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    「円高シンドローム」が国民を殺すだろう

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本経済に赤信号が点灯している。 もちろん「アベノミクス失敗」であるとか、「失われた20年」に完全に戻ってしまったとか、あるいはより具体的に失業が激増したとか、倒産件数が急上昇とか、そういう現状ではまったくない。しかしこのまま事態を放置すれば、日本経済は間違いなく長期停滞に再帰してしまうだろう。 日本の経済低迷の主因はデフレとデフレ予想の定着にある。 デフレとはデフレーション(物価下落)のことであり、これは財やサービスの平均価格のことである。個々の商品の値段が下がることと区別することが重要で、例えば、吉野家の低価格商品として豚丼の復活が最近話題になったが、この豚丼の価格低下をデフレとはいわない。これは単にひとつの財の価格の低下であり、財やサービスの(代表的なものを組み合わせた)平均価格とは全く異なる概念である。 このデフレが進行する状態は、(日本経済の現状から)ざっくり言うと人々の財やサービスを購入するお金が不足するために生じている。具体的には民間の消費、投資、政府から出るお金、そして海外から入るお金の純増部分(輸出マイナス輸入)から構成されている。この経済全体での物を購入するお金の不足を「総需要不足」という。 日本のデフレはこの「総需要不足」が招いている。またより深刻なのは、このデフレが現在だけでなく将来にわたって続くと人々が予想する「デフレ予想」(デフレ期待)である。現在だけでなく将来にわたって、人々がモノを買うお金に不足する(これが経済全体で生じていることがポイント)と考えてしまうと、消費を控えるだろうし、また企業も売り上げの低迷を予想して投資活動を抑制するだろう。デフレ予想が続くと現在だけでなく将来の経済の低迷までも招いてしまうのである。 このデフレとデフレ予想は、経済に回るお金の量の不足とそれが今後も続くという予想のことだから、解決策は、現在のお金を増やし、将来のお金が増えるという予想を生み出すことに尽きる。これを言い換えたのが、インフレ目標を伴う金融緩和政策であり、積極的な財政政策である。「インフレ目標」は将来、デフレではなくインフレ(物価上昇)をもたらすほどお金を増やし続ける、という政策のスタンス(姿勢)を明確にするためのものであり、現在のいわゆるアベノミクスの基本中の基本的な政策ツールである。なぜ「円高」傾向が赤信号なのか さてこの基本ラインをおさえたうえで、現在の日本経済の「赤信号」をみておきたい。その問題点は、進行する円高(この原稿を書いている段階では1ドル107円台)と、年初からの株価の低落傾向である。特にここでは前者が重要だ。 「円高」傾向がなぜ赤信号か。簡単にいうと為替レートは異なる二国間(1ドル107円とは、ドルと円)の交換比率のことである。この為替レートは、二国間の通貨の総量の比率に等しい。違う考え方やより精緻な為替レートの決定理論があるが、現状の日本経済をシンプルにとらえるには、為替レートは二国間の通貨総量の比率で考えるのが、便利なのだ。例えば、米ドルの総量は変化しないまま、日本円の総量が減るとしよう。ドルに対して円の価値が高まるので、円高になる。この円高は、先ほどのデフレ(お金の不足)とデフレ予想(今後のお金の不足が続くこと)が蔓延する経済では生じやすい。実際に、アベノミクスが始動した2012年後半まで、(一時期を除いて)日本は円高が20年以上進行していた。これを「円高シンドローム」と呼んでいた。経済の病理的な現象とみなしていたのである。なぜ病理的か? それは経済に出回るお金の不足(これが円高傾向の原因)を治せるにもかかわらず、放置してしまっていた異常事態だからだ。 円の不足は、先ほども解説したように、日本銀行が基本的に解消する。その解消するという政策スタンスをみせて、消費者や投資家などの予想を変化させることも重要だ。重要度でいえば、政策スタンスの方が、実際のお金の供給量よりもはるかに上回る。 いまドルやユーロなど主要通貨に対して円高が加速しているということは、これは日本銀行や政府がお金を増やす政策ではなく、お金を引き締めてしまう政策(その方向性)を事実上採用していると、市場がみなしているからだ。もちろん他国のお金の供給に対する政策スタンスも重要である。例えば、米国経済では利上げ観測が遠のいている。また現状のマネタリーベース(米国の中央銀行が操作可能なお金の量)は減少ではなく、高め水準を維持したままだ。簡単にいうと米国は(いま説明したかぎりでの)緩和スタンスを維持している。欧州中央銀行やイングランド銀行の政策スタンスも緩和的だ。言い換えれば、それだけ世界経済は不安定化、脆弱化している。市場に緊縮政策のシグナルを送っている日本 これに対して、日本は諸外国に比べて、より「緊縮政策」を採用しているとみなされているのだ。その主因は、ふたつある。その最大のものは、まず消費増税だ。2014年の増税による現在時点での消費低迷。それに加えて来年に予想される消費再増税の姿勢がいまだに維持されていること。これらは将来の経済のさらなる低迷、つまりはデフレ予想をもたらすだろう。緊縮的な政策スタンスのシグナルは、円高傾向をもたらす。1ドル=108円台をつけた円相場を示すモニター=4月7日午後、東京・東新橋 二番目に、この消費増税と再増税という緊縮政策によって、日本銀行のインフレ目標という政策スタンスが妨害されていることだ。インフレ目標の達成がどんどん先送りされてしまうことは、人々の予想を不安定化させ、日本銀行の政策スタンスに対する信頼性を損ねてしまうだろう。現状の円高傾向という日本経済の「赤信号」の背景には、このような政策スタンスの毀損がある。 では、解決策としてはどんなものがあるだろうか? まず政府と日本銀行が協調して財政政策と金融政策の拡大を行うべきだ。財政政策のかなめは、消費再増税の事実上の凍結であり、また消費低迷を打ち消すだけの減税(最善では消費減税)だ。これについては以下を参照されたい(http://ironna.jp/article/3028)。また財政面では長期国債の新規発行額を増やし、また同時に超長期国債の発行も重要だ。日本銀行の金融緩和政策は、政府の財政面での支援と両建てでないとおそらく効果は乏しいものになるだろう。 現状では、日本経済には「赤信号」が点灯しているが、その信号を早期に消灯しなければいけない。現状では、この数年の景気回復を背景にして、雇用状況は大幅に改善した。それをうけて、失業率と連動している自殺者数もピーク時に比べると大幅に減少した。その減少傾向はいまも続いている。しかし「赤信号」が長期化すれば、日本経済は再びデフレ経済に再帰してしまうだろう。そうなれば、再び数千人単位で新たに自殺者数が増加してしまう。景気が悪化すると、自殺者数が3割以上増えるという実証もある。 日本経済は20年以上、緊縮政策を続けることで、国民の生活を苦境に陥れ、またその人生の可能性の芽を摘んでしまった。その最たるものが(失業率と連動する)自殺者数の動向だ。この緊縮的政策スタンスの悪夢を再現してはならない。いままさに決断のときだ。

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    民進党の経済政策じゃ、また大停滞に逆戻り?

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 民主党と維新の党が合併して、党名を「民進党」として再出発した。各種世論調査をみると、民進党への支持率が、母体であった両党を合わせたものよりも低くなってしまっている。もちろん新しい政党への評価が定まるには時間を要するのが一般的だ。だが、私見では民進党には経済政策の面で、まったく期待できそうもない。 では、どんな政策を「民進党」は採用するのだろうか? 民進党のホームページには、「基本的政策合意」が掲載されている(https://www.minshin.jp/about-dp/policy-agreement)。この文章からわかるのは、規制改革や政府部門の縮小(小さな政府)を志向する構造改革路線が鮮明だということだ。構造改革(効率性)を追求することで経済成長を実現していく。そしてこの構造改革と同時に社会保障の充実という再分配政策を追求するものになっている。基本的に、民主党政権発足のときの政策志向と変更はない。 例えば、最大の経済政策の論点である消費増税についての記述をみてみよう。「消費税10%への引き上げは、身を切る改革の前進と社会保障の充実を前提とする」と書いてある。この「身を切る改革」というのが、先の「小さな政府」の追求という構造改革路線である。つまり効率性の追求と再分配政策の強化がなければ、消費増税を否定するという考え方である。 また旧民主党、旧維新の党では、「軽減税率の導入を前提とした消費税増税に反対」ということも党の方針であった。軽減税率を含んだ税制改正関連法が3月29日に成立したことで、それを理由とした消費増税反対路線が、両党の立場になるはずであると、普通なら考えるところである。民進党結党大会では岡田克也代表が写ったポスターが飾られていた。自身のポスター前をたまたま通りかかった岡田代表=3月27日、東京・高輪のホテル(鈴木健児撮影) だが、どうも消費増税の反対が鮮明ではない。民進党の岡田克也代表が最近出たテレビでは、消費増税についての立場を明言することを避け、または秋にその立場を表明するなどとしている。もちろん岡田代表個人が、財政再建を重視するいわゆる「緊縮派」であり、また消費増税の予定通りの実施に前向きなのは、おそらく周知の事実だ。だが、軽減税率の導入を前提にした税制改正関連法が成立したからには、党として鮮明に消費増税に反対しないのは一貫性がないと批判されてもやむをえないだろう。なぜ景気への影響を無視するのか もっとも私は軽減税率の導入のあるなしを消費増税の賛否に結び付ける発想自体が、いまの日本経済を考えるときに間違っていると思う。 現状の日本経済と消費増税の関係を考える最大のポイントは、消費増税することで国民の暮らし向きが良くなるか悪くなるかである。その結論は、消費増税すればかならず国民の暮らし向きは悪くなる、ということだ。 まず国民の暮らし向きは、一人当たりの生活水準のことだが、これは短期的には現実のGDP(国内総生産)の大きさとその成長率に依存する。現状では、この現実のGDPの大きさが低迷し、また現実の成長率が失速している。その国内的な主因は民間の消費の低迷であり、また国際的には中国などの経済リスクの増加である。さらに重要なのは、経済の先行きを規定する予想実質利子率も最近、急上昇していることだ。例えば財務省が発表しているブレーク・イーブン・インフレ率を利用した実質金利を参照すると最近の急増がわかる(http://www.mof.go.jp/jgbs/topics/bond/10year_inflation-indexed/bei201602.pdf)。予想実質利子率が難しく感じる人は、単に「景気の気」を具体的に表すものと考えていい。「景気の気」が低下する(=予想実質利子率が上昇する)と、民間の投資や消費が冷え込んでいく。それはさらに景気を下降させてしまうだろう。雇用状況は依然としていいが、「景気の気」が低下していけば、やがて雇用にも悪影響がでるだろう。そのような経済の深刻な局面で、消費増税を行えば経済はさらなる失速を避けることはできない。 いいかえると、消費増税をするかしないかの判断で、最も重視されるのは景気への影響だろう。もちろん消費税には逆進性の問題(簡単にいえば低所得者層ほどその負担が過大になり、現状の日本では経済格差の拡大に寄与する)という深刻な欠点がある。そもそも消費税増税が社会保障の目的税化になっていることにも問題点が多い。だが、これらの論争点はとりあえずおいても、消費増税の景気への悪影響は決定的で重大なものになる。 だが、民進党の経済政策では、「身を切る改革の前進と社会保障の充実」や軽減税率との関係が重視されていても、景気との関係はまったく無視されている。むしろ「身を切る改革」を公務員の給料カットなどの形で行えば、政府からのお金の流れが減少することで、景気の下降局面にある日本経済には悪影響しかないだろう。 前回の連載記事(http://ironna.jp/article/3028)で解説したように、日本が長期停滞にまた戻らないためには、民進党が推し進める構造改革路線と社会保障の充実路線ではなく、通常のマクロ経済政策(積極的な金融政策と財政政策)が必要だ。社会保障の充実は、このマクロ経済政策による経済状況の改善の中で実現されるべきだ。 だが、民進党の経済政策には、この当たり前の財政・金融政策の組み合わせがまったく欠如している。基本的に(財政再建を中心とした)緊縮政策を志向する政党といっていだろう。緊縮をすすめるなかで、社会保障を充実すれば、どうなるか? その答えを十分に日本の国民は過去の民主党政権時代に経験したのではないだろうか? 欧米では、保守的な政治勢力に対する対抗軸として、リベラル側が拡張的な財政・金融政策を高々と掲げ、支持を集めている。それに対して、日本の自称「リベラル」勢力はまったく逆向きの緊縮政策を追求しているようにしか思えない。ここに日本の政治構造の不幸のひとつがあるのだろう。

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    増税先送りは当然! 消費減税こそ日本経済を救う

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今年のゆうばり国際ファンタスティック映画祭で、審査員特別賞と観客賞を受賞した映画『脱脱脱脱17』は、高校三年生の松本花奈氏が監督したことで話題になった。若い才能が評価されることはとても嬉しいことだ。この『脱脱脱脱17』は、17歳のときからある事情で高校を卒業できないまま34歳になった男(ノブオ)と同級生の少女をめぐるドラマである。ノブオはなぜ20年近くも高校生のままなのか? そして彼はその状態を「脱出」することができるのだろうか? この映画のことを、知人の評論家中森明夫氏から聞いたときに、まっさきに思い出したのは、「失われた20年」といわれた日本経済の状況だ。日本経済は90年代から2012年頃まで長期の経済停滞を経験した。特に97年の経済危機以降は、本格的なデフレ(物価の継続的な下落)に陥り、日本は「デフレ不況」と称される状態になってしまった。1998年1月生まれの松本監督はいわば、デフレ不況=失われた20年の中で生まれ育ったといえるだろう。映画の主人公のように、日本は「デフレ不況」という状態から脱出することができないまま、年齢を重ねて(少子高齢化して)いった。『脱脱脱脱17』は、そんな日本が長くおかれた状態の比喩としてみることも可能かもしれない。 ところで安倍晋三氏が2012年秋の自民党総裁選で勝利して以降、「デフレ不況」脱出を意図したリフレ政策を採用してきた。「リフレ」というのは、デフレを脱し前年比2%程度の物価水準を目標にすることで、経済の活性化(雇用や経済成長の安定化)を実現する政策のことである。世に言う「アベノミクス」とはこのリフレ政策を核にするものだ。 早稲田大学教授の若田部昌澄氏は、「政権交代の起こった2012年10-12月期と、(消費税増税の駆け込み需要が発生した2014年1-3月期の直前である)2013年10-12月期までの実質GDP(名目GDPから物価上昇分を差し引いたもの)を比べると、2.6%の成長を果たし」、リーマンショック以前の実質GDPの水準に戻ったと指摘している(『ネオアベノミクスの論点』PHP新書、36頁)。つまりアベノミクスは消費税増税の影響が表れる前までは、経済の活性化に威力を発揮したことに疑いがなかった。国際金融経済分析会合(第1回)であいさつするスティグリッツ教授(左)。右は日銀の黒田東彦総裁=3月16日午前、首相官邸(斎藤良雄撮影) またしばしば「アベノミクスはトリクルダウン理論に依存している政策だ」という批判を目にする。この「トリクルダウン理論」というのは、富裕層や大企業が(アベノミクスの成果である)株高や円安によって儲けることで、その「おこぼれ」が所得中間層から下位層に滴り落ちてくることで経済拡大を目指すという考え方だ。ノーベル経済学賞受賞者のジョセフ・スティグリッツ氏(コロンビア大教授)は、このトリクルダウン理論を「新自由主義」や「市場原理主義」に基づく間違った政策だとして徹底的に批判している。スティグリッツ氏によれば、トリクルダウン政策を実施しても、実際には富裕層からの「滴り」は生じておらず、富裕層や大企業のみがますます富み、それ以外の者たちはより貧しくなることで経済格差が深刻になると非難している。日本のアベノミクス批判者たちは、アベノミクス(リフレ政策)を、この起こりもしないトリクルダウン効果に依存した、経済格差を拡大してしまう危険な政策だとみなしている。「リフレ政策では経済を活性化できない」批判に応える だが、先ほどのアベノミクス発動最初の一年の実績(2.6%の高い成長)の中身をみてみると、アベノミクスはトリクルダウン理論とは大きく異なる性格をもっている。まず日本銀行が2%のインフレ目標の実現をめざし、大規模な量的緩和政策を採用したことによって急速に円安、株高が進行した(実際には安倍政権が確実視された12年秋から円安・株高は本格化していた)。また公共事業中心の大規模な財政政策も機動した。この金融政策と財政政策の本格的な拡大政策によって、日本経済は目覚ましく好転していった。 特に経済を引っ張ったのは、金融政策がもたらした株高や円安による「資産効果」である。12年11月から13年終わりにかけて日経平均株価は約70%の増加、為替レートは対ドルで25%ほど円安が進んでいた。株高と円安は人々の保有する金融資産を増加させ、消費を刺激した。2012年10-12月期から13年10-12月期までの一年間の高い成長は、この消費増加と、財政政策による公共投資の増加、円安による輸出増加(ただし輸入も増加しているので効果は限定的)によって牽引された。また設備投資も堅調な動きだった。資産効果はもちろん株などを保有している所得階層でも上位の人たちに顕著に表れている。ここだけ見ると、スティグリッツ氏の批判したトリクルダウン効果とまったく同じである。だが、アベノミクスを評価するときに、なぜか批判者たちが見落としているのが、雇用状況の改善である。2012年10-12月期から雇用状況も好転していく。一般に雇用は経済の実態を遅く反映するとされているが、今回は雇用の改善スピードも速かった。 企業など労働の需要側が、将来に対する展望を改善することで、積極的に雇用を増加させていった。実際に完全失業率は政権交代期では4%真ん中だったものが、一年後では3%半ばまで減少した。また有効求人倍率も大幅に改善した(2割程度の改善)。この雇用状況の改善は現在まで持続的に続いている。特に不況の中で職探し自体を断念していた人たち(パートやアルバイトを探していた主婦層等や、再雇用先を求めていた高齢者)が、消費増税の効果が表れるまでは、雇用回復の主役であった。また学卒者の雇用状況も大幅に改善している。つまり労働市場で金銭的な待遇面(経済的勢力という)や社会的な評価(経済外的勢力という)で不利な立場におかれやすい、雇用弱者の立場が真っ先に大幅改善したのが、アベノミクス最初の一年の成果であった。雇用の改善は、もちろん経済成長の成果でもあるし、また同時に経済成長自体を底支えする基盤でもある。 まとめると、アベノミクスは経済を上からも下からも両方で改善し、それが消費増税の効果が顕著になる2014年1月までの高い経済成長をもたらしたといえるのである。そのため、トリクルダウン理論に手厳しいスティグリッツ氏ではあるが、アベノミクスの基本的な方向性には高い評価を与えている。 なぜここまで(消費増税の効果が現れるまでの)アベノミクスの成果を事細かに解説したかというと、「リフレ政策の支持者は、消費増税の悪影響を強調するが、アベノミクス=リフレ政策にはたして経済を活性化する能力があったのだろうか」という批判をしばしば目にするからである。それに対する答えはいま解説したように、「とてもあった」というのが答えである。そして拡張的な金融・財政政策の両輪からなるアベノミクス(=リフレ政策)がそのまま継続していけば、経済成長は安定化し、いまだに堅調な雇用状況はさらに改善しただろう(例えば名目賃金の大幅改善・実質賃金の増加、完全失業率の2%台への低下、正規雇用増加の本格化、ブラック企業の淘汰の一層の加速など)。「商品券ばらまき」では解決にならない このリフレ政策に大きくブレーキをかけ、2014年の経済成長率をマイナスにおとしいれ、さらに15年も(推測だが)0%程度でしかない低成長に落とし込んだのが、消費の低迷、その原因としての14年4月からの消費増税の影響である。片岡剛士氏(三菱UFJリサーチ&コンサルティング経済・社会政策部主任研究員)は、2014年4月以降、家計消費はL字型に大きく落ち込み、そのまま回復せずに消費は低迷したままだと指摘している。そして消費の落ち込みが、この二年余りの経済低迷の主因でもある。しかも片岡氏は、2015年秋以降は、さらに家計消費は落ち込みはじめ、「消費の底割れ」が見られるという(「消費低迷の特効薬」を考える http://www.murc.jp/thinktank/rc/column/kataoka/column/kataoka160304)。リーマン・ショック級のような出来事が起らなければ、消費再増税を明言している安倍首相(斎藤良雄撮影) この「消費の底割れ」の原因は、それまでの消費増税によるL字型への消費落ち込みの継続に加えて、15年7月から顕在化した世界同時株安による資産効果の縮減が大きく寄与しているだろう。また現状では堅調なままの(ただし改善の余地は前述したように大きくある)雇用状況も、経済低迷が今後も続き、また中国経済の減速など国際環境の変化などを踏まえると悪化の可能性が否定できない。まさに日本経済は再び「失われた20年」に逆戻りする瀬戸際に立っているだろう。そしてこの状況は、政策サイドが何もしないでは悪化することはあれ、改善することはない。 特に来年度に予定されている消費税の10%への再引き上げは、日本経済の息の根をとめかねないインパクトをもたらすだろう。政府の「国際金融経済分析会合」に招かれたスティグリッツ氏や、ポール・クルーグマン氏(ニューヨーク市立大学大学院教授、ノーベル経済学賞受賞者)は口をそろえて、安倍首相らに消費増税の先送り(スキップ)を提言している。と同時に、消費増税(財政緊縮)ではなく、いまの日本の状況では財政拡大こそが望まれるとしている。もちろん金融緩和の継続、そして追加緩和も早急に必要とされるだろう。 最近の政府首脳サイドの発言をみると、消費増税のスキップをするハードルが徐々に引き下がっている印象がある。安倍首相は以前はリーマンショック並みの経済危機がないかぎり再増税を行うとしたが、最近では菅官房長官の発言では税収低下や株価下落などが再増税見送りのシグナルになっている。世論調査をみても、消費税再増税見送りを支持する意見は圧倒的多数だ。むしろ、安倍政権が再増税すること自体が、サプライズともいえる状況が生まれつつあるといえるだろう。 だが、仮に消費再増税が再び先送りになったとしてもそれは経済状況の確実な破たんを回避しただけであって、現状の消費低迷、経済低迷を治す処方箋ではない。消費低迷の原因が、消費増税なのだから、抜本的な政策は「消費減税」であるはずだ。望まれる消費減税の幅は3%だろう。最近では、財務省の支配下にあるといっていい経済財政諮問会議から若年層向けの商品券をばらまく政策が、消費低迷の対策として提起されてきている。だが、この政策の効果はきわめて限定的だ。なぜなら消費の低迷が持続しているのは、消費増税が持続的な悪影響をもっているからである。その持続的な効果を打ち消すのに、一時的(単年度)の商品券ばらまき政策はほとんど効果をもたないだろう。同じことが一時的な給付金や減税政策にもいえる。 現状の日本経済を救済できるのは、継続的な効果のある財政政策(最善は3%の消費減税、次善の策としては持続的な(複数年度にまたがる)減税と給付金政策)と、さらなる追加緩和政策(最善はインフレ目標の引き上げ、名目国民所得ターゲット政策の採用)である。 政策の舞台は、消費増税のスキップは当然(仮にすれば日本経済は再び大停滞へ、安倍政権は終焉、続く政権も短命化必至)で、むしろ消費減税にその力点は移りつつあるといえるだろう。

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    韓国経済、「失われた20年」への招待状

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先日、韓国の公営放送KBSから取材をうけた。題材は「韓国経済は日本と同じように失われた20年に陥るのだろうか」というものだった。私の答えは明瞭で、このままの政策を続ければ確実にイエスであった。 2015年の経済成長率は、政府の目標成長率である3.1%を下回る2.6%であり、朴槿恵政権が発足してからの平均成長率は2.9%と過去の政権の中でも低レベルな成果しかあげていない。98年のアジア経済危機以降では、歴代政権の中で最低の平均成長率だともしばしば批判されている。 また経済の減速は、実感レベルでは特に顕著であり、「ヘル朝鮮」(地獄のような韓国)という流行語までも生み出している。実際に失業率は3.6%だが、若年層の失業率は過去最高の9.2%にまで達している。どの経済でもある程度共通しているが、新卒などの若者、主婦層などの女性、高齢者などは、労働市場での交渉力が弱く、また社会的評価(経済外的勢力という)が低いために、不利な雇用環境に直面しやすい。韓国でも経済失速の重しが、雇用弱者である若者層に強くのしかかっている。また職を探しても見つからないので断念してしまう、「求職意欲喪失者」も増加している。韓国の真の失業率は、「求職意欲喪失者」などを含めると二けた近いだろう。働く能力が著しく低い社員を企業が解雇できるという政府の方針に抗議し集会を開く労組員ら=1月25日、韓国・ソウル(共同) 経済評論家の上念司は、ニールセン(米国の調査会社)の公表した消費者信頼感指数を利用して、韓国の景気停滞への実感は、ちょうど日本でいえば東日本大震災と長期不況が重なった2011、12年頃に該当するだろうと指摘している。また韓国の四大財閥が擁する企業群も不振であり、サムスン電子、現代自動車、LG電子などの主要企業の減益が顕著である。 このような経済の停滞をうけて、韓国では「日本化」(90年代後半からの20年に及ぶ経済停滞=失われた20年)を警戒する論調が盛んになっている。また韓国の朴大統領をはじめとする政策当事者、経済学者やエコノミストたち主流派の意見は、この韓国の経済低迷の主因を「構造的要因」に求めているのが一般的だ。 例えば、韓国銀行(中央銀行)が公表した論文では、韓国が21世紀になってから次第に低成長に移行していく過程を、全要素生産性の低下として解説している。全要素生産性とは、ある国が一定の資本や労働の下でどれだけ効率的に財やサービスを生み出すことができるかを示す指標である(生産性パラメーター、効率性パラメーターなどともいう)。日本とダブり始めた低迷原因の仮説 全要素生産性が低下しているということは、人間の体でたとえると肉体の節々に老廃物がたまり、次第に疲労が募り、十分に自分の体を動かすことができなくなることに似ている。韓国での主流の意見は、この老廃物がたまりやすいのは、生活習慣のため(構造的問題)であり、これを徹底的に鍛え直すことが重要だというものだ。日本でも「失われた20年」で一貫して唱え続けられてきた「構造問題仮説」の韓国版である。この構造問題仮説は、例えば韓国の代表的企業がグローバル経済に対応できなくなり、旧来型の産業構造が温存されているためだとする「グローバル構造不況説」、または韓国の消費者たちが新しいイノベーションを伴った製品が現れないために飽きてしまったとする「消費飽和説」などとして、政策レベルで議論されている。日本でいうと、小泉純一郎政権発足間もないころに標語になっていた「構造改革なくして景気回復なし」と同じ議論である。そして小泉政権の時もそうだったが、韓国経済の最近の低迷もまた構造問題説でとらえるのは端的に間違いである。 一国の経済は総供給(財やサービスの生産側)と総需要(財やサービスを実際に求める側)とに分けて考えるのが妥当である。いまの韓国経済の状況は、総需要(消費、投資、政府支出、純輸出)が不足している状況が継続している。先ほどの構造問題というのは、すべて生産する側をいかに効率化するかという問題である。総需要不足が問題の核心であるならば、いくら生産する側を効率化しても事態は改善しない。例えば売上げ不振に悩む企業がそのためにリストラをして生産の効率化をすすめれば、当然に解雇された人たちの所得は大幅に減少する。そのためその人たちの消費が低下し、それはまた企業の売上に響いてくるだろう。 朴大統領自身もしばしば韓国の労働市場の「構造改革」をすすめることを今般の停滞の打開策のひとつとしている。先ほどの若年層の失業率の急上昇を抑制するために、賃金ピーク制の導入を進めたい考えだ。韓国では60歳以上の定年延長が義務化され、これに対応して延長された年限に応じて賃金を下方調整していく仕組みである。これで企業側の若い労働者の採用コストを低めようという狙いだ。しかしこのような構造改革では経済停滞は脱出できない。 総需要不足に原因があるのは、実は上記した一連の経済データから明らかである。朴政権になってからの経済成長率の低下、失業率の累増、そして加えるにデフレ突入を懸念されるインフレ率の低下といった現象を同時に説明できるのは、総需要不足でしかありえないからだ(詳細は、野口旭・田中秀臣『構造改革論の誤解』東洋経済新報社参照)。実際にOECDの統計では、2012年度以降、総供給(潜在GDP)と総需要の開きは拡大する一方である。 実は日本でも90年代から、経済成長率の低迷、失業率の高止まり、低インフレからデフレへの長期継続といった現象が観測されてきた。消費や投資など総需要不足が原因なのは疑いなかった。だが、政策の現場やマスコミなどでは構造問題仮説が主流であり、そのため経済の無駄をなくせの大合唱のもと、構造改革が推し進められてきた。このことは単に政策のミスマッチでしかない。このミスマッチを解消する方向に政策の舵を切られたのが、第二次安倍晋三政権、つまりアベノミクス採用後である。朴政権と韓国銀行に蔓延している間違った政策観 なんで「失われた20年」にも及ぶほど、日本は正しい経済政策をとりえなかったのだろうか。簡単にいうとそれは財務省・日本銀行が政策のミスを認めたくなかったこと、そしてそれに事実上の支援を続けた日本の政治家たちに原因がある。 同じことがいまの韓国経済にもいえる。問題の本質は総需要不足にあるならば、構造改革は問題解決になりえないどころか、解決を遅らせるだけ害をもたらす政策思想である(既得観念ともいう)。中国経済の景気後退は韓国の輸出に大きなダメージを与え、それはまた韓国の総需要を低下させる。また昨年のMERS(中東呼吸器症候群)による売り上げや観光客減少などももちろん無視することはできない。しかしチャイナショックもMERSショックもたかだか昨年からの出来事であり、ここ数年も続く低迷を説明することは困難である。経済分野の会議で声を張り上げ不満を爆発させた韓国の朴槿恵大統領=2月24日、ソウルの青瓦台(聯合=共同) 例えば、韓国銀行はインフレ目標政策(3%±1%)を採用しているが、朴政権誕生後、そこから逸脱し、デフレが懸念される状況を放置している。度重なる金利低下を韓国銀行は採用をしているが、日本がアベノミクス下で行った大胆な金融緩和で目標インフレ率の回復を目指すという意思に乏しい。事実上の“非”緩和スタンスのため、為替レート市場では一貫してウォン高が進行している。これが韓国の代表的な企業の「国際競争力」を著しく低下させていることは疑いない。 では、なぜ韓国は大胆な金融緩和政策を採用することができないのか? それは大胆な金融緩和を行えば、一挙にウォン安が加速する。そうなるとウォン建ての資産の魅力が急減し、海外の投資家たちが韓国市場からひきあげてしまい、株価などが大幅に下落することを、政府と中央銀行が恐れている、というのが日本のいわゆるリフレ派論者の見方だ(代表的には、高橋洋一、上念司、片岡剛士ら)。もちろんいまの事態を放置してしまえば、緩やかに韓国は長期停滞に埋没していくだろう。それはアジア経済危機のときのような劇的なものではなく、日本がかって体験したように持続的に緩やかに経済がダメになっていくのである。 日本の論者には、韓国が大胆な金融緩和政策を行えないのは、日韓スワップ協定などで潤沢なドル資金を韓国に融通する枠組みに欠けているからだという指摘もある。たしかにその側面はあるかもしれないが、私見ではより深刻なのは、朴政権と韓国銀行に蔓延している間違った政策観(既得観念による構造問題仮説)である。この既得観念が政策当事者を拘束しているかぎり、韓国経済に「失われた20年」の招待状が届く日は目前である。