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    都知事選と大統領選でわかった 日米左派の「大人と子どもの差」

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)抱き合って協力を誓い合ったヒラリーとサンダース 7月13日、米国ニューハンプシャー州でクリントンとサンダースは壇上で抱き合って協力を誓い合いました。サンダースは「彼女が大統領選の民主党候補者になる。自分は何でもするつもりだ」と述べ、ヒラリー・クリントンが圧倒的に最適な候補だと強調しました。7月12日、米ニューハンプシャー州で、大統領選の民主党候補指名を争ったサンダース上院議員(左)と共に手を振るクリントン前国務長官(AP) さらに、サンダースは「二人の間に意見の相違があるために予備選挙を戦ってきたが、それが民主主義というものだ」という言葉を続けて、「そのおかげで両陣営は歩み寄りができ、民主党の歴史で最も進歩的な公約をまとめることができた」と民主主義を讃えました。 サンダース支持者が会場からブーイングすると、サンダースはそれらの人々を手で制し、返礼としてクリントン氏はサンダースの存在に謝辞を述べ、彼が掲げた政策を取り入れていく決意を語りました。【米大統領選2016】 サンダース氏、クリントン氏支持を正式表明野党に引きずり降ろされた宇都宮氏 一方、日本では公示日直前から野党側の候補者として内定していたと見られる宇都宮健児氏に代わって鳥越俊太郎氏を擁立する動きが活発になりました。 宇都宮氏は7月12日にメディアに対して「(鳥越氏は)大変知名度のある方だとは思うが、(野党の対応に)違和感を持っている。候補者のことをなんだと思っているのか」。野党が鳥越氏を担いだ経緯についても「不透明だ。どういう議論がされているのか伝わってこない」(産経ニュースから引用)と怒りをぶちまけています。 その上で、宇都宮氏は鳥越氏と面談し、「都政のことはこれから」という鳥越氏に自らの政策集を渡し、その実現を託しました。会談終了後、宇都宮氏は「掲げた政策を実現するためには選挙で勝つ必要がある。その前提となるのは政策であって、なんでも勝てばいいという立場ではない」と囲み取材で語っています。 しかし、テレビで追及されてようやく言及した築地市場の移転反対の可能性を含めて宇都宮市の政策が十分に反映されたとは言えない状況です。 宇都宮健児氏のTwitterは7月13日の撤退表明以来沈黙していましたが、7月20日現在イベント紹介の案内の配信が再開されましたが、東京都知事選挙については一切触れられていません。政治的意思決定プロセスの成熟度に差政治的意思決定プロセスの成熟度に差 筆者は公開討論会の様子などを見ていた限りでは、宇都宮健児氏の政策は非常に練りこまれたものであり、弁護士としての現場の匂いがする地に足の着いたものだったと感じています。 東証一部上場会社(鳥越製粉)創業家でエリートジャーナリストの鳥越氏と弁護士として貧困と戦ってきた宇都宮氏はちょうどヒラリーとサンダースを模したような存在です。日米において両者の対応が正反対のものになったことは両国の民主主義の成熟度の差を表す典型的な出来事と言えるでしょう。 今回、野党側は知名度ばかりを気にして、石田純一氏、古賀茂明氏、宇都宮健児氏らに声をかけては取り換えるという極めてご都合主義の対応を繰り返してきました。 このような無様な状況になった理由は明白です。それは党幹部支配によって党員の声が完全に無視されているからです。つまり、民進党をはじめとした国政政党は党員・サポーターを抱えているにも関わらず、彼らの声を全く無視して一部の議員だけで集まって物事を決める閉鎖的な党体質を抱えているのです。 与党側でも多くの東京都民の有権者が「増田って誰?」というところからスタートし、そのまま選挙戦に突入するという極めて都民を馬鹿にした対応がなされています。予算規模13兆円の都庁のリーダーを決める選挙戦を通じて、日本の民主主義の未熟さが露呈したことが今回の東京都知事選挙の最大の成果と言えるでしょう。政策論争や過去の実績を問われる候補者選定プロセスを 舛添氏の辞任は参議院議員選挙直前ではありましたが、それは東京都民がいい加減なプロセスで東京都知事を選ばされる理由にはなりません。参議院議員選挙が忙しいなんて言い訳は東京都民には全く関係ありません。 国政は国政、都政は都政であって、今回の酷い擁立劇は東京都議会の各政党会派の怠慢だと言えるでしょう。国政選挙があるから東京都知事選挙が蔑ろになるなら、国会があれば東京都議会も要らないということで良いのでしょうか。 少なくとも今後は東京都知事選挙については任期終了の半年程度前から各政党が候補者選考プロセスを東京都民に公開する形で実施していくことが必要です。今回の東京都知事選挙を反省材料とし、日本にも当たり前の民主主義のプロセスが定着していくことが望まれます。 とりあえず、日米で民主主義の成熟度が「大人と子どもの差」がある状況はみっともないので、日本の政治家には早急に是正してほしいと思います。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年7月20日分を転載)

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    石田純一の呼び掛けは動かない野党への起爆剤だ

    いというよりも野党への統一候補の擁立を促すものであったと思います。「出馬に家族は反対「話し合いたい」芸能活動で「ペナルティーも」「靴下は履いてもいい」」(前半)(産経新聞2016年7月8日)「芸能界に「未練ない」「笑われるのも覚悟」壱成、すみれは「電話つながらない」(後半)(産経新聞2016年7月8日) 参議院選挙の最中での表明のあり方が問われていましたが、東京都知事選挙はすぐに来ますので、別に問題があるとは思えません。 むしろ、野党4党がなかなか動かないということにこそ問題があります。 私は、石田さんの会見は、このような動かない野党4党への起爆剤としての意味があり、とても良かったと思います。 民進党岡田代表も共産党志位委員長も石田さんの発言を絶賛していますが、かなり刺激を受けたことでしょう。街頭で都知事候補者への応援演説を行う(左から)、枝野幹事長(民進)、西崎共同代表(東京生活ネット)、小沢共同代表(生活)、鳥越俊太郎候補、志位中央委員長(共産)、又市幹事長(社民)の各党幹部=7月22日、東京・有楽町駅前 それ以上に気になるのは、石田純一さんがこのような表明をしたことによって芸能界から干されるのではないかと危惧する発言があることです。 発言者自身は、石田さんのことを慮ってのことだということはよくわかります。 同じような問題では、近いところで山本太郎さんが反原発の運動を行ったことが芸能界での居場所を失わせたということで、この世界は何と自由にものが言えないんだろうと思いましたが、そのようなものが言えない状態であることは、今なお改めて私たちにも突きつけられた問題です。 これが政権与党の応援だったりすると、だいたいがスルーされます。 与党からの立候補などマスコミが大騒ぎします。今井絵理子氏がその典型例です。 「当選」を前提としているからでしょうか。 あるいは政界を引退した橋下徹氏については芸能界復帰かとまで言われていましたが、あれだけ「色」がついているのに、あの極右思想であればスルーなのです。 以前は、このような世界ではなかったと思います。私が学生の頃、見たような映画では、例えば『千羽づる』などは、原爆をテーマにした反戦映画ですが、倍賞千恵子さんや前田吟さん出演ですが(どこかの映画のキャストと似ていますが)、普通に出演されていたと思います。 この映画が再び見れないのが残念です。http://movie.walkerplus.com/mv17924/ かつての『戦争と人間』のような山本薩夫監督の映画も石原裕次郎さんも出演されていました。 この中で、石原裕次郎さんは外交官の役でしたが、満州事変を引き起こした関東軍に対し、「戦争を止められないのなら外交官の存在意義はない、今日限り、外交官をやめます」という趣旨のことを述べたことが非常に印象に残っています。 体制に気に入られるようなものばかりを財界が望み、それが報道番組の内容にまで及んでいる昨今ですから、石田純一さんや山本太郎さんが干されていくということはその延長線上なのでしょうが、本当にこれだけものが言えない社会でいいのでしょうか。 それは芸能界に限られず、誰も自由にものが言えない社会になることが非常に危惧されます。「国家緊急事態条項とヘイトスピーチ規制 狙われているのはヘイトスピーチではなく、政府に反対する言動」(2016年7月9日「弁護士 猪野 亨のブログ」より転載)

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    石田純一はともかく妻の東尾理子は政治家の妻に向いてる?

     放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、まさかの都知事選出馬が取りざたされる石田純一と妻の東尾理子について語る。 * * * 誰もが耳を疑った「石田純一、都知事選出馬へ」の一報。だが彼の本気度は日に日に増していき、8日午後、都内で出馬“意欲”会見を行うまでに。 同時刻に生放送をしていた日本テレビ、TBS、フジテレビはその模様をほぼノーカットで伝え、さらには、石田純一のプロフィールを改めて紹介していた。 ワイドショーと石田の関係は深くて長い。もっとも有名なものはゴルフのラウンド中、リポーターらに囲まれ、不倫について熱く語るVTR。あの「不倫は文化」が生まれたシーンである。 結婚歴は3回。3人の妻との間に、1人ずつ子供がいること。さらに、2度目の結婚が破たんした最大の理由となった長谷川理恵とは、結婚する、しない、家を建てた、そこには住まない、復縁、やっぱり破局…と、延々ワイドショーにネタを提供してくれたものである。東京都内で行われた「世界禁煙デー2016」の街頭キャンペーンに登場した俳優の石田純一と妻の東尾理子 「ノーコメント」とか「対応ナシ」で切り抜けてもいいのに、自分が窮地に立たされているときでも、カッコ悪いときでも、マスコミに囲まれると立ち止まって話してくれる石田は、各局の芸能デスクやリポーターらにもっとも好かれているタレントと言っても過言ではない。「困ったときの石田純一」。あるいは「ジェーワン」とも呼ばれ、重宝されてきた。 老若男女、有名無名、相手がどんな人であっても石田は腰を低くし、優しく接する。 「若くてキレイな女性に優しい男性はたくさんいるが、石田さんは、年配の不細工な女にも優しい」と言っているドラマの女性プロデューサーがいた。彼女はこんなエピソードも教えてくれた。夜、ADの女性に男性スタッフがタバコを買いに行かせようとしたところ、打ち合わせ中だった石田純一が立ち上がり「ちょっと待って! こんな夜中に女の子が外を出歩くものじゃない」と静止したというのである。さらに石田は、そのADの手を取り、目を見つめて、「わかった? 行っちゃダメだよ」と言ったのだとか。Tシャツにジーンズ、ノーメイク、髪をボサボサにして現場で働く、ガタイのいい女子だったそうだが、彼女はもちろん、周りの女性スタッフはみな、石田の優しさと気遣いに涙したという。 目に浮かぶようだ。石田は局内で知った顔を見つけると、「あ〜、○○さん」と、その人の名前を呼び、笑顔で近づいてくる。それも媚びているふうではなく、とても自然に…。育ちの良さが原因しているのだろうか。 そんな石田の「結婚」や「不倫」以外のプロフィールを紐解くと、祖父が区議会議員経験者、父が報道アナ、姉は音楽関係の仕事をしていて、文化的な集まりの司会をする姿を見かけたこともある。 石田自身もニュース番組のメインを張っていたし、国会前でのデモ参加やマイクを持ってのスピーチは記憶に新しい。というワケで、出馬“意欲”会見は決して唐突なことではなく、実は納得のいく点がいくつもあり、今回はその点と点が線に繋がったかっこうだ。政界に進出する気マンマン テレビ朝日系の夕方のニュース番組『スーパーJチャンネル』のJは、実は「純一」の頭文字。石田が不倫騒動で番組を降板しても、そのタイトルだけは残っていたのである。 石田が会見を行った8日、その『〜Jチャンネル』の裏番組である『ももち浜ストア夕方版』(フジテレビ系のテレビ西日本)に妻の東尾理子が生出演。「できれば出馬してほしくない」と複雑な胸中を明かした。 「心配ですよね、いろいろ不安というか…」と言いつつも、「妻として主人を支えたい」とも。一部で「政治はダメ」という約束が夫婦間でされていたとの報道もあったが、「絶対にダメ」ということでもなさそうだ。 実は、石田の出馬“意欲”会見を見ていたとき、「石田さんはともかく、理子ちゃんは政治家の妻として相応しいかもしれない」と彼女の人柄をあれこれ思い浮かべていた。 父は東尾修氏、自分はプロゴルファー。幼少期から何不自由なく育ってきた彼女は、豪放磊落な父の人柄を知り尽くし、いまもモテる修氏とはとてもいい関係を築いている。 彼女のすごいところは、夫と前々妻の間の息子である俳優のいしだ壱成や、前妻の娘でモデル・女優のすみれと仲がいいということだ。二人から「理子ちゃん」と呼ばれ、すみれは、「理子ちゃん、かわいい」とも言う。母・松原千明と自分を苦しめた父・石田純一に対しては複雑な思いがあることだろう。だが、壱成やすみれも「家族」として自宅に招くという東尾理子。前妻との離婚後、精神的にかなり落ち込んでいた壱成は「理子ちゃんは愛の人。理子ちゃんのお陰で家庭の温かさをまた知ることができて、本当に感謝している」とまで言っていた。 東尾理子は、石田純一と結婚後、タレントとして生活情報番組やヒナ壇番組から引っ張りだこだ。セレブを気取るわけでもなく、でも“お嬢さま”ならではの特異なエピソードを有していて、しかも、人の傷みを理解し、社会派でもある。 不妊治療の末、母になるときも、デリケートな話をあまりにもオープンにするものだから一部でバッシングを受けたりもした。だが、彼女の性格を考えると、妊活事情を包み隠さず明らかにすることで、誰かの役にたてば、自分はどれだけ批判されてもいい…という想いでやっていたのではないか。 ちょうどその頃、東尾理子と、ある生活情報番組で何度か共演させてもらっていたが、CM中、彼女が妊活のために使っていた「よもぎシート」なるモノの話で盛り上がった。下着の内側に敷くと、じんわり温かくなり、よもぎの香りでリラックスできるというモノ。「へ〜、そんなのあるの? 知らなかった」と言った私のリアクションを覚えていてくれたのだろう。 その後、また共演したとき、私の楽屋の扉を叩く音と共に、「理子です」と言われ驚いて開けると、「これです!」と、その「よもぎシート」を1パック、私に差し出した東尾理子。その記憶力と気遣いに、「これは石田純一以上かもしれない」と感心したものである。 母となった彼女はますます「愛の人」となり、細やかさはそのままに、肝っ玉母ちゃん的な大らかさも備わった。お嬢さまではあるが、常識人であり、社会性もある。さらに空気も読めて、ユーモアにもあふれているので、好感度は抜群。しかも大物の“二世”ならではの大胆さも備わっている。 そして何より彼女はアスリートである。父の東尾修氏を含め、2020東京五輪に向けて、スポーツ振興や、スポーツ教育を通じて子供たちの未来についても当然考えているハズだ。 今回の都知事選出馬がなかったにせよ、政界に進出する気マンマンであることがわかった石田純一の妻・東尾理子が石田にとって、さらに最強のパートナーとなることは間違いない。関連記事会社員の年金 「石田純一型」と「加藤茶型」で明暗くっきり石田純一&東尾理子 出産2日前の命名会議 候補は「リタ」か東尾理子が石田純一をブログに登場させることを心配する声東尾理子 夫の2人の子と仲良いのは東尾修氏との関係もあり小石田純一 一押しのDVDは本家出演『抱きしめたい!』他

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    「もうアホじゃない」 岡村隆史はめちゃイケMCとしてどうあるべきか

    木村隆志(コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者) 「めちゃイケ」は1995年に深夜番組からゴールデンタイムに昇格した番組ですが、ナインティナインや極楽とんぼをはじめ、勢いがあって、何かやってくれそうな期待感を抱かせるメンバーが揃っていて、とにかく瞬発力がある番組でした。 90年代というと、ウッチャンナンチャンやダウンダウンがそれぞれ冠番組でコントやバラエティ番組らしい企画をやっていましたが、派手なドッキリや岡村隆史さんがさまざまなことに挑戦する「岡村オファーがきましたシリーズ」など、既存のバラエティをもうひとつ飛び越えてくるような、驚きや楽しさがありました。2013年8月、「めちゃイケ」DVDの手売り販売を行ったナインティナイン・岡村隆史 たとえば「めちゃ日本女子プロレス」という企画があって、女性プロレスラーや現役のトップアイドルと加藤浩次さんが闘うのですが、本気で傷めつけたりしていて、今では問題になってしまうような企画でした。最後に岡村さんがタイガーマスクを被って下半身モロ出しで登場するなど、若い芸人にしかできない思い切った企画が多かったのです。 いまではメンバーの高齢化が進み、初期からのメンバーはアラフォーからアラフィフに入ってしまうくらいの年齢になってしまいました。矢部(浩之)さんも子供ができましたし、45歳で独身の岡村さんがモテない企画をやったとしても痛々しさが出てしまいます。ただ、「面白ければいい」という当初からの番組のコンセプトは変わりません。 お笑い芸人も歳をとれば、業界内や芸人同士での役割は変わります。たとえば、ビートたけしさんやダウンタウンの松本人志さんは、ご意見番の立場になっているように、共演者も観ている人もリスペクトしてしまうんですよね。視聴者は「いい歳だし、キャリアもあるし、そんなにアホじゃないでしょ」という目でみてしまうのです。 そんな瞬発力、突破力を不足を補うためか、岡村さんが休んでいるときにオーディションで新メンバーを入れましたが、残念ながら揃って不発でした。岡村さんをはじめとする初期メンバーのような瞬発力、突破力があり、思い切ったコメントや動きができるような人が誰ひとりとしていませんでした。もっと新メンバーを活かすような演出を仕掛けたり、力量がなかったら替えたりすればいいのに、それもしていません。企画だけでなく、人の面でも硬直化してしまい、新しい風が入りませんでした。いまはコンテンツ消費の時代。裏番組の「ジョブチューン アノ職業のヒミツぶっちゃけます!」では、毎回司会だけ固定でゲストをどんどん投入しています。めちゃイケも同じように新メンバーをどんどん替えていけばよかったんですけど、チームでつくっている意識が強すぎて、流れの早いいまの時代には合っていない面もあるでしょう。「めちゃイケ」らしさって何だ? それに、いまだに内輪受けというか、楽屋トークをやってしまうところが気になります。プロデューサーやスタッフが出演するなど、「知らないと笑えない」というケースが度々出てきます。そうしたノリはもともと、とんねるずさんの十八番ですが、90年代は内輪ネタが受け入れられる時代でしたし、みんなそういうものを知りたいと思っていました。「タレントって面白いな」とか、「裏が知りたい」とか。でも、今はそういうことに興味がある人が少なくなっているのでしょう。 いまではもう、「めちゃイケ」は放送年月でいえば、「ドリフ大爆笑」を越えました。土曜午後8時という放送時間は、ドリフや「オレたちひょうきん族」などファミリーで楽しむバラエティ番組の伝統枠。「めちゃイケ」はその枠の最後の砦であって、フジテレビの象徴とも言える番組です。視聴率が落ちそうになると、大きな企画をぶち上げて視聴率をとってなんとかやってきたわけですが、最近は特番でも視聴率がとれなくなってきて、酷評されることも増えました。フジテレビ系「めちゃ2イケてるッ!SP」 ナインティナインの矢部浩之(左)、岡村隆史 深夜時代から番組を見てきた一人として、企画の迷走は感じます。放送界はBPO(放送倫理・番組向上機構)を恐れて自主規制する風潮が強くなっていますが、「めちゃイケ」も何度か審議対象になりました。かつて「七人のしりとり侍」という人気コーナーがあって、罰ゲームとして負けた人をボコボコにするのですが、「いじめを助長する」とBPOに抗議が寄せられ、2001年に打ち切られました。芸人同士、信頼関係でやっている「お約束」なのですが、それはもう通用しないのです。2014年にはSTAP騒動の小保方(晴子)さんのパロディが批判を受けてお蔵入りしてしまいました。以前だったら放送してから怒られていたのですが、現在は事前情報だけで追い込まれてしまっているのです。 自主規制やネットを中心にした批判の影響か、「めちゃイケ」の企画の立て方に迷いを感じることが多くなりました。たとえば、今年2月に「痔7」と題した痔のタレントを7人集めた企画があったのですが、夕食の時間帯ですし、苦情も多かったと聞いています。「BPOを意識しながら、視聴率がとれるもの」となると、グルメだったり健康だったり、情報番組のような企画になってしまうのが、制作サイドにとってはつらいところ。視聴率を意識しながら「めちゃイケ」らしさを出そうとしていて、変な方向にいってしまったという企画でした。もっと単純に笑わせてくれればいいのではないか、と思いますが、それが難しい時代といえばそうなのかもしれません。 これは「めちゃイケ」というより、テレビ業界全体の責任ともいえます。いま、バラエティ番組は、グルメや雑学をテーマにしたものが増えて、夜の時間帯でも生活情報番組化が進んでいます。コント番組もほとんどなくなってしまいましたし、特番では成立してもレギュラーになると視聴率がとれないため、各局は無難な生活情報番組を選んでしまうのです。すべての元凶は、視聴率にこだわりすぎていること。そんな中でも、めちゃイケは色々なことにチャレンジしていますし、存在意義がある番組だと思います。だからこそ、視聴率に一喜一憂するのではなく、笑えるだけでまったくためにならないようなバカバカしいことをやり続けてほしいですね。(聞き手・iRONNA編集部 川畑希望)きむら・たかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。

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    「めちゃイケ」が負の連鎖に苦しむワケ

    フジテレビの看板バラエティー『めちゃ×2イケてるッ!』の低迷が続いている。番組改編期になれば、たびたび打ち切り説が流れ、ネット上でもバッシングが絶えない。今年、番組開始から20年の節目を迎えためちゃイケ。なぜ「負の連鎖」から抜け出すことができないのか。

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    【三ちゃん独白】めちゃイケに必要なのは僕の「復帰」なんです(笑)

     三中元克(お笑い芸人) 2010年秋にナインティナインさんのバラエティー番組「めちゃ×2イケてるッ!」の新メンバーオーディションを受けたのは、子供のころからめちゃイケが好きで、中でも岡村隆史さんの大ファンで尊敬していたからです。 小学生のときからめちゃイケの人気はすさまじかったんですよ。地元の大阪の友達は全員見ていました。中学時代にやっていた人気コーナー「数取団」が面白くて、学校でみんな真似していましたね。週明けの月曜日はまず、めちゃイケの話から始まるのが当たり前でした。 だから物心ついたころから、お笑い芸人になりたいって本気で思っていて、岡村さんみたいにお笑いで多くの人を感動させることができるようになるのが夢でした。小学校の卒業文集にも将来の夢として書いたぐらい。僕の原点はめちゃイケなんです。 2001年からロバートさんやキングコングさんらが出演していたお笑いバラエティー番組「はねるのトびら」が始まり、そっちの方が面白いって言う友達もいましたけど、僕は絶対めちゃイケの方が面白いって力説していました。 高校3年の夏休みに同級生3人で、アルバイトで貯めた6万円を持って東京旅行に行きました。当時お台場でやっていたフジテレビのイベント「お台場冒険王」のめちゃイケブースで番組関連グッズなどを買い漁って5万円ぐらい使ってしまったんです。2日目目のディズニーランドでは何も買えませんでしたが、目的はめちゃイケブースだったので大満足して帰りました。それぐらいめちゃイケが好きだったんです。 本気でお笑い芸人を目指したのは高校時代です。ただ、通っていた高校の進路指導の先生に相談したら、一度はちゃんと就職しないさいと言われ、お金もなかったので納得しました。 当初は吉本興業のタレント養成所「NSC」の大阪校に行くつもりでしたが、実家からだと甘えてしまうし、中途半端な気持ちでは親を説得できないだろうと思って覚悟を見せたかったんで、東京でやろうと決めたんです。卒業後は棚の製造会社に就職しましたが、1年間で辞めました。入社前の面接で「一生働きます!」なんて言いましたけど、最初からまとまったお金が貯まればすぐに上京しようって決めていたから。運命を感じたオーディション 1年間で45万円ぐらい貯まったので、翌年に会社を辞めて上京しました。食べることに困らないよう、レストランとかファストフード店とか、飲食店ばかりでアルバイトをしましたね。 最初にめちゃイケとの関係ができたのは、上京から3か月半ほどたったときでした。携帯電話でアルバイト情報を見ていたら「あの人気番組で働ける」と書いてあったので、もしや!って思ったんです。絶対めちゃイケか「はねるのトびら」だろうって。応募締め切りはその日の午後5時、時間をみたら午後4時。猛ダッシュしてギリギリ最後に受け付けてもらったら、仕事はやっぱりめちゃイケだった。帰りの電車の中で採用の連絡がきて、もうめちゃくちゃうれしかったですね。 そのアルバイトは「お台場冒険王」の後継だったフジテレビのイベント「お台場合衆国」で、めちゃイケのブースでした。「矢部家の牛丼」という、矢部浩之さんのお母さんが考案した肉の代わりにタコさんウインナーをのせた丼を作ったりしていました。憧れのめちゃイケに関わる仕事ができて本当にうれしかったですね。フジテレビ夏の恒例イベント「お台場合衆国」 大きな転機が来たのは、めちゃイケメンバーのオーディション実施が発表されたその年の9月。上京した年だったことに加え、アルバイトもした後ですし、何か運命のようなものを感じてオーディションに参加しました。 でも当日会場に行ったら8千人ぐらい集まっていて、こりゃだめだって思ったのを覚えています。もう思い出づくりにでもなればと参加して、最初は○✕クイズで一度は落ちたんです。だけど運がよかったんですよ。あまりにも落選者が多かったので敗者復活になり、それで勝ち残ることができた。30秒の自己PRに進んだときは、事前にあれこれ考えていたけど、いざ面接になると、目の前に加藤浩次さんや濱口優さんらがズラリといて、頭は真っ白。「お台場合衆国」でアルバイトしていたことしか言えませんでした。もうだめだと思っていたけど、濱口さんが僕のことを「気になるわぁ」、「素人中の素人が来たなあ」って言ってくれて、目をつけてくれたんです。 オーディションで選ばれてからは大変でした。岡村さんや加藤さんらは僕とは親子ぐらい年も離れていますし、収録前なんかはどんな話をすればいいのかまったくわからない。憧れの岡村さんと一緒に仕事ができるうれしさや楽しさ以上に不安ばかりでした。もし、岡村さんと絡んでスベッたらどうしようとか、もちろんめちゃイケには素人として出ていたので、メンバーやスタッフの方々から「期待せんから大丈夫やで」って言われてましたけど、やっぱり岡村さんの前では面白いやつでありたかったですからね。 岡村さんは、収録前はほとんどしゃべらないとか聞いていたけど、実際は違いますよ。現場ではメンバーのみなさんとよく話しているし、僕が楽屋にあいさつに行ったときも「三ちゃんおはよう」って返してくれます。よい意味で、ぜんぜん違うんだとわかりました。 それから岡村さんみたいになりたいって簡単に思っていたけど、当たり前ですが、まったく及ばないことも実感しました。昨年の「27時間テレビ」で岡村さんが1時間ダンスを続ける企画があって、その当時は「ライザップ」で鍛えていたのに、ダンスの練習も同時にやって、クタクタの状態で本番に臨むんです。それでも完璧にやりこなして。本当のスターはこういう人なんだって圧倒されて、鳥肌が立ちましたね。めちゃイケに必要なのは「三中の復帰!」(笑)  僕に対して厳しいときもありましたけど、とても深い愛情もあったと感じました。岡村さんは「芸人はカメラの前で感動の涙を流してもいいけど、あまり簡単に涙をみせちゃいけないよ」と指導してくたことがありました。それから「心」という漢字にタスキをかけると「必死」の「必」になるって言われて、「三ちゃんが1週間や2週間で劇的に面白くなることはないから、とにかく一生懸命やればそれが伝わって、必ず認められるから」とか、すごくいろんなことを教えてもらいましたよ。 結果的に視聴者が参加するめちゃイケの再オーディション「国民投票」で不合格だったことは悔しいし、残念です。めちゃイケの20周年を一緒に迎えたかったですから。スペシャル番組を見たりしていて寂しいなって思いました。それが本音です。 めちゃイケという番組自体の魅力は、僕の子供時代と何も変わらないと思いますよ。自主規制なんかが厳しくなる中で、まだまだ攻めている番組の一つでしょう。加藤さんの義理のお父さんが亡くなって、そのお墓の前でパロディやるとか、視聴者から「不謹慎だ」なんて言われるかもしれないことをやったり、めちゃイケがすごいのは「やっちゃいけない」ギリギリのようなことにチャレンジするところだとずっと思っていますから。そんなめちゃイケは今後もずっとこれまで通りに、めちゃイケらしさを大切にして続いてほしいですね。 めちゃイケの視聴率向上のために何が必要かと言えば、そりゃあ「三中復帰!」でしょう(笑)。冗談ですよ。絶対に冗談ですよ。 でも、めちゃイケを卒業になって思うのは、やっぱり僕はめちゃイケみたいなことやりたいし、芸人として目指しているのはナイナイさんです。だから高校時代の同級生とやっているお笑いコンビ「dボタン」で、僕は岡村さんみたいになりたいし、相方には矢部さんみたいになってほしいと思っています。 将来については、本当におこがましいことだと分かっていますが、めちゃイケを卒業になったので、自分自身でめちゃイケのようなものを作ればいいじゃないかと思っていて、舞台なんかで挑戦していきたいですね。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望)さんなか・もとかつ 1990年7月24日、大阪府生まれ。大阪府立今宮工科高校(大阪市西成区)卒業。2010年10月、フジテレビのバラエティー番組「めちゃ×2 イケてるッ!」の新メンバーオーディションで素人枠から合格し、レギュラーメンバーとして出演。今年2月に視聴者参加型の再オーディション企画「国民投票」で不合格となり、降板した。現在は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いコンビ「dボタン」のボケ役として活動している。

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    視聴者に飽きられたフジテレビ 「めちゃイケ」に染み付く内輪ウケ体質

    吉野嘉高(筑紫女学園大学教授) 低視聴率に喘いでいるとはいえ、バラエティー番組『めちゃ×2イケてるッ!』(毎週土曜日19:57~20:54)がフジテレビの看板番組のひとつであることは間違いない。今年で20周年を迎える長寿番組であるが、今なお、筆者の笑いのツボを適度に刺激してくれる。 5月の放送(21日)では、岡村隆史扮する「E村P」が、ドラマ『ラブソング』に出演するという設定のコントは絶妙であった。E村Pと、このドラマの主演、福山雅治や演出担当、平野眞氏との、とぼけたやりとりが滑稽で何度もクスクスと笑ってしまった。 面白かったのは確かなのだが、同時にフジテレビが凋落した原因はこのような「内輪ウケ」に象徴されていることを改めて考えさせられた。これを続けている限りフジテレビは再生しないのではないか(もちろん、めちゃイケの番組全体が「内輪ウケ」だけで構成されているわけではない。ここでは敢えて“フジテレビらしさ”が凝縮されたこの部分だけを抜き出して論考する)。 E村Pというのは、この番組の飯村プロデューサーをモチーフにしているらしいが、視聴者はこの人物を知らない。したがって、目をつり上げたり、“チャラい”言動で模写を試みたりしたところで、似ているのかどうかがさっぱりわからない。今や“絶滅危惧種”のような“ギョーカイ人”、飯村プロデューサーのデフォルメされた姿を笑える人もいれば、わけがわからないと感じる人もいるだろう。 めちゃイケには、これ以外にも明松(かがり)プロデューサー本人が登場する「ガリタ食堂」や「コリタ食堂」というコーナーがあった。本来裏方であるべきスタッフが出演して仲間内で盛り上げようとする、という意味で「内輪ウケ」の部類に入るだろう。 この笑いのパターンは古く、淵源は80年代前半に遡る。1981年に始まった『オレたちひょうきん族』に、ディレクターが「ひょうきんディレクターズ」として出演したりレコードを出したりしたのが始まりであろう。 このほかに1982年に始まった『笑っていいとも』のテレフォンショッキングのコーナーにはディレクター「ブッチャー小林」が出演していたし、とんねるずの石橋貴明による石田プロデューサー(通称「ダーイシ」)のモノマネもE村Pのネタとかぶる「内輪ウケ」である。フジテレビの社風に視聴者が共感した理由 フジテレビで誕生した「内輪ウケ」は、仲間内の人間関係を尊ぶフジテレビの社風と密接に関連している。旧社屋(新宿・河田町)時代は、大部屋主義によって醸成された会社全体の連帯感、一体感が視聴率三冠王の原動力となっていた。内輪で盛り上がることこそがエネルギーだったがために、フジテレビで「内輪ウケ」は定着した。 こういった背景があるため、フジテレビでは、バラエティーだけでなく、他ジャンルにおいても「内輪ウケ」が番組制作の根本原理として、長期にわたってフジテレビで信奉されてきた。 朝の情報番組『めざましテレビ』では、「めざましファミリー」と呼ばれる出演者たちがまるで家族のように仲良く会話する部分があり、一部で「内輪ウケ」と指摘されている。 また、ドラマの分野では、脚本などのストーリーよりも、キャスティングありきの制作スタイルになっていることが最近よく批判されている。役者や事務所との関係など「身内の人間関係」を何よりも重視しているという点で、広い意味で「内輪ウケ」の原理が働いているといえる。 「内輪ウケ」のマイナス面は、視聴者目線より身内の人間関係や楽しさを優先してしまうため、視聴者が往々にして置いてきぼりになるということである。これは本末転倒である。視聴者目線で番組を対象化できないとプロの仕事にはならない。昨今フジテレビがあまり見られていないのは、自分たちの都合ばかり押し付ける「内輪ウケ」体質に視聴者が飽き飽きしているという一面がある。 振り返って、80年代であれば、「内輪ウケ」を連発しても、フジテレビは視聴者に共感されていて不満を持たれることはなかった。 なぜ共感を持たれていたかというと、当時、フジテレビの庶民的、反権威主義的なところが、世間の感覚と合致していたからだ。 例えばオレたちひょうきん族は、台本通りで進行するそれまでのバラエティー番組とは異なり、番組スタッフや舞台裏のゴタゴタが映り込むのもお構いなしだった。ビートたけしは「ブス」「ババア」など乱暴な言葉を使ったり、アドリブでロケを休んだことさえ笑いに変えたりして、テレビの権威や建前の世界を“ぶち壊し”、本音を露呈させる新たな笑いに挑戦していたのだ。 ひょうきん族がブレイクする一方で、その頃、TBSの『3年B組金八先生』や『積木くずし―親と子の200日戦争―』がヒットし、校内暴力が社会問題となっていた。個性化が進む若者たちは、権威主義的に教員や親から一つの考え方を押し付けられることに対して、鬱屈した感情を溜め込んでいたのだろう。 フジテレビがバラエティー番組などで権威を“ぶち壊し”、定型的な常識や社会規範を相対化させて見せる時、視聴者が共感を示したのはこのような社会状況があったからにほかならない。あの頃、日本社会がフジテレビを欲していたのだ。庶民派から既得権益にしがみつく「特権階級」へ しかし、今、日本社会はフジテレビを欲していない。「フジテレビの番組といえば、古臭くてつまらない」というネガティブバイアスも加わり、視聴率は下がるばかりだ。 フジテレビが視聴者からそっぽを向かれるようになったのは、日本社会もフジテレビも変わってしまって、両者の間に埋めがたい溝ができてしまったからだ。東京・河田町にあったフジテレビ旧社屋 まず日本社会の人間関係が変わった。NHK放送文化研究所の調査によると、職場での人間関係において「全面的なつきあい」を望ましいと答えた人は、フジテレビが全盛期を迎えた頃の83年で全体の52%だが、2013年には35%と減っている。一方、「形式的つきあい」を望む人は14%から26%に増えている。 フジテレビが出演者や番組制作者の協調的人間関係をアピールしたところで、違和感がある時代になったのだ。人々はあっさりとした人間関係を望みつつある。「内輪ウケ」の前提となる仲間内の濃密な人間関係を疎ましいと感じる人が増えているのだ。 もうひとつ挙げれば、2011年に東日本大震災が発生した時、日本社会がシビアな雰囲気に変化した。ところが、相も変わらず「楽しくなければテレビじゃない」という80年代の方針に固執し、内輪でぬくぬくと楽しんでいるようなフジテレビに視聴者は苛立ちを覚えたと考えられる。 フジテレビ社員も変わった。80年代であれば、前述したようにフジテレビの庶民性が共感を呼んだのだが、その後フジテレビは、ピーク時には平均年収約1500万円と業界NO.1の給料をもらえる一流企業になってしまった。一方で、下請けのスタッフはその何分の一かの薄給でこき使われている。もう庶民派のイメージはない。第三者からみれば既得権益にしがみつく特権階級だ。 そんなフジテレビ社員の実態がネットで世間に知れ渡った今、身内の協調的人間関係を前面に押し出して番組への参加を促しても、視聴者は拒否反応を示すのではないか。「私たちは、皆さんの仲間です」とでもいいたげな「内輪ウケ」で親しみやすさを演出しても、そこにもはや共感はない。 このようにめちゃイケの「内輪ウケ」に象徴されるフジテレビの番組制作の原理は、もはや耐用年数を過ぎて役に立たなくなりつつある。近い将来きっとなくなるだろう。その時、新しい番組制作の座標軸を構築する必要性に迫られ、フジテレビ再生の物語が始まるのかもしれない。 しかし、未だに会社内の危機感は薄いと聞く。減ってきたとはいえ、給料も他企業に比べれば、羨ましがられるレベルであることに変わりはない。尻に火がついた状態ではないのだ。楽観的なところがフジテレビの良いところと言えないわけでもないが…

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    岡村にも読んでほしい! めちゃイケ「復活劇」の台本はこれしかない

    西条昇(お笑い評論家、江戸川大准教授) 『めちゃ×2イケてるッ!』が土曜の夜8時台で放送開始されて、今年で20年目を迎えました。数年前まで視聴率20%超えが当たり前だっためちゃイケも、昨年12月5日もスペシャル放送が7.5%、今年1月30日の通常放送が4.5%という歴代最低を記録したり、近年は視聴率的に苦戦を強いられる状態が続いています。2月27日のスペシャル放送では、「三ちゃん」こと三中元克が番組に残留できるかを視聴者の国民投票で決めるという企画が話題を呼びましたが、それでも9.8%と、10%には届かず。2月には、いくつかのメディアで、めちゃイケが「3月で打ち切りか」と報じました。中には、4月からはナインティナインら一部のメンバーが残り、タイトルを少し変えたりしてリニューアルされると伝えるメディアもありました。結局、3月上旬に、4月以降も放送継続されることが伝えられましたが、その間も「早く終わって欲しいご長寿バラエティ番組」というアンケート調査でめちゃイケが1位になったとのインターネットのニュースを読みましたし、当面は厳しい状況が続いて行くと思われます。めちゃイケが再び、かつての人気を取り戻すには、何が必要なのでしょうか。1999年1月、なんばグランド花月で漫才をするナインティナイン めちゃイケはテレビバラエティにおいて多大な足跡を残しました。もともと『新しい波』という深夜のネタ見せ番組から、後にめちゃイケの総監督になる片岡飛鳥さんがまだまだ無名だったナインティナインやよゐこ、極楽とんぼ、オアシズの光浦靖子を見出して、『とぶくすり』という深夜のコント番組に抜擢しました。90年代前半はとんねるずやダウンタウン、ウッチャンナンチャンら第3世代が引っ張るお笑いブームでしたから、彼らよりももっと注目されていた若手がいっぱいいましたが、その中から片岡さんの独特のセンスによってとぶくすりのメンバーが選ばれたわけです。 そして『めちゃ×2モテたいッ!』を経て、めちゃイケでゴールデンに進出します。とぶくすりの頃はスタジオコントをやっていましたが、めちゃイケになってからはロケなんだけど、ドキュメントとコントの要素をミックスしたような独特の企画を展開していきました。どこまでが計算された台本と演出で、どこからがアドリブやハプニングなのかわからない、笑いの流れを作った上で起こるアドリブやハプニングを上手に取り入れていく虚実皮膜な笑いをめちゃイケがテレビバラエティの中で確立させ、20年続くことができたのだと言えます。うまくハマった「片岡流」と出演者のキャラ この虚実皮膜の笑いを成り立たせるにはメンバー、特にナイナイの芸人としての勘のよさが大きなポイントになったと思います。岡村隆史さんがダンスや舞台、スポーツに挑戦する「岡村オファーが来ましたシリーズ」で見られるようなの彼の動きのキレが初期の軸になっていました。他のメンバーにしても20代だから体のキレもあるし勢いもある。極楽とんぼのようにやんちゃで思いきったことが出来るメンバーもいましたしね。 さらにスタッフ側にも片岡さんは自らの肩書きを監督や総監督とするほど、演出やプロデュースだけじゃなく編集やデザイン、テロップ、効果音に至るまで細部にこだわっていました。テロップや挿絵の入れ方や、言葉の選び方とタイミングはまさに「片岡流」と呼ぶべきもので、この片岡さんのセンスと出演者のキャラクターがうまく合致していたから成立したんだと思います。他局のバラエティにも大きな影響を与え、ドキュメントバラエティというジャンルが定着していった。めちゃイケはPTAが選ぶ「子供に見せたくない番組」の常連でしたが、『8時だョ!全員集合』も低俗番組のレッテルを貼られてましたから、それだけ子供たちにウケた裏返しとも言えますよね。そういえばBPO(放送倫理・番組向上機構)に寄せられた番組への苦情を逆手に取りながら、生コンクリートを頭からかぶるなど岡村さんが体を張った企画を詰め込んだ放送もしていて、私は志の高い笑い作りをしているなと感心しました。 めちゃイケは、枠からはみ出しそうなスリリングな面白さが当時の若い人から支持されてきたと思います。20年が経って、今の若者は物心ついた頃からめちゃイケを見て、育ってきた世代ですよね。私は大学でお笑い論を教えていて、教え子たちも凄く好きな人たちが多いのですが、インターネットを見ていると「最近のめちゃイケが面白くない」「新メンバーが加わってからつまらなくなった」という書き込みが多い。もともとめちゃイケを低俗番組として認めてなかった人たちが言うなら別ですが、本来めちゃイケを好きだったはずの人たちが声を上げはじめているのが気になります。「芸人の性」を呼び起こさせよ 国民的番組だった全員集合でも16年で終わりました。20年続くと、当たり前ですが出演者・スタッフもそのぶん歳を取ります。総監督だった片岡さんも後進に道を譲る形で企画統括となりましたが、めちゃイケはある種クセの強い片岡流バラエティでしたから、若い作り手に変わっていっても、片岡さんが作りあげた演出やその他の技法といった番組の特徴を踏まえながら、新しい企画を作らなければならない難しさはあったと思います。それだけが原因ではないと思いますが、最近は定番の企画や番宣絡みの企画が多くて、初期のような虚実皮膜な笑いが影を潜めている感じがします。 作り手の中でも、片岡さんを超えるような思いきったことをやる若手が出てきてもらいたいと思いますし、それは出演者にも同様のことが言えます。岡村さんが体調不良で一時休養していた2010年にオーディションで選ばれたジャルジャル、たんぽぽらの新レギュラー陣は、下剋上の気持ちで遠慮せずに初期メンバーを食って、自分たちが中心になるんだという気概を持ち続ける必要があるのです。番組スタート時のナイナイ、よゐこ、極楽は失うものがない分、誰に遠慮することなく、本当に思いきって暴れ回っていましたよね。主演者とスタッフの両サイドから新しい風を吹かせて、起爆剤となる役割を担ってほしいと思います。極楽とんぼの加藤浩次(左)と山本圭壱=2004年6月 芸人も勢いのある20代の若手から40代になって落ち着いてしまう部分があるのはある程度仕方なく、芸風も多少変わってしまうのは誰でもあることだと思います。だからこそ新レギュラーが若さや勢いを活かして、初期メンバーに刺激を与え続けてほしい。どれほどの大物でも、遠慮されて気を使われて笑いが起こらないよりも、ツッコんでもらってウケたほうがいいに決まっているわけですし、それが芸人の性なんですよ。 新しく入ったメンバーが、実質的な座長格であるナイナイから番組の中心としてのポジションを奪い取っても良いぐらいだと私は考えます。めちゃイケは『ぐるぐるナインティナイン』と違って、ナイナイ中心の番組ではあるけれど、彼等の冠番組ではないわけですからね。とぶくすりの時は、ナイナイもよゐこも極楽もフラットな状態でスタートして、ナイナイが多くの笑いを取り続けることで、自然に中心的な存在になっていったのです。新メンバーがナイナイにいじられる側のポジションで落ち着いてはいけないですよね。もっとも、新メンバーには、イジられるほうが向いているキャラが多かったのも確かだと思います。公開オーディションで新メンバーを選ぶ難しさがあったのかもしれません。フジテレビの得意な手法が見えなくなった フジテレビは80年代の漫才ブームでも、横澤彪さんやひょうきんディレクターズが若手だったツービートや紳助・竜介、B&B、ザ・ぼんちを抜擢して『THE MANZAI』や『笑ってる場合ですよ!』、『オレたちひょうきん族』で成功を収めました。フジテレビが一躍、視聴率で民放のトップを走るようになったのはそれからです。無名でも自分たちが面白いと思った人たちに賭けて、良さを引き出して、育てながら一体となって番組を作っていくのが得意なテレビ局だったんです。その後、下の世代の作り手がダウンタウンやウッチャンナンチャンの『夢で逢えたら』を作り、片岡さんがめちゃイケを作っていき、上手に世代交代していきました。めちゃイケの後も『はねるのトびら』『ピカルの定理』が深夜のコント番組からゴールデン番組に昇格しましたが、めちゃイケが続く中で先に番組が終わってしまい、フジの得意なお笑い・バラエティの手法は最近目立っていません。このスタイルを引き継ぐ若手スタッフがフジの中で育っているのかも問題になりますね。2011年からはじめた漫才コンテストの「THE MANZAI」では優勝者に新番組のレギュラーを与えましたが、フジ本来のお笑い・バラエティ番組のスタイルではないと思います。 90年代後半まで若手お笑い芸人の大半が、フジに抜擢されて、フジで自分たちの冠番組を持つことを目標にしていました。無名の芸人をスターに育てられる若い作り手が出てくるかどうかが、フジが再び民放のトップに返り咲くカギになるのではないでしょうか。 片岡さんは新しい波で仕事をしていく中で、無名に近かったナイナイ、よゐこ、極楽の面白さや可能性に賭けて今に至るわけですが、若い作り手もオーディションを行って上層部やみんなで選ぶのではなくて、自分たちで芸人を発掘して上司に「コイツをレギュラーに入れたい」「彼らをナイナイと組ませたら面白い」と訴えて番組で使ってみて、新メンバーに随時加入させていくやり方も「有り」だと思います。めちゃイケは初期メンバーの武田真治さんや鈴木紗理奈さん、雛形あきこさんを卒業させることなく使い続ける、ファミリー感の強い「情」の部分があって、それが他の番組にはない特徴と言えます。でも、一方でナイナイに刺激を与えられる芸人だったら、いきなりレギュラーにする大胆さも欲しい。『笑っていいとも!』だってタモリさんに刺激を与えるようなレギュラー出演者の入れ替わりという新陳代謝で32年間続いた側面もあるでしょう。ダウンタウンがいいとものレギュラーになった1回目の放送を今でも覚えていますが、タモリさんのことを「タモやん」と呼び、臆することなく食らいついていっていました。めちゃイケの存続が決まった今は、リニューアルしたのかと思えるくらいの「新しいめちゃイケ」を見せてもらいたいと願うばかりですね。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)さいじょう・のぼる お笑い評論家、江戸川大学准教授。昭和39年、東京生まれ。古今東西の笑いに精通。主な著書に『ニッポンの爆笑王100』(白泉社)『ジャニーズお笑い進化論』(大和書房)など。

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    めちゃイケの三ちゃんオーディションは「公開いじめ」ではない!

    は三ちゃんの人生があるでしょう。番組の作り方や演出がひどいというのは、また別の問題ですが。自己決定と芸能界自己決定と芸能界 自己決定とは、単純に自分が決めることではありません。金を出すか殺されるか、どっちがいいか、自分で決めろ。こんな風に言われてお金を出すのは、自己決定ではありません。難しくて理解できない説明をされて、わからないまま、手術するかどうかを決めてくださいと言われても、そんなのはインフォームドコンセントの自己決定になりません。自己決定できるだけの、心の落ち着きや理解できる情報が必要です。 自分が望み、出場者募集のオーディションに申し込んだのですから、自己決定でしょう。その後の活動で、番組に利用されているだけかどうかは、微妙です。番組関係者が、彼の将来のことをまったく考えず、利用するだけなら、番組は道義的に非難されるべきだと思います。そうなのかどうかはわかりませんが、私は関係者一同がそんなに冷酷だとはあまり想像できません。 ある中学生アイドルと話したとき、彼女は芸能人がよく行く高校に進学したいと言っていたのですが、親やマネージャーは普通の高校へ行けと言っているそうで、勉強が大変だと語っていました。大人は、考えていますね。AKB48のような活動も、ずっと芸能界でやっていける人は少数で、他の子達にとっては、部活動のような思い出作りや人生の経験の一つと考えている関係者もいます。 数年の芸能活動が、プラスになるかマイナスになるかは、本人や家族の考え方次第です。三ちゃんも、この先どうなるかは、誰にもわかりません。才能のある人が失敗し、才能のなさそうな人が成功することもあります。これからのことは、本人が親や芸能関係者のみなさんと相談しながら、決めていくことでしょう。たしかに見ていると、危なっかしくて不安になりますが、がんばっている三ちゃんを応援したくもなります。 次回2月27日放送「めちゃイケ」は、「真冬にあせをかきまくれ 国民投票だよ全員集合 全力の生スペシャル」というとで、視聴者の投票によって、三ちゃんの番組出演が続くかどうかが決まります。 番組としては、投票がどちらになっても、それを笑いとし、視聴率アップにつなげていく準備と工夫をしているのでしょうが。三中元克さんも、器用に貪欲に番組を活用して、幸せな人生を歩んでほしいと願っています。 追記:視聴者投票の結果、なんと三ちゃんは不合格でした!

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    来年フジ民放最下位転落と加藤綾子ら人気者流出を関係者懸念

    うメールが来た」と明かして否定した。「この亀山発言によって、退社を延期したといわれるカトパンですが、芸能事務所との接触は続けているようです。新番組がスタートする前の3月に、亀山社長に〈お世話になりました〉というメールが届くかもしれません」(スポーツ紙芸能担当記者) そんな事態になれば、「カトパンと親しい椿原慶子アナ(30)、山崎夕貴アナ(28)、三田友梨佳アナ(28)ら人気アナも、後を追うように退社しかねない」(フジ関係者)との不安がよぎる。 バラエティ不振に続いて、人気女子アナたちから“三行半”を突きつけられれば、いよいよ深刻な危機を迎える。

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    三中元克をクビにした「めちゃイケ」の「卑しい手口」

    育に力を入れている幼稚園に先生として参加していた。 矢部オファーは、一昔前のバラエティによくあった、芸能人に異種の職業を体験させるドキュメンタリーである。これがエンターテインメントたりうるのは、畑違いの分野に首を突っ込んでいるのに、その状態で何らかの結果を出せば、それが視聴者の感動を生むからである。 そのオチの前段階には、慣れない異分野で指導役の人から怒られる芸能人を見せられることになるだけに、感動のカタルシスも大きくなるのである。 つまり、「めちゃイケ」が志向する笑いのエンターテインメントではない。めちゃイケで、続けてはいけない企画である。 現に、毎回矢部オファーで笑えるのは、オカレモンが出てきてミニコントをするシーンだけなのである。オカレモンが頑張っている矢部を邪魔したり揶揄したりして、それに対して矢部が怒って喧嘩をすることで、笑いになるのである。 まあ、今回の矢部オファーもここで書いている内容から一歩も外に出なかったので、特に追加で書くことはない。<三中企画> 前半は、三中が相方と芸人として活動し、今回の生放送に至るまでの道を隠し撮りの映像でまとめたVTRだった。前回の放映で頭出しされた内容である。 VTRでは、三中が色々な芸能事務所のオーディションを相方と受けに行く。「めちゃイケ」は、事務所の協力を得て全てのオーディションにカメラを入れる。 相方にも協力してもらって、解散を持ちかけるというドッキリを仕掛けてみる。その翌日には「タイミングよく(=おそらく仕込みで)」ある芸能事務所(人力舎)から「三中一人とだけ契約したい」というオファーが来る。  要は、ただの三中に対するドッキリなのである。相方と解散の話をした翌日に人力舎から一人契約のオファーが来るところなどは話ができ過ぎている。ドッキリなので、三中の素人・天然という良さは十二分に出ており、VTR単体では及第点をあげられる出来になっていた。 あるオーディションでたまたま一緒になった別の芸人が、相方からの解散話の際に登場するというような念入りな伏線の張り方も、往年の「めちゃイケ」ドッキリの水準に達していたと言ってよい。加えて、前回の放送で「だらしない」という印象を徹底的に植え付けられた三中の一生懸命なところにフィーチャーしており、名誉を挽回する作りにはなっていたので、気持ち悪さは一定程度減退していた。やっぱり芸人には向いていない さて生投票の結果、三中は結局不合格で「めちゃイケ」を卒業することになった。今回のオンエアでも散々指摘されていたが、三中はアドリブでおもしろいことは全く言えていないし、ネタでのパフォーマンスも褒められたものではない。 根本的な問題として演技力が低いので、例えば今回のネタだと「いけしゃあしゃあとバレバレの嘘をつく」というボケは全然伝わってこなかった。三中はやっぱり芸人には向いていないので、本人は早くそのことに気が付いた方がいい。 だから、今回の不合格という結論には筆者は異論はない。唯一、三中がアンタッチャブルの柴田と即興で絡んだくだりは大変おもしろかったので、いじられキャラの天然芸人なら生き残る道はあるかもしれないが、そのキャラは今回の三中のように目立とうとしたら終わりである。 「めちゃイケ」は、この結果を望んでいたのだろうか。筆者は望んでいたと思っている。もう使い出のなくなった三中を追い出すためにやったのが今回の企画であるとすら思っている。三中元克さん 三中の芸人としてのパフォーマンスが低いことは、普段近くで接しているめちゃイケのスタッフはよく分かっていたはずである。その三中が付け焼刃でネタを作っても、視聴者に受け入れられるものはできないだろうというのが番組の見通しだったと思う。 なんなら、あの相方ですら番組の仕込みで用意されたのではないかと筆者は思っている。現に、相方は番組のドッキリに1回協力しているのである。相方がなぜ三中とコンビを組むことになったのかの経緯が一切語られない点が、この憶測を強くしている。 今回のオンエアがされる前の視聴者の予想では、結局出来レースで三中が残ってお涙頂戴の感動オチだろうというものもあった。 確かに、不合格という結果に、ゲストで来ていた鈴木奈々は素に見える驚き方をしていた。最後に出てきた横断幕にも「おめでとう」としか書かれていなかった。不合格になったことが宣明されただけで、オチも一切なかった。 このへんに着目すれば番組側は三中を残したかったと言えるかもしれないが、まあ、真相は闇の中である。ただ、不合格になった場合のオチが用意されていなかったのはいただけない。それは、どちらの結論にもなり得ることを予測したうえで、何か準備しておくべきだったろう。<総評> 今回の結果次第では3月打ち切りという声もある中での放映だったが、少なくとも三中企画は一定の結果を出したように思う。ただ、その前の2本の企画はそれほど新鮮味も面白味もなかった。 そのため全体としては番組の最後に位置づけた三中企画を餌に視聴者を引っ張る構成になっていた。古いテレビの嫌らしい手法である。このやり方を茶化してこそ「めちゃイケ」なので、わざわざこのレベルに堕すのはいただけない。 三中企画も、三中が残るかいなくなるかの生放送で視聴者を釣るという内容であって、一回しか使えないカンフル剤である。今回数字が良くても「めちゃイケ」は綱渡りを続けることになるだろう。

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    『めちゃイケ』が視聴率低迷 レギュラー陣の高齢化も要因か

    ナンパをすれば、リアリティもあるし、共感もできたかもしれません。しかし、40歳を超え、富も名声も得た芸能人が女性に声を掛けても、視聴者はついてこない。40歳を過ぎた男が声をかけられずにモジモジしている場面を放送しても、『いい大人が何をしているんだ』と思われるだけではないでしょうか。つまり、狙っている視聴者ターゲットが見えてこないのです」 番組開始当初、20代だったレギュラー陣は軒並み40歳を超えた。2010年、加入した新レギュラー陣であるジャルジャルやたんぽぽも、既に30歳を過ぎている。 「子供・学生を対象にした番組にしては、レギュラー陣の年齢層が高くなってしまった。思えば、土曜8時の先輩番組である『8時だョ!全員集合』(TBS系)は、主要メンバーだった仲本工事や加藤茶の年齢が40歳を越えたころに終了しています。元メンバーの荒井注は45歳のときに『全員集合』を降板し、ドリフからも外れた。『めちゃイケ』と同じ枠で放送されていた『オレたちひょうきん族』も、ビートたけしが42歳のときに終わっている」(前出・放送作家) ナイナイの岡村は今年44歳になり、矢部も10月で43歳を迎える。はたして『めちゃイケ』は、レギュラー陣の高齢化問題と、どう対峙していくのだろうか。関連記事■ フジTV・カリスマP現場復帰で山本圭一を電撃復帰させるとの噂■ 極楽とんぼ・山本 復帰実現しないのは元所属事務所が理由か■ 佐々木主浩氏 「妻が娘へ仕打ち」の報道に事実と違うと主張■ 江角マキコ 落書き謝罪したのはバイキングに抗議殺到したから■ 太川陽介 バスの旅で最もイライラした蛭子能収の言動を告白

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    吉永小百合さんへの手紙

    既に証明されてゐます。 たつた二年前、平成二十五年十一月の特定秘密保護法制定の時、安保法制時と同様、芸能人や映画人、ジャーナリストたちが、日本の民主主義の死といふやうな過激な反対キャンペーンを張りました。 政治ジャーナリストの田勢康弘氏は「この政権の体質を見てゐても、間違ひなく拡大解釈してくると思ふ」と発言してゐる。映画監督の崔洋一氏は「この法案ができると日本映画界はお上の都合に合はせるやうなさういふ物ばつかりになる」と言ひ、同じく映画監督の大林宣彦氏に至つては「この法律ができると、国家犯罪に繋がつてしまふかもしれないといふ事を常に考へてゐなくちやならない」とテレビで発言してゐます。 それにしては、安保法制反対時の、殆ど同じ顔触れの皆さんの威勢の良かつた事! 「国家犯罪」に怯えるどころか、「戦争法案」だ「赤紙」だ「徴兵制」だと、法案の中身などそつちのけの途方もないプロパガンダで大騒ぎしてくれたが、安倍政権は弾圧の「だ」の字もしなかつたやうです。「拡大解釈」も「お上の都合」も、「国家犯罪」も全て幻想だつたのですが、法案の中身も知らずに反対の大合唱に加はつたこの人達の誰か一人でも、発言の責任を取つた人はゐるのでせうか。 あへて吉永さんに問ひたい、法案の意味や中身を知らずに、後から責任を取れないやうな出鱈目な批判をする事、またさういふ人達の先頭に立つて広告塔になる事は、貴女の女優としてのあり方や人としての信条に照らして、恥づかしい事ではないのですか。 『キューポラ』の中で高校生だつた貴女は、理不尽な父親に向かつて、かつてかう言つてゐる。「お父ちやんみたいに何もわかつてゐない癖に、頭から思ひこんで変へようとしないの、『無知蒙昧』つていふのよ。さういふの一番いけないよ」 「平和」を大切にする事と、知りもしない法案に大声で反対する事を混同しながら政治利用されてゆく、貴女を始めとする映画人や芸能人達は、正に「無知蒙昧」そのものではないでせうか。 貴女自身は、広告塔のつもりはないと仰るかもしれません。 が、残念ながら、貴女がどう思はうと、貴女の名前は、今や広告塔の筆頭格の一人になつてしまつてゐます。 誰の広告塔か? 驚くべき事に、日本共産党の広告塔です。求められている政治との峻拒 別表のやうに、昨年一年間だけで、吉永さんは「しんぶん赤旗」(日曜版のぞく)に見出し、記事として、十回も登場してゐる(アット・ニフティのデータベースによる)。これは、もうすつかり日本共産党お馴染みの「顔」になつてゐると言ふべき数字でせう。 歴史上、藝術家や文化人の政治利用に一番熱心だつたのは、共産党に代表される全体主義国家であり、中でも最も藝術家を政治利用したのは、ナチスとソ連共産党でした。そして日本共産党は言うまでもなく、現在でもマルクス・レーニン主義を奉じ、共産主義社会を目指す政党です。 共産主義が世界史上最大の政治犯罪だつた事は疑ひの余地がありません。共産主義国家は全て、プロレタリア独裁のまま軍事政権化し、自国民を恣に弾圧、虐殺し続けました。自由な共産主義国家は、一つも存在できなかつた。その共産主義を奉じてゐる日本共産党の広告塔に吉永さん、貴女がなるといふのは一体どういふ事でせうか。 ナイーブな声の上げ方は、あくまでか細く、そしてあくまでも一人の人の声の限界を慎ましく守るべきなのではないでせうか。 私は貴女の「声」の持つ「実意」、「誠意」について語ることからこの手紙を書き起こしました。その「実意」「誠意」を、国内政局に悪用させてはなりません。 貴女には、女優として、最近とみに表現領域を開拓してゐる「祈り」の世界がある。映画の中での、近年の貴女の姿は、それだけで人を浄めるオーラを静かに温かく発してゐるやうに私には思はれます。 「祈り」─吉永さんの世界は、今や女優としても朗読者としても、その世界にはつきり足を踏み入れてゐる。だからこそ、政治に関与せず、政治から利用されない、その峻拒こそが、今、貴女には求められてゐるのではないでせうか。 その世界に徹し、政治利用からはつきりと距離を取る時、貴女の中の女優と、貴女の中の人間としての正義とが、必ず一致点を見出す筈です、私はそれを信じたい。いや、それを信じてゐるからこそ、あへてこの一文を草した次第です。おがわ・えいたろう 昭和42(1967)年生まれ。大阪大学文学部卒業。埼玉大学大学院修士課程修了。創誠天志塾塾長。著書に『最後の勝機(チャンス)』(PHP研究所)、『一気に読める「戦争」の昭和史』(ベストセラーズ)、『「永遠の0」と日本人』『小林秀雄の後の二十一章』(幻冬舎)など。

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    吉永小百合さんへの手紙

    月刊正論3月号に掲載された文藝評論家、小川榮太郎氏の公開書簡「吉永小百合さんへの手紙」が、一部ネットメディアで取り上げられ、物議を醸した。「脱原発」「積極的平和主義」を掲げる彼女は、なぜ公の場で政治的発言を続けるのか。小川氏の論考とともに、国民的大女優の政治発言の是非を考えたい。

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    「完璧なビジネスウーマン」吉永小百合が脱いだリベラルの仮面

    八幡和郎(徳島文理大教授、評論家) 吉永小百合さんが安保法制や原発といった政治的なテーマで、反核・平和・反原発運動に積極的に参加して話題になっている。 昨年の安保法制騒動から、「左翼が流行らないからリベラルの仮面をかぶっていた極左や左翼が仮面を脱ぎ捨てている」が、吉永さんもその一人だ。 日本の政治思想地図で面白いのはプティ・ブル左翼の多さだ。海外の共産党や社会(社民・労働)党左派は社会的に恵まれない人が主流で、彼らに同情する一部のインテリがくっついているという構造だ。 メディアでいえばかつての朝日新聞の読者だ。朝日の論調はリベラルや穏健左派どころか、ソ連と中国と北朝鮮を礼賛し、外交政策でも彼らの利益を代弁していた。共産党はそれなりに首尾一貫した思想だが、それに対して、朝日のいい加減さはユートピア的極左の世界だ。それでも一方で、朝日新聞の読者層は高所得者が多く、高額商品の広告は朝日新聞でないと効果がないと言われてきた。 ところが彼らは、社会党が崩壊して、小政党となった社民党参加者以外が民主党に移ったあたりからリベラルの装いをしてきた。にもかかわらず、安保法制騒動が始まると、ヘルメットとゲバ棒スタイルで闘った若いころの気持ちに戻ったのかようだった。「母と暮せば」を撮影中の山田洋次監督(左)と吉永小百合(右)=長崎市の黒崎教会  『キューポラのある街』は、吉永さんの最初の大ヒット作だが、在日朝鮮人の北朝鮮帰国運動を肯定的に描いているなど極左色が強い内容だ。 吉永小百合さんの魅力は、「そこそこいいとこのお嬢さんが庶民の役をやっている」というところにあった。吉永さんはしばしば原節子と比較された。原さんは深窓の令嬢風の上、完璧な美女だった。 それに対して、吉永さんはそこそこいいところのお嬢さんのイメージで、スタイルがあまり良くないし、完璧に可愛いが完璧な美女ではない。そこが映画スターがもう少し近づきやすい存在になった時流に合った。 早稲田大学第二文学部という学歴も程良かった。第一文学部ならお高くとまっているイメージになっただろう。 吉永さんは、何を演じても吉永小百合だと批判された。『夢千代日記』で芸者をやっても、『天国の駅』で女死刑囚役を演じてオナニーをしても、「あの吉永小百合さんがこんなことまでして頑張っている」というイメージなのだ。 頑としてイメージを崩すようなことはしないのだ。だから、女優として名優かどうかは、意見が分かれる。馬鹿げた偽善でも吉永小百合だから許された 吉永さんが原爆の詩を朗読しても、切実さはないのだ。「あの吉永さんが平和のために一生懸命やっている」というだけで、原爆の悲惨さより、彼女の人柄の立派さが感じられるだけといえるのだ。 自分で確定申告をして、国税庁の用意した取材に応じるが、同席していた当時の大蔵大臣に「この税金は戦闘機を買う費用に使ったりせず、もっと国民のためになることに使って欲しい」というなど、良き市民を演じて左翼インテリにも媚びるバランス感覚を示す。馬鹿げた偽善だが、吉永小百合だから許された。 夕張を応援したが、これも偽善の極みだ。だいたい、夕張は市民が後先考えずに巨大投資を展開する市長を選んで砂地獄に落ちただけで、自業自得だ。ところが、地名がなんとも可愛いせいか、夕張は同情された。もし“闇張市”だったら誰も同情などするはずない。これを特別に応援する人を私は全く信用しない。2003年7月、プロ野球の西武戦をネット裏で観戦する吉永小百合(撮影・戸加里真司) 左翼が流行らなくなり、人気も下降気味になると、企業を選別しつつ広告塔をやった。西武の堤義明とはスキーを指導されて仲良くなり、西武ライオンズの熱狂的ファンとなって、アンチ巨人を強調して“反体制気分健在”を軽やかに演ずる。軽井沢の別荘地を安く分けてもらったともいわれるが、マスコミにもあまり突っ込ませない威厳が彼女にはある。 どうして図抜けた企業と思うのか私には理解不能だが、シャープについても、いい企業だからコマーシャルに出るとひたすら強弁した。 そして、西武もシャープも没落したころ、反安保法案でリベラルを装っていたかつての極左勢力が息を吹き返すと、さっそくそれに擦り寄った。 吉永さんが生まれたのが、終戦の年である昭和20年3月、私は昭和26年9月のサンフランシスコ講和条約締結の月だから、お姉さん世代といったところだ。 小学校に入るころ、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』のさゆり姫に声優として登場していたのを聞いていたのを覚えているが、それを意識したのは、日活の青春映画のスターとして有名になってから、「あのときのさゆり姫」とわかってからだが、彼女の軌跡をこうして振り返ると、いちおう同世代の人間として感慨深いところがある。 私は別に吉永小百合が嫌いなわけでも、けしからんと思うわけでもない。隣に座って食事したらとても楽しいだろうし、女優という商品の演出者として、彼女は完璧なビジネスウーマンだ。ただ、このうえなき人格者だとか信念の人かといえば、少し違和感を覚えてしまう。

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    吉永小百合まで「広告塔」に担ぎ出す共産主義の影響力工作

    感を抱き、知らず知らずのうちに共産党に利用されている人々のことを指す。「戦争法案反対」デモに参加した芸能人・知識人たちやサヨク・マスコミの大半が「デュープス」ということになるだろうか。 このように共産主義陣営の真の恐ろしさは、彼らの方針に従う非党員グループを作り、広範な影響力を発揮するところだ。日本共産党の活動などは、表面的なものに過ぎず、真の政治工作は、秘密裏に、かつ広範に行われている。アインシュタイン(UPI=共同) ほとんど知られていないが、知識人・芸能人やマスコミを「デュープス」にする手法を編み出したのが、コミンテルン幹部でドイツ生まれのヴィリー・ミュンツェンベルクだ。 ミュンツェンベルクは一九三〇年代、物理学者のアインシュタイン、作家のアンドレ・ジッド、孫文夫人の宋慶齢、劇作家のバーナード・ショーなどの世界的な著名人を「反戦平和運動」に巻き込んで反戦世論を盛り上げ、アメリカやイギリス、そして蒋介石政権をソ連主導の「反日反独の人民統一戦線」に取り込むことに成功、結果的に日本を敗戦に追い込んだ。 ところが、ミュンツェンベルクについてはこれまで京都大学名誉教授の中西輝政氏が月刊誌などで言及しているだけで本格的な研究書は日本に存在しなかった。佐々木太郎氏の『革命のインテリジェンス』が本邦初となる。 なぜ日本は戦前、米ソに追い込まれたのかを理解するためだけでなく、現在進行中の、日本共産党による「国民連合政府」構想の危険性を理解するためにも広く読まれることを期待したい。共産主義の特異な「平和」観共産主義の特異な「平和」観 野党5党が「戦争法案反対」「安倍政権打倒」で結束していくことを決定したことがいかに危険なことなのか、もう少し考えてみたい。 民主党が共産主義を容認するわけがないし、「戦争法案反対」で共闘するだけだから、それほど警戒しなくてもいいのではないか。そんな声も耳にするが、それは無邪気すぎると言わざるを得ない。というのも、そもそも共産主義者が使ってきた「平和」の意味が、われわれ国民の常識とは全く異なっているからだ。 一九三五年、第七回コミンテルン大会においてソ連は、ドイツと日本こそが「軍国主義国家」であると規定し、各国の共産党に次のような指示を出した。《共産党は(中略)戦争準備の目的でブルジョワ民主主義的自由を制限する非常立法に反対し、軍需工場の労働者の権利の制限に反対し、軍需産業への補助金の交付に反対し、兵器貿易と兵器の輸送に反対して、たたかわなければならない。(中略)ソ連が社会主義の防衛のために労農赤軍を出動させることを余儀なくされたばあいには、共産主義者は、あらゆる手段をもちい、どんな犠牲をはらってでも、赤軍が帝国主義者の軍隊に勝利するのをたすけるように、すべての勤労者によびかけるであろう》 要するにソ連に軍事的に対抗しようとする日本とドイツの軍備増強に徹底的に反対し、いざとなればソ連を守るため日本とドイツを敗戦に追い込むよう努力することが「平和」を守ることだと、主張したのだ。ロシア革命記念日にモスクワの赤の広場を行進するソ連の最新鋭戦車T72=1977年(UPI=共同) ではなぜ、ソ連を守ることが平和を守ることなのか。共産主義者は「戦争とは資本主義国同士が限られた資源を争奪する過程で不可避的に勃発するものであり、恒久平和を実現するためには国際社会から資本主義国をなくし、世界を共産化するしかない」と考える。しかし、直ちに世界共産化は難しいので、まずは世界共産化の司令塔であるソ連を守ろう、という論理なのである。 このように、日本の防衛を否定し、いざとなれば日本が戦争で敗北するように動くことが、共産党の主張する「平和運動」なのである。 この80年前の方針はいまなお墨守され、共産党やサヨク・マスコミは、世界共産化の拠点となってきた中国共産党や北朝鮮がどれだけ安全保障上の脅威を増しても、その脅威を無視するだけで、いざとなれば日本が敗北するようにするため、「戦争法案反対」「憲法九条を守れ」と叫んでいる、あるいは知らぬうちに叫ばされているのだ。 共産党が主導する「反戦平和」路線に乗ることは、中国共産党の軍拡を支援し、資本主義を掲げる日本を解体する運動に加わることを意味する。連合や民主党内部の保守系議員は、その恐ろしさをどこまで理解しているのだろうか。「保育園落ちた日本死ね」は資本主義体制への呪詛「保育園落ちた日本死ね」は資本主義体制への呪詛 共産陣営の恐ろしさは平和運動だけではない。「保育園落ちた日本死ね」という匿名ブログが、マスコミで取り上げられ、国会でも問題となった。 なぜ保育園に入れなかったことが「日本死ね」という発想につながるのか、怪訝に思った人も多かったに違いない。それは、サヨクたちの思考を理解していないからなのだ。 彼らサヨクたちは程度の差こそあるものの、「資本主義国では、子供は必然的に搾取され、抑圧される。また、発展途上国の子供たちも搾取され、まともに教育さえ受けることができないばかりか、ブルジョワジーたちが起こす戦争の犠牲者となる。子供たちを戦争と貧困の危機から救い、真に児童の権利を守るためには、資本主義・帝国主義を打倒し、社会主義社会を実現するよりほかにない」と考えているのだ。 だからサヨクは、「保育園に入れないのは、子供を搾取する資本主義体制だからであり、資本主義を掲げる日本を打倒しない限り、この問題は解決されない」と思い込んでいるのだ。「日本死ね」という言葉の奥には、資本主義体制への呪詛がある。安倍政権がいくら待機児童問題に取り組んでいようが、そんなことは関係ないのだ。 その一方で、貧困問題を直ちに政権批判に結びつける共産党やサヨク・マスコミの手法に反発して保守側も、貧困問題に対して懐疑的な見方をする傾向が強い。その結果、子供の貧困や非正規雇用といった課題は放置されてしまいがちだ。 確かに何でも政権批判に結びつけるサヨクの手法はうんざりだが、だからといって子供の貧困問題や若者の雇用環境の悪化を放置していていいはずがない。貧困問題の背景には、二十年近くデフレを続けてきた政府・日銀の政策の失敗があるわけで、「自己責任」で片づけるのは不公平だ。 2月19日の、野党5党合意に基づく選挙協力を推進するための理論的な準備も既に始まっている。 例えば、『世界』4月号は、「分断社会・日本」という誌上シンポジウムを掲載している。その意図をこう記している。《日本社会がこわれようとしている。労働市場、財政、所得階層などの経済指標はもちろん、自由、人権、信頼といった社会指標を追いかけてみるとよい。いまの日本社会では価値を共有することが極めて難しく、また、社会のあちこちに分断線が刻み込まれている。そうした社会の分断状況は、正規・非正規問題。排外主義、居住区間の分断、コミュニティの破壊、ジェンダー問題など、多様な角度から私たちの社会に「いきづらさ」という暗い影を落としている》経済的弱者支援は本来保守の役割 こう問題提起をした上で、自由主義的な市場経済、道徳、極端な競争社会、民主主義に伴う政治的対立の激化などをやり玉に挙げる一方で、戦時中の国家総動員体制下で革新官僚たちによって検討された「働く国民の生活を国家が保障する」制度――これは恐らく社会主義体制のことを示唆しているのだろうが――を評価する。 そして、《地方誘導型の利益分配も機能不全に陥るなか》、《近代自体が終焉と向かう時代がわたしたちの目の前に広がっている》のであるから、《わたしたちは、新しい秩序や価値を創造し、痛みや喜びを共有することを促すような仕組みを作り出す》ことが重要だと、締めくくっている。 要は資本主義や議会制民主主義が現在の非正規労働者の増加、排外主義、コミュニティの破壊といった問題を起こしているのだから、新しい仕組み(社会主義のことか)を目指すべきだと主張しているのだ。 恐らく今後、「分断社会」をキーワードに多くの社会問題が資本主義、議会制民主主義の構造的欠陥の帰結であるとして論じられ、社会主義を容認する方向へ世論誘導がなされていくだろう。年頭のあいさつをする共産党の志位和夫委員長=2015年1月、東京・千駄ヶ谷の党本部 この思想攻勢に対抗するためには、消費税増税で減速したアベノミクスを増税延期(又は減税)と財政出動などによって立て直し、まずは景気回復を実現することだ。経済的困難が続くと、国民はおかしな方向に誘導されやすくなるからだ。 あわせて子供の貧困や奨学金問題などサヨクが取り組んでいるテーマに保守の側こそ積極的に取り組むことだ。経済的弱者に手を差し伸べることは本来、保守の役割であったはずである。 えざき・みちお 昭和37(1962)年、東京都生まれ。九州大学文学部卒業。日本会議専任研究員、国会議員政策スタッフなどを経て現在、評論家。著書に『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾――迫り来る反日包囲網の正体を暴く』(展転社)、共著に『世界がさばく東京裁判』(明成社)など。

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    吉永小百合が脱原発の助っ人に スポンサー獲得の皮算用も

     どっこい、この2人のご隠居はまだまだ涸れてはいなかった。東京都知事選で一敗地にまみれた「小泉純一郎-細川護熙」元首相コンビが再結成される。  5月7日に、両氏が発起人となり、原発ゼロ社会を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」を立ち上げる動きが明らかになった。今年秋に行なわれる福島県知事や、来年の統一地方選挙で脱原発の候補者を支持する国民運動を展開するというのである。  しかも、都知事選の教訓から、今回は両氏以上の“大物助っ人”を担ぎ出した。団塊世代の永遠のマドンナ、吉永小百合である。脱原発を訴えるロックフェスティバルに参加した小泉、細川両元首相=2014年9月、東京都江東区  吉永といえば、福島第一原発の被災者が書いた詩を全国各地で朗読するなど、脱原発活動に積極的に取り組んできた。都知事選でも、同じ脱原発を掲げる細川氏に応援メッセージを送っている。 「2人は、細川さんが熊本県知事だった頃からの知り合い。別荘が隣同士で、細川夫人とともに家族ぐるみのお付き合いをしている関係です」(細川氏に近い人物)  吉永は小泉―細川コンビが設立する同会議の賛同人に名を連ねるという見方が有力だ。  かつて学生運動の闘士だった団塊世代のサユリストたちが昔を思い出して、脱原発運動に加われば、予想を超えた“団塊パワー”を生み出すかもしれない。しかし、国民運動には軍資金も必要になる。  「同会議は、自然エネルギー普及に賛同する企業や団体からの寄付を集めることになるだろう。吉永さんがCM出演しているシャープは、太陽光パネルの大手メーカーでもある。同会議の趣旨には理解があるのではないか。これが日立や東芝など原発メーカーのCMに出ていたら、吉永さんが賛同者になるというわけにはいかなかったかもしれない」(同前)  どうやら、大物助っ人の招聘にはスポンサー獲得を目論む皮算用もあるようで……。関連記事■ 都知事選脱原発争点化を批判の読売 東京都の尖閣購入は高評価■ 小泉純一郎氏 11月の福島県知事選に進次郎担ぎ出すプランも■ 創価学会婦人部 女性遍歴が激しい舛添氏に反感と学会関係者■ 小泉元首相が小沢氏と新党結成も 東京五輪時に進次郎首相へ■ 都知事選で原発を争点化の是非 江川紹子氏・鎌田慧氏の意見

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    関ジャニ∞がいまひとつ伸び悩む理由

    人気アイドルグループ「関ジャニ∞(エイト)」がいまひとつ伸び悩んでいるという。最近は彼らが出演するテレビ番組の視聴率やCDの売り上げを批判的に取り上げる週刊誌もちらほら。お笑いとアイドルの「融合」という新たなカテゴリーを生み出した彼らは、SMAPや嵐をしのぐ「国民的アイドル」になれるか。

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    関ジャニ∞は「芸人枠」を選ばなければ国民的アイドルになれた?

    木村隆志(コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者)嵐の背中が遠のいていく… 国民的グループになったSMAPと嵐に続く存在として、冠番組やソロ出演など大幅な露出を続けてきた関ジャニ∞が、今ひとつ伸び悩んでいる。もちろん熱心なファン層がいることに疑いの余地はないが、それ以外の層への訴求度はお世辞にも高いとは言えない。「メンバー個人の名前どころか、正式なグループ名が言えない」という人も多いのではないか。 実際、グループで出演する全国ネットの出演番組は、日曜深夜の『関ジャム完全燃SHOW』(テレビ朝日系)のみ。昨年3月に『関ジャニの仕分け∞』(テレビ朝日系)が終了してからは、プライムタイム(19~23時)の出演番組がなくなってしまった。これはプライムタイムに、『VS嵐』(フジテレビ系)、『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)という看板番組を持つ嵐との差に他ならない。 嵐どころか、このところ勢いのあるHey! Say! JUMP、巻き返しを見せるNEWS、異彩を放つKis-My-Ft2など、20代の年下グループと比較しても、決して関ジャニ∞が優位な状況にあるとは言えなくなってきている。全員出演の映画『エイトレンジャー』(2012年、2014年)を公開しても、バラエティやドラマへのソロ活動をガンガン増やしても、グループとしての活動を求めるのはファンばかり。彼らがグループとして、ファン以外から支持を集められないのはなぜなのか。 最大の理由として考えられるのは、グループとしてのキャラクター。メンバー全員が関西出身だけに彼らが集まると、イジリ、ボケ、ツッコミ、フォローが飛び交い、大半は笑わせてくれるし、彼ら自身からも「何でもかんでも笑わせよう」という意志を感じる。つまり、「芸人以上に芸人らしい」グループなのだが、落とし穴はその“芸人”というポジション。そもそも芸人は、人によって好き嫌いが別れやすいカテゴリーであり、それだけにあらゆる層から愛される“国民的グループ”というイメージは持たれにくい。(イラスト・不思議三十郎) また、芸人はタレントの中で、最も競争が厳しいカテゴリー。「たけし、さんま、タモリ」のレジェンドから、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンらの大御所、バナナマン、雨上がり決死隊、有吉弘行らの中堅まで層が厚いため、関ジャニ∞がどんなに面白くても、このカテゴリーで“国民的グループ”にのし上がるのは難しいのだ。 「アイドルなのに、めちゃくちゃ面白い」のなら、国民的グループになれる可能性はあるが、彼らの笑いは芸人のスタンダードな手法を踏襲したものがほとんど。それだけにファン以外は、「アイドルではなく芸人」という見方しかできない。類いまれな個人の力が邪魔をする ただ、関ジャニ∞のメンバーを1人1人見てみると、個人のポテンシャルは驚くほど高い。村上信五のMCスキル、横山裕のバラエティ瞬発力、丸山隆平のバカポジティブ、渋谷すばるの力強い歌声、錦戸亮の主演俳優オーラ、安田章大の天然いい人キャラ、大倉忠義のにじみ出るスマートさ。個人の力では嵐に勝るとも劣らないのだが、それが国民的グループとしての人気に直結しないのが芸能界だ。 どんなに個人の力が優れていても、日本国民の多くはそれを見たいと思っているわけではない。それどころか東日本大震災以降、多くの日本人は、嵐が見せる仲の良さや親近感を求めていると言える。そもそも個人の力をグループの魅力に昇華させるのは、少し前のスタイル。中居正広のMCスキル、木村拓哉の圧倒的なカッコよさ、稲垣吾郎のクールな存在感、草彅剛の脱力と意外性、香取慎吾の天真爛漫さなど、SMAPが圧倒的な個人の力で国民的グループとなった1990年代の王道パターンだ。 ひるがえって現在は、個人の力が強すぎると角が立つ印象を与え、「凄いけど、見ていて疲れる」「癒されない」と思われてしまう。とりわけテレビの視聴率を左右するリアルタイム視聴者ほど、笑いをギュッと詰め込んだ番組よりも、ときどき笑えるくらいのゆるさを好む傾向があるだけに、関ジャニ∞のトークはトゥーマッチに映るのだろう。 今の時代は、嵐のようないい意味でのぐだぐだなところがあったほうがいいのだが、彼らはそれを好まず自分たちのペースでどんどんトークを詰め込んでいく。常にノリノリではなく、もう少し引いたり、余裕を見せたりすることができるか? 関西ノリ、バラエティノリからのマイナーチェンジが求められている。今のキャラでアラフォーに? 彼らもすでに30代であり、アラフォーへのカウントダウンに突入。このまま「面白い若者グループ」「ヤンチャな関西の子たち」という印象のままでいいのか? その印象が国民的グループになるための親近感や一体感を削いでいるのではないか? 最近の関ジャニ∞を見ていると、「もしかしたら彼ら自身、少し迷っているのかな」と感じるときがある。 「熱烈なファンから愛される」という意味で関ジャニ∞の活動は申し分ないが、国民的グループになるためには、やはり「子どもが憧れる」「中高年から親しまれる」ことが不可欠。個人の力を生かしたソロ活動がどんなに順調でも、グループとしての飛躍とは必ずしも一致しない。今後はグループとしての幅をどう広げるのか。それができて初めてグループ名の由来である、無限大の可能性が開けるだろう。きむら・たかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。各媒体に月20本超のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は約20時間(同時含む)で、ドラマも全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』、最新刊『話しかけなくていい!会話術』など。

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    バッシングもOK! アイドルの「タブー」がなくなった関ジャニ∞

    ファンはどこへ消えた?」なんて声も聞かれる関ジャニ∞だが、本当に凋落してしまったのだろうか。ネットで芸能ニュースを読む層が多い現在、目先のニュースに一喜一憂する度合いが非常に高いように見えるのだが、取材者としては、実際の動きは中長期的な動きで分析する。そのバロメーターのひとつとなるのが、人気タレントのネガティブな見方がどのあたりから出てきたかという点だ。 最近の関ジャニ∞、たしかにマイナス要因が並ぶ。3月は村上信五が情報番組『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)、丸山隆平がラジオ『レコメン!』(文化放送)をそれぞれ降板。いずれも後輩グループのジャニーズWESTのメンバーにその座を譲っており、「関ジャニのバーター仕事が多い」といわれてきたWESTが立場を逆転させたように見える。 昨年、ゴールデンタイムで放送されていた冠番組『関ジャニの仕分け∞』(テレビ朝日系)も視聴率低迷で打ち切り。3時間特番『関ジャニ∞博物館』(TBS系)が視聴率4.9%(ビデオリサーチ調べ)の惨敗だったほか、近年の主演ドラマでは大倉忠義の『Dr.DMAT』や、錦戸亮主演の『ごめんね青春!』、『サムライせんせい』がいずれも平均6~7%の低視聴率にとどまった。村上らがレギュラー出演するバラエティ番組『ありえへん∞世界』(テレビ東京系)も平均5~6%台の低調で、事務所のエース格、嵐のような「絶対的な数字を持っているグループ」とは言えない話だ。(イラスト・不思議三十郎) ただ、そんな関ジャニでも、少し前まではネガティブな見方はほとんどなかったのだ。メンバー全員が関西出身で04年のデビュー曲がオリコン演歌チャート初登場1位のヒット。05年、内博貴の未成年で飲酒、脱退で7人編成の再出発となったが、当時のカレンダーの売り上げはKAT-TUNとともにベストセラーに。07年、ジャニーズ事務所初の47都道府県すべてをまわる全国ツアー、全113公演を成功させ、約67万人を動員。09年には大晦日で、初の単独カウントダウンライブを大阪ドームで開催し、シングル曲は1位ヒットを連発していた。10年、初の全国ネット冠バラエティ番組『冒険JAPAN!関ジャニ∞MAP』(テレビ朝日系)が始まり、翌年は日本テレビ24時間テレビのメインパーソナリティーに。深夜枠だった『~仕分け∞』もゴールデンタイム昇格、これには錦戸がNEWSを脱退して、関ジャニの活動に専念したほどだった。12年からNHK紅白歌合戦にも出場。この頃までゴシップがなかったわけではないが、それを鋭く追及するような記事は少なかった。 関ジャニはジャニーズ内でも「恋愛タブーがない」といわれるほどトークでも恋愛ネタに遠慮せず、メンバーの熱愛ニュースにもバッシングは少なめ。関西ノリの不良キャラも理由としてあっただろうが、人気上昇の勢いがつまらない批判に勝っていた印象はある。バッシング“解禁”?潮目が変わった2年前 潮目が変わったのは2年ほど前から。前年、大倉主演の映画『100回泣くこと』が大コケ予想を覆すヒットがあったにもかかわらず、同じ大倉主演の「Dr.DMAT」の視聴率が振るわないと「神話崩壊」「実力不足」とネガティブな記事が増え、丸山主演のドラマ『地獄先生ぬ~べ~』(日テレ系)は平均10%台の視聴率だったのに、ネット上では酷評が溢れた。まるで関ジャニへのバッシングが“解禁”されたかのようだった。 以降、横山裕の番組での食事態度に批判が集まったり、渋谷すばるの熱愛にはかつて見られなかった「ブス好み」などという中傷が踊り、情報番組での振る舞いにもいちいち批判が上がる始末。世間の空気を読むことに長けているマツコ・デラックスも昨年4月、関ジャニとの共演でグループ名を「ダサい!」とバッサリ。音楽特番では二宮和也が「生放送ですけど関ジャニのところだけカットできない?」と言い、これらはイジリの範疇とはいえ、世間は真に受けて「視聴者の声を代弁した」なんて伝えられる様相。どう見ても関ジャニが「批判していい存在になった」としか思えない。 錦戸が一般女性の携帯電話を取り上げる問題を起こしたり、村上が取締役を務める家族経営の不動産会社による違法建築など、シャレにならない事件も起こってはいたが、これが原因でバッシング解禁となったようにも見えない。 気になったのは横山が昨年、日テレの人気アナウンサー、水卜麻美と密会デートしていたことが発覚した際、週刊誌の記者の大半が水卜アナの直撃を試みたこと。もしこの相手が滝沢秀明や山下智久、亀梨和也ら同世代の他グループメンバーだったら男性側にも直撃があったはず。 そもそも関ジャニはデビュー直後、「自分たちだけ先輩グループと食事してはいけなかった」など差別を受けていたことを吐露していたが、当初から東京で活動していても「関西」という地域アイドルっぽいイメージが付き一流扱いをされない存在でもあった。彼らだけ恋愛トークのタブーが許されたのもそのせいだったかもしれない。 結果、他グループに比べメンバー個々の世間への浸透度が低いまま、不良っぽさは嵐のような国民的アイドルになりにくいという見方もある。そう考えれば最近の低数字に対する厳しい風当たりは、期待以上の成果が出せない点に対するもどかしさ。オワコンというより伸び悩みが正しいのではないだろうか。

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    「すべらない話」初挑戦の中居正広は芸人以上に面白かったのか

    、出演者は「人」ではなく「話」で選ぶべきである。おもしろい「話」さえ持っていれば、芸人でなくていい。芸能人ですらなくていいはずだ。 よって、中居の参戦は、それだけではいいとも悪いとも言うことはできない。彼がおもしろい話を持っているのなら歓迎すべきであるし、そうでないなら忌避すべきである。SMAP中居だからとか、ジャニーズだからとかでいい悪いが決まるわけではないのだ。 それを踏まえて、中居の出来を論じてみる。ついでに中居が出てきた他の人の話者の話にも触れる。中居の話は3本であり、中居が出てきた話は2本あった。後者は、いずれも千原ジュニアによるものであり、ジュニアの1本目と3本目の話である。 評価は、以前の「すべらない話」にも導入した四段階評価である。 ◎:爆笑 ○:声を出して笑った △:おもしろいとは思ったが声を出しては笑わなかった ×:おもしろくない ス:スベリ枠としておもしろかった[中居1「マネジャー」]:×マネージャーの聞き間違いの話。(1)雑誌→梨と、(2)炭酸の缶ジュース→単三の乾電池、という聞き間違いが紹介されていたが、(2)はわりとよくあるので、(1)を先に出してしまうとインパクトで負けてしまう。中居によるマネージャーのモノマネはなかなか堂に入っていたが、最後の最後には稲垣にはそのマネージャーがハマったというオチで締められていたので、稲垣の変人っぷりについてもっとフリがあったら良かったかもしれない。[中居2「マネジャー(2)」]:×オチがマネージャーがゴルフウェアを着ていることであるため、イラストのような視覚的補助があった方が笑いが生じやすいと思われる。これは、中居の問題ではなく、番組側の問題である。[中居3「ジャニーさんの誕生日会」]:○今回のMVSである。これは特に言うべきことはない優秀な話である。写真週刊誌に松本との合コンの模様を記事にされたが、その記事でジュニアとして紹介されていたのが中居だったというオチの話。ジュニアは「間違えようがないだろう」と写真週刊誌のボケをツッコむスタンスで話していたので、写真の現物を見せてくれないとピンと来ない。中居の2本目と一緒で、視覚的補助が必要な話なのである。もちろん、それは大人の事情で難しそうではあるので、それができないならテレビでするべきではない。あと、ジュニアはこの話の冒頭に別の合コンの話をしていたが、関連性があまりなくフリとして機能していなかった。単に軽くウケをとって場を暖めるためのツカミだとしたら余計である。[ジュニア3「祝儀」]:×中居が結婚したジュニアへの祝儀として1000円札の分厚い束を渡してきたが、結構分厚いので1000円でも結構な額になってしまい、ボケとして弱かったという話。やはり実際の額を言ってもらわないとどれぐらい弱いのかというのがピンと来ない。実際に額を言うのはマナー違反の部分もあるだろうが、だとすればジュニアなのだから「○○ぐらいなら買える額」というたとえを入れてもらわないとダメである。 さて、番組を通して感じた中居正広への評価である。自分で話した3件と、「ネタにしてもらった」2件でのやりとりが今回の中居の露出である。 結論から言えば中居の存在は、これまでに参加した「芸人でない出演者」の中では一番おもしろかった。とはいえ、そこまで光るものがあったわけではない。 厳しい言い方かもしれないが、SMAPという括りやジャニーズという庇護を剥ぎ取った時にやっていけるだけの、タレントとしての唯一無二性までは見出すことができなかった。

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    ジャニーズ隆盛の礎を築いた田原俊彦 今なお光る功績の数々

    『3年B組金八先生』の生徒役として出演した田原俊彦、近藤真彦、野村義男の“たのきんトリオ”だ。古参の芸能記者が話す。 「1975年に郷ひろみが他事務所に移籍して以降、ジャニーズは苦境に陥っていました。その状況で、たのきんトリオは事務所にとって、まさに救世主でした。その後、ジャニーズ事務所の隆盛は、今に至るまで続いています」 3人はレコードデビューも果たし、冠バラエティ番組『たのきん全力投球!』(TBS系)ではコントも披露。1980年代、田原と近藤の2人は常に音楽番組のランキング上位に顔を出していた。「当時の人気歌番組『ザ・ベストテン』(TBS系)の1位獲得回数は近藤のほうが多かったですが、田原は最多出場回数を誇り、番組には田原の名前入りのソファーが置かれるほどでした。「教師びんびん物語II」で存在感を見せた阿藤快さん(左から2人目)。共演の田原俊彦(右端)、生田智子(左端)、野村宏伸と人気ドラマを支えた(1989年) また、田原はあらゆる分野で“ジャニーズ初”を記録しています。例えば、今期の月9ドラマは嵐の相葉雅紀主演で、主題歌は嵐の『青空の下、キミのとなり』です。ジャニーズタレントがドラマで主演し、主題歌を歌うという王道パターンが出来上がっていますが、起源を辿れば、1987年に田原俊彦が『ラジオびんびん物語』(フジテレビ系)に主演し、主題歌『どうする?』を歌ったのが最初。この成功が、翌年の『教師びんびん物語』と主題歌『抱きしめてTONIGHT』のヒットにもつながっています」(同前) ほかにも、田原の築いた道はある。1994年に木村拓哉が受賞して以降、2005年を除き、ジャニーズ勢が独占している『ベストジーニスト賞』。実は、ジャニーズで初めて獲得したのは、1986年の田原俊彦だった。 「1985年は藤竜也や森進一、1987年は所ジョージやC.W.ニコルが受賞しており、男性アイドルの受賞者はゼロ。そのなかでの受賞は価値が高い。また、ジャニーズで初めてベストドレッサー賞に選ばれたのも、1989年の田原です。その後、ジャニーズ勢では1993年に東山紀之が獲っただけです」(同前) 木村拓哉が14年連続1位のまま終了した、雑誌『an・an』の『好きな男ランキング』(年度によっては『抱かれたい男』『寝たい男』などの名称も)も、田原俊彦という存在が大きな意味を持っているという。 「1985年は山崎努(当時49)、1986年は岩城滉一(当時34)が1位でした。つまり、年輩の俳優が獲得しており、アイドルの付け入る隙はなかった。しかし、1987年に田原俊彦(当時26)が初めて1位になったことで、女性の価値観の変化を感じさせました。その後、田原は4年連続で1位を獲得。田原がいなければ、キムタクの14年連続1位という偉業は生まれなかったかもしれません」(同前)  1994年にジャニーズ事務所を独立した田原。しかし、歌やドラマに限らず、あらゆる分野でジャニーズの礎を築いた事実は、今も色褪せない。関連記事■ 『金八』で共演の武田鉄矢と田原俊彦が約20年ぶりの共演へ■ 田原俊彦とジャニーズの共演実現の背景に局の自主規制解除■ 田原俊彦と近藤真彦の共演可能性 「あるとすれば2014年か」■ ジャニーズ勢のドラマ主演 田原俊彦の『びんびん』が契機か■ 田原俊彦の『教師びんびん物語』パート3が幻に終わった理由

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    アイドル大量生産システムはジャニー喜多川氏の特許

    ろう。 この解散騒動、外面的に見えるものと、内面にあるものはまったく正反対の様相を呈していることが、芸能界の外の人にも、なんとなくわかるだろう。それを理解するには(別に理解したくないかもしれないが)ジャニーズ事務所の歴史を振り返ってみるといいかもしれない。 ジャニーズ事務所は1962年にジャニー喜多川氏により創設された。伝統的に男性アイドルの育成が得意だとされている。筆者は昭和30年の生まれだが、事務所設立と同じ年、ジャニー喜多川氏によって結成された男性アイドルグループ「ジャニーズ」の活躍ぶりを覚えている。メンバーは、あおい輝彦・飯野おさみ・中谷良・真家ひろみ。 前年の1961年に日本公開された米ブロードウェイのミュージカル映画『ウエスト・サイド物語』を見て感動した野球チームの子どもたちで結成された歌って踊る4人組のグループとだとされる。 実は、野球チームの結成の方が先で、ジャニー氏が「 Youたち、野球やらない?」と多くの男の子たちに声をかけていたのは伝説になっている。野球チームの名前は当初「オール・ヘターズ」というもので、のちに野球チームも「ジャニーズ」に変更になるが、変更にならなければ芸能事務所の方もオール・ヘターズ事務所になっていたかもしれない。 このジャニー喜多川氏のお姉さんがメリー喜多川氏であり、その旦那さんが元・東京新聞記者で作家の藤島泰輔氏。藤島氏の父親は日本銀行の監事。学習院大学では今上陛下とご学友である。メリー藤島夫妻の愛娘が藤島ジュリー景子氏。 現在のジャニーズ事務所の役員構成は以下の通り。 1.代表取締役社長:ジャニー喜多川 2.代表取締役副社長:メリー喜多川 3.代表取締役副社長:藤島ジュリー景子 バリバリの同族会社なのである。創業者一族がやっている有名企業という意味では日本一の製造業TOYOTAと同じである。 だが、その経営方法は、TOYOTAが中継ぎにプロパーのサラリーマン社長を持ってきて、経営の緊張感を高め、近代化を図り、創業者一族に再びバトンタッチすることで精神的支柱とする方法と比べ、前近代的で興行師的体質が色濃く残っていると言わざるをえない。 芸能の伝統を守っていると言えば言える。この体勢に反旗を翻したのがSMAPのマネジャー飯島三智氏という図式である。 ジャニーズの次に人気になったのは北公次・江木俊夫・おりも政夫・青山孝の「フォーリーブス」である。日本テレビの番組「プラチナゴールデンショウ」で、メインを張った。 「プラチナ万年筆」の提供だからこういう番組名なのだが、「白金黄金ショウ」というのはキラキラネームのような番組名である。「地球はひとつ」( 作詞:北公次、作曲:都倉俊一)という当時の若い奴なら誰でも歌えた持ち歌があった。この歌の冒頭はセリフ。 「 (セリフ)ボクから逃げようたって 駄目だョ… 逃げれば 逃げるほど ボクに近づくってわけ… だって 地球は まるいんだもん!」 シブがき隊の「スシ食いねェ!」舞祭組(ブサイク)の「ブタのケツ」など、今のジャニーズ事務所歌手のおもしろ選曲路線の先駆けである。グループサウンズが衰退しアイドル時代がやってくる ジャニーズから、フォーリーブスまでの間にはグループサウンズ(GS)の大隆盛期が挟まっている。GSはジャニーズ事務所ではない。ジュリーこと沢田研二のザ・タイガース、田辺昭知とザ・スパイダース、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ショーケンこと萩原健一のザ・テンプターズ、加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ、オックスなどなど。この時期はジャニーズ事務所にとっては雌伏の時期である。女にモテたいがためにだけ、バンドを組んだことのある若かりし頃の筆者は、このGSを見て、一つ呆れていたことがあった。 「テレビで見るGSは、みんな演奏してないじゃないか。演奏するふりをしているだけだ。本当に演奏しているのはザ・ゴールデン・カップスとモップスだけだ。おれたちはモップスになるぞ」と、筆者のバンド「グラスホッパーズ」の面々は誓ったりしたのである。 やがてGSは衰退し、アイドルの時代がやってくる。1960年代前半にジャニーズの付き人をしていた北公次をどうしてもデビューさせたいとの事務所側の思惑から各所からメンバーを集めて結成されたのがフォーリーブスである。・・・という事情は当時、愛読していた「明星」や「平凡」から仕入れた知識である。 思い返せば皆ユニゾン。ダンスもユニゾン、歌もユニゾン。ハーモニーは邪道。これもジャニーズ事務所伝統である。北公次はステージ上でバック転を披露したアイドルでもありこれもジャニーズ事務所の伝統。 フォーリーブスはまた、エアーギター、エアードラムの先駆けでもあった。テレビを凝視していると、スティックはドラムにあったっていないし、エレキギターにコードはつながっていない。 モップスを目指していたグラスホッパーズはあきれて名をFESTY に変えてJAZZに走ったが、メンバーの力量差がありすぎて、解散せざるをえなかった。断っておくが、筆者の場合は円満解散である。 考えてみれば、口パクやエアードラムはこの時代のテレビから始まったのだろう。田辺昭知とザ・スパイダースのリードタンバリン・堺正章は(サイドタンバリンは井上順)田辺エージェンシーの社長となり、興行界の重鎮となった田辺昭知を結婚式で紹介する時にこう言って笑いを取る。 「次に挨拶していただくのはスピーチとドラムが下手な、田辺昭知です」 このあとジャニーズ事務所からは綺羅星のごとくアイドルが輩出する。「ザ・ワイルドワンズ」。左から植田芳暁、島英二、加瀬邦彦、鳥塚しげき、渡辺茂樹=1968年9月 •郷ひろみ(フォーリーブスのバックダンサー出身) •近藤真彦 •田原俊彦 •野村義男 •シブがき隊 •少年隊 •SMAP •TOKIO •V6 •KinKi Kids •タッキー&翼 •NEWS •KAT-TUN •Hey! Say! JUMPなどなど。この一連のタレントの中で一番の重鎮は皆から「マッチさん」と呼ばれる近藤真彦である。 こうしてみると、このアイドル大量生産システムはジャニー喜多川氏発明の特許と言って差し支えないだろう。ならば特許権料は発明者のジャニー喜多川氏独占で良いはずである。

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    関ジャニ∞に曇りなし!? そう遠い話ではない本当の「オワコン」

    きか。そんなジャニーズに終わりはないし、仮にテレビがなくなっても絶大なポジションを維持して、恒久的に芸能界に君臨し続ける資産も持ち合わせている。東京ディズニーランド&シーを運営するオリエンタルランドに次ぐエンターテインメント業界2位を誇る「ジャニーズ事務所」はそこいらの中小企業ではなく、盤石なる不倒の帝国だ。出る杭だから打たれやすい ひとつ、僕が感じるジャニーズの懸念は「ジャニーさんの求心力」である。先のSMAP解散騒動はもちろん、3人の大きな問題を辛うじて乗り越えたものの安定感に不安を残す「KAT-TUN」、メンバー個々のプライベートに密かな問題を抱える「NEWS」など、これまで容易だったタレントの管理体制に緩みが生じているのは確かなようだ。加えて人気はあるものの、周知に欠ける若手の伸び悩みにメディアも対応しきれていない様子。終活中のジャニーさんはここ数年、すべてを出しつくす勢いだが、そこに甘さが残ってしまうのだろう。 これまでは、ジャニーズに所属して5年、グループを結成して3年、デビューまで計8年かかったという例も少なくなかった。しかし、現在ではデビューしていなくてもスーパーアイドルとして名を馳せる環境が、ジャニーズの特色になっており、そこで過信してしまう若人も少なくない。昔はジャニーさんがNO!といったらそれまで、の世界だったが、その存在を無視するかのようなタレントの勝手な振る舞いが多々見られるようになった。「すべてはジャニーさんの言う通り」の完全なるピラミッド式独裁国家がジャニーズだったのだが。 顔も出さず、出生の記録さえ定かとされていないのに、これほど著名な芸能プロダクション社長は、ジャニーさんの他にいない。芸能界に絶対的存在を保持し半世紀も君臨してきた帝王がつくり上げたのがジャニーズ事務所であり、活動するタレントやグループもトップであり続けることが求められる。その苦労は計り知れない。「悪いことをしない優等生」であり続けるからこそ、広告塔として多くのコマーシャルを抱える信用も得られる。人気のジャニーズにも失敗例は多々あり、すべてに絶対ということでもない。責任も過大となっているゆえ、それに対応している彼らの能力には感心するばかりだ。 ジャニーズ所属のタレントたちは常に注目され、「出る杭は打たれる」もとい、出る杭だから打たれやすいのだが、隙があらば倒したいと思っている輩は少なくない。常に敵の影に脅かされているという意味では、歴史上の武将や世界の首脳と何ら変わりない立場だ。しかし、その隙は確実に次第に大きくなっているようである。 僕の定説は、昔からジャニーズ事務所はジャニーさんで出来ているということだ。それはジャニーさんがいなくなればジャニーズ事務所は終わりという意味であり、たとえ後継者が誰になろうとジャニーズ事務所はジャニーさんがいなければ終わりなのである。芸能音楽プロダクションとしては、永遠に大きな影響力をもって業界に君臨し続けることが可能だが、タレントの生産や教育、加えて数々のプロデュースは機能しなくなるだろう。 本当の「オワコン」の訪れはそう遠い未来の話ではない。その時を虎視眈々と狙っている連中を知っているからこそ、僕は相当に憂える日々を過ごしている。

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    自立厳しいカリスマ主婦 清原亜希が「清原」を捨てられなかった理由

    いで、人気や知名度に大きな影響を及ぼすことは通常であればあまりない。 特に、覚醒剤取締法違反という、芸能活動をする上では致命的な傷を負ってしまった「清原姓」を利用し続けるリスクは極めて高い。「プロ野球選手・清原」がいかにブランド力があろうが、現態であれば「清原容疑者との関わり」はブランド力どころかマイナスでしかない。 清原亜希氏、旧姓・木村亜希氏は、1969年生まれの46歳。「40代の公私ともに充実した女性」をターゲットにしたファッション雑誌の表紙を飾る、いわゆる「カリスマ主婦」の一人だ。 亜希氏と清原容疑者の結婚は2000年、亜希氏が31歳のことだ。もともとの人気モデルが、人気プロ野球選手と結婚・・・というわけではなさそうで、清原容疑者と結婚するまでの亜希氏は、一般的には無名に類するポジションであったようだ。 しかし、亜希氏の芸歴は意外にも長く、そのデビューは1984年の「ミス・セブンティーンコンテスト」にまでさかのぼる。工藤静香らと共に「セブンティーンクラブ」として1985年にはレコードデビュー。その後、1986年にはアイドルグループ「B・C・G」のメンバーとして活動。15〜17歳の頃だから、ほとんど「子役俳優」ほどの芸歴を誇っているが、その実態を知る人は少ない。 アイドル活動で人気を得ることもなく、その後10年以上を経て、2000年に清原容疑者との結婚で、急激な注目を浴び、現在に至る。期せずして、「ママタレ」や「カリスマ主婦」「セレブブーム」など、キレイな既婚者や、子持ちでも輝いてる女性、などが注目され始めた頃でもある。 何よりも、スターであった「清原選手」の妻として、また、経緯はさておき「モデル」という職業には他のママタレとは一線を画す、圧倒的にカリスマ性があったことは間違いない。2014年に清原容疑者と離婚した後も、名門小中学校に通う2人の子どもの母としてのブランディングにも成功している。 しかし、清原容疑者が逮捕され、その暗部が詳らかになってゆくなかで、「モデル・清原亜希」の仕事にも支障が出始めていると報じられている。モデルとは広告業である。そして、広告とはイメージビジネスであり、少しでもイメージ悪化のリスクが伴う素材は使いたくないと考えるのが普通だ。危険物のようになった「清原姓」を離さずに使い続けたのか それでもなぜ、亜希氏は危険物のようになった「清原姓」を離さずに使い続けるのか? 筆者なりに感じたことは、昨今「ママモデル」「ママタレント」「カリスマ主婦」とされる層のあまりに脆弱なポジションだ。 これらポジションの人たちには2つの系統がある。 まず、本人がそもそもスターや著名人・実力者であり、その人が結婚や出産を経て、「カリスマ」から「カリスマ主婦/ママ」へとシフトしたパターンだ。 そしてもう一方が、もともと著名であったかはわからないが(そうでない場合が圧倒的であろうが)、著名人やスターと結婚したことで、いきなり知名度とステイタスを高め、「カリスマ主婦/ママ」へと駆け上がっていったパターンである。 この時、前者は「立場が変わっても成功するすごい人」であるわけだが、後者に関しては、「結局、他者(男性)に依存した成功」であるに過ぎない。仮に、雑誌やテレビなどでいくら「カリスマ」として支持を受けようが、人気を得ようが、その実態は「パートナーがすごいから、その奥さん『も』すごい」という幻想の人気であるに過ぎない。 よって、その存在価値は「パートナーの存在」によって左右される。いわば、パートナーの一挙手一投足にすべての生殺与奪を握られている極めて脆弱なポジションであるというわけだ。そう考えると「カリスマ主婦」などと崇め立てられている人たちが実に悲しい存在のように見えてくる。 子どもの頃からの長い芸歴を誇る人でも、なかなか単独では成功できないのが芸能界の厳しさだ。本来、不要であるはずの「清原姓」を捨てることができない理由は、亜希氏が「清原亜希」としてのキャリアしか有していないこと、そして、「清原亜希」であることが最大の商品価値であったことに起因するように思える。 そう考えれば、昨今、数多く目にする「カリスマ主婦」たちは、自分たちのビジネスモデルがいかに脆弱で危険なものであるのかを、改めて考えて活動をした方がよさそうだ。ポイントは「旦那が使えなくなったら、自分は何ができるのか?」の一点に尽きるだろう。 もし、清原亜希氏が自分のキャリアに自信を持っているなら、なおのこと「亜希」の名前で再始動すべきだであるように思う。

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    元妻との関係があぶり出す、清原被告の絶望的な環境

    ように向き合ってきたのか? は気になるところだ。 「アサ芸プラス」(2016年2月14日)によれば、芸能記者の話として、(亜希氏は、清原被告が今回の逮捕以前に)「薬物で入院した際には“死んでほしい”とまで願った」という情報が伝えられている。これが事実だとすれば、家族(今回の場合、元妻の亜希氏になるのだが)が、薬物に溺れる清原被告を警察に通報するという選択肢も十分にあり得たように思う。 重度の中毒者の場合、家族から警察への通報で逮捕に至るケースは少なくないからだ。ましてや「死を願う」ほどの思いがあったのにもかかわらず、なぜ通報できなかったのか。気になるところだ。 別居に至る2014年3月までは、どんな形であれ一緒に暮らしていたのだから、決して短くない同居生活だ。亜希氏の家族としての清原被告との関わりは、今後の裁判でも明らかになるのだろうか。 さて、薬物依存症者を抱える家族を支援するNPO「全国薬物依存症者家族連合会(薬家連)」のホームページに、「家族への12の助言-依存症者をかかえる家族が、依存症者本人に接する場合の原則-」という文章が掲載されている。 薬物依存に陥った患者の家族がどうあるべきか、何を知るべきか、が簡潔にまとめられている12個からなる文章だ。12の助言は、そのタイトルを見るだけにも非常にわかりやすい。  1.本人に関する一切の思い込みを捨て、白紙に還る2.本人を子ども扱いしない3.本人への過度の注意集中を避け、自分自身に注目を向け変える4.孤立を避け、家族同士で集まる5.本人に対する脅し、すかしを止める6.本人に対する監視的、干渉的ふるまいを止める7.本人の不始末の尻ぬぐいを避ける8.本人の行動に一喜一憂しない9.言ったことは実行し、出来ないことは言わない10.適切な機会をとらえて、本人に問題点を直視させる11.本人の暴力に屈しない12.本人を病院任せにしない(http://www.yakkaren.com/bigina.a/kazoku12jyogen.html) この「12の助言」の全文は薬家連のホームページで確認してほしいが、これを読む限り、清原被告を囲む環境が、過去も現在も薬物依存者としては「絶望的」であることがよく分かる。清原被告に足りなかったもの 現在保釈中の清原被告は「(3)本人への過度の注意集中」の状態にある。いうまでもなく「(4)孤立を避け、家族同士で集まる」ことはできておらず、「(12)本人を病院任せ」にしているのが現実だろう。もしかすると、それらが結果的に、「(10)適切な機会をとらえて、本人に問題点を直視させる」ことを困難にさせている可能性もある。 今、メディアは清原被告のスキャンダラスな面、あるいは病院のVIPルームの値段や「焼肉弁当」などといったネタばかりに注目を集めてしまっている。しかし、これを単なる有名人の薬物事件として「楽しむ」だけであってはならない。 今回の事件を薬物問題を考える一つの契機としてゆくためにも、「薬物依存症と家族」の関係についても報じ、議論してゆくべきだろう。 清原被告に必要なものが何なのか? そして何が足りなくてこのような事態に陥ってしまったのか? その要因は、多かれ少なかれ「家族」「家庭」の中にもあるように思う。これらについて改めて考えてみるような報道も今後は必要なのではないか。

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    それでも、不倫疑惑タレントを「抹殺」してはいけない。

    後藤和也(産業カウンセラー/キャリアコンサルタント) 芸能界ではスクープが相次いでいる。特に、好感度抜群とされた女性タレントのベッキーさんの不倫疑惑をめぐるニュースは、連日さまざまな報道がなされている。今回の騒動とは? 筆者はベッキーさんと不倫相手とされる男性ミュージシャン(以下、「男性」)のファンでもアンチでもない。ベッキーさんについては「あぁ、テレビによく出ているのねえ」という程度の認識であり、男性側に至っては今回の報道で初めて存じ上げた次第だ。言い方は悪いが、両者にそんなに関心はない、ということを冒頭にて明確にしておきたい。また、筆者は当事者間に不倫関係があったかどうかは断定できる立場にないことも申し添える。 年明け早々に週刊誌が報じた内容によれば、ベッキーさんが妻子ある男性と不倫をしていることが、男性のLINEが盗み見られたことから発覚したという。報道によれば正月に、二人で男性の実家を訪問するなど、深い仲であるという。バンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さんとのスキャンダルについての会見を終え退室するベッキーさん=東京都新宿区(山田俊介撮影) その後のベッキーさんらに対するバッシングの嵐は言わずもがなだ。特にCMや出演番組を多数抱えるベッキーさんに対しては、スポンサーが損害賠償請求やCM降板を検討しているなど、多くのネガティブな報道がなされた。先日開いた謝罪会見も、記者からの質問が許可されなかったなどの内容に、逆に批判の声が多く寄せられる結果となっている。看過できない報道について 先に述べたとおり、今回の一連の騒動について特段の興味もなかったのだが、先日のある報道が気になった。以下の内容だ。 タレントのベッキー(31)が、ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音(えのん、27)との不倫疑惑騒動で10日で約4キロ痩せたことが16日、分かった。(中略) 関係者によると、1月4日に川谷の長崎県の実家を訪れ、出てきたところを週刊文春の記者に直撃されてから「軽はずみなことをしてしまった」と食事が喉を通らない状態が続いているという。知人によると、今回の騒動で、出演するCMの一部が差し替えられるなどの影響が出てしまったことで、ベッキーはなかなか寝付けず、食欲がない日々が続いている。 「ベッキー 10日で4キロ減 騒動で食事喉通らず寝付けず 仕事以外は自主謹慎」 スポニチアネックス 1月17日(日)5時32分配信(ヤフーニュース) 寝付けず食欲がない、ひきこもりがちなど、心の病の兆候ともいえる状態にあるという報道だ。ベッキーさんといえば「いつも前向き、元気な清純派」なタレントであり、今までゴシップとも無縁であった。「むしろできすぎ」という声もあったほどだといい、その反動からか、ネット上でも辛辣なコメントが目立つ。無論、仮に不倫という事実があったとすれば、倫理的な行為とは言えず、男性の妻は第一の被害者と言え、スポンサーなどの関係者にも損害を与えたというロジックは成立するだろう。ファンの信頼を傷つけた、という見方もできるのかもしれない(筆者はファンというものはある種の強烈な片思いのようなものであると考えるので、「信頼を傷つけられた」と逆上するのもなんだかなあと思わなくもないが)。 以上の報道やバッシングを傍観しながら、ある事件を思い出した。STAP細胞を巡る笹井教授の自殺事件だ。STAP細胞騒動と本件の類似点についてSTAP細胞騒動と本件の類似点について まだ記憶に新しいSTAP細胞を巡る事件。小保方さんの指導者役として記者発表を仕切っていたのが笹井教授であった。ご存知のようにSTAP細胞論文の信頼性について疑義が生じてからは、それまでの「ノーベル賞級の偉業」という評価が一転し、小保方さんと不適切な関係があったのではないかという趣旨の報道が数多くなされた。 その後、笹井教授は自殺という選択をしてしまう。死後、関係者の証言により、笹井教授と普通のコミュニケーションがとりづらい状況にあったということ等、騒動のさなかに、心の病に急速に蝕まれていったと思われる事実が判明した。死後は、笹井教授の功績を称え、その早すぎる死を悼む報道が主となり、不適切な関係を糾弾する内容がフェードアウトしたのが非常に印象的であった。 無論、本件とSTAP細胞の騒動では内容も質も異なる。ただし、これまで賞賛の対象でありマスコミによって持ち上げられていた対象が、ある瞬間にまさに手のひらを返されるようにどん底に叩き落されるという過程や、当事者とは言えない不特定多数の者から人格攻撃のような辛辣な非難がなされることは酷似しているのではないか。おわりに 無論筆者は、不倫という行為があるとすれば、それを肯定するつもりは毛頭ない。不倫は文化だともいうつもりもないし思ってもいない。従来からのファンでもない、むしろアンチのような人たちや、今回の報道で初めて存在を知ったような人たちがヒステリックに自身の正義感から罵詈雑言を浴びせる姿に、ある種の危険性を感じるから、拙稿にて問いかけるのである。 我々の発する言葉は、時として鋭い矢のように相手の心身に突き刺さることがある。その結果、相手が死を選ぶということもある。我々はそれでも、相手に対し非難を続けるべきだろうか。相手を抹殺しなければならないほど、その相手と自分の関係性は深いのだろうか。どれほどの利害関係にあるのか。 本件が仮に事実とするならば、好感度を商売の手段としているベッキーさんらは、なんらかの責任を負うことになるだろう。暫くの間となるかもしれないが、「芸能界から抹殺」されるのかもしれない。ただしかし、「この世から抹殺」等ということは、仮に当事者だったとしても、現法令下では決して許されるものではないという当たり前のことを、我々は再認識すべきではないのだろうか。 「常に笑顔で、前向きに頑張っていました。勇気をもらいました」等と、死後に功績を称賛したところで、何らの意味もないのである。【参考記事】■「年も明けたし、何か資格を取ろう!」と思ったあなたに伝えたいこと (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■「未達成感」が育児ストレスを増大させるのでは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■元猿岩石芸人から学ぶべきスキルとは (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■「俺、メンタル的にヤバいかも・・・」と思ったら。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■山本耕史流アプローチがストーカーとならない理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)

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    ベッキーは本当にゲスな女なのか

    週刊文春が放ったスクープで好感度タレント常連のベッキーが窮地に立たされている。ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカルとの不倫騒動は「自業自得」とはいえ、このスキャンダルはどこまで尾を引くのか。彼女のバッシングはもう見飽きた感もするので、ここではあえてベッキーを擁護してみました(笑)。

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    「自己陶酔型不倫」の典型、ベッキーをなんとなく応援してみる

    ることもない。覚醒剤使用で逮捕されたって(あら、奇しくも同じ事務所)、なんらかの活動を続けられるのが芸能界なのだから。この特殊な世界に骨埋める覚悟ならば、不倫のひとつもネタに昇華してしまえばいい。それくらいの図太さはそもそも持ち合わせているはずだし。開き直って「好感度の低いタレント」売りに出るという手もないことはない(茨の道だけれど)。  実はテレビ界には、問題や騒動を起こした芸能人に、さまざまな救済措置的番組がある。「しくじり先生」(テレ朝系)、「有吉反省会」(日テレ系)、「金スマ(中居正広の金曜日のスマたちへ)、「爆報!THEフライデー」(TBS系)などなど。テレ東だったら「ヨソで言わんとい亭」に出演してみるか。同じ事務所のダンディ坂野風の黄色いスーツで登場して「ゲッス!」とかましてみる。なりふりかまわず火に油を注ぐ芸風で。 ということで、なんとなくベッキーを応援してみたつもりだが、正直ベッキーの去就に関心はあまりない。サンミュージックという不運でうっかりな事務所を心の底から気の毒に思うだけ。そうか、私が思いを寄せるのはベッキーでも、ゲスでも、ゲス嫁でもなく、サンミュージックだったのだ。 強大な権力をもつ事務所と、そうでない事務所のタレントに対するテレビ局の扱いの差にはウンザリする。事務所格差による偏向報道には、新年早々ウンザリだ。

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    良い子の代表「スキャンダル処女」ベッキーを無責任に擁護する

    しまったことは世間でも業界内でも話題騒然となった。 ベッキーが良い子というのは、共演者や友人と称する芸能人仲間のコメントで良く分かると同時に「(ベッキーは悪くないという)擁護」の嵐も半端ない状況になったが、その反面これまで「ベッキー可哀想」という意見だった世間が反撃に出てきて、ますますイメージダウンのベッキーである。 つまり、事が不倫なだけに、どちらか一方が悪いという根本的な解釈があり得ないということに気が付いた。「ベッキーは良い子だから悪くない」というのは非常に可笑しい馬鹿丸出しな意見であり、不倫とはいえ立派な「不法行為」。不貞を犯した罪は罰も科せられる重大な行為に当たる。そこに当事者としていることに基本的に擁護は出来ないだろう。バンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音とのスキャンダルについての会見で、一礼して会見場に入室するベッキー=東京・新宿区(撮影・山田俊介) 例えば「知らなかった」というのはよくある話。旦那さんがいる、奥さんがいるなんて知らなかった、騙されたというのならそれは可哀想だろう。18歳未満と知りながら「知らなかった」で捕まっている中年オヤジを誰も擁護はしないが、ベッキーは「知っている」わけで完全に後者と同様である。普通に捉えたら誰も擁護はしないし守りようがないだろう。 また良い子でキレイ、透明感バツグンのイメージでCMとバラエティーの女王にも等しい立場からのギャップだからこそマスコミもネタとして大きく扱い、ファンや世間も驚きを隠し切れなかったのだろうが、良い子は不倫しない訳ではなく、また「そう見えない子がそういうことをよくやっている」のが実情でもある。不倫はもとより援助交際、風俗、AVの素人女優といったところでも「そんなふうに見えない系」が主流である。いわゆる「ギャップ萌え」といった外観、性格的な嗜好というものは多少なりとも誰にもあるわけで、それもベッキーのようにイメージ先行型の見た目や振る舞いからは想像できないレベルだと余計に興味がわくというものだ。 そんなキャラ感を持つベッキーだからこそ誠意ある対処と対応も望まれたところだが、これにも大きく裏切られた印象は残る。釈明会見にせよ、平然と活動を続けるにせよ、被害者から見たらますます許せない事情が重なってきてしまう。そう、「被害者」がいるということに焦点が移行して現在は責められる立場に追われている始末だ。 良い子というギャップと良い子過ぎることからの擁護がすべて仇となって返ってくる一方で被害者だって黙ってはいない。裁判沙汰にでもなれば慰謝料だって払わなければならない立場がベッキーであることは承知すべきだろう。擁護されればされるだけ悪女になっていく 多くの芸能人が中途半端に擁護する中で、俳優の坂上忍くんの意見だけが最も妥当でマトモではないか。「身内(芸能人・仲間)が擁護するのはいかがなものかと思う」「被害者である川谷の奥さん」と言い放ち、「擁護できない」意見を発するも、ベッキー個人の良さは認めている。前出しているが、「良い子は悪くない」という、非常識で低レベルな意見のキャッチボールをテレビ番組で公開するのもどうかと思うところだ。 ベッキーからすれば恋愛の相手にたまたま奥さんがいただけで、正攻法に「卒業(離婚)」を待っている姿勢だったのかもしれないが、乙女としての行動はそうではなかった。かなりの勇み足もあり感情的にも大きく土俵を割ってしまっていることから反省すべき点も多々あろうというものだが、それでもやめられない情事(連絡を取り合うなど)の継続を願うなら、芸能人を辞める覚悟を持ったほうが良いでしょう。 事は単なる不倫かもしれないが、それが原因でもっと大きな事件に発展する恐れがあることを理解する必要もあるでしょう。夫の裏切り、愛人への憎悪を苦にして自殺ともなったら、その責任は尋常なく重くなる。芸能人どころか人間失格にも相当する世間からの罵声がうなるように浴びせられ、社会からの転落は免れない。そんなリスクを冒してまで好きならばそれはそれで立派ではあるが、傷つく人がいて迷惑を被る関係者も多いなか「良いお友達」で片づけようというのはムシが良すぎるだろう。 もっとも最悪なのは「川谷絵音」で間違いないが、矢面に立たされているベッキーはその印象から「被害者」にも見受けられることが擁護される理由になりつつある反面、したかかさも垣間見られる姿勢に、世論を請け負う女性たちに批判が広がっている。 大体からして「いいお友達」ならあんな会見を開く必要もないだろう。不倫とは違うという釈明に終始し「会見で話したことがすべてです」という所属事務所のサンミュージックの対応もやはり弱いし、良い子を貫こうというイメージ命のベッキーを擁護するお友達タレントも多いが、擁護されればされるだけ悪女になっていく印象は止められないという実態が彼女自身を陥れていることに気が付かないのか。 好感度ナンバーワンのCM女王がまさかの「不倫」で商品価値を自ら破壊した事実は変わらないが、彼女自身の価値観まで変わるものでもなければ「好きなら好き」でそれは致し方ない。今後も「卒論」と「卒業」をじっと待っている乙女でいるのかどうか。興味があるのは、川谷が相応の慰謝料を積んで円満的に別れられたのち、ベッキーはどうするのか!?というところだろう。成就させるのか、はたまた「二度と会いません」で突き通すのか、そこはまた別のドラマがありそうだ。

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    ベッキー不倫騒動 出版社による プライバシー侵害の可能性は!?

    pon/Getty Images) この件については報道が過熱する一方で、インターネットなどには、「芸能人だからといって、個人的なメッセージを勝手に公開されるのは問題じゃないの?」という冷静な声も上がっています。 中には、「本人に無断でLINEの画面写真を入手するのは違法じゃないの?」「個人情報保護法に違反するのでは?」「プライバシー侵害や名誉毀損にならないの?」という疑問も目にします。今回は、これについて解説したいと思います。1.無断でパスワードロックを破った場合、不正アクセス禁止法にあたる まず、出版社がLINEの画面写真をどのように手に入れたのかは分かりませんが、おそらくタレント本人が自主的に提供したということはないでしょう。そうすると、出版社はタレント本人に無断で画面写真を手に入れた可能性がありそうですが、この点は問題にならないのでしょうか。 これについて、不正アクセス禁止法は、「パソコンやスマホなどから、他人のIDやパスワードを無断で入力して認証し、インターネット上のパスワードロックされている機能を使える状態にすること」などを禁止しています。他人のSNSのアカウントに、無断でパスワードを入力してログインした場合も、不正アクセス行為にあたり、罰則が科される可能性があります。 今回の件で、仮に、タレントの身近な人が本人に無断でパスワードを入力してLINEにログインしたということがあったのであれば、その人が不正アクセス禁止法に違反する可能性があります。 さらにもし、報道記者がその誰かに「パスワードをこっそり入力して、画面写真を撮影してきてくれ」などと指示していたということがあれば、そのような指示をした報道記者に対しても不正アクセス禁止法違反が成立する可能性があります。 もっとも、不正アクセス禁止法は、基本的に「不正アクセス行為」を規制する法律です。 誰かがパスワードロックされていない状態の画面を偶然見てしまい、その場で写真に撮ったような場合は、「不正アクセス行為」があったとはいえず、不正アクセス禁止法違反にはあたらないでしょう。 また、記者としても、情報提供者からSNSの画面写真の提供を受けただけであり、積極的に不正アクセスを指示したわけではない場合には、「誰かを使って不正アクセス行為をさせた」わけではないので、記者に不正アクセス禁止法違反は成立しないと思われます。報道機関が報道目的で個人情報を用いる場合は?2.報道機関が報道目的で個人情報を用いる場合個人情報保護法違反にあたらない 次に、週刊誌で公開されたLINEの画面写真には、個人情報が含まれていると思われますが、個人情報保護法の問題はないのでしょうか。 個人情報保護法は、事業で個人情報を取り扱っている一定の業者(ほとんどの業者は、何らかの形で個人情報を取り扱っています)に対して、個人情報の適正な取得や、個人情報の利用目的を本人に通知すること、あるいは利用目的に沿った利用などを義務付けています。 一般の業者であれば、個人情報の含まれるLINEの画面写真を本人に無断で取得して、本人に無断で公開することは、個人情報保護法上問題とされる可能性が高いでしょう。 しかし、報道機関が個人情報を報道目的で取得したり利用したりする場合、個人情報保護法の多くの規定が適用されません。例えば、新聞報道などで、事件の容疑者の氏名や年齢、職業などが報道されることがありますが、それらを公開することについて本人に了解を取っていない場合でも、個人情報保護法違反にはなりません。 今回のケースについても、報道機関である出版社に報道の目的があったことには違いないでしょうから、出版社が個人情報保護法に違反することはなさそうです。3.プライバシー侵害や名誉毀損は? では、プライバシー侵害や名誉毀損はどうでしょうか。 LINEの画面写真を取得したり公開したりすることについて、不正アクセス法や個人情報保護法の問題がないとしても、プライバシー侵害や名誉毀損の問題は、それとは別に考える必要があります。 まず、「プライバシー侵害」はどうでしょうか。 「プライバシー」には色々な意味があるのですが、ここでは「普通の人ならば秘密にしておきたいであろう、私生活上の事柄」としておきます 「不倫をしていること」も「プライバシー」にふくまれるでしょう。 合理的な理由がないのに、本人に無断でプライバシーを公開することは、違法・不当な行為として、民事上の損害賠償請求や出版差し止めの対象となる可能性があります。 次に、「名誉毀損」はどうでしょう。 名誉毀損とは、法律的な意味では、「不特定または多数の人が知ることができる状況下で、具体的な事実を示すことで、ある人の社会的な評価を落とすこと」などとされています。 誰かの悪口をインターネットの掲示板やSNSに投稿することも、「不特定多数に向けて事実を示して、ある人の社会的な評価を落とした」といえるので、名誉毀損とされる可能性があります。 この場合、指摘した事実が本当のことであっても名誉毀損は成立します。例えば、ネットの掲示板に「こないだのテスト、A君は0点だった」と書き込んだ場合、たとえ実際にA君が0点を取っていたのだとしても、A君に対する名誉毀損が成立する可能性があります。 報道が名誉毀損にあたるとされた場合、プライバシー侵害と同じように民事上の損害賠償請求や出版差し止めの対象となる可能性があります。さらに名誉毀損には刑罰も予定されており、刑事責任を追及される場合もあります。 今回のケースでは、「不倫をしていること」ということは、その人の評価に対して悪影響があると思われます。特に清潔感のあるイメージで売り出しているタレントにとっては影響が大きいでしょう。「不倫をしている」ことを報道することは、仮に事実であったとしても、名誉毀損にあたる可能性があります。「公益的な報道」か、「私生活上の問題」か4.「公益的な報道」か、「私生活上の問題」か それでは、本件では、出版社にプライバシー侵害や名誉毀損を理由とした責任が生じるのでしょうか。 まず、報道機関には報道の自由があります。また、事件や事故について報道することは国民の知る権利に応えるものであり、社会的な意義があると考えられています。 仮に名誉毀損を含む事実が報道されたとしても、そのような報道が社会的な利益のためにされたものであり、かつ、報道された内容が真実であるような場合には、民事上・刑事上の責任が生じないとされています。プライバシーについても同様に、報道することにプライバシーを保護することを上回るような利益があるような場合には、民事上の責任は問われません。 今回の報道の対象となったタレントは、両方ともテレビ番組やCMなどに出演して活動しています。ファンにとっては、タレントがどういった人物なのかには興味や関心があるでしょう。また、タレントをCMやイメージキャラクターに起用している会社や自治体などにとっては、タレントのイメージにかかわることに、特に関心があるかもしれません。 その一方で、たとえタレントであっても、その人が誰と交際しているのか、私生活で家族とどのようなトラブルを抱えているのかというのは、特にプライベートなことだといえます。 また、タレントとして活動をしていたとしても、一般人であることには変わりません。これが政治家であれば、選挙でその人の性格や人間性も含めて判断することになりますので、私生活の報道にもある程度の社会的な意義がありそうですが、タレントの場合は、政治家などとは少し違うように思われます。 最近の裁判例を見ますと、昨年6月に、週刊誌が、著名な元野球選手の家庭内トラブルを記事にしたことについて、週刊誌側の名誉毀損やプライバシー侵害による損害賠償責任などを認めた判決がありました。 判決では、一定の家庭内トラブルがあったことが事実だと認めつつも、それらは家族内の問題に過ぎず、報道することについて「専ら公益に出たものであったとも認められない」などとされています。 タレントの私生活の報道について、どこまでが許容されるのかは非常に難しい問題ですが、個人的な感想としては、単に「交際している」という報道だけならばともかく、本人同士しか知らないLINEでのやり取りを直接公開するのは、特にプライバシー侵害の程度が高いように思います。 また、その画面写真を直接公開するのは、非常に生々しいインパクトがありますので、文章だけの報道と比較した場合に、その人の社会的な評価を必要以上に落とす可能性が否定できません。 そう考えると、週刊誌がLINEの画面写真を掲載して報道したことについては、「名誉毀損やプライバシー侵害の観点から行き過ぎだ」と判断される可能性もあるように思われるのですが、みなさんのお考えはいかがでしょうか。

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    川谷絵音も素質十分?「偉大なアーティスト」の条件は大悪人!?

    【精神科女医のつぶやき】片田珠美 タレントのベッキーさんと人気バンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さんの不倫スキャンダルが報じられた。 この2人は、離婚届を「卒論」と称していたらしいが、この2つにはたしかに共通点がある。自分で書いて提出することはできても、向こうが受理してくれなければ、離婚も卒業もできないという点で似ており、なかなかの言語センスだ。 2人ともかなり叩かれているようだ。とくに川谷さんのほうは、交際当初は独身を装っていたとか、結婚して初めての正月に妻以外の女性と一緒に実家を訪問したとかで、「ゲスの極み」と非難されている。フリーライブで盛り上がるゲスの極み乙女。の川谷絵音=東京・代々木(撮影・斎藤浩一) こうしたふるまいを擁護するつもりは毛頭ないが、作曲家の三枝成彰氏が『大作曲家たちの履歴書』(中公文庫)で述べているように「偉大なアーティストになるには大悪人でなければならない」のは否定しがたい事実だ。 その代表として三枝氏が挙げているのは、作曲家のドビュッシーである。何しろ、下積み時代を支えた女性を2人もピストル自殺未遂に追い込んだのだから、三枝氏が「稀代の悪人」と呼ぶのも当然だろう。 傑出した作家や芸術家の伝記を読んでも、「こんなとんでもない奴が、どうしてあんな素晴らしい作品を生み出せるのか」と驚くことが少なくない。なので「偉大なアーティスト」が「人格者」として紹介されている記事なんかを読むと、巧妙なイメージ戦略で悪人の部分を隠しているか、富も名声も得てガツガツしたところがなくなったかのどちらかではないかと勘ぐりたくなる。 それでは、悪人であることが「偉大なアーティスト」になるための条件であるのはなぜなのか。三枝氏によれば、“心のきれいな人間”では「屈折感や心の奥のひだに食い込むような魔術的な毒のある」ものを作り出せないからということだが、同感だ。 もっとも、悪人であることは、素晴らしい創造活動をするための必要条件ではあっても、十分条件ではない。そのへんを勘違いして、他人を踏みつけにしても何とも思わないような自称「アーティスト」が、結構いる。やはり、才能と努力が伴わなければ、「偉大なアーティスト」にはなれないのだ。 ドビュッシーには及ばぬにせよ、悪人の素質が川谷さんにはありそうだ。これからは大悪人になるべく精進していただきたいものである。かただ たまみ 昭和36(1961)年、広島県生まれ。大阪大医学部卒、京都大大学院人間・環境学研究科博士課程修了。他の著書に『無差別殺人の精神分析』(新潮選書)、『一億総うつ社会』(ちくま新書)、『なぜ、「怒る」のをやめられないのか』(光文社新書)、『正義という名の凶器』(ベスト新書)、『他人の支配から逃げられない人』(同)、『他人の意見を聞かない人』(角川新書)など。

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    それでも不倫疑惑タレントを「抹殺」してはいけない

    後藤和也(産業カウンセラー・キャリアコンサルタント) 芸能界ではスクープが相次いでいる。特に、好感度抜群とされた女性タレントのベッキーさんの不倫疑惑をめぐるニュースは、連日さまざまな報道がなされている。今回の騒動とは? 筆者はベッキーさんと不倫相手とされる男性ミュージシャン(以下、「男性」)のファンでもアンチでもない。ベッキーさんについては「あぁ、テレビによく出ているのねえ」という程度の認識であり、男性側に至っては今回の報道で初めて存じ上げた次第だ。言い方は悪いが、両者にそんなに関心はない、ということを冒頭にて明確にしておきたい。また、筆者は当事者間に不倫関係があったかどうかは断定できる立場にないことも申し添える。 年明け早々に週刊誌が報じた内容によれば、ベッキーさんが妻子ある男性と不倫をしていることが、男性のLINEが盗み見られたことから発覚したという。報道によれば正月に、二人で男性の実家を訪問するなど、深い仲であるという。 その後のベッキーさんらに対するバッシングの嵐は言わずもがなだ。特にCMや出演番組を多数抱えるベッキーさんに対しては、スポンサーが損害賠償請求やCM降板を検討しているなど、多くのネガティブな報道がなされた。先日開いた謝罪会見も、記者からの質問が許可されなかったなどの内容に、逆に批判の声が多く寄せられる結果となっている。看過できない報道について 先に述べたとおり、今回の一連の騒動について特段の興味もなかったのだが、先日のある報道が気になった。以下の内容だ。 タレントのベッキー(31)が、ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音(えのん、27)との不倫疑惑騒動で10日で約4キロ痩せたことが16日、分かった。(中略) 関係者によると、1月4日に川谷の長崎県の実家を訪れ、出てきたところを週刊文春の記者に直撃されてから「軽はずみなことをしてしまった」と食事が喉を通らない状態が続いているという。知人によると、今回の騒動で、出演するCMの一部が差し替えられるなどの影響が出てしまったことで、ベッキーはなかなか寝付けず、食欲がない日々が続いている。「ベッキー 10日で4キロ減 騒動で食事喉通らず寝付けず 仕事以外は自主謹慎」スポニチアネックス 1月17日(日)5時32分配信(ヤフーニュース) 寝付けず食欲がない、ひきこもりがちなど、心の病の兆候ともいえる状態にあるという報道だ。ベッキーさんといえば「いつも前向き、元気な清純派」なタレントであり、今までゴシップとも無縁であった。「むしろできすぎ」という声もあったほどだといい、その反動からか、ネット上でも辛辣なコメントが目立つ。無論、仮に不倫という事実があったとすれば、倫理的な行為とは言えず、男性の妻は第一の被害者と言え、スポンサーなどの関係者にも損害を与えたというロジックは成立するだろう。ファンの信頼を傷つけた、という見方もできるのかもしれない(筆者はファンというものはある種の強烈な片思いのようなものであると考えるので、「信頼を傷つけられた」と逆上するのもなんだかなあと思わなくもないが)。 以上の報道やバッシングを傍観しながら、ある事件を思い出した。STAP細胞を巡る笹井教授の自殺事件だ。STAP細胞騒動とベッキー疑惑の類似点STAP細胞騒動と本件の類似点について まだ記憶に新しいSTAP細胞を巡る事件。小保方さんの指導者役として記者発表を仕切っていたのが笹井教授であった。ご存知のようにSTAP細胞論文の信頼性について疑義が生じてからは、それまでの「ノーベル賞級の偉業」という評価が一転し、小保方さんと不適切な関係があったのではないかという趣旨の報道が数多くなされた。 その後、笹井教授は自殺という選択をしてしまう。死後、関係者の証言により、笹井教授と普通のコミュニケーションがとりづらい状況にあったということ等、騒動のさなかに、心の病に急速に蝕まれていったと思われる事実が判明した。死後は、笹井教授の功績を称え、その早すぎる死を悼む報道が主となり、不適切な関係を糾弾する内容がフェードアウトしたのが非常に印象的であった。 無論、本件とSTAP細胞の騒動では内容も質も異なる。ただし、これまで賞賛の対象でありマスコミによって持ち上げられていた対象が、ある瞬間にまさに手のひらを返されるようにどん底に叩き落されるという過程や、当事者とは言えない不特定多数の者から人格攻撃のような辛辣な非難がなされることは酷似しているのではないか。おわりに 無論筆者は、不倫という行為があるとすれば、それを肯定するつもりは毛頭ない。不倫は文化だともいうつもりもないし思ってもいない。従来からのファンでもない、むしろアンチのような人たちや、今回の報道で初めて存在を知ったような人たちがヒステリックに自身の正義感から罵詈雑言を浴びせる姿に、ある種の危険性を感じるから、拙稿にて問いかけるのである。 我々の発する言葉は、時として鋭い矢のように相手の心身に突き刺さることがある。その結果、相手が死を選ぶということもある。我々はそれでも、相手に対し非難を続けるべきだろうか。相手を抹殺しなければならないほど、その相手と自分の関係性は深いのだろうか。どれほどの利害関係にあるのか。 本件が仮に事実とするならば、好感度を商売の手段としているベッキーさんらは、なんらかの責任を負うことになるだろう。暫くの間となるかもしれないが、「芸能界から抹殺」されるのかもしれない。ただしかし、「この世から抹殺」等ということは、仮に当事者だったとしても、現法令下では決して許されるものではないという当たり前のことを、我々は再認識すべきではないのだろうか。 「常に笑顔で、前向きに頑張っていました。勇気をもらいました」等と、死後に功績を称賛したところで、何らの意味もないのである。【参考記事】■「年も明けたし、何か資格を取ろう!」と思ったあなたに伝えたいこと (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/47304400-20151223.html■「未達成感」が育児ストレスを増大させるのでは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/47075444-20151202.html■元猿岩石芸人から学ぶべきスキルとは (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46884848-20151113.html■「俺、メンタル的にヤバいかも・・・」と思ったら。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46714386-20151027.html■山本耕史流アプローチがストーカーとならない理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46042230-20150825.html

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    ベッキーの「一方的ウソつき記者会見」は最悪の対応

    、相変わらずと言うかさすがと言うか…。新春一発目に、各スポーツ紙がウソ記事と飛ばし記事を書きまくって芸能マスコミの信用度を一気に低下させているなか、メガトン級の一撃。 個人的には「ゲスの極み乙女。」というバンドさん自体全く知らなかったですし、未だに「世界の終わり(←?)」との違いが分からないし…どうでもいいんですが、気になったのがあの「会見」です。 サンミュージックさん…ユカイさんもいて知らない仲じゃあるまいし、一言くらい聞いてくれればいいのに…。あの対応…ダメの見本ですよ…(涙)。リスク管理は一歩、間違えれば大ダメージとなる時代 近年「リスク管理」「リスク対応」が大きなテーマになることが多くなりました。それは「今までのネットがない時代の常識」がことごとく通用しなくなってきており、一歩間違えれば大損害に発展する可能性を秘めているからです。半年ぶりに店頭に並んだ「ペヤングソースやきそば」=2015年6月8日、東京都千代田区(寺河内美奈撮影) 多く取り上げられるのが「ペヤング」と「マクドナルド」の例です。2014年12月2日。まるか食品の『ペヤング』の異物混入が発覚。2015年1月3日日本マクドナルド・三沢店で『チキンナゲット』の異物混入が発覚しました。 この両者は、およそ1年前、わずか1か月差で起きた同様の「異物混入騒動」としてメディアでも繰り返し大きく報道されました。 発覚直後はまるか食品・日本マクドナルドともに「製造過程で混入は考えられない」と発表。まぁ、その通りだったのでしょう。私もその通りだと思います。今でも、この程度、彼らの提供する安い金額を考えれば、織り込み済みのことと捉える方が常識の範囲のはずです。 しかし、2014年12月4日、まるか食品は「可能性がゼロとは言いきれない」と同一ラインで製造した約5万個を自主回収することを発表します。対するマクドナルドはどうだったのか? 2015年1月8日の記者会見までに4件の異物混入事故が会社側に届けられていたにもかかわらず、公開せずにいたばかりか、その後も、問題商品の販売は自粛したものの、問題店舗においても休業することなく販売を続行したのでした。 その後の両社に対する日本国民の視線はもうご存知の通りです。ペヤングは復活を心待ちにされ、多くのファンに支えられ、マクドナルドは過去最悪クラスの決算をたたき出すこととなりました。私自身の体験から私自身の体験から ネットが普及してしまい、今までのように「写真週刊誌とテレビだけを押さえておけば勝手に国民は【バカだから】忘れてしまう」という時代はとうの昔に過ぎ去っています。今はリスクに対して『正しい対応』をしなかった場合、致命傷を受ける可能性のある時代です。古い芸能界の事務所には、まだそれを理解していない事務所がわずかですが残っています。 私事になりますが、私自身、過去に情けない事態を引き起こし、マスメディアに大きく取り上げられたことがありました。その大半は事実と反するものでしたが、ニュースでも全局で報じられました。 しかし現在、私はありがたいことに多くのテレビレギュラーだけでなく、月に30本近いコラム連載の仕事を頂き、大変充実した毎日を送らせてもらっています。今の私がいるのも、あの時の『対応』でミスをしなかったためと考えています。 当時の私が、マスメディア対応で絶対に「これだけは貫こう!」と決めていたのが実は2点だけです。1、格好悪くてもいいので、評判を下げてもいいので「ウソだけは付かない」こと。2、取材やインタビューは一つたりとも「断らない」こと この2点、私は現在における多くの「リスク」に対応するための、最も大切なファクターではないかと考えています 私は、一切の隠し事をしないように、5万文字にわたるブログ文章と12万文字を超える本を出版し、丁寧な説明を心掛けました。出来るだけ客観的にも事実であることが分かるように、当時交わした証拠となるメールの文章も、全文載せるようにしました。 また、今まで40件以上に及ぶ、当時の案件に対する取材依頼を受けましたが、その全てに相手の質問が尽きるまで対応をしてまいりました。丁寧に説明すれば、ほとんどの記者の方々はご理解してくださいました。 さて、しかし今回のベッキーさんの会見はその視点から見ると、少々彼女の今後に対して心配なものだったと言わざるを得ない気がします。 彼女の会見の特徴は2点です。1、会見をする、と言って取材陣を集めておきながら、一切の質問を許さなかったこと。2、「世間は誤解している」・「お付き合いはしていない」と発言したこと ベッキーさん、いや、ベッキーさんの事務所であるサンミュージックさんは、長らく日本の芸能界を支えてきた歴史と伝統ある芸能プロの一つです。なので、理解できなくもないのですが、どうか分かっていただきたい。 もう、そんな時代ではないのですよ。ボタン一つで、スマホの画面はキャプチャーができる。到底言い逃れできない『圧倒的な証拠』があるからこそ文春さんは「新春スクープ」に選んでいるのです。 裏事情を一つだけ言っておくと、そもそもこの話は、もっと以前からリークされています。しかし「せっかくのデカいタマなので…」と言うことで新春の一発目スクープになるように先延ばしにしていたのです。もちろん、新春号にすれば、「ベッキーの不倫相手はあの『紅白出場歌手』」とタイトルを打てるのも魅力だったことでしょう。それだけ時間をかけて取材をし、あれだけの証拠を突きつけられてなお… 見苦しいウソは絶対にやめた方がいいのです。 週刊文春さんに載せられたあの写真、あのラインのやり取り。あれで本当に男女の仲でなかったのであれば、逆に驚きです。男女の仲でなく、ホテルで朝まで過ごして「離婚が成立したら(文中では「卒論」と表現)いっぱいわがまま聞いてもらおうっと」とか言ってるのであれば、一度病院にかかられた方がいい。 そんなわけないのです。ベッキーさんは何とかという歌手グループのボーカルと男女の仲になったのです。一部スポーツ紙が「ベッキーは最初、妻子持ちと知らなかったようだ」と報じていました。あのスポーツ紙は芸能事務所の情報をそのまま書くことでよく知られるスポーツ紙です。要は、少しでもダメージを減らそうと、そのスポーツ紙に記事を書いてもらったというのが裏事情でしょう。全部裏目です。一番ダメな対応です。 文春さんは適当な記事なんてほとんど書きません。相手が大手の事務所であればなおさらです。私のくだらない記事が世間を席巻したときでも、奈良県にある私の実家にまで取材に来て下さり、「ハセガワの父親は『息子は絶対にそんなことをしていないと言っている』と語った」と記事にしてくださったのは、文春さんだけでした。足を使い、汗をかく。取材の基本を分かっている記者さんたちが集う週刊誌です。なので、ここまで他誌を圧倒的する部数を記録しているのです。質問には答え、ウソは付かないべきだった マスメディアを集めたにもかかわらず、なぜあんな『100%ばれるウソ』をつかせたのか? わざわざ記者に集まってもらったにもかかわらず、なぜ質疑を受け付けなかったのか? あそこでは全てをさらけ出すべきだったと思います。これは私の個人的予測ということで読んでいただきたいのですが…まぁ、ほとんどの日本人が同じように感じているんでしょうけど…・結婚の事実を隠したままで口説かれる      ↓・ある程度親密になった段階で結婚してたことを打ち明けられる      ↓・でも、離婚をちらつかせられて交際をズルズル続ける      ↓・男は誠意を見せるためになどと言って実家などに連れていき、さらに交際を続ける ってとこでしょ?どうせ。まさにリアルゲス。 こういうことって、結局、今の時代は全部筒抜けになっちゃうんです。ラインのやり取りまで出されたらしょうがないんですって。そこは昔と全然違うところです。逆に、徹底的に謝った方が絶対にいい。そして、芸能リポーターの皆さん方に、泣かされるまで厳しい質問を浴びまくって、最後までそれに答えるべきでした。なぜ、その方がいいかと言うと、まず、芸能リポーターの質問は必要以上に厳しいことも多いので…「芸能人に同情が集まるときが多い」からというのと、もう一点はそうしないと「傲慢に見える」からです。 「なんだよ?わざわざ取材にいったのに、質問にも答えないのかよ」って言われる可能性が出てきてしまいます。 時すでに遅しで、結局、昨日も今日も、ワイドショーと言うワイドショーは久しぶりにいいエサを与えられた感じで、大喜びでこすりまくっています。北朝鮮であんなことになったにもかかわらず、何十分時間を割いてんだか。 今回の件、ベッキーさんは相当のダメージです。でも彼女はいい子です。私も2度ほど仕事を一緒にしていますが。今後が心配です。 むしろ、深刻なのは相手のゲスのなんとかというバンドの方。ベッキーさんはナベプロさんやジャニーズさん、バーニングさんなど、大手芸能事務所のお偉方にも高評価で知られるタレントさん。その子にこういうミソをつけて、平気でいられる世界じゃあない。厳しいことを言いますが、もうアウトじゃないかな。しばらくは。ま、自業自得か。(公式ブログ「本気論 本音論」より2016年1月8日分を転載)

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    文春無双!週刊文春がスクープ連発する3つの理由

    Journal編集部の以下の記事にも週刊誌関係者が同様の発言をしています。 「文春」快走の一方、特に芸能関連報道においては、他誌は「文春」に対し劣勢の感がぬぐえないが、その背景について、週刊誌関係者は次のように明かす。 「反響の大きそうなネタの場合、5〜10人ほどのチームを組み、時間をかけ入念に取材を進めるかたちをとります。しかし、出版不況でどこの出版社も厳しい経営環境を強いられており、以前のように取材にふんだんに経費と時間をかけることが許されなくなっているのが実情です。『文春』発行元である文藝春秋は、老舗月刊誌『文藝春秋』などの安定的な収益源を持ち、経営も安定しており、他誌は『文春』のような贅沢な取材はできない。そうした経済的事情も、背景にはあるのではないでしょうか」週刊文春、なぜスクープ連発&独り勝ち?芸能プロも交渉不可、入念な取材支える経済事情 より抜粋他の追随を許さない圧倒的なたれ込み数理由2:他の追随を許さない圧倒的なたれ込み数 文春には毎日のように内部リーク、いわゆる「たれ込み」情報がもたらされています。今週号の3大スクープにしても、甘利明大臣の件とベッキーさんの件は間違いなく「たれ込み」情報です。 これには二つの理由があるようです。 ひとつは情報に対するマージン、たれ込み料が他誌に比べて割高であることがあります。 文春はその豊富な資金力によって他誌に比べて情報提供に対する返礼が割高なのであります、もちろん情報の希少性や時事性などでマージンは時価なのですが、独占スクープの場合などでは高額の情報料が支払われることは業界では知れ渡っています。 そして文春に他の追随を許さない圧倒的なたれ込み数があるもうひとつの理由はその影響力にあります。たれ込む側からしてみれば、もし一誌に独占スクープさせるとしたら、間違いなく影響力のある発行部数一位の週刊文春を選択することでしょう。 単に金銭ではなく少なからずの「たれ込み」情報は、その伏せられた事実を世に知らしめることでターゲットの人物にダメージを与えることを目的にしていることが多いからです。・・・理由3:記者クラブに加盟してない出版系の強み そして週刊文春の最大の強みは、なんといっても日本記者クラブに加盟していないことにあります。 今回の甘利明大臣賄賂疑惑の実名告発スクープ記事も、間違っても新聞社系の週刊朝日やサンデー毎日には掲載されることは不可能だったでしょう。 もう一度週刊誌の発行部数ランキングを確認しておきましょう。■一般週刊誌発行部数 日本雑誌協会 ご覧の通り、週刊文春(文藝春秋)、週刊新潮(新潮社)、週刊現代(講談社)、週刊ポスト(小学館)、週刊大衆(双葉社)、週刊実話(日本ジャーナル出版)、週刊プレイボーイ(集英社)、週刊アサヒ芸能(徳間書店)と、ベスト8までがすべて出版社系週刊誌で占められています。 文春だけではないですが、彼らはすべて日本記者クラブには加盟していません。より正確に言えば、加盟したくても、朝日新聞に代表される既存マスメディアから加入を拒否されているのです。 従って、週刊文春に代表される出版系週刊誌は、権力に迎合することなく政治家のスキャンダルをすっぱ抜くことに、なんの躊躇もなく、実践していくことができます。 特に週刊文春の発行元の文藝春秋は、その長い歴史の中で、保守系ではありながら、ときの権力者に対して絶えず厳しく対峙することをモットーとしてきております。 1974年10月9日に発売された雑誌『文藝春秋』11月号で田中角栄に関する特集が組まれました。立花隆の「田中角栄研究―その金脈と人脈」は1969年から1970年にかけて田中ファミリー企業群が信濃川河川敷における約4億円で買収した土地が直後に建設省の工事によって時価数百億円となった信濃川河川敷問題等の資産形成を暴きます。 やがてロッキード事件として田中逮捕へとつながるこの歴史的スクープも文藝春秋がもたらしたのでした。・・・ 今回は、独自スクープ連発&独り勝ち状態、まさに『文春無双』状態の理由について、当ブログなりに掘り下げてみました。本エントリーが読者の参考になれば幸いです。

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    「ゲス」は自分に絶対の自信を持ちありのままに生きる人物

    震が走った、ゲスの極み乙女。のボーカル川谷絵音(27才)との不倫騒動。“優等生キャラ”でベッキーは、芸能界屈指の好感度タレントだったわけだが、こうなると彼女のこれまでの好感度とは何だったのかと疑問が湧く。 そもそもタレントにおける好感度は、そのキャラが一般に支持されているかどうかの指標。だが、そうした指標も時代とともに変わりつつあると、心理カウンセラーの心屋仁之助さんは言う。 「一昔前までは頑張ることや我慢することが美徳とされてきましたが、それによりうつになる人が増えたりもして、時代には合わなくなってきた。今こそ、その精神的な縛りから解放される時。誰がなんといおうと、“自分の人生を、自分のために歩く”ゆるぎない自信が評価されるんです」 指標が変われば、生き方も変わる。『ゲスな女が、愛される。』(廣済堂出版刊)の著書もある心屋さんはシンデレラを引き合いに、女性たちには、“ゲスデレラ”をめざしてほしいと語る。 「舞踏会の当日に、1日では到底終わらないような仕事を押し付けられても、いじわるな姉たちにドレスを破られても、魔法使いだ、ネズミだと、あらゆる力を総動員して舞踏会へ出かけるあのガッツ。しかも躊躇なく、王子様と踊ってしまうのです。なぜって、シンデレラは王子様に見初められる自信があったから。『私はかわいい』と確信していたからです」 極めつきは、12時の魔法が解ける瞬間にガラスの靴を置いてシンデレラが去っていく、有名なシーン。「もちろん王子様が自分を捜しに来ると確信していてのこと。案の定、王子様は靴を手に国中を捜し回ります。そして靴を履こうとしても入らない姉たちを尻目に、『あ、それ私でした!』とシレッと出てきて一発逆転。ボロ服を着せられてこき使われようと、自分はプリンセスになれると疑わない。なんて厚かましいんでしょう(笑い)。でもだからこそ、彼女はがっつり幸せをつかんだ」(心屋さん) この世の中は厚かましくて、ナンボ。「劣っているから愛されない」なんて縮こまった考え方を捨てて、ありのままの自分でいることが、今の時代に愛される必須条件なのだという。 「私が考える“ゲス”とはつまり、自分に絶対の自信を持って、ありのままの姿で生きること。“私だから大丈夫!”と信じ、どんな姿を曝け出そうとも自信が揺るがない人です」(心屋さん)

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    「あさが来た」がおもろいのはなんでだす?

    視聴率が連日20%を超えるNHK連続テレビ小説「あさが来た」の勢いが止まらない。大ヒットの理由はさまざまだが、同じ明治時代を舞台にした昨年の大河ドラマ「花燃ゆ」と比較すると、やっぱり朝ドラの方が全然おもしろい。こんなにもハラハラする「あさが来た」の展開に、ほんまびっくりポンや!

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    歴史に残る傑作の予感 「あさが来た」は朝ドラ55年の王道である

    碓井広義(上智大学文学部新聞学科教授) NHKの連続テレビ小説(通称、朝ドラ)『あさが来た』が好調、いや絶好調だ。昨年10月のスタート時から現在まで、平均視聴率は連続して20%台をキープ。11月20日には番組史上最高の25%を記録した。視聴率だけでなく、新聞や雑誌などメディアで取り上げられる頻度も高く、雪だるま式に支持層が広がっている。そんな『あさが来た』の絶好調の理由を探ってみたい。NHK朝ドラの基本 朝ドラが開始されたのは1961年だ。すでに55年の長い歴史をもつ。第1作は獅子文六の小説を原作とする『娘と私』だった。66年に樫山文枝が主演した『おはなはん』で平均視聴率が45%を超え、視聴者の間に完全に定着した。 当初、一つのドラマを1年間流す通年放送だったが、74年の『鳩子の海』以降は渋谷のNHK東京放送局と大阪放送局が半年交代で制作を担当するようになり、現在に至っている。途中、唯一の例外は、平均視聴率52.6%(最高視聴率62.9%)というメガヒットとなった『おしん』(83~84年)で、全297話の通年放送だった。NHK連続テレビ小説「おしん」スタジオ収録が開始。左から泉ピン子、乙羽信子、小林綾子、田中裕子、伊東四朗=1983年2月14日、東京・渋谷のNHK 歴代のNHK朝ドラには、いくつかの共通点がある。その第1は、当然のことながら、主人公が女性であることだ。少女が大人になり、仕事や恋愛、結婚などを経験していくのがパターンである。幼少時から晩年までを描いた、いわゆる「一代記」の形をとったものも多く、『おしん』では、その生涯を年齢の異なる複数の女優(小林綾子、田中裕子、音羽信子)がリレーで演じていた。また朝ドラには、女性の自立をテーマとした「職業ドラマ」という側面もあり、全体的には、生真面目なヒロインの「成長物語」という内容が一般的だ。「あさが来た」のポイント 『あさが来た』の主人公は、京都の豪商の家に、次女として生まれた今井あさ(波瑠)。大阪に嫁いだ後、炭鉱、銀行、生命保険といった事業を起こし、日本で初めてとなる女子大学の設立にも携わる。 このドラマ、物語としてのポイントは2つある。1つ目は、あさが実在の人物をモデルとしていることだ。“明治の女傑”といわれた実業家・広岡浅子である。2番目は、物語の背景が幕末から明治という時代であることだろう。 実在の人物がヒロインのモデルとなるのは、最近の朝ドラでは珍しくない。2010年の『ゲゲゲの女房』(漫画家・水木しげるの妻)、その翌年の『カーネーション』(デザイナーのコシノ3姉妹の母)、14年の『花子とアン』(翻訳家 村岡花子)などだ。いずれも現代の話ではなく、近い過去がドラマの舞台となっていた。今回の『あさが来た』も、これらの作品が好評だったことを踏まえて企画・制作されている。とはいえ、幕末から話が始まるという設定は大胆で、冒険でもあったはずだ。 この“過去の実在の人物”という選択は、逆に言えば、近年“現在の架空の人物”で制作された朝ドラが、視聴者の気持ちをあまり捉えてこなかったことを示している。視聴者側としては、ヒロインが人間的にあまり魅力的とも思えない架空の人物の場合、彼女の個人的な“さまよい”や“試行錯誤”や“自分探し”に毎日つき合ってもいられない、ということだ。登場人物と役者たち 今回は特に、前作が『まれ』だったことが大きい。世界一のパティシエになる夢を追う女性を描くこと自体は悪くないが、物語としてはかなり迷走気味で、脚本にもご都合主義が目立った。それに比べると、『あさが来た』は実話をベースにしている分、物語の骨格がしっかりしている。“女性の一代記”ドラマとして成立するだけの実質が広岡浅子にあるからだ。 また、時代設定が幕末から明治という大激動期である点も有効に働いている。現代は明日が見えにくい閉塞感が漂っているが、今とは比べものにならないほどのパラダイムシフト(社会構造の大転換)があった時代を、ひとりの女性がどう生き抜いたか、視聴者は興味をもって見ることができる。 さらに、舞台が関西であることにも注目したい。同じ時代であっても、立つ位置によって異なる視点から眺めることができるからだ。そこに発見もある。また幕末維新ものの多くは、江戸を舞台にすると武家中心の話になってしまう。武家の場合、しきたりに縛られてあまり面白くないが、『あさが来た』では大阪の商人たちが自由で伸び伸びと活躍する様子が新鮮だ。登場人物と役者たち ヒロインに抜擢された波瑠は、これまで何本かの主演作はあるものの、女優としては発展途上という印象だった。どちらかといえば、やや捉えどころのない、どこかミステリアスな役柄が多く、“女傑”が似合うタイプとも思えなかった。 しかし今回は、いい意味で裏切られたことになる。意外や、明るいコメディタッチも表現できることを証明してみせたのだ。加えて、まだ女優としてはこれからという波瑠のたどたどしさ、素人っぽさが、両替商の若いおかみさんや炭鉱の責任者といった場における初々しさに、うまく自然に重なった。視聴者側からいえば、応援したくなるヒロイン像になっている。 また確かに美人女優ではあるが、現代劇ではどこか生かしづらかった容貌も、このドラマの時代設定にはマッチしており、日本髪と和服がよく似合う。トータルで、非常に効果的なキャスティングとなった。 しかし、ドラマは主役だけでは成立しない。周囲に魅力的な登場人物が必要になる。その点でも、いくつか秀逸なキャスティングが行われている。 前半で大活躍したのが、姉のはつ(宮崎あおい)だ。性格も生き方も異なる姉の存在が、このドラマにどれだけの奥行きを与えてくれたことか。『花子とアン』で成功した、一種の“ダブルヒロイン”構造の踏襲だが、そこに宮崎あおいという芸達者を置いたことで、視聴者は2つの人生を比較しながら見守ることになった。ドラマを支えるもの 次が、あさの夫である新次郎(玉木宏)である。この男の人物像が何とも面白い。江戸時代までの男性の多くは、女性に関して、「台所を中心に夫や家族を支え、常に2歩も3歩も引いた控えめな態度でいること」をよしとしていた。だが新次郎は、「女性はこうでなくてはならない」というステレオタイプな女性観の持ち主ではない。あさが旧来の女性の生き方からはみ出して、思い切り活動できるのも、実は新次郎のおかげだと言える。あの夫がいたからこそ起業もできたのだ。 新次郎は常に、のんびり、のらくらしているが、リーダーとしての仕事をさせたら、きちんとこなせるだけの力量がある。それにも関わらず、自分は表に出ず、当然のように妻の仕事を応援しているところが侮れない。“頼りない”のではなく、あさが思う存分羽ばたける環境を整えてやれるだけの“度量がある”のだ。お転婆なあさは、孫悟空ならぬ新次郎の手のひらの上で飛び回っているのかもしれない。玉木宏が、そんな男をさらりと具現化している。 もう一人、魅力的な脇役として五代友厚(ディーン・フジオカ)がいる。後に「近代大阪経済の父」と呼ばれることになる人物だ。五代がいることで、時代の動きを見せることだけでなく、あさと新次郎の心情にも膨らみが生まれた。フジオカという役者の出現もまた、このドラマの収穫だ。ドラマを支えるものNHK連続テレビ小説「あさが来た」の新たな出演者が決まり、記念撮影に応じる、(左から)瀬戸康史、波瑠、玉木宏、辻本茂雄=2015年11月11日、NHK大阪放送局(撮影・白鳥恵) こうして見てくると、『あさが来た』の絶好調の裏には、以下のような要素があると言えるだろう。1)幕末から明治へというこの国の激動期を、関西を舞台に描いていること。2)女性実業家のパイオニアともいうべき実在の女性を、魅力的な主人公として設定したこと。3)「びっくりぽん!」などの決め台詞も交え、全体が明るくテンポのいい脚本になっていること。4)主演の波瑠をはじめ、吸引力のあるキャスティングがなされていること。 しかも、『あさが来た』には、「女性の一代記」、「職業ドラマ」、そして「成長物語」という朝ドラの“王道”ともいうべき三要素がすべて込められている。まだ前半が終わったところではあるが、朝ドラの歴史の中で傑作の一本となるかもしれない。 このドラマの第1回は、洋装のあさが、初の女子大(後の日本女子大学)設立を祝う式典の壇上に立つところから始まっていた。あの場面に到達するまでに、あさはまだまだ多くの試練を経なければならない。その過程だけでなく、出来れば女子大設立後のあさの人生も、しっかり見届けたいと思う。これから展開される、『あさが来た』の後半戦が楽しみだ。

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    大阪制作だからおもしろい! 「あさが来た」にNHKの意地を見た

    影山貴彦(同志社女子大学情報メディア学科教授) NHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)『あさが来た』がここまで好調なのは、朝ドラを東京のNHK放送センター(上期)と大阪放送局(下期)が交代で制作していることが大きいと思います。つまり「あさが来た」は大阪局が大阪で作っていることが大きい。 東京の一極集中が進んでいるのは経済だけではなく、エンターテインメントや放送の世界でも同様で、私が大阪の毎日放送(MBS)に入った80年代後半と比べて、全国ネットの番組制作本数が非常に減っています。特に民放では顕著です。今でも何本か全国ネットで作ってはいますが、東京のスタジオを借りて作っている番組が多い。プロデューサーや宣伝担当は在阪局の人間でも、あとは概ね制作プロダクションのスタッフで、ディレクターすら在阪局から出さないこともあるから、「東京と変わりがないやんか!」と思うこともありますよね(笑)。NHK大阪放送局=大阪市中央区大手前4 例えば、私は肩入れするつもりもファンでもないですが、宮根誠司さん司会のワイドショー『ミヤネ屋』が人気を博しているのは読売テレビ、つまり関西から全国に向けて放送しているからだと思います。関西発の全国ネット番組といえば、土曜の朝の番組『にじいろジーン』(関西テレビ)や『朝だ!生です旅サラダ』(朝日放送)もありますが、ミヤネ屋は月曜から金曜まで平日昼間の帯番組という違いがある。それに宮根さんは朝日放送のアナウンサー出身だから、完全な東京目線ではなく距離を置いて発信していることが奏功している。宮根さんが東京の番組で語る場合とはスタンスが明らかに違うと私は感じています。 なぜそう言えるかというと、私がMBSに入社してから出会ったある上司から教育を受けてきたからです。私はテレビとラジオの企画・制作に計15年半携わってきましたが、入社10年目ぐらいに念願かなってラジオ番組『MBSヤングタウン』(ヤンタン)のプロデューサーとなりました。そのときヤンタンを作った渡邊一雄さん(初代プロデューサー)から「いろいろなタレントがヤンタンをきっかけに売れていく。お前もタレントやプロダクションから『東京のスタジオで放送させてください』と言われるようになるだろうけど、出来る限り大阪でやれよ。ヤンタンを作ってるんだから大阪からやることにこだわれ。それで空気感が変わるんだから」と言われたんです。 私は半信半疑だったんですが、50歳を過ぎた今になって渡邊さんの言ってたことがわかるようになった気がします。この「大阪で作るこだわり」が『あさが来た』にも生きていると思います。大阪局も東京も同じNHKではありますが、大阪局には「絶対東京には負けない」という精神があるんじゃないでしょうか。民放を含む大阪の作り手はそうあるべきだと思っていますし、現役の作り手たちには肝に銘じて欲しいと思っています。でも「大阪で作るこだわり」を忠実に守っているのが皮肉なことにNHKなんですよ。半年の放送期間という同じ条件で、出演者に撮影のために半年以上の大阪滞在を強いるわけですから。大阪でも東京でも受けるドラマを作るには それは題材にも表れています。『あさが来た』でも「東京が何でもかんでも中心じゃ駄目なのよ、大阪が頑張らないと駄目なのよ」といった内容を脚本に書かせて放送に反映させていますよね。東京への反骨精神を肌で感じている大阪の人間は拍手喝采を送るわけです。東京の人間はそこまでは感じていないでしょうけどね。それでも東京の視聴率がいいのは確実に関西人に受けて、さらに東京にも受け入れられる題材としてしっかり作っているからです。 ヒロインの白岡あさのモデル、広岡浅子は日本女子大学の創設者ですし、福沢諭吉、渋沢栄一、大隈重信など誰でも知っている歴史上の人物も登場させてバランスを取った描き方をしています。バランスの上手さでいえば『ごちそうさん』も序盤に東京の実家を描いてから大阪に嫁ぎましたし、民放でも大ヒットを記録したTBS系の『半沢直樹』も前半の梅田支店で大阪の視聴者をつかんでおいて、後半で東京に乗り込む図式を作ってましたよね。関西の人間は情に厚いから、東京編でも視聴者は離れなかったわけです。 今、テレビは東京ローカルと全国ネットがほとんど同じになってますよね。関西人は自己愛が強すぎる傾向があるので、排他的な関西愛のエンターテインメントになってしまうと全国区には受け入れられない。過去の視聴率が証明しているように大阪の視聴率は多少上乗せされるでしょうが、東京は高視聴率になりません。東京と大阪は人気番組でも視聴率に5%以上の違いが出る場合がありますから、たった500キロしか離れていないのに、ここまで違う嗜好性を持っていることは作り手、研究者の両方の観点から興味深いと思います。 そのほか、『あさが来た』が好調な理由を挙げると、ヒットした『下町ロケット』(TBS)の佃航平もそうですけど、あさがまっすぐな主人公で、奇をてらわずに成長の様を描いていますよね。しかも企画・脚本・演出・演者が揃っているから、陳腐なドラマにならずに現代の視聴者から共感を得ることに成功したわけです。加えて『まれ』があのような中途半端な結果になってしまったことも大きい。作り手から言えば前後の番組は非常に重要です。もし『あまちゃん』のあとを受けていたら、今ほど礼賛はなかったかもしれません。だから次の東京制作の『とと姉ちゃん』は必死でやってくるでしょうから見ものですね。 NHKのように大阪からドラマを全国に発信することが民放にも出来るのか。私は民放に頑張ってほしいと思っていますが、ドラマにはものすごくお金がかかるんです。民放のローカル局が頑張ってドラマを作っても安普請のセットになって、視聴者も「安っ!」と10秒で気づいてしまうでしょう。キー局とタッグを組む形じゃないと制作費も集まるものも集まらなくなります。頑張るだけでは限界があるんです。だから民放各キー局の編成、営業に言いたいのは、大阪、名古屋、福岡、札幌など基幹局も入れて、年間通じてリレー方式でドラマを作ってほしいですね。テレビ、ドラマだけじゃなく地方の活性化にも繋がるし、なにより各局の制作能力を高める意味でもプログラムの中に整えてほしいと思います。先ほども言った通り、NHKは東京・大阪が朝ドラを同じ条件で制作しているわけですから、無関係ではないと思いますよ。キー局だけじゃ回らなくなってきているこのご時勢、既得権を手放したくないのはわかるけど、ネットワーク局を盛り上げていってほしいですね。 私も昔ドラマADとして昼の帯ドラマを担当したことがありましたが、帯ドラマはドラマの中でも一番しんどいと思います。出演者が会見でよく「帯ドラマ大変でした、こんなに大変だったことはなかったです」などと言いますが、本当に大変なんです。担当もせず批評ばかりしている作り手にどれだけしんどいか、いっぺんやってみろと言いたいぐらい(笑)。また視聴率でも『あまちゃん』以降一段とハードルが上がって、20%超えの期待というプレッシャーがかかる状況もあると思います。でもフジテレビ系・東海テレビの昼ドラも3月に幕を下ろすわけですから、帯ドラマはNHKしかなくなるわけで、看板を守っていってほしいし、厳しい状況で結果を出し続けていることは凄いことだと思います。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。

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    明治のハンサム・ウーマン再び 「あさが来た」大ヒットの理由

    トになっているのが、どこか頼りない男性、というのも、『あさが来た』の人気の大きな秘訣であろう。日本の芸能や文学の傾向とも重なるのだが、日本の読者や視聴者は、『心中天網島』(近松門左衛門)の治兵衛や『夫婦善哉』(織田作之助)の柳吉のように、よくできるヒーローよりは、どこかがぬけたダメ男に惹かれやすい。同じく働く女性を主人公にした朝ドラの『あぐり』(1997年)も、ヒロインの美容師としての活躍ぶりにもまして、夫のエイスケの破天荒ぶりが、愛嬌をもって受け止められた。その意味では、玉木宏演じる浅子の夫・新次郎の癒し系のキャラは、見事にツボにはまっている。 教師や看護師、美容関係など、女性の適職とみなされやすい、いわゆる“女性職”ではなく、男社会の典型ともいうべき実業の世界で活躍する女性を主人公に据えた点も意義深い。明治以降の近代化の波は、勤め人の男性を中心に、男は仕事、女は家庭という性別役割分業を推進したが、上方の歴史に根差した大阪放送局制作らしい『朝が来た』は、一般市民の女性が普通に働いていた、明治以前からの日本の歴史を活写する。女性の労働や社会参画は、現代の新しい現象と誤解されがちだが、明治以前の日本の一般市民の女性の多くは、農作業や自営業で生計を担って働いており、働く母親は当たりまえの存在であった。専業主婦が理想化されてゆくのは明治後半以降であり、それ以前の時代のパワフルな女性の活力を、『あさが来た』は生き生きと描く。 21世紀の今、従来の歴史観やメディアの表象では埋もれがちであった、日本の近代化における女性の役割に光をあて、主体的に社会貢献する「ハンサム・ウーマン」が活躍する『あさが来た』は、かくも画期的なドラマであり、人気の背景もそこにあろう。もっとも、男性視聴者には、ダメ男ぶりを見習ってほしくはないが……。

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    「あさが来た」の五代様 “逆輸入俳優”ディーン・フジオカの素顔

     NHK連続テレビ小説「あさが来た」で、「近代大阪経済の父」と呼ばれ、主人公・あさの“実業の師”として登場する「五代友厚」に、女性視聴者たちの熱い視線が注がれている。演じているのは俳優のディーン・フジオカさん。香港や台湾などではすでに有名な国際派スターだ。日本で人気に火がつくきっかけとなった朝ドラや五代役について、たっぷりと語ってもらった。(聞き手 杉山みどり)◇―「五代さんを演じているあのイケメンは誰?」と、ディーンさん人気が女性の間で急上昇していますディーン ほんとですか? うれしいですね。やはり朝ドラ効果はすごいなぁ。―薩摩藩士として生まれ、官を捨てて大阪発展のために生きた五代さんは、ドラマでもキーパーソンとなっていますNHK「あさが来た」で五代友厚を演じる俳優のディーン・フジオカさん=大阪市中央区のNHK大阪放送局(南雲都撮影)ディーン 感動ですね。こんな偉大な人物が日本人の先輩にいたということが。そして、その五代友厚という人物を演じさせていただく機会を自分がいただいたということが。150年前にこんな偉大な先輩がいたおかげで、現代日本人はそれぞれのライフスタイル、ワークスタイルで生きていられるんだ-。そう思いながら演じています。―五代さんの生き方に感銘を受けられたのですねディーン 今はパスポートを取得して飛行機のチケットを買うお金があればどこにでも行けますが、彼が生きたのは国交がなかった時代。上海への密航、薩英戦争で捕虜となり藩外での亡命生活、偽名を使っての渡欧…。いずれも命がけです。そこまでして前に進もうとする意志の強さというか原動力は、どこからきたのか。すごく考えさせられました。―何だと思われますかディーン もちろん好奇心もあったと思うのですが、それだけでは命を捨てても、という覚悟はできないでしょう。自分の国、日本という国がなくなってしまうかもしれない、という危機感を持っていたんだと思います。そして、日本のために何かを持って帰ろうとする愛国心の深さも感じます。―五代さんのことをよくご存じなんですねディーン 白状しますと、恥ずかしながら、オファーを受けるまでは、まったく五代さんのことを知らなかったんです。必死で勉強しましたよ。―猛勉強の甲斐があったのでしょう。ディーンさんが演じる五代さんはとても魅力的ですディーン ありがとうございます。“人物像”は白紙の状態で臨みました。脚本があって監督さんの演出があって、プロジェクトを進めるプロデューサーさんがいて…。決して役者1人のミッション(使命)ではなく、みんなで作り上げていくものですが、自分が大きな責任を担っているのも確かです。朝ドラは「大使館で見るもの」!?朝ドラは「大使館で見るもの」!?―五代友厚役に決まったときのことを聞かせてくださいディーン びっくりしました。僕にとって朝ドラは「海外の日本大使館で見るテレビドラマ」というイメージでしたから…。―大使館で、ですか!?ディーン はい。書類待ちしていて、「やることないなぁ」と手持ちぶさたになっていたときに、ふとテレビに目をやると、何か番組がかかっている。それが朝ドラでした。―ディーンさんは海外生活が長いですものねディーン 高校卒業と同時に日本を離れました。まさか自分が日本のテレビ、それも大使館で見ていた朝ドラに出演するとは想像もしていませんでした。―その朝ドラの撮影現場はいかがですか? 超ハードスケジュールだと聞いていますが…NHK連続テレビ小説「あさが来た」の1シーン(NHK提供)ディーン 確かにきついですね。でも、笑顔もお茶目な会話もありますよ。テンションを保ちながらも和やかな雰囲気、といったところですかね。―あさを演じる波瑠さんはどんな方ですかディーン 最初は「静かな方」というイメージでしたが、意外とノリノリで、小芝居を交えて話してくれます。主人公はセリフが多く体力的にもきついと思うのですが、プレッシャーに負けず、プロの仕事をしてらっしゃいます。すばらしい女優さんです。―ご自身のことをお聞きします。ディーンさんは日本語、英語、中国語、インドネシア語を操る国際派ですが、ドラマでは英語だけでなく関西弁や薩摩弁まで話さなければならず、大変なのでは?ディーン 薩摩弁も関西弁も自分にとっては外国語に近い感じで、最初は苦労しました。特に関西弁。薩摩弁はルールがはっきりあるのでリズムをつかめば大丈夫でしたが、関西弁は単語によってイントネーションが全く違うのでかなり苦戦しました。―役作りのために、五代さんにまつわる場所も回られたとかディーン はい。大阪取引所をはじめいろいろと。五代さんの末裔(まつえい)の方ともお会いしました。「こういう人物像にしていただいてよかった」とおっしゃっていただいたので、肩の荷が下りたというか、このままやっていけばいいんだと安心しました。―五代さんは、私利私欲とは無縁の人物だったそうですねディーン 五代さんのすごいところは、激動期の混乱の中、具体的なアイデアを持って実行したということだと思います。亡くなった後に分かったらしいのですが、ほとんど資産を持たず借財だけが残っていたそうです。―縁もゆかりもない大阪の経済の発展に尽くした…ディーン 「侍」ですね。刀を持っている者が侍じゃない。五代さんの生き方そのものが侍なんだと思います。―それを演技で表しているわけですねディーン 「このとき五代さんはこう思っていたんじゃないかな」と感情の流れを肉付けして演じているつもりです。気になる女性には声をかけなきゃダメ気になる女性には声をかけなきゃダメ―五代さん(五代友厚)のせりふの中で特に印象に残っているのは?ディーン うわぁ、いいせりふばかりだから難しいですね…。「達者で生きったもんせ」かな。もっと難しい言葉や志を高く持つ言葉、応援する言葉はいっぱいあるんですが、シンプルに「達者で生きてくれ」が心に響きますね。―それは、主人公・あさへの言葉ですね。唐突ですが、五代さんはあさのことが好きなんでしょうかNHK「あさが来た」で五代友厚を演じる俳優のディーン・フジオカさん=大阪市中央区のNHK大阪放送局(南雲都撮影)ディーン もちろん興味は持つと思うんですよ。当時は、女性に勉強は必要ない、家の商売に口を出すなんてとんでもない、という時代。疑問に思ったことを自分の言葉で相手に伝えるあさという女性に可能性を感じたと思います。―「これからの女性」の可能性を持ったあさに興味を持った?ディーン 世の中は男女がいて成り立っています。女性の可能性を覚醒させるのが、五代さんにとって1つのミッションであったとしたら、あさのような人は絶対必要だったと思うんです。女性の立場で女性を導く人。その特殊な存在感にひかれたと思います。それと、何かを伝えていきたいと願うメンター(指導者)として、弟子のような感覚もあったと思います。―なるほど。それはそれとして、私がお聞きしたのは「恋心」という意味でのことだったのですが…ディーン それは、トレーラー(視聴者を牽引(けんいん)する映像)を作る方々の技術の素晴らしさですよ。ははは! まったく、すばらしい腕をしてますよね。―ドラマを見ていて、五代さんの中にあさへの淡い恋心が芽生えたのではと妄想してしまったんです。しかも、五代さんの片思い…。あさは人妻ですからディーン ははぁ、なるほど。脚本家やプロデューサーの意図とはちょっと違ってくるかもしれないけど、僕が演じていて感じたのは、男である以上、気になる女性がいたら声をかけなきゃだめだろうってことですね。これを世間では“ナンパ”とも言いますが、「君はすてきな人だ」とちゃんと伝えるべきです。僕がそんな考え方だから、“男として率直に生きている五代さん”のような感じが出たのかな。―女性としても興味があるから声をかけるわけですね。当時は、あさのような女性は好奇の目で見られていたと思うんです。五代さんと出会えたことは、あさにとって幸運だったんでしょうねディーン 女性として「こうあるべき」というものにしばられて幸せになれない人がいる。その一方で、五代さんみたいに「こんな生き方もある」と道を示してくれる人に出会い、自分の能力を存分に発揮して尊敬される人間になっていく人もいる。すごく幸せなことだと思いますね。―五代さんとディーンさん。共通すると感じるところはありますか?ディーン 五代さん、大好きです。僕が今まで歩いてきた道のりを客観的に見て、どこかに共通点があると思ってもらえたおかげで、今回のキャスティングがあったとしたなら光栄です。もちろん五代さんには到底及ばないですが。双子のパパと言ったらびっくりされた双子のパパと言ったらびっくりされた―ディーンさんは高校卒業と同時に海外へ行かれたということでした。そのきっかけはディーン 花粉症がひどくて。いや、もうしんどいわ~と思って…。―えっ、花粉症!? ディーン ドラスチックに症状がなくなるので、おすすめですよ。―はぁ…ディーン ははは。花粉症がきっかけの1つであることはまちがいないんですが、目的はちゃんとあって、IT(情報技術)を勉強しようと米国のシアトルに留学したんです。父がIT関連の仕事に就いていたのでその影響でしょう。1990年代はまだまだインターネットって何?という時代でしたが、「いずれITが当たり前になる時代が来るから」と。―その後、どういう経緯で香港や台湾に?ディーン 大学卒業後は米国で仕事に就くつもりだったのですが、9・11(2001年、米同時多発テロ事件)の影響でビザの切り替えが難しくなってしまって…。で、ここで停滞しているぐらいなら次に進もう、と思い、アジア放浪の旅に出ました。―その途上で転機が訪れたんですよねNHK連続テレビ小説「あさが来た」の1シーン(NHK提供)ディーン 香港でした。あるイベントに飛び入りでパフォーマンスをしたら、モデルにスカウトされまして。生きていくためにお金を稼がないといけないので引き受けました。そのうち、ミュージックビデオやテレビCMなど映像の仕事も増え、演技が面白いなと思うようになりました。―05年に香港映画の主演に抜擢(ばってき)され、俳優としてのキャリアをスタート。その後、台湾のテレビ局からオファーが入ってドラマや映画への出演が続き、日本デビューは2年前でした。今回の朝ドラ出演で国内での知名度は一気に跳ね上がりましたねディーン 家族、特に祖母が喜んでくれています。これまではどこか別の国、別の言語で活動していたから実感がなかったそうですが、今は、ちょちょっとチャンネルを回したら僕が出ているのがうれしいみたいです。―ご家族といえば、「ディーンさんには妻子がいる!」とインターネット上で大騒ぎになったのをご存じですかディーン 大阪のイベントで「双子のパパです」と言ったら、みなさんにびっくりされました。それがネットニュースになったそうですね。―突如現れた“謎のイケメン”が多くの女性のハートをわしづかみにしていたんです。それが、すでに結婚していて、しかもお子さんもいると判明したんですから、そりゃあショックですよディーン 僕にそんなにも興味を持っていただいて素直にうれしいです。特に隠すつもりもなく、時々インスタグラム(画像共有アプリ)に妻子の写真も投稿していたんですが、みなさんには届いていなかったようですね(笑)。―ご家族はどちらに?ディーン 妻と子供たちはインドネシアのジャカルタに住んでいます。妻はインドネシアの人なんですよ。今は離ればなれで寂しいですが、単身赴任でがんばっています。“五代ロス”おびえる!?ファンも感激“五代ロス”おびえる!?ファンもアメちゃんもらって感激―これまでディーンさんの活動は海外がメーンでしたが、どんな感覚なのでしょうかディーン どの国にも年に半年以上は住まない「パーマネントトラベラー」の感覚に近いですね。帰属感ゼロで、どこのルールを守ったらいいのか分からず、自分の国籍まで分からなくなる状態…。―「あさが来た」に出演している今現在は?ディーン その時活動している場所。今は大阪、日本です。―収録中は大阪に住んでいらしたんですね大阪も五代さんも大好きですと笑顔のディーン・フジオカさんディーン 大阪はご飯が安くておいしい。みなさんが同じことを言うと思いますが、それってすごいことなんですよ。町が碁盤の目状になっているところもすばらしい。いろんな国で暮らしましたが、大阪は国際的にもトップレベルの豊かさだと思います。―話は変わりますが、堺市で行われたイベントには大勢のファンが殺到したそうですねディーン あ、飴ちゃんいただきました。ほかにもいろいろと。―飴ちゃん…ディーン この場をお借りして、ありがとうございました!―「五代さま~」と黄色い声も飛んだとかディーン 「おディーン」と呼ばれる方もおられますよ。―おディーン?ディーン 日本で仕事を始めたころ、テレビのバラエティー番組で「好きな食べ物はもちろん、おディン(おでん)ですよね」と聞かれ、なるほどと思って「はい。大根が好きです」と返すと、「あぁ、ディンこんね」となりまして。その日大根の売り上げが上がったそうなんです。で、景気もいいから「おディーン」となりました。―では、数年来のファンの間ではおディーンで通っているんですねディーン 朝ドラをきっかけに知ってくださった方からは、「五代さん」と呼ばれますね。ということは、「ディーン・五代」かな(笑)。―朝ドラの話に戻ります。史実では五代さんは主人公・あさより早く亡くなっています。いつか訪れる「五代ロス」におびえているファンも多いのですが…ディーン その後はみなさんで五代さんをもっと掘り下げてくださいね。―五代さんをもっと知りたいと本を読んだり、ゆかりの地を訪れたりする人も増えていますディーン それはもう、ぜひやってください! 五代友厚という役のおかげで、僕自身がすごく影響を受けました。役者としてだけでなく生き方という意味でも。また、子供の親となり、後世に何を残せるのか、ということを考えるようにもなりました。―やはり、ディーンさんと五代さんがリンクします。今後も日本で活動されるのでしょうか。そして、五代さん以外のいろんな顔のディーンさんを見られるでしょうかディーン はい、日本での仕事は続きます。1月からは民放ドラマに出演します。これからもよろしくお願いします。―それを聞いて安心しました。楽しみですディーン・フジオカ 昭和55(1980)年8月19日、福島県生まれ。香港映画「八月の物語」(2005年)主役で俳優デビュー。台湾に拠点を移し中華圏エンターテインメントの新星として活躍。日本ではカンテレ系「探偵の探偵」、NHK連続テレビ小説「あさが来た」など。

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    昼ドラ終焉でフジテレビの大改革は成功するのか

     52年の歴史を誇るフジテレビのお昼の連続ドラマ“昼ドラ”が、来春でその歴史に幕を下ろすことになった。 昼ドラといえば、04年に放送され、女優・大河内奈々子と小沢真珠が泥沼の愛憎劇で社会現象を巻き起こした「牡丹と薔薇」が、出演者とストーリーを一新して「新・牡丹と薔薇」として今月30日からスタートすることが発表されたばかり。最高視聴率13.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、昼ドラ史上に残る高視聴率を記録した“ボタバラ”が約11年ぶりに復活する一方で、昼ドラ自体は来年3月をもって終了することになる。 フジテレビ系列の東海テレビの制作で1964年に放送された「雪燃え」を皮切りにスタートした昼ドラは当初、著名な作家の原作をもとにした文芸ものや人情もの、特定の人物の成長や成功への道筋を描いた一代記的な内容のものが多かった。 だが、86年に放送された「愛の嵐」をキッカケに徐々に路線変更がなされ、登場人物同士の濃密な人間関係にも焦点を据えるようになっていき、00年代に入ると、「真珠夫人」(02年)、「牡丹と薔薇」(04年)、「冬の輪舞」(05年)など、ドロドロの愛憎劇を描いた作品が話題となり、主婦層を中心に高い支持を集める。2004年の「牡丹と薔薇」で熱演する大河内奈々子(右)と小沢真珠 数多くのドラマを手掛ける放送作家は語る。 「昼ドラといえば、非現実的とも思える過剰な演出やドロドロの愛憎劇をはじめとするストーリー展開が印象的ですが、そのあたりの“刺激の強さ”は、いわゆる家庭に入った主婦のハートを刺激する狙いがありました。同じく主婦層をターゲットにしているレディースコミックなんかも、同じようなテイストの作品が多いですからね」 だが、一時代を築いた昼ドラも時代の流れには勝てなかったようだ。“昼ドラ”を取り巻く時代の変化 「昼ドラ終焉の要因の一つとしては、まず一昔前に比べると専業主婦自体が減ったことが挙げられるでしょう。最近は夫婦共働きというスタイルも多いですしね。あと、娯楽の多様化によるテレビ離れも深刻です。この点に関しては、昼ドラだけでなく、テレビ業界全体が抱える問題ではありますが、テレビを見るよりもスマホをいじってネットを楽しんだり、ゲームをやったりしている人は確実に増えていますからね。最近は、スマホを媒介にした女性向けの恋愛趣味レーションゲームなんかもハヤッていますが、あれなんかはまさに昼ドラの好敵手と言ってもいいでしょう」(同放送作家) こうした背景もあり、昨今のテレビ業界では視聴者離れを食い止めるため、番組内容にも変化が見られると語るのは、テレビ誌の編集者だ。 「以前に比べると、視聴者が得した気分になれる情報やエッセンスを取り入れる番組が増えている印象です。情報番組はもちろんのこと、トーク番組やバラエティー番組なんかでも、グルメや健康、美容、ダイエット、生活の知恵や小遣い稼ぎのサイドビジネスなどを紹介したり、クイズ番組でも、クイズのお題の中にそういった要素を取り入れてみたり。逆に、完全に娯楽に特化したフィクションのドラマは、視聴率的にも難しい立場に追いやられているのが実状です。『家政婦のミタ』や『半沢直樹』、最近では『下町ロケット』のような高視聴率を記録する“お化け番組”もごくまれに出現しますが、ドラマの視聴率自体は軒並み苦戦していますからね。昼帯は元々情報番組が多い時間帯でしたし、“昼ドラ”の視聴者離れはシビアな話、作り物のドラマを見て過ごすよりは、情報番組でも見て、少しでも自分にとってプラスになる情報を得ようという視聴者心理が働いているのかもしれません」視聴者のドラマ離れも終焉の要因!? フジは、昼ドラとともにタレント・小堺一機が司会を務めるお昼の長寿番組「ライオンのごきげんよう」も来春で終了し、平日昼帯の大改革で視聴率回復を目指す方針のようだが…。 「最近のフジさんといえば、昨年4月に『バイキング』を、今年3月に『直撃LIVEグッディ!』と『みんなのニュース』をスタートさせました。情報番組に力を入れている印象で、そのスタンス自体は時代の流れに沿っているとは思いますが、視聴率的には苦戦し、結果が伴っていませんからね。元々、情報番組や報道番組よりもバラエティー番組やドラマといった娯楽に特化した番組を得意とし、黄金時代を築いたフジさんだけに、情報番組となるとなかなか難しい部分もあると思います。今回、昼ドラと『ごきげんよう』という2本の長寿番組を終了し、大改革に打って出るわけですが、『笑っていいとも!』終了の二の舞いにならなければいいのですが…」(同テレビ誌編集者) フジにとって、黄金時代を支えた昼ドラの終焉は吉と出るか、凶と出るか!?

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    玉木宏演じる『あさが来た』新次郎 女性に大人気の理由とは

     空前のブームとなっているNHKの朝の連続テレビ小説『あさが来た』。その中で、女性たちを魅了しているのが、主人公あさ(波瑠)の夫・新次郎(玉木宏)だ。 「“わてには無理です”なんてへらへらしながら、ふわりと難問をかわしてくれる。どんな危機に直面しても“なんとか、なるでしょう”と深刻に考えすぎない柔軟さが、逆に男らしい。男性はこのくらいド~ンと構えているほうが絶対、魅力的」(51才・主婦) 「イケメンで気が多いように見せかけて、妻に一途。そのギャップと玉木宏さまの見目麗しさに朝からやられっぱなしです」(49才・会社員) 「まるでスキップをするようにさらりと相手のために動いてくれて、それでいて、わざわざ自分がやったとアピールしない。あくまで、自分は“遊び人”というスタンスは崩さないんです」(52才・主婦) 姉のはつ(宮崎あおい・30才)が大阪から和歌山への移住を前に、姉妹水入らずのときを過ごすべく加野屋へ泊まりにきたとき。そんな大事なときにも出かけて行ってしまう新次郎にあさは“もしや女性か”と気をもむが、ほどなく戻ってきた新次郎がそっと差し出したのは、はつが大切にしていた嫁入り道具の琴だった。朝ドラ「あさが来た」の衣装で紅白歌合戦に登場した波瑠(左)と玉木宏(右)=2015年12月31日、東京・渋谷区のNHKホール(撮影・山田俊介) 思えば、はつが嫁いだ山王寺屋が潰れ、あさの前から姿を消したときも、決してあさにはバレないよう新次郎は、はつを捜し出した。あさが、笑顔になれることを敏感に察知して動くことができる。それでいて、ここぞというときには側にいてくれる。 「あさが炭坑の経営で苦しんでいるとき、新次郎が福岡まで会いに来ましたよね。かごに乗って(笑い)。それも、“わてが会いたくなったんや”なんて言葉まで。あさだって会いたかったはずです。その気持ちに気づいて、でも恩着せがましくなんか言わない。男だらけの炭坑で男のように闘うあさのピンと張り詰めた気持ちを、本来の天真爛漫なあさに戻してあげた。あぁ~、私もあんな夫がほしかった!」(41才・会社員女性) 自分を前面に押し出さないスマートさこそが、新次郎の真骨頂。でも、決して“へらへらやさしいだけ”の男ではない。 「遊び歩きながらも世の中の動きをピンと察知できるのは、柔軟な心の持ち主だから。でもただ柔らかいだけだと、豆腐のようにぐしゅっと潰れてしまう。いうなれば、彼はこんにゃく。しなやかで柔らかな心でありながらも、絶対に煮崩れない芯の強さがある」(47才・主婦) 新次郎の魅力あふれるシーンが、次々と描かれ、なかでも私たちの胸をキュンとさせたのは、あさの口元を“むにっ”とつまむシーン。「あんたの武器はこの柔らかい大福餅だす」 このセリフに、新次郎の魅力、そして『あさが来たブーム』の本質が込められている。なぜ、ここまで新次郎に惹きつけられるのか? 朝ドラ評論家の田幸和歌子さんは、AKB48が歌う主題歌にも、その心理が隠されているという。 「サビに入る前の、《やりたいこと好きなように自由にできる夢》という歌詞などが、象徴的です。社会で女性の活力が求められ、結婚しても、出産しても、仕事を持ち続けることが当たり前となった今、女性がやりたいことを思う存分やって、それを男性が支えてくれるのが、働く女性にとってのひとつの理想形になっている。 明治の時代に、社会に出ようとするあさの行く手には、それを阻もうとするいくつもの障害が出てきますが、新次郎がそれを涼しい顔でどんどん取り除いていきます。その様はどこか、黙って手を差し伸べる母のようでもあり、ガンガン進んでいく社長をサポートする秘書のようでもある。細かいところに目配りができる男性は、今の時代の女性にこそ求められている」 近藤正臣(73才)が演じる新次郎の父親・正吉も、新次郎に負けず劣らずの人気だったが、それはやはり、あさの行動力を買い、温かく見守ってくれた心強い存在だったからだろう。 「新次郎も、正吉も、家庭の外に出て働く女性を支えられる魅力を持っている。女性が社会に出ることを応援し、本人に足りない部分をさりげなくフォローしてくれる男性を求めている女性はこんなにも多いのだと、彼らの人気から実感します」(田幸さん)関連記事■ 朝ドラ新ヒロイン波瑠 純白の衣装で伏し目がちな美しい笑顔■ 年内にも出産シーンが登場? 『あさが来た』禁断のネタバレ■ 爽やかな朝がウリのNHK朝ドラで魅せた波瑠らのキスシーン■ 『あさが来た』好調の玉木宏 女子大に人気も過激トーク封印■ 小林よしのり氏「『あさが来た』は絶対に妾を描くべきだ」

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    NHKあさが来た ハゲタカ全盛時代に光る大阪人の「商い」魂

     予想以上のヒットとなっている朝ドラは今年のドラマのラインナップにも影響してきそうだ。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。* * * いよいよ、2016年の幕が開けた。今年のテレビドラマを考えるにはやはり、NHK連続テレビ小説『あさが来た』から始めるべきでしょう。 視聴率は12週連続20%超えで、最高値は『ごちそうさん』の27.3%にあとひと息。数字だけでなく、評判もぐんぐん右肩上がり。幕末~明治という変革期の中で、大阪の両替商・加野屋に嫁ぎ、しなやかに、力強く自分らしく生き抜く主人公・あさ(波瑠)。その姿は凜(りん)としていて、まぶしい。大阪取引所の正面に立つ五代友厚の銅像=大阪市中央区 あさの輝きは言うまでもないが、このドラマのエッセンスは『あさが来た』ならぬ、『あきない(商い)が来た』ではないか。「商い」。加野屋を舞台にした「商い」の仕方、考え方、所作。それらが丁寧に細やかに、哲学も含めてぎゅぎゅっと詰まっていて、大きな見所になっているのでは。 たとえば、あさの義理の父・大旦那の正吉。演じた近藤正臣は「大阪商い」の秘密を明かしている。最初は、衣装として履くぞうりの鼻緒がすべて「黒」だった。が、わざわざ小道具さんに指示を出して、茶と黒の二色にした、と。切れた時に自分で替えた、という設定を考えた上で。「昔、鼻緒はしょっちゅう切れてたもんなんですよ。切れたら、替えなあかん。で自分の手拭いかなんかを裂いて鼻緒をとり替えた、そういう設定にした」(『あさイチ』のインタビューにて) この小さな工夫には、大きな理由が潜んでいた。「大阪は始末の町だからです」と近藤正臣。無駄に使い捨てしない。できるものなら直して使う。ものを循環させる。二色の鼻緒の草履を「履いてると、そういう(大阪商人の)気になれるんです」。 始末を大切にする「大阪商人」になりきる役作り。両替商の旦那の心根を作るために、わざわざ草履の鼻緒の色を工夫して履く。画面で見ても気付かないほど細かな部分に、このドラマの「魂」がはっきりと見えた気がした。 日本初の経済小説を書いた井原西鶴は、商売を行う上で必要な心得として「始末」「算用」「才覚」「信用」を挙げている。あるいは近江商人から生まれた「相手良し、自分良し、世間良し」という三方良しの精神は、かつて日本の「商い」の神髄として浸透していた。 相手の立場を考え、それによって自分自身も生かされる--。あさと家族の物語の中に、そうした「商い」の哲学の潔さ、かっこよさが透けて見える。ハゲタカ的な経済行為が世界を席巻している今だからこそ、「商い」に惹かれる。『あさが来た』が人気を集める理由の一つ、かもしれない。 あるいは、人気急上昇中のディーン・フジオカが演じる五代友厚という人物もそう。「東の渋沢(栄一)、西の五代」と並び称され、大阪経済の牽引役だったという五代は、「上に立つ者の5ヶ条」を残している。・愚説愚論だろうと最後まで聞く。・地位の低いものが自分と同じ意見なら、その人の意見として採用すること。手柄は部下に譲る。・頭にきても大声で怒気怒声を発しない。・事務上の決断は、部下の話が煮詰まってからすること。・嫌いな人にも積極的に交際を広めること。 当り前のようでいて、今だってなかなか実現できないこと。商売とは、えてして倫理を無視して欲に突っ走りがち。自分自身のブレーキとして、精神性や哲学を身につけなければ--かつての大阪商人たちはそう自覚していたのだろう。 歴史ドラマといえば、戦国武将に維新の志士と、きな臭い戦いに偏りがちだった。そんな風潮に今、『あさが来た』が風穴を開けようとしている。商売や町の暮らしを細やかにリアルに、より深く描く中から、時代と人々の挌闘ぶりを浮き彫りにするドラマの魅力に、みんな目覚め始めた。 さて、今年の「商い」ドラマとして、まずは1月3日、『百年の計 我にあり~知られざる明治産業維新リーダー伝~』(TBSひる 12時)が登場してくる。江戸初期から続いてきた銅商・住友が、近代化の波の中で企業に脱皮していく激動のプロセス。いかにイキイキと深く、人と時代を描き出すことができるか。あえて「ドキュメンタリードラマ」と銘打っているあたりにも、チャレンジの気配が漂っている。 いよいよ2016年、ドラマ界に「商いが来ている」。関連記事■ AKB48が朝ドラ主題歌初担当 会見で見せた柏木由紀のお脚!■ 朝ドラ新ヒロイン波瑠 純白の衣装で伏し目がちな美しい笑顔■ 大河と朝ドラ子役の鈴木梨央 紅白でAKB48との共演願う■ 相武紗季 ノースリーブのドレスに身を包んだその麗しき美貌■ 大河も経験した『あさが来た』P 大河と朝ドラとの違いを解説

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    キムタクはなぜジャニーズに残ったのか

    とは違う新しい「経営」を試みようとしている。今回の一件で、ジャニーズが崩壊するとか潰れるわけはなく、芸能界での立場がかなり遜色されるという懸念の方が大きい。 これまでのジャニーズは「帝国」であって、ジャニーさんは「帝王」だった。それが赤西くん(仁・元KAT-TUN)みたいに自分の都合で「やりたいことあるから脱退します」みたいな人が出てきた。80年代のジャニーズではとても言えなかったことです。自分がどうしてもなりたくてなった「アイドル」を自分から辞めるなんて有り得なかったし、事務所から肩を叩かれて「もうしようがないな…」ってところまでやって、ようやく出ていくのが当たり前だった。80年代のアイドルは、「僕は給与明細なんて見たことがありません」ってぐらいにお金をもらっていないので、辞めたくても辞められなかったんです。キムタクはなぜ残ったのかキムタクはなぜ残ったのか もし、4人が辞めることになれば、「SMAP」という形は難しくなる。ジャニーズが容認して4人は違うところで、木村くんはこちらでっていうのは有り得ない。ジャニーズは必ず「SMAP」を消滅させます。かつて、森(且行)くんが辞めたとき、メリーさんは「森? 誰それ? そんな子、最初っからいなかったでしょ。SMAPは最初から5人よ」ってマスコミに言ったことがあります。ただ、NHK紅白歌合戦の司会を6回もした中居くんについては、ジャニーズだって本当は手放したくないでしょう。中居くんは「ジャニーズに一生いるよ」と公言していたぐらいだし、内々の飲み会や誕生会のイベントでも必ず中心人物になる。 その中居くんが辞めるっていうのが、僕にとっては一番驚いた。中居くんは去らずとも木村くんは去るだろうと。木村くんは普通に考えて「ジャニーズにいた方が得策だな」という単純な考えで残留を決めたんだと思います。木村くんは俳優として名高く活躍してきたけど、まだ大河ドラマの主役をやったことがないんです。木村くんはとにかく大河の主役がやりたい。ただ、この1、2年数字が取れなくなってきて「これちょっとまずいな…」ってとこで仕方なく、映画「HERO」を木村くんに持ってきた。こんなことが出来るのがジャニーズなんです。映画では中居くんの方が「模倣犯」にしても「私は貝になりたい」にしても、当たった実績がある。そういう意味で木村くんは今、とても微妙な立場です。天下の木村拓哉といえども、例えば一人で東京ドームを満席にする福山雅治に比べると、やはり小さい存在なわけです。木村くんは自分がそういう立場であることをもちろん分かっていますよ。 木村くんがジャニーズを辞めない理由として周囲に言っているのは、SMAPのメンバーがメリーさんに直接罵倒されたわけでもないし、マネジャーが辞めるから辞めるというのは違う、というのはごもっともな意見だと思う。中居くんにしてみれば、自分が筆頭タレントとして、ジャニーズを出ても一人でもやっていける自信がある。4人は事務所を辞めると言って、既に「辞表」という形の文書が提出されたとも聞いているが、ジャニーズがそれを受理するかどうかというのはまた違う話。「CMの契約期間中はダメ」とか、法的な問題もある。大人の事情の中でいつ辞めるのかは、時間の問題があるだけ。整理し終わった結果が解散なのか、残留なのか、退社なのか。はっきりしているのは飯島さんが来月限りでジャニーズを辞めるということです。これまでのジャニーさんの性格から考えれば、「独立」イコール「絶縁」です。あんなに可愛がっていたトシちゃんにしても、そこまでするかってぐらい干されましたね。いま、トシちゃんはすっかり自虐ネタにしてますけどね(笑)。  繰り返しになりますが、ジャニーさんは本当に天才です。時代が後押ししたというのもありますが、昨年末の紅白を見るとよく分かります。例えば、ジャニーさんが一番最初にマネジメントした人って知っていますか? 実はね、森進一さんなんです。森さんをスカウトしてデビューさせたのがジャニーさん。もともと、ナベプロのマネジャーをしていたジャニーさんは、その後「ジャニーズ」というグループをつくり、ナベプロから独立したんです。それから、フォーリーブスや郷ひろみが大当たりして、郷ひろみが辞めた後に株式会社ジャニーズ事務所を設立し、そこから井上純一、川崎麻世、たのきんって続いていくんです。 紅白出場者では、森進一に郷ひろみ、関ジャニ∞、SMAP、嵐、TOKIO、V6…つまり、男の半分はジャニーさんが育てた人です。そしてマッチ(近藤真彦)が大トリ。これは無理がありますよね。トリの部分で数字が取れてないんで、さんざん叩かれましたが。これもジャニーさんのゴリ押しですよね。ジャニーさんの「集大成」なんです。もともとジャニーさんは、楽器を持って歌うのが当たり前だった「GSブーム」の時代に「歌って踊る」というおかしなことを始めたんです。それが大ウケした。聞くより観るという斬新な面白さ。フォーリーブスからはバク転が入り、国民がそれまでみたことのないものがどんどん出てきた。70、80年代の「アイドルはトイレにも行きません」みたいな時代には、コントまで始めちゃった。今はアイドルが紅白の司会、ニュースキャスターです。それまではなかったエンターテインメントをメディアで先駆けてやってきたのがジャニーさんです。それを60年も続けてるわけですよ。 今回、ジャニーズは本当だったらSMAPそのものは残したい。ただジャニーズは去るものは追わないので、お互い意地の張り合いという状況。SMAP解散までの限定的な活動はあるかもしれません。SMAPの名前の権利を手放すつもりはジャニーさんにはないだろうし、では木村くんのいない4人でネーミング使用料を払ってSMAPをやるのかいうというのも難しいです。彼らもいい歳ですし、いつまでもSMAPではなくて一人の役者やアーティストとして実績を残していきたいというのがある。ジャニーズは10月契約更新が多いのでそこまではおそらく契約があるでしょう。これまで解散をうたってツアー周りしたのは「シブがき隊」だけなんです。夏にはSMAPの解散ツアーが行われる、なんて事態になるかもしれませんね。(聞き手、iRONNA編集部・溝川好男)平本淳也 1966年生まれ。神奈川県厚木市出身。元ジャニーズ所属タレント。著書34冊を出版する作家、多くの企業の立ち上げからプロデュースまで手掛ける実業家として幅広く活動する。

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    SМAP解散危機、落日のジャニーズ帝国

    の確執が直接の原因と伝えられる中、突然の一報にファンは気をもむ。世代を超えた人気グループの分裂騒動。芸能界に君臨する「ジャニーズ帝国」はついに落日へと向かうのか。

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    中居正広 しゃべれるアイドル目指し事務所に司会の仕事直訴

     この8月、SMAPのリーダーの中居正広(40才)が、メンバーの中ではいちばん早く40才を迎えた。40才でありながらいまなおアイドルとして活躍している中居だが、SMAPが結成されてからの25年間は、長年、華やかな表舞台で活躍してきた中居のイメージとは異なる苦悩の日々だった。 1991年9月、『Can’t Stop!! -LOVING-』で、結成から3年目にして、ようやくCDデビューを果たすが、ここでも大きな挫折を味わう。それまで、ジャニーズアイドルのデビュー曲のオリコン初登場1位は当たり前だったが、この曲は前代未聞の初登場2位となってしまったのだ。さらにライブをやっても、空席ばかりが目立った。 また『歌のトップテン』『夜のヒットスタジオ』『ザ・ベストテン』など名だたる歌番組が次々と終了、活動の場も少なくなった。そんな状況に中居は「自分たちも、いつ解散してもおかしくない」という恐怖を感じていたという。中居は過去のインタビューで、当時のことをこう語っている。「光GENJIと同じ衣装を着て同じような楽曲を歌っても仕方ない。ぼくらはいままでのアイドルが誰もやってこなかったことに挑戦していかないとだめだと思った」 彼らの決定的な転機となったのは、バラエティー番組『夢がMORIMORI』(フジテレビ系)へのレギュラー出演だった。『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の前身となる同番組では、当時のアイドルとしては異例ともいえる本格的なコントに挑戦した。中居も女装やハゲヅラ、コスプレなどを披露して話題を呼び、一気にSMAPの名前は広まっていった。 そうした日々の中で、中居は、将来を見据えて新たな目標を心に決めたと8月11日放送のラジオ番組『中居正広のsome girl’ SMAP』(ニッポン放送)で明かしている。「しゃべれるアイドルになろう。まずSMAPの中でいちばん、そしてジャニーズの中でいちばんおしゃべりができるようになろうって思ったんだ」 当時の中居を知るテレビ局関係者が振り返る。「あの当時の中居さんは、“二番手でも三番手でもいいから、とにかく司会をやらせてほしい。大阪の番組やBS、朝の情報番組のアシスタントでもいいから、しゃべる仕事をやらせてほしい”って、自ら積極的に事務所に訴えていました」 その甲斐あってか、中居は『中居正広のボクらはみんな生きている』(フジテレビ系)、『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)など、テレビ・ラジオを問わず、さまざまなMCに起用され、25才のときには史上最年少で『NHK紅白歌合戦』の司会にも抜擢された。関連記事■ SMAPファン デビューCD3枚買ったのがバレ親に怒られた■ 『ATARU』中居正広 ドラマ収録終了までトンカツ断ちを宣言■ TOKIO国分 中居と酒を飲みながら「櫻井は脅威だね」と話す■ 新生モー娘。、舞祭組、武井壮…SMAP中居正広がブレーク支える■ ジャニーズ野球大会でおいしいところを持っていった中居正広

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    スーパースターは傷つけてはいけない SMAP解散は必ず阻止できる

    も一発サインしていたと言われますが、SMAPも同様なんです。だからどす黒いものが渦巻くのが当たり前の芸能界、隠せということではなく、ファンに向けて表にしてはいけなかった。 私はSMAPを解散させてはいけないと思いますし、解散を阻止できると思っています。いかなることをしてでもSMAPを守らなければならない。今回の報道を受けて、ジャニーズ側による独立メンバーへの悪影響が既に噂されていますが、絶対やってはいけません。たとえ年に数回しか集まらない存在になったとしても、SMAPの看板は彼らがおじいさんになるまで残さなければならない。SMAPは日本の芸能界の宝なんです。だから報じる側のメディアもなんでもかんでもこき下ろせばいいわけではなく、至宝として認識しておかなければいけない。SMAPにまだまだ輝きを持ってもらうようにしておいたほうが、報じる側も日本の芸能界全体にとってもそのほうがプラスになると思います。もちろん決して事実にフタをしろと言っているわけではありませんし、伝えなければいけないところは当然報道しなければいけません。もろ手を挙げて礼賛するのが望ましいことではないですけど、例えば山口百恵は好き嫌いを超越した存在になったわけですが、芸能界にはそのような傷つけてはいけないような存在が何人か必要なんです。もし事務所の人間たちが今回の騒動の火種について心当たりがあるんだったら、騒動の大きさを自覚してSMAPという宝を大事にしなければいけません。大事にしないと、今後のジャニーズ事務所の屋台骨を大きく揺るがすことになりかねません。中居君に代表として記者会見に出てきてほしい 解散という事態になれば、芸能界にも当然大きな影響を与えることになるでしょう。SMAPロス、「スマロス」になるんでしょうか(笑)。スマロスの影響は世間にとって計り知れないものになるでしょうが、人は忘れやすい動物です。SMAPが解散しても何年か経てば次々若いグループが出てきて、表向き関心がなくなるかもしれませんね。むしろ解散の最大のダメージは世間が芸能界に持つイメージが大きく変わることではないでしょうか。一般の人は芸能界に憧れる気持ちがある反面、近寄れないイメージを持っていると思いますが、憧れの部分がより薄れてしまう気がしています。芸能界は夢を売る商売ですから、現実に即してなくてもやはり夢を売っていかなかければいけません。世間に夢を見させることは、芸能界でエンターテインメントの番組を作っている人間にとっては非常に大事なことです。だからこそ一番大事な要素の夢の部分が、ゴタゴタしていてメンバーの意図とは裏腹に別れてしまったなどと、まるで韓国の芸能界であったような話を見せてはいけないんです。 あくまで私の希望ですが、SMAP存続の落としどころを模索するなら、中居正広に代表として記者会見に出てきてほしい。たとえ裏に彼等を操るマネジメント側がいたとしても、木村拓哉がジャニーズに残って他の4人が独立したとしても、中居君が「いろいろご心配ご迷惑をお掛けしました。でもSMAPはこれからも輝き続けるような存在でありたい。SMAPは解散しません、俺たち5人は変わらない」と言ってくれればいい。それだけのメッセージさえあればファンは絶対逃げません。何ならマネジメント側の意向をひっくり返して「俺がしゃべる。YouTubeに俺のコメントをアップします」なんて言ってくれれば、今度はジャニーズ事務所 対 1億2000万人の構図になるかもしれない。事務所を超えて一本立ちしたタレントが自分の言葉で話してくれることを、日本のファンは求めているんじゃないかと思いますね。 それに今は誰でもインターネットを利用して何らかの主義主張が出来るわけですから、日本の芸能界がこれほど成熟したという姿を見せるいい機会になるかもしれない。つまり最大のピンチを最大のチャンスに変えるきっかけになるんです。SMAPは全盛期の人気からは右肩下がりになったと口悪く言う人がいるかもしれませんが、中居君の言葉が一気にひっくり返しますよ。やっぱりSMAPは嵐とはひと味違う、中居の男気は凄いと今まで興味がなかった人にも訴えかけられるかもしれません。彼らが大衆に夢を与えることの出来る数少ないスーパースターだから是非やってほしいんです。 今回の騒動で今後のテレビは大きく変わるでしょう。私は大きく変わったらいいと思います。新たな番組を制作する可能性が出ることで、作り手の能力が問われるし、特定のプロダクションにおんぶにだっこの状態を変えられるチャンスを得たようなものだからです。出来る作り手は好機を感じているでしょうが、実現に移すには簡単ではないはずです。最近は作り手に批評家が多くなってしまったので、人の番組を批評ばかりせずに何とかしろよといいたい(笑)。テレビ業界も一見マイナスに思える出来事をプラスにしなければいけません。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。

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    十字架を背負い続けるSMAP 解散は彼らの「解放」でもある

    しい文化も生まれない中で、終わっていくテレビを引き受けさせられているのがSMAPなのではないか。伝統芸能のようになっているテレビの看板をわざわざ引き受けさせられているような。テレビは華やかでなければいけないというものの象徴になっている。 タモリが「笑っていいとも!」をずっとやめられなかった苦しさを、SMAPが引き受けるんじゃないかと漠然と思っていた。解散によってそれが解放されるなら、むしろそのほうが幸福なんじゃないか。(聞き手、iRONNA編集部・川畑希望)なりま・れいいち ドラマ評論家、フリーライター。単著『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)『キャラクタードラマの誕生: テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)。

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    NHKのど自慢スペシャルでわかった やっぱりSMAPは「職業がスター」

    とつになれることを改めて感じた」中でも、今回も特に活躍もせず、最も冷静であった稲垣吾郎のコメントが、芸能界的には最も面白い。稲垣吾郎(41)「僕らも出場者と同じ気持ちになれた。最後の出場者という感じで歌えました。5大都市以外にもいろんな所に行くことが僕らには大事」 手伝ってもらって作った料理を出して喜んでいる場合ではないのである。SMAPは今後もスターであり続けねばならない。彼らの職業はスターなのである。