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    「サミットもアベノミクスも失敗だ!」と政治対立を煽る悪いヤツら

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 伊勢志摩サミット閉会直後、安倍首相は麻生財務相、自民党の谷垣幹事長ら政権幹部に消費増税の再延期を行う意図を伝えたと有力メディアが伝えている。再延期の期限は二年半後の2019年後半までである。これに対して、一部の報道では2014年の延期の時のように衆議院解散をして民意を問うべきだとする意見や、社会保障対応のための確実な財源確保の点から難色を示す意見もあったと伝えられている。またすでに伊勢志摩サミットにおける首相の「リーマンショック級」の経済危機的状況であるとする現状認識に対して、野党やアベノミクスに批判的なマスコミや経済評論家などから異論が出ている。要するにいよいよ、アベノミクスを支持する勢力と増税勢力がその本性をむき出しにした政治闘争を繰り広げる状況になってきたといっていい。ちなみに後者の後見人は、もちろん財務省であり、私見では日本の停滞を演出してきた最悪の組織のひとつである。伊勢志摩サミットで議長国記者会見をする安倍晋三首相=5月27日、三重県志摩市(門井聡撮影) 実際に首相が本当に消費増税を「再延期」するのか、あるいは「凍結」や他の政策オプションを考えているのか、それは不明であり、本人が直接国民に語るまでその判断を慎重にしておくのが、我々の正しい態度だろう。そうしないと政局を操作したいマスコミや政党、官僚の思惑通りになる可能性がある。消費税問題と絡んで報道されることが多い、衆参同日選の可能性をめぐる問題も同じ態度をとるのが無難である。 ところでまずは、伊勢志摩サミットの経済政策上の成果をみておきたい。国内外の報道をみるかぎりその焦点は、安倍首相の積極的な財政政策への各国協調のとりまとめに尽きる。アベノミクスに批判的なマスコミの記者たちや政党関係者などには、世界的な経済危機にあるとする首相の現状認識や、それを裏付けるとされるデータ(コモディティ価格の下落幅など)が、作為的であるという批判を展開している。 首脳宣言を読んだかぎりでは、参加国が共通して経済的危機的なものと現状をみなさなかったことは明白である。だが他方で、安倍首相はその目論見である、世界経済低迷に対応する積極的な経済政策の出動が必要である、という「国際公約」を獲得したこともまた疑うことができない。懲りない「構造改革的」な人たち まず世界経済全体でその潜在能力を下回る経済活動であることは各国共通の認識として確立している。そのため各国がそれぞれの国の実情に応じて、ポリシーミックス(政策の組み合わせ)で対応していくことが明記された。日本の実情をみれば、経済状況が潜在能力を大幅に下回っていること(約10兆円規模のデフレ・ギャップ)は明瞭である。 このような現実の経済がその潜在能力を下回るときに行うポリシーミックスはなんだろうか。アベノミクスに批判的な勢力だけではなく、多くの識者や市場関係者、またマスコミなどが安易に口にするのが「生産性の上昇」を実現する政策や、または規制緩和や政府部門のリストラといった「成長戦略」「構造改革」的なものだろう。しかしこれらの政策は、現実の経済が潜在能力を下回っているときに採用されるものではまったくない。むしろこれらの政策だけを行ってしまえば、百歩譲って現在の経済状況は悪化したまま、多くは経済をさらに減速させることに貢献するだろう。実際に日本では過去20年以上、経済が停滞するたびにこのような「生産性上昇」をもたらす政策群が、声だかに強調されてきた。その結果、現出したものは、停滞の長期化、貧困の悪化などであった。正直、「構造改革主義」的な人たちは、懲りることがない人たちだと思う。 また「社会保障が安定しないために消費が減速して景気が不安定化する」という主張をする人がいる。だが、そうならば消費増税を5%から8%に引き上げればそれによって消費は回復するはずであるが、2014年4月以降、消費は急激に減少し、その後、低水準を継続している。例えば、 消費支出(実質)をみていくと、2014年は前年比マイナス2.9%、2015年はマイナス2.3%であり、直近でも前年同月比で0.5%(2016年3月、季節調整済)の低水準のままである。 そして日本経済が14年度から今日までマイナス成長から事実上のゼロ成長を続けているのは、この消費の低迷とそれに対応した投資の不安定にあることは明白である。もちろん経済低迷が継続すれば、やがて税収も減少していき、社会保障の安定的な財源も確実ではなくなるだろう。むしろ税収の安定を望むのならば、その必要条件は、現状の経済をその潜在能力に見合った水準まで引き上げることである。 通常、経済がその潜在能力を下回るときに必要とされるポリシーミックスとは、拡張的な財政政策と金融緩和政策の組み合わせにつきる。構造改革主義に毒された人たちを除けば、現状の世界経済に対応すべき政策の組み合わせはこのふたつだけ、と考えるのが常識であろう。世界経済のリスクが潜在し、なおかつ日本経済が大幅に潜在能力以下であれば、このポリシーミックスを駆使して経済的対応を行うことは、日本経済にとっても必要なことであるし、また日本経済が上昇していけば各国経済にも恩恵があるだろう。この政策意識にはなんの問題点もない。しかし国内をみてみれば、この政策担当者であれば当然の問題意識と政策対応に不満な勢力がある。特にサミットで経済危機の共通理解がないことだけに注目して、あたかもサミットは失敗だといわんばかりの主張は、ただ単なる政治的な対立を煽る悪質な発言である。 例えば、現状の経済問題は、1)国際的な経済の不安定化でもなく、2)消費増税のせいでもない、むしろアベノミクス、特にその金融政策の在り方が問題である、とする反対論は、トンデモ経済論の中でも究極の形態である。なぜ消費増税を牽制する人は構造改革主義に走るのか サミットの宣言をみても世界経済が(政策対応が必要な)潜在能力を下回っているという認識は共通している。そのこと自体だけでこの1)のトンデモ認識は却下されるだろう。実際に現実のデータを参照すると、構造改革主義的なイデオロギーが強いIMFの成長見通しでさえも世界経済の減速傾向を指摘している。世界経済の不安定化が、日本経済の現状の低迷を説明する要因ではない、と批判することは常軌を逸しているといって差し支えない。だが、繰り返し指摘するが、世界経済の不安定化が日本には関係なし、悪いのはアベノミクスのみ、という主張が実に多いのだ。さらに2)の消費増税の悪影響についてだが、先に指摘したように、目下の日本経済の低迷の直接の原因といって差し支えない。伊勢志摩サミットのワーキングディナーに臨むオバマ米大統領(奥左)、安倍首相ら各国首脳=5月26日午後、三重県志摩市 だが、民進党の岡田克也代表の「(首相のサミットでの発言は)理解に苦しむ、増税延期に利用している」という発言に典型的なように、なぜか世界経済が不安定化していること、さらに消費増税の悪影響があること、を無視して政府の消費増税先送りを牽制する政治勢力が存在している。 しかも彼らの代替政策の多くが、単なる構造改革主義的な発想(経済低迷のときに潜在能力の強化のみを図り、さらに経済を低迷させるもの)であることも問題だ。ここでは「増税延期に利用」が問題なのではない、むしろ「増税延期に利用」すべきときなのだ。「理解に苦しむ」のは、世界経済の不安定化と消費増税の悪影響を積極的に見ることができない人たちだ。つまりは現実を無視して、ひたすら政治的な攻防戦のみをしかけている人々の反知性的で、また現状の国民生活への酷薄な姿勢にある。 ところで安倍首相の消費増税の再延期は、報道によれば「二年半」もしくは「二年」ということだ。もちろん再延期は、経済政策的には正しい。だが、「二年半」などの期限を単につけることには意義が乏しい。2014年の8%引き上げの悪影響がまるまる残っている現状は、再延期だけではまったく解消されないからだ。公共事業中心の補正予算の編成が噂されているが、これも14年度、15年度の補正予算をみれば明らかなように効果はきわめて限定的である。 むしろいま求められるのは、財政政策に関しては消費減税である。本連載「増税先送りは当然! 消費減税こそ日本経済を救う」でも言及したのでぜひ一読をお願いしたい。最近では若田部昌澄早稲田大学教授が英語ブログで同様の主張を展開している(「日本の首相は消費税引き上げを延期するだろうか?」)。 若田部教授はさらに家計への直接的な給付も提言し、また日本銀行のさらなる金融緩和を提言している。これにはまったく異論がない。実際に減税や直接給付については、その財源不足を声だかに叫ぶ増税勢力の主張がでてくるだろう。これについては、日本銀行が積極的にサポートすべきだし、また未利用な財源が存在している(参考:消費減税には100兆円「余剰資金」を動員するしかない!)。 これからますます増税勢力とアベノミクスを支持する勢力との政治的闘争が白熱するであろう。予断なくこの政治の季節を国民は良識をもって判断していかなくてはいけない。

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    補正予算なんかじゃ消えない消費増税の「逆効果」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) しばしば安倍政権のアベノミクスに批判的な記事を大量生産する新聞や通信社を中心に、「安倍首相が消費増税の再延期を決断した」とするニュースを目にする。その報道が大きく伝わるたびに、官邸はこの「決断ニュース」を否定することを繰り返している。このようにアベノミクスに批判的なメディアに限って「決断ニュース」を繰り返すのは、メディアが政治の行方を自ら操作したいという思惑もあるのかもしれない。つまりメディアの「政局工作」の一面がどうも匂ってしかたがない。 実際には、安倍首相と菅官房長官は消費増税を「予定通り行う」とのコメントを繰り返している。最近では国会の党首討論の場で、民進党の岡田代表に対して、「専門家の議論も聞いて、適時適切に判断する」と発言している。要するに素直に解釈すれば、消費増税については現状では「予定通り」だが、その最終決断について首相は、メディアや野党の扇動に乗らずにフリーハンドをいまだ有しているという状態だろう。 ところでこの消費税増税をめぐって興味深い動きが、最近2つあった。ひとつは、民進党が消費増税の先送りを提言したこと、もうひとつは自民党の有志議員からなり、首相に近いといわれる山本幸三議員が会長をつとめる「アベノミクスを成功させる会」が消費増税と補正予算対策の組み合わせを主張したこと、である。「アベノミクスを成功させる会」であいさつする山本幸三衆院議員(右)。中央は本田悦朗内閣官房参与=2014年10月22日午前、東京・永田町の自民党本部(酒巻俊介撮影) 民進党の経済政策の認識には、いわゆるマクロ経済(雇用、経済成長、物価の問題)をまともに扱う認識に欠けている。その代わりに同党が長く保有しているのは、「局地戦思考」である。例えば、今回の消費増税先送りも、先の5%から8%への消費増税が今現在の日本経済の低迷をもたらしているとは考えていない。アベノミクスが失敗したゆえの経済減速と考えている。特にその失敗の過半は金融政策にあるというのが基本的な認識だろう。対して、民進党の進める政策は昔風にいえば「構造改革」、つまりは政府部門の収支の見直しということになる。最近の民進党首脳の発言でも、財政収支の見直しが消費増税先送りの条件になっている。 現在の日本経済は2014年4月以降から、消費水準の低下が持続していること、それに応じて設備投資などが不安定化していることが特徴である。消費の低迷は消費増税以外に考えられないが、それでもこの事実を消し去りたい人たちが指摘してきたのが、アベノミクスの成果にウソをつくことや、火山噴火やエボラ出血熱・デング熱が消費低迷を招いたとすること、さらには有名なところでは野菜不足を消費低迷に結び付けたものだ。後者のふたつはあまりにバカバカしいのでここでは触れない。ただこれらのバカバカしい主張がしばしば政府の委員会や組織で語られてきたことだけは指摘したい。 アベノミクスの成果についてウソをつくということは、簡単にいうと安倍政権ができてから消費増税が行われるまでの(実際には駆け込み需要の効果を抜かす)経済成長率の高さが実質GDPで2.6%の増加という目覚ましいものになり、その間、雇用状況が現在に至るまで大幅な改善に至っていることをまったく評価しないか、「アベノミクスでは成長は実現していない」とウソをつく姿勢を表している。アベノミクス批判の典型的な態度である。補正予算では消費増税対策にはならない! ところで直近の2016年1−3月期のGDP速報値でみると、実質GDP成長率は1.7%だが、多くの論者が指摘しているように、消費には力強さが欠け、設備投資は減少傾向で不安定化している。日本経済が民間部門を中心に不調なのは統計でも裏付けられていることだ。その主因は(民間部門の貢献する)総需要が不足していることにある。そうなると政府部門がこの経済の不足を補う必要があるのだが、先の民進党の「構造改革」路線では、むしろ政府部門のリストラをすることになり、政府から流れるお金を縮減してしまうだろう。経済が低迷しているときに採用すべきものではないが、マクロ経済を見ずに局地戦に魅かれる政党の体質ゆえに、なかなか改まることはないだろう。 他方で、自民党のほうも深刻だ。アベノミクスへの理解がかなりあると目されている山本幸三議員が会長をする「アベノミクスを成功させる会」が、消費増税を予定通りする一方で、10兆円超の補正予算を組んで増税への対応をするという提言をした。端的にいえば、これほど財務省が喜ぶ政策提言はないだろう。2014年の増税のときも補正予算を5兆円程度組んで挑んだが、その成果は悲惨であり、マイナス成長が持続し、さらなる追加緩和や補正予算が要求され、そして首相の増税延期に至った。ここが肝心だが、そのような追加対策を行ってもまったく消費が回復せずに、今日のはっきりしない景況を生み出していることだ。いいかえると、補正予算での対応は、まったくといっていいほど経済回復に効果を発揮していない。むしろ消費増税の実現を狙いたい勢力だけが、その成果を得ているだけだ。 この補正予算での財政政策の効果がない理由は単純だ。補正予算は一回限りのものだということ。それに対して消費増税は恒常的なものだ。いま現状で5%から8%への増税による負担部分が、だいたい10兆円ある(総需要不足の額と同じ)。そこにさらに税負担が2%増えると5兆円ほど(2%の消費税収に該当)、単純に総需要は落ち込むだろう。これに対応して今年度10兆円の補正予算を行っても、翌年度もそのままこの消費税ショックは残る。 さらに政府側が増税して事実上の緊縮財政スタンスを取っているのに、他方で日本銀行だけが金融緩和スタンスという、ちぐはぐした政策の組み合わせが金融緩和政策の効果を大幅に削減してしまうだろう。2014年以降の消費増税以降、マイナス成長と現状でも実質ゼロ成長が続く中で再度増税を行えば、マイナス成長に落ち込む可能性がきわめて高い。そしてそれは自民党の総裁任期を考えると、安倍政権が続く残り二年、現状よりも悪い事態が継続することを意味する。もちろんデフレ脱却は困難になるだろう。 注意が必要なのは、単に消費税を8%から10%にあげるリスクだけではないのだ。すでに5%から8%へ消費税を引き上げた悪影響が、まるまる残った中で、さらに同程度のマイナスのショックをわざわざ引き起こそうとしているということに、日本経済を沈没させる深刻なリスクがあるのだ。 いいかげんに財務省を中心とする増税勢力に国民の生活と政治がふりまわされる事態を止める必要があるだろう。

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    「日本型共産主義」を生み出してしまった江戸幕府の“悪政”遺伝子

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 最近、経済評論家の上念司氏とラジオ番組「ザ・ボイス そこまで言うか!」(ニッポン放送、5月4日放送 https://www.youtube.com/watch?v=LX4kceGVo0I)で共演して、現在の日本や世界経済の動向について意見を交わした。 私たちの共通する視点は、いわゆる「リフレ派」として表現されている。「リフレ」というのは、リフレーションの略であり、「日本経済の長期停滞は、持続的な物価下落とその予想が持続することが原因である。物価とその予想をコントロールできるのは金融政策なので、その政策転換が長期停滞脱出のキー」と考える立場である。ここでいう「金融政策の転換」は具体的には、物価下落(デフレ)から物価上昇(インフレ)への転換を目指すことである。これだけのことで日本経済が長期停滞を脱して再生することができるのか? とこの20年以上、多くの議論を招いてきた。 しかし第二次安倍晋三政権が発足し、その経済政策(アベノミクス)の中核に、この金融政策の転換が置かれ、それによって経済は急速に改善し、株価の上昇・円安の加速、企業収益や雇用の大幅改善がみられた。また日本の大問題と(私はそれは誤った認識だと思うが)散々いわれてきた「財政赤字問題」も大幅に改善し、事実上“終焉”した。 このようなリフレ派の考えはシンプルであるが、同時に強力なものである。だが、今日、財務省的な緊縮政策(具体的には消費増税)のために安倍政権と日本銀行のリフレ政策が不安定化し、日本経済に再び長期停滞に陥る危険が迫っていることは、本連載で毎回のように書いていることである。 ところで上念司氏の近著『経済で読み解く明治維新』(KKベストセラーズ)は、この金融政策の転換(デフレからインフレへ)が、江戸幕府の崩壊と明治維新の成功を解き明かす最大のキーであることを示した優れた評論である。先のラジオ番組の合間にも、上念氏のこの近著を話題にして大いに盛り上がった。幕府がデフレを選んだ理由 詳細は同書を読んでほしいのだが、江戸幕府というのはデフレの維持を目的にした経済システムである。幕府も諸藩もともに緊縮財政の結果、経済が疲弊し、米価の低迷はさらに財政状況を悪化させ、経済全体を停滞させてしまった。 なぜ幕府はデフレを選んだのか? それは緩やかなインフレになってしまうと経済が活性化してしまい、特に農村部から(より経済的利益を生みやすい)都市への人口流出を生んでしまう。農村部は米の生産、つまりは幕府や諸藩の収入の基礎である。そこから農業生産者が流出してしまうことは、当時の幕府・諸藩には認めることができない事態だった。そのためそのような人口流出(米の生産減)を抑制するために一貫したデフレ政策がとられた。たまに江戸時代の中で貨幣改鋳などでマネーの量を増やし、経済を低インフレの形で活性化する政策がとられても、すぐに当時の財務省官僚的な連中が「緊縮!」と叫んで、たちまち経済はデフレに戻り、停滞してしまう。停滞すれば幕府は安泰と考えてしまっていたのだ。以前、ある政治家と議論したときに、「景気がよくなってしまうと消費増税ができない」と言っていたが、その議員の発想は江戸時代並みだということになるだろう。加賀藩主も立ち寄ったと言われる江戸時代の「米屋」 だが実際にはデフレを続けることで、幕府や諸藩の財政状況はさらに悪化してしまい、それが江戸幕府の終焉を招いてしまった。この過程を上念氏の『経済で読み解く明治維新』は実にわかりやすく解説している。 ところでこの幕府のデフレ政策は、のちに日本のマルクス主義者たちに引き継がれていった。戦前日本のマルクス主義の代表者である河上肇(1879-1946)は、江戸時代のデフレ政策を高く評価していた。マネーだけ増やしても経済では贅沢だけが増えてしまい、むしろ経済格差が深刻化してしまうだろう。しかも農村から都市へ人口が流出してしまうと、農村が人口の供給源なので人口減少を招き、人口減少は経済や社会の停滞をもたらす。農村の人口減を阻止するデフレが望ましいのだと考えた江戸時代の官僚たちの発想は、河上にとっても重要なものだった。むしろ農業部門で働く人たちを増やし、日本経済を導くリーディング産業として農業を再生することが、日本の経済発展の基礎である、と河上は信じていた。 ところが河上はのちに米騒動(1918(大正7)年)を契機にして、農業部門の生産性の限界(米の構造的不足)を認識するようになり、もはやいまの資本主義経済では日本を支えることはできない、むしろ体制を転換してソ連型の共産主義国家にすべきだと強く確信するようになった。ちなみにその当時激しさを増していたデフレ型の恐慌は体制転換に伴う“必然”的なものであり、金融政策を転換してデフレ経済をインフレ経済にしても意味がない、と主張した。実際に河上はこの立場から、当時のリフレ派であった石橋湛山と昭和恐慌の時代に激しく論争した。注目に値する坂本龍馬の経済論 いずれにせよ、江戸幕府から続くデフレ政策好きな遺伝子が、明治以降もマルクス主義や日本型共産主義の中に脈々と受け継がれていき、一種の「金融緩和政策嫌い」「リフレ嫌いデフレ好き」とでもいう病理的現象を生み出していったひとつのルーツをここに見出すことができる。 ところで明治維新を生み出した功労者であった坂本龍馬の経済論は、江戸時代の官僚や河上肇に比べると金融政策の転換を重視していることで注目に値する。坂本は今日の「会社」の先駆といえる海援隊を設立・運営したり、貿易を立国の基礎と考えていた。そのため彼は貿易に欠かせない為替レート政策の構築を重視した。江戸幕府の為替レート政策もまた「失政」であったことは、上念氏の先の著作にまた詳しい。そして諸藩の財政危機の根源が、借金をリスケジュールすることで解消するということ、そのキーがリフレ政策であることも理解していたように思われる。 坂本龍馬が実際にどんな人であったかは、現在は文庫版で『龍馬の手紙』(講談社学術文庫)という本がでているのでそれを読めばおおよそのことがわかる。例えば慶応三年(1868年)に後藤象二郎に宛てた手紙には、大政奉還を実効性のあるものにするために、貨幣鋳造の権利を幕府からとりあげて、さらに銀座を京都に移すことをすれば、幕府の権力も有名無実のものになると書いている。これなどは龍馬の政府運営における金融政策の転換を重視する立場を端的に表しているだろう。龍馬の経済政策の師匠である横井小楠は積極財政政策を唱え、「日本のケインズ」ともいわれているが、龍馬が金融政策の転換を重視したのは、マネーを増やし、それで財政政策も積極的に行えば、日本経済も活性化すると思っていたと解釈することはそんなに間違ってはいないだろう。 さらに坂本が起草した「船中八策」や「新政府綱領八策」には、新政府の取り組むべき問題(八策の中のただひとつの経済項目)として、「金銀物貨宜しく外国と平均の法を設くべき事」が強調されている。為替レートを日本経済に負担をかけない形で、諸外国と交渉すべし、という態度は、他の幕末の志士たちにはあまり見られない卓見である。少なくとも「円高=円が尊敬される」と盲信している現在のトンデモな経済論者たちよりも数段ましであることは確かである。

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    世界市場が失望した日銀の「無策」に裏はないのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本銀行の金融政策決定会合が4月27、28日の両日に行われた。その結果は、熊本・大分地震への対応を除けば、ゼロ回答に等しく、日本銀行のインフレ目標の到達を先送りするというマイナス材料までも提供したものだった。本連載でも書いたように、今回の政策決定会合でより強力な金融緩和政策を実施すべきだったが、日本銀行の対応は失望するに値するものであった。 エコノミストやアナリストの多くが、今回の日本銀行の追加緩和の動きを予想していたし、市場でもその観測が根強かった。そのために日本銀行の事実上のゼロ回答は、株式市場と為替レート市場に強い衝撃を与えた。一瞬ではあるが、日経平均株価は1000円以上の暴落、また為替レートのドル円で2円以上通貨安に大きく振れた。結局、東京市場は前日比624円安で引け、この原稿を書いている時点(4月29日朝)では1ドル108円台と多少の落ち着きは取り戻している段階である。ただし日本銀行の政策決定の「驚き」は、世界市場にも拡大した。株価は現状ではやや戻しつつあるが、ニューヨーク証券取引所のダウ平均株価も大きく下落、上海総合指数も下落した。市場が予期しない形で金融政策が変化することは、必ずしも悪いことばかりではないが、今回の「無策」に応じた予期せざるショックは、ただでさえ不安定化していた株価や為替レートに好ましくない影響を与えたことだけは確かである。下げ幅がことし4番目の大きさとなった日経平均株価の終値を示すボード=4月28日午後、東京・八重洲 今回の日本銀行の金融政策「無策」への予測は、何人かの論者から出ていた。それぞれ傾聴に値するので簡単に紹介していこう。まず日銀の元審議委員である中原伸之氏は、ブルームバーグの報道(4月26日 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2016-04-26/O68AMX6JTSE801)によれば、インタビューの中で「日銀はいまは動く必要がない(と安倍首相は思っている)」と語ったという。特にその理由は、マイナス金利政策の効果が現れるのと見届けるべきだということと、食料(酒類を除く)及びエネルギーを除く総合物価指数が2月公表段階で前年同月比0.8%の上昇(最新では0.7%)であること、また中原氏によれば一ドル110円台の為替レートは「居心地がいい水準」であることも理由にあげている。「ヘリコプターマネー政策」採用の可能性は? また中原氏は安倍政権の政策指南役の一人とみなされているが、公的にもその立場をもつ内閣官房参与の本田悦朗氏も複数のメディアに対して、日本銀行は今回は動く可能性がないことを指摘し、また6月の政策決定会合での追加緩和の可能性を示唆するコメントを行っている。特に5月下旬の伊勢志摩サミットを契機にして、安倍政権が拡張的な経済政策に転換する必要性を力説しているところが注目すべきところである。消費税凍結・金融緩和・補正を含む大規模な財政出動の三者をほぼ同時に行うことで、「政策転換」を国民に印象づけるのは、本田参与のいうように政策効果の点ではきわめて大きなものになるであろう。本田参与が今回、日本銀行が動かない理由として挙げているのは、報道によれば中原氏と同様に日銀がマイナス金利の効果をまだ見たいということだ。さらに海外での英語ブログの執筆を続ける早稲田大学教授の若田部昌澄氏のエントリー記事も重要だ。「日本の上空にヘリコプター(マネー)は舞うのか?」(4月25日付)http://www.forbes.com/sites/mwakatabe/2016/04/25/will-helicopter-money-fly-over-japan/#1639263c4bcc では、従来の日本銀行のマイナス金利と質的・量的緩和政策を上回る緩和政策として、ヘリコプターマネー政策を採用する可能性を示唆しつつ、現状では大胆な政策転換の可能性は4月はないだろうと予測するものになっている。 へリコプターマネー政策とは、本連載でも取り上げているが、減税やまたは大規模な財政出動をするために発行する新規国債を(場合によれば市場を経由せずに)日本銀行がほぼそのまま買い取り、その見返りとしてお金を発行するものだ。政府は事実上、日銀を経由してお金を(インフレというコストを考えなければ)無制限に発行することも原理的に可能になる。もちろん実際にはインフレというコストが発生してしまうので、通常はそのような政策が行われることはない。だが、現在の日本経済は事実上のデフレ経済の体質の下にあり、4月の政策決定会合でも先送りされたように、インフレ目標にまだ未達の状態が続いている、そのためにインフレ目標という制御の下であれば、このようなヘリコプターマネー政策は、日本経済の刺激政策として十分に効果的なものである。このことについては、日本のリフレ派(デフレを脱して低インフレにすることで経済を活性化する世界標準の経済学)では共通の理解として従来から採用されているものだ。リフレ派の考え方に親和的な、黒田日銀総裁、そして安倍首相も十分にこの政策の意義を考慮にいれていると思われる。 いずれにせよ、この政策には、政府と日本銀行の協調が必要になってくる。私は日本銀行が今回の政策決定会合において、金融政策の大胆な転換を示して、政府の財政政策の幅を拡大すること(つまりヘリコプターマネーの準備完了)を告げることで、政策をリードするほうが望ましいと考えていた。だが残念ながらそのような政策転換は「先送り」された。日銀「だけ」のマイナス金利政策では意味がない マイナス金利政策については、いろいろ細かい技術的な側面が語られているが、マクロ経済政策的にみて重要なのは二点しか存在しない。ひとつは、消費や投資に効果を与える実質利子率への影響だ。もうひとつはマネーの量的な拡大と“合体”しないと効果が乏しいという側面だ。前者の実質利子率効果とはこういうことだ。消費や投資は現在だけでなく将来の計画も重要だ。車や住宅を購入する際のローン、または企業の新規ビジネスのための資金調達でも現在から将来にまたがる利子率の負担を考慮することはきわめて重要なことだろう。現在の名目上の利子率から、将来に発生するだろうインフレ率の予測を引き算すると、現在から将来にまたがる実質的な金利負担が求められる。それを「実質利子率」という。実質利子率は、名目利子率から予測されるインフレ率を引き算したものだから、現状の名目利子率は(マイナス金利の前までは)事実上ゼロだった。消費や投資を刺激するためには、日本銀行と政府はインフレ目標政策を導入することで、将来の予測インフレ率をコントロールすることで、この実質利子率を低下させてきた。 マイナス金利政策とは、それに加えてこれまで名目利子率はゼロだという「固定観念」を打ち破り、マイナスにもなるということを示した。他方でマイナス金利の幅はたかだか0.1%にしかすぎないことを見ることも重要だ。つまり実質利子率の引き下げ幅が小さすぎるのだ。そのため消費や投資への効果はきわめて限定されたものでしかない。そのため日銀「だけ」のマイナス金利政策は、私見によれば現状での事態がすべて語るように、ほとんど実際の経済には影響を与えないとみて差し支えないだろう。 4月の政策決定会合をうけての黒田総裁の記者会見では、今回追加緩和を見送った理由としては、要するに「マイナス金利の効果をまだ見守る」ためということだった。だが、いま書いたように、日本銀行「だけ」のマイナス金利政策では実質利子率効果の側面ではその影響は過小であり、世界経済のかく乱が続く中では今後もその効果が発現する可能性は低いだろう。さらにマイナス金利の幅を細かく引き下げる可能性はあるが、それは(原理的には引き下げ幅は無制限だが)逐次後退戦略的なものと理解されるおそれがある。金融政策決定会合後の記者会見を終え席を立つ日銀の黒田総裁=4月28日午後、日銀本店 だが、日銀「だけ」ではなく、政府との協調とともに行うのであれば話は別である。先ほどのヘリコプターマネーもこのマイナス金利政策とタッグを組めばきわめて効果的なものになるのだ。この「合体効果」による経済刺激効果は、例えば政府が行う財政政策が(デフレとデフレ予測が根にある経済では)ほとんどコストなしに行うことが可能だということになる。税金の調達もいらない(消費増税の必要もない)、また国債の将来返済も大きな問題ではない(マイナス金利なので)。 黒田総裁が記者会見で重視したマイナス金利の効果が明瞭になったり、またマイナス金利政策をより深掘りするためには、政府側との協調こそが最大の眼目になるだろう。今回の日銀の「無策」は市場を不安定化させた点でお世辞にもほめることはできないが、それでもこの政府との協調に希望は見いだせる。 雇用の指標などは相変わらず堅調だが、それでも新卒採用などは次年度の計画を大手企業の多くが夏の始まりとともに策定することが多い。そのためにも梅雨入り前の経済状況は極めて重要な意義をもつ。もちろん(悪化を防ぎ、より改善するためにも)雇用全般もこのままでいいわけではない。 5月下旬のサミットの前後で、安倍首相がどのような政策転換の決意と行動を示すのか、それに応じて6月の日銀の政策決定会合でどのような行動がとられるのか、実際にここにアベノミクスがどうなるのか、その命運がかかっている。

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    大地震を利用する増税派の悪質な手口を忘れるな

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「熊本地震」による深刻な被害が次第に明らかになっている。しかも強い余震がこの原稿を書いている時点でも続いていて、現地の方々の精神的な不安と肉体的な疲労は募るばかりだろう。まだ救援活動も継続している中で、熊本地震に関わる経済的な側面について論説を書くことを早急すぎると思われる方々もいるかもしれない。 しかし日本の政治や官僚(端的にいえば財務省)が、過去の大地震、特に東日本大震災で行った事例を思い出すと、私は安閑としてはいられない。なぜなら、大災害への救援活動が続く中で、当時の財務省グループ(増税を志向する政治家、財務官僚、それを支持する専門家やマスコミ)は、消費税増税をもくろむ様々な手段を一気にすすめようとしたからである。 東日本大震災の翌々日には、菅直人首相(当時)と自民党の谷垣総裁(当時)との間で、災害対策としての「臨時増税」が議論されている。この協議自体はのちに復興特別税として結実し、またこのときの与野党協議を基礎にして消費増税路線が構築されていった。増税派のやり口は急速で、また時には驚くほど露骨かつ大胆に進められる。 2011年当時、このような復興目的を利用して増税路線をまい進する政府と財務省、またそれを支援する経済学者・エコノミスト、マスコミに対して、私は経済評論家の上念司氏との共著で『震災恐慌』(宝島社)<後に『「復興増税」亡国論』として再刊>を出版するなどして猛烈な批判を展開した。 経済学の常識からすれば、大規模災害は、復興目的の国債を発行して、なるべく災害に遭遇している現時点の国民に負担を集中的に課すのではなく、きわめて長時間(場合によれば一世紀でもいい)をかけてゆっくりと負担するのが望ましいとされている。もし災害に直面している国民にも税負担を課してしまうと、経済的な困難がさらに増してしまう。また被災地を救援する多くの国民にも経済的な余裕を失わせてしまうことで、復興事業自体が滞ってしまうだろう。 だが、過去の阪神・淡路大震災のときもまだ復興の道半ばで、消費税増税が行われ、日本は経済危機に直面してしまった。もちろん経済的に弱まっていた阪神・淡路地域の方々の経済的困難は他に比べても深刻なものになってしまった。この教訓があるにもかかわらず、2011年当時の与野党の増税派は、大地震を口実に消費増税を推し進めたのである。熊本地震に際しての増税派的な動きは? 2011年から12年にかけて復興税に反対するために、言論の場だけではなく、きわめて少数ではあったが、与野党の議員の中で復興税に反対する勢力が形成され、積極的に反対活動が行われた。その中で、自民党の取りまとめ役として活躍したのが、安倍首相であった。この復興税に反対する議員連盟の中で、いわゆるリフレ派(デフレ不況を金融政策の転換で克服しようとする経済学者・エコノミスト集団)との接点が生まれた。それがのちのアベノミクスに至る大きな道になった、と私は推測している。 他方で、不幸なことに、復興特別税の法案は通過し、また消費税増税法案も決まってしまった。この消費増税がいまも日本経済の不調の主因であることは、本連載でも繰り返し強調してきたところである。 では、今回の熊本地震に際しての増税派的な動きはどうだろうか?自民党の全国政調会長会議であいさつする谷垣幹事長。隣は稲田政調会長=4月18日午後、東京・永田町の党本部 例えば自民党総務会メンバーは、4月19日に会合をもち、報道によれば「財政規律」や「(景気対策のための)財源のための増税」を主張する議員がいたとされている。景気対策のためには財源が必要であるとすることはいかにももっともらしいが、現時点で経済的な困難に直面している国民を救うために、一方では景気対策をし、一方では増税でさらに負担を増やす、という意味が不明の「悪しき財源論」は、日本の経済政策の中でも最もトンデモな議論といっていい。しかも前者の景気対策は短期的に終わってしまうが、後者の増税は恒久化してしまう。まさに国民の不幸につけこんだ非情なやり口である。 また稲田朋美自民党政調会長は、「固定概念にとらわれることなく議論する必要がある」として消費税のまずは1%の引き上げを志向する発言も伝えられている。もし「固定観念」にとらわれないとしたら、いままでの大災害や景気対策での「財源」としての増税路線を転換することが、まさに「固定観念」を打破するものではないだろうか? 他方で、与党の中では、景気の悪化や今回の熊本地震を考慮して、消費増税が困難になったという見方も強い。ただ安倍首相自身は、繰り返し消費税増税のスケジュールに変更はないことを今でも強調している。もしこれを額面通りにとれば、もちろん(地震災害と景気悪化の前では)最悪の選択となる。玉虫色な政策決定では効果は持続しない ただ消費増税をするか否かの政治的判断はまだ最終的なものではない、というのが大方の見方である。仮に現段階で、首相が消費増税の「先送り」や「凍結」を打ち出してしまうと、野党勢力はいまも公言しているが、このことを安倍政権の「口約違反」や政策のミスとして追及していくだろう。場合によっては内閣不信任案の口実とさえなりかねない。野党は(いろいろな能書きがあるようだが)表向きは消費増税に反対する態度を示しているが、政治的にみれば首相の消費増税凍結を阻止しているともいえる。参議院選挙を控える中で、首相はぎりぎりまで消費税に関する態度決定を回避することになろう。 また首相が玉虫色な政策決定をする可能性はあるだろう。例えば消費増税と同時に、一時的な給付金や大規模な公共事業を行う政策である。しかしこのような給付金&公共事業の組み合わせは、前回の5%から8%への税率引き上げ時にも行われたが、結局は金額も過小になり、また効果も持続的なものではなかった。その証拠に、今日の景気失速の主因は2014年4月の増税開始からまったく実質消費が回復しないことである。いまは景気対策をする一方で、他方で増税するという「悪しき財源論」や「財政規律」に依存する政策から脱することが必要なのである。後者でいえば、むしろいまこそ「財政規律」を破壊すべきなのだ。国の財政はなんであるのか? それは我々国民の生活を豊かにするためだ。現時点で経済的な困難に直面している国民に対して財政的救済を行わない政府などその存在意義を疑われてしかるべきだろう。それはもちろん被災された方々の苦境を救うために必要な絶対条件ともいえるものだ。 具体的な政策の大枠は前回のコラム「消費減税には100兆円「余剰資金」を動員するしかない!」http://ironna.jp/article/3146 で書いた通りである。消費減税を中心とする財政政策がベストであり、それをサポートする金融緩和政策が必要条件になる。金融政策の決定会合は、今週27日(水)28日(木)に迫っている。例えば、長期国債の買い取りペースを拡大し、政府が震災対策として発行する新規国債を吸収して予算をバックアップするのもいいだろう。また新規発行された「財投債」、既存の地方債や社債、さらに有力候補としては外債の買い取りによって、日本銀行のバランスシートの規模を拡大させ、緩和基調の経済を生み出していく。このような金融緩和政策を前提にして、政府は「悪しき財源論」「財政規律」論を封じこめ、より積極的な財政政策を打ち出すことが、何度も繰り返すが必要であろう。 われわれ国民ができることは、災害を利用する増税勢力をつねに監視し、警戒を強めていくことである。彼らは甘くはない。

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    消費減税には100兆円「余剰資金」を動員するしかない!

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先日、経済評論家の上念司氏、エコノミストの片岡剛士氏と私の三人で、近時の経済問題について公開討論の機会を得た。我々三人は世の中でいうところの“リフレ派”である。“リフレ”は、リフレーションの略語であり、日本の長期停滞がデフレ(物価下落)とデフレ予想によってもたらされ、その解消には金融政策の転換を必要条件にした低インフレ(とその予想)が必要だと考える人たちである。 その討論の場では、現在の日本経済の状況を打開するための政策手段が話題になった。特に上念氏から日本の外貨準備高を財政政策の財源として活用する案への同意を求められた。私も執筆者のひとりである『日本建替論』(麻木久仁子・田村秀男・田中秀臣、藤原書店2012年)で、かってこの外国為替特別会計(外為特会)の積極的活用を、共著者の田村秀男氏が主張したからである。本の宣伝文句が、「100兆円の余剰資金を動員せよ!」とあるのは、この外為特会の活用に基づく。 そもそもいまの日本経済の状況を「GDPギャップ」の観点からみてみよう。GDPギャップとは、日本経済全体の購買力(=総需要)がどれだけ財やサービスなどの総供給量に上回るか、あるいは不足するかを示す指標である。最近の日本経済の低迷をうけて、GDPギャップはマイナス幅を拡大していて、内閣府の試算では約8兆円程度である。このGDPギャップのマイナス幅の拡大(デフレ・ギャップともいう)は、主に消費増税の影響でもたらされた。片岡氏は独自の試算で、デフレ・ギャップを埋め、さらに2014年から続く消費増税のマイナスの影響を払拭するためには、約8兆円規模の消費減税が必要であると主張している。私も本連載で強調してきたように、消費減税に賛成するものである。 他方で、このような「減税」議論をすると必ずでてくるのが、“財源論”という奇怪な考えである。そもそも増税によって経済が停滞してしまい、それが将来的な財源を失ってしまうので、それを回避するために減税を行うというのが趣旨だ、それなのに、なんで今現在の減税に財源を要求されるのかまったく理解しがたい。減税する一方で、それと同額の財源(増税など)を課せば、プラスマイナスゼロでまったく意味のない政策になってしまう。しかしそれがいまの日本の財務官僚とその支持者たちの発想なのである。 先の三人の公開討論でも話題になったのだが、現在の政治状況と世論の動向を踏まえると、すでに消費増税の凍結は自明のことのように思われる(むしろ実施すれば安倍政権とその経済政策の終焉を意味するだろう)。 問題はいつそれを公表するかだ。5月26,27日に開催される伊勢・志摩G7サミットの会期中もしくはその前後が有力視されている。と同時に、(ドイツを除く)多くの先進国が共通して志向している世界同時リフレとでもいうべき事態に対応すべく、日本政府と日本銀行はより積極的な財政政策と金融政策の採用が求められている。受身じゃない、攻めの政策決定を 消費増税の「凍結」もしくは「先送り」は、いわば受け身の政策決定であり、これ自体は政府の政策スタンスを確立するうえではきわめて重要なのだが、当面の景気失速を解消する手段ではない。攻めの政策決定の核は、消費減税を中心にするのが最善だ。 もっとも現実の財政政策にかかわる動きを推察すると、旧来型の公共事業の増額、各種給付負担の減免など細々した項目が集積した、官僚たちの“お勉強”の結晶になってしまう可能性がある。金額も片岡氏の推奨する金額にははるかに届かないのではないか、と懸念している。おそらく先の“悪しき財源論”が大胆な財政支出を制限するものとして機能している。 冒頭で紹介した外為特会にある外為資金(中核は米国債)を活用した政策は、このようなとは一線を画すものだった。 2015年3月末の外貨準備は約1兆2600億ドルである。現在のレートで日本円に直すと136兆円ほどになる。これだけの巨額の外貨を積み上げている必然性に乏しいことは、経済学者の高橋洋一氏らによってもしばしば指摘されてきた。おそらくこれだけの巨額の外貨準備が積みあがる背景にはそれなりの既得権益が存在するに違いないが、それはまた別の機会に譲りたい。 田村秀男氏は先の『日本建替論』の中で、「外為特別会計の中にある米国債など外貨資産をそっくり日銀に売却し、日銀の資産に置き換える。日銀は政府から譲渡された外貨資産相当の日銀資金を発行し、政府に支払う。政府はこの100兆円の資金を創設する「復興・再生基金」に組み込んで」、当時の議論の対象であった大震災からの復興事業やデフレ脱却のために活用する、というのが我々の主張のひとつであった(同書、215頁以下)。 もちろん100兆円(現状では130兆円規模)すべてが利用できるわけではない。田村氏の主張では曖昧になっているが、外為特会は資産と負債からなっていて、日銀から米国債の代わりに日銀券で政府側資産が置き換わっても、負債側(為替介入のときに発行された政府短期証券など)はそのまま残っている。また現状では、(2012年当時とは異なり)外為特会の運用基準が変更され、外為資金の運用収入からコストを引いた剰余金の半分ほどが一般会計の歳出に繰り入れられてもいる(平成27年度では1兆4280億円)。もちろんこの額を増額することは原理的に可能であり、最低でも追加的に1兆円超の金額を活用することができるのではないだろうか。拡張的な財政政策を金融緩和が支援せよ ところで田村案が今日でも重要性を持つのは、日銀と政府の協調を指摘しているところだ。先の三人の討論会でも日本銀行の金融政策の緩和拡大が、財政政策のいわば必要条件として議論された。例えば、首相が消費増税の「凍結」もしくは「先送り」の表明と同時になんらかの拡張的な財政政策を打ち出す(繰り返すができれば消費減税が最善だ)。その拡張的な財政政策を支援するのは、財政政策の「財源」ともなる新規国債や既発国債の買い取りを(市場経由だが)より一層日銀が拡大していくことが必要だ。日銀の財政政策を支援する金融緩和政策の公表タイミングは、早くて4月下旬の政策決定会合か、あまり評価できないが遅くても6月の政策決定会合にすべきだ。 例えば、どのくらいの金融緩和が必要かといえば、私見ではその規模は(インフレというコストを無視すれば)事実上制約はない。例えば、日本銀行は、長期国債については、保有残高が年間約80兆円に相当するペースで増加するよう買入れている。これを倍増することも容易だ。より極端にいえば、市場に存在する(また新たに追加される)国債をすべて吸収する構えでもいいのだ。田村氏のかっての主張をまねて、新たに「100兆円の余剰資金」を用意することも、日本銀行の現状の政策フレームで可能だろう。 もちろんインフレ目標があるので、金融緩和政策の効果でインフレ率が上昇していけば、その買い入れペースを調整していけばいいだけである。なおETFや社債などの買い入れ枠の増加も同様の理由で行うべきである。 このような金融緩和による政府の財政支援は、きわめて効果のあるものになる。実際に政府と日銀の協調的な拡張政策がとられることが確実視される段階で、株価と為替レートが好転する可能性さえあるだろう。実際にそれが起きたのが、安倍政権の誕生が確実視された2012年秋以降の展開であった。 今回は政権誕生というモニュメントが不在である。対して国際リフレ競争表明の場になると期待されるG7の場が用意され、また消費増税の「凍結」といった政治的な好機はある。これを利用して、日本経済の景気失速を防ぐことを期待したい。(注)冒頭の上念、片岡、田中の公開討論会の内容は、以下から(無料会員登録でも)購入可能である。https://y-e-lab.cd-pf.net/?next=%2Fstore

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    「円高シンドローム」が国民を殺すだろう

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本経済に赤信号が点灯している。 もちろん「アベノミクス失敗」であるとか、「失われた20年」に完全に戻ってしまったとか、あるいはより具体的に失業が激増したとか、倒産件数が急上昇とか、そういう現状ではまったくない。しかしこのまま事態を放置すれば、日本経済は間違いなく長期停滞に再帰してしまうだろう。 日本の経済低迷の主因はデフレとデフレ予想の定着にある。 デフレとはデフレーション(物価下落)のことであり、これは財やサービスの平均価格のことである。個々の商品の値段が下がることと区別することが重要で、例えば、吉野家の低価格商品として豚丼の復活が最近話題になったが、この豚丼の価格低下をデフレとはいわない。これは単にひとつの財の価格の低下であり、財やサービスの(代表的なものを組み合わせた)平均価格とは全く異なる概念である。 このデフレが進行する状態は、(日本経済の現状から)ざっくり言うと人々の財やサービスを購入するお金が不足するために生じている。具体的には民間の消費、投資、政府から出るお金、そして海外から入るお金の純増部分(輸出マイナス輸入)から構成されている。この経済全体での物を購入するお金の不足を「総需要不足」という。 日本のデフレはこの「総需要不足」が招いている。またより深刻なのは、このデフレが現在だけでなく将来にわたって続くと人々が予想する「デフレ予想」(デフレ期待)である。現在だけでなく将来にわたって、人々がモノを買うお金に不足する(これが経済全体で生じていることがポイント)と考えてしまうと、消費を控えるだろうし、また企業も売り上げの低迷を予想して投資活動を抑制するだろう。デフレ予想が続くと現在だけでなく将来の経済の低迷までも招いてしまうのである。 このデフレとデフレ予想は、経済に回るお金の量の不足とそれが今後も続くという予想のことだから、解決策は、現在のお金を増やし、将来のお金が増えるという予想を生み出すことに尽きる。これを言い換えたのが、インフレ目標を伴う金融緩和政策であり、積極的な財政政策である。「インフレ目標」は将来、デフレではなくインフレ(物価上昇)をもたらすほどお金を増やし続ける、という政策のスタンス(姿勢)を明確にするためのものであり、現在のいわゆるアベノミクスの基本中の基本的な政策ツールである。なぜ「円高」傾向が赤信号なのか さてこの基本ラインをおさえたうえで、現在の日本経済の「赤信号」をみておきたい。その問題点は、進行する円高(この原稿を書いている段階では1ドル107円台)と、年初からの株価の低落傾向である。特にここでは前者が重要だ。 「円高」傾向がなぜ赤信号か。簡単にいうと為替レートは異なる二国間(1ドル107円とは、ドルと円)の交換比率のことである。この為替レートは、二国間の通貨の総量の比率に等しい。違う考え方やより精緻な為替レートの決定理論があるが、現状の日本経済をシンプルにとらえるには、為替レートは二国間の通貨総量の比率で考えるのが、便利なのだ。例えば、米ドルの総量は変化しないまま、日本円の総量が減るとしよう。ドルに対して円の価値が高まるので、円高になる。この円高は、先ほどのデフレ(お金の不足)とデフレ予想(今後のお金の不足が続くこと)が蔓延する経済では生じやすい。実際に、アベノミクスが始動した2012年後半まで、(一時期を除いて)日本は円高が20年以上進行していた。これを「円高シンドローム」と呼んでいた。経済の病理的な現象とみなしていたのである。なぜ病理的か? それは経済に出回るお金の不足(これが円高傾向の原因)を治せるにもかかわらず、放置してしまっていた異常事態だからだ。 円の不足は、先ほども解説したように、日本銀行が基本的に解消する。その解消するという政策スタンスをみせて、消費者や投資家などの予想を変化させることも重要だ。重要度でいえば、政策スタンスの方が、実際のお金の供給量よりもはるかに上回る。 いまドルやユーロなど主要通貨に対して円高が加速しているということは、これは日本銀行や政府がお金を増やす政策ではなく、お金を引き締めてしまう政策(その方向性)を事実上採用していると、市場がみなしているからだ。もちろん他国のお金の供給に対する政策スタンスも重要である。例えば、米国経済では利上げ観測が遠のいている。また現状のマネタリーベース(米国の中央銀行が操作可能なお金の量)は減少ではなく、高め水準を維持したままだ。簡単にいうと米国は(いま説明したかぎりでの)緩和スタンスを維持している。欧州中央銀行やイングランド銀行の政策スタンスも緩和的だ。言い換えれば、それだけ世界経済は不安定化、脆弱化している。市場に緊縮政策のシグナルを送っている日本 これに対して、日本は諸外国に比べて、より「緊縮政策」を採用しているとみなされているのだ。その主因は、ふたつある。その最大のものは、まず消費増税だ。2014年の増税による現在時点での消費低迷。それに加えて来年に予想される消費再増税の姿勢がいまだに維持されていること。これらは将来の経済のさらなる低迷、つまりはデフレ予想をもたらすだろう。緊縮的な政策スタンスのシグナルは、円高傾向をもたらす。1ドル=108円台をつけた円相場を示すモニター=4月7日午後、東京・東新橋 二番目に、この消費増税と再増税という緊縮政策によって、日本銀行のインフレ目標という政策スタンスが妨害されていることだ。インフレ目標の達成がどんどん先送りされてしまうことは、人々の予想を不安定化させ、日本銀行の政策スタンスに対する信頼性を損ねてしまうだろう。現状の円高傾向という日本経済の「赤信号」の背景には、このような政策スタンスの毀損がある。 では、解決策としてはどんなものがあるだろうか? まず政府と日本銀行が協調して財政政策と金融政策の拡大を行うべきだ。財政政策のかなめは、消費再増税の事実上の凍結であり、また消費低迷を打ち消すだけの減税(最善では消費減税)だ。これについては以下を参照されたい(http://ironna.jp/article/3028)。また財政面では長期国債の新規発行額を増やし、また同時に超長期国債の発行も重要だ。日本銀行の金融緩和政策は、政府の財政面での支援と両建てでないとおそらく効果は乏しいものになるだろう。 現状では、日本経済には「赤信号」が点灯しているが、その信号を早期に消灯しなければいけない。現状では、この数年の景気回復を背景にして、雇用状況は大幅に改善した。それをうけて、失業率と連動している自殺者数もピーク時に比べると大幅に減少した。その減少傾向はいまも続いている。しかし「赤信号」が長期化すれば、日本経済は再びデフレ経済に再帰してしまうだろう。そうなれば、再び数千人単位で新たに自殺者数が増加してしまう。景気が悪化すると、自殺者数が3割以上増えるという実証もある。 日本経済は20年以上、緊縮政策を続けることで、国民の生活を苦境に陥れ、またその人生の可能性の芽を摘んでしまった。その最たるものが(失業率と連動する)自殺者数の動向だ。この緊縮的政策スタンスの悪夢を再現してはならない。いままさに決断のときだ。

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    民進党の経済政策じゃ、また大停滞に逆戻り?

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 民主党と維新の党が合併して、党名を「民進党」として再出発した。各種世論調査をみると、民進党への支持率が、母体であった両党を合わせたものよりも低くなってしまっている。もちろん新しい政党への評価が定まるには時間を要するのが一般的だ。だが、私見では民進党には経済政策の面で、まったく期待できそうもない。 では、どんな政策を「民進党」は採用するのだろうか? 民進党のホームページには、「基本的政策合意」が掲載されている(https://www.minshin.jp/about-dp/policy-agreement)。この文章からわかるのは、規制改革や政府部門の縮小(小さな政府)を志向する構造改革路線が鮮明だということだ。構造改革(効率性)を追求することで経済成長を実現していく。そしてこの構造改革と同時に社会保障の充実という再分配政策を追求するものになっている。基本的に、民主党政権発足のときの政策志向と変更はない。 例えば、最大の経済政策の論点である消費増税についての記述をみてみよう。「消費税10%への引き上げは、身を切る改革の前進と社会保障の充実を前提とする」と書いてある。この「身を切る改革」というのが、先の「小さな政府」の追求という構造改革路線である。つまり効率性の追求と再分配政策の強化がなければ、消費増税を否定するという考え方である。 また旧民主党、旧維新の党では、「軽減税率の導入を前提とした消費税増税に反対」ということも党の方針であった。軽減税率を含んだ税制改正関連法が3月29日に成立したことで、それを理由とした消費増税反対路線が、両党の立場になるはずであると、普通なら考えるところである。民進党結党大会では岡田克也代表が写ったポスターが飾られていた。自身のポスター前をたまたま通りかかった岡田代表=3月27日、東京・高輪のホテル(鈴木健児撮影) だが、どうも消費増税の反対が鮮明ではない。民進党の岡田克也代表が最近出たテレビでは、消費増税についての立場を明言することを避け、または秋にその立場を表明するなどとしている。もちろん岡田代表個人が、財政再建を重視するいわゆる「緊縮派」であり、また消費増税の予定通りの実施に前向きなのは、おそらく周知の事実だ。だが、軽減税率の導入を前提にした税制改正関連法が成立したからには、党として鮮明に消費増税に反対しないのは一貫性がないと批判されてもやむをえないだろう。なぜ景気への影響を無視するのか もっとも私は軽減税率の導入のあるなしを消費増税の賛否に結び付ける発想自体が、いまの日本経済を考えるときに間違っていると思う。 現状の日本経済と消費増税の関係を考える最大のポイントは、消費増税することで国民の暮らし向きが良くなるか悪くなるかである。その結論は、消費増税すればかならず国民の暮らし向きは悪くなる、ということだ。 まず国民の暮らし向きは、一人当たりの生活水準のことだが、これは短期的には現実のGDP(国内総生産)の大きさとその成長率に依存する。現状では、この現実のGDPの大きさが低迷し、また現実の成長率が失速している。その国内的な主因は民間の消費の低迷であり、また国際的には中国などの経済リスクの増加である。さらに重要なのは、経済の先行きを規定する予想実質利子率も最近、急上昇していることだ。例えば財務省が発表しているブレーク・イーブン・インフレ率を利用した実質金利を参照すると最近の急増がわかる(http://www.mof.go.jp/jgbs/topics/bond/10year_inflation-indexed/bei201602.pdf)。予想実質利子率が難しく感じる人は、単に「景気の気」を具体的に表すものと考えていい。「景気の気」が低下する(=予想実質利子率が上昇する)と、民間の投資や消費が冷え込んでいく。それはさらに景気を下降させてしまうだろう。雇用状況は依然としていいが、「景気の気」が低下していけば、やがて雇用にも悪影響がでるだろう。そのような経済の深刻な局面で、消費増税を行えば経済はさらなる失速を避けることはできない。 いいかえると、消費増税をするかしないかの判断で、最も重視されるのは景気への影響だろう。もちろん消費税には逆進性の問題(簡単にいえば低所得者層ほどその負担が過大になり、現状の日本では経済格差の拡大に寄与する)という深刻な欠点がある。そもそも消費税増税が社会保障の目的税化になっていることにも問題点が多い。だが、これらの論争点はとりあえずおいても、消費増税の景気への悪影響は決定的で重大なものになる。 だが、民進党の経済政策では、「身を切る改革の前進と社会保障の充実」や軽減税率との関係が重視されていても、景気との関係はまったく無視されている。むしろ「身を切る改革」を公務員の給料カットなどの形で行えば、政府からのお金の流れが減少することで、景気の下降局面にある日本経済には悪影響しかないだろう。 前回の連載記事(http://ironna.jp/article/3028)で解説したように、日本が長期停滞にまた戻らないためには、民進党が推し進める構造改革路線と社会保障の充実路線ではなく、通常のマクロ経済政策(積極的な金融政策と財政政策)が必要だ。社会保障の充実は、このマクロ経済政策による経済状況の改善の中で実現されるべきだ。 だが、民進党の経済政策には、この当たり前の財政・金融政策の組み合わせがまったく欠如している。基本的に(財政再建を中心とした)緊縮政策を志向する政党といっていだろう。緊縮をすすめるなかで、社会保障を充実すれば、どうなるか? その答えを十分に日本の国民は過去の民主党政権時代に経験したのではないだろうか? 欧米では、保守的な政治勢力に対する対抗軸として、リベラル側が拡張的な財政・金融政策を高々と掲げ、支持を集めている。それに対して、日本の自称「リベラル」勢力はまったく逆向きの緊縮政策を追求しているようにしか思えない。ここに日本の政治構造の不幸のひとつがあるのだろう。

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    増税先送りは当然! 消費減税こそ日本経済を救う

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で、審査員特別賞と観客賞を受賞した映画『脱脱脱脱17』は、高校三年生の松本花奈氏が監督したことで話題になった。若い才能が評価されることはとても嬉しいことだ。この『脱脱脱脱17』は、17歳のときからある事情で高校を卒業できないまま34歳になった男(ノブオ)と同級生の少女をめぐるドラマである。ノブオはなぜ20年近くも高校生のままなのか? そして彼はその状態を「脱出」することができるのだろうか? この映画のことを、知人の評論家中森明夫氏から聞いたときに、まっさきに思い出したのは、「失われた20年」といわれた日本経済の状況だ。日本経済は90年代から2012年頃まで長期の経済停滞を経験した。特に97年の経済危機以降は、本格的なデフレ(物価の継続的な下落)に陥り、日本は「デフレ不況」と称される状態になってしまった。1998年1月生まれの松本監督はいわば、デフレ不況=失われた20年の中で生まれ育ったといえるだろう。映画の主人公のように、日本は「デフレ不況」という状態から脱出することができないまま、年齢を重ねて(少子高齢化して)いった。『脱脱脱脱17』は、そんな日本が長くおかれた状態の比喩としてみることも可能かもしれない。 ところで安倍晋三氏が2012年秋の自民党総裁選で勝利して以降、「デフレ不況」脱出を意図したリフレ政策を採用してきた。「リフレ」というのは、デフレを脱し前年比2%程度の物価水準を目標にすることで、経済の活性化(雇用や経済成長の安定化)を実現する政策のことである。世に言う「アベノミクス」とはこのリフレ政策を核にするものだ。 早稲田大学教授の若田部昌澄氏は、「政権交代の起こった2012年10-12月期と、(消費税増税の駆け込み需要が発生した2014年1-3月期の直前である)2013年10-12月期までの実質GDP(名目GDPから物価上昇分を差し引いたもの)を比べると、2.6%の成長を果たし」、リーマンショック以前の実質GDPの水準に戻ったと指摘している(『ネオアベノミクスの論点』PHP新書、36頁)。つまりアベノミクスは消費税増税の影響が表れる前までは、経済の活性化に威力を発揮したことに疑いがなかった。国際金融経済分析会合(第1回)であいさつするスティグリッツ教授(左)。右は日銀の黒田東彦総裁=3月16日午前、首相官邸(斎藤良雄撮影) またしばしば「アベノミクスはトリクルダウン理論に依存している政策だ」という批判を目にする。この「トリクルダウン理論」というのは、富裕層や大企業が(アベノミクスの成果である)株高や円安によって儲けることで、その「おこぼれ」が所得中間層から下位層に滴り落ちてくることで経済拡大を目指すという考え方だ。ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏(コロンビア大教授)は、このトリクルダウン理論を「新自由主義」や「市場原理主義」に基づく間違った政策だとして徹底的に批判している。スティグリッツ氏によれば、トリクルダウン政策を実施しても、実際には富裕層からの「滴り」は生じておらず、富裕層や大企業のみがますます富み、それ以外の者たちはより貧しくなることで経済格差が深刻になると非難している。日本のアベノミクス批判者たちは、アベノミクス(リフレ政策)を、この起こりもしないトリクルダウン効果に依存した、経済格差を拡大してしまう危険な政策だとみなしている。「リフレ政策では経済を活性化できない」批判に応える だが、先ほどのアベノミクス発動最初の一年の実績(2.6%の高い成長)の中身をみてみると、アベノミクスはトリクルダウン理論とは大きく異なる性格をもっている。まず日本銀行が2%のインフレ目標の実現をめざし、大規模な量的緩和政策を採用したことによって急速に円安、株高が進行した(実際には安倍政権が確実視された12年秋から円安・株高は本格化していた)。また公共事業中心の大規模な財政政策も機動した。この金融政策と財政政策の本格的な拡大政策によって、日本経済は目覚ましく好転していった。 特に経済を引っ張ったのは、金融政策がもたらした株高や円安による「資産効果」である。12年11月から13年終わりにかけて日経平均株価は約70%の増加、為替レートは対ドルで25%ほど円安が進んでいた。株高と円安は人々の保有する金融資産を増加させ、消費を刺激した。2012年10-12月期から13年10-12月期までの一年間の高い成長は、この消費増加と、財政政策による公共投資の増加、円安による輸出増加(ただし輸入も増加しているので効果は限定的)によって牽引された。また設備投資も堅調な動きだった。資産効果はもちろん株などを保有している所得階層でも上位の人たちに顕著に表れている。ここだけ見ると、スティグリッツ氏の批判したトリクルダウン効果とまったく同じである。だが、アベノミクスを評価するときに、なぜか批判者たちが見落としているのが、雇用状況の改善である。2012年10-12月期から雇用状況も好転していく。一般に雇用は経済の実態を遅く反映するとされているが、今回は雇用の改善スピードも速かった。 企業など労働の需要側が、将来に対する展望を改善することで、積極的に雇用を増加させていった。実際に完全失業率は政権交代期では4%真ん中だったものが、一年後では3%半ばまで減少した。また有効求人倍率も大幅に改善した(2割程度の改善)。この雇用状況の改善は現在まで持続的に続いている。特に不況の中で職探し自体を断念していた人たち(パートやアルバイトを探していた主婦層等や、再雇用先を求めていた高齢者)が、消費増税の効果が表れるまでは、雇用回復の主役であった。また学卒者の雇用状況も大幅に改善している。つまり労働市場で金銭的な待遇面(経済的勢力という)や社会的な評価(経済外的勢力という)で不利な立場におかれやすい、雇用弱者の立場が真っ先に大幅改善したのが、アベノミクス最初の一年の成果であった。雇用の改善は、もちろん経済成長の成果でもあるし、また同時に経済成長自体を底支えする基盤でもある。 まとめると、アベノミクスは経済を上からも下からも両方で改善し、それが消費増税の効果が顕著になる2014年1月までの高い経済成長をもたらしたといえるのである。そのため、トリクルダウン理論に手厳しいスティグリッツ氏ではあるが、アベノミクスの基本的な方向性には高い評価を与えている。 なぜここまで(消費増税の効果が現れるまでの)アベノミクスの成果を事細かに解説したかというと、「リフレ政策の支持者は、消費増税の悪影響を強調するが、アベノミクス=リフレ政策にはたして経済を活性化する能力があったのだろうか」という批判をしばしば目にするからである。それに対する答えはいま解説したように、「とてもあった」というのが答えである。そして拡張的な金融・財政政策の両輪からなるアベノミクス(=リフレ政策)がそのまま継続していけば、経済成長は安定化し、いまだに堅調な雇用状況はさらに改善しただろう(例えば名目賃金の大幅改善・実質賃金の増加、完全失業率の2%台への低下、正規雇用増加の本格化、ブラック企業の淘汰の一層の加速など)。「商品券ばらまき」では解決にならない このリフレ政策に大きくブレーキをかけ、2014年の経済成長率をマイナスにおとしいれ、さらに15年も(推測だが)0%程度でしかない低成長に落とし込んだのが、消費の低迷、その原因としての14年4月からの消費増税の影響である。片岡剛士氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員)は、2014年4月以降、家計消費はL字型に大きく落ち込み、そのまま回復せずに消費は低迷したままだと指摘している。そして消費の落ち込みが、この二年余りの経済低迷の主因でもある。しかも片岡氏は、2015年秋以降は、さらに家計消費は落ち込みはじめ、「消費の底割れ」が見られるという(「消費低迷の特効薬」を考える http://www.murc.jp/thinktank/rc/column/kataoka/column/kataoka160304)。リーマン・ショック級のような出来事が起らなければ、消費再増税を明言している安倍首相(斎藤良雄撮影) この「消費の底割れ」の原因は、それまでの消費増税によるL字型への消費落ち込みの継続に加えて、15年7月から顕在化した世界同時株安による資産効果の縮減が大きく寄与しているだろう。また現状では堅調なままの(ただし改善の余地は前述したように大きくある)雇用状況も、経済低迷が今後も続き、また中国経済の減速など国際環境の変化などを踏まえると悪化の可能性が否定できない。まさに日本経済は再び「失われた20年」に逆戻りする瀬戸際に立っているだろう。そしてこの状況は、政策サイドが何もしないでは悪化することはあれ、改善することはない。 特に来年度に予定されている消費税の10%への再引き上げは、日本経済の息の根をとめかねないインパクトをもたらすだろう。政府の「国際金融経済分析会合」に招かれたスティグリッツ氏や、ポール・クルーグマン氏(ニューヨーク市立大学大学院教授、ノーベル経済学賞受賞者)は口をそろえて、安倍首相らに消費増税の先送り(スキップ)を提言している。と同時に、消費増税(財政緊縮)ではなく、いまの日本の状況では財政拡大こそが望まれるとしている。もちろん金融緩和の継続、そして追加緩和も早急に必要とされるだろう。 最近の政府首脳サイドの発言をみると、消費増税のスキップをするハードルが徐々に引き下がっている印象がある。安倍首相は以前はリーマンショック並みの経済危機がないかぎり再増税を行うとしたが、最近では菅官房長官の発言では税収低下や株価下落などが再増税見送りのシグナルになっている。世論調査をみても、消費税再増税見送りを支持する意見は圧倒的多数だ。むしろ、安倍政権が再増税すること自体が、サプライズともいえる状況が生まれつつあるといえるだろう。 だが、仮に消費再増税が再び先送りになったとしてもそれは経済状況の確実な破たんを回避しただけであって、現状の消費低迷、経済低迷を治す処方箋ではない。消費低迷の原因が、消費増税なのだから、抜本的な政策は「消費減税」であるはずだ。望まれる消費減税の幅は3%だろう。最近では、財務省の支配下にあるといっていい経済財政諮問会議から若年層向けの商品券をばらまく政策が、消費低迷の対策として提起されてきている。だが、この政策の効果はきわめて限定的だ。なぜなら消費の低迷が持続しているのは、消費増税が持続的な悪影響をもっているからである。その持続的な効果を打ち消すのに、一時的(単年度)の商品券ばらまき政策はほとんど効果をもたないだろう。同じことが一時的な給付金や減税政策にもいえる。 現状の日本経済を救済できるのは、継続的な効果のある財政政策(最善は3%の消費減税、次善の策としては持続的な(複数年度にまたがる)減税と給付金政策)と、さらなる追加緩和政策(最善はインフレ目標の引き上げ、名目国民所得ターゲット政策の採用)である。 政策の舞台は、消費増税のスキップは当然(仮にすれば日本経済は再び大停滞へ、安倍政権は終焉、続く政権も短命化必至)で、むしろ消費減税にその力点は移りつつあるといえるだろう。

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    韓国経済、「失われた20年」への招待状

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先日、韓国の公営放送KBSから取材をうけた。題材は「韓国経済は日本と同じように失われた20年に陥るのだろうか」というものだった。私の答えは明瞭で、このままの政策を続ければ確実にイエスであった。 2015年の経済成長率は、政府の目標成長率である3.1%を下回る2.6%であり、朴槿恵政権が発足してからの平均成長率は2.9%と過去の政権の中でも低レベルな成果しかあげていない。98年のアジア経済危機以降では、歴代政権の中で最低の平均成長率だともしばしば批判されている。 また経済の減速は、実感レベルでは特に顕著であり、「ヘル朝鮮」(地獄のような韓国)という流行語までも生み出している。実際に失業率は3.6%だが、若年層の失業率は過去最高の9.2%にまで達している。どの経済でもある程度共通しているが、新卒などの若者、主婦層などの女性、高齢者などは、労働市場での交渉力が弱く、また社会的評価(経済外的勢力という)が低いために、不利な雇用環境に直面しやすい。韓国でも経済失速の重しが、雇用弱者である若者層に強くのしかかっている。また職を探しても見つからないので断念してしまう、「求職意欲喪失者」も増加している。韓国の真の失業率は、「求職意欲喪失者」などを含めると二けた近いだろう。働く能力が著しく低い社員を企業が解雇できるという政府の方針に抗議し集会を開く労組員ら=1月25日、韓国・ソウル(共同) 経済評論家の上念司は、ニールセン(米国の調査会社)の公表した消費者信頼感指数を利用して、韓国の景気停滞への実感は、ちょうど日本でいえば東日本大震災と長期不況が重なった2011、12年頃に該当するだろうと指摘している。また韓国の四大財閥が擁する企業群も不振であり、サムスン電子、現代自動車、LG電子などの主要企業の減益が顕著である。 このような経済の停滞をうけて、韓国では「日本化」(90年代後半からの20年に及ぶ経済停滞=失われた20年)を警戒する論調が盛んになっている。また韓国の朴大統領をはじめとする政策当事者、経済学者やエコノミストたち主流派の意見は、この韓国の経済低迷の主因を「構造的要因」に求めているのが一般的だ。 例えば、韓国銀行(中央銀行)が公表した論文では、韓国が21世紀になってから次第に低成長に移行していく過程を、全要素生産性の低下として解説している。全要素生産性とは、ある国が一定の資本や労働の下でどれだけ効率的に財やサービスを生み出すことができるかを示す指標である(生産性パラメーター、効率性パラメーターなどともいう)。日本とダブり始めた低迷原因の仮説 全要素生産性が低下しているということは、人間の体でたとえると肉体の節々に老廃物がたまり、次第に疲労が募り、十分に自分の体を動かすことができなくなることに似ている。韓国での主流の意見は、この老廃物がたまりやすいのは、生活習慣のため(構造的問題)であり、これを徹底的に鍛え直すことが重要だというものだ。日本でも「失われた20年」で一貫して唱え続けられてきた「構造問題仮説」の韓国版である。この構造問題仮説は、例えば韓国の代表的企業がグローバル経済に対応できなくなり、旧来型の産業構造が温存されているためだとする「グローバル構造不況説」、または韓国の消費者たちが新しいイノベーションを伴った製品が現れないために飽きてしまったとする「消費飽和説」などとして、政策レベルで議論されている。日本でいうと、小泉純一郎政権発足間もないころに標語になっていた「構造改革なくして景気回復なし」と同じ議論である。そして小泉政権の時もそうだったが、韓国経済の最近の低迷もまた構造問題説でとらえるのは端的に間違いである。 一国の経済は総供給(財やサービスの生産側)と総需要(財やサービスを実際に求める側)とに分けて考えるのが妥当である。いまの韓国経済の状況は、総需要(消費、投資、政府支出、純輸出)が不足している状況が継続している。先ほどの構造問題というのは、すべて生産する側をいかに効率化するかという問題である。総需要不足が問題の核心であるならば、いくら生産する側を効率化しても事態は改善しない。例えば売上げ不振に悩む企業がそのためにリストラをして生産の効率化をすすめれば、当然に解雇された人たちの所得は大幅に減少する。そのためその人たちの消費が低下し、それはまた企業の売上に響いてくるだろう。 朴大統領自身もしばしば韓国の労働市場の「構造改革」をすすめることを今般の停滞の打開策のひとつとしている。先ほどの若年層の失業率の急上昇を抑制するために、賃金ピーク制の導入を進めたい考えだ。韓国では60歳以上の定年延長が義務化され、これに対応して延長された年限に応じて賃金を下方調整していく仕組みである。これで企業側の若い労働者の採用コストを低めようという狙いだ。しかしこのような構造改革では経済停滞は脱出できない。 総需要不足に原因があるのは、実は上記した一連の経済データから明らかである。朴政権になってからの経済成長率の低下、失業率の累増、そして加えるにデフレ突入を懸念されるインフレ率の低下といった現象を同時に説明できるのは、総需要不足でしかありえないからだ(詳細は、野口旭・田中秀臣『構造改革論の誤解』東洋経済新報社参照)。実際にOECDの統計では、2012年度以降、総供給(潜在GDP)と総需要の開きは拡大する一方である。 実は日本でも90年代から、経済成長率の低迷、失業率の高止まり、低インフレからデフレへの長期継続といった現象が観測されてきた。消費や投資など総需要不足が原因なのは疑いなかった。だが、政策の現場やマスコミなどでは構造問題仮説が主流であり、そのため経済の無駄をなくせの大合唱のもと、構造改革が推し進められてきた。このことは単に政策のミスマッチでしかない。このミスマッチを解消する方向に政策の舵を切られたのが、第二次安倍晋三政権、つまりアベノミクス採用後である。朴政権と韓国銀行に蔓延している間違った政策観 なんで「失われた20年」にも及ぶほど、日本は正しい経済政策をとりえなかったのだろうか。簡単にいうとそれは財務省・日本銀行が政策のミスを認めたくなかったこと、そしてそれに事実上の支援を続けた日本の政治家たちに原因がある。 同じことがいまの韓国経済にもいえる。問題の本質は総需要不足にあるならば、構造改革は問題解決になりえないどころか、解決を遅らせるだけ害をもたらす政策思想である(既得観念ともいう)。中国経済の景気後退は韓国の輸出に大きなダメージを与え、それはまた韓国の総需要を低下させる。また昨年のMERS(中東呼吸器症候群)による売り上げや観光客減少などももちろん無視することはできない。しかしチャイナショックもMERSショックもたかだか昨年からの出来事であり、ここ数年も続く低迷を説明することは困難である。経済分野の会議で声を張り上げ不満を爆発させた韓国の朴槿恵大統領=2月24日、ソウルの青瓦台(聯合=共同) 例えば、韓国銀行はインフレ目標政策(3%±1%)を採用しているが、朴政権誕生後、そこから逸脱し、デフレが懸念される状況を放置している。度重なる金利低下を韓国銀行は採用をしているが、日本がアベノミクス下で行った大胆な金融緩和で目標インフレ率の回復を目指すという意思に乏しい。事実上の“非”緩和スタンスのため、為替レート市場では一貫してウォン高が進行している。これが韓国の代表的な企業の「国際競争力」を著しく低下させていることは疑いない。 では、なぜ韓国は大胆な金融緩和政策を採用することができないのか? それは大胆な金融緩和を行えば、一挙にウォン安が加速する。そうなるとウォン建ての資産の魅力が急減し、海外の投資家たちが韓国市場からひきあげてしまい、株価などが大幅に下落することを、政府と中央銀行が恐れている、というのが日本のいわゆるリフレ派論者の見方だ(代表的には、高橋洋一、上念司、片岡剛士ら)。もちろんいまの事態を放置してしまえば、緩やかに韓国は長期停滞に埋没していくだろう。それはアジア経済危機のときのような劇的なものではなく、日本がかって体験したように持続的に緩やかに経済がダメになっていくのである。 日本の論者には、韓国が大胆な金融緩和政策を行えないのは、日韓スワップ協定などで潤沢なドル資金を韓国に融通する枠組みに欠けているからだという指摘もある。たしかにその側面はあるかもしれないが、私見ではより深刻なのは、朴政権と韓国銀行に蔓延している間違った政策観(既得観念による構造問題仮説)である。この既得観念が政策当事者を拘束しているかぎり、韓国経済に「失われた20年」の招待状が届く日は目前である。