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    加熱式タバコの「人体実験場」ニッポン

    従来の紙巻きタバコから加熱式タバコに切り替える喫煙者が増えている。「紙巻きに比べ害が少なく安全」との認識の広がりが理由の一つのようだが、これを覆す一冊の書籍が注目されている。医学博士、田淵貴大氏の著書『新型タバコの本当のリスク』だ。加熱式の安全神話を徹底論破する衝撃の「事実」とは。

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    医学博士の直言「加熱式タバコなら安全」なんてもう言わせない

    田淵貴大(医師・医学博士)(内外出版社『新型タバコの本当のリスク』より) 日本全国のコンビニエンスストアには、タバコ会社が作った加熱式タバコの広告看板が立ち並び、加熱式タバコのパンフレットがあふれている。 ご存知だろうか、これが、世界の中で、日本だけで起きている現象だということを。2014年に日本とイタリアの一部の都市限定で加熱式タバコ、アイコス(IQOS)の販売が開始され、2016年に世界で初めて日本が全国的にアイコスを販売している国となった。 そして、2016年10月時点で日本がアイコスの世界シェアの96%を占めた。ほとんど全てのアイコスは、ここ日本で使われている。すなわち、日本が新しいタバコ、新型タバコ、加熱式タバコの実験場になっているのだ。 加熱式タバコに関する情報は、タバコ会社が提供するものしか出回っていない。そのため、多くの人はタバコ会社の言うことをそのままに受け止めてしまっている。実は、タバコ会社は意図的に、加熱式タバコには害がないと誤解させるようなプロモーション活動を行っている。 それで、多くの人がまじめな顔で、「加熱式タバコにはほとんど害がないんですよね?」とか「加熱式タバコなら子どもの前で吸っても安全ですよね?」などと筆者に質問を寄せてくる。あまりにも多くの人が誤解させられている事態に筆者はショックを受けた。 これまでの加熱式タバコに関する情報のほとんどは、タバコ産業が発表したものだ。「このタバコの新製品は、今までのタバコ製品と違ってクリーンで害が少ない」と。このタバコ会社からのメッセージは、決して目新しいものではない。タバコ会社は、これまでもずっとタバコを少し改変しては、同じメッセージを繰り返し発表してきた。過去には、タールの少ないタバコが発売された。人々はタールの少ないタバコのほうが安全だと信じたが、タールの少ないタバコも従来のタバコと害は変わらなかったのだ。「glo」の記者説明会で発表するブリティッシュ・アメリカン・タバコ・ジャパンのロベルタ・パラツェッティ社長=2017年5月30日午後、東京都千代田区 現在のところ、アイコスやプルーム・テック(PloomTECH)といった加熱式タバコ製品が今までのタバコ製品よりも害が少ないという証拠はない。それどころか、加熱式タバコから出る有害物質など加熱式タバコの有害性に関して科学的に吟味された学術論文が次々に発表されてきているのだ。徐々に、加熱式タバコについて判断を下すための資料、科学的根拠、疫学データ等の情報が集まってきている。社会は成熟してきている。 筆者の子ども時代や社会人になったばかりの頃の社会と比べて、現在の日本社会はルールや規範がより整い、成熟してきていると感じている。他人のタバコの煙を吸わされることによる健康被害の問題、すなわち受動喫煙の問題についても社会は一歩一歩改善してきている。 子どもの頃に乗った新幹線の自由席は、タバコの煙が充満していて、煙たく、喉がイガイガして気持ち悪くなり、目も痛くなり、つらかった記憶がある。今でも一部、喫煙車両が運行されているが、禁煙の車両を選べば、タバコの煙に悩まされることは格段に少なくなった。まだまだ受動喫煙の対策は不十分だという声があちこちから聞こえてきそうだが、2018年には改正健康増進法が可決され、日本社会も受動喫煙を防止する社会へと確実に舵(かじ)をきっているのである。新型タバコのウソ そんな中で、日本では新型タバコ問題が突如として現れた。タバコ問題に取り組んできていた我々が一切関知しない状態で、新型タバコである加熱式タバコのプルームおよびアイコスが日本で発売されたのである。単にタバコ会社は、新しいタバコの銘柄の発売を開始するのと同じように、いつも通りに財務省に加熱式タバコの発売を申請し、承認されただけなのだ。 しかしその時点では、その加熱式タバコは世界中のどの国でもまだ発売されていない、紙巻タバコとはかなり違ったタイプのタバコであり、おそらく誰にもそれを簡単に許可すべきか否か判断はつかないはずのものであった。それでも日本では簡単に発売が開始されている。 発売の承認にあたり、何らかの議論があったという話さえ聞こえてこなかった。おそらく今までにも販売されたことのある電子式のタバコ製品の一種ということで、簡単に認可されたのだろう。今までの電子式のタバコ製品と同様に、たいして売れない、と考えられたのかもしれない。 ところが、今回の新型タバコはブレークした。これには財務省も驚いたことだろう。加熱式タバコではたばこ税の計算方法もうまくバランスがとられていなかった。売れるとなると税収の面で大きな違いが出てくる。すぐに税制は変更され、加熱式タバコという新しいカテゴリーが作られた。 成熟してきていた日本社会にあって、突如として出てきた新型タバコ、タバコ会社も加熱式タバコがブレークするとは予想していなかったかもしれない。それは加熱式タバコのブレーク当初、しばらく品薄状態が続いたことからもわかる。 新しい未知の問題に対して、我々はどのように取り組むべきなのか?誰も予想していなかった事態である。 この日本での事態を受けて、加熱式タバコを禁止した国もある。しかし、日本は世界で初めて加熱式タバコの販売を許可した国であり、今更すぐに禁止とはできない。加熱式タバコ(電子タバコ)。左からグロー(glo)、アイコス(IQOS)、プルーム・テック(Ploom TECH)=2018年6月8日、東京(早坂洋祐撮影) 個人としても、社会としても、国としても、新型タバコと向き合わなければならない。もうすでに新型タバコは日本で社会に浸透しつつあるのだ。新型タバコにはメリットもデメリットもありそうだ。新型タバコ問題に限らず、世の中の問題のほとんどは、あるかないかのゼロイチではなく、程度の問題である。新型タバコに対してどのように対応するべきなのか、情報も経験も、議論も足りない。 現在、世の中に出回っている新型タバコに関する情報は、タバコ会社の息がかかったものばかりだ。テレビ、新聞、雑誌、コンビニやタバコ店の看板、ありとあらゆるメディアで宣伝、広告、販売促進活動が積極的に展開されている。タバコ会社は、あたかも病気になるリスクが低いかのように伝わる広告メッセージを意図的に広めている。そのため、多くの人は、新型タバコにはほとんど害がないと誤解しているようだ。 まずは、それは誤解だと伝えておきたい。たぶち・たかひろ 医師・医学博士。大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部副部長。昭和51年、岡山県生まれ。岡山大医学部卒。血液内科臨床医を経て、大阪大学大学院で医学博士取得。専門は公衆衛生学・疫学。平成29年、後藤喜代子・ポールブルダリ科学賞受賞。現在、主にタバコ対策および健康格差の研究に従事。

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    アメトーーク!から始まった加熱式タバコの「人体実験」

    田淵貴大(医師・医学博士)(内外出版社『新型タバコの本当のリスク』より) 皆さんは新型タバコにどのくらい関心を持っているだろうか? 人々が何にどの程度関心を持っているのかを知るための1つの指標としてグーグル(Google)検索ボリュームというものがある。現在の日本では約90%の人がインターネットにアクセスすることができ、そのうちの約60%の人がグーグル検索を使用している。 グーグル社が無料で提供しているグーグル・トレンド(GoogleTrends)というサービスを利用すれば、世界中の人々がグーグル検索でどんなキーワードをどれだけ、いつからいつの間に検索したのか時系列でグーグル検索ボリュームのデータを得ることができる。 グーグル検索ボリュームは指定した条件下(キーワード、期間、国などの地域)において最も多い検索数を100として計算される数値である。例えば、「サッカー」というキーワードを入力し、「過去5年間」という期間、「日本」という地域を指定すると、図表1-5のようなグラフが得られる。 日本で2018年6月24日~30日の1週間において「サッカー」の検索数が最も多く、検索ボリュームの数値が100であった。2014年6月と2018年6月に高いスパイクが認められ、ちょうどサッカーのワールドカップが開催された時期と一致しているとわかる。図表1-5 Google Trendsによる検索例 サッカーワールドカップが開催されると人々のサッカーへの関心が高まり、「サッカー」というキーワードを普段よりも多くグーグル検索で検索しているのである。このようにグーグル・トレンドのデータは、世界の、あるいは日本の人々がどんなキーワードに関心を示しているのかを知るための指標にできる。 日本国内でどれだけ「アイコス(IQOS)」や「グロー(glo)」といった単語が検索されていたのか筆者が調べたグーグル・トレンドの結果を示す。日本での2013~2017年における検索数(検索ボリューム)の推移を示したのが図表1-6である。図表1-6 Google Trends:新型タバコの検索ボリュームの推移 ここでは日本語と英語など複数のキーワードを統合した数値としている。例えば、アイコスは日本語の「アイコス」と英語の「IQOS」を合算している。2016年4月にアイコスの検索数が爆発的に増加していた。その時、何があったのだろうか? なんと、2016年4月28日に放送された人気テレビ番組「アメトーーク!」で「最新!芸人タバコ事情」と題して加熱式タバコ、アイコスが紹介されていたのである。「アメトーーク!」は午後11時過ぎからの放送だが、非常に人気のある番組で視聴率も高い。これまでにも「アメトーーク!」で紹介された電化製品などの新製品がちまたで売り切れになるなどの事象が起きていた。アメトーーク!の裏事情? 「アメトーーク!」で人気芸人たちが自分たちがなぜアイコスを使うようになったのか?どんなふうにアイコスを使っているのか?アイコスや喫煙にまつわるエピソードが面白おかしく伝えられたのだ。 筆者も「アメトーーク!」が好きで、いつも必ず録画して見ていたため、この出来事にもすぐに気付いた。そしてその回の「アメトーーク!」の放送により日本でのアイコスへの関心が高められた事実を調査し、論文にまとめ出版したのである。 今回の知見は、テレビといったメディアが人々に与える影響は非常に大きいことをあらためて認識させられる出来事であった。2016年4月を境にして、アイコスの検索数が激的に増え、4月以降も他の新型タバコ製品と比べて検索数は高く維持されたままだ。 実は、番組内で新型タバコの中でもアイコスだけが取り上げられた。アイコスはちょうど番組が放送される直前の2016年4月18日に、12都道府県限定販売から全国47都道府県での販売へと拡大されたばかりというタイミングだった(番組の収録はそれ以前に行われている)。 2016年4月時点ではグローは販売されておらず、プルーム・テックも全国展開されていなかったため、単純に最もよく知られていたアイコスだけが取り上げられたのかもしれない(図表17)。 その回の「アメトーーク!」でアイコスが紹介された背景には何らかの事情があったのだろうか?図表1-7 加熱式タバコの販売年表 それは筆者にはわからない。電話で問い合わせた番組の関係者によるとタバコ会社からの資金提供はないとのことであった。 どれだけの日本人が新型タバコを使っているのだろうか?2015~2018年にかけて日本在住の15~69歳の男女を対象としてインターネット調査を実施した。楽天リサーチ(現・楽天インサイト株式会社)という調査会社に登録された日本全国の約250万人の中から、アンケート調査の回答者がランダムに選択され、インターネット経由で調査票が回答者に届けられた。 2015年1~2月に実施された最初の調査では、日本全国の15~69歳(2015年1月時点)の男女の回答者数が約9000人に達した段階で調査を終了した。回答者約9000人のうち、回答に矛盾や不正があると考えられた者のデータを除外し、有効回答者8240人についてデータ分析を実施した。2016年以降も毎年、同じ回答者に対して繰り返しアンケート調査が実施された。日本は「実験場」 調査では、新型タバコを含めタバコの使用実態を知るため、それぞれのタバコ製品について次のように質問した。「あなたは、直近30日以内に、それぞれのタバコ製品を吸ったり、使ったりしましたか?」 選択肢は「使わなかった(吸わなかった)」もしくは「使った(吸った)」の2択である。一般にタバコの使用状況が調査される場合には、30日以内に使用したことをもって「現在使用」と定義し、30日以上止やめていることをもって「タバコを止めた(禁煙した、あるいは過去喫煙)」と定義されることが多い。 結果をみてみよう。2015~2017年にかけて、加熱式タバコを30日以内に使用(現在使用)している人の割合は、アイコスでは2015年に0・3%であったのが、2017年には3・6%に増えていた(図表1-8)。 実にこの2年間で10倍以上に増えたわけだ。プルーム・テックや電子タバコの使用者も徐々に増えてきているが、これらの新型タバコ製品と比べると、アイコスだけが突出して増加していた。図表1-8 成人日本人の新型タバコ使用率の推移 日本人成人の3・6%もの多くの人がアイコスを使っていたのである。2017年の調査時点での調査対象者の年齢は17~71歳であった。日本の17~71歳の人口約8600万人から換算すると、日本のアイコス使用者はおよそ310万人と推計された。この調査だけで日本全体のアイコスの使用状況を完全に把握できるとは考えないが、この数字は他の調査会社による推定値やタバコ会社が販売実績データから算出した人数とほぼ一致した。日本だけがアイコスの実験場になっている 加熱式タバコ、アイコスは、2014年に日本とイタリアで販売が開始され、2019年には世界の30ヶ国以上で販売されている(図表113)。日本を除く多くの国では、アイコスの販売は一部の都市に限定されている。2016年4月、日本は世界で初めてアイコスが全国的に販売される国となった。2016年の4月から10月にかけて、日本のタバコ市場におけるアイコス専用スティックのシェアは1・6%から4・9%へと急増した(図表1-14)。図表1-14 日本のアイコス用スティックのシェアの推移 英国の調査会社ユーロモニター・インターナショナルによると、全世界での加熱式タバコや電子タバコの市場規模は合計で2016年には120億ドル(約1兆3000億円)に達したという。同データによると、2016年10月時点で、アイコスの販売世界シェアの96%を日本が占めていたのである。すなわち、アイコスはほとんど全て日本人が使用していると言っても過言ではない。アイコスには一体どんな害があるのかが明らかになっていない中、世界で日本だけがアイコスの実験場となったのである。たぶち・たかひろ 医師・医学博士。大阪国際がんセンターがん対策センター疫学統計部副部長。昭和51年、岡山県生まれ。岡山大医学部卒。血液内科臨床医を経て、大阪大学大学院で医学博士取得。専門は公衆衛生学・疫学。平成29年、後藤喜代子・ポールブルダリ科学賞受賞。現在、主にタバコ対策および健康格差の研究に従事。

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    「たばこ休憩」という言葉が嫌いです

    世の喫煙包囲網は狭まるばかりである。最近はもっぱら「たばこ休憩」が標的にされている。大手企業の中には就業時間中のたばこ休憩を全面禁止にする動きも広がっている。いや、そもそも「喫煙=仕事しない」の公式は誰が決めたんですか? この考え方、やっぱりおかしくないですか?

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    タバコ休憩が必ずしも「喫煙者の特権」とは言えない理由

    山岸純(弁護士) 「タバコ休憩は不公平だ」と話題になることが増えてきたように感じます。しかし、そもそもつい十数年前までのように、自分のデスクでタバコが吸えるなら、誰も何の文句も言わないのではないでしょうか。 私が司法修習生だった15年ほど前、配属先の法律事務所では、割り当てられたデスクでタバコが吸えましたし(その法律事務所のボスが愛煙家でした)、たまにテレビで見る「あの頃」の画像なんかでも、皆さんデスクでモクモクとタバコを吸っています。  この後、「禁煙ブーム」と「分煙ブーム」が巻き起こり、いつの間にか、タバコ=悪のような図式までもが出来上がっていました。 まぁ、日本でタバコの製造を独占する企業自ら、「分煙」を大々的にアピールし始めたのですから致し方ありません。 いずれにせよ、かつては「タバコを吸いながら仕事ができた」以上、「タバコ休憩」という言葉も出てこなかったわけです。 これに対し、現在は「タバコを吸うためには執務スペースを離れなければならない」ことが原因となり、「タバコ休憩」という言葉が出てきました。 さて、労働基準法という法律は、第34条第1項において「労働時間が6時間を超える場合においては少なくとも45分、8時間を超える場合においては少なくとも1時間の休憩時間を労働時間の途中に与えなければならない」と規定しています。 要するに、ほとんどの企業で採用している「1日8時間」の勤務時間制であれば、1時間は休憩時間をとることができるので、この時間の中で時間を工面してタバコを吸いにいくなら誰も何の文句も言わないことでしょう。 もっとも、かつてタバコを吸っていた私もそうでしたが、実際は昼休憩の1時間以外にも、「仕事が一段落した際」、「仕事が詰まって考え事をする際」、「ちょっと雑談をする際」、「上司に怒られてふてくされた際」など、さまざまなタイミングに「タバコ休憩」をとっています。 とすると、昼休憩の1時間にこれらの「タバコ休憩」を合わせれば、喫煙する社員にだけ法律によって与えられた1時間という休憩時間をはるかに超えた休憩が与えられていることになってしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) こうなると、当然のことながら、本来、その喫煙する社員に割り振られている業務が滞ってしまいます。 さらに、会社というものは、複数の社員と会社の財産(原材料、製造プラント、商品、営業情報など)が有機的に結合されて利益を生み出す社会的存在ですので、喫煙者1人の業務が滞ってしまうと、会社全体の稼働力もおのずと低下してしまうわけです。 したがって、会社全体の業務効率・稼働力の維持という観点からは、「タバコ休憩」を「悪」と決め付け、禁止することも許容されると考えることもできます。 とはいえ、一律に「タバコ休憩」を禁止してしまう、というのもやや問題が残ります。 例えば、勤務中のスマホ閲覧や、勤務中の私用メールも、業務中に業務外の私的な行動をするという意味では「休憩」みたいなものですが、このような行為を禁止していることを理由に、会社は社員を懲戒処分にできるでしょうか。タバコ休憩批判の本質 かつて、勤務時間中に私用メールを送信していたことなどを理由に懲戒解雇をした会社を相手として、その社員が懲戒解雇の有効性を争った裁判がありました(いわゆるグレイワールドワイド事件。東京地方裁判所平成15年9月22日判決)。 この裁判では「勤務時間中の社員」の義務の内容、程度について議論されたのですが、判決は、まず「労働者は、労働契約上の義務として就業時間中は職務に専念すべき義務を負っている」として、社員には「職務専念義務」が課せられていることを明示しました。 その上で、「職務専念義務」の程度について、下記のように判断しました。労働者といえども、個人として社会生活を送っている以上、就業時間中に外部と連絡をとることが一切許されないわけではなく、就業規則等に特段の定めがない限り、職務遂行の支障とならず、使用者(雇用主)に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度で使用者のパソコン等を利用して私用メールを送受信しても職務専念義務に違反するものではないと考えられる(要旨) 要するに、勤務時間中であるからといって、1分、1秒たりとも「業務外」の私的な行動をとってはいけないというわけではなく、業務に支障をきたすものではない限り、常識的に考えて許される程度であれば私用メールも許されると判断したわけです(なお、この裁判例によれば、就業規則等に定めることで「私用メールを全面禁止すること」も可能となるようですが)。 このように、法律は不可能までを要求するものではないので、上記の裁判例の趣旨を敷衍(ふえん)すれば、法定の休憩時間以外の「タバコ休憩」を一切とってはいけないというわけではなく、「職務遂行の支障とならず、使用者に過度の経済的負担をかけないなど社会通念上相当と認められる限度」であれば、「タバコ休憩」をとることも許される、ということになるでしょう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 実際、タバコを吸わない人も、始業時間から終業時間までの間、昼休憩を除き、1分、1秒たりとも「業務外」の行動をとっていないわけではなく、人によっては息抜きにYAHOO!ニュースも見るでしょうし、コーヒーブレークだってするわけです。 これらと並行して非難覚悟で考えれば、「タバコ休憩」だけを目の敵にして批判するのは、実は「タバコ休憩をとること」への批判ではなく、「タバコ」自体への批判ではないでしょうか。 ところで先述の通り、裁判例は就業規則等に定めることで「私用メールを全面禁止すること」も可能であると判示しているので、就業規則等をもって「タバコ休憩」を全面的に禁止することも可能ということになるでしょう。 とすると、「業務に支障をきたすものではなく常識的に考えて許される程度の『タバコ休憩』」を許容するのか、それとも全面的に禁止するのかは、法律うんぬんというよりも、会社次第ということになりそうですね。経営陣が喫煙しているかどうかにもよりそうです。■肺がん患者の自問自答「喫煙者との対立はなくせないのか」■喫煙者の皆さん、残念ながら「タバコを吸う権利」はありません■「喫煙者は不道徳な人間」極論ヘイトはなぜ先鋭化するのか

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    愛煙家は認めよう、けれどタバコ休憩が生んだ「喫煙貴族」は許せない

    常見陽平(千葉商科大学国際教養学部専任講師) 39歳の若さで脳腫瘍により亡くなった父は愛煙家だった。実にかっこよくタバコを吸う大人だった。カートン買いが普通だった。 寝たきりになる前は、選挙速報があるたびに大量のタバコを用意し、かじりついて開票結果を見ていた。歴史学者の父は、病室でも洋書をめくりながらタバコとコーヒーを嗜(たしな)んでいた。危篤状態になり、集中治療室に入ってからも「タバコが吸いたい」と言った。 同業の母も喫煙者で、63歳のときに一度体調を崩すまで吸っていた。もう禁煙して10年になる。洋書をめくり、タバコとコーヒーを嗜(たしな)む両親を見て育った。 さらに、祖父は、日本たばこ産業(JT)の前身である日本専売公社の職員だった。戦前の樺太(当時)でタバコを売っていたこともあるそうだ。実家のアルバムには「ピース」の缶を持って地方紙に載っている記事がスクラップされている。 このような生粋の「タバコ家系」で育ったにも関わらず、私は喫煙者ではない。ただ、嫌煙原理主義者ではない。 嫌煙団体の皆さんはがっかりするかもしれないが、タバコを吸う人は「かっこいい」と思う方だ。例えば、2013年に宮崎駿監督の映画『風立ちぬ』が公開され、主人公が喫煙することについて抗議の声が上がったが、私はそのような声に疑問を持った。1960年6月、発売前日の産経新聞に掲載された、日本専売公社が新発売したたばこ「ハイライト」の広告 喫煙する権利は認めなくてはならない。喫煙は文化でもある。言うまでもなく、産業でもある。 しかし、「タバコ休憩」だけは納得がいかないのだ。なぜ喫煙者だけが、1時間に10分程度休むことができるのか。謎の「喫煙者特権」 タバコ一家に育ったのにも関わらず、タバコ休憩批判を展開するのは、何より育ててくれた家族に対する忘恩的な行為ともいえるだろう。喫煙者からすると、その気持ちなど歯牙にもかけぬ傲慢(ごうまん)な言動に思えるかもしれない。 しかし、今ここで立ち上がらないならば、人類滅亡の危機さえ招くことを直覚し、私は重大な決意のもと、この檄を叩きつける。たとえ、孤立無援になろうとも、この「タバコ休憩」批判だけは、非妥協的に主張しなくてはならないのだ。ルビコン川を渡るほどの強い決意で、同様の疑問を持った同志たちに勇躍決起することを呼びかけるとともに、日本の労働社会における休憩のあり方について警鐘を乱打したい。 大学卒業後、15年間会社員をした。そのころからずっと喫煙者の「タバコ休憩」特権が謎だった。なぜ、喫煙者だけ1時間に10分程度、喫煙所に消えていくのかと。 仮に、勤務時間が1日7時間半だとすると、このペースで休憩をとると、1日あたりの休憩時間は、昼休みの1時間にプラスして、もう1時間強も休憩をとっていることになる。これは不公平ではないか。 同じ人間なのに、休憩時間が長いのはなぜか。この不公平、不平等を断罪したい。満腔(まんこう)の怒りを叩きつけたい事案である。 しかも、この喫煙所にはコストがかかる。分煙にどこまで力を入れるかにもよるが、個室による分煙を行う場合は、スペースの確保だけでなく、煙やニオイが喫煙スペースにこもったり、非喫煙スペースに漏れたりしないように、給気口や排気口など、一定の気流が確保できる換気設備の設置が必要となる。 喫煙席などの上部に排気設備を設置して、煙が周囲に広がる前に、屋外へ排気する局所排気による分煙も同様にコストがかかる。メンテナンスにもコストがかかることは言うまでもない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 喫煙者のために、いつの間にか投資が行われているのだ。喫煙者が減る中、果たして、この投資分のリターンはあるのだろうか。 しかも、この喫煙所は「サロン化」する。プラスの側面で捉えると、年次・役職や部門を超える交流が行われる。一方で、非喫煙者は排除される。以前の職場では、役職者に喫煙者が多く、その場で決めたことが非喫煙者に共有されないなどのコミュニケーション上のトラブルも発生していた。喫煙エゴイズムに屈するな 自分たちだけ非喫煙者よりも多く休憩をとり、会社から設備の投資も受ける。自分たちだけのコミュニティーをつくる。いわば、彼らは「喫煙貴族」ではないか。 このような社内格差を断じて許してはならない。喫煙エゴイズムに屈してはならない。 もちろん、私のような小市民に、赤々と怒りの炎を燃やされても、迷惑だと感じる喫煙者もいるだろう。「タバコ休憩」は喫煙者が作り出したものとは必ずしも言えない。分煙化の流れの副産物だと言えるだろう。つまり、分煙の徹底が進んだがゆえに広がったものだと私は見ている。 やや自分語りで恐縮ではあるが、私が会社員になった1990年代後半は、営業のフロアでは喫煙しながら仕事をするのが普通だった。営業会議などの際は、会議室は煙だらけになり、吸い殻が山のように積まれる。 灰皿は時に凶器にもなった。灰皿を投げて威嚇する上司もいた。相手に当たらないように、しかもビジュアル的に派手になるように、投げ方にも工夫が感じられた。体に当たらなくても、すでにパワハラであることは言うまでもない。 ただ、いずれにせよ、社内において、結果として「喫煙貴族」が誕生していることについて、われわれは虚心に直視しなくてはならない。非喫煙者たちは「喫煙貴族」と比べて、飛躍的に労働強度が増している可能性があることに気づかなくてはならない。このような策動の貫徹など、絶対に許してはならないのだ。 「喫煙貴族」への怒りは燎原(りょうげん)の火のように燃え広がっている。ただ、誤解なきように言うが、私はこのような不公平な状態を「喫煙貴族」と呼んでいるわけであって、喫煙者を否定するわけではない。最近、出産した前田敦子の名セリフ風に言うならば、タバコ休憩を嫌いになったものの、喫煙者が嫌いになったわけではない。損保ジャパン日本興亜ひまわり生命保険本社の休憩スペース。かつては喫煙室だった=東京都新宿区 人は「喫煙貴族」に生まれるのではない。「喫煙貴族」になるのである。彼らは社会の変化の中で生まれたものだとも言えるのだ。 この日和見的な姿勢は禁煙原理主義者から嫌われそうだし、日和見的な姿勢が糾弾されそうだが、私は権利としての喫煙、文化としての喫煙を否定してはいけないと考えるのだ。「休み方革命」の時代 ただ、喫煙者が結果として、非喫煙者よりも職場で休む機会が多いと感じること、さらには喫煙者に企業から予算が投入されてしまっていることに憤慨しているのである。この分煙化の予算は、誰のためのものかという議論はあるだろうが。 この喫煙者と非喫煙者の断絶、分断とも言える状態、社内での冷戦状態への解決策は「多様な休憩を認めること」ではないか。昼休みの60分の他に、結果として取ってしまっている「タバコ休憩」だけでなく「カフェ休憩」「スイーツ休憩」「おしゃべり休憩」「スポーツ休憩」「読書休憩」など多様な休憩を認めるべきである。また、喫煙スペース以外にも設備投資を行うべきだ。 すでに日本企業においても、イスラム教徒などのために、礼拝室を設け、その時間は抜けることを容認するなどの配慮が進んでいる。これは信仰のためである。さまざまな理由から、職場を抜けて休むこと、休むだけではなく、何かに取り組むことを容認する風土をつくりたい。 これは「休み方改革」とも言えるものだ。すでに「働き方改革」の一環として、1時間単位で有給休暇をとることができる企業、1日の労働時間を見直す企業などが出現している。この「喫煙者以外にも自由な休憩を」というのは、今すぐ取り組むべきことではないか。 時代は、売り手市場を通り越して「採用氷河期」である。人材の獲得、定着のためには労働環境の改善が必要だ。非喫煙者への休憩の拡大、休み方の多様化もその一環として考えたい。 もうすぐ新時代が始まる。新時代を「休み方革命」の時代とするために、抜本的改善を勝ち取り、乾坤一擲(けんこんいってき)、全力を振り絞って奮闘するのでなければならないのだ。平成は喫煙者にとっても、非喫煙者にとっても「暗黒の時代」だった。喫煙者は肩身の狭い思いをし、非喫煙者は不公平な思いをする。2019年3月1日、就職活動が解禁され、学生が集まった大阪市住之江区の合同企業説明会会場(前川純一郎撮影) しかし、「暗黒の時代」とは決して「絶望の時代」を意味しない。どん底の底が破れるときに、光まばゆい世界が開けるのだ。 この国の未来を考えた場合、喫煙者と非喫煙者の対立など不毛である。あたかも、政治における左右の対立のように矮小(わいしょう)化、プロレス化してはならない。ヘビースモーカーの両親から生まれた私が、非喫煙者として円満な親子関係を築けたように、人はきっと分かり合える。 そのために、分煙化推進の副産物である「喫煙貴族」のあり方について見直し、非喫煙者も時間的にも投資額的にも報われる輝かしい未来を作らなくてはならない。非喫煙者の休む権利を勝ち取るために、前進を勝ち取るのだ。■ 喫煙者の皆さん、残念ながら「タバコを吸う権利」はありません■ 潔癖の代償―喫煙ヘイト亡国論―■ 加熱式タバコの安全神話「有害物質9割減」のトリック

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    「タバコ休憩=サボり」喫煙者へのレッテルはむしろ逆効果である

    後藤洋平(プロジェクトコンサルタント) 筆者個人の喫煙、禁煙に対する立場については、2018年の春、10年以上続けていた喫煙習慣に別れを告げました。もともとヘビースモーカーというわけではなく、一日に数本、仕事のあいまに一服するといった程度だったのですが、大学時代の恩師から強く勧められ、一念発起してやめました。 結果どうだったかと言えば、健康的にも経済的にも明らかにプラスですし、ランチの際に灰皿のあるお店を探す、といったような面倒もなくなったりと、良いことづくめです。恩師の一喝に感謝している次第です。 ただし、決然とした禁煙というよりは、「いつでも喫煙習慣にもどる可能性を留保した一時的な生活習慣」だと自分には言い聞かせています。喫煙、嫌煙については、常に中庸的な立場で物事を考えられる自分でいたい、と思っているからです。 近ごろは、日々愛煙家の肩身が狭くなり続けています。その流れはもう止まらないだろうと思います。それでも尚、いや、だからこそ、愛煙家が「喫煙しない」という習慣を選択するのは「社会的正義のため」ではなく、あくまで「個人の自由意志による」べきだと思うからです。 諸外国と比較して、日本は禁煙の取り組みが遅れていると、よく指摘されます。東京五輪が開催される2020年に向けて、政府は「一部の小規模飲食店を除く、全ての飲食店で原則禁煙」との内容を盛り込んだ改正案を提出しようとしましたが、反対にあって緩和したことは記憶に新しいでしょう。この件から、嫌煙家の中には「こんなことでは、この国は良くならない」と失望した、という方もいるかもしれません。 しかし、ちょっと待っていただきたい。「喫煙は、肺や循環器の健康に良いものではない」という認識について、タバコを吸う人も、吸わない人も、反対する人はもはや皆無に近いでしょう。世の中の趨勢(すうせい)として、喫煙習慣は終焉に向かいつつあります。静かなる声、サイレント・マジョリティによる歴史の裁定は下っているのです。 あとは時間の問題であり、完全禁煙社会が到来するのが、早いか遅いか、それだけの話であるように見えます。2009年4月からJR東日本の首都圏201駅で全面禁煙を実施。ホームの喫煙所に灰皿撤去を知らせるステッカーなどがはられた(緑川真実撮影) ここで改めて日本における禁煙の歴史を振り返ってみると、ゆっくりとではありますが、しかし確実に、禁煙空間は広がり続けていることが分かります。以下にその歩みを示しておきます。・1956年 「旅客自動車運送事業等運輸規則(運輸省)」事業用自動車内の禁煙表示、車内喫煙禁止、乗務員の喫煙制限・1978年 「喫煙場所の制限について(厚生省)」国立病院・療養所における分煙対策、国内線航空機、国鉄連絡船に禁煙席・1980年 東京地裁で嫌煙権訴訟(新幹線に半数以上の禁煙車設置を求める)国鉄新幹線ひかり号に禁煙車両・1987年 JR山手線原宿駅、目白駅が終日禁煙・1997年 JR東日本管内全駅において分煙化を実施・2002年 「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例(東京都千代田区)」制定・2003年 「健康増進法」施行多数の者が利用する施設の管理者に対し、受動喫煙を防止するために必要な措置を講ずる努力規定・2018年 「東京都受動喫煙防止条例」制定 (出典:「日本における禁煙・分煙・防煙の歩み」「列車内における禁煙の拡大について」) 歩みは確実でも、ペースが遅々として進まないことに、もどかしさを感じる人がいるかもしれません。また、そのもどかしさから、「既得権益を守ろうとする守旧派」「リベラルで進歩的な人々」という図式を連想する人もいるかもしれません。二者択一は平行線 特に、メディアの中の言論を思い浮かべると「守旧(既得権者)VS 急進(革新者)」という紋切り型のイメージに陥ってしまいます。 しかし、実際に暮らしている生活空間の中では、世論はモザイク状になっているものです。愛煙家のすべてが「既得権益」に凝り固まっているわけでもないし、「リベラルで進歩的なグローバルエリート」でも喫煙者は意外と珍しくありません。 やめるか、やめないか、という二者択一は一見正しそうでいて、実は永遠の平行線を辿ることしかできない徒労の道であることが多いのです。そこで、筆者としては、ここは一つ、正しい順序で物事を考え、社会的合意が形成しうるロジックが発見できないかと、思うのです。 試みに、愛煙または嫌煙を縦軸に、原理主義的タカ派か、リベラル・穏健派かを横軸にとって、四象限で考えてみます。 つまり、下図のような4つの勢力の陣取り合戦だと見ます。 メディアを賑わす話題としては、「嫌煙・タカ派」の主張が華々しく、映画やドラマの作品を批判したり、世界保健機関(WHO)の勧告を紹介したりとネタに事欠きません。一方の「愛煙・タカ派」は、いかにも劣勢で、拠って立つべきロジックは「個人の自由」の一点張りです。 しかし、これを標榜したところで、「自ら進んで不健康な生き方を選択しています」という理屈にしかならないので、どうも気勢が上がりません。とはいえ、多くの人は賛成反対のいずれにしろ、穏健派に所属しているのが実情でしょう。吸わない人は今の世の流れを純粋に歓迎しているし、吸う人でも、しょうがないの諦念。筆者の生活実感だと、そもそも穏健派が80%を超えるように感じることが多いですが、いかがでしょうか。 愛煙家の中でも、嫌煙権を尊重し、周囲に配慮する傾向が年々強まっています。東京都の調査でも、実に喫煙者の三分の二以上が周囲の環境に配慮しているとのことです(参考:東京都調査) このように、サイレント・マジョリティの社会的な認識が進みつつある中で、ビジネスの現場では、喫煙者は頻繁に席を立つため、生産性が低いとか、給料が変わらないのは不公平だとか、「健康&改革推進派」の人々への追及は実に手厳しいものがあります。良識派に対して反論の余地なし メディアの中では、禁煙推進団体が時々発する映画やドラマ作品への「苦言」が話題になることがありますが、私たちの職場においてもまた「嫌煙タカ派」の方々の舌鋒は鋭さを増しているわけです。 しかし、「喫煙=サボり」という単純な図式を前提にして、喫煙行動それ自体を取り締まったところで、実はその組織に内在する根本的な課題が解決されることはありません。 筆者は現在、業務システムの導入や改善といったプロジェクトに従事することが多いのですが、そうした現場で、しばしば「話が前に進まない二項対立」に遭遇します。「顧客情報を入力するのが面倒でシステムを使わないベテラン勢」「素直に指示を聞いてデータを活用する若手」のような図式です。 経験上、そのような表層的な思い込みで推進されたプロジェクトは、どこかで行き詰まることが多いのです。 「やめたほうがいい煙草が、やめられない」は「せっかく導入した情報システムにログインしない」に、どこかすごく似ています。すなわちそれは、「わが身に迫る課題のリアリティが欠けている」ということです。・頭で理解していても、身体的にはピンときていない。・安易な二項対立の図式で、どうも悪者に分類されている。・「良識派」の言うことは、反論の余地はない。 この3つの条件がそろったとき、人はいかに「ロジックとして正しい」主張があったとしても、心はそれを受け入れることを拒んでしまいます。それを脱却するのは、容易ではありません。躍起になって、アメとムチを使っても、どうも状態は変化しない、そんな悩みを抱える経営者やマネジメントの方々はたくさんいます。2018年12月、受動喫煙防止のイベントであいさつする東京都の小池百合子知事。右は「健康ファースト大使」に任命された五輪メダリストの高橋尚子さん 例えば、以下の類題について考えてみるのが解毒作用をもたらしてくれるのではないか? なんてことを考えています。 「インフルエンザ罹患が疑われる場合の対応方法としては、早急に病院にかかっても、迅速検査の正確性は低いため、必ずしも必要ない。また健康な成人であれば、タミフル等の投薬は必須ではなく、感染拡大を助長しないために一定期間、家で静養するのが望ましい」 年々危機感が煽られて社会問題化しつつあるインフルエンザですが、最新のアメリカ疾病管理予防センターの報告によると、「一部の重篤化の恐れのある幼児や高齢者以外は、寝ておきましょう」というのが新たな世界のスタンダードになりつつあるといいます。嫌煙は優性世論 しかし、いくら「インフルエンザが怖くない」と米国の政府系機関が太鼓判を押したからと言っても、「診察に行かないほうがいい」なんて言われると、人によっては、ちょっとおかしいと思うかもしれません。 さらなる応用問題を考えてみます。 「世界的には、今、大麻の一部成分であるカンナビジオール(略称CBD)は健康に害がないものとして、医療用大麻として合法化されるという動きがある。日本においてはこれを是とする姿勢は見せておらず、一般にも、大麻=悪とのイメージが根強い」 インフルエンザに対して、「診察に行く、行かない」の二択であればまだしも、医療用大麻に対して、「認める、認めない」の二択も、世の中には存在します。いくら依存性がないから安心だよといっても、「大麻の一部成分」を処方されたら、不安に感じる人もいることでしょう。 どちらも、それなりの専門知識がないと、にわかにどちらが正しいとは、断言しづらいと思います。しかし、問題の構造は、喫煙と同じなのです。煙草は単純に、煙たくてにおいが不快で、世論が優勢だから、結論に至る心理過程もシンプルになりがちである、というだけのことです。 「こっちが正しい、あっちが悪者」というレッテルを貼る行為が、現実を変革する効力を持つとは限りません。むしろ変わらない現実を固定化することだって、あります。インフルエンザ対策で加湿器の売れ行きが好調なビックカメラ有楽町店の売り場=2019年2月 大切なのは、他者の考えに対して想像を巡らすということです。そのうえで、「表面的な結果に直接働きかける」のではなく「内在的な真の課題を探しに行く」ことが肝心です。私個人の場合は、そうしたことを続けている中で「恩師の一喝」というご縁をいただきました。喫煙習慣を辞するきっかけは、百人いたら百通りあると思います。 要は、個人個人がそれに対する準備ができているか、という問題なのだと思うのです。嫌煙タカ派の方々におかれては、そんな観点でキャンペーンのプロジェクトを立案されることをご提案し、愛煙家の皆さまにはご自身を責めず、周囲に配慮のうえで喫煙を楽しまれることをお祈りし、サイレント・マジョリティの皆さまには相手陣営の方の心を推し量ることお勧めして、本稿を終えたいと思います。■「加熱式」で知恵を絞れば見えてくるタバコ規制論争の行方■潔癖の代償―喫煙ヘイト亡国論―■肺がん患者の自問自答「喫煙者との対立はなくせないのか」

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    全面禁煙化に潜む「排除された不合理性」

    千葉雅也(立命館大学准教授)千葉 あらゆる施設内を一律に禁煙化するという方針には、ある政治性が、イデオロギーが含まれていると考えられます。それは一言でいうと、「身体の私的所有」の強化です。――どういう意味なのでしょうか。千葉 自らの身体を外界から区切られた「領地―プロパティ(私有財産)―不動産」として考え、境界を侵犯するものを拒絶することです。近年、右派と左派のいかんを問わず「身体の私的所有」を強める傾向が見られると思います。 たとえば右派の場合、在日外国人や移民に対する拒絶反応が顕著です。自国の領土を身体の延長のように見なし、侵犯者を敵と捉え、アメリカのトランプ大統領のように「国境に壁をつくる」といってみせる。 対する左派においては、マイノリティの権利擁護の場面で、アイデンティティの取り扱いを単純化し、当事者の申し立てを「当人が自分はこうだといっているのだからそうなのだ」と固定化するような傾向があるのではないか。 右派の場合は国家や民族など集団的アイデンティティを護り、左派の場合は細分化されたマイナーなアイデンティティを護る、という相違はあるけれど、いずれも「身体という領土」の防衛という点では一致している。身体は自分だけのものである、という認識です。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 受動喫煙への嫌悪もまた、自分の「身体という領土」を一片たりとも侵されたくない、というイデオロギーの表れではないでしょうか。 さらに、たばこの煙に限らず、「電車内のベビーカーや赤ん坊の泣き声が神経に障る」というサラリーマンや、恋愛やセックスのストレスを避ける「草食系」の傾向も、「身体という領土」を脅かす存在を拒絶するという意味で、「身体の私的所有」の観点から説明可能でしょう。 さらにいえば、「身体という領土」とは、「自分という資本」です。それをガッチリ掴んでいる。他者との偶発的な関係によって「自分という資本」が目減りする、不完全化するのを避けたいというわけです。失われた身体のコミュニティ――おっしゃるような拒絶のメンタリティはいつ、どのようにして社会に広まったのでしょうか。千葉 その質問に答えるにはまず、受動喫煙が問題にならなかった時代の社会に何が存在したのか、その後に何が消えたのかを考えなければならない。 結論をいうと、現代社会から失われたのは身体のコミュニティ、身体の共有性でしょう。かつては、自分と他人の境界がもっと曖昧であり、「身体の私的所有」という観念はもっと弱かったのだと思います。 旧来の共同体で生きていた人たちは、「自分の生活は100%自分の意志でコントロールできるものではない、時には他者が土足で踏み込んでくることもある」といった身体感覚を共有していた。 しかし21世紀に入ってグローバル化が進行すると、市場原理主義に基づくネオリベラリズム(新自由主義)の経済体制が強まり、社会の細分化・個人主義が進みました。それと並行して、社会から身体を共有する意識が失われていったというのが、私の見立てです。 この点をより理解するために、「右派」「左派」と「禁煙推進派」「喫煙擁護派」の4者の相関関係を図にしてみましょう。 この図式における政治的立場とたばこの相関関係は理念的仮説であって、混合したタイプや例外も当然あるだろうという注意をまず述べておきます。 さて、右上の「禁煙推進派かつ右派」は、グローバル化と不可分のネオリベラリズムと、国家の閉鎖性の護持という真逆の思想が組み合わさった人びとであり、このタイプは、それがグローバルな(つまり経済的な)大勢であるという理由、かつ身体(私=国家)の私的所有の観点から、禁煙を推進する可能性が高いと思います。 他方、左上の「禁煙推進派かつ左派」は、リベラルの立場から無迷惑社会に賛同する人たちですが、皮肉なことに彼らの主張は、個人を身体のコミュニティから引き剥がすネオリベラリズムと通底している。 このように自らがネオリベと共犯関係にあることを自覚している左派がどれだけいるでしょうか。 興味深いのは、「喫煙擁護派かつ右派」と「喫煙擁護派かつ左派」のタイプです。 右派の論者に喫煙擁護派がしばしば見られるのは、彼らが古いコミュニティ(共同体)に信頼を抱いているからだと思われます。おそらくコアな保守主義者は、「完全な個人主義は成り立たない」ということは実存の本質に関わるテーゼであると、経験を通して直観している。 他方、今日の激した資本主義に異議を唱える左派の議論を深掘りすると、突き当たるのは「コミュニティ」の重視、すなわち「コミュニズム」です。ここにおいて、ラディカル(急進的)な左派とコアな右派は相通じることになる。 対照的に、コミュニズムに無自覚で、結局はネオリベ追従の左派と右派は共に思想のぬるさにおいて同じ穴のムジナといえるでしょう。不合理性の排除は人類の自殺千葉 ここで若干、コミュニズムという言葉の説明が必要ですね。コミュニズムを日本語で直訳すると「共産主義」であり、歴史上、社会主義政権として現れた中央集権の独裁体制を想起して警戒する人がいるかもしれないからです。 しかし、広義でいえばコミュニズムは必ずしも政治体制に限定されるものではなく、私たちの生活のあらゆる場面に「潜在」しているのです。 私が念頭に置いているのは、デヴィッド・グレーバー(『負債論』『アナーキスト人類学のための断章』の著者)らが議論している、「いまここにあるコミュニズム」です。 日常生活のなかで、われわれは必ずしも見返りを求めない贈与やサービスのやりとりを行なっています。その背後にあるのは、合理的な利害関係、損得勘定に収まらない考え方です。自他の利害を白黒はっきりさせず、互いのグレーゾーンにおいて展開する関係性がコミュニズムの基盤だといえる。 われわれの生活の基底には「アナルコ・コミュニズム」と呼ばれるべき状況がある。「アナルコ」とはアナーキズム(無政府主義)。 やはり誤解を避けるために説明すると、この場合のアナーキズムとは、暴力や騒乱を求める思想ではありません。政府による上からの統治ではなく、下からの相互扶助によってコミュニティを成立させることは可能か、という問いに真剣に取り組むための概念なのです。 21世紀の社会では、ネオリベラリズムとアナログなコミュニティが軋轢を起こしています。一方では、責任を担う主体同士がフォーマル(正規)な契約関係を結び、経済活動を行なっている。 しかしその底、あるいはただなかには、自他の境界が明確でないインフォーマル(非正規)な互助関係が多様に展開してもいる。私の懸念は、「責任」の明示を求めることが、後者のグレーな世界を蒸発させてしまうことなのです。大きくいえば、責任という概念自体が、身体の私的所有と根深く結び付いている。――表面上の個人主義や合理主義だけでは社会が成り立たない。千葉 たばこの話に戻ると、全面禁煙化の訴えは、アナログコミュニティを破壊し、合理的主体の勝利をめざすプロパガンダの一環であると思われるのです。 単純な合理主義者にとっては、喫煙と発がん率の相関関係を見るような計量的エビデンスが唯一、価値判断を可能にするのでしょう。しかし人間は、実存の根底において、計量化されない不合理性によって生きています。 私は論考「アンチ・エビデンス」(『10+1 web site』2015年4月号所収)で、質的な根拠よりも量的な証拠を過剰に優先するエビデンス主義(エビデンシャリズム)が、「正しさ」を形骸化させていることを指摘しました。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) そのようなエビデンス主義とは、身体のコミュニティの喪失にほかなりません。端的にいって、これは人類の自殺なのではないか……そう考えるのは、「元人類」の古い感覚なのかもしれません。 しかし、いまこそ過剰なエビデンス主義と無迷惑社会の理想に懐疑の目を向け、世界の不合理性を受け入れ直し、不合理性と合理性のグレーゾーンにおいていかに生きるかを模索すべき時が来ていると思うのです。ちば・まさや 立命館大学准教授。1978年、栃木県生まれ。東京大学教養学部卒業。パリ第10大学および高等師範学校を経て、東京大学大学院総合文化研究科超域文化科学専攻表象文化論コース博士課程修了。博士(学術)。現在は、立命館大学大学院先端総合学術研究科准教授。著書に『動きすぎてはいけない:ジル・ドゥルーズと生成変化の哲学』(紀伊國屋じんぶん大賞2013、第5回表象文化論学会賞)、『別のしかたで』(いずれも河出書房新社)など。関連記事■ 千葉雅也 著者に聞く『勉強の哲学』■ 山本博 酒とたばこは心の安らぎ■ 「チクショー。やめろ」 オウム真理教・麻原死刑囚最後の日

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    NHK大河『いだてん』受動喫煙騒動から学んだ3つの教訓

     社会が高度に情報化されたことで、人間関係の難しさも表出している。大人力について日々考察するコラムニストの石原壮一郎氏が指摘する。* * * 今日もあちこちで、いろんな人がいろんなことにクレームをつけています。立場や考え方は人それぞれ。誰もが自由に意見を言える世の中は、もちろん素晴らしいに決まっています。いっぽうで、どんな意見にも異論や反論があるのが常。今日もあちこちで、無益な炎上や対立が起きています。 NHKの大河ドラマ『いだてん~東京オリムピック噺(ばなし)~』の中で、タバコを吸うシーンがちょくちょく出てくることに対して、公益社団法人「受動喫煙撲滅機構」が抗議の意を示しました。2月にNHK会長と番組担当責任者に宛てて、〈『いだてん』受動喫煙のシーンに関する申し入れ〉を送付。そこには、以下のふたつの要望が書かれています。一、『いだてん』において、受動喫煙のシーンは、今後絶対に出さないでください。二、『いだてん』で、受動喫煙場面が放映されたことについて、番組テロップなどで謝罪をしてください。 抗議の件が報じられると、その行為を称賛する声とともに、多くの反発の声が上がります。機構にも批判的な電話やメールが寄せられたとか。『いだてん』が描いているのは、おもに1910~60年代。その時代は街中でタバコを吸うのは当たり前の光景でした。元陸上選手の為末大さんも、ツイッターで「(申し入れは)無視していい。歴史は歴史で、その時代に事実だったものはそのまま残すべきだと思う」と投稿。ちなみに為末さんは、受動喫煙防止の活動に取り組んでいます。 NHK側はその後、無視せずにちゃんと返事を出しました。「(主人公の)キャラクターを表現する上で欠かせない要素として描いておりますが、演出上必要な範囲にとどめております」「番組の表現が視聴者の皆様にどのように受け取られるか、配慮しながら番組制作をして参りたいと思います」などと回答。それを受けて機構側は、3月6日に「(NHKが)受動喫煙を撲滅する方針を失っていないと判断致しました」という見解を発表して、事態はいちおう決着しました。 いつの間にか世の中は、誰かが大きな声で「喫煙はケシカラン!」と叫べば、言われた側は黙り込むしかない状況になっています。「そんなに目くじら立てなくても」なんて言おうものなら、どんな罵声を浴びせかけられるかわかりません。しかし、今回は少し風向きが違ったようです。ネット上などでも「そこはまあ、いいんじゃないの」という声が、いつになく目立ちました。東京・渋谷のNHK放送センターにあるスタジオパーク(ゲッティイメージズ) 回答を読むと、NHK側は「今後、喫煙シーンは出さない」とはひと言も言っていません。しかし機構側は、意外なほどすんなり矛を収めました。もしかしたら、「おいおい」という声が多い雰囲気を察知したのでしょうか。あるいは、ニュースになって「喫煙シーンを出すと面倒なことになる」とメディア側にあらためて認識させたことで、十分に目的が果たされたのでしょうか。 私はタバコは吸いませんが、嫌煙を主張する声がヒステリックな方向で高まっていく風潮には「嫌だなー、煙たいなー」という気持ちを抱かずにはいられません。ただ、だからといってこの出来事に対してケンカ腰で異を唱えたら、静かにタバコを楽しみたい方々に間接的に迷惑をかけてしまいます。意見が違う同士でも、たとえケンエンの仲でも平和に手を取り合える世の中を目指して、昨今の嫌煙ムードの高まりや今回の騒動から、がんばって3つの大人の教訓を学んでみましょう。一.気に食わないことに文句をつける場合は、なるべく極端な例をたくさん集めて「それでも認めないあなたは人でなしだ」という流れに持っていく一.誰に何を謝ればいいのか、そもそもなぜ自分がそれを要求できるのかよくわからなくても「謝罪してください」と言えば優位に立った気になれる一.世の中で一定の支持を得ている「正論」だからといって、それをタテに調子に乗って何でもかんでもクレームをつけると味方からも引かれる とてもためになる勉強をさせていただきました。ありがたいことです。もしかしたらカチンと来た方もいらっしゃるかもしれませんが、平和を求める姿勢に免じて、寛大な心で受け止めていただけたら幸いです。苦手な方が多いかもしれませんけど。関連記事■大河『いだてん』 五輪メダリスト投入のテコ入れ案も■『いだてん』視聴率低迷を加速させる「ストレスコーピング」■日曜20時の視聴率争い 『イッテQ』『一軒家』と他局の違い■JTが発売の新・加熱式たばこ 力の入れ方は「半端ない」■肺がんや肺炎の兆候、2週間咳が止まらなかったら要注意

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    たばこ休憩とネットサーフィン 「職務専念義務違反」なのは

     勤務時間内の「たばこ休憩」は1日どの程度なら許されるのか――。 事あるごとに勃発するこの議論。当サイトでも過去に取り上げ、〈他の社員がトイレに行ったりジュースを買いに行ったりする頻度や時間と同じくらいであれば社内で波風も立たない〉とする社会保険労務士の見解を紹介した。昼休みを除き、時間は1回5分、1日3回程度が許容範囲である、と。 しかし、この問題はいつの間にかエスカレートし、「あり」か「なし」かの二者択一を迫る風潮になっている。 11月11日に放送された情報番組の『ミヤネ屋』(日本テレビ系列)でも、市民団体「兵庫県タバコフリー協会」が調査した公務員の「たばこ休憩調査」を取り上げ、スタジオゲストを交えて激論が繰り広げられた。 同調査によれば、兵庫県尼崎市役所の職員が喫煙所に訪れた人数を目視でカウント。1日に547人いたことを確認し、「1本吸う時間5分+移動時間5分×547(人)=離席時間約91.2時間」と算出した。 そして、調査しなかった水道局や環境局などの外局を含めて年間の給料に換算。尼崎市役所だけで少なくても1億円以上、全国の公務員の合計では年間920億円の給料にあたると試算した。 国民の税金から給料が賄われている公務員だけに、時給換算で年920億円もの税金がムダになっていると聞けば、「けしからん」との批判も高まろう。しかし、問題は「たばこ休憩」から「休憩」の意義が考慮されていないことにある。 同番組のコメンテーターである読売新聞特別編集委員の橋本五郎氏は、こう擁護した。〈計算上はそうかもしれないけど、(勤務時間内に)トイレに行くときだってあるし、体操したほうが(仕事の)効率が上がるときだってある。じゃあ、机に座っていればいいんですか? という話です。仕事よりもたばこ(喫煙所)に行っている時間が主になれば問題ですが、要は程度問題だと思います〉たばこ休憩を巡る議論は尽きない この意見に異を唱えたのは弁護士の本村健太郎氏だ。地方公務員法や国家公務員法の記載において、公務員は勤務時間中“職務に専念する義務”があるとの解説にかぶせ、〈これは民間企業も同じで、トイレのような生理現象は労働時間に含めていいが、たばこは個人の私的行為なので本来は許されない〉 と断罪した。司会の宮根誠司氏はたまらず、〈公務員の人は、トイレ以外はずっと仕事してなアカンいうこと?〉と質問すると、本村氏は〈机に座っていること自体が義務なので、抜ける(離席する)ことがダメ〉と回答。〈10分離れたらアウト、せいぜい30秒なら……〉と補足した。チームワークも大事だが… では、実際にたばこ休憩は「職務専念義務違反」にあたるのか。当サイトでは人事ジャーナリストの溝上憲文氏に聞いた。「もちろん労働契約で勤務時間はきちんと定められていますが、職務専念義務違反行為にあたる離席理由や時間が定義されているわけではありません。 特に許容範囲が広い正社員の場合は、たとえば子供の学校送迎で30分出社するのが遅れることになっても、会社に報告すれば30分相当の給料を引かれることはないでしょう。また、昼休みの外食で注文したソバがなかなかこず、会社に戻るのが1時20分になっても、誰も咎める人はいないでしょう。多少の時間なら周囲も暗黙のうちに認めているのです。 もし、勤務時間を厳密に管理しようと思えば、職場の就業規定に離席理由を細かく明記し、詳細な記録を取ったり、書面による届け出制にすればいいのですが、そんなことをしたら仕事のフレキシビリティが欠けますし、社員のモチベーションや生産性にも影響してくるでしょう」(溝上氏) そもそも、いくら机に座っていても、私語が絶えなかったり、職務と関係のないネットサーフィンをしたり、スマホゲームに勤しんだり……とサボッている社員はいるはず。これらの行為も立派な職務専念義務違反ではないのか。「もちろん該当します。会社のPCでネットサーフィンをしているのであれば、会社の財産を私的に流用したことになるので、たばこ休憩より罪が重い。 喫煙所では他部署の人たちとの“タバコミュニケーション”により、新しいアイデアや企画が生まれることもあります。そういう意味では、たばこ休憩が必ずしも会社の生産性向上や業績アップにマイナスになるとはいえません」(前出・溝上氏) ミヤネ屋の放送は「ちゃんと仕事をやればいいだけ」という結論で幕を閉じたが、そこはシビアに捉える必要があると、溝上氏も同調する。「職場のチームワークも大事ですが、基本的には勤務時間内に個人がどれだけ成果や業績を上げられたかどうかが問われるべき。そこをはき違え、目くじらを立てて時間管理を徹底すれば、ギスギスと歪な職場になってしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 喫煙者も周囲に迷惑をかけるほど、たばこ休憩を頻繁に取るのは控えなければなりません。『1回1本5分』などと自分でルールを決め、1時間の昼休みを毎日30分で切り上げ、残りの30分をたばこ休憩に振り分けるなど、工夫してほしいと思います」(溝上氏) たばこに限らず、休憩やサボり時間が増えれば増えるほど、仕事の効率が上がらなくなるのは当然。その自覚がない人は、周囲に咎められるまでもなく、結果となって跳ね返ってくるだけだ。関連記事■午後ワイドなら『ミヤネ屋』といわれる強さの秘密■在京テレビ局 大阪北部地震報道に温度差がある?■『ミヤネ屋』のお天気お姉さん 目標は信頼されるキャスター■活躍目覚ましい報道局美人記者 最強お手本は日テレ小西美穂■稲垣、草なぎ、香取の素顔が顔を出す人狼ゲームは新鮮だった

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    「喫煙ヘイト」どうにかならぬか

    今年は「ヘイト」という名の嵐が猛威を振るった。在日コリアン、LGBT、安倍政権、ネトウヨ…。枚挙にいとまがない、とはこのことである。むろん、その標的は喫煙も例外ではない。たばこの締め出しが一段と進む昨今だが、極端に先鋭化する「喫煙ヘイト」、どうにかならぬか。

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    潔癖の代償―喫煙ヘイト亡国論―

    で、それを吸っている人間も全部悪なのだから除去せねばならない―という「喫煙ヘイト」を言い換えれば、「禁煙ファシズム」へと帰結する理屈はここにこそある。「喫煙ヘイト」の行く末は、必ず喫煙者だけではなく、「汚濁」とレッテルを貼られた他の嗜好(しこう)品愛用者にも向けられるであろう。 それは曰く、チョコレート愛好家であったり、コーヒー愛好家だったり、はたまた電磁波、石けんやシャンプーに含まれる化学合成物の使用者、また非天然の油やエタノールの排斥である。「喫煙ヘイト」の行く末は、喫煙者だけにとどまらないであろう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 歴史が示すようにそれは、必ず「喫煙者」の枠をとび越えて、権力者や世論が「汚濁=悪」と決めつけた領分にまで波及する。 最後に私が煙草を一切やらない非喫煙者であることを告白して、戦後、ナチス時代を述懐したドイツ・プロテスタントの牧師、M・ニーメラーの有名な言葉を引用して終わりたい。 ナチスが最初、共産党を攻撃したとき、私は声をあげなかった。なぜなら私は共産主義者ではなかったからだ。 社会主義者が牢獄に入れられたとき、私は声をあげなかった。 なぜなら私は社会主義者ではなかったからだ。 ナチスが労働組合を攻撃したとき、私は声をあげなかった。なぜなら私は労働組合員ではなかったからだ。 そして、ナチスが私(教会)を攻撃したとき、私たちのために声をあげる者は、誰一人として残っていなかったのである。■ タバコとアニメとナチスの香り 『風立ちぬ』批判への反論と宮崎駿論■ 医師たちが触れたがらないタバコ害の〝不都合な常識〟■ 厚労省調査を疑え! いい加減なデータに基づく副流煙害

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    肺がん患者の自問自答「喫煙者との対立はなくせないのか」

    長谷川一男(肺がん患者の会「ワンステップ」代表) 2020年東京オリンピック・パラリンピックに向け、受動喫煙の規制強化を目的とした法律が成立した。さらに、より厳しい東京都の条例もできた。単純に喫煙できない場所が増えることになる。 今までは新聞やテレビの中で受動喫煙の法律が議論されていたが、大きな実効性をもって、私たちの生活の中に入り込んでいく。これでたばこに対する価値観は大きく変わっていくだろう。法律や条例施行後には調査が行われ、健康への影響も明らかになってくるはずだ。 そんな中、ネット上などでは喫煙者を「ヤニカス」と呼ぶなど、誹謗中傷がエスカレートする現状があるようだ。喫煙者から「われわれが犯罪者であるかのような、さげすむ視線を世間から感じる」と言われたこともある。今回はそんな「喫煙ヘイト」について考えてみる。 考えてみると書いては見たものの、結論は決まっている。誰かを非難しても、何もいいことが生まれない。それだけは分かっている。私自身、今まで幾度となく誰かを非難してきたからだ。 私は講演の機会をいただくことがある。その時、「正しい」と思うことがあると、声高々に話し、「正しくない方」を非難することがある。 先日、がん保険を扱う企業に講演を依頼された。常々、「先進医療」の扱いに不満を持っていたが、多くのがん保険は、重粒子線治療など300万円もする高額な先進医療を受けられるようになる、と謳(うた)う。ここには、ある前提がある。「値段の高いものは優れている」という考え方だ。 値段の高い車は性能が良い。値段の高い家は地震に強いし、広い。値段の高い料理は良い食材を使い、腕の良い料理人が作り、味も良い、などなど。このことを疑問に思う人はいないだろう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) ところが、「医療」は異なる。日本において一番良い治療は、健康保険でカバーされて、「安く」「誰でもできる」ようになっている。高いお金を出すと特別な治療が受けられる、というのは大きな誤解だ。 高いお金を出すと得られるのは個室代くらいで、治療自体は高額ではない。「先進医療」とは健康保険の適用が検討されている治療技術のことで、まだその効果が証明されておらず、健康保険ではカバーされていないだけだ。本意ではない対立 そのため、自費となり、高額になっているに過ぎない。優れた治療のため高額であるわけではない。それをがん保険を検討している人に知らせず、高額で良い治療が受けられると、がん保険を紹介しているのであれば、本当にがんに罹患(りかん)したとき、正しい理解の妨げになってしまう。これを声高々に「みなさん、分かっていますよね?」と問うてみると、場は一気にしらけてしまった。 ほかにも非難して、後悔していることがある。私は肺がん患者であるが、決まって聞かれるのが「たばこを吸っていたんですか?」。この質問をされると、怒りがこみあげてくる。私はたばこを一本も吸ったことがない。「たばこを吸っていたんですか?」と聞かれると、「自業自得ですよね?」と言われている気がするのだ。 そして私はそこに当てはまっていない。ゆえに声が自然と大きくなり、「一本も吸っていないんですよ!」と答える。こんなやりとりが繰り返されるうちに、あることに気が付いた。声を荒らげて「吸っていません!」と答えると、隣にいる、本当にたばこを吸って肺がんになった人を非難し、傷つけているじゃないか。 それからは、肺がん患者に「たばこを吸っていたのですか?」という質問をしないでほしいと訴えている。肺がんを患う人の中にはたばこを吸わない方もおり、悲しい気持ちになる。たばこを吸っていた方ならば、傷口に塩を塗られた気分になるだろう。もし、私たちに配慮をしてもらえるのなら、その質問はやめてほしい。 そして今、私たちは次のプロジェクトに挑んでいる。アメリカのメイヨークリニック(ミネソタ州に本部を置く総合病院)に「グローバルブリッジ」という禁煙教育プログラムがある。「日本対がん協会」を窓口として16団体が参加し、動き始めた。私たち、「日本肺がん患者連絡会」(日本にある肺がんの患者会11の連合体でワンステップ含む)も参加している。内容は、肺がん患者の周りにいる方々への受動喫煙の防止、禁煙のススメである。 肺がん患者215人に対して行ったアンケートでは、6・5%は家庭でも受動喫煙を経験したことが分かっている。要は、家族が吸い続け、受動喫煙を受け続けるということだ。こうした家族はほぼ対立している。その多くは、妻という立場の人が罹患し、夫が吸い続けるという状況だ。命に限りがあると言われて、前向きに全うしようと生きている者にとって、この対立は本意ではない。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) もしかすると、非難を続けている限り、対立は続くのかもしれない。患者になると、普段の何気ない日常が大切なんだと気づく。「笑顔」「幸せ」そんな言葉が心の中を占める。そして、一番大切な人に健康でいてほしい思いが誰よりも強く湧きあがる。今、同じ志を持つ仲間と、議論を重ねているところだ。非難しない、対立しないアプローチを考えたい。できるだろうか…。こう自問自答しながら進むことに決めている。■ 日本人が知らない加熱式タバコ「ニコチン依存症ビジネス」の真実■ 「受動喫煙はまさに児童虐待だ!」私が都の禁煙条例を草案した理由■ タバコの害はアスベスト禍と同じ「命の危機」である

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    喫煙者の皆さん、残念ながら「タバコを吸う権利」はありません

    高橋宗瑠(人権活動家、国際人権法研究者) オリンピックに備えて東京都で禁煙条例ができるなど、近年は禁煙運動がかなり勢いを増しています。それに対して喫煙者から時たま聞こえてくるのは「タバコを吸う人にだって人権がある。行き過ぎだ」という意見です。 他人の健康に害を及ぼすタバコを吸うことイコール人権であるという考えは「人権」というものを完全に取り違えていますが、残念ながらその手の誤解が日本では非常に多いと言えます。そもそも「人権とは何か」と聞かれても、答えることができない人がほとんどではないでしょうか。 恐らく「人権とは自分らしく生きること」というような路線で考えるのが、大方の日本人の認識のように思われます。そうなると「私はタバコの煙が大嫌いで、タバコのない環境こそ自分らしく生きられる」という人の言うことにもうなずけるし、「私はタバコが大好きで、タバコを吸うのが最も自分らしい生き方」と言われると、なるほどと考えてしまいます。 双方の折り合いをつけるためにはどうすればよいのでしょうか? ここで大概出て来るのが、日本人が大好きな「思いやり」です。タバコを嫌う人の周りで吸うと思いやりに欠けるので「人権侵害」になるのと同時に、どこでも禁煙にするとタバコが好きな人が「かわいそう」でやはり思いやりに欠け、「人権侵害」になるのでしょう。しかし人権という観点では、これらは完全にトンチンカンなのです。※画像は本文と関係ありません(GettyImages)  人権とは、「自分らしく生きる」ことや、「思いやりを持つ」などといった曖昧なものではなく、国際法の法文書に明確に規定され、定義されているものです。近代国家が作り上げられる過程などで国家権力の横暴および無策から市民を守る盾として発展し、世界人権宣言をはじめとするいくつもの国際条約に結集されています。 例えば「性や人種、宗教や政治的意見などで差別されない権利」「拷問されない権利」「刑事司法で公正手続きを享受する権利」「教育を受ける権利」「医療を受ける権利」など多岐にわたりますが、どれも法律の文言で細かく定義され、国連の人権機関などによって詳細に解釈されています。「自分らしく生きる」や「思いやり」などという主観的なレベルの話ではありません。また、念のために明記しますが、「タバコを吸う権利」は当然ありません。日本特有の思いやり人権論 これらのことを考える際に分かりやすいのは、例えばヘイトスピーチの問題があります。人種差別をあおったり、戦争のためのプロパガンダなどは国際人権法(具体的には「市民的及び政治的権利に関する国際規約」、そして「人種差別撤廃条約」)によって正当な「言論」とはみなされず、明確に禁止されています。それを野放しにしているとヘイトが許されているというメッセージが社会に広がり、「単なる言葉」から次第に行動に移行されるというのが歴史によって証明されているからです。直接の被害者だけでなく、社会全体が害を受けるもので、そうであるからこそ禁止されているのです。 それにも関わらず日本では「心無い言葉」や「当事者の気持ちを無視した言動」などと「被害者の気持ち」の問題に矮小化されることが多く、「なぜもっと思いやりを持たないのか」などと見当違いなことが言われたりします。この論調では被害者が「傷をつく」から問題なのであり、加害者は「思いやり」さえ持てば問題が解決するものとされます。 しかし、当然ヘイトスピーチを直接受けて傷つく人がいると思われますが、逆に意気込む人もいるかもしれませんし、どうでもいいと考える人もいるはずです。また、加害者に「思いやりを持つ」法的義務などあろうはずもなく、「俺は思いやりのない人間だ。悪いか」と居直られたらどうしようもありません。 結局のところ当事者の気持ちなど他人の誰にも分からず、この際一番の問題ではないのです。ヘイトスピーチ自体が禁じられた行為であり、それが社会全体に与える影響に向き合う必要があります。 人権を「思いやり」として矮小化する、いわゆる「思いやり人権論」は日本に特有な現象で、人権の保護という観点では弊害が非常に大きいと言えます。人権とは本来、権力から市民を守るためのもので、その思想の根底にあるのは、「権力に行動の制限を課しないと恣意的な行動に走り、市民の権利を侵害してしまう恐れがある」という考えです。社会の力関係を常に意識し、権力の暴走を防ぐ必要があるというわけで、民主主義のイロハです。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) しかし、日本ではこういう意識は乏しいと言えます。なるほど社会の上位者は基本的に弱者に「思いやりを持つ」ことを期待されますが、同時に(というより、それよりも更に)弱者の方も上位者の「気持ちを考えて」、「忖度(そんたく)」することが期待されます。そして十分に忖度しない弱者の方はいとも簡単に「思いやりを持たない」人にされてしまい、それこそ権利を主張しようものなら、「和を乱す、ワガママで自分勝手なやつ」と白い目で見られる結果になります。 「人権=思いやり」は、このように「人権を求めるのは相手に対して思いやりの欠けた行為」になり、社会的強者の暴走が止められなくなります。権力にとって、誠に都合のいいことです。責任を市民に押し付け そしてもう一つ権力にとって都合がいいのは、人権問題を「市民同士の思いやり」と矮小化することで、国家の責任をスルーすることができるということです。国際法では個人でなく、あくまで国が主体で国家の責任が問われます。ヘイトスピーチの例に戻ると、国際的な人権機関にしてみるとヘイトデモをした個人より、ヘイトスピーチに対する国の取り組みが評価の対象にされるわけです。国はちゃんとヘイトスピーチを禁止して処罰規定のある法律を設けているか、その法律をきちんと公平に執行しているか、などが見られます。 国家が責任を持ち、管轄内で人権が必ず尊重されるようにする法的義務を負うわけです。日本のヘイトスピーチ対策法には罰則規定がなく、対象を合法的に滞在する人に限定しているなどというところで実は極めて不十分で、その事実を国連にも指摘されています。 それにも関わらず国の責務をないがしろにして、市民の方に「思いやりを持つ」ことばかり強調するのは、本来国がやらなければならないことを覆い隠し、責任を市民に押し付けることに他なりません。ましてや日本では国家が直接人権を侵害することが決して少なくなく(今、ゴーンさんが経験している代用監獄制度などは、その最たる例の一つです)、人権を「市民同士の思いやり」にすり替えることで、それらへの注目が集まらないという問題もあるのです。 日本は国連の加盟国であり、ほとんどの人権条約の締約国なので、日本政府はこういった「思いやり人権論」の誤りを啓蒙し、人権に関する正しい理解を広める義務があると言えます。残念ながらそのような姿勢は感じられず、権力にとって使い勝手の良い「思いやり人権論」をむしろ広めているとさえ言えます。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) 折しも12月10日は国際人権の日なので最近は駅などで「人権を守りましょう」という趣旨のポスターがよく見られますが、例えば「電車で年配者に席を譲るのが人権」というような、単なる「思いやり」を強調するものが少なくありません。もちろん思いやりを持つのは大切なことで、是非とも年配者に席を譲るべきですが、それは人権とは関係のないことなのです。 矮小化され、無力化された「思いやりとしての人権」だけが広まると、特に社会的弱者にとって、人権の真の社会的意義がなくなる恐れがあります。人権に関する正しい理解が広まることを願うばかりです。■ 日本人が知らない加熱式タバコ「ニコチン依存症ビジネス」の真実■ 「受動喫煙はまさに児童虐待だ!」私が都の禁煙条例を草案した理由■ タバコの害はアスベスト禍と同じ「命の危機」である

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    「喫煙者は不道徳な人間」極論ヘイトはなぜ先鋭化するのか

    熊代亨(精神科医) 昭和の終わりころまで、日本社会はタバコの煙に覆われていた。 当時は、タバコの健康被害が知られ始めていて、「タバコはがんや脳卒中の元」「タバコをポイ捨てするのはマナー違反」といったスローガンを見かけるようになっていた。それでもまだ、当時のタバコは、青少年が憧れる大人の象徴であり、一つのカルチャーでもあった。 新幹線や特急列車には必ず喫煙車両があり、街の至る所で喫煙者と紫煙を目にした。タバコを吸わない人々の不満はあったにせよ、世の中はそういう風に回っていた。 今はそうではない。分煙化が進んだことによって、受動禁煙は大幅に減った。新幹線や特急は全車両禁煙となり、紫煙は喫煙コーナーへと隔離された。 大人の象徴としてタバコに憧れる青少年も、今ではあまりいない。コンビニの駐車場にたむろしてタバコを吸う未成年を最後に見かけたのは、いつの日だっただろうか。 このように、タバコの社会的位置付けは大きく変わり、喫煙行為と、喫煙者に対する世の中のまなざしは大きく変わった。2008年3月、500系新幹線の8両化に伴い、設置された喫煙ルーム(山下香撮影) 健康増進という観点から考えれば、これは望ましいことといえる。他方で、喫煙者に対するまなざしはいよいよ厳しくなり、「タバコで健康を損ねるのは自己責任」という以上の批判や非難を向ける人も見かけるようになった。意見が先鋭化しやすいインターネット上では「喫煙者は人間ではない」と言わんばかりの書き込みも見られ、それが結構な数の「いいね!」を集めていることもある。先鋭化した喫煙ヘイト なぜ、これほどまでに喫煙ヘイトが先鋭化しているのだろう。 背景の第一としては、タバコの健康被害についての知識が広く知られたことが挙げられるだろう。厚生労働省をはじめとする官公庁は、喫煙者を減らすために努力を重ねてきた。そのかいあって、昭和時代には5割を超えていた喫煙率は3割を割り込むほどになり、喫煙者は多数派から少数派へと転じた。 また、会員制交流サイト(SNS)をはじめとするネットメディアで先鋭化したオピニオンが集まりやすくなったことも、喫煙ヘイトを際立たせる一因として見過ごせない。世間では100人に1人しかいないような極端に排斥的なオピニオンでも、SNS上では仲間同士で群れ合い、そうした極論への同調者がたくさんいるかのように錯覚できてしまう。 喫煙ヘイトに限らず、政治問題などにも当てはまることだが、SNSには極端な意見の持ち主を先鋭化させやすく、それが世の中の少数派ではないと錯覚させる効果がある。誹謗(ひぼう)同然のヘイトを喫煙者に向ける人々の中には、SNSを通じて先鋭化してしまい、それがネット以外の現実の(オフラインでの)言動にまで反映されてしまっている者もいるだろう。 しかし、これらの根っこの問題として、なぜ、自己責任の範疇(はんちゅう)であったはずの他人の喫煙が、これほどまでに叩かれなければならないのか。 昭和時代の喫煙には、受動喫煙の問題がついて回り、「タバコを吸わない人にも健康被害を及ぼすから、タバコはいけない」というロジックが十分に成立した。タバコを吸わない者にもタバコの健康被害を与える状況は公衆衛生上の問題でもあり、およそ自己責任的な健康問題と見なすわけにはいかなかった。 とはいえ、この30年で分煙化は進んだ。世の中じゅうが紫煙に包まれていた昭和時代に比べれば、今日の受動喫煙は少ない。喫煙者を喫煙コーナーにすし詰めにできるようになったことで、喫煙という行為そのものは、以前よりも自己責任な問題へと傾いたはずである。 「禁煙者にも健康被害を与えるからタバコはいけない」というロジックは、妊婦のような例外を除いて、喫煙者をバッシングする大義名分としては通用しなくなった。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 他人の喫煙をバッシングするためのもう一つのロジックとして、医療費の問題を意識した向きを見かけることもある。 厚生労働省『国民医療費の概況』によれば、国内総生産(GDP)に対する医療費の比率は、1985年には4・85%だったものが、2013年には7・9%まで上昇しており、総額も40兆円を上回る数値に達している。と同時に、厚労省研究班はタバコによる経済的損失を、2015年度では2兆500億円と見積もっており、こうした数字を根拠に、他人の喫煙を社会全体の損失とみることはできるかもしれない。「不健康は不道徳」規範意識 だが、個人の自由な行動を非難する根拠として、こうした統計的な数字は用いて構わないものだろうか。 確かに医療費の増大は社会問題だが、疾病による経済的損失という点では、糖尿病や鬱病などに比べてタバコが突出しているわけではない。その論法で非難が可能なら、もっと幅広い対象や幅広い行為も非難の対象になって然(しか)るべきだろう。 何より医療費の増大、とりわけGDPに対する比率の増大の背景として考えなければならないのは、少子高齢化の進行である。 医療費の増大を論拠として喫煙者を非難できるなら、高齢になればなるほど医療費がかかるという全体的傾向を踏まえたうえで、高齢であることへの非難や、長寿が実現した社会に対する非難も成立することになってしまう。医療費の増大を根拠として喫煙者に攻撃的な態度をとるのは、いささか極端であると言わざるを得ない。 とはいえ、実際に極端な喫煙ヘイトをまき散らすのは全体の中の一部でしかなく、大半の人はそこまで極端ではない。 だとしても、もっと穏健な人々においても、喫煙をはじめ、不健康をもたらし得る行動に対して心穏やかではない、もっと言うと、不道徳であるといった意識が広まってきているのではないだろうか。 昭和時代の人々は、健康に対する意識がずっと低かった。多くの人が血圧や血糖を気にしておらず、50代や60代で脳卒中や心筋梗塞によって命を落とす人が当時はたくさんいた。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 対照的に、現代人は、自らの健康に対する意識が高い。とりわけ模範的な人々は、朝や夕方のジョギングを欠かさず、ジムやフィットネスクラブにも通いつめ、健康診断では医師の言葉に真摯(しんし)に耳を傾け、コレステロールや血圧、血糖値などの異常値を指摘されれば、それを正すために精いっぱいの努力をする。 そういう健康意識の高い現代人にとって、健康を促す行動選択は良いことであり、不健康をもたらす行動選択は悪いことである。先天的な病気ならいざ知らず、後天的に健康を損ねる行動選択は良くないことである、という判断基準が、健康意識のしっかりした現代人にはしっかりと内面化されている。近現代的な「健康意識」 価値観の多様化した現代社会において、良しあしをシンプルに論じられる問題は少ない。そうした中で、「健康を促す行動選択は良いことであり、不健康をもたらす行動選択は悪いこと」という判断の基準はおおむね普遍的である。控えめに言っても、健康と肩を並べるほどの普遍的価値というのは、現代社会にはそれほど多くはない。 昭和時代よりも皆の健康意識が高くなったことに伴って、健康を促す行動選択はほぼ普遍的に良い、絶対善に近いものと位置づけられるようになった。 あるものが絶対善として位置付けられる時代が来たということは、そうでないものが絶対悪…とまではいかなくても、良くないものとみなされる時代が来たということでもある。皆の健康意識が高くなれば高くなるほど、不健康をもたらす行動選択は悪しきものと位置付けられることとなり、喫煙者のような人々は、白い目で見られやすくなる。 つまり、「健康は道徳的で、不健康は不道徳的である」という意識が、健康意識の高まりとともに社会全体に浸透してきたのが、喫煙ヘイトの背景として、最も裾野の広い問題ではないだろうか。 健康という概念は、19世紀以来の医学生理学的な発展に伴って広まった、科学的手法の産物であり、健康意識とは、極めて近現代的な意識である。 と同時に、健康増進のために医療現場や検診の現場に携わっている人々も、エビデンス(科学的根拠)に基づいた、あくまで医学生理学的な判断と助言をしているのであって、医療関係者が道徳を説いているわけではない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) だからといって、健康意識や医療が、現代の道徳の内実になんら影響がなく、何かを良いものとみなしたり悪いものとみなしたりする規範意識とも無関係…と考えるのは早計である。喫煙の健康被害が周知され、健康に過ごしたい人が健康に過ごせるようになること自体は望ましいとしても、喫煙者が不道徳とみなされ、ひいては喫煙者に不道徳な人間という烙印(らくいん)を押されかねない社会が望ましい社会なのかは、私にはよくわからない。 ともあれ、健康に関する道徳と不道徳の問題は、そのような方向へと進んでいるようにみえる。喫煙ヘイトは、そのことの是非を考えるうえで格好のモデルケースと思われる。■ 日本人が知らない加熱式タバコ「ニコチン依存症ビジネス」の真実■ 医師たちが触れたがらないタバコ害の〝不都合な常識〟■ 「受動喫煙はまさに児童虐待だ!」私が都の禁煙条例を草案した理由

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    コンプライアンスの時代 舞台で喫煙したら怒鳴って帰る客も

     今の世の中を象徴する言葉が「コンプライアンス」(法令遵守)だ。企業が法律や社会規範を守ることを意味するこの言葉が、今はテレビドラマの現場でも盛んに叫ばれている。 俳優の中井貴一(56才)は『新潮45』(2017年3月号)に寄稿した「撮影現場の『コンプライアンス』狂騒曲」という記事で、テレビ界にこう警鐘を鳴らした。〈テレビドラマにひとたびコンプライアンスがふりかざされると、警察の捜査をかわす逃走犯はシートベルトをきちんと締め、学校や教師にたてつく不良高校生たちはタバコも酒もやりません。そもそも私たちが創っているものは架空の世界、空想の産物です。ありもしない世界に現実のルールを持ち込んで、娯楽としての面白さがぼやけてしまう状況は、一役者として嘆かざるを得ません〉 そのうえで中井は、テレビをつくる側と見る側が双方に理解と努力を重ね、ちょうどよい「加減」を探る必要があると指摘する。ここでも「加減」が問題となっている。 表現の自由が失われて、ある種の「息苦しさ」を感じるのはテレビだけではない。大和田美帆が出演した舞台では、演者がたばこを吸うシーンがあったが、その時「煙い!」と怒鳴って劇場から出て行った観客がいた。「昭和初期の設定だったので時代を表すために必要なシーンでしたが、そのお客さんの受け止め方にショックを受けました。おかげで最近は『この舞台ではたばこを吸うシーンがあります』とロビーに貼紙がしてあります。 この世には殺人もリンチもある。人の性格を表すには暴力的な要素も必要だし、そこから『こんな怖いものはよくない』と学ぶことが何より大切なはずです。舞台やテレビや学校からそうした要素を排除したなかで育った子供たちが、いきなり現実の世の中に投げ出される方がもっと怖い気がします」(大和田)※画像はイメージです(ゲッティイメージズ) ヤンキードラマで学生が紫煙をくゆらせる場面がカットされ、事件ドラマで人を殺すシーンが消える。そうした“ありえない現実”が実際に公共の電波に乗っている。関連記事■ 史上最も長生きは仏人女性の122歳 117歳まで喫煙していた■ コンプライアンス重視し過ぎてTVがおかしくなる■ マンション広告ポエムに過剰コンプライアンスの波押し寄せる■ 手作り弁当出す激安ランパブ 30分1200円ポッキリで帰る客も■ 男児遺棄ベビーシッター物袋容疑者 公園で子供怒鳴っていた

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    すかいらーく禁煙令 「隠れ査定」の重圧になるとの指摘も

     外食チェーン大手の「すかいらーくグループ」が、12月1日より東京都武蔵野市にある本社内をすべて禁煙にするとともに、約300人いる社員を対象に、就業時間のみならず往復の通勤区域内での喫煙も禁止する方針をぶち上げ、大きな話題となっている。 ネット上では、〈社員の健康のためには当然〉〈店舗も早く全面禁煙にしてほしい〉といった肯定的な意見が出る一方で、〈通勤中の行動まで干渉するのはさすがにやり過ぎ〉〈合法的なたばこを一方的に禁止するのは人権侵害だ〉との激しい反対意見も多く見られ、賛否両論が渦巻いている。 当のすかいらーくに取材してみると、広報担当者はあまりの反響の大きさに少々困惑ぎみに、こう話した。 「あくまで弊社のオフィスがある最寄り駅(三鷹)から会社に着くまでの間で、歩きたばこなどマナーを守らない喫煙はやめましょうと社員に呼び掛けているだけ。 特に罰則を設けている規定ではありませんし、コンビニなど会社付近の喫煙コーナーでたばこを吸うのも禁止しているのは、受動喫煙の影響や企業イメージの低下につながらないとも限らないからです」 とはいえ、同社は2014年から社員の禁煙を徐々に推奨し、すでに役員は全員禁煙しているという。また、今回の一件も会社周辺エリアの“禁煙令”といいつつ、「社員の健康を考え、できれば禁煙しましょうという話なので、それ以外の場所でも吸わないのが望ましい」(前出・広報担当者)と話している。つまり、最終的なゴールは全社員の禁煙化だ。 近年、すかいらーくに限らず、星野リゾートのように人材募集の段階から喫煙者を採用しなかったり、禁煙に成功した既存社員に報酬や休暇を与えたりする企業が増えている。 たばこを吸わない社員ばかりを優遇するのはなぜなのか。人事ジャーナリストの溝上憲文氏が企業側の狙いを語る。すかいらーくグループが運営するファミリーレストラン「ガスト」 「メタボと同じで、健康に悪いとされる生活習慣を放っておいて社員が病気になれば、欠勤や休職者が増えて人件費増につながりますし、業務に支障が出ます。また、喫煙だけで見れば、喫煙者自身の健康のほか、受動喫煙による周囲への影響も社会問題化しているため、できるだけ社内の禁煙率を高めて将来的なリスクを減らしたいというのが企業側の本音です。 ましてや、すかいらーくのような外食企業は東京オリンピックを控えたいま、受動喫煙防止の規制対象としてもっともターゲットにされている業界です。今回の一件は、そんな対外的なイメージも気にして、“社員の禁煙化から積極的に進めています”という意識啓発の狙いも大きいのだと思います」精神的ストレスが増大する しかし、労働法上の観点からいうと、ネット上の声のように会社が通勤時間まで社員の喫煙行為に口出しするのは、少々やり過ぎのきらいもある。社会保険労務士の稲毛由佳氏がいう。 「通勤中や休憩時間は就業時間外にあたるため、いってみれば社員の自由な時間です。今回のケースはペナルティーをつけない“お願いベース”のため、労働法上も問題はありませんが、業務上禁煙が必要な正当な理由がなければ、嗜好品をたしなみたい人のプライベートな時間を侵害している可能性があります。 例えば、通勤時間でも〈行き〉は接客や会社内での業務前なので、受動喫煙の問題からたばこの臭いを漂わせていたり、呼気を通じて他人に有害な影響が出る恐れがある──と説明しているすかいらーく側の理由は真っ当です。 でも、業務が終わって誰にも会わない〈帰り〉に、仕切られた喫煙コーナー内で一服することまで『NO』と言い始めたら、なかなか理解を得られにくいかもしれません」 何よりも、全社で禁煙の流れに向かうことで、喫煙者は立場的にビクビクする事態になりかねない。稲毛氏が続ける。 「罰則がなく、社内評価や査定には関係ないといっても、どんどん少数派になっていく喫煙者にしてみたら、“隠れ査定”のプレッシャーを受け続けているような気分にはなるでしょうね。肩身は狭くなる一方だと思います」 禁煙令が、かえって社員の精神的ストレスを増大させる結果になっては意味がない。すかいらーくが掲げる「健康経営」の手法と効果については、様々な角度から検証していく必要があるだろう。関連記事■ すかいらーく 優待と配当の利回り高く期末に向け投資妙味も■ 民主党 造反組半数残留により政権運営困難になるとの指摘も■ 中国で未成年の人工流産が問題化 不妊につながるとの指摘も■ 週刊誌に朝日内部情報リーク 組織壊れかけているとの指摘も■ 「ママタレ」ブームが一般のママたちの溝を深めるとの指摘も

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    加熱式たばこの議論がまともじゃない!

    紙巻きたばこから火を使わない加熱式に変える愛煙家が増えている。彼らはきっと、他人になるべく迷惑かけないようにと配慮した末の決断だったに違いない。それでも世の嫌煙家たちは許してくれない。たばこであれば、「何でも同じ」と言わんばかりの規制と議論。はっきり言ってまともじゃない。

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    「加熱式」で知恵を絞れば見えてくるタバコ規制論争の行方

    関根嘉香(東海大理学部教授)  「加熱式タバコ」は、タバコ葉を電気で加熱する、あるいはタバコ葉に蒸気を通じ、生じた「煙」を吸うための装置です。従来の「紙巻きタバコ」との大きな違いは、葉に火をつけて燃やさないという点です。 紙巻きの場合、煙には主流煙(喫煙者が吸い込む煙)、呼出煙(喫煙者が吐き出す煙)、副流煙(火をつけたタバコの先端から立ち上る煙)の3種類があります。副流煙は燃焼温度が低いため、不完全燃焼によって生じる有害な化学物質を多く含むことが知られています。 これらの中で、呼出煙と副流煙はあわせて「環境タバコ煙 (Environmental Tobacco Smoke)」ともいわれ、「望まない受動喫煙」の主たる原因になります。最近では、環境タバコ煙が壁や衣類に付着し、一部の化学物質が空気中に再び放散され、これに非喫煙者が曝露する3次喫煙(サード・ハンド・スモーク)という現象も知られています。 加熱式タバコは、現在国内では3社から販売されています。タバコと名がつくから近寄らないという人もいると思いますが、「百聞は一見にしかず」です。一度、実際吸っている人に話を聞いてみるとよいと思います。 加熱式タバコは喫煙者が吸うときだけスイッチが入り(機種によってはスイッチを入れて吸う)、吸うとき以外は煙が発生しません。すなわち、副流煙が発生しない、あるいは極めて少ないのです。副流煙には有害な化学物質が多く含まれていましたから、これがほとんど発生しないということは、望まない受動喫煙を防止する上で有効といえます。 一方、加熱式タバコもタバコの一種ですから、主流煙は当然発生し、そこにはニコチンが含まれます。ちなみに、コンビニなどでよく見かける「電子タバコ」や「VAPE」と称される製品には、ニコチンは含まれていません。 主流煙が発生すれば、喫煙者から呼出煙が出てくるので、これを問題視する人もいるでしょう。そこで、主流煙中に含まれる有害化学物質を調べる必要があります。各メーカーが公表した資料を見ると、紙巻きタバコに含まれる有害化学物質の量に比べて約90%減などと記載されています。飲食店で加熱式たばこを吸う男性。受動喫煙対策の規制対象となる方向で調整されている=2018年6月 筆者らの研究グループは、独自に加熱式タバコの主流煙分析を行っていますが、例えば発がん性物質として知られるホルムアルデヒドは、あるメーカーの加熱式タバコは紙巻きタバコに比べ、約300分の1という結果が得られました。 米国食品医薬品局(FDA)でも、加熱式タバコ「IQOS」(アイコス)は紙巻きタバコに比べ、人体に有害もしくは有害の恐れがある物質の含有量が少ないことを認めています。加熱式タバコの主流煙に新たな有害化学物質が見つからない限り、この認識はおおむね妥当でしょう。 ただし、紙巻きタバコ同様に加熱式タバコも喫煙の仕方によって主流煙に含まれる成分の量が変化することがあります。このような変化も考慮し、主流煙中の化学成分を定量的に求め、リスクがどの程度あるのかを判断しなければなりません。科学技術を阻む規制 先に成立した改正健康増進法(受動喫煙対策法)では、飲食店などの屋内では原則禁煙となり、紙巻きタバコだけでなく加熱式タバコもその対象になりました。専用の喫煙室内では吸うことができますが、喫煙室に求められる条件(喫煙室の入り口から室内に向かって毎秒0・2メートル以上の空気の流れがあること)は同じです。 有害物質の発生が少ない加熱式タバコが、なぜ同じように規制されるのでしょうか。一つの理由として、紙巻きと加熱式のユーザーが共存する点です。両者を併用するユーザーもいるでしょう。紙巻き用と加熱式用でそれぞれ喫煙室を設けるのであれば、求められる気流条件は異なってきます。 しかし、二つの専用喫煙室をどれだけの店舗・施設で用意できるでしょうか。2020年という時限を前提に、健康リスクを回避する政策を現時点で決めるとすれば、安全サイド(より危険な方の基準に合わせる)を選ぶのは致し方ない部分もあります。でも、これでは加熱式タバコという発明の恩恵が全く無視されたことになります。 筆者は1990年代後半に中国の大気汚染対策として「有害な煙の出ない石炭」を開発し、その普及を目指しました。研究・開発には中国側の公的機関からも協力をいただき、工場を2カ所建設して量産試作までこぎつけました。しかし「石炭」であるという理由だけで、製造・販売の許可が下りないことになり、実用化の一歩手前で断念せざるを得ませんでした。 科学者の創意工夫により生じた発明物を、正当な評価を受ける前に法的枠組みで禁じるのは、新しい科学技術の発展を阻害するものです。加熱式タバコは、望まない受動喫煙の軽減に寄与する科学技術といえます。「タバコ」だから良くないと短絡的に考えてはいけません。この新しい科学技術を生かすにはどうすればよいかという発想も必要でしょう。受動喫煙防止条例について説明する東京都の小池百合子知事(中央)=2018年6月 もちろん、加熱式タバコにおいても有害化学物質の発生はゼロではありません。ただし、その健康リスクがどの程度なのか、紙巻きタバコとの比較だけなく、調理や燃焼器具、自動車排ガスなど、私たちの身近な生活の中になるリスク要因と比較して検討する必要があり、もし技術的な問題が見つかれば改良すればよいのです。 科学技術は常に更新されながら発展していきます。喫煙者と非喫煙者が共存できる社会を作るにはどうすればよいか、科学技術立国としての知恵の出しどころです。

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    日本人が知らない加熱式タバコ「ニコチン依存症ビジネス」の真実

    薗潤(日本タバコフリー学会代表理事、医師) 最近、害が少ないタバコとして加熱式タバコ(以下、加熱式)の宣伝が盛んに行われています。コンビニのカウンターやタバコ販売店でも、必ず加熱式が前面に配置されています。 フィリップ・モリス(PM)は、アイコス販売数が500万個を突破したと誇り、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT)のグローや、日本たばこ産業(JT)のプルーム・テックも、派手なコマーシャルで「enjoy together(ご一緒に楽しみましょう)」「tomorrow(明日・未来)」といった甘言を弄(ろう)して猛追しています。 しかし、PMの母国である米国では、食品医薬品局(FDA)が「安全性が証明されていない」として、アイコスなどの加熱式の発売は認められませんでした。しかし日本では、たばこ事業法の関係で加熱式タバコは、紙巻きタバコと共に薬機法(旧薬事法)の管轄外とされ販売されています。従って、日本は加熱式の実験場となり、日本人は大規模な人体実験を受けていると言っても過言ではありません。 この現状を憂慮し、日本タバコフリー学会(以下、本学会)は、「加熱式タバコとハーム・リダクション理論の危険性」をテーマに、第7回学術大会を9月23日に兵庫医科大学(西宮市)で開催しました。大会では、毒物である従来のタバコ被害の軽減を謳い文句とする加熱式タバコはやはり有害であり、健康のリスクが低いとは言えないことを確認しました。 ハーム・リダクション理論は、一気に有害性を解消する代わりに、有害性(ハーム)を減少(リダクション)した施策や代替品を容認する理論です。 この理論は20世紀後半、英国で薬物乱用の回し打ち注射器によるエイズウイルス(HIV)感染を減少させるために、リバプールの保健所が清潔なディスポ注射器を無料配布する施策をとったことで有名になりました。タバコ産業は、リバプールの保健所とは異なり、自分たちが加害者であるにもかかわらず、この理論を悪用し、従来の「有害性が十分に証明された」燃焼式タバコ販売を中止することなく、加熱式を販売しているのです。 加熱式による急好酸球性肺炎の「世界初」の症例報告が、加熱式の大規模人体実験場の日本から発表されたことは、決して偶然ではありません。米フィリップ・モリスが販売する加熱式たばこ「アイコス」の本体と専用たばこ=2017年3月2日 実は、1999年に日本でPMがアイコスの前駆商品「オアシス」を大阪で試験販売し、タバコ販売店の店頭では白いミニスカートの女性がキャンペーンガールとして宣伝していました。 この時には、アイコスのようにタバコ葉圧縮スティック全体を加熱する方式ではなく、キット用の短い紙巻タバコを器具に差し込んで、先端を加熱する方式でした。それを昔、流行した「ソ・ソ・ソクラテスかプラトンか」という歌を私がもじって「デ・デ・デジタル・スモーキングか」と揶揄(やゆ)した経緯は、2001年刊の拙著『モク殺モク視せず~病院でタバコと戦う』(神戸新聞総合出版センター)の中で述べています。 「オアシス」は流行せず販売終了となりましたが、21世紀になってPMが本格的に加熱式の改良に取り組み、アイコスとして販売、他のタバコ産業も追随し、生き残りを図っています。 PMの本気度は、巨額の資金を投じてスモークフリー世界財団(以下、財団)を設立し、本格的に加熱式販売を推進する体制を構築したことにも表れています。驚くことに、財団のトップに世界保健機関(WHO)のタバコ対策の元トップであったデレック・ヤック氏がリクルートされました。これは加熱式の登場によって、公衆衛生関係者の中にも、タバコ産業に誘惑される人間が出てきたことを示しています。日本でも、日本禁煙医師歯科医師連盟の元会長であった大島明氏が、加熱式容認論を表明しています。依存症ビジネスの真実 私が、加熱式の根拠となる「ハーム・リダクション(有害性減少)理論」がタバコに適応されるのを初めて知ったのは、15年前の2003年にフィンランドのヘルシンキで行われた「第12回タバコか健康か世界会議(WCTOH)」でした。 実はタバコ産業は昔から「ハーム・リダクション理論」をもとに、「手を替え品を替え」消費者をだましてきました。例えばフィルター付きのタバコ、女性向けのスリムなタバコ、1本当たりのニコチンやタール摂取量が少ない「マイルド」な軽いタバコ、メントールなどの添加物入りタバコなどです。今では消費者に誤解を与える危険があるので、ブランド名に「マイルド」や「ライト」などの使用は禁止され、メントールも国際的には禁止の方向です。 和歌山毒入りカレー事件の原因物質は、ヒ素という毒物です。1955年の森永ヒ素ミルク中毒事件発生後、毒物のヒ素が混入したミルクは全て回収され発売禁止になりました。その後、「ヒ素の量を10分の1にした粉ミルク」を継続発売することはならなかったのは当然です。体に入るものは100パーセント安全でなければ売るべきではないからです。この事実に鑑みても加害企業がもてあそぶハーム・リダクション理論の欺瞞(ぎまん)性と、「死の商人」タバコ産業の傲慢(ごうまん)・強欲・厚顔な態度に激しい怒りを覚えます。ニコチンはヒ素と同じく毒物であり、ヒ素と違って「依存性」があります。タバコ産業は生き残りのために、タバコビジネスからニコチンビジネスへと「依存症ビジネス」の転換・継続を図っています。 幸い日本では不承認ですが、ニコチン溶液を添加物と共に霧状にして吸入する電子タバコの海外での流行も懸念されます。日本でも個人輸入でニコチン入りも自由に買えますし、ニコチンどころか大麻入りや覚せい剤入りもあるようです。電子タバコは、単なるタバコをまねた玩具ではなく、加熱式と同様にニコチン依存症ビジネスの温床であり、ひいては大麻や覚せい剤使用の隠れ蓑になっている危険性も高いと言わざるを得ません。今後もタバコ産業は消費者に甘言を囁(ささや)き、居直り、偽装を続けながら、「ニコチン依存症ビジネス」を展開するでしょう。本学会も日本タバコフリー学会から日本ニコチンフリー学会へと名称を変更して、活動する時期が来るかもしれません。 2020年東京五輪・パラリンピックを目前にしても、日本は分煙を認めた健康増進法改正にとどまり、やや厳しいと言われる東京都の受動喫煙防止条例(以下、都条例)もWHOのタバコ規制枠組み条約(FCTC)規準のグローバルスタンダードには達していません。しかも、都条例では加熱式タバコのレストランでの使用を容認しています。成立した受動喫煙防止条例について説明する 東京都の小池百合子知事(中央)=2018年6月27日、都庁 年間1万5000人の死亡原因となっている受動喫煙被害は、生存権・基本的人権の重大な侵害です。私たちは、タバコ産業が毎年世界で700万人、日本で十数万人の死亡原因となっている「依存症ビジネスで儲ける死の商人」であることの周知に努め、「加害者である危険なタバコ産業にだまされてはいけない!」と、今後も声を大にして訴え続けていく所存です。

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    紙巻きと加熱式タバコ「似て非なる」受動喫煙への影響

    秋山幸雄(元産業医大准教授) 2018年7月18日、受動喫煙の対策強化を目的とする改正健康増進法が、参院本会議で与党などの賛成多数で可決、成立した。マスメディアは、この改正法を受動喫煙防止法と称して報道した。厚生労働省のホームページの「受動喫煙防止対策」のページで、この法律の概要を知ることができる。 その基本的考え方は、「望まない」受動喫煙をなくす、受動喫煙による健康影響が大きい子供、患者などに特に配慮、施設の類型・場所ごとに対策を実施、という3点である。そして、改正法では急速に普及している「加熱式タバコ」も規制対象とした。 加熱式タバコとは、タバコ葉やタバコ葉を用いた加工品を燃焼させず、専用機器を用いて電気で加熱することで煙(正確に表現すれば、蒸気)を発生させるものだ。加熱の方法や温度などは製品ごとに異なる。 日本国内では、2016年から順次発売が開始され、現在3社から3種類の加熱式タバコが販売されている。シガレット(紙巻きタバコ)と違い、燃焼を伴わないので、副流煙はほとんど発生しない。では、受動喫煙の観点で見た場合、加熱式タバコと紙巻きタバコは同じなのだろうか。結論を先に書くと、決して同じではない。 厚労省のホームページには、日本で販売されている3種の加熱式タバコから発生する発がん性物質の測定結果が掲載されている。試験研究用の紙巻きタバコからの発生量を100としたときに、加熱式タバコでは、ホルムアルデヒドが10~25、ベンゼンが1以下、ベンゾピレンが2、タバコ特異ニトロソアミンが2~10程度検出されている。 なお、製品によっては検出されないケースもあったようだ。これらの結果を、「加熱式タバコの主流煙に含まれる主要な発がん性物質の含有量は、紙巻きタバコに比べれば少ない」とまとめている。 大手タバコメーカー、フィリップ・モリスのホームページには、加熱式タバコの「エアロゾル」(蒸気)と実験用標準紙巻きタバコの煙に含まれる有害成分の測定結果が公表されている。標準紙巻きタバコからの発生量を100としたときに、加熱式タバコでは、ホルムアルデヒドが9・8、ベンゼンが0・66、ベンゾピレンが7以下、タバコ特異ニトロソアミンが2・5程度検出されている。※ゲッティ・イメージズ その結果から、加熱式タバコのエアロゾルに含まれる有害成分量は、紙巻きタバコの煙と比較して平均して90~95%低減されていたとしている。 日本たばこ産業(JT)によると、世界保健機関(WHO)が優先して低減すべき成分として選択している9つの物質(ベンゾピレン 、ホルムアルデヒド 、アセトアルデヒド 、アクロレインなど)を含む健康懸念物質の量を測定してみた結果、紙巻きタバコの煙に比べて、加熱式タバコのベイパー(タバコ葉由来の成分を含む蒸気)では、平均して99%低減されていたと記載されている。 いずれにしても、加熱式タバコから発生する有害成分は決してゼロではないが、紙巻きタバコの煙中の量よりは、かなり低減されていると言ってよさそうである。副流煙は限りなくゼロ では、環境への影響やにおいはどうだろうか。紙巻きタバコを火がついたまま灰皿に置いておくと、先端から立ち昇る煙(副流煙)が環境中に放出されるので、換気が十分行われていないと室内空気中の有害物質の濃度は上昇する。 これに比べ、加熱式タバコでは、いわゆる副流煙は発生しない。加熱式タバコが環境に影響を及ぼすのは、喫煙者が吐き出したベイパーに残存する成分ということになる。もともと発生量が紙巻きタバコに比べて少ない上に、かなりの部分は喫煙者の体内に摂取されると考えられるので、環境に放出される量は紙巻きタバコよりはるかに少ないと想定される。 においについては、室内空気環境中の臭気強度の調査結果がJTのホームページで公表されているが、紙巻きタバコと比較して、加熱式タバコの場合は、やっと感知できるにおい以下、つまりほとんどにおわないということであった。 繰り返しになるが、加熱式タバコからも健康影響を与える物質が、紙巻きタバコと比べ低い値とはいえ、含まれていることは明らかである。しかし、加熱式タバコによる受動喫煙については、そもそも副流煙の発生が限りなくゼロであること、その健康影響の測定が難しいことなどから、まだあまり有意な知見は得られていないのが現状である。 このように、加熱式タバコと紙巻きタバコは、受動喫煙の観点から見ると、同じではないので、一律に同一の規制を行うのではなく、エビデンス(科学的根拠)に基づいた別メニューが望ましいと考える。JT「Ploom Shop銀座」内覧会=2017年6月、東京・銀座(春名中撮影) 厚労省のホームページを見ると、加熱式タバコの主流煙に健康影響を与える有害物質が含まれていることは明らかであるが、販売されて間もないこともあり、現時点までに得られた科学的知見では、加熱式タバコの受動喫煙による将来の健康影響を予測することは困難だ。 このため、今後も研究や調査を継続していくことが必要とされており、その規制については、当分の間の措置として、原則屋内禁煙としつつ、喫煙室(飲食なども可)内での喫煙可としており、紙巻きタバコと同一の規制となっていない点は評価できる。今後、加熱式タバコについてさらなる調査・研究結果が蓄積されてくると思うが、規制当局には、エビデンスに基づいた施策を望むものである。

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    加熱式タバコの安全神話「有害物質9割減」のトリック

    田淵貴大(医師・医学博士) アイコス(IQOS)やグロー(glo)プルームテック(Ploom TECH)といった加熱式タバコが日本で急速に普及してきている。しかし、加熱式タバコには発がん物質がない、とか、健康被害がない、というような誤った認識も聞こえてきている。 本稿では、科学的根拠に基づき、①加熱式タバコによる健康被害はみなさんが予想しているよりかなり大きいと考えられること、②加熱式タバコの屋内での分煙を認めるべきではないと考えられることについて述べる。 まず①の加熱式タバコによる健康被害は予想よりかなり大きいと考えられることについて説明しよう。 加熱式タバコは、従来の紙巻きタバコのようにタバコ葉に直接火をつけるのではなく、タバコ葉に熱を加えてニコチンなどを含んだエアロゾル(蒸気)を発生させる。アイコスおよびグローは、タバコの葉を含むスティックを240~350℃に加熱し、ニコチンなどを含むエアロゾルを発生させ、吸引させる。 一方、プルームテックは粉末状のタバコ葉を含むカプセルに、食品添加物、医薬品などに幅広く使われているグリセロールやプロピレングリコールなどを含む溶液を加熱して発生させたエアロゾルを通し、ニコチンなどを吸引させる仕組みとなっている。プルームテックはいわゆる電子タバコとよく似た構造だ。加熱式タバコで使用されるスティックおよびカプセルには、いずれもタバコ葉が使用されており、「たばこ事業法」におけるパイプタバコに分類されている。JTの加熱式たばこ「プルーム・テック」 加熱式タバコから発生するエアロゾルは、単なる水蒸気ではない。加熱式タバコを使用した場合のニコチン摂取量は、従来の紙巻きタバコと比べほぼ同等かやや少ない程度である。 発がん性物質であるニトロソアミンは、紙巻きタバコと比較すれば10分の1程度と少ないものの、この量が化粧品などの商品から検出されれば即座に回収・大問題となるレベルだ。 成分分析の結果をみると、紙巻きタバコと同様にホルムアルデヒド、アセトアルデヒドやアクロレインなど多くの種類の発がん性物質や有害物質が加熱式タバコのエアロゾルから検出されている。 タバコ会社は加熱式タバコの有害物質が10分の1だと積極的に広告宣伝しているが、物質によってはそこまで減っていないものもあり、独立した機関によるさらなる研究が求められる。日本の独立機関から、加熱式タバコではプロピレングリコールやグリセロールが高濃度に発生し、その他の有害物質と合わせて総発生化学物質量としては紙巻きタバコと同等だとする報告もある。「有害物質9割減」の誤解 情報が少ない中、加熱式タバコのリスクを考える上で有用な情報がある。これまでに数多く実施されてきたタバコの害に関する研究の成果である。受動喫煙でも、1日1本の喫煙でも病気になるリスクは大きいと分かっている(図:虚血性心疾患リスクの例)。図:紙巻きタバコのリスク:1日当たりの喫煙本数と虚血性心疾患リスク 多くの喫煙者は、1日当たり20本近くのタバコを吸っている。喫煙本数がその10分の1、20分の1であっても、喫煙していると非喫煙者と比べて明らかに病気になるリスクが高い。喫煙本数を10分の1にしても、病気になるリスクは半分程度にしか減らないのである。例えば、脳卒中の場合には20分の1の喫煙本数でもリスクは半分にもならないという研究結果が報告されている。 これは、喫煙本数が多いことよりも喫煙期間が長いことによるリスクがより大きいためでもある。喫煙本数を減らしたとしても、喫煙期間が長ければ病気になるリスクは大きいのである。このことを加熱式タバコに当てはめると、有害物質の一部は紙巻きタバコと比較して少ないが、継続的に使用していれば健康被害は大きいということである。仮に有害物質が10分の1だとしても病気になるリスクはあまり減らない。  しかし、多くの人々が加熱式タバコの害を誤って認識しているのはなぜだろうか? そこにはタバコ会社による広告が大きく影響しているのである。タバコ会社は紙巻きタバコと比較して有害成分が90%低減されると強調した広告を展開し、病気になるリスクが90%減ると誤解させているのである。タバコの害はとても大きく、病気になるリスクが仮に10分の1になったとしても十分に大きなリスクであることも付記しておく。 次に、②の「加熱式タバコの屋内での分煙を認めるべきではないと考えられる」ことについて述べる。 2020年の東京オリンピック・パラリンピックを控え、国では受動喫煙防止のために健康増進法が改正され、東京都でも受動喫煙防止条例が制定された。これまでの多くの研究成果から、受動喫煙を防止するためには、例外なく屋内を全面禁煙にすることが最も有効だと分かっている。屋内全面禁煙が受動喫煙防止対策における世界基準のルールである。 しかし、上記改正法および条例において、屋内全面禁煙は条件を満たす一部の施設に限定され、確実な根拠もなく加熱式タバコは紙巻きタバコとは異なる例外的な扱いとされた。タバコ会社のロビー活動 私は、まずは法律や条例を成立させることができた意義を強調したいが、この加熱式タバコに対する特別扱いはよくないと指摘したい。まだ情報が十分にない物に対してどのように対処するべきか。今の法律では、「リスクが分からないので禁止できない」としてしまっている。ここではやはり予防原則により「リスクがないと分かるまでは禁止する」とするべきだろう。 加熱式タバコの受動喫煙に関する情報は少ない。そこでわれわれは、実態把握の第一歩として2017年に17~71歳の男女を対象として、「加熱式タバコの煙(蒸気やミスト)を吸ったことがあるかどうか」そして「それによる症状(のどの痛みや気分不良など)があったかどうか」について調査した。 すると8240人のうち977人が他人の加熱式タバコの煙を吸ったことがあったと回答した。977人のうち約21%の人がのどの痛みがあったとし、25%の人は気分が悪くなったと回答した。総合して、37%の人にいずれかの症状が認められた。この調査での症状は重篤なものではないが、加熱式タバコによる受動喫煙被害の存在を示唆している。 加熱式タバコの登場は、受動喫煙防止対策にすでに悪影響を与えている。屋内でのタバコを禁止するという政策には、屋内からタバコをなくし、禁煙したい喫煙者に禁煙を促す効果も期待されている。 しかし、加熱式タバコの分煙が認められれば、せっかく屋内禁煙にしたのにタバコがOKなんだというメッセージを伝えることとなってしまう。タバコ会社は既に、全面禁煙となっている飲食店に対しても加熱式タバコを認めさせようとロビー活動を展開している。加熱式タバコを特別扱いすることは、タバコ会社の思惑により誘導されているのである。加熱式たばこ「アイコス」を手にPRする「フィリップ ジャパン」のローラン・ボアサール社長=東京都(渡辺正撮影) 加熱式タバコは、従来の紙巻きタバコと同様に有害物質・発がん物質が発生する明らかに有害なタバコ製品である。さらなる研究は必要だが、今ある情報からでも、加熱式タバコによる健康影響は決して小さくないと考えられる。 社会におけるルール・規制において、加熱式タバコを特別扱いするのではなく、紙巻きタバコと同等にタバコとして扱うべきだろう。なんせはじめから、たばこ事業法で加熱式タバコはタバコとして扱われているのだから。屋内全面禁煙で禁止されるタバコには、加熱式タバコも含まれるべきだと考える。

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    「火を使わない加熱式タバコならOK」の飲食店が増える理由

     火を使わない「加熱式たばこ」の普及が急速に進み、競争が激化している。2016年に全国販売を先駆けたフィリップ・モリス・インターナショナルの『iQOS(アイコス)』、翌2017年に全国展開したブリティッシュ・アメリカン・タバコの『glo(グロー)』に続き、今年7月からはJTの『Ploom TECH(プルーム・テック)』が全国のコンビニエンスストアなどで一斉販売をスタート。さらにJTは新製品を2018年末から2019年初頭にかけての投入を目指しており、三つ巴のバトルが激しさを増すのは必至の情勢だ。(文・入江一/ジャーナリスト) 加熱式たばこの登場は、飲食店の風景も変えている。禁煙の店が増える一方で、原則禁煙としながらも「加熱式たばこならOK」という店舗が目立ってきているのだ。そのひとつが、東京・新橋のあるワインバー。界隈の飲食店では会社帰りのサラリーマンがたばこを片手に杯を重ねる姿が日常風景となっているが、同店の客層は少し違うという。「たばこの臭いがワインの香りを邪魔するので店内禁煙にしていたのですが、加熱式たばこなら臭いも煙も気にならないということで、2年前からOKにしました。すると加熱式たばこの利用者はもちろん、たばこが苦手な非喫煙者の来店も増えたんです」(店長) 以下は、同店に寄せられた顧客の声である。「紙巻たばこだと煙はもちろん、髪の毛や服に臭いがつくのがイヤだったんですが、加熱式なら煙も臭いも気にならない」「新橋はそれこそ煙がモクモクの店が多いイメージでしたが、ここならたばこを吸わない女性同士でも気兼ねなく来られます」 それだけではない。たばこを吸わない従業員からも「これなら気にならない」という声が聞かれ、「加熱式たばこなら、吸う人にも吸わない人にも居心地の良い空間となり、お客さんや従業員への望まない受動喫煙対策というだけでなく、新たな客層の掘り起こしにもつながった」と店長は自信を深めている。すでに2割近いシェア 従来の紙巻たばことは異なり、加熱式たばこは、専用たばこを専用機器で加熱したり、蒸気化させたリキッドをたばこ葉の詰まったカプセルに通したりすることで、ニコチンを含んだ蒸気を吸う。火をつけて燃やさないためタールなどが発生せず、紙巻たばこと比べると、有害物質は約9割低減されているとされる。加熱式たばこ(ケッティイメージズ) 一方、海外では「VAPE(ベイプ)」と呼ばれる電子たばこが一般的だ。これはたばこ葉を使用せず、ニコチンを含むリキッドを加熱して蒸気を発生させて吸う。日本ではニコチンを含むリキッドの販売は厚生労働省の許可が必要なため、国内で販売されている電子たばこは基本的にニコチンが含まれていない。飲食店に広がる戸惑い いずれにしろ、その健康被害については発売から日が浅く、長期的な影響を判断するには時間を要するため、WHO(世界保健機関)でも「受動喫煙のリスクについて科学的根拠は十分でなく、さらなる研究が必要である」との見解を示し、世界的に見ても規制は国ごとに異なっている。 世界的な科学的知見が定まっていない中、すでに国内の加熱式たばこのシェアは2割近いとされ、今後も市場拡大が見込まれている。JTの「プルーム・テック」はより臭いなどを減らすべく、200~300度の高温で加熱する「アイコス」や「グロー」に対して、30度ほどの低温加熱としてきたが、「吸い応えが弱い」との指摘もあり、今後、プルーム・テックの改良版や他社のような高温加熱タイプも投入予定だという。 消費者の間では「煙や臭いが少ないとはいえ、特有の臭いが鼻につく」といった評価も聞かれるが、「これなら煙や臭いも気にならない」という声が少なくない。それゆえ、新宿や渋谷、池袋といった都内のターミナル駅周辺では「加熱式たばこ、電子たばこ専用喫煙所」を謳うスポットが増え始めている。飲食店に広がる戸惑い そうした多様なニーズに応える工夫が民間で先行して進む一方、加熱式たばこを巡る規制も進んでいる。東京都では、「従業員を使用している飲食店は原則屋内禁煙」とする都独自の受動喫煙防止条例が6月の都議会で可決。加熱式たばこについては「専用の喫煙室を設ければ飲食しながら喫煙できる」と、飲食できない喫煙専用室の設置しか認めない紙巻たばこに比べれば緩いといえそうだが、それでも国よりは厳しい。 国は原則屋内禁煙とする飲食店の対象を「100平方メートル超」などと店の規模によるものとしているが、都は従業員を雇っていれば店舗面積にかかわらず規制対象とする。 これによって対象となる都内の飲食店は84%にのぼるとされ、ほとんどの店が対応を迫られるようになる。全面施行は東京五輪が開催される2020年4月の予定だが、飲食業界ではすでに戸惑いが広がっている。都内の飲食店経営者が訴える。「紙巻たばこのお客さんは店の外で吸ってもらうようにして、加熱式たばこは店内でも喫煙可にするなど、お客さんの要望に応える工夫を重ねてきました。だけどウチみたいな小さな店でも従業員がいるから、専用喫煙室を設置しないとダメになる。そんなスペースも資金もないですよ。※画像はイメージです(ゲッティイメージズ) だとすれば、全面禁煙か、従業員を切るか。でも全面禁煙にすれば常連客のほとんどが喫煙者で売り上げが減るのは間違いないだろうし、全面禁煙にしないで済むように従業員のクビを切るわけにもいかないし、いったいどうしたらいいのか……。いずれにしろ経済的な打撃は避けられない」 テクノロジーの進歩で新たな製品が生まれ、それらを取り込んだ現場の自助努力と工夫は今後どうなってしまうのか。行方を見守りたい。関連記事■ 日本料理の巨匠 炊飯器が火を使わないのに米炊ける理由解説■ 加熱式たばこ「三つ巴の戦い」 愛好者はどこまで増えるのか■ 加熱式たばこ 吸殻処理やマナー問題をメーカーに聞いてみた■ JT加熱式たばこ 無臭にこだわり続けた開発苦労は報われるか■ 加熱式たばこIQOSのヒット、「乗り換えマーケ」のヒントに

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    なくならない大阪の路上喫煙、「タン壺」脱却のカギは?

     大阪では万博誘致を目指す“国際都市”として、国よりも厳しい独自の受動喫煙規制を設ける検討が始まっている。大阪市の吉村洋文市長も受動喫煙対策に本腰を入れることを明らかにし、Twitterで〈かつてどっかの政治家に大阪はタン壺と言われたが、もう言わせない〉と息巻いている。 大阪市では平成19年に路上喫煙防止の条例が施行されているが、実際に受動喫煙対策の先進都市への道を歩み始めているのかといえば、そうとは言い切れない側面がある。大阪市が「路上喫煙禁止地区」に指定している御堂筋沿いをよく行き来するという60代男性は、こう語る。「確かに、禁止区域での喫煙は減ったように感じます。取り締まりもある程度されていて、実際に違反者が監視員から1000円を徴収されているところを見たこともありますよ。でも、禁止区域から少しでも外れると、もう無法地帯です。歩きタバコをするために、わざわざ筋を一本入って歩く喫煙者も少なくありません」 同様の声は、多くの企業がひしめき合う大阪のビジネス街、堺筋本町でもあった。20代の女性会社員が語る。「オフィス内が禁煙のせいか、ビルの外に一歩出た瞬間にタバコに火を点けるサラリーマンが本当に多いんです。歩道は喫煙所のように煙たくて、ランチのお店に行くにも、コンビニに行くにも煙の中を掻き分けていく感じ。一緒にお昼に出掛ける妊娠中の同僚が心配になるほどです。彼女はハンカチで口を押さえていますよ」 住宅街はどうか。休日に子どもを公園で遊ばせるという40代主婦がこう話す。「私が子どもを遊びに連れていく公園に灰皿はありませんが、タバコを吸っている人はたまに見かけます。主に年配の男性が多いですが、時には子連れの親が吸っていることもあります。子どもと地面の落ち葉や枝を拾っているときに吸殻が紛れていることもあります。うちの地域はいわゆる“ガラの悪い地域”ではないんですけどね……」大阪市の路上喫煙禁止地区を示した掲示板(ゲッティイメージズ) 大阪市のホームページを見てみると、市民から市に対して同様の指摘が再三されている。それに対して市は、禁止区域外は地域の住民や事業者の団体が主体となって普及啓発活動に取り組んでもらっている、「アカンずきん」というキャラクターで啓発を行っている、などと回答しているが、市民からの不満の声はなくならない。 同ホームページには、市からの回答のひとつとして「路上喫煙の問題は、基本的にはマナーやモラルの問題であると考えている」というものがあった。もう個々の大阪人のモラルに任せるしかないのだろうか。「ビール飲んでタバコ吸うて…」「ビール飲んでタバコ吸うてナイター見るのが定番やった」 平成20年に橋下徹・前大阪府知事の意向で大阪府庁内の喫煙所が完全廃止されたが、その7年後に復活している。理由は、タバコを吸う場所を失った府の職員が周辺で路上喫煙するようになってしまったからだ。しかも、その喫煙場所が大阪の大切な観光資源でもある大阪城公園だったから、バツが悪い。やむなく、庁舎の近くの府有地である駐車場に職員用の喫煙所が設けられた。 この事例が示すのは、喫煙者の中には「吸う場所が無いから路上で吸う」層がいる、ということだろう。そうした意味で身近な例として注目すべきは、お隣、兵庫県の甲子園球場かもしれない。大阪在住の阪神ファンの男性(50代)が語る。「甲子園は、21世紀に入っても喫煙し放題の球場やったんや。でも、いよいよ時代の波が押し寄せて、ある日、スタンド内は禁煙と発表された。そんなん阪神ファンには無理やと思たわ。ビール飲んでタバコ吸うてナイター見るのが定番やったからな。 でもな、意外や意外。みんな“決まり”守っとるんやわ。うまいこと阪神が守備の時間だけタバコ吸いに行ったりして、喫煙所のモニター越しに観戦や。隣り合ったファン同士で盛り上がったりな。大阪人のモラルが無いんやない。吸う場所や決まりがあったらきっちり守るんや」※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) かつては喫煙しての観戦が当たり前だった甲子園球場のスタンドで、今やタバコを吸っている人は皆無だ。当初こそ喫煙所に人があふれすぎて通路全体に煙が充満していたが、それも2007年からの球場リニューアルにより完全に通路とセパレートされて、改善されている。喫煙室にモニターを設けるといったファン目線の施策も功を奏しているようだ。 甲子園球場は興行目的の施設のため単純比較はできないが、非喫煙者への十分な配慮はもちろん、喫煙者が吸える場所を確保し、ルール化すれば、前述のような生活圏内での見境のない路上喫煙も減少する可能性があるだろう。今後の万博誘致という目先のイベントのためだけでなく、市民全体のための受動喫煙対策に意識を向けていくことが、本当の意味での大阪の“国際都市”化につながるのではないか。関連記事■ 女性の喫煙率 トップの北海道は最下位の島根の3倍■ コンプライアンスの時代 舞台で喫煙したら怒鳴って帰る客も■ これぞ昭和!な写真、くわえタバコの運動会やチャンバラ■ テレビ朝日内部資料「女性社員の56%がセクハラ被害」の衝撃■ 北京市 “世界的に厳しい禁煙条例”と密告制度導入の効果

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    小池さん、いろいろ間違ってますよ

    都知事の公務そっちのけで、政局に明け暮れる小池さんですが、このどさくさに紛れて、とんでもない禁煙条例が可決されました。子供の受動喫煙を防ぐために自宅などでの禁煙を努力義務とするものですが、嫌煙家の小池さんらしい条例です。とはいえ小池さん、「法は家庭に入らず」の格言までお忘れか。

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    「受動喫煙はまさに児童虐待だ!」私が都の禁煙条例を草案した理由

    岡本光樹(都民ファーストの会副幹事長) 9月20日から10月5日を会期とする東京都議会定例会に、都民ファーストの会、公明党および民進党は、「東京都子どもを受動喫煙から守る条例(案)」を提出し、3日の厚生委員会で可決されました。5日の本会議で可決、成立する見通しです。主要会派による代表質問が行われた都議会本会議=26日午後、都庁(酒巻俊介撮影) この条例案は、第3条 都民は、受動喫煙による健康への悪影響に関する理解を深めるとともに、いかなる場所においても、子どもに受動喫煙をさせることのないよう努めなければならない。第6条 保護者は、家庭等において、子どもの受動喫煙防止に努めなければならない。2 喫煙をしようとする者は、家庭等において、子どもと同室の空間で喫煙をしないよう努めなければならない。と規定しています。これらの条項について、「法は家庭に入らず」という点で反対する意見が見受けられます。 この論点に関して、この条例案の草案から作成に関わった立場として、また、弁護士・法律家の立場として、解説と意見を述べます。 法律家として、「法は家庭に入らず」という言葉があることは承知しています。これは古代ローマの格言で、現代の刑法においても親族間の窃盗・詐欺・横領などの財産犯については、刑を免除するまたは親告罪とする規定が見られます(親族相盗例・刑法244条)。 しかしながら、家庭内における虐待や暴力については、近年、児童虐待の防止などに関する法律「児童虐待防止法」や、配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護などに関する法律「DV防止法」が制定され、かつての法格言を超えて積極的に法が関与すべきとされています(参議院法制局 法制執務コラム「立法と調査」2006年5月)。 受動喫煙は、児童虐待や暴行罪・傷害罪(生命・身体犯の類型)の問題として議論されるべきであると考えています(『捜査研究』2016年3月号「タバコ受動喫煙と刑法 事例別Q&A」62頁)。子供の生命および健康を受動喫煙の悪影響から保護し、子供が安心して暮らせる環境を整備することは、社会全体の責務であると考えます(条例案の前文及び第1条)。 なお、過去の報道によれば、2015年12月頃立て続けに3件、親が幼児に喫煙させた件が暴行罪などの刑事事件として、逮捕や略式起訴されています(前掲『捜査研究』61頁)。家庭内の事案も含まれていました。今回の条例案の対象とは異なりますが、子供への暴行罪の刑事実務において、「法は家庭に入らず」は必ずしも通用しません。児童虐待と受動喫煙の共通点 ここで議論の前提となる、受動喫煙の有害性に関する知見を確認しておきます。 受動喫煙が健康に悪影響を与えることは科学的に明らかにされており、肺がん、虚血性心疾患、脳卒中、乳幼児突然死症候群(SIDS)などのリスクを高めるとされています。 平成28年8月に国立がん研究センター発表及び厚生労働省より公表された「喫煙と健康 喫煙の健康影響に関する検討会報告書」(通称「たばこ白書」)によれば、わが国の受動喫煙による年間の超過死亡者数は、少なくとも1万5000人と推計されています。厚生労働省 つまり、受動喫煙を受けなければ、交通事故死の約4倍にあたる年間1万5000人が、これらの疾患で死亡せずに済んだと推計されているのです。このうち乳幼児突然死症候群は年間73人の超過死亡と推計されています。 また「たばこ白書」によれば、子供の受動喫煙と、乳幼児突然死症候群、喘息(ぜんそく)の既往との関連について「科学的証拠は因果関係を推定するのに十分である(レベル1)」と判定されています。 喘息の重症化、喘息発症、肺機能低下、学童期のせき・たん・喘鳴・息切れ、中耳疾患、う蝕(虫歯)との関連については、「因果関係を示唆(レベル2)」と判定されています。 さらに、厚生省心身障害研究において、「父母共に習慣的喫煙あり」は、「父母共に習慣的喫煙なし」に比して約4.7倍程度乳幼児突然死症候群発症のリスクが高まることが示されています。 別の研究では、3歳児の喘息様気管支炎は家庭内喫煙がない場合に比べ、母親が喫煙する場合には3倍に増加することが示されているのです。 このように受動喫煙は、生命の侵害や重篤な健康被害を引き起こすおそれがあります。その上、子供は自らの意思で受動喫煙を避けることが困難であり、受動喫煙から保護する必要性が特に高い存在です。 こうした点で、「児童虐待」との共通性があると考えています。 もっとも、子供の受動喫煙が、現時点で、児童虐待防止法第2条の「児童虐待」の定義に該当していると言っているわけではありません。仮に、同法上の「児童虐待」の定義に該当すれば、発見者の通告義務(同法第6条)、児童相談所による保護(第8条)、行政による立ち入り調査等(第9条)などの規定が適用されますが、この条例案は、法律上の「児童虐待」の定義を変更するものでもありませんし、また上記のような義務や行政措置を導入するものでもありません。 この条例案は、罰則を設けず、まず啓発を進めていくものです。児童虐待防止法のような通告義務や立ち入り調査なども設けていません。「法は家庭に入らず」という思想や反対意見にも配慮した、バランスのとれた内容と考えています。そもそも「喫煙する自由」は権利として断定されない 都民ファーストの会がホームページ上でインターネットを通じて行った意見公募(8月30日~9月8日)では、条例の実効性を高めるために、むしろ罰則を設けるべきだという激励やお叱りの意見も多数頂きましたが、この条例案は罰則を設けておりません。条例上の罰則と、先にも触れた刑法の傷害罪・暴行罪とは別論です。 他党の都議会議員から、啓発目的・訓示だけの条例ならば条例制定は不要であるといった旨の発言もありました。しかし、この意見は正しくありません。 第1に、罰則のない努力義務であっても、この条例によって、子供に受動喫煙させることは避けるべきだという法的な規範が定立されることになります。 こうした法的根拠によって、行政機関も、また私人(医療関係者、学校関係者、保育関係者、各種業界関係者、家庭内外の当事者に近い人などを想定)も、より自信を持って啓発活動を行いやすくなると考えられます。 第2に、行政において、啓発や実態調査のための予算がより確保されやすくなると考えられます。東京都は、これまで職場や飲食店などの受動喫煙対策に、予算を用いて啓発や調査などを実施してきました。しかし、特に子供の受動喫煙に焦点をあてた取り組みは、区市レベルで独自に行っているところはありますが、東京都としては行っていませんでした。この条例の成立によって、しっかりと啓発が進むことを期待します。 実際、2002年制定、2003年施行の健康増進法も、学校・病院・官公庁・飲食店などの施設管理者を対象とした罰則のない努力義務規定ですが、受動喫煙防止の法的根拠及び啓発としての意義がありました。同法は、14年間経過して、現在、罰則の導入が検討されていますが、子供の受動喫煙防止の条例も、まずは啓発条例として早々にスタートすることが肝要と考えます。(iStock) この条例案が、親の監護権や喫煙権、プライバシー権の侵害であるなどという誤った主張も見受けられますので、これについても反論しておきます。 まずそもそも「喫煙権」というものが認められるかは、疑問です。最高裁昭和45年9月16日判決で「喫煙の自由は、あらゆる時、所において保障されなければならないものではない」と判示されており、最高裁調査官の解説も踏まえれば、喫煙の自由は、「権利」とは断定されておらず、仮に権利としても制限に服しやすいものにすぎない、と解されています。 次に、プライバシー権については、憲法上に明文の規定がありませんが、憲法13条「幸福追求権」に基づき、肯定されると解釈されています。 その上で、憲法が保障する自由や権利は、「これを濫用してはならないのであって、常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ」とされ(憲法第12条)、「公共の福祉に反しない限り」において認められるものです(同第13条)。 親の監護権、プライバシー権、喫煙の自由は、いずれも、常に無制限・無制約に認められるのではなく、「公共の福祉」による制約を受けます。「法は家庭に入らず」は表面的な反論にすぎない では、この「公共の福祉」とは何でしょうか。「公共の福祉」という名目で、「公益」や「公共の安寧秩序」などの抽象的な理由によって、公権力による人権侵害がなされてはならないのは、当然です。通報・指導を含んだ私の当初案が、監視社会に通ずると誤解されたのは遺憾です。そうした誤解は、現在の国政への危惧によって生じたものと考えられますが、断じて私は人権抑圧的な監視社会を企図するものではありません。 この「公共の福祉」とは、あくまで人権と他の人権とが相互に矛盾・衝突する場合を調整するための原理であると解釈されています(権利の内在的制約)。 これを本件についてみれば、他の人権とは、まさに「子供の生命・健康」に対する権利です。親の監護権・プライバシー権や喫煙欲求が無制約・無限定に認められるのではなく、あくまで、子供の「生命・健康に対する権利」「心身ともに健やかに成長する権利」「安心して快適に暮らせる権利」との調整において、必要な限度で、親の権利が制約されるのは、やむを得ないと考えます。そもそも受動喫煙は、受ける側にとって何のメリットもない、一方向的な「他者危害」です。国立がん研究センター この条例について、「親・喫煙者の権利」VS「条例・行政」といった対立構図と捉えるのは正しい理解とはいえません。親の権利と子供の権利とを「調整」するのが、この条例です。子供は親の所有物ではなく、独立した尊厳ある存在です。 前記9月29日及び10月3日の都議会厚生委員会で、他党の都議会議員は、繰り返し「法は家庭に入らず」と述べ、揚げ句、努力義務・啓発の条例であっても、また、権利と権利の「調整」の条例であっても、私的空間への介入である旨主張していました。 子供の受動喫煙を防止すべきこと、またその啓発をすべきことには賛成し、反対する者は誰もいないなどと述べつつ、条例化には反対、条例ではない啓発にとどめるべきとの意見でした。 その理由としては、子供の受動喫煙が法律上の「児童虐待」には該当せず、これと同等とはいえないから、ということのようです。 この論理は、ゼロか百かといった皮相的な議論であり、妥当でないと考えます。法律上の定義に該当すれば、100%同法の適用を受け、他方、定義に該当しなければ、法・条例は一切口出しすべきでない(ゼロ)と言っているようなものです。 しかし、これまで説明してきたとおり、子供の受動喫煙と児童虐待の共通性・類似点があることから、ゼロと百の間の、少なくとも努力義務・啓発の条例は、早々にスタートすべきと考えています。私個人としては、今回の条例案作成以前に東京都医師会案や豊島区条例案として、義務ではない通報制や行政による指導を含んだ内容の条例案の作成に関与しましたが、それらも法的妥当性を有すると考えています。そうした条例案も、児童虐待防止法に比べれば、規制や介入は謙抑的です。受動喫煙議論で見えた「決められない」政治体質 他党が、子供の受動喫煙防止を啓発すべきことを認めながら、啓発条例の制定には反対などと主張しているのは、矛盾した、「反対のための反対」でしかありません。 また、他党は、都民への説明や周知が不十分であるから「継続審査」とすべきとも主張しましたが、啓発することが目的の条例を、制定前に啓発せよと言っているようなもので、これも的外れの詭弁(きべん)です。 議論を引き伸ばし、受動喫煙防止に関して、これまで「決められない政治」を行ってきた同党の体質を示しているのではないでしょうか。 私を含め、都民ファーストの会の都議会議員は、「古い都議会を新しく」、議会の本来の立法権能を取り戻し、発揮し、そして「スピード感」をもって、しっかりと政策を実現して参りたいと考えています。iStock これまで弁護士として、子供の受動喫煙に関する声をいくつも聴いてきました。その一端を紹介します。 中学生自身から直接相談を受けたことがあります。同居する祖父母が室内で喫煙していて、「のどが痛い、たんがでる、目がしみる、疲れが取れない」と非常に悩んでいました。祖父に外で吸うようにお願いしても、「うるせえ、お前が外に行け」と怒鳴るとのことでした。 保育園の保育士さんからの相談もありました。ある園児が、濃厚なタバコ臭を身にまとって登園してくる、母親と祖母が喫煙していて、その子がかわいそうなだけでなく、世話をする保育士さんや周りの園児も、頭痛や気持ち悪くなるなどの症状が起きているといった相談でした。 母親が病死した父娘家庭の子を、伯母(母親の姉)と祖母が心配しての相談もありました。中学生の娘が副鼻腔(びくう)炎をこじらせているにもかかわらず、父親はヘビースモーカーで家の中でも車中でも喫煙し、子供の健康に無頓着で、受動喫煙に一切聞く耳を持たないといった相談でした。 親から子への受動喫煙は、子供の自己肯定感や自信に影響し得るという話も耳にします。 このほかにも、小児科の医師の方々から、数え切れないほど多くの例を聞いています。子供に喘息の症状があっても、家での喫煙をやめない親が、いまだに何人もいるそうです。医師が受動喫煙防止や禁煙を親に説いても、聞く耳をもたない親もいるようです。 小児科医の研究団体には、「受動喫煙は、まさに児童に危害を与える虐待に違いありません」と宣言している研究会もあります。 こうした状況下、受動喫煙に苦しんでいる子供たちの一助になればと考えて、この条例案を策定しました。 一日も早く、受動喫煙の苦しみがない社会が来ることを、希望します。

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    「家庭内喫煙」の法規制で子供の健康はホントに守れるのか

    玉巻弘光(東海大学名誉教授) 東京都議会では、都民ファーストの会と公明党、民進党が共同で提出している「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」が、議会多数派の提案であるところから、近々成立が見込まれる。(iStock) 都民ファーストの会のウェブサイトで公表されている条例案の概要によると、子供の受動喫煙を防止するため、都や都民、保護者などの責務などを定め、またその具体的方策として、喫煙者に子供がいる部屋や自動車内では喫煙しないよう求めている。あわせて受動喫煙防止策が不十分な飲食店やゲームセンターに子供を立ち入らせないことや、公園・学校・小児医療機関周辺での受動喫煙防止を定めている。ただし、いずれも努力義務とし、罰則規定は設けていない。ただし、伝えられるところによると、今後、時機を見て罰則規定を置く方針であるといわれている。なお現在、この条例とは別に、東京都がウェブサイトで「東京都受動喫煙防止条例(仮称)」の新たな制定に係るパブリックコメントを募集しており、両条例の統合が検討されていないことには疑問を禁じ得ない。 今回、筆者は全国初の屋内喫煙を規制した「神奈川県公共的施設における受動喫煙防止条例」の、施行後3年ごとの条例見直しの検討部会長を既に2回務めた経験を有することもあって、「iRONNA」編集部から、この条例案に関し、特に家庭内喫煙規制を中心に意見を求められたので、部会長という立場を既に離れた個人としての見解を述べてみたい。 まず、条例案で「受動喫煙」とは、「他人のたばこの煙又は蒸気(肉眼で見える煙又は蒸気に限らず、残留するたばこの臭気その他の排出物を含む。)を吸わされることをいう」と規定されている。要するに、たとえ一瞬であっても、また、ごくごく微量であっても、喫煙者のたばこ煙が他人に及ぶと、受動喫煙に該当するということのようであるが、そこまで徹底しなければならない科学的根拠はあるのか、甚だ疑問である。 一定以上の受動喫煙がさまざまな健康影響を生じさせることについては、おおむね立場の違いを超えて一致して認めているところであろう。筆者は医学生理学の知識に欠けるが、たばこ煙に一瞬さらされることが疾病の原因となるだろうか、大いに疑問を感じる。健康保障は重要ではあるが、多種多様な有害物質に取り囲まれた現代の生活環境において、有害物質にさらされることが少しでも許されないとなると、現代生活の否定しか選択肢はないだろう。いや、石器時代に逆戻りしたとしても、多種多様な天然の有害物質から逃れることなど不可能であろう。「不愉快」だから法規制? それゆえ、有害であるとされる物質について、許容限度を定めて規制しているのが現実であり、たばこ煙をその例外とする論理的・科学的根拠は存在しないのではないか。たばこ煙中には200種類以上の有害物質が含まれ、発がん性物質は50種類以上にのぼるといわれており、その代表例として取り上げられるものにニコチン、タール、一酸化炭素があるが、これらはたばこ煙固有のものではない。特にタールと一酸化炭素は環境中のさまざまなところに存在し、環境基準などによって規制されている。 たばこから出る有害物質は一切許容されないが、同一物質でも出どころが異なれば一定の範囲で受け入れられるという主張は、およそ論理的でも科学的でもない。炭火で焼いた焼き鳥や焼き肉は、おそらく一酸化炭素まみれであろう。実際にかつて、冷凍スモークマグロを輸入しようとしたところ、一酸化素汚染を理由に輸入差し止めになり、最高裁まで争われた事件(最高裁平成16年4月26日判決)があったほどだ。(iStock) 人の健康を守るために法令によって規制しなければならない有害物質は、規制が健康保全を目的とするものである限り、その出どころを問わず、人体に対する影響という観点で、同じ手法・同じ基準で規制されるべきであろう。合理的根拠なしに別基準が定められれば、行政法上の平等原則に反する。 さて、本稿で主に論じることが求められたのは「家庭内喫煙」の規制問題である。前置きが若干長くなってしまったが、筆者の基本的考え方は、規制の対象とされるべき受動喫煙とは、人の疾病原因となることについてエビデンス(証拠)のある受動喫煙に限られるというものである。確かに、たばこ煙をごくわずかでも浴びることは不愉快ではあるが、「不愉快」を法規制の根拠とする妥当性はあるのだろうか。健康被害を生じるからこそ規制の必要が認められるのではないか。 次に、本稿の主題である家庭内喫煙規制について検討しよう。その検討の大前提として、成長過程にある子供の健康保障の重要性は明白であり、過保護にならない範囲で、子供は受動喫煙に限らず、あらゆる健康上の危険からできる限り保護されなければならないということを確認しておきたい。そしてこのことは、家庭の内外を問わず、同一の要請である。「法の介入」境界線は 残念なことではあるが、現代社会に生きる子供の身の回りには危険が満ちあふれている。それらを除去するか減少させることは大人の責任であり、それは受動喫煙危害に限らない。とりわけ子供の家庭内事故の原因をみてみると、受動喫煙などよりももっと防止策を講じなければならない危険が多数存在する。子供の生命身体の安全に直結する危険が家庭内に多数ある中で、なぜ今、家庭内受動喫煙だけを多種の家庭内危険からわざわざ抜き出すのか。子供を受動喫煙から守るという一般受けする名目で、隠された別の目的の達成を模索しているのではないか。 喫煙が好ましくない行為であることは論をまたない。しかし、子供を守る必要というなら、より大きな危険を防止する責務も併せて保護者に課す必要を検討しないのか。子供の家庭内事故で多いのは溺死、転落、やけど、誤飲など、命にかかわるものが少なくない。家庭内での子供の健康保全ということを目的に新たな法規制を検討する際には、規制目的を達するための方法や内容が均衡のとれたものである必要がある。 ところで、子供を守る必要があるとはいえ、家庭内まで法規制の対象とすることは妥当だろうか。家庭内は基本的には私的領域として、家族の自律に委ねられるべきであり、プライバシーの領域にまで法が踏み込むことには謙抑的であるべきだ。法学の世界には「法は家庭に入らず」という格言がある。家庭内にも適用されることが当然である刑法ですら、刑の免除という形ではあるが、親族間の窃盗のように法が家庭に入ることを控えている部分がある。 もちろん家庭内を規制対象とする法制も珍しくはない。児童虐待防止法やドメスティックバイオレンス(DV)防止法、消防法などがそれにあたる。しかし、これらは直ちに人の安全にかかわる問題であり、窃盗や受動喫煙とは危険の性質が異なる。長期的な健康への影響という観点で、受動喫煙問題とシックハウス問題などは共通の性格であろう。(iStock) 法が家庭内にまで介入しなければならない問題と、介入を控えるべき問題の境界線をどこに求めるか。この点について考えるとき、考慮されるべきは、介入の必要性、介入することによって確保される利益と、法が家庭内に介入することによるプライバシー侵害の程度、代替手段の存否、これらを総合的に勘案する必要があろう。法令で家庭内のケースを規律するということであれば、法執行機関が家庭内に入ることは必然であり、それが許されるのはどのような場合に限られるかということが問題となる。 提案者によると、今回の条例案は、子供のいる家庭内での喫煙者の心構えを説いた「理念条例」にすぎないとのことであり、罰則は規定されていないので、公権力が家庭内に介入することは考えられない。しかし、都民ファーストの会によると今後、罰則規定の追加もあるとのことなので、この問題はあらかじめしっかりと検討しておくべきであろう。ましてや、この条例案と同じ趣旨の豊島区案では、家庭内違反行為を他人が公権力に通報できるという条項まで置かれていた。 日本国憲法は、他人の法的保護に値する権利利益を侵害しない限り、個人の私事に関する自己決定権を保障している。子供はこの権利を十分に行使できないからこそ、大人が子供に十全の保護を与える必要がある。この憲法上の枠組みを所与の前提として、子供の受動喫煙防止策や一般的受動喫煙防止策を検討すべきである。現下の受動喫煙防止の主張は、この大前提を踏まえたものとなっているだろうか。たままき・ひろみつ 東海大学名誉教授。昭和27年生まれ。上智大大学院法学研究科修士課程法律学専攻修了。東海大法学部助教授、同教授などを経て現職。専門は行政法。神奈川県たばこ対策推進検討会座長を務める。

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    都条例など生ぬるい! 実は120年前に「未成年者禁煙法」があった

    薗潤(日本タバコフリー学会代表理事、医師) 受動喫煙によって年間1万5000人の死亡をはじめとする命にかかわる健康被害が明らかになっている現在、「何人たりとも受動喫煙で死なせない」という大原則を忘れてはならない。子供だけでなく大人を含めた全ての人を守る「分煙を認めず」「例外なし」で「罰則(過料)付き」の受動喫煙条例や法律の制定が絶対に必要である。 「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」(以下、条例と略)が「万人に対して受動喫煙を防止する法律や条例」の上乗せとして、特に自らの意思で受動喫煙を避けることが不可能な子供を特別に保護するという趣旨なら理解できる。しかし、大人をも守る包括的な「都民を受動喫煙から守る条例」が制定されないのであれば、本条例は子供を隠れ蓑(みの)にした弥縫(びほう)策との誹(そし)りを免れないであろう。本文と画像は関係ありません 子供は心身ともに健やかに成長する権利を有しているが、その権利を大きく侵害するのが児童虐待であり、児童虐待は犯罪である。虐待を受けた児童には、たばこの火の押し付けによるやけどの跡がよく見られるが、そもそも子供を受動喫煙に曝(さら)すこと自体が児童虐待であるという認識が必要である。 乳幼児突然死症候群の三大リスクの一つに、受動喫煙が挙げられていることは言うまでもない。米国小児科学雑誌に掲載された論文では、受動喫煙に曝された子供の尿中からは、高濃度のコチニン(ニコチンの代謝物)が検出されている。また寒冷地では、特に冬場に窓を閉め切った自家用自動車に子供を乗せる機会も多く、保護者の車内喫煙による子供の歯肉の着色変化も観察されている。 大気汚染で悪名高い微粒子物質PM2.5の環境基準濃度は35μg/m3であるが、窓を閉めた車内での喫煙では1000μg/m3を超えることがあることも証明されている。 2015年から英国のイングランド・ウェールズ地方では、18歳未満の同乗者がいる車内で喫煙すれば、罰金50ポンド(約7500円)が科せられているという。この措置がなされた背景には、英国医師会の強い働きかけがあったと聞いている。今回の条例提出には、同様に東京都医師会や弁護士の強い働きかけがあったと推測する。子供の権利を守る専門職からの条例提案を、議会が重く受け止め、条例が成立・実施されることを希望する。明治時代の「喫煙禁止法」 条例第8条は、子供が同乗している自動車内における喫煙の制限(禁止)を規定している。将来は英国に倣い、子供が同乗している車内での喫煙に対しては、行政罰で裁判の不要な過料を科すのが望ましい。私的空間に対する行政の介入ではないかとの批判は当たらない。自家用車内は私的空間だが可視化されており、特段の監視装置がなくても、子供の同乗や車内の喫煙行為の有無を目視できる。子供が受動喫煙に限らず体罰を受けていることが確認されれば、行政が介入するのは当然である。 条例第6条が規定している家庭等における受動喫煙防止については、家庭の中まで行政が監視することは実際には困難だ。しかし、第8条に子供が同乗している車内での喫煙禁止の規定がある事が、保護者の意識改革を促し、ひいては家庭内での受動喫煙防止にもつながると確信する。 条例第7条の受動喫煙防止措置がなされていない飲食店・ゲームセンター・カラオケボックスへの子供の立ち入り禁止は、保護者に対する注意喚起にとどまらず、各店舗の完全禁煙化に拍車がかかるものと期待できる。また、コンビニ等の入り口周辺の受動喫煙対策も規定すべきであろう。画像と本文は関係ありません 条例第9条の公園等受動喫煙防止規定も、公園や広場のベンチが喫煙者に占領され、受動喫煙被害を受けずに公園を利用することが困難な現状を考えれば当を得たものである。特に児童が多く利用する児童遊園においては、喫煙を禁止すべきである。第10条の学校・福祉施設周辺、第11条の小児科医療施設周辺の路上での受動喫煙防止について、第11条では7m以内と具体的規定があるが、第10条でも同様の規定をするべきである。スポーツクラブ指導者などの学校利用者が、近隣路上で喫煙し、苦情が来ても具体的規定が無いと注意できないからである。 また、第9・10・11条は、わざわざ分ける意味はなく、児童を含む不特定人々が利用する施設の周囲10メートル以内は一律禁煙とし、第8条の自動車内での規定と共に、罰則付きとすべきである。 日本には、1900(明治33)年に施行された未成年者喫煙禁止法があり、120年以上前に、世界に先駆けて未成年を喫煙の害から守ろうと提案した衆院議員、根本正らの慧眼(けいがん)と功績は特筆に値する。第1条で「満20年に至らざる者は煙草を喫することを得ず」と規定し、続く条文で違反した親権者や代理監督者・販売者に対する罰則を定めている。当時は、受動喫煙の危険性については全く知られていなかったため、受動喫煙防止の条文は見当たらない。国でも法改正を しかし、現在では受動喫煙の主な発生源の副流煙には、主流煙よりもはるかに多い有害物質が含まれており、PM2.5も危険域に達することは医学的には常識である。未成年者を喫煙の害から守るという本法律の趣旨にのっとり、「喫煙の定義に受動喫煙を含む」とすれば、法律により未成年者を受動喫煙から守る事ができる。 東京都の条例成立を機に、国でも未成年者を受動喫煙から守るべく、未成年者喫煙禁止法の改正と活用を要望する。 なお、民法で成人の定義が18歳以上に最近改正されたが、この法律は独自に年齢を定めているので、影響を受けない。 この条例は、対象を子供に限定することにより、受動喫煙被害は子供だけの問題ではないという真実が伝えられない危険性を有している。屈強な大人であっても、受動喫煙で命を奪われる。受動喫煙被害の深刻さを理解していない大人も、平気で完全禁煙でない飲食店を利用している現状がある。完全禁煙でない職場で働く人々、例えば飲食店の従業員や受動喫煙対策がなされていない会社の従業員など、概して弱い立場の人々も、全く守ることができない。厚生労働省研究班の調査でも、日本で毎年1万5000人の非喫煙者が受動喫煙で死亡していると推計しており、人々に対する受動喫煙の暴力性・危険性は、すでに医学的には明白であるからこそ、法律や条例で人々を守る必要がある。堺市役所本館11階の議会フロアにある喫煙室 「分煙」や「喫煙室設置」は、受動喫煙被害の深刻さを認識できていない人たちや、弱い立場の従業員が職場で受動喫煙被害を強いられる現状の容認・放置に他ならない。きれいな空気を呼吸し健康を享受することは「基本的人権」であり、職場における回避不可能な受動喫煙被害は「人権侵害」である。罰則付きの法制化は「何人たりとも受動喫煙で死なせない」「職場での受動喫煙被害から全ての労働者を守る」という大原則の実効性担保に、絶対必要である。 「分煙」を推進したものの、受動喫煙防止ができないことが判明し、完全禁煙となったスペインの例がある。「分煙」を認める事は、日本が世界保健機関世界保健機関(WHO)の「たばこ規制枠組み条約」FCTC批准国でありながら、五輪・パラリンピックを前にしても誠実に履行できない国として、世界から厳しい批判を受けることになると思われる。 したがって、本条例とは別に東京都が作る受動喫煙防止条例は、本来なら国が作るべき「分煙を認めず」「例外なし」で「罰則規定付き」の受動喫煙防止法同様、2020年の五輪・パラリンピック開催都市としてふさわしいものでなければならない。

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    【爆笑座談会】「禁煙ファシズム」に断固反対!

    永卓郎(経済アナリスト)×栗原裕一郎(評論家)司会:山森貴司(喫煙文化研究会事務局長)山森 今日は「禁煙ファシズム断固反対! 愛煙家大集合スペシャル」と題して、ニコニコ動画の配信元・ドワンゴの喫煙室からお送りいたします。山路 本番中にタバコを吸えるなんてあり得ないですね。いまは控室でも吸えないでしょう。でも、こういう番組があってもいいですね。森永 10年ぐらい前まで、『朝まで生テレビ』では吸えたんですよ。それがいつの間にかスタジオの隅に喫煙コーナーができて、今やスタジオからかなり離れた喫煙所まで行かないと、吸えない。CMの時間が2分か3分しかないので、猛ダッシュです。出演者によっても違うんですけどね。一流タレントは吸える。われわれ二流は吸えない。山路 確かに昔、筑紫哲也さんが『ニュース23』の時に吸ってたもの。VTRに入るとバーンと灰皿を置いてね、マルボロにこうやって(火を点けて、煙を吐きながら)「見ようか」。(一同爆笑)山森 「森卓さん、痩せた」というコメントが入っていますけど。森永 ああ、そうなんです。某ライザップに通って、20キロ体重が落ちて、ウエストは23センチ縮んだんです。1年半前まで糖尿病だったんですけど、それも治っちゃいました。山森 ダイエット中、タバコはどうしていたんですか。森永 タバコがなかったら続けられないですよね。「今日も元気だ、タバコがうまい」って。栗原 タバコにドクターストップはなかった?森永 私の主治医はまったく言わなかったですね。これはお医者さんによっても、意見が分かれるんですけど、年を取ったら、禁煙するストレスの方が、健康に悪いって言いますよね。山森 ところで、今日、5月31日はどういう日かご存じの方……。森永 はい(挙手)! 今日は「世界喫煙デー」です。(一同爆笑)山路 この間あるテレビ局に行ったら、喫煙ルームに「5月31日は禁煙デー」というでっかいポスターが貼ってあったんですよ。無言の圧力を感じましたね。嫌がらせとしか思えない。山森 その通り、今日はWHО(世界保健機関)が定めた「世界禁煙デー」ですが、禁煙デーがあるなら、森永さんがおっしゃるように「世界喫煙デー」があってもいいですよね。森永 何のために禁煙デーなんて定めるのか、全く理解できない。だって、別にいいじゃないですか。他人に迷惑をかけないで、バンバン吸えば、社会保障は確実に良くなる。厚生労働省の研究班の調査によると、タバコを吸うと3年半寿命が縮む。だったら、その3年半、年金を支給しなくて済むわけでしょう。年金給付財源が、大体30パーセント以上カットできる。 だから一度ね、厚生労働省に直談判に行ったことがあるんですよ。私、ノーギャラで出るから、「タバコを吸って、早く死のう 社会保険庁」、こういうポスターを作りませんかって。(一同爆笑)実際の喫煙率は意外と高い?世界一規制が厳しい日本山森 ここで視聴者アンケートに行きます。あなたはタバコを吸いますか? 「①吸う」「②IQOS(アイコス)のような電子タバコを吸う」「③吸わない」……おっ! すごい。「吸う」が54・7%……。JT調べでは全体の喫煙率は19・3パーセントというデータがあるんですけどね。森永 それは「吸っている」と言いにくい世の中になったという影響もあるんじゃないですか。山森 「IQOSのような電子タバコを吸う」人が1・8パーセント。森永 意外と少ないですね。山森 栗原さんはIQOSじゃないですか。栗原 はい。最初は興味なかったんですけども、すごい品薄で、手に入らないと言われると欲しくなるじゃないですか。どうすれば買えるのかなと思って、ふらっとセブンイレブンに入ったら、たまたまあったんですね。それで、買って吸い始めたんですけど。森永 どうですか?栗原 うまくないですね(笑)。森永 日本は世界で最も遅れた喫煙大国だってよく言いますよね。だけど、海外では大体、屋外や路上はOKなんですよ。飲み屋とかに行くと、テラスで吸える。だけど、日本は狭いからテラスがない。で、路上では一切禁止。世界で一番喫煙規制が厳しいのは、私は日本だと思いますよ。山路 2020年オリンピックまでに禁煙を徹底するという話があるじゃないですか。けれど、海外からくる人たちの中には、当然スモーカーもいるわけでね。そういう人たちに対してはどうなのかなって思ってね。森永 いまの厚生労働省の屋内全面禁煙法案の一番の問題は何かって言うとね、元々受動喫煙防止って言っていたのが、今の法案の中身というのは、喫煙者を殲滅(せんめつ)しようという方向になっているでしょう。山路 そもそも喫煙者をなくしてしまえというのが今の厚労省なんですよ。森永 レストランとかで、完全に仕切られた喫煙ルームを作るというのは、新しい法律の下でもOKなんですけど、その喫煙ルームに飲食を提供したとたんに、罰則の対象になるんですよ。喫煙ルームに料理を運ばせたら、配膳係が受動喫煙の害を受けるから。それなら喫煙者の客が厨房まで料理やお酒を取りに行けばいいじゃないかというと、それもだめなんですよ。だから結局、問題は受動喫煙じゃないんです。喫煙者というマイノリティを……。山路 まさに殲滅しようと。だから、この喫煙とか禁煙の問題ってね、健康の問題以前に、やっぱり僕は民主主義の問題だと思いますよ。われわれのような少数派が生きていける社会でなければ民主主義の国ではないわけでね。ただ、ちょっと気持ち悪いのは、環境がそうなっていくと、自分の心の中に抑制的なものが働くようになるんですよ、ファシズムに負けていきそうなね。喫煙者だということがイコールだめな人間であるかのような雰囲気があるじゃないですか。だから口に出しづらくなって、声を上げるのも難しくなるという……それはやっぱりちょっと危険だなって思う。 戦争が起きる時ってそうなんですよ。みんなが戦争に向かって行くと、言葉に出せなくなっていく。だからナチス支配下のドイツ人にもナチスに反対していた人がいるんですよ。けれどもそれは声として響いていかなくなってしまう。独裁者と禁煙運動森永 山路さんがおっしゃったことはとっても重要でね、ヒトラーにしろ、ムッソリーニにしろ、独裁者は禁煙運動を推進するんです。結局、自分と違うライフスタイルの存在を認めないということです。山森 『禁煙ファシズムと戦う』という本を出された栗原さんは、その点いかがですか。栗原 うーん、やっぱり副流煙の問題ですよね。煙が出るようなものでなければ、個人の嗜好ということで、勝手にすればっていう話だと思うんですけど、副流煙で二次被曝とか、三次被曝とか今取りざたされているじゃないですか。問題はそこなんですよね。森永 でも、例えば明日から量販店とかスーパーで安く売っているお酒が一斉に値上がりするんですよ。政府から調査が入って、適切な利益を確保していないということになると勧告が行われて、従わなければ処罰されるんです。別に赤字を出して売っているわけではないんですけど、なぜ安い値段で売れるかっていうと、メーカーから報奨金が出るんですよ。それを値段に織り込んでいるんですね。あらゆる食品がそういう構造になっているのに、なぜお酒だけが狙われたかって言うと、お酒は健康に良くないからといういじめでしかない。 で、まだ法案にはなっていないんですけど、いま厚生労働省は喫煙対策と同時に、新しくアルコール対策の部署を作って……例えばね、居酒屋で飲み放題コースを禁止するって言っているんですよ。山路 それはおかしいですよね。森永 要するにタバコも吸わなきゃお酒も飲まないというライフスタイルを国民全体に強要しようとしているんです。 だけどね、そんなのはほっといてくれって。だってサラリーマンをやっていたら、必ずバカな上司とかわけのわからない客がいて、ストレスがたまるわけですよ。それで居酒屋に行って、「バカヤロー」って上司の悪口を言いながら酒を飲んで、タバコをバーッて吸うのが一般的なサラリーマンの姿だった。酒もタバコも禁止されたら、それは長生きするかもしれないですよ。でも、それで長生きして何が楽しいんだっていう話ですよ。山森 小池百合子都知事の都民ファーストの会では、オリンピック・パラリンピックに向けて独自の受動喫煙防止条例を制定すると言っています。室内全面禁煙は当然で、家庭でも子供がいる場合は吸ってはいけない。努力義務にするのか、罰則をつけるのかはまだ検討中らしいんですが、家庭生活まで規制される恐れがあるわけです。山路 家庭でもだめなの? ああ、恐ろしい。森永 それこそライフスタイルへの権力介入ですよ。栗原 猪瀬直樹さんが最近IQOSに替えたんですが、某週刊誌によると、小池さんからもらったらしいですよ。山路 何で小池さんが猪瀬さんにIQOSをプレゼントするんですかね。栗原 何かそのへんで、いろいろ忖度があったらしいですよ。(一同爆笑)森永 猪瀬直樹さんはすごいヘビースモーカーで、『朝まで生テレビ』の打ち合わせをしている部屋で、猪瀬さんがタバコに火をつけたんですよ。そうしたら、ディレクターが血相を変えて飛んできて、「猪瀬さん、ここ禁煙なんで」って言ったら、「知ってるよ」って。(一同爆笑)それでディレクターが灰皿を持ってきたんですよ。テレビ朝日にも灰皿はあるんだな(笑)。古きよき曖昧さ…「曖昧なやさしさの社会」崩壊森永 国鉄の民営化の時には、鉄道共済が破綻状態だったんですね。その旧国鉄職員の年金の支払いにタバコの税金を当てているんですよ。だから私は「JRに禁煙を強制する権利はない」って言ったんですけど、JR東日本は聞く耳を持たない。 私はタクシー会社にも提案したんです。お客がタバコを吸えるタクシーを、タバコから煙が出ているマークの行燈をつけて走らせたらどうですかって。そうしたら、「そんなことをしたら、嫌煙団体が押し寄せて会社はつぶれてしまいます」って言うわけ。山路 それこそファシズムですよ。JR東海には喫煙車両があるから、それを探して乗るんだけど、この間、時間に遅れそうになって滑り込みセーフで乗り込んで、席に座っていざ吸おうと思ったらタバコを切らしていた。三島で止まるひかり号だったから、車掌さんが三島のキオスクが開いていると思いますからと、わざわざ扉まで案内してくれて、「3分くらい止まりますから、どうぞ」って。ところが、キオスクがもう夜で閉まっていて、車掌さんが申し訳なさそうな顔をしていた。森永 JR東海はまだましで、JR東日本は全部禁煙なんですよ。それでたばこを吸う唯一の手段は、秋田新幹線と山形新幹線は福島と盛岡で切り離すときに2、3分止まるので、その瞬間にダッシュして、喫煙所でパーッとタバコを吸って戻る。ところが、これがすごく危険で、ちょっとでも遅れたら、荷物だけ先に行っちゃう。栗原 吸わない人はそういう喫煙者の泡食った姿というのも嫌いなんですよね。喫煙所でせせこましく吸っている姿というのも嫌いだし、あと、副流煙の害がどうこうという統計的な話よりも、匂いが嫌だという人が多いと思うんです。山路 匂いが嫌だというのなら、タバコだけじゃなくて、加齢臭とかいろいろあるじゃない。森永 いやいや加齢臭だけじゃなくて、私、通勤電車に乗っていたとき、女の人の香水の匂いで、吐きそうになったことがある。山路 匂いがイヤだって言われてもねえ。別に匂いで健康被害が及ぶということはないわけだし。栗原 まあ、加齢臭はしょうがないじゃないですか。でも、タバコは主体的に吸うものですから。山路 (栗原さんを指して)さっきから隅っこで禁煙者みたいなことを言っているよ。栗原 だってみんな同じ意見を言っても、しょうがないじゃないですか。(一同爆笑)森永 私、昔専売公社にいたんですが、受動喫煙の影響を調べる時は、ジュラルミンか何かでできた、もう超完全密閉空間の中で、計測するんです。そうしないと、影響が出ないんですよ。だから、外で吸っていて大きな受動喫煙被害があるというのは、少なくとも病理学的には、まったく立証できないんだと思いますよ。山森 私、厚生労働省に電話をして聞いたんです。受動喫煙に対して明確な定義がない。では例えば東京ドームの一塁側でたばこを1本吸ったとすると、三塁側の人が受動喫煙の被害を受けるんですかと。そうしたら「そうです」と答えたんです。山路 ええっ。森永 だからそこが一番の問題で、もうタバコの微粒子ひと粒たりとも許さないという……。だって世の中、人間が暮らしていれば、騒音にしても、いろんなことで摩擦は起こるわけですよ。かつての日本は、私は「曖昧なやさしさの社会」って呼んでいたんですけど、お互いちょっとずつ我慢をして、みんなで共存しましょうよっていうことだったんですけれど、いつのまにか自分たちの権利を全面的に主張する社会になった。 例えばアメリカだと、パーティに呼んだ友人が、真冬だったから庭の飛び石が凍り付いていて、滑って転んでけがをした。そうしたらその友人が、招待した側を庭の管理不届きで、裁判で訴えた。これがみんなが権利を主張する社会なんですね。タバコ問題が派生した背景栗原 タバコが問題になる前に日照権がある。日照権の問題から派生して、たばこの嫌煙権に発展するという流れがあるんです。だから嫌煙権というのは発見されたものだったんですね。たぶん受動喫煙について100パーセントの因果関係を証明することはできないと思うんですよ、いつまでたっても。でも、可能性があるというレベルでも、「嫌だっていう人の人権は?」という話になっちゃう。じゃあ吸う人の人権と吸わない人の人権はとなると、やっぱり吸わない人の人権の方が強いわけですよね。微粒子1個たりとも許さないというPM2・5的な主張も成立してしまう。分煙も結局、喫煙ルームから出た瞬間にタバコ微粒子がまとわりついて出てくるという。森永 そこまで極端な権利主張をするのはたぶん一部の人、せいぜい2、3割の人がそう思っているだけで、タバコを吸う人が2割とすると、その中間層の6割ぐらいは、まあ、横で吸われたら嫌だけど、1粒たりとも許せないというほどではない人たちじゃないかな。加齢臭とフェロモン栗原 でも最近は三次副流煙みたいなことが言われているじゃないですか。髪の毛とかについているタバコの匂いとか、粒子が、健康被害を起こすんだっていう論調が出てきている。やっぱり匂いだと思うんですよね。一番嫌なのは。おじさんが嫌がられるのは加齢臭じゃないですか。森永 そこら辺はどうなんですか、山路さんは? 加齢臭も口説きの道具に使っているんですか。(一同爆笑)山路 僕には加齢臭はないんですよ。この間ある番組で、男の匂いというのをやったんだけど、僕にはなかったの。森永 はあ……それがモテる要因ですか。(一同爆笑)山路 あのね、番組でやっていたのはね、男の匂いは男には分からない……女にしか分からないんだって。栗原 それは加齢臭とも違うんですか。山森 加齢臭っていうけれど、実はそれはフェロモンの一種で、いやな匂いがするから加齢臭という言い方をしているだけなのかも。栗原 嫌いな人の匂いは加齢臭で、好きな男のはフェロモン。あ、でもタバコも人によりますよね。「タバコの匂いがした」って宇多田ヒカルも歌っているじゃないですか。山路 前にアニメかなんかで、戦時中の話なのに、タバコのシーンが出てくるからって圧力団体みたいなのが抗議したことがあったじゃないですか。山森 宮崎駿監督の『風立ちぬ』ですね。日本禁煙学会が猛抗議しました。山路 それもありえない話でね。その時代の文化まで否定してしまうんじゃね。栗原 でもあの団体はタバコが出てくるかどうかで、映画の価値を決めますからね。喫煙シーンがあるともう0点ですから。ハリウッドでも、昔の映画から喫煙シーンをCGで消しちゃったりするという傾向があるじゃないですか。山森 自主規制ですね。先ほどの森卓さんのタクシーの話も実は法律で決まっているんじゃない、自主規制なんですよね。森永 そう。この間、福岡で個人タクシーに乗ったら、「タバコ吸っていいですよ」って言うんです。「福岡にも喫煙タクシーはあるんですね」って喜んで吸い始めたら、「僕はライフワークとして抵抗しているんですけど、ついに福岡では僕だけになりました」って。山森 もし法律や条例で禁止されたら、飲食店はどうなるんですかね。森永 アメリカの禁酒法の時代とまったく同じことが起こると思いますよ。地下に潜って、喫煙居酒屋というのが出来て、見張りが「警察が来たぞ」って言うとパッとたばこを消して……。栗原 でも匂いが残るじゃないですか。森永 だからそこに癒着が生まれるんですよ。たぶん暴力団の資金源になって行くんじゃないかな。アメリカでまさにそれが起こったわけですよね。分煙と経済学の関係性栗原 経済学的にはどうなんですか。お店が主体的に禁煙、喫煙を分けて、それをお客さんが選べばいいだけですよね。森永 それが自由主義経済の基本。栗原 そこをお上が規制しようとするから、話がおかしくなる。森永 横浜市が先進的に禁煙条例を作って、飲食店でタバコを吸わせないようにしたんです。そのときに、松沢成文さんが県知事をしていたのかな。で、「何でそこまで喫煙者いじめをするんですか。僕はもう横浜では二度とお酒を飲みませんよ」って言ったら、「それでもいい」って……。「何でいいんですか」って聞いたら、松沢さんは「これは僕の信念です」って答えたんです。山路 信念と言えば聞こえはいいけどね、結局、独善的な正義みたいなものじゃないですか。ネットでいろいろ書き散らしている意見が、社会を闊歩している感じで嫌ですよね。森永 結局数の暴力ですよね。明らかに潮流が変わったのは、男性の喫煙率が、5割を切った瞬間から。それから猛烈な圧力がかかるようになったんですよ。過半数を制したら、何をやったってかまわないっていう思想が背景にあるんじゃないかなって。山路 嫌な世の中だな。タバコ嫌いの彼女とは別れなさいドワンゴ ここで視聴者の皆様から寄せられたご意見やご感想を紹介したいと思います。まずは東京都の36歳男性です。「私の住んでいるマンションでは、最近ベランダでタバコを吸うことができなくなりました。そんなマンションならそもそも大金を出して買わなかった。だまされた気分でいっぱいです。管理人に文句を言いたいのですが、どのような言い方をすれば、角を立てずにこの悔しい気持ちを伝えることができるでしょうか」山森 これ、実は裁判になったことがありました。ベランダで吸うのは傍迷惑だという結論が出て5万円の罰金刑が適用されています。山路 それはタバコを吸うと、隣の洗濯物に匂いが付くとか、そういう実害がやっぱりあったということなのかな。換気扇の下で吸うのはだめなの?栗原 換気扇も結局ベランダと変わりませんね。森永 私は部屋の中で普通に吸っているんですけど、最近の空気清浄機は結構いいので、大丈夫ですよ、部屋の中で吸っても。山路 それか最高裁まで戦う。ドワンゴ 次の質問に行きます。「付き合って3カ月の彼女がいるのですが、タバコの煙が嫌いなため、僕が吸った後は、いっしょにいてもイチャイチャさせてくれません。彼女にタバコの良さを知ってもらうにはどうしたらいいでしょうか」。山路 タバコの良さを知ってもらおうなんて思わないほうがいい。それは押し付けになるから。僕は女性と言わず男性でもタバコを吸わない人の前では吸わないんですよ。森永 でも匂いは残るじゃない。山路 会う時は吸わなきゃいいんじゃない。栗原 でも一緒に住んでいるんじゃないですか。閉鎖空間で2人きりの時はどうするんですか。山路 でもね、煙がだめだとか、匂いが嫌だとか言っている女性と彼とはそもそも合わない。相性の問題です。別れなさい。(一同爆笑)。 いやこれ冗談じゃなくて、一事が万事で、むりやり一緒にいても、やっぱりそういう問題が出てくるから。僕はきっぱり別れた方がいいと思いますよ。栗原 それ、強者の論理だと思うんですよ。モテ男の論理。山路 そんなことないですよ。森永 好きになると運命の人だって思い込みがちですけど、意外と他の人でもOKだったりするので、だめだったらすぐ次を探すというのでいいんじゃないかと。ドワンゴ 続いての質問に行きます。「たばこが嫌いな女子大生です。山路さんの大ファンなのですが、山路さんがタバコを吸っていることだけが、マイナスポイントです。好きな女性からタバコをやめてと言われたらやめてくれますか」。山路 僕はやめられないなあ。何かを選んだり、何か物を買ったりする時にね、男って女の子を基準に考えるんですよ。これ買ったら女の子に受けるかなとか、モテるかなとか。僕はその考え方は10年前に捨てたんです。自分の人生を生きているのに、他人に何か言われたくないっていうかね。だから申し訳ないんだけど、やめません。ジャニーズが吸ったら…「喫煙」を過疎対策に栗原 例えばキムタクは、ドラマの決めのシーンでいまもタバコを吸ったりするじゃないですか。あれをどういう風にみんな見ているのか知りたくてね。一同 ああ。山森 それアンケートかけますか。栗原 ジャニーズがたばこを吸うシーンはカッコいいと思うかどうか。森永 カッコいいんじゃないですか。私、テレビ局で3メーター先にキムタクを見かけたことあるんですけど、すごくカッコいいんですよ。オーラが全然違う。ドワンゴ アンケートの結果が出ます。一同 おおお。山路 ほら、半数近い。森永 だから喫煙シーンが何でもかんでもバツっていうのは、やっぱり文化への冒瀆だと思うんですけどね。そのシーンが悪いってみんなが思うんだったら、結局、その映画とかテレビ、誰も見なくなるんだから。ほうっておけば自然に淘汰されるものを力によって押さえ込むというのは……。山路 スクリーンから匂いはしないし、受動喫煙もないわけだから、映画ぐらいはちょっと勘弁してもらわないとなあ。栗原 タバコの広告が規制されたのは、青少年に悪影響があるからというロジックですよね。それをカッコいいと思わせてしまうような演出が良くないという。それを見て未成年者が喫煙を始めてしまう恐れがあるというロジックで規制されていったんですよね。山路 いま転換期に来ていて、これがもうちょっと成熟してくると、広告を打っても吸わない人は吸わないし、カッコいいとも思わないようになる時代や世の中が来るとは思うんですよ。いまはこの混乱期をどう乗り越えるかというのが大事で、だからこそあんまりファシズムで押されてくると、何にも生まれない。むしろ成熟させるために、もうちょっと少数派の存在を認めるべきじゃないか。森永 そう、だから、共存共栄の道をどう探るかという建設的な議論をしなきゃいけないのに、喫煙者いじめだけに走っているのがおかしい。栗原 でも人権とか、民主主義の問題とかはありますけど、この趨勢で行くと、われわれは淘汰されますね(笑)。森永 ここまで来たら、日本を県別に喫煙県と非喫煙県と非武装中立県に三分割するのがいいんじゃないかと思う。山路 緩衝地帯かなんかを作ってね。それは過疎対策になりますよ。タバコを吸いたい人はこの村に来てくれれば吸えるぜって。そうしたら喫煙者がワーッと集まる。栗原 喫煙県はやっぱりドームで覆うわけですか。森永 いや、いや。高い壁で仕切れば、オープンエアですから大丈夫ですよ。そして真ん中に非武装中立県を作る。栗原 でも、IQOSを吸っていると、匂いがそんなに気にならないはずなので、いずれこっちにいくんじゃないかという気がするんですが、森卓さん、どうですか。森永 サンプリングやっている時に1回吸わせてもらったんですけど……うーん、ちょっと勘弁してほしいです。山路 手を出す気にもなれないなあ。僕はセブンスターひと筋なんで。森永 はあ……(溜息)。いやまあ、いろいろ環境は厳しくなりつつありますけど、私、個人的にはたばこを吸い続けて早く死んで行こうと思います。……社会に迷惑をかけず、多額の税金を納め……別に仲間を巻き込もうとは全然思っていないので、ただ一言……ほっといてほしい。(一同笑)始める前に、まず一服……やまじ・とおる昭和36年、東京都生まれ。TBSテレビ、テレビ朝日系プロダクションを経て、平成4年に独立し、国内初の紛争地専門の独立系ニュース通信社APF通信社を設立。ビルマ、ボスニア、ソマリア、カンボジア、アフガニスタンほか、世界の紛争地を精力的に取材する。近年は、国内の事件、事故、災害、社会問題などの調査報道にも取り組む。もりなが・たくろう昭和32年、東京都生まれ。東京大学経済学部経済学科卒業。日本専売公社、日本経済研究センター、経済企画庁総合計画局等を経て、平成3年から(株)三和総合研究所(現:三菱東京UFJリサーチ&コンサルティング)の主席研究員。現在は獨協大学教授。専門分野はマクロ経済学、計量経済学、労働経済、教育計画。ミニカーなどのコレクターとしても有名。くりはら・ゆういちろう昭和40年、神奈川県生まれ。東京大学理科一類除籍後、文芸、音楽、美術、経済など多岐にわたるジャンルで評論活動を行う。平成17年、小谷野敦・斎藤貴男氏との共著『禁煙ファシズムと戦う』(ベスト新書)を上梓。20年、『〈盗作〉の文学史』(新曜社)で第62回日本推理作家協会賞を受賞。近著に『現代ニッポン論壇事情 社会批評の30年史』(共著。イースト新書)

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    「分煙先進国」日本の知恵と技術を生かそう

    秦郁彦(現代史家)屋内ばかりか屋外もアウト 2020年の東京五輪に向け、受動喫煙対策の強化を狙う厚生労働省の健康増進法改正案が立ち往生している。たばこ議員連盟(野田毅会長)の主導する自民党が阻止する構えを崩さないからだ。 通例だと政権与党の対立は内輪の暗闘にとどまり、メディアが騒ぎ出す以前に双方が歩み寄ることで収拾されてきた。そうならなかったのは「スモークフリー(たばこのない)社会に向けて歴史的一歩を踏み出さないといけない」と意気込む塩崎恭久厚労相の挑戦的姿勢が一因かと思われる。 厚労相の発言を聞いて、さては1920年から33年まで施行され、「酒のない社会の実験」と評されたアメリカの禁酒法にならい世界最初の完全禁煙法を目指しているのか、と忖度(そんたく)する人がいるかもしれない。 一挙に禁煙法まで行くのは無理だろうが、厚労省案が実現すれば、日本がたばこ規制では世界中でもっとも厳しい国になるのは、ほぼ間違いない。屋内喫煙はアウトだが、野外はセーフというのが世界の大勢なのに、わが国は屋内ばかりか屋外もアウトの範囲を広げつつあるからだ。 屋外禁煙という日本独自の手法が生まれたのは、15年前の2002年に制定されたポイ捨てや路上喫煙を禁止する千代田区の条例が最初で、マスコミの話題を集めた。 28カ条からなる「安全で快適な千代田区の生活環境の整備に関する条例」は、自宅周辺の清掃、防犯カメラの設置、吸い殻、空き缶等の投げ捨て禁止、違法駐車の防止と幅広いが、区長が指定した路上禁煙地区等の道路上における喫煙とポイ捨てを禁止していた。違反者には「2万円以下」の過料(罰則)となっていたが、トラブルを避けるため2000円しか徴集しないという戦略は成功した。( iStock) 徴集に出かけるパトロール隊(現在は22人)を、発案者の区長が高層階の自室でたばこを吸いながら見送っているとか、隣区との境界をまたいで立ち、1000円に負けろとごねた人士もいたらしい。難解をきわめる区条例 こうした華々しい宣伝効果のせいか、たちまち全国の自治体に波及、今や東京23区のうち22区(残る1区は渋谷区)、全国では243の市区町村が類似の条例を施行している。次々に疑問がわく条例 ただし適用区域の広狭、罰則の寛厳はまちまち、それに追加や改正も加わるので、全容を把握している人は皆無だろう。私も23区の関連条例に目を通し比較検分を試みたが、難解すぎて何度読んでも頭に入らない。40年住んでいる目黒区の「ポイ捨てなどのないまちをみんなでつくる条例」(2003年)も同様なので困惑していたところへ、2017年6月25日付の「めぐろ区報」が届いた。そのなかに「めぐろたばこルール――区内での喫煙のきまり」を見つけたので、次に要点を転記しよう。①たばこのポイ捨てや歩きたばこは、区内全域で禁止です。②路上喫煙禁止区内では、指定喫煙所以外の路上で立ちどまっての喫煙も禁止です。 中学生でも読める平易な日本語だが、区内全域はともかく路上喫煙禁止区域の範囲がわからない。指定喫煙所の数や所在地も知るすべがない。たちどまり喫煙の禁止をなぜ①に入れなかったのか。吸い殻のポイ捨ては喫煙が先行するはずなのに別々の行為として、併記しているのはなぜか。他区の条例もそうだが、「歩行禁煙」と「路上禁煙」はどう違うのか、次々に疑問が湧く。 区報は罰則の存在に触れていないが、条例を読むと違反者への罰金「3万円以下」は、ポイ捨てだけに適用されると解せる。区役所に聞いてみると罰金を取り立てた実例はないというので、解明するのはやめにした。 他の区に当ってみると、罰則の有無は「あり」が13区、「なし」が10区とほぼ半々、取り立ての実績は「あり」が4区、「なし」が7区、不明(非公開)が11区もある。「なし」が多いのは類似の案件で区が敗訴する判例があったのも影響しているらしい。 罰則がないにもかかわらず、きびしいと定評がある港区は、駅周辺など47カ所の指定喫煙所以外は全区にわたり路上喫煙やポイ捨てを禁じ、違反者には巡回員が説諭するにとどめているが、外国人にも守らせるつもりか英文のポスターも作っている。 これ以上条例を検分しても煩にすぎるので、代表例を別表にまとめ、新機軸を持ち込んだ千代田区の近況に注目したい。当初は対象が区の半分ぐらいだったが、路上禁煙地区はしだいに広がり、2010年に霞が関地区が加わり皇居を除く区の全域に拡大した。東京特別区の喫煙関連の条例 ところが対象をうっかり「路上」に限定していたため行き場を失った喫煙者たちが公園に集まり、子ども連れの母親から苦情が出たため方針を転換する。道路に面した商店等に話をつけ2009年から初期費用は100%、維持管理費の80%を区が負担して一階に屋内喫煙場所を設置し、誰でも利用できるようにしたのである(毎日新聞2015年1月26日付)。 その一方で千代田区はパトロール隊をくり出し、2000円(条例では2万円なのに)の徴集もつづけ、2015年度は7207人から取りたてた。石川区長は「東京五輪までに完全分煙し、風格のある街にしたい」と宣言しているが、他区にも波及すれば、屋内喫煙所を嫌う厚労省には苦々しい動向と言えそうだ。高性能の喫煙室とは? 東京都も独自の条例制定に乗り出すそうで、7月の都議選には都民ファーストの会と公明党が、罰則付きの受動喫煙防止条例を公約としてかかげた。幼児のいる家庭内も規制しようという提案が小池都知事の本拠地である豊島区議会に出ているが、「密告者」がいないと成り立たぬ話だろう。いずれにせよ、都が既存の区条例とすりあわせるのは容易ではあるまい。 オリンピック開催に備えてというのが大義名分になっているが、屋外はセーフと思い込んで来日する選手や観光客にどう対応するのか。酷暑対策と並んで頭痛の種になるのではあるまいか。難点はまだある。( iStock)煙漏れのない喫煙室 厚労省は世界保健機関(WHO)から「煙漏(も)れのリスクがあるから喫煙室を設置せずに、屋内は100%禁煙化」の目標を罰則付きで達成するよう督励されている。しかも、先進49カ国がこの条件(病院、学校、飲食店などの公共的場所8カ所)を満たしているのに、努力義務ですませている日本の現状は世界最低レベルだときめつけられ、当惑した。喫煙室の設置を軸に「分煙先進国」の路線を歩んできたわが国に、急激な方向転換を強いることになるからだ。 喫煙所の総数は不明だが、厚労省は2011年に「受動喫煙防止対策」の名目で、1件の上限を200万円として工事費の半額を負担する助成制度を作り、累計で1551件、30.9億円を交付してきた。 東京都も一昨年から飲食店の分煙を支援する補助金制度を創設した。初年度予算は77施設、9億1000万円で、店頭表示用の「禁煙」「分煙」「喫煙可」のステッカーを無料配布している。「完全分煙」をめざす千代田区は、全額負担の屋内喫煙所を年に5店のペースで殖やしていく方針だ。ここで方向転換すると、自己負担を含め巨額の投資は無駄となり、喫煙室は取り壊されるに違いない。 WHOの「要請」や厚労省の「たばこ白書(2016年8月)」で気になるのは「屋内は100%禁煙」のくだりである。およそ科学的、法的論議で100%という目標値はめったに見かけない。行政文書ならなおさらであろう。それをあえて打ち出すのは、0.01%でも煙が洩れたら不合格と判定するためのトリックではないかと、かんぐりたくもなってくる。 そもそも厚労省は洩れ出る煙の有害物質と許容量を算定していない。副流煙よりも外の空気が汚れているとわかったら困るからだろう。 次ページの図で示すように高性能の喫煙室だと、ドア下部のガラリから吸い込む空気は煙をふくむ気流を形成して換気扇から建物外へ排出され、急速に希釈されて上空へ散っていく。肺がんと喫煙の因果関係は解明されていない  厚労省が定めた「分煙効果判定基準」は副流煙の洩れはないという前提で、外と内の界面での風速が0.2m/秒という条件を満たさないと助成金は交付されない仕組みである。高性能の屋内喫煙所 欧米諸国では経済的理由もあり、低性能の喫煙室にしかなじみがないし、日本も間切り板だけで「分煙」している場所はまだ残っている。そうだとすれば、日本はハイテク技術を磨き、より高性能の喫煙室を整備する方向で対処すべきではないかと思う。 口実を失いかけた原理主義者たちは、喫煙者が煙でにおいを衣服につけてくると言いだしているが、禁煙の次室を作って、外の空気と汚れぐあいを比較したり、臭い消しの装置を開発したりの対策も進んでいる。肺がんの主犯は誰か そもそも喫煙と肺がんの直接因果関係は諸説があり、科学的に立証されているとは言えない。内外で多くの医学者が数十年にわたりマウスにたばこの煙を吸わせ、がんを発生させようと努力を重ねているが、めぼしい成果は見られない。 成功したら、ノーベル医学賞をもらえるだろうと言う人さえいる。1955年に53%(男子は85%)だった喫煙率は60年後の2016年に19%まで低下した。人口動態統計によると、同期間に肺がん死者は、1119人から70倍の7万7300人へと激増している(詳細は拙著『病気の日本近代史』を参照)。平均寿命も20歳ばかり延び、なおも延びつづけている。控えめに見ても、たばこを肺がんの主犯とみなすのは無理がある。 では主犯は誰か。他ならぬWHOが2014年3月に、最大のリスクは、自動車の排ガスを筆頭とする大気汚染だと報告している。アクセルを1回踏むとたばこ数十本分の排ガスが出るのは、ドライバーの実感でもある。それに次ぐのは医療用の放射線被曝(ひばく)、たばこ、食生活……。 厚労省研究班(国立がん研究センター)も2011年10月に「日本におけるがんの原因」と題するレポートを発表している。がん死の要因となる寄与率(推計)の第1位は能動喫煙で23.2%、2位が感染性要因(ウイルスなど)の21.7%、3位が飲酒の6.2%、4位が塩分のとりすぎ(1.4%)、のあと、5位に受動喫煙の0.9%が来る。 WHOが重視した大気汚染や放射能が出てこないのはなぜかと不審に思ったら、「職業的リスク、大気汚染、放射線暴露などの要因については、日本における信頼性の高いデータがないことから含まれていません」と逃げ口上があって失望した。しかも「日本人のがんの半分以上は原因がわからないままです」と結論しているので、茫然とした。 首位候補の寄与率をあっさり外したのでは何のためのレポートだったのか、抗議したくなるが、「石油業界と自動車業界が、たばこをスケープゴートにしているようにしか見えない」(養老孟司)のが的を射ているのかもしれない。がんじがらめの規制は定着しない もしわが国の大気汚染度がPM2・5下の北京なみに高まったら、今は野放しに近い自動車の排ガス規制が始まると思われる。北京では自動車のプレート・ナンバーを奇数と偶数に分ける隔日運行、次に工場の操業停止でしのいでいるから、わが国も見習うことになろう。 ちなみに環境省が算定した喫煙と自動車の年間排出量(2012年)は、窒素酸化物が419トン対68.8万トン(約1500倍)、一酸化炭素が9170トン対280万トン(約300倍)である。肺がん死を減らそうとするなら、排ガスの規制が効果的なはずだ。  すでに引用した厚労省研究班のレポートは、「がんの半分以上は原因がわからない」と結論づけている。言い換えると、がんは複合的要因の産物なのである。 そうだとすれば、世界のどこよりも高性能の喫煙室からもし洩れたとしても拡散する煙の害は、無視してもよい微量にすぎない。大気汚染は除外しても、受動喫煙の寄与率(0.9%)は能動喫煙の26分の1、飲酒の7分の1にすぎないからである。 昨年5月に厚労省が受動喫煙に起因する死者1万5000人と発表し、世間を震撼させたが、全がん死亡者の37万人(うち肺がんは7.7万)と寄与率0.9%とは整合せず、怪しげなフェークニュースと評せざるをえない。そして受動喫煙という現象は、遠からず幻の残像として消え失せるのではないか。がんじがらめの規制は定着しない 3月1日に厚労省が公表した健康増進法改正案は、病院に適用していた敷地内禁煙を小中高校にまで広げ、官公庁、大学、ホテルは屋内禁煙(喫煙室は不可)、飲食店は一部を除き原則禁煙、違反の喫煙者には30万円以下、管理者には50万円以下の罰金――という強烈な内容である。 手本を示すつもりか、厚労省は本館の一階外壁に沿って設けていた喫煙所から戻るときは、遠回りして臭いを落とさせていた。 昨年末には一段と自己規制を強化し、敷地内全面禁煙に切り替え、喫煙職員が「避難」するのを防ぐため、道路を隔てた日比谷公園への出入りを禁じたと朝日新聞(12月9日付)が報じた。耳を疑ったが、本気なら松本楼にカレーを食べに行くのもだめか、と同情にたえない。( iStock) 背水の陣を張ったつもりの喜劇的情景だが、たばこ議連は飲食店に喫煙、分煙、禁煙と表示するのを義務づけ、利用者に選択させるというシンプルな対案を提示し、世論調査(産経FNN)では、60.3%が支持している。 がんじがらめの法規制は、日本人の心性に馴染(なじ)まず、定着しないと思う。 はた・いくひこ 1932(昭和7)年、山口県生まれ。現代史家。東京大学法学部卒業。ハーバード大、コロンビア大留学。プリンストン大客員教授、拓殖大教授、千葉大教授、日大教授を歴任。法学博士。1993年度菊池寛賞受賞。『靖国神社の祭神たち』『明と暗のノモンハン戦史』『旧日本陸海軍の生態学 組織・戦闘・事件』『慰安婦問題の決算 現代史の深淵』など著作多数。

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    2024年五輪決定パリの街中は吸い殻だらけ 驚愕の喫煙事情

     9月13日に行われた国際オリンピック委員会(IOC)の総会で、2020年の東京に続く夏季五輪の開催地として、フランスのパリ(2024年)、アメリカのロサンゼルス(2028年)が選ばれた。特にパリは1924年大会以来、じつに100年ぶりの開催となるため、フランス中が歓迎ムードに包まれた。 一方、パリに五輪舞台のバトンを渡す立場の東京では、小池百合子都知事をリーダーにさまざまな環境整備が急ピッチで行なわれているが、その中でも注目されているのが「受動喫煙防止」を目的とした“たばこ規制”の強化だ。 IOCと世界保健機関(WHO)が「たばこのないオリンピック」の推進を求めていることもあり、五輪を契機に「喫煙禁止エリア」をしっかり法律で明記し、その後、厳守化していこうという流れができつつある。 厚生労働省も先の国会で、飲食店など屋内を原則禁煙とする罰則付きの受動喫煙防止法案を押し通そうとしたが、与党・自民党内で賛否が分かれ法案提出には至らなかった。そこで名乗りをあげたのが小池都知事だ。〈国でやると時間がかかることは東京都でできるようにしていきたい〉──7月の東京都議会議員選挙で小池都知事率いる「都民ファーストの会」が大勝したこともあり、同会が公約のひとつにしていた受動喫煙対策の早期条例化に自信を見せている。東京都議会の代表質問に耳を傾ける小池百合子東京都知事=9月26日 都民ファーストの会が9月下旬の都議会で提出しようとしているのは、「東京都子どもを受動喫煙から守る条例」。飲食店などの屋内のみならず、家庭内や子供が同乗する自動車内でも喫煙しないよう求めるなど、プライベート空間にまで踏み込んだ内容となっている。 こうした規制強化に「そこまでルール化しなければ解決しない問題なのか」と疑問の声があがっているのも事実だ。 「東京都内では公共施設の禁煙はもちろん、飲食店や建物内の分煙も進んでいるし、街中では路上喫煙禁止エリアの拡大で、喫煙場所以外で歩きたばこやポイ捨てをする人も少なくなった。また、喫煙者は家庭内でも肩身が狭く、昔のように子供の近くで平然とたばこをふかす人も多くないはず。 オリンピックに合わせた規制というのなら、むしろ日本を初めて訪れる多くの外国人のために、指定喫煙所の場所や日本ならではの“分煙マナー”を分かりやすく伝える方策を練るほうが先決ではないか。諸外国では屋外喫煙は自由な国が多いため、非喫煙者が煙を浴びない場所での灰皿新設とその管理方法を考える必要もある」(飲食業界関係者)パリの喫煙規制は反面教師 確かに日本では屋内規制ばかりが焦点になっているが、屋外でもたばこが吸える公共の喫煙所や店頭の灰皿がどんどん撤去され、喫煙スペースを探すのが難しくなっている。このままオリンピックに突入すれば、東京の街中が吸い殻だらけになる恐れすらある。 日本の喫煙マナーの良さは、東京の次に五輪開催を控えるパリの喫煙事情と比べても明らかだ。8月にスポーツの世界大会でフランスを訪れたジャーナリストは、パリ市内のあまりの汚さに驚いたという。 「私はベルシー・アリーナというパリ市12区にある大きな競技場に取材に行ったのですが、新幹線や地下鉄が乗り入れるリヨン駅を降りた途端、ホームでたばこに火をつけながら歩く女性がいたり、歩道や木陰に平然と吸い殻をポイ捨てする人がいたりと、まったくマナーがなっておらず、不快な気分になりました。 おまけに犬の糞があちこちに落ちていて、夜には立小便をする男性の姿まで目撃してしまい……。オシャレなパリのイメージが一気に崩れました。現地に駐在する記者に聞くと、『パリ市民は街をキレイにするという意識がないんだよ』と教えられ愕然としました」 だが、こんなフランスでもたばこに関する規制は行われている。 WHOが今年発表した報告では、フランスの喫煙率は27.4%と日本(19.1%)よりも高く、長らく喫煙に寛容な国として知られてきた。だが、国民の健康増進や若年層の喫煙率を減らす目的で2008年に喫煙制限がかけられた。学校やオフィス、駅、美術館などの施設のほか、カフェやレストランなど飲食店でも喫煙が全面禁止となったのだ。(iStock) それ以降、「たばこを吸うなら屋根のない外へ」との認識が広がった。飲食店でも店内でたばこを吸う客は見られない代わりに、喫煙者は外のテラス席を確保するのが当たり前の光景になっているという。 また、町中でも駅舎やホテルの外、歩道の脇など至るところに灰皿やたばこの火消しがついたゴミ箱が設置されているのだが、日本のように「吸い殻は灰皿に捨てる」という“常識”は通じないのか、前述した通りポイ捨て行為が後を絶たない。パリ市内で1年間に回収される吸い殻の量が350トンに及ぶとの話もあるほどだ。 駅舎内などでは喫煙やポイ捨てをした人に罰則を科す旨の表示をするところもあるが、まったく無視されているという。 「滞在中に罰金を取られている喫煙者を見たことがないし、現地の人は誰ひとり歩きたばこやポイ捨て行為に関心を示さない。たばこの煙がかかるからやめて欲しいと睨もうものなら、『近くにいるあなたが悪い!』と言わんばかりに睨み返される始末。 フランスでは受動喫煙なんて議論する以前の問題がたくさんある。そう考えると、日本の喫煙マナーがいかに優秀かに気付かされます。むしろ日本はあちこちに禁煙表示が貼られるなど、たばこ規制が過剰なのではと思ってしまったほどです」(前出のジャーナリスト) フランス政府もこうした状況を憂慮し、喫煙規制をさらに強めている。2006年に5ユーロ(約650円)だったたばこ1箱の値段を、約7ユーロ(約910円)と日本の2倍近くまで段階的に引き上げた。さらに、たばこの包装にブランドロゴの表示を認めず、喫煙で亡くなった人の写真を印刷させるなど過激な手法で何とか喫煙率を下げようとしているが、一向に減っていない。 「たばこが合法的に売られて喫煙者がゼロにならない以上、強引に禁煙にもっていく政策は意味がない。喫煙者のマナー意識を徹底させ、たばこが吸える環境を整備して残したほうが受動喫煙防止も期待できるし、何よりオリンピックでもよけいな混乱を招かない」 前出の飲食業界関係者はこう主張する。フランス・パリの喫煙事情やたばこ規制のあり方は、一足先に五輪を迎える東京の受動喫煙対策を深めるうえでも反面教師となるはずだ。 関連記事■ 6割税金のたばこ 意外と知られていない国と地方ダブルの税■ たばこ値上げで吸わなくなる人急増し税収500億円落ち込むか■ たばこ臭が嫌いな喫煙者 自分で吸うたびに歯磨き計1日20回■ 創業99年の老舗たばこ店 9月の売り上げはいつもの6倍だった■ 2010年に収穫されたばかりの高級たばこが数量限定発売中

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    浅草には「煙あびる」文化も たばこ規制におかみさんがNO

     飲食店などでの「屋内禁煙」を定めて法規制(健康増進法改正)の強化を目指してきた国の受動喫煙防止対策は、議論が煮詰まらないまま、ひとまず今通常国会での提出は見送られた。 塩崎恭久大臣以下、厚生労働省がたばこの規制強化を急いできたのには訳がある。 2019年のラグビーワールドカップ、そして2020年の東京オリンピック・パラリンピックと立て続けに開催される国際的なスポーツイベントを機に健康増進を掲げ、「WHO(世界保健機関)やIOC(国際オリンピック委員会)から“世界最低レベル”との烙印を押されている受動喫煙対策を進めて汚名返上したい」(自民党幹部)からだ。 規制賛成派の与党議員の中には、「日本に来る外国人も非喫煙者が多く、日本人のたばこマナーの悪さに不満を持っている人は多い。このままでは、おもてなしどころか、オリンピック時のインバウンド需要に影響が出る」と懸念する向きまである。 だが、屋内禁煙が当たり前の先進国では外での喫煙は比較的自由に認められているのに対し、日本は自治体レベルでの路上喫煙禁止エリアがどんどん拡大している。さらに飲食店では混雑する時間帯を禁煙にしたり、フロア毎に喫煙席と禁煙席を分けたりと、「分煙」の促進で受動喫煙被害を減らそうとする自助努力が広まっている。 いまや喫煙率が2割を切った日本で、少数派の喫煙者の肩身は狭く、屋内外問わず遠慮しながら“煙の行方”に気を遣っている光景もあちこちで見られる。(iStock) そんな環境下で、「お上」が罰則つきの法案をゴリ押しし、これ以上、強制的に喫煙者を締め出さなければ解決できない問題なのか──。年間3000万人の人々が訪れる日本有数の観光地・浅草を取材してみると、その疑問はますます膨らんでくる。「浅草の町は良い意味で皆がバラバラなんです。渋谷や銀座のように大企業が町のカラーを強烈に打ち出しているわけではないし、小さな企業や商店それぞれが『お山の大将』で違った個性を発揮している。だからこそ、来る人を魅了するのだと思います。 飲食店のたばこ対策も同じです。お茶やお酒を飲んで一服しながらゆっくりくつろいで欲しいと思う喫茶店、居酒屋もあれば、純粋に食事だけを楽しんでほしい昔ながらの蕎麦屋や寿司屋もある。いろいろなオーナーの考え方や接客スタイルの選択肢があってこそ浅草なんです。 あまり町のルールや禁止事項を厳しくして、整然とさせてしまったら誰も来なくなりますし、何よりも町全体がつまらなくなってしまいます」 こう話すのは、浅草観光連盟会長で仲見世商店街振興組合理事長の冨士滋美さん。仲見世で煎餅やお菓子などを売る「評判堂」の店主だ。浅草に全面禁煙の縛りは必要なし! もちろん、近年は訪日外国人の増加にも伴い「安心・安全と情報公開は欠かせない」(富士さん)と、時代に合わせた取り組みもしている。全国の商店街に先駆けて仲見世にWi-Fi網を整備したり、浅草のイベントがリアルタイムでチェックできるスマホアプリ「365ASAKUSA」を立ち上げたりしたのも、おもてなしの一環である。(iStock) たばこ対策についても、初めて浅草を訪れる人たちが飲食店の喫煙環境が分かりやすいようにと、「浅草料理飲食業組合」や「浅草おかみさん会」からの協力要請を受け、5月より店頭に貼る共通の“分煙ステッカー”を配り始めた。〈喫煙〉〈分煙〉〈時間分煙〉〈禁煙〉と色分けされた各種ステッカーには、「浅草は、マナーもふくめてOMOTENASHI!」のスローガンとともに、浅草らしいウィットに富んだこんな文言が散りばめられている。〈喫煙〉浅草には煙をあびる文化もあるし!〈分煙〉分煙は白黒つけない日本文化!〈禁煙〉このへんでは数少ない、禁煙の店。 ステッカー作成に携わった協同組合「浅草おかみさん会」理事長の冨永照子さんも喫煙場所の一律規制強化の方向には断固反対だ。「浅草は昔から変わらず“下駄ばきで来られる庶民の町”。昼間から一服しながらお酒を飲んでいるお客さんはいるし、たばこが吸えないと分かったら帰ってしまうお客さんだっている。 もし、たばこの嫌いなお客さんがいたら、お客さん同士で席を交換し合ったり、中座して店外で吸ったりしています。そもそも、喫煙できるか確認してから入店してくるお客さんも増えましたしね。そうやって他人を思いやる人情によっても支えられているんです。だから、浅草には全面禁煙なんて縛りは必要ありません!」 富永さんが営む蕎麦店「十和田」で話を聞いていると、さっそく「たばこ吸える?」と申し訳なさそうに店内に入ってくる客の姿が……。「国会議員にも浅草の町を1日歩いて、小さな店の現状も知ってもらいたい」と冨永さんは切々と訴える。 分煙ステッカーはすでに250軒の飲食店に配布。冨永さんらはそれと同時に屋外の喫煙場所新設にも尽力している。浅草での分煙推進活動が日本のモデルになればと、町の組合はここぞとばかりに団結している。「斜陽の時代」に苦しんだ浅草 もっとも、浅草の町民たちは国と違ってオリンピックだけを見据えているわけではない。じつは1964年の東京五輪の後、浅草は長らく「斜陽の時代」に苦しんだ歴史がある。「もともと浅草は映画館や大衆芸能といった歓楽街として栄えてきましたが、東京五輪後にカラーテレビが普及したことや、住環境の充実などもあって、ゴーストタウン化してしまったのです。夜に外を歩けば“5人と犬1匹”しか歩いていないと揶揄されたりもしました。 もうあんな苦い経験はしたくない──と浅草の商人たちは景気に流されない逞しさを身につけてきたんです」(冨永さん) 前出の浅草観光連盟・冨士会長もこう話す。「オリンピックを軽視しているわけではありませんが、付け焼刃的なインバウンド対策では何の効果もありません。浅草の人たちはもっと未来を見て本物の日本文化をどう繋げていくかを考えています。 例えば、三社祭は氏子が三社様に感謝を捧げる宗教的なお祭りです。それがインバウンド狙いで観光事業化し過ぎれば、外国人向けにアレンジするなどとんでもない行事になりかねません。外国の方は日本の文化や風習に触れたくて来ているのに、自分たちの文化を変えてしまっては意味がないでしょう。 とはいえ、これからは芯の通った浅草文化をしっかり継承しつつも、いかに観光地として新しいものも取り入れて発展させていくか、難しい課題も抱えています。 川を挟んだ隣の墨田区には東京スカイツリーもあるので、今後は他エリアと線引きをせずに連携を深め、足りないところを補い合ってさらに浅草界隈の魅力を高めていけたらと思っています。観光客にとっては、台東区や浅草、墨田区といった区分けは関係なく“このあたり”に来るわけですからね」 受動喫煙対策も、国や自治体ごとに喫煙禁止エリアなどの線引きがあり過ぎて、かえって来街者の混乱を招いている現状がある。「多様性」を尊重しながら町全体の文化や秩序を守ってきた浅草流の心意気。そこから学ぶべきことは多いはずだ。関連記事■ 尾上松也、中村錦之助、中村隼人、坂東巳之助らが鏡開き■ 凶が多いといわれる浅草寺のおみくじ 古来からの割合を厳守■ 「大人のかき氷」がブームに 苺と自家製餡が氷の中で共演も■ 羽田美智子、川島海荷、内田理央が浅草の舞台で主演に■ 肺腺がんは非喫煙者にも多く発生 女性ホルモンとの関係研究も

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    鎌田實医師 大西英男議員の失言に対して言いたい2つのこと

     受動喫煙対策強化の法案提出は先送りされたが、議論百出の状態だ。もっとも大きな話題となったのは、5月15日に開かれた自民党厚生労働部会で、大西英男・衆議院議員が、「がん患者は働かなくていい」、とヤジを飛ばしたことだろう。諏訪中央病院名誉院長の鎌田實医師が、大西議員の言動に対して、2つの言いたいことを述べる。* * * 受動喫煙の防止策を検討していた自民党厚生労働部会で、失言の多い議員がまた失言した。「(がん患者は)働かなくていい」 多くの食堂や居酒屋では、受動喫煙の対策がすすんでいない。受動喫煙の健康に対する害はよく知られているが、その害にさらされながら働くがん患者の実情を訴える三原じゅん子議員に対し、大西英男議員がヤジを飛ばしたのだ。自らの発言が、がん患者や元患者の気持ちを傷つけたとして謝罪する自民党の大西英男衆院議員=5月22日、東京・永田町の党本部 全国がん患者団体連合会は、がん患者の尊厳を否定しかねない、と抗議文を出した。大西議員は、「がん患者らの気持ちを傷つけた」として謝罪。しかし、発言は撤回しなかった。喫煙可能の店で、無理して働かなくていいのではないかという趣旨だったと言い訳した。この大西議員の言動に対して、2つ言いたいことがある。 一つは、働かなければならないがん患者の実情をまったく理解していないということだ。がん患者は「患者」であると同時に、自分や家族を支えていく「生活者」である。最近は、親になる年齢が高齢化していることに伴って、小さな子どもを育てながら、治療を受けている人も多い。生きるためには治療が必要であるが、生きれば生きるほど治療費がかかり、子どもや家族の生活を圧迫していくという状況に苦しむ人もいる。そんな厳しい状況で、働いているがん患者がいることを想像してほしい。 二つ目は、喫煙の害を甘く考えていることだ。これは医師としてどうしても言っておきたい。 タバコは、がん患者だけでなく、すべての人の健康によくない。たとえば、タバコを吸う男性は、吸わない人に比べて、すべてのがんでリスクが2倍高い。食道がんは3.3倍超、肺がんは4.8倍、膀胱がんや尿路がんは5.4倍にも跳ね上がる。 がんだけではない。脳卒中や心筋梗塞は1.7倍、肺気腫や高血圧も喫煙が影響しているといわれている。大西議員よ、額に汗して働け さらに問題なのは、受動喫煙だ。タバコの副流煙には、健康を害する物質がたくさん含まれているといわれ、喫煙者の周りの人たちに対する健康被害が明らかになってきた。 厚生労働省の研究班は、受動喫煙により年間1万5000人が死亡していると発表している。また、肺がんでは、夫がタバコを吸っているだけで1.3倍、脳卒中も1.3倍高まる。 医療費を抑制するためには、喫煙率の低下や、受動喫煙防止はとても重要なカギとなるはずだ。だが、憲法で保障する「幸福を追求する権利」などを持ち出して、どこでもタバコを吸えるようにしたほうがいいという愛煙家や、タバコ産業のロビー活動がおそらくあり、なかなか実現しないのだろう。 小規模の飲食店では受動喫煙の防止策を徹底すると、客が減って収入が落ちるのではないかと心配しているようだが、WHOの調査では、逆の結果が出ている。完全禁煙を実施したら、むしろタバコを吸わない人たちや家族づれが安心して来るようになり、利用者が増えたという調査も出ている。 日本は、WHOの「たばこ規制枠組条約」の締約国となっている。アメリカの半数以上の州や、カナダ、ロシア、オーストラリア、南米諸国、韓国などが、第8条の「飲食店等を含む屋内施設を完全禁煙化することによる受動喫煙の防止」をすでに実現している。日本は、世界でも遅れているのである。 改正がん対策基本法では、患者が仕事を続けられるように、企業に配慮を求める施策がつくられた。当然、がん患者が安心して働けるように、きちんと受動喫煙を防止することは必須である。 本当は「あなたこそ働かなくていい」とヤジりたい気持ちを抑え、大西議員が額に汗して働くべきことは、自民党の先頭を走って、病気のために仕事を続けられなくなったがん患者が安心して働けるような社会にすることである。それが、国民全体のためにも働いたことになるはずだ。関連記事■ 「メンソールを吸うとEDになる」説 科学的根拠ナシ■ 習近平喫煙写真出回る 中国禁煙キャンペーンに反発との説も■ たばこ値上げで吸わなくなる人急増し税収500億円落ち込むか■ たばこ副流煙で肺がんになる人「4万人に1人」と武田邦彦氏■ 50歳以上の男性喫煙者が血尿になったら膀胱がんの疑いもあり

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    愛煙家の言い分も少しは聞いてくれ

    受動喫煙をめぐる議論が活発になっています。厚生労働省は先月、一部を除き飲食店などの屋内施設を原則禁煙とする方針を打ち出しましたが、自民党たばこ議員連盟がこれに反発し、迷走が続いています。いずれにせよ愛煙家にとっては厳しい世の中ですが、せめて言い分ぐらい少しは聞いてもらえないでしょうか?

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    遠藤憲一「俺はドラマの中でもタバコ吸いますよ」

    遠藤憲一(俳優)タバコを吸う俳優さんが少なくなった撮影:淺岡敬史――テレビドラマや映画でも喫煙シーンを使いづらい時代になっていますね。遠藤 テレビ局には喫煙ルームが一応ありますけど、病院でロケをするときにはもちろん絶対吸えないし、全面禁煙の建物で撮影することもあって、そういうときは外に出て吸います。タバコを吸える場所を探すのが日課になっている(笑)。ただ、自分だけ外へ行くと、呼びに来る人が大変ですね。――喫煙所がコミュニケーションの場になるのではありませんか。遠藤 スタッフさんは人数が多いので、何人か必ず吸う人がいますけれど、俳優さんには喫煙者は少ないですね。作品によってはいつもより多いなと思ったこともありますが、タバコを吸うのは自分一人というときもありましたし。 俺はドラマでもけっこう吸っていますけどね。役者としての表現のなかで、この役ならタバコが合うだろう、この場面ではタバコを吸ったほうがいいんじゃないかと考えますから。ここではタバコが必要だと提案してダメだといわれたことはいまのところないので。逆に、あえて吸わないと決めた役もあります。 ただ、その時々で社会のマナーとかルールというものがあるから、歩きながら路上でプカプカ吸うというのは、いまはドラマでもなかなか出来ないかもしれません。タバコだけじゃなくて、クルマに乗るシーンでは、どんなに急いでいる状況でも必ずシートベルトをするということになっています。クレームが多くなっている時代だから、そこらへんのバランスをどうとるかが問題ですね。 ただ、木村拓哉さん主演の「安堂ロイド」(TBS・2013年)でヘビースモーカーの刑事役を演じたとき、あえて禁煙の場所で吸って、吸い殻をカップの中に捨てるシーンが台本にありました。さすがにこれは大丈夫かなと気になったんですけど、別にどこからもクレームはつかなかった。視聴者も、そこに意図があって、役柄にはまっているのであれば、そういうものかと思って観てくれると思うんですけどね。 タバコのシーンって、うまくやると味わいが出てくるんですよ。たとえばものを考えている場面で、何かこう煙の中で一つ違う世界にリンクしていくみたいな、味わいのあるシーンがいままであったと思うんですよね、そういうのがまるっきりなくなっちゃうっていうのは寂しい気がしますね。 イメージを気にして禁煙した俳優さんもいるでしょうけど、実際、吸っていない人がすごく多いので、喫煙場面があって苦労している俳優さんもいます。吸う人間がやるのとはやはり芝居が全然違ってきますね。本人も、どうしてもうまくできないって悩むことになる。シガレットの形をした咳止め薬がありますよね。一応煙も出るので、あれを吸う人もいます。 吸わない人、いま本当に多いですよ。やめたって人、多いです。アイコスにした人もけっこういます。俺なんか、ニコチン1ミリのタバコにしたら本数がすごく増えちゃって。時代に逆行していますよね。俺はまあ喫煙家ですよ。やめようと思ったことがないですから。喉の調子が悪くなって本数を減らしたことはありますけど。いちばん少なかったのは1日3本くらい。目標を達成したら、またもとの本数に戻ってしまいました。 酒でもタバコでも、ほどほどならそんなに害はないと思うんですけどね。女房のお父さんなんてずっと愛煙家で96になっても元気ですから。むりやりタバコを止めたせいですごいストレスを抱えちゃった人も知っているので、それならむしろ吸ったほうが長生きできるかもしれない。いや、本当に。人生は偶然の積み重ね人生は偶然の積み重ね――もともとお芝居にはあまり興味がなかったとか。遠藤 まったくなかったですね。本当に偶然なことから芝居を始めたので。ただ、中学時代には美術の時間が好きだったし、昔から何かをつくり上げることが好きだったんだと思います。そのなかで、自分の体を通して人物をつくり上げていく芝居というものにだんだん興味を引かれて、とりあえず長く続いたのが俳優だったという感じです。でも、本当だったら絵描きとか彫刻家とか、あるいは作家だったり作曲家だったり、そういう方面の能力があればそっちをやっていたかなと思う時があります。 芝居は集団作業でしょう。本当は俺、集団生活はあまり得意じゃないので、一人でやれる作業があればそれがいちばんよかったんです。でもよく考えてみると、たとえば作家さんって、言ってみれば編集者との共同作業という面もあるし、一人でやれる仕事って実はそんなにないんですよね。――どういうきっかけでお芝居の道に入ったのですか。撮影:淺岡敬史遠藤 高校をやめて仕事をコロコロ変えながら1年くらいアルバイト生活をしていたときに、タレント養成所の募集広告を偶然見て、バイトの一環みたいな感覚で応募したんです。それで劇団フジに参加してからですね、芝居が好きになったのは。ただ、なかなか食べていけないので、先輩に相談したら、仲代達矢さんの「無名塾」を受けてみたらって勧められて、超難関だったのに、幸いなことに合格したんです。ところが、バイトと同じで続かずに10日でやめちゃった。集団生活が苦手とか、探せば理由はいろいろあるんですけど、さすがにちょっと落ち込んで、そのあと数カ月は一人で悶々として飲んでばかりいました。 ある日、たまたま「ぴあ」というタウン誌をめくっていたら、劇団昴(すばる)の「動物園物語」っていう文字が目に入った。内容も何もわからないまま、題名に惹かれてたまたま観に行ったんです。その芝居にすごく感動してしまった。アメリカの戯曲だったんですが、舞台にはベンチしかなくて、登場人物は二人っきり。その芝居にすごく感動して、自分もやってみたくて自主公演をやったんです。 自主公演といったって二人きりの芝居だし、セットもベンチ一つだから手間はかかりません。前にいた劇団の先輩に頼みこんで相手役になってもらって、稽古場を借りる金がなかったから、夜、バイトが終わってから新宿の中央公園とかで練習しました。本番はたった1日限りです。それでも一応チラシを作ったんですよ。それを偶然前のマネージャーが目にして、観に来てくれたんですよ。そこで拾ってもらった。21歳のときですね。 人には、偶然の積み重ねでググッと人生が変わる出来事ってあると思うんです。あのままずっと無名塾にいたらどうなっていたかは何とも言えない。ただ、やめたから、偶然「ぴあ」で「動物園物語」を見つけてたまたま観に行って、自分でもその芝居を演(や)って、前のマネージャーが偶然チラシを見て劇場に来てスカウトしてくれた。人生には節目というのがあると思うんですけど、あれが俺の人生が変わる最初のきっかけだったんじゃないですかね。演劇に巡り合えたのも学校をやめたのがきっかけだったし、いまから振り返るとそういう「時」というのがあるんだなあと思います。 それで映像のほうに進んで、最初に出たのはNHKの時代劇でした。「壬生の恋歌」(1983年)という新選組の平(ひら)隊士たちの話です。三田村邦彦さんの主演で、渡辺謙さんも出ていました。俺は坂本龍馬の彼女のおりょうさんを好きになる、暴れん坊でちょっと癖のある平隊士の役。おりょうさんも少し気があってみたいな感じです。おりょうさん役は秋吉久美子さんでした。――デビュー作で重要な役に抜擢されたのですね。遠藤 俺、何の実績もありませんでしたから。前の劇団のときはオーディションをさんざん落っこちているので。だから、拾ってくれたマネージャーが「無名塾を10日で退団」というのを経歴の売りにしたんですね。無名塾をすぐやめちゃう人なんていなかったので、NHKの人が興味を持ってくれたらしいです。「どういうやつか見てみたい」ということになって面接に行って決まりました。 それからTBSの連ドラとか、いろいろドラマに出ているうちに徐々に犯人役が多くなっていきました。悪役時代は長かったですね。40代くらいまでほとんどそういう役ばかりでした。いまだに〝Vシネマの悪役〟のイメージを持っている人もいるようですが、Vシネマの全盛期には呼んでもらっていないんですよ。人気が下り坂になって、新たな人材を探しているときに拾ってくれたという感じです。30代半ばくらいだったかな。 最初に主演した「湯けむりスナイパー」(テレビ東京・2009年)でも、温泉宿で働いているけど、実は元殺し屋という設定の役でした。でも、そのすぐあとにフジテレビの「白い春」(2009年)でお父さん役に抜擢された。NHKの朝ドラ「てっぱん」(2010~11)のお父ちゃん役に決まったのもちょうどその頃じゃないですかね。 若い頃は朝ドラのオーディションを受けると「お前の顔は朝には向かない」と言われたものでしたけど、そのあたりから時代が変わったのか、俺自身にも何か変化があったのかはわからないですけど、その頃からいいお父さんみたいな役がどんどんくるようになりました。このときも次の段階に移っていく人生の一つの「時」だったのかもしれません。女房がマネージャーになってくれたことも大きいと思いますが。バイプレーヤーの時代バイプレーヤーの時代――その後バイプレーヤーとして人気が急上昇しますね。最近ネットで見た「主役を食うほど名脇役だと思う俳優ランキング」では遠藤さんが2位に大差をつけて1位でした。遠藤 本当ですか。――2位がムロツヨシさん、以下、生瀬勝久さん、小日向文世さん、古田新太さんと続きます。個性的な俳優さんが注目を集めるようになったのはうれしいですね。遠藤 いままで50代以上の俳優ってあまり話題にならなかったと思うんですけど、そういう世代にも興味を持ってくれるようになったんですかね。あ、でもムロツヨシ君はまだ40そこそこか。――ご自身ではこの人気の理由はどこにあるとお考えですか。遠藤 CMにも使ってもらえるようになったし、顔つきがいかつくて強面(こわもて)なのに、やることは真逆の三の線という使い方をしてくださることが多くなったというのはありますね。今はそういうものを求める時代になっているんじゃないですか。――最近では大河ドラマ「真田丸」の上杉景勝が印象的でした。ちょっと気が弱いところもあって、これまでの景勝とはイメージが違いましたね。ご自分で役づくりをしたところはありましたか。遠藤 あれは脚本の三谷幸喜さんがつくりだしたキャラクターです。上杉家に限らず、大半は三谷さんがつくり上げたイメージどおりにそれぞれの俳優が演じてああいう風になったって感じじゃないですか。 俺には上杉景勝のイメージってなかったので、もちろん本番でデフォルメしてふくらませたところはありましたけど。たとえば堺雅人君の幸村に初めて直面したときの感情的な部分だったりとか、山本耕史君の石田三成が戦に飛び出そうとしたところを口だけじゃ止められないから抱きしめて押さえたりとか、そういう微妙なところを少しずつ足しましたが、基本的には三谷さんがつくり上げたキャラクターを忠実に演じたってことですね。――三谷さんと組んだのは『ギャラクシー街道』(2015年公開。三谷幸喜・脚本監督)が最初ですか。遠藤 それが初めてですね。その前に大河の話はあったんですけど、それが決まったとたんに『ギャラクシー街道』にも出てくれと言われて。実は今日も三谷さんの台本のスペシャルドラマを撮っていたんです。秋にオンエアされる予定ですが、まだ発表されていないので、タイトルとか内容は言えないんですけどね。――秋には映画『ミックス。』も公開されます。卓球クラブの話だそうですが。遠藤 その撮影もいま同時にやっています。新垣結衣ちゃんと瑛太君が主演でミックス(ダブルス)を組んで、いろんな人たちと一緒に卓球の全日本選手権出場をめざす。俺と田中美佐子さんが夫婦の役で、この夫婦は子供を亡くしていたり、ほかにも恋愛の悩みとか将来の目標とか、いろんなものを抱えた人たちが卓球を通して成長していくというストーリーです。――個性的な俳優さんたちが注目を集めるようになったという話が出ましたが、ドラマ「バイプレーヤーズ~もしも6人の名脇役がシェアハウスで暮らしたら~」(テレビ東京・毎週金曜深夜0時12分)がいま話題になっていますね。遠藤さんほか、松重豊さん、大杉蓮さんなど文字どおり名バイプレーヤー6人が本人役で出演して、最後にトークのおまけがつく。遠藤 業界の人が観てくれているようですね。あと、ネットで会話するのが好きな人たちのあいだで人気があると聞いています。――出演している6人の俳優さんたちが「かわいい」というネット上の書き込みがずいぶんあります。なぜでしょうね。遠藤 まったくわからないですね(笑)。 えんどう・けんいち 1961年6月28日、東京都生まれ。83年にNHK「壬生の恋歌」でドラマデビュー。映画初出演は88年公開の『メロドラマ』。02年には『DISTANCE』で第16回高崎映画祭最優秀助演男優賞を受賞。主な出演作は映画『クライマーズ・ハイ』『ギャラクシー街道』、ドラマ「白い春」「不毛地帯」「湯けむりスナイパー」「てっぱん」「民王」「お義父さんと呼ばせて」「真田丸」など。番組ナレーションやアニメの声優も務める。

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    たばこ好きの日本人はなぜ長生きなのか

    武田良夫(経営コンサルタント) 昨年9月19日に放送された「NHKスペシャル」は「健康格差―あなたに忍び寄る危機」を取り上げました。「健康格差」が問題とされるようになったのは寿命が延び、がんなどの慢性疾患で亡くなる人が増えてきたことと関係があります。慢性疾患は食事など生活習慣の影響が大きいとされますが、近年、その背後にある所得水準や教育レベル、雇用・家族形態などの社会・経済的な格差が健康格差をもたらす大きな要因であることが指摘されています。社会格差が招く健康格差 番組では、低所得者は高所得者に比べて精神疾患3・4倍、肥満1・53倍、脳卒中1・5倍、骨粗鬆症が1・43倍も罹りやすく、また、非正規雇用者は正社員に比べて糖尿病の罹患率が1・5倍も高いというような数字が示されました。 所得格差は、なぜ健康格差を招くのでしょうか。 厚労省の〈「国民健康・栄養調査」の「所得と生活習慣等に関する状況」〉(別表)によれば、低所得世帯は穀類の摂取量が多く、野菜や肉類は少ない。喫煙率が高い。メタボの人が多い。歯の悪い人が多い。健診を受けている人が極めて少ないなどが示されており、こうした生活習慣などの差が健康格差を招くとされています。 しかし、近年、社会・経済的要因と健康の関係を研究する「社会疫学」が、心理・社会的な要因の健康に与える影響は、いわゆる生活習慣に劣らず大きいことを明らかにしています。社会疫学が示唆するもの まず、我が国で発表された社会疫学研究をいくつか見てみましょう。・静岡県は1999年、65歳以上のお年寄り1万人余を対象に生活習慣や社会活動に関わる30~40項目を調べ、2010年までに亡くなった1117人について調べたところ、何もしない人に比べ、運動、栄養、社会活動の三要素に取り組む人の死亡率は51%も低かったが、運動と栄養だけでは32%にとどまった(2012年6月10日付/朝日新聞夕刊)。・千葉大などの研究チームは2003年、愛知県に住む65歳以上のお年寄り1万3千人に町内会、趣味、運動、宗教、業界、ボランティア、政治、市民活動の八種類のうち、どの活動をしているかを尋ね、4年後に要介護認定を受けた1528人について、年齢や性別、病気、婚姻・就労状況などの影響を取り除き、社会活動と要介護との関連を調べた。その結果、要介護リスクは、何も活動していない人に比べ、1種類取り組む人は17%、2種類28%、3種類以上取り組む人は43%も低かった(2014年8月13日付/朝日新聞夕刊)。・日本福祉大、千葉大などのチームが前記と同じパネルを使い、同居人以外との交流の頻度と要介護、認知症、死亡のリスクを調べたところ、毎日、頻繁に交流している人に比べ、週1回未満の人のリスクは下表のように高くなっていた。 昨年8月、国立がん研究センターは「受動喫煙による非喫煙女性の肺がんの相対リスクは1・28倍」と発表し、これが受動喫煙対策の根拠になっていますが、社会参加の有無が〈健康〉に与える影響は、それ以上に大きいのが興味深いところです。 さらに社会疫学は、前記の〈社会参加〉と関連しますが、〈社会関係資本(ソーシャル・キャピタル)〉という概念を提示します。「社会関係資本」が日本人を長生きさせた 政治学者でハーバード大学教授のR・パットナムは〈社会関係資本〉を「個人間のつながり、すなわち社会的ネットワークおよびそこから生じる互酬性と信頼性の規範」と定義します。東日本大震災後よく使われるようになった「絆(きずな)」が近いでしょうか。 パットナムによれば、〈社会関係資本〉という言葉は1916年にウェストバージニア州農村学校の指導主事だったL・ハニファンが用いており、決して新しい概念ではないが、近年、綿密で大量の研究により、社会的つながりは我々の健康の最大の決定要因の一つであることは合理的に疑い得ないところまで確証されたと述べています(R・パットナム「孤独なボウリング」柴内康文訳/2006年/柏書房)。 この「社会的なつながりの強さ」の健康に与える影響について、ハーバード大学公衆衛生大学院のイチロー・カワチ教授は「日本人が長生きなのは、食生活などの生活習慣の違いが影響しているのではないかと考えている人が大勢いる。確かに世界的に見ても体に良いと言われている日本食だが、実は塩分や炭水化物が多く含まれているため、とりわけ優れているとは考えにくい。では、寿命を左右する本当の要因は何か。ハーバード大学の社会疫学研究者たちが1996年、世界の国や地域で行った大規模な調査の結果、日本文化の中にある強い〈社会関係資本〉が長寿と健康に大きく関係していることが分かった」と述べています(「日本人はなぜ長生きなのか13万人調査でわかったこと」週刊現代2012年9月15日号)。喫煙文化研究会著『たばこはそんなに悪いのか』(ワック刊) 先年、県別の寿命が発表され、長野県が男女共に1位になりました。その理由について、医師や学者は減塩など食生活の改善運動や喫煙率の低さなどを挙げるのですが、正しい見方とは言えません。例えば、厚労省の平成24年の「国民健康・栄養調査」によれば、長野県の塩分摂取量は依然として全国平均より多く、県別では男女共に岩手県に次いで多い方から2番目でした。そのせいか「脳卒中(脳血管疾患)」の死亡率は全国平均より高く、男性は高い方から13番目、女性は7番目でした(平成22年)。 では、何が長野県を長寿県にしているのでしょうか。まさに〈社会関係資本〉によって説明できます。すなわち、長野県は地域住民の社会参加が活発で〈社会関係資本〉が豊かなのです。高齢者の有業率は男女共に長野県がトップですし、地域住民の社会参加の一つの指標として挙げられるのが公民館活動ですが、人口100万人あたりの長野県の公民館数632は全国平均の125を大幅に上回ってダントツです。数が多いだけでなく、活動も活発で、平成17年に全国の公民館が主催した文化事業2万6千件のうち、長野県は2900件と1割以上を占めました。さらに、長野県は伝統芸能の保護に熱心なだけでなく、サイトウキネン(セイジ・オザワ)音楽祭など芸術文化活動に熱心ですが、大事なことは、こうしたイベントの実施に地域住民がボランティアとして積極的にかかわっていることです。まさに「互酬・互恵」の精神が根付き、これがコミュニティー(地域共同体)の〈社会関係資本〉を豊かにしているのです。ジャパニーズ・パラドックス 一方、東日本大震災の後、3年で震災関連死が震災直接死を上回ったということですが、熊本地震でも直接死が50人であったのに対し、体調悪化などによる「災害関連死」がわずか半年で55人になったということです。「人はパンのみにて生きるにあらず」――被災地での〈社会関係資本〉の回復・蓄積をどう図るか、というのは復興の大きなテーマでしょう。 芸術家が被災地へ行って公演を行い、被災者を楽しませるのは意義あることですが、被災者自身が企画に参加し、実行に当たっては受付や駐車場、託児所の運営などを行い「私もお役に立っています」というカタチで行えば、「互酬・互恵」という観点からもっと意義あるものにすることができると思います。 それに伴う会合・打ち合わせも多いことでしょうから、地域住民の「社会参加」として有意義なことは前述の通りです。ジャパニーズ・パラドックス 昭和30~40年代、わが国の男性の喫煙率は80%を越え、室内はたばこの煙が充満していました(女性は職場や家庭でたばこの煙にさらされ、受動喫煙の暴露量は今日の比ではなかったでしょう)。 それでもその間に寿命はドンドン延びて昭和45年にはスウェーデンを抜き、主要先進国では最長寿国になりました。疫学研究から「喫煙者は寿命が十年短い」とされますが、では「世界一たばこ好きと言われた民族が、なぜ世界一長寿になったのか」について納得できる説明はありませんでした(〝ジャパニーズ・パラドックス〟と呼ばれます)。 説明できないのは当然です。科学的な思考・手法を取り入れた近代医学(生物医学)は、言語・数値をもって記述できるもの(第一性質)のみを対象とし、喫煙行動のような人間の「脳(こころ)」に関わって主観的、知覚的な行為(第二性質)を没却したために、「脳が異常に発達した」「社会的動物として〝人の間〟で生きる」人間の健康における〈喫煙〉の意義・効用が見えなかったのです。その結果、喫煙者を「ニコチン依存」ときめつけ、たばこの煙は器官・臓器に害を与えるのみ→百害あって一利なし、喫煙者は短命、というドグマに陥ったのです。 しかし、前述のように、近年の社会疫学は人間の健康における心理・社会的要因の重要性を明らかにしつつあります。生物医学パラダイムにとらわれない免疫学者などは、かねて「適度な喫煙は免疫力を高める」と喫煙の効用を認めていますが、「世界一たばこ好きの民族が、なぜ世界一長寿になったのか」、社会関係的、薬理的、身体感覚的に多面的な効用を持つ〈喫煙〉の意義が、社会疫学という新しいアプローチの中で、あらためて評価される日が来るのではないかと期待しています。 本稿に興味を持たれた方は『たばこはそんなに悪いのか』(喫煙文化研究会著/ワック刊)をご一読ください。これらのテーマについてくわしく論じられています。

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    タバコの害はアスベスト禍と同じ「命の危機」である

    て「タバコ規制枠組み条約(FCTC)」を提案し、批准国に義務として包括的なタバコ対策を求めています。禁煙ファシズムは見当違い タバコ産業側も、かくも多くの犠牲者を出し続けるタバコ(ビジネス)の将来を憂慮し、電子タバコや加熱式タバコの開発・普及に注力しています。これらの製品は「ハームリダクション」(害がより少ない)をうたい文句にしていますが、まだ医学的評価は定まっておらず、何よりもニコチンを利用した依存症ビジネスであることに変わりはありません。ニコチンは「毒物および劇物取締法」に規定され、食品への使用が禁止されている毒物であり、その依存性を利用したビジネスが将来にわたって許されてはなりません。趣味とか嗜好の問題ではなく、生命にかかわる問題なのです。画像はイメージです 人々の健康と生命を守るための受動喫煙対策を「禁煙ファシズム」などと揶揄することは、全くの見当違いです。アスベストは中皮腫や肺がんの強い関連性が証明され、日本でも今世紀になり、ようやく使用が全面禁止になりました。1980年代後半のニューヨークでの大規模調査によれば、肺がんの罹患リスクは喫煙習慣が10倍で、アスベスト工場勤務の5倍を大きく上回り、両方のリスクが重なれば相乗効果で50倍となっていました。アスベスト全面禁止は遅きに失しましたが、「アスベスト全面禁止はファシズムだ」と言う人はいないでしょう。 タバコの場合は、ニコチン依存症という薬物依存症ゆえに、喫煙者自身が被害者であるにもかかわらず、「禁煙ファシズム」などという言辞を弄して喫煙習慣を合理化してしまうのです。「私は吸わないが、喫煙者いじめの完全禁煙には与しない」という穏健な方々には、「アスベスト全面禁止」にも、同様の傍観者的立場を取られたのでしょうか? 毒物の規制に「ファシズム」というレッテルを貼るのは、タバコ産業のイメージコントロールであり明らかに間違っています。 WHOはタバコによる健康被害への医療費などで、年間1兆ドル(116兆円)以上の経済的損失を与えていると指摘しています。タバコは莫大な人的犠牲者のみならず、タバコ税をはるかに上回る経済的損失の原因になっています。タバコ増税は喫煙者減少と歳入増加を期待できる「ウイン・ウイン」の施策であり、1箱1千円以上の国もあり、日本もこれに倣(なら)うべきです。 自社製品で被害者や犠牲者を出せば、当該企業は公に謝罪しリコールを広報し対策を講じる責任と義務があります。莫大な犠牲者を出し続けるタバコ産業が謝罪も行わず、「拾えば街が好きになる」などの社会貢献活動(CSR)を免罪符として、テレビなどでのCM垂れ流しが容認される日本の現状を、大変嘆かわしく思います。深刻な健康被害をもたらすタバコを「マナーの問題」に矮小化し、豊富な資金力を背景にマスコミを通じて「さまざまな分煙」等という幻想を流布させることは禁止すべきです。「マナーではなくルール」が必要で、そのためには強制力をもつ法制化が絶対に必要です。 タバコの害の啓発に極めて有効なのが、パッケージへの写真警告表示です。オーストラリアやカナダなどに加え、タイやネパール、韓国などアジア諸国でも導入され、啓発に大きな役割を果たしています。日本はFCTC批准国でありながら、国民にFCTCの啓発も行わず、写真警告表示も行っておらず、現状では不作為の誹(そし)りを免れません。日本ではFCTCの国民への周知度が極めて低い事が、タバコ対策の大きな遅れの原因となっています。タバコ休憩を給料に換算すると タバコ対策で忘れてはならないのは、タバコ農家や産業、小売業など、現在タバコで生計を立てている人々(タバコ生活者)が、将来にわたって転作・転業できるような経済的援助と仕組み作りです。例えば、タバコから野菜への転作に必要な補助金とノウハウを提供などが、その一例です。そのためにも喫煙室設置の補助金を直ちに廃止し、タバコ増税も行うべきです。その歳入増を喫煙者の禁煙支援と併せて、タバコ生活者の「転作・転業」予算に回すなど、政府の包括的タバコ対策が是非とも必要です。 東京五輪・パラリンピックの開催国として、FCTCの批准国としても要求されるグローバル・スタンダードのタバコ対策実施には、東京都ローカルの受動喫煙防止条例化では不十分で、国としてのタバコ対策の法制化が不可欠です。日本で対策が遅々として進まない大きな原因が、財務省所管の「たばこ事業法」の存在です。同法は税収増の目的でタバコ産業の発展を目指したものであり、国民の健康を犠牲にしている悪法です。速やかにこの悪法を廃し、タバコの害からの人々の保護を目的とした厚生労働省所管の「タバコ規制法」に置き換えるべきです。 さて神奈川県や兵庫県などの受動喫煙防止条例策定の議論では、業界から「官が徹底できていないことを、どうして民間に先に規制するのか」との意見が相次ぎました。本学会が地方公務員の勤務時間内喫煙の実態調査を元に試算した日本の国家・地方公務員全体のタバコ休憩の時間に支払われる給料、タバコタイムサラリーは、年間920億円以上にのぼり、その結果は2015年11月7日付の産経新聞夕刊にも掲載されました。公務員の勤務時間内喫煙は職務専念義務に反し、莫大なタバコタイムサラリーは納税者としても到底納得できません。職員の喫煙離席は、非喫煙者同僚にも余分な負荷がかかります。喫煙離席者の業務代行や、その間の自己業務の中断に加えて、戻った喫煙者からの三次喫煙被害(呼気や服からのタバコ臭)という余計な「おまけ」まで付いてくるのです。 まず「官より始めよ!」で、議会を含む官公庁が率先して民間の模範となるタバコ対策を実施することが必要です。勤務時間内喫煙は労働者の権利ではなく、全ての労働者が受動喫煙に曝(さら)されない快適職場環境を確保する権利が優先されるべきです。日本タバコフリー学会の提案 以上を踏まえ、NPO法人日本タバコフリー学会は、法律に盛り込むべき受動喫煙防止対策として以下の提案をさせて頂きます。1.職場と不特定多数の人々が利用する施設は、例外なく屋内全面禁煙とする。電子タバコや加熱式タバコの使用も認めない。2.職場と不特定多数が利用する施設の屋内に、喫煙室設置は一切認めない。喫煙室設置の補助金を廃止し、現在の喫煙室は可及的早期に廃止する。3.官公庁・大学を含む学校・医療機関・社会福祉施設は、屋内・敷地内を全面禁煙化し、職員は勤務時間内禁煙とする。4.違反した施設の管理者および喫煙者には罰則(罰金ではなく過料)を課する。 毎年1万5千人もの死者を出し続ける受動喫煙は、迷惑の域をはるかに超えた「公害」で「命」の問題です。被害を防げない「分煙」や「喫煙室」のまま放置されて良いはずはありません。可及的早期に法律で、職場や公共の場を例外なく完全禁煙とし罰則付きとすることで、受動喫煙犠牲者を減らすことが国に求められる喫緊の責務と考えます。

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    愛煙家みなさん、喫煙歴がない私の「肺がん地獄」を想像できますか?

    長谷川一男(NPO法人「肺がん患者の会ワンステップ」代表) 私は肺がんの患者であり、その視点から論考したいと思います。7年前、39歳になったばかりの冬に突然、せきが出始め、病院に駆け込んだところ肺がんであることがわかりました。進行度を示すステージは最も進んだ「4」。5年の生存率は5%ほどでした。青天の霹靂(へきれき)とはこのことを言うのでしょう。そしてもう一つ、ある思いが自然と湧き上がってきました。私には喫煙歴がありません。「よりによってなぜ肺がんなのか?」 喫煙していなくても肺がんを患うことがあります。その原因の一つが「受動喫煙」です。振り返ってみると、発症前、受動喫煙を多く経験していました。まずは親です。父親はたばこを一日2箱吸うヘビースモーカーでした。母親はその煙を嫌い、家のリビングに大きな換気扇を設置しているほどです。畳にはたばこを押し付けた後がいくつもありました。 そういえば、私は不注意から灰皿をひっくり返してしまったことが何度かあります。自分でひっくり返してしまったのだから、自分で片づけるのは当たり前ですが、これ以上ない不快なこととして記憶に残っています。※写真はイメージ 父は肺がんを患い、亡くなりました。大人になり働くようになると、職場においても受動喫煙しています。私が就職したのは25年ほど前です。職種がマスコミということもあり、ほとんどの人が吸っていました。通常、灰皿は直径10センチほどの大きさと思われますが、職場には直径30センチはあろうかという灰皿が置いてありました。銀色で軽い、カンカンと音がする灰皿の巨大版です。 「受動喫煙は本当に病気の原因となるのか?」と問う人がいます。実はその疑問は正しいのです。受動喫煙のリスクは「ほぼ確実」と言われていて、「確実」ではありませんでした。本当に病気の原因となるのかと問われたら、確実にそうだとは言えない状況だったのです。ところが昨年、それがひっくり返りました。 受動喫煙のある人はない人に比べて、肺がんになるリスクが約1・3倍、そのリスク評価は「ほぼ確実」から「確実」に上がりました。乳幼児突然死症候群、虚血性心疾患、脳卒中の原因ともなることも指摘されました。受動喫煙の健康被害・他者危害が明らかとなり、この問題は、マナーの問題ではなくなったのです。昨年までと現在では、異なる状況であることを理解していただきたいです。 「喫煙者は受動喫煙させないように努力している」「今の分煙をもっと進めればよいではないか」「こちらの吸う権利も考えてほしい」と語る人もいます。国会議員のたばこ議連の方がこのような趣旨でよく話されます。しかしながら、私の周りの喫煙者で、「分煙」によって本当に受動喫煙を防ぐことが可能と考えている人はいません。 分煙には、喫煙者も非喫煙者も懐疑的であるという理解です。また世界保健機関(WHO)の評価基準に照らしたとき、残念ながら日本は、受動喫煙防止対策について最低評価となっています。分煙をきちんと進めたとしても、この評価はほぼ変わらずです。世界的に見て、きちんと分煙ができ、受動喫煙を防ぐと考える国はないからです。本来なら「救える命」 がんを患って知ったことがあります。それは「人は苦難を乗り越えようとする強さを持っている」ということです。自分ががんになったことにどのような意味があるのか。すべてのことに意味があるならば、自分自身ががんを患うことにも意味があるはず。右往左往を経験しながらも、やがて一日一日を、一瞬一瞬を生きようと前を向きます。 運命を受け入れ、自分の命を全うしようとするのです。しかしながら、この考え方には前提があります。それが運命ならば、ということです。もし自分のがんが何らかの外的な要因によって起こったとするならば、もし避けられることだったとすれば、話は違います。 想像してみてほしいのです。他人の行為が原因で、もし自分の命に限りがあると告げられたら、それは患者本人だけの問題ではありません。家族、親しい友人、仕事仲間、周りにいる人すべてを苦しませます。※写真はイメージ 想像してみてほしいのです。もし、自分の周りの大切な人が肺がんを患い、命を落とすかもしれない状況になったら…その原因にもしかしたら自分が関わっているかもしれないという疑念がでます。もう一度書きますが、昨年からリスクが「ほぼ確実」から「確実」へと移行し、健康被害や他者危害が明らかになりました。あなたはそれをもう知っています。「本当に受動喫煙は体に悪いの?」と逃げることはできません。これは「地獄」です。 今、2020年の東京五輪・パラリンピックを視野に入れ、罰則付きの受動喫煙防止法案が進められています。この法案は受動喫煙による被害を未然に防ぎ、肺がん患者と周囲の人びとの苦しみのこれ以上の広まりを断ち切る、それが目的です。一日も早く実現することを願っています。厚生労働省には屋内全面禁煙の方針を貫いていただきたい。応援しています。 日本における受動喫煙による年間死亡者数は、交通事故による死者4千人を大きく上回る、およそ1万5千人と推計されています。大事なことは、これは「救える命」である、ということです。それを放置し、苦しみを生み出すのはもう終わりにしなければならない、そう思います。 ※本文中の統計は、『平成27年度厚生労働科学研究費補助金、循環器疾患・糖尿病等生活習慣病対策総合研究事業「たばこ対策の健康影響および経済影響の包括的評価に関する研究」』と『 喫煙の健康影響に関する検討会「喫煙と健康――喫煙の健康影響に関する検討会報告書」(2016年9月2日公表)』、アメリカ疾病管理予防センターの調査に基づくものです。

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    「たばこ白書」はメディアも同罪のプロパガンダ

    山森貴司(喫煙文化研究会事務局長)9本の論文 昨年8月末、厚生労働省の有識者検討会が「喫煙と健康影響」に関する報告書、いわゆる「たばこ白書」を発表。喫煙が、がんなど22種類の病気の発症や病気による死亡の要因であることは「確実」と断定したうえで、日本の受動喫煙対策は「世界最低レベル」であり、「屋内の100%禁煙化を目指すべきだ」と提言している。 時を同じくして、国立がん研究センターは「たばこを吸わない日本人の受動喫煙による肺がんのリスクは、受動喫煙を受けない人に比べて約1・3倍に上昇すると発表した。その〝成果〟をもとに、肺がんに対する受動喫煙のリスク評価を従来の「ほぼ確実」から「確実」に格上げしている。 この厚労省と国立がん研究センター発表を、8月31日付の新聞各紙はいっせいに報道した。「白書として初めて、日本人での喫煙と病気の因果関係を(中略)科学的に判定した」「日本人で受動喫煙によるがんリスクが科学的に証明されたのは初めて」(以上、朝日新聞)、「複数の研究を統合し、対象数を増やして分析したことで明確な結果が得られた」(東京新聞)、また若尾文彦・国立がん研究センターがん対策情報センター長の話として「日本人でも受動喫煙が肺がんに影響していることが科学的根拠に基づいて示された」(同)。 しかし、受動喫煙と肺がんの因果関係を科学的に判定、証明し、明確な結果が得られたという根拠はと言えば、受動喫煙と肺がんの関連を示した426本の論文のなかから、1984年から2013年に発表された九本の論文を選んで分析した結果だという。 いったい426本の論文とはどういうものなのか、そのなかからどういう理由で9本の論文を選んだのか、その論文についてどんな分析を行ったのかは、各紙とも何の説明もしていないので、報道からはまったくわからない。JTの「正論」JTの「正論」 同日、JTは小泉光臣代表取締役社長名義で次のようなコメントを発表した。長くなるが、簡にして要を得た文章なので、その一部を引用しよう。〈これは、過去に実施された日本人を対象とした疫学研究論文から9つの論文を選択し、これらを統合して統計解析したところ、受動喫煙を受けない非喫煙者のリスクを1とした場合に、受動喫煙を受けた非喫煙者のリスクが1・3となったとの結果をもって、受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論付けた発表であると認識しております。〉〈しかしながら、JTは、本研究結果だけをもって、受動喫煙と肺がんの関係が確実になったと結論付けることは、困難であると考えています。〉〈受動喫煙を受けない集団においても肺がんは発症します。例えば、今回の解析で選択された一つの研究調査でも、約5万人の非喫煙女性中の受動喫煙を受けない肺がん死亡者は42人であり、受動喫煙を受けた肺がん死亡者は46人でした。肺がん等の慢性疾患は、食生活や住環境等の様々な要因が影響することが知られており、疫学研究だけの結果をもって喫煙との因果関係を結論付けられるものではありません。〉〈また、今回用いられた複数の独立した疫学研究を統合して解析する手法は、選択する論文によって結果が異なるという問題が指摘されており、むしろ、ひとつの大規模な疫学研究を重視すべきとの意見もあります(※)。今回の選択された9つの疫学研究は研究時期や条件も異なり、いずれの研究においても統計学的に有意ではない結果を統合したものです。〉〈これまで、受動喫煙の疾病リスクについては、国際がん研究機関を含む様々な研究機関等により多くの疫学研究が行われていますが、受動喫煙によってリスクが上昇するという結果と上昇するとは言えないという結果の両方が示されており、科学的に説得力のある形で結論付けられていないものと認識しています。〉※「新しい疫学」(財団法人 日本公衆衛生協会)/「メタ・アナリシス入門」(丹後敏郎 朝倉書店)なぜ「疫学研究」と報じないのかなぜ「疫学研究」と報じないのか つまり国立がん研究センターが分析・判定して受動喫煙の肺がんへの影響を「科学的に」証明した根拠というのは、九つの、おそらくは自分たちに都合のいい(?)疫学調査をいじくりまわしたというだけにすぎない。 報道には「疫学研究」という言葉はいっさい出てこないが、疫学研究というのは、もともとは感染症の原因や動向を調べるもので、現在では広く病気の原因と考えられる要因と病気の発生の関連性について、その因果関係を統計的に調査することである。 新聞の読者は、さぞ科学的で医学的な研究が行われたのだろうと思うだろうが、実際はこれまでに発表された論文の統計学的な数字を操作しただけなのである。実は統計的手法による疫学は、調査する人の立場や価値観(予断・予見)に左右されがちで、それが〝証明〟できるのは「相関関係」であって決して「因果関係」ではない。たとえば、「解熱剤をのんだら熱が下がった」としても、その因果関係は証明できない。のまなくても熱は下がったかもしれないからだ。そのことは本誌連載の「医療エッセイ」で葦原祐樹氏が何度となく触れているとおりである。 疫学調査から因果関係を見出そうとすれば、人によってまったく逆の結論に達することもままある。因果関係を決める要因は、その人の期待と願望、つまり「心」であるという意見さえある。決して科学的客観性ではない。  にもかかわらず、各メディアは、どのような〝研究〟のもとに発表が行われたかをいっさい検証せず、ただ厚労省や国立がん研究センターという権威の発表をただ右から左に流すだけでなく、「科学的に判定した」「科学的に証明された」「明確な結果が得られた」と、まるで世紀の大発見扱いである。嫌煙運動を煽り立てているかのようだ。いや、結果的にはまさしく煽っている。近年、誤報や捏造が問題になることの多いメディアの、これも無自覚なプロパガンダの一つと言えるだろう。

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    極端な喫煙者バッシングは民主主義を風化させる

    畑正憲(作家)取材・構成=清水 泰(フリーライター)配給制時代のモク拾い――たばことの出合いについて教えてください。畑 医師だった父が、吸っていないときはたばこの煙を吐いている、というくらいのチェーンスモーカーでした。わが家でいちばん困ったのは終戦前後の配給制ですね。1人当たりの配給本数が1日に5、6本しかないんです。父は本当に困っていましたね。 そこで少年時代の僕は「モク拾い」が日課でした。棒の先に針を付けて、道端にポイ捨てされたたばこの吸い殻を片っ端から突っついて拾い上げる。本格的なモク拾いでしたよ。畑正憲さん――大分県の日田市に住んでいたころの話ですね。畑 そうです。父は満洲の医師免許しかもっていなかったので、日本の医師免許を取るために勉強しなきゃいけない。愛煙家の方はわかると思いますけど、勉強するにはたばこがいるんです。父がたばこがない、ないというものですから「じゃあ僕が拾ってきてやるよ」と。拾ってきた吸い殻の一つひとつからちょっとずつ葉を取り出してはまとめて干します。乾燥させた葉をほぐして、紙で巻くと自家製たばこの出来上がりです。――畑先生ご自身がたばこを嗜むようになったのはいつのことですか。畑 東京大学に入ってからですね。当時は渋谷によく遊びに出かけていたんですが、駅前に「らんぶる」という老舗の名曲喫茶がありまして、そこにはよく行きましたね。あとは道玄坂を上って右手に入ったところにあった「ライオン」というクラシック喫茶。夜中に入ってコーヒーを頼んで、BGMをバックにたばこを吹かす。いまはすっかり変わって子供の街になっていますけど、当時の渋谷は大人の町でしたから。たばこはそのころからおいしいと思って吸っていましたが、まだヘビースモーカーではなかったですね。日本でこそ味わえる贅沢な時間日本でこそ味わえる贅沢な時間――今日は両切りのピースとダンヒルを吸われながらのインタビューですが、たばこが手放せなくなったのはいつからでしょうか。畑 作家になった30代からですね。たばこって不思議なもので、吸い始めたときは「もういいか」と思うんですよ。ところが一本吸い終わって消そうと思うころになると、もう一本欲しくなるんですね。そういう不思議なところがあります。「たばこは生活の句読点」っていうキャッチフレーズは、本当にそのとおりだと思いますね。たばこを口に咥えて何服かすると、何かしたくなる。たとえばお茶を沸かして自分で注ぎたくなるとか、そんなことしなくていいのに、やりたくなるんですね(笑)。そういう不思議な作用がある。だから原稿を書く前には必ず吸いますね。吸って消して、また吸って消す。そのうち「よし、やるか」と書き始めるんですよ。――原稿を書く前のアイドリングのような感じですね。発想力が増したりもするのでしょうか。畑 原稿を書く際のリズムのようなものになっていましたね。ただ、1980年に『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』のテレビ番組を始めて、世界中を飛び回るロケに出るようになってからは、そんな贅沢はいっていられなくなりましたね。それまでは「俺は作家だ」って気取っていました。昼間からカーテンを全部閉めた暗い部屋のなかで、机の前に座ってきちんとした姿勢で書いていたんです。 それがロケに出るようになってからの執筆環境はひどいものです。車とか飛行機の中だと、気分が悪くなってしまって文章が書けないんですよ。だから移動中じゃなく移動前の待ち時間やロケ地での休み時間が仕事の時間なんです。たとえば東京からインドのニューデリーに飛んで、次の飛行機がなかなか飛ばなくて5時間待たされたりする。これは「しめた」ってんで待合室のいちばん空いているところの片隅に原稿用紙を広げて、前のめりになって書いていましたから。たばこを気にする余裕なんてないですよ。 また、たとえば人里離れたところへ行くと、電気も通っていない。もちろん机もなし。それでも仕事はしなきゃいけない。しょうがないから懐中電灯を4本、ガムテープで巻いて電灯代わりに吊るして、その灯りで原稿を書いていましたね。 そういう生活に慣れると不思議なもんでね、僕はこの50年、風邪をひいたことがないんです。おそらくつねに緊張を自分に強いていると、免疫力が高まるんだと思います。僕はテレビ番組で40日間の予定で海外ロケに出かけます。日程にある程度余裕をもたせてあるんで、実際は35日くらいで終わるんですよ。じゃあ「5日は休もう」ではなく「しめた」と、次のロケの日程を前倒しするんです。ロケから帰国したらすぐまた次のロケに出る。そうすると緊張状態がずっと続くでしょ。だから風邪もひかないですね。――50年間ほぼ休みなし、ということですね。畑 1年の約半分が海外ロケ。そういう生活が30年続きました。今日は病気で休むとか体調が悪いから中止、といったことは一度もありません。――そういう過酷なロケ中でも、たばこを吸われるときがあるわけですね。畑 われながらバカだと思いますが、どんなに厳しい環境でもたばこが吸いたくなるんです。たとえばチベットの標高5000m級の山岳地にロケで行く。ただでさえ空気が薄くて息苦しい自然環境でも、僕は吸いましたね。たばこを手に持って、「よし、いまから吸うぞ。おまえを吸うからな。ほんとに吸うよ」といって火を付けるんです。でも息苦しいし、うまくない。本当にバカですね(笑)。 たばこがおいしいというのは贅沢な時間で、心に余裕がないとそうは感じられないんです。追い詰められた状況で吸うたばこは、やっぱりおいしくない。それから僻地で吸うたばこはおいしくないですね。――それは意外ですね。大自然のなかで吸うたばこはおいしいのか、と思っていました。畑 真夏の砂漠で吸ってもちっともおいしくないし、真冬のアラスカで吸ったたばこもまずかったですよ。空気が乾燥しすぎている地域はダメですね。ある程度の湿度がないと。だから大自然のキレイな空気のなかで吸うたばこがおいしいなんてことはありませんね。その点、適度な湿り気のある日本で吸うたばこはおいしい。そう感じる時間は、僕にとってとても贅沢な時間です。――「たばこは生活の句読点」以外にも「今日も元気だ、タバコがうまい」というキャッチコピーもあります。畑 朝起きてカーテンを開け、一本のたばこに火を付けたときの快感といったら! 俺は今日も元気だって実感しますね。うまいキャッチコピーだと思います。自分の正義を押し付ける不寛容さ自分の正義を押し付ける不寛容さ――世の中には畑先生のような愛煙家もいれば、たばこを吸わない人やたばこを毛嫌いする人もいます。畑 たしかに昔はたばこが嫌だっていう人は少なかったんですけど、いまは喫煙者が減って極端なたばこバッシングに走る人が増えています。喫煙者の皆さんにはお気の毒ですが、こうした社会の風潮にはますます拍車が掛かると思います。――畑先生はなぜ極端な嫌煙家が増えていると思われますか。畑 そう聞かれて思い出したことがあります。もう60年も前の話です。日本が豊かになり始めるちょっと前に、外国産のたばこが日本に入ってきました。香料がまたきついんですよね。僕なんかはいろんな種類を試すほうだから、アルバイトの帰りに缶入りの海外たばこを買うのが楽しみでした。家に帰って缶を開けると、まず香りを嗅いでね。吸うのは香りを楽しんだあとでしたね。香りは、たばこを吸う人にとっては強くても弱くても全然関係ない。一口二口吸ったら、すぐ慣れるんです。 問題は、たばこをやめた人です。彼らはたばこの香りやにおいに敏感ですよね。僕なんかもたばこが買えないくらい貧乏していた時代があるから、わかるんです。他人が吸っていると、あれはピースだとかね(笑)。たばこをやめた人ほど毛嫌いしやすくて、ここ何年かでやめた人がたくさんいることも、世の中の風潮と関係しているのかもしれない。――禁煙社会になりつつあるとはいえ、たばこを吸う人の立場も尊重される社会であるべきだと思うのですが。畑 そう思います。本当に嫌な社会になりましたね。何が嫌かって、たばこを嫌う人たちは、自分たちの正義を大上段に振りかざしてものをいうんです。自分のなかだけに正義をしまっておかないで、俺の信じる正義をおまえも信じろ、と押し付ける。信じないおまえは悪だ、とレッテルを貼って攻撃するわけでしょ。たばこの問題に限らず、そういう物の考え方をする人が時がたつごとに多くなってきていますね。僕は民主主義の風化であり、民主主義の害毒だと思っています。街中に設置されている屋外喫煙所=東京都港区の東京メトロ表参道駅前 昨年11月の新聞に「厚生労働省は庁舎の屋外喫煙所の利用時間を制限したうえで、喫煙後は遠回りをして、においを落としてから庁内に入るというルールをつくった」というニュースが載っていました。どう考えてもおかしいでしょう。こんなのは正義でも何でもないですね。でも現実にこれを正義と思う人がいる、ということなんです。他人の服についたたばこのにおいまで嫌だというのは、もはや受動喫煙の問題でもないわけですよ。個人個人の価値観を認めない、他人に対して不寛容な社会は民主主義ではない、と思います。――副流煙や受動喫煙の問題に関してはいかがですか。畑 副流煙による受動喫煙の害がどのくらいあるかですが、どうも科学的ではない、と思います。じつは以前にこんな教育番組がありました。妊娠しているウサギの鼻先に、たばこ10本をまとめて火を付けた煙を近づけて無理やり吸い込ませる。すると心拍数が上がる、という実験を医師がやっていたんです。何も知らない人が見たらなるほどと思うかもしれませんが、こんなの実験でも何でもないですよ。たばこの代わりにただの紙を巻いて火を付け、その煙を鼻先に近づけてウサギに吸わせてごらんなさい。心拍数が極端に変わりますから。生き物とはそういうものなのに、あたかも科学的な実証データかのように取り上げる連中がいるから困るんです。その教育番組を見たときは仰天しました。――医学に携わる人がなぜ、そんな非常識・非科学的なことに手を染めてしまうのでしょう。畑 医師になっても、博士号がないと開業したとき儲からない、と考えているのでしょう。博士号を取るためには論文を書かないといけない。たばこなら結論は健康に悪いと決まっているし、世間の通りもいい。審査に通りやすくて箔が付くからではないでしょうか。自己治癒力はバカにできない自己治癒力はバカにできない――最近では副流煙を吸い込む2次喫煙だけでなく、壁や床に染み付いたたばこの残存成分が大気中に放出されて健康被害を引き起こす3次喫煙の害なるものまで、テレビの情報番組で取り上げられるようになりました。もちろん科学的には何も立証されていません。畑 そんな害を立証できるわけがないですし、人の健康に影響するはずがないんですよ。だってこれだけ排気ガスを出す自動車が走るなかを人間は生きているんですから。仮に害のある物が体内に入ってきたら、それを自己免疫システムで防御しながら生きていくのが、いま生きている命という力強さなんですよ。――害を及ぼす可能性のある物はすべて遠ざけるというのは、生物として生きることを否定しているのと同じですね。他人との接触や付き合いも危険ですし、あらゆるウィルスや各種のリスクが怖くて街も歩けません。畑 僕は作家をしながらテレビ番組も制作して、時間に追われて仕事をしているうちに、39歳で胃がんになって胃の全摘手術を受けました。医師からは術後の抗がん剤治療の継続を勧められましたし、定期的に検診も受けてください、といわれました。でも抗がん剤はいっさい飲んでいないし、術後検診に行ったこともありません。もちろん医者の家に生まれて自分も医学部コースですから、近代医学は信じています。でも、個人の生き方として病気やケガをするたび医者に行くかというと、僕は倒れたときしか行きません。とにかく全部、辛抱して自分で治してきましたね。――気力で病気もケガも治すような感じですか。畑 気力って簡単にいいますけど、本当に気力があれば薬の100万倍効きますよ。気力をバカにしちゃいかんのです。生きる力というのは大したものですよ。 たとえば動物の咬み傷は深いんです。獣の咬んだ歯は骨膜まで通ります。一年の半分を海外ロケで飛び回っていた当時、体に常時200から300の咬み傷がありました。それをいちいち消毒していたら、それこそ消毒の作用にやられて体がもちません。だから咬まれたときは「咬んだか? よしよし」って動物の頭を撫でて、傷口はそのまま放置。そこから菌が入ってきたら、僕の気力と体が菌に勝てばいいんです。(横を向いて)僕の首から顎までを見てください。ここに熊の歯が入って、顎を割られているんですよ。顎を割られて口が開かなくて、3カ月間、歯医者に行けませんでした。寝ていると出血して枕が血だらけになって、目覚めると血を吸った枕が重たくなっていた。それを見て僕は、これだけ出血したら細菌は全部外に流れていっただろう、ざまあみろと(笑)。結局、医者に行かずに治しましたね。人間の自己治癒力ってバカにできないんです。一律の規制が文明を退化させる一律の規制が文明を退化させる――たばこのほかに畑先生が感じる社会の歪みとは。畑 最近はよく同一労働・同一賃金とかいうでしょう。やれ残業させちゃいかん、徹夜させちゃいかんとか。それではたして社会が成り立つのか、疑問に思いますね。同一労働・同一賃金が成立する社会なんて、チャップリンの『モダン・タイムス』の世界ですよ。昔の工場みたいに単純労働であれば同一労働・同一賃金でいいでしょうけど、たとえば作家の僕と大学を出たばかりの労働者が動物の話を書いて、同一労働で同じ原稿料を払いますか? 僕はできません。何いってんだ、って文句をいいますよね。 働き方に十把一絡げの規制を設けず、存分に好きなだけ働ける方向をめざしたほうがいいですよ。東京ムツゴロウ動物王国プレスレビューでスタッフや犬に囲まれる作家・畑正憲さん=東京・あきる野市――悪平等ですね。たしかに、おっしゃるように8時に始めて五時に終わる仕事ばかりでは世の中、成り立ちません。畑 でしょう。僕は大学を卒業して学習研究社(現・学研ホールディングス)の映像部門に入って、理科関係を中心にした学習映画の作製に携わっていました。入社してみるとその仕事が面白くって、とにかく新しい事をやりたい。「何か新しい事はありませんか」というと、上司が「じつは、こういう事をやりたいんだけど」といってくる。その一つが、接写でカエルの卵を微速度撮影する学習映画の製作でした。カエルの卵を極限まで接写して、卵が分割していく様子を微速度撮影で撮るんですよ。卵が分割し始めておたまじゃくしになるまで何日かかると思います? 21日かかるんです。それなら担当の僕が21日間、寝られないのは当然じゃありませんか。撮影を決めた時点で、わかり切っていることです。――一律に働き方を規制されるとやりづらい仕事です。畑 カエルの卵一つを撮影するために、0・01㎜の精度が求められる箱を作らないといけない。箱の中に特別な液体を入れて、きれいに撮像できるように光の位置をセッティングできる人間、卵に埃一つ付着しないように扱える人が必要なんですけど、代わりは誰もいない。世の中には代えの利かない仕事もあるってことなんですよ。――たばこに限らず、つまらない規制が増えました。畑 つまらない規制をするから社会に歪みが出てくる。そして規制すればするほど歪みが拡大するんですよ。この状況は明らかに文明の進化ではない。文明の退化であり、風化ですよ。人間は一人ずつ違っていて、才能も体力も違うし、仕事のやり方も違う。それをみんな一律にしようとするから、間違いが起こるんです。そんな社会に生きていて何が楽しいのか、と思いますね。はた・まさのり 作家。1935年、福岡市生まれ。東京大学大学院で生物を研究。会社員を経て著作活動を始め、「ムツゴロウさん」の愛称で親しまれる。77年に菊池寛賞、2011年に日本動物学会動物教育賞を受賞。関連記事■ 受動喫煙防止法は実現するのか■ 喫煙マークを東京五輪のレガシーに■ ネコはなぜ、人と生活するようになったのか?

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    屋内禁煙案 ゴールデン街の狭小店舗にも適用するのか

     他人のたばこの煙を吸い込んでしまう受動喫煙の防止強化を図ろうと、あらゆる施設で“屋内禁煙”を義務付ける新たな法案(健康増進法改正案)が国会に出されようとしている。 学校や病院、福祉施設や官公庁など誰もが訪れる公的な施設は、敷地内全面禁煙や屋内禁煙の徹底が厳しく求められていく方向だが、賛否が大きく割れているのは、飲食店やホテルなどサービス業に対する規制強化だ。 利用者自らが多様化するサービスを見極め、自分の嗜好に合わせて行くか行かないかを自由に選択できるのがサービス業の本質ともいえるため、飲食業界を中心に「公共性の高い施設とは大きく異なる。一律規制は相応しくない」と反発を強めている。愛煙家・嫌煙家ともに大切なお客さん。喫煙・分煙・禁煙の飲食環境は、あくまで事業者側の経営判断や、客層に応じた自助努力に任せるべきとの主張だ。 いまのところ、飲食店やホテル、駅・ビルの共用部分、電車内といった屋内については、四方を密閉したうえに煙を外部に排出できる「喫煙室」の設置は認められる予定だが、事はそう簡単ではない。 日々の売り上げ確保にさえ汲々とする中小の事業者にとっては、基準を満たす分煙装置の導入費用を捻出する余裕がない。そもそも、飲食店の中には店舗面積が狭く、とても喫煙室など置けるスペースがないところも多い。 2010年に全国で初めて受動喫煙防止条例が施行された神奈川県では、こうした中小零細業者の事情を汲み取り、床面積100平方メートル(30.25坪)以下の飲食店や700平方メートル以下の宿泊施設などは「特例施設」として、分煙または禁煙を“努力義務”にとどめている。同様の条例を築いている兵庫県でも、事業規模により分煙義務・努力義務を区分けしている。 仮に、今回厚労省が出そうとしている法改正に、神奈川や兵庫のような特例措置がつかなければ、中小事業者の多くが否応なく“屋内全面禁煙”に追い込まれることになる。東京・墨田区で小さな居酒屋を構える店主(52)は、「快適な喫煙スペースを設けた大手チェーンに客が流れるのは目に見えており死活問題だ」と憤る。 店の規模でいえば、この飲み屋街に喫煙室を設けるのも、まず不可能だろう。昔から著名な文化人やマスコミ関係者らのオアシスとなってきた「新宿ゴールデン街」だ。 カウンターに10人も座れば満員、3~5坪という狭小な木造店舗が約280軒以上も密集するゴールデン街。その一帯は、昭和の懐かしい佇まいを今に残し、酒とたばこをこよなく愛する常連客が集う。 ゴールデン街で「BARダーリン」を営み、新宿三光商店街振興組合の理事長も務める石川雄也氏(43)がいう。「いまは若者を中心に酒離れが進んだことや、たばこを吸わない人も増えましたが、ゴールデン街の光景は何も変わりません。好きな酒やたばこを嗜みながら、狭い店内で異業種のお客さん同士が顔を突き合わせて、生のコミュニケーションが生まれています。 最近は若いサラリーマンや外国人観光客の姿も目立つようになりましたが、やはりメールやSNSでは味わえないアナログ的な人と人との交流に刺激を受け、新しく常連になるお客さんも増えています」 現状、ゴールデン街では、店内禁煙を掲げる店舗はほぼない。店が極端に狭いため、煙がこもらないよう外に灰皿を設置する店があってもいいようなものの、そうした店も見当たらない。じつは、ゴールデン街では屋内よりも屋外禁煙が徹底されているのだ。「店先に灰皿を置くと、お客さんでもない人が集まってきて一斉にたばこを吸い始めてしまうでしょうし、火種が大きくなって煙が立ち込めている灰皿に店主が気付かなければ、それこそ火災の危険性も増します。 そのため、ゴールデン街では組合を通じて、たばこは基本店内で吸ってもらい、気分転換などで外に出て吸うお客さんについても、吸い殻は必ず店内で処理するように指導しています」(前出・石川氏) ゴールデン街は昨年4月、17店舗が燃える火災に見舞われたが、ホームレスの男による放火が原因で、むしろ、火の取り扱いには日頃から細心の注意を払ってきたという。 では、屋内禁煙を原則とする法案が通ったらどうするのか。小池都知事は、1月13日の知事記者会見で、ゴールデン街の文化に理解を示したうえで、〈それぞれ小規模のお店の方々については、その対応策について、東京都として何ができるかは研究をしていきたい〉としていたが、石川氏はただ困惑するばかりだ。「もちろん、こんな狭い店内に喫煙室を設けることはできませんし、かといって外で吸ってもらうこともできない。ましてやゴールデン街の店をすべて禁煙にするなんて……ちょっと考えられませんね」 新宿ゴールデン街で夜な夜な築かれてきた人間ドラマを語るうえで、どうしても欠かすことのできない酒とたばこ。その歴史ある飲み屋文化も、一律規制で薄らいでしまうのか。関連記事■ 6割税金のたばこ 意外と知られていない国と地方ダブルの税■ 豪のカップルが新婚旅行で新宿ゴールデン街に来た理由■ たばこ店店主 増税で大量まとめ買いした人に保存方法を伝授■ 禁煙に成功した夫 「歯ブラシ」と「フリーソフト」活用■ 禁煙外来での保険適用に必要な「ニコチン依存症判定テスト」

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    タバコはクルマよりも危ないらしい

    他人のタバコの煙を吸い込む「受動喫煙」によって肺がんや脳卒中などで死亡する人は、国内で年間1万5千人に上るという推計を国立がん研究センターが発表しました。車に起因する交通死者をも上回る驚きの数字ですが、このデータ、本当にどこまで信ぴょう性があるのでしょうか? 

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    「受動喫煙」説のいかがわしさを突く

    』(非売品、2003)84ページ。(46)前掲第二次たばこ白書、58─59ページ。(47)斎藤貴男「禁煙ファシズムに物申す!」(『中央公論』2008年1月号)。(48)前掲第三次たばこ白書、72ページ。(49)同右、84ページ。(50)繁田正子「肺癌検診関係者や日本肺癌学会はタバコとどう対峙すべきか」(『肺癌』49巻1号、2009)113─21ページ。(51)斎藤貴男『国家に隷従せず』(ちくま文庫、2004)164ページ。(52)禁酒法の歴史については Mark E. Lender and J.K. Martin, DrinkinginAmerica(N.Y,1987),岡本勝『禁酒法』(講談社現代新書、1996)を参照。(53)『インテリジェンス・ウイークリー』10年3月22日号(出典はGentlemen QuarterlyFeb. 2010)(54) 前掲宮田、193ページ。原典:秦郁彦『病気の日本近代史』(2011年・文藝春秋刊)第七章「肺ガンとタバコ」。なお、原著の記述は2009年前後のデータに基づいているため、著者の了解を得て最新データに変更しています。

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    喫煙主因に年600万人死亡! 世界に広がる禁煙の波

     長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト) オーストリアの次期大統領に選出された「緑の党」前党首、アレキサンダー・バン・デ・ベレン氏(72)は愛煙家で知られている。同氏の歯は長年の喫煙で黄色くなっている。同氏がホフブルク宮殿の大統領府の主人となることが判明すると、大統領府は早速、大統領専用の喫煙室を設置する計画を進めているという。 環境保護を党綱領の最初に掲げる「緑の党」出身者が愛煙家という事実について、「言行不一致の典型的な例だ」と声を大にして詰問するつもりはないが、やはり少々まずい。  先月31日は‘World No Tobacco Day'だったが、国連の情報によると、年間、世界で600万人がタバコ、喫煙が主因で死亡しているという。喫煙する人の健康だけではない、その周囲の家族や子供たちの健康にも悪影響(受動喫煙)を及ぼすことは医学的にも知られていることだ。   当方は冷戦時代、多くの反体制派活動家と交流してきた。その一人、チェコスロバキア(当時)のバスラフ・ハベル氏は反体制派活動家で通算5年間、刑務所生活を体験し、民主化後、大統領に選出された人物だ。そのハベル氏は1日2箱のタバコを喫煙していた。残念な事実だが、同氏はその後、肺疾患で亡くなった。長年の喫煙が原因だったことは間違いないだろう。  また、中国の著名な反体制派活動家の魏京生氏は文字通り、ヘビー・スモーカーだ。休みなく紫煙を上げていた。当方がウィーンで同氏とインタビューした時も、煙の隙間から同氏の表情を伺ったほどだ。同氏は通算18年間、収容所生活を送っている。  ハベル氏と魏京生氏は、国は異なるが刑務所生活を体験している。喫煙以外の楽しみがなかった。多分、彼らは紫煙の行方を追って慰めを感じていたのだろう。当方は彼らの喫煙癖を批判できる資格はない。 バン・デ・ベレン氏の場合、父方の先祖はオランダ人だったが、モスクワに移住した。しかし、1917年、ロシアにボルシェヴィキ政権が誕生すると家族はエストニアに亡命。エストニアが1941年、旧ソ連共産政権に併合されると、ドイツに逃げ、そこからオーストリアのウィーンに亡命した。しかし、ウィーンにも旧ソ連赤軍が迫ってきたため、チロルに逃げている。  第二次世界大戦終焉直前に生まれたバン・デ・ベレン氏がいつ頃から喫煙するようになったか知らないが、「大統領府に入ったら、喫煙を止める考えはあるか」という記者たちの質問に返答をぼかしてきた。やめる気はないのだ。  バン・デ・ベレン氏は亡命者家族の息子として身につけた世界観、人生観と同様、喫煙癖も最後まで捨てられないだろう。同氏は大統領選で勝利が決定すると、「ホフブルク宮殿の主人となった以上、全ての国民の大統領を目指す。『緑の党』の党員から離脱する」と述べている。環境保護の政党「緑の党」の看板を背負っていると、大好きな喫煙を楽しめられないからでないか。  アイルランドが2004年4月、欧州で初めて禁煙を決定したのを皮切りに、他の欧州連合(EU)の加盟国も次々と禁煙に乗り出してきた。いずれにしても、愛煙家を取り巻く環境は世界的に厳しくなってきている(「紫煙の行方」2006年11月30日参考)。   72歳のバン・デべレン氏に今更禁煙を強いることは酷だが、国民の模範という大統領の立場から、若者たちが集まる場所での喫煙は控えて頂きたい。                                                          (長谷川良ブログ 2016年6月3日 ウィーン発「コンフィデンシャル」より転載)

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    毛沢東も鄧小平もヘビースモーカー がんは病気よりお金が怖い!

    河原ノリエ(東京大学大学院情報学環・学際情報学府 特任講師) 中国郊外の農村にがん予防活動に入りはじめて、10年以上の歳月が流れた。  戦前に満州で満鉄関連の事業を行っていた父の足取りを辿っていくうちに知り合った方がたとのご縁のなかで、細々と続けてきた活動である。  中国のがんは急増しており、中国政府もその対策には苦心をしている。がん予防啓発活動とともに、日本同様早期発見、早期治療のスローガンのもと、がん検診を、農村部においても展開している。特に、乳がん健診には力をいれ、日本における地域の婦人会にあたる婦女連合会のネットワークなどを利用して、無料で各地で行われている。 しかしながら、その受診率はかなり低い。 「どうして無料なのに行かないの?」村の女性にきいてみると「だって、検診でがんがみつかったら怖いもの」早くみつかれば、と早期発見、早期治療の話をすると「だってがんになって、生き延びているひと、みたことないもの」そう言って、彼女は首をすくめた。  「がんになって、手術したって、どうせ死んじゃうのに、病院で高いお金をとられてしまう。そのお金、家族に残してあげるほうがずっといいでしょ」そう言う年配の女性は、もし運悪くがんがみつかったら、どうせ助からないのに家族がほっておけずに、自分のためにできる限りのことをするだろうから、絶対にがん検診になんか行かないと言う。  がんになっても治療したってどうせ死ぬのに無駄だからと、まわりの村人も口々に話す。最近村で、がんがみつかって、手術をしたひとが、結局その後治療費用が続かず、早々に退院して、その後どんな悲惨な最期であったかということ。そしてその後どれほど、残された家族が経済的に困窮してきたかということ。人々は、まるで見てきたことのように熱く語りはじめた。  がん患者の経済的問題は日本においても深刻な事態となっている。ましてや社会保障制度が徐々に整備されているとはいうものの、がん治療費用への公的カバー率の低い中国においては、その実像は推し量ってあまりある。  近隣の病院に勤める医師は、「中国も、医療技術が発展してきており、海外の学会などの発表では、治療成績もずいぶんあがったようにみえているかもしれないけど、それは北京や上海の病院でのことで、お金に糸目をつけない富裕層が大都市の有名病院に集中して治療を受けた結果にすぎない。農村のひとたちはほとんどが、がんを怖がり、見つかったときは手遅れで、大多数の中国全土の病院においては、がんはまだまだ死病なんです。」そう力なくつぶやいた。  たしかに日本においても、ほんのしばらく前までは、がんは不治の病であった。  がんサバイバーたちの元気な姿が全国各地で見られ、「がんは、もう治る病気になりました」そんなことを言えるようになったのは、つい最近のことだ。それはがん医療の急速な発展とそれを国民全体が享受できる国民皆保険制度という礎があったからこそである。  中国においては公的医療保険のカバー率が9割を超えたとはいうものの、その実、がん治療においてはそのかなりの部分が自己負担になっているのが現状である。早期発見、早期治療すれば、もうがんは治る時代になったからと言えるのは、中国では、がん医療の発展の恩恵にあずかれる一部のひとのための言葉にすぎない。それゆえ人々にとって、がんという病は、日本で我々が考えるより、もっと恐ろしい病なのである。  年に数回この村を訪れ、健康講座を開催している。このがん予防啓発活動にも、実は、村のひとたちは、がんになるのは運みたいなものだからと、参加してくる。タバコの害について聞いても、毛沢東も鄧小平もヘビースモーカーだったけど、長生きしたよと言いながら、「がん予防なんてほんとかどうかわかんないけどさぁ」といいながら、参加する。がんになったら運命とあきらめるしかない  その心根には、がんになったら運命とあきらめるしかないということなのだ。生活習慣の改善によって、其のリスクを減らすことができると伝えても、がんといったとたん、その聞く耳を閉ざしてしまう。こわいのだ。なかなか、わかってもらうことは難しいのだが、村の医師とともに、一日の塩分摂取量は6グラム以下にする必要があるのに、村の塩分摂取量は平均12グラムであることを伝え、がんは運命ではないからと健康的なメニューの紹介をする。  「はるばる日本から、よくまあいつも来るね。」そういつもの軽口をたたくおばさんが、「あなたに免じて、今度の検診いってみるよ」そう笑いながらいってくれた。  昨年9月25日、ニューヨークの国連本部で、期限を迎える「MDGs(国連ミレニアム開発目標)」に代わる「SDGs(持続可能な開発目標)」が全会一致により採択された。  健康課題は持続可能な開発結果として認知され、そのなかの目標のひとつである Universal Health Coverage(UHC)は、途上国のみならず、先進国にとっても共通課題として設定された。  UHCとは、全ての人々が質の担保された保健医療サービスを享受でき、サービス使用者に経済的困難を伴わない状態を指す概念である。その実現には、まずはその国の経済成長が前提であり、遠い道のりがあることは事実である。  「がんになったら、病気よりお金のことが怖いから」そうつぶやく村の人々に、他国のわたしがいまやり続けることができることはほんとうにささやかなことにすぎない。  先日の健康講座では、塩分講座のあとに、零下30度近くになる冬を乗り切るため、ハンドマッサージの講習会を開いた。相手への思いやりを込めてペアになってハンドマッサージを教えた。家にかえって家族でやってもらう。健康なくらしの方策として家族同士の触れ合いによってお互いの健康状態をいたわりあおうという趣旨だ。コミュニケーションが健康に繋がること、医療資源ってお金だけじゃない。ひとがひとを想い気遣う繋がりが、思いがけない力になることだってある。  「がんになるのは運命ではないから、くらしのなかで、気をつけましょう。くらしのなかで健康に留意しないとがんのリスクがあがり、病気になればお金もかかるので、貯金するとおもって、健康的なくらしを心がけよう。」  がん医療とお金については、今後も大きな課題となっていくが、ひとびとが、いまの暮らしの中で受け入れられる形で、メッセージを伝え続けるしかない。  またこの長い冬があけたら、あの村を訪れたいとおもう。(この記事は2016年01月19日「先見創意の会」コラムより転載しました)

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    健康だの清潔だのと騒ぐのは〝ほとんどビョーキ〟だよ

    山本晋也(映画監督)撮影 淺岡敬史吉永小百合と刑事コロンボ ぼくらが幼い頃、親父といえばタバコの匂いがするものでしたよね。日本映画を観ていても、1960年、70年代くらいまではお父さんたちやサラリーマン連中はみんなタバコを吸っている。飲み屋のママさんなんかも粋に吸っています。淡路恵子さんなんて、タバコが実によく似合う方でしたね。あの頃の女優さんでタバコが似合わないのは吉永小百合さんくらいだったんじゃないかな。彼女が演じた『キューポラのある街』のあの清純な少女がタバコをくわえていたらおかしい(笑)。 逆に、クリント・イーストウッドや刑事コロンボが葉巻をくわえていなかったらサマになりません。コロンボなんて、鑑識が働いているのを横目で見ながら殺人現場で葉巻を吸っている。あんな警察官、いないと思うよ(笑)。でも、それがキャラクターとして決まっているんだね。 ぼくはNHKの朝ドラ『私の青空』(2000年)に築地の氷屋の社長役で出演していたことがあるんだけど、「こういうオヤジだったら、こういうときにタバコ吸うんじゃない?」ってディレクターに言ったんです。気に入らない客が来たときに、タバコに火を点けて相手の顔を見ながらすぐにもみ消す。「わるいけど忙しいんだ、帰ってくんねえかな」というセリフがそこで生きる。吸い方一つで性格まで表現できるタバコは非常にいい小道具なんです。 それが、いまテレビドラマでは喫煙シーンはまず出てこない。主人公がタバコ吸っているのはどういうわけだって、すぐ抗議の電話が来るから。いまの世の中、クレーマーだらけだしね。そりゃあ民主主義の国だから、どんな意見があったっていいけど、問題になるような脚本(ホン)のほうが世の中にアピールするから商売にもなるでしょう。ドラマ一本で一般常識をひっくり返すようなことだってできる。何か問題が起こったら困るからって、無難なものばかりつくっていても面白くないと思うけどね。テレビの人間もサラリーマン化してしまっているのかもしれないけど、そういう人はあまりクリエイティブな仕事には携わらないほうがいいよ。 喫煙所に行くと半数近くは女性ですね。昔はタバコを吸っていることを知られたくないっていう女性が多かった。社会でバリバリ活躍する女性が珍しかった時代は、タバコを吸っていると、いいところのお嬢さんじゃなくて、水商売の女のように見られるっていう、差別みたいなものがありましたからね。 当時、タクシーの運転手から聞いた話だけれど、丸の内のOLが乗って来て、東京駅周辺をグルッと一周してくれって言うんだって。そのあいだにタバコを一服して、それですました顔でまたオフィスに戻っていく。タバコ一本吸うのにワンメーターちょっとの料金を払うんだ。男女雇用機会均等法(1986年施行)の前のことだけど、いまのタバコ代に匹敵するくらい高くついたでしょう。でも、いまはタクシーもほとんど禁煙だから、もうこの手は使えないね。日本は平和だよ日本は平和だよ 今年(平成27年)のタバコの予想税収は2兆940億円ですよ。一方、防衛費は5兆911億円だから、軍事予算の半分弱をタバコの税金でまかなっている計算になる。日本は平和だってことですよ。 そういう数字の比較で言うと、ぼくらが昔やっていた深夜番組『トゥナイト』(テレビ朝日。1980~94年、『トゥナイト2』94~02年)で取り上げた話題だけれど、ラブホテルの一日の売り上げは10億円だった。そうすると月に300億、一年に換算すると3兆6千億円になる。当時の日本の防衛費はそれより少なかったんです。これこそ世界に冠たる平和国家の証明ではないかというわけ。要するに、裏通りにひっそりと並ぶラブホテルと、狭い喫煙所に閉じ込められて肩身の狭い思いでいる喫煙者が日本経済と国防を支えている(笑)。 たとえばタバコ一箱が430円だとすると、そのうち64%の276・73円が税金だっていうんだ。細かく言うと、その税金の105・24円が市区町村のたばこ税、122・44円が国のたばこ税、17・20円が都道府県のたばこ税、消費税が31・85円。税金をさっぴくと、タバコ自体の値段はたったの153・27円にすぎない。「好煙権」運動があってもいい だから、各自治体は「区(市)の重要な財源ですからタバコは地元でお買い求めください」なんてPRしています。そのくせ、たとえばいまこの場でもタバコは吸えないでしょう。千代田区みたいに、路上全面禁煙だとか、立ち止まって吸うのもダメだとかって区もある。軍事予算の半分近い税金を取っておきながら、失礼きわまりない。そういう区には行きたくないね。 ぼくの住んでいる中野区では、駅のまわりでもちゃんと喫煙エリアを決めていますよ。吸う人と吸わない人の住み分けを図っている。全車両禁煙なんて列車もあるけれど、新幹線には狭いけれど一応、喫煙スペースはある。要は喫煙者がマナーを守ればいいだけの話で、まさか山手線のなかで吸うバカはいないんだから。 法律の勉強をしていた大学時代の友人で、わざわざ裁判を起こしたやつがいました。自分がいずれ検事だか弁護士になるんだから裁判というものを体験しておきたいというので、わざと立小便をして警察官につかまって、法廷で争ったんです。生理的にがまんできなかったので、物陰でした。大衆の面前でしたわけではないのになぜいけないのかって主張して、結局、裁判に勝ったんです。 だからぼくも、千代田区で堂々とタバコを吸いながら歩いてみたい(笑)。つかまったら最高裁まで争う。あくまで法律に則って、喫煙に対して最高裁がどういう判断を下すか。法治国家ですからね。まさか「健康に悪いから有罪」とは言わないでしょう。 国の最高機関である国会にだって喫煙室はあったはずですよ。議員会館にもね。それでいて庶民のささやかな嗜好品にとんでもない税金をかけて、禁煙区域をどんどんふやしている。ぼくが政治家になるとしたら、その問題を徹底的に追求しますね。 社会の害悪のように言われながら、一言も文句を言わない喫煙者もおかしいよ。自分でもわるいと思っているのか、逆に、何と言われようが、タバコが一本一万円になろうがおれは吸うんだとか、タバコのために稼いでいるんだとか居直るのだって、肚の中では自分たちは世の中の人たちに迷惑をかけている存在なんだと漠然と思い込んでいるんじゃないかな。「嫌煙権」があるって言うのなら、タバコを吸う人間は「好煙権」運動を起こしたっていいはずだけどね。マッカーサーのコーンパイプマッカーサーのコーンパイプ 葉巻とかパイプとか、ぼくも一時やったことはあるけれど、いちいち手間がかかるものですね。あれは、食事のあとで、男たちだけでゆったりくゆらしながら大人の会話を楽しむ、そういう非常に高尚な嗜好品の一つなんだな。 江戸時代の人間は、煙草入れを粋に帯に差して、煙管や煙草盆だけでなく、根付のようなものにまで凝って、美術品の域にまで高めた。喫煙という趣味の世界が文化になっているんです。 そこまで手間暇かけて、凝りに凝ってタバコを吸うということは、喫煙という習慣に何かしら人の心を引きつけるものがあるからだと思うな。何かと言えばタバコは体に悪いというけれど、ニコチンが体に及ぼすプラスの効果だってたぶんあるはずですよ。 荒野を旅するカウボーイが、小さな宿場町に着いて、馬の蹄鉄を替え、水と餌を与えておいて、自分はバーで一杯キューッとひっかけて煙草を吸う。長旅をしてきた男にとって、いかにも至福のひとときという感じがします。喫煙所はコミュニケーションの場。居合わせた若い女性に火を借りる 表現の自由があるんだから、嗜好品の自由だってあっていいはずでしょう。その人の幸福を追求する権利といってもいい。何か一仕事したあと、たとえば原稿を書き終わったあとの一服がなんとも言えないという人の喜びを法律で奪ってしまうというのは、もはや恐怖政治ですよ。 すごく印象的だったのは、日本が負けて、マッカーサーが厚木に降り立ったシーンです。あのとき彼はコーンパイプをくわえていた。あのパイプが、日本の敗戦を象徴しているような気がしました。タバコと分かちがたく結びついている、記憶に残る場面もあるわけです。そういう歴史とも深いかかわりを持っている嗜好品を禁止することに、果たしてどんな意味があるのか。何のために止めさせようとするのか非常に疑問を感じますね。善良な喫煙者たち ぼくは東京育ちだから、1960年代、70年代の排気ガスやスモッグの大気汚染のなかで生きてきたわけです。タバコより自動車の排ガスのほうがよっぽど体に悪いんじゃないか。東京に住んでいる人間は、タバコを吸わなくたって、街の空気を吸っているだけで少なくとも田舎の人たちよりはるかに大きなハンデを背負っているはずです。だけど、そんなことはまったく問題にしないで、タバコの煙だけが他人に迷惑をかけていると非難される。 人類が宇宙ステーションをつくる時代に、たかがタバコごときでここまで非難される理由が知りたい。喫煙者は非喫煙者に対して本当に毎日迷惑をかけているのか。東京都の空気を汚し、日本全土を汚し、アジアを汚し、地球を汚しているのか。 ボロボロになった肺の写真をパッケージに印刷している外国タバコなんかがあるでしょう。吸っていると、おまえの肺もこうなるぞという脅しだよね。気持ちが悪くて食欲もなくなる。でも、不思議なのは、タバコを吸わなくたって肺ガンになる人が増えているってことです。タバコが害になることが医学的にも社会的にも論理的にはっきり証明されたのならともかく、ほとんど感情論なんだよね。なんであれほどタバコだけを目の敵にするのか不思議でしかたがない。いつからこんな風潮が生まれたのかなあ。嗜好品を嗜む権利はあるが、他人に対してそれをダメだという権利はないと思うんだよ。 でも、喫煙者はそれを主張しないで、「わかったよ、嫌いなんだろタバコが。あなたたちのいないところで吸うよ」とジッと耐えている。そういう非常に善良な人たちによって喫煙文化というものが守られているんですね。北朝鮮のセブンスター北朝鮮のセブンスター 逆に言えば、見ず知らずの間柄でも、相手が愛煙家であることがわかると、「ああ、あなたもタバコお吸いになるんですか」なんていう感じで友だちになれる。 このあいだ仕事でマダガスカルへ行ったとき、通訳にこの国でいちばんいいタバコを買ってきてくれと頼んだんです。そうしたら一本だけ持って戻ってきた。何で一本だけなんだって文句を言ったら、「いやー、一箱は売ってないんですよ」と困った顔をする。いったいどんなタバコ屋なんだと見に行ったら、おばちゃんが小さな屋台でバラ売りしていた。なつかしくってね。日本にもそういう時代がありました。タバコの葉を一本一本巻いて売っていて、紙は薄くて丈夫な辞書の紙(笑)。終戦直後の闇市では、吸い殻をほぐして巻き直して売っていた。 北朝鮮でも、やはりバラ売りしていましたね。番組の取材で12年くらい前に初めて北朝鮮へ行ったとき、民衆の本音が知りたいから、偉い人たちの送迎の時間待ちで、運転手たちが四、五人しゃがんでタバコを吸っているところへ行って、本物のセブンスターをあげたら、もう大喜びでね。北朝鮮にはセブンスターはもちろん、外国タバコはだいたいなんでもあるんだけど、みんな北朝鮮製のニセモノで、実にいいかげんなものなんです。それを一本ずつバラで売っている。本物のセブンスターはとても貴重品だから、すぐには吸わないで、本当に大事そうにしてね。それがすごく切ない感じがして、こっちは免税店でいっぱい買って持っているんだから、一箱やるよってポケットにいれてやると、本当にうれしそうな顔をして、いろいろしゃべってくれたんです。将軍様がどうのこうの、あれは実のところはこうなんだとかって。 だからずいぶんいろんなことを聞き出したんだけれど、日本のテレビ局のほうが、拉致問題の関係とかいろいろあるからそれはマズイって言い出して、番組では流せなかった。 そういう意味では、タバコは国や人種を超えて人と人とのコミュニケーションのツールになるんですね。一本二本とバラでタバコ買って吸っているような貧しい国では、タバコ一箱であんなに喜んでくれるんだから、こっちだってうれしくなる。嫌煙家はそういう人たちにも「タバコは迷惑だからやめろ」というつもりなんだろうか。 理屈じゃない、タバコ吸うやつはくさいからいやなんだっていう人がいるけれど、それは子供のいじめと同じだよ。じゃあお前とおれとどっちがくさいか、科学的な検査を受けて調べてみようかと言ったことがある。 そういうことを言い出したら、外国人には本当に体臭の強い人たちがいるからね。日本を訪れる観光客がどんどん増えているらしいけれど、まさか匂いで人種差別するつもりじゃないだろう。それは日本人の品性、道徳、あるいは文化水準にかかわる問題だよ。モスクの「清潔」さ 日本人は度を過ぎた〝清潔病〟にかかっているんじゃないかな。女の子は起きたら朝シャンといってすぐ髪を洗う。三十代くらいのサラリーマンでも、起きて体にシュッシュッと芳香剤や消臭剤をふりかけて、電車を降りてまたふりかけて、会社で一回は下着を替えるなんて連中がいる。あれは一種のビョーキだな(笑)。 テレビでも殺菌剤だとか消臭剤だとかのコマーシャルをしょっちゅうやっています。「ベッドにも風呂場やキッチンにも実はこんなに雑菌がいます」なんて、すごく気持ち悪い映像を流している。あれも一種の脅しだよ。このあいだ家の近くに新しいドラッグストアができて、行ってみたら、棚いっぱいに男用の芳香剤だか消臭剤が並んでいた。そこまで匂いを気にするというのはどういう神経なんだろうね。 子供の頃、寝転がっているところへおばあちゃんやおふくろが通ると、かすかにナフタリンの匂いがしたりしてね。箪笥の奥にしまっていた冬物を出すと、防虫剤のナフタリンの匂いが移っているから。ああ、そろそろ衣替えか、季節が変わったんだなとそれで気づく。懐かしいね。情緒ってものがあったよ。そういう生活の匂いまで消したいのかなあ。 毎日風呂に入って石鹸で体を洗うのは肌によくない、年をとってから肌が荒れて取り返しがつかなくなるって医者に言われたことがあります。 イスラム教徒の礼拝堂で、モスクっていうのがあるでしょう。昔は、モスクって不潔な場所なんじゃないかと思っていた。だって、絨毯の上は裸足で歩くしさ、礼拝する時には赤の他人の尻と足の裏が目の前にあるんだからね。それで水虫かなんかだったらたまらないよ。だけど、アラブ世界には水虫はないんだって。それに、モスクに入る前に水で足を洗うから清潔なんです。水だけで、石鹸なんか使わないんだよ。  ぼくがイスラム圏でモスクに行ったとき、靴と靴下を脱いで上がっていったら、そこにいた爺さんに、足を洗えと言われてね。素手で足を洗ったことありますか? 妙なものですよ、水だけで、石鹸も何もつけないで手で足を洗うのは。考えてみると、人生で初めての経験だった。でも、それで十分なんだ。 水虫がないっていうのは、アラブの人たちって草履みたいなのをはいているでしょう。水虫を砂漠の砂で殺菌しているのかと思ったら(笑)、彼らに言わせれば、われわれは靴を履くから水虫になるんだって。 もし日本人にモスクに行く習慣があったら大変だよ。朝、風呂に入ってさ、体中に芳香剤をふりかけて、モスクに入る前には足に石鹸つけて洗って、除菌作用のある消臭剤をスプレーして上がって行くだろうね。だけど、アラブでは水で足を洗うだけでいい。そんなものなんだよ。「清潔」という病「清潔」という病 嫌煙権って、タバコに害があるかどうかなんて実はどうでもよくて、本当のところは日本人の異様な潔癖性が言わせているんじゃないかなあ。煙がどうのこうの、肺ガンになるだのなんのと主張する作戦を考えたヤツが悧巧(りこう)だったんだよ。 タバコの匂いがいやだ、煙がいやだ、壁に汚いヤニがつく。とにかく自分の身の周りにはいっさい異物は寄せ付けない、無菌状態でいたいという異常な……、もう潔癖症を通り越して清潔病にかかっているんだろうな。それが当然のことだと思っている自覚症状のない〝病人〟にとっては、タバコが眼前の敵なんでしょう。 ぼくら喫煙者は、そういう人々に囲まれて生きているわけですが、ぼく自身は品位や品行に欠けるどころか、千年以上の昔から人々が伝えてきた嗜みをいまも守り続けている、由緒ある血筋とDNAを持った人種であると思っています。 だから、嫌煙家はみんなビョーキなんだと考えるしかない。匂いに敏感すぎて、潔癖すぎて、体外に自然に排出されるものだけでなく、必要なものまで削り落として、一日中体を消毒している、そういうかわいそうな人たちなんです。 ビョーキのおれが言うんだから、まちがいありません(笑)。  やまもと・しんや 1939(昭和14)年、東京都千代田区生まれ。63年、日本大学芸術学部演劇学科卒業。翌年、岩波映画製作所で羽仁進氏に師事して助監督となり、65年「狂い咲き」で監督デビュー。「未亡人下宿」シリーズで一躍脚光を浴び、60年代から70年代にかけて約250本の作品を手がけた。テレビ朝日の深夜番組『トゥナイト』『トゥナイト2』に21年間出演し、性風俗に関するルポタージュが後のライフワークに。エイズ問題に関心を持ち、90年代以降はボランティア活動を積極的に行っている。テレビ・ラジオ番組で活躍中。最近著に『カントク記 焼とりと映画と寿司屋の二階の青春』(双葉社)。

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    禁煙について考える 世界禁煙デーと日本の禁煙の現状

    (THE PAGEより転載) 5月31日が「世界禁煙デー」だと知っていた方は、どのくらいいらっしゃるでしょうか。世界中でタバコ使用を効果的に減らすことを目的に、世界保健機関(WHO)が1989年に定めたものです。それに伴って、日本では厚生労働省が1992年より5月31日から6月6日までの一週間を「禁煙週間」としていますが、テーマは「たばこによる健康影響を正しく理解しよう」という緩やかなもので、今後10年間で行政機関と医療機関での受動喫煙をゼロにすることを目標にしています。(対照的に世界保健機関のテーマは「タバコの宣伝、販売促進活動、スポンサー活動を禁止しよう」という直接的なものです。) 「世界禁煙デー」の当日、厚生労働省などによって開かれたイベントでは禁煙大使に任命されたというプロゴルファー東尾理子さんのトークショーなどが行われました。一方、この日の横浜駅周辺では、いつものように喫煙所には人が集まり、禁煙ムードというような雰囲気は見られませんでした。横浜駅だけでなく、さまざまな場所でもいつもと変わりなく、喫煙所には人が集まっていたのではないでしょうか。 ファイザー株式会社の『日本全国のニコチン依存度チェック2012』によると、最近あなたの身の回りでタバコを吸いづらいという雰囲気を感じるか、というアンケートに対し、強く感じると答えている人は2012年の調査で22.4%です。しかしこの数字、2010年には29.9%、2008年には32.9%でした。果たして禁煙はブームなのでしょうか。また、そもそも「ブーム」と捉えることに問題はないのでしょうか。 実際の喫煙率の推移を見てみると、1972年に男性の77.6%、女性の15.5が喫煙していたのに対し、2012年は男性は32.7%、女性は10.4%と、30年で大幅に減っています。(JT『全国喫煙者率調査』) その反面、「禁煙をする気はない」、あるいは「禁煙できない」、という層もいまだ厚く、そういった愛煙家によって、たばこ税は度重なる増税にも関わらず、コンスタントに年間2兆円を越える税収があると財務省は発表しています。世界禁煙デーに合わせ、講義を受ける中国の生徒。マスクを着けて呼び掛け?=2015年、中国・首都北京市(ロイター) ちなみに、タバコの税率は、定価の約64.5%、410円のタバコのうち264.4円が消費税を含む税金となります。ビールは42.9%、ウィスキーは24.5%ですから、かなり高い水準と言えます。急激なたばこ増税に反対する日本たばこ産業株式会社(JT)は、「日本のタバコは税構造と物価によって価格が安くなっているが、税率が低いわけではない」、としています。確かに欧米のたばこ税は小売価格の15%~50%程度に従量税を併課する国がほとんどで、日本の税率は高いといえそうです。世界ぐるみの禁煙ムードの中、1999年以降、M&Aで多角化とグローバル化を進める日本たばこ産業は、海外での基盤作りを進めて業績を伸ばしています。 禁煙デー、禁煙週間を前に、ファイザー株式会社は「禁煙は禁煙外来へ。約3ヶ月の禁煙治療で 合計2万円以内です。」という広告を打ちました。前述の調査によれば、医療関係者に相談したことがないという喫煙者は、全体の92.7%(9400人中)に及びます。しかし、病院で禁煙治療を受けられることを全く知らない、と答えているのは1.7%に過ぎません。つまり、ほとんどの喫煙者が、治療の存在を知りながら、行動を起こしていない、ということになります。 一方で、タバコ価格が1000円になれば93.6%が禁煙すると答えています。厚生労働省は、増税の理由を「国民の健康の観点から消費を抑制するためだ」と言っていますが、その厚生労働省が科学研究費補助金を出す研究では「たばこの価格を1000円に上げれば税収は跳ね上がる」という試算も行っています。 愛煙家、嫌煙家だけでなく、日本たばこ産業や医療機関、行政に至るまで、様々な意見や思惑、数値が飛び交うタバコ問題ですが、それぞれの目的にズレがあるため、なかなか噛み合わない状況が続いています。具体的な受動喫煙による被害についての報道が少ないことや、「禁煙は愛」という抽象的なメッセージが、なかなか伝わりにくいこともあるかも知れません。ニコチンに中毒性があることから、倫理的な見方だけでは解決できないという問題もあると思います。タバコ問題だけではないですが、まずは自分自身の意見や意志をちゃんと考えて確認することが必要なのではないでしょうか。 (矢萩邦彦/studio AFTERMODE)矢萩邦彦(ジャーナリスト/アルスコンビネーター)  教育・アート・ジャーナリズムの各分野を結合する日本初のアルスコンビネーター。一つの専門分野では得にくい視点と技術の重要性を、現場で実践しつつ説く活動に従事。1996年より予備校でレギュラー授業を持ちながら、全国で私塾『鏡明塾』を展開。小中高大学でも特別講師として平和学・社会学・教育学を中心に講演多数。代表取締役を務める株式会社スタディオアフタモードからは若手ジャーナリストを育成輩出、自らも2012年ロンドンパラリンピックには公式記者として派遣された。多分野の越境統合を目指して設立したスタディオアフタモード総合研究所では教育学・社会学・医学を中心に大学との共同研究も行っている。

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    国際基準に遅れるニッポン 都庁は喫煙パラダイス

     おときた駿(東京都議会議員) 昨年の夏、東京五輪開催に向けて受動喫煙防止条例の制定に強い意欲を示していた舛添知事ですが、議会内の与党勢力に配慮をしてかなりトーンダウンをしているようです。 実は昨夏、舛添都知事が条例制定に意欲を見せた途端、都議会自民党は意見書を提出・プレス発表し、要は、「分煙の取組みは順調に進んでいるのだから、このまま分煙でやるべし」、 「一律に屋内禁煙にするなどもってのほか!関係者からヒアリングして慎重に行うべし」という、舛添知事に対する強烈な牽制球を即座に投げていたのです。 この機動力には目を見張るものがあります… しかしながら、我が国の受動喫煙に対する対応は、国際基準と比較して遅れに遅れています。 世界各国の潮流をみると、G8で屋内施設が禁煙でないのは日本だけであり、いわゆる先進国、G20の大半を含む全世界44か国がすでに屋内禁煙を実現しており、我が国の受動喫煙に対する意識の低さと対応の遅れは明らかです。 特に五輪に関連しては、IOCが「スモークフリー・オリンピック」の方針を打ち出して以来、すべての開催国または開催都市で『罰則規定付の法律・条令』が定められています。  しかしながらここ東京都では、いまだに屋内禁煙はおろか、分煙すらも徹底されておりません。その際たる例が実は、政策決定をしている都庁及び都議会議事堂です。 多くの高層ビルが屋内完全喫煙を実現する中、東京都の象徴である「都庁」の建物内は喫煙者パラダイスです。数は以前に比べて減ったそうですが、多数の喫煙所が設置されています。 都庁の第一本庁舎3階。渡り廊下があり往来が激しく、「都民情報ルーム」もあって多くの都民の方が訪れる場所に、仕切りもなく開け放たれたこんなに開放的な喫煙室があります。当然、外に煙がダダ漏れしているデータが検出されます。PM2.5濃度が「25」前後の数値を超えると有害と言われています。 第一庁舎と第二庁舎を移動するには一度屋外に出ることになりますが、 明らかに人がすぐ横を通るところに無配慮に喫煙所が。風が吹けば、タバコの煙は来庁者を直撃です。都庁内に複数ある喫茶店(一般利用可)も、時間帯によっては喫煙が可能になるところが多数。高層階のため窓も開けられず、目に見えて煙が漂っていました。 特に前者の、狭いカフェは数値が200を超えており、非常に劣悪な環境と言えます…。 一方、都庁の正面にある「都議会議事堂」はどうかというと、これがもう喫煙者天国を超えて、喫煙者ユートピアです。 なにせ、廊下などの公共スペースと本会議場を除き、委員会室・会議室・控室などは全面喫煙可。ご丁寧にすべての部屋に灰皿があります。 さらにさらに、建物内には複数個所タバコの自動販売機があります。今どきビルの中にタバコの自販機があるところなんて思い当たらないんですが、都議会議事堂以外にあるんでしょうか?私が非喫煙者なので、見落としてるだけ?受動喫煙を完全に防げない分煙はダメ 一昔前は委員会中でもタバコを吸う議員さんがいたそうです。  今はさすがに減り、常任委員会によっては最初に禁煙を取り決める場合もありますが、議連などの打ち合わせでは普通にタバコを吸う方は複数いらっしゃいます(見ましたから)。 喫煙をされる議員には期数を重ねた「大物議員」が多く、そうした方々が力を持って都議会を牛耳っているわけですから、東京都で屋内禁煙実現などは夢のまた夢…というわけです。 ちなみになぜ分煙ではダメかというと、どれだけ仕切っても分煙では受動喫煙の被害を完全には防げないからです。室内であれば、空気口などを通じてタバコの煙は少しずつ漏れ出ます。何より商業施設の場合、従業員・清掃員の受動喫煙被害が甚大です。客であれば喫煙席に近づかないという選択肢も取れますが、従業員は労働環境を選べるとは限りません。 実際、都庁内の喫煙カフェで働く従業員の方々は、煙に曇った室内で8時間も働くらしく、相当しんどそうでした。清掃員も室内の喫煙所を清掃する場合、かなりの受動喫煙被害を受けます。これは屋外でも完全に防ぐことはできませんが、清掃の時間帯を選べばかなり少なくすることはできるでしょう。 確かに、喫煙の自由・権利もあります。 しかしながら健康被害は明白であり、屋内禁煙は時代と世界の要請です。 私としては、屋内はすみやかに完全禁煙、屋外の喫煙所の数を増やして整備する他ないと考えています。 本件は11月の厚生委員会でも、都庁が喫煙パラダイスである実例を挙げながら、国際基準と比較して遅れている点を厳しく追及・質問しましたが(議事録が未だに出ない!怒)、「受動喫煙防止対策検討会の結論を待つ」の一点張りで、前向きな回答はもらえませんでした。 そして報道や議事録を読む限り、この検討会も屋内禁煙には踏み込みそうにありません。 都議会議員の大半がやる気がないことは明白ではありますけど、最後に議会を、政治を動かすのは皆さま方お一人おひとりの意見です。 東京都の受動喫煙防止対策について、皆さまはどのようにお考えですか?(2015年1月7日 「おときた駿 公式ブログ」より転載)

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    1箱千円で4兆円 消費増税延期の間にたばこの大幅増税を

    本山勝寛(作家) 今年も5月31日の「世界禁煙デー」を迎えた。WHOは毎年約600万人がタバコが原因で死亡しており、そのうち60万人は副流煙が原因、このまま放っておくと2030年にはタバコが要因の死亡者は毎年800万人に増加すると警鐘を鳴らしている。広告の禁止や健康被害の明示といった禁煙政策は国際的な潮流になっているが、そのなかでもタバコ税の引き上げは有効な政策としてWHOにも推奨されている。 タバコ税引き上げは健康の問題と同時に、税収確保と合わせて論じられることが多い。以前の記事「「世界禁煙デー」にタバコ増税の効果を考える」で書いたが、2010年のタバコ増税(70円増税100円値上げ)後、タバコ税収は激増している。2010年度のたばこ税8224億円が2011年度には1兆315億円と2千億円増加、これに「地方たばこ税」の増加分を合わせると、税収は4千億円増加した。 増税後のタバコ税収は高止まりしており、2012年度の(国の)たばこ税1兆200億円、2013年度1兆400億円だ。タバコ増税反対派は、増税したら消費量が減るから税収は下がると反対していたが、そうはなっていないことが見てとれる。 私は昨年、「消費税10%の前にタバコ千円」への増税実施を提案した。現在の心許ない景気状況を考えると、2年連続の消費税増税は国民への大きな負担になるが、タバコ税の増税であれば景気への影響も限定的であるし、国民の健康増進や医療費抑制にもつながる施策であるからだ。実際、消費税10%への引き上げは延長された。 しかし、消費税が増税されない分、財政再建は先送りになり、子育て支援や社会保障費などの財源も不足するままだ。それでは、借金を次世代に押し付けているのと同じだ。消費税増税を先送りしているこの期間だからこそ、タバコ税の大幅増税を実施することで、少しでも財政再建につながる。学術会議の試算(2008年)によると、200円増税で1兆4千億円、300円増税で2兆円、1箱1000円まで増税すれば4兆円の税収増としている。国際的にみればタバコ1箱1000円が先進国の平均的な数字だ。隣国韓国ですら、一気に2000ウォン(約220円)引き上げて、4500ウォン(約500円)に増税したばかりだ。 2020年には東京オリンピック・パラリンピックも開催されるが、首都圏の分煙政策が遅れていることも気になるところだ。分煙化の費用をタバコ税収からまかない加速化させることで、副流煙被害も防ぎ、国際社会にも恥ずかしくない状況にもってこれる。個人の嗜好品であるタバコを「禁止」することは避けるべきだが、副流煙被害を防ぐことは交通事故や公害を防止するのと同様に政府の責任でもある。(ブログ『本山勝寛: 学びのすすめ』より2015年6月1日分を転載)

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    厚労省調査を疑え! いい加減なデータに基づく副流煙害

    武田邦彦(中部大特任教授) ほとんどの人が「タバコの副流煙は有害だ」と信じて疑わないと思います。 でも私は「自分の目でデータを確かめて納得してから」しか自分の考えを述べないようにしています。なにしろ、今の日本社会は、たとえば温暖化にしてもIPCC(国連の機関)は「温暖化すると南極の氷は増える」と言っているのに、日本人は英語を読まないだろうと高をくくって国内では「減る」と言うぐらいですから、油断できないのです。(多くの人は今でも「政府はウソをつかない、NHKは本当のことを言う」と信じておられますが、決定的なことで事実と違うことを言って来たのです。原発でも「震度6で壊れる」ということがわかっていたのに「政府が安全だというから安全だと報道しても問題は無い」というスタンスだからです。副流煙もまずはそのように考えて調べています。) 副流煙はまず次の2つの問題があります。1) 世界で最初に副流煙の害について論文をだした厚労省の平山論文は事実記載に乏しく、データの提出と求められても提出に応じなかった。2) タバコの追放を続けているWHOは副流煙の健康被害について調査をしたことろ、副流煙の環境にいた人の方が肺がんが少なかったので、発表を見合わせた。 そして、より具体的には、2008年に厚労省が発表した多目的コホート研究があります。これはタバコを吸う人と一緒に住んでいた女性がどのぐらい肺がんになったかという調査です。調査は対象者が2万8千人で期間は13年間。調査中に109人の人が肺がんと診断されています。  特にこの研究では4種類の肺がんのうち、主たるものである腺がんに絞って整理をしています。腺がんは肺がん全体の約3分の2ですから、109人のうち約72人が腺がんと推定されます(詳細なデータは公表されていない)。従来の研究では腺がんのうち、2割が女性の喫煙者で、もともと女性の喫煙者は2割ですから、タバコを吸っている人の割合と、腺がんの割合は一致しているということでした。  ところが、この調査では女性が喫煙せず、夫が喫煙している場合、腺がんが2倍に増えたと書いてあります。このときに夫の喫煙率は50%ですから、72人のうち、14人が喫煙者ですから残りの58人がタバコを吸わない女性で、そのうち29人が夫がタバコをする女性、29人が夫がタバコを吸わない女性となります。  「タバコを吸っている夫とともに生活している女性は腺がんが2倍になった」ということが本当なら(数字が発表されていないので怪しいが)、腺がんのうち39人が夫がタバコを吸っていて、19人が吸っていないということになります。「変わらない」という結果に対して、わずか10人の出入りで「2倍」という数字が出てきています。2万8千人の13年間の調査という触れ込みなのですが、その実体は10名の前後で2倍になったりならなかったりするということなのです。  つまり、もしこの10名が統計的なばらつきではないとしても(タバコと肺がんの全体的な関係でも同じですが)、タバコを吸う夫と一緒に住んでいる女性は1万4000人で、そのうち、10名が「夫がタバコを吸うために腺がんになった」ということですから、その可能性は1400人に一人ということになり、確率は0.07%にしか過ぎません。  とうてい、「夫がタバコを吸うと妻が肺がんになる」などと言うことができる数字ではないのです。逆に「夫がタバコを吸っても妻が肺がんになることは希だ」と言った方が科学的には正しい程度の数字です。また良心的な学者なら大きな母集団の中で29人と39人でこのぐらい大きな違いを言うのに良心の呵責にさいなまれるでしょう。普通なら「調査したがハッキリした結果は得られなかった」というと思います。タバコ以外の要因を無視した調査  ところでこの報告のきっかけとなった有名な平山論文(論文と呼べるものかどうか怪しいが)ではタバコを吸う夫とともに生活をしていた40才以上の「タバコを吸わない妻」約9200人を調査し、そのうちの174人が肺がんで死んでいるので、「タバコを吸う人と一緒に生活していた妻は肺がんになる」という結論を出しています。  この場合は、「タバコを吸っていた夫とともに生活し、肺がんで死んだ妻」は、530人に1人という低率です。530人のうち1人が肺がんで死んだという事実を正直に表現すると、「夫が喫煙者でも肺がんにはならない。極めて希に肺がんになる妻もいるが、あまりにその割合が低いので、他の原因も考えられる」とするべきでしょう。  というのは、肺がんの原因は、タバコの他に、排気ガス、空気の汚れ、核実験の放射性降下物、台所や家の中のほこり、農薬や殺虫剤の粉など多種類があるからです。これらの発ガン率の範囲に入ります。  科学としてこの調査を見ると、「タバコ以外の要因」をまったく無視しています。おそらくタバコを吸う家庭の平均収入は、吸わない家庭に対して低いと考えられますし、町中のアパートに住んでいる人が多いと考えられますので、自動車の排気ガスもより多く吸っているはずですし、衛生環境自体も望ましくないでしょう。  科学的に整理するもので、何かに注目するのは良いのですが、注目したもの以外の原因を無視すると正しい結果は得られません。温暖化騒動が盛んだった頃、「最近は気温が高くなった」ということと「最近はCO2濃度が上がっている」という二つを結びつけて、「CO2が上がると気温が高くなる」という人がいました。気温は太陽活動や都市化などいろいろなものが関係しますから、CO2にだけ注目すると、CO2が原因という結果が得られます。  当時、私はそのような説明をする学者に、「最近、私の年齢が上がってきていますので、私が歳を取ると気温が高くなるのではないですか?」と冷やかしたものです。このデータは日本の厚労省などが「副流煙は危険だ」という基礎的なデータになっていますが、実に不誠実なものであることがわかります。  このほかにもアメリカ保険局などのデータがありますが、いずれも「結論ありきで整理した」というもので、とうてい、国民の健康を心配したようなまじめなものではないものばかりです。大きな研究費と出世が絡んでいる研究を私はイヤと言うほど見てきましたが、その多くがこのようないい加減なデータで決定的なことを言う場合が多いのです。  学問への誠実さ、研究者の倫理をシッカリしてもらいたいものです。実はこの研究グループのトップが食品汚染の暫定基準を決めるときに「食料が足りなくなるから、基準は高くする」と発言した人で、セシウムで1年5ミリ、全核種で約17ミリの被曝を給食でさせました。このような人は、いつもその時、その時、ですね。(2012.5.4ブログより転載)