層の脅威』」を、放送した。14日夜にマグニチュード6.5の地震が発生した28時間後に、マグニチュード7.3の大地震が起きたことを受けたものだった。気象庁は、最初の地震を前震とし、大地震を本震とした。 本震発生前の15日の取材とことわったうえで、先の西村准教授の冷静な判断が紹介される。 「プレートのブロックの境目に、ひずみがたまって地震になる可能性が高い」と。マントルの動きが大地震もたらす可能性 番組では、キャスターのほかに、NHK災害担当の菅井賢治と、東京大学地震研究所の平田直教授を加えて、さらに分析を進めていく。 震災地に入った研究者により、活断層のあとと推定される、地面の割れなどが発見されている。 平田教授は指摘する。 「地震の震源は地下10㎞から20㎞にある。この深さのひずみによって、岩石が耐えられなくなって破壊され、小さな地震が多数起きている」 地形の模型を使って、表面の地表の部分を取り除いて、地下に震源が集中している様子をわかりやすくみせている。地震は、まず比較的揺れの小さなP波が起きて、その後に大きな揺れを引き起こすS波が起きる。直下型地震では2の波の間隔が短く、緊急地震速報を出すP波の直後にS波がくるので、室内にいても避難の余裕がない。 4月3日放送のNHKスペシャルに戻る。東日本大震災後の東北の沿岸部で異常な現象がいま起きている。地震によっていったんは1mほど沈下した地盤が、隆起しているのである。 東日本大震災前から、海底などに水圧の測定機器を配置してきた、東北大学地震・噴火予知研究観測センターの日野亮太教授は、「想定と異なる別の地震の可能性」を指摘している。 大震災前には、東北の陸と太平洋側の海のプレートは、西方向に移動していた。震災後は陸のプレートが東に向かうと推定されていた。しかし、この1年間のデータを分析すると、陸のプレートが西に向かっている。これが、地盤の隆起につながっていると、日野教授は推定している。 これまで、ほとんど陸のプレート移動がなかった、ロシアの沿海州と中国の地盤も東にゆっくりと動き始めている。 こうした現象の原因として、日野教授は東日本大震災によって急激に動いたプレートの下に対流しているマントルに原因がある、と考えている。マントルはゆっくりともとにもどる粘弾性を持っている。プレートの動きについていけずにゆっくりと動いているのではないか、というのである。2016年7月、熊本地震から約3カ月が経ったが、熊本県益城町には倒壊した住宅が今なお多く残る(村本聡撮影) 地盤を隆起させるマントルの動きは、これまでとはまったく異なる大地震を引き起こす可能性もある。 東日本大震災とその後の地震研究を、定期的にシリーズ化することによって、突発的な自然災害において視聴者に的確な情報を提供する底力を、組織ジャーナリストにつけている。たべ・こうき 東日本国際大学客員教授。福島県会津若松市生まれ。幼少時代から大学卒業まで、仙台市で暮らす。朝日新聞記者、朝日ジャーナル編集部員、論説委員などを経て、ソフトバンク広報室長に就任。社内ベンチャーで電子配信会社を設立、取締役会長。2012年春に独立、シンクタンク代表。2015年10月から東日本国際大学客員教授として地域振興政策を研究、同大・地域振興戦略研究所副所長を兼務。
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在京テレビ局 大阪北部地震報道に温度差がある?
で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、6月18日朝に発生した大阪北部地震に見る、災害の報道体制について。* * * 大阪北部地震で被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。 18日朝、震度6弱という大きな揺れの地震が発生した瞬間、私は東京の自宅に居たのだが、リビングの吊すタイプの照明がユラユラ揺れていて驚いた。後から、東京にも「震度1」を表示した地図を見て、改めて、広い範囲で揺れたことを知った。 昼過ぎ、私は大阪に本社がある某社での東京広報の人たちとのミーティングに参加していたのだが、「東海道新幹線に閉じ込められている同僚がいる」「会議の時間や参加するはずのメンバーの予定が大幅に狂っている」などと聞いた。普段から大阪と東京を行き来している人たちが青ざめた顔で対応に追われている様子を目の当たりにし、大変なことが起こっているのだと改めて感じた。 午後3時過ぎに一度帰宅し、テレビをつけた。まずは大阪の読売テレビ制作の『情報ライブ ミヤネ屋』(日本テレビ系)で、その被害の大きさに愕然とした。 司会の宮根誠司氏は、日曜の夜、東京のフジテレビで『Mr.サンデー』に生出演しているため、月曜日は朝、飛行機で大阪入りする。 通常なら9時羽田発の飛行機で伊丹空港までスムーズに移動できるはずが、この日は20分遅れで飛行機に乗れたものの、伊丹空港の点検のため、2時間、機内で足止めを食ったという。伊丹空港に着いてからも、大阪市内が大渋滞で、結果、30分遅れでの出演になった宮根氏だったが、氏自身も朝日放送の局アナ時代に、そして読売テレビの記者やスタッフの多くが阪神淡路大震災の報道に携わっているだけあって、何を優先し、どう伝えればいいのか熟知しているため、番組はもちろん、地震ニュースに特化した内容だった。 その後、日本テレビでは通常なら東京のスタジオから『news every.』の時間になるが、読売テレビのローカル番組『かんさい情報ネットten。』のオンエアをしばらくの時間、流していた。2018年6月18日、大阪北部地震の発生で、伊丹空港のタクシー乗り場(手前)とバス乗り場には長蛇の列ができた(山田喜貴撮影) TBSも『Nスタ』の時間を早め、15時前から特番体制になっていたが、驚いたのは名古屋のCBC制作の『ゴゴスマ』や、フジテレビの『直撃LIVEグッディ!』が、早々に地震のニュースを切り上げていたことだ。 大阪の読売テレビの生放送を全国ネットしている日本テレビに対し、『~グッディ!』は、番組開始と共に、系列の関西テレビの生ワイド『ハピくるっ!』を終了させている。「ウワサの芸能ワイドショー」とサブタイトルがついていた番組ながら、もしもまだ続いていたなら、関テレからの生放送に切り替えたこともできただろうに。 TBSも、系列の毎日放送『ちちんぷいぷい』とは無関係と言ってもよく、名古屋発の『ゴゴスマ』を14時台はやっていたのだが、15時台は、さすがに報道に切り替わった。 いま、ワイドショーで数字がとれるのは、いわゆる“紀州のドンファン”と、日大のアメフト問題だと言われている。 そして、大阪での地震は、在京局にとっては“対岸の火事”に近いものがあるのだろうか?活きる阪神大震災の経験 実は私は、東日本大震災が発生した日、『情報ライブ ミヤネ屋』に生出演していた。阪神淡路大震災を経験している社員やスタッフが多い読売テレビでは、地震報道に関するマニュアルが完璧で、当時、アシスタントをしていた森若佐紀子アナが「早く、津波情報を」と言い続けていたことをいまでも覚えている。 だが、直後、東京のスタジオからのニュースカメラが映していたのは、お台場付近のビルから煙が上がっている様子だった。フジテレビの近くだから…と感じたのは私だけだろうか。 そして2年前の鳥取県中部地震のときも、私は『~ミヤネ屋』に生出演していた。発生が番組開始12分後のことで、後半は地震特番に切り替わった。 それはやはり、読売テレビの報道スタッフたちが阪神淡路大震災を経験しているからに他ならない。 だが、それから23年が経ち、読売テレビのアナウンサーも半数以上が「阪神大震災の報道を知らない世代」だという。 3年前、読売テレビでは、トークライブ企画「アナウンサーが語り継ぐ『阪神淡路大震災20年』」を開催、若手アナを聞き手に、先輩アナらが体験をトークし、「命に係わる重大なテーマ」でのインタビュー力について説いた。 参加アナの中には、阪神淡路大震災を機に、防災士の資格を取得している者もいて、被災者のもっとも近くで寄り添ってきた彼らならではの、ためになる話が多数あったと聞いた。阪神大震災の被災者向けの公営住宅=2004年1月、神戸市灘区 その中心メンバーで、いまは同局を退社した脇浜紀子アナ(当時)が言っていたのは、「阪神淡路大震災の2か月後、東京で地下鉄サリン事件が起きたことで、在京局制作の番組では、阪神大震災のニュースが激減してしまいました。まだまだ伝えたいことはたくさんありました」と。 阪神淡路大震災にまつわるニュースや新聞記事は、東京では1月中旬に集中しており、東日本大震災のニュースでさえ、3月初旬に集中しているように思える。 3年前、阪神大震災について扱った『クローズアップ現代』(NHK)で、「街は復興したけれど、暮らしや心の復興は半分」と、当時、働き盛りだった方々が異口同音に言っておられたのが忘れられない。 こうして偉そうに書いているが、大地震の日、生番組に出演していた私でさえ、正直、忘れてしまうことがある。震災の記憶を確かなものにしたり、消え去らないようにしたりするのが報道の役目なのではないか。 在京テレビ局はもう少し、被災地のテレビ局から学ぶべきではないだろうか。関連記事■ 米朝首脳会談報道に見る各局キャスターの悲喜こもごも■ さまよい続ける田中みな実 狙うべきは女性層か!?■ 時々やってくる「ジャニーズの異端児」風間俊介ブーム■ フリーアナ思いのTBS 『はやドキ!』は人材の宝庫■ 横澤夏子 女芸人としてレアケースな活躍ぶりの理由
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テレビが流す「視聴者提供画像」 謝礼は?トラブルは?
使わせてもらっている」(キー局社員) という。かつては「いの一番に現地入り」を競っていたテレビ局の“災害取材のイロハ”は様変わりしているようだ。 そんなテレビ局の“記者”として大災害の惨状にスマホを向ける人たち──その行動が、被災住民の感情を逆撫でする事態も起きている。「破裂した水道管に大勢の若者が群がって、ひたすらスマホを向けていた。なかにはわざわざバイクで駆けつけ、跨がったまま写真をとる人もいた。側には敷地内に水が流れ込まないように懸命に水を道路に掻き出している人がいるというのに、“そんなことしてる場合か!”と思いました」(大阪府茨木市の住民)(iStock) そんな視線を浴びても“素人カメラマン”は撮影を止めない。地震直後に撮影した動画をフェイスブックにアップした40代男性がいう。「会社に向かっている途中、乗っていた電車が地震で急停車しました。それから20分ほどして、『希望者は電車を降りて線路の上を歩き、ひとつ前の駅に戻ってください』とのアナウンスがあった。線路に降りて歩くなんて初体験なので、スマホで動画を撮ってアップしたんです。ワクワクしたなぁ。アップした後、友人からの反響も凄くて、気持ち良かった」 衝撃的な動画や画像には、日本だけでなく、海外のメディアからもオファーがあるという。現場に駆けつけた記者がそうした動画や画像を自分のスマホに送ってくれるよう頼むこともあるようだ。「基本的に謝礼を払うことはありませんが、記者個人の判断でギフトカードなどを渡すケースもあるようです」(前出・キー局社員) 今回の地震では、ツイッターなどの情報をもとに現地にメディアが殺到することもあった。「テレビ局の記者がワゴンに乗って現われたと思ったら、スマホの動画を見せてきて『この場所に案内してほしい』っていうんです。こっちはガスが止まって飯もろくに食えないのに……」(雑貨店店主) 被災者が被災者を撮影し、マスコミがそれに群がる。奇妙な光景がそこには広がっていた。関連記事■ 危ない「活断層」「隠れ断層」全国詳細マップ完全版■ 災害時の「不謹慎厨」対策、芸能人におかしな作法が定着■ AI地震予測 全国警戒エリアマップ2018年4月最新版■ 全国で地震頻発 首都直下地震を誘発する可能性は?■ 相模川でアユが大量発生 地元住民が気味悪がる言い伝え存在
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ここが足りないニッポンの都市防災
最大震度6弱を観測した大阪北部地震は、都市防災の弱点を改めて露呈した。ブロック塀の倒壊で女児が死亡した事故は、まさに「人災」とも言える悲劇だった。帰宅困難者の大量発生、人口密集地域で寸断されたライフライン…。さらなる都市直下地震の発生に私たちはどう備えるべきか。
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舛添要一が都知事時代に感じた「防災ボケ」日本人の危うさ
ク塀が小学生の命を奪ったことは深刻に反省しなければならない。 日本は地震や火山、水害が頻発する「自然災害大国」であり、日ごろから災害への備えが肝要である。過去25年を振り返っても、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災、1995年)、新潟県中越沖地震(2007年)、東日本大震災(2011年)、熊本地震(2016年)など記憶に残る大地震が続いている。まさに、災害はいつ発生するか分からないのであり、それだけに日ごろからの備えが必要である。 今回の大阪北部地震は直下型であるが、都市がこのタイプの地震に襲われると大きな被害が出る。研究者の予測では、東京で30年以内にM7クラスの直下型地震が起こる確率は70%という。 政府の中央防災会議の作業部会によると、M7クラスの首都直下型地震で、死者は約2万3000人、負傷者12万3000人、建物の全壊・全焼は約61万棟、経済被害は約95兆円に上るという。95兆円というのは、わが国の政府予算の1年分に相当する。 私は若いころ、スイスで学んでいたが、この国はフランスやドイツ、イタリアという強国に囲まれており、国家の安全と平和を守るために危機管理体制が完備している。例えば、高速道路はなるべく直線にし、中央分離帯を着脱可能なものとする。それは、戦争や災害のときに滑走路として使うためである。2012年9月、警視庁震災警備総合訓練で、幹線道路を一部閉鎖し「緊急自動車専用路」として通行する警察、自衛隊などの緊急車両(小野淳一撮影) これに対して、日本の高速道路はなるべくカーブを多く作るようにしている。だが、それは居眠り防止という交通安全上の配慮からであり、安全保障や防災という危機管理的な発想は全くない。 私が東京都知事のとき、環状七号線や環状八号線といった広い幹線道路を滑走路として活用できないか検討してみたが、ヘリポートを作るスペースもないことに愕然(がくぜん)とした。道路を通すときに、危機管理の発想が日本人にはないのである。 そこで私は、都知事として重要政策の一つに「災害への備え」を掲げた。2014年4月に「首都直下地震等対処要領」を策定し、関係各機関との効果的・効率的な連携の下で円滑に応急対策活動を展開できるように備え、発災後72時間に行うことが想定される主な応急の対策について万全の体制を組んだ。活かされる「民」の力 また、同年12月には「東京の防災プラン」を策定した。これは、都民や企業、地域、行政があらかじめ備えるべき防災の取り組みを示し、2020年までの目標を提示したものであるが、災害が発生したときに実際に起こり得る事態を時系列でシミュレーションした。 具体的な政策として、まず行政が取り組むべき課題としては、十分な防災用の財源を確保することであり、平成27年度最終補正予算では「防災街づくり基金」に2000億円を積み増した。景気に左右されずに、防災対策を実行するには、基金を積むという手段が有効である。 阪神・淡路大震災のときは、建物の倒壊で道路がふさがってしまい、緊急車両すら動けなくなってしまった。その轍(てつ)を踏まないためには、災害発生時に避難・救援や緊急物資輸送のルートを確保することが重要である。そこで、「緊急輸送道路の沿道建築物の耐震化」や「道路の無電柱化」を推進した。 さらに、区部の木造密集地域対策が課題である。ここで火災が発生すれば、消防車も現場に入れない。そこで、「木密地域不燃化10年プロジェクト」に取り組み、市街地の不燃化を進めるとともに、延焼遮断帯となる主要な都市計画道路の整備を行った。 また、地震と並んで集中豪雨による災害も都市機能を麻痺(まひ)させる。私が都知事になった2014年に豪雨対策基本方針を改定し、区部では時間75ミリ、多摩地区では時間65ミリの集中豪雨に対応できるようにし、調節池や分水路の整備などを実施した。 病院の整備も重要で、都心部で唯一の基幹災害拠点病院である都立広尾病院を改築し、自然災害のみならず、核・生物・化学(NBC)災害やテロなどに対応する「首都災害医療センター」を整備することにした。 公共交通機関が運転停止すると、交通大渋滞が起こり、帰宅困難者が大量に生まれる。実際、東日本大震災のときの東京がそうであった。帰宅困難者を公共の建物だけでは収容できないので、民間の協力が必要となってくる。首都直下地震などに備えるため、東京都が作成した防災ブック『東京防災』 日本橋地区では、三井不動産を中心に2004年以降、大型商業施設を備えた複合ビルの「コレド日本橋」「コレド室町」がオープンしたが、ここでは地震などの災害時には、帰宅困難者を地下通路に避難させるようになっており、毛布や水・保存食なども備蓄されている。このような民間の自発的対策は、大いに評価されてよい。必要なのは防災意識の向上 この例に限らず、防災対策は行政だけでできるものではなく、国民、都民の協力が不可欠である。そこで、一家に1冊常備するために、完全東京仕様の防災ブック『東京防災』を2015年に完成させ、全家庭に無料配布した。キーワードは「今やろう」で、避難先の確認、防火防災訓練への参加、家具類の転倒防止、非常用持ち出し袋の用意、災害情報サービスへの登録、日常備蓄の開始など役に立つ情報を網羅した。 ライフラインの機能を95%回復させるのに、電力で7日、通信で14日、上下水道で30日、都市ガスで60日かかる。そのため、商品の流通に支障が出て、生活必需品が入手困難となる。そのような状況の下、自宅が無事だった人は、そのまま自宅にとどまって生活することが想定される。そのため、食料品や生活必需品を自宅に備蓄しておく必要がある。 しかし、普段使わないものを集めるような、何か特別な準備となると、用意するのが大変であり、そのため備蓄があまり進まない。そこで、発想を切り替えて「日常備蓄」、つまり日ごろから利用・活用している食料品・生活必需品を少し多めに購入することにする。そして、古いものから順に消費していく。この「日常備蓄」を進めるために、11月19日を「備蓄の日」(1年に1度はびち「1」く「9」を確認)とし、この日にみんなが備蓄状況をチェックするように呼びかけたのである。 都が備蓄倉庫などに行う備蓄の品目についても、細かい配慮をするようにしている。例えば、紙おむつや女性用の生理用品などは、毛布や食品と同様な必需品である。 私が知事に就任する前、主たる訓練といえば、9月1日に行う「総合防災訓練」であった。しかし、災害はいつやって来るか分からない。夏の暑い時と冬の寒い時とでは、避難のあり方も異なってくる。そこで、住民参加型の防災訓練を、春夏秋冬の年4回実施することにした。 このような取り組みを進めるためには、都民の防災意識の向上が必要である。災害時には、まず「自助」「共助」が大切である。阪神・淡路大震災のときも、命が助かったほとんどの人は、家族や近所の人たちに助けられているのである。「公助」が到達する前に、自助・共助で自らの生命を守ることが肝要である。そのためには、日頃からの訓練が不可欠であり、自分の住む地域の人々との連帯を強めておく必要がある。2016年9月、葛飾区と墨田区と合同で実施した東京都の総合防災訓練。初めて外国人観光客の避難誘導に重点を置いた(山崎冬紘撮影) ところで、東京五輪・パラリンピックの選手村と多くの競技施設が新設される臨海地域は埋め立て地が多く、地震発生の際には津波の心配がある。五輪期間中に大地震に襲われるという最悪の事態を想定し、五輪準備と防災対策を並行して行わなければならない。2020年には約4000万人の観光客が海外から日本に来ると見込まれているが、彼らを無事に避難させることもまた、重要な課題である。 以上、説明してきた政策は、誰が都知事であれ、実行せねばならないことである。私が全力を傾注してきた防災対策が、小池都政できちんと継続されていることを祈るのみである。
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東京より防災意識の低い大阪が今やるべき地震対策
的な被害が限定的な地域に集中する内陸直下型地震だった。日本有数の大都市圏で発生した地震であり、都市型災害におけるヒトとモノの課題を整理したい。 ヒトの課題は帰宅困難者である。地震発生が通勤時間帯にあたり、大量の列車が通勤・通学者を満載していたが、列車の脱線や衝突などの深刻な被害はなかった。一方で、長時間にわたる車内待機を強いられ、降車した後も運行再開のメドが分からず、出勤するか帰宅するかの判断を迷った人が多かった。 ただ、今回は筆者も体験したが、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などのインターネットを使ったサービスがほぼ問題なく使用できたことが大きかった。通勤・通学途上でも会社、学校、家族とスムーズに連絡を取れた人が多かったようだ。 実際に地震発生時に列車内にいた人によると、車内で待機⇒降車⇒最寄りの避難所へ誘導され、避難所でひと休みした後、徒歩で帰路へついたそうだ。大阪府北部の地震で地下鉄「大阪メトロ」も運休し、地上の出入口付近も人でごった返した=2018年6月18日午前8時54分、大阪市住吉区(安部光翁撮影) 地震発生当日の気象条件を見てみると、アメダス大阪の6月18日午前8時の気温は22度、最高気温は午後2時の26・8度と、さほど高温にはならず、風速が4~5メートルあったため、体感気温としては比較的過ごしやすい状況だった。 したがって、数時間に及ぶ徒歩での出勤・帰宅でも熱中症などの発生は少なかったと考えられるが、熱中症に関連する暑さ指数(WBGT)は環境省によると6月18日は午前11時から午後6時まで「注意」の範囲で、そのうち午後2時は「警戒」の範囲となっていた。もう少し気象条件が悪かったら、徒歩での出勤・帰宅は困難を伴っていたと考えられる。 鉄道が止まったため、幹線道路は多くの歩行者が通行し、車両もいつも以上に多く、至る所で渋滞が生じていたが、大規模な混乱は発生しなかった。地震発生がもう少し遅い時間で、出勤が完了していた場合は、特定のターミナル駅でより多くの帰宅困難者が発生し、混乱が生じたかもしれない。 今回の地震において、繰り返し映像が流された新御堂筋は府北部と新大阪駅・大阪駅をつなぐ無料の地域高規格道路であり、日常より混雑していた。地震の被害の大きかった府北部と大阪市中心部をつなぐ幹線道路であり、並行して走る地下鉄御堂筋線の運行が停止したということで、多くの帰宅困難者が新御堂筋に殺到した。小中学校の耐震化率「99・9%」 特に大阪府を分断する淀川にかかる新淀川大橋での混雑がひどかったようだが、大阪市中心部から府北部や阪神間に向かう帰宅困難者は淀川を渡らざるを得ないため、次の災害においても新淀川大橋に加え、十三大橋、淀川大橋、長柄橋などが災害時の帰宅のボトルネックとなる可能性が高い。橋の両端での流出入者の制御、滞留場所の確保などの対策が必要である。 また、来阪外国人観光客は増加の一途をたどり、2017年には1111万人(大阪観光局)と大台を超えている。13年が263万人であったことを考えると、わずか4年で約4倍となっている。 今回の地震は、時間帯が朝だったため観光客は宿泊施設などにいて、大きな混乱はなかったようだが、インバウンドの推進と並行して外国人観光客の災害対策を推進していかなければ、地震に慣れていない外国人が安心して観光を楽しむことができない。 一方、モノの課題といえば尊い命を奪ったブロック塀の倒壊である。子供たちが過ごす学校施設の耐震化は順調に進んでいて、大阪府の公立小中学校の耐震化率は99・7%(2017年4月・文部科学省)に達し、さらに東日本大震災以降、体育館の吊り天井などの落下防止対策も進められ、大阪府の公立小中学校の対策率は78・6%(17年4月・文科省)に達している。 しかしながら、主要構造部が耐震化されても学校施設全体の老朽化は進んでおり、東京都や大阪府の大都市圏は築30年以上の公立小中学校が面積換算で約7割(11年5月・文科省)に達し、全国平均の57・5%を上回る。 筆者も防災教育などの際に小中高校を訪れるが、老朽化した校舎に驚くことがある。法令違反は言語道断であるが、あらゆるモノは時間の経過とともに劣化するのが常であり、管理者・使用者は適切に維持管理をすべきである。地震のため校庭に避難した、大阪府池田市立池田小学校の児童ら=2018年6月18日 地震時でなくても校舎外壁の落下や手すりの損壊などの事故が発生し、ブロック塀を含む学校施設の附属物の安全対策はまだまだ不十分であり、ブロック塀に限らず早急な点検と補修が必要である。 また、ブロック塀は大阪の住宅街では至る所に存在し、大阪が全国一の面積となる「地震時等に著しく危険な密集市街地(国土交通省)」の中の細街路でも多く見られる。道路両側の塀の高さが道路幅を上回るような道路を通行中に地震が発生すると、まさに「逃げ場がない」といった状況になることが容易に想像できる。 そして、建物や塀の下敷きになった時、より大きな被害を受けるのは体重の軽い子供と高齢者というのが過去の災害でも明らかになっている。 一般的な建築用空洞コンクリートブロックは1個あたり10キロ前後で大阪府高槻市の寿栄小学校では、8段分の壁が倒れたということなので、ブロック1個分の幅(約40センチ)でも約80キロになる。 ブロック内部に充填されたモルタルを含めると、さらに重量は増え、今回倒壊した壁の幅は約40メートルなので総重量は8トン近くになる。また、本棚の下敷きとなって亡くなった方もいたが、本棚も相当重い。危険はブロック以外にも 筆者らが過去に行った実験でも、幅1・2メートル、高さ1・8メートルの本棚に本をいっぱいに詰め込むと総重量は180キロになった。このような本棚の下敷きになると甚大な被害が生じる。 では、対策を考えたい。補強や固定は基本だが、すぐにでもできる対策もある。子供に関しては通学路沿いの塀を点検し、遠回りになっても安全な広い道を選ぶことや、大人同伴での通学が推奨される。 高齢者に関しては、日常的な散歩道や通院経路の点検なども必要だが、早朝などの散歩中に地震が発生した際に周囲に目撃者がいないと発見が遅れる可能性もある。阪神・淡路大震災では倒壊家屋の下敷きとなった場合は家族や近隣住民が所在を把握していると、比較的早めに救助を要請できたが、倒れた塀の下敷きとなり、その塀の上に瓦礫などが重なって、著しく発見が遅れた例もあった。 人気のない時間帯や街路はできるだけ避け、いざという時も速やかな救助に繋がるような心がけが必要である。 ただ、ブロック塀以外にも注意が必要な物は多い。01年の芸予地震では、住宅の外壁とベランダの下敷きになり、それぞれ死者が発生している。07年の能登半島地震では石灯籠の下敷きになり死者が発生している。住宅の耐震化や家具固定への関心は高いが、附属物・工作物も時には命を奪うということを改めて認識する必要がある。 ちなみに府民の「ブロック塀を点検し、倒壊を防止している」の実施率は3・8%(09年8月・大阪府)と低く、ブロック塀の倒壊リスクの認知と対策の実施が課題だ。また、敷地内外の見通しがきかないブロック塀は防犯上の観点からも見直す余地はある。校門前の献花台で手を合わせる浜田剛史・高槻市長=2018年6月21日、大阪府高槻市の市立寿栄小学校 今回の地震は、大阪では観測史上初の震度6弱を記録した。尊い命が奪われ、多くの住民が傷を負い、都市型災害の防災上の課題が露呈した。地震発生から時間が経っておらず、これから明らかになる課題もあると思うが、災害経験が少ないとされる府民の防災意識の低さも課題である。 23年前の阪神・淡路大震災を記憶している府民も多いはずだが、「家具転倒の防止」実施率は15・2%(17年7月・大阪府)で、全国平均の40・6%(17年9月・内閣府)を大きく下回っている。 ちなみに東京都は57・6%(17年3月・東京都)だ。その他の防災対策の実施率も大阪は、全国平均を下回っているものが多い。発生が懸念される上町断層帯地震あるいは南海トラフ巨大地震による被害を低減するために、高密度にヒトとモノが集積する都市空間の災害リスクを府民が認識し、対策を始めることが望まれる。
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東京の空からは「震度5」だって危険が降ってくる
」は約4割にとどまり、いまだ約6割の世帯で備えが不十分です。 今回の大阪の被害は、過去のよく知られた災害の教訓に対して、われわれの取り組みがいまだ不十分であることを教えてくれます。大阪北部地震の教訓は、過去の災害の教訓を自分たちの備えとしきれていなかったことだといえるのではないでしょうか。 ライフラインの被害が広域にわたりました。地震直後には約17万件で停電しましたが、3時間弱経過した午前10時40分ごろには復旧しました。 断水も、吹田市や高槻市、箕面市など幅広い地域で発生しました。メディアでも多数の水道管被害の様子を目にしました。20日には、ほぼ解消されたと報じられています。また、約11万戸で都市ガスの供給が停止され、発生から1週間後の25日に完全復旧しました。 こうして、非常に迅速に復旧作業が進められていますが、さらに大きな揺れが来ていたら、電気、水道、ガスが長期間使えない可能性もありました。ライフラインの被害が長期化すれば、避難者数が膨大になり、避難所環境が悪化したり、不足したりすることも想定されます。 建物被害がなかったり、軽微であれば、在宅避難や、マンションではそれぞれの集会施設に避難するなど、自力避難への備えも必要と考えられます。物資備蓄の量や方法など十分か、あらためて見直してみることも必要でしょう。地震による公共交通機関の運転見合わせなどで、淀川に架かる新淀川大橋を歩いて渡る大勢の人たち=2018年6月18日午後、大阪市 建物被害については、最大震度が6弱ということで、発生直後は多数の建物被害をイメージしました。まだ増える可能性がありますが、6月25日午前時点で、全壊3棟、半壊13棟、一部損壊が約7000棟程度と、全半壊被害は熊本地震や阪神・淡路大震災に比べて小規模なようです。震度6弱でもここまで違う 震度6弱とは、計測震度5・5から5・9を指します。東京都の地震被害想定を見ますと、計測震度5・5の場合の「揺れによる建物全半壊率」は、木造で0%(建築年2002年以降)から4・3%(同1972〜80年)、非木造で0・3%(同1981年以降)〜1・8%(1972〜80年)程度と非常に低いです。南海トラフ巨大地震等による東京の被害想定(平成25年)より 同じ震度6弱でも、建物がほとんど壊れない程度の計測震度5・5から、相当数の建物被害が予想される計測震度5・9まで、かなり幅があることが分かります。6月18日の地震は、弱い「震度6弱」の揺れであったものと考えられます。 一連の報道の中に、阪急茨木市駅の電光掲示板が傾いた様子を見ました。もしこれが多数の通勤客であふれた中に落ちてきたらと思うと、恐ろしい思いがしました。駅構内の天井に多くつり下げられた看板類に限らず、さまざまな都市特有の構築物が地震により破損して、多量の死傷者の発生に結びつくリスクが心配されます。 東日本大震災の時、震度5程度であった東京でも、天井落下や駐車場崩落などさまざまな都市的構築物の破損があり、死傷者が多数出ました。その後、都内で防災ワークショップをした際に、地域の非営利団体(NPO)で活動されている人から、東日本大震災時に近隣の飲食店で、ご自身は揺れてすぐに机の下に身を隠したが、直後にその机の上に天井から業務用エアコンが落下してきて、九死に一生を得た経験を伺いました。 筆者は、ワークショップでの議論をきっかけに、学生と付近を歩いて、落下危険物を調べて、地図化したことがあります。繁華街には、広告物や無数に張り巡らされた電柱と電線、中高層ビルのガラス、老朽建物の室外機、老朽化が著しい柵、自動販売機、デパートのショーケースや天井飾りがあります。筆者が学生と実施した「落下物危険調査」 目線を上にあげれば、いざというときに落ちてきそうな物がたくさんあるのです。普段何気なく歩いている街でも、「防災目線」で歩いてみると、無数の危険物に囲まれていることに気がつくわけです。 ブロック塀の点検にとどまらず、さまざまな都市的構築物の危険を想像して、その瞬間に身を守ることも、重要な都市防災対策でしょう。地震で電車が長時間ストップすると、徒歩で帰宅したり、受け入れ施設や帰宅困難支援ステーションなどを探す可能性が高くなります。 その際、余震あるいは本震に襲われるリスクがあり、建物倒壊や火災、都市的構築物の落下、膨大な歩行者に取り囲まれてドミノ倒しのように潰されてしまうことなど、無数の危険に取り囲まれていることを忘れてはいけません。いざその瞬間、自分の身は自分で守るしかないのです。
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マンション管理のプロが語る在宅防災の明暗ライン
どの備蓄グッズを完備した防災倉庫や、オプションで据え付け可能な家庭用備蓄庫「A.N. D BOX」、災害積立金制度までついた防災型マンションが好評だという。 消防署の協力を得て、あなぶきハウジングサービス主催の防災訓練も定期的に行われている。防災を熟知するPMアカデミー館長で、防災士の資格も有する藤原剛志さんはこう語る。「マンションは鉄筋をコンクリートで覆った堅牢な建築物のため、大地震でも比較的被害を受けにくいと考えられています。しかし、2011年の東日本大震災において、仙台市内の約1400棟の分譲マンションはいずれも倒壊には至らなかったものの、100棟以上が全壊の罹災判定を受けるなど、建物や付帯設備に大きな被害が発生しました。 梁がどんなに頑丈でも、耐震補強されていない壁や床は崩れます。排水管やガス管、貯水槽などが老朽して破損したら、ライフラインが復旧しても生活は成り立ちません。災害が起きる前に、住民みんなで自分のマンションの現状を把握する機会を持ち、必要ならば修繕も考慮する。そして防災、あるいは“減災”の訓練をしておかれること。また、個人とマンションの管理組合両方で防災用備蓄を整備する…。そんな自主防災のサポートを全力でさせていただくのが、私ども管理会社の使命と思っております」※画像はイメージです(iStock) 自分が住むマンションの警報器がどこにあり、どう止めるか、あるいは防火扉の破り方を知っているだろうか? 貯水槽や排水管の内部を見たことがあるだろうか?「あなぶきPMアカデミー」は、マンション管理員のための職業訓練カリキュラムを行う研修施設。受講者は、マンションの構造から防災のノウハウ、共用スペースの清掃のテクニックまで、管理員に必要な知識を1泊2日で学ぶ。 あなぶき興産のマンション管理員は言わずもがなだが、研修生の約4割は他のマンションブランドからの派遣。また、あなぶきが“減災イベント”と呼ぶ災害時に備えた体験イベントは、マンション住民で組織する管理組合のかたがたと一緒に行う。海外の専門家の視察・研修も頻繁に行われる。実際に消火器を使ったり、防火扉を足で蹴り破ってみたりと、防災を直に体験できることも魅力だ。「防災マンションや高齢者用住宅の展示もあるため、見学後、マンションのリフォームに踏み切る管理組合さんも結構いらっしゃいます」(藤原さん)。 コールセンターの設備を確認するにいたって、初めて管理会社本来の役割を認識したと、驚く人も多いという。関連記事■ マンション管理組合の闇 理事長の横領や癒着が表に出ない訳■ マンション管理規約改正 資産価値高い部屋の発言権が増す■ マンション管理規約改正で住民総会が中国語で行われる可能性■ 西日本最大のマンション管理会社 熊本地震で1か月復旧活動■ 60才元凄腕営業女性、マンション管理人に再就職し充実
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防災教育を担う「地学」を空洞化させた文科省と教育委員会の責任
災週間」と定め、各地で、防災訓練などが行われる。 これを主導する内閣府も、自治体の防災担当も、悲惨な災害の報道を繰り返さざるを得なかったマスメディアも、何十年にもわたり、防災に向けた広報活動等を精一杯行ってきたように見える。しかし、いまだに、国民の多くが、津波からの避難の判断が適切に行えず、土砂災害が起こる可能性が高いところに宅地が造成されているのはなぜか。 その原因は、緊急時や日常の備え等のマニュアルの普及を繰り返すだけで、本質的な防災教育を担うはずの地学教育が空洞化しているために、基本的な知識や素養が日本の国民全体にかけてしまっているからではないか。 後述するように、日本では、ほとんどの国民全てが高校に進学するが、理科の中で、あらゆる自然災害や防災について学ぶことができる「地学」の授業を受けた者は、役所の職員にも、学校の理科の教員にも、非常に少なくなっている。子供を育てる親の多くも「地学」を学んでおらず、そして、今の高校生たちも同じだ。 いくら、マニュアルの普及を繰り返しても、本質的な防災教育はできない。まず、高等学校の理科の教育の中で、私たちが暮らしているこの日本で起こった、数々の自然災害の歴史と教訓を、風化させずにきちんと教育で伝え、そして、科学的に自然災害が起こるメカニズムを理解するなど、国民の知識の底上げに努める必要がある。 そしてさらに、マニュアルに書かれていることの理解はもちろんのこと、あらゆる個々の災害に直面しかねない場面において、自ら、最善の防災対策を適宜、判断できるほどにまで、国民の防災に関するリテラシーを高めていかなければいけない。それが、公教育を施している文部科学省と教育委員会の責任ではないか。 しかし、日本の地学教育は、深刻なほどに空洞化してしまっている。仙台市「市民防災の日」の総合防災訓練でシェイクアウト(身体保護)訓練に参加する児童=2018年6月12日、仙台市(高梨美穂子撮影) 理科教育は、誰もが知るように、「物理」「化学」「生物」「地学」の4つに分類されている。この内、「地学」は、地震、火山、気象、宇宙、という、まさに私たちを取り巻く自然環境を理解するための科目だ。 教科書では、地震、火山、台風等に伴う様々な自然災害の猛威や歴史、そして、それらが引き起こされるメカニズム等が本編で記載されているだけでなく、防災そのものをテーマにした章も設けられている。大津波も、豪雨の後の土石流も、何度も繰り返されており、必ず繰り返されるということを実感し、どうすれば少しでも被害を減らすことができるかを科学的に学ぶのが地学だ。入試ミスにもつながった「地学不在」 しかし、「地学」の空洞化は、今の高校三年生、つまり今度の大学入試から適用される、新しい学習指導要領(新カリキュラム)の出足から表面化した。 新カリでは、文系用の基礎的な内容を扱う科目として「物理基礎」「化学基礎」「生物基礎」「地学基礎」の4種類、理系用として「物理」「化学」「生物」「地学」の4種類の合計8種類の教科書が各出版社から発行される予定だった。しかし、新カリが適用される生徒が高校二年生になる平成25年時点でも、「地学」の教科書だけが、どの出版社からも発行されなかったのである。学校からのニーズがほとんどないことがわかっているために、出版社にとっては、収益が見込めないからだろう。 その結果、文部科学省は、急遽、「地学だけは、新カリキュラムの授業を行う際に、旧カリキュラムの教科書を使用することもやむなしとする。文科省で旧カリと新カリの対応表を追って作成する」という旨の通知を全国の教育委員会に出さざるを得ないような事態となったのである。 今年からはようやく二社が「地学」の教科書を出版したが、高校では、理系の大学等に進学する生徒たちは、「物理」「化学」「生物」の三科目から二科目を選択するのが当然にようになって久しい。つまり、理系の生徒は「地学」を学ばないのである。このことは、結果として、日本中の小中高の理科の先生の多くが、「地学」を学んでいない、だから、「地学」を教えられない、だから次の世代も地学を学ぶことができない、連鎖になってしまっている。これが、地学教育を空洞化させた負のスパイラルだ。 先日、ある防災に関する講演会で、この分野で著名な大学教授が、「日本では防災を教える科目がないから、マニュアル教育が必要だ」という旨の話をするのを聞き、愕然とした。彼もまた、「地学」を学ばず、「地学」の教科書を開く機会がなかったのだろう。空洞化のために、存在そのものが見えなくなっているかのようだ。 今年の2月24日に実施された都立高入試の理科の問題で出題ミスがあり、東京都教育委員会は、当該問題の配点5点を全員に加点する処置をとった。このことが大きく報道された理由は、単に出題ミスがあって加点されたからではなく、その対応が遅れ、合格発表の前日になってから、加点の処置が施されたという混乱ぶりによるものだ。 通常、こういった出題ミスがあった場合は、入試のテスト終了すぐに、各校で採点を始める頃には、学校現場から指摘がなされ、速やかに教育委員会が対応し、指示を出して、それに基づいた採点作業が進められる。そうすれば、合格判定に向けた作業に、あまり大きな混乱が起こらないで済む。過去2年間で2千件を超える採点ミスが発覚し、謝罪する都教育委員会幹部ら=2014年6月3日、東京都(福田涼太郎 撮影) しかし、今回は、当初、都教委は多くの指摘を受けても「出題ミスではない」として対応をせず、ほぼ全ての高校で採点作業や点検作業や合否判定が終わった後の、合格発表の準備をしている頃である発表前日になって、採点のやり直しが指示されたのである。その問いに関しては、正解不正解関係なく、全員に5点加点だったために、正解とされていた生徒はそのままだが、不正解とされていた生徒に5点を加点する作業となる。 5点も増える生徒が多く出れば、ボーダーライン上の合否判定はおそらく何人も入れ替わり、現場はたいへんだっただろう。ただでさえ、入試業務はミスが起こりやすいのに、判断が遅れ、このような対応となってしまったのはなぜか。文系生徒も「一般教養」が学べない 出題ミスの内容は、秋分の日の地球、月、太陽の位置関係や道筋について質問した大問3の中の問3で、問題文の中に「秋分の日の」と限定条件を記載すべきところをしなかった、というものである。 入試当日の終了直後から、この問題はネット上などでも話題になっていて、筆者も知人から相談を受けて、問題を解いた。工夫された良問だと思うが、問3に関しては、問題文で「秋分の日の」という限定をし忘れているために、解答は、4つの選択肢から2つにまでしか絞り込むことができないものだった。 (この問題文と出題ミスの内容については、東京都教育委員会のトップページから、「報道発表資料」→「平成26年報道発表資料」→「平成26年度東京都立高等学校入学者選抜学力検査(理科)の学力検査問題の誤り及び採点上の対応について(2月27日)」とリンクを辿ったところに今も掲載されている) しかし、多くの指摘を受けても、都教委が一向に出題ミスを認めない、ということがネット上で伝えられ、筆者も、出題ミスに気付いた者の責任として、合格発表の2日前から、都教委にはたらきかけをした一人だ。 混乱の背景には、「地球、月、太陽の位置関係」という地学の基本的な知識を本質的に理解している者が、都教委にほとんどいなかったのではないかと考えられる。中学生向けの都立高校の入試問題であり、地学を学んでいれば決して難しい問題ではない。しかし、地学を学んでいなければ、学識ある大人であるはずの都教委の関係者でさえも、この問題を理解するための前提の知識がなく、そもそも出題ミスの指摘の意味がわからなかったのではないか。 そもそも、地学を専門とする理科の教員は少ない。そのために、出題をする側も限られた人材で行っている可能性があり、現場の地学を専門をする教員全員が指摘をしたとしても、都教委としては指摘数が他の科目の場合より少なく感じてしまうこともあるかもしれない。 また、中学の理科の教員によるネット上の当初の声には、「出題ミスではないか」という指摘よりも、「この問題の答が、なぜそうなるのかを生徒にどう説明していいか分からない」という類のものが多く、中学の理科の教員であっても、地学を学んだ経験のない者には、地球、月、太陽、の基本的な位置関係の理解が非常に難しく感じられていることも想像できた事例だった。 理科は、新カリキュラム対応で初めての実施となる今年度(平成27年1月)の大学入試センター試験から、科目選択においても大きな変更がなされている。最も大きな変更は、これまで文系の生徒は、理科は1科目選択するだけでよかったが、基本的に、「基礎」の付いた科目を2科目選ぶ形になったことだ。このことで、これまで、文系の生徒は「生物」1科目だけを選択してセンター試験を受験をしていた生徒が多かったが、これからは、「生物基礎」と「地学基礎」の2科目を選択する生徒が増え、文系の生徒にとっても一般教養として欠かせない「地学」教育の普及につながるのではないか、と期待された。避難用リュックの重さを体験する児童。防災への心構えを学んだ=2018年5月23日、豊岡市中央町(河合洋成撮影) しかし、例えば、東京都の都立高校のホームページをいくつか見てみると、そこに掲載されているそれぞれの高校の教育課程表には、「地学」はもちろん、「地学基礎」さえ全く記載がない学校が少なくない。つまり、理系の生徒も文系の生徒も、「地学」も「地学基礎」も必修になっていないだけでなく、選択科目の中にも入っておらず、地学分野を全く学ぶことができないのである。このような高校では、文系の生徒も、センター試験では、理系の生徒が「地学」以外の3科目から2科目を選択するのと同じように、「地学基礎」以外の3科目から2科目を選択するように強いているのである。地学教育を受ける権利を保障せよ このように、関東大震災を経験し、豪雨や積雪にも弱いとされている大都市の東京都立高校でさえ、地学は空洞化に向かっているのだ。 東京都だけではない。筆者の暮らす京都府南部の府立高校のホームページをいくつか見ても、全く地学も地学基礎を学ぶことができない(選択科目としても設定されていない)ところが多い。京都府南部は、日本で初めて「集中豪雨」という言葉が使われるような災害を起こした地域だが、そのような地域の住民が、さらに地学を学んだことがない者ばかりになりつつあるのである。 教員免許の種類は、「中学理科」「高校理科」しかなく、物理・化学・生物・地学に分かれているわけではない。つまり、理科の教員は全員が物・化・生・地の全てが教えられる、ということが建前だ。しかし、現実には、各高校には、地学を学んだことがない、したがって地学教えるのが苦手だ、という教員ばかりのところがあり、そのような学校では、地学を選択することさえできない教育課程表(カリキュラム表)が作られているのだと考えられる。 世界全体のマグニチュード6以上の地震の内、20%以上が日本で発生している。日本の国土面積は世界の0.25%しかないのに、世界全体の活火山の7.1%が日本にある。台風も竜巻も、津波も高潮も洪水も、豪雨も土砂災害も、落雷もヒョウも、日本では繰り返されており、今後も必ず繰り返される。だから、防災は不可能で、減災という言葉に置き換えられている。 だから、日本は、高校で地学を学ぶ率が世界一であるべきだし、地学教育の普及で世界の見本になるくらいの気概を持つべきだ。 「大津波が押し寄せる地域の学校の教員の中に、地学を学んだ者がもう少しいれば…」「もし、地域の住民や、家族の中に地学を学んだ人がいたとすれば…」せめて命だけは守れたのではないか、こんなに多くの人命を失わずに済んだのではないか、と考えられる事例は今も多い。それぞれの災害に直面する場面で、もう少し、よりよい判断と行動ができていた可能性は高いのである。追悼行事「1・17のつどい」で分灯された竹灯籠前で黙禱する参加者ら=2018年1月17日午後5時46分、兵庫県神戸市(竹川禎一郎撮影) あの阪神大震災からもうすぐ20年になる。 日本の未来のためには、防災教育を、内閣府や地方自治体の防災担当課に任せるだけではなく、文部科学省や教育委員会が、空洞化した地学教育に中身を入れていくことが、欠かせない。 まずは、全ての高等学校のカリキュラム表を調査し、全く地学分野を学ぶことができない学校には、せめて「地学基礎」が選択できるようにすることを急ぐべきではないか。そのための体制の整備が、教育行政の責務だと考える。かつむら・ひさし 高等学校地学教諭、元厚生労働省医療安全対策検討WG委員。1961年生まれ。京都教育大学理学科卒業。高等学校地学教諭。1990年、陣痛促進剤による被害で長女を失い、医療事故や薬害などの市民運動に取り組む。厚生労働省の中央社会保険医療協議会や日本医療機能評価機構の産科医療補償制度再発防止委員会などの委員を歴任。2015年8月より群馬大学附属病院で腹腔鏡等で死亡事故が相次いだ事件の医療事故調査委員に就任。著書に『ぼくの星の王子さまへ』(幻冬舎文庫)、共著書に『どうなる!どうする?医療事故調査制度』(さいろ社)など。

















































