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    なぜ追加の定額給付金を提言したか

    新型コロナウイルス禍を踏まえ、「経世済民政策研究会」の長島昭久元防衛副大臣らが、経済対策のため2020年度第3次補正予算の編成を求める提言を菅義偉首相に手渡した。追加の一律定額給付金も盛り込まれた今回の提言。同研究会顧問でもある筆者がその真意を分かりやすく解説する。

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    菅首相に提言!私たちが追加の定額給付金に込めた真意

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(すが・よしひで)政権が発足して1カ月以上が経過した。マスコミの新しい世論調査が明らかになり、支持率は当初より下がってはいるものの、いわば「ご祝儀相場」が終わった段階としてはかなり高い。菅内閣の支持率は前回9月の調査と比べ5・9ポイント減の60・5%となった。不支持は5・7ポイント増の21・9%。産経ニュース 菅政権にとっては、新型コロナウイルス危機とそれ以前からの景気減速、消費増税の悪影響という三重苦経済の再生に取り組む必要がさらに増すだろう。世論の大半も経済・生活問題への取り組みを重視している。 経済政策を理論で考えるとアベノミクスはよくできていて、景気問題には大胆な金融緩和と機動的な財政政策で対応し、長期的な日本経済の活力をアップするために成長戦略を政策的に割り当てていた。 アベノミクスの継承を菅政権は唱えているので、その意味では経済政策論としては合格点の枠組みを引き継ぎ、実際の政策を運用していくことになる。 もっとも、菅首相は既得権や因習の打破、規制緩和といった成長戦略への関心が高く、また、これまでも政策手腕を磨いてきていた。そのためマスコミや世論の一部では、菅政権が成長戦略「だけ」に傾斜を深めるのではないか、という懸念や批判が出ている。だが、それは実像と大きく異なる。新内閣発足から1カ月の受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) 筆者は10月14日、国会議員の有志による勉強会「経世済民政策研究会」の方々と一緒に、菅首相と面談することができた。その場で感じたことは、雇用や金融政策ついての意識が極めて高いということだ。専門的にいえば、マクロ経済(景気問題)に関する問題意識が深く鋭い。問題は「本当の失業率」 具体的には、公式の失業率だけではなく、「本当の失業率は(公式の完全失業率よりも)高い」のが問題だ、と積極的に口にされていた。 「本当の失業率」には、公式の完全失業率(現在は3%)以外にも、より長く働きたくても不況で実現できない人や休業者、不況で働く場がなくて求職自体を断念した人たちが含まれる。2020年第2四半期(4~6月)の「本当の失業率」は7・7%で、昨年の第4四半期(2019年10~12月)の5・7%から急増している。 ちなみにこの「本当の失業率」の5・7%という数値は、先進国の中では抜きん出て低く、まさにアベノミクスの成果だったと言える。菅首相が「本当の失業率」の増加に危機意識を持っていることは明らかであった。 さらに、失業率の高まりは、経済全般の所得の喪失と深く結ばれている。失業の拡大と、それによる所得の喪失の関係は「オークンの法則」で示される。この法則の利点は、失業率が上昇すると、どれだけ所得、つまり実質国内総生産(GDP)が低下するかが分かることにある。 なお、このときに計測に利用される失業率は、公式統計の完全失業率を使うのが普通で、先ほどの「本当の失業率」ではないことに注意が必要だ。さまざまな計測があるが、従来の研究ではオークン係数は10から5まで広がりがある。 ここでは厚生労働省の推計であるオークン係数8を採用しておこう。仮に新型コロナ危機によって今年末までに失業率が年初から1%上昇したとすると、それによってGDPは昨年から8%低下、金額にすると40兆円ほど喪失する。 新型コロナ危機の前の完全失業率は2・4%であった。現在の完全失業率は3%である。失業率を完全に予測することは難しいが、多くのエコノミストたちは3%台の真ん中まで上昇すると予測している。この40兆円のGDPの喪失を、より分かりやすく説明すれば、われわれにとって40兆円の「おカネの不足」が生まれる可能性があるということになる。 この問題への政策対応は、上述した大胆な金融緩和と積極的な財政政策が両輪になる。われわれの提言では、金融政策については、「大胆に」2021年度中に、日本銀行にインフレ目標2%の達成を政府が要請することを盛り込んだ。これが実現すると、いまの日本銀行には衝撃が走るだろう。ここ数年のぬるま湯的な政策スタンスの見直しが必要になるからだ。日本銀行本店=2020年3月16日、東京都中央区(川口良介撮影) それに加えて、日銀の金融政策に関わる政策委員会の人選では、従来の産業枠や銀行枠などという既得権と旧弊にとらわれず、インフレ目標の達成にコミットした人材を選ぶべきだ、とも提言した。医療業界などに経済対応を 実は経世済民政策研究会が、菅首相に提言を手渡すのは2回目である。前回は官房長官時代であり、そのとき、筆者は大学院のオンライン講義初日だったために同席することができなかった。日本経済も心配だが、新型コロナ危機で新学期が始まってもまったく会うことができず、不安になっている学生たちへの対応も重要だからだ。その際の提案にも、今回と類似した金融政策を利用した新型コロナ危機への対応策が書かれていた。 当時は官房長官だった菅首相から「このような金融政策は常に頭のど真ん中にある」と真っ先に言われたと、同席した議員の方々からお聞きした。今回は自分で菅首相に提言をご説明し、金融政策が経済政策の核心であるという首相の理解をじかに感じとった。これは日本経済にとって幸運なことだろう。ぜひ実現していただきたい。 財政政策については、われわれの提言の一部分である予備費を活用した5万円の定額給付金がワイドショーやニュース番組をはじめ、マスコミでかなり注目された。注目されるのはいいことだが、あくまでもそれは予備費の消化のために先行して提起した政策部分である。 総額40兆円の経済損失をカバーするには、予備費約8兆円を全額使っても不足するのは自明である。提言では、第3次補正予算で、5万円以外に定額給付金の継続を主張している。 特に、菅政権が推進するデジタル化と歩調を合わせて、社会保障の情報基盤を整えて、さらなる定額給付金の支給をする。いわば菅首相の最重点課題であるデジタル経済化という成長戦略と、定額給付金というマクロ経済政策を組み合わせたものとなる。 この第3次補正予算の定額給付金の額は、明示しなかった。これからの経済情勢の不確実性が高いためだ。ただし、現状でも40兆円のおカネ不足が予測されるならば、その方向性は自明である。 研究会では当初、金額を明記して国民1人当たり10万円という話もあった。方向性としては、この金額がこれからの具体的な金額のベースになると私見では思っている。すなわち予備費利用と含めて総額15万円の定額給付金となる。新内閣発足から1カ月、記者団の問いかけに受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) これで財政政策が終わるわけではない。提言には、医療関係、地域経済、エンターテインメント業界など大打撃を受けた業界への直接的な経済対応が提言されている。ちょうど第3次補正予算の話題が出てきたタイミングや、また筆者と同じ主張を持つ嘉悦大の高橋洋一教授が、内閣官房参与に就任すると報じられた翌日でもあり、われわれ経世済民政策研究会の提言は、かなりの反響を呼んだ。 これらの提言が実現するまでの道のりは、まだまだ長い。1人の経済学者として、また、この国難を共有する日本国民としてもこれからも微力を尽くしたい。叱咤(しった)激励を読者の皆さんに改めてお願いしたい次第である。

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    看過できない、日本学術会議と中国「スパイ」組織との協力覚書

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本学術会議問題で「炎上」が続いている。日本学術会議の会員任命で、菅義偉(すが・よしひで)政権が推薦者のうち6人を拒否したことが、「学問の自由の侵害」だとして問題化した。 会員の任命拒否によって「学問の自由」が、具体的にどう毀損(きそん)するのか、筆者にはまったく分からない。 学者たちは本務の雇用が安定している。日本学術会議会員という特別職の公務員になれないからといって、生活の心配もない。また、何か候補者たちでしか成し得ない「学問」も、とりたててないだろう。 2004年の日本学術会議法の一部改正によって、現在の会員が候補者たちを直接選抜・推薦しているのが実情で、簡単にいうと既得権だけがモノを言うムラ社会である。もちろん個々の会員について、日本学術会議側の推薦理由は明らかではない。 一応、2008年に起草された日本学術会議憲章に合う基準で選ばれたというのが、ざっくりした理由だろう。ざっくりした理由には、政府側もその任命を拒否した理由をざっくり示すのが道理だ。現段階では、菅首相は記者会見で「広い視野に立ってバランスの取れた活動を行い、国民に理解される存在であることを念頭に判断した」と述べているが、妥当な発言だ。 安倍政権への批判スキルの応用で一部のマスコミ、野党、背後から撃つのが得意な与党政治家、あるいは一部の識者らは、飽きることなく、問題の「モリカケ化」を狙うだろう。いずれにせよ、見飽きた光景が続くことになる。日本学術会議会員の任命拒否問題を受け、プラカードを手に抗議する人たち=2020年10月8日、首相官邸前 新型コロナウイルス危機によって、民間の就職も公務員の状況も厳しい。だが、日本学術会議は経済政策については、「財政再建」を重視する伝統があり、ろくな政策提言をしてこなかった。むしろ経済を失速させることに加担してきた組織である。民営化どころか「廃止」を この点については、前回の論説で詳細に記述したので参照されたい。率直に言えば、国民の血税で運営されているにもかかわらず、国民の生活を苦しめることに貢献してきたのだ。 あくまでも私見だが、日本学術会議は民営化どころか廃止が妥当だと思っている。ネットでは、日本学術会議は学者の自己犠牲に等しいボランティア精神に支えられており、既得権などないかのような匿名の「若手研究者」の意見が流布していた。だが、実際には日本政府の研究予算4兆円の配分に影響を与える助言機関である。 巨額の予算の配分には金銭的、名誉的な既得権が結びつく。また、日本の防衛装備品の研究開発に関する否定的な姿勢など、安全保障面にも直接の影響を及ぼしてきたことは自明である。 自分たちの権限は示すが、他方で自らの機構改革には最大限消極的である。この点は嘉悦大学の高橋洋一教授の論説が詳しい。 要点をいえば、なぜ税金で運営される国の組織でなければならないのか、合理的な理由がないのである。「学問の自由」を強く主張するならば、政府から独立する方が望ましい。 日本学術会議は、財政再建に極端に偏った緊縮経済政策を提起し、日本の長期停滞のお先棒を担いでいたと筆者は先に指摘した。さらに、この長期停滞をもたらした経済学者の意見を、日本学術会議は、2013年に「経済学分野の参照基準(原案)」として提起し、日本の経済学の多様性を大学教育の場から排除しようとした。 さすがにこの露骨なやり方は、さまざまな立場の経済学者やその所属学会によって批判された。だが、日本学術会議を通じて緊縮政策を公表してきたメンバーらが所属する日本経済学会は、何の反対声明も出さなかった。日本学術会議の総会後、取材に応じる梶田隆章会長(左端)=2020年10月2日、東京都内 さて、日本学術会議と、中国政府が海外の研究者や技術者を知的財産窃取のためのスパイとして活用しているとされる通称「千人計画」との関係が話題を集めている。「覚書」は問題ではないのか 日本学術会議は千人計画と関わりを持ち、軍事研究などに協力しているという情報が会員制交流サイト(SNS)で拡散されたのを受け、ネットメディアのBuzzFeedが熱心にファクトチェック(真偽検証)をして、否定した。 同記事では、「日本学術会議と中国の関係についていえば、中国科学技術協会との間に2015年に『協力覚書』を結んでいる」が、予算などの関係から「軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で『研究(計画)に協力』」しているという事実がない、ということだ」と結論づけた。 だが、他方で、このファクトチェックは重要な「ファクト」には無批判的だった。日本学術会議と中国科学技術協会との「協力覚書」問題は問題以前であるかのような、一面的とも言える主張をしているのである。 この協力覚書に問題性がある可能性を除外しているBuzzFeedの主張を真に受けるのは危険だ。中国問題グローバル研究所の遠藤誉所長は論説で、「協力覚書」を結んだこと自体が、中国の習近平国家主席が主導していた「中国製造2025」の戦略と符合することを指摘している。習近平が国家主席に選ばれた2013年3月15日、中国工程院は中国科学技術協会と戦略的提携枠組み合意書の調印式を開いた。中国科学技術協会は430万人ほどの会員を擁する科学技術者の民間組織だ。(中略)アメリカと対立する可能性が大きければ、国家戦略的に先ず惹きつけておかなければならないのは日本だ。日本経済は減衰しても、日本にはまだ高い技術力がある。十分に利用できると中国は考えていた。こうして、2015年9月に日本学術会議と協力するための覚書を結んだのである。ニューズウィーク日本版「日本学術会議と中国科学技術協会」協力の陰に中国ハイテク国家戦略「中国製造2025」 「中国製造2025」は軍事面の強化も含んだハイテク立国政策、中国工程院は政府系研究機関である。さらに、一応は民間組織であるものの、中国科学技術協会は人的な交流を通じて事実上軍部と密接につながり、党中央の意思決定に強く従属する枠組みに取り込まれている。 そんな中国の民間組織と「協力覚書」を交わしたままであることは、日本の安全保障の点から厳しく批判されるべきである。人材交流の実績が本当にないならば、実害がでないうちに明日にでも「覚書」を破棄した方がいいのではないか。新型コロナウイルス対策の功労者に勲章を授与する式典に臨む中国の習近平国家主席(中央)=2020年9月8日、北京の人民大会堂(共同) いずれにせよ、日本学術会議の任命問題が話題になればなるほど、同会議の問題性が指摘されてくるのは、以前からその緊縮的な経済政策提言にあきれ果てていた筆者からすると「いい傾向」だと思っている。

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    「学者の国会」なんぞ笑止千万、日本学術会議に蔓延した知的退廃

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 科学者で構成する政府機関、日本学術会議がにわかに注目を集めている。日本学術会議が推薦した会員候補6人について、菅義偉(すが・よしひで)首相が任命を拒否したからだ。 「学問の自由」を危険に陥れると、ひと月ほど前までは反安倍政権だったマスコミ、識者らを中心に批判の声をあげている。野党の一部も国会でこの件を審議するという。いつもながらご苦労なことである。 日本学術会議については、既得権が異様に強い組織であり、その提言の類いも経済政策関係では弊害があるか、まったく使い物にならない、日本の経済学者の傲慢(ごうまん)と無残さの象徴であると以前から思ってきた。 この機会に、ぜひ日本学術会議は民営化するなり、組織廃止するなりした方がいいのではないか、と個人的には強く思っている。 日本学術会議とはそもそも何か。公式サイトに設置根拠となる法律とともに解説されている。昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。職務は、以下の2つです。・科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。・科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。日本学術会議とは また、日本の科学者を内外に代表し、210人の会員と約2千人の連携会員で職務を行うとしている。勝手に代表されても困るが、後述するように経済政策に関しては知的腐敗臭すらする提言しかしていないので、日本の経済学者の「代表」がいかにダメかを内外に広報する結果になっている。 菅政権の任命拒否の理由は、具体的には明らかにならないだろう。もちろんリーク的なものはあるかもしれないが、個人投資家で作家の山本一郎氏がここで指摘しているように、現在の政権批判という基準で任命が拒否されたかどうかは分からない。日本学術会議の会員に任命されなかった大学教授(左奥)らに質問する野党議員ら=2020年10月2日午前、国会 安倍政権の政策に批判的で、その趣旨の発言がマスコミでも取り上げられていた劇作家の平田オリザ氏は今回、会員に任命されている。今回の任命拒否の理由として注目されている集団安全保障法制でも、平田氏は反対の立場だ。「拒否」権能は政府側にあり そもそも論として、拒否できる権能が政府側にあるのだから、それを行使したことは批判にあたらない。政治的な思惑で批判されているのだろうが、その次元でしかない。個人的には、またこんなつまらない問題で国会の審議時間を浪費するのか、とあきれているだけだ。 日本学術会議が既得権を荒らされたので、抗議するのは分かるが、これまた国民には無縁な話だ。既得権、つまり会員になる権威付けが、そんなに「うまい」のだろうかという感想しかない。 日本学術会議が明日なくなっても、ほとんどの国民にも研究者にも関係がない。「学者の国会」という意味不明な形容があるが、多くの研究者はこのオーバーな形容に噴き出していることだろう。 今回の会員候補たちが、日本の科学者たちに事前に提示され、選出されたわけでもない。勝手に日本学術会議の内部で、既得権や忖度(そんたく)にまみれながら選んだだけだろう。 むしろ「学者の記者クラブ」とでも言うべき存在だ。本家の記者クラブのメンツと同じように、自分たちが選ばれたわけでもないのに「国民の代表」だと勘違いして、官房長官らにくだらない質問を繰り返し、「巨悪と対峙(たいじ)している」と悦に入る記者たちと大差ない。 「学問の自由」も侵されないだろう。むしろこの機会に、政府の影響を完全に離れた組織になるのはどうだろうか。年間10億5千万円が政府支出として日本学術会議にあてがわれ、また日本学術会議会員は非常勤の特別職国家公務員でもある。 政府にすがって権威付けされていながら、自分たちの既得権を侵されたことで大騒ぎすることが、いかに知的な醜悪さを伴っているか。権威にすがる学者には分からないかもしれないが、多くの国民の率直な感想は、税金にあぐらをかいている学者たちに厳しいだろう。一言でいえば、甘えきっているのである。 ちなみに、10億5千万円をポスドクや院生など若い研究者たちにまわせ、という意見を見たが、それでは足りない。無償の奨学金拡充とともに、どかんと何千億円も増やすべきだ。こんな少額では若手研究者も大して救えない。日本学術会議の新会員任命拒否問題について、首相官邸前で抗議する人たち=2020年10月3日午後 さて、この日本学術会議は、最近でも経済政策に関してはまさに知的腐臭の強い提言を繰り返してきた。例えば、東日本大震災での復興増税への後押しである。中国の千人計画に協力か 当時の第三次緊急提言では、財政破綻の懸念から復興増税が提言されている。この提言が出る前の学者たちの審議内容をまとめた報告書を見ると、日本の経済学者の知的堕落ぶりが明瞭である。経済の停滞を解消するための財政・金融の積極的な政策を回避するマインドが鮮明である。(3)このような拡張的政策の一部は緊急の救済策や復興支援によって先取りされているが、さらに追加すべきかに疑念を表明する経済学者もいる。特に、物価インフレは日本の名目利子率に上昇傾向をもたらし、国債負担を増加させ、日本の財政規律に対する信認を揺るがす可能性があるからである。その時、日銀による金融政策はゼロ金利の時よりもさらに難しい舵取りが必要になるだろう。東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 また当時、筆者たちが主張していた日本銀行に復興債を引き受けさせ、それで大胆な金融緩和と財政支出をすべきだという正攻法については、日本の経済学者たちは下記のような認識だった。アベノミクスから新型コロナ危機を体験しているわれわれから見ると、日本の経済学者の大半がいかに使い物にならないか明瞭である。復興債の日銀引き受けに関しては、すでに国の債務残高が860兆円に達している日本において、財政規律がさらに緩んだというメッセージを国の内外に与える可能性が高い。それは、長期金利の高騰などの大きな副作用をもたらすことになり、日本のギリシャ化の回避という立場から極力避けるべきだという意見が圧倒的に多い。 東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 日本の債務残高は現在、1300兆円ほどだが、長期金利の高騰もなく、ギリシャ化の懸念もない。むしろ国際通貨基金(IMF)など国際機関は新型コロナ危機でできるだけ財政政策で国民を救済し、またそれができない低所得途上国には日本などが財政支援すべきだとしている。 いかに日本の経済学者たちが使えないしろものかを示す代表例である。ちなみに2013年の提言では、日本の長期停滞を脱出するのに、具体的には財政再建しか言及していない。 アベノミクスのように積極的な金融政策と財政政策が主張されていたが、そのときも日本の経済学者は一貫して使えない提言を繰り返していた。金融緩和については、基本的には反対ともとれる姿勢を打ち出し、また経済成長との両立と言いながら、財政再建だけは具体的な提言をし続ける。その後の日本経済を考えると、これまた驚くべき知的退廃である。日本も含めた先進国は、現在、高齢化の進行過程で低成長を余儀なくされていて、膨大な財政赤字から財政政策の選択肢が大きく制約される状況にある。この局面では、実体経済の底上げのために、金融緩和の強化が選択される傾向がある。一般的に、デフレ脱却のために金融政策は有効な筈だが、現在のデフレの背景には金融緩和だけでは解決できない需要不足等の要因もある。伝統的な金融政策の効果に限界がみられ、国債残高が膨大に積み上がるなかでの金融緩和の強化は、国債の信認維持にとりわけ注意しつつ運営していく必要がある。日本の経済政策の構想と実践を目指して日本学術会議の建物=東京都港区 単に会員たちの権威好きを満たしているだけの腐臭の強い組織だと、何度も強調しておきたい。ちなみに日本の防衛に非協力的でいながら、中国の軍備増強に協力的で、スパイ行為の疑いも強い中国の千人計画を後押ししているという疑惑もある。本当だとしたら、これこそ国会で追及すべきだろう。

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    コロナ下の自殺者傾向に異変、働く女性が抱く「罪悪感」を救えるか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今から20年前の話になるが、専修大教授の野口旭氏との共著『構造改革論の誤解』(東洋経済新報社)や拙著『日本型サラリーマンは復活する』(NHK出版)などで、景気の持続的な悪化と自殺者数の増加の関係について詳説したことがある。当時は、著名な評論家から「あまりにも自殺の原因を単純化して考えている」という批判を頂戴した。 確かに、人が自死する動機は他人からは測りがたい側面がある。ただ個々人のケースを尊重することと、経済政策の失敗が自殺者を増やすことは両立するし、後者の要因が日本ではあまりにも軽視されていると思ったのも事実だった。 その後、公衆衛生学の進展などで、不況の中で緊縮政策を採用することが、自殺者を増加させてしまうことがより確固たる事実として鮮明になってきた。日本でも、伊ボッコーニ大教授のデヴィッド・スタックラー氏とハーバード・メディカル・スクールのサンジェイ・バス氏の『経済政策で人は死ぬか?』(草思社)が注目を浴びた。 野口・田中説もスタックラー氏らも共通しているのは、不況そのものが自殺者を増やすということではない。不況を放置し、深刻化させる政府・中央銀行の緊縮政策の採用が、自殺者数を増加させるのである。 不況の初期段階では、ハードな仕事から離れることができたり、交通量が減ることなどで環境が改善して、人々は心身ともに健康になるかもしれない。だが、失業が長期間放置されれば、それはうつ病や社会的地位の喪失感などで自死を激増させてしまう。 失業は自然現象ではなく、政府や中央銀行が対応可能な問題だ。不況における自殺者の増加に関しては、政治家や政策担当者の責任が強く問われるのである。 新型コロナ危機は感染抑制のために経済活動を厳しく制限した。都市封鎖(ロックダウン)や日本の緊急事態宣言だけではなく、今も「社会的距離(ソーシャルディスタンス)」を十分に取るように推奨されている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) また、観光業や娯楽関係、飲食サービスなどでは経済再開の力は弱く、先行きが不透明だ。経済が低迷すれば、もちろん雇用にも大きく悪影響が及ぶ。 リスボン新大のユードラ・リベイロ氏は最近の展望論文で、新型コロナ危機による世界的な失業率と自殺者を推計した研究を紹介している。それは、世界的な失業率が4・9%から5・6%に上昇すると、年間約9570人の自殺者が追加的に増加してしまう「高」シナリオと、失業率が5・1%に上昇し、それに伴う年間自殺者数が約2135人増加する「低」シナリオの二つだ。新型コロナ「メンタルヘルス」の危機 日本でも新型コロナ危機による自殺者数の増加が顕在化してきている。緊急事態宣言のときは、前述した初期効果のためか自殺者数が急減した。しかしその後、失業率の上昇とともに自殺者数が急増に転じている。 特に筆者は、今回の新型コロナ危機が、自死に至るメンタルヘルスの毀損(きそん)の点で、今までにない深刻さを有していると推測している。 どの国も、男女の自殺者の比率はほぼ一定で推移している。そして、どの国も男性の方が女性よりも目立って自殺者の数が多い。 日本では、この10年の男性自殺者の総数に占める割合は、70~68%で「安定」的に推移している。しかし、図1で分かるように、月別では、7、8月の2カ月でその男女比に大きな変化が見られる。図1 男女ともに緊急事態宣言の解除後に、自殺者が急増しているが、その変化が女性の方が男性よりも急激である。そのため「安定」的な男女比率が変化している。 これが構造的な変化かどうかは、まだ学術的な検証が必要だ。しかし、政策的には緊急の対応をすべきだと思っている。当たり前だが、データが揃うのを人の死が待っているわけではないからだ。 この自殺者の男女比の変化は、新型コロナ危機が、普通の不況よりも厳しいメンタルヘルスの毀損を男性にももちろん与えているが、それ以上に女性に影響している可能性を示唆している。野口・田中説やスタックラー・バス説を援用すれば、雇用環境に注目すべきだろう。 完全失業率(季節調整値)で、男性は現状で3・0%、女性は2・7%で、むしろ男性の方が高い。しかし、これは「見かけ」のデータでしかない。 図2を見れば分かるように、労働力人口と就業者数の双方ともに、男性よりも女性の方が対前年同月比で大きく減少している。つまり、働く意思を持った人たちと実際に働いている人たち、どちらでも女性により悪影響が出ていることになる。図2 この女性の労働力人口と就業者の大幅な減少は、新型コロナ危機の前には実際に働いていた女性たちで、現在は働く意欲を失っているか、働く場所を得ていない人数が大きく増加していることを示している。では、この女性における雇用ダメージはどのような理由に基づくのだろうか。女性が負う「強い罪悪感」 国際通貨基金(IMF)のエコノミスト、青柳智恵氏がメンタルヘルスとの関係からも重要な研究を示している。青柳氏の論考「罪悪感、ジェンダー、包摂的な景気回復 日本に学ぶ教訓」から、重要な指摘なので長いが引用する。 新型コロナウイルスに伴い、日本では今年4月から1か月半にわたる緊急事態宣言のもと外出自粛が行われたが、女性が男性よりも大きな負担を背負う結果となった。男性と女性の間には「罪悪感の差」が存在し、女性はキャリアを犠牲にしないといけないと感じやすいことが大きな理由となっている。 12月から4月の間に100万人近くの女性が離職したが、その大半が期間限定雇用やパートタイムの非正規社員だった。 保育園や学校の休業などにより大規模な混乱が生じた中で、IMFワーキングペーパーの研究が普遍的な真実を見い出す貢献をしている。女性の方が男性よりも大きな責任を背負い、理想的な親でも、理想的な労働者でもいられないことに強い罪悪感を感じるのだ。 この日本の働く女性が抱く大きな責任感や、過度な罪悪感は、メンタルヘルスの毀損に結びつきやすいのではないか。注意すべきなのは、この過度な罪悪感は、職を現時点で得ている女性にも、また働くことを断念したり、職を求めている女性にも等しく重圧になっていることだ。 果たして、この「生命の危機」にどう対処すべきか。対策は三つの方向で考えられる。 マクロ的な景気対策としての雇用の回復、そして自殺予防を含むメンタルヘルスへの公的支出の増加がまず即応可能な「両輪」だ。だが、それだけではない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 青柳氏が指摘しているように、日本の女性のワークライフバランスに配慮した柔軟な雇用環境の整備も必要だ。これは中長期的な対応になるが、政治家や政策担当者が負うべき課題であることは言うまでもない。◇【相談窓口】 「日本いのちの電話」 0570・783・556(ナビダイヤル)…午前10時~午後10時 0120・783・556(フリーダイヤル)…毎日午後4時~9時、毎月10日:午前8時~翌日午前8時

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    「縦割り行政」打破だけでは物足りない、スガノミクス成功のカギ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(すが・よしひで)政権の経済政策を「スガノミクス」と呼称することが、国際的に広まりつつあるが、国内ではいまだ馴染みがないのかもしれない。その理由はどのような政権であれ、現在の日本が直面している最大の課題が新型コロナ危機であり、危機対応にはそう大差がないからだ。 つまり、菅政権の個性が出にくい状況になっているのである。コロナ危機において、求められている政策を単純化して説明すれば、感染を抑制しながら、経済を危機前の水準まで回復させることだ。 そのためには、さまざまな分野での自粛要請や規制の緩和、そしておカネが不足している個人や企業への支援が必要である。 この新型コロナ危機前の経済水準に回復しなければ、菅政権だけではなく、いかなる政権も「失政」と判断されるだろう。そのためできるだけ早期に危機前の状況に戻ることが求められている。 国際通貨基金(IMF)など国際機関の推計で、2022年には日本経済が危機前の水準に戻るとされている。その時期を早められるかどうかで、菅政権のコロナ対策に対する評価が決まってくる。 だが、無個性というわけではもちろんない。例えば、前例主義や悪しき慣習、そして既得権益によって継続しているような「縦割り行政」の弊害をなくすことが、やはり菅政権の個性になるだろう。 河野太郎行政改革担当相は日ごろから行政改革に強い意欲を示していたので、適材適所だろう。政権が掲げるデジタル庁の設置は最も分かりやすい縦割り行政の打破に繋がる可能性がある。記者会見に臨む河野太郎行政改革・規制改革担当相=2020年9月17日、首相官邸(佐藤徳昭撮影) 平井卓也デジタル改革相は2021年中の新設の意向を表明しているが、時限的なデジタル庁の設置も、その期間内に成果を出すことが目標化しやすい。そして、デジタル庁の縦割り行政の打破の一例は、やはりマイナンバーカードを利用した一元的な税や社会保険料、NHKの受信料などの歳入管理だろう。新型コロナ危機で国民一人当たりの定額給付金を支給することが遅れた背景の一つに、このマイナンバーカードを効率的に政府が運用できていなかったことが指摘されている。 ただ、米国のように政府発行小切手の形での支給方法もあったとする批判もある。いずれにせよ、今後も同様の経済危機が発生しないとは限らない。手前勝手な「財政再建」 また、年金保険料の徴収漏れを防ぐことが、最も単純明快に年金財政の改善に資するともいわれている。あるいは全ての銀行口座とマイナンバーカードのひも付けができれば、税徴収がより公平かつ効率的になるだろう。 マイナンバーカードを通してだけでも、デジタル庁の業務が重要なのが分かる。しかし、反対する既得権益層も多いだろう。 特に、マイナンバーカードを利用して、税や社会保険の徴収を一元化するとなると、縦割り行政で甘い汁を吸っていた省庁が抵抗することは間違いない。税金であれば財務省、国民年金や雇用保険は厚生労働省、そしてNHK受信料などは総務省の反対が容易に想像できる。 中でも、最も注目したいのが財務省の出方である。上述した税と社会保険の一元的な徴収は、従来から「歳入庁」構想と言われてきたものである。財務省はこの構想に猛烈に反対してきた。 歳入庁を作り、税や社会保険の徴収を効率化すれば、財務省が常日頃から主張している「財政再建」にも役立つのに、同省は一貫してこの構想に反対している。財務省としては税務関係の利権を手放したくないのだろう。 これを考えると、財務省が増税の理由にしている「財政再建」がいかに手前勝手な理由かも分かる。自分たちの利権を守るためには、むしろ税や社会保険料がちゃんと徴収できない方がいいのだ。 言い換えれば、自分たちの利権のツケを国民に増税という形で回していることになる。何という「デタラメ行政」だろうか。デジタル庁を通じて、どこまで「デジタル歳入庁」的なものが実現できるかどうか、注目すべきポイントである。デジタル庁設立に向けた検討会に出席した平井デジタル改革相=2020年9月19日、東京都港区 行政改革だけではなく、地方銀行の「過剰」を問題視し、中小企業基本法の見直しを検討したいと述べるなど、菅首相の経済思想の核心は、彼が政治家として経験を積み上げてきた小泉純一郎政権での「構造改革」的なものを想起させる。アベノミクスの「三本の矢」では、成長戦略と呼ばれていたものだ。構造改革とはどういうことか、改めて説明しておきたい。 資源配分の効率的改善へのインセンティブを生み出すような各種の制度改革のことであり、具体的には、公的企業の民営化、政府規制の緩和、貿易制限の撤廃、独占企業の分割による競争促進政策などがそれにあたる。それによって、一国経済において、資本や労働という生産資源の配分が適正化され、既存の生産資源の下でより効率的な生産が達成される。すなわち、潜在GDPないし潜在成長率が上昇する。野口旭・田中秀臣『構造改革論の誤解』小泉流構造改革の「誤用」 日本経済の潜在的な力を規制緩和や行政改革で改善するというのが、構造改革の分かりやすい表現だろう。ところが小泉政権の、特に初期において、本来の構造改革が誤用されていた。 代表的には、小泉元首相が発した「構造改革なくして景気回復なし」に表れている。この小泉流構造改革は、本来のものとは異なる。 先の構造改革の定義の中には、景気回復がそもそも入っていない。景気回復のためには、おカネの不足を解消することが必要だ。その役目は、金融政策や財政政策が担う。 しかし、構造改革は全く異なる問題を扱っているのである。つまり、いくら構造改革をしても景気がよくなることはない。むしろ構造改革ばかりやっていては、景気を悪化することにもつながる。 例えば、景気が悪化している中で、個々の企業が経営を立て直すためにリストラ(事業再構築)をするとしよう。これは個々の企業の「構造改革」である。 だが、リストラされることで職を失う人が増えたり、残った従業員も給料やボーナスなどをカットされれば、経済全体から見れば、ますます景気が悪くなってしまうだろう。それと同じように、日本経済全体でおカネが不足している状況で、政府のリストラを極端に進めてしまい、政府から出るおカネが絞られると、さらに景気は悪化するだろう。 この景気対策と構造改革が異なる政策目的を持つことを十分に理解しなかったのが、前期の小泉政権だった。後半でかなり改善したとはいえ、それでも財政政策や金融政策をフル回転させて長期停滞を完全に克服することは、やはり構造改革のよりも優先順位が低かった。小此木彦三郎氏の墓を訪れた後、集まった人たちに手を振る菅義偉首相=2020年9月、横浜市西区(代表撮影) その証拠に、郵政民営化の見通しが立ったところで、首相を辞任してしまった。そのために日本の最大の問題であった長期停滞からの脱出は不十分なままに終わった。 2012年末からの第2次安倍晋三政権はこの小泉政権の経済政策への「反省」にも立脚していたことは間違いない。少なくとも「構造改革なくして景気回復なし」という間違った構造改革主義に陥ることはなかった。「構造」に傾斜する菅首相の個性 むしろ、インフレ目標付きの量的緩和を主軸に据えるなど、長期停滞脱却に全力を尽くした。その政策割り当ては、日本政治の中で傑出した「政策イノベーション」であった。もちろん民主党政権の負の遺産である消費増税に妨害されたため、長期停滞を脱しても、デフレを完全に克服するところまではいかなかった。 スガノミクスは、基本的にアベノミクスの遺産を継承している。つまり、正しい政策の割り当てに準拠する、と菅首相自身が明言しているのだ。 おカネ不足=景気の問題には金融政策と財政政策で、縦割り行政の弊害などには構造改革で、という政策の割り当てを強く意識している。その意味では、経済政策の「スジがいい」政権だといえるだろう。 ただし、菅首相自身の個性はやはり構造改革に傾斜していることに間違いない。そのため、景気悪化が続く際には、今よりも積極的な景気対策を出せるかどうかが今後問われることになるかもしれない。 定額給付金の追加支給や携帯電話料金の大幅引き下げ、NHK受信料の引き下げだけではなく、本命である消費減税や防災インフラの拡充などにも乗り出す必要が出てくるだろう。 日本銀行との協調も見直すべきだ。インフレ目標の引き上げを迫ると同時に、日銀側に政府として「約束」することから財政再建を外すべきである。むしろ雇用の最大化を政府が約束し、日銀はインフレ目標の達成を約束するという形で協調の「中味」を変更すべきだ。 これは理由がある。日銀がいくら景気の改善でインフレ目標の達成を目指しても、他方で政府というよりも財務省が財政再建を理由に増税してしまえば景気が悪化するからだ。菅義偉首相との会談後、記者団の取材に応じる日銀・黒田東彦総裁=2020年9月23日、首相官邸(春名中撮影) 金融緩和の威力の方が、財政政策の緊縮度合いを上回っていたために、なんとか長期停滞を脱することができた。それでも、デフレを完全に脱却できなかったのは、このちぐはぐな政府と日銀の協調の「中味」に依存している。ちぐはぐを正すためにも、政府と日銀の協調の見直しが必要だ。 そもそもインフレ目標が達成され、雇用が最大化していれば、経済成長は安定化し、それによって財政も安定化することは自明である。スガノミクスが成功するかどうかは、この自明な政策の割り当てを追求していけるかどうかにかかっている。

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    警戒すべき「反ガースー」勢力が仕掛けるニセ対立軸のワナ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(よしひで)官房長官が自民党総裁選で圧勝し、次期総理大臣になることが事実上確定した。菅政権の発足である。 菅政権にはまず直面する課題が二つある。一つは、新型コロナ危機にある日本経済と社会の立て直しである。もう一つは、早期の衆議院解散と総選挙での勝利だ。 前者は日本国民に直接関係する重大事である。後者は、無派閥の菅氏の政治的な基盤を強めるためにも必要になってくるだろう。そして総選挙で勝利するかどうかが、菅政権が長期的に持続するか、あるいは短命に終わるかの大きな分岐点になる。その意味では国民全員に間接的にも重要な意味を持つことになる。 菅政権が選挙で勝てるかどうか、それは内閣の顔ぶれとその政策に大きく依存する。もちろん個々の選挙区事情やまた野党の統一された動きができるのかどうか、そして菅政権をどうマスコミが報道するか、その印象操作によっても大きく変化しそうだ。 マスコミの印象操作といえば、総裁選の間もかなり深刻な問題が起きていた。前回のこの連載でも指摘したが、「菅vs石破」を、消費税をめぐって「増税vs減税」として対立させ、菅氏のイメージをダウンさせる戦略をマスコミはとるだろう、と指摘した。そしてそのような印象報道に左右される人たち(ワイドショー民)の存在が問題だとも書いた。実際に、この現象は顕著に生じた。 例えば、菅氏が「人口減少が不可避なので、行政改革を徹底して行った上で、消費税は引き上げざるを得ない」と発言した。これは具体的な日時を決めたものではなく、ごく一般論的なものだ。安倍首相(左)に花束を手渡す菅新総裁=2020年9月14日、東京都内のホテル ただしマスコミは前記した対立軸(消費増税vs減税)を狙っているので、まさに格好の素材を与えてしまったことになる。ツイッターなど会員制交流サイト(SNS)上では「菅氏は消費増税論者だ」と大騒ぎになった。懸念は「ワイドショー民」 テレビなどもワイドショーを中心にこの発言を拡大解釈して報じ、選挙の「争点」化しようと躍起だった。問題は、このような見え透いた報道でもワイドショー民を中心に大きく影響を受けることだ。軽薄な人たちだとは思うが、それが現実なのだからしょうがない。 菅氏はこのマスコミの悪しき印象報道に気が付いて、即時に安倍政権の経済政策を継承する意味でも「今後10年は、消費増税はない」と明言した。ただし、マスコミは、この発言も逆手にとって、「菅氏は増税発言での世論の反発で意見修正した」とネガティブキャンペーンの題材にした。 そしてまたもやワイドショー民はそのような印象報道に釣られて、菅氏のイメージを形成してしまうのである。実際には、菅氏の経済政策観は、リフレ政策(インフレ目標付きの金融緩和中心の経済浮揚策)が中核だ。 つまり経済を成長させ、それでさまざまな問題(社会保障、行政改革、規制緩和、財政再建など)をスムーズに取り組んでいける環境にしていく、そのような政策観でもある。「今後10年はない」は、常識的には消費増税は政治的に全否定したと同じなのだが、ワイドショー民はこれを「10年後には消費増税だ」とみなす人もいて、反知性極まれりだな、と率直に思う。 実際に、雇用や事業を確保するなど、十分な経済成長こそが財政再建を可能にすると、菅氏は積極的に打ち出した。また、新型コロナ危機には政府は国債を発行し雇用を守り、政府には国債発行で制限はない、とも強調した。 このような菅氏のアベノミクスの路線を継承し、さらに発展させていこうとする姿勢は、海外のメディアは中心的なメッセージとして伝えたが、国内ではそのような報道姿勢は少数である。むしろ消費税というニセの対立軸に加えて、今度は「官邸主導の官僚コントロールの弊害」を打ち出した。自民党新総裁に選出された菅義偉氏が映し出された街頭の大型画面を見つめる人たち=2020年9月14日、埼玉県川口市(内田優作撮影) これも単に常識的な知識が欠如でもしないかぎり騙されることはないのだが、それでもあたかも官僚は政権の決定とは違うことができる自由意志を持ち、それが望ましいとする「雰囲気」を前提にしたテレビなどの報道が盛んになった。政策がまだ決定されていない過程では、官僚の異論は議論を活発化させるためにも必要だろう。だが、政策が決定してからの官僚の異論(≒「自由な発言」)は単に政策の実行を妨害するノイズでしかない。総裁選で「予行演習」 いずれにせよ、自民党総裁選で、マスコミが争点化しようとしていた、消費税や官邸主導という点への注目は、一見すると「菅vs石破(あるいは岸田)」という対立軸だけのように思えるかもしれない。 しかし、実際には、マスコミはこのニセの対立軸を使って、近々の総選挙におけるニセの対立軸づくりも見据えている。つまり自公政権と野党を比較して、「緊縮(与党)vs反緊縮(野党)」、あるいは「自由に発言できない官僚(与党)vs自由に発言できる官僚(野党)」というイメージづくりの「予行演習」として、今回の総裁選を利用したと言えるだろう。 このマスコミが作り出すニセの対立軸に乗ることは、本連載の読者の皆さんはないだろうが、それでもワイドショー民は踊らされるに違いない。その数が少ないことを信じるしかない。 私見では、与党の中でまともな経済政策を実現できる可能性がある政治家は菅氏以外に当面いない。他の人材では、リフレ政策への理解が乏しいか、あっても政治的な実力が伴わない。 野党に至っては、それに期待することはよほどの夢想家でないかぎり現実的な選択肢ではない。改名しても立憲民主党などは、毎回、選挙のたびに消費減税を発言するが、結局は民主党政権のときからの「再分配優先で、経済成長は二の次」路線である。 ただ、総選挙がどうなるかはまったく分からない。政治的あるいは世論から見て「勝利」しないと、菅政権はただちに不安定化する可能性がある。それはよほど強度の(反ガースー的な)政治的イデオロギーに染まっているか、無知でないかぎり、日本の社会や経済の不安定化と同じであることは自明である。総裁に選出され会見する自民党の菅義偉総裁=2020年9月14日、東京都千代田区の自民党本部(桐山弘太撮影) なお「ガースー」は、菅氏が公認したニックネームであり、今後たまに論説でも使いたい。

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    内閣支持率爆上げ、「菅政権」も弄ばれるワイドショー民の不合理

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「ワイドショー民」たちほど信用できないものはないな。ここ数日、そういう言葉が自然と浮かんでくる。 安倍晋三首相が健康を理由に辞任を表明した後に行ったマスコミ各社の世論調査で、内閣支持率が異例の急上昇を見せ、不支持率を大きく上回った。辞任前の各社調査では、不支持率が支持率を上回り、その差が拡大傾向にあったが、一変してしまった。 特に、安倍政権の「宿敵」朝日新聞の世論調査では、7年8カ月の安倍政権を「評価する」声が71%に達した。安倍首相の辞任表明前と政策的な変化は全くないので、まさに世論が単に辞任報道を受けて意見変更したに他ならない。 そしてこの「意見変更」により、「世論」の大部分が、いかにテレビや新聞などの印象だけで判断しているか、との疑いを強めることにもなる。政策本位の評価ではなく、テレビや新聞での印象に左右され、感情的に判断する世論のコア、これを個人的に「ワイドショー民」と呼んでいる。 このワイドショー民とどこまで重なるか分からないが、この安倍政権に対する世論の在り方を分析している政治学者もいる。早稲田大政治経済学術院の河野勝教授の分析はその代表的なものである。 河野氏の分析を紹介する前に、世論調査で筆者が問題にしている点をいくつか指摘したい。安倍政権に関する世論調査の動向を分析すると、20〜30代の若年層では、内閣支持率が安定的に高水準で推移している。一方で、世代が上になればなるほど、政権の年数経過によって支持率が下落傾向にあり、時には急落した後に反転することを繰り返している。 安倍政権の経済政策の成果によって若年層の雇用状況が改善し、その状況が支持の高止まりを形成している、というのは分かりやすい仮説である。だが他方で、若年層より上の世代の支持率の急減少と回復という「支持率の循環」をどう説明すべきか。台風10号に関する関係閣僚会議に臨む安倍晋三首相(手前)。奥は菅義偉官房長官=2020年9月6日、首相官邸(川口良介撮影) 2点目はインターネットで熱い話題となっている消費税に関してだ。2014年4月と2019年10月に実施した消費税率引き上げが内閣支持率に大きな変化を示したかといえば、NHKの調査を含めてはっきりとしないのである。政策よりも「お灸効果」 むしろワイドショーなどで、安保法制議論や首相主催の「桜を見る会」関係を「スキャンダル」として連日取り上げた方が勢いよく上下動を起こす。財政政策上の最大の課題が、さほど内閣支持率に有意な変化を与えていない。これは注目すべきことだ。 実際に、河野氏は株価などと内閣支持率が連動していないことにも注目している。現在の日本では、安倍政権に考え方の近い層が厚く存在し、その層が政権の説明不足を求めて不支持を決めるという「合理的」な判断をしているというのだ。 確かに各種世論調査では、「スキャンダル」的な動きがあるたびに「説明が足りない」とする割合が上昇し、そして他方で内閣支持率は低下し、不支持率が上昇する傾向にある。いわば潜在支持層の政権に対する「お灸効果」だ。 そう見れば、今の国民の中には安倍政権と考えの近い支持層が非常に厚いのかもしれない。ただ、河野仮説のように本当に潜在的支持層の判断が「合理的」ならば、自分の利用できる情報を全て活用するはずだ。 経済データだけその判断に影響を与えないということは、特定のバイアスが存在していて、「合理的」、あるいはそれほど賢明な判断をしているとはいえないのではないか。それを示す代表例が、冒頭でも紹介した今回の内閣支持率のジャンプアップだ。 先述の通り、政権では、辞任表明以外に何の政策決定も起きていない。つまり、利用できるデータに変化がないにもかかわらず、世論の支持が大きく変わったのである。 これこそ、まさにテレビのワイドショーの話題の取り上げ方で政治への印象が大きく影響されているのではないか。個人的には、世論のコアにあるワイドショー民の存在を裏付けているのではないかと思う。空手道推進議員連盟設立総会に臨み、菅義偉官房長官(左)に話しかける自民党の石破茂幹事長=2014年6月(酒巻俊介撮影) さらに、これまでは、ほとんどの世論調査で「ポスト安倍」候補は断トツで石破茂元幹事長だったが、最新では軒並み菅義偉(よしひで)官房長官がぶっちぎりの首位となっている。このことも、最近テレビの露出の多さに影響されたワイドショー民の選択の結果だろう。「反緊縮」に煽られる人たち それでも筆者は前回で指摘したように、政策では石破氏や岸田文雄政調会長よりも菅氏の方が断然に優位だと考えているので「結果オーライ」だと黙っていればいいのかもしれない。しかし、このワイドショー民の存在が確かならば、最近ワイドショーが見せる「まき餌」を再びちらつかせる動きに注意すべきだろう。 多くのマスコミが石破氏に好意的なのはほぼ自明である。その中のいくつかの媒体で、石破氏を消費減税派に、菅氏を消費増税派として、それを「反緊縮vs緊縮」までに仕立て上げようという動きもあるようだ。 個人的には、金融緩和に否定的な石破氏が反緊縮派ということはありえないと思っている。それでも、この構図に煽られる人たちは多いだろう。 確かに、10%の消費税率を維持したまま反緊縮政策を目指すことも理論としては十分可能だろう。全品目軽減税率を導入したり、定額給付金を国民全員や特定層に向けて配布する考えもある。携帯電話代やNHKの受信料を政策的に「大幅」減少させたり、貧困家庭への光熱費免除もあり得る。 ただ、それらの政策を進めるために重要なのが、金融緩和のサポートだということは、言うまでもなく大前提になる。まさにこの考えに、菅氏が肯定的で、石破氏は否定的なのである。ワイドショーなどで見られる、消費税の在り方だけで両者を単純な対立図式とすることに、筆者が異論を唱える根拠でもある。 消費税は重要な政策だが、それでも財政政策のオプションの一つにすぎず、それを硬直的に消費減税原理主義と捉えるのはおかしい。ただ、いずれにせよ、新型コロナ危機以後、「コロナ税」のような動きに徹底して反対を唱えることは、日本経済のことを考えれば最重要である。この点については、「菅政権」の動きを注視していかなければならない。特別定額給付金でマイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 一方、立憲民主党など野党が、選挙のたびに消費税の減税や廃止を主張するにもかかわらず、国会が開会すると事実上忘れてしまうことを何度も繰り返している。だが、懲りもせずこの種の「煽り」に引き込まれる人は多い。 しかも、そのような「煽り」を批判しているだけなのに、なぜだか筆者が「消費増税賛成」や「消費税減税反対」派になってしまうようだ。個人的には、このようなタイプの人にならないことを多くの人に願うだけである。

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    コロナ禍の日本経済を救うのは「最強の盾」スガノミクスしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先週の連載では、安倍晋三首相の連続在任「2800日」を記念して、これまでのアベノミクスの総括と今後の課題を書いた。結論部分を引用しよう。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。 この論考が掲載された3日後に、安倍首相は健康悪化を理由に突然辞任を表明した。国民の多くは驚いたに違いない。 7年8カ月もの間、その強い責任感とリーダーシップで、日本の長期停滞を終わらせたことに、ここで改めて感謝と「お疲れ様でした」の言葉を送りたいと思う。もちろん残されたさまざまな課題は、われわれ国民がこれからも取り組んでいかなければならない。 現在「ポスト安倍」をめぐる政界の動きが急である。自民党は総裁選出を国会議員と各都道府県の代表による多数決で決める方向だという。 総裁選の主軸は、菅義偉(よしひで)官房長官と岸田文雄政調会長である。その他立候補を噂されている石破茂元幹事長や河野太郎防衛相らにとって、上記の選出方法が決まれば、今回は芽がないだろう。 菅、岸田両氏の政策の違いは、とりわけ経済政策において鮮明になる。前者はアベノミクスの継承であり、後者は財務省の主導する緊縮政策により立脚するであろう。 もちろん岸田氏も、当面は安倍政権の経済政策を継承すると口では言うかもしれないが、実際には財政再建を極めて重視することは間違いない。取材に応じる自民党の岸田文雄政調会長=2020年8月30日午後、東京都千代田区(萩原悠久人撮影) 筆者は、現状の日本経済で財政規律を持ち出すことは、日本社会の「死亡宣告」に等しいと思っている。新型コロナ危機で積極的な財政政策を続けなければ、失業者と倒産が雪崩のように出現してしまうだろう。財政規律を一時棚上げし、今は金融政策と財政政策の積極的な対応を行うべきだ。 実際に先進国や主要国際機関で、新型コロナ危機に直面する中で、財政再建に注力する政治勢力が中心になることはありえない。だが、日本では岸田氏が典型的だが、財政再建を公言する政治家が主流になりがちであり、その流れがそのまま日本経済を長く低迷させてきた人的要因でもあった。 率直に言って、筆者は菅義偉政権の誕生以外に、現在の日本経済には選択肢はない、と判断している。すなわちアベノミクスを継承し、それを超えていく「スガノミクス」こそが求められる。菅氏が築く経済の「防御帯」 アベノミクスの遺産は、前回の論考でも整理したように、日本経済に三つの防御帯を構築したことにある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」だ。それぞれの詳細な成果については、前回の論考をぜひ読んで頂きたい。 スガノミクスにはこれらの防御帯をさらに強固にしていくことが望まれる。特に主力に置くべきポイントが「雇用のさらなる改善」と「国民個々の所得増加」である。 雇用について特に重要視されるのが質的な改善だ。もちろん現在、新型コロナ危機で悪化している失業率や急減している有効求人倍率を回復させることは当然である。 しかし同時に、雇用の質的改善もさらに行うべきだ。失業率や有効求人倍率ほどには話題に挙がらないが、安倍政権の下で2018年から採用されている経済指標に「未活用労働指標」がある。これは簡単に言えば、失業者数、職に就いているものの現況をさらに改善したくて転職を希望している「追加就労希望就業者」や、不況で仕事を探すこと自体を断念した「潜在労働力人口」を広範囲に含めた指標である。 パートやアルバイトなど非正規雇用者のうち、正規雇用に転じたいと考えている人たちは「未活用労働指標」の中に含まれる。この数値が低ければ低いほど、雇用の質は改善される。 新型コロナ危機以前は、アベノミクスの成果で未活用労働指標の数値は年々低下していた。各国比較でも、図1のように断トツに良好なパフォーマンスを示していた。参照:厚生労働省。%は速報値 だが、現状では新型コロナ危機の影響で7・7%に上昇し、事態は悪化している。まずスガノミクスの課題は、この水準を昨年末の5・7%(確定値)まで引き下げ、さらに改善していくことである。 そのための政策上のイノベーション(革新)は何か。それは「菅政権」と日本銀行の協調による、名目国内総生産(GDP)成長率目標政策を採用することである。 日銀には雇用の重視を今以上に求めることになる。場合によっては日銀法を改正して、物価の安定と雇用の最大化について、日銀に対して明瞭にコミットさせる必要も出てくるだろう。会見で辞任の意向を表明、退席する安倍晋三首相。奥は菅義偉官房長官=2020年8月28日、首相官邸(春名中撮影) これには官僚勢力の強い抵抗も予想される。ただ、菅氏が官房長官時代に培った抜群の官僚抑止の手腕が発揮できるに違いない。 菅氏の官僚操縦術を支える官房長官には、やはりその面で抜群のセンスを誇る河野太郎防衛相が適任かもしれない。これは嘉悦大の高橋洋一教授らのアイデアでもあるが、さすがにどうなるかは分からない。「政策協調」カギ握るのは 余談は控えて、経済政策に戻ろう。名目GDP成長率では、4%の政策目標を掲げるべきだ。 ただし、過去に政府が掲げたような実質成長率の明示までは特に必要ではない。あくまで名目GDPの成長率に徹した方が日本経済にとって得策である。なぜなら日銀の金融緩和に大きな改善の余地を与える必要があるからだ。 最近、米中央銀行である連邦制度準備理事会(FRB)は、雇用の最大化を目指して、「一定期間の平均で」2%のインフレ目標に向かうように試みると発表した。これはエコノミストのラルス・クリステンセン氏らが指摘しているように、従来のインフレ目標の上限値2%を2・5%に引き上げたのと同じ効果を持っており、大きな緩和効果が期待できるだろう。 日銀も、現状ではインフレ目標2%を超えても、しばらくは放置するといっている。おそらく今の黒田東彦(はるひこ)総裁率いる日銀の公式見解では、FRBの政策変更と日銀の現状の政策は同じであると述べるだろう。 だが、それは正しくない。特に黒田日銀の現状では、あまりにインフレ目標へのこだわり(≒コミットメント)が弱まっているのが問題だ。 これを「菅政権」との政策協調で、4%の名目GDP成長率目標政策を約束させるのである。今の日本の経済の潜在能力を考えれば、事実上2%以上のインフレ目標を国民に約束したことに等しくなる。 現状の日本経済の潜在能力は、経済回復が進めば徐々に上昇していくと考えられるが、当面は1~1・5%程度だろう。そうなると2%以上のインフレ目標が当面必要になる。 黒田日銀は、政府との4%の名目GDP成長率目標政策の協調を確約した段階で、FRBと同様に「平均して2%のインフレ目標に向かうように努力する」と宣言すべきだ。さらに一段増やして「3%のインフレ目標の引上げ」でも構わない。金融政策決定会合後、記者会見を行った日銀の黒田東彦総裁=2020年7月15日、日銀本店(代表撮影) この4%の名目GDP成長率目標政策の協調のためには、名目GDP成長率の上昇を損なう財務省、つまり「岸田的な増税路線」、財政再建路線の放棄が必然的になる。 4%の名目GDP成長率目標が達成された段階で、そこから今度は5年、10年先をめどにして名目GDP「水準」目標に切り替えていく。そうすれば、消費増税を実施しない期間のアベノミクスがそうだったように、債務残高とGDP比率が安定的に推移し、財政破綻の危機はなくなるだろう。 実際に菅政権が誕生するかどうかは分からない。政権が誕生しても派閥のない菅氏がどこまで自民党の増税勢力を抑え込むことができるか未知数だ。だが、現状のポスト安倍の布陣を見る限り、菅氏以外に選択の余地はない。 日本経済と社会の再生のためにも、スガノミクスの誕生に期待したい。

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    コロナ禍でも踏ん張れるアベノミクス2800日の「レガシー」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 安倍晋三首相の連続在職日数が8月24日に2799日となり、史上最長になった。首相の大叔父にあたる佐藤栄作元首相を抜く記録である。 佐藤政権の時代はちょうど高度経済成長の後期に該当し、筆者も当時をよく記憶している。特に政権の最晩年に近づくにつれ、単に長期政権というだけで、国内のマスコミや世論の批判を受けていた側面がある。国外ではノーベル平和賞をはじめ、経済大国に押し上げた経済政策を評価されていたこととは対照的だった。 現在も続く新型コロナ危機でも、安倍首相の経済対策と感染症抑制に対する評価が国内外で全く異なっていることは、前回の論考でも説明した。筆者は常に、政策ごとにデータと論理で評価することに努めている。 政策には100点満点も0点もあり得ない。しかし、多くの人は全肯定か全否定しがちである。それは愚かな態度であるが、おそらく本人に指摘しても変わることはないほど強固な認知バイアスだといえる。 筆者の周囲にも「私の直観や感情では、安倍首相は悪い人」といって、どんなに論理や事実を提示しても意見、いや「感情」を改めることのない人は多い。このような人たちの多くは、テレビのワイドショーや報道番組の切り口に大きく影響されてしまう。「ワイドショー民」としばしば呼ばれる人たちだ。 このような感情的な反発がベースにあるワイドショー民が増えてしまえば、政治家の「人格」も「健康」も軽く扱われてしまう。要するに、非人道的な扱いの温床につながるのである。 安倍首相のケースでいえば、8月17日と24日の慶応大病院での受診や、新型コロナ危機の前後から続く過度な執務状況がそれに当たる。心ない反安倍系のマスコミ関係者や野党、そしてそれに便乗する反安倍的な一般の人々による、まさに醜悪といっていい発言を最近目にすることが多い。東京・信濃町の慶応大病院に入る安倍晋三首相=2020年8月24日(酒巻俊介撮影) この人たちはおそらく人を人と思っていないのだろう。どんな理屈をつけてきても、それでおしまいである。議論の余地などない。健康を政争にしかねない野党 ましてや、国会で首相の健康の状況を政争の論点にしようとしている野党勢力がある。そのようなレベルの考えだから、いつまでたっても支持率が低いままなのだ。きちんと政治を見ている心ある人たちもまた多いのである。 経済評論家の上念司氏は、8月24日の文化放送『おはよう寺ちゃん活動中』で「野党が(首相は)休むんじゃないとかひどいことを言っている。この健康不安説を流しているのは野党とポスト安倍といわれる政治家の秘書ではないか」と推論を述べている。首相の健康不安を過度にあおり、それを政争にしていく手法は、本当に醜悪の一言である。 この手の政治手法に「よくあること」などと分かった風のコメントをする必要はない。単に、人として品性下劣なだけだからだ。 実際には「一寸先は闇」なのが政治というものである。それでも、民主国家の日本でこれほどの長期政権を続けられるのは、国民の支持がなければあり得ないことだ。 この連載でも常に指摘していることだが、安倍政権が継続してきた主因は経済政策の成果にある。新型コロナ危機を一般化して、安倍政権の経済政策の成果を全否定する感情的な人たちもいるが、論外である。 もちろん景気下降の中で消費税率の10%引き上げを2019年10月に実施した「失政」を忘れてはならない。さらにさかのぼれば、二つの経済失政がある。2014年4月の8%への消費税引き上げと、18年前半にインフレ目標の到達寸前まで近づいたにもかかわらず、財政政策も金融政策も事実上無策に終わらせたことだ。2020年2月18日付の社説で、安倍政権の消費税率引き上げについて「大失態」だったと酷評する米紙ウォールストリート・ジャーナル(右)と英紙フィナンシャル・タイムズ(寺河内美奈撮影) ただし、きょう2800日を迎える中で、新型コロナ危機以前の経済状況については、雇用を中心に大きく前進していた。「長期デフレ不況」の「不況」の字が取れ、「長期デフレ」だけになっていたのが、2度目の消費増税に踏み切る19年10月以前の経済状況だったといえる。 このことは、経済に「ため」、つまり経済危機への防御帯を構築したことでも明らかである。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の防御帯は主に3点ある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」である。 これらのほぼ全てを事実上、アベノミクスの「三本の矢」の金融政策だけで実現している。この状況に、積極財政の成果も急いで加えることができたら、インフレ目標の早期実現も可能となり、経済はさらに安定化しただろう。めちゃくちゃな経済批判のマスコミ 雇用改善については、第2次安倍政権発足時の完全失業率(季節調整値)が4・3%で、新型コロナ危機前には2・2%に低下していた。現状は2・8%まで悪化しているが、あえていえばまだこのレベルなのは経済に「ため」があるからだ。 有効求人倍率も、政権発足時の0・83倍から、新型コロナ危機で急速に悪化したとはいえ、1・11倍で持ちこたえているのも同じ理由による。ただし、「ため」「防御帯」がいつまで持続するかは、今後の経済政策に大きく依存することは言うまでもない。 このような雇用の改善傾向が、若い世代の活躍の場を広げ、高齢者の再雇用や非正規雇用者の待遇改善、無理のない最低賃金の切り上げなどを実現することになった。 そのような中で、朝日新聞は首相連続在職最長になった24日に「政策より続いたことがレガシー」という東京大の御厨(みくりや)貴名誉教授のインタビュー記事を掲載していた。現在の朝日の主要読者層には受けるのかもしれないが、7年にわたる雇用の改善状況を知っている若い世代にはまるで理解できないのではないか。 日経平均株価は政権発足前の1万230円から2万3千円近くに値上がりし、コロナ危機でも安定している。為替レートも1ドル85円台の過剰な円高が解消されて、今は105円台だ。これらは日本の企業の財務状況や経営体質を強化することに大きく貢献している。 ところが、24日の日本経済新聞や読売新聞では、新型コロナ危機下であっても、財政規律や基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化の先送りを問題視する社説や記事を相変わらず掲載している。産経新聞は、比較的アベノミクスの貢献を詳しく書き、消費増税のミスにも言及している。 ただ、今回は別にして、産経新聞も財政規律を重んじる論評をよく目にすることは注記しなければならない。他にもツチノコのような新聞があったが、今はいいだろう。2万3000円台を回復した日経平均株価の終値を示す株価ボード=2020年8月13日午後、東京・日本橋茅場町 これらのマスコミは経済失速を問題視する一方で、その主因の消費増税などをもたらす財政規律=緊縮主義を唱えているのだ。まさにめちゃくちゃな論理である。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。

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    「戦後最悪」GDP減があぶり出す、悪意に満ちた恥知らずな面々

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 内閣府が発表した2020年第2四半期(4~6月)の実質の国内総生産(GDP、季節調整値)速報値は前期比7・8%減、年率換算では27・8%減となった。4月から6月の間は、緊急事態宣言の発令期間を含むため、当初から大きく経済が落ち込むことが予想されていたが、ほぼその見込み通りとなった。 ワイドショーや報道番組などマスコミは、この減少幅からリーマン・ショックを超える「戦後最大の落ち込み」と報じている。「補正予算の効果が入ってこれだけの落ち込み、大変だ!」と騒いだり、一部の野党のように「アベノミクスの失敗だ」という見方を示す人たちもいるが、おそらくこの種の人たちは、今回の「新型コロナウイルスの経済危機」をきちんと理解していない。 まず、そもそもリーマン・ショックといった通常の経済危機と比較すること自体が間違っている。 その前に、年率換算で経済の落ち込みを評価する「慣習」もばからしいので、そろそろやめた方がいいだろう。なぜなら年率換算とは、今期の経済の落ち込みが同じように1年続くという想定で出した数値である。 冒頭でも指摘したが、今期は緊急事態宣言という経済のほぼ強制的な停止と、その後の再開を含んでいる期間だ。これと同じことが1年継続すると想定する方がおかしいのは自明である。 その上で、リーマン・ショックのような通常の経済危機との違いも明瞭である。通常の経済危機の多くは「総需要不足」によって引き起こされる。簡単にいえば、おカネが不足していて、モノやサービスを買いたくてもできない状況によって生じるのである。 だが、今回の新型コロナ危機は事情がかなり違う。政府が経済を強制的に停止したことによって引き起こされているからだ。4~6月期の国内総生産(GDP)速報値の発表を受け、「アベノミクスが失敗に終わったことを示すものでもある」とのコメントを発表した立憲民主党の逢坂誠二政調会長=2020年7月(春名中撮影) それによっておカネが不足することもあるが、そもそもの主因は強制停止自体に基づく。そのためこの強制的な経済の停止期間を乗り切れるかどうかが、経済対策のポイントになる。 もちろん新型コロナ危機の前から、景気後退局面にあった2019年10月に消費税率を10%に引き上げたという「失政」もある。これは忘れてはいけないポイントだが、本稿では当面新型コロナ危機の話だけに絞りたい。 ここで、新型コロナの経済危機の特徴をおさらいしておこう。「コロナ経済危機」三つの特徴 1)新型コロナの感染がいつ終息するか、誰も分からない。これを「根源的不確実性」が高いという。天気でいえば、明日の予想確率が全く分からない状況だ。雨かもしれないし、晴かもしれない。ひょっとしたら大雪か、はたまた酷暑かもしれない。 つまり、予想が困難な状況を意味する。最近はワクチン開発や感染予防、早期治療のノウハウも蓄積してきているため、「根源的不確実性」のレベルはかなり低下してきているが、いまだに国内外で新型コロナ危機の終わるめどは立っていない。 2)経済活動と感染症抑制はトレードオフ関係にある。経済活動が進めば、それだけ感染症の抑制が難しくなり、抑制を優先すれば経済活動を自粛しなければならない。この発想に基本的に立脚して、日本は緊急事態宣言を発令し、諸外国はそれよりも厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を採用した。 ただし、最近の研究では、ロックダウンと感染症抑制は相関しないという検証結果が相次いで出ている。むしろ、ソーシャルディスタンス(社会的距離)やマスク利用の徹底のような日常的な感染症対策や、医療サービスの確保などに留意し、その上で経済活動を進めていく方が望ましい。経済活動を自粛するにせよ、限定的なものが最適になる。 いずれにせよ、緊急事態宣言の効果は、今回のGDP速報値に含まれているので、経済の落ち込みへの「寄与度」を分析してみたい。この場合、既に指摘したように年率換算や単なる前年同期比で比較するのはセンスがない。 分かりやすくいえば、経済の落ち込みと再開が短期的にかつ急激に現れているのが、新型コロナ危機の特徴だった。そうであれば、むしろ前期比(季節調整済)を利用した方がいい。 今期の経済全体の落ち込みは前期比で7・8%減だった。この「マイナス成長」はどのような要因でもたらされたかといえば、4・5%減の消費と3・1%減の輸出である。 理由は分かりやすいだろう。緊急事態宣言中で消費が委縮し、国際的な感染拡大の影響が輸出に及んでいるからである。GDP速報値が年率換算で27・8%減となり、記者会見する西村経済再生相=2020年8月17日 3)経済対策は、感染が終息しない時期の対策(感染期の経済対策)と、その後の経済の本格的な再開時期に採用される政策(景気刺激期の経済対策)では、かなり内容が異なる。 感染期は感染抑止が最優先されるため、限定的にせよ全面的にせよ経済活動がほぼ強制的に停止することになる。客が来なくてもどの店も潰れず、仕事がなくても労働者が解雇されない、そういうサバイバルを可能にする政策を採用する必要がある。注:IMFブログより引用 多くの国では、給付金や減税などの「真水」政策と、融資などの政策を組み合わせて、そのサバイバルを目指した。この感染期の経済対策についてGDP比で見ると、日本は国際水準でトップクラスである。落ち込み「批判ありき」では分からない ただし、景気刺激政策に関して、日本政府はいまだ無策に等しい。「GoToトラベル」が景気刺激期の経済対策の一つだったが、感染終息がまだ見えない段階で始めてしまったために、その効果は大きく削減された。 さらに、景気刺激期の政策であるため、感染抑制に配慮していないことも問題視されている。だが、繰り返すが、日本の感染期の経済対策は、不十分な点はあるかもしれないが、それでもかなりの成果を上げていることを忘れてはならない。 国際通貨基金(IMF)の今年度の経済成長率予測で、日本は先進国の中で最も落ち込みが少ない。それは先のGDP比で見たように、給付金や融資拡大といった感染期の経済対策が貢献しているのは自明である。 ここまでは、新型コロナの経済危機について、大きく三つの特徴をおさらいしてみた。それでは、今回の経済の落ち込みの国内の主因である消費について見てみよう。この点では、明治大の飯田泰之准教授による明快な説明がある。 飯田氏は「『家計調査』をみると、消費の低下は4-5月が大底となり、6月には年初の水準まで回復していることが分かります」と指摘している。その上で「ただし、消費については4-5月の消費手控えの反動(4-5月に買わなかった分6月にまとめて買った)可能性が高いでしょう。今後の回復の強さについては7月分の消費統計に注目する必要があります」とも言及している。 これは、緊急事態宣言の発令中には、そもそも消費したくてもお店が閉まっていることや、感染拡大を忌避して、積極的な買い物をする動機付けが起きない人々のマインドゆえに消費が急減少したことだ。 そして総需要不足、つまりおカネ不足がそもそもの主因ではないために、宣言解除後から急激に消費が戻っていることが明瞭である。この消費の急激な回復には、感染症へのマインド改善とともに、定額給付金効果もあったに違いない。ただ、今後については分からないのも確かだ。東京・新宿の慶応大病院に入る安倍晋三首相が乗ったとみられる車=2020年8月17日(児玉佳子撮影) このように政府の経済対策では、評価すべきところは評価しなければならない。政権批判ありきの悪意の人たちは、ともかく「アベノミクス失敗」「無策」と全否定しがちだ。それは政治的な煽動でしかない愚かな行為で、より望ましい経済政策を議論する基礎にはなりえない。 さらには、安倍晋三首相が検査のために慶応大病院(新宿区)に行ったことを、鬼の首をとったかのように、政権批判や首相の健康批判に結びつける論外な人たちもいる。この点については、タレントのダレノガレ明美の真っ当な意見を本稿で紹介し、悪意の人たちに猛省を促したい。タレントのダレノガレ明美のツイート 経済対策に話を戻す。今後最も懸念される事態は先述の通り、本格的な景気刺激策が採用されていないことだ。この点については、問題意識と具体的な対策に関して、8月17日の「夕刊フジ」で解説したので、ぜひ参照してほしい。 付言すれば、定額給付金については、もう一度10万円配布でもいいが、それよりも「感染終息まで毎週1万円の給付金を全国民に」という大阪大の安田洋祐准教授の案が望ましい。この政策は長期のコミットメントにもなることで、金融政策とも折り合いがいい。恒久的な消費減税の代替や補完にもなるだろう。

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    周庭氏の逮捕でも日本メディアの「中国幻想」は消えないらしい

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国の「狂気」は拡大するばかりである。香港警察は8月10日夜、香港の民主化運動の象徴ともいえる周庭(アグネス・チョウ)氏を香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で逮捕した。周氏はここ数日、香港郊外にある自宅周辺で不審な人物が多数いることをフェイスブック上で伝えていた。既に警察の監視下に置かれていたのだろう。 香港の新聞界で、国際的にも民主化運動の広がりに寄与していた蘋果(ひんか)日報(アップル・デイリー)を発行する壱伝媒(ネクスト・デジタル)の創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏や同紙社長ら少なくとも9人が、やはり同法違反で逮捕された矢先だった。 周氏もフェイスブックで、「今日『アップル』で起きたことは、将来また起きるかもしれません」と書いていた。自身への波及を予知していたのかもしれない。 翌日の11日夜になって、警察は周氏を保釈した。黎氏も近く保釈される見通しだという。警察署から出てきた周氏は会見を行い、パスポートを没収されたことを明らかにし、「どうして逮捕されたのか全く理解できない。政治的な弾圧だ」と語った。 ただ、周氏や黎氏の逮捕容疑の詳細はいまだ不明である。国安法が成立と同時に施行されたのが6月30日のことだ。それ以来、両氏に目立つ政治的な活動はない。 香港紙によれば、黎氏については、国安法第29条に禁止されている「外国勢力と結託して国家の安全に危害を与えた」とする容疑だという。しかし、多くの報道や識者たちが指摘しているように、黎氏にも周氏にも国安法施行後、容疑に該当する行為はない。 疑いがあるとすれば、ただ一つある。国安法は施行以前の言動を対象としていないが、法適用を恣意的に、つまりでたらめに援用した疑いが香港警察自体に生じる。 さらに言えば、そのように香港当局を行動させている中国政府の意志そのものが違法である。つまり、罪を犯しているのは中国政府自身なのだ。この場合の「法」とは、国安法のようなちんけな法律を意味していない。国際社会で通念として受け入れられる言論と表現の自由を守る法である。2020年8月11日、保釈後に香港の警察署前で記者会見する周庭氏(左)(藤本欣也撮影) おそらく、今後はかなりの拡大解釈が行われ、周氏らの「容疑」がでっち上げられるだろう。注意しなければいけないのは、国安法の適用は海外で活動している他国民にも及ぶことだ。 特に、メディア関係者や言論人に危害が及ぶ可能性がある。危害の可能性があること自体、海外メディアや言論を委縮させる効果につながる。中国の狙いが世界のマスコミへの牽制(けんせい)であることは疑いない。米中対立の狭間で ジャーナリストの福島香織氏は自身のツイッターでこの点を的確に指摘している。 中共の恫喝の相手は私たちメディアだということだ。外国記者たちは今後、香港の市民からコメントをとることすら、ブレーキがかかる。取材を受けたことを扇動罪とすることは、外国メディアに対する恫喝だ。中国や香港のメディアだけでなく、外国メディアもコントロールしようということだ。 そして、今回の周氏らの逮捕は、米中対立の高まりを受けた対応でもあるだろう。トランプ政権は、今月7日に林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官を含む香港政府高官や中国共産党幹部ら11人が米国内に有する資産凍結と米国人との取引を禁止する制裁対象に指定した。これに対して、中国側も米上院議員や国際人権団体代表ら11人を制裁対象にしたと発表した。 周氏の自宅周辺に警察関係者と思しき連中が姿を見せたタイミングと符合もしている。郵便学者で国際的なプロパガンダ(国家利益のための情報利用)にも詳しい内藤陽介氏がブログで指摘しているように、周氏らの逮捕はまさにこの米国に対する報復の延長線にあるのだろう。 さらにトランプ政権は、台湾にアザー厚生長官を派遣した。米閣僚の訪台は6年ぶりとなる。 新型コロナウイルスの抑制で目覚ましい実績を挙げている台湾との情報交換が表向きの理由である。だが、もちろん米国側には、南シナ海や尖閣諸島、そして台湾に対して軍事的脅威を強めている中国への牽制が思惑にあることは明白である。 中国側も、共産党系メディアなどを通じて、米国への批判をエスカレートさせ、中国空軍も台湾空域に侵入して威嚇を行っている。もちろん尖閣諸島への連日の中国の侵入行為や、これから懸念される中国の民間漁船を利用した「違法操業カード」も忘れてはならない。台湾総統府で会談する蔡英文総統(右)とアザー米厚生長官(左)=2020年8月10日(台湾総統府提供・共同) 全ては連動しているのだ。香港、台湾、尖閣がバラバラに進行しているのではない。また、周氏らの逮捕は香港の言論弾圧だけではなく、福島氏の指摘のように海外メディアの報道の自由を危うくさせる手段でもあるのだ。 ところが、ここで驚くべき認識に遭遇した。10日夜のテレビ朝日系『報道ステーション』で、アザー長官と蔡総統との会談を報じたときのことだ。 米中の緊張の高まりを報じる映像の後で、レギュラーコメンテーターがまず「台湾に自粛を求めたい」と発言したのである。すぐに付け足すように「米中台の自粛」と言っていたが、「台湾への自粛」を求める発言が優先して飛び出すことに、筆者は何より驚いた。本当に恐ろしい「懐疑的無差別」 このような「自粛」発言こそが、中国政府が最も外国メディアに求めている姿勢だろう。また『報ステ』にも、先述のように台湾、香港、そして尖閣問題が全て連動していること、それだけではなく、中国の対外工作がいよいよ過激化していることに対する問題意識が希薄なことは明らかだ。 現在、インターネット上では「#FreeAgnes」のハッシュタグをつけた抗議活動が盛り上がっている。もちろん抗議はどんどん行うべきだろう。 だが、他方でそのハッシュタグ運動を進めている日本国内の「リベラル」言論人の多くに対しては、何とも薄っぺらい気がしてならない。その「リベラル仕草」とでもいうべき人たちは、中国政府がわれわれと同じ価値観や政治観に立脚していると思っているからだ。 中には「大国」としての自覚を中国政府に求めている「リベラル」系識者もいるが、本当に愚かしいことである。中国の「大国」化は、貪欲なカネへの志向と専制的な振る舞いへの傾斜、その意味での大型化というだけだ。だから、われわれと同じ価値観における振る舞いを求めるような合理的説得は幻想でしかないのである。 これから中国政府は、対外プロパガンダ工作をさらに推し進めていくことだろう。ネット上の工作もあるだろうが、警戒すべきは官庁や大学などを通じた言論弾圧行為である。中国政府に対する批判を「差別的な行為」として自粛や禁止する動きが最も警戒される。この点については、盆休みなどを利用して、ぜひ次の書籍をまず読まれることを期待したい。 一つは、福島氏が訳した経済学者でジャーナリストの何清漣(か・せいれん)氏の『中国の大プロパガンダ』(扶桑社)だ。これには中国の対外宣伝工作の歴史と手法が詳細に綴られている。 もう一冊は、評論家の江崎道朗氏の『インテリジェンスと保守主義』(青林堂)だ。江崎氏は、インテリジェンスの重要性を強調してきたこの分野の第一人者である。本書には、対中国に関しても「戦争は宣伝戦から始まる」として、多様な視点から分析を行っている。これからの日本国内の政策を考える上で必携の書だろう。香港・九竜地区の裁判所に出廷する民主活動家、周庭氏=2020年8月5日(共同) 最近の経済学の研究では、対立する主張や、フェイクニュースの類いが出てくると、本当は正しい情報だろうがフェイクニュースだろうが、多くの人はどちらにも懐疑的になってしまうという。つまり、情報を操るプロパガンダが強まるほど、人々が真実にアクセスしづらくなる可能性が高まる。これを「懐疑的無差別」と呼んでいる。 幸いにも、中国に対する「懐疑的無差別」の状況に、日本の世論はまだ陥っていない。だが、その危険性は日増しに強まるだろう。 おそらく、これから対中国に関して、日本の言論や世論は決定的に深刻な局面を迎えるに違いない。そのときにぶれない軸を持つことが重要だ。今回挙げた福島氏や内藤氏、江崎氏らの著作や発言を参考にして、そこからさらに自分たちの目でこれからの事態を読み解いていくことを、読者の皆さんに強くお願いしたい。

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    「数字の恐怖」に騙されない!経済と両立できるコロナ第2波への良薬

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ワイドショーの煽りがやまない。新型コロナウイルスに関するほとんどの報道が、全国や都道府県別の新規感染者数や、家庭内や若者に代表される感染経路に偏って報じられているからだ。 前者は、特に「過去最高」という視点からの報道が主流になっている。これは新聞など他媒体でも変わらない。 8月2日の朝日新聞デジタルでも、ほぼ感染者数の動向しか記載していない。確かに感染者数だけ見ると「過去最高」の数字は深刻に思える。しかし、新規感染者数の全国・都道府県別の総数だけを強調することが、本当にバランスのとれた報道といえるのだろうか。 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が7月31日に提出した「今後想定される感染状況の考え方(暫定合意)」を見ても、そうでないことは明らかだ。感染者数「だけ」の推移を見たり、3〜4月ごろの感染者数の動向と単純比較するのが正しくないことが明瞭に解説されている。 3、4月と6、7月の感染拡大を比較すると、後者では検査能力の拡充による無症状病原体保有者なども計上されていることや、医療機関や高齢者施設などの感染防止対策の成果等もあり、若年層を中心とした感染拡大が生じている。そのため、現在までのところ感染者数の増加に対して、入院者や重症者の割合が低くなっている。 この結果、3、4月の感染拡大時に用いた新規感染者数や倍加時間、感染経路の不明な症例の割合といった指標は、そのままでは医療提供体制のダメージなど、防がなければならない事態との関係性が、以前とは同等ではなくなっている。 検査の在り方や医療機関や高齢者施設における感染症対策の向上、そして治療法の確立が、3〜4月期に比べて変わった点だ。これは経済学でも「政策レジーム転換」といわれるものにあたる。いわば「ゲームのルール」が変わったのである。 野球でいえば、三振でアウトになっていたのが四振でアウトに変われば、間違いなくゲームの大きなルール変更だろう。それまでの選手データは当然、直接的に比較するのが難しくなる。 同じことは経済政策でも言えて、経済環境が従来から大きく変化するときに、これまでと同じような政策を用いても効果があるとは限らない、という意味である。 政策ルールをいつまでもデフレを継続するようなものから、デフレ脱却にコミットするルールに変更する。この政策レジームの変更と同じことが、感染症対策の評価についてもいえる、と政府の分科会は指摘しているのだ。新型コロナウイルス感染症対策分科会の冒頭、あいさつする同会の尾身茂座長=2020年7月6日(川口良介撮影) つまり、ワイドショーや他の媒体で、3〜4月期の感染者数と直近の感染者数の多寡を比べるのは適切な報道の在り方ではない。こうしたことは政府の公式資料を見れば、数分で気が付くことだ。だが、マスコミはそのような配慮をせずに、単純な「数字の恐怖」を煽るだけである。 では、今はどの点に留意すべきか。この点についても、先の分科会の文書が明瞭に指摘している。夏の「接触機会」減らすには? 検査体制(PCR陽性率など)、公衆衛生への負荷(新規報告数、直近1週間と先週の1週間との比較、感染経路不明の割合 など)に加えて、「新しいルール」では、特に医療提供体制への負荷(医療提供体制の逼迫(ひっぱく)具合)への注意を強調している。この指摘を踏まえて、今の政府の判断はどうなっているのか。 分科会の暫定合意は、単にマスコミ報道のように感染者数の人数のグラフで煽っているような爆発的拡大ではない。ただ、上図のように、既に緊急事態宣言といった強制性のある対応を検討する段階であり、メリハリの利いた接触機会の逓減を提起している。 特に挙げられる論点は、やはり夏休みの帰省だろう。それも、単に移動距離が大きい旅行だからではないことは明らかだ。 若い家族が自らの実家や田舎に帰る。そこには高齢の親戚がいるかもしれない。若い人たちに感染が拡大している状況では、かなり深刻な感染リスクをもたらすだろう。 この論考を書いている段階でも、新型コロナ対策を務める西村康稔(やすとし)経済再生相が分科会で対策を検討すると述べているので、掲載された時点では何らかの対応が発表されているかもしれない。いずれにせよ、お盆休みが接触機会の逓減を実現できるかどうかの山場となるであろう。 3〜4月期に比べると、今回は感染症対策と経済対策のトレードオフについて、合理的な解を見つけようと政府と分科会はかなり苦闘しているように思える。分科会の小林慶一郎委員は相変わらず「PCR至上主義」ともとれる資料を提出しているが、それに関してはノイズでしかないだろう。 ただし、不況が企業を淘汰してより高い生産性を実現する「清算主義」という「トンデモ経済学」で批判されている小林氏でさえ、中小企業の現状の深刻さを示す資料も提供している。もし、前回の緊急事態宣言と同じことを実施すれば、日本経済を決定的に悪化させ、中小企業の多数の倒産や営業停止、失業の高止まりなどが発生するだろう。これは小林氏だけではなく、筆者ら多くの経済学者やエコノミストが指摘していることである。 そのため、新しいルールで示されているような医療体制の充実と、それに伴う予算措置が必要になるだろう。もちろん、医療従事者に十分な給与を保障し、医療施設が経済的に困窮しない支援を併せて行うべきだ。そのための予備費活用も重要になってくる。 さらに、緊急事態宣言のような強制的な接触機会の制限がどれほど有効なのか、米国で経済学者と公衆衛生学の専門家が共同で取り組んでいる。 一例として、米カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)のデビッド・バカーイ助教授ら経済学者と、公衆衛生学の専門家たちが、分野を超えて提起した論文「第2波への対策」(Baqaee et al. 2020)がある。この論文では、米国を事例とした第2波対策を二つのシナリオでシミュレーションし、その結果を比較している。結論は次の図で示した通りだ。  この二つの図はともに、垂直軸に死亡者数と失業率を同時にとっている。水平軸は時間の経過を示す。失業率と感染者数、低下させるには? この論文では、第2波は7月以降に起きると想定されていた。両方の図にある点線の垂直線は、左側がこの論文が発表されたときまでの現実の動きを示している。垂直線の右側はこれからの「予想」を描いていることになる。 この前提を踏まえて二つの図を確認すると、明瞭に異なる点がある。左の図は、仮に第2波がきたときに、今まで欧米で採用された厳しい外出制限や営業禁止などを伴う経済的なシャットダウン(ロックダウン)を再び行った場合のシミュレーションだ。 失業率は高いまま推移し、シャットダウンしたにもかかわらず、感染による死者数が減るどころか、むしろ増加している。これは家庭内感染や小規模な友人・知人などのクラスター、病院や老人ホームなどで感染者数が激増し、死亡者も増えるということだ。店が閉まっていても、最低限の人付き合いまでなくなったわけではないからである。 右の図は一切シャットダウンしないケースだ。そうなると経済活動は普通に行われるので、失業率は急激に下がる。そして同時に「あること」を実行すれば、感染者数も劇的に低下する。 これらの仮想的な比較実験から、バカ―イ氏らは次の結論を導いた。1.経済的介入(シャットダウン)と死亡者の減少は相関していない。むしろ、経済的介入は失業率の上昇と死亡者数の増加の両方を実現してしまう。2.感染拡大と相関してないので、仕事の継続は可能だ。ただ、同時に上記の「あること」をする必要がある。それは、米疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインに従った生活方針、ソーシャルディスタンス(社会的距離)の継続やマスク着用などを採用することである。これは、日本でも同様のことを「三密」対策や「新しい生活様式」として提示している。 2-1.屋内での大人数集会の制限。劇場、スポーツ、その他のライブエンタテインメント(米経済の消費量の1%未満を占める)などリスクの高いビジネスの当面の閉鎖。→限定的なシャットダウンの採用。 2-2.マスクの着用、社会的距離の維持。 2-3.ウイルス検査と接触追跡の増加、自己隔離のサポート。 2-4.高齢者(75歳以上の人々)のための特別な保護、そのような補助生活施設や老人養護施設のスタッフや住民の定期検査実施のための財政支援、および高齢者を介護する労働者のための個人的保護具(マスク、フェイスシールドなど)の常備。そのための財政的な支援の実施。東京都庁で記者会見する小池百合子知事=2020年7月31日 バカ―イ氏らの研究は、今の日本でも大いに参考になるだろう。例えば、次の点が指摘できる。1)日本でも「第2波」が来たときに、全面的な休業要請よりも地域・業態を絞った休業要請に可能な限り留める。失業率の上昇など経済的な損失をできるだけ防ぐ。2)高齢者や持病を抱えている人たちなど、高リスクの人たちへの検査体制・追跡調査(接触確認アプリ「COCOA」の積極的推奨)・クラスター対策、医療・隔離施設の充実。その点に集中的に予算を配分する。3)マスク、社会的距離など「自主防衛」の徹底を促す。 もちろん、これとは別に、積極的な財政・金融政策を、その一部である予備費の有効活用を含めて実施することは言うまでもない。

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    TikTokやパクリ商法全開、中国の「合理的狂気」が止まらない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国共産党政府が「発狂」している。正確に言うならば、合理的発狂である。 その理由は簡単である。自ら拡大させた新型コロナウイルスで世界が弱っていることにつけこんで、本気で「世界秩序」を変えようとしているからだ。 香港の「一国二制度」を完全否定した「香港国家安全維持法」(国安法)の施行、尖閣諸島や沖ノ烏島へ執拗に繰り返される侵犯行為、南シナ海での違法な軍事的占拠、他国を過剰な借金漬けにして国ごと乗っ取る「債務の罠」戦略、ウイグル族に対する強制収容や宗教弾圧など、数え上げればきりがない。国際的な政治秩序の安定化からはほど遠く、まさに現在の自由と民主の価値観を根本から否定する覇権主義のモンスターである。 これらの行為が中国の理屈だけで世界にまかり通ると考えて実行していることが、狂気の本質である。狂った目的だが、それでも中国政府が目的を叶えるために合理的に算段している点を見逃してはならない。だからこそ「合理的狂気」なのである。 今までも中国の発狂行為に対し、世界は見て見ぬふりをしてきた。経済面でいえば、公然の「パクリ政策」を、中国が先進国に追いつくための「キャッチアップ効果」だの、政府主導の「産業政策の成功」だの、と一部で称賛してきた。 憐れむべき知的退廃である。本稿では、その実態を改めて示してみたい。 結論から言えば、やっていることは単に国家主導による先進国技術のパクリである。しかも、中国のパクリ経済の全貌がはっきりとつかめない。 最近では、ブルームバーグが「中国の攻撃でナンバーワン企業破綻か、トップ継いだのはファーウェイ」で、パクリの実態に注目している。記事では、カナダを代表する世界的通信機器メーカー「ノーテル・ネットワークス」が、21世紀初めから、中国政府からと思われるサイバー攻撃を受け、顧客情報や重要な技術を盗まれたという。 ノーテルは、このサイバー攻撃にあまりに無防備で対策も緩かったために、悲惨な道をたどる。ノーテルは技術的優位、とりわけ人的資源とマーケットを、中国政府の巨額の支援を受けた華為技術(ファーウェイ)に奪取されたのである。結局、ノーテルは2009年に破綻してしまった。中国空軍の航空大学を視察する習近平国家主席(右端)=2020年7月23日、中国吉林省長春市(新華社=共同) ファーウェイは元中国人民解放軍エンジニアの任正非(にん・せいひ)氏が創立した会社であることは広く知られている。識者の中には、ファーウェイと中国政府は必ずしも協調しておらず、むしろ対立していると指摘する人もいる。頭の片隅ぐらいには入れておいてもいいかもしれないが、正直役には立たない。 そんなことよりも、人民解放軍のサイバー攻撃隊が産業スパイの世界で君臨しているが、中にはイスラエルや北朝鮮が中国のサイバー攻撃をパクって、中国のふりをして攻撃している、とでも指摘した方が役に立つだろう(参照:吉野次郎『サイバーアンダーグランド』日経BP)。中国政府や人民解放軍、その系列企業に対する生ぬるい考えは捨てた方が無難だ。産業政策「成功」簡単な謎 こうして見れば、中国の産業政策がなぜ成功するのか、その「謎」は簡単だ。上述のように、先進国で成功している企業の情報や人材をそのままパクることで、市場自体も奪い取るからだ。 政府が望ましい産業を選別する伝統的な産業政策とは全く違うものだ。伝統的な産業政策はそもそも成功する確率が極めて低い。なぜなら、政府には市場に優越するような目先の良さも動機付けもないからだ。事実、日本の産業政策は死屍累々(ししるいるい)の山を築いた。 だが、中国の産業政策は基本的に市場をまるごと盗むことを目指す。パクる段階で逮捕や制裁のリスクがあるぐらいで、それも人民解放軍という、リスクをとることにかけてのプロが文字通り命がけでやってくれる。ものすごい「分業」に他ならない。 日本でも、中国政府や軍からのサイバー攻撃が続いている。今年に入っても、NECや三菱電機が大規模サイバー攻撃を受けたことが明るみになったように、自衛隊に関する情報の取得を目的に、防衛省と取引関係にある企業が狙われている。このように、日本の安全保障や民間の経済が脅かされているのである。 中国の合理的発狂といえる世界秩序改変の中で、新たな経済的覇権を目指す動きがある。その際も、いつものようにパクることから始まる。 米国のビーガン国務副長官や共和党のルビオ上院情報委員長代行が、中国の在米領事館を「スパイの巣窟」として長年にわたって問題視してきたことを明らかにしている。ロイター通信も、米政府が閉鎖を命じた南部テキサス州ヒューストンの中国総領事館が「最悪の違反ケースの一つ」である、と政府高官の発言を伝えている。 そのケースとは、おそらく新型コロナウイルスのワクチンに関する研究だ。このワクチンが世界でいち早く開発されれば、膨大な利益を生み出すことは間違いない。現在の米中の領事館の閉鎖の応酬は、中国のパクリ産業政策をめぐる攻防戦であり、姿を変えた米中貿易戦争といえる。 さらには、中国政府からの個人情報の保護も問題となってくる。米国のポンペオ国務長官は、動画配信サービス「ティックトック」に代表される中国製ソーシャルアプリの使用禁止を検討していると述べた。 多くの識者は、中国で活動する企業や、中国発の企業データを中国共産党のものと理解する傾向を指摘している。だから、ティックトック側がどんなにこの点を否定しても何度も疑いが生じてくる。ティックトックのロゴが映し出されたスマートフォンの画面(ロイター=共同)  7月、韓国放送通信委員会(KCC)がティックトックに対し、保護者の同意なしに子供の個人情報を海外に送信したというコンプライアンス(法令順守)違反で、同社に1億8600万ウォン(約15万4千ドル)の罰金を科したのもその表れだろう。韓国政府とティックトック側は現在も協議中だという。 ところで、ティックトックの国内向けの姉妹アプリ「抖音(ドウイン)」(ビブラートの意味がある)では、中国国内でティックトックのダウンロードや閲覧ができる。ロイター通信によれば、そのドウインからRain(ピ)やTWICE、MAMAMOO、ヒョナなどのK-POPスターのアカウントが削除や一時的なブロックを受けたらしい。米中、いずれを選ぶのか ロイター通信は確言していないが、中国政府側の「報復」の可能性を匂わせている。同様な事象が、これから特に人民解放軍系の企業や中国政府と密接な関係にある企業で生じるかもしれない。 ちなみに、こんなことを指摘していると、米国だって同じことをしているではないか、という反論がすぐに出てくる。短絡的な反応か、悪質な論点そらしか、鈍感なバランス取りだとしか言いようがない。 その点については、まずは米国の情報監視活動を暴露した米中央情報局(CIA)元職員のエドワード・スノーデン氏に関する書籍を読んで、満足すればいい(『スノーデン 独白: 消せない記録』河出書房新社)。筆者は、世界秩序の改変を目指す中国政府の方により強い危険を感じるのである。 確かに米国にも、日本の利益に反するリスクは経済上でも安全保障上でも存在する。それでも、あえて極言すれば、中国と米国どちらかを選べと言われれば、明白に米国を取る。 これは筆者個人の選択だけの話ではない。日本の選択としてこれ以外にないのだ。 米国は、問題があっても国民の選択によってよりよい前進が可能な、日本と同じ民主主義の国である。他方、中国は共産党支配の「現代風専制国家」であり、そもそも政府の問題点の指摘すら満足にできない。 ただし、現代風の専制国家では、パリ政治学院のセルゲイ・グリエフ教授が指摘する「情報的独裁」の側面が強い。暴力的手段は極力採用せず、インターネットを含めたメディアのコントロールを独裁維持のために利用する。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 政治的独裁に強く抵触しなければ、かなり「自由」な言論活動もできる。むしろ「自由」に発言させることで、政治的反対勢力の人的なつながりをあぶり出す可能性を生じさせるのである(参照:ベイ・チン、ダーヴィド・ストロンベルグ、ヤンフイ・ウー「電脳独裁制:中国ソーシャルメディアにおける監視とプロパガンダ」)。 中国か米国かの選択について、ジャーナリストの櫻井よしこ氏が月刊『Hanada』2020年9月号の「習近平の蛮行『世界大改修戦略』」の中で明瞭に述べている。最後にその言葉を引用しておきたい。 日本にとって中国という選択肢はありえない。だが同時に、米国頼みで国の安全保障、国民の命の守りを他国に依存し続けることも許されない。米国と協力し、日本らしい国柄を取り戻し、米国をも支える国になるのが、日本の行く道だ。 櫻井氏のこの発言に共感する人は多いのではないか。

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    トラブったのも必然、GoToトラベル「ボタンの掛け違い」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 政府の新型コロナウイルス対策としての観光支援事業「GoToトラベル」が、トラベルならぬ「トラブル」化している。東京都で新規感染者が増加傾向にある状況を踏まえ、東京を発着とする旅行を割引対象から除外し、さらに若者や高齢者の団体旅行の自粛も求めることになった。 「GoToトラベル」を含む「GoToキャンペーン」は旅行やイベントなどの費用補助や、飲食のポイント還元を行う需要喚起策だ。2020年度の第1次補正予算に計上されている。 「GoToトラベル」の場合、国内旅行をすると費用の半額が補助される。1人当たり1泊2万円、日帰りは1万円を上限としている。補助相当額の7割が旅行代金の割引、3割は9月以降に実施する「地域共通クーポン」として配布される予定だ。 当初の実施予定は8月からだったが、旅行業界からの早期実施の要請を受けて、政府が7月22日に前倒しを決めていた。「GoToキャンペーン」の予算総額は約1兆7千億円であり、新型コロナ危機で悩む旅行や飲食、イベントの各業界にとって、予算を使い切れば、かなりの経済効果がある。ただ、1次補正の際、この予算項目が入ったことに、筆者はかなり奇異な感じがした。 なぜなら、そもそもこの「GoToキャンペーン」自体が、感染が十分に抑制された後の景気刺激策だからである。 感染症対策の難しさは、経済活動と感染抑制がトレードオフの関係にあることだ。経済活動が活発化すればするほど、新型コロナの感染抑制が難しくなる。 逆に感染抑制を徹底していけば、経済活動を休止しなければならなくなり、人々の生活は困窮する。経済活動と感染抑制のトレードオフの「解」をうまく見つけ出すことが、国や各自治体の課題になるが、これが難しいことは日本だけでなく、世界の状況を見ても明らかである。 多くの国はトレードオフの「解」を見出すために、経済対策を二つのフェーズに区分している。最初の「フェーズ1」は、感染拡大期の政策であり、続く「フェーズ2」では、感染拡大が終息して景気刺激を始める段階の政策である。会見で記者団の質問に答える自民党の二階俊博幹事長=2020年3月(春名中撮影) フェーズ1の政策では、経済活動を休止した個人や企業への給付金や貸付などが中心になる。経済活動を拡大するのではなく、あくまで「維持」が主な目的である。 フェーズ2の政策の中心は、経済活動の再開や拡大を促すためのもので、消費減税や補助金交付を実施していく。今回の「GoToキャンペーン」はその意味で、典型的なフェーズ2の政策にあたる。 しかし、この「GoToキャンペーン」が予算化されたのは、まだ感染拡大が本格化したばかりの時期だった。フェーズ1の政策の中に、特定業界の景気刺激策が先行して入ったのは、全国旅行業協会会長を務める自民党の二階俊博幹事長の影響力も大きいだろう。キャンセル補填じゃ不十分 旅行業への経済支援、それ自体はもちろん間違っていない。実際、直近の雇用統計を確認しても、「宿泊業、飲食サービス業」「卸売業、小売業」「生活関連サービス業、娯楽業」などが特に悪化しており、深刻な状況だ。 ただ、現在の政府の対策はあくまで経済の現状維持を中心とするフェーズ1の政策で、しかもその効果は今秋にはほぼ消滅すると考えていい。このままでは旅行業界だけではなく、その他の業界でも中小企業を中心に倒産ラッシュになりかねない。 前回の論考でも指摘したが、現在の東京の感染拡大に関して、感染者の多くが若い世代であることや、重症者の少なさが強調されることで、3~5月上旬の第1波より軽視する見立ては間違っている。専門家たちが指摘するように、重症者のピークは患者発生数よりも後に来るために、今後の重症者増加が懸念される状況なのである。 その意味では、「GoToトラベル」が東京を除外したことや、対象者の自粛を要請していることはひとまず理解できる。だが、そうであるならば、感染抑制期であるフェーズ1の経済対策の強化も必要になる。具体的には、旅行業界に対して追加的な金銭的補償を行うことだ。 そのためには、予備費を活用するのがいいだろう。現状、政府はキャンセル料の補填(ほてん)を考えているが、それだけでは不十分だ。 旅行や飲食、娯楽関係に従事する中小企業を中心に従来の持続化給付金の上限を撤廃し、観光シーズンに当たる7~9月の前年比の売り上げ減少分を補填する。劣後ローンなどの活用も重要だ。 そして、政府や東京都などの地方自治体は感染症対策に全力を尽くす。このような予期せぬ感染拡大に応じて、柔軟な経済支援を行うための枠組みとして、多額の予備費を計上していたのだから、ぜひ活用すべきだ。 ところで、立憲民主党の逢坂(おおさか)誠二政調会長は「GoToトラベル」の延期を求めた上で、「2020年度第2次補正予算の予備費で、観光、交通事業者を支援すべきだ」と述べた。しかし、立民は5月末に「10兆円の予備費は空前絶後で、政府に白紙委任するようなものだ」と反対していたではないか。全く、この種の二枚舌というかダブルスタンダードには毎度呆れ果てる。観光支援事業「GoToトラベル」について記者会見する赤羽一嘉国交相=2020年7月17日 しかし、政府にも課題が重くのしかかる。まずは、現状の都市部での感染抑制が最も重要な一方で、旅行業界や、前回の論考でも触れた医療業界などに対し、予備費を用いた金銭補償は急務だ。 さらに現状の感染拡大の終息を踏まえて、フェーズ2の景気刺激政策として消費減税をはじめとする積極的な財政政策を、日本銀行のインフレ目標の引上げのような大胆な金融緩和とともに行う必要がある。その際には、予備費の活用の在り方で、野党との「約束」に縛られる必要はない。 国民目線に立脚すれば、消費減税の基金としても活用することができるだろう。足りなければ第3次補正予算も求められる、政府はそのような現状であることを理解しなければならない。

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    ワイドショー民はいつになればコロナの「不都合な事実」に気づくのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 7月に入ってから、新型コロナウイルスの感染拡大が東京圏を中心に再び加速している。12日現在、新規患者の報告件数が4日連続で200人を超えた。 特に新宿、池袋のいわゆる「夜の街」で働く人たちを中心に感染者数が増加している。この感染者数の増加には主に二つの理由がある。 一つは東京都と新宿区が連携して、夜の繁華街で働く人たちを中心にPCR検査の集団検査を実施していること、もう一つは接客業やホストクラブ、キャバクラでの陽性率が30%を上回る高率であることだ。緊急事態宣言の下での陽性率の最高値が31・7%だったのでそれに匹敵する。 ただし、新宿区の検査による会社員らの陽性率は3・7%と、東京都の5・9%(7月10日現在)よりも低い。ワイドショーなどマスコミの一部報道では、新宿に市内感染が大幅に拡大しているとするものがあるが、このデータを踏まえれば報道は正しくない。特定の業態で拡大が深刻化しているというのが実情だ。 筆者がここで特記したいのは、集団検査などで積極的に協力している「夜の街」の人たちへの感謝である。この点を忘れてはならない。 もちろん、東京都の感染状況は全く安心できるレベルではない。感染経路不明者が占める割合が高くなっていること、都道府県にまたがる感染が拡大していることが挙げられる。さらに、重症患者数は低位だが、感染者数がこのままの増加スピードで推移すれば、対応できる病床確保レベルが逼迫(ひっぱく)する恐れも生じる。 また、現在目にしている数値は、潜伏期間などを考慮すれば1~2週間前の感染レベルともいえ、現状はさらに感染が拡大している可能性がある。それに報道では、感染者の多くが若い世代であることや、重症者が少ないことが強調されているが、これも正しいとはいえない。 感染症専門医の忽那賢志氏は「重症者のピークは患者発生数よりも後に来るので、今重症者が少ないからと言って安心はできません。東京都の流行の中心は今も若い世代ですが、すでにその周辺の高齢者や基礎疾患のある方も感染しており、今後の重症者の増加が懸念される状況」だと、警鐘を鳴らしている。東京・新宿の歌舞伎町をマスク姿で歩く人たち=2020年7月10日 また個人的には、緊急事態宣言解除以後の、日常的な感染予防対策の緩みを実感している。例えば、狭い空間にもかかわらず、筆者以外全員がマスクしない環境で取材を受けたこともある。空調が効いているので息苦しくないはずなのにマスクを着用しておらず、正直非常にリスクを感じた。 これに類した体験を持つ人も多いだろう。当たり前だが、緊急事態宣言が解除されても、新型コロナ感染の脅威が終了したわけではないのだ。感染予防のマナーが日常的に求められている状況であることを忘れてはならない。苦境を救う予備費 ところで、インターネット上などで「新型コロナはただの風邪だ」とする意見が後を絶たない。 免疫学者の小野昌弘氏はツイッターで、「コロナはただの風邪ではない。『伝染する肺炎』と受け止めるのが的確と思う。そもそも肺炎は医学的に重大な状態。しかもコロナの肺炎は血栓ができやすい、全身状態の急速な悪化を招きやすいなど、タチが悪い。重症者で免疫系の異常な反応がみられ、この手の免疫の暴走は危険。やはりただの風邪ではない」と指摘している。これは多くの医療関係者の共通認識だろう。 新型コロナ対策を担当する西村康稔(やすとし)経済再生相は、「夜の街」対策が急務であると認識しているようだ。具体的には、今後の情勢次第で、東京都と埼玉・千葉・神奈川の3県に、改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく休業要請を行う考えを示した。 ただ、休業要請に踏み切るならば、やはり政府の支援による金銭的な補償が必要になるだろう。今までの政府の見解では、休業要請と金銭的補償の連動に否定的だ。 その「肩代わり」をしているのが自治体だが、財政事情が大きくのしかかっている。政府には10兆円の予備費があるのだから、それを活用すべきだ。 医療機関への負担も積極的に軽減すべきだろう。感染症対策の直接的な医療体制の充実を図る必要がある。 また、新型コロナの感染を避けるために「受診控え」が広がり、多くの医療機関の経営が悪化している問題を指摘しておかなければならない。 NHKによると、3割にあたる医療機関のボーナスが引き下げられているということだ。このような医療機関の経済的苦境にも、予備費などで積極的に国が対応すべきだろう。新型コロナウイルス感染症対策分科会終了後、会見に臨む西村康稔経済再生担当相=2020年7月(川口良介撮影) ただ、ワイドショーレベルの報道では、予備費の活用などという意見は出てこない。ワイドショーだけの話ではなく、予備費が巨額であることや、その使途が特定化されてないことを批判する論調が中心だった。新型コロナ危機の本質を理解していない意見がマスコミや識者の論調の主流だった。 新型コロナ危機の本質はその根源的な不確実性にある。つまり、この先どうなるのか誰も分からない。ワイドショーの「PCR至上主義」 予備費はこの不確実性の高さに柔軟に対応できる枠組みである。それこそ経済刺激のために、追加の定額給付金や、1年間程度の消費減税の財源にも使える「優れもの」だ。 だが、財務省は予備費の額が膨らむことや、使途が減税などに向けられることを極度に警戒していた。つまり日本のマスコミの多くは、財務省の考えに従っているともいえる。 予備費批判は、野党や反安倍政権を唱える一部の識者にも顕著だ。よほど財務省がお好きなのだろう。 予備費を活用してお金を配ることよりも、この手のワイドショーや、番組と一緒に踊っている「ワイドショー民」が好きなのが、政府や自治体のリーダーシップ論だ。先日のTBS系『サンデーモーニング』でもリーダーシップ論が展開されていた。 ジャーナリストの浜田敬子氏は、米ニューヨーク州のクオモ知事のリーダーシップが新型コロナ感染の抑制に成果を挙げているとし、日本のリーダーシップの不在を批判していた。浜田氏は、検査が1日に6万6千件行われ、その結果を知る時間も極めて短く、無料で資格も問われずに何度も受けられることを称賛していた。 だが、ニューヨーク州は死者数が3万2千人と全米でも最も多い。一方で、日本は約1千人、東京が約300人である。 しかも、ニューヨークのように米国は厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を採用しているので、経済的な落ち込みも日本より激しい。ワイドショーではこの不都合な事実はめったに報道されない。 日本のワイドショーは「PCR至上主義」だ。検査に積極的であればあるだけ高い評価を与え、他の側面は無視しているに等しい。もちろん、検査体制の充実は必要だと筆者も考えている。 だが、日本のワイドショーや踊らされているワイドショー民には、検査が充実しているニューヨーク州が、なぜ都市別で世界最高水準の死者を出しているのかわからないのではないか。検査拡充は感染終息の必要十分条件ではない。2020年7月1日、米ニューヨークで記者会見するニューヨーク州のクオモ知事(ゲッティ=共同) 今、検査で陰性だとしても、それは「安全」ではないのだ。偽陰性の問題や、検査後にすぐ感染する可能性など、PCR検査が「安全」を保証することはない。 むしろ、マスク着用や正しい手洗いの励行、社会的距離(ソーシャルディスタンス)をとることといった感染予防の徹底が必要だ。そして言うまでもないが、積極的な経済支援がこれまでも、そしてこれからも極めて重要な政策であり続けるのである。

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    九州豪雨でも露見した「人的災害」の備えに残された時間が少ない理由

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 九州地方を中心に記録的な大雨が続いている。特に熊本県では土砂災害や河川の氾濫で、多数の死傷者や行方不明者が出ている。 また、家屋損壊や交通網の寸断により、多くの人たちが孤立してしまった。新型コロナウイルスの感染拡大がまだ十分に抑制されていない中で、避難所や仮設住宅など慣れない場所での生活を余儀なくされ、大変なストレスや健康被害をもたらす可能性も高い。 静岡大防災総合センターの牛山素行教授の分析によると、被害が特に集中した熊本県南部の球磨(くま)川流域では、「24時間降水量については、球磨川流域における最近数十年の記録の中では最大」だったという。また、大規模な浸水被害に直面している人吉市の市街地は「浸水想定区域(想定最大規模)」として洪水・土砂災害が起こりうるハザードマップ(災害予測地図)で示される区域に重なっている。 もちろん自然災害には不確定な要素が多くある。それでも、従来から災害リスクが指摘されていた地域で、甚大な被害が起きてしまったことになる。 豪雨による自然災害は近年頻繁に発生しており、日本社会が懸念する最大の課題の一つになっている。気象庁では、風雨に伴う災害予想を身近なイメージで表現している。1時間に50ミリの「非常に激しい雨」では、水しぶきで視界が悪くなるために自動車運転は危険である。 このレベルの豪雨の年間発生量を比較すると、最近10年間(2010~2019年)の平均年間発生回数、約327回は、1976年からの10年間(約226回)より約1・4倍に増加している。トレンドで見ても、ほぼ一直線で増加傾向を示しているのが実情だ。豪雨の回数が今後も増加傾向にあると見て、ほぼ間違いないだろう。球磨川(奥)の氾濫で浸水した特別養護老人ホーム「千寿園」(中央手前)。ホームの裏手には球磨川の支流「小川」が流れる=2000年7月5日、熊本県球磨村(共同通信ヘリより) 今回、甚大な被害に見舞われた地域もハザードマップに重なるところであり、かなりの確度で被害が予想できている。これらのことを考えると、事前に十分な対策が可能だと思われる。 豪雨被害への備えには「お金」の問題がカギとなる。豪雨を原因とする自然災害を予防するために、河川の護岸工事や地滑りなどを防ぐ治山事業が求められる。いわゆる「インフラ整備」が重要だ。 インフラ整備は豪雨被害だけの対策ではない。頻発する地震や酷暑でも、国民の生命と生活を守るためには実に重要になる。消極転換した「政権交代」 だが、日本では90年代からの財務省による緊縮主義が続くために、インフラ整備に十分な予算をかけずにきた。今回の豪雨被害を受けた球磨川支流に川辺川ダムの計画があった。 川辺川ダムの事業計画には関係者の利害や政府、自治体の方針などが錯綜し、まさにダム利権の温床となった側面がある。ただ治水面では、地域住民に恩恵のある点で共通の理解はあっただろう。 その恩恵の可能性を潰したのが、財務省の緊縮主義と、「コンクリートから人へ」というスローガンで世論の支持を得た民主党政権だった。川辺川ダムの計画は、鳩山由紀夫内閣で、前原誠司国土交通相が「当初の(利水、発電、治水の)三つの大きな目的のうち(利水、発電の)二つがなくなった。事業を見直すのが当たり前」と発言したことで、事実上凍結されてしまった。 この方針は、その後の民主党政権や自公政権でも続いている。その背景には、インフラ整備に対する消極姿勢が反映されていることは疑いない。 中央大の浅田統一郎教授は、90年代中ごろから政府のインフラ投資などの名目公的資本形成が急減してしまい、2010年代に入る直前にはほぼ半減してしまったことを指摘している(ケインズ学会編、平井俊顕監修『危機の中で〈ケインズ〉から学ぶ』作品社)。 特に21世紀に入って、森喜朗政権から小泉純一郎政権にかけての減少は顕著である。麻生太郎政権でリーマン・ショック対応として増加にやや転じたものの、民主党政権の誕生で再び大きく減少した。「コンクリートから人へ」の政策の転換である。これが増加するのは安倍晋三政権以降である。 林野庁の治山事業の予算を例に、具体的な数字を確認してみよう。同庁の説明によれば、この事業は「集中豪雨、流木等被害に対する山地防災力を高めるため、荒廃山地の重点的な復旧・予防対策、総合的な流木対策の強化により、事前防災・減災対策を推進」するものである。 この予算推移を確認すると、自公政権下で編成された08年度が1052億円、09年度は991億円だった。民主党政権に入って10年度からの3年間は、688億円、608億円、574億円と急減している。国交省職員に案内され、ダム予定地付近を視察する前原誠司国交相(当時)=2009年9月(矢島康弘撮影) 安倍政権の現在ではどうなっているのだろうか。18年度の当初予算額は597億円、年度内の補正予算を加えると792億円、19年度の経常予算は606億円で、そこに防災・減災、国土強靭(きょうじん)化の緊急対策枠である「臨時・特別措置」を加えると、総額で856億円となった。 今年度も、経常分に「臨時・特別措置」枠が加わって815億円で推移している。金額こそ減っているが、とりあえず拡大傾向は維持されている。「臨時措置」が消えるとき ただし、国土強靭化枠はあくまで臨時的な措置である。アベノミクスの範囲内の政策だ。 つまり、安倍政権以後も維持されるかは分からない。むしろ、経常支出だけ比較すると、民主党政権時からせいぜい微増程度にすぎず、財務省の緊縮主義にがっちり固められているといえる。 今噂されているポスト安倍の顔ぶれを見る限り、安倍首相の退任以降、この国土強靭枠はおそらく消滅してしまうだろう。 社会的に必要なインフラ整備と、景気対策としての補正予算を利用した公共事業の支出はもちろん分けられるべきだ。この理解に乏しいのが、日本のマスコミや世論、特にワイドショーに影響される「ワイドショー民」の残念な特徴である。 ただし、新型コロナ危機の下では、景気刺激策として公共事業の増額も当然求めるべきだ。もちろん、社会的に必要なものであれば、防災インフラ整備の投資もどんどん進めるべきだ。 国民の生命と生活を守れず、どこに政府の存在意義があるのだろうか。 しかし、緊縮主義の勢力は強い。日本を代表する財政学の専門家である慶應大経済学部の土居丈朗教授が、小池百合子知事の再選に終わった東京都知事選に関して、次のようにつぶやいていた。消費減税・廃止を掲げた候補者が落選したのだから、消費減税・廃止は東京都民には支持されなかったということになる。#東京都知事選 #東京都知事選挙2020 だが、東京都政の主要な論点として、消費減税や廃止が上ることはさすがになかった。土居氏の発言は、消費減税や廃止を拒否するご本人の強い意見表明かもしれない。日本の財政関係の学者に、土居氏のような見解は多いのではないか。当選確実となり、報道陣に対応する東京都の小池百合子知事=2020年7月5日、東京都新宿区(桐山弘太撮影) おそらく今後、社会的に必要なインフラ投資や、景気刺激政策を牽制(けんせい)する緊縮主義の動きが加速するだろう。だが、緊縮主義こそ国民の生命を危険にさらす最大の「人的災害」だと言わざるをえない。

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    レジ袋有料化、官僚とメディアがつくり出す「反理想郷」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 7月1日から、全国の小売店でプラスチック製買い物袋(レジ袋)の有料化を義務付ける国の制度が始まる。海洋プラスチックごみ問題の対策や、持続可能な環境対策の一環として行われるのだという。 新型コロナ危機でほとんどテレビに露出しなくなった小泉進次郎環境相だが、「環境省プラごみゼロアンバサダー」に任命したタレントの西川きよしと、東京海洋大名誉博士でタレントのさかなクン、モデルのトラウデン直美と一緒に積極的にキャンペーンを展開している。当然テレビでの露出も増えていくことだろう。 環境省はCM用のアニメーションも作成し、テレビ放送も開始されている。みんながマイバッグを使うことで、レジ袋の使用を辞退しようと呼びかける内容だ。さらに「資源の枯渇」「海洋ごみ」「地球温暖化」という巨大なテーマが映し出され、人々の問題意識を啓発している。 新型コロナ危機で影が薄くなっていたのは、小泉氏だけではなく、環境問題の活動家全般ではないだろうか。一例を挙げるなら、スウェーデンの環境活動家グレタ・トゥンベリ氏だ。 彼女のことも日本のメディアでほとんど話題にならなくなった。一つには、環境活動家たちの多くが夢想している人為的な経済活動の抑制によって、実に厳しい生活の困難を引き起こすことが明らかになったからだ。 また、経済活動の強制的な自粛からくる精神的・肉体的なストレスも半端ではなく、そのことが世界の人たちに実感として認識されたからだろう。環境への配慮と経済活動のトレードオフは、一歩間違えれば、現実世界のディストピア(反理想郷)、つまり地獄に陥る。 今、小泉氏がワイドショーなどで積極的に露出を展開している、日本のレジ袋有料化もこの地獄への入口の一つかもしれない。それは、先述したCMが公開された29日の閣議後の記者会見にも表れている。新型コロナウイルスの感染拡大を避けるため、国会内で屋外会見を行う小泉進次郎環境相=2020年4月(奥原慎平撮影) NHKによると、小泉氏は「海洋プラスチックごみの問題は依然として危機的で、2050年の世界の海では魚よりプラスチックごみのほうが多くなるのではないかとも言われている。なぜ有料化が必要なのかをしっかり伝えて、多くの人に納得してもらいたい」と述べたという。この問題意識を伝える役割は、任命されたプラごみゼロアンバサダーが受け持つ。 特に注目されるのが、国民的人気の高いさかなクンの発言だ。彼は25日に行われたキャンペーンの席上で、「魚に会いたくて海に潜ると、レジ袋や細かいプラスチックごみがたくさん浮かんでいるんです」と述べた。さかなクンより侮れない「力」 ただ、さかなクンの国民的人気が高いがゆえに、このような発言がそのまま真実とされてしまうのは問題がある。NHK的なら「ボーっと生きてんじゃねーよ!」といったところか。実際にすぐさま、郵便学者の内藤陽介氏がツイッター上で具体的な事実をもとに反論した。漂着プラごみの種類別割合では、重量比でレジ袋が全体の0・4%で漁網等が41・8%、容積比ではレジ袋0・3%に対して漁網等が26・2%。彼はどこの海に潜ったのか 内藤氏の方が、さかなクンの情緒に訴えるやり方に比べれば、格段に納得がいくだろう。しかし、侮れないのがメディアと官僚たちの力だ。 消費税引き上げの際もそうだが、既存メディア、とりわけテレビはなぜか増税の前には、それを引き上げる政府や官僚側のスポークスマンになることが多い。あれほど、普段では「安倍晋三首相が河井克行、案里議員夫妻を介して町議レベルまで現金を配っている」かのような印象報道を猛烈に垂れ流すのに、増税については事前では「そろそろやるよ」的な告知に成り下がっている番組が大半だ。 そして、増税した後に「税金が上がって苦しい」的なニュースを流す。日本のテレビや新聞が、いかに官僚組織の代弁者であるかがよく分かる見慣れたシーンだ。 官僚組織は、情報のリークや官製情報の解説者として、マスコミと長期的な関係を築いている。つまり、彼らは同じ「ムラ」、同じ利害関係を有する「仲間」なのである。 それでいて、たまには都合の悪い一部の仲間を切り捨てて、それをムラの外に追い出すと同時に、「スキャンダル」としてマスコミに豪華な「エサ」として売ることも忘れない。最近では、産経新聞記者、朝日新聞元記者との賭けマージャンで失職した東京高検の黒川弘務前検事長がいい例だろう。レジ袋辞退者の倍増に向けたキャンペーンの発足式で、マイバッグの活用を呼び掛けるさかなクン=2020年6月25日 このマスコミと官僚のもたれ合いは、マスコミと政治家のそれほどに国民は批判していない。実際に現在のテレビニュースのほとんどは、官公庁のホームページを見ていれば足りるレベルである。 筆者は日常的にはテレビのニュースはほとんど見ないし、日本の新聞もほとんど読まない。時事問題の解説や論考を書いているにもかかわらずである。つまり、プロフェッショナルとして使えない情報の集まりなのだ。 テレビや新聞の大半は、一次情報を加工した二次情報でしかない。そんなものを利用するよりもデータそのもの、政府などの決定そのものの一次情報にアクセスした方が正確である。「ポイント還元」と入れ替わり このテレビと新聞は二次情報の集まりである、という意見は一般には目新しいらしい。嘉悦大の高橋洋一教授が新著『「NHKと新聞」は噓ばかり』(PHP新書)で詳細に解説していることでもある。 テレビのニュース番組を見るときは、必ず映像の印象に惑わされないようにする。今回のレジ袋有料化の場合なら、それこそ海に浮かぶ大量のレジ袋でも映すかもしれない。そういう映像の作為から距離を置くことが大切だ。 だが、現実にはテレビの印象だけで、モノゴトの成否を決める人が多い。「ワイドショー民」現象と個人的に名付けているものだ。 レジ袋の有料化をめぐっては、さまざまな議論がある。私見では、「資源の枯渇」「海洋ごみ」「地球温暖化」に与える影響はほとんど無に等しい政策だと思っている。レジ袋有料化の問題点については、先の内藤氏のツイッターなどを参考にしてほしい。 筆者の専門であるマクロ経済の観点からいえば、少なくとも「今」実行する政策ではない。経済アナリストの森永康平氏も、やはりツイッターで次のようにつぶやいている。今月末でポイント還元が終わって、7月からレジ袋が有料にまだコロナの影響で経済は弱ってるのに、問答無用で全てが予定通りに進んでいくっていうね…ここから更に「コロナ税」なんてやったら、何が起きるかは言うまでもない消費オジサンはおこです 森永氏の懸念はかなり当たっているだろう。ちょうど、レジ袋有料化の開始と入れ替わりで、消費税増税に合わせて政府が導入した、キャッシュレス決済のポイント還元が終了するタイミングにある。7月1日からのレジ袋有料化を知らせるファミリーマートムスブ田町店の張り紙=2020年6月、東京都港区 この事実上の消費税の追加増税などをめぐる報道は、ワイドショー民をターゲットに「増税に慣らすこと」を、官僚側がマスコミと一緒に画策でもしているかのようである。実際レジ袋有料化とポイント還元終了について、各家計の負担を強調する報道を事前にはしていない。この点を確認するために、ここ数日の新聞とテレビの報道はチェックしたが、メディアのいつものパターンはここでも発揮されていた。 レジ袋有料化を何のために実施するのか、本当に理由が分からない。もし「理由」があるとすれば、それは家計の負担増に慣らすためのメディアと官僚の思惑かもしれない。

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    望月衣塑子記者に贈る「ダブスタ」にならないためのアドバイス

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ツイッターの政治風刺アカウントとして有名で、筆者と同じくアイドル業界にも詳しい「全部アベのせいだBot」をフォローしていると、面白いニュースに気が付くことが多い。6月22日朝、その「全部アベのせいだBot」が東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者に関するニュースをネタに投稿していたが、とても興味深い内容だった。 それは、「東京新聞『望月衣塑子』記者の弟が “詐欺まがい” オンラインサロン会員から悲鳴」と題する『デイリー新潮』の記事だ。望月記者の実弟、龍平氏の運営する会員制サロンに関するいくつかの「疑惑」が指摘されている。 この「疑惑」の真偽について、筆者は正直なところ関心外である。ただ、記事に出てくる経済評論家の上念司氏のイラク通貨の「ディナール詐欺」についての解説は参考になるので、ぜひ熟読してほしい。一般的な意味で、オンラインサロンで蔓延(まんえん)するという「外貨詐欺」からの自己防衛として、役に立つことだろう。 実弟の「疑惑」について、望月記者は弟と連絡をとっていないとした上で「オンラインサロンについての詳しいことは分からないので、コメントは控えさせてください」と答えたと、記事は結ばれでいる。 当たり前だが、家族のことであれ誰であれ、本人が責任を負うことがない事例で、他人に批判される筋合いは全くないと筆者は思う。ただ、望月記者の今までの「記者の作法」を思えば、どうしても単純な疑問が沸いてしまう。 望月記者は安倍昭恵首相夫人について、「花見パーティーに続き、今度は山口に旅行とは。。 #安倍昭恵 夫人には誰も何も言えないのか」とツイッター上で批判していた。筆者は、昭恵夫人が新型コロナウイルスの感染拡大への警戒が強まる中で、大分に行こうが花見パーティーを開こうが、それが公益を侵すことがなければ何の関心もない。望月記者がこのような批判をするのは、昭恵夫人が「首相夫人」であることを抜きに考えることは難しいだろう。オマーンのマスカット国際空港に到着した安倍首相と昭恵夫人=2020年1月(代表撮影) 首相夫人は、政府見解では私人扱いであり、大分に行こうが花見パーティーをしようが、それは正真正銘プライベートな行為でしかない。もし、首相夫人であることが批判の資格になると望月記者が思っているならば、やはり今回の実弟の「疑惑」についても事実を明かし、積極的に答える責任があるのではないか。 別に筆者はそれを積極的に求めているわけではない。ただ、望月記者の今までの政治批判の姿勢が二重基準に陥ることがないための「アドバイス」である。「望月ポピュリズム」の独自性 ところで、筆者は望月記者の手法を、以前から「ポピュリスト的なジャーナリズム」によるものだと思っている。ポピュリストとはポピュリズムの担い手を指すが、本稿でのポピュリズムは、米ジョージア大のカス・ミュデ准教授とチリのディエゴ・ポルタレス大のクリストバル・ロビラ・カルトワッセル准教授の共著『ポピュリズム』(白水社)に基づいている。 彼らはポピュリズムを「社会が究極的に『汚れなき人民』対『腐敗したエリート』という敵対する二つの同質的な陣営に分かれると考え、政治とは人民の一般意志(ヴォロンテ・ジェネラール)の表現であるべきだと論じる、中心の薄弱なイデオロギー」と定義している。 望月記者の手法は、反安倍陣営を「汚れなき人民」とし、安倍首相や首相夫人を「腐敗したエリート」として対立させている。そして、前者こそ「人民の一般意志」であり、安倍政権のような「腐敗したエリート」を打倒すべきだと考えている。 この「望月ポピュリズム」の独自性は、安倍首相を「腐敗したエリート」に仕立てるその独特の話法に基づく。望月記者の共著『「安倍晋三」大研究』(ベストセラーズ)には、そのポピュリズム話法が全面に出ている。 その「腐敗」の象徴が、安倍首相の「嘘」だというのである。今でもインターネットや一部の識者からは、「安倍首相は嘘つきである」というどうしようもない低レベル発言を見かけるが、本著ではその首相の「嘘」を切り口にしている。 望月記者が一例で挙げるのが、首相が国会で自身を「立法府の長」と言い間違えたことだ。ただの言い間違えなのだが、それが安倍首相の代表的な「嘘」として何度も言及されている。正直、これでは中味スカスカと言っていい。参院予算委で答弁のため挙手する安倍首相=2020年6月11日 だが本著は、この「首相の嘘」をテーマにして、評論家の内田樹氏との対談にかなりの分量を割く構成となっている。また「エリート」部分では、祖父の岸信介元首相との血縁や政治的権威との関係を強調している。 要するに、「汚れなき人民」を代表して「嘘」つきの総理大臣を批判するという、どうしようもなく単純化された手法が、望月記者の手法のほぼ全てである。だが、本当に望月記者は「汚れなき人民」の代表なのだろうか。安易な二項対立の罠 そもそも、ポピュリズム的手法自体が一種の嘘っぽい単純化された対立図式である。あまり真に受けて考えるのも「イケズ」なのかもしれない。 ただ、本稿では望月記者もまた「エリート」なのだということを指摘すれば十分だろう。望月記者は、菅義偉(よしひで)官房長官の定例記者会見で執拗(しつよう)に質問を繰り返すことで著名だ。 だが、そもそもこの記者会見に出席できるのは、記者クラブという「エリート」のメンバーがほとんどである。記者クラブ以外の出席はかなり制限されている。つまりは、記者エリートの「代表」として質問しているのである。 政府の失敗を質(ただ)すことがジャーナリズムの仕事である、と単純に思い込んでいる人たちがいるのも事実だ。その思い込みが、暗黙のうちに「正義」の側にジャーナリストを立たせてしまっているのである。 いわば善と悪の対立である。悪=「嘘」をつく首相と、善=「嘘を暴く」記者たち、という安易な二項対立だ。もちろん既存マスコミも十分に腐敗し、そして権威化していることを忘れてはならない。 東京高検の黒川弘務前検事長と産経新聞記者、朝日新聞元記者との賭けマージャン問題により、マスコミと検察のズブズブな関係が明るみに出た。最近では、河井克行元法相と河井案里参院議員夫妻の逮捕劇が、なぜか先行してマスコミにリークされていたこともある。これもまた検察とマスコミのズブズブな関係を暗示させるものだ。菅義偉官房長官の記者会見で挙手する東京新聞の望月衣塑子記者(手前)=2020年2月 ひょっとしたら、検察庁法改正問題から河井夫妻の逮捕劇まで、マスコミと検察の「共作」ではないか、と疑問を抱いたりもする。それだけ情報が検察とマスコミとの間で共有されているようにも思えてくるのだ。 もちろん望月記者は、河井夫妻の逮捕劇を首相に結び付けようと最近も必死である。だが筆者は、検察とマスコミの国民が知ることもないズブズブな関係にこそ、問題の根があるように思えてならない。

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    媚中でブレないニッポンの財界にはびこる「社畜根性」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先日、会員制交流サイト(SNS)でとある話を目の当たりにして、筆者は思わずあきれ返ってしまった。青山繫晴参院議員が、評論家の櫻井よしこ氏との対談で明らかにした、経団連をはじめとするの財界の「腐敗」についてだ。 第2次安倍政権の発足間もない2012年末、青山氏が安倍晋三首相とランチを共にしたときのことだが、普段温厚な首相が激怒しながら現れたそうだ。青山氏に理由を尋ねられた首相は次のように述べたという。 「さっき経団連会長と会った時、『あなたは第1次政権の時のように中国に厳しいことを言っちゃダメだ。二度とああいうことを言わないと、中国の言うことを聞くというのが再登板後の安倍政権の支持の条件だ』と言われた」 これが本当ならば、真剣にあきれ返るべき話である。いや、経団連首脳がいまだにこの認識に立つのであれば、本当の意味での「売国組織」といっていい。この件の真偽に関して、追及する必要のある問題だ。 経団連を中心とした日本の経済団体が強欲主義に陥り、日本を中国に政治的にも経済的にも売り払っているというのが、従来からの私見である。簡単なエピソードとして、日本企業の対中投資の推移を見ておこう。2016年は世界6位だったのが、直近の2019年上半期では前年同期比8・8%プラスの世界5位で、一貫して増加を続けている。 それに対し、中国は新型コロナ危機の最中でも、尖閣諸島付近の領海への侵入を連日のように行っている。最近では、中国公船が日本の漁船を追尾したという。これは無法国家といっていい状況だ。安倍首相(右端)に提言を手渡す自民党の青山繁晴参院議員ら=2019年11月、首相官邸 だが、日本の財界は経済的というか強欲的利益を目指して、中国にどんどん投資している。まさに日本国を忘却した財界の姿がここにある。日本の安全保障が保たれなければ、そもそも日本経済も安定しない、という基本を忘れ、「媚中」に走っていると断じざるをえない。 日本をダメにする「四角形」といえば、増税政治家、経団連、マスコミ、そして財務省だ。この四集団は既得権益の上で、お互いがお互いをがっちり支えている構造でもある。財務省の都合のいい団体 特に異様な存在が経団連だろう。「日本国民が豊かになれば、それが自分たちの利益になる」という一番大切なことを忘れ去ってしまっているのだ。 では、なぜ忘れてしまっているのか。その答えは簡単だ。経団連の首脳陣が、悪い意味でのサラリーマン、つまり「社畜」だからだ。 自らの判断でリスクをとって会社経営を牽引する存在というよりも、組織の中で階段を上がっていくことだけに特化したムラ社会の住人で構成されている。ムラ社会の住人には、「日本」という外の広い世界もムラ視線でしか評価することができない。 また、もう一つの特徴が、サラリーマン=社畜ゆえに「上司」に頭が上がらないことだ。いつの間にか、その「上司」に中国が成り代わり、君臨しているのだろう。先の青山氏の発言が真実だとすれば、この財界人の「媚中」的な心性をまさに言い表している。「上司」たる中国に頭が上がらないのである。 経団連、日本商工会議所と並ぶ経済3団体の一つで、企業経営者の組織である経済同友会も似たようなものだ。経団連もそうだが、相変わらず緊縮主義全開である。新型コロナ危機で人類史上最大レベルの経済的な落ち込みに直面しているのに、財政規律、つまり緊縮主義を心配しているのだ。 経済同友会の桜田謙悟代表幹事は、6月12日に成立した2020年度第2次補正予算に関して、盛り込まれた10兆円の予備費が「財政規律」を乱すとを批判していた。前回の連載でも指摘したが、予備費は新型コロナ危機の対策として、不確実性への対応と政策の柔軟性の観点からベストの選択の一つだ。だが、財務省は予備費の総額と柔軟性を一貫して批判してきた。会見する経済同友会の桜田謙悟代表幹事=2020年3月 野党はまるで財務省のエージェントのように、彼らの理屈をそのままなぞっているが、財界も同じことをしている。特に経済同友会はどのような経済状況でも、悪しき構造改革主義(経済を停滞させる小さな政府論)と「財政規律」論を唱えて続けている。本当に財務省にとって都合のいい団体である。 国民の生活が困窮していても、解消に動くよりも、財務官僚の事実上の代弁をする。この姿勢も、経営者がいったい誰に食べさせてもらっているのか忘却していると感じずにはいられない。中国の「日本買い」を促進? ただ、先に指摘したように、今の日本の経営者自身がムラ社会でのし上がってきた、いわば「官僚」でしかないのだ。「官僚」同士、ウマが合うということだろう。とはいえ、日本国民には唾棄すべき関係だ。 今後、日本経済が新型コロナ危機の影響で衰弱していけば、事実上、政府の「代理人」であるような中国資本が日本の重要な資産を買い漁り続けるだろう。日本の価値を低下させることで、財界は中国による「日本買い」を促しているともいえる。このような動きも経済問題のように見えて、安全保障とも密接に関わる問題である。 最近、評論家の江崎道朗氏の近著『インテリジェンスと保守自由主義』(青林堂)を読んで強く思ったのは、近時ようやくインテリジェンス(機密情報)、この場合は国策や政策に貢献するための国家・準国家組織が集めた情報内容を踏まえた政府の枠組みが出来つつあることだ。江崎氏は「官邸主導で各省庁間の情報(インテリジェンス)を吸い上げ、国家安全保障局でとりまとめながら、国家安全保障会議の下で国策を決定していく仕組みが極めて重要である」と主張している。 江崎氏の同著でのインテリジェンスに関する分析は、対中問題と国内での情報戦を考えたときにも極めて重要な示唆に富む。当然インテリジェンスには、経済的な情報も含まれている。 だが、今の日本の官庁から上がってくるインテリジェンスの大部分は、財務省の声が中心だ。民間代表とはいっても、財界の声を聞くようでは、財務省か媚中の声を聞いていることに変わらない。 これでは日本の行方を危うくするだけだ。そこで、国家安全保障会議を補うような、経済の専門家だけに特化した「経済安全保障会議」を立ち上げるのも一案ではないだろうか。中国の李克強首相(左から4人目)と会談する経団連の中西宏明会長(同3人目)=2018年9月(日中経済協会提供) しかし、立ち上げの際に、財務省の声=財政規律を代弁する専門家ばかりを入れてしまえば、何にもならない。むしろ国際標準ともいえる、経済危機では積極的な反緊縮スタンスをとる経済学者やエコノミスト、アナリスト、経済評論家を中心に構成すべきだ。要するに、今までの政府の委員会で見慣れた名前を排除していけばいい。 日本の経済と安全保障は相互補完的である。そして、優先すべきは安全保障の方だ。日本の安全がなければ、日本経済の繁栄もないことは言うまでもない。

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    「コロナ増税」よりも予備費の追及、野党は財務省の別動隊か

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 予備費、アベノマスク、そして中国政府の香港への「国家安全法」導入に対する日本の対応をめぐり、最近「反安倍」を仕掛けるメディアや識者たちが盛んに攻勢をかけている。おそらくは、2009年の民主党政権誕生前に、無責任すぎた「一度はやらせてみよう」という世論を再び掘り起こそうとしているのだろう。 筆者は、理にかなった政権批判は積極的に行なわれるべきだと考えている。だが他方で、「反安倍」という妄執に囚われた人たちによる多くの批判が、「魔女狩り」や「疑惑商法」に踊らされているものが多いことに呆れている。 呆れてばかりもいられないので、この連載でも、疑惑商法などに踊らされないための警告を毎回のように発してきた。だが、今までの警告は、本稿で取り上げる話題に比べれば深刻度は低い。 一つは経済実態が想像以上に悪い可能性があることだ。そして、経済実態をさらに深刻化させることが確実な、財務省の「増税シフト」が明瞭になっていることである。 まず前者だが、ポイントは「見かけのデータに釣られるな」である。これは反安倍系の識者たちが指摘している政府による統計データの「偽造」とは全く異なる。データを注意深く観察すれば、分かることだからだ。 内閣府は8日に法人企業統計を反映した今年1〜3月期の国内総生産(GDP、季節調整値)改定値を発表した。物価変動を除いた実質GDPで前期比0・6%減、仮にこの伸び率が1年続いた場合の年率換算は2・2%減で、名目GDPは前期比0・5%減、年率は1・9%減だった。 日本中に衝撃を与えた、同期の実質GDP速報値の年率換算3・4%減から比べると、かなりマシになったかに見える。しかも、景気変動の主因である設備投資が速報値の前期比0・5%減から大きく上昇して1・9%増と、需要項目でただ一つ増加していることが好感された。 だが、注意すべきは、法人企業統計アンケートの回収率が通常の場合よりも10ポイントほど低下していることだ。通常7割程度あるところ、今回は全企業で6割程度にとどまっている。 しかも、設備投資の下振れが最も懸念されている中小企業からの回収率低下が目立つ。考えられるのは、新型コロナ危機の影響で、企業の内部情報の集約に問題が生じていて、調査に協力できなかった可能性だ。企業が足元の設備投資についての情報を集約できていないことは、将来に向けた設備投資「計画」の策定が十分にできていないことも意味する。政府の緊急事態宣言発令から1週間が経ち、マスクを着用しながら東京・銀座を歩く人たち=2020年4月14日 景気は内需といわれる消費や設備投資に加えて、政府支出や純輸出(海外からの受け取りの純増)で決まる。特に、変化の度合いを決定するのが設備投資の動きだ。その設備投資が不安定化していることが、1~3月の統計で分かる。 つまり、改定値でのGDP「改善」は盛りすぎだということだ。速報値に近いか、場合によれば悪化している可能性さえも否定できない。経済対策、二つのフェーズ さらに深刻なのは、新型コロナ危機における日本の「本番」が、言うまでもなく4月以降だということだ。これから日本経済の統計データは信じられないような深刻な数字を連発するであろう。 では、迎え撃つ政府と日本銀行の政策はどうだろうか。新型コロナ危機の経済対策は、大きく二つの局面に分けて考える必要がある。 一つは感染抑止を目的とした経済を「冷凍状態」にした局面、これが「フェーズ1」だ。そして、感染抑止に成功し、経済を解凍して刺激政策をバンバン行う局面、「フェーズ2」へと続くのである。 当然、経済対策の特徴もフェーズごとに異なる。現在の日本経済はまだ感染抑止モードである。 フェーズ1の経済対策は、ともかく現状維持が最優先だ。「お客さんが来なくても倒産しない」「仕事がなくても解雇されない」状態をできるだけ実現する。 ただし、雇用でも、若年や高齢、非正規労働者のような立場の弱い人たちは解雇される可能性が高いだろう。万が一、クビになっても「生きていける」だけのお金を支給していく。これがフェーズ1の経済対策の基本である。 8日に国会に提出された2020年度第2次補正予算は、基本的にフェーズ1の経済対策に当たる。今の日本経済がなんとか「凍結」を切り抜けるには、ざっと約30兆円が不足している。補正予算案の一般会計歳出総額は約31・9兆円なので、それに見合う額になる。 内容は大きく、現金給付、融資、予備費、感染症対策の四つに別れている。現金給付では、医療従事者への慰労金支払いや「家賃支援給付金」の創設、雇用調整助成金の上限引き上げ、そしてひとり親世帯への支援などが入る。 融資では、劣後ローンを全面的に押し出しているのが特徴だ。一般債権と比べて返済の優先順位が低く、資本に近い性質のため、「ローン」であってローンではないといえる。 つまり、企業は劣後ローンを借りることで、負債扱いではなく、むしろ資本増強として利用することができるのだ。これは中小企業にとって、特にバランスシート改善の点で有利に働く。第2次補正予算案が審議入りした衆院本会議に臨む安倍晋三首相=2020年6月8日(春名中撮影) 一部上場などの大企業も、日本銀行をはじめとした各国の中央銀行の超金融緩和や事実上の株価安定政策の恩恵により株価上昇トレンドを描いていて、企業業績の極端な悪化を防いでいる。 2次補正の国会審議で、論戦になるのが予備費の扱いだ。立憲民主党など野党4党は、予備費の減額や使途の明確化を求めてきた。情けない経済認識 予備費が10兆円にのぼり、議会民主主義の観点から「白紙委任」はまずい、というのが野党の主張だ。だが、新型コロナ危機の特徴を全く理解しておらず、情けない経済認識というほかはない。 新型コロナ危機の特徴は、その根源的不確実性にある。天候で言えば、明日が快晴か台風か、その確率も全く不明の状況にある。 新型コロナに置き換えれば、感染拡大がいつ終息するのか誰も分からないということになる。この根源的な不確実性に備えるために、予備費を多額積み上げていくことは、政策の迅速性という点からも合理的なのである。 予備費の積み上げについては、財務省も反対していた。あまりに過大だというのが彼らの理屈だったが、政府・与党が押し切った。 過大さだけではなく、使途にも財務省は警戒していた。例えば、減税や定額給付金の財源に使われることを危惧しているようだ。 その意味では、今の立民ら野党4党の予備費への姿勢は、この財務省の「懸念」を払拭する方向となっている。まるで財務省の別動隊である。 現在の政府の経済対策はかなり健闘していると筆者は見ている。感染症対策と合わせ、国際的な評価もかなり高い。 香港に拠点を置く英国のシンクタンクが公表した新型コロナに対する安全な国ランキングで、日本はスイス、ドイツ、イスラエル、シンガポールに次ぐ5位だという。この新型コロナ対策とは、感染症の押さえ込みと同時に求められる経済対策を合わせた総合順位である。 わざわざこのランキングを紹介したのは、世論が政府の経済対策や感染症対応をあまりにも低評価しすぎているように思えるからだ。反安倍系のマスコミによる印象報道にあまりにも踊らされるのは、客観的な指標を理解できないことにつながり、危険でさえある。衆院本会議に臨む立憲民主党の枝野幸男代表(右)と、国民民主党の玉木雄一郎代表=2020年5月26日(春名中撮影) もっとも、安倍政権の経済対策を手放しで高い評価を与えているわけではない。せいぜい2次補正の総額とその支出の方向性に高い評価を与えているにすぎない。 景気刺激が必要とされるフェーズ2の経済対策について、政府の姿勢はゼロ解答に近い。冷凍にそこそこ成功しても、解凍に失敗しては何の意味もないからだ。 そのためには、消費減税とインフレ目標の引上げを組み合わせた大胆な経済政策が必要とされるだろう。現状、与党内で噂されるポイント還元の拡充や旅客・飲食などへの支援策は、極めて限定的な効果しか上げないだろう。経済全体を押し上げる政策立案をはっきりさせるべきだ。「増税シフト」見たり この点でさらに重大な懸念がある。やはり財務省の存在だ。 2次補正にしても、総額と支出だけ見るようでは、財務省の「陰謀」は分からない。実は、財務省が「増税シフト」へと巧妙に移行していると思われる。 2次補正は全額、赤字国債と建設国債で資金調達される。これは日銀が民間を経由して、事実上吸収するという「財政と金融の協調政策」である。 ここまでは問題ない。協調政策は経済危機において、むしろ最善の対応だ。ただ、もう一歩突っ込んで確認しなければ、財務省の増税シフトは分からない。 2020度の国債発行予定額を見てみよう。2次補正でより明瞭になったのは、国債の種類が「短期化」したことだ。 つまり、財務省が財政政策の財源を、より短めの国債を発行することで賄っているのである。最近、積極的な経済政策に「覚醒した」とされる麻生太郎財務大臣も、国債発行計画まではチェックしてないだろう(していたら謝罪する)。 2次補正で、新規国債と財投債を合わせた国債の発行額は64兆7千億円になる。ただし、市中発行額で見れば、政府短期証券と2年物国債の割合が、1次補正、2次補正ともに8割ほどを占めている。せっかく日銀が長期債中心の買い入れを目指しているのに、財務省はあえて短期的な国債ばかり発行していることになる。 財務省の発想では、国債は必ず税金の形で返さなくてはいけないものだ。経済成長に伴う税収増なんて、財務省的にはただのノイズでしかない。彼らの目標は増税による「借金」返済なのである。衆院本会議で財政演説をする麻生財務相=2020年6月8日 短期的な国債に大きく依存していることは、早くて1〜2年以内に財務省が「大増税路線」を考えていることを意味する。しかも、これは財務官僚の判断だけで決めたことだ。 この策動こそ、議会をないがしろにしかねない。国会はこの国債発行計画を問題視すべきであり、むしろ長期債シフトに転換させていく必要があるのだ。 だが、立民などの野党は勘違いも甚だしい予備費批判を繰り広げることで、むしろ財務省の思惑に乗っかっているといえるし、与党もこの点を追及する姿勢に欠けている。このままでは、消費減税とインフレ目標の引き上げによる経済政策よりも先に、「コロナ増税」の方が実現しそうである。与野党挙げて、経済危機をもたらすコロナ増税の芽を徹底的に潰すときである。

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    大村知事リコール「ハッシュタグ祭り」が手にする禁断の果実

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) いわゆる「ハッシュタグ祭り」が、ツイッターを中心に相変わらず盛んだ。検察庁法改正案を契機に、政治的な話題が常にツイッターのトレンド入りをしている状況が続く。 最近見られたのが、愛知県の大村秀章知事に対する解職請求(リコール)運動に関連したハッシュタグだ。「#大村知事のリコールを支持します」というハッシュタグと、その反対のメッセージを伝える「#大村知事のリコールに反対します」が同時に並んでいる。 おそらく多くの会員制交流サイト(SNS)の利用者は、この政治的なハッシュタグの争いに嫌気がさしているのではないか。 筆者は、個人的には大村知事のリコール運動にエールを送っているが、あえてこの祭りには参加しなかった。この問題だけではなく、トレンド入りしているハッシュタグ祭りに積極的に参加することは、これからもないだろう。 確かに、ハッシュタグを利用することで、運動を盛り上げていく利便性はある。また論点を炙り出していく効用もあるだろう。だが、それ以上に問題なのが「集団分極化(Group Polarization)」の側面があることだ。 この集団分極化という現象は、ハーバード大ロースクールのキャス・サンスティーン教授が提起したものだ。インターネットで特定の集団が意見を極端化させ、対立的な意見を持つ人たちを排し、時には政治的に先鋭化していく現象である。 今のツイッター上のハッシュタグ祭りには、この悪い集団分極化が顕著に表れていると思う。悪い集団分極化がさらに社会一般まで波及していけば、社会の分断にまで行き着くだろう。記者会見する愛知県の大村秀章知事=2020年5月 ただし先述のように、ハッシュタグ祭りが悪い集団分極化だけをもたらすわけではない。今回の大村知事のリコール運動をめぐる論争も、多くの人にとって初めて目にする問題だったかもしれない。 その意味で、社会問題を気づかせる効果や情報の集約化で役立つ面もあるだろう。筆者は最近のハッシュタグ祭りは、単にリツイート数の大小を競う幼稚な面があるので、悪い側面ばかりが気になるのだが、そのような利用ばかりではないことを強調しておいていいかもしれない。大村知事「政治姿勢」の問題点 個人的には大村知事のリコール運動は価値あるものだと思っている。実際にリコールできるかどうかよりも、日本国民に今の大村知事の政治姿勢の問題点を知ってもらう上でもいい機会になるからだ。 美容外科「高須クリニック」の高須克弥院長が中心となって始まったリコール運動には、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」を税金など公的に支援することが正しくないという動機が強く表れている。既に筆者はこの論点について、名古屋市が設置した「あいちトリエンナーレ名古屋市あり方・負担金検証委員会」の委員として報告書の作成にも協力し、個人的な意見も今まで明らかにしてきた。 簡単に言えば、「表現の不自由展・その後」をめぐる大村知事の判断は間違っていたと考えている。特に大村知事は、今回の展示が「社会の分断」に寄与してしまう点に無関心だったのではないだろうか。 この問題については、劇作家の山崎正和氏が2019年12月、読売新聞に寄せた「あいちトリエンナーレ 表現と主張 履き違え」以上に明瞭な主張を筆者は知らない。山崎氏は、この論考で「表現の不自由展・その後」で議論の焦点になった元慰安婦を象徴した「平和の少女像」や天皇陛下の肖像を用いた作品を燃やした動画などの展示行為を「背後にイデオロギーを背負った宣伝手段の典型」と評している。 この「背後のイデオロギー」の存在、それが芸術という名前を借りて、社会の分断に貢献してしまう可能性があったわけである。この点について、今に至るまで大村知事の認識はあまりに甘いのではなかったか。 検証委が取りまとめた報告書には「会長(編集部注:大村知事)によるこのような実行委員会の不当な運営に対して、事情変更の効果として、3回目として当初予定していた負担金の不交付という形で、名古屋市が抗議の意志を表すということは、必ずしも不適当とはいえず、他に手段がない以上、当委員会はやむを得ないものと考える」と結論付けている。 この報告書を受けて、名古屋市の河村たかし市長は未払いの芸術祭負担金約3300万円の不交付を決定した。委員として報告書を提起した以上、河村市長の決定を全面的に支持するのは当然だ。 だが、この名古屋市の合理的な決定に対して、大村知事が会長である「あいちトリエンナーレ実行委員会」が原告となって、名古屋市に未払金の支払いを行うよう求めて名古屋地裁に提訴した。非常に驚くべきことである。名古屋市の河村たかし市長(右)と面会し握手する、「高須クリニック」の高須克弥院長(左)と作家の百田尚樹氏=2020年6月2日 この点については、裁判で全面的に争われるだろうから、一点の指摘だけにとどめたい。この訴訟への発展にも明らかなように、自らの政治的行動が「社会の分断」を招いている意識が、大村知事に見られないのは、極めて残念である。 単にハッシュタグ祭りでのツイート数の大小を超えて、大村知事の政治的姿勢に対する是非が広く問われなければいけない、と筆者は強く思っている。

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    緊急事態宣言の解除で欠かせないアフターコロナ「経世済民」の四本柱

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 5月25日、新型コロナウイルス感染拡大を受けた緊急事態宣言の全面解除が決まった。4月7日、首都圏など主要都市部を有する7都府県から始まった長い「闘い」に、一応の区切りがついた。 今後、経済や社会は「コロナとの共存」に警戒しながら、徐々に回復の途を歩みだすだろうが、大きな不安があるのも事実だ。新型コロナの感染が再び急拡大する第2波の恐れ、そして経済の深刻な落ち込みである。 緊急事態宣言が解除されたからといって、経済活動がフル回転できるわけではない。そもそも世界経済全体の落ち込みも回復していない。 困難がしばらく続き、その不確実性の世界は不気味なほどの深さと広がりを持つ。この「コロナの時代」をどのように生きていくか、そこに経済対策の在り方もかかってくる。 4月から約50日に及んだ緊急事態宣言によって、日本経済の落ち込みは、年率換算でマイナス20%を超える大幅な減速と予測されている。これは民間のエコノミストたちの平均的な予測ではあるものの、今年の1〜3月期についても、国内総生産(GDP)速報値と彼らの予測は大差なかった。 しかも、この予測は第1次補正予算を含めたものであり、緊急事態宣言のゴールデンウィーク以降の継続だけでも相当の経済ショックを与えるだろう。緊急事態宣言延長とその後の経済減速を勘案すると、おそらく27兆円規模の需要支持が必要である。 この数字は先ほどのエコノミストたちの平均予測から仮に算出したものだ。彼らの数字はあくまで年率換算であるため、GDP総額を530兆円とし、経済への衝撃がずっと同じレベルで続けば、年間で20%消失するというわけだ。したがって、4〜6月の第1四半期で見ると、4分の1の約27兆円の経済ダメージが生じる。 さらに、感染期における経済対策なので、人々の経済活動が新型コロナ危機の前のように戻ることを想定するのは難しい。ソーシャルディスタンス(社会的距離)を引き続き採用し、自粛を継続することで、産業や業態ごとの活動率もバラバラになるだろう。 要するに、緊急事態宣言のような経済の冷凍状態ではないが、「半冷凍」が続くと思われる。この中では、従来のような「真水」に注目するのは妥当な解釈とはいえない。 従来の「真水」は、経済を刺激して、GDPを押し上げ、完全雇用を達成することに貢献する政府の財政支出を示している。例えば、新しい事業が増え、働く場が生まれ、経済が活性化することに貢献する財政支出の部分だ。営業を再開した松屋銀座で、ソーシャルディスタンスを取って会計待ちをする来店客=2020年5月25日、東京都中央区(松井英幸撮影) だが、感染期の経済対策は、感染拡大を防ぐために経済をかなり抑制しなければならない。この状況は緊急事態宣言が解除されても、しばらくは続く。 そのために「お客は来なくても倒産しない」「仕事がなくても失業しない」という状態を実現しなければならない。これはかなりの難度の高い政策である。2次補正の補完策 通常であれば、消費減税は景気刺激の「1丁目1番地」に位置する。今回の日本の経済苦境は、米中貿易戦争を背景にした景気後退、昨年の消費増税、新型コロナ危機の「三重苦」の経済であり、とりわけ消費増税が恒常的に消費を引き下げ、経済を停滞させている。 だが、感染期では、消費減税政策の推進は少し後退せざるを得なくなる。なぜなら、感染期の経済対策は、消費のための「お金の確保」が最優先されるからだ。 そのため、お金自体を増やす政策、定額給付金や各種のローンの支払い猶予などが中核になる。その意味で、1次補正に盛り込まれた国民一人当たり10万円の定額給付は、正しい政策オプションの典型だ。今は、この方向の政策をさらに強化すべき段階にある。 政府内で検討されている第2次補正予算も、基本的にはこの感染期の経済対策に当たる。とはいえ、この時点で消費減税の議論をやめる必要はない。むしろ積極的に行うべきだ。 2021年度予算策定の今秋をターゲットにすればいいだろう。感染終息の保証はないが、それでも景気刺激の時期を見据えるいいタイミングになるのではないか。 ともかく2次補正の話に戻ろう。27兆円規模の経済対策を最低でも盛り込むべきことは先述の通りだが、この点で提言がある。 先日、三原じゅん子参院議員を座長とする「経世済民政策研究会」が菅義偉(よしひで)官房長官に対し、2次補正を念頭に置いた政策提言を提出した。この提言には、政府が現在検討中の2次補正を補完する有力なツールが並べられている。菅義偉官房長官(右から3人目)に新型コロナの感染拡大に対応する経済政策に関する提言を手渡した三原じゅん子座長(同4人目)ら「経世済民政策研究会」のメンバー(同会提供) 経世済民政策研究会は、もともと自民党でリフレ政策を勉強するための研究会として始められたが、新型コロナ危機に際して、感染期の経済対策を検討することになった。不肖筆者も顧問を引き受けているが、提言の基礎となったのは、研究会の参加議員による積極的な提言や議論、そして講師(原田泰、飯田泰之、上念司の3氏ら)の報告である。以下には提言の骨子だけを掲げたい。1.国債発行による財政措置・困窮した個人および企業の社会保険料の減免・感染期に月額5万円の特別定額給付金の継続・2次補正総額の半額を新型コロナ感染症対策予備費として確保2.地方自治体に対する支援策・新型コロナ感染症対応地方創生臨時交付金を10兆円規模に拡充・地方債発行の後押し3.金融政策・日本銀行による中小企業へのマイナス金利貸出・日銀による地方債、劣後債の買い取り4.景気回復期の財政金融政策の在り方・インフレ目標の4%への引き上げと積極的な財政政策との協調・「アフターコロナ」に向けた民間投資の支援 4点目は景気刺激期の政策であり、この点は研究会でまだ具体的に話題を詰めている最中だ。消費減税の採用や恒常的な最低所得保障(ベーシックインカム)が議論されるのはこの項目である。臨機応変の備え 2次補正など感染期の経済対策として優先されるのは、1〜3点目である。特にマスコミで注目されたのは、日銀によるマイナス金利貸出である。 新型コロナ危機に伴う中小企業の運転資金の不足は深刻である。これは中小企業を中心に、民間の資金需要が緊急性を帯び、かつ高まっている現状を意味する。 日銀は従来からさまざまな貸出支援プログラムを実行している。日銀による中小企業へのマイナス金利貸出は、この現行システムを拡充して、現在の新型コロナ危機に対応することを目指す。 具体的には、日銀の提供する貸出支援制度を利用し、民間や公的な広範囲の金融機関が、マイナス金利(マイナス0・1~0・2%を想定)で日銀から借り入れる。これを資金不足に悩む中小企業に原則、無担保マイナス金利で貸し付けする。中小企業の緊急性を要する資金需要が増大する中では、最適の政策だろう。 さらに、定額給付金を月額5万円としたが、もちろん週当たり1万円でもいい。 問題は行政の体制である。マイナンバーの本格導入や預貯金口座とのひも付けの義務化が急がれる。 この点が整備されると、週ごとに支給した方が、感染期の終息に伴って柔軟に停止することもできる。支給が継続されれば、恒常的なベーシックインカムへの移行も可能だ。金額が4~5万円であれば、現状の税制や社会保障制度をそれほど改変しなくても継続が可能な金額である(原田泰『ベーシックインカム』)。特別定額給付金のオンライン申請が始まり、マイナンバーカードの取得手続きなどで混雑する大阪市浪速区役所の証明発行窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 多額の予備費計上も重要だ。上記の提言は、2次補正の「補完」や「一部代替」を目指しているため、現在の2次補正に盛り込まれる学費支援や家賃支援はあえて外している。当然だが、これらの政策はもちろん必要だ。 予備費は、感染の終息が見えない中、不確実な経済状況に対して、臨機応変に動くための備えになる。そのためにも、なるべく金額を積み上げておくことが重要だ。 マイナス金利貸出、持続的な定額給付金、予備費、その他の政策オプションも不確実性の高い経済状況に応じられる政策である。もちろん、これで終わりではなく、どんどん具体的な政策を重ねて提言していく必要があることは言うまでもない。

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    反検察庁法改正の「釣り」に引っかからない当たり前の極意

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 検察官の定年を引き上げる検察庁法改正案について、今国会での成立が見送られることが決まった。「束ね法案」として一本化された国家公務員法改正案とともに見送られた背景には、「#検察庁法改正案に抗議します」という「ハッシュタグ祭り」から始まった世論の反発がある。 最新の世論調査でも、安倍内閣の支持率は法案への反対を主な理由として、大きく下落した。ただ、法案は秋の臨時国会へ向けて継続審議となり、仕切り直しの公算が大きいだろう。 前回の連載でも書いたが、検察庁法改正案への反発については、安倍晋三首相と「近い」といわれる東京高検の黒川弘務検事長の定年延長問題とこの改正案を、多くの人たちが混同し、それに基づいて反対運動を展開したことに大きな特徴がある。一方で、肝心の法案の中味を検討した上での反対が主流ともいえなかった。 多くの人は同調圧力や感情、直観で動いたと思われる。後ほど指摘するが、この反対運動の特殊性も指摘されている。 ところで、安倍首相と黒川検事長が本当に「近い」かは不明である。少なくとも、定年延長問題が国会で議論されてから、一貫してそのような「印象報道」が行われていた。 学校法人森友学園(大阪市)や加計学園(岡山市)、桜を見る会、そしてアベノマスクに至るまで、安倍首相との関係が「ある」ことを基礎にした「疑惑」の数々に、筆者は正直辟易(へきえき)している。疑惑の根拠が、単に首相との個人的なつながりだったり、会合で1、2回程度の「単なる出会い」であるとするならば、それは単に「疑惑」を抱いた人たちの魔女狩り的な心性を明らかにしているだけだろう。 ただし、誰も魔女狩りをしていると、自ら認めることはない。本人たちにとっては「社会的使命」や「正義」かもしれないからだ。 この種の魔女狩りを「正義」に転換するシステムは、いろいろ存在する。ここではそれを「釣り」(フィッシング)と名付けよう。安倍晋三首相との面会を終え記者団の取材に、検察庁法改正案の見送りを表明する自民党・二階俊博幹事長(中央)=2020年5月18日、首相官邸(春名中撮影) インターネットでもしばしば見受けられる偽サイトへの誘導などのフィッシング詐欺と似ている。「釣り」を経済学の中に導入したのは、2人ともノーベル経済学賞を受賞したジョージ・アカロフ、ロバート・シラー両氏の著作『不道徳な見えざる手』(原題:釣りに釣られる愚者)が代表である。 彼らは、通常の経済学が前提にしている自由市場のメカニズムに疑問を呈している。自由市場では、合理的な人たちが完全な情報を得て、自らの利益が最大になるように行動する。その結果、市場の成果は本人たちにとって「最適」なものになる。論理飛躍を埋める「物語」 だが、アカロフ、シラー両氏は、市場では釣りが横行していて、人の弱みにつけ込んで利益を得る人が多いこと、それは裏面では弱みを握られた人たちが「最適」な成果を得ることができないことを意味している。しかもポイントは、釣られた人たちが、自分たちが釣られたことに気が付きにくいことだ。 なぜ釣られたことに気が付かないのだろうか。アカロフ氏とシラー氏の着眼点は「物語」にある。 人はそれぞれ、何らかの物語を抱いている。自分がどのような人であり、どのような人生を送ってきたか、そういう物語は多くの人が普段から自ら胸中に描いていることだろう。 そして、自分以外の物事や出来事に対しても、人はこだわりを持っているに違いない。食事のマナーや通勤のルートの取り方、休日の過ごし方、好きな音楽や本などでも見受けられるはずだ。 安倍首相に対するイメージでも、こだわりはあるだろう。過去に、モリカケなどで「安倍首相は悪い。これは私の直観である」と言い放ち、論理や事実を全く跳ね返す人に多数遭遇した。 これらの人物や出来事に対する印象も、物語に依存するものが多い。物語は、人の人生を豊かにする反面、他者からの釣りに弱い側面もある。 安倍首相のケースでいえば、彼が「嘘つき」だとか、記者会見で「自分の言葉で話していない」という物語がある。前者は具体的に何を指すか全く分からないが、そういう人たちが多い。 後者は、記者会見でプロンプターを見ながら話していることが、典型例としてしばしば言及されている。しかし、数千字にも上る重要なメッセージを間違いなく正確に読むのに、プロンプターは便利なツールでしかない。 プロンプターに表示された画面を読むことを「自分の言葉ではない」というのは、かなり論理飛躍がある。だが、この論理飛躍の穴を埋めるのが、その人の物語なのである。2020年5月15日、検察庁法改正案に反対し、国会前でプラカードを掲げる男性 原理的にこの物語を利用した釣りは、振り込め詐欺のような「家族」の物語を利用したタイプから、上述した政治的なタイプまで幅広い。キーは論理的な跳躍(人によってはそれは直観や感情などと言い換えることもできる)を物語で埋めることである。 では、この物語のマイナス面を回避して、釣りに引っかからないにはどうしたらいいだろうか。先日、分かりやすい実例があった。釣りと弱さを自覚せよ 元HKT48でタレントの指原莉乃がフジテレビ系『ワイドナショー』で、「#検察庁法改正案に抗議します」のハッシュタグを付けたツイートを求めるコメントが来たときに、「私はそこまでの固い信念ほど勉強できていなかった」と述べていた。要するに、分からないことに慎重になったのだ。 自分が普段知らないこと、新規の出来事に遭遇したときは、まず、急に判断せずに、一拍置いてから行う。この当たり前ともいえる判断を、指原はうまく表現していたのである。 われわれは「弱い人」である。分からない運動に巻き込まれても、「法案の中味を読んだのか」と言われてから、慌てて読んでも「判断を変えない」「いや、既に読んでいた」などと欺瞞(ぎまん)を繕う人も多い。 だが、弱さを自覚してこそ、文明の発展に寄与したと、18世紀の終わり、アダム・スミスは『道徳感情論』の中で述べている。釣りに遭ったと自覚することが、個人だけではなく社会の発展には欠かせないのだ。 一方で、釣りの側のシステムも巧妙になってきている。われわれの弱さを克服する文明が発達するとともに、釣りの文化も発達しているのだ。 主要新聞では、検察庁法改正案反対のツイート数が数百万件にもなったと報じ、多くのワイドショーやニュース番組でも繰り返し取り上げられた。しかし、経済評論家の上念司氏らは、この種のハッシュタグ運動が一種の「スパム」によって成立していることを、早期から指摘していた。 つまり、ハッシュタグ運動の盛り上がり自体の大半が釣りだったのだ。確かに、政治的なハッシュタグ運動としては人気だった。 だが、そのボリュームについてはかなりの「水増し」があったのも事実だ。夕刊フジによると、5月8日午後8時以降の67時間に行われた約500万件のツイートのうち、投稿された実際のアカウント数は8分の1程度であったという。 デモでも主催者は参加者を「盛る」ことが一般的だ。数百万ではなく、実際には、数十万アカウントの人たちの活動であることを注記した報道もあるが、「数百万件」報道の方が一人歩きしたことは間違いない。こうして「多数派」の印象報道は成立していくのである。元HKT48でタレントの指原莉乃 政権批判を直観や感情で行おうが反知性で行おうが、それは別に個人の自由でしかない。ただし、直観や感情や反知性的な政権批判は、たいして評価されない。煽動(せんどう)的な行為で集団化すれば、脅威として批判されるのも当然である。 いずれにせよ、検察庁法改正案自体は、新型コロナ危機の対策を最優先する中で、審議していけばいいだろう。「三権分立の危機」や「民主主義の危機」といった物語を大きくする勢力はあっても、その種の釣りには慎重に対すればいいだけである。そのぐらいの優先度しかない問題なのである。

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    「#検察庁法改正案に抗議します」にかまける与野党の愚策

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「#検察庁法改正案に抗議します」というハッシュタグをツイッター上で目にしたのが、5月10日の朝だった。正確には、検察庁法の改正部分を含んだ国家公務員法改正案についての話題である。 このハッシュタグは何百万件もリツイートされ、インターネット社会の「熱狂」を示すものとしても注目された。特に、著名芸能人やアイドルらがこのハッシュタグをつけて、法案への異議や、政権に対する批判を表明していた。 個人的には、この法案がそれほど重大なものとは思っていなかっただけに、この「熱狂」は意外だった。筆者はアイドル研究もしているので、その意味で、複数のアイドルが政治的なスタンスを表明していることに興味を惹かれた。 ところで、このハッシュタグをリツイートしている人たちは、この法案のどこが問題だと感じていたのだろうか。具体的な法案の内容にコミットしている人はほとんど見かけなかった。 ただ、民主主義の危機や「三権分立の危機」について投稿した人はいた。安倍政権と東京高検の黒川弘務検事長との関係を問題視するものなども散見された。 率直に指摘すると、ハッシュタグをリツイートしている人たちの圧倒的多数は、おそらく法案を読んでいなかったのではないか。リツイートした後に「法案は読んだか」と指摘され、慌てて確認した人がいたようだ。 自分が反対意見を表明するには、根拠をきちんと述べなければならないが、多くは「熱狂」に身をまかせた直観や感情的なリアクションだったと思われる。この種の「熱狂」は、集団自衛権、秘密保護法の問題や、いわゆる「モリカケ」「桜」問題、最近では「アベノマスク」などで頻繁に見かけた現象である。 では、法案にはどんなことが書いてあるのだろうか。国家公務員法改正案は、2011年(民主党政権時)と18年(自公政権)の過去2回にわたる、人事院の「意見の申出」を受けたものだ。ちなみに、人事院は「内閣の所轄の下に置かれる、国家公務員の人事管理を担当する中立的な第三者・専門機関」である。 さらには、08年に成立した国家公務員制度改革基本法で、定年を65歳まで引き上げることについて検討すると明記されたことにさかのぼる。定年延長は、高齢化を背景にした社会的な動向を反映したものと同時に、公務員の早期退職による関係団体への天下りなどを防止する意味もあったはずだ。参院予算委員会に臨む安倍晋三首相(左)。右は菅義偉官房長官=2020年3月(春名中撮影) もちろん、公務員の定年を一律延長するだけでなく、公務員の職務のさらなる効率化を促す仕組みをつくるべきだ、という指摘はありうる。だが、今回のハッシュタグ騒動は、そういう合理的な意見に基づく反論は稀(まれ)だった。単に政治的な思惑からの「熱狂」でしかなかったと思う。 とりわけ、安倍政権と「親密な関係」だとされる黒川氏の定年延長と関係しているかのような主張が散見された。これは全く関係ないことは既に指摘した通りだ。政権と検察「癒着」対策は? そもそも法案の施行予定日は令和4年4月1日なので、その時点で安倍政権が交代している可能性が高いし、仮に黒川氏が検事総長になったとしても定年を迎えている。安倍政権と黒川氏の関係に、法案自体が直接関わることはないのである。 こういう意見もあった。黒川氏の定年延長を「後付け」で肯定するために、この法案を通そうとしているという指摘だ。 だが、これも先述したように、そもそも法案自体が十数年の流れの中で、具体化してきたもので、「後付け」ではないことは明白である。 黒川氏の定年延長問題が政治的に重要であれば、法案と関係なく議論していけばいいだけだろう。仮に法案が成立しても、黒川氏の定年延長に関する政府の対応を問題視して議論することに、損失が生じることはない。繰り返すが、両者は無縁の問題だからだ。 ちなみに、黒川氏の定年延長について私見を述べれば、法解釈の問題で済ますことのできない違法な決定だと思う。このような決定をしたことが、背後で何か「汚職隠し」のような嫌疑や陰謀論の類を生じさせてしまっている。 これは明らかに政権の過ちだろう。黒川氏は速やかにその職を辞任することが望ましい、と筆者は考える。 国家公務員法改正案に話を戻すが、検察と政府の関係は行政府の中での人事問題なので、これも別に、三権分立に抵触する問題でもない。 内閣が検察官の定年延長を行うことができる特例自体が問題だ、と指摘する人もいる。一見すると、もっともらしい論点だ。定年延長をエサにして、時の政権の顔色をうかがう判断を検察トップがしたらどうなるか。 だが、そもそも検事総長や次長検事、検事長といった検察トップの任命権者は内閣である。もし政権と検察の癒着が心配であれば、定年延長に焦点を当てるだけではなく、検察人事を内閣から不可侵の領域にするか、日本銀行の正副総裁などと同じように国会同意人事にすべきだろう。2020年2月、検察長官会同に出席した黒川弘務東京高検検事長長=法務省 ただ、国会同意人事は、時の国会多数会派、すなわち内閣を形成する政治集団に任命が事実上託されるので、「癒着」を懸念する人たちから見たら同じことになる。では、内閣は検察の人事に、口を一切はさむことができないのか。 そうなると、検察は人事院(国会同意人事、内閣任命、天皇陛下の任免の認証で人選が決まる)などの「中立・公正」な機関以上のスーパー権力を有することになるだろう。それこそ、三権分立を侵すバカげた発想である。迫る「25兆円」落ち込み 解決策の一つとして、内閣が定年延長を決める際の具体的な準則を設けることが挙げられる。この中味は国会での議論に値するだろう。ただそのときも、政府と検察の「癒着」的な陰謀ありきの議論は避けるべきだ。 ハッシュタグ騒動は冒頭にも書いたように、ただの「熱狂」だと理解している。ただし、法案自体も無理して通過させるほどの価値があるか疑問だ。 この論考では、主にハッシュタグ「熱狂」の中味が全く空洞であることに注目している。法案の可否については、緊急性もないので、新型コロナ危機の対応後に時間をかけてやればいいのではないか、と思っている。政治紛争の材料として、この法案が過大視されるかもしれないが、今行うのは与野党ともに愚かなことである。 むしろ、国家公務員法改正案と比較にならないぐらい、第2次補正予算の具体的内容を議論した方が何よりもいいだろう。追加の経済対策のため第2次補正予算も規模とスピードが重視される。 第1次補正予算や成立前から進められた経済対策は、せいぜい緊急事態宣言中の5月初旬までの経済的落ち込みをぎりぎりカバーすることしかできない。つまり、緊急事態宣言の延長がもたらす経済の落ち込みには対応していない。 複数のエコノミストによる平均的な予測では、緊急事態宣言の延長によって約25兆円ほどの経済の落ち込みがあるという。これを補うための経済対策が急がれる。 ただし現状においても、中味の具体像が絞られていない。大学生などへの学費補助、家賃支援、雇用調整助成金の上乗せなどが検討されているという。今回の経済落ち込みだけに焦点を絞るのか、感染期の長期的継続や、それ以後の本格的な経済対策の立案まで含めるのか、補正予算のコンセプトも議論されるべきだろう。 現在、自民党の一部の議員とのリフレ政策の勉強会「経世済民研究会」(座長:三原じゅん子参院議員)で、一部の議員から補正予算の予備費を多額に積み上げておくという意見を拝聴したが、いい提案だと思う。 新型コロナウイルスは不確実性の大きな疫学的現象である。比喩で言えば、明日は晴れかどしゃぶりの雨か、確率が分からない事象だ。この場合は、暑さ対策グッズも雨具も両方詰められる大きめのバッグを用意するのが望ましい。国会内で会談に臨む立憲民主党の安住淳国対委員長(左)と自民党の森山裕国対委員長=2020年4月9日(春名中撮影) このように、予備費を積み上げておけば、臨機応変に不確実性と闘える。それも総額が多ければ多いほど望ましい。政府に「白紙委任」を出すという意見もあるかもしれないが、使途を新型コロナ危機の経済対策に限定すれば、与野党の合意も得やすいだろう。 もちろん、感染期間中は継続して支払われる定額給付金、劣後ローンの構築、家賃モラトリアム(支払猶予)、消費減税など採用すべき経済政策は無数にある。今回はこの予備費活用を、特に注目すべき政策オプションとして紹介した次第である。このような新型コロナ危機に立ち向かうハッシュタグの方がよほど広まってほしい、と筆者は願っている。

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    お次はアベノマスク、野党の「炎上商法」にまた騙される人たちへ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 7年超にわたる第2次安倍晋三政権の中で、「モリカケ」といえば、学校法人森友学園(大阪市)と加計学園(岡山市)をめぐる問題だった。これに首相主催の「桜を見る会」が加わり、さらに最近では「アベノマスク」が加わりそうである。 総称すると、「モリカケ・桜・アベノマスク」というのだろうか。本当にあるのかないのか分からない「疑惑」を、一部マスコミや野党、それに反安倍政権の識者たちが盛り上げていく、この一種の炎上商法には正直、ほとほと呆れている。 保守系論客がしばしば利用している言葉の中に、「デュープス」というものがある。原義には共産主義運動との関連があるが、そんな「高尚」(?)な活動とはおそらく無縁だろうから、本稿では、単に「騙されやすい人」という意味でデュープスを使う。「モリカケ・桜・アベノマスク」は、まさにこのデュープス向けの「食材」である。 今回で200回を迎える本連載でも、「モリカケ」「桜」両問題について、たびたび取り上げてきた。国会でも何年にもわたって議論されているが、デュープスが目指している安倍首相の「疑惑」は少しの証拠も明らかにされていない。 さすがに何年続けていても、安倍首相の「疑惑」が明らかにならないので、デュープスたちは、首相を「嘘つき」とみなす傾向がある。自分たちが「疑惑」の証拠を提供できないので、その代わりに他人を「嘘つき」よばわりするのだろう。 これでは、単なる社会的ないじめである。だが、こういう意見を持つ人は多く、中には著名人も安倍政権や首相を嘘つきだと断ずる傾向がある。全く安倍首相もお気の毒としかいいようがない。参院決算委員会で答弁を行う安倍晋三首相=2020年4月1日(春名中撮影) ただし、デュープスが生まれる経済学的背景もある。私はしばしばこれを「魔女狩りの経済学」と呼んでいる。 新聞やニュース番組、ワイドショー、そのほとんどが「真実」を報道することを目的としてはいない。あくまで販売部数や業界シェア、視聴率を目的とした「娯楽」の提供にある。 これは経済学者でハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ジェンセン元教授の指摘だ。ジェンセン元教授の指摘は多岐にわたるが、ここでは主に2点だけ指摘する。娯楽で消費される政府批判 ニュースに対して読者や視聴者が求めるのは真実追求よりも、単純明快な「解答」だ。専門的には「あいまいさの不寛容」という。 たとえ証拠と矛盾していても、複雑な問題であっても、単純明快な「答え」が好まれる。ニュースの消費者の多くは、科学的な方法を学ぶことにメリットを見いだしていない。 そのため、ニュースの消費にはイメージや直観に訴えるものが好まれる。実際に筆者の経験でも「安倍首相は悪いことをすると私の直観が訴える」と言い切る評論家を見たことがある。 さらに、ジェンセン元教授の興味深い指摘が「悪魔理論」だ。これが「魔女狩りの経済学」の核心部分でもある。要するに、単純明快な二元論がニュースの読者や視聴者に好まれるのである。 善(天使)vs悪(悪魔)の二項対立のように、極端なものと極端なものを組み合わせて論じる報道への関心が高い。特に、政府は「悪魔」になりやすく、政府のやることは全て失敗が運命づけられているような報道が好きなのだ。 根拠のある政府批判は当然すべきだ。だが、この場合の政府批判は、単なる「娯楽」の消費でしかなく、事実に基づかなくても可能なのである。 「モリカケ」「桜」両問題も、「魔女狩りの経済学」の構図にぴたりと当てはまってきた。「疑惑」は「安倍首相は権力側の悪い人なので、何か悪いことをしているに違いない」とでもいう図式によって生み出されている。この魔女狩りの経済学に、今度は新型コロナウイルスの感染防止策として全世帯に配布する2枚の布製マスクが加わりそうである。 マスクについては、新型コロナ危機が始まってから、医療や介護現場に代表される供給不足問題に加え、一般のマスク不足が一貫して問題視されていた。政府は当初、民間の増産体制によってこの問題を解消できると予測していたようだ。新型コロナウイルスの感染拡大策として、全世帯に配布される布製マスク2枚=2020年4月23日(三尾郁恵撮影) だが、その目論見は完全に外れた。特に、民間の需要は底が知れないほどで、ドラッグストアには連日長蛇の列ができ、インターネットでは高額転売が横行した。これは明らかに政府のマスク政策の失敗だったといえる。政府が払うマスクの「ツケ」 結局、供給解消を狙って、さらに増産体制を強化し、ネットなどでの高額転売禁止、医療機関へのサージカルマスクの大量供給、福祉施設や教育機関への布マスクの配給を矢継ぎ早に行った。特に、サージカルマスクなどの高機能マスクは、地方自治体を経由していると供給不足に対応できないとして、国がネットの情報を利用して、不足している医療機関への直接配布を決定した。 だが、それでも医療需要に十分応えているわけではない。政府のマスクに関する甘い見立てのツケはいまだに解消されてない。 問題のキーポイントは、マスクの増産と割り当て(供給統制)を同時に進めるべきだったのに、前者に依存して後者を当初採用しなかったことにある。危機管理が甘いといわれても仕方がない。 国際的な成功例である台湾では、マスク流通を政府が感染初期から完全に管理している。購入には国民健康保険に相当する「全民健康保険」カードを専用端末に挿入する必要があり、一人当たりの購入数も週2枚に限定されている。さらに、履歴は「全民健康保険」カードに記載され、徹底的に管理されている。 他方で、マスク増産に軍人も起用して、今は大量生産に成功し、日本など海外に輸出するまでになっている。これに対し、日本政府は現在に至るまで、あまりに不徹底で戦略性に欠けている。 当初のマスク予測を誤ったツケが、俗称「アベノマスク」をめぐる一連の騒動の背景にもなっている。ただし、このときの「背景」は合理的なものよりも、モリカケ・桜問題に共通する「疑惑」や感情的な反発を利用した、政治的思惑に近いものがある。マスコミもアベノマスクを恰好の「娯楽」として、ワイドショーなどで率先して報道している。2017年3月、台湾行政院のデジタル関連会議に出席する唐鳳IT担当政務委員 このアベノマスクに関しては、反安倍系の人たちが率先して批判しているが、それには幼稚な内容が多い。顔に比べてマスクが小さいという主旨だが、顔の大きさに個人差があるのは否めない。 そういう幼稚な批判におぼれている人以外には、人気ユーチューバーの八田エミリ氏の動画「アベノマスク10回洗ったらどうなる?」が参考になるだろう。簡単に内容を説明すると、実際に届いた新品のマスクについて紹介した動画で、14層ある高い品質であり、洗濯すると多少小ぶりになるが、何度の使用にも耐えられるものであった。マスク不足に悩む人たちには好ましい対策だったろう。 一部では不良品があり、その検品で配布が多少遅れるようだ。マスコミはこの点を追及したいし、全体のマスク政策をおじゃんにさせたいのだろう。だが、現在配布を進める全世帯向けの半分にあたる6500万セットのうちに、どのくらいの不良品があるか、そこだけを切り取って全体のマスク政策を否定するというのは、まさに魔女狩りの経済学でいう「あいまいさの不寛容」そのものだ。愚者のための政治ショー おそらく、この「あいまいさの不寛容」におぼれたデュープスを釣り、その力で政権のイメージダウンを狙うのが野党の戦略だろう。そのため、補正予算の審議でもこのアベノマスク問題が取り上げられる可能性が高い。まさに愚者のための政治ショーである。 なお「あいまいさの不寛容」の観点で言えば、不良品が多く発見された妊婦用マスクと全世帯向け配布用マスクは異なるが、多くの報道で「巧みに」織り交ぜることで、さらなるイメージダウンを狙っているようだ。全世帯用にも不良品が見つかるかもしれないが、その都度対処すればよく、マスク配給政策そのものを否定するのはおかしい。マスクの全世帯配給に、少なくともマスクの需給環境を改善する効果はあるだろう。 また、マスク配給の当初予算が466億円だったのが、実際には91億円で済んだ。これは予算の使用が効率的に済んだのだから好ましいはずだ。 だが、立憲民主党の蓮舫副代表は違う見方をとっている。蓮舫副代表は、予算が余ったのだから「ずさん」であり、ならば「マスクも撤回してください」と要求している。 なぜ、予算が少なく済んだことが批判され、なおかつマスク配給政策全体を撤回しなくてはいけないのか。デュープスであることぐらいしか、この理由に思い当たる人は少ないのではないだろうか。 現在の日本では、新型コロナ危機で、数十兆円規模の経済危機が起きている。これに立ち向かうために、大規模でスピードを早めた経済政策が求められている。 例えば、企業の家賃のモラトリアム(支払い猶予)も喫緊の問題だ。このままの状況が続けば、6月末には多くの中小企業で「コロナ倒産」の急増を生んでしまうだろう。参院予算委員会で質問する立憲民主党・蓮舫副代表兼参院幹事長(右)=2020年3月2日(春名中撮影) だが、与野党ともに家賃モラトリアムについては、あまりにもスピード感に欠けた提言してかしていない。マスク問題も、政府のマスク買い上げや規制強化の遅れにより、現在まで障害を残している。 本来であれば、家賃モラトリアムや、さらなる定額給付金の供与など、経済対策のスピードをさらに加速させる必要がある。アベノマスクのように、ワイドショーで溜飲を下げるデュープス相手の話題にいつまでもこだわる時間は、少なくとも国会には残されていない。

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    新型コロナ、長期戦を生き抜く「毎週1万円案」ここが素晴らしい

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの感染拡大に伴い、7都府県を対象としていた緊急事態宣言が全国に拡大された。東京圏や近畿地方、福岡県を中心に、感染の拡大はまだ収まっていない。 緊急事態宣言はゴールデンウィーク明けの5月7日で終わることが決まってはいる。だが、さらに延長があるのか、延長しなくとも全面的な解除になるのかどうか、など予断を許さない状況だ。 医療従事者、医療インフラを維持する人たちの懸命な努力が日々、会員制交流サイト(SNS)やマスメディアで伝わってくる。医療資源になるべくストレスを与えないように、われわれの経済活動を中心にした「自粛」はさらに積極的に求められている。だが、このことでわれわれの経済生活や肉体的健康、そして心理的ストレスはかなり厳しくなっていることも自明だ。 感染拡大が終息しなければ、このような困窮は抜本的に解消困難である。だが、ある程度の緩和をすることはできる。それは適切な経済対策である。つまり、政府がきちんとおカネを出し、われわれの生活を防衛することが必要なのだ。 だが、日本では官僚主義の弊害が著しく、日本の「おカネの番人」とでもいうべき財務省の緊縮主義がこの危機の中でも威力を発揮している。緊縮主義とは、できるだけ政府がおカネを使わない姿勢を示す用語だ。国民は感染の脅威と同時に、この財務省の緊縮主義という病とも戦っていかなければならない。 財務省の緊縮病は本当に手強い。政府は先日、国民一人当たり10万円を配る「定額給付金」政策が、新型コロナウイルス危機の経済対策として採用した。政策自体はとてもいいことである。 だが、採用に激しく反対していたのが財務省である。そのため、当初は所得制約を厳しくして、給付金30万円で補正予算が立てられた。 30万円給付金案の方が額が多いように思えるが、それは間違いである。まず、30万円案では、新型コロナウイルスの影響で、所得が大きく減少していないと受領できない。記者会見する麻生太郎財務相=2020年4月17日(林修太郎撮影) しかも、支給対象が世帯単位なので、どれほど家族が多くても、給付は30万円だけである。そのため、30万円案の予算総額は、たかだか4兆円ほどだった。30万円という数字だけで考えれば、多く感じられるが、できるだけ給付金総額を絞り込む財務省の悪質な緊縮主義が表れている。 それに対し10万円給付案では、予算総額が12兆円と8兆円も多い。しかも、経済危機で収入が半額まで減少しない人や、家族の多い低所得者層にも恩恵が及ぶ。「30万円案」固執の不思議 何より30万円案最大の欠点は、所得が減少したことを自己申告で役所の窓口に出向いて証明しなければいけないことだ。それが受理されて、初めて給付金が下りる。これだけでも相当の手間と時間がかかる。フリーランスの人たちにとっては、そもそも所得減少を証明する書類を揃えるのが難しい場合があるはずだ。 問題はこれだけではない。悪徳企業経営者がいたら、社員の給料をわざと半減させて、それで社員に30万円の給付金をゲットさせるだろう。言い換えれば、本当に必要な人に届かなくなるのだ。 立憲民主党などは、この30万円給付に固執し、補正予算案を批判している。それは国民の生活を考えない党利党略的な判断でしかない。 それに比べて、全国民一律に10万円を配布するのは、最もムダがない。資格調査がいらない分だけでもスピードが速い。 政府がこの案を当初採用しなかったのは、財務省の緊縮主義からの抵抗があったからにほかならない。もちろん富裕層からは年度末の確定申告で税金をより多く徴取するので「公平」にもなる。ただし、給付金を単に消費に回す点だけに話を絞れば、高所得者層の多くも他の所得者層と大差なく、給付金を消費に回すことが実証分析で知られている。 10万円給付案への反論として、定額給付金が過去に実施されたときに、30%程度しか消費されず、あとは貯蓄に回されたというものがある。だが、三つの理由から間違っていると言わざるを得ない。 (1)貯蓄に回ることで、むしろ将来不安の解消に貢献すること、(2)貯蓄は将来の消費でもあるので、感染症の蔓延期が長期化して、家計が苦しくなれば消費に向かうかもしれない、(3)社会全体が余裕(=ため)をもっていれば、感染期が終わったときに力強い景気回復が可能になる、と考えられる。 要するに、ムダなおカネなどはないということだ。「貯蓄=ムダなおカネ」という言説は、財務省が喜んで流布する素人騙しの都市伝説でしかない。新型コロナウイルスの感染拡大防止のため東京・銀座では多くの店舗が休業、街は閑散としていた=2020年4月18日(三尾郁恵撮影) さて、問題なのは、この定額給付金が1回で済むかどうかである。新型コロナウイルスの感染拡大がいつ終わるのか、日本国内だけでもいまだ不透明だ。 ましてや、世界の動向も全く分からないので、長期戦を覚悟する必要がある。そのときにわれわれの生活を支える仕組みが求められる。 ここで、大阪大の安田洋祐大准教授が提案する面白い給付金政策を紹介しておこう。感染終息まで、毎週1万円を全国民に支給するというものだ。「毎週1万円」最大のメリット この場合、政府支出は月総額約5兆円になる。感染期が1年続けば、60兆円になる。60兆円は巨額だが、実は経済の専門家たちが、終息せずに1年続いたときに生じる経済損失として計算した金額と等しい。 実際には、感染期が夏には終わっているのか、それとも何年も続くのかは分からない。安田案の優れているところは、感染期が続く限り、政府が支援を継続するという約束(コミットメント)が強力だということだ。 しかも、このコミットメントは単なる口約束ではない。実行を伴う仕組みがある「約束」である。 もちろんこれとは別に、感染期のピークに一括して、国民一人当たり10万円や20万円を、事態の変化に応じて再度配布する案もある。ただし、感染が予想外の長期間となった場合、そのたびに予算案を立てなければならず、スピードに問題が生じる。 筆者は最近、リフレ政策に強い関心のある自民党国会議員の研究会で報告する機会があったが、質疑応答が活発に行われた。その経世済民政策研究会(世話役:三原じゅん子参院議員、事務局:細野豪志、長島昭久両衆院議員)で、補正予算に多額の予備費を計上する案が出た。 予備費の額は青天井なので、新型コロナ危機だけではなく、自然災害の多発などに備えて、補正予算に今から数兆円規模の予備費を計上することは、審議時間の短縮に繋がり、望ましい。また、政府と日本銀行が協力して、上記の安田案の実現のために新型コロナ対策基金を100兆円規模で構築することもあり得るだろう。 いずれにせよ、この不確実性に対応した定額給付金を軸にして、税金や社会保険料、家賃、光熱費といった生計費や運転資金を先送りしたり、免除していく政策を組み合わせれば、感染期の経済対策としては合格点に近い。付言すると「先送り」は、感染が終息して、負担が一気に押し寄せることがないように、強い減免措置と組み合わせる必要がある。 そして、感染期の終了後に、経済全体を落ち込ませないためにも、財政政策と金融政策の協調による一層の刺激政策を取ることが望ましい。そのときの有力オプションは消費減税であろう。 ただし、恒常的な消費減税を感染期から実施することを、筆者は強く薦める。感染期における持続的な定額給付金(事実上のベーシックインカム)と恒常的な消費減税は、不確実性の高い経済を安定化させる錨(いかり)の役割をすることだろう。細野豪志元環境相=2019年1月(森光司撮影) だが日本では、財務省を中心にした緊縮病が、この感染期の経済対策を妨害しているといっていい。このことは前回でも指摘した。しかも、この経済危機でも緊縮しようという意思は強い。今はおとなしくしているが、いずれ「新型コロナ税」でも発案しかねない。 阻止するためには、リーマン・ショックや東日本大震災のときに比べ、世論形成への影響が格段に強まっているSNSの力が必要だ。SNSを中心に不合理な財務省の緊縮病を監視し、国民の力で退治していくことが大切なのである。

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    二階俊博と麻生太郎のメッセージで読めた「緊縮教」のたくらみ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 国民の経済的負担を解消する努力をすることなく、安っぽい精神主義が政治家界隈でどうやら流行しているようだ。典型例が4月13日の自民党役員会に表れている。 その後の会見で、二階俊博幹事長は「新型コロナウイルスに対する国民の奮起、戦うということに対して、しっかり支援していくということだ」と述べ、国会議員の給与にあたる歳費の一部返納を表明したのである。まさに、国民を小ばかにした精神主義の見本である。 東日本大震災のときにも同様の動きがあった。具体的には、国会議員歳費減額特例法の成立で、歳費の一部が復興対策の財源に充てられ、菅直人内閣の閣僚給与も自主返納に至っている。 その際、この精神主義が復興増税構想に結びついていった。構想は、2012年の民主、自民、公明の3党合意で成立した社会保障と税の一体改革関連法によって、消費増税路線に結実していく。 今回も、二階氏が野党にも歳費返納を呼び掛けた。結局、1年間2割削減で自民・立憲民主両党が合意したが、まるで、将来の増税路線も呼び掛けているようにも思える。 国民の中で、政治家たちのこのような歳費削減を喜ぶ姿勢があるとしたら、深く反省した方がいい。政治家に対して、きちんと歳費に見合った仕事を求めればいいだけである。 あなたは給料を減らされながら、前よりもっと働けと言われて、やる気を発揮できるだろうか。自分にはできないことを政治家だけができると考えるとしたら、よほどおめでたいと思う。 このように、国民側にも厳しい言葉を投げ掛けたのは、安っぽい精神主義を国民側が受け入れる土壌があるからこそ、二階氏のような発言が出てくるからだ。要するに、軽薄なポピュリズム(大衆迎合主義)なのである。安倍晋三首相との面会を終え、記者団の質問に答える自民党の二階俊博幹事長=2020年4月8日(春名中撮影) 大衆迎合だったとしても、国民の生活が向上すればいい。だが、議員の歳費返納は国民の生活向上に一切結びつかない、ただの政治的ポーズでしかない。終息後に増税? 新型コロナウイルスの感染拡大によって、われわれ国民の生活は疲弊し、苦しさを増している。この状況を打開するのは、適切な経済対策を実行するしかない。つまり、政府がきちんとおカネを出し、われわれの生活を防衛することが必要なのだ。 だが日本では、官僚主義による弊害が著しく、財務省の緊縮主義が危機の中でも威力を発揮している。国民は感染の脅威と同時に、この財務省の「緊縮病」とも戦っていかなければならない。 それほど、財務省の緊縮病は頑強である。これは筆者の推測だが、既に増税路線に向けた政治的な仕掛けが動いていてもおかしくはない。 今回の緊急経済対策に関して、補正予算案が提出されている。追加の歳出は総額約16兆8千億円で、全額を国債発行で調達する。 今、国債を追加発行すれば、日本銀行が民間を経由する形でほぼ吸収するだろう。政府と日銀は統合政府なので、言ってみれば、同じ家計の中での貸し借りでしかない。 統合政府のバランスシート(貸借対照表)を見れば、資産と負債がちょうどバランスするだけになり、「財政危機」の心配はない。むしろ、日銀は公式見解でも、政府が国債発行という手段で積極財政を展開すれば、無理なく支援できると表明している。 感染期の生活を支える経済対策を行い、感染期から脱した後には、より積極的な財政と金融政策の協調で、この難局からV字回復を遂げていく、これがベストシナリオである。具体的な手段としては、国民一人当たり10~20万円を給付し、消費税率を8%に引き下げることを基軸とし、もろもろの支援策を組み合わせるのが望ましい。 だがご存じのように、今の政府は所得制限付きの給付金などで政策効果を著しく減退させてしまっている。しかも、財務省はタイミングを見て、増税路線への転換を図ろうとしているのではないか。 4月13日の衆院決算行政監視委員会で、麻生太郎副総理兼財務相は2025年度までのプライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標を放棄しないと言明している。簡単に言えば、プライマリーバランスは、今回の緊急経済対策のような、その都度の政策的な支出が、その都度の税収で賄えているかどうかを示す。衆院決算行政監視委員会で答弁を行う麻生太郎副総理兼財務相=2020年4月13日(春名中撮影) 黒字であれば「税収>支出」であり、赤字であれば逆になる。現在のプライマリーバランスは赤字である。「黒字化」意味ないワケ 黒字に転換するためには、経済成長率の安定化=税収安定化、増税、行政改革などが考えられる。増税の有力な政策が消費税率の引き上げであり、財務省も大きく依存している。 だが、そもそもプライマリーバランスを黒字転換させる意味などない。元国際通貨基金(IMF)チーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏と経済産業省の現役幹部、田代毅氏の共著論文「日本の財政政策の選択肢」では、次のように指摘されている。 現在の日本の環境では、プライマリーバランス赤字を継続し、おそらくはプライマリーバランス赤字を拡大し、国債の増加を受け入れることが求められています。プライマリーバランス赤字は、需要と産出を支え、金融政策への負担を和らげ、将来の経済成長を促進するものです。 要するに、プライマリーバランス赤字によるコストは小さく、高水準の国債によるリスクは低いのです。 要するに、ブランシャール氏らは国債を増加させ、それで政府が積極的財政を行うことによって経済成長を実現することが望ましいと指摘している。その結果、財政破綻のような状況も回避できると主張したのである。 この場合、プライマリーバランスの黒字化自体は目的ではない。簡単に言えば、どうでもいい指標なのである。 もちろん、「新型コロナ危機」に直面している日本では、ブランシャール氏らが指摘した状況よりも経済は悪化しているので、さらに積極的な財政政策が望まれている。プライマリーバランス黒字化など、ますますどうでもいいのである。 だが、麻生氏と財務省は、いまだに従来の2025年プライマリーバランスの黒字化に固執している。ということは、彼らの狙いは一つしかない。感染期が終わった段階、つまり、そう遠くない将来での大増税である。 だから、景気刺激としての消費減税など、財務省とそのシンパの念頭にあるわけもない。むしろ、全力で否定する政策の代表例だろう。東京・霞が関の財務省外観(桐原正道撮影) 大増税は「コロナ税」か、消費税の大幅引き上げか、あるいはさまざまな税の一斉の引上げかは分からない。ただ、日本の感染期の経済対策がしょぼい規模に終わり、さらに大増税を画策する根源に、日本で最も悪質な組織、財務省の意志があることは間違いない。 問題なのは、そのような財務省の緊縮主義を、二階氏のような薄っぺらい精神主義者や、麻生氏のような頑迷な「プライマリーバランス教」の信者が支持していることだ。彼らこそ日本の最大の障害である。

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    緊急事態宣言でも「定額給付金」「金銭補償」なぜ出し渋るのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 安倍晋三首相は新型コロナウイルス感染症の急速な拡大を踏まえ、4月7日にも緊急事態宣言を発令する方針を表明した。改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、東京都など7都府県を対象地域とし、実施期間を1カ月間とする。宣言を出すか否か、安倍首相は特措法に基づいて、専門家で構成する「基本的対処方針等諮問委員会」を開催する調整に入った。 この緊急事態宣言を欧米で見られる都市封鎖(ロックダウン)と同じように解釈する人たちがいる。ただ、緊急事態宣言はロックダウンと異なるという理解が一般的だ。 緊急事態宣言によって、対象地域の都道府県知事は、不要不急の外出の自粛要請や、特定施設の運用者やイベントの主催者などに利用停止などを要請することができる。詳細はNHKのサイトに丁寧にまとめられているので参考になる。 欧米でのロックダウンは罰則規定を伴うことが多い。その意味で、ロックダウンと異なり、罰則規定がない分だけ、感染拡大の抑止効果が乏しいかもしれない。 また、海外では休業補償を合わせて行われることが多い。東京都の小池百合子知事も都の判断で休業や時短営業している店舗に対して休業補償の方針を固めたとの報道もある。だが、政権幹部の発言を追う限り、この面で、国の対応は後手どころか、あまり積極的ではない。 緊急事態宣言が行われたときの経済的なダメージを考えてみよう。対象地域になると予想される東京圏(東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県)そして大阪府の名目国内総生産(GDP)の総計はおよそ220兆円である。 世界最大の都市(圏)である東京を含むだけあって、世界8位のイタリアを超える規模だ。先進国グループの中でも、上位に入る経済圏となる。ただ、宣言の発令期間や各自治体の対応にもかなり依存するので、断言することは難しい側面がある。 緊急事態宣言で影響を主に受ける業態は広範囲に及ぶだろう。既に1月後半から影響が出ている観光業や旅客業などはもちろんのこと、特措法と政令で「多数の者が利用する施設」として使用停止の対象に想定されている、映画館や展示場、百貨店、スーパー、ホテル、美術館、キャバレー、理髪店、学習塾などは大きな経済的ダメージを受けることは間違いない。 ただし、他方でスーパーなどは食料品、医薬品などの生活必需品を販売することが可能である。コンビニについても対象外だ。 平日の一般企業の活動についてはどうなるか、これも都知事らの判断にかなり依存するだろう。他方で、自宅などへの配送サービスやオンライン・ビジネスに対する需要は高まるだろう。学校の休校措置が継続すれば、代替的なオンライン授業の需要も増える。衆院本会議で答弁を行う安倍晋三首相=2020年4月2日(春名中撮影) 筆者の専門分野の一つにアイドル経済学がある。東京や大阪で、ライブハウスでの集団感染が生じたこともあり、密閉、密集、密接のいわゆる「3密条件」が当てはまりやすい空間として指摘されている。 アイドルたちの多くはライブハウスでのビジネスが中心だ。最近では、ライブハウスでの公演が中止や延期が相次いでいる。これはアイドルビジネスにとっても深刻な経済的影響を与えている。 その一方で、インターネットを利用した動画配信などを進めたり、サイン入り写真などオンライン物販を強化する動きも加速化している。危機に応じてビジネスの形態が大きく変わる可能性が出てきているのだ。急激な経済危機を救う「網」 ところで、経済協力開発機構(OECD)が各国のロックダウンの経済ダメージを推計している。それによれば、短期的ショックについて、だいたいどの国(日本は都市圏)のGDPが20〜25%低下し、そして影響を受ける産業の範囲は全体の30〜40%に及ぶとされる。 GDPが短期的に20〜25%落ち込んだとしても、最終的な1年間の経済成長率はロックダウンの規模と期間に依存する。日本のケースでは、ロックダウンほど厳しくはないので、おそらく短期的(1四半期、3カ月程度)の落ち込みは最小の20%程度なら、当たらずとも遠からずではないか。 東京圏と大阪の経済的ダメージを計算すると、2割にあたる約44兆円の瞬間風速的な落ち込みが生じることになる。もちろん、緊急事態宣言が短期で解除されれば、経済が回復する度合いに応じて、落ち込みが年率でどうなるかは大きく変わるだろう。いずれにせよ、巨大な経済的ダメージを短期的に受けることは確実だ。 消費活動も低迷する。OECDは、生産の落ち込みよりも消費の落ち込みが大きいと試算している。先進国では、30%を超える瞬間風速的な消費低下が観測されるという。 消費対象としては、ファッション、美術館や遊興施設、ホテル・レストラン、タクシーや電車などの交通手段への支出が激減する。ただ、緊急事態宣言が出る前から、これらの業種における不況感は極めて強い。 ただし、日本国内の供給網(サプライチェーン)はいまだ頑強であり、この強さが生産と消費がともに縮小するような急激な経済危機をかろうじて防いでいる。緊急事態宣言が発令されたとしても、生活必需品などの物流を損なわないことが、経済を支える重要なセーフティーネットになる。 緊急事態宣言の主要目的は、感染拡大の抑止だが、その中核には医療システムにこれ以上の負荷を与えないことがある。これらの目的が機能していれば、人的損失という最悪の事態をできるだけ回避し、感染終息後の社会や経済の立て直しを円滑に図ることができるだろう。記者会見に臨む東京都の小池百合子知事=2020年4月3日、東京都新宿区(川口良介撮影) もちろん亡くなられる方も多く、心身ともに傷を負う人たちが無数に出るだろう。その方々のケアに対する公的な経済支出も今後課題になる。 国際通貨基金(IMF)のスタッフは今回の「新型コロナウイルスショック」を戦時経済に例えている。その上で、「戦争」の局面を二つに分けた。フェーズ 1:戦争中。感染症が猛威を振るっている時期。人命を救うため、感染拡大防止措置によって経済活動は大幅に制約される。これが少なくとも1~2四半期続く可能性がある。フェーズ 2:戦後の回復期。ワクチンや治療薬、部分的な集団免疫、そしてやや緩やかな感染拡大防止措置を継続することで、感染症は制御されている。制限が解除され、経済は途中で足踏みをするかもしれないが、正常な機能を取り戻す。 フェーズ2の回復期が順調に行くためにも、フェーズ1では、人命を損ねないこと、雇用を確保すること、企業を倒産させないこと、が重要になる。つまり、フェーズ1の政策が「戦争」に勝つためには決定的に必要なのである。IMFのスタッフが挙げた政策メニューは次の通りだ。出典:IMFブログ 8日にも明らかになる緊急経済対策の具体的な内容にもよるが、これらの政策の多くは日本でも既に採用されているか、考慮されているものだ。報道では、新型コロナウイルス感染症の治療効果が期待されている新型インフルエンザ治療薬「アビガン」の200万人備蓄などにも資金を投じるという。「所得制限」付き定額給付金への懸念 ただし、給付金については、現時点の報道によれば、所得制限などを付けた問題のあるものになっている。それも、感染症が発生する前よりも月収が急激に落ち、住民税非課税世帯の水準まで至った世帯が自己申告で給付を申し出る案が取り沙汰されている。給付対象は約1千万世帯を想定しているという。 筆者は政府が採用するといわれている所得制限付きの定額給付金について強い懸念を、4月4日付の夕刊フジでも表明している。要点を少々付記して列挙しよう。1)1千万世帯に30万円を配っても、総額はたかだか3兆円にすぎない。2)経済全体の落ち込みを防ぐには12~20兆円の規模が必要。総需要を刺激する段階ではないというもっともらしい理屈はあるが、マクロ経済の落ち込みを放置して、規模の不足した財政政策を行えば、雇用喪失や倒産などの連鎖が起きる。これを全て救うような緊急対策は現実には難しい。マクロ的な規模での量的支援は、IMFが指摘するフェーズ1でも必要条件になる。3)国民に一律10~20万円給付すべきである。あるいは、最近、大阪大の安田洋祐准教授が提言するように、1週間から10日ごとに1万円、感染終了するまでに全国民に一律給付する案もある。これはいつ感染症が終わるか分からない不確実性の世界では、実に有効な政策だろう。 また、フェーズ1の時期に、少なくとも消費税率引き下げの採用を決めるべきである。フェーズ2での景気回復に消費減税は強力に作用するだろう。フェーズ1が予想外に長引くときにも恒常的な消費の支えになる。この理由は安田提案と同じ趣旨となる。 ちなみに、消費減税導入による「駆け込み減」を重視する論者もいるが、消費減税の直近1カ月を利用期限とする少額のクーポン券を別途配布して、その「駆け込み増」で消費減税の「駆け込み減」を打ち消せばいいだろう。4)フリーランスや自営業者などの場合、直近2カ月で所得が減少したとを書類で証明することも難しい。そのため請求の制約が厳しくなり、結果として、十分なおカネが国民に行き渡らない。5)「ポスト安倍」を狙う自民党の岸田文雄政調会長の思惑や財務省の緊縮主義が、財政政策を貧相なものにしてしまっている。 所得制限付きの給付金については、経済評論家の山崎元氏が問題点の一端を示している。 所得が減った家計に30万円? ずる賢い社長ならこう言うか。「社員の皆さん。コロナを原因として今月よりしばし給料を引き下げます。皆さんは、所得が減少したことを理由に30万円の給付金を申請して受け取って下さい。大丈夫!トータルで社員に損はさせません…」。給付に条件を付けたがるのは愚策だ。 つまり、本当に必要としている人に届くわけでもなく、届いたとしてもあまりに遅すぎるのだ。安倍首相と会談後、現金給付の額について明らかにする自民党の岸田政調会長=2020年4月3日、首相官邸 IMFの対策リストには、なぜかロックダウンや緊急事態宣言に伴う休業や、イベント取りやめなどの影響による「金銭的補償」が出てこない。専修大の野口旭(あさひ)教授が指摘しているように、休業などを積極的に行うために「休業補償」は重要である。 いずれにせよ、緊急事態宣言の経済の中では、感染症の拡大の行方が分からないという「根本的不確実性」(フランスの経済学者ロベール・ボワイエの言葉)が大きい。根本的不確実性のある経済では、現状の経済危機の度合いへの認識を何度も更新していく必要があり、足らなければどんどん実行するという姿勢が重要になってくるだろう。

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    あいちトリエンナーレ、なぜ私は負担金「不払い」に賛同したのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」は、公的な文化助成のあり方を再考する機会となった。筆者は名古屋市から依頼を受け、「あいちトリエンナーレ名古屋市あり方・負担金検証委員会」の委員に就いたが、3月27日の第3回会合で報告書をまとめることができた。 内容は、「あいちトリエンナーレ実行委員会」に対して、名古屋市は留保していた負担金を支出しなくてもやむを得ないとするものだった。また、あいちトリエンナーレへの今後の取り組みについても、名古屋市に対して積極的な提案を盛り込んだ。 ただ、報告書案の採決は3対2と票が割れた。賛成したのは、元最高裁判事の山本庸幸座長と大東文化大副学長の浅野善治委員、そして筆者だ。反対は美術批評家の田中由紀子委員と、弁護士で元名古屋高裁長官の中込秀樹副座長だった。 3回にわたる会合でも、意見が完全に二つに割れ、その間を埋めることができなかった。まさに、この問題が招いた社会の分断の縮図を見るようだった。 同日、同市の河村たかし市長は報告書を尊重する形で、負担金の未払い分約3300万円を支出しないと表明した。報告書案に賛成した委員として当然だが、筆者は市長の判断を全面的に支持する。 簡単ではあるが、報告書の要旨は次の通りだ。まず、委員会の目的は「名古屋市が負担することが適切な費用の範囲について検討する」とともに、「次年度以降の名古屋市のあいちトリエンナーレへの関わり方について検討する」ものであった。市民からの税金をどのように利用するか、その適切な利用をめぐる問題が大きな焦点だった。そして、主に「表現の不自由展・その後」をめぐる三つの事実を指摘する。(事実1)予め危機管理上重大な事態の発生が想定されたのにもかかわらず、会長代行(河村たかし市長)には知らされず、運営会議が開かれなかったこと。(事実2)「表現の不自由展・その後」の中止が、事前に会長代行には知らされず、運営会議が開かれないまま会長(愛知県の大村秀章知事)の独断で決定されたこと。(事実3)中止された「表現の不自由展・その後」の再開が、事前に会長代行には知らされず、運営会議が開かれないまま会長の独断で決定されたこと。 詳細は近く名古屋市のホームページ(HP)で公表される報告書を参考にしていただきたい。企画展「表現の不自由展・その後」を開催した国際芸術祭「あいちトリエンナーレ2019」をめぐる2回目の検証委員会。手前右から2人目が筆者=2020年2月14日、名古屋市役所 ところで、名古屋市はあいちトリエンナーレ実行委に負担金を支払うべきという「債務」を負っている、と認識している人たちが一部いる。しかし、この認識は妥当ではない。報告書では、その点でも解釈をきちんと提示している。 名古屋市は、そもそも実行委員会に対して、既に通知した「あいちトリエンナーレ実行委員会負担金交付決定通知書(以下「交付決定通知書」という。)」に記載した通りに負担金を全額交付すべき債務を負っているか否かを検討する。結論から言うと、交付決定額171,024,000円を全額交付すべき債務はないと考えられる。なぜなら、交付決定通知書に記載した負担金の交付は、実行委員会に対して、3回に分けて各回これだけの金員を支払うつもりであるという意思を一方的に通知したに過ぎないと考えられるからである。「報告書」2ページ「不自由展」がもたらした社会の分断 また「市長は、負担金の交付決定後、事情の変更により特別の必要が生じたときは、負担金の交付の決定の全部若しくは一部を取り消し、またはその決定の内容若しくはこれに附した条件を変更する場合があります」という留保条件にも注目した。この「事情の変更により特別の必要が生じたとき」があったか否かについて、主に先述の三つの事実に依拠しながら、検証委は次のような結論を提起している。 そこで、会長によるこのような実行委員会の不当な運営に対して、事情変更の効果として、3回目として当初予定していた負担金の不交付という形で、名古屋市が抗議の意志を表すということは、必ずしも不適当とはいえず、他に手段がない以上、当委員会はやむを得ないものと考える。「報告書」7ページ 繰り返すが、河村市長がこの報告書の判断を元に、未払い分を支出しない決定を下したことに、報告書を可決した委員として当然だが、全面的に支持したいと思う。 以下は、報告書自体には直接に関係ない、この問題についての私見である。特に、報告書にかかわる個別意見は、報告書に付帯したので、名古屋市のHPに公開された際に参照してほしい。 報告書は、何よりも法的な根拠がしっかりあるものでなければいけない。個人的には残念なことだが、今まで支払った分の返還請求が法的に難しく、断念した点である。 あくまで筆者個人の思いとしては、実行委側は今まで受領した負担金を自主的に返還すべきだと考える。あいちトリエンナーレにおいて「表現の不自由展・その後」がもたらした社会の分断は深刻なものであり、それはまさに「政治的な対立」そのものだからだ。 また、この「社会の分断」や「政治的な対立」は、「事前に」十分に予想できる警備上の深刻なリスクをもたらした。これは事後に起きた脅迫行為などを言っているのではない。あくまでも事前に予測可能なリスクの話である。 私見であるが、警備上の深刻なリスクが生じる作品群を、あえて公的な支援の下に市民に鑑賞させるのは不適切だと思っている。当たり前だが、市民は政治的なリスクを担いながら、美術作品を鑑賞しにきているわけではないからだ。このリスク面については、報告書の個別意見や会議の場でも詳述した。 ところで、劇作家の山崎正和氏が読売新聞の論説「あいちトリエンナーレ 表現と主張 履き違え」(2019年12月)で指摘した通り、「表現の不自由展・その後」で議論の焦点になった少女像や天皇陛下の肖像を用いた作品を燃やした動画などの展示行為を、「背後にイデオロギーを背負った宣伝手段の典型」と評したが、筆者もこの言葉に賛同する。愛知県の大村秀章知事(左)と名古屋市の河村たかし市長=2020年3月 今回の報告書はあくまで公金の使途をめぐる法的解釈が中心であり、展示の解釈には立ち入るものではない。だが、この山崎氏の批評は、この展示の性格について追加の言葉を不要にするものだ、と確信している。 今後、このような社会の分断をあおる政治的イデオロギーに偏った展示が、少なくとも公的支援の下で安易に行われないことを願っている。

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    コロナ不況でも消費増税? お粗末すぎる日銀の「族委員」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中村豊明、という名前をご存じだろうか。申し訳ないが、筆者も最近名前を存じ上げた次第である。中村氏は日立製作所取締役で、日本銀行政策委員会の審議委員候補として政府から国会に提示され、同意を得ることができるかどうか、現在は審議の真っ最中である。 日銀の政策は、最近の危機的な経済情勢において特に重要である。経済危機でなくても、日本の経済政策の根幹を担う重要な組織であり、政策委員会の審議委員は政策のかじ取りを任されている最重要ポストである。 だが日本では、この「最重要ポスト」に対する認識がお粗末に過ぎる。「産業枠」「女性枠」「銀行枠」などと、人物の主張や業績に関係せず、意味のない「枠」を設け、カテゴリーに沿った人材を充てているだけだ。「女性枠」なんて女性蔑視でしかなく、恥ずかしい限りである。 日本の経済政策に対するお粗末なレベルを、まさに審議委員の「枠」がはっきり示している。もちろん例外もある。主張や業績で選ばれている「リフレ派枠」のことだ。 現在は「リフレ派枠」に3人いるが、これまた意味不明な「定数」扱いされている。リフレ派とは、インフレ目標にコミット(関与)することでデフレを脱却し、日本経済の長期停滞から再生を目指す政策集団のことである。 ただし、リフレ派は特別な集団ではない。欧米では普通に存在する経済学者たちのことだが、日本のように経済政策への理解が乏しい国家では今も例外扱いされ、ひどいときは異端視されている。 もちろん、インフレ目標の達成を目指し、金融緩和を継続させているのは、アベノミクス「三本の矢」の一つでもあるし、日銀の現在の運営方針でもある。だが、そのリフレ派も少数勢力でしかないのが、現在の日銀政策委員会の不幸な実態を示している。本来なら、普通の経済政策観を持つリフレ派の人たちの意見が中心であるべきだと思う。2020年2月19日、日銀本店で開かれた金融政策決定会合 どうでもいい組織なら、リフレ派が少数でももちろんかまわない。だが、先にも述べたように、日本の経済政策を政府とともに進める両輪の一つがこの体たらくでは、どうしようもない。それだけ、上述のような「枠」選抜は大きな問題を抱えている。ふさわしくない「過去の発言」 結論を言えば、審議委員に中村氏を充てる人事は、過去の経済政策に関する発言に加え、意味の乏しい「枠」選抜という点の二つにおいて、妥当ではないと思う。 これは個人攻撃でもなんでもない。国会同意人事とは、国の重要な役職に就くことの当否を、民主主義のルールにのっとって決めているからだ。 過去にも日銀の国会同意人事で、その役職に妥当ではないとして否決された人たちもいる。2012年の民主党政権では、エコノミストの河野龍太郎氏を人事案として提示されたが、追加緩和などに消極的だとして参院で否決された。後にリフレ政策が日銀で採用され、日本経済が「長期停滞の沼」から一応はい出ることに成功したことを考えれば、この人事案の否決の持つ意味は大きかった。 産業界において、中村氏はすばらしい貢献をしたと思われる。その点について異論はないが、本稿で評価したい点でもない。 問題は、今の日本経済の行方を考えた上で、審議委員就任にはなはだしく疑問だからだ。簡潔に言って、人事案が否決されることを希望したい。 その理由は、中村氏が国会で述べた過去の発言にある。2012年8月、中村氏は日本経済団体連合会(経団連)を代表し、参院の社会保障・税一体改革特別委員会の中央公聴会に、公述人として出席した。当時、日立の副社長だった中村氏は、経団連の税制委員会企画部会長でもあった。 国会での発言は、民主党政権が決めた「社会保障と税の一体改革」という名の消費増税路線を、積極的に推し進める内容だった。つまり、現在の日本の経済的困難を、新型コロナウイルス(COVID-19)とともに生み出した元凶の、消費増税を主張した人物である。 日銀の岩田規久男前副総裁の著書『日銀日記』(筑摩書房)にも明らかだが、インフレ目標達成を妨害した最大の要因は、2014年の消費税率の8%引き上げであった。日銀の金融政策の実行を妨害した、その主要因を唱えた人物が中村氏ということになる。2014年4月、奈良市内のスーパーで貼られた、8%の消費増税に伴い本体価格と税込価格の併記を知らせるポスター 本来であれば、日銀の政策目的と相反する人選になるはずだ。それでも「産業枠」で起用しようとするのだから、具体的な選抜方法が分かるわけもないが、推測するに財界からの要望であろう。財界と財務省が国民をないがしろ 日本の財界は、日本の顧客である国民をないがしろにしていることで有名である。おそらく、自分たちの社会的・経済的な地位に大きく依存してしまって、端的に言えば、国民の苦境にも想像力が一切欠けてしまっているのだろう。 要するに、彼らは国民によって、今の会社が回っていることを忘却している。そのため、現在の経済危機であっても、財界首脳部は消費減税をできるだけ避け、「赤字国債」の発行を控えて、緊縮政策を採ろうとしているのである。 この経済危機下での緊縮主義の表明は、国際的な経済政策の水準から見れば、もちろん異常なものだ。だが、財界と財務省という閉鎖された世界に住み、人々の生活に疎い人たちには異常ではなく、「正常」に思えるらしい。真に恐ろしいことであり、このままでは財界と財務省だけ栄えて、国民が滅びかねない。 今回の「中村人事案」は、そのような緊縮主義に対する貢献を考慮され、提示されたのかもしれない。いずれにせよ、過去の中村氏の消費増税を推し進めた発言は、現在の日本経済が置かれた危機的な状況にふさわしいものではない。ともかく、現在の日本経済には、消費減税をはじめとする、政府と日銀による積極的で反緊縮的な経済政策が望まれる。 世界経済、日本経済の状況は日に日に悪化している。いまだ推測の域を出ないが、悪化レベルはリーマン・ショック級か、それ以上の観測も提起されている。 私見では、日本だけでも最低12兆円規模の経済政策が必要だ。ただし、この数字はあくまで現状の認識であり、明日にでも大きく増額する可能性もある。それほど悪化の度合いとスピードについて、不確実性が大きいのだ。 場合によっては、20兆から30兆、それ以上の経済対策が求められるわけで、まさに「危機の時代」を迎えている。危機の時代には、ふさわしい人材が登用されるべきであって、危機をさらに悪化させ、国民の生命と生活をリスクにさらすような消費増税的緊縮主義の発想を抱く人材を日銀に送るべきではない。2014年10月、決算会見に出席する日立製作所の中村豊明副社長(当時)。2020年6月末に任期満了を迎える日銀審議委員の後任候補として国会に提示された だからこそ「中村人事案」は真っ先に否決される必要がある。同時に、今こそ意味の乏しい「産業枠」「銀行枠」「女性枠」という存在を政策委員会から放棄すべきではないだろうか。

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    編集委員が見せた朝日の「上から目線」は1枚の写真でハッキリします

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 朝日新聞の関係者たちによる発言や記事のひどさが目立つ。特に3月13日、朝日新聞の小滝ちひろ編集委員が、ツイッターの個人アカウントで「(略)戦争でもないのに超大国の大統領が恐れ慄(おのの)く。新型コロナはある意味で、痛快な存在かもしれない」と投稿した問題は最たるものといえる。 小滝氏は朝日のソーシャルメディア記者として、ツイッターから発信を続けていた。朝日のガイドラインによれば、「ソーシャルメディア記者は、ソーシャルメディア上の『朝日新聞社の顔』」である。 朝日新聞の顔である人物が非倫理的な発言をしたのは、どう考えても不謹慎というより、まずいと言わざるを得ない。しかも、社会的な批判を浴びて、説明や謝罪もなく、発言もろともアカウントを削除して「逃亡」した。 会員制交流サイト(SNS)ではよくある話だが、さすがに「朝日新聞の顔」がこんな対応では困る。朝日新聞社は一連の事態を謝罪し、小滝氏のソーシャルメディア記者の資格を取り消した。 新聞社に属する記者たちがSNS上で発言することは、一般的には好ましく捉えられるだろう。多様な発言そのものに価値があると考えられるからだ。 また新聞社の「顔」なのだから、どのような問題にどのような責任をもって発言しているのかも理解している。朝日新聞のSNS「公認記者」(ソーシャルメディア記者と同じだと思われる)がどれくらい存在するかは、朝日新聞デジタルの「記者ページの紹介」を見ていただきたい。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 今、このソーシャルメディア記者の一人、藤(とう)えりか氏のアカウントに「個人攻撃」が加えられている。政治学者の三浦瑠麗氏がその攻撃を「適切に批判することと他人を含め攻撃することは全く別物」だと批判していた。内部批判「炎上」のワケ 人としての尊厳を傷つけるような批判や誹謗(ひぼう)中傷は言語道断である。それに藤氏の発言をさかのぼると、小滝氏の行動や自社対応(編集委員登用のあり方)を批判していた。 藤氏のツイートは、いわば内部批判であった。それなのに、なぜ炎上してしまったのか、さすがに筆者も理解できない。 ただ、昨今の朝日新聞の新型コロナウイルス問題についての報道に、不信と強い批判の思いを抱く人も多いだろう。「朝日新聞社の顔」であることが、ソーシャルメディア記者の性格であるならば、やはり組織を代表しての存在になってしまうのはやむを得ない。 言い換えれば、朝日新聞社が公認記者たちのリスク管理を十分にしていないのだ。組織としては、個人記者に社会からの批判を丸投げして逃げてしまっていると表現されても仕方がないだろう。 そういう無責任な組織の体質にまで踏み込んで、藤氏が自社批判をするならば喝采したい。しかし、藤氏が関わる朝日主宰の映画サロンに、さらなる議論をしたい人を招くツイートもなぜかしている。全く意味が分からない。 イスラム思想研究家の飯山陽氏のツイートが、問題の在りかを実に明瞭に指摘している。 朝日新聞の藤えりか記者は、同じく朝日新聞の「コロナは痛快」編集委員を批判するツイートをし、それについた一般人からのコメントにひどくご立腹であるが、同時に自らの主宰する朝日新聞のサロンを宣伝し、人々をそこへ誘導している。私から見れば、全部まとめて朝日新聞である。朝日新聞東京本社にたなびく同社の社旗(寺河内美奈撮影) 小滝氏の発言から感じるものは、自らの地位を他に優越したものとする目線の強さである。要するに、傲慢(ごうまん)な姿勢だ。「傲慢」感じた1枚の写真 朝日の記事を読むと気づくのだが、この姿勢は会社の組織自体が傲慢な社員の態度を育てているともいえないか。最近、それを感じたのは1枚の写真にある。 東日本大震災で被災し、14日に9年ぶりの全線再開を果たしたJR常磐線を報じた写真で、映像報道部の公式ツイッターでも紹介されている。そのツイートには、「写真は、大野駅(大熊町)近くの #帰還困難区域 を通る列車です」とつづられ、帰還困難区域による立ち入り禁止を示した立て看板と、保護柵の横を電車が通過する画像が載せられていた。 全線復帰を祝う地元の人たちの目線よりも、なんだか薄っぺらい反政府の姿勢だけが感じられただけである。実にうすら寒い。「反政府」も「反権力」も、ひたすら上から目線なのだ。そこには人々への共感はない。 この上から目線的な姿勢は、権威を有り難がる心理と表裏一体かもしれない。嘉悦大の高橋洋一教授の最新刊『高橋洋一、安倍政権を叱る!』(悟空出版)は、新型コロナウイルス問題や消費増税で減速する現在の日本経済を背景にした舌鋒(ぜっぽう)鋭い政策批判の書だ。高橋氏は本著で、朝日新聞がローレンス・サマーズ元米財務長官のインタビュー記事を掲載したことについて、朝日の権威主義的な側面に言及している。 高橋氏はサマーズ氏の発言を次のように整理する。 日銀を含めた統合政府で純債務残高を見れば、日本は財政危機とはいえない。昨年の消費増税によってデフレ懸念がある。現在はマイナス金利だから、財政拡大して5Gや医療・ITに投資したほうがよい。 高橋氏も指摘しているように、この意見は、特にサマーズ氏に語らせなくとも、一つの世界的標準でしかない。より具体的で詳細な「処方箋」についても、高橋氏はもちろん、われわれ「リフレ派」という政策集団なら常に唱えていることばかりだ。最後の不通区間だった浪江~富岡駅間の再開で、JR常磐線が全線開通。双葉駅に到着する車両を地元の人たちが出迎えた=2020年3月14日(佐藤徳昭撮影) だが、朝日は身近なインタビューよりも、どうも権威を有り難がっているようだ。だから、高橋氏の意見を朝日が同じサイズの紙面を割いて報じてみたら、どんなに面白いだろう、と思えてくるのである。

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    ワイドショー発コロナパニックで現実となる「破滅博士」の予言

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルス(COVID-19)問題を中心に、マスコミの報道についての姿勢が問われている。中でも、今回は目に付く3点を批判的に紹介したい。 まずは、「日本の感染者数に関する過大報道」である。世界保健機関(WHO)など国際機関や著名な研究機関では、クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での感染者数は「国際輸送」あるいは「その他」で別枠として掲示されている。 そもそも、「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者数の大半は、日本政府が介入する以前から感染しており、その意味でも日本の感染者数の中に換算することは、日本の感染実態を考える上で誤解を招くはずだ。だが、日本のマスコミの多くはなぜか「ダイヤモンド・プリンセス」の感染者数を組み入れて報道している。 一例では、TBS系の『サンデーモーニング』が、そのような「過大」な感染者数に基づく報道を繰り返している。直近の放送では、この「過大」な感染者数をベースにして、この1カ月の感染者数の増加を中国と比べ、その多寡を評価していた。異なる状況の2国を単純に比較するのも問題があるが、いずれにせよ、このような「過大」な感染者数はテレビを見る側を不安にさせる。 何より感染者数の総数「だけ」に注目するのは適切ではない。病状に応じて適切な医療サービスを提供できているか否かが、より重要だろう。社会的な防疫政策が上手に機能しているかどうかも重要である。その意味では、死亡者数(3月8日で6人)や重篤な患者の推移(低位推移)、回復者数(3月8日で80人と増加傾向)、新規感染者数の動向などを重視すべきだ。記者会見中に額を押さえるWHOのテドロス事務局長=2020年2月28日(ロイター=共同) あくまで現段階であるが、日本の感染症介入政策は「後手後手」という批判にもかかわらず、かなり健闘しているのではないだろうか。少なくとも、WHOは懸念すべき国に日本を含めていない。 「後手後手」批判の代表例とされる中国への「水際対策」にしても、日本は世界に先駆ける形で、武漢というホットゾーンからの入国制限を採っている。その意味で、日本の水際対策を全面否定するような動きには異論を唱えたい。 次に挙げたいのが、「検査や医療を過剰に要求する報道」だ。言うまでもなく、医療資源は有限である。設備や医療スタッフには各国とも限りがある。医療資源「制約」はどこへ行った この医療資源をいかに安定的に維持できるかが、今回の新型コロナウイルス問題でもクローズアップされている。だが、ワイドショーやニュース番組では、医療資源の制約を無視したような「医者」や「専門家」たちが多く出演している。 特に、新型コロナウイルスを高精度で検出するPCR検査の実施数が多ければ多いほどいい、という論調がワイドショーを支配している。この発想がいかに医療資源を浪費し、最悪、医療崩壊に至る危険性を秘めているかは、感染症専門医の忽那賢志氏による解説を参照されたい。 PCR検査は優れた検査法だが、万能ではない。偽陰性や偽陽性の問題が発生するからだ。忽那氏は一つの推論として、東京都民1千万人にPCR検査を受けさせた場合、1320人の真の感染者が見逃され(偽陰性)、その10倍の1万人の偽陽性が発生するとしている。 つまり、この1万人がただの風邪にもかかわらず、感染症指定医療機関に隔離されて治療されることになってしまう。ちなみに、平成29年医療施設調査によると、全国の感染症病床は1876床にしかすぎないことは、大正大の高原正之客員教授の指摘を参照すれば分かることだ。 つまり、どんどん検査すればいいわけではないことが、この簡単な例でも分かる。無制限な検査は、医療資源の制約を徐々に厳しくし、やがて医療崩壊につながる。具体的には、現場でさばききれないほど病院に殺到する武漢の人たちの映像などをイメージすればいい。 今の政府方針は、相談・受診の目安を(1)風邪の症状や37・5度以上の発熱が4日以上続く、(2)強いだるさや息苦しさがある、としている。これも、発表された当初はワイドショーなどで批判する向きが強かった。 しかし、これは大勢の患者が病院に殺到するのを避けるための基準であることは明瞭である。ちなみに、個人的な経験だが、最近持病があるために、かかりつけの大きめの病院に行ってみると、驚くほど閑散としていた。患者が病院に集中することによるリスクを、日本の人たちが合理的に判断した結果でもあるだろう。新型コロナウイルスの検査に使われる装置(岐阜県保健環境研究所提供) それでも、ワイドショーでは、いまだにPCR検査を受ければ受けるほどいい、という主張が根強く、日本の医療システムの直接的な脅威となっている。日本のマスコミがパニックを生み出すことに寄与するとしたら、看過できない。 ワイドショーの中には、政府があえて検査をしないかのような「陰謀論」を語るコメンテーターを好んで出演させているようだ。これも視聴者の不安な心理を煽っているのだろう。「政府vsマスコミ」 最後に「政府vsマスコミ」の問題を取り上げたい。新型コロナウイルス問題をめぐるワイドショーや新聞などの報道姿勢については、しばしばインターネットとの対比で語られていた。 個人的には、現在はテレビのワイドショーの大半とニュース番組は見ない方がいいかもしれないと思っている。ドラッグストアやスーパーからトイレットペーパーやティッシュペーパーが消えた映像や写真が大量に流されると、合理的な行動としても感情的な行動としても、人は大挙してトイレットペーパーなどを買いに走るだろう。このような群集心理を煽る効果がある。 さらに、最近では、政府とマスコミの間で報道をめぐる「論争」が生じている。厚生労働省が一部メディアに会員制交流サイト(SNS)上で行った反論だが、内容は次のようなものだ。 一部報道で「新型のコロナであるため、感染が新しいウイルスであり、私たちには基礎的な免疫がなく、普通のインフルエンザよりもかかりやすい。」との指摘がありました。新しいウイルスのため基礎免疫はありませんが、普通のインフルエンザよりかかりやすいということにはなりませんし、そのようなエビデンスはありません。また、3月3日に世界保健機関(WHO)は、新型コロナウイルスの特徴について、中国で得たデータを踏まえ、季節性インフルエンザと比べて感染力は高くないとの見解を示しています。 このような政府の公的言論としての姿勢は評価したい。まだ試行段階であるが、マスコミが事実と異なるニュースで社会的不安を煽るようであれば、当然の対処だといえる。 ワイドショーなどのテレビ報道、そして新聞報道の在り方がこれからも厳しく問われるだろう。それはいいことだ。 今まで、この「権力」はあまりにもデタラメでありすぎた。政府の公的言論を含めて、国民の討議の中で、その「権力」によるデタラメな報道が検証されるべきである。これは「言論弾圧」などとはまったく異なる。新型コロナウイルスに関して会見する加藤勝信厚労相と厚生労働省のロゴマーク=2020年2月20日(宮崎瑞穂撮影) 3月9日現在、新型コロナウイルスの欧米への感染拡大が、死亡者数と感染者数の増加、そのスピードを見ても深刻化している。それが世界経済の先行きに濃い暗雲をもたらしている。東京株もついに2万円台を大きく割ってしまった。 現状で利用できる代表的な経済予測を確認しておきたい。経済協力開発機構(OECD)の基本シナリオでは、2020年の世界経済は従来の成長率2・9%から2・4%に減速、さらに、ドミノシナリオでは1・5%にまで経済成長率が落ち込む。また、「破滅博士」の異名を持つ米ニューヨーク大のヌリエル・ルービニ教授の予測はドミノシナリオとほぼ同じレベルである。リセッション入りは確実 日本経済への影響だが、OECD基本シナリオの予測では、経済成長率が19年0・7%から20年0・2%と、従来予測(0・6%)から0・4ポイント減速する。ドミノシナリオでは、日本個別は不明だが、基本シナリオの3倍のインパクトと考えればマイナス0・6%ほどに落ち込む。 「破滅博士」は、日本とイタリアのリセッション(景気後退)まで予測している。このリセッション入りは確実だろう。 日本経済がドミノシナリオ通りに、マイナス成長に落ち込んだ場合、補正予算ベースで最低でも6兆円超は必要になる。これでも、それ以前の消費増税と景気後退効果は払拭(ふっしょく)できないのだ。 払拭するためには、さらなる財政政策と金融政策の協調が必要である。この点については前回も指摘したので参照されたい。 OECDでも「破滅博士」でも、基本シナリオ通りなら、20年第1四半期で新型コロナウイルスの経済的影響が終息することが必要である。第2四半期(2020年4~6月)、第3四半期(同7~9月)まで、北半球(日本では特に環太平洋地域)での世界総需要の動向がカギを握る。ここが落ち込むとその深度に応じて、ドミノシナリオが真実味を帯びてくるだろう。 仮に世界景気が思ったほど失速しなくても、日本が経済政策で「無策」を採用すれば、日本だけが深刻な不況に直面するだろう。内閣官房参与でイェール大の浜田宏一名誉教授は、最近の論文で「財政政策の機動性を十分に生かせ」と提言している。 既に中国、韓国など海外からの観光客の急減に加え、風評被害ともいえるコロナショックに見舞われている業態も出始めた。非正規雇用を中心に雇い止めの動きが加速する懸念も強い。2020年3月9日、2万円を割り込んだ日経平均株価の終値と1ドル=102円台の円相場を示すボード 経済評論家の上念司氏は、文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」やツイッターで「予備費2700億円とかショボい事言ってるからだよ。あと、本予算通らないと補正予算議論できないなんて手続き論は市場では通用しないのさ」と発言したが、筆者も激しく賛同する。政府が早急に補正予算を打ち出すことが重要だ。日銀も緊急政策決定会合を開くべきだ。 ワイドショーの煽るパニックも恐ろしいが、政府と日銀の無策が生み出す経済不況も恐ろしいものだ。日本は今、この二つの脅威に直面している。

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    コロナショックと闘う「良薬」は消費減税だけと思うなかれ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 3月3日、米連邦準備制度理事会(FRB)が緊急の連邦公開市場委員会(FOMC)を開催し、政策金利を0・5%引き下げた。緊急利下げの背景には、新型コロナウイルス(COVID-19)の経済への悪影響があったことは間違いない。 ただ、私見では、FRBのパウエル議長は凡庸な政策当事者であり、自らの判断でこのような緊急利下げを採用したかは疑問である。おそらくトランプ大統領によるツイッターなどを利用した、FRBへの度重なる金融緩和要請といった政治圧力があることは間違いないだろう。 ただし、この0・5%の利下げは、既に市場関係者の間では織り込まれていた。「緊急会合」という一種のサプライズ効果もあって、ニューヨーク株式市場のダウ工業株30種平均は一時的に上昇したが、結局その後は一転して暴落した。 結局、ダウ平均の終値は、前日比785・91ドル安の2万5917・41ドルだった。株価だけ考えれば、FRBの緊急利下げは強烈な市場からの返り撃ちにあったようである。 ところで筆者は、ここ数日の世界経済の動向を分析していると、新型コロナウイルスの欧米への感染拡大を背景にして、従来の経済政策のルール(レジーム)が通用しなくなっているのではないかと思っている。つまり、先進7カ国(G7)をはじめとする主要国の政策当事者たち、国際通貨基金(IMF)や世界銀行などの主要国際経済機関などが今まで抱いていた世界経済の「楽観シナリオ」が崩壊した可能性がある。 そのため、楽観シナリオの微調整程度に考えていた「金融緩和」や「財政支出拡大」では、手に負えない事態に転じてしまっているのではないか、と懸念している。2020年3月3日、緊急利下げについて記者会見するFRBのパウエル議長(共同) 政策当事者が共通して抱いてきた楽観シナリオとは、次の図のような構図である。この図は、日本銀行の若田部昌澄(まさずみ)副総裁の講演に掲載されたものに、私が赤字で修正コメントを加えたものである。その若田部副総裁が、この「楽観シナリオ」に事実上強い懸念を表明していたことを強く注記しておく。世界経済の製造業・非製造業のデカップリングからの変化(若田部(2020)を修正) 楽観シナリオ上で、米中貿易問題などの貿易面での縮小やIT関連の在庫調整によって、製造業は減速していた。ただし、非製造業では、各国の金融緩和的スタンスなどが貢献することで、好調が継続していた。つまり、「製造業はダメだが、非製造業は良好」というデカップリング(分離)が顕著だった、というのが楽観シナリオにおける現状分析だ。ウイルスで崩れる楽観シナリオ さらに、昨年末からの米中貿易戦争の小休止や英国の欧州連合(EU)離脱確定を受けて、経済の不確実性が払拭(ふっしょく)され、IT投資の在庫調整も一段落することで、製造業も復活する。この点から、世界経済レベルでは2020年以降の復活が近いというものだった。 特に、日本の財務省や日銀執行部では、この楽観シナリオが支配的だった。ただ、そこには昨年10月の消費税率10%引き上げの影響は全く存在しない影のようになってしまっている。 最近、昨年10~12月期の法人企業統計が発表され、金融機関を除く全産業の設備投資が前年同期比3・5%減となった。これによって、先に発表されていた同期間の国内総生産(GDP)速報値が、年率換算6・3%減よりも下方修正されるだろう。 ところが、この設備投資の落ち込みについても、消費増税の影響は見られないというトンデモな見解が財務省筋から出ている。驚きを禁じ得ないが、根底には先ほどの世界経済に関する楽観シナリオがあったのだろう。 だが、この楽観シナリオは崩壊した。「コロナショック」により、世界の製造業、非製造業ともに深刻な打撃を受けたといっていい。 まず、製造業では、グローバルPMI(世界製造業購買担当者指数)が3・2ポイント低下の47・2と、目安となる50を下回った。一般的には、50を上回れば前月比改善、下回れば前月比改悪となる。前者は世界の投資家のリスク許容度が高まる「リスクオン」の状況を生みやすく、後者は逆に「リスクオフ」(回避)になりやすい。 ここ3カ月ほどは50を上回っていた。つまり楽観シナリオ通りの進行だったわけだ。それが2月は一転して、大幅な落ち込みに転じた。しかも、落ち込み幅は20年ぶりの水準である。主因は、やはり中国での生産の大きな落ち込みであろう。 米国の消費が堅調である一方で、中国の消費が大幅に落ち込みを見せており、そこに日本や欧州での消費低迷が加わる。そのため、世界での非製造業の堅調にも大きく陰りが見えている。ニューヨーク証券取引所のトレーダー=2020年3月3日(ロイター=共同) 特に、新型コロナウイルスの感染拡大が、消費に甚大な影響を与えるのは明瞭だ。米国での感染拡大次第では、今後さらに世界の消費活動が落ち込む可能性がある。「リスクオフ」局面、現状は? このように分析していくと、楽観シナリオから不確実性シナリオへ移行してしまったのではないか。このことは、他の経済指標からも確認できそうだ。日銀の次期政策委員であるエコノミストの安達誠司氏は近著『消費税10%後の日本経済』の中で、経済の局面の大きな転換を「リスクオフ」局面として描いている。安達氏が「リスクオフ」局面とした特徴は、次の5点である。(1)株価の急激な下落(2)国債(特に国際的に信用度が高い米国債)の利回りの急低下(3)「逃避資産」としての性格をもつ「金(ゴールド)」価格の上昇(4)「VIX指数」に代表されるようなボラティリティー(価格変動の度合い)指数の急上昇(5)円高、およびスイスフラン高の進行 それでは、5項目に関する現時点の状況を見ていこう。ダウ平均株価は2月24~28日の間続落し、12%超の週間下落率はリーマン・ショック以来の下落幅だった。 しかし、週明けには一転して前週末比1293・96ドル高の記録的な上げ幅となったが、現状は再び大きく下落してしまった。日経平均や各国の株価指数も急激な下落を経験している。 10年物米国債の利回りも低下トレンドにある。金価格も現状では下落傾向を見せていた。「逃避資産」としては不思議だが、安全志向が強く出すぎて現金保有や国債保有に偏ったせいか、もしくは最近までの金価格下落の調整局面かもしれない。 VIX指数は「恐怖指数」ともいわれ、これは投資家の先行きに対する懸念の度合いを示すものだ。数値が高いほど投資に対する「恐怖」が大きい。VIX指数(出典:FREDから作成) 恐怖指数の水準は、リーマン・ショックほどではないが、2011年のギリシャ危機までには高まっている。円高、スイスフラン高も進行中である。これらの経済指標から、従来の楽観シナリオが崩壊し、不確実な経済シナリオへの移行が真実味を増している。 そうなれば、焦点となるのは、その新しい事態(レジームの悪い方向への転換)に対応した政策は何か、ということになる。 金融政策と財政政策の協調的な拡大政策が必要なのは自明である。日本に限定して言及すれば、今までにない「劇薬政策」が必要だ。といっても、この「劇薬」は最近コメントした「夕刊フジ」の記事見出しを援用したものだ。個人的には、劇薬でも何でもなく、日本経済の現状に適合した政策にしか過ぎないと考えている。2020年2月、リヤドでのG20閉幕後に記者会見する麻生財務相(左)と、日銀の黒田総裁(共同) 過去の連載でも既に提起したが、新型コロナウイルスの経済に与える影響を「2019年10月の消費増税」並みと考えれば、補正予算ベースで少なくとも6兆円、可能であれば10兆円が必要となる。政策委員「三つの提言」 手段としては消費減税がベストだ。新型コロナウイルスのショックが特に消費に顕著なのは自明だからだ。理想的には消費税率を5%に戻したいところだ。しかし、政治的対立が激しくなる可能性もある。 それを踏まえれば、嘉悦大の高橋洋一教授が日ごろから主張している軽減税率を全品目に適用する案もある。現状の軽減税率8%に合わせるか、5%にまで下げるのかは、政治的な議論があるだろう。 さらに、期限付きクーポン券の配布や、香港が実施したような国民に対する現金の一律支給や、所得減税や社会保険料の減免も考えられる。公共事業の増額も、もちろんありだ。 筆者や高橋氏は、マイナス金利での貸出制度を提唱してもいる。手数料を入れてゼロ金利にするかは、設計次第になろう。 金融政策の方はどうだろうか。日銀の片岡剛士政策委員は最近の講演の中で、三つの政策提言をしている。 まず、「政府と日銀の政策協調の必要性」は、前回の論考で解説した若田部副総裁の講演と整合的な提言だ。簡単に言えば、政府が景気対策に使うお金は日銀が何の心配もなく出しますよ、ということだ。この提言をもとに、政府と日銀は一刻も早く世界に宣言すべきだ。 次いで「金融政策の方の具体的な緩和案」では、短期金利の深掘りが考えられる。これは政府が新規の長期国債を発行し、それを日銀が吸収するという最初の提言を実施した上で、マイナス金利の深掘りをすれば有効になる。具体的にはマイナス0・3%はどうだろうか。2020年10月1日、消費税増税に伴い、二つの価格を表す牛丼店の領収書。店内飲食には10%(右)、持ち帰り商品には8%の軽減税率が適用されている=東京都港区 最後の「日銀の示す将来的な物価見通し」だが、政策金利の指針「フォワードガイダンス」の目標値に対して、実績値が乖離(かいり)すれば、それに応じて緩和姿勢を強調する。いわゆるコミットメントの強化も必要だ。さらに、上場投資信託(ETF)の年間買い入れ額を6兆円から7兆円に拡大することで、マーケットに一種のサプライズを与えるだろう。 上述のように、やるべき政策手段が無数にあることは明らかだ。問題は、世界経済が危機的な様相に転じた中で、いかに財政と金融が協調できるかどうか、その一点に日本経済の浮沈がかかっている。

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    コロナショック直撃、救えるのは日銀の「非公式見解」しかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルス(COVID-19)感染の影響が、経済的にも社会的にも拡大し始めている。経済的な影響は、昨年からの経済動向を分析すると、3段階の局面が重要になっている。 一つ目は、日本経済が米中貿易戦争などの影響で2018年秋から減速傾向を見せ始め、19年には明らかに景気下降局面入りになった。このタイミングで、10月に消費税率10%引き上げが政治的な思惑を優先する形で導入された。 二つ目は、消費増税が政府の対応策をほぼ無効化し、消費や設備投資、輸入など日本の購買力を直撃し、その影響が現段階まで持続している。その状況で今回、新型コロナウイルスによる経済的な影響が国内外で発生している。 三つ目の局面は今後の状況にかかっている。それは、「景気下降局面」プラス「消費増税」プラス「新型コロナウイルス」の「三重苦」がいったいいつまで持続するかだ。 この三重苦の中で、比較的短期に終息しそうと思われているのが、新型コロナウイルスの経済的ショックだろう。ここでは、中国、日本、そして世界における本格的感染の終息宣言が、世界保健機関(WHO)や各国政府などから早期に出されるケースを想定している。その場合でも、本格的な感染がいつ終わるかによって、日本経済には深刻なダメージが待ち受けている。 もちろん、それは今夏の東京五輪・パラリンピックの開催をめぐるものだ。中でも、嘉悦大の高橋洋一教授は最も悲観的な予測を提示している。 高橋氏によれば、国際オリンピック委員会(IOC)が開催するか否かの判断時期を5月中に設定する場合、WHOの終息宣言は少なくとも5月下旬がリミットになるが、それまでに本当に終息するかどうか微妙だ、という。もし、東京で開催しないと決定されれば、その経済的影響は計り知れないというものだ。下げ幅が一時1000円を超えて急落した日経平均株価を示すモニター=2020年2月25日午前、東京・八重洲 ただ、高橋氏の「悲観シナリオ」はあくまで一定の前提の上での話であることに注意が必要だろう。WHOや各国政府の終息宣言がいつ出されるか、まだ全く不確定な話でしかないからだ。 五輪やサッカーのワールドカップといったスポーツのビッグイベントの経済効果を、よく言われるようにインバウンド(外国人観光客)消費の増加や公共事業による経済浮揚効果に限定するのは、正しくはない。ビッグイベントに伴うインフラ整備は、開催までにそのほとんどの「経済効果」を使い切っている。あとは、その既存設備がどのように活用され、社会資本として機能していくかだけになる。「三重苦」への経済対策は インバウンド消費も直接面だけを見るのは妥当ではない。五輪などの一時的な観光客増を嫌って、人々が他国や地域に観光に出掛けるかもしれないし、違う形態の消費におカネを使うかもしれない。つまり、混雑効果を考慮しなくてはいけなくなる。 ある実証研究では、五輪の経済効果は、開催国の国際的な信頼性を上昇させることで輸出が増加する効果として現れるという。他方で、五輪などのビッグイベント自体の経済効果よりも、金融政策などのコントロールがうまくいっている方が重要だ、という実証もある。 仮に、高橋氏の悲観シナリオが不幸にして成立してしまえば、日本の「国際的信頼」は毀損(きそん)され、輸出にも影響を及ぼすかもしれない。他方で、増加が見込まれるインバウンド消費や五輪を当て込んだ国内消費や投資などは大幅に失われる。 今回の新型コロナウイルス問題以前に提起されていた東京五輪による経済効果の各種推計を読み解くと、既に2020年は各種インフラ整備への支出はほぼ終わっているため、キャンセル効果は大きくない。インバウンド消費が3~4兆円、国内消費も1兆円程度が失われる。 ただ、本当に「失われる」かどうかは分からない。先ほど簡単に例示したが、五輪の混雑を忌避する観光客の消費増が国内外から発生するかもしれない。もっとも、これも新型コロナウイルスの風評被害がゼロであるという前提に立っている。 新型コロナウイルスの感染拡大が収まらないことで、五輪が中止になれば、日本の「国際的な信頼」が毀損されるだろう。「観光立国」というブランド(があるとして)も大きく低下するかもしれない。 いずれにせよ、上述の悲観シナリオの当否は取りあえず別にしても、「景気下降局面」プラス「消費増税」プラス「新型コロナウイルス」の「三重苦」に対応する経済政策が必要になる。現在の国会で審議されている補正予算だけでは不十分だ。都庁で行われた記者会見で新型肺炎の東京五輪に対する影響について説明する東京都の小池百合子知事=2020年1月31日 では、どのくらいの規模が必要だろうか。現在、審議中の補正予算案は4兆3千億円程度でしかない。これではおそらく「三重苦」の「景気下降局面」プラス「消費増税」、二つの悪影響の、それも3分の2程度しか打ち消すことができないだろう。 やや粗い計算になるが、公表されている日本銀行の需給ギャップ(国内総生産=GDP=ギャップ)推計を利用してみよう。 日本経済の潜在GDP(資本や労働が完全利用されている水準のGDP)と約530兆円ある現実のGDPとの開きは、2019年の第3四半期でプラス1・02%と3四半期連続で悪化していた。この状況に「消費増税ショック」がのしかかるが、14年の増税並みと仮定すると、日銀推計のGDPギャップはおそらくマイナス域に限りなく接近するか、場合によっては小幅マイナスになるだろう。消費増税ショック再び? 「マイナスといっても、小幅だからいいじゃないか」という話ではない。次期日銀審議委員に決まったエコノミストの安達誠司氏が以前指摘していたが、日本経済がデフレ脱却に最も近づいたころが2018年秋ぐらいまでだ。その時期の日銀推計のGDPギャップは2%超だったが、この水準(以上)を目指さなくてはいけないからだ。 仮に、新型コロナウイルスの経済的影響を14年の消費増税ショック並みと見れば、上述の「三重苦」でGDPギャップは最悪マイナス1%近くまで落ち込む。要するに、消費増税が半年足らずの間に2度やってくるようなものだ。 これを打ち消すには、現状の19年補正予算4兆3千億円に加え、6兆円以上の新たな補正予算が必要になるだろう。さらに2018年秋レベルのデフレ脱却可能な水準にまで引き上げるには、さらに6兆円以上の補正予算が求められる。新型コロナウイルスの影響次第だが、補正予算ベースで総額16兆円規模になる。 これらは粗い計算ではあるが、一つの目安ぐらいにはなるだろう。「デフレ脱却を後回しにして、取りあえず経済を『三重苦』から脱却させろ」というせっかちな(愚かな?)要求ならば、10兆円程度になる。新たな補正予算には6兆円超が確実に必要というわけだ。 日銀の政策委員会にはいわゆるリフレ派が3人いる。現状では、若田部昌澄(まさずみ)副総裁と片岡剛士審議委員、そして原田泰審議委員だ。原田氏に代わり、3月26日からは安達氏が委員に就任する。 政策委では、金融政策決定会合で反対票を投じる片岡氏と原田氏がしばしば注目される。しかし、両氏以上に重要なのが、若田部氏の「隠れたメッセージ」を解読することだ。 総裁、副総裁2人から成る執行部は意思統一を強く求められるため、日銀の「公式見解」とずれる内容をなかなか言いにくい。だが実は、若田部氏は読む人がしっかりと読めばわかる大胆な提案を、講演や記者会見で発言している。青森市で記者会見する日銀の若田部昌澄副総裁=2020年6月 最近の講演では、やはり彼が政府と日銀の協調を提起しているところがツボである。黒田総裁なら、しなびたミカンの皮程度のことしか言わないものだ。 日本銀行が大規模金融緩和を継続するもとで、経済情勢に対応して機動的に財政政策が運営されることは、金融緩和と財政刺激の相乗作用を高め、景気刺激効果をより強力なものにすると考えています。一般に、政府が国債増発を通じて政府支出を増加させると、長めの市場金利に上昇圧力が加わり、これが次第に民間投資などを抑制するメカニズムが働きます。これに対して、政府支出が拡大するもとでも、中央銀行が市場金利の上昇を抑制すれば、民間投資などへのマイナスの影響は限られ、景気刺激効果の強まりが期待できるということです。若田部昌澄「最近の金融経済情勢と金融政策運営」2020.02.05 若田部氏のメッセージを実行する、このことが何よりも求められるのである。

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    「内需総崩れ」安倍首相の楽観シナリオを壊すのは「桜」ではない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 週明け発表された2019年10~12月期の国内総生産(GDP、季節調整済み)速報値は、物価変動の影響を除く実質で前期比1・6%減、仮にこのペースが1年続いた場合の年率換算は6・3%減と、市場の予測を大きく上回る下振れとなった。2月13日に発表された民間エコノミストの経済見通し「ESPフォーキャスト調査」では年率4・05%減だったが、この調査結果も大きく下回った。 ツイッターのトレンドワードには「内需総崩れ」という言葉が上位にあったが、まさにその通りである。もっとも、日本のGDP速報値と改定値は大きくずれる場合もあるので、その点は念頭に置かなければならない。いずれにせよ、速報値を見る限り、「内需総崩れ」という言葉は最もふさわしく、各項目でも悪い数字が並んでいる。 財務省の影響が強い日本の経済メディアでは、19年10月の消費税率10%引き上げと並ぶほど、大型台風の上陸や暖冬の影響を言い立てる記事が多いが、これは明らかにミスリードだろう。 海外の経済情勢の悪化を受けながら踏み切った消費増税が日本経済を失速させている、これが基本的なシナリオである。一例として、台風の影響を比較的受けていない関西を含め、各地域の鉱工業生産指数やスーパーなどの売り上げが低下していることでも明らかだ。 それでは、GDP速報値の中身を紹介しよう。以下は、最初の数字は年率換算の寄与度、その後の()内は同じく年率の前期比である。 今回の「6・3%減」だが、いわゆる内需は、民間消費6・3%減(11%減)、住宅投資0・3%減(10・4%減)、民間設備投資2・4%減(14・1%減)、民間在庫変動0・5%増(算出せず)、公的資本形成(公共投資)と政府消費の合計である政府部門の支出が0・4%増(5・5%増)だった。 いわゆる外需は、純輸出が1・9%増、輸出0・1%減(0・4%減)、輸入1・9%増(10・1%減)であった。内需もそうだが、輸入も急減しており、これは国内の購買力の低下を示しているといえる。松坂屋上野店で消費増税に向けて準備をする売り場に用意された、税率10%の対象となる商品を知らせる札=2019年9月30日 特に注目すべきなのが、民間設備投資の不振である。経済の変動は総需要(内需、外需)で規定される。 そのうち、最も景気変動の主因となるのが投資である。今回の設備投資の不振は、前回2014年4月の消費税率8%引き上げ直後の落ち込み(年率換算7・3%減)を倍近く上回っている。おそらく、この点が今回の市場関係者の予測を大きく見誤らせた主因の一つだろう。首相の「楽観シナリオ」 そんな中でも、週明けの国会論戦は首相主催の「桜を見る会」問題で明け暮れた。ただ一つ気を吐いたのが、馬淵澄夫元国土交通相の経済政策に関する質疑であった。馬淵氏は、安倍晋三政権の経済見通しが過度に楽観的であることを指摘した。 それに対して、安倍首相の答えは残念ながら官僚答弁のような楽観的なシナリオに基づいたものであった。特に2014年の増税時に比べ、消費の落ち込みが少ないことを指摘するものだった。 確かに、速報値では消費に関しては前回ほどの落ち込み(年率18%減)は観測されていない。だが、それは14年の税率引き上げが3%で、19年は2%と、そもそも引き上げ幅に見合う形での変化にしかすぎない。 注目すべきは、6年前もそうだったように、消費増税対策が今回も全く有効に作用していないことだ。前回の消費増税対策の失敗は教訓として何ら活用されていないといっていい。 前述の通り、消費だけ取れば、前回よりも影響は小さい。ただしその後、消費はほぼ2年半にわたって落ち込み、さらに経済の低迷を誘導し、雇用改善のペースさえも鈍化させた。 単純に推論すれば、今回も1年半ほどは消費低迷に陥るかもしれない。しかも、問題は他の需要項目が前回よりもはるかに悪いことにある。衆院予算委で、立憲民主党の辻元清美氏へのやじを飛ばした問題について謝罪する安倍首相=2020年2月17日 設備投資の前回を上回る大幅な落ち込みは、不況に直結する可能性がある。輸入の弱さも、これは内需の弱さの表現である。これらを見ると、現状では少なくとも前回並み、最悪であれば前回以上の経済低迷をもたらす可能性が高い。 総需要全般の落ち込みは、もちろん不況局面入りをさらに進めてしまうだろう。雇用状況も、今はまだ堅調だが、やがて製造業やサービス業などで大きな調整が始まる可能性がある。アベノミクス「最大の成果」が消える? ただ、かすかな光明は、株価が大きく下落し続けないことと、また為替レートの円安傾向が定着していることである。ここで言う「円安」は単に金融緩和継続のシグナルと考えていい。これらが企業業績の悪化を何とか食い止めている。 だが、賢明な読者ならばお気づきであろうが、今まで解説したことは、年明けからの新型コロナウイルスの感染拡大による経済ショックを全く考慮に入れていないのだ。それが先に指摘した最悪のシナリオにつながる。 新型コロナウイルスへの政府の対応は「後手」だとの批判が多い。「国内発生の早期」段階という政府発表を前提にすれば、私見では、今後どのように本格的流行のピークを低くし、早期終息するかがポイントになってくる。 この点はどうなるのか、専門家も十分予測できていない。経済への影響も短期的に終わるか、あるいは長期化するか、全く予断を許さない。 嘉悦大の高橋洋一教授は、国の直接の財政支出であり、国民の購買力に直接寄与する「真水」で数兆円規模の第2次補正予算を編成することを主張している。筆者も高橋氏の主張に賛成だ。これらの政策がうまくいかなければ、アベノミクスの最大の成果である雇用改善がやはり損なわれていく可能性がある。 ちなみに、前回の消費増税が雇用に与えた悪影響をおさらいしておこう。安倍政権が発足した12年12月の完全失業率は4・3%だった。それ以降、消費税率が8%に引き上げられた14年4月には3・6%と、0・7ポイント改善していた。嘉悦大の高橋洋一教授=2018年3月(宮崎瑞穂撮影) だが、増税以降、失業率の低下スピードは衰える。同じ0・7ポイント低下するまでに、約3年を要してしまった。 ところが、さらに0・5ポイント低下するのに、17年2月から18年10月までの1年半しかかかっていない。失業率は改善が進むほどに低下スピードが衰えるはずだが、それよりも後の時期の改善スピードよりも極めて遅かったことで、消費増税が雇用にも深刻な影響を与えていたことが分かる。ホテルよりも災難な人々 今回は6年前と異なり、日本経済が景気後退局面で行われた増税であった。そのため、前記のように「総需要全面ダウン」の状況だ。 それに加え、新型コロナウイルスの不確実性が加わる。日本経済はいまや本格的な雇用悪化の可能性に直面しており、早急な経済対策が必要だ。 だが、週明けの国会は大半の野党による「桜を見る会」の政治ショーであった。立憲民主党の議員らが、ANAインターコンチネンタルホテル東京からの書面回答を元にして、安倍首相を追及していた。新型コロナウイルスや経済問題はほぼ二の次である。 一応、野党側の主張をまとめておくと、ANAインターコンチネンタルホテル東京に文書で問い合わせしたところ、過去7年間のうち、同ホテルで桜を見る会の前夜祭を3回開催し、首相後援会が主催したという。それを前提に、立憲民主党の辻元清美議員は「宴会やパーティーで、見積もりや明細、請求書を発行しなかったケースがあるか」とのホテル側に質問したという。 ホテル側の答えは「1件もない」というものだったらしい。政治家にこの点について特別な配慮をするかとの質問にもノーと回答したという。 これに対し、首相側の答えは「安倍事務所がホテル側に問い合わせたところ、広報が辻元議員にあくまで一般論として答えた。個別の案件は営業秘密で回答してない」というものだった。今回の事例は、ホテルニューオータニのケースと全く同じである。詳細については、この論説を参照されたい。衆院予算委で質問する立憲民主党の辻元清美氏=2020年2月17日午前 もちろん、反安倍の人たちはこの回答で満足していない。ホテル側に政治的圧力があったとか、忖度しているなどという意見が、相変わらずインターネット上などで見受けられる。ANAインターコンチネンタルホテル東京もとんだ災難だろう。 だがもっと災難なのは国民全員だ。日本経済を一刻も早く立て直すためには、「桜を見る会」問題の追及よりも、安倍首相に楽観的な経済見通しの修正を迫ることが求められる。

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    社会常識もかすむ「いつまでも桜を見る会」には、お気の毒です

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 会員制交流サイト(SNS)を使って発信する国会議員は多いが、「社会常識的にどうなのか?」と疑問に思う発言も多い。最近の動きとしては、やはり「反安倍」に取りつかれたような発言が目立つ。 一例として、立憲民主党の阿部知子衆院議員のツイートを挙げよう。「加計学園は当初の華々しい売り込みに見合う体制を備えていない。そのことを質すと、まだ開設後二年で学生教育中と答弁したが、そもそも開設にあたって他の大学との連携や研究体制、取り分け医療との連携は不可欠で、ウイルスの分離や動物界での変異を追うことも必要である。国家戦略に見合う実態不在」というものだ。 獣医学部なら他にも多くあるのだが、阿部氏が学校法人加計学園(岡山市)をことさら問題視しているのは、いわゆる森友・加計学園問題を蒸し返したい政治的思惑もあるのかもしれない。ただ、まだ開学して2年の大学だけに批判を集中させるのは適切ではない。 そもそも、それほど新しい獣医学部に国家戦略的な観点から期待するならば、民主党政権の時代に獣医学部の新設認可を積極的に進めるべきだったのではないか。このように指摘すると、「立憲民主党と民主党政権は違う」というのが同党の公式発言だが、私見ではこれほど政治的に無責任な姿勢はないと思っている。 「反安倍ありき」のような国会議員の態度は、別に野党だけのことではない。最近では、「文春オンライン」に掲載された自民党の石破茂元幹事長の発言にも見受けられる。 「“ポスト安倍”支持率1位」だそうだが、石破氏はそのインタビューで首相主催の「桜を見る会」について、安倍晋三首相が率直に丁寧に謝罪すれば、これほど批判が拡大しなかった、ともっともらしい発言をしている。ただ、安倍首相は国会で、「桜を見る会」に対し国民が疑念を抱いたことを率直に謝罪している。新年を迎え、万歳する自民党の石破元幹事長=2020年1月1日、鳥取市 石破氏の「ポスト安倍」としての人気は、私見では反安倍勢力から大きな支持を得ている。自民党支持層よりも、むしろ野党支持層での人気が高そうだ。 反安倍の姿勢は、彼の人気を支える層に強くアピールするだろう。それだけの話なのだが、石破氏の発言に代表されるように「桜を見る会」の話題は全く収まることはない。規模拡大は反省すべきだが… インターネット上でのまとめでは、1月27日から30日までの予算委員会で立憲民主党の質疑時間に占める「桜を見る会」関係の割合が6割に迫るものだったとしている。対して、新型コロナウイルス問題はわずか1%ほどだった。その他の話題も、カジノを中心とした統合型リゾート施設(IR)関連などが占めたという。 日本共産党の「桜を見る会」関係の質問の割合も極めて高く、野党の中でも抜きんでているようだ。一方で、国民民主党や日本維新の会などは全体の1割程度に収まっているという。このネットのまとめが正しいとすれば、立憲民主党と日本共産党の「桜傾斜」はかなりのものだろう。 それほどまでしてこの問題を追及する必要があるのか、という疑問が湧くのは当然だ。新型コロナウイルス問題もそうだが、現在の日本経済の落ち込みを今の予算規模で支えることができるのか、中国の習近平国家主席の国賓待遇での訪日が必要か、中国の領海侵入についての危機共有、東京電力福島第1原発内の汚染処理水問題など、議論すべき点は多い。 だが、このような当然の疑問も、反安倍勢力の前では通じない。毎日新聞の記者たちは、こうした疑問の声を「『いつまでモリカケ』論」と呼んで批判している(毎日新聞「桜を見る会」取材班『汚れた桜』)。 彼らの論法では、「桜を見る会」に安倍首相の私物化疑惑があるならば、会が税金で運営されている以上、疑惑がある限り追及するのが当然となる。一見すると正しいようだが、「桜を見る会」への「疑惑」が果たして国会の質疑時間を大きく割くほどの重大なものかどうかは別問題だ。 既に「桜を見る会」については以前連載でいくつかの論点を挙げて分析してきた。掲載から2カ月ほど経過するが、基本的な論点は変わらない。ぜひ読者にはこの論考を参照いただきたい。「桜を見る会」を巡る問題を追及する野党合同ヒアリングで、配られた内閣府の資料=2020年1月23日 ただ、いくつか新事実も明らかになったので紹介しておこう。あらかじめ結論を書けば、「桜を見る会」の規模が、年々拡大したこと自体は反省すべきである。実際に運用などを政府が見直すことになっている。本当であれば、この時点でほぼ問題は終わるが、そんなことを許さないのが反安倍勢力である。 後援会の人間が多く呼ばれた点は反省すべき点があるだろう。ただし、安倍政権だけが後援会や「議員枠」などで招待客を募っていたわけではない。民主党政権下含む歴代の内閣が同じことを行っていた。社会常識さえかすむ? 夕刊フジの取材によると、民主党の菅直人政権時代の「桜を見る会」では、当時の滝実(まこと)総務委員長名で、民主党所属の国会議員にメールが送られていた。「『桜を見る会』へのご招待名簿の提出について」と題された文書は、後援者や支援団体の幹部などの招待を促す内容だった。現在の野党や先の毎日新聞のような一部メディアが問題にするような「私物化」とは、かなり異なる印象だ。 つまり、後援会をはじめとする支持者を招くことは、おそらく民主党政権時代においても、以前からの慣例なのだ。その時点では問題にならなかったのに、今回だけ異様に批判されている。 しかも、見直しを政府が表明しても「私物化」疑惑が終わることがない。疑惑追及の延長で、会合参加者の名簿提出を野党などは要求しているようだが、政治的な思惑が優先してしまい、個人情報の悪用の方がむしろ心配になるほどである。 さらに「桜を見る会」の安倍事務所主催の後援者向け夕食会(前夜祭)がいまだに問題となっている。この件については、5千円の価格設定も不思議ではないことや、ホテル側が参加者に発行した領収書が存在し、マスコミを通じて領収書の画像もわれわれは確認することができるが、特段おかしな点はない。 ホテル側が明細書を出さなかった点も、ホテル側との信頼関係などで出さないことはあるだろう。政治資金収支報告書にこの夕食会の収支記載がないことも、単に安倍事務所は「仲介者」(仲介手数料もない)でしかなく、ホテル側と参加者との契約関係にしかすぎない。そのため、金銭のやり取りがなければ、政治資金収支報告書に掲載する必要性もない。 ところが、このホテル側と参加者が契約関係にある、という点に疑問を投じる反安倍系の識者たちがいる。「参加者が個人的にホテルと契約」という点をあざ笑うような指摘があったのである。 正直、社会常識さえ反安倍の前にはかすむのだろうか。いちいち契約書面などは書かないが、われわれの社会行動で契約はありきたりのものである。記者に囲まれ「桜を見る会」を巡る質問に答える安倍首相=2020年11月、首相官邸 例えば、切符を買うことは、電車に乗る行為を鉄道会社と利用客が双方合意して締結している。これと前夜祭のホテルと参加者の関係も全く同じである(山形浩生氏の例示から引用)。 なぜ、この点が反安倍系の識者たちのあざ笑う対象になるのか、全く理解できない。おそらく、それほどまでに反安倍というイデオロギーというか、認知バイアスが強いのだろう。哀れむべき現象と言わざるを得ない。

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    「中国離れ」を左右するコロナショックと忖度リスク

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 春節(旧正月)明けの中国株式市場は予想通りの暴落で始まった。新型コロナウイルスの中国本土での感染拡大を受け、市場取引の連休期間を延長していた。 代表的な指数である上海総合指数は売り注文が殺到し、連休前だった1月23日の終値から、一時最大で8・7%、結局4年5カ月ぶりの大きさとなる7・7%の大幅下落を記録した。もっとも、中国の政策当局も手をこまねいていたわけではなく、株価安定のための対策を準備していた。 中国人民銀行(中央銀行)は、資本市場の資金不足を防ぐために、1・2兆元(1740億米ドル、19兆円強)もの流動性資金の供給をアナウンスしていた。また、ロイター通信によれば、中国当局は各証券会社に対し、3日の空売り注文を規制するように要請したという。 特に中国人民銀行の動きは重要である。なぜなら、中央銀行の重要な役目として、金融システムの安定性を維持する「最後の貸し手」としての機能があるからだ。 「新型コロナウイルスショック」は今のところ、人やモノの取引といった実物面だけにほぼ限定されている。影響が及んでいるのは、国内外の物流への影響、国内外の観光客やビジネスでの移動制限などだ。 だが、これに留まらず、株価の予期しない下落から金融機関、企業などに「おカネの取引」の面で影響を及ぼせば、経済的な被害ははるかに甚大なものになる。資金ショート(不足)を防止するために、中央銀行は潤沢な資金供給をもって応える必然性が出てくる。 この対応は中国だけではなく、金融システムの不安定性が懸念されれば、どの国であっても採用する政策だ。市場関係者では、現状の7~8%台の株価下落は予想の範囲内だとの見方が強い。その意味では、現時点では中国の政策当局の「必死の攻め」が効果を挙げているのだろう。もちろん、これで話が終わりというわけでは全くない。 米中貿易戦争の影響で、既に中国経済は大きく減速していた。昨年10月に2019年第3四半期(7~9月)の実質国内総生産(GDP)成長率が前年比プラス6%と発表されたが、通年で6%を下回る予測が既に出ていた。 この率は、1992年の四半期データ公表開始以来最も低い数値となった。ただし、中国の習近平指導部はこの公表値にも強気の姿勢であり、いわば政治的には「織り込み済み」であった。WHOのテドロス事務局長と会談する中国の習近平国家主席=2020年1月31日、北京の人民大会堂(共同) トランプ大統領自身の再選がかかる「政治の年」では、米政府が大胆な中国への経済的圧力を現状以上には出せないという見方もあったのだろう。だが、今回の「新型コロナウイルスショック」は、中国指導部の楽観シナリオを狂わせたのではないか。SARSとコロナ、経済的ショックは? そこで、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行による中国や世界経済の影響と比べてみよう。今回は02年よりも国内景気が悪い中国の経済状況下で、「世界の工場」だけでなく世界の物流や消費の一中心地になったことで、世界経済における位置も変化している。この状況を勘案すれば、SARSのときの国内外に与える影響を各段に上回るものと予想できる。 03年のSARSの経済的な影響については、高麗(こうらい)大の李鍾和(イ・ジョンファ)教授とオーストラリア国立大のワーウィック・マッキビン教授の論文「SARSからの教訓:次なるアウトブレイクに備えて」が有益である。両氏の論文では、SARSショックは、中国経済の成長率を1・1%引き下げ、香港に至っては約2・5%も引き下げた。 ただし、世界経済への影響は軽微であり、米国は0・1%ほどの引き下げ効果しかなかった。両氏の論文には特に日本への言及はないが、03年の日本経済は、世界経済ともSARSショックとも無縁な形とはいえ、デフレ不況の中で「格闘」中であった。 2月1日の夕刊フジでもコメントしたように、「現在の中国は世界の生産の主体であると同時に、世界の消費者としての地位を築き、ビジネスでも多数の人が動くようになった」。そもそも03年、中国の経済規模は世界第6位程度であり、GDPでは日本より小さかった。 だが、今日では、世界第2位の経済規模であり、貿易関係一つとっても各段に異なる。03年当時の中国の貿易総額は1兆ドルに満たなかったが、2018年には、約4兆6千億ドル超にも達している。 中国からの落ち込みによる外国人観光客(インバウンド)消費の減少に加え、貿易を通じた悪影響が、日本を含め世界各国で懸念されるだろう。観光立国であるタイでは、既に、深刻な観光不況がささやかれ始めている。 さらに、中国の国内消費や生産の落ち込みが早くも出ているところがある。典型例として、中国の石油需要が消費全体の20%に相当する日量300万バレル程度減少したと報じられている。複数の市場関係者の推測では、やはり新型コロナウイルスのよる影響だという。 この報道を受けて、原油先物価格が一時低下した。仮に中国の石油などのエネルギー需要低下が持続すれば、原油価格に依存している新興国経済にとっては極めて重要なリスク要因だろう。重症急性呼吸器症候群(SARS)の集団感染が発生し、封鎖された北京市内の工事現場。中に民工が隔離されたままで、昼どきには大量の弁当が運びこまれていた=2003年5月 このような中国発の経済リスクを嫌って、「中国離れ」も加速化するかもしれない。米国のロス商務長官はテレビのインタビューで、中国に依存した世界の供給網(サプライチェーン)の見直しが行われる機会になるかもしれないと発言した。 実際に、SARSショックから十数年で、同規模かそれ以上の経済・安全保障上のリスクが中国から発生しているわけである。これは各国の対中長期投資に関して、少なくとも再考を促す機会になることは間違いない。「中国離れ」できないワケ しかし、「中国離れ」、あるいは中国との距離の見直しが加速化できないところもある。国際機関に染み込んだ中国依存体質だ。 今回の新型コロナウイルス問題では、SARSでの情報公開の遅れとそれに伴う世界的大流行(パンデミック)の出現と比較して、中国の政治体制に根付くより深刻なリスクが顕在化している。それが今書いた国際機関を中心とする中国依存体質、あるいは中国の指導部の顔色を忖度(そんたく)する国際的なリスクだ。これを「中国忖度リスク」と表現しよう。これには、国連への分担金が日本を抜き去り、世界第2位になった背景もあるだろう。 フランスのル・モンド紙が、先月22、23日に開催された世界保健機関(WHO)の緊急委員会で、中国政府が新型コロナウイルスについて「緊急事態宣言」を出さないように政治的圧力を行使していた疑いを報じた。この圧力のためか、31日の緊急委後に出された「緊急事態宣言」は、渡航・貿易制限などに触れられていない抑制されたものになっている。 だが各国政府は、この「緊急事態宣言」より踏み込んだ渡航や入国制限を実施している国が目立ってきている。WHOの「中国忖度リスク」に備えたかのようだ。 この「中国忖度リスク」は、意外なところで日本にも迷惑を与えている。日本経済新聞の滝田洋一編集委員のツイッターで知ったのだが、WHOが「緊急事態宣言」を掲載したホームページでは、なぜか発生源の中国ではなく、成田空港の写真が現在でも使われている。 実に奇怪な印象操作と言わざるを得ない。もし「操作」ではないとするならば、このような悪影響を諸外国に与えるイメージは即刻撤回すべきであろう。日本政府の対応が求められる。 ところで、新型コロナウイルスの医学的な判断をこの論説で行うことはできない。筆者が参照にしたのは、感染専門医の忽那賢志(くつな・さとし)氏や、医師でジャーナリストの村中璃子氏の論考だ。特に村中氏は、日本政府がWHOや中国政府の発表を当初鵜呑みにした対応を問題視していた。 評論家、石平氏の中国問題に対する見識も、筆者は常々参考にしている。最近のインタビューでは、「上海、深圳(シンセン)などハイテク産業が盛んな地域に広がる可能性もある。このまま主要都市の生産活動が3カ月もできなければ、GDPは数割減に落ち込む可能性もある」という極めて厳しい予測をコメントしている。大幅に下落する上海総合指数のボード=2020年2月3日(萩原悠久人撮影) 実際のGDPの落ち込み予測はともかくとして、確かに上海や深圳にまで武漢同様の影響が波及すれば、中国経済の落ち込みは深刻なものになるだろう。いくつかの経済シナリオを頭の中に置きながら、今の世界経済、そして日本経済を読み解いていかなければならない。 新型コロナウイルスの感染波及が全く見通せない中では、経済的には不確実性に備えた体制を採用するのが望ましい。日本であれば、政府と日本銀行が協調した経済拡大スタンスの採用を強くアナウンスすること、それに尽きるだろう。

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    アベノミクスにもよく効く「パンデミック」の教訓

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの脅威が高まっている。中国本土では、ウイルスによる肺炎の死者が81人、患者数は2744人になり、世界中では3千人に迫る規模で増加している。武漢市当局者の発言や医療従事者の証言によれば、市内ではさらに1千人規模で感染者が増える可能性があり、感染力自体も高まっている。 既に日本でも患者が確認されており、今後も社会的な防疫体制の強化が必要だ。日本政府はチャーター機を手配するなどして、武漢からの邦人の全員帰国を実現しようとしている。 ただ、新型コロナウイルスに関して、これまでの日本政府の広報体制は十分なものとはいえない。画像を参照してほしいが、27日早朝の厚生労働省のホームページには、季節性のインフルエンザに対する注意喚起程度しかない、といっていい状況だ。参考として紹介している国立感染症研究所の情報も、単なるコロナウイルスの種別解説しか記載がない。 他方で、インターネット上では、国内外の報道や医療関係者の具体的な発言を無数に確認することができる。もちろん、その中には虚偽の伝聞や、過剰な煽りも多い。 日本政府の情報発信のレベルの低さは、すなわち危機管理力の決定的な遅れだ。社会的な疫病対策には、病そのものへの対応と同時に、社会的な不安を抑制する仕組みも必要だろう。その点で、日本政府の情報発信はまさに稚拙以外の何物でもない。 NHKでは、世界保健機関(WHO)の発表を紹介し、ウイルスの感染力が患者1人から2・5人(以前は1・4人)に拡大していること、致死率は3%であることを伝えている。感染力や致死率は、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)に比べれば格段に低い。ただし、多くの医療関係者は、人から人に感染していく中での変異を懸念する声も多い。 昨夏大きな注目が集まった日韓の輸出管理問題では、当時の経済産業相だった自民党の世耕弘成参院幹事長が積極的にツイッターでマスメディアの報道の問題点や、制度自体の詳細を解説して、国民の誤解を防ぐ役割を果たしてきた。河野太郎防衛相も、外相時代から始めた外交・防衛活動を現職まで続けることで、リアルタイムに政府の取り組みを知らせることに成功したといえる。 だが、今回の件では、加藤勝信厚労相の積極性は皆無だ。上述の通り、厚労省の広報もネット時代に対応できておらず、全くダメだ。車両の通行が制限され閑散とする中国・武漢市内=2020年1月26日(共同) 繰り返すが、社会的な防疫体制に、今はネットによる情報発信が極めて重要だ。その意味で、政府の現時点の対応は稚拙なものである。 最近の報道では、SARSとの比較が目立つが、新型ウイルスの猛威によって世界中で多くの人命が損なわれたのは、約1世紀中では1918年のインフルエンザのパンデミック(世界的大流行)だろう。そのときの経験から学べる教訓は多い。パンデミックの「教訓」 米歴史学者、アルフレッド・W・クロスビー氏の『史上最悪のインフルエンザ』(みすず書房)や、最近惜しくも亡くなられた歴史学者の速水融氏『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書房)で、当時世界的規模で流行したことが実証的に明らかになりつつある。当時、日本では45万人、米国でも67万5千人、全世界では推計4千万人の死者が出た。 交通網の整備や人口の集中度合いなどが、致死率を高めることにつながった。現代は、1918年当時とは比較にならないほど都市化と国際的な人的交流の発展が進み、新型感染症の脅威はさらに高まっている。なお、ウイルスの基礎知識やパンデミックの定義など初歩的な解説としては、BBCの動画ニュースを参考にするといいだろう。 18年のインフルエンザと今回を比べる上で、ミシシッピ大のトマス・A・ガレット教授の論文「パンデミック経済学:1918年インフルエンザと今日の含意」(2008年)がいまだに役立つ。ガレット氏の論文を参考にして、重要な論点を列挙しておく。1)1918年のケースでは、都市部と地方で致死率に大きな違いがあり、都市部の方が致死率は高かった。しかし今日では、交通網の整備などで都市部と地方での有意な違いはないかもしれない。2)18年当時では、低所得階層で特に致死率が高かった。今回の武漢のケースでも貧困層が最も高い罹患(りかん)のリスクに直面しているとの指摘もある。3)18年当時では、都市部住民は比較的医療サービスを受けやすい環境にあったが、医療サービスの供給を過度に超える需要が存在することで、かえってインフルエンザの集団発生に貢献してしまった。例えば、狭い医療空間の中での患者や医療関係者が直面する場合である。報道によれば、武漢の一部の医療機関では、患者たちの過密する状況があるようだ。4)18年当時では、保険に加入していた人たちは経済的負担をある程度回避できたが、この保険でも低所得者層には致死率の面で、高所得者層に比べて不利だった。医療保険は正常財であり、所得が大きければより購買量が増える財だからだ。5)18年当時では、米国のフィラデルフィアとセントルイスは対照的だった。前者はカーニバルで多くの人が特定地域に密集し、全米で最もインフルエンザの脅威に晒された。対して、セントルイスでは地域を早急に封鎖することで、インフルエンザの波及を食い止めた。春節中の国外旅行を事実上禁止した中国政府の動きはこの教訓からいって妥当だったかもしれない。武漢などの「都市封鎖」もこのときの経験を参照したのかもしれない。 過去の教訓として重要なのは、ガレット氏が「パンデミックの経済学」で述べているように、公的機関の協調だ。これら政府の協調が失敗しないためには、人々の公的機関の情報に対する信頼性が何よりも鍵になる。 ただし、経済成長率や人権抑圧の状況でもそうだったように、中国政府が提供する情報は多くの人たちに疑問視されてきた。この信頼性の欠如が、今回の新型コロナウイルスの事例でもネックになりそうだ。日本政府の情報発信の問題については先に述べた通りである。 安倍晋三政権の危機管理能力が残念な点は、新型コロナウイルス対応への情報発信だけではない。経済問題に関しても深刻である。核心にあるのが、消費増税による悪影響を低く見積もる姿勢だ。これは政府だけではなく、日本銀行を含めた体質でもある。 先日閉幕した世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)の記者会見の席で、日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁が、2019年10~12月までの経済成長率がマイナスになるとの見方を示した。国内総生産(GDP)統計(速報値)自体は2月17日に公表される予定だ。マイナス成長の主因は相次いで日本に上陸した大型台風の影響だという。金融政策決定会合後の会見で質問する記者を指名する日銀の黒田東彦総裁=2020年1月21日(酒巻俊介撮影) 大型台風の影響が深刻で今も爪痕が残ることは理解できる。だが、それは10月に集中していたはずだ。同じく10月に実施された黒田氏の発言は、消費税率10%引き上げの影響をできるだけ大きく見せないように終始しているように思えた。これは悪質な欺瞞である。 岩田規久男前副総裁は『日銀日記』(筑摩書房)の中で、黒田氏が14年の消費税率8%引き上げの最大の功労者=戦犯であると指摘している。岩田氏も同僚であったので、慎重な書き方ではあるが、一読すれば趣旨は明瞭だ。防疫も経済も協調なし? 日銀による金融緩和政策の効果を大きく削いでしまったのは、金融政策の責任者である黒田氏自身にあった。財務省出身という黒田氏のキャリアが、消費増税を推進するスタンスに大きな影響を与えているのだろう。 ここで、金融緩和政策と消費増税の関係を比喩的に説明しよう。大胆な金融緩和政策を採用する「アベノミクス」以前は、駅前のロータリーをそれなりの速いスピードでぐるぐる回るだけでしかなかった。 これは金融緩和に否定的な人たちがよく用いる形容であるが、「マネーをじゃぶじゃぶ」しても、デフレ停滞から一向に脱することができなかったことを意味している。つまり、どんなにスピードを上げても駅前のロータリーから出られないのだ。 アベノミクスはこの政策スタンスとは違う。まず目的地を設定して、高速道に乗って近くのリゾート地に向かうことを決めている。それがインフレ目標2%であり、目標を通じた雇用や経済成長の安定化だった。車は当初は高速道を80キロくらいのスピードで順調に運転していた。これが2013年終わりまでのアベノミクスの根幹である金融緩和政策の姿だ。 だが、2014年4月の消費増税は、高速道で同じスピードのまま猛烈な向かい風に当たることになる。当然にアクセルを踏む力が同じままであれば、速度は大幅にダウンする。 ただし、とりあえず進むことは進んでいる。雇用の持続的改善の主因は、目的地を見据えた緩和の継続にある。これを「アベノミクスは史上最悪の緊縮政策」「消費増税で日本経済ハルマゲドン」論者たちが見落としていることだ。 もちろん、強烈な向かい風があれば、アクセルを踏み込んで80キロに上げればいいのだが、そもそも、消費増税という向かい風を政府自らが起こす必要はないはずだ。ところが、今回の増税でもその手法を採用している。 防疫体制もそうだが、国民の生命は経済政策によっても保障されている。その経済政策の点から、政府と日銀は国民に対して、長期停滞という深刻な病に再び陥ることを強要しているともいえる。新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する関係閣僚会議で発言する安倍晋三首相。手前は加藤勝信厚労相=2020年1月24日(春名中撮影) 新型の感染症対策には、公的機関の協調が必要であり、その核は公的機関の発信する情報の信頼性にあると指摘した。経済対策でも同じことだ。 黒田総裁や政府からは消費増税の悪影響をできるだけ過小に見せかける発言しか聞こえてこない。これでは、国民の信頼を得ることはできないだろう。まずは、安倍首相自らがインフレ目標2%へのコミット(関与)を再度強調することが必要であろう。

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    ちぐはぐ経済再生で日本も染まる『ジョーカー』の世界

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 映画の祭典、第92回米アカデミー賞の各賞候補が先ごろ発表された。日本でも話題になっている韓国映画『パラサイト 半地下の家族』や動画配信大手、ネットフリックスのオリジナル映画が作品賞にノミネートされた。 特に「ジョーカー」は最多11部門で候補に挙がり、改めて注目を集めている。『ジョーカー』は暴力シーンが多いため、R指定(日本ではR15+)を受けたが、そのハンディを乗り越えて、世界興行収入で1100億円超、同時に封切られた日本でも50億円を突破する大ヒットとなっている。 題名となったジョーカーは、アメリカンコミックや映画、アニメなどでなじみ深い正義のヒーロー、「バットマン」最大の敵役の名前である。この映画ではバットマンは出てこない。ある男がなぜ凶悪なジョーカーに変貌したかが描かれている。しかし、単純な善悪の構図を描いていないのが、この映画の最大の魅力だ。 名優ホアキン・フェニックスが演じるのは、障害のある売れないコメディアン、アーサー・フレックで、普段はピエロに扮装(ふんそう)し、小規模店舗の宣伝などをして日銭を稼ぐ男だ。年老いた母親を介護しつつも、職場で疎外され、付き合う人はほとんどいない。アーサーはまさに孤絶の生活を送っていたのである。 この映画は評価が分かれており、それも「絶賛」か「嫌悪」かという両極端に集中している。おそらくこの孤絶した境遇の彼がジョーカー、つまり殺人を犯す非道の人物に変わりながらも、やがて街で暴動を起こしている群衆のヒーローとなっていくことに、評価が割れる理由が求められるだろう。 ところで、映画の中で路上で暴動を起こしている人たちは、富める者やその代表としての政治家たちに反抗していた。米メディアでは、『ジョーカー』で描かれている世界は現実世界の「写し絵」であり、同時に現実世界にも影響を与えていると解説しているものもあった。 例えば、南米チリで暴動が起きたことは記憶に新しい。地元の代表的な新聞社が入っている高層ビルが炎上するなどの被害があった。 チリでの暴動やデモは、一向に解消されない経済格差や失業の増加などを背景にした若者中心の過激な抗議であった。このとき、多くの若者たちが『ジョーカー』に触発されたピエロのメークをしてデモに参加していたことに、米国のメディアが注目したわけである。2019年9月、第76回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「ジョーカー」のトッド・フィリップス監督(左)と主演のホアキン・フェニックス(ロイター=共同) 確かに、『ジョーカー』に描かれた暴動と現実は限りなく接近している。経済格差や貧困、社会での疎外からの自由を訴えた大衆の抗議活動は過激なものになった。チリだけではなく、同じく南米のベネズエラ、「黄色いベスト」運動のフランス、そして「一国二制度」の危機を訴える香港のデモなど、世界では「ジョーカー的」ともいえるデモの動きが加速しているようにも思える。トランプと左派政治家の共通点 特に注目したいのは、やはり経済格差や経済的困窮を背景にした大衆の抵抗だ。この動きを後押しする政治勢力も欧米を中心に活発である。 大統領選イヤーを迎えた米国では、サンダース上院議員が民主党大統領候補として有力な位置につけている。また、同党急進左派のオカシオコルテス下院議員も若者を中心に人気を集めている。 この2人は大衆の貧困や経済格差を解消する政策を特に打ち出し、いわゆるポピュリズム(大衆迎合主義)政治家として知られる。ポピュリズムは大衆の支持のある政策を志向することで、一般的にはマイナスのイメージが付きやすい。だが、現代のポピュリズムの背景には、社会の分断や対立を緩和する動きもあり、一概に否定すべきではないと思う。 特に、今列挙した代表的なポピュリズム政治家たちは、経済政策の観点から共通した立場を採っている。それを「反緊縮政策」という。 これはもちろん、緊縮政策の対抗軸として打ち出されたものだ。「反緊縮政策」の目的は雇用を回復し、経済成長の安定化を図ることである。 上記のサンダース、オカシオコルテス両議員ともにその政治信条は左派的だ。だが、雇用を重視する点においては、真逆の政治的な立ち位置のトランプ大統領も同じである。2020年1月21日、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で笑顔を見せるトランプ米大統領(AP=共同) トランプ政権の経済政策は、ラストベルト(衰退した工業地帯)や農村部の利害が中心だと見られることがあるが、筆者はそうは考えていない。トランプ大統領は、国内的には連邦準備制度理事会(FRB)に積極的な金融緩和を求め、対外的には中国を筆頭に2国間の貿易交渉を迫っている。 これらの政策は、ともに米国の雇用を回復させることを狙っていると筆者は見ている。その意味では「反緊縮」であって、雇用重視では従来のリベラル型の経済政策だと思う。 次の図では米国の労働参加率の動向が描かれている。この図からもわかるように、リーマン・ショックによる労働参加率の落ち込みから回復していない。図:米労働参加率 おそらくトランプ政権の当面の目標は、この労働参加率がリーマン・ショック前まで戻り、さらに賃金などが安定的に上昇していく過程を想定しているに違いない。『ジョーカー』で描かれた情景は、あたかもトランプ政権下の経済状況に対する批判としても解読できる。ある意味で、映画(虚構)と現実には大きなズレがある、と筆者は思っている。「緊縮」「反緊縮」政策の違い ところで、肝心の緊縮政策と反緊縮政策の中身についてもう少し詳しく説明したい。 緊縮政策は、不況もしくは不況から十分に回復しない段階で、財政政策では増税、公的予算削減など政府から出るお金を引き締める政策だ。景気対策のもう一つの軸である中央銀行が実施する金融政策も、財政政策に合わせてお金を引き締めるスタンスになる。 不況のさなかに、なぜ政府や中央銀行はお金を絞る政策を採用するのか。緊縮政策を主張する人たちは「清算主義」という考えにとらわれている。 不況によって、経営がでたらめな企業が倒産したり、怠けて技能を向上させない労働者が職を失うことがあるが、この状況を経済の非効率的なものが「清算」されたと考えるのだ。本来であれば、企業は困難に打ち勝つアイデアや組織作りに励む。労働者も、職を得るために自らの技能を磨き、より高度な教育を受けようとするだろう。 このような民間部門の自助努力が経済全体をより高みに持ち上げる、と緊縮政策を支持する人の多くは考えている。「破壊なくして創造なし」なのである。 反対に、反緊縮政策は不況もしくは不況から十分に回復しない段階で、減税や公的予算の増加といった財政拡張政策や、金融政策は出来るだけお金を出すというスタンスを支持する。反緊縮政策を行わないと、民間の自助努力だけでは、いつまでも経済はよくならないと考えている。これは「合成の誤謬(ごびゅう)」としても説明することが可能である。 例えば、不況においては、商売の売り上げも落ち込んでしまう可能性が高まる。多くの経営者たちはやむを得ず、従業員の給料をカットしたり、新規採用を控えたり、さらにはリストラを断行するだろう。不況下では、致し方がない経営者の合理的な態度だといえる。この姿勢を批判しても始まらない。 ただ、不況の中で、リストラに励む経営者が多く出始めたらどうなるだろうか。給料がカットされたり、職を失った人たちは、なおさらお金を使わなくなる。つまり、経済全体では不況がさらに加速してしまうのだ。12月の日銀短観では、企業の景況感の悪化が鮮明になった=2019年12月、東京都中央区の日銀本店 本来、不況下では正しい個々の経営努力も、経済全体では不況をさらに深めることで、かえって個々の経営者や労働者をさらに苦境に陥らせる。これを「合成の誤謬」というのだ。 先の緊縮政策では、不況下でのリストラはむしろ肯定的だったが、反緊縮政策では社会的な害悪そのものになる。民間の経営者や労働者の努力ではどうにもならず、むしろ景気をさらに悪化させかねない。そのため、政府や中央銀行が積極的な景気対策を行う必要が出てくる。これが反緊縮政策の考え方の基本である。ノーベル賞学者も批判 「不景気になれば、政府は景気対策をしているではないか?」と多くの読者は思われるかもしれない。だが、少しでも考えれば、現実はそうとも言い切れないことがわかる。 現在の日本経済は、米中貿易戦争の影響で落ち込み始めている。このタイミングで、昨年10月に消費税率の10%引き上げを実施した。これでは、世の中にお金が出回らない緊縮スタンスになってしまう。ただし、日本の経済政策が総じて緊縮志向かといえば、そうとは言い切れない。実にちぐはぐな対応をしているといえる。 1月20日に通常国会が召集されたが、安倍晋三首相は衆参本会議で行った施政方針演説で、「経済再生なくして財政健全化なし」という基本方針を示した。経済再生が最優先されるのだから、日本経済が不況に陥らないことが第一となるはずだ。 だが他方で、あれほど強調していたデフレ脱却が後景に退いてしまった。日本のインフレ率は、まだ目標の2%のはるか手前だ。景気の下降は既に一昨年の段階から進んでいる。経済の先行きを示す景気動向指数(CI、先行系列の6カ月前・対比年率)を参照すると、2018年7月から経済の先行きのボリューム感がマイナスに転じ、それは徐々に拡大しながら今日に至っている。 今国会では、補正予算案や過去最大の予算が組まれようとしているが、少なくとも景気下降を長期間放置していたことは明白である。その中で景気に悪影響を与える消費増税を実行したのだから、経済再生最優先を採用しているとは言い難い。 ただし、安倍政権の経済政策を全て否定するつもりなど筆者にはない。「今の安倍政権は史上最悪の緊縮政権だ」と発言する奇妙な人たちがいるが、全くおかしな話である。それほど厳しい緊縮政策なら、そもそも補正予算も編成しない。 よほど政治的なイデオロギーで目が曇っていなければ、雇用の改善は明白である。失業率は政権発足時の4・4%から2・4%に下がり、就業者数も400万人も増加した。失業率は自殺者数と連動していることが知られている。失業率の大幅な低下と自殺対策への予算増加の貢献で、昨年はついに自殺者数が2万人を下回った。 この数字を虚構だとして批判するおかしな人たちがいるが、経済評論家の上念司氏がフェイスブック上で痛烈に批判しているのでぜひ参照されたい。つまり、安倍政権の経済政策は、元々は反緊縮政策なのだ。日本銀行の大胆な金融緩和はそのコアを成す。反緊縮は雇用を守るだけではなく、人命も守るのである。衆院本会議で施政方針演説に臨む安倍首相。左は麻生財務相=2020年1月20日 だが、既に指摘したように、今の状況が実にちぐはぐしていることは確かだ。最近、「文春オンライン」で、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン米ニューヨーク市立大教授が、消費増税は緊縮財政だとして、インフレ目標に達して好景気になるまで待たなかった安倍政権の経済政策を「首尾一貫しない」と批判しているのは、この点を突いている。もちろん、クルーグマン教授の発言を持ち出すまでもなく、消費増税と「アベノミクス」は整合的ではない。 経済政策で首尾一貫せずに、失業率の再上昇などで長期停滞に完全に戻ってしまえば、『ジョーカー』のような極端な思想に振れた人々が過激な活動を始めてしまうかもしれない。既にネット上では、全否定か全肯定かでしか考えられない人たちを多く見かける。それを受け入れる悪しきポピュリズムの動きも政治の中で見られる。その動きの本格化を防ぐには、まっとうで首尾一貫した反緊縮政策を推し進めるしかないのである。

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    政策よりも「政局ありき」枝野幸男の意気地なし

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) テレビのワイドショーや報道番組で政府の「失態」が取り上げられるたびに、その放送時間に比例して政権の支持率が上下動する。この状況を学校法人森友学園(大阪市)と加計学園(岡山市)問題、そして首相主催の「桜を見る会」問題で、われわれは目の当たりにしてきた。 最近だと、「桜を見る会」の話題をテレビで見る機会が減ったな、と思えば、安倍晋三内閣の支持率が持ち直した。と同時に、批判勢力である野党はそれほど支持率を伸ばさず、多くは低迷に陥る。 共同通信による最新の世論調査では、内閣支持率は42・7%から49・3%に、自民党の政党支持率も36・0%から43・2%に上昇した。自民党の青木幹雄元参院議員会長が経験則から唱えた内閣支持率と与党第一党の政党支持率の合計値、いわゆる「青木の法則(青木率)」では92・6%と高水準に戻っている。 対して、野党は軒並み支持率を下げている。ここ数年定着している光景から言えるのは、ワイドショーの放送時間や雑誌の取材頼みの政局ということだろう。やはり原因は野党のふがいなさにあるのだろう。 まずは筆者の主な関心事である経済政策から見てみよう。今の与党の経済政策は景気下降局面での消費税率10%引き上げという愚策を行ったばかりである。野党にとっては、与党の失点を利用して自らの対抗策を大きく打ち出す好機のはずだ。会談後に取材に応じる国民民主党の玉木代表(左)と立憲民主党の枝野代表=2020年1月10日 だが、最大野党の立憲民主党にはその気概はない。最近掲載された枝野幸男代表のインタビューを読んでも、「経済政策なき政局ありき」の関心が浮き彫りになっている。 政局の最大関心はもちろん衆院選だが、それをいかに有利に展開するか、枝野氏にとってキーになるのは政策ではなく、「桜を見る会」問題や「IR(統合型リゾート施設)疑獄」なのだ。実に気の抜けた政策 個人的には、IRに関連した中国系企業と日本の政治家の金銭的癒着は徹底的に暴くべき問題だと思っている。さらにいえば、中国共産党の日本に対する諜報(ちょうほう)活動や政治家、マスコミなどへの資金の流れを徹底的に暴いてもらいたい。だが「桜を見る会」問題は、最大野党が総力を挙げて取り組む話ではない。 枝野氏は野党合流などの政局の話題こそ豊富だが、政策については実に気の抜けたものになっている。日本の格差社会を是正するために、豊かさを公平にわかち合う政策が必要だという。 そして、消費増税については、今回の引き上げの弊害を指摘しながらも「減税」には言及せず、「私が総理になったら増税の議論はしないと約束します。実際に引き下げるかどうかは、その先の議論でしょう」とだけ答えている。 ちなみに、安倍首相も前回の参院選時に、自分の政権ではもう消費増税はしないことを公言していた。これを踏まえると、枝野氏の発言はせいぜい与党並みでしかない。消費増税の弊害を訴えながら、なぜ引き下げないのか、素朴に疑問である。 続いて安全保障面に移ろう。最近、ツイッターのハッシュタグに「#安倍首相退陣」というものがトレンド入りしていた。これは1月12日に行われた東京・新宿でのデモ活動に絡んだものだ。 デモでは、「桜を見る会」や改憲反対などに加え、「戦争に加担するな」というプラカードも目についたという。この「戦争に加担するな」というのは、最近の米国とイランの緊張の高まりを受けて、海上自衛隊の中東海域への派遣を批判するものだった。防衛省前で海上自衛隊の中東派遣に反対し、デモ行進する人たち=2020年1月11日、東京都新宿区 立憲民主党は、海自の艦艇派遣に反対を表明している。しかし、ホルムズ海峡を通過して今日も日本に向けて石油を積んだタンカーが行き来しているという現実がある。「選好の改ざん」 自衛隊派遣はもちろん「戦争に加担する」ためでもなければ、過剰なリスクを取りに行くものでもない。日本関係の船舶の安全を図るために、イランやサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など周辺各国の理解と支援を確認して慎重に行っている。単に反対を叫んでいるだけでは、あまりに無責任ではないだろうか。 野党は「戦争の危機」だけを煽(あお)っているが、今回の米軍によるイラン・ソレイマニ司令官殺害とその後のイランの報復攻撃、そしてウクライナ機のイラン軍による誤射事件と、情勢がかなり劇的に変化していることは確かだ。 イランでは国内での反体制デモとでもいうべき動きが活発化している。もともと日常生活品にも困るほどの経済状況で、民衆の態度は制裁当事国である米国に対してよりも、最高指導者ハメネイ師を含む現体制の政治的無策に厳しくなっている。 米デューク大のティムール・クラン教授は現状のレジーム(体制)は極めて不安定化していて、レジームが覆る可能性が高まっていると指摘している。 クラン氏は、人々の認識バイアスを研究している経済学者だ。つい数日前までは、ソレイマニ司令官の葬儀に「数百万人」の群衆が参列し、米国への報復を誓っていた。しかし、いまやその光景がなかったかのように、今はソレイマニ司令官のポスターをはがしたり、火をつけたりする群衆の動画が拡散され、大規模デモまで起きている。 クラン氏は、このようなイラン国内の変化を欧米メディアは十分に把握できていないと指摘した。欧米のマスコミは自分の好み、つまり先入観をイランの民衆も抱いていると思い込んだのだ。これをクラン氏は「選好の改ざん」と名付けている。 もちろん日本でも、「イランvs米国」という自分たちの思い込みが、イランの民衆にも共有されている「真実」だとみなしている人たちが多い。要するに、イランの人たちの政治に対する選好を、自分たちに都合のいいように「改ざん」しているわけである。立憲民主党など野党勢力やマスコミの多くもそうだろう。ウクライナ機墜落の犠牲者の追悼が政府への抗議に変わり、反政府スローガンを叫ぶ人たち=2020年1月11日、イラン・テヘラン(ゲッティ=共同) もちろん、このような「選好の改ざん」が深刻なときは、情勢の変化を十分に把握することができないことになる。今のイラン国内の政治的分断を日本の政治家やマスコミがどれだけ理解できているか、単に自衛隊の派遣反対だけを訴えるのはあまりに皮相に思うのだが、どうだろうか。

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    ゴーンもイラン司令官もみなヒーロー、薄っぺらいリベラルの「暴走」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 年末から年始にかけて、日本は主に二つの衝撃的な出来事に揺れている。一つは、保釈中の日産自動車元会長、カルロス・ゴーン被告が日本からレバノンに「逃亡」した事件だ。もう一つは、米国のトランプ政権が実行したイラン革命防衛隊のカセム・ソレイマニ司令官らの殺害事件である。 ゴーン被告の起訴内容は、金融商品取引法違反と特別背任という会社法違反であった。これに加え、メディアや日産側から指摘されているさまざまな経費の私的流用があったともいわれている。 ゴーン被告は、逮捕前までは日産を大幅な人員削減や工場の統廃合などコスト削減で経営を立て直し、さらに日産・ルノー・三菱自動車の3社による世界最大級の自動車連合の象徴として、マスコミや財界でもてはやされていた。しかし、上記の事件の内幕が明らかになるにつれて、元山口組系組長で評論家の猫組長が近著『金融ダークサイド』(講談社)で指摘したように、ゴーン被告は日産を利用して国際的なマネーロンダリング(資金洗浄)を行っていたとされている。 日産を中心にした戦後の自動車産業の興亡とその中でのゴーン「改革」の内幕を描いた経済ジャーナリスト、井上久男氏の著作『日産vs.ゴーン』(文春新書)でも「ゴーンが自分の地位を利用して会社を食い物にしようとしていたと見られてもやむをえないだろう」と指摘されている。おそらくゴーン事件を多少でも知る国民の大半の認識は同じだろう。 もちろん、取り調べのために勾留が長期化する「人質司法」の在り方に批判的な人たちもいる。特に、フランスや日本の「リベラル」的なメディアや識者がそのような意見を表明している。 相変わらずの「リベラル仕草(しぐさ)」ともいえる態度だが、仮に日本の司法に問題があるにせよ、別に論議すればいいだけだ。ところが、なぜかゴーン被告を日本の司法の闇と闘うヒーローのようにみなしている人も多く、あぜんとしてしまう。まるで反権力の闘士扱いだ。2019年4月、弁護士事務所を出るカルロス・ゴーン被告(桐原正道撮影) これと似た状況は、リベラル仕草界隈でここ数年のブームになっており、天下りあっせんをした官僚や、補助金詐欺を働いた人物であっても「反安倍」「反権力」というスタンスだけで肯定的評価されてしまう。だが、リベラル仕草の人たちが考えるほど、ゴーン被告は英雄でもなんでもないし、むしろ自己保身のためには映画顔負けのアクションをこなす「スーツアクター」でもあったことが今回分かった。 もっとも、彼の着た「スーツ」は大型の楽器が入る黒いケースであった。報道によれば、関西国際空港の出国審査などはほぼザルのようであり、ゴーン被告が入ったとされるケースは、エックス線検査も行われなかったという。短絡的な「戦争懸念」 また、そもそもプライベートジェットが通常の旅客機と違って、この種の審査は緩いという指摘も見た。ゴーン被告は現在、レバノンの自宅にいるようだが、自宅自体も「日産ブランド」を利用した疑惑が持たれている。 日本の入国管理体制がずさんであることや、海外逃亡を懸念される人物にその実現を許してしまう保釈の在り方、例えばGPS(衛星利用測位システム)の発信機を装着させるべきか否かなど、さまざまな論点が今後議論されるだろう。 しかし、どうもリベラル仕草の人たちは、いまだにゴーン被告の「英雄化」を止めていない気配がある。最近目にしたテレビのワイドショーでは、毎日新聞の論説委員が「ゴーンさん」と呼称して、彼が日本に堂々と戻ってきて身の潔白をすることを期待していた。なんとお花畑な発想なのだろうか。身の潔白を証明するがために、多額の現金を利用して国外逃亡した、言葉の正しい意味での卑怯(ひきょう)者でしかない。 リベラル仕草の暴走は、年明けのソレイマニ司令官殺害事件でさらに目立った。朝日新聞では、司令官を部下の死に涙する人情厚い人物だとする識者のコメントが掲載されていた。さすがに数万人の死者を生み出した組織の司令官であり、米国では「テロリスト」認定もされている人物に「情が厚い」と今言うことかな、と思う。 殺害された多くの民衆を無視して、ここでも英雄扱いである。この場合もまた「反米」のような薄っぺらい反権力意識が作用しているのかもしれない。 東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者は、司令官殺害事件を直線的に米国が始める戦争というシナリオに結びつけていた。今回の殺害事件を契機にしてインターネットで広まった「第3次世界大戦」をあおる発言と、レベルとしては大差ない。この種の短絡的な「戦争懸念」は、リベラル仕草の人たちに共通するものだ。ソレイマニ司令官の殺害を1面で大きく報じるイラン各紙=2020年1月4日(共同) だが、経済学者で米ジョンズ・ホプキンス大のスティーブ・ハンケ教授によるこの事件の見方は全く異なっていて、イランの公定為替レートとブラックマーケット(闇市場)為替レートの差である「ブラックマーケットプレミアム」に注目している。司令官殺害事件が起きても、このブラックマーケットプレミアムに大した変化は見られない。つまり、戦争を懸念すれば、実勢の為替レートであるブラックマーケットレートが大きくイランリヤル安ドル高になるはずだ。 例えば、公定レートでの両替にアクセスすることができるイラン革命防衛隊であれば、ドルを闇レートよりも安く購入して、リヤルを売るはずだということが想像できるだろう。これが上記のブラックマーケットプレミアムを上昇させる。その動きがないということは、革命防衛隊といったイランの既得権層は米国との戦争を、日本のリベラル仕草なメディアや識者ほど真剣に考えていないということだ。映像による印象だけで語るな また、確かに中東諸国の株価は下がったが、それも今のところ短期的変動の可能性が大きい。つまり、こと市場を見れば「戦争」がすぐに起きることはないだろう。 もっとも、米デューク大のティムール・クラン教授が自身のツイッターで指摘しているように、イランと米国の緊張は、周辺諸国や日本にも影響を与える。中には積極的に政治的介入を試みる国もあるだろう。それに、メディアや各国の指導者、影響力にある識者、各国の世論動向など、利害関係は一気に複雑さを増していくだろう。 テレビでは、イラン各地でのソレイマニ司令官を弔う群衆の映像が流されている。だがクラン教授は、ソレイマニ司令官を嫌うイラン市民は同国内ですらもかなり存在していて、今それを口にすることは危険なので静かにしているだけだと指摘している。映像による印象だけで語るのは状況判断を誤りやすい。 筆者は個人的に、イスラム思想研究者の飯山陽(あかり)氏の発言や、また上記のハンケ教授、クラン教授の発言を基軸に今回の事件を分析している。他にも複数の意見を今後も観察していく必要があるだろう。 数年前、中東政治を含む世界を分析した政治アナリスト、ジョシュア・クーパー・ラモ氏の著書『不連続変化の時代』(講談社インターナショナル)に長文の解説を書いたことがある。この本の中で、ラモ氏は予測不可能なリスクに対応するためにセキュリティーの重要性を指摘している。 経済関係でいえば、マクロ経済政策による安定的な経済成長の達成がそれに当たるだろう。今回のような予測不可能なリスクが発生しても、経済に「ため=余裕」があれば、それはリスクへの緩衝になる。イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官らのひつぎを運ぶ人々=2020年1月、イラク中部カルバラ(AP=共同) しかし、現在の日本は米中貿易戦争で景気が後退する中で、わざわざ消費増税を実施した。つまり、ラモ氏の提言とは逆に、わざわざリスク対応の「ため」を失った状態を政府は選んだといえる。 そこに今回の中東情勢の不安定拡大が重なる。かつてのリーマン・ショックのとき、発祥地であった米国や英国以上に、デフレ不況を放置していた当時の日本経済は痛撃を食らい、沈んでしまった。また同じことが起きるのではないか、筆者の大きな懸念が消えることはない。

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    デフレ皇帝は生きていた! ニッポンに蘇る暗黒卿の戒め

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) デフレ皇帝は生きていた! 消費増税と世界経済のかく乱の影響で、日本経済は景気の下降局面から、次第にデフレを伴う長期停滞に戻ろうとしていた。ファーストオーダー(匿名MMT=現代貨幣理論支持者)との小競り合いを制したジェダイの騎士(リフレ派)であったが、旧帝国軍(財務省、旧日本銀行派)の大集結の前にいまや危機的状況に陥ったのである…。 真冬にもかかわらず小春めいた日差しの中、繁華街の一角にあるオープンカフェは歳末の客で賑(にぎ)わっていた。隣の席では、既に滅びた「国民的アイドルグループ」の一員に似た女性が、向かいに座った眼鏡をかけた小太りの中年男に向かって「愛してる」「知ってる」と延々ループする会話を繰り返していた。暗黒卿は顔を寄せてささやいた。暗黒卿「あの人と増税前に会ったんだが、『増税したら景気が悪くなりますよ』と進言したら、『財務大臣の顔を立てないと』と答えたんだよ」。シュゴ―。 あのべらんめえ調の財務大臣の政治的メンツのために、旧帝国軍の大集結を許すとは。しかも日本経済は18年の後半から高まった米中貿易摩擦の影響を受け、既に景気の下降局面に落ちていた。 政府や日銀は、内部に巣喰(く)うシスたち(緊縮政策派)の影響を受けて、「経済は底堅い」とし、強気の景気見通しをなかなか変えることはなかった。前回の8%の引き上げのときは、アベノミクス初年度の成果を受け、消費や投資など経済指標が上向く中で行われた。 だが、今回は経済が不安定化する中での増税である。その暗黒面の衝撃は、前回の比ではない可能性がある。 ただ一つの救いは、雇用面が前回増税時よりもさらに改善されていることだ。しかし、その雇用面でも既に正社員の雇用増はなくなり、増税後には、製造業を中心に採用が減り、さらには来年度の新卒採用も急減し始めている。2019年10月1日、閣議後、消費税引き上げについて記者団の質問に答える麻生太郎副総理兼財務相(春名中撮影) 「増税対策はしっかりやった。消費も景気もすぐに戻る」とするシスの攻撃はさらに加速した。「経済がいま不調なのはまだまだ増税が足らず、将来不安が解消しきれていないからだ。少なくとも17%への引き上げが必要だ」という発言をマスコミで頻繁に目にするようになった。シスの陰謀は大胆に、そしてあからさまになっていた。シュゴ―。 ある高名なマスターの言葉を思い出した。「消費増税はダークサイドに通じる。増税は消費低迷に、消費低迷はデフレに、デフレはわれわれの生活に苦痛をもたらす」「増税2倍なら、挫折も2倍」 映画『スター・ウォーズ』の最新3部作が始まったのは2015年。ちょうど消費増税の影響が色濃く残り、他方で欧州に加え、中国やロシアなどの新興国経済が停滞し、海外情勢も悪かった。 日銀にいるジェダイたちは、その中でマイナス金利、イールドカーブ(利回り曲線)・コントロールなど日銀内部にいるシスの残党と闘い、妥協案を加えながら大胆な金融緩和を何とか継続していた。だが、政府の財政スタンスは緊縮に偏り、援軍を呼びかけてもいなかった。 最新3部作の2作目『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が公開された2017年でも、この国内の経済政策の構図は変わらなかったが、トランプ政権誕生後の世界経済の改善を受けて、日本経済にも何とか雇用や成長率の改善が見られていた。日銀内部のジェダイの騎士たちがこの間も一貫して大胆な金融緩和を継続した功績は忘れてはいけない。だが、最新作『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の公開を迎えた現在、日本経済は再び沈み始めていた。 話をオープンカフェに戻そう。暗黒卿「ダークサイドにはこういう名言がある」。シュゴ―。「『増税が2倍なら、挫折も2倍だ』というものだ」。シュゴ―。 暗黒卿の黒仮面が冬の日差しで怪しく輝く。僕「確かに消費税率は、アベ政権の下では2倍になってしまいました。それはアベノミクスを挫折させるだけではなく、デフレ脱却はもうできないかもしれない、という絶望を国民に招く恐れがありますね。本当はリフレ政策(デフレを脱して低インフレの中で雇用・経済の改善を目指す政策)というフォースの力を人々は信じなくなってしまい、さらにわれわれの生活はダークサイドに引きずり込まれてしまう。中にはファーストオーダー(MMT匿名支持者)のように極端な思想に走るものも出てくる」暗黒卿「ファーストオーダーは、二つの政策を同時に考えることができず、フォースは一つの手段(財政政策)でしか生まれないと信じてしまっている。モデルを出してごらんというと、私と同じものだという。シュゴ―。だが、公共事業を増やす際にも、彼らの考えを採用しなくても、私のように低い金利で費用便益計算をすれば、今のだいたい3倍のインフラ整備が可能になると分かる。ファーストオーダーはいらないのだ。シュゴ―」僕「御意。フォースは大胆な金融政策と積極的な財政政策によって実現されます。なぜかこの基本的な理解が難しい。ただファーストオーダー以上に脅威なのは、復活したデフレ皇帝が率いる旧帝国軍です。対して、われわれレジスタンスとジェダイの騎士は極めて劣勢に思えます」暗黒卿「NHKでは、財政規模が102兆円になったことを問題視しているが、日本経済の名目規模が増加している。それに見合って財政規模が膨らむのはむしろ当然だ。マスコミはデフレ思考が染みついてしまっているな。世界各国の予算規模と国内総生産(GDP)の比率を調べればいいだけだが、そういう基本的な統計処理もできないのが今のマスコミだ。しかもNHKの予算規模は、日本政府の規模よりもGDP比率で急増しているぞ。シュゴ―、シュゴ―」映画「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」のPRを東京都港区で行うJ・J・エイブラムス監督(左から3人目)、デイジー・リドリー(同4人目)ら=2019年12月12日 暗黒闘気が激しく噴出したためか、いつの間にか日差しは翳(かげ)り、オープンカフェにいた客たちはほとんどいなくなっていた。嫌な予感がする。雲行き怪しい日銀政策 日銀の政策についても雲行きは怪しい。ジェダイの騎士の精鋭である政策委員の1人は、直近の金融政策決定会合が現状維持の姿勢を採用したことに反対し、以下のように発言している。 「2%の物価目標の早期達成のためには、財政・金融政策のさらなる連携が重要であり、日本銀行としては、中長期の予想物価上昇率に関する現状評価が下方修正された場合には追加緩和手段を講じるとのコミットメントが必要である」 つまり、経済の落ち込みだけを懸念して何もしない政府や日銀に対して、彼は「違う。やるか、やらぬかだ」と言い切っているのだ。 時に、多くの人たちは、経済現象を自然現象と同一視してしまい、起こることを何でも受け入れてしまいがちだ。しかし、それは過ちである。 全てにはわれわれのフォースが作用している。経済政策は経済現象に常に影響を及ぼしているのだ。 フォースの力を正しく使えば、経済はうまく回るし、ダークサイドの力が増せば経済は危うくなる。全部本当に起こったことなのだ、ダークサイドも、ジェダイも。 かつて暗黒卿が放った名言を思い出した。多くの人がそうなってほしいと思う一言だ。 「アイ アム ユア ファーザー」(俺もリフレ派だ) はっと気が付くと、僕の前から暗黒卿は姿を消していた。相変わらずあの不気味な息使いだけはどこからともなく聞こえるが、姿は見えない。金融政策決定会合後に記者会見する日銀の黒田総裁=2019年12月19日、日銀本店 映画は42年の月日をかけて大団円を迎えたが、われわれの生活は終わることはない。これからますます忙しくなりそうだ。歳末の街角に僕も姿を隠すことにしよう。 日本国民がフォースとともにあらんことを。

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    グレタ現象を盛り上げる「最強のアンチ」はもう一人いる

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさんの話題が世界中で沸騰している。米誌タイムが「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」に彼女を選出したことでもわかるように、「グレタ現象」はともかく賛否を超えた話題だった。 ただタイムの読者投票では、香港の「抗議者たち」が断然トップだっただけに、グレタさんの選出はタイム編集側の意向が色濃く出ているのだろう。その意向が中国政府への「忖度(そんたく)」だったかどうか、考えるに値する問題ではある。 ところで、なぜグレタ現象が発生したのだろうか。二つの要因が挙げられるだろう。 一つは、コアなファン層のゲットに成功したこと、そしてビックネームの「アンチ」が存在していることだろう。この点について、筆者は日本のアイドル論を援用した方が理解しやすいと思っている。 現代のアイドルは、ツイッターやユーチューブといった会員制交流サイト(SNS)を通して、自分の行動だけでなく私生活までも事実上商品化している。また、SNS上で自分が成長段階にあること(拙い歌やダンス、トーク技術など)を強調することで、ファンと連帯感情を生み出している。 アイドルの成長を見守り応援しつつ、自らとアイドルの人生を重ね合わせて一体化していく。これが現代アイドルの「成長物語の消費」の在り方である。COP25の会場で開かれたイベントで演説するグレタ・トゥンベリさん=2019年12月、マドリード(共同) また、現代のアイドルはSNSを利用するとともに、ライブや握手会などで実際に「会いに行ける」存在だ。この「会いに行ける」親密さも、ファンがアイドルに感情移入しやすい構図を生み出す。グレタさんの「最優先活動」 これらの「成長物語」を共有したコアなファン層が文字通り中心に位置しながら、雑誌やテレビ、新聞のような旧来メディアが頻繁に取り上げるようになれば、いよいよ「国民的アイドル」の必要条件を満たしてくる。ただし、コアなファンを手堅く確保し続ける必要があるので、従来型の「会いにいけるアイドル」、つまりライブ重視や成長物語の継続は重要なアピールポイントである。 グレタ現象を支える二つのキーと思えるもののうち、コアなファン層形成に彼女は大きく成功している。グレタさんは、9月に国連本部で行われる「気候行動サミット」に合わせた、積極的な地球温暖化対策を求める若者たちの抗議活動「グローバル気候マーチ」に米ニューヨークで参加した。主催団体によると、参加者は163カ国・地域で400万人以上だったという。 この環境運動ストライキの象徴はもちろんグレタさんであった。ただ、この段階では、既にマスメディアでグレタさんの活動が頻繁に紹介されていたので、本当のコアなファン層の実数を把握できない。 ただし、「ライブ=デモ」に今後も参加することが、彼女がどんなに多忙であっても最優先の活動になるだろう。なぜなら、コアなファン層獲得には「会いに行ける」ことが極めて重要だからだ。 アイドルの場合では、コアなファンたちがアイドルのおススメするグッズや関連商品を買ったり、発言の影響でライフスタイルまでまねることが多い。グレタさんは、飛行機による移動が環境に負荷を与えるとして、ヨットや鉄道での移動を好む。 スウェーデン語で「flygskam(フリュグスカム)」と言われ、日本の一部メディアが「飛び恥」と紹介する、この効果が若い人たちに影響を与えているという。欧州の鉄道では「飛び恥」効果を織り込んで、補助金の活用や割引料金の導入などサービス拡大の商機としているようだ。温暖化対策の強化を求め、米ニューヨークをデモ行進するグレタ・トゥンベリさん(手前左)=2019年9月(ゲッティ=共同) ただ、飛行機を「悪者」扱いしすぎるのは禁物だろう。経済学者でミシガン大のジャスティン・ウォルファース教授の指摘によれば、飛行機はいまや自家用車よりもエネルギーの利用効率がよくなっているという。 他方で、二酸化炭素(CO2)排出量の絶対値が大きいのも事実である。成長と環境配慮は二者択一の問題、つまりいずれか一方だけ採用してしまうと、社会全体の「幸福」を損ねてしまうだろう。「若さ」が免罪符になる? 本図では、社会の幸福が曲線I1とI2で示されている。I1よりもI2の方が、人々の「幸福」がより大きいとしよう。 原点から離れれば離れるほど「幸福」は大きくなっており、曲線は原点に対して「おなか」が出た形状をしている。本来、このような「幸福」曲線は一種の等高線のように稠密(ちゅうみつ)に引かれているが、本稿では便宜的に2本だけにしている。 もし「成長」だけと「環境」だけ、それぞれどちらか一つだけ追い求めると、両方を何らかの形で組み合わせて選んだ選択よりも「幸福」が低くなるのは明らかだろう。「成長」と「環境」はトレードオフの関係にはあるが、他方でどちらか一方しか選択しない姿勢では、人々の幸福は改善されないのである。 ところで、グレタさんの「若さ」は、アイドル性を考えるときに重要なポイントとなる。必ずしも必要ではないが、それでも「若さ」は重要なのだ。 それは「成長物語」を裏付けるポイントにもなるし、アイドルを批判からディフェンスする際にも有効に機能する。たとえ現時点の彼女の行動や発言が未熟であっても、「成長物語」を共有するコアなファンにとっては「まだまだやれる」という伸びしろになり、積極的な評価のポイントとなるのだ。この時点で、否定的な観点はほぼ徹底的に排除される。 これは筆者の体験だが、ある日本のアイドルが新聞で憲法論を寄稿した際、排除に遭ったことがある。そもそも、アイドルや歌手が憲法について新聞で意見を表明することについての評価と、その発言内容に対する評価が別になるのは当然だろう。 たまたま「憲法で財政を緊縮的に縛る」趣旨の意見だったので批判したが、コアなファンから理屈に合わない非難を受けた経験がある。要するに「偉そうに言うな」といった類いの発言だ。 これと似たリアクションがグレタさんの発言を批判する人たちについてまわる。最近でも、脳科学者の茂木健一郎氏がツイッターで「なぜ、いい年をした男の人がグレタさんに反発」するのか、と批判していた。この類いの「弁護」や「反批判」はグレタ現象の名物ともなっている。 もう一つ注目ポイントを挙げると、アイドルと「運営」の関係に類したものがうかがえる。もちろん、ここではグレタさんと背後にいると言われている「大人たち」の関係である。「アンチ」がオタになる 両親をはじめ、彼女を支援する「大人たち」は多いだろう。この「大人たち」はいろんな意味でアイドルの一種の「免罪符」としても機能する。コアなファンはアイドルに何かトラブルがあれば、その責任を運営=大人たちのせいにすることができる。うまくいっているときでも、「まわりの大人たちの意図には安易に妥協しないし、自分の意見をはっきり持つ」と、好意の論拠として「大人たち(運営)」を用いることがある。 また、グレタさんに批判的な人たち、いわゆる「アンチ」も、彼女の周囲の「大人たち」にしばしば注目して、「彼女は周りの大人たちに利用されている」と批判する。だが、このアンチの発言とコアなファンの発言は同根である。言い換えると、アンチによるこの種の批判は、グレタ現象をかえって活発化することはあっても、決定的なダメージを与えることは難しいのである。 この意味で、グレタさん自身には迷惑だろうが、世界各国の首脳や著名人たちが彼女の発言を批判することは、実はグレタ現象をアイドル現象として分析した場合に、筆者にとって見慣れた光景になる。つまり、人気アイドルにはアンチはどうしても発生するものなのだ。だからといって、厄介な迷惑行為が絶対に禁物であることを決して忘れてはならない。 しかし、そのアンチが米国のトランプ大統領やロシアのプーチン大統領ともなると影響力が半端ない。アイドル論としてグレタ現象を読み解くときに、いまや「アンチ代表」のトランプ大統領こそが、実はコアなファンを凌駕(りょうが)する「トップオタ(TO、実はアンチのTOでもある)」になっているともいえる。 タイム誌の「今年の人」の記事に、トランプ大統領が「(グレタさんは)友達と映画でも見に行け」といった批判的な趣旨をツイートすると、グレタさんは、自身のツイッターの自己紹介欄にトランプ大統領の発言を批判的に引用することで「応戦」していた。 2人は一見すると、いや本当のところでもお互いに「宿敵」なのだろうが、おそらくコアのさらにコアなグレタファンになると、このやり取りに対して違う感想を抱いたとしても不思議ではない。ひょっとして「直接にやりとりできるトランプ大統領がうらやましい。だから彼を批判する」という感情が芽生えているかもしれない。この辺りまで来ると推測の域を出ないが、可能性は十分にあるだろう。 ただ、彼女のアンチに地球温暖化問題の「重大責任者」の一人でもある中国の習近平国家主席がいないのが気になる。グレタさんの論法からすれば、「私たちについてこなければならない」という「権力者たち」の筆頭に、CO2排出量で断然の世界トップである中国の指導者が挙げられるのは道理である。米ニューヨークの国連本部で、トランプ大統領(左)を見るスウェーデンのグレタ・トゥンベリさん(中央)=2019年9月(ロイター=共同) まさか、中国が発展途上国だとか、成長の果実をまだ十分に得ていないから遠慮しているだとか考えているのだろうか。そのような理屈ならば、世界の権力者たちと意見は大差ないはずだ。 ひょっとしたら、グレタさんは「くまのプーさん」のファンなのかもしれない。プーさんは中国で検閲対象になったと言われるほど、習主席に似ているとSNS上で話題になっている。第25回締約国会議(COP25)からの帰国途中に彼女がツイッターに投稿した、ドイツ鉄道の車中で膨大な荷物の横で座る自身の写真に、筆者もプーさんを探したのだが、どうもいないようだった。

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    安倍政権に関係あればレイシスト? 野党議員の「あくどい手口」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 最新の世論調査を見たところ、安倍晋三内閣の支持率が低下し、不支持率が上昇している。もちろん、その主な原因は、首相主催の「桜を見る会」に対して、世間が厳しい目を向けているからだろう。 先週、この連載で筆者は「桜を見る会」をめぐる七つの主要論点(疑惑)について簡単に解説した。「桜を見る会」の規模や招待基準に対する批判は理解できる。 政府も、基準の明確化やプロセスの透明化を来年夏に向けて改善すると強調している。この方向性は正しいが、残りの「疑惑」と称するものは、合理的な推論や証拠に基づくものではない、と筆者は批判した。 その後もゴールポスト(論点)はいくつかに分かれて、妙な多様性だけ増している。元々安倍政権に反感を抱く人たちを中心に、この問題でさらに疑惑を深めているようだ。 筆者の見聞したところでも、既に「桜を見る会」自体が何か社会的に怪しげな会合とでも言いたげな人たちもいる。中には、会合に参加することや、招くこと自体を「罪」としているモラルの過度に強い人もいる。 しかし、その手の人たちには残念なことだろうが、「桜を見る会」自体は歴代の政権が開催していた公式行事であり、その場に招かれることを名誉と感じる人たちがいてもおかしくも何ともない。反対に、消極的に参加する人がいてもおかしくはない。桜を見る会を巡る矢継ぎ早の質問にすぐ答えられず、秘書官からメモを受け取る菅官房長官=2019年12月、首相官邸 もちろん招くことも参加することも、モラルにも法にも全く触れない。だが、こういった当たり前のことを拒絶する猛烈な「反安倍感情」、政治的イデオロギーの励起を感じることもある。 反安倍感情なのか、政治的イデオロギーが強く表れたのか、動機は不明だが、似た現象として、一般人の他者を「レイシスト(人種差別主義者)」「ファシスト」呼ばわりしたり、国会で誹謗(ひぼう)中傷したりするといった個人攻撃の風潮が、国会議員によって起こっている。根拠なき「レイシスト」発言 前者のケースにあたるのが、嘉悦大の高橋洋一教授に対し、立憲民主党の石垣のり子参院議員が、会員制交流サイト(SNS)上で「レイシズムとファシズムに加担するような人物」と形容したことだ。事の経緯は、れいわ新選組の山本太郎代表と馬淵澄夫衆院議員が共催する「消費税減税研究会」の講師として高橋氏が招かれたことに始まる。 それに反発した石垣氏が「レイシスト」「ファシスト」と同席する気持ちはない旨を表明したのである。正直、何の根拠もないひどい話だと思う。 山本氏と馬淵氏は与党に対立する政策提言を構築するために会を主催したのだろう。アベノミクスの根幹部分は積極的な金融政策の採用であり、「リフレ派」と言われる人たちが20年以上にわたって主張してきた考え方だ。 通常の積極的な金融緩和政策と違うのは、インフレ目標を導入して人々の期待のコントロールを期するところ、簡単に言えばデフレを脱却し、インフレ目標に到達するまで金融緩和を止めない点にある。もちろんこれは反緊縮政策である。 馬淵氏はリフレ政策の理解も深く、筆者も馬淵氏が議員落選中に行った講演会でリフレ政策について話をさせていただいたことがある。一方、山本氏が本当に「反緊縮」なのかには疑問がある、と以前この連載でも書いた。簡単に説明すると、れいわ新選組の最低賃金の急激な引き上げと「デフレ脱却給付金」政策の組み合わせには政策リスクが高い、ということである。ただ、山本氏自らは「反緊縮」という信念を持っているのだろう。 反緊縮の会合ならば、高橋氏が招かれるのはある意味当然である。高橋氏は、アベノミクスの根幹であるリフレ政策も熟知しているし、財政政策への消極的姿勢という現状のアベノミクスの問題点についても理解が深いからである。宮城選挙区で当選を決め、万歳する立憲民主党の石垣のり子氏=2019年7月22日未明、仙台市 高橋氏は、どの政治的立場であれ、時間が許す限り経済政策について今まで対応してきたというのが筆者の素朴な観察である。民主党政権のときも同党議員だけでなく、当時の与野党に満遍なく政策陳情を行っていたし、リフレ政策などの理解を広げようと努力していた。 高橋氏には政治的な信条よりも合理的で、事実と数字に基づく政策を提供することが最大の使命であり、喜びなのだと思う。それに、自分の提案する政策を実現してくれそうな政治家に時間を優先的に割くのは当たり前である。 今なら安倍政権を優先するのだろう。しかし、それは安倍政権への政治的執着を意味しない。言ってみれば、単に政策提言が「好き」なのである。実は筆者も同じだ。誤情報で続く誹謗中傷 だが、石垣氏にとっては全く違ったイメージを抱くのだろう。だが「レイシスト」「ファシスト」というのは全くいただけない。単に名誉毀損(きそん)レベルの話でしかない。 どのような根拠で発言したか説明すべきだが、なんと上述の発言の数日後に「憲法秩序と相いれない人物や組織」という発言で、高橋氏の一件に言及している。これも理解が難しい。 誹謗中傷の度合いが増しただけにしか思えないのは、筆者だけではないだろう。石垣氏はこの一連の発言の真意を明らかにすべきである。 また、国民民主党の森裕子参院議員は、居直ったかのように、最近でも政府の国家戦略特区ワーキンググループ座長代理の原英史氏に誹謗中傷を行っている。12月5日の参院農林水産委員会で、原氏が特区関係者から「夕食をご馳走(ちそう)になった」という誤った情報をもとにして、「(原さんが)公務員だったら、こんなことしていいんですか。(特区提案者から)ご馳走になって」「公務員じゃないから何やってもいいんですか」と発言したのである。 まるで国家戦略特区の委員であることで利害関係者から供応を受けているような印象を強く与えているが、本当にひどい話だ。詳細は原氏のフェイスブックの投稿を参照されたい。 森氏のこの種の発言は国会で繰り返されており、原氏の名誉を著しく傷つけるものである。現在、「国会議員による不当な人権侵害(森ゆうこ参議院議員の懲罰とさらなる対策の検討)に関する請願書」が参院議院運営委員会に付託されている。参院予算委で質問する森裕子参院議員=2019年3月(春名中撮影) この請願が本会議で付されるかどうかが今問われている。国会議員が国会での発言を免責されるからといって、明白な誤情報をもとに他者の尊厳を傷つける行為を繰り返していいわけがない。 どうも高橋氏のケースも原氏のケースも、ともに「安倍政権になんらか関係がある人」で不当な批判を受けている側面がありはしないか。もしそうならば、「桜を見る会」をめぐる「モリカケ的」な攻撃に加えて、一般人への個人攻撃が一部野党議員の手法となっていないか、その懸念が募ってしまう。 最近では、一般人が他人を「レイシスト」と呼び、イベントなどを妨害するケースも見聞した。このような魔女狩りに似た行為は、まさに自由を脅かす下劣な行為であることは言うまでもない。

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    「桜を見る会」7つの疑惑、モリカケ化が止まらない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 首相主催の「桜を見る会」は、いまや単なる安倍晋三政権批判ありきの「政治ゲーム」と化している。ゲームの主要プレーヤーは、一部メディアや立憲民主党、日本共産党などの野党の大半であり、さらに「反権力」「反安倍」を信奉する識者が相乗りしている。 この方々の発想は簡単で、「箸が転んでも安倍政権批判」とでもいうべきスタンスであり、論理の跳躍、ゴールポスト(論点)の移動などはお手のものである。 10月の消費税率の引き上げ実施前には、「国会が再開されれば、最大論点として戦う」とあれだけ公言していたのだが、その主張は後退している。元々、消費増税や経済問題で、現政権に本気で対決するよりも、テレビや新聞で受けのいい話題に食いつくことで、内閣支持率の低下を狙う方が割のいい戦略に見えるのだろう。 確かに、森友・加計学園問題と同様に、報道されればされるほど支持率は低下の傾向を示す。ただし、テレビなどで取り上げられなくなると再び回復するかもしれない。 これは支持と不支持を決める人たちの、近視眼的な行動によるものだろう。近視眼的になるのは、やはり報道の在り方に大きな責任がある。 今まで「桜を見る会」に関する「疑惑」は主要なものでも6点、細かいものを足すと十数件に及び、五月雨式に報道されている。その顛末(てんまつ)がどうなったのか、そしてそれが本当の疑惑なのか、道義的な問題なのか、法的な問題なのかをいちいちチェックしていったら、さすがに時間の制約のある一般の人では情報処理が難しくなるだろう。 同様の状況はモリカケ問題でも起きていた。このため、多くの人たちが「なんか安倍政権は怪しい」「安倍政権は支離滅裂だ」と思うのも無理のない側面がある。「桜を見る会」での招待客と笑顔の安倍首相(中央)=2019年4月、東京・新宿御苑 われわれはみんな限定された合理性の中で生きていて、場当たり的、つまり近視眼的に自分を納得させてしまうのだ。だがそれゆえ、マスコミの責任もまた大きい。 それでは、筆者が気付いた「桜を見る会」の主な「疑惑」を整理してみよう。「モリカケ化」の始まり(1)「桜を見る会」には、後援会や支援者、さらには社会貢献が不明な人が増えており、「私的な催し」と批判されるほど税金の使途としておかしな点がある。 (1)に対して批判の側面が出るのは、もっともである。ただし、安倍内閣だけが後援会や「議員枠」などで招待客を募っていたわけではなく、民主党政権を含む歴代の内閣が同様の運営を行っていた。この批判を受け、政府は来年の会中止を即時に決め、招待客の基準もより明確にするという。 通常の合理的判断ならば、この問題はこれで基本的に終焉(しゅうえん)するはずだったが、そうはならなかった。いわゆる「モリカケ化」の始まりである。もちろんその風潮を、筆者は批判的に見ているのは言うまでもない。(2)「桜を見る会」前日に行われた安倍首相の後援会関係者が集まる夕食会(前夜祭)で、ホテルニューオータニ(東京都千代田区)が設定した1人当たりの会費5千円は安すぎる。有権者に対し、安倍首相側が利益供与した公職選挙法違反の疑いがある。 いつの間にか、「桜を見る会」からゴールポストが移動している。(2)については、ホテルの設定価格としては特段に不思議なものではない、というのが社会的常識であろう。 パーティー形式についても、それまでの顧客との信頼関係などでどうにでもなる。ちなみに産経新聞などの報道では、立憲民主党の安住淳国対委員長の資金管理団体が、やはりニューオータニで前記の夕食会に近い料金で朝食セミナーを開催しているという。もちろん、このセミナーは適法に行われており、何の問題もない。 ならば、なぜ安倍首相関係のパーティーだけが疑惑の標的にされるのだろうか。その答えはやはり「安倍政権批判ありき」なのだろう。 ちなみに、作家の門田隆将氏はツイッターで、「立憲・安住淳氏の“会費2万円で原価1739円のオータニパーティー”報道以来、桜を見る会の報道が激減」しているとインターネット上の情報を活用して投稿している。もちろん、安住氏にも安倍首相にもこの設定価格で何の疑惑もないことは明瞭だが、マスコミがその報道姿勢から明らかにこのネタが使えないと判断したのではないだろうか。マスコミの報道姿勢に関する疑惑はますます深まったと言わざるを得ない。東京千代田区のホテルニューオータニ=2016年10月(斎藤浩一撮影)(3)上記夕食会において「領収書がないのはおかしい」疑惑。 これについては、報道で既にホテルから領収書が発行されていることが分かっている。最も注目の問題は?(4)安倍首相の政治資金収支報告書に、夕食会の収支記載がないのはおかしい。 この「疑惑」は簡単で、直接ホテル側に会の参加者が料金を払い、安倍事務所が介在していないためである。単に事務所のスタッフがホテルの領収書を手渡しただけのようだ。 これをおかしいと指摘する専門家も少数いるが、もし「おかしい」のであれば、「お金のやり取りには直接介在していないが、手渡しでホテルの領収書を代わりに事務所が渡した場合でも、政治資金収支報告書に記載する」と法改正すべきだろう。ただ個人的意見を述べれば、あまりに些末(さまつ)すぎて法改正の時間の無駄にも思える。(5)ホテルの明細書がないのは不自然なので、ホテルニューオータニの責任者を国会に参考人で招致すべきだ。 パーティーなどで明細書を発行しない場合もあるのではないか。顧客との信頼関係など、それこそケース・バイ・ケースだろう。 そもそも価格設定が不適切だという話から、明細書や領収書問題が出てきたのではないか。(2)で書いたように、価格設定自体に不自然なものは特にない。個人的には、ニューオータニもとんだとばっちりを受けているとしか思えない。2019年12月、安倍首相の地元、山口県下関市で調査を行い、取材に応じる「桜を見る会」追及本部の野党議員ら(6)「桜を見る会」に反社会的勢力が招かれていた問題と、行政処分や特定商取引法違反容疑で家宅捜索を受けた「ジャパンライフ」元会長が招かれていた問題。 今度はまた「桜を見る会」に戻ってきた。そもそも報道などで暗に示される「反社勢力」がよく分からないという問題も指摘されている。今後、なにかしら具体的に出てくるのかもしれないが、現状ではよく分からないとしか言いようがない。 それはさておき、現在最も話題になっているのが、主に高齢者を対象にしたマルチ商法を展開して消費者に大きな損失を与え、経営破綻したジャパンライフの元会長を、2015年の会に招いたことだろう。ただし報道によれば、特定商取引法違反で消費者庁から最初の業務停止命令を受けたのは2016年で、さらに家宅捜索が入ったのは2019年4月である。本当にシュレッダーにかけるべきは 未来を正確に予測して、招待客をいちいち選別しなければならないとなると、政府もなかなか大変である。なお、14年に書面の不記載で行政指導を受けたことが問題視されているが、もし行政指導された企業を招待しないのであれば、マスコミ各社も該当するのではないだろうか。 また、ジャパンライフの広告に「桜を見る会」の招待状が利用されたり、加藤勝信厚生労働相とジャパンライフ元会長が食事したり、ホテルでジャーナリストや政治家を参加者に毎月懇談会を開催していたことが報道されている。ただし、朝日新聞はこれらの動きを安倍首相の責任問題にしたいらしいが、さすがにそれは筋違いであろう。宣伝に悪用したジャパンライフの問題が優先的にあるのではないか。 懇親会に呼ばれたメンバーには、テレビ朝日『報道ステーション』コメンテーターの後藤健次氏や、NHK解説委員長(当時)の島田敏男氏、毎日新聞特別編集委員(当時)の岸井成格(しげただ)氏(故人)といったジャーナリストが名を連ねている。また、同社顧問には朝日新聞元政治部長の橘優氏が就いていた。 朝日新聞では、このジャパンライフの宣伝活動を批判しているのだが、安倍首相や自民党議員に特に焦点を当てているようである。自社の元社員の責任などもあるだろうし、他のジャーナリストたちも体よく宣伝として利用されていたのだろう。だが、安倍政権批判ありきの前ではそういう指摘は通用しないのかもしれない。 ちなみに、ジャパンライフの広告は行政処分後もマスコミ掲載されていたというが、もちろんこの指摘も通じない。安倍首相の「責任」だけが取りざたされるのである。(7)内閣府が招待客の名簿などをシュレッダーで廃棄処理したことに関し、「タイミングが怪しい」「隠蔽(いんぺい)だ」問題。 野党の大半が参加した内閣府のシュレッダー見学報道には、あきれたの一言だった。野党側は、今年5月9日に国会で名簿の存在について質問した直後に、資料がシュレッダーにかけられたことを「疑惑」として騒いでいた。名簿廃棄に使ったとされる内閣府のシュレッダーを視察する「桜を見る会」を巡る追及本部の野党議員ら=2019年11月(同本部提供) しかし実際には、国会質問前の4月22日に処分の予約が入っていた。国会質疑とは全く関係ないどころか、単に仕事の都合でしかない。 このようにいろいろ列挙したが、一つ言えるのは、無責任な「疑惑」自体こそシュレッダーにかけるべきである。経済や安全保障といった重要問題で、与野党の本格的な攻防を見てみたい、いつもそう願っている。

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    GSOMIA破棄撤回、朝日が仕掛けた日韓「仲良しゲーム」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本と韓国との軍事情報に関する共有の取り決めであるGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄するという韓国政府の発言は、協定の失効直前の6時間前になって撤回された。韓国政府は、このGSOMIA破棄を日本の輸出管理の強化に対する報復措置と位置付けていたが、そのもくろみは破綻した。 韓国政府は、輸出管理強化を日本側の元徴用工問題に対する「報復」と見なしていた。この見解になびいていた日本のメディアや識者も多かったため、今回のGSOMIA破棄撤回は日本国内の親韓国勢力にもショックだったろう。個人的には韓国側の自滅であり、極めて当然の展開に思えるのだが、それを認めたくない勢力もあるのだ。 日本の親韓国勢力の狙いは、安倍晋三政権への打撃である。そのために、薄っぺらい韓国との「協調」や「友好関係」を説いている。 要するに、国内政局のために韓国を利用しているのであり、本当の意味で「親しい」と考えているわけではない。これは、文在寅(ムン・ジェイン)政権を代表例とする韓国の歴代政権がことあるごとに日本との対立を演出し、韓国国内の政局打開に利用してきた経緯と似ている。 そんな日本の反安倍政権の人たちは、しばしば「日本の外交だけが蚊帳の外」論をぶつことが多い。その人たちから見ると、日本は国際的に孤立を深めていることになっている。 しかし、今回の文政権によるGSOMIA問題の顛末(てんまつ)をみると、外交的に追い詰められたのは韓国側だった。この事実を認めたくないのが親韓国勢力だろう。GSOMIAの失効が回避され、取材に応じる安倍首相=2019年11月、首相官邸 日本のメディアでも論調がはっきり分かれている。産経新聞や読売新聞の社説は、明瞭に文政権による外交の失敗という論調だ。また、日米韓の協調を両紙とも説いているが、あくまで3カ国の安全保障面が揺らいだ責任は韓国側にあるという認識に立っている。 日本経済新聞や毎日新聞は、韓国側の失政を明示することは避け、日韓、日米韓の協力をあいまいに訴えている。ただ、何といっても特異だったのが、朝日新聞の社説であった。正直、読んだときには驚いたものである。韓国の理屈をそのまま踏襲 朝日の社説「日韓情報協定 関係改善の契機とせよ」では、「文政権が誤った対抗措置のエスカレートを踏みとどまった以上、日本政府も理性的な思考に立ち返るべきである。輸出規制をめぐる協議を真摯(しんし)に進めて、強化措置を撤回すべきだ」と説いている。 この主張は全く間違っている。政治学者で大和大講師の岩田温氏は最近開設した動画サイトで、この朝日の社説を徹底的に批判していて、筆者も完全に同意できる内容だった。 韓国政府は輸出管理強化について、「元徴用工問題に対する日本政府の報復措置だ」という理解をさかんに喧伝(けんでん)している。朝日の社説は、韓国側の理屈をそのまま踏襲している。つまり、朝日の社説では、日本の輸出管理強化が「理性的な思考」の産物ではないことになる。 しかし、日本の輸出管理強化は、通常兵器などに転用される恐れのある資材の輸出をきちんと管理するという、国際的な取り決めの一環に基づいて行われている。いわば日韓間の問題に見えても、輸出管理強化とは、実は国際的な約束を「理性的」に施行しているだけなのだ。 むしろ、日本政府が元徴用工問題の解決を目指して、輸出管理の強化策を取り下げてしまえば、国際的な批判を免れることはできなくなる。要するに、輸出管理問題は輸出管理問題でしかない。他の話題と関連させて考えることは理性的ではないのである。 今回の撤回で、韓国側は輸出管理問題に関する世界貿易機関(WTO)への提訴手続きを中断することを表明した。この手続きも元から無理筋の話だっただけで、自由貿易をめぐる問題でもなんでもないものを騒ぎ立て、WTOを単に悪用していただけにすぎない。韓国はさまざまな国際会議の場で、本筋とは離れて日本の輸出管理強化の非を何度も叫んできたが、その類いと同じである。 そもそも、朝日新聞がおかしいのは、韓国側がGSOMIA破棄を撤回したのだから、それに応じるべきだと主張している点にある。だが、GSOMIA問題は、韓国政府が自ら生み出し、自ら炎上させ、自滅した問題である。日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の失効が回避されたことを報じる2019年11月23日付の韓国主要紙(共同) そんな問題になぜ日本が付き合う必要があるのだろうか。こちらが見る気もない「一人芝居」が終演しただけの話である。もちろん、この背景には、米国の圧力があることは間違いない。 GSOMIA自体は、東アジアにおける日米韓の安全保障上のインフラの一つである。この協定から韓国が離脱すれば、ロシアや中国、北朝鮮からは「好機」に映る。相変わらずの「偽情報」 たがが緩めば、緩みに乗じてごり押ししてくる国が現れるのが国際社会のパターンである。韓国政府がGSOMIA破棄の撤回を表明した途端、中国政府が「第三国に不利益をもたらさないように」とクギを刺してきたのはその表れである。 米国は現状の東アジアにおいて、安全保障上の秩序の変更を望んでいない。日本政府はむしろ秩序強化を意図しており、その意図は正しい方向だといえる。 今回、米国の圧力が前面に出たことで、韓国政府が大幅譲歩というか政治的な敗北を喫したことは、文政権という左翼イデオロギーに凝り固まった集団を抑制する上で、何よりも日本にとってよかったのではないだろうか。 だが他方で、問題の終わりはいまだに見えない。実際に、韓国側は、既に日本側が輸出管理問題について「謝罪」したなどという偽情報を流しているようだ。相変わらずとしか言いようがない。 また、日本メディアも輸出管理規制の局長級「対話」をわざわざ「協議」と伝えることで、意図してか意図しないかは分からないが、結果的に韓国政府の代弁者になっている。 日本政府の対応を分析すると、韓国の非理性的な対応には一切関わらなかったことが分かる。この姿勢は今後も継続すべきだろう。2019年11月22日、韓国・天安で演説する文在寅大統領。韓国大統領府は同日夕、GSOMIAを当分維持することを決めたと発表した(聯合=共同) さらに、元徴用工問題については、1965年の日韓請求権協定に基づき、国際法遵守の観点から韓国側に対峙(たいじ)し続けることが求められる。むしろ、日本政府は日本企業の損失に応じて、韓国側に報復措置をも辞さないことを望みたい。 相手が非理性的な行為に出てくれば、それに対して「しっぺ返し」をする。この戦略こそが交渉相手の裏切りを中長期的に予防する上でも正しい。朝日新聞の社説が打ち出す安易な「仲良しゲーム」には一切乗らないことが肝要なのである。

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    「桜を見る会」と「沢尻エリカ逮捕」世論に鳴り響く不思議な陰謀論

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 合成麻薬「MDMA」を所持していたとして、俳優の沢尻エリカ容疑者が麻薬取締法違反の疑いで警視庁に逮捕された。沢尻容疑者の事件自体、筆者は彼女の俳優としての将来性を大きく閉ざしてしまったことを残念に思っている。 また事件を機に、日本での薬物事犯の検挙人数や件数の推移をチェックしたが、ここ数年、大麻の検挙者・件数の急増も受けて、総数で高止まりしている深刻な事態を確認することができた。沢尻容疑者が所持していたとされるMDMAなどの合成麻薬も、違法な薬物事犯の中で検挙件数も人員もなかなか減っていない。 日本の経済学者は、違法薬物の売買を対象に含む、いわゆる「地下経済」について関心が低い。欧米では、経済ジャーナリストが麻薬カルテルを取材し、その経済合理的な組織運営に注目した『ハッパノミクス-麻薬カルテルの経済学』(邦訳、みすず書房)をはじめ、多くの研究が知られている。 ただ、日本でもこの分野を持続的に対象としている学者がおり、その「権威」が経済評論家の門倉貴史氏である。門倉氏の推計によると、東京都内で流通している違法薬物の市場規模は、約4200億円だという。かなりの市場規模だが、これに加えて薬物使用がもたらす健康被害、社会的評価の損失などを換算すると数兆円に上るかもしれない。 ところで、沢尻容疑者の事件をきっかけにして、ある種の「陰謀論」がインターネットを中心に巻き起こった。今までも、北朝鮮のミサイル発射と安倍晋三政権に関する政治問題が時期的に重なることで、ネット上で「安倍政権のスキャンダル隠しで、北朝鮮がミサイル発射して注意をそらした」といった根拠不明な陰謀論が流布されていた。沢尻エリカ容疑者=2019年9月(矢島康弘撮影) 一笑に付すべき話だが、実際にはこの種の陰謀論や根拠なき噂は後を絶たない。社会問題の話だけではなく、個人レベルでもこの種の陰謀論やデマの被害に遭っている人は多いだろう。 筆者もその一人で、なぜだか一部の人たちの間で消費増税の積極論者になっている。この連載をお読みいただいている方々はお分かりだろうが、終始一貫して消費増税に反対を訴えている。「桜を見る会」政権の陰謀論 だが、その一部の人たちの「ムラ社会」には真実が伝わらない。真実を拒否し、嘘であることでも「真実」として流通する現象だといえる。 この現象をイタリア・IMTルッカ高等研究所のウォルター・クアトロチョッキ氏は「エコーチェンバー」(共鳴室)と名付けた。エコーチェンバーは、同質的で閉鎖的なネットのコミュニティーが生み出すという。 今回の沢尻容疑者の事件が起きてまもなく、このエコーチェンバーから独特の音が鳴り響いてきた。沢尻容疑者逮捕の報道が、それまでマスコミの話題となっていた安倍首相主催の「桜を見る会」にかかわる疑惑報道を打ち消してしまう、という話だ。 マスコミの報道を分析して、単に放送時間や取り上げられる回数の変化を指摘するだけなら、何の問題にもならない。だが今回、エコーチェンバーから聞こえてきたものは、「桜を見る会」の報道が安倍政権にとってまずいので、問題から国民の関心を移すために沢尻容疑者が逮捕された、というニュアンスを多く含んでいた。まさに陰謀論である。 しかも、著名な識者の多くがこの陰謀論めいた話に参加していた。しかも、素朴に観察したところ、多くの人たちがこの陰謀論を信じているようでもある。まさにネット社会の分断をまざまざと示している。「桜を見る会」を巡り、記者の質問に答える安倍首相=2019年11月15日、首相官邸 「桜を見る会」自体は、社会的評価が高かったり、社会貢献をした人たちを参集させるよりも後援会関係者の参加が目立つなど、最近の人数や経費の急増とともに見直すべき話だと思う。しかし、過去何十年と同じパターンで繰り返されてきた行事の運営を、安倍政権が何か違法な事態を引き起こしたと誘導する報道があまりにも多い。 そもそも、何が違法に当たるのか、そこも分からない。法的な論点に関心のある人は、元弁護士の加藤成一氏の論考『桜を見る会「疑惑」の法的検討:買収罪は成立するか』が参考になるだろう。モリカケから続く「疑惑商法」 それに、今はどうも「桜を見る会」ではなく、その前日に行われた後援会か支持者の集まりだかの「前夜祭」における、領収書をめぐる話題が熱いらしい。いつもながらの話だが、ゴールポストがころころ変わり、しかも違法性かモラルの問題かさえも分からない。 そうして、単に「疑惑が深まった」報道をマスコミは垂れ流すだけである。これは安倍政権下で、いわゆる「モリカケ問題」から続いている話題づくりの手法だ。 つまり、一部マスコミとエコーチェンバー化した政治家や識者たちが生み出した「疑惑商法」というものだ。おそらく真実がいくら列挙されても、「疑惑」は晴れるどころか、むしろ深まるだけかもしれない。 国会でも、この「桜を見る会」問題が議論の中心となるという。立憲民主党の枝野幸男代表は、この話題をきっかけにして衆院の解散に追い込みたいと発言しているようだ。 どのような理由で解散を迫るかは自由だが、この問題が話題となった後に実施された世論調査を見たところ、野党の支持率は減少トレンドにある。エコーチェンバーの内部は知らないが、国民は野党の「モリカケ手法」にとことん愛想が尽きているのかもしれない。「桜を見る会」を巡る追及チームの会合で省庁側出席者(手前)から聞き取りする野党議員ら=2019年11月14日 もちろん、安倍首相は国会から求められれば、事実を丁寧に説明すればいいと思う。他方で、消費増税に伴う悪影響への対策、ウイグル自治区住民に対する弾圧や香港デモでも明らかな中国政府への対応、韓国の独善的な外交姿勢への対抗策など、課題は山積みだ。今、筆者には「桜を見る会」よりはるかに重要に思える。 それらの課題に国会全体の努力を傾けることを切に望みたい。もうモリカケ商法はおなかいっぱいである。

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    池袋暴走事故、なぜ「上級国民」を「容疑者」と呼べないのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今年4月、東京・池袋で自動車の暴走事故を引き起こした旧通商産業省工業技術院元院長が、書類送検される方針が固まったことが、捜査関係者の話としてマスコミに報じられた。この暴走事故で、はねられた母子2人が死亡し、元院長と同乗していた妻を含む男女8人が重軽傷を負った。誠に悲惨な事件であった。 事故現場は、筆者も30年ほど利用する生活道路というべき所で、事故当日も現場の近くの都電を利用していた。道路は事故後の対応で、警察によって閉鎖されていて、物々しい雰囲気が漂っていた。 重軽傷を負われた方の精神的や肉体的な後遺症も深刻だろうし、亡くなられた小さいお子さんとお母さんのことや、残された遺族の心中を思うと、本当にやりきれない気分になってしまう。車の運転を行う者としても、慎重で安全な運転をしなくてはいけないと改めて自戒している。 また、この事件を契機にして「上級国民」という言葉が注目を浴びた。身柄を拘束されないことや、また「容疑者」ではなく常に「元院長」などの肩書で、テレビや新聞などで呼称されたことも問題視されていた。 「特権」的な優遇がありはしないか、そう多くの国民が考えていたため、元院長に「上級国民」という言葉が与えられたのだろう。だが、筆者はこの論説であえて「飯塚幸三容疑者」を使わせていただきたい。 飯塚容疑者は当初「ブレーキをかけたが利かず、またアクセルが戻らなかった」と証言していたという。だが、捜査関係者の話では、事故直後から車に異常は認められなかったことが明らかになっており、飯塚容疑者がブレーキとアクセルを踏み間違えた疑いが極めて強い。 飯塚容疑者本人も最近では、踏み間違いを認める証言をしているという。書類送検の結果が、飯塚容疑者に対する重い罰則になることを、筆者はやはり願わずにはいられない。なぜなら、飯塚容疑者の現在の発言があまりに無責任で、信じられないくらい人の道を違えたものだからだ。 あくまで私見であるが、飯塚容疑者の犯した罪は法規にのっとり、厳正に処断されることを期待したい。彼がいわゆる「上級国民」や高齢であろうがなかろうが、法は誰にも等しく適用されるべきだと思う。東京・池袋で起きた死亡事故で、実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=2019年6月 日本銀行前副総裁で学習院大の岩田規久男名誉教授は、著書『福澤諭吉に学ぶ思考の技術』(東洋経済新報社)の中で、明治の啓蒙(けいもう)思想家、福澤諭吉の議論を借りて、次のように述べている。 多くの日本人の責任の取り方は、福澤(諭吉)のいうように自己責任を原則とする個人主義とはかなり異なっている。自己責任を原則とすれば、裁くべきは法に照らした罪であり、世間が騒ぐ程度に応じて罪が変わるわけではない。メディアは力士が野球賭博をすると大騒ぎするが、普通の企業の社員がしても記事にもしないであろう。しかし、どちらも法を犯した罪は同じであるから、メディアがとりたてる程度で罪の重さが変わるわけではなく、同じように自己責任をとるべきである。岩田規久男『福澤諭吉に学ぶ思考の技術』(東洋経済新報社)「不作為の契機」 岩田氏の指摘を今回の事件に援用すれば、飯塚容疑者について、メディアは「元院長」ではなく「容疑者」と呼称すべきだし、マスコミの一部も飯塚容疑者の自己弁護も甚だしい発言を安易に報道すべきではないのだ。その「自己弁護甚だしい発言」というのは以下のような趣旨である。 TBSのインタビューに答えた飯塚容疑者は「安全な車を開発するようメーカーに心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような、外出できるような世の中になってほしい」という旨を述べた。被害者への配慮はごくわずかであり、ほとんどが自分の行いよりも自動車メーカーなどへの注文であった。まさに驚くべき責任逃れの発言である。 福澤諭吉の先の発言では、このような人物にも法的な適用は差別してはならないという。だが、同時に、福澤はこのような官僚臭の強い詭弁(きべん)に厳しい人であったことを忘れてはならない。このような人物が社会的な批判にさらされるのは当然と考える。 飯塚容疑者に厳罰を求める署名が約39万筆集まったという。この署名が裁判で証拠として採用されるなどすれば、量刑の判断に影響することができる。 これもあくまで私見ではあるが、飯塚容疑者の上記のインタビューがあまりにも責任逃れにしか思えず、反省の無さを処断するために、署名が証拠として採用され、効果を持つことを期待したい。 日本の官僚組織、また個々の官僚は「無責任」の別名だといえる。著名な政治学者の丸山真男はかつて、人が目標を明示し、その達成を意図してはっきりと行動することを「作為の契機」と表現した。 それに対して、官僚としては成功者といえる飯塚容疑者は、それとは全く真逆の「不作為の契機」、つまり責任をいつまでも取らない、むしろ責任というものが存在しない官僚組織の中で、職業的な習性がおそらく培われていたに違いない。そして、その習性が仕事だけではなく、彼の私的領域にも及んでいたのではないか。旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長を立ち会わせ行われた実況見分=2019年6月13日、東京都豊島区(共同通信社ヘリから) ここに私がこの問題をどうしても論評したかった一つの側面がある。飯塚容疑者の発言のパターンが、今まで日本の長期停滞をもたらしてきた官僚たちや官僚的政治家たちと全く似ているからだ。 もちろん、高齢ドライバーをめぐる問題は、論理と事実検証を積み重ねた上で取り組んでいかなければならない。飯塚容疑者だけを糾弾して済む話ではないのだ。何より冒頭にも書いたように、筆者も自動車運転をする身として、今回の事件はまさに何度も自省を迫られる問題にもなっていることを忘れてはいない。【編集部より】現段階(11月11日午後)の表記は「飯塚元院長」が原則ですが、筆者の問題提起に加え、論考内で意図を明確にしていることなどから、例外として一部「飯塚容疑者」としています。

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    無理強い対話と無限の謝罪要求、韓国の「お約束」に付き合うな

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権のイメージアップに、日本がまた利用されている。日本の報道ではめったに取り上げられないが、韓国内では、文政権に対する抗議デモが展開されていて、数十万人(主催者発表は最高で200万人)も集まる大規模なものであった。 デモの大きな契機になったのが、文大統領による曺国(チョ・グク)前法相の任命と早期退陣であったことは確かだ。しかし、韓国経済の失速の鮮明化や朝鮮半島情勢の硬直化など、文政権が内外で手詰まりを見せていたことも、韓国民の多くが不満に思う背景にある。 事実、文政権の支持率は40%を割り込み、「危険水域」と評されてきている。政権としては、国内外でイメージアップを採用する動機が強くなるはずだ。 その矛先の一つが日本に対する「柔軟」な外交方針の採用にある。もちろん、「柔軟」は単に言葉だけで、中身は空っぽなものだ。 つまり、韓国によるイメージアップの「だし」に日本が使われているだけである。実質的な外交成果を狙うものではないことに注意すべきだ。 日本への韓国の外交攻勢は二つの方向から行われた。一つはタイの首都バンコク郊外で開かれていた東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)の首脳会議が舞台だった。 安倍晋三首相と文大統領は会議の控室で11分間、言葉を交わしたという。この「対話」は、形式的なあいさつをして立ち去ろうとする安倍首相を文大統領が着座するように促すことで実現したとされる。つまり無理強いである。バンコクで行われたASEAN関連首脳会議の記念撮影で、韓国の文在寅大統領(右から2人目)とあいさつする安倍首相夫妻=2019年11月(代表撮影・共同) 韓国では、今回の動きにより日本との本格的な対話が開始されたと解釈するむきもあったようだ。だが突発的な対話で、日韓問題の解決の糸口が見いだされるわけもない。 両首脳は、日韓関係が重要であるとの認識と懸案事項の対話による解決という原則の確認に終始した。特に安倍首相は、いわゆる元徴用工問題について、日韓請求権協定に基づき、既に解決済みであるという従来の日本側の正当な主張を繰り返した。「常套手段」を繰り出す問題人物 これに対する文大統領の対応はなかった。つまり、外交交渉などと呼ぶものではなく、単なる文政権の国内向けのイメージ戦略でしかない。 報道によれば、文大統領は「必要があれば、高位級協議も検討したい」と一応提案したという。だが、実務者レベルで、輸出管理問題や自衛隊機へのレーダー照射問題に関し、あれほど不誠実な対応を繰り返した韓国側に、より高位級の要人で協議に応じる筋合いが日本側に全くない。 むしろ、高位級レベルで応じるのであれば、いわゆる元徴用工問題における現在の韓国側の対応から、報復措置を通告することが望ましい段階とさえいえる。 韓国の外交攻勢は、文大統領の「無理強い対話」だけにとどまらない。韓国国会の文喜相(ムン・ヒサン)議長が20カ国・地域(G20)国会議長会議で来日したが、今回の文議長の言動にも韓国の常套(じょうとう)手段が見て取れる。 文議長といえば、譲位前の上皇陛下に謝罪を求めた発言で知られている。天皇陛下を海外の重職者が自国のために政治利用しようという無法な態度といい、単に日本国民に対しても計り知れないほどの無礼を行った人物である。 最近の朝日新聞のインタビューで、文議長がこの件について「謝罪」したとする見出しのついた記事が掲載されていた。ところが一読すると、トンデモない内容だった。 文議長は「謝罪」どころか、日本国民が元徴用工などに謝罪すべきだと述べているのである。まさに「無限の謝罪要求」という韓国の常套手段である。東京で行われたG20国会議長会議に臨む韓国国会の文喜相議長。手前は山東昭子参院議長=2019年11月4日(佐藤徳昭撮影) 日本に対する政治的なマウント取りの手段として、韓国が慰安婦問題、元徴用工問題などを謝罪と賠償の無限ループで利用していることは、よほどの無知か、韓国への偏愛がない限り自明である。その意味では、文議長に日本に対する謝罪の意思はなく、謝罪要求だけが強いとみて差し支えない。むしろ日本の国益上、入国を拒否すべきぐらいの人物ではないだろうか。 このような指摘を書くと、日本では「ネトウヨ」などと戯言(たわごと)並みの批判が出てくる。しかし、日本国憲法では、天皇の政治的な言動が禁じられている。他国の憲法を踏みにじり、天皇陛下に謝罪させるという政治的利用を狙った人物に日本政府が明確な「ノー」を突き付けることは正当な対応である。 会議に先立って、山東昭子参院議長が文議長に書簡を送り、発言の撤回と謝罪を要求していたことが分かった。その要求に文議長は事実上返答しなかったため、山東議長との会談は見送られた。賠償のバイパスとなる「提案」 このような山東議長の対応は評価すべきだ。他方で、政治的な腐臭にまみれているのが、超党派の日韓議員連盟に属する何人かの政治家たちだ。 文議長は、いわゆる元徴用工問題について、日韓の企業と個人から寄付をもとにして、日本企業に訴訟を起こした元徴用工らに金銭を支給する法案を作ったと述べている。バカげた案という他はない。 いや、バカげた案以上に、仮に法案が韓国で成立しても、訴訟を起こされている日本企業は乗るべきではない。韓国の無限の謝罪と賠償要求のゲームに付き合わされるだけである。 個人レベルでは、鳩山由紀夫元首相のように無限の謝罪や賠償に付き合うことを私的に表明している人もいるので、どうでもいい。もちろん、元首相の行動という観点から、批判を受けるべき行いになることだろう。 それにも増して問題なのが、エネルギー分野など経済協力名目の日韓共同ファンドの創設が可能だとの認識を示した日韓議連の河村建夫幹事長(自民党)だ。エネルギー分野に限るとはいえ、今のタイミングで賠償のバイパス(抜け穴)にもなりかねない「提案」をするとは、国益を見ないまさに「韓国に媚(こ)びている」と批判されるべき姿勢である。 日韓企業が賠償額相当の金額を出資する案について、日本政府は公式に否定している。つまり、日本政府側から積極的に関与することを拒否しているわけだが、当たり前の話だ。 現在、韓国の裁判所の決定により、日本企業の資産が差し押さえられ、処分が進められている。これは国際法上、全く許容できる事態ではない。日韓議連の幹事長を務める河村建夫元官房長官=2019年9月(春名中撮影) そのような中で、日本政府が7月から始めた輸出管理の強化を、韓国への報復措置とみなす筋違いの見解があるが、それは違う。日本は韓国側の無法に対して、いまだ報復措置を執っていない。 人的交流の制限になるか、金融面での制約になるかは分からないが、具体的な対応はこれから可能だ。韓国側の「無法」に対して、法をもって厳しく「しっぺ返し」すべきだ。 そのことが韓国による日本への謝罪を引き出し、賠償要求という政治利用の歯止めにもなる。さらには、日韓議連などに象徴されるように、日本の政治家による他国に媚びる姿勢を牽制することにもなるだろう。