検索ワード:芸能/212件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    「国民的アイドル」という呼称のせいでSMAPの悩みは深まった?

    てしまうかもしれないが、ここできちんと考えておきたいことがある。 ここで我々が考えておくべき点は、「芸能タレント」と「文化」の関係なのだと思う。実は、この点が曖昧にされているがゆえに、解散報道における不透明感が強くなっているように感じられる。 SMAPは、しばしば「国民的音楽グループ」という言葉で語られる。あるいは、日本を代表するグループと言われることも多い。これは栄誉ある称号かもしれないが、誤解を生む言葉でもあった。 確かに、彼らは日本を代表する音楽グループである。グループとしての人気や、CDなどのセールスに関しても、音楽業界の第一人者であることに異論はないだろう。 けれども、あらためて考えてみると、彼らが「作られた」アイドルであることに間違いはない。彼らは歌手であり芸能人であり、タレント事務所の所属タレントであって、「カルチャー」の担い手ではなし、私見ではあるが、彼ら自身からもそういった意識を(テレビからは)あまり感じない。 当たり前のことであるが、「タレント」としての彼らの存在意義は、世の中の人気者となり、事務所に利益をもたらすことであるし、それが結局は本人の利益につながっている。だから「金」の問題で事務所とメンバーの間に、思い違いや行き違いも生じるし、メンバーの不和が生じても不思議ではないし、むしろ当たり前の話である。 この点は、一般の企業における社員と会社、あるいは社員同士のトラブルと変わることはない。 社員が、自分の会社の評価が高まって上手くいうことを願うが、それが最終的に自分の利益に返ってくるからだ。経営者は、商売がうまくいくよう考えて行動するだろうし、従業員が経営者に反旗をふりかざせば、会社から切り捨てられるのは当然である。あるいは、社員同士のあつれきから、会社を飛び出す社員もいるかもしれない。――こうして見れば、SMAPといっても、「会社」と「社員」の構図となんら違うところはない。優れた「表現者」でも才能ある「アーティスト」ではない けれども、我々一般人と大きな違いであり問題であるのは、SMAPが、本人たちの認識を超えて「国民的」なグループとなった点にある。“図らずも”、彼らは、日本の国の音楽文化の代表のようなポジションを得てしまった。 SMAP自身も事務所も、人気のあるグループを目指していただろうが、「国民的」という形容詞がつくことを望んでいたわけではなかろう。 あえて乱暴な言い方をするが、彼らは単なるタレントであり、ただのアイドルグループなのである。そこをマスコミもジャーナリズムも勘違いしているか、あるいはわかっていても「勘違い」を押し通している。人気者になりたいと思っていたとしても、“国民的”で“重みのあるポジション”になろうとSMAPのメンバーが希望したわけではないだろうし、本当はむしろ迷惑なのかもしれない。 それでも、いつの間にか、彼らは、本人たちの意思や事務所の考えを超え、「偉大な」存在になってしまった。 歌手ではあっても、彼らはオリジナルの「音楽」を持っているわけではない。音楽的な方向性も厳密に決まったものはないし、独自の方向性を持っていることもない。多くの大ヒット曲を持ってはいるが、すべては、事務所、あるいはスタッフの用意したものである(もちろん、メンバーの意志も汲んだものもあるだろうが)。 それにもかかわらず、いつか周囲は、彼らを才能のある「アーティスト」とみなすようになってしまった。いや、確かに優れた「表現者」であると思うが、「一から作り出すアーティスト」とは違う。なぜ彼らの評価が「アーティスト」「文化的」となっていったのかは想像をするしかないが、これには、海外公演の成功などが影響しているのかもしれない。 いずれにしても、“本来の彼ら自身”と“虚像”とのギャップが、今回の解散騒動におけるわかりにくさや腑に落ちない印象とつながっているように思えるのだ。 つまり世間やマスコミは、SMAPに、あるいはジャニーズ事務所に、「文化人」としての振る舞いを期待しているのである。「カルチャーの担い手」として、「恥ずかしくない」出所進退を求めているのだが、これは当事者には迷惑な話ではないだろうか。SMAPのメンバーそれぞれはひとりの芸能人に過ぎないし、ジャニーズ事務所はただの営利企業なのだ。出口なき「キムタクバッシング」 歌謡曲(最近ではJポップスというべきか)は、「文化」と言えるのだろうか。それとも、単なる「商品」と考えたほうがよいのか。――そのどちらの側面も持っていると考えるのが妥当なのであろうが、あえて「文化」とみなすのであれば、幾分トーンは下がるが「大衆文化」というほうが、より正確だ。 サブカルチャーという言葉がある。本来の定義は、主流文化に対し、“一部の集団”を担い手とする文化を指す用語で、「副次文化」ないし「下位文化」とも訳されることがあるが、最近では、アニメやゲーム、その他いわゆる「オタク文化」などもサブカルチャーと呼ばれるようになっている。 歌謡曲も広い意味では、サブカルとしてとらえてよいのかもしれないが、それはあくまでも「作品」に対してだ。「歌い手」は「カルチャー」ではない。単なる作品のパーツに過ぎない。 こういう観点からすると、SMAPのメンバーはカルチャーへの志向を持っているわけではない。カルチャーへの志向を出したければ、自らが「作品そのものになる」ことをしなければならないからだ(誤解がないように言うと、これは批判をしているわけではない)。ということはつまり、マスコミや国民が期待するような文化人的な「姿勢」を持つことは、無理な注文なのだ。 経営のことしか頭にない事務所からのプレッシャーの中で、「自分の言葉」で話すこともできずに、その姿をさらし続けているのを目にすることは、ファンにとっては辛い状況ではあるが、ある意味、やむを得ないことなのかもしれない。 SMAP解散騒動におけるキムタクバッシングを目にするにつけ、私が「もやもやとした嫌な感じ」がするのは、バッシングしている一般人が、バッシングしているにもかかわらず、実は対象を正しく把握できていない、実像を見ていない、ということに気付いたからである。「虚像」に対して不寛容になって、いったいどこに出口があるというのだろう。いわなみ・あきら 精神科医。1959年、横浜市生まれ。東京大学医学部医学科卒。医学博士、精神保健指定医。東大病院精神科、東京都立松沢病院などで診療にあたる。東京大学医学部精神医学講座助教授、埼玉医科大学精神医学講座准教授などを経て、2012年より昭和大学医学部精神医学講座主任教授。精神疾患の認知機能、司法精神医療、発達障害の臨床研究などを主な研究テーマとしている。著書に『狂気という隣人』『うつ病』『文豪はみんな、うつ』『生の暴発、死の誘発』『精神科医が狂気をつくる』『心の病が職場を潰す』ほか多数。関連記事■ ネットの世論は、“真実が操作されていること”に敏感だ。――SMAP解散騒動の嘘とホント。■ 聞けば聞くほど、不透明でやりきれなさの残るSMAP解散報道■ 論争再燃!恋愛は受験の妨げになる?ならない?■ 「長い目で見て、譲ることを覚えなさい」~ムヒカ前大統領夫人ルシアさんの言葉~

  • Thumbnail

    記事

    70年代生まれの同世代から見たSMAP解散報道

    AP 解散は彼らの「解放」でもある これも、電話で話したことをまとめていただいたものだが、SMAPが芸能界で果たした歴史的役割はそれなりに、まとまっていると思う。同時に、ここに筆者独自の視点があるとすれば、SMAPの解散を、「国民的アイドルグループとして背負わされていた十字架からの解放」だと、やや肯定的に語っていることにあるのではないかと思う。画像はイメージです まず前提として、自分はものごとが長く続くことが必ずしも正しいとは思っていない。アイドルグループにもバラエティ番組にも、漫画の連載にも、旬というものが必ずある。旬を過ぎれば、どんなに優秀なスタッフがいても、魅力は下り坂となっていく。同時に関係者の才能はすり減っていき、いずれファンから飽きられてしまう。それなら一番いい時期に終わらせてあげることが、ファンにとっても関係者にとっても、もっとも幸福ではないだろうか。それに、終わるべき時にちゃんと終わることができれば、第二のスタートを切ることができる。 SMAPのメンバーに関してはそれぞれが才能のあるタレントであることは間違えない。だとしたら、SMAPという枠に縛られず、新しい道を見つける方が、彼らのタレント人生を豊かで幸福なものにできるのではないか。マネージャーと副社長の対立に巻き込まれる形での独立とはいえ、保守化したテレビの中で、息苦しそうにしている今のSMAPを見ていると、新しい道に進む方が彼らしい生き方なのではないかと思った。 その意味で、いろいろ保留はあるものの一月の時点では、解散して事務所から独立することが、そこまで悪いこととだとは思わなかった。むしろ“何か新しいことがはじまるのではないかと”いう、爽快感の方が強かった。2000年代に「保守化」していったSMAP 個人的には、2000年代に入ってからのSMAPには不満を持っていた。国民的アイドルとして巨大化するにしたがって、新しい男性アイドルのパイオニアとして切り開いてきた彼らの芸能活動が、どんどん保守化していっているように感じたからだ。 特にテレビドラマに関しては不満が多かった。同じジャニーズでも『タイガー&ドラゴン』(ともにTBS系)等の宮藤官九郎・脚本のドラマに出演することで、役者としての才能をみるみる開花させていった長瀬智也や岡田准一にくらべると、SMAPのドラマをめぐる座組みは保守的なものに思えた。 そんなSMAPがここまで延命できたのは、彼らを脅かすような次世代の才能が育ってこなかったからだ。あえて彼らを脅かす存在がいるとすれば嵐なのだが、同じジャニーズ事務所のグループで上手い具合に棲み分けができていたために、競合することはなかった。画像はイメージです また、2011年の東日本大震災以降は、日本の空気自体が保守的なものとなり、既存の価値観を破壊するような新しいものを求めるよりは、今にも瓦解しそうな我々の日常の拠り所となる変わらないものを大衆が求めるようになっていったように感じる。 SMAPは、その期待に応えることで国民的アイドルとしての存在感を改めて増していった。特にそれを感じたのは2014年の27時間テレビで彼らが総合司会を担当する姿を見た時だ。Twitterのタイムラインを見ていると、SMAPと同世代の人たちの反応がとにかく感傷的だったのが印象的だった。テレビに映るSMAPはさすがにメンバー全員がアラフォーということもあってか、精神的にも肉体的にも、ひどく疲れているようにも見えた。 その姿を見た時に思ったのは「がんばれ」という応援する気持ちよりは、そこから降ろしてあげるべきではないのか、という憐みにも似た感情だった。このまま彼らに過度な期待をかけすぎると、いずれ良くないことが起きるのではないかと思って、見ていられなかった。 そんな27時間テレビの印象があったので、解散をあえて「解放」だと語った。しかし、世の中というのは残酷なもので、そう簡単に解放してもらえないのだと思い知らされたのが、例の謝罪会見である。 ネット上では公開処刑と言われていたが、あの会見で、自由なアイドルとしてのSMAPのブランドイメージは殺されたと言っても過言ではない。おそらく、テレビドラマで彼らが演じる役柄も変わらざる負えないだろう。 特に木村拓哉が今まで体現していた自然体のヒーローを演じることはこれからは難しくなっていくのではないかと思う。テレビドラマにおいて重要なのは役者の持つイメージで、それがそのまま配役に反映されることが多い。だから一度スキャンダルが起きると演じる役は変わらざるおえなくない。 金銭的な喪失なら後からでも取り返せるが、今まで育んできたブランドイメージの失墜は中々取り戻せるものではない。その意味で彼らは、何だかんだと言っても、アイドルだったのだ。 正直、SMAPが独立することをジャニーズ事務所が許容していれば、双方にとって、ここまで大きなダメージにはならなかったと思う。しかし、謝罪会見以降のメディア展開が、SMAPとジャニーズ事務所のイメージを、これ以上ないくらい悪化させてしまった。「SMAP解散になぜ多くの人々が衝撃を受けているのか」 取材を受ける中で、その場で考え込んでしまった質問が二つあった。一つは「なぜ、ここまでSMAPの解散報道は多くの人々に衝撃を与えているのか?」もう一つは「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」。正直、SMAP解散について衝撃を受けている人のほとんどが感じていることは「ずっと続くと思っていたものが、終わるということ」に対するショックではないかと思う。画像はイメージです 熱心なファンは別だが、おそらく『笑点』(日本テレビ系)や『サザエさん』(フジテレビ系)が終わると言われたとしても、同じような反応をしていただろう。一番近いのは、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)が終わった時の感触ではないだろうか。 いつの間にか、SMAPは『笑点』や『サザエさん』と同じ、永遠に終わらないものだと信じていたテレビ文化の象徴へと成長していたのだ。更にいうと、解散ショックによって、今まで当たり前の存在だと思っていたSMAPが、国民の誰もが知っているグループアイドルだったことが逆説的に証明されたように思う。美空ひばりや石原裕次郎といった昭和を代表するスターと並ぶ、平成を代表する国民的なアイドルグループだったと、言っても過言ではないだろう。70年生まれの理想を体現していたSMAP ただ、ここからが本題なのだが、そういった大多数の日本人の見方とは別に、SMAPと同世代の70年代生まれの人々にとっては、解散の騒動に対しては、もっと複雑な気持ちがあるのではないかと思う。というのも、筆者自身が1976年生まれで、SMAPに対しては、彼らといっしょに年をとってきたという意識があるからだ。だから、彼らには、時に喝采を送りつつも、時に同世代のダメな部分を見せられているかのような愛憎入り混じった感情がある。 少し細かいニュアンスの話をすると、筆者は、「夜空ノムコウ」には共感するが、「らいおんハート」は歌詞が好きになれない。「世界に一つだけの花」は薄っぺらい綺麗ごとの歌だと思っている。その意味で、先にも書いたように、彼らの芸能活動を全肯定しているわけではない。 SMAPは中居正広と木村拓哉が72年生まれ、稲垣吾郎が73年生まれ、草なぎ剛が74年生まれ、香取慎吾が77年生まれと、いわゆる70年代生まれのメンバーで構成されている。この世代は団塊ジュニアと呼ばれている。親世代のあたる団塊の世代の次に人口のボリュームが大きい世代で、それだけに娯楽産業に対する影響力は大きい。ここ数年90年代リバイバル的な商品を多数みかけるが、それらは団塊ジュニアをターゲットにしたもので、マスを狙う娯楽の多くは彼らをターゲットにしている。それはテレビも同様だ。堀江貴文、尾田栄一郎…70年代生まれの特徴 団塊ジュニアは、後に「失われた10年」、「失われた20年」と言わるようになる不況下に社会に出た世代だ。00年代にはロストジェネレーション(失われた世代)などとも呼ばれた。就職氷河期に社会に出たために、苦しい思いをして、なんとか就職した人もいれば、就職せずにフリーターになって不正規雇用の仕事を転々としている人もいる。また、インターネット黎明期にIT企業を立ち上げたり、ネットサービスを立ち上げた人も多い。元ライブドア社長の堀江貴文(72年生まれ)、匿名掲示板・2ちゃんねるを立ち上げたひろゆきこと西村博之(76年生まれ)やソーシャル・ネットワークサービスのmixiを立ち上げた笠原健治(75年生まれ)、はてなダイアリーをたちあげた近藤淳也(75年生まれ)。ちなみに漫画家では木村拓哉が愛読する『ONE PEACE』の作者・尾田栄一郎が75年生まれだ。 昭和の終わりと平成のはじまり、バブルの好景気と長きにわたる不況、そしてインターネット以前と以降。古い価値観と新しい価値観の狭間を生きてきたのが団塊ジュニアで、それだけに新旧どちらの気持ちもわかるというのが70年代生まれの大きな特徴だろう。 文化面で言うとテレビや漫画や活字といった旧メディアの恩恵を享受する一方で、インターネットや携帯電話に最初に触れた世代である。これが、自分たちより前の世代だと、雑誌やテレビといった旧メディアの影響が強く、自分たちより下の80年代生まれ以降になるとインターネットと携帯電話の存在が当たり前となっていく。88年という昭和末期に結成され、平成のはじまりと共に成長していったSMAPもまた、古さと新しさの両方を備えたグループだった。画像はイメージです かつて、アイドルの活動拠点は「ザ・ベストテン」(TBS系)や「夜のヒットスタジオ」(フジテレビ系)といった歌番組だった。しかしそれらの歌番組が軒並み終わった後でアイドルとしてデビューしたSMAPは、就職氷河期ならぬアイドル氷河期と呼ばれた芸能界で、今までのアイドルとは違う道に進まざるおえなかった。だから彼らは、歌番組だけでなく、バラエティ番組にもテレビドラマにも出演し、ニュース番組の司会をして文化人とも対等に渡り合わないといけないというマルチプレイヤーとして活躍しなければならなかった。今では当たり前のことのように思えるが、それはとても画期的なことだった。 様々な戦場で戦い抜いた結果、SMAPは、ただカッコよく笑って踊っていれば許してもらえたアイドルとは違う、歌も演技も笑いも教養もあるという存在にSMAPは成長していった。 あらゆるジャンルを同時に攻略しようと進出していったSMAPだったが、もちろん、そのすべての場所に置いて彼らが一番だったわけではない。どのジャンルにおいても、彼らよりも優れた表現者はたくさんいて、本職では敵わないことは彼らが一番わかっていただろう。しかし、これは今考えればとてもアイドル的だと言えるのだが、それぞれのジャンルを同時に進出して人気を獲得することで、彼らの存在感は大きくなっていった。何より多くの人々が彼らを認めていったのは、彼らのパフォーマンスや発する言葉が、背後にいる大人に無理やりやらされているものではなく、彼ら自身が自発的に発しているメッセージのように見えたからだ。 つまりアイドルでありながら、自分の意思で行動するアーティストのように見え、それを声高に叫ばないバランス感覚が、彼らを魅力的な存在として輝かせたのだ。そして、いつの日かSMAPは国民的アイドルと言える存在に成長していった。少年ジャンプとSMAP 個の連帯の可能性 一人のスターが突出するというのではなく、結果的に全員が主役のように見えるのも、SMAPの魅力だった。突出した一人のスターを回りが引き立てるのではなく、全員が魅力的に見えるグループというのは、時代の変化にも対応していたのではないかと思う。 少年ジャンプに例えて言うと、80年代にはじまったジャンプ漫画は『北斗の拳』(原作:武論尊、作画:原哲夫)にしても『ドラゴンボール』(作:鳥山明)にしても圧倒的に強い主人公が一人いて、他のキャラクターは引き立て役みたいな構図となっていた。それに対して、90年代の人気作である『SLAM DANK』(作:井上雄彦)や『幽☆遊☆白書』(作:冨樫義博)になると、主要キャラクターの4~5人のキャラクター全員に見せ場があって、全員が個性と実力を発揮してミッションをクリアするというような感じになってくる。 おそらくこれは、SMAPがミュージカルで演じた『聖闘士星矢』(作:車田正美)あたりから始まった傾向なのだろう。こういった傾向は『ONE PEACE』や『NARUTO』(作:岸本斉史)、『黒子のバスケ』(作:藤巻忠俊)などの後のジャンプ作品にもつながるヒーロー観の変化ではないかと思う。 『SLAM DANK』や『幽☆遊☆白書』の主人公たちは普段は仲よく馴れ合っているわけではないが、同じ目的に向かって行動しているというある種のプロフェッショナル意識によってつながっていた。そのベタベタしないクールさと、芸能人らしくない自然体の振る舞いが90年代のSMAPの魅力だったと言える。 かつて少年ジャンプで『東大一直線』を連載していた小林よしのりは、薬害エイズ問題で厚生省デモをおこなう大学生たちを支援する形で、彼らはイデオロギーに凝り固まった組織ではなく、同情心から集まった若者同士の「個の連帯」でつながっており、運動が終わればすぐに日常に戻るのだ。と『ゴーマニズム宣言』で語り、彼らを支援したが、当時の少年ジャンプの漫画やSMAPに感じた魅力は、まさに小林が言う組織のしがらみに縛られない「個の連帯」だったのだと思う。 あまり自己憐憫的なことは書きたくないのだが、団塊ジュニアは社会に出る時に、就職氷河期という大きな挫折を味わっている。年功序列・終身雇用といった会社のイメージが大きく変わり、大企業の倒産やリストラの報道が出始めたのも95年以降だ。そんなこともあってか、自分たちの世代は、社会はもちろん会社組織に対しても、根本的な不信感があり、できるだけ政治的なことには関わらずに生きていきたいと思っていたし、突出した個を見につければ、組織のしがらみから自由でいられると思っていた。 だからこそ、SMAPが体現していた「突出した個人主義を貫く5人が作り出す自由な仲間意識」はとても魅力的だった。 スガシカオが作詞提供して、SMAP初のミリオンセラーとなった「夜空ノムコウ」は、平成不況の真っただ中で社会に放り込まれた若者たちの不安な心境が凄くよく現れている時代を反映した曲だ。個人的にも想い入れが強く、当時の不安な気持ちを思い出すので、あまり聞き返すことのない曲だが、ここで歌われていた夜空の向こう側に待っていた明日が、現在の解散をめぐるグダグダの状況だったと思うと、40代になって、もう一度「挫折」したようなやりきれない気持ちになる。 だから、SMAP解散の報道を受けて、スガシカオが、この歌を封印すると言った気持ちは、とてもよくわかる。思えば、古いものと新しいものを知っているからこそ、双方をつなげることで社会的な役割を果たせると思っていたのが、筆者たち団塊ジュニアの強みだった。しかし、気が付けばテレビは高齢者向けのノスタルジーや、「日本凄い」というナショナリズムの物語ばかりを売り者にしている。一方で、若者はテレビに見切りをつけて、ネットでYouTuberの動画を見ているという分裂した状況となっている。この分裂がより進むことで、もしかしたら狭間にいる団塊ジュニアの居場所はどちらにもなくなってしまうのではないかという危機意識と孤独感が筆者にはある。 現在、団塊ジュニアの多くは40代前後となりつつあるが、自分のことを振り返っても、おそらく、自分たちの世代は、分離していく日本の旧世代と新世代のどちらかに着くべきかという選択を迫られているのではないかと思う。そして、SMAPは結果的に、テレビという旧メディアの伝統を継承する立場を選択した。それはテレビといっしょに年をとっていく最後の皇帝(ラストエンペラー)となり、テレビの終わりを看取ることと同義である。インターネットに財宝は眠っているのか? 「もしも5人がジャニーズ事務所から独立していたら、SMAPはどうなっていたか」 これに対しては、自分の中ではビジョンが明確だ。おそらく先に書いたことと、真逆のルートを彼らは辿っていただろう。 仮に彼らが独立していたとしたら、おそらく一時的に、テレビや映画からは干されて、表舞台から姿を消すことになるだろう。楽曲やドラマ、映画といった過去の作品にまつわる権利も、おそらく事務所が持っているだろうから、塩漬けにされてしまうかもしれない。しかし、それでも、彼らの築きあげてきたブランドと、影響力があれば充分やっていけるはずだ。画像はイメージです 何より今はインターネットがある。テレビ朝日が出資しているAbemaTVは厳しいかもしれないが、ニコニコ動画やLINE LIVE等に進出して、成果を上げていけば、芸能界も、その存在を無視することはできなくなっていくだろう。 ファンに直接課金するメルマガを発行することもできる。YouTubeに自分たちのチャンネルを持ってもいい。資金力があるのであれば、自分たちの事務所で独自に映像作品を作るというのもありかもしれない。何せ、主演俳優は5人もそろっているのだ。 有名無名問わず、彼らといっしょに仕事をしたいという映像作家や放送作家も、たくさんいるだろう。かつてのSMAPは、無名だが才能あるクリエイターとコラボすることで、ブランドイメージを高めてきた。今の保守化しているテレビの周辺にいる顔なじみの作家とルーティンで仕事をするくらいだったら、無名だが才能のあるインディペンデントのクリエイターたちと組んだ方が何倍も面白いものを生み出せるのではないだろうか。 あるいは、一気に海外市場を目指すというのはどうだろうか。NetflixやAmazonビデオのような有料動画配信サイトで、SMAP主演のドラマを海外の資本で作るということだって、難しくはなかったはずだ。 今となっては夢物語を語っているようで、書けば書くほど、そうならなかった現実を実感してむなしくなるが、前例は全くないわけではない。 例えば、事務所のゴタゴタでテレビの仕事を失った小林幸子はニコニコ動画を中心としたオタク界隈に進出することで、ネットを見ている若者層からの支持を獲得し2015年には紅白歌合戦に返り咲いている。 最近、事務所を独立したのん(能年玲奈)も、テレビの仕事は当面厳しいかもしれないが、独立してすぐに劇場アニメ『この世界の片隅に』の主演声優のオファーが来ている。彼女を応援したいという俳優やマスコミ関係者が多く、ネット上には彼女を応援する声は多数ある。SMAPメンバーはネットの世界に飛び込むのか? もちろん、インターネットにもダメなところはたくさんある。記事のパクリは多く、不確定な情報も垂れ流されるし、すぐに炎上する。映像制作能力に関してもテレビや映画に較べればまだまだ稚拙である。何より資本力において大きな差がある。しかし、これらの問題は数年前に較べれは少しずつだが改善されつつある。一方でテレビは、NHKを除く民放のテレビ局は制作能力がどんどん低下しており、若い才能を輩出することが難しくなってきている。 このことを考えると5年後、10年後にはコンテンツ制作能力の差はかなり縮まってくることだろう。その時に小林幸子のようにテレビに返り咲くこともできるはずだ。インターネットとテレビの人材はもっと循環していいし、一部ではそうなりつつある。だからこそ、今回の騒動の時代錯誤感が際立って見える面もあるのかもしれない。画像はイメージです 例えばSMAPのメンバーがTwitterのアカウントを持っていて、自由に発言できる環境があれば、今回の騒動は全然違ったものになっていただろう。ジャニーズ事務所は他のタレントと較べるとネットに対する規制が厳しい。現在はだいぶ改善されつつあるが、今も雑誌の表紙がネットに掲載される時は、タレントの姿が白く切り抜かれている。 00年代のネット黎明期は、まだ権利関係の整備が不十分だったので、所属タレントの権利を守るうえで多少は仕方ない面もあったと思う。しかし、YouTubeやニコニコ動画が登場したことで映像配信の面でテレビに拮抗するメディアにインターネットが変化して以降は、Netflixのような有料動画配信サイトも現れている。特に、ニコニコ動画やLINE動画などのネットの生配信が増えている現在では、その規制は足かせとなっている。 逆に言うと、SMAPが事務所を独立したことによって、テレビの仕事がなくなったとしても、元々、ジャニーズ事務所の力が及ばないネットだったら、いくらでも仕事ができただろうし、逆にSMAPがネットに進出することで、テレビとネットの力関係を大きく変える業界再編の兆しにもなったかもしれない。 言うなれば、インターネットは『ONE PEACE』における、グランドライン(偉大なる航路)みたいなものだ。 現在、一年単位でテレビとネットをめぐる力関係は大きく変動している。沈みゆく黄昏の帝国(TV)の最後の皇帝(ラストエンペラー)として老いていくのか、ワンピース(ひとつなぎの財宝)を求めて、インターネットという新しい世界に飛び込むのか。 90年代のSMAPなら、迷わず後者を選んだだろう。 SMAPは今年いっぱいで解散となるが、各メンバーは、そのままジャニーズ事務所に残るという。しかし、信頼関係が悪化し、現在、まともなマネジメントが出来ていない状態を考えると、今の事務所に残り続けることに一体どれだけの意味があるのだろうか。その意味で、SMAPのメンバーがそれぞれ一人になった後も、古いテレビの世界にとどまるのか。それもと新しいネットの世界に飛び込むのか? という葛藤は、彼ら一人一人の心を締め付けることだろう。 彼らの葛藤は、私たち70年代生まれの世代が抱えこんでいる悩み、そのものである。

  • Thumbnail

    記事

    SMAPが日本の「国民的グループ」であった理由

    でゲストに率先して自らコメディーやパロディーを演じたりすることはなかった。そんなさまざまなテレビ界、芸能界の常識を覆してきた『SMAP×SMAP』は、日本のテレビ番組で最も潤沢な制作費が注ぎ込まれてきた番組であり、日本においてアイドルという存在の意味と可能性を広げることとなった先駆的な番組でもあった。「国民的グループ」の役割を自覚「国民的グループ」の役割を自覚 この番組では、2011年3月に東日本大震災が起こって以来、5年以上たった現在に至るまで毎回、番組の最後にメンバー5人がフォーマルなスーツに身を包んで一列に立ち、視聴者に復興支援を呼び掛けている(現在は、今年4月に起こった熊本地震の被災者への義援金への呼び掛けも加えられている)。大きな災害が起こった後にタレントやミュージシャンがチャリティー活動をすること自体は珍しいことではないが、それをここまで継続的に、毎週、視聴者に向けて行っている例は他にない。 その復興支援への呼びかけのパートは、最初にジャニーズ事務所独立騒動の報道があった今年1月以降も、その都度撮り直されている。彼らはただ日本人の多くから「国民的グループ」と呼ばれていただけではない。その役割を自認して、その立場でその時に何をすることができるかを常に考えてきたグループだった。あるいは、そうした役割があったからこそ、それぞれがソロ活動で人気役者として、また人気バラエティータレントとして活躍するようになって10数年がたっているにもかかわらず、SMAPの一員であり続けてきたという側面もあったのだろう。そのことを考えると、年内解散が報道されて、グループとしての音楽番組への出演やCMの契約が途絶えてしまった現在も『SMAP×SMAP』だけが続いている理由は、テレビ局との契約問題だけではないことが分かる。彼らは最後まで、少なくともその役割だけは果たし続けようとしている。若手ミュージシャンの夢も担う もちろん、SMAPが結成から28年もの期間、グループとして活動し続けてきた理由は、「国民的グループ」としての責務を果たすためだけではない。何よりも彼らはエンターテイナーであり、ステージ上で歌い、踊ることには、言葉にすることができない根源的な快楽と喜びがあっただろうし、そんな彼らの歌い、踊る姿は多くの人々を魅了し続けてきた。 近年、ビヨンセやリアーナ、カニエ・ウェストやジャスティン・ビーバーといったアメリカやカナダのトップスターたちは、インディペンデントで活動している若手ミュージシャンを自らの作品に積極的に起用し、世界中にその才能を知らしめるようになっている。SMAPは、楽曲制作や『SMAP×SMAP』での共演ステージにおいて、日本国内でそれと同じような役割を90年代後半からずっと果たしてきた。今年8月に解散報道があった時も、多くのミュージシャンから「いつかSMAPに楽曲を提供するのが夢だったのに」「SMAPと共演するのが夢だったのに」とその解散を惜しむ声が上がっていた。SMAPは、そんなメインストリームとアンダーグラウンドカルチャーのクロスオーバーを夢見ることができる場所であり続けてきた。解散の危機は何度もあった解散の危機は何度もあった 海外では「ボーイバンド」などと呼ばれる活動形態であるSMAPの5人のメンバーも、今年で最年長の中居正広と木村拓哉が44歳、最年少の香取慎吾も39歳。図らずもメンバー全員が40代になる直前に、グループとしての活動を終えることとなった。途中からは役者やテレビ番組MCとしてソロでの活動の比率も多かったとはいえ、自立した5人の大人の男が30年近くずっと一緒に活動していれば、その過程では当然のようにメンバー間に不和が生まれる時期もあっただろうし、オリジナルメンバーの森且行の脱退(1996年)を筆頭に、これまでも解散の危機に何度か直面したことをメンバー自身がふと漏らすこともあった。何事も永遠に続くものはない。(極めてチケットの入手が困難だった)彼らのライブツアーに足を運んできた熱心なファンも、主にテレビを通して彼らの活動を追ってきたライトなファンも、「SMAPのいる日常」があまりにも当たり前のこととなっていて、これまで「SMAPが解散する」という可能性に思いを巡らすことがなさすぎたという面もあるだろう。50歳になっても60歳になってもSMAPであり続けてほしいという願うファンの気持ちは、メンバーの精神的負担と肉体的負担を客観的に考えれば、ある種の残酷さと隣り合わせでもあった。画像はイメージです功績にふさわしいエンディングを しかし、彼らを育ててきた担当マネージャー(当時)の独立問題に端を発すると報道されている今年に入ってからの解散騒動と、8月14日に発表された「グループとしての解散」という結論は、はた目からは事務所による「強制終了」のようにも見えた。日本のエンターテインメント界においてあまりにも特別な存在であったこの「国民的グループ」の終わり方として、それはふさわしくないものだという気持ちが拭えない。いつか彼らが「解散」することがあったとしても、今回発表されたメンバーの書面やラジオ番組でのコメントには、「このタイミング、このやり方ではしたくなかった」という気持ちがにじみ出ていたし、ファンの間には、メディアを通して一方的な情報が流される解散報道に対して疑心暗鬼が渦巻いている。 SMAPが正式に解散する今年の大みそかまで、残りあとわずか。事務所やメンバー間の意思の疎通において、どこかでボタンの掛け違いがあった(おそらくは一箇所のボタンではなく複数箇所のボタンにおいて)としか思えない今回の解散騒動だが、せめて最後だけは、メンバー全員が自分たちの歴史と功績にプライドを持って、彼らが一貫して体現し続けてきたポジティブな感情をファンと共有できる機会が訪れてほしいと、今は願うばかりだ。日本のエンターテインメント界において彼らが成し遂げてきた功績を踏まえれば、彼らには笑顔で送り出される資格があるし、そうでなくてはいけないと思う。(2016年9月6日記)うの・これまさ 1970年、東京都生まれ。映画・音楽ジャーナリスト。「ロッキング・オン・ジャパン」「CUT」「MUSICA」などの編集部を経て、現在はウェブマガジン「リアルサウンド映画部」主筆。主な著書は『1998年の宇多田ヒカル』『くるりのこと』(共に新潮社、2016年)。

  • Thumbnail

    記事

    アイドルを虚構から現実の存在にしたSMAPの革命

    タトークなどをして、“現実”を持ちこみました。つまりアイドルを虚構から現実の存在にしたことで、彼らは芸能界に革命を起こした」(戸部田さん) SMAPの逆説的なスター性を指摘するのは、『SMAPは終わらない』の著者で批評家の矢野利裕さんだ。 「歌がうまくないのも、踊りがイマイチなのも、途中からどんどんネタにしていきましたよね。“隠して守る”ではなく〝さらけ出す”。テレビの中で縦横無尽に自由に振る舞うSMAPは、ありそうにないファンタジーを舞台の上で見せつける存在ではなく、テレビを通し身近に感じられる存在。スター性を手放したがゆえに、逆にスター性を獲得し、国民的なスターへとなっていきました」言葉にならない声を代弁したSMAP 1995年はSMAPにとって躍進の1年となった。1994年にリリースした『がんばりましょう』から『俺たちに明日はある』まで、6曲連続でオリコン初登場1位を記録した。その背景には、この1995年という1年に、阪神・淡路大震災やオウム真理教による度重なる事件など、悲劇が重なったことも無関係ではないだろう。 『ジャニヲタ 女のケモノ道』の著者で女芸人の松本美香(46才)は兵庫出身。1995年1月17日早朝、とてつもない衝撃とともに目を覚まし、無我夢中で外に飛び出しなんとか身の安全を確保したという。「倒壊した家屋と瓦礫の山を眺めながら“まるで映画のセットみたいやなぁ”と、どこか絵空事だったのが、徐々に現実を理解していくと、それまでに味わったことのない絶望感で胸が押し潰されそうになったことを覚えています。 そんな中、Mステを通常通り生放送すると知った時はめちゃくちゃ驚きました。“こんな大変な時なのに放送していいの?”“不謹慎って言われない?”って。確かSMAPは新曲を披露する予定だったはずなんですが、急遽被災者へのメッセージと曲目変更して『がんばりましょう』を歌ってくれたんですよね。もうね、それを見て子供みたいにワンワン大泣きしましたわ。張りつめてた糸がプツンと切れたんでしょうね。ちゃんと歌を聴きたいのに、ちゃんと彼らの姿を見たいのに、涙が邪魔で。自分の嗚咽がうるさくて歌が聴こえんと(笑い)。 でも、別に悲しくて泣いたわけではなくむしろ嬉しかったんですよね。いつものようにMステがあって、いつものようにSMAPがカッコ良くパフォーマンスしてくれることに。“あぁ大丈夫だ!”って確信できたんです。生きててよかったと思えたし、ひとりじゃないんだって。兵庫県民の自分にとっては本当にありがたかったなぁ。 あの時にもう一度前を向いて歩いていく勇気をもらえたこと、励ましてもらえたこと、メッセージとともにこの曲を歌ってくれたSMAPには一生足を向けて寝られません。 2011年には東日本で、そして今年は熊本…。きっとあの頃の自分のように、SMAPから元気と勇気と希望をもらった人がたくさんいたんじゃないかと思うんです。きっとSMAPって、永遠にそういう存在なんだと思います」 1996年5月、メンバー森且行(42才)が、オートレーサーに転身するために脱退。突然の別れに涙があふれたが、残った5人は仲間の夢を全力で後押しした。1996年7月、5人のSMAPとして初めてリリースしたのは『青いイナズマ』だった。オリコンランキングは初登場堂々の1位をGetした。そしてSMAPにとって初めてのミリオンセラーとなったのは『夜空ノムコウ』(1998年)だ。 「なんか、いい曲だよね」。かつてそんな会話をした記憶が、あなたにもあるのではないか? 前出の矢野さんが言う。 「バブル崩壊後の失われた10年に社会に出た若者たち、ロスト・ジェネレーションのBGMでした。フリーター、ニート、ひきこもり、派遣労働者、就職難民などが急増し、格差社会も出現しました。そうした時代、社会の気分を映し出したのがこの曲ですが、SMAPが国民的アイドルとして、そういったみんなの言葉にならない声を代弁していた。“あれからぼくたちは何かを信じてこれたかな”って」関連記事■ 950曲掲載 ジャケットだけでも楽しいアイドルディスクガイド■ クリス松村が独自視点で綴ったアイドル論 特典商法に警鐘も■ 朝井リョウの新刊は現代のアイドル事情を鮮明に描いた長編作■ SMAPファン デビューCD3枚買ったのがバレ親に怒られた■ 94cmJカップアイドル こぼれちゃった“下乳ショット”5連発

  • Thumbnail

    記事

    SMAP「キムタク抜き」で中国進出か 元マネの再就職で憶測

    「独立」が失敗し、ジャニーズ事務所を退社。それが今回の解散劇の原因になったと言われている。 退社後に芸能界を離れたI氏が現在、中国系企業Aで社のPR業務に関わっていることが様々な憶測を呼んでいる。A社は免税店などを経営し、中国人観光客相手のビジネスで急成長を遂げたことで知られる。A社関係者が言う。「IさんはA社の社長夫婦と仲が良く、以前から中国人観光客に向けたプロモーション活動に協力していた縁もあり、仕事を共にするようになったようです。 実はA社では昨年春、新規事業を立ち上げる際に香取慎吾君をイメージキャラクターに起用するというプランが持ち上がりました。当時ジャニーズ事務所にいたIさんの尽力によるもので、実現しませんでしたが、会社の幹部は“Iさんに頼めば、ノーギャラでいけます”と言っていたようです」 A社はI氏との業務関係を「事実ではない」と否定するが、この関係者はこう続ける。「A社には“社長直轄の特別業務”があるんです。会社に大きな利益をもたらす人たちのプロジェクトで、Iさんもそれを担うと聞いています。 SMAPは中国や台湾でも人気です。解散後、事務所も辞めるようなことになれば、Iさんのコネクションで“中国で新生SMAP再始動”なんてことがあるかもしれない。さすがに独立騒動で事務所側に付いたキムタク(木村拓哉)は無理だと思いますが、香取君ら他の4人は今もIさんに恩義を感じていますから」 SMAPまで“爆買い”されてしまうのか。関連記事■ 高畑裕太容疑者の異常性欲は短大時代から、坂上忍も呆然■ 木村拓哉だけの「特例結婚」でメンバーたちは諦めの境地■ ひとりラーメンのベッキー 連絡とるのはハリセン近藤など数人■ 華原朋美 7歳年下実業家とプールのある店で誕生日デート■ いるだけで視線集める木村拓哉 光GENJIから厳しく叱られた

  • Thumbnail

    記事

    石田純一のドタバタ劇はニッポンの選挙の縮図そのものだ!

    ばいいと言わんばかりの人数合わせともいえるタレントに白羽の矢が立つことになった。人気のあるタレントや芸能人を立てれば、少なくともファンは投票してくれるだろうとの思惑も働いていたようである。政治経験も関心もない芸能人が立候補するようになり、政党が公認するようになったのである。名前を覚えてもらうという努力が必要ないということは、その期間の短さもあり、圧倒的なアドバンテージになる。政党の人数合わせからすれば、逆に政治に強い関心がないほうがいいのかもしれない。でも、その思惑は有権者を軽んじていることにならないだろうか。志をもって準備するタレント候補はいないのか 芸能人だからといって立候補を制限することなどはできないし、すべてのタレント候補が政治家たる資質がないというわけではない。たとえば西川きよしさんは、漫才師という、ある意味では政治とは必ずしも近くない人であったが、当選後は国会を休まず、どのベテラン政治家よりも真摯に政治活動を行っていたことは広く知られている。ご本人の性格もあるのであろうが、もはやタレント候補という範疇で話す人はいないとも聞いている。こうしてみると、芸能人だから悪いというわけではなさそうだ。 一方で、青島幸男氏は95年の東京都知事選挙で政党色を一切拒否して当選した。同時期に行われた大阪府知事選で当選した横山ノック氏とともに、政党の推した候補者を破ったことから、「無党派の反乱」とも呼ばれた。都知事選で青島氏は、選挙運動を拒否し、自宅で都政の勉強をするという戦略を採った。ご長男からの「やる気がないと思われるよ」という発言からポスターだけは印刷したとも言われているが、すべてを貼り終わることがなかったにもかかわらず当選した。もっとも青島氏は、1968年の参院選全国区から出馬したタレント候補そのものであった。すでに74年の参院選で選挙運動を一切しない戦略を採っていたので、都知事選が初めてではないし、参院議員としての経験もあったので、もはやタレントではなく政治家として評価されていたといってもよいかもしれないが、それでもこうした戦略を可能としたのは、テレビタレントとしての抜群の知名度であるといってよいだろう。ただ選挙運動を拒否する姿勢は、候補者として適切ではないし、立候補してから都政の勉強をすることも支持はできない。1995年4月、東京都知事選挙に当選し家族と喜ぶ青島幸男氏(中央) 国政に目を転じても、選挙期間中の質問にまともに答えられなかったり、政策論争ができずに、これから勉強しますという当選者もいた。歳費、いわゆる文書交通費、立法事務費を合わせれば税込み収入に換算すれば5千万円を超えるであろう金額をもらいながら、当選してから勉強をするというのでは一般の学生が浮かばれない。大学では、経済的な事情で学業を断念する学生が増えているように感じる。奨学金の返済に苦悩している若い人たちがいることを思うと認めるわけにはいかない。 そもそも後出しが有利であるとか、選挙運動を行わないことを可能とするのは、著名人であることが前提になっているからである。都知事選挙では、後出しが有利という言葉がまかり通ること自体が、著名人の当選が続いていることを示唆しているにすぎないのである。それをさも選挙の傾向のように扱うことにも疑問を感じる。今回のような突然の辞任からの選挙では、多少事情を汲んでもよいが、それでも志とそれなりの準備を持った候補者が政策で争う選挙をすることが民主主義にとって必要なことであると思われる。 もちろん、このことを一番に考えなくてはいけないのは有権者である。政治家としてふさわしいか否よりも、イメージの良さや、ファンだったなどの理由で投票しているとすれば、こうした税金の無駄使いともいえる支出も甘んじて受けなければならない。確かに、どの候補に入れたらいいのかわからないから知っている名前に投票することはあるだろう。しかしタレントとしての技量と、政治家のそれとは自ずと違うはずである。百歩譲って、初めに投票するのは仕方がないとしても、その候補者が政治家となって何をしたのかを観察していなくてはいけない。四六時中とは言わないが、気が付いた時にはチェックすることは必要だろう。その政治家が政治家としてまともに働いているのであれば、次回も投票するし、そうでない場合は、次は「著名人だから」だけではなく、そこに新たな基準を足して選ぶべきではないだろうか。政党、有権者、候補者ともに考えなくてはならない。

  • Thumbnail

    記事

    石田純一が構想した「奇跡の東京」って結局何だったんだろう?

    こにきて、都知事選の出馬騒動。結局数日間で挫けてしまったのだが、個人的には波紋を呼んだと思っている。芸能界とテレビ界では誰も口にしない「現政権に対する違和感」を口にしたのだから。参院選と都知事選をごっちゃにするな、という意見もあるが、石田が「野党統一候補であれば」という条件付き出馬を宣言し、野党共闘で改憲阻止という願いがクローズアップされるはずだった。バブル世代の根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのか ところが、である。石田が出馬する意向あり、というニュースは、7月6日の「直撃LIVEグッディ!」(フジ)を皮切りに瞬く間に広まったのだが、彼の本当の思いはテレビでほぼ伝えられなかったような気がする。残念ながら「バブル紳士が文字通り泡沫候補」という印象しか伝えられなかったのだ、テレビでは。7月11日の出馬断念の会見も、各局の夕方の番組では冒頭の数分程度しか放映せず。あっという間に永六輔の訃報へとスイッチ。あるいは嫁への配慮といった話のみを抽出し、録画映像を流しただけだった。都知事選の出馬について記者に質問を受ける石田純一氏=7月7日、羽田空港 「みんなのニュース」(フジ)だけが会見の様子を比較的長く映したのだが、なぜか途中で首相のコメントが流されるという不自然なスイッチング。生中継でもないのに、なぜ中断してまであれを流したのかしら? その後は、会見前の石田に密着した映像を流していたのだが、結局軽薄な印象しか残らない構図に。「すごい東京、奇跡の東京と呼べるような考えがあったんです」と車中で熱く語る石田。そのふわふわした言葉は、都民に響かずじまい。 このとき、私自身は宇都宮健児(3度目の正直)に投票しようと既に心を決めていたので、石田に目もくれなかったのは事実だ。しかし、その後、宇都宮氏が断腸の思いで出馬を取り下げたので、かなり困り果てておる。まっとうな感覚の人がいなくなっちゃった、というのが本音。 石田純一は結局何をもたらしたのか。もしかしたら、バブル世代の「俺たちなら何かできる!」という根拠のない自信と情熱が彼を突き動かしたのかもしれない。今、バブル世代が胸に秘めたくすぶり感と正義感のようなものが、地方創生とかなんとか言って、地方行政にこぞって向かっているような気もしている。石田のように、命と生活を重んじる方向へ進むのであればよいのだが、そうでない強大な力もあるようで不穏だ。すこぶる不安だ。 もうひとつは、野党の足並みの揃わなさや脆弱性を曝け出したとも言える。奇しくも石田が民進党について、名言を吐いたのは聞き逃すまじ。「グッディ!」の安藤優子キャスターから電話取材を受けたとき、「民進党は横に長い党」と発言。現政権に対する違和感だけでなく、民進党内の不協和音についてもしれっと暴露しちゃったというわけだ。 さて、今後の石田純一はどうなるのだろう。彼が構想していたと思われる「すごい東京、奇跡の東京」とは結局何だったのかはわからずじまいだが、人として決して間違ってはいなかった情熱が、違う形で開花することを願う。でもテレビ界からは干されちゃうんだよね? 政権批判を口にする厄介なタレントという烙印をおされて。逆に、石田を積極的に起用する気骨あるテレビ局があるならば、ぜひ注目したい。個人的には、ドラマで再びあのゆるふわな姿を観たいのだが。

  • Thumbnail

    記事

    「政治を語れるタレント」になり損ねた石田純一の大誤算

    った途端、「ホントは、別にいいんじゃないの?って思うけどねえ」と笑いながら真逆の本音を漏らしていた。芸能活動の一環だった出馬騒動 つまり、テレビタレントは自分の見せ方だけを気にしている種族なのである。セルフプロデュースにやたら長けているから、三原じゅん子が急に眼鏡をかけたり、今井絵理子が歌手時代にはなかった白スーツを着たり、突然の装いチェンジもお手のもの。だからしっかり当選できるのだ。出馬会見を終え、茂木敏充選挙対策委員長(左)に手話をレクチャーする今井絵理子氏(中央)=2月9日、自民党本部(福島範和撮影) 芸能記者から見れば、石田純一はとても取材しやすい「イイ人」で知られるが、今回の茶番は「自分がどう見られたいか」だけを気にしてやったことで、「政治を語れる私」のPRをしたかったのだと思う。バラエティ番組などで“素足に靴”がトレードマークとなっている彼だが、実は局の出入りにそんな恰好をせずジャージ姿で現れる。それでも、セルフプロデュースのおかげで「石田といえば素足」が浸透している。出馬会見も本人が「後押し」と言っていた市民団体の主催かと思いきや、所属事務所の仕切りだった。要するに芸能活動の一環だったということ。最近は仕事減だったためか、これでまた時の人となることはできた。 よく「政治の質が低下した」といわれるが、タレントにとって政界は非常に利用しやすい世界だ。特にスタジオで話をしたりイメージを売るだけで、大金が転がり込む割の良い職であるテレビタレントは、テレビに映っているときだけ自分を素敵に見せる業が、まさに選挙時に耳触りの良い話をする候補者とベクトルが同じだ。だから、タレントにとっては「本業で落ち目になっても再就職先として大逆転できる」という認識しかないはずだ。 テレビキャスターは馬鹿のひとつ覚えのように「選挙に行きましょう」と言うが、その本音だって「政治の本質に無関心な層が投票すれば波乱が起きてメディアが盛り上がる」ことを期待したもの。その劇場型の恩恵をもっとも受けたのが小泉純一郎元首相で、その次男もいまテレビがタレント人気を煽っている最中である。 しかし、舛添要一・前都知事に憤った人たちは思い出してほしい。その舛添氏もテレビでゴミを出す姿を見せて視聴者の好感度ばかり上げて当選してきたことを。政財界の人脈に乏しかった人だから、なおそこに特化したのだろうが、これからの選挙もテレビから伝わるイメージの良さだけで判断していたら、同じことの繰り返しだ。もっとも、選挙なんて「税金で食べていきたい幸運な人選びにしかなっていない」と思う政治不信な筆者の目には、いま手を挙げている面々も寄生虫のようにしか見えないのだが、そのぐらい怪訝な目で見た方が、むしろ失望感は少ないと思うのだ。

  • Thumbnail

    テーマ

    石田純一の出馬騒ぎは結局何だったのか

    4年後の五輪ホスト都市の「顔」を決める東京都知事選の投開票が目前に迫った。選挙戦は事実上の三つどもえとなり、都民の選択に注目が集まる。話題に事欠くことがなかった選挙戦でしたが、そういえば俳優の石田純一の出馬騒ぎも小ネタの一つになりましたね。あの人は結局、何がしたかったんでしょうか?

  • Thumbnail

    記事

    都知事選と大統領選でわかった 日米左派の「大人と子どもの差」

    渡瀬裕哉(早稲田大学招聘研究員)抱き合って協力を誓い合ったヒラリーとサンダース 7月13日、米国ニューハンプシャー州でクリントンとサンダースは壇上で抱き合って協力を誓い合いました。サンダースは「彼女が大統領選の民主党候補者になる。自分は何でもするつもりだ」と述べ、ヒラリー・クリントンが圧倒的に最適な候補だと強調しました。7月12日、米ニューハンプシャー州で、大統領選の民主党候補指名を争ったサンダース上院議員(左)と共に手を振るクリントン前国務長官(AP) さらに、サンダースは「二人の間に意見の相違があるために予備選挙を戦ってきたが、それが民主主義というものだ」という言葉を続けて、「そのおかげで両陣営は歩み寄りができ、民主党の歴史で最も進歩的な公約をまとめることができた」と民主主義を讃えました。 サンダース支持者が会場からブーイングすると、サンダースはそれらの人々を手で制し、返礼としてクリントン氏はサンダースの存在に謝辞を述べ、彼が掲げた政策を取り入れていく決意を語りました。【米大統領選2016】 サンダース氏、クリントン氏支持を正式表明野党に引きずり降ろされた宇都宮氏 一方、日本では公示日直前から野党側の候補者として内定していたと見られる宇都宮健児氏に代わって鳥越俊太郎氏を擁立する動きが活発になりました。 宇都宮氏は7月12日にメディアに対して「(鳥越氏は)大変知名度のある方だとは思うが、(野党の対応に)違和感を持っている。候補者のことをなんだと思っているのか」。野党が鳥越氏を担いだ経緯についても「不透明だ。どういう議論がされているのか伝わってこない」(産経ニュースから引用)と怒りをぶちまけています。 その上で、宇都宮氏は鳥越氏と面談し、「都政のことはこれから」という鳥越氏に自らの政策集を渡し、その実現を託しました。会談終了後、宇都宮氏は「掲げた政策を実現するためには選挙で勝つ必要がある。その前提となるのは政策であって、なんでも勝てばいいという立場ではない」と囲み取材で語っています。 しかし、テレビで追及されてようやく言及した築地市場の移転反対の可能性を含めて宇都宮市の政策が十分に反映されたとは言えない状況です。 宇都宮健児氏のTwitterは7月13日の撤退表明以来沈黙していましたが、7月20日現在イベント紹介の案内の配信が再開されましたが、東京都知事選挙については一切触れられていません。政治的意思決定プロセスの成熟度に差政治的意思決定プロセスの成熟度に差 筆者は公開討論会の様子などを見ていた限りでは、宇都宮健児氏の政策は非常に練りこまれたものであり、弁護士としての現場の匂いがする地に足の着いたものだったと感じています。 東証一部上場会社(鳥越製粉)創業家でエリートジャーナリストの鳥越氏と弁護士として貧困と戦ってきた宇都宮氏はちょうどヒラリーとサンダースを模したような存在です。日米において両者の対応が正反対のものになったことは両国の民主主義の成熟度の差を表す典型的な出来事と言えるでしょう。 今回、野党側は知名度ばかりを気にして、石田純一氏、古賀茂明氏、宇都宮健児氏らに声をかけては取り換えるという極めてご都合主義の対応を繰り返してきました。 このような無様な状況になった理由は明白です。それは党幹部支配によって党員の声が完全に無視されているからです。つまり、民進党をはじめとした国政政党は党員・サポーターを抱えているにも関わらず、彼らの声を全く無視して一部の議員だけで集まって物事を決める閉鎖的な党体質を抱えているのです。 与党側でも多くの東京都民の有権者が「増田って誰?」というところからスタートし、そのまま選挙戦に突入するという極めて都民を馬鹿にした対応がなされています。予算規模13兆円の都庁のリーダーを決める選挙戦を通じて、日本の民主主義の未熟さが露呈したことが今回の東京都知事選挙の最大の成果と言えるでしょう。政策論争や過去の実績を問われる候補者選定プロセスを 舛添氏の辞任は参議院議員選挙直前ではありましたが、それは東京都民がいい加減なプロセスで東京都知事を選ばされる理由にはなりません。参議院議員選挙が忙しいなんて言い訳は東京都民には全く関係ありません。 国政は国政、都政は都政であって、今回の酷い擁立劇は東京都議会の各政党会派の怠慢だと言えるでしょう。国政選挙があるから東京都知事選挙が蔑ろになるなら、国会があれば東京都議会も要らないということで良いのでしょうか。 少なくとも今後は東京都知事選挙については任期終了の半年程度前から各政党が候補者選考プロセスを東京都民に公開する形で実施していくことが必要です。今回の東京都知事選挙を反省材料とし、日本にも当たり前の民主主義のプロセスが定着していくことが望まれます。 とりあえず、日米で民主主義の成熟度が「大人と子どもの差」がある状況はみっともないので、日本の政治家には早急に是正してほしいと思います。(ブログ「切捨御免!ワタセユウヤの一刀両断!」より2016年7月20日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    石田純一氏が都知事選の出馬を取り止めてもテレビに出演できない理由

    で主要三候補を全員合わせたより何倍も長く石田氏の出馬とその取りやめは長時間にわたって報じられていた(芸能コーナーの扱いではあったが)。これはとても圧力のあった候補の扱いとは言えない。石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由 ではCMは別にして、すでに出馬しないと決めた石田氏がテレビ番組に出演出来ない理由はどこにあるのか。これは番組の性質上と説明されているが、単純に信頼を失ったからというだけの話ではないのか。 今後も再度約束を破って選挙の応援に行けば、特定の候補に肩入れするタレントを番組に出演させていることになってしまう。テレビ局側からすれば、極めて神経を使わざるを得ない選挙期間中に、予測不能な行動をとるタレントを出演させて余計なリスクを取りたくない、ということになるのだろう。 これは政治問題と考えるからややこしくなるだけで、三菱自動車やマクドナルドなどトラブルのあった企業の商品をあえて買いたいか、と身近な「取引と信頼関係」の話に置き換えればなんら難しい話では無い。 石田氏を支持する人からすればフザケンナと怒りを感じるだろうが、当事者であるテレビ番組のスタッフや関係者からすれば、今後の対応を考えたり代役を立てるなど膨大な手間が発生した上に圧力に屈していると批判まで受けるのなら、とてもやってられないということになるだろう。 石田氏の所属事務所は、今回の騒動を受けて「今後一切、政治に関する発言はできなくなりました」とマスコミに説明しているが(【都知事選】石田純一、鳥越氏の応援演説しない スポーツ報知 2016/07/15)、取引先に与えた迷惑を考えれば当然ということになってしまうだろう。石田氏が受けた二回目の厳重注意 石田氏は過去にも学生団体SEALDSの集会で「戦争は文化ではない」と発言したことにより、CM出演をするスポンサー企業から厳重注意を受けたという。 当初はこの集会参加によりCM契約を打ち切られ、テレビ出演もキャンセルがいくつもあったと石田氏本人の発言として報じられたが、実際にはそのような事実は無く、それどころかテレビ出演も増えたという。その上で所属事務所は以下のように説明している。「CMは6社と契約しており、『今後は気を付けて下さい』と関係各社から言われました。安保法案には反対や賛成があり、企業の顔として、そういうお客さまの気持ちも汲んで下さいということです。事務所からも、同様なことを本人に伝えました」~中略~「言論の自由ですから、後は本人次第になります。今後のことについては答えていませんでしたが、気を付けて目立つことはしないように考えると思っています」石田純一、番組やCMの降板なかった 安保反対スピーチの影響は出たのか : J-CASTニュース 2015/10/9 これが昨年秋のことだ。石田氏のような著名なタレントが出演するCMであれば、それなりの規模の企業、つまり多数・多彩な顧客を相手にする企業のCMだろう。そこでタレントに政治色が出てしまえば、企業の顔としての役目を果たせなくなると「企業側」が考えるのも当然だ。事務所の出したコメントはごく自然なものだ。 それから1年もたたず、しかも政治的な発言ではなくまさか突然の出馬という形で約束が破られるとは事務所側は想像もしなかっただろう。このような対応を取られてしまえば一切の政治的な発言や活動はもうやめてくれと指示を出すのも仕方がないとしか言いようが無い。損失は事務所に発生する損失は事務所に発生する CMの出演契約は石田氏個人と企業の間で交わされるわけではない。出馬宣言で発生したと言われる数千万円の損失も一次的には契約の主体である事務所が負担することになるだろう。今後も同じようなことがあれば事務所としても莫大な損失の負担に耐えられるものでは無い。 さらに付け加えればこの事務所はタレントを管理できない、という印象を企業や広告代理店に与えてしまえば事務所全体の問題に発展しかねない。政治的な言動を辞めるか事務所辞めるかどっちかにしてくれ、といった話合いが持たれていたとしてもなんら不思議なことでは無い。 発言の自由を奪うなんておかしいという意見もあるだろう。確かにクライアントや事務所に石田氏の発言の自由を奪う権利は無いが、事務所や企業が何の責任も無く損失を受けなければいけない理由も無い。安保関連法廃止を求める集会に参加した石田純一氏(中央)=2015年12月6日、東京都千代田区 結局今回の騒動は石田氏が今後もタレントとして活動するのなら、取引先に損害を与えるようなことをするべきではないという契約の話、つまり政治の話ではなくビジネス上の取引に関する話に過ぎない。※政治的活動がなぜ企業に損害を与えるのかという疑問は上記の通り選挙報道の公平性というしばりがあるから、ということになる。このようなしばり・ルールが正しいかのか、そして現状でも運用方法が適切かについては議論の余地はあろう。この点は前回の記事の追記で書いた通り脳科学者の茂木健一郎氏とも同意に至った箇所だ。ビジネスが軽んじられる空気 今回の石田氏の出馬騒動では、政治の素人がバカな事をやっているといった批判がある一方、支持者からは政治活動を事務所やCMスポンサーが邪魔することはおかしいといった批判があり、ビジネスや契約の観点から企業を擁護する見解はほとんど見られなかった。 政治活動が経済活動より下という事はありえない。どちらかが優先されてどちらかが犠牲になることは許されるものではなく、車の両輪として考えるべきだ。石田氏を支持・擁護している人も、自身の勤務先で同じことが起こり、その結果自分の給料やボーナスが減らされてしまえば勘弁してくれと腹も立つだろう。 余計なお世話になるが石田氏個人について言えば、政治活動も重要だろうけど、他でもないぜひあなたに出て欲しい、会社の顔になって欲しいとCM出演を依頼してくれた企業だって同じくらい重要ではないですか?ということになる。誰にも迷惑をかけない形で出馬するのであれば、あとは政治の話だ。石田氏にはビジネス上の課題を全てクリアにしたうえで政治活動をして貰えればと思う。(シェアーズカフェのブログ 2016年7月21日分を転載)関連記事■年収1100万円なのに貯金が出来ませんという男性に、本気でアドバイスをしてみた。■グーグルはなぜ新入社員に1800万円の給料を払うのか?■1億円の借金で賃貸アパートを建てた老夫婦の苦悩。■不動産会社の「大丈夫」が全然大丈夫じゃない件について。■なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?

  • Thumbnail

    記事

    芸能人を利用して政治誘導を図る朝日 保守陣営も学んだらどうか

    「二階堂ふみ」「いっこく堂」といった、モデル、女優、腹話術師であることである。 このところ朝日新聞が芸能人やタレントを政治的に利用することが、目立って多くなってきた気がする。それは東日本大震災後の原発報道から始まり、どんどんエスカレートしている。 昨年末の特定秘密保護法と今年の集団的自衛権問題では、連日のように反対する各界著名人のコメントが顔写真入りで載せられているが、そのなかには芸能人らもかなり含まれている。 最近の「集団的自衛権を問う」では、6月23日には歌手のUA(ウーア)が「急ぐ真意はっきり言えば」、同26日には漫画家の蛭子能収氏が「手出せば倍返しされる」、同28日にはロックンローラーの内田裕也が「安倍ちゃん なぜ急ぐんだ」、7月1日にはアイドルグループ「制服向上委員会」の木梨夏菜が「聞いて 戦場に行く世代の声」といった具合である。 特に、蛭子氏は集団的自衛権について「報復されるだけじゃないですか」といい、中学生時代のいじめの経験を振り返り、「腹は立つけど、相手を殴ることはしません。手を出すと倍返しされ…」などと語っている。 庶民が暴力団に絡まれたときは、抵抗はしない方がよいだろうが、国家間においてもそうしろというなら、あきれてしまう。蛭子氏には失礼かもしれないが、何をされても屈伏しろと言うのなら、完璧な敗北主義の主張としか思えない。ただし反戦平和主義者の本音が、よく表れている。芸能人を利用して政治誘導を図る朝日 保守陣営も学んだらどうか 芸能人の政治的発言、あるいは芸能人を利用した政治的誘導は、社会面のみならず、文化・芸能欄においても、巧妙にまぎれこませている。 例えば、4月18日夕刊の映画の欄では、「テルマエ・ロマエII」に古代ローマ人ルシウス役で主演した阿部寛にインタビューした記者が「強いローマ帝国の復活をもくろむ現実主義者に対し、時の皇帝ハドリアヌスは戦争のない平和なユートピアを作ろうとする理想主義者。帝が手本にするのはルシウスが見聞してきた現代日本だ」「国内外がきな臭くなっている今こそ、この映画が世界中でヒットしてほしいと願う」と記している。 では、朝日新聞はどうして芸能人に政治的発言をさせるのであろうか。 そのポイントは、親しみやすさということであろう。芸能人はマスコミを通じて日常的に大衆と接しており、身近な存在なのである。テレビで顔を売った人間が、簡単に議員や知事に当選するのは、そのためだろう。お堅い学者や文化人の発言より、一般の人々に影響力があるのではないか。 朝日新聞のこの芸能人を利用して、政治宣伝を行う手法は、なかなか巧妙である。敵の優れたところは、保守陣営も学んだら良いのではないか。さかい・のぶひこ 元東京大学教授。1943年、神奈川県生まれ。70年3月、東大大学院人文科学研究科修士課程修了。同年4月、東大史料編纂所に勤務し、「大日本史料」(11編・10編)の編纂に従事する一方、アジアの民族問題などを中心に研究する。2006年3月、定年退職。現在、明治学院大学非常勤講師や、月刊誌でコラムを執筆する。著書に「虐日偽善に狂う朝日新聞」(日新報道)など。

  • Thumbnail

    記事

    石田純一の呼び掛けは動かない野党への起爆剤だ

    いというよりも野党への統一候補の擁立を促すものであったと思います。「出馬に家族は反対「話し合いたい」芸能活動で「ペナルティーも」「靴下は履いてもいい」」(前半)(産経新聞2016年7月8日)「芸能界に「未練ない」「笑われるのも覚悟」壱成、すみれは「電話つながらない」(後半)(産経新聞2016年7月8日) 参議院選挙の最中での表明のあり方が問われていましたが、東京都知事選挙はすぐに来ますので、別に問題があるとは思えません。 むしろ、野党4党がなかなか動かないということにこそ問題があります。 私は、石田さんの会見は、このような動かない野党4党への起爆剤としての意味があり、とても良かったと思います。 民進党岡田代表も共産党志位委員長も石田さんの発言を絶賛していますが、かなり刺激を受けたことでしょう。街頭で都知事候補者への応援演説を行う(左から)、枝野幹事長(民進)、西崎共同代表(東京生活ネット)、小沢共同代表(生活)、鳥越俊太郎候補、志位中央委員長(共産)、又市幹事長(社民)の各党幹部=7月22日、東京・有楽町駅前 それ以上に気になるのは、石田純一さんがこのような表明をしたことによって芸能界から干されるのではないかと危惧する発言があることです。 発言者自身は、石田さんのことを慮ってのことだということはよくわかります。 同じような問題では、近いところで山本太郎さんが反原発の運動を行ったことが芸能界での居場所を失わせたということで、この世界は何と自由にものが言えないんだろうと思いましたが、そのようなものが言えない状態であることは、今なお改めて私たちにも突きつけられた問題です。 これが政権与党の応援だったりすると、だいたいがスルーされます。 与党からの立候補などマスコミが大騒ぎします。今井絵理子氏がその典型例です。 「当選」を前提としているからでしょうか。 あるいは政界を引退した橋下徹氏については芸能界復帰かとまで言われていましたが、あれだけ「色」がついているのに、あの極右思想であればスルーなのです。 以前は、このような世界ではなかったと思います。私が学生の頃、見たような映画では、例えば『千羽づる』などは、原爆をテーマにした反戦映画ですが、倍賞千恵子さんや前田吟さん出演ですが(どこかの映画のキャストと似ていますが)、普通に出演されていたと思います。 この映画が再び見れないのが残念です。http://movie.walkerplus.com/mv17924/ かつての『戦争と人間』のような山本薩夫監督の映画も石原裕次郎さんも出演されていました。 この中で、石原裕次郎さんは外交官の役でしたが、満州事変を引き起こした関東軍に対し、「戦争を止められないのなら外交官の存在意義はない、今日限り、外交官をやめます」という趣旨のことを述べたことが非常に印象に残っています。 体制に気に入られるようなものばかりを財界が望み、それが報道番組の内容にまで及んでいる昨今ですから、石田純一さんや山本太郎さんが干されていくということはその延長線上なのでしょうが、本当にこれだけものが言えない社会でいいのでしょうか。 それは芸能界に限られず、誰も自由にものが言えない社会になることが非常に危惧されます。「国家緊急事態条項とヘイトスピーチ規制 狙われているのはヘイトスピーチではなく、政府に反対する言動」(2016年7月9日「弁護士 猪野 亨のブログ」より転載)

  • Thumbnail

    記事

    石田純一はともかく妻の東尾理子は政治家の妻に向いてる?

     放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、まさかの都知事選出馬が取りざたされる石田純一と妻の東尾理子について語る。 * * * 誰もが耳を疑った「石田純一、都知事選出馬へ」の一報。だが彼の本気度は日に日に増していき、8日午後、都内で出馬“意欲”会見を行うまでに。 同時刻に生放送をしていた日本テレビ、TBS、フジテレビはその模様をほぼノーカットで伝え、さらには、石田純一のプロフィールを改めて紹介していた。 ワイドショーと石田の関係は深くて長い。もっとも有名なものはゴルフのラウンド中、リポーターらに囲まれ、不倫について熱く語るVTR。あの「不倫は文化」が生まれたシーンである。 結婚歴は3回。3人の妻との間に、1人ずつ子供がいること。さらに、2度目の結婚が破たんした最大の理由となった長谷川理恵とは、結婚する、しない、家を建てた、そこには住まない、復縁、やっぱり破局…と、延々ワイドショーにネタを提供してくれたものである。東京都内で行われた「世界禁煙デー2016」の街頭キャンペーンに登場した俳優の石田純一と妻の東尾理子 「ノーコメント」とか「対応ナシ」で切り抜けてもいいのに、自分が窮地に立たされているときでも、カッコ悪いときでも、マスコミに囲まれると立ち止まって話してくれる石田は、各局の芸能デスクやリポーターらにもっとも好かれているタレントと言っても過言ではない。「困ったときの石田純一」。あるいは「ジェーワン」とも呼ばれ、重宝されてきた。 老若男女、有名無名、相手がどんな人であっても石田は腰を低くし、優しく接する。 「若くてキレイな女性に優しい男性はたくさんいるが、石田さんは、年配の不細工な女にも優しい」と言っているドラマの女性プロデューサーがいた。彼女はこんなエピソードも教えてくれた。夜、ADの女性に男性スタッフがタバコを買いに行かせようとしたところ、打ち合わせ中だった石田純一が立ち上がり「ちょっと待って! こんな夜中に女の子が外を出歩くものじゃない」と静止したというのである。さらに石田は、そのADの手を取り、目を見つめて、「わかった? 行っちゃダメだよ」と言ったのだとか。Tシャツにジーンズ、ノーメイク、髪をボサボサにして現場で働く、ガタイのいい女子だったそうだが、彼女はもちろん、周りの女性スタッフはみな、石田の優しさと気遣いに涙したという。 目に浮かぶようだ。石田は局内で知った顔を見つけると、「あ〜、○○さん」と、その人の名前を呼び、笑顔で近づいてくる。それも媚びているふうではなく、とても自然に…。育ちの良さが原因しているのだろうか。 そんな石田の「結婚」や「不倫」以外のプロフィールを紐解くと、祖父が区議会議員経験者、父が報道アナ、姉は音楽関係の仕事をしていて、文化的な集まりの司会をする姿を見かけたこともある。 石田自身もニュース番組のメインを張っていたし、国会前でのデモ参加やマイクを持ってのスピーチは記憶に新しい。というワケで、出馬“意欲”会見は決して唐突なことではなく、実は納得のいく点がいくつもあり、今回はその点と点が線に繋がったかっこうだ。政界に進出する気マンマン テレビ朝日系の夕方のニュース番組『スーパーJチャンネル』のJは、実は「純一」の頭文字。石田が不倫騒動で番組を降板しても、そのタイトルだけは残っていたのである。 石田が会見を行った8日、その『〜Jチャンネル』の裏番組である『ももち浜ストア夕方版』(フジテレビ系のテレビ西日本)に妻の東尾理子が生出演。「できれば出馬してほしくない」と複雑な胸中を明かした。 「心配ですよね、いろいろ不安というか…」と言いつつも、「妻として主人を支えたい」とも。一部で「政治はダメ」という約束が夫婦間でされていたとの報道もあったが、「絶対にダメ」ということでもなさそうだ。 実は、石田の出馬“意欲”会見を見ていたとき、「石田さんはともかく、理子ちゃんは政治家の妻として相応しいかもしれない」と彼女の人柄をあれこれ思い浮かべていた。 父は東尾修氏、自分はプロゴルファー。幼少期から何不自由なく育ってきた彼女は、豪放磊落な父の人柄を知り尽くし、いまもモテる修氏とはとてもいい関係を築いている。 彼女のすごいところは、夫と前々妻の間の息子である俳優のいしだ壱成や、前妻の娘でモデル・女優のすみれと仲がいいということだ。二人から「理子ちゃん」と呼ばれ、すみれは、「理子ちゃん、かわいい」とも言う。母・松原千明と自分を苦しめた父・石田純一に対しては複雑な思いがあることだろう。だが、壱成やすみれも「家族」として自宅に招くという東尾理子。前妻との離婚後、精神的にかなり落ち込んでいた壱成は「理子ちゃんは愛の人。理子ちゃんのお陰で家庭の温かさをまた知ることができて、本当に感謝している」とまで言っていた。 東尾理子は、石田純一と結婚後、タレントとして生活情報番組やヒナ壇番組から引っ張りだこだ。セレブを気取るわけでもなく、でも“お嬢さま”ならではの特異なエピソードを有していて、しかも、人の傷みを理解し、社会派でもある。 不妊治療の末、母になるときも、デリケートな話をあまりにもオープンにするものだから一部でバッシングを受けたりもした。だが、彼女の性格を考えると、妊活事情を包み隠さず明らかにすることで、誰かの役にたてば、自分はどれだけ批判されてもいい…という想いでやっていたのではないか。 ちょうどその頃、東尾理子と、ある生活情報番組で何度か共演させてもらっていたが、CM中、彼女が妊活のために使っていた「よもぎシート」なるモノの話で盛り上がった。下着の内側に敷くと、じんわり温かくなり、よもぎの香りでリラックスできるというモノ。「へ〜、そんなのあるの? 知らなかった」と言った私のリアクションを覚えていてくれたのだろう。 その後、また共演したとき、私の楽屋の扉を叩く音と共に、「理子です」と言われ驚いて開けると、「これです!」と、その「よもぎシート」を1パック、私に差し出した東尾理子。その記憶力と気遣いに、「これは石田純一以上かもしれない」と感心したものである。 母となった彼女はますます「愛の人」となり、細やかさはそのままに、肝っ玉母ちゃん的な大らかさも備わった。お嬢さまではあるが、常識人であり、社会性もある。さらに空気も読めて、ユーモアにもあふれているので、好感度は抜群。しかも大物の“二世”ならではの大胆さも備わっている。 そして何より彼女はアスリートである。父の東尾修氏を含め、2020東京五輪に向けて、スポーツ振興や、スポーツ教育を通じて子供たちの未来についても当然考えているハズだ。 今回の都知事選出馬がなかったにせよ、政界に進出する気マンマンであることがわかった石田純一の妻・東尾理子が石田にとって、さらに最強のパートナーとなることは間違いない。関連記事会社員の年金 「石田純一型」と「加藤茶型」で明暗くっきり石田純一&東尾理子 出産2日前の命名会議 候補は「リタ」か東尾理子が石田純一をブログに登場させることを心配する声東尾理子 夫の2人の子と仲良いのは東尾修氏との関係もあり小石田純一 一押しのDVDは本家出演『抱きしめたい!』他

  • Thumbnail

    記事

    「もうアホじゃない」 岡村隆史はめちゃイケMCとしてどうあるべきか

    木村隆志(コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者) 「めちゃイケ」は1995年に深夜番組からゴールデンタイムに昇格した番組ですが、ナインティナインや極楽とんぼをはじめ、勢いがあって、何かやってくれそうな期待感を抱かせるメンバーが揃っていて、とにかく瞬発力がある番組でした。 90年代というと、ウッチャンナンチャンやダウンダウンがそれぞれ冠番組でコントやバラエティ番組らしい企画をやっていましたが、派手なドッキリや岡村隆史さんがさまざまなことに挑戦する「岡村オファーがきましたシリーズ」など、既存のバラエティをもうひとつ飛び越えてくるような、驚きや楽しさがありました。2013年8月、「めちゃイケ」DVDの手売り販売を行ったナインティナイン・岡村隆史 たとえば「めちゃ日本女子プロレス」という企画があって、女性プロレスラーや現役のトップアイドルと加藤浩次さんが闘うのですが、本気で傷めつけたりしていて、今では問題になってしまうような企画でした。最後に岡村さんがタイガーマスクを被って下半身モロ出しで登場するなど、若い芸人にしかできない思い切った企画が多かったのです。 いまではメンバーの高齢化が進み、初期からのメンバーはアラフォーからアラフィフに入ってしまうくらいの年齢になってしまいました。矢部(浩之)さんも子供ができましたし、45歳で独身の岡村さんがモテない企画をやったとしても痛々しさが出てしまいます。ただ、「面白ければいい」という当初からの番組のコンセプトは変わりません。 お笑い芸人も歳をとれば、業界内や芸人同士での役割は変わります。たとえば、ビートたけしさんやダウンタウンの松本人志さんは、ご意見番の立場になっているように、共演者も観ている人もリスペクトしてしまうんですよね。視聴者は「いい歳だし、キャリアもあるし、そんなにアホじゃないでしょ」という目でみてしまうのです。 そんな瞬発力、突破力を不足を補うためか、岡村さんが休んでいるときにオーディションで新メンバーを入れましたが、残念ながら揃って不発でした。岡村さんをはじめとする初期メンバーのような瞬発力、突破力があり、思い切ったコメントや動きができるような人が誰ひとりとしていませんでした。もっと新メンバーを活かすような演出を仕掛けたり、力量がなかったら替えたりすればいいのに、それもしていません。企画だけでなく、人の面でも硬直化してしまい、新しい風が入りませんでした。いまはコンテンツ消費の時代。裏番組の「ジョブチューン アノ職業のヒミツぶっちゃけます!」では、毎回司会だけ固定でゲストをどんどん投入しています。めちゃイケも同じように新メンバーをどんどん替えていけばよかったんですけど、チームでつくっている意識が強すぎて、流れの早いいまの時代には合っていない面もあるでしょう。「めちゃイケ」らしさって何だ? それに、いまだに内輪受けというか、楽屋トークをやってしまうところが気になります。プロデューサーやスタッフが出演するなど、「知らないと笑えない」というケースが度々出てきます。そうしたノリはもともと、とんねるずさんの十八番ですが、90年代は内輪ネタが受け入れられる時代でしたし、みんなそういうものを知りたいと思っていました。「タレントって面白いな」とか、「裏が知りたい」とか。でも、今はそういうことに興味がある人が少なくなっているのでしょう。 いまではもう、「めちゃイケ」は放送年月でいえば、「ドリフ大爆笑」を越えました。土曜午後8時という放送時間は、ドリフや「オレたちひょうきん族」などファミリーで楽しむバラエティ番組の伝統枠。「めちゃイケ」はその枠の最後の砦であって、フジテレビの象徴とも言える番組です。視聴率が落ちそうになると、大きな企画をぶち上げて視聴率をとってなんとかやってきたわけですが、最近は特番でも視聴率がとれなくなってきて、酷評されることも増えました。フジテレビ系「めちゃ2イケてるッ!SP」 ナインティナインの矢部浩之(左)、岡村隆史 深夜時代から番組を見てきた一人として、企画の迷走は感じます。放送界はBPO(放送倫理・番組向上機構)を恐れて自主規制する風潮が強くなっていますが、「めちゃイケ」も何度か審議対象になりました。かつて「七人のしりとり侍」という人気コーナーがあって、罰ゲームとして負けた人をボコボコにするのですが、「いじめを助長する」とBPOに抗議が寄せられ、2001年に打ち切られました。芸人同士、信頼関係でやっている「お約束」なのですが、それはもう通用しないのです。2014年にはSTAP騒動の小保方(晴子)さんのパロディが批判を受けてお蔵入りしてしまいました。以前だったら放送してから怒られていたのですが、現在は事前情報だけで追い込まれてしまっているのです。 自主規制やネットを中心にした批判の影響か、「めちゃイケ」の企画の立て方に迷いを感じることが多くなりました。たとえば、今年2月に「痔7」と題した痔のタレントを7人集めた企画があったのですが、夕食の時間帯ですし、苦情も多かったと聞いています。「BPOを意識しながら、視聴率がとれるもの」となると、グルメだったり健康だったり、情報番組のような企画になってしまうのが、制作サイドにとってはつらいところ。視聴率を意識しながら「めちゃイケ」らしさを出そうとしていて、変な方向にいってしまったという企画でした。もっと単純に笑わせてくれればいいのではないか、と思いますが、それが難しい時代といえばそうなのかもしれません。 これは「めちゃイケ」というより、テレビ業界全体の責任ともいえます。いま、バラエティ番組は、グルメや雑学をテーマにしたものが増えて、夜の時間帯でも生活情報番組化が進んでいます。コント番組もほとんどなくなってしまいましたし、特番では成立してもレギュラーになると視聴率がとれないため、各局は無難な生活情報番組を選んでしまうのです。すべての元凶は、視聴率にこだわりすぎていること。そんな中でも、めちゃイケは色々なことにチャレンジしていますし、存在意義がある番組だと思います。だからこそ、視聴率に一喜一憂するのではなく、笑えるだけでまったくためにならないようなバカバカしいことをやり続けてほしいですね。(聞き手・iRONNA編集部 川畑希望)きむら・たかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』など。

  • Thumbnail

    記事

    【三ちゃん独白】めちゃイケに必要なのは僕の「復帰」なんです(笑)

    三中元克(お笑い芸人) 2010年秋にナインティナインさんのバラエティー番組「めちゃ×2イケてるッ!」の新メンバーオーディションを受けたのは、子供のころからめちゃイケが好きで、中でも岡村隆史さんの大ファンで尊敬していたからです。 小学生のときからめちゃイケの人気はすさまじかったんですよ。地元の大阪の友達は全員見ていました。中学時代にやっていた人気コーナー「数取団」が面白くて、学校でみんな真似していましたね。週明けの月曜日はまず、めちゃイケの話から始まるのが当たり前でした。 だから物心ついたころから、お笑い芸人になりたいって本気で思っていて、岡村さんみたいにお笑いで多くの人を感動させることができるようになるのが夢でした。小学校の卒業文集にも将来の夢として書いたぐらい。僕の原点はめちゃイケなんです。 2001年からロバートさんやキングコングさんらが出演していたお笑いバラエティー番組「はねるのトびら」が始まり、そっちの方が面白いって言う友達もいましたけど、僕は絶対めちゃイケの方が面白いって力説していました。 高校3年の夏休みに同級生3人で、アルバイトで貯めた6万円を持って東京旅行に行きました。当時お台場でやっていたフジテレビのイベント「お台場冒険王」のめちゃイケブースで番組関連グッズなどを買い漁って5万円ぐらい使ってしまったんです。2日目目のディズニーランドでは何も買えませんでしたが、目的はめちゃイケブースだったので大満足して帰りました。それぐらいめちゃイケが好きだったんです。 本気でお笑い芸人を目指したのは高校時代です。ただ、通っていた高校の進路指導の先生に相談したら、一度はちゃんと就職しないさいと言われ、お金もなかったので納得しました。 当初は吉本興業のタレント養成所「NSC」の大阪校に行くつもりでしたが、実家からだと甘えてしまうし、中途半端な気持ちでは親を説得できないだろうと思って覚悟を見せたかったんで、東京でやろうと決めたんです。卒業後は棚の製造会社に就職しましたが、1年間で辞めました。入社前の面接で「一生働きます!」なんて言いましたけど、最初からまとまったお金が貯まればすぐに上京しようって決めていたから。運命を感じたオーディション 1年間で45万円ぐらい貯まったので、翌年に会社を辞めて上京しました。食べることに困らないよう、レストランとかファストフード店とか、飲食店ばかりでアルバイトをしましたね。 最初にめちゃイケとの関係ができたのは、上京から3か月半ほどたったときでした。携帯電話でアルバイト情報を見ていたら「あの人気番組で働ける」と書いてあったので、もしや!って思ったんです。絶対めちゃイケか「はねるのトびら」だろうって。応募締め切りはその日の午後5時、時間をみたら午後4時。猛ダッシュしてギリギリ最後に受け付けてもらったら、仕事はやっぱりめちゃイケだった。帰りの電車の中で採用の連絡がきて、もうめちゃくちゃうれしかったですね。 そのアルバイトは「お台場冒険王」の後継だったフジテレビのイベント「お台場合衆国」で、めちゃイケのブースでした。「矢部家の牛丼」という、矢部浩之さんのお母さんが考案した肉の代わりにタコさんウインナーをのせた丼を作ったりしていました。憧れのめちゃイケに関わる仕事ができて本当にうれしかったですね。フジテレビ夏の恒例イベント「お台場合衆国」 大きな転機が来たのは、めちゃイケメンバーのオーディション実施が発表されたその年の9月。上京した年だったことに加え、アルバイトもした後ですし、何か運命のようなものを感じてオーディションに参加しました。 でも当日会場に行ったら8千人ぐらい集まっていて、こりゃだめだって思ったのを覚えています。もう思い出づくりにでもなればと参加して、最初は○✕クイズで一度は落ちたんです。だけど運がよかったんですよ。あまりにも落選者が多かったので敗者復活になり、それで勝ち残ることができた。30秒の自己PRに進んだときは、事前にあれこれ考えていたけど、いざ面接になると、目の前に加藤浩次さんや濱口優さんらがズラリといて、頭は真っ白。「お台場合衆国」でアルバイトしていたことしか言えませんでした。もうだめだと思っていたけど、濱口さんが僕のことを「気になるわぁ」、「素人中の素人が来たなあ」って言ってくれて、目をつけてくれたんです。 オーディションで選ばれてからは大変でした。岡村さんや加藤さんらは僕とは親子ぐらい年も離れていますし、収録前なんかはどんな話をすればいいのかまったくわからない。憧れの岡村さんと一緒に仕事ができるうれしさや楽しさ以上に不安ばかりでした。もし、岡村さんと絡んでスベッたらどうしようとか、もちろんめちゃイケには素人として出ていたので、メンバーやスタッフの方々から「期待せんから大丈夫やで」って言われてましたけど、やっぱり岡村さんの前では面白いやつでありたかったですからね。 岡村さんは、収録前はほとんどしゃべらないとか聞いていたけど、実際は違いますよ。現場ではメンバーのみなさんとよく話しているし、僕が楽屋にあいさつに行ったときも「三ちゃんおはよう」って返してくれます。よい意味で、ぜんぜん違うんだとわかりました。 それから岡村さんみたいになりたいって簡単に思っていたけど、当たり前ですが、まったく及ばないことも実感しました。昨年の「27時間テレビ」で岡村さんが1時間ダンスを続ける企画があって、その当時は「ライザップ」で鍛えていたのに、ダンスの練習も同時にやって、クタクタの状態で本番に臨むんです。それでも完璧にやりこなして。本当のスターはこういう人なんだって圧倒されて、鳥肌が立ちましたね。めちゃイケに必要なのは「三中の復帰!」(笑)  僕に対して厳しいときもありましたけど、とても深い愛情もあったと感じました。岡村さんは「芸人はカメラの前で感動の涙を流してもいいけど、あまり簡単に涙をみせちゃいけないよ」と指導してくたことがありました。それから「心」という漢字にタスキをかけると「必死」の「必」になるって言われて、「三ちゃんが1週間や2週間で劇的に面白くなることはないから、とにかく一生懸命やればそれが伝わって、必ず認められるから」とか、すごくいろんなことを教えてもらいましたよ。 結果的に視聴者が参加するめちゃイケの再オーディション「国民投票」で不合格だったことは悔しいし、残念です。めちゃイケの20周年を一緒に迎えたかったですから。スペシャル番組を見たりしていて寂しいなって思いました。それが本音です。 めちゃイケという番組自体の魅力は、僕の子供時代と何も変わらないと思いますよ。自主規制なんかが厳しくなる中で、まだまだ攻めている番組の一つでしょう。加藤さんの義理のお父さんが亡くなって、そのお墓の前でパロディやるとか、視聴者から「不謹慎だ」なんて言われるかもしれないことをやったり、めちゃイケがすごいのは「やっちゃいけない」ギリギリのようなことにチャレンジするところだとずっと思っていますから。そんなめちゃイケは今後もずっとこれまで通りに、めちゃイケらしさを大切にして続いてほしいですね。 めちゃイケの視聴率向上のために何が必要かと言えば、そりゃあ「三中復帰!」でしょう(笑)。冗談ですよ。絶対に冗談ですよ。 でも、めちゃイケを卒業になって思うのは、やっぱり僕はめちゃイケみたいなことやりたいし、芸人として目指しているのはナイナイさんです。だから高校時代の同級生とやっているお笑いコンビ「dボタン」で、僕は岡村さんみたいになりたいし、相方には矢部さんみたいになってほしいと思っています。 将来については、本当におこがましいことだと分かっていますが、めちゃイケを卒業になったので、自分自身でめちゃイケのようなものを作ればいいじゃないかと思っていて、舞台なんかで挑戦していきたいですね。(聞き手・iRONNA編集部、川畑希望)さんなか・もとかつ 1990年7月24日、大阪府生まれ。大阪府立今宮工科高校(大阪市西成区)卒業。2010年10月、フジテレビのバラエティー番組「めちゃ×2 イケてるッ!」の新メンバーオーディションで素人枠から合格し、レギュラーメンバーとして出演。今年2月に視聴者参加型の再オーディション企画「国民投票」で不合格となり、降板した。現在は、よしもとクリエイティブ・エージェンシー所属のお笑いコンビ「dボタン」のボケ役として活動している。

  • Thumbnail

    テーマ

    「めちゃイケ」が負の連鎖に苦しむワケ

    フジテレビの看板バラエティー『めちゃ×2イケてるッ!』の低迷が続いている。番組改編期になれば、たびたび打ち切り説が流れ、ネット上でもバッシングが絶えない。今年、番組開始から20年の節目を迎えためちゃイケ。なぜ「負の連鎖」から抜け出すことができないのか。

  • Thumbnail

    記事

    視聴者に飽きられたフジテレビ 「めちゃイケ」に染み付く内輪ウケ体質

    吉野嘉高(筑紫女学園大学教授) 低視聴率に喘いでいるとはいえ、バラエティー番組『めちゃ×2イケてるッ!』(毎週土曜日19:57~20:54)がフジテレビの看板番組のひとつであることは間違いない。今年で20周年を迎える長寿番組であるが、今なお、筆者の笑いのツボを適度に刺激してくれる。 5月の放送(21日)では、岡村隆史扮する「E村P」が、ドラマ『ラブソング』に出演するという設定のコントは絶妙であった。E村Pと、このドラマの主演、福山雅治や演出担当、平野眞氏との、とぼけたやりとりが滑稽で何度もクスクスと笑ってしまった。 面白かったのは確かなのだが、同時にフジテレビが凋落した原因はこのような「内輪ウケ」に象徴されていることを改めて考えさせられた。これを続けている限りフジテレビは再生しないのではないか(もちろん、めちゃイケの番組全体が「内輪ウケ」だけで構成されているわけではない。ここでは敢えて“フジテレビらしさ”が凝縮されたこの部分だけを抜き出して論考する)。 E村Pというのは、この番組の飯村プロデューサーをモチーフにしているらしいが、視聴者はこの人物を知らない。したがって、目をつり上げたり、“チャラい”言動で模写を試みたりしたところで、似ているのかどうかがさっぱりわからない。今や“絶滅危惧種”のような“ギョーカイ人”、飯村プロデューサーのデフォルメされた姿を笑える人もいれば、わけがわからないと感じる人もいるだろう。 めちゃイケには、これ以外にも明松(かがり)プロデューサー本人が登場する「ガリタ食堂」や「コリタ食堂」というコーナーがあった。本来裏方であるべきスタッフが出演して仲間内で盛り上げようとする、という意味で「内輪ウケ」の部類に入るだろう。 この笑いのパターンは古く、淵源は80年代前半に遡る。1981年に始まった『オレたちひょうきん族』に、ディレクターが「ひょうきんディレクターズ」として出演したりレコードを出したりしたのが始まりであろう。 このほかに1982年に始まった『笑っていいとも』のテレフォンショッキングのコーナーにはディレクター「ブッチャー小林」が出演していたし、とんねるずの石橋貴明による石田プロデューサー(通称「ダーイシ」)のモノマネもE村Pのネタとかぶる「内輪ウケ」である。フジテレビの社風に視聴者が共感した理由 フジテレビで誕生した「内輪ウケ」は、仲間内の人間関係を尊ぶフジテレビの社風と密接に関連している。旧社屋(新宿・河田町)時代は、大部屋主義によって醸成された会社全体の連帯感、一体感が視聴率三冠王の原動力となっていた。内輪で盛り上がることこそがエネルギーだったがために、フジテレビで「内輪ウケ」は定着した。 こういった背景があるため、フジテレビでは、バラエティーだけでなく、他ジャンルにおいても「内輪ウケ」が番組制作の根本原理として、長期にわたってフジテレビで信奉されてきた。 朝の情報番組『めざましテレビ』では、「めざましファミリー」と呼ばれる出演者たちがまるで家族のように仲良く会話する部分があり、一部で「内輪ウケ」と指摘されている。 また、ドラマの分野では、脚本などのストーリーよりも、キャスティングありきの制作スタイルになっていることが最近よく批判されている。役者や事務所との関係など「身内の人間関係」を何よりも重視しているという点で、広い意味で「内輪ウケ」の原理が働いているといえる。 「内輪ウケ」のマイナス面は、視聴者目線より身内の人間関係や楽しさを優先してしまうため、視聴者が往々にして置いてきぼりになるということである。これは本末転倒である。視聴者目線で番組を対象化できないとプロの仕事にはならない。昨今フジテレビがあまり見られていないのは、自分たちの都合ばかり押し付ける「内輪ウケ」体質に視聴者が飽き飽きしているという一面がある。 振り返って、80年代であれば、「内輪ウケ」を連発しても、フジテレビは視聴者に共感されていて不満を持たれることはなかった。 なぜ共感を持たれていたかというと、当時、フジテレビの庶民的、反権威主義的なところが、世間の感覚と合致していたからだ。 例えばオレたちひょうきん族は、台本通りで進行するそれまでのバラエティー番組とは異なり、番組スタッフや舞台裏のゴタゴタが映り込むのもお構いなしだった。ビートたけしは「ブス」「ババア」など乱暴な言葉を使ったり、アドリブでロケを休んだことさえ笑いに変えたりして、テレビの権威や建前の世界を“ぶち壊し”、本音を露呈させる新たな笑いに挑戦していたのだ。 ひょうきん族がブレイクする一方で、その頃、TBSの『3年B組金八先生』や『積木くずし―親と子の200日戦争―』がヒットし、校内暴力が社会問題となっていた。個性化が進む若者たちは、権威主義的に教員や親から一つの考え方を押し付けられることに対して、鬱屈した感情を溜め込んでいたのだろう。 フジテレビがバラエティー番組などで権威を“ぶち壊し”、定型的な常識や社会規範を相対化させて見せる時、視聴者が共感を示したのはこのような社会状況があったからにほかならない。あの頃、日本社会がフジテレビを欲していたのだ。庶民派から既得権益にしがみつく「特権階級」へ しかし、今、日本社会はフジテレビを欲していない。「フジテレビの番組といえば、古臭くてつまらない」というネガティブバイアスも加わり、視聴率は下がるばかりだ。 フジテレビが視聴者からそっぽを向かれるようになったのは、日本社会もフジテレビも変わってしまって、両者の間に埋めがたい溝ができてしまったからだ。東京・河田町にあったフジテレビ旧社屋 まず日本社会の人間関係が変わった。NHK放送文化研究所の調査によると、職場での人間関係において「全面的なつきあい」を望ましいと答えた人は、フジテレビが全盛期を迎えた頃の83年で全体の52%だが、2013年には35%と減っている。一方、「形式的つきあい」を望む人は14%から26%に増えている。 フジテレビが出演者や番組制作者の協調的人間関係をアピールしたところで、違和感がある時代になったのだ。人々はあっさりとした人間関係を望みつつある。「内輪ウケ」の前提となる仲間内の濃密な人間関係を疎ましいと感じる人が増えているのだ。 もうひとつ挙げれば、2011年に東日本大震災が発生した時、日本社会がシビアな雰囲気に変化した。ところが、相も変わらず「楽しくなければテレビじゃない」という80年代の方針に固執し、内輪でぬくぬくと楽しんでいるようなフジテレビに視聴者は苛立ちを覚えたと考えられる。 フジテレビ社員も変わった。80年代であれば、前述したようにフジテレビの庶民性が共感を呼んだのだが、その後フジテレビは、ピーク時には平均年収約1500万円と業界NO.1の給料をもらえる一流企業になってしまった。一方で、下請けのスタッフはその何分の一かの薄給でこき使われている。もう庶民派のイメージはない。第三者からみれば既得権益にしがみつく特権階級だ。 そんなフジテレビ社員の実態がネットで世間に知れ渡った今、身内の協調的人間関係を前面に押し出して番組への参加を促しても、視聴者は拒否反応を示すのではないか。「私たちは、皆さんの仲間です」とでもいいたげな「内輪ウケ」で親しみやすさを演出しても、そこにもはや共感はない。 このようにめちゃイケの「内輪ウケ」に象徴されるフジテレビの番組制作の原理は、もはや耐用年数を過ぎて役に立たなくなりつつある。近い将来きっとなくなるだろう。その時、新しい番組制作の座標軸を構築する必要性に迫られ、フジテレビ再生の物語が始まるのかもしれない。 しかし、未だに会社内の危機感は薄いと聞く。減ってきたとはいえ、給料も他企業に比べれば、羨ましがられるレベルであることに変わりはない。尻に火がついた状態ではないのだ。楽観的なところがフジテレビの良いところと言えないわけでもないが…

  • Thumbnail

    記事

    岡村にも読んでほしい! めちゃイケ「復活劇」の台本はこれしかない

    西条昇(お笑い評論家、江戸川大准教授) 『めちゃ×2イケてるッ!』が土曜の夜8時台で放送開始されて、今年で20年目を迎えました。数年前まで視聴率20%超えが当たり前だっためちゃイケも、昨年12月5日もスペシャル放送が7.5%、今年1月30日の通常放送が4.5%という歴代最低を記録したり、近年は視聴率的に苦戦を強いられる状態が続いています。2月27日のスペシャル放送では、「三ちゃん」こと三中元克が番組に残留できるかを視聴者の国民投票で決めるという企画が話題を呼びましたが、それでも9.8%と、10%には届かず。2月には、いくつかのメディアで、めちゃイケが「3月で打ち切りか」と報じました。中には、4月からはナインティナインら一部のメンバーが残り、タイトルを少し変えたりしてリニューアルされると伝えるメディアもありました。結局、3月上旬に、4月以降も放送継続されることが伝えられましたが、その間も「早く終わって欲しいご長寿バラエティ番組」というアンケート調査でめちゃイケが1位になったとのインターネットのニュースを読みましたし、当面は厳しい状況が続いて行くと思われます。めちゃイケが再び、かつての人気を取り戻すには、何が必要なのでしょうか。1999年1月、なんばグランド花月で漫才をするナインティナイン めちゃイケはテレビバラエティにおいて多大な足跡を残しました。もともと『新しい波』という深夜のネタ見せ番組から、後にめちゃイケの総監督になる片岡飛鳥さんがまだまだ無名だったナインティナインやよゐこ、極楽とんぼ、オアシズの光浦靖子を見出して、『とぶくすり』という深夜のコント番組に抜擢しました。90年代前半はとんねるずやダウンタウン、ウッチャンナンチャンら第3世代が引っ張るお笑いブームでしたから、彼らよりももっと注目されていた若手がいっぱいいましたが、その中から片岡さんの独特のセンスによってとぶくすりのメンバーが選ばれたわけです。 そして『めちゃ×2モテたいッ!』を経て、めちゃイケでゴールデンに進出します。とぶくすりの頃はスタジオコントをやっていましたが、めちゃイケになってからはロケなんだけど、ドキュメントとコントの要素をミックスしたような独特の企画を展開していきました。どこまでが計算された台本と演出で、どこからがアドリブやハプニングなのかわからない、笑いの流れを作った上で起こるアドリブやハプニングを上手に取り入れていく虚実皮膜な笑いをめちゃイケがテレビバラエティの中で確立させ、20年続くことができたのだと言えます。うまくハマった「片岡流」と出演者のキャラ この虚実皮膜の笑いを成り立たせるにはメンバー、特にナイナイの芸人としての勘のよさが大きなポイントになったと思います。岡村隆史さんがダンスや舞台、スポーツに挑戦する「岡村オファーが来ましたシリーズ」で見られるようなの彼の動きのキレが初期の軸になっていました。他のメンバーにしても20代だから体のキレもあるし勢いもある。極楽とんぼのようにやんちゃで思いきったことが出来るメンバーもいましたしね。 さらにスタッフ側にも片岡さんは自らの肩書きを監督や総監督とするほど、演出やプロデュースだけじゃなく編集やデザイン、テロップ、効果音に至るまで細部にこだわっていました。テロップや挿絵の入れ方や、言葉の選び方とタイミングはまさに「片岡流」と呼ぶべきもので、この片岡さんのセンスと出演者のキャラクターがうまく合致していたから成立したんだと思います。他局のバラエティにも大きな影響を与え、ドキュメントバラエティというジャンルが定着していった。めちゃイケはPTAが選ぶ「子供に見せたくない番組」の常連でしたが、『8時だョ!全員集合』も低俗番組のレッテルを貼られてましたから、それだけ子供たちにウケた裏返しとも言えますよね。そういえばBPO(放送倫理・番組向上機構)に寄せられた番組への苦情を逆手に取りながら、生コンクリートを頭からかぶるなど岡村さんが体を張った企画を詰め込んだ放送もしていて、私は志の高い笑い作りをしているなと感心しました。 めちゃイケは、枠からはみ出しそうなスリリングな面白さが当時の若い人から支持されてきたと思います。20年が経って、今の若者は物心ついた頃からめちゃイケを見て、育ってきた世代ですよね。私は大学でお笑い論を教えていて、教え子たちも凄く好きな人たちが多いのですが、インターネットを見ていると「最近のめちゃイケが面白くない」「新メンバーが加わってからつまらなくなった」という書き込みが多い。もともとめちゃイケを低俗番組として認めてなかった人たちが言うなら別ですが、本来めちゃイケを好きだったはずの人たちが声を上げはじめているのが気になります。「芸人の性」を呼び起こさせよ 国民的番組だった全員集合でも16年で終わりました。20年続くと、当たり前ですが出演者・スタッフもそのぶん歳を取ります。総監督だった片岡さんも後進に道を譲る形で企画統括となりましたが、めちゃイケはある種クセの強い片岡流バラエティでしたから、若い作り手に変わっていっても、片岡さんが作りあげた演出やその他の技法といった番組の特徴を踏まえながら、新しい企画を作らなければならない難しさはあったと思います。それだけが原因ではないと思いますが、最近は定番の企画や番宣絡みの企画が多くて、初期のような虚実皮膜な笑いが影を潜めている感じがします。 作り手の中でも、片岡さんを超えるような思いきったことをやる若手が出てきてもらいたいと思いますし、それは出演者にも同様のことが言えます。岡村さんが体調不良で一時休養していた2010年にオーディションで選ばれたジャルジャル、たんぽぽらの新レギュラー陣は、下剋上の気持ちで遠慮せずに初期メンバーを食って、自分たちが中心になるんだという気概を持ち続ける必要があるのです。番組スタート時のナイナイ、よゐこ、極楽は失うものがない分、誰に遠慮することなく、本当に思いきって暴れ回っていましたよね。主演者とスタッフの両サイドから新しい風を吹かせて、起爆剤となる役割を担ってほしいと思います。極楽とんぼの加藤浩次(左)と山本圭壱=2004年6月 芸人も勢いのある20代の若手から40代になって落ち着いてしまう部分があるのはある程度仕方なく、芸風も多少変わってしまうのは誰でもあることだと思います。だからこそ新レギュラーが若さや勢いを活かして、初期メンバーに刺激を与え続けてほしい。どれほどの大物でも、遠慮されて気を使われて笑いが起こらないよりも、ツッコんでもらってウケたほうがいいに決まっているわけですし、それが芸人の性なんですよ。 新しく入ったメンバーが、実質的な座長格であるナイナイから番組の中心としてのポジションを奪い取っても良いぐらいだと私は考えます。めちゃイケは『ぐるぐるナインティナイン』と違って、ナイナイ中心の番組ではあるけれど、彼等の冠番組ではないわけですからね。とぶくすりの時は、ナイナイもよゐこも極楽もフラットな状態でスタートして、ナイナイが多くの笑いを取り続けることで、自然に中心的な存在になっていったのです。新メンバーがナイナイにいじられる側のポジションで落ち着いてはいけないですよね。もっとも、新メンバーには、イジられるほうが向いているキャラが多かったのも確かだと思います。公開オーディションで新メンバーを選ぶ難しさがあったのかもしれません。フジテレビの得意な手法が見えなくなった フジテレビは80年代の漫才ブームでも、横澤彪さんやひょうきんディレクターズが若手だったツービートや紳助・竜介、B&B、ザ・ぼんちを抜擢して『THE MANZAI』や『笑ってる場合ですよ!』、『オレたちひょうきん族』で成功を収めました。フジテレビが一躍、視聴率で民放のトップを走るようになったのはそれからです。無名でも自分たちが面白いと思った人たちに賭けて、良さを引き出して、育てながら一体となって番組を作っていくのが得意なテレビ局だったんです。その後、下の世代の作り手がダウンタウンやウッチャンナンチャンの『夢で逢えたら』を作り、片岡さんがめちゃイケを作っていき、上手に世代交代していきました。めちゃイケの後も『はねるのトびら』『ピカルの定理』が深夜のコント番組からゴールデン番組に昇格しましたが、めちゃイケが続く中で先に番組が終わってしまい、フジの得意なお笑い・バラエティの手法は最近目立っていません。このスタイルを引き継ぐ若手スタッフがフジの中で育っているのかも問題になりますね。2011年からはじめた漫才コンテストの「THE MANZAI」では優勝者に新番組のレギュラーを与えましたが、フジ本来のお笑い・バラエティ番組のスタイルではないと思います。 90年代後半まで若手お笑い芸人の大半が、フジに抜擢されて、フジで自分たちの冠番組を持つことを目標にしていました。無名の芸人をスターに育てられる若い作り手が出てくるかどうかが、フジが再び民放のトップに返り咲くカギになるのではないでしょうか。 片岡さんは新しい波で仕事をしていく中で、無名に近かったナイナイ、よゐこ、極楽の面白さや可能性に賭けて今に至るわけですが、若い作り手もオーディションを行って上層部やみんなで選ぶのではなくて、自分たちで芸人を発掘して上司に「コイツをレギュラーに入れたい」「彼らをナイナイと組ませたら面白い」と訴えて番組で使ってみて、新メンバーに随時加入させていくやり方も「有り」だと思います。めちゃイケは初期メンバーの武田真治さんや鈴木紗理奈さん、雛形あきこさんを卒業させることなく使い続ける、ファミリー感の強い「情」の部分があって、それが他の番組にはない特徴と言えます。でも、一方でナイナイに刺激を与えられる芸人だったら、いきなりレギュラーにする大胆さも欲しい。『笑っていいとも!』だってタモリさんに刺激を与えるようなレギュラー出演者の入れ替わりという新陳代謝で32年間続いた側面もあるでしょう。ダウンタウンがいいとものレギュラーになった1回目の放送を今でも覚えていますが、タモリさんのことを「タモやん」と呼び、臆することなく食らいついていっていました。めちゃイケの存続が決まった今は、リニューアルしたのかと思えるくらいの「新しいめちゃイケ」を見せてもらいたいと願うばかりですね。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)さいじょう・のぼる お笑い評論家、江戸川大学准教授。昭和39年、東京生まれ。古今東西の笑いに精通。主な著書に『ニッポンの爆笑王100』(白泉社)『ジャニーズお笑い進化論』(大和書房)など。

  • Thumbnail

    記事

    三中元克をクビにした「めちゃイケ」の「卑しい手口」

    育に力を入れている幼稚園に先生として参加していた。 矢部オファーは、一昔前のバラエティによくあった、芸能人に異種の職業を体験させるドキュメンタリーである。これがエンターテインメントたりうるのは、畑違いの分野に首を突っ込んでいるのに、その状態で何らかの結果を出せば、それが視聴者の感動を生むからである。 そのオチの前段階には、慣れない異分野で指導役の人から怒られる芸能人を見せられることになるだけに、感動のカタルシスも大きくなるのである。 つまり、「めちゃイケ」が志向する笑いのエンターテインメントではない。めちゃイケで、続けてはいけない企画である。 現に、毎回矢部オファーで笑えるのは、オカレモンが出てきてミニコントをするシーンだけなのである。オカレモンが頑張っている矢部を邪魔したり揶揄したりして、それに対して矢部が怒って喧嘩をすることで、笑いになるのである。 まあ、今回の矢部オファーもここで書いている内容から一歩も外に出なかったので、特に追加で書くことはない。<三中企画> 前半は、三中が相方と芸人として活動し、今回の生放送に至るまでの道を隠し撮りの映像でまとめたVTRだった。前回の放映で頭出しされた内容である。 VTRでは、三中が色々な芸能事務所のオーディションを相方と受けに行く。「めちゃイケ」は、事務所の協力を得て全てのオーディションにカメラを入れる。 相方にも協力してもらって、解散を持ちかけるというドッキリを仕掛けてみる。その翌日には「タイミングよく(=おそらく仕込みで)」ある芸能事務所(人力舎)から「三中一人とだけ契約したい」というオファーが来る。  要は、ただの三中に対するドッキリなのである。相方と解散の話をした翌日に人力舎から一人契約のオファーが来るところなどは話ができ過ぎている。ドッキリなので、三中の素人・天然という良さは十二分に出ており、VTR単体では及第点をあげられる出来になっていた。 あるオーディションでたまたま一緒になった別の芸人が、相方からの解散話の際に登場するというような念入りな伏線の張り方も、往年の「めちゃイケ」ドッキリの水準に達していたと言ってよい。加えて、前回の放送で「だらしない」という印象を徹底的に植え付けられた三中の一生懸命なところにフィーチャーしており、名誉を挽回する作りにはなっていたので、気持ち悪さは一定程度減退していた。やっぱり芸人には向いていない さて生投票の結果、三中は結局不合格で「めちゃイケ」を卒業することになった。今回のオンエアでも散々指摘されていたが、三中はアドリブでおもしろいことは全く言えていないし、ネタでのパフォーマンスも褒められたものではない。 根本的な問題として演技力が低いので、例えば今回のネタだと「いけしゃあしゃあとバレバレの嘘をつく」というボケは全然伝わってこなかった。三中はやっぱり芸人には向いていないので、本人は早くそのことに気が付いた方がいい。 だから、今回の不合格という結論には筆者は異論はない。唯一、三中がアンタッチャブルの柴田と即興で絡んだくだりは大変おもしろかったので、いじられキャラの天然芸人なら生き残る道はあるかもしれないが、そのキャラは今回の三中のように目立とうとしたら終わりである。 「めちゃイケ」は、この結果を望んでいたのだろうか。筆者は望んでいたと思っている。もう使い出のなくなった三中を追い出すためにやったのが今回の企画であるとすら思っている。三中元克さん 三中の芸人としてのパフォーマンスが低いことは、普段近くで接しているめちゃイケのスタッフはよく分かっていたはずである。その三中が付け焼刃でネタを作っても、視聴者に受け入れられるものはできないだろうというのが番組の見通しだったと思う。 なんなら、あの相方ですら番組の仕込みで用意されたのではないかと筆者は思っている。現に、相方は番組のドッキリに1回協力しているのである。相方がなぜ三中とコンビを組むことになったのかの経緯が一切語られない点が、この憶測を強くしている。 今回のオンエアがされる前の視聴者の予想では、結局出来レースで三中が残ってお涙頂戴の感動オチだろうというものもあった。 確かに、不合格という結果に、ゲストで来ていた鈴木奈々は素に見える驚き方をしていた。最後に出てきた横断幕にも「おめでとう」としか書かれていなかった。不合格になったことが宣明されただけで、オチも一切なかった。 このへんに着目すれば番組側は三中を残したかったと言えるかもしれないが、まあ、真相は闇の中である。ただ、不合格になった場合のオチが用意されていなかったのはいただけない。それは、どちらの結論にもなり得ることを予測したうえで、何か準備しておくべきだったろう。<総評> 今回の結果次第では3月打ち切りという声もある中での放映だったが、少なくとも三中企画は一定の結果を出したように思う。ただ、その前の2本の企画はそれほど新鮮味も面白味もなかった。 そのため全体としては番組の最後に位置づけた三中企画を餌に視聴者を引っ張る構成になっていた。古いテレビの嫌らしい手法である。このやり方を茶化してこそ「めちゃイケ」なので、わざわざこのレベルに堕すのはいただけない。 三中企画も、三中が残るかいなくなるかの生放送で視聴者を釣るという内容であって、一回しか使えないカンフル剤である。今回数字が良くても「めちゃイケ」は綱渡りを続けることになるだろう。

  • Thumbnail

    記事

    めちゃイケの三ちゃんオーディションは「公開いじめ」ではない!

    は三ちゃんの人生があるでしょう。番組の作り方や演出がひどいというのは、また別の問題ですが。自己決定と芸能界自己決定と芸能界 自己決定とは、単純に自分が決めることではありません。金を出すか殺されるか、どっちがいいか、自分で決めろ。こんな風に言われてお金を出すのは、自己決定ではありません。難しくて理解できない説明をされて、わからないまま、手術するかどうかを決めてくださいと言われても、そんなのはインフォームドコンセントの自己決定になりません。自己決定できるだけの、心の落ち着きや理解できる情報が必要です。 自分が望み、出場者募集のオーディションに申し込んだのですから、自己決定でしょう。その後の活動で、番組に利用されているだけかどうかは、微妙です。番組関係者が、彼の将来のことをまったく考えず、利用するだけなら、番組は道義的に非難されるべきだと思います。そうなのかどうかはわかりませんが、私は関係者一同がそんなに冷酷だとはあまり想像できません。 ある中学生アイドルと話したとき、彼女は芸能人がよく行く高校に進学したいと言っていたのですが、親やマネージャーは普通の高校へ行けと言っているそうで、勉強が大変だと語っていました。大人は、考えていますね。AKB48のような活動も、ずっと芸能界でやっていける人は少数で、他の子達にとっては、部活動のような思い出作りや人生の経験の一つと考えている関係者もいます。 数年の芸能活動が、プラスになるかマイナスになるかは、本人や家族の考え方次第です。三ちゃんも、この先どうなるかは、誰にもわかりません。才能のある人が失敗し、才能のなさそうな人が成功することもあります。これからのことは、本人が親や芸能関係者のみなさんと相談しながら、決めていくことでしょう。たしかに見ていると、危なっかしくて不安になりますが、がんばっている三ちゃんを応援したくもなります。 次回2月27日放送「めちゃイケ」は、「真冬にあせをかきまくれ 国民投票だよ全員集合 全力の生スペシャル」というとで、視聴者の投票によって、三ちゃんの番組出演が続くかどうかが決まります。 番組としては、投票がどちらになっても、それを笑いとし、視聴率アップにつなげていく準備と工夫をしているのでしょうが。三中元克さんも、器用に貪欲に番組を活用して、幸せな人生を歩んでほしいと願っています。 追記:視聴者投票の結果、なんと三ちゃんは不合格でした!

  • Thumbnail

    記事

    来年フジ民放最下位転落と加藤綾子ら人気者流出を関係者懸念

    うメールが来た」と明かして否定した。「この亀山発言によって、退社を延期したといわれるカトパンですが、芸能事務所との接触は続けているようです。新番組がスタートする前の3月に、亀山社長に〈お世話になりました〉というメールが届くかもしれません」(スポーツ紙芸能担当記者) そんな事態になれば、「カトパンと親しい椿原慶子アナ(30)、山崎夕貴アナ(28)、三田友梨佳アナ(28)ら人気アナも、後を追うように退社しかねない」(フジ関係者)との不安がよぎる。 バラエティ不振に続いて、人気女子アナたちから“三行半”を突きつけられれば、いよいよ深刻な危機を迎える。

  • Thumbnail

    記事

    『めちゃイケ』が視聴率低迷 レギュラー陣の高齢化も要因か

    ナンパをすれば、リアリティもあるし、共感もできたかもしれません。しかし、40歳を超え、富も名声も得た芸能人が女性に声を掛けても、視聴者はついてこない。40歳を過ぎた男が声をかけられずにモジモジしている場面を放送しても、『いい大人が何をしているんだ』と思われるだけではないでしょうか。つまり、狙っている視聴者ターゲットが見えてこないのです」 番組開始当初、20代だったレギュラー陣は軒並み40歳を超えた。2010年、加入した新レギュラー陣であるジャルジャルやたんぽぽも、既に30歳を過ぎている。 「子供・学生を対象にした番組にしては、レギュラー陣の年齢層が高くなってしまった。思えば、土曜8時の先輩番組である『8時だョ!全員集合』(TBS系)は、主要メンバーだった仲本工事や加藤茶の年齢が40歳を越えたころに終了しています。元メンバーの荒井注は45歳のときに『全員集合』を降板し、ドリフからも外れた。『めちゃイケ』と同じ枠で放送されていた『オレたちひょうきん族』も、ビートたけしが42歳のときに終わっている」(前出・放送作家) ナイナイの岡村は今年44歳になり、矢部も10月で43歳を迎える。はたして『めちゃイケ』は、レギュラー陣の高齢化問題と、どう対峙していくのだろうか。関連記事■ フジTV・カリスマP現場復帰で山本圭一を電撃復帰させるとの噂■ 極楽とんぼ・山本 復帰実現しないのは元所属事務所が理由か■ 佐々木主浩氏 「妻が娘へ仕打ち」の報道に事実と違うと主張■ 江角マキコ 落書き謝罪したのはバイキングに抗議殺到したから■ 太川陽介 バスの旅で最もイライラした蛭子能収の言動を告白

  • Thumbnail

    記事

    吉永小百合さんへの手紙

    既に証明されてゐます。 たつた二年前、平成二十五年十一月の特定秘密保護法制定の時、安保法制時と同様、芸能人や映画人、ジャーナリストたちが、日本の民主主義の死といふやうな過激な反対キャンペーンを張りました。 政治ジャーナリストの田勢康弘氏は「この政権の体質を見てゐても、間違ひなく拡大解釈してくると思ふ」と発言してゐる。映画監督の崔洋一氏は「この法案ができると日本映画界はお上の都合に合はせるやうなさういふ物ばつかりになる」と言ひ、同じく映画監督の大林宣彦氏に至つては「この法律ができると、国家犯罪に繋がつてしまふかもしれないといふ事を常に考へてゐなくちやならない」とテレビで発言してゐます。 それにしては、安保法制反対時の、殆ど同じ顔触れの皆さんの威勢の良かつた事! 「国家犯罪」に怯えるどころか、「戦争法案」だ「赤紙」だ「徴兵制」だと、法案の中身などそつちのけの途方もないプロパガンダで大騒ぎしてくれたが、安倍政権は弾圧の「だ」の字もしなかつたやうです。「拡大解釈」も「お上の都合」も、「国家犯罪」も全て幻想だつたのですが、法案の中身も知らずに反対の大合唱に加はつたこの人達の誰か一人でも、発言の責任を取つた人はゐるのでせうか。 あへて吉永さんに問ひたい、法案の意味や中身を知らずに、後から責任を取れないやうな出鱈目な批判をする事、またさういふ人達の先頭に立つて広告塔になる事は、貴女の女優としてのあり方や人としての信条に照らして、恥づかしい事ではないのですか。 『キューポラ』の中で高校生だつた貴女は、理不尽な父親に向かつて、かつてかう言つてゐる。「お父ちやんみたいに何もわかつてゐない癖に、頭から思ひこんで変へようとしないの、『無知蒙昧』つていふのよ。さういふの一番いけないよ」 「平和」を大切にする事と、知りもしない法案に大声で反対する事を混同しながら政治利用されてゆく、貴女を始めとする映画人や芸能人達は、正に「無知蒙昧」そのものではないでせうか。 貴女自身は、広告塔のつもりはないと仰るかもしれません。 が、残念ながら、貴女がどう思はうと、貴女の名前は、今や広告塔の筆頭格の一人になつてしまつてゐます。 誰の広告塔か? 驚くべき事に、日本共産党の広告塔です。求められている政治との峻拒 別表のやうに、昨年一年間だけで、吉永さんは「しんぶん赤旗」(日曜版のぞく)に見出し、記事として、十回も登場してゐる(アット・ニフティのデータベースによる)。これは、もうすつかり日本共産党お馴染みの「顔」になつてゐると言ふべき数字でせう。 歴史上、藝術家や文化人の政治利用に一番熱心だつたのは、共産党に代表される全体主義国家であり、中でも最も藝術家を政治利用したのは、ナチスとソ連共産党でした。そして日本共産党は言うまでもなく、現在でもマルクス・レーニン主義を奉じ、共産主義社会を目指す政党です。 共産主義が世界史上最大の政治犯罪だつた事は疑ひの余地がありません。共産主義国家は全て、プロレタリア独裁のまま軍事政権化し、自国民を恣に弾圧、虐殺し続けました。自由な共産主義国家は、一つも存在できなかつた。その共産主義を奉じてゐる日本共産党の広告塔に吉永さん、貴女がなるといふのは一体どういふ事でせうか。 ナイーブな声の上げ方は、あくまでか細く、そしてあくまでも一人の人の声の限界を慎ましく守るべきなのではないでせうか。 私は貴女の「声」の持つ「実意」、「誠意」について語ることからこの手紙を書き起こしました。その「実意」「誠意」を、国内政局に悪用させてはなりません。 貴女には、女優として、最近とみに表現領域を開拓してゐる「祈り」の世界がある。映画の中での、近年の貴女の姿は、それだけで人を浄めるオーラを静かに温かく発してゐるやうに私には思はれます。 「祈り」─吉永さんの世界は、今や女優としても朗読者としても、その世界にはつきり足を踏み入れてゐる。だからこそ、政治に関与せず、政治から利用されない、その峻拒こそが、今、貴女には求められてゐるのではないでせうか。 その世界に徹し、政治利用からはつきりと距離を取る時、貴女の中の女優と、貴女の中の人間としての正義とが、必ず一致点を見出す筈です、私はそれを信じたい。いや、それを信じてゐるからこそ、あへてこの一文を草した次第です。おがわ・えいたろう 昭和42(1967)年生まれ。大阪大学文学部卒業。埼玉大学大学院修士課程修了。創誠天志塾塾長。著書に『最後の勝機(チャンス)』(PHP研究所)、『一気に読める「戦争」の昭和史』(ベストセラーズ)、『「永遠の0」と日本人』『小林秀雄の後の二十一章』(幻冬舎)など。

  • Thumbnail

    記事

    「完璧なビジネスウーマン」吉永小百合が脱いだリベラルの仮面

    八幡和郎(徳島文理大教授、評論家) 吉永小百合さんが安保法制や原発といった政治的なテーマで、反核・平和・反原発運動に積極的に参加して話題になっている。 昨年の安保法制騒動から、「左翼が流行らないからリベラルの仮面をかぶっていた極左や左翼が仮面を脱ぎ捨てている」が、吉永さんもその一人だ。 日本の政治思想地図で面白いのはプティ・ブル左翼の多さだ。海外の共産党や社会(社民・労働)党左派は社会的に恵まれない人が主流で、彼らに同情する一部のインテリがくっついているという構造だ。 メディアでいえばかつての朝日新聞の読者だ。朝日の論調はリベラルや穏健左派どころか、ソ連と中国と北朝鮮を礼賛し、外交政策でも彼らの利益を代弁していた。共産党はそれなりに首尾一貫した思想だが、それに対して、朝日のいい加減さはユートピア的極左の世界だ。それでも一方で、朝日新聞の読者層は高所得者が多く、高額商品の広告は朝日新聞でないと効果がないと言われてきた。 ところが彼らは、社会党が崩壊して、小政党となった社民党参加者以外が民主党に移ったあたりからリベラルの装いをしてきた。にもかかわらず、安保法制騒動が始まると、ヘルメットとゲバ棒スタイルで闘った若いころの気持ちに戻ったのかようだった。「母と暮せば」を撮影中の山田洋次監督(左)と吉永小百合(右)=長崎市の黒崎教会  『キューポラのある街』は、吉永さんの最初の大ヒット作だが、在日朝鮮人の北朝鮮帰国運動を肯定的に描いているなど極左色が強い内容だ。 吉永小百合さんの魅力は、「そこそこいいとこのお嬢さんが庶民の役をやっている」というところにあった。吉永さんはしばしば原節子と比較された。原さんは深窓の令嬢風の上、完璧な美女だった。 それに対して、吉永さんはそこそこいいところのお嬢さんのイメージで、スタイルがあまり良くないし、完璧に可愛いが完璧な美女ではない。そこが映画スターがもう少し近づきやすい存在になった時流に合った。 早稲田大学第二文学部という学歴も程良かった。第一文学部ならお高くとまっているイメージになっただろう。 吉永さんは、何を演じても吉永小百合だと批判された。『夢千代日記』で芸者をやっても、『天国の駅』で女死刑囚役を演じてオナニーをしても、「あの吉永小百合さんがこんなことまでして頑張っている」というイメージなのだ。 頑としてイメージを崩すようなことはしないのだ。だから、女優として名優かどうかは、意見が分かれる。馬鹿げた偽善でも吉永小百合だから許された 吉永さんが原爆の詩を朗読しても、切実さはないのだ。「あの吉永さんが平和のために一生懸命やっている」というだけで、原爆の悲惨さより、彼女の人柄の立派さが感じられるだけといえるのだ。 自分で確定申告をして、国税庁の用意した取材に応じるが、同席していた当時の大蔵大臣に「この税金は戦闘機を買う費用に使ったりせず、もっと国民のためになることに使って欲しい」というなど、良き市民を演じて左翼インテリにも媚びるバランス感覚を示す。馬鹿げた偽善だが、吉永小百合だから許された。 夕張を応援したが、これも偽善の極みだ。だいたい、夕張は市民が後先考えずに巨大投資を展開する市長を選んで砂地獄に落ちただけで、自業自得だ。ところが、地名がなんとも可愛いせいか、夕張は同情された。もし“闇張市”だったら誰も同情などするはずない。これを特別に応援する人を私は全く信用しない。2003年7月、プロ野球の西武戦をネット裏で観戦する吉永小百合(撮影・戸加里真司) 左翼が流行らなくなり、人気も下降気味になると、企業を選別しつつ広告塔をやった。西武の堤義明とはスキーを指導されて仲良くなり、西武ライオンズの熱狂的ファンとなって、アンチ巨人を強調して“反体制気分健在”を軽やかに演ずる。軽井沢の別荘地を安く分けてもらったともいわれるが、マスコミにもあまり突っ込ませない威厳が彼女にはある。 どうして図抜けた企業と思うのか私には理解不能だが、シャープについても、いい企業だからコマーシャルに出るとひたすら強弁した。 そして、西武もシャープも没落したころ、反安保法案でリベラルを装っていたかつての極左勢力が息を吹き返すと、さっそくそれに擦り寄った。 吉永さんが生まれたのが、終戦の年である昭和20年3月、私は昭和26年9月のサンフランシスコ講和条約締結の月だから、お姉さん世代といったところだ。 小学校に入るころ、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』のさゆり姫に声優として登場していたのを聞いていたのを覚えているが、それを意識したのは、日活の青春映画のスターとして有名になってから、「あのときのさゆり姫」とわかってからだが、彼女の軌跡をこうして振り返ると、いちおう同世代の人間として感慨深いところがある。 私は別に吉永小百合が嫌いなわけでも、けしからんと思うわけでもない。隣に座って食事したらとても楽しいだろうし、女優という商品の演出者として、彼女は完璧なビジネスウーマンだ。ただ、このうえなき人格者だとか信念の人かといえば、少し違和感を覚えてしまう。

  • Thumbnail

    テーマ

    吉永小百合さんへの手紙

    月刊正論3月号に掲載された文藝評論家、小川榮太郎氏の公開書簡「吉永小百合さんへの手紙」が、一部ネットメディアで取り上げられ、物議を醸した。「脱原発」「積極的平和主義」を掲げる彼女は、なぜ公の場で政治的発言を続けるのか。小川氏の論考とともに、国民的大女優の政治発言の是非を考えたい。

  • Thumbnail

    記事

    吉永小百合まで「広告塔」に担ぎ出す共産主義の影響力工作

    感を抱き、知らず知らずのうちに共産党に利用されている人々のことを指す。「戦争法案反対」デモに参加した芸能人・知識人たちやサヨク・マスコミの大半が「デュープス」ということになるだろうか。 このように共産主義陣営の真の恐ろしさは、彼らの方針に従う非党員グループを作り、広範な影響力を発揮するところだ。日本共産党の活動などは、表面的なものに過ぎず、真の政治工作は、秘密裏に、かつ広範に行われている。アインシュタイン(UPI=共同) ほとんど知られていないが、知識人・芸能人やマスコミを「デュープス」にする手法を編み出したのが、コミンテルン幹部でドイツ生まれのヴィリー・ミュンツェンベルクだ。 ミュンツェンベルクは一九三〇年代、物理学者のアインシュタイン、作家のアンドレ・ジッド、孫文夫人の宋慶齢、劇作家のバーナード・ショーなどの世界的な著名人を「反戦平和運動」に巻き込んで反戦世論を盛り上げ、アメリカやイギリス、そして蒋介石政権をソ連主導の「反日反独の人民統一戦線」に取り込むことに成功、結果的に日本を敗戦に追い込んだ。 ところが、ミュンツェンベルクについてはこれまで京都大学名誉教授の中西輝政氏が月刊誌などで言及しているだけで本格的な研究書は日本に存在しなかった。佐々木太郎氏の『革命のインテリジェンス』が本邦初となる。 なぜ日本は戦前、米ソに追い込まれたのかを理解するためだけでなく、現在進行中の、日本共産党による「国民連合政府」構想の危険性を理解するためにも広く読まれることを期待したい。共産主義の特異な「平和」観共産主義の特異な「平和」観 野党5党が「戦争法案反対」「安倍政権打倒」で結束していくことを決定したことがいかに危険なことなのか、もう少し考えてみたい。 民主党が共産主義を容認するわけがないし、「戦争法案反対」で共闘するだけだから、それほど警戒しなくてもいいのではないか。そんな声も耳にするが、それは無邪気すぎると言わざるを得ない。というのも、そもそも共産主義者が使ってきた「平和」の意味が、われわれ国民の常識とは全く異なっているからだ。 一九三五年、第七回コミンテルン大会においてソ連は、ドイツと日本こそが「軍国主義国家」であると規定し、各国の共産党に次のような指示を出した。《共産党は(中略)戦争準備の目的でブルジョワ民主主義的自由を制限する非常立法に反対し、軍需工場の労働者の権利の制限に反対し、軍需産業への補助金の交付に反対し、兵器貿易と兵器の輸送に反対して、たたかわなければならない。(中略)ソ連が社会主義の防衛のために労農赤軍を出動させることを余儀なくされたばあいには、共産主義者は、あらゆる手段をもちい、どんな犠牲をはらってでも、赤軍が帝国主義者の軍隊に勝利するのをたすけるように、すべての勤労者によびかけるであろう》 要するにソ連に軍事的に対抗しようとする日本とドイツの軍備増強に徹底的に反対し、いざとなればソ連を守るため日本とドイツを敗戦に追い込むよう努力することが「平和」を守ることだと、主張したのだ。ロシア革命記念日にモスクワの赤の広場を行進するソ連の最新鋭戦車T72=1977年(UPI=共同) ではなぜ、ソ連を守ることが平和を守ることなのか。共産主義者は「戦争とは資本主義国同士が限られた資源を争奪する過程で不可避的に勃発するものであり、恒久平和を実現するためには国際社会から資本主義国をなくし、世界を共産化するしかない」と考える。しかし、直ちに世界共産化は難しいので、まずは世界共産化の司令塔であるソ連を守ろう、という論理なのである。 このように、日本の防衛を否定し、いざとなれば日本が戦争で敗北するように動くことが、共産党の主張する「平和運動」なのである。 この80年前の方針はいまなお墨守され、共産党やサヨク・マスコミは、世界共産化の拠点となってきた中国共産党や北朝鮮がどれだけ安全保障上の脅威を増しても、その脅威を無視するだけで、いざとなれば日本が敗北するようにするため、「戦争法案反対」「憲法九条を守れ」と叫んでいる、あるいは知らぬうちに叫ばされているのだ。 共産党が主導する「反戦平和」路線に乗ることは、中国共産党の軍拡を支援し、資本主義を掲げる日本を解体する運動に加わることを意味する。連合や民主党内部の保守系議員は、その恐ろしさをどこまで理解しているのだろうか。「保育園落ちた日本死ね」は資本主義体制への呪詛「保育園落ちた日本死ね」は資本主義体制への呪詛 共産陣営の恐ろしさは平和運動だけではない。「保育園落ちた日本死ね」という匿名ブログが、マスコミで取り上げられ、国会でも問題となった。 なぜ保育園に入れなかったことが「日本死ね」という発想につながるのか、怪訝に思った人も多かったに違いない。それは、サヨクたちの思考を理解していないからなのだ。 彼らサヨクたちは程度の差こそあるものの、「資本主義国では、子供は必然的に搾取され、抑圧される。また、発展途上国の子供たちも搾取され、まともに教育さえ受けることができないばかりか、ブルジョワジーたちが起こす戦争の犠牲者となる。子供たちを戦争と貧困の危機から救い、真に児童の権利を守るためには、資本主義・帝国主義を打倒し、社会主義社会を実現するよりほかにない」と考えているのだ。 だからサヨクは、「保育園に入れないのは、子供を搾取する資本主義体制だからであり、資本主義を掲げる日本を打倒しない限り、この問題は解決されない」と思い込んでいるのだ。「日本死ね」という言葉の奥には、資本主義体制への呪詛がある。安倍政権がいくら待機児童問題に取り組んでいようが、そんなことは関係ないのだ。 その一方で、貧困問題を直ちに政権批判に結びつける共産党やサヨク・マスコミの手法に反発して保守側も、貧困問題に対して懐疑的な見方をする傾向が強い。その結果、子供の貧困や非正規雇用といった課題は放置されてしまいがちだ。 確かに何でも政権批判に結びつけるサヨクの手法はうんざりだが、だからといって子供の貧困問題や若者の雇用環境の悪化を放置していていいはずがない。貧困問題の背景には、二十年近くデフレを続けてきた政府・日銀の政策の失敗があるわけで、「自己責任」で片づけるのは不公平だ。 2月19日の、野党5党合意に基づく選挙協力を推進するための理論的な準備も既に始まっている。 例えば、『世界』4月号は、「分断社会・日本」という誌上シンポジウムを掲載している。その意図をこう記している。《日本社会がこわれようとしている。労働市場、財政、所得階層などの経済指標はもちろん、自由、人権、信頼といった社会指標を追いかけてみるとよい。いまの日本社会では価値を共有することが極めて難しく、また、社会のあちこちに分断線が刻み込まれている。そうした社会の分断状況は、正規・非正規問題。排外主義、居住区間の分断、コミュニティの破壊、ジェンダー問題など、多様な角度から私たちの社会に「いきづらさ」という暗い影を落としている》経済的弱者支援は本来保守の役割 こう問題提起をした上で、自由主義的な市場経済、道徳、極端な競争社会、民主主義に伴う政治的対立の激化などをやり玉に挙げる一方で、戦時中の国家総動員体制下で革新官僚たちによって検討された「働く国民の生活を国家が保障する」制度――これは恐らく社会主義体制のことを示唆しているのだろうが――を評価する。 そして、《地方誘導型の利益分配も機能不全に陥るなか》、《近代自体が終焉と向かう時代がわたしたちの目の前に広がっている》のであるから、《わたしたちは、新しい秩序や価値を創造し、痛みや喜びを共有することを促すような仕組みを作り出す》ことが重要だと、締めくくっている。 要は資本主義や議会制民主主義が現在の非正規労働者の増加、排外主義、コミュニティの破壊といった問題を起こしているのだから、新しい仕組み(社会主義のことか)を目指すべきだと主張しているのだ。 恐らく今後、「分断社会」をキーワードに多くの社会問題が資本主義、議会制民主主義の構造的欠陥の帰結であるとして論じられ、社会主義を容認する方向へ世論誘導がなされていくだろう。年頭のあいさつをする共産党の志位和夫委員長=2015年1月、東京・千駄ヶ谷の党本部 この思想攻勢に対抗するためには、消費税増税で減速したアベノミクスを増税延期(又は減税)と財政出動などによって立て直し、まずは景気回復を実現することだ。経済的困難が続くと、国民はおかしな方向に誘導されやすくなるからだ。 あわせて子供の貧困や奨学金問題などサヨクが取り組んでいるテーマに保守の側こそ積極的に取り組むことだ。経済的弱者に手を差し伸べることは本来、保守の役割であったはずである。 えざき・みちお 昭和37(1962)年、東京都生まれ。九州大学文学部卒業。日本会議専任研究員、国会議員政策スタッフなどを経て現在、評論家。著書に『コミンテルンとルーズヴェルトの時限爆弾――迫り来る反日包囲網の正体を暴く』(展転社)、共著に『世界がさばく東京裁判』(明成社)など。

  • Thumbnail

    記事

    吉永小百合が脱原発の助っ人に スポンサー獲得の皮算用も

     どっこい、この2人のご隠居はまだまだ涸れてはいなかった。東京都知事選で一敗地にまみれた「小泉純一郎-細川護熙」元首相コンビが再結成される。  5月7日に、両氏が発起人となり、原発ゼロ社会を目指す一般社団法人「自然エネルギー推進会議」を立ち上げる動きが明らかになった。今年秋に行なわれる福島県知事や、来年の統一地方選挙で脱原発の候補者を支持する国民運動を展開するというのである。  しかも、都知事選の教訓から、今回は両氏以上の“大物助っ人”を担ぎ出した。団塊世代の永遠のマドンナ、吉永小百合である。脱原発を訴えるロックフェスティバルに参加した小泉、細川両元首相=2014年9月、東京都江東区  吉永といえば、福島第一原発の被災者が書いた詩を全国各地で朗読するなど、脱原発活動に積極的に取り組んできた。都知事選でも、同じ脱原発を掲げる細川氏に応援メッセージを送っている。 「2人は、細川さんが熊本県知事だった頃からの知り合い。別荘が隣同士で、細川夫人とともに家族ぐるみのお付き合いをしている関係です」(細川氏に近い人物)  吉永は小泉―細川コンビが設立する同会議の賛同人に名を連ねるという見方が有力だ。  かつて学生運動の闘士だった団塊世代のサユリストたちが昔を思い出して、脱原発運動に加われば、予想を超えた“団塊パワー”を生み出すかもしれない。しかし、国民運動には軍資金も必要になる。  「同会議は、自然エネルギー普及に賛同する企業や団体からの寄付を集めることになるだろう。吉永さんがCM出演しているシャープは、太陽光パネルの大手メーカーでもある。同会議の趣旨には理解があるのではないか。これが日立や東芝など原発メーカーのCMに出ていたら、吉永さんが賛同者になるというわけにはいかなかったかもしれない」(同前)  どうやら、大物助っ人の招聘にはスポンサー獲得を目論む皮算用もあるようで……。関連記事■ 都知事選脱原発争点化を批判の読売 東京都の尖閣購入は高評価■ 小泉純一郎氏 11月の福島県知事選に進次郎担ぎ出すプランも■ 創価学会婦人部 女性遍歴が激しい舛添氏に反感と学会関係者■ 小泉元首相が小沢氏と新党結成も 東京五輪時に進次郎首相へ■ 都知事選で原発を争点化の是非 江川紹子氏・鎌田慧氏の意見

  • Thumbnail

    テーマ

    関ジャニ∞がいまひとつ伸び悩む理由

    人気アイドルグループ「関ジャニ∞(エイト)」がいまひとつ伸び悩んでいるという。最近は彼らが出演するテレビ番組の視聴率やCDの売り上げを批判的に取り上げる週刊誌もちらほら。お笑いとアイドルの「融合」という新たなカテゴリーを生み出した彼らは、SMAPや嵐をしのぐ「国民的アイドル」になれるか。

  • Thumbnail

    記事

    アイドル大量生産システムはジャニー喜多川氏の特許

    ろう。 この解散騒動、外面的に見えるものと、内面にあるものはまったく正反対の様相を呈していることが、芸能界の外の人にも、なんとなくわかるだろう。それを理解するには(別に理解したくないかもしれないが)ジャニーズ事務所の歴史を振り返ってみるといいかもしれない。 ジャニーズ事務所は1962年にジャニー喜多川氏により創設された。伝統的に男性アイドルの育成が得意だとされている。筆者は昭和30年の生まれだが、事務所設立と同じ年、ジャニー喜多川氏によって結成された男性アイドルグループ「ジャニーズ」の活躍ぶりを覚えている。メンバーは、あおい輝彦・飯野おさみ・中谷良・真家ひろみ。 前年の1961年に日本公開された米ブロードウェイのミュージカル映画『ウエスト・サイド物語』を見て感動した野球チームの子どもたちで結成された歌って踊る4人組のグループとだとされる。 実は、野球チームの結成の方が先で、ジャニー氏が「 Youたち、野球やらない?」と多くの男の子たちに声をかけていたのは伝説になっている。野球チームの名前は当初「オール・ヘターズ」というもので、のちに野球チームも「ジャニーズ」に変更になるが、変更にならなければ芸能事務所の方もオール・ヘターズ事務所になっていたかもしれない。 このジャニー喜多川氏のお姉さんがメリー喜多川氏であり、その旦那さんが元・東京新聞記者で作家の藤島泰輔氏。藤島氏の父親は日本銀行の監事。学習院大学では今上陛下とご学友である。メリー藤島夫妻の愛娘が藤島ジュリー景子氏。 現在のジャニーズ事務所の役員構成は以下の通り。 1.代表取締役社長:ジャニー喜多川 2.代表取締役副社長:メリー喜多川 3.代表取締役副社長:藤島ジュリー景子 バリバリの同族会社なのである。創業者一族がやっている有名企業という意味では日本一の製造業TOYOTAと同じである。 だが、その経営方法は、TOYOTAが中継ぎにプロパーのサラリーマン社長を持ってきて、経営の緊張感を高め、近代化を図り、創業者一族に再びバトンタッチすることで精神的支柱とする方法と比べ、前近代的で興行師的体質が色濃く残っていると言わざるをえない。 芸能の伝統を守っていると言えば言える。この体勢に反旗を翻したのがSMAPのマネジャー飯島三智氏という図式である。 ジャニーズの次に人気になったのは北公次・江木俊夫・おりも政夫・青山孝の「フォーリーブス」である。日本テレビの番組「プラチナゴールデンショウ」で、メインを張った。 「プラチナ万年筆」の提供だからこういう番組名なのだが、「白金黄金ショウ」というのはキラキラネームのような番組名である。「地球はひとつ」( 作詞:北公次、作曲:都倉俊一)という当時の若い奴なら誰でも歌えた持ち歌があった。この歌の冒頭はセリフ。 「 (セリフ)ボクから逃げようたって 駄目だョ… 逃げれば 逃げるほど ボクに近づくってわけ… だって 地球は まるいんだもん!」 シブがき隊の「スシ食いねェ!」舞祭組(ブサイク)の「ブタのケツ」など、今のジャニーズ事務所歌手のおもしろ選曲路線の先駆けである。グループサウンズが衰退しアイドル時代がやってくる ジャニーズから、フォーリーブスまでの間にはグループサウンズ(GS)の大隆盛期が挟まっている。GSはジャニーズ事務所ではない。ジュリーこと沢田研二のザ・タイガース、田辺昭知とザ・スパイダース、ジャッキー吉川とブルー・コメッツ、ショーケンこと萩原健一のザ・テンプターズ、加瀬邦彦とザ・ワイルドワンズ、オックスなどなど。この時期はジャニーズ事務所にとっては雌伏の時期である。女にモテたいがためにだけ、バンドを組んだことのある若かりし頃の筆者は、このGSを見て、一つ呆れていたことがあった。 「テレビで見るGSは、みんな演奏してないじゃないか。演奏するふりをしているだけだ。本当に演奏しているのはザ・ゴールデン・カップスとモップスだけだ。おれたちはモップスになるぞ」と、筆者のバンド「グラスホッパーズ」の面々は誓ったりしたのである。 やがてGSは衰退し、アイドルの時代がやってくる。1960年代前半にジャニーズの付き人をしていた北公次をどうしてもデビューさせたいとの事務所側の思惑から各所からメンバーを集めて結成されたのがフォーリーブスである。・・・という事情は当時、愛読していた「明星」や「平凡」から仕入れた知識である。 思い返せば皆ユニゾン。ダンスもユニゾン、歌もユニゾン。ハーモニーは邪道。これもジャニーズ事務所伝統である。北公次はステージ上でバック転を披露したアイドルでもありこれもジャニーズ事務所の伝統。 フォーリーブスはまた、エアーギター、エアードラムの先駆けでもあった。テレビを凝視していると、スティックはドラムにあったっていないし、エレキギターにコードはつながっていない。 モップスを目指していたグラスホッパーズはあきれて名をFESTY に変えてJAZZに走ったが、メンバーの力量差がありすぎて、解散せざるをえなかった。断っておくが、筆者の場合は円満解散である。 考えてみれば、口パクやエアードラムはこの時代のテレビから始まったのだろう。田辺昭知とザ・スパイダースのリードタンバリン・堺正章は(サイドタンバリンは井上順)田辺エージェンシーの社長となり、興行界の重鎮となった田辺昭知を結婚式で紹介する時にこう言って笑いを取る。 「次に挨拶していただくのはスピーチとドラムが下手な、田辺昭知です」 このあとジャニーズ事務所からは綺羅星のごとくアイドルが輩出する。「ザ・ワイルドワンズ」。左から植田芳暁、島英二、加瀬邦彦、鳥塚しげき、渡辺茂樹=1968年9月 •郷ひろみ(フォーリーブスのバックダンサー出身) •近藤真彦 •田原俊彦 •野村義男 •シブがき隊 •少年隊 •SMAP •TOKIO •V6 •KinKi Kids •タッキー&翼 •NEWS •KAT-TUN •Hey! Say! JUMPなどなど。この一連のタレントの中で一番の重鎮は皆から「マッチさん」と呼ばれる近藤真彦である。 こうしてみると、このアイドル大量生産システムはジャニー喜多川氏発明の特許と言って差し支えないだろう。ならば特許権料は発明者のジャニー喜多川氏独占で良いはずである。

  • Thumbnail

    記事

    関ジャニ∞に曇りなし!? そう遠い話ではない本当の「オワコン」

    きか。そんなジャニーズに終わりはないし、仮にテレビがなくなっても絶大なポジションを維持して、恒久的に芸能界に君臨し続ける資産も持ち合わせている。東京ディズニーランド&シーを運営するオリエンタルランドに次ぐエンターテインメント業界2位を誇る「ジャニーズ事務所」はそこいらの中小企業ではなく、盤石なる不倒の帝国だ。出る杭だから打たれやすい ひとつ、僕が感じるジャニーズの懸念は「ジャニーさんの求心力」である。先のSMAP解散騒動はもちろん、3人の大きな問題を辛うじて乗り越えたものの安定感に不安を残す「KAT-TUN」、メンバー個々のプライベートに密かな問題を抱える「NEWS」など、これまで容易だったタレントの管理体制に緩みが生じているのは確かなようだ。加えて人気はあるものの、周知に欠ける若手の伸び悩みにメディアも対応しきれていない様子。終活中のジャニーさんはここ数年、すべてを出しつくす勢いだが、そこに甘さが残ってしまうのだろう。 これまでは、ジャニーズに所属して5年、グループを結成して3年、デビューまで計8年かかったという例も少なくなかった。しかし、現在ではデビューしていなくてもスーパーアイドルとして名を馳せる環境が、ジャニーズの特色になっており、そこで過信してしまう若人も少なくない。昔はジャニーさんがNO!といったらそれまで、の世界だったが、その存在を無視するかのようなタレントの勝手な振る舞いが多々見られるようになった。「すべてはジャニーさんの言う通り」の完全なるピラミッド式独裁国家がジャニーズだったのだが。 顔も出さず、出生の記録さえ定かとされていないのに、これほど著名な芸能プロダクション社長は、ジャニーさんの他にいない。芸能界に絶対的存在を保持し半世紀も君臨してきた帝王がつくり上げたのがジャニーズ事務所であり、活動するタレントやグループもトップであり続けることが求められる。その苦労は計り知れない。「悪いことをしない優等生」であり続けるからこそ、広告塔として多くのコマーシャルを抱える信用も得られる。人気のジャニーズにも失敗例は多々あり、すべてに絶対ということでもない。責任も過大となっているゆえ、それに対応している彼らの能力には感心するばかりだ。 ジャニーズ所属のタレントたちは常に注目され、「出る杭は打たれる」もとい、出る杭だから打たれやすいのだが、隙があらば倒したいと思っている輩は少なくない。常に敵の影に脅かされているという意味では、歴史上の武将や世界の首脳と何ら変わりない立場だ。しかし、その隙は確実に次第に大きくなっているようである。 僕の定説は、昔からジャニーズ事務所はジャニーさんで出来ているということだ。それはジャニーさんがいなくなればジャニーズ事務所は終わりという意味であり、たとえ後継者が誰になろうとジャニーズ事務所はジャニーさんがいなければ終わりなのである。芸能音楽プロダクションとしては、永遠に大きな影響力をもって業界に君臨し続けることが可能だが、タレントの生産や教育、加えて数々のプロデュースは機能しなくなるだろう。 本当の「オワコン」の訪れはそう遠い未来の話ではない。その時を虎視眈々と狙っている連中を知っているからこそ、僕は相当に憂える日々を過ごしている。

  • Thumbnail

    記事

    「すべらない話」初挑戦の中居正広は芸人以上に面白かったのか

    、出演者は「人」ではなく「話」で選ぶべきである。おもしろい「話」さえ持っていれば、芸人でなくていい。芸能人ですらなくていいはずだ。 よって、中居の参戦は、それだけではいいとも悪いとも言うことはできない。彼がおもしろい話を持っているのなら歓迎すべきであるし、そうでないなら忌避すべきである。SMAP中居だからとか、ジャニーズだからとかでいい悪いが決まるわけではないのだ。 それを踏まえて、中居の出来を論じてみる。ついでに中居が出てきた他の人の話者の話にも触れる。中居の話は3本であり、中居が出てきた話は2本あった。後者は、いずれも千原ジュニアによるものであり、ジュニアの1本目と3本目の話である。 評価は、以前の「すべらない話」にも導入した四段階評価である。 ◎:爆笑 ○:声を出して笑った △:おもしろいとは思ったが声を出しては笑わなかった ×:おもしろくない ス:スベリ枠としておもしろかった[中居1「マネジャー」]:×マネージャーの聞き間違いの話。(1)雑誌→梨と、(2)炭酸の缶ジュース→単三の乾電池、という聞き間違いが紹介されていたが、(2)はわりとよくあるので、(1)を先に出してしまうとインパクトで負けてしまう。中居によるマネージャーのモノマネはなかなか堂に入っていたが、最後の最後には稲垣にはそのマネージャーがハマったというオチで締められていたので、稲垣の変人っぷりについてもっとフリがあったら良かったかもしれない。[中居2「マネジャー(2)」]:×オチがマネージャーがゴルフウェアを着ていることであるため、イラストのような視覚的補助があった方が笑いが生じやすいと思われる。これは、中居の問題ではなく、番組側の問題である。[中居3「ジャニーさんの誕生日会」]:○今回のMVSである。これは特に言うべきことはない優秀な話である。写真週刊誌に松本との合コンの模様を記事にされたが、その記事でジュニアとして紹介されていたのが中居だったというオチの話。ジュニアは「間違えようがないだろう」と写真週刊誌のボケをツッコむスタンスで話していたので、写真の現物を見せてくれないとピンと来ない。中居の2本目と一緒で、視覚的補助が必要な話なのである。もちろん、それは大人の事情で難しそうではあるので、それができないならテレビでするべきではない。あと、ジュニアはこの話の冒頭に別の合コンの話をしていたが、関連性があまりなくフリとして機能していなかった。単に軽くウケをとって場を暖めるためのツカミだとしたら余計である。[ジュニア3「祝儀」]:×中居が結婚したジュニアへの祝儀として1000円札の分厚い束を渡してきたが、結構分厚いので1000円でも結構な額になってしまい、ボケとして弱かったという話。やはり実際の額を言ってもらわないとどれぐらい弱いのかというのがピンと来ない。実際に額を言うのはマナー違反の部分もあるだろうが、だとすればジュニアなのだから「○○ぐらいなら買える額」というたとえを入れてもらわないとダメである。 さて、番組を通して感じた中居正広への評価である。自分で話した3件と、「ネタにしてもらった」2件でのやりとりが今回の中居の露出である。 結論から言えば中居の存在は、これまでに参加した「芸人でない出演者」の中では一番おもしろかった。とはいえ、そこまで光るものがあったわけではない。 厳しい言い方かもしれないが、SMAPという括りやジャニーズという庇護を剥ぎ取った時にやっていけるだけの、タレントとしての唯一無二性までは見出すことができなかった。

  • Thumbnail

    記事

    関ジャニ∞は「芸人枠」を選ばなければ国民的アイドルになれた?

    木村隆志(コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者)嵐の背中が遠のいていく… 国民的グループになったSMAPと嵐に続く存在として、冠番組やソロ出演など大幅な露出を続けてきた関ジャニ∞が、今ひとつ伸び悩んでいる。もちろん熱心なファン層がいることに疑いの余地はないが、それ以外の層への訴求度はお世辞にも高いとは言えない。「メンバー個人の名前どころか、正式なグループ名が言えない」という人も多いのではないか。 実際、グループで出演する全国ネットの出演番組は、日曜深夜の『関ジャム完全燃SHOW』(テレビ朝日系)のみ。昨年3月に『関ジャニの仕分け∞』(テレビ朝日系)が終了してからは、プライムタイム(19~23時)の出演番組がなくなってしまった。これはプライムタイムに、『VS嵐』(フジテレビ系)、『嵐にしやがれ』(日本テレビ系)という看板番組を持つ嵐との差に他ならない。 嵐どころか、このところ勢いのあるHey! Say! JUMP、巻き返しを見せるNEWS、異彩を放つKis-My-Ft2など、20代の年下グループと比較しても、決して関ジャニ∞が優位な状況にあるとは言えなくなってきている。全員出演の映画『エイトレンジャー』(2012年、2014年)を公開しても、バラエティやドラマへのソロ活動をガンガン増やしても、グループとしての活動を求めるのはファンばかり。彼らがグループとして、ファン以外から支持を集められないのはなぜなのか。 最大の理由として考えられるのは、グループとしてのキャラクター。メンバー全員が関西出身だけに彼らが集まると、イジリ、ボケ、ツッコミ、フォローが飛び交い、大半は笑わせてくれるし、彼ら自身からも「何でもかんでも笑わせよう」という意志を感じる。つまり、「芸人以上に芸人らしい」グループなのだが、落とし穴はその“芸人”というポジション。そもそも芸人は、人によって好き嫌いが別れやすいカテゴリーであり、それだけにあらゆる層から愛される“国民的グループ”というイメージは持たれにくい。(イラスト・不思議三十郎) また、芸人はタレントの中で、最も競争が厳しいカテゴリー。「たけし、さんま、タモリ」のレジェンドから、とんねるず、ダウンタウン、ウッチャンナンチャンらの大御所、バナナマン、雨上がり決死隊、有吉弘行らの中堅まで層が厚いため、関ジャニ∞がどんなに面白くても、このカテゴリーで“国民的グループ”にのし上がるのは難しいのだ。 「アイドルなのに、めちゃくちゃ面白い」のなら、国民的グループになれる可能性はあるが、彼らの笑いは芸人のスタンダードな手法を踏襲したものがほとんど。それだけにファン以外は、「アイドルではなく芸人」という見方しかできない。類いまれな個人の力が邪魔をする ただ、関ジャニ∞のメンバーを1人1人見てみると、個人のポテンシャルは驚くほど高い。村上信五のMCスキル、横山裕のバラエティ瞬発力、丸山隆平のバカポジティブ、渋谷すばるの力強い歌声、錦戸亮の主演俳優オーラ、安田章大の天然いい人キャラ、大倉忠義のにじみ出るスマートさ。個人の力では嵐に勝るとも劣らないのだが、それが国民的グループとしての人気に直結しないのが芸能界だ。 どんなに個人の力が優れていても、日本国民の多くはそれを見たいと思っているわけではない。それどころか東日本大震災以降、多くの日本人は、嵐が見せる仲の良さや親近感を求めていると言える。そもそも個人の力をグループの魅力に昇華させるのは、少し前のスタイル。中居正広のMCスキル、木村拓哉の圧倒的なカッコよさ、稲垣吾郎のクールな存在感、草彅剛の脱力と意外性、香取慎吾の天真爛漫さなど、SMAPが圧倒的な個人の力で国民的グループとなった1990年代の王道パターンだ。 ひるがえって現在は、個人の力が強すぎると角が立つ印象を与え、「凄いけど、見ていて疲れる」「癒されない」と思われてしまう。とりわけテレビの視聴率を左右するリアルタイム視聴者ほど、笑いをギュッと詰め込んだ番組よりも、ときどき笑えるくらいのゆるさを好む傾向があるだけに、関ジャニ∞のトークはトゥーマッチに映るのだろう。 今の時代は、嵐のようないい意味でのぐだぐだなところがあったほうがいいのだが、彼らはそれを好まず自分たちのペースでどんどんトークを詰め込んでいく。常にノリノリではなく、もう少し引いたり、余裕を見せたりすることができるか? 関西ノリ、バラエティノリからのマイナーチェンジが求められている。今のキャラでアラフォーに? 彼らもすでに30代であり、アラフォーへのカウントダウンに突入。このまま「面白い若者グループ」「ヤンチャな関西の子たち」という印象のままでいいのか? その印象が国民的グループになるための親近感や一体感を削いでいるのではないか? 最近の関ジャニ∞を見ていると、「もしかしたら彼ら自身、少し迷っているのかな」と感じるときがある。 「熱烈なファンから愛される」という意味で関ジャニ∞の活動は申し分ないが、国民的グループになるためには、やはり「子どもが憧れる」「中高年から親しまれる」ことが不可欠。個人の力を生かしたソロ活動がどんなに順調でも、グループとしての飛躍とは必ずしも一致しない。今後はグループとしての幅をどう広げるのか。それができて初めてグループ名の由来である、無限大の可能性が開けるだろう。きむら・たかし コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。各媒体に月20本超のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』などに出演。取材歴2000人超のタレント専門インタビュアーでもある。1日のテレビ視聴は約20時間(同時含む)で、ドラマも全作品を視聴。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』、最新刊『話しかけなくていい!会話術』など。

  • Thumbnail

    記事

    ジャニーズ隆盛の礎を築いた田原俊彦 今なお光る功績の数々

    『3年B組金八先生』の生徒役として出演した田原俊彦、近藤真彦、野村義男の“たのきんトリオ”だ。古参の芸能記者が話す。 「1975年に郷ひろみが他事務所に移籍して以降、ジャニーズは苦境に陥っていました。その状況で、たのきんトリオは事務所にとって、まさに救世主でした。その後、ジャニーズ事務所の隆盛は、今に至るまで続いています」 3人はレコードデビューも果たし、冠バラエティ番組『たのきん全力投球!』(TBS系)ではコントも披露。1980年代、田原と近藤の2人は常に音楽番組のランキング上位に顔を出していた。「当時の人気歌番組『ザ・ベストテン』(TBS系)の1位獲得回数は近藤のほうが多かったですが、田原は最多出場回数を誇り、番組には田原の名前入りのソファーが置かれるほどでした。「教師びんびん物語II」で存在感を見せた阿藤快さん(左から2人目)。共演の田原俊彦(右端)、生田智子(左端)、野村宏伸と人気ドラマを支えた(1989年) また、田原はあらゆる分野で“ジャニーズ初”を記録しています。例えば、今期の月9ドラマは嵐の相葉雅紀主演で、主題歌は嵐の『青空の下、キミのとなり』です。ジャニーズタレントがドラマで主演し、主題歌を歌うという王道パターンが出来上がっていますが、起源を辿れば、1987年に田原俊彦が『ラジオびんびん物語』(フジテレビ系)に主演し、主題歌『どうする?』を歌ったのが最初。この成功が、翌年の『教師びんびん物語』と主題歌『抱きしめてTONIGHT』のヒットにもつながっています」(同前) ほかにも、田原の築いた道はある。1994年に木村拓哉が受賞して以降、2005年を除き、ジャニーズ勢が独占している『ベストジーニスト賞』。実は、ジャニーズで初めて獲得したのは、1986年の田原俊彦だった。 「1985年は藤竜也や森進一、1987年は所ジョージやC.W.ニコルが受賞しており、男性アイドルの受賞者はゼロ。そのなかでの受賞は価値が高い。また、ジャニーズで初めてベストドレッサー賞に選ばれたのも、1989年の田原です。その後、ジャニーズ勢では1993年に東山紀之が獲っただけです」(同前) 木村拓哉が14年連続1位のまま終了した、雑誌『an・an』の『好きな男ランキング』(年度によっては『抱かれたい男』『寝たい男』などの名称も)も、田原俊彦という存在が大きな意味を持っているという。 「1985年は山崎努(当時49)、1986年は岩城滉一(当時34)が1位でした。つまり、年輩の俳優が獲得しており、アイドルの付け入る隙はなかった。しかし、1987年に田原俊彦(当時26)が初めて1位になったことで、女性の価値観の変化を感じさせました。その後、田原は4年連続で1位を獲得。田原がいなければ、キムタクの14年連続1位という偉業は生まれなかったかもしれません」(同前)  1994年にジャニーズ事務所を独立した田原。しかし、歌やドラマに限らず、あらゆる分野でジャニーズの礎を築いた事実は、今も色褪せない。関連記事■ 『金八』で共演の武田鉄矢と田原俊彦が約20年ぶりの共演へ■ 田原俊彦とジャニーズの共演実現の背景に局の自主規制解除■ 田原俊彦と近藤真彦の共演可能性 「あるとすれば2014年か」■ ジャニーズ勢のドラマ主演 田原俊彦の『びんびん』が契機か■ 田原俊彦の『教師びんびん物語』パート3が幻に終わった理由

  • Thumbnail

    記事

    バッシングもOK! アイドルの「タブー」がなくなった関ジャニ∞

    ファンはどこへ消えた?」なんて声も聞かれる関ジャニ∞だが、本当に凋落してしまったのだろうか。ネットで芸能ニュースを読む層が多い現在、目先のニュースに一喜一憂する度合いが非常に高いように見えるのだが、取材者としては、実際の動きは中長期的な動きで分析する。そのバロメーターのひとつとなるのが、人気タレントのネガティブな見方がどのあたりから出てきたかという点だ。 最近の関ジャニ∞、たしかにマイナス要因が並ぶ。3月は村上信五が情報番組『ヒルナンデス!』(日本テレビ系)、丸山隆平がラジオ『レコメン!』(文化放送)をそれぞれ降板。いずれも後輩グループのジャニーズWESTのメンバーにその座を譲っており、「関ジャニのバーター仕事が多い」といわれてきたWESTが立場を逆転させたように見える。 昨年、ゴールデンタイムで放送されていた冠番組『関ジャニの仕分け∞』(テレビ朝日系)も視聴率低迷で打ち切り。3時間特番『関ジャニ∞博物館』(TBS系)が視聴率4.9%(ビデオリサーチ調べ)の惨敗だったほか、近年の主演ドラマでは大倉忠義の『Dr.DMAT』や、錦戸亮主演の『ごめんね青春!』、『サムライせんせい』がいずれも平均6~7%の低視聴率にとどまった。村上らがレギュラー出演するバラエティ番組『ありえへん∞世界』(テレビ東京系)も平均5~6%台の低調で、事務所のエース格、嵐のような「絶対的な数字を持っているグループ」とは言えない話だ。(イラスト・不思議三十郎) ただ、そんな関ジャニでも、少し前まではネガティブな見方はほとんどなかったのだ。メンバー全員が関西出身で04年のデビュー曲がオリコン演歌チャート初登場1位のヒット。05年、内博貴の未成年で飲酒、脱退で7人編成の再出発となったが、当時のカレンダーの売り上げはKAT-TUNとともにベストセラーに。07年、ジャニーズ事務所初の47都道府県すべてをまわる全国ツアー、全113公演を成功させ、約67万人を動員。09年には大晦日で、初の単独カウントダウンライブを大阪ドームで開催し、シングル曲は1位ヒットを連発していた。10年、初の全国ネット冠バラエティ番組『冒険JAPAN!関ジャニ∞MAP』(テレビ朝日系)が始まり、翌年は日本テレビ24時間テレビのメインパーソナリティーに。深夜枠だった『~仕分け∞』もゴールデンタイム昇格、これには錦戸がNEWSを脱退して、関ジャニの活動に専念したほどだった。12年からNHK紅白歌合戦にも出場。この頃までゴシップがなかったわけではないが、それを鋭く追及するような記事は少なかった。 関ジャニはジャニーズ内でも「恋愛タブーがない」といわれるほどトークでも恋愛ネタに遠慮せず、メンバーの熱愛ニュースにもバッシングは少なめ。関西ノリの不良キャラも理由としてあっただろうが、人気上昇の勢いがつまらない批判に勝っていた印象はある。バッシング“解禁”?潮目が変わった2年前 潮目が変わったのは2年ほど前から。前年、大倉主演の映画『100回泣くこと』が大コケ予想を覆すヒットがあったにもかかわらず、同じ大倉主演の「Dr.DMAT」の視聴率が振るわないと「神話崩壊」「実力不足」とネガティブな記事が増え、丸山主演のドラマ『地獄先生ぬ~べ~』(日テレ系)は平均10%台の視聴率だったのに、ネット上では酷評が溢れた。まるで関ジャニへのバッシングが“解禁”されたかのようだった。 以降、横山裕の番組での食事態度に批判が集まったり、渋谷すばるの熱愛にはかつて見られなかった「ブス好み」などという中傷が踊り、情報番組での振る舞いにもいちいち批判が上がる始末。世間の空気を読むことに長けているマツコ・デラックスも昨年4月、関ジャニとの共演でグループ名を「ダサい!」とバッサリ。音楽特番では二宮和也が「生放送ですけど関ジャニのところだけカットできない?」と言い、これらはイジリの範疇とはいえ、世間は真に受けて「視聴者の声を代弁した」なんて伝えられる様相。どう見ても関ジャニが「批判していい存在になった」としか思えない。 錦戸が一般女性の携帯電話を取り上げる問題を起こしたり、村上が取締役を務める家族経営の不動産会社による違法建築など、シャレにならない事件も起こってはいたが、これが原因でバッシング解禁となったようにも見えない。 気になったのは横山が昨年、日テレの人気アナウンサー、水卜麻美と密会デートしていたことが発覚した際、週刊誌の記者の大半が水卜アナの直撃を試みたこと。もしこの相手が滝沢秀明や山下智久、亀梨和也ら同世代の他グループメンバーだったら男性側にも直撃があったはず。 そもそも関ジャニはデビュー直後、「自分たちだけ先輩グループと食事してはいけなかった」など差別を受けていたことを吐露していたが、当初から東京で活動していても「関西」という地域アイドルっぽいイメージが付き一流扱いをされない存在でもあった。彼らだけ恋愛トークのタブーが許されたのもそのせいだったかもしれない。 結果、他グループに比べメンバー個々の世間への浸透度が低いまま、不良っぽさは嵐のような国民的アイドルになりにくいという見方もある。そう考えれば最近の低数字に対する厳しい風当たりは、期待以上の成果が出せない点に対するもどかしさ。オワコンというより伸び悩みが正しいのではないだろうか。

  • Thumbnail

    記事

    元妻との関係があぶり出す、清原被告の絶望的な環境

    ように向き合ってきたのか? は気になるところだ。 「アサ芸プラス」(2016年2月14日)によれば、芸能記者の話として、(亜希氏は、清原被告が今回の逮捕以前に)「薬物で入院した際には“死んでほしい”とまで願った」という情報が伝えられている。これが事実だとすれば、家族(今回の場合、元妻の亜希氏になるのだが)が、薬物に溺れる清原被告を警察に通報するという選択肢も十分にあり得たように思う。 重度の中毒者の場合、家族から警察への通報で逮捕に至るケースは少なくないからだ。ましてや「死を願う」ほどの思いがあったのにもかかわらず、なぜ通報できなかったのか。気になるところだ。 別居に至る2014年3月までは、どんな形であれ一緒に暮らしていたのだから、決して短くない同居生活だ。亜希氏の家族としての清原被告との関わりは、今後の裁判でも明らかになるのだろうか。 さて、薬物依存症者を抱える家族を支援するNPO「全国薬物依存症者家族連合会(薬家連)」のホームページに、「家族への12の助言-依存症者をかかえる家族が、依存症者本人に接する場合の原則-」という文章が掲載されている。 薬物依存に陥った患者の家族がどうあるべきか、何を知るべきか、が簡潔にまとめられている12個からなる文章だ。12の助言は、そのタイトルを見るだけにも非常にわかりやすい。  1.本人に関する一切の思い込みを捨て、白紙に還る2.本人を子ども扱いしない3.本人への過度の注意集中を避け、自分自身に注目を向け変える4.孤立を避け、家族同士で集まる5.本人に対する脅し、すかしを止める6.本人に対する監視的、干渉的ふるまいを止める7.本人の不始末の尻ぬぐいを避ける8.本人の行動に一喜一憂しない9.言ったことは実行し、出来ないことは言わない10.適切な機会をとらえて、本人に問題点を直視させる11.本人の暴力に屈しない12.本人を病院任せにしない(http://www.yakkaren.com/bigina.a/kazoku12jyogen.html) この「12の助言」の全文は薬家連のホームページで確認してほしいが、これを読む限り、清原被告を囲む環境が、過去も現在も薬物依存者としては「絶望的」であることがよく分かる。清原被告に足りなかったもの 現在保釈中の清原被告は「(3)本人への過度の注意集中」の状態にある。いうまでもなく「(4)孤立を避け、家族同士で集まる」ことはできておらず、「(12)本人を病院任せ」にしているのが現実だろう。もしかすると、それらが結果的に、「(10)適切な機会をとらえて、本人に問題点を直視させる」ことを困難にさせている可能性もある。 今、メディアは清原被告のスキャンダラスな面、あるいは病院のVIPルームの値段や「焼肉弁当」などといったネタばかりに注目を集めてしまっている。しかし、これを単なる有名人の薬物事件として「楽しむ」だけであってはならない。 今回の事件を薬物問題を考える一つの契機としてゆくためにも、「薬物依存症と家族」の関係についても報じ、議論してゆくべきだろう。 清原被告に必要なものが何なのか? そして何が足りなくてこのような事態に陥ってしまったのか? その要因は、多かれ少なかれ「家族」「家庭」の中にもあるように思う。これらについて改めて考えてみるような報道も今後は必要なのではないか。

  • Thumbnail

    記事

    自立厳しいカリスマ主婦 清原亜希が「清原」を捨てられなかった理由

    いで、人気や知名度に大きな影響を及ぼすことは通常であればあまりない。 特に、覚醒剤取締法違反という、芸能活動をする上では致命的な傷を負ってしまった「清原姓」を利用し続けるリスクは極めて高い。「プロ野球選手・清原」がいかにブランド力があろうが、現態であれば「清原容疑者との関わり」はブランド力どころかマイナスでしかない。 清原亜希氏、旧姓・木村亜希氏は、1969年生まれの46歳。「40代の公私ともに充実した女性」をターゲットにしたファッション雑誌の表紙を飾る、いわゆる「カリスマ主婦」の一人だ。 亜希氏と清原容疑者の結婚は2000年、亜希氏が31歳のことだ。もともとの人気モデルが、人気プロ野球選手と結婚・・・というわけではなさそうで、清原容疑者と結婚するまでの亜希氏は、一般的には無名に類するポジションであったようだ。 しかし、亜希氏の芸歴は意外にも長く、そのデビューは1984年の「ミス・セブンティーンコンテスト」にまでさかのぼる。工藤静香らと共に「セブンティーンクラブ」として1985年にはレコードデビュー。その後、1986年にはアイドルグループ「B・C・G」のメンバーとして活動。15〜17歳の頃だから、ほとんど「子役俳優」ほどの芸歴を誇っているが、その実態を知る人は少ない。 アイドル活動で人気を得ることもなく、その後10年以上を経て、2000年に清原容疑者との結婚で、急激な注目を浴び、現在に至る。期せずして、「ママタレ」や「カリスマ主婦」「セレブブーム」など、キレイな既婚者や、子持ちでも輝いてる女性、などが注目され始めた頃でもある。 何よりも、スターであった「清原選手」の妻として、また、経緯はさておき「モデル」という職業には他のママタレとは一線を画す、圧倒的にカリスマ性があったことは間違いない。2014年に清原容疑者と離婚した後も、名門小中学校に通う2人の子どもの母としてのブランディングにも成功している。 しかし、清原容疑者が逮捕され、その暗部が詳らかになってゆくなかで、「モデル・清原亜希」の仕事にも支障が出始めていると報じられている。モデルとは広告業である。そして、広告とはイメージビジネスであり、少しでもイメージ悪化のリスクが伴う素材は使いたくないと考えるのが普通だ。危険物のようになった「清原姓」を離さずに使い続けたのか それでもなぜ、亜希氏は危険物のようになった「清原姓」を離さずに使い続けるのか? 筆者なりに感じたことは、昨今「ママモデル」「ママタレント」「カリスマ主婦」とされる層のあまりに脆弱なポジションだ。 これらポジションの人たちには2つの系統がある。 まず、本人がそもそもスターや著名人・実力者であり、その人が結婚や出産を経て、「カリスマ」から「カリスマ主婦/ママ」へとシフトしたパターンだ。 そしてもう一方が、もともと著名であったかはわからないが(そうでない場合が圧倒的であろうが)、著名人やスターと結婚したことで、いきなり知名度とステイタスを高め、「カリスマ主婦/ママ」へと駆け上がっていったパターンである。 この時、前者は「立場が変わっても成功するすごい人」であるわけだが、後者に関しては、「結局、他者(男性)に依存した成功」であるに過ぎない。仮に、雑誌やテレビなどでいくら「カリスマ」として支持を受けようが、人気を得ようが、その実態は「パートナーがすごいから、その奥さん『も』すごい」という幻想の人気であるに過ぎない。 よって、その存在価値は「パートナーの存在」によって左右される。いわば、パートナーの一挙手一投足にすべての生殺与奪を握られている極めて脆弱なポジションであるというわけだ。そう考えると「カリスマ主婦」などと崇め立てられている人たちが実に悲しい存在のように見えてくる。 子どもの頃からの長い芸歴を誇る人でも、なかなか単独では成功できないのが芸能界の厳しさだ。本来、不要であるはずの「清原姓」を捨てることができない理由は、亜希氏が「清原亜希」としてのキャリアしか有していないこと、そして、「清原亜希」であることが最大の商品価値であったことに起因するように思える。 そう考えれば、昨今、数多く目にする「カリスマ主婦」たちは、自分たちのビジネスモデルがいかに脆弱で危険なものであるのかを、改めて考えて活動をした方がよさそうだ。ポイントは「旦那が使えなくなったら、自分は何ができるのか?」の一点に尽きるだろう。 もし、清原亜希氏が自分のキャリアに自信を持っているなら、なおのこと「亜希」の名前で再始動すべきだであるように思う。

  • Thumbnail

    記事

    それでも、不倫疑惑タレントを「抹殺」してはいけない。

    後藤和也(産業カウンセラー/キャリアコンサルタント) 芸能界ではスクープが相次いでいる。特に、好感度抜群とされた女性タレントのベッキーさんの不倫疑惑をめぐるニュースは、連日さまざまな報道がなされている。今回の騒動とは? 筆者はベッキーさんと不倫相手とされる男性ミュージシャン(以下、「男性」)のファンでもアンチでもない。ベッキーさんについては「あぁ、テレビによく出ているのねえ」という程度の認識であり、男性側に至っては今回の報道で初めて存じ上げた次第だ。言い方は悪いが、両者にそんなに関心はない、ということを冒頭にて明確にしておきたい。また、筆者は当事者間に不倫関係があったかどうかは断定できる立場にないことも申し添える。 年明け早々に週刊誌が報じた内容によれば、ベッキーさんが妻子ある男性と不倫をしていることが、男性のLINEが盗み見られたことから発覚したという。報道によれば正月に、二人で男性の実家を訪問するなど、深い仲であるという。バンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さんとのスキャンダルについての会見を終え退室するベッキーさん=東京都新宿区(山田俊介撮影) その後のベッキーさんらに対するバッシングの嵐は言わずもがなだ。特にCMや出演番組を多数抱えるベッキーさんに対しては、スポンサーが損害賠償請求やCM降板を検討しているなど、多くのネガティブな報道がなされた。先日開いた謝罪会見も、記者からの質問が許可されなかったなどの内容に、逆に批判の声が多く寄せられる結果となっている。看過できない報道について 先に述べたとおり、今回の一連の騒動について特段の興味もなかったのだが、先日のある報道が気になった。以下の内容だ。 タレントのベッキー(31)が、ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音(えのん、27)との不倫疑惑騒動で10日で約4キロ痩せたことが16日、分かった。(中略) 関係者によると、1月4日に川谷の長崎県の実家を訪れ、出てきたところを週刊文春の記者に直撃されてから「軽はずみなことをしてしまった」と食事が喉を通らない状態が続いているという。知人によると、今回の騒動で、出演するCMの一部が差し替えられるなどの影響が出てしまったことで、ベッキーはなかなか寝付けず、食欲がない日々が続いている。 「ベッキー 10日で4キロ減 騒動で食事喉通らず寝付けず 仕事以外は自主謹慎」 スポニチアネックス 1月17日(日)5時32分配信(ヤフーニュース) 寝付けず食欲がない、ひきこもりがちなど、心の病の兆候ともいえる状態にあるという報道だ。ベッキーさんといえば「いつも前向き、元気な清純派」なタレントであり、今までゴシップとも無縁であった。「むしろできすぎ」という声もあったほどだといい、その反動からか、ネット上でも辛辣なコメントが目立つ。無論、仮に不倫という事実があったとすれば、倫理的な行為とは言えず、男性の妻は第一の被害者と言え、スポンサーなどの関係者にも損害を与えたというロジックは成立するだろう。ファンの信頼を傷つけた、という見方もできるのかもしれない(筆者はファンというものはある種の強烈な片思いのようなものであると考えるので、「信頼を傷つけられた」と逆上するのもなんだかなあと思わなくもないが)。 以上の報道やバッシングを傍観しながら、ある事件を思い出した。STAP細胞を巡る笹井教授の自殺事件だ。STAP細胞騒動と本件の類似点についてSTAP細胞騒動と本件の類似点について まだ記憶に新しいSTAP細胞を巡る事件。小保方さんの指導者役として記者発表を仕切っていたのが笹井教授であった。ご存知のようにSTAP細胞論文の信頼性について疑義が生じてからは、それまでの「ノーベル賞級の偉業」という評価が一転し、小保方さんと不適切な関係があったのではないかという趣旨の報道が数多くなされた。 その後、笹井教授は自殺という選択をしてしまう。死後、関係者の証言により、笹井教授と普通のコミュニケーションがとりづらい状況にあったということ等、騒動のさなかに、心の病に急速に蝕まれていったと思われる事実が判明した。死後は、笹井教授の功績を称え、その早すぎる死を悼む報道が主となり、不適切な関係を糾弾する内容がフェードアウトしたのが非常に印象的であった。 無論、本件とSTAP細胞の騒動では内容も質も異なる。ただし、これまで賞賛の対象でありマスコミによって持ち上げられていた対象が、ある瞬間にまさに手のひらを返されるようにどん底に叩き落されるという過程や、当事者とは言えない不特定多数の者から人格攻撃のような辛辣な非難がなされることは酷似しているのではないか。おわりに 無論筆者は、不倫という行為があるとすれば、それを肯定するつもりは毛頭ない。不倫は文化だともいうつもりもないし思ってもいない。従来からのファンでもない、むしろアンチのような人たちや、今回の報道で初めて存在を知ったような人たちがヒステリックに自身の正義感から罵詈雑言を浴びせる姿に、ある種の危険性を感じるから、拙稿にて問いかけるのである。 我々の発する言葉は、時として鋭い矢のように相手の心身に突き刺さることがある。その結果、相手が死を選ぶということもある。我々はそれでも、相手に対し非難を続けるべきだろうか。相手を抹殺しなければならないほど、その相手と自分の関係性は深いのだろうか。どれほどの利害関係にあるのか。 本件が仮に事実とするならば、好感度を商売の手段としているベッキーさんらは、なんらかの責任を負うことになるだろう。暫くの間となるかもしれないが、「芸能界から抹殺」されるのかもしれない。ただしかし、「この世から抹殺」等ということは、仮に当事者だったとしても、現法令下では決して許されるものではないという当たり前のことを、我々は再認識すべきではないのだろうか。 「常に笑顔で、前向きに頑張っていました。勇気をもらいました」等と、死後に功績を称賛したところで、何らの意味もないのである。【参考記事】■「年も明けたし、何か資格を取ろう!」と思ったあなたに伝えたいこと (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■「未達成感」が育児ストレスを増大させるのでは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■元猿岩石芸人から学ぶべきスキルとは (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■「俺、メンタル的にヤバいかも・・・」と思ったら。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)■山本耕史流アプローチがストーカーとならない理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)

  • Thumbnail

    記事

    「自己陶酔型不倫」の典型、ベッキーをなんとなく応援してみる

    ることもない。覚醒剤使用で逮捕されたって(あら、奇しくも同じ事務所)、なんらかの活動を続けられるのが芸能界なのだから。この特殊な世界に骨埋める覚悟ならば、不倫のひとつもネタに昇華してしまえばいい。それくらいの図太さはそもそも持ち合わせているはずだし。開き直って「好感度の低いタレント」売りに出るという手もないことはない(茨の道だけれど)。  実はテレビ界には、問題や騒動を起こした芸能人に、さまざまな救済措置的番組がある。「しくじり先生」(テレ朝系)、「有吉反省会」(日テレ系)、「金スマ(中居正広の金曜日のスマたちへ)、「爆報!THEフライデー」(TBS系)などなど。テレ東だったら「ヨソで言わんとい亭」に出演してみるか。同じ事務所のダンディ坂野風の黄色いスーツで登場して「ゲッス!」とかましてみる。なりふりかまわず火に油を注ぐ芸風で。 ということで、なんとなくベッキーを応援してみたつもりだが、正直ベッキーの去就に関心はあまりない。サンミュージックという不運でうっかりな事務所を心の底から気の毒に思うだけ。そうか、私が思いを寄せるのはベッキーでも、ゲスでも、ゲス嫁でもなく、サンミュージックだったのだ。 強大な権力をもつ事務所と、そうでない事務所のタレントに対するテレビ局の扱いの差にはウンザリする。事務所格差による偏向報道には、新年早々ウンザリだ。

  • Thumbnail

    テーマ

    ベッキーは本当にゲスな女なのか

    週刊文春が放ったスクープで好感度タレント常連のベッキーが窮地に立たされている。ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカルとの不倫騒動は「自業自得」とはいえ、このスキャンダルはどこまで尾を引くのか。彼女のバッシングはもう見飽きた感もするので、ここではあえてベッキーを擁護してみました(笑)。

  • Thumbnail

    記事

    良い子の代表「スキャンダル処女」ベッキーを無責任に擁護する

    しまったことは世間でも業界内でも話題騒然となった。 ベッキーが良い子というのは、共演者や友人と称する芸能人仲間のコメントで良く分かると同時に「(ベッキーは悪くないという)擁護」の嵐も半端ない状況になったが、その反面これまで「ベッキー可哀想」という意見だった世間が反撃に出てきて、ますますイメージダウンのベッキーである。 つまり、事が不倫なだけに、どちらか一方が悪いという根本的な解釈があり得ないということに気が付いた。「ベッキーは良い子だから悪くない」というのは非常に可笑しい馬鹿丸出しな意見であり、不倫とはいえ立派な「不法行為」。不貞を犯した罪は罰も科せられる重大な行為に当たる。そこに当事者としていることに基本的に擁護は出来ないだろう。バンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音とのスキャンダルについての会見で、一礼して会見場に入室するベッキー=東京・新宿区(撮影・山田俊介) 例えば「知らなかった」というのはよくある話。旦那さんがいる、奥さんがいるなんて知らなかった、騙されたというのならそれは可哀想だろう。18歳未満と知りながら「知らなかった」で捕まっている中年オヤジを誰も擁護はしないが、ベッキーは「知っている」わけで完全に後者と同様である。普通に捉えたら誰も擁護はしないし守りようがないだろう。 また良い子でキレイ、透明感バツグンのイメージでCMとバラエティーの女王にも等しい立場からのギャップだからこそマスコミもネタとして大きく扱い、ファンや世間も驚きを隠し切れなかったのだろうが、良い子は不倫しない訳ではなく、また「そう見えない子がそういうことをよくやっている」のが実情でもある。不倫はもとより援助交際、風俗、AVの素人女優といったところでも「そんなふうに見えない系」が主流である。いわゆる「ギャップ萌え」といった外観、性格的な嗜好というものは多少なりとも誰にもあるわけで、それもベッキーのようにイメージ先行型の見た目や振る舞いからは想像できないレベルだと余計に興味がわくというものだ。 そんなキャラ感を持つベッキーだからこそ誠意ある対処と対応も望まれたところだが、これにも大きく裏切られた印象は残る。釈明会見にせよ、平然と活動を続けるにせよ、被害者から見たらますます許せない事情が重なってきてしまう。そう、「被害者」がいるということに焦点が移行して現在は責められる立場に追われている始末だ。 良い子というギャップと良い子過ぎることからの擁護がすべて仇となって返ってくる一方で被害者だって黙ってはいない。裁判沙汰にでもなれば慰謝料だって払わなければならない立場がベッキーであることは承知すべきだろう。擁護されればされるだけ悪女になっていく 多くの芸能人が中途半端に擁護する中で、俳優の坂上忍くんの意見だけが最も妥当でマトモではないか。「身内(芸能人・仲間)が擁護するのはいかがなものかと思う」「被害者である川谷の奥さん」と言い放ち、「擁護できない」意見を発するも、ベッキー個人の良さは認めている。前出しているが、「良い子は悪くない」という、非常識で低レベルな意見のキャッチボールをテレビ番組で公開するのもどうかと思うところだ。 ベッキーからすれば恋愛の相手にたまたま奥さんがいただけで、正攻法に「卒業(離婚)」を待っている姿勢だったのかもしれないが、乙女としての行動はそうではなかった。かなりの勇み足もあり感情的にも大きく土俵を割ってしまっていることから反省すべき点も多々あろうというものだが、それでもやめられない情事(連絡を取り合うなど)の継続を願うなら、芸能人を辞める覚悟を持ったほうが良いでしょう。 事は単なる不倫かもしれないが、それが原因でもっと大きな事件に発展する恐れがあることを理解する必要もあるでしょう。夫の裏切り、愛人への憎悪を苦にして自殺ともなったら、その責任は尋常なく重くなる。芸能人どころか人間失格にも相当する世間からの罵声がうなるように浴びせられ、社会からの転落は免れない。そんなリスクを冒してまで好きならばそれはそれで立派ではあるが、傷つく人がいて迷惑を被る関係者も多いなか「良いお友達」で片づけようというのはムシが良すぎるだろう。 もっとも最悪なのは「川谷絵音」で間違いないが、矢面に立たされているベッキーはその印象から「被害者」にも見受けられることが擁護される理由になりつつある反面、したかかさも垣間見られる姿勢に、世論を請け負う女性たちに批判が広がっている。 大体からして「いいお友達」ならあんな会見を開く必要もないだろう。不倫とは違うという釈明に終始し「会見で話したことがすべてです」という所属事務所のサンミュージックの対応もやはり弱いし、良い子を貫こうというイメージ命のベッキーを擁護するお友達タレントも多いが、擁護されればされるだけ悪女になっていく印象は止められないという実態が彼女自身を陥れていることに気が付かないのか。 好感度ナンバーワンのCM女王がまさかの「不倫」で商品価値を自ら破壊した事実は変わらないが、彼女自身の価値観まで変わるものでもなければ「好きなら好き」でそれは致し方ない。今後も「卒論」と「卒業」をじっと待っている乙女でいるのかどうか。興味があるのは、川谷が相応の慰謝料を積んで円満的に別れられたのち、ベッキーはどうするのか!?というところだろう。成就させるのか、はたまた「二度と会いません」で突き通すのか、そこはまた別のドラマがありそうだ。

  • Thumbnail

    記事

    ベッキー不倫騒動 出版社による プライバシー侵害の可能性は!?

    pon/Getty Images) この件については報道が過熱する一方で、インターネットなどには、「芸能人だからといって、個人的なメッセージを勝手に公開されるのは問題じゃないの?」という冷静な声も上がっています。 中には、「本人に無断でLINEの画面写真を入手するのは違法じゃないの?」「個人情報保護法に違反するのでは?」「プライバシー侵害や名誉毀損にならないの?」という疑問も目にします。今回は、これについて解説したいと思います。1.無断でパスワードロックを破った場合、不正アクセス禁止法にあたる まず、出版社がLINEの画面写真をどのように手に入れたのかは分かりませんが、おそらくタレント本人が自主的に提供したということはないでしょう。そうすると、出版社はタレント本人に無断で画面写真を手に入れた可能性がありそうですが、この点は問題にならないのでしょうか。 これについて、不正アクセス禁止法は、「パソコンやスマホなどから、他人のIDやパスワードを無断で入力して認証し、インターネット上のパスワードロックされている機能を使える状態にすること」などを禁止しています。他人のSNSのアカウントに、無断でパスワードを入力してログインした場合も、不正アクセス行為にあたり、罰則が科される可能性があります。 今回の件で、仮に、タレントの身近な人が本人に無断でパスワードを入力してLINEにログインしたということがあったのであれば、その人が不正アクセス禁止法に違反する可能性があります。 さらにもし、報道記者がその誰かに「パスワードをこっそり入力して、画面写真を撮影してきてくれ」などと指示していたということがあれば、そのような指示をした報道記者に対しても不正アクセス禁止法違反が成立する可能性があります。 もっとも、不正アクセス禁止法は、基本的に「不正アクセス行為」を規制する法律です。 誰かがパスワードロックされていない状態の画面を偶然見てしまい、その場で写真に撮ったような場合は、「不正アクセス行為」があったとはいえず、不正アクセス禁止法違反にはあたらないでしょう。 また、記者としても、情報提供者からSNSの画面写真の提供を受けただけであり、積極的に不正アクセスを指示したわけではない場合には、「誰かを使って不正アクセス行為をさせた」わけではないので、記者に不正アクセス禁止法違反は成立しないと思われます。報道機関が報道目的で個人情報を用いる場合は?2.報道機関が報道目的で個人情報を用いる場合個人情報保護法違反にあたらない 次に、週刊誌で公開されたLINEの画面写真には、個人情報が含まれていると思われますが、個人情報保護法の問題はないのでしょうか。 個人情報保護法は、事業で個人情報を取り扱っている一定の業者(ほとんどの業者は、何らかの形で個人情報を取り扱っています)に対して、個人情報の適正な取得や、個人情報の利用目的を本人に通知すること、あるいは利用目的に沿った利用などを義務付けています。 一般の業者であれば、個人情報の含まれるLINEの画面写真を本人に無断で取得して、本人に無断で公開することは、個人情報保護法上問題とされる可能性が高いでしょう。 しかし、報道機関が個人情報を報道目的で取得したり利用したりする場合、個人情報保護法の多くの規定が適用されません。例えば、新聞報道などで、事件の容疑者の氏名や年齢、職業などが報道されることがありますが、それらを公開することについて本人に了解を取っていない場合でも、個人情報保護法違反にはなりません。 今回のケースについても、報道機関である出版社に報道の目的があったことには違いないでしょうから、出版社が個人情報保護法に違反することはなさそうです。3.プライバシー侵害や名誉毀損は? では、プライバシー侵害や名誉毀損はどうでしょうか。 LINEの画面写真を取得したり公開したりすることについて、不正アクセス法や個人情報保護法の問題がないとしても、プライバシー侵害や名誉毀損の問題は、それとは別に考える必要があります。 まず、「プライバシー侵害」はどうでしょうか。 「プライバシー」には色々な意味があるのですが、ここでは「普通の人ならば秘密にしておきたいであろう、私生活上の事柄」としておきます 「不倫をしていること」も「プライバシー」にふくまれるでしょう。 合理的な理由がないのに、本人に無断でプライバシーを公開することは、違法・不当な行為として、民事上の損害賠償請求や出版差し止めの対象となる可能性があります。 次に、「名誉毀損」はどうでしょう。 名誉毀損とは、法律的な意味では、「不特定または多数の人が知ることができる状況下で、具体的な事実を示すことで、ある人の社会的な評価を落とすこと」などとされています。 誰かの悪口をインターネットの掲示板やSNSに投稿することも、「不特定多数に向けて事実を示して、ある人の社会的な評価を落とした」といえるので、名誉毀損とされる可能性があります。 この場合、指摘した事実が本当のことであっても名誉毀損は成立します。例えば、ネットの掲示板に「こないだのテスト、A君は0点だった」と書き込んだ場合、たとえ実際にA君が0点を取っていたのだとしても、A君に対する名誉毀損が成立する可能性があります。 報道が名誉毀損にあたるとされた場合、プライバシー侵害と同じように民事上の損害賠償請求や出版差し止めの対象となる可能性があります。さらに名誉毀損には刑罰も予定されており、刑事責任を追及される場合もあります。 今回のケースでは、「不倫をしていること」ということは、その人の評価に対して悪影響があると思われます。特に清潔感のあるイメージで売り出しているタレントにとっては影響が大きいでしょう。「不倫をしている」ことを報道することは、仮に事実であったとしても、名誉毀損にあたる可能性があります。「公益的な報道」か、「私生活上の問題」か4.「公益的な報道」か、「私生活上の問題」か それでは、本件では、出版社にプライバシー侵害や名誉毀損を理由とした責任が生じるのでしょうか。 まず、報道機関には報道の自由があります。また、事件や事故について報道することは国民の知る権利に応えるものであり、社会的な意義があると考えられています。 仮に名誉毀損を含む事実が報道されたとしても、そのような報道が社会的な利益のためにされたものであり、かつ、報道された内容が真実であるような場合には、民事上・刑事上の責任が生じないとされています。プライバシーについても同様に、報道することにプライバシーを保護することを上回るような利益があるような場合には、民事上の責任は問われません。 今回の報道の対象となったタレントは、両方ともテレビ番組やCMなどに出演して活動しています。ファンにとっては、タレントがどういった人物なのかには興味や関心があるでしょう。また、タレントをCMやイメージキャラクターに起用している会社や自治体などにとっては、タレントのイメージにかかわることに、特に関心があるかもしれません。 その一方で、たとえタレントであっても、その人が誰と交際しているのか、私生活で家族とどのようなトラブルを抱えているのかというのは、特にプライベートなことだといえます。 また、タレントとして活動をしていたとしても、一般人であることには変わりません。これが政治家であれば、選挙でその人の性格や人間性も含めて判断することになりますので、私生活の報道にもある程度の社会的な意義がありそうですが、タレントの場合は、政治家などとは少し違うように思われます。 最近の裁判例を見ますと、昨年6月に、週刊誌が、著名な元野球選手の家庭内トラブルを記事にしたことについて、週刊誌側の名誉毀損やプライバシー侵害による損害賠償責任などを認めた判決がありました。 判決では、一定の家庭内トラブルがあったことが事実だと認めつつも、それらは家族内の問題に過ぎず、報道することについて「専ら公益に出たものであったとも認められない」などとされています。 タレントの私生活の報道について、どこまでが許容されるのかは非常に難しい問題ですが、個人的な感想としては、単に「交際している」という報道だけならばともかく、本人同士しか知らないLINEでのやり取りを直接公開するのは、特にプライバシー侵害の程度が高いように思います。 また、その画面写真を直接公開するのは、非常に生々しいインパクトがありますので、文章だけの報道と比較した場合に、その人の社会的な評価を必要以上に落とす可能性が否定できません。 そう考えると、週刊誌がLINEの画面写真を掲載して報道したことについては、「名誉毀損やプライバシー侵害の観点から行き過ぎだ」と判断される可能性もあるように思われるのですが、みなさんのお考えはいかがでしょうか。

  • Thumbnail

    記事

    川谷絵音も素質十分?「偉大なアーティスト」の条件は大悪人!?

    【精神科女医のつぶやき】片田珠美 タレントのベッキーさんと人気バンド「ゲスの極み乙女。」の川谷絵音さんの不倫スキャンダルが報じられた。 この2人は、離婚届を「卒論」と称していたらしいが、この2つにはたしかに共通点がある。自分で書いて提出することはできても、向こうが受理してくれなければ、離婚も卒業もできないという点で似ており、なかなかの言語センスだ。 2人ともかなり叩かれているようだ。とくに川谷さんのほうは、交際当初は独身を装っていたとか、結婚して初めての正月に妻以外の女性と一緒に実家を訪問したとかで、「ゲスの極み」と非難されている。フリーライブで盛り上がるゲスの極み乙女。の川谷絵音=東京・代々木(撮影・斎藤浩一) こうしたふるまいを擁護するつもりは毛頭ないが、作曲家の三枝成彰氏が『大作曲家たちの履歴書』(中公文庫)で述べているように「偉大なアーティストになるには大悪人でなければならない」のは否定しがたい事実だ。 その代表として三枝氏が挙げているのは、作曲家のドビュッシーである。何しろ、下積み時代を支えた女性を2人もピストル自殺未遂に追い込んだのだから、三枝氏が「稀代の悪人」と呼ぶのも当然だろう。 傑出した作家や芸術家の伝記を読んでも、「こんなとんでもない奴が、どうしてあんな素晴らしい作品を生み出せるのか」と驚くことが少なくない。なので「偉大なアーティスト」が「人格者」として紹介されている記事なんかを読むと、巧妙なイメージ戦略で悪人の部分を隠しているか、富も名声も得てガツガツしたところがなくなったかのどちらかではないかと勘ぐりたくなる。 それでは、悪人であることが「偉大なアーティスト」になるための条件であるのはなぜなのか。三枝氏によれば、“心のきれいな人間”では「屈折感や心の奥のひだに食い込むような魔術的な毒のある」ものを作り出せないからということだが、同感だ。 もっとも、悪人であることは、素晴らしい創造活動をするための必要条件ではあっても、十分条件ではない。そのへんを勘違いして、他人を踏みつけにしても何とも思わないような自称「アーティスト」が、結構いる。やはり、才能と努力が伴わなければ、「偉大なアーティスト」にはなれないのだ。 ドビュッシーには及ばぬにせよ、悪人の素質が川谷さんにはありそうだ。これからは大悪人になるべく精進していただきたいものである。かただ たまみ 昭和36(1961)年、広島県生まれ。大阪大医学部卒、京都大大学院人間・環境学研究科博士課程修了。他の著書に『無差別殺人の精神分析』(新潮選書)、『一億総うつ社会』(ちくま新書)、『なぜ、「怒る」のをやめられないのか』(光文社新書)、『正義という名の凶器』(ベスト新書)、『他人の支配から逃げられない人』(同)、『他人の意見を聞かない人』(角川新書)など。

  • Thumbnail

    記事

    それでも不倫疑惑タレントを「抹殺」してはいけない

    後藤和也(産業カウンセラー・キャリアコンサルタント) 芸能界ではスクープが相次いでいる。特に、好感度抜群とされた女性タレントのベッキーさんの不倫疑惑をめぐるニュースは、連日さまざまな報道がなされている。今回の騒動とは? 筆者はベッキーさんと不倫相手とされる男性ミュージシャン(以下、「男性」)のファンでもアンチでもない。ベッキーさんについては「あぁ、テレビによく出ているのねえ」という程度の認識であり、男性側に至っては今回の報道で初めて存じ上げた次第だ。言い方は悪いが、両者にそんなに関心はない、ということを冒頭にて明確にしておきたい。また、筆者は当事者間に不倫関係があったかどうかは断定できる立場にないことも申し添える。 年明け早々に週刊誌が報じた内容によれば、ベッキーさんが妻子ある男性と不倫をしていることが、男性のLINEが盗み見られたことから発覚したという。報道によれば正月に、二人で男性の実家を訪問するなど、深い仲であるという。 その後のベッキーさんらに対するバッシングの嵐は言わずもがなだ。特にCMや出演番組を多数抱えるベッキーさんに対しては、スポンサーが損害賠償請求やCM降板を検討しているなど、多くのネガティブな報道がなされた。先日開いた謝罪会見も、記者からの質問が許可されなかったなどの内容に、逆に批判の声が多く寄せられる結果となっている。看過できない報道について 先に述べたとおり、今回の一連の騒動について特段の興味もなかったのだが、先日のある報道が気になった。以下の内容だ。 タレントのベッキー(31)が、ロックバンド「ゲスの極み乙女。」のボーカル川谷絵音(えのん、27)との不倫疑惑騒動で10日で約4キロ痩せたことが16日、分かった。(中略) 関係者によると、1月4日に川谷の長崎県の実家を訪れ、出てきたところを週刊文春の記者に直撃されてから「軽はずみなことをしてしまった」と食事が喉を通らない状態が続いているという。知人によると、今回の騒動で、出演するCMの一部が差し替えられるなどの影響が出てしまったことで、ベッキーはなかなか寝付けず、食欲がない日々が続いている。「ベッキー 10日で4キロ減 騒動で食事喉通らず寝付けず 仕事以外は自主謹慎」スポニチアネックス 1月17日(日)5時32分配信(ヤフーニュース) 寝付けず食欲がない、ひきこもりがちなど、心の病の兆候ともいえる状態にあるという報道だ。ベッキーさんといえば「いつも前向き、元気な清純派」なタレントであり、今までゴシップとも無縁であった。「むしろできすぎ」という声もあったほどだといい、その反動からか、ネット上でも辛辣なコメントが目立つ。無論、仮に不倫という事実があったとすれば、倫理的な行為とは言えず、男性の妻は第一の被害者と言え、スポンサーなどの関係者にも損害を与えたというロジックは成立するだろう。ファンの信頼を傷つけた、という見方もできるのかもしれない(筆者はファンというものはある種の強烈な片思いのようなものであると考えるので、「信頼を傷つけられた」と逆上するのもなんだかなあと思わなくもないが)。 以上の報道やバッシングを傍観しながら、ある事件を思い出した。STAP細胞を巡る笹井教授の自殺事件だ。STAP細胞騒動とベッキー疑惑の類似点STAP細胞騒動と本件の類似点について まだ記憶に新しいSTAP細胞を巡る事件。小保方さんの指導者役として記者発表を仕切っていたのが笹井教授であった。ご存知のようにSTAP細胞論文の信頼性について疑義が生じてからは、それまでの「ノーベル賞級の偉業」という評価が一転し、小保方さんと不適切な関係があったのではないかという趣旨の報道が数多くなされた。 その後、笹井教授は自殺という選択をしてしまう。死後、関係者の証言により、笹井教授と普通のコミュニケーションがとりづらい状況にあったということ等、騒動のさなかに、心の病に急速に蝕まれていったと思われる事実が判明した。死後は、笹井教授の功績を称え、その早すぎる死を悼む報道が主となり、不適切な関係を糾弾する内容がフェードアウトしたのが非常に印象的であった。 無論、本件とSTAP細胞の騒動では内容も質も異なる。ただし、これまで賞賛の対象でありマスコミによって持ち上げられていた対象が、ある瞬間にまさに手のひらを返されるようにどん底に叩き落されるという過程や、当事者とは言えない不特定多数の者から人格攻撃のような辛辣な非難がなされることは酷似しているのではないか。おわりに 無論筆者は、不倫という行為があるとすれば、それを肯定するつもりは毛頭ない。不倫は文化だともいうつもりもないし思ってもいない。従来からのファンでもない、むしろアンチのような人たちや、今回の報道で初めて存在を知ったような人たちがヒステリックに自身の正義感から罵詈雑言を浴びせる姿に、ある種の危険性を感じるから、拙稿にて問いかけるのである。 我々の発する言葉は、時として鋭い矢のように相手の心身に突き刺さることがある。その結果、相手が死を選ぶということもある。我々はそれでも、相手に対し非難を続けるべきだろうか。相手を抹殺しなければならないほど、その相手と自分の関係性は深いのだろうか。どれほどの利害関係にあるのか。 本件が仮に事実とするならば、好感度を商売の手段としているベッキーさんらは、なんらかの責任を負うことになるだろう。暫くの間となるかもしれないが、「芸能界から抹殺」されるのかもしれない。ただしかし、「この世から抹殺」等ということは、仮に当事者だったとしても、現法令下では決して許されるものではないという当たり前のことを、我々は再認識すべきではないのだろうか。 「常に笑顔で、前向きに頑張っていました。勇気をもらいました」等と、死後に功績を称賛したところで、何らの意味もないのである。【参考記事】■「年も明けたし、何か資格を取ろう!」と思ったあなたに伝えたいこと (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/47304400-20151223.html■「未達成感」が育児ストレスを増大させるのでは。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/47075444-20151202.html■元猿岩石芸人から学ぶべきスキルとは (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46884848-20151113.html■「俺、メンタル的にヤバいかも・・・」と思ったら。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46714386-20151027.html■山本耕史流アプローチがストーカーとならない理由。 (後藤和也 産業カウンセラー/キャリアコンサルタント)http://sharescafe.net/46042230-20150825.html

  • Thumbnail

    記事

    ベッキーの「一方的ウソつき記者会見」は最悪の対応

    、相変わらずと言うかさすがと言うか…。新春一発目に、各スポーツ紙がウソ記事と飛ばし記事を書きまくって芸能マスコミの信用度を一気に低下させているなか、メガトン級の一撃。 個人的には「ゲスの極み乙女。」というバンドさん自体全く知らなかったですし、未だに「世界の終わり(←?)」との違いが分からないし…どうでもいいんですが、気になったのがあの「会見」です。 サンミュージックさん…ユカイさんもいて知らない仲じゃあるまいし、一言くらい聞いてくれればいいのに…。あの対応…ダメの見本ですよ…(涙)。リスク管理は一歩、間違えれば大ダメージとなる時代 近年「リスク管理」「リスク対応」が大きなテーマになることが多くなりました。それは「今までのネットがない時代の常識」がことごとく通用しなくなってきており、一歩間違えれば大損害に発展する可能性を秘めているからです。半年ぶりに店頭に並んだ「ペヤングソースやきそば」=2015年6月8日、東京都千代田区(寺河内美奈撮影) 多く取り上げられるのが「ペヤング」と「マクドナルド」の例です。2014年12月2日。まるか食品の『ペヤング』の異物混入が発覚。2015年1月3日日本マクドナルド・三沢店で『チキンナゲット』の異物混入が発覚しました。 この両者は、およそ1年前、わずか1か月差で起きた同様の「異物混入騒動」としてメディアでも繰り返し大きく報道されました。 発覚直後はまるか食品・日本マクドナルドともに「製造過程で混入は考えられない」と発表。まぁ、その通りだったのでしょう。私もその通りだと思います。今でも、この程度、彼らの提供する安い金額を考えれば、織り込み済みのことと捉える方が常識の範囲のはずです。 しかし、2014年12月4日、まるか食品は「可能性がゼロとは言いきれない」と同一ラインで製造した約5万個を自主回収することを発表します。対するマクドナルドはどうだったのか? 2015年1月8日の記者会見までに4件の異物混入事故が会社側に届けられていたにもかかわらず、公開せずにいたばかりか、その後も、問題商品の販売は自粛したものの、問題店舗においても休業することなく販売を続行したのでした。 その後の両社に対する日本国民の視線はもうご存知の通りです。ペヤングは復活を心待ちにされ、多くのファンに支えられ、マクドナルドは過去最悪クラスの決算をたたき出すこととなりました。私自身の体験から私自身の体験から ネットが普及してしまい、今までのように「写真週刊誌とテレビだけを押さえておけば勝手に国民は【バカだから】忘れてしまう」という時代はとうの昔に過ぎ去っています。今はリスクに対して『正しい対応』をしなかった場合、致命傷を受ける可能性のある時代です。古い芸能界の事務所には、まだそれを理解していない事務所がわずかですが残っています。 私事になりますが、私自身、過去に情けない事態を引き起こし、マスメディアに大きく取り上げられたことがありました。その大半は事実と反するものでしたが、ニュースでも全局で報じられました。 しかし現在、私はありがたいことに多くのテレビレギュラーだけでなく、月に30本近いコラム連載の仕事を頂き、大変充実した毎日を送らせてもらっています。今の私がいるのも、あの時の『対応』でミスをしなかったためと考えています。 当時の私が、マスメディア対応で絶対に「これだけは貫こう!」と決めていたのが実は2点だけです。1、格好悪くてもいいので、評判を下げてもいいので「ウソだけは付かない」こと。2、取材やインタビューは一つたりとも「断らない」こと この2点、私は現在における多くの「リスク」に対応するための、最も大切なファクターではないかと考えています 私は、一切の隠し事をしないように、5万文字にわたるブログ文章と12万文字を超える本を出版し、丁寧な説明を心掛けました。出来るだけ客観的にも事実であることが分かるように、当時交わした証拠となるメールの文章も、全文載せるようにしました。 また、今まで40件以上に及ぶ、当時の案件に対する取材依頼を受けましたが、その全てに相手の質問が尽きるまで対応をしてまいりました。丁寧に説明すれば、ほとんどの記者の方々はご理解してくださいました。 さて、しかし今回のベッキーさんの会見はその視点から見ると、少々彼女の今後に対して心配なものだったと言わざるを得ない気がします。 彼女の会見の特徴は2点です。1、会見をする、と言って取材陣を集めておきながら、一切の質問を許さなかったこと。2、「世間は誤解している」・「お付き合いはしていない」と発言したこと ベッキーさん、いや、ベッキーさんの事務所であるサンミュージックさんは、長らく日本の芸能界を支えてきた歴史と伝統ある芸能プロの一つです。なので、理解できなくもないのですが、どうか分かっていただきたい。 もう、そんな時代ではないのですよ。ボタン一つで、スマホの画面はキャプチャーができる。到底言い逃れできない『圧倒的な証拠』があるからこそ文春さんは「新春スクープ」に選んでいるのです。 裏事情を一つだけ言っておくと、そもそもこの話は、もっと以前からリークされています。しかし「せっかくのデカいタマなので…」と言うことで新春の一発目スクープになるように先延ばしにしていたのです。もちろん、新春号にすれば、「ベッキーの不倫相手はあの『紅白出場歌手』」とタイトルを打てるのも魅力だったことでしょう。それだけ時間をかけて取材をし、あれだけの証拠を突きつけられてなお… 見苦しいウソは絶対にやめた方がいいのです。 週刊文春さんに載せられたあの写真、あのラインのやり取り。あれで本当に男女の仲でなかったのであれば、逆に驚きです。男女の仲でなく、ホテルで朝まで過ごして「離婚が成立したら(文中では「卒論」と表現)いっぱいわがまま聞いてもらおうっと」とか言ってるのであれば、一度病院にかかられた方がいい。 そんなわけないのです。ベッキーさんは何とかという歌手グループのボーカルと男女の仲になったのです。一部スポーツ紙が「ベッキーは最初、妻子持ちと知らなかったようだ」と報じていました。あのスポーツ紙は芸能事務所の情報をそのまま書くことでよく知られるスポーツ紙です。要は、少しでもダメージを減らそうと、そのスポーツ紙に記事を書いてもらったというのが裏事情でしょう。全部裏目です。一番ダメな対応です。 文春さんは適当な記事なんてほとんど書きません。相手が大手の事務所であればなおさらです。私のくだらない記事が世間を席巻したときでも、奈良県にある私の実家にまで取材に来て下さり、「ハセガワの父親は『息子は絶対にそんなことをしていないと言っている』と語った」と記事にしてくださったのは、文春さんだけでした。足を使い、汗をかく。取材の基本を分かっている記者さんたちが集う週刊誌です。なので、ここまで他誌を圧倒的する部数を記録しているのです。質問には答え、ウソは付かないべきだった マスメディアを集めたにもかかわらず、なぜあんな『100%ばれるウソ』をつかせたのか? わざわざ記者に集まってもらったにもかかわらず、なぜ質疑を受け付けなかったのか? あそこでは全てをさらけ出すべきだったと思います。これは私の個人的予測ということで読んでいただきたいのですが…まぁ、ほとんどの日本人が同じように感じているんでしょうけど…・結婚の事実を隠したままで口説かれる      ↓・ある程度親密になった段階で結婚してたことを打ち明けられる      ↓・でも、離婚をちらつかせられて交際をズルズル続ける      ↓・男は誠意を見せるためになどと言って実家などに連れていき、さらに交際を続ける ってとこでしょ?どうせ。まさにリアルゲス。 こういうことって、結局、今の時代は全部筒抜けになっちゃうんです。ラインのやり取りまで出されたらしょうがないんですって。そこは昔と全然違うところです。逆に、徹底的に謝った方が絶対にいい。そして、芸能リポーターの皆さん方に、泣かされるまで厳しい質問を浴びまくって、最後までそれに答えるべきでした。なぜ、その方がいいかと言うと、まず、芸能リポーターの質問は必要以上に厳しいことも多いので…「芸能人に同情が集まるときが多い」からというのと、もう一点はそうしないと「傲慢に見える」からです。 「なんだよ?わざわざ取材にいったのに、質問にも答えないのかよ」って言われる可能性が出てきてしまいます。 時すでに遅しで、結局、昨日も今日も、ワイドショーと言うワイドショーは久しぶりにいいエサを与えられた感じで、大喜びでこすりまくっています。北朝鮮であんなことになったにもかかわらず、何十分時間を割いてんだか。 今回の件、ベッキーさんは相当のダメージです。でも彼女はいい子です。私も2度ほど仕事を一緒にしていますが。今後が心配です。 むしろ、深刻なのは相手のゲスのなんとかというバンドの方。ベッキーさんはナベプロさんやジャニーズさん、バーニングさんなど、大手芸能事務所のお偉方にも高評価で知られるタレントさん。その子にこういうミソをつけて、平気でいられる世界じゃあない。厳しいことを言いますが、もうアウトじゃないかな。しばらくは。ま、自業自得か。(公式ブログ「本気論 本音論」より2016年1月8日分を転載)

  • Thumbnail

    記事

    文春無双!週刊文春がスクープ連発する3つの理由

    Journal編集部の以下の記事にも週刊誌関係者が同様の発言をしています。 「文春」快走の一方、特に芸能関連報道においては、他誌は「文春」に対し劣勢の感がぬぐえないが、その背景について、週刊誌関係者は次のように明かす。 「反響の大きそうなネタの場合、5〜10人ほどのチームを組み、時間をかけ入念に取材を進めるかたちをとります。しかし、出版不況でどこの出版社も厳しい経営環境を強いられており、以前のように取材にふんだんに経費と時間をかけることが許されなくなっているのが実情です。『文春』発行元である文藝春秋は、老舗月刊誌『文藝春秋』などの安定的な収益源を持ち、経営も安定しており、他誌は『文春』のような贅沢な取材はできない。そうした経済的事情も、背景にはあるのではないでしょうか」週刊文春、なぜスクープ連発&独り勝ち?芸能プロも交渉不可、入念な取材支える経済事情 より抜粋他の追随を許さない圧倒的なたれ込み数理由2:他の追随を許さない圧倒的なたれ込み数 文春には毎日のように内部リーク、いわゆる「たれ込み」情報がもたらされています。今週号の3大スクープにしても、甘利明大臣の件とベッキーさんの件は間違いなく「たれ込み」情報です。 これには二つの理由があるようです。 ひとつは情報に対するマージン、たれ込み料が他誌に比べて割高であることがあります。 文春はその豊富な資金力によって他誌に比べて情報提供に対する返礼が割高なのであります、もちろん情報の希少性や時事性などでマージンは時価なのですが、独占スクープの場合などでは高額の情報料が支払われることは業界では知れ渡っています。 そして文春に他の追随を許さない圧倒的なたれ込み数があるもうひとつの理由はその影響力にあります。たれ込む側からしてみれば、もし一誌に独占スクープさせるとしたら、間違いなく影響力のある発行部数一位の週刊文春を選択することでしょう。 単に金銭ではなく少なからずの「たれ込み」情報は、その伏せられた事実を世に知らしめることでターゲットの人物にダメージを与えることを目的にしていることが多いからです。・・・理由3:記者クラブに加盟してない出版系の強み そして週刊文春の最大の強みは、なんといっても日本記者クラブに加盟していないことにあります。 今回の甘利明大臣賄賂疑惑の実名告発スクープ記事も、間違っても新聞社系の週刊朝日やサンデー毎日には掲載されることは不可能だったでしょう。 もう一度週刊誌の発行部数ランキングを確認しておきましょう。■一般週刊誌発行部数 日本雑誌協会 ご覧の通り、週刊文春(文藝春秋)、週刊新潮(新潮社)、週刊現代(講談社)、週刊ポスト(小学館)、週刊大衆(双葉社)、週刊実話(日本ジャーナル出版)、週刊プレイボーイ(集英社)、週刊アサヒ芸能(徳間書店)と、ベスト8までがすべて出版社系週刊誌で占められています。 文春だけではないですが、彼らはすべて日本記者クラブには加盟していません。より正確に言えば、加盟したくても、朝日新聞に代表される既存マスメディアから加入を拒否されているのです。 従って、週刊文春に代表される出版系週刊誌は、権力に迎合することなく政治家のスキャンダルをすっぱ抜くことに、なんの躊躇もなく、実践していくことができます。 特に週刊文春の発行元の文藝春秋は、その長い歴史の中で、保守系ではありながら、ときの権力者に対して絶えず厳しく対峙することをモットーとしてきております。 1974年10月9日に発売された雑誌『文藝春秋』11月号で田中角栄に関する特集が組まれました。立花隆の「田中角栄研究―その金脈と人脈」は1969年から1970年にかけて田中ファミリー企業群が信濃川河川敷における約4億円で買収した土地が直後に建設省の工事によって時価数百億円となった信濃川河川敷問題等の資産形成を暴きます。 やがてロッキード事件として田中逮捕へとつながるこの歴史的スクープも文藝春秋がもたらしたのでした。・・・ 今回は、独自スクープ連発&独り勝ち状態、まさに『文春無双』状態の理由について、当ブログなりに掘り下げてみました。本エントリーが読者の参考になれば幸いです。

  • Thumbnail

    記事

    「ゲス」は自分に絶対の自信を持ちありのままに生きる人物

    震が走った、ゲスの極み乙女。のボーカル川谷絵音(27才)との不倫騒動。“優等生キャラ”でベッキーは、芸能界屈指の好感度タレントだったわけだが、こうなると彼女のこれまでの好感度とは何だったのかと疑問が湧く。 そもそもタレントにおける好感度は、そのキャラが一般に支持されているかどうかの指標。だが、そうした指標も時代とともに変わりつつあると、心理カウンセラーの心屋仁之助さんは言う。 「一昔前までは頑張ることや我慢することが美徳とされてきましたが、それによりうつになる人が増えたりもして、時代には合わなくなってきた。今こそ、その精神的な縛りから解放される時。誰がなんといおうと、“自分の人生を、自分のために歩く”ゆるぎない自信が評価されるんです」 指標が変われば、生き方も変わる。『ゲスな女が、愛される。』(廣済堂出版刊)の著書もある心屋さんはシンデレラを引き合いに、女性たちには、“ゲスデレラ”をめざしてほしいと語る。 「舞踏会の当日に、1日では到底終わらないような仕事を押し付けられても、いじわるな姉たちにドレスを破られても、魔法使いだ、ネズミだと、あらゆる力を総動員して舞踏会へ出かけるあのガッツ。しかも躊躇なく、王子様と踊ってしまうのです。なぜって、シンデレラは王子様に見初められる自信があったから。『私はかわいい』と確信していたからです」 極めつきは、12時の魔法が解ける瞬間にガラスの靴を置いてシンデレラが去っていく、有名なシーン。「もちろん王子様が自分を捜しに来ると確信していてのこと。案の定、王子様は靴を手に国中を捜し回ります。そして靴を履こうとしても入らない姉たちを尻目に、『あ、それ私でした!』とシレッと出てきて一発逆転。ボロ服を着せられてこき使われようと、自分はプリンセスになれると疑わない。なんて厚かましいんでしょう(笑い)。でもだからこそ、彼女はがっつり幸せをつかんだ」(心屋さん) この世の中は厚かましくて、ナンボ。「劣っているから愛されない」なんて縮こまった考え方を捨てて、ありのままの自分でいることが、今の時代に愛される必須条件なのだという。 「私が考える“ゲス”とはつまり、自分に絶対の自信を持って、ありのままの姿で生きること。“私だから大丈夫!”と信じ、どんな姿を曝け出そうとも自信が揺るがない人です」(心屋さん)

  • Thumbnail

    テーマ

    「あさが来た」がおもろいのはなんでだす?

    視聴率が連日20%を超えるNHK連続テレビ小説「あさが来た」の勢いが止まらない。大ヒットの理由はさまざまだが、同じ明治時代を舞台にした昨年の大河ドラマ「花燃ゆ」と比較すると、やっぱり朝ドラの方が全然おもしろい。こんなにもハラハラする「あさが来た」の展開に、ほんまびっくりポンや!

  • Thumbnail

    記事

    歴史に残る傑作の予感 「あさが来た」は朝ドラ55年の王道である

    碓井広義(上智大学文学部新聞学科教授) NHKの連続テレビ小説(通称、朝ドラ)『あさが来た』が好調、いや絶好調だ。昨年10月のスタート時から現在まで、平均視聴率は連続して20%台をキープ。11月20日には番組史上最高の25%を記録した。視聴率だけでなく、新聞や雑誌などメディアで取り上げられる頻度も高く、雪だるま式に支持層が広がっている。そんな『あさが来た』の絶好調の理由を探ってみたい。NHK朝ドラの基本 朝ドラが開始されたのは1961年だ。すでに55年の長い歴史をもつ。第1作は獅子文六の小説を原作とする『娘と私』だった。66年に樫山文枝が主演した『おはなはん』で平均視聴率が45%を超え、視聴者の間に完全に定着した。 当初、一つのドラマを1年間流す通年放送だったが、74年の『鳩子の海』以降は渋谷のNHK東京放送局と大阪放送局が半年交代で制作を担当するようになり、現在に至っている。途中、唯一の例外は、平均視聴率52.6%(最高視聴率62.9%)というメガヒットとなった『おしん』(83~84年)で、全297話の通年放送だった。NHK連続テレビ小説「おしん」スタジオ収録が開始。左から泉ピン子、乙羽信子、小林綾子、田中裕子、伊東四朗=1983年2月14日、東京・渋谷のNHK 歴代のNHK朝ドラには、いくつかの共通点がある。その第1は、当然のことながら、主人公が女性であることだ。少女が大人になり、仕事や恋愛、結婚などを経験していくのがパターンである。幼少時から晩年までを描いた、いわゆる「一代記」の形をとったものも多く、『おしん』では、その生涯を年齢の異なる複数の女優(小林綾子、田中裕子、音羽信子)がリレーで演じていた。また朝ドラには、女性の自立をテーマとした「職業ドラマ」という側面もあり、全体的には、生真面目なヒロインの「成長物語」という内容が一般的だ。「あさが来た」のポイント 『あさが来た』の主人公は、京都の豪商の家に、次女として生まれた今井あさ(波瑠)。大阪に嫁いだ後、炭鉱、銀行、生命保険といった事業を起こし、日本で初めてとなる女子大学の設立にも携わる。 このドラマ、物語としてのポイントは2つある。1つ目は、あさが実在の人物をモデルとしていることだ。“明治の女傑”といわれた実業家・広岡浅子である。2番目は、物語の背景が幕末から明治という時代であることだろう。 実在の人物がヒロインのモデルとなるのは、最近の朝ドラでは珍しくない。2010年の『ゲゲゲの女房』(漫画家・水木しげるの妻)、その翌年の『カーネーション』(デザイナーのコシノ3姉妹の母)、14年の『花子とアン』(翻訳家 村岡花子)などだ。いずれも現代の話ではなく、近い過去がドラマの舞台となっていた。今回の『あさが来た』も、これらの作品が好評だったことを踏まえて企画・制作されている。とはいえ、幕末から話が始まるという設定は大胆で、冒険でもあったはずだ。 この“過去の実在の人物”という選択は、逆に言えば、近年“現在の架空の人物”で制作された朝ドラが、視聴者の気持ちをあまり捉えてこなかったことを示している。視聴者側としては、ヒロインが人間的にあまり魅力的とも思えない架空の人物の場合、彼女の個人的な“さまよい”や“試行錯誤”や“自分探し”に毎日つき合ってもいられない、ということだ。登場人物と役者たち 今回は特に、前作が『まれ』だったことが大きい。世界一のパティシエになる夢を追う女性を描くこと自体は悪くないが、物語としてはかなり迷走気味で、脚本にもご都合主義が目立った。それに比べると、『あさが来た』は実話をベースにしている分、物語の骨格がしっかりしている。“女性の一代記”ドラマとして成立するだけの実質が広岡浅子にあるからだ。 また、時代設定が幕末から明治という大激動期である点も有効に働いている。現代は明日が見えにくい閉塞感が漂っているが、今とは比べものにならないほどのパラダイムシフト(社会構造の大転換)があった時代を、ひとりの女性がどう生き抜いたか、視聴者は興味をもって見ることができる。 さらに、舞台が関西であることにも注目したい。同じ時代であっても、立つ位置によって異なる視点から眺めることができるからだ。そこに発見もある。また幕末維新ものの多くは、江戸を舞台にすると武家中心の話になってしまう。武家の場合、しきたりに縛られてあまり面白くないが、『あさが来た』では大阪の商人たちが自由で伸び伸びと活躍する様子が新鮮だ。登場人物と役者たち ヒロインに抜擢された波瑠は、これまで何本かの主演作はあるものの、女優としては発展途上という印象だった。どちらかといえば、やや捉えどころのない、どこかミステリアスな役柄が多く、“女傑”が似合うタイプとも思えなかった。 しかし今回は、いい意味で裏切られたことになる。意外や、明るいコメディタッチも表現できることを証明してみせたのだ。加えて、まだ女優としてはこれからという波瑠のたどたどしさ、素人っぽさが、両替商の若いおかみさんや炭鉱の責任者といった場における初々しさに、うまく自然に重なった。視聴者側からいえば、応援したくなるヒロイン像になっている。 また確かに美人女優ではあるが、現代劇ではどこか生かしづらかった容貌も、このドラマの時代設定にはマッチしており、日本髪と和服がよく似合う。トータルで、非常に効果的なキャスティングとなった。 しかし、ドラマは主役だけでは成立しない。周囲に魅力的な登場人物が必要になる。その点でも、いくつか秀逸なキャスティングが行われている。 前半で大活躍したのが、姉のはつ(宮崎あおい)だ。性格も生き方も異なる姉の存在が、このドラマにどれだけの奥行きを与えてくれたことか。『花子とアン』で成功した、一種の“ダブルヒロイン”構造の踏襲だが、そこに宮崎あおいという芸達者を置いたことで、視聴者は2つの人生を比較しながら見守ることになった。ドラマを支えるもの 次が、あさの夫である新次郎(玉木宏)である。この男の人物像が何とも面白い。江戸時代までの男性の多くは、女性に関して、「台所を中心に夫や家族を支え、常に2歩も3歩も引いた控えめな態度でいること」をよしとしていた。だが新次郎は、「女性はこうでなくてはならない」というステレオタイプな女性観の持ち主ではない。あさが旧来の女性の生き方からはみ出して、思い切り活動できるのも、実は新次郎のおかげだと言える。あの夫がいたからこそ起業もできたのだ。 新次郎は常に、のんびり、のらくらしているが、リーダーとしての仕事をさせたら、きちんとこなせるだけの力量がある。それにも関わらず、自分は表に出ず、当然のように妻の仕事を応援しているところが侮れない。“頼りない”のではなく、あさが思う存分羽ばたける環境を整えてやれるだけの“度量がある”のだ。お転婆なあさは、孫悟空ならぬ新次郎の手のひらの上で飛び回っているのかもしれない。玉木宏が、そんな男をさらりと具現化している。 もう一人、魅力的な脇役として五代友厚(ディーン・フジオカ)がいる。後に「近代大阪経済の父」と呼ばれることになる人物だ。五代がいることで、時代の動きを見せることだけでなく、あさと新次郎の心情にも膨らみが生まれた。フジオカという役者の出現もまた、このドラマの収穫だ。ドラマを支えるものNHK連続テレビ小説「あさが来た」の新たな出演者が決まり、記念撮影に応じる、(左から)瀬戸康史、波瑠、玉木宏、辻本茂雄=2015年11月11日、NHK大阪放送局(撮影・白鳥恵) こうして見てくると、『あさが来た』の絶好調の裏には、以下のような要素があると言えるだろう。1)幕末から明治へというこの国の激動期を、関西を舞台に描いていること。2)女性実業家のパイオニアともいうべき実在の女性を、魅力的な主人公として設定したこと。3)「びっくりぽん!」などの決め台詞も交え、全体が明るくテンポのいい脚本になっていること。4)主演の波瑠をはじめ、吸引力のあるキャスティングがなされていること。 しかも、『あさが来た』には、「女性の一代記」、「職業ドラマ」、そして「成長物語」という朝ドラの“王道”ともいうべき三要素がすべて込められている。まだ前半が終わったところではあるが、朝ドラの歴史の中で傑作の一本となるかもしれない。 このドラマの第1回は、洋装のあさが、初の女子大(後の日本女子大学)設立を祝う式典の壇上に立つところから始まっていた。あの場面に到達するまでに、あさはまだまだ多くの試練を経なければならない。その過程だけでなく、出来れば女子大設立後のあさの人生も、しっかり見届けたいと思う。これから展開される、『あさが来た』の後半戦が楽しみだ。

  • Thumbnail

    記事

    大阪制作だからおもしろい! 「あさが来た」にNHKの意地を見た

    影山貴彦(同志社女子大学情報メディア学科教授) NHK朝の連続テレビ小説(朝ドラ)『あさが来た』がここまで好調なのは、朝ドラを東京のNHK放送センター(上期)と大阪放送局(下期)が交代で制作していることが大きいと思います。つまり「あさが来た」は大阪局が大阪で作っていることが大きい。 東京の一極集中が進んでいるのは経済だけではなく、エンターテインメントや放送の世界でも同様で、私が大阪の毎日放送(MBS)に入った80年代後半と比べて、全国ネットの番組制作本数が非常に減っています。特に民放では顕著です。今でも何本か全国ネットで作ってはいますが、東京のスタジオを借りて作っている番組が多い。プロデューサーや宣伝担当は在阪局の人間でも、あとは概ね制作プロダクションのスタッフで、ディレクターすら在阪局から出さないこともあるから、「東京と変わりがないやんか!」と思うこともありますよね(笑)。NHK大阪放送局=大阪市中央区大手前4 例えば、私は肩入れするつもりもファンでもないですが、宮根誠司さん司会のワイドショー『ミヤネ屋』が人気を博しているのは読売テレビ、つまり関西から全国に向けて放送しているからだと思います。関西発の全国ネット番組といえば、土曜の朝の番組『にじいろジーン』(関西テレビ)や『朝だ!生です旅サラダ』(朝日放送)もありますが、ミヤネ屋は月曜から金曜まで平日昼間の帯番組という違いがある。それに宮根さんは朝日放送のアナウンサー出身だから、完全な東京目線ではなく距離を置いて発信していることが奏功している。宮根さんが東京の番組で語る場合とはスタンスが明らかに違うと私は感じています。 なぜそう言えるかというと、私がMBSに入社してから出会ったある上司から教育を受けてきたからです。私はテレビとラジオの企画・制作に計15年半携わってきましたが、入社10年目ぐらいに念願かなってラジオ番組『MBSヤングタウン』(ヤンタン)のプロデューサーとなりました。そのときヤンタンを作った渡邊一雄さん(初代プロデューサー)から「いろいろなタレントがヤンタンをきっかけに売れていく。お前もタレントやプロダクションから『東京のスタジオで放送させてください』と言われるようになるだろうけど、出来る限り大阪でやれよ。ヤンタンを作ってるんだから大阪からやることにこだわれ。それで空気感が変わるんだから」と言われたんです。 私は半信半疑だったんですが、50歳を過ぎた今になって渡邊さんの言ってたことがわかるようになった気がします。この「大阪で作るこだわり」が『あさが来た』にも生きていると思います。大阪局も東京も同じNHKではありますが、大阪局には「絶対東京には負けない」という精神があるんじゃないでしょうか。民放を含む大阪の作り手はそうあるべきだと思っていますし、現役の作り手たちには肝に銘じて欲しいと思っています。でも「大阪で作るこだわり」を忠実に守っているのが皮肉なことにNHKなんですよ。半年の放送期間という同じ条件で、出演者に撮影のために半年以上の大阪滞在を強いるわけですから。大阪でも東京でも受けるドラマを作るには それは題材にも表れています。『あさが来た』でも「東京が何でもかんでも中心じゃ駄目なのよ、大阪が頑張らないと駄目なのよ」といった内容を脚本に書かせて放送に反映させていますよね。東京への反骨精神を肌で感じている大阪の人間は拍手喝采を送るわけです。東京の人間はそこまでは感じていないでしょうけどね。それでも東京の視聴率がいいのは確実に関西人に受けて、さらに東京にも受け入れられる題材としてしっかり作っているからです。 ヒロインの白岡あさのモデル、広岡浅子は日本女子大学の創設者ですし、福沢諭吉、渋沢栄一、大隈重信など誰でも知っている歴史上の人物も登場させてバランスを取った描き方をしています。バランスの上手さでいえば『ごちそうさん』も序盤に東京の実家を描いてから大阪に嫁ぎましたし、民放でも大ヒットを記録したTBS系の『半沢直樹』も前半の梅田支店で大阪の視聴者をつかんでおいて、後半で東京に乗り込む図式を作ってましたよね。関西の人間は情に厚いから、東京編でも視聴者は離れなかったわけです。 今、テレビは東京ローカルと全国ネットがほとんど同じになってますよね。関西人は自己愛が強すぎる傾向があるので、排他的な関西愛のエンターテインメントになってしまうと全国区には受け入れられない。過去の視聴率が証明しているように大阪の視聴率は多少上乗せされるでしょうが、東京は高視聴率になりません。東京と大阪は人気番組でも視聴率に5%以上の違いが出る場合がありますから、たった500キロしか離れていないのに、ここまで違う嗜好性を持っていることは作り手、研究者の両方の観点から興味深いと思います。 そのほか、『あさが来た』が好調な理由を挙げると、ヒットした『下町ロケット』(TBS)の佃航平もそうですけど、あさがまっすぐな主人公で、奇をてらわずに成長の様を描いていますよね。しかも企画・脚本・演出・演者が揃っているから、陳腐なドラマにならずに現代の視聴者から共感を得ることに成功したわけです。加えて『まれ』があのような中途半端な結果になってしまったことも大きい。作り手から言えば前後の番組は非常に重要です。もし『あまちゃん』のあとを受けていたら、今ほど礼賛はなかったかもしれません。だから次の東京制作の『とと姉ちゃん』は必死でやってくるでしょうから見ものですね。 NHKのように大阪からドラマを全国に発信することが民放にも出来るのか。私は民放に頑張ってほしいと思っていますが、ドラマにはものすごくお金がかかるんです。民放のローカル局が頑張ってドラマを作っても安普請のセットになって、視聴者も「安っ!」と10秒で気づいてしまうでしょう。キー局とタッグを組む形じゃないと制作費も集まるものも集まらなくなります。頑張るだけでは限界があるんです。だから民放各キー局の編成、営業に言いたいのは、大阪、名古屋、福岡、札幌など基幹局も入れて、年間通じてリレー方式でドラマを作ってほしいですね。テレビ、ドラマだけじゃなく地方の活性化にも繋がるし、なにより各局の制作能力を高める意味でもプログラムの中に整えてほしいと思います。先ほども言った通り、NHKは東京・大阪が朝ドラを同じ条件で制作しているわけですから、無関係ではないと思いますよ。キー局だけじゃ回らなくなってきているこのご時勢、既得権を手放したくないのはわかるけど、ネットワーク局を盛り上げていってほしいですね。 私も昔ドラマADとして昼の帯ドラマを担当したことがありましたが、帯ドラマはドラマの中でも一番しんどいと思います。出演者が会見でよく「帯ドラマ大変でした、こんなに大変だったことはなかったです」などと言いますが、本当に大変なんです。担当もせず批評ばかりしている作り手にどれだけしんどいか、いっぺんやってみろと言いたいぐらい(笑)。また視聴率でも『あまちゃん』以降一段とハードルが上がって、20%超えの期待というプレッシャーがかかる状況もあると思います。でもフジテレビ系・東海テレビの昼ドラも3月に幕を下ろすわけですから、帯ドラマはNHKしかなくなるわけで、看板を守っていってほしいし、厳しい状況で結果を出し続けていることは凄いことだと思います。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。