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    日本人は安楽死に耐えられるか

    人気脚本家、橋田壽賀子氏の近著『安楽死で死なせて下さい』が波紋を呼んでいる。「人に迷惑をかける前に死に方くらい自分で選びたい」。現在92歳の彼女が人生の最後に望むのは「究極の選択」である。海外では既に安楽死を認めた国や自治体もある。とはいえ、日本人に安楽死を受け入れる覚悟が本当にあるのだろうか。

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    「安楽死」と「自殺」はなにが違うというのか

    呉智英(評論家) 私は現在71歳である。「終活」について真剣に考えないといけない年齢である。1年前、母が91歳で死去した。12年前には、父が89歳で死去した。遠からず私の番である。 父は晩年、入退院を繰り返していたが、死そのものは比較的楽であった。救急車で病院へ搬送され、点滴を受けて気分もよくなった。私が安心して帰宅したら、今亡くなりました、と連絡があった。苦しんだのはほんの数分。すぐに意識がなくなり、そのまま死んだ。幸せだったと思う。 一方の母は、入退院を繰り返したことは父と一緒だったが、死ぬまでの1年間は激痛に苦しめられた。母は、何度も死なせてくれと訴えた。病院のすぐ近くに用水路がある。車椅子でそこまで連れて行って突き落としてくれ、と言うのである。もちろん、断った。そんなことをしたら、尊属殺人である。私は刑務所にぶち込まれ、当然、遺産相続権はなくなる。 そうなったら、私は何のために長年親の介護をしてきたのだろう。すべては徒労ではないか。だが、息子の心を知らぬ気に、母は死なせてくれと、何度も訴えた。全く「子不孝」の母であった。 両親の最期を思うにつけ、私は安楽死の法制化は必要だと思う。 安楽死には、通常、二種類の区分がある。一つは、病気や老齢などで苦しい生を望まない人が安楽な死を選ぶもの。もう一つは、死が確実に迫っている場合、延命治療をせず、苦痛を取り除いて安楽な死に至らしめるもの。後者は「尊厳死」と呼ぶことが多い。しかし、私にとってはどちらも必要であるので、ともに安楽死として話を進めよう。(画像:istock) そもそも、安楽死は現行法上なぜ認められないのだろう。 安楽死は、広義で言えば、自殺の一種である。20歳の壮健な青年が、失恋、挫折、厭世(えんせい)観などによって自殺するのも、これ以上苦しい生を続けたくないと思って死を選ぶのだから、安楽死の一種である。自殺と安楽死は重なるところが多く、同類なのである。安楽死が法律上問題になるのも、この点に関わっている。 そこで、自殺について考えてみよう。 日本では自殺は禁止されていない。外国では禁止されている国があるようだが、既遂の自殺の場合、どうやって罰するのだろうか。外国の法律に詳しくない私にはよく分からない。 未遂の場合は当然罰せられることになろう。日本では既遂はもとより未遂の場合も罰せられることはない。ただし、心中の片割れが生き残ったような場合には、幇助(ほうじょ)罪に問われる。無理心中の場合は、殺人罪や承諾殺人罪になる。奇妙な「自殺幇助」という罪 つまり、日本では、自殺そのものは他人の手を借りないかぎり、既遂未遂を問わず犯罪にならない。幇助や教唆(きょうさ)のみが可罰なのである。 しかし、幇助は従犯であり、正犯がなければ従犯はありえないのが通例である。ところが、自殺については独立した自殺幇助罪が設けられ、幇助そのものが罰せられるのである。この法律の保護法益は何だろうか。保護法益とは、法律によって護られるべき利益という意味で、要するに法律の意図・目的ということである。これは刑法の条文に明記されているわけではなく、刑法学者が刑法理論から推測するのだが、どうもはっきりしない。 自殺幇助罪の保護法益は、まず「生命」だろう。副次的には、自殺に見せかけた殺人を防ぐという意味もあるだろうが、それは本来の保護法益ではない。やはり、一義的には生命重視ということになる。 しかし、自殺は生命軽視ではないか。これが罰せられず、幇助のみが罰せられる理由は何だろう。それは「他人の生命」だから、ということになろう。自殺は「自分の生命」を自分が処分することだから、当人の自由であり、不可罰である。しかし、幇助は「他人の生命」を処分することに加担しているから、これは犯罪である、という理屈である。 だが、これは相当苦しい理屈ではないか。 古釘を踏み抜いて苦痛を訴えている人がいるとしよう。普通、こうした場合、釘を抜き消毒をし、傷口を縫合し、抗生物質の注射をする。消毒にも縫合にも注射にも痛みが伴う。これらの行為を自分でやるのは「自分の身体」であるから当人の自由であるが、気絶している間に医者が「他人の身体」にこれらの行為をすることは許されないだろうか。そんなことになれば、救急医療は成立しないだろう。(画像:istock) やはり自殺幇助罪は奇妙な法律なのである。そして、この法律が安楽死を否定している。現在、医師であろうと親族や友人であろうと、安楽死に協力すると自殺幇助に問われる。それで安楽死は実現しない。だが、安楽死を望む人の99%は、自分では安楽死ができない。安楽に死ぬ体力・気力、方法を持っていないからだ。当然、協力者が必要になる。しかし、刑務所に入ってまでも安楽死の協力者になろうという人はいない。 日本は高齢化社会になり、安楽死を求める声はふえている。しかし、観念的・抽象的生命尊重論が横行する中で、安楽死を主張しにくい。障害者問題もからんでくるだろう。福祉充実論も隣接している。 それでも現実に安楽死合法化は、もちろん偽装殺人などを防ぐ手立てを考えた上で、真剣に待ち望まれている。少なくとも私にとって、重要な問題なのである。

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    これを知れば日本で「安楽死」を望む人はいなくなる

    「安楽死は安楽に死ねない死」小笠原文雄(日本在宅ホスピス協会会長、小笠原内科院長) 「死」は誰にでも必ず訪れます。自殺や他殺、病死など死に方にはいろいろありますが、今回のテーマである「安楽死」は、広辞苑(こうじえん)によると「助かる見込みのない病人を、本人の希望によって苦痛の少ない方法で人為的に死なせること」とあります。安楽死とは本当に苦痛の少ない死に方なのでしょうか。「安楽死は安楽に死ねるのか」、「安楽死は人に迷惑をかけない死に方なのか」、さらには「安楽に死ねる方法」などについて、私の考えを書きたいと思います。 皆さん、安楽死の実態をご存じですか。日本語とは面白いもので、「安楽死」と書いてあると、漢字の持つ意味やイメージから「安心・安楽…」など、自分の希望に沿った解釈をしてしまいがちです。しかし、本当の安楽死は、殺伐とした重苦しい空気の中、医師たちの管理下で他殺や自殺幇助(ほうじょ)が行われる「殺」であり、「安・楽」とは異質です。 そもそも安楽死とは、他殺行為・自殺幇助であり、現在の日本の法律では認められていません。世界ではスイスを始めとするヨーロッパ諸国の数カ国、アメリカの数州などで認められています。それらの中でも、外国人の安楽死を受け入れているのはスイスにある「ディグニタス」という団体だけだと思います。それだけでも安楽死が非人道的な死に方であることが分かります。(iStock) スイスのディグニタスでは、安楽死を「自殺幇助」という形で行っています。あくまで「幇助」ですから、医師は直接的な行為はせず、死ぬことができる薬液をコップに入れ、「これを全部飲めば死ねますよ」と言って安楽死を望む人に渡すようです。 安楽死を望む人はそれを飲み、自殺をするのです。飲み切らないと死ねません。一瞬では死ぬことができないので、途中で飲めなくなる人もいると思います。中途半端に毒を飲んでしまったら、死ねない上に悲劇が待っていることでしょう。「死にたい」とその場で言っている人でも、実際に死ぬとなればどんな気持ちになるかは、その時その人にしか分からないものです。 次にアメリカにおける安楽死の方法をご紹介します。アメリカでは外国人の安楽死を受け入れていないので、日本人は受けることができません。また、アメリカといっても広いので州によっても違いますが、死ぬための点滴を用意してもらい自分の意思で点滴を開始して自殺するなどの方法があるようです。 人はこのような死に方に光を見いだすことができるのでしょうか。自殺幇助や殺人では、暖かい空気に包まれた中で死ぬことができるはずもなく、「安楽死は安楽に死ぬことができない死」であることがお分かりいただけたと思います。 続いて、「安楽死は人に迷惑をかけない死に方か」という点について述べたいと思います。私は違うと考えます。なぜなら、医師は人の命を助けたいと希望し、その職業を選択しているからです。その医師に安楽死を望むということは、自殺幇助・他殺という「殺」行為をさせることです。医師も人です。これは迷惑の極みです。安楽死と似ている緩和医療の「副作用」 先ほど、日本では安楽死は認められていないと書きました。実は日本の緩和医療に、安楽死と似ている「持続的深い鎮静」があります。2016年1月、私がコメンテーターとして出演させていただいたNHK『クローズアップ現代』で、持続的深い鎮静が「終末期鎮静」として取り上げられましたが、ここでもう一度考えたいと思います。 「持続的深い鎮静」とは、死期が近づいた患者に対し、耐え難い痛みがあるときにだけする医療行為です。持続的深い鎮静を行うと、患者本人は死ぬまで昏睡(こんすい)状態に陥るので二度と目覚めることがなく、開始したときが今生の別れになります。まず「心の死」を迎え、その後「肉体の死」も迎え、完全に死にます。つまり、二度死ぬのです。 持続的深い鎮静を行う場合は、本人だけでなく、家族の同意も必要です。緩和医療として行う場合は、「耐え難い痛みや苦しみから解放してあげたい」という思いで同意する家族が多いのですが、実際に持続的深い鎮静をかけてしまうと、今までの栄養点滴を減量・中止し、肉体の死を迎えるので、「自分たちが殺してしまった」と後悔し、苦しみ、精神障害を起こした遺族もいるなど、尋常な看取りとは言えません。また、持続的深い鎮静をかけても、その時点では完全に死ぬことができず、肉体の死を待つだけの姿を見ていることは、家族にとって複雑な気持ちだと思います。(iStock) この持続的深い鎮静は、病院や緩和ケア病棟、在宅医療を行う一部の診療所においては、かなりの頻度で実施されているところもあると聞きます。しかしながら、安易に鎮静をかけ過ぎると、関わった看護師などの心が折れ、燃え尽き症候群になるなど、精神的に疲弊してしまうこともあるようです。 このように、「安楽死」も「持続的深い鎮静」も、多くの人に迷惑をかけながら死んでいくことに違いありません。持続的深い鎮静を行うことは、本人が穏やかに生き、安らかに旅立つことができないだけでなく、残された人も離別の悲しみに加え、「殺」の気持ちが加わり、清らかな気持ちになれないと思います。だからこそ私は、持続的深い鎮静を最後の手段であるとは認識ながらも、「抜かずの宝刀」と呼び、抜かないことに意義があると考えています。 「持続的深い鎮静を行わなくてはいけないくらい、耐え難い苦痛があったらどうすればいいのか」という質問があった場合、私はこう答えます。「ほとんどの痛みは取ることができます。もし、持続的深い鎮静を行わなくてはならないほどの耐え難い苦痛を患者に与えているとすれば、その時点で、提供されている緩和ケアが不十分なのでしょう」と。 在宅でも緩和ケア病棟でも、医師や看護師・チームのスキルがあれば、おおむね痛みのコントロールは可能です。持続的深い鎮静を行わなくても、最期まで穏やかに過ごすことができるはずです。人は痛みを感じたり我慢したりしていると、身体の痛みだけでなくこころの痛みも増幅します。だからこそ、素早く痛みを取ることが必要不可欠なのです。痛みを取る5つの方法 痛みを取る方法や課題は次の通りです。①必要な薬は使う…痛みの軽減に最も有効である医療用麻薬のモルヒネを使いこなすスキルを身に付けることが大切です。モルヒネは以外にも痛みを取る鎮痛薬はありますが、副作用の点から使用量には限度があり、増量しにくいという欠点があります。ところがモルヒネは5ミリグラムぐらいから使用を開始し、痛みが強いときには安心して痛みの程度に合わせて3~3000ミリグラムくらいまで使用することができます。薬価の問題や医療用であるとはいえ麻薬を大量使用することへの不安から、800ミリグラム以上のモルヒネを使用しない医師もいますが、痛みが取れるまで増量しないと痛みは取れませんし、モルヒネは痛みの治療をしている限り安全ですので、積極的に使用してほしいと思います。しかし、低用量に比べ高用量のモルヒネの薬価が高すぎるのも課題です(表1参照)。 副腎皮質ホルモンのソル・メドロールも副作用が少なく有効なので、使用してほしいと思います。【注】内服薬30㎎は注射薬12㎎と概ね同効果。モルヒネは内服換算で3~3000㎎使用する②点滴は減量する…点滴を減量することも苦痛の軽減に有効であり、患者を笑顔にするコツです。これまで、入院から在宅医療へ切り替えてきた患者をたくさん診てきましたが、病院では必要以上の点滴を投与されているケースがとても多いと感じます。しかし必要以上の点滴投与は、苦痛を与えるだけでなく、寿命を縮めることもあります。だからこそ、持続的深い鎮静を行ってから点滴を減量したり中止するのではなく、持続的深い鎮静を行う前に減量してほしいと思います。③夜、ぐっすり眠ること…眠れないことも不安や痛みを増幅させる要因のひとつです。夜、全く眠れない時は「夜間セデーション」と呼ばれる鎮静を行うことも大切です。夜間セデーションは持続的深い鎮静とは異なり、夜の間だけぐっすり眠らせる鎮静ですので、朝には人間らしい目覚めができますので、医療者の方にはぜひそのスキルを身に付けてほしいと思います。④ACPの勧め…アドバンスド・ケア・プランニング(ACP)とは、もしもの時に備え、前もって患者の意思を確認するためにケアを提供する者が家族と一緒に患者と話し合うことです。どのような旅立ちを望んでいるのかなどの人生観も含め、どんな治療を行っていくのが最善かを話し合うことによって、最期は患者本人が願う旅立ちを実現することができます。不思議なもので、①②③の説明をすると「最期は入院する」と言っていた人でも、臨終の間際には「このまま家にいたい」と気持ちの変わる方がとても多いことを実感しています。「死ねる喜び」は幸せの極み⑤THPケアシステムは日本を救う…「安楽に生きたい、安楽に死にたい」と願う人々のために、在宅ホスピスの心を理解し、「希望死・満足死・納得死」を届け、実践できるチーム作りを進めていくことが急務だと思っています。チームのスキルを上げるために、多職種連携・協働・協調することはもちろん、その司令塔としての役割を果たす「トータルヘルスプランナー(THP)」が必要です。安楽死の必要のない日本にするためには、THPを増やすことが必要だと考えています。なお、THPは現在名古屋大医学部保健学科や日本在宅ホスピス協会が育成しています。 私の著書『なんとめでたいご臨終』(小学館)は、誰もが願う旅立ちをかなえるための実践本です。私自身も安楽に生きて安楽に死にたいと願っています。だからといって、安楽死や持続的深い鎮静を望むことはありません。なぜなら私は「在宅ホスピス緩和ケア」を知っているからです。私の考える在宅ホスピス緩和ケアの「在宅」とは、暮らしている「処」。「ホスピス」とは、いのちを見つめ、生き方や死に方、看取りのあり方を考えること。「緩和」とは、痛みや苦しみを和らげること。「ケア」とは、人と人とが関わり、暖かいものが生まれ、生きる希望が湧(わ)き、生き力がみなぎることです。だからこそ在宅ホスピス緩和ケアを受けることでQOL(Quality Of Life)が高まり、ADL(Activities Of Daily Living)の向上や延命効果も期待できるのだと思います。 在宅ホスピス緩和ケアは、誰でも受ける権利があります。だからこそ、自分自身が望む処で、「人に迷惑をかけることなく、耐え難い苦痛から解放され、朗らかに生きて、清らかに旅立てる、安楽に生きて安楽に死ねるという在宅ホスピス緩和ケアがある」と知っていれば、安楽死を望む人はいなくなると思います。(iStock) これまでお伝えしたように、安楽死や持続的深い鎮静を選択しても、安楽には死ねません。「安楽に死にたい」と願う人々が「なんとめでたいご臨終」を迎えることができれば、1991年の東海大学医学部付属病院での安楽死事件などは起こらなかったのではないでしょうか。 人は一度しか死ねません。どうせ死ぬなら笑って死にたい、遺(のこ)された人の役に立ちたい。そんな「死ねる喜び」を感じられたなら、幸せの極みだと思います。  多くの国民のそんな願いをかなえるためには、国家戦略として在宅ホスピス緩和ケアを推進していくこと、在宅ホスピス緩和ケアを国民に啓蒙(けいもう)していくことが近道だと考えます。それができれば、QOD(Quality Of Death)はさらに高まり、朗らかに生き、笑顔で旅立てる、つまり「なんとめでたいご臨終」を享受できる日本になると思います。と同時に、安楽死という言葉が不要になる日本になってほしいと願っています。

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    「安楽死で逝かせて」橋田壽賀子の主張はここがおかしい

    長尾和宏(長尾クリニック院長、日本尊厳死協会副理事長) 脚本家の橋田壽賀子さんが『安楽死で死なせて下さい』という本を書かれた。多くの人が彼女の主張に賛同し、にわかに安楽死議論が盛んになっている。92歳の橋田さんは、もし認知症になると人に迷惑をかけるから、そうなる前にスイスの「ディグニタス」という安楽死支援組織に行き、そこで安楽死したいと主張されている。 安楽死とは、まだ十分に余命がある人に医師が薬剤を用いて、死期を大幅に早める行為である。日本において安楽死は認められておらず、もし医師がそれを行うと殺人罪で逮捕される。しかし、欧米には法律で安楽死を認めている国がいくつかある。話題になった脚本家の橋田壽賀子さんの著書『安楽死で死なせて下さい』 そのひとつであるスイスには3つの安楽死組織がある。そのうちディグニタスというNPO法人は外国人も受け入れている。筆者は5年前、「死の権利・世界連合」の大会がスイスで開催された際、チューリヒ郊外にあるディグニタスが運営する「看取りの家」を訪問し、代表から直接説明を聞く機会があった。 そこには安楽死を望むスイス国民に混じって、安楽死が認められていないイギリスやドイツから主に末期がんの患者さんがやってくる。近くの病院を受診し、安楽死の条件のひとつである「余命半年」と診断されたら「自殺薬」を処方される。その薬を飲む前日には看取りの家の庭で家族や友人とお別れパーティーが開かれる。しかし、薬を飲むときはひとりである。NPO職員が死亡を確認すると、スイス警察が入り検視が行われる。遺体は近くで火葬され、骨となって本国に帰る。かかる費用はおおよそ100万円程度だ。橋田さんはそこに行き、安楽死したいと主張されている。 そんな橋田さんにお伝えしたいことがある。私は尼崎の町医者である。外来診療の合間に在宅患者さんを訪問診療や往診をする。医師になり34年間、病院と在宅で2000人以上の死亡診断書を書いてきた。現在、年間100人以上の在宅看取りに寄り添っている。末期がんの人に関わると、9割以上の確率で自宅で看取っている。 延命治療を行わず枯れていくことを容認し、上手に緩和医療を行えば、死ぬときは一般の人が想像するように苦しみはない。旅立つその日まで食べたり話したりできる。看取るのは末期がんだけではなく、半数はがん以外である。認知症や老衰、神経難病や慢性心不全や慢性腎不全など病気の種類を問わず、自宅での穏やかな最期が可能である。在宅医療というと家族介護のイメージが強いかもしれないが、独居の末期がんや認知症終末期であっても、本人が在宅での最期を希望すれば普通に看取っている。 その詳細は、昨年末に上梓した『痛くない死に方』に詳しく述べた。また、全国の在宅看取りの現状に関しては私が監修した週刊朝日ムック『さいごまで自宅で診てくれるいいお医者さん』に詳細なデータが公開されている。「独居の看取り」に関しても、勇美記念財団の支援を得て私がリーダーとなり実態調査やそれが可能となる町づくりのための提言を行っているところだ。たとえ独居の認知症であっても、24時間定期巡回型の訪問介護・看護があれば最後まで自宅で楽しく暮らすことに、なんの問題もない。しかし、多くの市民や病院のスタッフはこうした実態を知らないし、なかなか信じてもらえない。橋田さんが恐れる「認知症」の正体 「平穏死」という言葉は石飛幸三医師の造語であるが、自然死ないし尊厳死と同義である。穏やかな最期を迎えるためにはいくつかの知識が要る。それは『「平穏死」10の条件』のなかで詳しく述べた。そして「平穏死」は在宅だけでなく、介護施設や療養病床でも可能になりつつある。 話を戻そう。ディグニタスを見学した率直な感想は「欧米人はなぜこんなことをするのか。在宅医療も在宅緩和ケアも平穏死という概念もないんだ。日本は自宅で平穏死できるのに」であった。しかし橋田さんはわざわざそこに行って死にたい、と主張されている。私は「橋田さん、ちょっと待って。それは誤解。そんなことしなくても大丈夫!」と声をかけたい。たとえ天涯孤独な認知症でも最期まで人間の尊厳を保ったまま旅立てる国が日本である。いや、皮肉なことに家族がいないからこそ「必ず」それがかなうのである。もちろん介護保険制度の恩恵は必須条件である。 13年前に造られた「認知症」という言葉は罪深い、と思う。それまでは「ボケ」であったものが「病気」に格上げされた途端に「抗認知症薬」の対象にもなった。あるいは有吉佐和子氏の『恍惚(こうこつ)の人』のイメージが強烈に焼き付いている。橋田さんに限らず、誰もがそれを極度に恐れる。自分が自分でなくなる前にこの世から消えてしまいたいという発想は、欧米人的な発想である。しかし、日本人はそもそも自分がなく、自己決定できない人が多い。実は、終末期医療における意思決定は家族が代理していることが大半で、「自分で決める」という人はわずか1~2%にすぎない。脚本家の橋田壽賀子さん=2017年9月(宮崎瑞穂撮影) 私が在宅で最期まで診ている認知症の人は、最期の日までなにかしら口から食べている。たとえ認知機能の指標であるミニメンタルテスト(MMSE、満点は30点)がゼロ点になっても、会話が可能なら意思表示もそれなりに可能である。たとえ口頭であっても自分の希望を表明できる。以上は『ばあちゃん、介護施設を間違えたらもっとボケるで!』(丸尾多重子氏との共著)や家族よ、ボケと闘うな!』(近藤誠氏との共著)のなかで繰り返し述べてきた。 末期がんの平均在宅期間が1カ月半であることに比べて、認知症のそれは年単位に及ぶので臨床経過はかなり異なる。しかし適切なケアがあれば、最期まで食べられるしトイレでの排泄(はいせつ)もできる。要介護5になっても外国旅行も十分可能である。丸尾氏が主宰するNPO法人「つどい場さくらちゃん」は毎年、要介護5の認知症の人たちと沖縄や台湾を旅行している。私は「旅行療法」と呼んでいるが、外出することはとても大切だ。徐々に食べる量が減ってきても胃ろうは不要である。手づかみで食べれば、最期の最期まで自力で食べられることを「かいご楽会(がっかい)」などで丸尾氏とともに広く発信してきた。認知症とはピンピンコロリ(PPK)とはいかなくても、準PPKの病気である。しかし、認知症の自然経過を診る機会は少ない。 橋田さんは認知症に対する不安や恐怖がとても大きいのだろう。人に迷惑をかけたくない、というから潔く優しい人だ。いずれにせよ「自分で自分が分からなくなる」「人に迷惑をかけるのでは」という恐怖は誰の頭の中にもある。しかし、多くの認知症の人を外来や在宅医療の現場で診ている町医者から見れば、大きな偏見であると言いたい。リビングウイルを法的担保していない日本 何にせよ、認知症や老いの不安に駆られている橋田さんには「日本は最期まで住み慣れた自宅で自分らしく暮らせる国です。心配要りませんよ」とお伝えしたい。保険診療では診療所から16キロ以内しか在宅医療を提供できない。しかし、自費診療ならば可能なので、もしかなうならば主治医になってもいい。 以上の話は尊厳死である。尊厳死とは、終末期以降に延命治療を控えて十分な緩和医療を受けて迎える最期である。安楽死は、まだ余命が半年もあるのに医師が薬物を用いて患者を死なせる行為であり、尊厳死とは全く異なる。いずれも本人の書面による意思表示、すなわちリビングウイル(LW)の存在が前提となる。日本尊厳死協会でLWを表明している人は日本人のわずか0・1%に過ぎないが、最近は介護施設や自治体が類似のLWを啓発しているので、保有率は1~2%と推定されている。それでも諸外国に比べるとひとケタ以上低い。日本人は自己決定せず、意思決定が苦手な民族である。しかし加速度的に医療技術が進歩する中、もはやそんな悠長なことは言っておられない。 最近、政府は人生の最終段階の医療の意思決定をアドバンス・ケア・プラニング(ACP)という手法で乗り切ることを固めた。ACPとは、いざという事態に至る前、まだそこそこ元気であるときから本人の意思を引き出して、それを尊重しながら家族、そして医療・介護職が集まり何度も話し合った経緯を書面に記録しておくことである。ACPの核となるのはもちろん本人の意思、すなわちLWである。 だが、LWが法的に担保されている先進国のなかで、担保されていないのはもはや日本くらいになった。欧米では当たり前となっている基本的人権である。国連教育科学文化機関(ユネスコ)がうたう医療における生命倫理の根幹は、本人意思の尊重である。しかし、残念ながら日本だけがそれがかなわない国のままだ。そうなると、本人の意思よりも家族の意思を優先しなければ、遺族から訴えられる可能性が出てくる。年金が多い人にはそれをあてにする子供がいるので、できるだけLWを書いておくことを勧めている。 いずれにせよ、日本はLWが法的担保されていない国だから、どうしても過剰医療、延命医療に偏らざるを得なくなる。アジアにおいては、台湾では2000年にLWの法的担保がなされ、2回の改正を経て17年が経過した。韓国でも16年に可決され、今年11月から施行されている。LWの相談所にははや長蛇の列ができているという。 一方、国会における尊厳死議論にも触れておきたい。「終末期における本人意思の尊重を考える議員連盟」には超党派の約200人の国会議員が加入している。しかしこの数年間、議論自体がほぼ停止している。一昔前、マスコミに「尊厳死法案」という文字が躍ったが、誤りである。正しくは「終末期の医療における患者の意思の尊重に関する法律案」、つまり「LWの法的担保の法案」という表現が正しい。尊厳死法案について話し合う超党派の国会議員連盟の会合=2012年7月、東京・永田町 争点となったのは「2人以上の医師が終末期であると判断すれば延命処置を中止できるのか」という点であった。ここで忘れてはならないのは、あくまで本人がLWを書き、家族の同意があるという大前提である。しかし法曹界や宗教界から法的担保への反対の声が大きい。特に障害者団体の反発が激しいため議論自体が封殺されたままで、国会への法案上程の目途はまったくたっていない。尊厳死と安楽死を取り間違えるマスコミ マスコミではよく尊厳死と安楽死を取り間違えて報道している。2年前の11月1日に脳腫瘍で余命半年と宣告された29歳のブリタニー・メイナードさんが、予告通り米オレゴン州の自宅で亡くなった。これは自殺ないし医師による自殺幇助(ほうじょ)ないし安楽死である。しかし、多くのマスコミはこれを「尊厳死」と誤報した。しかしその後修正も検証もない。 また「尊厳死させられる」とか「安楽死させられる」という表現を見かけるが、尊厳死にせよ安楽死にせよ「受動態」では決してなくあくまで「能動態」である。障害者施設の入所者殺傷事件において「安楽死させた」という表現は誤りである。あのような忌まわしい事件は単なる殺人事件であり、安楽死とはなんの関係もないことは明記しておきたい。 以上をまとめると、橋田さんがいくら安楽死を望んでも、ディグニタス側は彼女を受け入れないのではないだろうか。なぜなら、日本はLWさえも法的担保されていない(できない)国であることを彼らはよく知っているからだ。彼らは国内法に基づいて粛々と本人の意思を尊重しているだけであり、裁判沙汰や国際的事件になることを嫌う。そもそも日本は、LW前提の安楽死どころか尊厳死すら議論が封殺されているような国だ。そんなややこしい国からやってきた人をスイス人が殺したらどんなことになるのか…病気になり判断能力が失われた場合の処置を、事前に記したリビングウイル さらに、内閣府がLWの啓発自体を明確に否定している現状も明記しておきたい。その理由は「患者がLWを表明すると医師の訴訟リスクが高まる」である。私は逆だと思う。在宅看取りのほとんどが尊厳死であるが、患者さんがLWを表明していると私たち医療スタッフは本当に助かる。多くの尊厳死を診ている在宅医仲間も同意見である。あまりにも時代に真っ向から逆行する政府の見識である。しかも、2017年秋から「LW裁判」という行政訴訟が東京地裁で始まっているような国である。もし機会があればその行方についても論じたい。 いずれにせよLWを書き、それを受け入れてくれる近くの医師や看護師を探しておけば、そんな異国の地にわざわざ行かなくても、橋田さんは住み慣れた自宅で最期まで暮らしピンピンコロリに近い形で穏やかに暮らすことができる。日本に法律はないけども、LWを包みこむACPという「和」の文化や「阿吽(あうん)の呼吸」がある国である。 橋田さんの安楽死願望を水泳に例えてみよう。日本はまだ10メートルも泳げない「世界一のカナヅチ」の国だ。しかし、橋田さんがいきなり「私は10キロ泳ぎたい」と主張しても現実的ではない。もしかなうならば、橋田さんにまずはLWやそれに基づく尊厳死の啓発に協力していただきたい。小泉純一郎元首相や脚本家の倉本聰さんには日本尊厳死協会の顧問としてLWの普及啓発に努めていただいている。 日本人にはなじまない安楽死に世論を導くのではなく、日本が「在宅での尊厳死(平穏死)」が可能である国であることを広く橋田ファン、そして世界に発信していただきたい。しかし、これまであまりにもタブー視されてきた「死」に関する議論に大きな風穴を開けていただいたことには深く感謝を申し上げたいのである。

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    終活」の前に考えたい 死の迎え方と送られ方

    送られ方をめぐる自由の範囲と制約条件について、豊富な具体例を挙げつつ考察した新書である。 流行りの「終活」という語を出すまでもなく、昨今、死に方、送られ方を選ぶ自由を求める声が広がっている。 過度の延命措置は施さないでほしい、墓や葬式は必要ない、散骨してほしい、火葬以外の方法で葬ってほしい、などである。(画像:istock) 著者によると、そもそも伝統的な葬送の慣習と受け取られている「通夜、告別式、埋火葬、墓石の建立、墓参りと法事」という一連の作法は、明治期以降に都市部や一部の階層から始まって、第2次大戦後から高度成長期にかけて普及した「新しい伝統」だという。この新しい伝統が普及するにつれ、本来の習俗は農山村部でも消えていった。 とすれば、今また死をめぐる習俗、文化、考え方が転機を迎えていることも、不思議ではない。 私事で恐縮だが、四年前に母が実家で亡くなったときは、家族や親族とごく親しい友人だけの控えめな通夜、告別式をおこなった。こうした「家族葬」が増えていると、葬儀屋に聞いた。母の遺骨は郊外の墓に入れたが、納骨堂に納める人もやはり増えてきている。 さらに、葬式をせず、火葬場に遺体を運ぶ「直葬」や、火葬したあと遺骨を引き取らない「0(ゼロ)葬」、遺骨を墓に入れず、海や山に撒いて自然に還そうという「自然葬」などが世間の耳目を集めている。 また、異なる宗教や文化的背景をもつ人たちが土葬や鳥葬を求めたり、著者のように、新しく出てきた技術による「フリーズドライ葬」を求めたりするケースも今後は出てくるだろう。 イスラム教では、信者は死んだら土葬することになっており、日本在住のイスラム教徒は、土葬禁止地域に指定されていない場所に埋葬墓地を求めてきた。しかし、国内では2カ所のみで、墓地不足が問題になっているという。 こうした変化の最前線を紹介しつつ、著者らしく丁寧に考察を積み重ねていく。著者が東京財団で催した「生命倫理サロン」での開かれた議論の内容も反映され、異なる立場からの意見に目を見開かされる。 まず、「死の迎え方」を扱う第一章では、延命治療の中止や安楽死を選ぶ自由はどこまで認められるか、認められるとしたらどのような条件が必要かを考える。 この分野の先進国である米国やオランダ、フランスの事例を挙げつつ、日本の現状と比較しており、論点が明確でわかりやすい。自分と送る者と国との関わり 米国やオランダでは、医師が死なせてあげる代わりに、死にたいと思ったら自分でそうするよう患者に致死薬を渡し、自己責任に委ねる場合があるという。 実際は、致死薬を手にした後も、患者は緩和ケアなどを受け続けており、ワシントン州のプログラムでは、4割の人が致死薬を飲まなかった。 つらくなればいつでも死ねる用意があると思えることが安心を与え、逆に、生きる気力につながることもある、と著者はみる。なるほどと共感した。 患者が医師に死なせてくれと求める自由はあるが、実行させる権利まではない。同様に、望みどおりに葬ってくれと求める自由はあるが、はたしてどこまで認められるか。(画像:istock) 第二章から四章は、散骨を選ぶ自由を求める人々の運動を中心に、変貌する「死者の送り方」の現状、さらに遺体のさまざまな利用法(解剖実習の教材、外科手術の練習台、展示標本、交通事故被害の実験体など)、葬送の自由を国民の権利として法律で認めさせることの是非について考える。 散骨を認めるなど、葬送や墓について細かい法律があるフランスを例に挙げ、立法の背景にさかのぼって、日本の明治維新以来の葬送に関する政策と比べた点は、非常に興味深い。 「死後のあり方も国が面倒をみるべきなのか、法律をつくることが人々の求める自由をほんとうに保証することになるのかどうか」 こうした視点に立ち、著者は「自分と送る者と国との関わり」の望ましい姿を問いかける。 <葬送の自由は、死んでいく者個人の自己決定権ではなく、死んでいく者と葬送を行う残された者たちとの人間関係を単位としたプライバシー権として認められるとするのがいいと思う。(中略)誰が葬送を行う立場の者になるのかはケースバイケースで、必ずしも家族、親族に限らないとするのが妥当だと思う。> <このように考えた葬送の自由が社会のなかで認められる条件は、生きているうちに、自分と葬送を行う立場になる人との間で、どうしたいかきちんと話し合いを重ね、双方が納得し合意できるやり方を決めておくこと、というのに尽きると思う。自己決定権ではなくいわば共同の決定権だから、遺言や法律で、望むとおりの葬送を行うのを残された者に義務づける権利は認められない。> 葬送のあり方について共同の意思決定を促し助けるために、情報提供と相談支援の場をつくれるといい、とも提案する。賛成である。 「流行の『終活』が、個人の覚え書きや一方的な遺言の代わりをつくって終わりになるのではなく、そうした方向に発展していくことを望みたい」。そう著者が結論するように、本書を読んで、まずは大切な人たちと話し合うことから始めたい。 とうじま・わこ 科学ジャーナリスト・筑波大学非常勤講師。元読売新聞科学部記者。フリーランスで環境・エネルギー、医療、生命科学、科学技術分野を中心に、科学と社会のかかわりを取材。主著に『名医が答える「55歳からの健康力」』(文藝春秋)、『人体再生に挑む』(講談社)など。新著に『水も過ぎれば毒になる 新・養生訓』(文春文庫)。

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    「人生100歳時代」ただ長生きするより安楽死の方が幸せである

    佐野秀光(「支持政党なし」代表、「安楽死党」代表) 日本では現在、安楽死制度が法律で明示的に容認されていません。ですが、私は全国民に安心感を与えるためにも安楽死制度が必要だと思います。 私は政治団体「支持政党なし」の代表として国政選挙を経験しているかたわら、政治団体「安楽死党」の代表も務めています。過去に2012年12月の衆院選では安楽死党として、2010年7月の参院選と2009年8月の衆院選では「新党本質」という政治団体名で「日本でも安楽死制度を」と訴えて立候補しており、日本で安楽死制度の必要性を主張して国政選挙を戦ったことがある唯一の政治団体の代表です。 そもそも人間は生まれてきた時から、人それぞれ多様な考え方があり長生きしたいと思う人もいる一方で、逆に死にたいと思う人がいるのも自然です。一時期、自殺者も年間3万人以上にのぼり、現在は2万1000人近くに減少はしていますが、死にたいと思う人がたくさんいるのは事実です。 長く生きたいと思う人の気持ちを尊重するのは当然ですが、死にたいと思っている人の気持ちを尊重するのも本来の「人間の尊厳」を重視することとして大切ではないでしょうか。むしろ死にたいと思っている人に安楽死を認めない方が「人間の尊厳」を損なうのではないでしょうか。※iStock 現在でも海外では安楽死制度を認めている国もありますが、病気などによる終末期や他に苦痛の緩和の見込みがないなどという医学的な病症や疾患を伴うことが条件になっています。安楽死先進国のオランダでは健康上の問題がなくても「生きるのに疲れた」などと訴える高齢者にも安楽死の適用を広げるという政府の提案が波紋を呼んでいるようですが、私は賛成です。 自分が将来、病気になって治る見込みもなく痛くて苦しい時に、楽に死を選べるというのは安楽死制度の基本として大事ですが、人間の悩み苦しみというのは肉体的なことだけに限らず多岐に渡ります。だからこそ健康上の問題がある時に限らず健康上の問題がなくても安楽死を認めることは「人間の尊厳」を重視する上で大変重要だと考えています。 私の提唱する安楽死制度というのは、人生の終末期や他に苦痛の緩和の見込みがないという医学的な病症や疾患を伴う場合はもちろんのこと、65歳以上の高齢者にも安楽死を認めたいという思いがあります。さらには健康上の問題がなく、65歳以上の高齢者でなくても安楽死を希望する場合には臓器提供を条件として安楽死を認めるべきです。一億総活躍に必要な「安楽死」 現在日本で自殺者が2万人程度いる中で、どうしても生きていきたいと思い、体の疾患を臓器移植でしか治癒できない患者で臓器提供を待っている人も1万5000人ほどいます。臓器提供を条件に安楽死を認めることはまさに生きたいと思う人の思いも尊重でき、かつ死にたいと思う人の意思も尊重できることになります。 死にたいと思う人に思いとどまって頑張れと言葉をかけるのは簡単ですが、ただ頑張れと言うだけでは何の励ましにもなりません。死にたいと考えている人がもう少し頑張ってみようと思うためには、どんな励ましの言葉よりも最後には安楽死という選択肢もあるということこそが、もう少し頑張ってみようという気持ちに繋がるのではないでしょうか。 政府は一億総活躍社会の実現などと提言していますが、一億総活躍するためにはまさに安楽死制度が必要です。安楽死という人生の選択肢があってこそ、やりたいことがやれ、自分の最後も自分で決められるという、これこそが安心感をもって充実した一生を送れる基礎になるのではないでしょうか。一億総活躍国民会議であいさつする安倍晋三首相(左から2人目)=2016年2月、首相官邸(酒巻俊介撮影) 政府は一見、聞こえのよい政策などを掲げ、国民の支持を得ようとしますが、どんな政策も実現することによって得をする人もいる一方で、必ず誰かが損をすることになります。国民全員が納得をする政策というものはそもそもないのです。どんな法案も可決されれば得をする人と損をする人が出るのは当然です。 ただ、安楽死を認める法案は違います。仮に日本で安楽死制度の法案が可決したらどうでしょうか。安楽死制度を認める法案は全国民に一律に安楽死を強要するものではなく国民は一つの自分の将来の選択肢が増えることになります。 いつか病気になって痛くて苦しくなった時はもちろん、病気でなくても死にたいと思った時には安楽死という制度も使えるという人生の選択肢が増えれば、安心感に繋がります。世の中誰しも自分がいくつまで生きられるのかはわかりませんし、どのような病気になってどのような最後を迎えるのかということもわかりません。 だからこそ人生の一つの選択肢として安楽死制度があるということは全国民に必要なのです。さらに安楽死を認める法案には多くの予算を必要としないため、予算をかけずに実現できるというメリットもあります。 多くの国民は自分の老後を考え一般的には貯金をしますが、貯金を残して突然死んだらどうでしょうか。子供や子孫に財を残したいという人もいるでしょう。また、人生で稼いだお金は全て使い切りたいと考える人もいるでしょうし、ある一定の財産は家族に残し後は自分の好きなことで使い切りたいと思っている人もいるのではないでしょうか。「安楽死」は人生の選択肢 しかし、安楽死制度がない中では自分の人生の最後の予定を立ててお金を使い切ることなどできません。多くの国民は先の見えぬ将来の不安のために身を削って節約し、将来に備えて貯金をしているのが現状です。でも、仮に安楽死制度があればお金を自分の人生計画に併せて使い切るという選択肢も可能です。自分の人生の区切りの最後を決められることこそが思い切って自分のやりたいことがやれる人生になるのではないでしょうか。 この価値観の多様化する世の中で国民が抱える将来の不安をいかに軽減させられるのかを真剣に考えるのは、政府として取り組むべき最も重要なことではないでしょうか。だからこそ日本でも安楽死制度を確立して人生の一つの選択肢を広げるべきです。 くり返しますが、安楽死制度は全国民に強要するわけではなく、使いたい人だけ使えばよい制度です。消費税の増税の様に全国民に一律に課される政策ではありません。使いたくない人は無視して使わなければよいのです。 一般的には子供のころから人生は頑張ることが美徳とされてきました。何がなんでもどんなに人生が苦しくても頑張らなければならない。健康状態が悪くても頑張って最後の最後まで生き続けなければいけない。その様なプレッシャーこそが人々が悩み不安に陥る大きな要因になってきたのではないでしょうか。※iStock  現在安楽死制度はオランダ、ベルギー、スイス、ルクセンブルク、アメリカのいくつかの州、最近ではオーストラリアの一部の州でも法律で認められ始めており、世界で広がりつつありますが、未だ多いとは言えません。 ですが、人生100年と言われる中で、ますます国民は将来の不安との戦いの時代になります。もうこれ以上生きていたくないと思った時や苦しい病に侵された時にも自分の意思で自分の最後を決められるということは、ひいてはやりたいことをやって生きていけることになります。 ただ長生きするだけの人生でなく、自分で自分の人生計画を立てて充実した一生を送るためにも今後、安楽死制度を求める人は増えるはずです。それなのに日本の国会では、安楽死制度は一部で議論されているだけです。ぜひ、国民の安心感のために安楽死制度の確立に向けて真剣に国会で論議され、法律で明示的に容認されることを期待します。そして、できれば私自身がその一助になりたいとも思っています。

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    橋田壽賀子さん 「うまく死なせる医療」があってもいい

    楽死」と「安楽な死」の違い■ 『渡鬼』の植草克秀は「まだヤブ医者かも」と看取りの名医■ 築地本願寺が終活遺言作成等を支援 各地の寺が戦々恐々■ 延命治療の中止を巡って最高裁まで争った女性医師の告白■ 小笠原文雄・上野千鶴子対談 「持続的深い鎮静」は抜かずの宝刀

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    延命治療の中止を巡って最高裁まで争った女性医師の告白

     ジャーナリストの宮下洋一氏はこの一年、世界中の「安楽死」の現場を訪ね、死を望む患者や死を施す医師の声に耳を傾けてきた。そして宮下氏は日本での取材を開始した。 延命治療の中止を巡って、最高裁まで争った女性医師がいる。患者遺族から後ろ指を指され、マスコミに非難され、そして所属先の病院も責任回避するなか、なぜ彼女はたった一人で闘ったのか。宮下氏がレポートする。* * *「安楽死と言われても、私にはそういう認識がないんです。それにご家族の判断だったり、本人がその日に言った言葉だったり、解釈の仕方は、人によっていろいろ違う。だから、杓子定規にここから安楽死、ここから尊厳死という訳にはいきません……」 横浜市にある大倉山診療所の院長を務める須田セツ子(62)は、「安楽死」という言葉に、まるでアレルギー反応を示すかのような表情を浮かばせた。このテーマを日本人医師にふると、多くは曖昧な表現で、言葉を濁す。でも、彼女は物事を率直に言った。もはや恐れるものなどない、とでも言うべきか。初公判を終え、横浜地裁を出る須田セツ子氏=2003年3月27日 あの事件から19年。日本の医療界において、安楽死の殺人罪で起訴され、最高裁まで闘った医師は、彼女一人だった。 ヨーロッパから一時帰国していた私は、都内のホテルで須田の著書を一気に読んだ。『この本を手にとってくださったあなたにお聞きしたいのです。私がしたことは殺人ですか?』(青志社)。調査を重ね、その質問の最終的な答えを、私なりに見つけたいと思った。 日本では、患者本人の意思の有無にかかわらず終末期の患者を積極的に死に導いた場合、民事訴訟だけでなく、刑事訴訟に発展し、医業停止命令や免許取り消しといった行政処分を受ける(*注)。【*注/苦痛に苛まれる患者に対して、投薬などによって意識レベルを下げ、死に導く「緩和医療」は、認められている。また、延命治療などを施さず、自然な死を迎えさせることは「尊厳死」と呼ばれ、これも一部認められている】 背景には、日本独特の慣習や法律が根差している。当時、川崎協同病院・呼吸器内科部長を務めていた「殺人者・須田セツ子」本人の口から、それらが実際の医療現場の常識とどう、かい離しているかを探りたかった。 1998年11月16日、事件は、神奈川県川崎市にある川崎協同病院の南病棟2階228号室で起きた。気管支ぜんそくを罹患していた58歳の男性患者、土井孝雄さん(仮名)が、鎮静剤の後、筋弛緩剤「ミオブロック」を投与され、息を引き取った。その時、主治医だった須田が、「4年後」の2002年12月、殺人罪で起訴された。 型枠大工の工務店を営んでいた土井さんは、1984年から川崎公害病患者に認定されていた。その4年前から同病院に勤めていた須田は、外来主治医として、この患者をよく知っていた。普段は無口だった彼が、須田に会うと、時々、言う口癖があった。「自分はずっとこの仕事をやってきた。この仕事が大事なんです」 14年間、通院を続けた土井さんは、ある月曜午前の仕事中にぜんそくが悪化。午後には、重積発作(深刻なぜんそく発作)を起こし、心肺停止状態となって病院に運び込まれた。 心肺蘇生が行われたが、低酸素血症で大脳と脳幹に障害が残り、昏睡状態に陥った。以後、痰を吸引するための気管内チューブを装着された土井さんは、所謂、植物状態だった。4年後に事件化 事件当日午後、土井さんの容態が急変。駆けつけた家族11人が見守る中、須田は、すでに相談を受けていた延命措置の中止尊厳死のため、気管内チューブを抜いた。しかし、患者が上体をのけぞらせてもがくという想定外の反応を見せたため、鎮静剤「ドルミカム」3アンプルを静脈注射した。 その後も苦悶が収まらず、同僚医師の助言により筋弛緩剤「ミオブロック」投与を決定。須田本人が1アンプルを生理食塩水点滴バッグに溶かし、徐々に「尊厳死」へと向かわせた。これについて、須田は、「鎮静剤使用の延長線上の処置」とみなし、冒頭の「安楽死という認識ではない」ことを主張する。◆4年後に事件化 大倉山診療所は、大倉山駅から徒歩約10分の住宅地の中に挟まれていた。自転車で子供を乗せてくる母親や、マスクを付けた学生服姿の高校生、そして老人たちが次々と診療所を出入りしていた。「あ、こちらへどうぞ」 受付の係員に話しかけた後、須田が私を呼んだ。白衣を着た華奢な女性は、そのままそそくさと診察室に消え、私はその後を追った。「なんかバタバタしていて、ごめんなさいね。メールも返さずになんだか……」 この患者の数を見るだけで、彼女が多忙なのは判断できる。さっそく問いかけた。川崎協同病院事件で殺人罪に問われた医師、須田セツ子氏 =2009年12月、横浜市港北区  川崎協同病院事件のお話なんですが。 須田は、最後まで聞かず、返答は早口で長かった。質問は遮るが、言いたいことは、とことん言う。それが須田セツ子だ。彼女は、「安楽死の認識はない」と断言した上で、治療中止の曖昧さについて語り始めた。「心肺停止で運ばれてきた患者を心臓マッサージや吸引をさせたりして蘇生を試みるけれど、それだって10分やる人と1時間やる人がいます。どこまで続けるか、手を離した瞬間が死亡時刻になってしまう」 須田の話を聞いている最中、私は、スイスのプライシック女医の顔が、突然、浮かんできた。世代も近く、女性である部分が重なったのだろう。一方で、奇妙な感覚に襲われた。スイスの女医は、末期患者やそうでない患者に対し、年間に80人以上の死を幇助し、私に安楽死の仕事を堂々と語る。それに対し、須田は、一人の末期患者を楽にしようと、筋弛緩剤を使用したことで「殺人者」となり、こちらに所々慎重な口ぶりで話す。 そもそも、筋弛緩剤とは、いつ、どんな時に使用されるのか。一般的には、手術の麻酔時に気管内挿管を行う際、筋肉を弛緩させるためにあるものだ。従って、日本の現状では、筋弛緩剤が延命治療中止目的で使われ、患者が死亡した場合、「異例事態」と見なされてしまう。本誌・SAPIO6月号でも紹介した京都市立京北病院事件でも、「レラキシン」という筋弛緩剤が使われ、末期患者が死亡した。当時、病院長だった山中祥弘も、「いかに早く患者を穏やかな表情にしてあげられるか」を考え、患者に投与している。須田もさらりと言う。「宮下さんが見てこられたように、お薬を使ったり注射したりしてストンというような安楽死は、日本にはあり得ないでしょう」 確かに、私が見てきた安楽死の薬は、青酸カリ系などの劇薬で、それをコップに入れて飲むか、点滴の中に投与すれば、数十秒で死に至る。まさにコロリと逝くのだ。殺人医師と書き立てる週刊誌 須田は、土井さんに投与した薬が、直接の死因ではないと言いたいようだ。実際、安楽死を意図していたのであれば、鎮静剤さえ使用していなかっただろう。これについて、須田は、著書の中で、特徴的な持論を述べている。〈もうじき亡くなるとわかっていながら、(中略)最後の最後まで、やれることはすべてやるというのが医療者なのです。どうせ死ぬのだからそんなことする必要はないじゃないか、というようには考えないのです〉 私に質問の隙を与えず、須田は続けた。「薬を使ってストンと逝かせるのは殺人です。でも例えば鎮静剤を打って、薬が効いていったら息が止まった。それが思わぬ早さだった、といって殺人にはならないと思います」 筋弛緩剤でなければ、彼女は逮捕されることも起訴されることもなかったに違いない。苦痛を和らげ、延命治療中止の延長線上の処置を行い、土井さんは永眠した。家族は、須田に「お世話になりました」と会釈をし、納得のいく死亡診断書も受け、この件は終わったはずだった。だが、4年という年月を経て、この出来事は「事件化」した。それは、病院内部の事情に詳しい、ある医師が、マスコミにリークしたことが発端だった。◆「けっして笑顔を見せないように」 組織力に定評のある日本でも、情報漏洩や内部告発は多発する。そこには、「個」を表現し難い、日本特有の国民性が関係していることもあろう。「個人の生や死」を自己決定できないことも、善悪は別として、間接的にそうした国民性と繋がっていると思う。 リーク情報は、すぐさま大手各紙を賑わせ、週刊誌は「殺人医師」と書き立てた。2002年12月26日に横浜地検は殺人罪で起訴。翌年の3月27日から横浜地裁で公判が始まった。 最終的に「呼吸筋弛緩に基づく窒息により死亡させて殺害した」として、須田に懲役3年執行猶予5年の有罪判決を言い渡した。 植物状態だった土井さんの命が残りわずかだったと予測される中、須田が気管内チューブを外し、想定外の反応を見せた患者に鎮静剤を打ち、最後に彼女自身が筋弛緩剤を投与したという事実を、詳細に説明する機会は訪れなかった。呼吸器内科のベテラン部長だった須田によると、土井さんを安らかに眠らせるため、家族とは事前に相談済みだったという。それは、気管内チューブ抜管の承諾だった。 だが、裁判官は、須田が家族に「九分九厘、植物状態だった」と言ったことに対し、「衝撃的で不正確な説明」、「配慮に欠ける対応をして家族らとの意思疎通を欠いた」と押し切った。だが、須田に反論の余地はない。当時の弁護士は、須田に口を酸っぱくして言った。「被告人なのだから神妙にしていてください。けっして笑顔を見せたりしないように」「あと少し早ければ」 実際は、どうだったか。患者が息を引き取る当日の午後、須田が土井さんの妻と交わしたという会話を、著書をもとに再現しよう。「この管をはずしてほしいんです」「えっ? これを抜いたら呼吸できなくて生きていけませんよ」「わかっています」「早ければ数分で最期になることもあるんです。奥様ひとりで決められることではないんですよ。みなさん了解してらっしゃるんですか?」「みんなで考えたことです」川崎市の川崎協同病院の筋弛緩(しかん)剤事件で 患者に投与された筋弛緩剤と同種のアンプル=2002年08月   だが、裁判における供述では、土井さんの妻は、この時間帯に病院には行っていないと言った。つまり、抜管は、「医師の独断」によるものだったという判断が下された。さらに、須田にとどめを刺したのが現場に居合わせた一人の看護師の証言だった。 その看護師は、筋弛緩剤を注射したのが自分であって、それを指示したのが主治医の須田だったと供述。ミオブロックを投与した量も、即死に至る3アンプルだと証言した。実際に投与した1アンプルの3倍だった。その状況について、須田は、ため息まじりの声を漏らして語った。「なんで看護師が注射するんですか? 事実とまるで異なる。だから私は、最高裁まで闘いました。そんなことをしたら、本当に殺人です。医療現場で筋弛緩剤を3本も使うなんて、誰も信じないと思っていたんですけど」 一審の横浜地裁では、妻の発言に加え、看護師の証言も採用された。しかし、2005年3月からの控訴審の東京高裁では、看護師の証言は変わらず採用されたが、家族側の証言を証拠不足で取り下げ、求刑も3年から1年6か月に減刑された。また、看護師の態度は一変し、涙ぐんで証言をする場面もあったと、須田は振り返る。「一審の時、彼女(看護師)が私と話をしたいって言ってくれたんです。私もなぜ、彼女がそう思い込んでいるのか分からないから、喜んでというところだったのに、(病院側の)弁護士に彼女が止められたんです。控訴審に出てきたときは、一審のときとは全然喋り方が違ったので、(自らの虚偽に)気がついていたんでしょうね」 2007年3月、須田は、控訴審判決に対する不服申し立てで、最高裁に上告した。事実審でなく法律審である最高裁では、「患者の自己決定権」や「医師の治療義務の限界」が主に審議された。それは須田を納得させる議論には至らず、2009年12月、「延命治療の中止を行ったことは法律上許されず、殺人罪に該当する」と最高裁は結論を下した。 最高裁は「延命治療の中止は、昏睡状態にあった患者の回復をあきらめた家族からの要請によるが、その要請は余命を伝えた上でなされたものでなく、患者の推定的意思に基づかない」と判断した。これに関しては、私も頷かざるをえない。だが、SAPIO6月号に紹介した山中祥弘医師とは違って、須田は安楽死ではなく延命治療中止との認識であり、彼女の独断で投与を決めていない点も差し引く必要があるように思えた。 もちろん、須田の話を全面的に信じれば、の話であって、真偽は分からない。皮肉にも、土井さんが他界した直後、ぜんそくの特効薬となる吸引ステロイドの新薬が導入された。これにより、ぜんそくの歴史が変わった。「あと少し早ければ、この事件も起きなかった」と、須田は苦笑いした。◆息子の告白 2週間後、私は、土井さんの子どもの一人が働く職場を訪ねた。入り口の扉を開けると、1人の小柄な男性が奥の廊下から、こちらに向かってくるのが見えた。土井秀夫(仮名)だった。私が、ここを訪ねた意図を説明すると、彼は、すかさず言った。「あ、親父の話? あれはもう思い出したくないんだよ」 だが、無理やり追い払う気配はなく、むしろ、目元には笑みが浮かんでいた。言いたいことがあるのだろうか。「絶対に書くな」と念を押す彼だったが、私は、これから伝える話が、須田や彼を巻き込んだ遺族両者を咎めるというよりも、本来は当事者のはずなのに第三者のように対応した病院側の行動を伝えるため、敢えて書くことにする。「看病して介護するつもりだった」 彼は、父の死後について、渋々と話し始めた。「俺は、あの時、仕事が忙しかったんだけど、急に病院に呼び出されてね。そりゃ、何が起きたのかまったく分かんなかったよ。何であんなことになったのかって。俺は、お袋やきょうだいからなんも聞かされていなかったから」 秀夫は、両腕を組み、威圧感を漂わせる口ぶりで、私にそう言った。父が死に到った過程を、息子は一切知らされていなかった。そうした父の死に関する疑念は、4年後、事件化されたことで家族への不信に変わり、家族関係に亀裂を走らせた。苛つく表情で、話を続ける。「向こう(疎遠の家族)は、須田先生とは何度も話し合いをしてきたみたいなんですよ。だからなんかあったんだろうなぁ。それで、俺が病院に駆けつけたら、急に管かなんかが外されて、注射を打たれて親父が死んじまってね。何が起こったのか、まったく分かんなかったんだ。そん時ね、俺、なんかおかしくねぇかって。俺は、親父の意識がなくても、ちゃんと看病して家で介護するつもりだったんだよ。それがあんなふうに死んじまった」 当時を鮮明に思い出したのか、口数が次第に増えていく。その怒りは事後の病院対応に向かっていった。「数年後、突然、うちに病院の関係者が4人来たんだよ。あの件について、どうか伏せていてくれとね。で、お金も持ってきたんだけど、俺は『金なんかいらねえんだよ、俺が欲しいのは親父の命なんだよ』ってね。ぶん殴ってやろうかと思いましたよ。それで、俺はこんなだから、口悪いし、短気だからさ、黙ってないんだよ。あいつらに俺は『あれって安楽死じゃねぇのか』って言ったんだよ。俺は起こったことをそのまま言うぞって言ったら、あいつら自身が病院で会見したんだよ」保釈されタクシーで神奈川県警を後にする 須田セツ子氏=2002年12月 おそらく前段にマスコミにリークがあり、病院側は慌てて、家族のもとへ足を運んだのだろう。病院側は、金銭の補償もちらつかせた。だが、秀夫さんには、その行動こそ、父の命を軽視していると映った。 2002年4月19日、院長らが、記者会見を行い、「安楽死の要件は満たしていない」と発表し、謝罪した。つまり、組織防衛のために須田一人を見殺しにした形だ。秀夫さんは、他の従業員が中に入ってくると、話を打ち切った。「今日はたまたま従業員がいないからこんなこと話せたけど、もしいたら、あんたのことを押し倒してでも追い払っていたからな」 一家の大黒柱だった父親を失った彼の思いは、十分に伝わってきた。だが、その話を聞いて改めて思う。この事件は、本当に殺人事件として、扱われるべきものだったのか。数々の疑問が残るばかりだが、須田の結論は、こうだった。「司法は、死を他人が導いてはいけない、と判断した。“自分で決める死”と“他人が決める死”には明確な線が引かれるべきだ、と。でも私は、必ずしもそうは思わない。自分のことを一番よく分かってくれている人を側に置いて死ねれば、それは最高だと思う。自分でない他人に(死を含める)すべてを委ねられるって、最高に幸せじゃないですか」「自分で決める死」、つまりは「個人の死」の捉え方は、人によってさまざまだ。欧米と違い、日本では、「個人」が「家族」という土台の上に存在している。須田のいう「他人」が家族を指す場合、個人とも連なっていることになる。これらを、司法で明確に分けることは困難だろう。 日本では、死の議論が未成熟な上、なおかつ「終末期の判断」を医師任せにしている。それが最終的に、患者や家族や医師の間で摩擦を引き起こす。延命治療を中止した医師は、訴訟になれば無罪は勝ち取れない。これこそ、日本の現状であると思う。 私なりの最終的な答えは出た──須田がしたことは殺人ではない。関連記事■ 延命治療中止で裁かれた医師はなぜ患者のチューブを抜いた?■ 患者多い総合病院 カネ払ったサクラ患者がいると看護師暴露■ 産科のマニュアル 絶対に「赤ちゃんは第一子ですか?」と訊く■ 管理が甘過ぎ病院 入院患者が近所スナックで点滴並べて飲酒■ モンスター患者「ゴルフに行くから朝7時から診療してくれ」

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    「エンディングノート」どう使う

    も増加中だ。特にセカンドライフ突入前後の人をメーンターゲットにしたノートで充実している傾向がある。(終活読本ソナエ 2014年春号に詳報)関連記事■「エンディングノート」を書いてみる(DLページへ)■書いて良いこと悪いこと(上)家族葬を希望したのに、叔父が激怒「そんなの許さん!」■書いて良いこと悪いこと(中)知らない間に貯金が消えた!■書いて良いこと悪いこと(下)私の財産、犬に相続させたいが…■上手に書く秘訣5カ条を伝授、それは…「全部埋めようとしない!」■記入率わずか1・3% こんなに売れているのに?■ノート発展史(上) バブル崩壊が契機 自分を見つめ直す風潮?■ノート発展史(下) 「遺言ノート」 ネーミングに衝撃走る■「終活読本ソナエ」の購入はこちら

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    レッツゴー!「墓トモ」霊園見学ツアー

    入る墓がないし、今のところ子供もいない。この先、どうしようか考えさせられる一日となった。関連記事■「終活読本 ソナエ」の購入はこちら■お墓特集■産経ソナエ終活センターでお墓を探す■「霊園・墓苑紹介」でお墓をチェック/「霊園・墓苑訪問記」を読む

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    男性は知らない「妻の頭の中」

    がつけば騎手の女房」で大宅壮一ノンフィクション大賞を受賞。テレビコメンテーターとしても活躍。  女は終活にハマっているわけではなく、これまでと同じように目の前に現れた課題に取り組んでいるだけ。団塊の世代の女たちは、ひと世代前の女たちが、子どもが独立した後の50代で母親としての役割を失って「空の巣症候群」という状態に陥ることを見てきた。 男たちはそのころ、まだ会社の肩書きという「固有名詞」で生きることができたが、女たちは、ひとりの人間としてどう生き切るかを考え始めた。男よりひと足先に個人としての自分はどう生きたいのかと考えた女たちが、60、70歳を迎え、今度は自分らしい生き方の「終わり」を考え始めた。 私たち団塊の世代の女は、「一番現実にムカついてきた世代」。ずっと、心のどこかで違和感を持ちながら生きてきた。学生時代は、戦後教育のもと「男女平等」と教えられてきた。でも社会に出てみると、それは嘘で、働き口はなく、多くの女は夫の家に入った。日々1人で決める女と決められない男 男は、なぜか自分の最期は妻が看取ってくれると思っているみたい。平均寿命も女の方が長く、男には死の直前も死後のことも人任せで現実感がない。だから、なぜ女たちが自分の人生の終わり方や死んだ後のことを考えるのかなんて理解できないんだと思う。 女がスーパーの買い物で悩む姿を「些細なことで」と、男は馬鹿にしてきた。その場で安い材料を発見し、組み合わせ方や無駄のない利用法を考え、食卓に完成品を並べるまで、すべてを実は自分でゼロから決定しているのに、「俺たちはもっと大きな仕事を動かしている」と。でも、それは会社の方針に従っているだけ。自分では何も決めていなかったことに気がついていない。錯覚から覚めると何もできなくなっている自分に気づく。 よく、「女房が俺と一緒の墓に入りたくないと言う。理解できない」と言う男がいるけど、女からしたら、なんで? と不思議。両家の結婚式から始まり、女は名残の家制度の中で、ずっと生きてきた。核家族になっても家の行事や介護は嫁の役割。死んだ後までも、自分のルーツがない、見ず知らずの人がたくさんいる夫の家の「先祖代々の墓」に入って気をつかうのが、当たり前とはなかなか思えない。 逆に男に聞きたい。自分が女房の実家の先祖代々の墓に入れって言われたらどうですか? そういう想像力を持てることがやさしさなんだけどね。 団塊の世代は、数が多いからこそ常に多くの問題に見舞われてきた。小さい頃は幼稚園が足りず、受験や就職では「狭き門」と言われた。墓が足りないなんて「またか」という話。そこに少子化がセットになってきたから大変。 私たち団塊の世代は、親を看取った最後の世代で、子供に看取られない最初の世代になるんだと思う。それなのに、財産を子供に残すという旧世代の価値観に縛られていたら、とんでもないことになるんじゃないだろうか。自分の財産を処分すれば、自分の最期は自分で決めることができる。処分できる財産がない人に、社会保障の恩恵が厚く回るようにもなる。 本当は、人生の終わり方は女が女同士で考えるのではなく、想像力のない男であっても、理解不能と対立しないで、一緒に考えたいテーマ。考えなければいけないテーマなんだと思う。(文・Wedge編集部)

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    手遅れ?妻のサインを見逃すな

    長を務めた。現在は同社雑誌編集副主幹。  男性の「想像力の欠如」「無関心を継続してきたこと」が女性を終活へと誘った。妻と一緒に墓に入りたいなら、今、男性がすべきこととは何か。 かつて夫婦が離婚する1番の理由は、「浮気」だった。それが今や夫の「無関心」になった。「無関心」といえば、心当たりの多い男性が多いのではないか。 例えば、もらったチケットや仕事の付き合いで、妻と一緒にコンサートなどに行く機会があったはず。準備をする妻に向かって「何をグズグズしているんだ。早くしろよ」などと言ってしまった、あるいは、苛立ちを覚えたことがあるという人は少なくないだろう。それこそ、妻への無関心なのだ。 妻は、きっと着飾っていただろう。それは、一緒に出かけることが嬉しいからに他ならない。だが、妻に無関心な貴方はそれに気が付かないのだ。 そんな時に、まさか「何でそんな派手な格好しているんだ!」などと言おうものなら、今度は貴方が「一緒に墓に入りたくない」と、妻から三行半を叩きつけられることになるだろう。 妻が「離婚したい」、一緒に墓に入りたくないと言うまでには、妻のサインを見逃してきた、夫による無関心の蓄積がある。勘違いしてはいけないのが、妻は決して夫のことが嫌いなわけではない。しかし、言葉に出して褒めて欲しいし、自分に興味を持って欲しい。些細な無関心の蓄積が、妻に、「墓に入りたくない」と言わせるのだ。 蓄積は妻の「ゴールデンタイム」から始まる。「ゴールデンタイム」とは45歳から55歳までを指す。この時期は、夫は管理職となり忙しいし、子どもは自立する。親の介護はまだ発生しておらず、子どもの自立で、パート等の給料を自分に回せる金銭的余裕もある。妻は、時間的、精神的、金銭的余裕を持つことになる。しかし、妻にせっかく余裕ができても、妻のことを見ず、褒めず、挙句の果てには家政婦のように扱ってきた人も多いのではないか。男よりも老いや死をリアルに感じる女 夫が自分に接してこない結果、妻は、家族だけでなく、年長者を含めた多くのコミュニティで、コミュニケーションを取り、「死」についてのナマの情報を得る。この情報が、妻が終活にハマるきっかけになった。 その後も無関心が原因の男女乖離は続く。「ゴールデンタイム」のあと、女性は、早ければ40代から、親、特に母親の介護と向き合ってきた。だから、老いや死をリアルに感じる。 介護をしていた女性たちがショックに感じるのは、身の回りを片付けられていなかった母親の姿。それを見て、自分が死ぬときは、片付けておこうと思うようになる。 読者がいま60代で、妻への無関心を続けてきたのであれば、今更後悔しても遅いかもしれない。定年を迎え、会社というコミュニティを失った男性の回りには、一緒に過ごす人はほとんどいない。そこで、「家族や妻と過ごすぞ」と思っても、無関心の蓄積から、家族も妻も横にはいないかもしれない。終活へ女性がハマる姿は、日本の夫婦間の問題を投影しているとも言える。 ではこれから読者がどう過ごすべきか。簡単な事だ。妻に関心を持って接しよう。今日からでも妻に声をかけ、スキンシップを図ろう。別に言葉に心から感情を込める必要もないし、セックスが成立する必要もない。何気ない一言や触れ合いが、凝り固まった妻の心を溶かし、終末に向けた人生を一緒に過ごすきっかけとなるだろう。(文・Wedge編集部)

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    老後・死後「死の社会化」を考える

    研究員)  看取り、弔ってくれる他者がいない、「一人暮らし世帯」が増加している。そんな中で繁盛する「終活ビジネス」だが、社会で受け止めることも必要になる。 「終活」は、2009年に週刊誌がつくった言葉だ。それがいまや金融、流通、旅行業など様々な業種が参入する一大市場となった。タブー視されがちだった死にまつわる行動が、手軽な言葉により、「みんなもしていること」という安心感が生まれ、動きが加速した面はある。また、経済産業省が2011年に「ライフエンディング・ステージ」という造語でレポートを発表し、老後から死後までを一体とした市場の形成を促したことも背景にあるだろう。だが、やはり時代に合ったからこその広がりだった。年齢別人口の推移と将来設計  (出所)2010年までは国政調査による実績値。2015年以降は、国立社会保障・人口問題研究所「日本の将来推計人口」(2006年12月推計)の出生中位・死亡中位仮定による推計結果2030年の死亡場所別の死者数推計  (出所)2004年までの実績は厚生労働省「人口動態推計」。2007年以降の統計は国立社会保障・人口問題研究所「人口統計資料(2006年度版)」から推定。自宅や病院以外の「その他」で亡くなる人が2030年には47万人にものぼると国は2006年に予測した。サービス付き高齢者向け住宅の建設などが進むが、少なからぬ人を「地域」で看取る必要があるだろう。 時代とは、一言でいえば「跡継ぎ不在」「おひとり様」社会の到来だ。少子高齢化や晩婚化、生涯結婚しない非婚化(2030年には男性の30%、女性の23%が非婚と予測)などで、子どもがいない人生を歩む人が増えている。2010年の国勢調査では一人暮らしが全世帯に占める割合が32・4%と、「夫婦と子どもから成る世帯」(27・9%)を初めて上回った。近代日本史上、経験したことのないステージに私たちは足を踏み入れている。 高齢者に着目すると、2013年の高齢化率25・1%は、2025年には30%を超え、2060年にはほぼ40%になると国は予測する。65歳以上の高齢者が子どもと同居している割合は、1980年にほぼ7割だったが、2012年には42・3%に。一人暮らしの高齢者が確実に増えていく。 すると、自身の死を考えたとき、葬儀や納骨から始まり、電気・水道など各種契約の解除や遺品整理といった様々な死後事務処理を誰が担うのかという問題が浮上する。誰が人生の最終章を支え、看取り、弔ってくれるのか。その担い手の不在に直面する人々が増えていく。子どもがいても、貧困・格差のため経済的自立が困難で、たとえば葬儀や墓の購入を子どもには頼れないというケースも出てくるだろう。 終活には、自身の最期を飾るべく「自分らしさ」を演出するとか、人生の「棚卸」をすることで残りの人生を充実させるといった積極的、自発的な一面がある。前例のないステージだからこそ、伝統や慣習に縛られずに動けるのだ。だが、自らが動かざるをえない状況があることも否定できない。 終活の先駆け的な動きは1990年ごろから目立ち始めた。戦後、地方から都市へと流れた多くの人々が、都市部で新たな「家」を興した。多くは核家族で、「家」を継ぐ子がおらず、その老後が意識され始めたころだ。 「娘ばかりで墓を守る子がいない」「墓は準備したが、誰が私の骨を墓まで運ぶのか」─。そんな課題に直面した人たちが生み出したのが、継承者がいなくても利用できる永代供養墓や合葬墓、樹木葬であり、死後事務処理などを家族以外の第三者に契約で委ねる生前契約システムだった。助け合いの色合いが濃かったといえる。 国は死後のことに関して、ほとんど「家族」に頼り切ってきた。その家族の機能が揺らぎ、同時に死者が増え続ける(現在の年間死者数は約125万人。2030年には160万人)なかで、課題への挑戦から始まった終活が市場を巻き込み、もしくは市場に巻き込まれながら、その裾野を広げたのは当然の流れだった。 だが、私は市場中心の終活には疑問を抱く。経済力で利用できるリソースが規定される市場に頼りきることには違和感がある。市場からサービスを購入することに目を奪われ、「損か得か」「合理的か効率的か」といった視点にとらわれないかとも懸念する。もちろん、医療や介護など福祉分野に市場原理を部分的に導入することで、効率的で質の高いサービスを生み出す準市場は有用だろう。準市場の成否は、公的規制がカギといわれるが、現在の終活市場はその「公」が弱い。たとえば葬儀をめぐる消費者トラブルが絶えないのは、規制がほとんどないことも一因だろう。その弱点を克服することが欠かせない。 それは、死を個人に委ね切るのではなく、社会で受け止める「死の社会化」の考えにつながる。葬送や死後事務処理を社会的に支える仕組みをつくることで、だれもが死後のことを心配する必要をなくす。たとえば公営墓地を増やしたり、主にNPOが担っている生前契約に公的基準を設け、その信用力を高めて利用しやすくしたりする。 熊本県が3月に発表した、墓地行政に関する報告書はこの点で注目される。これまで公衆衛生面からかかわってきた墓地について、老後の諸課題と同様に「生涯を通した安心の実現に向けた一連の課題」と位置づけた。単身世帯や家族・地域が守れなくなった遺骨を最後は行政が守るセーフティネットの視点での墓地整備にも言及する。 報告書も指摘するように、老後と死後の課題は一連だ。看取りは、介護など生活支援の延長線上にある。終活が死後のみを対象にするのではなく、人生の終章と深くかかわるものだという、当然の認識、事実と向き合う。それが、死の社会化の第一歩だと思う。 いうまでもなく人は関係性の中に生きている。死はその関係性に大きな変容を迫る。終活には関係性の再認識や「縁」の視点が不可欠だと考える。基本的だが、家族や周囲の人々との対話を通じて関係性を再認識する。同じ合葬墓に入る者同士が生前から交流する「墓友」や、遺産を社会活動に遺贈することで自分の後ろにつながる「命」と関係を築くなどは、血縁・地縁とは異なる、終活が結ぶ選択縁だ。いずれもどう生きてきたか、最期までどう生きたいかを考え、行動することと不可分だろう。 いま国は診療報酬改定や介護保険運用の見直しなどで、医療・看護、介護の在宅化を進める。現在、死者の8割は病院で亡くなるが、「地域」に看取りの場が委ねられていく。 訪問医療・看護の態勢が不十分な地域は少なくない。だが、在宅化は地域の人々同士の関係性を見直し、再構築する契機ととらえることもできるのではないか。お互いにどう支え合うかを終活の一環として位置づける。地域はどこかの誰かではなく、自身が参画してつくるものだ。宮崎県では10年前、一人暮らしが難しく、施設や病院にも入れない終末期の人を地域で支えて看取る場として、民間のケア付き共同住宅「ホームホスピス」を住民らが協力して始めた。全国に広がりつつある。 終活を個人の死への準備にとどめず、生き方や、暮らしやすい社会のありようを考える契機につなげたい。

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    「無縁墓」供養してくれる人はいますか?

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    夫婦でお墓に入るのは嫌ですか

    夫と同じお墓には入りたくない。終活ブームと言われる今、こんな妻たちの声が増えているという。「夫の無関心が原因」「想像力の欠如」。夫にとっては耳の痛い話だが、ブームの裏側にはたまりにたまった妻たちの鬱憤もあるらしい。一度、みなさんに聞いてみたい。終活の目的って何ですか?