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    RADWIMPS「愛国ソング」の何が悪い!

    中宮崇(サヨクウォッチャー) 人気ロックバンド、RADWIMPSの新曲『HINOMARU』がネットで炎上した。歌詞に「さぁいざ行かん 日出づる国の御名のもとに」「気高きこの御国の御霊」といった愛国的な表現があったためだ。ネットではサヨクから「軍歌だ」とする批判が殺到し、ボーカルの野田洋次郎氏がツイッターなどで謝罪する「言論弾圧事件」に発展した。こういう流れなのか。野田「新曲です、HINOMARU。みんな聴いてね」左翼「愛国的でけしからん」野田「え? 傷つけたらごめんなさい」左翼「謝罪するなよバカ」野田「え? じゃあ、日本が好きだと言って何が悪い!(とライブで叫ぶ)」左翼「うぉ許さん!」どう考えても左翼が意味不明な気が RADWIMPSの新曲をめぐる言論弾圧事件を踏まえたツイッターのあるつぶやきである。まあ、これがごく一般的な市民感情であろう。 そもそもRADWIMPSは大ヒットアニメ映画『君の名は。』のオープニング曲を提供したグループで知られる。朝日新聞が何度も紙面に登場させてきた「レイシストをしばき隊」は、普段からオタクを「危険で有害で、犯罪者予備軍」と言ってはばからぬ差別集団だが、そんな連中はRADWIMPSに以下のように言いたいのだと思われる。 「危険で有害で、犯罪者予備軍が見るようなアニメ映画の歌い手ごときが愛国ソングを歌いやがった」と、これは法政大教授の山口二郎氏がかつて安保法制反対デモで叫んだように「お前は人間じゃねぇ! たたっ斬る!」ということになるのだろう。 しかし、思考回路が「意味不明」なのがサヨクのサヨクたるゆえんである。普通、それは分かりやすい言葉で言えば「嘘つき」「二枚舌」「ダブルスタンダード」であり、今回の事件を「そもそも言論弾圧などではない」とおっしゃるサヨクまでいる。人気ロックバンド、RADWIMPSのボーカル・ギターの野田洋次郎。ほぼ全ての楽曲の作詞・作曲も担当する 例えば、コラムニストの小田嶋隆氏である。彼はツイッターで「弾圧という言葉は、行政当局なり警察組織なりの公権力が介入した場合に限って使うのが普通だと思う」と発言し、「RADWIMPSが謝罪に追い込まれた事件はサヨクによる言論弾圧などではない」という。これまた意味不明な二枚舌で、サヨク差別組織による言論弾圧を正当化しておられるのだ。 6月3日に川崎市で行われる予定だった男性弁護士の講演会に、反ヘイトスピーチの市民団体などが大挙して押しかけ演者の入場を妨害し、中止に追い込んだ。この「悪質なテロ」も小田嶋氏の定義によれば「言論弾圧などではない」と言うことなのか。サヨクによる言論の自由に対するテロを正当化する恐ろしいロジックである。 中国や韓国、北朝鮮が日本のサヨクを手先として使い、日本人の表現の自由を踏みにじる「言論テロの民間委託」が今後もさらに増えることになるだろう。 私が小田嶋氏を「二枚舌」と言ったことにはワケがある。なぜなら彼は、2年前に全く逆のことを言って、「安倍」や「ネトウヨ」による「批判」を「言論弾圧である!」と決めつけていたからだ。 言論の自殺幇助でいえば言論弾圧って、憲兵がやってきて、言論の自由を掲げる闘士をしょっぴくみたいなイメージがあるじゃないですか。でも、実際は違って、公安や警察が直接手を出すことなんてまずあり得ない。戦前もそうだったけど、自主規制なんですよ(「日刊ゲンダイDIGITAL」2015年11月2日) こうやって都合のいいように舌を使い分ける卑劣なダブルスタンダードこそが、サヨクの本質である。実にダサい。実際、この二枚舌は小田嶋氏だけでなく、サヨク全体に普遍的に見られる症状である。 今回の「RADWIMPS言論弾圧事件」も朝日新聞らサヨクマスコミは「表現の自由に対する悪質な挑戦」などとは一切報じていないのがその証拠だ。その一方で、例えば2008年に起きた、たった一人の自称右翼青年の抗議により映画『靖国』が上映中止に追い込まれた際の朝日新聞の社説を見てみよう。「靖国」上映中止―表現の自由が危うい「これは言論や表現の自由にとって極めて深刻な事態である。 中国人監督によるドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』の今月公開を予定していた東京と大阪の5つの映画館が、すべて上映中止を決めた。来月以降の上映を準備しているところも数カ所あるが、今回の動きが足を引っ張ることにもなりかねない」(「朝日新聞」社説2008年4月3日) かつてサヨク連中は「中国の核はきれいな核」という呆れたたわごとをほざいていたぐらいなので、彼らにとって「自分たちの抗議はきれいな抗議、ネトウヨによる抗議は言論弾圧」と卑劣な二枚舌を弄(ろう)することに良心の呵責(かしゃく)など全くないのであろう。都合の悪いことは忘れる朝日新聞 ついでに言えば、この社説は「自由にものが言えない。自由な表現活動ができない。それがどれほど息苦しく不健全な社会かは、ほんの60年余り前まで嫌と言うほど経験している」などとして安倍政権と「ネトウヨ」を批判しているが、戦前の「息苦しく不健全な社会」を作ったのは、あなたたち朝日新聞だという事実は都合よくお忘れのようだ。 今回の事件についても、朝日新聞は6月14日付紙面で「RADWIMPS新曲が投げかける『愛国』」とのタイトルで報じている。その中でサヨクによる妨害活動を「ライブ会場での抗議運動」とのみ触れているが、それを「言論弾圧」や「表現の自由が危うい」などと批判してはいない。 ちなみに朝日新聞が言うところの「ライブ会場での抗議運動」の主催者や関係者のツイッターでの発言を引用してみよう。「同曲を廃盤にし、二度と歌わないと表明を」 朝日新聞にとって、たった一人の自称右翼少年が映画館に抗議に訪れたことは「表現の自由が危うい」ことであっても、サヨクが大挙して気に入らぬコンサートに押しかけて「廃盤にしろ! 二度と歌うな!」とわめくことは平和なデモに過ぎない、ということらしい。 朝日新聞だけではない。マスコミの見解は、小田嶋氏の「オレ様の定義こそ普通だぜ!」という思い込みと異なるようだ。例えば、2008年5月7日放送のNHK『クローズアップ現代』のタイトルは「問われる“表現の自由” ~映画『靖国』の波紋~」である。2008年5月、大阪・十三の第七芸術劇場で公開を迎えた映画「靖国 YASUKUNI」 また、2015年4月7日付毎日新聞は「言論の自由は、新聞記者や作家が書く自由のみでなく、新聞を運ぶ運転手さんや本を販売する書店員の方たちを含めて社会全体で自由が確保されるように支えていかなければならない」としている。 今年に入ってからだけでも、サヨクの組織的な「抗議」によって「ネトウヨ」とレッテルを貼られた作家や関係者が脅迫まで受けたライトノベル『二度目の人生を異世界で』のアニメ化が中止されるという事件も発生している。 朝日新聞が偉そうに言うところの「息苦しく不健全な社会」は、既に作り上げられているのである。にもかかわらず、小田嶋氏のような人たちにとっては「RADWIMPSへの抗議はきれいな抗議」である、ということらしい。 今回のRADWIMPSやラノベ『二度目の人生を異世界で』への攻撃を「言論弾圧などではない」というのは、それはそれであり得る意見の一つだろう。 しかし、彼らは「中国の核はきれいな核」という幼稚園児にも見破られてしまう、それこそ幼稚な二枚舌で一般大衆の支持を得ることができると思い込んでいる。しかも、その先に安倍政権を倒すことができると本気で思い込んでいる姿は、端から見ていて本当にダサい。 RADWIMPSを攻撃することで若者にそうしたダサさをうっかり知らしめてしまった失策は、この先彼らにとって取り返しのつかぬしっぺ返しをもたらすであろう。私はそう断言する。

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    『笑点』の安倍ネタは笑えない?

    日曜夕方のお茶の間で人気の『笑点』(日本テレビ系)がネットで炎上した。発端は名物コーナー「大喜利」で落語家が政権批判をネタにしたことだった。「この程度のネタは昔からよくあった」「そもそもネタとして笑えない」。意見が分かれる今回の炎上騒動を機に、お笑いと政治風刺を考えてみたい。

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    「笑点の安倍ネタは風刺じゃない」石平が綴った怒りの反論手記

    石平(評論家) 5月27日の日曜日、家のソファでくつろいでいた私は、日本テレビの名物番組『笑点』を久しぶりに見た。 その日の『笑点』の大喜利では、「騒音」をお題に、耳をふさいだ落語家が笑いを誘う「珠玉の一言」を繰り出す設問があった。そしてその中で、いつもの顔ぶれの落語家たちの口から、次のような「政治ネタ」が連続的に放たれたのである。 まずは三遊亭円楽さん、「安倍晋三です。トランプ氏から『国民の声は聞かなくていい』と言われました」。次は林家たい平さん、「麻生太郎です、やかましいィ。」。そして最後には、林家木久扇さんは「沖縄から米軍基地がなくなるのは、いつなんだろうねぇ」と嘆いてみせた。 以上が、後にインターネット上などで話題となった『笑点』の「三連発政治批判」である。テレビの前でそれを見た私は、「そんなのは落語としてどこが面白いのか」と思ったのが最初の感想であった。 例えば、最後の木久扇さんの「沖縄から米軍基地がなくなるのは、いつなんだろうねぇ」という答えを取ってみても、そこに何か落語の笑いの要素があるというのか。「米軍基地がいつ無くなるだろうか」という、そのあまりにも平板にしてストレートな一言を聞いて、腹の底から笑おうとする人間がいったい何人いるというのか。 程度の差はあっても、一番目の「安倍ネタ」と二番目の「麻生ネタ」も同じようなものである。要するに、この三連発の政治批判は笑いのネタとしてまずつまらないし、落語としての機転も芸も感じさせない。 そこにはむしろ、政治批判が目的となって『笑点』としての面白さは二の次となった、という感がある。はっきり言って、そんなネタはもはや『笑点』ではない。『笑点』の名を借りた政治批判にすぎないのである。 しかも、その時の政治批判は、一般庶民の視点からの政治批判というよりも、特定政党の視点からの政治批判となっているのではないか。例えば、沖縄の米軍基地について、基地が無くなってほしいと思っている庶民が、この日本全国に一体何割いるというのか。地元の沖縄でも、基地反対派と基地維持派が県民の中に両方いるはずだ。2018年1月、米軍普天間飛行場移設に向けた護岸工事が進む沖縄県名護市の辺野古沿岸部(共同通信社機から) 上述の『笑点』三連発の政治批判は、つなげて考えてみれば、要するに「反安倍政権・反米軍基地」となっている。それはそのまま、日本の一部野党の看板政策と重なっているのではないか。 私自身は『笑点』が結構好きで、日曜日の夕方に家にいれば、そしてチャンネル権が女房と子供に奪われていなければ必ずつけてみることにしている。だが、その日の『笑点』を見て、さすがにあきれて自分のツイッターで下記のようにつぶやいた。多くの共感を呼んだツイート先ほど家のテレビで久しぶりに「笑点」を見ていたら、「安倍晋三です。国民の声を聞かなくてよいとトランプに教えられた」とか、「沖縄の米軍基地はいつなくなるのか」とか、まるで社民党の吐いたセリフのような偏った政治批判が飛び出たことに吃驚した。大好きな笑点だが、そこまで堕ちたのか。石平氏の5月27日のツイート このツイッターは結局、ネット上で大きな反響を呼んだ。数日間のうち、8千人以上の方々からリツイートをいただき、1万5千人以上の方々から「いいね」をいただいた。そして私のツイッターには、この件に関して1100件以上のコメントが寄せられて、その大半は私のつぶやきに賛同する意見であった。 私がツイッターを始めたのは今から4年前だったが、今は37万人以上の方々にフォローしていただいている。正直に言って、私の「ツイッター史」において、これほど大きな反響を呼ぶツイッターを放った経験はめったにない。『笑点』の政治批判ネタに対する私の感想と苦言は、やはり多くの人々の共感を呼んだのである。 もちろん、私のツイッターに対する批判や反発の声も挙がった。お笑いタレントで演出家のラサール石井さんが自らのツイッターで、「時の権力や世相を批判し笑いにするのは庶民のエネルギーだ」「政治批判は人間としての堕落だと言いたいのか」と反論したのはその一例だ。 他にも、ネット上や、私のツイッターに寄せられたコメントの中には「権力を風刺し批判するのは落語の伝統だ」「庶民の気持ちを代弁して権力を批判するのはどこか悪いのか」といった批判があった。その中には、「落語の政治批判を許さないというのは言論統制だ、全体主義だ」と、一物書きである私のことを、まるで権力者に対するかのように厳しく糾弾するネットユーザーまでいた。 しかし、私からすれば、こういった反論と批判のほとんどは、まさに的外れのものである。政治風刺や政治批判を行うのは、確かに落語の良き伝統であろう。しかしそれは決して、観客としての私たちが、落語で行った政治批判を何でもかんでも無批判のままで受け入れなければならない、という意味合いではないのである。 政治風刺も政治批判も良いのだが、それには面白いかどうか、特定の政党や政治的立場に偏っているかどうかがつきまとう。それに対し、われわれ観客の一人一人が、自らの基準と心情に従って論評したり批判したりするのはむしろ当然のことだ。私は自分のツイッターで『笑点』のことを「堕ちた」と酷評したのだが、それも一観客としての私の感想にすぎないし、そして私にも私の感想を吐露する権利はあるのだ。2017年6月、『笑点』メンバーの(後列左から)林家三平、林家たい平、三遊亭小遊三、(前列左から)三遊亭円楽、林家木久扇 要するに、『笑点』には政治を風刺し、批判する自由はあるが、われわれ観客にも『笑点』の政治批判に賛同したり、批判したりする自由があるのである。「『笑点』は庶民の声を代弁して権力批判をしているから、『笑点』を批判してはならない」というような論法は、逆に『笑点』に対する批判を封じ込めて、『笑点』そのものを絶対的な権力にしてしまうのである。これこそ、問題の最大のポイントではないのだろうか。

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    立川談四楼手記、『笑点』はパヨク政権でもからかいます

    立川談四楼(落語家)『笑点』メンバーが政権批判をしたと騒ぎ、パヨク認定する向きがあるが、国策落語を強いられた過去を持つ落語家にはナンセンスである。政権批判は日常業務で、ツイッタランドにおける炎上案件を彼らは日毎夜毎繰り広げている。落語の黎明期には幕府を批判して島流しを食らった先達もいるくらいなのだ。 ジャスト140文字、これが5月29日の私のツイートである。ちょっと固い言葉で、抗議の体を取っています。いやあまりの言い様だったからで、「『笑点』も墜ちた」ぐらいはまだいいんだ。ロクに番組を観てない人の言い草だからね。ただ「落語家が政治に口を出すな」「落語だけやってりゃいいんだ」にはカチンときた。『笑点』を観てないことについてはいいにしても、落語と落語家の歴史をまるで理解してない輩(やから)のほとんど妄言だからね。「笑点」メンバー(前列左から)司会の春風亭昇太、新メンバーの林家三平、林家たい平(後列左から)三遊亭圓楽、三遊亭好楽、林家木久扇、三遊亭小遊三、山田隆夫=2016年5月 まあ、少人数ならそれも一つの意見だろうとスルーしたけど、名のある人まで言ってるんだ。半面、「落語について無知であります」と表明しちゃってるわけだけど、著名人だけにフォロワーも多く、「いいね」やリツイートする人がかなりいて、一応ちゃんと抗議したということなんですね。  驚いた。私のツイートに対する「いいね」とリツイートが合わせて15000に達したんだ。もちろん「クソリプ(見当外れな返信)」も飛んでくるが、賛同がはるかに凌いで、少し溜飲(りゅういん)を下げる思いがした。私は写真も動画も使わず、140文字のジャストを昼過ぎに3本投稿するのを旨としている。そりゃ過去には3万超えなんていうこともあったけど、1万を超えるツイートはなかなかないんだ。一言で言うと反響が大きかったということです。某紙もそれを取り上げるくらいに。 落語家の政権批判はホント日常なんだ。それが証拠に『笑点』では民主党政権のときもやったし、それは昔からのものなんだ。つまり伝統でね。何しろあの番組は私の師匠の談志が作ったのだから、過激になるのも当然なのさ。 酒で早くに死んでしまったんだが、春風亭梅橋(しゅんぷうていばいきょう)という人はスゴかったね。「酔っぱらい運転はなぜいけないか」の題に梅橋、こう答えたんだ。「轢(ひ)いた時に充実感がないから」。私が高校生の頃だったが、これには引っくり返ったよ。   ある日、なぞかけで「オッパイ」という題が出た。 梅橋「オッパイとかけてヤクザの出入りときます」   「その心は?」 梅橋「すったもんだで大きくなります」ときた。 「パンティ」がお題のときもスゴかった。 「パンティとかけて美空ひばりのおっ母さんとときます」   「その心は?」   「いつも娘にぴったりと張り付いてる」  全編この調子でね。今じゃ完全に炎上案件だよ。視聴率が上がるとスポンサーがうるさくなって、それで談志の降板に至る、という歴史なのさ。だから当時の過激さが少しだけ顔を出したというだけのことなのさ。戦時中の国策落語と禁演落語 戦時中の軍部との戦いにも触れないといけない。落語の本質は「三道楽煩悩(さんどらぼんのう)」の「飲む・打つ・買う」、つまり酒と博奕(ばくち)と女郎(じょうろ)買いなんだ。それをどう描くかで落語家の腕が問われるのだが、戦時中だから、どうしたって不謹慎ということになる。 時代の空気を察した落語家は、いち早く動いた。時局にふさわしくない落語53席を葬ったのだ。これが世に言う「禁演落語」で、これもなぜ53席かで面白い説があるんだ。「東海道五十三次」になぞらえての53席という説と、もう一つは「53(ゴミ)みたいな落語」。つまり、どうでもいいネタを葬って軍部の目を欺いたという説があるんだ。どっちにしろギリギリ反権力をやってるんだね。 しかし「国策落語」にはなす術(すべ)がなかった。なにしろ「お国のために国威発揚(こくいはつよう)の落語を作れ」という命令だから逃げようがないのさ。随分作られ演じられたというが、ほとんど残ってない。終戦直後、いろんな書類が焼かれたというから、ま、そういうことだろうね。落語「出征祝い」を口演する林家三平さん=2016年3月1日、東京都台東区 でも近年、林家三平師が祖父の林家正蔵作と言われる『出征祝い』を演じて話題となった。しかし評判は芳(かんば)しくなかった。慌てて声を大にして言っとくけど、三平師の技量のせいじゃないよ。国威発揚の落語が面白いわけがない、という真理によるものさ。 前述したように、落語の基本は「飲む・打つ・買う」だよ。戦争と相性がいいはずないじゃないか。戦争と落語は180度両極に位置するものだからね。 でね、その最中に志ん生はこう言ったんだ。「国策落語なんて野暮なもの、俺やだよ」。そう言って志ん生は戦時中に円生とともに中国に行ってしまうんだ。興味のある人は調べてみて。面白い話がワンサと出てくるから。 落とし咄(ばなし)をするから咄家(はなしか)と言われてた江戸時代、冒頭のツイートにある通り、わがご先祖は幕府とも戦っていたんだ。スゴいね。「島流し」ってのが。時代劇のお白州(しらす)で発せられる「遠島(えんとう)を申しつくる」ってやつだ。 いや、咄家だけでなく講釈師にもいてね。この人は島抜け、つまり脱走して捕まり、ついには死罪になったという歴史もあるんだ。吉村昭が『島抜け』という題で小説にしてるくらいでね。 どうでしょう。いくらか反権力の歴史がお分かりいただけたでしょうか。あ、今、「共産党が政権を担ったらどうする?」という声がしました。 経緯は省きますが、私は保守論壇の重鎮、西部邁先生にかわいがっていただきまして、あるとき先生が「今、一番まっとうな保守は共産党だ」と言ったのを鮮明に覚えています。それもあって、「共産党政権の誕生も夢ではない」と思う者ですが、約束します。「たとえ共産党と言えども政権を取ったら大いにからかいます」と。 是枝裕和監督の『万引き家族』がカンヌ映画祭でパルムドールを受賞、安倍さんはメダルや賞が大好きなのにこれを無視、ようやく林芳正文科相が祝意を表明、それを監督が辞退するという日に記す。

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    「お笑いと社会批評の境界」茂木健一郎が考える日本の政治コメディ

    茂木健一郎(脳科学者) とてもコミュニケーションが難しい時代だと思う。対立する見解を持つ人の間で、意味のあるかたちで意見を交換するのが難しくなっている。  本来、議論というのは、違う意見を持っている人どうしがお互いの視点を持ち寄り、何らかの妥協点を見い出したり、一見相容れないものをより高いところに「止揚(しよう)」(アウフヘーベン)するのが目的のはずだ。 しかし、今の日本において、ツイッターなどのソーシャルメディアでの意見のやりとりを見ていると、さまざまなことについて対立し、反発しあっている人たちが、歩み寄ったり、響き合ったりということが難しくなっている。 やりとりしても、炎上し、反発し合うだけで、理解が深まったり、歩み寄ったりすることが難しい。インターネットで、対話をせずに一方的に相手に絡む人を英語圏では「トロール」と呼ぶ。「トロール」と議論しようとしても無駄だという意味から、「トロールに餌(えさ)を与えるな」という警句がある。 今の状況では、意見が対立することについて相手と理解を深めようとしても意味がなく、「トロール」として無視するのがよいということになりかねない。しかし、同じ社会の構成員をいつまでもトロール扱いしているのはおかしい。最後は、みんな、仲間ではないか。新しいアプローチが必要だ。 かつて、坂本龍馬は「日本を洗濯したい」と言った。今、坂本龍馬が生きていたら「日本をもみほぐしたい」と思うかもしれない。 硬直化してしまいがちな議論を、いかにやわらかくして、多様な見方を混ぜていけるか。それが、私たちの課題だ。そのために、「笑い」は大切なきっかけになる。とりわけ、意見が対立しがちな「政治」の分野でこそ、本来、笑いの力が活かせたらと思う。 昨年、私は「日本のお笑い」は「オワコン」だとツイートして、大きく炎上してしまった。その時の経験で、私は、いろいろなことを反省した。最も大きな反省点は、ただ自分の意見を表すだけでは、それは自己満足のようなもので、伝わらないし、世の中においても良い事にはならないというものだった。漫才日本一決定戦「M-1グランプリ2017」開催会見で集まった出場者ら=2017年6月 その苦い経験から、私はネットでの自分の表現の仕方を変えた。何よりも、世間で対立しそうなことに対して、一方の側の意見を書いて満足するというような態度では、何も伝わらないし、変わらないということが身にしみたから、そういう書き方はしなくなった。 結果として、私は意見の表明に対して慎重になり、価値中立的なことか、これは多くの方に知ってほしい、というような情報だけをツイートするようになった。あるいは、他愛もないこと、ほほ笑ましいこと。 ツイッターの書き方を意識的に変えたのは昨年末のことで、以来、ほぼ半年ほど、私のアカウントで「炎上」はないと認識している。このまま、穏やかな時期が続けばよいのだけれども、今後のことは、私の修練と選択にかかっている。英王室風刺にタブーはない 状況も変わるかもしれないし、人ぞれぞれでよい。政治的なことについてストレートに発言を続け、結果として炎上している多くの方々のことは尊敬しているし、応援している。人は、自分が「こっち」と思う方に行くしかないのだ。そのような多様性こそが社会である。  笑いには期待している。意見が分断しがちなネット状況でコメディの精神をうまく使えば、「日本をもみほぐしたい」という願いが叶うかもしれない。しかし、批評的な笑いは難しい。特に、政治的な問題について笑いを適用するのは難しい。 コメディアンの目的は笑いであり、社会批評ではない。社会批評をすることで笑いが起こればそれはすばらしいことだが、社会批評をしても笑いが起こらないとすれば、それはコメディアンの仕事ではない。 以前、英国のBBCで『リトル・ブリテン』というコメディ番組を大ヒットさせたコメディアン、デイヴィッド・ウォリアムスとマット・ルーカスが来日した時、話す機会があった。その時、彼らが言っていたことが忘れられない。英国においては、王室は長年にわたってコメディの対象になってきた。そこには、タブーはなかった。 ただ、目的はあくまでも笑いであって、王室批評自体がゴールなのではない。ここから先は笑えるか、それとも笑えないか。ぎりぎりの境界をコメディアンたちは探っている。 デイヴィッドとマットは、「ダイアナ妃の事故の後しばらく、英国でも王室のことを笑いにするのは難しくなった」と言っていた。ネタにしても、聴衆が笑わなくなったというのである。日本における政治ネタも、それで聴衆が笑えばコメディアンの仕事として成立するのだろうが、笑ってもらえなければ、それは社会批評であってもコメディではない。 もっとも、コメディの「境界」は常にダイナミックに変化するものであって、そのフロンティアを探ってみたいというのが、「コメディ魂」なのであろう。 そんなコメディアンたちを、私は応援したい。日本では、政治的なコメディは難しいと思われがちだが、日本には、批評的コメディのユニークな可能性があるとも思っている。 たとえば、漫才。「漫才」は、批評的スタンスを持ち込むのに適したフォーマットの可能性がある。「ボケ」と「ツッコミ」をうまく呼吸させれば、欧米のスタンダップコメディとは違ったかたちで、日本でも政治的コメディを成立させられるかもしれない。 「ボケ」が過激なことを言い、「ツッコミ」が常識に戻すことでバランスを取る。かつて、ツービートが見事に見せたように、そんなフォーマットならば、難しいと言われがちな地上波テレビでも、放送できる可能性があるのではないか。「ツービート」のビートたけし(左)とビートきよし さらに、「落語」というフォーマットの可能性。落語は、世界の各地での笑いの文化を見渡した上でも、類まれにユニークなかたちをしている。特に、一人の演者が、多数の「登場人物」を演じ分けるという点。長屋で、くまさん、八っつあん、与太郎、ご隠居などの登場人物たちが、それぞれの思惑、個性で動き、全体としておもしろい調和ができる。笑いは脳進化の「智慧」 対立したり、けんかをしたりしても、それらがすべて響き合って、やがて一つの「笑い」となる。そう考えてみると、落語は多様性を許容した「社会的包摂」そのものである。 たとえば、米朝会談を落語にしたと考えてみよう。アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長の意見は対立したり、時には口げんかもするのかもしれないが、その双方を落語の一人の演者が演じることができる。 「おい、そろそろ、放棄したらどうだい」 「そうは言っても、お土産がないとなあ」 「放棄したら、お土産をあげるよ」 「だけど、放棄した後で、お土産はないよ、お前の家を壊すよ、というんじゃ、嫌だよ」 「だいじょうぶ。家は壊さないと、保証するから」 「そうは言っても、君の後ろで、こわそうなやつらが腕組みしているぜ」 ……。 そして二人の「対話」が煮詰まったら、町内の「ご隠居」を登場させることもできる。 「おいおい、いい加減にしなよ、もう、お互いに歩み寄って、決めちまいな」などと。もっとも、現実の米朝会談に「ご隠居」はいないかもしれないが。 落語という「ファンタジー」の方が、人間にとっては温かく、楽しい。笑いは、不安や恐怖に打ち勝ち、不確実なことに挑戦するために脳が進化させてきた「智慧(ちえ)」である。大阪市全24区にちなんだ創作落語「参地直笑祭」をスタートした落語家の桂文枝 すべての動物の中で、複雑な認知プロセスを通して笑うのは人間だけだ。人間は、笑うからこそ、居心地のよい「安全基地」から未知の世界に向かうことができる。人間は笑うからこそ、宇宙にも行くし、人工知能も開発できるのだ。笑いはリスクの存在下でバランスを回復し、適切な選択をとるための最前線の「安全基地」となる。 今日の日本のように、さまざまな不確実性に囲まれつつも、やはり前に進むべき状況でこそ、笑いが必要である。笑いに至る「メタ認知」、つまり客観的に自分たちを見つめる能力こそが、難しい状況での判断力を高める。だからこそ、古来、優れたリーダーはユーモアのセンスがなければと言われてきた。 政治は国全体の進む方向だが、一人ひとりの人生にも、進むべき方向がある。人生の選択に、悩む人も多いだろう。どんな学校に行くべきか。会社を辞めるか、それとももう少しがまんするか。 私は、日本で政治コメディの文化が広まるためには、社会全体のメタ認知を高めなければと思っている。自分の状況を見つめ、不確実な状況下で行くべき道を選択して、よりよい人生を生きる、そんな一人ひとりの積み重ねが必要だと感じている。 日本に政治コメディが広がらない理由を、メディアや、政治家、ましてやコメディアンたちのせいにしても仕方がない。(かつて、私が誤解を与える発言をしたことについては、改めてお詫びいたします) 「日本をもみほぐす」ためには、まずは、「自分をもみほぐす」ことが必要なのだ。

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    『笑点』政権ネタの炎上騒ぎは起こるべくして起きた

    太田省一(社会学者、文筆家) 5月27日放送の『笑点』(日本テレビ系)がネットを中心に話題になった。番組の代名詞でもある「大喜利」のコーナーで安倍政権を風刺するような回答がいくつかあり、それを不満に思った視聴者の批判的ツイートが相次いだのである。それをきっかけに『笑点』の政治風刺をめぐって賛否両論、さまざまな意見が飛び交っている。 私は、一人の研究者として、以前から芸人と社会の関係に関心を抱いてきた。その点から言うと、今回の件については『笑点』の風刺ネタそのものの評価よりも、それをめぐってこれほど論議がわき起こったこと自体にむしろ興味を感じている。 まず、私にはこうした論議が起こったことが「不思議」という感覚があった。改めて言うまでもないが、笑いにも多くの種類がある。ダジャレのような言葉遊びもあれば、いわゆるリアクション芸のような身体表現の笑いもある。 他にも挙げればきりがないが、その中には当然「風刺」も含まれる。権力や権威を鋭く茶化すことで、政治に不満を抱いている人々は笑い、一瞬ではあれ溜飲(りゅういん)も下がる。 芸人は、洋の東西を問わずその役割をずっと担ってきた。アメリカの伝説的スタンダップ・コメディアン、レニー・ブルースは1950年代から60年代にかけて過激な言動と、痛烈な政治風刺で人気を博し、常に物議を醸して波乱万丈の人生を送ったことで知られる。 かつて「日本のレニー・ブルース」と評されたこともあるビートたけしにも、次のような言葉がある。 日本の政治がガラっと変わったとしても、おれたちお笑い芸人は何にも変わらないって、ひそかに確信してるんだよね。何が起ころうと、ずっと同じ。(略)独裁国家になったとしても、それをひっくり返そうなんてこと、思いもしないだろうね。それどころか、その体制に順応して、ますます喜劇を演じていくよ。毎日のように指導者たちを笑いのタネにしたりなんかしてさ。笑いっていう最高の武器で、権力を笑い飛ばしていくと思うね。北野武/ミシェル・テマン『Kitano par Kitano-北野武による「たけし」-』 主義主張や政治体制の如何を問わず、権力を笑い飛ばすことが「芸人の本分だ」とたけしは語る。だからその意味では、今回の『笑点』はその本分に忠実であろうとしたに過ぎない。 また、『笑点』の政治風刺は、今回が初めてではない。スタンダップ・コメディほど舌鋒鋭いものではなくとも、庶民の視点から時の政治に対する不満や皮肉を笑いの衣に包んで表現することは、落語家が提供する笑いとしてずっとあるものだろう。2016年5月、日本テレビ『笑点』の新司会者発表会見で握手を交わす桂歌丸(左)と春風亭昇太(大橋純人撮影) したがって巧拙や好みはもちろんあるにしても、政治風刺が飛び出すのはある意味自然なことである。だから、今回の一件がさぞ問題のように扱われることが不思議でならない。 だが一方で、このような論議が起こったことに「やはり」という、それとは一見相反する印象もあった。というのも、ここ最近、政治風刺の笑いは、特にテレビなどではほとんど目にしないものになっていたからだ。だから今回の『笑点』が突出しているように映り、炎上騒ぎに発展したのだろう。尊敬の対象になった芸人たち 私見だが、現在の笑い、特にメディアにおける笑いの基礎をつくったのは、さかのぼること40年ほど前に起こった1980年代初頭の「マンザイブーム」である。それをきっかけに多くの芸人がスターになった。ブームをつくった芸人の中には、ツービートの「毒ガス」漫才で一世を風靡(ふうび)したビートたけしもいた。 「赤信号 みんなで渡れば こわくない」など、たけしのいわゆる「毒ガス」ギャグは、当時の日本人が共有していた「総中流意識」の欺瞞(ぎまん)をターゲットにしたものだった。先述した、たけしの言葉に重ねるなら、当時のたけしにとっての「権力」とは政治指導者ではなく「総中流意識」に安穏と浸る私たちだったのである。 だが、面白いことに、たけしによって笑いのターゲットにされたはずの私たち大衆は、たけしを熱狂的に支持した。笑いには「知性の裏付けが必要」と思うようになり、それまで総じて扱いの低かった芸人が逆に尊敬の対象になったのである。 たけしはそんな芸人たちの代表格になった。その兆しは、たけし登場以前の萩本欽一から始まっていたという見方もあるが、はっきり芸人の社会的地位が向上したのはマンザイブーム以降であると言っても過言ではない。 そして1980年代後半か90年代に入り、世はバブル景気。テレビにも祭り気分が横溢(おういつ)する中で、尊敬される対象になっていた芸人はその中心の座を占めた。その象徴がたけし、タモリ、明石家さんまの「お笑いビッグ3」である。 その頃の時代的雰囲気を伝えるエピソードとして、最も記憶に残っているのが「さんまの愛車破壊事件」である。1991年のフジテレビの恒例『27時間テレビ』で、たけしとタモリが共謀し、さんまの買ったばかりの高級車を塀にぶつけて壊すという「コント」を生放送で演じてみせたのである。 ただ、笑いのためだけに惜しげもなく高級車を破壊する。それはまさにテレビが主導する「お祭り」だった。そこに視聴者も参加気分を味わい、高揚感を共有した。いわばテレビと世間が一体化した巨大な内輪ウケの空間が誕生したのである。 そうした経済的豊かさを前提にした内輪ウケの笑いが主流になったことで、政治は笑いのネタとしては陰に隠れ、マイナーなものになっていった。その傾向は、今も根本的にはあまり変わっていないように見える。「お笑いビッグ3」が30年近くたった今でも第一線で活躍しているのが、何よりの証拠である。ビートたけしや明石家さんま=1986年3月撮影 ただし、『笑点』はそうしたお笑いのトレンドとは比較的無縁だった。1966年、高度経済成長期のただ中で始まった同番組は、日曜夕方のお茶の間の定番としてわが道を歩んできた。したがって、まだ社会に流動的な部分があり、それゆえ政治への関心も高かった高度経済成長期当時の空気をどこかに残している。だから、政治風刺の笑いも生き延びたのである。 その一方で、平成も終わろうとする日本社会の現状を見ると、「総中流意識」はもはや薄れつつある。格差や貧困の問題ばかりがクローズアップされ、お祭り気分の笑いを支えていた経済的土台も揺らいでいる。社会情勢が大きく変化すれば、必然的に政治への関心も再び高まる。 つまり、『笑点』の政治風刺が注目を浴びる条件は、いつしか整っていたことになる。そこに起こるべくして起こったのが今回の炎上騒動ではないだろうか。 今回の出来事は、単なる笑いの一時的流行の問題ではなく、もっと大きな意味で芸人と社会の関係が歴史的転機を迎えていることの兆しである。SNSの普及もあり、今後も芸人の一言一句、一挙手一投足に耳目が集まることは間違いない。

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    桂歌丸が語る裸芸批判の真意「起用する側にも責任ある」

    0)は高座に復帰するや、相変わらずの“歌丸節”で人々に笑いを届けている。そんな歌丸が、入院中、現在の芸能界にどうしても見過ごせない違和感を覚えたという。本誌の独占インタビューに語った。「まだ元通りとはいきません。長く喋ってますとね、息苦しいんですよ。だから酸素吸入器を手放せない。今もずっと(酸素吸入器を)入れっぱなしです」(歌丸・以下「」内同) 6月14日に退院してから、酸素吸入器を付けて高座や『もう笑点』(日本テレビ系)への復帰を果たすなど、精力的に活動を続ける歌丸。本誌の取材中も時折咳き込み、苦しそうだった。それでも歌丸が表舞台に立ち続けるのは、落語の素晴らしさ、そして日本の伝統芸能を後世に残したいという思いがあるからだ。そんな歌丸だからこそ、若手芸人の“芸”に苦言を呈さずにはいられなかった。「言っちゃ失礼ですけど、裸でお盆を持って出て何が芸なんですかね。あれを日本の文化だと思われたら困るんですよ。あんなのは酔っ払いがお座敷でやるようなもんですよ。落語家も、漫才師も、あるいは歌舞伎、お能、狂言の方も、皆さん日本語を駆使して芸を披露しています。言葉ってのは“その国の文化”なんです。 私たちは落語を通してお客様に笑っていただくわけです。ただ、ああいう方は、言葉を生かさずに、裸で踊っているだけじゃないですか。『笑われている』だけなんですよ。なんでそのことに気が付かないんだろうと思いますよ」“お説教”されているのは、ピン芸人No.1を決める『R-1ぐらんぷり2017』で優勝したアキラ100%(42)だ。全裸に蝶ネクタイ姿で、お盆を巧みに操って、“股間”を隠す裸芸で大ブレイク中だ。ダウンタウン・松本人志、笑福亭鶴瓶、ヒロミといった大物芸人も絶賛する期待のホープでも歌丸はお構いなしに切って捨てた。テレビ局にも責任がある「もっと憎まれ口を叩かせてもらいますとね、ああいう方をテレビに出す方が間違えてるんですよ。テレビ局がああいう方にどれぐらいのギャラを払っているかは知りませんけど、ただ安いからという理由だけで使っている気がしてならない。落語家・桂歌丸=2016年6月撮影 起用する側にも責任はあるんです。視聴率が取れたとしても、それは一瞬のものです。だからいらなくなったらポイっと捨てられる。使い捨てのライターと同じですよ。いや、使い捨てライターの方が長持ちするわね。重要なのは『後に何を残すか』です。みんな、それを考えていないから『一発屋』だらけになっちゃうんですよ。 それにああいう方がテレビに出れば、子供も観るじゃないですか。子供に『おもしろい』と思われたら大変な間違いですよ。親も一緒になって笑っているようじゃ、しょうがない。昔の親だったら『観ちゃいけない!』って叱っていたはずです」死ぬまで落語をやる 歌丸は芸能界のみならず一般家庭にも「節度の欠如」が及んでいると感じているのだ。その根底には落語への深い愛情がある。「落語には色んな芸がある。与太郎噺もあれば、人情噺も怪談噺もあります。一生懸命覚えていけば、生涯、噺家として生きていける。古典はいくらでもあるし、自分で新作を生み出すこともできます。 20年ほど前、海外で落語を披露するのが流行ったことがあって、私も何度か行きました。英語で落語をする方もいましたが、私は舞台の後ろに英訳の字幕を出してもらって、全部日本語でやりました。 リズムや間合い、言い回し……日本語で話をするからこそ、きちんと日本の文化が伝わるんです。この国の文化を守ろうと思ったら、日本語をきっちりと伝えていかなきゃならないと思います」死ぬまで落語をやる 今年2月の本誌インタビューでは、「引退」も考えていると明かした歌丸だったが、今回は力強くこう宣言した。「私はこれから息がある限り、日本語でしっかりお喋りさせてもらいたいと思っています。誰かが守らなければ滅びてしまいますよ。噺家はみんなそういう思いを共有していると思います。噺家ばかりでなく、歌舞伎でも、お能でも、狂言でも『日本人の誇り』を持って、『芸』を後世に伝えていってほしい」 取材の最後にアキラ100%へのエールを聞くと、歌丸節で締めてくれた。「度胸は認めますよ。よくあんなことやったなと(笑い)。でも、私は認めるわけにはいかない。私は『裸になれ』と言われても絶対無理だもん。私が裸になったら、学校の理科室みたいになっちゃうよ、ウェッヘッヘ!」関連記事■ 山田美保子氏「小林麻耶はこれかも麻央ちゃんのために…」■ 乳がんの小林麻央 全摘出しなかったのはなぜなのか?■ 神楽坂恵 高校時代から「女優は脱ぐもの」のプロ意識■ 30歳未経験グラドル池田裕子に「本当に?」と確認してみた■ 『笑点』の格安ギャラ事情 昇太は司会昇進でも据え置き?

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    花形演芸大賞銀賞の鈴々舎馬るこ 時事ネタライブの醍醐味

     音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、平成29年度花形演芸大賞の銀賞を受賞した「改作派」鈴々舎馬るこについて解説する。* * * 古典落語に時事ネタや飛び道具的ギャグをガンガン投入し、パワフルに押しまくる芸風で爆笑させる「改作派」鈴々舎馬るこが、平成29年度花形演芸大賞の銀賞を受賞した。 花形演芸大賞は国立劇場や国立演芸場などを運営する独立行政法人日本芸術文化振興会が若手芸人に与える賞で、大賞、金賞、銀賞の3段階。落語のほか色物も対象となる。 この賞をもらうためには、まず国立演芸場が毎月開く「花形演芸会」に出る必要がある。国立の演芸課が芸歴20年までの若手を選んで年に1回ずつこの会に出演させ、審査員(「演芸に造詣の深い方々」が年替わりで務めているという)が銀賞を選ぶ。今回は馬るこの他に桂福丸、桂佐ん吉、雷門小助六が受賞。銀賞を受賞すると以降10年「花形演芸会」のレギュラーとして年2回出演、そこで初めて金賞、大賞の対象者となる。発表は毎年3月末。今回の大賞は上方落語の笑福亭たまが受賞した。 若手落語家を対象とする賞は色々あるが、中で花形演芸大賞は「国が認めた」ものなので重みがあり、プロフィールに箔が付く。学校寄席など税金を使う地方公演に呼ばれやすくなる、とも聞いた。今は落語家の絶対数が多いだけに、若手にとって受賞は大きな意味があるだろう。 銀賞受賞後に初めて観た馬るこの高座は4月9日の「新ニッポンの話芸」。僕がプロデュースして成城ホールで不定期に開催する立川こしら、三遊亭萬橘、そして馬るこの3人会で、この日は馬るこがトリ。ちなみに萬橘は平成25年度に銀賞、翌年から今回まで4年連続で金賞受賞。凄いことだ。一方、こしらは「花形演芸会」に一度も呼ばれないまま芸歴20年を超えた。これもまた「落語界の異端児」こしららしい。 馬るこが演じたのは『権助魚』。普通に演ったら10分そこそこの軽いネタだが、馬るこ版はオリジナル演出満載で20分以上。凄かったのが、権助が網取り魚を買いに行った魚屋の品揃え。「タラ」として売ってるのはメルルーサ、キャペリンの雄に卵を注入して「子持ちシシャモ」、鰻の蒲焼と称してベトナムナマズの蒲焼、芝エビではなくバナメイエビと、代用魚ばかり売ってる食品偽装魚屋だったのである。こんな発想は馬るこにしかできない。権助の台詞にブチ込まれた危ない時事ネタ(書けない!)もライヴの醍醐味だ。落語家・鈴々舎馬るこ=2013年10月撮影 定席でのトリも順調に決まってきているという馬るこ。銀賞はスタートライン、さらに金賞、大賞を狙ってほしい。なお6月1日には国立演芸場で花形演芸大賞受賞者の会があり、贈賞式もそこで行なわれる。●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。関連記事■ 噺家・鈴々舎馬るこ ニセ韓国語操り「ハングル寿限無」創作■ 下ネタ時事ネタ禁止 三宅裕司&小倉久寛が語る劇団SET■ 龍馬、武蔵…他 「銅像巡礼」の醍醐味を歴史好き写真家語る■ 個人投資家 米国株投資の醍醐味と投資手法について解説■ 東大野球部ファンの醍醐味 マゾヒスト同士の連帯感にあり

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    西城秀樹「ギャランドゥ」な人生考

    歌手、西城秀樹さんが63歳という若さでこの世を去った。スーパースターとしての逸話は数知れない。中でも1983年のヒット曲『ギャランドゥ』は後年、ヒデキを象徴する代名詞になった。今では体毛の濃い男性を意味する俗語として定着したが、その男っぷりは彼の人生そのものだった。昭和を飾った大スターの生き様を考える。

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    「革新的アイドル」西城秀樹は理屈じゃ語れない

    茂木健一郎(脳科学者) 西城秀樹さんが亡くなったというニュースを聞いたときは本当に驚いた。63歳。あまりにも早すぎる。西城秀樹さんは、本当のスターだった。まだまだ、そのご活躍を楽しみにしていたファンの方々は多いだろう。西城秀樹さん、どうぞ安らかにおやすみください。心からご冥福をお祈りいたします。偉大なるスターの死の報に接して、西城秀樹さんが輝いていた、あの時代のことを振り返りたいと思う。 私が子どもの頃は、日本のテレビは黄金期だった。ある日、その「真ん中」に西城秀樹さんが現れた。見ている側から見れば本当に突然、西城秀樹という光を放った存在が「降臨」したのである。 鮮明に覚えているのは、5枚目のシングル『情熱の嵐』だ。まず、つかみから圧倒された。ステージ上で歌って踊る西城秀樹さん。客席から「ヒデキ!」の声が飛ぶ。なんだか、それまで見たことがない光景が地上に現れたような気がした。 西城秀樹さんは、登場したその時から、すでに「完成」された姿を持っていた。情熱をそのまま形にしたような、その外見。力強く、時にハスキーなその声。 「西城秀樹」という名前も素敵だった。踊りやしぐさも華麗だった。「ヒデキ!」というファンの掛け声も含めて、すべてが完成されていた。まるで、「イデア」の世界から人間界に降臨した「アイドル」の一つの「原型」であるようにさえ思われた。 夏目漱石は、『夢十夜』の中で、運慶のような名人が仏像を彫るのは、木の中に埋まっている形をそのまま掘り出すのだ、というようなことを書いている。当時、小学校高学年だった私の前に突然降臨した西城秀樹さんは、まるで世界のどこかに埋もれていた「アイドル」がそのまま出現したかのように見えた。それくらい「完璧」だった。 アイドルという存在は、実は「革新性」の塊(かたまり)である。今流行の言葉に置き換えれば「イノベーション」だ。西城秀樹さんは、それまでに見たことがないアイドルのイノベーションを起こしたからこそ、当時の私たちはテレビ画面にくぎ付けになって、目が離せなくなってしまった。豪雨の中、コンサートで熱唱する西城秀樹=1979年8月24日、 後楽園球場  人間の脳は正直で、見たことがないものにワクワクする。理屈で「これは大切だから」とか、「価値があるから」と言い聞かせても、なかなか集中力は続かない。例えば、アポロ11号で人類が月に到達した時の熱狂がすごかったことは、子供心に鮮明に覚えている。月面着陸がそれまで見たことがないほどの「イノベーション」だったから、あの熱狂が巻き起こったのである。 その後、月面着陸さえ日常の見慣れた光景になってしまい、人々の関心は急速に冷めていった。宇宙への関心が再び盛り上がるには、近年のイーロン・マスク氏が率いるスペースX社の、火星旅行を含む大胆な計画の出現などのイノベーションが必要だろう。 西城秀樹さんがアイドルの世界でやったことは、画期的に新しいことだった。『ちぎれた愛』『愛の十字架』など、新しい楽曲を発表するたびに、情熱と絶叫の西城秀樹さんの「アイドル道」が深まっていった。 世間は「新御三家」などと据わりの良い言葉で西城秀樹という現象を整理しようとしていたが、そこにあったのは今まで見たことがない明るい「大彗星(すいせい)」の登場だったのである。 そして、西城秀樹さんの姿にファンが見ていたのは「愛」だったのだと思う。西城さんから放たれていたのは、まさに愛の輝きだった。「ヤングマン」の革新性と進化 西城秀樹さんが、革新の精神を忘れなかったことは、後に大ヒットした『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』でも分かる。西城さん自身がアメリカで聞いて日本に持ち込んだというこの楽曲は、目が覚めるほど斬新だった。同時に「西城秀樹」というアイドルのイメージも一新され、さらに魅力が加わった。 今日に至るまで『YOUNG MAN』は、その独特の振り付けとともに、さまざまな場所で歌われ、踊られるスタンダート曲となっている。『YOUNG MAN』のヒットで、「西城秀樹」の存在はさらに力強く、永遠のものとなった。 西城秀樹さんの「アイドル」としての存在感がいかに強烈で、純粋なものであったかは、人気アニメ『ちびまる子ちゃん』の中で西城さんが象徴的存在として取り上げられ、世代を超えて共有されるようになったことでも分かるだろう。西城秀樹さんは、本当にアイドルの「イデア」界に到達してしまったのである。  私は10年近く前に、西城秀樹さんのステージを生で見たことがある。「レジェンド」が目の前に現れたことで、心が震えるような感動があった。かつてと同じような若々しさと情熱で歌う西城秀樹さんの姿を見るうちに、目に涙がにじんできたのは、きっと私だけではなかっただろう。 時が流れ、テレビやアイドルを取り囲む状況もすっかり変わってしまった。今や、かつてのような「国民的アイドル」は存在しない。若い世代のテレビ離れも、もはやニュースにすらならないくらい当たり前のことになってしまった。 多様性とグローバル化の中で、みんなが漂流している。それでも、私は思うのである。西城秀樹さんが見せてくれたような、恐れを知らぬ大胆な革新の精神さえ忘れなければ、必ず人々を熱狂させる「何か」は生み出すことができるのだと。1979年3月15日放送『ザ・ベストテン』。ヤングマンが「ベストテン」で初めてナンバー1になったときの歌唱の模様 『情熱の嵐』で鮮烈に登場した西城さん。『YOUNG MAN』で、さらに新しい「成層圏」へと飛行を続けた西城さん。病に苦しみながらも、若さと情熱を保ってアイドル道を生きた西城さん。そして、ついには世代を超えて親しまれるアイドルの「元型」にまでなってしまった。西城さんのそんな姿は、私たちにとって「生きる」ということは変わり続けることであり、挑戦し続けることであるという、かけがえのないメッセージでもある。  西城秀樹さん、私たちはあなたの歌が、踊りが、そしてその存在が大好きでした。西城さんが亡くなったことで「一つの時代が終わった」、そんなことは言いたくありません。 西城さんの「熱」と、新しいものを生み出す創造の精神は、きっと私たちの胸の中で生き続けます。だから、西城秀樹というアイドルとその時代は、むしろ形を変えてこれからも続くと信じます。西城秀樹さん、私たちは決してあなたを忘れません。ありがとうございました。そして、これからも。

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    僕らはみんな西城秀樹になりたかった

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 1972年、西城秀樹さんは16歳でデビューした。グアム島で元日本兵の横井庄一さんが発見され、連合赤軍によるあさま山荘事件が発生した年だ。 1945年に終戦を迎えた日本は、街に浮浪児があふれていた。そのような時代から「もはや戦後ではない」(『経済白書』1956年)とばかりに1950年代の高度成長時代に突入する。そんな中、西城さんは1955年に生まれた。彼が物心つき始めた1960年代は池田勇人内閣の「所得倍増計画」で、日本が計画以上の経済成長を成し遂げる。 60年代は、当初高価だった子供用自転車も一気に普及する。昔は子供用自転車など存在していなかった。高校進学率も60パーセント程度から80パーセントに急上昇した。余裕ができた日本の家庭は、子供を大切にし、お金をかけ始めたのである。 東京タワーの完成は1958年。東京オリンピックは1964年。ビートルズ来日が1966年。アポロ月着陸が1969年、そして1970年の大阪万博と続いていく。 カルチャーの面では早熟だった西城さんは、小学生(1960年代)で洋楽に目覚め、中学ではバンド活動を始め、70年代の高校時代にはジャズ喫茶で演奏している。 60年代から70年代、街には子供が大勢いた。子供番組はゴールデンタイムに放送されていた。次々と新しいことが起きる。科学はどんどん進んでいく。日本にも子供たちにも、夢と希望と元気があった時代だ。西城さんもそんな時代を生きてきたのだ。 60年代は学園紛争の時代である。政治も揺れていた。だが、70年代に入ると、若者は「しらけ世代」(政治的無関心)と呼ばれるようになる。悪く言えば、「三無主義」(無気力、無関心、無責任)の時代で、そんな若者の姿勢が批判されたものである。だが、よく言えば、肩の力が抜けて日本のポップカルチャーが花開いた時代ともいえるだろう。サイケ、ヒッピー、長髪。みんなが自由を叫び始めた時代なのだ。1975年11月、「日本歌謡大賞」のノミネート歌手発表会で熱唱する西城秀樹さん 70年代は、現代日本文化のプロトタイプ(原型)が作られた時代だ。郊外にはニュータウンができ、「ニューファミリー」たちが生活を始める。ニューファミリーは、両親は戦後生まれで若く、夫婦と子供の核家族のことだ。当然「大家族時代」の古い価値観からはかけ離れている。彼らは、友達同士のような夫婦関係を築き、マイホーム志向でファッションや流行に敏感に反応し、新しもの好きで消費も旺盛だ。 70年代には、ファストフード文化も作られる。マクドナルドやケンタッキーフライドチキンが日本にもできて、立ったまま食事をしてもOKになるようになる。昔の日本なら「不作法だ」と注意されていただろう。日清食品の「カップヌードル」が生まれたのも1971年だ。ファミレスができたのも、スーパーやコンビニが広がったのも、この時代だった。アニメ『ドラえもん』だってコンピューターゲームだって70年代生まれなのである。 2011年に休刊した情報誌『ぴあ』の創刊は1972年のことだ。学生起業によって作られた雑誌だ。音楽、映画、演劇などの公演情報が小さな文字でびっしり書かれていた。1959年生まれの私も、『ぴあ』を片手に東京の街を歩き、山ほどあった「名画座」(旧作映画を主体に上映する映画館)通いをしていた。そんな自分が好きだった。 西城さんは、この時代とともに活躍していく。デビュー翌年の1973年には、オリコンチャートで初めてベストテン入りした。郷ひろみ、野口五郎とともに「新御三家」と呼ばれ、スターダムを駆け上っていく。1974年にはNHK『紅白歌合戦』に初出場。それから、西城さんは国民的番組に11年連続出場を果たし、1975年には、日本人のソロ歌手として初めて、日本武道館でのリサイタルを開いた。「自由で元気で明るい」日本文化の象徴 そして1979年、大ヒット曲『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』が生まれる。子供も大人も、あの振り付けとともに歌った。この歌から元気をもらった人々は、どれほどたくさんいるだろう。 さらに、西城さんの活躍は歌だけにはとどまらない。1974年、TBSテレビのドラマ『寺内貫太郎一家』に出演し、平均視聴率31パーセントの人気ドラマとなった。このドラマの原作と脚本を手がけたのは向田邦子さんだ。ハートウォーミングなコメディーホームドラマであると同時に、名演出家の久世光彦(てるひこ)さんが、70年代的な自由でハチャメチャな演出を貫いた。今につながる新しいテレビドラマのあり方を作り出した番組だった。 西城さんがよくゲスト出演した日本テレビのバラエティー番組『カックラキン大放送!!』も印象深い。この番組は80年代まで長く続いた番組だが、新御三家のレギュラー時代が番組の黄金期と言われ、アイドル歌手がメインのお笑いバラエティー番組というジャンルを確立していく。 西城さんは、いつも明るく元気だった。1973年から12年間出演した「ハウスバーモントカレー」のCMによく表れている。「ヒデキ、感激!!」の決めゼリフは、当時多くの子供若者がまねをした。このCMは、カレーを日本の国民食にするのに貢献したとも言われるほどのインパクトがあるものだった。 西城さんは、自由で元気で明るい1970年代以降の日本文化の象徴だった。これほど年齢性別問わずに愛され、時代とともに生きてきたスターが日本の大衆文化を作り、私たちの考え方や生き方にも影響を与えてきたのである。 かっこよく歌えて踊れて、スポーツ万能で、それでいて気取らず、優しく、二枚目なのに三枚目の面もあり、いつも一生懸命で、人々に愛される。西城さんとともに生きてきた若い戦後世代は、みんな西城さんになりたかったのだ。 そんな西城さんが病に倒れた。脳梗塞だった。後遺症も残った。同世代が受けた衝撃は大きかった。強い身体を失った西城さんの姿を見るのは、つらかったにちがいない。しかし、西城さんは、強い心まで失うことはなかった。2014年4月、千葉の幕張メッセで行われたイベントで「ヤングマン」を熱唱する西城秀樹さん(戸加里真司撮影) 後遺症が残る身体で、西城さんは私たちの前に現れた。彼は病と闘い、過酷なリハビリに耐える。2度の脳梗塞を乗り越え、彼はもう一度歌う。再び『YMCA』の振り付けに挑戦していく。 スターの生き方は、私たちの人生に影響を与える。どんなにすばらしいスターも年を重ね、病に倒れることはある。63歳というその死はあまりにも早かったが、同世代の人たちは、まるで兄弟が突然亡くなったような驚きと悲しみを味わっただろう。 時代は変わっていく。私たちが作り出した文化の土台の上に、新しい文化が作られていく。気持ちはどんなに若くても、人は中年になり、高齢者になっていく。「ヒデキ」とともに歌い、踊り、ヒデキのまねをしてカレーを食べてきた人たちも、いつか弱ってくるときが来る。西城さんは、そんなときどう生きるべきかを示してくれた。 彼は、いつも一生懸命で希望にあふれる「アイドル」として、私たちに元気を与え続けてくれた。西城さんは、最期まで私たちがあこがれるアイドルスターだったのだ。

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    西城秀樹さんも懸命に続けた「脳梗塞リハビリ」知られざる現実

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 5月16日、歌手の西城秀樹さんが亡くなった。享年63歳だった。西城さんは、70~80年代に数々のヒット曲を飛ばした大スターだった。代表曲『YOUNG MAN』が流行ったのは私が小学校5年のときだった。林間学校へ向かうバスの中、みんなで歌ったことを覚えている。 実は西城さんは、最近まで私にとって身近な存在だった。それは研究所のスタッフ、西村有代さんが西城さんの熱烈なファンだったからだ。2003年に西城さんが脳梗塞を発症したときは、その話題で職場は持ちきりとなった。 その後、必死のリハビリで回復し、06年にシングル『めぐり逢い』を発売したときは、みんなで応援した。ところが、残念なことに11年に脳梗塞は再発した。 西城さんとは、最近になってもう一つご縁があった。それは私が社外取締役を務める株式会社ワイズとNPO法人脳梗塞リハビリ研究会が共同で運営する「脳梗塞リハビリセンター」に西城さんが通院していたからだ。 ワイズ社の早見泰弘社長は「身体トレーニングや自主リハビリ以外に、懸命に言語リハビリもされていた。巡業などの仕事で休む以外には、いつもリハビリに取り組まれていました」と振り返る。西城さんが最期まで復帰を目指し、懸命な努力をしていたのである。西城秀樹さん=2017年3月、東京都世田谷区 ところで、「脳梗塞リハビリセンター」という名前をお聞きになった方はおられるだろうか。都内で10施設のリハビリを経営しているが、医療機関ではない。完全自費であり、理学療法士が個別対応する。 実は、西城さんが「脳梗塞リハビリセンター」に通い、懸命にリハビリを続けたことは、わが国のリハビリ医療の現状を象徴する出来事だった。本稿では、この問題を紹介したい。 高齢化社会ではリハビリの需要が増加する。脳卒中はもちろん、整形外科疾患から心臓病、がんの手術後まで、多くの疾病からの回復に必要不可欠だ。ところが、厚生労働省は2006年にリハビリを最大180日に制限した。東大の多田富雄名誉教授(免疫学)が主導し、48万人の署名を集めて反対したが、それでも厚労省は押しきった。 2008年10月からは入院後6カ月以内に退院する患者が6割を下回る病院への診療報酬が大幅に引き下げられた。この結果、重症患者の受け入れを断る病院が増えた。今春の診療報酬改定では、急性期を乗り越えた後の回復期リハビリ病棟は3段階から6段階に細分化され、実績によって加算が変動することとなった。重症患者を受け入れる病院はますます不利になる。 さらに月に13単位(1単位は20分)を上限として認められている外来でのリハビリが廃止された。厚労省は外来でのリハビリを介護施設に集約する方針だが、高齢者を対象としたデイケア(通所リハビリテーション)の目的は機能維持だ。脳卒中の麻痺からの機能回復を期待する患者には、充分なサービスを提供できない。 この結果、わが国は「リハビリ難民」であふれるようになった。多くの国民がけがをしたり、脳卒中になっても十分なリハビリを受けることができないでいる。 さらに、わが国の理学療法士は偏在が著しい。医師・看護師と同様に西高東低の形で偏在している。2018年3月現在、わが国の人口1000人あたりの理学療法士の数は0・91人で、上位は高知(2・3人)、鹿児島(1・7人)、熊本、佐賀、長崎(いずれも1・6人)と続く。リハビリで回復する脳梗塞 一方、下位は東京、神奈川、栃木、秋田(いずれも0・6人)、埼玉(0・7人)で、団塊世代が高齢化する首都圏で理学療法士が不足している。このような状況で出現したのが、自費リハビリだ。最近、この業界が急成長しつつある。「脳梗塞リハビリセンター」はその最大手である。 知人のリハビリ専門医は「(西城さんのような)若年患者を中心に維持期の集中的なリハビリのニーズは以前から感じていました。診療報酬上での制約がある病院でのリハビリは、徹底して患者に寄り添うことができず、どこかお茶を濁しているような気がしていました。民間企業の参入は、このような患者にリハビリの機会を提供する事になるかもしれません」と言う。 では、自費リハビリの実態は、どんな感じだろう。具体例を紹介しよう。私が医師として関わった公認会計士の60代男性のケースだ。都内のリハビリ専門病院から退院後、「脳梗塞リハビリセンター」に通院し、リハビリを継続した。彼は「自費リハビリを選んで本当によかった。再び立てる日が来るなんて夢のようです」と振り返る。 この男性は2016年1月、突然の四肢の麻痺と呼吸困難を訴えて、都内の大学病院に緊急入院となった。検査の結果、脊髄膿瘍と診断され、緊急手術を受けた。主治医は「病変が呼吸中枢にまで及んでいました。数時間遅れていれば、亡くなっていました」と説明した。そして術後、集中治療室に控える家族に、主治医は「命の保証はありません。一命を取り留めても、寝たきりになる可能性が高い」と話したという。 術後の経過は医師の言う通りだった。意識こそ回復したものの、四肢は動かず、自発呼吸は不十分で、人工呼吸器に繋がれていた。男性は「呼吸器が外れそうになり、痰が詰まりそうになっても、アラームすら押せません。このまま死んでしまうのか。あのときの恐怖は忘れられない」と回想する。 その後、自発呼吸は回復し、人工呼吸器からは離脱した。男性はツテを頼りに、リハビリで有名な都内の病院に転院した。そこで徹底的なリハビリを受けた。その結果、上半身は動くようになり、介助があれば車椅子に座ることも可能になった。 ただ、半年間のリハビリが終わった段階で、下半身は麻痺したままだった。胸より下にしびれが残り、下腹部に力が入らなかった。座位を維持できず、このままでは公認会計士としての社会復帰は難しかった。 だが、男性の希望は「再び歩けるようになりたい」というものだった。彼は、ありとあらゆる手段を探した。サイバーダイン社が開発したロボットスーツ「HAL」の使用や、神経の再生医療を受けることも考えた。そして、ここで私が勧めたのが、自費のリハビリだった。 彼は藁(わら)をもつかむ思いで「脳梗塞リハビリセンター」に通い、週に2回、1回2時間のリハビリを始めた。当初はペダル付き車椅子に乗っても、左手が安定せず、ハンドルを操作できなかった。下半身に力が入らないため、自分ではこぐことはできなかった。 リハビリが進むにつれ、状態は改善した。さまざまなノウハウも身につけた。「ほんのちょっと手の位置を変えるだけで腹筋の力の入れやすさが、こんなに変わるんですね。病気になる前は気にしたこともなかった」と言う。 最近では、ハンドルを自分で持ち、まっすぐ車椅子を進めることができるまで回復した。「この車椅子が私の愛車です。フェラーリです」と周囲に笑いながら語っている。さらに、支えられながらではあるが、立てるようになった。はじめて立ったときには「自分の足で立っている。この感覚は久しぶりだ」と語った。そして発症から28カ月、この男性は、公認会計士としてすでに社会復帰している。一人で歩けるようになるため、現在もリハビリを続けているという。 自費リハビリによる改善例は、この患者に限ったことではない。「脳梗塞リハビリセンター」は改善事例の動画をユーチューブで公開している。恐らく、みなさんの予想を超えているはずだ。 自費リハビリを受けた患者が回復したのは、医学的には合理的だ。これまで医療保険の都合でリハビリが打ち切られていただけで、リハビリを継続すれば、さらに回復する人がいても不思議ではない。 病院で受けるリハビリより、自費リハビリの方が有利な点も多い。それは、健康保険の縛りがないため、患者のニーズにあわせて、メニューを微調整できることだ。リハビリ期間を延長することも可能になる。あふれるリハビリ難民 「脳梗塞リハビリセンター」で働く理学療法士は「自費リハビリは真剣勝負です。効果がなければ、患者さんは来なくなります。健康保険から費用が支払われる病院と違い、患者さんから費用をいただく自費リハビリでは、理学療法士には大きなプレッシャーがかかります」という。おそらく、このような緊張関係が治療成績の底上げに貢献しているのだろう。 では、どんな患者が自費リハビリを利用するのだろうか。比較的若年の患者が多いのが特徴だ。例えば、ワイズの利用者の71%が60代以下である。西城さんとほぼ同世代である。 脳卒中患者の約6割が70代以上であることと対照的だ。高齢患者は現状の機能を維持することを目標とするのに対し、若年患者は機能を回復し、職場に復帰することを望む。必要とするリハビリは違う。従来の医療保険では、このようなニーズに対応できていなかった。民間企業が試行錯誤することで、多様なサービスの開発が進みつつある。 そして、このような自費リハビリの成長を、厚労省はどう考えているのだろうか。知人の厚労官僚は「診療報酬を抑制し続けなければならない昨今、自費リハビリは厚労省にとってもありがたい」と言い切る。今後、リハビリ難民が増えた際の批判を逸らすために、応援していると言っても過言ではない。 理学療法士及び作業療法士法では、「医師の指示の下、理学療法を行う」ことが原則だが、「侵襲性のない行為については、医師の指示のもとにない理学療法士等がリハビリを行うことは、法令上は名称独占であるので違法とは言えない(前出の厚労官僚)」と解釈を緩和している。 もちろん、自費リハビリにも問題はある。それは費用だ。「脳梗塞リハビリセンター」の1日あたりの費用は1万5000円。これだけの費用を長期間にわたって負担できるのは、西城さんのような一部の富裕層に限られるだろう。 また、安全性についても検証が必要だ。今後、民間リハビリの市場が拡大すれば、低レベルの業者が参入するからである。未熟な理学療法士が、脳卒中後の麻痺で拘縮(こうしゅく)した関節を無理に動かせば、関節を傷つけることもあるだろう。※写真はイメージ(iStock) 前出の厚労官僚は「事故が起こり、メディアが大きく報じれば、厚労省も規制せざるを得なくなります」という。そうなれば、医療機関と連携しているところなど一部を除き、自費リハビリ施設は閉鎖となる。リハビリ難民があふれ、寝たきりの高齢者が増加する。そんな状況は誰も希望しない。 脳梗塞の新規発症者は年間に25万人。高齢化が進むわが国で、さらに患者は増える。この結果、リハビリの需要は急増する。ところが、リハビリの提供体制は脆弱(ぜいじゃく)だ。どうすれば、リハビリを受けることができるか、お上頼みではなく、社会で議論し、新しい仕組みを作っていかなければならない。自費リハビリは、その一例である。 西城さんが亡くなり、脳梗塞のリハビリが国民の関心を集めている。今こそ、地に足のついた議論をしようではないか。

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    ジャニー喜多川もお手本にしたヒデキのアイドル道

    「GO!GO!」と叫んだほうが先だったと言えるだろう。恒例だった西城秀樹の大阪球場コンサート 日本の芸能界では70年代半ばまで渡辺プロダクションの黄金期が続く中、ヒデキが所属していた芸映プロダクションからは、その後、浅田美代子、岩崎宏美、相本久美子、清水由貴子、岸本加代子らがデビューし、芸能界の一大勢力になる。 80年と81年には芸映プロダクションの主催で「HIDEKIの弟妹募集!!全国縦断新人歌手オーディション」が行われ、第1回優勝者の河合奈保子、第2回優勝者の石川秀美は「秀樹の妹」として売り出された。 そして、83年1月には芸映を独立して「アースコーポレーション」を設立。独立第1弾のシングルでは、もんた&ブラザーズのもんたよしのりに自ら作詞・作曲を依頼し、制作された「ギャランドゥ」はヒデキらしいワイルドな曲に仕上がり、代表曲の一つとなる。 さらに91年には、アニメ「ちびまる子ちゃん」の原作者であるさくらももこからオファーを受け、さくらが作詞を手掛けたエンディングテーマ「走れ正直者」を歌い、日本中の子供たちに歌われた。 48歳と56歳の時に脳梗塞で倒れるも、懸命のリハビリを行い、4月までステージに立つなど、最後まで多くの人にとってアイドルであり続けた。ヒデキがいなければ、日本のアイドル文化はどうなっていただろうか。

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    西城秀樹さん 『ザ・ベストテン』の記録に残る偉大な功績

    6日、急性心不全のため死去した。63歳だった。1972年のデビュー以来、ヒット曲を連発した西城さんは芸能界に様々な功績を残した。芸能記者が話す。「1960年代は、まだ『アイドル』という言葉は現在のような使われ方をしていませんでした。1970年代初頭に小柳ルミ子、天地真理、南沙織の『新三人娘』がブレイクし、『スター誕生!』(日本テレビ系)から山口百恵、森昌子、桜田淳子の『花の中3トリオ』が出現したことで、徐々に『アイドル』という言葉が世間にも普及し始めました。その中で、秀樹さんが果たした役割も大きかった」 西城さんは1973年5月発売のシングル『情熱の嵐』で初のオリコンベストテン入りし、続く『ちぎれた愛』は初のオリコン1位を獲得。郷ひろみ、野口五郎とともに『新御三家』と呼ばれ、スターダムに駆け上がった。「当時、アイドルがオリコンベストテンに入ることは至難の業でした。たとえば、城みちるの『イルカに乗った少年』は25位、ずうとるびの『恋があぶない』は13位、太川陽介の『Lui-Lui』は38位が最高位。知名度の高かった彼らでも、オリコンベストテン入りは1度もなし。簡単には破れない難関だったのです」 意外にも西城さんのオリコン1位は『ちぎれた愛』『愛の十字架』『YOUNG MAN』の3曲のみだが、ベストテンには33曲も送り込んでいる。「当時のアイドルはデビュー曲が売れても、1年後にどうなるかわからない状態だった。その中で、デビューから11年間オリコンベストテン入りをした秀樹さんは男性アイドルが芸能界で生きて行けることを証明した」 現在では歌手をデータで評価する場合、オリコンが真っ先に挙げられる。だが、1970年代後半から1980年代にかけては、音楽チャート誌、有線放送、ハガキリクエスト、ラジオチャートの4つを組み合わせて総合得点を算出していた音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)が最もメジャーなチャートだった。この番組でも、西城さんが残した足跡は大きい。1981年11月、第12回日本歌謡大賞「センチメンタルガール」で放送音楽賞を受賞した西城秀樹さん「満点である9999点を叩き出した唯一の歌手であることは有名ですが、番組開始の1978年から1985年までの8年連続でランクイン。開始時から数えた場合、最多の連続年数出演になります。同時期の歌手と比べると、沢田研二や郷ひろみの5年(1978~82年)、世良公則&ツイスト、アリスの3年(1978~80年)を大きく上回っている。息の長い歌手だった何よりの証明です。通算ランクイン155回は番組史上6位。1970年代以前デビューの歌手では、秀樹さんが1位です」 生涯現役にこだわった男は亡くなる1か月前までステージに立ち続けた。「数年前、ライブを観覧した時、秀樹さんは満足に歩けない状態でした。それでも、ステージ上に作られたスロープを使って、少しでもファンの近くに行こうとする懸命な姿に感銘を受けました。ファンもそんな秀樹さんに惜しみない拍手を送り、ペンライトを振って盛り上がる。ものすごく心温まるステージでした。 その日のライブには『ヒデキ、感激!』のフレーズで一世を風靡したCM『ハウス バーモントカレー』のハウス食品からも花が届いていました。ライブのMCで、秀樹さんが『(カレーの)甘口はあんまり好きじゃないんだよね。ジャワカレーとかボンカレーのほうが好き』と言うと、会場は爆笑に包まれていました。秀樹さんなりのリップサービスだったんでしょうね」 亡くなっても、西城さんの残した功績や楽曲は永久に残る。ファンがこれからも歌い継ぐことが最も良い供養になるはずだ。関連記事■ 西城秀樹さん 歌手復帰目指した“不屈のリハビリ生活”■ 西城秀樹 脳梗塞から復活ライブで「ジャワカレー好き」発言■ 野口五郎 「日本語で歌っている歌は全部歌謡曲でいい」■ G投手ヤングマン 球場で『YMCA』聞ける日は来るのか?■ 「1987年の河合奈保子」秘蔵写真に石破茂氏が感慨

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    西城秀樹 脳梗塞から復活ライブで「ジャワカレー好き」発言

     10月15日、歌手・西城秀樹(59)が東京・中野サンプラザでコンサートを行なった。2003年、2011年と2度の脳梗塞を発症しながらも、ステージに立ち続ける秀樹に、ファンはペンライトを片手に大声援を送り続けた。 もともと、コンサートにおけるペンライト使用は、西城秀樹のファンが始めたものと言われている。その元祖であるためか、ファンには今も欠かせないコンサートグッズになっており、中野サンプラザは赤、青、緑の綺麗なサイリュームで埋め尽くされた。 横に振るだけでなく、2つのペンライトをグルグル回す観客を見た秀樹は、コンサート開始直後のMCで、「ペンライトを振り回すのはウチくらい。外でやらないでね。恥ずかしいから(笑)」と話し、会場の笑いを誘った。 秀樹は、右半身麻痺の後遺症が残るため、思うようには歩けず、曲の半分近くは椅子に座って歌う体勢を取った。それでも、アップテンポな曲になると、ステージに作られたスロープを伝いながら、若干、足を引きずりつつ動き回るシーンもあった。秀樹の渾身のパフォーマンスに、ファンは惜しみない拍手とペンライトによる応援で盛り上げた。 この日のコンサート会場には、とんねるずの木梨憲武やベッキー、ダイヤモンド☆ユカイ、大林素子などの有名人に加え、かつてCM出演をしていたハウス食品からも花が贈られていた。「ヒデキ、感激!」のフレーズで有名な『ハウス バーモントカレー』のCMは、西城秀樹の代表作のひとつと言っても過言ではない。ところが、秀樹はMCで意外な発言をした。「(カレーの)甘口はあんまり好きじゃないんだよね。ジャワカレーとかボンカレーのほうが好き」2003年7月、最初の脳梗塞から復帰し、記者会見する西城秀樹さん もちろん、秀樹なりのファンサービスとしての発言だろうが、これには会場も爆笑。MCでは、「体のことは心配するな」と言わんばかりに、ギャグを織り交ぜ、ファンを楽しませた。 誰もが知る大ヒット曲『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』では、Y.M.C.A.のポーズで会場が一体となった。最初、秀樹のY.M.C.A.の振りは小さめだったが、回を追うごとに徐々に大きく手を広げるようになる。ファンの声援が、秀樹の手を動かしたのだ。 ラストの曲を歌い終えると、何度となく「ありがとう!」と絶叫した秀樹。右半身麻痺の後遺症の残る体ながらも、一生懸命ステージで歌う姿に、何人ものファンが「ありがとう!」と感謝の叫び声をあげた。関連記事■ 深田恭子「こんな役柄はNG」でドラマ監督降板 現場ピリピリ■ 清原和博氏 自宅差し押さえでウィークリーマンション転々か■ 杉良太郎の「密室演技指導」 22歳清純派女優が決意の告白■ SEKAI NO OWARIに近隣住民「出て行け」三宅裕司にとばっちり■ 故TENNさんの母 妻・上原多香子に「息子の骨渡せん」の理由

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    「おっさんアイドル」山口達也の悲哀は私にも分かる

    2008年に結婚し二児の父親だが、2016年に離婚している。 仕事面では、ジャニーズ事務所という大手芸能事務所に所属してTOKIOという人気グループのメンバーとして活躍している。その意味では大手企業に所属しているような気持ちもあったのかもしれない。記者会見で山口が「TOKIOに席があるなら戻りたい」と言ってしまう姿は、どこか自分よりも会社やチームに自分のアイデンティティーを置いているようにみえた。 筆者の仕事はドラマレビューが中心なので、俳優として活躍する長瀬智也や松岡昌宏については演技の力量や人気はある程度理解できるのだが、バラエティーを主戦場とする他のメンバーについての分析をするほどの知識は持ち合わせていない。 山口に関しても『ザ!鉄腕!DASH!!』を時々見るくらいで、彼の外見以外の能力についてはよく知らない。多分、世間一般の評価もそんなものなのだろう。おそらく、そのことに一番おびえていたのが山口自身だったのではないだろうか。 30代で自分に何もないと気づいたのなら、音楽や演技の勉強を改めてすることで自分を磨くか、芸能以外の仕事に活路を見いだしてリタイアすることも考えるだろう。だが、山口が不幸だったのはTOKIOとしての人気はとても高かったことだ。 3・11以降は福島農産物のイメージキャラクターとしても活躍しており、社会的信用を得ていたのは事実である。彼の酒癖の悪さや女癖の悪さが生来のものなのか、芸能の仕事をはじめてからなのかは分からないが、どうも報道をみていると、自分自身のタレントとしての現実に直面することから逃げた結果、依存症的に刹那の快楽におぼれ、思考停止してしまったように見えて仕方がない。  一方、記者会見に登場したTOKIOを見たときに思ったのは「全員、見事におっさんになったなぁ」という感想である。会見する(左から)長瀬智也、国分太一、城島茂、松岡昌宏=2018年5月2日、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 最年少の長瀬智也がすでに39歳で、残り3人は40代なのだから当然といえば当然なのだが、記者会見で見せた山口達也の子どもっぽい姿とはまるで対照的だと思った。 誤解を恐れずに言えば、TOKIOの会見は完璧だったといえる。山口に対する厳しい意見の中に見える仲間として責任を取ろうとする姿勢、何より被害者となった未成年の女性に対する配慮が見事であった。松岡昌宏が山口に対して「あなたは病気です」と指摘した辛辣な発言や、「アルコール依存症の診断が出ていない」という報告はファンならずとも一番知りたかった衝撃の事実だったに違いない。 TOKIOに対する意見に同情的なものが多く、彼らの人気失墜につながっていないのは、この会見があまりに見事だったからだろう。非難されているのは、彼らを会見の場に登壇させたジャニーズ事務所と山口達也に対するものがほとんどである。大企業の謝罪会見ですら、謝罪自体が被害者に対するセカンドレイプになっているかのような無神経なものが多い中で、どこを切り取っても一部の隙もない完璧な会見だったと言える。 しかし、だからこそ思うのは、最終的に山口を追い詰めてしまったものは、この会見で見せたTOKIOの持つ「完璧さ」そのものだったのではないかということだ。おっさんの孤独 あの会見で筆者が何より感動したのは、どれだけ彼らが厳しい意見を言っても、彼らが「山口を見捨てない、何ならアルコール依存症が治るまで責任を持って面倒をみる」と言っているかのよう感じたからだ。 山口が事務所を退所した今となっては、過大評価だったのかもしれないが、いくら厳しいことを言っていても、山口に対しては「俺はお前を見捨てない。だからまずは治療に専念しろ」と言っていたのなら、山口が復帰するかどうかは別にして、チームとしてのTOKIOは完璧だと思う。 だが、あれだけ見事な会見ができたなら、なぜ、山口の問題を事前に察知して「お前、しっかりしろよ」と言えなかったのか。同時に山口もなぜ、他のメンバーに自分の悩みを相談できなかったのか。退院後に山口が本来連絡すべき相手は、未成年の女子高生ではなく、TOKIOのメンバーであるべきだったはずである。 もちろん46歳の大人なんだから、余計なことは言えないという付き合いもあるだろう。だが、そこで踏み越えて思ったことを言い合える関係が山口達也と他のメンバーの間に出来上がっていたら、事件の顛末は違ったものになっていたのではないだろうか。 ここに筆者は40代以上の日本の中年男性の抱える哀しみをみてしまう。彼らには自分の弱い心を吐き出せる相手がいないのだ。 それにしても、これだけたくさんの報道が出ているのに、いまいち像を結ばないのが、山口達也の内面である。結局彼がどういう理由で未成年の女性を呼び出したのか。こうなるまでに彼がどういった心境で生きてきたのか。もっとたくさんの論点があるはずなのに、どれだけ情報が出ても、山口達也という一人の人間のパーソナリティーが浮かび上がってこないまま、周辺の情報だけがどんどん肥大している。そもそも事件を語る多くの人が山口個人について全く関心を持っていないようにみえる。(画像:istock) 山口を「悲劇の主人公」として語ってしまうことで、中年男性が仕事上の立場を利用して未成年の女性に対して行った性的暴力を免罪するようなことがあってはならないという気持ちが、彼の内面に踏み込むことを躊躇(ちゅうちょ)させているのだろう。TOKIOの今後を心配する声と、被害者女性を心配する声の間で、山口達也本人の問題を語る言葉が、どんどんかき消されていっているように感じる。 今、山口の内面にフォーカスを当てるのは時期尚早なのかもしれない。しかし、アイドルとして働く46歳の中年男性が抱えていた不安や恐怖、あるいは孤独の根幹を理解することができなければ、この問題の本質にはたどり着けないのではないか。しかし、世の中で一番どうでもいいものとして扱われているのがおっさんの内面だから、そこが語られることは今後ないのかもしれない。何より不幸なのは、おっさんの不安や孤独を言語化することを一番阻害して、無自覚に封じ込めているのが、当事者であるおっさんたちなのだ。 だから、山口にはいつか自身が抱えていた不安や孤独を自分自身の言葉で語ってほしいと切に思う。

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    山口達也「TOKIO脱退」が仰々しい

    未成年女性への強制わいせつ容疑で書類送検された人気アイドルグループ、TOKIOの山口達也がジャニーズ事務所を退所した。本人の酒癖と女癖の悪さが仇になったとはいえ、メンバー全員が謝罪会見したり、連日大騒ぎするほどのネタだったのか。iRONNAでは少し冷静に、この問題を掘り下げてみたい。

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    山口達也を結果的に追い詰めたジャニーズ「損失回避」の心理

    れはその後も続いた。山口本人の会見に弁護士が同席し、被害者側のコメントが読み上げられたり、自ら今後の芸能活動への希望を述べたのである。改めて会見や質疑を分析しても、事務所レベルで影響性を考慮し、内容を精緻に用意したようには感じられなかった。 またTOKIOメンバー4人の会見にしても、やはり事務所関係者が同席すらしていなかった。これでは、メンバーの心理的混乱と、具体性を欠く事後対応、今後の処遇の不透明さのイメージだけが残っただけに終わった。一部では「同情を買おうとしているのでは」との臆測を生む結果まで伴った。 もちろん、山口を擁護しているとも取れるコメントを発信する有名人や、マスコミの論評もわずかながらあった。TOKIOのファンの中にも、擁護や励ましはもちろんのこと、被害者を批判する向きもあっただろう。山口達也の契約解除に関して、ジャニーズ事務所が報道機関に送った文書 もし、この一部の動きが山口本人や事務所関係者の耳にも入っていたとすれば、多面的影響を考慮した冷静な対応からますます逸脱していく。 人は危機的な状況に陥れば陥るほど、自分に都合の良い情報だけを集める習性がある。この「確証バイアス」により、山口や事務所が損失回避感情をさらに強め、半ば自分の内面では言い訳ばかりが先に立ち、失敗を正面から受け止める心理からは遠ざかっていった可能性がある。 世論による激しい批判にも関わらず、時間をかけて本人の会見、メンバーの会見と段階的に後手後手で対応せざるを得なかった事務所の手法は、最終的に退所の報告まで続くこととなった。「何でもできる」事務所のおごり 退所のファクスには、事務所が山口の今後を支えていくと記載されている。もちろんこれは、事務所を退所するとはいえ、長年育ててきた所属タレントの行く末に責任を持つという意思の表れとも受け取れる。 しかし、この報告は果たして必要だったのか。批判的に見れば、あたかも山口が保護されるべき存在のように印象付けているようにも思われる。そこにはやはり事務所が厳罰を望む世論を正面から受け止め切れていない甘えも感じられる。さらに言えば、事務所幹部のジャニーズに対する過大な自己評価や、「自分たちは何でもできる」というプライドやおごりのようなものも垣間見えさえするのである。 ただ、山口の今後や更生についても、もちろん考えていかねばならない。これは、彼の立場に立った加害者保護のためでも、単なる理想論でもない。何よりも、再犯とそれに伴う新たな被害者が生まれないために必要不可欠な視点である。 そこで、既に多数報じられている「アルコールに関わる問題」が大きな観点となる。そもそも論で言えば、私は事務所を含めた周囲の身近な人間が、山口のそのネガティブな心理や行動上の問題に、長年直面化してこなかった経緯がうかがわれる。 山口本人の会見では「自分はアルコール依存症ではない」と言及していた。一方で、メンバー4人で行った会見では、松岡昌宏が「自分たちは依存症だと思っていたが、複数の病院を受診した結果、診断書には依存症と書かれていない」ことを明らかにした。 しかし、彼らの認識をもって「山口がアルコールに依存的になっているわけではない」と言い切ることはできない。ただ、肝臓の治療のため入院していたことの背景に、過去の多量の飲酒経験があったことは明白である。「依存症ではない」と自分の症状を否認することは、依存状態において典型的な心理でもあるからだ。 さらに言えば、診断書というものは、あくまでも本人や家族の申し出があって書かれるものである。仮に当事者や関係者が記載されたくないことがあれば、主治医がそれを全く考慮しないことは少ない。つまり、医師の症状の見立てが率直に反映された書類かどうかについて検討の余地があるのだ。 ただし、診断基準からみて山口が「アルコール依存症」にあたる症状を有していると推測できるかといえば、そうとは言い切れない部分もある。実は、アルコール依存症の診断のハードルは高い。専門医でなければ診断されなかったり、行動レベルでは依存症と見立てることができても、厳格な基準を当てはめると診断には該当しない例も多数あるからだ。 とはいえ、精神疾患の最新診断基準である「DSM-5」からみると、山口は「アルコール使用障害」にあたると考えるのが自然である。この新しい概念には、依存と乱用の線引きをなくせば、早期介入が役に立つ可能性があることを示唆している。 また、「依存症」という言葉に人格的な偏見がつきまとうのに対して、「使用障害」ならスティグマ(負の烙印)になりにくいというメリットが考慮されてのことでもある。ただし「依存症ではない」とみなされ、ある意味で症状が軽視されるリスクもはらんでいる。「損失回避」の心理 もし、このことが、山口本人が自身の状態を判断したり、事務所幹部が処遇を検討したりする上で影響していたとすれば、山口のアルコールに関わる問題は軽視され過ぎていたと言わざるを得ない。 日本は欧米に比べ、飲酒やそれにまつわる失敗談に寛容な国である。違法薬物のように、摂取自体が違法ではないという事情もあるだろう。ただ、お酒が非常に好きであることが本人の「嗜好(しこう)」として広く認知されていたり、「アルコールによってストレスを解消している」と判断されたりすると、周囲がそれを継続的にとがめたり、断罪することは少ない。 現に、TOKIOのメンバー4人も20年以上の関係性の中で山口の酒癖については十分に理解していたはずだ。それでも、彼の行動を改善できなかったのは寛容性の裏付けでもある。もちろん、いくら親密な関係性であっても、いわゆる「依存状態」に対して専門性を持たない周囲の働きかけが機能するとは限らないので、メンバーでも限界はある。 しかし、タレントを管理する立場の事務所はどうか。城島は4人の会見で、現場に二日酔いの状態で現れたり、アルコール摂取の影響で、収録に支障をきたすこともあったと明らかにしていた。とすれば、事務所がこういったトラブルを把握していなかったことは考えづらい。 山口のアルコール問題を「嗜好」と軽視せずに、周囲が早くから警告して、自分自身と向き合わせたり、場合によっては休養や謹慎をさせて治療に専念させることもできた可能性が十分にあったのである。にもかかわらず、その判断に至らなかったのには、事務所の「事なかれ主義」や、先に挙げた「損失回避の心理」、彼を商品としてみる向きが強すぎたことが、背景にあったのではないだろうか。 今回の「脱退」「退所」という判断がなされたタイミングを見ても、相応の時間を要していたことは明らかであるし、国民的に絶大な人気を誇るTOKIOの会見や状況の推移に対する世論の反応を見て、あわよくばグループへの所属や活動の継続をさせたいと考えていたとも推測できる。2018年5月2日、山口達也の不祥事を受けて会見するTOKIOの(左から)城島茂、松岡昌宏(寺河内美奈撮影) それが逆に本人を心理的に追い込むことになったり、孤立させることになっている現状は、決して望ましい結末とはいえない。生活行動上の問題の改善には、言うまでもなく健全なメンタリティが残されていることが必須である。依存症の治療においても「孤立」は最大の禁忌といえるからだ。 2000年代以降、依存症の心理の中核を占めるのは「自己治療仮説」といって、「依存の背景には生活上、人生上の何らかの苦痛や不安があり、それを自己の行動によって減少・緩和させている」というものだ。孤立は、さらに苦痛を強めることが分かっており、最悪の場合には自死もありうる。 所属事務所の「退所」という判断が、不確実な彼の病理に対する理解と、厳しい世論を100%甘受しない消極的なものだったとすれば、文書で示された「山口の今後への責任」に実効性が伴っているかについては著しい疑問が残る。 つまり、「脱退」「退所」という決断自体は是認されうるものだが、背景の心理やそれに基づく具体的な行動プランが妥当かどうかは、一考を要するものなのだ。事務所の多大な功労者に対する、大きな決断を意味のあるものにするために、経営論理と感情論、偏った状況理解を抜きにした問題への直面化を期待したい。

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    山口達也「アルコール依存とセクハラ」はどれほど深刻だったのか

    斉藤章佳(精神保健福祉士・社会福祉士) 最近、日本の本丸といえる財務省と、芸能界の本丸といえるジャニーズ事務所が炎上している。いずれも、共通しているのは「男性優位社会」の中で起きたアルコール問題に関連する性暴力(セクハラ)である。 世界保健機関(WHO)は1979年に健康問題、職業問題、事故、家族問題、犯罪を引き起こす飲酒を問題飲酒と定義している通り、問題飲酒と犯罪には古くから親和性があり、これは影山任佐氏の名著『アルコール犯罪研究』(金剛出版)に詳しい。 特に、筆者は性犯罪者の地域社会内での治療を日本で先駆的に実践してきた経験から、アルコールが引き金になる性犯罪のケースを数多く見てきた。本稿では、この「アルコール関連問題」と「性暴力」という二つの観点から、TOKIOのメンバーだった山口達也の件について私論を述べたい。 まず、アルコールに関する治療(恐らく内科治療)目的で約1カ月入院したことを山口本人が明らかにしているため、アルコール依存症の診断基準を見ながら彼の深刻度について考えたい。尚、本稿ではアルコール依存症を「アルコール使用障害」と同等の意味で用いることを最初に断っておく。 そもそもアルコール依存症の定義はさまざまだ。筆者は「酒をやめざるえない状況に追い込まれた人」という、精神科医で評論家だった故なだいなだ氏の定義を用いるが、精神科の依存症治療で使われている最新の診断基準であるDSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き)によると、アルコール使用障害は、11ある項目の中で2つ以上が12カ月以内の間に当てはまる場合に診断される。※写真はイメージ(iStock) 以下、参考までに診断基準を掲載する。① アルコールを意図していたよりもしばしば大量に、または長い期間に渡って使用する。② アルコールの使用を減量または制限することに対する、持続的な欲求または努力の不成功がある。③ アルコールを得るために必要な活動、その使用、またはその作用から回復するのに多くの時間が費やされる。④ アルコールの使用に対する渇望・強い欲求または衝動。⑤ アルコールの反復的な使用の結果、職場・学校または家庭における重大な役割の責任を果たすことができなくなる。⑥ アルコールの作用により、持続的あるいは反復的に社会的、対人的問題が起こり、悪化しているにもかかわらずその使用を続ける。⑦ アルコールの使用のために、重要な社会的、職業的または娯楽的活動を放棄、または縮小させていること。⑧ 身体的に危険のある状況においてもアルコールの使用を反復する。⑨ 身体的または精神的問題が、持続的または反復的に起こり、悪化しているらしいと知っているにもかかわらず、アルコール使用を続ける。⑩ 耐性、以下のいずれかによって定義されるものa. 中毒または期待する効果に達するために、著しく増大した量のアルコールが必要。b. 同じ量のアルコールの持続使用で効果が著しく減弱。⑪ 離脱、以下のいずれかによって定義されるものa. 特徴的なアルコール離脱症候群がある(アルコール離脱の基準AとBを参照)。b. 離脱症状を軽減したり回避したりするために、アルコール(またはベンゾジアゼピン等の密接に関連した物質)を摂取する。 以上の全11項目を見る限り、山口には複数の項目が該当するのが分かる。具体的には、山口は飲みすぎて仕事などに支障をきたしており(①に該当)、周囲からアルコール問題を指摘されていた(②に該当)。退院してすぐの大量飲酒(④に該当)。アルコール性肝障害の診断もあり(⑨に該当)、焼酎を相当量飲んでいたということから、以前と同量の飲酒量では酔えない「依存物質への耐性」がみられる(⑩に該当)といったものだ。「イネーブラー」の落とし穴 筆者は精神科医ではないため、診断や処方をすることが仕事ではないが、客観的に見て山口が診断基準を満たしているのは明らかである。ただ、ここで不可解なのは、TOKIOメンバーの松岡昌宏も記者会見で述べていたように、「メンバーから見ても明らかに『アルコール依存症』だと思ったが、どの病院でもそのような診断がされなかった」という点である。 筆者はTOKIOメンバーの一連の発言を聞いてピンときた。アルコール依存症治療の現状として、専門的な治療につながるまで「アルコール依存症」という診断がつかず、内科などの病院から紹介されてくる例が多いからだ。 そのほとんどは、アルコール性肝障害やアルコール性膵(すい)炎、肝機能障害などの内科疾患病名がついている。そして、その多くが長い間内科病院の入退院を繰り返している。つまり、内科医療機関が「イネーブラー」(何らかの依存症にある人物に対して、その依存状態を支えてしまう人)の役割をしてしまっているというパターンだ。 例えば、一般的な医療機関では、仕事を普段通りしている人にアルコール依存症と診断しないことが多い。内科医なら上記の病名で、一般精神科なら「鬱病」「適応障害」「不眠症」になったりすることがある。このようなアルコール問題への適正診断ができない理由は以下の通りである。 まず、アルコールを含む依存症全般について、医師の理解不足が上げられる。内科では、身体疾患や臓器を治すことが中心となり、就労を継続できているならまだ依存症ではないと認識されることが多い。 そこでのアドバイスは「しばらく酒を控えるように」「肝機能の数値がよくなるまで酒はやめてください」という内容が多く、筆者の経験では飲酒する習慣のある医師ほどアルコール問題に寛容な傾向があると感じている。 また、本人が診察で実際の飲酒量や、飲酒に起因する身体的症状を過少申告するため、問題飲酒の正確な実態が明らかになりにくい事情もある。アルコール専門医療機関では、本人が酒をやめなければならない状況に追い込まれているため、かなり進行した状態で家族や関係者が引っ張って受診させることが多く、そこで正確な飲酒実態が明らかになる。何らかの問題が表面化することで本人も問題飲酒を自覚する、つまり治療への説得がしやすくなるのである。※写真はイメージ(iStock) さらに、「アルコール依存症」という診断名をつけてしまうと、昔からある「アル中イメージ(意志が弱い、だらしない)」から、社会的な偏見や不利益を考慮して、内科医がアルコール依存症と診断することに躊躇(ちゅうちょ)してしまい、本来のアルコール問題に介入できないという構造的な課題もある。 このように、援助者がイネーブラーの役割を担ってしまうことを「プロフェッショナル・イネーブラー」と私たちは呼んでいる。本来は、患者の治療やケアのための行為が、実は依存症の実態を知らないために病気の進行のお手伝いをしてしまうという逆説的な状況になる。誰のための支援なのか、ということをわれわれは自戒する必要がある。 以上の点を踏まえれば、山口にアルコール依存症という診断がなされなかったのは間違いないようだ。「酒の席だから」は許されない また、今回の一件で筆者が特に懸念していることがある。それは、この一連の事件が山口のアルコール問題に矮小(わいしょう)化され、飲酒して病的酩酊(めいてい)だったから強制わいせつにあたる行為は仕方ないという論調の報道が一部でみられたからである。 いわゆる「酒の席だから…」という日本古来の発想であり、そこに飲酒者の行為責任や被害者は存在しない。また、男性(上司)からのセクハラ行為に関しても「酒の席だから…」という言い訳が肯定されがちで、翌日問い詰めると飲んでいたから覚えていないというエピソードも多い。 酒席での男性(上司)から女性へのハラスメントは、酒を理由にあたかもその行為が容認されるという価値観がいまだに存在している。これは、女性への性差別の問題とも関連しており、性犯罪を性欲の問題に矮小化することで、性暴力の本質が見えなくなる構造と非常によく似ている。 ここに、この問題の難しさがある。つまり、社会に存在する偏見や歪んだ捉え方(認知の歪み)に同調することで、自らの責任性を追及される恐怖を回避したいという多くの人の願望が集約された心理が読み取れる。 だが、コントロール障害をきたしている要因は飲酒の仕方であり、そこから派生する問題が今回の性暴力であって、同質のものではない。そして、言うまでもなく過剰な病理化は本人の行為責任を隠蔽する機能を持っている。 そもそも、嗜癖モデルには被害と加害のパラダイムはなじみにくい。アルコール依存症という疾病モデル(ケア)と、性犯罪やDV(ドメスティックバイオレンス)の加害者更生という司法モデル(行為責任)を統合した捉え方が必要になるだろう。 つまり、病気のケアという視点に加えて、加害行為に責任を取るという視点が不可欠である。加害者更生プログラムにおける「加害行為に責任をとる」とは、①再発防止責任、②説明責任、③謝罪と贖罪(しょくざい)の3点を含んでいる。これは、企業内のセクハラやその他のハラスメント研修にも応用できる視点である。 本稿では文字数の関係から3点の詳細な説明は避けるが、詳しくは筆者が執筆した日本初の痴漢の実態を明らかにした専門書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を参考にしてもらいたい。 では、上記の3点を踏まえ、山口は「加害行為に責任をとる」ということを前提にこの問題に向き合おうとしているだろうか。また、親であると公言しているジャニーズ事務所は、このような視点を持って今回の問題に対処しようとしているだろうか。答えはすぐに出るものではないが、これから被害者と向き合っていく上で参考にしてもらいたい姿勢である。記者会見する山口達也=2018年4月、東京・紀尾井町 結果的に、山口はTOKIOメンバーと話し合った末、事務所を退所するという選択をした。これ以上、TOKIOの仲間や育ててくれたジャニーズ事務所に迷惑をかけたくないという中での決断だったのだろう。 そこで最後に考えたいのは、果たして山口は事務所を辞める必要があったのかということだ。この質問には賛否両論あるだろうし、外野の筆者がとやかく言うことでもないかもしれない。 ただ、重要なのは、元財務事務次官のセクハラ問題のように「辞職」だけでは加害行為の責任を取ったことにはならない点である。ましてや、本件には未成年の被害者がいる。山口がアルコール依存症かどうか、つまり病気かどうかは被害者にとっては関係ない。今後、山口に求められるのは、本格的なアルコール治療に取り組むことはもちろん、「加害行為に責任をとる」ことに向き合いながら、被害者が納得のいく生き方を模索していくことだろう。

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    「福島がTOKIOを応援する番」ツイッターで賛否両論

    への迷惑行為を推測させる内容、妊婦や生理用品への執着を感じさせるツイートも繰り返され、人気商売である芸能人がつぶやく内容とは思えないものばかり。「#今度は福島がTOKIOを応援する番だ」に賛否 さらに、「韓国人ビンタしたんでお金下さい」「韓国人と中国人は見下してる」といった人種差別も。この俳優が活躍する舞台は国外にも女性ファンが多く、ツイートを翻訳した海外ファンからも批判の声が上がった。 俳優は批判するファンをブロックし、これまでコメントを出していないが、舞台降板を望む声も多い。中には「若かったころのことだから」と擁護の声もあるが、ツイッター上のファンには広く知れ渡ってしまったと見られる。 声優ファンの炎上と同じく、内輪ノリで「毒舌」や「下ネタ」を楽しんでいるつもりだったのだろうが、代償は大きい。若気の至りとはいえ、何が彼を、そこまで異様なツイートに駆り立てたのだろう。 4月30日、某有名コピーライターが発したツイートが物議を醸した。内容は、「『人間以上の倫理感』が、いま人間に要求されているのではないか。いま人に要求されている『正しさ』は、ほとんどの歴史的宗教よりも厳しいのではなかろうか」。 前後のツイートとのつながりはなく、その後の本人の説明もないため、何についての言及かは不明だが、時期的に山口達也の強制わいせつ事件や、元財務事務次官のセクハラ問題顛末などを意味しているのではないかと推測されている。 GW中に武田鉄矢が山口の事件について「昨今、世の中の透明度がよくなるのはいいけど、世間の空気に栄養がない」「あまりにもみんな、清潔なものを求めすぎている」と発言したことと意味が近いと並べるツイートも散見する。 本人の言及がない以上、何を念頭に置いてのツイートなのかはわからないが、倫理観は人類の進化とともに磨かれていくものと考えれば、どの時代の宗教よりも正しさを求めているというのは、正解なのかもしれない。ただ、それは否定的に語られることなのだろうか。(iStock) もちろん、自分の感覚をフォロワーにふわっと共有したかっただけなのだろうから、ツッコミも野暮かとは思う。何についてのツイートかの説明がないのに、「そう思います」「その通りです」と追従できるフォロワーたちは、とても敬虔な信者に見えた。 「#今度は福島がTOKIOを応援する番だ」。TOKIOの連帯謝罪会見を見た人たちから生まれたハッシュタグだ。復興のためにTOKIOが尽くしてくれた恩返しに、TOKIOの窮地を救いたい気持ちの表れなのだろう。 長くなったので少しだけ。TOKIOを応援する人の中で好意的に大拡散されている一方で、案の定、ハッシュタグを使った被害者バッシングも行われている。このハッシュタグについて感想を求められたときに非常に慎重な言葉選びを迫られ、困るのはTOKIOなのではないか。被災地に送られ持て余される千羽鶴を見る気持ちになる。

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    山口達也が即解雇にならなかった、本当の理由とは

    まで完備。スパトリートメントやアロママッサージの施術を受けることもできる。「都心からも離れ、政治家や芸能人が人目を忍んで入院したい時に使われることが多い隠れ家的なVIP病院です。2年前、強姦致傷の疑いで逮捕され(不起訴処分)、釈放された後に高畑裕太(24才)が心身の不調で入院し、母・淳子が連日通いつめた場所でもあります」(医療関係者) その病院の4階の一室で、失意の山口はほとんど外界との接触を絶って極秘入院していた。「後悔」という言葉では言い表せない責め苦。しかし、長年背負ってきた“病の十字架”をやっとおろすことができる―そんな思いも彼の胸に浮かんだのではないか。 山口は6日、病院からジャニー社長に直接電話をして、「TOKIOを辞めたい」と強い辞意を伝えたという。「その日、城島茂さん(47才)がジャニー社長に山口さんの辞表を提出しました。本人の辞意もふまえ山口さんとの契約を解除することが決まり、その日の夜に発表されました」(スポーツ紙記者) 発端は今年2月12日。山口は自身が司会を務める『Rの法則』(NHK Eテレ)で知り合った女子高生2人を自宅マンションに呼び出し、強引にキスを迫ったことに始まる。 その後、女子高生が警視庁に被害届を提出。3月末に刑事が山口宅を訪れて3度の事情聴取をしたが、山口が事務所に報告したのは4月16日だった。4月25日にNHKの報道でようやく事件が明らかとなり、他のメンバーは初めて何が起きたかを知った。TOKIOの山口達也が強制わいせつ容疑との一報を受け、ジャニーズ事務所前には報道陣が集まった=2018年4月25日、東京都港区(桐山弘太撮影) 翌日、山口が謝罪会見を開き、5月2日には、城島、国分太一(43才)、松岡昌宏(41才)、長瀬智也(39才)のメンバー4人が緊急の会見を開いた。  松岡はその場で、「正直、あなたは病気です」と山口に直接伝えたことを明かした一方で、複数の病院で、「アルコール依存症という診断はなかった」と話した。山口達也の本当の病名 この騒動は不可解な点がまだ多く残されている。なぜ山口は肝臓を休めるための入院から退院したその日にすぐに酒を口にしたのか。それなのになぜアルコール依存症ではないのか。山口の酒癖の悪さは業界の一部では有名だったというのに、なぜ手が打たれなかったのか。打てなかったのか。なぜ事務所はすぐに事件を公表し、山口を解雇しなかったのか。なぜ事務所はすぐに辞表を受理せず、少し経ってから、契約解除にしたのか。それらの疑問を解くカギは、山口の「本当の病名」にある。「山口さんはアルコール依存症の疑いがあると報じられていますが、本当の病名は『双極性障害』、いわゆる『躁鬱病』だそうです。マライア・キャリーも先日、17年間も双極性障害に苦しんでいると初告白しました。日本で『鬱病』の患者数は500万人いるといわれています。山口さんももう6〜7年は前から苦しんでいるそうです。この病気のため精神が不安定になったことが、今回のさまざまな出来事の根幹にあります」(音楽業界関係者) メンバーが会見する前々日の4月30日、都内の高級ホテルの一室にTOKIOが勢ぞろいした。事件発覚後、初めてのことだった。「4人が先に集まり、今後のことを協議していたところ、入院中の山口さんが合流して1時間半ほど話し合いました。入院先の病院で情報を遮断されていた山口さんは世間の厳しい声やメンバーの反応を一切知らず、事の重大さを理解できていなかったところもあった。そのことに苛立ちを隠せないメンバーもいたそうです」(芸能関係者) だが、その場でメンバーが必要以上に山口を責めることはなかった。なぜなら、全員が山口が何に苦しんできたかを知っていたからだ。画像はイメージです(iStock)「長年にわたる躁鬱苦で山口さんの精神が弱りきっている上に、今回の事件で彼の心は完全に壊れていた。“自ら命を絶ってしまわないか”と周囲は本気で心配していました。だからメンバーは追及できなかった。事件発覚後すぐ解雇しなかったのも、ショックのあまり突発的なアクシデントが起こることを恐れたからです。そのため、拙速に対応するのではなく、山口さんが辞表を提出してからも時間をかけて、最後に自らの決断で身を引くかたちにしたんです」(前出・芸能関係者)  事務所が幕引きに時間をかけたのは、未成年の被害者に配慮したからでもある。「女子高生の保護者が“誰一人の未来もこの事件によって奪われてほしくない”というコメントを出しました。そこに気を遣ったようです。国民的人気グループのメンバーである山口さんが不本意な形ですぐにクビにされれば被害者の女子高生が責められてしまう風潮になりかねません。実際、ネット上では被害者を特定し、“数千万円の示談金をもらった”との根も葉もない中傷が飛び交っています。風評被害を最小限にするため、山口さんが納得した上で契約解除し、今後も事務所がサポートする方向にすることがベストでした」(前出・スポーツ紙記者)関連記事■ 山口達也 ”VIP病院”への極秘入院姿を撮った■ TOKIOの4人が怒り隠さなかった「山口達也の無責任な行動」■ 二宮和也&伊藤綾子 車中の初ツーショット写真を公開■ 山下智久 Nikiとのハワイ1週間ラブラブバカンスの様子■ チュートリアル徳井、チャラン・ポ・ランタンももと自宅デート

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    TOKIOメンバーによる「自己開示」会見を心理士が分析

     臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になった著名人をピックアップ。記者会見などでの表情や仕草から、その人物の深層心理を推察する「今週の顔」。今回は、TOKIOのメンバー4人による会見の内容を分析。 * * * 画面を通しても張り詰めた空気感が伝わってきたTOKIOのメンバー4人の記者会見。山口達也さんが起こした事件に、4人は「連帯責任」を強調して、「山口の責任はTOKIOの責任」「自分たちでできることを精一杯やる」と揃って謝罪する道を選んだ。会見が終わる頃には、彼らに対する同情と応援する気持ちが強くなったが、同時に多くの人に違和感を抱かせたのも確かだ。 4人は揃って何度も深々と頭を下げ、甘えた感情を見せた山口さんのことを厳しく叱責するという姿勢を貫き、グループとして謝罪の気持ちを強調した。松岡昌宏さんが「聞かれたことは、すべてお答えしようと思っていますので、なんでも聞いてください」と前を向いて言い切ったように、会見は関係者やファンが知りたかったことを、自分たちの言葉できちんと説明する場でもあった。 辞表を託されたというリーダーの城島茂さんは、「辞めてくれと言えない私たちがいた」と眉間や額に大きく深くシワを寄せた。葛藤と苦悩がシワの深さからにじみ出る。甘えたことを言った彼を見て、「さすがに信じられなかった」と大きく息を吸い込むと、「絶対そんなことは言わないタイプ」と自分の胸元に手を持っていく。その瞬間を思い出すだけで心が騒ぐのだろう。話しながら、何度もマイクを握っていた左手のひじを右手でつかんでいた。これは防御や守りの仕草であり、それだけ衝撃が大きかったのだと思われる。 普段の山口さんを「責任感の強いやつ」と言い、「自分の中で自分から辞めろと言わないといけない」と辞表を持ってきた理由を彼なりに考え、「そうだと信じていたいし、信じています」とカメラをまっすぐ見据えた。それは「たぶん、山口も見てると思います」と言っていたように、カメラを通して山口さんに訴えているかのようだった。画像はイメージです(iStock) 国分太一さんも、「ここ数日、複雑です」と口元をぎゅっと結び、疲れ果てた、というより表情が抜け落ちたような顔をカメラに向けた。毎朝、自らがMCを務める情報番組で事件について触れていた彼の精神的負担は、誰よりも大きかったに違いない。「手を差し伸べてしまいそうになることもあります。それはいけないんだとわかっていますが…」と目を伏せる。世間に「甘い」と言われるとわかっているため目を伏せたのだ。「逃げ出したくなることもあった」と、あまりにも淡々と語るその口調が、かえって彼の辛さと憔悴感を印象づけた。山口の「自己開示」は不適切 松岡さんも、「甘ったれたあの意見はどこから出ているのか」と、信じられないというふうに首を横に振った。そして「そんなTOKIOは1日も早くなくしたほうがいい」と厳しい表情で口元を強く結び、涙をこらえるように顎を上げた。信じていた仲間が見せた筋違いの甘えが許せず、見ている側には彼の悔しさだけが伝わってくる。 だが「辞めるのは簡単」と言いながらも一瞬、大きく首を横に振ったことで、本音ではそう思っていないことがわかる。「辞表を初めて見た。30年間、一緒にやってきた男のそんな姿を初めて見た」と舌打ちしたことで、見たくない姿を見てしまった怒り、失望、歯がゆさ、そんな気持ちがあることを想起させた。 会見中、発言しながら何度も身体を前のめりにする。その度に、彼の中にある葛藤や苦悩の強さをイメージさせるこの仕草は、「例示的動作」だ。この動作と、発言が厳しくなればなるほど口元を強く結び、顎を上げて涙をこらえる様子から、見ている側に伝わったのは山口さんへの深い愛情である。 一方、メンバー最年少の長瀬智也さんは、言葉を選ぶように、感情にのみ込まれないよう冷静に話していた。それでも山口さんへの言葉を聞かれ「やっぱり信じてますし、信じていました」と声を震わせたことで、彼の中にある動揺が感じられた。 この会見は、グループとして、感情を吐露するバランスが4人の中で取れていた。全員が松岡さんのように感情を露わにしていたら、“やり過ぎ感”が強くなる。逆に4人ともが長瀬さんのように淡々としていたら、情緒的な物足りなさを感じただろう。それぞれの感情の表し方、出し方がグループとしてうまく調和したことで、一人ひとりの感情の動きが際立っていた。画像はイメージです(iStock) こういう会見で、自分の思いを率直に述べるのは難しい。冷静になっていない時はなおさらだ。プライベートな情報をありのままに伝えることを「自己開示」と呼ぶ。彼らの自己開示は、解散危機に対するダメージを少なくする効果があった。人は自己開示した相手に好意的になり、情緒的に受け入れ、共感や力づけたい、援助したいという感情を持ちやすくなるからだ。もし彼らが「なんでも答える」という姿勢を見せず、感情も露わにせず、謝罪のみの事務的な対応で会見を終わらせていたら、グループを存続させるための打算だと思われていただろう。 ただ皮肉にも、これは山口さんが謝罪会見で行った自己開示が不適切だったことを改めて認識させる結果となった。また彼らにそこまで自己開示をさせたことで、山口さんに自責の念を強めさせたことも否定できない。自身の言動が彼らを苦しめ、さらなる批判のタネを蒔いたのだ。自分の存在が彼らの負担でしかないとなれば、答えは1つしかない。 図らずもこの謝罪会見が、4人としてのTOKIOのスタートとなってしまったのが残念だ。関連記事■ 山口達也 ”VIP病院”への極秘入院姿を撮った■ 山口達也が即解雇にならなかった、本当の理由とは■ TOKIOの4人が怒り隠さなかった「山口達也の無責任な行動」■ 山口達也事件で改めて考える“ガールズ番組”の業界ルール■ チュートリアル徳井、チャラン・ポ・ランタンももと自宅デート

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    山口達也「衝撃キッス」はジャニーズ失墜を象徴する

    った筆者も、数々の不祥事を目の当たりにしてきたが、今回の事件は取り返しがつかない事態という感が強い。芸能界に長く君臨するジャニーズがこの危機をどう乗り切るかは実に興味深く、注目に値する。 とはいえ、ジャニーズだけでなく男性アイドルにとって「よくある」トラブルであることは言うまでもない。「自宅に呼んだ女性を酒の勢いで…」という山口達也のような行為は、男性アイドルだけではなく、お笑い芸人や俳優などの周辺ではごく日常的な話であり、別段驚きもない。不謹慎な言い方だが、驚きといえば、なぜ刑事事件に発展する事態を招いてしまったのか、という点である。 具体的には記載できないが、同様のトラブルが起きた場合、ジャニーズの人気アイドル級になれば、和解のための示談交渉などに億単位のカネが動くことはざらにある。たとえ「実弾」(カネ)が動かなくても、内々に解決する方法もあったはずだ。 では、なぜこのような事態に発展したのか。一言で言えば、これは山口達也の人間性に行き着く。つまり、もう46歳にもなった山口達也が「事の重大さ」を理解できなかったことに他ならない。だが、山口達也という人間を少しでも知っていれば、「やっぱり」という印象を持つ人もきっと多いだろう。 筆者からすれば、事の重大さを理解できなかっただけでなく、人気アイドルとしての危機意識があまりに薄い、甘さが露呈したと思っている。この件について関係者に聞くところでは、事務所への報告どころか、当時は泥酔していてメンバーにさえ相談もしていなかったようだ。 ただ、山口達也といえばアイドルの中でも「ベテラン」だ。当たり前だが、ジャニーズタレントが女性にモテることは、身を持って知っている。一度でも経験すれば、嫌というほど分かるが、日ごろから多くの誘惑に囲まれる。記者会見するTOKIOの山口達也メンバー=2018年4月、東京都千代田区(松本健吾撮影) よくある話だが、デビューした後、急に親戚や友人が増えたり、よく分からない組織や団体に誘われたり、安倍首相の昭恵夫人ではないが「利用」されることも珍しくない。 こうした中で、最も危機意識を持たなければならないのが「異性」であることも承知の上だろう。ジャニーズの場合は「同性」という相手もいるが、スキャンダルの基本は異性関係である。 とはいえ、アイドルと言えども生身の人間だ。プライベートはガチガチに管理され、世間の目から逃れられない生活はストレスも人一倍大きい。山口達也の行為も理解できないわけではない。 ただ、日ごろから「ご飯、連れて行ってください」「飲みに行きましょう」「お家に遊びに行っていいですか?」といった類の誘いは後を絶たない。年齢を問わず、女性からの誘いもあまたあり、もちろん「すべてOK!」ということではなく、「選別」することもしばしばある。変わり始めたジャニーズ事務所 アイドルはモテるのに、大っぴらには「遊び」ができないだけに、必然的に自宅での飲み会や食事、パーティーといったケースが多くなる。それだけに、自分がスキャンダルの対象にならないよう、常に慎重かつ熟慮しながら行動するのだが、時としてこの予見が大きく裏切られてしまうこともある。良い例が、10代の少女に性的暴行して吉本興業を解雇されたお笑いコンビ「極楽とんぼ」の山本圭壱だろう。 もちろん、いかなる事情があっても違法行為は許されないが、交通違反やちょっとした暴力沙汰なら、多少なりとも取り返しがつく。だが、芸能人の場合、特に危機意識を持たなければならないのは、未成年を巻き込んだスキャンダルである。 4月26日の記者会見で、山口達也は「無期限謹慎処分」でありながら、復帰を望む発言も飛び出したが、筆者の考えでは、女性ファンらの「裏切られた感」は半端なかったと思う。衝撃の大きさを考慮すれば、もはや復帰は不可能に近いだろう。 山口達也に同情の余地はないが、一人の大人として自らが起こした不祥事を「自分一人の責任」として腹をくくったのは、決して悪いことではない。恥も外聞もなく、すぐに親や事務所を頼ろうとする今どきの若い連中に比べると、その責任の取り方は雲泥の差である。 謝罪会見を見る限り、「被害者」へのお詫びの言葉や示談、和解に向けた行動は決して間違っていない。「自分の力で解決できるなら、事務所への報告は要らない」と判断したことをもって、山口達也が「隠蔽」したというのも違うだろう。 ただ、今回の事件をめぐって特筆すべきは、人気グループ「関ジャニ∞」の渋谷すばる脱退の際にも述べたが、ジャニーズ事務所の対応の変化だ。一般企業であれば、社員が起こした不祥事に対し、最大限注力してマスコミ対応するが、なにせ「芸能界の帝王」ジャニーズである。 事件の第一報がメディアに取り上げられた直後、素早く報道各社にファクスを流し、一夜明けて約45分間もの「涙の会見」を行ったことは、芸能マスコミの関係者にとっては「おいしいネタ」になったに違いない。 これまで何があっても「代表が出てこない企業」を貫き、経緯の説明や謝罪の意思を求められても「責任者不在」で押し通すマスコミ対応がジャニーズの常識だった。これは本来、許されるはずもないのだが、マスコミや世間から有無をも言わせない影響力を持っていたのが、ジャニーズだったのである。 今回の場合、レギュラー番組を多数抱えるTOKIOメンバーの不祥事であり、大方の予想通りワイドショーや週刊誌にとっては「数字を稼げる」ネタになった。にもかかわらず、ジャニーズがある意味、申し分ないのメディア対応を徹底したことで、特にテレビでは山口達也やジャニーズへのバッシングよりも、擁護論の方が大きいように感じる。事実、筆者が親しくする芸能記者の多くは、一様に安堵している。記者会見するTOKIOの山口達也メンバー=2018年4月、東京都千代田区(松本健吾撮影) ただ、一連のジャニーズの変化は、逆に言えば事務所の権威で「スキャンダル逃れ」を続けてきた所属アイドルにとって、もう通用しないことを示唆しているとも言える。 そこで注目されるのが、山口達也の最終的な処遇だろう。天下のジャニーズとはいえ、守らなければならない優先順位はあるだけに、「山口切り」も十分有り得るのではないか。結果的に被害者の女子高生が、被害届を取り下げたとしても、今回の事件が社会通念上、許されないことはジャニーズも百も承知だろう。 スポンサーへの配慮だけでなく、NHKや2020東京五輪、被災地の復興支援といった「カネでは解決できない」諸案件を抱える山口達也の処遇については、TOKIOの脱退、いや除名といった厳しい処分しか、ジャニーズ事務所の今後を考えれば、この難局を乗り切る手立てはない気がする。 かつて、筆者は「ジャニーズの危機管理」について事務所幹部に進言したことがあるが、このときはいかなる「難敵」が相手であろうと、「恐るるに足りず」といった強気の姿勢だったと記憶している。だが、その強さが通じない「事件」に見舞われた今、山口達也だけでなく、ジャニーズ事務所はどのような方法でケジメをつけるのか、しっかり見届けたい。

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    渋谷すばるに脱退を決断させた「関ジャニ∞」の悲しき事情

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント) 4月15日、「関ジャニ∞(エイト)」が記者会見し、メインボーカルの渋谷すばるが脱退、ジャニーズ事務所からも独立することが発表された。このニュースは大きく報じられたが、筆者からすれば、2年ほど前から聞いていた話であり、「ようやくか」という思いしかない。 雑誌などで渋谷脱退の可能性が報じられて以降、相変わらずメディアは「ジャニーズ王国の崩壊」といった憶測や妄想を膨らませているが、これは的を射ておらず、渋谷の決断の理由はもっと単純だ。 ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏がよく言っていたことがある。「タイガース」や「ドリフターズ」は、メンバー全員の名前を全国民が答えられるほどの知名度があり、それこそがスーパースターの証左だと。 では、関ジャニ∞はどうか。渋谷すばる、横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、錦戸亮、大倉忠義、この中で知名度が高いといえるメンバーは、かろうじて村上ぐらいだろう。コンサートツアーで国内最大規模の動員数を誇るとはいえ、現実はその程度のもので、SMAPや嵐にはあって関ジャニに足りないのもそこだ。 そもそも関ジャニは知っていても「渋谷すばる」を知っている人はどれだけいるのか。村上はバラエティー番組の出演も多く、そこそこ有名だろうが、他のメンバーは、顔は知られていても名前までとなると、ファン以外はさほど知らないだろう。 NHKの大河ドラマ「西郷どん」に出演している錦戸にしても、関ジャニを離れたら「誰だっけ」となっても不思議はなく、本人たちもそれを理解している。関ジャニはSMAPや嵐より稼ぐと言っても、個々のネームバリューは極端に低いのだ。となると、「このままでいいのか」という不安は日々増幅していくものだ。 渋谷は10年も前からアーティストとして本格的な音楽に取り組み、ソロやバンドの活動も行ってきた。もちろん、関ジャニやジャニーズの看板があってできることだが、逆に「足かせ」になってできないことも多々ある。記者会見に臨んだ「関ジャニ∞」の渋谷すばる=2018年4月、東京都港区 あくまでも関ジャニとしてのグループ活動が優先であり、スポーツでいえば個人の成績よりチームの勝利が重要だからだ。関ジャニに帰属する個々の活動はできるが、そうでない場合は許されない。 やりたいことができないわけではないが、物理的に時間がないのだ。普通の会社に置き換えれば、1日8時間の就労と往復の通勤時間、加えて家に仕事を持ち帰ることもあり、それ以上別の仕事をやろうと思えば難しい。 グループでの活動は歌やダンスに楽器など、「仕事」は膨大にある。さらにテレビやラジオ出演があり、ツアーもある。この繰り返しの中で、年齢の問題が刻々と迫ってくる。 当たり前だが、30代後半となれば人生の岐路だ。新たなことにチャレンジするにはギリギリだと思ったのだろう。安定を求めて関ジャニで活動するか、過酷ではあるが本当に自分の能力が生かせる仕事を追求するか。 こうした現状がある中で、渋谷も36歳の大人として一つの決断をしただけだ。確かに関ジャニというグループの存在は大きいが、現状以上はもう期待できない。そこから脱皮したいなら、関ジャニを卒業するしかなかったのだ。「高齢化」する人気ジャニーズタレント では、なぜこのタイミングかを考えれば、関ジャニが絶頂期にある時を選択したにすぎない。先にも述べたが、関ジャニは知られていても「渋谷すばる」個人では限界がある。コンサートツアーも決まった中での脱退といった注目度が高い分「今」というタイミングは申し分ない。 渋谷個人に限界があるとはいえ、2億円を超える年収があり、ブレーンやスポンサーの算段も背景にあることは間違いない。ただ、こうした環境が整っているからといって、アイドルグループからの脱退のタイミングは思うほど簡単ではない。他のジャニーズ所属のグループにもよくあるが、メンバーの不祥事などで逆風がいつ何時吹くかわからないというリスクもあるからだ。 ではなぜ、渋谷はジャニーズ事務所に残った上でのソロ活動を選択しなかったのか。それは、ジャニーズでソロは売れないし、売る気もないのが90年代からのポリシーになっているからだ。 光GENJIの絶頂期を経てソロデビューした諸星和己もそうだったが、いずれも売れているといった域に達しておらず、むしろジャニーズのブランドレベルでは失敗例だろう。 最近で言えば、NEWSから離れてソロに転じた山下智久もよい例だ。今一つといった感がぬぐえない状況に、「山下のようになりたいか?」という思いが強いのだ。もちろん、キムタクや中居正広らは別格であり、同格で考えるわけにはいかない。 そして、今回の渋谷脱退騒動で興味深いのは、やはり関ジャニメンバーそろっての記者会見だろう。 ただ、これはジャニー喜多川氏が明言している「大人の決断を尊重する」といった企業としての姿勢の表れだ。もちろん、SMAPの時のようなゴチャゴチャした面倒にならぬよう最善を尽くした結果ではある。渋谷すばるの脱退について会見する関ジャニ∞のメンバーら=2018年4月、東京都港区 ゆえに、冒頭でも記したが、今回の騒動に「ジャニーズ王国の崩壊」といった意味合いはない。そしてSMAPの解散であったようなメンバー同士の衝突や不仲があるわけでもない。 不仲があったとしても、グループ内のいざこざは少なからずあり、それが脱退まで発展したと報じるメディアは無責任な憶測だ。ただ、あてえジャニーズに課題があるとすれば、人気グループの「高齢化」だろう。 当然だが、人気グループのメンバーらはいつまでも子供じゃない。長年続けていれば、立場や将来を考えるようになる。ジャニーズやグループでずっと安定を求めるか、自分の才能を信じてステップアップするか、どちらを取るかメンバーそれぞれで考えが分かれるだろう。 筆者は関ジャニ以外のグループでも、渋谷同様の決断を模索しているメンバーがいると聞いている。この状況を鑑みれば、再び渋谷のような騒動が起きても、不思議ではないのである。

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    『週刊文春』が完全に悪者扱いされるのは残念です

    佐々木博之(芸能ジャーナリスト) メディア批判というのは昔からあることです。これまで週刊誌が報じた不倫疑惑はかなりの件数になりますが、私の記憶では、今回の小室氏のように週刊誌側が非難されるケースはなかったように思います。 「なぜ他のタレントや政治家と違って今回の週刊文春の報道は批判を集めたか」といえば、端的に言うなら小室氏が引退したからです。それにより、小室氏が世間の同情を集め、かわいそうだ、となったからだと思います。  「妻はくも膜下出血で倒れた後、脳に障害が残ってしまい、その介護で大変な生活を送っている。才能が枯渇し、満足のいくような作曲ができなくなった。そういう中で、往診してくれる看護師に相談相手、話し相手になってもらっているだけ。何年も前から男性機能は働かず、肝炎を患い闘病中だった。肉体関係などあるわけがない。だけど騒動になった責任をとって、引退します」会見場に入る小室哲哉=2018年1月19日、東京(撮影・佐藤雄彦) この話が事実なら、彼を哀れまない人はまずいないでしょう。100%事実ならばですが、すべてのウラを取ることは難しいし、憔悴(しょうすい)しきった姿を見たら、「本当ですか?」と聞ける人は少ないでしょう。 「濡れ衣ではあるが、誤解されたのは不徳の致すところ。責任をとり引退します」 なんと潔い。濡れ衣を着せられ、言い訳せずに切腹したといわれている幕末の志士、田中新兵衛を思い浮かべてしまいます。実際は濡れ衣ではなかったという話もありますが、日本人はこういう話に弱いんです。 だから、「『週刊文春』はひどい! ありもしない不倫をでっち上げ、日本の音楽界に欠かすことはできない才能あふれる小室氏を引退に追い込んだ。許せない」「日本の大事なアーティストを引退に追いやった大罪は、どんな言い訳をしてもぬぐえるものではない」 などと『文春』バッシングが始まったのです。彼が引退せずに、釈明と謝罪だけならこんなことにはならなかったでしょう。 しかし、『文春』は小室氏に引退を迫ったわけじゃなく、何かペナルティーを与えたわけでもありません。不倫疑惑を報じただけです。報道によって引退に追い込まれた、という人もいるでしょうが、会見を思い出してください。 「曲作りに限界を感じた。前から引退を考えていた」と語っていました。となると、今回の報道が原因で引退するわけではないということです。 「謝罪会見のついでに…」という気持ちもあったのではないかと思いますが、彼のあざとさを指摘する声もあります。そこまでは考えたくないのですが、妻の病状、自身の病気を明らかにし、窮状を訴えた上で、潔く重罰を受けたように見せることで、同情を集め、バッシングを避けようとしたのではないか、と考える人がいるのも事実です。「文春が引退させた」に異議あり そもそも小室氏は不倫を否定したのだから、責任を取る必要もないだろうし、世間を騒がせた責任だとしても、引退までする必要はないと思うのは私だけではないでしょう。引退そのものは騒動のせいじゃないのに、世論がいつの間にか「『文春』が引退させた」と思うようになってしまったのは、納得がいきません。 また『文春』の記事には、小室氏と看護師が2人きりでお互いの家で長時間過ごしたり、腕を組んで歩いていたという描写があり、写真も撮られています。このことについては否定していないわけです。それが不倫行為、あるいは不貞を働いたといえるのか難しいところですが、たとえ肉体関係がなかったとしても、妻の留守中に自宅に女性を招き入れるというのはどうなんでしょうか。多くの女性は眉をひそめるだろうと思います。寝室で一緒に寝たとなると、「それくらいなら、許せる」という人はどれくらいいるのか。妻が正常な判断を下せない状態にあるのなら、なおのことやってはいけないことではないでしょうか。 それらも全てなかったことのように、『文春』が完全に悪者に見られているのは残念なことです。ただ、結果として小室氏の会見は大成功だったということになります。見事に不倫疑惑を払拭(ふっしょく)、世論を味方につけてしまったわけですから。これまでなされた、不倫疑惑釈明・謝罪会見のなかで、これほどうまくいった会見は記憶にありません。『文春』はまさかこんな事態になるとは考えてもいなかったでしょう。 あくまで芸能ニュースに限ってのことですが、週刊誌が不倫報道をするのは、その根底に「大衆は常に、芸能人の裏の顔を見たいと思っているはずだ」という妄想かもしれない、確信があるからです。普段テレビなどで見る姿とかけ離れた姿をとらえて報じることで、その大衆の要求に応えよう、すなわちその人たちに本を買ってもらおうという意図があるのです。普段の姿からは考えられないといえば、タレントのベッキーはその顕著な例でした。川谷絵音とのスキャンダルについての会見を終え退室するよう事務所関係者に促されるベッキー=2016年1月6日、東京(撮影・山田俊介)  あるいは、悪行とまではいかなくとも、芸能人のけしからんと思える行為を報じることによって、その芸能人が糾弾されたりすれば、極端な話、記者はまるで自分が悪を懲らしめる仕置き人にでもなったかのような「ちょっとしたヒロイズム」に浸れることがあるのも事実です。 小室氏の場合は「奥さんが大変なときに何をやっているんだ」と非難の声が上がり、「『文春』はよくやった!」となるはずだったんでしょうが、そのもくろみは見事に外れました。砲弾が逆にはね返されたという見方もできますが、とどのつまり「小室氏の方が一枚上手だった」ということじゃないでしょうか。不倫報道を続ける意義 さて、「不倫報道を週刊誌が続ける意義」についてですが、ちょっと曖昧な言い方になりますが、意義の位置づけによって異なるのではないかと思います。  結論から言えば、不倫報道は週刊誌的には意義があると思います。しかし社会的にはほぼないと思います。「ほぼ」というのは、ときどき意義がある場合もあるからです。  しかし、それを言ったら芸能ニュースなんてほとんど意義のないものばかりです。芸能ニュースではありませんが、テレビのニュースでときどき流れる、「中国の奥地で、子どもが壁の穴に首を突っ込み、抜けなくなったため、レスキュー隊が出動し、壁を壊して救出」といったたぐいのニュースも意義があるとは思えないのですが…。 だからといって、不倫報道を止めてしまえというのは賛成できません。その先に「報道の自由」が奪われてしまう危険性も感じてしまうからです  週刊誌は雑誌です。いろいろなジャンルの記事が掲載されていて、芸能記事はその一部です。芸能記事はスキャンダルばかりではありませんが、前述のように「芸能人の裏の顔」を報じたいとなれば、必然的にスキャンダルが多くなります。もちろん芸能人のスキャンダルを一切扱わない週刊誌もありますが、不倫をはじめ芸能人のスキャンダルを報道するのは、週刊誌の持つ性質上不可欠なことなのだと思います。 また、週刊誌はいわゆる商業誌です。売れなければ意味がありません。売れるためには読者が興味を持つ記事を掲載しなければなりません。三省堂書店神保町本店の雑誌売り場=2013年2月8日、東京都千代田区(山田泰弘撮影) 「不倫報道を続けることで部数を伸ばそうとしている」と指摘した方がいましたが、芸能人の不倫を報じたくらいで販売部数が極端に増え、売り上げが伸びるなんてことは、今の時代では有り得ません。確かにベッキーのときは売れたようですが、本当にまれなケースだと思います。 今、週刊誌を購入して読む人は少ないです。昔に比べたら売れなくなっています。芸能人の熱愛や不倫を報じても、それほど部数に影響しないということは、どの週刊誌も写真誌もとうの昔に気づいています。 ですから、今はどの週刊誌もウェブに活路を見いだしているわけで、そこにテレビが関わってきました。週刊誌はウェブ配信用に動画を撮影するようになり、その動画をワイドショーが買って流すようになりました。不倫報道でペナルティーを与えなければいい 今、ワイドショーが芸能スキャンダルを独自にスクープすることはほとんどありません。週刊誌報道を紹介するのみです。たまに当事者を取材するときもありますが、それも週刊誌報道が元になっているわけですから、ワイドショーが週刊誌に依存する割合はかなり大きいといえます。週刊文春に不倫疑惑を書かれたことを受けて開いた会見で芸能界引退を表明した小室哲哉=2018年1月19日、東京都(撮影・佐藤雄彦)  しかも自前で取材、撮影するよりはるかに低いコストで手間もかからずに映像を入手することができ、視聴率も上がるとなったら、こんなありがたいことはありません。週刊誌にとっても、本体が売れなくなった分をそこでカバーできているわけです。 もし、テレビが週刊誌の記事を紹介しなければどうなるでしょうか。最近の若者は芸能ニュースにそれほど興味がないし、週刊誌も読みません。ネットで芸能ニュースをチェックする年配の人も少ないと思います。となると、週刊誌の不倫報道を知るには電車の中吊り広告か新聞広告になります。報道の拡散は格段に狭くなるだろうと思います。 また、ワイドショーで芸能人の不倫疑惑が扱われるとき、コメンテーターが「不倫は当事者の問題だから他人がとやかくいうことではない」とコメントするのをよく耳にします。でしたら、最初から扱わなければいいだろうということにならないでしょうか。  話はそれますが、「不倫や浮気は犯罪じゃないんだから、そんなにたたくことはないだろう」という人もいます。その通りです。ですから、ペナルティーを与えることをやめればいい。小室氏は「引退は自分に与えた罰」みたいなことを語っていましたが、不倫したからといって、番組を降板したり、CMを中止したりするのをやめればいいんです。 考えてみてください。仮にベッキーが冷凍食品のCMに出演していたとします。彼女が不倫したからといって、それまでその食品を食べていた人が買うのをやめると思いますか? キャラクターの不倫で本当に商品のイメージダウンなどあるのでしょうか。 「テレビが不倫報道をしなくなったら日本が変わる!」なんて言っていた人がいましたが、そんな大げさなことではないでしょう。そもそも芸能人の不倫なんて、そんなに大騒ぎするほどの話ではないと思います。当事者以外には関係のないことですから、周りは1週間もたてば飽きてしまうし、その時にはまた新しい話題が出ますから。世の中、そんなものです。 テレビで不倫報道を扱わなければ、週刊誌も注目されず、大きな騒動にもならないと思います。『文春』を批判する人たちも、雑誌を買わなきゃいいし、読まなきゃいいんです。そうなって本が売れなくなったら、自然と芸能人の不倫が記事になることもなくなるでしょうね。 しかし、下世話な話に興味がある大衆がいる以上、そうなるとは思いません。バッシングを受けたくらいで『文春』は砲撃をやめることはないと思いますし、それで腰が引けてしまうほどやわじゃないです。それが週刊誌の矜持(きょうじ)だと思うのですが。

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    元SMAPメンバーは「労働者」と言えるのか

    な技能を要する一部の職種について、独立・移籍を制限する慣行が存在するとの指摘がある」と明記しており、芸能界における移籍問題をも検討対象にしていることは間違いないでしょう。独立後初仕事の元SMAP・香取慎吾 =2017年9月9日、東京都(蔵賢斗撮影) そして昨年から人気アイドルグループの解散や、そのメンバーの移籍などが話題になっていますが、この問題の根底にあるものを理解するためには芸能界の実態を認識する必要があります。 日本では、新人が「タレントとして第一歩を踏み出そう」とするとき、オーディションやスカウトを経て芸能プロダクションと契約することがほとんどです。最近ではYouTuberやブロガーなど、芸能プロダクションと契約せずにフリーで情報発信をする人たちも増えましたが、依然としてテレビの持つ影響力は強く、「テレビに出演しているタレント」という意味では、ほぼ全てのタレントが芸能プロダクションに所属しています。 私は弁護士として100通以上の芸能プロダクションとタレントとの契約書をみてきました。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる契約は「専属マネジメント契約」「専属芸術家統一契約書」と言われます。 多くのタレントは無名な新人の状態で、芸能プロダクションがあらかじめ用意した契約書への署名・押印を求められることがほとんどです。 芸能プロダクションが用意する契約書には、多少の違いはありますが、およそどの契約書にも共通する三つの目的があります。一つ目は、報酬・給与等の金銭関係について規定すること。二つ目は、著作権、著作隣接権、芸名の使用権、肖像等に関する権利について芸能プロダクション側が譲渡またはライセンスを受けること。三つ目は契約期間、途中解約の場合の違約金条項、退所後の競業避止義務等を規定しタレントを縛ることです。 このように、契約書にはタレントを縛るための条項があるのですが、芸能プロダクションがタレントを縛りたいというのは十分理解できるニーズです。タレントは法律の空白地帯 芸能プロダクションは多額の投資をし、タレントを数年かけて育成し、その後売れた段階で回収するというハイリスクハイリターンなビジネスです。数年かけてやっと利益が出るようになったタレントが「あっちの事務所の方が条件も良いし、良い仕事も来るので移籍します」と言われても、簡単に応じることはできません。 裁判例の中にも「芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ、これにより人気を上昇させてチケットやグッズの売り上げを伸ばし、そこから投資を回収するビジネスモデルを有している」と明言したものがあります。 このように「商品であるタレントに他の事務所に移籍されては困る」というのは、ほとんどの芸能プロダクションに共通することですから、業界内でもタレントの引き抜きはタブーとされています。仮にタレントが無断で移籍や独立をすれば、各事務所はテレビ局や制作会社に対して、「当該タレントを使用するな」と圧力をかけ、実際、テレビ局側が当該タレントをキャスティングするならば、事務所の他のタレントを引き上げるというような圧力をかけます。 最近はインターネットの存在で若干変わりましたが、依然としてメディア=テレビであり、視聴率を取るためには有名タレントを出演させるという構造の下においては、テレビ局と芸能プロダクションとの関係は強いものがあります。 テレビ局にとっても、大手プロダクションともめるという不利益と比較した場合「それでもなお当該タレントに出演を依頼する」とはなりにくく、結局、タレントは干されることになります。(iStock)  そしてこのテレビ局の判断は、経営判断を前提としているので、タレントも裁判などで争うにはハードルが高く、そのような裁判事例はほとんどありません。このような状況下で、タレントが事務所の許可なく移籍や独立をすることはおよそ不可能です。 以上が、タレントが移籍や独立を試みたときに予想される展開となります。 そもそも企業と従業員との間を規律するのが労働基準法や労働契約法などの労働法規です。それに対して、事業者間の関係を規律するのが独占禁止法や下請け法です。所管している官庁についても労働法規については厚生労働省、独占禁止法については公正取引委員会です。この中で、タレントについては、労働者なのか独立の事業者なのか明確に区別できず、法律の空白地帯になっているといえます。有名タレントは独禁法の対象 一昨年、昨年とアイドルの恋愛禁止裁判が話題になりました。芸能プロダクションとタレントの間の裁判において、裁判所が芸能プロダクションとタレントとの契約は労働契約であると認定した例も少なくありません。もっとも、ほとんどの事例において対象となったのは、いわゆる有名タレントではなく、テレビの音楽番組にほとんど出演することがない、数百人規模のライブハウスでコンサートを行っている10~20代のアイドルです。未払い賃金の支払いなどを求めて東京地裁に訴えを起こし、記者会見したアイドルグループ元メンバーの女性=2017年11月14日、東京都内(加藤園子撮影) それに対して、独占禁止法の法規制の枠組みの対象となるのは、いわゆる大物タレント、幅広い年代で知られているタレント、国民的タレントと呼ばれるような人たちであり、芸能人、タレントという肩書で呼ばれる人たちの絶対数の中ではごく一部といえます。有名タレントになってくると、時間単位でいくらというギャラの支払いスタイルから、仕事あたりいくらというスタイルになり、その額も同年代の会社員の給与とは桁違いになっていきます。そうすると、業務の内容やギャラという視点からは、独立の事業者と評価されやすくなります。 しかし実際は、すごく有名なタレントであっても、所属プロダクションの意向には逆らえず、明確な指揮、命令関係が認められるケースが少なくありません。若い頃、無名の頃、売れない頃から育ててもらった恩なども相まって、事務所との関係は非常に複雑な関係になってきます。 このような有名タレントについては、所属芸能プロダクションとの契約は労働契約とは一概にいうことができず、タレントも独立の事業者と評価されうることから、独占禁止法による法規制の対象になってきます。 まず、芸能プロダクションとタレントとの関係を1対1で考えたときには、優越的地位の濫用規制が問題となります。優越的地位の濫用とは、取引相手と比較した場合の優越的な地位を利用して、取引相手の自由で自主的な判断を妨げることをいいます。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる専属マネジメント契約のほぼ全てに「専属性」が規定されており、タレントが1度契約してしまえば、所属事務所以外を通じて芸能活動を提供することは禁止されます。 また、多くの契約書には「甲と乙は独立の当事者として」と規定があるのにもかかわらず、タレントは芸能プロダクションの指示に従わなければならないという義務規定があります。このように、所属事務所の指示を通じてしか芸能活動ができないという状況下においては、事務所が優越的地位を有しているといえるでしょう。テレビ局と芸能界の「忖度」 そして、契約後この優越的地位を利用して、一方的なギャラの引き下げ、過重労働の強制、移籍・独立の制限などを行った場合には、優越的地位を濫用した行為といえます。 また、独立や移籍を試みようとした所属タレントについて、テレビ局をはじめとする各種メディアに対して「当該タレントをキャスティングするのであれば、当社所属のタレントはその番組には出演させることはできない」と圧力を加えることで、当該タレントの出演は事実上著しく困難になります。 このような、独立しようとするタレントに関してメディアに不当な圧力をかける行為についても、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用に該当し得る行為といえるでしょう。優越的地位の濫用と認定された場合には、公正取引委員会から芸能プロダクションに対して排除措置命令がなされ課徴金の支払いを求められます。 複数の芸能プロダクションや、芸能プロダクションで組織する業界団体が共同でタレントの移籍を制限するような場合には、独占禁止法が規制する「共同の取引拒絶」に該当するといえます。共同の取引拒絶とは、複数の事業者や業界団体が共同して、特定の事業者との取引を制限することをいい、公正取引委員会が今回引用している5社協定においても問題となった行為類型です。これは「集団的ボイコット」と呼ばれることがあります。 共同の取引拒絶の典型例として、タレントが移籍しようとするときに、かつて所属していた芸能プロダクションが、他の芸能プロダクションに対して「そのタレントとは契約するな」と働きかけ、他の芸能プロダクションが追従する行為などが挙げられます。 また、テレビ局をも巻き込んで「あのタレントを出演させるな」という場合にはテレビ局も共同の取引拒絶をしている主体といえます。(iStock) 公正取引委員会が共同して取引を拒絶していると認定するためには、明示的に協定書や合意書が作成されることは不要であり、暗黙の認容でも共同行為に該当するとした裁判例が存在します。 実際、複数の芸能プロダクションやテレビ局で「特定のタレントと契約しない」「あのタレントは出演させない」という内容の協定書や合意書が作成されることはまずありません。電話などの証拠が残らない方法により意思形成されることになるでしょうし、場合によっては他の芸能プロダクションが追従することにより暗黙の意思形成がされることもあるでしょう。芸能界の慣習に踏み込まなければならない しかし、黙示であったとしても、各社の行動の一致性や、事前の連絡があったかなどにより、共同の取引拒絶があったと認定されるケースも十分に考えられます。確かに、芸能プロダクション側がタレントに対して優位に立ちたいというニーズは十分に理解できます。社長やマネジャーからしてみれば、一癖も二癖もあるタレントに仕事の時間を守らせ、礼儀作法を教え、業界のルールを教えることは簡単ではない場合があります。未成年のタレントには飲酒喫煙の禁止を厳守させ、ドラッグから身を守らせることは重要かつ頭を悩ませるところです。 私自身、芸能プロダクション側の相談を受けることも少なくなく、事務所側の代理人として数多くの事件を経験し、事務所に損害を与えたタレントに対して訴訟提起した経験もあることから、事務所側の苦労はものすごく理解できます。 そして、「旧事務所を円満に辞めなかったタレントは芸能界で干される」という事務所優位な状態は、タレントに恐怖と不安を与え、どの事務所にとってもタレントをコントロールする材料になることから、この状態を利用したい気持ちも十分に理解できます。(iStock) しかし、複数の芸能プロダクションや業界団体が、このような共同の取引拒絶に該当する行為を実行することは独占禁止法に違反する行為であり、排除措置命令や課徴金支払いの対象になります。さらに、複数の芸能プロダクションが共同の取引拒絶をした結果、「取引分野における競争が制限されている場合」には不当な取引制限にも該当します。 不当な取引制限に該当すると、行為者に対して5年以下の懲役または500万円以下の罰金、その雇用主(多くの場合芸能プロダクションとしての法人)には5億円以下の罰金という独占禁止法上最も重い刑罰が科されることになります。 これまで、芸能プロダクションとタレントとの関係について、独占禁止法の視点から検討されるケースはあまりありませんでした。昨今の有名タレントグループの解散や独立、移籍を発端に話題にはあがるようになりましたが、その根底となる芸能界のルールは今に始まった話ではありません。 公正取引委員会には、「従来の判断枠組みでは法律上の問題はありませんでした」ということで検討を終えるのではなく、芸能界の実態に踏み込んだ調査と、芸能界の実態に即した判断がなされることを期待しています。

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    ローラの「奴隷契約」を公取委のメスは是正できるか

    )が所属事務所から独立したために仕事を干され続けたことのほか、ローラさんの件など、タレントが所属する芸能プロダクションとトラブルになるケースが最近増えているのは、みなさんよくご存じの通りです。「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展」のレセプションに出席した元SMAPの香取慎吾=2017年10月、東京都港区(中井誠撮影) こうした芸能人やスポーツ選手が、所属する芸能事務所などと交わす契約などについて、公正取引委員会が調査を始めました。独占禁止法に抵触しないか調べるためです。そしてこの問題に関する第1回目の有識者会議が今年8月に開かれました。 そうなると長年にわたって「特殊な世界」として放置されてきた日本の芸能界に、初めて行政のメスが入ることになります。これは極めて画期的なことですが、同時に新たな難問に取り組むことにもなりそうです。 念のため申し添えておくと、私がテレビ番組制作の現場で経験してきた範囲に限って言えば、ご一緒させていただいた芸能人の方々は、ほぼ全員が所属事務所との関係が良好でした。たまたまラッキーだったのかも知れませんが、数百人にのぼる芸能人のほぼすべてです。ですから決して多くの芸能人が所属事務所とのトラブルを抱えているわけではないと言えます。 ただ、少数であっても、所属事務所によって権利を侵害されているタレントがいたり、元所属事務所からの不当な圧力で活躍の機会を奪われたり、といった事態が生じていることは見過ごしてはならないでしょう。タレント本人の問題のみならず、そのパフォーマンスを享受している社会全体にとっても、業界の発展にとっても、悪影響をもたらす問題だと捉えて改善すべきです。 「専属芸術家統一契約書」。この聞き慣れない名称の一通の書類は、普通の人はまず目にすることはありません。しかし、日本の芸能プロダクションの間では広く使われていて、タレントはまずこの契約書にサインします。日本音楽事業者協会が作成したひな形で、事実上の共通様式です。 タレントと芸能事務所、両者の権利関係がこれで決まるわけですが、この統一契約書の内容に、そもそも問題があると指摘する弁護士もいます。 私の手元にあるのは平成元年改訂版ですが、その中にはタレント側が事務所を辞めるときには、事前に事務所からの書面による承諾を必要とする、といった規定があります。これは事実上、事務所側がOKしなければタレントは永遠に移籍も独立もできないという意味ですから、たしかに事業者と事業者の対等な関係とは言えないでしょう。突っ込みどころ満載の契約書 統一契約書の内容には人権上の問題さえあり、突っ込みどころは満載だといえます。しかし、公取委はこれに踏み込むなら、新たな契約のあり方を示したひな形の作成まで、責任を持って取り組むべきではないでしょうか。それは相当な難題ですが、避けては通れない課題ですから、しっかり完遂してもらいたいと思います。(iStock) もちろん芸能プロダクション側の言い分もわかります。タレントが売れない頃から多くのお金と時間をかけて、滑舌やボイストレーニング、ダンスなどのレッスンを行い、プロとしての心得やマナーを教育し、多大な広告宣伝費を投資するわけです。それがいざ売れっ子になり、収入を得られるようになった途端にポイと辞められたのでは、資金を回収できずにたまったものではない、という主張です。 これは、誰がタレントを育成するのか、という議論が必要なことを意味しています。またどこまでがタレント個人の才能で、どこまでが周囲の力かという深遠なテーマにもつながってきます。 これらは個別の事例によって極めて差が大きく、ほとんど指導しなくてもタレントが自らぐんぐん成長し、大スターになる人もいれば、いくら育成にお金と時間をかけても、まるで売れずに終わる芸能人もいるわけです。 そのリスクの一部を事務所が引き受けているのは事実ですが、だからといって売れたタレントを生涯支配し続けてもよい、という根拠にはなりません。タレントは単なる商品ではない、人間である、という認識は常に重要です。 もう一点、契約の問題とは別に、大手芸能プロダクション数社が市場を独占しているのではないか、という疑惑も表沙汰になるかもしれません。いわゆる闇カルテルです。私はむしろこの問題こそ、日本の芸能界のダークな部分であり、必要があれば行政がメスを入れるべきテーマだと考えます。 ネット上では既に大いに語られていますが、テレビのワイドショーでは決して話題になることがない「タレントの誰々が事務所からの圧力によって仕事を干されている」といった情報。テレビ局がなぜそういう情報を発信しないのかというと、テレビ局自体も大手芸能プロダクションの意向に気をつかい「仕事を干す」片棒を担いでいる共犯者であるからです。一介の芸能プロがなぜ干せるのか 常識的に考えると、そもそもなぜ一介の企業である芸能プロダクションが、自社を離れたタレントに対してまで「仕事を干す」「テレビに出させない」といった実力行使ができるのか。不思議に感じるのが当然だと思います。CMに出演させるか、させないかを決めるのは、スポンサーであるはずだし、番組に出演させるか、させないかを決めるのは各テレビ局の判断であるはずです。(iStock) にもかかわらず大手芸能プロダクションが、なぜテレビ局というマスメディアに対して圧力をかけられるほど権限を持つのかというと、まさに市場を独占しているからだと考えるのが自然でしょう。 芸能プロダクション同士が自由競争の状態にあれば、A社の芸能人がダメならB社、B社がダメならC社の芸能人、という出演者の選択肢がテレビ局にはあるはずです。しかし、A社からE社まで市場が寡占状態にある時、それらの各社が談合してカルテルを結べば、一つの芸能事務所に逆らうことはすべての出演者を失う可能性を意味することになります。 売れっ子の大物芸能人を出演番組から引き上げさせる、という脅しをかけられると、民放各局は反抗することができません。それくらい現在の番組の視聴率は、出演者の人気に依存しています。人気のある芸能人の名前を冠した「誰々のなんとか」というタイトルの番組が、軒並み視聴率を稼いでいることからも想像がつくと思いますが、発注側のテレビ局と受注側の芸能プロダクションの力関係が逆転しているのです。  テレビ局といった報道機関にまで影響力を行使するほど、芸能プロダクションの権限が肥大化するのは、決して健全なメディアの状態ではありません。 芸能界の市場独占に行政のメスが入ることに期待するだけではなく、テレビ局自身も毅然として自らの編集権を守るべきです。そのためには芸能人の人気に全面的に依存するのではなく、自社の演出力を磨いて視聴率が稼げるよう、番組作りの体制を整える必要があると思います。 ハリウッドでは俳優を育成しません。自分で俳優学校へ行って学び、エージェント会社を雇います。エージェント会社は仕事を探してくるブッキング業務だけを行い、マネージャーは別に雇います。日本の芸能事務所は、タレントの育成から日々のマネージメント、番組の構成・演出を手がける企画制作プロダクションまで、一社で全てを兼務する特殊な存在になっています。これが芸能界のゼネコンとして、事務所が権限を独占する一因でもあるでしょう。「義」を求めるなら「仁」を示せ 今回の公正取引委員会による芸能事務所への介入は、旧態依然とした日本の芸能界特有のシステムを見直し、時代に即した健全な業界へと生まれ変わらせる大きなチャンスであることは事実です。ただし、メスを入れる以上は、責任を持って、これまでの因習に取って代わる代案を出すべきで、それはタレント個人の人権を守ると同時に業界全体を活性化するものでなければなりません。 いわゆるお役所仕事にありがちな、メスを入れるだけ入れておいて、野暮な正論を押しつけておしまい、というのでは業界が萎縮してしまうでしょう。日本の芸能界には、アジア各国への輸出をはじめとする国際競争力のあるエンターテイメント産業として、今後も発展する潜在能力があります。 タレントの育成も含めて、業界に関わる事業者すべてがフルに力を発揮できるような、新しいビジネスモデルが見えてくるレベルまで議論を尽くすべきです。それは決して容易な作業ではありません。2016年7月に所属事務所から独立した女優、のん(小山理絵撮影) 単純に欧米の契約社会で生まれたドライなエージェント制度を、そのまま日本に輸入しても、うまくいかない気がします。日本の芸能界が独自に発展してきた背景には、良くも悪くも職人の徒弟制度のようなウェットな側面があります。また場合によっては学齢期の子供を預かり、社会人として育てる教育機関としての側面もあります。 これまでの日本の芸能界は、いわば「仁」「義」「礼」といった日本人らしい美徳を基本にして、その伝統的な倫理観によって成り立ってきた社会と言えるかもしれません。それを対等で合理的な契約関係へと生まれ変わらせることが、今、求められているのです。 タレント側に育ててくれた事務所に対する「義」の心を求めるのなら、事務所側には、広く世のため人のために巣立つ子供を見送る親心「仁」の精神が不可欠でしょう。こういった美しい日本の心を失うことなく、今の時代に合った新しい芸能界のあり方を策定するのは、相当な難問だと言えそうです。 このあたりをどう処理するのか、有識者会議の腕の見せ所だと思いますので、注意深く見守っていきたいと思います。

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    モデル西山茉希「13年間の奴隷契約」に通じるヤクザな慣習

    片岡亮(ジャーナリスト) 公正取引委員会が、芸能タレントやスポーツ選手などの所属契約について、今年8月から有識者会議「人材と競争政策に関する検討会」で議論が始まり、既に3回目となる。タレントの移籍などについて独占禁止法に反する疑いが出ているためだ。芸能界では所属事務所から独立することは基本的にタブーであり、今年2月には宗教団体「幸福の科学」への出家騒動で事務所との契約を終了させた女優、清水富美加が、事務所を辞める際に「過去の月給は5万円だった」などと待遇への不満を暴露し、これに反論する事務所側と対立した。それ以降、清水が表舞台で活動する姿をみかけることはほとんどない。 解散騒動が注目を浴びた国民的アイドルグループSMAPも、問題の本質はグループの解散ではなく、一部メンバーの「独立」だった。事務所の経営者と折り合いが悪かった辣腕マネジャーが定年退職を前に独立の動きを見せ、そこに一部のメンバーが追従しようとしたが、結果はテレビ番組で5人そろって謝罪をさせられるという異様な決着となった。会社を辞めようとしただけで不祥事を起こしたような扱いを受けたのは一般の目からすれば、明らかに異様である。ライブイベント「ワールド・ハピネス」にゲスト出演したのん ほかにも最近では、人気女優だった能年玲奈が独立をしようとした途端、一部メディアに「洗脳されている」とのゴシップ記事が出て「変人」扱いされ、独立後の再出発では本名での活動ができなくなり、「のん」への改名を余儀なくされた。6月には、トップモデルの西山茉希が契約解除をめぐって所属事務所と対立していることが表面化したが、案の定、その後の露出は激減した。 芸能界では「売り出してくれた事務所を裏切ってはいけない」という観念が固定し、タレントはいわば事務所の「所有物」のようになっている。主要な仕事先のテレビ局をはじめとする大手メディアが事務所と一体になっているから、実際に事務所とトラブルになれば、「業界から干される」ということも起こり得る。まるで恐怖政治のような世界だが、そもそも日本の芸能界は暴力団が取り仕切っていた歴史もあり、ヤクザな世界に通じる慣習がいまだはびこっているのである。 そこを見かねて公取委が動き出したというわけだが、是正というよりまだ勉強会に過ぎず、その姿勢は決して前向きには見えない。今後の状況を見て何らかの新ルール作りに着手する可能性はあるだろうが、問われるのはその実行力だ。 ある芸能プロのマネジャーは、タレントとの「奴隷契約」といわれるアンフェアな関係について「表向きは合法だから問題ない。弁護士を入れてガッチリそこは抑えてある」と言った。この芸能プロでは、タレントとマネジメント契約する際に書面で交わす雇用条件については2年ごとに見直し、更新することになっている。タレントに不満があれば更新時の3カ月前に契約解除の申し入れができるとされ、労働基準法で定められる3年以内の契約期間内にも違反してはいない。ボクシングでも起こる「飼い殺し」 しかし、実際には2年ごとにタレントが契約の更新を毎度、見直すことができるかといえば、まず難しい。事務所を辞めれば他の事務所へ移籍するか、独立して自分で事務所を立ち上げるしかなくなるが、移籍の場合、芸能プロの大半が互いに引き抜き合戦にならないよう「暗黙の了解」があるから、円満移籍以外での引き受けはまずしたがらない。 元の事務所は、タレントが辞めても得をすることはないから円満に他社へ送り出すケースはごくまれであり、結局は受け入れ先がなかなか見つからないという事態に陥る。そうなるとタレントが自分で事務所を立ち上げるしかなくなるわけだが、独立の場合は仕事先が元の事務所に気を遣って付き合いを控える状況が生まれてしまう。つまりは契約上、いくら健全に見えても状況的には移籍や独立を許されないというのが業界の慣習になっているのである。2017年2月、主戦場の団体「パンクラス」に対して専属選手契約の解除を求めた女子格闘家の中井りん これは何も芸能界に限った話ではない。プロボクシングの世界でも、ボクサーが事実上の「奴隷契約」を強いられているというのが実情だ。選手が所属ジムを移籍しようと思っても、所属先と受け入れ先が多額の移籍金で合意に達しない限り、移籍は実現しない。だから、合意にこぎつけるまでの間、選手は試合から遠ざかり、事実上の「飼い殺し状態」が続くのである。 選手寿命の短いスポーツでは、若いボクサーがブランクを作ることを恐れ、たとえファイトマネーなどに不満があっても所属ジムの会長に渋々従っているケースが非常に多い。これもルール上は選手とジム間の契約にマネジャーが仲介するよう定められているのだが、大半のマネジャーはそのジム側に雇われていて公平性などないに等しい。 このジム側にとって都合の良いシステムは業界全体が守ろうとするため、いつまでたっても改善されることはない。アメリカだと奴隷制度の黒歴史から「モハメド・アリ法」なる法律で奴隷契約は違法とされているから、人気ボクサーになれば報酬は興行収入の大半をもらえるような契約もあったりするのだが、日本では選手がどんなに出世しても、所属ジム会長が決めた条件は動かない。 つまり、契約よりずっと手ごわいのは古い慣習であり、公取委が契約書を読みながら関係者に形式的なヒアリングをしたところで、問題の本質は浮かび上がってこない。ただ、こんな村社会の前時代的なシステムが業界の発展を阻んでいるのも事実である。過去、映画界では大手5社による引き抜き防止協定、いわゆる「五社協定」で俳優の移籍を防いだことが広く知られるが、結果として映画業界の凋落(ちょうらく)を招いてしまった。一部の利益を守るために「自由なビジネス」を許さないという仕組みは、長い目で見れば自らの首を絞める一因になるのではないだろうか。

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    芸能人の「奴隷契約」がシャレにならない

    ライブを中心に活動する「地下アイドル」と呼ばれるグループの元メンバーが、当時所属した芸能事務所に対し、契約の無効確認や未払い賃金の支払いを求め東京地裁に提訴した。昨年解散した元SMAPやタレントのローラなど、芸能人の移籍や独立をめぐるトラブルはなぜ後を絶たないのか。

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    ローラを守れ! 堺正章、桃井かおりら大物がバックアップ

    が、ローラと親しいTakaさんにも声をかけて自宅で手料理を振る舞い、親身に相談に乗ったようですよ」(芸能関係者) ローラは現在、弁護士を通じ所属事務所と話し合いをしていると報じられている。「ローラが内容をよく確認しないままサインした契約書は、10年という異例の長期契約だった上に、さらに10年間自動更新されるという、常識とはかけ離れた内容でした。また、ローラが慕っていた敏腕マネジャーや女性役員など5人が事務所を去り、不信感を募らせたようです。ローラは8月下旬から代理人を立てて契約の無効を事務所側に訴えていますが解決の糸口は見えず、法廷闘争へと発展する可能性もあります」(別の芸能関係者) そんな折、ローラが頼ったのは『世界一受けたい授業』(日本テレビ系)で共演して以来、5~6年のつきあいがある“芸能界の父”堺正章(71才)だった。「ローラは当初から信頼する堺さんにトラブルについて相談していました。“お世話になった事務所でもあるので、けんか別れはよくない”とアドバイスしたようですが、結果的に溝は埋まりませんでした」(前出・別の芸能関係者)ローラは事務所を移籍できるのか? そのことで、一部では“ローラが助言を無視したと堺が怒っている”という報道もあったが、堺がローラを応援する姿勢は変わっていないという。「実は、ローラに桃井さんを紹介したのも堺さん。ローラが“海外で活躍したい”と夢を明かしたところ、“ロスの日本人芸能界の重鎮である桃井さんならきっと力になってくれる”と紹介してくれたそうです」(ローラの知人) 実際、桃井ほどローラの導き役としてピッタリな女優はいない。「第28回 日本ジュエリーベストドレッサー賞」表彰式に出席した女優・桃井かおり=2017年1月、東京・有明「日本では人気女優だった桃井さんも、最初ロスで仕事を始めた時はオファーも少なく、苦労しました。そんな時、先にロスに住んでいた真田広之さん(56才)が相談にのってくれたことで助けられたそうです。だから桃井さんも、ロスに知人の少ないローラを気にかけ、声をかけたりして応援しているそうですよ」(前出・知人) ロスでの生活には強い味方がいるが、事務所との協議の行方は不透明なままだ。もし契約が解除になるならば、ローラは他の事務所への移籍や独立を検討しているという。「契約トラブルが報じられても、ローラの人気はまったく揺らいでいない。現在も10社以上のCMに出演し、インスタのフォロワーは467万人を超えています。これだけの人気なら、多額の移籍金を支払ってでも欲しい事務所は多いはず。 実際、人気女優やモデルを抱える大手事務所の名前が移籍先として囁かれています。 CMのクライアントも、好感度が高いローラを変わらず起用する方針だそうです。どちらに転んでも、ローラへのオファーは絶えないのではないでしょうか」(前出・別の芸能関係者) 大物たちの支えを受けたローラの新天地とは…?関連記事■ ローラ 三代目JSB・登坂広臣のマンションに通い愛■ ローラ いいとも忘年会で酒乱爆発・嘔吐にタモリと鶴瓶激怒■ ローラ、登坂との仲を相談したワンオクTakaと接近中か■ 64才・桃井かおりが同級生と結婚 お互い初恋の相手だった■ 安住アナ 泉ピン子の相手に疲れ、共演NGの配慮される

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    芸能事務所の理不尽契約 夢を潰された27歳モデルの告白

     ここ数年、契約をめぐる芸能人と事務所とのトラブルが次々と表面化し、社会問題となっている。問題解決へ向けて、行政も黙ってはいない。7月、公正取引委員会が芸能事務所の調査を始めたと報じられ、8月には公正取引委員会の有識者検討会が議論を始めた。そこでは、芸能人やスポーツ選手が移籍・独立するにあたり、独禁法上の問題となる契約や慣習がないか論じられている。契約や慣習が適正化されるのは、まだ先のことになるだろうが、いまも毎日、その理不尽な掟に振り回される人が大勢いる。ライターの森鷹久氏が、事務所によって自殺直前までに追い込まれながら、なんとか立ち直った女性モデルについてリポートする。 * * * 最近では人気タレントのローラさんが、昨年には能年玲奈こと女優の「のん」さんが、所属事務所とのトラブルが報じられ、のんさんなどは一時、芸能の仕事がまったくないという事態が起きた。都市伝説的に「怖い世界」だと囁かれてきた芸能界事情は、一般人が想像するよりもはるかに「ブラック」で、ついに公正取引委員会が、芸能界のみで通用し黙認されてきた、事務所に有利すぎる実態の調査にも乗り出すという。能年玲奈から改名後、初のCM出演となるLINEモバイル新CM記者発表会に臨むのんさん=2017年3月、東京都千代田区(荻窪佳撮影) 某大手事務所傘下のプロダクションに所属するモデルの夢香さん(仮名・27歳)も、前所属事務所からのありえない要求を我慢し続けた挙句、順調だったモデル活動に狂いが生じ、ほとんど自殺の直前まで追い込まれた過去がある。「友人といったファッションショーの帰り道で、前所属事務所のスカウトに声をかけられたのがきっかけです。小さなプロダクションでしたが、ViViやCanCamなどの赤文字系雑誌読者モデルも何人か所属していることも知っていました。元々モデルに興味があった私は、翌日には両親を説得し、事務所に所属することに決めたんです」 身長は170センチ近くあり、休日の原宿や渋谷を歩けば、必ずスカウトに声をかけられたという夢香さん。「素材」としても抜群だった為か、所属してすぐにチョイ役ではあったが、雑誌の仕事が舞い込んできた。最初の撮影では拘束5時間で、収入は五千円ほどだった。事前に簡単なポージングや表情作りの研修を受けていたものの、汗びっしょりになりながら、なんとか撮影を終えた。「やっと、本当の”モデル”になったんだと感激でした。メイク企画にも呼ばれるようになり、モデルとしての仕事が増えてくると、本業だった化粧品販売員の仕事を辞めざるを得なくなりました。今思えば、これがすべての間違いだったのかもしれません。私は騙されもしましたが、自分自身が少し調子に乗りすぎていたのではないかとも思うんです」契約はしたものの実態は・・・ 週に3~4日も撮影に呼ばれていては、日中の仕事は出来るわけがなかった。正式な契約を結び、事務所からは固定給をもらうようにもなっていたが、その額たった10万円。実家暮らしだからよかったものの、満足な暮らしは出来なかった。そのような生活が半年ほど続き、夢香さんは事務所社長からの直接指示で様々なことをやらされるようになった。(iStock)「撮影会のモデルをやらされました。水着はNGだと契約していたはずなのに、水着を強要されました。干されるのが嫌で断れず受け入れると、ナイトクラブでのコンパニオンや、社長の友人達が開催するパーティーで下着になり踊らされたりもしました」 当初の想定と、さらには契約内容とも違うことをやらされ続けた夢香さんは、所属してから一年経ったある日、社長に直談判した。 「もう出来ないと、はっきり言いました。ただ、社長にも感謝している部分はあったので、泣きながらお礼を言って、事務所を離れたいと伝えたんです」 黙って聞いていた社長だが、突然ソファから立ち上がると、目の前の机を思い切り蹴り上げ、夢香さんに向かって「おめえみてえなクソ女に仕事を取ってきたのは誰だと思ってんだ、調子に乗んな」と恫喝した。一時間ほど罵詈雑言を浴びされた夢香さんは、その場から立ち上がれないほどのショックを受けたが、社長は夢香さんの肩をそっと抱き「言いすぎた、お前の力が必要だから。明日から会社の寮に住まわせてやる」と目に涙を浮かべて訴えたのだという。 「今考えれば典型的なDV男です。その後、パチンコ店でのキャンペーンガールなどもやらされ、仕事は倍増しましたが、給料は半分に減らされました。文句を言うと、頭を叩かれたり髪の毛を引っ張られたり、胸ぐらを掴まれるようなこともあった。少しでもやる気のない態度を見せると、契約の解除だとか、解除するには違約金がかかるとか、様々な言葉で脅されました。親にも電話をしていたようですが、私が親と連絡を取ることは許されません。間もなく、社長と肉体関係をもつようにもなりました」 そのうち「着エロ」と呼ばれる、きわどい撮影にも呼ばれるようになり、日に日に疲弊していった夢香さんだが、社長から毎日呼び出される日々が続いた。それこそ早朝4時であっても寮に乗り込んできて、性交渉の相手をさせられた。夢香さんは自身が壊れていくのがわかった。社長の卑劣な手口 「すでに睡眠薬がないと眠れないようになり、お酒の量も増え、体重が極端に増えたり減ったりしました。ぼーっとしていると涙が流れていたり…。でも、知人関係は社長に切られて誰にも相談できず、気がついたときには寮の部屋で睡眠薬を大量に飲んで倒れていました」(iStock) 入院中の夢香さんの元に、一度だけ社長が見舞いに来たというが、実情を知って怒りに打ち震える母親の目の前で「あなたの娘さんのせいで、仕事に穴が開いたり大変な状況だ。損害金を支払って欲しい」と、平然と言ってのけたという。 「家族まで巻き込んで、本当に許せないと思いました。いけないとは思いながらも、モデル活動をしていて知り合った、反社会勢力とも関係のある知人に相談し、話をまとめてもらったのです」 夢香さんが相談した相手は、暴力団員ではなかったが、いくつかの暴力団体関係者とも親しく、芸能界で一定の力を持つ男性だった。男性が社長に電話を一本入れると、社長からの恫喝めいたメールや電話はピタリと止んだ。止んだのはよかったが、社長はすでに、夢香さんの夢を潰すために、あらゆる手を尽くしていたのだ。 「私が覚せい剤中毒者で、男にだらしがないなどと、雑誌の編集部やモデル仲間、広告代理店関係者などに社長が触れ回っていたのです。その後、現在の事務所に所属するようになって、マネージャーが苦情を入れると、その嫌がらせもピタリと止みました。でも、悪い噂は出回るのが早く、ほとんど仕事が来ることはありませんでした」 インターネットの掲示板には、社長や社長の関係者が書いたと思われる、夢香さんについての虚偽の情報や、夢香さんの人格を否定するような書き込みが今も残っている。雰囲気を変え、名前も変えてやっとモデルとしての再出発できる兆しが見えてきた夢香さんは、同じような被害に遭う女性が増えないようにと訴える。 「私には夢がありました。でも、人格を否定され、奴隷のようになってまで夢を追う必要はありません。道はいくらでもあるし、体を壊してまで続けてはダメです。正しいと思ったことをやるべきです」 芸能界に生き残るために、そして潜りこむためには「汚いことをしなければならない」といった間違った認識も、若い女性の間に蔓延しているような向きさえある。芸能界は怖くて汚くて当然、だから自分も汚れてしまうしかない、そう思う芸能志望の女性がいるとしたら、一刻も早く考えを改めるべきだ。関連記事■ AV出演強要「騙された私のギャラは1.5万円でした」■ 雑誌モデルからAVに転身して「救われた」女優の告白■ 「意識低い彫り師」が未成年まで食い物に 健康トラブルも■ 市川海老蔵、愛娘のバレエ発表会を“麻耶ママ”に託す■ 19歳、渋谷でスカウトされるも夢破れたある読者モデルの現在

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    元SMAP3人のホンネに国民的アイドルの真髄を見た

    中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本のソーシャル・ネットワーク・サービス(SNS)、特にその芸能関係において歴史的な3日間だった。元SMAPのメンバー、稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾による『72時間ホンネテレビ』(AbemaTV)は、世界水準での注目を集める一大イベントになった。しかも地上波のように計算され、緊密な展開の番組ではなかった。むしろメンバーの素に近い感情のふり幅が存分に映し出され、3日間の緊張と疲労からくるグダグダ感もあり、ただそれが全て新たな自由の息吹の前で素晴らしく昇華されていた。1年8カ月ぶりの生歌唱で72曲メドレーを披露した左から草彅剛、香取慎吾、稲垣吾郎(C)AbemaTV グランドフィナーレの企画「3人だけの72曲生ライブ」を終え、他の出演者たちからの心のこもったエールが流されるエンディング。そこで本当の最後の最後に、元メンバーの森且行が出てきて「ずっとずっと仲間だから」と語ったとき、3人の目には熱いものが流れた。と同時に筆者もまた深い感動に打たれた。そしてTwitterでその思いを簡潔に以下のようにつぶやいた。感動した。SMAPで感動したのはいつぶりだろうか? この1年、感動よりも息苦しい問題意識しか抱かなかった。それを薙ぎ払う、ともかくいい番組だった。田中秀臣氏のツイッターより このつぶやきには、1000を軽く超えるリツイートと2000を超える「いいね」を頂戴した。SMAPについて書くといつも思うのだが、SMAPのファンの方々は本当に気持ちが温かく、また包容力のある方々が圧倒的に多いことだ。これは多くのアイドル批評家たちが共通して感じていることではないだろうか。 アイドル批評は、あくまでも客観的な観点からアイドルを評価するスタンスが求められる。それは時にファンの感情とは違う方向にいくだろう。筆者もSNSで何度かその「すれ違い」によってファンの方々からの批判、いやしばしば誹謗(ひぼう)中傷に遭遇することがある。ところが、SMAPの論説を書いたり、感想をつぶやいても、そのような目に遭うことは極めて珍しい。 むしろ、論説を書くたびに実感するのは、ファンの方々がみんなSMAPを愛し、そして彼らの未来に自分たちの未来も重ねて応援していることだ。その温かい心と秘めた思いに、筆者もまた心を打たれる。これは日本のSNSでは稀有(けう)な体験である。もちろんそれは筆者の個人的な体験だけではない。彼らを見守る世界の人々全ての感情だろう。今回の3人のホンネテレビへの出演で、長い間忘れていた言葉、「国民的アイドル」の本当の意味を思い出した。 SMAPは温かいのだ。そしてファンもまた温かい。世界と時代を変えるのはアイドル 今回のAbemaTVで3人が関係したSNSは幅広い。Twitter、YouTube、ブログなどさまざまであり、3人の使い慣れていない感じさえ、ジャニーズ事務所時代とは異なる自由な雰囲気も感じた。特に森との再会を契機にして、「森くん」がTwitterトレンド世界一を獲得するなど、彼らの人気はネットの中でも健在であった。この自由なアイドルの雰囲気こそ、日本が長く忘れてきた未来への可能性ではないだろうか。 くしくも、日本経済はようやくバブル崩壊後の長いトンネルを脱するところまできた。ホンネテレビが放送された翌々日、「バブル崩壊」の象徴のひとつでもあった日経平均株価は、ついに崩壊後の最高値を更新した。確実な企業業績の改善を受けて、今後株価は日本経済の巡航速度に20数年ぶりに戻るだろう。まだ何度か調整局面があるにしても、それは日本経済の上昇トレンドを阻害するほど深刻にはならないだろう。もちろん好調なのは株価だけではなく、雇用の改善も継続しているので、若い世代を中心にして労働市場は堅調だ。いろいろ難題はあるが、それでもこの20数年の長期停滞にいよいよ別れを告げる大きな段階まできたといえる。 そして20数年の長期停滞の苦しみ、特に「ポスト団塊世代」といわれる「失われた20年」の苦しみを最も受けてきた世代。その世代の代表こそが、今回の3人、森、そしてジャニーズ事務所に残る2人の「オリジナルSMAP」なのだ。SMAPはその意味で、日本の長期停滞をともに苦しみ、戦い、そして長期停滞が終わるのとまったく軌を一にして、メンバーの大半が「自由」を得た。このような時代との符号。時代の精神と経験を象徴することこそ、国民的アイドルという称号にふさわしい。森且行(右)と再開した(左から)稲垣吾郎、草彅剛、香取慎吾(C)AbemaTV 日本を代表するアイドル批評家の中森明夫氏が、筆者にTwitterで以下のように書いたことは、まさに真実を正確に描いている。やっぱり世界と時代を変えるのはアイドルですよね!中森明夫氏のツイッターより そしてこの約30年をともに歩んできたファンの方々も、SMAPの生み出した喜び、楽しさ、癒やし、そして魂の共感を得てきた。簡単に約30年と書いたが、とんでもない永い時だ。ファンのみなさんに敬意を表したい。日本のアイドル文化が豊かなのは、みなさんのおかげであると。アイドル批評の端くれにあるものとしてこれだけは書いておきたく、この小論を書かせていただいた。そしてこれがこの1年のSMAPをめぐる問題について何度も書いてきた最後の論説となるだろう。ありがとう 新しいこの場所が好きになった 風通しいい感じ ありのまま伝えたいホンネテレビ テーマ曲「72」 3人とSMAPファンだけではなく、今度は、われわれ国民全員とそして日本経済が「新しい場所」を獲得する番である。

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    テレビをダメにした年寄りへ 倉本聰が『やすらぎの郷』に込めた思い

    影山貴彦(同志社女子大学情報メディア学科教授) 私が放送業界を強く志すきっかけとなった方が3人いる。 おひとりは筑紫哲也さん。新聞と放送を近づけた大きな功労者だろう。彼ほど華のあるジャーナリストにいまだ出会ったことがない。偉ぶったところがなく、文化・エンターテインメントに造詣が深くいらしたのも大好きなポイントだった。テレビ復帰会見を行った久米宏氏=2005年2月1日、東京(高橋朋彦撮影) もうおひとりが久米宏さん。久米さんに関しては『ニュースステーション』のキャスター(ご本人は「ニュースの司会者」と表現されていたが…)時代もさることながら、『ぴったしカン・カン』、『ザ・ベストテン』などエンターテインメント色も満載で、テンポ、ユーモア、知性ある司会に思いきり傾倒した。筑紫さん、久米さんと同じ大学、同じ学部、同じ学科に進みたい一心で、嫌でしかたなかった受験勉強に精を出したものだ。 そして3人目が、今回のテーマに直結する倉本聰さんである。現在活躍するあまたの脚本家の中で最大級に好きであるだけにとどまらず、すべての放送業界人の中でもっとも尊敬していると言っても過言ではない。倉本聰の名をはっきりと認識できていない子供の頃から、彼の書いたドラマのセリフが心に突き刺さり、何度も頭の中で反芻(はんすう)していた筋金入りのファンなのだ。心に深くとどまり、長らく離れないセリフを書く脚本家、それが倉本さんだ。 彼の手掛けたドラマや映画を真剣に見て、シナリオ本やエッセー本をむさぼるように熱中して読んできた。私にとって、存在すべてが放送業界のお手本のような方である。大学教員となった今、時折講義で『北の国から』など倉本作品を取り上げる。時代を越えて、学生たちも感じるところが大きいようだ。涙を浮かべながら画面に見入る教え子も少なくない。 テレビ朝日系の『やすらぎの郷』が今回のお題であるが、以上のようなわけで、今回の短文は倉本さんへの憧憬(しょうけい)に終始した個所もあるかもしれない。ご海容賜れば幸いだ。 2クール(半年間)の昼の帯ドラマとして4月にスタートした『やすらぎの郷』。1カ月を残すのみとなった。毎回毎回引き込まれている。もちろん1度も見逃したことはない。大学の教え子くらいの若者にとっては知らない場合もあろうが、かつて帯ドラマといえば、別にNHKの専売特許ではなかったのだ。 昨年の春、惜しまれながら幕を閉じたフジテレビ系(東海テレビ制作)の昼の帯ドラマは記憶に新しいが、TBS系(TBS、MBS、CBC各局が制作)でも長らく帯ドラマを作っていたし、日本テレビ系やテレビ朝日系、そしてテレビ東京系でも帯ドラマが放送されていた時期があった。テレビ黎明期は別として、ここ数十年のテレビ放送の歴史の中で、民放の帯ドラマが全く放送されていなかったブランクの時期は、東海テレビ制作のドラマが終わってから『やすらぎの郷』がスタートするまでの1年間だけだったともいえる。データに縛られるテレビ界こそ時代遅れ 少し自分のことを記す。私は20代の後半、アシスタントディレクター、アシスタントプロデューサーとしてドラマ制作に携わった。 帯ドラマも担当した。本当に今思い出しても恥ずかしいくらい、出来の悪い作り手だったが、目を開けている時間はすべてドラマの仕事をしていた時期でもあった。真夜中に翌日のロケの打ち合わせをしている際、さっきまで大声で元気よくしゃべっていたプロデューサーが突然2秒で寝てしまい、いつ再び起きるかもわからない彼が起きるのをじっと待ったこともあった。それくらいハードな毎日だった。 けれど作り手時代のことを思い出すと、なぜかその頃のエピソードが多く、実際学生たちに講義で話して特に食いつきがいいのは、そんな未熟な作り手時代のドタバタ話である。きっと現在の若きドラマの作り手たちも、当時の私と似たような日々を送っているに違いない。心からエールを送りたい。 ドラマ、特に帯ドラマは、莫大(ばくだい)な時間、人材、お金を必要とする。局の上層部らは「金食い虫」でありながら、時代の流れとともに目立った視聴率を上げることが少なくなってきた帯ドラマに見切りをつけ、手っ取り早く数字の取れる情報・バラエティー系の番組にシフトしたわけである。そうした判断が間違いだったかと問われれば、一概にそうとも言えないが、いずれにせよ『やすらぎの郷』は、そんな放送業界の「既成概念」にこのたび見事に風穴を開けてみせたのだ。まさにエポックメイキングな番組となった。 すなわち、この番組は民放に帯ドラマを復活させただけでなく、日頃テレビ局が決して重視しているとはいえない中高年層をメインターゲットとし、さらに華やかさとは程遠い印象の老人ホームが舞台という、普通に考えれば到底当たるとは思えない企画を実現させ、ヒットさせたという点で稀有(けう)な存在となったのだ。倉本聰さんをはじめ、ドラマ関係者の達成感、カタルシスはこの上ないものがあるはずだ。インタビューに応じる脚本家・倉本聰氏=3月16日、 東京(酒巻俊介撮影) テレビ局は今、かつてないほどデータに縛られている。データを何より重視し「失敗する確率の低い番組」の企画のみが視聴者の目に触れる。『やすらぎの郷』はデータに翻弄されることこそが時代遅れなのだと証明してみせたようにも思う。 倉本聰さんが『やすらぎの郷』で紡いだセリフのいくつかを、現在のテレビ界への恨み節だという人がいる。私は正反対に捉えている。このドラマは、実は現場の若きテレビマンたちへのエールなのだ。コンプライアンスにがんじがらめにされて、撮りたいシーンのひとつさえスポンサーの顔色をうかがい、視聴者からのクレームを恐れるあまり二の足を踏むようになってしまった今の作り手に、彼は愛あふれる「喝」を与えているのだ。倉本聰の強烈なメッセージ 今でも現場の若き作り手たちの中には、自分たちが本当に面白いと思えるものを制作したいという人々が数多くいる。けれど、その一歩を踏み出すことがなかなかできないでいる。また踏み出したところで、局の上層部の中には、部下をかばうことなく自らの保身に走り、うまく「逃げ切ること」に拘泥する人間が少なくない。現場の作り手はそのことに気づいてしまっているのだ。半ばあきらめにも似た空気が漂っている場合もあるという。 ドラマでは、放送業界に大いに貢献した人がお金を出さずして「やすらぎの郷」へ入居、生活できるという設定だ。かつて放送界で栄華を極めた元トップスターたちも暮らしている。数多くの名作を世に出した脚本家菊村栄(石坂浩二)もそのひとり。だが彼の日々はやすらぎとは縁遠く、さまざまな出来事が周りに起こる。それらは切なく、悲しいこともあるが、時にほほ笑ましく、実に面白い。ドラマを見ながら声に出して笑うことさえある。けれど大笑いしたあと、またしんみりとさせられるのだ。 「こんな施設が現実にあれば、ぜひ将来入りたい」、そう思いながら毎日見ているが、残念ながら私には入居資格がない。「元テレビ局の社員たちは入居資格なし」とドラマが始まって間もなく、倉本さんはセリフにした。なんと強烈なメッセージだろう。いいものを作ることを忘れ、金もうけや出世に走り「小金」を得た揚げ句、テレビをダメにした年寄りたちを倉本さんはもっとも忌み嫌っているのだと思う。「元テレビ局員」のひとりとしてそんな人間ばかりではないと信じたいところだが。 「現場の若き才能あふれる作り手のみなさん、そんな年寄りにだけはなるなよ。君たちが生きやすいように、仕事しやすくなるようにこれからのテレビのために道を少しだけつくっておいてやるよ」 そんな思いが『やすらぎの郷』には込められていると私は確信している。倉本さんの熱きメッセージを一過性のものにしてはなるまい。渡してもらったバトンをこれからの作り手たちがしっかり受け止め、心から面白いと思える番組を視聴者に1本でも多く提供し続けることが、未来のテレビにとって何より大切なことではないか。倉本さんにドラマを通して言わせるだけではテレビは変わらない。 私自身も熱くなりすぎた。『やすらぎの郷』での私のお気に入りのシーンをひとつ。 繰り返しドラマの中で登場する、石坂浩二さん、ミッキー・カーチスさん、山本圭さんの3人が海釣りを楽しみながら、とりとめもない会話を交わす場面がとても好きだ。 ああ、自分もこんな風に年を重ねてゆきたい、と新人類世代の私に思わせる深みがある。『やすらぎの郷』の一場面(テレビ朝日提供) 最後に。先だってドラマの撮影はクランクアップし、倉本さんの一声で、打ち上げは都内の撮影スタジオの会議室で行われたと報じられた。 ひとつひとつのセリフだけではない、打ち上げ会場のセレクトひとつにおいても倉本さんは、これからのテレビマンたちが大切にすべきは何かというメッセージを込めている。

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    石坂浩二と浅丘ルリ子の恩讐に『やすらぎの郷』ヒットの秘密がある

    肥留間正明(芸能評論家、ジャーナリスト) 『渡る世間は鬼ばかり』の会見に出席した石井ふく子(左)と橋田壽賀子=2016年9月1日、東京都港区 「ドラマの基本は何か?」 1990年から2011年まで放送された『渡る世間は鬼ばかり』の石井ふく子(90)プロデューサーにドラマが成功する秘訣(ひけつ)を聞いたことがある。 「ドラマはまず脚本! 本がしっかりしていなければドラマの成功は考えられません。その上で適材適所の役者がそろって、初めてドラマは成功します」 『渡鬼』の脚本家である橋田壽賀子(92)は、NHK朝のテレビ小説『おしん』の脚本を担当した大ヒットメーカーでもある。おしんの波瀾万丈な人生を描き、いまでも中国で人気のあるテレビドラマだ。亡くなった藤岡琢也、宇津井健(いずれも故人)をドラマの要となる父親役の岡倉大吉に起用し、泉ピン子を主役として20年間に及ぶ高視聴率ドラマを作り上げた。 同じように『やすらぎの郷』も『渡鬼』の基本をすべて踏襲している。脚本は『北の国から』の倉本聰(82)。『北の国から』の脚本は、単なるウケを狙わず、長期的展望に立った大河ドラマ的な描き方をしている。 倉本聰の脚本を田中邦衛(84)などの俳優が、延々と演じた。中でも黒板純役の吉岡秀隆(47)は、11歳から32歳になるまでを演じていた。 視聴者は純の成長を吉岡に重ね合わせた。そして『北の国から』が終わった後、俳優としての地位を確立し、『Dr.コトー診療所』などのテレビドラマだけではなく、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』でも独特の演技を見せている。  『やすらぎの郷』は、期待されてスタートした番組ではなかった。持ち込んだフジテレビに蹴られ、最後に拾ってくれたのがテレビ朝日だった。しかも放送されるのは昼の15分枠。視聴率が低迷する『徹子の部屋』直後の番組として穴埋め的にスタートした。その裏にはテレビ朝日、早河洋社長の英断があった。大英断の裏側にあるもの なにしろ出演者は栄光のシルバースターのオンパレード。主役のシナリオライター役の石坂浩二(76)、浅丘ルリ子(77)、有馬稲子(85)、加賀まりこ(73)、五月みどり(77)、ミッキー・カーチス(79)、八千草薫(86)、山本圭(77)、藤竜也(75)など大物俳優は70~80代。だが、演技は申し分ない。 さらに入居者の藤木孝(77)、山谷初男(83)、毒蝮三太夫(81)、伊吹五郎(71)、冨士眞奈美(79)などの個性派の演技に劣化は見られない。60年代から70年代にブレークした俳優、タレントたちがシルバー人生の苦悩と喜び、人生の終焉(しゅうえん)を演じる。やすらぎの人生を送った出演者のうちの1人である野際陽子(享年81)は、ドラマの進行と同時に他界している。『やすらぎの郷』の一場面(テレビ朝日提供) 共演している石坂浩二と浅丘ルリ子は、実際に夫婦だったが離婚している。2人は文京区の川口アパートメントの同じ間取りの上下の階に住み階段を作って行き来して、マスコミの目を欺いた。シルバー世代は、自分の人生と重ね合わせて、石坂と浅丘の結婚、離婚を思い浮かべる。 一方、石坂と加賀まりことの交際は、当時の女性週刊誌のトップを常に飾っていた。スキャンダルの集中砲火の中を生き延びた加賀まりこの自由奔放さとたくましい人生をドラマに重ねてみる。 芸能界では離婚、交際したカップルの競演を避ける不文律があるが、それも恩讐(おんしゅう)のかなたに…。視聴者とすれば、色眼鏡をかけてみるとより面白い。芸能界はまさに魑魅魍魎(ちみもうりょう)だ。出演者たちは過去にとらわれず静かに青春時代を振り返りながら、思い出を楽しんでいるように見える。 そういえば五月みどりさんの「♪おひまなら来てよね…」が大ヒットしたっけ。 現在の民放を見回すと、同じような顔に見えるテレビ芸人の独壇場だ。高齢者が見る番組がほとんどない。高齢者はNHKのニュース番組に大河ドラマや演歌番組、そしてワイドショーを見る程度で、見たい番組が見当たらない。その高齢者が『やすらぎの郷』の視聴率を支えている。若者はテレビよりネット、その一方で高齢者はテレビだ。テレビ局は視聴者を間違えている。テレビに活力を取り戻す 確かにシルバー世代に向けたドラマは皆無だ。だが、北大路欣也(74)、泉谷しげる(69)、志賀廣太郎(68)出演のテレビ東京の『三匹のおっさん』は高視聴率をたたき出した。テレビ東京系『三匹のおっさん3』の制作発表に出席した左から志賀廣太郎、北大路欣也、泉谷しげる=2017年1月15日、東京・千代田区 シルバー世代の井上陽水(68)のコンサート会場は常に満席、陽水ファンは『氷の世界』『傘がない』をカラオケで熱唱する。演歌など全く歌わないしシルバー世代も多い。「やっと時間ができた、人生はこれからだ!」と、登山、自転車のロードレースに打ち込む団塊の世代も珍しくない。 シルバー世代は消え行く人生の敗北者ではない。戦後の日本経済の復興を果たした60年代、そして70年代のバブル期を構築してきたパワー溢(あふ)れる勝者でもある。同じように『やすらぎの郷』の俳優たちは、時代を作り脚光を浴びた名優たちだ。「人生はこれからだ!」シルバー俳優たちからこんな声が聞こえてくる。 『やすらぎの郷』は離婚と結婚などの冠婚葬祭、家族との絆、遺産、恋愛、認知症、死への恐怖…など、「老い」をテーマにしている。燃え尽きるまで生きる、貴重な人生のお手本がこのドラマにある。 主題歌の『慕情』を歌う中島みゆきも良い。彼女の歌を聴くと体全体から躍動する力が湧いてくる。この主題歌が『やすらぎの郷』の側面を支え、勇気と希望を与える。 このドラマは昼の時間帯で終わる番組ではない。高視聴率はテレビの意識を変える。シルバー世代が酒を飲み始める午後5時、6時の時間帯への出世も考えられる。 『やすらぎの郷』のヒットの原因は、いろいろな側面から考えられる。その中でも大きいのは、戦前世代との世代交代だろう。50年から70年代にかけて少年期を過ごした世代は、ジャズを発見し、プレスリーのアメリカンポップスに目を丸くした。そしてビートルズの襲来、エレキに親しみ、GS(グループ・サウンズ)のザ・タイガースを生み、沢田研二に熱狂している。戦後世代は、欧米の音楽、映画、演劇を取り入れ、新しい文化と生活を構築してきた。 彼らはいま、「やすらぎの世代」の真っただ中に生きている。『やすらぎの郷』ヒットの背景には、戦後の復興を突っ走った彼らの年齢を超越するたくましさがある。

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    『やすらぎの郷』が炎上ドラマを狙ったワケ

    「元テレビ局の社員は入居する資格なし」。これは老人ホームを舞台にした昼帯ドラマ『やすらぎの郷』の設定である。過激なセリフや喫煙、賭け麻雀など、最近のドラマでは有り得ない挑発的なシーンが話題を呼ぶ。「今年最大の問題作」とも言われる脚本家、倉本聰ワールド全開の炎上ドラマはなぜヒットしたのか。

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    テレビ業界の内輪ウケ、『やすらぎの郷』に広がるウンザリ感

    鈴木祐司(次世代メディア研究所代表) 今年の春改編でテレビ朝日が昼に新設した帯ドラマ『やすらぎの郷』。「2017年、酸いも甘いもかみ分けたシニアたちが楽しむシルバータイムドラマ」のスタートだった。 脚本は82歳の倉本聰。そして主人公の石坂浩二(76)をはじめ、浅丘ルリ子(77)、加賀まりこ(73)、八千草薫(86)、有馬稲子(85)、五月みどり(77)など、かつてテレビや銀幕で大活躍した俳優が続々と登場する。  このドラマは放送開始後、高く評価する記事が目白押しとなった。  「『やすらぎの郷』から目が離せない!“ドタバタコメディ”を成立させた役者たちの人生の厚み」、「早くも話題騒然、視聴率も絶好調  今年最大の問題作『やすらぎの郷』を見逃してはいけない」、「倉本聰脚本『やすらぎの郷』は、ゴールデンを凌駕するシルバータイムドラマ!?」、「今、日本で最もヤバいコンテンツは昼ドラ『やすらぎの郷』だ」…。 中には5月末以降で、20本以上も『やすらぎの郷』を持ち上げる記事をヤフーニュースに寄稿したフリーライターもいた。 しかし、筆者の感覚では、大御所が書き、多くの大物俳優が出そろっているために、ドラマの実力以上に褒め過ぎている記事が大半と見える。視聴者の見方を冷静に分析すると、このドラマはそこまで褒められる代物ではない。  まず、視聴率の動向を、NHKの朝の帯ドラマ『ひよっこ』と比較しながら見てみよう。『やすらぎの郷』第1週の平均世帯視聴率は7・4%。前年は『ワイド!スクランブル第2部』が放送されていたが、これと比較すると2%ほど高い数字となっていた。極めて順調な滑り出しだったと言えよう。 一方、『ひよっこ』の第1週は19・4%。20%割れでのスタートを、多くのネットニュースが取り上げた。ところが第2週以降を比較してみると『やすらぎの郷』は6%台に下がり、15週目まででは5%台が6週にも及んだ。 第1週を100として指数で表現すると、第2週以降80台が中心となり、70台も何度も出ていた。当初から比べると4分の1の視聴者を失った格好だ。だが、『ひよっこ』は、第15週までの上下動は±6%の範囲にとどまる。極めて安定した推移を示し、しかも11週以降は第1週より高い。明らかに上昇傾向にある。激しい上下動で、かつ下落傾向にある『やすらぎの郷』とは対照的な軌跡を描いていた。さほど評価していない視聴者 さらに視聴者の構成でみると『やすらぎの郷』は極端に高齢層に偏っている。シルバータイムドラマと銘打って始めたのだから、ここは狙い通りと言えるかもしれない。12時台の世帯視聴率では、横並びでトップ争いを演じているが、59歳以下の個人視聴率ではビリ争いとなっている。40~50代の男女にもある程度見られている『ひよっこ』とは大きな違いとなっている。 ちなみに両ドラマの数字を比較すると『やすらぎの郷』は世帯視聴率では『ひよっこ』の3~4分の1。そして59歳以下個人視聴率だと、7分の1以下まで小さくなってしまう。 同じ2400人のテレビ視聴動向を追うデータニュース社「テレビウオッチャー」で見ると、詳細に視聴動向が明らかになる。例えば『ひよっこ』では、第3週までに1回でも視聴した人は186人に達した。うち100~110人が各話の視聴者数なので、約6割の定着率といえる。一方、『やすらぎの郷』は、3週までに1回でも視聴した人が74人。うち20人ほどしか各話を見ていないので、定着率は3割ほどしかない。 しかも第15週まででは2割に落ちてしまう。話題なので一度は見てみたが、1話ないしは数話見て辞めてしまった人がかなり多かったことを意味する。原因は明確だ。「話がちっとも先に進まない」(男性47歳)、「毎日同じ場面に感じられる」(女性74歳)などの声があるように、ドラマとして違和感を持った人が多かったからだ。『やすらぎの郷』の一場面(テレビ朝日提供) 評論家の中には「過激なテレビ批判」を評価する声も少なくなかったが、視聴者は「芸人たちが内輪だけに分かるネタで盛り上がっているのと同じ」とあるように、ドラマ内で展開されるテレビ批判は、普通の視聴者に響いていなかったようだ。23歳の男性は「つまらなかった」、61歳の男性は「豪華キャストで注目の作品」、53歳の女性は「離婚した二人が出るのね」の一言を残して、第1話しか見なかった。初回を見た33人のうち、6人が完全に脱落したのだ。 そして第1週のうちに、さらに3人が視聴しなくなった。離脱率や約3割である。第3週まででは15人、離脱率45%。15週まででは20人、6割以上の人が見なくなっている。以上のように、視聴者は『やすらぎの郷』をさほど高く評価していない。 それでもテレ朝としては、初めから織り込み済みの戦略だったのかもしれない。若年層や中堅層を捨て、高齢層の支持だけを集めることで世帯視聴率向上を、一定程度果たしたからである。視聴率も売り上げも容易に作れない昼の時間帯では、広告ビジネスとしてはあまり美味しいとはいえない。だとすれば、世帯視聴率の確保を着実に果たせば、全日(朝6時~夜12時)や三冠の視聴率競争において有利に展開できる。巡り巡ってスポンサーとの向き合いで有利に働くようになる。 テレ朝は老人チャンネルを目指す? テレ朝は2010~12年にかけて、視聴率を順調に伸ばし、三冠王にあと一歩まで迫ったことがある。この頃の幹部は「とにかく一度頂上に立つ」と、視聴率へのこだわりを滲ませていた。日テレが強い全日で、若年~中堅層を捨て高齢層で世帯視聴率を作る作戦に特化している可能性がある。 実際テレ朝は、GP帯(ゴールデン・プライム、午後7~11時)のドラマを刑事もの・ミステリーものに特化したり、シリーズ化したりして、安定した視聴率を得ている。中高年に強いドラマに特化して世帯視聴率を安定的に得ているのである。テレビ朝日本社=東京・六本木 こうしたドラマの再放送を3時間編成している午後帯も強い。例えば今年4~6月の午後2時台では、日テレ『情報ライブミヤネ屋』に次いで、同局のドラマ再放枠が2位につけている。その最大の要因は、「F3」(女性50歳以上)の個人視聴率で断トツの首位となっていることだ。昼の時間は接戦だが、『徹子の部屋』は民放の中で2位と好位置につけている。やはりF3でのトップが世帯視聴率を牽引している。 さらに朝8時台のワイドショー枠でも、『羽鳥慎一モーニングショー』で民放トップを走っている。この番組も、F3と「M3」(男性50歳以上)が首位だ。 この作戦は、日本の人口が50歳以上で45%を占める時代に合致したものと言える。5系列ある民放に“老人チャンネル”が出来ることは、多様性の担保という意味で悪くないかもしれない。  しかも広告営業対策や59歳以下の獲得については、サッカーやフィギュアスケートなどスポーツの国際大会、GP帯のバラエティ、深夜のドラマなどで手は打っているということかも知れない。さらに10~20歳代については、テレ朝はAmebaTVに積極的に取り込んでいる。 こうして考えると『やすらぎの郷』の編成は、テレ朝の編成戦略が旗幟(きし)鮮明になったターニングポイントだったのかもしれない。この戦略で、テレ朝がどこまで実績を伸ばすのか、注目したい。

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    CMもドンピシャ『やすらぎの郷』にかけるテレ朝の決意

     放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、話題のドラマ『やすらぎの郷』について。* * * 『相棒』『科捜研の女』『警視庁捜査一課9係』『ドクターX〜外科医・大門未知子〜』。そして『緊急取調室』と、シリーズドラマを多数、持ち、安定した視聴率をキープしているのがテレビ朝日のドラマ。 「名物プロデューサー」と呼ばれるスタッフや、「おもしろいものを作る」「センスがいい」と評判の演出者が社内に増えてもいて、年に2回、行われる記者との懇親会では、“ドラマ班”が集まるテーブルに、もっとも人だかりができているように思う。 4月初旬に行われた懇親会で、司会の清水俊輔アナがタイトルをコールした瞬間、会場から「お〜〜〜」と歓声があがったのが『やすらぎの郷』の”紹介タイム“のとき。オンエアは既に開始されていて、「初回視聴率8.7%(ビデオリサーチ調べ・関東地区)」は、全出席者が知っていたが、「系列局では10%を超えた日もある」とのプロデューサーからの報告に、会場からは再び「お〜〜〜」という声があがった。テレビ朝日ドラマ『やすらぎの郷』での一場面(テレビ朝日提供) 「帯ドラマ劇場(シアター)」という新設枠は、あの『徹子の部屋』と直結され、『ワイド!スクランブル』内に位置している。 在京民放局の昼帯は、日本テレビ系の『ヒルナンデス!』がF1層(20〜34才の女性)、平均視聴率でトップを走るTBS系『ひるおび』がF2層(35〜49才の女性)、そして、50才以上の女性=F3層の数字をフジテレビ系『バイキング』と『ワイド!スクランブル』が「分け合っている」というのが現状だ。 とはいえ、50才代も80才代も一括りにすることに疑問を呈するマーケッターは多く、マーケティングコンサルタントの西川りゅうじん氏が数年前から提唱している新・3層〜6層までの分類に「納得がいく」という関係者は多い。F(女性)、M(男性)共に、新3層は、50〜64才。その後、4層は、65〜79才、5層は80〜95才、それ以上が6層…という分け方だ。 日本人女性の「二人に一人が50才以上」となった2015年以降、F3層マーケットに注目が集まるなか、やはり、「新F3層」と、それ以上の年代は「異なる」という実感が私にはある。 なぜなら、この層は、日本における女性トレンドを先頭で牽引してきた層であり、しかもそうした情報を自分の足で稼ぎ、独自のネットワークやコネクションを駆使し、「消費のリーダー」と言われ続けてきたから。 もちろん、その層に属する全員が同じライフスタイルというワケではないのだが、新F3層ほど情報を持たず、フットワークもそこまで軽くないのが「F4層」と言えるのではないか。 つまり、F3の数字を分け合っていると言われた『バイキング』と『ワイド!スクランブル』は、「新F3層に強いのが『バイキング』で、F4層から上の世代に強いのが『ワイド!スクランブル』」というのが正確な分類だろう。思えば、坂上忍や芸人をMCに、トークバトルを繰り広げて、「視聴率を4倍にした」(1%台→4%台)という『バイキング』は、4月以降、5%台、6%台が出る日も増えた。「やすらぎの郷」が営業的にも大成功な理由 一方、70才の橋本大二郎氏と、テレビ朝日の女性アナウンサーで最高齢の大下容子アナをMCに据えている『ワイド!スクランブル』。2014年4月から1部と2部の間に『徹子の部屋』を置き、さらに『やすらぎの郷』に繋げたことは、F4以上の数字を「獲りに行く」という同局の大きな決意が感じ取れる。 冒頭に挙げたドラマの人気シリーズで、早くからF3層、M3層の動向に着目していたテレビ朝日ならではの英断。そこまでターゲットを絞り切れたからこその“スポンサー”にも注目が集まっている。 多くの人がチャンネルを合わせた初回。スポンサーの筆頭として出てきたのは「サントリーウェルネス」だった。『セサミン』『ロコモア』始め、シルバー層に人気の健康食品や、年齢肌向け化粧品『エファージュ』などがおなじみだ。 『やすらぎの郷』記念すべき1本目のCMは、その『セサミン』で、出てきたのは「永遠の若大将、加山雄三さん」。石坂浩二や浅丘ルリ子、加賀まりこら『やすらぎの郷』のメインキャストに混じって出てきそうなベテランだ。第8回岩谷時子賞を受賞した歌手の加山雄三=6月12日、東京 CMに続いて出てきたのは賀来千香子と西岡徳馬。「セサミン」のユーザーには、もともとシルバー層の著名人が多いのだが、改めて、ドンピシャなセレクトに感心してしまった。 実は、件の石坂浩二がキャラクターをつとめる企業もスポンサーに付いている。「石坂浩二さんも御愛用」のコピーから始まるCMでおなじみの『ハズキルーペ』である。「ルーペ」というワードでもわかるように、これは「老眼鏡」ではなく「眼鏡タイプの拡大鏡」。そして女優の山本陽子をキャラクターに起用している『ウィッグ ユキ』のCMも『やすらぎの郷』枠内ではおなじみだ。 思えば、『やすらぎの郷』には、野際陽子や風吹ジュンら、ウィッグのCMに出演している女優が出ているが、山本をキャラクターに据えた『〜ユキ』は、見たところ、F4層以上をターゲットにしているような…。山本は、野際や風吹よりも“和装”のイメージが強いことでも、そのターゲットがわかろうというものだ。 『やすらぎの郷』脚本の倉本聰氏は、当初、『北の国から』で縁のあるフジテレビに企画をもっていったのだが、「けんもほろろ」な対応に落胆し、テレビ朝日に行きついたと聞いている。果たしてF3マーケットを知り尽くしたテレビ朝日は『やすらぎの郷』と倉本氏を大歓迎したに違いない。 CMタイムでも視聴者を前のめりにさせる『やすらぎの郷』。営業的にも大成功なのである。関連記事■ 倉本聰「元夫婦共演」は知らせず浅丘ルリ子に直々オファー■ 五月みどり、共演の浅丘&加賀にちゃんとしなさいと怒られる■ すっぴん加賀まりこ、すれ違った女性に「口紅くらい…」■ 『やすらぎの郷』は視聴率主義への苦言込めた本物のドラマ評■ 『やすらぎの郷』 石坂浩二がガチで深刻空気のガス抜きに

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    『やすらぎの郷』は視聴率主義への苦言込めた本物のドラマ評

     倉本聰脚本で話題の新ドラマ『やすらぎの郷』(テレビ朝日系)。登場するのは、昭和の芸能史を煌びやかに彩る女優たちだ。放送は、『徹子の部屋』を終えた平日12時半に始まる。若者向けのゴールデンタイムに対抗する枠として倉本が強くこだわった、「シルバータイム」なる高齢者のための新しい昼帯枠だ。 舞台は“テレビ界に貢献した人間だけ”が入居できる高齢者ホーム「やすらぎの郷」。昭和のテレビ黄金期に一時代を築いた脚本家の菊村栄(石坂浩二)を取り巻き、往年のスターたちがあれこれ騒動を巻き起こす。テレビ朝日ドラマ『やすらぎの郷』での一場面(テレビ朝日提供) 現場でも小さな“騒動”が起きていた。倉本や浅丘ルリ子(白川冴子役)は大の愛煙家。テレビ朝日の六本木スタジオは禁煙のため、今回は愛煙家の要望から、喫煙できる場所でホン(脚本)読みをすることになった。浅丘は撮影現場でも吸っていたが、彼女のしなやかな指の動きはハッとするほど艶っぽかった。 劇中では水谷マヤ(加賀まりこ)が優雅に紫煙をくゆらせ、栄は「俺にとって一番体に悪いのは禁煙ってあの文字だ!!」と叫ぶ。石坂いわく、これは倉本の口癖らしい。喫煙シーンが描かれなくなった昨今、及び腰の制作者や嫌煙社会へのアンチテーゼでもあるのだ。 制作発表記者会見では、女優たちの熱量が溢れた。 25年ぶりに倉本作品に出演する五月みどり(三井路子役)が、「とても怖くてできないと思ったけれど、でも、どうしてもやりたいという気持ちが強かった」と決意を語れば、ピアノの弾き語りシーンがある有馬稲子(及川しのぶ役)は、「ピアノが本当にだめで1日に2小節ぐらいずつ練習して、1曲弾けるようになった」と舞台裏の女優魂を垣間見せた。 60代の同級生らと放送を楽しんでいるという上智大学の碓井広義教授(メディア文化論)は、同作を「視聴率第一主義に対する苦言も含め、テレビ業界への愛と感謝を込めて今の時代に送る本物のドラマ」と評する。 「役者にも向けられたその愛を受けて集まったのが、この贅沢な顔ぶれです。中高年にとっては青春の憧れ。70代、80代で輝き続ける彼女たちの姿に、『人は最後まで自分の人生の主人公なんだ』と思えるのがまたいい」 女優たちにとって、年を重ねてもなお輝きを放つ晩年の今こそ、人生のゴールデンタイムではないだろうか。関連記事■ 高畑淳子 1か月で7kgダイエットしその後1か月でリバウンド■ 2014年「濡れ場女王アワード」は石原さとみ 他の女優を圧倒■ 『やすらぎの郷』 石坂浩二がガチで深刻空気のガス抜きに■ 杏、ギャラクシー賞贈賞式で魅せる美しさ 多彩な演技が評価■ 視聴率低迷のフジTV 一時的だと強がっていた上層部も危機感

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    松居一代が教えてくれた夫婦のカタチ

    この夫婦の泥沼劇はいつまで続くのか。女優、松居一代と俳優、船越英一郎夫妻の離婚騒動が連日のようにネタにされている。「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」とは言うけれど、ここまでこじれにこじれてしまったら、もう止まらない。それにしてもつくづく思うのは、「夫婦のカタチ」っていったい何なんでしょう?

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    「愛なき結婚は不幸」松居一代が教えてくれた現代ニッポンの幻想

    佐伯順子(同志社大大学院教授、女性文化史研究家) 「君子の交わりは、淡きこと水の若し」とは、『荘子』の言葉であり、相手に立ち入りすぎない冷静な人間関係は、「淡交」(たんこう)という茶の湯の精神にも生かされている。 この理想が最も大切なのは、実は夫婦の間柄ではなかろうか―。メディアをにぎわせる松居一代さんの夫婦関係をみると、そう痛感させられる。彼女が夫とのなれそめをトーク番組で熱く語っていたとき、視聴者の多くは、彼女の熱烈な愛が報われたと思ったのではなかろうか。結婚式で笑顔をみせる松居一代さん(右)と船越英一郎さん ただ、今の状況は、「可愛さ余って憎さ百倍」という言い回しそのものであり、そのギャップに視聴者は驚きながらも関心を抱いてしまい、情報番組のネタにもなってしまう。 だが、相手に執着がなければ、女性の側も、自ら情報発信してまで、トラブルをさらすはずがない。憎しみという形であれ、愛着が残っているからこそ、相手のことに触れたくなってしまうのである。 愛が心底さめてしまえば、相手のことなどどうでもよくなり、無関心に落ち着く。逆説的であるが、相手を大事に思えばこそ、長く一緒にいたいのであれば、愛しすぎるのも考えもの、ということになる。 そもそも、夫婦関係に「愛」という感情的な高まりを明確に必要条件として入れたのは、日本では明治の近代化以降である。それまでは、結婚は家の継続、出産による子孫の確保が第一目的であって、当事者の感情の高まりなど、その目的のためには邪魔でしかなかった。 身分を超えた恋を自由にされたら、社会的立場に応じた家の存続は保証できない。ドラマが描く戦国時代の政略結婚をみれば、結婚に愛など必要とされていなかったことがよくわかる。 だが、愛なき結婚は不幸であり、身分社会は封建的な抑圧である、誰もが平等であり、誰とでも恋愛して結婚できるのが、自由な近代社会である、と明治の知識人は信じた。そうした考え方が多くの人に広まり、現代人の多くは、結婚には愛が必要だと思い、今に至っている。 しかし、恋愛結婚だから離婚しないという保証がないことは、現代の離婚率からも明らかなのであり、むしろ古いと思われる見合い結婚のほうが、最初から結婚相手としてふさわしいかどうかという冷静な判断にもとづいて相手を決めるので、情熱恋愛はないとしても、関係が長続きするという考え方が、復活のきざしをみせている。旅行会社のパンフに婚活ツアーという文言が踊るのも、それゆえであろう。過度な愛着が危険を呼ぶ いや、そもそも結婚という行為自体が、人生に必要なのか、という考え方さえ台頭している。日本社会における生涯未婚率は上昇しており、結婚しない人生も珍しくはなくなった。歴史的にみれば、長男以外の男性は結婚しにくい時代もあったのであり、人間全員結婚するのが常識、という皆婚(かいこん)社会は、普遍的なものではない。 歴史に照らせば、未婚化もあながち特殊とはいえず、当事者が結婚の必要を感じなければ、この価値観の多様化した時代に、結婚を強制される筋あいもなくなる。キリスト教はさすがに、人間、神様が命じてくれないと、結婚しなくても生きていけると気づいてしまうと、あらかじめ予測していて、神の名のもとに夫婦愛しあい、子孫を残すことを奨励したのではないか。※写真はイメージ 逆に仏教の考え方によれば、釈迦は妻子を捨てて出家し悟りを開いたのであるから、家庭は執着のもとであり、結婚なんぞしないほうがいい、いっそのこと子供ができない男色がいいと、江戸時代にはおおっぴらに言われていたほどだ。 そのような歴史的背景のある日本社会で、未婚化が進んでいるのは必然とも思われるのだが、一方で、高齢化社会を迎え、何歳になっても恋愛、結婚に前向きな人が増えているというニュースもある。 著名な女優さんや文筆家の方が六十代で結婚されたという情報もメディアをにぎわせている。熟年期の結婚は、家の存続や子孫の確保という過去の結婚目的とは異なり、パートナーと一緒にいたいという感情の純粋な発露といえようか。 少女漫画でロマンチックな恋愛、結婚観を刷り込まれた世代としても、こうした現象は理解できるし、国際社会を見渡しても、現フランス大統領夫妻の例は、男性の経済力と女性の若さや性的魅力の交換という打算的結婚とは異質である。 ドラマから映画化もされた『昼顔』が描く夫婦像では、逆に夫には経済力だけを求め、感情的、性的満足を婚外恋愛に求めるパートナーシップも描かれているが、少女漫画世代としては、それも殺伐と映る。 経済成長が滞り、男性の安定収入に依存しきれない社会においては、むしろ夫婦間の精神的絆の価値が見直され、それは熟年結婚という形で具体化しているようにもみえる。相手への過度な愛着がかえって危険であることも、熟年だからこそ悟っているのではないか。 結婚、恋愛観がかくも多様化している時代、大事な相手と末永く一緒にいるためには、流れる水のようにさらりと付き合うことが幸せの秘訣かもしれない。

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    夫婦って何? 松居一代と船越英一郎の「泥沼離婚」が問うもの

    ら、夫婦は最も近くにいる他人であり、そして本来は愛し合う運命共同体だからです。おしどり夫婦といわれた芸能人夫婦が破綻などすれば、世間はそれをドラマのように楽しみ、また教科書のように自分の教材とする人もいるでしょう。松居一代さん 恋愛はすばらしいものです。しかし、感情は心理学的に言えば一時的です。恋愛感情も一時的です。一緒にいるだけで幸福感を覚え、見つめられるだけで心臓がドキドキするような感覚がずっと続いたら、日常生活ができません。 親しい二人の人間関係には友情もあります。友情は好意的な感情だけですが、恋愛感情は、もとから愛と憎しみが入り交じった複雑な感情です。友情は、時間がたつほど深くなります。ところが、恋愛感情は時間がたつほど薄くなるものです。だから、結婚は感情だけでは続けられません。 結婚は、恋愛関係とは異なる契約関係です。法律の話を持ち出さなくても、結婚式には誓いを立てます。「病めるときも健やかなるときも、貧しきときも富めるときも、生涯愛し続けると誓いますか」と結婚式では決心を迫られます。どんなに大恋愛中の二人でも、今の気持ちだけでは結婚生活を続けられないので、互いに誓い合う契約関係が結婚なのです。 契約関係なのですが、事前に明確な契約書を交わすわけではありません。互いに、何となく相手に期待しているだけです。その期待通りに相手が動いてくれればよいのですが、そうとは限りません。恋愛中は、彼女のおしゃべりを楽しく聞けた男性も、結婚後になると妻のおしゃべりがうるさく感じて聞こうとしないこともあります。新婚当初は毎日手間暇かけて作っていた愛妻弁当も、次第に作らなくなることもあります。思っていたのとは異なる結婚生活が始まるのです。 仕事も家事も子育ても、二人で話し合って二人で協力し合うことが必要です。しかし問題は、会社のような上司と部下の関係ではないことです。学級会のように多数決で決めることもできません。平等な関係の対等な男女が二人いるだけなのです。王子様なんてどこにいる? 妻も夫も相手に期待しているものがあります。理想の妻として「昼は淑女のように。夜は娼婦(しょうふ)のように」といった言葉もありますが、実現は難しいでしょう。私の王子様だと思って結婚したのに、王子様とは程遠い男の生活ぶりに幻滅する妻もいるでしょう。 愛していて、期待していたからこそ、裏切られたときの失望はとてつもなく大きなものになります。勝手にイメージしていただけなのですが、相手に失望し、結婚生活に絶望することもあるでしょう。 現代人は、昔と比べて大量の情報を持つようになりました。自由に行動できることも増えました。同時に、人間関係能力は下がってきました。そんな現代の男女二人が共同生活をするのですから、トラブルも当然です。かつては妻の当然の義務とされていた事柄が、現代社会では義務だとは考えられません。夫は昔ながらに妻の義務だと感じていて、妻は義務ではないと感じていれば、衝突は激しくなるでしょう。本当は話し合いが必要なのですが、それには高い人間関係能力が必要になります。 話し合うためには、聞くことと話すことが必要になります。男性は、自分の思いを話す「自己開示」が少なく、女性のそれは多いといわれています。男性はひと言足りなくて失敗し、女性はひと言多くて失敗することがあるでしょう。男性は自分の不満を話さずに怒りをため込み、爆発することがあります。女性は、自己開示の量が過剰でタイミングが悪いこともあります。 疲れ果てて帰ってきた夫をつかまえ、猛烈な勢いで語る妻。夫は、妻の話が聞けなくなり、拒絶します。人は心を開いて話しているときに拒絶されると激しく傷つきます。気が強い人なら怒り出し、気の弱い人なら泣き出すでしょう。 また、女性は話し合うことで問題を解決しようとし、男性は話さないことで問題を解決しようとします。妻から問題の話題をふられると、夫は「オレがせっかく忘れようと思っているのに、なぜ蒸し返すのだ!」と腹が立ち、聞こうとしません。そうすると、妻は「せっかく解決しようと思っているのに、なぜ逃げるの!」と怒ったり悲しんだりします。本当は二人とも問題解決を願っているのに、互いに相手が問題解決を願っていないように感じるのです。男たちは苦しんでいないのか さまざまな面で異なる男女が一緒に暮らすのですから、すれ違いも当然です。このストレスを、人は他の人に話すことで解消してきました。男たちは会社帰りの赤ちょうちんなどで憂さを晴らし、女たちは井戸端会議でグチをこぼしてきました。ところが、今この二つとも少なくなってきています。 そこで、インターネットが登場します。「だんなデスノート」がその代表でしょう。「だんな、死ね」といった文章がたくさん並びます。ここに書き込むことでストレス発散になっている人もいるでしょう。また苦しいのは自分だけではないと、慰められている人もいるでしょう。ただし、井戸端会議とは異なり、匿名の世界だという問題があります。(画像はイメージです) 匿名の世界では言葉が乱暴になります。また少数の仲間に話すのではなく、不特定多数に話すことになります。仲間内のおしゃべりはストレス解消になりやすいのですが、このようなネットの世界で語ることは、時にますます怒りや攻撃心が高まるきっかけになることもあるので、要注意です。ただ男性としては、妻たちがこれほど怒り苦しんでいることは知るべきでしょう。 では、男たちは苦しんでいないのでしょうか。妻たちの中には、私がこれほど泣いたり怒ったりしているのに、夫は何とも思っていないと感じてさらに感情的になる人もいます。しかし、男の中には泣きも怒鳴りもしないけれども、心の中では傷ついている人もいるのです。ただ、その思いを表現していないだけの男もいるのです。 心理学的には、より良い夫婦を望むなら、次の事柄が大切だといわれています。まず、相手への感謝の言葉を言い続けること。相手の目標達成を具体的に応援すること。そして、実現不可能な夢を求めるのではなく、実現可能な目標を立てて一歩ずつ進むことです。最後に、これらのことを相手の態度に関わらず、自分の側が努力することです。 そのようにすべきだと説教するつもりはありません。ひどい相手もいます。離婚も現代では普通です。ただ、より良い夫婦であることを願うなら、これらのことが効果的です。夫婦関係が難しい現代だからこそ、私たちは学び、互いに努力することが必要なのでしょう。

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    「爆発妻」となった松居一代に残された選択肢は二つしかない

    岡野あつこ(夫婦問題研究家) 連日のようにワイドショーをにぎわせている女優の松居一代さんと俳優の船越英一郎さん夫婦の問題については、夫婦問題の相談を扱っている私のサロンでも話題の中心となっていました。ミュージカル公演のレッドカーペットに登場した船越英一郎と松居一代夫妻=2008年11月3日、東京都渋谷区(緑川真実撮影) 一連の騒動が起こる以前の松居さんと船越さん夫婦のイメージのように「献身的でしっかり者の妻&妻に支えられているのんびり穏やかな夫」という、絶妙なバランスを保っている夫婦関係は意外と多いもの。だからこそ、「あそこまで行くとやりすぎだと思う。でも、その気持ちはわからなくもない」という意見が聞こえてきたのも事実です。松居さんのとった行動を全面的には賛成することはできなくても、彼女の感情は理解できなくもない、という女性も少なくないようです。 SNSを活用するかどうかは別としても、当然、一方的な放言は必ずしもいいことではありません。それにもかかわらず、これまでずっとためこんでいた不満や怒りなどの感情をこらえきれずにぶちまけてしまう「爆発妻」がいます。 そんな「爆発妻」たちの根底には、共通する3つの言い分があります。(1)「私は正しい!」 悪いのは夫であって、私は正しい。好きでキレたわけではなく、夫が私をキレさせた。(2)「私は今までずっと家族のために頑張ってきた!」 家事や育児といった日常生活での細かい部分を全面的に担ってきたのは私。私が時間とお金を犠牲にして頑張ってきたからこそ、夫だって自分の仕事に集中できたはずなのに!(3)「私の存在のありがたみを理解してほしい!」 家庭がうまく回っているのは私の努力のおかげ。それなのに、感謝もされなければ、女性として扱ってくれる機会もめっきり減った。私がいなければ困るクセに! このような言い分の元、抑えきれない感情の高ぶりが「爆発妻」を誕生させると言っていいでしょう。 ちなみに、爆発妻ほどの激しさやエネルギーは持っていないものの、「それでも誰かに一言、夫のグチを言いたい。わかってもらいたい」という女性が投稿する『だんなデスノート』というサイトがあります。自分の夫への不平不満を匿名で投稿し、ストレス解消の一助にしているという女性も増えています。愚痴が過熱しすぎて… ただし、言葉の過激さにつられて自分の中の負の感情をコントロールすることができず、自分で自分の気持ちをヒートアップさせてしまった揚げ句、「もうこんな夫とは離婚するしかない!」と思い詰めるケースもあるのでSNSの活用法には注意が必要です。あくまでも「笑い」に変えることのできる範囲内の表現でグチを吐き出すのがポイントでしょう。夫で俳優の船越英一郎との離婚報道を否定した、女優の松居一代=2016年1月13日、東京都世田谷区 いずれにしても、爆発妻となって、自分の感情を含んだ夫への悪口雑言をぶちまけ、それが夫の知るところとなった場合、妻に与えられた選択肢は2つあります。「妻の言い分が通り、夫との関係が改善される」「夫婦関係に決定的なヒビが入り、修復不可能な領域に突入する」という天国か地獄のどちらかが待っています。 自分の中にくすぶっていた感情をぶちまけるのは必ずしも問題解決にはなりません。むしろ、次の大きな問題を生むこともあるのです。実際に、妻の暴言がきっかけで離婚に至ったケースをこれまでにいくつも見てきました。 かつては「誰のおかげで生活ができると思っているんだ?」「専業主婦のお前に何がわかるんだ?」といったモラルハラスメントに代表される男性の暴言が目立っていましたが、最近は女性側の暴言による夫婦間のトラブルも増えています。誰でも気軽に意見を発信することができるというのはSNSの良いところではあります。ところが、よかれと思って自由奔放に発言したことが、めぐりめぐって「離婚」という形で跳ね返ってくることもあるのです。 一般的には、離婚をする場合、お互いに話し合って離婚に合意する「協議離婚」という形をとることがほとんどです。話し合いが決裂したときは、家庭裁判所で話し合い「調停離婚」で結論を出し、それでも決まらない時は、「裁判離婚」となって争うことになります。 実際に、協議離婚の段階では「暴言があったかどうか」よりも「不倫の事実を知っていたかどうか」がもめる原因となるケースが多いようです夫の浮気が暴言の一因に 例えば、妻が暴言を吐くきっかけとなった理由の1つに夫の不倫があるとします。つまり、妻が夫の不倫を知っていて協議離婚になったケースでは、妻は「勝手に不倫をしておきながら、離婚をして自分だけが幸せになるなんて許せない!」と、離婚に対してなかなか納得することができません。夫の不倫を知らずに別の理由で協議離婚にいたったケースとは異なり、そこには「浮気夫」への恨みつらみが別の感情として新たに加わるため、「裁判までもつれたとしても、絶対に別れないから!」とこじれることが多い、と専門家からも聞いています。通夜に参列した松居一代=2012年11月1日、兵庫県西宮市(彦野公太朗撮影) 協議離婚と調停離婚が不調に終わると、次は裁判離婚になります。裁判離婚は係争が数年に及ぶことも珍しくないなど、長引くことが前提とされています。また、結婚生活の長さや夫婦がともに築いてきた財産の多さなどによっても争点が変わるため、落としどころが難しいとも言われています。 例えば、結婚後に築いた夫婦の共有財産については、「夫が仕事で成功をつかんだ背景に、妻のひたむきな努力があった」ということも考慮され、離婚の際には折半しなければなりません。今回の松居さんと船越さん夫婦の場合、莫大(ばくだい)な財産をどうするか、ということが大きな問題になります。さらに、そこに「感情面でどう折り合いをつけるか」というやっかいな問題もプラスされるのは明らかでしょう。 「裁判離婚は、お金と感情が絡めば絡むほど長引くもの」とは、業界でささやかれている暗黙のルールです。お互いの妥協点を見いだすためにも、事情を理解した弁護士をつけることが裁判の流れを変えるカギになるかもしれません。 離婚は、こじれた夫婦関係を解決する唯一の選択肢ではありません。しかし、離婚という道をかたくなに拒むことで得られる幸せが大きいか、というとそこにも疑問が残ります。 大切なのは、爆発妻のいたらなさを責めたり、妻を満足させられなかった夫に罰を与えたり、といったことではありません。「どういう生き方をしたら、これから自分自身が幸せに心穏やかに毎日を過ごしていくことができるのか」ということを、夫婦がお互いに思いやりを持って考えることです。そうすれば、その先に必ず希望の光は降り注いでいるはずです。

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    松居一代だけじゃない!「復讐予備軍」の妻たちはこんなにもいる

    壊しかかって揺れている。俳優の船越英一郎とタレントの松居一代夫妻である。次々に妻が「爆弾」を投下し、芸能マスコミが食いついていく。もちろん、われわれも心のどこかで「他人の不幸は蜜の味」だと思っている節があるのは認めざるを得ない。冷静に考えれば、芸能人だからこそ、こうしていろいろなことがさらされてしまうのは気の毒だとしか言いようがないのだが。 ただ、妻が爆発してしまうのは、芸能人特有というわけではない。「妻が夫に復讐(ふくしゅう)したくなるとき」は誰にでもあり、それを行動に移すかどうかは、ほんのささいなきっかけである。2006年11月、「パートナー・オブ・ザ・イヤー」でいい夫婦に選ばれた俳優・船越英一郎(左)と松居一代夫妻 夫婦というのは不思議な関係だ。もとは他人であり、育った環境も考え方も違う二人が一緒になって、時として子供を産み育む。子供は二人の遺伝子を受け継ぐが、孫ができようがひ孫ができようが、夫婦だけはどこまでいっても他人のままなのだ。ただ、「夫婦」「家族」とくくられてしまうため、「他人ではない関係」と当人たちも思い込む。そこで生じるのが、「愛情に名を借りた支配」なのではないだろうか。 実際、夫を束縛し、その束縛から逃れようとする夫を支配し、最後には復讐に至った妻たちに取材をしたことがある。「なんとなく夫の様子がおかしい、浮気しているんじゃないかと疑った時期がありました。疑心暗鬼になって夫の携帯電話をこっそり見て…。決定的な浮気の証拠ではないけど、どうやら親しい女性はいるみたいで、SNSのメッセージのやりとりを見て、頭に来ちゃって。自分がないがしろにされている気がしたんです」 キョウコさん(40歳)は、ため息をつきながらそう言った。夫は外で好きなことをし、自分は3人の子を育てながらパートで働く身。自分ばかりが損をしているという日常的な不満がベースにある。夫を「抹殺」するわけにはいかない 彼女は夫と自分のスマートフォンを操作し、夫に来るメールやメッセージを自分も見られるようにした。もちろんGPSで夫の居場所も常に分かる。幸い、夫はスマホ操作が苦手だし、キョウコさんがスマホに詳しいことも知らない。「仕事かプライベートか知りませんが、繁華街に繰り出したり女性と食事したりしていることが分かって、ますます腹が立ちました。証拠を全部まとめて夫に突きつけたんです。でも夫は認めない。私はますます証拠探しに躍起になって、ある日、子供たちを母に見てもらって退社後の夫を尾行しました」 夫はとあるレストランで女性と待ち合わせし、軽く食事をするとタクシーで移動、女性を駅で降ろして一人で別のダイニングバーに入った。1時間ほどで女性と身を寄せ合うようにして出てきたところを捕まえた。「夫は私を見るとあっけにとられたような顔をして、『なんだよ』って。『あなたこそ何よ、何人の女とつきあっているわけ!?』と殴りかかると、女性はそそくさと逃げていく。待ちなさいよと叫んでつかみかかってしまいました。悔しくてたまらなかった」 夫は二人とも仕事の関係で会っていただけだと釈明したが、キョウコさんには信じられなかった。さらに夫のスマホを分析、ついに不倫相手を特定した。そして彼女が勤める会社に「お宅は家庭ある男と不倫密会を重ねる女を雇っているのか」と文書を送りつけたり、彼女の住んでいるマンションの周りに「不倫女」と書いた写真付きのビラを貼ったりした。「もちろん彼女のSNSに、みんなが見えるように『あなた、不倫なんてやめたほうがいいですよ、彼の奥さんと子供が泣いてますよ』と匿名でコメントもしました。単に私が嫌がらせするくらいじゃ気持ちがすまない。彼女の社会的抹殺を図りたかったんです」 悪いのは自分の夫だと彼女は分かっている。だが、夫を社会的に抹殺するわけにはいかない。生活がかかっているのだから。 キョウコさんは大恋愛で結婚したという。それなのに十数年の結婚生活で、夫は他に女性を作ってしまった。自分だけを見てくれているはずだったのに、そういう約束を交わしたのに…と歯がみする夜が何度あったことか、と彼女は唇をかんだ。 結局、夫は不倫を認めなかったが、どうやら女性とは別れた様子。ただそれ以来、妻への不信感は募っているようで、冷戦状態が続いている。「旦那死ね」は浮気だけじゃない 恋に落ちてこの人と離れたくないと強く思い、結婚に至ったはずなのに、夫婦となった瞬間、恋愛感情は薄れていく。愛情を育むことを忘れて、互いをわかりきっているつもりになり、パワーバランスが乱れていく。 30代主婦たちが中心になっている「旦那死ねサイト」には、夫に死んでほしいと願っている妻たちがさまざまな書き込みをしている。自分の手を下す気はないが、出先で夫に死んでほしいと願う妻たち。もちろん、心の底からそう思っているかどうかは別として、夫からのストレスが大きいのは確かなようだ。「旦那死ね」に対して激しく共感している妻たちが多いことに、世の夫たちは真剣に向き合った方がいいのではないだろうか。「浮気だけじゃないですよ、私たちが『夫がいなくなればいい』と思うのは」 子育て真っ最中のリナさん(37歳)は、怒ったような表情でそう言う。「仕事を言い訳にして子育てしない、家事をしない。私だって働いているのに自分がかまってもらえないと子供よりひどい駄々をこねる。こんな夫、いらないと思うことが多々あります」 子供が大切だから家庭の形は壊さないでおくが、リナさんはいつか復讐してやると息巻く。「知り合いの70代女性は、夫が体の自由が利かなくなったので、若いころの恨みつらみを今、夫にぶつけているのだそうです。浮気ざんまいで家を顧みず、あげくお金でも苦労させられたから、これからは自分が復讐する番よ、とうれしそうに話していました。それを聞いたとき、ああはなりたくないと思いながら、私もそうなると確実に感じましたね」 「復讐予備軍」の妻たちはたくさんいるのである。

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    不倫調査を探偵に依頼する女性、箱入り娘から慰謝料目的へ

    記者) 松居の行動力には《探偵も真っ青》《さながら不倫探偵》と驚嘆する声がネットにあふれたが、一方で芸能界のご意見番こと和田アキ子(67才)は「浮気の証拠が欲しいなら探偵でもいいのにね」と松居の行動を非難した。 松居への賛否はさておき、夫に不倫疑惑があれば、どんな手を使ってでも調べたいと思うのは当然のことかもしれない。現に、最近は不倫調査の依頼が増えた、と前出の探偵会社の社長は声を潜める。「松居さんの影響かどうかはわかりませんが(苦笑い)、このひと月は増えましたね。依頼者のほとんどは女性で、30~50代の主婦が多い」 同社によれば、現在、年間100日は不倫調査をしているという。昔に比べて依頼者の質も大きく変わった。「私が探偵を始めた30年前は、お金持ちの箱入り娘からの依頼が多かった。“自分は何もできないので、主人の真実を調べてください”と。実際に夫の不倫が発覚しても、胸に秘めて耐え忍んでいました。ところが今は、“裁判を有利に進める証拠が欲しい”というケースばかり。慰謝料や親権、養育費を得るための証拠固めとしての依頼です。ドライな夫婦関係が増えた気がします」(社長) スマホの普及やLINEをはじめとするSNSの発達で、昔より不倫の証拠集めが容易になった。昨今は証拠集めまで“DIY”(自分自身でやる)という女性が目立つ。「依頼前に、ある程度の証拠を集めているかたが多い。プリクラやメールといった定番だけでなく、夫がパソコンでラブホテルを検索していた履歴や、カーナビの目的地履歴などを持ち寄る人もいるほど。昔より妻の情報収集能力が格段に上がりました」(社長) 冒頭の依頼人・A子さんは、まさにその世相を表す女性だった。結婚22年目の主婦で、大学1年生のひとり息子がいる。商社勤めの夫・B氏の不倫には3年前から薄々気づいており、これまで地道に証拠集めを続けてきた。 夫婦間の愛情はすでに皆無。子供がひとり立ちした時点で離婚の意思を固めており、“詰めの一手”として、ママ友から紹介された探偵会社に連絡したという。「電話やメールで連絡をいただいたら、必ず1~2時間ほど面談して調査内容や対象者について深く話を聞きます。不倫調査なら、『異性との接点の確認』にとどめるか、『不貞行為の確認』や『不倫相手の特定』にまで踏み込むかで調査手段や値段が変わります。不貞確認の場合は“お泊まり”の現場を押さえる必要があり、日数がかかって費用が跳ね上がります」(社長) 調査員は徒歩と車かバイクの2人1組が基本。料金は1時間2万8000円で、3日間の調査でおおよそ40万円程度。調査員が1人増えるごとに1時間あたり1万2000円追加となる。A子さんは社長との面談で「不貞行為の有無」と「不倫相手の特定」を希望していた。関連記事■ 妻の不倫調査 48分と70分の短時間不倫に夫は気づかなかった■ 探偵会社の不倫調査2日間に完全密着 証拠はすべて録画■ 探偵が見た浮気の修羅場「愛人は実姉」「揺れる車に妻乱入」■ 不倫のプロが指南 絶対に妻にバレない「不倫の掟」■ 松居一代は入れないはず 船越の部屋から消えた恐怖のノート

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    小林麻央さんが遺してくれたもの

    フリーアナウンサーで乳がん闘病中だった小林麻央さんが34歳の若さで亡くなった。昨秋にブログを開設して以来、352回ものメッセージを発信し、多くの人々の心を動かした。麻央さんは私たちに何を伝え、何を遺してくれたのか。その意味を考えたい。

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    小林麻央さんのブログが変えた「日本人の死生観」

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 有名人や芸能人の人生は、私たちに大きな影響を与え、時に社会を変えていく。山口百恵のように、人気絶頂のアイドルが結婚を機にすっぱりと引退し、専業主婦として生きていくといった姿は、当時の日本女性に強いインパクトを与えただろう。そして「山口百恵」は伝説化されていく。1977年秋に極秘来日し、インタビューに応じたジョン・レノン(右)とオノ・ヨーコ=東京都内のホテル さらに「死」にまつわることは、より普遍性が高いために、多くの人々の生き方にさえ影響を与える。スポーツカーで事故死したジェームズ・ディーン、愛と平和を歌いながら暗殺されたジョン・レノン、民家の軒先で遺体が発見された尾崎豊。彼らは、その芸能活動と死にざまがあいまって、熱狂的なファンを生み神格化されていった。 人はみんな死ぬ。有名人も権力者も金持ちも関係ない。死から免れる人はいない。だから問題は、どう死ぬかだ。涙で包まれた穏やかな臨終の場面はドラマでよく登場するシーンだが、現実とは異なる「様式美」とさえ言えるよう最期が描かれたりする。事故死は、突然の死であり、ご遺族にとってはとても辛いことになる。だが、だからこそこの衝撃的な死に方も物語にはよく登場する。現実世界の芸能人も、事故死の方がその芸能人のイメージのままで死を迎えられるために、「永遠のスター」として私たちの記憶に残ることもある。 だが、病気はなかなか辛い。徐々に体が弱る。痩せ細るなど容姿が変わることもある。長く苦しむこともある。病人の周囲では良いことばかりが起こるわけではない。体と心の苦しみ、お金の問題、看病、人間関係の問題など、さまざまなトラブルが起こることもあるだろう。辛さだけが残る最期もある。だから、有名人の中には闘病生活をほとんど世間に知らせない人もいる。華やかな結婚式や、授賞式や、一家だんらんなど公私にわたる人生を公開してきた人も、死期が近づいている闘病生活は公開しない。夢を売ってきた芸能人として、それも当然のことだろう。 だからこそ、フリーアナウンサーの小林麻央さんの活動は注目された。彼女のネット発信は素晴らしものだった。「私は前向きです」「今、前向きである自分は褒めてあげようと思いました」「何の思惑もない優しさがこの世界にも、まだたくさんある」「がんばれっていう優しさもがんばらなくていいよという優しさも両方学んだ」「今は今しかない」「今日、久しぶりに目標ができました。娘の卒園式に着物で行くことです」「空を見たときの気持ちって日によってなんでこんなに違うのだろう」「苦しいのは私一人ではないんだ」「私はステージ4だって治したいです!!!」「奇跡はまだ先にあると信じています」。小林麻央さんのブログには、宝石のような言葉があふれた。死との向き合い方のお手本のようだ。人生の苦悩と希望を届けてくれた 酸素チューブを鼻に入れた写真。ウイッグ(カツラ)の写真。闘病中の姿も、美しく、ユーモラスに公開した。そして彼女は語る。6月20日、小林麻央さんが最後に自身のブログに掲載した写真(本人のブログから) 「私が今死んだら、人はどう思うでしょうか。『まだ34歳の若さで、可哀想に』『小さな子供を残して、可哀想に』でしょうか?? 私は、そんなふうには思われたくありません。なぜなら、病気になったことが私の人生を代表する出来事ではないからです。私の人生は、夢を叶え、時に苦しみもがき、愛する人に出会い、2人の宝物を授かり、家族に愛され、愛した、色どり豊かな人生だからです」。闘病生活をつづったブログなのだが、麻央さんのプログは闘病記ではなかったのだ。 もちろん、公開されたことだけが事実ではないだろう。家族にしか言えない苦しみがあったことだろう。死も闘病も、きれいごとだけですまない。しかしそうだとしても、2016年9月1日に始まった麻央さんのブログは、人生の苦悩と希望を私たちに届けてくれた。それは日本人の心を動かし、世界にも報道された。彼女の言葉に、慰められ、励まされた人々はどれほどたくさんいたことだろう。そしてその活動が、小林麻央さん自身の癒しと勇気にもつながったことだろう。 どう死ぬかという問題は、どう生きるかという問題であり、死生観が関わる問題だ。そして死生観には、宗教が絡む。普段は無宗教という人でも、葬儀の時には宗教的なことをする。しかし、世界的に宗教の力は落ちている。日本でも、簡易な家族葬、無宗教の葬儀、そして「直葬」と呼ばれる宗教的葬儀なしに火葬場へ行く方式も増えている。仏教式の葬儀を行っても、以前ほど戒名などにこだわる人は減っているだろう。宗教への熱い信仰があれば、どう生きてどう死ぬかの指針になる。だが、非宗教化した現代社会で、人々は新しい死生観を求めている。 インターネットは、まるで新しい宗教だ。人は確かに生きて日々活動しているのだが、人生とは各自が振り返ってみたこれまでの記憶とも言える。同じような生き方をした人でも、良い記憶でまとめられた人生もあるし、悪い記憶でまとめられた人生もある。人生は、当人の記憶であると同時に、周囲の人々の記憶だ。多くの人々の記憶が、その人の人生を形作る。 神仏を信じていれば、神仏が私の人生を見守る。神仏は私に関する出来事を全て記憶し、私の人生に意味づけをする。心理学の研究によれば、信仰を持っている人の幸福感は高い。神仏的なもの抜きで人生の意味づけをすることは、簡単ではない。 インターネットは、新しい神にもなるのだろう。私の人生を、ネット上で記録できる。世界に発信できる。世界の人々は、ネットを通して私を見て、リツイートしたり、「いいね」したりする。その記録は半永久的に残る。ネット世界でも人は包まれる インターネットの黎明期(れいめいき)から、人生を語る人々はいた。一般の人の中にも、闘病生活を発信した人はいた。まだブログもなく個人ホームページも数少なかった頃、母であり教師であるある一人の女性は、死期が近づく中で、普及し始めた電子メールで配信を始めた。「私は、なぜ病気になったのかではなく、何のために病気になったのかと、考えるようになりました」と。その活動は、多くの友人、知人たちを力づけた。 このような活動は、今や多くの人々に広がっている。ある元校長は末期のガンであることをブログでカミングアウトし、それでも最期まで自然に親しみ、グルメを楽しみ、家族や病院スタッフに感謝する。家族がそれを見守り、友人や知人が応援し、見ず知らずの読者との温かな会話が始まる。同じ病で苦しむ読者とも交流が生まれる。それは、どれほど素晴らしく意味あることだったことだろう。 ネットを通して、記録を残し、思いを伝え、人々とつながる。それは、真剣に命と向き合っている人にとって、かけがえのない活動だ。死期が迫った終末期は、人生の中でもっともコミュニケーションを必要とする時期だ。しかし、しばしば死期が迫っているからこそ、孤独感に襲われることもある。だがネットは、豊かなコミュニケーションを提供する。神仏の腕に包まれるように、ネット世界で人は包まれることもあるだろう。 余命いくばくもない人にとって必要なことは、安易な慰めでもなく、客観的だが悲観的なだけの情報でもない。必要なのは「祈り心」だ。神仏に祈れる人もいる。同じ宗教の信者たちに祈ってもらえる人もいる。健康心理学の研究によれば、祈られている人は病気が治りやすくなる。そして祈り心は特定宗教によらなくてもできる。祈り心とは、客観的には厳しい状況であることを知りつつ、同時に希望を失わない心だ。 東日本大震災の時に、日本は祈りに包まれた。「Pray for Japan」、日本のために祈ろうと、世界が日本の支援に乗り出した。国連はコメントしている。「日本は今まで世界中に援助をしてきた援助大国だ。今回は国連が全力で日本を援助する」。 義援金や救助隊員を送ってくれたことはもちろんうれしい。だが金や人だけではなく、その心に熱い想いを感じた人も多かったことだろう。真実の祈りは行動が伴い、真実の行動は祈りが伴う。世界はマスコミ報道により日本の状況を知り、そしてインターネットによってさらに詳細な情報が伝わり、人々はつながっていった。つながりこそが、人間の本質だ。 このようなことは、個人でも起こる。今回は、小林麻央さんというたぐいまれな人格と文才を持った女性が、苦悩と希望を発信してくれたことで、大きな祈りと交流が生まれたといえるだろう。ネットは世界を変えた。ネットは私たちの死生観をも変えるのかもしれない。

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    小林麻央さんの乳がんを「誤診」した医師の責任は問えるか

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 小林麻央さんが乳がんで亡くなった。享年34歳だった。夫である市川海老蔵氏と二人三脚の闘病生活をブログで報告し、多くのがん患者を勇気づけた。心からご冥福を祈りたい。彼女は夫ともども、有名人だ。病名発表時点からマスコミが大きく報じた。メディア報道によれば、彼女の闘病生活は順調ではなかったようだ。イベントに登場し、笑顔を見せる小林麻耶さん(左)と妹で歌舞伎俳優の市川海老蔵さんの妻、麻央さん=2014年10月16日東京都墨田区 たとえば、『FLASH』2016年11月1日号には「ステージIVに追い込んだ2人の医師を直撃 小林麻央奇跡への第一歩!」という記事が掲載されている。 見出しからして穏やかではないが、この記事によれば、小林麻央さんが最初に乳がんの可能性を指摘されたのは、2014年2月に人間ドックを受診したときだ。 彼女はすぐに東京都港区の有名病院の専門医を受診した。このとき、乳がんとは診断されなかった。詳細はわからないが、幾つかの検査を追加し、乳がんとは言えないと診断されたようだ。結果論だが、主治医は「誤診」したことになる。 8カ月後、彼女は乳腺の腫瘤(しゅりゅう)を自覚し、この医師を再診したらしい。このときに、乳がんと診断された。精密検査の結果、リンパ腺への転移も認められ進行していた。この後の闘病生活は広くメディアが報じる通りだ。 小林麻央さんのがんは進行が速い。一般論ではあるが、このようなタイプは、仮に早期診断しても治癒は難しい。早期診断したころには、すでに遠隔臓器に転移していることが多いからだ。メディアの中には「誤診」した医師の責任を問う声があるが、それは医学的には妥当な判断かわからない。 ただ、遺族には「もし、最初の主治医が誤診しなければ、治っていたかも」という思いが残る。早期に診断し治療していれば、治癒は期待できなくても長期に生存できた可能性は十分にある。小林麻央さんはもっと子供の成長を見ることができたかもしれない。その意味で、最初の主治医には責任がある。ただ、この主治医を断罪しても問題解決にはならない。医者を過信するべからず 読者の皆さんには、言い訳に聞こえるかもしれないが、医師は誤診する。特に早期の乳がんの診断は難しい。早期がんを画像診断や生検で正常と判断してしまうことは珍しくない。重要なことは、最初の医師が見落としてしまった乳がんを拾い上げるシステムである。この点において、最近、南相馬市立総合病院の尾崎章彦医師らが興味深い研究を英国の医学誌『BMC Cancer』に報告した。 尾崎医師は乳がんを専門とする外科医だ。2010年に東大医学部を卒業し、千葉県旭市、福島県会津若松市で研修を終え、3年前から南相馬市立総合病院に勤務している。 南相馬で診療を続けるうちに、「病状が進み、手遅れになってから来る患者が多い」と感じるようになったそうだ。特に独居の人が目立ったという。 彼は南相馬市立総合病院で保存されている病歴を用いてこの仮説を検証した。その結果は衝撃的だった。 2005年から震災までに乳がんと診断された122人の患者と比較し、震災から2016年3月までに乳がんと診断された97人の患者では、腫瘤(しゅりゅう)など乳がんの所見を自覚してから病院を受診するまでに3カ月以上を要した人の割合が1・66倍も高かった。さらに、12カ月以上受診が遅れた患者の割合は4・49倍も増えていた。いずれも統計的に有意な水準である。尾崎医師の予想通り、進行がんに成って受診する患者の割合は増加していた。 では、どんな患者が危険なのだろう。これも尾崎医師の予想通りだった。12カ月以上治療開始が遅れた患者18人のうち、子供と同居していたのはわずかに4人だった。症状自覚から12カ月以内に治療を開始した79人では、42人が子供と同居していた。家族、特に子供との同居が病院受診に影響したことになる。 このような反応は心理学の世界では「正常性バイアス」と呼ばれる。不都合な事態に直面すると、人はそのことを過小評価しがちになるのは万人に共通する傾向だ。東日本大震災で津波警報が出ても避難しなかった人がいたり、沈没船から脱出せずに溺死する人が多いのは、この機序(きじょ)によると考えられている。正常性バイアスを防ぐには 皆さんも体の異変に気づいたときに、「まあ大丈夫だろう」と思い、放置した経験がおありだろう。「病院に行ってきたら」と家族に勧められ、渋々、病院を受診した人も少なくないはずだ。家族の存在が正常性バイアスを防いでいることになる。 乳がんの患者の場合では、夫より子供がこのような役割を担うことが多いことが知られている。 ところが、福島県では原発事故が起こり、若者たちが避難した。福島県内の65歳以上の独居老人、あるいは高齢者夫婦の人数は、2010年の29万7144人から2015年の31万6096人と6.3%増加している。家族構成の変化が住民の健康に影響した可能性が高い。 では、小林麻央さんはどうだったろうか。彼女の2人の子供は5歳と4歳である。自らの病気を相談できる年齢ではない。夫の海老蔵氏は多忙だ。そもそも乳がんに関して、夫は相談相手にならないことが多いことに加え、十分に時間が取れなかったのではなかろうか。 小林麻央さんが最初の医師に「がんでない」と言われてから、再受診するまでの8カ月をどのような気持ちで送っていたかは、私にはわからない。おそらくだんだん大きくなる腫瘤(しゅりゅう)に対し、不安を感じていただろう。その際、「専門医が問題ないと言ったのだから、安心してもいい」と自らを信じ込ませていたのではなかろうか。典型的な正常性バイアスだ。 もし、周囲に「一度、病院に行ってくれば」という人がいれば、彼女は再度、受診したのではなかろうか。 確かに、はやい段階で病院を再受診しても、転帰は変わらなかったかもしれない。ただ、本人や家族の納得は違った可能性が高い。 乳がんは40~50代の女性に多い疾患だ。多くの患者が子育て中であり、核家族だ。子供が幼少の場合、相談相手がいないという点で状況は南相馬市と同じだ。子育て世代の女性は社会的に孤立していると言っていいかもしれない。 この問題を解決するには、問題の存在を社会的に認識し、普段から健康問題を相談できるような新たなコミュニティーを作ることだ。乳がん患者の支援には社会的な視点が欠かせない。

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    「ステージ4でも治したい」小林麻央さんの闘病記に感じた妙な胸騒ぎ

    大場大(東京オンコロジークリニック代表) 進行乳がんのため闘病中であったフリーアナウンサーの小林麻央さんの訃報が流れ、多くの方がショックを受け、まだ悲しみに暮れているのではないでしょうか。 病気が公になって以降、麻央さんが日々つづってきたブログから届くひとつひとつの声や言葉が、多くの人たちの共感を呼びました。また、がんという病気と日々向き合っている、スポットライトを浴びることのない多くの患者さんたちにとっても、大きな勇気や希望となっていたはずです。 一方で、がんという病気の持つ厳粛なリアルを強く実感させられた人も少なくないはずです。治ることが難しいがんを背負いながらも、愛する夫、子供、家族のために、1日でも長く、自分らしく生きたいと希望する麻央さんの営為の数々がブログにありました。自分のために始めたブログでしたが、今、ある気持ちが加わっています。それは癌 ステージ4=死に向かって弱っていくというイメージがまだまだ強いならば希望ある違うイメージも強くしたいということです。そして、もちろん弱っている日はありますがそればかりではない 日常を書いていくことで え? まだ生きてたの? と数年後にも言われたいです笑2017年4月5日『ありがとうございます』 麻央さんのブログを通じて、がんと上手に付き合っていくことの大切さ、クオリティ・オブ・ライフ(QOL=生活の質)を維持すること、全人的な痛み(ペイン)が癒されることなどの重要性が、一般の方々にも理解することができたのではないかと思います。 この世に生を授かった以上、死は必然です。しかしながら、「死ぬこと」「病にかかること」「老いること」について、自身とは関係のないものとして蓋を閉め、思考を止めてしまっている方は少なくありません。麻央さんは、死を意識することで「生きる」ことの本当の素晴らしさを教えてくださいました。謹んで、心からご冥福をお祈り申し上げます。 麻央さんが最期まで潔く人生を全うされた直後ではありますが、かねてから気がかりであった問題を挙げたいと思います。2016年9月のブログに、次のような「後悔の念」ともとれる吐露があり、私は変な胸騒ぎを覚えました。私も後悔していること、あります。あのとき、もっと自分の身体を大切にすればよかったあのとき、もうひとつ病院に行けばよかった あのとき、信じなければよかった あのとき、、、あのとき、、、2016年9月4日『解放』 15年9月に亡くなった女優、川島なお美さんの時もそうであったように、「必ず治りたい」と願いながらも、重要な意思決定を惑わしたり、足を引っ張る「エセ医学」の影響が、ひょっとしたら麻央さんの周辺にも忍び寄ってきたのではないかと感じたからです。がんを治す「うまい秘訣」などない 例えば、月刊誌『文藝春秋』が長年担いできたことで、がん患者に対してて大きな影響力を持つようになった近藤誠医師の言説に従えば、麻央さんのエピソードはどのように解釈されるのでしょうか。以下、推察となります。 「骨や肺に転移したから、彼女の乳がんは『本物のがん』だということ。早くに発見されたとしても、すでに転移していたはず。だからしかるべき治療をしても結果は同じであった」 「命を縮める抗がん剤は受けるべきでなかった。彼女は副作用に殺されたに等しい。私のやり方に従えば、苦しまずにピンピンコロリだったはず」私はステージ4だって治したいです!!!遠慮している暇なんてありません!!だって、先生にも私は、奇跡を起こしたい患者なんだって思っていてもらいたいです。だから、堂々と叫びます!5年後も10年後も生きたいのだーっ あわよくば30年!いや、40年!50年は求めませんから。だってこの世界に 生きてる って本当に素晴らしいと、感じるから。そのためにできることはやる。2016年10月3日『心の声』 すでに転移してしまった乳がんを抱えながらも、麻央さんは1日でも長く生きたい、治りたい、奇跡を起こしたい、と願い、一生懸命病気と闘い続けました。しかし、先の近藤氏に言わせると、それらはすべて無駄だということになります。 他にも、「食事療法でがんが消える」「免疫力でがんを治す」「がん自然治癒力アップ」のような、わらにもすがりたい心理につけ込むエセ情報が氾濫しています。しかしながら、現実的にはそのような「うまい秘訣(ひけつ)」は存在しないのです。婚約発表の記者会見で市川海老蔵さん(左)と見詰め合う小林麻央さん=2010年1月、東京都内のホテル 麻央さんの話に戻りますと、きっかけは2014年2月、夫の歌舞伎俳優、市川海老蔵さんとデート気分で受けたはずの人間ドックでの出来事です。乳腺エコー検査で腫瘤(しゅりゅう)の指摘があり、精密検査が必要と判断された麻央さんは、紹介を受けた大きな病院で再検査を受けたそうです。「人間ドックの先生には、五分五分で癌と言われたのですが、生検はしなくても大丈夫でしょうか」と聞いてみると、「必要ないでしょう、授乳中のしこりですし、心配いらないですよ。半年後くらいに、念のため、また診てみましょう」と言われました。2016年9月11日『再検査』何気なく、胸元から手を入れて、左の乳房を触りました。どきっ。いきなり本当にパチンコ玉のようなしこりに触れたのです。なんだこれ。心臓が音をたてました。何度も何度も触り直します。やっぱり、ある。2016年9月13日『しこりの発見』なぜ標準治療に背を向けたのか そして、再検査から8カ月が経過した10月、麻央さんが気付いたしこりをきっかけとして、腋窩(脇)のリンパ節にも転移がある乳がんと診断されたのです。こんな時は、ただひとりの女性になって、主人の胸ででも泣きたいけれど、やっぱり思いっきり笑顔のママになって両手を広げた。飛び込んできた娘と、遅れてたどり着いた息子を抱きしめながら、この子たちのママは私ひとりなんだ、という喜びと怖さに、心がふるえた。絶対治す!と誓った。2016年9月18日『大事な家族』 さらに、担当医師から治癒を目指すための標準治療の説明も受けています。治療法のひとつのホルモン療法は五年間に及ぶので、妊娠出産を望むのならば、抗がん剤治療→手術→放射線治療の後、ホルモン療法の前に、タイミングを考えることができるかもしれないこと、を、私の場合は、説明された。(乳癌のタイプや状況によって、治療法や順番も違うと思います)2016年9月21日『出産や妊娠について』 麻央さんは、海老蔵さんとお二人だけで次のように前向きな気持ちも確認し合っています。夜景が綺麗なホテルだった。「絶対大丈夫!治そう!」そんな話をしたと思う。「悲しいね」主人がポツリと言った。夜の部の公演が終わるのを待って、一緒に家に帰ることにした。それまでの間、やはり、お腹はすいたので、ルームサービスで銀鱈定食を頼んだ。完食した。美味しかった。涙はでなかった。あの日のジェノバパスタとは全然違う!と思った。自分の中で少しずつ覚悟ができていた。2016年9月26日『ルームサービス』 愛する家族のためにも「絶対に治す」という強い決意がありながら、時系列として最初に乳がんと診断されたタイミングで、なぜしかるべき治療を受けることがかなわなかったのでしょうか。私が 治療に背を向けたとき母も叫びました。「死ぬ順番を守りなさい。お母さんが死んだとき、まおに口紅をぬってほしい!」と。私を産んでくれた 母の言葉です。父には「人間誰しも最後は天命を待つのみだけれど、それまでは不屈の希望であきらめないこと」と言われています。父らしい言葉です。2017年4月1日『“新年度スタート”姉、そして父と母』 なぜ、治るためにもっとも確度の高い標準治療に背を向けてしまったのでしょうか。そして、なぜ海老蔵さんはその意思決定を認めてしまったのでしょうか。治ることを目標に、なぜ導けなかったのか 最初に乳がんと診断された日から数えて約1年8カ月がたった16年6月9日に、海老蔵さんの記者会見によって、麻央さんの病気が公のものとなりました。その時にはすでに病気は進行し、かなり深刻な状況であった様子が伺えました。  「あのとき、もうひとつ病院に行けばよかった」「あのとき、信じなければよかった」。そのように麻央さんの口から漏れ出てしまう自責の念、後悔の念には今でも心が痛くなります。 がんという病気は不確かなことが多く、いくら最善が尽くされたとしても、必ずしも期待通りの結果が得られるわけではありません。絶対確実な治療やゼロリスクなどもありません。 そうだとしても、利益と不利益を勘案しながら、治ることを目標(ゴール)としてベストを尽くす方向に、なぜ麻央さんを導いてあげることができなかったのでしょうか。もし当時、出会った医師との間に信頼関係が築けなかったとしても、セカンドオピニオンなどでいくらでも方向修正が可能であったはずです。  「この子たちのママは私ひとりなんだ、という喜びと怖さに、心がふるえた。絶対治す!と誓った」。本当は治せたかもしれない麻央さんの乳がん。それを後戻りのきかない状況にしてしまった関係者。そのような状況になるまで見過ごしてしまった関係者。それらには強い憤りを感じざるをえません。 先日、インターネット上に横行する虚偽・誇大広告を禁ずる改正医療法が成立しました。しかし、そのような対処はあくまでも広告のあり方に対するものです。現状、日本では、倫理やモラルの観点から「エセ医学」そのものを裁くような法的規制はありません。 したがって、科学的根拠の乏しいモノを「医療」と称して商売をしている関係者は、欧米のように法のもとで裁かれたり、資格免許が剝奪されるようなことはほとんどありません。翻ると、わが国は先進諸国の中でも世界一「エセ医学」に寛容だということです。麻央さんのエピソードを決して無駄にしないよう、一人ひとりが自身の死生観を顧みながら、賢いがんリテラシーを身につけて欲しいと願います。

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    小林麻央さんの闘病が共感されても日本で「がん告知」が進まない理由

    に。だって、人生は一度きりだから。 この前向きな言葉が共感を呼び、多くの人を巻き込んでいったのです。芸能人の方のブログ、みなさんへの影響力はとても強いものです。そう、一緒にがんばろうという気持ちを読むものに奮い立たせてくれます。そして今回読み手だけではなく書き手にも良い効果が出たことは間違いありません。 そして麻央さんのブログの特徴は、厳しい戦いであることをみんながわかっていたのに、それでも笑顔を絶やさず、そしてたまに弱音を見せてくれる人間としてのありのままの純粋さを見せてくれたことです。こんな純粋な人、今時そうはいないでしょう。だからこそ250万人の読者を得たのだと思います。 ただ、医療者として分析すると、今回の麻央さんのような最期を迎えることができるかといえば、厳しいでしょう。患者と家族、医療がうまくかみ合った成功例 今回の麻央さんのような在宅における周りのサポートは正直一般の家庭では難しいからです。麻央さんが若かったことで親が看病できたという部分もあると思いますし、核家族ではないという点でもそうです。 他の大部分の家族ではおそらくサポートしようとすると家族がつぶれてしまうことも予想されます。BuzzFeedのこの記事における「仕事をしましょう」という主治医のおせっかいな言葉はまさにそれを表しています。そして献身的看病のため体調を壊す姉の麻耶さんの存在もこの在宅が維持できた一つの理由でもあります。 また、緩和医療の主治医の「がんの陰に隠れないで」という、この言葉で麻央さんがブログを始めたと書かれています。がんの治療はそれこそ麻央さんが望む完治を目指すと言ったものではなかった可能性が高いですが、それでもモチベーションを保つため症状の緩和を主眼とした姑息(こそく)的手術、適応外の放射線治療など、がんの発表後1年生存できたのは病院の麻央さん個人に対応する医療レベルがかなり高かった可能性があります。  そして最後の入院の際、今にも亡くなりそうであった麻央さんは奇跡の復活を迎えます。その時に家に帰した病院の対応、思い切りも正直素晴らしいものです。実際家に帰した後すぐに命を落とすことで訴えられた病院も多数存在します。 この点でも患者、家族、医療がうまくかみ合い、同じゴールを目指していたと思います。ただこの東京での優れた医療が地方を含めて行えるかは、まだ無理と言っていいでしょう。小林麻耶さん(左)と麻央さん=2014年10月、東京都墨田区 人間が当たり前と思っていた「明日」。毎日ただ生きていた人間にとって、それが約束されていない彼女の記録は日常のありがたさ、命の輝き、尊さなどいろいろ思いを気付かせてくれたでしょう。その中でも家族を大切にする彼女の記事は癒やしになったと思います。   子宮がんサバイバーでもあるタレント、原千晶さんのブログからです。 「さらけ出す覚悟」 誰かのために。誰かのために生きる事 それが、自分でも信じられないくらいの力を生み出すことを、がんを経験して知りました。 麻央さんを含め、がんサバイバーのみなさんは、この言葉を伝えたいのだと思います。 教科書的な緩和医療は「傾聴・共感・受容」ということばで患者の痛みを和らげるとされています。ただ、それは医療者だけでなく家族の支え、社会の理解があって初めて成立するものです。そしてこの言葉はがん患者だけに当てはまるのではなく、苦しんでいる人間にとって全てに当てはまるものです。 他人となかなか気持ちを共有できない時代、他人のサポートがなかなか得にくい時代、そして無償の「愛」を与える麻央さんだからこそ得られたこの250万人の読者。今後、悩んでいる読者が減少し、こんなにたくさんのフォロワーを出さないこと、医療体制を含めた整備が麻央さんの望みなのだと思います。

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    中居正広の裏切りとジャニーズへの「忖度」

    ていたリーダー、中居正広のジャニーズ残留が決まった。他の3人への「裏切り」とも揶揄されたが、どうやら芸能界特有の複雑な事情もあったようで…。