検索ワード:移民・難民/74件ヒットしました

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    「移民法案」このままで大丈夫か

    外国人労働者の受け入れ拡大を図る出入国管理法改正案が衆院を通過した。法案はこれまで認めなかった単純労働を容認し、実質的に外国人の永住に道を開く内容である。事実上の「移民法案」とも揶揄され、将来に禍根を残しかねない。労働市場の人手不足が大義名分とはいえ、なぜ急ぐ必要があるのか。

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    青山繁晴手記「総理、足元の声をお聴きですか」

    青山繁晴(参議院議員、作家) 諫言(かんげん)などという格好の良いこと、偉そうなことは、できませぬ。しかし、かりそめにも日本の唯一の主人公である有権者から負託されたからには、お聞きせざるを得ません。 総理、どうなさいましたか、と。声をお聴きになっていますか、と。 いや、安倍晋三総理も総理官邸の人々も、国民の声を聴いているおつもりなのだ。 すなわち世論調査では、「モリカケ」という悪質な冤罪によって安倍総理を追い詰めたオールドメディアの行う世論調査であっても、最近では安倍政権の支持率は上がり、不支持率は下がっている。いずれも振り幅は小さいが、ほぼすべての調査に共通する傾向だ。 そして外国の国民を労働者として急に増やすこと、実質的に永住させることを盛り込んだ入管法(出入国管理・難民認定法)改正案も支持が不支持を上回っている。さらに消費増税も支持が不支持を上回る傾向だ。 安倍改造内閣の押し進める政策で、はっきり不支持が多いのは軽減税率やプレミアム付き商品券、ポイント還元制度といった分かりにくい増税対策だけである。しかし消費増税そのものは「やむを得ない」と受け止める国民が多いことになっている。 もちろん世論調査によって色合いは異なるが、なべて言えば、現在こうだ。落とし穴の一つは、実に、ここにある。 かつてはタウンミーティングのように国民の声を直接に聴く場も、ほんの少しはあった。だがこれもやらせ疑惑が出るなどして中止。長くても残り3年弱、来夏の国政選挙で敗北すれば短くてあと8カ月強の「最期の安倍政権」は世論調査しか、耳を持たないのだ。2018年11月、参院予算委で答弁を行う安倍晋三首相(春名中撮影) オールドメディアのそれ以外に、政府与党も長年のノウハウと蓄積データを持つ世論調査を非公開でやる。こちらはオールドメディアほどには質問に仕掛けを作らないので、客観性は高い。だがこの調査も結果は同じ傾向だ。 そのために安倍総理には「保守色の強い支持層には入管法改正や消費増税が不評でも、広範な国民には支持がむしろ回復している」という安心感が生まれている。さらに「これまでも保守政権だからこそやれるという不人気政策をあえて実行してきた。路線が変わったわけじゃない」と政権みずから納得している。「なぜ妊婦をいじめるの」 だが世論調査は、特に安倍政権には間違いの元になる。なぜか。再登板後の安倍政権は、歴代の自由民主党中心の歴代政権とはまったく違う特色を持つからだ。 それは、選挙権を得たばかりの18歳や19歳に支持が高く、50代以上の世代にまったく人気が無いことだ。 世論調査は、回答者が特定の世代に偏らないようノウハウを持って各世代に万遍なく電話で質問していく。ところが法改正でせっかく有権者となった18歳、19歳はほとんど答えない。この世代の回答率は何と、およそ1%である。100人のうち1人答えるか答えないか。したがって世論調査は、安倍政権の本来の支持層が「たった今の政策」をどう考えているかをほとんど反映しない。一方、高齢世代は「日本はすべて悪かった」という教育を受けて育ち、インターネット上の情報の活用もまだまだ少ない。この世代は安倍総理が日本の敗戦後の歩みを変えることを強く警戒してきたから「この頃の現実路線には安心感がある」(70代の元教員)となる。 安倍総理はまずは、足元の党内の声を聴くべきではないか。 例えば、参議院の厚生労働委員会である。わたしはこの委員会に属していない。しかし1回生議員として「雑巾がけ」を積極的にやると決めているから、出席できない議員の差し替えを務めていた。すると野党議員が「妊婦加算」について「おかしいではないか」と問うた。病院で妊婦と分かれば治療費を余計に払えという制度が4月から始まっている。わたしの周りの自由民主党席には医師でもある女性議員が複数いる。その議員らから「人手が足りないから無理にでも外国人を入れようとしているのに、なぜ妊婦を苛(いじ)めるの」という秘めた声が幾つも聞こえた。 わたしは議事の邪魔にならないよう他には聞こえない声で「レントゲン一つとっても医師の負担増は分かりますよね。しかしそれは妊婦ではなく国が負担すべきです。人手不足は人口減で起きているのだから、妊婦こそ国の宝ですね」と応じた。そして野党議員が質問を終えるとき、男女を問わず自由民主党席から自然に大きな拍手が起きた。 この厚労委では、水道法改正案の趣旨説明も行われた。水道事業がこれも人口減で行き詰まりを見せ、老朽化した施設を更新できないでいる。だから自治体が水道の運営権を民間に売れるようにする法改正で、すでに前国会で衆院を通過している。この運営権にフランスの水メジャーと中国が強い関心を持っているとされるが、命の水、ことに日本は水の邦(くに)でもある。少なくとも外資規制を掛けるべきだ。青山繁晴参院議員=2018年9月(仲道裕司撮影) 厚労委で自由民主党のあるベテラン議員は、わたしに「安倍総理は何を考えている。水道法も妊婦加算も入管法改正も人口減への対処が間違ってるよ」と小声で言い、「(自由民主党本部で開かれた)法務部会で青山さんがずっと入管法改正に反対していたあの主張、全く正しいよ。俺(おれ)は立場上、言えないけどね。地元でもみな、そう言っているよ。このままじゃ選挙に負ける。頑張ってほしい」とわたしの眼を覗き込んだ。 その法務部会では、「業界から頼まれてきた。早く外国人が欲しい」と正直に、あるいは露骨に発言した議員もいらっしゃった。ある意味、ミッション(使命、作戦)を帯びた反対論潰しの試みがあったわけだ。ところが部会の外では閣僚経験者や党の重鎮までが党本部のエレベーターや国会議事堂の廊下で「入管法改正反対は正しい。主張を続けてください」と仰る。「反対論はおかしい」という声は部会の外では、皆無だ。総理の真意はどこに おのれに都合のいい声だけを取り上げているのではない。 例えば、選挙の足腰を支える地方の女性党員はどうか。わたしは今、党女性局の史上初の男性事務局長を務めている。配偶者が日本女性で初めて大型船の船長資格を取り、現在も研究調査船に乗船してメタンハイドレートや熱水鉱床といった日本が建国以来初めて抱擁する自前資源の探索にあたり、彼女が幼い子二人を残して遠洋航海に出た時は、忙しい政治記者だったわたしが子育てをした、そんな事実が影響しているのかもしれない。 その女性局事務局長の務めとして参加した地方のブロック会議で、公式会議が終わると地方議員の女性が複数、寄ってこられ「妊婦に金銭負担やストレスを与え、何より大事な水を売り渡し、日本の女性や中高齢者を雇わずに外国人を、総理が国会で答弁なさっていることと違って、実際には多くは低賃金で雇う。総理はいったい何なの。これで来年、選挙をやれと言うの」とわたしに厳しく問うた。 では総理の真意はどこにあるのか。 再登板後の安倍総理は現実主義者である。不肖わたしも長年、安全保障・危機管理を民間から担う実務者であったから、現実を常に見ている。ところがお話ししていると総理には、はっとさせられるほどリアルな現実把握、みごとな現実認識がある。 安倍総理がたった今、冷徹に把握している現実は、後継者がいない事実だ。日韓合意以来、わたしと安倍総理は意見の違うことばかりだが「安倍総理の後継総理は国家観、歴史観が共通する人でないと、苦闘の果てに積み上げてきた平和安全法制や特定秘密保護法という敗戦後の日本の在り方見直しが無に帰する怖れがある」という認識では一致している。 だから総理は今、「一定の仕上げを自分でやっておかないと」という危機意識でいっぱいだ。そのために「人手不足倒産をとりあえず解消しないとアベノミクスが続かない。水道をはじめインフラの更新をとりあえずできるようにしないといけない」となる。 前者には「最大でも35万人の外国人だから、あくまで労働者だ。移民じゃない」、後者には「水道の管理責任はあくまで公(おおやけ)、自治体にある」という自己弁明が付く。そして妊婦加算は、国会で答弁を求められるまではおそらくあまりご存じなかった。 これらは不肖わたしの推測だが、もとより単なる推測ではない。総理側と交渉をするなかで明瞭に伝わってきた総理の真意である。 わたしは一回生議員に過ぎない。入管法改正の廃案を叫び、ただ反対するだけなら一回生議員にもできる。だが叫ぶだけだ。おのれの支持者の喝采を待ち、結果には責任を持たない、一つの保身である。内政だけでもズレがある まだ後輩議員もいない身も顧みず、やらねばならないのは政府原案修正の実現だ。入管法改正案はこのままでは、ぼくらの祖国を見知らぬ国にしてしまう。日本国民の中高齢者、女性、そして引き籠もりや鬱によって就職できずにいた若者の就労を実現する、あるいは外国の国民が日本の社会保障を悪用しないと同時に、日本国民と同じ人権が守られる。そのための法案修正に与野党が合意するよう、勝手に、非力のまま水面下で動いている。 そのとき、もっともしっかり確認しておかねばならないのが総理の意思だ。 修正は議員間で行われる。しかし特定秘密保護法も、安倍総理と渡辺喜美・みんなの党代表(当時)の秘密合意があったから、議員間修正が実現した。入管法改正についても「修正OK」という総理の意志が背景にないと修正が進まない。それを確かめる過程で、わたしなりに総理の危機意識を把握したのだった。 その危機感を知りつつ、あえて総理にお尋ねしたい。長年、選挙への出馬要請を断ってきたわたしがついに決断したのは、西暦2016年6月の参院選公示が迫るなか、突然に掛かってきた総理からの電話がきっかけだった。 「青山さんが国会に来れば、外務省が変わる。あと経産省も変わるな。それから部会で発言すれば自民党の議員も変わる」。これは順に、拉致被害者帰還交渉の難渋、メタンハイドレートをはじめ自前資源の意図的な放置、党の利権構造、それらを変えたいという安倍晋三総理の強い願いの表れであり、現場で協力してほしいという要請に他ならなかった。 総理は忙しさでお忘れかもしれないが、これほど印象深い電話も、半生にない。記憶はまことに鮮明だ。そして法務部会で熱心にわたしの反対を聞いてくれた自由民主党代議士のひとり、行政経験の豊かな神谷昇・元泉大津市長は、わたしが講演でこのエピソードを話したとき、「変わった、変わった。確かに議員が変わった」と明るい声で叫ばれた。 総理、まずは足元の党内の声を聴き、それぞれの地元の有権者の声を集めることを急ぎ、なさってくださいませんか。それ無しでは、来年、仮に衆参ダブル選挙に打って出ても、野党の選挙協力の成否にかかわらず大敗し、政権を失いかねません。ロシアのプーチン大統領と会談後、取材に応じる安倍首相=2018年11月、シンガポール(共同) 本稿では訪中、北方領土交渉という最近の安倍外交には、字数の制約もあり、あえて言及しなかった。だが内政だけでこれだけの足元の声とのズレがある。改憲と拉致被害者の全員救出、この再登板後の安倍政権の本来の目的のためにも、ここではわたしが僭越ながら、こころの電話をお掛けします。「批判されても仕上げを急ぎたい真意を受け止めたうえで、総理、日本を取り戻すためという再登板の志に戻りましょう」と。

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    「外国人労働者は移民ではない」日本はドイツの失敗を直視せよ

    雨宮紫苑(ドイツ在住フリーライター) 日本に一時帰国するたびに、働いている外国人を見かける回数が明らかに増えている。 羽田空港国際線の免税店では、資生堂の販売員も、酒類の販売員も、レジ係も、みんな外国人だった。銀座のアップルショップでも対応してくれたのは外国人販売員。居酒屋やコンビニ、スーパーや回転寿司といった場所でも、言葉のイントネーションや見た目、名前から、外国人と思われる人と日常的に遭遇した。 外国人労働者数を調べてみると、10年前の2008年は約49万人だったが、17年は約128万人と年々増加しているらしい。外国人を見かけることが多くなったのも、当然といえば当然である。 しかし不思議なのが、日本で語られるのは主に「外国人労働者」についてであって、「移民」については全くといっていいほど言及されていないことだ。 国連広報センターによると、「国際(国境を越えた)移民の正式な法的定義はありませんが、多くの専門家は、移住の理由や法的地位に関係なく、本来の居住国を変更した人々を国際移民とみなすことに同意」しているのだそうだ。ちなみに移民の移動の形として、移住労働者や出稼ぎなどを例として含めている。 つまり、居住地を海外に変更し、変更先に一定期間住んでいれば、現地で仕事をしていようが留学していようが『移民』と認識できるわけだ。 一方、日本の定義は違う。自民党は「『移民』とは、入国の時点でいわゆる永住権を有する者であり、就労目的の在留資格による受け入れは『移民』には当たらない」としている。2018年10月の自民党厚労部会がまとめた外国人受け入れに関する決議の内容を法務部会で説明する小泉進次郎部会長。左は長谷川法務部会長(春名中撮影) しかし、このまま「外国人労働者は移民ではない」と言い張っていいのだろうか。日本が戦後ドイツの歴史をなぞっているように思えて、どうしても危機感を覚えてしまう。「手遅れ」となったドイツ ドイツが現在、移民と難民問題で揺れているのは周知の事実だ。2018年10月、メルケル首相が率いるキリスト教民主・社会同盟(CDU・CSU)は南部バイエルン州と西部ヘッセン州の地方選で得票率を大きく落とし、メルケル首相は21年に政界を引退することを発表した。難民政策の失敗が大きく影響しているのは、言うまでもない。移民や難民の受け入れは、ドイツにおいて最も関心度が高い政治テーマの一つだ。 とはいえ、ドイツの外国人受け入れについてのニュースが日本で大々的に報じられるようになったのは15年の難民危機以降である。もしかしたら、「それまではうまくやっていたのに一度に大量の難民が押し寄せてきたからパンクしたんだろう」と思っている人もいるかもしれない。 しかし、歴史を振り返ってみれば、決してそういうわけではないことが分かる。ドイツの外国人受け入れ政策の失敗の一つに「外国人労働者を移民と認めなかったこと」が挙げられるからだ。 旧西ドイツは、戦後の人口増加が緩やかだった上に、戦死者が多く、経済成長に伴い人手不足に陥った。労働時間短縮や有給休暇制度の改善を求める権利闘争が盛んになったこともあり、外国人を「ガストアルバイター」として受け入れ始める。ガスト=ゲスト、アルバイター=ワーカー。分かりやすく訳せば、助っ人外国人である。 彼らは安く雇用できる上に、本国に仕送りするためによく働いてくれるし、ドイツ人がやりたくない仕事もやってくれる。便利も便利、超便利である。 ガストアルバイターはあくまで「一定期間ドイツに出稼ぎに来ている人」だから、1960年代はまだ「ドイツは移民国家ではない」というのが共通認識だった。しかし、ドイツの予想を裏切り、ガストアルバイターの多くは家族を呼び寄せたり現地で結婚したりして、ドイツに定住することになる。 1973年に一度外国人労働者の受け入れを停止するが、その後再び人手不足に陥り、受け入れを再開。2000年、ドイツの総労働力人口における外国人の割合は8・8%で、人口の7・3%が外国人という状況だった。 21世紀になって少ししてから、ドイツはやっと「移民国家」としての舵を切る。ドイツ語教育やドイツの社会、歴史などを学ぶ市民教育を統合講習として受講を義務化し、移民の社会統合を目指し始めたのだ。2018年10月、ベルリンで記者会見するドイツのメルケル首相(ゲッティ=共同) しかし、時すでに遅し。すでにドイツ人と外国人(移民背景がある人たち)の収入格差や学歴格差、言語の壁や宗教問題など、課題は山積みになっていた。 15年に大量の難民を受け入れたことで、ドイツが混乱したのは事実だが、それはあくまできっかけにすぎない。移民とそうでない人との間にある火種は、15年に突然生まれたものではなく、それよりも前にくすぶっていたのだ。ドイツと同じ轍を踏む? しかし興味深いのは、これほど多くの外国人を受け入れたのに、ドイツは2018年10月、欧州連合(EU)域外から専門的資格とドイツ語能力を持つ人を呼ぶための新移民法を制定したことである。 スイスの国際ビジネス教育・研究機関IMDによる「World Talent Ranking 2017」で「高度外国人材にとっての魅力度」が世界16位であり(ちなみに日本は51位でアジア最下位)、これだけ多くの外国人を受け入れているのにもかかわらず、新たに法を制定しなくてはならないほど高度人材が足りていないのだ。 こういったドイツの事情を踏まえて、改めて日本について考えてみよう。 日本は現在、深刻な人手不足に陥っている。中小企業を中心にバブル期並みの人手不足となっており、45%もの企業で常用労働者が足りていない。だから「移民ではない」という建前で外国人労働者をどんどん受け入れているわけだが、このままでは「気づいたら移民が増えていたので対策します」というドイツの二の舞になってしまいそうだ。 ドイツと同じ轍を踏まないために、外国人労働者の受け入れは移民政策の一貫として、戦略的に行う必要性があるのではないだろうか。 「移民」という言葉に抵抗感がある人も多いだろうが、「移民国家」を認めたことで起こる反発より、それを認めずに実質移民国家となり「日本人vs外国人」と対立するほうが、私にはよっぽど恐ろしく思える。 そもそも、日本で働いている人の多くは既に「移民」と呼べるし、そうでなくとも定住する可能性のある移民予備軍なのだから、「移民」という言葉にだけ反対していても意味がない。 では、必要とされる移民政策とは、例えばどういうことをいうのか。ドイツ・ベルリンのアラブ人街を歩く男女=2018年6月(共同) まずは、外国人の経済的安定が不可欠である。ドイツ連邦雇用庁によると、16年の失業率は、ドイツ人が5・0%、外国人は14・6%。収入にも格差があり、15年のフルタイム労働者の収入は、ドイツ人とそうでない人で21・5%もの差があった。社会保障費を減らすという点でも、外国人が経済的に不利にならないよう予防することは必要である。 また、過労死がすでに多くの国で報じられている日本で、外国人搾取が続き、それが公になれば、国際的なイメージに影響することも理解しておかないといけないだろう。「事前対策」現場だけでは限界 次に教育だ。家庭内の第一言語がドイツ語でないためドイツ語を話せないという小学1年生が増加し、現在ドイツでは教育レベルの低下が懸念されている。言語的ハンデが低学歴につながり、学歴格差がさらに収入格差として現れるのも問題である。 日本は私立の高校、大学が多いため、経済的に不利な外国人家庭の子供が進学を断念したり、公立高校に殺到したりするかもしれない。そうならないためにどうするか。 他にも宗教の問題がある。日本は比較的宗教に寛容とはいえ、勤務中の礼拝をどう扱うか、学校の修学旅行が京都・清水寺でいいか、半袖の制服着用を義務化していいか、といったことも考えていかなくてはいけない。職場飲み会もNGになるかもしれないし、社食では牛や豚を使わないメニューを用意する必要があるかもしれない。宗教において「ここは日本だから合わせろ」は通用しない。 これらは、外国人を受け入れる以上、起こり得る想定内の課題である。それならば当然、事前対策を求められる。多くの国が移民問題に揺れているのだから、「移民国家じゃないので対策しません」というのは、あまりにお粗末だ。 それぞれの自治体や学校、職場で社会統合に向けての個別努力は行われているが、現場だけでは限界があるだろう。 もうさっさと移民を受け入れていると認めて、横断的に受け入れ政策を担当する省庁、ドイツでいう連邦移民難民庁(BAMF)のような公的機関を用意した方がいいのではないだろうか。移民を認めず社会統合のスタートでつまずいたドイツと、わざわざ同じ道をたどる必要はない。 「外国人労働者を受け入れるべきか否か」という議論も大事ではあるが、既に「移民」と向き合うべき段階になっているんじゃないかと思う。求められているのは、「移民かどうか」という言葉遊びではなく、受け入れた外国人と共存・共栄するための議論だろう。 そして最後に言いたい。人手不足解消のために、引きこもりの社会復帰促進や、闘病中・介護中・育児中の人の就職支援など、国内でできることはまだまだたくさんある。政府は高度外国人材を呼び込むために最短1年で永住権を認めることにしたが、日本にだって優秀な人はいるのだから、修士以上の高学歴者の優遇や研究費の支援なども検討すべきだ。 外から人を呼ぶのは一つの選択肢だが、国内の「自給自足」も忘れないでいてほしい。

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    256万人の「移民予備軍」に口ごもる自民党の矛盾

    坂東忠信(外国人犯罪対策講師、作家) 日本経済新聞によると、2017年半ばまでの段階で、技能実習生の失踪は既に年間7千人を超えている。受け入れ企業側も実習させてやる程度の賃金で、ろくな実習もないままに単純労働をさせているケースもある。 今や実習生は情報端末を駆使しながら、日本各地で働く同国人や友人のネットワークで、待遇や賃金がより良い職場を求め脱走するが、在留資格が更新できずに不法滞在者となる。新たな職場の雇用側も人手不足のため、そこに働く外国人従業員のツテで受け入れる。 しかし、彼らも人間である。働いている時間以外にも休み、遊び、恋をして、子供をつくる。さらなる収入を得たいし、楽もしたいし、苦しくなれば犯罪に走ることもある。 外国人の「道徳格差」はインターネット上で明確に認識されている。だが、国際的規模に膨れたカネのうなる大企業を広告主とするオールドメディアは、スポンサーの海外でのイメージを守るため、問題の核を「文化の違い」と表現し、道徳レベルの差から発生する国内外国人問題の核心に迫ろうとしない。 こうした問題を放置し、改善することなく、さらなる労働力を呼び込むために、出入国管理法が改正されようとしている。自民党は、票や政治献金を生み出す企業や団体の要求を拒むことができないからだ。 改正の目玉は「特定技能1号・2号」という在留資格の追加だ。改正案は、1号に「相当程度の知識または経験」、2号に「熟練した技能」を要求し、外国人材を受け入れるとしているが、各号の求める具体的水準は不明だ。 その資格の詳細に関する説明は他に譲るが、改正案に対して、自民党法務部会では発言議員の9割が反対を表明したという。しかし、残る1割が賛成側に立ち、現実の倒産要因にまでなっている「人手不足解消」の大義名分を掲げて押しまくった。2018年10月、自民党法務部会であいさつする長谷川岳部会長(奥中央) 反対の議員も「具体的に何人が何年必要なのか」「要らなくなったら『帰れ』でいいのか?」と押し返すなど激しいせめぎ合いを展開した。各業界団体のヒアリングも交えた討議の結果、安易な枠の拡大や基準の引き下げで移民政策にならないよう、法務部会と厚生労働部会で具体的なハードルを設定した部会決議を法案に付した。国民も外国人も不幸にする しかし「与党グセ」がついている自民党は、いつまた野党に落ちて、このハードルが取り払われるかなど考えていない。まるで「玄関」は開放されたと言いつつも、上がり口を高さ2メートルにし、天井下30センチしかない隙間をくぐって入る客だけを歓迎するかのようだ。 でも「家」の中を見渡せば、窓にはスパイ防止法という「網戸」さえなく開けっ放しで、泥棒がよく入る上に、「家庭崩壊」寸前で「だからレベルの高い外国人メイドが必要」というオヤジをあなたは信用できるか。私たちはそんな国「家」の家族なのだ。 たとえ実習生が高度プロフェッショナル人材であっても、帯同する家族も歓迎すべき人材とは限らない。また、実習生本人も歓迎に値する人材で有り続けることを期待したり、矯正することはできない。 そして、本人が労働意欲を失ったり、何らかの理由で評価に値する技能を発揮することが不可能になっても、企業は面倒を見てくれない。収入に困った彼らによる犯罪やその被害回復の責任がどこに帰するのかも不明だ。まさに、国民も外国人も不幸にする改正法案である。 おまけ、国別の枠の割り当てもないため、隣国の中国や韓国の人材が多くなるのは必定だ。滞在中に母国崩壊が発生すれば、彼らは日本に居ながらにして難民になる。 実際に米国が進める「米中経済戦争」は政権転覆や社会の混乱、つまり国外脱出者が現れるレベルを目指し、締め上げにかかっている。そうして、難民発生の際には、国際社会が日本に対して国庫を傾けるほどの保護を求めてくるに違いない。 一方、単純労働者を求める労働市場では、難民を含む外国人材の雇用で、大企業の上層だけが潤い、収入格差は広がるばかりだ。彼らへの厚生や福祉で不可避となった消費増税がデフレを加速し、日本人は疲弊する。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 今でさえ円安路線を維持した日本は既に国際的デフレ国家であり、日本人の賃金は先進国内で驚くべき低レベルだ。外国人旅行客の目には、サービス最高の「おもてなし激安国家」と映るのだから、オーバーステイしたくなる気持ちも理解できる。 そもそも、問題は「労働力不足」である。ニートが高齢化しても、シングルマザーになっても生きていけるほどの社会制度が、きしみながらこれを支え、今やその福祉制度が外国人に食われるほど、生きる力と競争する意欲を失った日本人が問題なのだ。批判覚悟の「提案」 そこで、批判を覚悟の上で提案したい。海外展開を行っている大企業はアベノミクスの恩恵を受け、株価も上昇している。ところが、今の経営陣はバブル崩壊の経験者であるため、内部留保を積み上げ、賃上げによる支出を恐れ、さらなる安価な労働力を外国人に求める。そこで、労働基準法にでも「企業トップと末端の賃金格差は○倍まで」と定めれば、さっぱり進まない賃上げもトップから進めざるを得なくなり、社会問題である収入格差も緩和、労働意欲も上がるのではないか。 また、企業が大卒や新卒にこだわらず、独自の採用基準で若い人材を求めれば、就職のためのカタパルト(射出機)と化した意味無き大学は淘汰(とうた)され、大学全体のレベルも向上して洗練されるだろう。 こうして、企業が学歴偏重の採用基準を変えれば、親は借金してまで子供を大学に送る必要がなくなり、その資金を老後に回せる。子供は10代から社会に出ていれば、20代後半にはベテランの域に達するので、結婚資金も貯(た)まる。短期的には成婚率が、中期的には出産率と出産人口が、長期的には労働人口も上がるのではないか。 そのためには企業トップの意見を尊重する自民党の他に、勤労者のための、健全で主体性のある野党が必要だ。本来であれば、企業に君臨する「ブルジョア階級」の収入を規制し、「プロレタリア」の賃金を底上げする政策については、日本共産党あたりに期待したいところではある。また、「自民あっての反自民」を貫く立憲民主党は、今回の実質的移民政策にも反対するのだろうか。 安倍晋三内閣は「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)に「移民政策を採らない」としているが、自民党議員は移民の定義を知らないか、口にできない。国連人口部の定義によれば、移民とは「主権のある母国を1年以上離れて外国に暮らす人」を指す。そして、この移民の概念には、密入国者や不法滞在者、帰化した初代が含まれる。 既に日本には、留学生を始めとする移民と「移民予備軍」が256万人以上も存在するが、自民党議員がこれを口にすることは骨太方針の矛盾をさらけ出すことになる。だから「移民」という言葉に異を唱え、改善できる議員はいないのだ。 そもそも、議員の仕事は理想の発表や世論啓発ではなく、法の立案や審議である。法改正案に部会決議文で歯止めを盛り込んだ党内の反対議員も、議論に参加し論議を尽くした以上は、組織としての決定に文句をつけることはできない。それを期待するのが酷であることは、何らかの組織に属する社会人ならわかるはずだ。自民党本部=2018年9月(納冨康撮影) だが、読者諸兄は昨年の流行語をお忘れか。そう、ここに「忖度」が必要である。発言議員の9割ほどいた反対議員は心の中で、決議文を付けても力が及ばず手を離れたこの法改正案を誰かに潰してほしいのだ、と私は「忖度」した。 国民の政治参加は選挙のみにあらず。世論を大いに盛り上げ、燃え上がらせて法案を灰にするよう、ともに声を上げようではないか。

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    留学生受け入れは「親日」育てる目的なのに“嫌日”が急増中

     日本の専門学校や日本語学校に在籍する外国人留学生が急増している。独立行政法人「日本学生支援機構」によれば、専門学校に在籍する留学生の数は2017年度には5万8711人と、5年間で3万人以上も増えている。「日本語学校」にも、2017年度には8万人近い留学生が在籍し、5年間で専門学校を上回る5万人以上の急増ぶりだ。 本誌SAPIO7・8月号で触れたように、その大半は勉強よりも出稼ぎが目的の“偽装留学生”たちだ。留学生に認められる「週28時間以内」のアルバイトに目をつけ、留学を装い出稼ぎ目的で来日する若者が急増しているのである。本来、留学ビザは「母国から仕送りが見込め、アルバイトなしで留学生活を送れる外国人」に限り発給されるため、新興国からの留学生の多くが借金をしてブローカーに手数料などを払い、親の年収や預金残高などをでっち上げている。 その彼らが、今度は就職して事実上の「移民」となる。法務省によれば、2017年に日本で就職した外国人留学生は過去最高の2万2419人に達した。前年からは約3000人、2012年からは2倍の増加である。その数は将来、飛躍的に増える可能性がある。早ければ2019年春にも、留学生の就職条件が緩和されるからだ。 現状では、留学生は大学や専門学校で専攻した分野に近い仕事で、技術者を含めたホワイトカラーの職種にしか就職できない。それが大学卒の場合は専攻に関係なく就職でき、専門学校卒も「クールジャパン」に関連する仕事であれば就職できるようになる。「単純労働への就職」も可能に 就職条件の緩和に関し、法務省は「優秀な外国人材の国内定着の推進」が目的だとしている。だが、“偽装留学生”が大量に受け入れられた現状を見ても、大学や専門学校を卒業したというだけで「優秀な外国人材」と定義してよいのだろうか。※写真と本文は関係ありません(ゲッティイメージズ) この時期を狙い、政府が留学生の就職条件緩和に踏み切ったのには理由がある。2012年頃から急増し始めた留学生たちが、日本語学校から専門学校、大学を経て、これから続々と卒業、就職の時期を迎えるのだ。 大学を卒業した留学生の就職には、「年収300万円以上の仕事」という制限だけが残る。つまり、現状では認めていない「単純労働」への就職も可能となる。留学制度をめぐる「闇」 専門学校の卒業生には「クールジャパン」関連という条件こそあるが、具体的な職種までは定義されていない。「日本の弁当文化を学びたい」「牛丼を母国で広めたい」といった理由で、弁当工場や牛丼チェーンに就職できる可能性もある。そうなれば、留学生としてアルバイトで働いていた現場で、今度は社員となって仕事もできる。政府は「優秀な外国人材」という詭弁を使い、これまで通り“偽装留学生”を単純労働者として活用したいのかもしれない。そもそも外国人労働者を最も欲しているのはホワイトカラーの職種ではなく、単純労働の現場なのだ。 ひとたび留学生が就職すれば、ビザの更新は難しくはない。就職緩和策は“偽装留学生”の「移民化」にも通じる。だが、日本語が不自由な彼らにはキャリアアップも望めず、移民となっても社会の底辺に固定されかねない。人手不足が緩和されれば、最初に職を失うのも彼らだろう。治安にも影響しかねない。 その兆候はすでにある。外国人の不法残留は今年1月1日時点で6万6498人を数え、4年連続で増加した。うちベトナム人は前年から30%以上も増加して6760人、元留学生の不法残留者も4100人に及ぶ。外国人犯罪の検挙件数も2017年には1万7006件と、前年から約20%増加した。とりわけベトナム人は約3割の5140件に関わり、国籍別に中国を抜いてトップとなった。こうした不法残留や犯罪の増加には、明らかに“偽装留学生”の急増が影響している。 留学生の受け入れは、日本の言葉や文化に親しみ、“親日”となる外国人を育てるのが目的のはずだ。しかし、現状は逆に“嫌日”外国人を増やしている。事実、筆者は過去5年間の取材を通じ、日本に憧れ入国しながら、この国で暮らすうち、“嫌日”となった留学生たちと数多く出会ってきた。日本語学校や専門学校、大学、そしてアルバイト先となる企業に都合よく利用された末のことである。 “偽装留学生”の流入は止まる気配がない。受け入れ先となる学校、そして人手不足の産業界には好都合である。とはいえ、留学生を自国民の嫌がる仕事の担い手として受け入れ、しかも「移民」にまで仕立て上げようとする国など、世界を見回しても存在しない。政府は留学制度をめぐる「闇」をいつまで放置するつもりなのだろうか。取材・文/出井康博(ジャーナリスト)【PROFILE】いでい・やすひろ/1965年岡山県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒。英字紙「ザ・ニッケイ・ウィークリー」記者、米シンクタンクの研究員等を経てフリーに。著書に、日本の外国人労働者の現実を取材した『ルポ ニッポン絶望工場』(講談社+α新書)、『長寿大国の虚構 外国人介護士の現場を追う』(新潮社刊)などがある。関連記事■ 「外国人留学生増加で授業の質低下、日本人さらに減る」現実■ 偽装留学生こそ学校にとって「金のなる木」 大学でも増加中■ 日本人女性との偽装結婚を検討した中国人不法就労者の告白■ ベトナム人留学生の犯罪が増加 なぜ彼らは犯罪に走るのか■ 検挙件数が中国人抜き1位、在日ベトナム人「犯罪SNS」潜入

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    「高齢者時給500円」移民反対論をなくすにはこれしかない

    平野和之(経済評論家) 国会で出入国管理法改正案(いわゆる移民法案)をめぐり与野党の攻防が続いているが、ここで再度認識してほしいことがある。それは、いわゆる「移民」受け入れのメリットが、ほとんど国民に示されていないことだ。そこで、本稿では、批判が多い実質的な「移民解禁」について、やり方次第ではメリットが大きくなる方策について考察したい。 まず、日本が長年脱却できないデフレの原因は何だと思うだろうか。諸説あるが、一番イメージしやすいのが、少子高齢化である。ところが、経済学的には、先進国はどこも少子高齢化であり、日本だけがデフレの理由にはならないという視点が必要だ。これは、先進国で日本だけが移民を受け入れていないという点で説明がつく。 ついでに言えば、日本の少子化対策について、欧州の出生率が上がったから日本も女性が働きやすい環境整備をしろという声もあるが、欧州は婚外子を認めたからだ。また、アメリカは女性が働く環境整備がなくても、出生率が上がった。なぜなら、自国民の出生率は低いままだが、移民の出生率が全体を底上げしたのだ。 本来、出生率は、低所得者や難民、地方の生活者ほど高く、都市化とともに減少する。日本も少子化が問題視されているが、地方はさほど少子化は進んではいない。人口は減っているが、都市部に吸い取られているだけだ。同じことは、中国でも起きており、一人っ子政策を緩和しても都市部では2人目は作らない家庭が多く、増えていない。 そこで本題に戻るが、国内で根強い移民反対論にメスを入れるにはどうすればいいだろうか。 そもそも、企業側は労働力不足をカバーしたいので、賃金の安い外国人労働者を増やしたいのが本音だ。経営的側面が移民規制緩和論の根底にあり、主導しているのは経団連だ。だからこそ移民緩和論が台頭しているのだ。 では、企業側が望む時給とはいくらかご存じだろうか。筆者が全国の企業経営者らの講演会で毎回リサーチしているが、500~700円程度である(ちなみに東京都の最低賃金は985円)。しかし、今は労働力が不足し、最低賃金で募集してもどこも人が集まらない。だから、最低賃金で働いてくれる技能実習制度の外国人を受け入れたがるのだ。 こうした経済的側面、経営的側面で見ると外国人労働者の受け入れはメリットが大きいが、なぜ、これほど批判されるのか。それは昨今起きている、イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ現象、世界の排他主義の台頭、すべては、移民がテロや犯罪の温床になり治安が悪化するとされているからだ。そして最も大きな理由は、移民労働者によって自国民の雇用が奪われ、自分たちの生活が苦しくなることへの懸念だろう。※写真はイメージ(ゲッティ・イメージズ) そこで、まず、最低賃金以下の労働力を確保したい企業の視点から考察する。高齢者3500万人について、国は段階的に年金支給開始年齢を70歳に引き上げたいのが本音で、理想は75歳である。 ところが、働かそうにも企業側の文化が高齢者に向いていない。これをまずは生かせるようにするため、年金受給者の最低賃金を短時間においてのみ限定的に解禁する。 例えば、高齢者を4時間限定の労働なら時給500円で雇用できるとしたらどうか。若者一人ではなく、高齢者2人のシフトを組めば、高齢者であることのハンデと天秤にかけてどちら選ぶだろうか。筆者が経営者らの講演会で挙手を求めるとほぼ、100%この案に賛成である。 つまり、高齢者の雇用促進を加速させる制度をとり、それでも足りない差分が判明したところで、初めて外国人労働者の受け入れと総量を議論すればいい。望むのは富裕層の「移民特区」 かつて、この論を提唱した際、「時給500円で働く人なんかいない」と炎上したが、仮に、500円で働き手がいなければ、自然と時給は上がるはずで、これができなければ、移民もやむなしという世論が形成され、晴れて反対論はほぼなくなる。 最低賃金とは、いわば、イデオロギーと票田稼ぎの思惑が強く、極論かもしれないが、筆者はそもそも、労働規制改革の本丸は最低賃金法の廃止だとも思っている。 また、外国人労働者をどのような方法で受け入れるかについても、最低でも経済連携協定(EPA)締結国に限定すべきだ。これだけでも、労働意欲が薄く、テロのリスクが高いとされる国からの移民にブレーキをかけることができる。 さらに、筆者が大々的に解禁してほしい移民の分野が二つある。一つは富裕層で、もう一つが、起業家である。 海外でもリタイアメントビザ(退職者向けのビザ)を取得できる制度はたくさんある。海外の退職後の富裕層が日本に移住すれば、不動産などの売買も活発になり、不動産価格も上がり、税収も増えるだろう。富裕層なら治安悪化の恐れも少なくて済む。富裕層が日本に永住しやすい環境を「移民特区」で提供すれば、地方の活性化にもつながる。 ただし、たびたび議論される外国人参政権による政治の浸食、住民投票権の外国人付与につながらないよう、細心の注意を払う必要はある。これらの規制を強化できず、富裕層の資金力であらゆるものが買収されては、移民の脅威の解決策ではなくなってしまうからだ。 もう一つが起業家だ。アメリカのシリコンバレーの半数は外国人である。そもそも、起業は勉学ができるだけでうまくいくものではない。ハングリー精神も必要であり、草食系が多いとされる日本の若者から優秀な経営者が多数生まれるとは思えない。 日本も「2025年経営者問題」があり、経済産業省は今ある法人がこのままだと経営者の高齢化や後継者難で、国内総生産(GDP)の22兆円分が失われると警鐘を鳴らしている。ゆえに新陳代謝を促す上でも若者の起業率を上げるより、外国人起業家を日本で展開しやすくする方が経済のすそ野を広げる上で重要だと考える。 最後に、なぜ移民反対派であろう安倍首相が移民法を推進し、移民受け入れ賛成派であるはずのリベラル、左系野党が反対するかについて説明しておく。衆院予算委員会で外国人受け入れ問題について答弁を行う安倍晋三首相=2018年11月、国会(春名中撮影) 安倍首相の入管法改正案は、最低賃金が上昇し続けていることを踏まえ、経団連のガス抜き的な意味合いが強い。現状のような骨抜きの方がかえって、実績を出さなくても文句も出ないし逃げ道を作っておくことができるからだ。様子見しながら方針転換ができるようにしているとしか思えない。 一方、野党を見ていると、安倍政権の「移民法案」に反対なだけで、本音は賛成なのに相も変わらずのパフォーマンスと責任逃れをしているだけだ。本来なら、野党は移民を促進し、外国人参政権を解禁し、夫婦別姓で婚外子の促進が狙いだが、今、欧米で起きていることを体現しようとするなら無責任としか言いようがない。

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    日本人女性との偽装結婚を検討した中国人不法就労者の告白

     2018年6月現在、在日中国人の総数は74万人。うち不法滞在者は9500人ほどとされ、彼らの大部分が「黒工」(ヘイゴン)と呼ばれる不法就労者となっている。もっとも日中間の経済格差が縮小した昨今、当初から不法就労を目的に来日する中国人はほとんどいない。 黒工たちの多くは、劣悪な労働環境や低賃金が指摘されている外国人技能実習生が就業先から逃亡したパターンか、留学生がオーバーステイしたパターンである。日本人の目には決して見えてこない、在日中国人社会の最末端にうごめく人々の姿をルポライター・安田峰俊氏がお伝えする。* * * オーバーステイの元留学生が不法就労者になった例を紹介しよう。福建省福清市出身の王晨(仮名、23歳)は、高校卒業後の2014年に来日した。最初は神奈川県内の日本語学校、次に大学の日本語別科に籍を置き、事実上の偽装留学生としてバイトに明け暮れていたという。 王はその後、年度が変わり学籍がなくなってからも日本に残り、黒工として3か月間働いていた。「通常、留学生のバイトは週28時間以内と決まっているが、それに違反して長時間勤務をしても月収は20万円少し。学費は年間78万円かかるし、さらに生活費を差し引けば貯金はできない。学費の負担がない黒工のほうが稼げるのではないかと思った」 まだ在留資格が残っていた今年3月に都内の居酒屋の面接を受け、採用された。職場の日本人経営者は、採用後は在留資格をチェックしなかったので、彼が不法就労者とは最後まで気付かなかったという。「月収は増えたが、東京五輪を前に不法滞在者への取り締まりが厳しくなり、街を歩くたび不安だった。日本にいるために日本人女性との偽装結婚も検討したが、毎年70万~80万円をブローカーに支払うと聞き、(偽装)留学生と出費が変わらないので諦めた」 黒工はトラブルに巻き込まれて入管施設への収容や強制送還に遭うことを非常に恐れており、ケンカや交通違反は「絶対にできない」。他の在日中国人から詐欺に遭ったり、職場で危険な業務を強要されたりしても、告発は不可能だ。「僕自身、中国人の友人に貸した20万円を踏み倒されて泣き寝入りした。いくら日本で働けても、黒工のリスクは大きすぎる」 1か月ほど悩んだが、最終的に帰国を決めた。入管に出頭したところ、収容を受けることもなくあっさりと帰国できた。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)「日本は街が清潔で気に入っていた。地元の福清市で働けば、月収は2000~4000元程度(約3.2万~6.4万円)にすぎない。合法的に滞在できたなら、日本でもう少し働きたかったな」 懲りない男である。【PROFILE】安田峰俊●1982年滋賀県生まれ。ルポライター。立命館大学文学部卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。最新刊に『さいはての中国』(小学館新書)がある。関連記事■ 中国人技能実習生が逃亡し不法就労者「黒工」になるまで■ 不動産会社社員 仕事のため4回偽装結婚、相手の一人は70歳■ 中国の結婚詐欺 14歳の娘に「三重婚」させる手口まで発覚■ 在日中国人向けフリーペーパー「1週間以内入籍可」の広告■ 運び屋に仕立てられる「ラブコネクション」 出会い系経由が増

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    外国人労働者受け入れにも応用できる「マルクスの経済学」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) カール・マルクス(1818-83)は、資本主義経済の本質と限界を明らかにした。マルクスの代表的な著作『資本論』(1867に第1部公刊、没後に2部・3部公刊)や、盟友のフリードリヒ・エンゲルスとの共著『共産党宣言』(1848)などは、世界中の人たちに今も多大な影響を与えている。 マルクスは2018年で生誕200年を迎えることもあり、世界各国でその業績を振り返るイベントなどが盛んに行われた。例えば、中国では習近平国家主席が、中国の経済・社会的な繁栄をマルクスの教えに基づくものとして、さらには習体制自体のマルクスからの正当性と成果を強調するために利用した。 もちろん、このような「政治的利用」については、各国の識者やメディアから厳しい批判もあった。マルクスは資本主義経済の問題点と限界を明らかにしたのであり、現在の中国は、一党独裁の政治体制の下で人々の自由な発言や暮らしを制限している一方、経済については営利追求を中心にした資本主義経済そのものではないか、という内容である。 マルクスによれば、資本主義経済は資本家階級と労働者階級との「階級闘争」の場であった。マルクスは、資本主義経済が発展しても、そこでは実際に経済そのものを発展させる原動力である労働者階級の生活は苦しく、資本家階級に酷使され、その経済的成果を「搾取」されている。しかも、資本主義経済というのは、この資本家階級による労働者階級からの「搾取」がなければ、そもそも成長しようがない。 このような不当な抑圧と対立は、やがて二つの階級闘争をエスカレートさせていき、やがては資本主義経済の行き詰まりとその体制の「革命」を必然的に伴うだろう、という見方である。労働者階級には圧倒的多数の人たちがおり、その自由を求める必然の活動を、マルクスは正しいかどうかは別にして、それなりの理屈で主張したのである。 このようなマルクスの考え方に影響を受けて、19世紀中期から現代に至るまで、さまざまな社会的な運動が生じた。その中から、ソ連や改革開放路線以前の中国、キューバなどの共産主義国家が生まれてきた。2018年5月、マルクス生誕200年の記念大会に臨む中国の習近平国家主席(左)と李克強首相=北京の人民大会堂(共同) だが実際には、多くの国では、マルクスが批判していた一部の特権者による政治的弾圧が広範囲に見られ、人々の自由は著しく制限された。資本家階級が単に政治的特権階級に入れ替わっただけであった。 生活水準は、確かに平等化が大きく進んだが、それは極めて低水準のものであることが大半であった。例えば、崩壊したソ連経済では、国民の消費が大きく抑圧される一方で、軍事の拡大やムダな投資が行われた。マルクスの予言も分析も間違い? ハンガリーの経済学者、ヤーノシュ・コルナイは、人々に必要な物資が行き渡らないのは、中央集権的な「指令経済」の責任であるとし、ソ連などの共産主義国家の経済の在り方を「不足型経済」と呼んだ。全く妥当な意見だろう。この「不足型経済」はやがて限界を迎えて、ソ連は崩壊し、中国も「改革開放」路線という形で資本主義経済に「復帰」した。 英オックスフォード大学のフェロー(教員)であり、また英BBC放送の筆頭経済記者だったリンダ・ユーは、近著『偉大な経済学者たち』(2018)で、現在の中国とマルクスの関係について解説している。ユーは、マルクスが市場経済を取り入れた今の中国共産党を批判するだろうとした。他方で、中国が市場経済を導入することで、貧困や経済格差を解消したのならば、マルクスはそのことを評価しただろうとも指摘している。 都市の中での富裕層と貧困層の経済格差、そして農村部と都市の経済格差は中国だけではなく、国際的にもしばしば問題視されてきた。ただしこの経済格差自体は、まだ数値としては大きいものの、近年では縮小するトレンドに入ったと指摘する専門家もいる。 他方で「絶対的貧困」とも呼べる人たちが農村部を中心に膨大に存在していたが、「改革開放路線」という中国的な資本主義化によって急速に減少した。おそらくこの農村部の貧困解消は、都市部への労働者の流入とその生活水準の向上によるものが大きいだろう。またリーマン・ショック以降に加速した内陸部への公共投資の拡大が地方経済の底上げに役立ったことからも、貧困と格差の縮小に貢献したのではないだろうか。 だが、これらはマルクスの指摘とは異なり、現在の資本主義経済を基本的に採用している国々の発展パターンと極めて似ている。 むしろ、マルクスの予言も分析も間違っていた可能性を示唆している。では、マルクスの分析は今日では全く意義がないものだろうか。必ずしもそうだとは言い切れない。特に、「搾取」とは異なるマルクスの分析にも注目すべきである。 マルクスの有名な著書『経済学批判要綱』(1857-58)に、「時間の経済、全ての経済は結局そこに解消される」という有名な言葉がある。この言葉については、経済学者の杉原四郎(1920-2009)による以下の解釈が参考になる。 「こうした主張は、人間生活にとって最も本源的な資源として時間があるということ、労働時間がその時間の基底的部分を構成するということ、そして生活時間から労働時間をさしひいたのこりの自由時間によって人間の能力の多面的な開発が可能になること、したがって労働時間の短縮が人間にとって最も重要な課題とならざるをえないこと、このような認識をまってはじめて成立することができる」(『経済原論Ⅰ』)。ロンドンにあるカール・マルクスの墓(ゲッティイメージズ) 人間の労働が、本来は自分の本質を実現する生命活動でもあるにもかかわらず、ワーカホリック(仕事中毒)や過重労働などで自分の生命さえも危機に陥ることが、今の日本でも大きな問題になっている。労働者は自分の時間を自由に使うことができず、社会から「疎外」されている。マルクスの分析はこの時間の経済論としては再考すべき現代的意義があるだろう。 ただし、マルクスの現代的意義をこの「自由」の観点から考察すると、実はマルクスの貢献がかなり相対化され、事実上無視しても差し支えなくなる。マルクスは、資本家と労働者の間できちんとした雇用契約がなければ、そもそも「市場」などは存在しないと考えていた。この観点は、マルクスだけではなく、何人かの経済学者たちが共有している観点でもある。例えば、辻村江太郎は以下のように書いている。見せかけの「需給一致」 「労働市場を放置すれば供給過剰になりやすいということは、マルクスと同時期に、すでにゴッセンが警告していたことである。労働の供給過剰は、一人当たりの労働時間の面と、家計の有業率(ミクロの労働率)との面に現れるか、ゴッセンは後者について、家が貧しいと子女が幼時から働きに出て、それが労働条件(悪化)の悪循環のもとになることを指摘していた」(『経済学名著の読み方』)。 ヘルマン・ハインリヒ・ゴッセンは19世紀前半のドイツの経済学者だ。彼の発言を図にすると以下のようになる。 経営者や資本家から自分の労働を厳しく買いたたかれて、もはやギリギリの生活水準まで落ち込んだ状態が、マルクスやゴッセンの考えた賃金状態=W0だとする。そのときに雇用されている人数(雇用量)は、L0だとしよう。これは、経済学の普通の労働需要と労働供給の一致を示しているようにも思える。 だが、マルクスとゴッセンは、この需要と供給の一致はあくまで見せかけであって、実際には労働者の雇用契約の自由が奪われてしまっている、と指摘した。労働者側は自分の生活水準ギリギリの賃金に落ち込んで、それでもこの「契約」を生きるために飲まざるをえないのだ。 日本の現状でいえば、あくまで一例だが、非正規雇用に多い年収100万円以下で働いて家計を支える人たちや、現在議論されている出入国管理法改正案で対象となっている外国人技能研修生の一部に見られるブラックな雇用環境をイメージしてほしい。 ところが、厳しい生活に直面している人たちが、家計の補助になるだろうと子供たちを働かせることにより、かえって貧困を加速してしまうと、ゴッセンは指摘している。上記の図でいえば、労働供給曲線が右下方にシフトする。これが、純粋に家計補助で駆り出される子供たちの労働の増加を示す。 だが、これは彼らの家庭をさらに貧困のどん底に突き落とすだろう。なぜなら、今までも生活ギリギリだった賃金水準が、それをさらに下回るW1のラインまで下落しているからだ。 この結果はどうなるだろうか。一つは、今まで食べていたものを、さらに安価で不健康で高いカロリーのみを追求するだけのものにするかもしれない。また子どもの貧困が加速するために、子どもたちは満足な食生活を維持できずに、また過酷な労働の結果、死にさえも直面するだろう。 ゴッセンが児童労働を強く批判した理由はこのためである。市場原理は、競争の結果、労働の売り手と買い手が最適になる、つまり経済学の意味でハッピーになると考えている。だが、このゴッセン=マルクスのケースでは全く市場原理は機能していない。むしろ、政府の介入による児童労働の禁止が強く要請されるだろう。実際に、このゴッセン的な観点での児童労働の禁止は、今も有効なのである。2014年にノーベル平和賞を受賞したインドの人権活動家、カイラシュ・サトヤルティ氏=2016年6月撮影 2014年のノーベル平和賞がインドの人権活動家、カイラシュ・サトヤルティに与えられた。児童労働への反対運動を評価されてのことだ。彼はインドだけでなく、世界各国で強制労働に直面していた児童8万人余りを解放した。児童労働(5歳から14歳まで子供たちの強制的労働)は、全世界で2億5千万もの人数に達するという。サトヤルティ自身は経済学者ではないが、その児童労働廃絶の根拠は、今説明したゴッセンやマルクスの考えと同じだろう。リベラル2.0の経済学 ところで、この考えは児童労働だけの問題ではない。国会で審議されている入管法改正の議論でも参照になるのだ。 この議論でも、W0が生活に追い立てられたために、やむなく条件を飲んでいる厳しい賃金水準だとしよう。そのときの国内の(未熟練)労働者の雇用量はL0になる。ここで、現状の入管法改正案のように、外国人労働者を増加させるとどうなるだろうか。 今までの国内の労働者たちと同じ質を持つ外国人労働者が増加することで、やはり労働供給曲線は右下方にシフトする。このとき図から自明なように、賃金は今までの水準よりもさらに低下する。さらに国内の労働者の雇用も減少してしまう。国内の労働者賃金は前よりも下がったW1になり、そのときの雇用量はL2になる。受け入れた外国人労働者もまた日本国内で過酷な待遇を甘受しなくてはいけない。どこにもいいことはないのである。 では、どうすればいいか。まず考えられるのは、ゴッセンが追求した道であり、外国人労働者の移入制限がこれにあたる。だが、制限だけでは、生活水準は相変わらずW0の位置で酷悪なままだ。加えて経営者側へのさまざまな規制、例えば労働時間の規制や労働者の交渉力の向上などが必要とされる。これが今までのリベラルな経済学の在り方だ。これを「リベラル1.0の経済学」としよう。その上で、市場を十分に機能させるための制度上の構築が必要なのだ。 次に必要なのが、マルクスらがまるで評価しなかった、現実の経済水準全体を拡大していく政策である。これを「リフレーション政策」と一応名付けよう。経済の現実的な成長率を年率3~5%程度で安定化させるために、積極的な金融政策と財政政策の組み合わせで臨んでいく政策スタンスをいう。 もちろん、政府による異常なムダが削減されるが、それによって経済全体を縮小するような緊縮スタンスには反対する。そういう姿勢だ。これを「リベラル2.0の経済学」とする。先ほどの図でいえば、①制度構築による市場原理の達成(需給一致が労使双方の満足を最大化する)②経済成長の安定化、その一つの在り方としての労働需要の増加、である。②の労働需要の増加を最初の図に書き加えよう。 リベラル2.0の政策によって労働需要曲線が右上方にシフトしている。と同時に、市場の制度的基盤が改善されていることで、生活ギリギリの賃金から労働者は解放されている。ただし、このケースでも外国人労働者が移入することは、国内の労働者の賃金と雇用を奪うことには変わりはない。ただし、最初のケースに比べれば、国内労働者からの「収奪」は相対的に少なくなるだろう。 外国人労働者のケースで付け加えることは、あくまで同じ質の労働者を前提にしていることだ。例えば、国内の労働者と補完的な関係の人たちや、高度な技能を有する人たちは国内の生活水準を改善することに寄与する。 少なくとも、国内の雇用環境を、ブラックな処遇の改善、そしてマクロ経済全体の改善という手順を踏んで、その上で外国人労働者をその雇用の質に配慮しながら受け入れることが望ましいだろう。(敬称略)

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    世界の常識を知らない日本人に「移民侵略」は防げない

    坂東忠信(外国人犯罪対策講師、作家)(青林堂『日本版 民間防衛』より) 国連人口部は「出生あるいは主権を持っている母国を離れて1年以上外国に住む人」を「移民」と定義づけています。また海外では、帰化1世や難民、密入国者、オーバーステイも移民とするのが一般的です。 日本ではどうかというと、滞在資格が90日を超える中長期滞在者も事実上の移民として数えることができるでしょう。3カ月以上の在留資格を取る人のほとんどが、資格を更新しますので、事実上の移民予備軍となるわけです。 しかし日本政府では帰化1世の人口統計を取っておらず、密入国者に関する統計もあるわけがなく、移民の実態を正確に把握できているとは言い難い状態です。中長期滞在者だけでも、平成28(2016)年は237万880人でしたが、翌29(2017)年256万9026人と、約7・5%も増えています。 今まで日本人は、「国民か外国人か」という区別をしてきました。しかし移民が激増した今日では、これが問題を見えにくくしています。帰化した外国人も「国民」として扱うことになるからです。 日本には、帰化1世の議員が多数いますが、私たちは彼らが移民であることを意識することはあまりないと思います。しかし国籍は日本でも、帰化1世であれば「移民」です。世界ではそのように考え、移民の参政権には制限があるのです。 「帰化」とは「帰属化」であるところ、国旗の授与も国歌斉唱も国家忠誠の宣言もない日本の帰化は帰属化することのない単なる手続きであって、国家の象徴をないがしろにする真に日本の仲間とは認め難い議員もいるので、「日本国籍を持っているから仲間じゃないの?」というわけにはいかないのです。2018年11月13日、衆院本会議で出入国管理法改正案の答弁を行う安倍晋三首相(春名中撮影) そこで、国連の定義に従うなら、日本の議員の中には「国民議員」と「移民議員」の2種類がいるということになります。そう言われて初めてハッとする方もいるでしょう。 帰化1世の野党移民議員が現職、元職を含め存在することが確認されている上に、他国では辞職となる二重国籍でも大臣になれるし、現職のままで議席についていますが、果たして彼らは日本の国会議員といえるのか。日本のために働いているのかどうか疑わしい議員もいますがこれでいいのか? もちろん、国籍問題にけじめをつけた与党議員のように、日本のために帰化し、国会議員になった議員もいます。一概に移民議員はよくないとは言いませんが、移民も帰化さえすれば国会議員にもなることができるという現行制度は、そろそろ見直す必要があるのではないでしょうか。外国人犯罪統計の壁 国会の中に移民議員がいることと、その人数が明らかになれば、国民ももっと真剣に移民問題について考えるようになるはずです。はっきりと区分することで、外国の侵略を受けるなどの有事となったとき、誰が敵国側につくのかといった危機意識もはっきりしてくるのではないでしょうか。 日本人と外国人を見分けようとしても、多くの人はピンと来ないでしょう。しかも外国人のほとんどは中国大陸か朝鮮半島から来ているため、「あの人は外国人だよ」と言っても「半島の人でしょ」みたいな感じになってしまいます。これは民間人に限った話ではなく、警察自体も今ひとつピンと来ないため、「来日外国人犯罪の検挙情況を公表しろ」と言っても、「でも在日でしょ」となってしまうわけです。 「外国人犯罪の検挙情況」「来日外国人犯罪の検挙情況」は出ているわけですから、単純に引き算をすればいいというのが、一部左翼側の主張です。しかし来日外国人に関する資料ほどの詳細な分析は不可能で、一般人の引き算資料より公的機関の公表資料の方が信頼性があるのは明らか。本来警察がデータを取り、分析し、公表すべきものなのに、「非常に手間がかかる上、前例もきっかけもないから在日外国人の犯罪の検挙状況は出せない」というのが警察庁の回答です。 しかし、パソコンなどの性能が上がり、身分証の容易な偽造が可能になったり、海外などから多種多様な違法薬物が流入したり、ビットコインなど、現金以外の決済手段が発達したりするなど、いわゆる犯罪インフラの向上によって、外国人犯罪も今後さらに複雑化していくものと思われるため、中長期滞在者の犯罪傾向の把握なしに外国人問題を考えることはできません。 そういう状況にもかかわらず、警察庁のこの及び腰はどうかと思います。今後ますます複雑化、深刻化するかもしれない外国人犯罪に対処するためには、在日外国人の犯罪状況の正確な把握が不可欠なのは言うまでもないでしょう。 拙著『在日特権と犯罪』では、本邦初公開となった在日外国人犯罪に関する資料を一部引用しています。平成26(2014)年に検挙された「来日」「在日」外国人の国籍別と、日本人の総人口における検挙者の割合を「1」とした場合の外国人検挙割合の比較、さらに「来日」「在日」外国人別に、平成26年までに殺された日本人の数と殺した外国人の数に関するデータを、警察庁から個別に入手しましたので、詳細は拙著にてご覧ください。 なおこの資料は、衆議院議員の長尾敬先生を通じて、警察庁にリクエスト、統計化したもので、前例を覆していただいた貴重な資料です。 予備軍も含む移民が約256万人ということは、総人口約1億2500万人に対して、約50分の1は移民ということになります。ただし、外国人人口は地域較差も、大きくこの数字には難民、密入国者、オーバーステイは含まれていませんので、国連の基準に則(のっと)れば、もっと比率は上がるのではないでしょうか。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) すでに日本は移民社会になっているとみるべきでしょう。もちろん移民すべてが危険ということではありません。私たちが気をつけなければいけないのは、犯罪分子と反日分子ですが、これらには、ちょっとした違いがあります。犯罪分子は反社会的な、人に迷惑かけても別に構わない、自己中心的な人たちで、反日分子は、文字通り「反日」を目的として行動する人たちです。 犯罪分子は文字通り一般的な(という言い方もなんですが)犯罪者、反日分子は、例えば愛国心や忠誠心から、あるいは母国の機関からの報酬などを目的に、仕事として破壊活動をやる工作員というように分けることができます。どっちも日本人に対して害ですが、ここは区別が必要です。スパイ防止法のない日本 また、中国、韓国朝鮮系の2世、3世が多いエリアでも、彼らは日常から日本語を話しているため、外国人と認識しずらい状況にあります。そう考えると、50人に1人は移民という状況の中、危機管理はどうなるのか? という疑問や不安が湧いてくるのも当然。そこに反日分子が入り込んでいたとしたら…。考えただけで恐ろしくなりますね。 特に外国籍のまま、世襲で滞在資格を認められている特別永住者(内99%は韓国朝鮮人)らは、日本語を普通に話し、街中を歩いています。しかし日本にはスパイ防止法がありません。G7の中でもスパイ防止法がないのは日本だけです。「特定秘密保護法があるだろう」という人もいますが、スパイ防止法とはまったく違うものです。 「秘密」とする事項をどのように指定するのか、指定された秘密をどう管理するのか、また秘密を管理する人員の基準、秘密を管理するものが不法に情報を漏らした場合の処罰をどうするのかなどが定められているだけで、スパイを処罰する根拠はまったくありません。「日本国内の秘密に接してもいいよ」と許可された人が秘密を洩らした場合に処罰するための法律であって、外国から日本に来て情報を持ち出した人を処罰する法律ではないのです。 また通称「盗聴法」とも呼ばれる「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」は、文字通り犯罪捜査のために、通信を傍受できる、はずの法律なのですが、警察官が盗聴器をしかけたら、30日以内には証拠となる会話が録とれなくても通信を傍授していた事実を通知しなければいけない(延長可)。 こんなのまぬけもいいところです。「盗聴しました」なんて言われたら、誰だってその後は警戒するじゃないですか。人権派の一部は「国家に監視される」「私生活が盗聴される」と騒いでいましたが、警察はそんなに暇ではありません。 中国人が増殖する仕組みについて集合住宅を例に説明しましょう。まず彼らの誰か1人が開拓者となって部屋を借ります。そこが1人契約の部屋なのに2人、3人…と同居する。そのほうが1人あたりの家賃負担が安くなるからです。しかし日本語より甲高い声で会話する中国人は1人増えてもうるさく感じるのに、2人、3人と集まると余計うるさく感じるため、うんざりして退去する日本人が出ます。 そうして空き部屋ができると、中国人たちは知り合いにその部屋を紹介するようになります。面子を重んじる中国人は、誰かに頼られることを、ステイタスにするところがあるため、「どっか部屋空いてない?」という相手には、「俺のすごいところを見せてやる」とばかりに知人にツテを求め、知り合いの大家がいれば掛け合います。そして同じように1人契約の部屋に2、3人で住み着くのです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) そうするとさらにうるさくなり、日本人が嫌になって退去して、また中国人が入居する。そういう連鎖が拡大していくのです。 これは中国人やそのコミュニティ増殖の原動力といってもいいかもしれません。日本人の人物評価のような「まじめな人」「やさしい人」かどうかよりも誰と、何人と、どんな人脈を持っているかが問われますので、中国人が集まり始めるとすぐに大きな集団になるわけです。「あいつすごいんだよ、知り合いにこんな人がいて」というのが中国人社会のステイタスで、それが商売にも結びついてくるからです。 「民泊」という言葉をここ4、5年ほど前から耳にするようになりました。今年(平成30〈2018〉年)6月から施行された「住宅宿泊事業法」を元に、民泊は届出制で開業できるようになりました。民泊の客が帰国しない その前は「ルームシェア」といわれていましたが、私が刑事を退職した15年ほど前には、まだその言葉さえありませんでした。しかし、私がまだ北京語通訳捜査官だった20世紀末ごろから、密航者の多い中国人や不法滞在者の多い韓国人により「ヤミ民泊」が行われていたのです。 東京オリンピックを控え、首都圏では建設労働者が不足し、海外から、もちろん中国からも多数の労働者がすでに国内に入っているでしょう。彼らもこうした民泊を利用していると思われます。しかし、建設関係に求人が集まるのはオリンピック開催前までで、開催中は観光案内や滞在のサポートといった語学力を伴うビジネススキルを備えた人材が必要とされるなど、オリンピックに関連する労働需要も変化します。 しかしオリンピック終了後、語学力を伴うビジネススキルを備えた人材も淘汰されていきます。彼らがそのまま帰国してくれればいいのですが、そう簡単にはいかないでしょう。一度日本で快適な生活を送れば、母国に帰りたくないという人が出てきてもおかしくありません。 そのときも民泊が彼らの拠点となる可能性があります。民泊仲介サイトのAirbnbでは、身分確認のための個人確認と登録を行っていますが、安い宿ではそれを必要としていない場合も多く、実態をつかめない部分も多いのです。 外国人自身が民泊のオーナーとなっているケースや、風俗マッサージ店が閉店後もベッドを利用して民泊化するケースもあります。東京オリンピック関連に限らず、無届けの民泊が中心になってオーバーステイの隠れ蓑になる可能性があるとみるべきでしょう。 さて、これまでは、中国人は同じ地方出身の者同士、例えば上海人なら上海人同士で仲良くなるというのが一般的で、上海人と福建人が仲良くなるようなことはあまり聞いたことはありませんでした。違う地方の出身者同士だと、喧嘩になってしまうからです。 しかし中国人全体の数が増えたこともあって、違う地方出身者が同じ職場などにいることも珍しくなくなり、出身地が違っても仲良くなるケースも出てきているようです。私の知る範囲でも、仲のいい上海人と福建人がいました。 こうした例は今後増えるかもしれません。警察もこれまでは異なる外国人同士は対立していることを前提に情報収集なども行ってきましたが、彼らが日本国内でまとまると日本人対外国人の図式になってしまいます。そうなるとこれまでのやり方が通用しなくなるだけでなく、日本人社会と中国人社会の間の溝が深まる恐れも出てくるでしょう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 彼らの日常の中には偽造旅券や偽造在留カード等犯罪組織に関わる要素が普通に入り込んでいるため、困った事があるとこうした違法なサービスを簡単に受け入れてしまいます。例えば「オーバーステイになっちゃった、どうしようかな」と言えば、「知り合いに偽物の外国人登録書作ってくれるとこあるよ」となるわけです。 日本人だと、犯罪組織と結びつくことなどとんでもないことですが、彼らは日本人のような順法精神は持っておらず、特に旅券などの偽造や著作権を無視したコピーなどに見られるように、被害者が見えず利得があればそれを選びます。単に言葉が違うといったことだけでは説明がつかない違いがあるということを意識する必要があるのです。人口侵略の実態 偽物の外国人登録書を作る知り合いがいるようなことも、普通に会話できるどころか、ステイタスにさえなってしまうのです。「政治家から犯罪者まで、俺はいろんな人脈を持っている」ことは頼りがいがあるということなのです。 日本人なら、絶対に分別すべきところですが、中国は昔から、『水滸伝』の梁山泊(りょうざんぱく)のように、山賊が政治家にステップアップする社会です。スタートが山賊というのも何ですが、彼らは最初からきれいである必要はないと考えているようです。社会がそういう構造ですので、きれいなままでは出世しにくいのです。 現在、国際結婚の7割は日本人男性と外国人女性の組み合わせで、さらに外国人女性の4割が中国人です。後継者問題を抱える農村部でも、中国人配偶者が増え続けています。北海道を例に見てみると、北海道では住民登録する中国人の男女比が1:2。女性が男性の倍となっています。彼女たちの多くは、日本人独身男性の配偶者となり、その多くが10歳以上離れた年の差カップルです。 どう考えても旦那のほうが15年くらい先に死んでしまい、中国人の奥さんとハーフの子供が残されることになります。そうなるとその土地に馴染めなかった奥さんが、農地や家屋を全部処分して、子供を連れて帰国してしまうことも十分考えられます。 中国人のケースではないのですが、山形県の戸沢村では、村の男性の配偶者に多数の韓国人女性を迎え入れた結果、夫と死別したり、離婚したりして残された韓国人の奥さんたちが、キムチを地場産業にしようということになり、道の駅が丸ごと韓国風になってしまいました。 安易に外国人配偶者を求めると、結果的に村が乗っ取られたり、あるいは棄てられたりしてしまうこともあり得るということです。 しかし、北海道にしても山形県にしても、彼女たちが乗り込んできて村の独身男性の配偶者に収まったということではありません。結果的には人口侵略、文化侵略のような形になってしまいましたが、日本人が望んで呼び寄せた人たちです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 農村に限らず、冒頭でお話しした都市部の集合住宅にしても、空き部屋を出したくない大家さんが、中国人に部屋を貸したのが始まりであって、ある日突然国際窃盗団のような連中が押しかけてきたわけではありません。コンビニや居酒屋のアルバイトもそうです。 また中国の進出が著しいとされている沖縄も、実は台湾人も多く入ってきていて、見分けがつかず、よけいに不安に思っている人もいるようです。中国が脅威であることは当然なのですが、恐怖心が増幅しイメージが一人歩きしている側面もあります。 やはりここでも情報を多角的に正確に、そして冷静に読み取って状況を判断する必要があるということになります。

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    「労働生産性はゼロ成長」人手不足、解決のヒントはここにある

    斎藤満(エコノミスト) 中小企業の中には人手不足のために経営が立ち行かなくなるところも増えていると言います。日銀の調査(「日銀短観」など)をみても、中小企業を中心に企業の人手不足感が高まり、バブル期のピークに迫っています。そして、建設現場や介護施設などでは外国人労働力への依存が高まり、政府も産業界の要請を受けて、外国人労働の受け入れに前向きとなり、法整備も進もうとしています。 この間、企業の利益は最高益を更新するほど好調で、厚生労働省の調査では、この夏のボーナスは前年比4・7%増と、27年ぶりの高い伸びとなりました。ところが、その割に労働者の賃金はあまり上がらず、春闘賃上げも、いわゆる定期昇給分を除くと0・3%から0・5%の低い伸びにとどまっています。このため、個人消費は低迷を続け、企業の値上げが通りにくく、インフレ率も1%以下の低い状況が続いています。 これだけ人手不足が言われ、企業収益が好調にもかかわらず、なぜ賃金が増えないのか。人手不足と低賃金の両方をもたらしている意外な原因が「低い労働生産性の伸び」にあると考えられます。  まずは数字を見ていただきましょう。「日本株式会社」の利益総体ともいえる名目国内総生産(GDP)ですが、昨年(2017)度1年間で548・6兆円産み出されました。その年度末にあたる18年3月の就業者数は6694万人でした。つまり、この会社では就業者1人当たり819・5万円を産み出していたことになります。 同様に、2016年度では6502万人の就業者で539・4兆円のGDPを産出し、1人当たりでは829・6万円を稼ぎ出していました。ちなみに、2010年度は6288万人で499・3兆円を、2005年度では6374万人で525・7兆円を、2000年度では6445万人で528・5兆円を産出していました。1人当たりではそれぞれ794万円、824万円、820万円となります。 これらの数字の中に、問題の答えが潜んでいます。中でも最も重要な数字は就業者1人当たりの生産額、つまり労働生産性が上がっていないことです。リーマン危機後の経済の大きな落ち込みを見た直後の2010年から比べても、1人当たりの生産額は7年間で3・2%、年率換算すると年平均0・4%の上昇にとどまっています。2000年からの17年間では生産性はゼロ成長です。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) 1人当たりの生産がどんどん増えれば、つまり労働生産性の上昇率が高ければ、売り上げや生産の増加計画の下でも人手を増やす必要はありません。しかし、労働生産性が上がらないとすれば、企業は売り上げや生産を増やそうと思うと、それだけ人を増やさねばならなくなり、生産年齢人口が減少する中でこれが続くと、人手不足をもたらします。 つまり、最近の人手不足をもたらした原因の一つが、労働生産性が上がらないという事実にあります。15歳から64歳の「生産年齢人口」が減っているので、人手不足はやむを得ない問題ととらえがちですが、人為的な面も少なくありません。そればかりか、労働生産性が上がらないことが、同時に賃金上昇を低く抑えざるを得ない原因にもなっています。賃上げはこうして可能になる 従業員の賃金上昇は、原則労働生産性上昇の範囲内で行われます。つまり、労働生産性が2%上昇すれば、2%の賃上げが可能になり、その賃上げは企業のコスト負担にはなりません。賃金上昇率から生産性上昇率を差し引いたものを「単位労働コスト」といい、これが上昇すると、その分を製品価格、サービス価格に転嫁するか、転嫁しなければ企業の収益が減ることになります。 政府の要請に応えて賃上げをしても、それが生産性上昇分を超えてしまうと、価格転嫁するか企業収益の悪化になるかどちらかとなります。昨今の日本の消費市場は低迷が続いていることもあって、値上げをした企業が苦戦を強いられるケースが少なくなく、むしろ流通業界の中にはあえて価格を引き下げて顧客を確保しようとするところも少なくありません。 かといって、賃上げをして企業収益が減れば、株式市場からしっぺ返しを受けます。企業としては、生産性が上がらなければ、賃金も引き上げられないことになり、その生産性がこの20年でほとんど上がっていないので、継続的な賃上げはできないことになります。従って、企業収益が大きく拡大したときには、ボーナスで一時的に労働者に還元するのがせいぜいとなります。 また、産業界は政府に働きかけて、必要な時に必要なだけの雇用を確保できる雇用体制を作り、低賃金でかつ社会保険料負担のない「非正規雇用」を使えるようにしました。2017年にはこの非正規雇用が全体の約4割を占めるに至りました。税務統計によると、2017年の正規雇用の年収493・7万円に対して、非正規雇用は175・1万円と、正規雇用の3分の1強にとどまっています。 社会保険料負担がないことを考えると、企業の人件費負担は、非正規雇用にシフトすると、3分の1以下に抑えられます。これらを活用することで企業は生産性が上がらない中で人件費を抑えることが可能となり、その分値上げをしなくても済み、インフレ率が1%以下の低い水準を維持するとともに、人件費の抑制も利いて企業収益の拡大が可能となっています。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) 人件費を抑えている分、労働者側から見れば所得が増えず、しかも一方で税や社会保険料負担が増えているので、実際に消費に回せる購買力(可処分所得)はさらに圧迫され、消費が低迷を続ける原因となっています。これらの原因が、いずれも労働生産性の伸び悩みからきていることになります。 数字でもう一つ注目したいのは、2000年から2010年にかけては、少子高齢化、生産年齢人口の減少に伴って就業者数も減っていたのですが、その後は少しずつですが就業者数は増えています。これは女性や高齢者が就業するようになり、彼らの「労働参加率」が高まったことと、外国人労働者が増えてきたことによると見られます。そしてこうした「限界労働力」の増加が人件費を抑えるとともに、また生産性上昇を抑制している面も否めません。外国人に頼るのは最後の最後 このようにみると、人手不足、低賃金を解消する有力な方法が労働生産性の引き上げで、それを実現するために必要なのは、民間企業の設備投資拡大であり、研究開発投資の拡大となります。産業ロボットや人工知能(AI)などを取り込んだ設備投資の拡大によって、省力化が進み、生産性が上がれば、従業員の給与引き上げも可能になり、人手不足と低賃金解決の「一石二鳥」です。 その点、ただ設備を増やすだけでは、いずれ設備過剰となってストック調整を余儀なくされることがあるので、新技術につながるような研究開発投資が重要です。日本は主要国に比べてこの分野での政府支援が遅れています。官民協力して研究開発を進め、日本のアップル、グーグル誕生のタネをまきたいものです。 このように、人手不足の原因として大きいのは、人口の減少というよりも企業の生産性努力が後退して効率が悪くなっていることが大きく、ここに対策を打つのが先決で、外国人労働力に頼るのは最後の最後で、限界的な対応策としてみる必要があります。 欧米では移民難民問題で国が割れるなど、これが大きな問題になり、ドイツなど、政権を揺るがす状態にある国もあります。米国でも中米からの難民キャラバンに対して、軍隊を用意してまで入国を阻止しようとするトランプ政権のやり方に賛否が分かれています。 日本は地理的な特性もあって、ここまでは移民難民の問題はほとんど経験がなく、難民受け入れも主要国の中では非常に遅れているとの批判もあります。それだけここまでは移民難民問題に慎重に対処してきた日本が、人手不足のために、こうした問題をスキップして外国人労働力の受け入れに急旋回しています。 それも、熟練技能労働者のみならず、上司の指示に従って仕事ができる程度の未熟練労働も受け入れる方向で、最終的にどれくらいの規模になるのか、当局も十分把握していないまま、拙速で話が進んでいます。人件費の安い非正規雇用の次は、やはり人件費の安い外国人の単純労働力を、という安易な動きとも言えなくもありません。その結果として、移民を受け入れる判断をしたのと変わらなくなります。 多民族同居に慣れていない国柄であるため、外国人は新大久保や群馬などに「外国人街」を作りがちで、必ずしも日本社会に十分溶け込んではいません。 そんな中で、労働力として大規模な外国人を受け入れると、それが3年であれ5年であれ、家族も含めると大規模な外国人が日本社会に突然暮らすようになりますが、その社会インフラは整っていません。5年過ぎたら追い返すのか、社会保障は日本人と同様に扱うのか、その負担はどうするのか。まずは日本人が移民難民の受け入れをどう考えているのかも把握する必要があります。※画像は本文と関係ありません(GettyImages) その上で受け入れ態勢が整うまでは、外国人労働力の受け入れは十分慎重に、徐々に進める必要があります。受け入れ態勢が整わないまま外国人を大量に受け入れ、彼らに不自由、不便な思いをさせ、社会と軋轢(あつれき)を起こすようなら、国際社会から日本の姿勢が非難され、国際的な信用を失います。 人手不足問題に対しては、まず企業の研究開発、技術開発、設備投資による生産性向上努力に注力し、その間安心して子育て就労ができる体制を整え、結婚、出産しやすい環境を作るなど少子化に歯止めをかけるのが先で、その間に外国人労働力、移民受け入れ態勢を法体系も含めて整備する必要があります。それでも必要なら外国人労働に助けてもらう、というのが筋ではないでしょうか。

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    人手不足「移民に頼らない」妙案がある

    世の中、どこも人手が足りないらしい。少子高齢化と人口減少が進むわが国にとって、深刻な事態である。その解決策の一手として外国人労働者の受け入れを拡大する出入国管理法改正の議論も始まった。とはいえ、昨今の人手不足感、どこまで本当なのか。すべてを疑って、一から考えてみよう。

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    人手不足、埋もれた社員の「企業間トレード」も特効薬になる

    田岡春幸(労働問題コンサルタント、元厚生労働官僚) 厚生労働省によると、2018年9月の有効求人倍率は1・64倍となった。1974年1月(1・64倍)以来の高水準で、人手不足感が強い状況が続いている。一方、今まで働いていなかった人の就労も進み、総務省が同日発表した9月の完全失業率は改善し2・3%だった。要は就職しやすい売り手市場になっているのだ。 ただ、これに伴い、企業側もしっかり調べず安易に人材を採用し、かえって採用基準が下がる恐れもある。いわゆる「ブラック社員」のことだが、最近はこうした問題社員を採用するケースが増えている。言うまでもなく、これは企業にとって大きなリスクであり、人手不足になっても安易な採用は控えるべきである。 採用できる企業はまだいいが、近年、人手不足に伴う倒産も増加している。人手不足は残業増加を生み、企業そのものも「ブラック企業」化する。実際、現状のブラック企業は、人手不足が一因になっていることもある。これも企業評価にかかわり、日本経済停滞の一因になり得る。 こうした現状の解決策として、今臨時国会で議論されているのが、外国人労働者の受け入れ拡大である。外国人労働者数は、2017年10月時点の厚労省の調査によると、127万人である。 「出入国管理及び難民認定法」(入管法)改正と「技能実習法」改正による人手不足が深刻な建設や農業、介護など14業種での受け入れが検討されている。これらの業界の特徴は、劣悪な労働条件の企業が多いとされる。 ここで改正案を確認しておこう。改正案は、就労目的の在留資格「特定技能」を2段階で設ける。一定の技能が必要な「特定技能1号」は、最長5年の技能実習を終了するか、技能試験と日本語試験の合格を条件とする。在留期間は通算5年で家族の帯同は認めない。※画像はイメージ(ゲッティ・イメージズ) さらに高度な試験に合格し、熟練の技術を持つ外国人は「特定技能2号」の資格を得られる。配偶者と子供の帯同を認め、更新時の審査など条件を満たせば永住への道も開ける。両資格とも同じ分野であれば転職も可能となる。 受け入れは、日本人と同等以上の報酬を支払うなど雇用契約で一定の基準を満たすことを条件とする。直接雇用が原則だが、分野によっては派遣も認めるため、派遣法で禁止されている分野との整合性を図る必要が出てくる。 そもそも、技能実習制度の目的・趣旨は、わが国で培われた技能、技術又は知識の開発途上地域などへの移転を図り、当該開発途上地域の経済発展を担う「人づくり」に寄与することである。 だが、実質的には日本の人手不足を補う低賃金の労働者拡充が目的になる可能性が高く、こうした現状でよいはずがない。本来ならば、高度な人材が日本に来て働き、税金を納めてくれるような制度設計にすべきである。そのためには、まず入り口でどのような外国人労働者が日本にとって必要か明確にしておくべきだ。 技能実習法では「労働力の需給の調整の手段として行われてはならない」(第3条第2項)と定めている。だが、政府は人手不足の状況に応じて外国人の受け入れ人数を調節するとしており、原則外国人を雇用の調整弁にすることは法の趣旨にそぐわない。 一方、外国人労働者の雇用拡大をめぐっては、「雇用が不安定になった場合に治安が悪化しないか」「国内の労働者の給与低下や待遇悪化につながりかねない」との懸念もある。欧州の教訓を生かせ 外国人労働者の拡大は、90年代後半から2000年代初頭の欧州がとってきた政策である。この結果、欧州はどうなったか。自国の若者の失業率が増え、治安が悪化し、ここ1、2年の間、欧州はそれを見直そうとする動きが出てきている。この例を見ると明らかに、治安の悪化と日本人の雇用への影響は避けられないだろう。 そもそも、外国人労働者を多数受け入れるとしても、社会保障などの整備といった問題が山積である。本来、社会保障は当該国家との相互制度が基本だが、日本は厚労省の通達があるにもかかわらず、外国人にも生活保護が認められるケースがある。 低賃金の外国人の流入はこの生活保護の問題と密接なかかわりを持ってくるだけに、早急な対応が求められる。困窮した外国人が在留期限を過ぎても居座り、生活保護を受けるということは大いに考えられる。また、不法滞在になった者が日本人と結婚して在留資格を得てしまうこともある。 さらに、健康保険制度との密接なかかわりもある。日本人には皆保険制度を維持し、外国人には審査の上、保険を適用することも考える必要がある。子弟の就学や医療などを含め、生活支援策も必要になる。これを日本の納税者が賄うのは考えものだ。 また、外国人労働者によって、日本の技術流出が起こることも十分考えられる。そして、一人でも加入できるユニオンなどの労働組合とともに、不当な要求などが相次げば、企業存続の根幹を揺るがしかねない。実際、建設現場で働いている外国人労働者を勧誘しているユニオンが既に存在しており、こうしたリスクを回避すべく体制を担保してから慎重に進めるべきであろう。 では、外国人活用以外の策はないのだろうか。まず、企業の残業ありきの人員資本政策を見直す必要がある。どこもギリギリで人員を考えているので、いざという時に対応できない。ゆえに、人手不足は企業単位でなく、業界全体で取り組むべきだ。 人手不足の業界は、労働条件が悪いことが根底にあるだけに、業界全体で労働条件の向上や働きやすい職場作りを進めていく必要がある。業界全体で慣行や構造の転換を図り、業界内で横のつながりを持ち、場合によっては「人材の貸し借り」という経営判断があっても良いのではないか。 また、雇用の流動化の観点から、一つの職場に縛り付けておくのではなく、企業から見れば解雇しやすい、労働者から見れば転職しやすい制度を構築すべきである。要は、過去の労働判例から確立された4つの要件である「整理解雇4要件」(①人員整理の必要性 ②解雇回避努力義務の履行 ③被解雇者選定の合理性 ④解雇手続の妥当性)の見直しを急ぐべきだ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) これにより、ある企業では埋もれた人材が、他企業に転職した場合、活躍する事例(プロ野球のトライアウトやトレードによる選手の入れ替え)も増えていくのではないだろうか。そのためには「解雇」=「悪」=「クビ切り」=「無能」といったレッテルを変えていくことが重要であり、企業間同士の人材交流を積極的に行っていくべきである。 人手不足は、日本の根幹を揺るがす喫緊の課題であることに間違いない。それだけに官民の力を合わせての対策が求められる。ただ単に外国人労働者の受け入れ拡大ではなく、様々な政策パッケージを行ってほしい。外国人雇用政策はあくまでも、人手不足の特効薬であるとの認識を持つべきである。

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    外国人労働者の「我が子の学歴」問題

    吉田典史(ジャーナリスト・記者・ライター) 今回は、外国人労働者の実態に精通しているAPFS労組(東京都新宿区)の委員長・山口智之氏に取材を試みた。外国人労働者は貴重な戦力として雇われることもあるが、日本人の社員よりは安易に使い捨てられることが多い。それでも最近は好景気や人手不足の影響もあり、外国人労働者が増えつつある。 厚生労働省は2018年1月に、外国人雇用についての届出状況を公表した。2017年10月末時点での外国人労働者は前年同期比18%増加し、約128万人となり、5年連続で過去最高を更新した。国籍別では、中国が最も多く、37万2263人、次いでベトナムの24万0259人、フィリピンの14万6798人と続く。 この労働者の中には、母国に住む家族を日本に呼び寄せるケースもある。 今回は、この労働者たちの子どもの教育をクローズアップしたい。山口智之氏に「多くの組合員が、わが子の教育に悩んでいる」と語る。近年、相談内容として増えているのが、わが子の教育問題なのだという。 日本企業は、外国人労働者を「使い捨て」にする傾向が依然としてあるが、その向こうにある「家族の問題」にまで視野を広げて考える時期になっている。組合員とスマホで連絡をとる山口氏 APFS労組の母体は、外国人支援団体の特定非営利活動法人「ASIAN PEOPLE'S FRIENDSHIP SOCIETY(略称:APFS)」。1987年に設立された団体で、外国人からの相談や人権擁護の提言、それに関する啓蒙活動を続ける。労働相談をしていたスタッフである山口氏らが2007年に独立し、APFS労組を結成した。 組合員は現在、約60人。約9割は外国人で、平均年齢は30代前半。国籍はミャンマーが最も多く、7割ほど。それに、パキスタンやインド、エチオピアなどが続く。同労組は、個人でも加盟することができる。2007年の結成以来、日本労働組合総連合会(連合)、全国労働組合総連合(全労連)、全国労働組合連絡協議会(全労協)といったいわゆる3大労組には参加していない。外国人労働者の支援に特化し、労組としては独自路線を歩んでいる。「子どもの学歴にかける思いは強烈」 ここ数年で組合員になった外国人労働者の場合、観光目的の「短期滞在」や「技能実習」の資格で入国し、在留中に難民申請するケースが多い。大半は、都内や神奈川や千葉、埼玉の飲食店、焼き肉店、居酒屋などで働く。男性は厨房での料理補助や食器洗い。女性は、ホールで接客をすることが多い。1日10時間ほど働き、休日は週に1日で、給与は額面で月20万円前後。50人以下の中小企業で働く人がほとんどだ。 山口氏はこう語る。 「組合員が最も多いミャンマー人は、学歴に強い思いをもつ人が多い。祖国のミャンマーではヤンゴン大学などの名門大学に在籍していて、1980年代から90年代前半に民主化を求める学生運動を行い、軍事政権からの迫害を避けるため日本に亡命してきたからです」 組合員のリーダー的な存在は、40~50代のミャンマー人だ。多くは、来日後にミャンマー人の女性と結婚している。現在、夫婦共働きで生活を維持する。生まれてきた子どもの国籍はミャンマーのままにしてあるが、日本の公立の学校に通っている。 中には、日本の大学を受験する者もいる。親である彼らは、わが子が学習塾や予備校に通う学費を稼ぐために、必死で働いている。山口氏は「彼らは祖国でエリートであっただけに、子どもの学歴にかける思いは強烈」とみる。 「日本では、彼らのことを高学歴とは認めません。多くはこの20数年間、飲食店の厨房で働いたり、建設現場で肉体労働をしたりして収入を得るしかなかった。私と2人だけになったときに、こう打ち明ける人がいます。『自分はどうしてこんな肉体労働をしているのだろう。子どもには、私が味わっている無念な思いをさせたくない。日本で学歴を身につけさせ、日本か、母国で医師にさせたい』と」 山口氏にはその姿は30~40年前、「受験戦争」と言われたころの日本人の親たちと重なって映るという。しかし、現実は厳しい。日本人の生徒の成績と比べると、彼らの子どもの成績は低い場合がある。山口氏は組合員たちとの懇親会などでミャンマー人の子どもと接するが、ほとんどが日本語の壁に苦しんでいるように見えるようだ。 「日本語を話すことができたとしても、書いたり、読んだりすることが十分にはできない。日本語の初級から学び直すことをせざるを得えない子どももいる」「辞めることができない」 外国人労働者の子どもの教育をめぐる問題は今後、広がる可能性がある。山口氏はその大きな理由の1つに、1993年に創設された「外国人技能実習制度」を挙げる。厚生労働省によると、2017年10月末時点で、技能実習生は全国に25万7788人だった。前年度に比べて22.1%増である。 この制度は、日本の企業などが発展途上国の人を最長3年まで技能実習生として受け入れ、OJT(On-the-Job Training)を通じ、職業上の技能や技術などを修得させるものだ。3年を終えると、通常は帰国し、その国の経済発展を担うことになる。2017年11月から施行される「外国人技能実習制度」の適正化法により、今後は最長5年になる。 この制度には日本が「職業などの技術の移転」を通じて国際協力するという側面があり、理念としては尊い。しかし、ある面では形骸化し、すでに問題になっている。 4年ほど前から、APFS労組には外国人技能実習制度で来日し、機械や繊維の工場などで働くミャンマー人が労働相談に来ている。これまでのべ30人ほどになる。多くが10~30代の女性だ。最近は、岐阜、大阪、宮崎の繊維工場で洋服をつくる仕事をしていた女性たちが「工場でひどい扱いを受けている」と助けを求めてきた。ミャンマー人同士の口コミで、APFS労組のことを知ったのだという。相談は、次のようなものだった。 「毎日午前7時30分から午後10時まで働かされる」「月額10万円以上もらえると聞いて来日した。実際は、手取り7~8万円だった」「月に6~7万円しか支給されないから、生きていけない」「パスポートを社長に取り上げられているから、辞めることができない」……。 本来、入国直後の講習期間(原則2カ月間)以外は、企業などで雇用関係の下、労働基準法をはじめとした労働関係法令などが適用される。山口氏は「労働法規が守られていないのではないか」とみる。組合員のみなさん APFS労組の組合員である外国人のほぼ全員が、日本での在留を希望しているという。外国人労働者の子どもの教育問題はさらに広がっていくのではないだろうか。よしだ・のりふみ ジャーナリスト・記者・ライター。ジャーナリスト。1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年から、フリー。主に、人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。『悶える職場』(光文社)、『震災死』『あの日、「負け組社員」になった…―他人事ではない“会社の落とし穴”の避け方・埋め方・逃れ方』(ダイヤモンド社)『封印された震災死』(世界文化社)など。

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    日本が真実知られずなし崩し的に「移民国家」に変わる現状

     都心のコンビニでは、外国人店員から流暢な日本語で接客されるのが日常の光景。工事現場でヘルメットをかぶった外国人労働者を見かけることも多い。 日本社会が変わりゆくなか、政府が示した入管難民法の改正案に野党が猛反発している。「事実上の移民政策」「2国会、3国会にまたがって議論すべき重要な問題」「拙速だ」──。 改正案では、これまで高度な専門人材に限られていた外国人の就労目的の在留資格を大幅に緩和し、単純労働に従事する外国人にも門戸を開放する。熟練の外国人労働者には家族の帯同も認め、さらに在留期間の更新の上限を設けていないため、「永住」が可能になる。 安倍首相はこれまで「移民政策を取ることは断じてない」と繰り返してきたが、事実上の方針の大転換である。背景には介護や農業、建設などの分野で人手不足が深刻になり、経済界から切実な要請があったことがある。 だが、早くから移民を受け入れてきた欧州では、移民の社会保障コストが大きな負担となり、彼らによって職を奪われた人々が反発して移民排斥運動が起き、ネオナチをはじめとする極右勢力が台頭している。彼ら差別主義者に与しない国民も、雇用の安定や社会保障の問題の解決策を見いだせずにいる。2018年11月、衆院予算委で国民民主党・奥野総一郎氏(左)の質問に答弁を行う山下貴司法務相(春名中撮影) このように「移民」は副作用が大きく、国のあり方を変えてしまうため、熟議を重ねなくてはならない問題のはずだ。しかし、日本では真実が知らされぬまま議論も尽くされず、なし崩し的に「移民国家」に変わろうとしている。関連記事■ 外国人に「健康保険」「扶養控除制度」が食い物にされている■ 「外国人比率が75%の街」が東京に出現していた■ ベトナム人留学生の犯罪が増加 なぜ彼らは犯罪に走るのか■ コンビニ店員20人に1人が外国人 大手3社だけで4万人超■ 移民推進派が主張する「人口減で労働力不足」は本当なのか

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    外国人に「健康保険」「扶養控除制度」が食い物にされている

     外国人労働者が増加するなか、懸念されるのが社会保障制度のグレーな利用だ。現行制度はあまりに外国人に有利にできている。フリーライターの清水典之氏がレポートする。* * * 昨年の本誌・SAPIO11・12月号で、3か月超の在留資格(ビザ)を持つ外国人ならば日本の健康保険に加入でき、日本人よりも外国人のほうがその制度を最大限に“有効活用”しているのではないかという医療現場の疑問の声を取り上げた。 例えば42万円もの出産育児一時金は海外で出産しても受給可能なため、現地の病院が発行した出生証明書さえあれば支給される。だが、それが本物かどうか行政は確認していないのが実情だった。 また、何百万円もかかる高額医療も「高額療養費制度」が適用されれば8000円から最大でも30万円程度で受けられる。そのため日本で高額医療を受ける目的で外国人が「留学ビザ」を取得すれば、渡航費、学費を払っても自腹で医療を受けるより安くつくケースが多々あると指摘した。 こうした外国人による日本の健康保険「タダ乗り」の問題を提起したところ、他メディアへの波及も含めて、大きな反響があった。 なぜこのような問題が起きているかというと、2012年に外国人登録制度を廃止し、行政が外国人を原則、日本人と同じ扱いにするようになったからだ。形式上は同じ扱いだが、外国人には脱法的な利用が可能なため、外国人を優遇する制度になってしまっている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 実は、こうした在日外国人に対する過剰優遇は健康保険だけに限らない。所得税の扶養控除も、在日外国人の不正が蔓延している疑いがもたれているのだ。68.8%が所得税ゼロ 2014年に会計検査院は、「日本国外に居住する控除対象扶養親族に係る扶養控除の適用状況等について」という調査報告を公表した。 日本の税制における扶養親族とは、自分の6親等内の血族と3親等内の姻族(配偶者の親族)で、収入がない、あるいは少ないため、自分が家計の面倒をみている親族を指す。16歳以上が対象で、基本的に扶養親族一人当たり38万円が所得から控除されるが、19歳以上23歳未満なら63万円、70歳以上で同居していれば58万円、同居していなければ48万円が控除される。本当に不正はなくなったのか この会計検査院の調査は、2012年の所得税の確定申告で、扶養控除の合計申告額が300万円以上で、国外在住の扶養親族を申告している1296人をサンプル調査したもの。このうち、確定申告書に添付された在留カード等により、納税者が外国人であることを確認できた者は542人いた。 報告書によると、国外の扶養親族の人数の平均は10.2人で、なかには26人以上も申告しているケースがあったという。納税者全体の扶養親族の平均人数は1.34人(2012年)なので、異常に多いと言える。 さらに、申告された国外扶養親族を年齢別で見ると、23歳から60歳未満の成人の占める割合が半数に上り、本当に収入がないのかという疑問も湧いてくる。 報告書では、「国外扶養者については、国内扶養者と異なり多数の親族を扶養控除の対象としているのに適用要件を満たしているか十分な確認ができていないまま扶養控除が適用されているなどの状況となっていた」と指摘している。 多数の扶養親族を申告すれば、所得税は大幅に減額される。実に調査対象者の68.8%が所得税ゼロ、つまり非課税になっていた。なかには所得が900万円以上あるのに、非課税の者が17人いたという。 所得税が非課税になると、健康保険料や介護保険料の他、子供の保育料(公立保育園の場合)や市営住宅の家賃なども最低額になる。税収が減るばかりか、各種の行政サービスをフリーライドされてしまうのだ。 会計検査院の指摘を受け、政府は2016年の税制改正で、扶養控除の申告に規制をかけた。具体的には、申告時に、戸籍等やパスポートの写しなど、親族であることを証明する「親族関係書類」と、親族へ送金した証拠となる金融機関の記録など「送金関係書類」の添付を義務づけた。 しかし、この対策によって、本当に不正はなくなったのか。 会計検査院に問い合わせたところ、「調査は継続していますが、現時点で内容についてはお答えできない」(渉外広報室)と回答。 国税庁も「国外の扶養親族、扶養控除だけで集計はしていない。日本の申告納税制度は、納税者が自ら適正に申告するという立て付けで、明らかな誤りがあれば税務調査で対応します」(個人課税課)と答えた。 両機関とも効果の有無は確認できていないという。海外の書類を精査できない海外の書類を精査できない 会計検査院の調査前から国外扶養親族の問題を指摘し続けてきた福岡県行橋市の小坪しんや市議は、「改善を得られたのは事実だが、満足のいく結果ではない」という。どこが問題なのか。「書類さえ出せば、以前と同じです。提出書類の真贋を見極めるには、世界中の家族関係を証明する書類に精通している必要があり、地方の税務署職員には非常に難しい。 仮に本当に親族だったとしても、現状ではその人が無職なのか、億万長者なのかわからない。日本人はマイナンバーと住基ネットで照会すれば丸裸ですが、国外居住者は調べる術がない。外国人を公平に扱っているというより、日本人に不公平かつ不誠実な制度と言えます」 やろうと思えばいくらでも不正が可能なのだ。元国税調査官の税理士で、『押せば意外に 税務署なんて怖くない』(かんき出版)著者、松嶋洋氏は税務署の実務の実態についてこう話す。「確定申告の処理で、税務署員は控除関係の添付書類なんてまず見ません。処理する量が膨大で、とてもそこまで見ていられない。扶養親族が5人も6 人も書かれていたら注意はしますが、基本的にはザルですね」 自営業者などの確定申告では扶養親族は税務署が確認するが、給与所得者が年末調整で申告した場合は、会社に扶養親族の確認義務があり、ここがザルだと素通りになるうえ、会社が責任を負わされるというから、たまったものではない。 日本の扶養控除の規定は、主要先進国に比べて非常に緩く、たとえば、欧州では控除対象は直系尊属(自身の父母、祖父母)と実子のみに限定するといった規定が一般的で、米国では実子でも半年以上同居していなければ控除対象にならない。 もちろん、諸外国がそうだからといって日本もそうしなければならないという理由はないが、ただ、日本人と外国人で区別しても問題ないのではないか。「日本では『相互主義』という言葉が勘違いされている。外国人もまったく同じように扱うということではなく、相互で確認して了解を得るということです。だから、外国人の場合は1親等までに限るとか、海外の扶養家族は認めないとか、月10万円以上の送金でないと認めないとか、制約を設けても構わないと考えます」(前出・小坪市議)※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 日本人が納税意欲を失うような制度はやめていただきたいものである。【PROFILE】清水典之(しみず・みちゆき) 1966年愛知県生まれ。大阪大学工学部卒業。1991年よりフリーランス。著書に『「脱・石油社会」日本は逆襲する』(光文社刊)がある。関連記事■ 性善説に基づく出産一時金42万円等 健康保険を外国人が乱用■ 扶養控除 年齢制限ないためフリーターやニートの子供も適用■ 米大統領選 ロムニー氏の公約は“健康保険制度廃止”だった■ TPP加盟で健康保険制度が崩壊する危険性を孫崎亨氏が指摘■ 「意識低い彫り師」が未成年まで食い物に 健康トラブルも

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    ローマ帝国はなぜ移民で滅んだのか

    政府が外国人労働者の受け入れ拡大を検討する関係閣僚会議を発足させた。これに伴い、法務省所管の入国管理局の庁格上げの議論も始まった。この流れは、どう考えても移民政策への布石だが、労働力不足という大義名分だけで安易に進めて大丈夫なのか。いま一度、ローマの歴史をひもとき、この議論を冷静に考えてみたい。

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    「日本の中に別の国」安倍政権はローマの失敗を直視せよ

    三橋貴明(経世論研究所所長) ローマ帝国は元々、一都市国家であったが、領域国家として勢力範囲を拡大していった。そして最盛期には地中海沿岸の全域に加え、ガリア(現フランス)、ブリタニア、ダキア(現ルーマニア)、アルメニア、メソポタミアにまたがる大帝国を築き上げた。ローマ帝国が繁栄したのは、軍事力やインフラ整備(道路や水道など)に関する突出した技術力に加え、「ローマ市民権」を慎重に、同時に着実に拡大していったためである。市民権は、支配下に置いた部族や民族はもちろん、解放奴隷にまで与えられた。 ローマに征服された属州民であっても、補助兵に志願し、ローマ「国家」のために尽くすことで、世襲のローマ市民権を手に入れることができた。当然ながら、ローマ軍には各属州からも優秀な人材が集まり、軍事力が強化されていく。ちなみに、五賢帝の一人として名高く、ダキアを征服したトラヤヌス帝はスペイン属州の出身である。 ローマ帝国は、支配する領域を拡大し、被支配地の人々をすら「ローマ国家の一員」として育成することで繁栄した。ローマ軍に屈した地域では、族長の子弟がローマに留学し(人質という意味合いもあったのだろうが)、完全にローマ化された上で故郷へ戻された。いわゆるソフトパワーをも活用し、帝国の「統合」が推進されたのである。 そういう意味で、ローマ帝国は最近までのアメリカに似ている。アメリカは「移民国家」ではあるものの、アメリカ国籍を取得したい移民は、アメリカ合衆国憲法への「忠誠の誓い」を果たさなければならない。あるいは、法律が定めた場合に「兵役」に従事することも求められる。さらには、「言語」についてもアメリカ英語が強制された(現在は、かなり緩んでしまっているが)。 ローマ帝国の場合、支配領域が拡大したがゆえに「外国人」を「ローマに忠誠を誓う」ローマ市民に育成する必要があった。アメリカは、膨大な外国人が移民として流入するがゆえに、国籍取得に際し「アメリカ国家への忠誠」を求めたわけである。 ローマ帝国にせよ、アメリカ合衆国にせよ「ナショナリズム(国民意識)」を重視し、国家として繁栄した、あるいは繁栄しているわけである。 世界最古の自然国家「日本国」の国民である我々にはピンとこないかもしれないが、外国人を自国に受け入れる場合、ナショナリズムを重視した同化政策が必須なのである。ローマの場合、ゲルマン系民族を受け入れる際など、複数の小規模なグループに分け、帝国各地に分散して住まわせるなどの工夫もなされた。「帝国の中に別の国」が出現し、ナショナリズムが壊れることを、可能な限り回避しようとしたのだ。画像:Getty Images さて、西暦375年、ユーラシア・ステップの遊牧民フン族の脅威を受けたゲルマン系の西ゴート族約20万人が、ドナウ川の対岸からローマ帝国への亡命を求めてきた。当時のヴァレンス帝は、西ゴート族が好みの場所にまとまって居住することを許可してしまった。ローマ帝国の中に「別の国」ができてしまったわけである。 さらに、当時のローマ帝国はドナウ川を越えてきた難民たちを杜撰(ずさん)に扱い、食料すら十分に供給されなかった。結果、ゴート族の難民が蜂起し、同族を次々にドナウ川の向こうから呼び寄せ、ゴート系のローマ軍の兵士たちまでが呼応し、大反乱に至ってしまった。 鎮圧に向かったヴァレンス帝は、378年にアドリアノープルにおけるゴート反乱軍との決戦で戦死してしまう。その後、ゴート族はローマ帝国内部における「自治権」を確立。ローマ市民ではない人々の「別の国」を認めた結果、ローマ帝国(厳密には西ローマ帝国)は滅亡への道を歩んでいくことになる。安倍政権は「亡国政権」 さて、2018年。日本は少子高齢化に端を発する生産年齢人口対総人口比率の低下を受け、人手不足が深刻化していっている。何しろ、人口の瘤(こぶ)の世代が続々と現役を退いている反対側で、彼らを埋めるだけの若者は労働市場に入ってこない。現在の日本の人手不足は必然であり、しかも長期に継続する。 日本の人手不足を受け、経済界を中心に、「人手不足を外国人労働者で埋めよう」という、国民国家、あるいは資本主義国として明らかに間違った声があふれ、安倍政権が続々と日本の労働市場を外国人に「開放」していっている。2017年時点で日本における外国人雇用者数は130万人に迫った。外国人雇用者数(左軸)と増加率(右軸)の推移 出典:厚生労働省 驚かれる読者が多いだろうが、データがそろっている2015年時点で、我が国はドイツ、アメリカ、イギリスに次ぐ、世界第4位の移民受入大国なのである。216年以降、ブレグジットの影響で、イギリスへの移民流入が減少している。2016年、あるいは2017年には、我が国が世界第3位の移民受け入れ大国になっている可能性が高い。 人手不足ならば、生産性を高める。具体的には、設備や技術に投資し、「今いる従業員」一人当たりの生産量を高め、人手不足を解消しなければならない。生産性向上で経済を成長させるモデルこそが、資本主義なのだ。 すなわち、現在の日本の人手不足は、まさに経済成長の絶好のチャンスなのである。逆に、人手不足を「外国人労働者」で埋めてしまうと、生産性向上の必要性がなくなってしまう。安倍政権の移民受入政策は、日本の経済成長の芽を潰す。 その上、安倍政権は2025年までに外国人労働者50万人増を目指す方針を示しているわけだから、あきれ返るしかない。 経済成長に対するネガティブなインパクトに加え、安倍政権の移民受入政策は、日本国民の「ナショナリズム」を破壊することになる。例えば、日本で暮らす外国人が、我々と同じように「皇統」に対する畏敬の念を持ち得るだろうか。ありえない。 日本国は、世界屈指の自然災害大国である。自然災害が発生した際には、国民同士で助け合うという意味におけるナショナリズムが必須だ。被災者を助けてくれるのは、別の地域に暮らす日本国民だ。 「困ったときはお互い様」という「ナショナリズム」なしでは、人間は日本列島で生きていくことはできない。2011年3月、東日本大震災が発生し、福島第一原発の事故が起きた際、東京のコンビニから外国人店員が消えた。多くの外国人が、原発事故を受けて帰国したようだ。筆者にしても、例えば韓国で働いていたとして、原発事故が起きたならば即刻、帰国するだろう。筆者の心の中に「韓国と心中する」などという気持ちは皆無だ。 日本にいる、あるいは「移民」として来日する外国人たちも同じなのである。我々は外国人と「日本国のナショナリズム」を共有することはできない。ローマ帝国は「国の中の別の国」を認め、「市民権」というナショナリズムが崩れたと同時に、亡国に向かい始めた。 そして現代、安倍政権は移民受入により、「安く働く労働者」と引き換えに、日本の経済成長を妨害し、かつ自然災害大国である日本には不可欠なナショナリズムを壊そうとしている。移民受入を推進する以上、安倍政権は「亡国の政権」以外のなにものでもないのだ。

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    ローマ帝国の滅亡は「難民キャンプ」から始まった

    山真司(地政学者、戦略学者) 現在はいわゆる「グローバル化」の時代であるが、それに大きく関係してくる移民・難民の受け入れ問題について書かせていただきたい。 まず、先に結論だけいえば、移民や難民の受け入れが成功するかどうかは、歴史的に見ても「価値観や生活レベル、それに文化の違う人々をどこまで社会に溶け込ませることができるか」という点にかかっているということだ。 「グローバル化」とは、国境を越えた「ヒト・モノ・カネ」の動きの活発化であるといわれている。「モノ」と「カネ」の動きは、自由貿易の促進という形で比較的受け入れやすいものと考えられているが、最も厄介なものが、「ヒト」の移動に関する移民や難民の問題である。 本稿では、古代ローマ帝国と、その末裔(まつえい)である現代のドイツが直面している深刻な問題を振り返ることで、この厄介な移民・難民問題の核心を考えるための、いくつかのヒントを提供していきたい。 古代ローマ帝国の崩壊というのは英国の歴史家、エドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』をはじめとして、近代の欧州では実にさまざまな知識人たちが論じてきたテーマの一つである。その最大の要因の一つとして、次々に侵入してきた難民の処理を誤ったことにあるのは間違いない。 もちろんローマ帝国自体は、当時から世界最大の多民族・多文化社会である。無数の移民を同化したり、他民族のいる場所を占領したりすることによって数世紀にわたって発展してきた国であった。端的にいえば、当時のローマは現在の欧米のように、移民や難民に寛大だったのである。画像:Getty Images だが、今から1700年ほど前の西暦300年ごろから、状況がおかしくなる。ユーラシア大陸の内部、中央アジアから移動してきたフン族の侵入により、東欧を支配していたゴート族をはじめとする部族たちが追い出され、「難民」としてローマ帝国との国境沿いに大量に集結したからである。その数は、当時としても驚異的な20万人にのぼるといわれている。 それまでのローマ帝国であれば、異文化の「野蛮人たち」を同化させるために、その部族をまとまらせず、小集団に分割して抵抗してこないようにしてきた。いわゆる「分断統治」である。誕生した「難民キャンプ」 ところが、当時のローマ帝国皇帝のフラウィウス・ユリウス・ウァレンス(在位364-378年)に、このゴート族の一部であるテルヴィンギ族を分断するだけの兵力がなかった。しかも、皇帝ウァレンスには労働力や兵隊としてすぐにでも活用したいという意図があったことから、分断せずにまとまって住むことを許可したのである。ここで誕生したのが、いわゆる「難民キャンプ」である。 しかし、ローマ帝国は、難民状態の「野蛮人」であるテルヴィンギ族に対し、食料の中抜きのような腐敗や汚職のせいで、保護が十分に行き渡らず、難民キャンプで暴動が発生する。この暴動を契機として、テルヴィンギ族は本格的な反乱を起こし、国境の外にいた西ゴート族たちと呼応しながら、ローマ帝国の内部で自治権を確立させることに成功した。 そしてゴート族たちは、ついにローマ軍と現在のトルコ領内で行われた「ハドリアノポリスの戦い」(378年)に勝って、皇帝ウァレンスを殺害した。さらに、410年には「ローマ略奪」により、ローマはゴート族の手に落ちた。その後も東欧からやってくる部族たちの侵入が続き、ついに、ローマ帝国は決定的な崩壊を迎えることになる。 この歴史から得られる教訓は、流入し続ける難民の扱いを間違えて同化に失敗すれば、それが確実に国家の生存に直結するような大きな政治問題へと発展する、ということである。 もちろん、スケールの大きさは違えども、現代のローマ帝国の末裔であるドイツ連邦が、同じような形で移民・難民問題に悩まされ始めていることは、実に興味深い。例えば、最近のドイツで注目されているのは、移民・難民による女性暴行事件である。画像:Getty Images 特に象徴的だったのが、6月6日に南西部のヴィースバーデンという都市で14歳の少女が暴行された上、殺害された事件である。難民申請中だったイラク人の容疑者は、事件2日後に高飛びしていた先の同国のクルド自治区で身柄を拘束された。 その他にも、ここ1、2年で亡命希望者(asylum seekers)による性的犯罪が目立つ。実際のドイツ国内の犯罪率は全体的に減少しているのにもかかわらず、増加しているのである。とりわけ、このような難民や亡命希望者の男性による性的犯罪は、ドイツ国内で「中東系の男性に襲われるドイツの白人女性」というバイアス(偏り)の構図に拍車をかけ、実に悩ましい問題となっている。 また、宗教的にも「イスラム教徒がキリスト教徒を襲う」という構図があるだけではない。欧州のリベラルな人々に対しても、「寛大な多元主義」を守るか、それとも「女性の人権」を守るかを迫っているという点で、強烈なジレンマを突きつけているともいえる。 この問題に関しては、ドイツ与党でメルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)の幹部、クレックナー食糧・農業相も、政府に対して、移民・難民の受け入れについて慎重にすべきだというトーンに変わってきている。メルケル氏の後継者の一人といわれるクレックナー氏ですら、有権者たちが直面する異文化との摩擦を目の当たりにして、政策転換を視野に入れ始めているのである。生かすべきはドイツの教訓 彼女が最近出版した本の中では、実際問題として、娘を遠足に行かせなかった移民や難民の両親や、女性教師と握手しなかった男親の存在などを挙げている。 また、全体的に犯罪率は減っているとはいえ、バイエルン州では、2017年前期だけで性犯罪が50%上昇した。しかも、そのうち18%が移民や難民によるものという統計結果も出ている。ドイツは、全体的には「安全」になっているのかもしれないが、それがドイツ国民全体の「安心」にはつながっていないことがうかがえる。 ここで、今ドイツで迫られている移民・難民に関する論点を整理すると、大きく二つの議論に分かれる。一つが「移民は国力になるし、難民受け入れは義務である」というものである。ドイツをはじめとする欧米の先進国による議論のエッセンスは、まさにこの言葉に集約されている。つまり、「経済」と「倫理・道徳」というリベラル的な観点から積極的に受け入れるべきだというものである。 もう一つが「国境を開放してしまえば、ますます社会問題が深刻になる」という反対意見である。要するに「すでに生活している国民の安全を優先せよ」ということだ。だが、この主張をする人々は、とりわけ倫理・道徳面での話を無視していると感じられ、あまりいいイメージを持たれにくい。 確かに、移民や難民問題において、日本とドイツ、さらにはローマ帝国までも比較することは無理な話である。だが、それでも、冒頭で記したように「価値観や生活レベル、それに文化の違う人々を、どこまで社会に溶け込ませることができるか」を真剣に考えなければならないのである。独総選挙で躍進した反移民政党「ドイツのための選択肢」(AfD)に抗議する人々=2017年9月、独ベルリン 果たして、われわれはゴート族が侵入してくるまでのローマ帝国のように、外国から来る人々を上手に同化させることができるのだろうか。それとも、ドイツのように、移民や難民が増えて悩むことになるのだろうか。 移民や難民の適応や同化を間違えれば、いったいどうなるのか。グローバル化している現代だからこそ、われわれも真剣に考えざるを得ないのかもしれない。

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    ローマ帝国は「武装難民」に自由を与え、そして自壊した

    井上文則(早稲田大文学学術院教授) 今から1500年前、陽光輝く北アフリカの地にゲルマン民族の一派、ヴァンダル人の王国があった。この王国の歴史は一見、歴史ロマン以外のなにものでもない。 ゲルマニア地方の薄暗い森の中から出てきた金髪碧眼(へきがん)のヴァンダル人が長い流浪の末、「英雄王」ガイセリックに率いられてイベリア半島から北アフリカへ渡り、自らの王国を建設した。この王の下でヴァンダル人は強勢を誇り、地中海沿岸各地を海賊のように荒らし回り、455年には「永遠の都」ローマを攻略する。 だが、その後、王国は100年ほどの命脈を保つが、最後はビザンツ皇帝ユスティニアヌスの送り込んだ遠征軍によってあっけなく滅ぼされ、地上から跡形もなく消え去ったのである。しかし、この興亡が歴史ロマンに感じられるのは、われわれがあくまでもヴァンダル人の側に立っているからである。 ヴァンダル人が王国を建てた土地は、ローマ帝国の領土の一部であったのであり、ローマ帝国の住人にとっては、彼らは侵入者であり、征服者であった。ローマ帝国は、なぜ彼らの北アフリカ征服を許してしまったのだろうか。 ヴァンダル人がライン川を渡って、ローマ帝国領に侵入したのは、406年の大みそかの日であった。アラン人とスエビ人もヴァンダル人と行動をともにした。彼らは、女子供を伴っており、何らかの事情で元の居住地を追われた人たちであったのであり、今日の言葉で言えば「武装難民」であった。 ヴァンダル人たちは3年間、ガリア(現フランス)の地を荒らしまわった後、409年にはピレネー山脈を越えて、イベリア半島に入り、その地にいったん住み着いた。ヴァンダル人はハスディングとシリングという二つの部族から成っていた。 ハスディング系ヴァンダル人はガラエキア(スペイン北西部)を、シリング系ヴァンダル人はバエティカ(スペイン南西部)を、アラン人はルシタニア(ポルトガル)とカルタギニエンシス(スペイン中南部)を、スエビ人はガラエキアの北西部を、それぞれ分捕った。 このようなヴァンダル人らの動きに対して、ローマ帝国政府は即座に反応することができなかった。当時、本国のイタリア自体が、バルカン半島のゴート人によって脅かされていたからである。イタリア半島に侵入した、ガイセリックに率いられたヴァンダル人たち(ゲッティイメージズ) そもそも、ヴァンダル人たちがライン川の国境を突破できたのも、イタリア防衛のためにライン川の国境からローマ軍が大幅に引き上げられていたからであった。イタリアのためにガリアは犠牲になったのである。この処置を取ったのは、当時、政府の実権を握っていた将軍のスティリコであったが、スティリコの父親はヴァンダル人であった。 ガリアに入ったヴァンダル人たちにさらに幸いしたのは、407年にブリテン島でコンスタンティヌス(3世)なる軍人が反乱を起こし、皇帝を称して、ガリアに乗り込んできたことであった。このためスティリコは、ヴァンダル人たちよりも、まずは簒奪(さんだつ)帝コンスタンティヌス3世を相手にしなければならない状況になったからである。裏目に出るローマの「温存政策」 結局、ローマ帝国の内乱は、彼らに大きく利することになったのである。結局、ヴァンダル人追討は遅れに遅れて、ローマ帝国政府が動き出すのは、416年になってからであった。 スティリコに代わる実力者として411年に姿を現したコンスタンティウスは、簒奪者のコンスタンティヌス3世を倒すと、続いて先にガリアに入っていたゴート人に命じて、イベリア半島のヴァンダル人らを攻撃させたのである。ゴート人は、瞬く間にシリング系ヴァンダル人とアラン人に壊滅的打撃を与えた。ローマは、「夷を以て夷を制す」ことに成功した。 しかし、ハスディング系のヴァンダル人は見逃された。コンスタンティウスは、ゴート人が圧勝することで彼らが過度に強大化するのを恐れていたのであろう。また同時に、ヴァンダル人に利用価値を見いだしていたのかもしれない。 もともとローマ帝国は、帝国領内の異民族を兵力の供給源とみなし、その力を利用する政策を長年取ってきていたのである。しかし、この政策は裏目に出ることが多く、今回もヴァンダル人の勢力を温存させたことは、帝国にとって大きな災いの種となった。 案の定、生き残ったハスディング系のヴァンダル人が、やがて南下を開始し、その王ガイセリックに率いられて、429年にジブラルタル海峡を渡ることになったからである。北アフリカに渡ったヴァンダル人の総数は8万人であったと伝えられる。 ヴァンダル人が北アフリカに渡ることができたのも、ローマ帝国が内紛を起こしていたからであった。当時、北アフリカの支配権を握っていたのは将軍のボニファティウスであったが、ボニファティウスは、中央政府で実権を握る将軍アエティウスと対立していた。一説によれば、このボニファティウス自身が自らの勢力強化のためにヴァンダル人を呼び寄せたとされているのである。 真相は定かではないが、いずれにしても、上陸したヴァンダル人は、アフリカの都カルタゴを目指して東進を開始した。ボニファティウスも遅まきながら攻撃を試みるが、敗退してイタリアに逃げ戻り、やがて439年にはカルタゴがヴァンダル人の手に落ちたのである。 彼らが占拠した北アフリカは、ローマ帝国で最も豊かな地方であったのであり、この地方を奪われたことはローマ帝国にとって致命的な打撃となった。そして、ローマ帝国はその後40年もたたずに滅ぶことになる。古代のカルタゴ(ゲッティイメージズ) ローマ帝国の滅亡の原因については、さまざまな説が出されているが、以上の事実から明らかなように、それにはローマ帝国の内紛が深く関わっていたのである。ガリアに入ったヴァンダル人が直ちに殲滅(せんめつ)されなかったのは、同じ時期にスティリコとコンスタンティヌス3世との対立があったからである。 また、ヴァンダル人の北アフリカ渡航を許したのも、ボニファティウスとアエティウスの政争の故であった。結局、肝心なところで、ヴァンダル人に行動の自由を与えたのは、ローマ帝国自身であったのであり、この意味ではローマ帝国は自壊したといえるのである。

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    メルケルの「難民政策」がドイツの分断を生み出した

    う排外主義的な人は少なく、例えば、経済難民は受け入れない、犯罪を犯した難民は送還する、といった厳格な移民・難民政策を求める人が多いのではないかと思います。―4期目を迎えたメルケルですが、5期目、6期目への意欲を示しているのでしょうか?三好:ドイツは日本と違い、首相に解散権がなく、基本的には4年間の任期を全うするので、よほどのことがない限りこのまま4期目は続くのではないでしょうか。テレビ番組のインタビューでメルケルは5期目に関しては明言を避けましたが、4期目で終わるという見方が有力です。実際に後継者に関しても、女性政治家のクランプ・カレンバウアーをCDUの幹事長の座に就かせ、次期首相として育てようとしているようですから。ドイツ国旗(左)とキリスト教民主同盟(CDU)の党旗(ゲッティイメージズ)―ドイツ政治は複雑ですね。最後に、ドイツ政治やドイツ人についてわかるお薦めの本や映画はありますか?三好:映画では、今年公開された『はじめてのおもてなし』。難民を受け入れた家族が、そのことでドイツ人が普段思っている本音が明らかになるコメディで、ドイツ人の考え方がよくわかります。『帰ってきたヒトラー』は、随所にドイツ人へのインタビューが挿入されていて、ドイツ人の難民への考えがよくわかる映画ですね。  本で言えばメルケルに興味があるならば元時事通信の佐藤伸行さんの『世界最強の女帝 メルケルの謎』(文春新書)は新書で読みやすいと思います。そして私の本も手にとっていただけると幸いです。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。

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    不法滞在者の合法的逃げ道か 外国人の難民申請が急増中

     日本に“出稼ぎ”に来る技能実習生(*)の失踪が年々増えている。その大半を占める中国人失踪者はこの5年で1万人を超えた。彼らはどこへ消えたのか。日本に滞在する中国人の動向に詳しい元警視庁北京語通訳捜査官の坂東忠信氏が解説する。【*日本国内で一定期間働き、産業上の技能等の習得を目指す「外国人技能実習制度」を利用して日本を訪れた外国人労働者をこう呼ぶ。これまで最長3年だった期間が、2016年の法改正で2年延長できるようになった。】 毎年、約8万人の技能実習生(以下、実習生)が中国や東南アジアから日本にやってくる。ところが、実習期間の途中で行方不明となるケースが年々増え続けており、2015年には5803人が失踪。過去最多を記録した。その多くを占めるのが中国人だ(3116人)。 実習生が失踪する背景として、技能習得を掲げながら低賃金の単純労働を担わせる受け入れ側の実態や、そもそも出稼ぎ目的で来日する実習生側の問題などが指摘されている。どんな理由があるにせよ、実習現場から失踪すると、その後には在留資格を喪失して強制帰国となるか、不法滞在者となるしか道はない。 そんな彼らの“合法的”逃げ道の一つと考えられるのが「難民申請」である。 近年、難民認定を申請する外国人が急増している。2012年に2545人だったものが、2014年5000人、2015年7586人、2016年1万901人と、実習生の失踪者数増加に呼応するように激増しているのだ。 難民と聞くとオンボロ船ではるばる海を越えてやってくる姿をイメージしがちだが、そのように命からがら日本にたどり着く難民は16年中で152人。わずか1.4%に過ぎない。残りの98.6%は日本にいながら難民申請する。その多くは、実習生のほか、旅行などの短期滞在、留学といった正規の在留資格で入国した後、難民申請を行っているのだ。もちろん、入国後に母国が政情不安になったりして帰国すると命に危険が及ぶため難民申請を行う「真正難民」もいるが、日本での就労を目的とした“偽装難民”も多い。(ゲッティイメージズ) 難民認定は申請しさえすれば、たとえ認められなくてもずっと合法的に働くことができる制度だ。 実習生や留学生などとして滞在中、来日後6か月以内に申請すれば、「特定活動」という滞在資格を得ることができ、申請6か月後から就労可能。以前は生活困窮者に限られていた「特定活動」だったが、2010年に制度が簡略化され、一律に認められるようになった。 実習生には3~5年という期限があり、留学生には週28時間労働という縛りがあるが、「特定活動」にはそうした制約はない。しかも申請回数には制限がないから、却下されても申請し続ければこの「特定活動」資格を維持できる。極論すれば、何らかの在留資格で日本に入国し6か月以内に難民申請さえすれば、永遠に日本で働くことができる仕組みとなっているのだ。 これが就労目的の偽装難民に利用される所以だが、彼らの申請を助け仕事を斡旋する“難民ビジネス”に手を染める仲介者が跋扈するようになり、口コミでこうした情報が広まったため、難民申請が激増していると思われる。 2016年の難民申請者数1万901人のうち中国人は156人と少ないが、今後の動向を注視する必要があろう。【PROFILE】坂東忠信●1967年生まれ。1986年、警視庁入庁。機動隊員、刑事などとして勤務。警視庁本部では主に北京語通訳捜査官を務め、中国人犯罪の捜査活動に多く従事。『寄生難民』『在日特権と犯罪』(いずれも青林堂刊)ほか著書多数。関連記事■ K・ギルバート氏「参政権付与は忠誠誓った帰化人に限定せよ」■ ベトナム人男性逃走事件が必要以上に大きく報じられた理由■ 中国バブル崩壊 経済難民発生で日本に中国人自治地区誕生も■ K・ギルバート氏「今の外国人政策では誰も幸せになれぬ」■ 飲食店の従業員が全員外国人でも問題ないか? 弁護士の見解

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    K・ギルバート氏「今の外国人政策では誰も幸せになれぬ」

     安倍政権が推進する「移民受け入れ」政策は、はたして日本の国益に繋がるのか。40年近く日本で暮らす弁護士でタレントのケント・ギルバート氏(64)が、「在日外国人」の立場からあえて移民問題に斬り込む。* * * そもそも日本は江戸時代に260年もの間、外国人の受け入れを積極的に認めておらず、伝統的に外国人の扱いに慣れていない。かつて日本の飲食店で働く東南アジア女性が「人身売買」と国際的に批判され、先の「技能実習」制度も外国人を使い捨ての労働力にする制度と叩かれている。 私は1971年の初来日以来、「外国人」として日本と関わるが、アパートの貸し借りから労務問題まで、日本社会は必ずしも外国人に優しくない。これは差別感情というよりは、経験不足によるコミュニケーションの不和が原因と考えられる。 そうした背景を持つ日本がこの先、安易な移民政策を進めても成功は難しい。まずは配偶者控除の廃止などで女性の社会進出を進め、不足する労働力を自国で補う努力を求めたい。 その上でどうしても外国人労働者を入れるならば、1910年に韓国を併合した時のように、日本に迎え入れる人々の教育・生活・道徳レベルを上げようという気概と、受け入れ態勢の充実が必要になる。 移民政策が成功している国は世界に数多い。本気で移民を推進するなら、総理大臣が移民担当大臣を任命して予算をつけ、明治開国期の岩倉使節団のような視察団を各国に送って研究を重ねてから実行すべきだ。公開討論「テレビ報道と放送法~何が争点なのか~」に出席した米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏=2016年6月、東京都千代田区(寺河内美奈撮影) そこまでしないと、今の日本の未成熟な外国人政策では、移民も日本人もハッピーになれない。内外の活動家が「不幸」な移民や外国人労働者を支援し、国連の人権委員会などで日本の人権侵害を訴えて、国内秩序を乱す材料を与えるだけとなる怖れすらある。 外国人参政権の問題と同様に、移民を反日勢力の攻撃材料にしてはならない。【PROFILE】ケント・ギルバート●1952年、米国アイダホ州生まれ。ブリガム・ヤング大学在学中に19歳で初来日。1980年、大学院を修了し、法学博士号と経営学修士号、カリフォルニア州弁護士資格を取得。東京の弁護士事務所に就職し、法律コンサルタント、マルチタレントとして活躍。『日本覚醒』(宝島社刊)、『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社刊)、『日本人は「国際感覚」なんてゴミ箱へ捨てろ!』(祥伝社刊)など著書多数。関連記事■ ケント・ギルバート氏「歴史観が変わった契機は朝日誤報」■ ケント・ギルバート氏 文在寅氏の質素な引っ越しに出くわす■ 著書回収報じられたK・ギルバート氏が朝日新聞に反論■ K・ギルバート氏「参政権付与は忠誠誓った帰化人に限定せよ」■ ケント・ギルバート/百田尚樹対談 「儒教に呪われた韓国」

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    介護施設で働く外国人ってどうなの?

    2017年11月、外国人技能実習制度に介護職が追加され、深刻な人手不足に悩む介護業界は大きな期待を寄せる。一方で、コミュニケーションが中心で高齢者の健康に深くかかわる介護職を、外国人に任せられるのか、不安視する声があるのも事実だ。そこで、約10年前から積極的に外国人スタッフを受け入れている山梨県の介護施設を取材した。■動画のテーマはこちら

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    「介護移民」受け入れを甘くみるな

    日本で働きながら技術を学ぶ外国人技能実習制度の対象職種に「介護」が新たに加わった。深刻な人手不足が続く介護の現場では期待も大きいが、一方でわが国の移民政策に直結する重大な問題でもある。移民の受け入れを拒否し、労働力だけ確保するという「ご都合主義」の政策で本当に大丈夫か?

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    大移民時代に突入した「亡国のニッポン」を憂う

    三橋貴明(経世論研究所所長) 現在の日本は、財務省主権国家であり、政商主権国家でもある。とにもかくにも、財務省の緊縮財政路線が強要され、国民が貧困化し、同時に人手不足が深刻化し、政商たちが「外国人労働者」の受け入れビジネスで利益を稼ぐスキームが成立してしまっているのだ。 政府の目的とは、ビジネスでも利益でもない。経世済民である。国民が豊かに、安全に暮らせる国を作る。これが、経世済民の精神だ。 それに対し、自らのビジネスにおける利益最大化のみを目的に、政治を動かそうとする政商と呼ばれる連中がいる。代表が、竹中平蔵氏が代表取締役会長を務めるパソナ・グループだ。さらには、自らの出世のこと以外には眼中になく、ひたすら緊縮財政路線を推し進める「亡国の省庁」たる財務省。 日本は財務省と政商たちに都合が良い政策「のみ」が推進され、国民が貧困化すると同時に、移民国家への道をひた走っているのだ。 筆者は10月31日に小学館から刊行した「財務省が日本を滅ぼす」に、「2018年度は、診療報酬と介護報酬が同時に改定される、6年に一度の年となる。財務省は、もちろん診療・介護報酬の『同時引き下げ』を目論(もくろ)んでいる」 と、書いたのだが、予想通り来た。 10月25日の財政制度等審議会(財務大臣の諮問機関)において、財務省は医療および介護サービスの公定価格を見直す報酬改定について、いずれも減額を要求してきたのである。すなわち、診療報酬と介護報酬の同時引き下げだ。 ちなみに、介護報酬引き下げの理由は、財務省に言わせると、「15年度の改定時に、基本報酬4・48パーセント削減という大幅なマイナス改訂をしたが、さらに削減が必要。介護サービス全体の利益率は、中小企業の平均よりも高く、おおむね良好な経営状況である」というものだった。生活習慣やルールの違いなどについて説明を聞く外国人職員ら =2017年5月31日、島根県出雲市 財務省の緊縮財政により、日本の総需要の不足は続き、デフレからの脱却が果たせないでいる。需要が拡大しないデフレ下では、中小企業の利益率は落ちていき、赤字企業が増えていかざるを得ない。介護産業は、15年度の介護報酬減額で利益が一気に減ったとはいえ、まだ「プラス」である。だから、さらなる減額、と財務省は言ってきたわけである。 財務省の緊縮財政路線でデフレが深刻化し、中小企業の利益が減った。結果、介護の利益率が中小企業平均を上回る状況になったため、デフレ化政策たる介護報酬引き下げが強行される。これが、現在の日本の姿だ。 現在、介護職の有効求人倍率は3倍を超え、産業としては医療や運送、土木・建設を上回り、日本で最も人手不足が深刻化している。理由は、単純に給料が安すぎるためだ。悲惨な介護職の平均給与 介護職の平均給与は、産業平均と比較し、女性が月額▲3万円、男性が月額▲10万円と、悲惨な状況に置かれている。その状況で、財務省は「利益率が高い」などと言いがかりをつけ、介護報酬を削ろうとしているのだ。 2016年度の介護関連企業の利益率にあたる収支差率は、全介護サービスで3・3パーセント。介護報酬減額(15年)前の2014年度の7・8パーセントから、大きく落ち込んだ。 この状況で、さらなる介護報酬削減に踏み切ると、どうなるか。高齢化で需要が増え続ける中、介護報酬が削減され、今度こそ介護は「赤字が常態化」する業界になる。そうなると、事業を継続する意味がなくなるため、日本は介護の供給能力が激減し、高齢者が介護サービスを受けられなくなる形の「介護亡国」に至る。(当然、日本のデフレ化も進む) あるいは、介護事業者がさらに給料を引き下げ、人材の流出(というか「逃亡」)が加速することになる。図 日本の介護福祉士登録者(左軸、人)と介護福祉士の従事率(右軸) 出典:厚生労働省 現在、介護福祉士として登録している「日本人」は140万人を超す。それにも関わらず、従事率は55%前後の横ばいで推移したままだ。 さらに不吉なことに、2017年から介護福祉士の国家試験への受験申込者数が急減している。社会福祉振興・試験センターによると16年度は16万919人だった受験者が、17年度は7万9113人と、半減してしまったとのことである。政府の介護報酬削減(2015年)で介護が儲からない産業と化し、就職すると「貧困化する」という現実を、介護産業への就職志望者たちが知ってしまったのではないか。 本来、介護産業における人手不足は、介護福祉士の資格を持っていながら、業界で働いていない「日本人」を呼び戻すことで埋めるべきだ。とはいえ、そのためには介護報酬を引き上げなければならない。すると、財務省の緊縮財政路線とぶつかる。「財務省主権国家」では、介護報酬の引き上げはできない。むしろ、介護報酬は引き下げられ続ける。すなわち、介護サービスの給料はさらに低下し、日本人が逃げる。「ならば、外国人を雇えばいいではないか」 ということで、17年11月に外国人技能実習生制度の、介護分野への適用につながるのだ。介護分野が技能実習生制度に解放されたことを受け、デイサービス大手のツクイが、ベトナムから年内に約150人を、学研ココファンも、2020年までにミャンマーや中国などから120人程度を受け入れる予定とのことである。もう後戻りできない そもそも「技能実習生」は外国人労働者ではない。先進国である日本が、アジア諸国から「実習生」を受け入れ、現場で働くことで技能を身に着けてもらう。通常3年、最長5年間の「実習」の終了後は帰国させ、祖国に貢献してもらう。これが技能実習生の考え方だ。 とはいえ、今回の外国人技能実習制度の介護への適用は、明らかに「人手不足を補うための外国人労働者受け入れ」である。何しろ、介護の有効求人倍率は3倍を超えるのだ。しかも、対人サービスとしては初めての技能実習生受け入れとなる。 介護分野における人手不足の原因は、政府が介護報酬削減を続けるため、十分な給与を支払えないことだ。解決策は、介護報酬拡大(および人件費に関する規制強化)であるにも関わらず、そこからは目をそらし、国民的な議論なしで対人サービス分野において「移民」の大々的な受け入れが始まる。わが国は、恐るべき国である。 ちなみに、「移民と外国人労働者は違う」といった詭弁(きべん)は通用しない。国連は、出生地あるいは市民権のある国の外に12カ月以上いる人を「移民」と定義している。経済協力開発機構(OECD)の定義では「国内に1年以上滞在する外国人」が移民だ。1年以上、わが国に滞在する外国人は、全てが「移民」なのである。もちろん、介護分野に流入する技能実習生も、れっきとした移民になる。介護施設で利用者を介助する外国人スタッフ=2009年9月25日  現在の安倍政権は、恐るべき熱心さで日本の「移民国家化」を推進していっている。安倍総理は、保守派の政治家と思われている。普通、国民や国家を重要視する「保守派」の政治家は、移民受け入れに反対するはずなのだが、とんでもない。日本の憲政史上、安倍内閣ほど移民を受け入れた政権は存在しない。2012年には68万2千人だった日本の外国人雇用者数は、2016年に108万4千人に達した。4年間で、およそ1・6倍にまで増えたのだ。 特に、今後も人手不足が深刻化することが確実な介護分野において「移民」受け入れを決めてしまったことは、将来に重大な禍根を残す可能性が高い。 現在は、介護サービス業が試験的に技能実習生を受け入れているだけだが、今後も「外国人労働者」の需要が拡大すると、なし崩し的に規制緩和が進み、やがては「ヒトの売り買い」で儲けるパソナをはじめとする大手派遣業者ら「政商」が市場に参入してくることになる。政商たちの手により、世界中のあらゆる地域から、「安く働く外国人労働者」を日本の介護分野に大量供給されていく。 やがて、わが国の国民に、「介護? ああ、外国人が働く業界ね」といった認識が広まり、日本の介護サービスは移民無しでは成り立たない状況に至る。 そこまで行くと、もはやポイントオブノーリターン(後戻りできない地点)である。われわれは日本国の二千年を超す歴史上初めて「移民国家、日本」を将来世代に引き継ぐことになってしまうのだ。 将来の日本の教科書には、2017年11月1日の技能実習制度の介護分野への適用こそが、日本の本格的な移民国家化の始まりだったと書かれることになる。 本当に、それでいいのだろうか?

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    「移民拒否」の日本が介護危機から脱出する方法はこれしかない

    山脇康嗣(弁護士) 介護分野への外国人労働者の受け入れが拡大している。これまでは、インドネシア、フィリピン、ベトナムとの経済連携協定(EPA)に基づく特例的な枠組みの中で、EPA介護福祉士しか受け入れてこなかった。しかし、今年からは、一定の要件を満たす外国人が、在留資格「介護」や在留資格「技能実習」で介護職に従事できることとなり、間口が一気に広がった。介護老人保健施設「ウェルケア悠」でアルバイトとして働いているインドネシア人留学生スリスティヨリニ・ノフイさん=2017年1月、奈良県大和郡山市 それぞれの制度の内容は、複雑でわかりにくいが、大きな視点でみると、「介護分野の人手不足対応」と「アジア健康構想の推進」という趣旨で統一的に理解できる。 EPA介護福祉士の枠組みは、一定の要件を満たすインドネシア、フィリピン、ベトナム国籍者が対象となる。在留資格「特定活動」により、最長で5年間、まずは日本の介護施設等で介護福祉士候補者として就労しながら、日本の介護福祉士の国家資格を取得するための研修を受ける。その後、介護福祉士の資格を取得できた場合には、引き続き日本で就労できるというものである。本来的には2国間の経済連携の強化を目的とし、各国300人という年度ごとの人数枠がある。 さらに、2016年入管法改正(今年9月施行)により、新たな在留資格「介護」が設けられた。これにより、日本に留学して介護福祉士養成施設を卒業し、介護福祉士の資格を取得した外国人が、介護の業務に従事することが可能となった。介護分野における外国人留学生の活躍支援を直接の目的としている。この法改正を受け、介護福祉士志望の外国人留学生が、5年で30倍と急増している。  さらに、今年11月には、在留資格「技能実習」に介護職種が追加された。これにより、最長で5年間、技能実習生として、介護施設等においてOJTで介護に必要な技能を学ぶ。同一の作業の反復のみによって在留資格が習得できるものではないが、単純就労的な側面は否定できない。 現在、介護保険法によって、入居者3人に対して、1人の介護職員もしくは看護職員を配備しなければならないとされているが、実習開始後6カ月経過した時点から、実習生もこの職員配置基準にカウントできる。また、離職率が高い介護業界にあって、実習生は、制度上、少なくとも3年間は自己都合による転職がない。本来的には、技能実習制度は、人材育成を通じて開発途上地域等へ技能を移転し、国際協力を推進することを目的としているものの、これらの理由から介護事業者が実習生の受け入れに強い関心を寄せている。人手不足解消だけではない 在留資格「特定活動」(EPA介護福祉士)、在留資格「介護」および在留資格「技能実習」は、細かくみれば、それぞれ趣旨や目的が異なるようにも見えるが、大きな視点でみれば、「介護分野の人手不足対応」と、「アジア健康構想の推進」が目的であるということで共通している。以下、この視点で説明する。(iStock) まず、日本の高齢化社会の実情から考えると、2015年には、1947年~1949年生まれの団塊世代の全員が、前期高齢者(65~74歳)となった。2025年には、団塊世代の全員が75歳以上の後期高齢者となり、国民の3人に1人が65歳以上、5人に1人が75歳以上という、人類が経験したことのない超高齢社会に突入するといわれている。いわゆる2025年問題であり、医療・社会保障財政が破綻の危機を迎えるほか、厚生労働省の推計によれば、38万人の介護職員が不足し、このままだと多数の介護難民が発生すると見込まれている。現状でも、介護分野での人手不足は深刻であり、離職率も依然として高い(昨年度16・7%)。 前述した3つの枠組みでの外国人登用は、この人手不足への対応という側面がある。もちろん、日本人介護従事者の待遇改善による人材確保が優先であるが、それだけではとても間に合わず、外国人を受け入れざるを得ない状況なのだ。 また、アジア健康構想とは、日本が先行する介護の技術やシステム(地域包括ケアシステム、自立支援介護サービス)をアジアの諸地域に輸出するという政府が強く推進している官民連携のプロジェクトである。アジアにおいて、急速に進む高齢化に対応した健康長寿社会の実現を目指した取り組みであり、アジア地域全体の持続可能な経済成長を支援する目的がある。さらに、日本の介護事業者のアジア地域進出を後押しする目的がある。 アジア地域では急速に高齢化が進み、2035年には、アジア地域の高齢者率は約20%に達し、高齢者向け市場は約500兆円になると見込まれている。高齢者向け市場とは、医療・医薬産業、介護産業および生活産業を指す。 日本では、今後も高齢化率は上昇するものの、2025年以降は65歳以上の高齢者数の増加は頭打ちとなり、その後、高齢者数は横ばいとなり、2042年以降は減少に転じると推計されている。そのため、日本国内の高齢者向け市場も、ある時点以降は縮小傾向となり、アジア地域への事業進出による新たな市場開拓を検討せざるを得なくなる。また、日本の介護保険財政が逼迫(ひっぱく)しているため、事業者は、介護保険制度による介護報酬の増加を見込めない状況にある。よって、事業者は介護保険外での収入の確保(収益源の多角化)を図る必要があり、そのため、官民一体となって、日本の優れた介護システムをアジアに輸出し、アジア地域に介護産業等を興すことを狙いとしている。大きな問題は起きないのか? 日本の介護事業者がアジア地域に進出するためには、当然、日本式の介護システムを習得した現地人材の育成や、その人材の環流が必要不可欠である。こういった観点から、政府は、介護職への外国人受け入れの間口を広げている最中である。つまり、介護分野において、アジアから日本への留学生や技能実習生を増やし、母国帰国後に、現地施設での即戦力となってもらったり、経営に参画してもらったりすることを可能にするための法改正を行っているのである。介護福祉士の国家試験に向けた講習で、休憩中に記念写真を撮る外国人の候補生=2017年5月、大阪市 しかし、このように外国人人材の介護職への受け入れを推進していくことで問題は起きないのだろうか。 まず、EPA介護福祉士については、公益社団法人国際厚生事業団が唯一の受入調整機関として、厚生労働省等と連携しながら運営しており、人権侵害や事故発生等の大きな問題は起きていない。そのため、今年から、介護福祉士資格取得後は、施設内介護のみならず訪問介護に従事することも解禁された。介護福祉士候補者の介護福祉士国家試験の合格率も、基本的に上昇傾向にある(最新で49・8%)。 次に、在留資格「介護」は、介護に必要な知識を体系的に学ぶ養成施設を卒業し、介護福祉士国家試験に合格した者のみが対象となっており、一定程度以上の専門性が制度的に担保されている。さらに、日本の専門学校等に通学している間に、アルバイト活動を行えるため、それにより、言語化されない日本社会のルールや「空気」を読む力など日本独特の文化に触れる機会を得ることもできる。したがって、チーム作業である介護業務に従事しても、大きな問題は起きないのではないかと考えられる。 懸念が残るのは、技能実習制度による受け入れだが、2016年に新しく成立し、今年11月から施行された技能実習法が規定どおりに厳格に適用されるのであれば、大きな問題が起きる可能性は高くない。確かに、技能実習の3年目までは、自己都合による転職が基本的に認められておらず、その意味で完全な労使対等が実現しないから、人権侵害等の問題を引き起こす要因となりうる。 しかし、技能実習法は、そのような3年目までは完全な労使対等が実現しないことを前提としつつ、それでも問題が起きないようにするために、刑罰規定を含め、極めて厳格な規制を行っている。さらに、介護職種については、コミュニケーション能力が重要な対人サービスであり、また、事故が起きたときの被害が深刻であることから、他の職種に比べて、かなり厳しい上乗せ要件が規定されている。現実的な解決手段 具体的には、実習生に一定の日本語能力が求められているほか、実習生の受け入れを認められる機関もかなり限定されている。そのため、法律の規定どおりに制度が適用されるのであれば、これまでより問題は減少すると考えられる。介護現場で働く外国人の国家資格取得に向けた講座が開講し、講師の説明を受ける受講生=2017年4月、仙台市宮城野区 日本では、単純就労的(現業業務的)な分野での外国人労働者については、期間限定のローテーション型の受け入れしかありえないであろう。単純就労に従事する外国人を、広く一般に、定住を前提として受け入れるための制度的基盤は整っていない。それになにより、全面的な移民を解禁することに対して国民の合意も形成されていない。したがって、少なくとも現時点においては、単純就労に従事する外国人の定住を前提とした全面的な受け入れは無理である。技能実習制度を批判するのは簡単だが、他に方法がないのが現状だ。 技能実習法が規定する技能移転による国際協力を目的とすることと、適正な技能実習実施の結果として国内産業の人手不足の解消にもつながることは、必ずしも矛盾しない。日本の外国人政策として、単純就労従事者は原則として受け入れず、生産年齢人口の減少については、基本的には生産性の向上や女性・高齢者の活用での解決を目指す。しかし、それを前提としつつも、著しい少子高齢化の中で、国内産業の空洞化を防ぎ、国の経済力を全体として継続的に維持するためには、適正化を図った上での技能実習制度が現実として必要不可欠だ。ICT技術やロボットの活用を図るとしても、直ちに人手不足を解消するほどに生産性が向上するわけではないし、そもそも、それが適さない分野もある。技能実習制度を廃止することは、単純就労者を全面的に受け入れることにつながるが、そのような国民的コンセンサスはできていないし、今後も無理であろう。 これまで述べたとおり、介護分野における喫緊の人手不足に対応する必要がある。また、一定時点を越えると日本国内の介護市場が縮小してしまうことも懸念される。さらに、事業者が介護保険報酬だけに頼らず、収益源を多角化するために、官民連携してアジア健康構想を推進する必要がある。それを実現するためには、介護分野の現地人材育成と環流の促進が不可欠である。外国人にとっても、自国で介護産業に就くことが可能になり、日本での学習、技能実習および就労が、キャリア形成の柱となる。さらに、アジア地域において関連医療や生活産業が興ることで、高齢化対応の経済・産業構造になり、国際貢献にも資する。 したがって、日本は、入管法や技能実習法を厳格に適用しつつ、問題が起きないか細心の注意を払いながら、介護分野への外国人労働者の受け入れを、慎重かつ確実に進めていくほかないといえる。

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    K・ギルバート氏「参政権付与は忠誠誓った帰化人に限定せよ」

     安倍政権が推進する「移民受け入れ」政策は、はたして日本の国益に繋がるのか。40年近く日本で暮らす弁護士でタレントのケント・ギルバート氏(64)が、「在日外国人」の立場からあえて移民問題に斬り込む。* * * 私は移民の受け入れを頭ごなしに否定するつもりはない。むしろ、受け入れ態勢の拡充や、法整備を前提とした議論は大いにすべきだと考えている。ちなみに私は人生の半分以上を日本で過ごしてきたが、帰化はしていない。在留資格は「定住者」で、日本で働くために5年に1度、就労ビザを更新している。 だが、日本が現状のまま無条件に移民を受け入れることには反対だ。なぜなら、受け入れ側も、日本に来る外国人も共に不幸になることが目に見えているからだ。(iStock) 安倍政権は少子高齢化による労働力不足を補うため、介護や建設などを受け持つ「単純外国人労働者」や、高い技術や知識を持った「高度外国人人材」の受け入れを進める方針とされる。 しかし、安直な外国人労働者の受け入れは日本社会を大混乱に陥れかねない。 まず懸念されるのは治安の悪化だ。例えば第二次大戦後、トルコ系を中心に多数の外国人労働者を受け入れたドイツでは、経済成長が止まっても労働者が帰国せず、二世、三世として住み着いた。技術を持たない彼らの暮らしは貧しく、貧困が犯罪の温床となり、治安が急激に悪化した。 日本には開発途上国の外国人が農業や建設業などで働きながら技術を学ぶ「技能実習」制度があるが、これを利用して来日した外国人の失踪者は2015年に5800人を超え、過去最多を記録した。国別では中国が3116人で最も多く、2011年からの5年間で失踪した中国人実習生は累計で1万580人に達した。 失踪者の多くが不法滞在となり、犯罪予備軍になるとの指摘もある。外国人労働者の受け入れが増加すれば、こうしたリスクが増す。 治安面だけでない。安価な労働力の増加は自国民の労働賃金を押し下げ、暮らしの悪化や景気低迷を招く。ゆえに現在、移民の多い米国や欧州で「反移民」「反外国人労働者」が声高に叫ばれているのだ。 一方で、政府は高度外国人人材が永住許可を得るため必要な在留期間を現行の5年から大幅に短縮する「日本版高度外国人材グリーンカード」構想を掲げる。だが永住権を取得して日本に住み続ける外国人が増えれば、彼らの社会的影響力が増し、やがて参政権の付与を求める声が出てくるのは間違いない。これは極めて危険な兆候だ。子ども手当554人分申請子ども手当554人分申請 歴史的に民族間の争いや宗教対立と、ほぼ無縁だった日本では、「性善説」を前提に法律や制度を制定し、権利の乱用や悪用に注意を払わない傾向がある。一例をあげると、2010年に当時の民主党政権が子ども手当を導入した際は収入制限や人数制限がなく、海外に子供がいる在日外国人も申請できた。 すると兵庫県尼崎市に住む韓国人男性が、「妻の母国であるタイに養子縁組した子供がいるから」と、554人分の子ども手当を申請しようとした。さすがに却下されたが、これが子供5人分程度なら問題なく受理されたはずだ。 また、日本の難民認定制度は2010年3月に運用が変わり、難民申請から半年経てば国内で就労できるようになった。認定まで申請から半年~1年ほどかかるが、不認定となれば再申請でき、その間はずっと働き続けることができる。 このため就労目的の偽装申請が急増し、制度が改正された2010年に1202人だった申請数は右肩上がりで増え続けた。2016年は統計開始から初めて1万人の大台を超えたという。 このように合法であれば堂々と権利を行使するのが世界の常識であり、“みんな善い行いをするはずだ”との性善説は通用しない。 特定の地域に言葉や常識の通じない異民族が集まってコミュニティを作ると、密入国者や不法滞在者が群れを成し、地元の警察官すら近寄れない無法地帯となる。そんな地域に住む外国人に参政権を与えたら、日本国内に外国人自治区を設けるようなものだ。 こんな愚策に賛成するのはよほどの愚か者か、日本を壊したい勢力の回し者であり、参政権の付与は日本に忠誠を誓って帰化した人間に限定すべきである。異民族との交流が苦手な日本では文化や宗教面での衝突も避けがたい。 例えばイスラム教徒は一日に複数回の礼拝のほか、豚肉や飲酒の禁止など生活習慣上の厳しい戒律が多い。彼らが、「受け入れ側の受忍は当然の義務」だと主張すれば、日本社会に溶け込むのは容易でない。(iStock) もちろん、そうした点は相互理解で補えるし、イスラム教自体は平和な宗教だが、日本に住むイスラム教徒がシャリーア(※注)と呼ばれる厳格な法律を貫けば、日本人や他の在日外国人との間に深刻な溝を生み出すことが懸念される。(※注/イスラム教徒の実生活を宗教的に規制する法。「イスラーム法」とも呼ばれる。礼拝や断食を定めるほか、軽犯罪には鞭打ち、窃盗には手首切断の身体刑を科すなど、厳格な刑罰があることでも知られる。) 移民を認める前提条件は、彼らがその国の法律や習慣を尊重し遵守することだ。これは移民を考える上で非常に大きなポイントである。【PROFILE】ケント・ギルバート●1952年、米国アイダホ州生まれ。ブリガム・ヤング大学在学中に19歳で初来日。1980年、大学院を修了し、法学博士号と経営学修士号、カリフォルニア州弁護士資格を取得。東京の弁護士事務所に就職し、法律コンサルタント、マルチタレントとして活躍。『日本覚醒』(宝島社刊)、『儒教に支配された中国人と韓国人の悲劇』(講談社刊)、『日本人は「国際感覚」なんてゴミ箱へ捨てろ!』(祥伝社刊)など著書多数。関連記事■ 中国人がスペインで飲食店や風俗店買収し始め地元民に警戒心■ 外国人参政権 基地抱える等安全保障が絡む自治体は議論必要■ 在日朝鮮人・韓国人へのヘイトスピーチについて石原氏の見解■ 外国人労働者と労働者不足に悩む国同士はWin-Winの関係■ 移民受け入れなら東京五輪後失職外国人を税金で面倒見る必要

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    自由が人・モノ・カネをもたらす象徴的都市・バンクーバー

     経営コンサルタントの大前研一氏が主宰する企業経営者向けの勉強会「向研会」では、毎年秋に1週間ほど海外への研修旅行を行っている。今年は、成長著しいアメリカ西海岸北部のシアトルとカナダ・バンクーバーを訪れた。大前氏が、バンクーバーの強みについて解説する。それは、米・トランプ大統領の方針により、アメリカ人の雇用を増やすため、専門技能を持つ外国人向け就労ビザ「H-1B」の審査が厳格化され、海外の人材がアメリカで働けない事態になっている件とかかわっている。* * * もともと私がバンクーバーを視察先に選んだのは、日本の経営者たちに自然が豊かなカナダの魅力を知ってもらいたいと思ったからだが、今はこの国の人材の豊かさが、トランプ政権の移民対策と人手不足に悩むIT企業にとって大きなメリットになっているのだ。 バンクーバーでは、いわば無限に人が採用できる。そのため、マイクロソフトは3000人の人材プールをバンクーバーに作ると発表しているし、(シアトルに本拠を構える)アマゾンが最大5万人を雇用するとされる第二本社の候補地としても取り沙汰されている。カナダ・バンクーバー(iStock) カナダのトルドー首相は、ツイッターで「迫害、戦争、テロから避難してきた人々へ。信仰にかかわらず、カナダはあなた方を歓迎します。多様性は我が国の強みなのです」というメッセージを投稿し、難民・移民を歓迎する姿勢を打ち出した。「カナダは違いがあって“も”ではなく、違いがある“からこそ”強くあることを学びました」とも述べている。実際、カナダは毎年25万人以上の移民を受け入れ、国内の多様性を生かしたイノベーションによってグローバル化を推し進めている。 その象徴的な都市がバンクーバーである。ここは、シアトルと同じく、住環境が非常に良い。ダウンタウンから海と山が見え、鮭をはじめとする魚介類は旨いし、夏はウォータースポーツやトレッキング、冬はスキーが楽しめる。英誌『エコノミスト』の調査部門が発表した「世界で最も住みやすい都市ランキング2017」では、オーストラリアのメルボルンとオーストリアのウィーンに次ぎ、僅差で3位に選ばれている。 地元の広報担当者に同じ移民国家であるアメリカとの違いを聞くと、こんな答えが返ってきた。「アメリカに来た人たちは、みんな一刻も早く“アメリカ人になろう”とする。社会がアメリカ人であることを要求するからだ。しかし、カナダは“カナダ人になる”必要がない。それぞれの国の人のままでかまわない。だから精神的にものすごく楽で、居心地が良い」 これは一面で真実であり、カナダの素晴らしさである。実際、バンクーバー都市圏の人口約270万人のうち、中国人が約50万人、インド人が約20万人もいる。 考えてみれば、世界には個人にカネがあっても自由のない国がたくさんある。中国の金持ちは1兆円持っていても自由に使えない。ロシアはプーチン大統領自身が海外資産を凍結されている。中東の富豪も国内に自由はない。 そんな中でカナダには自由があり、広大な土地があり、チャンスがある。専門的なスキルを持っていたり、カナダで熟練を要する職業の経験が1年以上あって公用語(英語かフランス語)の十分な能力を有していたりすれば、永住権(国籍)も取得できる。だから世界中から優秀な人材と富が集まるのだ。つまり「自由」が人・モノ・カネをもたらすのである。これが21世紀の繁栄の方程式だ。 ところが、日本の政府はそうした世界の現実から目をそむけ、移民を認めないなど(実際には2016年末現在の在留外国人数は238万人余りに達し、過去最高になっている)制度が閉鎖的で、海外から人・モノ・カネが集まらない。「教育無償化」や「人づくり革命」などという日本人のみを対象とした内向きで無意味な政策ばかり打ち出している。それこそ「国難」にほかならない、と痛感した視察旅行だった。関連記事■ 米・シアトルが繁栄する理由を大前研一氏が解説■ クラウド活用で間接部門のコストは億単位で即座に削減できる■ 電子マネー先進国中国のモバイル決済革命が世界を席巻する日■ 中国人のカナダ移民で仲介業者が虚偽 800人が資格取消か■ セミ アメリカでは最も嫌われる虫の一つで「ただの騒音源」

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    理想だけでは語れない難民問題、日本はなぜ慎重であるべきなのか

    の混乱を招いている。内容、手法共にトランプ政権を象徴するものである。 ただ、問題含みの措置とはいえ、移民・難民の流入を懸念するアメリカ人も存在する。テロへの懸念はいまでも根強い。ロイター/イプソスがアメリカで行なった世論調査では49%が大統領令を支持すると答えた。調査によって差はあるが、無視できない世論の動向である。 理想主義と現実主義、グローバリズムとナショナリズム。相反するこれらの要素が複雑に絡み合うのが難民・移民をめぐる問題である。いまや国内、国際政治を揺るがすテーマでもある。 世界的な規模で展開している難民問題だが、先進国圏ではEUの苦難が際立っている。欧州に活路を見出そうと中東やアフリカから難民・移民が地中海を船で渡っている。難民を含めた多様な背景の移動者が流れ込む「混在移動」の典型である。 概して密航船の衛生状況は悪く、船の転覆は後を絶たない。密航者の苦境に胸を痛めない者はいないだろう。 EUでの難民申請者は15年だけで128万人に上った。EUの人口は約5億人だから、比率でいえば1%にも満たない。だが、流入してくるのは文化的、宗教的背景の異なる人たちである。お金を落として帰ってくれる旅行者とは異なり、難民は社会の負担となりかねない。やはり重たい数である。 15年9月、事態は大きく展開する。トルコの海岸に横たわるシリア人の幼児の溺死遺体に欧州は動かされた。16万人の難民申請者をEU加盟国間で分担することも決まった。道徳感の強いドイツ、そして欧州委員会が牽引力となった。 そうしたなか、同年11月、フランスのパリで自爆と銃の乱射によるテロ事件が発生する。犠牲者は130人。犯人のうち少なくとも2人は密航ルートを使ってギリシャに入り、パリまでやって来た。欧州で人びとの善意が高まっていたそのとき、テロの計画は進んでいた。 幼児の溺死事件を機にEUは迅速に対応したが、苦悩を背負うことになる。16万人の分担策はEU加盟国を分断させた。反難民・反移民感情が高まり、反EU勢力と化して既存の政治秩序を揺るがしている。「難民に厳しい国」を演出する国々 EU域内では難民受け入れの厳格化が進んでいる。オーストリアは難民申請の受付数に制限を設けた。難民に開放的だったスウェーデンでも難民認定者の権利や恩恵(家族の呼び寄せなど)を縮小している。どの国も「難民に厳しい国」を演出しようとしているのである。 16年3月、EUはトルコと密航者の送還について協定を結んだ。これによってトルコ経由でEUに流入する者の数は減少した。他方で、バルカン半島のルートが閉鎖されているため、数万人の難民申請者がギリシャで滞留している。 すでに285万人ものシリア難民を抱えるトルコは、EUから見れば、難民を手前で堰き止める重要な役割を担う国である。EUが求めた送還協定はその延長線上にある。しかし、汚れ仕事をトルコに任せ、残務処理をギリシャに押し付けた感は否めない。 トルコからの人口流入は抑えられたものの、リビアからイタリアに流入する密航者は後を絶たない。トルコ・イズミルを歩くシリア人とみられる女性と子ども(共同) EUの対応は苦悩に満ちている。難民問題を解決しようと積極的な姿勢を見せたものの、それを上回る勢いで密航者が到達し続ける。理想を裏切る形でさまざまな事件が発生する。人びとの善意は限界を迎えてしまう。 EUに比べれば規模は小さいが、日本も難民問題とは無関係ではない。 日本での難民申請者数は16年、1万901人に上った(17年2月10日付、法務省発表資料)。難民申請者は2000年には216人だったのが、10年には1202人、13年には3260人、14年には5000人、15年は7586人に増えている。 難民申請者が増加する一方で、日本の難民行政は「閉鎖的」といわれる。数だけを見ればそう指摘されても仕方がない。16年は1万901人の申請者のうち難民と認定されたのは28人。認定率にすれば0・26%である。実際にはこれに人道配慮の97人が加わるので、合計125人が保護を認められている。ただ、人道配慮を合わせても申請者全体の1・15%にすぎない。 その一方で、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に対する日本の貢献は小さくない。15年の拠出額は1・73億ドル(1ドル=120円の換算で208億円)に上り、アメリカ、イギリス、EUに次いで4位にある。 難民や国内避難民を抱えた国々に対する日本の支援も手厚い。日本人人質事件の際に注目されたが、たとえば15年1月、安倍晋三首相は中東の人道支援に25億ドルの拠出(その9割近くは円借款)を表明している。 対外的には難民・避難民支援に積極的に貢献しているものの、日本国内での難民受け入れは消極的と映ってしまう。ただし、この点は冷静に考察する必要がある。 日本国内では法務省入国管理局が難民認定業務を所管する。「出入国管理及び難民認定法」に基づいて法務省が難民認定の申請を受け、「難民の地位に関する条約」の定義に照らし合わせて申請者を審査し、認定の是非を判定する。 不認定となった場合、申請者は異議を申し立てることが可能である。この場合、難民審査参与員が中立的な立場で異議を審査する。参与員は法務大臣に意見書を提出するが、意見書に拘束力はなく、最終的には法務省が決定を下す。 筆者は13年4月から15年3月までの2年間、難民審査参与員を務めた。かつては日本の難民行政の在り方を批判的に見ていたこともある。しかし、参与員としての体験や、欧州で起きた一連の出来事は、この問題を冷静に見詰める契機となった。イスラム教徒を受け入れるか否か 現在の難民認定制度は事実上の移民制度となっている。申請をすれば在留資格(名目は「特定活動」)と就労資格(申請の6カ月後)が得られる仕組みである。異議審査では1次審査で漏れた難民性の低い、あるいは低いと見なされた申請者が審査を求めてくる。申請者の多くが異議申し立てを日本での在留延長の手段と捉えているようだった。現に制度上、それが可能なのである。 面談した限りでは、申請者は概してサバイバル能力が高かった。「移民」としての資質は申し分ない。彼らも生き残りを懸けている。参与員には保秘義務があるので多くは語れないが、支障のない範囲で言及するなら、アフリカの某国からの申請者に多く見られたのは、「伝統的なチーフを継承することになったが辞退した。毒殺される危険があるので保護してほしい」という主張だった。興味深いことに、この物語にはいくつかのバリエーションが存在した。 難民性の低い申請者が多く押し寄せるのだから、最終的な難民認定率が低くなるのは当然の結果である。偽装難民の問題を直視せずに、認定率の数値だけで難民行政の現状を議論してもあまり意味がない。 認定条件の厳しさを指摘する意見もある。たしかに諸外国に比べれば厳格に映る部分はある。しかし、それゆえに「難民に厳しい国」を世界に示せるならば、日本で難民申請をする動機を抑制することにもつながる。結果的に難民申請者の流入圧力や、流入がもたらす諸々の問題を抑止していると見ることもできる。 日本社会の安寧を考えれば、慎重な難民行政はむしろ望ましいのではなかろうか。葛藤は付きまとうが、この問題に真剣に向き合えば向き合うほど、そう考えざるをえないのである。 難民問題は世界規模の現象である。15年の時点で世界には6000万人に上る難民・国内避難民が存在する。1548万人の難民と500万人のパレスチナ難民、さらには4080万人の国内避難民を合わせた数である。12年以降、世界の難民の数は増加傾向にある。「アラブの春」後のイスラム圏の混乱と軌を一にする動きである。 事実、難民の発生国の多くがイスラム圏に集中している。いまの時代、難民問題はイスラム教徒を受け入れるか否かという問題と重なり合う。 全体を俯瞰すれば、イスラム圏の難民に限らず、世界は大移動時代にある。むろん有史以来、人類は移動によって歴史をつくってきたわけだから、現代に限った現象ではない。ただ、グローバル化とともに人の移動が増幅し、異文化の流入を人びとが肌で感じるようになった現在、さまざまな軋轢が生じている。シリアとの国境に近いトルコ南部、スルチにある難民キャンプでテントの前に座るシリア・クルド人の親子=1月27日 難民現象は縦横無尽に展開する人口移動の一部である。人の移動は継続的な現象であり、流入圧力を抑制することは容易ではない。難民問題を解決しようと受け入れを強化したり、その制度を整備したりすることは、新たな難民を引き寄せる要因となってしまう。根本原因の解決が叫ばれるものの、難民の押し出し要因となる紛争や貧困を根絶することは難しい。 解決が難しく、一面的な正義が通用しないのが難民問題である。安易に唱えられることが多いが、難民の受け入れは付随する種々の問題を招き入れることでもある。いくつか挙げてみたい。 まずは治安の悪化である。繰り返すが、「難民=テロリスト」ではない。社会に危険を及ぼす人物が難民のなかに混入してしまうことが問題なのである。 EUでは密航者や難民申請者のなかに「イスラム国」と接点をもつ者や戦争犯罪者が紛れ込んでいた事例がある(筆者自身、アフリカの難民定住地で元戦闘員の難民に遭遇したことがある)。また、難民キャンプの軍事化や「難民戦士」の問題は古くから指摘されてきた。テロリストや戦闘員のレベルでなくとも、一般犯罪が一定の割合で発生するのも事実である。状況によっては暴徒も生まれる。理念的な美しさの弊害 難民問題は「非伝統的安全保障」の課題ともいわれるが、弾道ミサイルに対処するのとは異なり、武力行使は許されない。人間が対象となるだけに、対応はきわめて複雑なものとなる。 国民の税負担や行政(とくに自治体)の業務負担も考えなくてはならない。先進国では難民を劣悪な状況に留めおくことは非倫理的と認識される。しかし、自国民と同等の生活条件を与えるとなると、住居の供給、言語習得と教育機会の提供、雇用の創出、医療へのアクセスを含めた社会保障など、さまざまな支援や保障が必要となる。先進国となれば外からの援助は期待できない。 貧困にあえぐ自国民の傍らで、難民が手厚い支援を受けるという逆転現象もときどき起きる。難民のなかでも社会関係資本をもつ者の場合、受け入れ側の国民よりもより良い生活条件を手にすることがある。 難民が労働力になることを期待する向きもある。これについては、経済が好調なドイツでも15年以降に来た難民の雇用率は13%に留まるという統計がある(16年11月16日付ロイター)。無理もない結果だろう。ドイツ語の習得は簡単ではない。そもそも同じアジアの人間でも、アフガニスタンの下層の少年とインドの工科大学を卒業した者では資質が異なる。移民ならば相応のルートで適切な人材を調達すべきだった。 人口減少を埋め合わせるために難民の受け入れを唱える論者もいる。ただ、少なくとも日本にとっては、社会制度や技術のイノベーションを通じた内側からの対応が最適解と考えられる。 さらに、難民や移民との関係で問題となるのが社会の景色が変わることである。多文化主義は美しい理念として時に無邪気に語られる。だが、多文化主義は自国の文化と社会が変容を強いられることを意味しかねない。つまりは「庇を貸して母屋を取られる」のである。 中長期的には貧困層が生まれたり、「並立(パラレル)社会」が現れたりすることもある。テロを含めた治安悪化は、移民・難民の2世たちが不満分子となった場合にも起こりうる。ベルギーの首都ブリュッセルにあるモレンベーク地区が有名だが、ひとたび並立社会ができてしまうと解体することは難しく、社会問題の温床となってしまう。人の移動の影響は長いスパンで見なければならない。 ちなみに、2070年以降、世界の宗教別の人口ではイスラム教徒がキリスト教徒を追い抜くとの予測がある(ピュー研究所の予測)。アメリカ国勢調査局によると、2044年にはアメリカの非白人人口(ヒスパニックを含む)は白人人口を超えると見られる。ベルリンの首相府前に到着した難民を乗せたバスを取り囲む、報道陣と受け入れ反対派のデモ隊ら=1月14日、(ロイター) 欧米諸国で見られる反難民・反移民の動きの根底には、肌で感じる治安悪化のみならず、変わりゆく社会に対する不安があるのだと思われる。事実、イギリス王立国際問題研究所が欧州10カ国で行なった調査(17年2月7日発表)でも、イスラム諸国からのすべてのさらなる移民の停止に55%が賛意を示した。慎重な世論が読み取れる。 ナショナリズムは悪として非難されがちだが、21世紀のナショナリズムには、行きすぎたグローバリズムとグローバル化から既存の社会秩序を守ろうとする力学がある。善悪はともかく、越境者に対する人びとの否定的な感情もその文脈で捉えられる。 難民保護の理念は美しい。迫害を受け、母国を逃れた人を別の国家がかくまい、保護を与える。シンプルで力強い理念である。だが、理念的な美しさは、宗教にも似て教条主義を生みやすい。 難民問題は夢想的に論じられがちである。支援者が夢を語るのは構わない。ただ、国家として現実を見据えた方策がなければ、国民を軋轢や危険にさらしてしまう。難民受け入れよりも効果的な支援 国家が入国管理という機能を果たしているからこそ、難民保護の運動論は成立する。EUの事例が示すように、国境管理が崩れ、無尽蔵に人が流入したとき、綺麗な論理は破綻してしまう。 とはいえ、難民のための多国間協調も必要とされている。私たちは難民問題とどう向き合えばよいのか。 日本政府は二国間の援助に加えて、UNHCRに多額の資金を拠出している。国内で難民を受け入れるよりも効果的な支援だろう。日本の財政状況は厳しい。そのなかでの貴重な貢献である。 また、難民認定制度とは別に年間20人程度、第三国定住難民の受け入れを実施している。シリア難民についても国費留学生制度や技術協力の枠内での受け入れが予定されている(16年5月に表明された5年間で150人に加え、17年2月3日付『朝日新聞』によれば、5年間で300人規模の留学生と家族を受け入れるとのこと)。 日本の状況や立ち位置に鑑みれば、十分すぎる支援といえないだろうか。 安易な人道主義は禁物である。難民問題に甘い夢を持ち込めないことはEU諸国が示している。他国の経験を他山の石とすべきである。【補記】この論考から「イスラム嫌い」を疑われかねないが、筆者はむしろイスラム圏の文化に深い愛着を抱く者である。ただし、異なる文化への愛着は、自身が属する文化圏の溶解を認めるものではない。はかた・けい 成蹊大学教授。1970年、富山県生まれ。フランス国立ナンシー第二大学より公法学博士(国際公法専攻)の学位取得。外務省勤務を経て、2005年より成蹊大学文学部国際文化学科にて教鞭を執る。13年から15年まで法務省難民審査参与員。著書に『難民問題―イスラム圏の動揺、EUの苦悩、日本の課題』(中央公論新社)、『国内避難民の国際的保護―越境する人道行動の可能性と限界』(勁草書房)など。関連記事■ なぜ、イスラム系のテロ組織が多いのか―テロにまつわる4つの疑問■ 難民・テロ・甦る国境……ヨーロッパから民主主義が消える?■ 福田充 X国のテロから首相を守るには

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    中国はきっとほくそ笑む! 日本は移民国家「豪州の失敗」に学べ

    山岡鉄秀(AJCN代表) 経済大国の日本だが、国民一人あたり名目GDPでみると、IMF(米ドルベース、2015年)の統計によれば、世界26位($32,478.90)で、決して効率は良くない。一方、AJCNの拠点である豪州は10位($51,180.95)で、日本よりも2万ドル近く高い。この差は大きい。 この豪州の豊かさは、間違いなく移民に支えられている。今や人口の28%が海外生まれとされ、4人に1人以上が海外からの移民ということになる。 文化らしい文化がなかった豪州だが、移民が持ち込んださまざまな文化が融合して、格段に厚みが出てきた。もともとイギリス系で、料理らしい料理もなかったが、ここ10年ほどで豪州の食材を日本料理やフレンチのフュージョンで仕上げる「モダン・オーストラリアン」というカテゴリーが登場した。マスターシェフという料理番組がヒットするなど、まさに隔世の感がある。 移民国家の豪州が、同じく移民国家の米国ほど荒れないのは、豪州が巨大な島国で、米国にとってのメキシコのように「国境を接する国」がないことと、移民を基本的に技能ベースで入れてきたからだ。ボートで難民が押し寄せても、南太平洋の島々に収容し、本土への上陸を阻止している。 国力増強に貢献した移民政策だが、もちろんマイナス面もある。日本人はそこから早急に学ばなくてはならない。 まず肝に銘ずるべきは、特定の民族の移民数が一定数(臨界点)を越えた時、まるで自国にいるような傍若無人な態度に出ることがある、ということだ。 その典型的な例が、我々AJCNが最終的に阻止した、ストラスフィールド市における中韓反日団体による慰安婦像設置活動だ。ここでのポイントは、市議会は本来、そのような申請はポリシー違反を理由に即刻却下できたはずなのに、逡巡としていたずらに時間を浪費し、最終的に却下するのに1年半近くを要したことである。 いったいなぜか。それは市議たちが、合わせて住民の30%に達する中韓系住民の不評を買い、次の選挙で落選の憂き目に遭うことを恐れたからだ。市長を含めて7人の市議たち(市長は市議たちの持ち回り)のうち、常識に照らして慰安婦像に反対したのは3人だけだった。市長を含む後の4人は、明らかに中韓住民の顔色を窺っていた。我々の戦いは、いかに「良識の輪」を広げていくかだった。最後は住民の意識調査まで行われた。中国人経営者に懇願した商店街の会長 このように、慰安婦像設置が市の記念碑ポリシーに反し、豪州の多文化主義に反していても「有権者の横暴」の前にあっさり折れてしまったのである。我々が「住民の意思」として反対活動を展開しなければ、いとも簡単に建ってしまっていただろう。我々が学んだ最大の教訓は、民主主義社会とは決して自動的に良識に添った判断が享受される社会ではなく、正義を実現するために戦う手段が用意されているに過ぎない、ということだ。戦わずして正義は守れない。力なくして正義は実現できない。いま、日本人にその覚悟はあるか。 私がよく行く東京・下町の歴史ある商店街でも、歩いているとやたらと中国語が耳に飛び込んでくるようになった。廃業する商店が後を絶たず、家主が中国人に貸し出してしまうからだ。(写真はイメージです) これはその商店街の床屋で聞いた話だが、ある日、商店街会の会長が、中国人が経営する店に「会費を払って会員になって欲しい」と頼みにいった。しかし、応じた中国人は「我々は中華系住民のために商売をしているのだから、日本人の会に入る必要はない」と突っぱねてきたという。その後、この会長はどういう対応をしただろうか。なんと、「では会費を安くするから入ってくれませんか?」と頼みにいったという。もちろん、これも蹴られた。会長さんは困って区役所に相談に行ったが、「税金ではないので、強制的に徴収できません」と言われるだけだったらしい。この逸話はまさに、日本人が移民をコントロールする能力が完全に欠如した証左と言っても過言ではないだろう。 私は床屋の主に言った。「会長さんに伝えてください。懇願したら逆効果です。媚びる弱者と見下されるだけです。中国人の代表を訪ねてこう言うのです。この会費には街灯代が含まれている。払わないなら、君たちの店の前にある街灯からは電球を外すが、それでもいいかと」。もちろん、本当に外すつもりで臨まなければならない。また、区議会も「商店街で店舗を賃貸に出すときは、商店街会費も家賃とともに徴収し、納入しなくてはならない」という条例を作ってしまえばよい。 すぐに頭を下げてしまう日本人は、数で劣勢になった途端に簡単に凌駕されてしまうだろう。外国人に地方参政権など与えようものならどうなるだろうか。移民国家の豪州でさえ、帰化しなければ選挙権も被選挙権も与えられないのに、長く住んでいるという理由だけで参政権を与える愚かな国は、世界を見渡しても日本ぐらいである。豪州を震撼させた中国亡命外交官の「告白」 東京都江戸川区にインド人が多く住むことは有名だが、トラブルが起きた話は聞いていない。なぜだろうか。ひとつは、住民の多くがIT技術者などの高度人材(高額所得者)であることだが、基本的に「親日的で融和的」だからだ。 たとえ、高度人材が有用であっても「親日的で融和的」という条件を絶対に外してはならない。「反日を国是とする国」からの移民には永住権を出さないことにしても、人種差別にはならない。のっぴきならない安全保障上の問題だからである。 そのことを痛切に教えてくれたのが、2005年に豪州に政治亡命した元中国外交官の陳用林だ。 父親を無実の罪により中国共産党の拷問で亡くした陳は、天安門広場の虐殺を目の前で目撃して衝撃を受けたそうだが、それでもいつしか外交官として中共政府の「先兵」となっていた。命ぜられるままに、法輪功信者の弾圧、反政府勢力の監視、中共にとっての危険人物の拉致などに携わっていた陳は、ついに良心の呵責に耐えかねて豪州政府に政治亡命を申請した。 その際、陳の「告白」は豪州を震撼させた。陳によれば、その時点で豪州に1千人の中共スパイが潜伏し、軍事、科学、経済分野などのあらゆる情報を盗んでいるとのことだった。 スパイには2種類ある。現地にダミー会社を作り、そこにビジネスマンとして工作員を送り込んだり、研究機関に研究者として送り込むケース。そして、もうひとつは現地に住んでいる中国人や留学生を勧誘して「エージェント」に仕立て上げるケースだ。エージェントの勧誘には金とハニートラップが使用され、中央政府を含むあらゆる個所にスパイ網が張り巡らされている。その他にも、現地に住む中国人が自由主義に目覚め、中共に批判的にならないように、ありとあらゆる洗脳工作がなされるという。 陳は最近もテレビのインタビューに応じ、「この10年間でスパイの数は相当増加しているはずだ」と述べている。 最重要標的の米国や、その同盟国の日本にははるかに多くのスパイが入り込んでいると陳は言う。中華系団体(留学生を含む)の代表は、ほぼ間違いなく中共政府に繋がっている。政府やマスコミなど、あらゆる主要機関にすでにスパイ網が張り巡らされていると考えて間違いない。米国のフランクリン・ルーズベルト政権に、驚くほど多くのソ連のスパイが入り込んで日米開戦を工作していた事実が思い起こされる。反日工作員に城門を開ける愚 私が最も衝撃を受けたのは、陳の政治亡命申請に対し、豪州政府が当初取った冷淡な態度だった。わざわざ中国総領事館に陳の個人情報を照会し、実質的に陳の亡命をリークする有様だった。なぜそんなことをしたのか。答えは「経済」である。2000年のシドニーオリンピック後、豪州は資源を爆買いする中国への依存を高める一方だった。政治的な問題で、お得意様の中国の機嫌を損ねたくなかったのである。 日ごろは高邁な理想を掲げていても、現実には経済最優先で、お得意様がどんなに酷い人権侵害を繰り広げていたとしても、結局は二の次、三の次なのである。昨年は北の要衝ダーウィン港を人民解放軍と密接に繋がる中国企業に99年間リースするという大失態までやらかした。もちろん、州政府に対する工作がなされていたことは疑う余地がない。「極めて愚かだ」と陳は嘆く。 去る1月17日、法務省が外国人の永住許可について、高度な能力を持つ人材に限って許可申請に必要な在留期間を最短で「1年」に短縮する方針を発表した。これも、経済界からの要請によるものだろう。 私はグローバル企業勤務が長いので、国際的観点から、いかに日本で人材が枯渇しているかよく知っている。そして前述したように、私は移民の効果、特に高度人材の有効性をよく認識している。しかし、「親日的で融和的」という大前提を忘れれば、わざわざ反日工作員に城門を開ける愚を犯すことになる。すでに相当浸食されていると思われる日本にとどめを刺す「ダメ押し」となるだろう。戦わずして占領できる可能性がにわかに高まり、ほくそ笑んでいるのは間違いない。そして、日本の滅亡は、皮肉なことに長期安定保守政権である第二次安倍内閣が決定づけたと歴史に記憶されることになるだろう。 陳用林は今もシドニーで中共の監視下に置かれながら生きている。彼の生命を賭したメッセージを受け取れるかどうかに、日本の命運がかかっていると言っても過言ではない。

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    矛盾だらけの外国人労働者受け入れで浮かぶ「日本沈没」シナリオ

    加谷珪一(経済評論家) 日本の世論は、外国人労働者の受け入れに消極的といわれる。日本は外国人労働者を受けれていない国だと思っている人も多いが、それは幻想である。現実には、多数の外国人労働者がすでに国内で働いている。  厚生労働省が1月に発表した2016年末の外国人労働者数は前年同月比19.4%増の108万3769人となり、4年連続で過去最高を記録した。成田空港に到着した日本で介護福祉士と看護師の資格取得を目指す外国人 受け入れに積極的だったドイツや英国では、定義にもよるが300万人以上の外国人労働者が働いている(国籍を取得した移民は含まない)。人口比を考えれば、日本における外国人労働者の数は少ないともいえるが、欧州は陸続きで、主要国はたくさんの旧植民地を抱えている。こうした環境の違いを考えた場合、日本における外国人労働者の数は決して少ないとはいえない。 背景にあるのは、国内の深刻な人手不足である。日本は人口減少と高齢化が進んでおり、過去15年間で34歳以下の若年層人口は約22%減少し、60歳以上の人口は逆に43%も増加した。若年層の労働人口減少が顕著であることから、企業は常に人員確保に頭を悩ませている。 政府は建前上、就労目的での在留資格については専門的な職種に限っているが、現実には企業からの要請を受け「外国人技能実習制度」など、事実上の単純労働者受け入れ政策を行ってきた。この状況に拍車をかけているのが東京オリンピックによる建設特需である。建設業に従事する労働者の数はピーク時と比較すると約25%、数にして170万人ほど減っており、建設現場では慢性的な人手不足が続いている。政府は外国人建設労働者の受け入れ枠をさらに拡大したい意向だ。 建前上、外国人労働者を制限していながら、なし崩し的に受け入れを増やしているわけだが、こうした、ちぐはぐな対応はリスクが大きい。 外国人技能実習制度については、米国務省から人権侵害の疑いがあると指摘されており、現実に、賃金の未払いや、劣悪な環境での住み込み強要といった事例が発生している。諸外国でも外国人労働者が不当に安い賃金で雇用されるケースは少なくないが、この制度がやっかいなのは、れっきとした日本政府の事業であるという点だ。 政府がこうした事業に直接関与し、劣悪な労働環境を放置しているということになると、場合によっては国際政治の駆け引きにおいて格好の餌食となる可能性がある。日本はこれまで、似たようなケースで国益を何度も損なっていることを忘れてはならないだろう。 一方、日本の人手不足は極めて深刻な状況であり、のんびり構えている余裕はない。 国立社会保障・人口問題研究所の将来推計によると、2040年の総人口は1億728万人と現在より15%ほど減少する見込みである。 特に、企業の労働力の中核となっている35歳から59歳までの人口は26%も減少してしまう。これまでは若年労働者の不足だけで済んでいたが、次の20年間は中核労働力の減少という大きな問題に直面することになる。 持続的な経済成長を実現するためには、資本投入、労働投入、イノベーションのいずれかを増やす必要があるが、人口が減少する以上、労働投入の低下は避けて通れない。需要が変わらない状態で、労働力不足から供給に制限がかかるようになると、企業は生産を抑制せざるを得なくなる。すでに供給制限による成長抑制の兆しが出ており、事態はかなり深刻である。労働力不足が招く日本の国力低下 この状況を改善するためには、①外国人労働者を受け入れるか、②女性や高齢者の就業を増やして労働力不足を補うか、あるいは、③イノベーションを活用して生産性を向上させるのか、という選択になる。日本は無意識的に①を選択してきたわけだが、労働をめぐる環境はこのところ大きく変化している。 近年、AI(人工知能)に関する技術が驚異的に進歩しており、人の仕事の一部あるいは全部をAIで置き換えることはそれほど難しいことではなくなってきた。経済産業省の試算によると、AIの普及によって2030年までに約735万人分の仕事がロボットなどに置き換わる可能性があるという。 ロボットの導入で余剰となった人材を、人手が足りない分野にシフトさせることができれば、供給制限で経済が停滞するという事態を回避できる。というよりも、全世界的にAIの普及が進む以上、これを積極的に活用していかなければ、相対的に高い成長を目指すことが難しくなっているのだ。日本も労働力不足という問題に対して、外国人労働者の受け入れではなく、積極的なAI化で対応するのが望ましいだろう。 だが社会のAI化を実現するためには超えなければならない大きな壁がある。それは人材の流動化である。 企業の現場にAIが普及すると、当然のことながら仕事の範囲が変わり、組織の人材を再配置する必要が出てくる。こうした動きは社内だけでは完結しないので、最終的には転職市場を通じた人材の流動化が必須となる。日本人はこうした人材の流動化に対する抵抗感が極めて大きく、これがAI化の進展を遅らせてしまう可能性があるのだ。受付役のロボットに症状などの情報を入力する患者役の自治医大担当者=2016年3月、東京都千代田区 実はこの問題は女性の就労拡大とも密接に関係している。女性の就労拡大が進まないのは、意識面での影響が大きいとされているが、それだけが原因ではない。女性の就労者が増加すれば、企業内部での人材の再配置は避けられず、結果的に流動化を促進してしまう。これに対する潜在的な拒否感が女性の就労拡大を遅らせている面があることは否定できない。 労働力不足は、日本の国力低下に直結する、まさに「国益」に関するテーマといえる。こうした重要な問題に対して、場当たり的な対応を続けることはもはや許容されないだろう。変化を頑なに拒んだ結果、AI化や女性の就労が進まず、外国人労働者の数だけが増えるという事態になってはまさに本末転倒である。

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    外国人労働者はどこまで受け入れるべきか

    日本で働く外国人労働者の数が初めて100万人を突破した。政府は労働力不足を理由に、高度人材の受け入れに積極姿勢をみせるが、現実には技能実習制度や留学生を通じて単純労働者の流入が急増している。場当たり的な対応では、いずれ「移民問題」に直面する。日本は外国人労働者をどこまで受け入れるべきか。

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    日本人はどこまでお気楽なのか? 「在日特権と犯罪」の現実を知れ

    坂東忠信(外国人犯罪対策講師) 国連人口部の定義によれば、移民とは「主権のある母国を1年以上離れて外国に暮らす人」を指しています。そしてこの移民の概念には正規滞在者はもちろん、密入国者や不法滞在者、難民申請中の人、さらに帰化した初代も含まれます。 逆に言うと、本国人とは「本国生まれ本国育ちで本国の国籍を持つ者」であり、それ以外は「移民」として区別され、移民には初代帰化人を含め参政権が制限されるなど、明確な区別が存在するのです。 しかし日本人はこうした移民の定義など政治家でさえ知りませんし、それでいて移民政策をぶちあげたり、なぜか黒人や白人などの人種の違う外国人による集団的定着をイメージしたりしているため、実際に日本が移民国家であることに全く気がついていません。 実は日本は「先進的移民政策失敗大国」なのです。 日本には戦後、「国籍離脱者とその子孫」による「特別永住者」という滞在資格保有者が定着しています。国際結婚などにより50を超える国籍にまで及び、外国籍のまま子々孫々に至るまでその血筋によって外国に滞在できるというシステムは他国に類例がありません。 しかも、一般外国人のような犯罪検挙による強制送還もないため、「在日」外国人枠内での犯罪検挙件数・検挙人口ともに朝鮮半島系がぶっちぎり状態です。警察庁が気遣って公表しなかったため、逆に暴露拡散されて(暴露したのは私ですが…)、日韓外交に関する世論にまで大きな影を落としているのです。詳細は昨年出版された拙著「在日特権と犯罪」にて資料を元に詳しく説明しておりますが、この件一つを見ただけでも、日本はすでに移民国家であり、移民政策に失敗していることがおわかりでしょう。 総務省の在留外国人統計(2016年6月現在)での「国籍・地域別 在留資格(在留目的)別 在留外国人」や同年7月1日現在の「国籍・地域別 男女別 不法在留者数の推移」によると、現在、日本には、230万7388人(中長期滞在者+特別永住者:平成28年6月時点)+6万3492人(不法在留:平成28年7月1日現在)=237万0880人の「実質的移民」が存在します。外国人メイドを使用する文化が日本にはない ただし、この中には「3月」以下の在留期間が決定された中長期滞在者と、1年以上の滞在を許可されながらまだ滞在期間が1年に満たない移民予備群が含まれ、逆に日本人としてカウントされている初代帰化人や、カウントしようのない密入国者の人口を含めた「移民」の数は含まれていません。「移民」の概念を持たない日本は移民のカウントすらできず、これに伴い発生している外国人による生活保護不正受給では、国籍別不正受給世帯数さえ把握していないのに、やれ国際化だ、移民政策だ、などと浮かれる政治家もいまだ多く存在しています。 日本に定着している移民には、他国にない特徴があります。現在、日本の「在留外国人」、つまり移民から帰化初代と不法滞在者を除いた「移民」のうち、29・4%が中国人、19・8%が韓国人、1・4%が北朝鮮出身者で、これを合わせると、なんと50%を超えているのです。不法滞在者数(6万3492人)を加えても、半数以上が反日を国是とする国から来日、定着しているのです。それが日本の「移民」の現状であり、これを国民がまったく自覚していないところが大きな特徴でもあります。 これを受け入れる日本人自身も、他国に類例を見ない「お人好し」であることが、この問題に輪をかけています。たとえば、国家戦略特区として「外国人メイド」を試験的に導入しようという地域がありますが、メイドを雇い使用する文化のある国の多くは、奴隷制度の歴史や王侯貴族文化に根ざした、厳然たる身分の違いというイメージが存在します。 しかし、日本人はどうでしょうか。たとえば、メイドを脇に立たせ給仕させて平然と落ち着いてディナーが楽しめるでしょうか。むしろ落ち着かず「あなたも隣りに座って食べなさい」と促せば、超高齢社会が進むわが国においては、食卓をともにする「話し相手」にしてしまうのではないでしょうか。 逆に経団連をはじめ、2020年に東京オリンピックを控えた大企業では、最初から低賃金で「技能実習生」を実質労働者にするため、国会に働きかけ、本来3年の滞在期間に「2年」の延長を法整備させる移民政策を後押ししています。ところが、大企業の幹部は外国人労働者の顔が見えず、加えて日本人自身が諸外国の労働者に比べて非人道的労働に慣れているため、普通に扱ったとしても世界レベルでは奴隷労働レベル、加えて現場は組織力が働き、情け無用の過酷な作業になりがちです。矢玉の戦争なしに国が乗っ取られる これら日本人のお気楽な優しさや、日本的組織社会の圧力に接して揉まれた一部は「人権商売」のお得意様になります。すでに人権、労働問題のNPO団体の多数が弁護士を擁して活動しており、間もなくその活動資金には年間1千億円ほど発生するという「休眠口座」が当てられることが国会で可決しましたが、NPO制度はすでに中核派など左翼や極左の資金源として悪用され、検挙者が出ているのにもかかわらず、ほとんどが放置されている状態です。その上、外国人を呼び込めば、今度は外国人団体がかつての民団や総連のように「集団の力」を活かした圧力団体を作り、各国出身の外国人が自国民のための労組を結成しかねません。そうなれば、将来的には経済的奴隷酷使国家とのそしりを免れませんし、現実には既に酷使している企業だって存在しています。 さらに、これらは外国勢力の都合によって、やがて「慰安婦問題」のように華飾され、新たな「強制連行」「奴隷労働」のファンタジー的反日プロパガンダを生み出す可能性があることも考えるべきでしょう。また、わが国には中国人女性に日本人男性を斡旋して結婚させて「日本人配偶者」の身分を取得させたり、永住資格取得後は離婚させて就職を斡旋し定住の手助けをする「事務所」なんかも存在します。そこには、革新政党の元国会議員らも絡んでいるとされ、これが明確に中国共産党の工作につながっていることを他の中国人民主活動家が私に訴えてくることもあります。そうした組織が、「反日」を国是とする母国の支援を得て勢力伸長を画策すれば、矢玉の戦争なしに国はいずれ乗っ取られるでしょう。 こうした過程の中で、大企業は一時期潤うかもしれませんが、やがて訴訟の嵐に飲み込まれるでしょう。そして、労働移民政策によってお金が回らなくなった日本人は、何の恩恵も受けないどころか地域の治安が悪化して、本来あり得なかった外国人同士の宗教抗争や民族抗争に巻き込まれる可能性もあります。オリンピック前の2019年には、労働移民の需要が現場の肉体労働者から「おもてなし要員」に移行し、肉体労働者の多くが不法滞在するであろうことも見込まれますが、そのころ中国や半島では、不法滞在者を強制送還することが人道的に許される状況になっているでしょうか。 彼らは不法滞在者である以上、身分確認不要の商売でしか生きてはいけません。その最たるものは、違法な物品売買や違法行為による経済活動ですが、ICチップリーダーを携帯していない警察官には、彼らが職務質問を受けて提示する偽造在留カードを見抜くことはできず、安上がりの「民泊」を拠点として身柄拘束を免れようとする彼らの実態すら把握することができません。 私が「通訳捜査官」をしていたころには、新宿のマンションが中国人によって既に「カプセルホテル化」していて、3人部屋に15人が1泊2千円で寝泊まりしていたのですが、最近は高級住宅街の戸建てを購入し、部屋ごとにベッドを置いて民泊ビジネスを始めており、毎回違う顔ぶれの「中国人家族」の出現に付近の住民も不安を隠せません。ついに移民政策の誤りを認めたドイツ 移民政策など実施しなくても、このまま事が進んだ場合、言葉さえろくに通じない外国人を起因とする犯罪や各種問題の予防や検挙のため、日本の国庫は大きく圧迫されます。東京オリンピック開催前後になれば、犯人の直近に座って命がけで通訳をする警視庁部外委託通訳人は、一人あたり8時間の取り調べを一つの署で平均3つは抱える事態になるかもしれません。通訳人の時給は約1万円と高額ですから、都内に102署を抱える東京都の予算が膨大になるのは、容易に想像がつくのではないでしょうか。 もし、来日した外国人労働者が犯罪を引き起こしても、彼らを受け入れた企業はこうした犯罪被害への補償には、きっと知らんぷりを決め込むのも明らかでしょう。彼らが国外逃亡したとしても、相手国が被害補償をするはずもなく、日本人は「やられ損」になる可能性だってあります。他にも、外国人労働者用に設定された低賃金労働が広がり、日本人は貧富の差を拡大させながら、増加した税負担に喘ぎつつ、真面目な経済奴隷になるか、外国人と組んで一発ヤマを狙ったヤバい仕事に加担するか…なんて事態も起こり得るかもしれません。 1月27日付ロイター通信によると、ドイツの人口が過去最高の8280万人を記録しましたが、その理由はドイツの好調な経済や、比較的リベラルな難民政策、手厚い福祉に群がった難民の急増だったそうです。確かに、少子化や人口減は回避できたでしょう。しかし、ドイツのメルケル首相は、集団レイプや暴動が頻発する国内の現状を知り、「時計の針を元に戻したい」と嘆いています。1月30日にはドイツのショイブレ財務相も、90万人を招き入れた移民政策の誤りを認めました。 一方、法務省の「平成28年における外国人入国者数及び日本人出国者数等について(速報値)」によると、外国人入国者数は約2322万人で、前年比約353万人の増加で過去最高を記録しています。 国民の安全と優良な外国人材の確保のためにも、今後は無制限に受け入れたり、移民政策を推進するのではなく、むしろ入国を規制すべきだと考えます。いま、わが国が足元を固めなければ、大企業と無関心層が目先の利益に踊り出し、私たちの子孫が本来活躍するはずの「舞台」が土台から崩れる、そんな未来が見えるような気がしてなりません。

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    移民拡大論に植民地主義反対派の左翼が同調する不思議

     人口問題は常に日本にとって悩みの種だ。40年前の新聞に掲載されていたコラムから、評論家の呉智英氏が、日本の人口問題解決として現在、有力になっている移民拡大論について問題点を指摘する。 * * * スクラップ帖に、ちょうど40年前、1977年1月の興味深い記事を見つけた。朝日新聞経済欄に今も続く「経済気象台」というコラムだ。経済学者、財界人、ジャーナリストの匿名リレー連載である。この回は「復平」名義になっている。論題は「過剰人口の悩み」。 コラムはこう始まる。「いま世の中が不況であるのは日本に人間が多すぎるからである」。そして、こう続く。日本の国土に適正な人口は「先進国水準ではせいぜい5千万人」なのだから、いくら生産性が上がっても不況になるのは当然だ。しかるに、日本は人口抑制策を立てていない。人口問題研究所では50年後(つまり2027年)には1億4千万人にもなると報告しているし、国土庁は21世紀(つまり2001年以降)には1億5千万人にもなると推計している。どうなるんだ、日本……。 いやはや。専門家の分析が全く当てにならない。このコラムへの批判が出た形跡はないから、世論全般もこれに納得していたのだろう。この御高見と世論に従って人口抑制策が立てられていたら、罵倒されなくても、日本、死ぬ。 人口抑制論から40年の今、識者も世論も人口増加促進論一色である。人口増加自体は一応目指していいだろう。問題はその方策だ。最有力のものが移民(外国人労働者)拡大論である。だが、これは愚策中の愚策だ。ヨーロッパで移民政策のツケが今深刻な問題になっているではないか。初期アメリカの移民とはちがって、ヨーロッパの移民は要するに後進国の安価な労働力を買う経済政策であった。やがて反乱が起きるのは当然だろう。これは国内に植民地を作るようなものだからである。 不思議なのは、植民地主義反対のはずの左翼やリベラル派の多数がこれの同調者であることだ。グローバリズムだの国際化だのの雰囲気に眩惑されているのである。私は本義の労働研修生や留学生の受け入れに反対しているのではない。日本もかつて先進国へ同じように若者を送り出した。また、政治的亡命者についても受け容れるべきである。孫文も康有為も、金玉均も、ビハーリー・ボースも、スタルヒンも、全部日本は受け容れた。 ところが、今、サルマン・ラシュディが亡命を求めてきたら、日本はこれを受け容れるだろうか。『悪魔の詩』の作者ラシュディは、イスラム指導者から死刑宣告を受け、何度も身の危険を感じながら転居を繰り返している。その『悪魔の詩』の邦訳者、筑波大学助教授五十嵐一(いがらし・ひとし)は、1991年同大構内で何者かに殺害された。喉首(のどくび)を鋭利な刃物で掻き切られて。日本では前例のない残虐な手口だ。犯人は不明なまま時効となった。 ラシュディは厳重な警備に護られて事実上の亡命中だ。日本がラシュディを受け容れたら、半年もしないうちに殺害され、犯人は時効のまま国外逃亡するだろう。 出入国管理がゆるい日本は明治時代よりも逆に亡命不適切国となっている。●くれ・ともふさ/1946年生まれ。日本マンガ学会前会長。著書に『バカにつける薬』『つぎはぎ仏教入門』など多数。※週刊ポスト2017年1月27日号■ 総人口の移民割合 ルクセンブルク42.1%、米13.0%、日1.1%■ 「東京オリンピック後日本の地価が3分の1になる」と説く本■ 移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■ 宝くじ当たりやすい県は熊本、沖縄、石川との調査結果出る■ 1984年以降世代は保険料4585万円支払い超過の財政的幼児虐待

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    差別を拡大するトランプ、差別を嫌悪したケネディ

     歴史を知る側から見ると、現在の世界の状況は極めて深刻に映るようである。作家の落合信彦氏は米国の先行きについて警戒感を隠さない。 * * * アメリカの大統領は、世界の未来を見据え、自由や民主主義の精神を守る覚悟が必要だ。それがアメリカのリーダーの「器」というものである。「雇用を守る」とばかり繰り返すトランプは、アフリカのどこかの独裁国家の大統領くらいの器しかない。 その小さな器では、アメリカ国内をもまとめることができない。トランプは、アメリカを真っ二つにしてしまった。「富裕層vs貧困層」「白人vsヒスパニック・黒人」……。とくに差別を煽ったことは罪深い。「メキシコ移民はレイプ犯」発言に代表される人種差別。さらに女性たちや、障害を持つ人々への差別。 この偏狭な男の発言は、アメリカ全体の空気も偏狭にしてしまった。日本ではあまり報じられていないが、トランプが大統領選に勝利してから、アメリカ各地で差別的な行動が激化しているのだ。ボストン郊外の大学では、「TRUMP」と書かれた旗を掲げたピックアップトラックに乗った2人の男が侵入して、黒人学生が住んでいる寮に向かって罵声を飛ばし、さらに唾を吐きかけた。 ユタ州では、ヒスパニック系の高校生が白人生徒から「不法入国者!」「メキシコに帰れ!」「メキシコにタダで帰れるから喜べ!」などと嫌がらせを受けた。さらに、アメリカのあちこちのトイレでは、「Whites Only(白人専用)」などという落書きが増えた。トランプ米大統領(左)とオバマ前大統領=1月、ワシントン トランプの存在が、アメリカ社会を分断したのだ。 実は、ジョン・F・ケネディが大統領に就任した当時も、アメリカは2つに割れていた。「I Have a Dream.」で有名なキング牧師のリンカーン記念館演説の3年前にあたる1960年。黒人差別は酷い状況であり、アメリカ社会は「白人vs黒人」で一触即発の状態だった。そんな中、キング牧師が座り込んで解放運動をしていたことを機に逮捕される。選挙中でニクソンと戦っていたケネディは、二者択一を迫られた。 良心に従い、キング牧師の逮捕を不当だとして介入し白人票を失うリスクを負うか。それとも何もせずに票を固めるか。 ニクソンはこの問題についてノー・コメントを貫いたが、ケネディは迷わなかった。まず遊説先のシカゴからキング牧師の妻コレッタ・キングに電話し、できる限りのことをすると約束した。そして翌日、弟のロバート(ボビー)・ケネディに、キング牧師を有罪にした判事に電話させ、すぐ釈放するよう説得したのだ。キング牧師は、即日釈放された。このことは、黒人たちの心を大いに動かした。 ボビーもまた、黒人差別をなくそうと強く主張した。1968年の大統領予備選の間、ボビーが各地を回ると、多くの黒人支持者が彼と握手しようと殺到した。ケネディ兄弟は、白人はもちろん、黒人たちから愛され、慕われていた。 ケネディ兄弟は、アメリカを1つにしようとしたのだ。彼らは、それまでアメリカを暗く覆っていた「差別」という厚い雲を、吹き飛ばしつつあった。 しかし、1963年と1968年の2つの悲劇的な暗殺事件が、彼らの理想を道半ばで終わらせてしまったのだ。 翻ってトランプは、差別をなくすどころか再生産し、アメリカ社会の亀裂をどんどん広げようとしている。2017年は「この年から、憎しみと差別の歴史が再び始まった」と記憶されることになるかもしれない。 ※SAPIO2017年3月号■ ジョン・F・ケネディ 核戦争危機から世界救った水面下交渉■ 暗殺から50年 ケネディ大統領の関連本が続々と新刊ラッシュ■ 落合信彦氏「JFK暗殺なければ弟ロバートは今も生きていた」■ 米の低レベル高校生、殺人事件が日常の街等をリポートした本■ 落合信彦氏 米大統領選で最高の名勝負はケネディvsニクソン

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    「人類の試練」救いなき難民危機

    難民受け入れの旗振り役であるドイツのメルケル首相が、難民政策の「失敗」を認めた。今も中東などの紛争地域から押し寄せる難民の波。欧州各国は喫緊の対応を迫られ、混乱が広がる。「人道主義」が招いた出口なき難民問題。いま欧州で何が起こっているのか。

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    「春香クリスティーンがゆく」 欧州難民ルート2千キロルポ

     春香クリスティーンがゆく(1)(COURRiER Japon 2016年3月9日) 難民が大量にヨーロッパに押し寄せている。そのために、さまざまな問題が発生している。最初は受け入れに寛容だったEUの国々も、あまりにも数が増えて、さすがにもう無理だって悲鳴を上げ始めている。スウェーデンは国境審査を再開したし、デンマークは難民の財産没収法案を可決した。その気持ちも、すごくわかる。だからこそ気になったんです。実態はどうなっているんだろうって──。  2015年の年末から年明けにかけて、「バルカンルート」と呼ばれる難民の移動経路をたどりました。ギリシャ、マケドニア、セルビア、クロアチア、スロベニア、オーストリア、そしてドイツ。およそ2000㎞の道のりです。時間の制約があるので飛行機を利用することもあったけれど、おもに陸路での移動です。同行スタッフは、ビデオカメラマンとスチールカメラマンのみ。現地でアラビア語やギリシャ語の通訳の方を伴うことはありましたが、取材は私自身が行いました。 最初に訪れたのは、中東からヨーロッパを目指す難民の玄関口といわれる、ギリシャのレスボス島です。首都アテネからは飛行機で約1時間。エーゲ海屈指のリゾートで、ヨーロッパ中からバカンス客が訪れる場所です。そんな絵に描いたような観光地にいま、1日3000~8000人の難民が、命がけで渡ってきている。その現実と目の前の美しい風景とのギャップに、なんともいえない違和感を覚えました。 私が島に渡った日はたまたま天気が良く、穏やかで、波もほとんど立っていませんでした。おそらく、通常に比べたら格段に渡りやすいコンディションだったと思いますが、実際に難民たちがゴムボートで密航してくる光景を目の当たりにして、本当に驚きました。水平線の彼方に目を凝らしていると、暗闇の中にかすかに「点」が見えてくる。それが密航船でした。小さな黒い点にしか見えなかったものは、じつは大海原に漂う命の塊だったのです。ゴムボートはすし詰め状態(撮影・菱田雄介) 近づいてきた密航船を見て、言葉を失いました。ボートの縁に何重にも人が鈴なりになっていて、内側には女性や子供が積み上げられるように座っている。定員10人程度のボートに、50~60人が折り重なって乗っているのです。そんな状態でかろうじてバランスをとりながら、1時間あまりかけて海を渡ってくる。 しかも、操縦しているのはプロではなく、舵取りもにわか仕込みの難民です。ボートの操作方法もわからなければ、どこにたどり着けばいいのかもわからない。当然ながら港がどこにあるかもわからないので、とにかく向こう岸を目指し、陸が見えたらそこを目的地と定めて突き進んでくるのです。そこに岩礁が潜んでいたりしたら、ボートはたちまち転覆して冬の海に沈んでしまいます。  一瞬一瞬が命取り。そんな航海を終えた安心感からか、港が近づいてくると自撮り棒を取り出し、ボートの上で記念撮影をする難民も。これにはちょっとビックリしました。救出作業はもはやルーティンワーク トルコ沿岸からレスボス島までの距離は、10~15㎞ほど。2015年だけで55万人以上の難民がこの島に流れ着きました。その多くはシリアやイラクからトルコ国境まで逃れてきて、いよいよヨーロッパへ渡ろうとしている人たちです。レスボス島は、いわば“夢の国”への玄関口。とにかく最初の国ギリシャに行きたい、その一心なんだと思います。 密航船の相場は、一隻あたり9万ドル(約1000万円)。船に乗るには、1人あたり1500ドル(約18万円)をブローカーに支払わなければならないそうです。それでも、払うよりほかに手段がない。 レスボス島からはトルコ側の対岸を望むことができるので、実際の距離もさほどではないように思えます。10㎞なんて、たしかにそう遠くはないかもしれない。でも、だからといって簡単に渡れる距離ではありません。順調に進めば1時間ほどで到着しますが、悪天候だと命を落とす危険もある。実際、密航船が転覆してエーゲ海で亡くなった人は、今年1月だけで300人近くにのぼるといいます。救出作業はもはやルーティンワーク リゾートとはいえ、島全体がなだらかで安全というわけではありません。観光客が目にするのは整備された港だったり美しいビーチだったりするけれど、島には切り立った崖もあれば急勾配の坂もある。そんなところ、普通は誰も足を踏み入れないのだけど、いまは島のボランティアの人たちが目を張り巡らせています。夜中や明け方など、密航船がよく到着する時間帯に見張りに立ち、彼らを救出しようと待ち構えているんです。 地元のボランティアだけでなく、NGOの人もいますし、赤十字やUNHCRの人もいます。所属も立場もバラバラで、誰か統率する人がいるわけでもないのに、救出作業は妙に秩序立っている。表現は悪いかもしれないけど、一連の流れ作業になっているんです。密航船に初めて遭遇した私にとってはショッキングな光景でも、毎日毎日、何隻ものボートが流れ着いているレスボス島では、これが日常。いちいち「ボートが来たー!」と騒ぐことでもないんですね。 海岸に密航船が到着すると、まずは子供が助け出されます。ライフベスト(救命胴衣)を脱がせ、冷え切った身体を保温シートでくるみ、子供にはチュッパチャップスをくわえさせ、大人には水や食料を与える。具合が悪い人やパニックを起こしている人は、すぐに診療を受けられる体制も整っています。無邪気に見える子供たちも、みな過酷な体験をしている(撮影・菱田雄介) 港のそばにはボランティア団体が建てた一時待機施設があり、無料でお茶を出したりしています。溜まった疲労とストレスをここで少しでも癒してもらおうと、ボランティアの人たちがかいがいしく世話をしていました。濡れた靴を乾かしたり、歯ブラシを提供したり。歯を磨くことで、一時的ではあるけれど、日常を取り戻すことができる。こういうことって大事なんですね。 でも、おそらく一番大変なのは、レスボス島到着以前の行程ではないかと思います。戦闘が激化するなか、シリアの人々はすべてを捨てて祖国を脱出し、隣国トルコへ渡る。そこからヨーロッパを目指すのだけれど、密航資金が足りないために海を渡れず、トルコ国境で何年間も足止めされていたという人もいました。家財道具を売り払ったり、トルコでしばらく仕事したり。 ようやくギリシャに渡ることになっても、密航船が警察に捕まってトルコに送還されるというケースも少なくありません。捕まっては振りだしに戻る、というパターンを何度も繰り返している人もいました。そうやってトルコに滞留している難民が、すでに250万人いるといわれています。 ここで疑問が沸きました。レスボス島の海岸線には、難民たちが使ったライフベストが山のように打ち捨てられています。こんなに大量に残されていて、しかもまだ充分使える状態なんだから、次に渡ってくる人のためにトルコ側に戻せばいいんじゃないの? ボートも同様で、解体して終わり。ボートもライフベストも、決して使い捨ての仕様ではないんですよ。 でも、送り返すことはできない。そうしたら、難民の渡航を認めることになってしまうからです。彼らはパスポートを携え、入国手続きをして国境を越えたわけではない。ただ、流れ着いた以上は受け入れるしかない。それは、生きた命は救わなければという人道的な理由で、どうしようもないからです。正直なところ、すごくグレーだなと思いました。 トルコ警察が徹底的に取り締まればいいのでしょうが、トルコ側だって手いっぱいでしょう。EU側はトルコに多額の難民支援金を拠出しているけれど、トルコだけの問題ではないからこれだけでは解決できない。監視の目が届かなければ、難民の流入は止まらない。どんどん来てしまうけれど、もう入れませんから海で溺れてください、というわけにはいかない…。 そういえば先月、ライフベストを“再利用”したアートがベルリンで披露され、話題になりました。中国の現代アーティスト艾未未(アイ・ウェイウェイ)が、大量のライフベストを使って制作したインスタレーション作品とのことですが、このライフベストはレスボス島から提供されたものだそうです。あのライフベスト、大半がヤマハ製なんです。こんなかたちで日本ブランドを目にするなんて、ちょっと複雑な気持ちです。春香クリスティーンがゆく(2)バルカンルートへ春香クリスティーンがゆく(2)(COURRiER Japon 2016年3月24日) 2015年の年末、ギリシャからドイツに至る難民の道を、春香クリスティーンさんが取材しました。現地レポート第二弾では、マケドニア、セルビア、クロアチア、スロベニアの4ヵ国を跨ぐバルカンルートをたどります。24歳の目で捉えた「難民」の実態とは──。 私の出身地、ヨーロッパを大きく揺るがせている難民問題。この「難民」という言葉の響きが、彼らのイメージに誤解を与えてしまっている気がします。第1回の連載で、密航船で「自撮り」する難民たちの姿をお伝えしたところ、読者の皆さんからさまざまなコメントが寄せられました。難民なのにスマホなんて贅沢だ、命がけと言いながら自撮りなんてのん気なものだ、と。私も実際、ボートが救助される瞬間に自撮り棒を取り出して記念撮影している難民を見て、とても驚きました。 ただ、彼らは別に、貧しい人たちとは限らない。私が出会った難民のなかにも、シリアで学校の先生をやっていたという人もいたし、ジムを経営していたという筋肉ムキムキの人もいた。戦火にさらされる前は、私たちと同じように、自分の思いどおりの生活を営んでいた人たちなんです。 だけど内戦が激化して、その状況ではとても生きていけないから、仕方なく祖国を出てきたのだと思います。普通の市民だから、当たり前にiPhoneを持っているし、自撮りだってする。シリアにいたときから普通に使っていただけなんです。とはいえ、あの緊迫した状況でなぜ、あれほど自撮りをするのか?セルビア国境を徒歩で渡る難民たち(撮影・菱田雄介) おそらく、祖国に残してきた、あるいはすでに目的地にたどり着いている家族に、自分たちの無事を報告するためでしょう。でも、彼らを観察していると、どうやらそれだけではない。バルカンルートの道中、行く先々で何度も写真を見ては、自分たちの旅路を振り返っているんです。彼らにとって、こんな命がけの旅は生涯、二度と経験することはない。だからその一瞬一瞬を刻んでおきたい──そんな思いもあるのではないでしょうか。 難民の人たちは皆さん、フェイスブックなどのSNSをやっています。家族や知人の安否を確認するのもSNSだし、シリア国内の情勢やヨーロッパの難民受け入れ状況を知るのもSNS経由。スマートフォンは、難民たちが生きていくうえで、なくてはならない物なんですね。いまは、そういう時代なんだなって感じました。もちろん、自分がどこに行くのかもよくわからないまま、ひたすらルートに従って進むだけの人もいっぱいいましたけれど。 多くの難民が目指すのは、手厚い保護が待っている(とされていた)安住の地、ドイツです。トルコから海を渡ってレスボス島へたどり着いた難民は、ギリシャ本土へ船で移送されます。首都アテネまでは11時間。そこからバスを乗り継いで、マケドニア共和国との国境にあるイドメニ村に向かいます。イドメニは、バルカン半島を経由してドイツに至る「バルカンルート」の始点とされています。 しかし最近、情勢に大きな変化がありました。とどまることのない難民の流入に、ついにEUが政策転換したのです。バルカンルートの閉鎖が協議され、3月20日以降にギリシャに渡ってくる密航者を全員トルコに送り返すことでトルコと正式合意。事実上の国境封鎖です。難民は地元住民との接触も禁止? 現地でお世話になった人に確認したところ、現在マケドニア以降のルートはほぼ断絶状態で、3月上旬から難民の流れがストップしているそうです。イドメニまで来て行き場を失った難民がいまも1万人以上、国境地帯に滞留しているとのことです。先日、業を煮やした難民700人以上が越境を強行したというニュースを耳にしました。川を渡ろうとして溺れ死んだ人もいたといいます。 その状況を思うと、いたたまれない気持ちになります。イドメニは何もない、寂しい村でした。しかも取材時は真冬で、ものすごく寒かった。前夜のレスボス島は気温20℃くらいあったのに、マケドニアの国境まで北上すると一気に氷点下まで冷え込みます。そこに建てられた仮設テントで、足止めされた難民たちは先行きの見えないまま、時間をやり過ごしているのかもしれない…。難民は地元住民との接触も禁止!? 私が訪れた昨年末、国境地帯では、まるで流れ作業のように難民たちが移送されていました。ギリシャからバスでそのままマケドニアに向かうのかと思ったら、検問所の前で難民たちは一端、車から降ろされます。国境は、徒歩で越えなければならないんです。 バスが到着するのは夜。寒空の下、500mほどの距離ですが、小さな子供たちも皆、歩いて渡ります。バス1台分ずつ、順にマケドニアに送るシステムになっていました。検問所に警察官が一人いて、マケドニア政府からの合図を待っているんです。バスから降ろしていいよ、と許可が出たら、難民たちをバスから降ろし、歩かせる。国境を越えると、その先にはまた次の移動手段が待ち受けていて、バスや鉄道を乗り継いでマケドニアからセルビアへと抜ける。 不思議だなと思ったのは、バルカン半島の国々を移動するあいだ、難民たちにほとんど自由がないことです。場所によっては、その国の滞在時間が何十時間と決められていたりする。各政府が連携してこうした集団移送体制を構築したとのことですが、まるで「うちの国には留まらせたくないから早く次の国へ行ってくれ」と言わんばかり。セルビアのアダシェバツという街に、難民用の一時待機施設がありました。高速道路のガソリンスタンドの隣にあって、昔はモーテルだったんじゃないかというような場所です。人数がまとまるまで待機して、そこから鉄道に乗り換えるのです。(撮影・菱田雄介) ここは比較的、さまざまな設備が充実していました。「国境なき医師団」のお医者さんが常駐する診療所や子供の遊び場があり、Wi-Fiが完備されていて、携帯電話の充電ができる。防寒具や靴の配給もありました。でも、そこから動いちゃいけない。難民は、周辺を自由に歩き回ることもできないんです。 次の国境へ移動する際に、難民移送バスに一人でも戻って来なかったら、その責任はバスの運転手が負わされると聞きました。運転手も、なかなかつらい仕事ですよね。難民移送にはきっちりとした管理体制が敷かれていて、そのルートから外れることは許されません。国境で難民登録書を見せ、手続きが済んだら移送列車に乗る。乗り込む際は一列に並ばされ、扉が開くやいなや中へと押し込まれる。警察が大きな声で、早く早くと追い立てる。その様子は、まるで捕虜か囚人を扱うように見えなくもない。 でも、だからといって難民たちの顔に虚ろな感じはありませんでした。むしろ、明るい未来のある国に行ける期待感から「イェーイ!」と歓声すら上げている。笑顔、Vサイン。やっと次に行けるぞ、と嬉しくて仕方ない表情でした。人口の400倍の難民が押し寄せてきたら… セルビアから列車に乗った難民たちは、クロアチアを横断し、スロベニアへと向かいます。その間、地元住民との接触はほとんどありません。なぜこんなに管理が厳しくなったのでしょうか?以前は、クロアチア国境の町ハルミツァに到着した難民たちは、川を渡って国境を越えていました。でも、いまは国境沿いに鉄条網が張り巡らせてあり、向こう側へ行くことはできなくなっています。 スロベニア国境にあるリゴンツェ村もやはり、鉄条網で厳重に警備されています。リゴンツェは人口わずか176人の小さな小さな村。そこに昨秋、7万人もの難民が押し寄せたのです。村人たちが恐怖を感じたのも無理はありません。 国境地帯に一時滞在所を設けたのは、地元住民の目に極力触れないようにとの意図からだったんですね。その一時滞在所にいる難民も、300人単位です。彼らが一斉に外に出たら、小さな町なら大騒ぎになるでしょう。日常が変わってしまうことに不安を覚える人もいるかもしれません。難民にも「モラル」を求めるべき? 一方で、難民たちを一ヵ所に囲い込むことによって、衛生面での問題が浮上しています。一人が風邪をひけばあっという間に伝染する環境です。スロベニアのシェンティルという町にある一時待機施設では、咳き込んでる人を多く見かけました。そのなかに、子供たちもたくさんいる。亡くなった人もいると聞きました。そこに長居するわけではないし、宿泊するわけでもないけれど、医療や衛生管理は最優先で改善してほしいと思いました。 気がついたのは、車イスの人が結構な数いるということ。バス4台中、2人は見ました。割合として、日頃目にする機会よりもはるかに多い気がしました。それも高齢者ではなく、比較的若い人が乗っている。聞いてみると、長距離移動は体力的に難しいというので、お父さんお母さんは祖国に残してきたという人が少なくない。でも、難民移送の列車はバリアフリーなんかじゃないし、急な階段を昇らされることもある。それでも、2000㎞の道のりを移動しようというのです。持病で車イス生活になったのか、それともシリアの内戦で何かあったのか、私には聞くことができませんでした。難民にも「モラル」を求めるべき? もう一つ、現実を目の当たりにして、考えさせられたことがあります。それは、難民のマナーとモラル。一時待機施設ではボランティア体制が整っていて、食べ物や着る物の配給が充実していました。難民の人たちにとってありがたい状況だと思うのですが、これが現場のボランティアの人たちを困らせていた。とにかく、食べかたが汚いというのです。 食べ残しがそこらじゅうに散乱している。ゴミ箱があるのにゴミを捨てない。配給で洋服も支給されるのですが、ボランティアから新しい服を受け取ると、それまで着ていた服をその場で捨ててしまう。床に脱ぎ散らかしたまま放置するので、悪臭の原因となる。全員ではないけれど、そういう行為が目立つのです。(撮影・菱田雄介) バルカン諸国にたどり着く難民は、シリア出身の人ばかりではありません。中東の他の国々や、アフリカからも来ています。さまざまな文化を持つ人たちが、一ヵ所で同じ生活をすることは難しい。もしかしたら祖国では、ゴミを捨てるという習慣がないのかもしれない。たんなる生活習慣の違いなのか、ルールを理解していないのかはわかりません。 そんな状況だから、難民たちの滞在所はカオスでした。ボランティアの人たちは、衛生的に保つのに懸命になっていましたね。 もちろん、ちゃんと片づける難民もいるし、彼らにルールを教え込もうという努力もしていると思います。とはいえ、いろんな民族がいて、それぞれに異なる生活習慣がある。パッと見ただけではすべてを見分けることはできません。 テーブルに得体のしれない食べこぼしが広がっている。ボランティアの人からもらった服が、その辺にポイッと飛ばされる。私も正直、「えー!?」って思いました。おいおい、感謝の気持ちはどこに? と。でも、これは私たちの社会でのルールですから、難しい問題です。彼らにしてみれば、より温かい服に着替えて長旅に備えただけで、悪気はないのかもしれない。けれど、難民支援のために集められたみんなの善意を、そんなに簡単にポイ捨てされるなんてショックです。 じゃあ支援は不要かといえば、そういうことではない。難民がこの先ヨーロッパで生きていくためには、ただ物を与えるだけではなく、彼らを自立させることを考えなければいけない。そういうことも、難民を受け入れる側の課題の一つだと思います。春香クリスティーンがゆく(最終回)西ヨーロッパへ春香クリスティーンがゆく(最終回) (COURRiER Japon 2016年4月2日) ギリシャのレスボス島からヨーロッパ本土に渡り、バルカン半島を北上する難民の道をたどってきた春香クリスティーンさん。最終回ではいよいよ旅の終着地、西ヨーロッパへ。英語、フランス語、ドイツ語を駆使する春香さんが、難民とEU市民、双方の本音に迫ります。 前回、ヨーロッパに来た難民の「モラル」について、私なりに考えたことをお伝えしましたが、スロベニアの次に向かったオーストリアで、さらにショッキングなものを見つけてしまいました。オーストリアのザルツブルクは、モーツァルトの故郷として知られる音楽の都。世界的な観光地ですが、クロアチアやスロベニアと同様にここでも、街なかで難民の姿を見かけることはありませんでした。 昨年夏、大量の難民が押し寄せて問題になったため、難民を一時的に収容する施設が作られたのです。ザルツブルクにたどり着いた難民たちは皆ここに集められ、ドイツに行くまでの数日間、このテントの中で過ごすことになったのです。それまでは、列車で国境を越えてきた難民たちが駅に溢れかえり、通常の列車が運行できなくなるほど混乱をきたしていたそうです。駅構内で寝泊まりする難民も多かったといいます。ザルツブルクの難民一時滞在施設(撮影・菱田雄介) 私が訪れたとき、もう駅に難民はいませんでした。ただ、仮設トイレが残っていたんです。おそらくそれは、難民の人たち専用のトイレだったと思います。なぜかというと、トイレの「正しい使いかた」を説明した紙が貼られていたから。日本でそういう注意書きを目にすることもあるけれど、もっと丁寧に、まるで幼児に教えるように、アラビア語の説明書きとともに図解されているんです。 女性トイレの貼り紙はこんな具合です。「使用中のトイレを覗いてはいけません」。 「便座にはこんなふうに腰掛けましょう」。「トイレットペーパーで拭きましょう」。「最後に手を洗いましょう」…、ちょっと馬鹿にしている感じが、しなくもない。 ザルツブルク中央駅は数年前に改修工事を終えたばかりで、とてもきれい。その駅舎の脇に、難民専用の仮設トイレが設置してあるのです。駅のなかには最新式のトイレがあるのに、です。誰でも利用できるはずの駅のトイレを、難民たちには使わせたくない、使ってくれるな、ということですよねこの気持ち、わからないわけではないんです。じつをいうと私も、バルカンルート沿いの施設で難民が使うトイレの惨状を見て、思わず目を背けたことがありました。でも、どうしてこんなふうになっちゃうんだろう……そう考えたとき、これはマナーの問題ではなく、文化の違いだって気づいたんです。 イスラム圏では、用を足したあと、男女とも紙を使わずに水で浄めると聞いたことがあります。一方、施設のトイレはいわゆる洋式トイレ。異なる文化圏から来た難民たちはどう使っていいかわからず、結局、汚してしまうのかもしれません。文化が違えば、トイレ事情だって違って当然。ザルツブルクの仮設トイレに、異文化理解の難しさと大切さを思い知らされたようでした。 ふつう、こういう問題に直面したら、世論は難民受け入れに否定的になるものだと思っていました。ところが、次に移動したドイツは違ったんです。少なくとも私が現地を訪れた年明けの時点では──。家賃タダ、月々のお小遣い付きの「厚遇」家賃タダ、月々のお小遣い付きの“厚遇” 多くの難民たちが目を輝かせて語っていた夢の国、ドイツ。難民たちはドイツに入るとまず、国境で難民として仮申請を行います。政府が各都市の収容能力に応じて振り分けを行っており、難民たちはどの都市に行くか選ぶことはできません。ひとまずこうした施設に落ち着き、難民として認められるのを待ちながら、ドイツ語の勉強や職探しを行います。 言葉も生活習慣も異なる国での再出発。アフガニスタンから来たという男性に、不安はないのかと尋ねたら、こんな答えが返ってきました。「不可能なものなんてない。何事も為せば成る。まずはドイツ語を覚えて、それから大学へ通いたいんだ」 彼が希望を抱くのも無理はありません。ドイツで難民に認定されれば、生活は当面、保障されるのです。ドイツ第三の都市ミュンヘンで、難民認定を受けた一家を取材しました。 一家の長女タムキン・ナシリさんは、20歳の女の子。3年前にアフガニスタンを脱出し、歩いてドイツまでやって来たそうです。いまでは、とても上手なドイツ語を話します。 「この国の人間は同じ自由を持っていて、同じように生活できる。ここではやりたいことができるの。仕事でも学業でもね」3年前にミュンヘンにやってきたタムキン・ナシリさん(撮影・菱田雄介) ナシリさん一家は、両親と4人の弟とともにミュンヘン市内に暮らしています。アパートの家賃は、なんと無料。タムキンさんと両親には月々310ユーロ(約4万円)が支給され、さらに未成年者の弟たちにも補助金が与えられています。手厚い補助は難民たちが自立できるまで続きます。ドイツに流入した難民は、昨年1年間で100万人以上。昨年9月に彼らを受け入れる決断をしたメルケル首相の「寛大な政策」は、市民に熱狂的に歓迎されました。ミュンヘンの人たちも、それは変わらなかった。 新年を祝う繁華街で市民に話を聞いたのですが、出てくるのは驚くほど肯定的な意見ばかり。 「難民が来てくれて嬉しい。祖国が大変で苦労の連続だったでしょうから、ここに来られて良かった」  「家の向かいに難民一家が引っ越してくるから、ウェルカムパーティーを開くの」  「難民が来たからテロの脅威が高まるなんて考えは馬鹿げている。難民に責任を押し付けているだけに過ぎないよ」 私、結構いろんな人を取材しましたよ。でも、いくら聞いても否定的な意見が出てこない。反対意見、来いや!と構えていたのに、来ない来ない。こちらから「難民排斥運動をしている人たちをどう思いますか?」と問うと、ほとんど「ありえない!」という反応が返ってくるんです。あいつらと一緒にしないで、と。 もちろん、そのときのタイミングもあるでしょうし、同じドイツでも地域によって差があると思います。ネットを見れば、非人道的な意見も飛び交っています。ただ、ドイツは昔からトルコ移民を受け入れてきて、こうした問題はまったく初めて経験するものでもないんですね。 ドイツは第二次大戦後、急速に移民の受け入れを行った国です。1950〜1970年代にトルコから流入した移民は200万人を超えます。冷戦終結後は、旧ユーゴスラビアなど東欧からの難民を大量に受け入れてきた。その自負があるのでしょう。「あのときも我々は乗り越えられた、だから今回もうまくやっていけるよ」なんて声もありました。テロ予告にも、おおらかな反応テロ予告にも、おおらかな反応 私がミュンヘン入りしたのは、2016年の1月1日。じつはその前日の大晦日、イスラム過激派のテロが警告され、ミュンヘン中央駅が封鎖される事態となっていました。ISによる自爆攻撃が実行される危険が高まったというのです。 そんな緊張状態の直後だったので、ミュンヘンでは当然、批判的な声が出ると思っていたんです。封鎖は翌朝解除されたものの、私はその駅の中のホテルに滞在することになっていたので、とても怖かった。街もパニック状態になっているんじゃないかと心配しました。 だからホテルに着いたとき、受付の人に尋ねたんです。あんなことが起きて、大変だったでしょうって。そうしたら「うん、まぁ別に何てことはなかったよ」という反応なんです。テロ警告は以前からあったからね、と。拍子抜けしてしまいました。 でも、そのときはまだ、あの「集団暴行事件」が明るみに出ていなかったのです。西部の都市ケルンで、大晦日の夜、300件以上の性的暴行事件が発生しました。若い男たちがケルン中央駅周辺にいた女性たちを取り囲み、窃盗や性的暴行を働いたのです。容疑者の多数が難民申請者だったことから、難民たちに一気に厳しい目が注がれるようになりました。極右団体による大規模デモが起き、ドイツ人同士が難民をめぐり、衝突するようになってしまった。ミュンヘンの駅で警戒にあたる警察官(撮影・菱田雄介) この事件が、空気を一変させたと思います。あれほど難民受け入れに寛容な人が多かったのに、歓迎ムードは消え去り、メルケル首相は政策転換を迫られました。私の母国スイスの報道を見ていても、そのショックがものすごく大きかったことが伝わってきました。 このとき欧米メディアでは、事件は難民たちの「性差別主義」が原因だとする論調が盛んになりました。中東や北アフリカでは女性の権利が奪われているとか、イスラム教では妻は夫に従わなければいけないとか、そういった女性蔑視の文化がある。ヨーロッパの女性だからといって、人権を尊重しようとはしない。今回の事件は、そういう問題が浮き彫りになった結果だと。これがあの理想に燃えたEUの姿だなんて ヨーロッパの感覚からすれば、たしかにそのとおりでしょう。人権を無視した行為は許されないし、女性に暴行を働けば犯罪になります。でも、そこには文化の隔たり、価値観の相違があるわけです。だから彼らには、郷に入らば郷に従えで、ヨーロッパの道徳観をちゃんと教えてあげなければいけない。 ただ、これまた複雑です。「教えてあげる」って言うこと自体、上から目線なんじゃないかなと。異文化理解の難しさを、ここでも実感しました。これがあの理想に燃えたEUの姿だなんて EU(欧州連合)が発足したのは、私がスイスで生まれた翌年の1993年です。私は子供の頃、ヨーロッパが一つになろうという盛り上がり、高揚感を肌で感じていました。スイスはEU加盟国ではありませんが、さまざまな協力協定を結んでいて、EUとの関係は緊密です。人の行き来も自由。人々がオープンになっていく感じを、ごく自然なこととして受け止めていました。EUに対する批判は常にありましたが、それでも、移動が便利になり、人々の交流も盛んになり、一体感が感じられるようになったことを、ポジティブにとらえていました。(撮影・菱田雄介) そうやって築いてきたものが、いま、壊れようとしている。テロの脅威、止まらない難民流入。こうなるともう、国境を閉じろ閉じろという空気になり、いままでのオープンな感じと正反対の、閉鎖的な方向へ向かおうとしている。これが一つになることを目指していた、あのEUと同じところだなんて……。 いまヨーロッパでは、移民や難民に反対する運動が沸き起こっています。それに対し、イスラム教徒であっても同じ人間なんだから、人間として受け入れるべきだと主張する人たちがいます。この問題をめぐり、ドイツ人同士が互いを罵り合っている。冷静に議論を重ねるのではなく、ただ感情をぶつけ合っている。そんな姿を見ると、国が崩壊しているような感じがしてならないんです。すごく心が痛みます。殴り合いに近いようなかたちで、同じ国の国民がバトルすることに、言いようもない違和感を覚えます。 新しいものを外から受け入れると、ドイツがドイツらしく、スイスがスイスらしくなくなってしまうというのでしょうか?人を受け入れるということは、人間の根幹、国家の根幹、そしてEUの存在意義にも関わってくる問題です。それが、話し合いではなく罵り合いで論じられていては、いつまでも平行線です。ヨーロッパが一つになるという理想を掲げてここまで歩んできたEU。難民という存在を受け入れることができずに、このままメルトダウンしてしまうのでしょうか。

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    寛容か排斥か、人類史上最も冷徹で複雑な「方程式」を私ならこう解く

    茂木健一郎(脳科学者) 移民・難民問題が、世界を揺るがせている。アメリカ大統領選でヒラリー・クリントン氏と接戦のドナルド・トランプ氏は、メキシコとの国境に壁を作るという主張を変えていない。イギリスのEUからの離脱の背後には、移民規制の問題があった。そして、ドイツのメルケル首相は難民問題における寛容な姿勢が国内で批判を浴び、「時計の針を戻したい」と発言した。 戦乱などで荒廃した地域からより安全な生活を求めて人々が移動することは、仕方がない。そのような人を前にして、人道的な配慮をするのも、現代の人権感覚から見れば当然のことだろう。 一方、人間には、異質な他者に対する警戒心もある。さまざまな国で、移民・難民問題をきっかけに、排外主義や、ヘイトクライムなどの事象が見られるのも、人間性の否定し難い一部だということになるだろう。レバノン北部トリポリ近郊の難民キャンプで医師の診察を待つパレスチナ難民=2016年3月(国連提供) 人道主義に基づく「寛容」か。それとも、「排外主義」か。識者の論も、メディアの報じ方も、二つの極の間で揺れ動きがちだが、現実は、もちろん、もっと複雑な「方程式」の中にある。 今、移民・難民問題を、現実に即して考えてみよう。人道主義から受け入れるにしても、無制限に流入させるのは、実際的でも、持続可能でもない。社会の物理的、経済的、人的キャパシティを超えて受け入れると、結果として、軋轢が生じるし、さまざまな事件も起こる。 その一方で、「ゼロ回答」も、人道的に無理がある。戦乱で罪のない子どもたちが生活の基盤を失い、寒さや飢えで震えている時に、手を差し伸ばしたくないという人はいないだろう。 課題は、移民・難民受け入れのプログラムの定量的な把握にある。単に、「かわいそう」か、「拒否」かの二元論で行くのではなく、具体的に、どれくらいの人々を、どのような時期に受け入れられるのか、という定量的なモデルが必要なのだ。 移民・難民の受け入れは、複雑な社会・経済的マトリックスの中で起こる。移動、食料、住居などのロジスティックスは、物理的な次元である。さらに、滞在が長期になれば、社会的、経済的な受容のコストがあり、制度設計の問題がある。 一番課題になることの一つは、「言語」だろう。どの国でも、その社会の一部として受け入れる上では、どれくらいその国の言語を理解し、話し、書くことができるかということが重要なパラメータとなる。 しかし、言語の習得は、一筋縄ではいかない。かなり良いプログラムを組んだとしても、習得には時間がかかる。さらに、習慣やマインドセットなど、社会の中で適応するためのさまざまな「ソフトウェア」を身につけるためには、それなりの努力が必要である。移民・難民受け入れの現実的な議論自体がパンドラの箱? 移民・難民問題を現実的な政策の中で定着させるためには、人道主義や、異質な他者との共生といった理想を掲げつつ、以上のような受け入れ、同化のプロセスについての定量的な評価が必要になるだろう。逆に言えば、そのような定量的なプログラムなしに、受け入れについての社会的合意を得るのは、難しくなってくるのかもしれない。 日本は、移民や難民の受け入れに消極的である。地理的な条件や、歴史的な背景があるとしても、今後もこのような政策を続けられるとは限らない。人道的な視点からの、諸外国からの批判も避けられないだろう。オバマ米大統領主宰の難民サミットで演説する安倍首相 =9月20日、ニューヨーク 一方、日本人の中に、外国からの移民・難民の受け入れについて、根強い抵抗感があることも事実である。そのような感情を無視して積極的な政策を進めても、人道主義においては先進的とみられていたドイツの事例を見てもわかるように、どこかで揺れ戻しが起こることは避けられないだろう。 日本においても、移民・難民を受け入れるとして、どれくらいの数を、どの時期に受け入れられるのか、その際の社会的コストは何か、逆にどのような効用があるのか、といった議論を、冷静に、定量的に始める時期が来ている。そのような定量的モデルがあって初めて、受け入れについての合意形成もできるだろう。 ところで、このような、移民・難民受け入れの定量的モデルに基づく議論は、必要であるが、同時に、「パンドラの箱」を開くことになるのかもしれない。 災害現場で手当てなどの優先順位を全体の最適を考えて決める「トリアージ」の概念は、広く行き渡っている。 移民・難民の問題も、それを定量的に論じると、結局は「トリアージ」と同じように、どのような政策が「最適」なのか、という議論につながる。「誰にとっての」最適かという議論を抜きにしても、これは、現代社会において、潜在的に非常に困難な問題につながる道筋である。システムにとっての「最適」を考えることが、個々の人間にとっては、厳しい結論を導く可能性があるのである。 似たような課題は、至るところにある。たとえば、生活習慣と病気との関連を論じたり、医療費の使い方の効率化を考える「公衆衛生」の分野は、一見、「やさしさ」に満ちているようでいて、実は背後には冷徹な「全体最適化」の論理がある。極論すれば、社会の効率化のために、事実上ある種の患者さんの健康悪化、寿命の短縮には「目を瞑る」という側面を、どうしても含む。「移民・難民」を「自分自身の問題」として考える 自動運転における優先順位も、同じことである。目の前に子どもが飛び出して来た時、後ろから来ているバイクの青年の命を危険にさらしても急ブレーキをかけるべきかどうか。そもそも、自動運転においては、常にその車に乗る者の命を救うことを最優先すべきなのか(それによって、周囲に事故が起こってしまったとしても?)英ロンドンでトルコから海を隔てたギリシャをボートなどで目指した難民や移民が着用していた救命胴衣約2500着を並べ、国際社会に難民対策強化を訴えるイベント=9月19日、ロンドンの英国会議事堂前 今まで曖昧に済ませてきたことを、定量的に議論し、全体の最適化を考える。それ自体は結構なことのように思えるが、個々の事例を見ると、「厳しい」選択を迫られる。そのような、私たちの人間性を脅かす「パンドラの箱」が、至るところで開こうとしている。移民・難民問題は、その一例に過ぎない。 移民・難民、公衆衛生、そして自動運転。これらの分野について全体最適を考える定量的なプログラムを考えることは、つまりは「システム」の問題である。そして、現代は、「システム」の前に、個人の尊厳が脅かされつつある時代なのかもしれない。しかも、その「システム」の計算を、人工知能が担おうとしている。 移民・難民をかわいそうだと思ったり、逆に排斥しようとしたりする時、私たちは、ともすれば、自分自身は「安全圏」に置いている。しかし、実際には、公衆衛生における医療費の配分や、自動運転における命の優先順位など、かけがえのない自分の尊厳を脅かす事態が、足元に迫っている。「人工知能によって計算される、システムの最適化」の時代が、もうすぐそこに迫ってきているのだ。 システムと個人の関係は、みんなの問題である。そう考えれば、移民・難民の問題も、身近に感じられてくるだろう。全面的な受け入れでもなく、徹底的な排除でもない、曰く言い難い中間の解決法を必死になって考えようとするだろう。「公衆衛生」や「自動運転」と同じ問題群として考えることで、「移民・難民」を「自分自身の問題」として、より深く考えようという気持ちを持つことができるのではないかと思う。

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    行き場を失う難民の悲劇 「人道主義」の限界がもたらす負の連鎖

    掲げる極右政党から選挙で攻勢をかけられて、厳しい状況に置かれている。ニューヨークの国連本部で開幕した移民・難民対策を討議する国連サミット=9月19日「難民受け入れ」に背を向ける日本の対応 日本の対応は、国連サミットでテーマとなった「難民受け入れ」に全く背を向けるものだ。サミットに出席した安倍晋三首相は「日本は主導的役割を果たす」と演説しながらも、難民受け入れには触れず、今後3年間で28億ドル(約2800億円)規模の人道支援を行う考えを表明しただけだった。 欧米の各国政府にとっても、難民受け入れには、国内で根強い反対がある。それでも難民受け入れを増やさねば、現在の難民危機は新たな紛争やテロ、犯罪など危機へと増幅しかねないという認識はある。だからこそ、難民受け入れの割り当てをしたり、受け入れ数の確認をしたりと問題に対応しようと苦心している。 今回、国連サミットで問われた「責任の公平な分担」は、誰もが嫌がる難民受け入れへの対応だった。その中で、日本政府が金だけを出しても、国際社会と問題を共有していないことが明らかになっただけで、出した金額に見合う評価を受けることは難しいと考えるしかない。

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    実は世界に冠たる移民国家だった! 日本を必ず襲う「難民クライシス」

    坂東忠信(外国人犯罪対策講師) 日本を単一民族であるとしてその純血を誇る人がいます。しかし残念ながら日本はすでに世界に冠たる移民国家であり、しかも移民政策に失敗しながら傷みを自覚せず、現在も失敗し続けていると言ったら、何人の方がこれを信じるでしょうか。 まず私達は「移民」というと、どうしても白人や黒人などのわかりやすい異人種の流入と定着を想像しますが、この段階ですでに失敗の痛みを自覚しない「情報麻酔」がかなり効いています。私達は地理的情況や歴史的経緯から、東アジア、特に朝鮮半島からの流入定着があったことを移民として意識できないどころか、彼らが現在も帰化せず「特別永住者」という世界に類例のない外国人世襲制滞在資格を得て定着していることに異常を感じませんし、反日姿勢をアイデンティティとする北朝鮮の「総連」や韓国の「民団」が、母国と在日民族を直接・間接的につなげて社会に影響を及ぼしても危機意識を持てません。さらに彼らが左翼・反政府運動にも影響を及ぼす現状に触れると、人として当然発生するはずの「憎悪表現」が否定抑圧され、「ヘイト」という呪文と情報麻酔で抑え込まれているのです。不法滞在の外国人を収容する東日本入国管理センターの居室=茨城県牛久市 そもそも「移民」とはどんな人達であるかという疑問さえ、麻酔が効いているので意識できません。国連人口部の定義する移民とは「出生あるいは市民権のある国の外に12カ月以上いる人」を指しています。具体的には、世襲滞在の特別永住者はもちろんのこと、留学生や技能実習生などを含めた中長期滞在者、不法滞在者や密入国者などの不法移民が移民に該当し、世界一般では合法的に帰化していても、帰化した当代は移民の部類に入ります。 この世界標準さえ知らない幸せ太りの中年ボクサーは、知識のパンツも履かずフルチン状態で国際化社会のリングに上り肉体を誇示し、ハングリーな挑戦者と抱き合おうとしているのです。 大体にして「移民」と聞いて「肌の色が違う外国人と共生できて街が活性化する話」などと、漠然として的外れなイメージをしていますので、国民の主権どころか、生活をともにする大切な人の安全さえ守ることはできません。 さらに、ここ数年申請が激増している「難民」も、移民の一部なのです。日本の難民システムは、申請があればほとんど審査し、審査待ちの期間でも政府はその居住地を制限せず、初回申請の平均審査期間である9カ月ほどは合法滞在となります。さらに認定されなかった場合でも再申請が可能で、平均審査待ちは28カ月ほどになるそうです。当然これは移民に分類されるべきで、しかも再申請の回数には制限がなく、違う理由での申請を繰り返してさえいれば実質的合法滞在が可能。この「裏ワザ」はすでに口コミとなっている模様で、これを応用した滞在資格ビジネスや、脱法的滞在事例が発生しています。来日後、滞在資格条件をみたすことができないことから、不法滞在化を避けるために、あるいは不法滞在した後に難民申請を出したり、さらには技能実習生として来日した直後に職場を脱走し、制限のない就労を目的に難民申請するなどの確信犯的「偽装難民」が確認されるなど、あまりのゆるさに日本ではなんと国内から外国人が難民となる始末なのです。2018年までに必要な移民対策方針の確立2018年までに必要な移民対策方針の確立 昨年中の難民認定数はわずか19人。この人数をもって「日本は間口が狭い」「国際化していない」などという人がいます。しかし実際には昨年は前年比52%増の7586人の申請者と、23%増の再申請者3120人、合わせて1万人を超える難民申請者が合法的かつ長期的に日本滞在を許可されているのです。 法務省が許可した滞在合計年数に関する統計は存在しないため正確にはわかりませんが、短期滞在者を除く中期滞在者を含めた更新可能な資格での滞在人口と、この難民予備軍を含めると、日本には212万人ほどの移民と移民予備軍がすでに存在しています。世界標準的には移民とされる帰化一世の人口を含めれば、移民の存在実態はさらに大きいのです。 他国では難民申請者の居住エリアを指定の島やエリア内に限定したり、国によっては帰化後も被選挙権を得るまでには5年を要する(タイ王国)と法に定めるなど、来日外国人と移民と本国人を厳格に区別し、国民の主権を守っているのですが、これだけ多くの外国人が政治活動や社会運動まで黙認されて自由に暮らせる我が国ほど、間口が広く人権が保障されている国は珍しいくらいです。 それでも日本には、移民を労働力として必要とする企業組織や、実質移民国家となっていることを知られると都合が悪い人たち、移民の滞在資格を利用して金のなる木にしようとする人たち、さらに移民を使って日本の国政に影響を与えようとする国々が、「日本は国際化に立ち遅れた国である」という認識の流布を必要としているため、マスコミもこれを報じません。 これら国際化に取り残された法の不備や認識不足が、他国にアイデンティティを持つことを公言する二重国籍者を政党党首とし公的発言を許すなど、完全に国民主権を脅かしながら国家の暗黒史を更新中。国民主権を守ろうとすれば、国家の枠を取り外したい、政治家や市民団体など様々な階層や民族で構成された革新派が反対し対策を打つこともできないうちに、「人権」に守られた犯罪だけが国際化しています。平成27年の政府発表数値から外国人人口の割合を算出すると1.67%ですが、日本国内検挙人口における外国人割合は3.44%、殺人事件検挙人口では4.76%、刑務所被収容者割合は6.52%。ちなみに外国人比率全国一位の東京都は2.95%。つまり日本で一番国際化しているのは首都東京ではなく、刑務所内なのです。この問題、2018年までに解決しないと、大変なことになるでしょう。外国人はロボットではない外国人はロボットではない リオ五輪も終了し、東京は次の開催地として世界の注目を集め始めていますが、話は競技場の建設や「おもてなし」など、どうしても形に見えるものや表面的なイメージに終止しています。しかし、そのような中で国民は苦役と捉えてしまうほどの低賃金で働き、1077万世帯いる夫婦共働きでも苦しいと感じる人が多く、賃金格差は開くばかりです。そんなご時世でも企業は役員報酬を下げるどころか、外国人労働者を安価な給料で雇用しているのですが、日本は外国人に労働ビザを発給していないため、実質的な労働者を技能実習生として呼び込んでいます。曖昧な定義で、本来禁止されている実習生の単純労働を常態化させながら、人を人として思いやることのできない経営者は「本国より遥かに高い賃金を払っている」などと言いますが、彼らは日本で生活しているのです。さらに、政府は国家戦略特区として外国人メイドの受け入れや今後必要とされる建築労働者を確保しようとしていますが、これでは後世に私達の子孫が「当時の世情を利用し半強制労働させられた」との恨みを買うでしょう。 確かに東京五輪に向けて、建設業界を中心により多くの働き手が必要であることは確実です。しかし、言語も違えば物事の概念も生活習慣も異なる、意思疎通や理解が難しい外国人を呼ぶより先に、日本に潜在する体力が充実した「ニート」(15歳から34歳まで)56万人に目を向けるべきでは? 世間に貢献する企業なら、高齢化社会において「ニート」の定義に該当しない35歳以上の非労働人口を含む200万人以上の労働可能な働き手に、最低限の生活ができる程度の賃金を払って雇用すべきですが、これに加えて外圧に負けない政府の国民雇用と外国人対策、経済政策の覚悟が大前提となります。 人を人と思わず、働くロボットのような感覚で外国人を安価に使い、自国民の消費だけを狙う企業が経済的横暴を内外に続ければ、日本国民は国際化どころか手痛いしっぺ返しを食らうでしょう。 外国人労働者はロボットではありません。来日して働くならまず言葉の問題をクリアしなければならず、真に日本の国際化を目指して雇用するなら、日本語学校などでの言語習得が必須。でも企業がそこまで彼らをフォローするのでしょうか。それとも派遣社員と同じく使い捨てするつもりでしょうか。 また彼ら外国人労働者だって恋もすれば結婚したいし、子供だって生まれます。生まれた子供には親も日常使う自国の言葉を習得させたいし、母国の文化習慣は大切にしてもらいたい。「郷に入っては郷に従え」などと自分に課すのは日本人だけで、それができないからこそ世界に民族紛争が耐えず、これを鎮圧するために警察が出動し、鎮圧された国民の国は自国民への虐待虐殺を防ぐために軍を派遣する、これが戦争のきっかけになっている事を学ぶべきでしょう。 「人権」の呪文に金縛りに遭いやすい日本人は、「外国人人権拡張」のビジネスを多少やり過ぎて儲けていても、同情心と同調圧力からこれを許容することを国際化と勘違いしています。そして国民性を利用する外国勢力の思う壺に、もうはまっているのです。 池袋の街角に積まれた新聞のような中国人向けフリーペーパーには、「旅券のない方・ビザの切れた方・他人の旅券で来日した方と日本人の結婚」をうたった広告や、中絶堕胎を請け負うモグリの医者の広告などが堂々と掲載されていますが、彼らが楽に生きることを求める人間であることに思いが至らず、道徳格差のタブーを怖れて向き合わずに「国際化」とは先が思いやられます。画像は広告の一例 しかも、国策として移民を受け入れるなら、そのインフラを整える責任を国民が税負担で負うことになり、外国人への人道的応対の陰に日本人への非人道的経済負担が強まることは確実。本来、国家と国家の間には交流だけでなく距離も必要です。閉鎖的なのは制度ではなく日本人の脳回路であり、偽善的な笑顔で人権の同調圧力をかけるようなら、日本は自滅するでしょう。求める外国人労働の質が変わる求める外国人労働の質が変わる 今外国人労働者を必要とする理由の一つは、2020年の東京五輪に向けた労働力確保ですが、中でも最も必要とされるのが、建設労働の働き手です。私も刑事時代に多数の外国人労働者(不法滞在や密航による不法就労者)を実際に扱いましたが、最も多いのがこの分野の日雇い労働者でした。中国人の「工頭」(手配師)が集める働き手は特段の労働スキルを求められることなく、その日限りの日当払いですから身分確認は徹底されず、裏をめくれば工頭のピンハネや不法就労などの違法性がこびりついていました。 問題はさらに発展します。五輪建設ラッシュが終わる2018年末ごろから労働需要が変化し、おもてなし要員としての外国人労働者(通訳、接客)の技能や知識が必要とされるからです。そうなると外国人の肉体労働者階級は日本で失職しますが、無制限に笑顔で人道的要求に答えてくれる日本から帰国するでしょうか。それとも企業は彼らを正規社員として終身雇用し、十分な賃金でその生活を保護するでしょうか。職を失えば、必然的に滞在資格を失い不法滞在化しますので、身分確認の必要もない職業に流れるか、生きるために犯罪に手を染めたりすることは、密航費用の返済で生活に貧した来日中国人犯罪の取り調べに当たった経験から、私には手に取るように想像できます。そしてたとえ彼らの犯罪で日本人が被害を受けたとしても、彼らを呼び込んで解雇し解雇した企業は、もうその責任を取ることはないはずです。 彼らはどんどん街に溢れ、逮捕を免れる目的で難民申請をするでしょう。しかし政府がその見直しを検討し結果を出す目安は2020年とのこと。完全に手遅れです。 特に問題なのは、肉体労働者の大多数を占めるであろう来日中国人です。 来日外国人中、検挙人口で例年ダントツ1位を独占、その犯罪傾向はすでに社会問題化している上、本国の覇権主義とあいまって日本国民から当然の「反中意識」を招いていますが、この中国自体が、2020年を前に帰国に適さない国になっている可能性があります。 特に環境汚染は現時点でも致命的で、「がん村」を多数生み出す水質汚染は地下水にまで及び、PM2.5は衛星写真が海岸線を捉える事ができないほど濃度を上げて中国沿岸部を覆い尽くし、がん死亡率は15年前の550%増、2012年、新たにがんと診断された人は65万人にのぼります。中国の環境問題は、中国への進出や製造に関わる日本企業が、現地の反発や製品のイメージダウンを恐れているため、テレビや新聞でもその報道は抑えられがちです。8年ほど前に見てきた上海でさえ、私はゴミや排ガス、混沌騒然とした危険な交通秩序など、天地人に渡る汚れっぷりに驚いたものですが、現在の実態はより深刻です。現在来日中の技能実習生が実習を終え帰国するのは、解決の糸口さえ見えないほど環境汚染が進んだ2019年になりますが、果たして帰国するでしょうか。それどころか「環境難民」がやってきて、密航者や不法滞在者を逮捕しても強制送還先がないという困った事態に見舞われている可能性もあるのです。 さらに政界では、習近平より年上で国家副主席の李源潮でさえ家族の身柄が拘束されるほどの粛清の嵐が吹き荒れています。その粛清は、人脈とメンツを「人生の宝」とする中国人社会に強い影響を与え、便宜を図ってくれた政治家との繋がりから、私財没収を恐れて国外逃亡する企業家が増加の一途をたどっています。 中国では環境の悪化や政治不信、さらには経済破綻が引き金となり、5大戦区に再編成されて混乱する7つの軍区の人脈衝突や少数民族の蜂起でいつ内乱が発生するかわからない状態なのです。強制送還されたらがんになるか、貧困化するか、内乱に巻き込まれるかわからない。そんな未来の中国に、用済みとされ不法滞在化した中国人肉体労働者を強制送還できますか。誰にそれをやらせるのですか。やらせて良心が痛みませんか。それとも家族に傷みを負担させますか?内から外から難民が群がる日本内から外から難民が群がる日本 そうなれば、日本国内で滞在期限が切れた滞在希望者は、現在すでに口コミとなっている難民申請制度に活路を見出します。その結果1 本来お呼びでない外国人がどんどん増え、2 これに人権団体が食いついて人道的解決と要求を政府に突きつけ、福祉対策まで要求し日本国民の税負担が増加。3 人権ビジネスが発生し、さらに左翼労組も手を付けられない外国人労組団体が発生4 政界に食い込むことを目的とする外国人地域有力者などがすでに供給過剰となっているであろう大企業での外国人正規採用枠確保を訴え社会運動を開始、5 外国人票を確保したい革新勢力と外国人団体が結託して人権を楯に外国人参政権を訴え6 これに抵抗し警察の非力に立ち上がる自警団体や保守団体との民族摩擦を背景に、各国国民の権利主張を代表する領事館や民間「市民」団体の発言力が強まり、7 日本人との対立や各民族間の対立に警察が対処できず、暴力や略奪が横行…という一連の流れが、今すでに見えていませんか。私にはすでにこれらの小さなモデルケースが、「在日特権」を巡る嫌韓やいわゆるヘイト問題にすでに見えているのですが、気のせいでしょうか。 さらにその頃になれば、当然ながら中国から呼ばなくても多数の難民が来ます。 着の身着のまま中国沿岸から漁船に乗れば、黒潮に乗って沖縄〜九州〜四国〜本州へと流れ着き、一部は沖縄に流れ着いて、現在中国が主張し画策している「琉球独立」、さらにすでに準備委員会が発足している「琉球自治区」のきっかけを作るでしょう。これら難民の中には当然ながら、その身を守るための「武装難民」や、これを機に国外脱出して一旗揚げようとする「偽装難民」が混在し、しかも偽装難民には工作員が紛れ込んで、同情すべき存在として来日します。もし、浅はかな同情と表面的偽善の同調圧力で彼らを受け入れるなら、日本は確実に危機に陥ります。 現在のヨーロッパはその失敗の先駆者として混迷を深め、人道的難民受け入れが政治家の偽善的票集めであったことに気づくも手遅れとなっています。ドイツのメルケル首相も「時計の針を巻き戻したい」と嘆いて、国民も自国最優先主義を目指し始めましたが、時すでに遅し。気の優しい本国人の子供たちがハングリー精神旺盛な移民の子供にいじめられ、外国語併記により表示を小さくした母国語の文字に目を細めるお年寄りまで暴行を受ける中、体力的に弱い家族を守るために聞き取れない外国語に疑心暗鬼になる大人たちが、双方緊張感あふれる国際化社会を勝ち抜こうとしています。 国際化社会において本当に必要なのは、移民の受け入れによる混濁した社会ではなく、日本が日本としての魅力を保持しつつ外国人が憧れる「日本色」を発し、世界に喜ばれる国であり続けることです。人間、心は精神的向上を求め、肉体が快楽を求めるように、人間社会の国策においても理想と現実は相反することを知る、国民のための国会議員を選出して、世界に貢献すべき道を探るべきでしょう。それが日本の国際化であると私は思います。

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    難民キャンプで暮らす人々への敬意について 

    いとうせいこう(作家・クリエーター)港のE1ゲートへ入ると簡易テントがびっしり並んでいた 過去回はこちらから 翌7月17日の朝には、トルコの東隣アルメニアで武装グループが警察施設を占拠したというニュースがあった。日々きな臭くなっていく世界の中で、俺と谷口さんは宿舎のリビングで前日買ったパンを食べ、ヨーグルトを食べ、コーヒーを飲んだ。 その日はアテネ南西部にあるピレウス港へ出かけることになっていた。そこに市内では最大規模の難民キャンプがあるからだった。 宿舎を出て、なじみ始めたガタガタ道を歩き、アンベロピキ駅まで行った。途中の気温表示モニターに30度と出ていた。まだ昼前だった。4つ行った先のモナスティラキ駅で、緑のラインに乗り換えた。車内は意外に混んでいてた。地下鉄はやがて地上に出て、強い日差しを浴びた。途中、前日に梶村智子さんから話を聞きながら歩いた古代遺跡を突っ切ったりもした。土を掘り下げて線路を通しているのだった。 前の車両から狂人が何か叫びながら移動してきた。その男がいなくなるとギター、タンバリン、アコーディオン、クラリネット二本という編成の楽隊が乗ってきて、一曲を陽気に演奏した。じきタンバリン担当の若い男が楽器をひっくり返して乗客の前に突き出して回った。誰も金を入れなかった。 楽隊が後ろの車両へ去ると、次の駅でボールペン売りの壮年が乗り込んできた。何か口上を述べたり、小さなコピー用紙を見せたりするのだが、もちろん俺には何の意味かさっぱりわからなかった。さらにわからないことには、ボールペン売りは車内にいたアフリカ系の家族のうちの小さな男の子に一本ボールペンをプレゼントして去っていくのだった。 ピレウス港の駅は終点にあった。 立派な駅構内のプラットフォームはいかにもリゾート風で、そこにかなりの人数が降りた。ほとんどが港からどこかの島へ遊びに行く人らしく、短パンだったりサマーワンピースだったりした。リゾート地以外の何物でもない駅に、まさか難民キャンプが。 町へ出てみると、屋台が並んでみやげを広げていた。中には蚤の市のように、家にあった小間物をすべて持ってきてシートの上に乗せているような店も見受けられた。激しい人波は、どの店にも興味を示さなかった。それはそうだ。これからリゾートへ出かけようという人が、なぜ他人の家の物を買うだろうか。 すぐにカフェが続く地帯になり、少し太い道路に出た。俺たちはタクシーを拾い、指定されているというE1のゲートを目指した。港には巨大な船が幾つも停泊していた。駅に最も近い船舶が駅で降車した人々をどんどん吸い込むのが見えた。車ものろのろと船の腹に入っていった。 他にも大量の食料をコンテナで輸送する船、おそらく石油を積んでいるだろう船などがあった。それぞれにEなんとかと番号を振られたエリアに、ビルのような高さの船舶が止まっていた。陽光が隠してしまうもの さて、そのどこに難民キャンプがあるのか、想像もつかなかった。船の着いたコンクリートの埠頭はどれも太陽に向かってむき出しになっている。 陽光は困る、と思った。いつものようにありとあらゆる問題を簡単に隠してしまうからだ。その明るい場所に世界の困難があると思えなくなるのは、俺が暗い日本海沿いの町などを知っている日本人だからなのだろうか。 太陽と同じく明るい中年ドライバーは、ラジオから流れるライミュージックのような民謡調の歌を聴き、E1はこっちなんだが何をしに行くんだと聞いた。 「難民キャンプへ行きます。私たちはMSFです」 谷口さんがそう言うと、ドライバーは一瞬とまどったように見えた。それから彼は、 「あそこにはたくさんいるよ」 とだけ答えた。車が真反対に向かっているとわかったのは、ドライバーがすまなそうな顔でUターンし始めたからだった。まったくのんきなもので右に行くべきところを、左へと車を走らせていたのだ。他の車からクラクションを鳴らされながら、ドライバーはあっちだ、あっちと言い、すまんねと俺たちに謝った。建物の向こうにびっしりとテントが這いつくばっているとは…… E1ゲートは端っこにあった。船がまず止まっていて、その横をタクシーはすり抜けた。がらんとした埠頭を行く車内から、やがて左右に地味な色のテントが幾つも見えた。灰色、銀色、深い緑、統一性なくそのテントはびっしり続いたが、それはいかにも静かに隠れているかのようで目立たなかったし、じき途切れて何ひとつなくなってしまった。 「おいくらですか?」止まった車の中で谷口さんが聞くと、ドライバーは不思議な返事をした。「いくらでもいい」 逆の道を行ったからなのか、俺たちが難民キャンプを訪ねる者だからかがわからなかった。5ユーロを谷口さんが渡している間に、俺は先に外に出た。車は突堤の部分まで来ていて、再び目の前に大型船が停泊していた。細長い埠頭の脇の海水の表面は白くきらめいて美しかった。 そこまで来る間に、身を低くするかのようにテントが集まっていたことなど、まるで嘘のようだった。活動者たちのもとへ 待ち合わせのクリスティーナ・パパゲオルジオさんは、智子さんも所属しているOCP(オペレーションセンター・パリ)のプロジェクト・コーディネーターだった。谷口さんが携帯で連絡して数分、俺は暑い埠頭で目を細めていた。やがて小型車がやってきて、小太りでメガネの男性とやせた女性が乗っているのがわかった。女性がクリスティーナさんだった。 すぐに俺たちも車に乗った。小型車はまたのろのろと動き出し、通り過ぎたテントの近くで右折して港の脇へ入っていった。そこに倉庫があり、先にプレハブの施設が建っていた。施設の入り口には白いアウトドア用の屋根が張ってあって、様々な形の椅子が置かれていた。クリスティーナさんが導くその場所には、とても若い男性ティモス・チャリアマリアスがいた。彼は看護師マネージャーだった。 蒸した施設の中にはけっこう人がいた。それは簡易的な医院で、訪ねてくる患者さんに薬を処方したり、体温や血液を検査したりする場所だった。医師の他に、もちろん例の文化的仲介者(カルチュラル・コーディネーター)もいた。アラビア圏担当、アフガニスタン担当と分かれて、彼らは難民の方々と医師の間をつないでいた。 クリスティーナさんの話では、今年(2016)の2月までそこはただの港だった。ところが難民の北の国々へのルートが断たれてから彼らの行き先がなくなった。アテネ周辺の難民キャンプの建設も追いつかず、一時は5000人が倉庫を中心とするエリアで生活していたという。。そして今もなお1000人が埠頭にテントを立てているというのだった。 近くに「SOLIDARITY」と書かれた車が止まっていた。それもまた「連帯」というNGOであり、食料や水道水を難民へと提供しているのだそうだった。他に、UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)がトイレを担当しているとも聞いた。そうした団体に文化的仲介者を紹介しているのはMSFだった。 E1ゲート以外の埠頭にも難民キャンプがある、とクリスティーナさんは教えてくれた。そちらはそちらでまた別の市民団体が動いているようだった。ということはE1にはピレウス港で受け入れられた人々の何割かが暮らしているというわけだ。数百人だろう。 前日、MSFギリシャ会長クリストス氏にまさに聞いた通り、様々なチャリティ団体がそれぞれに力を出しあって難民キャンプを支えているのが、話によってよくわかった。それはEU内で起こった難事であるがゆえのメリットでもあろうと俺は思った。もともとさかんだった市民運動がネットワークしやすかったのだ。「ピレウス港へようこそ難民の皆さん」と書かれているトイレ 白い屋根の下とはいえ暑かった。風は生ぬるく、汗がひっきりなしに出た。クリスティーナさん自身、インド更紗のスカートにタンクトップ、そして耳にはピアスというリゾートファッションだった。彼女の横でティモスがサングラスをかけたまま情報を加えてくれた。最初は医療的に赤ん坊への対処が多かったのだという。急に具合が悪くなったり、ひょっとしたら出産も多数あったはずだ。しかし今は滞在期間も長くなり、糖尿病といった生活習慣病、皮膚のケア、感染症などが医療の中心になってきているそうだった。 そのへんまで聞いたあたりで、ヒジャブをかぶった黒い長衣の母親が訪ねてきた。彼女の夫も脇にいた。夫婦は半ズボンの子供を連れていた。母親が共に施設内に入っていくと、父と子供がその場に残った。苦難への敬意に打たれて その時だ。白い屋根の下で椅子に座っていた、さっき俺たちを車でそこに連れて来てくれた小太りの男性が跳ね上がるように立上って、席を彼らに譲ったのだった。足りないもうひとつの椅子はすぐに別なスタッフによってととのえられた。父親は微笑んで頭を下げ、子供をまず座らせた。スタッフたちもほっとしたような表情で彼らを見、おそらくカタコトのアラビア語で話しかけたりし始めた。そこには簡単には推し量れないほど深い「敬意」が感じられた。 俺はこれまで何度か“難民の方々”という言い方をしてきた。それは谷口さんが必ずそういう日本語に訳すからだったのだが、ピレウス港の小さな医療施設の前で俺は、MSFのスタッフが基本的にみな難民の方々へのぶ厚いような「敬意」を持っていることを理解した。ではなぜだろうとその場で考えた。そうせざるを得ないくらい、彼らの「敬意」は強く彼らを刺し貫いていたのだ。それは憐れみから来る態度ではなかった。むしろ上から見下ろす時には生じない、あたかも何かを崇めるかのような感じさえあった。 スタッフたちは難民となった人々の苦難の中に、何か自分たちを動かすもの、あるいは自分たちを超えたものを見いだしているのではないかと思った。目の前で見た椅子の出し方に関して、最も納得出来る考えがそれだった。 施設に訪れる母親は毅然としていた。すでに傷つけられたプライドを、しかし高く保ち直している立派な姿だと俺も感じていた。彼ら彼女らは凄まじい体験を経ていた。長い距離を着の身着のままで移動し、たくさんの不条理な死を目の当たりにしたはずだった。父も子もそうだった。彼らの存在の奥に、スタッフたちは、そして俺はどこか神々しいものを感じてはいないだろうかと思った。苦難が神秘となるのではない。それでは苦難が調子に乗ってしまう。 俺が電流に撃たれるようにしてその時考えたことは単純だった。 彼らは死ななかったのだった。苦難は彼らを死に誘った。しかし彼らは生き延びた。そして何より、自死を選ばなかった。苦しくても苦しくても生きて今日へたどり着いた。そのことそのものへの「敬意」が自然に生じているのではないか。俺はそう感じたのである。 善行を見て偽善とバカにする者は、生き延びた者の胸張り裂けそうな悲しみや苦しみを見たことがないのだ。むしろ苦難を経た彼らを俺たちは見上げるようにして、その経験の傷の深さ、それを心にしまっていることへの尊敬を心の底から感じる。感じてしまう。それが人間というものだ、と俺はいきなりな理解へたどり着いた気がした。イスラム圏の親子は薬をもらってすでにどこかへ消えていた。 港の海のそば、埠頭のコンクリートの上に半裸の子供がいて、数羽の鳩を追っているのを俺は見た。鳩はわずかに逃げるが飛び立たず、子供を導くように右へ左へちょこまかと動いた。水たまりがあちこちにあった。対岸に船のドックのような大きな建物があり、日陰になった壁一面に神話的な絵が描かれていた。太陽は日なたと日陰をくっきり作るべく世界のすべてを照らしていて、俺は目がつぶれるように思った。次回へ続く(Yahoo!個人より 2016年9月21日分を転載)いとうせいこう 作家・クリエーター。1961年、東京都生まれ。編集者を経て、作家、クリエーターとして、活字・映像・音楽・舞台など、多方面で活躍。著書に『ノーライフキング』『見仏記』(みうらじゅんと共著)『ボタニカル・ライフ』(第15回講談社エッセイ賞受賞)など。『想像ラジオ』『鼻に挟み撃ち』で芥川賞候補に(前者は第35回野間文芸新人賞受賞)。最新刊に長編『我々の恋愛』。テレビでは「ビットワールド」(Eテレ)「オトナの!」(TBS)などにレギュラー出演中。「したまちコメディ映画祭in台東」では総合プロデューサーを務め、浅草、上野を拠点に今年で9回目を迎える。

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    難民問題で露呈したEUの限界 英国の離脱は「愚か」だったのか

    浜矩子(同志社大学大学院教授)(THE21より2016年9月3日分を転載) イギリスのEU離脱という「事件」から2か月が経とうとしている。だが、あれほど騒がれたわりには、最近はニュースを聞くことも少なくなっている。これは嵐の前の静けさなのか、それとも、実は騒がれているほどの問題ではなかったということなのか…。グローバル経済に精通するとともに、「イギリス人の国民性」を知り尽くす同志社大学教授の浜矩子氏に、「イギリスのEU離脱の今」を解説していただいた。 イギリスのEU離脱という「事件」から2か月が経とうとしている。だが、あれほど騒がれた危機はいつのまにかあまり聞かれなくなっている。いったい、あの騒ぎは何だったのだろうか。「ビッグベン」と呼ばれる時計塔がある英国会議事堂 「メディアの取り上げ方によるところが大きかったと思います。イギリスが世界から孤立するような報道がなされたり、企業がすぐにでも国外に脱出すると不安を煽ったり。ただ、国民投票直後に急落したポンドも弱含みながら様子見相場となり、株価はずっと堅調に推移しています。離脱反対派の声がさらに高まっているということも聞かない。一方で、孫正義氏のソフトバンクグループがイギリスの半導体大手ARMを買収するなど、外資の進出すら起こっている。不動産価格が下落しているなどのマイナスもありますが、今のところ離脱反対派も『本当に問題だったのかな?』という戸惑い状態ではないでしょうか」 国民投票直後には、離脱という結果に離脱派自身が後悔している様子も報道された。 「それもごく一面的な報道です。離脱派が総ざんげ状態になったわけではない。『しまった』組は、移民によって生活が脅かされているなどという確信犯的右翼の扇動によって、パニック的に離脱に投票してしまった人々。いわば『にわか型』離脱派で、憑き物が落ちたような感じになっているのでしょう。一方、『にわか型』ではない離脱派は、同時に『良識的離脱派』でもあります。彼らには、イギリスは本来、開放性と成り行き任せを是とする海洋国家だという感覚がある。それに対して、EUの中では、囲い込み型で計画主義の大陸欧州勢が大勢を占めている。そんなEUとは、それなりの距離感を持って付き合うべきだ。これが、『従来型良識的離脱派』の考え方です。どちらかといえば、インテリ層にこのタイプが多い。そういう人が多数いることがイギリスの面白さではあるのですが、彼らは、テレビなどに取り上げられることがあまりありません」  しかし浜氏は、こうした考え方を持つ人こそが「本来のイギリス人」だと指摘する。 「互いに国境を接する大陸欧州の国々はこれまで、何度も戦争を経験してきました。特にフランスとドイツという二大強国の争いにより、欧州全体が何度も破滅の危機に陥ってきたわけです。だからこそ、なるべく戦争が起こらないように、互いに調整しながら物事を進めていこうという発想が強くなる。EUがまさにそうで、その前身である欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)は、鉱物資源の奪い合いによって引き起こされた第二次世界大戦の反省を踏まえ、その共同管理を目的として生まれたものです。だからこそ大陸欧州では政治の力が強い。政治が主導して物事を事細かに決めていく。それが大陸欧州流です」 「一方、島国であるイギリスでは、第二次世界大戦の戦争体験自体がかなり違います。だからこそ大陸欧州のような政治主導を嫌い、あくまで経済第一主義を貫きます。元々海洋民族で、海に出てしまえば後は流れとお天気に身を任せるしかない。ギチギチ計画を立てても仕方がない。それがイギリス的DNAです。海に対しても敵に対しても、のるかそるかの勝負に出ているうちに、いつの間にか七つの海を制する大英帝国を築き上げた。海洋国といえば聞こえがいいですが、要するに『海賊国家』ですね」 この違いが、EUに対する姿勢にも影響を及ぼしているという。 「大陸欧州とイギリスとでは、ものの考え方やアプローチが全然違います。たとえばフランス人は大所高所の話を好み、何事も制度化やルール化するのを好む一方、イギリス人は『暗黙の了解』を好み、そもそも憲法すら明文化されていない。『いちいち文章化しないと守れないなんて、大人じゃないよね』というのが、とくにシティを代表するイギリスのジェントルマンの考え方。協定でがんじがらめにされるEUとは、本来まったくもって相容れないのです」EU離脱により、柔軟な政策が可能にEU離脱により、柔軟な政策が可能に 報道ではEU離脱のデメリットばかりが取り沙汰されているが、EU離脱によるメリットも確かに存在すると浜氏は指摘する。 「シティの地盤沈下を懸念する声もありますが、今後はEUのルールに縛られないわけですから、より大胆な金融政策を取ることで、世界中から資本を呼び込むことも可能です。懸念されている企業誘致にしても、独自の優遇策を設けることができます。そもそも、長年イギリスを拠点にしている企業が、EUを離脱したからといって簡単に別の国に移転するわけにもいきません。本当に企業の国外脱出が起きるかは、誰にもわかりません。EUは巨大な経済圏ではありますが、世界全体に比べれば小さなブロック経済圏にすぎません。そこを離れることで、より大きなグローバル経済の世界に進出することが可能になるわけです」  ここで疑問なのが、「では、そもそもなぜイギリスは、相性の悪いEUに加盟したのか」ということだ。 「経済統合によって関税が下がり、輸出がしやすくなればいい。経済第一主義のイギリスはあくまで『これならトクかも』と考えて門を叩いてみた。そんなイギリス流を嫌がったフランスのドゴールには、再三門前払いを食らわされました。ただ、欧州統合はもともと、平和のための共同体形成という理念が先行したものです。大陸欧州的な考え方の中では、どうしても政治が経済に優先する。この色合いが明らかになればなるほど、イギリスは居心地が悪くなる。政治的なレトリックが好きで計画マニアックなEUは、イギリスにとって日増しに窮屈さが強まっていったのです」 そこにターニングポイントが訪れた。それが「難民問題」だ。 「これをきっかけに、今まで感じていた窮屈さへの不満が噴出したわけです。そこで、キャメロン首相も国民投票を公約化せざるを得なくなった。言い換えれば、難民問題はある意味きっかけにすぎなかったわけです」EU離脱派が勝利したことを受け、辞意を表明するキャメロン首相 そもそも、国民投票をやったこと自体を批判的に取り上げる人もいる。 「国の一大事を国民投票で決めようとするからこんなことになる、という議論ですよね。私はむしろ、国の一大事だからこそ国民投票で決めるというのが、正統的であるように思います。そもそもイギリスは、1973年にECに加盟する際にも国民投票を行なっています。確かに国民投票には怖い面がありますが、そもそも、その怖さは、それを悪用しようとする人々の魂胆に由来するのであって、国民に最終的な決断を委ねることが悪いわけではないと思います」  国民投票には法的拘束力はない。結局、イギリスはEU離脱を撤回するのでは、という観測もある。 「それはあり得ないでしょう。拘束力はないとはいえ、国民の半分以上の選択を裏切るようなことをしたら、国民は黙っていません。ただ、一つだけ可能性があるのは、離脱交渉中にEUが歩み寄り、イギリスにより有利な残留条件を提示してきたときでしょう。そこで改めて国民投票を、というのなら筋が通ります。これには前例があります。マーストリヒト条約の批准を巡って欧州各国で国民投票が行なわれた際、デンマークでは当初、反対派が勝利を収めたのです。反対の理由は主にユーロの導入でした。ドイツと同じ通貨を共有するなんてありえない、という抵抗が強かったのです。そこで改めて、『EUの成立は受け入れるが、ユーロは導入しない』という条件で再投票を行なったところ、今度は賛成派が多数に。そのため、デンマークはEUの一員ですが、今でもユーロは導入していません」 今回のイギリスのEU離脱においても、こうした「譲歩」が行なわれる可能性はあるのだろうか。 「難しいでしょうね。EUが一番恐れているのは、離脱の連鎖が起こること。もしここで何らかの譲歩が行なわれ、イギリスが『ごね得』となると、他国も離脱をちらつかせて、より有利な条件を引き出そうとするでしょう。だからといって締め付けを厳しくすると、それを嫌気して、イギリス同様に離脱する国が出てくるかもしれない。そうでなくても、EUを離脱したイギリスが意外と快適そうにしていたりすると、『離脱したほうが得では?』と思う国が出てくる可能性もあります。どんな理由にせよ、離脱する国が1カ国でも出ると、ドミノ倒しのように他国が追随する危険性がある。その点、イギリスよりもむしろ、EUのほうがよほど大変な状況を迎えていると言えます」難民問題で露呈したEUの限界難民問題で露呈したEUの限界 確かに難民問題など、EUが抱える問題は多い。 「私にはこのイギリスの離脱こそが『終わりの始まり』のように思えます。そもそも、多くの人が忘れかけていますが、ギリシャ問題に端を発したユーロ圏の金融危機はまだ終わっていません。最近もイタリアの銀行が破綻の危機に瀕しているという報道がされているように、モグラ叩きでなんとかやり過ごしている状態です。そして、EUの限界をまさに露呈したのが、難民問題だと思います。本来なら各国が一致団結して受け入れを表明し、国ごとに人数を割り振るなどの展開となるべきところでした。それが、実際には鉄条網を作って移民を排除したりするなどの押し付け合いが起こり、それに対してEUはなんら具体的な対策ができなかった。加盟諸国が本当にEUを大切に思っていたら、こんな体たらくにはなっていなかったでしょう」トルコ沖のエーゲ海で救出された難民ら=1月4日 今、EUは「進化か深化か」という岐路に立たされているという。 「EUというのは元々、6カ国が一緒に暮らす長屋みたいなものでした。壁越しに声をかければ聞こえるような間柄だったわけです。それが今や28カ国となり、いわばタワーマンションになってしまった。住人同士が顔を合わせることも少なくなり、以前のようにあうんの呼吸で物事を決めることができなくなった。だから、しっかりとした協定が必要になった。その窮屈さに耐えきれなくなったのがイギリスですが、今後、それを見て『やっぱり一戸建てのほうが自由でいい』と考える国が増えてくる可能性は十分にあるでしょう」 「今のEUは『深化か進化か』の選択を迫られている。そう思います。小さな長屋だった時の設計図にしたがって、無理矢理にタワーマンションを管理し、その住人を増やしていこうとするのか。これが深化の道です。それとも、進化を選ぶのか。すなわちタワーマンションそのものは思い切って解体してしまい、一戸建て同士のご近所付き合いを仲良くやっていくのか。私は進化の選択しかないと思いますが、その思い切りが彼らにできるか」  一方、イギリスにはどんな懸念があるのだろうか。 「スコットランドの分離・独立はあり得るでしょう。元々、2014年にスコットランドで行なわれた国民投票では、僅差で残留派が勝利を収めました。ただ、その時とは状況が大きく変わっており、再び住民投票を行なった場合、独立派が多数になる可能性はあるでしょう。経済的には苦労するでしょうが、ヨーロッパに数多く存在する小国の一つとしてなら、十分やっていけると思います」 「宗教の問題などもありますが、北アイルランドも南のアイルランド共和国と一緒になりたいと改めて思うかもしれない。ただ、これについては、アイルランド共和国側の意思の問題もある。いずれにせよ、独立するには小さすぎるウェールズ以外は、イギリスから分離するという可能性はあると思います。イギリスが『リトルイングランド』化することは不本意かもしれませんが、それなりに居心地はいいかもしれません。そもそも、『グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国』というのは、何とも寄せ木細工的な名称ですよね。そろそろ、元のパーツに分かれた上で仲良くやっていけばどんなものかと思います」 「イギリス的成り行き任せには、なかなか合理性があると思います。自然体で無理をしない。この基本に忠実になれているとき、イギリスは自分のことも一番良く見えていて、一番面白い。柄にもなく、政治的な大見得を切ったりしないほうがいい。融通無碍な自然体。この感性でポスト離脱をどう泳ぎ抜いていくのか。とても面白いと思います」

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    シリア難民をトルコに強制送還 ついにメルケルも音を上げた?

    【WEDGE REPORT】佐々木伸(星槎大学客員教授) 欧州の難民危機を解決するため、欧州連合(EU)とトルコはこのほど、ギリシャに密航する難民・移民のすべてをトルコに送還することで大筋合意した。合意では、難民問題をEU加盟交渉の促進などにしたたかに利用しようとするトルコと、なり振り構わずトルコにすがるEUの実像が浮き彫りになった。だが、合意で難民の欧州流入に歯止めがかかる見通しは全く不透明なままだ。ギリシャの難民キャンプで暮らす子どもたち(iStock)「難民危機の突破口」とメルケル この合意の枠組みは7日から開かれたEUとトルコの首脳会議で決まった。内容は、ギリシャへ密航するすべての難民・移民の送還をトルコが受け入れる代わりに、EUが同国に滞在しているシリア難民を「第三国定住」という形で直接受け入れるというのが骨子だ。「第三国定住」の人数は、送還される難民に含まれるシリア人の数と同数になる。 トルコはこの見返りに、EUのトルコ国内への難民支援金を現在の33億ドルからほぼ倍に増額すること、EU加盟国へのビザなし渡航の自由化を当初予定を前倒しして6月末までに導入すること、そして長年求めてきたEU加盟の交渉を加速させることの3点をEU側に約束させた。 EUの首脳会議は昨年、欧州に押し寄せる難民のうち16万人を加盟国に割り当てることで合意したが、ハンガリーなどの東欧諸国が受け入れを拒否するなどしたこともあり、わずか700人の行き先が決まっただけだ。今回の首脳会議も議論が8日にずれ込むなど難航した。 こうした状況下で頃合いを見計らっていたトルコのダウトオール首相が難民の送還方式を提案。EU側は「実現すれば、難民問題の突破口になる」(メルケル独首相)と賛同するなど、“渡りに船”とトルコ提案に飛びついた。EU側はこの際、トルコに約束した見返りのほか、これまでトルコに求めていた民主化要求も放棄してしまった。表現の自由の価値観放棄表現の自由の価値観放棄 EUはトルコのEU加盟交渉などで、国内の民主化の促進を要求。エルドアン政権も一時は少数民族クルド語の放送や教育を合法化したり、死刑を廃止するなどこれに応じた。しかし加盟交渉が停滞するにつれて、民主化も後退。最近では政府批判を展開する最大手紙ザマンを5日に政府管理下に置くなど政権の強権姿勢が一段と強まっている。ギリシャの難民キャンプで食料の配給に並ぶ人々(iStock) しかしEUは今回、表現の自由という欧州の価値観を要求することはせず、エルドアン政権の言論弾圧を事実上黙認する形でトルコの難民送還の提案に飛びついた。トルコを怒らせては、難民危機の解決に向けた提案が崩壊しかねないからだ。「双方は互いの利害のためにただ取引しただけ」(トルコ人コラムニスト)と、なり振り構わないEUの姿勢を問題視する向きも多い。対立と分裂が深まる懸念 EUは17、18日の首脳会議で正式な難民送還の合意を目指すが、反対論や問題も浮上している。難民拒否の強硬派であるハンガリーのオルバン首相は「第三国定住」として、シリア難民の受け入れが義務づけられることに猛反発、他の東欧諸国が追随する可能性もある。 この「第三国定住」が年間数十万人に達することも予想され、合意を推進したいドイツなどと反対する東欧諸国などとの間の対立と分裂が深まる懸念がある。「第三国定住」の場所など具体的な議論が始まれば、収拾がつかなくなる恐れも強い。 またギリシャに到達した難民のうち、国際法で定められた「保護されるべき難民」もトルコに機械的に強制送還することになり、国連の難民高等弁務官らは、国際法違反の可能性が強いと反対している。なによりも、この送還方式で難民の欧州流入の流れを食い止めるのは、シリアの内戦が終息する見通しがない中、難しいかもしれない。「リビア―地中海―イタリア」という危険ルート 懸念されるのは、トルコからギリシャ経由の欧州入りルートが遮断された場合、難民らはより危険な「リビア―地中海―イタリア」というルートに向かうと見られていることだ。このルートは地中海を横断するため船の沈没などでこれまでに数千人が死亡しているが、海が穏やかになる春の到来で急増する危険性もある。ギリシャとマケドニア国境を徒歩で超えようとする難民(iStock)新たな人道危機 昨年欧州へ流入した難民は125万人に上る。今年もすでにトルコからギリシャ経由で13万人以上が流入した。しかしEUのほとんどの加盟国が難民の受け入れを事実上拒否、なお受け入れを進めるドイツも国境の管理を厳しくするようになった。 トルコとの合意が発表されてからは、ギリシャからドイツへ向かうルートになっていたセルビア、クロアチア、スロベニア、マケドニアなどバルカン諸国が国境を封鎖した。欧州各地で漂流している多数の難民に加え、ギリシャには約5万人の難民が足止めされ、野営地では厳寒の中、病気になる人などが急増、新たな人道危機が生まれつつある。

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    一時的な難民殺到じゃない! 新たな「民族大移動」が始まった

    長谷川良(ウィーン在住ジャーナリスト)  私たちは大きな勘違いをしているのかもしれない。彼らは一時的な難民殺到ではなく、欧州全土を再び塗り替えるかもしれない人類の大移動の始めではないだろうか。以下、その説明だ。 メルケル独首相は19日、ベルリン市議会選の敗北を受け、記者会見で自身が進めてきた難民歓迎政策に問題があったことを初めて認め、「今後は『我々はできる』(Wir schaffen das)といった言葉を使用しない」と述べた。この発言は「難民ウエルカム政策」を推進してきたメルケル首相の政治的敗北宣言と受け取ることができるが、来年実施される連邦議会選への戦略的変更と考えることもできる。賢明なメルケル首相のことだから、当方は後者と受け取っている。 メルケル首相は昨年9月、「我々はできる」という言葉を発したが、それがメディアによって同首相の難民政策のキャッチフレーズのように報道されてきた。メルケル首相自身は、「自分は難民政策のキャッチフレーズとして恣意的に発言したことはない」と弁明している。 今月実施されたドイツ北東部の旧東独の州メクレンブルク・フォアポンメルン州議会選とベルリン市議会選の2度の選挙で与党「キリスト教民主同盟」(CDU)は大きく得票率を失ったが、その敗北の最大理由がメルケル首相の難民歓迎政策にあったことは誰の目にも明らかだ。メルメル首相も19日の記者会見でその点を認めている。 しかし、注目すべき点は、同首相は難民受け入れの最上限設定については依然拒否していることだ。首相が頑固だからではないだろう。難民受け入れで最上限を設定しないことはひょっとしたら正しいのかもしれない。なぜならば、どの国が「受け入れ難民数を事前に設定し、それを死守できるか」という点だ。堅持できない約束はしないほうがいい。 例えば、オーストリアはファイマン政権時代の1月20日、収容する難民の最上限数を3万7500人と設定した。参考までに、17年は3万5000人、18年3万人、そして19年は2万5000人と最上限を下降設定している。すなわち、今後4年間、合計12万7500人の難民を受け入れることにしたわけだ。同国は昨年、約9万人の難民を受け入れている。そして今年9月現在、最上限をオーバーする気配だ。そのため「最上限を超える難民が殺到した場合、どのように対応するか」が大きな政治課題となっている。すなわち、難民受け入れ数の最上限設定の背後には、「殺到する難民を制御し、必要に応じてその上限をコントロールできる」といった自惚れた考えがその根底にある。豊かさを求め「誰も制御できない」移動が始まる 現代の代表的思想家、ポーランド出身の社会学者で英リーズ大学、ワルシャワ大学の名誉教授、ジグムント・バウマン氏は、「移民(Immigration)と人々の移動(Migration)とは違う。前者は計画をたて、制御できるが、後者は津波のような自然現象で誰も制御できない。政治家は頻繁に両者を混同している」と指摘している。 ここで問題が浮かび上がる。欧州が現在直面している難民、移民の殺到はMigrationではないか、という懸念だ。そうとすれば、欧州はトルコやギリシャに難民監視所を設置し、殺到する難民を制御しようとしても、制御しきれない状況が生じるだろう、という懸念だ。  欧州では3世紀から7世紀にかけて多数の民族が移動してきた。これによって古代は終わり、中世が始まったと言われる。ゲルマン人の大移動やノルマン人の大移動が起きた。その原因として、人口爆発、食糧不足、気候問題などが考えられているが、不明な点もまだ多い。民族の移動はその後も起きている。スペインではユダヤ人が強制的に移動させられている。 ジュネーブ難民条約によれば、政治的、宗教的な迫害から逃れてきた人々が難民として認知される一方、経済的恩恵を求める移民は経済難民として扱われる。ところで、視点を変えてみれば、21世紀の今日、“貧しい国々”から“豊かな世界”へ人類の移動が始まっているのかもしれない。換言すれば、北アフリカ・中東地域、中央アジアから欧州への民族移動はその一部に過ぎない。この場合、政府が最上限を設定したとしても彼らの移動を阻止できない。 ドイツで昨年、シリア、イラクから100万人を超える難民が殺到したが、大多数の彼らはジュネーブ難民条約に該当する難民ではなく、豊かさを求めてきた人々の移動と受け取るべきだろう。繰り返すが、制御できない民族の大移動は既に始まっているのかもしれない。(公式ブログ「ウィーン発 『コンフィデンシャル』」より2016年9月22日分を転載)

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    日本を脅かす少子高齢化への秘策 「日本逆植民地計画」とは

     日本経済がピンチだ。少子高齢化が進み資源も人材も限られる状態になりつつあるが、視点を変えれば成長力を得られる、と社会学者・橋爪大三郎氏はいう。以下、橋爪氏の見解だ。* * * 少子高齢化による日本の労働力不足が深刻だ。その解決策に移民を受け入れるか否かが、議論されてきた。 受け入れ慎重派はこう主張する。移民は日本語が話せない。単純労働につくしかない。低賃金で教育程度も低い。日本社会に適応できないで治安の悪いスラムを形成し、犯罪の温床になると。昨今の欧米がイスラム系住民と地元社会の摩擦に悩んでいるのをみると、慎重派の懸念にも理由があると思えてしまう。やはり移民はだめなのか。 視点を変えてみよう。移民にしてみれば、自分たちは圧倒的な弱者。自分を守るために結束するのは当然だ。安心して暮らそうにも、アクセスしにくいものがある。まず、合法的な身分(就労ビザや家族ビザ)。第二に、働く機会。第三に住宅。第四に医療保険などの社会的サービス。 それなら政府が最初からこれらを整え、移民のコミュニティを設立してはどうか。それが「日本逆植民地計画」だ。(写真と本文は関係ありません) バビロニア国(仮称)と日本政府が、「逆植民地」の協定を結び、公募に手を挙げた過疎地域のA町をバ国の逆植民地に指定。バ国は数万人を上限に、A町に入植できる。バ国はバ国政府の出張所、警察、学校、病院などの施設を開設。バ国民同士のあいだではバ国の法律が、それ以外では日本の法律が適用される。バ国民がA町から出るには、日本国のビザが必要である。 バ国以外にも各国の逆植民地をつぎつぎ開設。協定は数年ごとに見直して、経営がうまく行かなかった「逆植民地」は、閉鎖することにする。 「逆植民地」は、その昔の「植民地」とはまるで違う。日バ両国の合意にもとづく共同事業で、誰にとってもよいことだらけだ。 まず故国にいるかのように、生活できる。バ国の公務員が逆植民地の役場で働いているから、住民サービスや納税もスムース。逆植民地開設に際しての初期投資はそんなに必要ないが、バ国が資金を負担する。日本は過疎地にも、電気ガス水道や通信など、インフラが整っているからだ。 そして何より人材が育つ。逆植民地はコミュニティなので、単純労働者ではなしに、医師や教員や技師や公務員など、多様な職種の人びとや家族がやって来る。日本の技術やノウハウを身につけ、日本の学校で学び、日本の企業で働くこともできるだろう。 受け入れ側の自治体はどうか。大勢の人びとがバ国からやって来るので地域が活性化し、地価も上昇。新たなビジネスも起こせるだろう。就労ビザを手に入れ、「逆植民地」から近隣の都市や工業地帯に働きに出てもよい。豊富な労働力を目当てに、「逆植民地」に工場を新設する企業も現れるに違いない。 有能な人材は逆植民地を離れて、日本全国どこの事業所にも就業できるようにしよう。こうして独り立ちした人びとは、逆植民地の住民には数えないこととするので、その分の人数を代わりにバ国から新しく迎えることができる。技術や知識を身につけた人びとは故国に戻って、バ国の発展に大いに貢献できる。 近年の紛争は、不合理な現状が改められない、不公正な感覚から生じている。恵まれたものとそうでないものは、資源や自然環境や歴史など、初期条件の違いに起因しているだけだ。「逆植民地」計画はその現状に風穴を空けることができる。先進国と第三世界が協力する、画期的なモデルケースとなるに違いない。【PROFILE】1948年、神奈川県生まれ。社会学者。東京工業大学名誉教授。『あぶない一神教』『ほんとうの法華経』など著書多数。1月25日に『日本逆植民地計画』を発売。関連記事■ 総人口の移民割合 ルクセンブルク42.1%、米13.0%、日1.1%■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ「移民の勧め」■ SAPIO人気連載・業田良家氏4コママンガ 「戦争と土下座」■ 移民受け入れに肯定的な米国でも1150万人の不法移民問題あり■ 「東京オリンピック後日本の地価が3分の1になる」と説く本

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    欧州でのシリア難民支援、日本人にできることはあるか

    若松千枝加(留学ジャーナリスト) 日本にいると、肌で感じることの少ないシリア難民受け入れ問題。昨年9月、海岸に打ち上げられ横たわるシリア難民の男児写真をSNSで目にしていたころは、ここ日本でも心を痛めた人が多かったと思われるが、今はどうだろう。あの悲しい姿を思い出す人はずいぶん少なくなったのではないだろうか。  私たちの脳裡からシリア難民問題が減っていく間にも、国外へ逃れる難民の数は増え続けている。UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)では今年3月の時点で国外逃亡したシリア難民数を480万人以上と発表している。  そんな折、日本人がヨーロッパでの難民支援に取り組もうとしている民間ボランティアの活動を知った。本記事では、イギリスを本部とする海外ボランティア・インターンシッププログラム運営団体の日本支店に活動の内容を聞き、そのうえで、日本人が難民問題に何ができるかを考察する。足りていない医療、精神サポート 今、同団体が取り組んでいるボランティアの活動地はイタリアだ。まずは具体的な活動内容から聞いていこう。「具体的な活動は大きく分けて二つ行っています。まずは初期対応。カラブリアの港にて赤十字とともに、まさに南イタリア到着直後の人々のサポートにあたります。無事着を喜び船から降りてくる人々に飲み水を配り、ケガや病気の人がいないか確認しながら誘導します。その後、個人情報の収集やヨーロッパに滞在するために必要な申請を行う手伝いをしたり、ケガや病気の人の手当てやカウンセリングをしたりします。 そして二次対応があります。難民・移民のための宿泊施設で、彼らが申請した書類が通るまでの間(約6か月)、現地のチャリティー団体と共にいろいろな側面から教育的活動を実施します。語学はもちろん、ヨーロッパの文化、習慣、法律を教え、彼らがヨーロッパで生活していく術を身に付けられるようにサポートします。また、ヨーロッパで受け入れてくれる家族を探すお手伝いをする場合もあります」 日本ではボランティアを募集開始したばかりのため、現時点ではまだ参加した人はいない。「現地からはあらゆる場面で等しく人手が足りないと報告されています。たとえば、医師や看護師、医学生、看護学生で、英語またはフランス語・アラビア語が話せる人は貴重です。ボート到着後の医療審査補助、病人の難民・移民の病院への付き添い、同伴者のいない未成年者の情報収集と体調チェック、赤十字のドクターと共に緊急かつ深刻な医療事態への対応、イタリアに既に数ヶ月滞在し現地での生活へ慣れようとしている人の中にも医療ケアを必要としている人がいますので、そういった方々への医療サポートおよび定期的な健康チェックなど活動は多岐にわたります」 そして、難民の多くは重大な精神的サポートを必要としている。そのため、心理学者やセラピストの需要も増大している。「英語、フランス語、アラビア語が話せる心理学者やセラピストの方々には、イタリアへ向かう道中に家族を亡くすなどの心に大きな傷を抱えた人たちへのサポート、そして、これから見知らぬ土地で新しい環境に順応しなければならなくなった人たちへのサポートが求められます。また、大人に限らずイタリアに逃れるまでの大変な経験、そして家族を亡くした経験から心に深い傷を負った子供たちへのサポートもまた重要です。その他、イタリア滞在数週間を迎える難民・移民が抱える精神的なストレスや問題へのサポートといった役割も求められています」 筆者自身を含め大多数の日本人は、フランス語もアラビア語もできない。英語は片言で、医療や心理学などの特別なスキルもない。そんな日本人には何ができるのだろうか「特別なスキルを必要としないサポートも膨大にあります。具体的には、政府から許可とその書類が下りるまで難民は単独で行動ができないため、日々彼らに付き添って事務処理や買い物などのサポートをします。他には、活力を取り戻して社会活動に復帰できるよう、主に若者を対象にしたアクティビティーを計画・実施したりして、現地生活適応に向けてのサポートに取り組みます」日本人にとっては他人事なのか日本人にとっては他人事なのか 先述したとおり、まだ募集を始めて間もないことから、日本からのボランティアはまだ参加がない。しかし、世界の多くの国からはボランティアが集まっている。「6月中旬から募集を始め徐々に増えてきています。現時点で一番多いのはイギリスで、次がアメリカ合衆国です。その他の国では、アルジェリア、オーストラリア、ベルギー、デンマーク、ガーナ、ジャマイカ、オランダ、パキスタン、フィリピン、ロシア、南アフリカ共和国、チュニジアなど多国籍です」 我々日本人の記憶に新しいのは、日本政府が今年5月、2017年から5年間で最大150人のシリア難民の若者を留学生として受け入れると発表したことだろう。7月に入ってドイツでシリア難民の男性が立て続けに事件を起こしたり、フランスでのテロ事件が起きたりしたことで、日本での難民受け入れについてはまた賛否が渦巻きそうだが、いずれにせよ、日本だけが遠巻きに見ているわけにはいくまい。今、まさにこの瞬間にも命を落としたり、心を病んだり、つらい境遇に見舞われている人たちが同じ地球上にいるといのが眼前の事実だ。  かといって、現地までボランティアとして出かけ、手を差し伸べられる環境にある人ばかりではない。お金も時間も労力もかかる。また、そこまでは関わりたくない、という意見の人もいるだろう。募金ぐらいならしてみようかなという人もいるかもしれない。 しかし今、ふつうに暮らす全ての日本人が最初にやるべきことがある。その第一歩が、難民問題に対して自分はどんな意見を持っているのかを考えること、そして家族や友人たちと議論することではないだろうか。日本には今もすでに難民が暮らしているし、これからも難民はやってくる。関わらずにいることはもうできない。 2017年から5年間でやってくるシリア難民150人を、日本では「留学生」というステイタスで受け入れる。だから彼らは、自分の大学に入学するかもしれない。自分や、自分の家族が通う高校に、転校生としてやってくるかもしれない。また、近所のコンビニで、片言ながらもアルバイトをするようになるかもしれない。そうなって初めて考えるのではなく、いまリアルタイムに起きていることを考えられないだろうか。議論の場は学校でも良いし、家庭でも職場でも良い。 インタビューの最後は、こう締めくくられた。「世界の問題を自分のこととして考えられる思考力がこれからの日本には求められるのではないか、そのように思います。 ともすると、難民問題は難民だけの問題という認識の人も多いかもしれません。実際には、難民を受け入れる国の方が対応に追いつけずに大きな社会的問題となっているということに着眼し、今後日本もその立場になり得るかもしれないということを理解し、それぞれが自国の問題として捉えることが必要だと思います。 受け入れる国が抱えている問題と、難民たちが難民にならざるを得なかったその背景までを考え、世界の現状を理解することが大切だと思っています」《参考記事》■欧州が注目するシンガポール英語留学。『多様性』を武器にアジアの教育ハブへ。 (若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://sharescafe.net/48466669-20160428.html■海外で学んだ。帰国した。仕事はありますか? (若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://sharescafe.net/38946405-20140521.html■イギリスのEU離脱で日本人留学生が受ける影響とは(若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://sharescafe.net/48926676-20160624.html■訪日客の『おもてなし』に最も必要なことは?(若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://www.ryugakupress.com/2016/05/24/omotenashi/■政府「留学生30万人計画」目標まで残り11万5千人、どう達成するか(若松千枝加 留学ジャーナリスト)http://www.ryugakupress.com/2015/09/18/300000/

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    勢いを増す離脱派に見え隠れする欧州の「トランプ現象」

    岡部伸(産経新聞ロンドン支局長) 黄昏の老大国、英国の「Brexit(ブレキジット)」の決断に世界から注目が集まっている。Britain(英国)とExit(出る)を組み合わせた欧州連合(EU)離脱問題で、急増する移民など社会の現状に不満を募らせた白人の中間層や低所得層の怒りを汲み取った離脱派のボルテージは最後まで勢いを失わなかった。6月23日の国民投票で離脱が決まれば、EUが弱体化し欧州統合の流れに逆行するばかりか、英国はもとより世界経済にも多くの影響が出る。そこには戦後欧州がめざした多文化を受け入れる寛容の精神は消え、不健全な大衆迎合的(ポピュリズム)で内向きのイングランドナショナリズムが見え隠れする。それはあたかも、米国の大統領選で中間層の怒りに便乗して吹き荒れる「トランプ旋風」の英国版のようだ。そしてスコットランドではEU加盟存続を求めて再度独立をめざすナショナリズムが台頭、連合王国はアイデンティティの危機に立たされることは不可避の情勢だ。「EUはヒトラーと同じ」「EUが英国の離脱を阻もうとするのは、欧州制覇を試みて悲劇的な結果に終わったナチスのヒトラーと同じだ」 離脱派の有力指導者、ボリス・ジョンソン前ロンドン市長が5月15日付『デーリー・テレグラフ』紙に、EUを第三帝国の独裁者、ヒトラーと同一視する独特の歴史認識を語った。ジョンソン氏は、「ナポレオンにせよヒトラーにせよ、権力の下で超大国をめざしたが悲劇に終わった。EUも別の方法でこれを試みている」と持論を展開。こうした目標は「途方もない民主主義の欠如を招く」と指摘し、ヒトラーと戦ったチャーチル首相に倣って、国民投票で離脱に投票してEUを救うことで英国民は「欧州の英雄」となると訴えかけた。5月26日、英南部ウィンチェスターで、EU離脱、残留両派に囲まれながら演説するジョンソン前ロンドン市長(共同) 首都のロンドンでイスラム教徒のサディック・カーン市長が誕生するなど、多民族国家の英国でジョンソン氏の発言は、第2次大戦に勝利しながら落日を迎えた大英帝国に郷愁を抱く白人の中高年層のEUに対する不満に寄り添うもので、彼らの怒りに便乗した大衆迎合ともいうべき内容だった。外国首脳の側面支援を批判 同じ『デーリー・テレグラフ』紙に、訪英した安倍晋三首相に対する辛辣な批判が載ったのは5月6日のことだった。「日本経済は大失敗した。それなのになぜ、英国はEU離脱について安倍首相に耳を傾ける必要があるのか」 安倍首相が同5日にダウニング10(首相官邸)で、「英国はEUに残留することが望ましい」「世界にとって強いEUに英国がいるほうがよい」とキャメロン首相が掲げる残留支持を表明したことに、保守派の読者が多い同紙が過剰反応した報道だった。その背景には、EU離脱問題についてG7(主要国)首脳会議開催国である日本の安倍首相から残留を諭されたことが容認できない離脱派のいらだちがあった。 Brexitをめぐって、外国首脳のキャメロン首相への側面支援に離脱派が反発するのは初めてではない。エリザベス女王の90歳誕生祝いに訪英したオバマ米大統領が4月22日、キャメロン首相に残留支持を表明し、離脱なら、米国との貿易協定の交渉の優先度で「英国は列の後ろに並ぶ」と警告すると、ジョンソン氏は「内政干渉だ」と批判。オバマ大統領の実父が英国の旧植民地のケニア出身だったことから、「ケニア人の血を引く大統領の家系が英国に敵意を抱いている」と反発。またEU離脱を主張する英国独立党(UKIP)のファラージ党首は「これまでで最も反英の米大統領だ」と批判した。移民急増に強い憤り移民急増に強い憤り なにゆえ、欧州の大国である英国でEU離脱論が高まるのだろうか。それは3年前の2013年に遡る。欧州債務危機を契機に、独仏中心のユーロ圏は、危険な債券を売って利益を上げた金融機関の規制強化を始めた。金融街シティが経済の柱である英国にとっては死活問題になりかねず、反EU感情が強まり、UKIPが保守党から支持者を奪い始めた。与党保守党内でもEU主導政治に批判的な見方が強まり、焦ったキャメロン首相が15年の総選挙で勝つことを条件に17年末までに国民投票を実施すると約束したのだった。 実際に15年の総選挙で保守党が過半数を得て投票の流れができるのだが、発端は保守党内の内部分裂だったことは忘れてはならない事実だろう。伊勢志摩サミットで複製された壁画の説明を受けるキャメロン英首相(左)とオバマ米大統領=5月26日午後、三重県志摩市(代表撮影) 英国は世界で最も開かれたグローバル金融市場を運営している国であり、EUに所属していることのメリットは計り知れない。それをよく承知するキャメロン首相は、EU残留を主張し続けている。だから保守党内でジョンソン氏らの離脱派が勢いを増して激しい論争が展開されたのは、「保守党内の権力闘争」と見ても間違いではない。 離脱派が台頭する最も大きな要因が、EU内とりわけ東欧から押し寄せる移民の急増だ。ドイツと並んで欧州の大国である英国は経済運営も順調で、ドイツと同様、移民が大量に流入している。旧来のインドやアフリカなど旧植民地のほかに、ブレア元政権時代の2000年以降、EU新規加盟国から移民を積極的に受け入れてきた。安価で質の良い労働力の流入は経済的に活況をもたらした。ところが08年以降の金融危機以来、白人の労働者階級を中心に「仕事を取られた」「社会福祉制度の重荷になっている」との不満が広がった。彼らがBrexitを支持する中心となった。 15年度の移民の純増数は33万人強で過去最高となり、英国内の一部からは制限すべきとの声が上がったが、EUのルールとの関係で政策を自由に決められない。英国は欧州の大半を国境検査なしで移動できる「シェンゲン協定」には加盟していないが、より基本的な措置としてEU離脱を求める動きが出てきた。 ジョンソン氏ら離脱派は、「離脱後に純流入数を減らして国民の仕事を守り、福祉制度への『ただ乗り』を防ぐ」と主張。EUから抜けなければ、急増する移民を制限できないと説く。さらに、長期化するシリア内戦で増加が続く中東や北アフリカから流入する難民問題で対策が遅れていることも離脱派の反EU機運を後押ししている。 またフランスやベルギーで移民やその子弟によるテロが続発したことも、「移動の自由は英国の安全を脅かす。EU離脱でより厳格に国境管理すべき」(ファラージUKIP党首)とEU懐疑論に拍車がかかった。経済的不利益より主権回復が国益?経済的不利益より主権回復が国益? もう一つが根深いEUの官僚体質への反発だ。EUは基本的に国家統合をめざすもので、EU内で決められたルールは例外なく域内に適用しなければならない。 EUは巨大な公務員組織を抱え、その規模や複雑さは、公務員天国と呼ばれる日本をはるかに凌駕する。洋の東西を問わず公務員は高圧的で杓子定規のため、英国内では「主権が干渉されている」との風潮に対する不満が絶えない。 歴史的に自由競争を通じた活力を重要視する英国と、政府による民間への介入を是とする大陸欧州では、規制に対する溝は少なくない。多くの英国民は、労働時間規制や製品の安全基準などEUのルールは厳格すぎると受け止めている。金融街のシティでも銀行員の報酬制限や金融取引税導入などに対する抵抗は大きい。 そもそもEUは加盟国には緊縮財政を強いるのに、支出は過去10年で4割強増えた。財源は各国分担だから英国はドイツ、フランスとともに配分される予算よりも分担金が多くなり、2014年度で43億ユーロ(約5400億円)もの「赤字」となる。またEU予算の半分以上が農業や域内の低所得国への補助に使用される。このため、英国民にはEU官僚が権限と組織を肥大化させていると映る。 そこで離脱派は「英国が欧州の自由貿易圏の一部であり続けることは可能だ」として「英国は毎週3億5000万ポンドをEUに払っている」のに、規制でがんじがらめだと指摘、その分を崩壊寸前の国民保健サービス(NHS)など社会保障や医療に回すべきだと説いた。「規制を緩和して、EUよりも中国やインドなどの新興国と独自に自由貿易協定(FTA)を結んだほうが英国の競争力を増す」と訴えている。 実際に離脱すれば、英政府はEUなどと貿易などに関する取り決めを新たに結ぶ必要性が生じてくる。交渉には最長10年の期間が必要とされ、その間不透明感が強くなる。産業界の投資は延期され、金融センターであるシティの地位が低下し、グローバル企業が欧州の統括拠点を英国から欧州大陸に移して、経済が空洞化していく可能性もある。英国の経済に重大な影響を与えることは間違いない。ポンドは急落し、英財務省は国内総生産(GDP)が2030年までに6%落ち込み、英産業連盟(CBI)は95万人が失業すると試算する。悪影響は英国に留まらず、世界的なリスクは避けられない。 経済的には輸出入の半分以上を依存する欧州大陸と断絶しては存立しないことを理解しながら、離脱派はEUから離れて英国の議会だけで物事が決められるようになることは主権回復を意味すると考える。そこでジョンソン氏らは、「経済での目先の不利益は主権回復に必要なコストで、長期的には離脱が国益にかなうはずだ」と問いかけた。 こうした主張が移民急増で生活を脅かされかねない中間層やブルーカラーの心を捉えた。ロンドン大学経済政治学院のサイモン・ヒックス教授(政治学)の分析では、離脱を支持する有権者は、白人で保守党を支持する低学歴の中高年層で、「移民問題」に最も関心を示す中間層という。経済停滞でEUと社会の現状に憎悪と不信を深める彼らの怒りを汲み取った点でジョンソン氏ら離脱派はポピュリストであり、米大統領選で中間層の不満に便乗して共和党候補となったトランプ氏と酷似している。 そこには、欧州よりも英国を優先する身勝手で排他的なイングランドナショナリズムが見え隠れする。こうした現象はイスラム移民排斥が強まるフランスや、シリア難民を拒否する東欧諸国、スペインからの分離独立を唱えるカタローニャ地方など昨今の欧州に共通する。名誉ある孤立名誉ある孤立 なぜ、そこまで英国は「主権」回復にこだわるのか。 ドーバー海峡に霧が立ち込めた際、高級紙『タイムズ』が「海峡から濃霧 大陸から孤立」と報じたように、濃霧によって大陸(欧州)から切り離されるイメージが英国人を安らかにする。「欧州と一緒にはなりたくない」民族感情があるのだ。EU懐疑論の背景には、名誉ある孤立を尊び、EUを憎悪する誇り高い反欧州感情がある。 15世紀の100年戦争以来、フランスとは19世紀に3度戦い、20世紀前半は2度ドイツとの大戦を経た。 世界に君臨した大英帝国時代から育まれた「英国と大陸欧州は違う」との自負心から、大英帝国を知る世代を中心に「自国だけでやっていける」との思いが強い。このため、EUの前身、欧州共同体(EC)に加入した1973年から単一通貨ユーロ圏や「シェンゲン協定」に参加せず、「独自の立ち位置」を続けてきた。英国人は、英米法という欧州大陸とは異なるきわめて民主的な法体系をもつ。政治統合を避けてビジネスでの統合に留まり、国境撤廃や共通通貨導入など国家の根本で統合に背を向け、一定の距離を保ってきた。 そもそも「統一ヨーロッパ」を構想したのは英国のチャーチル元首相だった。ところがソ連が崩壊し、旧東欧諸国がこぞって加盟して28カ国体制となったEUの主導権を握っているのはライバルの独仏だ。キングスカレッジ・ロンドンのアナン・メノン教授は、「離脱派の背景には、失われた大英帝国を懐かしむノスタルジーもあり、大国主義の名残が見え隠れする」と指摘。対照的にEUの中の英国として育った若い世代が残留を支持している。EU憎悪と帝国への郷愁という理屈を超えた感情がイングランドナショナリズムと結び付き、「中間層の不満を離脱派が内向きのポピュリズムで取り込んだ」(メノン教授)との見方が有力だ。「アングロスフィア」連合 大英帝国の遺産の一つに「アングロスフィア」連合(英語圏諸国連合)がある。同様の文化や言語、価値観をもつ米、英、カナダ、豪州、ニュージーランドのアングロサクソン諸国5カ国から成る米英同盟で、離脱派は、大陸欧州に代わって「アングロスフィア」連合なるものを再興して英国がリーダーとなり新時代の役割を担うべきと主張する。 現在、アングロサクソン諸国5カ国は、エシュロンと呼ばれる米国の国家安全保障局(NSA)を中心に構築された軍事目的の通信傍受(シギント)システムで協力、情報共有しており、このインテリジェンスでの連携を経済や政治に発展させようという構想だ。 しかし、国家連合で最も影響力のあるメンバーになるはずのオバマ米大統領が4月下旬に英国のEU残留を強く訴えたことで現実味を失っている。英語圏に郷愁を抱く離脱派には、米国が戦略的に貿易で最も優先するのは英国でもEUでもなくアジアであることを理解できない。オバマ大統領が個別貿易協定の締結を求めるなら、英国は「列の後ろに並ぶ」と発言したことで、「英仏海峡の代わりに大西洋」という選択肢はないことをEU離脱派は渋々認めた。しかし、この旧植民地ネットワークである英語圏連合構想は、国民投票で残留が決まっても、英国内でくすぶり続ける可能性がある。首相の信認揺らぐ?「パナマ文書」首相の信認揺らぐ?「パナマ文書」 離脱派を勢いづかせたのが、タックスヘイブン(租税回避地)の法人に各国首脳やその親族らが関わっている実態を暴露した「パナマ文書」だった。亡父が租税回避地に設立・運営した投資ファンドによって利益を得ていたことをキャメロン首相が認め、首相官邸前で退陣要求デモが起こるなど2010年の政権発足以来の最大の危機を迎えた。首相は財政健全化を掲げて国民に厳しい緊縮を強制させ、主要国首脳会議などで国際的な課税逃れ対策の必要性を主張してきただけに、首相自身が富裕層相手のタックスヘイブンで利益を得ていたことへの国民の怒りと不信が高まり、支持率と求心力は一気に低下した。 EU残留を訴える首相が国民の信認を失えば、投票の行方に大きく影響を与える。このためキャメロン首相は、この問題で指導力を発揮せざるをえない立場に置かれ、訪英した安倍晋三首相に、伊勢志摩サミットで課税逃れ対策を議論するよう伝達。5月12日、ロンドンで世界の汚職や腐敗根絶を話し合う「腐敗防止サミット」を開催して、タックスヘイブンの透明性向上策とペーパー会社の規制強化策を表明するなど信頼回復に躍起となった。スコットランド独立スコットランド民族党のスタージョン党首(ロイター=共同) 一方、親EU的なスコットランドでは、連合王国からの離脱を主張してEUへの加盟存続を求めるナショナリズムが台頭している。スコットランド民族党(SNP)党首でもあるスタージョン首相は、英国の国民投票でスコットランドの意に反してEUからの離脱が決まれば、独立の是非を問う住民投票を再度行なう方針を表明。5月のスコットランド議会選挙の公約に盛り込んだため、英国が離脱を選べば、EU残留を求め分離独立運動が再燃することは必至だ。独自通貨をもたないスコットランドは独立した場合、EUの統一通貨ユーロを想定。独立すれば、EUに残留する意向だ。スコットランド分離独立の動きが投票行動に影響を与える可能性がある。スコットランド独立を回避するためEUに残る選択もありうるからだ。 英世論調査会社「ユーガブ」の5月の調査によると、残留支持が42%、離脱は40%で拮抗している。英国はイングランドとスコットランドの2つのナショナリズムにさいなまれ、連合王国はナショナル・アイデンティティの危機に直面している。 与党保守党内で、8人の閣僚を含む保守党議員の約半数、一般党員の約70%が離脱を支持して多くの“反乱”者を出したキャメロン首相の求心力低下は避けられず、僅差で残留を果たしたとしても早期に党首交代を余儀なくされる可能性もある。党内支持を固め、首相を続けてEU加盟国の信頼を回復するには国民投票で「完勝」するしかない。国際社会が注視するなか、茨の路に立たされたキャメロン首相の前途に暗雲が垂れ込めている。おかべ・のぶる 産経新聞ロンドン支局長。1959年生まれ。81年、産経新聞社に入社。モスクワ支局長、社会部次長、社会部編集委員、編集局編集委員を歴任。2015年12月より、ロンドン支局長。著書に、『消えたヤルタ密約緊急電』(新潮選書/第22回山本七平賞)、『「諜報の神様」と呼ばれた男』(PHP研究所)がある。関連記事■ メルケル独首相、強力なリーダーシップの源泉とは?■ ついに21万社のリストが公開、「パナマ文書」で始まる金融覇権戦争■ 地域主義化する世界、1930年代の教訓

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    「英国vs独仏」が世界を襲う

    離脱か、残留か。6月23日に行われる英国のEU離脱の是非を問う国民投票を前に、残留派の英労働党女性議員が銃撃され死亡する悲劇が起きた。かつては「名誉ある孤立」を掲げた英国だが、離脱すれば世界の金融市場は大混乱に陥る。いま欧州で何が起こっているのか。

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    英国の国民投票で加盟国に拡大するEU離脱論

    遠藤乾(北海道大大学院教授) 6月23日、イギリスのEU残留・離脱が国民投票で決せられる。ここでは、その帰結がまだわからない段階で、EUへの影響を占う。前もって結論を煎じ詰めれば、どちらの結果になろうと、EUの危機は続くということになろう。なお、ここでは、イギリス自身へのインパクトや、スコットランドや政党政治を含めた国内政治への影響は射程から除外し、政治的な影響に焦点を絞る。 ‘Poll of polls’という世論調査の平均値を示す数字(6月11日現在)によれば、イギリスの国民は真っ二つに割れている。5月末に発表された移民統計で、去年一年で33万もの移民がイギリスに入国したことが明らかになり、10万人に抑えるとしたキャメロン政権への批判が強まり、「自ら移民を制御せよ」というEU離脱派が勢いづく形となっている。 もちろん、離脱ということになれば、ことは重大である。EU史上初めて、一加盟国、しかも域内で第2位の経済体であり、フランスと並んで最大の外交・軍事的なプレゼンスを誇る国がEUを離れるわけで、ダメージは避けられない。記者会見後に握手するオランド大統領(右)とキャメロン首相=2016年3月(ロイター) EUというのは、一面で、多くの国が集まることで規模を実現し、共同で影響力をかさ上げする権力装置である。比重の大きいイギリスの離脱によってその一角が崩れることで、EUの影響力の縮小は、国際政治・経済双方で目に見えるものとなろう。それは、EU共通外交安全保障政策の効果から、G7、IMF、世銀などの世界経済上のフォーラムにおける存在感にいたるまで、さまざまな場面で感じられるはずである。 ただし、それは、可視的なEUへの影響にとどまらない。多国間協力のもっとも濃密な形態であり、組織化の進んだEUが、イギリスのように古くからデモクラシーの伝統を紡いできた国の国民から「否」を突きつけられたとなれば、世界的に多国間主義が揺らぐことになろう。 EUに話を戻せば、この数年続いてきた危機に次ぐ危機により、すでにそれはダメージをうけていたわけで、イギリスの離脱はそれに輪をかけることになる。 何とか離脱を逃れたとしても、もしそれが僅差でなされるということになれば、離脱時ほどでないにしても、それに近い影響が想定しうる。つまり、半数に近いイギリス国民がEUを否定することで、EUという存在に疑義が付されるということになろう。 イギリスの離脱(あるいは僅差での残留)に対して、仮にイギリス以外のEU諸国、とりわけ独仏をはじめとした原6加盟国が結束して、イギリスなしででも、さらなる統合への意思を明確にし、具体的なプログラムを提示しなおすということになれば、EUへのダメージはいくばくか修復されるかもしれない。国民投票の乱立によって拡散する欧州懐疑主義 しかし、イギリス離脱の際に、それらの中核国が思い描いていることはばらばらである。フランスは、離脱するイギリスに対して懲罰的な態度で臨みたいと考えており、ドイツはその逆であると伝えられる。国民投票直後に開かれる欧州理事会(6月28~29日)で提出予定の「EU外交安全保障グローバル戦略」構想に基づき、独仏が反転攻勢をかけたいと協調できたとしても、オランダの財務相ダイセルブルームが述べたように、統合に「否」を突き付けられた局面で、さらなる統合を「解」として提示するのに、政治的に意味があるとはにわかには信じがたい。ジャンクロード・ユンケル欧州委員会委員長(左)とドナルド・トゥスク欧州理事会議長=2016年5月、三重県志摩市(AP) 反転攻勢どころではなく、大陸のEU諸国においても、欧州懐疑勢力が勢いづく可能性が高い。すでに、フランス国民戦線のマリーン・ル・ペン党首は、フランスにおいても同様の国民投票を実施すべきと主張している。スウェーデン国民の多数派も、イギリス離脱の場合には自身が離脱することを望んでいる。そうした懐疑主義の広がりに、利用しうる豊かな政治的資源を見出す勢力が、あちこちで国民投票を提唱するということにもなりかねない。そうなったとき、EUは立ち往生するだろう。 危機のなかにいるEUは、単一通貨ユーロであれ、人の自由移動をつかさどるシェンゲン体制であれ、それらの機能不全に対して、集権化(つまり統合)の必要に迫られてもいる。銀行同盟の完遂や内務警察協力の深化、あるいは域外国境警備の整備などがそれに当たる。けれども、そうした欧州懐疑主義の拡散や国民投票の乱立によって、必要な措置が取れないままとなる可能性もある。そうなった場合、機能不全のままのユーロやシェンゲンへの疑念がふつふつと生起するに違いない。 仮に大差で残留ということになれば、しばらくはそうした事態を避けられるかもしれない。けれども、イギリス国内の政治的な勢力配置図はがらりと変わり、残留でもUK独立党は勢いづき、保守党は党内の内戦の傷が深いまま政権が弱体化する。そうしたイギリスが加盟したままで、EUが上記の必要な集権化に向かえるのかどうか、疑問である。 こうして、EUはいずれにしても、内外に機能不全と信用不安に陥り、しばらくは停滞が避けられない。それが反転するさまを今から描くことは不可能だが、逆に「EUの崩壊」言説にそう簡単に乗れもしない。欧州懐疑勢力が独仏などの中枢国を本格的にむしばみ、その支援なしには政権や予算が組めないという事態に至らないかぎり、EUが当面生き残るだろう。そのあいだに、EUが信頼を回復し、必要な機能的集権化を図れるかどうか、まだまだ注視が必要である。

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    テロリストも利用した巨大難民の波とEUの満身創痍

    アのパスポートを調達することなど、ISにとっては、やはり簡単なことだろう。 今、EUでは、やみくもな移民・難民受け入れ政策に批判的な、いわゆる「極右」政党がめきめきと力をつけている。イギリスもフランスもそうだし、10月のウィーン市の市議会選挙では、「極右」政党の得票が3割を超え、過去最高となった。世界人道サミットで演説するドイツのメルケル首相=5月23日、トルコ・イスタンブール(アナトリア通信提供・共同) 皮肉にもパリのテロの前日、今まで寛大な難民政策でEUの鑑のように言われてきたスウェーデンが、国境での入国審査を導入し、これまでの難民政策を大きく転換した。スウェーデンは、すでに昨年の総選挙で「極右」が議席を倍増している。左派の現政権も、その力を無視できなくなったということだろう。 一方ドイツでも、移民排斥を声高に叫ぶ暴力グループが伸張し、今年になって、難民宿舎への放火事件が、すでに360件も起きている。ドイツにいる難民は拘束されているわけではなく、審査待ちのあいだ普通に生活している。一般の国民は暴力グループには与しないが、不安は徐々に膨らんでおり、将来、この不安票が「極右」政党に流れることを、メルケル首相はひどく警戒している。 そんなわけで、今、ドイツ政府は「難民は加害者ではない。被害者だ」というわかりやすいレトリックで、自らの人道主義コースをアピールしている。それどころか、難民こそドイツのチャンスという主張だ。 ドイツは労働力が足りない。技術者も熟練工も介護士も不足している。難民がその穴を埋めてくれる。また、少子化のドイツに若い難民がたくさん入ることによって、人口動勢も改善される。働き手が増えれば、社会保障費の収支も長期的には好転するというような有難い話だ。 また短期的に見ても、難民は景気向上の助けになる。まず、あちこちで住宅の建設が始まり、それに関連した需要が発生する。政府発表によれば、来年は難民関係の予算が61億ユーロになる。これが公共投資の代わりになり、難民景気を生む。しかも増税はしない。いくつかのリサーチは、来年、再来年は、難民のおかげで経済成長が見込めると保証している。 パリのテロは間違いなく、ドイツ人の不安をかき立てた。ドイツ政府の宣伝する“正しい難民の見方”を、いったいどれだけの人が信じているだろうか。かわぐち・まーん・えみ 日本大学芸術学部卒業。昭和60年、旧西独のシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ学終了。以後ドイツで作家活動。著書に『なぜ日本人は、一瞬でおつりの計算ができるのか』(PHP研究所)など多数。