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    桜を見る会「追及」を追及する

    どうやら「桜を見る会」をめぐる問題で、臨時国会は明け暮れそうだ。消費増税対策といった経済や安全保障問題はどこに行ってしまったのやら。野党は「モリカケ」の再来とばかりに追及に躍起だが、普通の人には何が何やら判別が難しい。それでは「桜を見る会」問題を整理した上で、「追及」を追及してみよう。

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    「桜を見る会」7つの疑惑、モリカケ化が止まらない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 首相主催の「桜を見る会」は、いまや単なる安倍晋三政権批判ありきの「政治ゲーム」と化している。ゲームの主要プレーヤーは、一部メディアや立憲民主党、日本共産党などの野党の大半であり、さらに「反権力」「反安倍」を信奉する識者が相乗りしている。 この方々の発想は簡単で、「箸が転んでも安倍政権批判」とでもいうべきスタンスであり、論理の跳躍、ゴールポスト(論点)の移動などはお手のものである。 10月の消費税率の引き上げ実施前には、「国会が再開されれば、最大論点として戦う」とあれだけ公言していたのだが、その主張は後退している。元々、消費増税や経済問題で、現政権に本気で対決するよりも、テレビや新聞で受けのいい話題に食いつくことで、内閣支持率の低下を狙う方が割のいい戦略に見えるのだろう。 確かに、森友・加計学園問題と同様に、報道されればされるほど支持率は低下の傾向を示す。ただし、テレビなどで取り上げられなくなると再び回復するかもしれない。 これは支持と不支持を決める人たちの、近視眼的な行動によるものだろう。近視眼的になるのは、やはり報道の在り方に大きな責任がある。 今まで「桜を見る会」に関する「疑惑」は主要なものでも6点、細かいものを足すと十数件に及び、五月雨式に報道されている。その顛末(てんまつ)がどうなったのか、そしてそれが本当の疑惑なのか、道義的な問題なのか、法的な問題なのかをいちいちチェックしていったら、さすがに時間の制約のある一般の人では情報処理が難しくなるだろう。 同様の状況はモリカケ問題でも起きていた。このため、多くの人たちが「なんか安倍政権は怪しい」「安倍政権は支離滅裂だ」と思うのも無理のない側面がある。「桜を見る会」での招待客と笑顔の安倍首相(中央)=2019年4月、東京・新宿御苑 われわれはみんな限定された合理性の中で生きていて、場当たり的、つまり近視眼的に自分を納得させてしまうのだ。だがそれゆえ、マスコミの責任もまた大きい。 それでは、筆者が気付いた「桜を見る会」の主な「疑惑」を整理してみよう。「モリカケ化」の始まり(1)「桜を見る会」には、後援会や支援者、さらには社会貢献が不明な人が増えており、「私的な催し」と批判されるほど税金の使途としておかしな点がある。 (1)に対して批判の側面が出るのは、もっともである。ただし、安倍内閣だけが後援会や「議員枠」などで招待客を募っていたわけではなく、民主党政権を含む歴代の内閣が同様の運営を行っていた。この批判を受け、政府は来年の会中止を即時に決め、招待客の基準もより明確にするという。 通常の合理的判断ならば、この問題はこれで基本的に終焉(しゅうえん)するはずだったが、そうはならなかった。いわゆる「モリカケ化」の始まりである。もちろんその風潮を、筆者は批判的に見ているのは言うまでもない。(2)「桜を見る会」前日に行われた安倍首相の後援会関係者が集まる夕食会(前夜祭)で、ホテルニューオータニ(東京都千代田区)が設定した1人当たりの会費5千円は安すぎる。有権者に対し、安倍首相側が利益供与した公職選挙法違反の疑いがある。 いつの間にか、「桜を見る会」からゴールポストが移動している。(2)については、ホテルの設定価格としては特段に不思議なものではない、というのが社会的常識であろう。 パーティー形式についても、それまでの顧客との信頼関係などでどうにでもなる。ちなみに産経新聞などの報道では、立憲民主党の安住淳国対委員長の資金管理団体が、やはりニューオータニで前記の夕食会に近い料金で朝食セミナーを開催しているという。もちろん、このセミナーは適法に行われており、何の問題もない。 ならば、なぜ安倍首相関係のパーティーだけが疑惑の標的にされるのだろうか。その答えはやはり「安倍政権批判ありき」なのだろう。 ちなみに、作家の門田隆将氏はツイッターで、「立憲・安住淳氏の“会費2万円で原価1739円のオータニパーティー”報道以来、桜を見る会の報道が激減」しているとインターネット上の情報を活用して投稿している。もちろん、安住氏にも安倍首相にもこの設定価格で何の疑惑もないことは明瞭だが、マスコミがその報道姿勢から明らかにこのネタが使えないと判断したのではないだろうか。マスコミの報道姿勢に関する疑惑はますます深まったと言わざるを得ない。東京千代田区のホテルニューオータニ=2016年10月(斎藤浩一撮影)(3)上記夕食会において「領収書がないのはおかしい」疑惑。 これについては、報道で既にホテルから領収書が発行されていることが分かっている。最も注目の問題は?(4)安倍首相の政治資金収支報告書に、夕食会の収支記載がないのはおかしい。 この「疑惑」は簡単で、直接ホテル側に会の参加者が料金を払い、安倍事務所が介在していないためである。単に事務所のスタッフがホテルの領収書を手渡しただけのようだ。 これをおかしいと指摘する専門家も少数いるが、もし「おかしい」のであれば、「お金のやり取りには直接介在していないが、手渡しでホテルの領収書を代わりに事務所が渡した場合でも、政治資金収支報告書に記載する」と法改正すべきだろう。ただ個人的意見を述べれば、あまりに些末(さまつ)すぎて法改正の時間の無駄にも思える。(5)ホテルの明細書がないのは不自然なので、ホテルニューオータニの責任者を国会に参考人で招致すべきだ。 パーティーなどで明細書を発行しない場合もあるのではないか。顧客との信頼関係など、それこそケース・バイ・ケースだろう。 そもそも価格設定が不適切だという話から、明細書や領収書問題が出てきたのではないか。(2)で書いたように、価格設定自体に不自然なものは特にない。個人的には、ニューオータニもとんだとばっちりを受けているとしか思えない。2019年12月、安倍首相の地元、山口県下関市で調査を行い、取材に応じる「桜を見る会」追及本部の野党議員ら(6)「桜を見る会」に反社会的勢力が招かれていた問題と、行政処分や特定商取引法違反容疑で家宅捜索を受けた「ジャパンライフ」元会長が招かれていた問題。 今度はまた「桜を見る会」に戻ってきた。そもそも報道などで暗に示される「反社勢力」がよく分からないという問題も指摘されている。今後、なにかしら具体的に出てくるのかもしれないが、現状ではよく分からないとしか言いようがない。 それはさておき、現在最も話題になっているのが、主に高齢者を対象にしたマルチ商法を展開して消費者に大きな損失を与え、経営破綻したジャパンライフの元会長を、2015年の会に招いたことだろう。ただし報道によれば、特定商取引法違反で消費者庁から最初の業務停止命令を受けたのは2016年で、さらに家宅捜索が入ったのは2019年4月である。本当にシュレッダーにかけるべきは 未来を正確に予測して、招待客をいちいち選別しなければならないとなると、政府もなかなか大変である。なお、14年に書面の不記載で行政指導を受けたことが問題視されているが、もし行政指導された企業を招待しないのであれば、マスコミ各社も該当するのではないだろうか。 また、ジャパンライフの広告に「桜を見る会」の招待状が利用されたり、加藤勝信厚生労働相とジャパンライフ元会長が食事したり、ホテルでジャーナリストや政治家を参加者に毎月懇談会を開催していたことが報道されている。ただし、朝日新聞はこれらの動きを安倍首相の責任問題にしたいらしいが、さすがにそれは筋違いであろう。宣伝に悪用したジャパンライフの問題が優先的にあるのではないか。 懇親会に呼ばれたメンバーには、テレビ朝日『報道ステーション』コメンテーターの後藤健次氏や、NHK解説委員長(当時)の島田敏男氏、毎日新聞特別編集委員(当時)の岸井成格(しげただ)氏(故人)といったジャーナリストが名を連ねている。また、同社顧問には朝日新聞元政治部長の橘優氏が就いていた。 朝日新聞では、このジャパンライフの宣伝活動を批判しているのだが、安倍首相や自民党議員に特に焦点を当てているようである。自社の元社員の責任などもあるだろうし、他のジャーナリストたちも体よく宣伝として利用されていたのだろう。だが、安倍政権批判ありきの前ではそういう指摘は通用しないのかもしれない。 ちなみに、ジャパンライフの広告は行政処分後もマスコミ掲載されていたというが、もちろんこの指摘も通じない。安倍首相の「責任」だけが取りざたされるのである。(7)内閣府が招待客の名簿などをシュレッダーで廃棄処理したことに関し、「タイミングが怪しい」「隠蔽(いんぺい)だ」問題。 野党の大半が参加した内閣府のシュレッダー見学報道には、あきれたの一言だった。野党側は、今年5月9日に国会で名簿の存在について質問した直後に、資料がシュレッダーにかけられたことを「疑惑」として騒いでいた。名簿廃棄に使ったとされる内閣府のシュレッダーを視察する「桜を見る会」を巡る追及本部の野党議員ら=2019年11月(同本部提供) しかし実際には、国会質問前の4月22日に処分の予約が入っていた。国会質疑とは全く関係ないどころか、単に仕事の都合でしかない。 このようにいろいろ列挙したが、一つ言えるのは、無責任な「疑惑」自体こそシュレッダーにかけるべきである。経済や安全保障といった重要問題で、与野党の本格的な攻防を見てみたい、いつもそう願っている。

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    GSOMIA破棄撤回、朝日が仕掛けた日韓「仲良しゲーム」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本と韓国との軍事情報に関する共有の取り決めであるGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄するという韓国政府の発言は、協定の失効直前の6時間前になって撤回された。韓国政府は、このGSOMIA破棄を日本の輸出管理の強化に対する報復措置と位置付けていたが、そのもくろみは破綻した。 韓国政府は、輸出管理強化を日本側の元徴用工問題に対する「報復」と見なしていた。この見解になびいていた日本のメディアや識者も多かったため、今回のGSOMIA破棄撤回は日本国内の親韓国勢力にもショックだったろう。個人的には韓国側の自滅であり、極めて当然の展開に思えるのだが、それを認めたくない勢力もあるのだ。 日本の親韓国勢力の狙いは、安倍晋三政権への打撃である。そのために、薄っぺらい韓国との「協調」や「友好関係」を説いている。 要するに、国内政局のために韓国を利用しているのであり、本当の意味で「親しい」と考えているわけではない。これは、文在寅(ムン・ジェイン)政権を代表例とする韓国の歴代政権がことあるごとに日本との対立を演出し、韓国国内の政局打開に利用してきた経緯と似ている。 そんな日本の反安倍政権の人たちは、しばしば「日本の外交だけが蚊帳の外」論をぶつことが多い。その人たちから見ると、日本は国際的に孤立を深めていることになっている。 しかし、今回の文政権によるGSOMIA問題の顛末(てんまつ)をみると、外交的に追い詰められたのは韓国側だった。この事実を認めたくないのが親韓国勢力だろう。GSOMIAの失効が回避され、取材に応じる安倍首相=2019年11月、首相官邸 日本のメディアでも論調がはっきり分かれている。産経新聞や読売新聞の社説は、明瞭に文政権による外交の失敗という論調だ。また、日米韓の協調を両紙とも説いているが、あくまで3カ国の安全保障面が揺らいだ責任は韓国側にあるという認識に立っている。 日本経済新聞や毎日新聞は、韓国側の失政を明示することは避け、日韓、日米韓の協力をあいまいに訴えている。ただ、何といっても特異だったのが、朝日新聞の社説であった。正直、読んだときには驚いたものである。韓国の理屈をそのまま踏襲 朝日の社説「日韓情報協定 関係改善の契機とせよ」では、「文政権が誤った対抗措置のエスカレートを踏みとどまった以上、日本政府も理性的な思考に立ち返るべきである。輸出規制をめぐる協議を真摯(しんし)に進めて、強化措置を撤回すべきだ」と説いている。 この主張は全く間違っている。政治学者で大和大講師の岩田温氏は最近開設した動画サイトで、この朝日の社説を徹底的に批判していて、筆者も完全に同意できる内容だった。 韓国政府は輸出管理強化について、「元徴用工問題に対する日本政府の報復措置だ」という理解をさかんに喧伝(けんでん)している。朝日の社説は、韓国側の理屈をそのまま踏襲している。つまり、朝日の社説では、日本の輸出管理強化が「理性的な思考」の産物ではないことになる。 しかし、日本の輸出管理強化は、通常兵器などに転用される恐れのある資材の輸出をきちんと管理するという、国際的な取り決めの一環に基づいて行われている。いわば日韓間の問題に見えても、輸出管理強化とは、実は国際的な約束を「理性的」に施行しているだけなのだ。 むしろ、日本政府が元徴用工問題の解決を目指して、輸出管理の強化策を取り下げてしまえば、国際的な批判を免れることはできなくなる。要するに、輸出管理問題は輸出管理問題でしかない。他の話題と関連させて考えることは理性的ではないのである。 今回の撤回で、韓国側は輸出管理問題に関する世界貿易機関(WTO)への提訴手続きを中断することを表明した。この手続きも元から無理筋の話だっただけで、自由貿易をめぐる問題でもなんでもないものを騒ぎ立て、WTOを単に悪用していただけにすぎない。韓国はさまざまな国際会議の場で、本筋とは離れて日本の輸出管理強化の非を何度も叫んできたが、その類いと同じである。 そもそも、朝日新聞がおかしいのは、韓国側がGSOMIA破棄を撤回したのだから、それに応じるべきだと主張している点にある。だが、GSOMIA問題は、韓国政府が自ら生み出し、自ら炎上させ、自滅した問題である。日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の失効が回避されたことを報じる2019年11月23日付の韓国主要紙(共同) そんな問題になぜ日本が付き合う必要があるのだろうか。こちらが見る気もない「一人芝居」が終演しただけの話である。もちろん、この背景には、米国の圧力があることは間違いない。 GSOMIA自体は、東アジアにおける日米韓の安全保障上のインフラの一つである。この協定から韓国が離脱すれば、ロシアや中国、北朝鮮からは「好機」に映る。相変わらずの「偽情報」 たがが緩めば、緩みに乗じてごり押ししてくる国が現れるのが国際社会のパターンである。韓国政府がGSOMIA破棄の撤回を表明した途端、中国政府が「第三国に不利益をもたらさないように」とクギを刺してきたのはその表れである。 米国は現状の東アジアにおいて、安全保障上の秩序の変更を望んでいない。日本政府はむしろ秩序強化を意図しており、その意図は正しい方向だといえる。 今回、米国の圧力が前面に出たことで、韓国政府が大幅譲歩というか政治的な敗北を喫したことは、文政権という左翼イデオロギーに凝り固まった集団を抑制する上で、何よりも日本にとってよかったのではないだろうか。 だが他方で、問題の終わりはいまだに見えない。実際に、韓国側は、既に日本側が輸出管理問題について「謝罪」したなどという偽情報を流しているようだ。相変わらずとしか言いようがない。 また、日本メディアも輸出管理規制の局長級「対話」をわざわざ「協議」と伝えることで、意図してか意図しないかは分からないが、結果的に韓国政府の代弁者になっている。 日本政府の対応を分析すると、韓国の非理性的な対応には一切関わらなかったことが分かる。この姿勢は今後も継続すべきだろう。2019年11月22日、韓国・天安で演説する文在寅大統領。韓国大統領府は同日夕、GSOMIAを当分維持することを決めたと発表した(聯合=共同) さらに、元徴用工問題については、1965年の日韓請求権協定に基づき、国際法遵守の観点から韓国側に対峙(たいじ)し続けることが求められる。むしろ、日本政府は日本企業の損失に応じて、韓国側に報復措置をも辞さないことを望みたい。 相手が非理性的な行為に出てくれば、それに対して「しっぺ返し」をする。この戦略こそが交渉相手の裏切りを中長期的に予防する上でも正しい。朝日新聞の社説が打ち出す安易な「仲良しゲーム」には一切乗らないことが肝要なのである。

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    「桜を見る会」と「沢尻エリカ逮捕」世論に鳴り響く不思議な陰謀論

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 合成麻薬「MDMA」を所持していたとして、俳優の沢尻エリカ容疑者が麻薬取締法違反の疑いで警視庁に逮捕された。沢尻容疑者の事件自体、筆者は彼女の俳優としての将来性を大きく閉ざしてしまったことを残念に思っている。 また事件を機に、日本での薬物事犯の検挙人数や件数の推移をチェックしたが、ここ数年、大麻の検挙者・件数の急増も受けて、総数で高止まりしている深刻な事態を確認することができた。沢尻容疑者が所持していたとされるMDMAなどの合成麻薬も、違法な薬物事犯の中で検挙件数も人員もなかなか減っていない。 日本の経済学者は、違法薬物の売買を対象に含む、いわゆる「地下経済」について関心が低い。欧米では、経済ジャーナリストが麻薬カルテルを取材し、その経済合理的な組織運営に注目した『ハッパノミクス-麻薬カルテルの経済学』(邦訳、みすず書房)をはじめ、多くの研究が知られている。 ただ、日本でもこの分野を持続的に対象としている学者がおり、その「権威」が経済評論家の門倉貴史氏である。門倉氏の推計によると、東京都内で流通している違法薬物の市場規模は、約4200億円だという。かなりの市場規模だが、これに加えて薬物使用がもたらす健康被害、社会的評価の損失などを換算すると数兆円に上るかもしれない。 ところで、沢尻容疑者の事件をきっかけにして、ある種の「陰謀論」がインターネットを中心に巻き起こった。今までも、北朝鮮のミサイル発射と安倍晋三政権に関する政治問題が時期的に重なることで、ネット上で「安倍政権のスキャンダル隠しで、北朝鮮がミサイル発射して注意をそらした」といった根拠不明な陰謀論が流布されていた。沢尻エリカ容疑者=2019年9月(矢島康弘撮影) 一笑に付すべき話だが、実際にはこの種の陰謀論や根拠なき噂は後を絶たない。社会問題の話だけではなく、個人レベルでもこの種の陰謀論やデマの被害に遭っている人は多いだろう。 筆者もその一人で、なぜだか一部の人たちの間で消費増税の積極論者になっている。この連載をお読みいただいている方々はお分かりだろうが、終始一貫して消費増税に反対を訴えている。「桜を見る会」政権の陰謀論 だが、その一部の人たちの「ムラ社会」には真実が伝わらない。真実を拒否し、嘘であることでも「真実」として流通する現象だといえる。 この現象をイタリア・IMTルッカ高等研究所のウォルター・クアトロチョッキ氏は「エコーチェンバー」(共鳴室)と名付けた。エコーチェンバーは、同質的で閉鎖的なネットのコミュニティーが生み出すという。 今回の沢尻容疑者の事件が起きてまもなく、このエコーチェンバーから独特の音が鳴り響いてきた。沢尻容疑者逮捕の報道が、それまでマスコミの話題となっていた安倍首相主催の「桜を見る会」にかかわる疑惑報道を打ち消してしまう、という話だ。 マスコミの報道を分析して、単に放送時間や取り上げられる回数の変化を指摘するだけなら、何の問題にもならない。だが今回、エコーチェンバーから聞こえてきたものは、「桜を見る会」の報道が安倍政権にとってまずいので、問題から国民の関心を移すために沢尻容疑者が逮捕された、というニュアンスを多く含んでいた。まさに陰謀論である。 しかも、著名な識者の多くがこの陰謀論めいた話に参加していた。しかも、素朴に観察したところ、多くの人たちがこの陰謀論を信じているようでもある。まさにネット社会の分断をまざまざと示している。「桜を見る会」を巡り、記者の質問に答える安倍首相=2019年11月15日、首相官邸 「桜を見る会」自体は、社会的評価が高かったり、社会貢献をした人たちを参集させるよりも後援会関係者の参加が目立つなど、最近の人数や経費の急増とともに見直すべき話だと思う。しかし、過去何十年と同じパターンで繰り返されてきた行事の運営を、安倍政権が何か違法な事態を引き起こしたと誘導する報道があまりにも多い。 そもそも、何が違法に当たるのか、そこも分からない。法的な論点に関心のある人は、元弁護士の加藤成一氏の論考『桜を見る会「疑惑」の法的検討:買収罪は成立するか』が参考になるだろう。モリカケから続く「疑惑商法」 それに、今はどうも「桜を見る会」ではなく、その前日に行われた後援会か支持者の集まりだかの「前夜祭」における、領収書をめぐる話題が熱いらしい。いつもながらの話だが、ゴールポストがころころ変わり、しかも違法性かモラルの問題かさえも分からない。 そうして、単に「疑惑が深まった」報道をマスコミは垂れ流すだけである。これは安倍政権下で、いわゆる「モリカケ問題」から続いている話題づくりの手法だ。 つまり、一部マスコミとエコーチェンバー化した政治家や識者たちが生み出した「疑惑商法」というものだ。おそらく真実がいくら列挙されても、「疑惑」は晴れるどころか、むしろ深まるだけかもしれない。 国会でも、この「桜を見る会」問題が議論の中心となるという。立憲民主党の枝野幸男代表は、この話題をきっかけにして衆院の解散に追い込みたいと発言しているようだ。 どのような理由で解散を迫るかは自由だが、この問題が話題となった後に実施された世論調査を見たところ、野党の支持率は減少トレンドにある。エコーチェンバーの内部は知らないが、国民は野党の「モリカケ手法」にとことん愛想が尽きているのかもしれない。「桜を見る会」を巡る追及チームの会合で省庁側出席者(手前)から聞き取りする野党議員ら=2019年11月14日 もちろん、安倍首相は国会から求められれば、事実を丁寧に説明すればいいと思う。他方で、消費増税に伴う悪影響への対策、ウイグル自治区住民に対する弾圧や香港デモでも明らかな中国政府への対応、韓国の独善的な外交姿勢への対抗策など、課題は山積みだ。今、筆者には「桜を見る会」よりはるかに重要に思える。 それらの課題に国会全体の努力を傾けることを切に望みたい。もうモリカケ商法はおなかいっぱいである。

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    池袋暴走事故、なぜ「上級国民」を「容疑者」と呼べないのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今年4月、東京・池袋で自動車の暴走事故を引き起こした旧通商産業省工業技術院元院長が、書類送検される方針が固まったことが、捜査関係者の話としてマスコミに報じられた。この暴走事故で、はねられた母子2人が死亡し、元院長と同乗していた妻を含む男女8人が重軽傷を負った。誠に悲惨な事件であった。 事故現場は、筆者も30年ほど利用する生活道路というべき所で、事故当日も現場の近くの都電を利用していた。道路は事故後の対応で、警察によって閉鎖されていて、物々しい雰囲気が漂っていた。 重軽傷を負われた方の精神的や肉体的な後遺症も深刻だろうし、亡くなられた小さいお子さんとお母さんのことや、残された遺族の心中を思うと、本当にやりきれない気分になってしまう。車の運転を行う者としても、慎重で安全な運転をしなくてはいけないと改めて自戒している。 また、この事件を契機にして「上級国民」という言葉が注目を浴びた。身柄を拘束されないことや、また「容疑者」ではなく常に「元院長」などの肩書で、テレビや新聞などで呼称されたことも問題視されていた。 「特権」的な優遇がありはしないか、そう多くの国民が考えていたため、元院長に「上級国民」という言葉が与えられたのだろう。だが、筆者はこの論説であえて「飯塚幸三容疑者」を使わせていただきたい。 飯塚容疑者は当初「ブレーキをかけたが利かず、またアクセルが戻らなかった」と証言していたという。だが、捜査関係者の話では、事故直後から車に異常は認められなかったことが明らかになっており、飯塚容疑者がブレーキとアクセルを踏み間違えた疑いが極めて強い。 飯塚容疑者本人も最近では、踏み間違いを認める証言をしているという。書類送検の結果が、飯塚容疑者に対する重い罰則になることを、筆者はやはり願わずにはいられない。なぜなら、飯塚容疑者の現在の発言があまりに無責任で、信じられないくらい人の道を違えたものだからだ。 あくまで私見であるが、飯塚容疑者の犯した罪は法規にのっとり、厳正に処断されることを期待したい。彼がいわゆる「上級国民」や高齢であろうがなかろうが、法は誰にも等しく適用されるべきだと思う。東京・池袋で起きた死亡事故で、実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=2019年6月 日本銀行前副総裁で学習院大の岩田規久男名誉教授は、著書『福澤諭吉に学ぶ思考の技術』(東洋経済新報社)の中で、明治の啓蒙(けいもう)思想家、福澤諭吉の議論を借りて、次のように述べている。 多くの日本人の責任の取り方は、福澤(諭吉)のいうように自己責任を原則とする個人主義とはかなり異なっている。自己責任を原則とすれば、裁くべきは法に照らした罪であり、世間が騒ぐ程度に応じて罪が変わるわけではない。メディアは力士が野球賭博をすると大騒ぎするが、普通の企業の社員がしても記事にもしないであろう。しかし、どちらも法を犯した罪は同じであるから、メディアがとりたてる程度で罪の重さが変わるわけではなく、同じように自己責任をとるべきである。岩田規久男『福澤諭吉に学ぶ思考の技術』(東洋経済新報社)「不作為の契機」 岩田氏の指摘を今回の事件に援用すれば、飯塚容疑者について、メディアは「元院長」ではなく「容疑者」と呼称すべきだし、マスコミの一部も飯塚容疑者の自己弁護も甚だしい発言を安易に報道すべきではないのだ。その「自己弁護甚だしい発言」というのは以下のような趣旨である。 TBSのインタビューに答えた飯塚容疑者は「安全な車を開発するようメーカーに心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような、外出できるような世の中になってほしい」という旨を述べた。被害者への配慮はごくわずかであり、ほとんどが自分の行いよりも自動車メーカーなどへの注文であった。まさに驚くべき責任逃れの発言である。 福澤諭吉の先の発言では、このような人物にも法的な適用は差別してはならないという。だが、同時に、福澤はこのような官僚臭の強い詭弁(きべん)に厳しい人であったことを忘れてはならない。このような人物が社会的な批判にさらされるのは当然と考える。 飯塚容疑者に厳罰を求める署名が約39万筆集まったという。この署名が裁判で証拠として採用されるなどすれば、量刑の判断に影響することができる。 これもあくまで私見ではあるが、飯塚容疑者の上記のインタビューがあまりにも責任逃れにしか思えず、反省の無さを処断するために、署名が証拠として採用され、効果を持つことを期待したい。 日本の官僚組織、また個々の官僚は「無責任」の別名だといえる。著名な政治学者の丸山真男はかつて、人が目標を明示し、その達成を意図してはっきりと行動することを「作為の契機」と表現した。 それに対して、官僚としては成功者といえる飯塚容疑者は、それとは全く真逆の「不作為の契機」、つまり責任をいつまでも取らない、むしろ責任というものが存在しない官僚組織の中で、職業的な習性がおそらく培われていたに違いない。そして、その習性が仕事だけではなく、彼の私的領域にも及んでいたのではないか。旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長を立ち会わせ行われた実況見分=2019年6月13日、東京都豊島区(共同通信社ヘリから) ここに私がこの問題をどうしても論評したかった一つの側面がある。飯塚容疑者の発言のパターンが、今まで日本の長期停滞をもたらしてきた官僚たちや官僚的政治家たちと全く似ているからだ。 もちろん、高齢ドライバーをめぐる問題は、論理と事実検証を積み重ねた上で取り組んでいかなければならない。飯塚容疑者だけを糾弾して済む話ではないのだ。何より冒頭にも書いたように、筆者も自動車運転をする身として、今回の事件はまさに何度も自省を迫られる問題にもなっていることを忘れてはいない。【編集部より】現段階(11月11日午後)の表記は「飯塚元院長」が原則ですが、筆者の問題提起に加え、論考内で意図を明確にしていることなどから、例外として一部「飯塚容疑者」としています。

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    無理強い対話と無限の謝罪要求、韓国の「お約束」に付き合うな

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権のイメージアップに、日本がまた利用されている。日本の報道ではめったに取り上げられないが、韓国内では、文政権に対する抗議デモが展開されていて、数十万人(主催者発表は最高で200万人)も集まる大規模なものであった。 デモの大きな契機になったのが、文大統領による曺国(チョ・グク)前法相の任命と早期退陣であったことは確かだ。しかし、韓国経済の失速の鮮明化や朝鮮半島情勢の硬直化など、文政権が内外で手詰まりを見せていたことも、韓国民の多くが不満に思う背景にある。 事実、文政権の支持率は40%を割り込み、「危険水域」と評されてきている。政権としては、国内外でイメージアップを採用する動機が強くなるはずだ。 その矛先の一つが日本に対する「柔軟」な外交方針の採用にある。もちろん、「柔軟」は単に言葉だけで、中身は空っぽなものだ。 つまり、韓国によるイメージアップの「だし」に日本が使われているだけである。実質的な外交成果を狙うものではないことに注意すべきだ。 日本への韓国の外交攻勢は二つの方向から行われた。一つはタイの首都バンコク郊外で開かれていた東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)の首脳会議が舞台だった。 安倍晋三首相と文大統領は会議の控室で11分間、言葉を交わしたという。この「対話」は、形式的なあいさつをして立ち去ろうとする安倍首相を文大統領が着座するように促すことで実現したとされる。つまり無理強いである。バンコクで行われたASEAN関連首脳会議の記念撮影で、韓国の文在寅大統領(右から2人目)とあいさつする安倍首相夫妻=2019年11月(代表撮影・共同) 韓国では、今回の動きにより日本との本格的な対話が開始されたと解釈するむきもあったようだ。だが突発的な対話で、日韓問題の解決の糸口が見いだされるわけもない。 両首脳は、日韓関係が重要であるとの認識と懸案事項の対話による解決という原則の確認に終始した。特に安倍首相は、いわゆる元徴用工問題について、日韓請求権協定に基づき、既に解決済みであるという従来の日本側の正当な主張を繰り返した。「常套手段」を繰り出す問題人物 これに対する文大統領の対応はなかった。つまり、外交交渉などと呼ぶものではなく、単なる文政権の国内向けのイメージ戦略でしかない。 報道によれば、文大統領は「必要があれば、高位級協議も検討したい」と一応提案したという。だが、実務者レベルで、輸出管理問題や自衛隊機へのレーダー照射問題に関し、あれほど不誠実な対応を繰り返した韓国側に、より高位級の要人で協議に応じる筋合いが日本側に全くない。 むしろ、高位級レベルで応じるのであれば、いわゆる元徴用工問題における現在の韓国側の対応から、報復措置を通告することが望ましい段階とさえいえる。 韓国の外交攻勢は、文大統領の「無理強い対話」だけにとどまらない。韓国国会の文喜相(ムン・ヒサン)議長が20カ国・地域(G20)国会議長会議で来日したが、今回の文議長の言動にも韓国の常套(じょうとう)手段が見て取れる。 文議長といえば、譲位前の上皇陛下に謝罪を求めた発言で知られている。天皇陛下を海外の重職者が自国のために政治利用しようという無法な態度といい、単に日本国民に対しても計り知れないほどの無礼を行った人物である。 最近の朝日新聞のインタビューで、文議長がこの件について「謝罪」したとする見出しのついた記事が掲載されていた。ところが一読すると、トンデモない内容だった。 文議長は「謝罪」どころか、日本国民が元徴用工などに謝罪すべきだと述べているのである。まさに「無限の謝罪要求」という韓国の常套手段である。東京で行われたG20国会議長会議に臨む韓国国会の文喜相議長。手前は山東昭子参院議長=2019年11月4日(佐藤徳昭撮影) 日本に対する政治的なマウント取りの手段として、韓国が慰安婦問題、元徴用工問題などを謝罪と賠償の無限ループで利用していることは、よほどの無知か、韓国への偏愛がない限り自明である。その意味では、文議長に日本に対する謝罪の意思はなく、謝罪要求だけが強いとみて差し支えない。むしろ日本の国益上、入国を拒否すべきぐらいの人物ではないだろうか。 このような指摘を書くと、日本では「ネトウヨ」などと戯言(たわごと)並みの批判が出てくる。しかし、日本国憲法では、天皇の政治的な言動が禁じられている。他国の憲法を踏みにじり、天皇陛下に謝罪させるという政治的利用を狙った人物に日本政府が明確な「ノー」を突き付けることは正当な対応である。 会議に先立って、山東昭子参院議長が文議長に書簡を送り、発言の撤回と謝罪を要求していたことが分かった。その要求に文議長は事実上返答しなかったため、山東議長との会談は見送られた。賠償のバイパスとなる「提案」 このような山東議長の対応は評価すべきだ。他方で、政治的な腐臭にまみれているのが、超党派の日韓議員連盟に属する何人かの政治家たちだ。 文議長は、いわゆる元徴用工問題について、日韓の企業と個人から寄付をもとにして、日本企業に訴訟を起こした元徴用工らに金銭を支給する法案を作ったと述べている。バカげた案という他はない。 いや、バカげた案以上に、仮に法案が韓国で成立しても、訴訟を起こされている日本企業は乗るべきではない。韓国の無限の謝罪と賠償要求のゲームに付き合わされるだけである。 個人レベルでは、鳩山由紀夫元首相のように無限の謝罪や賠償に付き合うことを私的に表明している人もいるので、どうでもいい。もちろん、元首相の行動という観点から、批判を受けるべき行いになることだろう。 それにも増して問題なのが、エネルギー分野など経済協力名目の日韓共同ファンドの創設が可能だとの認識を示した日韓議連の河村建夫幹事長(自民党)だ。エネルギー分野に限るとはいえ、今のタイミングで賠償のバイパス(抜け穴)にもなりかねない「提案」をするとは、国益を見ないまさに「韓国に媚(こ)びている」と批判されるべき姿勢である。 日韓企業が賠償額相当の金額を出資する案について、日本政府は公式に否定している。つまり、日本政府側から積極的に関与することを拒否しているわけだが、当たり前の話だ。 現在、韓国の裁判所の決定により、日本企業の資産が差し押さえられ、処分が進められている。これは国際法上、全く許容できる事態ではない。日韓議連の幹事長を務める河村建夫元官房長官=2019年9月(春名中撮影) そのような中で、日本政府が7月から始めた輸出管理の強化を、韓国への報復措置とみなす筋違いの見解があるが、それは違う。日本は韓国側の無法に対して、いまだ報復措置を執っていない。 人的交流の制限になるか、金融面での制約になるかは分からないが、具体的な対応はこれから可能だ。韓国側の「無法」に対して、法をもって厳しく「しっぺ返し」すべきだ。 そのことが韓国による日本への謝罪を引き出し、賠償要求という政治利用の歯止めにもなる。さらには、日韓議連などに象徴されるように、日本の政治家による他国に媚びる姿勢を牽制することにもなるだろう。

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    景気悪化をダメ押しする「空っぽ保守」と「腑抜け野党」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 消費税率の10%引き上げを実施し、1カ月が経過しようとしている。その間の日本経済は筆者の予想通り停滞し、政治は停滞どころかさらに「腑抜け」の状態になっているといえる。 消費増税の直接の影響については、まだデータがそろわないので判然としない。それでも、百貨店などの売り上げに関しては、増税前の駆け込み需要や増税後の反動減が、2013年4月に行われた8%引き上げと同じレベルであったという現場からの声を報道で見るようになった。 もちろん、大型百貨店ではキャッシュレス決済のポイント還元制度が適用されないために、増税への影響が出やすい側面があるのは否定できない。それでも言い方を変えれば、正味の増税ショックは前回と大差ないといえる。 増税前の日本経済は雇用も設備投資も堅調であり、それなりに底堅い展開だったが、個人消費の先行きを示す統計や景気動向の予測には暗い影がちらついていた。当面の増税対策が効果を発揮するため、日本の景気が大きく減速することはないかもしれないが、海外環境の悪化による景気減速に対する手当は全くなされていない。 要するに、将来的にポイント還元制度などの期限や原資が切れてしまうとはいえ、増税対策は不十分ながらも当面手当されている。だが、現在起こりつつある景気減速への対応は完全に無策の状況だ。 基本的な話だが、景気対策の「両輪」は財政政策と金融政策である。しかし、財政政策は景気減速に対応しておらず、あくまでも消費増税対策に追われている程度でしかない。その意味で、財政政策の規模が不足しているといえる。 他方で金融政策を見てみると、10月30、31日に日本銀行の金融政策決定会合が行われるが、現状の日銀に追加的な金融緩和を行う意思がどれだけあるか不透明である。黒田東彦(はるひこ)総裁の「財務省びいき」のマインドから考えれば、財務省主導による消費増税の実施「記念」として、追加緩和に踏み切るかもしれない。 これでは、国民のためではなく、財務省のためにする緩和である。そういうブラックジョーク的な緩和があるかどうか、その程度のレベルが現状の日銀の内実ではないか。消費税率が10%に引き上げられた2019年10月1日、多数の個人商店が並ぶ東京・巣鴨地蔵通り商店街には、ポイント還元ができるキャッシュレス決済サービスの広告旗が多数掲げられていた しかも、引き上げから1カ月もたたないうちに、財界やマスコミなどから10%以上を目指す「段階的増税論」が早くも出てきている。当初から予想されたこととはいえ、このような状況下でも主張を変えようとしない、日本を滅ぼす増税主義者は本当に脅威である。 安倍晋三首相は、自らの在任中にさらなる消費増税の引き上げをしないと断言しているし、10年間は必要がないとも述べている。だが他方で、一部マスコミは段階的増税を行う「ポスト安倍」への期待をにじませているため、世論の動向も気がかりになってくる。増税しても支持率が下がらない理由 5年半前の消費増税の際には、実施直後の内閣支持率に有意な変化がほとんどなかった。既に公表された最新の調査を見ても、同様の傾向がうかがえる。 しかも、財政再建や構造改革といった財務省的な発想、すなわち増税主義に染まりやすい自民党の政治家たちに対し、相変わらず世論の支持が高い。発言の「空洞」ぶりが話題の小泉進次郎環境相や、党内基盤を事実上失っている自民党の石破茂元幹事長がそうだ。彼らへの高い支持は、やはりマスコミの露出に依存していることは間違いない。 他方で、増税しても政権への支持率が揺らがない最大の要因がある。やはり野党のふがいなさに尽きる。 今の野党の最大の眼目は、菅原一秀前経済産業相の秘書が行った香典問題、そして萩生田光一文部科学相の、英語の民間検定試験をめぐる「身の丈」発言などを臨時国会での焦点にしようということだ。どちらもワイドショー受けはするかもしれないが、本当に今、国会で中心になってやることだろうか。 もちろん、現在の世論動向の場合、テレビで取り上げられれば取り上げられるほど、内閣支持率に影響する。ただし、森友・加計学園問題でもはっきりしたように、別に野党の支持率を上昇させるわけではない。 当たり前だが、世論もそれほど愚かではないし、野党はかえって「政策無能ぶり」を見抜かれているのだ。臨時国会でも、開会前こそ消費増税が多少論点になりそうな雰囲気だったが、いまや最大野党の立憲民主党にその熱意は全く感じられない。 国民民主党に至っては、国家戦略特区ワーキンググループの原英史座長代理に対する国会での森裕子参院議員の「名誉毀損(きそん)」発言を事実上正当するありさまだ。前回も指摘したこの問題の経緯は原氏による解説動画を参照してほしいが、論点をずらしつつ、まさに大事のように持ち上げているだけである。 消費増税関係の目立った動きといえば、せいぜい無所属の馬淵澄夫元国土交通相とれいわ新選組の山本太郎代表が立ち上げた「消費税減税研究会」ぐらいである。この研究会は5%への減税を旗印にして、野党間の連携を狙う政治スキームである。 この種の試みについて、筆者は基本的に賛成だ。特に、馬淵氏のマクロ経済政策観は国会議員の中でも抜群である。2018年3月、衆院本会議に臨む自民党の石破茂元幹事長(右)と小泉進次郎筆頭副幹事長(斎藤良雄撮影) ただし個人的には、山本氏とのタッグにはリスクが大きいと思っている。そのリスクは消費減税以外の主張にある。 山本氏は子宮頸(けい)がんワクチンに対する不必要発言や、放射能リスクに関する発言などで物議をかもしている。確かにこれらの問題も重要であるが、本稿では山本氏率いるれいわの経済政策観が、必ずしも「反緊縮」とはいえないことに注目したい。れいわの「悪いポピュリズム」 反緊縮の目的は経済成長を安定化させ、それによって雇用や所得を改善することにある。れいわでは「全国一律! 最低賃金1500円『政府が補償』」を主張している。しかも、中小企業が最低賃金を支払えない場合、不足分を政府が補塡(ほてん)するという。 中小企業の従業者数は約3200万人、全国平均の最低賃金が901円である。また、パートを除く一般社員の労働時間の年間平均はだいたい2000時間である。 あくまで仮定の話だが、中小企業が1500円の最低賃金を全従業員の全勤務時間に対して901円以上支払えないとすると、政府の補填は年間約38兆円になる。政府の2019年度一般会計の規模が約100兆円なので、3分の1超に達する金額だ。もちろん極端な計算ではあるが、いずれにせよ、かなりの金額を恒常的に支出する羽目に陥るのではないか。 れいわでは、デフレ対策は別の「デフレ脱却給付金」政策が割り当てられているので、この最低賃金補償政策は別のものになる。さて、こんなに恒常的に発生する膨大な財政支出をどう考えるべきだろうか。 まず考えられるのが、高いインフレが発生する可能性があるのではないかということだ。デフレを脱却した上で完全雇用を達成させるわけだから、国債の利子率もそこそこ高い水準になっているだろう。 高インフレが利子率をさらに押し上げて民間投資を圧迫し、それが企業活動を低迷させ、さらに最低賃金を払えない企業を増やし、いっそう政府支出が増えてしまい、それがさらに…という悪循環になりはしないか。 では、財源を国債発行ではなく、大企業課税で賄った場合どうなるだろうか。大企業にも従業員が1400万人ほどいるが、その人たちが大企業の課税によって職を失う可能性がありはしないだろうか。「企業を罰して、庶民を助ける」左派的思考のドツボにハマっている人たちがわりと多いが、企業経営と雇用は密接に連動しているのである。 むしろ、緩やかなインフレの中で、無理なく最低賃金を引き上げていく方が経済への負担は少なくて済む。どうしても所得に連動させたいならば、最低賃金水準を目的化するのではなく、年間3~4%を目標とするマクロ的な名目所得成長率ターゲットの方がいいだろう。 このように、現段階のれいわの経済政策は悪い意味でのポピュリズム(大衆迎合主義)に思える。いずれにせよ、野党陣営にはより実現性があり、国民全般に寄与する経済政策の立案を求めたい。2019年8月1日、国会で記者会見するれいわ新選組の(左から)舩後靖彦氏、山本太郎代表、木村英子氏 与党の中でも、世耕弘成参院幹事長が座長を務める参院自民党の勉強会を立ち上げ、「アベノミクス」の強化に向けて動くという報道もある。本当に強化する方向ならば、筆者は歓迎したい。 最近、経済ジャーナリストの田村秀男氏が指摘したように、日本の保守主義は伝統的に経済成長を志向していたのが、今は経済成長を軽視する「空っぽの保守主義」に堕しているとの厳しい批判がある。安倍政権もそうだが、ポスト安倍を担う勢力が本当に「空っぽ」かどうか、消費増税以後も日々問われていることを忘れてはならない。

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    国家公務員なら刑罰、意味不明発言を生んだ「利権トライアングル」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 政府の国家戦略特区ワーキンググループ(WG)座長代理を務める原英史氏が考案した「新・利権トライアングル」という図式がある。これは、首相官邸サイドや国家戦略特区の仕組みやWG委員を攻撃するための既得権側の批判を図式で表したものである。 新・利権トライアングルは「業界ないし役所」「マスコミ」「野党」から成るという。ただ、官邸や国家戦略特区を直接攻撃するのは「業界ないし役所」ではなく、野党やマスコミが主体となる。 野党は国会での委員会質問や、疑惑追及などの際に野党が立ち上げるプロジェクトチーム(PT)の形で、官邸や国家戦略特区を批判する。他方で、マスコミも批判記事を書くことで、国家戦略特区や官邸を攻撃する。 もちろん、官邸や国家戦略特区が不正や常識的に批判に値することを行っていれば、どんどん批判すべきだ。しかし、国家戦略特区に関する出来事を見ていると、まっとうな理由でマスコミや野党が批判しているようにはとても思えない。 この連載で何度も取り上げた学校法人加計学園(岡山市)問題や、原氏が巻き込まれた毎日新聞による「指導料」「会食接待」報道などが典型例だろう。現在は後者に関して、国民民主党の森裕子参院議員の発言が大きな話題となっている。森氏の発言を取り上げる前に、なぜこれほどまでに国家戦略特区が批判されるか、考えてみたい。 批判される理由は二つあるのではないか。一つは「反市場バイアス」というもので、もう一つは単に無知であることだ。 問題としては無知の方が簡単で、事実を知りさえすれば、問題は基本的に解決する。ただし、無知の前提には、基礎教養の欠如や専門知識の無理解があるかもしれないので、それらを補うには時間がかかるかもしれない。参院予算委で質問する国民民主党の森裕子氏=2019年10月(春名中撮影) だが、反市場バイアスの方はそう簡単にはいかない。同じ事実を提示されても、出てくる結論に「歪み(バイアス)」が掛かっているからだ。 反市場バイアスとは、ガチガチに規制のある分野に対して、規制を緩和することでさまざまな人たちが取引への自由な参入や退出を可能にする枠組みを、否定的なものとして捉える感情である。 例えば、貿易自由化によって、ある農産物の関税が廃止されたとする。関税を導入していた理由の多くで挙げられるのが、国内農家の保護だ。多数生まれた「悪の物語」 一部の農家を保護するために、その国の国民は関税分だけ割高な農産物の消費を強いられる。関税を撤廃すれば、国内の消費者はより安い農産物を消費できるため、得になる。 他方で、自国の一部農家にとっては打撃となるだろう。このとき、消費者の「得」と生産者の「損」を比べて、社会全体で「徳」が上回っていれば、関税の撤廃、つまり貿易自由化を行うべきだとの考えに至る。経済学など知らなくても理解できるはずだ。 だが、この「常識」的思考はそう簡単には通用しない。損をする人たちの声がクローズアップされるため、あたかも得する人たちがいないかのように報道されたり、政治家が農家の声だけを代弁したりすることも多い。 これでは、世論の中から、マスコミと政治家の声によって誘導され、あたかも関税撤廃が「悪」のように思う人たちも出てきかねない。実際、過去の貿易自由化をめぐる話題では、この種の「貿易自由化=悪」という図式が、いともたやすく人々が信じる「物語」と化した。 最近では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する議論がそうだった。その中で「TPPは米国の陰謀」「TPPで日本が滅ぶ」という「物語」が多数生まれた。関税も規制の一種なので、規制緩和や規制撤廃はこの種の「物語」を生みやすい。そして、これらの「物語」こそが反市場バイアスの別名なのである。 そもそも、国家戦略特区は規制緩和を担う仕組みである。そのため、常に反市場バイアスに直面することになる。 さらに「政府の行うことは常に間違い」「権力とは異なる姿勢を取るのが正しい」といった素朴な意見が、政府=悪魔という「悪魔理論」を生み出す。最近では、反市場バイアスと悪魔理論の矛先が原英史氏に向いていることは、過去の連載でも指摘した。 ことの発端は、毎日新聞が6月11日に「特区提案者から指導料 WG委員支援会社 200万円会食も」と報じたことにある。記事を通常に読解すれば、原氏が「公務員なら収賄罪にも問われる可能性」があると理解してしまう。全く事実に依存しないひどい誹謗(ひぼう)中傷だと思う。2018年3月、TPP署名式で新協定に署名する茂木経済再生相=チリ・サンティアゴ(ロイター=共同) この記事をめぐって、原氏は毎日新聞社と裁判で係争中である。ところが、原氏の報告によると、裁判の過程で驚くべき「事実」が判明した。第1回口頭弁論で、なんと毎日側は当該記事について、原氏が200万円ももらっていなければ、会食もしていないことが、「一般読者の普通の注意と読み方」をすれば理解できると主張したのである。 これには正直驚いた。それならば、なぜ原氏がわざわざ写真付きで大きく取り上げられなければならないのだろうか。全く意味がわからない。さらに「意味不明」発言 意味不明な記事をもとにして、今度は国会でさらに意味不明な事件が起きた。10月15日の参院予算委員会で、森裕子参院議員の「(原氏が)国家公務員だったら斡旋(あっせん)利得、収賄で刑罰を受ける(行為をした)」との発言をめぐる問題である。 森氏は毎日新聞の記事をベースにして言及したのだろう。もちろん、そんな「斡旋利得、収賄」にあたるような事実は全くない。ないものは証明もできない。これは原氏に正当性がある。 他方で、毎日新聞の裁判でのへりくつ(と筆者には思える)でも、やはりそのような事実は原氏についてはない。つまり原氏、毎日新聞双方の言い分でも、森氏が国会で指摘したような事実を裏付けるものはないのだ。このような発言は、まさに言葉の正しい意味での「冤罪(えんざい)」だろう。 国会議員は憲法51条に定められているように、国会における発言で免責の特権を有している。そうならば、なおさら国会議員は、民間人の名誉を損なうことのないように慎重な発言をすべきだ。 もちろん、原氏をはじめ、森氏の発言を知った多くの人たちは憤りとともに森氏を批判した。だが、森氏から反省の弁は全くない。真に憂慮する事態だとはいえないだろうか。 筆者は多くの知人たちとともに、今回の森氏の発言とその後の「自省のなさ」に異議を唱えたい。既に具体的な活動も始まっている。参加するかしないかは読者の賢明な判断に任せるが、筆者が積極的に参加したことをお知らせしたい。 問題は、原氏個人の名誉の問題だけにとどまらない。WGの八田達夫座長らが指摘しているように、毎日新聞では(他のメディアや識者でもそのような発想があるが)、WG委員が特定の提案者に助言することが「利益相反」に当たるとか、あるいはWGの一部会合が「隠蔽(いんぺい)」されたとする報道姿勢にある。首相官邸で開かれた国家戦略特区諮問会議=2019年9月30日 これは先述したバイアスに基づくものか、無知に基づくものか、いずれかは判然とはしない。しかし、無知であれば、WG委員が提案者に助言したりすることはむしろ職務であることを理解すべきだろう。さらには、会合の一部情報を公開しないのは隠蔽ではなく、提案者を既得権者からの妨害などから守ることでもあると学んだ方がいいと思う。 要するに、無知ならば、まず無知を正すことから始めるべきだ。ただ、毎日新聞は戦前から不況期に緊縮政策を唱えるような反経済学的な論調を採用したことがあり、今もその文化的遺伝子は健在だといえる。 その意味で、実は反市場バイアス、反経済学バイアスが記者の文化的土壌に深く根付いている可能性もある。そうであれば、組織内から変化する可能性は乏しいと言わざるを得ない。

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    台風19号、八ツ場ダムが教えてくれた深刻すぎる「緊縮汚染」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 東日本を縦断し、記録的な暴風や大雨をもたらした台風19号は各地に深刻な爪痕を残した。被害の全貌がいまだにはっきりしないが、死者・行方不明者が多数に上り、多くの方々の生活の場が奪われ、ライフラインも切断されてしまっている。 今回、被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げたい。そして、一刻も早い復旧・復興を願っています。 筆者の勤め先である上武大は群馬県内の二つのキャンパスからなるが、それぞれが利根川水系の河川のそばに位置している。特に伊勢崎キャンパスでは、13日の夕方にすぐそばを流れる利根川本流が氾濫危険水位を超える可能性があったため、伊勢崎市から避難勧告が出された。 幸いにして氾濫しなかったが、周辺に住む多くの学生たちや、普段から見知った地域の方々を思うと気が気ではなかった。その利根川といえば、今回の台風で、同水系の上流、吾妻(あがつま)川にある八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)が注目を浴びた。 八ツ場ダムは、今月1日に来年の運用開始を見据えて、貯水試験を始めたばかりだった。本来であれば、水をためてダムの安全性を確認する「試験湛水(たんすい)」を進め、3~4カ月かけて満杯になる予定だったが、今回の台風の影響で水位が1日で54メートルも上昇し、満水時まで10メートルほどに迫った。 関係者によれば、今回の台風に関しては、八ツ場ダムに一定の治水上の効果があったという。八ツ場ダムが利根川流域の氾濫を事実上救ったといってもおおげさではないかもしれない。 八ツ場ダムといえば、民主党政権下で政治的な理由から建設中止が発表されたことがある。さらに地域住民も賛成派と反対派に分かれたことで、問題は深刻化した。2019年10月1日から試験的に貯水を開始した群馬県長野原町の八ツ場ダム 今回の台風被害を契機に、インターネットを中心として、民主党政権時代の「脱ダム」や、スーパー堤防(高規格堤防)の事業廃止(後に限定的に復活)などの記憶が掘り起こされ、旧民主党出身の国会議員らが批判を浴びている。 それは率直にいって妥当の評価だろう。旧民主党政権は、デフレ不況の続く中でそれを放置する一方で、財務省の主導する公共事業削減などの政府支出カットにあまりにも傾斜しすぎた。国民の生活や安全を忘れた愚策だといってもよいだろう。日本に巣くう「本当の悪」 ただ、当時の民主党政権の「脱ダム」に象徴される公共インフラ削減に対しては、国民世論の強い後押しもあったことは指摘しておきたい。政権発足直後、民主党の緊縮政策=デフレ政策で日本経済が危機を迎える、と筆者があるラジオ番組で発言したところ、後で番組に空前の抗議が起きたという。 事実、筆者のツイッターもまさに「民主党政権信者」たちの抗議で炎上した。当時、筆者の意見を後押しする人はほとんどいなかったことは、自分の記憶に今でも鮮明に残っている。世論がこれから賢明であることを伏してお願いしたい。 去年、テレビ朝日系『ビートたけしのTVタックル』に出演したとき「日本の防災」をテーマに議論を交わしたことがあった。その際、同じく出演していた治水の専門家、土屋信行氏から著書『首都水没』(文春新書)を頂いた。 本書では、八ツ場ダムの建設中止が、利根川水系や荒川水系の洪水調節方式を崩壊させる愚の骨頂であると指摘されている。洪水調節については、利根川も荒川も上流に「ダム群」、中流に「遊水地群」、そして下流に「放水路」か「堤防補強」で対応している。 八ツ場ダムは上記のように、利根川水系の上流ダム群の一つであり、民主党政権が掲げた「コンクリートから人へ」のスローガンは、この洪水調節方式を破綻させる行為だった、と土屋氏は著作で記している。 今回の台風でもそうだが、最近の大規模な自然災害でよく分かることは、「コンクリートから人へ」のような政治スローガンに踊らされることなく、どのような防災インフラが必要なのか、それを真剣に考えることの大切さである。 国民の命と財産を守るためには、コンクリートも何でも必要ならば排除すべきではないのだ。単純で極端な二元論は最低の議論と化してしまう。八ツ場ダムに関する意見交換会で、地元住民と意見交換をする前原誠司国土交通相=2010年1月、群馬県長野原町(三尾郁恵撮影) 最低で極端な議論といえば、民主党政権下で行われた、スーパー堤防(高規格堤防)廃止に至る「事業仕分け」の議事録を今回読んだが、その典型だった。また、日本に巣くう「本当の悪」が誰なのか、今さらながら再確認できた。 その議事録によると、財務省主計局の主計官がコストカットを求めたことに対して、国会議員や有識者、国交官僚といった他の委員が「忖度(そんたく)」をしていたことがうかがえる。もっと言及すれば、出席した財務官僚が納得しなければならない、という「財務省中心主義」が見えるのである。 つまりは、みんな財務省の顔色をうかがっているのだ。これでは、主権者が国民ではなく、一官僚であるかのようだ。緊縮に汚染されたマスコミ このコストカットありきの姿勢、今でいう「財政緊縮主義」こそが、財務省の絶対的な信条であり、そのため、今回の河川氾濫でも明らかなように、防災インフラの虚弱性をもたらしている権化である。まさに「人殺し省庁」といっても過言ではない。 その信条が、今日も仕事の一環で国民の生命を危機に直面させているのだ。まさに恐怖すべき、軽蔑すべき官僚集団である。 さらに財務省の緊縮主義は、日本のマスコミを歪(ゆが)んだ形で汚染している。今回の台風を受けて、日本経済新聞の1面に掲載された論説記事が話題になった。 書かれていることは、公共工事の積み増しの抑制と自助努力の要請である。今の日本では、防災インフラの長期的整備の必要性が高まっていても慎むべきだ、というのは非合理的すぎる。 例えば、費用便益分析を単純に適用しても、今の日本の長期金利がかなりの低水準で推移していることがポイントとなる。つまり、国債を発行して、長期の世代にまたがって防災インフラを整備するコストが低い状況にあるのだ。 むしろ、国土を永久的に保つ必要性からいえば、永久国債を発行しての資金調達もすべきだろう。日経の上記の論説はこのような点からかけ離れていて、まさに緊縮主義の行き着く先を示してもいる。2010年10月、事業仕分け第3弾の現地調査で東京・下丸子の多摩川の高規格堤防(スーパー堤防)を視察する蓮舫大臣(中央)や国会議員ら(早坂洋祐撮影) そこで、長期的な経済停滞を防ぐために「国土強靱(きょうじん)省」のような省庁や、オランダなどで先行例のある国土強靭ファンドを新設すれば、国民の多くは長期の財政支出が続くことを期待して、デフレ停滞に陥るリスクを「恒常的」に予防する。この恒常的な防災インフラ投資が、金融緩和の継続とともに、日本の経済停滞を回避するための絶好の両輪になるだろう。 もちろん、このような規模の大きい財政政策には既得権益が発生し、国民の資産を掠(かす)める官僚組織や業界団体が巣くう可能性は否定できない。また、それらを完全に排除できると考えるのも楽観的すぎる。 それでも、このような国民の「寄生虫」たちを一定レベルに抑制した上で、長期的な防災インフラの整備を進めることは、国民にとって大きな利益をもたらすことは疑いない。これこそ政治とわれわれ国民が立ち向かう価値あるチャレンジではないだろうか。

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    百田尚樹「ヨイショ感想文」潰しから見えてくるおかしな論理

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「表現の自由」の問題は、経済学の問題にも密接に関わってくる。先週末、この表現の自由を考える上で重要な二つの出来事があった。一つは、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」をめぐるシンポジウムが開催されたこと、もう一つは、新潮社の読者向けキャンペーンが中止になったことだ。 前者については、前回の連載で解説した通りだ。要するに、表現の自由が大切であることと、補助金のルールを守ることは別問題である。前者を盾にして、瑕疵(かし)のある補助金申請を認めてしまえば、それはあいちトリエンナーレだけを優遇することになり、単に不公平なものになる。 もし反論があれば、法的な手続きも担保されている。以上で終わりの話だ。 表現の自由を理由にして、自分たちの要求を何でもごり押しする人たちは、同時に、自分たちの気に食わない表現には自由を一切与えない傾向もありはしないか。つまり、自分たちが好むもの、政治的に有利なものを単に押し通そうというエゴにすぎない。 この論点が重要なことを筆者に思い知らせたのが、新潮社の「夏の騎士ヨイショ感想文キャンペーン」中止問題である。題名にあるように、10月4日から始まった作家の百田尚樹氏の最新小説『夏の騎士』のキャンペーンだ。 「読書がすんだらヨイショせよ #ヨイショ感想文求む」と題して、小説をほめちぎる感想文をツイッター上で募集し、採用されたら図書カードを贈呈するという企画だった。このキャンペーンがスタートすると、すぐに「百田尚樹叩き」とでもいう現象が生じ、個人的にはかなりの頻度で目撃した。新潮社=2018年9月(納冨康撮影) 本来、公序良俗に違反しない限り、キャンペーンで営業的なインパクトを狙うのは理にかなっている。ところが、今回のキャンペーンに対して、新潮社の「伝統」「社風」「良心」を持ち出したり、「物品で釣るのはどうか」などというもっともらしい理由で猛烈に炎上した。 個人的には、百田氏をイメージした黄金の広告バナーのインパクトがありすぎて炎上したのではないか、という解釈も成り立つと思っている。要するに、批判している人たちは「百田は黙れ」とでもいいたいのではないだろうか。浮かび上がる「ビジョンの違い」 『夏の騎士』の感想を手短に書くと、完成度が高くて読みやすく、高い評価を与える人が多くいても不思議でも何でもない小説だと思う。はっきりいえば、よい作品だ。 もちろん、作品自体を極端に嫌いな人もいるだろうし、ピンとこない人もいるだろう。それが文学の「消費の在り方」というものだ。 筆者もその昔、百田氏の代表作『永遠の0』があまり面白くなく、その感想をツイッターでつぶやいたところ、百田氏からブロックされたこともある。別にブロックされたこと自体どうでもいいし、ブロックする行為は完全に個人の自由である。ちなみに、今ではブロックは解除されていて、少しほっとしているところもある。 今回のキャンペーンも『夏の騎士』が好きな人、ヨイショしたい人だけ参加すればいいだけの話ではないか。また、ツイッター主体のキャンペーンなのだから、それこそ批判的な感想で目立ってみるのもありだ。 だが、キャンペーン自身を潰すようなやり方は全く感心しない。結局、新潮社にクレームが殺到して、2日でキャンペーンは中止になってしまった。 一連の出来事に対して、百田氏はツイッター上で「新潮社も悪意があったわけじゃない。善意の企画が空回りしただけ。それに、全部をお任せにしていた私のせいでもある。私は炎上慣れしてるし、少々のダメージくらいはどうということもないです」と言及した。かえって、百田氏の寛大な姿勢が鮮明になり、当然の帰結として、百田氏の世間的な評価も上がったのではないだろうか。 もちろん、百田氏の姿勢を一切認めない人もいるだろう。一見すると、価値観の対立により、調停は不可能なようにも思える。文学や政治に対するビジョンの違いというべきものだ。作家の百田尚樹氏=2018年10月(佐藤徳昭撮影) 百田氏の政治的な立場は保守的なものだろう。他方で、コアな批判者たちは自らを「リベラル」や「左派」と自認しているかもしれない。ただ、表現行為を弾圧する「リベラル」、というのも不思議な存在だと思うが。 それでは、ビジョンの違いは調停不可能で、「神々の闘争」のようなものなのだろうか。なぜここまで叩かれるのか 経済学者のトマス・ソーウェルは人間を、ビジョンの動物であると理解している。人間は経済的な利害により短期的に動くこともあるが、結局はビジョンによって行動するのだ、と彼は指摘している(『諸ビジョンの闘争:政治的争闘のイデオロギー的起源』)。 個々人の抱くビジョンは、感情的なものに支配されたり、政治的プロバガンダや一部の有力者の意見に扇動されたりしてしまうかもしれない。しかし、ビジョンなくして、社会は安定的なものにはならなかった。 ビジョン同士の和解が難しく見えたとしても、実は、ビジョンには「事実」と「論理」が備わっていることが多い。その事実と論理こそが、ビジョン同士の争いに一定の解の方向を与える。ソーウェルの議論をまとめると、このように言える。 今回の問題にしても、「事実」としては、たとえキャンペーンをどれほど上手に構築しても『夏の騎士』が多くの読者に支持されなければ、単にそれまでの話である。個人的な感想を言えば、『夏の騎士』はよい作品だ。だが、本当の評価は、筆者の個別の感想やキャンペーンではなく、今までとこれからの読者が決めるのであり、それ以外にはない。これが「事実」の一つである。 その「事実」に応じて、新潮社の真価の一部も決まるだけだろう。キャンペーンを抗議で潰すことに、われわれのビジョンの争いの方向性を決める意義を見いだすことはできない。 「論理」の話としては、なぜこうまで百田氏が叩かれるのか、という問題がある。私見では、あまりにも行き過ぎた行為であると思う。 仮に、百田氏が叩かれたことで言論を封じられたとしても、安倍政権は倒れないし、保守的な政治勢力や言論もいささかも倒れることはないだろう。もし、そのような思惑で「百田叩き」をしているのならば、非論理的だし、事実にも後押しされない。2019年10月1日の消費税率引き上げに伴い、軽減税率対象の商品を示す「軽」の文字や税率が記された東京都品川区にあるコンビニのレシート 一例を示しておく。10月から始まった消費税率の10%引き上げについて、百田氏は明確に反対していた。2度の延期をしたとはいえ、それでも安倍政権は実施に踏み切った。 もし、政治的な影響力が本当にずば抜けているならば、百田氏の意見が少しは考慮された痕跡ぐらいあるだろう。しかし残念ながら、消費増税に関しては財務省の「屁(へ)理屈」が政治的な力を得ただけの結果に終わったところを見れば、思惑の無意味さがおわかりになるだろう。

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    あいちトリエンナーレ「真っ当」朝日新聞が忘れたおカネの重み

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」について、芸術祭の実行委員会と「不自由展」の実行委が展示再開で合意した。再開時期は10月上旬の方向で、双方が今後協議するという。だが、両実行委の和解よりも前から問題は再燃していた。 理由は2点ある。一つは「あいちトリエンナーレのあり方検証委員会」が中間報告書を出したことで、もう一つは文化庁があいちトリエンナーレへの補助金を全額支出しない方針を決定したことだ。 あいちトリエンナーレ問題については、既に本連載で以下のように指摘した。「より具体的に言及すれば、文化庁などの助成が妥当だったかどうか、その支出基準との整合性が問われる。これは、大村氏(秀章・愛知県知事)や津田氏(大介・芸術監督)ら実行委員会の責任だけが問われていると考えるのは間違いだ。文化庁側のガバナンスも当然問われている」という公的助成、つまり補助金(公金)のあり方について問うものだった。 「表現の不自由展・その後」では、政治的論争の対象になってきた慰安婦像や、昭和天皇の写真をバナーで燃やし、その灰を踏みつける動画など、多くの日本国民に批判的感情を抱かせる展示があった。 難しい芸術論を本稿で行うつもりはない。一人でも「芸術」と思えば、それが芸術だろう。 これは筆者の専門であるアイドルでもいえる。一人でも「アイドル」と思う人がいれば、そのときにアイドルは誕生する。これは厳密に正しい。だが、同時にわれわれがその「芸術」に対して、どのような感情を抱くかもまた自由だ。 特に政治的な対立をあおり、自分たちが大切にしている国民としてのアイデンティティー(帰属意識)を逆なでする「芸術」ならば、それに適切な対応をするのは、少なくとも公共の展示では、筆者は当たり前だと思っている。そうでなければ、単に公共の場を利用した不特定多数に対するハラスメント(嫌がらせ)でしかない。そして、今回の「表現の不自由展・その後」の上述した展示物は、ハラスメントとして多くの人々に心理的な傷を与えたといっていい。フォーラムで参加者の意見に耳を傾ける「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介氏(奥中央)。同左は愛知県の大村秀章知事=2019年9月 検証委の中間報告では「誤解を招く展示が混乱と被害をもたらした最大の原因は、無理があり、混乱が生じることを予見しながら展示を強行した芸術監督の行為」と津田氏の責任を指摘している。一方で、実行委会長でもある大村氏に対しては、「検閲」を禁じた憲法の制約や、リスクを軽減するガバナンスの仕組み欠如を理由に、その責任が事実上不問にされている。 筆者は、津田氏がこの中間報告を真摯(しんし)にとらえているとはいえないと理解している。自らの責任で招いた不祥事について、文化庁の補助金を交付しない方針の撤回を求めるインターネット上の署名活動を強くあおっているからだ。これは政治的な対立を招く行動だろう。愛知県「免責」のナゾ そして、筆者が問題発生当初からツイッターなどで指摘しているのは、津田氏の狙いが社会の分断にあると思っているからだ。その意味では、「表現の不自由展・その後」の中止も、文化庁の補助金交付撤回も、その具体的な内容はともかくとして、彼の狙った方向だとはいえないだろうか。現に、中間報告でも「ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた可能性」を指摘されている。 大村氏の責任について端的に指摘できるのは、展示物が多くの人にハラスメントとして機能していることを、事件発覚後もあまり重大視していないことである。しかも検証委は、中間報告で憲法や仕組み不在を持ち出して、行政を事実上免責にしている。 だが、それはあまりにも陳腐な言い訳であり、検証委の説明に説得力はない。こんな屁(へ)理屈など無視して、単に県民と国民が大村氏の政治的責任を今後追及すればいいものだと、筆者は理解している。 文化庁の補助金不交付だが、これは大学や研究機関への補助金でも十分にあり得る事である。事前の補助金のルールとは違う事実が判明すれば、補助金がカットされることや、特に悪質な場合には訴訟などの責任問題にもなる。 今回の文化庁の対応は異例だという指摘があるが、当たり前である。今回のような公共展示における不特定多数へのハラスメントはまさに例外だからだ。例外な事態に例外で対応したとしても、おかしなことはない。 また、国際政治学者の三浦瑠麗氏などのように、補助金の全額撤回はおかしい、という主張がある。ネット上でも、展示スペースの大きさや実際の展示費用などを計算して、その分だけの補助金カットなら理解できる、という意見がある。 しかし、補助金には事前に決めたルールがある。文化庁も不交付の理由の中で「『文化資源活用推進事業』では、申請された事業は事業全体として審査するものであり、さらに、当該事業については、申請金額も同事業全体として不可分一体な申請がなされています」と説明している。つまり、一部だけの撤回は、あいちトリエンナーレだけをむしろ特別扱いしてしまう。「あいちトリエンナーレ2019」への補助金の不交付を発表し、記者団の質問に答える萩生田文科相=2019年9月 補助金は「表現の自由」や芸術、文化を持ち出せば、どんな内容でも認められるものではない。当たり前だが、「公」のおカネを利用するには、それなりのルールがある。それを守らないのであれば、補助金が使えなくなるだけである。 ところで、この「表現の不自由展・その後」をめぐる問題に、朝日新聞はほぼ社を挙げて取り組んでいるようだ。9月27日の社説「あいち芸術祭 萎縮を招く異様な圧力」でも、「少女像などに不快な思いを抱く人がいるのは否定しない。しかし、だからといって、こういう形で公権力が表現活動の抑圧にまわることは許されない」と述べ、同社の立場を鮮明にしている。「補助金不交付」は抑圧か では、公権力は表現活動の抑圧を行っているのだろうか。上述の通り、あくまで事前に決めた補助金のルールを守るかどうかの話である。 報道ではあまり触れられていないが、文化庁の決めた補助金の不支出決定は「実現の可能性があるか」「事業の継続性があるか」の2点を特に重視して判断される。「表現の不自由展・その後」は、補助金の審査段階で展示が中止されていたため、この2点を満たすことができていなかったのである。 やっていないし、これからやるかどうかも分からないものに補助金は出せない、というのは当たり前すぎる判断ではないか。これが表現活動の抑圧というならば、責任は、むしろ中止の判断をした大村氏や愛知県側にあるだろう。だが、朝日新聞の社説では、県の行政責任を追及するよりも安倍政権批判が明白である。 さらに「ヘイト行為の一般的なとらえ方に照らしても、少女像はそれに当たらない」という検証委の指摘を、朝日新聞の社説は「真っ当」と評価している。しかしヘイト行為は、被害を受けた人に不快な感情や自尊心を傷つけられたとする感情をもたらすものである。 この社説でも「少女像などに不快な思いを抱く人」がいることを認めている。だから中間報告のように、法的な規制の定義などをこの場で持ち出すのは無意味だ。 この展示がもたらしたハラスメントは、多くの人に国民としての自尊心を過度に傷つけられただけでない。自分たちの税金を利用して行われたことによって、さらに傷ついている。 展示は妥当ではない、と多くの人が思っている。これは自明なことで、一部メディアが実施したアンケートでも明らかなレベルだ。 しかもこの展示は、芸術監督の自発的な意図として成立した、むしろ積極的で公的なハラスメントともいえるものだ。この側面に対する国民の被害感情を軽視している人が、メディアや文化人界隈(かいわい)に少なからずいることに驚かざるを得ない。「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止となった問題の会見で、壇上の机に置かれた「平和の少女像」=2019年9月、日本外国特派員協会(酒巻俊介撮影) ちなみに、今回の文化庁の決定が、今後政治的な介入を生み出し、地方の芸術祭において、補助金の使途を萎縮させるなどと過剰に言い立てる人たちが文化人界隈にいる。これも今のところ、何の根拠もない。 そんなに文化に対する補助金の萎縮が心配ならば、財務省の予算緊縮路線を批判すべきだと言いたい。その批判ならば、筆者はもろ手をあげて賛同する。

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    小泉進次郎に語ってほしかった「セクシー」じゃない話

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 小泉進次郎環境相が、国連総会の環境関連会議に先だって行われた共同記者会見に関するロイター通信の報道を、テレビ朝日が次のような見出しをつけて報じた。「気候変動問題はセクシーに」小泉大臣が国連で演説テレビ朝日の当該記事 またハフィントンポスト日本版も『小泉進次郎・環境相、気候変動への対策は「sexyでなければ」ニューヨークで発言』という見出しを付けている。 小泉氏が英語で記者たちに述べた発言であり、具体的には「気候変動のような大規模な問題に取り組むには、楽しく、クールで、そしてセクシーでなければいけない」というものだった。この「セクシー」部分は、ロイターやテレビ朝日、ハフポスト日本版でも同じだが、実は隣に同席した国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)の事務局長だったコスタリカの外交官、クリスティアナ・フィゲレス氏の発言を引き取る形で述べたのである。 もちろん、この場合の「セクシー」は性的な語感よりも、かっこいいというニュアンスで使用されている。また、テレ朝の見出しだけ見ると誤解するが、小泉氏の「セクシー」発言は、国連での演説ではなく、記者会見で出たものだ。 ちなみに、フィゲレス氏は「環境対策をセクシー」にというのが従来の持論だ。例えば、若い人の消費スタイルについて、二酸化炭素を排出抑制する低炭素な商品や、脱炭素化社会に向けた商品などへの需要に転換することを、フィゲレス氏は主張している。 そのライフスタイルの転換が、セクシーである方が若い人にも受け入れやすく、若い人が消費の変化を主導しやすい、というのがフィゲレス氏の持論である。フィゲレス氏の「セクシー」という言葉も「かっこいい」「イケてる」を意味する。 ところで、「セクシー発言」で注目すべき点が二つある。一つは、小泉氏が相変わらず「かっこいいこと」は言うが「薄っぺらい」という点だ。国連本部で開かれた環境関連会合でスピーチする小泉環境相=2019年9月、米ニューヨーク(共同) 確かにインターネットでは、上記の報道が「切り取り記事」で印象操作を伴うという指摘がある。だが、元々のロイターの記事を読むと、フィゲレス氏の発言を小泉氏が援用しようがしまいが、趣旨には関係ないことが分かる。 要するに、気候変動対策を、セクシーでもクールでも「楽しく」でも、表現上では何とも言えるが、小泉氏は言うだけで、日本政府は積極的に気候変動問題に対処していない、ということをロイターの記事は言いたいだけだ。簡単に言えば、小泉氏の薄っぺらさ、実体の伴わない点を指摘しているのである。小泉氏こそ「格好のいい演説」 もう一つは、テレ朝、そして朝日新聞をパートナー企業に持つハフポスト日本版の報道の仕方にある。つまり、これら朝日系列のメディアが小泉氏に批判的な外信記事を紹介したということだ。今までは小泉氏の動向を批判的に言及した印象があまりなかっただけに「新鮮」である。 朝日新聞社による直近の全国世論調査では、「ポスト安倍」にふさわしい政治家として小泉氏がトップに挙げられ、2位の石破茂元自民党幹事長が水をあけられる状況が続いている。ひょっとしたら、「朝日的なるもの」では、そろそろ小泉氏をここでけん制しておく必要でも出てきたのかもしれない。 朝日に限らず、日本のメディアの報道姿勢は基本的に「悪魔理論」である。あくまで正義はマスコミで、悪は政府であった。 これまで、安倍政権とわりと距離を置く発言をしてきた小泉氏が入閣したことで、初めはご祝儀的に高めておきながら、後で地に叩き落とすという、いつものウルトラワンパターンな日本メディアのお家芸を発揮するのだろうか。今後の推移がどうなるか興味深い。 さて、小泉氏のセクシー発言が「薄っぺらい」というか、「ええかっこしい」だな、という点は先ほど指摘した。「薄っぺらい」とか「ええかっこしい」という、筆者のような率直な言葉こそ使っていないが、ロイターの記事も先述のように同様の趣旨であろう。 小泉氏はセクシー発言の中で、1997年に採択された京都議定書以来、目立った行動も強いリーダーシップも日本政府は取ってこなかったという趣旨を述べたうえで「今この場から変わる」と宣言した。だが、ロイターは、この小泉発言には何の具体性もないと指摘している。 データを見ると、日本は、先進7カ国(G7)の中で唯一新しい火力発電所を増やす計画があり、アジアにその火力発電を輸出していることがその理由だという。国連のアントニオ・グテレス事務総長やフィゲレス氏らの「行動こそ重要である」という旨の発言を援用までしている。 特に、グテレス氏は直近の演説で「格好のいい演説(Fancy Speech)よりも行動が重要」という旨の発言をしていた。ロイターはまさに小泉氏の発言を「格好のいい演説」あるいは「しゃれた演説」そのものとして捉えたのだろう。「気候行動サミット」で閉幕のあいさつをする国連のグテレス事務総長=2019年9月、米ニューヨークの国連本部(共同) 日本のエネルギー対策は、日本国民の生活と同時に、世界の環境問題との利害調整の中で追求されている。小泉氏が述べるべきは、ええかっこしいのセクシー発言よりも、自国の立場に関する丁寧な解説だったろう。 あるいは、彼が本当に日本のエネルギー政策を大胆に転換させたいならば、その点を具体的に話すべきだったのではないか。小泉氏のセクシー発言は本当に空虚な発言そのものである。

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    世界的危機でも能天気、腐敗した「官僚制度」の先にある日本の末路

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコが保有する石油施設へのドローンを利用した攻撃は、世界経済にも大きな衝撃を与えた。イエメンの親イラン武装勢力が攻撃を行ったと声明を発表したが、他方でポンペオ米国務長官はイランの直接の関与を示唆した。ただしトランプ大統領自身は、確証を得ているものの「犯人」を敢えて特定せずに、サウジアラビアの対応待ちの姿勢をツイッターで表明している。 イランのハッサン・ロウハニ大統領との対談を模索し、同時に対イラン強硬派と目されたボルトン補佐官の解任という政治的事件が起きた直後なだけに、幾重にもきな臭さを感じさせる出来事だ。あたかも安倍晋三総理がイランの最高指導部と会見を重ねた直後に、日本の海運会社が保有するタンカーがホルムズ海峡で攻撃されたことを想起させる。 サウジアラビアの石油生産の半分が、今回の施設攻撃によって当面失われてしまったという。復旧までに数週間を要する。この石油の供給量の減少は、世界の石油供給量の約5%を占める。攻撃の直前までは、世界の石油市場は「軟調」ぎみであった。 しかし、攻撃を受けて石油の先物価格は一斉に高騰した。指標の米国産標準油種(WTI)、北海ブレント先物ともに十数%の高騰であり、後者は特に一時1991年以来である19%もの上昇だった。為替レートも円高傾向となった。わずかドローン10機の攻撃で、世界の石油生産が脅威を受けることにも驚きだが、問題を日本経済面で見れば、より深刻な面があらわになる。 米中貿易戦争も今後長期化が予想され、そしてイランとサウジアラビアなど湾岸諸国の地政学的リスクの高まりの中で、日本政府がまず取り組んでいるのが、消費増税という異常な事態だからだ。無人機攻撃を受け煙を上げるサウジアラビア・アブカイクの石油施設のテレビ映像=2019年9月14日(AP=共同) ところで、9月8日に放送されたNHKの日曜討論「消費増税・米中貿易摩擦…日本経済の先行きは」は久しぶりに同番組で注目する内容だった。なぜなら出演者に聞くべき意見を持つ人たちが多かったからだ。前日銀副総裁で学習院大名誉教授の岩田規久男氏、明治大准教授の飯田泰之氏、慶応大教授の竹森俊平氏らの意見は特に注目すべき内容だった。竹森氏の意見には賛同できない点もあるが、岩田、飯田両氏の指摘はこれからの消費増税後の日本経済を考える上で示唆に富んでいた。 討論番組の軸をまとめると、消費増税の「悪い」影響を重視している人たちと、消費増税の「良い」影響を重視している人たちとでもいうべきものとして整理できる。筆者は後者の人たちの理屈がまったく理解できない。 特に消費増税をすることによって将来不安がなくなってそれで消費が上向くというロジックを語る人がいたが、過去の消費増税の結果を見ても、事実として間違っている。直近でも2014年の5%から8%への引上げは、実質消費でもまた消費者のマインドも大きく引き下げてしまった。増税前の水準まで回復したのは、数年後の2017年になってからだった。それも今は消費者マインドを見ると大きく低下している。増税で将来不安払しょく? 消費者態度指数という経済統計がある。これは、今後の暮らし向き、収入の増え方、雇用環境等をアンケート調査の結果から合成した指標である。要するに消費者マインドといっていい。前回増税時を見てみると、2人以上世帯で季節調整済みの消費者態度指数では、アベノミクスが本格的に稼働していたときは、消費者マインドは非常に高い水準だった。 例えば、日本銀行の政策が大胆な金融緩和に変更された時点(2013年4月)から消費増税のいわゆる「駆け込み需要」が起きる前までの時点(同12月)の消費者態度指数の平均は、43・4という高い水準だった。ところが消費増税の直前には37・5まで急激に悪化してしまう。当時は消費増税前なので、消費自体は急激に増加していたはずなので、おかしいのではないか、という人もいるだろう。 しかし、消費者態度指数は、消費者のその時点の消費のボリュームを示すのではなく、これからの消費の動向を示すものと考えるべき数字である。いわば「駆け込み需要」で、消費を増やしている一方で、消費者マインドは急激に冷え込んでいたことになる。これが実体化していくのが2014年4月以降である。 また、消費者マインドも引き続き、実際の増税を受けて冷え込み続ける。具体的には、2014年4月には37・1に低下し、そこから年末までの平均は39・4であった。前年の同時期に比べると、実に4ポイントも大きく低下している。つまり、消費増税すれば将来不安がなくなり消費が増加するというよく流布されている意見は、まったく事実に基づかない、ただのトンデモ経済論にしか筆者は思えない。 これが回復に戻るのは、いわゆる“トランプ景気”(2016年末~17年)であり、トランプ景気は、後に日本の輸出を大きく改善させ、また輸出が刺激されることで企業の設備投資が増加して日本経済を回復させていった。設備投資の増加によって経済が上向き、消費マインドも持ち直したわけである。 これが再び19年に悪化したのは、まさに米中貿易戦争による輸出のかげりや株価の乱高下、為替レートの円高よりの基調変更だった。現状では、消費者マインドの低下は18年から継続していて、直近の19年8月末では、消費者態度指数は37・1まで激減している。この数字は、前回でみると消費増税開始時点と同じほどの低水準である。20カ国・地域(G20)財務省・中央銀行総裁会議に臨む麻生太郎財務相(右)と日銀の黒田東彦総裁 =2019年6月、福岡市内のホテル(代表撮影) 新聞やテレビ、また安倍政権自体も今回は「駆け込み需要」が見られないと発言しているのは、このすでに十分に冷え込んだ消費者マインドが原因である。前回はアベノミクス初年度で、消費が急上昇していたのとは真逆の環境で、今回は消費増税を迎える。 冒頭の日曜討論では、岩田氏は、消費の弱さを可処分所得(税引き後の所得)が少ないことを挙げていた。これは民主党政権時点の12年度と比較して、統計のとれる最新(2017年度)の可処分所得が1・2%しか増えていない、というそもそもの私たち家計がさほどよくなっていない実情にあることを岩田氏は指摘していた。異様でしかない「消費増税」 経済の動向を考えるポイントは、総需要(経済全体でモノやサービスを買う側と簡単に理解してほしい)が、総供給(経済全体でのモノやサービス)に対して上回っているか、不足しているかが、重要になってくる。総需要の構成要素は、民間の消費、民間の設備投資、外需、そして政府部門の支出である。現在では、民間の消費が低迷、外需が米中貿易戦争で不安定、そしてけん引役の設備投資はいまだに経済を引っ張っているが、岩田氏の指摘では、設備投資の過剰感があり在庫調整を迎える可能性が払拭できない。 日本銀行などの最新の統計によれば、総需要は総供給をここ数年、継続的に上回っている。総供給と総需要の差は「需給ギャップ」というが、これは近時では多少減少しているとはいえ、プラス幅を維持している。雇用状況が失業率2・2%まで低下するなど、この経済の「良さ」の裏返しだろう。だが、これはあくまで限定付きの「良さ」でしかない。本当にわれわれの生活実感(消費者マインドはその重要な側面)が改善するには、岩田氏の指摘のようにまだまだ足りないのだ。 なぜ足りないか。それは総需要が不足しているからだ。見かけは需給ギャップがプラスだとしても、それはわれわれの賃金を増加させるには不足しているのだ。総需要が増加し、需給ギャップがより一層拡大、それが「人手不足」を招き、賃金を上げる圧力になっていくことが重要である。今のレベルでは、賃金圧力に不足している。これが生活実感レベルでみると消費マインドの悪化の基本的な背景である。 消費増税はまもなく実施されてしまうだろう。日本の動脈ともいえる湾岸地域で地政学的リスクが高まる中、そして米中貿易戦争の見通しも立たない中ででもだ。まさに異様な状況といえる。 野党は今さら消費増税を防ぐと国会戦術を練っているようだが、本気のものではない。本気だとすれば今までも十分に時間があった。こんな土壇場では、ただ世論うけを狙っているにすぎない。他方で、これは日曜討論で、竹森氏が指摘していたように、安倍政権の消費増税対策が今までになく柔軟で積極的なものになるという意見もある。 だが、筆者はこの意見に懐疑的である。現在の安倍政権の財政政策や、また重要なパートナーである日本銀行の金融政策は、消費増税問題を抜きにしても、あまりに現状でやる気がないレベルだ。本当に財政・金融政策が事態に応じて柔軟に機動するならば、米中貿易摩擦の動向に対応してすでに機敏に動いているはずではないだろうか。 財務省の外観=東京・霞が関 それが今はまるで消費増税ありきに目線がいってしまい、景気対策がすべて「増税したらやります」という国民からすると本末転倒になっている。特にその傾向が強いのは、日本銀行だろう。そのやる気のなさは際立っている。おそらく黒田東彦日銀総裁は、もともと財務省出身のバイアスがあり、そのため財務省の宿願である消費増税すれば「財務省へのお祝い」で金融緩和するつもりなのではないか、と筆者は疑っている。 まさに消費増税、いや財務省の顔色ありきの政策スタンスに政府も日銀も陥っている。日本の官僚制度の腐敗を象徴しているのが、この消費増税問題ともいえるだろう。■安倍晋三に重なる「消費税に殺された」朴正煕の影■馬淵澄夫手記 「日本を覆う『消費税神話』からの脱却を」■米中貿易戦争「日本が得する」逆転シナリオが一つだけある

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    疑惑の法相よりむしろ危ない文在寅の対日「タマネギ政策」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国の「疑惑のデパート」ともいえる曺国(チョ・グク)前大統領府民情首席秘書官が9日、法相に任命された。この人事は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がマスコミや野党の反対を押し切って強行したと報じられている。 曺氏をめぐる疑惑は複数あるが、特に注目を浴びている問題が2件ある。一つは、東洋(トンヤン)大で教授を務める曺氏の妻が、娘の釜山(プサン)大大学院入試について不正を行った問題である。 娘が医学部受験をする際に「娘が東洋大から総長賞を受けた」と、曺氏の妻が受験書類に記入した。ところが、この表彰の事実はない。 さらに、問題発覚後、曺氏の妻が東洋大の総長に事実隠蔽(いんぺい)を電話で依頼したとされている。韓国の検察は、既に曺氏の妻を私文書偽造の罪で在宅起訴している。 もう一つは、曺氏の家族が行った私設ファンドへの投資が不正ではないか、というものだ。このファンドは、家族の投資を受けた後、公共事業で多額の収益を得ている。 問題の焦点は、曺氏の政治的影響力がどの程度関与しているかにあるようだ。この投資問題については、やはり検察が既に動いていて、私設ファンドの代表らに横領容疑で逮捕状を請求しているという。韓国大統領府で開かれた曺国氏(右)の法相任命式で記念撮影する文在寅大統領(左)=2019年9月9日、ソウル(聯合=共同) 曺氏については、疑惑が次から次へと出てくるので、韓国国内で「タマネギ男」と揶揄(やゆ)されているらしい。でも、本当にただのタマネギならば、むいてもむいても疑惑だけで、最終的には空っぽになってしまうだけだ。「タマネギ」が日本に飛び火? 個人的には、他国のこのようなスキャンダルには、いつもは関心がない。だが、今回ばかりは日本への飛び火を懸念している。 曺氏の問題をめぐって、韓国国内的には、司法改革を断行したい文政権と検察側とのバトルとして描かれている。文政権の一応の「お題目」は、政権による検察や裁判官などへの政治的介入や癒着の払拭(ふっしょく)であった。 日本との関連でいえば、いわゆる「元徴用工」問題で、日本企業の責任と賠償を認めた裁判所の判断を最も重要視していることにも表れている。この司法判断を、「三権分立」ゆえに「何もできない」と政治的不介入を主張し、もって日本との国際法上の取り決めや常識を無視していいとする態度を、文政権は採用している。 要するに、国内向けに「正義」を主張する材料で、日本を利用しているのだろう。「反日」は韓国政治において、簡単な人気取りの手法だからだ。 反日的な政策は、輸出管理問題を境に大きく沸騰した。日本への露骨な報復措置である「ホワイト国」外しや、国際的な多国間交渉における場違いな日本批判、文大統領自身による度重なる日本批判、そして軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄などは、韓国経済にほとんど影響を与えない輸出管理問題への対応としてはあまりにも過剰である。この過剰に反応する背景は、反日政策が世論受けするからだろう。 報道の経済学には「悪魔理論」というものがある。世論の支持を受けやすい報道の在り方として、悪魔を政府とし、天使は政府を批判する側にしたうえで、常に悪魔が負けるシナリオが好まれる。韓国の場合では、この通常の悪魔理論に加えて、日本を「悪魔」に仕立てることで、日本を批判する側が「天使」になる構造がそもそも存在しているようだ。韓国の文在寅大統領の側近で法相候補の曺国氏に対する国会聴聞会について報じた主要各紙=2019年9月(共同) 実際に輸出管理問題が生じてからというもの、そしてGSOMIA破棄に至るまで、文政権の支持率は上昇に転じた。ただし、現在はまだ支持率が不支持率を上回っているが、曺氏の疑惑報道を受けた支持率低下に伴い、不支持率との差はほとんどなくなりつつある。「反日」でてこ入れ ところで、曺氏もまた「反日」的発言をする政治家として知られていた。ジャーナリストの崔碩栄(チェ・スギョン)氏は『週刊文春』の記事で、曺氏が「元徴用工判決を非難するものは『親日派』である」とレッテルを貼ることなどで、韓国民を「反日」に誘導している典型的な人物と評価している。 文大統領が曺氏の法相任命を強行した動機については、もちろん多様な解釈が可能だ。筆者はその解釈の一つとして、曺氏の法相任命によって支持率がさらに低下しても、「反日」的な政策をてこにして、再浮上することを目論んでいるのではないか、と思っている。 つまり、任命することの政治的ダメージを、「反日」的な政策でまた補おうとするのではないか。しかも、前者のダメージが大きいほど、後者の「反日」政策もまた大きなインパクトを有するものになるのではないか、という懸念を持っている。 一つの可能性でしかないが、例えば、来年の東京五輪・パラリンピックに関して、日本側の対応をより国際的な規模の枠組みで批判してくる可能性はないだろうか。 既に、パラリンピックのメダルが旭日旗に似た「放射光背(ほうしゃこうはい)」であるとして、韓国の大韓障害者体育会が対応を求めていた。また、旭日旗の五輪会場持ち込み問題についても、現状よりも大きな騒動になってしまわないか。 また、文政権は日本をそれほど重視していないから、日本の保守層が主張するほど「反日」的な政策を採用してはいない、そう見えるだけだ、という主張にも記憶がある。だが、問題を重視していないこと自体が問題なのである。曺氏のタマネギよりも、文政権の対日政策の「空洞(タマネギ政策)」の方がよほど深刻である。2020年東京パラリンピックの(左から)銀、金、銅の各メダルの表面 これに加えて、日本の識者や世論の一部には「韓国政府の政策を批判したら嫌韓である」という理解しがたい風潮が生まれている。この風潮と相まってしまえば、問題のさらなる複雑化は防げそうにない。■ 韓国GSOMIA破棄、懸念表明の裏で「歓迎」する日米のホンネ■ 韓国に「本当の制裁」を行う覚悟はあるか■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗

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    「韓国を敵にした」誤解を招く石破茂の豊富な想像力

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 9月1日のTBS系『サンデーモーニング』で、コメンテーターを務めるジャーナリストの青木理氏が韓国への「輸出管理」問題を、いまだに「輸出規制」と発言していた。だが、多くの国民は「輸出規制」ではないことを既に理解していることだろう。ただ、青木氏のように、韓国への輸出を制限する保護貿易的な措置だと勘違いしている人がまだいるかもしれない。 簡単に説明すると、韓国への輸出管理は、テロや通常兵器に転用される可能性がある輸出財を管理する問題である。日本の優れた製品が他国に流れて、それがテロや戦争の目的のための兵器に使われることを防ぐための話だ。つまり、輸出入の数量制限や非関税障壁を強化するというためではなく、純粋に安全保障に関わる問題である。 そもそも、国際間の安全保障の枠組みは、国家間の政治的な信頼関係で維持されている。もちろん、韓国との間でもこの政治的信頼関係はある。 例えば、今回、韓国はいわゆる「ホワイト国(グループA)」ではなくなったが、これも国際的な安全保障の枠内での出来事である。別段、韓国が「敵」になったわけでもなんでもない。 せいぜい頭を冷やして、日本やその他の国々に迷惑を掛けないように、テロや兵器転用の危険性を無くす努力をちゃんとしろ、と韓国に求めているだけにすぎない。それができないのであれば、それ相応の処遇を国際的な安全保障の枠内で行うだけだ、という話である。 外為法に基づく輸出貿易管理令改正は8月28日から施行され、韓国向け輸出は一般包括許可が適用されず、またキャッチオール規制(簡単にいうとリスクがある場合は緊急に輸出検査)の対象となった。しかし、一般包括許可が適用されないからといって、韓国向けの輸出が禁止されているわけでもなんでもない。2019年6月、G20大阪サミットで握手した後、すれ違う韓国の文在寅大統領(右)と安倍首相(ロイター=共同) 最初だけは審査に手間取るかもしれないが、よほどリスクの高い案件ではない限り、個別に輸出許可が下りる。実際に先行実施されたレジストとフッ化ポリイミド、フッ化水素の3品目についても、個別許可が下り始めている。今は珍しいせいか、メディアでも報道されているが、そのうち当たり前になれば、その価値もなくなるだろう。 ちなみに、韓国が本当に「敵」ならば、個別許可でさえ下りることはないだろう。あくまで、日本と韓国が国際的な安全保障の枠組みを順守する中で、信頼のレベルが低下したためである。「日韓交渉すべし」論のナゾ つまり、信頼を回復すべきボールは韓国側にある。なぜなら、テロや通常兵器に転用されるリスクが発生するのは韓国国内で起こるからだ。 この場合、日本と韓国が交渉することもできない。なぜなら、韓国の国内問題に日本が口出しをすることになるからだ。逆も同じことがいえる。 そのためできることといえば、今回の輸出管理の変更について、せいぜい韓国側に解説することだけだろう。ところが、既に「解説」の場を設けたが、韓国側は政治的利用を企図して、その場で「交渉」が行われたと発表してしまった。このような態度では、日本は解説すらできなくなる。 また、後述するが、日本の無責任な識者や政治家から、韓国と日本が交渉すべきだという意見がある。それは日本が韓国の内政に関与しろ、ということに等しい。もし、再び解説の場を設けるのであれば、韓国側がそれにふさわしい国内の管理・政治体制を整えることが重要になってくる。 そのような中で、輸出管理問題が韓国の貿易面にどれほど影響を与えたかが、直近の報道で明らかになってきた。結論から言えば、「ほとんど影響はない」ということだ。 韓国の産業通商資源省が9月1日に発表した8月の輸出入統計によれば、先の半導体材料3品目に関しては、生産にほとんど影響を及ぼしておらず、国際的なサプライチェーン(部品供給網部品供給網)への影響がない、と自ら明らかにしている。むしろ、韓国の貿易全体が大きく縮小しており、対日・対米輸出入も急減しているが、中国への輸出が約20%以上も減少しているのが目をひく。 しかも、昨年12月から9カ月連続で、韓国の輸出が減少している。8月も対前年比で13・6%減、金額にして442億ドル(約4兆7000億円)もの減少である。特に、半導体関連は30%超も減少している。韓国への輸出規制強化撤回や対話を求めて開かれた集会=2019年8月31日、東京都千代田区 これらは日本の輸出管理と全く無縁の形で進行している。つまり、主因は米中貿易戦争の影響にすぎないのである。 だが、今まで書いたような「客観的事実」を無視する人たちが日本には多い。いまだに輸出規制問題と誤認して発言している青木理氏もその一人といえるだろう。豊富な「想像力」 最近、一部の識者たちが「韓国は『敵』なのか」という声明を出し、賛同を募っていた。これまで書いたことを読めば、「敵」という表現が全くあてはまらないことが分かるだろう。 だが、声明の呼びかけ人たちが8月31日に集会を開き、岩波書店の岡本厚社長らが政府の対応を批判した。呼びかけ人の一人の岡本氏は、政府の対応が韓国に「圧力」をかければ動くと思う「想像力」に欠けるものだと指摘した。 他にも、登壇した東大の和田春樹名誉教授や法政大の山口二郎教授らが政府批判を展開した。和田氏は、今回の輸出管理問題を日韓の歴史問題の文脈で理解しているようである。 だが、今まで解説したように、輸出管理問題に歴史問題は全く関わっていない。「想像力」を広げたのだろうが、むしろテロや通常兵器への転用をきちんと考えないこの人たちは、平和主義者ではないことは明らかではないだろうか。 もちろん、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と韓国政府も同様の「想像力」の持ち主だといえるだろう。韓国側は輸出管理問題をことさら大きく取り上げ、国際機関の場でも議題に持ち出している。文大統領も日韓の歴史問題の文脈でこの話題を再三取りあげている。 さらに、日米韓の安全保障に直結する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄までに及んだことは記憶に新しい。文政権は、ものすごい「想像力」を絶賛展開中である。 日本でもこの種の「想像力」を発揮している政治家が、野党ではなく与党にいる。「ポスト安倍」として、発言が毎度持てはやされる自民党の石破茂元幹事長である。自身のパーティーであいさつする自民党の石破茂元幹事長=2018年12月17日夜、東京都内のホテル 石破氏もまた、輸出管理問題を日韓の歴史問題の文脈で理解しているようである。GSOMIAの破棄についても、「日韓関係は問題解決の見込みの立たない状態に陥った。わが国が敗戦後、戦争責任と正面から向き合ってこなかったことが多くの問題の根底にあり、さまざまな形で表面化している」とブログで評している。 本当に文大統領らと同じ方向での「想像力」が豊富である。日本の総理大臣に石破氏が就いたら、と想像すると、彼の緊縮政策志向も踏まえれば、日本が沈没しないか心配になってしまう。■ 韓国GSOMIA破棄、懸念表明の裏で「歓迎」する日米のホンネ■ 韓国に「本当の制裁」を行う覚悟はあるか■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗

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    日本版「共に民主党」の野合を待ち受ける円高シンドローム

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」(代表・野田佳彦前首相)が、既に衆参両院での統一会派に合意していた立憲民主党と国民民主党とともに、会派を作る協議に乗り出すと報じられたときに、やはり旧民主党政権(あるいは旧民進党勢力)はなんの反省もなく野合を繰り返すだけだ、と筆者はあきれ返った。 先の参院選では、立憲民主党も国民民主党もそれぞれ消費増税反対を訴えていた。それが全くの掛け声だけで、実際には政策の目玉でもなんでもないことが、この政治的野合で示されている。国民もなめられたものである。 なぜなら、野田代表率いる「社会保障を立て直す国民会議」は、会派名が示すように、消費増税などの緊縮政策を中心に支持する政治家の集まりだからだ。野田代表が、現在も日本経済の足かせになっている消費増税を組み込んだ法案を通したことは、誰でも知っていることだろう。 「社会保障を立て直す国民会議」のメンバーは、会派合流後も存在感を示すべきだと発言している。もちろんその「存在感」の中には、消費増税の実現が前提にされているだろう。 立憲民主党と国民民主党が本当に消費増税反対を中核的な政策としているならば、このような枠組みでの統一会派の話など出てこないはずだ。しかし、おそらく旧民主党政権の時の反省が全くないため、このような野合を今後も繰り返すのだろう。総会に臨む社会保障を立て直す国民会議の所属議員ら。中央は野田佳彦代表=2019年8月(春名中撮影)  経済と外交の失政を繰り返す韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を支える与党として「共に民主党」があるが、日本の「共に民主党」もまた経済失政を顧みない人たちの集まりかもしれない。ただ、国民民主党の玉木雄一郎代表が、ツイッター上で以下のように発言していることも紹介しないと、もちろんフェアではない。急速に円高が進んでいる。CME日経平均先物も20,000円割れ。いよいよ日本経済の局面が変わろうとしている。今からでも遅くはない。少なくとも10月からの消費税増税はやめるべきだ。10月になる前に国会を開いて速やかに議論したい。日本経済、国民生活のために議論させてもらいたい。玉木雄一郎氏の公式ツイッターより(2019.08.26) 今のところ、政治業界のうわさでは9月中旬に内閣改造を実施し、そして10月中旬に臨時国会を開催するといわれている。消費税の10%への引き上げは10月1日からなので、臨時国会の開催を待っていると、事前にストップをかけるには当然遅い。本当に増税を止められる? もし、玉木代表が本当に消費増税を止める気があるならば、野党を消費増税反対でまとめる政治的アクションを今すぐにも起こすべきだろう。 そのためには「社会保障を立て直す国民会議」をどう説得するのだろうか。また、説得が可能であっても、10月の増税を止めるためには法案を提出しなければいけない。これを野党主導でできるのだろうか。 「ツイッター政治」は米国のトランプ大統領だけではなく、今や日本政府でも政治的手法の中心にまでなっている。世耕弘成経済産業相による一連の輸出管理問題についてのつぶやきは、その代表例だろう。 玉木代表のつぶやきが、単に評論ではなく、一党を代表する政治家の意見表明だとしたら、まずはアクションすべきだろう。個人的には、玉木代表の貢献といえば、単にモリカケ問題を中心にして、国会運営を無駄に浪費したこと以外に知らないので、どうなるだろうか。消費増税が迫る中で、日本経済の不安定度は増すばかりである。 26日の東京株式市場の日経平均株価は大きく下落し、前週末(23日)比449円87銭安(2・17%減)の2万261円04銭で取引を終えた。ここ数カ月、日本の株式市場は乱高下を繰り返す傾向にある。その変動の主因が、米中貿易戦争の影響だとするのは分かりやすい解説だろう。 ただ、米中貿易戦争が日本経済にもたらす経済効果については、時間軸に応じて考えるべきだ。一つは短期的な側面、もう一つは中長期的な側面である。広島県福山市内で街頭演説する国民民主党の玉木代表。左は立憲民主党の枝野代表=2019年7月 短期的な側面としては、海外経済の冷え込みを背景にして輸出が伸び悩むことが考えられる。実際に直近の国内総生産(GDP)統計(第2四半期2次速報)では輸出が減少し(他方で輸入増加)、それによって純輸出も減少したために経済成長にマイナスの効果を与えている。 これに関しては、国際通貨基金(IMF)元チーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏が指摘するように、各国の金融緩和政策が効果を発揮するだろう。つまり、米中貿易戦争に対しては、世界中でマネーの量を増やすことで短期的な対処をするのが望ましい。個人で考えれば、使えるお金の額を増やすということになる。「円高シンドローム」の謎 一方、中長期的視点に移ると、問題は複雑になっていく。関税競争の結果、米国と中国が関わる国際的な部品供給網(サプライチェーン)が変貌し、それが各国経済の足かせになることもあるだろう。お金が不足するだけでは解決できない問題も生じるだろう。 中長期的な問題は、米大統領選の推移のような政治的な要因もあり、不透明だ。だが、取りあえずお金の不足している事態だけはどうにかしないといけないことは、自明である。 そこで日本経済を見てみよう。先述の株価暴落や、円ドル相場で見ると、為替レートも最近は円高傾向が進展している。 「円高」は簡単にいえば、デフレの進行とほぼ同じである。デフレは日本経済の悪化を示している。お金が足りないのでモノを買うことが十分にできない。そういう日本経済の状況を、国際的なお金の観点から見直したのが「円高」である。 以下の図表は、21世紀に入ってからの日本の為替レートの推移を描いたものである。 この図表での注意点は「購買力平価」である。これは日本とアメリカの長期的な為替レートの水準である。 ただし、21世紀に入ってから、現実の為替レートはこの長期的な水準よりも「円高ドル安」で大半が推移している。2013年に購買力平価を上回る円安水準になるまで、ずっと「円高ドル安」である。これを「円高シンドローム」といっている。 円高はデフレ、そして不況の裏返しでもある。それが長期継続していたことを示すものでもある。 つまり、円高シンドロームとは、日本の長期デフレ不況の言い換えでしかない。それが解消されていったのが、13年以降ということになる。再び待ち受けるデフレの世界 現状では、購買力平価を上回る円安を何とか維持している。大ざっぱな試算ではあるが、おそらく円ドル相場で1ドル100円を切る円高が続くと、日本は、デフレが再び定着する世界に逆戻りしてしまうだろう。 現在は、1ドル104円から105円の水準で推移している。デフレを安定的に脱却できる水準(私見では1ドル110円を超える円安)には遠い。 例えば、日本の物価予想がどうなっているかを示すブレーク・イーブン・インフレ率を見てみよう。以下の図である。 最近の物価予想は今年に入ってから、さらに低下している。このままでは、物価予想がデフレ予想に反転することも近いように思われる。 現状の実際の物価水準は、生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数では0・6%である。今の統計の取り方では、本当の物価よりも指数が高めに出る傾向にある、いわゆる物価指数の上方バイアスはあまりない。 つまり、この0・6%をほぼ額面通り受け取っていいだろう。そうすると、一応デフレではない。しかし、日本銀行が目標とする2%の水準には程遠い。むしろ、デフレの世界にたちまち戻りやすい水準でもある。 為替レートを見れば、「円高シンドローム」=デフレ不況に再び陥りかねない。また予想の世界から分析しても、デフレの世界が大きな口を開けて、われわれを待っているように思える。 果たして、消費増税が実際にどのような影響をもたらすか。国際環境次第ではあるが、急激な悪化をもたらすのか、しばらくは財政支出などの効果で次第に悪化していくのか、それはまだはっきりしない。だが、いずれのシナリオであっても、悪化が避けられないのは間違いないだろう。■ 「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた■ 枝野幸男の「自慢」が文在寅とダブって仕方がない■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた

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    あおり運転暴行、自らハマった「囚人のジレンマ」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) お盆休みの日本列島の注目を集めた事件は、茨城県の常磐自動車道で起きた「あおり運転暴行事件」だろう。若い男性が運転する乗用車に対して、白いSUV(スポーツタイプ多目的車)タイプの高級外車が過剰なあおり運転を繰り返したドライブレコーダーの映像が、SNS(会員制交流サイト)などで拡散した。 しまいには、男性の車の前に入るなどして停止させたそのSUVから男女2人が出てきて、中年の男の方が、若い男性に暴行を加えた。その一部始終は録画され、その日のニュースやインターネットで大きな反響を招いた。 あおり運転のうえに暴行した中年の男は数日後、傷害の疑いで全国に指名手配され、やがて大阪市内で逮捕された。この逮捕時の様子も近くの住民によって動画で収録されて、SNSやテレビなどで多くの国民が目にすることになった。 筆者も仕事で高速道路を利用することがよくある。自分で運転する場合もあるが、ラジオやテレビに出演するときは、タクシーに身を任せることも多い。 日常的に高速で運転していると気が付くことは、普段はあおり運転をあまり経験しないことだ。無茶な運転をする人はそれほどおらず、特に平日は日ごろ高速を利用している人が多いのか、流れがスムーズで、互いに無理をしない印象が強い。 今までも高速で運転していて、幅寄せや急激なブレーキ、パッシングなどを受けることは、それほど多くはなかった。単に運がいいだけなのかもしれないが、日本の実態調査を確認すると、高速で起きているあおり運転は全体の1割ほどで、それほど多くない。このような個人的経験もあって、今回の事件は極めて衝撃的だった。帰省ラッシュで下り線が渋滞する神奈川・海老名SA付近の東名高速道路=2019年8月11日午前(共同通信社ヘリから) 警視庁交通局交通指導課の矢武陽子氏が、ここ最近のあおり運転を統計的にまとめている(「日本におけるあおり運転の事例調査」2019年)。この調査は限られた期間と事例ではあったが、いくつか興味深い点が見て取れる。 まず、あおり運転の加害者は、同調査の対象期間中は全て男性であり、被害者もまた大半が男性であった。加害者の年齢では、30代が最も多く、50代にも2番目のピークが存在する。被害者は40代が最も多い。加害者と被害者の「実像」 この調査で興味深いのは、経済的な階層分析に近い視点があることだ。被害者と加害者の車種や車の価格による分類をしている。 その分類によると、加害者の40%が500万円以上の四輪車に乗っていたことだ(2番目に多いのは200万円以上499万円までの四輪車で29%)。一方被害者は、高級車両(500万円以上の四輪車)はわずか10%で、調査対象の中で最もウエートが低い。 被害者の車種で一番多かったのが、200万円から499万円までの四輪車で40%、次いで200万円未満の四輪車が35%となり、合わせて8割近くになる。トラックは被害、加害両方ともに1割程度である。 つまり、中高年の高級車を運転している男性が、中年の比較的安い車に乗っている多くの場合は男性をあおっているということが、この調査からイメージとして浮かび上がる。今後、この典型例が正しいかどうか、より緻密で包括的な調査が行われることを期待したい。 あおり運転の発生しやすい時間について、ドイツなどの研究では、車が集中する通勤時間帯だという。ただし日本の上記調査だと、時間帯・曜日では目立った違いがない。 あおり運転が発生するメカニズムは、「怒り」だという。「路上の激怒=ロードレイジ」と専門的には名付けられている。 このロードレイジが発生するメカニズムは、道路という公共空間と運転手が互いに閉ざされている匿名性の高い空間にいることが、環境的要因として重要視されている。この場合、交通心理学や社会心理学からの視点は、それぞれの専門家の考察を参考にすべきだ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 特に、道幅の広い公共道路では多くの人が参入する。交通心理学では、このとき多くの人との交流が突然に発生することで、対人行動が攻撃的なものになりやすいという。いわば、過剰警戒しているのである。 また、車の中にいるために、互いがコミュニケーションを取りにくい状況にある。例えば、道を譲ってくれたときには、譲られた車が軽くクラクションを鳴らしたり、ハザードランプをつけたりして、相手に「あいさつ」することがあるだろう。「路上の激怒」のメカニズム だが、この軽いクラクションやハザードさえも、ひょっとしたら相手には違うメッセージを伝えている可能性がある。あるいは、譲られた車がその「習慣」を知らなかったために、「せっかく道を譲ったのになんのあいさつもない」と不満に思うこともあるかもしれない。 実際、コミュニケーションが十分に取れないときに、対人関係で最適な行動をすることは非常に難しい。経済学で「囚人のジレンマ」といわれる状況がそれにあたる。共同で犯罪を行った者たちが全く連絡を取ることができない取調室に入れられたときに発生する事例である。 警察は、おのおのの共犯者に「お前だけが自白すれば罪を許し、相手は罰する」という取引を持ち出す。互いに黙秘した方が有利なのに、互いが連絡を取れないために確認できる手段がない。結局、それぞれが自白してしまい、「自分だけが自白して罪を逃れる」という選択肢が実現されず、両方が最も重い罪を科されるというジレンマである。 車の運転は、「暗黙の了解」ともいえる共通ルールを互いに守っている限り、このような極端な「囚人のジレンマ」に陥ることはない。また、相手の顔もしぐさもはっきり確認できない運転中では、運転手の持つ匿名性が過剰な攻撃に移りやすい要因であることも、専門家は指摘している。 先の調査では、「路上の激怒」の引き金は、進行を邪魔されたり、割り込まれた場合などが4割ほどに上る。これに車内でのジェスチャー(指を立てるなど)や信号無視などを加えると7割を超える。 では、経済学の見地からはどのようなことが言えるだろうか。まず、広い公共道路に多くの人が自由に参入可能であり、彼らを排除することが難しいことが、注目に値する。これは典型的なフリーライダー(ただ乗り)が発生しやすい状況である。大阪市東住吉区の路上で、茨城県警の捜査員らに確保される宮崎文夫容疑者(左端)=2019年8月18日(近隣住民提供) あおり運転をする人には「怒り」を発揮するメリットがある。対して、「怒り」にはさらなるストレスを招き、他者の批判を被(こうむ)るというコストも存在する。 このメリットがコストよりも大きいときに、「路上の激怒」は発生する。何車線もある広い道であおり運転が起きやすいのは、「怒り」を示した後に、それこそ現場からすぐに走って逃げることがしやすいからではないか。これが「路上の激怒」のコストを引き下げる。 今回の常磐道の「あおり暴行事件」は、被害者のドライブレコーダーに一部始終が記録されていたために、加害者は逃げることができなかった。これは「路上の激怒」のコストを高める役割を担っている。「怒り」を鎮める有効な手段の一つは、暴力の可視化と記録なのかもしれない。■ 「路上のクレーマー」あおり運転はこうすれば回避できる!■ 身近に潜む「あおり運転」危険ドライバーの深層心理■ 心理学者が指摘する「あおり運転」しやすい人の身体的特徴

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    「報復除外」韓国政府が幼稚な対日政策をやめられない理由

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国政府は、12日午後、日本を輸出管理上の優遇措置を取る「ホワイト国」から外す制度改正案を発表し、9月からの実施を見込んでいるとした。この韓国政府の対応は、もちろん日本政府による同国への輸出管理の変更に対する「報復措置」である。 しかも、この韓国の「報復措置」は、同国のずさんな輸出管理体制そのものを表している。日本をホワイト国から外すだけではなく、明らかに恣意(しい)的な区分で、日本だけを対象とした新グループを創設していることからも明瞭である。簡単に言って「嫌がらせ」だ。 正直、ここまで恣意的な運用は、むしろ韓国の輸出管理体制がいかに国際的な基準から問題をはらんでいるかを、自ら証明しているともいえる。ルールに基づいた運用を行っていないのだ。 確かに、日本側はホワイト国から除外したが、それでも他の諸国よりも優遇した扱いを維持している。具体的には、「ホワイト国」をグループAにし、「非ホワイト国」をグループB、C、Dにした。 韓国は国際的な輸出管理レジームに参加し、一定要件をみなす国としてバルト3国などと同じ扱いである。韓国のように日本だけの「別扱い=嫌がらせ」はしていない。 言っても仕方がないことではあるが、なんともお粗末な対応である。ルールなき人治主義の表れだと思う。 ちなみに、韓国からホワイト国を外されても、日本が被る経済的な影響は軽微だ。韓国政府は日本に対する「ホワイト国外し」を交渉材料にしたいようだが、日本は相手にすべきではない。「経済報復」などと書かれた紙を細断するパフォーマンスを行い、日本の輸出規制強化に抗議する韓国の若者ら=2019年8月10日、ソウル(共同) ここで輸出管理問題について、おさらいしておこう。対外的な取引には主に二つの面がある。一つは経済的な貿易面、そしてもう一つは安全保障面の交渉である。 輸出管理問題は、この貿易面と安全保障面の接点に位置する話題である。核兵器などの大量破壊兵器の開発、または通常兵器に利用される可能性の高い輸出案件に関する問題が今回の「輸出管理問題」の全てである。この領域に関わる財の数量は極めて限定的である。幼稚な対日政策 元経済産業省貿易管理部長で、中部大の細川昌彦特任教授は、先行して行われた半導体などの原材料となるフッ化ポリイミドなど3品目の日本への依存度は高いものの、今回の管理強化で対象となるのはごくわずかであると指摘している。細川氏は一例として、「許可の対象は日本供給のレジストのうちたった0・1%で、新製品の試作段階のもの。半導体の量産品に使われるものは許可不要」とツイッターでの投稿やテレビ番組で説明している。 韓国の半導体産業や国際的なサプライチェーンの脅威になることはあり得ない。もちろん「禁輸」でもなく、全ての品目でいちいち個別許可が必要という話でもない。今回の輸出管理については、一般財団法人安全保障貿易情報貿易センターの解説が参考になる。 もっとざっくりした言い方をすれば、本当に危ない事例だけを管理したいだけの話である。韓国がテロ支援国家でもなければ、大きな経済問題になりえない水準なのだ。 いくら文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「北朝鮮びいき」とはいえ、韓国がそのような核兵器開発を極秘裏に進めることもありえないだろう。日本政府があらかじめ懸念しているいくつかの事例さえ払拭(ふっしょく)されればいいだけの話を、自ら日本政府の信頼を損ねる対応を重ねてしまうという政策の失敗により、ホワイト国から外されたわけである。まずは韓国政府が輸出管理の不備を進んで正す、それが最優先の課題なのだ。 文大統領をはじめとして、韓国側は政治もマスコミも、そして一部の韓国民もみんな、日本の輸出管理問題を同国の経済に甚大な脅威として捉えているが、それは誤りである。ただ韓国政府関係者は、十分にこのことを理解しているに違いない。 むしろ文政権は、同国の経済的な困窮を日本の責任に転嫁する機会として捉えている可能性が大きい。実際に、輸出管理問題が生じてから、文政権の支持率は上昇して人気回復に貢献している。 さらに注目すべきは、日本と韓国の間での紛争事項である元徴用工問題やレーダー照射事件、慰安婦問題における「ちゃぶ台返し」などについて、日本側は今後、事態によっては報復措置も辞さない構えであることだ。 韓国政府は、もちろん報復措置の可能性を十分に認識しているだろう。そのため、韓国経済に与える影響が少ない輸出管理問題を大げさに取り上げ、日本製品不買運動など韓国民をあおることに加担し、日本による「本当の報復措置」を大きくけん制しようとしているのかもしれない。「輸出管理でも、われらはこれだけ反発しているので、日本側が本当に報復措置をするなら覚悟したほうがいい」とでもいうように、国を挙げて「けん制」しているかのようだ。2019年8月12日、ソウルの大統領府で開かれた会議に出席した文在寅大統領(韓国大統領府提供・共同) 日本政府はこのような韓国政府の脅しに屈することがないようにお願いしたい。ここで安易な妥協をすることは、韓国政府が長年続けている、国内の苦境を日本の責任に転じる政策を止めることはないだろう。 日本は韓国の都合のいい欲求不満のはけ口ではない。韓国の「幼稚な対日政策」を完全に転換させるためには、日本政府は国際ルールに沿いつつ、国際世論の闘いに負けることなく、その姿勢を強固なものにする必要がある。■ なんでもありの「世論戦」韓国に日本が捧ぐべきメッセージ■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗■ 韓国人の反日感情はこうして増幅されていく

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    「表現の不自由展」甘い蜜に付け込まれた津田大介の誤算

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「あいちトリエンナーレ」は、2010年から3年ごとに開催され、今年で4回目を迎える国内最大規模の国際芸術祭である。芸術祭の実行委員会の会長を愛知県の大村秀章知事が務め、ジャーナリストの津田大介氏が芸術監督として企画全体をプロデュースしている。今回、津田氏が芸術祭のテーマにしたのが「情の時代」という視点である。 テーマのコンセプトについて、彼の書いた文章がトリエンナーレの公式ページに掲載されている。「情の時代」とは、さまざまな現代の問題が、単なる「事実」の積み重ねでは「真実」に到達できなくなっていて、むしろ感情的な対立によってシロクロはっきりした二項対立に落とし込められている。その二項対立の状況が、いわば敵と味方という感情的な対立をさらに深めている。 この状況の中で、この「情」の対立を打ち破る別の「情」の観点が必要だ。それを、津田氏は「情によって情を飼いならす(tameする)技(ars)を身につけなければならない。それこそが本来の『アート』ではなかったか」と問題提起する。彼の問題提起には、誠に賛同すべき視点が豊富にある。 だが、津田氏の問題意識と実際に展示されている作品は大きく異なる。むしろ「アート」ではなく、政治的な「プロパガンダ」として理解され、それをめぐって厳しい対立が生じた。 議論の中心は、「表現の不自由」をテーマにした企画展だ。この企画「表現の不自由展・その後」に展示された、いわゆる慰安婦問題を象徴する少女像や、昭和天皇の御真影を燃やし、その燃え尽きた灰を踏みにじる映像などが大きな批判を浴びた。記者会見する「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介氏=2019年8月 少女像や昭和天皇の御真影映像にはそれぞれ由来がある。それでも、これらの展示物が極めて深刻な対立を招く「慰安婦問題」や「天皇制批判」に、直接関連していることは明白だ。 しかも、どちらも伝統的な左派の問題意識を体現したものである。いわば、特定の政治イデオロギーを有する展示が強調されていた。反対の意見を抱く人たちの「情」は全く排除・無視されている。 これでは、津田氏が提示した「情の時代」の意図を達成できず、むしろ政治的・感情的対立が鮮明になるのは不可避である。その意味で、トリエンナーレの趣旨とも大きく異なる。論より証拠に、開幕と同時に企画展への批判が続出した。問われる別の「ガバナンス」 芸術に政治的なメッセージを込めるのは自由だ。作品に込められた私的な思いがどのようなものであれ、その意図は最大限に尊重されるべきだ。 だが、今回は公的な資金を大きく利用した芸術祭である。芸術祭の目的、つまりテーマと大きく食い違う展示企画は、企画として失敗だ。しかも失敗だけではなく、この芸術祭のテーマと大きく食い違うものが企画されたことは、公的な事業としての妥当性にも疑問符が付くだろう。 今回の芸術祭には文化庁が助成をしているほか、公的な機関から援助や協賛を得ている。利用している会場も公的な施設である。芸術祭のテーマと齟齬(そご)の大きい企画に、これらの助成や利用がふさわしかったかどうかは、企画の決定プロセスとともに今後検証していく必要があるだろう。 もちろん可能性の話だが、特定の政治的プロパガンダをテーマにしたイベントを企画し、それが公的な資金や施設などを利用しても特に問題ではない、と個人的には思う。というか、それもまた思想や表現の自由における重要な一面である。 だが、今回の芸術祭にはテーマが設定され、そしてそれに沿って公的な援助が決められたと考えられる。そうであるなら、「表現の不自由展・その後」のような目的と大きく異なる企画が、今後批判的な検証を要するのは当然であろう。 より具体的に言及すれば、文化庁などの助成が妥当だったかどうか、その支出基準との整合性が問われる。これは、大村氏や津田氏ら実行委員会の責任だけが問われていると考えるのは間違いだ。文化庁側のガバナンスも当然問われている。「あいちトリエンナーレ2019」で展示され、その後中止された「平和の少女像」(右)=2019年8月、名古屋市の愛知芸術文化センター そもそも論だが、国の文化事業の支援基準は実に曖昧だ。簡単にいえば、一部の利害関係者が恣意(しい)的にイベント助成を決定しているといっていい。まさに文化事業の既得権化だ。 文化庁が主催する「文化庁メディア芸術祭」というものがある。1997年から毎年実施されているアートやエンターテインメント、アニメーション、マンガの4部門を振興・顕彰するイベントである。だが、この芸術祭の名称である「メディア芸術」とはなんだろうか。文化政策の「甘い蜜」 優れた批評家である小田切博氏が、以前この「メディア芸術」が日本独自の概念であり、簡単に言えば文化庁やそれに群がる既得権者たちが予算獲得のためにでっちあげた概念であると論破したことがあった(小田切博『キャラクターとは何か』ちくま新書)。 この「メディア芸術」問題は、日本の文化政策のでたらめさの一角にすぎない。一部の利害関係者は、自らの作り出した「文化」やそれを基にした「権威」をかざすことに夢中である。それが実際に「甘い蜜」でもあるからだ。 津田氏の次の言葉が、「甘い蜜」を体現してはいないだろうか。こんな僕ですが一応文化庁主催のメディア芸術祭で新人賞なるものをいただいた経験もありまして、その審査した人たちや、芸術監督を選出したあいちトリエンナーレの有識者部会(アート業界の重鎮多し)をみんな敵に回す発言になりますけど、大丈夫ですかw オペラ歌手の畠山茂氏がツイッターで津田氏の芸術監督就任に疑問を呈したのに対し、津田氏はこのように反論していた。「メディア芸術」という官僚お手製の権威を振りかざすのは、これまた「情の時代」の趣旨からはあまりにも遠いと個人的には思う。まさか、官僚的な権威が「正義」だとでも言うのだろうか。文化庁が入る中央合同庁舎第7号館の元文部省庁舎=2016年11月、東京・霞ヶ関 結局「表現の不自由展・その後」は、心ない脅迫者によって中止に追い込まれた。確かに、この企画自体には論争すべきものがある。だが、暴力や脅迫でそのイベント自体を中止に追い込むのは、言語道断である。 卑劣な脅迫者を追及することが、何よりも優先されるべきだ。いま、インターネットを中心にして、陰謀論めいた流言がある。それでも、捜査当局はぜひこの脅迫者の正体を突き止めてほしい。 また、議論があるところだろうが、事実上の「テロ」に屈してしまい、展覧会を中止してしまったことは極めて残念であった。このような対応が前例となって今後に悪影響を与えないか、それを防止することが最優先の社会的課題だろう。■ 映画『主戦場』で語られなかった慰安婦問題の核心■ 天皇陛下に上から目線の祝電を送った文在寅の「炎上外交」■ 韓国人の反日感情はこうして増幅されていく

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    なんでもありの「世論戦」韓国に日本が捧ぐべきメッセージ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の支持率が上昇している。世論調査会社のリアルメーターによれば、支持率は50%台に回復し、不支持率の40%台前半を上回っている。最近までの人気凋落(ちょうらく)が過去の出来事になったかのような急速な回復ぶりだ。 しかも、与党「共に民主党」の支持率も回復している。この背景にあるのは、もちろん日本の韓国に対する輸出管理問題だ。 日本政府は、フッ化水素など3品目について、今までの包括的輸出許可から個別的輸出許可に変更した。それに加えて、韓国そのものを輸出管理で優遇する「ホワイト国」から外すことを閣議決定する方針を固めた。 日本政府の動きに、文政権は「恫喝(どうかつ)」に近い発言を繰り広げている。李洛淵(イ・ナギョン)首相は25日、「事態をこれ以上は悪化させず、外交協議を通じて解決策を見つけるべきだ。日本がもし、状況を悪化させれば、『予期せぬ事態』へとつながる懸念がある」と発言した。 また、康京和(カン・ギョンファ)外相は30日、日本がホワイト国から韓国を外さないよう強く要求した。同時に、韓国がこの問題で国際的に有利になるように、いわゆる「世論戦」を行うと表明している。 実際に、韓国政府は世界貿易機関(WTO)の一般理事会で、日本側の非をしつこく発言した。もちろん日本側も、輸出管理問題が日本国内の対処であり、韓国政府には反論する資格もないと説明した。2019年7月16日、ソウルの大統領府で開かれた会議に出席する文在寅大統領(韓国大統領府提供・共同) そもそも、WTOの一般理事会はどのような問題でも原則話すことはできる。だが、それはWTOの本旨である、多国間交渉の問題だけの話だ。 日韓の問題は、一般理事会での議題のルールにそぐわない。だが、そんなことは韓国の「世論戦」には通じない。国際的な道理よりも、どれほど不作法で、時には無法な手段を用いても自国の立場を主張するのが、同国の「世論戦」の中身のようだ。韓国政府のあくなき「世論戦」 最近では、東アジア地域包括的経済連携(RCEP)の事務レベル会合でも、韓国側が輸出管理問題を繰り返し取り上げている。RCEPは日本や韓国、そして東南アジア諸国連合(ASEAN)など計16カ国が参加する多国間交渉の場であり、財・サービス、お金の移動などの取引ルールをつくる自由貿易圏構想である。 WTO一般理事会と同じく、この会合でも日本と韓国の2国間問題は討議に全く関係ない。ましてや、輸出管理問題は日本の国内的な手続きの問題であり、2国間交渉の枠外である。 もちろん、そんなことは韓国政府も十分知っていて行っているに違いない。つまり、これも「世論戦」なのである。 輸出管理問題に関しては、世耕弘成経済産業相によるツイッター解説がすっかり最近おなじみだが、今回の会合では「交渉会合議長のインドネシアからは『RCEPに集中すべき』との発言があった」とのことである。インドネシアの議長の発言は当然正しい。 だが、正しさと声の大きさは違うことが、韓国の「世論戦」のくせ者のところだ。おそらく、これ以後も場違いな舞台で、日本政府の対応を繰り返し非難していくだろう。 そのような不誠実な対応は、日本政府の韓国政府に対する信頼を著しく失墜させるだけで、この問題は改善しない。韓国政府のすべきことは「世論戦」ではなく、自国の輸出管理の枠組みをきちんと設計することだ。2019年7月24日、ジュネーブでWTO一般理事会に参加した韓国代表団(ロイター=共同) 特に、通常兵器に転用される技術や資材については、現在も全く不透明なままである。これでは「ホワイト国」から除外されても仕方がない。 ところで、このような韓国政府の「世論戦」に似た動きが日本国内でも起こっている。今までも、この輸出管理問題を、日本のメディアや識者の一部が「輸出規制の強化」「事実上の禁輸」といった誤解を生みやすい表現や論点を用いて議論している。失政を「転嫁」する可能性 当たり前の話だが、あくまで優遇措置を止めただけであり、禁輸でもなんでもない。手続きを行えば、まずよほど不透明な行いをしていない限り、韓国企業は日本からの該当する資材を購入できるだろう。 時間がたてば、より鮮明になるだろうが、日本の輸出管理は自由貿易を制限する規制ではない。そのため、輸出管理方式の変更が対韓輸出を急減させることはないだろう。だが、問題はそうきれいに分けられない可能性もある。 例えば、韓国経済の減速が理由で、韓国の対日貿易が縮小してしまうとしよう。そのときに、本当は韓国経済そのものの不振が原因でも、日本の貿易「規制」が貿易量の減少を招いたと、国内外に韓国政府が喧伝(けんでん)する可能性も否定できない。それが、なんでもありの韓国の「世論戦」の方向性ではないか。 文政権の経済政策は破綻しているといっていい。最低賃金の急激な引き上げと、労働組合の強化などで、若い労働者は職を得るのが難しくなっている。若年失業率に至っては2けた近くで高止まりしている。 また、財政政策だけは積極的でも、金融政策は引き締めスタンスを変えようとしない。このため、韓国経済を十分に安定軌道に乗せることができない。 確かに、米中貿易戦争の影響はあるが、むしろ文政権の国内経済政策の失敗が、今の韓国経済の低迷を生み出している。このような文政権の失政そのものを、日本の責任に転嫁したうえで「謝罪」を問う可能性すらあるだろう。それが「無限謝罪要求国家」ともいえる韓国の一面ではないか。2019年7月、韓国への輸出管理について、記者会見する経済産業省の貿易経済協力局の岩松潤・貿易管理課長(鴨川一也撮影) 日本は常に国益を無視して韓国に強く配慮し、事実上「謝罪」を要求される。先ほど指摘したように、このような韓国が好む「世論戦」に近いものが、日本のメディアの一部には根強い。 最近では、「韓国は『敵』なのか」という日本の大学教授らが中心となった声明が出されている。呼びかけ人には、和田春樹東京大名誉教授をはじめ、金子勝、香山リカ、山口二郎各氏が名を連ねており、いつもの安倍晋三政権批判者という印象が強い。韓国政府批判が「ヘイト」? この声明を読むと、「冷静な対話」のために輸出管理(声明文では「輸出規制」)を取り下げる必要があるという。しかし、そもそも輸出管理問題についての対話を積極的に行わなかったのは韓国政府であった。 また、輸出管理の優遇が取り消された後は、経産省からの説明の場を「協議」と呼称するなど、一方的に誤情報を広めたり、全く関係ない国際協議の場において、日本政府を事実上非難しているのは韓国である。つまり、対話しようとしていないのは韓国政府の方なのだ。 この点について、「韓国は『敵』なのか」の声明は一切踏まえていない。そのうえ、この輸出管理問題が、まるでヘイトスピーチやネトウヨといったものと関係しているかのように書いている。 全く理にかなっていない。まさか、韓国政府を批判したら「ヘイトスピーチ」とでも言うのだろうか。意味不明である。 韓国政府は「敵」ではない。だが「裏切り者」ではある。これはゲーム理論上の意味においての話だ。 韓国の不誠実な対応に対して、日本政府が取るべきは「しっぺ返し」戦略である。その戦略を強化するためにも、韓国をホワイト国から除外し、標準的な扱いに戻すべきである。 そして、韓国の国際的な世論戦に徹底的に抗していく必要がある。日本の世論戦に対しても同様だ。2018年11月、オーストラリアのダーウィンでモリソン首相(手前)と会談する安倍首相。左は世耕経産相(共同) 幸い、日本国民の世論は政府の「しっぺ返し戦略」に肯定的である。日本政府は油断なく、今回の戦略を全うすべきだ。それが安易な妥協による「協調」ではなく、長期的な日韓の協調を生み出すだろう。■ 河野太郎の真っ当な抗議をかき消すテレ朝の「ちょっとした印象操作」■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗■ 韓国人の反日感情はこうして増幅されていく

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    河野太郎の真っ当な抗議をかき消すテレ朝の「ちょっとした印象操作」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 参院選の期間中、「韓国への輸出管理問題が選挙目当ての対応である」という皮相な見方が存在していた。とりわけ韓国メディアでは、このような論調が多く見受けられた。 他方で、日本でも同様の見解を主張する人たちも少なからずいた。だが、輸出管理問題は、あくまで安全保障上の問題であり、中長期的な見地から採用された日本政府のスタンスだ。選挙が終われば終息すると考えるのは、よほど道理を心得ない人たちであろう。 その参院選では、事前の予想とほとんど変わらない形で、与党が勝利した。確かに、マスコミのしばしば指摘する「改憲勢力」の3分の2議席獲得には届かなかったが、もともと改憲にどこまで熱意を持っている「勢力」なのか疑問がつく。 では、その「勢力」とされる公明党は本当に改憲志向だろうか。公明党の参院選のマニフェストにある「『重点政策』4つの柱」には、憲法改正は含まれていない。むしろ、政治的温度としてはほとんどマイナスに近いのではないか。 こうして見ていくと、「改憲勢力」とは、マスコミのほとんどでっち上げに等しい「線引き」でしかないように思う。つまり、「改憲勢力」が3分の2に達しても達しなくても、政治的にほとんど意味を成さないのではないだろうか。 用語一つとっても、マスコミによる自作自演の印象操作的手法は相変わらず深刻である。それはちょっとした見出しの違いからも誘発されている。 例えば、いわゆる「元徴用工問題」について、日韓請求権協定に基づく仲裁委員会の設置に韓国政府が応じなかった。これを受け、19日に河野太郎外相が南官杓(ナム・グァンピョ)駐日韓国大使を外務省に呼んで抗議した。徴用工訴訟をめぐる問題で、呼び出した南官杓駐日大使と握手を交わした河野太郎外相(左)=2019年7月19日(三尾郁恵撮影) 河野氏の抗議は極めて正しい。韓国政府が日韓請求権協定を事実上裏切る態度を続けていることは極めて深刻であり、国際法上でも認められない暴挙だろう。適切な「無礼」発言 ところが、「文政権は単に日本に関心がないだけで、日本の保守層が思うほど日本を差別的待遇しているわけではない」と不見識な見方をする専門家たちが時折見受けられる。もちろん、そのような「無関心」というか「無視」が、今日の国際法違反の状況を韓国政府自ら招いている。いわば、韓国政府の外交上の失政のツケを、日本側に押し付けているといっていい。 19日の河野氏と南氏の面談で、韓国側が日本の提案を全く「無視」して手前勝手な発言をしてきた。まるで上記の専門家たちと同じ姿勢だ。 このような「無視」について、河野氏は「極めて無礼」という厳しい言葉を放った。産経新聞で詳細が報じられているが、河野氏のやりとりは適切であると考える。 だが、テレビ朝日『報道ステーション』のインターネットサイトでは、「河野大臣激怒に韓国『むしろ違反は日本』」という見出しで記事配信されていた。これが上記の「ちょっとした見出しの工夫での印象操作」といえるのではないか。この見出しでは、河野氏が感情的な対応をしたことに対し、韓国側目線からの異議を道理のあるもののように扱っている印象を与えはしないか。 さらに記事では、旧朝鮮半島出身者問題を輸出管理問題の報復と関連させる韓国側の言い分を紹介して終わっている。だが、両者は全く別の問題である。実際に、河野氏の「極めて無礼」発言は、韓国側が異なる問題を絡めて主張する不誠実な態度を批判する言葉が含まれていた。 それが「この旧朝鮮半島出身労働者の問題を他の問題と関連しているかのように位置づけるのはやめていただきたい」という箇所だ。この言葉を紹介しないで、単に韓国側のデタラメな発言を引用して終わるのは、やはり一定方向への誘導といわれても仕方がないのではないか。 輸出管理問題でも印象操作はある。関連報道を見ても、いまだに「韓国への輸出規制問題」とか「輸出規制強化」いう見出しが目立つ。かりゆしウエア姿で閣議に臨む菅義偉官房長官、安倍晋三首相、河野太郎外務相ら=2019年6月(春名中撮影) だが、「規制」とは、従来に比べて貿易取引量を政策的にコントロールすることにある。マスコミの大半は、「規制強化」と報じているので、「これは一種の保護貿易的な規制だ」とでも言いたいのだろう。ただ、この施策は、単に各国と同じ待遇に戻すだけで、禁輸措置でも自国の産業を保護するための政策でもないことは、以前の論考でも述べたように明らかだ。 自由貿易の国際的な枠組みである世界貿易機関(WTO)においても、安全保障上による例外規定として輸出管理が認められている。輸出管理手続きの簡素化は必要だが、それでも日本の対応は先進国並みであり、特に厳しいものではない。優遇こそ「異例」 むしろ、韓国を「優遇」しすぎたことが、かえって異例であり、リスクを生じるものだったにすぎない。各国並みに戻すことは、世界の安全保障上から考えても妥当だろう。 「通常兵器及び関連汎用(はんよう)品・技術の輸出管理に関するワッセナー・アレンジメント」は、安全保障上の国際的な枠組みの一つだ。当然、日本もこの申し合わせを順守している。通常兵器や技術の無制限な国際的拡散を防止したり、テロでの利用を防ぐ目的を有する政策レジームだ。 同時に、これはあくまで国内法上の問題であり、海外とはこの政策レジームを共有するだけで足りる。しかし、この問題をあたかも韓国と交渉すべき外交問題とみなす日本のマスコミにもあるが、今書いたように国内の手続き上の問題でしかない。韓国が文句をいうのはお門違いである。 もし、再び「優遇」してもらいたいなら、今後、信頼に足るパートナーとして長期間、例えば1世紀単位にわたる地道な努力をすべきだろう。もう政権が交代するたびに、ころころ変わってしまう「不可逆的」な約束を交わす意義は乏しい。 マスコミの「ノイズ」がひどいので、以下では日本政府の主な韓国への対応をまとめた。(1)韓国への輸出管理問題「優遇」措置を信頼欠如に伴い、並の扱いに戻しただけ。貿易自由化に逆行する「規制」でも、禁輸でも政治的報復でもない。国内の事務的手続きでしかない。国際的な政策レジームから見ても、韓国との交渉事案ではない。(2)旧徴用工問題などへの対応正確には、「旧朝鮮半島出身の労働者」と表記すべき話。この問題は、日韓請求権協定を韓国側が一方的に裏切る国際法違反。韓国政府に対する強い異議表明は妥当である。また、韓国側の日本からの提案「無視」が招く事態(日本企業への損失)については、対抗措置の実施秒読み段階にある。2019年7月、ソウルの韓国大統領府で握手する文在寅大統領(右)と、保守系最大野党「自由韓国党」の黄教安代表(左)(聯合=共同) 二つの問題は全く異なっていて、よほど歪(ゆが)んだ見方をしない限り、日本政府の方針は妥当なものだ。妙なバランスをとる報道の合理性は乏しいと言わざるを得ない。■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗■ 「戦犯企業ステッカー」韓国人も冷めた行き過ぎた民族主義■ 韓国人の反日感情はこうして増幅されていく

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    「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 参院選もいよいよ終盤戦に突入した。大手マスコミの選挙情勢では、与党の自民・公明で改選議席の過半数をかなり上回ることが、共通して明らかになっている。野党では、立憲民主党がかなり躍進しそうだ。 ただし、与党が手堅いということは、他の野党勢力があまりにも体たらくだということでもある。他方で、マスコミがこぞって表現する「改憲勢力」は、参議院の3分の2を維持することが難しいとも報じられている。 もちろん「改憲勢力」というのはあくまでも(仮)とでも言うレベルであり、本当に改憲に熱意のある政党や政治家の集合体を意味してはいない。現状の選挙情勢のまま推移するならば、安倍晋三政権は安泰だが、その一方で、改憲はこの政権の下で極めてハードルの高いものになる。 私見を述べれば、財務省の「消費増税路線」を止めることができない政権には、もともと改憲などできる政治力があるわけもない。その点を厳しく国民は評価したのかもしれない。 しかも、年金などの社会保障や、そして何よりも10月に控える消費税率10%引き上げといった経済政策の諸問題は、韓国への輸出管理問題によって論点として目立たなくなってしまった。この韓国への輸出管理問題は、経済問題である以上に、安全保障の問題である。 この点については、報道番組などの党首討論の場で、立憲民主党をはじめ野党の多くが態度を鮮明にしなかった。これは国民にはかなりの失望を与えたろう。 いずれにせよ、韓国への輸出管理問題は、ある意味で与党に「神風」をもたらした側面がある。筆者はこの連載で何度も述べてきたように、韓国政府とは信頼関係が著しく毀損(きそん)している状態であり、その原因は元徴用工問題や慰安婦問題などでの国家間の約束を一方的に破った韓国側の「裏切り行為」に原因がある。半導体材料の輸出規制強化に関する事務レベル会合に臨む韓国側(右)と経産省の担当者=2019年7月12日午後、経産省(代表撮影) この「裏切り行為」には強烈なしっぺ返しこそが、かえって将来的には両国の安定的な関係を生み出すだろうとも主張してきた。現在はその苛烈(かれつ)なやりとりの真っ最中である。この側面を理解すれば、今回の輸出管理問題には即応できるはずだが、多くの野党の姿勢には失望しか与えない。歪んだ選挙報道 だが、野党の「体たらく」に輪をかけてこの選挙中に目立つのが、マスコミの報道姿勢の深刻な「歪(ゆが)み」である。この選挙期間中のマスコミの報道は、いつにも増して、とんでもない歪みとなっていることが、インターネットを通じて明らかにされている。 実際の選挙においては、改憲勢力(仮)と非改憲勢力との闘いかもしれないが、他方で「新聞・テレビvsネット」とでもいうべき攻防戦が繰り広げられている。そして、既存の新聞やテレビなどのマスコミは、その歪みによって、自沈ないし自壊しているのではないかとさえ思える。 特に驚いたのが、参院選比例代表に立候補している自民党現職の和田政宗氏の街頭活動中に起こった暴行をめぐるテレビ局公式ツイッターアカウントの「発言」だった。7月10日に和田氏が街頭演説後に商店街を練り歩きしているとき、通行中の男性に胸の辺りを素手で2度ほど強く小突かれたのである。この様子は動画でも記録されていて、事実に間違いない。 全く異様な行動であり、犯人は摘発され罰せられるべきである。一般論として、他人からこのような身体的な暴力をこうむることは、周囲が考える以上に当人にとって心理的にも打撃だろう。肉体的な傷を負わなかったことは不幸中の幸いである。 だが、メディアの意見は違うようである。中部日本放送(CBC)の報道部の公式ツイッターアカウントで、「ちょっと小突かれただけで、暴行事件とは。大げさというより、売名行為」と投稿されたのだ。あまりにも社会常識を逸脱した発言だろう。 先述の通り、和田氏は参院選の候補者であり、これを「売名行為」と評することは、要するに選挙目的だとでもいいたいのだろう。尋常ではない発想である。 当然和田氏本人、そしてネット世論の大勢が、この発言を猛烈に批判した。それに対して、CBC側は上記の投稿を削除し、「当該者の方に、大変ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫(わ)びいたします」とホームページ上で謝罪した。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) だが、この謝罪は納得し難いものだった。CBC側によると「弊社報道部の意思に基づくものではありません」と説明したうえで、アクセス権を有する報道部員が投稿した形跡は確認できなかった、と言い切っている。マスメディアとして致命的 誰の投稿になるかは調査中としたうえで、あたかも不正アクセスがあったかのような印象を与えたものだった。ただ、責任をあやふやにしているという批判は免れない。 政治活動を妨げる暴力を肯定したとも取れる発言は、マスメディアにとって致命的である。真実を明らかにしないまま放置するのはまずい。 もし、不正アクセスの可能性があるならば、警察当局の協力も含めて機敏に対処すべきだろう。CBCにはこの件でのさらなる説明責任に直面している。 和田氏とは、昨年の夏に対談する機会を得た(『WiLL』2018年7月号)。対談で和田氏は、消費増税について明瞭に反対する反緊縮政策を支持していた。また、事実の一部を切り張りすることで特定の方向に世論を誘導していく既存マスコミの手口について、実例を交えながら、その報道姿勢を厳しく批判していた。 とりわけ、テレビのワイドショーや既存のキー局の報道番組には厳しく批判していた。そこで、放送局の新規参入を促すため、電波の周波数帯の利用権を競争入札にかける「電波オークション」を導入する試みがある。 日本の電波はもちろん公共の資産であるが、それはムダに利用されている。特定のテレビ局が電波を不当に独占しているといっていい。この電波利用の「ムダ使い」を改めるのが電波オークションで、広く海外でも行われている。 しかし、この電波オークションに対して、テレビ局は総じて反対している。自らの既得権を侵されると思い込んでいるのだろう(詳細は上念司著『日本を亡ぼす岩盤規制』飛鳥新社を参照)。2017年11月、規制改革推進会議を終え、記者会見する大田弘子議長(中央)ら。電波オークションの導入は「検討継続」となった(斎藤良雄撮影) 電波帯域が広く開放されて、企業などの新規参入が起これば、消費者すなわち国民の大多数がさまざまな情報や利便性に接することが可能になり、利益を得るだろう。どんなことが国民の利益になるのか。消費増税への反対も、韓国への安全保障上の対応も、そして既存メディアへの対応も、さまざまな論点で、既得権にとらわれない本当の「自由」な発想の政治家を選ぶことができるように、今回の参院選の推移を見守っている。■ 「池上彰MeToo炎上」専門家は使い捨て、テレビの軽さに潜むリスク■ 「金正恩に足元見られた」報ステが言うほど北朝鮮は単純じゃない■ 「首相はトランプの運転手」朝日の安倍批判がイケてない

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    『報ステ』後藤謙次が安倍首相に求めたお門違いの「えこひいき」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) いわゆる「韓国輸出規制問題」が生じてからというもの、日本のマスコミや識者の意見を分析していると、ゲームの「ルール」が明らかに変わったことが分かる。その一方、日韓の「政治ゲーム」のルールが変更されたにもかかわらず、従来と同じ次元で、どう考えても韓国びいきな価値観をあらわにしている韓国専門家がいる。 また、安易に「友好」を持ち出して、日本側からの非合理的な妥協を口にするジャーナリストがテレビで発言していたりする。この人たちは、ゲームのルールの変化に適応するのに失敗している思考の「守旧派」と言える。 ゲームのルール変更について、ノーベル経済学賞を受賞した経済学者でニューヨーク大のトマス・サージェント教授は「レジーム転換」と形容した。サージェント氏は「人間の行動を規定するものはゲームのルールである」と述べている。ゲームのルールが変われば、人間の行動も変化する。 野球のルールが変更されたとしよう。もし、攻守交代がスリーアウトではなくフォーアウトで行われるなら、野球選手の行動も当然変わることになるだろう。実は、サージェント氏が提唱する以前の経済学では、そのようなゲームのルール変更を政策分析に明示的な形では入れていなかった。 サージェント氏は、ある特定のゲームのルールを選択することを、「レジームの選択」と呼んだ。また、あるレジームから他のレジームに変更することを「レジーム転換」と表現したのである。 サージェント氏はレジーム転換を経済学上で考えたが、政治的な現象にも広く応用できるものだ。今回の韓国への輸出規制問題は、まさにレジーム転換と言えるだろう。 改めて韓国への輸出規制問題を説明すると、20カ国・地域(G20)首脳会談(サミット)明けの7月4日に、フッ化ポリイミド、レジスト、エッチングガス(フッ化水素)の化学製品3品目に関して、簡素な輸出手続きをやめて、契約ごとの輸出認可方式に切り替えたことを指す。韓国メーカーの半導体製品 これら3品目は軍事転用が可能な戦略的物資だが、安全保障上の友好国への優遇措置として手続きを免除していた。だが、不適切事案の発生や、また韓国側に呼び掛けていた協議の提案を無視され、信頼関係を損ねたことが、今回の輸出認可方式の変更を招いたわけである。お門違いの解釈 また現在、他の戦略物資についても、個別の輸出許可申請が免除されている外為法の優遇制度「ホワイト国」から韓国を除外する手続きが進行中である。政府が24日までパブリックコメントを受け付けた上で最終判断する。 ちなみに、これらの手続きは特に異例なことでもない。今まで韓国を優遇してきた措置を、他国並みに戻しただけにすぎない。 対象品目を禁輸したわけでもなければ、この手続き変更が保護貿易を目指すような「規制」ですらない。「輸出規制問題」としばしば報道されているが、妥当な表現とは思えない。 はるか昔、海外への出国審査で、液体の持ち込みに厳しい制限は設けられていなかったはずだ。現在はどの空港でも厳格である。 では、この措置を「旅行客の数量規制」と表現するだろうか。あくまでテロ予防などの安全対策をしているにすぎない。今回の手続き変更も、それと同じ趣旨と理解すべき問題だろう。 テレビ朝日系『報道ステーション』での党首討論で飛び出した、コメンテーターの後藤謙次氏の発言は、まさにこの全くお門違いの解釈と言えよう。後藤氏は、安倍晋三首相(自民党総裁)に対して「G20で自由貿易を高らかにうたいあげたのに、その直後に対韓輸出規制することはそのメッセージと逆行するのではないか」と疑問を呈していたからである。ジャーナリストの後藤謙次氏=2012年3月撮影 一方で、韓国専門家にも今回の措置を自由貿易に逆行するものと解釈する人がいて、筆者は違和感をぬぐえない。ひょっとしたら、専門家すぎて「ミイラとりがミイラになる」ほど韓国を愛しすぎたのかもしれないと思えてくるほどだ。 個人的な「愛情」はできるだけ控えた方がいいと思うのだが、この種の発言をすると、筆者の会員制交流サイト(SNS)のアカウントにまで食いついてくる人たちが出てくる。この種の反応は、他ではあまり見られないだけに、「韓国政府への批判」というものは特殊な成分を持つ危険なワードなのかもしれない。 また、優遇措置を改める際に、政府は上記の「不適切な事案」が生じていること以外にも理由を挙げている。世耕弘成経済産業相は「今年に入ってこれまで両国間で積み重ねてきた友好協力関係に反する韓国側の動きが相次ぎ、その上で、旧朝鮮半島出身労働者問題については、G20までに満足する解決策が示されなかった」ことを、ツイッターで説明を重ねている。感情的なのはどちらだ これは、いわゆる「旧徴用工問題」での韓国政府側の不当な対応を意味している。安倍首相も党首討論の席上で、「相手の国が約束を守らない中では優遇措置は取れないということであり、当然の判断。世界貿易機関(WTO)に違反するということでは全くない」と述べている。 要するに、今回の措置が「報復」ではなく、信頼関係が構築できない理由として挙げているわけである。これは正しい認識だろう。 この連載でも何度も考察してきたことだが、現在の日本と韓国に信頼関係は構築できていない。これは、もっぱら旧徴用工問題や慰安婦問題における文在寅(ムン・ジェイン)政権による「ちゃぶ台返し」ともいえる、日韓合意への「裏切り行為」に原因がある。 韓国の動きに対しては、日本が「しっぺ返し戦略」を採ることが、長期的な利益を得る上で日韓「双方」に好ましいと、筆者は提案してきた。韓国が強烈なしっぺ返しを受ければ、それ以降の行動を「協調」的な姿勢に変更する可能性が高まる。それは要するに、日本と韓国の長期的に安定した関係をもたらすだろう。 もっとも、今の文政権は、WTOへの提訴をちらつかせたり、文大統領が自ら撤回を求めた際に「世界が懸念している」と言及するなど、高圧的な態度に変わりはない。日本政府は現在の姿勢を強く堅持して、安全保障の国際的取り決めに準拠して、今後も「ホワイト国」の見直しなどを進めていくべきだろう。ソウルのスーパーで陳列棚から下ろされた日本メーカーのビールやたばこ、食品など=2019年7月7日(聯合=共同) 先の後藤氏は「国民の感情を抑えるのがリーダーの務め」と述べ、安倍首相に今回の対応の見直しを迫った。しかし、ここまで解説したように、韓国に今までと同様の輸出手続きを認めることが、よほど感情的なもの、つまり韓国に対する「非合理的な身びいき」として国際社会から糾弾されかねない。 JNNの世論調査では、「韓国輸出規制」の強化について「妥当だと思う」人は58%で、「妥当だと思わない」の24%を大きく上回っている。これを「国民の感情」的リアクションだと思うのは、あまりに国民を見下した意見ではないだろうか。 世論の熱狂から距離を置き、冷静に報道することはもちろん重要だ。だが、「対韓禁輸」だとか「旧徴用工のことを持ち出せば、WTO訴訟で負ける」などという事実とも違い、また論点がずれている物言いをする人たちこそ、とても感情的に思えて仕方がない。■対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗■「お疲れさま」安住アナまで叱られる奇妙なアベガー論法■米朝に「田舎芝居」を打つ文在寅の安倍コンプレックス

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    「お疲れさま」安住アナまで叱られる奇妙なアベガー論法

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本で初開催となった20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)での米中首脳会談から、衝撃的な米朝首脳会談の実現。この数日、トランプ米大統領の「政治ショー」に世界がくぎ付けになった。 トランプ大統領がツイッターを政治手法として採用してから、数年になる。その中でも、今回の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長への対談の呼びかけと成功は、旧来のメディアを中心にしている多くの人たちこそ衝撃的だったろう。 日本では、その旧来型メディアを利用した政治的な「印象報道」が極めて多い。その中から、政策当事者の発言という1次ソースに、多くの人たちが直接触れることのできる会員制交流サイト(SNS)は、旧来型メディアの濁ったフィルターを通さずに、個々の人たちが自由に判断できるだけに便利だ。 しかも、単に政策当事者の発言を真に受けるだけではなく、瞬時にさまざまな異論や反論が現れ、それがまた多くの人に可視化されていく。もちろん、政治的・文化的な分断の可能性は常に存在するが、それでも人々がSNSの使用をやめないのは、メリットの方が純粋に大きいからだ。 今回のG20でも、旧来型メディアの「印象報道」は強力に展開した。また新聞やテレビだけではなく、それらのマスコミ各社のSNSや、それに連動するかのように、識者たちの発言も注目を集めた。 私が注目したのは、TBS系列の番組『新・情報7DAYS ニュースキャスター』で同局の安住紳一郎アナウンサーが、G20での安倍晋三首相の動向を伝えたときである。安住アナは、「安倍さんの首相動向を調べたんですけど見てください。テレビ、マスコミで政権与党の事を褒めるといろいろお𠮟りを受ける向きもあるんですけど、安倍さんお疲れさまでした」と、その分刻みの過密スケジュールをこなした首相の行動を評価したことだ。G20大阪サミットで行われた女性活躍推進のイベントに出席する、安倍首相(左)、トランプ米大統領(右)と長女のイバンカ大統領補佐官=2019年6月29日午前、大阪市(ロイター=共同) 安住アナの素朴な感想は妥当なものだろう。だが、それさえも「お𠮟りを受ける向き」を意識しないといけないようだ。マスコミが政府の広報になる必要はないが、他方で「政府批判ありき」では偏った報道になってしまうだろう。「成果」より「失策」 ところで、インターネット上では、安倍首相が各国首脳に「無視」されたとするフェイクニュースが一部の心ない「識者」によって拡散されている。しかし当たり前だが、首相は議長として、精力的に活動を行っていた。 精力的だけではなく、戦略的な展開も見せていた。特に、韓国に対しては、相当練られたものだったのではないか。 具体的には、G20の間、日韓首脳会談を非公式含めて行わなかったことだ。さらには、G20明けに、スマートフォンのディスプレー部分に使われるフッ化ポリイミドなど化学製品の輸出規制をはじめとする制裁措置を発表した。 これらは、韓国政府が採用を続ける元徴用工や慰安婦問題での「裏切り行為」に対する、日本からの「しっぺ返し戦略」である。日本の「しっぺ返し戦略」は、韓国政府に将来的な「裏切り行為」を自制させるために合理的だと、筆者は評価できる。 ところが、多くのマスコミは上述のような「戦略」を評価するよりも、むしろ、安倍首相がG20の夕食会で、「一つだけ大きなミスを犯した」と大阪城のエレベーターについて言及したことを取り上げ、それの批判に忙しい。要するに、「成果」よりも「失策」が旧来型メディアの好む報道になっている。集合写真の撮影を前に、安倍晋三首相(中央)の前を歩く韓国の文在寅大統領(右)=2019年6月28日午後、大阪市中央区(代表撮影) これは、この連載でもたびたび指摘しているが、新聞やワイドショーなどの報道が「報道の経済学」でいう「悪魔理論」の枠組みを採用しているからだ。「悪魔理論」では、政府が「悪魔」であり、それを批判する側は常に「天使」である。 そして、悪魔である政府のなすことは常に「失敗」するものと運命づけられている。運命といっても、本当の評価ではない。新聞やワイドショーがそのような「政府のやることは必ず失敗する、ろくなものではない」と印象報道するということである。 当然の話だが、報道は提供する側の理屈だけで成り立っているのではない。新聞やワイドショーに情報源を依存するような人たちがいてこそ成り立つ。「蚊帳の外」論のなぜ 南北の軍事境界線にある板門店で行われた3度目となる今回の米朝首脳会談でも、安倍政権を「悪魔」扱いした日本の報道や、それに連動するかのような識者たちの発言がある。いわゆる「蚊帳の外」論だ。 つまり、安倍政権は北朝鮮問題で国際的に孤立しているというわけだ。ツイッターを見て、トランプ大統領が金委員長と会談したい意図があると知ったのは、当事者である北朝鮮を含めて、韓国も日本もそうだったに違いない。 だが、トランプ大統領のツイッター発言を事前に日本の外務省が知っていなければならないし、板門店で米朝韓3カ国に交わって、日本も加わらないといけないらしい。どの国でもできないようなむちゃなハードルを暗に設定して、それが満たされなければ「蚊帳の外だ」というのは、全く不合理な意見としかいいようがない。 他方で、今回の米朝会談において、韓国が「事実上」外されたことはあまり注目されていない。一部のマスコミが伝えただけにすぎない。 米朝首脳会談が終わった後、金委員長を見送るトランプ大統領と韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の姿がワイドショーなどでしきりに流されている。また「韓国はわき役に徹した」という趣旨の韓国メディアの報道を取り上げたり、文政権の外交的成果であると持ち上げる日本のメディアもあった。 果たして本当にそうだろうか。文政権が、今回の米朝首脳会談では「わき役に徹した」というよりも、最初から「わき役」だっただけだろう。板門店で対面するトランプ米大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(中央)、韓国の文在寅大統領=2019年6月30日(聯合=共同) 韓国政府の外交にかなり好意的な論評まである。どうも「悪魔理論」は、なぜか韓国政府に適用されないようである。不思議でならない。 これから日本政府の韓国に対する経済的な制裁がより鮮明な成果を上げてくるだろう。この中で日本のマスコミの多くが、この合理的な「しっぺ返し戦略」をめぐって、日本を「悪魔」にし、韓国を「天使」に仕立て上げて報道しないか、それが心配である。■ 「金正恩に足元見られた」報ステが言うほど北朝鮮は単純じゃない■ 韓国の裏切りには最強の「しっぺ返し戦略」で応じるほかない■ 石破茂まで乗っかったキラーコンテンツ「安倍叩き理論」

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    枝野幸男の「自慢」が文在寅とダブって仕方がない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「野党は本気で消費増税を凍結しようとしている!」「野党は本気で反緊縮政策をやろうとしている!」。選挙が近くなると、インターネット上ではこのような意見を頻繁に目にするようになる。 私はそのような意見に極めて懐疑的だが、そのような考えを表明すれば、「おまえは緊縮主義者だ!」とレッテルを貼られ、誹謗(ひぼう)中傷の言葉まで浴びせられることが結構な割合で起きる。選挙というか政治に振り回される人たちは昔も今も多い。 主要野党が本当に10月の消費税率10%引き上げにストップをかける気があるのだったら、19日の国会での党首討論はその絶好の場だった。安倍晋三政権は消費増税を今のところ実施するつもりだし、立憲民主党と国民民主党、日本共産党は、ともに消費増税に反対を表明している。 消費増税を論点にして、実施の是非を問うには最大の見せ場であったはずだ。3党がタッグを組んでいけば、「消費税解散」に持っていくことさえもできたかもしれない。 だが、党首討論で各党が主要なテーマとしたのは、いわゆる「老後2000万円不足」問題という年金の話題だった。世論調査では年金や社会保障の問題への関心が高いこと、また過去の「消えた年金」問題を契機にした政権交代の「うまみ」が忘れられないのか、野党陣営によるこの問題への執着は強いものだった。 「老後2000万円不足」問題については、先週のこの連載で解説したように、年金制度自体の構造的問題ではない。もっぱら、マスコミの報道の仕方やそれに便乗した政治勢力の選挙向け「プロパガンダ」といっていい。2017年11月、衆院本会議後に立憲民主党の枝野幸男代表にあいさつする安倍晋三首相(右、宮崎瑞穂撮影) 日本経済の先行きが悪化していく中での消費増税こそは、選挙の最大の争点になるはずだ。その争点を口では「凍結」「廃止」「延期」などと野党が叫んでいても、本気度はあいかわらず極めて低い、というのが実情だろう。韓国を思わせる経済政策 野党が一丸となって、消費増税を争点にして内閣不信任案を出せば、それこそ「消費税解散」となる展開も期待できた。しかし、党首討論の場も含めて、野党側は安倍首相に解散の意図がないことを確認したうえで、これから内閣不信任案を出す展開になる。 これでは、政治的に消費増税を止める絶好の機会を、野党は自ら失ったといえる。内閣不信任よりも、まず野党に対する不信が増大する結果ではないか。 消費増税に関する本気度が低いのは、実は野党の経済政策観に大きな問題があるのかもしれない。特に、最大勢力の立憲民主党の経済政策は、まるで韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権を思わせる内容だ。 20日、夏の参院選に向けて発表された経済政策「ボトムアップ経済ビジョン」では、最低賃金の引き上げや再分配政策に重点を置く一方で、金融政策への関心は特に主軸ではなかった。アベノミクスの成果が国民所得を削り、中間層を激減させたままだとして、「実質賃金」を上げることで中間層を再生するとしている。 韓国の文政権が最低賃金を急激に上昇させたことで、企業の雇用コストが増加し、それで失業率の増加を招いたことは明らかである。だが、最低賃金の引き上げが韓国で大きなマイナスのショックを生んだ背景には、文政権が積極的な金融政策を採用しなかったことに失敗の直接原因がある。 財政政策は積極的な姿勢を見せているが、あくまで再分配機能が中心だ。要するに、パイの大きさが一定のまま、パイの切り方を変えただけにすぎない。金融政策と財政政策を同調させ、経済に刺激を与え続けることが、現在の韓国のように完全雇用には程遠い経済にとっては必要だ。2019年5月、韓国・世宗で開かれた国家財政戦略会議で発言する文在寅大統領(韓国大統領府提供・共同) 立憲民主党の政策でも、金融政策に関する低評価が鮮明である。アベノミクスは金融政策の効果で雇用回復を実現したわけで、アベノミクスを否定するためには、やはり金融政策の効果を積極的に肯定できない政治的事情があるのだろう。 ちなみに、立憲民主党が目標に掲げている実質賃金とは、平均的な名目賃金水準を物価水準で割った値である。名目賃金が同じままであっても、物価水準が下落してしまえば、実質賃金は上昇する。党首討論の「デフレ自慢」 つまり、デフレが深刻化すればするほど、実質賃金は上昇するのである。デフレの加速は、日本では不況と同じになりやすいので、デフレ不況を加速させるということになる。 そもそも、実質賃金自体が経済の回復期に複雑な動きをしやすい指標だ。実質賃金の「分子」となる名目賃金は、あくまでも平均賃金なので、雇用が回復して職を得る人が増えれば平均値が下がることが多い。なぜなら、新卒や再雇用といった新しく職を得る人たちは、既に働いている人たちに比べて給料が低いのが一般的だからだ。 もちろん、経済が安定していく中で完全雇用に達していれば、実質経済成長率や実質賃金なども安定的に増加していくだろう。だが、その実現の経路を示さずに、単に実質賃金を政策目標にすることは「デフレ自慢」になりかねない。 実際に、立憲民主党の枝野幸男代表は党首討論で「デフレ自慢」をしていた。ただ、枝野氏が民主党政権時代の「反省」を表明したことを、多少評価しなくてはいけない。 しかし、その「反省」さえも経済政策的には空虚なものだった。枝野氏は党首討論で「私は民主党政権の一翼を担わせていただきました。至らない点がたくさんあったことは改めてこの場でもおわび申し上げますが、経済数値の最終成績は実質経済成長率。10~12年の1・8%、2013年から18年の実質経済成長率は1・1%。これが経済のトータルの成績であると、私は自信をもって申し上げたい」と述べた。 これに対して、安倍首相は「実質成長の自慢をなされたが、名実逆転をしている実質成長の伸びはデフレ自慢にしかならない」と指摘した。「名実逆転」とは、名目経済成長率よりも物価変動を取り除いた実質経済成長率が高い現象を意味している。2019年6月、「経済ビジョン」発表に臨む立憲民主党・枝野幸男代表(手前)。奥は逢坂誠二政調会長(春名中撮影) 要するに、これはデフレが進行している状況であり、日本では雇用悪化が同時に進行する「デフレ不況」「大停滞」だったと安倍首相は指摘したわけである。立憲民主党の経済政策は、実質賃金の増加を強調しているが、枝野氏による「デフレ自慢」の経済観を合わせて考えると、日本の経済政策を任せることは到底できないように思う。■ 「利上げして景気回復」枝野幸男の経済理論が凄すぎてついていけない■ 「日本を奴隷扱い」文在寅の外交ゲームを攻略するベスト戦術■ #MeTooに便乗した枝野幸男のセクハラ追及は「限りなくアウト」

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    「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 印象報道はどうして生まれるのか。そして、スキャンダルはどのように作られるのか。 新聞やワイドショーの手法を分析していると、常にこの論点を意識してしまう。最近では、「老後に2000万円不足」報道と、国家戦略特区ワーキンググループ(WG)の原英史座長代理を巡る毎日新聞の報道に、この問題を考える糸口があるように思える。 報道によって特定の印象に国民が誘導されてしまうと、事実に基づく論理的でまっとうな判断ができなくなってしまう可能性が生じる。その「悪夢」のような顛末(てんまつ)が、民主党政権誕生のときに見られた「一度はやらせてみよう」という感情論的なムーブメントであった。足掛け3年にもわたって報道されている森友学園(大阪市)や加計学園(岡山市)問題での安倍晋三首相と昭恵夫人に対する嫌疑も同様だと思う。 民主党政権誕生の一つのきっかけは、いわゆる「消えた年金」問題で生まれた。年金関係は今でも世論で大きな関心の的だ。 高齢化の進展に伴い、日本経済が二十数年もの間、長期停滞を経験する中で、老後の不安を抱える人たちが急増した。筆者も自分の老後が本当に安心できるものなのか、常に疑問を抱いている一人だ。 ただし、老後のリスクに本当に対処するには、問題のありかを適切に把握する必要がある。だが、最近の「老後に2000万円不足」報道は、そういう適切な国民の理解を妨げる「偏向報道」の一種だと思っている。 契機は、金融庁の委員会(金融審議会の市場WG)が作成した、「人生100年時代」を視野に入れた資産運用を促す報告書だった。この報告書の事例で、引退した人の家計の平均的な収入と支出を算出して、金融資産の変化を推計している。ワイドショーなどでは、この推計から好んで「年金不安」をあおっている。報告書の文章を引用しておこう。毎日新聞東京本社の入るパレスサイドビル(ゲッティイメージズ) 夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円~2000万円になる。金融審議会 市場ワーキング・グループ報告書「高齢社会における資産形成・管理」下手な営業宣伝もどき まず、統計面から指摘すれば、そもそもこんな調査対象となった家計の平均収入と平均支出を比較して、それで赤字を算出した金融庁の統計センスを疑う。当たり前だが、家計によって所有している資産は大きく異なる。既に働くのをやめた人たちの間でも、保有資産には大きなばらつきが存在している。 資産が大きければ、それに伴って支出も大きくなるだろう。株などの金融資産を豊富に持っていて、そこからのリターンが大きければ、それによって買うものも多額になる。 平均で考えてしまえば、このような富裕層が支出の平均値を大きく引き上げてしまうだろう。ただし報告書でも、あくまで平均の話でしかない、と「注意書き」をしている。 そもそも、年金だけで老後の生活が「安心」だと考える国民はどのくらいいるのだろうか。年金だけでは不安を感じるので、多くの人は現役時代から貯蓄を行っているのではないか。 例えば、「家計の金融行動に関する世論調査(二人以上世帯対象)」(「知るぽると(金融広報中央委員会)」)では、金融資産を保有していない60代の貯蓄額の中央値が1000万円程度だと試算している。60代も、年金だけでは不安だから、これだけの貯蓄をしているとも見ることができる。 また、いったん退職した60代の人たちが再雇用やバイトなどで働く可能性もあるだろう。あるいは老後の生活のために収支のバランスを見直す人たちもいるかもしれない。2019年6月、衆院財務金融委員会で謝罪し、頭を下げる金融庁の三井秀範企画市場局長。左は麻生財務・金融相 まさに、老後の人生設計は多様である。年金制度はこの多様な生き方を支える一つの重要な柱ではあるが、それだけで、全ての人の老後の支出を満遍なく保障すると考えるのは、単に事実誤認だろう。 おそらく、金融庁はこの報告書を利用して現役世代からの資産運用をアピールしたかったのだろう。まるで証券会社の下手な営業宣伝もどきが、今回の問題を生んでしまったわけである。二匹目のドジョウを狙う人たち しかし、事はその程度の話で、ワイドショーが喧伝(けんでん)するような「年金不安」や「年金破綻」といった年金制度の構造的問題とは、ほとんど関係ない。本当に「年金不安」が課題であるならば、日本経済を安定化させることが年金財政の健全化にも貢献する。 ましてや、筆者も目にした「年金返せ」という政治的な運動は、いったい何をしたいのだろうか。意味がよくわからない。取りあえず、年金の納付額と受け取り見込み額などを知らせる「ねんきん定期便」が自分のところに届いたら、確認することをお勧めする。 この「老後に2000万円不足」報道には、さらにメディアと安倍政権打倒の思惑がクロスして働いているようにも思える。政権を打倒したければ、代替的な政策で迫るのが本筋だと思うが、単に揚げ足取り的な手法で、政権へのダメージだけを狙っているようにも思える。 要するに、一部野党が間近に迫った参院選での争点化を狙って、あたかもメディアとタイアップしているように思える。民主党政権誕生のきっかけになった「消えた年金」問題の「二匹目のドジョウ」というわけだ。まったく国民もなめられたものだと思う。 ひょっとしたら、財務省の思惑も絡んでいるかもしれない。金融庁が財務省の「植民地」であることは周知の事実だ。財務省は、年金不安をあおることによって、不安解消のための消費増税を国民に定着させたい。 現時点では、10月に予定されている消費税率の10%引き上げが話題だ。だが、財務省は今後も消費税のさらなる引き上げを狙っていることは明瞭である。2019年6月、野党6党派の合同集会であいさつする立憲民主党の辻元国対委員長 最終的には消費税を26%まで引き上げようとしている。これは財務省からの出向者によって策定されたと思われる、経済協力開発機構(OECD)の対日経済審査報告書に記載されている数字からもうかがえる。 ちなみに21世紀初頭では、財務省の目標値は18%程度だったので、どんどん切り上がっている。この増税路線を放置しておけば、そのうち消費税率30%超えの声も財務省から遠慮なく出てくるだろう。何となく「疑惑」抱く記事 また、毎日新聞だけが現時点で取り上げている問題に、先述の国家戦略特区WGで座長代理を務める原英史氏を巡る報道がある。毎日新聞が6月11日に報じた「特区提案者から指導料 WG委員支援会社 200万円会食も」と題した記事である。 この見出しの「WG委員」とは原氏のことだが、記事では、識者のコメントも利用する形で、あたかも原氏が「公務員なら収賄罪に問われる可能性」もある行為をしていたとする印象を読者に与えていた。これは毎日新聞の記事にもあるように、「第2の加計学園問題」を匂わせるものである。この記事に対しては、当事者の原氏から既に事実誤認であるとした厳しい反論が、自身のフェイスブックや他サイトに掲載されている。 この毎日新聞の記事は、そもそも原氏が金銭や会食の供与を受けたわけでもない、単に知り合いの企業の話でしかない。しかもその企業の活動自体も違法ではない。いったい何が問題なのか全くわからない。 原氏のどのような活動が問題か、さらには違法性があるのか、道義的問題があるのか、何らわからないまま、読み手に何となく「疑惑」を抱かせる記事になっている。これはメディアの在り方として正しいだろうか。この記事を読む限り、筆者には全くそうとは思えない。 WG座長の八田達夫・大阪大名誉教授も、国家戦略特区諮問会議の席上や、毎日新聞の杉本修作記者への回答を公開して、同紙の報道を批判している。 国家戦略特区は規制改革の仕組みである。既得権者によって過度に保護された規制分野を、消費者や生産者など多数の恩恵が勝るときに、その過度な保護を緩和・解消する試みだ。 規制する側は、過度な保護を受けている既得権者の利益を代弁する官庁である。規制官庁に、規制改革を望む民間の提案者と、WGの委員が共同で対決するわけだから、委員が提案者に助言することが適法というよりも、この特区制度の仕組みでは当然のことである。これは上記の文書などにおける八田座長の発言通りであり、それに尽きる。2019年6月11日、首相官邸で開かれた国家戦略特区諮問会議 つまり、毎日新聞の記事からうかがえるのは、この規制改革の仕組みを理解していないのかもしれない、ということだ。規制改革を特定の利害関係者「だけ」が恩恵を受けているような、規制改革ならぬ一種のあっせん行為みたいに考えてしまっているのではないだろうか。もしそうであれば、誤解を正すべきだろう。■ 高齢読者が「週刊誌ジャーナリズムの牙を抜く」のウソ■ 「人生100年時代」はっきり言って、そんなの無理です!■ 武田邦彦が一刀両断! 生物としての人間に「老後」なんてありません

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    「国民を甘やかすな」異端理論よりもタチが悪い財務官僚の特権意識

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 世界的な経済政策論争の焦点が「緊縮政策」か「反緊縮政策」かという対立にあることは、2008年のリーマンショック前後から顕在化していた。 日本では、90年代から続く長期停滞で、既にこの論争の対立軸に沿った経済政策の是非が長い間争われている。今日、話題の中心である消費増税を巡る論争も、緊縮と反緊縮の路線対立だといえる。 日本経済新聞などは、安倍晋三首相が10月の消費税率10%引き上げを決定し、噂される今夏の衆参同日選挙は回避の方向で動いていると観測記事を出した。だが、この観測が正しいかどうかはもちろんわからない。 筆者は、嘉悦大の高橋洋一教授と月刊誌『WiLL』(2019年7月号)で、消費増税が実施されるか否かについて、いくつかの政治的シナリオを具体的に提起しながら対談した。高橋教授も筆者も、一つの可能性として、安倍首相が外交的な成果によって支持率を高め、消費増税を延期せずに参院選だけを行う可能性を議論した。 対談はトランプ米大統領の訪日前に収録されたので、そのときの外交上の成果は、安倍首相が訪朝して拉致問題などで進展を見ることを念頭に置いていた。今日では、イラン訪問による米国との仲裁役や6月の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)で議長を務めたことによるイメージアップが具体的に上げられる。 一方で、野党全体の支持率が上がらない中で、あえて政治的リスクの高い衆参同日選を採用するメリットがないという判断も可能性としては高い。もちろん、可能性の問題で言えば、消費増税を延期して、衆参同日選を行うことも消えていない。つまり、実際にどうなるかはわからないということだ。ツゲの木(中央)の記念植樹を終え、写真撮影に応じる麻生財務相(右から3人目)ら=2019年6月5日、財務省 経済評論家の上念司氏は、文化放送『おはよう寺ちゃん活動中』で、6月第3週前半で安倍首相からアクションがあるのではないか、と見通しを述べていた。いずれにせよ、まもなく安倍首相の判断が行われることは間違いない。「国民を甘やかす」思い上がり 消費増税を進める財務省も必死である。先ごろ福岡で開催されたG20の財務相・中央銀行総裁会議でも、国際社会が消費税引き上げに理解を示したと、麻生太郎財務相を使って懸命な「広報活動」を行っていた。 だが、共同声明を読み解けば、麻生氏や日本銀行の黒田東彦総裁が口にしているような、今年後半からの経済状況の持ち直しよりも、下方リスクが強調されているのが実情だ。各国の財務相や中央銀行総裁は、内心では日本の緊縮スタンスに冷めた見方をしているだけだろう。 産経新聞の報道で以前、「消費税率がこんなに低いのは、国民を甘やかすことになる。経済が厳しくても10%に上げるべきだ」という財務省の上層部の「本音」が紹介されていた。おそらく、これは事実だろう。 だが、財務省はこの1年ほどの間に、事務次官のセクハラ疑惑による退任、部局あげての公文書改竄(かいざん)で世間の批判を浴びた。もし「国民を甘やかす」という思い上がったエリート意識に変化がないようなら、まさに国民が財務省を甘やかしたつけでもあるだろう。 そういえば最近、財務省への大学生の人気が低下しているという。実際に財務省で働く人たちにも素晴らしい人はいるだろう。だが、組織として見れば、こんな組織で働くことは恥ずかしいレベルであることが、国民にも少しずつ理解されてきたのではないか。 消費増税をめぐっては、反緊縮路線に立つ識者の動きも急である。連載で明らかにしているように、筆者の立場は明確に消費増税反対である。 だが、反緊縮路線の中でも、議論の混乱には寄与しても、あまり建設的なものとはいえない動きもある。かえって欠点を突くことで、財務省が反緊縮政策叩きに利用している理論がある。2019年1月、米下院を訪れたアレクサンドリア・オカシオ・コルテス議員(UPI=共同) それは、欧米を中心に人気の高い現代貨幣理論(MMT)を巡るものだ。これは米国の人気若手政治家、民主党のアレクサンドリア・オカシオ・コルテス下院議員が賛同したことで、知名度を飛躍的に上げた。日本でも、MMTの注目度は高い。粗いMMTを支持する粗い論説 MMTについては、別の論説で詳細に解説したのでそちらを参照にしてほしい。MMTを簡単に一言で言うと「インフレにならない限り、政府の財政赤字は問題にならない」ということだ。 だが、実践的な面でも理論的な面でも、実に粗い主張である。また、MMT支持者側からの具体的なモデル化がほとんどない。そのため主張の詳細がよくわからないという不可思議な話にもなっている。 日本におけるMMTの支持者代表が、経産官僚で評論家の中野剛志氏だ。ただ、中野氏の論説もかなり粗いように思える。 例えば、ある論説の中で「日本はデフレですから、『MMTは、今の日本には効果的かもしれない』とラガルドは考えているということになります」と中野氏は述べている。ラガルドとは、国際通貨基金(IMF)専務理事のクリスティーヌ・ラガルド氏のことだ。 ところが、4月11日に行われたIMFの会見原文を読めば、ラガルド氏がMMTを明白に否定していることがわかる。むしろ、短期的には有効に見えても、それは維持可能な政策ではないという趣旨で批判している。 しかも、「日本を含む世界の国の中で、このMMTが当てはまる状況にある国はない」とも明言しているのである。中野氏のように、MMTを肯定的に述べる文脈で自分の発言が利用されたと知ったら、ラガルド氏はさぞ驚くことだろう。 いずれにせよ、MMTが政策として採用されることはないだろうし、その方が幸運だろう。だが、実際には、MMTをはるかに超えるトンデモ経済論が、日本で実施されていることの方が深刻だ。記者会見するIMFのラガルド専務理事=2019年4月11日、ワシントン(共同) トンデモな人たちによる最悪のトンデモ理論、それは財務省の緊縮路線である。この財務省のトンデモな驕りを決して甘やかしてはならない。■ 「消費税26%発言」止まらない財務省の増税インフレ■ 黒田総裁はやっぱり日本経済の「どえらいリスク」だった■ 馬淵澄夫手記 「日本を覆う『消費税神話』からの脱却を」

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    中韓に誤ったシグナルを送る岩屋防衛相の「未来志向」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) シンガポールで行われたアジア安全保障会議(シャングリラ対話)における岩屋毅防衛相の中国、韓国に対する対応は、端的に言って悪いシグナルを国内外に伝えるものでしかなかった。 まず、昨年末に起きた海軍艦艇による自衛隊機への火器管制レーダー照射問題において、韓国は自国の責任を認めるどころか、悪質な映像のねつ造や、論点ずらしといった国防・外交姿勢を重ねたことは記憶に新しい。 この問題については、今までの日韓における、取りあえずの安全保障上の「協力」関係に、韓国側から「裏切り」行為が生じたものと解釈できる。日韓の安全保障上の協力関係では、朴槿恵(パク・クネ)大統領時代に発効した日韓秘密軍事情報保護協定(GSOMIA)や、部隊間交流などがあった。 そのような日韓の「協力」関係は、昨年末の韓国側からの「裏切り」により、日本側はそれに対応する形で大臣クラスの積極的な交流を避けてきた。また、海上自衛隊の護衛艦「いずも」の釜山入港を見送る対応をしてきた。 その流れにもかかわらず、岩屋氏はレーダー照射問題が生じてからというもの、韓国の「裏切り」に一貫して甘い姿勢であった。率直に言ってしまえば、韓国に媚びる発言をしばしば繰り返していたのである。 2月の記者会見でも、岩屋氏は韓国との防衛協力を急ぐ考えを示し、現場交流を再開していた。北朝鮮のミサイルや核兵器の脅威があり、日韓米の協調体制が必要とはいえ、このような岩屋氏の姿勢は合理性を欠いた。むしろ、日韓、そして日韓米の防衛協力を長期的に毀損(きそん)する可能性があるといえる。非公式会談で握手する岩屋防衛相(右)と韓国の鄭景斗国防相=2019年6月1日、シンガポール(韓国国防省提供・共同) 日本と韓国の防衛協力が、韓国側の「裏切り」で揺らいでいるのは偶然ではないだろう。文在寅(ムン・ジェイン)政権に代わって、この問題も日本への姿勢が明らかに変化したシグナルととらえるべきだ。求められる「限定的合理性」 慰安婦問題の蒸し返しや、いわゆる「元徴用工」問題といった国内問題に関して、韓国は日本に責任をなすりつけ始めた。このことでもわかるように、文政権の日本への姿勢転換は鮮明である。この文脈上で、レーダー照射問題を、岩屋氏の中途半端で性急な「媚韓」的態度で対応すべきではないと考える。 こう書くと、中途半端な自称「リベラル」系の人たちや、「ハト派」と表現されれば誇らしいと信じている愚かしい人たちの意見が出てくる。「そういう強硬な意見は、単に愛国主義的な意見の歪みだ」という手合いだ。全く理に適う思考に欠けていると思う。 この種の意見は、見かけの「平和」や「友好」を口にする一種の「偽善者」ではないだろうか。ちなみに、政治学者で大和大講師の岩田温氏の『偽善者の見破り方』(イーストプレス)には、その種の「偽善者」たちのわかりやすいサンプルが多数あるのでぜひ参照されたい。 「協力」関係がまずあって、それに対して相手側が最初に「裏切り」を選んでくるならば、こちらもそれに対して「裏切り」で応じるのが、長期的には「両者」とも最も得るものが大きくなる。これはゲーム理論でいう「しっぺ返し戦略」(オウム返し戦略)であり、最も協力関係を生み出しやすい戦略である(参照:渡辺隆裕『ゼミナール ゲーム理論入門』、ロバート・アクセルロッド『つきあい方の科学』)。 相手と同じことをするので、相手側は「裏切り」をやめて、「協力」を表明すれば、こちらもそれに応じて「協力」することになる。間違っても自分の方から「協力」を持ち出すべきではない。そうすれば、再び協力関係が構築できず、日韓の関係は不安定になり、両国が損失を被る。 特に、現在の東アジア情勢のように、一寸先には何が起こるかわからない不安定要素な状況では、最初から長期的な予想を積み上げていくことは困難である。場に合わせて対応していく手法を磨いていくことが望ましい。会談前に握手する(左から)韓国の鄭景斗国防相、シャナハン米国防長官代行、岩屋防衛相=2019年6月2日、シンガポール(共同) 完全に将来を合理的に予測するのではなく、その場その場の情報を元に戦略を組み上げていく「限定的合理性」を前提にした政治や安全保障の戦略が大切になる。つまり、「しっぺ返し戦略」は、限定合理性の観点からも望ましい戦略なのである。 今回は、韓国側が裏切ったのだから、岩屋氏は「裏切り」、つまり非協力姿勢を採用するのが最も望ましい。たとえ甘言だとしても、自ら進んで「協力」を言い出すべきではないのだ。岩屋大臣の「愚かしさ」 だが、今回のシンガポールでの会議では、岩屋氏はむしろ積極的に、韓国国防相との非公式会談を行った。それどころか、その場でレーダー照射問題を棚上げし、記者団に対して「話し合って答えが出てくる状況ではない。未来志向の関係を作っていくために一歩踏み出したい」と発言した。 この岩屋氏の発言は、もちろん防衛関係者だけではなく、日韓の国民やメディアに間違ったシグナルを送ったことは間違いない。つまり、日本は「しっぺ返し戦略」を採用する能力も意志もない、というメッセージとなる。 これを聞けば、韓国側は「裏切り」行為を今後も続けていくだろう。もちろん、それは日韓の長期的な協力関係を不安定なままにするだけだ。 本当に愚かしい大臣としか言いようがない。ジャーナリストの門田隆将氏や経済評論家の上念司氏らは岩屋氏の罷免や退任を要求する趣旨の発言を会員制交流サイト(SNS)で表明した。 私も彼らと前後して同様の感想を書いた。別段、それはイデオロギー的な偏見ではない、上記で説明したようなゲーム理論からの省察である。 岩屋氏の姿勢は韓国に対してだけの話ではない。シンガポールでの中国の魏鳳和国防相との会談後、訪中の意向を改めて表明している。 尖閣諸島の周辺では、中国海警局の船舶による接続水域の航海が記録的な回数に上り、日本側に重圧を与えている。このような戦略を採用し続ける国に対して、岩屋氏の訪中の意欲は、韓国の場合と同様に、むしろ日中の関係を長期的に危ういものにするだろう。要するに、岩屋氏の「ニセの未来志向」は日本の国益を損ねるだけである。「アジア安全保障会議」に臨む韓国の鄭景斗国防相(左)と岩屋防衛相=2019年6月1日、シンガポール(共同) 安倍政権にとって、10月に控える消費税率10%引き上げと、岩屋防衛相は日本を誤らせる重荷でしかない。「一歩踏み出して」早めに辞めさせるべき人物である。■ 田母神俊雄手記「レーダー照射、韓国軍の実力では自衛隊と戦えない」■ レーダー照射「論点ずらし」は韓国の反転攻勢だ■ レーダー照射、韓国が日本に期待した「KY過ぎる甘え」

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    「首相はトランプの運転手」朝日の安倍批判がイケてない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 米国のトランプ大統領が5月25日から28日まで、3泊4日の日程で日本に滞在し、令和(れいわ)最初の国賓として精力的に過密スケジュールをこなした。天皇、皇后両陛下は、トランプ大統領と会見されたことで、新しい令和の時代における親善外交のスタートとなった。 また、安倍晋三首相との協議では、北朝鮮情勢や首相のイラン訪問といった外交問題や、2国間貿易交渉の事実上の先送りなどが話し合われた。中でも、北朝鮮の拉致問題に関して、被害に遭われている家族の人たちと2度目の面会をしたことが注目される。 日本では、トランプ批判を好む人たちが、人権を重視すると自称している「リベラル」に多い。しかし、トランプ大統領の拉致問題に対する関心は強く、また持続的なものといえる。 それは、北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との2度の首脳会談で、拉致問題を議題にしたことでもわかる。「人権」を振りかざすことはないが、そのアプローチは、口先だけの人権派とは異なる説得力を有する。 むしろ、日本の「自称リベラル派」の方が、意見の「多様性」を認めず、相手が自分にとって認められない反応を少しでもすれば、徹底的に排除していく姿勢を見せていないだろうか。政治学者で大和大講師の岩田温氏はこの現象を「偽善者」特有のものとして強く批判している(『偽善者の見破り方』イーストプレス)。 また岩田氏は、トランプ大統領と民主党政権時代の鳩山由紀夫元首相を比較している。トランプ大統領は、個人弁護士で元腹心のマイケル・コーエン被告が議会で証言した「(トランプ大統領は)人種差別主義者で、詐欺師で、ペテン師だ」という酷評を紹介した上で、岩田氏はむしろこの種のありがちな評価よりも北朝鮮外交におけるトランプ大統領の現実感覚を高く評価している。トランプ米大統領夫妻と宮殿・回廊を歩かれる天皇、皇后両陛下=2019年5月27日(代表撮影) 他方で、鳩山由紀夫氏に対する米紙ワシントン・ポストの「ルーピー(くるくるパー)」と辛辣(しんらつ)な評価との比較を行っている。つまり、注目すべきなのは、外交方針において、トランプ大統領はぶれておらず、鳩山元首相は米軍普天間基地の移設問題について、方針がぶれまくったために日米関係を危うくしたと岩田氏は指摘している。私もこの点に賛同する。蜜月を築いた「トリガー戦略」 そのトランプ政権の外交手法を分析すると、ゲーム理論でいう「トリガー戦略」に似ている。これは交渉相手が裏切れば、それを許さず、報復姿勢を持続的に採用するものだ。現在の中国や北朝鮮、イランに対する姿勢がこれに当てはまるといえるだろう。 このトリガー戦略に近いのが、「しっぺ返し戦略」だ。ただ、トリガー戦略ほど「強い」ものではなく、一度裏切られたら、そのたびに報復していく。それゆえ、トリガー戦略の方が長期的で安定的な協調関係を生み出しやすいといわれている。 北朝鮮に対しては、国連安全保障委員会の決議違反をしたことにより、米国の制裁は米朝首脳会談の進展にかかわらず、全くぶれていない。また、米国の姿勢に日本が完全に同調していることで、トランプ政権には、日本がトリガー戦略の心強いパートナーとして映るに違いない。 トランプ大統領と安倍首相との政治的「蜜月」には、このトリガー戦略の採用、あるいは軸がぶれない外交姿勢に裏付けられたものであるように思える。先ほどの拉致問題への関与はその一例であろう。 だからこそ安倍政権は、トランプ政権の拉致問題に対する理解を背景にして、金委員長との首脳会談を実現させ、拉致被害者の救済を完遂すべきだ。にもかかわらず、なぜか日本のマスコミは、この外交上の協調関係を低評価して、話題をつまらない方向に限定する傾向にある。 その典型が、今回の安倍首相とトランプ大統領に関する記事にも表れている。例えば、朝日新聞の霞クラブ(外務省担当記者クラブ)のツイッターは、千葉で行われた両首脳のゴルフの写真に対して、「とうとうトランプ大統領の運転手に」と低レベルな揶揄(やゆ)を書いていた。安倍晋三首相が運転するゴルフカートに乗り、笑顔を見せるトランプ米大統領=2019年5月、千葉県茂原市の茂原カントリー倶楽部(内閣広報室提供) その写真では、安倍首相がトランプ大統領を横に乗せて、ゴルフカートを運転していたからだ。だが、インターネットのいい所は、このような低レベルな書き込みに対して、米国で行われた両首脳のゴルフでは、トランプ大統領の方が運転していたと写真を添えて即座に反論できる点にある。マシな報道はないのか まさに、朝日新聞の中身のない「反権力」姿勢や、「安倍嫌い」「トランプ嫌い」の軽薄さを示す出来事であった。当たり前だが、ゴルフをともにすることは、その場が率直な意見交換の場になり得るし、また対外的に「親密さ」をアピールする場にもなる。 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権のように、本来なら日米とともに北朝鮮に対峙(たいじ)しなければいけないのに、まるで北朝鮮側のエージェントのようにふるまう政権には、日米の「親密さ」が強い政治的メッセージになる。もちろん、北朝鮮や中国に対しても同様だ。 さらに、両首脳の大相撲観戦に関する毎日新聞や朝日新聞の記事もおかしなものだった。前者は、トランプ大統領が拍手もせずに腕組みしていたことを不思議がる記事だったし、後者は大統領の観戦態度に「違和感」があるとするものだった。 一方で、日本経済新聞はさすがにスポーツ記事が面白いだけあり、両紙に比べると客観的に報じていた。「首相に軍配について聞くなど説明を聞きながら熱心に観戦した」とした上で、優勝した朝乃山に笑顔で米国大統領杯を渡すトランプ大統領の写真を掲載していた。 反権力や安倍・トランプ両政権への批判を止めることはしないが、それにしても、もっとましな報道はないのだろうか。嘉悦大教授の高橋洋一氏は、次のように日本のマスコミの低レベルぶりを批判している。 イデオロギーで考える文系の記者は、ロジカルな世界である科学や経済を理解するのは難しいから、そういう記者は、科学や経済の報道に携わらないほうがいい。スポーツなどを担当するといいのかもしれない(笑)『「文系バカ」が、日本をダメにする』(ワック)2019年5月、大相撲夏場所千秋楽を升席で観戦する(上左から)安倍首相、トランプ米大統領、メラニア夫人、昭恵夫人(代表撮影) だが、今回のゴルフと大相撲に関する記事やコメントを読むと、スポーツ関係でも客観性について怪しいと言わざるをえないのである。■ 朝日新聞の次なる標的は「アイヌ侵略」で間違いない■ 「ヤフーニュース一人勝ち」紙メディアよ、死を迎える前に現実を見ろ■ 記事大坂なおみの国籍で「政権倒れる」毎日新聞記者のあきれた論理

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    見かけの「プラス成長で消費増税」にかき消されるリーマン級の足音

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 経済界だけではなく、政界でも注目を集めた2019年1~3月期の国内総生産(GDP)速報値が内閣府から発表された。事前では、民間エコノミストの多くがマイナス成長を予測する中で、発表された結果は意外にもプラス成長だった。 実質GDP成長率は0・5%、年率に換算すると2・1%となった。また、名目GDP成長率は0・8%(年率換算3・3%)であった。 両方の数値から計算され、総合的な物価動向を示すGDPデフレーター(季節調整済)はプラス幅(0・3%)であったが、他方で国内需要デフレーターだけ見ると、前期比マイナス0・1%に悪化している。 これに消費者物価指数の低迷も加えると、国内需要の落ち込みの危険なシグナルといっていい。実際に、今回のGDP速報も、プラス成長は見かけだけで、内容は厳しさを増す日本の経済状況を端的に表していた。 経済の大きさ、つまりGDPを決めるのは、国内消費や投資、政府の公的需要、そして純輸出だ。最後の純輸出は輸出から輸入を引いた値のことだ。 今回の速報を分析すると、国内需要の弱さが顕在化している。特に、個人消費の前期比マイナス0・1%(年率換算マイナス0・3%)が、日本経済の低迷を強く印象付ける。消費は一度落ち込むとなかなか回復しない。消費の落ち込んだ要因としては、可処分所得と資産効果の両面でマイナス要因があったと考えられる。 前者であれば、昨年後半からの雇用者報酬の落ち込みが反映してきたとも考えられる。後者は株価の低下によるところがあるだろう。実質消費動向指数の動きを見ても、「アベノミクス」の始まりである2013年の終わりと、ほぼ同水準までに回復してきているが、今回のデータと合わせると不安定感は否めない。港で輸出を待つ自動車=川崎市 また、GDP成長率を押し上げたのが、民間需要よりもいわゆる公共事業の伸びと、そして純輸出の寄与だった。特に輸入がマイナス17・2%(年率換算)と顕著に減少し、輸出もマイナス9・4%(同)と減ったが、輸出から輸入を引き算するので、結果としてはプラスになる。 しかし、賢明な読者ならお分かりだろうが、これはいわゆる米中貿易戦争で輸出入がともに深刻な落ち込みを経験しているからに他ならない。輸出の大きな落ち込みは、国内の企業の投資活動にも影響していて、設備投資もマイナス0・3%(年率マイナス1・2%)に落ち込んだ。日本経済からの危険信号 公共事業の増加は、いわゆる東京五輪・パラリンピックの前年ということで、その効果が最も顕在化していると思われる。要するに、この数字も放っておけばやがて減衰するわけである。 特筆すべきは、輸入の急減であり、さかのぼればリーマンショック直後の2009年第2四半期以来となる大幅減少だ。まさに「リーマンショック級」の危機の足音が聞こえているのである。 輸入が弱いのは、すなわち国内需要の急減を示している。ところが、政権内部からは、茂木敏充経済再生相のように「内需の増加傾向は崩れていない。消費増税は予定通り行う」という発言が出ている。 今まで説明したように、内需の実体は悪い。そして、この傾向が今後さらに悪化してもおかしくないことを示している。 リーマンショック級の経済状況を、消費税によって自ら招く危機感を政権は抱くべきだ。だが、これは筆者がたまたま聞いた話だが、財務省の幹部は「すでに消費増税を前提とした予算が通過し、法案の縛りもあるのでいまさら増税の変更はない」と裏で発言しているようである。 財務官僚はどんなに国民に悪いことが起ころうとも、いったん決めたことを自然法則のように固執する。それを政治家たちやマスコミの一部も支持する。ある種の精神主義的な考えであり、日本を本当の意味で滅ぼす発想だろう。 消費増税について、安倍晋三首相の最終判断がどうなるかは、この原稿を書いている段階ではまだわからない。もちろん、経済統計だけで判断するわけではないことは自明だ。 安倍首相の念頭にあるのは、当たり前だが政治的権力の維持だ。それには、政権の維持可能性を高めることに尽きるわけで、間近に迫った参院選での「勝利」は前提の一つだろう。GDP速報値の発表を受け、記者会見する茂木経済再生相=2019年5月、内閣府 また、衆参同日選の足音もますます高まっている。この選挙での勝利、イコール政治的権力の維持が、安倍首相の「目的関数」である。つまり、消費増税するもしないも、この政治的目的のツールでしかない。 もちろん筆者は、国民の経済的厚生を第一に考えているので、首相の目的関数とは明白に異なる。多くの国民もまた自分たちの幸福こそが目的であろう。だが、ここでは安倍首相の政治的な目的関数を少し考えてみたい。2枚の政権維持カード 米中貿易戦争の長期化がほぼ決定的な中で、経済状況に明るさがあるようには思えない。政府や日銀などは国際政治の動きに楽観的だが、米中の関税による「報復ゲーム」はまだ拡大の余地が大きくある。それは貿易の縮小をさらに加速化させ、日本国内の貿易関連企業の株価を押し下げ、さらには株価全体の低迷を促して、消費の資産効果を低下させるだろう。 また、企業の設備投資もさらに減速する可能性が大きい。となると、政府・日銀は年後半の回復を予想しているが、それは非常に甘い判断だといえる。 この経済状況が低迷する中で、消費増税を実施するならば、政権の維持に大きくマイナスに働く。世論調査で、消費増税に反対する意見が多数を占めていることも勘案すべきだろう。 消費増税をするかしないかのカードに関して、国内政治の話題では有力だ。しかし、外交カードとしては、最近、安倍首相が熱意を示している金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長との「条件を付けない」首脳会談の実現というものがある。 この外交カードは、相手がいることなので不透明だが、実現したときの効果はかなり大きいだろう。また、6月の20カ国・地域(G20)首脳会議(サミット)開催国の議長としての短期的なイメージ向上もある。 単純化すれば、政権の維持可能性を高めるカードとして、消費増税と、拉致問題の解決を含めた外交カードの2枚がある。もちろん、筆者だけではなく、多くの国民のベストシナリオは、増税を凍結するとともに、外交の成果を上げることだろう。 だが、安倍首相の目的関数の中では、あくまでもこのカードは政権維持達成のためのツールでしかない。そうすると、どちらか一方の実現だけで政権維持の目的が達成されるならば、もう一方は断念することもあるだろう。 なぜなら、両方実現するには、もちろん政治的なコストが存在するからだ。政治的な利得とコストのバランスで、安倍首相の決断が下されることになるだろう。参院予算委で資料を読む安倍首相=2019年3月 その中で、今回のGDP速報はどんな意味を持つのだろうか。おそらく財務省の増税主義者たちに詭弁(きべん)の材料として使われるだろう。だからといって、この数字の見かけだけで、安倍首相が最終判断するとは思えない。 やはり、国民の厚生向上のために、増税凍結(延期)も拉致問題の解決も、ともに実現すべきなのである。■ 消費税率10%、安倍首相の決断で甦る「失われた3年」■ このままでは「消費税率35%」になる日がやってくる■ 黒田総裁はやっぱり日本経済の「どえらいリスク」だった

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    「金正恩に足元見られた」報ステが言うほど北朝鮮は単純じゃない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 北朝鮮を巡る動きが活発化している。5月9日に北朝鮮が発射した弾道ミサイルに対して、日米の当局者が国連安全保障理事会の制裁違反と断定した。一方、韓国政府はこの問題について「飛翔体」という解釈にこだわり、文在寅(ムン・ジェイン)政権の北朝鮮寄りのスタンスをまたもや露見している。 また、安倍晋三首相は、飛翔体が弾道ミサイルと断定される前(6日夜)に、記者からの質問に対して、「私自身が金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と条件を付けずに向き合わなければならない」と述べた。これは直前に行われたトランプ米大統領との電話会談などを受けての発言だと思われる。 この「条件を付けずに」という言葉が、なぜか日本のマスコミではひどく誤って解釈されているように思える。野党も、安倍首相の「変節」として批判を強めている。 マスコミの方の一例として挙げられるのが、テレビ朝日系『報道ステーション』5月9日放送分での、コメンテーターの後藤謙次氏による解釈だろう。後藤氏は2017年の衆院解散が北朝鮮の脅威をあおり、「圧力路線」の継続を問うものだったと指摘した。 その上で、安倍政権が北朝鮮外交に対して「トランプ頼み」であり、トランプ政権が「圧力路線」から「対話路線」に変更したことに伴い、首相も「対話路線」に変更したとする。そして、安倍政権の「対話路線」への転換が金委員長に足元を見られ、弾道ミサイルの発射につながったことは、場当たり的な外交のツケによるものだとしている。ジャーナリストの後藤謙次氏=2012年3月 この後藤氏の解釈には、「圧力」と「対話」を二極の選択肢とした上で、どちらか一方を採れば、他方を捨ててしまったような印象を与えているだろう。もちろん、それは正確ではない。 実際には、北朝鮮への対話の呼びかけは、あくまでも北朝鮮に対する圧力を前提に行っているものだ。また、韓国の文政権が、どう客観的に考えても信頼できる外交上のパートナーとはいえない中で、日米が北朝鮮問題について緊密な連携を取るのは当然である。外交と内政も二択ではない この「対話」か「圧力」か、という形で、問題を単純な構図に落としてしまう手法を、メディアの経済学では「あいまいさへの不寛容」として知られている。つまり、問題の解決策は一つか、せいぜい二つしかない。しかも、二つとも同時に追うような「複雑」なものはメディアでは好まれない。 0か1かの選択が視聴者に好まれるとした上で、それに安易にメディアが乗っかるのである。後藤氏の解釈は「あいまいさへの不寛容」の典型だろう。 もちろん、安倍政権の外交が満点だというわけではないが、そもそも外交は一種のゲーム論的な状況だ。あくまで相手の出方をうかがって、そこで合理的な戦略を採用していく。 ただし、自らも相手も、ともに合理的に行動したとしても、その解答が各国や世界情勢にとって最も望ましいものになるとはかぎらない。自国だけ「よかれ」と思って採用したことも、自国にとって最悪な結末に至ることも多い。 外交におけるゲーム論的な戦略では、なるべくプレーヤー同士が「対話」することが望ましい。意思疎通の経路は複数用意した方がいいのだ。 もちろん、最近の韓国政府が慰安婦問題や「元徴用工」問題などで裏切ったように、事実上の挑発をしてくる国もあるだろう。そのときは、連載で何度も主張しているように「しっぺ返し戦略」を採用することが最善だ。トランプ米大統領との電話会談を終え、取材に応じる安倍晋三首相=2019年5月、首相公邸(鴨川一也撮影) また、安倍政権の外交は、国内問題と切り離して考えるべきではないだろう。つまり、外交と内政もまた二択の問題ではない。それぞれを同時に考えていかなくてはいけない側面がある。 先日、筆者は嘉悦大の高橋洋一教授と対談した(月刊『WiLL』7月号掲載予定)。対談で、高橋氏は日本の経済学者の「文系バカ」ぶりを痛烈に批判し、政策的なセンスの欠如も問題視した。改憲実現のための政治的「コマ」 経済学者である筆者には耳の痛い話だが、高橋氏の痛烈な批判は傾聴に値する。その中で、高橋氏は消費増税について、実行か凍結かの「あるなし」を、この問題だけ孤立して考えてはいけない、と指摘していた。 問題には、さまざまな人間関係、複雑な政治的利得、政治的な直感といった人間臭いファクターや、そして国際要因も絡んでくる。特に最後の点で重要なのが、北朝鮮情勢である。 現状、安倍首相の政治的な目標は、憲法改正を実現することが可能な政治的勢力の達成である。より具体的にいえば、今夏の参院選での「勝利」だろう。最低でも、政権の維持であることは間違いない。 そのために利用できる政治的な「コマ」として、外交と消費税がある。外交はもちろん、拉致問題の解決を中核にした北朝鮮との交渉が最重要課題として存在する。 外交か消費税か、どちらか一つ、あるいは二つとも国民の支持を取り付けることができれば、それは安倍首相にとって有利に働く可能性が高い。言い方を変えれば、金委員長との首脳対談など外交上の成果を出し、世論の支持が高まる中で選挙に臨むことができれば、今秋に予定されている消費税率の10%引き上げもありうることになる。 一方で、外交で成果を挙げる中で、その成果を背景にすれば、消費増税の凍結をさらに打ち出しやすくなるともいえる。要するに、後藤氏のような「あいまいさへの不寛容」とは全く反対の、複雑な問題設定がある。5月4日、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が指導した火力打撃訓練の様子(朝鮮中央通信=共同) 選挙が迫っている中では、消費増税問題は、北朝鮮問題など外交政策の成否と切り離せない政治的な位置にあるのだ。しかも、選択の幅はまだかなりあり、こと消費増税に絞ってみても凍結の「あるなし」は、単純な経済指標だけ見て決まるような話ではない、と高橋氏はそう示唆していた。 これからの国内外の情勢は、さらに複雑化していくことは間違いない。ワイドショーのように単純な図式で見てはならないのである。■ 有権者をそそのかす報道ステーション「依存効果」の罠■ 金正恩「クーデター失脚」発言はなぜ黙殺されたか■ 高須クリニック院長が語る「報ステ」スポンサー降板の全真相

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    天皇陛下に上から目線の祝電を送った文在寅の「炎上外交」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 令和の時代を迎えた祝賀気分に水を差す国として、韓国が只今のところトップを走っている。多くの国が日本の新時代に祝福の言葉を贈る中で、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の祝電は、天皇陛下に対して「要請」を含めている点でも異例に思えた。 産経新聞の報道では、「上皇さまと同じように戦争の痛みを記憶しながら、平和へとしっかりした歩みをつないでいかれること」という、どう見ても「上から目線」的なものだった。外交儀礼上の表現としての妥当性は好事家に任せるとして、日本国民の多くには、この祝電はかなり失礼なものに思えただろう。 メディアによっては、韓国の「祝電」には「天皇」という表現があったことを挙げて、従来の韓国メディアが採用する「日王」ではないので、文政権に日韓関係改善の意思が見えるという解釈があるようだ。だが、もし本当にそうならば、「祝電」披露の瞬間に、日本国民の多くに傲慢(ごうまん)な姿勢と取られたことで、頓挫したといっていいのではないか。 これは文大統領だけの話だけではない。文喜相(ムン・ヒサン)韓国国会議長の「祝電」には、「どの口で言うか」と単純に驚かされた。「祝電」で、文議長は天皇陛下への訪韓を要請したからである。 文議長が米メディアのインタビューで、慰安婦問題に関連して譲位前の上皇陛下に「謝罪」を要求し、日韓関係のさらなる悪化に貢献したことを知らない人はいない。天皇陛下の訪韓で何を求めるのか、と文議長に詰問したい気持ちは誰しもあるだろう。 「ダブル文」をはじめとして、このような「感情」を扇動する政治手法には毎度呆れてしまう。ただ、ダブル文による「感情」を揺さぶる外交手法は、両者がコラボしている可能性すら感じる。「令和」を迎えた皇居・二重橋付近で中継をする海外メディア=2019年5月1日午前 発足から間もなく2年を迎える文政権は、経済失政や北朝鮮に肩入れしすぎて国際的に孤立を深める「外交手腕」など、国内外で追い込まれているように思える。事実、支持率も韓国ギャラップによる4月の世論調査で過去最低を記録し、最新でも不支持率の方が上回っている。 ただ、調査を分析すると、北朝鮮に肩入れしすぎる外交姿勢も、韓国国内では依然として人気が高い。また、日本への「感情」を揺さぶる手法も、国内的には手堅い支持を集めているようだ。北「肩入れ」の落とし穴 前者は、最新の調査でかなり低下したとはいえ、45%の手堅い支持があった。また後者は、韓国国内の「日本嫌い」を反映して、人気の政治手法といえる。 韓国国内の「日本嫌い」の一端は、人気アイドルグループ、TWICEの日本人メンバーであるサナが、インスタグラムで「平成生まれとして、平成が終わるのはどことなくさみしいけど、平成お疲れ様でした!!!」と投稿して、炎上したことからもわかる。日本人としての素直な感想だろうが、ほとんど揚げ足取りに近い批判から過去の日韓併合批判まで持ち出す誹謗(ひぼう)中傷の類いもあった。 もちろん、日本の中でも「韓国嫌い」は根深く、「お互い様」の側面はあるだろう。ただ、韓国の国家的な慶事に関して、日本で活動する韓国の芸能人が会員制交流サイト(SNS)上で感想を述べたところで、多くの日本人は特に何とも思わないだろう。この炎上騒動一つ取っても、韓国の現政権による「日本は無限に謝罪すべき」とでもいうべき姿勢がもたらした側面もある。 しかし、韓国の康京和(カン・ギョンファ)外相は「嫌日を国内政治の人気取りに利用している」という見方に反論している。日本の韓国通といわれる研究者による、「日本を特に重視していないから、『韓国が日本を煽っている』と批判するのはあたらない」という見解と似ている。 だが、重視していないから問題なのである。論点をずらすやり口は感心しない。 ところで、文政権の北朝鮮に対する外交的肩入れは、韓国左派の半島統一を願う気持ちが強いためだと考えられる。その姿勢を、多くの韓国国民も支持しているのだろう。板門店の韓国側で開かれた記念式典で上映された文在寅大統領の映像メッセージ=2019年4月27日(共同) だが、そこには重大な落とし穴がある。肝心の北朝鮮側が、文政権に代表される韓国左派の思いを受け入れる余地がないのだ。この点は、郵便学者の内藤陽介氏が、月刊誌『WiLL』6月号での筆者との対談で、次のように明快に解説している。 韓国の左派は、「朝鮮は一つであるべき」と考えていますが、北は「北朝鮮」という独立したアイデンティティを持っています。主張の強い両者が相容れることはない。「切手で読む金王朝 北は統一を望んでいない」田中秀臣・内藤陽介切手の「無言の意思」 実は、韓国も北朝鮮も、国家の「無言の意思」を切手発行という形で表現していることがある。韓国には文大統領と金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の首脳会談を記念した豪華な仕様の切手があるが、北朝鮮では、そのような豪華な切手は発行していない。 両国の温度差は切手からも明らかである。南北だけではなく、韓国は日本や米国との外交関係も遠のきつつある。特に、日韓はいわゆる自称「元徴用工」問題を契機に、緊張が高まっている。 筆者は、韓国最高裁の一連の判決や、また「元徴用工」原告側による裁判所への日本企業の資産売却申請などは、韓国政府の「元徴用工」側に対する補償政策の失敗が、そもそもの原因だと認識している。つまり、韓国国内の問題を、日本に付け替えているだけにすぎない。 康外相は、この点も「介入はしない」と言明していて、自国の政策の失敗を認めようとはしていない。日本政府がたび重ねて協議を求めていることについては、「今後の検討材料にする」というあいまいな姿勢でお茶を濁している。 だが、韓国政府のこのような態度は、日本政府にも責任がある。この連載でも繰り返し主張しているが、日韓の外交関係が長期的に安定するためには、相手がルール破り(日韓基本条約など)を犯したときには、「しっぺ返し戦略」を採用することが望ましいのである。 交渉の相手側は、自分がルールを破れば、相手はその都度、しっぺ返しをしてくることを予測して、ルール破りの自粛を選ぶ。このような「ゲーム理論」の基本をベースにして、日本政府は韓国政府に対して、報復措置を行う必要がある。北朝鮮で販売されている南北首脳会談を記念する切手シート=平壌(共同) その手段としては、既に多くの識者が具体的に提言している。関税、金融取引の制限、ビザ(査証)発行の厳格化などが挙げられている。ところが、日本の安易なリベラル系の人たちに多いが、この措置が「韓国嫌い」の感情に基づいたものや、日韓関係を損ねるものと映るようだ。 上述のように、「しっぺ返し戦略」は長期的な関係を破壊するのではなく、むしろ構築するためのものだ。しかも、対応としても合理的であり、好き嫌いのような感情とは無縁である。日本政府もいつまでも口で言うだけではなく、これらの対抗措置を実施すべきではないだろうか。■ 「戦犯企業ステッカー」韓国人も冷めた行き過ぎた民族主義■ 米朝に「田舎芝居」を打つ文在寅の安倍コンプレックス■ 「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる

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    平成最後の日に伝えたい「天皇の師」小泉信三の教え

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「平成」という時代が終わる。平成は経済が停滞したこと、そして日本が大規模な災害に直面したことでも記憶に残る時代となるだろう。個人的な思い出も含めて、一つの時代が終わることに、深い感慨を誰しも抱くに違いない。 平成の経済停滞と大規模災害を振り返るとき、参照すべき一人の人物を想起する。経済学者の小泉信三(1888~1966年)である。 小泉は、天皇陛下の皇太子時代に影響を与えた師として、今日では有名である。また、大正から昭和前半にかけて、経済学者だけではなく、文筆家としても著名であった。 慶応義塾大学では、教員として多くの逸材を育て、さらには塾長となって大学の発展に貢献した。昭和24(1949)年には東宮御教育常時参与を拝命し、皇太子の教育の責任を長く果たした。 小泉の貢献で注目すべきものは、「災害の経済学」という観点だ。日本でも、大規模災害に直面するごとに、経済活動が停滞し、人々の気持ちが沈み込むことなどで社会的にも「自粛」的な空気が流れることが多い。 もちろん、災害によって被災された方々に思いを寄せることは何よりも大切だ。同時に小泉は、大規模な災害のときこそ経済を回すことが重要であることを説いた。「みどりの式典」に出席された天皇、皇后両陛下=2019年4月26日、東京・永田町の憲政記念館(代表撮影) 小泉の直面した最初の国家的災害が、大正12(1923)年の関東大震災であった。死者・行方不明者10万5千人余り、日本の当時の国富の約6%を失い、また年々の国民所得でいえば約47%を失う大きな経済的被害も合わせてもたらした。 首都圏では多くの人たちが被災し、公園などで長期のバラック住まいを強いられた。また職を失い、生活の基盤を根こそぎにされた人も多かった。当時の政権の経済政策はデフレ志向の緊縮政策であり、そのことも災害の事後的な悪影響を人為的に拡大していくのに貢献した。「災害の経済学」は平時にあり 当時、小泉の自宅のあった鎌倉でも被害が広がっていた。辛うじて自宅の倒壊を免れた彼は、当時の復旧活動や鎌倉での罹災(りさい)共同避難所での活動を記録した。 小泉の記録では、官僚的で中央集権的ともいえる被災者へのずさんな対応に対する批判が記されている。一方で、現場の人たちのボランティア的活動を高く評価していた。 その中から、小泉が唱えたのが「災害の経済学」である。これは、直接には英経済学者アーサー・セシル・ピグーの経済学を応用し、それを小泉独自に発展させたものだ。特に、大規模な災害に直面した社会では、何よりも経済を回すことの重要性が唱えられていた。 被災地を支えるためには、災害の難を逃れた地域や人たちの経済活動が重要になる。もし被災しなかった人たちまでも経済活動が停滞してしまえば、それは被災地の支援にも大きなダメージを与える、というのが小泉の基本的な視座だった。 その上で、小泉は災害によってレジャーなど奢侈財(しゃしざい)への消費を自粛することもよくないと指摘した。これは、当時としてはかなり思い切った主張だろう。皇太子妃選びの中心的役割を担った小泉信三。若き日の皇太子さま(現在の天皇陛下)の「教育」に携わった 「自粛」という空気によって、スポーツや芸能、旅行などのレジャー消費が停滞することで、日本の経済全体を冷え込ませ、被災地を支えるべき経済まで損ねてしまう、というのが小泉の独創だった。それには、災害に遭った人たちに心を寄せることが大前提になることはいうまでもない。 また、小泉は関東大震災後、それまでにも増して文化的活動に傾斜していく。中でも、自らが名選手として知られたテニスをはじめ、スポーツに対する理解と賛助は大きかった。 小泉は、「災害の経済学」が、実は災害が起きていない「平時の経済学」でもあると説く。平和でも災害の下でも、人はスポーツなどのレジャーへの支出を重要視すべきだ、というのが小泉の主張である。「御成婚」へと至る道 一つの形として、テニスが文化的で創造的な消費だと、彼はとらえた。この小泉のテニスへの理解と啓蒙(けいもう)活動が、後に天皇、皇后両陛下が、軽井沢でのテニスを縁にした御成婚へと至る道を敷いたといえるのではないか。 小泉は陛下の皇太子時代にともに読書をし、さまざまな対話的教育の場を設けた。その貴重な記録は、『ジョオジ五世伝と帝室論』(1989年、文藝春秋)をはじめとする著作に残されている。 この著作には、陛下が理知的で、誠実で、およそ軽薄から遠い人物であることが、小泉の明晰(めいせき)な文章でつづられている。皇太子時代から今日まで、われわれ国民の広く知る人物像が、既にして若きころから育まれていたことがよく分かる。この本の中には、前述したテニスコート上の両陛下の出会いが描かれている。 昭和33年夏、軽井沢のテニスコートで、まだ独身であった両陛下が混合ダブルスで対戦し、皇后さまのチームが勝利したのを、小泉は目撃したという。このとき、陛下もまた小泉もその勝利した女性が、後に皇太子妃になることを想像もしていなかったと書いている。少し長いが、小泉の文章を引用しよう。 右のような次第から、このたびの御婚約を、テニスによって結ばれた御縁などといいそやすものがあれば、それはあまりに通俗的な想像であるが、しかし、何事にも慎重で、堅実な殿下が、その後も正田嬢をテニスコートで御覧になる機会を得られたことは、少なからず御判断を助けたことと思う。まことに幸せな次第である。『ジョオジ五世伝と帝室論』181ページ 小泉はお二人の今後の生活にも、その責務を担いながらも、どうかその間もお二人だけの楽しい時間をお持ちになるようにと、ここでも余暇(レジャー)の必要性を書いている。小泉の気持ちは若いお二人にも届く優しさであったろう。 御結婚の後は、義務の多い生活をお送りにならねばならず、お二人ともに十分にその御用意のあることを信ずるが、どうかその間にも、少しでも多くお二人だけの楽しい時をお持ちになっていただきたいと思う。お側(そば)の者も心しなければなるまい。『ジョオジ五世伝と帝室論』181ページ1958年12月、婚約内定後、東京都内でテニスを楽しまれる皇太子さまと正田美智子さん 「平成」から「令和(れいわ)」に元号が変わっても、われわれのさまざまなレジャーや文化活動をさらに発展させ、そしてさまざまな困難の前でも経済的に「自粛」することなく、経済活動をたくましくする。そして、困窮にある人たち、弱い立場に陥った人たちに、心でも経済でも寄り添うことが必要だろう。そのことを小泉の「災害の経済学」は教えてくれるのである。■新元号「令和」と「昭和」の知られざる共通点■「天皇はかくあるべし」上から目線の知識人が錯覚した陛下のお気持ち■もし父親なら小室圭さんに娘を託せるか、ましてや皇女である

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    NGT山口真帆卒業「秋元康よ、AKBを去れ」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ブラック企業の典型を見た。被害者を加害者扱いで追い出す社長。調子のいいときだけ名前を売り、都合が悪いと表に出てこないプロデューサー。社会的に批判されても、ほとぼりが冷めるまで問題のある事業を「内向き(ムラ)の理屈」で継続する。新潟市を拠点にするアイドルグループNGT48の運営を担うAKS社(吉成夏子社長)と、そしてAKB48グループ総合プロデューサーの秋元康氏の姿勢は、筆者にはこのように思えた。 さらに、取り巻きの「アイドル語り」と一部の芸能マスコミも同罪だ。この構造、財務省が主導する消費増税などの緊縮路線と似ている。 4月21日、NGT48のメンバー、山口真帆が101日ぶりに公演に登場し、公演終盤で同グループからの卒業を表明した。山口は昨年末、ファンを自称する若者たちから自宅マンションで暴行被害を受けた。NGT48の運営の対応に不信感を強めた山口は、1月8日に動画配信サービス「SHOWROOM」において、事件の経緯と運営への批判を語った。 ところが、NGT48の運営は沈黙を守っただけでなく、あろうことか山口を3周年記念公演の場で謝罪させるという暴挙に出た。結局、この問題は国際的にも大きく取り上げられ、さらに注目が集まった。暴行事件の被害者に、運営サイドが公衆の面前で謝罪させ、自らの責任には一切触れないという非道ともいえる姿勢は、社会的にも大きな批判を浴びた。 社会的な批判を受けて、AKSは3人の弁護士からなる第三者委員会を設置して事件の調査を行った。しかし、3月22日に調査報告を行ったAKSの松村匠取締役らの記者会見を視聴していた山口本人が、自身のツイッターでその報告書に書かれていない事件の核心について率直に告発したのである。この告発が記者会見と同じタイミングで行われたことも、強い社会的な関心を引き起こした。2019年4月21日、便箋につづったメッセージを読み上げる形で卒業を発表したNGT48の山口真帆(C)AKS 暴行事件を直接引き起こした若者たちの社会的責任が重大であるのは、言うまでもないことだ。不起訴処分であったから「無罪」というのは、法律的に結論付けられても、社会的な良識からはもちろん許されるべきことではない。 そしてこの問題の深層には、AKSという組織、その幹部たちの精神的な腐敗というものが強く関わっていることが、山口の告発からわかる。先ほどの「報告書に書かれていない事件の核心」とは、そのことを意味する。山口の告発を引用しよう。私は松村匠取締役に1月10日の謝罪を要求されました。私が謝罪を拒んだら、「山口が謝らないのであれば、同じチームのメンバーに生誕祭の手紙のように代読という形で山口の謝罪のコメントを読ませて謝らせる」と言われました。他のメンバーにそんなことさせられないから、私は謝りました。助長されたミスリード 前代未聞ともいえる暴行被害者の謝罪について、AKS幹部である松村氏の直接的な関与を訴えたのである。AKSの体質が極めて社会的な常識を逸脱することが、このツイートからも明白である。 既に、AKS側が山口とのコミュニケーションを取る努力を十分にしていない可能性も公にされていた。一方で、一部のアイドル語りの論者やマスコミの中には、山口の「思い込み」というミスリードを流す傾向も見られた。 これらも、山口への精神的重圧を生み出してきたことだろう。もちろんそのような報道について、事務所側は積極的に否定するどころか、放置したままである。それどころか、ミスリードをむしろ助長したのではないか、という疑いもある。山口のツイッターには、以下のように書かれていたからである。記者会見に出席している3人は、事件が起きてから、保護者説明会、スポンサー、メディア、県と市に、私や警察に事実関係を確認もせずに、私の思い込みのように虚偽の説明をしていました。なんで事件が起きてからも会社の方に傷つけられないといけないんでしょうか。 少なくとも、AKS側は山口への精神面のサポートを全くしていないか、していたとしても完全に失敗していることだけは明らかである。 21日の公演では、山口とともに、彼女の理解者と思われる菅原りこ、長谷川玲奈のメンバー2人も卒業を発表した。これが単なる卒業報告ではないことは自明である。彼女たち3人が同時に卒業表明することで、今回の問題の核心がNGT48の運営、そしてその主体であるAKSという組織固有のものであることを厳しく指摘したといっていいだろう。記者会見中に山口真帆のツイートを確認するAKSの松村匠取締役(左)ら=2019年3月22日午後、新潟市 問われているのは、暴行事件を引き起こした運営のセキュリティの甘さだけではない。その不誠実で、また社会常識から逸脱した振る舞いによって、AKSはその在り方を厳しく追及されるべきだと筆者は考えている。 何より、暴行被害者を事実上、自らの組織から追い出すとは度が過ぎている。しかも、このようなやり口は、1月の謝罪公演と全く同じ発想に基づいているのではないか。秋元氏の「沈黙」 つまり、AKSには「自らには大した落ち度もなく、むしろ問題はアイドル側にある」とでもいうべき、およそ常識外れの姿勢が見て取れる。今回の山口の卒業報告にもその点が明記されている。 事件のことを発信した際、社長には「不起訴になったイコール事件じゃないってことだ」って言われ、そして今は、「会社を攻撃する加害者だ」と言われていますが、ただ、仲間を守りたい健全なアイドル活動できる場所であってほしかっただけで、何をしても不問なこのグループに、もうここには、私がアイドルをできる場所でなくなってしました。 目をそらしてはいけない問題に対して、「そらせないなら辞めろ、新生NGT48を始められない」というのがこのグループの答えでした。 組織や企業の問題を告発した人間が、その組織から追いやられるというのは、ブラック企業の典型的な手法である。山口がこのような辛い心情に陥り、そしてNGT48を去ることは本当に残念で仕方がない。 またNGT48だけではなく、AKB48グループの総合プロデューサーである秋元康氏の「沈黙」も、非常に問題ではないか。秋元氏の言及は、社会的な批判が強まった1月14日にAKS側が開いた会見で、事件について「大変憂慮している」と松村氏が明かしたぐらいだ。 だが、社会的には、NGT48も他のAKBグループも「秋元康のAKB48」というイメージで見られていることは間違いない。そして彼は、NGT48が順調なうちは、このイメージを利用していたのではないだろうか。NGT48結成直後の2015年、当時の泉田裕彦新潟県知事との対談で、NGTを利用した地方創生について熱く語っていた。 上手くいくときには、AKB48の制作者として自身を売り出し、そして現在のような批判の強い時期には沈黙を続ける。これもまた社会的な常識とはかけ離れているように、筆者には思える。AKB48グループの総合プロデューサーを務める作詞家の秋元康氏 もし「事務所内部での仕事では、アイドルのマネジメントには関わっていない」というムラ的な発想を持ち出すのであれば、「秋元康のAKB48」という虚像で今まで得てきた「対価」を捨て去るべきだろう。率直にいえば、AKBグループから去るべきである、と筆者は思う。 2013年、筆者は『日本経済復活が引き起こすAKB48の終焉(しゅうえん)』(主婦の友社)を上梓した。その書籍では、景気変動と女子アイドルグループの盛衰を指摘した。その際に「予言」したのが、社会的なものとの対立がAKB48存亡の鍵を握ることであった。同著の一節を引用して結びたい。 社会とAKB48の世界は、相互にその関係を深めていき、AKB48も意識的に「社会を変える」位置についたと私は認識しています。その相互のコミットが強まれば強まるほど、AKB48ワールドと一般社会の緊張の度合いもまた強まっていかざるを得ないのです。■ NGT48山口真帆さんへの対応はここがマズかった■ AKBに「トドメ」を刺すのは韓国かもしれない■ 「劇場支配人は神様?」NGT事件で見えたアイドルビジネスの本音

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    「消費税26%発言」止まらない財務省の増税インフレ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 20カ国・地域(G20)の財務相・中央銀行総裁会議が、日本を議長国として米ワシントンで行われた。日本のメディアは、麻生太郎財務相が世界経済の減速を防ぐための「国際協調」を訴えたと報じた。 そして、それと同じ規模で大きく取り上げたのが、10月に予定している消費税率10%への引き上げを明言したことである。ほとんどのメディアは、麻生氏の「需要の変動を乗り越えるために十分の財政措置を講じる」との従来の政府見解を併せて伝えただけである。 世界経済の景気減速に対応するために増税を行うことが「国際協調」とは、明らかに矛盾しているが、それを指摘する日本のメディアはない。G20直前だったが、海外メディアであるウォール・ストリート・ジャーナルが消費増税を日本経済への「自傷行為」「アベノミクスの第二の矢を折る」と批判したのが目立っただけである。 日本のメディアは、麻生氏の発言をあかたも「国際公約」のように扱いかねない勢いである。このように、先進7カ国(G7)会合やG20などでは、官僚の「台本」に従って、増税路線を主に日本の記者向けに発言することで、「国際公約」化する動きがよくある。官僚の言うことをそのまま紙面に展開するしかない、日本の低レベルな経済報道は、その「国際公約」に何の考察も加えず掲載するだけである。 当たり前だが、もし世界経済の悪化を各国の「国際協調」で乗り切るならば、その対応は財政政策を拡大することであっても、増税で財政を緊縮することではない。 財務省とその「代理人」といえる政治家たちの狙いは、消費税10%の次は15%、いやそれ以上に引き上げることにある。財務省から「海外派遣」された官僚たちが国際通貨基金(IMF)などを通じて「日本はさらなる財政再建のために一段の増税が必要」と発信させる。そして国民が同意もしてないのに、いつの間にか増税が「国際公約」化するという手法が繰り返されてきた。2019年4月12日、ワシントンで開かれたG20財務相・中央銀行総裁会議の出席者(ゲッティ=共同) さらに、この勝手に生み出した「国際公約」を無視して増税しなければ、国債の信頼が揺らぐと、通信社や新聞を使って喧伝(けんでん)することも常套(じょうとう)手段なのである。経済的発想において何の能力もない政治家の大半もこの話を真顔で支持者や街頭演説で告知していく。財務省とメディアの悪質「タッグ」 外圧のようでいて、実は国内からの発信であることがキーポイントだ。まさに自作自演である。 IMFの財政緊縮主義はほとんど普遍であり、昨年話題になったIMFのリポートでは、バランスシート分析を利用して、米国や英国などの「隠れた負債」をあぶり出した。一方で、日本の負債規模が大きくても資産規模も大きく、純債務はほとんど無視できるほどの割合しか経済全体に占めていないことを公表してしまった。 これは財務省にとっても予想外のことだったろう。このリポート以後、日本では財政危機を理由にした消費増税の議論は下火になった。 代わって出てきたのが、社会保障財源としての消費増税である。これほど知的劣化の議論はない。 消費増税は低所得者に負担が重い。だが、簡単に言えば、社会保障は所得や資産の多い人から貧しい人にお金を「再分配」する仕組みだ。消費増税では、全く逆の動きになってしまう。 もちろん、税収の一部は幼児教育の実現や年金の維持などに使われるが、子供がいない中高年の低所得者からすれば、それは直接的に無縁の「再分配」になる。言ってみれば、消費増税は貧しい人からお金を取り上げ、その一部分だけ還元するというやり口である。当然経済格差は拡大していく。 悪質な税制だが、財務官僚たちにこれを押しとどめる動機はない。財務官僚の言いなりに近い政治家たちも同様だ。2019年4月、日本記者クラブで記者会見するOECDのグリア事務総長 G20での麻生氏の発言を「国際公約」として利用する財務省と日本のメディアの「タッグ」は、最近さらに加速している。4月に来日した経済協力開発機構(OECD)のグリア事務総長を日本記者クラブに招いたのは、その最たるものだ。グリア氏は15日の会見で、消費増税10%どころか、なんと26%までの引き上げが必要だと発言した。OECDも財務省の「植民地」 もちろん、この発言は日本経済新聞など国内メディアや海外通信社(ロイター、ただし日本人記者が執筆)で配信されるなど、大きく報じられた。これも「外圧」を利用した消費増税路線だろう。 そもそも、IMFはかなり昔から財務省の影響が色濃い。それに対して、OECDが財務省の「植民地」になったのは近年である。 財務省財務官だった玉木林太郎氏が、OECDの事務次長に就任したのが2011年で、民主党政権の財務省寄りの姿勢がここでも鮮明である。このOECDの財務省植民地化は、17年に玉木氏の後任事務次長に河野正道氏が任命されたことで、より強固なものになったといえる。 河野氏は金融庁出身が強調されているが、元々旧大蔵省の官僚であった。グリア事務総長の発言は、日本経済の財政状況や経済見通しを分析したOECDの対日経済審査報告書を元にしている。この対日経済審査報告書の内容は、おそらく事実上財務省の執筆ということになるだろう。これもまた自作自演である。 財務省の自作自演による「消費税26%発言」をそのまま日本のメディアが掲載する。ちなみに、筆者の知る限り、財務省の税率に対する「本音」は21世紀に入ってどんどんエスカレートしている。十数年前は、まだ15~18%が「本音」だった。財務省の「消費増税インフレ」はもはやとどまることを知らない。 このような官僚の病理を、そのまま伝える日本のメディアも情けない限りだ。おそらくテレビ局の報道でも今後、「世界経済の減速に備えた国際協調としての消費増税」だとか「人口減少が深刻だから、26%まで消費増税を引き上げる」だとかの、明らかな矛盾や常軌を逸した内容が、「国際公約」「国際機関の意見」などとして報道されていくだろう。まさに偏向報道である。 最近、一般社団法人「放送法遵守を求める視聴者の会」(百田尚樹代表理事)が、偏向報道に関する調査を実施したが、約7割の視聴者が「偏向報道はある」と回答している。現代のインターネットでは、IMFもOECDも財務省の植民地であることは広く知られている。東京・霞が関の三年坂に面した財務省の庁舎(ゲッティイメージズ) ネットの知恵を無視して、日本のメディアは財務省発の増税賛同報道をいつまで繰り返すのだろうか。彼らも、財務省やその取り巻き政治家たちと同様に「日本をダメにする寄生虫」といっていいだろう。■ 国民をカモにする「ブラック官庁」財務省はXマス暴落よりもヤバい■ このままでは「消費税率35%」になる日がやってくる■ 「超傲慢エリート」元官僚議員はなぜ量産されるのか

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    石破茂まで乗っかったキラーコンテンツ「安倍叩き理論」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「忖度(そんたく)」という呪文を唱えると、そこには事実がなくとも「安倍首相の関与」が現れる。これがいわゆる「モリカケ問題」の今に至る社会的背景だろう。学校法人「森友学園」(大阪市)、「加計学園」(岡山市)の一連の問題について、法的や道義的な意味でも、安倍晋三首相の関与は全くなかった。 ただ、「全くない」と言ったところで、ワイドショーなどの情報を鵜呑みのする人たちの「疑惑」は全く晴れないだろう。そう考えれば、これは既に政治や経済の問題ではなく、一種の社会心理学の話かもしれない。 そして、この種の「忖度」物語が、容易に生み出せることは自明でもある。なぜなら、安倍首相と何らかの関係のある人物が、「首相に忖度した」とただ言えば、直ちに「忖度物語」が生まれるからだ。この新しいバージョンが、辞任した塚田一郎国土交通副大臣の「忖度発言」である。 発言は、塚田氏が統一地方選の応援に訪れた北九州市内の集会で飛び出した。山口県下関市と北九州市を結ぶ関門新ルート(下関北九州道路)の国直轄調査への移行に関し、安倍首相と麻生太郎財務大臣の地元なので、塚田氏が国直轄のものに「首相や麻生氏が言えないので私が忖度した」という内容だった。 この「忖度」という言葉は、政治的にもマスコミにとっても「キラーコンテンツ」と化している。与党は「忖度」という言葉の利用が新たな「疑惑」を生み出さないかと極度に警戒し、野党やマスコミは「忖度」という言葉に政権批判の足掛かりを見いだそうとする。特にマスコミで目立つのは、朝日新聞、毎日新聞と関係が深い媒体だろう。 事実はどうでもいい。そこに「忖度」という言葉をめぐる狂騒が生まれれば、取りあえず「勝ち」である。 例えば、テレビ朝日のニュースではテロップに「忖度道路」という言葉が使われていた。この種のイメージ報道により、いかにも「忖度」があったかのような印象を視聴者にもたらすだろう。山口県下関市と北九州市を隔てる関門海峡(ゲッティイメージズ) では、実際に、国直轄の調査に引き上げたことに対して、塚田氏が本当に影響力を行使し、またそれが「忖度」だったのか。そもそも、「忖度」したからといってそれがどうして問題なのか、一切不問である。「政権批判」という傾きで、ひたすらイメージが優先されている。野党もマスコミも「忖度」優先 ところが、テレビ朝日のニュースをよく見ると、野党議員も道路建設の取り組みを加速すべきだとの質問趣旨書が出ていたという内容だった。実は、この下関北九州道路は、与野党問わずに地元の政治家や経済団体などが念願していたものだった。その要望書もインターネットで読むことができる。 まさか、野党や地元経済団体などもこぞって、安倍首相や麻生氏の政治的利益を実現するために、この下関北九州道路の推進を求めていたわけではないだろう。それに、地元自治体の調査に対して国費が出ていることが、何か法的に問題なのだろうか。 そのような事実の提起はどこからも行われていない。単に、塚田氏が「忖度」という言葉を唱えたからにすぎない。 もちろん、これは「疑惑」扱いなので、国会でまたもや時間が浪費されることになるだろう。そこでひょっとしたら何か「粗雑な話X(エックス)」というものが出てきたり、「官僚の落ち度Y(ワイ)」や、ユニークな政権批判をする「関係者Z(ゼット)」が出てくるかもしれない。ワイドショーなどのメディアもそれが「利益=視聴率」などに結び付く限り、放送し続けるだろう。 そして、野党はまともな政権奪取の政策もないので、批判のための批判を展開するかもしれない。もし、このように展開すれば、本当に愚かなことだ。 以前から指摘しているが、日本のマスコミが特に安倍政権批判として利用しているのが、「悪魔理論」の応用である。これは経済学者でハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ジェンセン教授が提唱した「ニュースの経済学」に基づく理論だ。 マスコミもその受け手側もともに、ニュースを情報獲得よりも、一種の娯楽消費ととらえている。娯楽には「わかりやすさ」が何よりも重要になる。「悪魔理論」は、社会的事件を善(天使)と悪(悪魔)の二項対立に分けて、ニュースを消費しやすくしてしまう。特に、政府は悪に認定されることが一般的である。記者会見で謝罪する塚田一郎国交副大臣=2019年4月5日 このような善悪の二項対立的な状況は、安倍政権が長期化する中で、マスコミの常套(じょうとう)手段として使われている。新元号の「令和(れいわ)」が発表された際、安倍首相の「成果」を否定するために、反安倍系のマスコミや識者たちがその落ち度を探すのに必死だったことは記憶に新しい。石破氏も乗っかる「悪魔理論」 その象徴が、自民党の石破茂元幹事長の「違和感がある。『令』の字の意味を国民が納得してもらえるよう説明する努力をすべきだ」という発言や、朝日新聞の「国民生活を最優先したものとは言い難い」とした社説だろう。 批判的精神はもちろんいいことだ。だが、その批判的精神も、最近では安倍批判ありきの「アベガー」ばかりだ。いかにも悪魔理論に安易に乗っかった現象とはいえないか。 筆者は、今回の塚田「忖度」発言が、またモリカケ的な話にならないことを願っている。単に政治資源の大きな無駄だからだ。 影響はそれだけに留まらない。今の日本経済は長期停滞からの回復期にある。本当に回復するかどうか、最近の経済情勢に加えて、10月実施予定の消費増税の行方に大きく左右される。 だが、長期停滞から脱出するのであれば、有効な手段となるのが、長期に策定したインフラ投資である。補正予算などの一時的な財政出動よりも、長期間の公的支出の方が停滞脱出に効果があることは、教科書的な常識だ。 実際に、中央大の浅田統一郎教授は「名目国民所得の動きは政府支出の合計の動きと非常にパラレルである。すなわち、政府支出が国民所得にプラスの影響を及ぼすというケインズの『乗数理論』がそれなりに機能している」と以前から主張している。政府支出の拡大と名目国民所得の拡大が一致しているのならば、当然に前者を持続的に拡大することは長期停滞からの脱出に有効である。それには、もちろん日本銀行の金融緩和政策が大前提となる。松江市で街頭演説する自民党の石破元幹事長=2019年4月4日 インフラ投資である下関北九州道路が地元経済への影響、災害時のバイパスとしての利用価値など、多基準による判断で今後検討されるべきだと思う。だが、それが冷静に認められる環境になるのかどうか。モリカケの狂騒を繰り返さないことを望みたい。■ 「加計ありき」で発狂するワイドショーの安倍叩きがヒドすぎる■ 石破茂さん、菅野完のインタビューまで受けてどうする■ 加計理事長にも「悪魔の証明」を求める愚劣な論調

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    外国人労働者と消費増税「令和元年」リスクの裏に官僚あり

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新しい元号が「令和(れいわ)」と発表された4月1日、日経平均株価は「ご祝儀相場」も手伝って、303円22銭高で終えた。 新元号の「意外性」は、おおむね好意的に国民に迎えられた。「ら」行で始まる文字、そして『万葉集』という国文学からの初引用など、新時代を迎える日本社会を象徴するものであろう。その新元号発表と同日に、経済的に重要な出来事があった。 一つは日銀の企業短期経済観測調査(短観)の発表である。この連載でも指摘してきたように、3月の短観では企業の景況感が急速に悪化してきていることを端的に示していた。 景況感を示す業況判断指数(DI)は、大企業製造業で6年3カ月ぶりの大幅な下げ幅となった。米中貿易戦争の影響で、企業が海外取引の縮小に伴って、設備投資を低下させた結果だろう。また、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)とトランプ政権の政策協調が上手くいっていないことも原因ではないだろうか。 いずれにせよ、日本経済の先行きに黄色ランプが点灯している。これが「危険信号」に転換してしまうのではないか、と筆者は懸念する。 その大きな契機は、もちろん、10月に予定されている消費税率の10%引き上げである。日本経済が脆弱(ぜいじゃく)性を増す中、どうして大規模な増税が行われるのか、合理的な説明が全くつかない。安倍晋三首相の最終決断がどのようになるか、極めて重大な局面を迎えることになる。 「経済的に重要な出来事」のもう一つが、改正出入国管理法の施行である。制度的な詳細は省くが、これは「単純労働」に従事する外国人労働者を年々増やしていく政策である。5年間で建設や農業、介護など14業種に、最大34万5150人の受け入れをするという。前週末比303円以上の上げ幅となった日経平均株価の終値を示す株価ボード=2019年4月1日、東京都中央区 現段階で、日本の外国人労働者数は約150万人にのぼる。特に、国内の経済状況が好転した2014年以降、その数を急速に拡大させ、毎年15~20%近くの伸び率を記録している。 外国人労働者の担い手は、技能実習生と留学生の資格外活動、または永住者・配偶者などの身分に基づく在留資格者など、あらゆる種別でその人数を拡大している。その中で、改正入管法が施行され、「単純労働」の受け入れに門戸を開いたわけである。筆者は単純労働の受け入れには反対であり、その主張は今も変わらない。まず「日本人ファースト」 反対の理由は、主に2点ある。一つは、外国人労働者を移入する前に日本人の労働者の働く環境を向上させることが急務であるからだ。 長く続く経済停滞の影響で、多くの日本国民が「賃金など報酬が不足している」と感じている。実際に、働き盛り世代である30代後半から40代の貯蓄不足は深刻である。 これは統計的な問題はあるにせよ、この世代の人たちの生涯年収が「失われた20年」の影響で抑制されてきたことの表れだと考えていいだだろう。何よりも、この世代の稼得所得をできるだけ向上させることが必要だ。 しかし、外国人労働者の増加は、受け入れ国である日本人労働者の賃金を低下させることにつながるだろう。他方で、外国人労働者の賃金は母国で働いていたときよりも向上する。 労働市場が完全に機能していると、外国人労働者のメリットが、日本人労働者のデメリットを上回る。だから国際的な経済厚生の観点からは望ましい、というのが、教科書的な説明である。 だが、上述の通り、外国人労働者を大幅に導入する前に、「日本人ファースト」で待遇改善を実現させる必要がある。では、日本人労働者も、外国人労働者と同じように待遇を改善できる可能性はあるのか。 実は、ここに二つ目の反対理由がある。実態としては既に書いたように、150万人ほどの外国人が現在日本で働いている。その人たちが賃金の引き下げ効果をもたらしているかどうかは実証すべき問題だろう。 10年ほど前の実証では、外国人労働者による賃金引き下げ効果はなかった。人手不足の加速を考えれば、最近でも、外国人労働者増加の影響で、賃金引き下げ効果があったとしても限定されているだろう。これは、毎年の最低賃金引き上げが、失業率増加をもたらしていないことと同じ理屈だ。出入国在留管理庁の看板除幕式を行った(左から)山下貴司法務相と佐々木聖子出入国在留管理庁長官=2019年4月1日(鴨川一也撮影) つまり、この人手不足は通説と違い、人口減少よりも取りあえずの景気拡大によってもたらされたものだ。完全失業率が低下し、就業者数が増加し、そして有効求人倍率も増加している。これらは14年の消費増税やその後の世界経済の不調で、一時期足踏みしたが、16年以降は再び改善している。 要するに、外国人労働者を受け入れても、日本人労働者との競合が避けられてきたのは、この景気拡大に依存しているということだ。だが、景気拡大に黄色信号が点滅している現在、さらなる消費増税を実施すれば、赤信号に転ずるのは言うまでもないだろう。健保「ただ乗り」問題 それほど、消費増税と外国人労働者の増加の組み合わせは、日本の雇用を大きく悪化させる可能性がある。安倍政権だけではなく、それを継承する政権が外国人労働者の受け入れを拡大させたまま、消費増税をはじめとする緊縮政策を行えば、日本社会の停滞や分断にさえ発展するだろう。 その可能性が否定できない現状では、筆者は外国人労働者の大幅な拡大に寄与する政策に反対し続ける。外国人労働者たちも、日本に来たところで、不景気による失職や悪化する雇用環境に直面すれば不幸なことだろう。まずは消費増税の凍結・撤回が何よりも優先される。 また、国民健康保険の制度設計にも問題がある。いわゆる外国人の国民健康保険の「ただ乗り」問題である。 現状の制度では、日本に3カ月滞在しただけで保険証をもらえる。さらに、被保険者の海外在住の扶養者にも健康保険が適用されてしまう。 問題の核心は、2012年まで在留1年未満では国民健康保険に加入できなかったのを、厚生労働省の官僚の判断だけで3カ月で加入を認めることに変更したことにある。類似制度を有する諸外国に比べても、「在留3カ月」は極めて短期間と言わざるをえない。保険証発行については、以前と同じように在留1年以上の条件に戻すべきだ。 また日本で働くと偽り、医療を受けることがそもそもの目的でやって来る不正受給者の存在も話題になっている。この不正受給問題については、月刊誌『Hanada』で経済評論家の上念司氏との対談で、安倍首相が次のように発言していた。安倍 もちろん健康保険の不正受給についても、これまでの事例を見ながら厳正に対処していきたいと思います。月刊『Hanada』2019年2月号「安倍総理×上念司 日本経済を語り尽くす」 おそらく、不正受給が起こる原因の一つは、あまりに短期の在留期間で国民健康保険に加入できることにある。安倍首相はまずはこの点を厚労省に変更させることが、上念氏への「約束」を履行するために重要だと思う。2018年11月、出入国管理法改正案が衆院で可決し、腕時計を見る安倍晋三首相(中央) 日本に来る外国人労働者に対し、母国にいる段階で民間の健康保険に加入することを、日本での就労の条件にすることも一案である。これはいくつかの国では実施されており、何ら珍しい政策ではない。 消費増税の裏には財務官僚、そして、国民健康保険の「ただ乗り」懸念の裏にも厚労官僚の存在がある。日本の官僚問題は新しい元号の世になっても変わらない「日本の病理」だ。■ 米朝決裂もアベガー 「日本軽視」韓国より重視すべき隣人■ 韓国よりも生ぬるい「ギャンブル依存症」対策で大丈夫か?■ 望月衣塑子記者に教えたい「硬骨のエコノミスト」の戒め

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    韓国経済を襲う「三つの衝撃波」はアベノミクスにも飛び火する

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 現在の日本経済を考える場合、参考になる三つの国がある。韓国、ベネズエラ、米国である。いずれの国の経済を考えるときも、キーとなるのは、財政政策と金融政策の「協調」である。 実際の経済政策の運用に100点満点はない。いずれも、その国の置かれた海外との関係や国内の政治状況、政策当事者たちの個性が影響し、理想的な経済政策が実現できるのはそう簡単ではない。 その中で、米国の経済政策は合格点をかなり上回る。トランプ大統領には、主に政治的な立場の違いやマスコミの取り上げ方により、日本でもリベラル層を中心に拒否反応が強い。そのため、大統領就任前後からトランプ政権の経済政策にも厳しい批判が多かった。 だが、現在の米国経済は直近の雇用動向に多少の不安(農業部門以外の就業者数増加の低迷)があるものの、半世紀ぶりとなる低失業率を維持している。これはトランプ政権の財政政策のスタンスが拡大基調にあることに加え、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策においてイエレン前議長時代の「成功の遺産」があったからだといえる。 そして、パウエル議長の機械的ともいえる利上げ路線を、トランプ大統領が事実上「政治介入」して押しとどめたことも大きな注目点だ。FRBは、現段階では機械的利上げから様子見に転換している。これは、国際的経済環境の悪化の前では、正しい財政と金融の協調といえる方向性だ。 日本では、消費増税路線を放棄していない安倍政権の財政政策のスタンスと、日本銀行による、「取りあえずなんとか合格点」の金融緩和政策の組み合わせで、上手く協調できていない。前者を40点とすれば、後者は60点だ。 平均すると50点で不合格というのが、「現時点」の筆者の判定である。その意味で、より点数の高い米国の経済政策は参考になる。トランプ米大統領(左)とパウエルFRB議長=2017年11月、ホワイトハウス(ロイター=共同) ベネズエラについては最近、この連載でも詳細に書いたので触れない。簡単にいえば、政府による極端な市場介入は経済を殺してしまう、ということをベネズエラ経済は示している。 さて、韓国経済はどうだろうか。実は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領の経済政策の失敗の影響で、深刻な状況にある。マンデル・フレミングの罠 その失敗とは、一つは、最低賃金引き上げによる失業率の悪化である。もう一つは、今後予想される貿易の急減による雇用のさらなる悪化予想である。 これらの背景にも、文政権の財政政策と金融政策の協調の失敗がある。その協調失敗のレベルは、日本よりも深刻である。 文政権では、金融政策について事実上緊縮スタンスを採っている。過度な自国通貨安と、それによる海外への資本流出を恐れるあまり、雇用悪化に対して積極的な金融緩和政策を採ることができないでいる。韓国の中央銀行がインフレ目標を引き下げて以来、雇用の悪化が続いているのは何よりの証拠である。 景気を刺激する両輪のうち、金融緩和を放棄する一方で、財政政策を拡大しても、景気刺激効果が限定的なのは、常識的にも分かるだろう。さらに経済学的にいえば、海外との取引がある中で、金融緩和をしないまま財政政策を行ってもその効果が著しく損なわれることは、いわゆる「マンデル・フレミング効果」として知られている。 韓国の経済失政の大きな要因は、この「マンデル・フレミングの罠」にはまっていることにある。 日本でも韓国と同様に、事実上一つの刺激策しか採用していない。しかし、日本の雇用状況は、今のところ大きく改善している。日韓経済の相違は、マンデル・フレミング効果から導き出されたもう一つの結論である。 海外との取引があるときに、財政政策「だけ」では効果がない。他方で金融緩和政策は景気刺激に効果がある。日本は、現状の財政政策に関して何もしていないに等しいが、他方で金融緩和を採用しているので、雇用改善が維持されている。 なぜなら、マンデル・フレミング効果が働いていて、金融緩和は雇用改善に効果が大きいからだ。これが韓国と日本の現状での決定的な違いだ。2019年2月、ソウルの韓国大統領府で開かれた会議で米朝首脳再会談の成功に期待感を示す文在寅大統領(聯合=共同) 文政権は2017年大統領選の際に、最低賃金の引き上げを「公約」に掲げて成立した。だが、公約通りに実施したその引き上げ幅はあまりにも過度であった。2018年には約16%も引き上げ、続く19年でも約11%引き上げる予定だ。 韓国の最低賃金は一律だ。日本は主に地域ごとに最低賃金が違うが、第2次安倍政権発足後は、だいたい平均すると毎年約2~3%引き上げている。韓国がかぶる「衝撃波」 日本の最低賃金引き上げは、生活保護との「逆転現象」を解消し、非正規雇用の人たちの所得安定にも必要な政策だ。と同時に、この3%程度の引き上げであれば、経済全体が拡大する中では無理なく吸収できるレベルでもある。 ところが、韓国ではそうなっていない。雇用統計を見れば、若年から中年までの労働者の雇用や非正規雇用で採用が減少し、悪影響を与えている。また、韓国の社会不安の根源ともいえる若年失業率は相変わらず2ケタ近くで高止まりしたままだ。 最低賃金の引き上げは、労働市場で「弱者」といえる若者や非正規雇用者に悪影響を及ぼす。韓国の失業率が4%台と、急速に悪化した背景には、明らかに文政権による最低賃金引き上げがある。 それでも、韓国経済の悪化はまだ始まったばかりだ。先ほどのマクロ経済政策の失敗や、最低賃金引き上げの失敗を、文政権が正すことをしていないことにある。 そして、今後顕在化するリスクもある。いわゆる「米中貿易戦争」による貿易悪化の影響が、まだ雇用に及んでいないと考えられるからだ。つまり、韓国の雇用情勢はさらに悪化する可能性がある。 韓国経済が、「輸出依存」体質なのは周知の事実である。その寄与度は、18年の経済成長率のほぼ半分にも該当する。 直近の貿易統計を見ると、主力である半導体などを中心に大きく落ち込み、対前年同月比で約6%減少した。この輸出減少は昨年末から継続している。 原因は、先述の米中貿易戦争や、英国をはじめとする欧州経済圏の不振、そしてロシア経済の景気減速など世界経済の取引規模縮小にある。そして、この輸出の落ち込みは、韓国の雇用状況にまだ反映されていないというのが大方の見方だ。韓国の首都ソウルの繁華街、明洞(ミョンドン)=2015年3月(三尾郁恵撮影) 要するに、海外発の雇用落ち込みが顕在化するのはこれからなのである。輸出の落ち込みは、韓国の国内企業の設備投資減少をもたらし、そして雇用減少に至る。 今後、韓国は「三つの衝撃波」をかぶることになる。「マクロ経済政策の失敗」「最低賃金引き上げの失敗」「輸出依存経済のリスク」である。韓国よりも深刻な輸入悪化 もちろん日本も、輸出の悪化は韓国と同じかそれ以上に深刻だ。世界経済の不安定性は日本経済にも確実に及んでいるのである。 例えば、財務省と内閣府が発表した2019年1~3月期の法人企業景気予測調査によると、2019年度の大企業の設備投資計画は前年度比1・1%増と、8・9%増であった1年前を大幅に下回っている。設備投資意欲の急速な減少は、雇用にも影響を与える。 アベノミクスがさまざまな問題を抱えながらも、「おおむね合格点」であると評価されてきたのは、雇用の改善が続いているからだ。最新のBSI(景況判断指数)を見ても大企業・中堅企業、中小企業ともに「人手不足感」は継続している。ただし、従業員数判断BSIの先行きを見てみると、急速に「人手不足感」が解消されていくのがわかる。  もし、この企業の見込み通りになれば、それは雇用停滞どころか、悪化にまで陥ってしまうだろう。その水準を分析すると、大企業では2015年度と同レベルにまで低下する。 2015年といえば、14年の消費増税の影響と世界経済不況が同時に生じたときである。14年の後半から16年にかけて雇用の改善スピードは落ち、失業率も3%台中盤で低迷した。最悪、この状況が現段階でも生じる恐れがある。 しかも、注意すべきは、あくまでも現段階の判断であることだ。今後、世界経済がより新たなリスクに直面する可能性もある。 例えば、英国の欧州連合(EU)離脱の先行きが一段と不透明になることで市場が混乱する可能性がある。米中貿易戦争の行方も不透明だ。2018年12月、経済財政諮問会議で消費税増税への対応を指示する安倍首相=首相官邸 雇用の先行きが急速に悪化していく中で、安倍政権は今のところ、10月に消費税率の10%引き上げを実施する予定を変えていない。それは、経済状況が大幅に改善していた2014年当初の状況とはまるで違う環境で、増税することを意味する。消費増税を行うことは、理性的な判断だとは全く思えない。 文政権の経済政策は「悲惨」としか言いようがない。だが、日本の経済政策にも同様の危うさがあることを、われわれは強く自覚する必要がある。■ 米朝決裂もアベガー 「日本軽視」韓国より重視すべき隣人■ 韓国よりも生ぬるい「ギャンブル依存症」対策で大丈夫か?■ 「#韓国人になりたい」インスタ女子はなぜ急増したのか

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    黒田総裁はやっぱり日本経済の「どえらいリスク」だった

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本経済の景気減速が顕著になる中で、10月に予定されている消費税率10%への引き上げに対する懸念が増している。他方で「消費増税応援団」の活動も活発化してきている。 その中で最大の主役の一人、日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁の消費増税「応援発言」がまたもや出てきた。日銀の岩田規久男前副総裁「告発の書」といえる『日銀日記』(筑摩書房)には、メインテーマとして前回2014年の消費増税の「主犯」黒田総裁への批判が取り上げられている。 これは14年の8%増税の実施前に、内閣府が13年に開催した消費増税の集中点検会合で、黒田総裁が「どえらいリスク」と発言した有名なエピソードに基づくものだ。消費増税を行うかどうかの重要なタイミングで、消費増税を先送りした場合の金利急騰を「どえらいことになって対応できないというリスク」だと指摘したのである。 要するに、黒田総裁は消費増税を先送りすると、国債が暴落し、財政危機が生じるという見方を披露したのである。この「どえらいリスク」論は、当時の政治的な文脈において相当な影響を及ぼした。 なぜなら、2013年はアベノミクスの効果が、日銀の大胆な金融緩和により、その効果がてきめんに表れていた時期だったからだ。つまり、アベノミクスの骨格を担う中心人物の「警鐘」が、安倍晋三首相の増税判断にも大きな影響を与えたと思われる。2017年3月、金融政策決定会合のため、日銀本店へ入る岩田規久男副総裁(当時、代表撮影) 当時、マスコミと経済学者やエコノミストの圧倒多数が、消費増税の影響は微々たるものであり、むしろ増税による財政危機の回避などで、やがて消費が回復するとさえ主張していた。それがいかにデタラメだったのか、日本で生活していれば自明であろう。 もちろん、事実を素直に受け取れない人たちは、なぜかアベノミクスの失敗、つまり金融緩和政策の失敗と問題をすり替える。実際には、消費増税の影響で金融緩和の効果が著しく減退したのである。意味不明な「日銀文学」 そんな前回の消費増税の悪しき主犯である黒田総裁が、3月15日の金融政策決定会合を受けた記者会見で、またもや消費増税を「援護射撃」し始めたのである。本当に露骨なほどである。黒田総裁が「所得と支出の好循環が続いていく従来のシナリオに変更はない」と強調することで、日銀の追加緩和に対する圧力をかわすためとの見方が強いとられている。 今回の会合の決定内容を読み解くと、国内外の景気の行方については「日銀文学」らしいどうでもいい表現の修正は見られるが、要するに、大枠で現状の「好循環」が続くというのが委員の過半の判断のようである。それを主導したのは、紛れもなく黒田総裁であろう。 現在の黒田総裁が恐れるシナリオは、「国内外の景気減速が鮮明」→「日銀が追加緩和」→「景気減速を懸念した消費増税回避の大合唱の出現」→「消費増税凍結」という動きだろう。消費増税するかどうかの「最終判断」を、まだ安倍首相はしていないからだ。 筆者は4月中に決断すると予想している。仮にこの予想が正しければ、この3月の決定会合では、ともかく追加緩和だけは避けたかったに違いない。 おそらく、日銀の中でも景気見通しで論争があったことだろう。それで日銀文学的には、今までのバラ色の「好循環」シナリオが、少しだけくすんだ色になった「好循環」シナリオに置き換わったに過ぎない。国内外ともに経済の見通しが「緩やかになった」などという表現がそれである。 何が「緩やか」なのかさっぱり分からない、まさに文学的な表現である。しかし、そんな日銀文学の攻防戦など国民にとってはどうでもいいことだ。むしろ、この段階での追加緩和を回避したことは、黒田総裁にとって「大成功」と言えるかもしれない。2019年2月、衆院予算委で答弁する日銀の黒田総裁。右端は安倍首相 次回の決定会合は4月下旬に行われる。この時までに安倍首相は、消費増税の最終判断をしている可能性が高い。もしまだ行っていないのであれば、日銀が追加緩和するか否かが、重要な判断材料になる。 いずれにせよ、消費増税の最大の戦犯である黒田総裁の発言と行動には、国民の注視と批判が必要である。中国政府の「代理人」 ところで、日本経済の今後の動向は実際にどうなるだろうか。これは一般の人でもかなりの精度で分かる方法がある。いわゆる「イワタ式景気予測方法」というものだ。これは岩田前副総裁が提唱した景気予測の手法である。 内閣府がホームページ上で公表しているコンポジット・インデックス(CI)という景気動向指数がある。このCIには景気の動きに先行して反応すると考えられる先行系列、景気の動きに合わせる一致系列、さらに景気の動きに遅れて反応する遅行系列の三つに分けられる。 CIは景気の強弱を定量的に計測しようというもので、いわば景気の勢い(景気拡張や景気後退の度合い)を伝えるものだ。例えば、今後世界経済の減速がどのくらい日本経済を悪化させるのか、その度合いを予測するのに使える。 「イワタ流景気予測法」は、このCIの先行系列の6カ月前・対比年率を景気予測で重視している。筆者も経済予測ではしばしば参照にしている。 黒田総裁や日銀の公式見解では、中国経済など世界経済は年後半から回復するという予測を行っている。しかしその根拠は、「中国政府がちゃんとやるだろう」という、楽観的というよりも、まるで中国政府の「代理人」のような予測に基づいているだけである。 そこで、イワタ式景気予測をしてみると、ここ半年余りのCIの先行系列の6カ月前・対比年率は以下の通りになる。例えば、2019年1月のイワタ式指数は、2019年1月のCIの先行系列と、その半年前の2018年7月のCIの先行系列との増減を計算したものである。 このイワタ式予測法では、昨年の後半から現在までの経済悪化が鮮明になっていることがわかる。この主因は二つある。一つはもちろん「米中貿易戦争」や、米連邦準備制度理事会(FRB)の金融引き締めスタンスが大きく影響している。もう一つは、インフレ目標を絶えず先送りしている日銀の金融政策によってもたらされているといえるだろう。 黒田総裁が追加緩和を拒否している背景には、彼の在籍していた財務省の「増税主義」に対する政治的な忖度(そんたく)があるのではないか。今や黒田総裁と財務省こそが、日本の「どえらいリスク」なのである。■ 消費増税「3度目延期」首相が描くシナリオと布石■ 「失われた20年」日銀無罪の論法はちゃんちゃらおかしい■ 消費税率10%、安倍首相の決断で甦る「失われた3年」

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    韓国の裏切りには最強の「しっぺ返し戦略」で応じるほかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 元朝鮮女子勤労挺身(ていしん)隊員らによる訴訟で、韓国大法院(最高裁)が三菱重工業に賠償を命じた確定判決を出したことを受け、原告側が同社の韓国内で保有する商標や特許権の差し押さえをソウル中央地裁に請求した。仮に、地裁が差し押さえを認めれば、新日鉄住金に続いて2社目になる。 また、報道によれば、原告側弁護団は、欧州でも同社の資産を差し押さえる検討に入ったとされる。昨年、徴用工問題でも同じく賠償判決が出ていて、資産差し押さえ請求の動きが続いている。 1965年の日韓請求権協定に反する韓国側の動きに対して、日本政府は当然協定を順守するように韓国側に外交ルートで要請しているが、全く反応がない。韓国びいきの論者には、日本を刺激しているのではなく、単に文在寅(ムン・ジェイン)政権が北朝鮮や中国に傾斜しているからだ、というおかしな理屈を持ち出す人もいる。いずれにせよ、日本と韓国の協調は崩れたままだ。 経済学には「ゲーム理論」という手法がある。ゲームといっても、将棋やチェスのような遊戯だけではない。現実の国家間の争いから私人間の戦略的な動きまで、幅広く分析する学問だ。この理論を応用することで、ノーベル経済学賞を受賞した学者も多い。 米国の政治学者、ロバート・アクセルロッドの『つきあい方の科学』(1984)は、このゲーム理論の中で興味深い分析を提示した。さまざまな戦略の中で最強の戦略が、いわゆる「しっぺ返し戦略」だというのである。 では、最強と言われる「しっぺ返し(Tit for Tat)戦略」とは、どのようなものだろうか。初め、二人のゲームのプレーヤーが協調しているとする。2回目からどんな手番を採用するかは、「協調」でも「裏切り」でも、相手と同じ出方を採ることが、最も両者にとって望ましいという戦略の在り方である。 例えば、日韓請求権協定の下で、日本と韓国は一応「協調」してきた。しかし、文政権が成立すると、韓国は「裏切り」を選んでしまった。それに対して、日本もまた「裏切り」を選ぶことは、長期的な利害を重視するならば最適な戦略となるのである。 政治的にはかなり「タカ派」のように思えるかもしれないが、現実の日韓関係を考察すると、この「しっぺ返し戦略」はかなり有効に機能するのではないだろうか。慰安婦問題で合意を見たはずの「最終的かつ不可逆的な解決」も、韓国側が完全に「裏切り」行為をしたことは言を俟たない。2019年2月、三菱重工本社を訪問した元徴用工訴訟の原告側代理人弁護士(右)ら(宮崎瑞穂撮影) おそらく、韓国政府は「歴史問題」を、国内政治の人気取りや、北朝鮮や中国との関係構築のカードとして、今後も使い続ける可能性が大きい。ならば、そのような「裏切り者」に対して、この「しっぺ返し戦略」を日本が採用する価値は一層高くなったはずだ。 実際、日本国内でも「しっぺ返し戦略」採用に向けての動きが出始めている。まだ、報道レベルだが、上記の差し押さえ請求を契機にして、韓国の多数の輸入品に対する関税引き上げを実施する対抗措置を、日本政府が検討しているという。裏切りへの「協調」こそ愚か さらに、一部の政治家や識者からは、韓国国民のビザ(査証)発給制限や韓国内における日本資産の引き上げなども指摘されている。いずれも日本側に経済的損失が出る可能性があるが、それでも長期的に日韓関係が安定化するなら帳尻は十分に合う。短期的にはタカ派の行動に見えても、長期の平和を望むための有効な方法なのである。 今こそ「しっぺ返し戦略」を採用する好機だと、筆者は思っている。国際的にも韓国政府の不公平な対日姿勢を積極的にアピールする必要がある。 日本を「歴史」の奴隷のように処する姿勢と、北朝鮮という独裁国家の「エージェント」と化した文政権のやり方を、併せて世界に告知する必要があるだろう。そのためには一定の予算化が必要だ。 もちろん、これは政治や経済的関係だけではない。安全保障面でも採用できる方法だ。 レーダー照射問題以降、防衛を巡る日韓関係も「しっぺ返し戦略」の観点から再考すべきである。今の岩屋毅防衛相や自衛隊の幹部には、なぜか韓国との防衛交流を急ぐ姿勢が強い。 だが、そのような韓国の「裏切り」に対する「協調」は、最も愚かしい戦略と言わざるを得ない。過去の韓国政府の出方を分析する限り、この戦略の甘さが、韓国軍も同様に「裏切り」を続ける土壌を生み出す背景にあるのではないか、と不安である。 「裏切り」の兆候は既に明らかであろう。7閣僚が交代した3月8日の文政権の内閣改造でよく分かる。 この改造では、対北朝鮮政策で慎重な姿勢をみせていたと評価される趙明均(チョ・ミョンギュン)統一相を事実上更迭し、代わりに北朝鮮への制裁解除を強く志向する金錬鉄(キム・ヨンチョル)氏を登用した。他の閣僚は、外交関係も安保関係も留任であり、いわば「北朝鮮傾斜」「日本軽視」の方針を引き続き採ることを内外に示したといえる。2018年5月、第6回日中韓ビジネス・サミットに臨む(左から)韓国の文在寅大統領、安倍晋三首相(斎藤良雄撮影) ベトナムの首都、ハノイで行われた米朝首脳会談に関して、文政権は「北のエージェント」外交を展開したが、会談決裂とともに失敗に終わった。もちろん、外交や安保関係の閣僚続投が、これらの政策の失敗を国内外に印象づけるのを避けるためという見方もできるだろう。いずれにせよ、日本に対する「裏切り」姿勢に今後も変化はないだろう。 それを助長しているのは、相手が「裏切り」行為をしても、愚者のように「協調」路線を堅持する、日本側の非合理的な姿勢にある。日本政府は、経済面での制裁、そして防衛協力の見直しをワンセットで韓国に提示し、「しっぺ返し」戦略への転換を急ぐべきである。

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    米朝決裂もアベガー 「日本軽視」韓国より重視すべき隣人

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 2月27、28日にハノイで行われた米朝首脳会談が決裂したことは、世界を驚かせた。筆者も驚きに変わりはなかったが、他方でこれは日本の国益にとっては良かったと理解している。 交渉決裂をめぐっては、米国側と北朝鮮側で異なる二つの主張が出てきている。トランプ大統領側は、北朝鮮が完全な非核化を拒否し、制裁の全面解除を求めてきたことが交渉決裂の原因だとした。 他方で、金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長側は、解除を求めたのはあくまでも民生分野の一部だと主張した。北朝鮮側は、国内で会談の「成果」を喧伝(けんでん)しているようだが、それは単なる体制のメンツを保つため以外のなにものでもない。 わざわざ国のトップが直接交渉をして、それで具体的な成果が上がらないのだから、どちらも都合のいいことを言わなければ政治的失点になる。そのため、両方の言い分を鵜呑みにはできない。 ただ、仮に交渉がまとまったとしても、それは具体的な中身に欠けるものだったろう。相変わらず、北朝鮮は寧辺(ニョンビョン)以外の核施設を利用して長距離核兵器の開発を進めただろうし、日本を射程に収める中距離核兵器の廃棄も全く進展しなかったろう。 もちろん、前回の米朝首脳会談後の展開を考えても、この2回目の首脳会談を契機にして、拉致被害者の救済が劇的に進展する可能性も低かったのではないか。この交渉がたとえまとまったとしても、日本はもちろん、米国にも具体的な成果などなかったろう。2019年2月27日、ハノイで会談に臨むトランプ米大統領(左)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(ロイター=共同) このことは以前から、筆者の出演するラジオ番組などで何度か指摘したことでもある。要するに、交渉がまとまっても日本の国益に資するものが見えない。「米朝融和」という国際的キャンペーンの中で、北朝鮮による日本への脅威と犯罪行為は続いたことだろう。韓国でも「アベガー」 私見では、北朝鮮が核開発を放棄するというのはフェイク(嘘)だ。そもそも寧辺以外の核施設を話題に出したのは、米国側からである。つまり、北朝鮮側は核開発の継続を隠していたことになる。合理的な交渉者ならば、トランプ氏でなくても交渉の席を立つだろう。 さて、今回の交渉決裂は、韓国の政治家たちの「本音」も暴いてくれた。韓国野党、民主平和党の鄭東泳(チョン・ドンヨン)代表は、自身のフェイスブックで「交渉決裂の裏で、安倍(晋三)首相の影がちらつく」と日本政府をいきなり批判したのである。 「安倍首相の影」がどのようなものか分からないが、よく日本でも見かける「何でもかんでも安倍首相の責任」という論法に似ている。それはともかく、韓国にとっては、文在寅(ムン・ジェイン)政権だろうが野党だろうが、この交渉決裂が大きな損失になるのは間違いない。 私見では、今回の交渉決裂により、北朝鮮は何の成果も挙げられなかったことで最大の失点を被った。そして、同じぐらいに政治的なダメージを受けたのは、文政権だろう。 昨年の米朝首脳会談後を見ても分かるように、韓国の北朝鮮への傾斜はさらに強まるばかりだった。制裁解除のアピールは、いくつものチャンネルを通じて喧伝していたし、実際に韓国の「制裁違反」が国際的にも問題化していた。 しかも、文氏は北朝鮮との連合国家構想を抱いているとされる。もしこんな構想が実現化すれば、日本に敵意を持ち、核兵器を所有する非民主的な国家を隣国に誕生させることになる。日本にとって極めて懸念すべき情勢になるだろう。2018年4月、「板門店宣言」に署名後、共同発表に臨む韓国の文在寅大統領(手前)と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長(韓国共同写真記者団撮影) 確かに、1回目の米朝首脳会談後から、文政権の「日本軽視」は今までになく際立っている。徴用工問題については、昨年10月の韓国大法院判決以降、日本政府からの対応要求を全く無視している。「単なる経費の無駄遣い」 レーダー照射問題についても、韓国側は嘘に嘘を重ねている。東アジアの防衛をともに担う意志が極めて低下していると判断できる。 2日に発表された、朝鮮半島有事を想定し、毎年春に行ってきた米韓の大規模軍事演習の終了も、このような韓国の「北朝鮮化」を確認した上での米国側の判断だろう。トランプ氏ではないが、共同して北朝鮮に抗する意欲のない国との合同演習など「単なる経費の無駄遣い」でしかない。 ただ、韓国側の北朝鮮への傾斜は、今回の米朝の交渉決裂で大きく歯止めがかかるだろう。それは日本にとっては有利な材料になる。 そこで、日本は東アジアの安全保障を考える上で、台湾との関係を再考すべきではないだろうか。台湾の蔡英文総統は、安全保障問題に関する日本政府との対話要請と、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加意欲を産経新聞のインタビューで示した。その報道の直後、蔡氏は自身のツイッターに、日本語と英語の双方でこのインタビューの要旨を熱心に何度も投稿していた。 もちろん、現在の日本と台湾に外交上の関係はない。日本の政治家たちは、保守も左翼も台湾の政治に冷淡な人たちが大半である。 しかし、この蔡氏の提案は、台湾が直面している中国からの脅威を前提にしてのものである。日本もまた尖閣諸島(沖縄県石垣市)問題において、安全保障上の深刻な脅威を中国に抱いている。しかも、先述したように、韓国の「北朝鮮化」が止まらないのであれば、地域的脅威はさらに増加するだろう。蔡氏の提案を、日本政府が積極的に検討する環境にあるのではないか。2019年1月、台湾の総統府で海外メディアと記者会見する蔡英文総統(共同) 台湾は日本と同じ民主主義の国である。経済や文化での交流も以前から深い結びつきがある。台湾からのメッセージを前向きに議論すべき時が巡ってきたと言えるだろう。■ 「親日清算」も政治ショー? 文在寅はいずれ「歴史の罪人」となる■ 北朝鮮非核化の主導権を虎視眈々と狙う文在寅「逆転シナリオ」■ 「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

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    物価上昇率250万%、ベネズエラ「超インフレ」より怖い反米思想

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 南米ベネズエラが国家的な危機に見舞われている。同国の独裁政権であるマドゥロ政権に対抗して、グアイド国会議長が暫定大統領の就任を表明し、米国や欧州各国がその地位を承認した。これを契機にして、マドゥロ政権に対するベネズエラ国民のデモがさらに活発化し、政権側の弾圧も厳しさを増している。 経済面を見ても、ベネズエラの苦境は深まっている。特に注目を集めているのは、ハイパーインフレーションの進行だ。 ハイパーインフレの厳密な定義はない。だが、前期比250万%を上回る水準で物価が高騰しているベネズエラは、誰が見てもハイパーインフレの典型例だろう。「IMF Data Mapper」により筆者作成 モノやサービスの値段が急騰しているということは、それと交換に使われる自国通貨(ボリバル・ソベラノ)の価値が激減していることと同じである。図はベネズエラのインフレ率の推移を描いたものだ(「IMF Data Mapper」により筆者作成)。国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」によると、やがて1千万%まで上昇すると推測されている。 ハイパーインフレのもたらす弊害は大きい。生活必需品を含めて、日々の暮らしが困ることは容易に想像できるだろう。 自国通貨が「紙切れ」同然のために、生活必需品を外国の通貨や物々交換で手に入れることが常態化する。当然、消費水準が抑制されてしまうので、経済活動は停滞する。失業者は増加し、世情も不安定化してしまうだろう。 現在のベネズエラの1人当たりの国内総生産(GDP)は、1ドル110円換算で年およそ34万円であり、日本の13分の1ほどである。インフレの加速が始まった2016年からは、ほぼ半減してまった。 失業率も急上昇しており、ハイパーインフレの出現とともに、2015年は7%台だったが、2018年は38%台まで上昇したと推定されている。若年雇用の失業率はおそらくこの倍以上だろう。日常的な感覚では、若い人は軍人や警察以外で働いている人を探すのが困難なレベルかもしれない。必然的に世情が不安定になる。 このハイパーインフレの原因は、簡単に言えば、マドゥロ政権の財政政策と金融政策といった政策の束(レジーム)の毀損(きそん)である。このレジームの失敗によって、国民の大半が、財政は放漫であり、金融はインフレ放任であることを固く信じている。2019年1月、ベネズエラの首都カラカスの精肉店。壁に掲げられた肉の価格は空欄になっていた(共同) 米国の研究者はさらに踏み込んで、「マドゥロ政権自体の維持不可能性が、このハイパーインフレの真因である」と主張している。つまり、政権瓦解(がかい)とそれに代わる新政権が国民に信頼されることが、ベネズエラの再生にとって不可欠だという見方だ。 もともと、ベネズエラは豊富な石油資源を活用することで、中南米でも富める国であった。半世紀前の生活水準は、当時の米国の8割ほどに迫っていて、事実上の「経済先進国」とも言えた。「為替レート」崩壊のワケ だが、他方で経済格差は深刻の度合いを深め、やがてそれは「反米」を唱えるチャベス前政権を生み出す原動力となった。取りあえず、米国の国際金融資本が石油で得た富を奪い、それが同国に貧困と格差を生み出したという、「チャベス流」にありがちなストーリーが生まれた。いわば、「『米国流』の新自由主義の犠牲者だった」というのが、チャベス前政権やそれを支援している世界の左派勢力による主流の見方であったのだろう。 そして、マドゥロ政権がハイパーインフレなどの経済的苦境に陥っているのは、主に米国などによる経済制裁が原因だという見方をする人たちもいる。だが、ハイパーインフレは本当に経済制裁が原因なのだろうか。 国際金融において「マンデルの三角形」という考え方がある。一国においては、「為替レートのコントロール」「資本移動の自由」「金融政策の自律化」のうち、同時に二つしか採用できないというものである。 この枠組みで考えると、ベネズエラ経済の現在が理解しやすくなる。簡単に言うと、マドゥロ政権は為替レートのコントロール、資本移動の自由の二つを採用している。これが今回のハイパーインフレを準備している。 チャベス前政権では、為替レートのコントロールを固定為替レート制で実現しようとした。これは同国の通貨を「割高」に維持するためのものだった。 ベネズエラの輸出は石油が大半を占め、国内経済もチャベス前政権から現在まで急速に原油依存体質を強めた産業構造になっている。自国の通貨高はベネズエラの現在の経済構造からいえば「生命線」だと、政権側が考えているのだろう。 為替レートのコントロールは、実際には政府とベネズエラの中央銀行が行うことになる。つまり、金融政策は為替レートのコントロールに使われることになり、国内の経済状況への対応には財政政策が割り当てられる。 チャベス前政権では、経済格差を根絶しようと、低所得層向けの社会保障の支出を急増させていった。他方で価格統制も行われ、自由な経済活動は損なわれていった。 また近年では、原油価格の国際的下落により、先述の産業構造上、ベネズエラ経済が急速に低迷した。膨張する支出と、経済悪化で縮減する政府収入の中で財政状況が悪化し、そのファイナンスをやがて中央銀行が発行するマネーそのもので行うようになる。つまり「財政ファイナンス」という手法である。これは中央銀行のマネタリーベース(資金供給量)の急増を生む。2019年1月、ベネズエラの首都カラカスで、同国の憲法を持ちながら話すマドゥロ大統領(ロイター=共同) これ以前「割高」に維持された為替レート制が、マドゥロ政権誕生の2013年以後、頻繁に引き下げられていったのは、このような国内事情による。ここまでの話を考えれば、米国などの経済制裁が一切関係ないことが分かる。 ハイパーインフレが出現する主因は、為替レートのコントロールを意図し、さらに財政支出の放漫な増大の結果、金融政策を失敗することに帰結したことによる。一見すると「マンデルの三角形」でいうと、今のベネズエラ経済は、変動為替レートと資本移動の自由の組み合わせのように思える。それは大きな間違いで、上記の事情から、金融政策の自律化を大きく損ねた状況になっているのだ。「反米」で失政隠し そうして、事実上「通貨安シンドローム」が反映されたことで、現在のハイパーインフレが出現している。その通貨安シンドロームはチャベス、マドゥロ両政権が採用した、左派的な財政拡大路線や、価格統制や最低賃金の引き上げによる民間経済の抑制、原油依存の産業構造への「転換」という政策の失敗によるものだ。 わかりやすくいえば、政府のツケを中央銀行がおカネを刷って、どんどん払ったために、自国通貨の価値が対外的に大きく下落せざるを得ないのである。このとき、金融政策はインフレを沈静化する役割を失っている。それが「金融政策の自律化がない」という意味だ。 反米や反新自由主義を唱える左派勢力には、ハイパーインフレは欧米の経済制裁の結果であり、生活必需品の不足によるものだという認識だろう。だが、生活必需品の不足もチャベス、マドゥロ両政権の左派的な政策が引き起こした高インフレ、ハイパーインフレの帰結である。 日本共産党は樹立当初のチャベス政権に対して、新自由主義に抗する反米政権という理由からも、その活動に期待を表明していた。最近は、マドゥロ政権の独裁ぶりへの批判に転じているが、日本共産党は「反米」「反新自由主義」にこだわる余り、チャベス、マドゥロ両政権の評価を首尾一貫したものとはしていない。前述したように、マドゥロ政権の混迷は、既にチャベス前政権の政策で準備されていたからだ。 また、経済評論家の上念司氏の指摘のように、日本の左派勢力が唱えるような「平和的な解決」を主張することは、ベネズエラ国民の生命を脅かし、実際に数多く奪っている状況のもとでは、独裁政権に利するものだと言っていい。 ちなみに、ここまで書くと、「安倍政権だって『財政ファイナンス』ではないか。日本銀行の信認が失われかねない」という皮相な見方が出てくると予想される。だが、日本の財政は「緊縮スタンス」で運用されてしまい、それが経済の安定化を成し遂げられない原因になっている。 むしろ、放漫財政に伴う経済悪化の心配よりも、緊縮財政による悪化の心配をすべき段階である。実際に、ベネズエラと大きく違い、今の日本のインフレ率は0%をわずかに出たぐらいだ。急激にインフレ率が加速する心配もない。 なぜなら、中央銀行が為替レートに振り回される状況ではなく、国内の経済状況を分析した上で2%のインフレ目標を採用し、運用しているからだ。急激なインフレが起きない仕組みが採用されているのである。2019年2月、国会で記者会見する共産党の志位委員長 もっとも、このインフレ目標を日銀が採用する前まで、日本ではベネズエラと逆に「円高シンドローム」という状況に置かれ、デフレ不況が続いていた。今思えば、情けない限りである。しかも、今秋に予定されている消費税率10%への引き上げは、日本の経済政策の失敗を再び引き起こしかねない。ベネズエラと同様に、日本でも経済政策が失敗すれば、また「失われた20年」に逆戻りしてしまうだろう。 ベネズエラとブラジルの国境では、援助物資を受け取ろうとした民衆に、政権側が発砲して死傷者が出た。郵便学者の内藤陽介氏が指摘するように、このような民衆への発砲は、およそ貧困層への共感をもとにして生まれた政治体制とは思えないものだ。 日本国内でも「反米」や「反新自由主義」というイデオロギーで、この独裁政権の振る舞いを、事実上肯定する人たちもいる。一方で、独裁政権も「反米」などの旗印で、自分たちの経済政策の失敗を隠そうとするだろう。そこに政治イデオロギーの持つ本当の恐ろしさがある。■ 消費増税廃止、マハティールにできて安倍首相にできない道理はない■ 「失われた20年」日銀無罪の論法はちゃんちゃらおかしい■ 消費税率10%、安倍首相の決断で甦る「失われた3年」

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    統計不正「官邸の圧力」追及、ならば辻元氏もあの疑惑に答えよ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 立憲民主党の辻元清美衆院議員は、同党の国会対策委員長の重責を担い、マスコミへの露出も多い政治家である。それだけではなく、客観的データがないのであくまで感想レベルだが、日本の政治家の中で、デマなどで最も誹謗(ひぼう)中傷されている議員の一人ではないか。 完全に対照的な政治的立場にいると目される自民党の杉田水脈(みお)衆院議員と、インターネット界隈では「両翼」といっていいかもしれない。ただし、2人を大きく超える安倍晋三首相という「別格」がいることも忘れてはならない。 辻元氏も自身に対するデマの多さは問題視していて、彼女の近著の題名『デマとデモクラシー』(イースト・プレス)はまさにその象徴だし、辻元氏のホームページにも同氏についての「10大デマ」についてきちんとした反論がある。 率直に言えば、ひどいデマが多すぎる。デマやフェイク(嘘)では、政治も政策も何もよくはならないことをぜひ理解してほしいと、その10大デマを見ていて思った。 デマや誹謗中傷はもってのほかだ。ただし、辻元氏に対するネット上での批判には理由がないわけではない。 今日の立憲民主党の国会運営における主軸であり、世間に向けての大きな論点は、今に至るも森友・加計学園問題である。最近では、これに厚生労働省の統計不正問題が加わった。 両方とも安倍首相本人の関与か、もしくは「首相官邸の圧力」があったことを、立憲民主党を中心とした野党は問題視している。先に結論を書けば、モリカケ問題もそうだったが、今回の統計不正問題も安倍首相の関与や圧力は事実としてない。2018年11月、パーティーであいさつする立憲民主党の辻元清美国対委員長(酒巻俊介撮影) 例えば、今統計調査のサンプル入れ替えが、官邸の「圧力」があったために行われ、それが賃金水準の「かさ上げ」に至ったとする見方がある。統計調査のサンプル入れ替えは、公開された委員会で審議され、そこで統計的手法の問題点なども議論されてきた。何の不透明性も、そこにはない。 いわばデマ、嘘の類いだ。だが、辻元氏らは、この問題を国会の貴重な時間をまさに「浪費」して、政治的な観点で政権批判を繰り返すことに大きな役割を果たしている。問われるべきは「ダブスタ」 一方ではデマを批判し、他方ではデマに加担しているともいえる、その「ダブルスタンダード」が問われているのではないだろうか。もちろん、辻元氏をデマで攻撃するのは全く悪質なことだけは再三注意を促したい。 このようなダブスタ的な政治姿勢に対する批判は理解できる。また、今後も辻元氏だけでなく、立憲民主党の国会運営や政策観については問題視すべきだと思っている。 ちなみに、辻元氏の経済政策観は、成長よりも再分配重視のものだ。辻元氏のホームページには、経済学者で法政大の水野和夫教授が、辻元氏本人の言葉を引いた形で応援メッセージを寄せている。 「何が何でも成長優先の安倍政権では、企業は収益を内部留保せざるをえない。働く人への還元こそが未来の安心と消費を生み、経済の好循環をつくる」 企業の内部留保を活用して、それを再分配して勤労者に還元する。辻元氏にどのような具体策があるかわからない。ただ、もし勤労者に企業から還元することで、経済の好循環を目指すならば、安倍政権の経済政策をさらに進化させて、大胆な金融緩和と積極的な財政政策で、さらに雇用を刺激し、賃金の上昇を高めていけばいいのではないか。 さらに、2012年の消費増税法案に辻元氏は賛成しているが、国会運営を担う立場から、今こそ消費増税の凍結か廃止法案を提起すべきではないだろうか。だが、どうも『デマとデモクラシー』での思想家の内田樹(たつる)氏との対談や、水野氏の推薦文などを見ていると、辻元氏の経済政策観は、全体のパイの大きさを一定にしたまま、そのパイを自分たちの政治的好みで切り分けるというものだ。2019年1月、与野党国対委員長会談に臨む自民党の森山裕氏(左)と立憲民主党の辻元清美氏 つまり、民主党政権時代の「実験」で、国民を悪夢、いや地獄に突き落とした政策観と変わりがない。反省なき旧民主党議員の典型であろう。 辻元氏にはデマではなく、今日、政治家として答えるべき二つの問題がある。一つは外国人からの献金問題である。筆者が辻元氏に聞きたいこと この点については、多くの識者が指摘しているように、辻元氏だけに発生する問題とはいえない。政治資金規正法では外国人からの献金を禁じている。 だが、どんな国会議員でも、現在の制度では、献金を日本人が行ったのか外国人が行ったのか分かりづらく、完全には防ぎようがない。そのため、辻元氏には、ぜひこの問題を率先して国会で審議する道をつくるべきだと思う。 だが、どうもその種の動きはない。あるのは、全く事実に基づかない「疑惑」だけに依存した「官邸の圧力」を審議しようとする「国会の浪費」である。 もう一つは、全日本建設運輸連帯労働組合関西地区生コン支部(関生支部)との政治的な関係である。一部報道にあるように、大阪市内の生コン製造会社でミキサー車の前に立ちふさがって業務を妨害したなどとして、威力業務妨害容疑で同支部執行委員長の武建一被告らが逮捕、起訴された事件である。この武被告と辻元氏との関係が特に注目されている。 『夕刊フジ』や『デイリー新潮』などで、両者の関係が政治献金などの繋がりを含めて問題視されている。この関係について、辻元氏は説明をする必要があるのではないか。 ちなみに、私が今回、あえて辻元氏の政治的姿勢や政策論の一部について取り上げたのは、この関生支部との関係が気になったからである。政治的立場は異なるが、筆者と同じリフレ政策を主張する立命館大の松尾匡(ただす)教授や、穏健な人柄で国際的にも著名なマルクス経済学者の東京大の伊藤誠名誉教授、そして大阪産業大の斉藤日出治名誉教授らが、この武被告の主導する「関生型労働運動」を代替的な経済モデルの一つとして評価していたからだ。2018年11月、自身のパーティーで出席者にあいさつする立憲民主党の辻元清美国対委員長(酒巻俊介撮影) 今回の論考を書くために、彼らの文献をはじめ、武被告の発言や著作を読んだ。また、労組に過度に期待する者は、今回の逮捕劇を「権力vs労組」でとらえていることも知った。だが、一般の国民は、今回の逮捕劇が罪の存否を含め、司法の場で裁かれるべきものだと考えているだろう。 辻元氏が、過去に支援を受けた組織の大規模な逮捕劇、さらには関生支部の活動を今どのように評価しているのか、筆者はその点を聞いてみたい。少なくとも、それを明らかにしないようでは、「辻元氏はずっと他者の疑惑には厳しく、自分には甘いダブルスタンダードである」という批判から逃れることはできないのではないか。■ 統計不正も実質賃金も「アベガー」蓮舫さんの妄執に為す術なし?■ 「昭和天皇は慰安婦戦犯」韓国の理屈に加勢した朝日とあの政治家■ 辻元さん、あなたに安倍総理と同じ「悪魔の証明」ができますか?

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    望月衣塑子記者に教えたい「硬骨のエコノミスト」の戒め

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者は、菅義偉(よしひで)官房長官の定例記者会見での自説を交えた長い質問で有名である。時には、質問というよりも自説の開陳とでもいうべきものがあり、それは事実確認の後に自社で記事にすればいいのではないか、と思うことがある。 SNS(会員制交流サイト)時代の現代では、各メディアの記者本人がツイッターで意見表明もしている。望月記者の発言もしばしば注目されるので、何も記者会見で「演説」しなくてもいいのではないか、と思うのだが。 いずれにせよ、記者クラブという閉鎖的なコミュニティーの一員が、その特権を活用して質問している。特権を持つ人たちは、その権利の行使が自分たちに当然に認められていると錯覚する場合がままある。 他方、インターネットメディアなどは申請しないと記者会見には参加できないし、その曜日も限られているという。望月記者が菅長官相手に「言論の自由」を謳歌(おうか)する一方で、そのための時間は既得権(いわば取材の不自由の行使)の産物ということになる。記者会見に参加できない多くの人は、望月記者に取材時間を奪われ、さらには筆者のようにその内容にげんなりしている人も無視できないほどいるだろう。 事実、大阪経済大学の黒坂真教授は、次のようにコメントしていて、筆者も同意する内容だった。 官房長官の記者会見は記者との公開討論会ではない。官房長官の見解を聞く場です。それを新聞は紙面で論評すれば良い。望月記者の質問は長すぎます。これを他社の記者もやったら、記者会見が毎日数時間かかる。官房長官は記者会見を廃止する。権利の要求には節度が必要です。黒坂真氏の2019年2月11日のツイート『女性セブン』に掲載された東京新聞の望月衣塑子記者=2017年11月 ただ、「節度」は価値判断なので、望月記者のファンには受け入れられないかもしれない。ところで、望月記者のツイッターを最近読んで、以下のコメントには同意できないものがあった。 統計不正 2015年1月のサンプル入れ替え後、実質賃金が下がった。それに激怒したのが菅義偉官房長官という。2017年2月に菅氏は、政府の統計改革推進会議の議長に就任。様々なGDPの嵩上げや統計不正は政治的圧力がなければ、起きえなかったのでは。望月衣塑子氏の2019年2月11日のツイート「モリカケ」でうま味? 要するに、望月記者は自社の記事を引用する形で、毎月勤労統計調査に関する「統計不正」問題を、安倍政権の政治的圧力によるものと、疑惑を表明したのである。だが、そもそも今言われている「統計不正」は、第2次安倍政権以前から十数年にわたって行われてきた「不正」である。これを安倍政権の圧力とするのは理解できない。 東京新聞の当該記事でも、「2004年ごろ厚生労働省が東京都の500人以上の事業所の抽出調査を始める」としている。望月記者は安倍政権の「疑惑」にご執心のようだが、むしろなぜこの統計不正が始まったか、そちらの事実の追及をすべきではないだろうか。 嘉悦大の高橋洋一教授や筆者も、この問題が起きてすぐに指摘したように、統計予算の緊縮によって人材の確保や育成に失敗している可能性が高い。すなわち、緊縮主義が「統計不正」の背景となる見方である。 この点が正しいかどうか、報道による追及が待たれるが、どうも多くのメディアは安倍政権の「政治的圧力論」が大好物である。おそらくこの数年続いている「モリカケ問題」でうま味を得ているのかもしれない。 さらに、望月記者だけではなく、反安倍を強く主張する野党やマスメディアでは、「実質賃金」だけを「疑惑」の対象として非常に強く打ち出している。特に強調しているのが、「実質賃金の変化率が2018年にマイナスに落ち込んだ」ことである。 しかし、安倍首相が国会でも答弁したように、安倍政権の経済政策は実質賃金の水準やその変化率をことさら目的にしてはいない。特に、実質賃金の変化率は、経済の状況(デフレを伴う停滞期、停滞からの脱出期、完全雇用が達成された後など)に応じて、それぞれ複雑な動きをすることが知られている。衆院予算委で答弁する厚労省の大西康之元政策統括官。手前右端は安倍首相=2019年2月12日 例えば、デフレを伴う経済低迷期の場合、実質賃金の水準も高い。なぜなら実質賃金は、名目賃金を物価水準で割ったものである。デフレで物価が低ければ、それに応じて実質賃金は上昇するからだ。 民主党政権の時代を今よりもはるかに良かったという主張を目にするが、その根拠として、実質賃金の水準やその変化率が高いことを挙げている人がいる。デフレは総需要が総供給に満たないときに起きていた。この場合、経済状況は「不況」である。他方で、実質賃金は高めになり、またデフレが継続するほどにその変化率も増加する。これでは「不況がいい」と言っているに等しいことになる。 他方で、経済低迷から脱出するときは、失業状態にあった人や働くことを諦めていた人たちが、雇用に参加することになる。失業率が低下すると同時に、就業者数も増加していく。実質賃金を強調「悪しき経済論者」 このとき、新規雇用された人たちは、新卒者や再雇用者のように給料の低い人たちが多いだろう。すると、平均賃金は低下する可能性が大きい。しかも同時に総需要が増加していけば、その過程で物価も上昇する。これらは実質賃金の水準を低下させるし、変化率も大きく低下するだろう。だが、この実質賃金の低下が雇用を回復させることにつながるので、国民の暮らしには大きくプラスに働くのである。 望月記者は、あたかも安倍政権が実質賃金の低下を強く懸念し、それが政治圧力に至ったという「疑惑」を抱いているようだ。そもそも、アベノミクスは実質賃金の水準を低下させ、またその変化率は場合によればマイナスでもかまわない、という形で経済を回復させる政策なのである。むしろ、実質賃金にいかなる状況でもこだわり続けるのは、望月記者らアベノミクスに批判的な人たちに見られる現象である。 もちろん、経済が完全雇用に達すれば、実質賃金の水準は向上していくだろう。それだけの話である。ちなみに、2013年以降の実質賃金の変化率(対前年同月比)と失業率の推移をグラフ化してみた。 実質賃金の変化率は、5人以上の事業所の現金給与総額のものであり、その従来の公表値と修正値の両方を提示している。また、よく話題に上る共通事業所での継続標本による実質賃金の変化率も似たような動きだ。グラフを見れば分かるように、安倍政権になって失業率は継続的に低下しているが、他方で実質賃金の変化率自体は大きく上下動している。このように、複雑な動きをしていることが分かれば十分である。 変化率の上下動は、先ほど説明したような、雇用の回復をもたらす実質賃金の「水準」自体の低下が寄与している場合もあるだろうし、物価水準の上昇や下降が寄与していることもある。さらには2014年では、消費増税の影響が特に顕著だったのかもしれない。要するに、変化率の方は複雑な動きをしているため、これだけを特段に重視することはあまり意味がないのである。 実は戦前でも、望月記者たちのように、経済停滞からの脱出期に実質賃金をことさら注目し、経済政策を批判した人たちが多くいた。それらの人たちが当時の政策議論を混乱させていたのである。日本を代表する保守リベラリストであり、優れたエコノミストであった石橋湛山は、1930年に起きた昭和恐慌に際して次のように記し、実質賃金をことさらに強調する「悪しき経済論者」を批判していた。1.不景気から好景気に転換する場合には労働者にしてもサラリーメンにしても、個々人の賃金俸給は用意に増加せぬ。だから従来継続して業を持ち、収入を得ている者からは、収入は殖えぬに拘らず物価だけが高くなると観察せられる。2.けれども斯様(かよう)な時期には、個々人の賃金は殖えずとも、少なくとも就業者は増加する。故に勤労階級全体としては収入が増える、購買力が増す。3.而(しこう)して斯様に大衆全体の購買力が増えばこそ、其個々人には幸不幸の差はあるが、一般物価(ここで問題の物価は、云うまでもなく生活用品の価格だ)の継起的騰貴も起り得るのである。『石橋湛山全集』第9巻454ページ だが、望月記者たちの「疑惑のインフレーション」を止めることはできないだろう。何年やっても、安倍政権の圧力など全く事実を見いだせなかったモリカケ騒動と同じ構図が生まれようとしている。石橋湛山元首相 石橋湛山も批判したような「トンデモ経済論」を背景に持った人たちが、政権批判のためにさらに経済政策の議論を混乱させていくのかもしれない。その不幸だけは避けなければいけない。■ 豪雨災害「クーラーデマ」を否定しない蓮舫議員もどうかしている■ 民進党、勘違いしてませんか? 蓮舫氏「二重国籍」は元凶ではない■ 「蓮舫降ろしの密約」内部崩壊した民進党が政権復帰するために

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    統計不正も実質賃金も「アベガー」蓮舫さんの妄執に為す術なし?

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 厚生労働省の毎月勤労統計を巡る不正問題に関して、ワイドショーなどでは相変わらず「低レベル」と言っていい報道が続いている。 毎月勤労統計の不正問題自体は、国の基幹統計と言われる賃金水準の実態を正確に捉えることを怠った問題であり、厚労省の官僚たちを法的に厳しく処罰すべき問題であろう。 また、厚労省が設置した「特別監察委員会」に関するずさんな対応については、これはデータ不正そのものを生み出した厚労省の「自己都合」で、国民の関心をないがしろにする行為として批判すべき問題である。ただし、どの程度のデータ不正かと言えば、報道や野党、そして一部の識者からは、安倍晋三政権批判の思惑が「ダダ漏れ」で、そのため過度に誇張されたものになっている。 筆者の周囲でも、ワイドショーから情報を仕入れた人が「統計不正は大変な問題ですね。安倍政権の責任は大きいですね」と尋ねてきた。そこで筆者は、統計の全数調査を怠ったことは重大な「犯罪」だが、抽出調査自体は統計的には適切に実施し、法規に従えば特に大きな問題ではないことを説明した。 その上で、安倍政権のはるか前から続いていた話が、安倍政権で発覚したに過ぎないことを指摘した。ついでに「ワイドショーなどを見て、その報道につられて、安倍政権が悪いように誤解する見識のない人が増えて、テレビに振り回されていて、かわいそうだ」と返したら、やはりご本人に思い当たることがあるのか、顔色を変えてにらまれてしまった。 この例でも分かるように、安倍政権の長期化に伴い、これまたテレビの影響で「長く続くからダメ」というような、事実に立脚しないイメージ批判が蔓延(まんえん)している。そのせいで、ワイドショーなどの報道を鵜呑みにする人たちや、何でもかんでも安倍政権のせいにする人たちを、私の周りから遠ざけてしまうことになった。ただでさえ「友達」が少ないから、安倍政権の長期化は困ったものである。2019年2月、厚生労働省が入る東京・霞が関の中央合同庁舎 統計調査不正を利用して、安倍政権の経済政策の成果を不当に貶(おとし)める発言も実に多い。別に安倍政権を特に持ち上げる必要はない。だが、安倍政権の経済政策が、雇用面で大きな成果を挙げたことは否定できない事実である。 マスコミや野党、反安倍的な識者には、この成果を否定したい思惑が広がっていて、それは事実の否定さえも伴っている。確かに、統計不正はいわば事実をないがしろにする行為だ。だが、批判している野党やワイドショーなどのマスコミがまさに雇用改善の事実をないがしろにしているとしたら、悲劇を超えて「喜劇」ですらある。蓮舫氏「事実誤認」のツイート 例えば、立憲民主党の蓮舫副代表はツイッター上で次のように述べている。 「アベノミクスの成果の根拠として、去年6月に前年比3・3%としていた賃金上昇率の伸び率が、実は1・4%だった。実質賃金の伸び率で比較すると、2%が実は0・6%と推計されました。昨年1月から11月の平均は、マイナス0・5ではないかと推計もされます。野党ヒアリングで厚労省はおおむね認める発言をしました」 まず、安倍首相自ら国会で説明している通り、アベノミクスはその成果の根拠としても、政策目的としても、実質賃金の伸び率を重視したことはない。蓮舫氏はこの点で事実誤認している。 さらに、前年比での実質賃金の伸び率がマイナスなのは、単に17年が18年よりも実質賃金の「水準」が高かったからである。しかも、アベノミクス期間中の賃金指数を、不正データと修正データとを比べると、むしろ上昇している。都合の悪いデータを隠すことは十分考えられるが、都合のいいデータを隠す意図は、さすがに政権側にはないと考えるのが常識的だ。 もちろん、強固な反安倍主義者の中には、それでも政権への「忖度(そんたく)」があった、と考える人がいるが、もはや事実を提示して納得できるようなレベルの人たちではないだろう。悪意か妄執か、あるいは頑なな政治イデオロギーの持ち主か、いずれにせよ経済学による説得では無理である。 またアベノミクスの開始当初から、なぜか蓮舫氏のように実質賃金とその伸び率を重視する人たちが多い。その多くが反安倍、反アベノミクス論者である。立憲民主党の蓮舫副代表兼参院幹事長=2018年5月(春名中撮影) だが、そもそもアベノミクス、その中核であるリフレ政策(デフレを脱却して低インフレ状態で経済を安定化させる政策)は、実質賃金の水準や伸び率の動きをただ上げればいいだけの政策のように、単純な見方はしていない。むしろ、長期停滞からの脱出局面(現時点)では、実質賃金の伸び率が低下することも不可避であると主張してきた。 リフレ政策が効果を与える停滞脱出期においては、実質賃金の切り下げが生じる。なぜなら、雇用が増加することで、新卒や中途採用、退職者の再雇用といった新たに採用された人たちの賃金は、既に長年働いている人たちの賃金よりも低いことが一般的だ。 すなわち、雇用される人数が増え、失業率が低下することは、同時に平均的な賃金を低下させることになる。これを「ニューカマー効果」という。あべこべな日本の「リベラル」 しかしニューカマー効果では、同時に失業率が改善し、雇用状況の改善(有効求人倍率改善、いわゆる「ブラック企業」の淘汰など)も実現していく。さらに、支払い名目賃金の総額も上昇していくだろう。そうして、経済全体の状況は大きく改善されていくのである。 実際、安倍政権ではこのニューカマー効果による実質賃金低下と、同時に失業率低下、有効求人倍率の上昇、賃金指数の増加、名目国内総生産(GDP)の増加などが見られる。さらに、雇用安定化の成果で、失職などに伴う経済的要因での自殺者数が激減し、不本意な形で就業しなくてはいけない非正規労働者の数も大きく減少した。これらは、単にアベノミクスによって雇用の量的な改善だけでなく、質的な改善も見られたことを証明している。 そして失業率が低下していくと、いわゆる「構造的失業」という状態に到達する。その過程で名目賃金の増加だけではなく、労働市場の逼迫(ひっぱく)の度合いに応じて、実質賃金も上昇していく。日本経済は、2014年4月の消費税率8%引き上げの悪影響がなければ、このプロセスが実現していた可能性が大きい。 このように蓮舫議員に代表されるような「実質賃金低下ガー(問題)」論者は、あまりにも問題を単純に捉えていると言わざるを得ない。実は、実質賃金の低下だけを問題視する人たちは、経済が常に完全雇用の水準にあると思い込んでいる新自由主義者的な人に多い。 新自由主義的な人からすれば、実質賃金の低下など、単に労働の生産性の低下を示すものでしかないからだ。蓮舫議員を含む立憲民主党や国民民主党などの多くの野党は、確か経済問題を適切な政府介入で是正していく「リベラル」のスタンスであるはずなのに、主張が新自由主義者風なのはなぜだろうか。 おそらく、野党議員の多くは経済政策のアドバイスを受ける相手を間違えているのであろう。例えば、立命館大の松尾匡(ただす)教授が最近、安倍政権の経済政策に対抗するリフレ政策的な政治キャンペーン「薔薇マークキャンペーン」を始めている。なんでも今度の参院選に立候補する議員に、反緊縮に賛同する候補者と対して「薔薇マーク」の認定を与えるというものだそうだ。2019年1月、毎月勤労統計の不正調査問題で、厚労省の職員らに質問する野党議員(奥) 認定候補が野党勢力だけかどうか定かではないが、筆者はこのキャンペーンが与野党の対立構図に乗った政治色の強いものだと考えている。リフレ政策はそういう政治的イデオロギーを超えるべきだと考えているので、この運動自体には賛成できない。 ただ、蓮舫氏のような反安倍主義者たちが、よりまともな経済政策を構築するには、松尾氏のアドバイスに対して、真剣に耳を傾けることを勧めたい。それが日本の政策議論の底上げにもつながるに違いないからだ。■ 豪雨災害「クーラーデマ」を否定しない蓮舫議員もどうかしている■ 民進党、勘違いしてませんか? 蓮舫氏「二重国籍」は元凶ではない■ 「蓮舫降ろしの密約」内部崩壊した民進党が政権復帰するために

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    「嵐」活動休止、彼らの成功支えた3つの「三位一体」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本を代表するアイドルグループ、嵐が2020年末での活動休止を電撃的に報告した。1月27日午後5時、ジャニーズ事務所の公式サイトで発表された彼らの決断は、ニュース速報となって世界を駆け巡った。 その日の夜に、大野智、櫻井翔、相葉雅紀、二宮和也、松本潤のメンバー5人そろっての記者会見が行われた。ただ、テレビの生中継もなく、インターネットでの動画配信なども厳しく制限されていて、彼らの所属しているジャニーズ事務所らしい「統制」ぶりではあった。それでも、世界中の嵐のファンには、彼らがなぜ活動休止を決断したのか、その理由が丁寧な言葉とともに伝わったに違いない。 2年近くも休止まで活動期間があるため、本稿で嵐の総括をするのは適当ではないように思う。おそらくこの2年間でも、嵐は日本のアイドル史に残る偉業をさらに作り続けることは間違いないからだ。 そこで、嵐のアイドルとしての特徴を改めて振り返ってみたい。筆者は2014年から15年にかけて、嵐の活動を経済学的な観点から解説したことがある。 以下ではそのときの分析を基に、嵐の活動を経済学的視点から次の4点に絞って解説する。「嵐の経済効果の推計」「嵐ファンの『みせびらかしの消費』」「嵐ファンの『年輪モデル』仮説」、そして最も重要な「嵐の成功を支える三つの『三位一体』」である。 最初の「経済効果」だが、1年間で彼ら5人はどのくらい稼ぎ出しているのだろうか。まず挙げられるのが、ライブ収益やグッズ販売、嵐ファンクラブの会費収入、CDやDVDなどの売り上げ、そしてCMやテレビなどメディアでの収益である。 いわゆる経済効果を考えるときは、単に売り上げだけでなく、どのくらい経費がかかったかを計算する必要がある。売り上げから費用を引いた「粗利」をもって経済効果とするのが正しい。2019年1月27日夜、グループ活動休止について記者会見する「嵐」の(左から)相葉雅紀、松本潤、大野智、櫻井翔、二宮和也 ただし、費用面のデータがないので、あくまで売り上げの推計でしかないことをお断りしておく。さらに嵐の運営本体の売り上げがもたらす経済的波及効果、例えば、嵐が出演したCMがどのくらい商品の売り上げに貢献したか、といった金額も対象外とさせていただいた。 それではライブ収益から見てみよう。音楽CDの売り上げが低下するという世界的な潮流において、ライブを中心にした収益モデルが音楽系のアーティストたちの基本になっている。当然、嵐もライブ活動に力を入れている。日本のオンリー1アイドル 2013年の日本国内でライブを行った音楽系アーティストの観客動員数ランキングで、嵐は約78万人で第4位だった(日本経済新聞社調べ)。その後も観客動員数は順調に増加し、音楽ライブ情報サービス「LiveFans」の独自集計によれば、2018年には国内3位の約89万人を動員したという。 嵐のチケットの平均価格は9000円(一般)で、ファンクラブ会員の値段は一般よりも低い8500円である。ここでは、会員価格を動員数に掛けると、ライブの売り上げは約76億円になる。 他のアイドルも同様だが、嵐はグッズ販売にも力を入れている。ライブ会場では、メダルブローチや嵐メンバーの写真、会場限定販売のパンフレット、うちわに色つき電球を仕込んだ「ファンライト」、Tシャツ、ポーチ、オリジナルUSBメモリなど、筆者が2014年に調べた段階でも多様だった。 最近でもその開発の動きはとどまることを知らない。特に昨年後半から行われているデビュー20周年記念ツアー「5×20」では、会場限定チャームが人気を呼んでいた。個人的には「ARASHIかるた」に興味をそそられる。 当然、多くのファンたちはその場でしか手に入らないグッズに殺到する。売り場の混み具合によって、開演時間まで左右される場合もあるほどだ。一般に業界の経験則では、ライブのチケット代金の7割程度をグッズ購入にあてるという。この経験則を適用すると、先の76億円の7割にあたる53億円がグッズ収入として推計できる。 そして何といっても、嵐のビジネスモデルの中核となるのが、ジャニーズの系列企業が運営するファンクラブの存在だ。現時点での入会金1000円、年会費4000円を元に、会費関連収入を推計しよう。 ファンクラブに入会すると、「プラチナチケット」と化している嵐のライブチケットを優先的に購入することができる。ただし、会員番号が現在で180万台であるため、会員であっても入手は難しい。だが、一般販売はさらに入手が絶望的に困難なので、嵐のコアなファン層はほとんどファンクラブに入っているものと推定される。 もちろん、180万人の会員全てが現存せず、「幽霊会員」も混じっていると考えられるので、少なく見積もってライブに来た延べ人数の90万人ほどが年会費を支払っているとしよう。これだけでも36億円の収入になる。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 世界的にCDの売り上げが低下していると先述したが、嵐の場合はその例外になっている。また、日本の他のアイドルと比べても、ユニークな立ち位置を確立している。 今のアイドル界でビジネスモデルの典型であるAKB48と比較してみよう。AKB48は、CDにさまざまなイベントの参加券や彼女たちの人気度を計る「総選挙」の投票券を付けている。簡単に言えば、熱心なファンには同じCDを複数枚購入するインセンティブが存在するわけだ。AKB48だけでなく、今のアイドルは同じメーン曲のCDを3~5パターン作成することが多い。人気支える「年輪モデル」 ところが、嵐の場合は、シングルでもアルバムでも通常盤と初回限定盤の2種類しかリリースしない。中には何枚も購入するファンもいるかもしれないが、AKB48のように、同じものを複数枚買わせる仕組みはないのである。 それにもかかわらず、売り上げはシングルでもアルバムでも60~70万枚台で、安定的に推移している。嵐のツアーを記録したDVDの売り上げも国内最高水準で、2017年の音楽ソフトの総売り上げは約109億円であった(オリコン調べ)。 ここまでの収益をざっと計算すると274億円になる。同様の推計をした2014年は260億円で、売り上げが拡大しているが、これが全貌ではない。嵐を利用したCM・広告料収入、書籍や雑誌収入、テレビなどメディアへの出演料などが残されているからだ。これらを全部含めると300億円をはるかに上回ることが予想される。重要なのは、この収益水準が、嵐がデビューしてから20年、成長することはあっても衰えないことに特徴がある。いったいその理由はなんだろうか。 嵐の魅力の一つに、彼らのライブの構成力がある。ムービングステージやトロッコ、リフトなどを先駆的に実験し、それは他のアーティストやアイドルたちにも影響を与えたほどだ。 彼らのライブを目の当たりにしたファンが、会員制交流サイト(SNS)でその魅力を拡散し、それを見た他の人たちが生で嵐のライブを見たいと思う。これを「みせびらかしの消費」といい、次は自分も見たいという誘惑を生み出す効果がある。それでも、ライブ構成力は、嵐の多彩な魅力の一部でしかない。 さらに発展する嵐の人気を支えるのが、ファンクラブを核にした「年輪モデル」だ。年輪モデルというのは、若いうちに嵐のファンになった人たちが、年を経てもほとんど抜け落ちることなくファンで居続ける。さらに、より若い層もファンとして取り込んでいき、あたかも木の年輪が形成されるように、時とともに巨大化していくモデルのことを指し、日本ではアニメやマンガ市場でも見受けられる。 このモデルを可能にしている要素の一つが「卒業のないアイドル」というものだ。本来、アイドルは男女問わず、若いときが人気のピークであり、20代前半を過ぎれば大概はアイドルとして終わる、というのが、1970年代から90年代ごろまでのイメージだった。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) ところが、ジャニーズ事務所の男性アイドルの多くは、中年になっても「アイドル」として活躍を続けた。メンバーの平均年齢が30代後半の嵐には、「先行モデル」として同じ事務所にSMAPやTOKIO、V6などがいた。つまり、年齢を重ねてもアイドルでいられるノウハウを、所属事務所が経験知として蓄積しているということが分かる。 だが、SMAPの「一時期の休止」(個人的に「解散」とは書きたくないのでメディアの通例に反してこう表現する)により、ジャニーズ事務所の運営に対して、厳しい批判が起きた。だが、今回の嵐の活動休止は、SMAPの一件とは無縁である。嵐の真の「強み」 筆者は休止に関して、メンバーの発言をそのまま真に受けることにしたい。それが彼らへのリスペクトともなるからだ。ただし、それとは別に、ジャニーズ事務所の運営に経済学的な意味で限界が来ていることを指摘しておきたい。 嵐の経済システムは、構造的にはジャニーズ事務所を中心にしたいくつのも分業化した関連企業によって支えられている。評論家の速水健朗氏は「ジャニーズのディズニー化」と形容したが、確かにジャニーズ系のアイドルの肖像権や原盤権の管理は徹底している。 事実、つい最近までネット上で嵐のメンバーの写真を見ることは極めて難しかった。今はかなり緩和されてきてはいるが、それでもK-POP勢に比べれば、管理はいまだに厳格すぎるといえる。 また、このような厳格な管理も同グループの多岐に分かれた企業群によって担われている。音楽著作権やファンクラブ運営、CM・広告制作、グッズ販売、コンサート主催、アイドルグループごとのコンテンツ管理などが挙げられる。 嵐の強みは、この嵐という「商品」を独占的に販売できるジャニーズの、企業集団としての力に大きく依存していたわけである。その力が、上記のように売り上げ拡大の基礎となるものだ。 このジャニーズ事務所の「独占力」が、業界やメディアに対して圧倒的な影響力を持つと同時に、批判の対象ともなってきた。肖像権などで緩い著作権を背景にしたK-POP勢が、BTS(防弾少年団)の国際的な展開につなげたこととは対照的に、ジャニーズ事務所のやり方はいかにも旧世代の遺物のようだ。だが、この事務所の時代からの「遅れ」をものともしない強みが、嵐にはある。2018年11月、公演する韓国の男性音楽グループ「BTS(防弾少年団)」のメンバーら=韓国・仁川(聯合=共同) その強みを一言でまとめるならば「三つの『三位一体』」だろう。国民的なアイドルとしての嵐には、次の三つの「三位一体」が備わっている。「テレビ×広告代理店×所属事務所=パブリシティーの『三位一体』」、「歌+ダンス×演技×バラエティー適応能力=コンテンツの『三位一体』」、そして「ライブ×テレビ×CD+DVD=媒体の『三位一体』」である。 この三つの三位一体を、メンバーが意識的にうまくコーディネートしているのが、嵐の強みである。つまり、アイドルではなく、彼ら自身が創造的な「総合監督」的な地位を獲得していることが、成功の大きなカギとなっているのである。 この強みを裏付けるように、今回の決断に至る過程においても、彼ら自身が長期間徹底的に話し合い、その後に事務所との交渉に移行したという。ファンや国民の声援を背景に、「作られるアイドル」ではなく「自らの人生を作るアイドル」、それこそが嵐の経済モデルである。■ 「義理と人情」日本的価値観を体現したSMAP解散劇■ 元SMAP3人のホンネに国民的アイドルの真髄を見た■ 韓国アイドル「BTS」が映すヘル朝鮮の現実

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    習近平独裁に痛撃、中国経済「大失速」が意味するもの

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国経済の大失速の可能性が高まっている。もちろん、その背後にあるのは「米中貿易戦争」だ。昨年12月の輸出は前年同月比で4・4%減、輸入は7・6%も減少した。中国の貿易のボリュームが金額面で大幅に減少したことは、現実の経済成長率の失速を予想させるものであった。 実際に、中国政府が21日に発表した2018年の国内総生産(GDP)の実質成長率は6・6%(17年は6・8%)となり、天安門事件翌年の1990年(3・9%増)以来28年ぶりの低水準となった。内容を見ても、昨年後半からの消費低迷が影響しているのは明らかで、輸入の減少とも整合的だろう。 高度成長から「低成長の時代」に移行することにより、中国の国民や企業の期待成長率もまた引き下げられていく。米中貿易戦争が、この期待成長率の押し下げをさらに加速させるだろう。 個々の事例を見ても、中国の新車販売が28年ぶりに前年を下回ったことが象徴的だろう。ただ、これは自動車取得税の減税措置が17年末で終了したことを受けた反動減という見方が通説だ。 いずれにせよ、消費者のマインドが冷え込んでいるところに、今後、米中貿易戦争の影響が到来する可能性が大きい。輸出も携帯電話の出荷数は前年比15・6%の大幅減少だった。華為技術(ファーウェイ)など中国の通信・携帯事業への国際的な制裁や規制が強まる中で、海外での中国ブランドを敬遠する動きも今後進展する可能性がある。 貿易面での不振や期待成長率の押し下げは、中国企業の在庫調整や、生産ラインの拠点見直し、そして雇用面のリストラなどを伴っていく。リストラは、消費や投資の低下をもたらし、それはまた一段と経済成長と雇用を悪化してしまうだろう。ただし、このような悪循環は、可能性を高めつつも、実際にはまだ始まっていない。2018年1月21日、配布された中国のGDP速報値の資料を受け取る報道陣(共同) 中国政府も「防戦」に必死なのだ。まず、中国人民銀行は預金準備率をこの1年で5回も引き下げるなど、金融緩和姿勢を強めている。 財政政策においても、個人所得税の減税を強め、さらに日本の消費税に相当する増値税の引き下げ予定も伝えられている。増値税は、日本の現行のものとは違う複雑な税制になっているので単純比較はできない。それでも、消費税率の引き下げを実施する姿勢だけは、日本政府も率先して真似をすべき政策だと思う。もちろん、他の政策で習うものはないことは言うまでもない。 中国政府のこの必死さの背景には、中国共産党の一党独裁制、さらには習近平主席の「永久」独裁制を死守するという動機がある。政治体制を死守するために、経済体制をまず防衛しなければいけないわけだ。資本移動の自由に消極的なワケ 米中貿易戦争は、経済面での「戦争」だけではなく、その中核は世界政治の覇権を巡るものだといっていい。もちろん、ノーベル経済学賞受賞者のポール・クルーグマン氏が指摘するように、米中貿易戦争の行方は、トランプ大統領の「個性」に大きく依存している。トランプ大統領の「壊れた家具がごちゃまぜに詰まった屋根裏部屋」(クルーグマン氏)のような頭脳の動き次第では、米中貿易戦争の不確実性が大きく高まるというのだ。 ただ、クルーグマン氏の評価は、トランプ大統領に厳しすぎる気がしている。今のところ、米中貿易戦争に関して、トランプ大統領がツイッター上で習主席にリップサービスを行う以外で、対中交渉で妥協しているシグナルは乏しい。 むしろ、中国側が最近提案したといわれる「2024年までに対米貿易赤字ゼロ」という数値目標も、米政権を満足させるものではないだろう。トランプ政権の中長期的な狙いは、国際的な資本移動の自由化や中国国内の大幅な規制緩和、欧米や日本企業からの技術のパクリを厳しく制限するための法整備とその実効性の担保であろう。これらはいずれも経済体制の変化だけではなく、中国の一党独裁制を痛撃する可能性を持つものだ。 この点を理解するためには、国際的な資本移動を今の中国が制限している理由を考察した方が分かりやすい。その見方が「マンデルの三角形」もしくは「国際金融のトリレンマ」というものだ。「国際間のおカネ(資本)の移動が自由であること」「為替レートの変化が激しくなく、一定の水準で安定化していること」「金融政策が経済成長や雇用の安定のために利用されること」、この三つのうち、同時には二つしか選択することができないことをいう。 現在の中国は為替レートの安定化(基本的に対ドル連動)と金融政策の自律性を採用し、資本移動の自由を制限している。ただし、完全な固定為替レート制ではない。中国が海外との取引を拡大すればするほど、中国の企業も海外企業も、物やサービスだけではなく、「おカネ」の取引の自由化を求めるようになる。それが先進国経済の基本的な進路でもある。 資本移動の自由が段階的に行われるようになると、対ドルに完全に連動することは困難になる。そのため、現在では、基準レートの上下である変動を許す「準固定為替レート制」になっている。 ただし、為替レートを中国政府がコントロールしたい動機は健在である。その背景には、習近平体制の権益があると以前から指摘されている。輸出企業やそれによって潤う人たちが、彼の体制を維持しているわけだ。 そのため、中国通貨である元が安い方が輸出には有利だ。つまり変動為替レート制への移行は、現在の政治体制を不安定化させかねない、という解釈だ。G20首脳会合の記念撮影に臨む中国の習近平国家主席(左)と米国のトランプ大統領=2018年11月30日、ブエノスアイレス(共同) また、国際的な資本移動の自由化に消極的な姿勢も、似た理屈で説明できそうだ。つまり、海外へのおカネの移動は制限されているが、人脈など既得権階級のコネに頼れば、海外へ資産を移動できるし、投資も可能になる。このような特権階級の「旨味」が、資本移動を自由化してしまうと消滅する。これもまた今の政治体制を不安定化してしまうだろう。 米国は今後、これらの中国政治と深く結ばれた経済的な既得権を破壊するところまで、貿易戦争を進めるだろうか。その鍵は、中国がどう変化していくかにある。■米中貿易戦争、トランプ流は「ニセモノ大国」の市場開放を遅らせる■中国を狙い撃ち「トランプ貿易戦争」の本気度■2049年「習近平の夢」は96歳で完成する

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    「日本を奴隷扱い」文在寅の外交ゲームを攻略するベスト戦術

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 10日に行われた韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領の年頭会見に関する報道に接したとき、筆者は驚きを禁じ得なかった。いわゆる徴用工問題をめぐり、「日本は不満があってもどうしようもない」との理由で、日本に歴史を考慮し、慎重な姿勢を要求したからである。 文大統領の日本への言及はごく一部分であった。そこで、識者の中には、文政権は日本を中国や米国ほどには重視していない、今回の徴用工問題もそれほど重視していないので、日本の一部の人たちのように徴用工問題やレーダー照射問題に過剰に反応するのはおかしい、という論調を展開する人もいた。だが、果たしてそのような見方は妥当だろうか。 そもそも、徴用工問題は日韓という国家同士の国際的な取り決めである。韓国も日本と同様に三権分立だが、国際的な交渉においては、もちろん三権それぞれと外国が交渉する必要はない。司法の判断で、行政府の国際的な取り決めとは違う帰結をもたらしてしまえば、まずは韓国内で調整すべき話である。 だが、文政権にはそのような動きはほとんど見られない。日本を軽視しているとするならば、もちろんそれで日本が「過剰」反応を抑制する理由にはならない。むしろ、事態は逆で、文政権に対しては厳しくその国際的責任を追及するのが、いちいち国際法などを持ち出さなくても明らかな物事の理(ことわり)である。 しかも、文大統領の会見では、事実上「日本国民に『歴史』を反省して、この事態に甘んじろ」という、他国民をあたかも自分たちの「奴隷」のように扱う姿勢を鮮明にしていた。植民地としての歴史が韓国民のプライドとアイデンティティーを傷つけた過去の経緯は不幸な出来事だろう。だが他方で、「歴史」を根拠にして「反省」を迫られている現代の日本人の大多数は、植民地支配にもいかなる戦争にも、そして韓国が現在直面している半島の分断にもいささかも関係していない。 確かに、日韓の過去の不幸な歴史を知ることは必要だろう。だが、その「歴史」を基にして、現在の日韓に横たわる問題にも「反省」を求め、「自制せよ」というのは、単に「歴史」を利用して、他国民を自国の精神的従者にでもしたいだけではないか。 言い方を換えると、韓国は日本との揉め事が起きるたびに、「歴史」を政治利用しているだけなのである。その根底には、日本を韓国の都合のいい言い訳として利用しているのだろう。2019年1月、ソウルの韓国大統領府で年頭記者会見する文在寅大統領(共同) ただ、韓国の外交は、日本を本当に軽視しているからこのような不当なものになるかは、慎重に考察する必要がある。実際には、文政権の外交政策というのは、他国の責任を常に要求する「他国責任論」とでも言うべきものではないだろうか。 例えば、最近の報道によれば、韓国は中国との間でも紛争事案が発生している。韓国の首都圏では、微小粒子状物質「PM2・5」による大気汚染が今までになく悪化したという。日本のベストな戦術 韓国では中国からの排出であると指摘する声が強いのに対して、中国政府はそれを韓国発のものであると反論した。なぜなら、韓国と近接する中国の大都市など、PM2・5が飛来する可能性がある地域での大気汚染は改善しているからだ。中国政府は、それに対してソウルなど韓国側では悪化しているのは矛盾する、と指摘した。 それでも、韓国の趙明来(チョ・ミョンレ)環境相は中国の飛来の方が大きいと譲らない。日本とのレーダー照射問題と同様に、客観的事実を突きつけられても、強硬に「他国責任論」に固執するだけなのである。 文政権は「反原発政策」を採用していて、火力発電に大きく依存しているためにソウル近郊で二酸化窒素濃度が高まっている可能性も指摘されている。これがPM2・5の濃度を韓国側で高める遠因となっているかもしれない。とすれば、これは文政権の反原発政策が生み出した環境問題ということになる。 だが、もちろん「他国責任論」の前では、そのような事実を挙げても何の意味もない。他方で、中国国内のPM2・5が低くなる可能性は確かにある。トランプ政権との「米中貿易戦争」によって中国の国内景気が大きく減速している可能性が高まっている。そのため生産活動が鈍化しているからだ。 このような韓国の「他国責任論」そして、常に日本との外交的な約束を反故(ほご)にする傾向にはどう対処すればいいのか。韓国との政治的な断交や「無関心」を求める人たちもいる。それも一つの意見だろう。だが、ここでは日本と韓国が今後も長期的な外交交渉に携わることを、取りあえず前提にしよう。 現在の日韓関係はゲーム理論でいう「繰り返しゲーム」という状況だ。徴用工や慰安婦、レーダー照射問題のように、国家間の取り決めがあって、初めは両者とも「協力」している。だが、やがて韓国が一方的に「裏切る」。2019年1月、大気汚染で白っぽくかすんだソウル中心街を歩くマスク姿の人々(共同) この場合、日本側は「報復」や「異議申し立て」などを行うのがベストな戦術である。もし、文大統領が会見で日本国民に求めたように、日本が「歴史を顧みて自粛すること」を受け入れて、韓国の裏切り行為を容認してしまえば、日本と韓国双方が長期的に最適な関係構築に失敗してしまうだろう。 つまり、日本の「謝罪」は、日韓の外交ゲームを、日本だけでなく韓国にとっても有利に展開することができなくなるのである。具体的には、両国の協力よりも常に裏切りの蔓延(まんえん)する「非協力」が解になってしまうのだ。 日本の世論の一部やマスコミ、そして識者や政治家には、「植民地支配」をまるで自然法則か何かのように、日本人の背負うべき宿命として考える傾向にある。これは実に非倫理的なことだ。歴史から学ぶことは必要だが、他方で歴史によって常に特定の国民が罰せられ、他国の道理に合わない行いに甘んじる、こんなことは不正義以外のなにものでもない。■ 「武士の情は通用しない」韓国との情報戦はこう戦え!■ 米中貿易戦争の渦中で激化する韓国「謝罪ゲーム」のツケ■ 漂流する日韓関係 「ニッポン軽視」文在寅が抱えた政治リスク

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    米中貿易戦争の渦中で激化する韓国「謝罪ゲーム」のツケ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 2019年の日本経済は、昨年来の米中貿易戦争と、財務省が主導する消費増税という二つの大きなリスクを背負ったままの状態で迎えた。さらに最近では、韓国との政治的な対立が深まっている。 まず、米中貿易戦争は単なる経済抗争ではない。中国通信機器大手の華為技術(ファーウェイ)やZTEに対する米国の制裁を見ても分かるように、それは国家の軍事的・政治的な安全保障にかかわるものである。 最近のウォールストリート・ジャーナル(WSJ)の論説でも指摘されていたように、トランプ政権は自由貿易圏自体を否定しているとはいえない。むしろ民主主義的価値観を共有し、さらに安全保障上の利害を同じくする諸国(日本や欧州)とは協調的に貿易交渉を進める一方で、中国とは敵対的な政治・経済圏を構築しようという意欲が伺える。 もちろん、この二つに分かれた経済圏は厳密なものではない。米中貿易戦争自体、その推移はさまざまな不確実性に満ちているので、断定は禁物であろう。 例えば、日本や欧州が完全に米国中心の経済圏に属しているとはまだいえない。米ソ冷戦時のように社会主義経済圏と資本主義経済圏が一定のレベルで対立し、互いの経済的交流を閉じているわけではない。実際に、米国と中国の貿易取引でさえも依然、拡大基調にあるといっていい。共同記者発表で握手するトランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2017年11月、北京の人民大会堂(共同) ただし、イェール大の浜田宏一名誉教授が最近の論説「Who Benefits from Trump’s Trade War?(トランプの貿易戦争で利益を得るのは誰か?)」で指摘したように、米国と中国の現在の関係を一種の関税同盟の枠組みで捉えた方が分かりやすいのも事実である。ここでいう関税同盟とは、同盟に入っている国々だけに特定の関税ルールを課すものである。 通例は、関税の引き下げ措置を共通のルールとして設定する。つまり、関税同盟内では、同盟に属していない国々に比べて、貿易上の恩恵を受ける。この関税同盟に属することの利益を「貿易創出効果」という。貿易戦争「部外者」の利益 他方でいいことばかりでもない。関税同盟に入っていない国との貿易は、関税の存在が障害になり、それによって貿易利益を失うことになる。 この効果を「貿易転換効果」という。カナダを代表した経済学者であり、経済思想史の研究でも著名なジェイコブ・ヴァイナーが提起した考え方である。環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)のような自律性の大きな経済圏の貿易効果を総合的に考えるときには、この貿易創出効果と貿易転換効果の二つを合わせて考える。 浜田氏の分析は、トランプ政権の対中貿易戦争を一つの関税同盟、つまり、先のWSJ論説と同様に排他的側面の強い二大経済圏の創出とみなしている。浜田氏は、米中貿易戦争自体が、今後それが本格化するほどに両国の貿易にマイナスの影響をもたらすことは疑いない、と指摘している。典型的な貿易転換効果が生じるわけである。 最新の貿易統計を見る限り、米中には貿易転換効果が次第に顕在化している。昨夏以降、米中貿易は大きく停滞し始めている。ただし、この動きが今後も続くかは、まだ様子見の段階だ。浜田氏はむしろ、日本や欧州、韓国など米中貿易戦争の「部外者」が、プラスの貿易転換効果を得ている可能性を指摘している。このプラスの貿易転換効果とは、米中の関税引き上げによって、「関税同盟」の当事者とはいえない日本や韓国、欧州諸国が対中貿易で利益を得ることを意味する。 浜田氏は、2017年4月から2018年3月にかけて、日本の対中輸出が18・3%も拡大したと指摘した。いわば日本は米中貿易戦争で漁夫の利を得た形となる。これは米国中心の「関税同盟」に入っていないために生じた利益だ。 だが、冒頭で指摘したように、今回の米中貿易戦争は単なる経済的抗争ではない。むしろ、メーンテーマは民主主義的価値観や安全保障である。そのため「ファーウェイ包囲網」でも明らかなように、米中貿易戦争が長期化すれば、日本や欧州も米国の「関税同盟」に加わることで、この漁夫の利(プラスの貿易転換効果)を失うであろう。 そして、韓国の動向にも注意が必要だ。北朝鮮に融和的な姿勢を文在寅(ムン・ジェイン)政権が一貫して採用している。北朝鮮に対する経済制裁の解除や経済交流の拡大に積極的なのは明らかだ。北朝鮮はおよそ民主主義的価値観に遠い。2018年12月、ソウルの韓国大統領府前にある広場で作成中の文在寅大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長が握手する絵(共同) 対して、最近の「徴用工」判決問題、そして昨年末から続くレーダー照射問題の経緯を見ても分かるように、日本に対しては一貫した「謝罪」を要求するだけの国家といっていい。特に、レーダー照射問題は、下がり続ける文政権への支持率が背景にあるのかもしれない。韓国の歴代政権も「愛用」 つまり、韓国の歴代政権が「愛用」してきた日本を利用した「謝罪ゲーム」を行っているのだろう。韓国の国内向けの人気取りか、あるいは韓国世論の目をそらす役割を果たしている。 今のところ、日韓はゲーム理論でいうところの「しっぺ返し戦略」になっている。防衛協力を韓国が破ったことで、日本側がしっぺ返しをし、それに対して韓国が応酬し、さらに日本が…という展開だ。 おそらく韓国の政府、マスコミ、野党、そして識者(これには日本の一部の識者も含まれる)はレーダー照射問題についても、徴用工問題などと同じように、無限に「謝罪」を要求してくるだろう。もちろん、日本にとっては「裏切り」が無限に繰り返されるゲームとなる。 この場合、日本が取るべき戦略は、相手が裏切りを続ける限り、こちらも「報復」をし続けるというものだ。確かに、長期的には日韓の防衛上の利害を損ねるかもしれない。この損失を重く見れば見るほど、両者はやがて「暗黙の協調」に移行する。たとえ今回のレーダー照射問題で、当事者間で白黒がつかなくてもだ。分かりやすくいえば、「あのレーダー照射問題のけりはついてないが、このまま争いを続けると両者とも損が重くなるので、他の防衛面では協力を続けようか」という姿勢になる。 だが、文政権が国内の人気取りを優先して、日韓の防衛協力の長期的な損失を重視しないときには、両国の暗黙の協調は以後も達成できない。 もちろん、他方で日韓の経済的取引は拡大基調であり、観光客など人的交流も盛んだ。ただし、米中貿易戦争が、民主主義的価値観と安全保障の対立を今後も先鋭化させていけば、やがて韓国の外交姿勢は転換を迫られる可能性はある。2018年11月、G20首脳会合の記念撮影に臨む(左から)安倍首相、アルゼンチンのマクリ大統領、韓国の文在寅大統領、中国の習近平国家主席(共同) 北朝鮮は経済や安全保障、そして政治的価値観において中国政府に極めて近い。つまり、北朝鮮は中国中心の「関税同盟」のメンバーといえる。 この状況下で、日韓が防衛の面で十分な協調が取れないことは、韓国が米国中心の「関税同盟」メンバーに不適格とされる可能性が高まるだろう。レーダー照射問題は米中貿易戦争の動向の中で、日本と韓国がどう進むかを見るいい試験紙になるのである。■ 崖っぷちの金正恩、万策尽きた文在寅「南北首脳の叫び」■ ファーウェイ通信網で「世界征服」狂気に満ちた中国の妄想■ 「マイナス30度」に達した日韓関係はどこまで冷え込むか

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    国民をカモにする「ブラック官庁」財務省はXマス暴落よりもヤバい

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 3連休明けの12月25日に届いたのは、サンタクロースのプレゼントではなく、世界経済からの強烈な一打だった。日経平均の終値は1万9155円74銭で、先週の終値から約1010円も下落した。まさに大暴落である。大幅な下落は既に10月中旬から続いており、2万2千円台から3千円近くも値下がりしている。 この手の暴落が起きると、リーマンショック級であるかどうかよく話題になるが、実はどうでもいい。現時点で十分に世界経済の変調を確認できる。世界経済の後退を見越して、原油価格も大幅に低下を続けている。為替レートはドル・円で見ると110円台をなんとかキープしているが、これも現状の株価暴落や経済の不安定性が目立っていけば、やがて一段の円高になるだろう。 この真因は、やはり米国の金融政策の失敗だ。今の連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は凡庸を通り越して、今や経済失速の「主犯」となろうとしている。 その理由は、FRBがインフレ目標2%にあまりに固執しているからだ。2%の目標をあまりに厳格に守るために、将来的な雇用の最大化や経済成長率の安定を犠牲にしている。 実際、FRBが現在公表している「予測」を見ると、今後失業率が上昇し、経済成長率が鈍化する一方で、現状よりも政策金利は引き上げられている。つまり、インフレ目標を厳格に守るために、雇用や成長を犠牲にするのだ。全く愚かな判断である。 そもそも、インフレ目標は伸縮的に運用するのがコツだ。自動車運転と同じで、ルールを守りながらも、裁量の余地を認めていくのがこの政策のコツだった。だが、パウエル議長のFRBは四半期ごと機械的に利上げすることや、米中貿易戦争での世界経済後退リスクを考慮することなく、単なる数値目標に固執しすぎてしまっている。2018年12月25日、値下がった日経平均を示す株価ボード(渡辺恭晃撮影) 経済政策の最終目的は、雇用の最大化(完全雇用の達成)と、経済成長率の安定だ。インフレ目標はこの最終目的を実現するための中間目標でしかない。それが、中間目標があたかも最終目的になってしまったかのようだ。 トランプ大統領との不協和音も問題だ。これは、政府と中央銀行がその政策目的を共有できてないことに原因がある。もちろん、優れた前任者だったイエレン氏を事実上更迭して、パウエル議長を任命したのは、トランプ大統領自身である。 要するに、今回の株価大暴落と経済危機の高まりの背景には、トランプ大統領の金融政策に対する無理解と、現時点での政府とFRBの政策協調の失敗がある。これは両者の出方次第では、協調の失敗が長期化する可能性がある。財務省のブラック体質 私見では、今のインフレ目標の目標値は低すぎる。もしくは、同じ数値設定でも、より一層の賃金上昇などが見られるまで、インフレ率が目標値を上回っても現状の金融政策を進めると表明すべきだ。 FRBが今後もインフレ目標に厳格にこだわり、利上げを続けると予想されているため、日本銀行の金融緩和政策とのバランスから、今のところ為替レートはまだぎりぎり円安水準といえるものだ。これは、日本が長期停滞から完全に別れるために必要な円安水準という意味である。 ただし、世界経済の状況が悪化している現在、今の日銀の金融緩和姿勢で事足りる可能性は低い。つまり、この状況が続けば、過去のリーマンショックや2015年に起きた世界経済不況と同様に、円高局面が訪れる。そうなれば、日本企業の収益性を直撃するだろう。仮に、2015年の世界経済の後退と同水準のショックがこれから来年にかけて訪れるとすれば、最悪のタイミングと言わざるを得ない。 現時点で、財務省高官たちは「大したことがない」と様子見しているが、実に愚かな態度である。2014年4月の消費税8%引き上げの翌年に、世界経済の後退局面が訪れた。そして、消費低迷と成長率の鈍化、より一層の回復が見込めた雇用改善のストップなどが起きた。もし来年、このまま消費増税すれば、世界経済後退の中での引き上げになる。それは最悪のシナリオだ。 そんな財務省が、2018年の「ブラック企業大賞」で「市民投票賞」を受賞した。インターネット投票なので、個々のユーザーもさまざまな理由で1票を投じたのだろう。 だが、今年だけに絞っても、テレビ朝日の女性記者に対する福田淳一前事務次官のセクハラ行為に端を発したスキャンダル、そしてセクハラ疑惑を受けた福田前次官の辞任は記憶に新しい。さらに、佐川宣寿元理財局長(前国税庁長官)の国会答弁を忖度して、理財局全体をあげて行った公文書改竄(かいざん)は、国民に政府組織に対する深刻な不信感を与えた。 つまり、財務省の公的サービスが、国民に被害を与えたと認定していいだろう。財務省のブラック企業体質は本当に深刻である。さらに、過度な残業やまたパワハラ的な職場風土についても、さまざまに漏れ伝わるところでもある。トランプ米大統領(左)とパウエルFRB議長=2017年11月、ホワイトハウス(ロイター=共同) その一方で、最高学府からエリート層を常に吸収することで、自らの権威を保っている。要するに、エリート層が集まることが、今や財務省のただ一つ拠って立つ「権威」なのだ。醜いプライドだといっていいだろう。 率直にいえば、筆者には財務省が「日本の恥」だとしか思えない。恥は主観的な言葉なので、より客観的にいえば、財務省のお粗末なパフォーマンスを評価すれば、「省」ではなく「庁」程度がお似合いである。 お粗末なパフォーマンスの一例は、平成の経済史をさかのぼれば明白である。最近でも、嘉悦大の高橋洋一教授の新著『めった斬り平成経済史』(ビジネス社)や、経済評論家の上念司氏の『日本を亡ぼす岩盤規制』(飛鳥新社)を読めば、バブル崩壊から20年に及ぶ長期停滞の主犯が、財務省と日銀であることがよく分かるだろう。筆者もまた、時論を始めてから20年近くになるが、それはほとんど財務省と日銀による政策の失敗を明らかにし、その責任を糺(ただ)すことにあったといっていい。「政治家有罪、官僚無罪」 財務大臣に財務省のブラック企業体質の責任を全て求めることは、今までも長年、マスコミや世論の主導で行われてきた。つまり、「官僚の問題が明らかになれば、政治家が責任を取る」構図のことである。 だが、財務省のこのブラック企業体質は、大臣のクビを切れば済むかといえば、それで話は終わらない。むしろ、事実上論点をずらし、問題の本質を隠蔽(いんぺい)することにさえ通じている。要するに、今回の一連の問題を単純に「麻生大臣やめろ」などというだけではあまり賢明ではない。いや、率直にいえば、その種の意見は、財務省にとって好都合の「批判」でしかない。 官僚組織は個々の大臣の在任期間よりも長いし、また政党の「生命」よりも長い。政治家や大臣どころか、政権さえも財務省の使い捨ての駒でしかないのだ。 財務省が消費増税を悲願にしていることは周知の事実だろう。そんな中で、1997年に5%引き上げを実施した橋本龍太郎政権や、2012年に消費増税法を成立させた野田佳彦政権は事実上、財務省によって使い捨てされたとみていいだろう。その間、消費増税による経済停滞の本格化(橋本政権)、停滞の深化(野田政権)の責任は、全て政治家だけが取った。 一方、その当時の財務官僚はなんら責任を国民から問われることもなく、その後も高給の転職先や天下りを享受している。それでも、マスコミも世論の多くも、「政治家有罪、官僚無罪」という発想を捨て去ることができない。 この根源には、マスコミの「財務省依存」とでもいうべき体質がある。そして、ワイドショーやニュース番組などでしか情報を得られていない層が、財務省依存のニュースによって意見を形成してしまっている不幸な現象があるだろう。最近は、ネットなどで「真実」を知る人たちが増えてきたことで、「財務省はブラック企業である」という認識を生んだのかもしれない。実にいい傾向である。 だが、その認識にはまだまだ足りないところがある。財務省の最大のブラック企業体質は、経済政策の失政で、われわれ国民の生活をドン底に突き落とすところにある。2018年4月、事実上更迭され、記者の質問に答える財務省の福田淳一事務次官(当時) だが、世間には「消費税は社会保障目的で好ましい」という財務省やマスコミの意見を鵜呑みにしている人がかなりいる。申し訳ないが、その種の人たちは、財務省の「いいカモ」でしかないだろう。 政府が課税とそれによって得た財源を利用して、社会保障の名目で所得を再分配することは、もちろん現代国家の在り方として基本的に望ましい。しかし、方法を誤れば、所得の再分配によって、経済的な弱者がさらに損をしてしまうことがある。 例えば所得水準が低い人たちは、生活のために必要な支出だけでお金が底をついてしまう。これでは、将来のための貯蓄も難しい。この低所得の人たちの消費に重たい消費税率が課せられるわけだ。もはや「精神論」 他方で、高所得者たちは、その収入のほとんどを消費しない。消費の占める割合は、高所得者ほど低いだろう。では、高所得者たちは消費せずに、いったい何をしているかというと、せっせとお金を増やすための資産運用をしているのだ。 お金を使うことではなく、お金自体が一つの魅力となり、その無限の増殖を果たしていく。デフレになって、貨幣の魅力が増せば増すほどこの傾向は強くなる。これを「貨幣愛の非飽和性」という。 例えば、日産自動車前会長のカルロス・ゴーン容疑者が特別背任罪などで罪を問われている。その真相はまだ不明だ。だが、報道によれば、巨額の資産運用をしていたことは明白である。 ゴーン氏といえば、安くておいしい焼き鳥屋で食事するエピソードがあるように、日本での消費活動はそれほど派手に報道されていない。その一方で、リーマンショックの発生に伴う巨額の損失を、日産に付け替えようとするなど、その資産運用は強欲的である。ある意味で、高所得者の典型的な行動パターンだ。 消費税は、いわばゴーン的高所得者には有利に働き、カツカツで生きる人には地獄のような税制だ。現状では、米中貿易戦争や米国の金融政策の不安定性から、世界経済の失速が懸念される中で、消費増税を実施すれば、さらに経済的な困窮を深めてしまう可能性が大きい。 安倍晋三政権自体の責任もあるが、その背後で暗躍する財務省という国家の寄生虫を退治しない限り、この悲劇は繰り返し起こるだろう。最近では、消費税を全ての国民が社会保障のために担う政策だと説明しているが、一種の「精神論」(上念司)である。 ブラック企業の特徴は、社員をどうしようもない精神論で追い詰めるところにある。まさに、財務省のブラック企業体質がこの「精神論」に結晶されている。 財務省を解体するのも大いにありだが、個人的には財務省を財務庁に「格下げ」して、彼ら、彼女らのエリート意識を砕くことが手っ取り早いし、重要なことだと思う。格下げと同時に歳入庁をつくり、両方とも内閣府の直轄に置くのがいいだろう。2018年10月、消費税の10%引き上げを表明した臨時閣議に臨む安倍首相(中央)。左は茂木経済再生相、右は麻生財務相 そうして、財務官僚の歪(ゆが)んだエリート意識を糺すことが最優先だと思われる。ただし、最近は、財務省のセクハラ、パワハラ的なブラック企業体質が知れ渡ってきたのか、官庁志望ランキングでも苦戦しているとも伝え聞く。その先には、世論が財務省の解体を支持する環境になれば、さらにいい。 株価の大暴落から世界経済の減速の可能性が高まっている中で、消費増税の議論を続けるなど、どう考えてもおかしい。だが、この異常な財務省を軸とした「消費増税狂騒曲」を止めることができるかどうかに、安倍政権の命脈などよりもはるかに重要な、日本国民の生活と命がかかっていることは言うまでもない。■ 消費税率10%、安倍首相の決断で甦る「失われた3年」■ 馬淵澄夫手記 「日本を覆う『消費税神話』からの脱却を」■ メールも使えない経営者は大喜び、消費増税「狂信者」が描く未来図