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    「女のカルマ」にあふれるSPEEDの今

    思えば、一度は解散したこの4人組ほど話題に事欠かないグループも珍しい。ボーカルユニット「SPEED」である。批判を承知で元神戸市議と交際宣言した今井絵理子、元夫が自殺した上原多香子のデキちゃった再婚騒動など「女のカルマ」とでも言うべきネタは尽きない。どうしてこうなった?

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    あふれ出すSPEEDのカルマ『Body & Soul』の愛欲が止まらない

    されています。でも当時の不倫相手の俳優とは別れ、新しい男性と入籍。TAKAKOはメンタル強すぎです。芸能ニュースサイトによると、TAKAKOと出会った瞬間に「コウ氏の下半身に『ビビビッ』と電流が走った」とのこと。下半身に電流を走らせる魔性ぶり、半端ないです。 ERIKOも10月に動きがありました。2017年の不倫釈明会見での「一線を越えてはいない」発言が話題になりましたが、そのお相手の橋本氏とまだ切れていなかったのです。 元市議の橋本氏は、妻と離婚し、政務活動費約690万円を不正に受け取ったとして詐欺罪で起訴され、有罪判決が言い渡されました。ゴルフやガールズバーに流用したそうですが、そんな彼でもERIKOの恋心はさめず…。ERIKOは「現在、私今井絵理子は元神戸市議会議員の橋本健さんとお付き合いさせていただいております」とブログで発表。 ちなみに橋本氏の前に半同棲(どうせい)が報じられたA氏は、中学生に本番行為をさせた風営法・児童福祉法違反容疑で逮捕されています。ERIKOは弁護士費用など支払ったそうです。どんなダメな男でも受け入れるERIKOの包容力…。ダメンズというよりは、ちょいワル男子に弱いのかもしれません。その博愛精神を、議員としてもっと国民のために使ってほしいような…。初登院し、記者の質問に答える自民党の今井絵理子氏=2016年8月、東京・永田町の国会議事堂前(桐原正道撮影) そして気になるのは、音信が途絶えている新垣仁絵(HITOE)。文字通り『HITOE’S 57 MOVE』、どこかに行ってしまいました。ヨガインストラクターの資格を取り、ヨガ教室を開講し、一般男性と結婚。ヨガで直感力が高まった彼女は、このままグループのメンバーと一緒にいたら、カルマの渦に巻き込まれる、と予知したのかもしれません。 でも、メンバーを女の業から救い出せるのはHITOEだけかもしれません。ヨガの癒やしと浄化のパワーによって、肉体レベルの愛にとらわれているメンバーをわれに返らせたり…。SPEEDの救世主であるHITOEの再降臨を、元ファンとして祈念いたします。

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    養子縁組も既定路線? ジャニー喜多川が滝沢秀明を溺愛する理由

    マッチに関して言えば、いまさら何を指導できるのか。そう、レーサーとして車の運転を教えることができても芸能界では生きていけない。(イラスト・不思議三十郎) 要はジャニー氏の後継者として、マッチもヒガシも話題性や将来性、実力を踏まえれば物足りないのだ。 そもそもジャニーズの次期社長やジャニー氏の後継ぎをイメージするとき、タレントばかりに注目してウワサすること自体が間違っている。事実、明石家さんまや松本人志が吉本興業の後継者としてウワサにもならない。ホリプロの役員でもある和田アキ子が同社を継ぐならまだあり得るが、それでも事務所経営を担うのは無理だろう。 ジャニーズにしても次期社長は既定路線のまま、現副社長の藤島ジュリー景子氏が就くのはジャニー氏も公言している通りで、すでに複数のグループ会社の代表になっている。ジュリー景子氏は唯一の若い血縁者であり、そこは「テッパン」だと僕はかなり前から強調してきたが、これは間違いない。ジュリー景子も無理 ジュリー景子氏は仕込まれた帝王学と潤沢な資金を背景に事務所経営は大丈夫だろうが、プロデューサーとしてジャニー氏の代わりは一切務まらない。衣装のプランやビジュアル面では現場経験があり、女優として演じていた時期もあるが、アイドル候補を発掘して育成、その上でステージのすべてを作り上げる才能も力もない。 つまり、ジャニーズのエンターテインメントの本質においては全く役に立たないのだ。それは母親であるメリー喜多川氏(ジャニー氏の姉)も同じで、最強の営業力と管理能力を持っていても演出やプロデュースには縁がない。専らそれはジャニー氏の仕事であり、彼にしかできない。実際、これまで姉や姪(めい)であっても演出分野においては一切、口を出していない。 ジャニー氏がずっと心配してきたことといえば、ジャニーズ事務所の存続ではなく、ジャニーズがジャニーズであり続けるために自分の思想を受け継いでくれる分身的な後継者がいないという現実だった。そもそもジャニー氏は当初、自分しかできないことを他の誰かに引き継ぐ気などなかった。 生涯現役であり続けることにこだわってきただけに、これまで後継者の話題が出てこなかったのもその証拠だ。自分以外が代わりを務められるわけがないと、そう思いながらここまできたのだ。 しかし、事態は一転した。それはSMAPの解散騒動だ。ジャニー氏はあの騒動で、ジャニーズが壊れていく様子を垣間見てしまった。これは想像していなかったことで、あまりにショックが大きかったのだ。国民的アイドルとして絶頂にありながら、ジャニーズを離れていくアイドルがいる現実は受け入れ難いものがあった。 SMAPの解散を受け、「ジャニーズの終焉」や「ジャニー氏の求心力の衰え」といった、そんな声が嫌ほど入ってくる事態になり、このままにしておくわけにはいかないと感じたのだろう。 そこで、信用できる自分の分身を考えたとき、たった一人、タッキーしかいなかったのだ。タッキーには、ジャニーズとジャニー氏への最上の愛があり、誰よりも自分を理解していると感じていたようだ。(イラスト・不思議三十郎) 重視したのは、アイドルとして歌って踊れるだけでなく、ジャニーズにとって最も大切なステージ(生舞台)をプロデュースできる点だ。ジャニー氏のまねをしながら育ってきたタッキーは、いつしか匹敵するレベルの能力を培っていたという。 もう少し、ジャニー氏がタッキーを選んだ理由を記しておこう。メジャーアーティストを輩出した人数などが世界一としてギネス認定されるほど人を見る目に長(た)けたジャニー氏だが、その能力と同時に白黒ハッキリした好みがある。 ルックスや性格など一般的な好みはもちろんだが、際立って興味を示すのはそのアイドルの持っているプロフィールにある。まず、家族構成だ。どういった環境で育ってきて今どのように暮らしているのかに強い興味を持ち、さらに、その環境が幸か不幸かによって好みが強く出てくる。養子縁組は確実 例えば「幸」の場合、嵐の櫻井翔のように将来有望な元官僚の親を持っていたり、関ジャニ∞の大倉忠義のように何百億円もの資産を持つ企業の御曹司といった、生い立ちに興味を抱く。 ただ、どちらかと言えば、ジャニー氏は「不幸」と思われる環境の方に、より強い関心を持っている。極端な例では、孤児だったり、片親だったりするだけで、非常に目をかけてくれる。片親の僕は実体験だが、本当によくしてもらった。「君は片親だから、両親がそろっている家庭と比べれば恵まれている度合いは半分しかない。だからその半分をチャンスとしてあげたい」と、言葉をかけてもらった。 タレント性を見いだすヒントとして、その人が育ってきた環境や背景を知ることはとても重要なのだろう。官僚の子や企業の御曹司より、人間的な魅力を作ろうとするプロデューサーは不幸な子のハングリー精神を求めるようだ。そういった意味ではタッキーも深い関心の中で育てあげた成功例といえるのだ。 あまり知られていないが、タッキーの父親は母親の再婚相手であり、実父とは小学生のときに離別している。事実上片親を経験していることもジャニー氏にとっては放っておけない存在であり、大きなチャンスをあげたいと感じたに違いない。 タッキーは中学生のころからあの美貌を持ち、さらに明るい性格で、なおかつ真面目で芯が強かった。僕も初めてタッキーと対面したときは言葉を失ったくらいだ。 そもそもジャニー氏がアイドルとして最高評価をしているのは、KinKi Kidsの堂本光一だが、その光一にあこがれてジャニーズ入りしたタッキーが、自分が作るステージで華やかに舞い観客を魅了する姿を楽しんでいたのだ。 ジャニー氏は、子供も伴侶もなく、血縁者も2人しかいない。そんな中で、自分が発掘して育ててきたタレントはみんな自身の子供と表現するが、光一とタッキーだけは本当の家族にしたいと思っているようだ。 今回の後継指名に関して、タッキーと養子縁組するという情報もあるが、この可能性は極めて高い。ジャニー氏は恵まれない子供たちを支援する団体の設立を目指しており、自らの財産と生き様を伝承して後世に残せるジャニーズを残すためにも、タッキーとの養子縁組は信頼できる「家族」を作る最初で最後のチャンスといえるからだ。(イラスト・不思議三十郎) タレントを完全に引退し、ジャニー氏を継ぐ覚悟のタッキーへのエールは業界を超えて広い範囲から多く寄せられているが、こうした期待と歓迎ムードに仕立てたのはジャニー氏ならではの演出といえるだろう。 タッキーがマッチやヒガシのようになってからでは遅く、ニッキのように長く裏方に入ってしまってからでは話題にも乏しい。かつての山口百恵や、先月引退した安室奈美恵のように絶頂期だからこそ価値があるからだ。 普通に考えればもったいないし、ファンからすれば引退しないでほしいと思うところだが、与えられた大きな使命を思えばタッキーはジャニー氏の後継者として「永遠」に語り継がれる存在となるだろう。

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    剛力彩芽はきっとZOZO前澤友作氏を踏み台にする

    臭いモノがあった。同局の番組『アナザースカイ』では、12日のゲストが剛力彩芽だったからだ。 これは、芸能人や有名人をゲストに呼び、「海外にある、第二の故郷」を語ってもらうトーク番組だ。剛力がパリに訪れ、買い物を楽しみ、パリコレを最前列で鑑賞し(隣にはもちろん前澤氏が座っている)、アイデンティティーを表現するダンスをお披露目し、最近一人暮らしを始めた旨などを語っていた。自分から発信したいと思うようになってSNS(会員制交流サイト)も始めた、などなど、つっこみたくてウズウズするような内容ではあった。実際、司会の今田耕司はウズウズを抑えきれずにつっこみを入れたのだが、剛力は笑ってスルー。映像もさらっと編集してあった。 ふむふむ。そういうことか。剛力が今まで築いてきたイメージをZOZO前澤氏なんかに崩されたくないわけだ。従順で真面目でおぼこいゴーリキちゃんが「恋愛に溺れておかしくなっている」のではなく、「今、いろいろなことにチャレンジして新しく脱皮しようとしているブランニュー・ゴーリキ」方向へ持っていきたいんだな。「第2回ミス美しい20代コンテスト」概要説明記者発表会に出席した剛力彩芽=2018年3月22日、グランドプリンスホテル高輪(撮影・田村亮介) ゴーリキちゃんについて、少し触れておきたい。彼女は7歳からモデルを目指し、15歳で『セブンティーン』のモデルデビューを果たす。私が記憶しているのは、ドラマ『IS~男でも女でもない性~』(テレ東系、2011年)だ。 性分化疾患のインターセクシュアルという難しい役柄を見事にこなした。中性的なルックスと不思議な佇(たたず)まいに心がざわついた。その後、あれよあれよとスターダムにのしあげられるゴーリキちゃん。オスカーという巨大事務所の3枚看板(武井咲、忽那汐里とともに)として、毎クール必ずどこかしらのドラマに主演級で出演することに。ちまたでは「事務所がゴリ押しのゴーリキちゃん」と揶揄(やゆ)され、私自身も実際そう思っていた。いや、事実なんだろうけど。ゴーリキちゃんの転機 彼女自身は歌って踊ることも大好きなようで、念願の歌手デビューも果たした。菓子パンCMを始め、CM女王にも輝くほどの活躍。主演したドラマはどれもイマイチ視聴率が振るわなかったが、着実にキャリアを積んでいた。 ところが、ここ1~2年のゴーリキちゃんは、ゴールデン枠からプライム枠、そして深夜枠のドラマへと移行していき、正統派ヒロインだけでなく、かぶり物やコスプレがメインのキャラクターを演じるようにもなった。『レンタルの恋』(TBS系、2017年)というドラマが実にクオリティーの低い仮装なのだが、物語としてはものすごく納得のいく結末なのでぜひ見てほしい。そして、今は2時間モノで「主演の男性俳優についていくサブポジション」にたどり着いている。視聴者としては「最近、ゴーリキちゃんの扱いが雑になってきたな」と思ってしまう。本人が働き方を変えたいと思ったのか、さっさと妊娠・結婚した武井咲に感化されて反抗したのか。それともドラマ業界でメインに据えるニーズがなくなったからなのかは、正直分からない。 おそらく、18歳の頃から休みが一切なく、25歳までは恋愛禁止で、馬車馬のように働かされてきたゴーリキちゃんに「いい転機」が来たのだと思う。『アナザースカイ』でも話していたが、「初めて三連休をもらったのに、何をしていいのか分からなくて結局何もしなかった」そうだ。そして「今、仕事をもらえているのも、自分の実力じゃないじゃん、と。甘えていたんだなと思って。自分から発信していきたいと思うようになった」と言うのだ。 SNS炎上に対する事務所へのフォロー発言かなと思いつつも、10代から働き続けてきた女性の本音と恨み節を垣間見たような気もする。10代後半の多感で多動でかけがえのない楽しい時期を、汚れた大人の言いなりになって優等生を演じてきたゴーリキちゃんが今、解放感を味わっているのだ。TBS系ドラマ『レンタルの恋』の取材会に出席した(左から)岸井ゆきの、剛力彩芽、太賀=2017年2月、横浜市青葉区 つまり、前澤氏はゴーリキちゃんにとっての踏み台でもある。世間では「清純派で箱入り娘のゴーリキちゃんがZOZOに遊ばれて捨てられる!」と懸念しているようだが、実は逆ではないか。海外旅行での解放感にはしゃぎ、念願のパリコレも見て、アートの重要性と可能性とうんちくを聞き流し、さまざまな経験をさせてくれたら、後は自分の仕事に生かすだけ。 26歳のゴーリキちゃんにはまだたくさんの可能性と時間がある。やりたいことも目白押し。42歳の前澤氏(しかも結婚しない主義)から必要なものをインプットできたら、後は捨てるだけ。金目当ての元カノとは異なり、芸の肥やしでしかないと思うのだ。よそはよそ、ゾゾはゾゾ、うちはうち。ゴーリキちゃんがいつか「ZOZOを踏み台にした女」と呼ばれる日が来るはずだ。あ、なぜか破局する前提で書いているけれど。

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    ファン・ビンビン巨額脱税、中国当局が狙い撃つ人気女優の利用価値

    TV(中国中央テレビ)の人気キャスター、崔永元氏の告発です。彼はCCTVに在籍中から、メディアの中で芸能界に横行する不正なお金の流れを告発するための資料を大量に保管していて、今回、その一部を暴露したといわれています。告発の動機は芸能界への恨みです」習近平が意識した「相手」 また、関係者はこうも語った。「崔氏は、もともと『国民的』とも称される人気キャスターだったのですが、キャスターをスキャンダラスに描いた映画『手機』のモデルにされたことで精神をやられ、最終的には職を辞すことになってしまった。それだけでも恨み骨髄なのに、そのグループが新たに続編の『手機2』を制作する予定だと知り、怒りが爆発したようです。攻撃の本命は映画監督の馮小剛(フォン・シャオガン)と、エンターテインメントビジネス界の雄、華誼兄弟伝媒(フアイー・ブラザーズ・メディア)グループの王兄弟ですが、彼女も一味と見なされたのでしよう」 SNSでは、告発直後の6月にファンが崔氏に「あなたがそんなに傷ついていたとは知らなかった」と泣いて電話があり、それに対し崔氏が「知らないはずないだろう」と冷たく突き放したという話も流れている。いずれにせよ、これほど堂々と不正が告発されれば、ただで済むはずはなかった。 しかも崔氏の告発は、後付けながら当局にとって実に利用価値のあるものとなったという。別のメディア関係者が語る。 「中国はちょうど各地の税務局を国税局と一体化させる組織改革方案を7月20日付で発出したばかりで、新組織の船出に勢いをつける材料を探していた。そこに降って湧いたのがファンの事件ということです。組織改革の目的は、中央のコントロールの強化ですから、北京は勢いづくことでしょう」 また、高額所得者の象徴である芸能界のスターからきっちり税金を取り立てたことは、中国がさらに力を入れる所得の再分配にも追い風となる。 中国は今後の社会と経済の安定のために中小企業への手厚い保護と中間所得層の拡大を目標として定めている。前者の目的のため、8月20日には第1回となる中小企業発展促進会議を行っていて、また後者については低所得者のために大幅な減税に着手している。 中国の納税者を可処分所得に従って5分割して、下から3段階を対象に減税を行っているのだ。「中国を過去に逆戻りさせた」と表現される習近平国家主席の政策は、常に「持たざる者」を意識して進められてきたが、その大きな流れから見た通り、ファンの脱税にも厳しい裁きが下されたわけである。中国の人気女優、ファン・ビンビン(范冰冰) ただ、問題はファン一人が断罪されても収まらないという。 「告発は芸能界の裏の体質を白日の下にさらしてしまった。当然類は他のスターたちにも及ぶでしょう。芸能界をはじめすべてのエンターテインメントビジネスにかかわる人々は、今やもう戦々恐々です。飛ぶ鳥を落とす勢いだった華誼兄弟も、当初こそ崔さんに反論していましたが、もうすっかり静かです」 中国では映画の興行収入が日本の4倍を超え、数年で米国をも追い抜くと騒がれてきたが、その絶好調の映画界では、これから非常に冷たい風が吹き荒れることになるのだろう。

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    飲酒ひき逃げ、吉澤ひとみは「孤独の病」を克服できるか

    の危険な飲み方について注意をしたり、診察を勧めたりしていなかったのだろうか。そうだとすれば、華やかな芸能界にいるように見えて、何という希薄な人間関係、何という孤独な環境だろうかと暗澹(あんたん)たる気持ちになる。 このような重大な事故を起こしてしまえば、ますます周囲から人が離れ、本人も自信や自尊心を失い、孤立を深めていく恐れがある。送検のため警視庁原宿署を出る吉澤ひとみ容疑者(奥)=2018年9月7日 事件について、罪を償うのは当然だが、どれだけ厳しい罰を受けたとしても、アルコール依存症は治らないのが現実だ。そもそも、飲酒運転については厳罰化が進んでいるが、厳罰化はこの種の事件を抑制できないというエビデンス(臨床的根拠)があり、今や常識となっている。 吉澤被告の事件を踏まえ、最も重要なことは、治療につなげることである。そして、その中で新たな人間関係を築き、これ以上自分の体や心を傷つけないようにすることだ。さらに、自尊心を取り戻し、社会生活を取り戻すことが何より大切になる。 また、その一方で、われわれ社会の側も立ち直ろうとする人を受け入れ、バックアップすることが必要だろう。自分を大切にできない人が、他人を大切にできることなどありえない。本当の償いや再出発は、そこからスタートする。

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    さよなら、安室奈美恵

    歌手の安室奈美恵さんが芸能界を引退した。26年前にデビューした節目の日での引退である。瞬く間にトップスターに上り詰めた彼女の歌や踊り、ファッションは同世代の女性の心をつかみ、社会現象にもなった。「平成の歌姫」と呼ばれた彼女の軌跡をたどりながら、時代を彩るアイドル像について考えたい。

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    松田聖子と安室奈美恵、昭和と平成のトップアイドルはここが違う

    太田省一(社会学者、文筆家) 2018年9月16日、安室奈美恵が芸能界を引退した。およそ1年前の「引退宣言」は現実になったのである。 芸能人の引退、とりわけアイドルの引退となると、活動の華やかさとの対比もあって、ファンならずとも寂しさがこみあげてくる。今回の安室奈美恵の引退にも、私を含めてそんな思いに駆られる人は少なくないはずだ。 アイドルの歴史をさかのぼってみると、同じく社会現象となった引退劇として、1970年代の「キャンディーズの引退」がある。ステージ上で突然解散を発表したときの「普通の女の子に戻りたい」という伊藤蘭の叫びは流行語にもなった。そこには、アイドルと一般人は全く違う世界に生きているという感覚が根強くあった。だからキャンディーズが引退してしまうことは、ファンからすれば彼女たちの存在自体があたかも永遠に消えてしまうかのような衝撃があったと、当時のことを知る私は思い出す。 一方、安室奈美恵の引退は少し違っている。「安室奈美恵」という芸能人の活動は終わっても、安室奈美恵という一人の女性の人生は続く。当たり前のことといえばそうだが、ファンはなんともいえない寂しさを抱きながらも、そのことをよく分かっているようにみえる。 そこにあるのは、「ともに生きる」という感覚である。 1977年、沖縄に生まれた安室奈美恵は、地元のタレント養成スクール「沖縄アクターズスクール」に通った後デビュー、1995年の『TRY ME~私を信じて~』がヒットして一躍時の人となった。その人気は歌だけにとどまらず、ファッション面にも及んだ。彼女をまねて茶髪に細眉、ミニスカートに厚底ブーツでストリートを闊歩(かっぽ)する「アムラー」と呼ばれる少女たちがマスコミを賑(にぎ)わせたのは、よく知られている通りだ。 そうした髪形やファッションに影響を及ぼしたアイドルの先達としては、やはり1980年代の松田聖子が思い浮かぶ。前髪でおでこを隠した「聖子ちゃんカット」もまた、当時の少女たちが我も我もとこぞってまねをした。 ただ松田聖子は、それだけでは終わらなかった。『赤いスイートピー』(1982年)などの歌を通して同性ファンを増やし、アイドルを一過性のものではなく長続きするものにした。松田聖子と同世代の女性ファンは、「聖子ちゃん」が大人になって恋愛をし、結婚・出産、さらには離婚など、人生経験を積み重ねていくのを見守り、折に触れて彼女の存在に励まされながら、自分たちもまたそれぞれの人生を生きた。つまり、アイドルとファンは「ともに生きる」ようになったのである。「風立ちぬ」でゴールデン・アイドル賞を受賞した松田聖子=帝国劇場 安室奈美恵は、そんなアイドルとしての生き方を受け継いだ。20歳で結婚、そして出産のため産休に入り、その後復活。離婚してからはシングルマザーとして生きてきた。ファンもまた、そんな彼女の必ずしも順調とばかりはいえない人生とともにずっと生きてきた。 ただ、松田聖子と安室奈美恵とでは、時代背景は大きく異なっている。そもそも安室奈美恵はアイドルなのか? 松田聖子が登場した1980年代は、女性にかわいさ、従順さが求められる時代から女性が自立して生きる時代への転換期だった。松田聖子のファンたちの多くはいわゆる「均等法世代」であり、現実にはさまざまな障壁があったにしても、女性の社会進出が当たり前になり始めた時代だ。当初は「ぶりっ子」と呼ばれた松田聖子も、「アイドル」を職業と認めさせたパイオニアとなった。言うなれば、松田聖子は「自立したアイドル」だった。 「自立したアイドル」という点では、安室奈美恵もそうである。パフォーマンスの面では歌の魅力ももちろん大きいが、特にダンスを通じた自己表現にその側面は表れていると言うべきだろう。誰かに教えられてその通りにやる「振り付け」がそれまでのアイドルの踊りだったとすれば、安室奈美恵の「ダンス」は、身体の内側からほとばしり出る表現であり、一つの存在の主張になっていた。 安室奈美恵がブレークした1995年は、阪神・淡路大震災、地下鉄サリン事件と大きな災害、事件が重なった年として記憶に残る。それらは、戦後の復興から高度経済成長を通じてようやく得られたはずの安定した日常生活が、足元から崩されるような極めてショッキングな出来事だった。その数年前に起こったバブル崩壊から続く不況と併せ、「既存の世の中の仕組み」の大きな動揺が誰の目にも明らかになった。 「アムラー」、あるいはギャルという存在は、そんな時代の転換期と深いところでつながっているように思える。従来の学校や家庭に収まることなく、街中を自分の居場所にするギャルは、世の中の仕組みが機能不全に陥りかけている中で、自分たちの存在証明を求めて漂流した。「今日もため息の続き 一人街をさまよってる」「でも明日はくる」(『SWEET 19 BLUES』の歌詞より)と歌う安室奈美恵は、そんな彼女たちに優しく寄り添う存在であり続けた。 「安室奈美恵はアイドルなのか?」多少なりともアイドルの歴史や文化に関心を持つ人ならば、一度は頭に浮かんだことのある問いではなかろうか。全国ツアーの東京公演で熱唱する歌手・安室奈美恵=2006年9月、東京(戸加里真司撮影) かわいらしい少女で、しぐさや言動も含めて守ってあげたくなるような魅力を持つ存在こそがアイドルだと考える人もいるだろう。そういう意味では、安室奈美恵をアイドルとみなすことに躊躇(ちゅうちょ)してしまうかもしれない。 しかし、アイドルが私たちにとって「身近な存在のこと」を指すとすれば、「どこにでもいそう」というような近さではなく、ここまで述べてきたように「私たちとともに生きる」という近さにおいて、安室奈美恵をアイドルとみなすことは可能なはずだ。そして、そんな「アイドルらしくないアイドル」こそが、実は「昭和のアイドル」と一線を画す「平成のアイドル」だったのではあるまいか。 異例の厳しい暑さが連日続いた夏も終わり、平成最後の秋を迎えようとする今、「平成のアイドル」の象徴であった安室奈美恵も芸能界を去った。だが冒頭にも触れたように、彼女の引退は、その後の彼女の人生がこれからも続くと感じさせる点で、かつてのキャンディーズのそれとは違っている。そしてファンや私たちもまた、彼女がくれた忘れがたい記憶をずっと胸に抱きつつ、平成から次の時代へとそれぞれの人生を再び歩み始める。

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    音楽評論家の私をもうならせた「安室奈美恵の衝撃度」

    富澤一誠(音楽評論家) 安室奈美恵は、6月3日に東京ドームでラスト・ツアーの最終公演を行った。5大ドーム17公演とアジア3都市6公演を巡り、計80万人をドーム動員した「引退イベント」の千秋楽。この歴史的な記念日に立ち会い「歴史の証人」にならなければならない、と思ったのは私だけではないだろう。 正直に言って、音楽評論家として47年間のキャリアを持つ私は数々の現場を見てきたが、今回の安室の「引退ラスト・ツアー」は全てにおいて音楽史に残る特別なメモリアルと言っても過言ではない。 安室の「引退宣言」は衝撃的だった。2017年9月20日、公式サイトで正式に発表されたときのショックは今でも鮮明に覚えているほどだ。 希有(けう)のスーパーアイドル、スーパースター、スーパーエンターテイナーの彼女だけに超ド級の衝撃度だった。私のところにもテレビやラジオ、新聞、雑誌からたくさんのコメントの依頼があった。当時、私はこんな風に答えている。「ファッションリーダーでもあり、全盛期で結婚・出産するなど自分の生き方を通してライフスタイルまで提供したことで、それまでのアイドルというジャンルをアーティストまで引き上げた。ダンスも凄く、アスリートに近いものがあった。ナンバーワンでオンリーワンの存在。突然の引退発表にびっくりしたが山口百恵さんやBOOWYのように全盛期にやめることで、素晴らしい記憶が瞬間冷凍され、伝説になると思う」 アーティストには2通りのタイプがある、と私は考えている。一つは、時代に関係なく、あくまでも自分を押し通していくタイプ。もう一つは、時代との距離をいつも一定に保っているタイプだ。 前者は吉田拓郎や矢沢永吉のような「俺が…」的なアーティスト。一方、後者はどんなに時代が変わろうとも、その時代の波をうまくとらえて、時代のサーファーのように乗りこなしてしまう松任谷由実や桑田佳祐のようなアーティストだ。具体的に言うと、自分は人とはちょっと違うかっこいい生き方をしていると思っている人たちの一歩先を行くこと。音楽だけではなく、生き方をひっくるめて、同世代のライフスタイルをくすぐってちょっと変えてしまうような…。 ユーミンは他人より一歩先を常に歩いてきた。そこに女性を引きつける魅力があるのだ。だからこそ、女性の憧れの的になったのだろう。「私もユーミンみたいになりたい」。そう思ってユーミンの後を追う。初の台湾ソロ公演で熱唱する歌手の安室奈美恵=2004年、台北市・新荘体育館 それと同じものが安室にもある。そもそも人気絶頂期の結婚などはなかなかできるものではない。ライブでMCをしないこともそうだ。 だが、安室は全て自分の意志で押し通してきた。自分の意志を持つ女性の美しさを実践したのだ。だからこそ、彼女に憧れて彼女のように生きたいと思う人たちがたくさん生まれて「アムラー現象」が起きたのだ。最後のMCで語ったこと 加えて、安室世代にはユーミン世代にはなかったダンスパフォーマンスによるアスリートへの憧れという新しい魅力が加わっている。ダンスはいつしか学校教育の中に組みこまれたことにより、ダンスパフォーマンスのできる人は、一流アスリートと同じ尊敬の対象となった。安室は言うまでもなく、そんな素晴らしいダンスパフォーマーでもあるので「スーパースター」になり得たのである。 ラスト・ツアー最終公演の千秋楽は、聖火台をバックに、NHKのリオデジャネイロ五輪テーマソング『Hero』で幕が開けた。1曲目から全開といった雰囲気で、歌とダンスと8変化の衣装、それこそノンストップのエンターテインメント・ショーは息もつかせぬ圧倒的なパワーだった。安室の完成度の高いパフォーマンスが光っていた。 曲もバラエティーに富んでいた。『Don't wanna cry』『CAN YOU CELEBRATE?』など、誰もが知っている大ヒット曲から『Do it For Love』などの最新曲までをとり混ぜ、見せて聴かせて、とまさに「安室ワールド」が満開だった。それにしても、ステージの端から端まで走り抜けるタフさ、これにはびっくりした。まさにメダルを狙えるアスリートのようだ。 あっという間の2時間45分、そして歌手人生最後のツアーを飾るラストソングは『How do you feel now?』。ちょうど30曲目となったこの曲を歌い終えると、安室は16人のダンサーと抱き合い涙を流した。そしてマイクを握った。コンサートではMCをしないことで有名な安室が、ラストということで、5万2千人の聴衆は固唾(かたず)を飲んで安室の言葉を待った。 「今日はどうもありがとうございました」 「9月16日以降、私がこうしてステージに立つことはありません。だからこそ、この25年間が私の中でとても大切な思い出になりました」 安室の言葉が一言ずつ心に入ってきた。と同時に、いろいろなシーンがよみがえってきた。しかし、それも今日で終わりだ。あとは瞬間冷凍されて、それぞれの心の中で「伝説」として残っていくのだ。25年間の感動ドラマはそれぞれの心の中で永遠に残ることだろう。安室奈美恵のラストツアーDVD&ブルーレイ「namie amuro Final Tour 2018 Finally」が発売され、JR渋谷駅前に登場した巨大PR看板=2018 年8月29日、東京・渋谷(早坂洋祐) 安室奈美恵のそんなドラマチックな25年間を凝縮したのが8月29日にブルーレイディスク(BD)とDVDが各5バージョンで発売された「namie amuro Final Tour 2018~Finally~」だ。これを見ることで、私たちはいつでも瞬間冷凍された「安室伝説」を解凍することができるのである。

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    「波乱万丈」美空ひばりと重なる安室奈美恵のアイドル性

    笑い評論家、江戸川大教授) 突然の引退発表から1年。デビュー26周年を迎える9月16日、安室奈美恵は芸能界を引退した。彼女の引退発表を知った時、僕はまだまだ余力を残しながら引退を決断するトップアスリートを連想したものだ。  安室のコンサートはほとんどMCを入れず、着替えの間に映像作品を流す以外は、ずっと歌い続け、踊り続けることで知られている。9月20日で41歳になる安室だが、これまで、激しいパフォーマンスを続ける体力と、デビュー以来全く変わらない体型は日頃の努力によって維持することができていた。 しかし、当然ながら、それはいくつになってもできるというものでもない。今後を考えれば、年齢に合わせて無理のないステージを見せていくことは可能でも、彼女自身は現在のクオリティーを落としてまで続けることをしたくなかったのだろう。そうした思いが今回の決断につながったように思う。  小学5年でジャネット・ジャクソンにあこがれ、本格的に歌とダンスのレッスンを開始。1992年9月にアイドルグループ「SUPER MONKEY'S(スーパーモンキーズ)」のセンターボーカルとしてメジャーデビューを果たしたものの、当時は男性アイドルも女性アイドルも「冬の時代」を迎えており、デビュー曲はオリコンチャート29位に終わっている。  94年4月からフジテレビ系の子供番組『ポンキッキーズ』に16歳でレギュラー出演するようになった時も、そのポジションはアイドル的なものだった。安室はピンク色のうさぎの着ぐるみを身につけて、グレーのうさぎに扮した鈴木蘭々と番組内ユニット「シスターラビッツ」を結成。「うさぎとかめ」「金太郎」「桃太郎」「浦島太郎」「一寸法師」などの童謡をメドレーにまとめた「一寸桃金太郎」と題する曲を2人で様々なコスプレをしながら歌って踊る映像が、月~金の帯で流されていた。  たまたまチャンネルを合わせて、その映像を見た僕は、彼女の持つ才能と魅力に釘付け状態となった。どこかバタ臭さのある、飛び抜けて可愛いルックスに加え、何より、抜群のリズム感と表現力に裏打ちされたダンスが素晴らしかったのだ。ライブツアーで熱唱する安室奈美恵=2006年9月 振付はお遊戯とヒップホップの要素をミックスしたようなものだったが、手足の角度、動きのキレ、メリハリのつけ方…、ダンスに関して言えば鈴木蘭々と「モノが違う」のは一目瞭然であった。彼女が97年に同番組を降板してから、この曲を引き継いだ二代目、三代目、四代目のシスターラビッツにも、安室のレベルに迫ったメンバーは1人もいなかった。  95年のソロデビューとレコード会社の移籍を経て、小室哲哉プロデュースの曲をリリースするようになると、その才能は大きく開花してミリオンセラーを連発する。同年代の女性たちが彼女のファッションや髪型やメイクを真似る「アムラー現象」が巻き起こり、男性ファン中心のアイドルから、女性ファン中心のアーティストへと変貌を遂げるに至った。こだわりは「量」より「質」 一方で、ほぼ同時期に大ブレイクしたSMAPはアイドルの枠に留まりつつも、老若男女から愛される国民的アイドルグループとなった。やや遅れて登場した宇多田ヒカルや浜崎あゆみがアーティストとして成功したのも、先に道を切り開いた安室の存在があったからこそと言えるだろう。   その後は、TRFのダンサー、SAMとの結婚(97年)、出産(98年)、母親が殺害された事件(99年)、小室プロデュースの終結(2001年)、離婚(02年)など、様々な出来事が続いた。 だが、彼女は多くを語らぬまま、ブレることなく自分の仕事で結果を出し続けることで、歌やパフォーマンスだけでなく、その生き方や芯の強さに共感する女性ファンの支持が増えた。こうした安室とファンの関係性は、美空ひばりとファンとの関係に酷似しているように見える。  そして、今回の1年かけての引退カウントダウンは、ラストツアー、CD、DVD、グッズ、企業とのコラボ商品など、莫大な経済効果を生んでみせた。キャンディーズの解散(78年)と山口百恵の引退(80年)までのカウントダウンも社会的に大きな盛り上がりを見せたが、時代の違いを考慮に入れたとしても、ビジネスのスケールでは今回のケースと比べられないほどの差があったのではないか。  現在も続く大人数の女性アイドルグループ黄金期は、90年代後半の「モーニング娘。」のブームから始まった。その前の80年代半ばには「おニャン子クラブ」のブームがあった。ここ10年ほどは秋元康プロデュースによるAKBグループが圧倒的な人気を誇り、同じ秋元が手掛ける「坂道」シリーズも台頭した。  CD不況と言われる時代にあって、驚異的な売り上げを記録してきた彼女たちの強みの一つが大人数のメンバーという「量」であることは確かだろう。80年代まではソロのアイドルが主流だったが、メンバーそれぞれのファンの集合体をターゲットとしたビジネスシステムが定着してからは、成功するソロアイドルがとんと出てこなくなった。結婚会見で仲良く腕を組む安室奈美恵(右)とTRFのSAM=東京・青山  そうした状況下において、安室はパフォーマンスの「質」にこだわり続けることで、ソロにも関わらず、数多くの記録を打ち立ててきた。  山口百恵の引退の前後にはやたらに「ポスト百恵は誰か」と騒がれたのに対し、今回、「ポスト安室は誰か」という声はほとんど聞こえてこない。安室のような存在は周りが作ろうとして生まれてくるものでないことが皆、分かっているようだ。 日本社会の「安室ロス」が当面の間、続いていくのは間違いない。

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    「引退も祝福してくれますか?」安室奈美恵、引き際の美学

    ングだった思います。成人したら息子さんまでマスコミに追い回される可能性があります。それを避けるために芸能人を辞めて母親として、プライベートな生活に軸足を移したいのだったら、それも理解できます。 いずれにしても安室さんの天賦の才能と感性、そして沖縄の女性らしいたくましさと、世界への発信力は今後も残るでしょう。これからはそれを生かして、アジアを代表する一人の女性として、家族と地元沖縄を大切にした、自由な活動を続けていかれることを願っています。

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    イモトと奇跡の共演果たした安室奈美恵、舞台裏の壮絶苦労

    イモトは本物”と認められています。ネタではなく本気度が伝わるからこそ、今回もここまで話題になった」(芸能関係者) サプライズ企画はそれだけでは終わらず、30分にわたる対談も行われた。「安室さんからいつも『イッテQ』を見ていると言われたイモトさんは言葉を失っていました。エベレストやキリマンジャロなど世界の名峰の登頂に挑んできた細かいエピソードも話していたので、本当に見ていてくれているんだと現場は感動の嵐だったようです」(前出・番組関係者) イモトの安室愛あふれる過去のVTRを見て、安室がもらい泣きする場面もあった。そしてついにツーショット撮影に成功し、番組を終えた。イモトアヤコ=2015年12月 テレビでは“未公開”の舞台裏は、相当な苦労があったという。「台湾での安室人気は絶大。どこにでもパパラッチがついてきます。ドッキリのために、安室さんはまずダミーの店に入り、そこで店員と同じチャイナドレスに着替えて裏口から再び出発。人気のない商店街の裏路地で降りると、イモトさんのロケ現場へ。その後も空調もきかないような部屋で待ち続けていました。そこまで念入りの準備だったので、安室さんも“失敗したらどうしよう”とイモトさんより緊張した様子だったそうです」(前出・番組関係者) 奇跡のツーショット写真は安室の軌跡をたどる体感型の展覧会『namie amuro Final Space』(東京や沖縄など全国で開催中)で見られるという。夢は叶うと教えてくれた。■ イモトアヤコ 親友・竹内結子と同じマンションの一部屋購入■ 小林麻耶 ”海老蔵似”夫と手つなぎデートで幸せ絶頂写真5枚■ 坂上忍、消えた義足の愛犬「飼育放棄騒動」の真相を語った■ イモトアヤコ マッキンリー下山後は竹内結子の自宅にお泊り■ イモトアヤコ 初彼氏は中2、後藤真希に敗北など過去の伝説

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    小室哲哉が生んだシンデレラストーリーとカラオケの関係性

     1990年代半ばから2000年代にかけてヒットチャートを席巻したのが小室哲哉(59才)プロデュースによる“TKサウンド”だ。安室奈美恵、篠原涼子、鈴木亜美(当時・鈴木あみ)ら、多くの女性アーティストをプロデュースし、ブレークさせた。 しかし、そんな小室も『週刊文春』の不倫報道を受けて、引退を表明。その是非について、様々な議論が展開されている。 TKサウンドが人気を博していた1990年代後半。特に女性リスナーたちを熱狂させたのは、小室がプロデュースした女性アーティストたちの背景にある“シンデレラストーリー”だった。 小室が手がけたシンデレラとして真っ先に名前が挙がるのは、『I'm proud』や『I BELIEVE』がヒットした華原朋美(43才)だろう。1995年、華原のデビュー直前にふたりの熱愛がスクープされた際、小室が言った「アーティストに手をつけたのではなく、恋人に曲を書いてデビューさせただけ」という言葉は、世の女子たちを沸かせた。 当時レコード会社に勤めていたラジオパーソナリティーでコラムニストのジェーン・スーさんも、小室のスゴさをこう振り返る。「当時の小室さんは絶対に打ち上げを成功させるロケット発射台のような存在で、音楽業界で働いていた人間としては羨ましかった。特に朋ちゃんが世に出てきたときのことは、『これが本当のシンデレラストーリーだ…』と度肝を抜かれたことを覚えています。普通のかわいい女の子が、いきなりエンタメシーンの中心にかつぎ出され、海外ロケをはじめとする豪華なMVはもちろん、スタイリングやメイクまで、野口強やソニア・パークといった一流のスタッフからのバックアップを受けてどんどん洗練されていく。スター街道を駆け上がっていく様は、当時の女の子なら誰もが憧れたのではないでしょうか」 小室マジックで変身したのは華原だけではない。バラエティー番組を中心に活動していた篠原涼子(44才)は『恋しさと せつなさと 心強さと』で大ブレーク。お茶の間に顔が売れたことにより、トップ女優への道を開いた。第37回日本レコード大賞新人賞にノミネートされた華原朋美さんの伴奏をする小室哲哉さん=東京・赤坂のTBS=1995年12月31日 安室奈美恵はご存じの通り、同年代の女子から絶大な人気を得て、「アムラー」という社会現象も生んだ。 後の小室の妻となるKEIKO(45才)はオーディションで小室の目にかない、『globe』のボーカルとなりミリオンヒットを連発。 無名だった夢見る女子たちが“with t”の文字がつくやいなや、スターへの階段を駆け上がっていった。 海外ロケにハイブランドのドレス、そして自分だけのために書かれた曲。小室哲哉という才能を注入されて光り輝く彼女たちに、同世代の女子たちは自分を重ね、夢を見た。 ライターの速水健朗氏は、それを後押ししたのが、その頃全盛期を迎えていたカラオケだったと分析する。「当時の女性たちは小室さんにプロデュースされた“シンデレラ”になりきってカラオケで歌っていた。また、小室さんもカラオケで歌われることを意識して、歌っている側の爽快感を重視して曲作りをしています」関連記事■ 小室哲哉不倫報道論争 逃げ場を残すのは報じる側の矜持■ 眞子さま婚約者小室圭さん巡る「祖父と父の遺産と母の恋人」■ 好きな小室哲哉プロデュース楽曲、トップ20を発表■ globe・KEIKO ゆず・北川悠仁と本気で結婚したがっていた■ 記憶を取り戻したKEIKO 小室哲哉の呼びかけにglobe歌う

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    『半分、青い。』共感できないヒロイン、それでも私は好きである

    吉田潮(ライター・イラストレーター) テレビドラマで増えているオーディオコメンタリー。本編と同時に、副音声で出演者や監督・脚本家が撮影時の苦労話やたわいもない話をくっちゃべる。私はほとんど聞かない。ドラマそのものに集中したいから。出演者が合間のCMに笑顔で登場するのも大嫌い。 もっといえば、せっかくキャラクターが熟して、物語に濃淡も出始めた頃に、突如撮影秘話だの役者が暑苦しい思い入れを語る特別編を入れてきたり、別枠トーク番組を挿入するのも大嫌い。大河ドラマ『西郷どん』がそうだったな。しかも2回も。肩透かしを喰(く)らって、「なんでやねん」と舌打ちした記憶が。 いろいろときなくさい事情はあるらしい。演者が他局の同一時刻番組に出るせいで、裏かぶりを忌避するために力の弱い局のほうが泣く泣く体裁を変えるとか……。ま、NHKは弱かぁないので別の事情だとは思うが、物語に集中して毎週楽しみにしている人間からすれば、興ざめの一言である。とにもかくにもドラマが作り出した虚構の世界にどっぷり浸りたいから、裏話は後日談で十分と思っている。 ところが、大多数の視聴者は違うようだ。ただドラマを見るだけではなく、周辺情報を同時に入手しつつ、感想を共有したり、わが意を得たり、あるいは許せない!と憤慨して発信したりで、大忙しの状態を好む。ドラマのHP・演者や関係者の会員制交流サイト(SNS)をチェックし、ともに作品を作り上げる喜び、という感覚なのかもしれない。 本題に入る。NHKの朝ドラ『半分、青い。』である。脚本家の北川悦吏子がツイッターに裏事情をつぶやき、絶賛するファンも増やす一方で、アンチも増やしているという。メディアも「北川ツイッター発言=炎上」の構図をいちいち取り上げたりもする。ちなみに、アンチ派は「#半分白目」で辛辣(しんらつ)な文句をつぶやいているのが、なかなかに面白い。ドラマの作り手が言わんでええ内部事情(肝いりのセリフやシーンがカットされたこと)や役者との交流を逐一つぶやいちゃうので、まあ、賛否両論勃発もさもありなん。 それでも、こんなにSNSで話題になっていることを考えれば、戦法としてアリだと思うし、斬新だ。朝ドラと言えども、いつまでもあぐらをかいていられないわけで、新規客は常に欲しいところ。今年4月期のドラマ『おっさんずラブ』(テレ朝系)は、登場人物のインスタグラム(写真共有アプリ)と連動して、ある種のブームを起こしたわけだし、今クールも「dele」で主演の菅田将暉と山田孝之がインスタを使って、放送前から話題だけは呼んでいたし。 ただし、大失敗も忘れてはならぬ。昨年大ゴケしてしまった『セシルのもくろみ』(フジ系)では、主演の真木よう子が張り切ってツイッターを始めたものの、その言いようが嫌われて総スカンを喰らってしまった黒歴史もある。NHK朝ドラ「半分、青い。」 冒頭で書いた通り、私自身は裏話や暑苦しい思い入れは、本編と同時である必要性はない、と思っている。でも、それが本編の画面に出てくることはないので、まったく問題ない。流れてくる情報を受け流せばいいだけ、ドラマに集中すりゃいいだけのこと。脚本家の奮闘と暴走、揚げ足取りの視聴者、ファンとアンチの小競り合いをいったん横に置いて、「半分、青い。」をどう見ているか、だ。 ヒロインが同世代ということで、最初から興味津々だったし、今もずっと見続けている。ファンでもなければアンチでもない。疑問も文句もあるが、最後まで見たいと思っているので、ファンなのだろう。何が私の心をとらえるか 私が苦手なのは、ただ1点。ナレーションが多すぎる。祖母役の風吹ジュンが悪いのではない。もう途中から風吹ジュンではなく、北川悦吏子の声にしか聞こえなくなってきた。とにかく人間関係も心情描写も、ナレーションが饒舌(じょうぜつ)すぎる。過去、祖母がナレーションというのは多々あったが、もっと淡々と、あるいは距離を置いての語りだったはず。ところが、制作側の大人の事情だの、時代背景との齟齬(そご)の解説まで語ってしまう。神の視点か。役者の見せ場がナレーションに強奪されたシーンを何度も見て、ため息。なんでこのばあさんは成仏しないのか。ヒロインがうまいこといかないのは、死んだばあさんの呪いだと思うことにした。なので、もう、慣れた。 展開が早すぎる・雑すぎるという「ショートカットっぷり」も気にはなるが、悪く言えば性急、よく言えば緩急。そこは今の時代、というか、軽薄な70年代生まれを描くにちょうどいいのではないか。また、イケメン俳優を次々投入、というのも今に始まったことではない。大河ドラマも同じ手口ね。そのファン層(特に、粘着質でヒマで金は持っててイベントをやれば来てくれる中年女性)がついてくれれば御の字、というNHKの意向も理解できる。 では、何が私の心をとらえるか。ひとえに、ヒロイン・楡野鈴愛(永野芽郁)が清くも正しくもないからだ。思ったことを口にするし、口にするのを憚(はばか)られるような文言もスルリと吐いてしまう。 羽根より軽いと揶揄(やゆ)されるほど口が軽く、内緒話を速攻拡散してしまう。悪気や悪意はないが、思いやりも優しさもさほど持ち合わせていない。ドジっ娘の範疇(はんちゅう)を超えたヘマをしでかすし、自己主張も強くて頑固。ちゃっかりしていて依存体質。幼少期から幼なじみの佐藤健に精神的に依存。離婚後、実家に戻って、幼なじみが働き口を紹介してくれても上から目線で断り、経済的に実家に依存。さらには実母・松雪泰子の虎の子を五平餅店開業に使いこもうと目論(もくろ)んだり。朝ドラにこんな自己中心的なヒロインがいただろうか。もしかしたら、『純と愛』の夏菜、「まれ」の土屋太鳳に続く「3大・不穏なヒロイン」かもしれない。別名「共感を呼びにくいヒロイン」とも。 でも、私は嫌いじゃない。しかも、永野は「才能がない」という、朝ドラヒロインがあまり背負わない絶望を味わっている。プライドが低いように見えて実は高い。漫画家としての才能の限界に気づき、打ちのめされたのだ。才能って、努力や根性、周囲の助けでなんとかなるものではない。どうしようもない、乗り越えられない高い壁にぶち当たり、「きっぱり諦める」道を選んだ。映画監督の夢を諦めきれない夫・間宮祥太朗を許さなかったのも、あの苦い経験があったからこそ。NHK朝ドラ「半分、青い。」 人を傷つけないよう、気兼ねしたまま、自分の人生をそーっと歩くヒロインよりも、永野のほうが人生に悔いも恨みも残らないだろう。誰かを傷つけても、自分が傷ついても、自分が主語でいることを変えない。恨まれたり、やっかまれることがあっても、負の感情に直面しなさそう。というか、それに気づかない鋼のメンタルとも言える。 他人と比べて卑下して地面を見て歩くよりも、誰が何と言おうと空を見上げて歩きたい、と言い切る。漫画家、百均ショップ店員から五平餅屋と、行き当たりばったりの博打(ばくち)人生だが、こんなヒロインがいてもいい。朝ドラヒロインの多様性を快く受け入れたい。ということで『半分、青い。』を推している。褒めちゃいないが、好きである。

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    芸能人キャスターのどや顔がムカつく

    こともある。そこに深みもなければ、説得力もない。ただの感想である。そもそもニュースを扱う情報番組に「芸能人キャスター」なんて要るのか。

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    「客観報道よりツッコミ」芸能人キャスターへの違和感はここにある

    ビの情報番組は、多数のスタッフによる複雑な分業と協働によって成り立っている。 この番組では、華のある芸能人がスタジオでいかに存在感を放っていても、あくまでチームの一員にすぎない。メーンパーソナリティー(=芸能人)とニュースキャスター(=アナウンサー)とは役割が区別されていて、制作者による綿密な采配のもと、軽妙なチームプレイによって番組が成り立っている。 そもそも「情報番組」とは、90年代までは「ワイドショー」と呼ばれていたジャンルで、報道に特化した「ニュース番組(報道番組)」とは明確に区別される。多くの情報番組は「報道フロアからの中継」という演出を用いて、報道局との境界を示している。近年は「情報バラエティー」や「情報エンターテインメント」を自称している番組も多い。 言うまでもなく、ワイドショーの司会に芸能人が起用されるのは、最近になって始まったことではない。良いか悪いかはともかく、日本のテレビ文化の伝統といえるだろう。 ところが、2000年代に入るとワイドショーのみならず、ニュース番組のキャスターに芸能人が起用される機会が格段に増え、視聴者から見ると、双方の境界が分かりにくくなっている。 かつては、経験を積んだジャーナリストやアナウンサーがニュース番組のキャスターとして個性を発揮し、芸能人が活躍するワイドショーとのすみ分けができていたが、今ではジャンルの区別がほとんどなくなってしまった。 このような近年のニュース番組において、取材内容を報道する役割を担い、制作者の意図や主張を伝達する責任を負っているのは、多くの場合、メーンキャスターではない。それはアシスタントのアナウンサー、あるいはスタジオに入れ代わり登場するリポーターなどの仕事である。会見で被害者に対して謝罪をするTOKIO・山口達也=2018年4月26日午後、東京都千代田区のホテルニューオータニ(撮影・大橋純人) それに対し、キャスターに課せられた仕事は、決して権威的に振る舞うことなく、スタジオで無難に話題を循環させることである。言い換えれば、コミュニケーションの「場」の機能を守ることに他ならない。そもそも、アメリカのニュース番組で定着している、熟練のジャーナリストなどが取材・編集・構成に大きく関与する「ニュースアンカー」とは、期待されている役割が全く異なっている。新しい「ニュース番組」の見方 「客観報道」という理念に支えられたジャーナリズムが健全に作動していた時代には、ニュースアンカーが日本でも広い支持を集めることができた。しかし、現在はテレビによって延命してきた日本人の「総中流意識」が完全に崩壊し、多様な情報環境のもとで言論が細分化している。これまでと同じ報道姿勢では、人々の政治意識や生活感覚の多様性に十分な目配りができなくなってしまった。 情報の内容を担うリポーターとは対照的に、番組の形式を維持するのがキャスターの役割であると考えれば、これに芸能人を起用するのは、安易だという批判は避けられないとしても、極めて合理的な選択といえる。 スタジオの「空気」を読み、あるべき話の流れを察する「コミュニケーション能力」、そして世の中にあふれかえる情報に対する「ツッコミ的視線」は、芸能人の中でも、とりわけお笑い芸人に要求される資質と相性が良い。 したがって、芸能人がキャスターを務めることの是非は、テレビジャーナリズムの危機的状況によって起きている「ニュース番組のフォーマット自体の変化」を批判的に捉えることと切り離して考えることはできない。このような趨勢(すうせい)を抜本的に見直し、古き良きニュースアンカーの復権を目指すことが理想的かもしれないが、既に述べた理由から、その道のりは困難を極めるだろう。 行き詰まってしまったが、消去法的な現状肯定で終わっては読後感が悪いだろうから、少し見方を変えてみよう。 冒頭で触れたように、テレビ制作の集団的性格を踏まえるならば、出演者個人の資質を問うだけでは、ニュース番組の良し悪しを評価することはできない。 思い返せば、NHKで1994年から16年間続いた『週刊こどもニュース』の進行役は、マスコットキャラクターだった。ブタの「スクープくん」、メガネザルの「ピントくん」が進行し、時に子供たちが取材に出向くこともあった。NHKの「週刊こどもニュース」でお父さん役を卒業した同局の鎌田靖解説委員(左端)と岩本裕解説委員(後列右)=2009年3月28日(篠田哉撮影) これが「ニュースごっこ」に甘んじることなく、大人も楽しめる良質なニュース番組たり得たのは、アンカーに相当する「お父さん」役の安定感は言うまでもないが、出演者と制作者のチームプレイによるところが大きかった。 例えばサッカー観戦において、各選手の技能や持ち味だけでなく、チームの戦略や戦術を読み解きながら楽しむように、ニュース番組を視聴する際、チームとしてのフォーメーション、そして制作者の采配にも厳しく目を向けてみてはどうだろう。 アナウンサーやリポーターが何を主張していて、キャスターやコメンテーターはそれをアシストできているだろうか。その一連のコミュニケーションの中には、テレビジャーナリズムの困難に向き合い、それを乗り越えようとする制作者の創意工夫がみられるだろうか。キャスターやコメンテーターが芸能人であることが、その一助になっているだろうか。 こうしてニュース番組のフォーマット自体を批評しあうことが、翻って、これからの時代に求められるキャスターのあり方を新たに見いだしていくことにもつながるかもしれない。参考文献・水島久光『「情報バラエティー」のダイクシスとアドレス 制作者と視聴者が交錯する言説場の検証』(石田英敬、小森陽一編『社会の言語態』東京大学出版会、2002年)・太田省一『芸人最強社会ニッポン』(朝日新書、2016年)・池上彰『これが「週刊こどもニュース」だ』(集英社文庫、2000年)

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    「ニュースを伝える怖さ」に気づいた柴田理恵は立派だった

    リスト、放送プロデューサー) 最近はテレビのワイドショーや報道番組に、ジャニーズをはじめ、たくさんの芸能人が出ています。番組に出演させるのはいいけれど、ニュースを扱う場合に、彼ら芸能人の立ち位置を間違えると、番組自体が大変なことになってしまいます。さらに言えば番組自体と言うよりも、テレビというメディア自体が大変なことになると、私は思っています。 今年4月に明らかになったTOKIOの元メンバー、山口達也さんの強制わいせつ事件を受けて、『ビビット』(TBS系)でニュースキャスターを務める同メンバー、国分太一さんが番組冒頭で謝罪をする光景に、私は強い違和感を覚えました。『ビビット』を見たのは、その時が初めてでしたが、国分さんに対して「なんで君がニュースキャスターをやっているの?」という違和感でした。 国分さんとはお仕事をご一緒させてもらったこともあり、実に魅力的な好青年だと感じていましたが、そもそも報道番組でニュースを伝えるのは「ニュースの素人」にはできるわけがないと私は考えています。彼らは歌ったり踊ったり、人を楽しませることのプロであり、ニュースのプロではありません。ニュースのプロでなければ、ニュース解説の聞き手役になることはあっても、ニュースを伝える側には立つべきではないのです。 6月に同じジャニーズのアイドルグループ、NEWSの小山慶一郎さんと加藤シゲアキさんが、未成年の女性に酒の一気飲みを煽っていたという事実が週刊文春の報道で明らかになり、大きく騒がれました。このときにも小山さんが『news every.』(日テレ系)のメーンキャスターを務めていたこと、加藤さんが『ビビット』にコメンテーターとして出演していたということで、問題が大きくなりました。 私は『news every.』も『ビビット』もあまり見ていませんでしたが、これほどまでにニュースキャスターという仕事を、畑違いのアイドルやお笑いタレントに任せている、最近の民放各局のやり方に、危機感を募らせました。視聴率を稼ぎたいのは分かるけど、報道機関としてやっていいことと悪いことがあり、その一線を越えてしまったのが、素人にニュースを扱わせるという、昨今の民放の「ニュース情報バラエティー」の傾向だと思うのです。 別にどんな芸能人がどんな不祥事を起こそうと、私は個人的に何の興味も関心もありませんが、日本の報道番組がその作り方からしておかしな状況に陥っているのだとすると、テレビ屋の一人として黙っているわけにはいきません。元NHKキャスターの池上彰氏 最近の日本の報道番組は、記者が書いたニュース原稿をアナウンサーが読み上げるだけの「ストレートニュース」よりも、ニュースを伝えた上で、それをより分かりやすく解説し、興味深くなるようワイドショーに仕立てた「ニュース情報バラエティー」の方が増えています。それ自体は決して悪い傾向ではないと思います。芸能人やタレントが参加することにより、ニュースがより身近で親しみやすいものに感じられるからです。 私自身もかつてNHKでジャーナリストの池上彰さんと苦楽を共にして『週刊こどもニュース』という、ニュースと子供向けバラエティーを合体したような番組を開発し、8年間にわたって担当した経験があります。初代お母さん役を女優の柴田理恵さんにお願いし、お父さん役の池上彰さんが家族にニュースをかみ砕いて、興味深く解説するという、当時としては斬新なスタイルだったと思います。 ストレートニュースの部分は、豚のアニメキャラクターが伝える形でしたが、ナレーションはNHK報道局から正式に上がってきたニュース原稿を使いました。それをNHK報道局のベテラン記者がリライトした、オリジナルのニュース原稿に仕上げ、声優の龍田直樹さんが正確に読み上げる、という手法をとりました。柴田理恵さんも苦戦 NHK内部では、ニュースとは報道局の記者が書いた原稿をアナウンサーが読み上げる、または記者自身が読み上げるもの、という伝統がありましたから、アニメキャラクターがニュースを伝えるなどもってのほか、と上層部からの猛反対に遭ったこともあります。しかし、ベテラン記者が書いた原稿を一字一句違わず読み上げる、ということでニュースとしての正確性を担保し、番組名には「ニュース」の4文字を入れることが何とか許されました。 また、番組にはニュースを受けて、その解説や家族同士の会話をするコーナーがあり、ここで交わされる芸能人のフリートークをどう扱うかも問題になりました。私たちの場合は、お父さん役の池上彰さんが現役記者であったため、お母さん役が女優でも、子役が勝手にしゃべろうとも、そのコーナーはあくまでも池上彰さんによる記者解説の変形であるということで、NHK上層部を説得しました。 今では多く見られる「ニュース情報バラエティー」の走りのような番組でしたが、あくまでもニュースを伝えるのは、ニュースのプロである記者、そして芸能人たちはニュースの受け手の役割、と明確に立場が決められており、その関係性の中で成り立っていたという点で、最近多く見られる芸能人がニュースを伝える番組とは異なります。 ちなみに、池上彰さんと試みた『週刊こどもニュース』も、家族の会話という演出を長く続けるうちに、「ジェンダーイクオリティ」の問題に気がつきました。いつも物知りなのは男性である父親で、女性である母親は教えてもらう立場、という演出はジェンダーの観点からしていかがなものか、という問題です。 池上さんの提案で「たまには母親がニュースを解説する側になる日もあって良いのではないか」という話になり、さっそくそのような演出を試みました。お母さん役の柴田理恵さんを解説役とし、生放送の進行表は私が書きました。柴田さんは、一週間かけてみっちりとその週のニュースについて勉強し、池上さんからニュースの背景や問題点についてレクチャーを受け、万全の体制で生放送に備えたのです。 ディレクターの私から見ていても、気の毒になるくらい熱心に、柴田さんは勉強していましたが、いざ生放送の本番を迎えると、結果はボロボロでした。実を言うと、この試みは一回限りでおしまい。柴田さんからは「二度とニュースを伝える役などやらせないで欲しい」と哀願されました。それほどまでに、テレビでニュースの生放送を伝えるという仕事のプレッシャーは大きく、インテリ女優でも押しつぶされるほど重い責任があったのです。女優でタレントの柴田理恵さん 今のアイドルやお笑いタレントで、平然とニュースキャスターを引き受ける人たちは、この重責を感じていないのだろうかと、私から見ると逆に不思議に思います。画面に映らないところで出されるカンペ(カンニングペーパー)を「ただ読み上げていれば良い」と言われているのでしょうか。自分の言葉で解説したり、感想をコメントしたりするときに、十分なニュースの知識を持って語れているのでしょうか。 「ニュース情報バラエティー」という番組のジャンルは、『週刊こどもニュース』のような番組を、どう分類したら良いのだろう、と後になって私が考え、定義したジャンルに過ぎません。しかし、このような報道番組からワイドショーまで含めた、ニュースに関する番組を作る上で、メーンキャスターはカンペを読むのではなく、自分の頭で考えた、自分の言葉でニュースを語らなければ、番組として成立しないと思います。 『週刊こどもニュース』以前にもニュースキャスターが、分かりやすくニュースを解説する番組はありました。『ニュースステーション』(テレビ朝日系)の久米宏さん。『NEWS23』(TBS系)の筑紫哲也さん。それぞれアナウンサー出身、新聞記者出身と経歴は異なりますが、どちらも報道機関で揉まれてきた、たたき上げのジャーナリストであり、ニュースのプロでした。古舘伊知郎さんも、ご本人はニュースのプロではないと謙遜されているようですが、ニュースについて極めて深く突っ込んだ取材をされた上で、自分の言葉で伝えていました。信頼感が抜群の池上彰 こういった人たちから伝えられるニュースは、ずっしりと重みがあり、信頼感があり、また視聴者が考えさせられる深みを持っていました。私たちが優れた「ニュース情報バラエティー」をテレビで見て楽しむとき、そのニュースの背景について考え、そのニュースの真相について自分なりに考える、というように知的好奇心をフル回転することによって、世の中の出来事をより深く知る喜びを味わっているのです。 視聴者の知的好奇心がいかに満たされるのか、そのレベルはニュースを伝えるメーンキャスターが、そのニュースについていかに深く知識を持っているのか、によって自ずと決まってきます。メーンキャスターの知識が軽く薄っぺらなものであれば、視聴者の論考も軽く薄っぺらなものにしかなりません。跳んだりはねたり、踊ったり歌ったりする訓練しか受けていないアイドルや、人を笑わせることが本業のタレントが、カンペを読んで伝えるニュースには、厚みも信頼感もなく、視聴者に論考を促すレベルには至りません。 いまだに池上彰さんの解説する「ニュース情報バラエティー」が、飛び抜けて大きな信頼度と、高い視聴率を保っている理由は、彼自身の中に蓄積されたニュースに関する膨大な知識と、それを裏打ちする長年の取材経験があるからです。 誰もが池上さんのレベルにならなければニュースキャスターを務められない、という訳ではありませんが、十分な取材経験と知識を持ったニュースのプロが他にもいるはずです。そういった人がメーンキャスターを務める、大人の「ニュース情報バラエティー」をもっと見てみたいと、私は常々思っています。アイドルや芸能人は聞き手であったり、質問者であったり、といったニュースの素人の代表として出演してくれればいいのです。 大好きなアイドルがメーンキャスターを務めているから、という単純な理由だけでニュース番組を見ていると、日本人はどんどん思考力を失っていくことでしょう。そうして世の中の真相を深く知ることもせず、様々な事象について表面的で浅薄な知識しか持たず、自分自身の頭を使って自分の意見を語ることもできない愚衆が増えることになり、為政者にとっては御しやすい国になるかもしれません。「ここがポイント‼池上彰解説塾」(テレビ朝日系)の収録後会見した池上彰氏=2014年4月 しかし、国民がニュースを見て自分なりに論考を深め、自分なりの意見を持つ訓練を普段からしておかなければ、真の民主主義を実現することはできません。テレビというメディアが何のためにあるのか、エンターテイメント以外の重要な使命とは何なのか。それは報道機関として、世の中で起きている事実を的確に伝え、批判すべき所は批判できるように、主権者たる国民に深い論考を促し、鋭い判断の材料を届けることです。 アメリカではCBS、NBC、ABCの三大ネットワークで、夕方に放送する全国ニュースに限っては、アンカー(ニュースキャスター)1人で進行します。彼らは国民から高い信頼を寄せられており、「大統領が勝手なことを言えない者がこの国に3人だけいる。三大ネットのアンカーだ」という格言まであります。 日本でもそれくらい信頼感のある、骨太な本物のジャーナリストに活躍してもらいたいものです。少なくとも、踊ったり歌ったりするアイドルではなく、本職としてニュースの経験を積んできたニュースのプロが、ニュースキャスターの役割を務める、まっとうな報道番組のあり方を、今こそ取り戻すべき時ではないでしょうか。

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    ニュースは「職人の世界」覚悟があるなら櫻井翔でも構わない

    事務所のアイドルグループ、NEWSのメンバー、小山慶一郎さんが何者なのかスラスラ出てくる人は、相当な芸能通ではなかろうか。 山口さんは、バラエティー番組『ザ!鉄腕!DASH!!』(日本テレビ系)の人気コーナー「DASH島」での無人島開拓で何度か見たことがある。芸能人とは思えないほど、腰の軽い、気さくな性格が番組の随所に見られて、好印象を持っていたから、女子高生への強制わいせつ事件を聞いて、いささか驚いた。 ただ、山口さんが日テレ朝の情報番組『ZIP!』でメーンパーソナリティーをしていたことは、チャンネルを動かしていて、スーツにネクタイという意外な姿だったことから記憶にはある。だからと言って、別に彼の「ニュース情報番組」を見たいと思ったことはない。 ましてや、後者のアイドルは顔も名前も全く知らなかった。つまり、私にとっては、どの人が芸能人ニュースキャスターなのかを識別する術はほとんどない。プロであろうが芸能人であろうが、ニュースの伝え方、捌(さば)き方、コメント力で判断するしかないのである。 だから、「芸能人がキャスターをやることについて」というテーマ自体にも、私は違和感を覚える。つまり、「芸能人」というくくりに、発言者や識者の意識の中に「芸能人ごときが」という見下した臭いを嗅ぎ取ってしまうからである。 それは、私自身が差別や排除に過敏なのかもしれない。世に言う立派なジャーナリストから見たら、「シロウトが芸能のノリでやって欲しくない」という思いがあるのだろう。 今回のことに限らず、討論番組や情報番組で芸能人による政治や社会の問題についての発言に関して、よく思い出したのは、学生時代に読んだ吉本隆明さんの『情況』(河出書房)の「芸能の論理」だった。私の記憶に鮮明に残っているくだりは次の箇所だ。 ふだん政治的冗談や芸人的冗談を売りものにしているような男が、『まじめ』くさった顔をしてなんかいうときは、嘘をついているにきまっているのだ。文芸評論家の吉本隆明さん=1999年6月撮影 私には、この呪縛があるためか、長きにわたって芸能人を売り物にしたニュースや情報番組は、意識することなくスルーしてきたのかもしれない。しかし、<嘘をついているにきまっている>という指摘には、違和感があった。もちろん、吉本さん流の辛辣な表現で、「プロの世界は生齧りのヤツで無く、その道のプロに任せろ」という思いがあったからだとも推察できる。 確かに、現役の新聞記者や放送記者、そのOBの中にも、「芸能人がニュースキャスターやコメンテーターをやるなんて…」と眉をひそめる向きも少なくない。2002、3年のころだったか、作家の本田靖春さんと千葉県流山市内の病院横の川沿いで、2人してたばこをくゆらせながら、四方山(よもやま)話をしたことがあった。かくいう本田さんも、芸能人やタレントが「コメンテーターもどき」をすることに対して、かなり厳しく批判していた。「芸能人だから」起こしたのか 主旨としては、一見チャラチャラした芸人が、専門外の安全保障や外交、環境問題などを「芸能のノリで語るな」というようなものだった。それは普段の本田さんにしては、珍しく語気が強かったのでよく覚えている。吉本さんと本田さんの共通点は、当時のニュースキャスターやコメンテーターが「ニュースの職人」としての力量も技量も矜持も持っていた時代のことだと思う。 先般の山口さんの事件をきっかけに「芸能人キャスター」の是非を問うのなら、私は諸手を挙げて賛成はしないけれど、あっても構わないと考えている。それには理由が二つある。 一つは、破廉恥事件を起こしてしまったのは「芸能人だから」なのか、を考慮する必要があるからだ。これまでだって、放送局のアナウンサーであろうが、新聞社から出向してきた記者のコメンテーターだろうが、似たような事件で画面から消えた例は少なくない。 第一、つい先ごろも民放の元ワシントン支局長が、現役記者時代に若いマスコミ志望の女性に酒を飲ませて、ホテルに連れ込みレイプして、準強姦容疑で逮捕状まで準備されながら、それをもみ消したとの報道もあったではないか。 彼はフリーになるや、民放各局に出ずっぱりで、「政権の番犬」よろしく「ヨイショ」コメントを繰り返したり、ヨイショ本を出したりしていた。つまり「芸能人」はダメで、経験豊富な「ジャーナリスト」だったら安心だという設定は、既に崩壊しているに等しい。 もう一つは、伝え方や捌き方、コメントに難がある「芸能人」は自然淘汰されていくはずだからである。わが家は、家人と高校3年生の娘の3人だが、3人ともドラマ『喰いタン』や『必殺仕事人』のファンだったから、役者として立派な東山紀之さんが、キャスターを務める朝の情報番組を実は2回見たことがある。 私は「仕事人」の東山さんが、世の悪とどう斬り結ぶかに少し興味を持っていた。こう見えて私も実はミーハーなのである。だが、「名探偵」も「仕事人」も、ことニュース情報番組となるとどう捌いて、どう仕掛ければいいのか、馴染めなさそうな、場違いな雰囲気を画面から感じた。 それは、むしろ気の毒に思えたほどであり、その後見る機会はなくなった。そこには、東山さんにはドラマで活躍してもらえば良いという気持ちがあるからに違いない。東山さんの起用も山口さんも、芸能事務所とテレビ局のレベルの低い、質の悪い幹部の安易な視聴率稼ぎの被害者のようにも映った。テレビ朝日『ニュースステーション』のキャスターを務めた久米宏(左)と小宮悦子=1996年3月撮影 事ほど左様に、「悪貨は良貨を駆逐する」前に「金メッキは所詮メッキ、いずれ剥げる」と思えば、その道の職人でない人がニュースを伝えようが、先は見えている。それは芸能人に限らず、プロを自認するキャスターや記者にしても、日々研鑽しなければ同様であろう。  そもそも、ニュース番組に民放が力を入れるようになったのはいつのころからだろうか。黒柳徹子さんとのコンビで大人気だったTBSの伝説的歌番組『ザ・ベストテン』の司会者だった久米宏さんが、テレビ朝日の『ニュースステーション』を始めた1985年ごろからではなかったか。ニュースは職人の世界 その前に御巣鷹山の日航機墜落事故があり、生存者がいたという奇跡の報道をフジテレビが独占生中継した。生き残った少女をヘリコプターにつり上げる場面を大々的に放送し、「民放やるじゃん!」と社会的評価は一気に高まった。これまでNHKの独壇場、金城湯池と思われてきたニュースの世界に民放も参戦してきたように、同じ時代を筆者も放送記者として過ごしただけによく分かる。 当時の民放は、ニュース捌きの良いアナウンサーやキャスターに力を入れていた。テレビ朝日の久米さんに対抗して、TBSは筑紫哲也さん、フジテレビは露木茂さんや安藤優子さん、日本テレビは徳光和夫さんだっただろうか。 その影響は記者たちにも見られるようになった。「見られるニュース」に触発されてか、日が落ちるとネオン街に消えていった民放記者たちが、本気で夜討ち朝駆け取材するようになったのもこのころからではなかったか。日テレやテレビ東京の女性記者たちも、検察官舎やガサ入れ先に張り込んでいる姿を目の当たりにして、「ニュース戦争勃発」を肌で感じた。 しかし、90年代に入ってからか、恐らくフジテレビが先鞭をつけたという印象が強いのだが、タレントや芸能人とあまり変わらない大学ミスコンテスト入賞の美人アナウンサーをドンドン投入し始めて、ニュースショーなのか美人コンテストなのか区別が付きにくくなった。 とにかく、内容よりも外見で視聴率を稼ごうというテレビ局の魂胆が見え見えだった。美人でかわいいアナウンサーを見るのは嫌いではないし、否定するつもりはないが「学芸会の延長」のような異様な感じであることに変わりはない。その流れが今日のタレント起用に繋がっているのだと思う。 考え方はさまざまで、嵐の櫻井翔さんのファンが、彼がニュース番組をやることで、これまで興味のなかった報道に関心を持つようになると善意に解釈することもできる。私だって、もし韓国のアイドルグループ「少女時代」のユナちゃんが出演する番組があったら、ニュースであろうが何であろうが、きっと何度もうなずきながらで見ているだろう(すみませんミーハーで)。 その一方で、従来通りのニュースを見たい層は、NHKの桜井洋子さんや森田美由紀さん、民放では小宮悦子さん、安藤優子さんが出る「正当派のニュース」に、自然とチャンネルを合わせるに違いない。TBS系 『筑紫哲也 NEWS23』でキャスターを務めた筑紫哲也さん=1993年7月撮影 今、わが家ではテレビ朝日『グッド!モーニング』を、朝5時半からつけっぱなしにしている。メーンの坪井直樹アナウンサーを取り巻く松尾由美子アナウンサーら「4人娘」がそつなく自然と視聴者に溶け込んでいて、実に巧みだと思う。女子大生の福田成美さんも最初は素人むき出しでハラハラさせるところがあったが、今ではしっかりしてきた。 つまり、ニュースとは「職人の世界」なのである。職人は作った(出した)物で勝負する。記者は埋もれたネタを掘り起こし、ディレクターは分かりやすく視聴者に届ける工夫をし、アンカーはそれを自信を持って視聴者に伝える。 報道の世界に入って通用する、勝負ができるのなら、芸能人でもスポーツ選手でも女子大生でも、「この道50年」というような伝統工芸の職人さんや看護婦さんというのもよいではないか。後輩記者たちに言い続けてきた「目線は低く、志は高く」。これが私の40年来の持論である。

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    「アイドルがニュースを伝える」日本の特殊事情はこうして始まった

    と、一部で批判的な声が強まった。NHKの元キャスター、池上彰氏は文春オンラインの記事(6月6日)で「芸能人がニュースを伝えるのは国際的に見て日本ならではの奇観です」と語っている。 確かに、ポップミュージシャンのジャスティン・ビーバーがニュース番組のキャスターを務める姿は想像もできない。日本でも70~80年代まで、フォーリーブスや光GENJIのメンバーのキャスター進出などは考えられないことだった。 では、どうして現在のような状況に至ったのか。まず、80年代に起こった「MANZAIブーム」でお笑い芸人の活躍の場が広がったことが要因の一つだろう。89年に島田紳助の総合司会による報道・政治討論番組『サンデープロジェクト』(テレビ朝日系)がスタートし、『ビートたけしのTVタックル』(同)が始まったのも同年のことだ。 一方で、88年にフジテレビにアナウンサーとして入社した有賀さつき、河野景子、八木亜希子の活躍で「女子アナ」という言葉が定着して以降、ルックス重視の傾向が強まったことで女子アナのタレント化とアイドル化が進んでいる。フジテレビの新人女子アナ3人組(当時)。左から河野景子さん、八木亜希子さん、有賀さつきさん ジャニーズアイドルの在り方も、90年代に入って大きく変わり始めた。SMAPが91年にCDデビューを果たすもののヒットに結びつかず、バラエティー番組とドラマに本格的に挑戦するようになった。 このため、それまでの10代の女性ファンを対象とした存在から、老若男女に親しまれる国民的アイドルへと成長を遂げたのだ。彼らの後に多くの後輩グループが続き、30代、40代になってもアイドルで居続けられる状況ができあがっていった。 バラエティーの司会ができる所属タレントが増えた次の段階として、事務所がニュース番組への進出を考えるのも当然の流れと言えた。キャスター路線の口火を切ったのは、2006年から『NEWS ZERO』の月曜日のキャスターを務める嵐の櫻井である。高学歴化するアイドル その翌年に、ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏は、NEWSの小山に「YOUはアナウンサーに向いてるよ」と言ったと伝えられている。これらの背景には、慶応大卒の櫻井や明治大卒の小山の他、『ビビット』レギュラーで青山学院大卒の加藤シゲアキ(NEWS)、『めざましテレビ』レギュラーで明大卒の伊野尾慧(Hey!Say!JUMP)など、ジャニーズアイドルの高学歴化の影響もあったと思われる。 高学歴化の傾向は女性アイドルの場合も同様で、元おはガールで慶応大卒の平井理央と元モーニング娘。で同じく慶応大卒の紺野あさ美はテレビ東京、元乃木坂46の市來玲奈は日本テレビにアナウンサーとして入社した。 他にも、元AKB48の小林茉里奈は福岡放送のアナウンサーに、元NMB48の村上文香はNHK大津放送局の契約キャスターに、元SKE48の柴田阿弥はセント・フォース所属のフリーアナとなるなど、アイドルから女子アナへの転身が後を絶たない状況である。 そもそも、女子アナという存在が日本独自のものである上に、ニュース番組に芸能人キャスターが増えている状況は、池上氏の言うように世界的な「奇観」であるのは間違いない。  しかし、それを言うなら、ニュース番組だけに限らず、朝から晩まで一日中これだけ多くのアイドルやお笑い芸人がテレビに出ている国は世界で日本だけではないか。つまり、それだけ、日本のテレビの視聴者は「容姿端麗で華のある人」や「瞬時に面白いことの言える人」が大好きなのだ。 70年代のテレビから歌の上手さを上回る魅力的なルックスと個性を持ったアイドル歌手が次々に生まれた。現代につながる日本独自のアイドル文化が花開いたのも、寄席での名人に比べて上手さや芸を感じさせないが、テレビで笑わせることのできる若手お笑い芸人のブームが起きたのも、そうした視聴者の好みが根底にあったからだろう。TOKIOの山口達也メンバーが強制わいせつ容疑との一報を受け、警備員が配置されたジャニーズ事務所=2018年4月、東京都港区(桐山弘太撮影) 実力より魅力が評価されがちな日本のテレビ界を批判するのは簡単だが、そこから独自の新しい面白さが生まれるケースがあることも確かであり、筆者は芸能人キャスターの増加が悪いことだとは思っていない。 フジテレビでは新しいニュース番組のキャスターとして出演予定だった人の週刊誌報道などが原因でのスタート寸前の降板が続いたが、今までに増して慎重なキャスターの選定と出演者の自覚を持った行動が求められていくのは言うまでもないことだ。

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    大物二世の一茂と良純 「炎上しない安心感」で爆売れ中

     114回と138回──これは、長嶋一茂(52才)と石原良純(56才)が、今年の上半期にテレビ出演した回数。タレントではトップクラスだ。 情報番組のコメンテーターからバラエティーまで、「顔を見ない日はない」人気を誇る2人は、それぞれ“ミスタープロ野球”の長嶋茂雄(82才)と、元東京都知事の石原慎太郎(85才)という大物の血を引く「ぼんぼん」。時に、恵まれたおぼっちゃん生活を話のネタにすることもあるのだが、どこかにくめないところがあって、視聴者からの支持を広く集めている。上智大学教授の碓井広義さん(メディア文化論)の分析。「一茂さんと良純さんのファンは、比較的年齢層が高い印象です。それこそ、ミスターや慎太郎さん、叔父の石原裕次郎さん(享年52)の活躍を知っている世代が、“やんちゃ坊主”を見るような気持ちで応援しています。怖いものなしで好き勝手に物申す姿が、むしろかわいらしく映ってウケているんでしょう」 突拍子のない発言が多い“天然系”の2人だが、テレビスタッフたちは困らないのだろうか。「“育ちがいい”というか、“金持ちけんかせず”というか、他人を悪くこき下ろすような発言はしないという安心感があります。毒舌がウケる人は、たまにアクセルを踏みすぎてしまうことがあってハラハラしますが、この2人の場合には、ちょっと天然も入っているから、“炎上”には繋がらないだろうと、安心して起用できるんです」(テレビ局関係者)「大物二世」のタレント、長嶋一茂(左)と石原良純がテレビで引っ張りだこだという その証拠が、冒頭のテレビ出演回数なのだろう。最近では、キャラがカブる2人の“セット売り”も多く、今年2月に『徹子の部屋』(テレビ朝日系)に並んでゲスト出演。5月の『今夜くらべてみました』(日本テレビ系)では神奈川・湘南に男2人旅に赴き、6月15日の『ぴったんこカン・カン』(TBS系)では、一茂の個人事務所が入るビルの屋上でバーベキューパーティーを開いた。関連記事■ 江角マキコ 長嶋一茂宅落書き騒動でCM打ち切りの可能性検討■ 江角マキコ 落書き騒動で真っ先に謝った夫と「今も週4回」発言■ 木村拓哉長女と次女Koki、ハワイ旅行での「美人姉妹」写真■ 木村拓哉次女Koki 超スレンダーな母娘2ショット写真■ 小栗旬、娘とデレデレ手つなぎ幼稚園お迎えショット

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    米朝首脳会談報道に見る各局キャスターの悲喜こもごも

     放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、米朝首脳会談当日の各局の報道体制に注目。* * * 史上初となる米朝首脳会談がシンガポール南部のセントーサ島にて行われた12日午前。 現地に取材記者を送り込み、LIVE映像と共に中継したり、東京のスタジオに専門家を招いたりと、在京テレビ各局は対応に追われた。「歴史的な一日」を「現地でリポート」というのは、報道に携わる者なら当たり前の願望だと思うが、朝8時台の帯番組でメインキャスターが現地に行っていたところは私が見た限りゼロだった。 日本テレビの『スッキリ』は、「加藤さん!事件です」でおなじみの阿部祐二リポーターが担当。阿部氏は語学が堪能で海外の現場でも物怖じしないという特徴はある。が、前のめりな取材姿勢と大げさな伝え方が良くも悪くもワイドショー的なので、今回ばかりは、やや浮いていたように感じた。 TBSは、『ビビット』と夕方の『Nスタ』を合体させたイレギュラー体制。LIVE映像の向かって左側のワイプには『Nスタ』の井上貴博アナとホラン千秋が、右側のワイプには『ビビット』の国分太一や真矢ミキが映るという、TBSが『ビビット』に忖度したような画面となった。思い切って報道特番にしてしまっても、視聴者の多くは納得したのではないか。 そんななか、昨春に『Nスタ』から『ビビット』に異動した堀尾正明キャスターが口を真一文字に結んでいたのが印象的だった。井上アナよりずっと先輩で、NHK時代は『ニュース10』のメインキャスターを務めていた堀尾氏。シンガポールに行きたくてウズウズしていたとしても不思議はないし、『ビビット』のスタジオを仕切りたかったのではないか。 そしてフジテレビの『とくダネ!』は、今春、夕方の『みんなのニュース』から異動してきた伊藤利尋アナが、ここぞとばかりにスタジオを仕切っていた。 伊藤アナは、どちらかといったら報道よりは情報の人であり、完璧な進行と、わかりやすい解説で視聴者ウケがひじょうにいい、フジテレビの男子アナの中では、トップと言ってもいいMC力の持ち主だ。『ノンストップ!』には荷が重い『みんなのニュース』時代も、伊藤アナの明るさで現場もスタッフももっていたように見えていたし、「報道の伊藤アナ」の評価はなぜか自局より他局で高かったものである。本人もやっと報道に慣れてきて、番組としてもいい具合に進化しつつあったところで『プライムニュース イブニング』に変わったことに落胆していた人は多いものだ。 が、とにかく同局のトップは『プライムニュース』に思い入れがあることは、これまでにもさまざま伝えられてきた。それは、12日の『とくダネ!』終了後、『プライムニュース イブニング』の反町理キャスターと島田彩夏アナ、そして、長年、北朝鮮取材をしてきた同局の女性記者をメインに特別番組を編成してきたことでもわかろう。 そのため休止になったのは『ノンストップ!』。確かに、生活情報番組であり、バナナマンの設楽統が仕切るなか、芸人のゲストが目立つ同番組で米朝首脳会談というのは荷が重い。 テレビ朝日は『羽鳥慎一モーニングショー』で通常通り。日頃から北朝鮮問題を長尺で扱っているだけに、手慣れたものだった。そしてテレビ東京はもちろん、生活情報番組『なないろ日和』をいつも通りのタイムスケジュールでオンエアしていた。 ──と、メインキャスターが現地・シンガポールには行っていなかった朝帯の番組である。 かといって、かの池上彰氏が指摘するように、現在、午前中の生番組の大半はタレントがMCをしているため、今回のように歴史的会談が行われたりすると、それぞれ、そこかしこに弱さが露呈してしまうのは事実だ。フジテレビ『プライムニュース イブニング』キャスターの反町理・フジテレビ報道局解説委員長(佐藤徳昭撮影) 少々驚いたのは、『スッキリ』を通常通り10時25分までオンエアし、米朝首脳会談をメインで扱うも、その後の『PON!』や『ヒルナンデス!』がほぼ通常通りだった日本テレビだ。 日本テレビの平日は『ヒルナンデス!』後も、読売テレビ制作の『情報ライブ ミヤネ屋』だし、女性の報道記者が読んでいた「東京からのニュース」は、先週から日本テレビの女子アナに代わったばかり。午前中から午後にかけては、日本テレビの報道記者の出番がほとんどなかったということになる。 ちなみに、『ミヤネ屋』がシンガポールに送り出していたのは同局の報道局解説委員長、春川正明氏。これは、視聴者も納得の人選だろう。『スーパーニュース』の安藤優子再び 昼間は、TBSが『ひるおび』、テレビ朝日が『ワイド!スクランブル』を通常通りオンエアしながら、いつものコメンテーターに加えて専門家を招いて米朝首脳会談オンリーといってもいいなか、フジテレビは、バラエティー班制作の『バイキング』。大半を日大問題に割いていた。果たして数字は、どう出るだろう。 最後に『直撃LIVEグッディ!』の安藤優子氏だ。前日、「もう間に合わない」と満面の笑みを浮かべながら、いきなりMC席から立ちあがった安藤氏。トランプ米大統領と北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の類似性について、2回、叫んだ後、コメンテーターの尾木直樹氏に「どう思います?」と尋ねたのだが、尾木ママは安藤さんのハイテンションについていけていけなかったのか無言に。安藤さんの心は既にシンガポール…という雰囲気丸出しだった。 メインの高橋克実が舞台出演のため11日から7月27日まで番組を休むなか、八嶋智人がピンチヒッターを務め始めた初日の番組中盤の出来事。安藤氏はシンガポールに旅立ったのである。 これまでにも高橋克実の長期欠席はあって、それは恐らく番組オファーを引き受けるときの“条件”だったのだと思われる。俳優の高橋が、いくら「歴史的な一日」と言われても、本業のスケジュールを優先するのは当たり前のこと。 だが、それが理由でシンガポールに行けない…ということは安藤さんの中にはなかったということだ。 さて、これまでにも『グッディ!』での安藤氏の“据わりの悪さ”は度々視聴者の間で取沙汰されてきた。「よくぞ言った」という意味でネットニュースにあがるのはサブキャスターの三田友梨佳アナの発言ばかり。昨年来、松居一代ネタや日大問題などを長尺で扱い、ライバル『ミヤネ屋』に視聴率で肉薄するも、「私の専門はこれではない」と言いたげで、どこか居心地悪そうにしていた安藤氏のことがひじょうに気になっていた。フジテレビ『直撃LIVEグッディ!』キャスターの安藤優子(野村成次撮影) が、12日の番組冒頭、『グッディ!』の東京のスタジオではほとんど着ることがなかった白のインナーに紺のジャケットといういでたちで、“『スーパーニュース』の安藤優子再び”…という雰囲気でプレスセンターから中継した安藤氏のイキイキしていたことといったら…。 何度か入った中継においても、なぜかスタンバイ中の音声が聞こえてきてしまったのだけれど、「はい!」「わかりました」と現場スタッフに対し、てきぱき対応している安藤さんの様子が伝わってきた。 私はかねてから、安藤さんがもっともイキイキしているのはヘリコプターに乗って中継しているときだと書いてきた。キャスターにも向き不向きというものがあり、安藤さんは、やはりワイドショー的な『グッディ!』ではなく、報道番組のほうが見ているほうにも、しっくる。そして、スタジオよりも現場が似合う人なのである。関連記事■ さまよい続ける田中みな実 狙うべきは女性層か!?■ フリーアナ思いのTBS 『はやドキ!』は人材の宝庫■ 横澤夏子 女芸人としてレアケースな活躍ぶりの理由■ 時々やってくる「ジャニーズの異端児」風間俊介ブーム■ 山口達也事件で改めて考える“ガールズ番組”の業界ルール

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    RADWIMPS「愛国ソング」の何が悪い!

    中宮崇(サヨクウォッチャー) 人気ロックバンド、RADWIMPSの新曲『HINOMARU』がネットで炎上した。歌詞に「さぁいざ行かん 日出づる国の御名のもとに」「気高きこの御国の御霊」といった愛国的な表現があったためだ。ネットではサヨクから「軍歌だ」とする批判が殺到し、ボーカルの野田洋次郎氏がツイッターなどで謝罪する「言論弾圧事件」に発展した。こういう流れなのか。野田「新曲です、HINOMARU。みんな聴いてね」左翼「愛国的でけしからん」野田「え? 傷つけたらごめんなさい」左翼「謝罪するなよバカ」野田「え? じゃあ、日本が好きだと言って何が悪い!(とライブで叫ぶ)」左翼「うぉ許さん!」どう考えても左翼が意味不明な気が RADWIMPSの新曲をめぐる言論弾圧事件を踏まえたツイッターのあるつぶやきである。まあ、これがごく一般的な市民感情であろう。 そもそもRADWIMPSは大ヒットアニメ映画『君の名は。』のオープニング曲を提供したグループで知られる。朝日新聞が何度も紙面に登場させてきた「レイシストをしばき隊」は、普段からオタクを「危険で有害で、犯罪者予備軍」と言ってはばからぬ差別集団だが、そんな連中はRADWIMPSに以下のように言いたいのだと思われる。 「危険で有害で、犯罪者予備軍が見るようなアニメ映画の歌い手ごときが愛国ソングを歌いやがった」と、これは法政大教授の山口二郎氏がかつて安保法制反対デモで叫んだように「お前は人間じゃねぇ! たたっ斬る!」ということになるのだろう。 しかし、思考回路が「意味不明」なのがサヨクのサヨクたるゆえんである。普通、それは分かりやすい言葉で言えば「嘘つき」「二枚舌」「ダブルスタンダード」であり、今回の事件を「そもそも言論弾圧などではない」とおっしゃるサヨクまでいる。人気ロックバンド、RADWIMPSのボーカル・ギターの野田洋次郎。ほぼ全ての楽曲の作詞・作曲も担当する 例えば、コラムニストの小田嶋隆氏である。彼はツイッターで「弾圧という言葉は、行政当局なり警察組織なりの公権力が介入した場合に限って使うのが普通だと思う」と発言し、「RADWIMPSが謝罪に追い込まれた事件はサヨクによる言論弾圧などではない」という。これまた意味不明な二枚舌で、サヨク差別組織による言論弾圧を正当化しておられるのだ。 6月3日に川崎市で行われる予定だった男性弁護士の講演会に、反ヘイトスピーチの市民団体などが大挙して押しかけ演者の入場を妨害し、中止に追い込んだ。この「悪質なテロ」も小田嶋氏の定義によれば「言論弾圧などではない」と言うことなのか。サヨクによる言論の自由に対するテロを正当化する恐ろしいロジックである。 中国や韓国、北朝鮮が日本のサヨクを手先として使い、日本人の表現の自由を踏みにじる「言論テロの民間委託」が今後もさらに増えることになるだろう。 私が小田嶋氏を「二枚舌」と言ったことにはワケがある。なぜなら彼は、2年前に全く逆のことを言って、「安倍」や「ネトウヨ」による「批判」を「言論弾圧である!」と決めつけていたからだ。 言論の自殺幇助でいえば言論弾圧って、憲兵がやってきて、言論の自由を掲げる闘士をしょっぴくみたいなイメージがあるじゃないですか。でも、実際は違って、公安や警察が直接手を出すことなんてまずあり得ない。戦前もそうだったけど、自主規制なんですよ(「日刊ゲンダイDIGITAL」2015年11月2日) こうやって都合のいいように舌を使い分ける卑劣なダブルスタンダードこそが、サヨクの本質である。実にダサい。実際、この二枚舌は小田嶋氏だけでなく、サヨク全体に普遍的に見られる症状である。 今回の「RADWIMPS言論弾圧事件」も朝日新聞らサヨクマスコミは「表現の自由に対する悪質な挑戦」などとは一切報じていないのがその証拠だ。その一方で、例えば2008年に起きた、たった一人の自称右翼青年の抗議により映画『靖国』が上映中止に追い込まれた際の朝日新聞の社説を見てみよう。「靖国」上映中止―表現の自由が危うい「これは言論や表現の自由にとって極めて深刻な事態である。 中国人監督によるドキュメンタリー映画『靖国 YASUKUNI』の今月公開を予定していた東京と大阪の5つの映画館が、すべて上映中止を決めた。来月以降の上映を準備しているところも数カ所あるが、今回の動きが足を引っ張ることにもなりかねない」(「朝日新聞」社説2008年4月3日) かつてサヨク連中は「中国の核はきれいな核」という呆れたたわごとをほざいていたぐらいなので、彼らにとって「自分たちの抗議はきれいな抗議、ネトウヨによる抗議は言論弾圧」と卑劣な二枚舌を弄(ろう)することに良心の呵責(かしゃく)など全くないのであろう。都合の悪いことは忘れる朝日新聞 ついでに言えば、この社説は「自由にものが言えない。自由な表現活動ができない。それがどれほど息苦しく不健全な社会かは、ほんの60年余り前まで嫌と言うほど経験している」などとして安倍政権と「ネトウヨ」を批判しているが、戦前の「息苦しく不健全な社会」を作ったのは、あなたたち朝日新聞だという事実は都合よくお忘れのようだ。 今回の事件についても、朝日新聞は6月14日付紙面で「RADWIMPS新曲が投げかける『愛国』」とのタイトルで報じている。その中でサヨクによる妨害活動を「ライブ会場での抗議運動」とのみ触れているが、それを「言論弾圧」や「表現の自由が危うい」などと批判してはいない。 ちなみに朝日新聞が言うところの「ライブ会場での抗議運動」の主催者や関係者のツイッターでの発言を引用してみよう。「同曲を廃盤にし、二度と歌わないと表明を」 朝日新聞にとって、たった一人の自称右翼少年が映画館に抗議に訪れたことは「表現の自由が危うい」ことであっても、サヨクが大挙して気に入らぬコンサートに押しかけて「廃盤にしろ! 二度と歌うな!」とわめくことは平和なデモに過ぎない、ということらしい。 朝日新聞だけではない。マスコミの見解は、小田嶋氏の「オレ様の定義こそ普通だぜ!」という思い込みと異なるようだ。例えば、2008年5月7日放送のNHK『クローズアップ現代』のタイトルは「問われる“表現の自由” ~映画『靖国』の波紋~」である。2008年5月、大阪・十三の第七芸術劇場で公開を迎えた映画「靖国 YASUKUNI」 また、2015年4月7日付毎日新聞は「言論の自由は、新聞記者や作家が書く自由のみでなく、新聞を運ぶ運転手さんや本を販売する書店員の方たちを含めて社会全体で自由が確保されるように支えていかなければならない」としている。 今年に入ってからだけでも、サヨクの組織的な「抗議」によって「ネトウヨ」とレッテルを貼られた作家や関係者が脅迫まで受けたライトノベル『二度目の人生を異世界で』のアニメ化が中止されるという事件も発生している。 朝日新聞が偉そうに言うところの「息苦しく不健全な社会」は、既に作り上げられているのである。にもかかわらず、小田嶋氏のような人たちにとっては「RADWIMPSへの抗議はきれいな抗議」である、ということらしい。 今回のRADWIMPSやラノベ『二度目の人生を異世界で』への攻撃を「言論弾圧などではない」というのは、それはそれであり得る意見の一つだろう。 しかし、彼らは「中国の核はきれいな核」という幼稚園児にも見破られてしまう、それこそ幼稚な二枚舌で一般大衆の支持を得ることができると思い込んでいる。しかも、その先に安倍政権を倒すことができると本気で思い込んでいる姿は、端から見ていて本当にダサい。 RADWIMPSを攻撃することで若者にそうしたダサさをうっかり知らしめてしまった失策は、この先彼らにとって取り返しのつかぬしっぺ返しをもたらすであろう。私はそう断言する。

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    『笑点』の安倍ネタは笑えない?

    日曜夕方のお茶の間で人気の『笑点』(日本テレビ系)がネットで炎上した。発端は名物コーナー「大喜利」で落語家が政権批判をネタにしたことだった。「この程度のネタは昔からよくあった」「そもそもネタとして笑えない」。意見が分かれる今回の炎上騒動を機に、お笑いと政治風刺を考えてみたい。

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    「笑点の安倍ネタは風刺じゃない」石平が綴った怒りの反論手記

    石平(評論家) 5月27日の日曜日、家のソファでくつろいでいた私は、日本テレビの名物番組『笑点』を久しぶりに見た。 その日の『笑点』の大喜利では、「騒音」をお題に、耳をふさいだ落語家が笑いを誘う「珠玉の一言」を繰り出す設問があった。そしてその中で、いつもの顔ぶれの落語家たちの口から、次のような「政治ネタ」が連続的に放たれたのである。 まずは三遊亭円楽さん、「安倍晋三です。トランプ氏から『国民の声は聞かなくていい』と言われました」。次は林家たい平さん、「麻生太郎です、やかましいィ。」。そして最後には、林家木久扇さんは「沖縄から米軍基地がなくなるのは、いつなんだろうねぇ」と嘆いてみせた。 以上が、後にインターネット上などで話題となった『笑点』の「三連発政治批判」である。テレビの前でそれを見た私は、「そんなのは落語としてどこが面白いのか」と思ったのが最初の感想であった。 例えば、最後の木久扇さんの「沖縄から米軍基地がなくなるのは、いつなんだろうねぇ」という答えを取ってみても、そこに何か落語の笑いの要素があるというのか。「米軍基地がいつ無くなるだろうか」という、そのあまりにも平板にしてストレートな一言を聞いて、腹の底から笑おうとする人間がいったい何人いるというのか。 程度の差はあっても、一番目の「安倍ネタ」と二番目の「麻生ネタ」も同じようなものである。要するに、この三連発の政治批判は笑いのネタとしてまずつまらないし、落語としての機転も芸も感じさせない。 そこにはむしろ、政治批判が目的となって『笑点』としての面白さは二の次となった、という感がある。はっきり言って、そんなネタはもはや『笑点』ではない。『笑点』の名を借りた政治批判にすぎないのである。 しかも、その時の政治批判は、一般庶民の視点からの政治批判というよりも、特定政党の視点からの政治批判となっているのではないか。例えば、沖縄の米軍基地について、基地が無くなってほしいと思っている庶民が、この日本全国に一体何割いるというのか。地元の沖縄でも、基地反対派と基地維持派が県民の中に両方いるはずだ。2018年1月、米軍普天間飛行場移設に向けた護岸工事が進む沖縄県名護市の辺野古沿岸部(共同通信社機から) 上述の『笑点』三連発の政治批判は、つなげて考えてみれば、要するに「反安倍政権・反米軍基地」となっている。それはそのまま、日本の一部野党の看板政策と重なっているのではないか。 私自身は『笑点』が結構好きで、日曜日の夕方に家にいれば、そしてチャンネル権が女房と子供に奪われていなければ必ずつけてみることにしている。だが、その日の『笑点』を見て、さすがにあきれて自分のツイッターで下記のようにつぶやいた。多くの共感を呼んだツイート先ほど家のテレビで久しぶりに「笑点」を見ていたら、「安倍晋三です。国民の声を聞かなくてよいとトランプに教えられた」とか、「沖縄の米軍基地はいつなくなるのか」とか、まるで社民党の吐いたセリフのような偏った政治批判が飛び出たことに吃驚した。大好きな笑点だが、そこまで堕ちたのか。石平氏の5月27日のツイート このツイッターは結局、ネット上で大きな反響を呼んだ。数日間のうち、8千人以上の方々からリツイートをいただき、1万5千人以上の方々から「いいね」をいただいた。そして私のツイッターには、この件に関して1100件以上のコメントが寄せられて、その大半は私のつぶやきに賛同する意見であった。 私がツイッターを始めたのは今から4年前だったが、今は37万人以上の方々にフォローしていただいている。正直に言って、私の「ツイッター史」において、これほど大きな反響を呼ぶツイッターを放った経験はめったにない。『笑点』の政治批判ネタに対する私の感想と苦言は、やはり多くの人々の共感を呼んだのである。 もちろん、私のツイッターに対する批判や反発の声も挙がった。お笑いタレントで演出家のラサール石井さんが自らのツイッターで、「時の権力や世相を批判し笑いにするのは庶民のエネルギーだ」「政治批判は人間としての堕落だと言いたいのか」と反論したのはその一例だ。 他にも、ネット上や、私のツイッターに寄せられたコメントの中には「権力を風刺し批判するのは落語の伝統だ」「庶民の気持ちを代弁して権力を批判するのはどこか悪いのか」といった批判があった。その中には、「落語の政治批判を許さないというのは言論統制だ、全体主義だ」と、一物書きである私のことを、まるで権力者に対するかのように厳しく糾弾するネットユーザーまでいた。 しかし、私からすれば、こういった反論と批判のほとんどは、まさに的外れのものである。政治風刺や政治批判を行うのは、確かに落語の良き伝統であろう。しかしそれは決して、観客としての私たちが、落語で行った政治批判を何でもかんでも無批判のままで受け入れなければならない、という意味合いではないのである。 政治風刺も政治批判も良いのだが、それには面白いかどうか、特定の政党や政治的立場に偏っているかどうかがつきまとう。それに対し、われわれ観客の一人一人が、自らの基準と心情に従って論評したり批判したりするのはむしろ当然のことだ。私は自分のツイッターで『笑点』のことを「堕ちた」と酷評したのだが、それも一観客としての私の感想にすぎないし、そして私にも私の感想を吐露する権利はあるのだ。2017年6月、『笑点』メンバーの(後列左から)林家三平、林家たい平、三遊亭小遊三、(前列左から)三遊亭円楽、林家木久扇 要するに、『笑点』には政治を風刺し、批判する自由はあるが、われわれ観客にも『笑点』の政治批判に賛同したり、批判したりする自由があるのである。「『笑点』は庶民の声を代弁して権力批判をしているから、『笑点』を批判してはならない」というような論法は、逆に『笑点』に対する批判を封じ込めて、『笑点』そのものを絶対的な権力にしてしまうのである。これこそ、問題の最大のポイントではないのだろうか。

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    立川談四楼手記、『笑点』はパヨク政権でもからかいます

    立川談四楼(落語家)『笑点』メンバーが政権批判をしたと騒ぎ、パヨク認定する向きがあるが、国策落語を強いられた過去を持つ落語家にはナンセンスである。政権批判は日常業務で、ツイッタランドにおける炎上案件を彼らは日毎夜毎繰り広げている。落語の黎明期には幕府を批判して島流しを食らった先達もいるくらいなのだ。 ジャスト140文字、これが5月29日の私のツイートである。ちょっと固い言葉で、抗議の体を取っています。いやあまりの言い様だったからで、「『笑点』も墜ちた」ぐらいはまだいいんだ。ロクに番組を観てない人の言い草だからね。ただ「落語家が政治に口を出すな」「落語だけやってりゃいいんだ」にはカチンときた。『笑点』を観てないことについてはいいにしても、落語と落語家の歴史をまるで理解してない輩(やから)のほとんど妄言だからね。「笑点」メンバー(前列左から)司会の春風亭昇太、新メンバーの林家三平、林家たい平(後列左から)三遊亭圓楽、三遊亭好楽、林家木久扇、三遊亭小遊三、山田隆夫=2016年5月 まあ、少人数ならそれも一つの意見だろうとスルーしたけど、名のある人まで言ってるんだ。半面、「落語について無知であります」と表明しちゃってるわけだけど、著名人だけにフォロワーも多く、「いいね」やリツイートする人がかなりいて、一応ちゃんと抗議したということなんですね。  驚いた。私のツイートに対する「いいね」とリツイートが合わせて15000に達したんだ。もちろん「クソリプ(見当外れな返信)」も飛んでくるが、賛同がはるかに凌いで、少し溜飲(りゅういん)を下げる思いがした。私は写真も動画も使わず、140文字のジャストを昼過ぎに3本投稿するのを旨としている。そりゃ過去には3万超えなんていうこともあったけど、1万を超えるツイートはなかなかないんだ。一言で言うと反響が大きかったということです。某紙もそれを取り上げるくらいに。 落語家の政権批判はホント日常なんだ。それが証拠に『笑点』では民主党政権のときもやったし、それは昔からのものなんだ。つまり伝統でね。何しろあの番組は私の師匠の談志が作ったのだから、過激になるのも当然なのさ。 酒で早くに死んでしまったんだが、春風亭梅橋(しゅんぷうていばいきょう)という人はスゴかったね。「酔っぱらい運転はなぜいけないか」の題に梅橋、こう答えたんだ。「轢(ひ)いた時に充実感がないから」。私が高校生の頃だったが、これには引っくり返ったよ。   ある日、なぞかけで「オッパイ」という題が出た。 梅橋「オッパイとかけてヤクザの出入りときます」   「その心は?」 梅橋「すったもんだで大きくなります」ときた。 「パンティ」がお題のときもスゴかった。 「パンティとかけて美空ひばりのおっ母さんとときます」   「その心は?」   「いつも娘にぴったりと張り付いてる」  全編この調子でね。今じゃ完全に炎上案件だよ。視聴率が上がるとスポンサーがうるさくなって、それで談志の降板に至る、という歴史なのさ。だから当時の過激さが少しだけ顔を出したというだけのことなのさ。戦時中の国策落語と禁演落語 戦時中の軍部との戦いにも触れないといけない。落語の本質は「三道楽煩悩(さんどらぼんのう)」の「飲む・打つ・買う」、つまり酒と博奕(ばくち)と女郎(じょうろ)買いなんだ。それをどう描くかで落語家の腕が問われるのだが、戦時中だから、どうしたって不謹慎ということになる。 時代の空気を察した落語家は、いち早く動いた。時局にふさわしくない落語53席を葬ったのだ。これが世に言う「禁演落語」で、これもなぜ53席かで面白い説があるんだ。「東海道五十三次」になぞらえての53席という説と、もう一つは「53(ゴミ)みたいな落語」。つまり、どうでもいいネタを葬って軍部の目を欺いたという説があるんだ。どっちにしろギリギリ反権力をやってるんだね。 しかし「国策落語」にはなす術(すべ)がなかった。なにしろ「お国のために国威発揚(こくいはつよう)の落語を作れ」という命令だから逃げようがないのさ。随分作られ演じられたというが、ほとんど残ってない。終戦直後、いろんな書類が焼かれたというから、ま、そういうことだろうね。落語「出征祝い」を口演する林家三平さん=2016年3月1日、東京都台東区 でも近年、林家三平師が祖父の林家正蔵作と言われる『出征祝い』を演じて話題となった。しかし評判は芳(かんば)しくなかった。慌てて声を大にして言っとくけど、三平師の技量のせいじゃないよ。国威発揚の落語が面白いわけがない、という真理によるものさ。 前述したように、落語の基本は「飲む・打つ・買う」だよ。戦争と相性がいいはずないじゃないか。戦争と落語は180度両極に位置するものだからね。 でね、その最中に志ん生はこう言ったんだ。「国策落語なんて野暮なもの、俺やだよ」。そう言って志ん生は戦時中に円生とともに中国に行ってしまうんだ。興味のある人は調べてみて。面白い話がワンサと出てくるから。 落とし咄(ばなし)をするから咄家(はなしか)と言われてた江戸時代、冒頭のツイートにある通り、わがご先祖は幕府とも戦っていたんだ。スゴいね。「島流し」ってのが。時代劇のお白州(しらす)で発せられる「遠島(えんとう)を申しつくる」ってやつだ。 いや、咄家だけでなく講釈師にもいてね。この人は島抜け、つまり脱走して捕まり、ついには死罪になったという歴史もあるんだ。吉村昭が『島抜け』という題で小説にしてるくらいでね。 どうでしょう。いくらか反権力の歴史がお分かりいただけたでしょうか。あ、今、「共産党が政権を担ったらどうする?」という声がしました。 経緯は省きますが、私は保守論壇の重鎮、西部邁先生にかわいがっていただきまして、あるとき先生が「今、一番まっとうな保守は共産党だ」と言ったのを鮮明に覚えています。それもあって、「共産党政権の誕生も夢ではない」と思う者ですが、約束します。「たとえ共産党と言えども政権を取ったら大いにからかいます」と。 是枝裕和監督の『万引き家族』がカンヌ映画祭でパルムドールを受賞、安倍さんはメダルや賞が大好きなのにこれを無視、ようやく林芳正文科相が祝意を表明、それを監督が辞退するという日に記す。

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    「お笑いと社会批評の境界」茂木健一郎が考える日本の政治コメディ

    茂木健一郎(脳科学者) とてもコミュニケーションが難しい時代だと思う。対立する見解を持つ人の間で、意味のあるかたちで意見を交換するのが難しくなっている。  本来、議論というのは、違う意見を持っている人どうしがお互いの視点を持ち寄り、何らかの妥協点を見い出したり、一見相容れないものをより高いところに「止揚(しよう)」(アウフヘーベン)するのが目的のはずだ。 しかし、今の日本において、ツイッターなどのソーシャルメディアでの意見のやりとりを見ていると、さまざまなことについて対立し、反発しあっている人たちが、歩み寄ったり、響き合ったりということが難しくなっている。 やりとりしても、炎上し、反発し合うだけで、理解が深まったり、歩み寄ったりすることが難しい。インターネットで、対話をせずに一方的に相手に絡む人を英語圏では「トロール」と呼ぶ。「トロール」と議論しようとしても無駄だという意味から、「トロールに餌(えさ)を与えるな」という警句がある。 今の状況では、意見が対立することについて相手と理解を深めようとしても意味がなく、「トロール」として無視するのがよいということになりかねない。しかし、同じ社会の構成員をいつまでもトロール扱いしているのはおかしい。最後は、みんな、仲間ではないか。新しいアプローチが必要だ。 かつて、坂本龍馬は「日本を洗濯したい」と言った。今、坂本龍馬が生きていたら「日本をもみほぐしたい」と思うかもしれない。 硬直化してしまいがちな議論を、いかにやわらかくして、多様な見方を混ぜていけるか。それが、私たちの課題だ。そのために、「笑い」は大切なきっかけになる。とりわけ、意見が対立しがちな「政治」の分野でこそ、本来、笑いの力が活かせたらと思う。 昨年、私は「日本のお笑い」は「オワコン」だとツイートして、大きく炎上してしまった。その時の経験で、私は、いろいろなことを反省した。最も大きな反省点は、ただ自分の意見を表すだけでは、それは自己満足のようなもので、伝わらないし、世の中においても良い事にはならないというものだった。漫才日本一決定戦「M-1グランプリ2017」開催会見で集まった出場者ら=2017年6月 その苦い経験から、私はネットでの自分の表現の仕方を変えた。何よりも、世間で対立しそうなことに対して、一方の側の意見を書いて満足するというような態度では、何も伝わらないし、変わらないということが身にしみたから、そういう書き方はしなくなった。 結果として、私は意見の表明に対して慎重になり、価値中立的なことか、これは多くの方に知ってほしい、というような情報だけをツイートするようになった。あるいは、他愛もないこと、ほほ笑ましいこと。 ツイッターの書き方を意識的に変えたのは昨年末のことで、以来、ほぼ半年ほど、私のアカウントで「炎上」はないと認識している。このまま、穏やかな時期が続けばよいのだけれども、今後のことは、私の修練と選択にかかっている。英王室風刺にタブーはない 状況も変わるかもしれないし、人ぞれぞれでよい。政治的なことについてストレートに発言を続け、結果として炎上している多くの方々のことは尊敬しているし、応援している。人は、自分が「こっち」と思う方に行くしかないのだ。そのような多様性こそが社会である。  笑いには期待している。意見が分断しがちなネット状況でコメディの精神をうまく使えば、「日本をもみほぐしたい」という願いが叶うかもしれない。しかし、批評的な笑いは難しい。特に、政治的な問題について笑いを適用するのは難しい。 コメディアンの目的は笑いであり、社会批評ではない。社会批評をすることで笑いが起こればそれはすばらしいことだが、社会批評をしても笑いが起こらないとすれば、それはコメディアンの仕事ではない。 以前、英国のBBCで『リトル・ブリテン』というコメディ番組を大ヒットさせたコメディアン、デイヴィッド・ウォリアムスとマット・ルーカスが来日した時、話す機会があった。その時、彼らが言っていたことが忘れられない。英国においては、王室は長年にわたってコメディの対象になってきた。そこには、タブーはなかった。 ただ、目的はあくまでも笑いであって、王室批評自体がゴールなのではない。ここから先は笑えるか、それとも笑えないか。ぎりぎりの境界をコメディアンたちは探っている。 デイヴィッドとマットは、「ダイアナ妃の事故の後しばらく、英国でも王室のことを笑いにするのは難しくなった」と言っていた。ネタにしても、聴衆が笑わなくなったというのである。日本における政治ネタも、それで聴衆が笑えばコメディアンの仕事として成立するのだろうが、笑ってもらえなければ、それは社会批評であってもコメディではない。 もっとも、コメディの「境界」は常にダイナミックに変化するものであって、そのフロンティアを探ってみたいというのが、「コメディ魂」なのであろう。 そんなコメディアンたちを、私は応援したい。日本では、政治的なコメディは難しいと思われがちだが、日本には、批評的コメディのユニークな可能性があるとも思っている。 たとえば、漫才。「漫才」は、批評的スタンスを持ち込むのに適したフォーマットの可能性がある。「ボケ」と「ツッコミ」をうまく呼吸させれば、欧米のスタンダップコメディとは違ったかたちで、日本でも政治的コメディを成立させられるかもしれない。 「ボケ」が過激なことを言い、「ツッコミ」が常識に戻すことでバランスを取る。かつて、ツービートが見事に見せたように、そんなフォーマットならば、難しいと言われがちな地上波テレビでも、放送できる可能性があるのではないか。「ツービート」のビートたけし(左)とビートきよし さらに、「落語」というフォーマットの可能性。落語は、世界の各地での笑いの文化を見渡した上でも、類まれにユニークなかたちをしている。特に、一人の演者が、多数の「登場人物」を演じ分けるという点。長屋で、くまさん、八っつあん、与太郎、ご隠居などの登場人物たちが、それぞれの思惑、個性で動き、全体としておもしろい調和ができる。笑いは脳進化の「智慧」 対立したり、けんかをしたりしても、それらがすべて響き合って、やがて一つの「笑い」となる。そう考えてみると、落語は多様性を許容した「社会的包摂」そのものである。 たとえば、米朝会談を落語にしたと考えてみよう。アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩委員長の意見は対立したり、時には口げんかもするのかもしれないが、その双方を落語の一人の演者が演じることができる。 「おい、そろそろ、放棄したらどうだい」 「そうは言っても、お土産がないとなあ」 「放棄したら、お土産をあげるよ」 「だけど、放棄した後で、お土産はないよ、お前の家を壊すよ、というんじゃ、嫌だよ」 「だいじょうぶ。家は壊さないと、保証するから」 「そうは言っても、君の後ろで、こわそうなやつらが腕組みしているぜ」 ……。 そして二人の「対話」が煮詰まったら、町内の「ご隠居」を登場させることもできる。 「おいおい、いい加減にしなよ、もう、お互いに歩み寄って、決めちまいな」などと。もっとも、現実の米朝会談に「ご隠居」はいないかもしれないが。 落語という「ファンタジー」の方が、人間にとっては温かく、楽しい。笑いは、不安や恐怖に打ち勝ち、不確実なことに挑戦するために脳が進化させてきた「智慧(ちえ)」である。大阪市全24区にちなんだ創作落語「参地直笑祭」をスタートした落語家の桂文枝 すべての動物の中で、複雑な認知プロセスを通して笑うのは人間だけだ。人間は、笑うからこそ、居心地のよい「安全基地」から未知の世界に向かうことができる。人間は笑うからこそ、宇宙にも行くし、人工知能も開発できるのだ。笑いはリスクの存在下でバランスを回復し、適切な選択をとるための最前線の「安全基地」となる。 今日の日本のように、さまざまな不確実性に囲まれつつも、やはり前に進むべき状況でこそ、笑いが必要である。笑いに至る「メタ認知」、つまり客観的に自分たちを見つめる能力こそが、難しい状況での判断力を高める。だからこそ、古来、優れたリーダーはユーモアのセンスがなければと言われてきた。 政治は国全体の進む方向だが、一人ひとりの人生にも、進むべき方向がある。人生の選択に、悩む人も多いだろう。どんな学校に行くべきか。会社を辞めるか、それとももう少しがまんするか。 私は、日本で政治コメディの文化が広まるためには、社会全体のメタ認知を高めなければと思っている。自分の状況を見つめ、不確実な状況下で行くべき道を選択して、よりよい人生を生きる、そんな一人ひとりの積み重ねが必要だと感じている。 日本に政治コメディが広がらない理由を、メディアや、政治家、ましてやコメディアンたちのせいにしても仕方がない。(かつて、私が誤解を与える発言をしたことについては、改めてお詫びいたします) 「日本をもみほぐす」ためには、まずは、「自分をもみほぐす」ことが必要なのだ。

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    『笑点』政権ネタの炎上騒ぎは起こるべくして起きた

    太田省一(社会学者、文筆家) 5月27日放送の『笑点』(日本テレビ系)がネットを中心に話題になった。番組の代名詞でもある「大喜利」のコーナーで安倍政権を風刺するような回答がいくつかあり、それを不満に思った視聴者の批判的ツイートが相次いだのである。それをきっかけに『笑点』の政治風刺をめぐって賛否両論、さまざまな意見が飛び交っている。 私は、一人の研究者として、以前から芸人と社会の関係に関心を抱いてきた。その点から言うと、今回の件については『笑点』の風刺ネタそのものの評価よりも、それをめぐってこれほど論議がわき起こったこと自体にむしろ興味を感じている。 まず、私にはこうした論議が起こったことが「不思議」という感覚があった。改めて言うまでもないが、笑いにも多くの種類がある。ダジャレのような言葉遊びもあれば、いわゆるリアクション芸のような身体表現の笑いもある。 他にも挙げればきりがないが、その中には当然「風刺」も含まれる。権力や権威を鋭く茶化すことで、政治に不満を抱いている人々は笑い、一瞬ではあれ溜飲(りゅういん)も下がる。 芸人は、洋の東西を問わずその役割をずっと担ってきた。アメリカの伝説的スタンダップ・コメディアン、レニー・ブルースは1950年代から60年代にかけて過激な言動と、痛烈な政治風刺で人気を博し、常に物議を醸して波乱万丈の人生を送ったことで知られる。 かつて「日本のレニー・ブルース」と評されたこともあるビートたけしにも、次のような言葉がある。 日本の政治がガラっと変わったとしても、おれたちお笑い芸人は何にも変わらないって、ひそかに確信してるんだよね。何が起ころうと、ずっと同じ。(略)独裁国家になったとしても、それをひっくり返そうなんてこと、思いもしないだろうね。それどころか、その体制に順応して、ますます喜劇を演じていくよ。毎日のように指導者たちを笑いのタネにしたりなんかしてさ。笑いっていう最高の武器で、権力を笑い飛ばしていくと思うね。北野武/ミシェル・テマン『Kitano par Kitano-北野武による「たけし」-』 主義主張や政治体制の如何を問わず、権力を笑い飛ばすことが「芸人の本分だ」とたけしは語る。だからその意味では、今回の『笑点』はその本分に忠実であろうとしたに過ぎない。 また、『笑点』の政治風刺は、今回が初めてではない。スタンダップ・コメディほど舌鋒鋭いものではなくとも、庶民の視点から時の政治に対する不満や皮肉を笑いの衣に包んで表現することは、落語家が提供する笑いとしてずっとあるものだろう。2016年5月、日本テレビ『笑点』の新司会者発表会見で握手を交わす桂歌丸(左)と春風亭昇太(大橋純人撮影) したがって巧拙や好みはもちろんあるにしても、政治風刺が飛び出すのはある意味自然なことである。だから、今回の一件がさぞ問題のように扱われることが不思議でならない。 だが一方で、このような論議が起こったことに「やはり」という、それとは一見相反する印象もあった。というのも、ここ最近、政治風刺の笑いは、特にテレビなどではほとんど目にしないものになっていたからだ。だから今回の『笑点』が突出しているように映り、炎上騒ぎに発展したのだろう。尊敬の対象になった芸人たち 私見だが、現在の笑い、特にメディアにおける笑いの基礎をつくったのは、さかのぼること40年ほど前に起こった1980年代初頭の「マンザイブーム」である。それをきっかけに多くの芸人がスターになった。ブームをつくった芸人の中には、ツービートの「毒ガス」漫才で一世を風靡(ふうび)したビートたけしもいた。 「赤信号 みんなで渡れば こわくない」など、たけしのいわゆる「毒ガス」ギャグは、当時の日本人が共有していた「総中流意識」の欺瞞(ぎまん)をターゲットにしたものだった。先述した、たけしの言葉に重ねるなら、当時のたけしにとっての「権力」とは政治指導者ではなく「総中流意識」に安穏と浸る私たちだったのである。 だが、面白いことに、たけしによって笑いのターゲットにされたはずの私たち大衆は、たけしを熱狂的に支持した。笑いには「知性の裏付けが必要」と思うようになり、それまで総じて扱いの低かった芸人が逆に尊敬の対象になったのである。 たけしはそんな芸人たちの代表格になった。その兆しは、たけし登場以前の萩本欽一から始まっていたという見方もあるが、はっきり芸人の社会的地位が向上したのはマンザイブーム以降であると言っても過言ではない。 そして1980年代後半か90年代に入り、世はバブル景気。テレビにも祭り気分が横溢(おういつ)する中で、尊敬される対象になっていた芸人はその中心の座を占めた。その象徴がたけし、タモリ、明石家さんまの「お笑いビッグ3」である。 その頃の時代的雰囲気を伝えるエピソードとして、最も記憶に残っているのが「さんまの愛車破壊事件」である。1991年のフジテレビの恒例『27時間テレビ』で、たけしとタモリが共謀し、さんまの買ったばかりの高級車を塀にぶつけて壊すという「コント」を生放送で演じてみせたのである。 ただ、笑いのためだけに惜しげもなく高級車を破壊する。それはまさにテレビが主導する「お祭り」だった。そこに視聴者も参加気分を味わい、高揚感を共有した。いわばテレビと世間が一体化した巨大な内輪ウケの空間が誕生したのである。 そうした経済的豊かさを前提にした内輪ウケの笑いが主流になったことで、政治は笑いのネタとしては陰に隠れ、マイナーなものになっていった。その傾向は、今も根本的にはあまり変わっていないように見える。「お笑いビッグ3」が30年近くたった今でも第一線で活躍しているのが、何よりの証拠である。ビートたけしや明石家さんま=1986年3月撮影 ただし、『笑点』はそうしたお笑いのトレンドとは比較的無縁だった。1966年、高度経済成長期のただ中で始まった同番組は、日曜夕方のお茶の間の定番としてわが道を歩んできた。したがって、まだ社会に流動的な部分があり、それゆえ政治への関心も高かった高度経済成長期当時の空気をどこかに残している。だから、政治風刺の笑いも生き延びたのである。 その一方で、平成も終わろうとする日本社会の現状を見ると、「総中流意識」はもはや薄れつつある。格差や貧困の問題ばかりがクローズアップされ、お祭り気分の笑いを支えていた経済的土台も揺らいでいる。社会情勢が大きく変化すれば、必然的に政治への関心も再び高まる。 つまり、『笑点』の政治風刺が注目を浴びる条件は、いつしか整っていたことになる。そこに起こるべくして起こったのが今回の炎上騒動ではないだろうか。 今回の出来事は、単なる笑いの一時的流行の問題ではなく、もっと大きな意味で芸人と社会の関係が歴史的転機を迎えていることの兆しである。SNSの普及もあり、今後も芸人の一言一句、一挙手一投足に耳目が集まることは間違いない。

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    桂歌丸が語る裸芸批判の真意「起用する側にも責任ある」

    0)は高座に復帰するや、相変わらずの“歌丸節”で人々に笑いを届けている。そんな歌丸が、入院中、現在の芸能界にどうしても見過ごせない違和感を覚えたという。本誌の独占インタビューに語った。「まだ元通りとはいきません。長く喋ってますとね、息苦しいんですよ。だから酸素吸入器を手放せない。今もずっと(酸素吸入器を)入れっぱなしです」(歌丸・以下「」内同) 6月14日に退院してから、酸素吸入器を付けて高座や『もう笑点』(日本テレビ系)への復帰を果たすなど、精力的に活動を続ける歌丸。本誌の取材中も時折咳き込み、苦しそうだった。それでも歌丸が表舞台に立ち続けるのは、落語の素晴らしさ、そして日本の伝統芸能を後世に残したいという思いがあるからだ。そんな歌丸だからこそ、若手芸人の“芸”に苦言を呈さずにはいられなかった。「言っちゃ失礼ですけど、裸でお盆を持って出て何が芸なんですかね。あれを日本の文化だと思われたら困るんですよ。あんなのは酔っ払いがお座敷でやるようなもんですよ。落語家も、漫才師も、あるいは歌舞伎、お能、狂言の方も、皆さん日本語を駆使して芸を披露しています。言葉ってのは“その国の文化”なんです。 私たちは落語を通してお客様に笑っていただくわけです。ただ、ああいう方は、言葉を生かさずに、裸で踊っているだけじゃないですか。『笑われている』だけなんですよ。なんでそのことに気が付かないんだろうと思いますよ」“お説教”されているのは、ピン芸人No.1を決める『R-1ぐらんぷり2017』で優勝したアキラ100%(42)だ。全裸に蝶ネクタイ姿で、お盆を巧みに操って、“股間”を隠す裸芸で大ブレイク中だ。ダウンタウン・松本人志、笑福亭鶴瓶、ヒロミといった大物芸人も絶賛する期待のホープでも歌丸はお構いなしに切って捨てた。テレビ局にも責任がある「もっと憎まれ口を叩かせてもらいますとね、ああいう方をテレビに出す方が間違えてるんですよ。テレビ局がああいう方にどれぐらいのギャラを払っているかは知りませんけど、ただ安いからという理由だけで使っている気がしてならない。落語家・桂歌丸=2016年6月撮影 起用する側にも責任はあるんです。視聴率が取れたとしても、それは一瞬のものです。だからいらなくなったらポイっと捨てられる。使い捨てのライターと同じですよ。いや、使い捨てライターの方が長持ちするわね。重要なのは『後に何を残すか』です。みんな、それを考えていないから『一発屋』だらけになっちゃうんですよ。 それにああいう方がテレビに出れば、子供も観るじゃないですか。子供に『おもしろい』と思われたら大変な間違いですよ。親も一緒になって笑っているようじゃ、しょうがない。昔の親だったら『観ちゃいけない!』って叱っていたはずです」死ぬまで落語をやる 歌丸は芸能界のみならず一般家庭にも「節度の欠如」が及んでいると感じているのだ。その根底には落語への深い愛情がある。「落語には色んな芸がある。与太郎噺もあれば、人情噺も怪談噺もあります。一生懸命覚えていけば、生涯、噺家として生きていける。古典はいくらでもあるし、自分で新作を生み出すこともできます。 20年ほど前、海外で落語を披露するのが流行ったことがあって、私も何度か行きました。英語で落語をする方もいましたが、私は舞台の後ろに英訳の字幕を出してもらって、全部日本語でやりました。 リズムや間合い、言い回し……日本語で話をするからこそ、きちんと日本の文化が伝わるんです。この国の文化を守ろうと思ったら、日本語をきっちりと伝えていかなきゃならないと思います」死ぬまで落語をやる 今年2月の本誌インタビューでは、「引退」も考えていると明かした歌丸だったが、今回は力強くこう宣言した。「私はこれから息がある限り、日本語でしっかりお喋りさせてもらいたいと思っています。誰かが守らなければ滅びてしまいますよ。噺家はみんなそういう思いを共有していると思います。噺家ばかりでなく、歌舞伎でも、お能でも、狂言でも『日本人の誇り』を持って、『芸』を後世に伝えていってほしい」 取材の最後にアキラ100%へのエールを聞くと、歌丸節で締めてくれた。「度胸は認めますよ。よくあんなことやったなと(笑い)。でも、私は認めるわけにはいかない。私は『裸になれ』と言われても絶対無理だもん。私が裸になったら、学校の理科室みたいになっちゃうよ、ウェッヘッヘ!」関連記事■ 山田美保子氏「小林麻耶はこれかも麻央ちゃんのために…」■ 乳がんの小林麻央 全摘出しなかったのはなぜなのか?■ 神楽坂恵 高校時代から「女優は脱ぐもの」のプロ意識■ 30歳未経験グラドル池田裕子に「本当に?」と確認してみた■ 『笑点』の格安ギャラ事情 昇太は司会昇進でも据え置き?

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    花形演芸大賞銀賞の鈴々舎馬るこ 時事ネタライブの醍醐味

     音楽誌『BURRN!』編集長の広瀬和生氏は、1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。広瀬氏の週刊ポスト連載「落語の目利き」より、平成29年度花形演芸大賞の銀賞を受賞した「改作派」鈴々舎馬るこについて解説する。* * * 古典落語に時事ネタや飛び道具的ギャグをガンガン投入し、パワフルに押しまくる芸風で爆笑させる「改作派」鈴々舎馬るこが、平成29年度花形演芸大賞の銀賞を受賞した。 花形演芸大賞は国立劇場や国立演芸場などを運営する独立行政法人日本芸術文化振興会が若手芸人に与える賞で、大賞、金賞、銀賞の3段階。落語のほか色物も対象となる。 この賞をもらうためには、まず国立演芸場が毎月開く「花形演芸会」に出る必要がある。国立の演芸課が芸歴20年までの若手を選んで年に1回ずつこの会に出演させ、審査員(「演芸に造詣の深い方々」が年替わりで務めているという)が銀賞を選ぶ。今回は馬るこの他に桂福丸、桂佐ん吉、雷門小助六が受賞。銀賞を受賞すると以降10年「花形演芸会」のレギュラーとして年2回出演、そこで初めて金賞、大賞の対象者となる。発表は毎年3月末。今回の大賞は上方落語の笑福亭たまが受賞した。 若手落語家を対象とする賞は色々あるが、中で花形演芸大賞は「国が認めた」ものなので重みがあり、プロフィールに箔が付く。学校寄席など税金を使う地方公演に呼ばれやすくなる、とも聞いた。今は落語家の絶対数が多いだけに、若手にとって受賞は大きな意味があるだろう。 銀賞受賞後に初めて観た馬るこの高座は4月9日の「新ニッポンの話芸」。僕がプロデュースして成城ホールで不定期に開催する立川こしら、三遊亭萬橘、そして馬るこの3人会で、この日は馬るこがトリ。ちなみに萬橘は平成25年度に銀賞、翌年から今回まで4年連続で金賞受賞。凄いことだ。一方、こしらは「花形演芸会」に一度も呼ばれないまま芸歴20年を超えた。これもまた「落語界の異端児」こしららしい。 馬るこが演じたのは『権助魚』。普通に演ったら10分そこそこの軽いネタだが、馬るこ版はオリジナル演出満載で20分以上。凄かったのが、権助が網取り魚を買いに行った魚屋の品揃え。「タラ」として売ってるのはメルルーサ、キャペリンの雄に卵を注入して「子持ちシシャモ」、鰻の蒲焼と称してベトナムナマズの蒲焼、芝エビではなくバナメイエビと、代用魚ばかり売ってる食品偽装魚屋だったのである。こんな発想は馬るこにしかできない。権助の台詞にブチ込まれた危ない時事ネタ(書けない!)もライヴの醍醐味だ。落語家・鈴々舎馬るこ=2013年10月撮影 定席でのトリも順調に決まってきているという馬るこ。銀賞はスタートライン、さらに金賞、大賞を狙ってほしい。なお6月1日には国立演芸場で花形演芸大賞受賞者の会があり、贈賞式もそこで行なわれる。●ひろせ・かずお/1960年生まれ。東京大学工学部卒。音楽誌『BURRN!』編集長。1970年代からの落語ファンで、ほぼ毎日ナマの高座に接している。『現代落語の基礎知識』『噺家のはなし』『噺は生きている』など著書多数。関連記事■ 噺家・鈴々舎馬るこ ニセ韓国語操り「ハングル寿限無」創作■ 下ネタ時事ネタ禁止 三宅裕司&小倉久寛が語る劇団SET■ 龍馬、武蔵…他 「銅像巡礼」の醍醐味を歴史好き写真家語る■ 個人投資家 米国株投資の醍醐味と投資手法について解説■ 東大野球部ファンの醍醐味 マゾヒスト同士の連帯感にあり

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    西城秀樹「ギャランドゥ」な人生考

    歌手、西城秀樹さんが63歳という若さでこの世を去った。スーパースターとしての逸話は数知れない。中でも1983年のヒット曲『ギャランドゥ』は後年、ヒデキを象徴する代名詞になった。今では体毛の濃い男性を意味する俗語として定着したが、その男っぷりは彼の人生そのものだった。昭和を飾った大スターの生き様を考える。

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    「革新的アイドル」西城秀樹は理屈じゃ語れない

    茂木健一郎(脳科学者) 西城秀樹さんが亡くなったというニュースを聞いたときは本当に驚いた。63歳。あまりにも早すぎる。西城秀樹さんは、本当のスターだった。まだまだ、そのご活躍を楽しみにしていたファンの方々は多いだろう。西城秀樹さん、どうぞ安らかにおやすみください。心からご冥福をお祈りいたします。偉大なるスターの死の報に接して、西城秀樹さんが輝いていた、あの時代のことを振り返りたいと思う。 私が子どもの頃は、日本のテレビは黄金期だった。ある日、その「真ん中」に西城秀樹さんが現れた。見ている側から見れば本当に突然、西城秀樹という光を放った存在が「降臨」したのである。 鮮明に覚えているのは、5枚目のシングル『情熱の嵐』だ。まず、つかみから圧倒された。ステージ上で歌って踊る西城秀樹さん。客席から「ヒデキ!」の声が飛ぶ。なんだか、それまで見たことがない光景が地上に現れたような気がした。 西城秀樹さんは、登場したその時から、すでに「完成」された姿を持っていた。情熱をそのまま形にしたような、その外見。力強く、時にハスキーなその声。 「西城秀樹」という名前も素敵だった。踊りやしぐさも華麗だった。「ヒデキ!」というファンの掛け声も含めて、すべてが完成されていた。まるで、「イデア」の世界から人間界に降臨した「アイドル」の一つの「原型」であるようにさえ思われた。 夏目漱石は、『夢十夜』の中で、運慶のような名人が仏像を彫るのは、木の中に埋まっている形をそのまま掘り出すのだ、というようなことを書いている。当時、小学校高学年だった私の前に突然降臨した西城秀樹さんは、まるで世界のどこかに埋もれていた「アイドル」がそのまま出現したかのように見えた。それくらい「完璧」だった。 アイドルという存在は、実は「革新性」の塊(かたまり)である。今流行の言葉に置き換えれば「イノベーション」だ。西城秀樹さんは、それまでに見たことがないアイドルのイノベーションを起こしたからこそ、当時の私たちはテレビ画面にくぎ付けになって、目が離せなくなってしまった。豪雨の中、コンサートで熱唱する西城秀樹=1979年8月24日、 後楽園球場  人間の脳は正直で、見たことがないものにワクワクする。理屈で「これは大切だから」とか、「価値があるから」と言い聞かせても、なかなか集中力は続かない。例えば、アポロ11号で人類が月に到達した時の熱狂がすごかったことは、子供心に鮮明に覚えている。月面着陸がそれまで見たことがないほどの「イノベーション」だったから、あの熱狂が巻き起こったのである。 その後、月面着陸さえ日常の見慣れた光景になってしまい、人々の関心は急速に冷めていった。宇宙への関心が再び盛り上がるには、近年のイーロン・マスク氏が率いるスペースX社の、火星旅行を含む大胆な計画の出現などのイノベーションが必要だろう。 西城秀樹さんがアイドルの世界でやったことは、画期的に新しいことだった。『ちぎれた愛』『愛の十字架』など、新しい楽曲を発表するたびに、情熱と絶叫の西城秀樹さんの「アイドル道」が深まっていった。 世間は「新御三家」などと据わりの良い言葉で西城秀樹という現象を整理しようとしていたが、そこにあったのは今まで見たことがない明るい「大彗星(すいせい)」の登場だったのである。 そして、西城秀樹さんの姿にファンが見ていたのは「愛」だったのだと思う。西城さんから放たれていたのは、まさに愛の輝きだった。「ヤングマン」の革新性と進化 西城秀樹さんが、革新の精神を忘れなかったことは、後に大ヒットした『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』でも分かる。西城さん自身がアメリカで聞いて日本に持ち込んだというこの楽曲は、目が覚めるほど斬新だった。同時に「西城秀樹」というアイドルのイメージも一新され、さらに魅力が加わった。 今日に至るまで『YOUNG MAN』は、その独特の振り付けとともに、さまざまな場所で歌われ、踊られるスタンダート曲となっている。『YOUNG MAN』のヒットで、「西城秀樹」の存在はさらに力強く、永遠のものとなった。 西城秀樹さんの「アイドル」としての存在感がいかに強烈で、純粋なものであったかは、人気アニメ『ちびまる子ちゃん』の中で西城さんが象徴的存在として取り上げられ、世代を超えて共有されるようになったことでも分かるだろう。西城秀樹さんは、本当にアイドルの「イデア」界に到達してしまったのである。  私は10年近く前に、西城秀樹さんのステージを生で見たことがある。「レジェンド」が目の前に現れたことで、心が震えるような感動があった。かつてと同じような若々しさと情熱で歌う西城秀樹さんの姿を見るうちに、目に涙がにじんできたのは、きっと私だけではなかっただろう。 時が流れ、テレビやアイドルを取り囲む状況もすっかり変わってしまった。今や、かつてのような「国民的アイドル」は存在しない。若い世代のテレビ離れも、もはやニュースにすらならないくらい当たり前のことになってしまった。 多様性とグローバル化の中で、みんなが漂流している。それでも、私は思うのである。西城秀樹さんが見せてくれたような、恐れを知らぬ大胆な革新の精神さえ忘れなければ、必ず人々を熱狂させる「何か」は生み出すことができるのだと。1979年3月15日放送『ザ・ベストテン』。ヤングマンが「ベストテン」で初めてナンバー1になったときの歌唱の模様 『情熱の嵐』で鮮烈に登場した西城さん。『YOUNG MAN』で、さらに新しい「成層圏」へと飛行を続けた西城さん。病に苦しみながらも、若さと情熱を保ってアイドル道を生きた西城さん。そして、ついには世代を超えて親しまれるアイドルの「元型」にまでなってしまった。西城さんのそんな姿は、私たちにとって「生きる」ということは変わり続けることであり、挑戦し続けることであるという、かけがえのないメッセージでもある。  西城秀樹さん、私たちはあなたの歌が、踊りが、そしてその存在が大好きでした。西城さんが亡くなったことで「一つの時代が終わった」、そんなことは言いたくありません。 西城さんの「熱」と、新しいものを生み出す創造の精神は、きっと私たちの胸の中で生き続けます。だから、西城秀樹というアイドルとその時代は、むしろ形を変えてこれからも続くと信じます。西城秀樹さん、私たちは決してあなたを忘れません。ありがとうございました。そして、これからも。

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    僕らはみんな西城秀樹になりたかった

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 1972年、西城秀樹さんは16歳でデビューした。グアム島で元日本兵の横井庄一さんが発見され、連合赤軍によるあさま山荘事件が発生した年だ。 1945年に終戦を迎えた日本は、街に浮浪児があふれていた。そのような時代から「もはや戦後ではない」(『経済白書』1956年)とばかりに1950年代の高度成長時代に突入する。そんな中、西城さんは1955年に生まれた。彼が物心つき始めた1960年代は池田勇人内閣の「所得倍増計画」で、日本が計画以上の経済成長を成し遂げる。 60年代は、当初高価だった子供用自転車も一気に普及する。昔は子供用自転車など存在していなかった。高校進学率も60パーセント程度から80パーセントに急上昇した。余裕ができた日本の家庭は、子供を大切にし、お金をかけ始めたのである。 東京タワーの完成は1958年。東京オリンピックは1964年。ビートルズ来日が1966年。アポロ月着陸が1969年、そして1970年の大阪万博と続いていく。 カルチャーの面では早熟だった西城さんは、小学生(1960年代)で洋楽に目覚め、中学ではバンド活動を始め、70年代の高校時代にはジャズ喫茶で演奏している。 60年代から70年代、街には子供が大勢いた。子供番組はゴールデンタイムに放送されていた。次々と新しいことが起きる。科学はどんどん進んでいく。日本にも子供たちにも、夢と希望と元気があった時代だ。西城さんもそんな時代を生きてきたのだ。 60年代は学園紛争の時代である。政治も揺れていた。だが、70年代に入ると、若者は「しらけ世代」(政治的無関心)と呼ばれるようになる。悪く言えば、「三無主義」(無気力、無関心、無責任)の時代で、そんな若者の姿勢が批判されたものである。だが、よく言えば、肩の力が抜けて日本のポップカルチャーが花開いた時代ともいえるだろう。サイケ、ヒッピー、長髪。みんなが自由を叫び始めた時代なのだ。1975年11月、「日本歌謡大賞」のノミネート歌手発表会で熱唱する西城秀樹さん 70年代は、現代日本文化のプロトタイプ(原型)が作られた時代だ。郊外にはニュータウンができ、「ニューファミリー」たちが生活を始める。ニューファミリーは、両親は戦後生まれで若く、夫婦と子供の核家族のことだ。当然「大家族時代」の古い価値観からはかけ離れている。彼らは、友達同士のような夫婦関係を築き、マイホーム志向でファッションや流行に敏感に反応し、新しもの好きで消費も旺盛だ。 70年代には、ファストフード文化も作られる。マクドナルドやケンタッキーフライドチキンが日本にもできて、立ったまま食事をしてもOKになるようになる。昔の日本なら「不作法だ」と注意されていただろう。日清食品の「カップヌードル」が生まれたのも1971年だ。ファミレスができたのも、スーパーやコンビニが広がったのも、この時代だった。アニメ『ドラえもん』だってコンピューターゲームだって70年代生まれなのである。 2011年に休刊した情報誌『ぴあ』の創刊は1972年のことだ。学生起業によって作られた雑誌だ。音楽、映画、演劇などの公演情報が小さな文字でびっしり書かれていた。1959年生まれの私も、『ぴあ』を片手に東京の街を歩き、山ほどあった「名画座」(旧作映画を主体に上映する映画館)通いをしていた。そんな自分が好きだった。 西城さんは、この時代とともに活躍していく。デビュー翌年の1973年には、オリコンチャートで初めてベストテン入りした。郷ひろみ、野口五郎とともに「新御三家」と呼ばれ、スターダムを駆け上っていく。1974年にはNHK『紅白歌合戦』に初出場。それから、西城さんは国民的番組に11年連続出場を果たし、1975年には、日本人のソロ歌手として初めて、日本武道館でのリサイタルを開いた。「自由で元気で明るい」日本文化の象徴 そして1979年、大ヒット曲『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』が生まれる。子供も大人も、あの振り付けとともに歌った。この歌から元気をもらった人々は、どれほどたくさんいるだろう。 さらに、西城さんの活躍は歌だけにはとどまらない。1974年、TBSテレビのドラマ『寺内貫太郎一家』に出演し、平均視聴率31パーセントの人気ドラマとなった。このドラマの原作と脚本を手がけたのは向田邦子さんだ。ハートウォーミングなコメディーホームドラマであると同時に、名演出家の久世光彦(てるひこ)さんが、70年代的な自由でハチャメチャな演出を貫いた。今につながる新しいテレビドラマのあり方を作り出した番組だった。 西城さんがよくゲスト出演した日本テレビのバラエティー番組『カックラキン大放送!!』も印象深い。この番組は80年代まで長く続いた番組だが、新御三家のレギュラー時代が番組の黄金期と言われ、アイドル歌手がメインのお笑いバラエティー番組というジャンルを確立していく。 西城さんは、いつも明るく元気だった。1973年から12年間出演した「ハウスバーモントカレー」のCMによく表れている。「ヒデキ、感激!!」の決めゼリフは、当時多くの子供若者がまねをした。このCMは、カレーを日本の国民食にするのに貢献したとも言われるほどのインパクトがあるものだった。 西城さんは、自由で元気で明るい1970年代以降の日本文化の象徴だった。これほど年齢性別問わずに愛され、時代とともに生きてきたスターが日本の大衆文化を作り、私たちの考え方や生き方にも影響を与えてきたのである。 かっこよく歌えて踊れて、スポーツ万能で、それでいて気取らず、優しく、二枚目なのに三枚目の面もあり、いつも一生懸命で、人々に愛される。西城さんとともに生きてきた若い戦後世代は、みんな西城さんになりたかったのだ。 そんな西城さんが病に倒れた。脳梗塞だった。後遺症も残った。同世代が受けた衝撃は大きかった。強い身体を失った西城さんの姿を見るのは、つらかったにちがいない。しかし、西城さんは、強い心まで失うことはなかった。2014年4月、千葉の幕張メッセで行われたイベントで「ヤングマン」を熱唱する西城秀樹さん(戸加里真司撮影) 後遺症が残る身体で、西城さんは私たちの前に現れた。彼は病と闘い、過酷なリハビリに耐える。2度の脳梗塞を乗り越え、彼はもう一度歌う。再び『YMCA』の振り付けに挑戦していく。 スターの生き方は、私たちの人生に影響を与える。どんなにすばらしいスターも年を重ね、病に倒れることはある。63歳というその死はあまりにも早かったが、同世代の人たちは、まるで兄弟が突然亡くなったような驚きと悲しみを味わっただろう。 時代は変わっていく。私たちが作り出した文化の土台の上に、新しい文化が作られていく。気持ちはどんなに若くても、人は中年になり、高齢者になっていく。「ヒデキ」とともに歌い、踊り、ヒデキのまねをしてカレーを食べてきた人たちも、いつか弱ってくるときが来る。西城さんは、そんなときどう生きるべきかを示してくれた。 彼は、いつも一生懸命で希望にあふれる「アイドル」として、私たちに元気を与え続けてくれた。西城さんは、最期まで私たちがあこがれるアイドルスターだったのだ。

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    西城秀樹さんも懸命に続けた「脳梗塞リハビリ」知られざる現実

    上昌広(医療ガバナンス研究所理事長) 5月16日、歌手の西城秀樹さんが亡くなった。享年63歳だった。西城さんは、70~80年代に数々のヒット曲を飛ばした大スターだった。代表曲『YOUNG MAN』が流行ったのは私が小学校5年のときだった。林間学校へ向かうバスの中、みんなで歌ったことを覚えている。 実は西城さんは、最近まで私にとって身近な存在だった。それは研究所のスタッフ、西村有代さんが西城さんの熱烈なファンだったからだ。2003年に西城さんが脳梗塞を発症したときは、その話題で職場は持ちきりとなった。 その後、必死のリハビリで回復し、06年にシングル『めぐり逢い』を発売したときは、みんなで応援した。ところが、残念なことに11年に脳梗塞は再発した。 西城さんとは、最近になってもう一つご縁があった。それは私が社外取締役を務める株式会社ワイズとNPO法人脳梗塞リハビリ研究会が共同で運営する「脳梗塞リハビリセンター」に西城さんが通院していたからだ。 ワイズ社の早見泰弘社長は「身体トレーニングや自主リハビリ以外に、懸命に言語リハビリもされていた。巡業などの仕事で休む以外には、いつもリハビリに取り組まれていました」と振り返る。西城さんが最期まで復帰を目指し、懸命な努力をしていたのである。西城秀樹さん=2017年3月、東京都世田谷区 ところで、「脳梗塞リハビリセンター」という名前をお聞きになった方はおられるだろうか。都内で10施設のリハビリを経営しているが、医療機関ではない。完全自費であり、理学療法士が個別対応する。 実は、西城さんが「脳梗塞リハビリセンター」に通い、懸命にリハビリを続けたことは、わが国のリハビリ医療の現状を象徴する出来事だった。本稿では、この問題を紹介したい。 高齢化社会ではリハビリの需要が増加する。脳卒中はもちろん、整形外科疾患から心臓病、がんの手術後まで、多くの疾病からの回復に必要不可欠だ。ところが、厚生労働省は2006年にリハビリを最大180日に制限した。東大の多田富雄名誉教授(免疫学)が主導し、48万人の署名を集めて反対したが、それでも厚労省は押しきった。 2008年10月からは入院後6カ月以内に退院する患者が6割を下回る病院への診療報酬が大幅に引き下げられた。この結果、重症患者の受け入れを断る病院が増えた。今春の診療報酬改定では、急性期を乗り越えた後の回復期リハビリ病棟は3段階から6段階に細分化され、実績によって加算が変動することとなった。重症患者を受け入れる病院はますます不利になる。 さらに月に13単位(1単位は20分)を上限として認められている外来でのリハビリが廃止された。厚労省は外来でのリハビリを介護施設に集約する方針だが、高齢者を対象としたデイケア(通所リハビリテーション)の目的は機能維持だ。脳卒中の麻痺からの機能回復を期待する患者には、充分なサービスを提供できない。 この結果、わが国は「リハビリ難民」であふれるようになった。多くの国民がけがをしたり、脳卒中になっても十分なリハビリを受けることができないでいる。 さらに、わが国の理学療法士は偏在が著しい。医師・看護師と同様に西高東低の形で偏在している。2018年3月現在、わが国の人口1000人あたりの理学療法士の数は0・91人で、上位は高知(2・3人)、鹿児島(1・7人)、熊本、佐賀、長崎(いずれも1・6人)と続く。リハビリで回復する脳梗塞 一方、下位は東京、神奈川、栃木、秋田(いずれも0・6人)、埼玉(0・7人)で、団塊世代が高齢化する首都圏で理学療法士が不足している。このような状況で出現したのが、自費リハビリだ。最近、この業界が急成長しつつある。「脳梗塞リハビリセンター」はその最大手である。 知人のリハビリ専門医は「(西城さんのような)若年患者を中心に維持期の集中的なリハビリのニーズは以前から感じていました。診療報酬上での制約がある病院でのリハビリは、徹底して患者に寄り添うことができず、どこかお茶を濁しているような気がしていました。民間企業の参入は、このような患者にリハビリの機会を提供する事になるかもしれません」と言う。 では、自費リハビリの実態は、どんな感じだろう。具体例を紹介しよう。私が医師として関わった公認会計士の60代男性のケースだ。都内のリハビリ専門病院から退院後、「脳梗塞リハビリセンター」に通院し、リハビリを継続した。彼は「自費リハビリを選んで本当によかった。再び立てる日が来るなんて夢のようです」と振り返る。 この男性は2016年1月、突然の四肢の麻痺と呼吸困難を訴えて、都内の大学病院に緊急入院となった。検査の結果、脊髄膿瘍と診断され、緊急手術を受けた。主治医は「病変が呼吸中枢にまで及んでいました。数時間遅れていれば、亡くなっていました」と説明した。そして術後、集中治療室に控える家族に、主治医は「命の保証はありません。一命を取り留めても、寝たきりになる可能性が高い」と話したという。 術後の経過は医師の言う通りだった。意識こそ回復したものの、四肢は動かず、自発呼吸は不十分で、人工呼吸器に繋がれていた。男性は「呼吸器が外れそうになり、痰が詰まりそうになっても、アラームすら押せません。このまま死んでしまうのか。あのときの恐怖は忘れられない」と回想する。 その後、自発呼吸は回復し、人工呼吸器からは離脱した。男性はツテを頼りに、リハビリで有名な都内の病院に転院した。そこで徹底的なリハビリを受けた。その結果、上半身は動くようになり、介助があれば車椅子に座ることも可能になった。 ただ、半年間のリハビリが終わった段階で、下半身は麻痺したままだった。胸より下にしびれが残り、下腹部に力が入らなかった。座位を維持できず、このままでは公認会計士としての社会復帰は難しかった。 だが、男性の希望は「再び歩けるようになりたい」というものだった。彼は、ありとあらゆる手段を探した。サイバーダイン社が開発したロボットスーツ「HAL」の使用や、神経の再生医療を受けることも考えた。そして、ここで私が勧めたのが、自費のリハビリだった。 彼は藁(わら)をもつかむ思いで「脳梗塞リハビリセンター」に通い、週に2回、1回2時間のリハビリを始めた。当初はペダル付き車椅子に乗っても、左手が安定せず、ハンドルを操作できなかった。下半身に力が入らないため、自分ではこぐことはできなかった。 リハビリが進むにつれ、状態は改善した。さまざまなノウハウも身につけた。「ほんのちょっと手の位置を変えるだけで腹筋の力の入れやすさが、こんなに変わるんですね。病気になる前は気にしたこともなかった」と言う。 最近では、ハンドルを自分で持ち、まっすぐ車椅子を進めることができるまで回復した。「この車椅子が私の愛車です。フェラーリです」と周囲に笑いながら語っている。さらに、支えられながらではあるが、立てるようになった。はじめて立ったときには「自分の足で立っている。この感覚は久しぶりだ」と語った。そして発症から28カ月、この男性は、公認会計士としてすでに社会復帰している。一人で歩けるようになるため、現在もリハビリを続けているという。 自費リハビリによる改善例は、この患者に限ったことではない。「脳梗塞リハビリセンター」は改善事例の動画をユーチューブで公開している。恐らく、みなさんの予想を超えているはずだ。 自費リハビリを受けた患者が回復したのは、医学的には合理的だ。これまで医療保険の都合でリハビリが打ち切られていただけで、リハビリを継続すれば、さらに回復する人がいても不思議ではない。 病院で受けるリハビリより、自費リハビリの方が有利な点も多い。それは、健康保険の縛りがないため、患者のニーズにあわせて、メニューを微調整できることだ。リハビリ期間を延長することも可能になる。あふれるリハビリ難民 「脳梗塞リハビリセンター」で働く理学療法士は「自費リハビリは真剣勝負です。効果がなければ、患者さんは来なくなります。健康保険から費用が支払われる病院と違い、患者さんから費用をいただく自費リハビリでは、理学療法士には大きなプレッシャーがかかります」という。おそらく、このような緊張関係が治療成績の底上げに貢献しているのだろう。 では、どんな患者が自費リハビリを利用するのだろうか。比較的若年の患者が多いのが特徴だ。例えば、ワイズの利用者の71%が60代以下である。西城さんとほぼ同世代である。 脳卒中患者の約6割が70代以上であることと対照的だ。高齢患者は現状の機能を維持することを目標とするのに対し、若年患者は機能を回復し、職場に復帰することを望む。必要とするリハビリは違う。従来の医療保険では、このようなニーズに対応できていなかった。民間企業が試行錯誤することで、多様なサービスの開発が進みつつある。 そして、このような自費リハビリの成長を、厚労省はどう考えているのだろうか。知人の厚労官僚は「診療報酬を抑制し続けなければならない昨今、自費リハビリは厚労省にとってもありがたい」と言い切る。今後、リハビリ難民が増えた際の批判を逸らすために、応援していると言っても過言ではない。 理学療法士及び作業療法士法では、「医師の指示の下、理学療法を行う」ことが原則だが、「侵襲性のない行為については、医師の指示のもとにない理学療法士等がリハビリを行うことは、法令上は名称独占であるので違法とは言えない(前出の厚労官僚)」と解釈を緩和している。 もちろん、自費リハビリにも問題はある。それは費用だ。「脳梗塞リハビリセンター」の1日あたりの費用は1万5000円。これだけの費用を長期間にわたって負担できるのは、西城さんのような一部の富裕層に限られるだろう。 また、安全性についても検証が必要だ。今後、民間リハビリの市場が拡大すれば、低レベルの業者が参入するからである。未熟な理学療法士が、脳卒中後の麻痺で拘縮(こうしゅく)した関節を無理に動かせば、関節を傷つけることもあるだろう。※写真はイメージ(iStock) 前出の厚労官僚は「事故が起こり、メディアが大きく報じれば、厚労省も規制せざるを得なくなります」という。そうなれば、医療機関と連携しているところなど一部を除き、自費リハビリ施設は閉鎖となる。リハビリ難民があふれ、寝たきりの高齢者が増加する。そんな状況は誰も希望しない。 脳梗塞の新規発症者は年間に25万人。高齢化が進むわが国で、さらに患者は増える。この結果、リハビリの需要は急増する。ところが、リハビリの提供体制は脆弱(ぜいじゃく)だ。どうすれば、リハビリを受けることができるか、お上頼みではなく、社会で議論し、新しい仕組みを作っていかなければならない。自費リハビリは、その一例である。 西城さんが亡くなり、脳梗塞のリハビリが国民の関心を集めている。今こそ、地に足のついた議論をしようではないか。

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    ジャニー喜多川もお手本にしたヒデキのアイドル道

    「GO!GO!」と叫んだほうが先だったと言えるだろう。恒例だった西城秀樹の大阪球場コンサート 日本の芸能界では70年代半ばまで渡辺プロダクションの黄金期が続く中、ヒデキが所属していた芸映プロダクションからは、その後、浅田美代子、岩崎宏美、相本久美子、清水由貴子、岸本加代子らがデビューし、芸能界の一大勢力になる。 80年と81年には芸映プロダクションの主催で「HIDEKIの弟妹募集!!全国縦断新人歌手オーディション」が行われ、第1回優勝者の河合奈保子、第2回優勝者の石川秀美は「秀樹の妹」として売り出された。 そして、83年1月には芸映を独立して「アースコーポレーション」を設立。独立第1弾のシングルでは、もんた&ブラザーズのもんたよしのりに自ら作詞・作曲を依頼し、制作された「ギャランドゥ」はヒデキらしいワイルドな曲に仕上がり、代表曲の一つとなる。 さらに91年には、アニメ「ちびまる子ちゃん」の原作者であるさくらももこからオファーを受け、さくらが作詞を手掛けたエンディングテーマ「走れ正直者」を歌い、日本中の子供たちに歌われた。 48歳と56歳の時に脳梗塞で倒れるも、懸命のリハビリを行い、4月までステージに立つなど、最後まで多くの人にとってアイドルであり続けた。ヒデキがいなければ、日本のアイドル文化はどうなっていただろうか。

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    西城秀樹さん 『ザ・ベストテン』の記録に残る偉大な功績

    6日、急性心不全のため死去した。63歳だった。1972年のデビュー以来、ヒット曲を連発した西城さんは芸能界に様々な功績を残した。芸能記者が話す。「1960年代は、まだ『アイドル』という言葉は現在のような使われ方をしていませんでした。1970年代初頭に小柳ルミ子、天地真理、南沙織の『新三人娘』がブレイクし、『スター誕生!』(日本テレビ系)から山口百恵、森昌子、桜田淳子の『花の中3トリオ』が出現したことで、徐々に『アイドル』という言葉が世間にも普及し始めました。その中で、秀樹さんが果たした役割も大きかった」 西城さんは1973年5月発売のシングル『情熱の嵐』で初のオリコンベストテン入りし、続く『ちぎれた愛』は初のオリコン1位を獲得。郷ひろみ、野口五郎とともに『新御三家』と呼ばれ、スターダムに駆け上がった。「当時、アイドルがオリコンベストテンに入ることは至難の業でした。たとえば、城みちるの『イルカに乗った少年』は25位、ずうとるびの『恋があぶない』は13位、太川陽介の『Lui-Lui』は38位が最高位。知名度の高かった彼らでも、オリコンベストテン入りは1度もなし。簡単には破れない難関だったのです」 意外にも西城さんのオリコン1位は『ちぎれた愛』『愛の十字架』『YOUNG MAN』の3曲のみだが、ベストテンには33曲も送り込んでいる。「当時のアイドルはデビュー曲が売れても、1年後にどうなるかわからない状態だった。その中で、デビューから11年間オリコンベストテン入りをした秀樹さんは男性アイドルが芸能界で生きて行けることを証明した」 現在では歌手をデータで評価する場合、オリコンが真っ先に挙げられる。だが、1970年代後半から1980年代にかけては、音楽チャート誌、有線放送、ハガキリクエスト、ラジオチャートの4つを組み合わせて総合得点を算出していた音楽番組『ザ・ベストテン』(TBS系)が最もメジャーなチャートだった。この番組でも、西城さんが残した足跡は大きい。1981年11月、第12回日本歌謡大賞「センチメンタルガール」で放送音楽賞を受賞した西城秀樹さん「満点である9999点を叩き出した唯一の歌手であることは有名ですが、番組開始の1978年から1985年までの8年連続でランクイン。開始時から数えた場合、最多の連続年数出演になります。同時期の歌手と比べると、沢田研二や郷ひろみの5年(1978~82年)、世良公則&ツイスト、アリスの3年(1978~80年)を大きく上回っている。息の長い歌手だった何よりの証明です。通算ランクイン155回は番組史上6位。1970年代以前デビューの歌手では、秀樹さんが1位です」 生涯現役にこだわった男は亡くなる1か月前までステージに立ち続けた。「数年前、ライブを観覧した時、秀樹さんは満足に歩けない状態でした。それでも、ステージ上に作られたスロープを使って、少しでもファンの近くに行こうとする懸命な姿に感銘を受けました。ファンもそんな秀樹さんに惜しみない拍手を送り、ペンライトを振って盛り上がる。ものすごく心温まるステージでした。 その日のライブには『ヒデキ、感激!』のフレーズで一世を風靡したCM『ハウス バーモントカレー』のハウス食品からも花が届いていました。ライブのMCで、秀樹さんが『(カレーの)甘口はあんまり好きじゃないんだよね。ジャワカレーとかボンカレーのほうが好き』と言うと、会場は爆笑に包まれていました。秀樹さんなりのリップサービスだったんでしょうね」 亡くなっても、西城さんの残した功績や楽曲は永久に残る。ファンがこれからも歌い継ぐことが最も良い供養になるはずだ。関連記事■ 西城秀樹さん 歌手復帰目指した“不屈のリハビリ生活”■ 西城秀樹 脳梗塞から復活ライブで「ジャワカレー好き」発言■ 野口五郎 「日本語で歌っている歌は全部歌謡曲でいい」■ G投手ヤングマン 球場で『YMCA』聞ける日は来るのか?■ 「1987年の河合奈保子」秘蔵写真に石破茂氏が感慨

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    西城秀樹 脳梗塞から復活ライブで「ジャワカレー好き」発言

     10月15日、歌手・西城秀樹(59)が東京・中野サンプラザでコンサートを行なった。2003年、2011年と2度の脳梗塞を発症しながらも、ステージに立ち続ける秀樹に、ファンはペンライトを片手に大声援を送り続けた。 もともと、コンサートにおけるペンライト使用は、西城秀樹のファンが始めたものと言われている。その元祖であるためか、ファンには今も欠かせないコンサートグッズになっており、中野サンプラザは赤、青、緑の綺麗なサイリュームで埋め尽くされた。 横に振るだけでなく、2つのペンライトをグルグル回す観客を見た秀樹は、コンサート開始直後のMCで、「ペンライトを振り回すのはウチくらい。外でやらないでね。恥ずかしいから(笑)」と話し、会場の笑いを誘った。 秀樹は、右半身麻痺の後遺症が残るため、思うようには歩けず、曲の半分近くは椅子に座って歌う体勢を取った。それでも、アップテンポな曲になると、ステージに作られたスロープを伝いながら、若干、足を引きずりつつ動き回るシーンもあった。秀樹の渾身のパフォーマンスに、ファンは惜しみない拍手とペンライトによる応援で盛り上げた。 この日のコンサート会場には、とんねるずの木梨憲武やベッキー、ダイヤモンド☆ユカイ、大林素子などの有名人に加え、かつてCM出演をしていたハウス食品からも花が贈られていた。「ヒデキ、感激!」のフレーズで有名な『ハウス バーモントカレー』のCMは、西城秀樹の代表作のひとつと言っても過言ではない。ところが、秀樹はMCで意外な発言をした。「(カレーの)甘口はあんまり好きじゃないんだよね。ジャワカレーとかボンカレーのほうが好き」2003年7月、最初の脳梗塞から復帰し、記者会見する西城秀樹さん もちろん、秀樹なりのファンサービスとしての発言だろうが、これには会場も爆笑。MCでは、「体のことは心配するな」と言わんばかりに、ギャグを織り交ぜ、ファンを楽しませた。 誰もが知る大ヒット曲『YOUNG MAN(Y.M.C.A.)』では、Y.M.C.A.のポーズで会場が一体となった。最初、秀樹のY.M.C.A.の振りは小さめだったが、回を追うごとに徐々に大きく手を広げるようになる。ファンの声援が、秀樹の手を動かしたのだ。 ラストの曲を歌い終えると、何度となく「ありがとう!」と絶叫した秀樹。右半身麻痺の後遺症の残る体ながらも、一生懸命ステージで歌う姿に、何人ものファンが「ありがとう!」と感謝の叫び声をあげた。関連記事■ 深田恭子「こんな役柄はNG」でドラマ監督降板 現場ピリピリ■ 清原和博氏 自宅差し押さえでウィークリーマンション転々か■ 杉良太郎の「密室演技指導」 22歳清純派女優が決意の告白■ SEKAI NO OWARIに近隣住民「出て行け」三宅裕司にとばっちり■ 故TENNさんの母 妻・上原多香子に「息子の骨渡せん」の理由

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    「おっさんアイドル」山口達也の悲哀は私にも分かる

    2008年に結婚し二児の父親だが、2016年に離婚している。 仕事面では、ジャニーズ事務所という大手芸能事務所に所属してTOKIOという人気グループのメンバーとして活躍している。その意味では大手企業に所属しているような気持ちもあったのかもしれない。記者会見で山口が「TOKIOに席があるなら戻りたい」と言ってしまう姿は、どこか自分よりも会社やチームに自分のアイデンティティーを置いているようにみえた。 筆者の仕事はドラマレビューが中心なので、俳優として活躍する長瀬智也や松岡昌宏については演技の力量や人気はある程度理解できるのだが、バラエティーを主戦場とする他のメンバーについての分析をするほどの知識は持ち合わせていない。 山口に関しても『ザ!鉄腕!DASH!!』を時々見るくらいで、彼の外見以外の能力についてはよく知らない。多分、世間一般の評価もそんなものなのだろう。おそらく、そのことに一番おびえていたのが山口自身だったのではないだろうか。 30代で自分に何もないと気づいたのなら、音楽や演技の勉強を改めてすることで自分を磨くか、芸能以外の仕事に活路を見いだしてリタイアすることも考えるだろう。だが、山口が不幸だったのはTOKIOとしての人気はとても高かったことだ。 3・11以降は福島農産物のイメージキャラクターとしても活躍しており、社会的信用を得ていたのは事実である。彼の酒癖の悪さや女癖の悪さが生来のものなのか、芸能の仕事をはじめてからなのかは分からないが、どうも報道をみていると、自分自身のタレントとしての現実に直面することから逃げた結果、依存症的に刹那の快楽におぼれ、思考停止してしまったように見えて仕方がない。  一方、記者会見に登場したTOKIOを見たときに思ったのは「全員、見事におっさんになったなぁ」という感想である。会見する(左から)長瀬智也、国分太一、城島茂、松岡昌宏=2018年5月2日、東京都千代田区(三尾郁恵撮影) 最年少の長瀬智也がすでに39歳で、残り3人は40代なのだから当然といえば当然なのだが、記者会見で見せた山口達也の子どもっぽい姿とはまるで対照的だと思った。 誤解を恐れずに言えば、TOKIOの会見は完璧だったといえる。山口に対する厳しい意見の中に見える仲間として責任を取ろうとする姿勢、何より被害者となった未成年の女性に対する配慮が見事であった。松岡昌宏が山口に対して「あなたは病気です」と指摘した辛辣な発言や、「アルコール依存症の診断が出ていない」という報告はファンならずとも一番知りたかった衝撃の事実だったに違いない。 TOKIOに対する意見に同情的なものが多く、彼らの人気失墜につながっていないのは、この会見があまりに見事だったからだろう。非難されているのは、彼らを会見の場に登壇させたジャニーズ事務所と山口達也に対するものがほとんどである。大企業の謝罪会見ですら、謝罪自体が被害者に対するセカンドレイプになっているかのような無神経なものが多い中で、どこを切り取っても一部の隙もない完璧な会見だったと言える。 しかし、だからこそ思うのは、最終的に山口を追い詰めてしまったものは、この会見で見せたTOKIOの持つ「完璧さ」そのものだったのではないかということだ。おっさんの孤独 あの会見で筆者が何より感動したのは、どれだけ彼らが厳しい意見を言っても、彼らが「山口を見捨てない、何ならアルコール依存症が治るまで責任を持って面倒をみる」と言っているかのよう感じたからだ。 山口が事務所を退所した今となっては、過大評価だったのかもしれないが、いくら厳しいことを言っていても、山口に対しては「俺はお前を見捨てない。だからまずは治療に専念しろ」と言っていたのなら、山口が復帰するかどうかは別にして、チームとしてのTOKIOは完璧だと思う。 だが、あれだけ見事な会見ができたなら、なぜ、山口の問題を事前に察知して「お前、しっかりしろよ」と言えなかったのか。同時に山口もなぜ、他のメンバーに自分の悩みを相談できなかったのか。退院後に山口が本来連絡すべき相手は、未成年の女子高生ではなく、TOKIOのメンバーであるべきだったはずである。 もちろん46歳の大人なんだから、余計なことは言えないという付き合いもあるだろう。だが、そこで踏み越えて思ったことを言い合える関係が山口達也と他のメンバーの間に出来上がっていたら、事件の顛末は違ったものになっていたのではないだろうか。 ここに筆者は40代以上の日本の中年男性の抱える哀しみをみてしまう。彼らには自分の弱い心を吐き出せる相手がいないのだ。 それにしても、これだけたくさんの報道が出ているのに、いまいち像を結ばないのが、山口達也の内面である。結局彼がどういう理由で未成年の女性を呼び出したのか。こうなるまでに彼がどういった心境で生きてきたのか。もっとたくさんの論点があるはずなのに、どれだけ情報が出ても、山口達也という一人の人間のパーソナリティーが浮かび上がってこないまま、周辺の情報だけがどんどん肥大している。そもそも事件を語る多くの人が山口個人について全く関心を持っていないようにみえる。(画像:istock) 山口を「悲劇の主人公」として語ってしまうことで、中年男性が仕事上の立場を利用して未成年の女性に対して行った性的暴力を免罪するようなことがあってはならないという気持ちが、彼の内面に踏み込むことを躊躇(ちゅうちょ)させているのだろう。TOKIOの今後を心配する声と、被害者女性を心配する声の間で、山口達也本人の問題を語る言葉が、どんどんかき消されていっているように感じる。 今、山口の内面にフォーカスを当てるのは時期尚早なのかもしれない。しかし、アイドルとして働く46歳の中年男性が抱えていた不安や恐怖、あるいは孤独の根幹を理解することができなければ、この問題の本質にはたどり着けないのではないか。しかし、世の中で一番どうでもいいものとして扱われているのがおっさんの内面だから、そこが語られることは今後ないのかもしれない。何より不幸なのは、おっさんの不安や孤独を言語化することを一番阻害して、無自覚に封じ込めているのが、当事者であるおっさんたちなのだ。 だから、山口にはいつか自身が抱えていた不安や孤独を自分自身の言葉で語ってほしいと切に思う。

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    山口達也「TOKIO脱退」が仰々しい

    未成年女性への強制わいせつ容疑で書類送検された人気アイドルグループ、TOKIOの山口達也がジャニーズ事務所を退所した。本人の酒癖と女癖の悪さが仇になったとはいえ、メンバー全員が謝罪会見したり、連日大騒ぎするほどのネタだったのか。iRONNAでは少し冷静に、この問題を掘り下げてみたい。

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    山口達也を結果的に追い詰めたジャニーズ「損失回避」の心理

    れはその後も続いた。山口本人の会見に弁護士が同席し、被害者側のコメントが読み上げられたり、自ら今後の芸能活動への希望を述べたのである。改めて会見や質疑を分析しても、事務所レベルで影響性を考慮し、内容を精緻に用意したようには感じられなかった。 またTOKIOメンバー4人の会見にしても、やはり事務所関係者が同席すらしていなかった。これでは、メンバーの心理的混乱と、具体性を欠く事後対応、今後の処遇の不透明さのイメージだけが残っただけに終わった。一部では「同情を買おうとしているのでは」との臆測を生む結果まで伴った。 もちろん、山口を擁護しているとも取れるコメントを発信する有名人や、マスコミの論評もわずかながらあった。TOKIOのファンの中にも、擁護や励ましはもちろんのこと、被害者を批判する向きもあっただろう。山口達也の契約解除に関して、ジャニーズ事務所が報道機関に送った文書 もし、この一部の動きが山口本人や事務所関係者の耳にも入っていたとすれば、多面的影響を考慮した冷静な対応からますます逸脱していく。 人は危機的な状況に陥れば陥るほど、自分に都合の良い情報だけを集める習性がある。この「確証バイアス」により、山口や事務所が損失回避感情をさらに強め、半ば自分の内面では言い訳ばかりが先に立ち、失敗を正面から受け止める心理からは遠ざかっていった可能性がある。 世論による激しい批判にも関わらず、時間をかけて本人の会見、メンバーの会見と段階的に後手後手で対応せざるを得なかった事務所の手法は、最終的に退所の報告まで続くこととなった。「何でもできる」事務所のおごり 退所のファクスには、事務所が山口の今後を支えていくと記載されている。もちろんこれは、事務所を退所するとはいえ、長年育ててきた所属タレントの行く末に責任を持つという意思の表れとも受け取れる。 しかし、この報告は果たして必要だったのか。批判的に見れば、あたかも山口が保護されるべき存在のように印象付けているようにも思われる。そこにはやはり事務所が厳罰を望む世論を正面から受け止め切れていない甘えも感じられる。さらに言えば、事務所幹部のジャニーズに対する過大な自己評価や、「自分たちは何でもできる」というプライドやおごりのようなものも垣間見えさえするのである。 ただ、山口の今後や更生についても、もちろん考えていかねばならない。これは、彼の立場に立った加害者保護のためでも、単なる理想論でもない。何よりも、再犯とそれに伴う新たな被害者が生まれないために必要不可欠な視点である。 そこで、既に多数報じられている「アルコールに関わる問題」が大きな観点となる。そもそも論で言えば、私は事務所を含めた周囲の身近な人間が、山口のそのネガティブな心理や行動上の問題に、長年直面化してこなかった経緯がうかがわれる。 山口本人の会見では「自分はアルコール依存症ではない」と言及していた。一方で、メンバー4人で行った会見では、松岡昌宏が「自分たちは依存症だと思っていたが、複数の病院を受診した結果、診断書には依存症と書かれていない」ことを明らかにした。 しかし、彼らの認識をもって「山口がアルコールに依存的になっているわけではない」と言い切ることはできない。ただ、肝臓の治療のため入院していたことの背景に、過去の多量の飲酒経験があったことは明白である。「依存症ではない」と自分の症状を否認することは、依存状態において典型的な心理でもあるからだ。 さらに言えば、診断書というものは、あくまでも本人や家族の申し出があって書かれるものである。仮に当事者や関係者が記載されたくないことがあれば、主治医がそれを全く考慮しないことは少ない。つまり、医師の症状の見立てが率直に反映された書類かどうかについて検討の余地があるのだ。 ただし、診断基準からみて山口が「アルコール依存症」にあたる症状を有していると推測できるかといえば、そうとは言い切れない部分もある。実は、アルコール依存症の診断のハードルは高い。専門医でなければ診断されなかったり、行動レベルでは依存症と見立てることができても、厳格な基準を当てはめると診断には該当しない例も多数あるからだ。 とはいえ、精神疾患の最新診断基準である「DSM-5」からみると、山口は「アルコール使用障害」にあたると考えるのが自然である。この新しい概念には、依存と乱用の線引きをなくせば、早期介入が役に立つ可能性があることを示唆している。 また、「依存症」という言葉に人格的な偏見がつきまとうのに対して、「使用障害」ならスティグマ(負の烙印)になりにくいというメリットが考慮されてのことでもある。ただし「依存症ではない」とみなされ、ある意味で症状が軽視されるリスクもはらんでいる。「損失回避」の心理 もし、このことが、山口本人が自身の状態を判断したり、事務所幹部が処遇を検討したりする上で影響していたとすれば、山口のアルコールに関わる問題は軽視され過ぎていたと言わざるを得ない。 日本は欧米に比べ、飲酒やそれにまつわる失敗談に寛容な国である。違法薬物のように、摂取自体が違法ではないという事情もあるだろう。ただ、お酒が非常に好きであることが本人の「嗜好(しこう)」として広く認知されていたり、「アルコールによってストレスを解消している」と判断されたりすると、周囲がそれを継続的にとがめたり、断罪することは少ない。 現に、TOKIOのメンバー4人も20年以上の関係性の中で山口の酒癖については十分に理解していたはずだ。それでも、彼の行動を改善できなかったのは寛容性の裏付けでもある。もちろん、いくら親密な関係性であっても、いわゆる「依存状態」に対して専門性を持たない周囲の働きかけが機能するとは限らないので、メンバーでも限界はある。 しかし、タレントを管理する立場の事務所はどうか。城島は4人の会見で、現場に二日酔いの状態で現れたり、アルコール摂取の影響で、収録に支障をきたすこともあったと明らかにしていた。とすれば、事務所がこういったトラブルを把握していなかったことは考えづらい。 山口のアルコール問題を「嗜好」と軽視せずに、周囲が早くから警告して、自分自身と向き合わせたり、場合によっては休養や謹慎をさせて治療に専念させることもできた可能性が十分にあったのである。にもかかわらず、その判断に至らなかったのには、事務所の「事なかれ主義」や、先に挙げた「損失回避の心理」、彼を商品としてみる向きが強すぎたことが、背景にあったのではないだろうか。 今回の「脱退」「退所」という判断がなされたタイミングを見ても、相応の時間を要していたことは明らかであるし、国民的に絶大な人気を誇るTOKIOの会見や状況の推移に対する世論の反応を見て、あわよくばグループへの所属や活動の継続をさせたいと考えていたとも推測できる。2018年5月2日、山口達也の不祥事を受けて会見するTOKIOの(左から)城島茂、松岡昌宏(寺河内美奈撮影) それが逆に本人を心理的に追い込むことになったり、孤立させることになっている現状は、決して望ましい結末とはいえない。生活行動上の問題の改善には、言うまでもなく健全なメンタリティが残されていることが必須である。依存症の治療においても「孤立」は最大の禁忌といえるからだ。 2000年代以降、依存症の心理の中核を占めるのは「自己治療仮説」といって、「依存の背景には生活上、人生上の何らかの苦痛や不安があり、それを自己の行動によって減少・緩和させている」というものだ。孤立は、さらに苦痛を強めることが分かっており、最悪の場合には自死もありうる。 所属事務所の「退所」という判断が、不確実な彼の病理に対する理解と、厳しい世論を100%甘受しない消極的なものだったとすれば、文書で示された「山口の今後への責任」に実効性が伴っているかについては著しい疑問が残る。 つまり、「脱退」「退所」という決断自体は是認されうるものだが、背景の心理やそれに基づく具体的な行動プランが妥当かどうかは、一考を要するものなのだ。事務所の多大な功労者に対する、大きな決断を意味のあるものにするために、経営論理と感情論、偏った状況理解を抜きにした問題への直面化を期待したい。

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    山口達也「アルコール依存とセクハラ」はどれほど深刻だったのか

    斉藤章佳(精神保健福祉士・社会福祉士) 最近、日本の本丸といえる財務省と、芸能界の本丸といえるジャニーズ事務所が炎上している。いずれも、共通しているのは「男性優位社会」の中で起きたアルコール問題に関連する性暴力(セクハラ)である。 世界保健機関(WHO)は1979年に健康問題、職業問題、事故、家族問題、犯罪を引き起こす飲酒を問題飲酒と定義している通り、問題飲酒と犯罪には古くから親和性があり、これは影山任佐氏の名著『アルコール犯罪研究』(金剛出版)に詳しい。 特に、筆者は性犯罪者の地域社会内での治療を日本で先駆的に実践してきた経験から、アルコールが引き金になる性犯罪のケースを数多く見てきた。本稿では、この「アルコール関連問題」と「性暴力」という二つの観点から、TOKIOのメンバーだった山口達也の件について私論を述べたい。 まず、アルコールに関する治療(恐らく内科治療)目的で約1カ月入院したことを山口本人が明らかにしているため、アルコール依存症の診断基準を見ながら彼の深刻度について考えたい。尚、本稿ではアルコール依存症を「アルコール使用障害」と同等の意味で用いることを最初に断っておく。 そもそもアルコール依存症の定義はさまざまだ。筆者は「酒をやめざるえない状況に追い込まれた人」という、精神科医で評論家だった故なだいなだ氏の定義を用いるが、精神科の依存症治療で使われている最新の診断基準であるDSM-5(精神疾患の分類と診断の手引き)によると、アルコール使用障害は、11ある項目の中で2つ以上が12カ月以内の間に当てはまる場合に診断される。※写真はイメージ(iStock) 以下、参考までに診断基準を掲載する。① アルコールを意図していたよりもしばしば大量に、または長い期間に渡って使用する。② アルコールの使用を減量または制限することに対する、持続的な欲求または努力の不成功がある。③ アルコールを得るために必要な活動、その使用、またはその作用から回復するのに多くの時間が費やされる。④ アルコールの使用に対する渇望・強い欲求または衝動。⑤ アルコールの反復的な使用の結果、職場・学校または家庭における重大な役割の責任を果たすことができなくなる。⑥ アルコールの作用により、持続的あるいは反復的に社会的、対人的問題が起こり、悪化しているにもかかわらずその使用を続ける。⑦ アルコールの使用のために、重要な社会的、職業的または娯楽的活動を放棄、または縮小させていること。⑧ 身体的に危険のある状況においてもアルコールの使用を反復する。⑨ 身体的または精神的問題が、持続的または反復的に起こり、悪化しているらしいと知っているにもかかわらず、アルコール使用を続ける。⑩ 耐性、以下のいずれかによって定義されるものa. 中毒または期待する効果に達するために、著しく増大した量のアルコールが必要。b. 同じ量のアルコールの持続使用で効果が著しく減弱。⑪ 離脱、以下のいずれかによって定義されるものa. 特徴的なアルコール離脱症候群がある(アルコール離脱の基準AとBを参照)。b. 離脱症状を軽減したり回避したりするために、アルコール(またはベンゾジアゼピン等の密接に関連した物質)を摂取する。 以上の全11項目を見る限り、山口には複数の項目が該当するのが分かる。具体的には、山口は飲みすぎて仕事などに支障をきたしており(①に該当)、周囲からアルコール問題を指摘されていた(②に該当)。退院してすぐの大量飲酒(④に該当)。アルコール性肝障害の診断もあり(⑨に該当)、焼酎を相当量飲んでいたということから、以前と同量の飲酒量では酔えない「依存物質への耐性」がみられる(⑩に該当)といったものだ。「イネーブラー」の落とし穴 筆者は精神科医ではないため、診断や処方をすることが仕事ではないが、客観的に見て山口が診断基準を満たしているのは明らかである。ただ、ここで不可解なのは、TOKIOメンバーの松岡昌宏も記者会見で述べていたように、「メンバーから見ても明らかに『アルコール依存症』だと思ったが、どの病院でもそのような診断がされなかった」という点である。 筆者はTOKIOメンバーの一連の発言を聞いてピンときた。アルコール依存症治療の現状として、専門的な治療につながるまで「アルコール依存症」という診断がつかず、内科などの病院から紹介されてくる例が多いからだ。 そのほとんどは、アルコール性肝障害やアルコール性膵(すい)炎、肝機能障害などの内科疾患病名がついている。そして、その多くが長い間内科病院の入退院を繰り返している。つまり、内科医療機関が「イネーブラー」(何らかの依存症にある人物に対して、その依存状態を支えてしまう人)の役割をしてしまっているというパターンだ。 例えば、一般的な医療機関では、仕事を普段通りしている人にアルコール依存症と診断しないことが多い。内科医なら上記の病名で、一般精神科なら「鬱病」「適応障害」「不眠症」になったりすることがある。このようなアルコール問題への適正診断ができない理由は以下の通りである。 まず、アルコールを含む依存症全般について、医師の理解不足が上げられる。内科では、身体疾患や臓器を治すことが中心となり、就労を継続できているならまだ依存症ではないと認識されることが多い。 そこでのアドバイスは「しばらく酒を控えるように」「肝機能の数値がよくなるまで酒はやめてください」という内容が多く、筆者の経験では飲酒する習慣のある医師ほどアルコール問題に寛容な傾向があると感じている。 また、本人が診察で実際の飲酒量や、飲酒に起因する身体的症状を過少申告するため、問題飲酒の正確な実態が明らかになりにくい事情もある。アルコール専門医療機関では、本人が酒をやめなければならない状況に追い込まれているため、かなり進行した状態で家族や関係者が引っ張って受診させることが多く、そこで正確な飲酒実態が明らかになる。何らかの問題が表面化することで本人も問題飲酒を自覚する、つまり治療への説得がしやすくなるのである。※写真はイメージ(iStock) さらに、「アルコール依存症」という診断名をつけてしまうと、昔からある「アル中イメージ(意志が弱い、だらしない)」から、社会的な偏見や不利益を考慮して、内科医がアルコール依存症と診断することに躊躇(ちゅうちょ)してしまい、本来のアルコール問題に介入できないという構造的な課題もある。 このように、援助者がイネーブラーの役割を担ってしまうことを「プロフェッショナル・イネーブラー」と私たちは呼んでいる。本来は、患者の治療やケアのための行為が、実は依存症の実態を知らないために病気の進行のお手伝いをしてしまうという逆説的な状況になる。誰のための支援なのか、ということをわれわれは自戒する必要がある。 以上の点を踏まえれば、山口にアルコール依存症という診断がなされなかったのは間違いないようだ。「酒の席だから」は許されない また、今回の一件で筆者が特に懸念していることがある。それは、この一連の事件が山口のアルコール問題に矮小(わいしょう)化され、飲酒して病的酩酊(めいてい)だったから強制わいせつにあたる行為は仕方ないという論調の報道が一部でみられたからである。 いわゆる「酒の席だから…」という日本古来の発想であり、そこに飲酒者の行為責任や被害者は存在しない。また、男性(上司)からのセクハラ行為に関しても「酒の席だから…」という言い訳が肯定されがちで、翌日問い詰めると飲んでいたから覚えていないというエピソードも多い。 酒席での男性(上司)から女性へのハラスメントは、酒を理由にあたかもその行為が容認されるという価値観がいまだに存在している。これは、女性への性差別の問題とも関連しており、性犯罪を性欲の問題に矮小化することで、性暴力の本質が見えなくなる構造と非常によく似ている。 ここに、この問題の難しさがある。つまり、社会に存在する偏見や歪んだ捉え方(認知の歪み)に同調することで、自らの責任性を追及される恐怖を回避したいという多くの人の願望が集約された心理が読み取れる。 だが、コントロール障害をきたしている要因は飲酒の仕方であり、そこから派生する問題が今回の性暴力であって、同質のものではない。そして、言うまでもなく過剰な病理化は本人の行為責任を隠蔽する機能を持っている。 そもそも、嗜癖モデルには被害と加害のパラダイムはなじみにくい。アルコール依存症という疾病モデル(ケア)と、性犯罪やDV(ドメスティックバイオレンス)の加害者更生という司法モデル(行為責任)を統合した捉え方が必要になるだろう。 つまり、病気のケアという視点に加えて、加害行為に責任を取るという視点が不可欠である。加害者更生プログラムにおける「加害行為に責任をとる」とは、①再発防止責任、②説明責任、③謝罪と贖罪(しょくざい)の3点を含んでいる。これは、企業内のセクハラやその他のハラスメント研修にも応用できる視点である。 本稿では文字数の関係から3点の詳細な説明は避けるが、詳しくは筆者が執筆した日本初の痴漢の実態を明らかにした専門書『男が痴漢になる理由』(イースト・プレス)を参考にしてもらいたい。 では、上記の3点を踏まえ、山口は「加害行為に責任をとる」ということを前提にこの問題に向き合おうとしているだろうか。また、親であると公言しているジャニーズ事務所は、このような視点を持って今回の問題に対処しようとしているだろうか。答えはすぐに出るものではないが、これから被害者と向き合っていく上で参考にしてもらいたい姿勢である。記者会見する山口達也=2018年4月、東京・紀尾井町 結果的に、山口はTOKIOメンバーと話し合った末、事務所を退所するという選択をした。これ以上、TOKIOの仲間や育ててくれたジャニーズ事務所に迷惑をかけたくないという中での決断だったのだろう。 そこで最後に考えたいのは、果たして山口は事務所を辞める必要があったのかということだ。この質問には賛否両論あるだろうし、外野の筆者がとやかく言うことでもないかもしれない。 ただ、重要なのは、元財務事務次官のセクハラ問題のように「辞職」だけでは加害行為の責任を取ったことにはならない点である。ましてや、本件には未成年の被害者がいる。山口がアルコール依存症かどうか、つまり病気かどうかは被害者にとっては関係ない。今後、山口に求められるのは、本格的なアルコール治療に取り組むことはもちろん、「加害行為に責任をとる」ことに向き合いながら、被害者が納得のいく生き方を模索していくことだろう。

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    「福島がTOKIOを応援する番」ツイッターで賛否両論

    への迷惑行為を推測させる内容、妊婦や生理用品への執着を感じさせるツイートも繰り返され、人気商売である芸能人がつぶやく内容とは思えないものばかり。「#今度は福島がTOKIOを応援する番だ」に賛否 さらに、「韓国人ビンタしたんでお金下さい」「韓国人と中国人は見下してる」といった人種差別も。この俳優が活躍する舞台は国外にも女性ファンが多く、ツイートを翻訳した海外ファンからも批判の声が上がった。 俳優は批判するファンをブロックし、これまでコメントを出していないが、舞台降板を望む声も多い。中には「若かったころのことだから」と擁護の声もあるが、ツイッター上のファンには広く知れ渡ってしまったと見られる。 声優ファンの炎上と同じく、内輪ノリで「毒舌」や「下ネタ」を楽しんでいるつもりだったのだろうが、代償は大きい。若気の至りとはいえ、何が彼を、そこまで異様なツイートに駆り立てたのだろう。 4月30日、某有名コピーライターが発したツイートが物議を醸した。内容は、「『人間以上の倫理感』が、いま人間に要求されているのではないか。いま人に要求されている『正しさ』は、ほとんどの歴史的宗教よりも厳しいのではなかろうか」。 前後のツイートとのつながりはなく、その後の本人の説明もないため、何についての言及かは不明だが、時期的に山口達也の強制わいせつ事件や、元財務事務次官のセクハラ問題顛末などを意味しているのではないかと推測されている。 GW中に武田鉄矢が山口の事件について「昨今、世の中の透明度がよくなるのはいいけど、世間の空気に栄養がない」「あまりにもみんな、清潔なものを求めすぎている」と発言したことと意味が近いと並べるツイートも散見する。 本人の言及がない以上、何を念頭に置いてのツイートなのかはわからないが、倫理観は人類の進化とともに磨かれていくものと考えれば、どの時代の宗教よりも正しさを求めているというのは、正解なのかもしれない。ただ、それは否定的に語られることなのだろうか。(iStock) もちろん、自分の感覚をフォロワーにふわっと共有したかっただけなのだろうから、ツッコミも野暮かとは思う。何についてのツイートかの説明がないのに、「そう思います」「その通りです」と追従できるフォロワーたちは、とても敬虔な信者に見えた。 「#今度は福島がTOKIOを応援する番だ」。TOKIOの連帯謝罪会見を見た人たちから生まれたハッシュタグだ。復興のためにTOKIOが尽くしてくれた恩返しに、TOKIOの窮地を救いたい気持ちの表れなのだろう。 長くなったので少しだけ。TOKIOを応援する人の中で好意的に大拡散されている一方で、案の定、ハッシュタグを使った被害者バッシングも行われている。このハッシュタグについて感想を求められたときに非常に慎重な言葉選びを迫られ、困るのはTOKIOなのではないか。被災地に送られ持て余される千羽鶴を見る気持ちになる。

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    山口達也が即解雇にならなかった、本当の理由とは

    まで完備。スパトリートメントやアロママッサージの施術を受けることもできる。「都心からも離れ、政治家や芸能人が人目を忍んで入院したい時に使われることが多い隠れ家的なVIP病院です。2年前、強姦致傷の疑いで逮捕され(不起訴処分)、釈放された後に高畑裕太(24才)が心身の不調で入院し、母・淳子が連日通いつめた場所でもあります」(医療関係者) その病院の4階の一室で、失意の山口はほとんど外界との接触を絶って極秘入院していた。「後悔」という言葉では言い表せない責め苦。しかし、長年背負ってきた“病の十字架”をやっとおろすことができる―そんな思いも彼の胸に浮かんだのではないか。 山口は6日、病院からジャニー社長に直接電話をして、「TOKIOを辞めたい」と強い辞意を伝えたという。「その日、城島茂さん(47才)がジャニー社長に山口さんの辞表を提出しました。本人の辞意もふまえ山口さんとの契約を解除することが決まり、その日の夜に発表されました」(スポーツ紙記者) 発端は今年2月12日。山口は自身が司会を務める『Rの法則』(NHK Eテレ)で知り合った女子高生2人を自宅マンションに呼び出し、強引にキスを迫ったことに始まる。 その後、女子高生が警視庁に被害届を提出。3月末に刑事が山口宅を訪れて3度の事情聴取をしたが、山口が事務所に報告したのは4月16日だった。4月25日にNHKの報道でようやく事件が明らかとなり、他のメンバーは初めて何が起きたかを知った。TOKIOの山口達也が強制わいせつ容疑との一報を受け、ジャニーズ事務所前には報道陣が集まった=2018年4月25日、東京都港区(桐山弘太撮影) 翌日、山口が謝罪会見を開き、5月2日には、城島、国分太一(43才)、松岡昌宏(41才)、長瀬智也(39才)のメンバー4人が緊急の会見を開いた。  松岡はその場で、「正直、あなたは病気です」と山口に直接伝えたことを明かした一方で、複数の病院で、「アルコール依存症という診断はなかった」と話した。山口達也の本当の病名 この騒動は不可解な点がまだ多く残されている。なぜ山口は肝臓を休めるための入院から退院したその日にすぐに酒を口にしたのか。それなのになぜアルコール依存症ではないのか。山口の酒癖の悪さは業界の一部では有名だったというのに、なぜ手が打たれなかったのか。打てなかったのか。なぜ事務所はすぐに事件を公表し、山口を解雇しなかったのか。なぜ事務所はすぐに辞表を受理せず、少し経ってから、契約解除にしたのか。それらの疑問を解くカギは、山口の「本当の病名」にある。「山口さんはアルコール依存症の疑いがあると報じられていますが、本当の病名は『双極性障害』、いわゆる『躁鬱病』だそうです。マライア・キャリーも先日、17年間も双極性障害に苦しんでいると初告白しました。日本で『鬱病』の患者数は500万人いるといわれています。山口さんももう6〜7年は前から苦しんでいるそうです。この病気のため精神が不安定になったことが、今回のさまざまな出来事の根幹にあります」(音楽業界関係者) メンバーが会見する前々日の4月30日、都内の高級ホテルの一室にTOKIOが勢ぞろいした。事件発覚後、初めてのことだった。「4人が先に集まり、今後のことを協議していたところ、入院中の山口さんが合流して1時間半ほど話し合いました。入院先の病院で情報を遮断されていた山口さんは世間の厳しい声やメンバーの反応を一切知らず、事の重大さを理解できていなかったところもあった。そのことに苛立ちを隠せないメンバーもいたそうです」(芸能関係者) だが、その場でメンバーが必要以上に山口を責めることはなかった。なぜなら、全員が山口が何に苦しんできたかを知っていたからだ。画像はイメージです(iStock)「長年にわたる躁鬱苦で山口さんの精神が弱りきっている上に、今回の事件で彼の心は完全に壊れていた。“自ら命を絶ってしまわないか”と周囲は本気で心配していました。だからメンバーは追及できなかった。事件発覚後すぐ解雇しなかったのも、ショックのあまり突発的なアクシデントが起こることを恐れたからです。そのため、拙速に対応するのではなく、山口さんが辞表を提出してからも時間をかけて、最後に自らの決断で身を引くかたちにしたんです」(前出・芸能関係者)  事務所が幕引きに時間をかけたのは、未成年の被害者に配慮したからでもある。「女子高生の保護者が“誰一人の未来もこの事件によって奪われてほしくない”というコメントを出しました。そこに気を遣ったようです。国民的人気グループのメンバーである山口さんが不本意な形ですぐにクビにされれば被害者の女子高生が責められてしまう風潮になりかねません。実際、ネット上では被害者を特定し、“数千万円の示談金をもらった”との根も葉もない中傷が飛び交っています。風評被害を最小限にするため、山口さんが納得した上で契約解除し、今後も事務所がサポートする方向にすることがベストでした」(前出・スポーツ紙記者)関連記事■ 山口達也 ”VIP病院”への極秘入院姿を撮った■ TOKIOの4人が怒り隠さなかった「山口達也の無責任な行動」■ 二宮和也&伊藤綾子 車中の初ツーショット写真を公開■ 山下智久 Nikiとのハワイ1週間ラブラブバカンスの様子■ チュートリアル徳井、チャラン・ポ・ランタンももと自宅デート

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    TOKIOメンバーによる「自己開示」会見を心理士が分析

     臨床心理士・経営心理コンサルタントの岡村美奈さんが、気になった著名人をピックアップ。記者会見などでの表情や仕草から、その人物の深層心理を推察する「今週の顔」。今回は、TOKIOのメンバー4人による会見の内容を分析。 * * * 画面を通しても張り詰めた空気感が伝わってきたTOKIOのメンバー4人の記者会見。山口達也さんが起こした事件に、4人は「連帯責任」を強調して、「山口の責任はTOKIOの責任」「自分たちでできることを精一杯やる」と揃って謝罪する道を選んだ。会見が終わる頃には、彼らに対する同情と応援する気持ちが強くなったが、同時に多くの人に違和感を抱かせたのも確かだ。 4人は揃って何度も深々と頭を下げ、甘えた感情を見せた山口さんのことを厳しく叱責するという姿勢を貫き、グループとして謝罪の気持ちを強調した。松岡昌宏さんが「聞かれたことは、すべてお答えしようと思っていますので、なんでも聞いてください」と前を向いて言い切ったように、会見は関係者やファンが知りたかったことを、自分たちの言葉できちんと説明する場でもあった。 辞表を託されたというリーダーの城島茂さんは、「辞めてくれと言えない私たちがいた」と眉間や額に大きく深くシワを寄せた。葛藤と苦悩がシワの深さからにじみ出る。甘えたことを言った彼を見て、「さすがに信じられなかった」と大きく息を吸い込むと、「絶対そんなことは言わないタイプ」と自分の胸元に手を持っていく。その瞬間を思い出すだけで心が騒ぐのだろう。話しながら、何度もマイクを握っていた左手のひじを右手でつかんでいた。これは防御や守りの仕草であり、それだけ衝撃が大きかったのだと思われる。 普段の山口さんを「責任感の強いやつ」と言い、「自分の中で自分から辞めろと言わないといけない」と辞表を持ってきた理由を彼なりに考え、「そうだと信じていたいし、信じています」とカメラをまっすぐ見据えた。それは「たぶん、山口も見てると思います」と言っていたように、カメラを通して山口さんに訴えているかのようだった。画像はイメージです(iStock) 国分太一さんも、「ここ数日、複雑です」と口元をぎゅっと結び、疲れ果てた、というより表情が抜け落ちたような顔をカメラに向けた。毎朝、自らがMCを務める情報番組で事件について触れていた彼の精神的負担は、誰よりも大きかったに違いない。「手を差し伸べてしまいそうになることもあります。それはいけないんだとわかっていますが…」と目を伏せる。世間に「甘い」と言われるとわかっているため目を伏せたのだ。「逃げ出したくなることもあった」と、あまりにも淡々と語るその口調が、かえって彼の辛さと憔悴感を印象づけた。山口の「自己開示」は不適切 松岡さんも、「甘ったれたあの意見はどこから出ているのか」と、信じられないというふうに首を横に振った。そして「そんなTOKIOは1日も早くなくしたほうがいい」と厳しい表情で口元を強く結び、涙をこらえるように顎を上げた。信じていた仲間が見せた筋違いの甘えが許せず、見ている側には彼の悔しさだけが伝わってくる。 だが「辞めるのは簡単」と言いながらも一瞬、大きく首を横に振ったことで、本音ではそう思っていないことがわかる。「辞表を初めて見た。30年間、一緒にやってきた男のそんな姿を初めて見た」と舌打ちしたことで、見たくない姿を見てしまった怒り、失望、歯がゆさ、そんな気持ちがあることを想起させた。 会見中、発言しながら何度も身体を前のめりにする。その度に、彼の中にある葛藤や苦悩の強さをイメージさせるこの仕草は、「例示的動作」だ。この動作と、発言が厳しくなればなるほど口元を強く結び、顎を上げて涙をこらえる様子から、見ている側に伝わったのは山口さんへの深い愛情である。 一方、メンバー最年少の長瀬智也さんは、言葉を選ぶように、感情にのみ込まれないよう冷静に話していた。それでも山口さんへの言葉を聞かれ「やっぱり信じてますし、信じていました」と声を震わせたことで、彼の中にある動揺が感じられた。 この会見は、グループとして、感情を吐露するバランスが4人の中で取れていた。全員が松岡さんのように感情を露わにしていたら、“やり過ぎ感”が強くなる。逆に4人ともが長瀬さんのように淡々としていたら、情緒的な物足りなさを感じただろう。それぞれの感情の表し方、出し方がグループとしてうまく調和したことで、一人ひとりの感情の動きが際立っていた。画像はイメージです(iStock) こういう会見で、自分の思いを率直に述べるのは難しい。冷静になっていない時はなおさらだ。プライベートな情報をありのままに伝えることを「自己開示」と呼ぶ。彼らの自己開示は、解散危機に対するダメージを少なくする効果があった。人は自己開示した相手に好意的になり、情緒的に受け入れ、共感や力づけたい、援助したいという感情を持ちやすくなるからだ。もし彼らが「なんでも答える」という姿勢を見せず、感情も露わにせず、謝罪のみの事務的な対応で会見を終わらせていたら、グループを存続させるための打算だと思われていただろう。 ただ皮肉にも、これは山口さんが謝罪会見で行った自己開示が不適切だったことを改めて認識させる結果となった。また彼らにそこまで自己開示をさせたことで、山口さんに自責の念を強めさせたことも否定できない。自身の言動が彼らを苦しめ、さらなる批判のタネを蒔いたのだ。自分の存在が彼らの負担でしかないとなれば、答えは1つしかない。 図らずもこの謝罪会見が、4人としてのTOKIOのスタートとなってしまったのが残念だ。関連記事■ 山口達也 ”VIP病院”への極秘入院姿を撮った■ 山口達也が即解雇にならなかった、本当の理由とは■ TOKIOの4人が怒り隠さなかった「山口達也の無責任な行動」■ 山口達也事件で改めて考える“ガールズ番組”の業界ルール■ チュートリアル徳井、チャラン・ポ・ランタンももと自宅デート

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    山口達也「衝撃キッス」はジャニーズ失墜を象徴する

    った筆者も、数々の不祥事を目の当たりにしてきたが、今回の事件は取り返しがつかない事態という感が強い。芸能界に長く君臨するジャニーズがこの危機をどう乗り切るかは実に興味深く、注目に値する。 とはいえ、ジャニーズだけでなく男性アイドルにとって「よくある」トラブルであることは言うまでもない。「自宅に呼んだ女性を酒の勢いで…」という山口達也のような行為は、男性アイドルだけではなく、お笑い芸人や俳優などの周辺ではごく日常的な話であり、別段驚きもない。不謹慎な言い方だが、驚きといえば、なぜ刑事事件に発展する事態を招いてしまったのか、という点である。 具体的には記載できないが、同様のトラブルが起きた場合、ジャニーズの人気アイドル級になれば、和解のための示談交渉などに億単位のカネが動くことはざらにある。たとえ「実弾」(カネ)が動かなくても、内々に解決する方法もあったはずだ。 では、なぜこのような事態に発展したのか。一言で言えば、これは山口達也の人間性に行き着く。つまり、もう46歳にもなった山口達也が「事の重大さ」を理解できなかったことに他ならない。だが、山口達也という人間を少しでも知っていれば、「やっぱり」という印象を持つ人もきっと多いだろう。 筆者からすれば、事の重大さを理解できなかっただけでなく、人気アイドルとしての危機意識があまりに薄い、甘さが露呈したと思っている。この件について関係者に聞くところでは、事務所への報告どころか、当時は泥酔していてメンバーにさえ相談もしていなかったようだ。 ただ、山口達也といえばアイドルの中でも「ベテラン」だ。当たり前だが、ジャニーズタレントが女性にモテることは、身を持って知っている。一度でも経験すれば、嫌というほど分かるが、日ごろから多くの誘惑に囲まれる。記者会見するTOKIOの山口達也メンバー=2018年4月、東京都千代田区(松本健吾撮影) よくある話だが、デビューした後、急に親戚や友人が増えたり、よく分からない組織や団体に誘われたり、安倍首相の昭恵夫人ではないが「利用」されることも珍しくない。 こうした中で、最も危機意識を持たなければならないのが「異性」であることも承知の上だろう。ジャニーズの場合は「同性」という相手もいるが、スキャンダルの基本は異性関係である。 とはいえ、アイドルと言えども生身の人間だ。プライベートはガチガチに管理され、世間の目から逃れられない生活はストレスも人一倍大きい。山口達也の行為も理解できないわけではない。 ただ、日ごろから「ご飯、連れて行ってください」「飲みに行きましょう」「お家に遊びに行っていいですか?」といった類の誘いは後を絶たない。年齢を問わず、女性からの誘いもあまたあり、もちろん「すべてOK!」ということではなく、「選別」することもしばしばある。変わり始めたジャニーズ事務所 アイドルはモテるのに、大っぴらには「遊び」ができないだけに、必然的に自宅での飲み会や食事、パーティーといったケースが多くなる。それだけに、自分がスキャンダルの対象にならないよう、常に慎重かつ熟慮しながら行動するのだが、時としてこの予見が大きく裏切られてしまうこともある。良い例が、10代の少女に性的暴行して吉本興業を解雇されたお笑いコンビ「極楽とんぼ」の山本圭壱だろう。 もちろん、いかなる事情があっても違法行為は許されないが、交通違反やちょっとした暴力沙汰なら、多少なりとも取り返しがつく。だが、芸能人の場合、特に危機意識を持たなければならないのは、未成年を巻き込んだスキャンダルである。 4月26日の記者会見で、山口達也は「無期限謹慎処分」でありながら、復帰を望む発言も飛び出したが、筆者の考えでは、女性ファンらの「裏切られた感」は半端なかったと思う。衝撃の大きさを考慮すれば、もはや復帰は不可能に近いだろう。 山口達也に同情の余地はないが、一人の大人として自らが起こした不祥事を「自分一人の責任」として腹をくくったのは、決して悪いことではない。恥も外聞もなく、すぐに親や事務所を頼ろうとする今どきの若い連中に比べると、その責任の取り方は雲泥の差である。 謝罪会見を見る限り、「被害者」へのお詫びの言葉や示談、和解に向けた行動は決して間違っていない。「自分の力で解決できるなら、事務所への報告は要らない」と判断したことをもって、山口達也が「隠蔽」したというのも違うだろう。 ただ、今回の事件をめぐって特筆すべきは、人気グループ「関ジャニ∞」の渋谷すばる脱退の際にも述べたが、ジャニーズ事務所の対応の変化だ。一般企業であれば、社員が起こした不祥事に対し、最大限注力してマスコミ対応するが、なにせ「芸能界の帝王」ジャニーズである。 事件の第一報がメディアに取り上げられた直後、素早く報道各社にファクスを流し、一夜明けて約45分間もの「涙の会見」を行ったことは、芸能マスコミの関係者にとっては「おいしいネタ」になったに違いない。 これまで何があっても「代表が出てこない企業」を貫き、経緯の説明や謝罪の意思を求められても「責任者不在」で押し通すマスコミ対応がジャニーズの常識だった。これは本来、許されるはずもないのだが、マスコミや世間から有無をも言わせない影響力を持っていたのが、ジャニーズだったのである。 今回の場合、レギュラー番組を多数抱えるTOKIOメンバーの不祥事であり、大方の予想通りワイドショーや週刊誌にとっては「数字を稼げる」ネタになった。にもかかわらず、ジャニーズがある意味、申し分ないのメディア対応を徹底したことで、特にテレビでは山口達也やジャニーズへのバッシングよりも、擁護論の方が大きいように感じる。事実、筆者が親しくする芸能記者の多くは、一様に安堵している。記者会見するTOKIOの山口達也メンバー=2018年4月、東京都千代田区(松本健吾撮影) ただ、一連のジャニーズの変化は、逆に言えば事務所の権威で「スキャンダル逃れ」を続けてきた所属アイドルにとって、もう通用しないことを示唆しているとも言える。 そこで注目されるのが、山口達也の最終的な処遇だろう。天下のジャニーズとはいえ、守らなければならない優先順位はあるだけに、「山口切り」も十分有り得るのではないか。結果的に被害者の女子高生が、被害届を取り下げたとしても、今回の事件が社会通念上、許されないことはジャニーズも百も承知だろう。 スポンサーへの配慮だけでなく、NHKや2020東京五輪、被災地の復興支援といった「カネでは解決できない」諸案件を抱える山口達也の処遇については、TOKIOの脱退、いや除名といった厳しい処分しか、ジャニーズ事務所の今後を考えれば、この難局を乗り切る手立てはない気がする。 かつて、筆者は「ジャニーズの危機管理」について事務所幹部に進言したことがあるが、このときはいかなる「難敵」が相手であろうと、「恐るるに足りず」といった強気の姿勢だったと記憶している。だが、その強さが通じない「事件」に見舞われた今、山口達也だけでなく、ジャニーズ事務所はどのような方法でケジメをつけるのか、しっかり見届けたい。

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    渋谷すばるに脱退を決断させた「関ジャニ∞」の悲しき事情

    平本淳也(元ジャニーズ所属タレント) 4月15日、「関ジャニ∞(エイト)」が記者会見し、メインボーカルの渋谷すばるが脱退、ジャニーズ事務所からも独立することが発表された。このニュースは大きく報じられたが、筆者からすれば、2年ほど前から聞いていた話であり、「ようやくか」という思いしかない。 雑誌などで渋谷脱退の可能性が報じられて以降、相変わらずメディアは「ジャニーズ王国の崩壊」といった憶測や妄想を膨らませているが、これは的を射ておらず、渋谷の決断の理由はもっと単純だ。 ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏がよく言っていたことがある。「タイガース」や「ドリフターズ」は、メンバー全員の名前を全国民が答えられるほどの知名度があり、それこそがスーパースターの証左だと。 では、関ジャニ∞はどうか。渋谷すばる、横山裕、村上信五、丸山隆平、安田章大、錦戸亮、大倉忠義、この中で知名度が高いといえるメンバーは、かろうじて村上ぐらいだろう。コンサートツアーで国内最大規模の動員数を誇るとはいえ、現実はその程度のもので、SMAPや嵐にはあって関ジャニに足りないのもそこだ。 そもそも関ジャニは知っていても「渋谷すばる」を知っている人はどれだけいるのか。村上はバラエティー番組の出演も多く、そこそこ有名だろうが、他のメンバーは、顔は知られていても名前までとなると、ファン以外はさほど知らないだろう。 NHKの大河ドラマ「西郷どん」に出演している錦戸にしても、関ジャニを離れたら「誰だっけ」となっても不思議はなく、本人たちもそれを理解している。関ジャニはSMAPや嵐より稼ぐと言っても、個々のネームバリューは極端に低いのだ。となると、「このままでいいのか」という不安は日々増幅していくものだ。 渋谷は10年も前からアーティストとして本格的な音楽に取り組み、ソロやバンドの活動も行ってきた。もちろん、関ジャニやジャニーズの看板があってできることだが、逆に「足かせ」になってできないことも多々ある。記者会見に臨んだ「関ジャニ∞」の渋谷すばる=2018年4月、東京都港区 あくまでも関ジャニとしてのグループ活動が優先であり、スポーツでいえば個人の成績よりチームの勝利が重要だからだ。関ジャニに帰属する個々の活動はできるが、そうでない場合は許されない。 やりたいことができないわけではないが、物理的に時間がないのだ。普通の会社に置き換えれば、1日8時間の就労と往復の通勤時間、加えて家に仕事を持ち帰ることもあり、それ以上別の仕事をやろうと思えば難しい。 グループでの活動は歌やダンスに楽器など、「仕事」は膨大にある。さらにテレビやラジオ出演があり、ツアーもある。この繰り返しの中で、年齢の問題が刻々と迫ってくる。 当たり前だが、30代後半となれば人生の岐路だ。新たなことにチャレンジするにはギリギリだと思ったのだろう。安定を求めて関ジャニで活動するか、過酷ではあるが本当に自分の能力が生かせる仕事を追求するか。 こうした現状がある中で、渋谷も36歳の大人として一つの決断をしただけだ。確かに関ジャニというグループの存在は大きいが、現状以上はもう期待できない。そこから脱皮したいなら、関ジャニを卒業するしかなかったのだ。「高齢化」する人気ジャニーズタレント では、なぜこのタイミングかを考えれば、関ジャニが絶頂期にある時を選択したにすぎない。先にも述べたが、関ジャニは知られていても「渋谷すばる」個人では限界がある。コンサートツアーも決まった中での脱退といった注目度が高い分「今」というタイミングは申し分ない。 渋谷個人に限界があるとはいえ、2億円を超える年収があり、ブレーンやスポンサーの算段も背景にあることは間違いない。ただ、こうした環境が整っているからといって、アイドルグループからの脱退のタイミングは思うほど簡単ではない。他のジャニーズ所属のグループにもよくあるが、メンバーの不祥事などで逆風がいつ何時吹くかわからないというリスクもあるからだ。 ではなぜ、渋谷はジャニーズ事務所に残った上でのソロ活動を選択しなかったのか。それは、ジャニーズでソロは売れないし、売る気もないのが90年代からのポリシーになっているからだ。 光GENJIの絶頂期を経てソロデビューした諸星和己もそうだったが、いずれも売れているといった域に達しておらず、むしろジャニーズのブランドレベルでは失敗例だろう。 最近で言えば、NEWSから離れてソロに転じた山下智久もよい例だ。今一つといった感がぬぐえない状況に、「山下のようになりたいか?」という思いが強いのだ。もちろん、キムタクや中居正広らは別格であり、同格で考えるわけにはいかない。 そして、今回の渋谷脱退騒動で興味深いのは、やはり関ジャニメンバーそろっての記者会見だろう。 ただ、これはジャニー喜多川氏が明言している「大人の決断を尊重する」といった企業としての姿勢の表れだ。もちろん、SMAPの時のようなゴチャゴチャした面倒にならぬよう最善を尽くした結果ではある。渋谷すばるの脱退について会見する関ジャニ∞のメンバーら=2018年4月、東京都港区 ゆえに、冒頭でも記したが、今回の騒動に「ジャニーズ王国の崩壊」といった意味合いはない。そしてSMAPの解散であったようなメンバー同士の衝突や不仲があるわけでもない。 不仲があったとしても、グループ内のいざこざは少なからずあり、それが脱退まで発展したと報じるメディアは無責任な憶測だ。ただ、あてえジャニーズに課題があるとすれば、人気グループの「高齢化」だろう。 当然だが、人気グループのメンバーらはいつまでも子供じゃない。長年続けていれば、立場や将来を考えるようになる。ジャニーズやグループでずっと安定を求めるか、自分の才能を信じてステップアップするか、どちらを取るかメンバーそれぞれで考えが分かれるだろう。 筆者は関ジャニ以外のグループでも、渋谷同様の決断を模索しているメンバーがいると聞いている。この状況を鑑みれば、再び渋谷のような騒動が起きても、不思議ではないのである。

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    『週刊文春』が完全に悪者扱いされるのは残念です

    佐々木博之(芸能ジャーナリスト) メディア批判というのは昔からあることです。これまで週刊誌が報じた不倫疑惑はかなりの件数になりますが、私の記憶では、今回の小室氏のように週刊誌側が非難されるケースはなかったように思います。 「なぜ他のタレントや政治家と違って今回の週刊文春の報道は批判を集めたか」といえば、端的に言うなら小室氏が引退したからです。それにより、小室氏が世間の同情を集め、かわいそうだ、となったからだと思います。  「妻はくも膜下出血で倒れた後、脳に障害が残ってしまい、その介護で大変な生活を送っている。才能が枯渇し、満足のいくような作曲ができなくなった。そういう中で、往診してくれる看護師に相談相手、話し相手になってもらっているだけ。何年も前から男性機能は働かず、肝炎を患い闘病中だった。肉体関係などあるわけがない。だけど騒動になった責任をとって、引退します」会見場に入る小室哲哉=2018年1月19日、東京(撮影・佐藤雄彦) この話が事実なら、彼を哀れまない人はまずいないでしょう。100%事実ならばですが、すべてのウラを取ることは難しいし、憔悴(しょうすい)しきった姿を見たら、「本当ですか?」と聞ける人は少ないでしょう。 「濡れ衣ではあるが、誤解されたのは不徳の致すところ。責任をとり引退します」 なんと潔い。濡れ衣を着せられ、言い訳せずに切腹したといわれている幕末の志士、田中新兵衛を思い浮かべてしまいます。実際は濡れ衣ではなかったという話もありますが、日本人はこういう話に弱いんです。 だから、「『週刊文春』はひどい! ありもしない不倫をでっち上げ、日本の音楽界に欠かすことはできない才能あふれる小室氏を引退に追い込んだ。許せない」「日本の大事なアーティストを引退に追いやった大罪は、どんな言い訳をしてもぬぐえるものではない」 などと『文春』バッシングが始まったのです。彼が引退せずに、釈明と謝罪だけならこんなことにはならなかったでしょう。 しかし、『文春』は小室氏に引退を迫ったわけじゃなく、何かペナルティーを与えたわけでもありません。不倫疑惑を報じただけです。報道によって引退に追い込まれた、という人もいるでしょうが、会見を思い出してください。 「曲作りに限界を感じた。前から引退を考えていた」と語っていました。となると、今回の報道が原因で引退するわけではないということです。 「謝罪会見のついでに…」という気持ちもあったのではないかと思いますが、彼のあざとさを指摘する声もあります。そこまでは考えたくないのですが、妻の病状、自身の病気を明らかにし、窮状を訴えた上で、潔く重罰を受けたように見せることで、同情を集め、バッシングを避けようとしたのではないか、と考える人がいるのも事実です。「文春が引退させた」に異議あり そもそも小室氏は不倫を否定したのだから、責任を取る必要もないだろうし、世間を騒がせた責任だとしても、引退までする必要はないと思うのは私だけではないでしょう。引退そのものは騒動のせいじゃないのに、世論がいつの間にか「『文春』が引退させた」と思うようになってしまったのは、納得がいきません。 また『文春』の記事には、小室氏と看護師が2人きりでお互いの家で長時間過ごしたり、腕を組んで歩いていたという描写があり、写真も撮られています。このことについては否定していないわけです。それが不倫行為、あるいは不貞を働いたといえるのか難しいところですが、たとえ肉体関係がなかったとしても、妻の留守中に自宅に女性を招き入れるというのはどうなんでしょうか。多くの女性は眉をひそめるだろうと思います。寝室で一緒に寝たとなると、「それくらいなら、許せる」という人はどれくらいいるのか。妻が正常な判断を下せない状態にあるのなら、なおのことやってはいけないことではないでしょうか。 それらも全てなかったことのように、『文春』が完全に悪者に見られているのは残念なことです。ただ、結果として小室氏の会見は大成功だったということになります。見事に不倫疑惑を払拭(ふっしょく)、世論を味方につけてしまったわけですから。これまでなされた、不倫疑惑釈明・謝罪会見のなかで、これほどうまくいった会見は記憶にありません。『文春』はまさかこんな事態になるとは考えてもいなかったでしょう。 あくまで芸能ニュースに限ってのことですが、週刊誌が不倫報道をするのは、その根底に「大衆は常に、芸能人の裏の顔を見たいと思っているはずだ」という妄想かもしれない、確信があるからです。普段テレビなどで見る姿とかけ離れた姿をとらえて報じることで、その大衆の要求に応えよう、すなわちその人たちに本を買ってもらおうという意図があるのです。普段の姿からは考えられないといえば、タレントのベッキーはその顕著な例でした。川谷絵音とのスキャンダルについての会見を終え退室するよう事務所関係者に促されるベッキー=2016年1月6日、東京(撮影・山田俊介)  あるいは、悪行とまではいかなくとも、芸能人のけしからんと思える行為を報じることによって、その芸能人が糾弾されたりすれば、極端な話、記者はまるで自分が悪を懲らしめる仕置き人にでもなったかのような「ちょっとしたヒロイズム」に浸れることがあるのも事実です。 小室氏の場合は「奥さんが大変なときに何をやっているんだ」と非難の声が上がり、「『文春』はよくやった!」となるはずだったんでしょうが、そのもくろみは見事に外れました。砲弾が逆にはね返されたという見方もできますが、とどのつまり「小室氏の方が一枚上手だった」ということじゃないでしょうか。不倫報道を続ける意義 さて、「不倫報道を週刊誌が続ける意義」についてですが、ちょっと曖昧な言い方になりますが、意義の位置づけによって異なるのではないかと思います。  結論から言えば、不倫報道は週刊誌的には意義があると思います。しかし社会的にはほぼないと思います。「ほぼ」というのは、ときどき意義がある場合もあるからです。  しかし、それを言ったら芸能ニュースなんてほとんど意義のないものばかりです。芸能ニュースではありませんが、テレビのニュースでときどき流れる、「中国の奥地で、子どもが壁の穴に首を突っ込み、抜けなくなったため、レスキュー隊が出動し、壁を壊して救出」といったたぐいのニュースも意義があるとは思えないのですが…。 だからといって、不倫報道を止めてしまえというのは賛成できません。その先に「報道の自由」が奪われてしまう危険性も感じてしまうからです  週刊誌は雑誌です。いろいろなジャンルの記事が掲載されていて、芸能記事はその一部です。芸能記事はスキャンダルばかりではありませんが、前述のように「芸能人の裏の顔」を報じたいとなれば、必然的にスキャンダルが多くなります。もちろん芸能人のスキャンダルを一切扱わない週刊誌もありますが、不倫をはじめ芸能人のスキャンダルを報道するのは、週刊誌の持つ性質上不可欠なことなのだと思います。 また、週刊誌はいわゆる商業誌です。売れなければ意味がありません。売れるためには読者が興味を持つ記事を掲載しなければなりません。三省堂書店神保町本店の雑誌売り場=2013年2月8日、東京都千代田区(山田泰弘撮影) 「不倫報道を続けることで部数を伸ばそうとしている」と指摘した方がいましたが、芸能人の不倫を報じたくらいで販売部数が極端に増え、売り上げが伸びるなんてことは、今の時代では有り得ません。確かにベッキーのときは売れたようですが、本当にまれなケースだと思います。 今、週刊誌を購入して読む人は少ないです。昔に比べたら売れなくなっています。芸能人の熱愛や不倫を報じても、それほど部数に影響しないということは、どの週刊誌も写真誌もとうの昔に気づいています。 ですから、今はどの週刊誌もウェブに活路を見いだしているわけで、そこにテレビが関わってきました。週刊誌はウェブ配信用に動画を撮影するようになり、その動画をワイドショーが買って流すようになりました。不倫報道でペナルティーを与えなければいい 今、ワイドショーが芸能スキャンダルを独自にスクープすることはほとんどありません。週刊誌報道を紹介するのみです。たまに当事者を取材するときもありますが、それも週刊誌報道が元になっているわけですから、ワイドショーが週刊誌に依存する割合はかなり大きいといえます。週刊文春に不倫疑惑を書かれたことを受けて開いた会見で芸能界引退を表明した小室哲哉=2018年1月19日、東京都(撮影・佐藤雄彦)  しかも自前で取材、撮影するよりはるかに低いコストで手間もかからずに映像を入手することができ、視聴率も上がるとなったら、こんなありがたいことはありません。週刊誌にとっても、本体が売れなくなった分をそこでカバーできているわけです。 もし、テレビが週刊誌の記事を紹介しなければどうなるでしょうか。最近の若者は芸能ニュースにそれほど興味がないし、週刊誌も読みません。ネットで芸能ニュースをチェックする年配の人も少ないと思います。となると、週刊誌の不倫報道を知るには電車の中吊り広告か新聞広告になります。報道の拡散は格段に狭くなるだろうと思います。 また、ワイドショーで芸能人の不倫疑惑が扱われるとき、コメンテーターが「不倫は当事者の問題だから他人がとやかくいうことではない」とコメントするのをよく耳にします。でしたら、最初から扱わなければいいだろうということにならないでしょうか。  話はそれますが、「不倫や浮気は犯罪じゃないんだから、そんなにたたくことはないだろう」という人もいます。その通りです。ですから、ペナルティーを与えることをやめればいい。小室氏は「引退は自分に与えた罰」みたいなことを語っていましたが、不倫したからといって、番組を降板したり、CMを中止したりするのをやめればいいんです。 考えてみてください。仮にベッキーが冷凍食品のCMに出演していたとします。彼女が不倫したからといって、それまでその食品を食べていた人が買うのをやめると思いますか? キャラクターの不倫で本当に商品のイメージダウンなどあるのでしょうか。 「テレビが不倫報道をしなくなったら日本が変わる!」なんて言っていた人がいましたが、そんな大げさなことではないでしょう。そもそも芸能人の不倫なんて、そんなに大騒ぎするほどの話ではないと思います。当事者以外には関係のないことですから、周りは1週間もたてば飽きてしまうし、その時にはまた新しい話題が出ますから。世の中、そんなものです。 テレビで不倫報道を扱わなければ、週刊誌も注目されず、大きな騒動にもならないと思います。『文春』を批判する人たちも、雑誌を買わなきゃいいし、読まなきゃいいんです。そうなって本が売れなくなったら、自然と芸能人の不倫が記事になることもなくなるでしょうね。 しかし、下世話な話に興味がある大衆がいる以上、そうなるとは思いません。バッシングを受けたくらいで『文春』は砲撃をやめることはないと思いますし、それで腰が引けてしまうほどやわじゃないです。それが週刊誌の矜持(きょうじ)だと思うのですが。

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    元SMAPメンバーは「労働者」と言えるのか

    な技能を要する一部の職種について、独立・移籍を制限する慣行が存在するとの指摘がある」と明記しており、芸能界における移籍問題をも検討対象にしていることは間違いないでしょう。独立後初仕事の元SMAP・香取慎吾 =2017年9月9日、東京都(蔵賢斗撮影) そして昨年から人気アイドルグループの解散や、そのメンバーの移籍などが話題になっていますが、この問題の根底にあるものを理解するためには芸能界の実態を認識する必要があります。 日本では、新人が「タレントとして第一歩を踏み出そう」とするとき、オーディションやスカウトを経て芸能プロダクションと契約することがほとんどです。最近ではYouTuberやブロガーなど、芸能プロダクションと契約せずにフリーで情報発信をする人たちも増えましたが、依然としてテレビの持つ影響力は強く、「テレビに出演しているタレント」という意味では、ほぼ全てのタレントが芸能プロダクションに所属しています。 私は弁護士として100通以上の芸能プロダクションとタレントとの契約書をみてきました。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる契約は「専属マネジメント契約」「専属芸術家統一契約書」と言われます。 多くのタレントは無名な新人の状態で、芸能プロダクションがあらかじめ用意した契約書への署名・押印を求められることがほとんどです。 芸能プロダクションが用意する契約書には、多少の違いはありますが、およそどの契約書にも共通する三つの目的があります。一つ目は、報酬・給与等の金銭関係について規定すること。二つ目は、著作権、著作隣接権、芸名の使用権、肖像等に関する権利について芸能プロダクション側が譲渡またはライセンスを受けること。三つ目は契約期間、途中解約の場合の違約金条項、退所後の競業避止義務等を規定しタレントを縛ることです。 このように、契約書にはタレントを縛るための条項があるのですが、芸能プロダクションがタレントを縛りたいというのは十分理解できるニーズです。タレントは法律の空白地帯 芸能プロダクションは多額の投資をし、タレントを数年かけて育成し、その後売れた段階で回収するというハイリスクハイリターンなビジネスです。数年かけてやっと利益が出るようになったタレントが「あっちの事務所の方が条件も良いし、良い仕事も来るので移籍します」と言われても、簡単に応じることはできません。 裁判例の中にも「芸能プロダクションは、初期投資を行ってアイドルを媒体に露出させ、これにより人気を上昇させてチケットやグッズの売り上げを伸ばし、そこから投資を回収するビジネスモデルを有している」と明言したものがあります。 このように「商品であるタレントに他の事務所に移籍されては困る」というのは、ほとんどの芸能プロダクションに共通することですから、業界内でもタレントの引き抜きはタブーとされています。仮にタレントが無断で移籍や独立をすれば、各事務所はテレビ局や制作会社に対して、「当該タレントを使用するな」と圧力をかけ、実際、テレビ局側が当該タレントをキャスティングするならば、事務所の他のタレントを引き上げるというような圧力をかけます。 最近はインターネットの存在で若干変わりましたが、依然としてメディア=テレビであり、視聴率を取るためには有名タレントを出演させるという構造の下においては、テレビ局と芸能プロダクションとの関係は強いものがあります。 テレビ局にとっても、大手プロダクションともめるという不利益と比較した場合「それでもなお当該タレントに出演を依頼する」とはなりにくく、結局、タレントは干されることになります。(iStock)  そしてこのテレビ局の判断は、経営判断を前提としているので、タレントも裁判などで争うにはハードルが高く、そのような裁判事例はほとんどありません。このような状況下で、タレントが事務所の許可なく移籍や独立をすることはおよそ不可能です。 以上が、タレントが移籍や独立を試みたときに予想される展開となります。 そもそも企業と従業員との間を規律するのが労働基準法や労働契約法などの労働法規です。それに対して、事業者間の関係を規律するのが独占禁止法や下請け法です。所管している官庁についても労働法規については厚生労働省、独占禁止法については公正取引委員会です。この中で、タレントについては、労働者なのか独立の事業者なのか明確に区別できず、法律の空白地帯になっているといえます。有名タレントは独禁法の対象 一昨年、昨年とアイドルの恋愛禁止裁判が話題になりました。芸能プロダクションとタレントの間の裁判において、裁判所が芸能プロダクションとタレントとの契約は労働契約であると認定した例も少なくありません。もっとも、ほとんどの事例において対象となったのは、いわゆる有名タレントではなく、テレビの音楽番組にほとんど出演することがない、数百人規模のライブハウスでコンサートを行っている10~20代のアイドルです。未払い賃金の支払いなどを求めて東京地裁に訴えを起こし、記者会見したアイドルグループ元メンバーの女性=2017年11月14日、東京都内(加藤園子撮影) それに対して、独占禁止法の法規制の枠組みの対象となるのは、いわゆる大物タレント、幅広い年代で知られているタレント、国民的タレントと呼ばれるような人たちであり、芸能人、タレントという肩書で呼ばれる人たちの絶対数の中ではごく一部といえます。有名タレントになってくると、時間単位でいくらというギャラの支払いスタイルから、仕事あたりいくらというスタイルになり、その額も同年代の会社員の給与とは桁違いになっていきます。そうすると、業務の内容やギャラという視点からは、独立の事業者と評価されやすくなります。 しかし実際は、すごく有名なタレントであっても、所属プロダクションの意向には逆らえず、明確な指揮、命令関係が認められるケースが少なくありません。若い頃、無名の頃、売れない頃から育ててもらった恩なども相まって、事務所との関係は非常に複雑な関係になってきます。 このような有名タレントについては、所属芸能プロダクションとの契約は労働契約とは一概にいうことができず、タレントも独立の事業者と評価されうることから、独占禁止法による法規制の対象になってきます。 まず、芸能プロダクションとタレントとの関係を1対1で考えたときには、優越的地位の濫用規制が問題となります。優越的地位の濫用とは、取引相手と比較した場合の優越的な地位を利用して、取引相手の自由で自主的な判断を妨げることをいいます。芸能プロダクションとタレントとの間で結ばれる専属マネジメント契約のほぼ全てに「専属性」が規定されており、タレントが1度契約してしまえば、所属事務所以外を通じて芸能活動を提供することは禁止されます。 また、多くの契約書には「甲と乙は独立の当事者として」と規定があるのにもかかわらず、タレントは芸能プロダクションの指示に従わなければならないという義務規定があります。このように、所属事務所の指示を通じてしか芸能活動ができないという状況下においては、事務所が優越的地位を有しているといえるでしょう。テレビ局と芸能界の「忖度」 そして、契約後この優越的地位を利用して、一方的なギャラの引き下げ、過重労働の強制、移籍・独立の制限などを行った場合には、優越的地位を濫用した行為といえます。 また、独立や移籍を試みようとした所属タレントについて、テレビ局をはじめとする各種メディアに対して「当該タレントをキャスティングするのであれば、当社所属のタレントはその番組には出演させることはできない」と圧力を加えることで、当該タレントの出演は事実上著しく困難になります。 このような、独立しようとするタレントに関してメディアに不当な圧力をかける行為についても、独占禁止法が禁止する優越的地位の濫用に該当し得る行為といえるでしょう。優越的地位の濫用と認定された場合には、公正取引委員会から芸能プロダクションに対して排除措置命令がなされ課徴金の支払いを求められます。 複数の芸能プロダクションや、芸能プロダクションで組織する業界団体が共同でタレントの移籍を制限するような場合には、独占禁止法が規制する「共同の取引拒絶」に該当するといえます。共同の取引拒絶とは、複数の事業者や業界団体が共同して、特定の事業者との取引を制限することをいい、公正取引委員会が今回引用している5社協定においても問題となった行為類型です。これは「集団的ボイコット」と呼ばれることがあります。 共同の取引拒絶の典型例として、タレントが移籍しようとするときに、かつて所属していた芸能プロダクションが、他の芸能プロダクションに対して「そのタレントとは契約するな」と働きかけ、他の芸能プロダクションが追従する行為などが挙げられます。 また、テレビ局をも巻き込んで「あのタレントを出演させるな」という場合にはテレビ局も共同の取引拒絶をしている主体といえます。(iStock) 公正取引委員会が共同して取引を拒絶していると認定するためには、明示的に協定書や合意書が作成されることは不要であり、暗黙の認容でも共同行為に該当するとした裁判例が存在します。 実際、複数の芸能プロダクションやテレビ局で「特定のタレントと契約しない」「あのタレントは出演させない」という内容の協定書や合意書が作成されることはまずありません。電話などの証拠が残らない方法により意思形成されることになるでしょうし、場合によっては他の芸能プロダクションが追従することにより暗黙の意思形成がされることもあるでしょう。芸能界の慣習に踏み込まなければならない しかし、黙示であったとしても、各社の行動の一致性や、事前の連絡があったかなどにより、共同の取引拒絶があったと認定されるケースも十分に考えられます。確かに、芸能プロダクション側がタレントに対して優位に立ちたいというニーズは十分に理解できます。社長やマネジャーからしてみれば、一癖も二癖もあるタレントに仕事の時間を守らせ、礼儀作法を教え、業界のルールを教えることは簡単ではない場合があります。未成年のタレントには飲酒喫煙の禁止を厳守させ、ドラッグから身を守らせることは重要かつ頭を悩ませるところです。 私自身、芸能プロダクション側の相談を受けることも少なくなく、事務所側の代理人として数多くの事件を経験し、事務所に損害を与えたタレントに対して訴訟提起した経験もあることから、事務所側の苦労はものすごく理解できます。 そして、「旧事務所を円満に辞めなかったタレントは芸能界で干される」という事務所優位な状態は、タレントに恐怖と不安を与え、どの事務所にとってもタレントをコントロールする材料になることから、この状態を利用したい気持ちも十分に理解できます。(iStock) しかし、複数の芸能プロダクションや業界団体が、このような共同の取引拒絶に該当する行為を実行することは独占禁止法に違反する行為であり、排除措置命令や課徴金支払いの対象になります。さらに、複数の芸能プロダクションが共同の取引拒絶をした結果、「取引分野における競争が制限されている場合」には不当な取引制限にも該当します。 不当な取引制限に該当すると、行為者に対して5年以下の懲役または500万円以下の罰金、その雇用主(多くの場合芸能プロダクションとしての法人)には5億円以下の罰金という独占禁止法上最も重い刑罰が科されることになります。 これまで、芸能プロダクションとタレントとの関係について、独占禁止法の視点から検討されるケースはあまりありませんでした。昨今の有名タレントグループの解散や独立、移籍を発端に話題にはあがるようになりましたが、その根底となる芸能界のルールは今に始まった話ではありません。 公正取引委員会には、「従来の判断枠組みでは法律上の問題はありませんでした」ということで検討を終えるのではなく、芸能界の実態に踏み込んだ調査と、芸能界の実態に即した判断がなされることを期待しています。

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    ローラの「奴隷契約」を公取委のメスは是正できるか

    )が所属事務所から独立したために仕事を干され続けたことのほか、ローラさんの件など、タレントが所属する芸能プロダクションとトラブルになるケースが最近増えているのは、みなさんよくご存じの通りです。「日本財団DIVERSITY IN THE ARTS企画展」のレセプションに出席した元SMAPの香取慎吾=2017年10月、東京都港区(中井誠撮影) こうした芸能人やスポーツ選手が、所属する芸能事務所などと交わす契約などについて、公正取引委員会が調査を始めました。独占禁止法に抵触しないか調べるためです。そしてこの問題に関する第1回目の有識者会議が今年8月に開かれました。 そうなると長年にわたって「特殊な世界」として放置されてきた日本の芸能界に、初めて行政のメスが入ることになります。これは極めて画期的なことですが、同時に新たな難問に取り組むことにもなりそうです。 念のため申し添えておくと、私がテレビ番組制作の現場で経験してきた範囲に限って言えば、ご一緒させていただいた芸能人の方々は、ほぼ全員が所属事務所との関係が良好でした。たまたまラッキーだったのかも知れませんが、数百人にのぼる芸能人のほぼすべてです。ですから決して多くの芸能人が所属事務所とのトラブルを抱えているわけではないと言えます。 ただ、少数であっても、所属事務所によって権利を侵害されているタレントがいたり、元所属事務所からの不当な圧力で活躍の機会を奪われたり、といった事態が生じていることは見過ごしてはならないでしょう。タレント本人の問題のみならず、そのパフォーマンスを享受している社会全体にとっても、業界の発展にとっても、悪影響をもたらす問題だと捉えて改善すべきです。 「専属芸術家統一契約書」。この聞き慣れない名称の一通の書類は、普通の人はまず目にすることはありません。しかし、日本の芸能プロダクションの間では広く使われていて、タレントはまずこの契約書にサインします。日本音楽事業者協会が作成したひな形で、事実上の共通様式です。 タレントと芸能事務所、両者の権利関係がこれで決まるわけですが、この統一契約書の内容に、そもそも問題があると指摘する弁護士もいます。 私の手元にあるのは平成元年改訂版ですが、その中にはタレント側が事務所を辞めるときには、事前に事務所からの書面による承諾を必要とする、といった規定があります。これは事実上、事務所側がOKしなければタレントは永遠に移籍も独立もできないという意味ですから、たしかに事業者と事業者の対等な関係とは言えないでしょう。突っ込みどころ満載の契約書 統一契約書の内容には人権上の問題さえあり、突っ込みどころは満載だといえます。しかし、公取委はこれに踏み込むなら、新たな契約のあり方を示したひな形の作成まで、責任を持って取り組むべきではないでしょうか。それは相当な難題ですが、避けては通れない課題ですから、しっかり完遂してもらいたいと思います。(iStock) もちろん芸能プロダクション側の言い分もわかります。タレントが売れない頃から多くのお金と時間をかけて、滑舌やボイストレーニング、ダンスなどのレッスンを行い、プロとしての心得やマナーを教育し、多大な広告宣伝費を投資するわけです。それがいざ売れっ子になり、収入を得られるようになった途端にポイと辞められたのでは、資金を回収できずにたまったものではない、という主張です。 これは、誰がタレントを育成するのか、という議論が必要なことを意味しています。またどこまでがタレント個人の才能で、どこまでが周囲の力かという深遠なテーマにもつながってきます。 これらは個別の事例によって極めて差が大きく、ほとんど指導しなくてもタレントが自らぐんぐん成長し、大スターになる人もいれば、いくら育成にお金と時間をかけても、まるで売れずに終わる芸能人もいるわけです。 そのリスクの一部を事務所が引き受けているのは事実ですが、だからといって売れたタレントを生涯支配し続けてもよい、という根拠にはなりません。タレントは単なる商品ではない、人間である、という認識は常に重要です。 もう一点、契約の問題とは別に、大手芸能プロダクション数社が市場を独占しているのではないか、という疑惑も表沙汰になるかもしれません。いわゆる闇カルテルです。私はむしろこの問題こそ、日本の芸能界のダークな部分であり、必要があれば行政がメスを入れるべきテーマだと考えます。 ネット上では既に大いに語られていますが、テレビのワイドショーでは決して話題になることがない「タレントの誰々が事務所からの圧力によって仕事を干されている」といった情報。テレビ局がなぜそういう情報を発信しないのかというと、テレビ局自体も大手芸能プロダクションの意向に気をつかい「仕事を干す」片棒を担いでいる共犯者であるからです。一介の芸能プロがなぜ干せるのか 常識的に考えると、そもそもなぜ一介の企業である芸能プロダクションが、自社を離れたタレントに対してまで「仕事を干す」「テレビに出させない」といった実力行使ができるのか。不思議に感じるのが当然だと思います。CMに出演させるか、させないかを決めるのは、スポンサーであるはずだし、番組に出演させるか、させないかを決めるのは各テレビ局の判断であるはずです。(iStock) にもかかわらず大手芸能プロダクションが、なぜテレビ局というマスメディアに対して圧力をかけられるほど権限を持つのかというと、まさに市場を独占しているからだと考えるのが自然でしょう。 芸能プロダクション同士が自由競争の状態にあれば、A社の芸能人がダメならB社、B社がダメならC社の芸能人、という出演者の選択肢がテレビ局にはあるはずです。しかし、A社からE社まで市場が寡占状態にある時、それらの各社が談合してカルテルを結べば、一つの芸能事務所に逆らうことはすべての出演者を失う可能性を意味することになります。 売れっ子の大物芸能人を出演番組から引き上げさせる、という脅しをかけられると、民放各局は反抗することができません。それくらい現在の番組の視聴率は、出演者の人気に依存しています。人気のある芸能人の名前を冠した「誰々のなんとか」というタイトルの番組が、軒並み視聴率を稼いでいることからも想像がつくと思いますが、発注側のテレビ局と受注側の芸能プロダクションの力関係が逆転しているのです。  テレビ局といった報道機関にまで影響力を行使するほど、芸能プロダクションの権限が肥大化するのは、決して健全なメディアの状態ではありません。 芸能界の市場独占に行政のメスが入ることに期待するだけではなく、テレビ局自身も毅然として自らの編集権を守るべきです。そのためには芸能人の人気に全面的に依存するのではなく、自社の演出力を磨いて視聴率が稼げるよう、番組作りの体制を整える必要があると思います。 ハリウッドでは俳優を育成しません。自分で俳優学校へ行って学び、エージェント会社を雇います。エージェント会社は仕事を探してくるブッキング業務だけを行い、マネージャーは別に雇います。日本の芸能事務所は、タレントの育成から日々のマネージメント、番組の構成・演出を手がける企画制作プロダクションまで、一社で全てを兼務する特殊な存在になっています。これが芸能界のゼネコンとして、事務所が権限を独占する一因でもあるでしょう。「義」を求めるなら「仁」を示せ 今回の公正取引委員会による芸能事務所への介入は、旧態依然とした日本の芸能界特有のシステムを見直し、時代に即した健全な業界へと生まれ変わらせる大きなチャンスであることは事実です。ただし、メスを入れる以上は、責任を持って、これまでの因習に取って代わる代案を出すべきで、それはタレント個人の人権を守ると同時に業界全体を活性化するものでなければなりません。 いわゆるお役所仕事にありがちな、メスを入れるだけ入れておいて、野暮な正論を押しつけておしまい、というのでは業界が萎縮してしまうでしょう。日本の芸能界には、アジア各国への輸出をはじめとする国際競争力のあるエンターテイメント産業として、今後も発展する潜在能力があります。 タレントの育成も含めて、業界に関わる事業者すべてがフルに力を発揮できるような、新しいビジネスモデルが見えてくるレベルまで議論を尽くすべきです。それは決して容易な作業ではありません。2016年7月に所属事務所から独立した女優、のん(小山理絵撮影) 単純に欧米の契約社会で生まれたドライなエージェント制度を、そのまま日本に輸入しても、うまくいかない気がします。日本の芸能界が独自に発展してきた背景には、良くも悪くも職人の徒弟制度のようなウェットな側面があります。また場合によっては学齢期の子供を預かり、社会人として育てる教育機関としての側面もあります。 これまでの日本の芸能界は、いわば「仁」「義」「礼」といった日本人らしい美徳を基本にして、その伝統的な倫理観によって成り立ってきた社会と言えるかもしれません。それを対等で合理的な契約関係へと生まれ変わらせることが、今、求められているのです。 タレント側に育ててくれた事務所に対する「義」の心を求めるのなら、事務所側には、広く世のため人のために巣立つ子供を見送る親心「仁」の精神が不可欠でしょう。こういった美しい日本の心を失うことなく、今の時代に合った新しい芸能界のあり方を策定するのは、相当な難問だと言えそうです。 このあたりをどう処理するのか、有識者会議の腕の見せ所だと思いますので、注意深く見守っていきたいと思います。

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    モデル西山茉希「13年間の奴隷契約」に通じるヤクザな慣習

    片岡亮(ジャーナリスト) 公正取引委員会が、芸能タレントやスポーツ選手などの所属契約について、今年8月から有識者会議「人材と競争政策に関する検討会」で議論が始まり、既に3回目となる。タレントの移籍などについて独占禁止法に反する疑いが出ているためだ。芸能界では所属事務所から独立することは基本的にタブーであり、今年2月には宗教団体「幸福の科学」への出家騒動で事務所との契約を終了させた女優、清水富美加が、事務所を辞める際に「過去の月給は5万円だった」などと待遇への不満を暴露し、これに反論する事務所側と対立した。それ以降、清水が表舞台で活動する姿をみかけることはほとんどない。 解散騒動が注目を浴びた国民的アイドルグループSMAPも、問題の本質はグループの解散ではなく、一部メンバーの「独立」だった。事務所の経営者と折り合いが悪かった辣腕マネジャーが定年退職を前に独立の動きを見せ、そこに一部のメンバーが追従しようとしたが、結果はテレビ番組で5人そろって謝罪をさせられるという異様な決着となった。会社を辞めようとしただけで不祥事を起こしたような扱いを受けたのは一般の目からすれば、明らかに異様である。ライブイベント「ワールド・ハピネス」にゲスト出演したのん ほかにも最近では、人気女優だった能年玲奈が独立をしようとした途端、一部メディアに「洗脳されている」とのゴシップ記事が出て「変人」扱いされ、独立後の再出発では本名での活動ができなくなり、「のん」への改名を余儀なくされた。6月には、トップモデルの西山茉希が契約解除をめぐって所属事務所と対立していることが表面化したが、案の定、その後の露出は激減した。 芸能界では「売り出してくれた事務所を裏切ってはいけない」という観念が固定し、タレントはいわば事務所の「所有物」のようになっている。主要な仕事先のテレビ局をはじめとする大手メディアが事務所と一体になっているから、実際に事務所とトラブルになれば、「業界から干される」ということも起こり得る。まるで恐怖政治のような世界だが、そもそも日本の芸能界は暴力団が取り仕切っていた歴史もあり、ヤクザな世界に通じる慣習がいまだはびこっているのである。 そこを見かねて公取委が動き出したというわけだが、是正というよりまだ勉強会に過ぎず、その姿勢は決して前向きには見えない。今後の状況を見て何らかの新ルール作りに着手する可能性はあるだろうが、問われるのはその実行力だ。 ある芸能プロのマネジャーは、タレントとの「奴隷契約」といわれるアンフェアな関係について「表向きは合法だから問題ない。弁護士を入れてガッチリそこは抑えてある」と言った。この芸能プロでは、タレントとマネジメント契約する際に書面で交わす雇用条件については2年ごとに見直し、更新することになっている。タレントに不満があれば更新時の3カ月前に契約解除の申し入れができるとされ、労働基準法で定められる3年以内の契約期間内にも違反してはいない。ボクシングでも起こる「飼い殺し」 しかし、実際には2年ごとにタレントが契約の更新を毎度、見直すことができるかといえば、まず難しい。事務所を辞めれば他の事務所へ移籍するか、独立して自分で事務所を立ち上げるしかなくなるが、移籍の場合、芸能プロの大半が互いに引き抜き合戦にならないよう「暗黙の了解」があるから、円満移籍以外での引き受けはまずしたがらない。 元の事務所は、タレントが辞めても得をすることはないから円満に他社へ送り出すケースはごくまれであり、結局は受け入れ先がなかなか見つからないという事態に陥る。そうなるとタレントが自分で事務所を立ち上げるしかなくなるわけだが、独立の場合は仕事先が元の事務所に気を遣って付き合いを控える状況が生まれてしまう。つまりは契約上、いくら健全に見えても状況的には移籍や独立を許されないというのが業界の慣習になっているのである。2017年2月、主戦場の団体「パンクラス」に対して専属選手契約の解除を求めた女子格闘家の中井りん これは何も芸能界に限った話ではない。プロボクシングの世界でも、ボクサーが事実上の「奴隷契約」を強いられているというのが実情だ。選手が所属ジムを移籍しようと思っても、所属先と受け入れ先が多額の移籍金で合意に達しない限り、移籍は実現しない。だから、合意にこぎつけるまでの間、選手は試合から遠ざかり、事実上の「飼い殺し状態」が続くのである。 選手寿命の短いスポーツでは、若いボクサーがブランクを作ることを恐れ、たとえファイトマネーなどに不満があっても所属ジムの会長に渋々従っているケースが非常に多い。これもルール上は選手とジム間の契約にマネジャーが仲介するよう定められているのだが、大半のマネジャーはそのジム側に雇われていて公平性などないに等しい。 このジム側にとって都合の良いシステムは業界全体が守ろうとするため、いつまでたっても改善されることはない。アメリカだと奴隷制度の黒歴史から「モハメド・アリ法」なる法律で奴隷契約は違法とされているから、人気ボクサーになれば報酬は興行収入の大半をもらえるような契約もあったりするのだが、日本では選手がどんなに出世しても、所属ジム会長が決めた条件は動かない。 つまり、契約よりずっと手ごわいのは古い慣習であり、公取委が契約書を読みながら関係者に形式的なヒアリングをしたところで、問題の本質は浮かび上がってこない。ただ、こんな村社会の前時代的なシステムが業界の発展を阻んでいるのも事実である。過去、映画界では大手5社による引き抜き防止協定、いわゆる「五社協定」で俳優の移籍を防いだことが広く知られるが、結果として映画業界の凋落(ちょうらく)を招いてしまった。一部の利益を守るために「自由なビジネス」を許さないという仕組みは、長い目で見れば自らの首を絞める一因になるのではないだろうか。

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    芸能人の「奴隷契約」がシャレにならない

    ライブを中心に活動する「地下アイドル」と呼ばれるグループの元メンバーが、当時所属した芸能事務所に対し、契約の無効確認や未払い賃金の支払いを求め東京地裁に提訴した。昨年解散した元SMAPやタレントのローラなど、芸能人の移籍や独立をめぐるトラブルはなぜ後を絶たないのか。