検索ワード:芸能/212件ヒットしました

  • Thumbnail

    記事

    明治のハンサム・ウーマン再び 「あさが来た」大ヒットの理由

    トになっているのが、どこか頼りない男性、というのも、『あさが来た』の人気の大きな秘訣であろう。日本の芸能や文学の傾向とも重なるのだが、日本の読者や視聴者は、『心中天網島』(近松門左衛門)の治兵衛や『夫婦善哉』(織田作之助)の柳吉のように、よくできるヒーローよりは、どこかがぬけたダメ男に惹かれやすい。同じく働く女性を主人公にした朝ドラの『あぐり』(1997年)も、ヒロインの美容師としての活躍ぶりにもまして、夫のエイスケの破天荒ぶりが、愛嬌をもって受け止められた。その意味では、玉木宏演じる浅子の夫・新次郎の癒し系のキャラは、見事にツボにはまっている。 教師や看護師、美容関係など、女性の適職とみなされやすい、いわゆる“女性職”ではなく、男社会の典型ともいうべき実業の世界で活躍する女性を主人公に据えた点も意義深い。明治以降の近代化の波は、勤め人の男性を中心に、男は仕事、女は家庭という性別役割分業を推進したが、上方の歴史に根差した大阪放送局制作らしい『朝が来た』は、一般市民の女性が普通に働いていた、明治以前からの日本の歴史を活写する。女性の労働や社会参画は、現代の新しい現象と誤解されがちだが、明治以前の日本の一般市民の女性の多くは、農作業や自営業で生計を担って働いており、働く母親は当たりまえの存在であった。専業主婦が理想化されてゆくのは明治後半以降であり、それ以前の時代のパワフルな女性の活力を、『あさが来た』は生き生きと描く。 21世紀の今、従来の歴史観やメディアの表象では埋もれがちであった、日本の近代化における女性の役割に光をあて、主体的に社会貢献する「ハンサム・ウーマン」が活躍する『あさが来た』は、かくも画期的なドラマであり、人気の背景もそこにあろう。もっとも、男性視聴者には、ダメ男ぶりを見習ってほしくはないが……。

  • Thumbnail

    記事

    「あさが来た」の五代様 “逆輸入俳優”ディーン・フジオカの素顔

     NHK連続テレビ小説「あさが来た」で、「近代大阪経済の父」と呼ばれ、主人公・あさの“実業の師”として登場する「五代友厚」に、女性視聴者たちの熱い視線が注がれている。演じているのは俳優のディーン・フジオカさん。香港や台湾などではすでに有名な国際派スターだ。日本で人気に火がつくきっかけとなった朝ドラや五代役について、たっぷりと語ってもらった。(聞き手 杉山みどり)◇―「五代さんを演じているあのイケメンは誰?」と、ディーンさん人気が女性の間で急上昇していますディーン ほんとですか? うれしいですね。やはり朝ドラ効果はすごいなぁ。―薩摩藩士として生まれ、官を捨てて大阪発展のために生きた五代さんは、ドラマでもキーパーソンとなっていますNHK「あさが来た」で五代友厚を演じる俳優のディーン・フジオカさん=大阪市中央区のNHK大阪放送局(南雲都撮影)ディーン 感動ですね。こんな偉大な人物が日本人の先輩にいたということが。そして、その五代友厚という人物を演じさせていただく機会を自分がいただいたということが。150年前にこんな偉大な先輩がいたおかげで、現代日本人はそれぞれのライフスタイル、ワークスタイルで生きていられるんだ-。そう思いながら演じています。―五代さんの生き方に感銘を受けられたのですねディーン 今はパスポートを取得して飛行機のチケットを買うお金があればどこにでも行けますが、彼が生きたのは国交がなかった時代。上海への密航、薩英戦争で捕虜となり藩外での亡命生活、偽名を使っての渡欧…。いずれも命がけです。そこまでして前に進もうとする意志の強さというか原動力は、どこからきたのか。すごく考えさせられました。―何だと思われますかディーン もちろん好奇心もあったと思うのですが、それだけでは命を捨てても、という覚悟はできないでしょう。自分の国、日本という国がなくなってしまうかもしれない、という危機感を持っていたんだと思います。そして、日本のために何かを持って帰ろうとする愛国心の深さも感じます。―五代さんのことをよくご存じなんですねディーン 白状しますと、恥ずかしながら、オファーを受けるまでは、まったく五代さんのことを知らなかったんです。必死で勉強しましたよ。―猛勉強の甲斐があったのでしょう。ディーンさんが演じる五代さんはとても魅力的ですディーン ありがとうございます。“人物像”は白紙の状態で臨みました。脚本があって監督さんの演出があって、プロジェクトを進めるプロデューサーさんがいて…。決して役者1人のミッション(使命)ではなく、みんなで作り上げていくものですが、自分が大きな責任を担っているのも確かです。朝ドラは「大使館で見るもの」!?朝ドラは「大使館で見るもの」!?―五代友厚役に決まったときのことを聞かせてくださいディーン びっくりしました。僕にとって朝ドラは「海外の日本大使館で見るテレビドラマ」というイメージでしたから…。―大使館で、ですか!?ディーン はい。書類待ちしていて、「やることないなぁ」と手持ちぶさたになっていたときに、ふとテレビに目をやると、何か番組がかかっている。それが朝ドラでした。―ディーンさんは海外生活が長いですものねディーン 高校卒業と同時に日本を離れました。まさか自分が日本のテレビ、それも大使館で見ていた朝ドラに出演するとは想像もしていませんでした。―その朝ドラの撮影現場はいかがですか? 超ハードスケジュールだと聞いていますが…NHK連続テレビ小説「あさが来た」の1シーン(NHK提供)ディーン 確かにきついですね。でも、笑顔もお茶目な会話もありますよ。テンションを保ちながらも和やかな雰囲気、といったところですかね。―あさを演じる波瑠さんはどんな方ですかディーン 最初は「静かな方」というイメージでしたが、意外とノリノリで、小芝居を交えて話してくれます。主人公はセリフが多く体力的にもきついと思うのですが、プレッシャーに負けず、プロの仕事をしてらっしゃいます。すばらしい女優さんです。―ご自身のことをお聞きします。ディーンさんは日本語、英語、中国語、インドネシア語を操る国際派ですが、ドラマでは英語だけでなく関西弁や薩摩弁まで話さなければならず、大変なのでは?ディーン 薩摩弁も関西弁も自分にとっては外国語に近い感じで、最初は苦労しました。特に関西弁。薩摩弁はルールがはっきりあるのでリズムをつかめば大丈夫でしたが、関西弁は単語によってイントネーションが全く違うのでかなり苦戦しました。―役作りのために、五代さんにまつわる場所も回られたとかディーン はい。大阪取引所をはじめいろいろと。五代さんの末裔(まつえい)の方ともお会いしました。「こういう人物像にしていただいてよかった」とおっしゃっていただいたので、肩の荷が下りたというか、このままやっていけばいいんだと安心しました。―五代さんは、私利私欲とは無縁の人物だったそうですねディーン 五代さんのすごいところは、激動期の混乱の中、具体的なアイデアを持って実行したということだと思います。亡くなった後に分かったらしいのですが、ほとんど資産を持たず借財だけが残っていたそうです。―縁もゆかりもない大阪の経済の発展に尽くした…ディーン 「侍」ですね。刀を持っている者が侍じゃない。五代さんの生き方そのものが侍なんだと思います。―それを演技で表しているわけですねディーン 「このとき五代さんはこう思っていたんじゃないかな」と感情の流れを肉付けして演じているつもりです。気になる女性には声をかけなきゃダメ気になる女性には声をかけなきゃダメ―五代さん(五代友厚)のせりふの中で特に印象に残っているのは?ディーン うわぁ、いいせりふばかりだから難しいですね…。「達者で生きったもんせ」かな。もっと難しい言葉や志を高く持つ言葉、応援する言葉はいっぱいあるんですが、シンプルに「達者で生きてくれ」が心に響きますね。―それは、主人公・あさへの言葉ですね。唐突ですが、五代さんはあさのことが好きなんでしょうかNHK「あさが来た」で五代友厚を演じる俳優のディーン・フジオカさん=大阪市中央区のNHK大阪放送局(南雲都撮影)ディーン もちろん興味は持つと思うんですよ。当時は、女性に勉強は必要ない、家の商売に口を出すなんてとんでもない、という時代。疑問に思ったことを自分の言葉で相手に伝えるあさという女性に可能性を感じたと思います。―「これからの女性」の可能性を持ったあさに興味を持った?ディーン 世の中は男女がいて成り立っています。女性の可能性を覚醒させるのが、五代さんにとって1つのミッションであったとしたら、あさのような人は絶対必要だったと思うんです。女性の立場で女性を導く人。その特殊な存在感にひかれたと思います。それと、何かを伝えていきたいと願うメンター(指導者)として、弟子のような感覚もあったと思います。―なるほど。それはそれとして、私がお聞きしたのは「恋心」という意味でのことだったのですが…ディーン それは、トレーラー(視聴者を牽引(けんいん)する映像)を作る方々の技術の素晴らしさですよ。ははは! まったく、すばらしい腕をしてますよね。―ドラマを見ていて、五代さんの中にあさへの淡い恋心が芽生えたのではと妄想してしまったんです。しかも、五代さんの片思い…。あさは人妻ですからディーン ははぁ、なるほど。脚本家やプロデューサーの意図とはちょっと違ってくるかもしれないけど、僕が演じていて感じたのは、男である以上、気になる女性がいたら声をかけなきゃだめだろうってことですね。これを世間では“ナンパ”とも言いますが、「君はすてきな人だ」とちゃんと伝えるべきです。僕がそんな考え方だから、“男として率直に生きている五代さん”のような感じが出たのかな。―女性としても興味があるから声をかけるわけですね。当時は、あさのような女性は好奇の目で見られていたと思うんです。五代さんと出会えたことは、あさにとって幸運だったんでしょうねディーン 女性として「こうあるべき」というものにしばられて幸せになれない人がいる。その一方で、五代さんみたいに「こんな生き方もある」と道を示してくれる人に出会い、自分の能力を存分に発揮して尊敬される人間になっていく人もいる。すごく幸せなことだと思いますね。―五代さんとディーンさん。共通すると感じるところはありますか?ディーン 五代さん、大好きです。僕が今まで歩いてきた道のりを客観的に見て、どこかに共通点があると思ってもらえたおかげで、今回のキャスティングがあったとしたなら光栄です。もちろん五代さんには到底及ばないですが。双子のパパと言ったらびっくりされた双子のパパと言ったらびっくりされた―ディーンさんは高校卒業と同時に海外へ行かれたということでした。そのきっかけはディーン 花粉症がひどくて。いや、もうしんどいわ~と思って…。―えっ、花粉症!? ディーン ドラスチックに症状がなくなるので、おすすめですよ。―はぁ…ディーン ははは。花粉症がきっかけの1つであることはまちがいないんですが、目的はちゃんとあって、IT(情報技術)を勉強しようと米国のシアトルに留学したんです。父がIT関連の仕事に就いていたのでその影響でしょう。1990年代はまだまだインターネットって何?という時代でしたが、「いずれITが当たり前になる時代が来るから」と。―その後、どういう経緯で香港や台湾に?ディーン 大学卒業後は米国で仕事に就くつもりだったのですが、9・11(2001年、米同時多発テロ事件)の影響でビザの切り替えが難しくなってしまって…。で、ここで停滞しているぐらいなら次に進もう、と思い、アジア放浪の旅に出ました。―その途上で転機が訪れたんですよねNHK連続テレビ小説「あさが来た」の1シーン(NHK提供)ディーン 香港でした。あるイベントに飛び入りでパフォーマンスをしたら、モデルにスカウトされまして。生きていくためにお金を稼がないといけないので引き受けました。そのうち、ミュージックビデオやテレビCMなど映像の仕事も増え、演技が面白いなと思うようになりました。―05年に香港映画の主演に抜擢(ばってき)され、俳優としてのキャリアをスタート。その後、台湾のテレビ局からオファーが入ってドラマや映画への出演が続き、日本デビューは2年前でした。今回の朝ドラ出演で国内での知名度は一気に跳ね上がりましたねディーン 家族、特に祖母が喜んでくれています。これまではどこか別の国、別の言語で活動していたから実感がなかったそうですが、今は、ちょちょっとチャンネルを回したら僕が出ているのがうれしいみたいです。―ご家族といえば、「ディーンさんには妻子がいる!」とインターネット上で大騒ぎになったのをご存じですかディーン 大阪のイベントで「双子のパパです」と言ったら、みなさんにびっくりされました。それがネットニュースになったそうですね。―突如現れた“謎のイケメン”が多くの女性のハートをわしづかみにしていたんです。それが、すでに結婚していて、しかもお子さんもいると判明したんですから、そりゃあショックですよディーン 僕にそんなにも興味を持っていただいて素直にうれしいです。特に隠すつもりもなく、時々インスタグラム(画像共有アプリ)に妻子の写真も投稿していたんですが、みなさんには届いていなかったようですね(笑)。―ご家族はどちらに?ディーン 妻と子供たちはインドネシアのジャカルタに住んでいます。妻はインドネシアの人なんですよ。今は離ればなれで寂しいですが、単身赴任でがんばっています。“五代ロス”おびえる!?ファンも感激“五代ロス”おびえる!?ファンもアメちゃんもらって感激―これまでディーンさんの活動は海外がメーンでしたが、どんな感覚なのでしょうかディーン どの国にも年に半年以上は住まない「パーマネントトラベラー」の感覚に近いですね。帰属感ゼロで、どこのルールを守ったらいいのか分からず、自分の国籍まで分からなくなる状態…。―「あさが来た」に出演している今現在は?ディーン その時活動している場所。今は大阪、日本です。―収録中は大阪に住んでいらしたんですね大阪も五代さんも大好きですと笑顔のディーン・フジオカさんディーン 大阪はご飯が安くておいしい。みなさんが同じことを言うと思いますが、それってすごいことなんですよ。町が碁盤の目状になっているところもすばらしい。いろんな国で暮らしましたが、大阪は国際的にもトップレベルの豊かさだと思います。―話は変わりますが、堺市で行われたイベントには大勢のファンが殺到したそうですねディーン あ、飴ちゃんいただきました。ほかにもいろいろと。―飴ちゃん…ディーン この場をお借りして、ありがとうございました!―「五代さま~」と黄色い声も飛んだとかディーン 「おディーン」と呼ばれる方もおられますよ。―おディーン?ディーン 日本で仕事を始めたころ、テレビのバラエティー番組で「好きな食べ物はもちろん、おディン(おでん)ですよね」と聞かれ、なるほどと思って「はい。大根が好きです」と返すと、「あぁ、ディンこんね」となりまして。その日大根の売り上げが上がったそうなんです。で、景気もいいから「おディーン」となりました。―では、数年来のファンの間ではおディーンで通っているんですねディーン 朝ドラをきっかけに知ってくださった方からは、「五代さん」と呼ばれますね。ということは、「ディーン・五代」かな(笑)。―朝ドラの話に戻ります。史実では五代さんは主人公・あさより早く亡くなっています。いつか訪れる「五代ロス」におびえているファンも多いのですが…ディーン その後はみなさんで五代さんをもっと掘り下げてくださいね。―五代さんをもっと知りたいと本を読んだり、ゆかりの地を訪れたりする人も増えていますディーン それはもう、ぜひやってください! 五代友厚という役のおかげで、僕自身がすごく影響を受けました。役者としてだけでなく生き方という意味でも。また、子供の親となり、後世に何を残せるのか、ということを考えるようにもなりました。―やはり、ディーンさんと五代さんがリンクします。今後も日本で活動されるのでしょうか。そして、五代さん以外のいろんな顔のディーンさんを見られるでしょうかディーン はい、日本での仕事は続きます。1月からは民放ドラマに出演します。これからもよろしくお願いします。―それを聞いて安心しました。楽しみですディーン・フジオカ 昭和55(1980)年8月19日、福島県生まれ。香港映画「八月の物語」(2005年)主役で俳優デビュー。台湾に拠点を移し中華圏エンターテインメントの新星として活躍。日本ではカンテレ系「探偵の探偵」、NHK連続テレビ小説「あさが来た」など。

  • Thumbnail

    記事

    昼ドラ終焉でフジテレビの大改革は成功するのか

     52年の歴史を誇るフジテレビのお昼の連続ドラマ“昼ドラ”が、来春でその歴史に幕を下ろすことになった。 昼ドラといえば、04年に放送され、女優・大河内奈々子と小沢真珠が泥沼の愛憎劇で社会現象を巻き起こした「牡丹と薔薇」が、出演者とストーリーを一新して「新・牡丹と薔薇」として今月30日からスタートすることが発表されたばかり。最高視聴率13.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)と、昼ドラ史上に残る高視聴率を記録した“ボタバラ”が約11年ぶりに復活する一方で、昼ドラ自体は来年3月をもって終了することになる。 フジテレビ系列の東海テレビの制作で1964年に放送された「雪燃え」を皮切りにスタートした昼ドラは当初、著名な作家の原作をもとにした文芸ものや人情もの、特定の人物の成長や成功への道筋を描いた一代記的な内容のものが多かった。 だが、86年に放送された「愛の嵐」をキッカケに徐々に路線変更がなされ、登場人物同士の濃密な人間関係にも焦点を据えるようになっていき、00年代に入ると、「真珠夫人」(02年)、「牡丹と薔薇」(04年)、「冬の輪舞」(05年)など、ドロドロの愛憎劇を描いた作品が話題となり、主婦層を中心に高い支持を集める。2004年の「牡丹と薔薇」で熱演する大河内奈々子(右)と小沢真珠 数多くのドラマを手掛ける放送作家は語る。 「昼ドラといえば、非現実的とも思える過剰な演出やドロドロの愛憎劇をはじめとするストーリー展開が印象的ですが、そのあたりの“刺激の強さ”は、いわゆる家庭に入った主婦のハートを刺激する狙いがありました。同じく主婦層をターゲットにしているレディースコミックなんかも、同じようなテイストの作品が多いですからね」 だが、一時代を築いた昼ドラも時代の流れには勝てなかったようだ。“昼ドラ”を取り巻く時代の変化 「昼ドラ終焉の要因の一つとしては、まず一昔前に比べると専業主婦自体が減ったことが挙げられるでしょう。最近は夫婦共働きというスタイルも多いですしね。あと、娯楽の多様化によるテレビ離れも深刻です。この点に関しては、昼ドラだけでなく、テレビ業界全体が抱える問題ではありますが、テレビを見るよりもスマホをいじってネットを楽しんだり、ゲームをやったりしている人は確実に増えていますからね。最近は、スマホを媒介にした女性向けの恋愛趣味レーションゲームなんかもハヤッていますが、あれなんかはまさに昼ドラの好敵手と言ってもいいでしょう」(同放送作家) こうした背景もあり、昨今のテレビ業界では視聴者離れを食い止めるため、番組内容にも変化が見られると語るのは、テレビ誌の編集者だ。 「以前に比べると、視聴者が得した気分になれる情報やエッセンスを取り入れる番組が増えている印象です。情報番組はもちろんのこと、トーク番組やバラエティー番組なんかでも、グルメや健康、美容、ダイエット、生活の知恵や小遣い稼ぎのサイドビジネスなどを紹介したり、クイズ番組でも、クイズのお題の中にそういった要素を取り入れてみたり。逆に、完全に娯楽に特化したフィクションのドラマは、視聴率的にも難しい立場に追いやられているのが実状です。『家政婦のミタ』や『半沢直樹』、最近では『下町ロケット』のような高視聴率を記録する“お化け番組”もごくまれに出現しますが、ドラマの視聴率自体は軒並み苦戦していますからね。昼帯は元々情報番組が多い時間帯でしたし、“昼ドラ”の視聴者離れはシビアな話、作り物のドラマを見て過ごすよりは、情報番組でも見て、少しでも自分にとってプラスになる情報を得ようという視聴者心理が働いているのかもしれません」視聴者のドラマ離れも終焉の要因!? フジは、昼ドラとともにタレント・小堺一機が司会を務めるお昼の長寿番組「ライオンのごきげんよう」も来春で終了し、平日昼帯の大改革で視聴率回復を目指す方針のようだが…。 「最近のフジさんといえば、昨年4月に『バイキング』を、今年3月に『直撃LIVEグッディ!』と『みんなのニュース』をスタートさせました。情報番組に力を入れている印象で、そのスタンス自体は時代の流れに沿っているとは思いますが、視聴率的には苦戦し、結果が伴っていませんからね。元々、情報番組や報道番組よりもバラエティー番組やドラマといった娯楽に特化した番組を得意とし、黄金時代を築いたフジさんだけに、情報番組となるとなかなか難しい部分もあると思います。今回、昼ドラと『ごきげんよう』という2本の長寿番組を終了し、大改革に打って出るわけですが、『笑っていいとも!』終了の二の舞いにならなければいいのですが…」(同テレビ誌編集者) フジにとって、黄金時代を支えた昼ドラの終焉は吉と出るか、凶と出るか!?

  • Thumbnail

    記事

    玉木宏演じる『あさが来た』新次郎 女性に大人気の理由とは

     空前のブームとなっているNHKの朝の連続テレビ小説『あさが来た』。その中で、女性たちを魅了しているのが、主人公あさ(波瑠)の夫・新次郎(玉木宏)だ。 「“わてには無理です”なんてへらへらしながら、ふわりと難問をかわしてくれる。どんな危機に直面しても“なんとか、なるでしょう”と深刻に考えすぎない柔軟さが、逆に男らしい。男性はこのくらいド~ンと構えているほうが絶対、魅力的」(51才・主婦) 「イケメンで気が多いように見せかけて、妻に一途。そのギャップと玉木宏さまの見目麗しさに朝からやられっぱなしです」(49才・会社員) 「まるでスキップをするようにさらりと相手のために動いてくれて、それでいて、わざわざ自分がやったとアピールしない。あくまで、自分は“遊び人”というスタンスは崩さないんです」(52才・主婦) 姉のはつ(宮崎あおい・30才)が大阪から和歌山への移住を前に、姉妹水入らずのときを過ごすべく加野屋へ泊まりにきたとき。そんな大事なときにも出かけて行ってしまう新次郎にあさは“もしや女性か”と気をもむが、ほどなく戻ってきた新次郎がそっと差し出したのは、はつが大切にしていた嫁入り道具の琴だった。朝ドラ「あさが来た」の衣装で紅白歌合戦に登場した波瑠(左)と玉木宏(右)=2015年12月31日、東京・渋谷区のNHKホール(撮影・山田俊介) 思えば、はつが嫁いだ山王寺屋が潰れ、あさの前から姿を消したときも、決してあさにはバレないよう新次郎は、はつを捜し出した。あさが、笑顔になれることを敏感に察知して動くことができる。それでいて、ここぞというときには側にいてくれる。 「あさが炭坑の経営で苦しんでいるとき、新次郎が福岡まで会いに来ましたよね。かごに乗って(笑い)。それも、“わてが会いたくなったんや”なんて言葉まで。あさだって会いたかったはずです。その気持ちに気づいて、でも恩着せがましくなんか言わない。男だらけの炭坑で男のように闘うあさのピンと張り詰めた気持ちを、本来の天真爛漫なあさに戻してあげた。あぁ~、私もあんな夫がほしかった!」(41才・会社員女性) 自分を前面に押し出さないスマートさこそが、新次郎の真骨頂。でも、決して“へらへらやさしいだけ”の男ではない。 「遊び歩きながらも世の中の動きをピンと察知できるのは、柔軟な心の持ち主だから。でもただ柔らかいだけだと、豆腐のようにぐしゅっと潰れてしまう。いうなれば、彼はこんにゃく。しなやかで柔らかな心でありながらも、絶対に煮崩れない芯の強さがある」(47才・主婦) 新次郎の魅力あふれるシーンが、次々と描かれ、なかでも私たちの胸をキュンとさせたのは、あさの口元を“むにっ”とつまむシーン。「あんたの武器はこの柔らかい大福餅だす」 このセリフに、新次郎の魅力、そして『あさが来たブーム』の本質が込められている。なぜ、ここまで新次郎に惹きつけられるのか? 朝ドラ評論家の田幸和歌子さんは、AKB48が歌う主題歌にも、その心理が隠されているという。 「サビに入る前の、《やりたいこと好きなように自由にできる夢》という歌詞などが、象徴的です。社会で女性の活力が求められ、結婚しても、出産しても、仕事を持ち続けることが当たり前となった今、女性がやりたいことを思う存分やって、それを男性が支えてくれるのが、働く女性にとってのひとつの理想形になっている。 明治の時代に、社会に出ようとするあさの行く手には、それを阻もうとするいくつもの障害が出てきますが、新次郎がそれを涼しい顔でどんどん取り除いていきます。その様はどこか、黙って手を差し伸べる母のようでもあり、ガンガン進んでいく社長をサポートする秘書のようでもある。細かいところに目配りができる男性は、今の時代の女性にこそ求められている」 近藤正臣(73才)が演じる新次郎の父親・正吉も、新次郎に負けず劣らずの人気だったが、それはやはり、あさの行動力を買い、温かく見守ってくれた心強い存在だったからだろう。 「新次郎も、正吉も、家庭の外に出て働く女性を支えられる魅力を持っている。女性が社会に出ることを応援し、本人に足りない部分をさりげなくフォローしてくれる男性を求めている女性はこんなにも多いのだと、彼らの人気から実感します」(田幸さん)関連記事■ 朝ドラ新ヒロイン波瑠 純白の衣装で伏し目がちな美しい笑顔■ 年内にも出産シーンが登場? 『あさが来た』禁断のネタバレ■ 爽やかな朝がウリのNHK朝ドラで魅せた波瑠らのキスシーン■ 『あさが来た』好調の玉木宏 女子大に人気も過激トーク封印■ 小林よしのり氏「『あさが来た』は絶対に妾を描くべきだ」

  • Thumbnail

    記事

    NHKあさが来た ハゲタカ全盛時代に光る大阪人の「商い」魂

     予想以上のヒットとなっている朝ドラは今年のドラマのラインナップにも影響してきそうだ。ドラマウォッチを続ける作家で五感生活研究所代表の山下柚実氏が分析した。* * * いよいよ、2016年の幕が開けた。今年のテレビドラマを考えるにはやはり、NHK連続テレビ小説『あさが来た』から始めるべきでしょう。 視聴率は12週連続20%超えで、最高値は『ごちそうさん』の27.3%にあとひと息。数字だけでなく、評判もぐんぐん右肩上がり。幕末~明治という変革期の中で、大阪の両替商・加野屋に嫁ぎ、しなやかに、力強く自分らしく生き抜く主人公・あさ(波瑠)。その姿は凜(りん)としていて、まぶしい。大阪取引所の正面に立つ五代友厚の銅像=大阪市中央区 あさの輝きは言うまでもないが、このドラマのエッセンスは『あさが来た』ならぬ、『あきない(商い)が来た』ではないか。「商い」。加野屋を舞台にした「商い」の仕方、考え方、所作。それらが丁寧に細やかに、哲学も含めてぎゅぎゅっと詰まっていて、大きな見所になっているのでは。 たとえば、あさの義理の父・大旦那の正吉。演じた近藤正臣は「大阪商い」の秘密を明かしている。最初は、衣装として履くぞうりの鼻緒がすべて「黒」だった。が、わざわざ小道具さんに指示を出して、茶と黒の二色にした、と。切れた時に自分で替えた、という設定を考えた上で。「昔、鼻緒はしょっちゅう切れてたもんなんですよ。切れたら、替えなあかん。で自分の手拭いかなんかを裂いて鼻緒をとり替えた、そういう設定にした」(『あさイチ』のインタビューにて) この小さな工夫には、大きな理由が潜んでいた。「大阪は始末の町だからです」と近藤正臣。無駄に使い捨てしない。できるものなら直して使う。ものを循環させる。二色の鼻緒の草履を「履いてると、そういう(大阪商人の)気になれるんです」。 始末を大切にする「大阪商人」になりきる役作り。両替商の旦那の心根を作るために、わざわざ草履の鼻緒の色を工夫して履く。画面で見ても気付かないほど細かな部分に、このドラマの「魂」がはっきりと見えた気がした。 日本初の経済小説を書いた井原西鶴は、商売を行う上で必要な心得として「始末」「算用」「才覚」「信用」を挙げている。あるいは近江商人から生まれた「相手良し、自分良し、世間良し」という三方良しの精神は、かつて日本の「商い」の神髄として浸透していた。 相手の立場を考え、それによって自分自身も生かされる--。あさと家族の物語の中に、そうした「商い」の哲学の潔さ、かっこよさが透けて見える。ハゲタカ的な経済行為が世界を席巻している今だからこそ、「商い」に惹かれる。『あさが来た』が人気を集める理由の一つ、かもしれない。 あるいは、人気急上昇中のディーン・フジオカが演じる五代友厚という人物もそう。「東の渋沢(栄一)、西の五代」と並び称され、大阪経済の牽引役だったという五代は、「上に立つ者の5ヶ条」を残している。・愚説愚論だろうと最後まで聞く。・地位の低いものが自分と同じ意見なら、その人の意見として採用すること。手柄は部下に譲る。・頭にきても大声で怒気怒声を発しない。・事務上の決断は、部下の話が煮詰まってからすること。・嫌いな人にも積極的に交際を広めること。 当り前のようでいて、今だってなかなか実現できないこと。商売とは、えてして倫理を無視して欲に突っ走りがち。自分自身のブレーキとして、精神性や哲学を身につけなければ--かつての大阪商人たちはそう自覚していたのだろう。 歴史ドラマといえば、戦国武将に維新の志士と、きな臭い戦いに偏りがちだった。そんな風潮に今、『あさが来た』が風穴を開けようとしている。商売や町の暮らしを細やかにリアルに、より深く描く中から、時代と人々の挌闘ぶりを浮き彫りにするドラマの魅力に、みんな目覚め始めた。 さて、今年の「商い」ドラマとして、まずは1月3日、『百年の計 我にあり~知られざる明治産業維新リーダー伝~』(TBSひる 12時)が登場してくる。江戸初期から続いてきた銅商・住友が、近代化の波の中で企業に脱皮していく激動のプロセス。いかにイキイキと深く、人と時代を描き出すことができるか。あえて「ドキュメンタリードラマ」と銘打っているあたりにも、チャレンジの気配が漂っている。 いよいよ2016年、ドラマ界に「商いが来ている」。関連記事■ AKB48が朝ドラ主題歌初担当 会見で見せた柏木由紀のお脚!■ 朝ドラ新ヒロイン波瑠 純白の衣装で伏し目がちな美しい笑顔■ 大河と朝ドラ子役の鈴木梨央 紅白でAKB48との共演願う■ 相武紗季 ノースリーブのドレスに身を包んだその麗しき美貌■ 大河も経験した『あさが来た』P 大河と朝ドラとの違いを解説

  • Thumbnail

    記事

    キムタクはなぜジャニーズに残ったのか

    とは違う新しい「経営」を試みようとしている。今回の一件で、ジャニーズが崩壊するとか潰れるわけはなく、芸能界での立場がかなり遜色されるという懸念の方が大きい。 これまでのジャニーズは「帝国」であって、ジャニーさんは「帝王」だった。それが赤西くん(仁・元KAT-TUN)みたいに自分の都合で「やりたいことあるから脱退します」みたいな人が出てきた。80年代のジャニーズではとても言えなかったことです。自分がどうしてもなりたくてなった「アイドル」を自分から辞めるなんて有り得なかったし、事務所から肩を叩かれて「もうしようがないな…」ってところまでやって、ようやく出ていくのが当たり前だった。80年代のアイドルは、「僕は給与明細なんて見たことがありません」ってぐらいにお金をもらっていないので、辞めたくても辞められなかったんです。キムタクはなぜ残ったのかキムタクはなぜ残ったのか もし、4人が辞めることになれば、「SMAP」という形は難しくなる。ジャニーズが容認して4人は違うところで、木村くんはこちらでっていうのは有り得ない。ジャニーズは必ず「SMAP」を消滅させます。かつて、森(且行)くんが辞めたとき、メリーさんは「森? 誰それ? そんな子、最初っからいなかったでしょ。SMAPは最初から5人よ」ってマスコミに言ったことがあります。ただ、NHK紅白歌合戦の司会を6回もした中居くんについては、ジャニーズだって本当は手放したくないでしょう。中居くんは「ジャニーズに一生いるよ」と公言していたぐらいだし、内々の飲み会や誕生会のイベントでも必ず中心人物になる。 その中居くんが辞めるっていうのが、僕にとっては一番驚いた。中居くんは去らずとも木村くんは去るだろうと。木村くんは普通に考えて「ジャニーズにいた方が得策だな」という単純な考えで残留を決めたんだと思います。木村くんは俳優として名高く活躍してきたけど、まだ大河ドラマの主役をやったことがないんです。木村くんはとにかく大河の主役がやりたい。ただ、この1、2年数字が取れなくなってきて「これちょっとまずいな…」ってとこで仕方なく、映画「HERO」を木村くんに持ってきた。こんなことが出来るのがジャニーズなんです。映画では中居くんの方が「模倣犯」にしても「私は貝になりたい」にしても、当たった実績がある。そういう意味で木村くんは今、とても微妙な立場です。天下の木村拓哉といえども、例えば一人で東京ドームを満席にする福山雅治に比べると、やはり小さい存在なわけです。木村くんは自分がそういう立場であることをもちろん分かっていますよ。 木村くんがジャニーズを辞めない理由として周囲に言っているのは、SMAPのメンバーがメリーさんに直接罵倒されたわけでもないし、マネジャーが辞めるから辞めるというのは違う、というのはごもっともな意見だと思う。中居くんにしてみれば、自分が筆頭タレントとして、ジャニーズを出ても一人でもやっていける自信がある。4人は事務所を辞めると言って、既に「辞表」という形の文書が提出されたとも聞いているが、ジャニーズがそれを受理するかどうかというのはまた違う話。「CMの契約期間中はダメ」とか、法的な問題もある。大人の事情の中でいつ辞めるのかは、時間の問題があるだけ。整理し終わった結果が解散なのか、残留なのか、退社なのか。はっきりしているのは飯島さんが来月限りでジャニーズを辞めるということです。これまでのジャニーさんの性格から考えれば、「独立」イコール「絶縁」です。あんなに可愛がっていたトシちゃんにしても、そこまでするかってぐらい干されましたね。いま、トシちゃんはすっかり自虐ネタにしてますけどね(笑)。  繰り返しになりますが、ジャニーさんは本当に天才です。時代が後押ししたというのもありますが、昨年末の紅白を見るとよく分かります。例えば、ジャニーさんが一番最初にマネジメントした人って知っていますか? 実はね、森進一さんなんです。森さんをスカウトしてデビューさせたのがジャニーさん。もともと、ナベプロのマネジャーをしていたジャニーさんは、その後「ジャニーズ」というグループをつくり、ナベプロから独立したんです。それから、フォーリーブスや郷ひろみが大当たりして、郷ひろみが辞めた後に株式会社ジャニーズ事務所を設立し、そこから井上純一、川崎麻世、たのきんって続いていくんです。 紅白出場者では、森進一に郷ひろみ、関ジャニ∞、SMAP、嵐、TOKIO、V6…つまり、男の半分はジャニーさんが育てた人です。そしてマッチ(近藤真彦)が大トリ。これは無理がありますよね。トリの部分で数字が取れてないんで、さんざん叩かれましたが。これもジャニーさんのゴリ押しですよね。ジャニーさんの「集大成」なんです。もともとジャニーさんは、楽器を持って歌うのが当たり前だった「GSブーム」の時代に「歌って踊る」というおかしなことを始めたんです。それが大ウケした。聞くより観るという斬新な面白さ。フォーリーブスからはバク転が入り、国民がそれまでみたことのないものがどんどん出てきた。70、80年代の「アイドルはトイレにも行きません」みたいな時代には、コントまで始めちゃった。今はアイドルが紅白の司会、ニュースキャスターです。それまではなかったエンターテインメントをメディアで先駆けてやってきたのがジャニーさんです。それを60年も続けてるわけですよ。 今回、ジャニーズは本当だったらSMAPそのものは残したい。ただジャニーズは去るものは追わないので、お互い意地の張り合いという状況。SMAP解散までの限定的な活動はあるかもしれません。SMAPの名前の権利を手放すつもりはジャニーさんにはないだろうし、では木村くんのいない4人でネーミング使用料を払ってSMAPをやるのかいうというのも難しいです。彼らもいい歳ですし、いつまでもSMAPではなくて一人の役者やアーティストとして実績を残していきたいというのがある。ジャニーズは10月契約更新が多いのでそこまではおそらく契約があるでしょう。これまで解散をうたってツアー周りしたのは「シブがき隊」だけなんです。夏にはSMAPの解散ツアーが行われる、なんて事態になるかもしれませんね。(聞き手、iRONNA編集部・溝川好男)平本淳也 1966年生まれ。神奈川県厚木市出身。元ジャニーズ所属タレント。著書34冊を出版する作家、多くの企業の立ち上げからプロデュースまで手掛ける実業家として幅広く活動する。

  • Thumbnail

    テーマ

    SМAP解散危機、落日のジャニーズ帝国

    の確執が直接の原因と伝えられる中、突然の一報にファンは気をもむ。世代を超えた人気グループの分裂騒動。芸能界に君臨する「ジャニーズ帝国」はついに落日へと向かうのか。

  • Thumbnail

    記事

    スーパースターは傷つけてはいけない SMAP解散は必ず阻止できる

    も一発サインしていたと言われますが、SMAPも同様なんです。だからどす黒いものが渦巻くのが当たり前の芸能界、隠せということではなく、ファンに向けて表にしてはいけなかった。 私はSMAPを解散させてはいけないと思いますし、解散を阻止できると思っています。いかなることをしてでもSMAPを守らなければならない。今回の報道を受けて、ジャニーズ側による独立メンバーへの悪影響が既に噂されていますが、絶対やってはいけません。たとえ年に数回しか集まらない存在になったとしても、SMAPの看板は彼らがおじいさんになるまで残さなければならない。SMAPは日本の芸能界の宝なんです。だから報じる側のメディアもなんでもかんでもこき下ろせばいいわけではなく、至宝として認識しておかなければいけない。SMAPにまだまだ輝きを持ってもらうようにしておいたほうが、報じる側も日本の芸能界全体にとってもそのほうがプラスになると思います。もちろん決して事実にフタをしろと言っているわけではありませんし、伝えなければいけないところは当然報道しなければいけません。もろ手を挙げて礼賛するのが望ましいことではないですけど、例えば山口百恵は好き嫌いを超越した存在になったわけですが、芸能界にはそのような傷つけてはいけないような存在が何人か必要なんです。もし事務所の人間たちが今回の騒動の火種について心当たりがあるんだったら、騒動の大きさを自覚してSMAPという宝を大事にしなければいけません。大事にしないと、今後のジャニーズ事務所の屋台骨を大きく揺るがすことになりかねません。中居君に代表として記者会見に出てきてほしい 解散という事態になれば、芸能界にも当然大きな影響を与えることになるでしょう。SMAPロス、「スマロス」になるんでしょうか(笑)。スマロスの影響は世間にとって計り知れないものになるでしょうが、人は忘れやすい動物です。SMAPが解散しても何年か経てば次々若いグループが出てきて、表向き関心がなくなるかもしれませんね。むしろ解散の最大のダメージは世間が芸能界に持つイメージが大きく変わることではないでしょうか。一般の人は芸能界に憧れる気持ちがある反面、近寄れないイメージを持っていると思いますが、憧れの部分がより薄れてしまう気がしています。芸能界は夢を売る商売ですから、現実に即してなくてもやはり夢を売っていかなかければいけません。世間に夢を見させることは、芸能界でエンターテインメントの番組を作っている人間にとっては非常に大事なことです。だからこそ一番大事な要素の夢の部分が、ゴタゴタしていてメンバーの意図とは裏腹に別れてしまったなどと、まるで韓国の芸能界であったような話を見せてはいけないんです。 あくまで私の希望ですが、SMAP存続の落としどころを模索するなら、中居正広に代表として記者会見に出てきてほしい。たとえ裏に彼等を操るマネジメント側がいたとしても、木村拓哉がジャニーズに残って他の4人が独立したとしても、中居君が「いろいろご心配ご迷惑をお掛けしました。でもSMAPはこれからも輝き続けるような存在でありたい。SMAPは解散しません、俺たち5人は変わらない」と言ってくれればいい。それだけのメッセージさえあればファンは絶対逃げません。何ならマネジメント側の意向をひっくり返して「俺がしゃべる。YouTubeに俺のコメントをアップします」なんて言ってくれれば、今度はジャニーズ事務所 対 1億2000万人の構図になるかもしれない。事務所を超えて一本立ちしたタレントが自分の言葉で話してくれることを、日本のファンは求めているんじゃないかと思いますね。 それに今は誰でもインターネットを利用して何らかの主義主張が出来るわけですから、日本の芸能界がこれほど成熟したという姿を見せるいい機会になるかもしれない。つまり最大のピンチを最大のチャンスに変えるきっかけになるんです。SMAPは全盛期の人気からは右肩下がりになったと口悪く言う人がいるかもしれませんが、中居君の言葉が一気にひっくり返しますよ。やっぱりSMAPは嵐とはひと味違う、中居の男気は凄いと今まで興味がなかった人にも訴えかけられるかもしれません。彼らが大衆に夢を与えることの出来る数少ないスーパースターだから是非やってほしいんです。 今回の騒動で今後のテレビは大きく変わるでしょう。私は大きく変わったらいいと思います。新たな番組を制作する可能性が出ることで、作り手の能力が問われるし、特定のプロダクションにおんぶにだっこの状態を変えられるチャンスを得たようなものだからです。出来る作り手は好機を感じているでしょうが、実現に移すには簡単ではないはずです。最近は作り手に批評家が多くなってしまったので、人の番組を批評ばかりせずに何とかしろよといいたい(笑)。テレビ業界も一見マイナスに思える出来事をプラスにしなければいけません。(聞き手、iRONNA編集部・松田穣)かげやま・たかひこ 同志社女子大学情報メディア学科教授。1962年、岡山市生まれ。早大政治経済学部卒。毎日放送プロデューサーを経て現職。専門はメディアエンターテインメント論。そのほかに上方漫才大賞審査員、コンフィデンスアワード・ドラマ賞審査員、日本笑い学会理事なども務める。主な著書に「テレビのゆくえ」(世界思想社)「影山教授の教え子が泣きにくる。」(雇用開発センター)など多数。

  • Thumbnail

    記事

    十字架を背負い続けるSMAP 解散は彼らの「解放」でもある

    しい文化も生まれない中で、終わっていくテレビを引き受けさせられているのがSMAPなのではないか。伝統芸能のようになっているテレビの看板をわざわざ引き受けさせられているような。テレビは華やかでなければいけないというものの象徴になっている。 タモリが「笑っていいとも!」をずっとやめられなかった苦しさを、SMAPが引き受けるんじゃないかと漠然と思っていた。解散によってそれが解放されるなら、むしろそのほうが幸福なんじゃないか。(聞き手、iRONNA編集部・川畑希望)なりま・れいいち ドラマ評論家、フリーライター。単著『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)『キャラクタードラマの誕生: テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)。

  • Thumbnail

    記事

    中居正広 しゃべれるアイドル目指し事務所に司会の仕事直訴

     この8月、SMAPのリーダーの中居正広(40才)が、メンバーの中ではいちばん早く40才を迎えた。40才でありながらいまなおアイドルとして活躍している中居だが、SMAPが結成されてからの25年間は、長年、華やかな表舞台で活躍してきた中居のイメージとは異なる苦悩の日々だった。 1991年9月、『Can’t Stop!! -LOVING-』で、結成から3年目にして、ようやくCDデビューを果たすが、ここでも大きな挫折を味わう。それまで、ジャニーズアイドルのデビュー曲のオリコン初登場1位は当たり前だったが、この曲は前代未聞の初登場2位となってしまったのだ。さらにライブをやっても、空席ばかりが目立った。 また『歌のトップテン』『夜のヒットスタジオ』『ザ・ベストテン』など名だたる歌番組が次々と終了、活動の場も少なくなった。そんな状況に中居は「自分たちも、いつ解散してもおかしくない」という恐怖を感じていたという。中居は過去のインタビューで、当時のことをこう語っている。「光GENJIと同じ衣装を着て同じような楽曲を歌っても仕方ない。ぼくらはいままでのアイドルが誰もやってこなかったことに挑戦していかないとだめだと思った」 彼らの決定的な転機となったのは、バラエティー番組『夢がMORIMORI』(フジテレビ系)へのレギュラー出演だった。『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)の前身となる同番組では、当時のアイドルとしては異例ともいえる本格的なコントに挑戦した。中居も女装やハゲヅラ、コスプレなどを披露して話題を呼び、一気にSMAPの名前は広まっていった。 そうした日々の中で、中居は、将来を見据えて新たな目標を心に決めたと8月11日放送のラジオ番組『中居正広のsome girl’ SMAP』(ニッポン放送)で明かしている。「しゃべれるアイドルになろう。まずSMAPの中でいちばん、そしてジャニーズの中でいちばんおしゃべりができるようになろうって思ったんだ」 当時の中居を知るテレビ局関係者が振り返る。「あの当時の中居さんは、“二番手でも三番手でもいいから、とにかく司会をやらせてほしい。大阪の番組やBS、朝の情報番組のアシスタントでもいいから、しゃべる仕事をやらせてほしい”って、自ら積極的に事務所に訴えていました」 その甲斐あってか、中居は『中居正広のボクらはみんな生きている』(フジテレビ系)、『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)など、テレビ・ラジオを問わず、さまざまなMCに起用され、25才のときには史上最年少で『NHK紅白歌合戦』の司会にも抜擢された。関連記事■ SMAPファン デビューCD3枚買ったのがバレ親に怒られた■ 『ATARU』中居正広 ドラマ収録終了までトンカツ断ちを宣言■ TOKIO国分 中居と酒を飲みながら「櫻井は脅威だね」と話す■ 新生モー娘。、舞祭組、武井壮…SMAP中居正広がブレーク支える■ ジャニーズ野球大会でおいしいところを持っていった中居正広

  • Thumbnail

    記事

    アラフォーSMAPの衰えぬ人気 20年前からの視聴者が継続支持

    もメンバー全員が30歳を超えている。その下の世代のグループの人気は、まだまだSMAP、嵐に及ばない。芸能記者が語る。「1980年代のたのきんトリオ、シブガキ隊、少年隊、光GENJIはデビューした頃、10代が主なファン層でした。彼ら自身は30歳を超えたら、アイドルとは認識されなかった。少年隊がコンスタントにシングルを発売していたのは、メンバーが24~25歳だった1990年まで。近藤真彦は30歳の1994年に結婚をしている。 以前は若い世代がテレビを見ていたので、確実に新陳代謝が起こっていた。しかし、現在は若い世代がリアルタイム視聴をあまりしなくなったので、少なくともテレビの世界では、男性アイドルの世代交代が起こりづらくなっているんです」 昔ほどの影響力はなくなってきているようだが、テレビがいまだに強力なメディアであることに変わりはない。テレビに出まくり、視聴率を稼いでいることが人気の条件となっている以上、今後もSMAP人気は続きそうだ。関連記事■ 杏 今も視聴率好調で「時代到来、日テレの命運かかってる」■ 「TV局を減らせ」と説く元業界人がTV界の現状を描いた書■ フジTV社員「数字取れるのはサザエさんとスマスマ位」と消沈■ 視聴率最高記録は『第14回NHK紅白歌合戦』の81.4%■ フジ月9『HERO』絶好調 『SMAP×SMAP』視聴率へも好影響

  • Thumbnail

    記事

    NHKのど自慢スペシャルでわかった やっぱりSMAPは「職業がスター」

    とつになれることを改めて感じた」中でも、今回も特に活躍もせず、最も冷静であった稲垣吾郎のコメントが、芸能界的には最も面白い。稲垣吾郎(41)「僕らも出場者と同じ気持ちになれた。最後の出場者という感じで歌えました。5大都市以外にもいろんな所に行くことが僕らには大事」 手伝ってもらって作った料理を出して喜んでいる場合ではないのである。SMAPは今後もスターであり続けねばならない。彼らの職業はスターなのである。