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    東日本大震災10年目の述懐

    東日本大震災は発生から10年の節目を迎えた。あの日、われわれは成す術もなく自然の猛威を改めて実感し、原発事故を含め「想定外」として受け入れるしかなかった。ただ、無力さの中で何ができるかの議論は進んでいる。当時、政府や自衛隊、同盟国として関わった3識者が、10年を経た万感の思いとともに、防災対策の真の在り方を問う。

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    「歴史法廷で罪を告白」細野豪志、原発事故10年目の覚悟

    故郷への思いを残していたとしても、これから住民として戻ってくることは考えにくい。やがては震災・原子力災害対応の予算も減少し、地元自治体の自立的な財政運営が求められる時代が来る。 積み重ねてきた歴史を大切にしながら、以前の街を取り戻すという発想ではなく、新たなまちのかたちを明確にしていくことが求められる。次の10年は、浜通りで始まっているイノベーションコースト構想や中間貯蔵施設の将来構想に地元の企業の参加を募り、具体的なプロジェクトを推進することで自立的な地域づくりを目指すべきだ。帰還困難区域への立ち入り規制が緩和され、ゲートを開放する警備員=2021年3月8日、福島県大熊町 「いちえふ」にたまり続ける処理水、福島県内で学齢期の若者については、悉皆(しっかい)検査に近い形で行われている甲状腺検査など、10年が経過する中で決断が求められている問題は他にもある。新型コロナウイルスで社会が騒然とする中で、今こそ福島を国民に問うべきだと信じ、拙著を世に送り出すことにした。一つでも福島のためにできることを見つけてくだされば望外の喜びである。

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    「空気の支配」で科学の敗北に甘んじた原発事故が問うもの

    だが、空気の支配に流されれば、その代償は大きい。 震災から10年。そしてコロナ禍という新たな未曾有の災害の中で、われわれは「空気の支配」「科学の軽視」という過ちを、今後も繰り返さないと言えるだろうか。

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    「トモダチ作戦」は最大の備え、米軍との関係構築が災害大国を救う

    ないようにするためだ。 震災が起きるちょうど5年前の2006年3月から、私はすでに、日本の大規模自然災害時における米軍活用に関する提言書を共同で執筆し、発表していたが、残念ながら当時はその提言が顧みられることはなかった。 だが、東日本大震災のとき、私は仙台市の陸上自衛隊東北方面隊総監部がある仙台駐屯地で米海兵隊・在日米軍前方司令部の政治顧問として働き、改めてこの提言を国内外の新聞で発表した。   この提言書には、私が神戸大大学院生の頃、ボランティアとして阪神淡路大震災(1995年)に携わった個人的な経験と、ハワイの米海兵隊太平洋軍初代客員研究員としてスマトラ地震と津波への早期対応の立案に携わった経験、そして10年間の研究活動に基づいて執筆したものだ。 東日本大震災においては、米軍が日本の災害に対応する上で必要だと証明はされた。しかし、それまでは在日米軍が自衛隊を除く国の機関や地方自治体レベルでの協力が、政治的な理由で事前調整および協力支援が妨げられていた。 もっとも興味深いことに、この震災によってかつてないほど米軍と自衛隊間の緊密な関係もまた進展した。陸海空のそれぞれの自衛隊と米軍とで、かつて存在していなかったほどの統合運用の気概が醸成(時には強制)されたのだ。 提言書では、以下に述べる内容が重要だ。それは災害時には最も被害を受けるだろう地域が、災害前から在日米軍との事前の連携を訴えているケースをくみ取り、現実的な政策に落とし込むことだ。 互いを知り、互いのコミュニティー(米軍の場合は基地や部隊)を訪問し、双方の強みや弱み、懸念や疑問を発見する必要性をこの提言書では強調している。「トモダチ作戦」を終え、島を離れる前に上陸用舟艇(LCU)に乗り込む米軍海兵隊隊員らに握手を求める住民ら=2011年4月6日、宮城・気仙沼市大島(大西史朗撮影) もちろん、米軍は適切な公式ルートを通じて依頼されれば救援活動や支援を行う。一方で地方自治体の首長たちやカウンターパートとの協力関係を持ち、相互の信頼関係が確立されていれば、より効果的な対応が可能となる。 日本が今後直面するであろう潜在的災害地域には、沿岸部や山間部の孤立した地域が数多くある。そのため自衛隊や地方自治体が今後、トモダチ作戦のような共同運用をするには事前に在日米軍との連携が必要不可欠だ。広がる自治体連携 さらに言えば、日本の国防を第一に担う自衛隊は11年の災害対応でもそうだったが、予備役が招集されても同時に複数地域へ出動可能な数的余裕はない。 もちろん、災害支援には政府関係者を含め警察や消防、ボランティア、国内外のNPO(非営利団体)やNGO(非政府団体)、民間企業などさまざまな人々が関与する。 それぞれに欠かせない役割があるとはいえ、最初の段階で最も重要な役割を果たすのは軍事的組織が有する、迅速かつ大規模な対応能力であり、上記の組織が取って代わることはできない。この詳細については、拙著『トモダチ作戦 気仙沼大島と米軍海兵隊の奇跡の“絆”』を参照されたい。 端的に言えば、東日本大震災が良い例だが日本に駐留する在日米軍であれば、大規模災害時における自衛隊の能力を補填および支援する役割が果たせる。 現状、静岡県から果ては九州の宮崎県までの沿岸地域に被害を与えるとされる南海トラフ地震のシナリオでは、津波に襲われた後の空港の滑走路で自治体と米軍が名刺交換をするのでは手遅れだ。だからこそ、事前に協議を通じて取り決めをしておくことが肝要である。 06年に私が上記の提言をした際は、残念ながら顧みられることがなかったものの、11年以降は私が沖縄県の政務外交部次長を務めていた際に米海兵隊との間で、静岡県や愛知県、高知県をはじめ南海トラフの影響を受ける地域において、さまざまな関係者や組織団体との関係を築くことができている。 そもそも次の大規模災害は、いつ発生するかは分からない。だからこそ、こうした関係を広げ、発展していくために一日一日を大切にしなければならないが、時の経過、特に被災地の復旧・復興が進むにつれて、日本では災害への緊張感が薄くなったと感じている。まだまだ行わなければならないことはたくさんある。この部分の詳細については、拙著『次の大震災に備えるために―アメリカ海兵隊の「トモダチ作戦」経験者たちが提言する軍民協力の新しいあり方』を参照してほしい。 多くの人は、大規模災害が自分の地域で発生しなければ問題ないと思うかもしれないが、それは違う。震災などの影響は、直接的そして間接的に及ぶということを理解しなければならない。決して人ごとではないのだ。 言うまでもないが、大規模災害は経済的な影響が大きく、国内のサプライチェーンや生産、流通、販売などが寸断もしくは中断される可能性が高く、商品などのコストの上昇が考えられる。 首都直下型地震や東南海地震の場合は、被害が特に深刻になるだろうし、被災地の復興のための増税もあり得る。また、人的被害も深刻になるだろう。震災に家族や親戚、友人や同僚が巻き込まれる可能性もある。被災した青井阿蘇神社の前で、集められたごみなどを撤去する自衛隊員=2020年7月、熊本県人吉市 ほかにも避難者など国内難民の問題も考えられる。日本一の人口を抱える東京に関しても例外ではなく、首都直下型地震が起きれば、コロナ禍を機に増え続ける郊外への人口流出傾向は加速するだろう。 東京都は人口密度が非常に高いうえ、人口自体も日本最大の1千万人を超える。食糧やインフラコストの維持が莫大であるため、支援が行き渡る可能性が低く、避難者や難民が大勢生まれるのは容易に予想できる。複合的災害に備える 南海トラフ地震では、12年に公表された内閣府の防災会議にて最大32万人が犠牲になると報告されている。その後より少ない数に修正されたものの、最悪の最悪を想定しておくべきであることは、まさに10年前の教訓である。いずれにしても、恐らく最大でその5倍近くの避難者ないし移住者が発生すると考えられる。 一度津波被害が発生すれば、住宅に住めなくなったり、低い地形の地域にこれ以上住めば危険であることが認識されるからだ。政府としても、すぐには150万人規模の仮設住宅は作れない。 そのため私の提言では、あらかじめ被害が少ないであろう内陸地域や都市郊外での空き家や地域住宅の活用を提案している。これによって「空き家問題」と「大災害の支援」両方の対応ができ、一石二鳥だ。災害後の対応の素早さは、災害前の準備次第である。 また、昨今の自然災害は、複雑かつ複合化している。例えば東日本大震災は、巨大地震によって引き起こされた広域にわたる津波と、それによる原発事故があった。 地震と津波、原発被害という3つの深刻な災害が起きたが、それに加えて3月の東北には耐え難い寒さと雪もあった。16年4月の熊本地震では、大きな地震の後にとてつもない本震に見舞われた。2度の地震の後者を本震と呼ぶようになったが、当時はみなその地震の揺れと被害に衝撃を受けた。 なお、私が東海地方の大学に招聘(しょうへい)されて行った授業では、自分たちが住む東海地方に東海地震および津波が発生したという想定で、どう対応すべきかとの課題を与えた。そして進行中に突如、震災2日後に伊勢湾台風並みの台風が接近していると参加者に伝え、救援活動のシナリオをさらに複雑化させた。 季節にもよるが、地震と津波に加え台風の接近もあり得る。これまでの防災訓練では、そうした複合的視点は盛り込んでいない。だが、現実を考えれば台風のほうが地震より発生機会は多いのだから、地震と津波、台風の複合災害は想定外ではなく想定内と言えるだろう。 また、現在進行中の新型コロナも救援活動に大きな影響を与えるだろう。ボランティアが集めにくく、避難所の運用も難しくなる。昨年の熊本豪雨では、コロナ禍中での最初の大きな自然災害だったが、マスクやアルコールの手配、ソーシャルディスタンスの確保などで大変だったようだ。豪雨災害に見舞われた人吉市市街地、右は球磨川=2020年7月、熊本県人吉市(産経新聞ヘリから、彦野公太朗撮影) 以上述べてきたように、日本の防災政策にはまだまだ課題が多い。今後も、次の大震災に備えるために、緊張感を持って取り組まなければ、再び「想定外」という言い訳で責任転嫁に終始するではないかと懸念している。 東日本大震災から10年を迎え、私自身、犠牲者のことを本当に思うなら、今後犠牲者が出ないように一人ひとりがどう行動しなければならないのか、この「3月11日」が考える機会になればと思っている。

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    震災時の報道でバッシング受けた福島・双葉病院 事実無根だった

     いつの時代も政治家は失言をするもの。10年前の東日本大震災後も、政治家の失言が相次いだ。「知恵を出さないやつは助けない」(2011年7月、松本龍元復興対策担当相)、「(原発事故で)死亡者が出ている状況ではない」(2013年6月、高市早苗・元自民党政調会長)、「最後は金目」(2014年6月、石原伸晃元環境相)、「東北でよかった」(2017年4月、今村雅弘元復興相)など挙げればキリがない。 2011年9月、鉢呂吉雄経産相(当時)は福島原発周辺の自治体を「死の町」と呼び、福島第一原発視察後のオフレコ取材で「放射能つけちゃうぞ」と発言したとして、辞任に追い込まれた。 現在も立憲民主党所属の参院議員である鉢呂氏にコメントを求めたが、「今回は御遠慮したい」と断わりがあった。 政治家たちが無神経で配慮のない失言をする一方で、被災地にありながら、大きなバッシングを受けたのは福島県大熊町にある双葉病院だ。原発事故で取り残された入院患者の救助が遅れたために、約50人の患者が命を落とした。3月17日、県が入院患者の救出状況について「病院関係者は1人も残っていなかった」と置き去りにしたかのような発表を行ない、メディアがそれを一斉に報じた。 しかし、真実は違った。電気も水道もストップし、放射線量も高いなか、鈴木市郎院長をはじめ4人のスタッフは病院に留まり、看護を続けていた。震災直後から双葉病院を取材するジャーナリストの森功氏が語る。「双葉病院がある地域は現在も帰還困難地域に指定されています。病院の敷地内は無造作に木が生い茂り雑木林のようなのに、病院内はベッドや点滴台、散乱したオムツまで震災当時のまま。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 鈴木院長は2年前にがんで亡くなられたが、病院関係者は今も事実無根の報道の影響で心ない人から時折罵詈雑言を浴びている」 震災の爪痕は、かたちとして残っているものだけではない。関連記事■反原発のカリスマ・小出裕章氏 京大退職後は松本で反アベ活動■宮城県女川町の「命の防災無線」 呼び掛けた女性職員は保育士に■「原発近くの双葉病院が患者放置」は完全に誤報と院長が反論■陸前高田の“一本松” 松ぼっくりから800個の種取れ芽育つ

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    テレビ災害報道の変化 L字放送の定番化、危機感伝わる呼びかけに

    きな揺れがきています。報道カメラから伝えてもらいます」と告げ、緊急報道特番に切り替わった。「局アナは災害時の放送については日々訓練してシミュレーションしています。そうしたことから、災害時はフリーではなく局アナが伝えるという暗黙のルールがあります。 原稿もほぼマニュアル化されていて、震度、震源地、津波の有無など気象庁のデータから原発の状態など、伝えるべきことを局アナが伝える。災害など有事に備えて、局には収録予定がなくても、常にアナウンサーが待機しているようにシフトが組まれています。 もちろん、災害時に待機していた局アナによって向き不向きの実力差は出てしまいますが……」(前出・ディレクター) 今回の地震では、午前5時からのニュースに登場したNHKの糸井羊司アナが「ほとんど眠れなかった方、早く目覚めてしまった方、ともにお疲れのことと思います」「できるだけ安全な場所で少し目を閉じながらでもかまいませんので、最新の情報をお聞きいただければと思います」と優しく視聴者に語りかけたことが話題になった。NHK記者が言う。「アナウンサーは『命を守る呼びかけ』に取り組んでいますが、2016年の熊本地震や西日本豪雨なども経て、時には自分の言葉で語りかけたり励ますことも必要だとしています。これまで目立たなかったNHKアナが災害時に実力を発揮してSNSなどで注目を集めることが増えています」 テレビの緊急地震速報では赤や黄色の切迫感のあるテロップが使われるようになり、画面の左側や下部に情報が流れる“L字放送”が定番になった。「特にNHKはL字放送を年々強化させていて、地震の速報だけでなく、避難所情報からガスが止まった場合の連絡先や、断水した場合の給水所の場所など多岐にわたって生活情報を流すようにしています。高齢者やスマホを使いこなせない人にとっての一番の情報源はテレビという意識です。 NHKは地震などで交通機関が麻痺することも想定して、年に一度、徒歩か自転車で自宅から出局するまでの経路や所要時間を確認して報告するという訓練もしています」(同前) 日テレで長くディレクターを務めた上智大学文学部新聞学科の水島宏明教授が言う。「3.11の津波速報はあまり緊迫感がなく、危機感が伝わりにくかったという反省があって、以降はNHKが率先して危機感が伝わるような報じ方を心がけ、民放も追随しています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 今回の地震では津波がなかったために落ち着いた報道でしたが、津波警報が出た場合は、リアルタイムで津波が来る時間や波の高さ、また、それが終わってからもしばらくの間沿岸部を中継で流すといった決まり事があります」 災害予測技術の進化を知ることは、その情報の重要性を理解し、命を守る正しい行動へとつながるはずだ。関連記事■緊急地震速報の精度向上 なぜ「揺れる前」に震度を弾き出せるのか■「地盤カルテ」 住所入力だけで地盤の強さを点数評価■相模川でアユが大量発生 地元住民が気味悪がる言い伝え存在■地震への備えを訴えてこられた雅子さま 8億円改修新居の耐震も万全■AI地震予測が指摘 北海道や信越地方など、警戒すべき5つのゾーン

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    茨城「遊漁船」転覆、苦境とブラック仕事で陥る負のスパイラル

    平野和之(経済評論家) 11月28日早朝、茨城県の鹿島港の港口付近で、釣り客らを乗せた同県鹿嶋市の遊漁船「第5不動丸」(4・95トン)と広島市の貨物船「はやと」(498トン)が衝突した。この事故で、不動丸が転覆、乗客乗員12人が海に転落し、全員救助されたものの、乗客の男性1人が搬送先の病院で死亡、多数が重軽傷を負う惨事となった。 鹿島海上保安署は業務上過失往来危険と業務上過失致死傷の疑いで、両船の船長を逮捕(12月1日にいずれも釈放)したが、今回の事故について、船舶関係に詳しい人々は、釣り客に犠牲者が出たことに「前代未聞だ」と口をそろえる。 筆者は経済評論家だが、釣り好きで「釣り評論家」とも揶揄(やゆ)される中で、実際に不動丸を利用していたことから、本稿では遊漁船などを含めた船の運航に関する現状や対策を考えてみたい。 筆者は基本、アユ釣りを中心に渓流釣りを主としていたが、3年ほど前からアユ釣り師匠の勧めでヒラメ釣りを始めたことから不動丸を利用するようになった。不動丸の方々は、とても親切で、ヒラメ釣りを始めたばかりの筆者もいろいろと教えてもらい、すぐに10尾ほど釣れるようになった。 その一方で、よからぬ噂も耳にするようになった。これまでにも整備不良による火災など、5年間に3度も事故を起こしているというのだ。そして、遊漁船の事故は、死者が出ないケースであっても、その要因の多くは、整備不良の他に、前方不注視や居眠りだという。  そもそも、釣り業界は、昨今の新型コロナ禍によって活況を極めている。ただ、大半は岸などからの釣りのため、儲かっているのは、釣り具チェーン店とエサの販売業者だ。活況といっても、バカ騒ぎしたりゴミを捨てたり、一部のマナーの悪い釣り客らが増え、釣りを禁止にする区域も増えている。 また、船を利用する本格的な高級魚釣りや磯釣りなどをする人は減少傾向にあり、遊漁船運航会社の廃業が相次いでいるのも現状だ。特に、古い船や小型船は維持管理費、更新費の負担が大きく持続は難しい。 その一方で、シャワー付きトイレが完備されているような大型船の中には、価格が1億円するものもあるが、人気が高い。こうした二極化が進む中で、今回事故が起きた鹿島港の遊漁船はどちらの部類に入るか微妙だ。 鹿島港のメインはヒラメだが、シーズンは11月に一部解禁となり、12月に全面解禁となる。そして3月に禁漁になるため、漁期が短い。例年1月になると釣り客は減り、夏は閑散期だ。 このため、鹿島港の船は大型が比較的少なく、5千万~7千万円ぐらいの船を比較的長く使う傾向がある。通常の遊漁船は、購入費用の回収に2~3年かかるが、儲からなければ、いろいろコストカットするようになる。事故で転覆し、引き揚げられた遊漁船「第5不動丸」=2020年11月29日、茨城県神栖市 また、厳しい環境に置かれているのは船の運航スタッフらだ。基本は売上歩合制で、タクシー運転手と同様である。おおむね、船長で1万5千円前後、中乗りで日当1万円前後だ。 労働時間を見ても厳しい。たとえば、午前5時半の出船の場合事前準備などで午前4時ごろに事実上仕事が始まり、正午に帰港しても整備や清掃などで午後2時ぐらいまでかかる。深刻な人手不足 時給換算でいえば、船長で派遣社員クラス、中乗りは最低賃金。しかも休日は週1日あるかないかが現状で、風が強かったり、予約がなかったりしないかぎり毎日だ。逆に、台風などで1週間も運航できないこともあり、その場合はもちろん収入はゼロで、不安定極まりない。 運航が続けば疲労がたまり、居眠りを招く。さらに、整備も手抜きなどが横行することになる。遊漁船に限らず、物流インフラでこうした境遇になれば、どこでも同様の問題が起こり得るので、管理体制の仕組みは見直す必要があるだろう。 そして、船業界にあるもう1つの課題が人手不足である。このブラックともいえる労働環境や、常に命がけの仕事だけに、船長のなり手が少ない。今回事故を起こした不動丸の船長も新人で、11月1日が初乗りだったという。 一般的に、船釣りは、技術は二の次で、1に船頭、2に船位置、3に潮、あとは運といわれる。これだけで、大量、大型確率の8割は決まる。もちろん、テクニカルな釣りで差が出るものはあるが、今回の事故で逮捕された不動丸の船長の評価はあまり良くなかった。新人を教育する余裕はなかったのだろう。 もう1つの懸念は、ほかの運航会社から、「釣果を出させるために全速力、危険なところにも行く」と、指摘されていたことだ。こうした現状から、遊漁船に対する規制の見直しは以下の3点に集約されると考える。・居眠り対策及び前方不注視対策・整備不良対策・研修、管理対策 まず、居眠り対策については、バス事業者は2012年に起きた関越道での事故以降、長距離は2人体制に規定され、仮眠室設置が義務化された。船の運航についても同様のことが求められる可能性がある。 しかし、船長の質の低下で遊漁の捕獲量が減り、釣り業界が全体として下火になっていくリスクが想定される。基本的には、予備ドライバー制度であってほしいと思う。そして研修、管理については、新規採用後、3~6カ月程度は、見習い期間とするなど、船長の即スタートはやめるべきだろう。 なお、この手の事故の場合、これまでも船長が逮捕、というケースでトカゲのしっぽ切りで終わるケースが多かった。ただ、今回は釣り客に死者が出たことで、業務上過失致死容疑が視野に入るだけに、船長だけの責任ではなく、運航会社の責任を明確にする法改正をすべきだ。 今回の事故で、死傷者が出たことは大変痛ましいが、救命具装着を義務付けた法整備があったおかげで、水難による被害はなかった。死傷者はいずれも衝突によるものだ。これがなければ被害はもっと大きくなっていただろう。貨物船と衝突し転覆した遊漁船「第5不動丸」=2020年11月28日、茨城県の鹿島港 ちなみに、事故当日、筆者も乗船する計画があっただけに、明日はわが身と改めて気の引き締まる思いがした。今回も他の船が救助などに関わったが、こうした事故を起こせば多大な迷惑をかけるという意識が不動丸の運航会社や船長に欠落していたと言わざるを得ない。もちろん、事故原因は貨物船側にもあったとみられ、それは今後の捜査で明らかになるだろう。 ただ、苦境の中でも高い安全意識を持った運航会社はたくさんある。改めて今回の事故で亡くなった方の冥福を祈るが、一部の意識の低い運航会社や船長が起こした事故によって、遊漁船を利用した釣りの規制などが強化されることがないようにしてもらいたい。

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    「数十年に1度」異常災害が毎年刻むローカル鉄道のカウントダウン

    橋桁は完成までに1年ほど要するので、施工期間を含めると復旧は少なくとも1年以上先となるのだ。 近年、災害によって鉄道が被害を受け、長期間不通となる事例が相次いでいる。2019年10月の台風19号ではJR東日本の水郡(すいぐん)線や阿武隈急行の阿武隈急行線、上田電鉄の別所線ではいまだに列車の運転が再開されていない。 それ以前の災害によっていまだに不通となっている路線も存在する。2016年に不通となったJR北海道の根室線、日高線(2015年)、JR東日本の只見線(2011年)、JR九州の日田彦山線(2017年)、南阿蘇鉄道の高森線(2016年)だ。豪雨で流失したJR久大線の橋=2020年7月、大分県九重町(JR九州提供) このように、いまや全国のどこかで自然災害によって鉄道が不通となっているのは当たり前となった。 理由は大きく分けて3点挙げられる。気象の変化によるもの、鉄道自体の有り様の変化によるもの、線路や施設の老朽化の進行によるものだ。復旧を遅らせる「時間」 最初の理由について詳細な説明は不要であろう。近年は異常気象が通常の気象と言ってもよい状況で、「観測史上1位の○○」と発表されても特段驚かなくなってしまった。鉄道に限らず、インフラというものは過去の気象データをもとに余裕を持たせて築かれているものだが、近年の自然災害は想定を上回る規模となってしまったのだ。 二つ目の理由は社会における鉄道の地位の変貌(へんぼう)を如実に物語る。かつては鉄道は陸上第一の交通機関であったが、旅客輸送、貨物輸送ともその地位を自動車に譲って久しい。同時に日本国有鉄道(国鉄)という全国的な鉄道事業者が消滅した結果、被災した地域を中心に一丸となって復旧する姿勢も失われたのだ。 橋梁が流失した場合、橋桁の完成を待つために長期にわたって不通になると先に述べた。だが、同様の事態が発生した際には国鉄時代には重要度の高い路線ではできる限り復旧を急ぐ方策がとられている。 その一例として、1978年5月18日に発生した地滑りで不通となった信越線の妙高高原-関山間(現えちごときめき鉄道妙高はねうまライン)で橋梁を架けて復旧した様子を挙げておこう。国鉄は大船渡線に架設寸前であった橋桁を信越線に転用して工期の短縮を図り、結果的に同年9月6日に列車の運転が再開された。 しかしながら、一つ目、二つ目を上回る理由こそが三つ目である。国鉄の分割民営化が断行された1987年から今年で33年が経過した。その間に線路や施設の老朽化は否応なく進んでいるのだ。 2020年7月の豪雨で今も不通となっている区間の開業時期を見てもよく分かる。最も新しい飯田線でも1936年12月30日で84年前、最も古い肥薩線ともなると1908年6月8日で112年前となる。 誤解がないように申し上げたいのだが、開業が古いからといって即危険というわけではない。各社とも国の基準に従って線路や施設のメンテナンスを行っているし、台風などの接近が予想される際には警戒態勢を敷いて巡回の頻度を高めている。 しかし、懸命なメンテナンスも巡回も、処置できるのは大多数が目に見える部分で、線路や施設も地面に隠れている基礎部分は多くは老朽化に任せるほかない。国鉄の分割民営化で発足したJRグループの出発セレモニー=1987年4月 老朽化の進行が鉄道会社各社の負担を増やしていると思われる事例を紹介しよう。線路1キロ当たりの保守費用を2002年度と17年度とで比べてみると、JR、私鉄とも大幅に増加している。 具体的には、JRが4億2423万円から1・1倍の4億6998万円、私鉄は1億5112億円から1・2倍の1億8776億円にそれぞれ増えた。特に私鉄のうち、中小私鉄は1659万円から3647万円と2・2倍の増加となった。示される「選択肢」 線路1キロ当たりの保守費用が増えた理由の一つは、線路の保守費用を節約しすぎた結果、JR北海道で2013年ごろに頻発した列車脱線事故の教訓を受けてのものだ。けれども、老朽化の進行に伴って、年々維持に手間と費用がかかるようになったという側面もやはり大きいと思われる。 とはいっても、既存の路線を新線に置き換えるのは非常に難しい。香川県の多度津と高知県の窪川を結び、都市間交通を担うJR四国の土讃(どさん)線の例を見てもよく分かる。 土讃線は国鉄時代に急流の吉野川や穴内川(あなないがわ)に沿って走る琴平-土佐山田間で何度も地滑りや土砂崩壊の被害に遭い、「土惨線」とさえ言われていた。戦後、実に7カ所でルートが変更されて新線へと切り替えられ、今でも警戒は必要なものの、始終災害で不通となる路線からは脱している。 とはいえ、当時の国鉄にとっても金銭面での負担は大きかった。7カ所のうち、1966~86年に実施された3区間のルート変更の際に築いたトンネルや橋梁、合わせて13・6キロ分だけで約65億円、1キロ当たり約4億8千万円の工事費となった。 現在の貨幣価値で計算しようとすると、置き換え施工時期が約20年の長期にわたっているため、換算しづらい。当時と比べて、現在は1・2倍程度に上昇していると考えても、1キロ当たり約5億7千万円になる。 他にも費用はかかるので、結局1キロ当たりの工事費は10億円ほどと見ておかなくてはならない。元来、収支状況の厳しいJRの地方交通線や中小私鉄、第三セクター鉄道にとって、これだけの金額を負担できるところはそう多くはないであろう。 自然災害の被害に遭うと言っても、土讃線のようにほぼ毎年という路線はそう多くはない。となると、現状を維持したまま線路や施設を使用し続ける方が現実的な方策であろうが、いずれは老朽化の進行で立ちゆかなくなる。線路や施設の寿命は永遠ではないから、21世紀後半以降も使い続けるのであれば、新規の線路や施設への置き換えは避けられない。 そのとき、鉄道会社には二つの選択肢が与えられる。一つは新しくするか、そしてもう一つは放棄して廃線にするかだ。観光列車が走るJR土讃線(JR四国提供) これまでとかくローカル線というと、どちらでもなく、これまで通りの状態で営業を続ける方策が選ばれていた。しかし、各地の路線が開業から軒並み120年以上経過するころにはそのような選択肢はもう残されていない。 線路や施設の基礎部分の老朽化に伴って、今までよりも少ない降雨量や風速で列車を運休させざるを得なくなるのはまだよい方だ。今後は梅雨のような長雨の時期には大事を取って長期運休といった路線も現れるかもしれない。 新線に置き換えるとして、それでは誰がその工事費を負担するのか。鉄道会社か、国か沿線の自治体か、受益者である利用者か—。今回はここまでは踏み込まず、これから本格的に訪れるであろう大災害時代に予測される鉄道の姿の提示にとどめておきたい。

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    治水に人知を尽くした武田信玄が刻む「戦国最強」への第一歩

    小和田哲男(静岡大名誉教授) 戦国武将で、後世、「治水名人」として知られたのが武田信玄と加藤清正である。2人とも「土木の神様」などと呼ばれ、「信玄堤」「清正堤」として、その治水事業が語り伝えられている。本稿では、武田信玄の治水について見ていくことにしたい。 信玄の領国である甲斐国には笛吹(ふえふき)川と釜無(かまなし)川が流れ、それが合流して富士川となって、駿河湾に流れ込んでいる。ところが、この二つの川は、源流から盆地部分までの距離が短いこともあって、少しまとまった雨が降るとすぐ洪水を引き起こしていたのである。 信玄の父、信虎の時代は、そうした自然条件を克服することができず、水害被害で国が疲弊していったのである。結局、そうした信虎に代わり、いわゆる「信玄のクーデター」によって父を駿河に追放し、武田家の家督を継いだ信玄は、国内の安定のため、本格的な治水工事に取り組むことになった。むしろ、取り組まざるをえなかった、と言うべきかもしれない。 現在、信玄堤の名で知られている堤防は、笛吹川の万力堤と近津(ちかづ)堤、釜無川の竜王堤などがある。もっとも、実際には信玄が直接手がけたものではないが、いわゆる「信玄流法」になる堤防も合わせれば、かなりの数になる。 では、信玄が得意とした「信玄流川除法(かわよけほう)」とはどのようなものだったのだろうか。ここでは、最も分かりやすい釜無川の竜王堤を具体例として取り上げ、信玄の治水の実際を追いかけてみたい。 竜王堤は釜無川の東岸に築かれた。今でも堤防はあるが、信玄の時代から何度も改修されているので、当時のままでないことはいうまでもない。ただ、場所そのものには変化がなく、技術的な特徴を追いかけることは可能である。JR甲府駅前の武田信玄像=2008年12月(吉沢良太撮影) 釜無川の水源地は鋸岳(のこぎりだけ)で、甲信国境から南に流れ、いくつかの支流を合わせて次第に水量を増し、甲府盆地へ流れ込んでいる。その支流の一つが御勅使(みだい)川だった。 この御勅使川、現在はこの字が書かれているが、本来は、「みだれがわ」あるいは「みだしがわ」だったのではないかといわれている。「みだれがわ」だと乱川、「みだしがわ」だと水出川で、いずれにしても洪水の元凶といったイメージがあり、御勅使川という字にしたという。実際、釜無川本流と御勅使川の合流地点が洪水常襲地帯となっていたのである。 信玄の治水術で特筆されることの一つは、この御勅使川の流路変更だ。御勅使川が釜無川に合流する少し手前で、川を二つに分流させているのである。堤で見せた信玄の治水思想 「将棋頭」という石堤を築き、水流を南北二つに分け、新御勅使川という流れを作り、その新御勅使川を釜無川に合流させているわけであるが、そこは高岩と呼ばれる崖が連続するところで、そのまま洪水になるようなところではなかった。しかも、そこに「十六石」という巨石を置き、御勅使川の流れを弱める工夫もなされていた。 そしてもう一つ、信玄の工夫として特筆されるのが堤防部分だった。普通、堤防というと、川の水が土手を越えないように高さを保ちながら連続して築かれる。水量が多く、水が堤防の高さを越えそうになれば、堤防をますます高くするというのが一般的である。2019年の台風19号で石積みの一部が陥没した国指定史跡の御勅使川旧堤防=山梨県南アルプス市有野(市教委提供)  ところが、信玄堤は原理からいって違っていた。堤防を一直線ではなく、断続的に築いていったのである。 こうすることによって、大水のときには堤防と堤防の間からあふれた水が堤防背後の遊水地に流れ込む仕組み流れになっていた。つまり、川の水を押さえ込むのではなく、爆発的にあふれ出るのを緩和しようというのが、そもそもの発想だったのである。 こうして、新しい御勅使川と釜無川が合流する高岩付近から下流にかけて、およそ1800メートルの長さの断続的な堤防を築いた。その堤防には竹木を植え、簡単には崩れないようにしていた。 しかも、注目されるのは、堤防上のところどころに神社を祀っているのである。村人たちが神社に参詣することを計算し、人々が土手の上を歩くことによって、堤防そのものが踏み固められるという効果も狙っていたことになる。 この不連続の断続的な堤防を「霞堤(かすみてい)」といっている。これが「信玄流川除法」の特徴で、適当な角度をつけて雁行状に築かれ、これによって水勢を弱める効果もあった。信玄堤(竜王堤)概念図 信玄が父、信虎を駿河に逐(お)って家督を継いだのが、天文10(1541)年6月のことだが、竜王堤の工事に取りかかったのが翌11年のことといわれている。信玄にとって、治水は喫緊の課題だったことが窺(うかが)われる。 そして、竜王堤の場合、完成したのは弘治年間(1555~58)といわれている。いかに大規模な工事だったかが分かる。 こうした大規模工事は、小規模な国人領主や土豪の力では無理である。武田家のような大きな力を持った戦国大名権力の登場によって初めて可能となったわけで、信玄堤はそのことを端的に示したといえる。

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    コロナや災害支援、広がる自衛隊活用で忘れてはならない本分

    だったのか。何か違う」と考えるからだ。 自衛隊の本来の任務が国防にあることは言うまでもない。そして、災害派遣やその他の任務と国防のバランスに関しては、それこそが国会で議題にすべきテーマである。憲法改正の前に、もっと具体的な議論が必要だ。陸上自衛隊の隊員に訓示する河野防衛相=2020年3月、さいたま市の陸自大宮駐屯地 米軍の場合、各州が州兵を持っている。そのためハリケーン「カトリーナ」のような大規模災害時や、塩素など危険物を満載した貨物列車の脱線事故のようなCBRN(化学:Chemical、生物:Biological、放射性物質:Radiological、核:Nuclear)事態では、まず州兵部隊を動かすことができる。 一方、米国の本土の内側で正規軍を動かすことは極めてハードルが高い。まさに、「ルビコン川を渡る」という状況のときに限られてくる。任務が増える自衛隊 日本の場合、陸自はこの州兵と正規軍の両方の役割をほぼ同時に求められることが多い。例えば、化学科部隊の場合、米国のWMD(Weapons of mass destruction、大量破壊兵器)-CST(Civil Suport Team、市民支援チーム)が担っているような化学災害やバイオテロへの対応を平時から役割として果たしている。 だが、南西方面での作戦においては、CBRNにおける検知などの情報収集、防護活動、除染、救護までカバーする。これだけの活動を、わずかオスプレイ1機分(約100億円)にも満たない予算枠の中で遂行しているのである。そのあたりの苦労と特殊性は、ぜひ多くの国民にも知っていただきたいところだ。 ゆえに近年の何でも自衛隊に支援を求める傾向について、私は少々危惧している。最近、日本各地で豪雨や台風による被害が相次いでいる。昨年の台風で千葉県内の家屋の屋根が吹き飛ばされる被害があったが、屋根にブルーシートをかける作業に、陸自の隊員が携わっているニュースを見て心底驚いた。  被害は大変ひどいものだったことは承知しているが、そこに自衛隊員を出すことは、以下の災害派遣の3要件に照らしてどうなのだろうか。・公共性(公共の秩序を維持するため、人命または財産を社会的に保護しなければならない必要性があること)・緊急性(差し迫った必要性があること)・非代替性(自衛隊の部隊が派遣される以外に他の適切な手段がないこと) 千葉県の被災家屋の支援にあたっていたのは、普通科連隊のレンジャー隊員の可能性がある。レンジャー隊員であれば「屋根から落ちなくてすごいですね」と褒められてもあまりうれしくはないだろう。今回の衛生部隊も同じかもしれない。 いずれにせよ、わが国周辺の安全保障環境を考えると、自衛隊に米軍の州兵的な役割を相次いで依頼することに疑問を覚える。特に新型コロナの発生源である中国は、尖閣を含むわが国周辺で、軍事力を含む圧力を高めているのが現実だ。 先の大戦中、旧日本陸軍は、インパールにおいて兵站(へいたん)のない中で奮戦した。そして多くの兵士が飢え死にした。その教訓は今に生きているのだろうか。自衛隊は、任務であればそれを愚直に完遂するのみである。 そこに国民や政治のサポートがないなどとは言わない。「陸自幹部はやせ我慢」だと陸上自衛隊幹部候補生学校(福岡県久留米市)で教え込まれた記憶がある。台風被害を受けた住宅の屋根にブルーシートを張る自衛官ら=2019年9月、千葉県鋸南町 今回の新型コロナ対応を通じ、自衛隊の存在は一層重要なものとなっている。一方で、自衛隊本来の目的とは異なる任務もますます増えている。そうした中で、予算と人員、装備がなければ陸自も活動することはできない。 これを契機に自衛隊や国防についての「在り方」そのものを、改めて考える必要があるのではないだろうか。

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    九州豪雨でも露見した「人的災害」の備えに残された時間が少ない理由

    中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 九州地方を中心に記録的な大雨が続いている。特に熊本県では土砂災害や河川の氾濫で、多数の死傷者や行方不明者が出ている。 また、家屋損壊や交通網の寸断により、多くの人たちが孤立してしまった。新型コロナウイルスの感染拡大がまだ十分に抑制されていない中で、避難所や仮設住宅など慣れない場所での生活を余儀なくされ、大変なストレスや健康被害をもたらす可能性も高い。 静岡大防災総合センターの牛山素行教授の分析によると、被害が特に集中した熊本県南部の球磨(くま)川流域では、「24時間降水量については、球磨川流域における最近数十年の記録の中では最大」だったという。また、大規模な浸水被害に直面している人吉市の市街地は「浸水想定区域(想定最大規模)」として洪水・土砂災害が起こりうるハザードマップ(災害予測地図)で示される区域に重なっている。 もちろん自然災害には不確定な要素が多くある。それでも、従来から災害リスクが指摘されていた地域で、甚大な被害が起きてしまったことになる。 豪雨による自然災害は近年頻繁に発生しており、日本社会が懸念する最大の課題の一つになっている。気象庁では、風雨に伴う災害予想を身近なイメージで表現している。1時間に50ミリの「非常に激しい雨」では、水しぶきで視界が悪くなるために自動車運転は危険である。 このレベルの豪雨の年間発生量を比較すると、最近10年間(2010~2019年)の平均年間発生回数、約327回は、1976年からの10年間(約226回)より約1・4倍に増加している。トレンドで見ても、ほぼ一直線で増加傾向を示しているのが実情だ。豪雨の回数が今後も増加傾向にあると見て、ほぼ間違いないだろう。球磨川(奥)の氾濫で浸水した特別養護老人ホーム「千寿園」(中央手前)。ホームの裏手には球磨川の支流「小川」が流れる=2000年7月5日、熊本県球磨村(共同通信ヘリより) 今回、甚大な被害に見舞われた地域もハザードマップに重なるところであり、かなりの確度で被害が予想できている。これらのことを考えると、事前に十分な対策が可能だと思われる。 豪雨被害への備えには「お金」の問題がカギとなる。豪雨を原因とする自然災害を予防するために、河川の護岸工事や地滑りなどを防ぐ治山事業が求められる。いわゆる「インフラ整備」が重要だ。 インフラ整備は豪雨被害だけの対策ではない。頻発する地震や酷暑でも、国民の生命と生活を守るためには実に重要になる。消極転換した「政権交代」 だが、日本では90年代からの財務省による緊縮主義が続くために、インフラ整備に十分な予算をかけずにきた。今回の豪雨被害を受けた球磨川支流に川辺川ダムの計画があった。 川辺川ダムの事業計画には関係者の利害や政府、自治体の方針などが錯綜し、まさにダム利権の温床となった側面がある。ただ治水面では、地域住民に恩恵のある点で共通の理解はあっただろう。 その恩恵の可能性を潰したのが、財務省の緊縮主義と、「コンクリートから人へ」というスローガンで世論の支持を得た民主党政権だった。川辺川ダムの計画は、鳩山由紀夫内閣で、前原誠司国土交通相が「当初の(利水、発電、治水の)三つの大きな目的のうち(利水、発電の)二つがなくなった。事業を見直すのが当たり前」と発言したことで、事実上凍結されてしまった。 この方針は、その後の民主党政権や自公政権でも続いている。その背景には、インフラ整備に対する消極姿勢が反映されていることは疑いない。 中央大の浅田統一郎教授は、90年代中ごろから政府のインフラ投資などの名目公的資本形成が急減してしまい、2010年代に入る直前にはほぼ半減してしまったことを指摘している(ケインズ学会編、平井俊顕監修『危機の中で〈ケインズ〉から学ぶ』作品社)。 特に21世紀に入って、森喜朗政権から小泉純一郎政権にかけての減少は顕著である。麻生太郎政権でリーマン・ショック対応として増加にやや転じたものの、民主党政権の誕生で再び大きく減少した。「コンクリートから人へ」の政策の転換である。これが増加するのは安倍晋三政権以降である。 林野庁の治山事業の予算を例に、具体的な数字を確認してみよう。同庁の説明によれば、この事業は「集中豪雨、流木等被害に対する山地防災力を高めるため、荒廃山地の重点的な復旧・予防対策、総合的な流木対策の強化により、事前防災・減災対策を推進」するものである。 この予算推移を確認すると、自公政権下で編成された08年度が1052億円、09年度は991億円だった。民主党政権に入って10年度からの3年間は、688億円、608億円、574億円と急減している。国交省職員に案内され、ダム予定地付近を視察する前原誠司国交相(当時)=2009年9月(矢島康弘撮影) 安倍政権の現在ではどうなっているのだろうか。18年度の当初予算額は597億円、年度内の補正予算を加えると792億円、19年度の経常予算は606億円で、そこに防災・減災、国土強靭(きょうじん)化の緊急対策枠である「臨時・特別措置」を加えると、総額で856億円となった。 今年度も、経常分に「臨時・特別措置」枠が加わって815億円で推移している。金額こそ減っているが、とりあえず拡大傾向は維持されている。「臨時措置」が消えるとき ただし、国土強靭化枠はあくまで臨時的な措置である。アベノミクスの範囲内の政策だ。 つまり、安倍政権以後も維持されるかは分からない。むしろ、経常支出だけ比較すると、民主党政権時からせいぜい微増程度にすぎず、財務省の緊縮主義にがっちり固められているといえる。 今噂されているポスト安倍の顔ぶれを見る限り、安倍首相の退任以降、この国土強靭枠はおそらく消滅してしまうだろう。 社会的に必要なインフラ整備と、景気対策としての補正予算を利用した公共事業の支出はもちろん分けられるべきだ。この理解に乏しいのが、日本のマスコミや世論、特にワイドショーに影響される「ワイドショー民」の残念な特徴である。 ただし、新型コロナ危機の下では、景気刺激策として公共事業の増額も当然求めるべきだ。もちろん、社会的に必要なものであれば、防災インフラ整備の投資もどんどん進めるべきだ。 国民の生命と生活を守れず、どこに政府の存在意義があるのだろうか。 しかし、緊縮主義の勢力は強い。日本を代表する財政学の専門家である慶應大経済学部の土居丈朗教授が、小池百合子知事の再選に終わった東京都知事選に関して、次のようにつぶやいていた。消費減税・廃止を掲げた候補者が落選したのだから、消費減税・廃止は東京都民には支持されなかったということになる。#東京都知事選 #東京都知事選挙2020 だが、東京都政の主要な論点として、消費減税や廃止が上ることはさすがになかった。土居氏の発言は、消費減税や廃止を拒否するご本人の強い意見表明かもしれない。日本の財政関係の学者に、土居氏のような見解は多いのではないか。当選確実となり、報道陣に対応する東京都の小池百合子知事=2020年7月5日、東京都新宿区(桐山弘太撮影) おそらく今後、社会的に必要なインフラ投資や、景気刺激政策を牽制(けんせい)する緊縮主義の動きが加速するだろう。だが、緊縮主義こそ国民の生命を危険にさらす最大の「人的災害」だと言わざるをえない。

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    巨大地震の前兆か?三浦半島「異臭騒動」がいまだ原因不明の怪

    高橋学(立命館大学環太平洋文明研究センター特任教授) 6月4日午後8時すぎから午後11時ごろにかけて、「異臭がする」という通報が神奈川県三浦半島の横須賀市消防局や逗子市消防本部に相次いで寄せられた。 そして「ゴムが燃えるような」「化学薬品のような」「ニンニクのような」と、その異臭の表現はさまざまで、三浦半島南部から横須賀市へと移動した。しかし、警察、消防、東京ガス、海上保安庁などが調査にあたったものの原因を特定することができず、いまだ謎のままだ。 三浦半島は東京湾の対岸の房総半島南部と並んで、明瞭な活断層の知られている地域である。しかも、東京湾口には「相模トラフ」が存在している。相模トラフでは、「北米プレート」の下にフィリピン海プレートが潜り込む場所だ。 教科書レベルの知識では、東日本では北米プレートの下に「太平洋プレート」が「日本海溝」で沈み込むとされている。 太平洋プレートの沈み込みに北米プレートが耐え切れず、活断層が活動したのが2008年の岩手・宮城内陸直下地震であった。また、太平洋プレートとの「固着域」がはがれて北米プレートが跳ね上がったのが11年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震(東日本大震災)である。 これに対して、西南日本では「フィリピン海プレート」が「ユーラシアプレート」の下に沈み込み、その圧力でユーラシアプレートの活断層が動いたのが16年の熊本地震や鳥取県中部地震、18年の大阪北部地震などである。※画像はイメージ(ゲッティイメージズ) また、ユーラシアプレートが跳ね上がると「南海トラフ地震(東海地震、東南海地震、南海地震)」になると理解されている。 しかし、実際には太平洋プレートは「伊豆・小笠原海溝」でフィリピン海プレートの下に沈み込み、フィリピン海プレートは伊豆半島より東部では相模トラフから北米プレートの下に沈み込んでいるのである。 つまり、首都圏周辺は太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレートの3枚のプレートが重なっており、地球規模で見ても極めて特異な地域だ。三浦半島と相模トラフの関連 他方、伊豆半島より西ではフィリピン海プレートはユーラシアプレートの下に沈み込んでいるが、それは四国の西側で終わるのではなく豊後水道、日向灘から琉球諸島を経て、台湾、フィリピン、インドネシアへ続くのである。フィリピン海プレートの動きが原因となる地震という点では、首都圏、南海トラフ地震、琉球トラフ地震などを区別する必要はない。 さて、19年10月12日、関東地方やその周辺の人々が「令和元年東日本台風(台風19号)」に目を奪われているとき、千葉県南東沖、深さ80キロを震源とするマグニチュード(M)5・7の地震が発生した。 この地震は、相模トラフから沈み込んだフィリピン海プレートの地震であった。その後、千葉県や茨城県で発生した地震を検討すると、茨城県北部と同県南部以南とでは異なったメカニズムで発生した地震であることが明確になってきた。 すなわち、茨城県北部では北米プレート内部で起きている地震と太平洋プレートとの境界付近で起きている2種類の地震が発生していた。これに対し、茨城県南部以南では北米プレートとフィリピン海プレートの境界付近に震源があったのである。 ところで、5月20~22日、東京湾を震源とするM2・6~3・5の地震が7回続いた。震源の深さは20~40キロであり、北米プレートとフィリピン海プレートとの境界付近が震源であった。東京湾では、北米プレートの表面近くを震源とする地震はまれに発生することがあるが、震源が深い地震が連続して発生したことはほとんどない。 また、あくまでも経験則であるが、M6・5程度以上の地震が発生する前に次のような傾向がみられている。①それまで地震があまり発生していない場所で、中規模、小規模の地震が数回以上続く(前震)②約2カ月程度の静穏な時期(静穏期)③同じ場所で中規模・小規模の地震が発生(直前震)④半日~3日後でM6・5以上の地震が発生(本震) 1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)、2004年の新潟県中越地震、11年の東日本大震災、16年の熊本地震、鳥取県中部地震などがこの経験則に当てはまった。18年の大阪北部地震はM6・1と規模が小さかったためか、この経験則はあてはまらなかった。 このような状況の中で発生したのが三浦半島の異臭騒ぎだ。三浦半島は房総半島南部と同様に、西北西-東北東方向に延びる活断層が多く知られているところだ。また、この方向は海底の相模トラフともほぼ一致している。神奈川県南東部の三浦半島(ゲッティイメージズ) 1923(大正12)年に発生した大正関東地震(関東大震災)は、相模トラフで北米プレートが跳ね上がった海溝型地震であった可能性が高い。通常、大正関東地震は東京の下町の地震というイメージが強いが、地震の揺れがひどかったのは横浜周辺や房総半島南部であった。 地震の発生が昼食直前であったために非常に大規模な火災が発生し、地震後3日間燃え続けて多くの被害者が出たのである。また当時、カメラは極めて貴重品であり、首都圏の記録が多く残されたり、田山花袋の『東京震災記』などが著されたりしたため、東京下町の地震というイメージが定着してしまった。実験でも発生した「におい」 さて、大阪市立大教授であった藤田和夫は、断層運動による近畿地方の山地の形成(六甲変動)を検討していた。藤田は花こう岩の円柱形のテストピースを使い、それに人工的に圧力をかけて破壊実験を行った。 圧力が加わるとテストピースにX字型の割れ目が入り、中央部分が膨れて外に飛び出すことを明らかにした。そのとき、破壊時に、音、におい、光、電磁波などが出た。それらは、現在、地震発生前や斜面崩壊前に確認される現象である。 そのにおいが、きなくさいような、ほこりっぽいような独特のものである。これが、今回、三浦半島で起きた異臭騒動の原因である可能性があるのだ。地震を発生させるような岩体の崩壊やプレートの固着域がはがれることは、本震が発生する前から進行する。 今回の異臭だけで、巨大地震が発生すると断定することはできないが、そのほかの状況証拠は多く見つけられている。このような異臭が房総半島南部で発生したり、三浦半島で度重なり発生したりするようであれば、極めて巨大地震に注意が必要だ。この注目していたまさにその地点である千葉県南部の館山付近で6月16日に深さ50キロ、M4・2の地震が生じたのである。 なお、最近、フィリピン海プレートとユーラシアプレートを原因とする地震が宮古島、石垣島、沖縄本島、奄美大島など琉球列島で発生。また、神奈川県、山梨県南部、静岡県、愛知県、岐阜県美濃北西部、三重県、奈良県、兵庫県などでも頻発している。 さらに、フィリピン海プレートの圧力でユーラシアプレート内部に溜まったマグマが噴出する火山活動が、諏訪之瀬島、薩摩硫黄島、口永良部島、桜島、霧島山の新燃岳と硫黄山、阿蘇山などで盛んになっている。噴煙を上げる阿蘇山=2016年4月16日、熊本県阿蘇村 これらの現象は、北米プレート同様にユーラシアプレートもフィリピン海プレートの圧力に耐えかねている証拠である。6月10日午前0時22分にも土佐湾の深さ20キロを震源としたM4・6の地震が発生した。 くり返しになるが、三浦半島の異臭の原因が分からないだけに、巨大地震の前触れとして警戒するに越したことはない。

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    大震災「想定外」にどう向き合うべきか

    未曽有の被害をもたらした東日本大震災から丸9年。想像を超える自然の猛威が残した爪痕はあまりに深く、未だ復興を実感できない被災者も多い。新型コロナウイルスも然り、予想だにできない脅威から逃れられないのは、われわれの宿命である。ならば、こうした「想定外」にどう向き合うべきなのか。

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    世界も注目「ゆっくり滑り」が教えてくれる巨大地震の現在地

    加藤愛太郎(東京大地震研究所教授) 地球の表面は十数枚のプレートと呼ばれる硬い板状の岩盤に覆われている。プレートは、地球内部で対流しているマントルの上に乗って、それぞれ異なる速さで移動している。 プレートが近づき合う境界の一つである「沈み込み帯」では、海洋プレートが大陸プレートの下に潜り込んでいる。このとき、海洋プレートと大陸プレートの境界面は摩擦によりくっつく(固着)ため、大陸プレートは海洋プレートに引きずられて沈もうとする。 一方で、大陸プレートには元に戻ろうとする力が働くため、プレート境界周辺域にひずみが蓄積する。そのひずみが限界を超えると、プレート境界で急激な滑りが発生する。こうして起こるのが、2011年の東北地方太平洋沖地震や想定されている南海トラフ沿いの巨大地震などの「プレート境界型地震」である。 また、引きずりこまれる大陸プレート内部や曲げられる海洋プレート内部でもひずみが生じるため、それを解放しようとして断層(岩盤内の割れ目)で急激な滑りが発生する。陸域の「活断層」などで滑りが生じたものが「内陸地震」と呼ばれ、1995年の兵庫県南部地震や2016年の熊本地震などが該当する。 日本列島は二つの海洋プレートが沈み込む境界域に位置するため、ひずみの蓄積スピードが速く、巨大地震を含め地震活動が世界的に見ても大変活発であり、日本全土のほとんどが地震のリスクにさらされている。世界で起きるマグニチュード(M)6以上の地震の内、約10%が日本列島で発生している。 南海トラフ沿いでは、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下に1年あたり約5センチの速度で沈み込んでいる。近年の観測・研究の進展により、急激な滑りを起こす通常の地震以外にも、「ゆっくり滑り」と呼ばれる、通常の地震に比べてプレート境界がゆっくりと滑ることでひずみを解放する現象が起きていることが、約20年前に南海トラフ沿いで発見された。 これは、兵庫県南部地震の発生を受けて全国に展開された地震・地殻変動観測網によって取得された高品質な観測データに基づく成果の一つである。通常の地震では秒速1メートル程度の速さで断層が急激に滑るのに対し、ゆっくり滑りでは、1週間かけて数センチ、あるいは1年で十数センチの速さで断層が滑る。 滑り速度に大きな違いはあるが、岩盤にたまったひずみを断層の滑りによって解放する点は通常の地震と類似している。さらに、ゆっくり滑りは国内に限らず、世界各地で起きていることも、その後の観測により明らかになった。 カナダ・米西海岸やメキシコ・チリの太平洋沿岸付近、ニュージーランド周辺など、巨大地震が起きやすい環太平洋のプレート境界周辺で報告されている。これらの観測結果に基づくと、ゆっくり滑りはプレート境界面の巨大地震発生域に隣接して発生している。 また、ゆっくり滑りが始まって終わるまでの継続時間が長くなるほど、解放されるエネルギーも大きくなる。今のところ、最大でM7・6の地震に相当するエネルギー解放が、メキシコのゆっくり滑り(約1年間の継続時間)において観測されている。南海トラフ巨大地震で被害が懸念される愛知県弥富市。奥は木曽川河口部=2019年11月(共同通信社ヘリから) 南海トラフ沿いでは、想定震源域におおむね相当する固着域の深い側(深さ約30~35キロ)において、長さ約600キロにわたって、ゆっくり滑りが帯状に発生する領域が分布する。また、海底下における地殻変動の観測技術の発展により、固着域の浅い側(深さ約10キロ以浅)においてもゆっくり滑りが散発的に起きていることが示されつつある。今年1月の東京大生産技術研究所と海上保安庁からのプレスリリースによると、南海トラフのプレート境界浅部の複数の場所において、ゆっくり滑りが起きていることが新たに解明された。 ゆっくり滑りは、巨大地震発生域に隣接して発生するため、巨大地震との関係性という点で世界的にも注目されている。しかしながら、多くの場合、ゆっくり滑りが起きている最中に大地震は発生していない。例えば、南海トラフ沿いの深部では、数カ月から半年に1回の頻度でM6程度のゆっくり滑りが、数年に1度の頻度でM7程度のゆっくり滑りが発生しているが、ゆっくり滑りの進行中に大地震が起きた事例は、過去約20年間の観測期間中には見られない。巨大地震の「前触れ」か 一方で、数は少ないものの、東北地方太平洋沖地震(M9・0)や2014年のチリ北部地震(M8・2)といったプレート境界型の巨大地震の発生前に、ゆっくり滑りが固着域の内部や端で起きていたことが示されている。これらの巨大地震の発生前には、ゆっくり滑りや活発な地震活動により、固着域の一部で滑りが生じていた(固着のはがれ)と考えられる。 また、2014年のメキシコ中部地震(M7・3)の発生前にゆっくり滑りがすぐ近くで起きていた事例や、房総半島沖やニュージーランド北島沖などでは、ゆっくり滑りの最中にM5~6の地震が発生したことが複数回報告されている。このように、ゆっくり滑りの発生により固着状況に変化が生じ、その周辺域では地震の発生が一時的に誘発されやすい状況になる。よって、これらの地震前に見られたゆっくり滑りは、地震の発生時期を早めた誘発的(最後の引き金的)な役割を担ったものと解釈できる。 しかしながら、このようなゆっくり滑りを巨大地震の「前触れ」として、地震の発生前に断定することは極めて難しい。固着のはがれは、連続的かつ加速的に進行するものではなく、固着域の一部で間欠的に進行するため、巨大地震がどのタイミングで発生するのか、高い確度で予測することは現時点の知見では不可能である。 地震発生を模擬した室内実験によると、断層の構造が比較的均質でなめらかな場合は、地震発生前に固着のはがれが徐々に進行するとともに、滑り速度もなめらかに加速する現象が捉えられている。このような特徴は、南海トラフ沿いの巨大地震の発生直前に固着のはがれが加速的に起きるはずであるという期待のよりどころでもあった。 しかしながら、複雑で不均質性の強い断層構造を取り入れた近年の室内実験や理論研究によると、地震発生前の固着のはがれ方は多様性に富んでいることが明らかとなった。加速的な固着のはがれが起こらずに、突然地震が発生する場合や、ゆっくり滑りが起きている最中に、突然地震が発生する場合など、観測事実に類似した結果が報告されている。今後は、自然界の複雑な断層構造を取り入れた地震発生モデルの構築を進め、地震発生過程の多様性の理解を深めることが本質的に重要である。 自然界では、断層の構造が実験室に比べてより複雑であるとともに、地震のような急激な滑りとゆっくり滑りが同時に起き、かつ、それらの間に相互作用も働くため、地震発生前の固着のはがれ方には多様性が生じることが十分考えられる。そのため、固着のはがれが進行しているときは、普段に比べて巨大地震の発生が相対的には高まっていると思われるが、固着のはがれが起きたからといって、巨大地震の発生に常につながるわけではない。 なぜなら、巨大地震を起こしうる断層が最終的に破壊に至るかどうかは、ひずみがどの程度、どれくらいの範囲に蓄積されているかに依存するためである。広い領域にひずみが十分蓄積されているような臨界状態に近い状況であれば、ゆっくり滑りや活発な地震活動によって、巨大地震の発生が誘発されると考えられる。 南海トラフ沿いのゆっくり滑りは普段から起きているものの、巨大地震の発生前に普段と異なる振る舞いを示すのか、それとも示さないのかは、現在の知見に基づく限り、答えのない問いである。また、南海トラフで普段と異なるゆっくり滑りが起きた場合、どのように評価するかは極めて悩ましい問題である。 巨大地震の発生間隔(約100~200年)に比べて、高感度・高精度な観測網による観測期間が圧倒的に短く経験が少ないため、未知の現象なのか、それとも巨大地震の前触れなのかは明確には判断できない。普段よりもゆっくり滑りの発生頻度が高まる場合や、固着域の中でゆっくり滑りが起きる場合、ゆっくり滑りの進行が普段よりも急な場合など、特段の注意を払うべき現象は想定されるが、何が異常なのかを判断するための明確な基準をあらかじめ決めておくことはできない。ある意味、現象がおおむね完了した時点で、初めて理解して説明できる段階にすぎないのが地震学の現状である。 ゆっくり滑りと巨大地震との関係性を解明することは、地震学の中でも最も挑戦的な研究テーマの一つである。将来、両者の関係性が十分に解明されれば、巨大地震の発生可能性を検討するための有意義な知見が得られることが期待されている。東日本大震災の津波で横倒しになり、震災遺構として保存された旧女川交番=2020年2月29日、宮城県女川町 そのためには、ゆっくり滑りと地震発生との相互作用に関する観測事例の蓄積や、ゆっくり滑りが固着状況へ与える影響を明らかにすることが必要不可欠である。同時に、新たなゆっくり滑りの検出を進めていくことで、ゆっくり滑り自体の特徴・多様性を把握することも重要である。 ゆっくり滑りから高速滑りまでの地震現象の統一的な理解を深め、ゆっくり滑りと巨大地震との関係性を探求することは、地震学の体系を大きく変え得る潜在性を有しているのである。

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    地震多発地帯なのは当たり前、首都圏だけの「アキレス腱」

    全く別の内陸直下型地震、北海道胆振東部地震が起きてしまったのである。2007年9月1日、東海地震地震災害警戒本部会議で、中川義雄内閣府副大臣(画面右)とのテレビ会議に臨む安倍晋三首相(左端)=首相官邸(代表撮影) これからもそうだが、南海トラフ地震が「次に起きる大地震」ではないかもしれない。海溝型地震は「いずれ」起きる。しかし、現在の学問では、「いつ」起きるか分からない。その間に、大きな内陸直下型地震によって大きな被害が生じてしまう可能性は決して低くないのである。 それが首都圏かもしれないのだ。首都圏を襲う大地震にしても、次に起きるのが内陸直下型地震か、関東地震型の海溝型地震かは分からないのである。

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    災害列島」脱却は間近、それでも避けられぬ想定外の未知なる脅威

    学術院教授) 2004年のインド洋大津波、2011年の東日本大震災などを契機として、日本および世界の災害の予測技術は急速に進歩した。今では日本国内であれば、それぞれの地域でどのくらいの災害リスクがあるのかを具体的な被害金額で計算できるようになっている。 一例を挙げれば、若いカップルが結婚後に新居の選択をする場合などに、利便性や価格と比較できるレベルで災害リスクを算定することが技術的に可能だ。 具体的には、地震、津波、高潮・高波、集中豪雨、河川洪水、地盤の液状化、傾斜地の崩壊、火災、火山噴火など、自然災害の各事象について、生起確率、被害のレベルと広がりなどを、ある程度の精度で推定可能となっている。個々の事象についての被害予測金額と生起確率とを掛け合わせ、さらにそれらを足し合わせることによって総合的な災害評価が可能だ。 こうした各種災害による、将来の損害金額の総計を算定する技術は、個人が将来にわたって安全に生活する場所を、地価や利便性による利得と比較しつつ合理的に選択するうえで大いに役立つ。もし今後、この技術が広く普及すれば、日常レベルでの合理的選択の積み重ねの結果として、人々の居住地域がより安全な場所に移っていくことになる。 数十年の時と世代交代を経て、巨視的に見れば日本が「災害列島」と呼ばれる現状から徐々に脱却することも可能になると予想される。 しかしながら、この予測技術はこれまでの自然災害の経験を蓄積していった上で創出されたものだ。ゆえに近年の新たな災害の傾向などは含まれていない。実際、これまで専門家も含めて誰も考えていなかった災害のメカニズムが、海外および日本国内の災害を通して、いくつも明らかになりつつある。 まず海外の事例として、2018年9月のインドネシア・スラウェシ島のパル湾で起きた津波が挙げられる。この津波は、沿岸部での山腹崩壊、海底部での斜面崩壊が複雑に重なり合うことで、湾内に大きな津波が発生した。2018年10月、津波被害にあったインドネシアのパル市(gettyimages) また、この災害は津波による被害のほか、液状化に起因する地盤の流動化で多くの住民が家屋とともに土砂に飲み込まれ、大きな被害を出した珍しいケースだ。全ての被害を合わせると、死者が2千人以上、行方不明者も1300人以上と沿岸域の住民に甚大な被害を出した。 同じく2018年12月のインドネシア・スンダ海峡津波は、クラカタウ山が135年ぶりに大噴火して引き起こされた津波だった。この火山は1883年にも津波を伴う大噴火を起こしていたが、多くの地域住民がその事実と教訓を忘れていたために、死者が400人を超える大きな被害が出た。想定外の災害にどう向き合うか 日本国内でも、われわれがこれまでに経験したことがない災害が頻発している。例えば、2018年7月に発生した台風12号は、日本の太平洋岸を東から西に移動したことで小田原の海岸で高波被害が発生した。台風がこのコースを通るのは、記録に残っている限り1945年8月以来、実に73年ぶりであった。通常の台風は移動に伴い、その深刻さの情報は西から東に伝わる。しかし台風12号は最初に相模湾に来襲し、さらに西に進んだために台風への準備を整えるのが難しかった。 また、同年8月の台風21号は、大阪湾で想定されている1961年の第2室戸台風と類似した経路をたどった。こちらは経験があったにもかかわらず、関西国際空港や芦屋市の埋め立て地など、第2室戸台風以降に建設された場所で浸水被害が発生した。これは空港管理会社や埋め立て地の住民にとって、これまでにない経験であり、適切な対応をとるのは難しかったといえよう。 このように、ここ10年ほどで地球温暖化に伴う気候変動の影響で、日本列島に近づく台風の挙動も変わったと実感する。特に変化の特徴としては、2つの点を指摘できる。 第1の変化は、日本列島周辺の海水面の水温が上昇し、台風が日本近海でも成長を続けることだ。かつて台風の勢力は、日本列島に接近・上陸すると弱まることが多かったが、近年では強い勢力をそのまま保ち、時にはかえって強く成長する台風も現れるようになった。 第2の変化は台風の進路である。これまでのように、台風が日本列島に差し掛かると偏西風の作用で速度を上げて足早に東方向に立ち去る、ということが予測できなくなった。偏西風の位置が安定しないためである。気圧の配置によっては、日本列島近傍で迷走したり停滞したりする台風もある。 2007年の台風9号では、相模灘付近で停滞した台風による高波で、海岸に沿って建設されている西湘バイパスの一部が崩壊した。こうした事例は、歴史的な経験の少ない、すなわち工学的に経験の蓄積がない事象による災害例が多く出現するようになってきたことを示すものである。 今後も、われわれがまだ科学的に気づいていない、未経験の事象による災害が発生する可能性がある。災害に対応する科学が進展していても、住民や行政担当者も備えていなかった、想定とは違う災害が起こる可能性は依然として残っており、それが防災上の盲点になり得る。 これに備えるためには、被害が想定を超えても人命を守るという観点からの余裕を持った災害対策が必要となる。例えば、現在の津波ハザードマップで浸水が想定されていない地域でも、近隣まで浸水する場合には少し広めに、避難が必要な地域の範囲を設定しておく。高田松原津波復興祈念公園と東日本大震災津波伝承館(中央)=2020年2月14日(古厩正樹撮影) また、がけ崩れの兆候が必ずしも明らかではない場合であっても、ささいな変化を敏感に捉えて、災害の潜在的可能性がありそうな場所はあらかじめ見当をつけていくことなどが考えられる。 巨視的に見れば、災害予測技術は進歩し、中長期にわたる災害対策については、行為選択を合理的に行う下地が整備されつつある。一方で、われわれは災害予知が完全に可能なわけではないという前提に立ち、災害ポテンシャルをミクロな視点で意識しながら、未知の事象に対して用心深く備えておくことが肝要である。 与えられた自然条件・社会条件の下、行政から与えられる防災知識に加えて、地域に生きる住民として未経験の事象を感じ取り、自ら有事の際の地域の守りを考える知恵が求められている。

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    「静穏期は終わった」世界規模で見れば分かる日本の巨大地震リスク

    った。これ以降、1995年の兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)で約6500人の犠牲者が出るまで、比較的災害のない時代が続いたのである。 1964年の東京オリンピックや1970年の大阪万国博覧会などのイベントは、まさにその最中に開催されたのである。この時代、社会でも教育でも「災害」はまるで忘れられていた。 21世紀になる直前に、その静穏期は終わりを告げた。地震、集中豪雨、台風などさまざまな災害を引き起すような自然現象が頻発するようになったのである。ところが、社会の中枢を担っている世代の人々は、このような現象について知らず、適切な対応をとることができていない。そして、「想定外」という言葉で責任を放棄しようとしている。 さて、台風、集中豪雨、地震などの現象には「自然の揺らぎ」がある。観測時代に入ってから200人以上の犠牲者を出した地震に注目すると、次のようになる。【第1期】濃尾地震(1891年:7273人)、庄内地震(1894年:726人)、明治三陸地震(1896年:2万1959人)、陸羽地震(1896年:209人)【第2期】大正関東地震(関東大震災 1923年:14万2800人)、北但馬地震(1925年:428人)、北丹後地震(1927年:2925人)、北伊豆地震(1930年:272人)、昭和三陸地震(1933年:3064人)【第3期】鳥取地震(1940年:1083人)、昭和東南海地震(1944年:1223人)、三河地震(1945年:2306人)、昭和南海地震(1946年:1443人)、福井地震(1948年:3769人)【第4期】北海道西南沖地震(1993年:230人)、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災、1995年:6437人)【第5期】東北地方太平洋沖地震(東日本大震災、2011年:約2万2千人)、熊本地震(2016年:273人)※()内は発生年、行方不明者と死者数の合計で推計含む 見ての通り、第3期と第4期の間の45年が空白となっている。関東大震災で被災した東京・神田橋付近=1923年9月 1868年の明治維新の頃、日本の人口は約3400万人であった。それが現在は約1億2700万人になっている。約4倍である。しかも、その多くは大都市周辺に集中している。15世紀末~19世紀中葉の「小氷期」に人口が減少した東北地方の太平洋岸でも、気候の温暖化やコメの品種改良により人口が激増した。増えた人口の多くは東京などの大都市へ労働力として移動した。重要なのは世界の傾向 こうして、1960~90年代に大都市周辺の旧海域、旧河道、後背湿地など、かつてはダムの役割を果たしていた地域に宅地化が著しく進行したのである。これが、地震、台風、集中豪雨などで被害を受けるリスクを大きくしてきた。 しかも、現在、自治体などでリーダーシップをとる人々は、「災害の空白期」に生まれ育った人たちであり、災害の実体験が極めて乏しい。このことが、「役に立たないハザードマップ」、「避難できない・避難したら危険な避難場所」などの存在を許容している。 2020年東京オリンピック、2025年大阪万博などは、1964年東京オリンピック、1970年大阪万博が開催されたことと無関係ではない。64年や70年に首都高速道路や地下鉄など多くの都市のインフラが整備された。 しかし、鉄筋コンクリートを使用した施設は意外に耐久年数が短く50年ほどしかない。潮風にさらされるような場所では、さらにそれは短くなる。したがって、2020年東京オリンピックや2025年大阪万博はイベントとしてはともかく、都市インフラの再整備はやらざるを得ないのである。 さて、地震という観点で見るならば、アメリカ地質調査所(USGS)、気象庁、防災科学研究所(Hi-net)などが提供する複数のデータを参照する必要がある。USGSが提供する地震データで世界中の傾向をつかむ必要がある。マグニチュード(M)4以上の地震を地球レベルで知ることができる。 たとえば、2016年の熊本地震の際、太平洋の西岸で大きな地震が起きていたことが分かる(図参照)。要するに地震には国境は存在しない。 また、Hi-netの「震央分布図」を見ると、日本列島で1カ月に1・5万~3万回ほどの地震が起きていることが分かる。しかもそれからは、震源の分布域や深さにきれいな傾向が読み取れる。 たとえば、北方領土から東北日本では太平洋プレートが北米プレートにもぐり込み地震を起こしている。また、福井県敦賀沖から伊勢湾沖に向かい、500キロ以深を震源とする地震が日本列島を横断している。これは太平洋プレートの先端である。これより深いところではプレートは熱で融解してしまうため地震を発生させない。 さらに、琉球トラフに沿ってフィリピン海プレートがユーラシアプレートにもぐり込む様子が分かる。その東北部分は日向灘からは豊後水道を経て広島へと至る。そして、北米プレートやユーラシアプレートでは震源が10キロ程度の深さの地震で陸地のほとんどが埋め尽くされている。懸念される「スーパー南海地震」 ここで注目しておきたいのは、北方領土から北海道南部エリア、東北日本エリアと、広島から沖縄諸島へかけてのエリアで地震発生する傾向が極めてよく似ていることである。前2者は太平洋プレートが北米プレートにもぐり込んでいるところであり、北あるいは西へ向かうほど震源の深さは深くなる。それに対し、後者はユーラシアプレートにフィリピン海プレートがもぐり込むところであり、北に向かうほど震源は深くなる。 これまで、沖縄諸島は、比較的小さな島であり電子基準点や震度を計測する地点の数が少なくあまり注目されてこなかった。しかし、地震が少ないわけではない。そして、地震の帯は台湾を経てフィリピンやインドネシアへと続く。筆者が政府の言う「南海トラフ地震」だけでなく、フィリピン海プレートの影響を受ける範囲における「スーパー南海地震」を心配するゆえんである。 フィリピン海プレートの南端で、2018年12月29日にフィリピン(M7・2:深さ60キロ)、2019年1月7日にインドネシア(M7)が連続して発生した。そして、インドネシアでは、6月24日に(M7・3:220キロ)、7月14日に(M7・3)、11月15日に(M7・1)と続いた。 また、ユーラシアプレートにあるクラカタウ山やタール火山が大噴火し、他方、太平洋プレートのもぐり込みの影響を受けたカムチャッカ半島や千島列島では、クリュチェフスカヤ山、エベコ山、シベルチ山などが大規模な爆発をしている。これらは海溝型地震の発生後に発生する巨大噴火と考えられており、海溝型地震以前に発生している九州の火山噴火とは異なる。 口永良部島、薩摩硫黄島、桜島、霧島山新燃岳、霧島山硫黄島、阿蘇山などの九州の火山は、ユーラシアプレートに位置し、フィリピン海プレートの圧縮でユーラシアプレート内部のマグマだまりにあるマグマが噴出するもので、噴火により、たまっているマグマがなくなればそこで一度終了する。 海溝型地震の発生する前には、これらの場所では極端に大規模な噴火は発生しない。これはフィリピン海プレートに位置し太平洋プレートの圧縮の影響で噴火している西之島新島と同じメカニズムである。 さて、2019年10月12日、台風19号が関東地方やその周辺を襲い大騒ぎになっていたとき、千葉県南東沖でM5・7、震源の深さ80キロの地震が発生した。最大震度4であり、被害が生じるほどのものではなかった。この地震には東京湾口に東西に伸びる相模トラフが関与していた。 すなわち、フィリピン海プレートが北米プレートにもぐり込んだことによる地震であった。通常、東北日本では太平洋プレートと北米プレートの関係で地震や火山噴火が発生すると考えられている。そして、西南日本ではフィリピン海プレートとユーラシアプレートの関係で考えられてきた。さらに、政府地震調査会は、南海トラフ地震を伊豆半島より東、高知県西部までの範囲に限定してきた。四国沖の南海トラフ沿いでの大地震を想定し実施された、評価検討会を緊急に開く訓練=2019年10月、東京・大手町の気象庁(代表撮影) ところが、10月12日の千葉県南東沖の地震は、フィリピン海プレートと北米プレートとの関連で発生した地震であった。すなわち、伊豆半島の東側においてフィリピン海プレートの影響がある。深刻になる「食料危機」 そして、この後、千葉県、茨城県、福島県で地震が頻発した。あまりの地震の多さにマスコミもこれらの地震に注目した。地域的には比較的近接したところで発生していたが、震源などを見ると、異なったタイプの地震が3種類以上混じっていたことが分かっている。 ①茨城県南部や西部の地震は震源の深さが40~50キロであり、フィリピン海プレートが関係していた。これに対し、②茨城県北部の地震は震源の深さが約10キロであり、太平洋プレートによって圧縮された北米プレートで発生した地震であった。 また、③福島県南部の地震は震源の深さが40~50キロ、太平洋プレートが北米プレートにもぐり込んだところで発生していた。さらに、千葉県では①と③とが混在していたのである。これらのことから関東地方以北の地震にフィリピン海プレートの動きが関与していることが分かってきた。 フィリピン海プレートが関与する地震は、「南海トラフ」に限定されるものではなく、伊豆半島の東の相模トラフにも関係する。過去に相模トラフで発生した地震として1923年の大正関東地震(関東大震災)がある。 この地震に関しては、東京下町を中心に発生した火災の被災者が多く、東京の地震というイメージが強い。しかし、地震としては横浜や房総半島南部で揺れが大きかった。伊豆半島以西と相模トラフの地震が連動すると、首都圏以西の地域で大災害になる。 直接的な地震や津波の被害はもとより、ここで重要な問題は物流が停滞することである。極論すると、日本は、今、自動車を海外に売ったお金で、食料を輸入している。食料自給率が40%を切るようところは先進国には存在しない。言い換えれば、巨大地震は食料危機をまねくのである。重機によってがれきの中から掘り起こされた道=2011年3月16日、宮城県気仙沼市(古厩正樹撮影) フィリピン海プレートは「南海トラフ」だけではなく、琉球トラフ、台湾、フィリピン海トラフに近いフィリピンやインドネシアでも地震を発生させる。しかも、すでに2018年末以降、フィリピンやインドネシアではM7以上の地震が発生し、火山の巨大噴火も起きているのである。 日本の国内だけを見ていては、地震は見えてこない。また、地震と火山噴火とにはメカニズムの上でも密接な関係があり、別々に考えるべきではない。さらに、地震、火山噴火、台風などが災害になるには、人間の営みが密接に関与している。 21世紀になった頃から、災害が頻発しているのは、「自然の揺らぎ」、経済の高度成長期における不適切な土地開発、災害を知らないリーダーたちの無知が関与している。

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    首都直下地震に備えよ! 今いる場所の地盤条件の把握は必須

    んが指摘する。「震度6強以上の揺れが東京都心を襲うとされますが、東京に住むほとんどの人は過去に大規模災害を経験したことがないため、対策への意識が低いと感じます。ライフラインが途絶えたあとの備え、食料の備蓄、家族との合流手段など、必要な対策は各家庭で違います。家族全員でしっかりシミュレーションしておかなければいけません」 若松さんの教え子であるSさんは、2011年の東日本大震災を地元の福島県・大熊町で経験した。音を立てて崩れる体育館から逃げ出し、その後3日間、家族と連絡が取れないまま過ごしたという。「自分で考えて行動する力を身につけておくことが重要」と話すSさんは、「自宅の耐震性、地盤条件、周辺状況を確認」「今いる場所がどういう地形で、どういう災害の危険性があるのか考えておく」など、リスクを把握する必要性を痛感したという。たとえば、東京23区内の墨田区・文京区・台東区周辺は、こんな地盤条件になっているという。「墨田区のような標高の低い地域は軟弱地盤による揺れやすさに加え、水害の危険も高い。一方、文京区は広範囲が台地なので比較的安全だと思いがちですが、かつて『池』だった土地や『谷底』だった地域が点在しています。上野公園の『不忍池』を埋め立てた上に住んでいるようなものです。そういった地域は地盤が軟らかく、台地と少ししか離れていないのに、揺れの大きさがまったく変わってきます」(若松さん・以下同) 揺れが大きいほど、火災や液状化現象、地盤沈下などが起こるリスクは高くなる。すると、震災発生後に自宅で過ごすのは危険なため、避難場所へ速やかに移動したり、避難所での生活を想定しておく必要が出てくる。首都直下地震の発生を想定し、東京都庁で行われた訓練=2020年1月 このように、住んでいる土地を知ることは、いざという時の優先順位や対策を考えるヒントになり得るのだ。「いざ被災すると、デマ情報が飛び交います。避難したあとも2次、3次災害が続くと考えて準備をしておくことが、被害を最小限にするために今できることです」 まずは命を守ることが先決。自宅や職場のリスクをハザードマップで確認してほしい。関連記事■首都直下地震に備える! 江戸川区江東区の「ハザードマップ」■地震学者が警鐘「サクラエビ不漁は南海トラフ地震の前兆だ」■相模川でアユが大量発生 地元住民が気味悪がる言い伝え存在■首都直下型地震での火災、「火災旋風」他誤った認識の数々■避難所生活 盗難対策に役立つのは粘着テープと紐

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    新型コロナ対応に追われる今こそ、3.11の教訓が問われている

     新型コロナウイルスの対応が正念場を迎えている。企業はテレワークを推進し、観光地は閉鎖され、各種イベントは自粛されている。その影響は、地域の自治会や町内会などの小さな会合にまで及んでいる。こんなことが続くと、あたかも実際に人と会うことがリスクであるような錯覚に陥ってしまう。今年で丸9年を迎える東日本大震災とも合わせ、今一度、顔を突き合わせるコミュニケーションの重要性に目を向けてみたい。 東日本大震災の後、被災者の心の様子を定点観測し続けた人がいる。震災発生の2か月後から、ボランティアで移動式の傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」を始めた、金田諦應(かねた・たいおう)通大寺住職(宮城県栗原市)だ。「傾聴」とは、相手の話に真摯に耳を傾け、共感しながら聴く技術のことを指す。 この9年間で金田さんが訪れた被災地は44か所、開催回数は370回を超えた。色とりどりのケーキとドリップコーヒーを無料で振る舞う。この間の被災者たちの歩みは、金田さんにはどう見えているのだろうか。「仮設住宅に入ってからの被災者は、『一日も早くここを出て、元の生活を取り戻す』という目的で一致していたけれど、復興住宅に移ってからはそれがなくなり、問題が個別になってきました。 震災というのは、あいまいにしていたものを否応なくはっきりさせられた出来事でした。たとえば、男女の話で、いいところまで行っていた二人が決断を迫られる。結婚した人もいれば、別れた人もいる。生々しく決断を求めてくる。それが震災なんです」 その他にも住宅のこと、土地の権利のこと、お金のこと、家族との関係など、問題が多様になっている。背負っているものがそれぞれ違うし、時間が経ったからといって必ずしも苦しみが軽くなるわけではない。「9年経って被災者の多くが今向き合っているのは、自分の老いと孤独、それに死です。一見、元気に見えても、自分でも身体や心の劣化を感じている。そして、そんな中でも歩み方がわかってきていると感じます。苦しい中でよたよた歩いてきたけれど、以前の歩き方とは違う──。 震災を通して多くの学びがありました。それぞれが現実の状況を受容し、納得するプロセスを経ているように感じます。だから以前のように深刻には心配していません」(金田さん)震災後、津波に襲われた街を追悼行脚する僧侶と牧師(2011年4月28日、宮城県南三陸町/写真提供:金田諦應) 傾聴喫茶を訪れる人たちはまだいい。問題は長い間、誰ともつながれなかった人たちかもしれない。 「先日も、とある復興団地に初めて行ったんです。30人ほど来たうち、以前、仮設住宅時代にカフェに来てくれていた人が20人くらいで、あとの10人は初めて会う人たちでした。そのうちの3人ぐらいは9年前の話をしながら泣き始めてしまい、今でもこうなんだって思ってね。これまで気持ちを吐露する機会がなかった人たちなんですね」(金田氏)問題視すべきは「無縁」 人間にとって、話を聞いてもらう場やつながりがいかに大切か。振り返れば、震災以前から日本全国いたるところに孤立や孤独、無縁社会という言葉が浸透していた。震災後は反作用のようにいたるところで「絆」が強調されたが、それで以前からある孤立や孤独が解消されたわけではない。 実は、金田さんは震災の1年前から自殺者の増加を懸念して、「自殺防止ネットワーク」という活動に参加していた。このスキルが結果として傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」の準備運動になったという。無縁社会に対する抗いが、金田さんのこの10年だった。 だが一方で、それは孤立無援の闘いではなかったという。志を同じくする仏教の他宗派の僧侶、キリスト教の牧師たちが立ち上がり、カフェ・デ・モンクで一緒に傾聴活動を行ってくれたのだ。カフェ・デ・モンクの活動は、他の被災者や地域にも静かなさざ波となって広がっていき、現在では14の地域で地元の宗教者が傾聴活動を行っている。 加えて、震災を契機として「臨床宗教師」が産声を上げた。臨床宗教師とは、金田さんや岡部健医師(故人)らが中心となって養成した宗教者のこと。死期が迫った患者や遺族に対し、心のケアを多業種で連携しながら行っている。臨床宗教師の誕生は、医療現場に宗教家が入れるようになった画期的な出来事だった。すでに200名近くの臨床宗教師が宗派を超えて連携し合い、学びを深めている。 大津波によって海水と泥に覆い尽くされようとも、やがて草木が生い茂って来るように、人々の強い思いの萌芽が確かに育ち、実を結んでいった9年間でもあった。金田さんは言う。震災から2年後、傾聴喫茶にて。左端が金田住職(写真提供:金田諦應)「孤立や孤独、無縁を問題視しないといけない。祭りやイベントだけでなく、もっと身近な近所の寄り合い、井戸端会議、PTAの集まりといった“居場所”で人は自然とお互いの心のケアをし合っているのです。コロナウイルスに感染しない程度の距離で顔を合わせ、つながり、支え合っていかなければ。 震災を通して私たちが共通財産として学んできたことが沢山あります。それを被災地以外のところでも生かしていかなければならない。それは震災で亡くなった人への何よりの供養になるし、また9年間、悩みながらも歩き続けた方々に対する敬意にもなると思います」●取材・文/岸川貴文(フリーライター)関連記事■ノンフィクション大賞笠井千晶氏 津波被災家族テーマの理由■“里親”は全国15万人、被災地に人を呼ぶソックモンキー秘話■東日本大震災 死者の霊と共にあろうとする切実で敬虔な思い■皇居のハマギク 被災地ホテルに「逆境に立ち向かう力」くれた■測量学の権威が警鐘 「東日本大震災の直前と同じ兆候出現」

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    首里城火災、玉城デニーはリーダーシップを果たせ

    た。(詳細は、拙著『トモダチ作戦』集英社および『次の大震災に備えるために』近代消防社を参照) 結局、災害協力ができるようになったのは、2014年9月の宮古島で実施した沖縄県防災訓練だった。つまり、3年間待たされた。もしその間、有人島が多く、離島との間で移動が難しい沖縄県で地震や津波などが発生したら、県と米軍の協力関係が薄いため、十分な対応はできない。激しく燃え上がる首里城の正殿=2019年10月31日、那覇市(近隣住民撮影) 今回の首里城の火災では、米軍のヘリによる消火活動の依頼がなかった。依頼があれば、被害はもう少し抑えられたのではないかと思う。いずれにしても、県の政治思想によって、沖縄県と在日米軍の協力関係があまり構築できず、県の生命と財産(この場合、国や世界の財産でもある)を守ることができなかった。協力どころか、深夜に発生した火災の消火活動に対応するための米軍による夜間訓練はいつも抗議を受け、反対されている。ノーとしか言わない沖縄 不思議なことに、これは米軍だけではなく、自衛隊にも要請しなかったようだ。実は、県庁と県内にある自衛隊、特に陸上自衛隊第15旅団は、期待するほどの関係ができていない。それは、『防衛白書』からも読み取ることができる。その中に「退職自衛官の地方公共団体防災関係部局における在職状況」という一覧がある。 全国でほとんどの都道府県や地方自治体で、元自衛官の幹部が防災の専門家として再就職するが、反軍、反基地、反自衛隊の思想を持つ沖縄県は、元自衛官を採用していない。県内で、今年6月30日の時点で退職自衛官を採用しているのは豊見城市のみだ。その結果、県は重要な情報共有、意思疎通ができないだけでなく、速やかに出動などの協力の依頼もできない。 今回の火災の拡大の背景には、こうした事情があると思われる。「危機管理」は、近年よく使用するようになっている4字熟語だが、行政をはじめ、組織や会社が最も重視すべき仕事だ。 これから、首里城の消防体制など多くの内部告発が出ると思う。なぜなら、沖縄県の政治・行政の改革だけではなく、国や他の都道府県などの文化財の保全のあり方の改善につながるからだ。 3年前に、拙著の『オキナワ論』(新潮新書)で、「NOKINAWA」という新しい言葉を発表した。「『ノー』としか言わない沖縄」を意味するが、主張主義によって国と対立やけんかをし、自衛隊や米軍と距離を置き、批判している沖縄県庁は果たして150万人の県民をはじめ、日本国民のことを考えているのか、常に疑問を持っている。 以前にも提案しているが、こうした状況を改善するために、在日米軍と県庁は、互いに連絡官(liaison officer)を置くべきだ。少なくとも、県庁の職員を、筆者が務めたキャンプフォスター(在沖海兵隊司令部)内にある、4軍調整官の事務所に派遣し、連絡・協力体制を強化すべきだと思っている。 今後も、緊急的に連絡を取る必要がある事案(事件・事故、災害など)が考えられるので、このような緊密関係を構築し、沖縄県の危機管理を向上することができれば、今回の火災という「不幸中の幸い」が生まれるかもしれない。 しっかりした体制に加え、リーダーシップが重要である。昨年8月の翁長雄志氏の突然の死去に伴う選挙で選ばれた玉城デニー沖縄県知事は、火災の1カ月前の9月30日に、就任1周年を迎えたが、県内では評判が高くない。 特に、日本本土をはじめ、国外の出張が多く、県知事の仕事が疎かになっているのではないかとの疑念もある。特に今年、台風などの被害が多く、災害における危機管理が既に問われ、「不在の知事」とまで言われている。首相官邸を訪れ菅官房長官(右)と握手する沖縄県の玉城デニー知事=2019年11月1 日 来月で23年も経過している普天間飛行場の県内移設で国との対立が続いている中、沖縄県は、10年おきに策定する政府による沖縄振興策に向けて40ページに及ぶ要望書を政府に提出しているが、その矛盾が県内外で指摘されている。 首里城の火災は行政の無策による「人災」と言っても過言ではない。この悲しい事件を乗り越え、再建することをはじめ、より長いスパンで政府との信頼ある関係をつくることも求められる。玉城知事にその力があるのかは、過去一年間を見る限り、疑わしい。しかし、国民をはじめ、在沖米軍など外国人の沖縄を愛する人たちは、首里城の再建と沖縄の再発展を応援しているに違いない。

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    台風19号、八ツ場ダムが教えてくれた深刻すぎる「緊縮汚染」

    方式を破綻させる行為だった、と土屋氏は著作で記している。 今回の台風でもそうだが、最近の大規模な自然災害でよく分かることは、「コンクリートから人へ」のような政治スローガンに踊らされることなく、どのような防災インフラが必要なのか、それを真剣に考えることの大切さである。 国民の命と財産を守るためには、コンクリートも何でも必要ならば排除すべきではないのだ。単純で極端な二元論は最低の議論と化してしまう。八ツ場ダムに関する意見交換会で、地元住民と意見交換をする前原誠司国土交通相=2010年1月、群馬県長野原町(三尾郁恵撮影) 最低で極端な議論といえば、民主党政権下で行われた、スーパー堤防(高規格堤防)廃止に至る「事業仕分け」の議事録を今回読んだが、その典型だった。また、日本に巣くう「本当の悪」が誰なのか、今さらながら再確認できた。 その議事録によると、財務省主計局の主計官がコストカットを求めたことに対して、国会議員や有識者、国交官僚といった他の委員が「忖度(そんたく)」をしていたことがうかがえる。もっと言及すれば、出席した財務官僚が納得しなければならない、という「財務省中心主義」が見えるのである。 つまりは、みんな財務省の顔色をうかがっているのだ。これでは、主権者が国民ではなく、一官僚であるかのようだ。緊縮に汚染されたマスコミ このコストカットありきの姿勢、今でいう「財政緊縮主義」こそが、財務省の絶対的な信条であり、そのため、今回の河川氾濫でも明らかなように、防災インフラの虚弱性をもたらしている権化である。まさに「人殺し省庁」といっても過言ではない。 その信条が、今日も仕事の一環で国民の生命を危機に直面させているのだ。まさに恐怖すべき、軽蔑すべき官僚集団である。 さらに財務省の緊縮主義は、日本のマスコミを歪(ゆが)んだ形で汚染している。今回の台風を受けて、日本経済新聞の1面に掲載された論説記事が話題になった。 書かれていることは、公共工事の積み増しの抑制と自助努力の要請である。今の日本では、防災インフラの長期的整備の必要性が高まっていても慎むべきだ、というのは非合理的すぎる。 例えば、費用便益分析を単純に適用しても、今の日本の長期金利がかなりの低水準で推移していることがポイントとなる。つまり、国債を発行して、長期の世代にまたがって防災インフラを整備するコストが低い状況にあるのだ。 むしろ、国土を永久的に保つ必要性からいえば、永久国債を発行しての資金調達もすべきだろう。日経の上記の論説はこのような点からかけ離れていて、まさに緊縮主義の行き着く先を示してもいる。2010年10月、事業仕分け第3弾の現地調査で東京・下丸子の多摩川の高規格堤防(スーパー堤防)を視察する蓮舫大臣(中央)や国会議員ら(早坂洋祐撮影) そこで、長期的な経済停滞を防ぐために「国土強靱(きょうじん)省」のような省庁や、オランダなどで先行例のある国土強靭ファンドを新設すれば、国民の多くは長期の財政支出が続くことを期待して、デフレ停滞に陥るリスクを「恒常的」に予防する。この恒常的な防災インフラ投資が、金融緩和の継続とともに、日本の経済停滞を回避するための絶好の両輪になるだろう。 もちろん、このような規模の大きい財政政策には既得権益が発生し、国民の資産を掠(かす)める官僚組織や業界団体が巣くう可能性は否定できない。また、それらを完全に排除できると考えるのも楽観的すぎる。 それでも、このような国民の「寄生虫」たちを一定レベルに抑制した上で、長期的な防災インフラの整備を進めることは、国民にとって大きな利益をもたらすことは疑いない。これこそ政治とわれわれ国民が立ち向かう価値あるチャレンジではないだろうか。

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    日本列島を繰り返し襲う巨大台風はこうして「狂暴化」する

    島を襲う現状を気候温暖化と関連させて考えている人が少なからずいるようだ。そこで、環境史、土地開発史、災害史に基づくリスクについて研究をしている立場から、これについて検討してみたい。 先の台風15号は、神奈川県の三浦半島に接近した後、東京湾を抜けて千葉市に上陸したときの中心気圧が960ヘクトパスカルで、最大風速も45メートルを観測し、たしかに強い台風であった。 これを60年前の1959年に紀伊半島から東海地方を襲った伊勢湾台風と比較してみると、伊勢湾台風は9月23~26日に895~910ヘクトパスカルで、最大風速は60~75メートルを記録。26日午後6時に潮岬西方に上陸したときの気圧は929ヘクトパスカルになり、勢力のピークを少し過ぎていた。 また、1934年9月の室戸台風は、上陸直前の中心気圧が911ヘクトパスカル、1945年9月の枕崎台風が916ヘクトパスカル、1961年9月の第2室戸台風が925ヘクトパスカルであり、今年の15号や19号が飛びぬけて強いというわけではない。 ただ、15号と19号は、関東地方(特に首都圏)を直接襲う台風であることや、上陸直前まで勢力が増すという点が特徴だ。これまでの台風の多くは、関東地方に達したとしても、中部地方以西に上陸し勢力が衰えていた。要するに、強い勢力を維持したまま首都圏を直撃する台風は、ほとんど経験がない。しかも、台風にエネルギーを供給する太平洋の海水温が27度を超えており、上陸直前まで、勢力が衰えるどころか、勢力が強くなり続けるという点も未経験だ。 ところで、熱帯低気圧のうち10分間の最大風速が17・2メートルに達したものを台風と呼ぶ。そして台風の近くでは気圧が低下している。1気圧は1013ヘクトパスカルだが、10ヘクトパスカル気圧が低下するごとに海水面はおよそ10センチ上昇する。すなわち、913ヘクトパスカルであれば約1メートル海面が上昇するのだ。これを「吸い上げ効果」と呼ぶ。日本列島に近づく台風19号=2019年10月11日午前(気象庁提供) また、風によって海水が移動し高くなる「吹き寄せ効果」も生じる。湾口が広く、風が湾奥に吹き込み、湾奥の幅や水深が浅くなるほど吹き寄せ効果が大きくなる。伊勢湾や東京湾は吹き寄せ効果が起きやすい。さらに月の引力の関係で、一日2回の潮の干満が生じる。今回の台風19号が東京湾に進入すると考えられる時間は10月12日夕刻であり、東京港の満潮(午後4時31分)のピークにあたる。しかも、14日が満月であり、12日でも海面は193センチの上昇が考えられている。これらの総計が高潮であり5メートルを越える可能性がある。 では、近年日本各地で甚大な被害をもたらす台風発生の背景を見てみよう。今年7月ごろ、南米赤道付近の海面水温が高くなるエルニーニョ現象が終了し、赤道付近を東から西へ吹く風により太平洋の西にあたるフィリピン沖の海水温が高くなった。これによって、フィリピン沖で熱帯低気圧が発生しやすくなり、温度の高い海水温のために熱帯低気圧はエネルギーを供給され続け、勢力を増し強く大型の台風に発達しやすい状態になっている。現在は温暖期 この海水温の上昇が、人為的に増加したCO2と結びつくかどうかは、そもそもよく分かっていない。日本付近の海水温の上昇は、エルニーニョ現象の終了でも説明は可能だ。気候変動は様々なスケールでとらえることができる。たとえば、更新世から完新世に氷河期と温暖期が何度も繰り返していることが分かっている。それによれば、約2万年前は最終氷河期、そして現在は温暖期にあたる。 また、1万2700~1万800年前は、氷期末亜間氷期(アレレード期)と呼ばれる温暖期で、1万800~9600年前は氷期末亜氷期(ヤンガードリアス期)と呼ばれる寒冷期だった。そしてその後、温暖期となる。しかし、温暖期のピークは約7400年前ごろであり、現在は少しずつではあるが寒冷化しつつある。 そして、最近2千年間にも気候の変動が見られる。2世紀ごろはやや寒冷、西暦600年ごろはやや温暖、700年ごろは寒冷期、750年ごろから1300年ごろまでは温暖期(ヨーロッパでは中世温暖期と呼ばれている)である。 しかし、1300年ごろから寒冷化が始まり、1500年ごろまで断続的に続く。日本の戦国時代は、気候の寒冷化により食料が獲れないことから始まったとみることができる。そして、一時的な短い温暖期をはさみ、1600年ごろから小氷期と呼ばれる時期に入り、それは1850年ごろまで続く。それ以降、気候は温暖化する。明治時代の初めに目盛りのついた温度計が発明されたが、「観測史上」と呼ばれるのは最近150年ほどのことである。 さらにくわしく見ると、太陽黒点の増減から、1650年ごろから1700年ごろまでに太陽活動が衰退する「マウンダー極小期」や、1800年ごろの「ダルトン極小期」の存在が明らかになっている。そして1750年ごろ以降は、約11年周期で太陽活動の盛衰が繰り返し起き、現在はその24周期目で、2019年は再び太陽活動の衰退期にあたっている。 また、火山の大規模な噴火も気候に影響する。たとえば、フィリピンのルソン島西部にあるピナツボ火山は1991年に大噴火した。そして噴出した火山は1万メートルを越え、成層圏まで到達し地球を覆い、太陽の光をさえぎるパラソル効果をもたらした。ピナツボ火山の噴火後、波長の短い青い太陽光線が地上に到達しなくなり、数年にわたり見事な朝焼けや夕焼けが見られた。波長の長い赤い光線が地上に到達したのである。 そして、1993年に日本でも夏の気温が上がらず、コメの大不作が生じて外国からのコメの緊急輸入が行われたのである。現在、カムチャッカ半島や千島列島のシベルチ山などが大噴火しており、フィリピンやニューギニア、あるいは、メキシコでも火山の大噴火が続いている。これらが数年後に気候に影響する可能性がある。 このように、気候変動は地球のタイムスケールによって様々にとらえられるし、いろいろな要素が組み合わさって決まる。冒頭で触れたように、グレタさんが考えているほど単純なものではないのだ。台風15号の影響で出た大量のがれきやごみを片付ける住民やボランティア=2019年9月、千葉県鋸南町(鴨川一也撮影) 彼女はアスペルガー症候群を公表しており、他人を疑うことが苦手で、嘘をつくことも苦手なのだろう。他人の言説をそのまま信じて、発言したり行動したりしている可能性がある。CO2の排出規制による化石燃料を用いた発電を抑えることは、1970年代に「クリーンエネルギー」と盛んに宣伝された原子力発電の推進に利用されかねない。このことをグレタさんは理解しているのだろうか。

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    千葉県をとやかく言えない「全国を敵に回す」ニッポンの防災力

    敵に回した」というコメントが会員制交流サイト(SNS)に散見されたが、その投稿は私ではない。 日本の災害対策基本法は、市町村に対して被災状況を速やかに都道府県に報告することを求めている。被災した市町村の職員が不足する場合は、都道府県が職員を派遣することも定めているし、当然都道府県に支援義務がある。 そもそも避難勧告は、一次的には市町村が発することになっている。これを講学上は「市町村第一主義」「自治体第一主義」という。 このように定めたのは、1959年の伊勢湾台風で5千人を超す死者・行方不明者を出したことが契機となった。日本中が衝撃を受けた被害を受けて、地域を熟知する市町村を災害対策の主軸においたからである。 道路は自治体にとって基本的な財産である。自治体の経理を市民に分かりやすく見せるためバランスシートをつくるが、自治体では所有財産の大宗を道路が占める。停電が続く千葉県鋸南町では、住民らが工面したガソリンと発電機でともした明かりに人々が集まっていた=2019年9月12日 道路は数十年、数百年かけて資産形成してきたものだ。ただ、価値は大きくても売ることができないのでバランスシートから除かないと、実態が分からない。 自治体の被災状況の把握にとっても、復旧の見通しにとっても、道路の被災状況の把握は出発点であり、基本である。電力会社任せにはできない。自治体はお客さまじゃない 2000年、伊豆諸島・三宅島(東京都三宅村)の雄山で大規模な噴火が起きたとき、私は東京都副知事を務めていた。9月に全島民が島外へ避難したあと、政府高官から年内に一時帰島できるような発言が飛び出し、大きなニュースになったことがあった。 だが、石原慎太郎知事は不用意な発言だとして、直ちに打ち消した。災害対策本部で指揮を執っていた私たちは、大量の降灰が降雨のたびに泥流・土石流と化して道路を破壊している現地の状況について正確に把握していた。 当時、副知事は2人しかいなかったが、私は東京の島嶼(とうしょ)部で噴火や地震、土砂崩れといった災害が発生するたび、島に飛んだ。議会の本会議があっても、それを休んで島に行くことに努めた。 欠席をとがめる議員はおらず、むしろ一緒に来てくれるほどだった。各政党の伝(つて)で、大臣や政党幹部を現地に呼んでくれた。 島の道路は都道か村道であり、それが壊れて停電や電話の不通が生じた場合、電力会社や電話会社が復旧の当事者になるが、道路を所有・管理する自治体もまた当事者である。私たちはそういう意識だった。 公有であろうと私有であろうと、倒木によって電力や通信の設備が壊れたら、自治体が当事者となる。復旧見通しというのは、自治体が道路の被災状況を把握し、道路や橋を回復する見通しを立てた上での話であるからだ。2000年9月、三宅村の長谷川鴻三村長(右)の案内で、三宅島噴火による土石流被災地域を視察する東京都の石原慎太郎知事 自治体はお客さまではない、当事者だ。自治体にそういう責任感があるから、世界に冠たる日本社会の安定が成り立っている。 電線絡みの倒木処理は電力会社に依頼するが、そうではない道路の倒木を片付けるのは自治体の仕事である。だから、自治体が電力会社の復旧見通しをとやかく言うこと自体に違和感を覚える。見通しが甘いと思ったならば、直ちに訂正する「実力」が自治体に求められる。弱まっている「防災力」 災害対策基本法ができた1961年当時の市町村数は4千近くあった。今では1700くらいしかない。 広域合併の結果、地域の実態からかけ離れた市町村が増えたということだろうか。2000年前後の構造改革によって市町村の職員数も減っている。 被災状況に限らず、避難勧告についても、近年は勧告を出さずに多くの犠牲者が出たり、数十万人に対し一括して避難勧告が出されたりする例が目立つ。これでは、市町村が基本法の期待する防災機能を十分に果たしていない。 つまりは、自治体の「防災力」が弱くなっているのではないか。私たちが先ごろ、若手の研究者や自治体の実務家を糾合して「令和防災研究所」を設立したのも、そういう問題意識に基づいている。 それに、「死者が出ないと大きな災害ではない」という感覚を持つ人がいるとしたら間違いだ。屋根の一部が飛んだ家が1万戸を超えたというのは、市民や自治体の感覚からいえば、未曽有の大災害である。 屋根の一部が飛んで雨風が吹き込んでしまえば、日常生活の継続は困難と考えるのが生活者の感覚だ。2000年の三宅島噴火は今日の中学校教科書にも登場する大災害だが、死者を一人も出すことはなかった。それでも、しばらく島に住めなくなったのだから、国民レベルでは大災害なのだ。台風15号の被害にあった千葉県館山市内の住宅で、屋根にブルーシートなどを張る作業をする地元建設業者やボランティアの人たち=2019年9月14日 一部損壊住宅では、被災者生活再建支援法の対象にならず、再建に公費が支給されないというのも現実的ではない。支援法では、半壊し、大規模補修を行わなければ居住困難な住宅を対象としている。2000年の三宅島噴火では、全島避難のため自宅に住むことができないので、物理的に壊れていない住宅でも、全戸適用対象になった。 もともとこの制度は、阪神・淡路大震災のあと、政府としては個人財産形成の補助はできないということで、国会において議員立法で成立し、支給のための財源も自治体側が基金の半分を拠出している。被災者の生活支援という立法の精神に沿うよう運用すべきだ。自治体の「努力」は足りているか 他にも課題は山積している。東電が近年、送配電設備への投資を大幅に減らしていると報じられた。東電に限らず全国の大手電力会社では、来年から発電と送配電が別会社となる。 送配電設備は道路と同じで、市場原理とは馴染(なじ)みにくい、基本的なインフラである。今後は、送配電に必要な投資が継続して行われるよう、公的な監視の強化が望まれる。 千葉県の杉の4分の1を占める特産の「山武杉」に、幹が腐って空洞となる病気が流行(はや)っていて、中折れした幹が電線に引っかかった例が多いという報道もあった。電力会社の努力も望まれるが、森林経営管理法によって所有者に伐採を命じられるようになった自治体の努力も求められる。 携帯電話の基地局の電源が失われ、通信が途絶したことも、被害状況の把握や復旧への障害となった。東日本大震災のとき、私たちは現地に支援に入ったが、通信途絶に大いに困った記憶がある。 令和防災研究所では、現地からの個別情報を研究所のホームページに掲載し、支援する側のために役立たせようと計画している。だが、基地局の非常電源が充実しなければ、この計画はなかなか実現しない。 今年の台風15号による甚大な被害を受けたのは、千葉だけではない。東京の島々でも屋根が飛んだり、農業用ハウスのビニールが飛んだりするといった被害が多かった。家屋の損壊戸数も1千戸を超えるという。これは2000年に噴火と地震が頻発したときより大きい数である。倒れた千葉県君津市にある送電線の鉄塔=2019年9月9日(共同通信社ヘリから) そこで私は、東京都の被害把握が不十分ではないかと批判しようと、都庁に電話してみた。すると、知事が既に厳重注意し、知事も都議会議員も現地を回るという返事を聞いて、批判を抑えることにした。 こういう場合は何はともあれ、自治体のトップには先頭に立って現地に立つことが求められる。防災服を着て役所の中で会議し、国に要請に行くだけではなく、政府高官を現地に迎えた方がいい。災害対策を行うには、現地の生活実感に基づくことが必要なのである。

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    巨大台風が招く東京大水害「とにかく逃げろ」となぜ呼びかけるのか

    累計経済被害46兆円、資産被害64兆円、財政的被害5兆円)と推計しました。まさに「国難」というべき大災害です。日本の政治、経済、文化の集積した地域をことごとく巨大高潮が覆いつくしてしまうのです。 そのため浸水区域に想定された17区は今後、高潮ハザードマップを作ることになっています。浸水面積は、墨田区のほぼ全域にあたる99%(13・61平方キロ)や、葛飾区の98%(34・15平方キロ)をはじめ、江戸川区で91%(45・46平方キロ)、江東区では68%(27・42平方キロ)にも及んでいます。 日本有数の本社機能が集中する丸の内地区のある千代田区や、中央区、港区でも約50センチ浸水すると想定されています。都心部においても、銀座東部で1~3メートル以上まで浸水、JR品川駅や新橋駅でも浸水が1メートルを超えます。東部低地帯の真ん中を流れる荒川の両岸では、2階建ての建物はもちろん、3階の床までが水没してしまう7メートル程度の浸水の深さを予測しています。 その東部低地帯に位置する墨田、江東、足立、葛飾、江戸川の「江東5区」は、隅田川や荒川といった大きな川に面し、海面より低いゼロメートル地帯が大半です。洪水においても、過去の台風被害などを基にした被害想定では、3日間の総雨量が荒川周辺で632ミリ、江戸川周辺で491ミリという未曽有の集中豪雨を想定しています。 その結果、5区の総人口、約260万人の9割以上が住む地域が50センチ以上浸水するという予測が出ました。足立区の北千住駅周辺をはじめ、人口の1割が居住するエリアは、2階が浸水する可能性があります。最大では10メートルまで浸水し、2週間以上も水の引かない地域もあると想定されています。 平成30(2018)年8月、江東5区が大規模水害に際して、地域住民全員を区外へ避難させる広域避難計画を発表しました。大部分が満潮位以下のゼロメートル地帯のため、水害に対して極めて脆弱(ぜいじゃく)なのです。 事実、これまでも度重なる大きな水害に見舞われてきました。しかし、地球温暖化の進行、これに伴う気候変動の影響により、台風の巨大化や豪雨災害の激甚化など、高潮や洪水による大規模水害の発生が避けられない事態になっています。国土交通省が作成した荒川(中央の太い川)が氾濫した場合に浸水するとされる場所を示した地図。標高が低い流域が色づけされている その広域避難計画では、次のような発令基準が定められています。(1)72時間前から高潮が起きる可能性の検討を始め、その情報を住民に知らせる。(2)48時間前には「自主的広域避難情報(広域避難の呼びかけ)」を発信する。(3)24時間前には「広域避難勧告」を5区で一斉に発令する。(4)9時間前になったら、広域避難を切り替えて、短距離避難を目指す「域内垂直避難指示(緊急)」を発令する。 (4)の時点になれば、これまでとは反対にもう遠くまで逃げることを考えず、可能な限り近所の高い建物に避難する指示を出すのです。「私は大丈夫」は通用しない これまでの行政による避難情報には、具体的な避難場所を決めず「とりあえず逃げろ」という避難勧告はありませんでした。それぐらい、東京で起こる水害には切迫性があって危険性も高いため、とにかく安全な高台地域に逃げることが先決なのです。 本来であれば、災害が起きた場合「自分の命は自分で守らなければならない」はずです。しかし、多くの日本人は「私は大丈夫」という「正常性バイアス」に陥っているのです。 水災害に対して、当然抱くはずの危機意識が希薄なことが、犠牲者を増やしているのです。平成30年7月の西日本豪雨における避難率を見ても、行政による避難の呼びかけを無視している人がほとんどだったといえるでしょう。 日本の災害対策基本法には、国民の生命・財産を守る責務は、国と都道府県、市町村にあると記されています。第60条には、避難指示は市町村長が発令すると決められています。 今まで、実質的に災害対応を行ってきたのは行政だけだったわけです。治水対策として堤防を造り、ハザードマップを作成し、避難所を設置するのも全て行政が担ってきました。 一方で、国民はお客さま状態です。何もかも行政がやってくれると思っています。自分の命まで役所任せにしてしまっているようでは、自分の命は守れません。 自分の命だけではなく、家族や地域の命、そして日本の社会を守るという観点から、地域社会やコミュニティーを強固にしなければなりません。地域力の復活が何としても必要です。そのために求められるのは、防災を目的として、新たにコミュニティーをつくるといった発想の転換です。 どんなに精密なハザードマップを作ったとしても、実際に住民が避難行動を起こさなければ、自分の命も守れないし、地域の人命も救えないのです。コミュニティーの再生こそ、一番の防災対策になるのです。 そのようななかで、江東5区の一つ、江戸川区が11年ぶりに改訂した「水害ハザードマップ」が注目を集めました。区内全世帯に配布されたマップには、洪水や高潮によって荒川と江戸川が氾濫すると、ほぼ区内全域が浸水するという最悪の想定が示され、被害発生前に、区外に避難をするよう区民に求めています。江戸川区が公表した水害ハザードマップの冊子表紙の挿絵(江戸川区提供) 表紙に描かれた地図には、江戸川区に「ここにいてはダメです」と太字で書かれていて、この率直な表現が「あまりにも潔すぎる」として、大きな反響を呼んでいます。具体的には、江戸川区のほぼ全域が浸水し、建物の3階から4階に当たる5メートル以上の浸水が発生する地域もあるとされたほか、区内の広い範囲で1~2週間以上の浸水が続くとしています。首都を水害から守るには また、小・中学校などの避難所やマンションの3階以上に避難しても救助が難しく、電気や水道などのライフラインが使えない生活に長期間耐えなければいけないと指摘しています。先ほど述べたように、江戸川区で大規模な水害が起きると大部分が浸水し、浸水時間も長くなるからです。 「ここにいては危険で、そうなる前に安全な場所に逃げてほしい」という行政の切羽詰まった思いが伝わるハザードマップではないでしょうか。しかも、今年の台風15号の停電地域とちょうど重なる被害予測でした。 垂直避難する場合でも3階では不十分で、4階建て以上の建築物でなければ一時避難場所にも指定できません。しかも、江東区と江戸川区では、区庁舎が5メートル程度まで水没してしまうことが想定され、江戸川区は現在水害BCP(事業継続計画)に基づく新庁舎建設を準備しています。 首都東京には、「ここにいてはダメです」という地域を「ここにいれば大丈夫!」という安全な地域に生まれ変わらせる安全対策が必要です。そこで私は、水害に対する「絶対安全高台」を目指す「首都東京ゼロメートル地帯『命山(いのちやま)』計画」を提唱しています。 これは豪雨や洪水、台風、高潮、地震など、あらゆる災害に対し安全な東京につくり変える計画です。高度成長期に大量の工業用水を地下からくみ上げた結果として発生した地盤沈下に対し、ゼロメートル地帯を「絶対安全高台」につくり変える計画です。 これまでも、東京を安全にするための高台造りが取り組まれてきました。約380ヘクタールある葛西臨海公園地区をはじめ、大島小松川公園や篠崎公園、平井や北小岩に建設されているスーパー堤防の高台化などは、先人たちによる不断の努力の「継承」です。 計画の目標は、水害における犠牲者をゼロにすることです。命山の建設により、東京ゼロメートル地帯そのものを「コンパクトシティー」「スマートシティー」として再生します。 あらゆる災害から電気やガス、水道などインフラ施設の継続を確保し、独立した場所としての安全性から、ゼロメートル地帯の居住者を一人残らず普段の生活を継続できるようにします。首都東京ゼロメートル地帯「命山」計画著者作成) そのために市・区役所や警察、消防、学校、病院、福祉施設、障害者施設など全てを高台に配置します。これらの都市施設を高台に配置することで、防災機関としての機能を失わずに機能させ続けることができるのです。 台風による高潮や洪水から東京を守ることは、一地域のローカルな問題にとどまりません。首都東京の安全が失われることは、日本という国家の存立問題であり、国そのものの継続性がかかっていることを忘れてはならないのです。

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    平成は「閉塞の時代」だったか

    平成が終わる。この30年を振り返ると、バブル経済が崩壊し、未曽有の自然災害が頻発、オウム真理教によるサリン事件も社会を震撼させ、インターネットという新たなメディアも台頭した。閉塞感が漂う時代の中で日本人の価値観はどう変わったのか。

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    平成の30年間で「災害の凶暴化」はここまで進んだ

    島村英紀(武蔵野学院大特任教授) 平成時代は約30年続いたが、自然災害の多い時代だった。2018年の漢字は「災」に決まったが、近年では、地震や火山、気象災害が増えてきたのが目立つ。 まず、地震について見てみよう。日本に起きる地震には二種類があり、一つは海溝型地震、もう一つは内陸直下型地震である。 前者には2011年の東日本大震災を起こしたマグニチュード(M)9・0の東北地方太平洋沖地震や、これから起きるに違いない南海トラフ地震がある。後者には、1995年に起きた阪神・淡路大震災(兵庫県南部地震)がある。 この二種類の地震は起きるメカニズムが違う。海溝型地震は、日本列島を載せているプレートに海洋プレートが衝突してくることで起きる。それゆえプレートが毎年4~8センチという速さで動いてくる分だけ、次第に地震を起こすエネルギーが溜まっていっている。そして、岩が我慢できる限界を超えたら、大地震が起きる。 その意味では、毎年地震に近づいていることは確かなことだ。起きる場所は海溝近くに限定され、多くの場は太平洋岸の沖である。この地震はM8クラスか、もっと大きくなる。 他方、内陸直下型地震は違う。これは日本列島を載せているプレートがねじれたり、歪(ゆが)んだりして起きるもので、どこに起きるのか、いつ起きるかは、今の学問では分からない。つまり、日本のどこにでも起きる可能性があるのである。 しかも、間の悪いことに、内陸直下型地震は人間が住んでいるすぐ下で起きる。このため、地震の規模(M)の割に被害が大きくなる。M7・3の阪神・淡路大震災では6400人以上の犠牲者を出したし、2018年9月のM6・7の北海道地震や同6月のM6・1の大阪北部地震でも、大きな被害が生じた。2011年4月27日、東日本大震災の被災地、宮城県南三陸町で黙礼される天皇、皇后両陛下 政府の地震調査委員会が毎年発表している「全国地震動予測地図」がある。地震危険度を場所ごとに色分けしている。黄色がもっとも地震危険度の低い所、赤やえんじ色が地震危険度の高い所になる。南海トラフ地震が起きると影響の大きい西日本の太平洋岸や、首都圏地震が起きる可能性のある首都圏が、赤やえんじ色に塗られている。 問題はこの種の地図が、一般には「安心情報」として受け取られてしまうことだ。つまり黄色の場所は「地震が起きない所」ではなくて、「起きるかどうか、今の学問では分からない所」なのである。相次ぐ「ノーマーク地震」 実は、黄色、つまりノーマークのところで地震が相次いでいる。この種の地図が作られるようになったのは阪神・淡路大震災以後だが、その後に起きた大地震、2000年の鳥取県西部地震(M7・3)、04年の新潟県中越地震(M6・8)、07年の能登半島地震(M6・9)と中越沖地震(M6・8)、08年の岩手・宮城内陸地震(M7・2)などはすべて、ノーマークだったところで起きてしまった内陸直下型地震である。 地震調査委員会によれば、16年に起きた熊本地震の発生確率は30年以内に0・9%以下だった。つまり、決して高くない数値だった。でも、大阪北部地震も北海道地震も、政府は予測できなかった。地震がノーマークのところで起きてしまったからである。 直下型地震の多くは、既に分かっている活断層ではないところで起きた。地震が起きてから初めて活断層だと分かったところもあれば、結局、活断層が地震を引き起こしたかどうか分からなかったものもある。つまり、既存の活断層だけを警戒していればいいものではないことが、最近の直下型地震でも確かめられたのだ。 プレートの動きは止まることはなく、一定の速さで日本列島に向かって動き続けている。プレートの動きによって、岩が我慢できる限界を超えると起きるのが地震、そして、プレートが約100キロのところまで潜り込んだところで、岩が溶けてマグマが生まれ、それが上がってきて起こすのが火山噴火だ。地震はプレートの動きの直接的な反映で、火山は間接的になる。 では、平成時代の火山活動はどうだったろうか。2014年に起きた御嶽(おんたけ)山(長野、岐阜両県)の噴火は、60人以上の犠牲者を出した。これは1991年に雲仙・普賢岳(長崎県)の犠牲者46人という戦後最多の記録を塗り替えてしまった。 だが、噴火の規模から言えば、日本で過去に起きた噴火に比べると、御嶽山が噴出した火山灰や噴石の合計の容積は東京ドーム(容積約124万立方メートル)の3分の1から2分の1ほどの量だった。火山学から言えば、決して大噴火ではなかった。 19世紀までの日本では、各世紀に4~6回の「大噴火」が起きていた。「大噴火」とは、火山学で3億立方メートル以上、東京ドームの250杯分以上の火山灰や噴石や溶岩が出てきた噴火をいう。御嶽山の噴火よりもはるかに大きな噴火である。この「大噴火」は17世紀には4回、18世紀には6回、19世紀には4回あった。2018年9月26日、御嶽山噴火から4年を前に、登山道の規制を麓の長野県木曽町が解除。慰霊登山の遺族らが到着した御嶽山の山頂(共同通信社ヘリから) ところが20世紀に入ると「大噴火」は1914年の桜島と29年の北海道・駒ケ岳の2回だけで、その後100年近く「大噴火」は起きていない。 しかし、この静かな状態がいつまでも続くことはありえない。これらが東北地方太平洋沖地震という巨大地震をきっかけに「普通」に戻りつつある。世界的にも、大地震と噴火は関連があることが多い。都会ほど災害に弱い しかも、地球温暖化で、気象が「凶暴化」している。海水からエネルギーを得て強くなる台風も、かつては日本近海の海水温が低かったので、弱まってから日本に近づいたが、これからは強いままで日本を襲う可能性が高い。 また、今までにない大雨や、今まで日本では少なかった竜巻の被害も増えつつある。これらも地球温暖化の影響である。 例えば、2014年夏に起きた広島市安佐南区の地滑りも、かつてないほどの大雨が原因だった。戦後に広島市が膨張して、60年以上も「無事に」暮らしていたところが、今までにない大雨による地滑りが起きてしまったのだ。この災害で77人が死亡した。死者・行方不明者が230人を超えた18年7月の西日本豪雨も、今までに日本ではなかった豪雨の影響である。 竜巻も今までにない被害を起こしている。06年には北海道佐呂間(さろま)町でトンネルの工事をしていた作業員など9人が死亡した。 これは日本だけの話ではない。近年、欧州でも中東でも北米でも、大規模な洪水や干魃(かんばつ)や森林火災が続いている。これは、地球規模での温暖化がさまざまな形で起こしているせいだ。 阪神・淡路大震災も、その5年後に起きた鳥取県西部地震も、同じM7・3で同じような直下型地震だった。しかし、被害のありさまは大きく違った。これには地盤の良しあしもあるが、都会ほど地震に弱いということが反映している。 18年6月の大阪北部地震では、地震保険の支払額が阪神・淡路大震災を上回った。死者の数で災害の規模を表すのは不謹慎だが、大阪北部地震では5人、阪神・淡路大震災では6400人以上である。つまり、都会ほど災害に弱いことを如実に示している。 富士山の最後の噴火である宝永噴火では、2時間で江戸に火山灰が降って5~8センチも積もった。噴火では心配なことが多い。コンピューターに欠かせないハードディスクが動いている狭い隙間に火山灰が入りこんだら、大いに悪さをする。そもそも、交通も通信も金融も水道も、コンピューター頼みの現代では、江戸時代にはなかった大災害を引き起こす可能性が大きい。火山灰は尖(とが)ったガラスの粉だから、コンタクトレンズと目の間に入ったら角膜を痛めてしまう。豪雨で水に漬かったままの岡山県倉敷市真備町地区の住宅地=2018年7月8日(小型無人機から) 自然災害は首都圏など大都市圏に大きな被害をもたらす可能性がある。人口密度が高く、そのうえ、木造住宅密集地帯を多く抱えている都会では、将来の被害がとても大きいものになることが心配されている。 地震や火山噴火が多くて災害を受けやすい日本列島が、これからも襲って来る地震や火山噴火だけではなく、「気象の凶暴化」によって、さらに脆弱(ぜいじゃく)になっている。地震も火山も、そして気象災害も、文明の進歩に伴い、被害が大きくなるに違いないのである。■ 豪雨報道より『鶴瓶の乾杯』を優先した首都圏NHKが嘆かわしい■ 死者47万人「スーパー南海地震」の条件はいよいよ整った■ 「記録的」がもたらす未曾有の災害 異常気象からどう身を守るか

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    呉智英が読む平成30年史「日本人はどう変わったか」

    、悪しき平準化が観察できるようになった。 また、平成七(一九九五)年には、社会の「安全」にかかわる大災害、大事件が続いて起こった。 一つは、一月十七日の阪神淡路大震災である。平成二十三(二〇一一)年に東日本大震災が起きるまでは、戦後最大の災害で、伊勢湾台風(一九五九年=昭和三十四年)の死者五千人を超えて、約六千人の死者を出した。 もう一つは、三月二十日のオウム真理教による東京地下鉄のサリン散布事件である。この凶暴かつ異常な宗教団体の犯罪によって、信教の自由論を含む日本人の宗教観は大きくゆさぶられ、治安意識にも変化が現れだした。 六年後の二〇〇一年九月十一日、ニューヨークの世界貿易センタービルにイスラム系テロ組織のハイジャックした旅客機が突入自爆し、二千七百余人の死者が出た。宗教の種類は異なるものの、宗教が常に平和を実現するものとは限らないことを、内外のテロ事件は教えている。米中枢同時多発テロで、ハイジャックされた航空機よって炎上する世界貿易センタービル=2001年9月11日 そして、二〇一一年三月十一日の東日本大震災は、千年に一度の規模の広範な巨大災害であり、「安全」と同時に「国土」という意識をも喚起したと言えよう。死者は約一万六千人にも及び、今なお行方不明者の遺体が発見されている。この大災害は原発破損ももたらし、直後に関東圏から西日本に避難する人たちもあった。保守系の反原発論者の主張には、安全な国土という意識が垣間見られる。 ただ、これほどの大災害にもかかわらず、日本国民は冷静に対応して世界から称賛され、ボランティアなどの支援活動は現在も継続している。「国民意識」が健全な形で定着していたことが、期せずして明らかになったと言えよう。※文中の「中国」は、呉智英氏の「支那」の表記を編集部が変更しています。■憲法上の問題をはらんだNHKの天皇陛下「ご意向」スクープ■新元号をめぐる「タブーなき議論」こそ平成と昭和の差である■本多勝一「中国の旅」はなぜ取り消さない

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    大阪万博がちっとも盛り上がらない

    2025大阪万博の開催が決まった。「経済効果は2兆円」との触れ込みも、開催地以外での盛り上がりはいま一つである。高度経済成長の象徴と言われた前回開催と比べ、その国民的関心の低さが際立つ。正式決定後も、まだ不要論が聞こえてくる大阪万博の是非を考えたい。

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    「大阪万博は夢のまた夢」スーパー南海地震のリスクも考慮せよ

    出た95年の兵庫県南部地震(阪神大震災)までのおよそ30年間、日本では経済の根幹を揺るがすような巨大災害が発生していなかったことだ。 もちろん、まったく災害が発生しなかったわけではないが、犠牲者が1000人を超える規模はなかった。日本経済の高度成長期からバブル経済期まで、この点で非常に恵まれていたと言える。2025年大阪万博の会場予定地の夢洲(手前)=大阪市此花区 昭和の後半は大きな災害が発生せず、経済成長を謳歌(おうか)できた時代だったのだ。最近、ようやく防災意識が高まりつつあるが、現在社会の中枢を担っている世代の人々の多くは、巨大災害について教育を受けておらず、体験もしていないのである。 そのため、今年の西日本豪雨、マグニチュード(M)6・1の大阪北部地震、台風21号、M6・7の北海道地震などで、適切な対応が取れず、被害が拡大したのは周知の通りだ。 振り返れば、元号が昭和から平成に変わるとバブル経済が崩壊し、そして巨大災害の時代に突入した。そこで政府やマスコミは「未曽有の」「想定外の」という言葉を連発し、また被災した多くの市民も「まさかこの地域で」との思いを口にした。迫る巨大地震の発生 しかし、環境史、開発史、災害史を基礎とした災害リスクの研究をしている筆者からすると、「未曽有の」「想定外の」「まさかこの地域で」などは幻想に過ぎない。たとえばM7以上の地震は、観測時代に入ったこの100年余りで5年ごとに平均3回も発生している。 M6以上だと5年ごとに6回も発生しており、この程度の地震は、決して「未曽有の」ではない。また、津波についても1896年の明治三陸地震で2万人以上の犠牲者が出ている。2011年の東北地方・太平洋地震(東日本大震災)は、しばしば貞観大地震(869年)まで遡(さかのぼ)り、1000年に一度の震災と言われているが、そんなことはない。世界では、M8・5以上の地震は20世紀以降、11回も生じているのである。 そして、筆者はこれまで「スーパー南海地震」が発生する危険性が迫っていることを指摘してきた。政府は、静岡県-三重県-高知県近海の「南海トラフ」を震源とするプレート型地震を警告してきたが、地震の範囲は過去に起きた東海、東南海、南海地震の範囲に収まらない可能性が高い。これがスーパー南海地震と呼ぶゆえんである。 そこで、2025年大阪万博の開催が予定されている「夢洲(ゆめしま)」(大阪市此花区)について考えてみる。夢洲は、現在埋め立てが進行中の人工島だ。標高が極端に低く、津波時には確実に水没する。しかも巨大地震が起きれば広範囲にわたって液状化する。さらに、夢洲に至る交通アクセスは極端に少なく、災害時にここから脱出することは容易ではない。 現在、夢洲では鉄道の延長が計画されているが、万博後は利用者が激減するため、対策としてカジノを含む統合型リゾート施設(IR)の誘致も計画されており、一帯は高層建物が多数乱立することも予想される。すでに東日本大震災の際、大阪湾岸の人工埋め立て地の高層建物では、エレベーターが停止し、多くの人たちが閉じ込められたことを考えれば、スーパー南海地震による被害がいかに甚大になるか、想像に難くない。 そもそも、大阪屈指の繁華街・梅田や大阪市域を南北に走る幹線道路、御堂筋などがある大阪平野は津波で完全に水没する。また、少し離れた大阪城がある上町段丘面(東京の山の手にあたる)の東側に位置する河内平野も津波被害を受ける。スーパー南海地震時に津波の被害からまぬがれる範囲は、大阪城付近のみという悲惨な状態にある。津波でほほ水没する可能性が高い梅田周辺=大阪市北区(産経新聞社ヘリから、彦野公太朗撮影) こうした状況の中、現在、ユーラシアプレートでは、口永良部島、桜島、霧島山新燃岳、霧島山硫黄山、阿蘇山などの活動が活発化している。ゆえに、スーパー南海地震が発生するまでの時間は、かなり近いと考えざるを得ない。 筆者は、大阪万博どころか、2年後の東京五輪すら無事に迎えられるかどうか懸念している。政府は、南海トラフ地震が今後30年以内に発生する確率を「80%」と予測する。当たり前だが、30年以内の中には今日も明日も含まれている。また、地震発生確率というものは、実は0・5%でもかなり高い。これが80%となると、断定しているようなものだ。 そして筆者は、東日本大震災の被害から考察し、スーパー南海地震の津波犠牲者は47万人以上(政府は32~33万人)と推定している。一方、土木学会は今年、南海トラフ地震による経済損失を試算し1440兆円と公表した。これは、日本の国家予算の14~15倍の額である。 こうした現状を踏まえれば、2025年大阪万博の開催は、豊臣秀吉の辞世の句よろしく「浪速のことは夢のまた夢」になりかねない。■ 大阪直下地震で思い出す「増税なくして復興なし」のペテン■ 大阪直下地震は次に起こる南海トラフの前兆か■ 松井一郎手記「安倍総理は本心をごまかしている」

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    北海道電力「ブラックアウト」の裏を読む

    北海道地震では、日本の電力会社で初めて管内すべての電力供給が止まる「ブラックアウト」に見舞われた。直接の原因は震源近くの火力発電所に電力供給を依存していたことだったが、むろん今回の事態はどこでも起こり得る。なぜ電源は崩壊したのか。脆弱な電力供給の背景を読む。

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    「たかが電気」どころじゃない! ブラックアウトの経済的損失がヤバい

    上念司(経済評論家) まずは北海道で被災された方々にお見舞い申し上げます。 日本で初めてのブラックアウトが起きてしまった。これは由々しき問題だ。ご存じの通り、電力の供給と消費は「同時同量」でなければならない。例えば、今年の夏のように猛暑が続くと、昼間の電力消費が急激に増える。電力会社は「同時同量」を維持するために発電所の稼働を上げてそれに備える。もしそれをしなければネットワーク全体がダウンしてしまうからだ。 今回のブラックアウトは消費側ではなく、供給側の発電所が地震によって停止したために発生した。苫東厚真火力発電所は、出力165万キロワットで北海道全体の電力需要310万キロワットの約半分を占めていた。ここが地震で止まったことで、「同時同量」が維持できなくなってしまった。 そもそも、なぜ北海道電力の電源構成が苫東厚真(とまとうあつま)火力発電所に偏っていたのか?  その理由は人災である。すでに指摘されていることではあるが、もし泊原発が動いていれば全道停電などという事態は避けられた可能性が高い。そして、泊原発を7年も停止状態に追い込んだのは菅直人だ。この点に関しては以下の論説に詳しいのでぜひこちらをお読みいただきたい。 澤田哲生「北海道地震、未曽有の大停電は菅直人にも責任がある」(iRONNA 2018/09/07) 技術的な問題は専門家に譲るとして、私は経済的な損失について考えてみたい。まず停電によって失われる経済的な付加価値について考えてみよう。電力中央研究所は次のように試算している。産業連関表(2005年、ただし全国版4)によると、生産活動に中間投入される電力(の金額)は、GDPの2・3%程度であり、その逆数をとると約44である。短期的には電力は代えが効かないとみると、経済活動は、電力コスト1の投入を前提に、その44倍の付加価値を生み出しているという言い方ができる。 需給対策コストカーブの概観 (今中健雄 電力中央研究所 社会経済研究所) では、この44倍という数値を今回のケースに当てはめてみる。被害を受けた北海道電力の発電コストは部門別収支計算書(平成29年4月1日から平成30年3月31日まで)に書いてある。これによれば、電気事業費用の総計は6564億円だ。これを365日で割ると、1日当たりの発電コストが17・9億円になることがわかる。これを44倍した791億円が1日の電力コストを消費して得られる経済的な付加価値だ。 今回のケースではブラックアウトは約2日間だったので、その分の経済的付加価値の損失は1582億円と試算される。避難所となった小学校の体育館。停電のため被災者はランタンや懐中電灯などをともし、不安な夜を過ごした=2018年9月6日、札幌市東区 ここまでがすでに失われた経済的付加価値だ。しかし、損失はこれにとどまらない。今後も続く電力不足による経済的な悪影響についても見積もる必要がある。 北海道電力の不眠不休の努力によって、全道停電状態は9月8日の昼頃には解消した。しかし、実際のところはギリギリの綱渡りだ。苫東厚真石炭火力発電所の完全復旧にはまだかなりの時間を要すると見られており、それまで電源不足は続く。既述の通り、電力は「同時同量」なので、供給側に余裕がないとこの近郊が崩れかねない。再びバランスを崩せばブラックアウトに逆戻りだ。損失は年間で5000億円 そうならないようにするために、今緊急にできることは需要側の制限だ。そのため、政府および北海道電力は東日本大震災の時に実施したのと同じような計画停電の検討をしているとのことだ。ただ、現時点(9月9日)ではまだ具体的な実施計画は決まっていない。 とはいえ、仮にこれが実施されたとすると、経済的な損失はさらに拡大する。東日本大震災の計画停電に伴う経済的な損失については以下のような試算があった。三菱UFJモルガン・スタンレー証券チーフエコノミストの佐治信行氏が一定の前提を置いたうえで試算したところによると、1都8県(東京都、茨城県、栃木県、群馬県、埼玉県、千葉県、神奈川県、山梨県、静岡県の一部)の対象地区が3時間の停電を4月末まで続けた場合、5・4兆円、1年間のGDPの1・04%が失われる。(ロイター 2011/03/15) 実際には複雑なサプライチェーンがあり、どのような影響がでるのか試算は難しいが、ざっくり県内生産額で比較すると今回の被災地は東日本大震災の被災地の10分の1位程度になる。これを単純に当てはめると、仮に東日本大震災の時と同程度の期間計画停電が行われるとするなら、損失は年間で5000億円程度になる。 また、仮に計画停電がなかったとしても、いま政府が呼びかけている20%の節電は現実に続いている。先程の試算に基づくなら、20%の節電によって失われる経済的な付加価値は1週間あたり1107億円だ。果たしてこれだけで済むかどうか、予断を許さない。 ここまで試算した停電に伴う損失を合算すると累計損失額は最低でも2700億円、最大で6600億円にもなる。これはあくまでも試算だが、停電に伴う経済的な損失はこれほど膨大な数字となるのだ。「たかが電気」などと揶揄していたミュージシャンがいたそうだが、ぜひこの損失金額を見てよく考えてほしいものだ。 ちなみに、北海道電力が泊原発の再稼働に向けた安全対策の予算は約2000~2500億円である。この損失額に比べれば安いものではないだろうか? 北海道電力は24日、泊原子力発電所(泊村)の再稼働に向けた安全対策に2011年度から18年度までの8年間で2000~2500億円を投じると発表した。原子力規制委員会の新規制基準に対応するため、従来計画より5割ほど増やす。11月を想定していた再稼働時期については、記者会見した真弓明彦社長が「かなり厳しい」と発言し、12年5月から続く停止期間が長引く見通しを示した。 北電、泊原発の安全対策に2000億円超 8年間で(日経新聞 2015/3/25) 東京工業大先導原子力研究所助教の澤田哲生氏によれば、今回の地震で泊原発が観測した揺れはせいぜい10ガル以下である。泊原発は100~300ガルの揺れを観測すると安全のため緊急停止するが、10ガル以下では全く運転に支障はない。もし泊原発が再稼働済みだったら今回の地震では停止せず運転を続けていた可能性が高い。泊原発の1号機と2号機は57・9万キロワット、3号機は91・2万キロワットの出力がある。3基とも稼働していたら出力の合計は苫東厚真石炭火力発電所の出力165万キロワットを上回る。おそらくブラックアウトもなければ、計画停電も不要だったのではないか? 仮に一時的な停電が発生していたとしても、復旧は早く被害は桁違いに少なかっただろう。電気の復旧作業を行う作業員ら=2018年9月10日、北海道厚真町(松本健吾撮影) 今回、全電源が停止したことによって、人工透析を受けている人、ICUで処置中の人に多大なる迷惑がかかっていたと聞く。電源喪失は人の命に関わる問題であることを再認識すべきではないだろうか? 原発をタブー視して議論を避けてばかりでは何も始まらない。泊原発の地震対策について具体的に議論し、安全な再稼働を検討すべき時期に来ていると私は思う。

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    北海道大停電、真のリスクは泊原発「チェルノブイリ級核爆発」だ!

    藤原節男(原子力安全基盤機構元検査員) 9月6日深夜3時8分、北海道胆振(いぶり)地方を襲った大地震で、泊原子力発電所が外部電源喪失となり、非常用ディーゼル発電機が自動起動した。北海道電力最大の火力発電所である苫東厚真発電所が緊急停止した影響で、他の発電所がダウンしたためだという。 原子力発電所には、設計基準事象の事故を起こした時の安全確保のため、原子炉を止め、原子炉や使用済み燃料プールにある燃料を冷却(崩壊熱除去)し、放射能の放出を閉じ込めるために安全上重要な設備がある。この「安全上重要な設備」の電源には、外部電源または非常用ディーゼル発電機を用いる。 地震により、原子炉を停止した場合に、外部電源喪失と、非常用ディーゼル発電機の起動失敗が重なると、福島原発事故の二の舞となる。したがって、外部電源の信頼性は非常に重要である。 北海道電力のプレスリリース(2011年5月16日)には「泊原子力発電所の外部電源は、信頼性が確保されている」との記述がある。 しかし、今回の外部電源喪失は、真弓明彦・北海道電力社長によれば、「極めてレアなケース。すべての電源が落ちるリスクは低いとみていた」とのことであった。総出力165万キロワットの苫東厚真発電所がダウンして、実際に、北海道全域の交流電源が失われたのなら、「極めてレアなケース」とは言えない。偏った電力系統構成を変更し、電力の需給を適正にコントロールしないと、泊原子力発電所は「現在も、極めて供給信頼性のない送電線により電力系統に接続されている」ということになり、北海道電力は結果的に「虚偽報告」を行ったことになる。 私はこれまで、2011年に爆発した福島原発3号機と同じような危険性が、泊原発3号機もあると警告してきた。  さかのぼること2009年3月、独立行政法人「原子力安全基盤機構」の検査員だった私は、泊原発3号機の安全性について上司からの改ざん命令を拒否し、4件の公益通報を行った。それは、検査員としての職務を全うするためであったが、原子力村組織により公益通報は、ないがしろにされ、結局それがために職を追われるという不利益を被った。そこで「このままの原子力村組織では、いずれチェルノブイリのような大事故が生じるに違いない」と考え、120%敗訴を覚悟で、原子力公益通報裁判に訴えた。 私が行った4件の原子力公益通報は下記の通りである。(1)泊原発3号機使用前検査での記録改ざん命令について(2)その記録改ざん命令の是正処置を行わず、問題を放置したJNES(原子力安全基盤機構)組織のあり方について(3)1999年に敦賀2号機で起きた再生熱交換器連絡配管破断事故の原因究明をめぐる問題について(4)JNES(原子力安全基盤機構)において、検査ミスを報告する際に本来の報告書を使わず、簡略化した書式(裏マニュアル)で済ませていることについて 11年3月8日、いつまでたっても公益通報を記事にしない経産省記者クラブの記者たちに、私は「このまま公益通報を記事にしないで、公益通報(内部通報)が無視されている状態が続けば、明日にでもチェルノブイリ級の大事故が生じる。すぐに記事にしてください」と警告メールを送った。 東日本大震災、そして福島原発事故が発生したのは、その3日後、3月11日のことだった。3月14日午前11時01分の福島3号核爆発は、まさに原子力公益通報「泊3号減速材温度係数測定検査」と同じ原理であった。福島第1原発4号機のオペレーションフロア(5階)から見た3号機、その奥が2号機(水色の建屋)=2012年5月、福島県大熊町(代表撮影)  福島原発事故以降は、日本最強の脱原発弁護団を擁して、東京地裁から東京高裁、最高裁へと舞台を移しながら闘った。しかし、いかんせん、行政府に支配された裁判所では、健闘むなしく全面敗訴という結果に終わった。これら全ての経緯は、私の著書『原子力ドンキホーテ』(ぜんにち出版)に、実名記録としてまとめている。福島との共通点 11年3月14日午前11時01分に爆発した福島3号。この爆発は後述する「福島3号核爆発の理論」の解説の通り、福島3号使用済み燃料プールでの核爆発であった。これと同じ原理で、泊3号の原子炉も同じように核爆発を生じる危険性がある。 福島3号核爆発は、まさに私が行った原子力公益通報「泊3号減速材温度係数測定検査」と同じ原理であった。 福島3号核爆発では、使用済み燃料プールが沸騰している時に、使用済み燃料プールの水面上方にて水素爆発があり、その爆発圧力が水面下に伝搬して、沸騰水中のボイド(気泡)が急激に小さくなることにより、正の反応度が添加され、それが結局核爆発の原因となった。これと同じことが、泊3号でも生じる危険性がある。 そのリスクのひとつが、制御棒引き抜き事故だ。泊3号、というより加圧水型軽水炉では、制御棒引き抜き事故を「原子炉の中で、反応度効果最大の制御棒1本が、何らかの事故で急激に引き抜かれる」事故であると定義して、「反応度効果最大の制御棒1本が、何らかの事故で急激に引き抜かれても爆発を生じることはない」と解析している。 これは言い換えれば、制御棒2本以上が引き抜かれる場合には、核爆発が生じる可能性があるということに等しい。特に、泊3号の燃料は高性能燃料55GWD/T(ギガワットデイ/トン)、すなわちウラン高濃縮度燃料を用いていており、09年3月にも泊3号減速材温度係数測定検査で安全性に問題がある兆候があった。  また、混合酸化物(MOX)燃料を用いる場合にも、同じく核爆発が生じる可能性が強くなる。ちなみに、加圧水型軽水炉よりも沸騰水型軽水炉の方が、原子炉での核爆発の危険性が高い。沸騰水型軽水炉の原子炉容器内水素爆発及び制御棒引き抜き事故が該当し、福島3号核爆発と同じ現象を生む可能性がある。 福島3号使用済み燃料プールは、満水状態で未臨界となるように設計していた。しかし、沸騰状態で臨界になる欠陥設計であった(上図の通り)。最適臨界点に到達するまでは、軽水のボイド(気泡)反応度係数は正(プラス)。最適臨界点に到達した後の、軽水のボイド反応度係数は負(マイナス)。欠陥設計は、使用済み燃料稠密(ちゅうみつ)保管、ボロンステンレス(またはボロンアルミニウム)採用、MOX燃料保管にも関係がある。 実際に発生した現象は、以下の通りだ。(1)全交流電源喪失により、使用済み燃料プール冷却用ポンプが作動しなくなり、使用済み燃料からの崩壊熱除去ができなくなった。それで使用済み燃料プール水は、崩壊熱により、沸騰を始めた。(2)徐々にボイド率が増し、A点(臨界)に達すると、使用済み燃料からの崩壊熱に、核反応熱が追加となり、ボイド率がすぐにA点からB点に移行して、安定的な遅発臨界状態となった。これは、以下に示す図1での「自己制御あり」の状態である。(3)福島3号5階(オペレーションフロア)では、水の放射線分解による水素ガスが蓄積してきた。原子炉格納容器からの水素ガス漏れも追加されたと推測される。その水素ガスが発火して、水素爆発が生じた。発火原因は、制御用直流電源と制御装置スイッチ作動と推測される。(4)水素爆発により、急激な圧力が使用済み燃料プール水面から水中に向かい発生した。そのため、急速にボイドが消滅し、反応度が急激に増加した。反応度が増加して発生熱が増えても、深さ10mの水の慣性により、臨界場所の圧力は減少しなかった。さらに圧力が増加して、さらにボイドが消滅し、最適臨界状態に近づいた。このため、即発臨界(核爆発)となった。これは、図1での「自己制御なし」の状態である。沸騰水型でも核爆発の可能性 沸騰水型原子炉で、主蒸気の流れが遮断され原子炉圧力が急上昇した場合には、ボイドがつぶれ、正の反応度が添加され、原子炉出力が急上昇する。この場合、実際の運転では、制御棒、タービンバイパス弁、主蒸気逃がし安全弁を作動させて、原子炉圧力の急上昇を防止する自動制御が行われる。この自動制御に失敗すると、沸騰水型原子炉でも核爆発の可能性がある。 福島3号使用済み燃料プールは、自動制御装置のない沸騰水型原子炉となっていた。原子炉内での過渡変化に伴う反応度の増減効果を、正または負の反応度効果と言い、その増減率を反応度係数と呼ぶ。 例えば、沸騰水型原子炉において、減速材の温度上昇に伴う蒸気の泡(ボイド)の発生量の増加現象は、減速材の密度低下による中性子減速効果の減少をもたらすので、負の反応度効果である。すなわち温度が上がってボイドが多くなると核分裂が減って温度が下がる。また、燃料集合体の温度上昇はウラン238の中性子吸収確率を増加(ドップラー効果)させるので、やはり負の反応度効果である。つまり燃料ペレットの温度が上がると、ドップラー効果で核分裂が減って温度が下がる(自己制御性)。 原子炉の温度変化に伴う反応度係数を反応度温度係数と呼び、通常は温度係数と略称される。温度係数には燃料の温度変化による燃料温度係数、減速材の温度変化による減速材温度係数、ボイド発生量によるボイド係数がある。その他には原子炉出力による反応度出力係数や反応度質量係数などがある。 原子炉を安全に運転するためには、原子炉全体の出力増加に伴う反応度出力係数が負の値となるように原子炉が設計されていなければならない。旧ソ連のRBMK-1000型原子炉は正の出力反応度係数を持つ原子炉であったため、常に何本かの制御棒を原子炉内に挿入しておく必要があった。そのため規定以上の数の制御棒引き抜きは禁止されていて、運転規定にも明記されていたものの、理由の説明が操作員に徹底されていなかった。蒸気タービンの惰力運転試験のために操作員が原子炉出力を上げようとして規定以上の数の制御棒を引き抜いたことが、チェルノブイリ原子力発電所の事故原因とされる。 次に、活断層による耐震基準の問題点について述べたいと思う。現在の耐震基準では、活断層の長さや活断層面積と、地震の大きさ(マグニチュード)との相関関係図から、エイヤ(概算)と公式を作成して、原子力発電所サイトでの地震の大きさ(マグニチュード)を決めている。公式は、地震の最大値を算出するものではなく、地震の平均値を算出する公式である。したがって、公式通りであれば、未来の地震の半数は、耐震基準を超えることになる。実際に多数の耐震基準オーバーが起きている。  そもそも「活断層の長さや活断層面積から、そこで起こる最大の地震を予測できる」という理論的根拠が薄弱だ。「断層が動いて、地震を引き起こすのではなく、別の原因で地震が生じ、その結果、地震が原因で活断層が生じた」という可能性がある。例えば「マグマの熱によって深層水(超臨界水)が水素と酸素に解離して、その水素と酸素が再結合する時に爆発、爆縮(ばくしゅく)が生じて、その結果、地震、活断層が生じる。断層は地震の傷跡である」という、石田地震科学研究所所長の石田昭氏の学説(注)がある。過去の計測記録データからは、この「巨大地震は解離水の爆縮で起きる」という石田氏の学説の方が真実味がある。  断層が動いて地震を引き起こすのではなく、別の原因で地震が生じ、その結果、地震が原因で活断層が生じたのであれば、活断層面積から、そこで起こる最大の地震を予測できないということになる。 私の「地震学新説」 なお、「大陸プレートと海洋プレートの境界面では、水が大陸プレートと化学反応で結合する。そして、大陸プレートの底部に水素や酸素が多く、軽いマグマを発生させる。富士山のような噴煙型火山では、マグマが浮上、噴出する際に、マグマ圧力低下とともに、マグマが溶岩と水蒸気に分離し、噴煙型火山を形成する」というのが火山学の通説だ。そうであれば、私も以下の通り、「地震学新説」を唱えたいと思う。  2011年3月11日東北地方太平洋沖地震のような、大陸プレートと海洋プレートの境界面での地震では、海山が地中に滑り込んだ場所のような「地殻のひずみがたまっている場所」で、弾性バネがはじけるようにして、地震が生じるというのが地震学の通説である。 しかし、地殻に弾性バネのような弾性があるはずがない。「弾性バネがはじけるようにして、地震が生じる」というところに無理がある。そこで、私の地震学新説では、このような地殻のひずみがたまっている場所では、海洋プレートの境界面での水が原因で、大陸プレートに薄いマグマ層を発生させ、そのマグマが潤滑剤となり、ハイドロプレーン(水膜)現象のように大陸プレートが滑ると考える。 そのように考えると、大陸プレート内の地震も、活断層が動いて、地震を引き起こすのではなく、地殻のひずみがたまっている地層境界面での水や温度、圧力が原因で、マグマ層を成長させ、そのマグマが潤滑剤となり、ハイドロプレーン現象のように地層が滑る。マグマ層の成長が原因で地震が生じ、その結果、地震が原因で、活断層が生じたということになる。  現在の原子力規制庁に該当する「原子力安全基盤機構」の検査員だった私の考えは、妄信的原子力推進でなく、原子力安全(原子力品質)に万全を期すことであった。それが、検査員の立場であった。そのための原子力公益通報であった。しかし、それは「日本株式会社原子力村支社」により排除された。原子力事故の怖さを知り、職業倫理観を持っている技術者が排除されることを私は身をもって知った。北海道電力泊原発=北海道泊村、2015年9月 原子力村は「赤信号、みんなで渡ればこわくない」の体質であり、今の原子力村技術者は、上司の言いなりで「権力組織の歯車」に成り下がっている。 品質(安全)マネジメントシステムが機能していない。事故再発防止システムが機能していない。すなわち、PDCA(プラン、ドゥ、チェック、アクション)が機能していない。国際原子力機関(IAEA)も、プルトニウム不拡散(NPT)の機能だけに特化しており、原子力の安全には役に立たないのが現実なのだ。 以上、泊原発と日本の原発を取り巻くさまざまな問題点について述べた。今回の北海道地震による全域停電を受け、原発推進派が泊原発の再稼働をアピールしている。私は断固として泊原発の再稼働に反対する。<参考> 書籍 石田昭『巨大地震は「解離水」の爆縮で起きる!』(工学社) 動画「地震は解離した水の爆発現象である」

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    「原発を止めるリスク」北海道大停電が教えてくれた再稼動の意義

    6日夜、停電のため、ガソリン式の発電機を使い、一酸化炭素中毒で死亡した。こうした人の命にかかわる激甚災害を作ったのは、原発を何の法的根拠もなしに運転を停止させて再稼働させない規制によってもたらされた人災である。要は「原発を止めるリスク」は非常に高いのだ。 そもそも、変動電源である太陽光、風力は火力や原子力、水力などの安定電源が動いていないと接続できない。北本連携線の本州からの直流送電も、道内火力が動いていないと交流に変換できない。送電網の「素人集団」である原子力規制委はこのようなこともご存じないらしい。真冬の北海道で同じ事態が起きたらそれこそ何万人にも凍死する事態になる。原子力規制委も政府も、原発を止めているリスクの高さを認識していない。 この大停電のリスクを筆者は櫻井よしこ氏との共著『それでも原発が必要な理由』で警告しているが、本来ならこの全道大停電の人的・経済的大損失の責任を原子力規制委と政府が負わなければならない。 厚生労働省によると、地震の影響で北海道内の376の病院で停電し、そのうち11の病院は災害拠点病院で自家発電機を使って対応した。水などが使えない病院も82施設あり、医療ガスが使えない病院が11施設に上った。 また、日本透析医学会によると、停電の影響によって北海道内で透析ができなった医療施設が17施設に達した。透析が3日間できないと深刻な事態になる。また、病院などの冷蔵庫に保管されているワクチン、例えばインフルエンザ、ジフテリア、ポリオ、風しん、ボツリヌス、肝炎、日本脳炎、狂犬病などあらゆる種類の病気や検査のワクチンも2℃から8℃の間で保管されていなければならず、10℃を超えると廃棄しなければならない。原発は電源の中で「最強」 地震による建物の倒壊で骨折したり、頭部をけがして救急搬送されてきた患者のX線撮影やCTスキャンによる頭部検査もできない。実際、外来患者の受け入れを中止した病院も多かった。手術や現在の高度な医療も電気に支えられているのだ。震災時にこそ、医療が重要になるのは言うまでもない。 また、北海道の主力産業である酪農も打撃を受けた。乳牛の搾乳機が使えなくなると乳牛は乳房炎にかかりやすい。さらに、ミルクが絞れたとしても今度は、出荷できない。ミルクが廃棄されたことも報道されている。 そして物流への影響も大きかった。ガソリンやディーゼルエンジンの燃料である軽油などの流通が滞り、苫小牧埠頭では、停電の影響でタンカーで運ばれたガソリンや石炭などの荷降ろしができなくなった。タンクローリーに移すにもポンプを回す電力が要る。 長距離トラック便や、道内の鉄道貨物の輸送も停止した。物流が滞ると野菜などの農産物、乳製品の出荷もできないだけでなく、百貨店やスーパー、コンビニなどの食料品の冷凍ができなくなる。本州へ送られる収穫期のジャガイモやタマネギなどの農作物が輸送できずに山積になったという。 一方、新千歳空港では8⽇早朝に国際線ターミナルビルの閉鎖が解除されるまで、国際線の運航が停止した。7⽇に再開した国内線は乗務員の⼈繰りなどのため36便が⽋航。約1200⼈が空港に宿泊した。9⽇にも国内線28便が欠航。JR北海道では、8⽇になっても一部の普通列⾞やすべての特急列⾞を含む855本が運休した。札幌と帯広、釧路を結ぶ特急は運休が続いた。この時期、北海道を訪れる人は多く、観光客への影響も甚大だった。運航が再開され帰国する外国人観光客らで混雑した新千歳空港の国際線ターミナル=2018年9月8日 ではなぜ、このような全道停電という事態に陥ったのか。そもそも、耐震補強を徹底的に施した原発に比べ、火力発電所は地震に弱い。ボイラーの伝熱管群は、熱膨張を避けるために垂直に数十メートルの長さがあり、上部で吊っているので今回のように直下型の縦揺れには弱いのだ。運転中は高温高圧になった伝熱管群が数十センチも下方向に伸びて下がってくるので、垂直方向には固定できない。 このため、1、2号機のボイラーの伝熱管が損傷し、高温高圧の蒸気が吹き出した。4号機はタービンで火災が発生し、復旧にはケーシング(建具材)が冷えるまで待ち、分解点検して修理しなければならないので、修理期間は約1カ月と報じられている。その一方で、原発の燃料集合体は厚さ約20センチもある鋼鉄製の原子炉容器に収納されており、接続される配管も太く堅牢(けんろう)だ。 つまり、最新補強工事が徹底的になされ、地震には非常に強くなっている。ソーラーパネルは台風で飛散し、風力発電所も倒壊したことが報じられている。このため、原発は現在の電源の中で最も頑健(がんけん)となった。 マスコミ報道やインターネット上には、泊原発が震度2で外部電源が喪失し、もし運転中だったらメルトダウンして爆発する危険性があるというような意図的に原発の危険性を煽る情報がたくさん出ている。日本の再エネ政策は失敗 しかし、原発は今やほとんど全ての自然災害への頑健な対策を取り、震度2程度ではびくともしない。外部電源が喪失したのは、火力発電所のせいであって、泊原発のせいではない。非常用ディーゼル発電機が2台とも起動停止する確率は1/1000以下である。そして、原発は、外部電源喪失や負荷遮断といった外乱は織り込み済みで、設計と実際のハードウエアで対処可能となっている。 少々、専門的になるが、外部電源が喪失し送電もできない負荷遮断状態になると、まず自動的に制御棒が挿入されていき、出力を5%ぐらいまで絞る。蒸気タービンは、余剰な蒸気は、タービンバイパスと言われ、タービンを回さずに直接復水器に放出される。蒸気タービンは回転が続いているから発電が続き、所内動力といって、原発が必要とする電気は自前で供給し、所内単独運転という状態で待機する。 水力発電所などが運転を再開すれば、その給電で、運転を再開できる。非常用ディーゼルが起動するのは、所内単独運転に失敗したときのみだ。このときは、タービン動補助給水ポンプにより蒸気発生器に給水され、主蒸気逃がし安全弁から蒸気が放出されて、蒸気発生器を介して原子炉が冷却される。 タービン動補助給水ポンプが起動に失敗しても、電動給水ポンプが代わりに給水する。さらにこれらに失敗しても、たくさんのモバイル電源、非常電源、給水車などが所用台数の2倍以上も準備されており、炉心損傷確率は隕石の落下確率以下となっている。さらにフィルタベントが設置されるので、万が一の炉心損傷が発生しても、放射性物質は濾(こ)し取られ、地元の汚染は防止される。今や原発の安全性は、3・11前の原発とは比較にならないほど頑健になっているのである。 ここまで書くと、もはや原発を動かすリスクよりも、止めているリスクの方が高いことが分かる。原発を止めることにより、大停電のリスクは上がり、二酸化炭素の排出は増える。太陽光や風力では火力によるバックアップがないと運転できないので原発を止めると二酸化炭素の排出が増え、地球温暖化のリスクが上がる。札幌市の地下歩道に立ち、節電を呼び掛ける北海道電力の社員ら=2018年9月9日 ゆえに、太陽光や風力が原発の設備容量を上回るほど普及したドイツや日本で二酸化炭素は減っていない。1キロワット時の電気を得るのに、排出する二酸化炭素の質量で比較すると、ドイツも日本も先進国の中で最悪の二酸化炭素排出国なのだ。 ドイツと我が国の再エネ政策は失敗しており、経済産業省と政府は第5次エネルギー基本計画を見直す必要がある。世界一になった太陽光に見切りを付けて原子力に大きく舵を切った中国の選択は正しいと言える。ちょっとデータをみれば、そうすべきことはだれでも分かる。このような重要なデータを報じないマスコミの責任も重いと言えるだろう。

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    大停電は天災だけではなく地球温暖化でも引き起こされる

    主力とし大きく依存せざるを得なかった事情は、戦後の日本のエネルギー供給の歴史に遡る。 今回の停電は、災害により引き起こされたが、米国カリフォルニア州では、乾燥時に送電線が切断され火花が出ることが山火事の原因ではないかとの疑いが出ており、電力会社が山火事を避けるため乾燥時に送電を停止し、強制停電を行う可能性が出てきている。停電の備えを米メディアが報道しているが、停電の際に参考になると思われるので、これを本稿の最後にまとめている。 乾燥による大規模な山火事は、米国に留まらず今年ポルトガル、ギリシャ、スウェーデンでも発生している。ギリシャでは91名が犠牲になったと報道された。いずれも地球温暖化が引き起こす熱波と干ばつが原因とされているが、欧州では雨が降らない猛暑により、太陽光発電の発電量が平年比で大きく伸びる一方、太陽光より発電量が大きい風力の発電量が、安定した天候のため大きく落ちる状況になっている。※画像はイメージです(GettyImages) 再生可能エネルギーの今後の導入量は、欧州では風力を中心に増加するとの予測だが、温暖化による猛暑、少雨という安定した気候が将来も続くとなれば、温暖化により風力発電量が減少し、停電が引き起こされる可能性があるということになる。 第二次世界大戦直後、日本の電力供給の主体は水力だった。豊富な水資源を利用する発電用ダムが世界銀行などの資金を活用し建設された。水力発電は、設備を建設すれば燃料代も不要な競争力のある発電方式だ。やがて、経済成長の開始に伴い電力需要量が急増し北海道、九州、常磐などで生産が行われていた国内炭を利用する石炭火力が建設された。1960年には国内の石炭生産量は5000万トンを超えていたが、この頃から利便性が高い石油に需要が移り始める流体革命が起こる。北電は矢面に立たされた 石炭への需要落ち込みを受け経営の合理化を図りたい経営陣と炭鉱労働者が対峙し、総資本対総資本の対決と呼ばれた1960年の三井三池争議を契機に、国内の石炭生産量は坂道を転げ落ちるように減少し始める。この国内炭の状況を変えたのは、1973年のオイルショックだった。原油価格が4倍になったことから、世界では石炭が注目を浴びることになったが、日本で最も問題となったのはエネルギー供給を原油に依存している状況だった。オイルショック当時、日本のエネルギー需要量の4分の3以上は主として中東の原油により供給されていた。 エネルギー源の多様化と自給率向上策を迫られた日本政府は、採炭条件の悪化により生産数量の減少が続いていた国内炭の年産量2000万トン維持を打ち出す。しかし、採炭条件が悪い日本の石炭価格は高く、原油との競争力はなかった。さらに、80年代初め豪州などから燃料用一般炭輸入が開始された。輸入炭の日本着価格5000円に対し、国内炭価格は2万円に近く、国内炭はますます販売が厳しくなり、80年代には北炭夕張炭鉱、三菱高島炭鉱、三井砂川炭鉱の閉山が相次ぎ、1987年には生産数量を見直した年産1000万トン体制の政策が打ち出された。 国内炭生産維持のため、国内で生産される燃料用一般炭引き取りに電力業界も協力したが、その矢面に立たされたのは、北海道の炭鉱の隣接地に発電所を建設していた北電だった。しかし、内外価格差があまりに大きく、90年代には住友赤平炭鉱、三池炭鉱、池島炭鉱などが閉山し、1000万トン生産体制維持政策は2001年度に終了した。2002年の太平洋炭鉱(釧路)の閉山を以て、日本の坑内掘り炭鉱はその歴史を閉じ、生産は比較的価格競争力がある北海道内陸部の小規模露天掘りと研修用として残された坑内掘りだけになった。現在も年間約120万トンの生産が行われている。 依然として生産が行われている国内炭を主として使用しているのは内陸部に建設された北電の発電所だ。驚くのは、その運転開始時期だ。表-1の通り、1960年代、70年代の設備が主体であり、35年以上利用されている発電所ばかりだ。燃料効率も悪く、露天掘りとはいえ、輸入炭との比較では相対的に価格が高いと思われる国内炭を使用していることから発電コストも安くはないだろう。表1 北電の火力発電所 北電は石油火力も保有しているが、石炭との比較では燃料費は高くなる。今年3月の輸入価格を元にすると、1kW時当たり石炭3.8円に対し石油は11円と約3倍になる。コストを抑えるためには、石油火力の利用は抑制する必要がある。電源を分散できない事情 競争力のある電気を提供するため、北電が建設したのが太平洋側の苫東厚真石炭火力発電所だった。豪州などから大量に輸入することで輸送コストの引き下げを狙った大規模な発電所になった。さらに、日本海側に泊原子力発電所を建設した。北電の最大電力需要量と販売電力量の推移は図の通りだ。 需要は伸び悩んでおり、大規模火力と原発を建設すれば、これ以上の設備を分散し建設することは経済性の面から難しい。さらに、冬の気象条件が厳しく、海外から燃料を輸入する大規模港湾を必要とする発電所を北部に建設することは難しいという地理的な制約もある。 国内炭引き取りのため維持が必要な内陸部の老朽化した石炭火力発電所、石油火力、大規模輸入炭火力、原発を抱える北電が、これ以上の設備の多様化を進めるのは経済性の面から無理だったが、泊原発の停止が長期化していることから、石狩湾に液化天然ガス火力を今建設している。しかし、自由化された電力市場では将来の電気料金が不透明なことから、新規設備への投資にはどの電力会社も慎重になる。設備の更新が自由化市場では遅れることになり、北電も老朽化した設備を簡単に更新することは難しいだろう。 電源を分散しておけばと言うのは簡単だが、非常時に備えて電源の予備を用意すれば、それは電気料金上昇に結び付く。電気料金は産業の競争力、家庭生活に大きな影響を与えるので、余分な電源を用意し高い予備率を維持している電力会社はない。欧州は、送電網が連携しているため発電所の故障時に他の電源から電気を送れる可能性は高いが、列島の形状から南北方向にしか連携が難しい日本で欧州のような連携は地理的に難しい。その欧州でも再エネ設備量の増加により電力供給に問題がでてきている。 今年猛暑が続いた日本と同じく、世界の多くの国でも猛暑が続いた。欧米では、日本と違い雨が殆ど降らず、熱波が襲った。スウェーデンでは氷河が溶け最高峰の山頂が4メートル下がり、スイスでは気温30度が続き警察犬が靴を履き、ポルトガル、スペイン南部では8月上旬45度、46度を記録し、熱中症で亡くなる方が出た。図 北電の電力需要 高温で雨が降らず安定した気温だったので、太陽光発電量は各地で大きく増加した。ドイツでは7月の平年日照時間212時間が今年は305時間になった。7月ドイツの太陽光発電量は67憶kW時となり史上最高を記録した。安定した気温なので風は吹かず、風力発電量は前年同期比20%減の45億kW時と大きく減少した。停電に備える10のポイント 再エネ導入量比率の高い、ドイツとデンマークの6月、7月の太陽光、風力の発電量は表-2の通りだ。表2 ドイツ・デンマークの再エネ発電量 風力発電に供給量の半分近くを依存しているデンマークは、落ち込みを補うため隣国よりの電力輸入量を増やした。欧州では、太陽光発電設備に関する補助制度の見直しが続き、太陽光発電設備導入量は急減した。一方、稼働率が相対的に高い洋上風力設備の導入量は増加している。2017年の欧州の累積導入量1578万kWは2030年には7020万kWに伸びると欧州風力発電協会は予想している。 温暖化対策として逆風が吹く石炭火力設備を廃棄し、洋上風力設備で置き換える動きが続けば、やがて温暖化により天候が安定した猛暑が欧州で多発し、洋上風力設備の発電量が大きく減少、停電の可能性も出てくることになる。 カリフォルニア州では、昨年、今年と大規模な山火事が発生した。州消防庁は、昨年カリフォルニア州北部で発生した12の山火事の原因として地元電力会社PG&Eの送電線の切断あるいは電力設備からの火花をあげた。電力会社が山火事の責任を負うかどうかで今年の夏カリフォルニア州議会では議論が行われたが、今年7月、PG&Eは送電線が山火事の原因と疑われたことから、乾燥し、強風が吹く時には送電を停止し強制停電を行う可能性があると警告を発した。 強制停電への備えを米のメディアは次のようにまとめている。今回の停電を契機に我々も学んだことが多いが、参考になる。1 携帯電話をフルに充電しておくこと2 携帯電話を数回充電可能な大容量バッテリーを用意すること3 ラジオとLEDライト用の電池を用意すること4 内燃機関自動車であれば、半分以上給油しておくこと。ガソリンスタンドは電気で動いている。電気自動車はフルに充電しておくこと5 現金を十分に用意しておくこと。ATMは電気がないと動かない6 パソコンを電源から外しておくこと。電気が回復した時に損傷する可能性がある7 プラスチック・コンテナーを氷で満たしておくこと。蓋を開けなければ食品は48時間持つ。冷蔵庫はドアを開けなければ約4時間冷蔵は保たれる8 家族は緊急連絡リストを紙で持つこと。携帯電話の電池が切れたときに必要9 腐りにくく直ぐに食べられる物(ツナ缶、クラッカー、ドライフルーツなど)と水を用意すること10 必要と思われる薬を用意すること(ABC 30 action newsから)やまもと・りゅうぞう 常葉大学経営学部教授。住友商事地球環境部長等を経て現職。経済産業省地球温暖化対策技術普及等推進事業審査委員会、東京商工会議所エネルギー・環境委員会委員などを務めている。近著に『電力不足が招く成長の限界』(エネルギーフォーラム)。

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    巨大地震発生 電車内ではどこに乗り、どう動けば安全か

    頭に乗るか、後方に乗るか】 これは「地震が起きた時に、どちらに乗っているほうが安全か」という話だが、災害危機管理アドバイザーの和田隆昌氏は、「基本的には先頭車両が最もリスクが高い。過去の衝突・脱線事故の死傷者のほとんどは先頭車両と2番目の車両に乗っていました」 と語る。そのため、電車に乗る時は必ず3両目以降に乗るようにしていると和田氏はいう。ただし、脱出しやすさの観点では、話は別だ。都市防災に詳しい、まちづくり計画研究所所長の渡辺実氏がいう。緊急停車した電車から降り、線路を歩いて避難する乗客=2018年6月18日、奈良市(神田啓晴撮影)「地下鉄は最前部と最後部の車両に脱出ハッチがある。それを早く使えるのは先頭か後ろの車両です」【満員電車ではドア近くに立つか、奥に立つか】 ドア付近のほうが危険なイメージがあるが、和田氏は「中央のほうが危ない」と断言する。「満員電車の中央にいると、電車が急停止した時に前方向に流されて将棋倒しになり、圧死する危険性がある。一方、ドア付近なら、座席の脇に隠れる格好になり、衝撃を受けにくいというデータがあります」【地下鉄では、車内にとどまるか、外に出るか】 地震で地下鉄がストップしたら、怖くて車両の外に避難したくなりそうだが、「基本的に出ないほうがいい」と和田氏はいう。「地下鉄にはすべて非常電源が入っています。一時的に停電で停止しても、脱線しない限りは駅まで移動してドアが開くようになっている。逆に人が車外に出ると車両が動かせなくなってしまいます」 慌てて車両の外に出ると、他の乗客に多大な迷惑をかけることになるのだ。しかも、丸ノ内線などでは線路近くに高圧電流が流れているので、感電死する危険性もある。電車が最寄りの駅に着くまで、車内でじっとしていよう。関連記事■ 首都直下大地震 東京ドーム内にいたらどう動くのが安全か■ 東京ほか13都市の巨大地震発生時をシミュレートした本登場■ 地震学者 房総半島沖での大地震発生の可能性を指摘■ 地震雲観測専門家「低い虹や赤い色の月は大地震発生の兆し」■ 外出時の大地震対処法 電車内ではシートの両端が生存率高い

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    地震発生時、実は危険な机の下 被災直後はトイレを流すな

    というのも、旧耐震建築時代の防災マニュアルなので、改めるべき。ドアが歪んで開かなくなる可能性がある。災害危機管理アドバイザーの和田隆昌さんは言う。「揺れを感じたら、まず頭を守り、転倒落下物の危険がない場所に移動します。余裕があれば、避難経路を確保してください。実際に地震が起きたら、人はすぐに行動できません。発災後わずか1分間の判断が生死を分けますから、普段から地震が来たらどう動くか、シミュレーションしておくことがとても大事です」 地震が起きると断水や停電により、多くの水洗トイレは水が流れなくなる。こんな時にはバケツなどに水を汲み、直接タンクや便器内へ流せば、排泄物が流れると考えている人が多いが、これも大きな間違いだ。NPO法人ママプラグ副理事長の冨川万美さんは、地震によって下水管が破裂して、汚水が漏れたり、逆流する可能性を指摘する。「特に、マンションの場合は要注意。1階から最上階まで排水管がつながっているため、排水管が壊れているのに水を流すと、下層階に大きな被害が出てしまいます。配水管の損傷確認ができるまでは、トイレの水は流さないのが鉄則です。簡易トイレを準備しておき、汚物の処理は自分で行いましょう」 熊本地震では、1981年施行の新耐震基準をクリアした住宅が複数倒壊した。さらには耐震基準が強化された2000年以降に建築した建物にも倒壊などの被害が多く出て、衝撃が走った。避難訓練で机の下に身を隠す児童たち=2017年11月1日、和歌山市(撮影・小笠原僚也)「地盤が悪く、地割れが起きてしまったのが倒壊の原因でした。建物が厳しい基準を通っていても、熊本地震のように、震度7が2度も来てしまった場合までは、想定していないことが多いのです。それに、土地の性質によって倒壊してしまう恐れもあります」(和田さん) 海岸は津波、川は氾濫、山間は土砂など、暮らしている場所によって、災害時のリスクはさまざま。液状化しやすい土地は、ライフラインの復旧まで時間がかかるとも考えられる。自分の住んでいる環境を把握し、リスクに応じた対策を考えたい。関連記事■ 地震発生時は地下へ!…はベイエリアでは危険な行為■ 地震発生時「火を消せ」を鵜呑みにするのは危険と専門家警告■ 地震発生時 トイレや風呂は安全…との噂に防災専門家が回答■ 地震発生時テーブルの下に隠れるのはNG 圧死リスクも■ 地震発生時の鉄則 窓から5m離れ、電車では鉄棒持つ

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    北海道地震、未曽有の大停電は菅直人にも責任がある

    澤田哲生(東京工業大学先導原子力研究所助教) 9月6日深夜3時8分、北海道を襲った最大震度7の地震は、道内全域をブラックアウト(停電)に陥れた。私たちは広域停電の恐怖をまざまざと見せつけられたのである。295万戸が停電し、発生から丸1日たっても約131万戸分しか電源は回復しなかった。完全復旧には1週間以上かかる見通しだ。 道内全域の長時間にわたるブラックアウトの原因は意外なものだった。それは、震源地に近い北海道電力苫東(とまとう)厚真火力発電所(厚真町、165万キロワット)が大きなダメージを受け、一時停止せざるを得なくなったからである。この火力だけで道内の電力の約半分を担っていた。苫東厚真の脱落の結果、電力網全体で需給バランスが一気に不安定化した。そして道内の他の火力発電所が次々に停止し、道内全域停電という事態に陥った。 電力安定供給を至上使命としてきた電気事業者にとっては、まさにほぞをかむ事態である。この事態を招いた原因として、強大な権限を背景に科学的判断を避け続けた原子力規制行政がある。 泊原子力発電所(泊村)の3基の原子炉の総出力は207万キロワット。苫東厚真火力の出力を補って余りある。しかし、泊原発は3・11後にいったんフル稼働運転をしたものの、2012年5月5日に定期点検に入り、今日に至るまで停止したままだ。そう、日本は「原発ゼロ」になったのである。 今、泊原発の原子炉内の燃料棒は全て引き抜かれ、使用済み燃料プールにおいて冷却されている。今回の地震で泊村の最大震度は2であった。そもそも、原子炉は強固な岩盤に直付けされている上に、一般の建造物に比べてはるかに厳しい耐震強度が、昔から課せられてきた。2018年9月6日午後、停電で明かりが少ない札幌市中心部の大通公園付近。手前中央にさっぽろテレビ塔がある(共同通信社ヘリから) つまり、この震度2程度の揺れでは、何ら影響を受けずに運転を続けていたはずである。そうすれば、今次の「全道大停電」は回避できた可能性が高い。ただし、「もし泊原発が再稼働していたならば」という仮説ではあるが。 では、なぜ3・11から7年以上もたっているのに、いまだに原発が再稼働していないのか。そこには東日本大震災当時の首相、菅直人氏の深謀がある。2011年5月、菅氏は首相の立場を最大限に利用し、首都圏に最も近い静岡県の中部電力浜岡原発を、その非望のもとに停止させた。権力を持ってすれば、理にかなわない原発停止要請も事業者に強いることができることを天下に示したのである。 続いて菅氏は、原発が「トントントンと再稼働しない」ための奇手を次々に打っていくことになる。最も強力な手段が2012年9月に発足した原子力規制委員会である。巧妙に仕組まれた「脱原発装置」 規制委は「ザル法」と言われる原子力委員会設置法により、強大な権限を持つ「3条委員会」として発足した。そして、その長である原子力規制委員長は絶大なる権力を一身に集めている。そのことを菅氏は2013年4月30日付の北海道新聞に臆面もなく吐露している。 原発ゼロに向けた民主党の工程表は、自民党政権に代わり白紙に戻されました。「トントントンと元に戻るかといえば、戻りません。10基も20基も再稼働するなんてあり得ない。そう簡単に戻らない仕組みを民主党は残した。その象徴が原子力安全・保安院をつぶして原子力規制委員会をつくったことです(中略)独立した規制委の設置は自民党も賛成しました。いまさら元に戻すことはできない」「北海道新聞」2013年4月30日19面、特集『幻の原発ゼロ』 このように巧妙に仕組まれた「脱原発装置」である原子力規制委の委員長に就いた田中俊一氏は、政権を去った菅氏の「意志」を見事に受け継いだ。菅氏の北海道新聞への吐露に先立つこと1カ月余り、2013年3月19日に俗称「田中私案」なるものを委員会に示したのである。 その文書のタイトルは「新規制施行に向けた基本的な方針」。この文書は暴論極まりない。つまり、文書を作成した責任者の明記がないばかりか、一体この文書が最終的にどのように取り扱われたのか、杳(よう)として知れないのである。 とどのつまり、何ら法的根拠に基づかない私案にもかかわらず、それが大手を振ってまかり通る状況ができたのである。しかも、この私案にはまさに「奸計(かんけい)」が巡らされていた。その最たるものが、国内すべての原子力発電所をいったん全て停止し、運転再開の前提条件となる安全審査を異様に厳しい規制基準の下でゼロからやり直すというものだった。 つまり、菅氏が放った「浜岡原発停止要請」の見事なまでの水平展開を成し遂げたのである。そのことを見届けた上で、上記の北海道新聞紙上での「勝利宣言」と相成ったということになる。「愚相」と揶揄され続けた中での完勝劇であった。 ところで、泊原発の3基の原子炉は加圧水型軽水炉(PWR)である。3・11で重大アクシデントを起こした福島第1原発はいずれも沸騰水型軽水炉(BWR)だった。2011年5月、会見で浜岡原発の運転停止を要請したことを発表する菅直人首相(大西正純撮影) 両者は、その仕組みにいささかの違いがある。現在、国内で安全審査を通過して稼働している原子炉は9基ある。内訳は九州電力4基、四国電力1基、関西電力4基。いずれもPWRである。 では、他の電力各社のPWRが再稼働にこぎつけている中で、なぜ北海道電力の泊原発は再稼働していないのであろうか。その最大の理由は審査の基準とすべき地震動がなかなか策定されないことにある。2015年12月には、それまでの550ガルから620ガルに引き上げることでいったん決着したかに見えた。しかし、事はそうたやすくはなかった。迫られた「悪魔の証明」 基準地震動の策定の際に、これまで必ず問題にされてきたのが「活断層の有無」である。北海道電力の泊原発は他の電力各社のPWRと歩調を合わせるかのように新規制基準に合わせるべく追加的な安全対策を進めてきた。ところが、2017年4月になって、規制委員会から泊原発のある積丹半島西岸の海底に「活断層の存在を否定できない」という判断が下された。 このことによって、泊原発の再稼働は全く先が見通せなくなり、窮地に追い込まれた。なぜか。「活断層の存在を否定できない」という規制委は、北海道電力に「活断層がないことを証明してみよ」と迫っているのである。これはいわゆる「悪魔の証明」であり、立証不可能だ。積丹半島西岸の海底をくまなくボーリングし、活断層がないことを証明するのは現実的ではない。 つまり、非合理極まりない非科学的なことを規制権限を盾に事業者に強いているのである。事業者はその対応に苦慮し、多大な労力と時間を費やすことを強いられているのが現実だ。 もっと言えば、規制委は自ら科学的判断を避けているとも言えるが、これは今に始まったことではない。規制委発足間もない2012年12月、委員長代理の島崎邦彦氏が、日本原電敦賀原発2号機の敷地内の破砕帯について「活断層の可能性が高い」と指摘した。 しかしその後、内外の専門家が科学的に慎重な検討を重ねた上で、この破砕帯は「断層ではない」と報告されている。この活断層の有無をもって、事業者を手玉にとる「島崎ドグマ(偏見)」は、氏が委員会を去った後も亡霊のように生き続けているのである。 ちなみに、震度7に相当する目安の地震動は400ガル以上とされている。よって、仮に620ガルを基準地震動とすれば、泊原発は震度7にも十分耐え得る強度を持つ。もっとも、今回の地震では震源地近くで1505ガルが観測されている。2007年の中越沖地震の際、東京電力柏崎刈羽原発では当時の基準地震動の数倍程度の地震動に対して原子炉は安全に停止した。泊原発では、100〜300ガル程度の地震動を検知すれば自動停止する仕組みになっている。北海道電力泊原発 なお、泊原発1〜3号機で実際に検知された地震加速度はいずれも10ガル以下であった。つまり、もし今回の地震発生時に泊原発が稼働していれば、全道大停電は防げた公算が大きいのである。 規制委発足から間もなく6年。原子力規制委は一体、いつになれば科学的、技術的リテラシーに欠ける集団から脱皮できるのであろうか。さもなくば、全道大停電のような悲劇がまたいつ国民を襲うかもしれない。言い換えれば、原子力規制自体が「社会リスクを生む」という、国民への背信行為をもうこれ以上許してはならない。

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    震災の「猫迷子問題」に迫る

    「飼い猫がいなくなった」。6月の大阪北部地震後、ツイッターには、行方不明になった猫の飼い主たちの悲痛な訴えが相次いだ。臆病な猫は地震でパニックになり家を飛び出すという。大切な飼い猫を守る手立てはあるのか。iRONNAが専門家や「ペット探偵」に密着取材!■関連テーマはこちら

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    地震でパニック、迷子の猫はどうなる?

    の大阪北部地震では、被災地域で飼い猫がパニックになり、家を飛び出すという事案が相次いだという。過去の災害現場でもペット連れの避難や置き去りが問題になった。もし再び大災害が起きたとき、ペットはどうすればいいのか。自然災害とペットという観点も踏まえ、防災の日に考えたい。

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    現役獣医が見た熊本地震「猫ちゃんパニック」

    外に逃げる…。今この瞬間は何も起こっていない平時なので、時間をかけてゆっくり考える余裕がありますが、災害は突然起こるものであり、起こった場合にほとんどの人がパニックになります。それは人だけではなく、猫ちゃんたちも同じことです。猫ちゃんたちの場合は特に、私たち人間のような防災訓練や準備を行っているわけでもなく、テレビやラジオから情報を得ることもできませんので、そのパニックたるや大変なものです。私も2年前、熊本地震を経験してから初めてそのことを知りました。 熊本地震発災時、「ドスン!」という大きな音と振動とともに経験したこともないほどの大きな揺れを経験しました。幸い、私が院長を務める竜之介動物病院は耐震性に優れた構造だったため、私の診察室は何もなかったかのようにいつも通りの診察ができましたが、薬品庫や処置室は悲惨な状態で足の踏み場もないほどでした。 私は飼い主さんを落ち着かせようと、いつも通りの診察と会話を心がけましたが、その数分後から、外来に患者さんや避難者の方々が一気に押し寄せ、あっという間に待合室がいっぱいになりました。 割れたガラスを踏んでけがをした猫ちゃん、家具やタンスの下敷きになってしまったワンちゃん、パニックで飛び出し、交通事故で血だらけで運ばれてきたゴールデンレトリバーなど、待合室は白い床が血液で真っ赤に染まっていました。私は戦争経験者ではありませんが、野戦病院はこんな感じだったのではないかと想像してしまうほどの光景が目の前に広がっていました。 その中で、猫ちゃんの場合にいくつか特徴的な症状がありました。 一つ目は、「後ろ足からの出血が止まらないので、何か踏んだんじゃないでしょうか?」というものです。診察をしてみると後ろ足の爪が全部剝(は)げて、そこから大量に出血しているというものでした。 原因を推測するに、突然の揺れに驚いた猫ちゃんたちが、パニックのあまり走り出し、部屋中を床だけでなく、壁、天井まで駆け上がりながら、気づいたら爪が剥げて、出血している状態であると考えられました。 ケガをしてからすぐ来院した猫ちゃんたちは比較的軽傷で済んだのですが、けがから数日経った場合には、後肢から感染を起こして、膿(うみ)がたまった状態でパンパンに腫れているという症状の子も多かったです。動物看護師と被災地に赴き、野良猫などの治療・調査をする徳田竜之介氏(提供画像) 次に多かったのは、パニックで部屋の外に逃げ出す、または、マンションから飛び降りるといったものです。 私たちは通称「フライングキャット」と呼んでいますが、マンションなどの高層階から飛び降りた場合には、骨盤骨折や内臓破裂などの重傷で運ばれてきます。 震災の場合には、大きな揺れで扉やサッシなどが外れ、容易に外に出られてしまうことが大きな原因だと考えます。特に猫ちゃんの場合は、部屋の中で放し飼いにされてることが多く、首輪やマイクロチップ、迷子札などをつけていないコがほとんどだったので、逃げ出してしまった後もなかなか見つからないという相談が後を絶ちませんでした。猫が突然攻撃的に 日頃おとなしい猫ちゃんでも、災害時は程度は違えどほとんどがパニックになります。「うちの子は大丈夫!」と思っていても。パニック状態の猫は野生の本能がむき出しになり、「いつものうちのコ」ではなくなってしまいます。不用意に近寄ったり、手を出したりすると攻撃されて飼い主でさえけがをすることもありますので、よく観察して注意深く対応する必要があります。パニック時に考えられる猫ちゃんの行動としては次のようなものがあります。それぞれに対処法を記載しますので参考にしてみてください。「ひたすら鳴く」抱っこができるようなら抱いて落ち着かせます。キャリーバッグに入れて、上からバスタオルをかけて暗くすると落ち着くこともあります。「おびえる」落ち着かせるために、バスタオルや洗濯ネット、クッションカバーなどで身をくるんだり、キャリーバッグに入れたりすると安心できます。「人から離れない」不安な気持ちを取り除くために、甘えさせてあげましょう。スリング(抱っこひも)に猫を入れて肩から提げると、体が密着するので猫も安心します。「隠れる」落ち着くまではしばらく出てきません。無理に引っ張り出そうとすると恐怖心がさらに高まり、噛んだり引っかいたりするので、猫ちゃんが自分で出てくるのを待ちましょう。「暴れる」興奮状態の猫ちゃんは周りが見えていません。落ち着かせようと思って不用意に近づくと思わぬけがにつながることもあるので、興奮が収まるまでは離れた場所から静かに様子を窺ってみてください。「威嚇する」声をかけたり触ったるするとかえって猫を刺激して不安感をあおってしまいます。威嚇している場合には目を合わせずに、離れた場所からそっと見守りましょう。「外へ飛び出す」猫が逃げても、そんなに遠くまでは移動しません。慌てて追いかけたくなってもまずは自分自身の安全確保が第一です。※この画像はイメージです(GettyImages) もしも猫ちゃんとはぐれてしまったら、まずは慌てずに冷静に行方を探しながらさまざまな手段で情報を集めます。猫ちゃんのテリトリーは自宅から100m~300mといわれており、基本的に長距離の移動はしません。特に室内飼育の猫ちゃんはそんなに遠くにはいかないので、猫の名前を呼びながら、家の周辺の車の下、植え込みや茂みの中、縁の下、屋根の上等、猫ちゃんが好みそうな場所を上下左右立体的に丁寧に探してみてください。外に逃げたと思っていても、実は家の中に隠れていたというケースも多くありましたので、家の周辺を徹底的に探すことが重要です。ペットの防災「かきくけこ」 また、猫ちゃんがいなくなった際には、動物愛護センターや保健所、周辺の動物病院などにも連絡しておくことをお勧めします。はぐれた場所、猫ちゃんの特徴、年齢、名前、毛色や種類などを伝え、似た猫が保護されていないか問い合わせてみると何か手がかりが見つかるかもしれません。いざというときに備えるポイントとしては、日頃から自分の猫ちゃんの写真を正面だけでなくあらゆる角度から撮っておくことです。猫は犬と比べて特徴が少なく、顔だけの写真では見つけにくいものです。全身の色、柄、尻尾の形等、飼い主以外の人でもわかるように写真を撮っておくと格段に見つかりやすいですし、やはり個体識別にはマイクロチップ装着が一番です。 また、もし見つけたとしても、急いで駆け寄ったり、大きな声を出したりはしないよう注意しましょう。驚いて逃げ出してしまう可能性があるからです。少し離れた場所からしゃがんで優しく声をかけ、ごはんやおやつ、またたびなどで気を引き、確実に捕獲します。安全に連れて帰れるようにキャリーバッグや洗濯ネットも忘れずに持ち歩くこともポイントです。 私は、熊本地震を経験してから、日頃の備えが非常時の状況を大きく左右することを身をもって経験しました。そこで、備えておきたいペットの防災「か・き・く・け・こ」を紹介します。備蓄品などの「物」だけでなく、飼い主の心構えやマナーも大切な備えの一つです。いざというとき、飼い主がパニックになってしまうと猫も不安になります。飼い主の気持ちが猫に連鎖してしまうのです。しかし、この連鎖はプラスにも働きます。落ち着いて行動していれば、猫も安心できます。日頃から非常時のシミュレーションをして、精神的にも備えておきましょう。「か」飼い主のマナー・責任大切な愛猫を守るために動物が苦手な人に対しても、思いやりを持ち、飼い主としてのマナーを身に付けるよう心がけてみてください。「き」キャリーバッグキャリーバッグでの避難が原則です。室内では猫の身を守るシェルターにもなるので、日頃から慣らしておく必要があります。「く」薬・ごはんいつも食べているフードや飲んでいる薬は非常用持ち出し袋などに準備しておき、期日管理を行いながら、常に新しいものに入れ替えるよう工夫してみてください。「け」健康管理災害時は病気や感染症にかかりやすくなるので、ワクチン接種やノミダニ予防、定期的な健康診断を受けておくことが大切です。普段の様子を把握することで、ちょっとした異常も察知することができます。「こ」行動・しつけトイレのしつけ、キャリーバッグに入る練習など、いろいろなものに慣らしておくことは猫のストレス軽減にもつながります。熊本県益城町で倒壊した家屋を捜索する警察官=2016年4月 最後に、災害時、大切な猫ちゃんを守れるのはあなたしかいません。そして、災害時にあなたを支えてくれるのも一番そばにいる猫ちゃんなのです。大切な存在がそばにいれば、どんな困難でも乗り越えられます。大切な猫ちゃんのために備えることで、きっと今よりももっといい関係が築けるはずです。

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    動物の異常行動と地震予知よりも大切な「ペット防災」

    なって未曾有(みぞう)の大惨事となりました。大地震に限らず、現在の日本では台風や大雨による洪水や土砂災害などで避難生活を余儀なくされることも多くなっています。 そのような境遇に置かれてしまった際に、自分の飼っているペットをどのように守るのか。それを日ごろから想定しておくべきでしょう。有事の際、共に避難できる場所はあるのか。もしないのなら、動物はどこに避難させるのか。餌と水は何日もつのか。大量の餌と大量の水が、食べれば足されていくような装置は準備されているのか。気温や室温は大丈夫か。 そのように具体的に命を存続させる手段を考えていない限り、もしもの時にはあなたの家のかわいい生き物たちも、地獄の中で苦しんで、哀れな姿に変わってしまう可能性が十分にあるのです。2012年4月16日に警戒区域の指定が解除された南相馬市小高区。小高駅前では首輪をつけた飼い犬が警戒しながらこちらを見ていた=2012年6月(早坂洋祐撮影) 地震予知も非常に大切ですが、いずれ地震は起きるとわかっているのであれば、それに備えた万全の対策こそが、自分と、自分の周りの大切な生命を守る一番のものではないでしょうか。 地震の直前に逃げようとする動物たちがわれわれに訴えかけていること、それは、「私たちも生き延びたい」というメッセージに他ならないはずです。

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    「想定外より深刻な想定内」巨大地震、試される防災の本気度

    矢守克也(京都大学防災研究所教授) 災害が起きるたびに、「今回新たに浮き彫りになった課題は?」と尋ねられる。研究者もメディアも、そして社会一般も、新しく表面化した課題を探すのが好きである。その方が研究的価値あるいはニュースバリューがあるからだろう。 しかし、私自身も大阪府豊中市の自宅で揺れを体験した6月の大阪北部地震ほど、新しい課題を探すことが困難な災害はなかったと言ってよい。裏を返せば、これまでも繰り返し指摘されながら放置ないし軽視されてきた課題が、そのままの形で再度あるいは三度登場した。 つまり、すべてが既視感(「かつて経験したことがある」という感覚)を伴っていた。このことが、大阪北部地震の最大の特徴だったと言えるだろう。 まずは、このポイントをいくつかの例を通して確認しておこう。膨大な数の帰宅困難者と都市ターミナル周辺の大混乱、エレベータ内部への閉じ込めは2011年の東日本大震災で顕著になり、天井、照明器具、看板など非構造部材の危険性やソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)上を流れるデマ情報などが問題視されたのは16年の熊本地震だ。 また、水道、ガスなど地下に埋設されたライフラインの脆弱性については、04年の中越地震、老朽化した住宅の低耐震性、家具固定の重要性は1995年の阪神・淡路大震災、コンクリートブロックの危険性は78年の宮城県沖地震でそれぞれ露呈した。要はこうした各震災で浮かび上がった問題点のリストをつくろうと思えばいくらでもできる。 以上のことは、言い換えれば、大阪北部地震については「想定外」がほとんどなかったということである。防災・減災について論じられるとき、これまで、ややもすると「想定外」に批判が集まってきた。「これほどの巨大な地震・津波を想定していなかったことは問題だ、落ち度だ」のように。大阪北部地震で被災した家屋には、雨に備えブルーシートで覆われていた=2018年6月19日、大阪府高槻市(産経新聞ヘリから) しかし、私の考えは逆である。本当に深刻なのは、「想定外」よりも、むしろ「想定内」の方である。ある課題をかつて経験しながら、あるいは、ある対象を危険だと知りながら、それらに対して十分な手を打ってこなかった事実、言い換えれば、「想定内」にあった課題によって生じた被災や被害の方が、「想定外」の被災や被害よりも、はるかに重大である。 「私たちが伝えたいことは、『本気』の防災です」。これは、私もメンバーの一人である阪神・淡路大震災の経験を語り継いでいる団体「語り部KOBE1995」代表、田村勝太郎さんの言葉である。何であれ、軽妙でライトであることが尊ばれる時勢にあって、「本気」などと聞くと、何やら重たげで泥臭い印象を持たれるかもしれない。 だが、阪神・淡路大震災の経験者がたどり着いたこの言葉の意味は深い。なぜなら、この言葉は、防災・減災にとって最大の敵がもはや「知らない」ことではなく、むしろ「本気になっていないこと」が生む被災や被害、つまり、「想定内」の被災や被害だと看破(かんぱ)しているからだ。 たとえば、大災害時には、多くの帰宅困難者でターミナル周辺があふれかえることは、大阪北部地震の前から、だれもが十二分によく知っていた。必要なのは「押しかけ」 しかし、徒歩での帰宅訓練などに実際に参加した人が何人いただろうか、自社ビルに通行人や観光客を受け入れるための準備を「本気」で開始していた企業がいくつあっただろうか。産官学民の垣根(縦割り)をぶち破って「本気」でこの問題に取り組もうとした行政職員がどれだけいただろうか。 あるいは、老朽化したものを中心に建物の耐震化を進めることが地震対策の最善手であることも、むろんだれもが知っていた。しかし、行政予算の削減、会社の収支悪化、あるいは家計の逼迫を覚悟してでも、耐震化にお金をつぎ込もう、つまり「本気」で地震に備えようと英断した人がどのくらいいただろうか。私を含めて、一人一人の「本気」度が試されている。 論述がいささか説教調になってきたので、最後に一つ、こんな方向性もあるという話をしてみたい。これは、本稿で指摘した項目の一つ、家具固定についての話である。私の研究室では、ここ数年、南海トラフ地震・津波による被害が懸念される高知県内の沿岸地域で、「押しかけ家具固定」と名付けた取り組みを実施している。 これは、特に過疎高齢化が進む地域では、家具固定が進まないのは、「する気がない」からではなく「できない」からだと気づいて始めた取り組みである。一度でも実際に家具固定をしたことがある方ならお分かりの通り、あの作業は、(特に独居の、身体が頑健でない)高齢者には実施困難である。地震の影響で物が散乱した住宅の室内=2018年6月18日午前、大阪府吹田市 粘着マットを家具の下に敷くにしてもだれかが家具を持ち上げておかないといけない。L字金具を家具の裏面に設置するにしても、不安定な脚立などの上で工具や器具を操らねばならない。 そこで、私たちは、地域の小中学生に、高齢者宅で「家具固定をしてあげます。ご希望ありませんか」と呼びかけてもらった。そして、希望者宅には、地元の電器店、工務店の方など、こうした作業が得意な住民とアシスタントの小中学生から成るチームが押しかけていく。必要な器具は、多くの場合、自治体の補助金などで購入できるので、経費もほとんど無料で済む。 要するに、家具固定に関する「本気」が問われているのは、家具固定が必要とされている側(だけ)ではなく、家具固定を推奨する側だったというわけである。「家具固定しましょう!」と教育・啓発するだけの姿勢には、まさに「本気」が欠落していたのである。ささやかな試みであるが、こうした小さな「本気」の積み重ねが、巨大な災害に対して人間が対峙するための最強の「武器」だと思う。

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    首都直下型地震で生死を分ける「過去の経験」の使い方

    高荷智也(防災アドバイザー) 「首都直下地震」が近い将来に発生すると想定されています。過去の歴史をみれば、首都圏を大地震が直撃することは確定事項です。防災の日にちなんで、今回は首都直下地震が「起きるかどうかではなくいつ起きるのか?」というレベルで、その対策を論じたいと思います。 国内では1989年以降、1人以上の死者が生じた地震が24件発生しています。内訳を見ると、休日の発生が10件で平日は14件。平日のうち深夜の地震が6件、通勤時間帯が2件、日中が3件、夜間に3件が生じています。(※いずれも本震発生時間のみで、余震は除く) 直近の例として2018年6月18日に発生した大阪北部の地震をみてみると、発生時間は朝7時58分。これ以外で平日の通勤時間帯に生じた地震は、2011年6月30日の8時16分に発生した「長野県中部地震(松本地震)」で、死者1人、負傷者17人の被害が生じています。 しかし、この松本地震は大都市直下の地震ではなかったこと、地震の規模を示すマグニチュードが5・4、最大震度も5強と比較的小さかったことから、被害の大きさは限定的になっています。よって、大阪北部地震は、平成以降では初めてとなる「大都市の通勤時間を襲った大地震」という特徴を持つことになります。 「大都市直下・通勤時間帯」という地震の発生状況を考えると、大阪北部地震も死者数万人を数える大震災となってもおかしくなかったと言えます。しかし過去の大地震と比較すれば、被害規模は小さなものにとどまったと言っていいでしょう。むろん、死者が生じておりますので「被害が少なくてよかった」というものではありません。 被害が小さくとどまった理由は、「地震の規模が小さかった」からです。気象庁発表によるマグニチュードは6・1、これは前述の「平成以降で死者1人以上」を数えた24件の地震の中では、下から数えて2番目に小さい規模です。地震の影響はマグニチュードだけでなく、震源の深さ(浅いほど被害は拡大)や位置(都市直下ほど被害は拡大)が関連して定まる「震度」の方が重要ですが、その震度も「6弱」と大地震の中では小さな方に該当します。大阪北部地震で鉄道の運転見合わせが続き、改札の外で足止めされた人々=2018年6月18日、大阪府高槻市のJR高槻駅(永田直也撮影) つまり、「大都市直下・通勤時間帯」にも関わらず被害が小さかったのは、もちろん日頃の防災対策の成果でもありますが、たまたま地震の規模が小さかったからであり、これは「ラッキー」にすぎないということでもあります。「電車で地震にあってもたいしたことはない」と考えるのではなく、たまたま地震が小さかったから助かった、もっと大きな地震だったら大変なことになっていたと考え、今後に生かさなければならないのです。首都直下地震で絶対にやってはいけないこと 2011年3月11日の東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)では、直接的な被災地ではなかった首都圏においても、JRをはじめとする鉄道がストップし、515万人という膨大な「帰宅困難者」が発生しました。この時、長い距離を頑張って徒歩帰宅された方も多かったかと思います(私は動き出した私鉄で帰れた組でした)。そして「大変だけど、なんとか歩いて帰れる」という経験値を持たれた方も多いのではないでしょうか。 しかし、もし「首都直下型地震」が起きた時、「東日本大震災の時は歩いて帰れた、だから首都直下地震でも歩ける、実際大阪の地震ではみんな歩いていたし」と考えることは、生死に関わる極めて危険な事項です。 東日本大震災時の首都圏と大阪北部地震の場合、大都市の公共交通機関が停止して多くの帰宅困難者が発生した事象は共通しています。しかし、この2件において「歩いて帰るのが大変だった」という経験値は、今後の防災対策の基本にしてはいけない項目です。本来は、「大地震が発生した場合、少なくとも3日程度は会社にとどまり、安全が確保されるまで徒歩で帰宅することは避けなければならない」と考えるべきなのです。 多くの徒歩帰宅者が路上を埋め尽くしている状態で、大規模な余震やより大きな本震が発生した場合、建物の倒壊、道路の破壊、火災旋風の発生、あるいは人の集中による「群衆雪崩」の発生により、多数の死傷者が生じると考えられています。そのため、例えば東京都などは、2012年に「東京都帰宅困難者対策条例」を定め、企業に対して3日間、従業員を帰宅させない準備をすることを努力義務としています。 しかし、企業が防災備蓄に励んでも、そこで働く私たちひとり一人が、「多分大丈夫」とか「前の時は歩けた」などと考え、勝手に徒歩で帰宅してしまっては意味がありません。「大地震が発生した場合、都心部の徒歩移動は生死に関わる」と考え、安全が確認されるまでは移動をしないという意識や、そのために必要な道具の準備が重要です。新大阪駅でタクシーを待つ行列=2018年6月18日夜、大阪市淀川区(彦野公太朗撮影) もちろん、日頃から防災グッズなどを持ち歩くのも対策の一つですが、ぜひ「家族との安否確認」の手段がきちんと取れているか、確認をしてみてください。家族の安否が確認できない場合、企業が備蓄品の準備などをしていても帰宅せざるを得なくなります。普段から連絡先を控えたメモやポケットアルバムを持ち歩く、スマホアプリでやり取りができるか定期的に確認をする、といった対応をぜひ行ってみてください。

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    震災で亡くなった福島県の犬は2500匹 残されたペットは今…

     環境省によると、東日本大震災で亡くなった犬は、確認されているだけでも、青森県で31匹、岩手県で602匹、福島県で約2500匹にものぼる。なかには家族と再会できても、別れを強いられたペットたちも。あれから5年、熊本地震に受け継がれた、東北の想いをひもとく──。「“飼い主とはぐれた犬や猫を保護しています──”。すぐ目の前で遺体捜索をしている人たちがいるなか、そんな話をすると、白い目を向けられ、非難されました。あの時は、声をあげてペットたちの心配をできるような状況じゃなかったんです」 2011年3月11日に起きた東日本大震災で、飼い主を失った犬や猫の保護活動をしていたNPO法人・SORAアニマルシェルターの二階堂利枝さんは、まるで昨日のことのように当時のことを語ってくれた。二階堂さんは東日本大震災後、住民が避難して取り残された犬や猫を保護し、被災動物シェルターを2011年に開設した。「震災後の3月末、避難指示が出ていた福島県の南相馬市や浪江町に向かいました。町はまるで神隠しにあったように、人だけがおらず、牛や馬はすでに死んでいました」(二階堂さん) 飼い主を待ち、家の周りをさまよい続ける犬や、鎖で繋がれたまま逃げられず、餓死寸前の犬、フードは腐り、ケージに入れられたまま糞尿まみれになっている毛足の長い猫…。そんな子たちを保護していった。「誰も悪くないんです」とつぶやく二階堂さん。保護した犬や猫は、車に乗せると嘔吐する子が多かった。吐瀉物の中には、プラスチックや布、ひもが混じり、食べ物のかけらすらなかったという──。2011年8月、福島第1原発事故による警戒区域から保護され、福島市内のシェルターで暮らしている犬 そうして保護したペットは今、犬22匹、猫24匹に。多くが新しい家族に引き取られ、震災時に保護した数の半数以下にまで減った。シェルターに残る子たちも、今は元気に走り回っている。「昨年、飼い主さんが新しく家を建てられて、お返しできたワンちゃんがいました。高齢のおばあちゃんだったのですが、“チビタのために広いお庭を作ったのよ”って、とてもうれしそうで。新しい家でペットと一緒に過ごすのを楽しみに、震災を乗り越えられたかたも多いんです」(二階堂さん) 熊本地震では、東日本大震災の経験が教訓となり、ペット同行避難が推奨された。東北の動物たちが教えてくれたことは、今、次の時代にしっかりと生かされている。関連記事■ あまちゃん 震災で亡くなるのは夏ではなく春子との説出る■ 妻を震災で亡くした男性 遺族年金受給されず悲しみ■ 3歳の犬は人間ならアラサー 他の犬と遊ばなくても心配無用■ 震災で生徒亡くしたフラダンス教室主宰者「あの世で踊ってる」■ 大宅壮一賞受賞するも45歳で亡くなった記者の足跡辿った本

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    災害があってもペットと生きる方法 準備と災害前後の注意点

    てくる人がほとんど。家族同然の犬や猫と離れたことで心の支えを失い、寝たきりになった人もいました」  災害時こそ、ペットと共に生きるべき。そのためには備えが必要なのだ。ペットの災害対策について、今こそ考えてみよう。事前の準備として、まず大切なのは迷子札をつけることだと徳田さんは強調する。 「熊本地震では、飼い主とはぐれても身元がわかるペットの約8割が再会できました」(ゲッティイメージズ) 猫は、迷子札をつけても首輪ごと外れることが多いので、個人情報を記憶させたマイクロチップを体内に埋め込むのがおすすめだという。また、避難所ではしつけが何より大切、と民間の人道支援団体ピースウィンズ・ジャパンの大西純子さん。 「人に慣れている犬なら、避難所で受け入れてもらいやすい。無駄吠えしない、排泄が決まった場所でできるなど、基本のしつけが重要です」 「熊本地震では、多くの犬や猫が、人間よりも早く異変に気づき、ソワソワと異常な行動をとりました。それくらい動物たちは敏感なため、人間以上に恐怖を感じているのです。特に犬は、飼い主と離れてしまうことが強いストレスに。共に避難することを第一に考えて」(徳田さん) 環境省は、東日本大震災で多くのペットが飼い主と離れ離れになった事態等をふまえ、2013年、「災害時におけるペットの救護対策ガイドライン」を発表。その中で、ペットの同行避難を推奨し、それは熊本地震でも適用された。しかし実際は、他の被災者への迷惑を考え、車中泊を選ぶ飼い主も多かった。 「避難所にペットを同行させるには、家族以外の人にもなつける社交性を身につけさせて。また、飼い主が落ち着いているとペットも安心しておとなしくなります。どうしても吠える場合は、散歩で気を紛らわせて」(大西さん) ストレスを受けた犬や猫が、元通りの状態になるまでは、最低でも約1か月はかかると徳田さんは話す。 「犬は極度のストレスで嘔吐や下痢を繰り返し、猫はパニックになり、突然走り出したり、癲癇のような症状をみせる子もいました。心のケアも課題になってきます」  東日本大震災を経験した二階堂さんは、震災後の心のケアについて、「毎日積極的に話しかけ、触れてあげてください。お互いの気持ちが伝わって、表情が変わります」と言う。 ペットと触れ合うことで、人も癒されるのだという。関連記事■ 災害時 電気止まった時のために冷凍庫にペットボトルの水を■ 災害時にペットがいたりATMが使えないときの対処法を解説■ 災害時の非常持出品 「小旅行に行くときの準備を」と専門家■ 在宅看取りマニュアル 死の1週間前の家族の準備と心構え■ アベノミクス第2幕の注目株 地方インフラ整備と省エネ関連

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    むしろ避難しない方が安全? 「防災マップ」はこんなにもヤバい

    高橋学(立命館大学環太平洋文明研究センター教授)  6月の大阪府北部地震以来、記録的な大雨などの災害が頻発している。テレビのアナウンサーは、災害危険性を声高に伝え、避難場所への避難を呼びかけたが、西日本豪雨は結局、死者200人を超える甚大な被害をもたらした。 ここで、ちょっと考えてほしい。あなたが避難しようとした場所は本当に安全なところなのであろうか。また、避難場所へ至る経路は本当に大丈夫だったのだろうか。それ以前に、避難する必要があるのだろうか。 象徴的な例がある。名古屋市教育委員会などは、津波の際に臨海部の小中高に校舎の屋上への避難を指示している。だが、校舎は3階建て程度であり、津波の避難場所には不十分な高さだ。 2011年の東日本大震災を思い出してほしい。石巻市立大川小学校(宮城県)では、児童や教職員の8割以上が犠牲となった。ここの小学校の場合、不適切なハザードマップ(災害危険予測地図)の存在と教職員の判断の悪さが、被害を大きくする一因となったと考えられる。 宮城県が作成した津波のハザードマップによれば、大川小学校は津波の被害に遭わない場所と記されていた。それを信じた教職員たちは、津波の到達までに避難するのに十分な時間があり、避難できる場所もあったのに、児童を安全な場所に避難させなかったのである。阪神大震災で倒壊した阪神高速神戸線=1995年1月17日、神戸市東灘区(産経新聞社ヘリから) ハザードマップは1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)後に、急速に地方の行政組織に取り入れられ住民に配布された。ところが、このハザードマップには、大きな問題点があったのだ。 その問題点とは、死者が約4700人に上った1959年の伊勢湾台風以降、1995年の阪神・淡路大震災までの36年間、日本の根幹を揺るがすような大災害はほとんど発生しなかったことだ。 ちょうど、この時期の日本は高度経済成長期だった。そのため、「災害研究」や「リスクマネージメント」が真剣に考えられることはなく、教育も対策もほとんど行われることがなかった。ゆえに、ハザードマップを作成しようとした場合、都道府県や市町村の行政、警察、消防、自衛隊にも、それをできる人材がほとんどいない状況が生まれたのだ。 ハザードマップの作成や、避難場所の選定、避難経路の検討などは、コンサルタントに依頼したり、外部に「専門委員会」を作ったりして、作成が委託された。しかし、コンサルタントや専門委員会に召集された人々でも、ハザードマップの作成や避難に関して専門といえる人材が少ない。 また、ハザードマップは「時間・労力・資金・専門的知識」を駆使して、より精度の高いものを作成しても、地方行政体や地域の住民には歓迎されないことが多い。なぜなら、精度の高い地図を作れば作るほど危険と分類される地域が広くなるからだ。歓迎されない「防災マップ」 専門委員会の場合はともかく、コンサルタントにとっても、作成に時間や労力をかけ精度を上げたハザードマップが歓迎されないのであれば、最初から労力やコストをかけないものを作成することになる。 そうすれば、作成費用の見積もりが安くて受注しやすい上に、利益率も高くなる。仮に役に立たなくても場合によっては「想定外」という言い訳もできる。このような構造の中で、精度の低いハザードマップが作成され流布しているのが実態なのだ。 また、ハザードマップで避難場所に指定された場所が安全性に欠けるケースもよくある。それ以前に、避難場所に行くための経路の安全性が考慮されていることがほとんどないのも現状だ。 そもそも、ハザードマップで避難場所とされている学校、公園、公民館などは、一般的に、安くて広い土地が手に入る場所に立地していることが多い。また、避難路とされているにもかかわらず、住宅の倒壊やブロック塀の倒壊、液状化などの理由で道路が寸断され、避難場所に行くことすらままならないケースもある。 さらに、住民は不安な夜を体育館(公民館)で過ごしているというマスコミの定式化した災害報道により、本来、災害危険度の低い自宅からわざわざ危険なところに「避難」していることさえある。こうした現状を踏まえれば、むしろ避難しない方が安全といえる場合もあるということだ。冠水した岡山県倉敷市真備町地区を歩く女性=2018年7月 ゆえに、行政に頼ったハザードマップの作成や避難計画は役に立たないといっても過言ではない。避難訓練も春や秋の天気のいい日に、ピクニック気分で実施されていることもしばしばである。 特に地震の場合は、余震によって建物が倒壊して道路をふさいだり、火災のほか、路面の液状化で歩くことすらままならないなど、避難行動がかえって被害を拡大させる可能性が高い。行政やマスコミは「災害の教訓」を声高に訴えるが、日本の災害対策を根本的に見直すべき、大きな転換期を迎えているといえよう。

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    豪雨災害「クーラーデマ」を否定しない蓮舫議員もどうかしている

    、政治的な集団が先鋭的に対立している場合では、この「デマの延命」が見られるようである。 西日本の豪雨災害では、いまだ被災地で復旧作業や安否不明者の捜索が懸命に続いている。テレビや新聞の報道だけではなく、実際の被災者がほぼリアルタイムで知らせてくれる現状の一端は、被災地にいる人だけではなく、他の地域に住む人たちにも貴重な情報になっている。 民間の方々はもちろん、自治体や警察、消防、自衛隊などの人たちの必死の努力もネットなどで伝わってくる。事実、ボランティアの参加方法、寄付の注意点、また募金の重要性なども、筆者はネットを中心にして知ることができた。 他方でひどいデマにも遭遇した。中でも「風評被害」だと思えるケースが、岡山県倉敷市の「観光被害」とでもいうべきものだ。 今回の豪雨で、倉敷市の真備地区が深刻な浸水被害を受けた。だが倉敷の市域は広く、県内有数の観光地である美観地区はほとんど被害がない。観光施設や店舗なども平常通り営業している。 だが、「倉敷市が豪雨災害を受けている」というニュースや情報が、テレビでヘリコプターなどから映されている広域にわたって浸水した街の姿などとともに流布してしまうと、市域の広さや場所の違いなどが無視されて人々に伝わってしまう。ただし、観光客のキャンセルなどもあるようだが、この種の「風評被害」は、ネットメディアや一般の人たちの努力で打ち消していく動きも顕著である。2018年7月17日、風評被害により、観光客もまばらな岡山県倉敷市の美観地区(小笠原僚也撮影) 例えば、ツイッター上では「#美観地区は元気だったよ」というハッシュタグによる「拡散活動」が展開されている。また、大原美術館の防災の試みを紹介するネットメディアの記事で、今回は美術館のある美観地区が災害から免れているという紹介もあわせて説明されていて、それがよくネットでも注目を集めている。この種の試みや工夫は非常に重要だ。 これらの試みは、いわば民間の自主的な努力によるものである。言論や報道の自由が、あたかも市場での自由な取引のように行われることで、その権利が保たれるという見解がある。「言論の市場理論」とでもいうべき考え方だ。「クーラーデマ」と「コンビニデマ」 代表的には、19世紀の啓蒙(けいもう)思想家、ジョン・スチュアート・ミルの『自由論』の中で展開されている。今回のようにネットでのさまざまな風評被害を防ごうという試みは、多くは人々の自主的な言論活動で行われている。 他方で、冒頭でも指摘したが、より対応が難しいのは、政治的に対立した人たちが放つデマである。今回の豪雨被害では、ネットを中心に代表的なケースが二つあった。一つは、先週、安倍晋三首相が岡山の被災地を視察に訪れ、避難所を訪問した際のことである。ところが、この訪問後に、ツイッターで「安倍首相が視察に来るので慌ててエアコンを設置した」というデマが拡散した。 最初にデマを「ウソに基づく噂」と書いたことからもわかるように、これは真実ではない。このデマに対しては、世耕弘成経産相がツイッターで即時に否定した。被災各地の避難所へのクーラーの設置は、被災者を多く収容している施設にまずは優先的に行われていることを、世耕氏は指摘したのである。 もう一つのデマは、政府が自衛隊の車両を緊急利用して、品薄が続くコンビニエンスストアに食品や飲料などを輸送したことへの批判である。これには「物流費を肩代わりするとは官民協力ではなく、官民癒着だ」という批判が上がった。また自衛隊への心ない批判も多くみられた。 もちろんこれは「官民癒着」などではなく、デマである。すぐさまネットでは、これらの施策が1年前に「災害対策基本法」に基づいて、「官民が一体となった取組の強化を図るため、内閣総理大臣が指定する指定公共機関について、スーパー、総合小売グループ、コンビニエンスストア7法人が新たに指定公共機関として指定」されたと指摘している。 当然だと思うのだが、被災地のコンビニで、以前と同じように品物がそろうことは被災している人たちにも助けになることは間違いない。「官民癒着」も間違いならば、官民連携によるコンビニ「復旧」を批判するのは、あまりにデタラメではないだろうか。 ただし問題はここからで、このような「クーラーデマ」「コンビニデマ」でも、いまだに政治的に対立する人たち、例えば安倍政権を批判することの好む人たちの中では健在である。だから、取るに足らない理由でデマを延命させている「努力」について、確認することは難しくない。2018年7月11日、岡山県倉敷市の避難所を訪れ、被災者の話を聞く安倍首相 特に野党議員など、国会レベルでの政治的な対抗勢力の人たちがこのデマに加担していることも確認できるだけに、政治的な思惑でのデマの流布により、社会的な損失がしぶとく継続しがちだと思われる。なぜなら、政治的な対立者たちが合理的なデマの拡散者である、という可能性も否定できないからだ。 デマの拡散力とデマを否定する力と、どちらが大きくなるかは、「正しさ」の観点だけで決めるのはなかなか難しい。いずれが打ち勝つかはケースによる、と冒頭でも書いた通りだ。特にこのような政治が絡む案件ではデマは真実だけでは打ち消せないかもしれない。政治的バイアスを打ち砕けるか ネット社会の問題について詳しい法学者、米ハーバード大のキャス・サンスティーン教授が著書『うわさ(On Rumors)』(2009)の中で、類似したケースを紹介している。要するに、人々の自由な言論ではこの種のデマを防ぐことは難しいと、サンスティーン氏は指摘している。 ではどうすればいいのか。サンスティーン氏は「萎縮効果(Chilling Effect)」に注目している。つまり、法的ないし社会的なペナルティーを与えることによって、この種のデマを抑制することである。 例えば、デマの合理的な流布者に対し、悪質度に応じて、法的な制裁やまたは情報発信の制限を与えてしまうのである。これを行うことで、他のデマの合理的な発信者たちに、デマを流すことを抑制できるとする考え方である。 このような「萎縮効果」は確かに有効だろう。だが、あまりに厳しければ、それはわれわれの言論の自由を損なってしまう。 現状でもあまりに悪質なものには、法的な処罰やまたソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)のアカウントの制限や削除などが運営ベースで行われている。それが「萎縮効果」をもたらしているかもしれない。「萎縮効果」はやはり補助的なものだと考えた方がいいだろう。 立憲民主党の蓮舫議員はツイッターで以下のようなことを書いている。 総理視察の直前に避難所にクーラーが設置されたとのツイッターに、経産大臣が随分とお怒りの様子で、かつ上から目線のような書きぶりで反応されていたが、もはや避難所にクーラーのレベルではなく、災害救助法上のみなし避難所の旅館・ホテルを借り上げ、被災者の居場所を確保すべきです。蓮舫氏の7月13日のツイッター 「クーラーデマ」を明瞭に否定せずに、世耕氏の発言を「上から目線」として批判することで、かえってデマをあおる要素もこの発言にはある。ただし、この蓮舫氏の宿泊施設への対策が政府にあるかないかについて、即座に自民党の和田政宗議員が次のように反応している。 ご意見有難うございます。ご指摘いただいた前日までに政府は既に対応済みで、12日の非常災害対策本部の会合で、被災者向けに公営住宅や公務員宿舎、民間賃貸住宅など7万1千戸を確保し、旅館・ホテル組合の協力により800人分も受け入れ可能となっている旨、報告されています。r.nikkei.com/article/DGXMZO …和田政宗氏の7月15日のツイッター2018年6月18日、参院決算委員会に臨む立憲民主党の蓮舫氏(春名中撮影) この与野党の国会議員のやりとりを、ネットユーザーが直接見ることができ、それに評価を下すことができる。確かに、政治的バイアスを打ち砕くのは至難の業である。だが、同時にわれわれの言論の自由は、その種の政治的バイアスに負けない中でこそ養われていくことを、災害だけではなく、さまざまな機会で確認したい。

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    「豪雨報道」がなんだかおかしい

    西日本を襲った豪雨災害は、平成史に残る甚大な被害をもたらした。これほどの大災害だったにもかかわらず、被災当初のテレビの報道ぶりに違和感を覚えた人も多かったのではないだろうか。「赤坂自民亭」もさることながら、テレビの豪雨報道もなんだかおかしい、そう思いませんか?

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    「赤坂自民亭」より不謹慎? エンタメ化したテレビの災害報道を憂う

    観性や公共性に努めてはいるのであろう。 とはいえ、お笑い芸人やタレントの司会者が、同じように芸能人に災害に関するコメントなどを求めている場面を見れば、それが「報道番組」ではなく、あくまでも「情報バラエティー番組」であることを痛感させられる。 また、東日本大震災や熊本地震などの時でも多発したように、テレビメディアが「震災報道」と称して、単なる「スクープ」「衝撃映像」「独占入手」を求めているだけのような動きをしたり、何を勘違いしたのか、取材クルーが単なる被災地の迷惑になっているだけの場合も少なくない。今回の豪雨被害でも、濁流に流される被災者の救助を助けることなく撮影し続けた様子が「見殺しだ」という批判が高まった。同じような主従逆転の事例は数限りない。 筆者は7月8日から11日まで、役員を務める鳥取県米子市で開催されていた国際学会に出席していたが、その際に改めて現在のテレビ報道がいかに不十分な報道メディアであるか、ということに気づかされ、反省もした。具体的には、東京に在住する筆者は、被災地の隣県・近県にある鳥取県に行って、初めてその被災のリアルを知ることができたからだ。被災地に向けて出発する、鳥取県米子市にある西部消防局の緊急消防援助隊員(山根忠幸撮影) そもそも、首都圏にいる以上、西日本豪雨による物理的なダメージや不都合を感じることは難しい。例えば、多少の影響はあるにせよ、羽田空港から米子鬼太郎空港までは問題なく飛行機は運航している。到着した米子も多少の雨模様とはいえ、基本的には「いい天気」だった。しかし、会場に到着してみれば、海外の研究者も含め、多くの参加者が遅延あるいは欠席の連絡が相次いでいた。ここで、初めて被害状況を理解できたことになる。 駅前にある大型スーパーなども営業こそしていたが、生鮮食品を中心に十分な在庫はなく、品ぞろえも悪い。ロジスティクス(物流)が停滞していたのである。だが、一見しただけでは、街は特に大きな障害もなく動いているようにも見える。隣県・近県が未曾有(みぞう)の豪雨災害に見舞われているとは到底思えない。しかし、表に見えてこない部分では確実に不都合が発生しているのである。コンビニでは品薄状態が続き、朝から現金自動預払機(ATM)には長蛇の列ができていた。 役員として会場に待機していた筆者の元に、国内外から続々と情報が届いてきた。多くの参加者が会場である米子に到達できなかったからである。まず、海外からの訪問者で米子まで到着できなかった人たちの多くが、岡山や大阪などから米子へ向かう経路が確保できず、足止めをされていた。 米子鬼太郎空港はいわゆる「国際空港」ではないので、海外からの直行便はほとんどない。よって、近県の大きな国際空港から陸路や鉄路で米子に向かう方法が採られる。しかし、隣県・近県をつなぐ主要な陸路や鉄路が遮断されており、近くまで来ているにも関わらず、米子に到達できないという現象が起きていたわけである。ショッキング映像ばかり もちろん、それは国内からの参加者も同様であった。東京など東日本から米子に向かう場合、空路利用が多いので、そこまで移動経路が遮断されているとは到底実感できない。一方で、西日本からの参加者は、あらゆる手段が寸断・遮断され、にっちもさっちも行かない…という状況になっていた。 だから、到着した参加者の多くが、いったん西日本から空路で東京の羽田空港へ向かい、そこからまた空路で米子に行くという信じられないような大回りで、どうにかして到着していた。 大きな迂回(うかい)経路を利用するということは、数万円の交通費を新たに消費するということも意味する。しかし、学会参加による出張では、参加できなければ出張旅費が支出できなかったり、国によってはめったに海外出張が許されない大事な機会であることが少なくない。また、座長などの役職者であれば、自分が到着しなければ学会が始められない…といった抜き差しならぬ事情を抱えることが多く、相当無理をして到着してきた参加者も少なくなかった。 この時に痛感したことは、被災地の現地以外の居住者に向けられたテレビで放送される情報の多くが、「しょせん全国放送向け」の薄い情報や、大衆的な興味を喚起できる、すなわち視聴率を獲得できそうなショッキングな情報ばかりであるという現実だ。 一方で、学会の会場にどうにかして到達した「猛者」たちの全てが、ネットで細かい情報を入手していた人ばかりであった。テレビが繰り返し映し出す「独占スクープ」の悲惨映像などは何の役にも立たない。つまり、テレビなどの主要メディアは「ショッキングな映像」以外に有用な情報はほとんど提供しきれていなかった。「公共の電波」と言いつつも、全く公共的には機能していなかったわけである。 しかしながら、テレビには主要キー局だけではなく、それにネットワークを形成する多くの地方局を抱えている。当然、それら地方局や放送網を効果的に利用すれば、さまざまな情報の収集や発信が可能であろう。2018年7月7日、冠水した岡山県倉敷市真備町で、ヘリコプターで救助される人(産経新聞社ヘリから) もちろん、被災地の地方局では、現地ならではの細かい情報を発信していたであろうが、それはあくまでもローカル局が現地に向けて制作したローカル番組でしかない。そのような番組が東京のキー局に届き、全国に発信されたような事例は多くないだろう。 地方局がリアルな「情報センター」として機能していたとしても、その情報が他に届かなければ、われわれは被災地の現実を知りようもないし、対策もできない。キー局による全国ネットの「情報バラエティー番組」は、視聴者の目を引くようなスクープ映像や同情する以外に視聴者には何もしようがないショッキング映像ばかりだ。それにコメントするタレントの喜怒哀楽を映し出すことが、公共の電波の役割ではあるまい。糾弾すべきは安倍首相よりテレビ もちろん、テレビに対して四六時中、細かい災害情報ばかりを放送せよ、と言っているわけではない。しかし、いわゆる「視聴率稼ぎ」の立ち位置からばかりではなく、公共の電波という意識と責任を強く持ち、テレビ局の放送網やリソース(資源)をもっと有効に利用すれば、中央と地方の報道格差を埋め、日本国として一丸となった情報共有もできるはずである。それが引いては効果的な避難情報や救援情報の提供も可能にするのではないか。 タレントたちが神妙な顔つきで「豪雨で大きな被害を受けたショッキングな映像」ばかりを紹介する情報番組が終われば、いつもの通りのバラエティー番組が放送される。もちろん、多少の自粛や方向修正はあるのかもしれないが、いつもと同じものばかりだ。それをとがめる人もいなければ、悪びれることもない。今のテレビ放送の存在はどう考えても「不謹慎」だ。 一方で、7月5日に自民党の国会議員が安倍晋三首相との宴会に出席し、同席していた兵庫県選出の西村康稔官房副長官がその写真をツイッターに投稿した、ということが「不謹慎だ」と非難が集まった。もちろん、兵庫県内でも10万人以上の避難勧告が出ていたので、地元選出の政治家としては緊張感を持って対応してほしいと願うのは当然だ。タイミングや対応の悪さはあったとは思う。 しかし、宴会やパーティーに出席したり、懇親会の類いに参加することも政治家の仕事の一部という側面もある。時には断ることのできない懇親会だってあるだろう。特に、首相も同席した宴会となればなおさらだ。 むしろ、それを不謹慎だと糾弾するエネルギーがあるのであれば、情報バラエティー番組で「独占映像」などと称してショッキングな映像を繰り返し流して視聴率を稼いだり、いつものようにバラエティー番組を放送したり、「報道もどき番組」で災害をコンテンツ化するテレビの存在の方こそ、はるかに糾弾されるべきものがあるように思う。2018年7月13日、宇和島市役所で行われた愛媛県の中村時広知事(右)との意見交換を終え、取材に応じる安倍首相(代表撮影) 公共の電波であるテレビは、こういった大きな災害時にこそ、あらゆる私欲を捨て、情報センターとしての役割を果たすべきであるように思う。テレビをつければ、公共性の失われた情報ばかりに埋め尽くされている。何のために大きな権力を与えられた「公共の電波」なのか、改めて考えるべきではないだろうか。

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    嫌われるマスコミの災害報道は「オーダーメイド取材」で一変する

    堀潤(ジャーナリスト、キャスター) 西日本を襲った豪雨災害は、200人以上の方々が亡くなり、現在も20人以上の方の安否がわかっていません。私は7月7日以降、豪雨被害が大きかった岡山県や広島県の各被災地を回り、被災された方々に今必要な支援が何かを聞いて回りました。 やはり被災者の第一声は水です。飲み水ではありません。生活用水です。トイレや風呂、手や顔を洗う水だけではなく、泥かきをしたり汚れを拭いたりする時に必要な水です。飲料水は支援物資や自衛隊からの給水などでなんとか賄えているのですが、生活用水を確保するのは至難の技です。 広島県三原市では井戸水を利用している世帯が少なくなく、水をくみ上げるモーターを修理し、使用できるようになった水を近所の人たちと共有し、助け合って復旧、復興に取り組んでいました。ただ、課題もあります。地元三原市の社会福祉協議会の方々に話を聞くと、犠牲になった方々の多くが自力で2階に上がることができない知り合いの方々でした。 足の不自由な50歳代の人、90歳を超え一人暮らしだった女性は「近所の誰かが大丈夫か?と訪ねてくれてさえいれば…」と唇を噛み締め、悔しそうに話をされていました。浸水被害がひどかった地域は比較的商業施設などが集まる中心部でした。新しく移り住んできた人も多く、地域の町内会の加入率が年々下がっていることが地元の方々の悩みでした。 女性はさらに「災害が起きると実感するはずです。地域のつながりがどれだけ大切か。普段から顔見知りだったら井戸の水だって借りやすいだろうに。命だって守ることになるんですから」とも語っていました。 実感したのはハザードマップの正確さです。各地を取材した際の共通の質問が「ハザードマップではこの地域はどのような状況でしたか?」です。地元の方々が改めて驚くほど、災害被害は起こるべくして起こるんだということを実感させられました。水害や土砂災害、地震、火災など災害ごとにハザードマップが作られているのをご存じでしょうか。それが何を意味するのかというと、避難先が変わってくるということです。 今回の豪雨災害でも地震などを想定した避難場所が浸水していたケースがありました。自治体からは防災無線を通じて別の高台の避難所の案内をしていましたが、馴染みのない場所で戸惑いが広がったという声も聞きました。災害が起きてからの対応では遅いのです。当たり前のことですが、平時のアクションが自分の大切な人と自分の命と財産を守るための防災です。 そもそも、私たち日本人は災害が発生しやすい国土で生活しています。地震、津波、台風、集中豪雨、そして火山。2011年3月11日に東北沖でマグニチュード(M)9・0の巨大地震が発生した東日本大震災では、10メートルを超える巨大な津波にも襲われ福島県にある東京電力福島第一原発がメルトダウンを起こす大規模な事故を起こしました。放射性物質に汚染された土地を取り戻すためには半世紀近くの時間が必要だとも言われ、私たち日本人は自然災害だけではなく、原子力災害も経験しています。炎天下の被災地を歩く男性。大量の土砂で下部が埋まった車や標識が放置されたままになっている= 2018年7月13日、広島県坂町(鴨川一也撮影) 地震は地中の岩盤同士がぶつかり合いズレることで地表に揺れを引き起こすわけですが、日本には今後もそうしたズレが起きる可能性が高い「活断層」が2千以上あります。世界中の地震の約10回に1回は日本やその周辺で起きているとあって、実は私たちの暮らす地面はとても揺れやすいのです。 特に東日本大震災以降は地震活動が活発で、政府は今後30年以内に東京や神奈川など首都圏でM7級の直下型地震が起きる可能性は70%と予測。東海から九州にかけてM8級の揺れが想定される東海、東南海、南海大地震も88%〜60%と、こちらも高い確率です。いつ起こるのかは分かりませんが、いつ起きてもおかしくないのです。家族4人が車で生活 また、日本は「火山列島」とも呼ばれ、噴火する可能性のある「活火山」が全国に110もあります。実は、あの富士山も活火山です。いつ噴火してもおかしくはありません。山梨県、静岡県、神奈川県では富士山噴火に備えた避難訓練が行われたりしています。富士山が噴火すると当然東京などにも影響が出ます。火山灰が降り積もり、新幹線や高速道路など交通網がマヒ。灰の影響で水道や電気、ガスが長期間ストップ。ジェット機も飛び立てなくなり、東京が陸の孤島になり混乱することも予想されています。 「これだけ色々な予測がされているのであれば備えも万全だろう」と思いがちですが、冒頭述べた通り、災害には「想定外」がつきものです。例えば、国は熊本地震のように震度7の地震が連続して起きることは想定していなかったと言います。災害発生時の対応をまとめた全国の自治体の防災計画の多くで「想定外」だったということも報道機関の調べで分かりました。 熊本の地震では1度目の震度7の地震で避難所に避難した人に加えて、さらに規模の大きな揺れに襲われ「もうダメだ」と思った人たちが一気に避難所に向かいました。最大で20万人とも言われる避難者の数、小学校や中学校の体育館には収まりきらず、校庭や渡り廊下といった屋外で野宿をせざるをえない人たちも大勢いました。 一方、そうして人があふれた避難所をあきらめ、仕方がなく自分の車の中で寝泊まりする人たちも少なくありませんでした。「赤ん坊が泣いて迷惑になるといけないから」「持病があって硬い床で寝られないから」「余震が怖くて建物の中にいたくないから」など理由は様々です。西日本豪雨被害の避難所でうちわをあおいで暑さをしのぐ人たち=2018年7月8日、岡山県倉敷市真備町の岡田小学校(永田直也撮影) 私が取材をしていた家族は親と子供の4人で3週間以上車で避難生活を続けました。避難所ではないので食料の配給も受けられず自力で調達。狭い車内で同じ姿勢のまま過ごすことで体調を壊す人もいます。「エコノミー症候群」と言って血のめぐりが悪くなり血管が詰まるなどして、最悪、死にいたる症状です。絶えず体を動かしたり、血のめぐりが良くなるようにマッサージをしたり工夫が必要でした。 食料の確保が大変だったのは、車中避難の人たちばかりではありません。避難所でも圧倒的に食料が足りずに苦労した人たちもいました。災害時の対応などを定めた法律「災害対策基本法」の中には「指定緊急避難場所」と「指定避難所」という言葉が出てきます。前者は地震や津波からいち早く身を守るために逃げ込むことができる高台や公園などにある安全な場所や施設。後者はそこに留まって食糧支援などを受けながら避難生活を送ることができる施設を指します。 災害による影響が比較的少ない場所であることや生活物資の運搬がしやすい環境であることなど、法律によって条件が定められています。ですから、すべての小・中学校などの避難所がこの「指定避難所」ではありません。 熊本地震では、避難した人が身を寄せた避難所が「指定避難所」なのかどうかで状況が大きく異なりました。指定避難所の小学校に避難した人は自治体からの物資や自衛隊からの支援を優先的に受けられました。しかし、同じ区内の小学校でも「指定避難所」ではなかった場合は、避難した人たちが自力で食料を調達しなくてはならず、大変苦労したのです。 10カ月の赤ん坊を抱えたお母さんは避難した体育館で「ここは指定避難所ではないので、食料は届きません。自力で調達が必要です」と言われた時には目の前が真っ暗になったと言っていました。そうした避難所ではインターネットを使うなどして全国からの直接支援でなんとか水や食べ物をかき集め、なんとか凌(しの)いだという状況でした。「何のための地元局か」 今回の西日本豪雨や熊本地震のように、首都圏が被災地にならない場合、相対的にテレビの報道量が減っていくのが体感として分かります。台風などは顕著な例であり、首都圏に上陸が予想される場合とその他の地域の場合とでは中継体制の力の入れように温度差があるのは明らかです。全国ネットの放送は東京一極集中であり、首都機能や交通、物流などに与える影響の大きさを考えると、首都圏の情報に重きを置くテレビ局の判断も分からなくはありません。 西日本豪雨の被害の大きさを考えると、首都圏が台風を迎え撃つ時のように事前の特番体制で報じるべきだったという声が上がるのは必然です。ただ、進路や速度などをもとに被害予測をたてやすい台風と短期間で変化に富む集中豪雨災害とでは勝手が違ったのかもしれません。 岡山県に住む方からこんなメールをいただきました。 6日夜、県の広い範囲に避難指示が出されていたにもかかわらず、ニュースでずっと報道していたのは、NHKのみでした。11時半過ぎ、地震かと思うような揺れがあり、家族がツイートやLINEで情報収集すると、浸水で避難途中の真備の友人から、工場爆発との知らせがありました。ツイートを見ると、津山でも揺れ、県内騒然とするなか、民放は、警報のテロップだけで、通販番組とか、いつもの放送内容でした…。日付がかわり7日のNHKニュースの総社市長のコメントで、爆発だと知った人もたくさんいたと思います。豪雨の犠牲者は、お年寄りばかり。岡山県も高齢化が進み、頼りの情報源はラジオTVという一人暮らしのお年寄りもたくさんいると思います。何のための地元局か、と怒りが。 お怒りはごもっともです。逆に、NHKの責任の重さも感じます。個人的には、被害の大きさを量で測るのには抵抗があり、ましてや1人の命も、100人の命もそれぞれ同じ重さであると思いたいものです。 私がNHKを辞め、自由な発信の場を求めた理由の一つが災害報道のあり方に疑問を感じたからです。今年でフリーになって5年になりますが、その間発生したさまざまな災害報道では常にそこで暮らす一人一人の生活者の皆さんとの連携を第一に掲げてきました。 2年前の熊本地震以降、大きな災害が発生すると私はまず自分のLINE IDをツイッターやフェイスブックで公開し、被災者の方とつながりながら、現場が最も必要としている発信を支援する取り組みを始めています。拡散した災害情報 災害時の会員制交流サイト(SNS)には悪意あるデマのみならず、古い情報がそのままリツイートされ誤解を生んだり、伝言ゲームで不正確な表現となり結果としてデマになってしまうケースなど、まさに玉石混交、さまざまな情報が流布します。そうした中に、被災者本人の本当のSOSが埋もれていってしまうことがあります。 フォロワー数の少ない個人が発信するよりもより強い拡散力を持つアカウントから発信してもらった方が多くの人にSOSが届く可能性が高まります。情報を精査、検証する力やより多くの人たちに短い時間で情報を届けるノウハウが求められますが、私のようなSNS使いのテレビマンにとっては何か役に立てそうだと思い、熱心に取り組んでいる支援の一つです。 例えば、今回の西日本豪雨では私が公開したLINE IDには愛媛県西予市野村、広島県呉市天応西条、岡山県総社市下原などで孤立したり、救援が必要な住民の皆さんやそのご家族、約20名の方から切実な連絡が入りました。 8日午前、広島県呉市天応西条3丁目の36歳の男性からのSOSは、20名から30名が今も川の決壊で孤立したままだという内容でした。1歳と12歳のお子さんがいるとのことで、そのうち持病のある12歳のお子さんの薬が明日までしかなく、発作が起きるのが心配だというのです。せめて薬だけでも届けてもらえないかと、男性は私に発信の支援を求めてきたのです。男性がLINEに送ってきてくれた動画を見ると、家の目の前の道路が崩壊し目の前を茶色く濁った泥水がものすごい勢いで流れていく様子でした。 撮影は8日早朝です。男性の身元の確認や映像の検証などをこちらで行い、ツイッターや各SNSで発信したところ、瞬く間に50万を超えるアカウントからのアクセスがあり拡散されていきました。そして、それから5時間後。「堀さん!お力を貸してくれたみなさん。どうもありがとうこざいます。無事救助連絡、そして子供の薬も5日分もらえました!本当に心から感謝します。救助ヘリも何機かきてもらい、具合が悪い方の救助もしてもらえました!断水状態も続きまだ不安定ですが、頑張ります」と男性から連絡が入ったのです。土砂崩れ現場で行方不明者を捜索する消防隊員ら=2018年7月7日、広島県東広島市 情報が途絶え、孤立した状況が続く中、SNSに寄せられる人々の声が男性やその家族を励ましたと言います。このように情報を寄せてくださった方々の元にはその後一人一人直接会いに行きます。今日の時点で岡山や広島から連絡をくれた人たちを直接訪ね、さらなる追加取材を行っています。オーダーメイド型の取材で被災者の切迫したニーズを満たす、これも新しい時代の報道の在り方なのではと思っています。