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    信長が最強の城で手に入れた「一等星」

    水神に蛇、鬼女、そして儒教も仏教も…。信長が安土城天主に詰め込んだのはオカルトパワーだけじゃない。ありとあらゆる権威や吉兆も頼りにし、「最強の城」に仕上げていった。さらには最上階に龍のパワーを降臨させようと準備万端整えた信長だが、最強の「一等星」を取り込むことも忘れなかったのである。

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    信長はこうして「7階建て」安土城にオカルトパワーを詰め込んだ

    漆で固められた漆黒の部屋が出現したのだ。これはいったい何を意味するのだろうか。そこには、これまでの本連載で紹介してきた信長の思想が込められていた。 陰陽五行(いんようごぎょう)の思想では、黒は水を表す。それを象徴する霊獣は玄武だ。この架空の生物については第12回でも触れたが、亀と蛇が一体化した水の神だ。 龍・大蛇のパワーによって水を制御し、戦いに勝ち抜いてきた信長にとっては本来欠かせない存在のはずだ。しかし、将軍足利義昭が「元亀」の元号によって亀が主、蛇が従と規定したことを忌避して、信長は義昭追放と同時に「天正」への改元を実行している。 それから6年、彼は義昭から取りあげた玄武をようやく完全に自分のものとしたことになる。そして、「玄武=黒=水」が象徴する自分の精神の根底を具現化してみせたのだ。 ちなみに、『信長公記』の作者、太田牛一による『安土日記』には「御殿(天)守は七重、悉(ことごと)く黒漆なり」と書かれているので、これは地上1階だけでなく6層すべてが同じ世界観で統一されていたと考えられる。ちなみに、座敷内だけでなく外に面する柱や狭間戸(窓の扉)なども同様の技法で真っ黒にされていた。 さて、その黒い世界の内、1階西側の12畳敷き座敷には、狩野永徳により梅の墨絵が描かれていた。「下から上までことごとく金」とあるのが墨絵と矛盾するとの説もあるが、「御絵所」という説明がついているので、これは漆黒の部屋の中で障壁画が飾られる場所、つまり絵のある襖(ふすま)や屏風、壁の一角だけが上下金箔(きんぱく)貼りで、その上から墨絵が描かれていたと考えるべきだろう。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) その隣の部屋は書院で、ここには「遠寺晩鐘(えんじばんしょう)」の絵があり、その前に「ぼんさん」が置かれている。ぼんさんは「盆山」と書く。庭園に人工的にこしらえた盛り土・石積みの築山(つきやま)を指すこともあるが、ここでは水面に見立てたお盆の上に石を置き、それに苔や小さい木を植え付けることによって、島を表現したものをそう呼んでいる。「遠寺晩鐘」に浮かぶ仮説 遠寺晩鐘は「瀟湘(しょうしょう)八景」と言われる中国の山水画のテーマの一つで、「烟寺晩鐘」「煙寺晩鐘」とも書く。夕刻、遠くおぼろに浮かぶ清涼寺から響いてくる鐘の音を聞くというテーマで描かれたものだ。 問題は、これが湘江(しょうこう)という大河の沿岸の風景であるということだ。湘江には伝説がある。神話時代の中国の聖帝に舜(しゅん)がいるが、この舜は治水に努めたとされる。 その2人の娘、娥皇(がこう)と女英は、父が亡くなると悲しみのあまり、湘江に身を投げて死に、「湘君」と呼ばれる川の神になったという。この湘江が流れ込む洞庭湖(どうていこ)には君山と呼ばれる島(今は砂の堆積によって岸とつながっている)があり、湘君が遊んだとされている。 つまり、盆山は背景の遠寺晩鐘の湘江から下った洞庭湖の君山を表しているのではないかという仮説が成り立つわけだ。川の神・水神の世界が、「黒=水」の結界の中に出現する。 そしてもう一つ、別の見方をしてみよう。湘君の棲む湘江の風景画の前に置かれた盆山。これは湘君を呼び寄せるための「磐座(いわくら。神が坐(ざ)す岩であり、ご神体そのものでもある)」とも考えられる。水のパワーを招くための仕掛けという解釈も可能だ。 1階の他の場所を見てみよう。書院の次には鵞鳥(がちょう)の絵の十二畳座敷、鳩・雉の親子の絵がほどこされた部屋が並ぶ。画題として鳥はポピュラーだが、一応チェックしておこう。 鵞鳥には、大国主神(おおくにぬしのかみ)の義兄弟として国造りを手伝った少彦名命(すくなひこなのみこと)が、鵞鳥の皮の服を着ていたという謂(い)われがある。今まで何度も引き合いに出してきた大国主神(大物主神)絡みの画題だ。 そして、鳩は武家にとって大切な武神、八幡神の使い。雉についてはさらに面白い。中国では、雌の雉が蛇の精を受けて産んだ卵が蛟(みずち)という怪獣になり、洪水を引き起こすという言い伝えがある。日本でも、雉は災害を予知し吉祥として尊ばれ、「白雉(はくち)」という元号も使用されたほどだ。滋賀県のJR安土駅前にある織田信長像 以上のように、1階の鳥の絵はすべて瑞兆(ずいちょう)を表している。 それに続く座敷には、中国の儒者たちの絵。儒者は儒教を研究・信奉・実践する者たちで、古くから内裏の障壁画として採り上げられていたものだが、この場合の具体的な内容はわからない。2階にたたずむ「仙女」 とにもかくにも、水神・瑞祥(ずいしょう)の鳥たちに続いて、中国古来の儒教をモチーフとした部屋があったことだけは確かだ。このあとにも、さらに部屋や納戸が連なって1階部分が構成されている。 続いて2階へ上がってみよう。花と鳥が描かれた「花鳥の間」。中国の伯夷と叔斉が描かれた「賢人の間」。伯夷と叔斉は儒教の聖人だ。 この賢人の間には、「ひょうたんから駒」の絵も描かれている。これは中国の方士(仙人)・張果老が、白いロバを白紙に変えてひょうたんの中にしまい、移動のときはその紙をひょうたんから出し、元の白ロバに戻して乗ったという伝説にもとづくもので、若いころは魔除けのひょうたんを腰から吊していた信長としては好みの題材だろう。 ここで儒教と神仙という中国本来の宗教世界(仏教は外来宗教)が同居している。この他にも仙人の呂洞賓(りょどうひん)、西王母(せいおうぼ。『西遊記』にも登場する天界の仙女王)が描かれた部屋がそれぞれある。 このように書くと、いかにも詩的な世界観だが、一つ注意しなければならないのが西王母の部屋だ。 この仙女の王は、後世になって絶世の美女の姿で描かれるようになったが、原初の風体は、牙を剥いた鬼女そのもの。おまけに、その下半身には蛇(豹とも)の尾が生えている(『山海経』)。漢の時代の中国の絵に残されている西王母は龍も従えており、両脇の侍臣の下半身は蛇で、互いに絡み合う。 この安土城天主の2階に描かれた西王母が美女の像か、あるいは古代の鬼女の像だったかは不明だが、西王母が龍や蛇に密接な関係がある存在だったのは確かで、これも信長の世界観にはピッタリだ。この他さらに数室が続いて、3階へ。 3階では龍虎が争う様子を描いた部屋、それに鳳凰(ほうおう)を描いた部屋が目立つ。それぞれ画題としてはメジャーで、それに松、竹の絵の部屋もあり瑞祥の連続だ。天主跡まで急な石段が長々と続く安土城=2015年3月、滋賀県近江八幡市 許由(きょゆう)と巣父(そうほ)という古代中国の隠遁者たちを描いた部屋もある。これも障壁画の題材としては一般的なものだが、俗権力を徹底的に避けたふたりを描かせた信長には他に何らかの意図があったのだろうか。 4階に絵は無く、5階は八角形。これは法隆寺の八角円堂として有名な夢殿と同じ構造だ。実際、その内部は釈迦(しゃか)の十大弟子や釈迦が悟りを開き説法をおこなうまでの物語が描かれており、外周の縁側には餓鬼・鬼という仏教上の「餓鬼道」が配され、内部の人間道・天道との対比を成して、仏教の世界観を完成させている。「八角形」もう一つの謎 そしてもう一つ。八角形というと八卦鏡(はっけきょう)が連想される。 「当たるも八卦、当たらぬも八卦」などというが、これは中国の八方位陰陽説に基づいた風水占術を表している。八卦鏡は風水上、玄関や水回りに配すると凶を防ぎ、そのパワーが八方から吉を呼び寄せるという。ちなみに元伊勢籠神社神宝となっている天照大神ゆかりの辺津鏡(へつかがみ)・息津鏡(おきつかがみ)も八芒星(あるいは太陽の象徴だろうか)があしらわれている。 また、キリスト教では八角の星(八芒星)を「ベツレヘムの星」と呼ぶ。自然界の八つの要素がエネルギーの流れを支配し、力、権力を生むという星だ。以前長篠の戦いの際に触れた五芒星や六芒星より能動的にパワーを高めるという点では最強といえる。 信長が宣教師からその知識を得ていたかどうかはさだかではないが、結果としてその形状を天主5階に導入していたことになる。魔除けアイテム・パワーグッズに凝った信長がそれを知っていれば、さぞや得意満面の表情を浮かべただろう。 その八角堂の外周、縁側の欄干には擬宝珠(ぎぼし)が付けられている。これは信長の権力の高さ、大きさを表す。本来擬宝珠は朝廷や将軍の特権だからだ。 その縁側の端戸(はたいた。縁側の行き止まりにはめられる板)には龍と鯱(しゃち)が描かれていた。鯱も龍と同じく水を制する霊獣であり、いかにも信長らしい。 いよいよ、最上階の6階にたどり着いた。内・外ともに金貼りされた座敷の四方の内柱には、昇り龍・下り龍があしらわれている。2年前、「天下布武」印に取り入れた下り龍の意匠に昇り龍も組み合わされた。安土城天主跡からの展望、現在田畑が広がる場所は当時琵琶湖の内湖であったという=2010年1月撮影 信長はその座敷の中央に座し、龍のパワーの降臨を仰ぎ、その力で運気上昇する態勢を整えたのだ。壁には三皇五帝や孔門十哲などといった古代中国の聖帝・儒教の名士たち、中国文明の粋といえる要素で埋め尽くされていた。 最後に、この天主を含む安土城の主郭部の跡からは、鬼瓦には宝珠などの招福アイテムをモチーフとしたものが出土している(『安土城1999』安土城考古博物館)。これも信長の縁起担ぎ好きの一面をよく示しているものだろう。

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    日本が取り憑かれた「連帯責任」という病

    日大ラグビー部の部員が大麻の所持容疑で逮捕され、同部は無期限の活動停止となった。日大は再発防止に努めるとしているが、一番の被害者は「連帯責任」を負わされた部員たちだ。日本には古くから連帯責任の精神が根付いているとはいえ、場合によってはデメリットだけではないだろうか。改めて連帯責任の是非を考えたい。

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    連帯責任なんてもう古い?日大ラグビー部にみるニッポンの不寛容さ

    上西小百合(前衆議院議員) 日大ラグビー部の部員が大麻取締法違反(所持)容疑で先月逮捕され、その後起訴された。「自分で使った」と容疑を認めていたことを受け、同部は無期限の活動停止と、捜査に協力し再発防止に向けて全力で取り組むと発表した。 以前も高校野球大会で準決勝まで駒を進めていた強豪校の部員数名が喫煙していたという理由で大会の出場を辞退した上に、当面の活動を自粛したことがあったので、おなじみの不思議な連帯責任劇に日本文化の悪い部分をまざまざと見せつけられた気がした。  同時に、その処分により巻き添えを食らい、努力を無駄にされた同部員たちのメンタルを案じる気持ちが沸きあがってきた。 日本ラグビー協会の会長は、日大ラグビー部員が逮捕されたことを受け「がっくりくる。1人の行動によって、ラグビー界全体が言われるんだということの教育をやらないといけない」と述べている。  当然、事件の再発防止や逮捕された学生の処分は厳正に対処していただきたいところだが、なぜ日大は逮捕された部員1人の責任を、大麻と何の関係のない部員たちに「連帯責任」という罰で押しつけたのだろうか。 遊ぶ間を惜しみ、寝る間を惜しみ、厳しい部活練習に耐えてきたにもかかわらず、チームの1人がプライベートで悪事に手を染めたため、その努力が無駄にされてしまう。そんな連帯責任を負わされた報われない学生たちにいったい何が残るというのだろうか。人ならば誰しもが当たり前に抱く感情、「憎しみ」「怒り」「悔しさ」が残るのではないだろうか。生涯でたった4年間しかない大学生活の主軸を権力者によって「連帯責任」で奪われるのだ。 実際日大は、今季の関東大学リーグ戦では1部に所属し2位。昨年12月に行われた全国大学選手権では8強進出を達成したが、逮捕された部員は選手権大会ではベンチ外だった。ラグビー大学選手権準々決勝(早稲田大対日本大)後半点差を広げられた日大フィフティーン=2019年12月21日 (岡田茂撮影) 加えて、こういう案件が生じれば、その分野のイメージが悪くなるという声が毎回のように上がるが、実際問題そんなことはない。報道を見る読者も視聴者も、そこまで冷静な判断ができないわけではない。単に集団の中の個に問題があっただけで、それは一部の話だということくらい理解できる。 つまり、今回の処分は日大の上層部が「日本大学」ブランドを守ることに執着をし、大学の権力者たちが非権力者の学生たちに連帯責任という罰を負わせ、世間体だけを保っているとしか考えられない状況なのだ。連帯責任の根底にあるもの 実は日本には歴史的に見ても1人(個人)の責任を連帯責任(全員)にすり替える習慣がある。律令制の「五保」や江戸時代にあった「五人組」、戦前の「隣組」も似たような発想によるものであり、相互扶助の精神を大切にするためと建前で言いつつも、一番の目的は集団の和を乱さずに、権力者への貢納確保や密告が目的だったと言われている。 すべての者に同じように従うことを求め、外れてしまったものは村八分といういじめに遭わせる。要するに、権力者が非権力者に対して自分の支配力を高めるために「連帯責任」を利用してきたという悲しい一面がある。 こうした背景もあってか、日本は基本的に、すべて皆同じようにあらねばならず、個は認められにくい、いわゆる「不寛容社会」だ。 不寛容社会の象徴とも言えるのが、何でもかんでも謝罪を欲しがる大衆の心理である。連日、テレビをつけると騒動を起こした有名人や政治家が「辞めろ」「謝れ」と恐ろしいほどに袋だたきにされている。 そして、俳優が不祥事で「引退する」と言えば、「潔い」と大絶賛ムードに、閣僚が疑惑報道で辞任すれば、「やったぜ!」というムードに世間が包まれる。「皆」が「同じようにとりあえず謝罪」して引っ込めば、根本は何も解決せぬままに物事が一段落していく。ばかばかしいこと限りない。 このマイナス面を現代にまで大切に握りしめておくのはいかがなものかと思うが、決して「連帯責任」自体が「悪」というわけではない。 私は衆議院議員時代に自衛隊員の方々から話を聞く機会があったのだが、自衛隊の訓練の中ではあらゆる局面で連帯責任を負うそうだ。緊迫する環境下で人命にかかわる職務を遂行する際に、1人がふと気を抜いてしまったことで人の生死や国家の安全にとんでもない影響が出ることも想定される。 ゆえに自衛隊員は、個ではなく集団として協力することでさまざまな障壁を乗り越え、国民の生命や財産を守ってくれている。これが日本の自衛隊のクオリティの高さのゆえんでもあるため、一概に「連帯責任」が「悪」とは言えない。 ただ今回の日大のケースは、連帯責任によるマイナス面の影響が大きいと言えよう。あくまでも、ケースバイケースで臨機応変に“連帯責任の使い方”を判断していかなければならない。※写真はイメージ(GettyImages) こんな社会ゆえ、日大側が「謝罪して引っ込むのが一番の幕引き」という思考回路に陥ってしまうのだろうが、理不尽に責任を負わされた日大ラグビー部員たちには、どうかくじけずに残りの大学生活有意義なものにしていただきたい。 「連帯責任」の本当の意味や歴史を理解し、適切に使うことが必要だ。

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    散らない「桜を見る会」にはワケがある

    新型コロナウイルス禍にも、「桜を見る会」に対して野党が追及の手を緩めることはない。規模の拡大は確かに問題だが、経済や外交など喫緊の課題を差し置いてまで論戦すべきといえるのか。これほどまでに「桜を見る会」の話題が収まらないのは、やはりあの「イデオロギー」にとらわれているからなのだろう。

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    社会常識もかすむ「いつまでも桜を見る会」には、お気の毒です

    して国会の質疑時間を大きく割くほどの重大なものかどうかは別問題だ。 既に「桜を見る会」については以前連載でいくつかの論点を挙げて分析してきた。掲載から2カ月ほど経過するが、基本的な論点は変わらない。ぜひ読者にはこの論考を参照いただきたい。「桜を見る会」を巡る問題を追及する野党合同ヒアリングで、配られた内閣府の資料=2020年1月23日 ただ、いくつか新事実も明らかになったので紹介しておこう。あらかじめ結論を書けば、「桜を見る会」の規模が、年々拡大したこと自体は反省すべきである。実際に運用などを政府が見直すことになっている。本当であれば、この時点でほぼ問題は終わるが、そんなことを許さないのが反安倍勢力である。 後援会の人間が多く呼ばれた点は反省すべき点があるだろう。ただし、安倍政権だけが後援会や「議員枠」などで招待客を募っていたわけではない。民主党政権下含む歴代の内閣が同じことを行っていた。社会常識さえかすむ? 夕刊フジの取材によると、民主党の菅直人政権時代の「桜を見る会」では、当時の滝実(まこと)総務委員長名で、民主党所属の国会議員にメールが送られていた。「『桜を見る会』へのご招待名簿の提出について」と題された文書は、後援者や支援団体の幹部などの招待を促す内容だった。現在の野党や先の毎日新聞のような一部メディアが問題にするような「私物化」とは、かなり異なる印象だ。 つまり、後援会をはじめとする支持者を招くことは、おそらく民主党政権時代においても、以前からの慣例なのだ。その時点では問題にならなかったのに、今回だけ異様に批判されている。 しかも、見直しを政府が表明しても「私物化」疑惑が終わることがない。疑惑追及の延長で、会合参加者の名簿提出を野党などは要求しているようだが、政治的な思惑が優先してしまい、個人情報の悪用の方がむしろ心配になるほどである。 さらに「桜を見る会」の安倍事務所主催の後援者向け夕食会(前夜祭)がいまだに問題となっている。この件については、5千円の価格設定も不思議ではないことや、ホテル側が参加者に発行した領収書が存在し、マスコミを通じて領収書の画像もわれわれは確認することができるが、特段おかしな点はない。 ホテル側が明細書を出さなかった点も、ホテル側との信頼関係などで出さないことはあるだろう。政治資金収支報告書にこの夕食会の収支記載がないことも、単に安倍事務所は「仲介者」(仲介手数料もない)でしかなく、ホテル側と参加者との契約関係にしかすぎない。そのため、金銭のやり取りがなければ、政治資金収支報告書に掲載する必要性もない。 ところが、このホテル側と参加者が契約関係にある、という点に疑問を投じる反安倍系の識者たちがいる。「参加者が個人的にホテルと契約」という点をあざ笑うような指摘があったのである。 正直、社会常識さえ反安倍の前にはかすむのだろうか。いちいち契約書面などは書かないが、われわれの社会行動で契約はありきたりのものである。記者に囲まれ「桜を見る会」を巡る質問に答える安倍首相=2020年11月、首相官邸 例えば、切符を買うことは、電車に乗る行為を鉄道会社と利用客が双方合意して締結している。これと前夜祭のホテルと参加者の関係も全く同じである(山形浩生氏の例示から引用)。 なぜ、この点が反安倍系の識者たちのあざ笑う対象になるのか、全く理解できない。おそらく、それほどまでに反安倍というイデオロギーというか、認知バイアスが強いのだろう。哀れむべき現象と言わざるを得ない。

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    「中国離れ」を左右するコロナショックと忖度リスク

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 春節(旧正月)明けの中国株式市場は予想通りの暴落で始まった。新型コロナウイルスの中国本土での感染拡大を受け、市場取引の連休期間を延長していた。 代表的な指数である上海総合指数は売り注文が殺到し、連休前だった1月23日の終値から、一時最大で8・7%、結局4年5カ月ぶりの大きさとなる7・7%の大幅下落を記録した。もっとも、中国の政策当局も手をこまねいていたわけではなく、株価安定のための対策を準備していた。 中国人民銀行(中央銀行)は、資本市場の資金不足を防ぐために、1・2兆元(1740億米ドル、19兆円強)もの流動性資金の供給をアナウンスしていた。また、ロイター通信によれば、中国当局は各証券会社に対し、3日の空売り注文を規制するように要請したという。 特に中国人民銀行の動きは重要である。なぜなら、中央銀行の重要な役目として、金融システムの安定性を維持する「最後の貸し手」としての機能があるからだ。 「新型コロナウイルスショック」は今のところ、人やモノの取引といった実物面だけにほぼ限定されている。影響が及んでいるのは、国内外の物流への影響、国内外の観光客やビジネスでの移動制限などだ。 だが、これに留まらず、株価の予期しない下落から金融機関、企業などに「おカネの取引」の面で影響を及ぼせば、経済的な被害ははるかに甚大なものになる。資金ショート(不足)を防止するために、中央銀行は潤沢な資金供給をもって応える必然性が出てくる。 この対応は中国だけではなく、金融システムの不安定性が懸念されれば、どの国であっても採用する政策だ。市場関係者では、現状の7~8%台の株価下落は予想の範囲内だとの見方が強い。その意味では、現時点では中国の政策当局の「必死の攻め」が効果を挙げているのだろう。もちろん、これで話が終わりというわけでは全くない。 米中貿易戦争の影響で、既に中国経済は大きく減速していた。昨年10月に2019年第3四半期(7~9月)の実質国内総生産(GDP)成長率が前年比プラス6%と発表されたが、通年で6%を下回る予測が既に出ていた。 この率は、1992年の四半期データ公表開始以来最も低い数値となった。ただし、中国の習近平指導部はこの公表値にも強気の姿勢であり、いわば政治的には「織り込み済み」であった。WHOのテドロス事務局長と会談する中国の習近平国家主席=2020年1月31日、北京の人民大会堂(共同) トランプ大統領自身の再選がかかる「政治の年」では、米政府が大胆な中国への経済的圧力を現状以上には出せないという見方もあったのだろう。だが、今回の「新型コロナウイルスショック」は、中国指導部の楽観シナリオを狂わせたのではないか。SARSとコロナ、経済的ショックは? そこで、2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の流行による中国や世界経済の影響と比べてみよう。今回は02年よりも国内景気が悪い中国の経済状況下で、「世界の工場」だけでなく世界の物流や消費の一中心地になったことで、世界経済における位置も変化している。この状況を勘案すれば、SARSのときの国内外に与える影響を各段に上回るものと予想できる。 03年のSARSの経済的な影響については、高麗(こうらい)大の李鍾和(イ・ジョンファ)教授とオーストラリア国立大のワーウィック・マッキビン教授の論文「SARSからの教訓:次なるアウトブレイクに備えて」が有益である。両氏の論文では、SARSショックは、中国経済の成長率を1・1%引き下げ、香港に至っては約2・5%も引き下げた。 ただし、世界経済への影響は軽微であり、米国は0・1%ほどの引き下げ効果しかなかった。両氏の論文には特に日本への言及はないが、03年の日本経済は、世界経済ともSARSショックとも無縁な形とはいえ、デフレ不況の中で「格闘」中であった。 2月1日の夕刊フジでもコメントしたように、「現在の中国は世界の生産の主体であると同時に、世界の消費者としての地位を築き、ビジネスでも多数の人が動くようになった」。そもそも03年、中国の経済規模は世界第6位程度であり、GDPでは日本より小さかった。 だが、今日では、世界第2位の経済規模であり、貿易関係一つとっても各段に異なる。03年当時の中国の貿易総額は1兆ドルに満たなかったが、2018年には、約4兆6千億ドル超にも達している。 中国からの落ち込みによる外国人観光客(インバウンド)消費の減少に加え、貿易を通じた悪影響が、日本を含め世界各国で懸念されるだろう。観光立国であるタイでは、既に、深刻な観光不況がささやかれ始めている。 さらに、中国の国内消費や生産の落ち込みが早くも出ているところがある。典型例として、中国の石油需要が消費全体の20%に相当する日量300万バレル程度減少したと報じられている。複数の市場関係者の推測では、やはり新型コロナウイルスのよる影響だという。 この報道を受けて、原油先物価格が一時低下した。仮に中国の石油などのエネルギー需要低下が持続すれば、原油価格に依存している新興国経済にとっては極めて重要なリスク要因だろう。重症急性呼吸器症候群(SARS)の集団感染が発生し、封鎖された北京市内の工事現場。中に民工が隔離されたままで、昼どきには大量の弁当が運びこまれていた=2003年5月 このような中国発の経済リスクを嫌って、「中国離れ」も加速化するかもしれない。米国のロス商務長官はテレビのインタビューで、中国に依存した世界の供給網(サプライチェーン)の見直しが行われる機会になるかもしれないと発言した。 実際に、SARSショックから十数年で、同規模かそれ以上の経済・安全保障上のリスクが中国から発生しているわけである。これは各国の対中長期投資に関して、少なくとも再考を促す機会になることは間違いない。「中国離れ」できないワケ しかし、「中国離れ」、あるいは中国との距離の見直しが加速化できないところもある。国際機関に染み込んだ中国依存体質だ。 今回の新型コロナウイルス問題では、SARSでの情報公開の遅れとそれに伴う世界的大流行(パンデミック)の出現と比較して、中国の政治体制に根付くより深刻なリスクが顕在化している。それが今書いた国際機関を中心とする中国依存体質、あるいは中国の指導部の顔色を忖度(そんたく)する国際的なリスクだ。これを「中国忖度リスク」と表現しよう。これには、国連への分担金が日本を抜き去り、世界第2位になった背景もあるだろう。 フランスのル・モンド紙が、先月22、23日に開催された世界保健機関(WHO)の緊急委員会で、中国政府が新型コロナウイルスについて「緊急事態宣言」を出さないように政治的圧力を行使していた疑いを報じた。この圧力のためか、31日の緊急委後に出された「緊急事態宣言」は、渡航・貿易制限などに触れられていない抑制されたものになっている。 だが各国政府は、この「緊急事態宣言」より踏み込んだ渡航や入国制限を実施している国が目立ってきている。WHOの「中国忖度リスク」に備えたかのようだ。 この「中国忖度リスク」は、意外なところで日本にも迷惑を与えている。日本経済新聞の滝田洋一編集委員のツイッターで知ったのだが、WHOが「緊急事態宣言」を掲載したホームページでは、なぜか発生源の中国ではなく、成田空港の写真が現在でも使われている。 実に奇怪な印象操作と言わざるを得ない。もし「操作」ではないとするならば、このような悪影響を諸外国に与えるイメージは即刻撤回すべきであろう。日本政府の対応が求められる。 ところで、新型コロナウイルスの医学的な判断をこの論説で行うことはできない。筆者が参照にしたのは、感染専門医の忽那賢志(くつな・さとし)氏や、医師でジャーナリストの村中璃子氏の論考だ。特に村中氏は、日本政府がWHOや中国政府の発表を当初鵜呑みにした対応を問題視していた。 評論家、石平氏の中国問題に対する見識も、筆者は常々参考にしている。最近のインタビューでは、「上海、深圳(シンセン)などハイテク産業が盛んな地域に広がる可能性もある。このまま主要都市の生産活動が3カ月もできなければ、GDPは数割減に落ち込む可能性もある」という極めて厳しい予測をコメントしている。大幅に下落する上海総合指数のボード=2020年2月3日(萩原悠久人撮影) 実際のGDPの落ち込み予測はともかくとして、確かに上海や深圳にまで武漢同様の影響が波及すれば、中国経済の落ち込みは深刻なものになるだろう。いくつかの経済シナリオを頭の中に置きながら、今の世界経済、そして日本経済を読み解いていかなければならない。 新型コロナウイルスの感染波及が全く見通せない中では、経済的には不確実性に備えた体制を採用するのが望ましい。日本であれば、政府と日本銀行が協調した経済拡大スタンスの採用を強くアナウンスすること、それに尽きるだろう。

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    それでも森保「兼任ジャパン」は限界か

    サッカー日本代表の森保一監督の続投が正式に決まった。東京五輪本番を見据えて出場したU-23アジア選手権の敗退に加えA代表の苦戦で噴出した、指揮能力への疑問やA代表とU-23代表の兼任への批判の声を日本サッカー協会が封じた形だ。しかし、実際「兼任ジャパン」のメリットは生かされているといえるのか。

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    二兎を追うしかない森保監督「融合」に立ちはだかった理想と現実

    清水英斗(サッカーライター)「森保を解任しろ!」「もう限界だ!」 U-23(23歳以下)アジア選手権がグループステージ敗退に終わり、森保ジャパンにかつてないほどの逆風が吹きすさぶ。それは戦術不足や采配などピッチレベルの不満も多いが、それ以外に、A代表と五輪代表を兼任する体制について疑問を呈する向きも多い。森保一監督の解任、あるいは兼任の中止を迫る声は勢いを増すばかりだ。 「兼任」に対して懐疑的な声が増えたのは、昨年11月の「はしご」が始まりだった。 11月は、A代表のワールドカップ(W杯)2次予選、アウェーのキルギス戦を14日に戦った後、森保監督は帰国し、既に11日から合宿中のU-22日本代表に合流した。そして17日のU-22コロンビア戦で指揮を執ると、0-2で敗戦。その後、再びA代表へ合流し、19日のベネズエラ戦で指揮を執ったが、こちらも1-4で完敗した。 行ったり来たりの、はしご采配。それで結果が出たのなら文句は言われない。しかし、出なかった。それどころか、内容も乏しく大敗した。「1チームに集中した方がいい!」「(五輪代表を担当する)横内コーチに任せた方がいい!」 そんな声が出てくるのも無理はない。その前月である10月、U-22日本代表は南米遠征でU-22ブラジル代表と親善試合を行い、3-2で勝利を収めたばかりだった。 指揮を執ったのは横内昭展(あきのぶ)コーチである。9月の北中米遠征ではU-22メキシコ代表に0-0で引き分け、U-22アメリカ代表に0-2で敗れ、結果は出なかったが、10月はサッカー王国に勝利を収めたことで、先行きへの期待が膨らんでいた。 その直後の11月、指揮が森保監督に代わると、コロンビアに完敗。表層的な事実だけを追うなら、森保監督の動きが良い流れに水を差したように見える。2020年1月、サッカーU-23アジア選手権のカタール戦に臨む森保監督(右)と横内コーチ=タイ・ラジャマンガラスタジアム(中井誠撮影) もっとも、森保監督の指揮下でも、トレーニングの落とし込みや交代選手への指示は横内コーチ主体で行っているため、戦術的な影響がどれだけあったのかは微妙なところだ。それ以上に、この11月はA代表でプレーする堂安律(PSVアイントホーフェン)や久保建英(たけふさ、マジョルカ)をU-22代表へ招集した「融合開始」のタイミングでもあった。彼らを含めてメンバーが入れ替わったので、連係の積み上げがいったん弱くなったことは大きい。 しかし、だからこそ普段はA代表で、特に堂安とは分かり合っている森保監督が、最初から五輪代表に帯同してコミュニケーションを取っていれば、「融合」をスムーズに進めることは期待できた。森保監督が2チームをはしごした、兼任のデメリットは間違いなくある。「兼任」の良しあし また、このデメリットはA代表にも波及している。ベネズエラ戦のメンバーは、キルギス戦から9人が入れ替わり、初招集も4人いた。森保監督としては彼らとコミュニケーションを取り、プレーの要求を行い、選手からも何かを引き出す必要はあった。  しかし、ベネズエラ戦は1-4で完敗。「結果の責任については、準備の段階での私の選手、チームに対する働きかけだと思うので反省しないといけない」と森保監督は語ったが、そもそもU-22代表をはしごしたために、働きかけの機会が減ったのは間違いない。 二兎(にと)追う者は一兎(いっと)をも得ず。兼任のデメリットが、A代表と五輪代表の両方で足を引っ張ったのが、11月の代表活動だった。 単純に忙しすぎる、というのもある。12月から1月にかけての森保監督は、東アジアE-1選手権、U-22ジャマイカ戦、年始はすぐにタイへ移動してU-23アジア選手権と、合宿や試合ばかりで休みを取れていない。11月とは違い、スケジュールかぶりこそなかったが、これほどの忙しさの中で各チームの準備や分析に全力を尽くすことができたのか、その点も疑問が残る。 ならば、やはり兼任は中止した方がよいのでは? というか、そもそも、なぜ兼任監督なのか。一度、兼任のメリットとデメリットを整理しておく必要がある。 主な兼任のメリットは二つだ。・A代表と五輪代表で選手が行き来しやすくなる・複数のチームが一貫性を持ち、同じ哲学、同じコミュニケーションで指導できる 一方、デメリットは既に述べた通りだ。・監督が一つのチームに集中できない(スケジュールかぶり+過重労働)2019年11月、キリンチャレンジカップ杯の前半、ベネズエラに4点目を奪われ、両手を広げるGK川島ら日本イレブン=パナスタ メリットとしては、「A代表と五輪代表で選手が行き来しやすくなる」ことが第一に挙げられる。過去の日本代表でも起きたが、別々の監督が率いると、各自が結果を出すために、選手の「綱引き」が発生してしまう。 原則はA代表優先。ロンドン五輪では当時U-23世代にもかかわらず、ちょうどマンチェスターU入りの決まった香川真司(サラゴサ)が招集されなかったように、A代表優先の方針が貫かれてきた。踏み込んだ「融合」 しかし、今回は東京である。自国開催の五輪は、過去の大会に比べて、重要度がはるかに高い。時にはセオリーを破り、「五輪優先」の判断も必要になってくる。 そこで、A代表と五輪代表を兼任監督に任せることで、指揮系統の摩擦が起きないようにした。これが兼任の大きなメリットだった。 とはいえ、就任1年目は、このメリットがあまり生かされていない。ロシアW杯のメンバーを大幅に入れ替え、若手を抜てきした森保監督だが、東京五輪世代でA代表入りしたのは堂安と冨安健洋(ボローニャ)の2人だった。アジアカップ後に広げても、久保建と板倉滉(フローニンゲン)くらいだ。 たかが3、4人がA代表と五輪代表を行き来するだけなら、兼任などと大げさな体制を組まなくてもいい。2人の監督の間に技術委員会が入り、「今は五輪優先の時期」「ここはA代表優先で行く」と調整すれば、それで済む話だ。 しかし、森保監督はより大胆な戦略を展開した。堂安や冨安らの自然発生的なA代表入りだけでなく、実力的には時期尚早なU-22世代の選手も含め、やや強引にでもA代表との融合を進めた。 それが昨年6月の南米選手権(コパ・アメリカ)、12月のE-1選手権である。上田綺世(あやせ、鹿島)や大迫敬介(広島)をはじめ、かなり多くのU-22選手をA代表に組み入れた。自然発生ではない、森保監督による人工的な融合である。 A代表ともU-22代表ともいえない中性的なチームは、兼任監督でなければ組めない編成だった。どちらの大会も結果は出なかったが、むしろ各国のA代表を相手にこれで結果が出る方が驚く。もちろん、現地側から「大会軽視」とそしりを受ければ返す言葉はない。 そうまでして強引に融合を進めた目的はもちろん、東京五輪に向けたU-22世代の徹底強化である。そして目的はもう一つ、W杯最終予選に向けたA代表の準備も挙げられる。 4年前を思い返すと、リオデジャネイロ五輪で活躍したU-23世代の大島僚太(川崎)が、W杯最終予選の初陣となるアラブ首長国連邦(UAE)戦で、ヴァイッド・ハリルホジッチ元監督によってスタメンに抜てきされた。しかし、準備期間はほとんどなし。大島は持ち味を発揮できず、試合もUAEに1-2で敗れ、苦しい最終予選の始まりとなった。 本大会を見据えれば、五輪で国際経験を積んだU-23世代が、A代表の新陳代謝を促すのは大事なことだ。2014年W杯に臨んだザックジャパンを思い返すと、ロンドン五輪世代の山口蛍(神戸)、齋藤学(川崎)、大迫勇也(ブレーメン)、柿谷曜一朗(C大阪)らの突き上げは遅く、W杯本大会の7~8カ月前からようやく始まった。2013年11月、サッカー日本代表の新オフィシャルユニホーム発表会見で話すザッケローニ監督と(右から)山口、大迫勇、柿谷、高橋秀ら=千葉・成田市(山田俊介撮影) その点、ハリルジャパン時代は、結果的には本大会に選ばれなかったが、井手口陽介(G大阪)や浅野拓磨(パルチザン)、久保裕也(シンシナティ)らが、最終予選の途中から抜てきされ、融合が進められた。しかし、最初に大島の融合に失敗したこともあり、当時は最終予選の敗退が現実味を帯びたのも確かである。やはり「絵に描いた餅」? もう少しリスクを抑え、スムーズに融合できないものか。 最大のネックは、8月に五輪を終えた後、9月の最終予選スタートまで親善試合が1試合も組めないことである。五輪世代をスムーズに抜てきするなら、A代表との融合は五輪の以前から始め、手応えを得なければならない。つまり、この半年のうちに森保監督が、やや強引に進めてきたコパ・アメリカやE-1選手権の中性的なチームは東京五輪だけでなく、W杯最終予選を見据えた「種まき」でもあった。 二兎追う者が、二兎ともに得る。そのための兼任監督。6月のコパ・アメリカ以降は、A代表と五輪代表の間で選手の行き来が活発になっており、森保ジャパンは思い切ったトータルの成長戦略を進めてきた。その考え方は面白い。 ところが、である。実際のチーム作りは、描いた理想の通りには進んでいない。実践段階では多くの問題を抱え、ともすれば絵に描いた餅になりかけているのが、正直なところではないか。 なぜか。それは二つ目の兼任メリットが、十分に生きていないことに起因する。 「複数のチームが一貫性を持ち、同じ哲学、同じコミュニケーションで指導できる」ことが兼任のメリットであるはずだが、その実感がない。むしろ、11月のU-22コロンビア戦、12月のE-1選手権、1月のU-23アジア選手権と続く中で、選手の方からは「毎回『初めまして』で難しさがある」「毎回イチからのやり直しになる」といった声が漏れてくる。はて、兼任監督がもたらす「一貫性」のメリットは、どこへ行った。 一貫性のメリットがあまり感じられないのは、A代表で4バック、五輪代表で3バックと、異なるシステムを用いていることもあるが、より大きいのはチームマネジメントだろう。森保監督はチーム戦術の構築について、あまり細かい指示をせず、選手の自立を促し、自ら対応力を発揮することを求めてきた。これは重要なポイントだ。 監督の中に答えはあっても、それ以上に、選手の中から主体的に導かれる答えを待つ。試合中の指示も「サイドに開け!」ではなく、「サイドに開いてはどうか?」といった提案だ。これは「森保式」というより、西野朗(あきら)前監督から受け継がれた手法でもある。 焦(じ)れったく、時間のかかるやり方ではあるが、このように培って完成した組織は、各自が進んでチームに関わろうとする「選手自立型」「全員参加型」の性格を備えることになる。近年はベンチを含めたチームの一体感が重視されているが、森保監督はそれを「西野式」に学び、戦略的に目指している。2019年11月、サッカーW杯アジア2次予選 キルギス戦を控え、練習に臨む森保一監督(中央)=ビシュケク(蔵賢斗撮影) ただし、こうしたチームの成長は実践的であり、経験的だ。試合を行う中でトライ&エラーを繰り返し、選手からさまざまなアイデアを引き出さなければならないが、それはその場にいた選手しか共有できない。しかも兼任体制により、A代表と五輪代表で選手の行き来を増やしているため、「初めまして」が頻繁に起き、選手依存の連係は毎回ゼロに戻ってしまう。 つまり、兼任のメリットがケンカしているわけだ。選手の行き来を活発に行える一方、一貫した森保監督の指導メソッド「選手自立型」は時間と体験を要するため、上記のように連係面で問題を抱えやすい。兼任のメリットが実感できなければ、当然デメリットばかりが残ることになる。「真の目的」は成し遂げられたか もちろん、決め事がゆるいのは仕方がない。競争と発掘のフェーズでチームを固め過ぎると、新しい選手が入りづらくなるからだ。 とはいえ、あまりにも決め事がなく、最低限のグループ戦術すら連係を取れなければ、選手を見極める基準は1対1やフィジカルばかりだ。グループでどう攻め、グループでどう守るか。サッカーの重要な能力を見極める視点が欠けてしまう。それは発掘のフェーズとしても問題があった。 最低限の連係すら怪しいという不安は残るが、ともかく東京五輪の発掘フェーズはほぼ終了した。3月の代表活動からは堂安、久保建、冨安、中山雄太(ズウォレ)、板倉、前田大然(だいぜん、マリティモ)、三好康児(アントワープ)といったU-23欧州組に、場合によっては大迫勇ら24歳以上のオーバーエージ枠も加わり、チームの様相ががらりと変わる。強化フェーズは仕上げの段階、「本番のチーム作り」に移行する。 代表は登録メンバーが固まってからが本当のチームだ。競争が終わり、全てのライバルが真のチームメイトになる。チームの質は総合的に変わり、対戦相手も決まることで、詳細な戦術の積み上げも始まる。 ある意味、この半年間は、大胆に競争と融合のフェーズを進めたことで、兼任体制では最も結果を出しづらい時期だった。とはいえ、この期間の真の目的は「選手の成長」である。それは成し遂げられたのか。 正直なところ、種まきが成功したかどうかはよく分からない。どんなに見つめても、ただの地面。芽が出るかどうかは予測できない。 また、これからのこの仕上げフェーズでも、「兼任」のメリットとデメリットは差し合いになるだろう。 報道されている通りなら、3月の代表活動は森保監督が五輪代表に専念し、堂安、冨安、久保建、大迫勇らが招集される。五輪代表にとっては最高の強化機会だ。2019年6月、エルサルバドルに勝利し、堂安(左)とタッチを交わす久保建。中央は冨安=ひとめぼれスタ しかし、一方のA代表は監督と主力数人を欠き、W杯2次予選の残りを戦わなければならない。おそらく6月の代表活動も同様だろう。 仮に五輪代表の試合が今ひとつで、A代表もミャンマーやモンゴルにまさかの敗戦を喫することがあれば、「兼任」への批判は一層強くなるだろう。逆に素晴らしい成果を見せれば、風向きは変わるかもしれない。 二兎追う者は、二兎ともに得るのか、それとも、一兎をも得ずか。これから森保ジャパンは緊張感漂う、収穫の時期を迎える。

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    アベノミクスにもよく効く「パンデミック」の教訓

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの脅威が高まっている。中国本土では、ウイルスによる肺炎の死者が81人、患者数は2744人になり、世界中では3千人に迫る規模で増加している。武漢市当局者の発言や医療従事者の証言によれば、市内ではさらに1千人規模で感染者が増える可能性があり、感染力自体も高まっている。 既に日本でも患者が確認されており、今後も社会的な防疫体制の強化が必要だ。日本政府はチャーター機を手配するなどして、武漢からの邦人の全員帰国を実現しようとしている。 ただ、新型コロナウイルスに関して、これまでの日本政府の広報体制は十分なものとはいえない。画像を参照してほしいが、27日早朝の厚生労働省のホームページには、季節性のインフルエンザに対する注意喚起程度しかない、といっていい状況だ。参考として紹介している国立感染症研究所の情報も、単なるコロナウイルスの種別解説しか記載がない。 他方で、インターネット上では、国内外の報道や医療関係者の具体的な発言を無数に確認することができる。もちろん、その中には虚偽の伝聞や、過剰な煽りも多い。 日本政府の情報発信のレベルの低さは、すなわち危機管理力の決定的な遅れだ。社会的な疫病対策には、病そのものへの対応と同時に、社会的な不安を抑制する仕組みも必要だろう。その点で、日本政府の情報発信はまさに稚拙以外の何物でもない。 NHKでは、世界保健機関(WHO)の発表を紹介し、ウイルスの感染力が患者1人から2・5人(以前は1・4人)に拡大していること、致死率は3%であることを伝えている。感染力や致死率は、2003年に流行した重症急性呼吸器症候群(SARS)に比べれば格段に低い。ただし、多くの医療関係者は、人から人に感染していく中での変異を懸念する声も多い。 昨夏大きな注目が集まった日韓の輸出管理問題では、当時の経済産業相だった自民党の世耕弘成参院幹事長が積極的にツイッターでマスメディアの報道の問題点や、制度自体の詳細を解説して、国民の誤解を防ぐ役割を果たしてきた。河野太郎防衛相も、外相時代から始めた外交・防衛活動を現職まで続けることで、リアルタイムに政府の取り組みを知らせることに成功したといえる。 だが、今回の件では、加藤勝信厚労相の積極性は皆無だ。上述の通り、厚労省の広報もネット時代に対応できておらず、全くダメだ。車両の通行が制限され閑散とする中国・武漢市内=2020年1月26日(共同) 繰り返すが、社会的な防疫体制に、今はネットによる情報発信が極めて重要だ。その意味で、政府の現時点の対応は稚拙なものである。 最近の報道では、SARSとの比較が目立つが、新型ウイルスの猛威によって世界中で多くの人命が損なわれたのは、約1世紀中では1918年のインフルエンザのパンデミック(世界的大流行)だろう。そのときの経験から学べる教訓は多い。パンデミックの「教訓」 米歴史学者、アルフレッド・W・クロスビー氏の『史上最悪のインフルエンザ』(みすず書房)や、最近惜しくも亡くなられた歴史学者の速水融氏『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ』(藤原書房)で、当時世界的規模で流行したことが実証的に明らかになりつつある。当時、日本では45万人、米国でも67万5千人、全世界では推計4千万人の死者が出た。 交通網の整備や人口の集中度合いなどが、致死率を高めることにつながった。現代は、1918年当時とは比較にならないほど都市化と国際的な人的交流の発展が進み、新型感染症の脅威はさらに高まっている。なお、ウイルスの基礎知識やパンデミックの定義など初歩的な解説としては、BBCの動画ニュースを参考にするといいだろう。 18年のインフルエンザと今回を比べる上で、ミシシッピ大のトマス・A・ガレット教授の論文「パンデミック経済学:1918年インフルエンザと今日の含意」(2008年)がいまだに役立つ。ガレット氏の論文を参考にして、重要な論点を列挙しておく。1)1918年のケースでは、都市部と地方で致死率に大きな違いがあり、都市部の方が致死率は高かった。しかし今日では、交通網の整備などで都市部と地方での有意な違いはないかもしれない。2)18年当時では、低所得階層で特に致死率が高かった。今回の武漢のケースでも貧困層が最も高い罹患(りかん)のリスクに直面しているとの指摘もある。3)18年当時では、都市部住民は比較的医療サービスを受けやすい環境にあったが、医療サービスの供給を過度に超える需要が存在することで、かえってインフルエンザの集団発生に貢献してしまった。例えば、狭い医療空間の中での患者や医療関係者が直面する場合である。報道によれば、武漢の一部の医療機関では、患者たちの過密する状況があるようだ。4)18年当時では、保険に加入していた人たちは経済的負担をある程度回避できたが、この保険でも低所得者層には致死率の面で、高所得者層に比べて不利だった。医療保険は正常財であり、所得が大きければより購買量が増える財だからだ。5)18年当時では、米国のフィラデルフィアとセントルイスは対照的だった。前者はカーニバルで多くの人が特定地域に密集し、全米で最もインフルエンザの脅威に晒された。対して、セントルイスでは地域を早急に封鎖することで、インフルエンザの波及を食い止めた。春節中の国外旅行を事実上禁止した中国政府の動きはこの教訓からいって妥当だったかもしれない。武漢などの「都市封鎖」もこのときの経験を参照したのかもしれない。 過去の教訓として重要なのは、ガレット氏が「パンデミックの経済学」で述べているように、公的機関の協調だ。これら政府の協調が失敗しないためには、人々の公的機関の情報に対する信頼性が何よりも鍵になる。 ただし、経済成長率や人権抑圧の状況でもそうだったように、中国政府が提供する情報は多くの人たちに疑問視されてきた。この信頼性の欠如が、今回の新型コロナウイルスの事例でもネックになりそうだ。日本政府の情報発信の問題については先に述べた通りである。 安倍晋三政権の危機管理能力が残念な点は、新型コロナウイルス対応への情報発信だけではない。経済問題に関しても深刻である。核心にあるのが、消費増税による悪影響を低く見積もる姿勢だ。これは政府だけではなく、日本銀行を含めた体質でもある。 先日閉幕した世界経済フォーラム(WEF)年次総会(ダボス会議)の記者会見の席で、日銀の黒田東彦(はるひこ)総裁が、2019年10~12月までの経済成長率がマイナスになるとの見方を示した。国内総生産(GDP)統計(速報値)自体は2月17日に公表される予定だ。マイナス成長の主因は相次いで日本に上陸した大型台風の影響だという。金融政策決定会合後の会見で質問する記者を指名する日銀の黒田東彦総裁=2020年1月21日(酒巻俊介撮影) 大型台風の影響が深刻で今も爪痕が残ることは理解できる。だが、それは10月に集中していたはずだ。同じく10月に実施された黒田氏の発言は、消費税率10%引き上げの影響をできるだけ大きく見せないように終始しているように思えた。これは悪質な欺瞞である。 岩田規久男前副総裁は『日銀日記』(筑摩書房)の中で、黒田氏が14年の消費税率8%引き上げの最大の功労者=戦犯であると指摘している。岩田氏も同僚であったので、慎重な書き方ではあるが、一読すれば趣旨は明瞭だ。防疫も経済も協調なし? 日銀による金融緩和政策の効果を大きく削いでしまったのは、金融政策の責任者である黒田氏自身にあった。財務省出身という黒田氏のキャリアが、消費増税を推進するスタンスに大きな影響を与えているのだろう。 ここで、金融緩和政策と消費増税の関係を比喩的に説明しよう。大胆な金融緩和政策を採用する「アベノミクス」以前は、駅前のロータリーをそれなりの速いスピードでぐるぐる回るだけでしかなかった。 これは金融緩和に否定的な人たちがよく用いる形容であるが、「マネーをじゃぶじゃぶ」しても、デフレ停滞から一向に脱することができなかったことを意味している。つまり、どんなにスピードを上げても駅前のロータリーから出られないのだ。 アベノミクスはこの政策スタンスとは違う。まず目的地を設定して、高速道に乗って近くのリゾート地に向かうことを決めている。それがインフレ目標2%であり、目標を通じた雇用や経済成長の安定化だった。車は当初は高速道を80キロくらいのスピードで順調に運転していた。これが2013年終わりまでのアベノミクスの根幹である金融緩和政策の姿だ。 だが、2014年4月の消費増税は、高速道で同じスピードのまま猛烈な向かい風に当たることになる。当然にアクセルを踏む力が同じままであれば、速度は大幅にダウンする。 ただし、とりあえず進むことは進んでいる。雇用の持続的改善の主因は、目的地を見据えた緩和の継続にある。これを「アベノミクスは史上最悪の緊縮政策」「消費増税で日本経済ハルマゲドン」論者たちが見落としていることだ。 もちろん、強烈な向かい風があれば、アクセルを踏み込んで80キロに上げればいいのだが、そもそも、消費増税という向かい風を政府自らが起こす必要はないはずだ。ところが、今回の増税でもその手法を採用している。 防疫体制もそうだが、国民の生命は経済政策によっても保障されている。その経済政策の点から、政府と日銀は国民に対して、長期停滞という深刻な病に再び陥ることを強要しているともいえる。新型コロナウイルスに関連した感染症対策に関する関係閣僚会議で発言する安倍晋三首相。手前は加藤勝信厚労相=2020年1月24日(春名中撮影) 新型の感染症対策には、公的機関の協調が必要であり、その核は公的機関の発信する情報の信頼性にあると指摘した。経済対策でも同じことだ。 黒田総裁や政府からは消費増税の悪影響をできるだけ過小に見せかける発言しか聞こえてこない。これでは、国民の信頼を得ることはできないだろう。まずは、安倍首相自らがインフレ目標2%へのコミット(関与)を再度強調することが必要であろう。

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    ちぐはぐ経済再生で日本も染まる『ジョーカー』の世界

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 映画の祭典、第92回米アカデミー賞の各賞候補が先ごろ発表された。日本でも話題になっている韓国映画『パラサイト 半地下の家族』や動画配信大手、ネットフリックスのオリジナル映画が作品賞にノミネートされた。 特に「ジョーカー」は最多11部門で候補に挙がり、改めて注目を集めている。『ジョーカー』は暴力シーンが多いため、R指定(日本ではR15+)を受けたが、そのハンディを乗り越えて、世界興行収入で1100億円超、同時に封切られた日本でも50億円を突破する大ヒットとなっている。 題名となったジョーカーは、アメリカンコミックや映画、アニメなどでなじみ深い正義のヒーロー、「バットマン」最大の敵役の名前である。この映画ではバットマンは出てこない。ある男がなぜ凶悪なジョーカーに変貌したかが描かれている。しかし、単純な善悪の構図を描いていないのが、この映画の最大の魅力だ。 名優ホアキン・フェニックスが演じるのは、障害のある売れないコメディアン、アーサー・フレックで、普段はピエロに扮装(ふんそう)し、小規模店舗の宣伝などをして日銭を稼ぐ男だ。年老いた母親を介護しつつも、職場で疎外され、付き合う人はほとんどいない。アーサーはまさに孤絶の生活を送っていたのである。 この映画は評価が分かれており、それも「絶賛」か「嫌悪」かという両極端に集中している。おそらくこの孤絶した境遇の彼がジョーカー、つまり殺人を犯す非道の人物に変わりながらも、やがて街で暴動を起こしている群衆のヒーローとなっていくことに、評価が割れる理由が求められるだろう。 ところで、映画の中で路上で暴動を起こしている人たちは、富める者やその代表としての政治家たちに反抗していた。米メディアでは、『ジョーカー』で描かれている世界は現実世界の「写し絵」であり、同時に現実世界にも影響を与えていると解説しているものもあった。 例えば、南米チリで暴動が起きたことは記憶に新しい。地元の代表的な新聞社が入っている高層ビルが炎上するなどの被害があった。 チリでの暴動やデモは、一向に解消されない経済格差や失業の増加などを背景にした若者中心の過激な抗議であった。このとき、多くの若者たちが『ジョーカー』に触発されたピエロのメークをしてデモに参加していたことに、米国のメディアが注目したわけである。2019年9月、第76回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を受賞した「ジョーカー」のトッド・フィリップス監督(左)と主演のホアキン・フェニックス(ロイター=共同) 確かに、『ジョーカー』に描かれた暴動と現実は限りなく接近している。経済格差や貧困、社会での疎外からの自由を訴えた大衆の抗議活動は過激なものになった。チリだけではなく、同じく南米のベネズエラ、「黄色いベスト」運動のフランス、そして「一国二制度」の危機を訴える香港のデモなど、世界では「ジョーカー的」ともいえるデモの動きが加速しているようにも思える。トランプと左派政治家の共通点 特に注目したいのは、やはり経済格差や経済的困窮を背景にした大衆の抵抗だ。この動きを後押しする政治勢力も欧米を中心に活発である。 大統領選イヤーを迎えた米国では、サンダース上院議員が民主党大統領候補として有力な位置につけている。また、同党急進左派のオカシオコルテス下院議員も若者を中心に人気を集めている。 この2人は大衆の貧困や経済格差を解消する政策を特に打ち出し、いわゆるポピュリズム(大衆迎合主義)政治家として知られる。ポピュリズムは大衆の支持のある政策を志向することで、一般的にはマイナスのイメージが付きやすい。だが、現代のポピュリズムの背景には、社会の分断や対立を緩和する動きもあり、一概に否定すべきではないと思う。 特に、今列挙した代表的なポピュリズム政治家たちは、経済政策の観点から共通した立場を採っている。それを「反緊縮政策」という。 これはもちろん、緊縮政策の対抗軸として打ち出されたものだ。「反緊縮政策」の目的は雇用を回復し、経済成長の安定化を図ることである。 上記のサンダース、オカシオコルテス両議員ともにその政治信条は左派的だ。だが、雇用を重視する点においては、真逆の政治的な立ち位置のトランプ大統領も同じである。2020年1月21日、世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で笑顔を見せるトランプ米大統領(AP=共同) トランプ政権の経済政策は、ラストベルト(衰退した工業地帯)や農村部の利害が中心だと見られることがあるが、筆者はそうは考えていない。トランプ大統領は、国内的には連邦準備制度理事会(FRB)に積極的な金融緩和を求め、対外的には中国を筆頭に2国間の貿易交渉を迫っている。 これらの政策は、ともに米国の雇用を回復させることを狙っていると筆者は見ている。その意味では「反緊縮」であって、雇用重視では従来のリベラル型の経済政策だと思う。 次の図では米国の労働参加率の動向が描かれている。この図からもわかるように、リーマン・ショックによる労働参加率の落ち込みから回復していない。図:米労働参加率 おそらくトランプ政権の当面の目標は、この労働参加率がリーマン・ショック前まで戻り、さらに賃金などが安定的に上昇していく過程を想定しているに違いない。『ジョーカー』で描かれた情景は、あたかもトランプ政権下の経済状況に対する批判としても解読できる。ある意味で、映画(虚構)と現実には大きなズレがある、と筆者は思っている。「緊縮」「反緊縮」政策の違い ところで、肝心の緊縮政策と反緊縮政策の中身についてもう少し詳しく説明したい。 緊縮政策は、不況もしくは不況から十分に回復しない段階で、財政政策では増税、公的予算削減など政府から出るお金を引き締める政策だ。景気対策のもう一つの軸である中央銀行が実施する金融政策も、財政政策に合わせてお金を引き締めるスタンスになる。 不況のさなかに、なぜ政府や中央銀行はお金を絞る政策を採用するのか。緊縮政策を主張する人たちは「清算主義」という考えにとらわれている。 不況によって、経営がでたらめな企業が倒産したり、怠けて技能を向上させない労働者が職を失うことがあるが、この状況を経済の非効率的なものが「清算」されたと考えるのだ。本来であれば、企業は困難に打ち勝つアイデアや組織作りに励む。労働者も、職を得るために自らの技能を磨き、より高度な教育を受けようとするだろう。 このような民間部門の自助努力が経済全体をより高みに持ち上げる、と緊縮政策を支持する人の多くは考えている。「破壊なくして創造なし」なのである。 反対に、反緊縮政策は不況もしくは不況から十分に回復しない段階で、減税や公的予算の増加といった財政拡張政策や、金融政策は出来るだけお金を出すというスタンスを支持する。反緊縮政策を行わないと、民間の自助努力だけでは、いつまでも経済はよくならないと考えている。これは「合成の誤謬(ごびゅう)」としても説明することが可能である。 例えば、不況においては、商売の売り上げも落ち込んでしまう可能性が高まる。多くの経営者たちはやむを得ず、従業員の給料をカットしたり、新規採用を控えたり、さらにはリストラを断行するだろう。不況下では、致し方がない経営者の合理的な態度だといえる。この姿勢を批判しても始まらない。 ただ、不況の中で、リストラに励む経営者が多く出始めたらどうなるだろうか。給料がカットされたり、職を失った人たちは、なおさらお金を使わなくなる。つまり、経済全体では不況がさらに加速してしまうのだ。12月の日銀短観では、企業の景況感の悪化が鮮明になった=2019年12月、東京都中央区の日銀本店 本来、不況下では正しい個々の経営努力も、経済全体では不況をさらに深めることで、かえって個々の経営者や労働者をさらに苦境に陥らせる。これを「合成の誤謬」というのだ。 先の緊縮政策では、不況下でのリストラはむしろ肯定的だったが、反緊縮政策では社会的な害悪そのものになる。民間の経営者や労働者の努力ではどうにもならず、むしろ景気をさらに悪化させかねない。そのため、政府や中央銀行が積極的な景気対策を行う必要が出てくる。これが反緊縮政策の考え方の基本である。ノーベル賞学者も批判 「不景気になれば、政府は景気対策をしているではないか?」と多くの読者は思われるかもしれない。だが、少しでも考えれば、現実はそうとも言い切れないことがわかる。 現在の日本経済は、米中貿易戦争の影響で落ち込み始めている。このタイミングで、昨年10月に消費税率の10%引き上げを実施した。これでは、世の中にお金が出回らない緊縮スタンスになってしまう。ただし、日本の経済政策が総じて緊縮志向かといえば、そうとは言い切れない。実にちぐはぐな対応をしているといえる。 1月20日に通常国会が召集されたが、安倍晋三首相は衆参本会議で行った施政方針演説で、「経済再生なくして財政健全化なし」という基本方針を示した。経済再生が最優先されるのだから、日本経済が不況に陥らないことが第一となるはずだ。 だが他方で、あれほど強調していたデフレ脱却が後景に退いてしまった。日本のインフレ率は、まだ目標の2%のはるか手前だ。景気の下降は既に一昨年の段階から進んでいる。経済の先行きを示す景気動向指数(CI、先行系列の6カ月前・対比年率)を参照すると、2018年7月から経済の先行きのボリューム感がマイナスに転じ、それは徐々に拡大しながら今日に至っている。 今国会では、補正予算案や過去最大の予算が組まれようとしているが、少なくとも景気下降を長期間放置していたことは明白である。その中で景気に悪影響を与える消費増税を実行したのだから、経済再生最優先を採用しているとは言い難い。 ただし、安倍政権の経済政策を全て否定するつもりなど筆者にはない。「今の安倍政権は史上最悪の緊縮政権だ」と発言する奇妙な人たちがいるが、全くおかしな話である。それほど厳しい緊縮政策なら、そもそも補正予算も編成しない。 よほど政治的なイデオロギーで目が曇っていなければ、雇用の改善は明白である。失業率は政権発足時の4・4%から2・4%に下がり、就業者数も400万人も増加した。失業率は自殺者数と連動していることが知られている。失業率の大幅な低下と自殺対策への予算増加の貢献で、昨年はついに自殺者数が2万人を下回った。 この数字を虚構だとして批判するおかしな人たちがいるが、経済評論家の上念司氏がフェイスブック上で痛烈に批判しているのでぜひ参照されたい。つまり、安倍政権の経済政策は、元々は反緊縮政策なのだ。日本銀行の大胆な金融緩和はそのコアを成す。反緊縮は雇用を守るだけではなく、人命も守るのである。衆院本会議で施政方針演説に臨む安倍首相。左は麻生財務相=2020年1月20日 だが、既に指摘したように、今の状況が実にちぐはぐしていることは確かだ。最近、「文春オンライン」で、ノーベル経済学賞を受賞したポール・クルーグマン米ニューヨーク市立大教授が、消費増税は緊縮財政だとして、インフレ目標に達して好景気になるまで待たなかった安倍政権の経済政策を「首尾一貫しない」と批判しているのは、この点を突いている。もちろん、クルーグマン教授の発言を持ち出すまでもなく、消費増税と「アベノミクス」は整合的ではない。 経済政策で首尾一貫せずに、失業率の再上昇などで長期停滞に完全に戻ってしまえば、『ジョーカー』のような極端な思想に振れた人々が過激な活動を始めてしまうかもしれない。既にネット上では、全否定か全肯定かでしか考えられない人たちを多く見かける。それを受け入れる悪しきポピュリズムの動きも政治の中で見られる。その動きの本格化を防ぐには、まっとうで首尾一貫した反緊縮政策を推し進めるしかないのである。

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    驚異の記録連発、厚底シューズ「禁止」にモノ申す

    酒井政人(スポーツライター) エチオピアの英雄、アベベ・ビキラは1960年のローマ五輪を裸足(はだし)で走り、2時間15分16秒2の世界記録で金メダルに輝いた。その4年後、東京五輪ではシューズを履いたアベベがベイジル・ヒートリー(英国)の記録を1分44秒も塗り替える2時間12分11秒2の世界最高記録で再び金メダルを獲得した。 4年間で約3分のタイム短縮は「シューズ」というギアの影響が多分にあったことだろう。当初、アベベはシューズの使用を嫌がっていたというが、現在は裸足よりもシューズを履いた方が速く走れるということが常識になっている。 2度目の東京五輪を迎えようとしている現在。今度はナイキが仕掛けた厚底シューズが「常識」を覆している。 これまでレース用で使うスピードタイプのシューズは「薄くて軽い」が常識だった。シューズが100グラム軽くなると、マラソンのタイムが3分近く縮まるという研究データもある。余計な機能をそぎ落として、1グラムでも軽くすることで、エネルギー効率を高めたのだ。 その流れの中で、ナイキは軽量化以上に、推進力を得られやすくすることと着地のダメージから脚を守ることにシフトチェンジ。反発力のあるカーボンファイバープレートを、航空宇宙産業で使う特殊素材のフォームで挟むという「厚底シューズ」を完成させた。 『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』の踵(かかと)部分の厚さは37ミリ。薄底シューズの3倍近くある。それでいて重量は28センチで片足190グラムと薄底シューズとさほど変わらない。東京都千代田区のスポーツ用品店のランニングシューズ売り場に展示されたピンク色のナイキの厚底シューズ 速さの秘密は硬質なカーボンファイバープレートにある。地面を蹴る直前に湾曲して、元のかたちに戻るときに、グンッと前に進むのだ。加えて、プレートを挟んでいる「ズームXフォーム」にも最大85%のエネルギーリターンがある。その二つの効果が従来にはない「速さ」と「持久力」を可能にした。厚底は規定に抵触しているか その結果、ナイキの厚底シューズは世界のメジャーマラソンを席巻。時計の針も大きく動かした。 2018年9月のベルリンではエリウド・キプチョゲ(ケニア)が従来の世界記録を1分18秒も短縮する2時間1分39秒という驚異的なタイムをマーク。昨年10月のシカゴではブリジット・コスゲイ(ケニア)が従来の女子世界記録を一気に1分21秒も塗り替える2時間14分4秒をたたき出した。 ナイキの厚底シューズを履いたランナーたちが好タイムを連発していることに、一部で「疑惑の目」が向けられている。1月15日、複数の英国メディアが、ワールドアスレチックス(国際陸連)が新規則でナイキの厚底シューズを禁止する可能性が高いと報じたのだ。現在、専門家による調査が行われており、1月末にも結果が公表され、3月の理事会で何らかの回答が出るという。 即刻禁止ということはなく、少なくとも3月までは従来通りに使用できるし、禁止されない可能性もある。 国内では、マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)ファイナルチャレンジが男女とも2レースずつ残っている。男子は3月1日の東京マラソンと同月8日のびわ湖毎日マラソン。東京五輪代表を獲得するには、日本陸連の設定記録、2時間5分49秒を突破しなければならない。設定記録は大迫傑(ナイキ)が厚底シューズで打ち立てた日本記録を1秒上回るタイムだ。 使用率が8割を超えた箱根駅伝と同様に、東京とびわ湖でもナイキの厚底シューズを着用するランナーが多いと予想する。2019年1月2日、箱根駅伝往路で一斉にスタートする選手たち。大半が厚底シューズを履いている=東京・大手町 ワールドアスレチックスは、「使用される靴は不公平な補助、アドバンテージをもたらすものであってはならず、誰にでも比較的入手可能なものでなければならない」という規定を設けている。ナイキの厚底シューズに使用されているカーボンファイバープレートは他メーカーでも採用されており、同シューズは一般発売されている。現状、ナイキの厚底シューズが規定に抵触しているとは思えない。 ただし、ナイキは「厚さは速さだ」というキャッチフレーズのもと、ソールの厚さを武器にする新戦略を推し進めてきた。現在発売している『ズームX ヴェイパーフライ ネクスト%』は、最初の厚底シューズである『ズーム ヴェイパーフライ 4%』と比べて、ミッドソールのフロント部分が4ミリ、ヒール部分が1ミリ厚い。12年前の騒動が重なる 昨年10月にウィーンで行われた非公認レースでは、キプチョゲが「超厚底」ともいえるプロトタイプのシューズで42・195キロを1時間59分40秒で走破している。ソールを厚くすることで、エネルギーリターン(反発力)を高めているのだ。 では、ナイキの厚底シューズにどのような「制限」が加えられるのか。英国メディアの中でも論調が異なっていて明確ではないが、ソールの「厚さ」が規制されるか否かという問題になるだろう。 ソールを厚くすることでエネルギーリターンを増やすことができたとしても、その分、シューズは重くなり、安定感も失われていく。ソールを厚くすれば、速く走れるという単純なものではない。ナイキの厚底シューズは企業努力の賜物(たまもの)だ。 もし、ソールの厚さに制限が加えられることになり、これ以上「厚さ」を増すことができなければ、この2~3年に起きたような好記録の連発はなくなるだろう。メーカーは数年後を見据えて商品の開発をしており、突発的な「ルール変更」は大きな損害になる。 各メーカーがどのようなコンセプトで商品を作っているかは、メーカーが発表するまで分からない。ワールドアスレチックスは大手メーカーにヒアリングした上で、新規則を定める必要があるだろう。 今回の騒動は、12年前に競泳界で起きた英スピード社の高速水着「レーザー・レーサー」のときと似ている。レーザー・レーサーはその後、使用禁止となったが、多くの種目で当時樹立された記録を上回っている。「超厚底」シューズを履いて、特別レースで非公認ながら、マラソン史上初となる2時間切りを達成した男子マラソン世界記録保持者のエリウド・キプチョゲ=2019年10月、オーストリア・ウィーン(ロイター=共同) アスリートたちのスピードアップはテクノロジーの発展とともにある。厚底シューズが「制限」されることになったとしても、そのルール内でシューズは進化して、これからも記録はどんどん短縮されていくだろう。 ただし、アスリートたちがトップレベルでいられる期間は長くない。素晴らしいギアがあるならば、それを生かして、最大限のパフォーマンスを発揮したいと考えているアスリートたちは多い。彼らのささやかな願いは届くのだろうか。

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    明智光秀のトンデモ俗説にモノ申す

    NHK大河ドラマ『麒麟がくる』の初回放送日を迎え、これまで以上に関心が高まる明智光秀。ドラマとしては、大いに楽しみたいところだが、やはり根拠の薄い俗説がクローズアップされがちだ。今回も前回に続き、あまたある光秀のトンデモ俗説を見直していきたい。(写真は京都府亀岡市提供)

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    『麒麟がくる』主人公、明智光秀のトンデモ俗説を論破する

    ずである。自治体関係者の方などは、観光客がどれだけ来るのか心配される向きもあろう。 とはいえ、前回の連載で、光秀が土岐明智氏の出自であることは、残っている史料では成り立ちがたいと指摘した。質の悪い史料を並べて論じたところで、まったく意味がないのである。実は、ほかにも光秀の出身地とされる場所が各地にある。 たとえば、『淡海温故秘録(おうみおんこひろく)』という17世紀後半に成立した史料がある。そこには美濃出身の明智氏が土岐氏に逆らって牢人となり、近江の六角氏を頼って佐目(滋賀県多賀町佐目)に逃げてきたと書かれている。それから2、3代後になって、光秀が佐目の地で生まれたというのである。 事実ならば、光秀の誕生地は滋賀県多賀町佐目ということになる。ちなみに、佐目の地には、「十兵衛屋敷の跡地」などの関連史跡があり、光秀に関する逸話・伝承の類が残っているという。「光秀佐目出身説」は、事実と考えてよいのだろうか。 結論を言えば、この説もまったく信憑性に欠けるといえよう。光秀の出身地については、この例に限らず、質の劣る後世の編纂物や系図などに書かれている。『淡海温故秘録』は、良質な史料とは言えない。地元に伝わる伝承の類などもあてにならない。 光秀の出身地であると胸を張って言いたいのであれば、一次史料(古文書や古記録の類)で立証すべきである。質の悪い二次史料を持ち出して言い出し始めると、キリがないのである。以下、似たような説を考えてみよう。 光秀が滋賀県にゆかりがあったという説は、ほかにもある。永禄9年10月20日の奥書を持つ『針薬方』(医薬書)には、光秀が田中城(滋賀県高島市安曇川町)に籠城していたとの記述がある。この一節を根拠にして、光秀が琵琶湖西岸部を本拠にしていたとの指摘もあるほどだ。はたして、それは本当なのか? 以下、この件については、土山公仁氏(「光秀を追う7」岐阜新聞2019年7月2日付)や太田浩司氏(『明智光秀ゆかりの地を歩く』サンライズ出版)の諸説をもとにして考えることにしよう。 『針薬方』とは、光秀が田中城に籠城していた際、沼田勘解由左衛門尉に口伝され、米田貞能が近江坂本(大津市)で写した。室町幕府15代将軍、足利義昭は国人衆に味方になるよう呼び掛けた手紙を書いたが、結局、出すことがなかった。『針薬方』は、その手紙の裏に書かれたものである。つまり、反古紙を利用したものだった。 沼田勘解由左衛門尉は熊川城(福井県若狭市)に本拠を置き、義昭に仕えていた。米田貞能は医術によって、足利義輝・義昭に仕え、のちに肥後細川氏の家老になった。貞能は永禄9年に義昭が越前に逃避行する際、同行した人物である。つまり、実在の人物が書写したことが明らかなので、良質な史料と言えるのかもしれない。昨年5月に建立された明智光秀公像=京都府亀岡市古世町(同市提供) しかし、疑問がないわけではない。永禄9年8月29日、逃避行中の義昭は矢島(滋賀県守山市)を出発し、9月7日に敦賀(福井県敦賀市)に移動した。10月になると、義昭は朝倉氏を頼るべく交渉を開始していた。そのような緊迫した情勢の中で、米田貞能がわざわざ敦賀から坂本へ移動し、医薬書を写す必然性があるのかということである。 加えて、光秀が田中城に籠城していたという史実を裏付ける史料は、ほかには存在しない。ましてや、琵琶湖西部を本拠にしたという指摘があるが、当該地域に光秀が発給した文書は1点も見いだせない。太田氏は、『針薬方』の記述内容が当時の近江の状況とかけ離れていると指摘する。一次資料に登場しない光秀 したがって、現在では『針薬方』の記述には疑問点が多く、史料性に疑問があると指摘されている。筆者も同意見で、光秀が田中城に籠城したというのは、まったく根拠に欠けていると言わざるを得ない。光秀が籠城したという事実は、そもそもなかったのではないか? 籠城したというならば、信頼できる史料で裏付ける必要がある。 ほかにも、光秀が越前に長らく滞在していた、あるいは越前朝倉氏に仕官していたという説がクローズアップされている。光秀が朝倉氏に仕えたとされる根拠史料は、後世の編纂物『明智軍記』『綿考輯録』である。以上の史料に基づき、ごく簡単に光秀が朝倉氏に仕えた経緯などを触れておこう。 光秀は父を失ってからのち、各地を遍歴していたという。そして、弘治2(1556)年に訪れたのが越前国であった。光秀は越前国に留まり、朝倉義景から500貫文(現在の貨幣価値で、約5千万円)の知行で召し抱えられたといわれている。これは、かなりの破格の待遇である。 光秀は義景から命じられるままに鉄砲の演習を行い、その見事な腕前から鉄砲寄子を100人も預けられたという。光秀の軍事に対する高い才覚は、義景に評価されたのだ。大抜擢といえよう。以上が、光秀が義昭に仕えるまでの流れである。 ただ、問題なのは、光秀がそれだけの人物でありながらも、朝倉方の一次史料や記録類に一切登場しないことである。上述したことが事実ならば、朝倉氏の重臣と言ってもいいくらいなので、非常に不審な点である。さらに、根拠となる『明智軍記』や『綿考輯録』は、史料としての問題点が非常に多い。それは、前回指摘した通りである。 とは言いながらも、光秀が越前と深い関係を有していたとの指摘もある。『武家事紀』所収の天正元年8月22日付の光秀書状(服部七兵衛宛)に基づき、一時期、光秀が越前で生活していた根拠とされている。 書状の内容を確認しておくと、「この度、『竹』の身上について世話をいただいたこと、うれしく思っております。恩賞として100石を支給します。知行を全うしてください」というものである(現代語訳)。平たく言うと、知行宛行状(ちぎょうあてがいじょう)である。 この史料からは、残念ながら光秀が越前にいたことを示す内容とは読めない。この史料は、単に光秀が「竹」なる人物の世話をしてくれた恩賞として、服部七兵衛に100石を与えたものである。光秀がかつて越前に滞在していたとは、一言も書いていない。 そもそも「竹」なる人物は不詳であり、光秀との関係も分からない。この史料は越前朝倉氏を討伐した関係で服部七兵衛に発給されただけで、少なくとも光秀が越前にいたという証拠にはならないだろう。なぜ、この史料が、光秀が越前にいたことを示す証拠になるのか、さっぱり理解できない。 ほかに光秀が越前にいたことを示す史料としては、『遊行三十一組 京畿御修行記』天正8年1月24日条に光秀の記述がある。 この史料は、天正8(1580)年7、8月に同念が東海から京都・大和を遊行(修行僧が説法教化と自己修行を目的とし、諸国を遍歴し修行すること)したとき、随行者が記録した道中記で、信頼できる史料であると評価されている。確かに、同史料は一次史料である。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そこには光秀について「惟任方(明智光秀)はもと明智十兵衛尉といい、濃州土岐一家の牢人だったが、越前の朝倉義景を頼みとされ、長崎称念寺(福井県坂井市)の門前に10年間住んでいた」と書かれている(現代語訳)。極めて少ない一次資料 この史料を読む限り、光秀が美濃の土岐氏の一族で牢人だったこと、朝倉義景を頼って越前を訪れ、長崎称念寺の門前に十年間住んでいたことが判明する。長崎称念寺は福井県坂井市に所在する時宗(じしゅう)の寺院で、数多くの武将が帰依したという。 実のところ、光秀と長崎称念寺との伝承は、ほかにもいくつか残っている。『明智軍記』には、光秀が美濃から越前を訪れた際、妻子を長崎称念寺の所縁の僧侶に預けたと記している。所縁というほどだから、光秀は以前から越前と何らかの関りがあったのだろうか。その間、光秀は諸国をめぐり、政治情勢を分析したというのである。廻った国は50余国に及んだというが、怪しげな話である。 光秀が長崎称念寺の近くで寺子屋を開き、糊口を凌いでいたとの伝承すらある。牢人が寺子屋を開いた逸話としては、長宗我部盛親の例がある。慶長5(1600)年の関ヶ原合戦で敗北した盛親は、京都で寺子屋を開いた。 ただし、ほかにも挙げるとキリがないが、光秀と長崎称念寺の逸話を載せる地誌類は多いものの、いずれも裏付けとなる一次史料がない。また、越前における光秀関係の史跡もあるが、同様である。あくまで、伝承や口伝の類に過ぎない。 『遊行三十一組 京畿御修行記』における、光秀が長崎称念寺にいたという点は、地元の口伝などに基づいた記録と考えられる。同念は、直接光秀から聞いたのではなく、噂を書き留めたのである。記述内容が聞き書きなのは、確かである。したがって、同史料に基づき、光秀が越前にいたことの証左とするには疑問が残る。 そもそも朝倉氏の家臣であるならば、なぜ本拠の一乗谷ではなく、長崎称念寺の門前に住んでいたのか。根本的な疑問である。後述するが、先に取り上げた『針薬方』には、朝倉氏が用いた薬の記述があるので、光秀は朝倉氏の上級家臣だったという説すらある。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 光秀の居住場所は、もう一つの説がある。一乗谷から峠を一つ越えた福井市東大味には、明智神社がある。神社は光秀を祭神として祀っており、光秀の屋敷址も残っているが、実際は小さな祠(ほこら)に過ぎない。 ここは一乗谷に近いが、朝倉氏の家臣は一乗谷に集住していたのだから、単なる伝承ではないのかと疑問が残る。朝倉家において、光秀の処遇はよくなかったから一乗谷に住んでいなかったのか。 ちなみに、朝倉氏に関する一次史料で、光秀のことを記した史料は1点もない。光秀が上級家臣ならば、なんで関連する一次史料が残っていないのか。光秀が朝倉氏の家臣だったという説を唱える人は、そうした疑問には答えていない。越前だけでもさまざまな伝承や口伝があるのだから、どれが正しいのか判然としない。 ところで、『明智軍記』巻一の成立には、時宗関係者の関わりがあったと指摘されている。この指摘を考慮すれば、すでに天正8年の段階において、時宗関係者の間で光秀が越前に在国していたという説が流布していたのかもしれない。 あるいは、光秀は長崎称念寺と何らかの深い関係があったのだろうが、その可能性があるとするならば、天正元年の朝倉氏滅亡後のことである。その際、光秀が越前支配の一端を担っていたのは確かである。光秀と時宗の関係は、さらに追究する必要がある。 もう少し、朝倉氏と光秀について考えてみよう。「光秀は医者だった」の疑問 先述した医学書『針薬方』には、「セイソ散」が「越州朝倉家之薬」と書いてある。「セイソ散」とは「生蘇散」のことと考えられ、中世後期に成立した医学書『金瘡秘伝下』には「深傷ニヨシ」と書かれている。合戦などで傷を負った武将が用いていたのだろう。 問題なのは「セイソ散」を「朝倉氏の秘薬」などと紹介していることだ。セイソ散は一般的に知られていた薬であり、特別なものではなかったのではないか。「越州朝倉家之薬」は、「朝倉氏が持っていた薬(=セイソ散)」程度の意味だろう。「セイソ散」が「朝倉家の秘薬だった」という指摘には、首を傾げざるを得ない。 当時、一乗谷には医師が滞在していた。これは事実である。しかし、それをもって、朝倉氏が薬剤を独自に開発しており、医学がかなり普及していたとは、大きな論理の飛躍があろう。これでは、まるで現代の製薬会社であり、病院みたいなものである。当時、そうしたことがあったのか、極めて疑問である。 当時の医学は今のように外科、内科などに分かれていたわけではない。それらはおおむね民間療法レベルで、薬草などを調合して服用するのが一般的だった。戦国武将の場合は合戦に出陣し、ケガを負うリスクが高いのだから、民間療法レベルの医学知識は普及していたはずである。庶民も同じだろう。 『針薬方』の記述をもって、「光秀は医者だった」「光秀は越前で医学を学んでいた」「光秀は朝倉氏の上級家臣だった」などの見解があるが、いずれも根拠薄弱である。一次史料で裏付けられない。単に『針薬方』にあらわれたキーワードを拡大解釈したに過ぎない。しかも、すでに触れた通り、『針薬方』は疑問が多い史料である。 したがって、光秀が朝倉義景に仕えたという説には大きな疑問があり、この点を信頼できない史料に拠って鵜呑みにすると極めて危険である。仮に百歩譲って、光秀が越前に在国していたにしても、朝倉氏に本当に仕えていたのかは極めて疑わしい。 「光秀の出自が近江だった」「光秀は越前朝倉氏に仕えていた」「光秀は医者だった」といった説は、①信頼性に乏しい二次史料に依拠した説②疑わしい史料記述を拡大解釈し、論理の飛躍をした説、と指摘することができよう。あるいは、自説を有利にするための「結論ありき」といえるかもしれない。大津市の坂本城跡に立つ明智光秀像=2007年9月(安元雄太撮影) 今後も光秀の出自や前半生、あるいはその他のことについて、さまざまな説が出るだろう。それらは、注目を浴びたいがための俗説に過ぎないのではないか。そうした説に接した際には、根拠となる史料の性質、そして史料の拡大解釈や論理の飛躍がないのか、注意を払いたい。新説は、泉が湧くように出てこないものである。※主要参考文献渡邊大門『明智光秀と本能寺の変』(ちくま新書)渡邊大門『光秀と信長 本能寺の変に黒幕はいたのか』(草思社文庫)渡邊大門『本能寺の変に謎はあるのか? 史料から読み解く、光秀・謀反の真相』(晶文社)

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    政策よりも「政局ありき」枝野幸男の意気地なし

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) テレビのワイドショーや報道番組で政府の「失態」が取り上げられるたびに、その放送時間に比例して政権の支持率が上下動する。この状況を学校法人森友学園(大阪市)と加計学園(岡山市)問題、そして首相主催の「桜を見る会」問題で、われわれは目の当たりにしてきた。 最近だと、「桜を見る会」の話題をテレビで見る機会が減ったな、と思えば、安倍晋三内閣の支持率が持ち直した。と同時に、批判勢力である野党はそれほど支持率を伸ばさず、多くは低迷に陥る。 共同通信による最新の世論調査では、内閣支持率は42・7%から49・3%に、自民党の政党支持率も36・0%から43・2%に上昇した。自民党の青木幹雄元参院議員会長が経験則から唱えた内閣支持率と与党第一党の政党支持率の合計値、いわゆる「青木の法則(青木率)」では92・6%と高水準に戻っている。 対して、野党は軒並み支持率を下げている。ここ数年定着している光景から言えるのは、ワイドショーの放送時間や雑誌の取材頼みの政局ということだろう。やはり原因は野党のふがいなさにあるのだろう。 まずは筆者の主な関心事である経済政策から見てみよう。今の与党の経済政策は景気下降局面での消費税率10%引き上げという愚策を行ったばかりである。野党にとっては、与党の失点を利用して自らの対抗策を大きく打ち出す好機のはずだ。会談後に取材に応じる国民民主党の玉木代表(左)と立憲民主党の枝野代表=2020年1月10日 だが、最大野党の立憲民主党にはその気概はない。最近掲載された枝野幸男代表のインタビューを読んでも、「経済政策なき政局ありき」の関心が浮き彫りになっている。 政局の最大関心はもちろん衆院選だが、それをいかに有利に展開するか、枝野氏にとってキーになるのは政策ではなく、「桜を見る会」問題や「IR(統合型リゾート施設)疑獄」なのだ。実に気の抜けた政策 個人的には、IRに関連した中国系企業と日本の政治家の金銭的癒着は徹底的に暴くべき問題だと思っている。さらにいえば、中国共産党の日本に対する諜報(ちょうほう)活動や政治家、マスコミなどへの資金の流れを徹底的に暴いてもらいたい。だが「桜を見る会」問題は、最大野党が総力を挙げて取り組む話ではない。 枝野氏は野党合流などの政局の話題こそ豊富だが、政策については実に気の抜けたものになっている。日本の格差社会を是正するために、豊かさを公平にわかち合う政策が必要だという。 そして、消費増税については、今回の引き上げの弊害を指摘しながらも「減税」には言及せず、「私が総理になったら増税の議論はしないと約束します。実際に引き下げるかどうかは、その先の議論でしょう」とだけ答えている。 ちなみに、安倍首相も前回の参院選時に、自分の政権ではもう消費増税はしないことを公言していた。これを踏まえると、枝野氏の発言はせいぜい与党並みでしかない。消費増税の弊害を訴えながら、なぜ引き下げないのか、素朴に疑問である。 続いて安全保障面に移ろう。最近、ツイッターのハッシュタグに「#安倍首相退陣」というものがトレンド入りしていた。これは1月12日に行われた東京・新宿でのデモ活動に絡んだものだ。 デモでは、「桜を見る会」や改憲反対などに加え、「戦争に加担するな」というプラカードも目についたという。この「戦争に加担するな」というのは、最近の米国とイランの緊張の高まりを受けて、海上自衛隊の中東海域への派遣を批判するものだった。防衛省前で海上自衛隊の中東派遣に反対し、デモ行進する人たち=2020年1月11日、東京都新宿区 立憲民主党は、海自の艦艇派遣に反対を表明している。しかし、ホルムズ海峡を通過して今日も日本に向けて石油を積んだタンカーが行き来しているという現実がある。「選好の改ざん」 自衛隊派遣はもちろん「戦争に加担する」ためでもなければ、過剰なリスクを取りに行くものでもない。日本関係の船舶の安全を図るために、イランやサウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)など周辺各国の理解と支援を確認して慎重に行っている。単に反対を叫んでいるだけでは、あまりに無責任ではないだろうか。 野党は「戦争の危機」だけを煽(あお)っているが、今回の米軍によるイラン・ソレイマニ司令官殺害とその後のイランの報復攻撃、そしてウクライナ機のイラン軍による誤射事件と、情勢がかなり劇的に変化していることは確かだ。 イランでは国内での反体制デモとでもいうべき動きが活発化している。もともと日常生活品にも困るほどの経済状況で、民衆の態度は制裁当事国である米国に対してよりも、最高指導者ハメネイ師を含む現体制の政治的無策に厳しくなっている。 米デューク大のティムール・クラン教授は現状のレジーム(体制)は極めて不安定化していて、レジームが覆る可能性が高まっていると指摘している。 クラン氏は、人々の認識バイアスを研究している経済学者だ。つい数日前までは、ソレイマニ司令官の葬儀に「数百万人」の群衆が参列し、米国への報復を誓っていた。しかし、いまやその光景がなかったかのように、今はソレイマニ司令官のポスターをはがしたり、火をつけたりする群衆の動画が拡散され、大規模デモまで起きている。 クラン氏は、このようなイラン国内の変化を欧米メディアは十分に把握できていないと指摘した。欧米のマスコミは自分の好み、つまり先入観をイランの民衆も抱いていると思い込んだのだ。これをクラン氏は「選好の改ざん」と名付けている。 もちろん日本でも、「イランvs米国」という自分たちの思い込みが、イランの民衆にも共有されている「真実」だとみなしている人たちが多い。要するに、イランの人たちの政治に対する選好を、自分たちに都合のいいように「改ざん」しているわけである。立憲民主党など野党勢力やマスコミの多くもそうだろう。ウクライナ機墜落の犠牲者の追悼が政府への抗議に変わり、反政府スローガンを叫ぶ人たち=2020年1月11日、イラン・テヘラン(ゲッティ=共同) もちろん、このような「選好の改ざん」が深刻なときは、情勢の変化を十分に把握することができないことになる。今のイラン国内の政治的分断を日本の政治家やマスコミがどれだけ理解できているか、単に自衛隊の派遣反対だけを訴えるのはあまりに皮相に思うのだが、どうだろうか。

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    ゴーンもイラン司令官もみなヒーロー、薄っぺらいリベラルの「暴走」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 年末から年始にかけて、日本は主に二つの衝撃的な出来事に揺れている。一つは、保釈中の日産自動車元会長、カルロス・ゴーン被告が日本からレバノンに「逃亡」した事件だ。もう一つは、米国のトランプ政権が実行したイラン革命防衛隊のカセム・ソレイマニ司令官らの殺害事件である。 ゴーン被告の起訴内容は、金融商品取引法違反と特別背任という会社法違反であった。これに加え、メディアや日産側から指摘されているさまざまな経費の私的流用があったともいわれている。 ゴーン被告は、逮捕前までは日産を大幅な人員削減や工場の統廃合などコスト削減で経営を立て直し、さらに日産・ルノー・三菱自動車の3社による世界最大級の自動車連合の象徴として、マスコミや財界でもてはやされていた。しかし、上記の事件の内幕が明らかになるにつれて、元山口組系組長で評論家の猫組長が近著『金融ダークサイド』(講談社)で指摘したように、ゴーン被告は日産を利用して国際的なマネーロンダリング(資金洗浄)を行っていたとされている。 日産を中心にした戦後の自動車産業の興亡とその中でのゴーン「改革」の内幕を描いた経済ジャーナリスト、井上久男氏の著作『日産vs.ゴーン』(文春新書)でも「ゴーンが自分の地位を利用して会社を食い物にしようとしていたと見られてもやむをえないだろう」と指摘されている。おそらくゴーン事件を多少でも知る国民の大半の認識は同じだろう。 もちろん、取り調べのために勾留が長期化する「人質司法」の在り方に批判的な人たちもいる。特に、フランスや日本の「リベラル」的なメディアや識者がそのような意見を表明している。 相変わらずの「リベラル仕草(しぐさ)」ともいえる態度だが、仮に日本の司法に問題があるにせよ、別に論議すればいいだけだ。ところが、なぜかゴーン被告を日本の司法の闇と闘うヒーローのようにみなしている人も多く、あぜんとしてしまう。まるで反権力の闘士扱いだ。2019年4月、弁護士事務所を出るカルロス・ゴーン被告(桐原正道撮影) これと似た状況は、リベラル仕草界隈でここ数年のブームになっており、天下りあっせんをした官僚や、補助金詐欺を働いた人物であっても「反安倍」「反権力」というスタンスだけで肯定的評価されてしまう。だが、リベラル仕草の人たちが考えるほど、ゴーン被告は英雄でもなんでもないし、むしろ自己保身のためには映画顔負けのアクションをこなす「スーツアクター」でもあったことが今回分かった。 もっとも、彼の着た「スーツ」は大型の楽器が入る黒いケースであった。報道によれば、関西国際空港の出国審査などはほぼザルのようであり、ゴーン被告が入ったとされるケースは、エックス線検査も行われなかったという。短絡的な「戦争懸念」 また、そもそもプライベートジェットが通常の旅客機と違って、この種の審査は緩いという指摘も見た。ゴーン被告は現在、レバノンの自宅にいるようだが、自宅自体も「日産ブランド」を利用した疑惑が持たれている。 日本の入国管理体制がずさんであることや、海外逃亡を懸念される人物にその実現を許してしまう保釈の在り方、例えばGPS(衛星利用測位システム)の発信機を装着させるべきか否かなど、さまざまな論点が今後議論されるだろう。 しかし、どうもリベラル仕草の人たちは、いまだにゴーン被告の「英雄化」を止めていない気配がある。最近目にしたテレビのワイドショーでは、毎日新聞の論説委員が「ゴーンさん」と呼称して、彼が日本に堂々と戻ってきて身の潔白をすることを期待していた。なんとお花畑な発想なのだろうか。身の潔白を証明するがために、多額の現金を利用して国外逃亡した、言葉の正しい意味での卑怯(ひきょう)者でしかない。 リベラル仕草の暴走は、年明けのソレイマニ司令官殺害事件でさらに目立った。朝日新聞では、司令官を部下の死に涙する人情厚い人物だとする識者のコメントが掲載されていた。さすがに数万人の死者を生み出した組織の司令官であり、米国では「テロリスト」認定もされている人物に「情が厚い」と今言うことかな、と思う。 殺害された多くの民衆を無視して、ここでも英雄扱いである。この場合もまた「反米」のような薄っぺらい反権力意識が作用しているのかもしれない。 東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者は、司令官殺害事件を直線的に米国が始める戦争というシナリオに結びつけていた。今回の殺害事件を契機にしてインターネットで広まった「第3次世界大戦」をあおる発言と、レベルとしては大差ない。この種の短絡的な「戦争懸念」は、リベラル仕草の人たちに共通するものだ。ソレイマニ司令官の殺害を1面で大きく報じるイラン各紙=2020年1月4日(共同) だが、経済学者で米ジョンズ・ホプキンス大のスティーブ・ハンケ教授によるこの事件の見方は全く異なっていて、イランの公定為替レートとブラックマーケット(闇市場)為替レートの差である「ブラックマーケットプレミアム」に注目している。司令官殺害事件が起きても、このブラックマーケットプレミアムに大した変化は見られない。つまり、戦争を懸念すれば、実勢の為替レートであるブラックマーケットレートが大きくイランリヤル安ドル高になるはずだ。 例えば、公定レートでの両替にアクセスすることができるイラン革命防衛隊であれば、ドルを闇レートよりも安く購入して、リヤルを売るはずだということが想像できるだろう。これが上記のブラックマーケットプレミアムを上昇させる。その動きがないということは、革命防衛隊といったイランの既得権層は米国との戦争を、日本のリベラル仕草なメディアや識者ほど真剣に考えていないということだ。映像による印象だけで語るな また、確かに中東諸国の株価は下がったが、それも今のところ短期的変動の可能性が大きい。つまり、こと市場を見れば「戦争」がすぐに起きることはないだろう。 もっとも、米デューク大のティムール・クラン教授が自身のツイッターで指摘しているように、イランと米国の緊張は、周辺諸国や日本にも影響を与える。中には積極的に政治的介入を試みる国もあるだろう。それに、メディアや各国の指導者、影響力にある識者、各国の世論動向など、利害関係は一気に複雑さを増していくだろう。 テレビでは、イラン各地でのソレイマニ司令官を弔う群衆の映像が流されている。だがクラン教授は、ソレイマニ司令官を嫌うイラン市民は同国内ですらもかなり存在していて、今それを口にすることは危険なので静かにしているだけだと指摘している。映像による印象だけで語るのは状況判断を誤りやすい。 筆者は個人的に、イスラム思想研究者の飯山陽(あかり)氏の発言や、また上記のハンケ教授、クラン教授の発言を基軸に今回の事件を分析している。他にも複数の意見を今後も観察していく必要があるだろう。 数年前、中東政治を含む世界を分析した政治アナリスト、ジョシュア・クーパー・ラモ氏の著書『不連続変化の時代』(講談社インターナショナル)に長文の解説を書いたことがある。この本の中で、ラモ氏は予測不可能なリスクに対応するためにセキュリティーの重要性を指摘している。 経済関係でいえば、マクロ経済政策による安定的な経済成長の達成がそれに当たるだろう。今回のような予測不可能なリスクが発生しても、経済に「ため=余裕」があれば、それはリスクへの緩衝になる。イラン革命防衛隊の精鋭「コッズ部隊」のソレイマニ司令官らのひつぎを運ぶ人々=2020年1月、イラク中部カルバラ(AP=共同) しかし、現在の日本は米中貿易戦争で景気が後退する中で、わざわざ消費増税を実施した。つまり、ラモ氏の提言とは逆に、わざわざリスク対応の「ため」を失った状態を政府は選んだといえる。 そこに今回の中東情勢の不安定拡大が重なる。かつてのリーマン・ショックのとき、発祥地であった米国や英国以上に、デフレ不況を放置していた当時の日本経済は痛撃を食らい、沈んでしまった。また同じことが起きるのではないか、筆者の大きな懸念が消えることはない。

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    デフレ皇帝は生きていた! ニッポンに蘇る暗黒卿の戒め

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) デフレ皇帝は生きていた! 消費増税と世界経済のかく乱の影響で、日本経済は景気の下降局面から、次第にデフレを伴う長期停滞に戻ろうとしていた。ファーストオーダー(匿名MMT=現代貨幣理論支持者)との小競り合いを制したジェダイの騎士(リフレ派)であったが、旧帝国軍(財務省、旧日本銀行派)の大集結の前にいまや危機的状況に陥ったのである…。 真冬にもかかわらず小春めいた日差しの中、繁華街の一角にあるオープンカフェは歳末の客で賑(にぎ)わっていた。隣の席では、既に滅びた「国民的アイドルグループ」の一員に似た女性が、向かいに座った眼鏡をかけた小太りの中年男に向かって「愛してる」「知ってる」と延々ループする会話を繰り返していた。暗黒卿は顔を寄せてささやいた。暗黒卿「あの人と増税前に会ったんだが、『増税したら景気が悪くなりますよ』と進言したら、『財務大臣の顔を立てないと』と答えたんだよ」。シュゴ―。 あのべらんめえ調の財務大臣の政治的メンツのために、旧帝国軍の大集結を許すとは。しかも日本経済は18年の後半から高まった米中貿易摩擦の影響を受け、既に景気の下降局面に落ちていた。 政府や日銀は、内部に巣喰(く)うシスたち(緊縮政策派)の影響を受けて、「経済は底堅い」とし、強気の景気見通しをなかなか変えることはなかった。前回の8%の引き上げのときは、アベノミクス初年度の成果を受け、消費や投資など経済指標が上向く中で行われた。 だが、今回は経済が不安定化する中での増税である。その暗黒面の衝撃は、前回の比ではない可能性がある。 ただ一つの救いは、雇用面が前回増税時よりもさらに改善されていることだ。しかし、その雇用面でも既に正社員の雇用増はなくなり、増税後には、製造業を中心に採用が減り、さらには来年度の新卒採用も急減し始めている。2019年10月1日、閣議後、消費税引き上げについて記者団の質問に答える麻生太郎副総理兼財務相(春名中撮影) 「増税対策はしっかりやった。消費も景気もすぐに戻る」とするシスの攻撃はさらに加速した。「経済がいま不調なのはまだまだ増税が足らず、将来不安が解消しきれていないからだ。少なくとも17%への引き上げが必要だ」という発言をマスコミで頻繁に目にするようになった。シスの陰謀は大胆に、そしてあからさまになっていた。シュゴ―。 ある高名なマスターの言葉を思い出した。「消費増税はダークサイドに通じる。増税は消費低迷に、消費低迷はデフレに、デフレはわれわれの生活に苦痛をもたらす」「増税2倍なら、挫折も2倍」 映画『スター・ウォーズ』の最新3部作が始まったのは2015年。ちょうど消費増税の影響が色濃く残り、他方で欧州に加え、中国やロシアなどの新興国経済が停滞し、海外情勢も悪かった。 日銀にいるジェダイたちは、その中でマイナス金利、イールドカーブ(利回り曲線)・コントロールなど日銀内部にいるシスの残党と闘い、妥協案を加えながら大胆な金融緩和を何とか継続していた。だが、政府の財政スタンスは緊縮に偏り、援軍を呼びかけてもいなかった。 最新3部作の2作目『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』が公開された2017年でも、この国内の経済政策の構図は変わらなかったが、トランプ政権誕生後の世界経済の改善を受けて、日本経済にも何とか雇用や成長率の改善が見られていた。日銀内部のジェダイの騎士たちがこの間も一貫して大胆な金融緩和を継続した功績は忘れてはいけない。だが、最新作『スター・ウォーズ/スカイウォーカーの夜明け』の公開を迎えた現在、日本経済は再び沈み始めていた。 話をオープンカフェに戻そう。暗黒卿「ダークサイドにはこういう名言がある」。シュゴ―。「『増税が2倍なら、挫折も2倍だ』というものだ」。シュゴ―。 暗黒卿の黒仮面が冬の日差しで怪しく輝く。僕「確かに消費税率は、アベ政権の下では2倍になってしまいました。それはアベノミクスを挫折させるだけではなく、デフレ脱却はもうできないかもしれない、という絶望を国民に招く恐れがありますね。本当はリフレ政策(デフレを脱して低インフレの中で雇用・経済の改善を目指す政策)というフォースの力を人々は信じなくなってしまい、さらにわれわれの生活はダークサイドに引きずり込まれてしまう。中にはファーストオーダー(MMT匿名支持者)のように極端な思想に走るものも出てくる」暗黒卿「ファーストオーダーは、二つの政策を同時に考えることができず、フォースは一つの手段(財政政策)でしか生まれないと信じてしまっている。モデルを出してごらんというと、私と同じものだという。シュゴ―。だが、公共事業を増やす際にも、彼らの考えを採用しなくても、私のように低い金利で費用便益計算をすれば、今のだいたい3倍のインフラ整備が可能になると分かる。ファーストオーダーはいらないのだ。シュゴ―」僕「御意。フォースは大胆な金融政策と積極的な財政政策によって実現されます。なぜかこの基本的な理解が難しい。ただファーストオーダー以上に脅威なのは、復活したデフレ皇帝が率いる旧帝国軍です。対して、われわれレジスタンスとジェダイの騎士は極めて劣勢に思えます」暗黒卿「NHKでは、財政規模が102兆円になったことを問題視しているが、日本経済の名目規模が増加している。それに見合って財政規模が膨らむのはむしろ当然だ。マスコミはデフレ思考が染みついてしまっているな。世界各国の予算規模と国内総生産(GDP)の比率を調べればいいだけだが、そういう基本的な統計処理もできないのが今のマスコミだ。しかもNHKの予算規模は、日本政府の規模よりもGDP比率で急増しているぞ。シュゴ―、シュゴ―」映画「スター・ウォーズ スカイウォーカーの夜明け」のPRを東京都港区で行うJ・J・エイブラムス監督(左から3人目)、デイジー・リドリー(同4人目)ら=2019年12月12日 暗黒闘気が激しく噴出したためか、いつの間にか日差しは翳(かげ)り、オープンカフェにいた客たちはほとんどいなくなっていた。嫌な予感がする。雲行き怪しい日銀政策 日銀の政策についても雲行きは怪しい。ジェダイの騎士の精鋭である政策委員の1人は、直近の金融政策決定会合が現状維持の姿勢を採用したことに反対し、以下のように発言している。 「2%の物価目標の早期達成のためには、財政・金融政策のさらなる連携が重要であり、日本銀行としては、中長期の予想物価上昇率に関する現状評価が下方修正された場合には追加緩和手段を講じるとのコミットメントが必要である」 つまり、経済の落ち込みだけを懸念して何もしない政府や日銀に対して、彼は「違う。やるか、やらぬかだ」と言い切っているのだ。 時に、多くの人たちは、経済現象を自然現象と同一視してしまい、起こることを何でも受け入れてしまいがちだ。しかし、それは過ちである。 全てにはわれわれのフォースが作用している。経済政策は経済現象に常に影響を及ぼしているのだ。 フォースの力を正しく使えば、経済はうまく回るし、ダークサイドの力が増せば経済は危うくなる。全部本当に起こったことなのだ、ダークサイドも、ジェダイも。 かつて暗黒卿が放った名言を思い出した。多くの人がそうなってほしいと思う一言だ。 「アイ アム ユア ファーザー」(俺もリフレ派だ) はっと気が付くと、僕の前から暗黒卿は姿を消していた。相変わらずあの不気味な息使いだけはどこからともなく聞こえるが、姿は見えない。金融政策決定会合後に記者会見する日銀の黒田総裁=2019年12月19日、日銀本店 映画は42年の月日をかけて大団円を迎えたが、われわれの生活は終わることはない。これからますます忙しくなりそうだ。歳末の街角に僕も姿を隠すことにしよう。 日本国民がフォースとともにあらんことを。

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    安土城完成、ベールを脱いだ信長の「決意表明」

    橋場日月(歴史研究家、歴史作家) 豪雨と相撲で明け暮れた信長の天正6(1578)年は、第2次木津川口の戦いで鉄砲や大筒で武装した織田水軍の鉄甲船が毛利水軍を撃破し、本願寺・毛利に寝返った摂津の荒木村重の有岡城(伊丹城)攻撃開始で終わった。 年が改まって天正7(1579)年。正月8日、安土城の信長小姓衆・馬廻衆・弓衆は6キロほど南の馬淵へ駆り出された。現在は滋賀県近江八幡市馬淵町となっている馬淵庄は、古来石工集団が活動していた。彼らは天正4(1576)年の着工以来、安土城築城にも穴太(あのう)の石工集団とともに従事している。のちには豊臣秀吉の命で京・三条大橋の架け替え橋脚工事や徳川家康の命で江戸城の改修工事にも携わった職人たちだった。 織田家臣たちは正月早々ご苦労なことだが、その石工のところから切石350個余りを安土まで運ぶために動員されたのだ。言うまでもなく、城の工事に使うための石材だったのだろう。信長は相撲で地鎮するだけでなく、大量の石材を投入して城の地盤固めを続けていた。 翌日、石材運搬作業を行った家臣たちには信長の趣味の鷹狩りの獲物である鶴や雁(かり)が下げ渡されている。重労働にしてはささやかな賞与だが、信長としては「これで鍋でも作って食べて、石運びで消耗したスタミナを回復しろ」という程度の気持ちだったのだろう。 続いて11日には、堺の豪商・天王寺屋宗及(津田宗及)が安土城を訪れた。明智光秀、松井夕閑と信長重臣の元を正月のあいさつ回りを兼ねた茶会で巡ったあと、信長に招かれたのだ。 宗及はその茶会記に「御殿守拝見仕(つかまつ)り候。上様直に御案内なさるものに候。御殿守七重、其外(そのほか)様躰(ようだい)中/\(なかなか)筆にのべ難き也」と書いている。彼は信長に直接案内されて、安土城天主を見学し、その規模と豪華さが「なかなか筆舌に尽くし難い」ものだったと驚き入った。 この段階で、安土城天主がほぼ完成していたことはこの記事で分かる。 だが、信長はまだ城内の屋敷からこの天主に移ろうとはしなかった。3月30日、鷹狩りの途中、箕面の滝を見物。江戸時代の観光案内『摂津名所図会(ずえ)』はこの滝を天下で2番目の滝と紹介している。ちなみに天下第一はというと、これは熊野那智大社のご神体、那智の滝だ。名古屋市緑区の「桶狭間古戦場公園」にある織田信長の銅像 同書は「瀧の上に碧潭(へきたん)あり。これを龍穴(りゅうけつ)といふ。村民旱天(かんてん)に遇う時。ここに祷(いの)れば忽(たちまち)膏雨(ごうう)降るなりとぞ」と続ける。「滝の上(の岩窟)に青い澱み(よどみ)がある。これを龍穴と呼び、近在の村民たちが日照りのとき、この龍穴に祈りを捧げれば、即座に恵みの雨が降るということだ」という意味だ。水を支配する龍の聖地。まさに信長好みの場所ではないか。 滝の手前には滝安寺(りょうあんじ)があるが、これは修験道の開祖とされる役小角(えんの・おづぬ)が日本最古の弁天様(弁才天女)を祀(まつ)ったという伝承を持つ寺で、江ノ島、竹生島、厳島と並ぶ日本四弁天の一つでもある。これも元々は水の神であることは以前にも述べた。天主に続く「異様」な石段 前年、豪雨の被害で散々な目にあった信長としては、ぜひとも訪れておかなければならないところで、言うまでもなく彼は恵みの雨ではなく「今年は大雨を降らすな」と龍神と弁天にくぎを刺しに行ったというところだろう。ほぼ完成した安土城天主に何か被害があってはたまらないからだ。間もなく梅雨の時期が来ようとしている。 こうして5月11日、信長は満を持して安土城天主に移る。新暦で言えば6月15日。まさに梅雨入りのタイミングだが、京では前日まで4日連続、奈良でも前々日まで3日連続で降っていた雨は、この日はやんでいたらしい(『兼見卿記』『多聞院日記』『言経卿記』)。 翌12日には再び降雨となるので、信長の箕面滝参詣は効果てきめんだったというわけだ。正月早々にではなく、4カ月後のこの日を「吉日につき」と『信長公記』が記しているように縁起を考慮して実行された移徙(わたまし)は、無事に終わった。 さて、それではめでたく信長の住まいとなった安土城の天主と城内の造りについて述べていこう。 大手口を入ると、真っすぐに伸びた幅広い石段がある。現在でも復元された石段で複数見ることができるのが「転用石」だ。石仏を石材の代わりに流用したもので、信長はかつて足利義昭の二条御所修築でも石仏を流用したが、石段への流用が確認できるのは安土城のみとなっている。この石仏転用の石段はなかなか異様な光景だ。 いや、石仏が異様なのではない。明智光秀が築いた福知山城の天主台の石積みには墓石(五輪塔)が転用され、大和郡山城のそれには天地逆さにされたお地蔵さんがはめ込まれている。 他にも姫路城や有岡城など、例を挙げればキリがない。一般に石垣や石積みに使われた転用石には、城を呪力で防御するまじないの意味があったと言われている。安土城大手道の石材として使われた石仏=滋賀県近江八幡市安土町(筆者撮影) これに対して、安土城では人が足で踏みつける石段に流用されている点が特殊なのだ。他の武将が頼みにする仏教のアイテムである石仏・墓石の魔力。信長はそれに一切期待せず、足元に敷いて踏みつけるという手段を選んだ。それは、比叡山延暦寺(えんりゃくじ)の焼き討ちや本願寺との泥沼の戦争で彼が一貫してアピールして来たことなのだ。 「自分に従わない者は、仏であっても討つ。自分にひれ伏す存在であることを思い知れ」 信長は天主に登っていく石段で、まずその思想を具現化して見せたと解釈すべきだろう。城に込めた信長の「支配論理」 石段を登り本丸へと行き着くと、そこには唐様の御殿と将軍館がある。「玉石を研(みが)き、瑠璃(るり)を延べ、百官快く貴美を尽くし、花洛を移させられ、御威光・御手柄あげてかぞう(数える)べからず」 唐様の御殿というのは、おそらく天主の一段下に礎石群が残る「清涼殿」だろう。礎石の配置が線対称で左右逆転してみると京・内裏の清涼殿のそれと相似しているため、信長が安土城内に同じ物を造ったと考えられているものだ。詳細は「iRONNA」に前編集長による非常に興味深い論考があるため、ご参照いただくとよいだろう。これは天皇の政務・儀式の場になる。 そして、将軍館は武家の棟梁(とうりょう)の政務の屋形だ。 清涼殿と将軍館。公武の対になった政治のベースに百官(朝廷の文武百官)ら京をそのまま移す構想が高らかに宣言された。これは第18回で触れた「安土へ内裏様行幸申され候わん」という皇室行幸計画とリンクしている。将軍館は、当面信長の政務の場となり、やがては嫡男の信忠に引き継がれる構想だったと想定できる。 つまり、前述の大手道の石仏は、天皇も踏むことが前提となっていた。これは、国家鎮護の仏教を保護し皇族を寺院の門跡として送り込んで来た朝廷の歴史を真っ向から否定するロジックの象徴だっただろう。「仏教国家・日本」からの脱却宣言である。信長は朝廷と仏教の関係をもいったんリセットし、自分の支配論理の中でそれを再構築しようと考えていたのだ。 「天皇(みかど)と言えども、余の政策の下に御座す(おわす)」 その思考を、さらに具体的に形にしたのが、天主だ。後の時代になると天守、天守閣と呼ばれる城郭中の最高建築物、城郭の象徴として扱われ城主の居住空間ではなくなった天主だが、信長はこれを居住空間とした。その字も「天の主」が住まうプライベート空間が、清涼殿と将軍館を上から見下ろす形になる。信長は天皇と将軍、公武のツートップを足元に従えて天下に君臨する自分の姿を思い描いた。安土城「清涼殿」跡=滋賀県近江八幡市安土町(筆者撮影) それでは、天主の中に入ってみよう。これについては、『信長公記』の中に「安土山御天主の次第」という詳細な記録がある。石くらの高さ十二間余りなり。一、石くらの内を一重土蔵に御用い、是より七重なり。二重石くらの上、広さ北南へ廿間、西東へ十七間、高さ十六間。ま中に有る柱数二百四本立つ。本柱長さ八間、ふとさ一尺五寸、六寸四方、一尺三寸四方木。御座敷の内、悉(ことごと)く布を着せ黒漆なり。西十二畳敷、墨絵に梅の御絵を狩野永徳に仰付けられ、かゝせられ、何れも下より上迄、御座敷の内御絵所悉く金なり。同間の内御書院あり。是には遠寺晩鐘の景気かゝせられ、其前に、ぼんさんををかせられ、次四でう敷、御棚に鳩の御絵をかゝせられ、又十二畳敷、鵝(がちょう)をかゝせられ、則鵝の間と申すなり。又其の次八畳敷、奥四てう敷に雉の子を愛する所あり。南又十二畳布、唐の儒者達をかゝせられ、又八でう敷あり。東十二畳敷、次三でう布、其次、八でう敷、御膳拵(こしら)へ申す所なり。又其次八畳敷、是又御膳拵へ申す所なり。六でう敷、御南戸、又六畳敷、何れも御絵所金なり。北ノ方御土蔵あり。其次御座敷、廿六でう敷の御南戸なり。西は六でう敷、次十でう敷、叉其次十でう敷、同十二畳敷、御南戸の数七つあり、此下に、金燈炉をかせられたり。 ここまでが天主地下1階と地上1階の様子だ。ひとまずこの部分について解説しようと思うが、紙数の関係で次回に続く。

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    送還期限迫る、ロシアで出会った北朝鮮美女

    ロシア極東の都市、ウラジオストクを今秋、iRONNA特別編集長の山本みずきが訪問した。北朝鮮との国境に近く、要衝として知られるだけに、歴史だけでなく現代の国際問題も多数内包するウラジオストク。現地リポート第1回は、国連制裁決議に基づき送還期限を迎える北朝鮮の出稼ぎ労働者に焦点をあてる。

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    グレタ現象を盛り上げる「最強のアンチ」はもう一人いる

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥンベリさんの話題が世界中で沸騰している。米誌タイムが「パーソン・オブ・ザ・イヤー(今年の人)」に彼女を選出したことでもわかるように、「グレタ現象」はともかく賛否を超えた話題だった。 ただタイムの読者投票では、香港の「抗議者たち」が断然トップだっただけに、グレタさんの選出はタイム編集側の意向が色濃く出ているのだろう。その意向が中国政府への「忖度(そんたく)」だったかどうか、考えるに値する問題ではある。 ところで、なぜグレタ現象が発生したのだろうか。二つの要因が挙げられるだろう。 一つは、コアなファン層のゲットに成功したこと、そしてビックネームの「アンチ」が存在していることだろう。この点について、筆者は日本のアイドル論を援用した方が理解しやすいと思っている。 現代のアイドルは、ツイッターやユーチューブといった会員制交流サイト(SNS)を通して、自分の行動だけでなく私生活までも事実上商品化している。また、SNS上で自分が成長段階にあること(拙い歌やダンス、トーク技術など)を強調することで、ファンと連帯感情を生み出している。 アイドルの成長を見守り応援しつつ、自らとアイドルの人生を重ね合わせて一体化していく。これが現代アイドルの「成長物語の消費」の在り方である。COP25の会場で開かれたイベントで演説するグレタ・トゥンベリさん=2019年12月、マドリード(共同) また、現代のアイドルはSNSを利用するとともに、ライブや握手会などで実際に「会いに行ける」存在だ。この「会いに行ける」親密さも、ファンがアイドルに感情移入しやすい構図を生み出す。グレタさんの「最優先活動」 これらの「成長物語」を共有したコアなファン層が文字通り中心に位置しながら、雑誌やテレビ、新聞のような旧来メディアが頻繁に取り上げるようになれば、いよいよ「国民的アイドル」の必要条件を満たしてくる。ただし、コアなファンを手堅く確保し続ける必要があるので、従来型の「会いにいけるアイドル」、つまりライブ重視や成長物語の継続は重要なアピールポイントである。 グレタ現象を支える二つのキーと思えるもののうち、コアなファン層形成に彼女は大きく成功している。グレタさんは、9月に国連本部で行われる「気候行動サミット」に合わせた、積極的な地球温暖化対策を求める若者たちの抗議活動「グローバル気候マーチ」に米ニューヨークで参加した。主催団体によると、参加者は163カ国・地域で400万人以上だったという。 この環境運動ストライキの象徴はもちろんグレタさんであった。ただ、この段階では、既にマスメディアでグレタさんの活動が頻繁に紹介されていたので、本当のコアなファン層の実数を把握できない。 ただし、「ライブ=デモ」に今後も参加することが、彼女がどんなに多忙であっても最優先の活動になるだろう。なぜなら、コアなファン層獲得には「会いに行ける」ことが極めて重要だからだ。 アイドルの場合では、コアなファンたちがアイドルのおススメするグッズや関連商品を買ったり、発言の影響でライフスタイルまでまねることが多い。グレタさんは、飛行機による移動が環境に負荷を与えるとして、ヨットや鉄道での移動を好む。 スウェーデン語で「flygskam(フリュグスカム)」と言われ、日本の一部メディアが「飛び恥」と紹介する、この効果が若い人たちに影響を与えているという。欧州の鉄道では「飛び恥」効果を織り込んで、補助金の活用や割引料金の導入などサービス拡大の商機としているようだ。温暖化対策の強化を求め、米ニューヨークをデモ行進するグレタ・トゥンベリさん(手前左)=2019年9月(ゲッティ=共同) ただ、飛行機を「悪者」扱いしすぎるのは禁物だろう。経済学者でミシガン大のジャスティン・ウォルファース教授の指摘によれば、飛行機はいまや自家用車よりもエネルギーの利用効率がよくなっているという。 他方で、二酸化炭素(CO2)排出量の絶対値が大きいのも事実である。成長と環境配慮は二者択一の問題、つまりいずれか一方だけ採用してしまうと、社会全体の「幸福」を損ねてしまうだろう。「若さ」が免罪符になる? 本図では、社会の幸福が曲線I1とI2で示されている。I1よりもI2の方が、人々の「幸福」がより大きいとしよう。 原点から離れれば離れるほど「幸福」は大きくなっており、曲線は原点に対して「おなか」が出た形状をしている。本来、このような「幸福」曲線は一種の等高線のように稠密(ちゅうみつ)に引かれているが、本稿では便宜的に2本だけにしている。 もし「成長」だけと「環境」だけ、それぞれどちらか一つだけ追い求めると、両方を何らかの形で組み合わせて選んだ選択よりも「幸福」が低くなるのは明らかだろう。「成長」と「環境」はトレードオフの関係にはあるが、他方でどちらか一方しか選択しない姿勢では、人々の幸福は改善されないのである。 ところで、グレタさんの「若さ」は、アイドル性を考えるときに重要なポイントとなる。必ずしも必要ではないが、それでも「若さ」は重要なのだ。 それは「成長物語」を裏付けるポイントにもなるし、アイドルを批判からディフェンスする際にも有効に機能する。たとえ現時点の彼女の行動や発言が未熟であっても、「成長物語」を共有するコアなファンにとっては「まだまだやれる」という伸びしろになり、積極的な評価のポイントとなるのだ。この時点で、否定的な観点はほぼ徹底的に排除される。 これは筆者の体験だが、ある日本のアイドルが新聞で憲法論を寄稿した際、排除に遭ったことがある。そもそも、アイドルや歌手が憲法について新聞で意見を表明することについての評価と、その発言内容に対する評価が別になるのは当然だろう。 たまたま「憲法で財政を緊縮的に縛る」趣旨の意見だったので批判したが、コアなファンから理屈に合わない非難を受けた経験がある。要するに「偉そうに言うな」といった類いの発言だ。 これと似たリアクションがグレタさんの発言を批判する人たちについてまわる。最近でも、脳科学者の茂木健一郎氏がツイッターで「なぜ、いい年をした男の人がグレタさんに反発」するのか、と批判していた。この類いの「弁護」や「反批判」はグレタ現象の名物ともなっている。 もう一つ注目ポイントを挙げると、アイドルと「運営」の関係に類したものがうかがえる。もちろん、ここではグレタさんと背後にいると言われている「大人たち」の関係である。「アンチ」がオタになる 両親をはじめ、彼女を支援する「大人たち」は多いだろう。この「大人たち」はいろんな意味でアイドルの一種の「免罪符」としても機能する。コアなファンはアイドルに何かトラブルがあれば、その責任を運営=大人たちのせいにすることができる。うまくいっているときでも、「まわりの大人たちの意図には安易に妥協しないし、自分の意見をはっきり持つ」と、好意の論拠として「大人たち(運営)」を用いることがある。 また、グレタさんに批判的な人たち、いわゆる「アンチ」も、彼女の周囲の「大人たち」にしばしば注目して、「彼女は周りの大人たちに利用されている」と批判する。だが、このアンチの発言とコアなファンの発言は同根である。言い換えると、アンチによるこの種の批判は、グレタ現象をかえって活発化することはあっても、決定的なダメージを与えることは難しいのである。 この意味で、グレタさん自身には迷惑だろうが、世界各国の首脳や著名人たちが彼女の発言を批判することは、実はグレタ現象をアイドル現象として分析した場合に、筆者にとって見慣れた光景になる。つまり、人気アイドルにはアンチはどうしても発生するものなのだ。だからといって、厄介な迷惑行為が絶対に禁物であることを決して忘れてはならない。 しかし、そのアンチが米国のトランプ大統領やロシアのプーチン大統領ともなると影響力が半端ない。アイドル論としてグレタ現象を読み解くときに、いまや「アンチ代表」のトランプ大統領こそが、実はコアなファンを凌駕(りょうが)する「トップオタ(TO、実はアンチのTOでもある)」になっているともいえる。 タイム誌の「今年の人」の記事に、トランプ大統領が「(グレタさんは)友達と映画でも見に行け」といった批判的な趣旨をツイートすると、グレタさんは、自身のツイッターの自己紹介欄にトランプ大統領の発言を批判的に引用することで「応戦」していた。 2人は一見すると、いや本当のところでもお互いに「宿敵」なのだろうが、おそらくコアのさらにコアなグレタファンになると、このやり取りに対して違う感想を抱いたとしても不思議ではない。ひょっとして「直接にやりとりできるトランプ大統領がうらやましい。だから彼を批判する」という感情が芽生えているかもしれない。この辺りまで来ると推測の域を出ないが、可能性は十分にあるだろう。 ただ、彼女のアンチに地球温暖化問題の「重大責任者」の一人でもある中国の習近平国家主席がいないのが気になる。グレタさんの論法からすれば、「私たちについてこなければならない」という「権力者たち」の筆頭に、CO2排出量で断然の世界トップである中国の指導者が挙げられるのは道理である。米ニューヨークの国連本部で、トランプ大統領(左)を見るスウェーデンのグレタ・トゥンベリさん(中央)=2019年9月(ロイター=共同) まさか、中国が発展途上国だとか、成長の果実をまだ十分に得ていないから遠慮しているだとか考えているのだろうか。そのような理屈ならば、世界の権力者たちと意見は大差ないはずだ。 ひょっとしたら、グレタさんは「くまのプーさん」のファンなのかもしれない。プーさんは中国で検閲対象になったと言われるほど、習主席に似ているとSNS上で話題になっている。第25回締約国会議(COP25)からの帰国途中に彼女がツイッターに投稿した、ドイツ鉄道の車中で膨大な荷物の横で座る自身の写真に、筆者もプーさんを探したのだが、どうもいないようだった。

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    安倍政権に関係あればレイシスト? 野党議員の「あくどい手口」

    その主な原因は、首相主催の「桜を見る会」に対して、世間が厳しい目を向けているからだろう。 先週、この連載で筆者は「桜を見る会」をめぐる七つの主要論点(疑惑)について簡単に解説した。「桜を見る会」の規模や招待基準に対する批判は理解できる。 政府も、基準の明確化やプロセスの透明化を来年夏に向けて改善すると強調している。この方向性は正しいが、残りの「疑惑」と称するものは、合理的な推論や証拠に基づくものではない、と筆者は批判した。 その後もゴールポスト(論点)はいくつかに分かれて、妙な多様性だけ増している。元々安倍政権に反感を抱く人たちを中心に、この問題でさらに疑惑を深めているようだ。 筆者の見聞したところでも、既に「桜を見る会」自体が何か社会的に怪しげな会合とでも言いたげな人たちもいる。中には、会合に参加することや、招くこと自体を「罪」としているモラルの過度に強い人もいる。 しかし、その手の人たちには残念なことだろうが、「桜を見る会」自体は歴代の政権が開催していた公式行事であり、その場に招かれることを名誉と感じる人たちがいてもおかしくも何ともない。反対に、消極的に参加する人がいてもおかしくはない。桜を見る会を巡る矢継ぎ早の質問にすぐ答えられず、秘書官からメモを受け取る菅官房長官=2019年12月、首相官邸 もちろん招くことも参加することも、モラルにも法にも全く触れない。だが、こういった当たり前のことを拒絶する猛烈な「反安倍感情」、政治的イデオロギーの励起を感じることもある。 反安倍感情なのか、政治的イデオロギーが強く表れたのか、動機は不明だが、似た現象として、一般人の他者を「レイシスト(人種差別主義者)」「ファシスト」呼ばわりしたり、国会で誹謗(ひぼう)中傷したりするといった個人攻撃の風潮が、国会議員によって起こっている。根拠なき「レイシスト」発言 前者のケースにあたるのが、嘉悦大の高橋洋一教授に対し、立憲民主党の石垣のり子参院議員が、会員制交流サイト(SNS)上で「レイシズムとファシズムに加担するような人物」と形容したことだ。事の経緯は、れいわ新選組の山本太郎代表と馬淵澄夫衆院議員が共催する「消費税減税研究会」の講師として高橋氏が招かれたことに始まる。 それに反発した石垣氏が「レイシスト」「ファシスト」と同席する気持ちはない旨を表明したのである。正直、何の根拠もないひどい話だと思う。 山本氏と馬淵氏は与党に対立する政策提言を構築するために会を主催したのだろう。アベノミクスの根幹部分は積極的な金融政策の採用であり、「リフレ派」と言われる人たちが20年以上にわたって主張してきた考え方だ。 通常の積極的な金融緩和政策と違うのは、インフレ目標を導入して人々の期待のコントロールを期するところ、簡単に言えばデフレを脱却し、インフレ目標に到達するまで金融緩和を止めない点にある。もちろんこれは反緊縮政策である。 馬淵氏はリフレ政策の理解も深く、筆者も馬淵氏が議員落選中に行った講演会でリフレ政策について話をさせていただいたことがある。一方、山本氏が本当に「反緊縮」なのかには疑問がある、と以前この連載でも書いた。簡単に説明すると、れいわ新選組の最低賃金の急激な引き上げと「デフレ脱却給付金」政策の組み合わせには政策リスクが高い、ということである。ただ、山本氏自らは「反緊縮」という信念を持っているのだろう。 反緊縮の会合ならば、高橋氏が招かれるのはある意味当然である。高橋氏は、アベノミクスの根幹であるリフレ政策も熟知しているし、財政政策への消極的姿勢という現状のアベノミクスの問題点についても理解が深いからである。宮城選挙区で当選を決め、万歳する立憲民主党の石垣のり子氏=2019年7月22日未明、仙台市 高橋氏は、どの政治的立場であれ、時間が許す限り経済政策について今まで対応してきたというのが筆者の素朴な観察である。民主党政権のときも同党議員だけでなく、当時の与野党に満遍なく政策陳情を行っていたし、リフレ政策などの理解を広げようと努力していた。 高橋氏には政治的な信条よりも合理的で、事実と数字に基づく政策を提供することが最大の使命であり、喜びなのだと思う。それに、自分の提案する政策を実現してくれそうな政治家に時間を優先的に割くのは当たり前である。 今なら安倍政権を優先するのだろう。しかし、それは安倍政権への政治的執着を意味しない。言ってみれば、単に政策提言が「好き」なのである。実は筆者も同じだ。誤情報で続く誹謗中傷 だが、石垣氏にとっては全く違ったイメージを抱くのだろう。だが「レイシスト」「ファシスト」というのは全くいただけない。単に名誉毀損(きそん)レベルの話でしかない。 どのような根拠で発言したか説明すべきだが、なんと上述の発言の数日後に「憲法秩序と相いれない人物や組織」という発言で、高橋氏の一件に言及している。これも理解が難しい。 誹謗中傷の度合いが増しただけにしか思えないのは、筆者だけではないだろう。石垣氏はこの一連の発言の真意を明らかにすべきである。 また、国民民主党の森裕子参院議員は、居直ったかのように、最近でも政府の国家戦略特区ワーキンググループ座長代理の原英史氏に誹謗中傷を行っている。12月5日の参院農林水産委員会で、原氏が特区関係者から「夕食をご馳走(ちそう)になった」という誤った情報をもとにして、「(原さんが)公務員だったら、こんなことしていいんですか。(特区提案者から)ご馳走になって」「公務員じゃないから何やってもいいんですか」と発言したのである。 まるで国家戦略特区の委員であることで利害関係者から供応を受けているような印象を強く与えているが、本当にひどい話だ。詳細は原氏のフェイスブックの投稿を参照されたい。 森氏のこの種の発言は国会で繰り返されており、原氏の名誉を著しく傷つけるものである。現在、「国会議員による不当な人権侵害(森ゆうこ参議院議員の懲罰とさらなる対策の検討)に関する請願書」が参院議院運営委員会に付託されている。参院予算委で質問する森裕子参院議員=2019年3月(春名中撮影) この請願が本会議で付されるかどうかが今問われている。国会議員が国会での発言を免責されるからといって、明白な誤情報をもとに他者の尊厳を傷つける行為を繰り返していいわけがない。 どうも高橋氏のケースも原氏のケースも、ともに「安倍政権になんらか関係がある人」で不当な批判を受けている側面がありはしないか。もしそうならば、「桜を見る会」をめぐる「モリカケ的」な攻撃に加えて、一般人への個人攻撃が一部野党議員の手法となっていないか、その懸念が募ってしまう。 最近では、一般人が他人を「レイシスト」と呼び、イベントなどを妨害するケースも見聞した。このような魔女狩りに似た行為は、まさに自由を脅かす下劣な行為であることは言うまでもない。

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    ク・ハラを壊した韓国社会の狂気

    韓国のアイドルグループ「KARA」の元メンバー、ク・ハラさんがソウルの自宅で自殺した。日本でソロ歌手として再始動した彼女は、なぜ一時帰国後に自ら命を絶ったのか。背景を探れば、悪質なネット中傷、差別など、あまりにもモラルに欠けた韓国社会の闇が見えてきた。(写真は聯合=共同)

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    「桜を見る会」7つの疑惑、モリカケ化が止まらない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 首相主催の「桜を見る会」は、いまや単なる安倍晋三政権批判ありきの「政治ゲーム」と化している。ゲームの主要プレーヤーは、一部メディアや立憲民主党、日本共産党などの野党の大半であり、さらに「反権力」「反安倍」を信奉する識者が相乗りしている。 この方々の発想は簡単で、「箸が転んでも安倍政権批判」とでもいうべきスタンスであり、論理の跳躍、ゴールポスト(論点)の移動などはお手のものである。 10月の消費税率の引き上げ実施前には、「国会が再開されれば、最大論点として戦う」とあれだけ公言していたのだが、その主張は後退している。元々、消費増税や経済問題で、現政権に本気で対決するよりも、テレビや新聞で受けのいい話題に食いつくことで、内閣支持率の低下を狙う方が割のいい戦略に見えるのだろう。 確かに、森友・加計学園問題と同様に、報道されればされるほど支持率は低下の傾向を示す。ただし、テレビなどで取り上げられなくなると再び回復するかもしれない。 これは支持と不支持を決める人たちの、近視眼的な行動によるものだろう。近視眼的になるのは、やはり報道の在り方に大きな責任がある。 今まで「桜を見る会」に関する「疑惑」は主要なものでも6点、細かいものを足すと十数件に及び、五月雨式に報道されている。その顛末(てんまつ)がどうなったのか、そしてそれが本当の疑惑なのか、道義的な問題なのか、法的な問題なのかをいちいちチェックしていったら、さすがに時間の制約のある一般の人では情報処理が難しくなるだろう。 同様の状況はモリカケ問題でも起きていた。このため、多くの人たちが「なんか安倍政権は怪しい」「安倍政権は支離滅裂だ」と思うのも無理のない側面がある。「桜を見る会」での招待客と笑顔の安倍首相(中央)=2019年4月、東京・新宿御苑 われわれはみんな限定された合理性の中で生きていて、場当たり的、つまり近視眼的に自分を納得させてしまうのだ。だがそれゆえ、マスコミの責任もまた大きい。 それでは、筆者が気付いた「桜を見る会」の主な「疑惑」を整理してみよう。「モリカケ化」の始まり(1)「桜を見る会」には、後援会や支援者、さらには社会貢献が不明な人が増えており、「私的な催し」と批判されるほど税金の使途としておかしな点がある。 (1)に対して批判の側面が出るのは、もっともである。ただし、安倍内閣だけが後援会や「議員枠」などで招待客を募っていたわけではなく、民主党政権を含む歴代の内閣が同様の運営を行っていた。この批判を受け、政府は来年の会中止を即時に決め、招待客の基準もより明確にするという。 通常の合理的判断ならば、この問題はこれで基本的に終焉(しゅうえん)するはずだったが、そうはならなかった。いわゆる「モリカケ化」の始まりである。もちろんその風潮を、筆者は批判的に見ているのは言うまでもない。(2)「桜を見る会」前日に行われた安倍首相の後援会関係者が集まる夕食会(前夜祭)で、ホテルニューオータニ(東京都千代田区)が設定した1人当たりの会費5千円は安すぎる。有権者に対し、安倍首相側が利益供与した公職選挙法違反の疑いがある。 いつの間にか、「桜を見る会」からゴールポストが移動している。(2)については、ホテルの設定価格としては特段に不思議なものではない、というのが社会的常識であろう。 パーティー形式についても、それまでの顧客との信頼関係などでどうにでもなる。ちなみに産経新聞などの報道では、立憲民主党の安住淳国対委員長の資金管理団体が、やはりニューオータニで前記の夕食会に近い料金で朝食セミナーを開催しているという。もちろん、このセミナーは適法に行われており、何の問題もない。 ならば、なぜ安倍首相関係のパーティーだけが疑惑の標的にされるのだろうか。その答えはやはり「安倍政権批判ありき」なのだろう。 ちなみに、作家の門田隆将氏はツイッターで、「立憲・安住淳氏の“会費2万円で原価1739円のオータニパーティー”報道以来、桜を見る会の報道が激減」しているとインターネット上の情報を活用して投稿している。もちろん、安住氏にも安倍首相にもこの設定価格で何の疑惑もないことは明瞭だが、マスコミがその報道姿勢から明らかにこのネタが使えないと判断したのではないだろうか。マスコミの報道姿勢に関する疑惑はますます深まったと言わざるを得ない。東京千代田区のホテルニューオータニ=2016年10月(斎藤浩一撮影)(3)上記夕食会において「領収書がないのはおかしい」疑惑。 これについては、報道で既にホテルから領収書が発行されていることが分かっている。最も注目の問題は?(4)安倍首相の政治資金収支報告書に、夕食会の収支記載がないのはおかしい。 この「疑惑」は簡単で、直接ホテル側に会の参加者が料金を払い、安倍事務所が介在していないためである。単に事務所のスタッフがホテルの領収書を手渡しただけのようだ。 これをおかしいと指摘する専門家も少数いるが、もし「おかしい」のであれば、「お金のやり取りには直接介在していないが、手渡しでホテルの領収書を代わりに事務所が渡した場合でも、政治資金収支報告書に記載する」と法改正すべきだろう。ただ個人的意見を述べれば、あまりに些末(さまつ)すぎて法改正の時間の無駄にも思える。(5)ホテルの明細書がないのは不自然なので、ホテルニューオータニの責任者を国会に参考人で招致すべきだ。 パーティーなどで明細書を発行しない場合もあるのではないか。顧客との信頼関係など、それこそケース・バイ・ケースだろう。 そもそも価格設定が不適切だという話から、明細書や領収書問題が出てきたのではないか。(2)で書いたように、価格設定自体に不自然なものは特にない。個人的には、ニューオータニもとんだとばっちりを受けているとしか思えない。2019年12月、安倍首相の地元、山口県下関市で調査を行い、取材に応じる「桜を見る会」追及本部の野党議員ら(6)「桜を見る会」に反社会的勢力が招かれていた問題と、行政処分や特定商取引法違反容疑で家宅捜索を受けた「ジャパンライフ」元会長が招かれていた問題。 今度はまた「桜を見る会」に戻ってきた。そもそも報道などで暗に示される「反社勢力」がよく分からないという問題も指摘されている。今後、なにかしら具体的に出てくるのかもしれないが、現状ではよく分からないとしか言いようがない。 それはさておき、現在最も話題になっているのが、主に高齢者を対象にしたマルチ商法を展開して消費者に大きな損失を与え、経営破綻したジャパンライフの元会長を、2015年の会に招いたことだろう。ただし報道によれば、特定商取引法違反で消費者庁から最初の業務停止命令を受けたのは2016年で、さらに家宅捜索が入ったのは2019年4月である。本当にシュレッダーにかけるべきは 未来を正確に予測して、招待客をいちいち選別しなければならないとなると、政府もなかなか大変である。なお、14年に書面の不記載で行政指導を受けたことが問題視されているが、もし行政指導された企業を招待しないのであれば、マスコミ各社も該当するのではないだろうか。 また、ジャパンライフの広告に「桜を見る会」の招待状が利用されたり、加藤勝信厚生労働相とジャパンライフ元会長が食事したり、ホテルでジャーナリストや政治家を参加者に毎月懇談会を開催していたことが報道されている。ただし、朝日新聞はこれらの動きを安倍首相の責任問題にしたいらしいが、さすがにそれは筋違いであろう。宣伝に悪用したジャパンライフの問題が優先的にあるのではないか。 懇親会に呼ばれたメンバーには、テレビ朝日『報道ステーション』コメンテーターの後藤健次氏や、NHK解説委員長(当時)の島田敏男氏、毎日新聞特別編集委員(当時)の岸井成格(しげただ)氏(故人)といったジャーナリストが名を連ねている。また、同社顧問には朝日新聞元政治部長の橘優氏が就いていた。 朝日新聞では、このジャパンライフの宣伝活動を批判しているのだが、安倍首相や自民党議員に特に焦点を当てているようである。自社の元社員の責任などもあるだろうし、他のジャーナリストたちも体よく宣伝として利用されていたのだろう。だが、安倍政権批判ありきの前ではそういう指摘は通用しないのかもしれない。 ちなみに、ジャパンライフの広告は行政処分後もマスコミ掲載されていたというが、もちろんこの指摘も通じない。安倍首相の「責任」だけが取りざたされるのである。(7)内閣府が招待客の名簿などをシュレッダーで廃棄処理したことに関し、「タイミングが怪しい」「隠蔽(いんぺい)だ」問題。 野党の大半が参加した内閣府のシュレッダー見学報道には、あきれたの一言だった。野党側は、今年5月9日に国会で名簿の存在について質問した直後に、資料がシュレッダーにかけられたことを「疑惑」として騒いでいた。名簿廃棄に使ったとされる内閣府のシュレッダーを視察する「桜を見る会」を巡る追及本部の野党議員ら=2019年11月(同本部提供) しかし実際には、国会質問前の4月22日に処分の予約が入っていた。国会質疑とは全く関係ないどころか、単に仕事の都合でしかない。 このようにいろいろ列挙したが、一つ言えるのは、無責任な「疑惑」自体こそシュレッダーにかけるべきである。経済や安全保障といった重要問題で、与野党の本格的な攻防を見てみたい、いつもそう願っている。

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    『小西寛子のセカンドオピニオン』第3回

    iRONNAの動画チャンネルにて、声優、小西寛子氏の動画番組『小西寛子のセカンドオピニオン』がスタートしました。これまで自身が経験したNHK『おじゃる丸』降板騒動や、声優業界の闇など、当サイトで執筆活動を行ってきた小西氏が「アンカーパーソン(総合司会)」を務め、さまざまな問題に斬り込みます。

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    GSOMIA破棄撤回、朝日が仕掛けた日韓「仲良しゲーム」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本と韓国との軍事情報に関する共有の取り決めであるGSOMIA(軍事情報包括保護協定)を破棄するという韓国政府の発言は、協定の失効直前の6時間前になって撤回された。韓国政府は、このGSOMIA破棄を日本の輸出管理の強化に対する報復措置と位置付けていたが、そのもくろみは破綻した。 韓国政府は、輸出管理強化を日本側の元徴用工問題に対する「報復」と見なしていた。この見解になびいていた日本のメディアや識者も多かったため、今回のGSOMIA破棄撤回は日本国内の親韓国勢力にもショックだったろう。個人的には韓国側の自滅であり、極めて当然の展開に思えるのだが、それを認めたくない勢力もあるのだ。 日本の親韓国勢力の狙いは、安倍晋三政権への打撃である。そのために、薄っぺらい韓国との「協調」や「友好関係」を説いている。 要するに、国内政局のために韓国を利用しているのであり、本当の意味で「親しい」と考えているわけではない。これは、文在寅(ムン・ジェイン)政権を代表例とする韓国の歴代政権がことあるごとに日本との対立を演出し、韓国国内の政局打開に利用してきた経緯と似ている。 そんな日本の反安倍政権の人たちは、しばしば「日本の外交だけが蚊帳の外」論をぶつことが多い。その人たちから見ると、日本は国際的に孤立を深めていることになっている。 しかし、今回の文政権によるGSOMIA問題の顛末(てんまつ)をみると、外交的に追い詰められたのは韓国側だった。この事実を認めたくないのが親韓国勢力だろう。GSOMIAの失効が回避され、取材に応じる安倍首相=2019年11月、首相官邸 日本のメディアでも論調がはっきり分かれている。産経新聞や読売新聞の社説は、明瞭に文政権による外交の失敗という論調だ。また、日米韓の協調を両紙とも説いているが、あくまで3カ国の安全保障面が揺らいだ責任は韓国側にあるという認識に立っている。 日本経済新聞や毎日新聞は、韓国側の失政を明示することは避け、日韓、日米韓の協力をあいまいに訴えている。ただ、何といっても特異だったのが、朝日新聞の社説であった。正直、読んだときには驚いたものである。韓国の理屈をそのまま踏襲 朝日の社説「日韓情報協定 関係改善の契機とせよ」では、「文政権が誤った対抗措置のエスカレートを踏みとどまった以上、日本政府も理性的な思考に立ち返るべきである。輸出規制をめぐる協議を真摯(しんし)に進めて、強化措置を撤回すべきだ」と説いている。 この主張は全く間違っている。政治学者で大和大講師の岩田温氏は最近開設した動画サイトで、この朝日の社説を徹底的に批判していて、筆者も完全に同意できる内容だった。 韓国政府は輸出管理強化について、「元徴用工問題に対する日本政府の報復措置だ」という理解をさかんに喧伝(けんでん)している。朝日の社説は、韓国側の理屈をそのまま踏襲している。つまり、朝日の社説では、日本の輸出管理強化が「理性的な思考」の産物ではないことになる。 しかし、日本の輸出管理強化は、通常兵器などに転用される恐れのある資材の輸出をきちんと管理するという、国際的な取り決めの一環に基づいて行われている。いわば日韓間の問題に見えても、輸出管理強化とは、実は国際的な約束を「理性的」に施行しているだけなのだ。 むしろ、日本政府が元徴用工問題の解決を目指して、輸出管理の強化策を取り下げてしまえば、国際的な批判を免れることはできなくなる。要するに、輸出管理問題は輸出管理問題でしかない。他の話題と関連させて考えることは理性的ではないのである。 今回の撤回で、韓国側は輸出管理問題に関する世界貿易機関(WTO)への提訴手続きを中断することを表明した。この手続きも元から無理筋の話だっただけで、自由貿易をめぐる問題でもなんでもないものを騒ぎ立て、WTOを単に悪用していただけにすぎない。韓国はさまざまな国際会議の場で、本筋とは離れて日本の輸出管理強化の非を何度も叫んできたが、その類いと同じである。 そもそも、朝日新聞がおかしいのは、韓国側がGSOMIA破棄を撤回したのだから、それに応じるべきだと主張している点にある。だが、GSOMIA問題は、韓国政府が自ら生み出し、自ら炎上させ、自滅した問題である。日韓の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の失効が回避されたことを報じる2019年11月23日付の韓国主要紙(共同) そんな問題になぜ日本が付き合う必要があるのだろうか。こちらが見る気もない「一人芝居」が終演しただけの話である。もちろん、この背景には、米国の圧力があることは間違いない。 GSOMIA自体は、東アジアにおける日米韓の安全保障上のインフラの一つである。この協定から韓国が離脱すれば、ロシアや中国、北朝鮮からは「好機」に映る。相変わらずの「偽情報」 たがが緩めば、緩みに乗じてごり押ししてくる国が現れるのが国際社会のパターンである。韓国政府がGSOMIA破棄の撤回を表明した途端、中国政府が「第三国に不利益をもたらさないように」とクギを刺してきたのはその表れである。 米国は現状の東アジアにおいて、安全保障上の秩序の変更を望んでいない。日本政府はむしろ秩序強化を意図しており、その意図は正しい方向だといえる。 今回、米国の圧力が前面に出たことで、韓国政府が大幅譲歩というか政治的な敗北を喫したことは、文政権という左翼イデオロギーに凝り固まった集団を抑制する上で、何よりも日本にとってよかったのではないだろうか。 だが他方で、問題の終わりはいまだに見えない。実際に、韓国側は、既に日本側が輸出管理問題について「謝罪」したなどという偽情報を流しているようだ。相変わらずとしか言いようがない。 また、日本メディアも輸出管理規制の局長級「対話」をわざわざ「協議」と伝えることで、意図してか意図しないかは分からないが、結果的に韓国政府の代弁者になっている。 日本政府の対応を分析すると、韓国の非理性的な対応には一切関わらなかったことが分かる。この姿勢は今後も継続すべきだろう。2019年11月22日、韓国・天安で演説する文在寅大統領。韓国大統領府は同日夕、GSOMIAを当分維持することを決めたと発表した(聯合=共同) さらに、元徴用工問題については、1965年の日韓請求権協定に基づき、国際法遵守の観点から韓国側に対峙(たいじ)し続けることが求められる。むしろ、日本政府は日本企業の損失に応じて、韓国側に報復措置をも辞さないことを望みたい。 相手が非理性的な行為に出てくれば、それに対して「しっぺ返し」をする。この戦略こそが交渉相手の裏切りを中長期的に予防する上でも正しい。朝日新聞の社説が打ち出す安易な「仲良しゲーム」には一切乗らないことが肝要なのである。

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    7年の沈黙が物語る沢尻エリカ「薬物逮捕」の本質

    片岡亮(ジャーナリスト) 女優の沢尻エリカが、合成麻薬「MDMA」を所持したとして警視庁に麻薬取締法違反容疑で逮捕された。11月16日、東京都目黒区の自宅マンションで緊急逮捕された沢尻は翌日、東京地検に送検された。 捜査関係者によると、沢尻は逮捕後、「私のものに間違いありません」と容疑を認めている。その上で、数週間前にイベント会場で知人からもらったことや、以前から薬物を使用していたことを供述しているという。 公開中の『人間失格 太宰治と3人の女たち』や、来年1月から始まるNHK大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』と、立て続けに出演が決まっていただけに、まず浮かぶのは「女優として活躍していたのに、なぜ?」という疑問だ。誰もがうらやむ美貌の持ち主で、金や名誉に不自由しない立場のはずなのに、わざわざ違法薬物に手を出して、結果として一夜でトップ女優の立場を失うことになってしまった。 確かに動機は気になるだろうが、本件には、そんな前振りをすっ飛ばしたくなる巨大な闇が潜む。テレビの情報番組で、「仕事への大きな損害が出るだろう」や「女優として再起できるのか」といった話に焦点が当たっているのは、ひょっとして「核心」についてコメントできないからでは、とさえ思えてくる。 一部、麻薬依存者の更生を重んじて「罰よりケア」を求める人もいたが、これもちょっとしらじらしい気がする。一般人とはケタ違いの金を手にしていた著名人なら、元々は来月の家賃の心配もいらない身のはずだ。 酒井法子は歌手活動を大々的に再開しているし、清原和博だって「球界復帰」への一歩を踏み出した。2人のように誰かから声がかかって、再起をいくらでも歓迎される人の復帰など、率先して心配する話ではないし、建前論にしか聞こえない。逮捕された女優の沢尻エリカ容疑者=2018年6月 そんなことよりも注目すべきは、沢尻には2009年に前の所属事務所から大麻使用を理由に契約解除されたという報道があったことで、そこが事件の最大のポイントだ。前事務所側は解除の理由を「重大な契約違反行為があった」とリリースしていたが、本人同意のもとで行った薬物検査で陽性反応が出たという話が一部週刊誌で証拠書類とともに報じられていた。 デビューして間もなく、その生意気な態度から「エリカ様」と呼ばれたり、女優や女性タレントを集めた飲み会を定期的に開くことも、「沢尻会」のリーダーに収まっているとネタにされたりした。実際に07年、「別に…」発言に象徴された主演映画の披露あいさつで悪態をついたことでバッシングを浴び、人気が一気に凋落(ちょうらく)することになる。蘇る7年前の報道 その後、12年に5年ぶりの映画主演作となった『ヘルタースケルター』で復活を果たしたものの、公開の直前、『週刊文春』に報じられたのが「薬物中毒」だった。 当時、09年に結婚した映像作家、高城剛氏との離婚騒動に注目が集まっていたが、当の高城氏が「エリカはエイベックスの松浦勝人社長(現会長)から薬物使用の証拠を弱みに握られ、離婚を迫られた」という内容の話を暴露した。エイベックスとは女優業再開に向けて11年に業務提携を行っていたが、脱ぐかどうか迫られた沢尻が『ヘルタースケルター』でヌードを披露するに至ったというのである。 その際に出てきたのが「大麻だけでなく、エクスタシー(MDMA)も使用していた」という証言だ。こんな話が過去に出ていたのに、今回まさにMDMA所持で逮捕されたわけだから、ASKAや清原同様、早くからキャッチしていたメディアの話に真実味が増してくるのも当然の流れだ。 この衝撃的なゴシップは本来であれば、芸能マスコミが競って後追いすべきビッグなネタだが、相手が大手事務所だけに一様に無視していた。しかし、逮捕された沢尻が供述で「10年以上前から使用していた」とあっさり常習を認めており、まさに過去にさかのぼって取材すべき問題と化している。 ところで、タレントのラサール石井が「政府が問題を起こし、マスコミがネタにし始めると芸能人が逮捕される」とツイートしていた。「桜を見る会」の私物化問題の火消しに追われる政府のスキャンダル隠しに使われたようなニュアンスだったが、冗談じゃない。権力者大好きタレントや後援者の集まりという役得への嫉妬問題より、この事件の方が日本社会にはずっと危険であり、人権問題として見ても重い。 そもそも、社会を大きく揺るがすほどの重大な疑惑につながりかねない事件を話題そらしに使えるわけがない。それよりも、メディアに出演している芸能人が一様にエイベックスの「エ」の字も口にせず、「これで仕事を失うのは本当にもったいないですよねえ」などと毒にも薬にもならないコメントをしている方が、よほど本質そらしだとはいえないか。 ここで気になるのは、警視庁組織犯罪対策5課が約1カ月前に情報提供を受けて、内偵捜査を続けていたという話だ。入手先が渋谷区のクラブだった可能性もあるそうだが、話をリークした情報提供者がいることは事実だろう。送検のため沢尻エリカ容疑者を乗せ東京湾岸署を出る車=2019年11月17日午前 巨悪の存在説が本当に正しければ、リーク元がその敵対勢力という可能性も出てくる。もちろん「エリカ様」への個人的恨みである可能性もあるが、それでも警察に情報提供するとなれば、確度の高い話がないと採用されないわけで、顔見知り程度の間柄ではどうにもならないだろう。 いずれにせよ、沢尻の逮捕で、週刊誌を中心とするメディアにとっての最大の焦点は先に報じられてきたエイベックス界隈の話になるだろう。筆者もそのポイントを前提にした取材に集中するが、核心をそらそうとする動きにだまされないことが重要だ。

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    「桜を見る会」と「沢尻エリカ逮捕」世論に鳴り響く不思議な陰謀論

    る人は多いだろう。 筆者もその一人で、なぜだか一部の人たちの間で消費増税の積極論者になっている。この連載をお読みいただいている方々はお分かりだろうが、終始一貫して消費増税に反対を訴えている。「桜を見る会」政権の陰謀論 だが、その一部の人たちの「ムラ社会」には真実が伝わらない。真実を拒否し、嘘であることでも「真実」として流通する現象だといえる。 この現象をイタリア・IMTルッカ高等研究所のウォルター・クアトロチョッキ氏は「エコーチェンバー」(共鳴室)と名付けた。エコーチェンバーは、同質的で閉鎖的なネットのコミュニティーが生み出すという。 今回の沢尻容疑者の事件が起きてまもなく、このエコーチェンバーから独特の音が鳴り響いてきた。沢尻容疑者逮捕の報道が、それまでマスコミの話題となっていた安倍首相主催の「桜を見る会」にかかわる疑惑報道を打ち消してしまう、という話だ。 マスコミの報道を分析して、単に放送時間や取り上げられる回数の変化を指摘するだけなら、何の問題にもならない。だが今回、エコーチェンバーから聞こえてきたものは、「桜を見る会」の報道が安倍政権にとってまずいので、問題から国民の関心を移すために沢尻容疑者が逮捕された、というニュアンスを多く含んでいた。まさに陰謀論である。 しかも、著名な識者の多くがこの陰謀論めいた話に参加していた。しかも、素朴に観察したところ、多くの人たちがこの陰謀論を信じているようでもある。まさにネット社会の分断をまざまざと示している。「桜を見る会」を巡り、記者の質問に答える安倍首相=2019年11月15日、首相官邸 「桜を見る会」自体は、社会的評価が高かったり、社会貢献をした人たちを参集させるよりも後援会関係者の参加が目立つなど、最近の人数や経費の急増とともに見直すべき話だと思う。しかし、過去何十年と同じパターンで繰り返されてきた行事の運営を、安倍政権が何か違法な事態を引き起こしたと誘導する報道があまりにも多い。 そもそも、何が違法に当たるのか、そこも分からない。法的な論点に関心のある人は、元弁護士の加藤成一氏の論考『桜を見る会「疑惑」の法的検討:買収罪は成立するか』が参考になるだろう。モリカケから続く「疑惑商法」 それに、今はどうも「桜を見る会」ではなく、その前日に行われた後援会か支持者の集まりだかの「前夜祭」における、領収書をめぐる話題が熱いらしい。いつもながらの話だが、ゴールポストがころころ変わり、しかも違法性かモラルの問題かさえも分からない。 そうして、単に「疑惑が深まった」報道をマスコミは垂れ流すだけである。これは安倍政権下で、いわゆる「モリカケ問題」から続いている話題づくりの手法だ。 つまり、一部マスコミとエコーチェンバー化した政治家や識者たちが生み出した「疑惑商法」というものだ。おそらく真実がいくら列挙されても、「疑惑」は晴れるどころか、むしろ深まるだけかもしれない。 国会でも、この「桜を見る会」問題が議論の中心となるという。立憲民主党の枝野幸男代表は、この話題をきっかけにして衆院の解散に追い込みたいと発言しているようだ。 どのような理由で解散を迫るかは自由だが、この問題が話題となった後に実施された世論調査を見たところ、野党の支持率は減少トレンドにある。エコーチェンバーの内部は知らないが、国民は野党の「モリカケ手法」にとことん愛想が尽きているのかもしれない。「桜を見る会」を巡る追及チームの会合で省庁側出席者(手前)から聞き取りする野党議員ら=2019年11月14日 もちろん、安倍首相は国会から求められれば、事実を丁寧に説明すればいいと思う。他方で、消費増税に伴う悪影響への対策、ウイグル自治区住民に対する弾圧や香港デモでも明らかな中国政府への対応、韓国の独善的な外交姿勢への対抗策など、課題は山積みだ。今、筆者には「桜を見る会」よりはるかに重要に思える。 それらの課題に国会全体の努力を傾けることを切に望みたい。もうモリカケ商法はおなかいっぱいである。

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    「拝金主義」維新が天王寺動物園をぶっ潰す?

    上西小百合(前衆院議員) 今、何かと問題が取り沙汰されている大阪市立天王寺動物園は、大正4(1915)年1月1日に開園した日本で3番目に長い歴史をもつ動物園で、面積は約11ヘクタール(甲子園球場の約3個分)の園内に、約200種1000点もの動物たちが飼育されている都市型の動物園である。 最近、「天王寺動物園」という言葉を聞くとハラハラしてしまう。今度はどの動物がどんな目に遭ったのかと。  今年11月3日にワライカワセミが逃げ出したことは記憶に新しいが、9月11日にはシマウマが事故死、同16日にアムールトラが原因不明の急死、同27日にアシカが行方不明になるなど、飼育動物の管理状態を疑問視せざるを得ない状況が連発しているのだ。 私は大阪府で生まれ育ち、小中高を大阪教育大附属天王寺で過ごしたので天王寺動物園は家族や友人で行くほか、遠足などでも頻繁に出かけた思い出深い場所だ。私同様そんな大阪府民も多いのではないだろうか。 天王寺動物園で多くの学びを得た子供たちも多いはずだ。「大阪府民の愛すべき場所ベスト3」に入っていてもおかしくないと、私は本気で思う。だが今、そんな以前の「楽しい憩い・教育の場所」というイメージが姿を消し、「事故多発動物園」へと変貌を遂げているのが非常に嘆かわしい。 しかし、園長や飼育員の方々は昔から変わらぬ愛情を動物たちに注いでいるし、さまざまなアイデアで園の維持向上に懸命に努めている。原因は施設、備品の老朽化や人員不足などであろう。要は金(予算)が無いということだ。教育と大阪文化を背負う天王寺動物園がここまで追い込まれてしまう背景を考えねばならない。 大阪維新の会が旋風(せんぷう)を起こした平成22年頃から当時大阪市長だった橋下徹氏は水道事業をはじめとする二重行政や天下り解消などコストカットを強力に進めてきた。しがらみのある誰かを雇用することが目的で府民の税金が無駄に支出されることなどは許されざることなので素晴らしい実績だ。 ただ、橋下氏は「特別秘書」に自身の後援会会長の息子というしがらみだらけの人を税金で雇用するなど、「桜を見る会」で後援会関係者を招いたと報じられた安倍晋三総理や閣僚でさえ啞然(あぜん)とするほどに自分には寛容な人でもあるので、どこまでの信念があったのかは分からないが…。 ただ、そのコストカットがじわじわと日本の歴史や大阪の文化にもやってきたことは胸が痛かった。財団法人「文楽協会」への補助金見直し騒動のとき、橋下氏は「劇団四季のライオンキングを鑑賞した。3時間の公演。面白かったし楽しかった」「文楽界はしっかりと学ばなければならない」などとツイートしていたが、全体を俯瞰(ふかん)する能力が欠如していると言わざるを得ない。行方不明後、4日ぶりに園内の下水施設で発見されたカリフォルニアアシカのキュッキュ=2019年10月1日、大阪市天王寺区(柿平博文撮影) 例えば、伝統工芸の中にも時代の流れの中で技術の進歩により需要が少なくなってきて、職人がその収入だけでの生計が立てにくいものもあるが、それでも日本古来の伝統や文化を守るためにどれだけの人が歯を食いしばって努力をしていることだろうか。 伝統工芸同様に外国から映画、音楽コンサートやテーマパークなどさまざまな娯楽が流入する中で、動物園の観客が減少することは当然のことだ。しかし、文化を守るためには後継者育成のための経費はこれまで同様に必要である。橋下氏が有料化を断行 平成25年9月に大阪維新の会のタウンミーティングにおいて、当時大阪府知事だった松井一郎現大阪市長が仁徳天皇陵の世界遺産登録について「宮内庁がどう言うかはあるけど、イルミネーションで飾ってみよう、中を見学できるようにしようと、いろんなアイデアを出して初めて指定される」と発言。隣に着席していた橋下氏もうなずきながら同意を示すということがあった。そうすれば観光客が増えて経済的利益も得られると松井氏は言いたかったのだろうが、天皇陵に電飾をつけるなど日本の歴史と天皇制を冒とくしていると感じざるを得ないし、度を越した拝金主義だ。 お金だけでは考えられないものもあり、お金を支出してでも守るべきものがある。時代の流れの中で文化を守り、子供たちに継承していく教育環境を整備していくことは政治家の役割のひとつであろう。 天王寺動物園について話を戻そう。私も幼い頃、祖母にもらった100円で買った餌のイワシをアシカがいるプールにもったいぶって投げ込んだのを覚えているが、昔から多くの子供たちにとって「生きるということは他の生物の命をもらっていることなのだ」といった多くのことを学ぶ場となっているのだ。 ゆえに小中学生は入場料が無料だったのだが、橋下市政の中で、平成25年4月から大阪市外に住む小中学生は有料となってしまった。補助金を減らすために、関西でも有数の動物園を広く教育に使ってもらうことを止めてしまうというのは何とも寂しい気持ちになる。 大阪市の経営で、大阪市民の税金で成り立つのだから大阪市民以外はお金を払えという理論は分からなくもないが、大阪市で線引きをしてしまうということは、維新のお題目である「ワン大阪」という大阪をひとつにする大阪都構想を目指す党として甚だ矛盾しているのだ。 政府は増税分を教育・福祉にまわすとして、給付型奨学金や幼児教育無償化などと国民が「これで教育費は1円もかからないのだな」と勘違いしてしまうような、聞こえのいいキーワードを並べてはいるものの、実際は負担が増えたり、高齢者の社会福祉に多大なしわ寄せがきたりという事例も生じている。これがまさに大阪で維新がしていることも同様の張りぼてなのだ。 維新議員たちは事あるごとに「大阪市営交通局ではトイレがきれいになりました」とアピールし、最近は大阪御堂筋線中津駅でライトアップ工事などを行っている。利用者はきれいになったと単純に喜んでしまいそうなのだが、見栄えだけを取り繕う前に安全性を高めるために一刻も早いホームドア設置などが優先されるべきだ。 子供、高齢者や障がい者を思いやる気持ちが感じられない維新の張りぼてのまちづくりでは東京に追いつくことなど到底ないだろう。天王寺動物園も見栄えだけじゃなく、子供たちの教育や動物を管理する環境を最優先するべきだ。天王寺動物園のヤギのメイちゃんらと記念撮影する橋下徹・大阪市長(当時・中央)=2014年12月26日、大阪市北区の市役所(村本聡撮影) 私は大阪市がここまで追い込まれた天王寺動物園にさらなる予算をねん出しないのは「天王寺動物園(博物館)なんてなくなってしまった方が金儲けになる」「動物園なんかより、観光客を呼び込めるIR(統合型リゾート施設)を誘致してお金にしようぜ」などと維新が考えているのではないかと危惧している。お金で買えないものだってあるんですけどね。政治家に必要なことは拝金主義ではなく、思いやりの気持ちです。

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    「日本侵略」は簡単だった

    北朝鮮漁船による違法操業や中国の領海侵犯が常態化し、海洋の安全保障は危機的状況にある。日本は、津軽海峡といった本来領海とすべき海域を公海とし、さらに戦後70年以上を経ても「敵国条項」が残るなど、主権が制限されている。日本をとりまく穴だらけの安全保障は、侵略を目論む国々にとって好都合でしかない。

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    チュート徳井でわかった「想像を絶する」芸人の蓄財術

    片岡亮(ジャーナリスト) お笑いコンビ、チュートリアルの徳井義実が10月26日に活動自粛を発表した。3日前の23日、国税庁が徳井の約1億2千万円の申告漏れと、約2千万円の所得隠しを発表、3700万円の追徴課税を受けた対応だった。 問題発覚直後の記者会見では「できれば仕事を続けさせてもらいたい」と語っていたが、徳井の希望が叶いそうにないことはすぐに明らかになる。26日、所属事務所の吉本興業が公表した詳細な経緯で、10~12年、13~15年の各3年間も期限内に申告せず、3年分をまとめて申告していたことが判明した。 税務署からの再三の督促にも応じないばかりか、16年には銀行預金を差し押さえられたことや、徳井が個人会社「チューリップ」を設立したときに社会保険の加入手続きもしていなかったことで、さらに世間の厳しい声が広がった。 「想像を絶するだらしなさ」という発言に象徴された徳井の記者会見を要約すると、「16~18年の申告をしていなかった。ルーズで先延ばしにして、税理士にも資料を催促されていたが、納税意識が低かった」というものになる。大金を稼げるテレビ番組への出演はたくさんあってもすっぽかさないのに、年に1度の納税はほったらかし、というのは「だらしなさ」を余りに都合よく使い分けていたと言われても仕方がない。とても「ルーズだったのだから仕方ないね」と世間に納得できる弁明ではない。 たが当初は、一部のワイドショーで、司会者やコメンテーターらが「悪意はなく、単にだらしなかったんだろう」という「ストーリー」で徳井をフォローする姿勢を見せていた。これは、おそらく出演番組の出演自粛や降板といった「損失」を抑えたいというテレビ局の意向が働いたものだと思う。 一方、ナインティナインの岡村隆史がラジオで「テレビでは所得隠し、脱税みたいなことになってるけど、本人にそういうつもりはなかったと思う」と述べたり、ハリセンボンの近藤春菜は「会見にウソはないと思う。本当にルーズでここまできてしまった」と言及していた。同じ事務所の芸人仲間の言葉は、納税問題というより、徳井個人の人間性に焦点を当てたものだといえる。 しかし、これは社会に損失を与える案件であって、人間性の議論で治まる話ではない。だから、社会システムの観点でいえば、国税局が適切な判断をして、本来納めるべき税金を回収したわけだから、この時点で問題は落着しているはずだ。個人会社の申告漏れなどで会見するチュートリアルの徳井義実=2019年10月(須谷友郁撮影) ツイッターで国税当局の忖度(そんたく)や無申告に対する問題点を指摘したある実業家と比べて、「徳井が逮捕されないのはおかしい」などという論調も一部であった。ただ、徳井の事案を刑事処分とするかは刑法に沿って検討されなければならない。 脱税で有罪判決を受けたこの実業家の場合、「架空の広告宣伝費を計上していた」という犯罪構成を強く認められる点があったからだ。洋服代や旅行費用を経費として計上していた徳井のケースと多少温度差があるのは否めない。 とはいえ、この社会上の処分で済まなかったのが芸能活動だ。NHKを含め、テレビ局はできる限り事なき方向に持っていこうとしたが、「ルーズな性格で納税できなかったんです」という弁明では、社会的制裁は止められなかった。俳優や歌手「不倫」何が違う? この点は、不倫が発覚した芸能人が活動自粛になったケースと同じだ。ただ、テレビ業界が「このぐらいは大目に見ましょう」と済まそうとした感覚は、芸人やタレントという職業カテゴリーに良くも悪くもルーズなイメージを抱いていたともいえる。 同様の問題を報道番組の司会者が起こしていたら「ルーズだったんです」の言葉で済まされたとは、テレビマンたちもさすがに思うはずはない。番組に大きな損失が出ることを分かっていても、これまで通りの出演継続を模索するのは相当難しかっただろう。 報道番組に比べると、お笑い芸人は私生活の失敗も「芸のうち」と見られる傾向が強い。海外でも、ロック歌手やラッパーなどの素行の悪さをキャラクターのうちと見るところがあるため、暴行事件を起こして裁判を待つ身にもかかわらず、コンサートに出る者も珍しくない。 米国では日本より仕事と私生活を区別する意識が強いから一様には比較できないが、今年亡くなったロック歌手の内田裕也が交際女性への強要容疑で逮捕(不起訴)されたとき「ロックに免じて勘弁してください」と言ったのも、本場のロッカー同様に破天荒な生きざまの一つと思ってほしかったということなのかもしれない。 5月、千原兄弟の千原せいじの不倫が報じられた際は、本人がテレビ番組で事実を認めて謝罪したものの、バッシングも受けず大した騒動にもならなかった。不倫の影響についてイベントの会見で「ロケが1本なくなった程度」と言っていたが、同じ不倫騒動でも、矢口真里やベッキー、斉藤由貴らが謹慎に追い込まれたのとは正反対だった。 文筆家の乙武洋匡や元「FUNKY MONKEY BABYS」の歌手、ファンキー加藤への批判が強まったのは、それまでの彼らの言動に高潔さや正義感があったことの反動だ。俳優の渡辺謙や原田龍二、田中哲司、元音楽プロデューサーの小室哲哉にも一定の批判が集まった。対して、ダウンタウンの浜田雅功や三遊亭円楽、木村祐一、千鳥の大悟らになると、いつの間にか笑い話になって終息してしまっていた。「闇営業」問題などで記者会見し、謝罪する雨上がり決死隊の宮迫博之(左)とロンドンブーツ1号2号の田村亮=2019年7月20日 2年前、不倫疑惑で「文春砲」を食らった雨上がり決死隊の宮迫博之も「オフホワイト」発言で笑いを取ろうとしたのは、ある意味で「プロの芸人」だ。反社会的勢力との付き合いが問われた闇営業問題では、さすがにそれを貫き通せるわけもなく、活動自粛が続いている。今、著名人の多くが反社との関わりにかなり神経質になっている中で、芸人たちばかりが問題を甘く見ていたのは、日ごろの緩い空気が原因だろう。 なにしろ、お笑い芸人には、伝統芸能にも息づく「女遊びも芸の肥やし」と言われるような、女性に対する「だらしなさ」も付き物だという価値観が昔からある。「紳助さんはこうしてる」 この認識は、筆者がかつて在籍したプロレスの世界も似ている。両国国技館の興行で、東西南北の座席にそれぞれ愛人を座らせたことを自慢していた有名レスラーが先輩にいたが、罪悪感などまるでなく、むしろ舞台裏で武勇伝としてひけらかすほどだった。このレスラーは大相撲出身だったので、既に力士時代からそういう価値観があったことも伺えた。 後輩に動物のモノマネをさせてエアガンで撃ったり、地方興行の宿泊先で仲居をトイレに連れ込んだり、「ファンの女性と次々関係を持ってたら、後楽園ホールの最前列に6人も座っていた」といった話が控室で交わされていたのは、そこに「プロレスラーはヤンチャでいい」という価値観があったからだ。「仲間で大酒を飲んで大暴れして、居酒屋1軒をぶっ壊した」なんていう話も、当時は武勇伝にさえならなかったが、現代なら大ヒンシュクを買って、インターネットで即炎上しそうな話だから、時代が変わったという考察もできる。 過去、筆者が出演していたバラエティー番組で、レギュラー司会者が不在の際、徳井とともにコーナー進行役として収録に臨んだことがある。残念ながら諸事情でカットされて放送されることはなかったが、アドリブをあまり挟まずにキビキビ進行していた司会者と違って、徳井との掛け合いからは柔らかさを感じた。 高い集中力が求められ、テレビの印象よりも神経質な芸能人も少なくない中で、柔らかさは徳井の持ち味でもあったともいえる。ただし、その柔らかさがルーズさにつながったのか、当時の楽屋では節税やカネの話題でもちきりだった。事実、「徳井さんが自分の会社を作った」ことは7年ほど前から既に舞台裏で伝わっていた話だ。 口八丁手八丁で抜け目のない人間が多い芸能人にとって、関心が最も高いのがカネの話というのは、当然というべきか。財テクに長(た)けていることで有名だった島田紳助が現役だったころ、「紳助さんはこうしてるんだって」という話を若手芸人の口から何度聞いたことか分からない。 徳井が会見で、節税対策の個人会社を作ったきっかけを「いろんな人からアドバイスされた」と言っていたが当然の話で、ブレークすれば節税の話が耳に入ってくる。過去のラジオ番組で「将来は税金のかからないドバイに移住したい」などと突拍子もなく言い出したのも、誰かの受け売りだろう。2011年8月、会見で芸能界引退を発表する島田紳助(桐山弘太撮影) 実際、筆者が昨年、マレーシアにオフィスを持ってから聞こえてきたのが「海外に資金を逃がしている芸人」の話だ。「仲間の金を動かしていたけど、最近は世界中の銀行間で口座情報を共有するCRS(共通報告基準)制度の導入で、国税が対策をとるから、より巧妙な手口を取るつもり」。そんな話が舞台裏には転がっている。 こうして、世間が芸人に甘い空気を作っていた中で、徳井よりも資産を巧みに逃している芸人がいるわけだ。それは結局、大手企業もやっているセレブたちの常套(じょうとう)手段なのだろう。 だが、そういう話を聞くと、ズルい方法を「見つけたもん勝ち」という中で、楽に見つかっちゃったマヌケだけが仕事を失ったという気もしてくる。テレビタレントたちは決して表舞台では言わないが、ほとんどが内心「ああ、もっとうまくやる方法があるのに…」と思っていたに違いない。

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    池袋暴走事故、なぜ「上級国民」を「容疑者」と呼べないのか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今年4月、東京・池袋で自動車の暴走事故を引き起こした旧通商産業省工業技術院元院長が、書類送検される方針が固まったことが、捜査関係者の話としてマスコミに報じられた。この暴走事故で、はねられた母子2人が死亡し、元院長と同乗していた妻を含む男女8人が重軽傷を負った。誠に悲惨な事件であった。 事故現場は、筆者も30年ほど利用する生活道路というべき所で、事故当日も現場の近くの都電を利用していた。道路は事故後の対応で、警察によって閉鎖されていて、物々しい雰囲気が漂っていた。 重軽傷を負われた方の精神的や肉体的な後遺症も深刻だろうし、亡くなられた小さいお子さんとお母さんのことや、残された遺族の心中を思うと、本当にやりきれない気分になってしまう。車の運転を行う者としても、慎重で安全な運転をしなくてはいけないと改めて自戒している。 また、この事件を契機にして「上級国民」という言葉が注目を浴びた。身柄を拘束されないことや、また「容疑者」ではなく常に「元院長」などの肩書で、テレビや新聞などで呼称されたことも問題視されていた。 「特権」的な優遇がありはしないか、そう多くの国民が考えていたため、元院長に「上級国民」という言葉が与えられたのだろう。だが、筆者はこの論説であえて「飯塚幸三容疑者」を使わせていただきたい。 飯塚容疑者は当初「ブレーキをかけたが利かず、またアクセルが戻らなかった」と証言していたという。だが、捜査関係者の話では、事故直後から車に異常は認められなかったことが明らかになっており、飯塚容疑者がブレーキとアクセルを踏み間違えた疑いが極めて強い。 飯塚容疑者本人も最近では、踏み間違いを認める証言をしているという。書類送検の結果が、飯塚容疑者に対する重い罰則になることを、筆者はやはり願わずにはいられない。なぜなら、飯塚容疑者の現在の発言があまりに無責任で、信じられないくらい人の道を違えたものだからだ。 あくまで私見であるが、飯塚容疑者の犯した罪は法規にのっとり、厳正に処断されることを期待したい。彼がいわゆる「上級国民」や高齢であろうがなかろうが、法は誰にも等しく適用されるべきだと思う。東京・池袋で起きた死亡事故で、実況見分に立ち会う旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長(中央)=2019年6月 日本銀行前副総裁で学習院大の岩田規久男名誉教授は、著書『福澤諭吉に学ぶ思考の技術』(東洋経済新報社)の中で、明治の啓蒙(けいもう)思想家、福澤諭吉の議論を借りて、次のように述べている。 多くの日本人の責任の取り方は、福澤(諭吉)のいうように自己責任を原則とする個人主義とはかなり異なっている。自己責任を原則とすれば、裁くべきは法に照らした罪であり、世間が騒ぐ程度に応じて罪が変わるわけではない。メディアは力士が野球賭博をすると大騒ぎするが、普通の企業の社員がしても記事にもしないであろう。しかし、どちらも法を犯した罪は同じであるから、メディアがとりたてる程度で罪の重さが変わるわけではなく、同じように自己責任をとるべきである。岩田規久男『福澤諭吉に学ぶ思考の技術』(東洋経済新報社)「不作為の契機」 岩田氏の指摘を今回の事件に援用すれば、飯塚容疑者について、メディアは「元院長」ではなく「容疑者」と呼称すべきだし、マスコミの一部も飯塚容疑者の自己弁護も甚だしい発言を安易に報道すべきではないのだ。その「自己弁護甚だしい発言」というのは以下のような趣旨である。 TBSのインタビューに答えた飯塚容疑者は「安全な車を開発するようメーカーに心がけていただき、高齢者が安心して運転できるような、外出できるような世の中になってほしい」という旨を述べた。被害者への配慮はごくわずかであり、ほとんどが自分の行いよりも自動車メーカーなどへの注文であった。まさに驚くべき責任逃れの発言である。 福澤諭吉の先の発言では、このような人物にも法的な適用は差別してはならないという。だが、同時に、福澤はこのような官僚臭の強い詭弁(きべん)に厳しい人であったことを忘れてはならない。このような人物が社会的な批判にさらされるのは当然と考える。 飯塚容疑者に厳罰を求める署名が約39万筆集まったという。この署名が裁判で証拠として採用されるなどすれば、量刑の判断に影響することができる。 これもあくまで私見ではあるが、飯塚容疑者の上記のインタビューがあまりにも責任逃れにしか思えず、反省の無さを処断するために、署名が証拠として採用され、効果を持つことを期待したい。 日本の官僚組織、また個々の官僚は「無責任」の別名だといえる。著名な政治学者の丸山真男はかつて、人が目標を明示し、その達成を意図してはっきりと行動することを「作為の契機」と表現した。 それに対して、官僚としては成功者といえる飯塚容疑者は、それとは全く真逆の「不作為の契機」、つまり責任をいつまでも取らない、むしろ責任というものが存在しない官僚組織の中で、職業的な習性がおそらく培われていたに違いない。そして、その習性が仕事だけではなく、彼の私的領域にも及んでいたのではないか。旧通産省工業技術院の飯塚幸三元院長を立ち会わせ行われた実況見分=2019年6月13日、東京都豊島区(共同通信社ヘリから) ここに私がこの問題をどうしても論評したかった一つの側面がある。飯塚容疑者の発言のパターンが、今まで日本の長期停滞をもたらしてきた官僚たちや官僚的政治家たちと全く似ているからだ。 もちろん、高齢ドライバーをめぐる問題は、論理と事実検証を積み重ねた上で取り組んでいかなければならない。飯塚容疑者だけを糾弾して済む話ではないのだ。何より冒頭にも書いたように、筆者も自動車運転をする身として、今回の事件はまさに何度も自省を迫られる問題にもなっていることを忘れてはいない。【編集部より】現段階(11月11日午後)の表記は「飯塚元院長」が原則ですが、筆者の問題提起に加え、論考内で意図を明確にしていることなどから、例外として一部「飯塚容疑者」としています。

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    無理強い対話と無限の謝罪要求、韓国の「お約束」に付き合うな

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権のイメージアップに、日本がまた利用されている。日本の報道ではめったに取り上げられないが、韓国内では、文政権に対する抗議デモが展開されていて、数十万人(主催者発表は最高で200万人)も集まる大規模なものであった。 デモの大きな契機になったのが、文大統領による曺国(チョ・グク)前法相の任命と早期退陣であったことは確かだ。しかし、韓国経済の失速の鮮明化や朝鮮半島情勢の硬直化など、文政権が内外で手詰まりを見せていたことも、韓国民の多くが不満に思う背景にある。 事実、文政権の支持率は40%を割り込み、「危険水域」と評されてきている。政権としては、国内外でイメージアップを採用する動機が強くなるはずだ。 その矛先の一つが日本に対する「柔軟」な外交方針の採用にある。もちろん、「柔軟」は単に言葉だけで、中身は空っぽなものだ。 つまり、韓国によるイメージアップの「だし」に日本が使われているだけである。実質的な外交成果を狙うものではないことに注意すべきだ。 日本への韓国の外交攻勢は二つの方向から行われた。一つはタイの首都バンコク郊外で開かれていた東南アジア諸国連合(ASEAN)プラス3(日中韓)の首脳会議が舞台だった。 安倍晋三首相と文大統領は会議の控室で11分間、言葉を交わしたという。この「対話」は、形式的なあいさつをして立ち去ろうとする安倍首相を文大統領が着座するように促すことで実現したとされる。つまり無理強いである。バンコクで行われたASEAN関連首脳会議の記念撮影で、韓国の文在寅大統領(右から2人目)とあいさつする安倍首相夫妻=2019年11月(代表撮影・共同) 韓国では、今回の動きにより日本との本格的な対話が開始されたと解釈するむきもあったようだ。だが突発的な対話で、日韓問題の解決の糸口が見いだされるわけもない。 両首脳は、日韓関係が重要であるとの認識と懸案事項の対話による解決という原則の確認に終始した。特に安倍首相は、いわゆる元徴用工問題について、日韓請求権協定に基づき、既に解決済みであるという従来の日本側の正当な主張を繰り返した。「常套手段」を繰り出す問題人物 これに対する文大統領の対応はなかった。つまり、外交交渉などと呼ぶものではなく、単なる文政権の国内向けのイメージ戦略でしかない。 報道によれば、文大統領は「必要があれば、高位級協議も検討したい」と一応提案したという。だが、実務者レベルで、輸出管理問題や自衛隊機へのレーダー照射問題に関し、あれほど不誠実な対応を繰り返した韓国側に、より高位級の要人で協議に応じる筋合いが日本側に全くない。 むしろ、高位級レベルで応じるのであれば、いわゆる元徴用工問題における現在の韓国側の対応から、報復措置を通告することが望ましい段階とさえいえる。 韓国の外交攻勢は、文大統領の「無理強い対話」だけにとどまらない。韓国国会の文喜相(ムン・ヒサン)議長が20カ国・地域(G20)国会議長会議で来日したが、今回の文議長の言動にも韓国の常套(じょうとう)手段が見て取れる。 文議長といえば、譲位前の上皇陛下に謝罪を求めた発言で知られている。天皇陛下を海外の重職者が自国のために政治利用しようという無法な態度といい、単に日本国民に対しても計り知れないほどの無礼を行った人物である。 最近の朝日新聞のインタビューで、文議長がこの件について「謝罪」したとする見出しのついた記事が掲載されていた。ところが一読すると、トンデモない内容だった。 文議長は「謝罪」どころか、日本国民が元徴用工などに謝罪すべきだと述べているのである。まさに「無限の謝罪要求」という韓国の常套手段である。東京で行われたG20国会議長会議に臨む韓国国会の文喜相議長。手前は山東昭子参院議長=2019年11月4日(佐藤徳昭撮影) 日本に対する政治的なマウント取りの手段として、韓国が慰安婦問題、元徴用工問題などを謝罪と賠償の無限ループで利用していることは、よほどの無知か、韓国への偏愛がない限り自明である。その意味では、文議長に日本に対する謝罪の意思はなく、謝罪要求だけが強いとみて差し支えない。むしろ日本の国益上、入国を拒否すべきぐらいの人物ではないだろうか。 このような指摘を書くと、日本では「ネトウヨ」などと戯言(たわごと)並みの批判が出てくる。しかし、日本国憲法では、天皇の政治的な言動が禁じられている。他国の憲法を踏みにじり、天皇陛下に謝罪させるという政治的利用を狙った人物に日本政府が明確な「ノー」を突き付けることは正当な対応である。 会議に先立って、山東昭子参院議長が文議長に書簡を送り、発言の撤回と謝罪を要求していたことが分かった。その要求に文議長は事実上返答しなかったため、山東議長との会談は見送られた。賠償のバイパスとなる「提案」 このような山東議長の対応は評価すべきだ。他方で、政治的な腐臭にまみれているのが、超党派の日韓議員連盟に属する何人かの政治家たちだ。 文議長は、いわゆる元徴用工問題について、日韓の企業と個人から寄付をもとにして、日本企業に訴訟を起こした元徴用工らに金銭を支給する法案を作ったと述べている。バカげた案という他はない。 いや、バカげた案以上に、仮に法案が韓国で成立しても、訴訟を起こされている日本企業は乗るべきではない。韓国の無限の謝罪と賠償要求のゲームに付き合わされるだけである。 個人レベルでは、鳩山由紀夫元首相のように無限の謝罪や賠償に付き合うことを私的に表明している人もいるので、どうでもいい。もちろん、元首相の行動という観点から、批判を受けるべき行いになることだろう。 それにも増して問題なのが、エネルギー分野など経済協力名目の日韓共同ファンドの創設が可能だとの認識を示した日韓議連の河村建夫幹事長(自民党)だ。エネルギー分野に限るとはいえ、今のタイミングで賠償のバイパス(抜け穴)にもなりかねない「提案」をするとは、国益を見ないまさに「韓国に媚(こ)びている」と批判されるべき姿勢である。 日韓企業が賠償額相当の金額を出資する案について、日本政府は公式に否定している。つまり、日本政府側から積極的に関与することを拒否しているわけだが、当たり前の話だ。 現在、韓国の裁判所の決定により、日本企業の資産が差し押さえられ、処分が進められている。これは国際法上、全く許容できる事態ではない。日韓議連の幹事長を務める河村建夫元官房長官=2019年9月(春名中撮影) そのような中で、日本政府が7月から始めた輸出管理の強化を、韓国への報復措置とみなす筋違いの見解があるが、それは違う。日本は韓国側の無法に対して、いまだ報復措置を執っていない。 人的交流の制限になるか、金融面での制約になるかは分からないが、具体的な対応はこれから可能だ。韓国側の「無法」に対して、法をもって厳しく「しっぺ返し」すべきだ。 そのことが韓国による日本への謝罪を引き出し、賠償要求という政治利用の歯止めにもなる。さらには、日韓議連などに象徴されるように、日本の政治家による他国に媚びる姿勢を牽制することにもなるだろう。

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    陶工、文官、性奴隷…生け捕り朝鮮人たちの天国と地獄

    渡邊大門(歴史学者) 前回に引き続き、日本に連行された朝鮮人の話である。おたあ・ジュリア以外にも、朝鮮人キリシタンは日本に存在した。朝鮮人キリシタンというよりも、日本に連行されてから入信したというのが正確である。 その一人にコスモ竹屋という朝鮮人がいる。その生涯はほとんど分からないが、尾張国の武具師で宣教師の通訳を務めていたという(『日本基督教史』)。慶長19(1614)年に修道士やキリシタンが国外に追放されて以降、突如としてコスモ竹屋は史上に登場する。 江戸時代になるとキリスト教信者は国外に追放されたが、元和4(1618)年の夏、彼らの中に密かに日本へ潜入する者があり、それは組織的なものであったという。同年10月、イエズス会のイタリア人宣教師、カルロ・スピノラが、ポルトガル人のドミンゴ・ジョルジの家で捕らえられた。同じ頃、朝鮮人のコスモ竹屋の家においても、日本に潜入していたオルスチとほか1人が捕縛された(『切支丹伝道の興廃』)。 その後、スピノラは大村(長崎県大村市)に移送され、元和8(1622)年に西坂(長崎市)で殉教した。これが「元和の大殉教」といわれるものである。 もう一人は、嘉兵衛つまりビセンテ嘉運である。嘉運は文禄・慶長の役の際、わずか13歳で朝鮮から日本に連行された、連行したのは、小西行長である。嘉運は行長のもとでキリスト教の教えを受け、慶長年間には北京や朝鮮にも滞在した。特に、北京での滞在期間は、4年にも及んでいる。その後、嘉運は日本に帰国し、イルマン(司祭職にあるパードレを補佐する役)として活動した。 元和5年に禁教令が発布されると、状況は大きく変化した。日本に帰国した嘉運は、寛永2(1625)年に宣教師のゾラとともに捕らえられた。そして、火炙りの刑に処せられたという(『切支丹伝道の興廃』)。元和年間以降、キリシタンの処刑がたびたび行われていたが、その流れを受けるものであろう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 最後に、カイなる人物を取り上げておこう。その来歴は、『日本西教史』に記載されているので、次に掲出しておく。 カイは文禄・慶長の役で捕虜となって、日本にやって来た。仏門に入ったが、精神の安定を得られなかった。のちに教会の師父に奉仕し、第一の祈念としてライ病を患っている者の完治とした。宣教師が日本を追われると、ジュード右近(高山右近)にしたがってフィリピンに行ったものの、右近の死後は日本に潜入し、長崎に居住した。子供をキリスト教に導き、異教徒をキリスト教の信者となし、貧しい人を救ったが捕らえられ、1625年に処刑された。 もちろん日本に連行された朝鮮人の中には、ほかにもキリスト教に入信した者が存在したであろう。したがって、ここに挙げた3人は、記録に残った幸運な部類に属するといえるのかもしれない。伊万里焼に一役 日本に連行された朝鮮人のうち、技術者として尊重されたのが陶工たちである。とりわけ九州各地には、朝鮮人陶工が足跡を残している。以下、そうした陶工たちのルーツをたどることにしよう。 日本を代表する陶磁器の一つとして、伊万里焼がある。有田焼とも称されている通り、佐賀県有田市の特産品である。伊万里港から輸出されたので、伊万里焼と呼ばれることもある。寛永15(1638)年に松江重頼が著した『毛吹草』という俳諧論書の中で、「今利(伊万里)ノ焼物」と記されている。初期の伊万里染付や古伊万里錦手などの色絵の中には、優れた作品が多く、現在も高値で取引がなされている。この伊万里焼に一役買ったのが、日本に連行された朝鮮人であった。 その朝鮮人の名は李参平といい、朝鮮の忠清道金江の出身だった。文禄の役の際、参平は出陣していた鍋島直茂の家臣・多久長門守安順に生け捕りにされた。多久氏は小城郡多久(佐賀県多久市)を本拠としているので、参平は同地に居住させられた。やがて、参平は磁器を製作できる場所を探し、鍋島領内を探し求めたという。そして、白磁鉱を発見した地が、有田町の東北部に位置する松浦郡泉山であった。 時期的には1610年代のことといわれており、それは考古学的な発掘調査によっても裏付けられる。参平は上白川山に移り、天狗谷窯を開いた。そして、日本で初めて白磁を焼いたのである。この功績は鍋島氏によって評価され、参平の子孫には陶器を製造する際の税が免除されたという。こうして参平のもとには、伊万里焼の製造を希望する者が集まり、やがて一大集落になったというのである。 参平は出身が忠清道金江であったので、地名にちなんで姓を「金江」と称した。亡くなったのは、明暦元(1655)年であるが、その墓は長らく行方知れずになっていた。しかし、現在では発見され、有田町の指定史跡となっている。また、現地で参平は「陶祖」として崇められ、陶山神社では鍋島直茂とともに祭神として祀られている。日本に連行されたのは不本意であったかもしれないが、伊万里焼の発展に貢献した人物として知られている。 隣の長崎県では平戸焼(三川内焼)が有名であるが、こちらも日本に連行された朝鮮人の貢献があったという。平戸焼は佐世保市三川内で生産されたので、三川内焼というが、もとは平戸島中野村(平戸市)の窯で製作されていた。白磁の染付けや色焼が美しく、今も人気の高い陶磁器の一つである。 平戸に本拠を置く松浦鎮信が慶長の役に出陣した際、やはり多くの朝鮮人を日本に連行した。その中の一人に巨関なる人物がいた。巨関は1556年の生まれで、慶尚道熊川の出身であるという。巨関は松浦氏の命により、平戸島中野村に窯を開き、陶器を焼いていたという。やがて、巨関は日本人女性と結ばれ、今村氏を姓として、今村弥次兵衛と名乗ったのである(以下、巨関で統一)。※伊万里焼の器(ゲッティイメージズ) その後、巨関は子に恵まれ、その子は今村三ノ丞と名乗った。父子は良質の土を求めて、平戸の領内を探し求めた。そこで出会ったのが、三川内の白磁鉱(網代陶石)であった。寛永10(1633)年のことである。三ノ丞は窯場の棟梁に任じられ、慶安3(1650)年には中野村から三川内に陶工たちは移住させられた。こうして平戸焼は御用窯として庇護され、朝廷や諸大名への献上品など高級な器を焼いた。しかし、その間は苦労が絶えず、何度も失敗することがあったと伝える。 以後、今村家は平戸焼の生産で多大な貢献をした。巨関は寛永20(1643)年に亡くなった。巨関もまた、日本の陶磁器産業の発展に尽くしたのである。重職への登用も 朝鮮から連行した陶工によって発展した窯は、以上のものだけではない。たとえば、筑前高取焼は黒田氏が朝鮮から連行した陶工により始まったが、製作者の具体的な人名は分かっていない。また、長門萩焼は、毛利氏が朝鮮から連行した陶工・李敬が創始者であった。このように、今も脈々と受け継がれる伝統的な日本の窯業は、朝鮮から連れて来られた陶工たちによって、その礎が築かれたといえよう。 日本に連行された朝鮮人の中には、近世以降、藩体制の中で重要な役職に登用される者もあった。金如鉄(のちの脇田直賢)がその人である。如鉄については、鶴園裕氏らの研究グループによりすでに多くの事実が掘り起こされているので、以下、それらの成果から紹介することにしよう(『日本近世初期における渡来朝鮮人の研究―加賀藩を中心に―』)。 万暦14(1686)年、如鉄は翰林(かんりん)学士・金時省の子として、朝鮮帝都(漢城)で誕生した。翰林学士とは天子の秘書的な役割を果たし、また政治顧問の性格を有していた。如鉄がいかに恵まれた環境に誕生したかが分かるであろう。しかし、そんな如鉄を悲劇が襲う。文禄元(1592)年から始まった文禄の役によって、父・時省が戦死してしまうのである。悲劇はそれだけに止まらなかった。 同年5月、如鉄自身は戦いの最中に宇喜多秀家の兵に捕らえられ、捕虜となったのである。秀家は朝鮮で多くの子供を生け捕りにしたといわれ、如鉄もその一人であり、まだわずか7歳の少年だった。同年12月、如鉄は日本の岡山へと連れて来られた。父を失い孤児になった如鉄は、いかなる心境だったのであろうか。 翌年、如鉄は金沢の前田利家の妻・芳春院のもとに送られた。秀家の妻・豪姫は利家の娘だったが、いったん豊臣秀吉の養女となり、そして秀家の妻になった。やがて如鉄は、利家の長男・利長のもとに預けられ、名も日本風に九兵衛と改められると、慶長10(1605)年頃には230石の俸禄で近習奉公するようになった。 前田家に仕えた如鉄にも、やがて転機が訪れる。同年、脇田重之(重俊)の姪と結婚し、脇田姓を名乗るようになった。そして、脇田直賢として一家を構えたのである(以下、如鉄で統一)。ところが、この頃讒言(ざんげん)によって、1年もの間、閉居を命じられた。ようやく許されたのは翌年のことである。芳春院の口添えによるものであった。 以降、如鉄は子供にも恵まれ、一見して幸せそうに見えたが、正当な評価がなされなかった感もあり、悶々とした日々を送っていた。慶長19年に長年仕えた利長が亡くなると、引き続き養子の利常に仕えた。その直後、大坂の陣に参陣し大いに武功を挙げるが、その評価は必ずしも正しいものではなかった。大阪城(ゲッティイメージズ) その後、何度も藩に対して、武功を書き連ねた書上げを提出するが、わずかな恩賞が下付されるに過ぎなかった。ところが、寛永8(1631)年に大坂の陣における戦功について再検討が開始されると、如鉄の評価は大きく修正された。結果、如鉄は1000石を与えられ(570石の加増)、御鉄砲頭、御使番に命じられた。さらに、その後は算用場奉行などを経て、ついに金沢町奉行に任じられたのである。正保2(1645)年のことで、如鉄はすでに60歳という高齢に達していた。 万治2(1659)年、如鉄は74歳で家督を嫡男・平丞に譲ると、直後に出家し、翌年に75歳で亡くなった。分かれた朝鮮人奴隷の明暗 如鉄は朝鮮の上流階級の家柄に誕生したことから、官僚としての能力も高く、また文芸に秀でていたという。慶長19年、江戸にあった芳春院は、山田如見を伴って金沢に帰ってきた。その際、如鉄は如見から、「源氏物語切紙伝授」と「古今伝授」を授けられたという。これは日本人でもなかなか叶わないことであった。また、発句をたびたび詠んだことが知られている。いかに如鉄が聡明に人物であったかを示していよう。 如鉄のように技術者としてではなく、文官として如何なく能力を発揮した人物も記憶に留めておく必要がある。 ここまでは、朝鮮人の男性を取り上げてきた。男性の方が、その履歴などが判明しているからである。以下、目を転じて女性に注目することとしたい。この分野では、金文子氏の研究を参照しながら、その実態を取り上げることにしよう(「文禄・慶長の役における朝鮮被虜人の帰還」「秀吉の朝鮮侵略と女性被虜」)。 ここまで述べてきたように、捕らわれの身になった朝鮮人の身分は、実にさまざまである。官僚や学者もいれば、陶工などの技術者なども存在した。しかし、圧倒的に多かったのは、老若男女・子供を含めた農民ということになろう。彼らは戦闘員でないにもかかわらず、見境なく捕らえられ、日本に連行された。彼らのその後の生涯については、次のように分類されている。A奴隷に売られ、もっとも悲惨な生涯を送った人B幸いに生き長らえて、朝鮮に帰還を果たした人C帰還のチャンスを逃し、日本社会に適応しながら、生活をせざるを得なかった人 Cが最も多かったのではないかと考えられるが、Aも多かったと推測され、Bは最後に触れるが、必ずしも幸いとはいえなかったようである。 強制連行された朝鮮人女性は、いかなる運命をたどったのか。その特徴については、次の5つのケースに分類されている。①容貌や才能が優れていたため連行された女性②戦争中に日本人と結婚したため来日した女性③日本兵の性的欲求を満たすために連行された女性④日本国内で労働に従事させるために連行された女性⑤奴隷売買のため連行された女性 ①については、豊臣秀吉が縫工などを要求していたという事実がある。才能に加えて美しい容貌であれば、高値で取引されたという。いずれにしても、売買の対象であったのには変わりがない。④は、男性ともども農作業などに従事させられた。①と④は、⑤との関連性が強いであろう。③については、可能性は否定できないが、史料的な裏付けが困難である。あるいは②との関係性があるかもしれない。 Bについては、いくつかの例が知られているので挙げることにしよう。平戸の松浦鎮信は、朝鮮出兵時に釜山の京城を攻撃した。その際、小麦畑に美しい姫が潜んでおり、彼女らを捕らえて平戸に連れ帰ったという。彼女の本名は廟清姫といったが、のちに小麦姫と称された。そして、帰国後に鎮信と小麦姫との間に誕生したのが、のちに壱岐島主になった松浦信政である。「壬辰倭乱図」(和歌山県立博物館提供) 同じような例は、ほかにもある。対馬・宗氏の家臣の一人に橘智正なる者があった。智正は、のちに文禄・慶長の役で朝鮮から連行した人々を送還する役割を担ったことで知られる。そもそも宗氏は朝鮮との関係が深く、橘氏もその配下にあって、朝鮮との親和性が強かったのかもしれない。彼の妻もまた、朝鮮の女性だった。 朝鮮に出兵した吉川広家は、朴佑の娘を連れ帰り、侍女にしたという。こうした例は、ほかにもたくさんあるであろう。 では、どのくらいの女性が日本へ連行されたのであろうか。朝鮮から連行された人々の数は実にさまざまであり、2、3万人から10万人以上まで開きが大きい。概して、日本側の見積もりは低く、朝鮮側は高い。『月峯海上録』という史料によると、日本に連行された男性は3、4万人とされ、女性はその倍になるという。フロイスの『日本史』を参考にすると、5万人程度になると推測されている。※主要参考文献 渡邊大門『人身売買・奴隷・拉致の日本史』(柏書房)

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    景気悪化をダメ押しする「空っぽ保守」と「腑抜け野党」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 消費税率の10%引き上げを実施し、1カ月が経過しようとしている。その間の日本経済は筆者の予想通り停滞し、政治は停滞どころかさらに「腑抜け」の状態になっているといえる。 消費増税の直接の影響については、まだデータがそろわないので判然としない。それでも、百貨店などの売り上げに関しては、増税前の駆け込み需要や増税後の反動減が、2013年4月に行われた8%引き上げと同じレベルであったという現場からの声を報道で見るようになった。 もちろん、大型百貨店ではキャッシュレス決済のポイント還元制度が適用されないために、増税への影響が出やすい側面があるのは否定できない。それでも言い方を変えれば、正味の増税ショックは前回と大差ないといえる。 増税前の日本経済は雇用も設備投資も堅調であり、それなりに底堅い展開だったが、個人消費の先行きを示す統計や景気動向の予測には暗い影がちらついていた。当面の増税対策が効果を発揮するため、日本の景気が大きく減速することはないかもしれないが、海外環境の悪化による景気減速に対する手当は全くなされていない。 要するに、将来的にポイント還元制度などの期限や原資が切れてしまうとはいえ、増税対策は不十分ながらも当面手当されている。だが、現在起こりつつある景気減速への対応は完全に無策の状況だ。 基本的な話だが、景気対策の「両輪」は財政政策と金融政策である。しかし、財政政策は景気減速に対応しておらず、あくまでも消費増税対策に追われている程度でしかない。その意味で、財政政策の規模が不足しているといえる。 他方で金融政策を見てみると、10月30、31日に日本銀行の金融政策決定会合が行われるが、現状の日銀に追加的な金融緩和を行う意思がどれだけあるか不透明である。黒田東彦(はるひこ)総裁の「財務省びいき」のマインドから考えれば、財務省主導による消費増税の実施「記念」として、追加緩和に踏み切るかもしれない。 これでは、国民のためではなく、財務省のためにする緩和である。そういうブラックジョーク的な緩和があるかどうか、その程度のレベルが現状の日銀の内実ではないか。消費税率が10%に引き上げられた2019年10月1日、多数の個人商店が並ぶ東京・巣鴨地蔵通り商店街には、ポイント還元ができるキャッシュレス決済サービスの広告旗が多数掲げられていた しかも、引き上げから1カ月もたたないうちに、財界やマスコミなどから10%以上を目指す「段階的増税論」が早くも出てきている。当初から予想されたこととはいえ、このような状況下でも主張を変えようとしない、日本を滅ぼす増税主義者は本当に脅威である。 安倍晋三首相は、自らの在任中にさらなる消費増税の引き上げをしないと断言しているし、10年間は必要がないとも述べている。だが他方で、一部マスコミは段階的増税を行う「ポスト安倍」への期待をにじませているため、世論の動向も気がかりになってくる。増税しても支持率が下がらない理由 5年半前の消費増税の際には、実施直後の内閣支持率に有意な変化がほとんどなかった。既に公表された最新の調査を見ても、同様の傾向がうかがえる。 しかも、財政再建や構造改革といった財務省的な発想、すなわち増税主義に染まりやすい自民党の政治家たちに対し、相変わらず世論の支持が高い。発言の「空洞」ぶりが話題の小泉進次郎環境相や、党内基盤を事実上失っている自民党の石破茂元幹事長がそうだ。彼らへの高い支持は、やはりマスコミの露出に依存していることは間違いない。 他方で、増税しても政権への支持率が揺らがない最大の要因がある。やはり野党のふがいなさに尽きる。 今の野党の最大の眼目は、菅原一秀前経済産業相の秘書が行った香典問題、そして萩生田光一文部科学相の、英語の民間検定試験をめぐる「身の丈」発言などを臨時国会での焦点にしようということだ。どちらもワイドショー受けはするかもしれないが、本当に今、国会で中心になってやることだろうか。 もちろん、現在の世論動向の場合、テレビで取り上げられれば取り上げられるほど、内閣支持率に影響する。ただし、森友・加計学園問題でもはっきりしたように、別に野党の支持率を上昇させるわけではない。 当たり前だが、世論もそれほど愚かではないし、野党はかえって「政策無能ぶり」を見抜かれているのだ。臨時国会でも、開会前こそ消費増税が多少論点になりそうな雰囲気だったが、いまや最大野党の立憲民主党にその熱意は全く感じられない。 国民民主党に至っては、国家戦略特区ワーキンググループの原英史座長代理に対する国会での森裕子参院議員の「名誉毀損(きそん)」発言を事実上正当するありさまだ。前回も指摘したこの問題の経緯は原氏による解説動画を参照してほしいが、論点をずらしつつ、まさに大事のように持ち上げているだけである。 消費増税関係の目立った動きといえば、せいぜい無所属の馬淵澄夫元国土交通相とれいわ新選組の山本太郎代表が立ち上げた「消費税減税研究会」ぐらいである。この研究会は5%への減税を旗印にして、野党間の連携を狙う政治スキームである。 この種の試みについて、筆者は基本的に賛成だ。特に、馬淵氏のマクロ経済政策観は国会議員の中でも抜群である。2018年3月、衆院本会議に臨む自民党の石破茂元幹事長(右)と小泉進次郎筆頭副幹事長(斎藤良雄撮影) ただし個人的には、山本氏とのタッグにはリスクが大きいと思っている。そのリスクは消費減税以外の主張にある。 山本氏は子宮頸(けい)がんワクチンに対する不必要発言や、放射能リスクに関する発言などで物議をかもしている。確かにこれらの問題も重要であるが、本稿では山本氏率いるれいわの経済政策観が、必ずしも「反緊縮」とはいえないことに注目したい。れいわの「悪いポピュリズム」 反緊縮の目的は経済成長を安定化させ、それによって雇用や所得を改善することにある。れいわでは「全国一律! 最低賃金1500円『政府が補償』」を主張している。しかも、中小企業が最低賃金を支払えない場合、不足分を政府が補塡(ほてん)するという。 中小企業の従業者数は約3200万人、全国平均の最低賃金が901円である。また、パートを除く一般社員の労働時間の年間平均はだいたい2000時間である。 あくまで仮定の話だが、中小企業が1500円の最低賃金を全従業員の全勤務時間に対して901円以上支払えないとすると、政府の補填は年間約38兆円になる。政府の2019年度一般会計の規模が約100兆円なので、3分の1超に達する金額だ。もちろん極端な計算ではあるが、いずれにせよ、かなりの金額を恒常的に支出する羽目に陥るのではないか。 れいわでは、デフレ対策は別の「デフレ脱却給付金」政策が割り当てられているので、この最低賃金補償政策は別のものになる。さて、こんなに恒常的に発生する膨大な財政支出をどう考えるべきだろうか。 まず考えられるのが、高いインフレが発生する可能性があるのではないかということだ。デフレを脱却した上で完全雇用を達成させるわけだから、国債の利子率もそこそこ高い水準になっているだろう。 高インフレが利子率をさらに押し上げて民間投資を圧迫し、それが企業活動を低迷させ、さらに最低賃金を払えない企業を増やし、いっそう政府支出が増えてしまい、それがさらに…という悪循環になりはしないか。 では、財源を国債発行ではなく、大企業課税で賄った場合どうなるだろうか。大企業にも従業員が1400万人ほどいるが、その人たちが大企業の課税によって職を失う可能性がありはしないだろうか。「企業を罰して、庶民を助ける」左派的思考のドツボにハマっている人たちがわりと多いが、企業経営と雇用は密接に連動しているのである。 むしろ、緩やかなインフレの中で、無理なく最低賃金を引き上げていく方が経済への負担は少なくて済む。どうしても所得に連動させたいならば、最低賃金水準を目的化するのではなく、年間3~4%を目標とするマクロ的な名目所得成長率ターゲットの方がいいだろう。 このように、現段階のれいわの経済政策は悪い意味でのポピュリズム(大衆迎合主義)に思える。いずれにせよ、野党陣営にはより実現性があり、国民全般に寄与する経済政策の立案を求めたい。2019年8月1日、国会で記者会見するれいわ新選組の(左から)舩後靖彦氏、山本太郎代表、木村英子氏 与党の中でも、世耕弘成参院幹事長が座長を務める参院自民党の勉強会を立ち上げ、「アベノミクス」の強化に向けて動くという報道もある。本当に強化する方向ならば、筆者は歓迎したい。 最近、経済ジャーナリストの田村秀男氏が指摘したように、日本の保守主義は伝統的に経済成長を志向していたのが、今は経済成長を軽視する「空っぽの保守主義」に堕しているとの厳しい批判がある。安倍政権もそうだが、ポスト安倍を担う勢力が本当に「空っぽ」かどうか、消費増税以後も日々問われていることを忘れてはならない。

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    国家公務員なら刑罰、意味不明発言を生んだ「利権トライアングル」

    関する出来事を見ていると、まっとうな理由でマスコミや野党が批判しているようにはとても思えない。 この連載で何度も取り上げた学校法人加計学園(岡山市)問題や、原氏が巻き込まれた毎日新聞による「指導料」「会食接待」報道などが典型例だろう。現在は後者に関して、国民民主党の森裕子参院議員の発言が大きな話題となっている。森氏の発言を取り上げる前に、なぜこれほどまでに国家戦略特区が批判されるか、考えてみたい。 批判される理由は二つあるのではないか。一つは「反市場バイアス」というもので、もう一つは単に無知であることだ。 問題としては無知の方が簡単で、事実を知りさえすれば、問題は基本的に解決する。ただし、無知の前提には、基礎教養の欠如や専門知識の無理解があるかもしれないので、それらを補うには時間がかかるかもしれない。参院予算委で質問する国民民主党の森裕子氏=2019年10月(春名中撮影) だが、反市場バイアスの方はそう簡単にはいかない。同じ事実を提示されても、出てくる結論に「歪み(バイアス)」が掛かっているからだ。 反市場バイアスとは、ガチガチに規制のある分野に対して、規制を緩和することでさまざまな人たちが取引への自由な参入や退出を可能にする枠組みを、否定的なものとして捉える感情である。 例えば、貿易自由化によって、ある農産物の関税が廃止されたとする。関税を導入していた理由の多くで挙げられるのが、国内農家の保護だ。多数生まれた「悪の物語」 一部の農家を保護するために、その国の国民は関税分だけ割高な農産物の消費を強いられる。関税を撤廃すれば、国内の消費者はより安い農産物を消費できるため、得になる。 他方で、自国の一部農家にとっては打撃となるだろう。このとき、消費者の「得」と生産者の「損」を比べて、社会全体で「徳」が上回っていれば、関税の撤廃、つまり貿易自由化を行うべきだとの考えに至る。経済学など知らなくても理解できるはずだ。 だが、この「常識」的思考はそう簡単には通用しない。損をする人たちの声がクローズアップされるため、あたかも得する人たちがいないかのように報道されたり、政治家が農家の声だけを代弁したりすることも多い。 これでは、世論の中から、マスコミと政治家の声によって誘導され、あたかも関税撤廃が「悪」のように思う人たちも出てきかねない。実際、過去の貿易自由化をめぐる話題では、この種の「貿易自由化=悪」という図式が、いともたやすく人々が信じる「物語」と化した。 最近では、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)に関する議論がそうだった。その中で「TPPは米国の陰謀」「TPPで日本が滅ぶ」という「物語」が多数生まれた。関税も規制の一種なので、規制緩和や規制撤廃はこの種の「物語」を生みやすい。そして、これらの「物語」こそが反市場バイアスの別名なのである。 そもそも、国家戦略特区は規制緩和を担う仕組みである。そのため、常に反市場バイアスに直面することになる。 さらに「政府の行うことは常に間違い」「権力とは異なる姿勢を取るのが正しい」といった素朴な意見が、政府=悪魔という「悪魔理論」を生み出す。最近では、反市場バイアスと悪魔理論の矛先が原英史氏に向いていることは、過去の連載でも指摘した。 ことの発端は、毎日新聞が6月11日に「特区提案者から指導料 WG委員支援会社 200万円会食も」と報じたことにある。記事を通常に読解すれば、原氏が「公務員なら収賄罪にも問われる可能性」があると理解してしまう。全く事実に依存しないひどい誹謗(ひぼう)中傷だと思う。2018年3月、TPP署名式で新協定に署名する茂木経済再生相=チリ・サンティアゴ(ロイター=共同) この記事をめぐって、原氏は毎日新聞社と裁判で係争中である。ところが、原氏の報告によると、裁判の過程で驚くべき「事実」が判明した。第1回口頭弁論で、なんと毎日側は当該記事について、原氏が200万円ももらっていなければ、会食もしていないことが、「一般読者の普通の注意と読み方」をすれば理解できると主張したのである。 これには正直驚いた。それならば、なぜ原氏がわざわざ写真付きで大きく取り上げられなければならないのだろうか。全く意味がわからない。さらに「意味不明」発言 意味不明な記事をもとにして、今度は国会でさらに意味不明な事件が起きた。10月15日の参院予算委員会で、森裕子参院議員の「(原氏が)国家公務員だったら斡旋(あっせん)利得、収賄で刑罰を受ける(行為をした)」との発言をめぐる問題である。 森氏は毎日新聞の記事をベースにして言及したのだろう。もちろん、そんな「斡旋利得、収賄」にあたるような事実は全くない。ないものは証明もできない。これは原氏に正当性がある。 他方で、毎日新聞の裁判でのへりくつ(と筆者には思える)でも、やはりそのような事実は原氏についてはない。つまり原氏、毎日新聞双方の言い分でも、森氏が国会で指摘したような事実を裏付けるものはないのだ。このような発言は、まさに言葉の正しい意味での「冤罪(えんざい)」だろう。 国会議員は憲法51条に定められているように、国会における発言で免責の特権を有している。そうならば、なおさら国会議員は、民間人の名誉を損なうことのないように慎重な発言をすべきだ。 もちろん、原氏をはじめ、森氏の発言を知った多くの人たちは憤りとともに森氏を批判した。だが、森氏から反省の弁は全くない。真に憂慮する事態だとはいえないだろうか。 筆者は多くの知人たちとともに、今回の森氏の発言とその後の「自省のなさ」に異議を唱えたい。既に具体的な活動も始まっている。参加するかしないかは読者の賢明な判断に任せるが、筆者が積極的に参加したことをお知らせしたい。 問題は、原氏個人の名誉の問題だけにとどまらない。WGの八田達夫座長らが指摘しているように、毎日新聞では(他のメディアや識者でもそのような発想があるが)、WG委員が特定の提案者に助言することが「利益相反」に当たるとか、あるいはWGの一部会合が「隠蔽(いんぺい)」されたとする報道姿勢にある。首相官邸で開かれた国家戦略特区諮問会議=2019年9月30日 これは先述したバイアスに基づくものか、無知に基づくものか、いずれかは判然とはしない。しかし、無知であれば、WG委員が提案者に助言したりすることはむしろ職務であることを理解すべきだろう。さらには、会合の一部情報を公開しないのは隠蔽ではなく、提案者を既得権者からの妨害などから守ることでもあると学んだ方がいいと思う。 要するに、無知ならば、まず無知を正すことから始めるべきだ。ただ、毎日新聞は戦前から不況期に緊縮政策を唱えるような反経済学的な論調を採用したことがあり、今もその文化的遺伝子は健在だといえる。 その意味で、実は反市場バイアス、反経済学バイアスが記者の文化的土壌に深く根付いている可能性もある。そうであれば、組織内から変化する可能性は乏しいと言わざるを得ない。

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    カン違いぶりに腹が立つ「魔の3回生」はこうしてつくられる

    上西小百合(前衆院議員) 魔の3回生。第46回(2012年)衆議院議員総選挙で初当選した自由民主党所属議員を指す俗称だ。 この前まではこれが魔の2回生と言われ、ワイドショーでは頻繁に私と同期議員の顔写真が並べられていた。この頃は些細(ささい)なミスでも「魔の2回生」というだけで鬼の首を取ったように世間から全力でバッシングされていたので、慰謝(いしゃ)しに行くとカラ元気で振る舞う本人を見て、気の毒だなと思ったこともあった。ただ、許されざる議員も多いことは事実だ。 私が一番バカだなと感じたのは、中川俊直前衆院議員の不倫・ストーカー疑惑報道だ。中川家は代々衆院議員を務めるいわゆるサラブレッドなのに、そのすべてを破壊するような愚かな行為に驚愕(きょうがく)した。次に門博文衆院議員と中川郁子前衆院議員との不倫路上キス。私が議員の不倫を許せない理由は「家族のことも思いやれない人に、国民のことを思いやる政治をするのは無理」「不倫する暇があるなら勉強しろ」と思うからだ。 私は議員時代、胃腸炎で休養した3日間以外、1日たりとも休んだことはなかった。国会活動はもちろん、国会のない日は地元に帰って市民の声を聞くための政治活動や、他地域の首長や議員との意見交換会などの予定をビッシリ入れて動き回った。プライベートな時間は食事と睡眠のみと言っても過言ではなかったので、このような報道を見ていると「気楽な人たちだな、自民党に所属しさえすれば次の選挙は寝ていても当選すると思っているのだろうな」と思わざるを得なかった。 新しい話だと、元男性秘書への傷害と暴行の容疑で新潟県警に書類送検された自民党の石崎徹衆院議員。議員秘書の資質・現状についてはまたの機会に述べるとして、今のご時世ではいかに問題のある秘書や部下であっても、パワハラは許されるものではないという誰でも知っているようなコンプライアンスを何処(どこ)かに忘れてきてしまうほど、彼も浮き足立っていたのだろう。元秘書への暴行問題を受け、新潟市内の街頭で謝罪する石崎徹衆院議員=2019年10月5日 ただ、石崎衆院議員は今年7月の問題発覚後から3カ月経過したものの、先日地元で街頭活動などをし、市民に直接謝罪と説明をしているということだから、自分に投票してくれた地元有権者に説明もせずに雲隠れする丸山穂高衆院議員よりは随分根性がある。 丸山議員も同じ3期目なので、「3期目に不祥事が多いのはなぜですか」とよく取材で聞かれるが、彼は元官僚だからか、これまで普段は自分を抑制し、端でみていて不自然なほどに腰を低くして振る舞っていた。それがストレスとなり酒量も増えたのだろうが、なんせお酒に弱すぎて、普段抑制している本能や本心がむき出しになってしまうという体質からして、議員には絶望的に不向きな人だ。進次郎議員ですら質問ゼロ さて、丸山議員はさておき、どうしてこんなハチャメチャな自民党議員が現れるのかというと、強固すぎる「安倍1強」体制と既得権益を求めて政府与党にしがみつきたい一部の国民が問題の根底にある。 第46回から48回(2017年)の総選挙のいずれも自民党であれば当選するのが当たり前だった。沖縄県などの地域事情や野党の重鎮議員との戦いでもない限り、比例復活すらしない自民党候補者は目も当てられないほど地元で嫌われていたりして、落選後に次の公認がもらえないというほどだ。要するに自民党候補者であれば超高確率で当選する状況だから、議員は特段の努力をする必要がない。 国会議員の代表的な仕事のひとつである国会質問の機会すら自民党は所属議員が多過ぎるので野党議員に比べると極めて少ない。 議員は委員会や本会議でより鋭い質問し、国民のためになる答弁を政府から引き出すために専門家との勉強会や官僚とのレク(レクチャー)を繰り返す。 政府の出した法案に党から言われた通り賛成しているだけでは鍛錬は難しいと言えよう。現に、首相を待望されているランキング上位にいつも食い込む小泉進次郎議員ですら、質問回数ゼロ・質問主意書提出回数もゼロで実績がないと揶揄(やゆ)されているほどに国会内で自民党議員には緊張感がない。 そして、自民党議員を見ていると、国民に対してではなく安倍首相への忠誠心を競い合っているように感じるのだ。以前、三原じゅん子参院議員が本会議で登壇し、「安倍首相に感謝こそすれ」という演説で物議をかもしたが、安倍首相の政策にこれぐらい激しく支持を表明してさえいれば、除名されることはほぼない上に、それだけで評価されてしまうありさまである。※写真はイメージです(GettyImages) そんな議員たちをさらにダメにするのが既得権益を求める業界団体といった国民の存在だ。同期の自民党議員と話していると、「毎日国会が終わったら、接待が1日4~5件あってさぁ。表向きは勉強会よ(笑)」など喜々として話していた。そこで接待する側は1期目の議員にも「先生、素晴らしい。先生のお力があれば…頼りにしております」なんて散々持ち上げて、時にはプレゼントまでするものだから勘違いをしてしまう。 ちなみに私が所属していたできたばかりの野党、維新にはそんな接待はほぼなく、大抵国会業務が終われば、同じ党の議員で集まり飲んでいた。これは身を切る改革を掲げる維新にはあるまじき行為だが、党のお金(政党助成金)を経費として使う権限をもつ大阪維新の会の議員が毎月数百万以上を使って仲間やメディアに高級店でご馳走(ちそう)していたということだから、接待だらけの自民党議員と環境は全く違うことは、お分かりいただけるだろう。こうして勘違いが始まる 他にも、パーティー券販売や献金集めも自民党議員は容易だ。よく自民党議員が「パーティーの告知をすれば、企業や業界団体が『先生、百万円ほど買わせてください』って飛んでくるからほんと儲かるんだよな」と笑っていた。まず野党にそんなことはない。 本来、国民と議員は対等に敬意を払い合う関係でなければならないにも関わらず、このように一部の国民が自民党議員に「われわれより偉いものはいない」という勘違いをさせ、国民の代表として国民のために尽くすことが役割だという自覚を失わせてしまっているのだ。 こうして不祥事を起こすようになった「魔の2回生たち」は、2017年の衆院議員総選挙公示前勢力で自民前職全体の4割近くを占める101人も立候補し、結果8割超の87人が当選している。 もちろん彼らの中にはまともな議員もたくさんいるが、不祥事議員も難なく当選を決めているので、そのように感覚のずれてしまった議員を当選させ続ける有権者も考えものだと私は思う。 いつまでも一定多数の国民が投票する際に「選挙では人ではなく党を選んでいる」状態である以上、自民党議員は努力する必要性を一生感じないだろう。 魔の3回生に不祥事があれば散々誹謗(ひぼう)中傷してきたくせに、いざ投票となれば「自民党の候補者にとりあえず入れておけばいいや」と何も考えずに1票を軽く扱う。「それなら最初から文句を言うなよ」と言いたくなる。 ところで、「2017ユーキャン新語・流行語大賞」のトップテンに入った「魔の2回生」という言葉を生みだした産経新聞記者は「『魔の2回生』と呼ばれたことを笑い話にできるような、立派な政治家になって日本をよくしていただけたら」と語っている。議員にとっては救いとなるような言葉で、しかも正しい。与野党関係なく議員はカップラーメンのように3分たったら出来上がりというわけにはいかない。国会議事堂の建物=2017年9月、国会(斎藤良雄撮影) 新入社員と同様に、新人議員が一人前になるには多少の時間がかかる。不倫、酒乱、パワハラや差別発言などをする議員は救いようがないが、新人議員の間抜けなやらかしには心ばかりの寛容さも与えてやってほしい。叩き潰してばかりだと、何も育たない焼け野原になってしまうから。

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    台風19号、八ツ場ダムが教えてくれた深刻すぎる「緊縮汚染」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 東日本を縦断し、記録的な暴風や大雨をもたらした台風19号は各地に深刻な爪痕を残した。被害の全貌がいまだにはっきりしないが、死者・行方不明者が多数に上り、多くの方々の生活の場が奪われ、ライフラインも切断されてしまっている。 今回、被害に遭われた方々に心からお見舞いを申し上げたい。そして、一刻も早い復旧・復興を願っています。 筆者の勤め先である上武大は群馬県内の二つのキャンパスからなるが、それぞれが利根川水系の河川のそばに位置している。特に伊勢崎キャンパスでは、13日の夕方にすぐそばを流れる利根川本流が氾濫危険水位を超える可能性があったため、伊勢崎市から避難勧告が出された。 幸いにして氾濫しなかったが、周辺に住む多くの学生たちや、普段から見知った地域の方々を思うと気が気ではなかった。その利根川といえば、今回の台風で、同水系の上流、吾妻(あがつま)川にある八ツ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)が注目を浴びた。 八ツ場ダムは、今月1日に来年の運用開始を見据えて、貯水試験を始めたばかりだった。本来であれば、水をためてダムの安全性を確認する「試験湛水(たんすい)」を進め、3~4カ月かけて満杯になる予定だったが、今回の台風の影響で水位が1日で54メートルも上昇し、満水時まで10メートルほどに迫った。 関係者によれば、今回の台風に関しては、八ツ場ダムに一定の治水上の効果があったという。八ツ場ダムが利根川流域の氾濫を事実上救ったといってもおおげさではないかもしれない。 八ツ場ダムといえば、民主党政権下で政治的な理由から建設中止が発表されたことがある。さらに地域住民も賛成派と反対派に分かれたことで、問題は深刻化した。2019年10月1日から試験的に貯水を開始した群馬県長野原町の八ツ場ダム 今回の台風被害を契機に、インターネットを中心として、民主党政権時代の「脱ダム」や、スーパー堤防(高規格堤防)の事業廃止(後に限定的に復活)などの記憶が掘り起こされ、旧民主党出身の国会議員らが批判を浴びている。 それは率直にいって妥当の評価だろう。旧民主党政権は、デフレ不況の続く中でそれを放置する一方で、財務省の主導する公共事業削減などの政府支出カットにあまりにも傾斜しすぎた。国民の生活や安全を忘れた愚策だといってもよいだろう。日本に巣くう「本当の悪」 ただ、当時の民主党政権の「脱ダム」に象徴される公共インフラ削減に対しては、国民世論の強い後押しもあったことは指摘しておきたい。政権発足直後、民主党の緊縮政策=デフレ政策で日本経済が危機を迎える、と筆者があるラジオ番組で発言したところ、後で番組に空前の抗議が起きたという。 事実、筆者のツイッターもまさに「民主党政権信者」たちの抗議で炎上した。当時、筆者の意見を後押しする人はほとんどいなかったことは、自分の記憶に今でも鮮明に残っている。世論がこれから賢明であることを伏してお願いしたい。 去年、テレビ朝日系『ビートたけしのTVタックル』に出演したとき「日本の防災」をテーマに議論を交わしたことがあった。その際、同じく出演していた治水の専門家、土屋信行氏から著書『首都水没』(文春新書)を頂いた。 本書では、八ツ場ダムの建設中止が、利根川水系や荒川水系の洪水調節方式を崩壊させる愚の骨頂であると指摘されている。洪水調節については、利根川も荒川も上流に「ダム群」、中流に「遊水地群」、そして下流に「放水路」か「堤防補強」で対応している。 八ツ場ダムは上記のように、利根川水系の上流ダム群の一つであり、民主党政権が掲げた「コンクリートから人へ」のスローガンは、この洪水調節方式を破綻させる行為だった、と土屋氏は著作で記している。 今回の台風でもそうだが、最近の大規模な自然災害でよく分かることは、「コンクリートから人へ」のような政治スローガンに踊らされることなく、どのような防災インフラが必要なのか、それを真剣に考えることの大切さである。 国民の命と財産を守るためには、コンクリートも何でも必要ならば排除すべきではないのだ。単純で極端な二元論は最低の議論と化してしまう。八ツ場ダムに関する意見交換会で、地元住民と意見交換をする前原誠司国土交通相=2010年1月、群馬県長野原町(三尾郁恵撮影) 最低で極端な議論といえば、民主党政権下で行われた、スーパー堤防(高規格堤防)廃止に至る「事業仕分け」の議事録を今回読んだが、その典型だった。また、日本に巣くう「本当の悪」が誰なのか、今さらながら再確認できた。 その議事録によると、財務省主計局の主計官がコストカットを求めたことに対して、国会議員や有識者、国交官僚といった他の委員が「忖度(そんたく)」をしていたことがうかがえる。もっと言及すれば、出席した財務官僚が納得しなければならない、という「財務省中心主義」が見えるのである。 つまりは、みんな財務省の顔色をうかがっているのだ。これでは、主権者が国民ではなく、一官僚であるかのようだ。緊縮に汚染されたマスコミ このコストカットありきの姿勢、今でいう「財政緊縮主義」こそが、財務省の絶対的な信条であり、そのため、今回の河川氾濫でも明らかなように、防災インフラの虚弱性をもたらしている権化である。まさに「人殺し省庁」といっても過言ではない。 その信条が、今日も仕事の一環で国民の生命を危機に直面させているのだ。まさに恐怖すべき、軽蔑すべき官僚集団である。 さらに財務省の緊縮主義は、日本のマスコミを歪(ゆが)んだ形で汚染している。今回の台風を受けて、日本経済新聞の1面に掲載された論説記事が話題になった。 書かれていることは、公共工事の積み増しの抑制と自助努力の要請である。今の日本では、防災インフラの長期的整備の必要性が高まっていても慎むべきだ、というのは非合理的すぎる。 例えば、費用便益分析を単純に適用しても、今の日本の長期金利がかなりの低水準で推移していることがポイントとなる。つまり、国債を発行して、長期の世代にまたがって防災インフラを整備するコストが低い状況にあるのだ。 むしろ、国土を永久的に保つ必要性からいえば、永久国債を発行しての資金調達もすべきだろう。日経の上記の論説はこのような点からかけ離れていて、まさに緊縮主義の行き着く先を示してもいる。2010年10月、事業仕分け第3弾の現地調査で東京・下丸子の多摩川の高規格堤防(スーパー堤防)を視察する蓮舫大臣(中央)や国会議員ら(早坂洋祐撮影) そこで、長期的な経済停滞を防ぐために「国土強靱(きょうじん)省」のような省庁や、オランダなどで先行例のある国土強靭ファンドを新設すれば、国民の多くは長期の財政支出が続くことを期待して、デフレ停滞に陥るリスクを「恒常的」に予防する。この恒常的な防災インフラ投資が、金融緩和の継続とともに、日本の経済停滞を回避するための絶好の両輪になるだろう。 もちろん、このような規模の大きい財政政策には既得権益が発生し、国民の資産を掠(かす)める官僚組織や業界団体が巣くう可能性は否定できない。また、それらを完全に排除できると考えるのも楽観的すぎる。 それでも、このような国民の「寄生虫」たちを一定レベルに抑制した上で、長期的な防災インフラの整備を進めることは、国民にとって大きな利益をもたらすことは疑いない。これこそ政治とわれわれ国民が立ち向かう価値あるチャレンジではないだろうか。

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    百田尚樹「ヨイショ感想文」潰しから見えてくるおかしな論理

    催されたこと、もう一つは、新潮社の読者向けキャンペーンが中止になったことだ。 前者については、前回の連載で解説した通りだ。要するに、表現の自由が大切であることと、補助金のルールを守ることは別問題である。前者を盾にして、瑕疵(かし)のある補助金申請を認めてしまえば、それはあいちトリエンナーレだけを優遇することになり、単に不公平なものになる。 もし反論があれば、法的な手続きも担保されている。以上で終わりの話だ。 表現の自由を理由にして、自分たちの要求を何でもごり押しする人たちは、同時に、自分たちの気に食わない表現には自由を一切与えない傾向もありはしないか。つまり、自分たちが好むもの、政治的に有利なものを単に押し通そうというエゴにすぎない。 この論点が重要なことを筆者に思い知らせたのが、新潮社の「夏の騎士ヨイショ感想文キャンペーン」中止問題である。題名にあるように、10月4日から始まった作家の百田尚樹氏の最新小説『夏の騎士』のキャンペーンだ。 「読書がすんだらヨイショせよ #ヨイショ感想文求む」と題して、小説をほめちぎる感想文をツイッター上で募集し、採用されたら図書カードを贈呈するという企画だった。このキャンペーンがスタートすると、すぐに「百田尚樹叩き」とでもいう現象が生じ、個人的にはかなりの頻度で目撃した。新潮社=2018年9月(納冨康撮影) 本来、公序良俗に違反しない限り、キャンペーンで営業的なインパクトを狙うのは理にかなっている。ところが、今回のキャンペーンに対して、新潮社の「伝統」「社風」「良心」を持ち出したり、「物品で釣るのはどうか」などというもっともらしい理由で猛烈に炎上した。 個人的には、百田氏をイメージした黄金の広告バナーのインパクトがありすぎて炎上したのではないか、という解釈も成り立つと思っている。要するに、批判している人たちは「百田は黙れ」とでもいいたいのではないだろうか。浮かび上がる「ビジョンの違い」 『夏の騎士』の感想を手短に書くと、完成度が高くて読みやすく、高い評価を与える人が多くいても不思議でも何でもない小説だと思う。はっきりいえば、よい作品だ。 もちろん、作品自体を極端に嫌いな人もいるだろうし、ピンとこない人もいるだろう。それが文学の「消費の在り方」というものだ。 筆者もその昔、百田氏の代表作『永遠の0』があまり面白くなく、その感想をツイッターでつぶやいたところ、百田氏からブロックされたこともある。別にブロックされたこと自体どうでもいいし、ブロックする行為は完全に個人の自由である。ちなみに、今ではブロックは解除されていて、少しほっとしているところもある。 今回のキャンペーンも『夏の騎士』が好きな人、ヨイショしたい人だけ参加すればいいだけの話ではないか。また、ツイッター主体のキャンペーンなのだから、それこそ批判的な感想で目立ってみるのもありだ。 だが、キャンペーン自身を潰すようなやり方は全く感心しない。結局、新潮社にクレームが殺到して、2日でキャンペーンは中止になってしまった。 一連の出来事に対して、百田氏はツイッター上で「新潮社も悪意があったわけじゃない。善意の企画が空回りしただけ。それに、全部をお任せにしていた私のせいでもある。私は炎上慣れしてるし、少々のダメージくらいはどうということもないです」と言及した。かえって、百田氏の寛大な姿勢が鮮明になり、当然の帰結として、百田氏の世間的な評価も上がったのではないだろうか。 もちろん、百田氏の姿勢を一切認めない人もいるだろう。一見すると、価値観の対立により、調停は不可能なようにも思える。文学や政治に対するビジョンの違いというべきものだ。作家の百田尚樹氏=2018年10月(佐藤徳昭撮影) 百田氏の政治的な立場は保守的なものだろう。他方で、コアな批判者たちは自らを「リベラル」や「左派」と自認しているかもしれない。ただ、表現行為を弾圧する「リベラル」、というのも不思議な存在だと思うが。 それでは、ビジョンの違いは調停不可能で、「神々の闘争」のようなものなのだろうか。なぜここまで叩かれるのか 経済学者のトマス・ソーウェルは人間を、ビジョンの動物であると理解している。人間は経済的な利害により短期的に動くこともあるが、結局はビジョンによって行動するのだ、と彼は指摘している(『諸ビジョンの闘争:政治的争闘のイデオロギー的起源』)。 個々人の抱くビジョンは、感情的なものに支配されたり、政治的プロバガンダや一部の有力者の意見に扇動されたりしてしまうかもしれない。しかし、ビジョンなくして、社会は安定的なものにはならなかった。 ビジョン同士の和解が難しく見えたとしても、実は、ビジョンには「事実」と「論理」が備わっていることが多い。その事実と論理こそが、ビジョン同士の争いに一定の解の方向を与える。ソーウェルの議論をまとめると、このように言える。 今回の問題にしても、「事実」としては、たとえキャンペーンをどれほど上手に構築しても『夏の騎士』が多くの読者に支持されなければ、単にそれまでの話である。個人的な感想を言えば、『夏の騎士』はよい作品だ。だが、本当の評価は、筆者の個別の感想やキャンペーンではなく、今までとこれからの読者が決めるのであり、それ以外にはない。これが「事実」の一つである。 その「事実」に応じて、新潮社の真価の一部も決まるだけだろう。キャンペーンを抗議で潰すことに、われわれのビジョンの争いの方向性を決める意義を見いだすことはできない。 「論理」の話としては、なぜこうまで百田氏が叩かれるのか、という問題がある。私見では、あまりにも行き過ぎた行為であると思う。 仮に、百田氏が叩かれたことで言論を封じられたとしても、安倍政権は倒れないし、保守的な政治勢力や言論もいささかも倒れることはないだろう。もし、そのような思惑で「百田叩き」をしているのならば、非論理的だし、事実にも後押しされない。2019年10月1日の消費税率引き上げに伴い、軽減税率対象の商品を示す「軽」の文字や税率が記された東京都品川区にあるコンビニのレシート 一例を示しておく。10月から始まった消費税率の10%引き上げについて、百田氏は明確に反対していた。2度の延期をしたとはいえ、それでも安倍政権は実施に踏み切った。 もし、政治的な影響力が本当にずば抜けているならば、百田氏の意見が少しは考慮された痕跡ぐらいあるだろう。しかし残念ながら、消費増税に関しては財務省の「屁(へ)理屈」が政治的な力を得ただけの結果に終わったところを見れば、思惑の無意味さがおわかりになるだろう。

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    あいちトリエンナーレ「真っ当」朝日新聞が忘れたおカネの重み

    ンナーレへの補助金を全額支出しない方針を決定したことだ。 あいちトリエンナーレ問題については、既に本連載で以下のように指摘した。「より具体的に言及すれば、文化庁などの助成が妥当だったかどうか、その支出基準との整合性が問われる。これは、大村氏(秀章・愛知県知事)や津田氏(大介・芸術監督)ら実行委員会の責任だけが問われていると考えるのは間違いだ。文化庁側のガバナンスも当然問われている」という公的助成、つまり補助金(公金)のあり方について問うものだった。 「表現の不自由展・その後」では、政治的論争の対象になってきた慰安婦像や、昭和天皇の写真をバナーで燃やし、その灰を踏みつける動画など、多くの日本国民に批判的感情を抱かせる展示があった。 難しい芸術論を本稿で行うつもりはない。一人でも「芸術」と思えば、それが芸術だろう。 これは筆者の専門であるアイドルでもいえる。一人でも「アイドル」と思う人がいれば、そのときにアイドルは誕生する。これは厳密に正しい。だが、同時にわれわれがその「芸術」に対して、どのような感情を抱くかもまた自由だ。 特に政治的な対立をあおり、自分たちが大切にしている国民としてのアイデンティティー(帰属意識)を逆なでする「芸術」ならば、それに適切な対応をするのは、少なくとも公共の展示では、筆者は当たり前だと思っている。そうでなければ、単に公共の場を利用した不特定多数に対するハラスメント(嫌がらせ)でしかない。そして、今回の「表現の不自由展・その後」の上述した展示物は、ハラスメントとして多くの人々に心理的な傷を与えたといっていい。フォーラムで参加者の意見に耳を傾ける「あいちトリエンナーレ2019」芸術監督の津田大介氏(奥中央)。同左は愛知県の大村秀章知事=2019年9月 検証委の中間報告では「誤解を招く展示が混乱と被害をもたらした最大の原因は、無理があり、混乱が生じることを予見しながら展示を強行した芸術監督の行為」と津田氏の責任を指摘している。一方で、実行委会長でもある大村氏に対しては、「検閲」を禁じた憲法の制約や、リスクを軽減するガバナンスの仕組み欠如を理由に、その責任が事実上不問にされている。 筆者は、津田氏がこの中間報告を真摯(しんし)にとらえているとはいえないと理解している。自らの責任で招いた不祥事について、文化庁の補助金を交付しない方針の撤回を求めるインターネット上の署名活動を強くあおっているからだ。これは政治的な対立を招く行動だろう。愛知県「免責」のナゾ そして、筆者が問題発生当初からツイッターなどで指摘しているのは、津田氏の狙いが社会の分断にあると思っているからだ。その意味では、「表現の不自由展・その後」の中止も、文化庁の補助金交付撤回も、その具体的な内容はともかくとして、彼の狙った方向だとはいえないだろうか。現に、中間報告でも「ジャーナリストとしての個人的野心を芸術監督としての責務より優先させた可能性」を指摘されている。 大村氏の責任について端的に指摘できるのは、展示物が多くの人にハラスメントとして機能していることを、事件発覚後もあまり重大視していないことである。しかも検証委は、中間報告で憲法や仕組み不在を持ち出して、行政を事実上免責にしている。 だが、それはあまりにも陳腐な言い訳であり、検証委の説明に説得力はない。こんな屁(へ)理屈など無視して、単に県民と国民が大村氏の政治的責任を今後追及すればいいものだと、筆者は理解している。 文化庁の補助金不交付だが、これは大学や研究機関への補助金でも十分にあり得る事である。事前の補助金のルールとは違う事実が判明すれば、補助金がカットされることや、特に悪質な場合には訴訟などの責任問題にもなる。 今回の文化庁の対応は異例だという指摘があるが、当たり前である。今回のような公共展示における不特定多数へのハラスメントはまさに例外だからだ。例外な事態に例外で対応したとしても、おかしなことはない。 また、国際政治学者の三浦瑠麗氏などのように、補助金の全額撤回はおかしい、という主張がある。ネット上でも、展示スペースの大きさや実際の展示費用などを計算して、その分だけの補助金カットなら理解できる、という意見がある。 しかし、補助金には事前に決めたルールがある。文化庁も不交付の理由の中で「『文化資源活用推進事業』では、申請された事業は事業全体として審査するものであり、さらに、当該事業については、申請金額も同事業全体として不可分一体な申請がなされています」と説明している。つまり、一部だけの撤回は、あいちトリエンナーレだけをむしろ特別扱いしてしまう。「あいちトリエンナーレ2019」への補助金の不交付を発表し、記者団の質問に答える萩生田文科相=2019年9月 補助金は「表現の自由」や芸術、文化を持ち出せば、どんな内容でも認められるものではない。当たり前だが、「公」のおカネを利用するには、それなりのルールがある。それを守らないのであれば、補助金が使えなくなるだけである。 ところで、この「表現の不自由展・その後」をめぐる問題に、朝日新聞はほぼ社を挙げて取り組んでいるようだ。9月27日の社説「あいち芸術祭 萎縮を招く異様な圧力」でも、「少女像などに不快な思いを抱く人がいるのは否定しない。しかし、だからといって、こういう形で公権力が表現活動の抑圧にまわることは許されない」と述べ、同社の立場を鮮明にしている。「補助金不交付」は抑圧か では、公権力は表現活動の抑圧を行っているのだろうか。上述の通り、あくまで事前に決めた補助金のルールを守るかどうかの話である。 報道ではあまり触れられていないが、文化庁の決めた補助金の不支出決定は「実現の可能性があるか」「事業の継続性があるか」の2点を特に重視して判断される。「表現の不自由展・その後」は、補助金の審査段階で展示が中止されていたため、この2点を満たすことができていなかったのである。 やっていないし、これからやるかどうかも分からないものに補助金は出せない、というのは当たり前すぎる判断ではないか。これが表現活動の抑圧というならば、責任は、むしろ中止の判断をした大村氏や愛知県側にあるだろう。だが、朝日新聞の社説では、県の行政責任を追及するよりも安倍政権批判が明白である。 さらに「ヘイト行為の一般的なとらえ方に照らしても、少女像はそれに当たらない」という検証委の指摘を、朝日新聞の社説は「真っ当」と評価している。しかしヘイト行為は、被害を受けた人に不快な感情や自尊心を傷つけられたとする感情をもたらすものである。 この社説でも「少女像などに不快な思いを抱く人」がいることを認めている。だから中間報告のように、法的な規制の定義などをこの場で持ち出すのは無意味だ。 この展示がもたらしたハラスメントは、多くの人に国民としての自尊心を過度に傷つけられただけでない。自分たちの税金を利用して行われたことによって、さらに傷ついている。 展示は妥当ではない、と多くの人が思っている。これは自明なことで、一部メディアが実施したアンケートでも明らかなレベルだ。 しかもこの展示は、芸術監督の自発的な意図として成立した、むしろ積極的で公的なハラスメントともいえるものだ。この側面に対する国民の被害感情を軽視している人が、メディアや文化人界隈(かいわい)に少なからずいることに驚かざるを得ない。「あいちトリエンナーレ2019」の企画展「表現の不自由展・その後」が中止となった問題の会見で、壇上の机に置かれた「平和の少女像」=2019年9月、日本外国特派員協会(酒巻俊介撮影) ちなみに、今回の文化庁の決定が、今後政治的な介入を生み出し、地方の芸術祭において、補助金の使途を萎縮させるなどと過剰に言い立てる人たちが文化人界隈にいる。これも今のところ、何の根拠もない。 そんなに文化に対する補助金の萎縮が心配ならば、財務省の予算緊縮路線を批判すべきだと言いたい。その批判ならば、筆者はもろ手をあげて賛同する。

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    信長を必死の「丸腰祈願」に走らせた祇園祭との深い因縁

    瓜」の紋が入った祇園祭の提灯(左と右)=2019年7月、京都市中京区(永田直也撮影) そのうえ、この連載で何度も紹介したように信長自身も牛頭天王や素戔嗚尊に幼いころから親しみ、深い執着を持っている。那古野城の天王坊で学び、津島天王社の財力を背景とした信長だから、牛頭天王・素戔嗚尊というパワーワードに共鳴する。 八岐大蛇(ヤマタノオロチ)の力をわが物とした神、水を支配する神。信長はこの祭礼と八坂神社を尊崇していた。長刀鉾の紋である「長」の一字も、信長が長刀鉾町内に与えた自筆書状の中にある「長」を用いたという伝承も残っている。「丸腰」信長の切実な祈り さらには、同じく33基の山鉾の一つ、芦刈山(あしかりやま)のご神体の翁(おきな)の衣装「重要文化財 小袖・綾地締切蝶牡丹文様片身替(あやじしめきりちょうぼたんもんようかたみがわり)」(現在は後世のものを用い、この小袖は保存されている)についても、芦刈山町が信長から拝領したものと言い伝えられている。 それほどに、祇園祭・八坂神社と信長との関わりは強く深いのだ。 では、その信長が刀を脱して何を祈ったのか。彼の胸中を推し量ってみると、水害からの復興と雨止めは当然大きなウエートを占めていただろう。この日も、京ではけっこうな量の夕立が降ったという。 そして、それ以上に圧倒的で、必死の思いで祈ったのは、おそらく疫病除けだった。祇園祭の起源をたどると、疫病の犠牲者を弔う御霊会(ごりょうえ)が始まりであり、疫病が流行したときにその収拾を祈る儀式だった。 水害の後には疫病が大流行するのがお決まり。水害で大打撃をこうむっただけでなく、疫病まで発生したとなれば、信長の顔は完全に潰れる。 それはなぜか。彼がかつて元亀2(1571)年に比叡山を焼き討ちし、延暦寺(えんりゃくじ)だけでなく日吉大社をも灰燼(かいじん)にしてしまったからだ。王城の地・京を守護する日吉大社が存在しない状況で疫病発生となれば、人々の恨みと怒りは信長に向けられることになる。 いまだ大敵・本願寺が大坂に盤踞(ばんきょ)し、将軍・足利義昭が中国の毛利氏に保護されている状況のなか、京の民衆の支持を失うことはなんとしても避けなければならなかった。今年の祇園祭の長刀鉾。雨天待機中のため、一部白布でカバーされている(筆者撮影) 対毛利水軍用の鉄甲巨艦を建造しそれを紀伊半島沖から北上させ、羽柴秀吉には毛利軍に包囲されている上月(こうづき)城の救援をあきらめて三木城に全力を注ぐよう指示を与えるなど、信長の日常はあわただしい。そんななか、21日未明に京を発った信長は安土に戻る。 このあとしばらくは、播磨方面での戦況をにらみながら、安土での水害復興を陣頭指揮していたのであろう。そして、前回紹介したように、8月15日の安土城大相撲大会を迎える。さらに9月9日にもまた相撲大会が行われた。 この相撲の意味は何だったのか。「目前で身分の高いものも低いものも裸体で相撲をとらせることをはなはだ好んだ」(フロイス『日本史』)と評されたほどの相撲ファンだから、災害で疲れた自分と人々の心を鼓舞しようとしたということもあるだろう。 しかし、ここでこんな逸話を紹介しておこう。この時期から28年後の慶長11(1606)年のことだろうか、江戸城の天下普請(幕府の命による土木工事)に他の大名たちともども、加藤清正も駆り出されたときの話だ。マニアで済まない大会へのこだわり 彼の家来で石垣工事の名人として知られた森本儀太夫は、日比谷入江を埋め立てたあとの軟弱な地盤に石垣を積み上げるという課題を与えられ、茅(かや)を一面に敷き詰めた上で何日も子供に遊ばせたり、大人に相撲をとらせた。おかげで加藤家の工事現場は進行が大幅に遅くなったが、他の大名が分担した箇所の石垣が大雨で崩れてしまったのに対し、儀太夫が指揮を執った加藤家担当の石垣はビクともしなかったという(『明良洪範』ほか)。 このエピソードを一見すると、相撲は単なる地固め・地盤強化の目的で行われているようで、もちろんそういう実用的な効果を期待されていたことは間違いないが、これは少し慎重に考えなければならない。 相撲は古く神事だった。朝廷では毎年盛夏の7月に相撲節会(すまいのせちえ)が催されたが、これは野見宿禰(のみのすくね)と当麻蹶速(たいまのけはや)の相撲に端を発するもので、神事としての側面を持っていた。現代の大相撲における横綱(原型は注連縄)や土俵の四隅に下げられる青・赤・白・黒の房(青竜・朱雀・白虎・玄武の四方位神)はその名残だ。 そして信長の当時、相撲が今より強く神事としての性格を帯びていたことは言うまでもない。神社の祭礼では奉納の相撲が行われていた。 四股(しこ)は大地を踏み鳴らすことによって地固めを象徴し、地面の悪霊を追い払う。つまり「地鎮」だ。 地鎮によって、土地は安定し、田畑は豊かな実りを生む。森本儀太夫も実用だけではなく、相撲の神的パワーを意識する部分もあったのではないか。 この推論は、どうやら信長にも適用できそうだ。洪水が安土でも発生していたことは既に述べたが、安土山下町が琵琶湖の増水に襲われただけでなく、大雨が安土城そのものにも損害をもたらした可能性がある。「アツチ之城天主タヲレ畢(安土の城、天主倒れおわんぬ)」という記録が残されているのだ(『松雲公採集遺編類纂』所収「東大寺大仏殿尺寸方并牒状奥ニ私之日記在之」、和田裕弘「安土城“初代”天主は倒壊していた!」『歴史読本』2007.11)。 とはいえ、本当に安土城天主が倒壊したとすれば、その直後に1500人規模の相撲大会など開催することなど不可能だ。廃材の搬出や、天主台の地盤強化、天主再建工事に伴う人と資材の搬入で山上山下は大混雑し、とてもイベントスペースなど確保できない。 倒壊とリアルタイムで日記に書いたのが奈良の人間というのも、実際には伝聞にすぎなかったのではないかという疑いを捨てきれない。この手のうわさは、悪い方にどんどん大きく広がって伝わるものだ。織田信長が居城の安土城を建てたとされる安土山一帯=2019年1月、近江八幡市安土町下豊浦 ただ、伝聞だったとしてもそこにはある程度元になる出来事があったはずで、安土城の一部が大雨によって損壊した可能性は高い。なにしろこの4年後になっても、安土山内の摠見寺(そうけんじ)では正月おびただしい数の登城者の重みで石垣が崩れ、多数の死傷者を出しているぐらいだ。 大雨によって安土城の地盤の不安定さを認識した信長が、相撲によって地を鎮め、地固めをしようと考えたとすれば、最大規模の相撲大会をこのタイミングで実施したことの説明がつく。

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    笑顔だけじゃ見過ごす渋野日向子の「凄ワザ」

    藤井靖(明星大心理学部准教授、臨床心理士) 2019年8月、女子プロゴルフの渋野日向子選手が「AIG全英女子オープン」に初出場し、見事優勝という快挙を成し遂げた。これは、日本勢としては1977年の全米女子プロ選手権において優勝した樋口久子以来となる42年ぶりの海外メジャー制覇である。 渋野は「スマイルシンデレラ」と呼ばれるように、その笑顔が象徴的に取り上げられている。確かに、ラウンド中も笑顔を見せることが多く、プレッシャーのかかる場面であっても、新人離れしたリラックス感がにじみ出ているように見えなくもない。 しかし一方で、あのスマイルは、彼女が意図してやり始めて習慣化し、ラウンド中の一つの「ワザ」になったものである。聞けば渋野は、高校生まではプレー中の喜怒哀楽を出しすぎたり、よい結果が伴わないと、ふてぶてしい態度を取ることもあったという。 笑顔は、その課題を克服し、安定した情緒を維持するための対処行動なのだ。では、なぜ笑顔に効果があるのか。その一つは、既に報道などで言及されているように、感情をコントロールする作用があるからだ。 つまり、通常はうれしい・楽しいなどの感情が基になって笑顔が作られるが、逆に笑顔を作ることによって、ポジティブな気分に誘導されやすくなる、ということである。加えて、そもそも人は基本的に、同時に二つの感情を抱くことはできない。 笑顔を作り、快感情を伴いやすくすることで、怒りの原因に直面したとしても不快な感情が顕在化しにくくなり、結果、情緒が安定するということである。 心理学では、「ランチョン・テクニック」といって、難しい話や交渉をするときは食事をしながらするとよい、という理論がある。これも食事というポジティブな感情が伴いやすい行動を先に起こして、その結果、話し合いや交渉がスムーズに進む、という考え方に基づいている。 もう一つ、渋野の笑顔はギャラリーや周囲の人の笑顔や激励をも引き出す。当然のことながら、人と人との関係は相互作用なので、自分がどう振る舞い、どう接するかによって、自分を取り巻く世界は全く別のものになる。北海道meijiカップ最終日、大勢のギャラリーに囲まれながらティーショットを放つ渋野日向子=2019年8月11日、札幌国際CC島松C(戸加里真司撮影) 彼女は、ギャラリーの応援が力になったことをたびたび述べており、多くの聴衆に注目される環境が、自分のパフォーマンスを向上させることを経験的に知っているのであろう。 その環境を作っているのは、他ならぬ彼女の笑顔であり、キャラクターであり、ファンサービスである。そして、作られた舞台の影響が「良いスコアとして表れる→ギャラリーはさらに盛り上がる→モチベーションやスコアのさらなる向上…」というように、本人と環境の好循環が生まれていることが見て取れる。笑顔だけじゃない「強み」 もちろん、渋野の笑顔の力をギャラリーや私たち国民よりずっと以前から認め、「いつも笑顔でいなさい」と教えていた母、伸子さんの功績は偉大である。 実は渋野には笑顔だけではなく、もう一つ他のトップゴルファーとも違う、彼女の類いまれなる点がある。それは「ゴルフに取り込まれ過ぎていない」ことである。 もちろん、ゴルフはメンタルスポーツともいわれ、競技への集中度がスコアに直結することはいうまでもない。しかし、以下の三つの点で、単に「集中する」ことよりも、さらに上のメンタルコンディションを保っているのではないかと感じられるのである。 まず、彼女は常に物事を「俯瞰(ふかん)」で見ているようにみえる。時にお菓子を食べながら、時に緊迫した場面でもキャディーと談笑しながら、時にあたかもプレー終了後のようにギャラリー対応をしながら、どこか人ごとのように、ゴルフに向き合っている。 ただ、これが渋野なりのよい距離感でプレーと向き合っている証しでもあり、一歩空けてゴルフと向き合うことが、よい結果につながっているのだろう。 自分のことであっても、物事を遠い空を飛ぶ鳥の目で俯瞰するようにしてみたり、人ごとのように一歩引いて考えられる。実は、強いメンタルを作り上げるうえで必須の要件である。 不安になったり、結果が伴わなかったりすることもあるだろう。そんなとき、人はマイナスの気分に陥り、悩みのスパイラルに取り込まれやすくなる。 しかし、直面している事態を全体的・総合的に見れば、よい結果が出ていた過去も思い出せたり、自分がこれからすべきことを冷静に考えられたりする。とりわけ1ホールごと、1ショットごとの浮き沈みが激しいゴルフ競技においては、実は集中すること以上に重要な、安定感につながる力なのではないかとさえ思わされる。デサントレディース東海クラシック初日、ティーショットを放つ渋野日向子=2019年9月20日、新南愛知CC美浜C(戸加里真司撮影) また、彼女はプレー中に自分に課す目標設定が上手だ。インタビューにおいて、しばしば「攻める」「攻めたい」という言葉が出てくる。これはそもそものプレースタイルが攻めるスタイルであることに起因しているのであろうと思うが、重要なのは、この目標には「失敗」がないということである。 目標というのはあくまで理想であって、当然達成されない場合もある。しかし「攻める」という目標は、よい結果が出ようが出まいが、彼女がその意志を持って打ったショットである限り、達成されているのである。「数値目標」はもろ刃の剣 自分で立てた計画が成功するかしないかは、次のモチベーションに必ず関わってくる。人間心理の大原則からいえば、ストイックな人間など実はおらず、全ての行動のモチベーションはその前の成功体験に依存する。 その意味でいえば、渋野は常に成功体験の中に身を置くことができ、モチベーションが維持できる。さらにプレースタイルとの歯車ががっちりハマって、スコア的にもよい結果が出ようものなら、相乗効果はさらに発揮される。 全英女子で見せたような、彼女のバックナイン(残り9ホール)での強さの秘密は、ここにあるように思われる。通常、競技の後半ともなれば、身体の疲労も表れ、一方でゴールが近づいてくることから、さまざまなプレッシャーやストレスに晒(さら)され、精神が乱されやすい環境に置かれる。 しかし、自分の中の戦略上、「成功」していれば、余計な重圧や邪念、身体の変化に振り回されにくい精神状態を作ることができる。 「◯ホールではバーディーを取る」、「◯ホールではフェアウエーをキープする」などといった目標を立てると、達成できているうちは良いが、具体的であるがゆえに、「失敗」という結果を負うリスクもある。一般によく立てられやすい「数値目標」は、実はもろ刃の剣なのである。 渋野は違う。「バーディーをたくさん取りたい」。「たくさん」というのは、いくつか数が決まっているわけではない。つまり、その日のコンディションやコースの難しさによっては、1、2個でも「たくさん」になるのだ。 さらに、「切り替えのうまさ」も渋野の特徴である。ボギー以下のスコアでホールアウトした直後のホールで、バーディー以上の良い成績を出す確率を表す「バウンスバック率」がその象徴ともいえるが、彼女からは「悪いスコアを出してしまった怒りを転化してパワーに変えている」旨の発言があった。日本女子プロ選手権第1日、ホールアウトし同組の上田桃子と抱き合う渋野日向子。2アンダーでオーバーパーなしの連続ラウンドをツアー新記録の29に伸ばした=2019年9月12日、チェリーヒルズGC 確かにそれもあるだろうが、アドレスの際は、それ以前にお菓子を食べていようが、談笑をしていようが、常に一定のリズムと表情、ルーティーンで入れているように見える。「ボールを打つ」となったら、「自分が何に心を向け、何をすべきか」ということが本人の中で明確になっているのだろう。 もちろん、そこには上述した「俯瞰してみる力」や「適切な目標設定を立て、自分を成功体験の連鎖に置く」ことも背景として作用していると考えられる。 29ラウンド連続オーバーパーなしの国内ツアー新記録を打ち立てた安定感は、まさに彼女の精神力のしなやかさに裏打ちされている。さらなる新しい記録を打ち立てることのできる「ゴルフ新人類」ともいえる彼女のメンタリティの進化に、今後も期待し続けたい。

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    世界的危機でも能天気、腐敗した「官僚制度」の先にある日本の末路

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) サウジアラビアの国営石油会社サウジアラムコが保有する石油施設へのドローンを利用した攻撃は、世界経済にも大きな衝撃を与えた。イエメンの親イラン武装勢力が攻撃を行ったと声明を発表したが、他方でポンペオ米国務長官はイランの直接の関与を示唆した。ただしトランプ大統領自身は、確証を得ているものの「犯人」を敢えて特定せずに、サウジアラビアの対応待ちの姿勢をツイッターで表明している。 イランのハッサン・ロウハニ大統領との対談を模索し、同時に対イラン強硬派と目されたボルトン補佐官の解任という政治的事件が起きた直後なだけに、幾重にもきな臭さを感じさせる出来事だ。あたかも安倍晋三総理がイランの最高指導部と会見を重ねた直後に、日本の海運会社が保有するタンカーがホルムズ海峡で攻撃されたことを想起させる。 サウジアラビアの石油生産の半分が、今回の施設攻撃によって当面失われてしまったという。復旧までに数週間を要する。この石油の供給量の減少は、世界の石油供給量の約5%を占める。攻撃の直前までは、世界の石油市場は「軟調」ぎみであった。 しかし、攻撃を受けて石油の先物価格は一斉に高騰した。指標の米国産標準油種(WTI)、北海ブレント先物ともに十数%の高騰であり、後者は特に一時1991年以来である19%もの上昇だった。為替レートも円高傾向となった。わずかドローン10機の攻撃で、世界の石油生産が脅威を受けることにも驚きだが、問題を日本経済面で見れば、より深刻な面があらわになる。 米中貿易戦争も今後長期化が予想され、そしてイランとサウジアラビアなど湾岸諸国の地政学的リスクの高まりの中で、日本政府がまず取り組んでいるのが、消費増税という異常な事態だからだ。無人機攻撃を受け煙を上げるサウジアラビア・アブカイクの石油施設のテレビ映像=2019年9月14日(AP=共同) ところで、9月8日に放送されたNHKの日曜討論「消費増税・米中貿易摩擦…日本経済の先行きは」は久しぶりに同番組で注目する内容だった。なぜなら出演者に聞くべき意見を持つ人たちが多かったからだ。前日銀副総裁で学習院大名誉教授の岩田規久男氏、明治大准教授の飯田泰之氏、慶応大教授の竹森俊平氏らの意見は特に注目すべき内容だった。竹森氏の意見には賛同できない点もあるが、岩田、飯田両氏の指摘はこれからの消費増税後の日本経済を考える上で示唆に富んでいた。 討論番組の軸をまとめると、消費増税の「悪い」影響を重視している人たちと、消費増税の「良い」影響を重視している人たちとでもいうべきものとして整理できる。筆者は後者の人たちの理屈がまったく理解できない。 特に消費増税をすることによって将来不安がなくなってそれで消費が上向くというロジックを語る人がいたが、過去の消費増税の結果を見ても、事実として間違っている。直近でも2014年の5%から8%への引上げは、実質消費でもまた消費者のマインドも大きく引き下げてしまった。増税前の水準まで回復したのは、数年後の2017年になってからだった。それも今は消費者マインドを見ると大きく低下している。増税で将来不安払しょく? 消費者態度指数という経済統計がある。これは、今後の暮らし向き、収入の増え方、雇用環境等をアンケート調査の結果から合成した指標である。要するに消費者マインドといっていい。前回増税時を見てみると、2人以上世帯で季節調整済みの消費者態度指数では、アベノミクスが本格的に稼働していたときは、消費者マインドは非常に高い水準だった。 例えば、日本銀行の政策が大胆な金融緩和に変更された時点(2013年4月)から消費増税のいわゆる「駆け込み需要」が起きる前までの時点(同12月)の消費者態度指数の平均は、43・4という高い水準だった。ところが消費増税の直前には37・5まで急激に悪化してしまう。当時は消費増税前なので、消費自体は急激に増加していたはずなので、おかしいのではないか、という人もいるだろう。 しかし、消費者態度指数は、消費者のその時点の消費のボリュームを示すのではなく、これからの消費の動向を示すものと考えるべき数字である。いわば「駆け込み需要」で、消費を増やしている一方で、消費者マインドは急激に冷え込んでいたことになる。これが実体化していくのが2014年4月以降である。 また、消費者マインドも引き続き、実際の増税を受けて冷え込み続ける。具体的には、2014年4月には37・1に低下し、そこから年末までの平均は39・4であった。前年の同時期に比べると、実に4ポイントも大きく低下している。つまり、消費増税すれば将来不安がなくなり消費が増加するというよく流布されている意見は、まったく事実に基づかない、ただのトンデモ経済論にしか筆者は思えない。 これが回復に戻るのは、いわゆる“トランプ景気”(2016年末~17年)であり、トランプ景気は、後に日本の輸出を大きく改善させ、また輸出が刺激されることで企業の設備投資が増加して日本経済を回復させていった。設備投資の増加によって経済が上向き、消費マインドも持ち直したわけである。 これが再び19年に悪化したのは、まさに米中貿易戦争による輸出のかげりや株価の乱高下、為替レートの円高よりの基調変更だった。現状では、消費者マインドの低下は18年から継続していて、直近の19年8月末では、消費者態度指数は37・1まで激減している。この数字は、前回でみると消費増税開始時点と同じほどの低水準である。20カ国・地域(G20)財務省・中央銀行総裁会議に臨む麻生太郎財務相(右)と日銀の黒田東彦総裁 =2019年6月、福岡市内のホテル(代表撮影) 新聞やテレビ、また安倍政権自体も今回は「駆け込み需要」が見られないと発言しているのは、このすでに十分に冷え込んだ消費者マインドが原因である。前回はアベノミクス初年度で、消費が急上昇していたのとは真逆の環境で、今回は消費増税を迎える。 冒頭の日曜討論では、岩田氏は、消費の弱さを可処分所得(税引き後の所得)が少ないことを挙げていた。これは民主党政権時点の12年度と比較して、統計のとれる最新(2017年度)の可処分所得が1・2%しか増えていない、というそもそもの私たち家計がさほどよくなっていない実情にあることを岩田氏は指摘していた。異様でしかない「消費増税」 経済の動向を考えるポイントは、総需要(経済全体でモノやサービスを買う側と簡単に理解してほしい)が、総供給(経済全体でのモノやサービス)に対して上回っているか、不足しているかが、重要になってくる。総需要の構成要素は、民間の消費、民間の設備投資、外需、そして政府部門の支出である。現在では、民間の消費が低迷、外需が米中貿易戦争で不安定、そしてけん引役の設備投資はいまだに経済を引っ張っているが、岩田氏の指摘では、設備投資の過剰感があり在庫調整を迎える可能性が払拭できない。 日本銀行などの最新の統計によれば、総需要は総供給をここ数年、継続的に上回っている。総供給と総需要の差は「需給ギャップ」というが、これは近時では多少減少しているとはいえ、プラス幅を維持している。雇用状況が失業率2・2%まで低下するなど、この経済の「良さ」の裏返しだろう。だが、これはあくまで限定付きの「良さ」でしかない。本当にわれわれの生活実感(消費者マインドはその重要な側面)が改善するには、岩田氏の指摘のようにまだまだ足りないのだ。 なぜ足りないか。それは総需要が不足しているからだ。見かけは需給ギャップがプラスだとしても、それはわれわれの賃金を増加させるには不足しているのだ。総需要が増加し、需給ギャップがより一層拡大、それが「人手不足」を招き、賃金を上げる圧力になっていくことが重要である。今のレベルでは、賃金圧力に不足している。これが生活実感レベルでみると消費マインドの悪化の基本的な背景である。 消費増税はまもなく実施されてしまうだろう。日本の動脈ともいえる湾岸地域で地政学的リスクが高まる中、そして米中貿易戦争の見通しも立たない中ででもだ。まさに異様な状況といえる。 野党は今さら消費増税を防ぐと国会戦術を練っているようだが、本気のものではない。本気だとすれば今までも十分に時間があった。こんな土壇場では、ただ世論うけを狙っているにすぎない。他方で、これは日曜討論で、竹森氏が指摘していたように、安倍政権の消費増税対策が今までになく柔軟で積極的なものになるという意見もある。 だが、筆者はこの意見に懐疑的である。現在の安倍政権の財政政策や、また重要なパートナーである日本銀行の金融政策は、消費増税問題を抜きにしても、あまりに現状でやる気がないレベルだ。本当に財政・金融政策が事態に応じて柔軟に機動するならば、米中貿易摩擦の動向に対応してすでに機敏に動いているはずではないだろうか。 財務省の外観=東京・霞が関 それが今はまるで消費増税ありきに目線がいってしまい、景気対策がすべて「増税したらやります」という国民からすると本末転倒になっている。特にその傾向が強いのは、日本銀行だろう。そのやる気のなさは際立っている。おそらく黒田東彦日銀総裁は、もともと財務省出身のバイアスがあり、そのため財務省の宿願である消費増税すれば「財務省へのお祝い」で金融緩和するつもりなのではないか、と筆者は疑っている。 まさに消費増税、いや財務省の顔色ありきの政策スタンスに政府も日銀も陥っている。日本の官僚制度の腐敗を象徴しているのが、この消費増税問題ともいえるだろう。■安倍晋三に重なる「消費税に殺された」朴正煕の影■馬淵澄夫手記 「日本を覆う『消費税神話』からの脱却を」■米中貿易戦争「日本が得する」逆転シナリオが一つだけある

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    「マラソン舐めるな」MGCは陸連にイラつく選手のガチバトルになる

    武田薫(スポーツライター) 東京オリンピックのマラソン代表選考レース、MGCが9月15日に開催される。スタートは午前8時50分(女子は9時10分)、スタート・ゴールが明治神宮外苑(本番は国立競技場)という点を除けば、来年の本レースとほぼ同じコースで、上位2人がオリンピック代表に決まる。予想気温22~25度だから厳しいが、本番は女子が8月2日、男子は9日だから弱音を吐いてはいられない。 MGCとはマラソングランドチャンピオンシップの略で、2年前から国内5大会(女子は4大会)を代表選考会の出場資格を得る指定競技会(MGCシリーズ)にして、最終的に男子30人、女子10人が出場することになった。川内優輝のように出場辞退した選手もいる。 マラソンの代表は3枠で、残り1枠は12月から来年3月までの国内指定大会で、MGCシリーズの最高記録を上回る設定記録(男子は2時間5分49秒、女子は2時間22分22秒)を突破した選手に与えられる。3枠目の名称は「マラソングランドチャンピオンシップファイナルチャレンジ」。新聞記事ではこれだけで3行になり、いかにも大げさなところがMGCの特徴でもある。 日本陸連がこの企画を持ち出した背景はマラソンの低迷だ。 1951年に田中茂樹がボストンマラソンで優勝して以来、日本のマラソンは実業団組織を固めつつマラソンランナーを輩出してきた。64年の東京オリンピック代表となった寺沢徹、君原健二、円谷幸吉がその顔で、80年代に宗茂、宗猛、瀬古利彦、中山竹通らの切磋琢磨(せっさたくま)によって、お家芸としての地位を固めた。 瀬古が福岡国際マラソン3連覇からボストン、ロンドン、シカゴを次々に制した80年代は、国際化とは言ってもいまのグローバル化までは進んでいなかった。90年代のグローバル化の波の中でケニア勢が「市場参入」してから、日本のマラソンは低迷を始める。マラソングランドチャンピオンシップ(MGC)公式記者会見。フォトセッションに臨む出場選手ら=2019年9月13日、東京都新宿区(納冨康撮影) 1991年の世界陸上東京大会の谷口浩美の金メダル、翌92年のバルセロナオリンピックでの森下広一の銀メダルが分岐点で、この2人が共に実業団連合の老舗クラブ旭化成の選手だったことは意味深長だ。今回のMGCに旭化成は1人も代表を送り出せなかったからだ。 すなわち、日本のマラソンの低迷は単にケニア参入という海外現象が理由ではなく、日本のマラソンの質的な問題だったのではないかということに思い当たる。苦肉の策 女子マラソンにも同じようなことが言える。男子が低迷した90年代から、有森裕子がバルセロナで銀、アトランタで銅、高橋尚子がシドニー、21世紀に入ってから野口みずきがアテネで、共に金メダルを獲得し、他にも鈴木博美、浅利純子、渋井陽子らがメダル獲得や記録更新の話題を次々に提供した。 しかし、この上げ潮は小出義雄、藤田信之、鈴木従道、鈴木秀夫といった指導者の高齢化とともに尻すぼみになった。 女子マラソンのオリンピック加入は84年のロサンゼルス大会で、参加者は50人(男子107人)という後発種目。グローバル化の中で世界に時差を取り戻され、野口が2005年のベルリンで出した2時間19分12秒の日本記録は手の届かないところに行ってしまった――。 日本人に最もなじみ深いマラソンが、東京オリンピックを前に何の話題も提供できない。とにかく、2020年に向けて盛り上げようという苦肉の策が、MGCシリーズである。 マラソンの代表選考が毎回もめるから、一発選考で公明正大にやろうという考えは、とってつけた理由だろう。条件の異なるマラソンで一発選考することが公明正大でベストな手段とは必ずしも言えない。 MGCという一発選考が可能になったのは、単に80年代の瀬古や中山というスーパースターがいなくなったからだ。当時は、大会すなわち主催する新聞社が選手を奪い合い、「一発」に断固反対していたことを忘れてはいけない。 MGCは「東京オリンピックを盛り上げる」手段で、日本のマラソンを強化する目的意識はない。 結果論として、強化につながればいいという日本陸連の「奇策」に過ぎず、この竹やり戦術のような考え方に疑問を抱いている選手も多数いる。オリンピック後、福岡国際マラソンや大阪国際女子マラソンなどの伝統レースはどうなるのか? オリンピックという真夏のイベントに、夏の種目でもないマラソンの将来を預けていいのかとの議論もあるわけで、9月15日のレースには、こうした考え方の違いも潜んでいる。 レース当日の予想気温は22~25度。暑さとの戦いになるが、このレースの最大の特徴は、記録は問わず順位を競うところだ。ペースメーカーもいない。過去の例でも、代表選考レースは相手をけん制し合う消極的な展開になりがちだ。 記録は関係ないから、無理をせずに相手の様子をうかがって35キロ過ぎに勝負をかける戦術で、その先頭集団の核となるのが井上大仁と考えられる。 ジャカルタ・アジア大会で日本勢として32年ぶりの優勝を果たした井上大仁=2019年8月25日、インドネシア・ジャカルタのブンカルノ競技場(松永渉平撮影) 自己ベストの2時間6分54秒は参加する大迫傑(2時間5分50秒)、設楽悠太(2時間6分11秒)には及ばないが、1年前のアジア競技大会で金メダルを獲得するなど安定性が夏の耐久レース向きだ。大迫、設楽、昨年暮れの福岡国際で優勝した服部勇馬(2時間7分27秒)などの有力選手は、井上をマークして展開するというのは妥当な予想だ。だが、そうなるだろうか。 大迫が仕掛けないはずがない こうした常識的な展開予想は、これまでのマラソンからの理屈で成り立っている。今回の見どころは、これまでの理屈がまかり通るのかにある。そのレース展開では、これまでと何も変わらないからだ。そう考えたときにカギを握るのが大迫の走りだろう。 大迫は長野の佐久長聖高校から、早稲田大学、日清食品と一貫して名門チームのエースとして活躍してきた日本を代表するランナーだ。 そのエースが安泰な日本の生活を捨て、4年前に、家族とともに渡米。プロランナーとして、シューズメーカーのナイキが主催するオレゴン・プロジェクトに合流した。かつて瀬古のライバルと言われたアルベルト・サラザールをヘッドコーチに長距離種目のスピードを追求するチームで、ナイキは2017年に「Breaking2」と銘打ったフルマラソン2時間切りの記録会を開き、リオデジャネイロの金メダリスト、エリウド・キプチョゲが2時間25秒で走った。これは非公認記録だが、キプチョゲは昨年のベルリンマラソンで2時間1分39秒の世界記録を作った。 こうした環境に飛びこんだ大迫が、優勝タイムが2時間12分前後と予想されるレース展開に唯々諾々と従うだろうか。あるいは「意識する選手は大迫だけ」とライバル意識をむき出しにする大迫と同学年で今年28歳になる設楽が、大迫に何も仕掛けず代表切符にこだわるだろうか。 この2人は昨年、日本記録を更新して1億円のボーナスを手にしたアマチュアとプロだ。オリンピック代表選考レースではあるが、オリンピック、代表選考レースを度外視した意地がどうぶつかるかが最大の見どころになる。リオ五輪陸上男子10000メートル決勝、序盤に並んで走る大迫傑(左から3人目)と設楽悠太(右から2人目)=2016年8月13日、リオデジャネイロの五輪スタジアム(撮影・桐山弘太) MGCは陸連が来年の東京オリンピックだけを考えた「ドロナワ企画」にすぎない。しかし、選手はその手には乗らない。それぞれの目標を胸に準備してきたはずだ。80年代に瀬古利彦を脅かした中山竹通は、長野の山奥から神戸のダイエーに入ったときのことをこう話したことがある。 「コーチなんか誰でもよかった。練習メニューが欲しかっただけだ。与えられたメニューをことごとく越える練習をやりたかったし、やった」  マラソンを舐めるなよ、そんなレースを見たい。【読者プレゼント】※抽選で5名様に武田薫氏の新著『オリンピック全大会 人と時代と夢の物語』(朝日選書)をプレゼントします。下記よりご応募ください。https://questant.jp/q/QPUVM14N ■「速くも高くも強くもない」オリンピックに何を求めるか■元公務員ランナー川内優輝と「いだてん」金栗四三の共通点■別次元になったサニブラウンは男子リレーに馴染めるか

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    疑惑の法相よりむしろ危ない文在寅の対日「タマネギ政策」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国の「疑惑のデパート」ともいえる曺国(チョ・グク)前大統領府民情首席秘書官が9日、法相に任命された。この人事は、文在寅(ムン・ジェイン)大統領がマスコミや野党の反対を押し切って強行したと報じられている。 曺氏をめぐる疑惑は複数あるが、特に注目を浴びている問題が2件ある。一つは、東洋(トンヤン)大で教授を務める曺氏の妻が、娘の釜山(プサン)大大学院入試について不正を行った問題である。 娘が医学部受験をする際に「娘が東洋大から総長賞を受けた」と、曺氏の妻が受験書類に記入した。ところが、この表彰の事実はない。 さらに、問題発覚後、曺氏の妻が東洋大の総長に事実隠蔽(いんぺい)を電話で依頼したとされている。韓国の検察は、既に曺氏の妻を私文書偽造の罪で在宅起訴している。 もう一つは、曺氏の家族が行った私設ファンドへの投資が不正ではないか、というものだ。このファンドは、家族の投資を受けた後、公共事業で多額の収益を得ている。 問題の焦点は、曺氏の政治的影響力がどの程度関与しているかにあるようだ。この投資問題については、やはり検察が既に動いていて、私設ファンドの代表らに横領容疑で逮捕状を請求しているという。韓国大統領府で開かれた曺国氏(右)の法相任命式で記念撮影する文在寅大統領(左)=2019年9月9日、ソウル(聯合=共同) 曺氏については、疑惑が次から次へと出てくるので、韓国国内で「タマネギ男」と揶揄(やゆ)されているらしい。でも、本当にただのタマネギならば、むいてもむいても疑惑だけで、最終的には空っぽになってしまうだけだ。「タマネギ」が日本に飛び火? 個人的には、他国のこのようなスキャンダルには、いつもは関心がない。だが、今回ばかりは日本への飛び火を懸念している。 曺氏の問題をめぐって、韓国国内的には、司法改革を断行したい文政権と検察側とのバトルとして描かれている。文政権の一応の「お題目」は、政権による検察や裁判官などへの政治的介入や癒着の払拭(ふっしょく)であった。 日本との関連でいえば、いわゆる「元徴用工」問題で、日本企業の責任と賠償を認めた裁判所の判断を最も重要視していることにも表れている。この司法判断を、「三権分立」ゆえに「何もできない」と政治的不介入を主張し、もって日本との国際法上の取り決めや常識を無視していいとする態度を、文政権は採用している。 要するに、国内向けに「正義」を主張する材料で、日本を利用しているのだろう。「反日」は韓国政治において、簡単な人気取りの手法だからだ。 反日的な政策は、輸出管理問題を境に大きく沸騰した。日本への露骨な報復措置である「ホワイト国」外しや、国際的な多国間交渉における場違いな日本批判、文大統領自身による度重なる日本批判、そして軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄などは、韓国経済にほとんど影響を与えない輸出管理問題への対応としてはあまりにも過剰である。この過剰に反応する背景は、反日政策が世論受けするからだろう。 報道の経済学には「悪魔理論」というものがある。世論の支持を受けやすい報道の在り方として、悪魔を政府とし、天使は政府を批判する側にしたうえで、常に悪魔が負けるシナリオが好まれる。韓国の場合では、この通常の悪魔理論に加えて、日本を「悪魔」に仕立てることで、日本を批判する側が「天使」になる構造がそもそも存在しているようだ。韓国の文在寅大統領の側近で法相候補の曺国氏に対する国会聴聞会について報じた主要各紙=2019年9月(共同) 実際に輸出管理問題が生じてからというもの、そしてGSOMIA破棄に至るまで、文政権の支持率は上昇に転じた。ただし、現在はまだ支持率が不支持率を上回っているが、曺氏の疑惑報道を受けた支持率低下に伴い、不支持率との差はほとんどなくなりつつある。「反日」でてこ入れ ところで、曺氏もまた「反日」的発言をする政治家として知られていた。ジャーナリストの崔碩栄(チェ・スギョン)氏は『週刊文春』の記事で、曺氏が「元徴用工判決を非難するものは『親日派』である」とレッテルを貼ることなどで、韓国民を「反日」に誘導している典型的な人物と評価している。 文大統領が曺氏の法相任命を強行した動機については、もちろん多様な解釈が可能だ。筆者はその解釈の一つとして、曺氏の法相任命によって支持率がさらに低下しても、「反日」的な政策をてこにして、再浮上することを目論んでいるのではないか、と思っている。 つまり、任命することの政治的ダメージを、「反日」的な政策でまた補おうとするのではないか。しかも、前者のダメージが大きいほど、後者の「反日」政策もまた大きなインパクトを有するものになるのではないか、という懸念を持っている。 一つの可能性でしかないが、例えば、来年の東京五輪・パラリンピックに関して、日本側の対応をより国際的な規模の枠組みで批判してくる可能性はないだろうか。 既に、パラリンピックのメダルが旭日旗に似た「放射光背(ほうしゃこうはい)」であるとして、韓国の大韓障害者体育会が対応を求めていた。また、旭日旗の五輪会場持ち込み問題についても、現状よりも大きな騒動になってしまわないか。 また、文政権は日本をそれほど重視していないから、日本の保守層が主張するほど「反日」的な政策を採用してはいない、そう見えるだけだ、という主張にも記憶がある。だが、問題を重視していないこと自体が問題なのである。曺氏のタマネギよりも、文政権の対日政策の「空洞(タマネギ政策)」の方がよほど深刻である。2020年東京パラリンピックの(左から)銀、金、銅の各メダルの表面 これに加えて、日本の識者や世論の一部には「韓国政府の政策を批判したら嫌韓である」という理解しがたい風潮が生まれている。この風潮と相まってしまえば、問題のさらなる複雑化は防げそうにない。■ 韓国GSOMIA破棄、懸念表明の裏で「歓迎」する日米のホンネ■ 韓国に「本当の制裁」を行う覚悟はあるか■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗

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    「セクハラ、パワハラ、票ハラ…」こんな女性議員に誰がなりたい?

    上西小百合(前衆院議員) 7月の参院選は男女の候補者数をできるだけ均等にするよう政党に努力義務を課す「政治分野における男女共同参画推進法」施行後、初の国政選挙だったが、女性の当選者は28人で前回と同数にとどまった。 女性ゼロの地方議会がまだ2割もあるように、女性議員が増えないことが問題視されている。この問題を解決すべく議会にクオータ制(議員や会社役員などの女性の割合を一定数起用する制度のこと)導入を提唱する声もあるが、私はこれに大反対だ。 有権者はやみくもに女性議員をつくり出したいわけではない。女性の声を代弁してくれる議員がほしいのである。 れいわ新選組から重度障がいのある議員が誕生した際に、障がいのある方とお話したら「議員さんがもっと障がい者の声を拾ってくれたら行かなくてええんや。弱者の声を聞いて代弁してくれたら何も本人が行く必要ないやん」と仰っていた。 確かにその通りで、話すことすら大変な労力を要する重度障がい者が国会の激務に耐えなければ、障がい者に関する制度が満足いくものにならないというのは国民の声を代弁すべき国会議員の不徳の致すところとしか言いようがなく情けない話だ。 しかし、志があるにもかかわらず立候補をしにくい人がいるのは問題だ。私は2012年の冬、29歳で衆議院議員選挙に初めて立候補したのだが朝から晩までカメラがはりつき、帰宅後ネットニュースをみると自分が選挙を戦っている記事が大量に掲載されていた。当選後も当時最年少女性議員ということで多くの取材を受けた。実際、国会では見渡す限りほとんどが男性議員で衆議院議員の平均年齢は約53歳。若い女性が珍しいという状況では女性に対する福祉課題に取り組むのは容易ではないだろうなと初登院時の心中は穏やかではなかったことを覚えている。 私が国民から受けた要望のひとつに子宮頸(けい)がんワクチンへの副反応問題がある。けいれんや痛みなどワクチンの副作用を疑う症状を発症しても、ワクチンとの因果関係を示す証拠がないために一般病院の医師はワクチンとの因果関係の可能性を認めることはほとんどなかった。 ゆえに救済措置を受けられずに高額な治療費がかかってしまうので、被害者救済とワクチンの見直しをという声だった。当時私が所属していた小さな野党である維新には単独で政策を実現することは不可能なので、与党の医師免許をもつ議員や女性議員のもとへと奔走していたのだが、最も私の支えになってくれたのは、乳がん・子宮頸がん検診促進議員連盟の会長を務めた野田聖子議員だった。 “ワクチンではなく検診を受けやすい環境をつくることでがん予防を進めたい”という思いを込めた私の提言を厚労大臣に伝えてくれたことは非常に有り難かったし、その後の私の副作用に悩む方々のための活動の礎(いしずえ)となっている。このようなデリケートで女性特有の課題に関しては女性議員の「存在」が欠かせないと実感した案件だった。衆院予算委員会で平成31年度予算案の採決に反対し、野田聖子委員長に詰め寄る野党理事ら=2019年、衆院第1委員室(春名中撮影) さて、それにもかかわらず、これほどまでに女性議員が増えない理由を挙げていく。 一つ目は、最近問題視されだした「票ハラ」=「1票の力」を振りかざしハラスメント行為をするモンスター有権者の存在だ。100万円寄付してやるから… もちろん、国政について意見をくれる有権者は、議員にとって有り難い存在なのだが、中には女性議員を「女」としか見ない有権者がいるのだ。 私も会合で「俺が会社に声をかけたら100票はある。この前のあんたの選挙の時も実は声をかけていたんやで」「俺はお前に投票してやったんだ、俺の横に座ってろ」と体をベタベタ触られるという腹立たしい状況に何度もあった。 議員になりたての頃は先輩議員から「支援者はちゃんと機嫌をとっておけよ」と言われていたので、馬鹿みたいにヘラヘラ笑ってやり過ごしてはいたものの、中には「100万円寄付してやるからさ…」などと卑猥な言動を執拗(しつよう)に繰り返す許し難い有権者もいた。 私は接待要員として会合に出席しているのではなく、国会議員として国民の声が聴きたくているのにという怒りが沸々とし、頭をパチンとはたいたことがあった(あくまでも大阪のお笑いの範疇で)。そこで私は、政策で選んでくれなければ投票されなくても仕方ないじゃないかと本来の自分を取り戻し、「票ハラ」に打ち勝つことができたのだ。 ただ、この諸悪の根源は日本の主権者教育の中身のなさだということを議員は肝に銘じておかなければならない。投票の見返りは「国民生活の向上」であって、それ以外にあってはならないという理解が深まれば、私のように有権者相手に怒ることができない女性議員も多少は救われるのではないだろうか。※写真はイメージです(GettyImages) 逆に、議員側に問題がある場合もある。男性議員・女性議員関係なく、票欲しさに有力者に小間使いのようなことをしたり、無償で送迎をしたりと公職選挙法ギリギリのご機嫌とりにいそしむ雑用係議員も珍しくはないのだ。 もはや政策や思想信条なんてそっちのけ。このような議員が多いので、一昔前の皆から尊敬される議員の姿というものは残念ながらもうない。よくてせいぜい小泉進次郎議員のようなマスコット的扱いだろう。私もメディアに露出している影響で、地元行事に行くと皆が押しかけて写真撮影やサインを頼まれた。認知され、喜ばれることはうれしいが、国民の声が全く聞けないその時間も実は考えものだったりする。先輩から後輩へのセクハラ そして二つ目。一部の倫理観に欠けた男性議員からの女性議員に対するセクハラ行為や、先輩議員から後輩議員へのパワハラ行為だ。 過去には大阪維新の会所属の大阪市議らが乱痴気(らんちき)騒ぎの飲み会で女性市議の胸を触るなどした写真が週刊誌に掲載され、物議を醸したことがあった。 これは男女共に楽しんでいたようなのでセクハラを飛び越えて、ひたすらに恥ずかしい大人たちとしか言いようがないのだが、確実に議員のモラルは低下している。私が先輩地方議員から受けたパワハラは理不尽な金銭要求や、その議員の支援者である企業への商品発注や契約強要等であり、当時クリーンな政治を打ち出していた維新のどす黒い部分を目の当たりにし、嫌気が差していたものだ。 このような状況では志ある女性や若者が議員になったとしても、馬鹿馬鹿しくなってリタイアしてしまうことも危惧されるし、実際にそのような理由で立候補をやめる決断をしたという女性元地方議員から苦しい胸中を打ち明けられたこともあった。加害者となった議員には猛省を促したいと心底思う。 最後は、一般的な女性には非常にハードルが高い多額の選挙費用だ。厚生労働省の賃金構造基本統計調査によると、平成30年の男女間賃金格差は男性を100とすると女性は73・3。専業主婦であれば自身の収入は全くない。「維新から立候補すればどうせ当選するでしょ。お金もないし選挙事務所もつくりません。自転車に旗立ててその辺まわってます」という姿勢で出馬する一部の維新地方議員候補者たち以外は、選挙の都度それなりの費用を準備しなければならない。 国政選挙であれば供託金だけで選挙区300万円プラス比例区300万円。加えて事務所賃貸費用、備品、工事費用や政策ビラの選挙区内全戸配布等々あっという間に数千万円が消えていく。だからといって、出馬する女性や若い候補者だけに金銭的補助を出すのは公平性が保たれないため法整備は難しい。国会議事堂前で記念撮影に臨む「和装振興議員連盟」の女性議員ら=28日午後、国会(酒巻俊介撮影) 問題の根本的な解決に必要なことは現代女性の置かれている環境の改善だ。女性の社会進出の障壁を取り除くために政府は女性のワークバランスを重視した子育て支援に直ちにとりかかり、男女間賃金格差をなくしていくべきだ。 高いハードルのようだが、議員も含め国民の意識改革だけで大きく状況が改善される部分もある。クオータ制の導入という方法ではなく、自然な形で女性議員が増えていくことこそが国民の生活を一歩前進させることにもつながる。だからこそ私たちは乗り越えていかなければならないのだ。■テレ朝記者「セクハラ告発」に舌打ちしたオンナ記者もきっといる■選挙だけは強い「維新の会」に未来なんて感じない■政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白

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    「韓国を敵にした」誤解を招く石破茂の豊富な想像力

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 9月1日のTBS系『サンデーモーニング』で、コメンテーターを務めるジャーナリストの青木理氏が韓国への「輸出管理」問題を、いまだに「輸出規制」と発言していた。だが、多くの国民は「輸出規制」ではないことを既に理解していることだろう。ただ、青木氏のように、韓国への輸出を制限する保護貿易的な措置だと勘違いしている人がまだいるかもしれない。 簡単に説明すると、韓国への輸出管理は、テロや通常兵器に転用される可能性がある輸出財を管理する問題である。日本の優れた製品が他国に流れて、それがテロや戦争の目的のための兵器に使われることを防ぐための話だ。つまり、輸出入の数量制限や非関税障壁を強化するというためではなく、純粋に安全保障に関わる問題である。 そもそも、国際間の安全保障の枠組みは、国家間の政治的な信頼関係で維持されている。もちろん、韓国との間でもこの政治的信頼関係はある。 例えば、今回、韓国はいわゆる「ホワイト国(グループA)」ではなくなったが、これも国際的な安全保障の枠内での出来事である。別段、韓国が「敵」になったわけでもなんでもない。 せいぜい頭を冷やして、日本やその他の国々に迷惑を掛けないように、テロや兵器転用の危険性を無くす努力をちゃんとしろ、と韓国に求めているだけにすぎない。それができないのであれば、それ相応の処遇を国際的な安全保障の枠内で行うだけだ、という話である。 外為法に基づく輸出貿易管理令改正は8月28日から施行され、韓国向け輸出は一般包括許可が適用されず、またキャッチオール規制(簡単にいうとリスクがある場合は緊急に輸出検査)の対象となった。しかし、一般包括許可が適用されないからといって、韓国向けの輸出が禁止されているわけでもなんでもない。2019年6月、G20大阪サミットで握手した後、すれ違う韓国の文在寅大統領(右)と安倍首相(ロイター=共同) 最初だけは審査に手間取るかもしれないが、よほどリスクの高い案件ではない限り、個別に輸出許可が下りる。実際に先行実施されたレジストとフッ化ポリイミド、フッ化水素の3品目についても、個別許可が下り始めている。今は珍しいせいか、メディアでも報道されているが、そのうち当たり前になれば、その価値もなくなるだろう。 ちなみに、韓国が本当に「敵」ならば、個別許可でさえ下りることはないだろう。あくまで、日本と韓国が国際的な安全保障の枠組みを順守する中で、信頼のレベルが低下したためである。「日韓交渉すべし」論のナゾ つまり、信頼を回復すべきボールは韓国側にある。なぜなら、テロや通常兵器に転用されるリスクが発生するのは韓国国内で起こるからだ。 この場合、日本と韓国が交渉することもできない。なぜなら、韓国の国内問題に日本が口出しをすることになるからだ。逆も同じことがいえる。 そのためできることといえば、今回の輸出管理の変更について、せいぜい韓国側に解説することだけだろう。ところが、既に「解説」の場を設けたが、韓国側は政治的利用を企図して、その場で「交渉」が行われたと発表してしまった。このような態度では、日本は解説すらできなくなる。 また、後述するが、日本の無責任な識者や政治家から、韓国と日本が交渉すべきだという意見がある。それは日本が韓国の内政に関与しろ、ということに等しい。もし、再び解説の場を設けるのであれば、韓国側がそれにふさわしい国内の管理・政治体制を整えることが重要になってくる。 そのような中で、輸出管理問題が韓国の貿易面にどれほど影響を与えたかが、直近の報道で明らかになってきた。結論から言えば、「ほとんど影響はない」ということだ。 韓国の産業通商資源省が9月1日に発表した8月の輸出入統計によれば、先の半導体材料3品目に関しては、生産にほとんど影響を及ぼしておらず、国際的なサプライチェーン(部品供給網部品供給網)への影響がない、と自ら明らかにしている。むしろ、韓国の貿易全体が大きく縮小しており、対日・対米輸出入も急減しているが、中国への輸出が約20%以上も減少しているのが目をひく。 しかも、昨年12月から9カ月連続で、韓国の輸出が減少している。8月も対前年比で13・6%減、金額にして442億ドル(約4兆7000億円)もの減少である。特に、半導体関連は30%超も減少している。韓国への輸出規制強化撤回や対話を求めて開かれた集会=2019年8月31日、東京都千代田区 これらは日本の輸出管理と全く無縁の形で進行している。つまり、主因は米中貿易戦争の影響にすぎないのである。 だが、今まで書いたような「客観的事実」を無視する人たちが日本には多い。いまだに輸出規制問題と誤認して発言している青木理氏もその一人といえるだろう。豊富な「想像力」 最近、一部の識者たちが「韓国は『敵』なのか」という声明を出し、賛同を募っていた。これまで書いたことを読めば、「敵」という表現が全くあてはまらないことが分かるだろう。 だが、声明の呼びかけ人たちが8月31日に集会を開き、岩波書店の岡本厚社長らが政府の対応を批判した。呼びかけ人の一人の岡本氏は、政府の対応が韓国に「圧力」をかければ動くと思う「想像力」に欠けるものだと指摘した。 他にも、登壇した東大の和田春樹名誉教授や法政大の山口二郎教授らが政府批判を展開した。和田氏は、今回の輸出管理問題を日韓の歴史問題の文脈で理解しているようである。 だが、今まで解説したように、輸出管理問題に歴史問題は全く関わっていない。「想像力」を広げたのだろうが、むしろテロや通常兵器への転用をきちんと考えないこの人たちは、平和主義者ではないことは明らかではないだろうか。 もちろん、文在寅(ムン・ジェイン)大統領と韓国政府も同様の「想像力」の持ち主だといえるだろう。韓国側は輸出管理問題をことさら大きく取り上げ、国際機関の場でも議題に持ち出している。文大統領も日韓の歴史問題の文脈でこの話題を再三取りあげている。 さらに、日米韓の安全保障に直結する軍事情報包括保護協定(GSOMIA)の破棄までに及んだことは記憶に新しい。文政権は、ものすごい「想像力」を絶賛展開中である。 日本でもこの種の「想像力」を発揮している政治家が、野党ではなく与党にいる。「ポスト安倍」として、発言が毎度持てはやされる自民党の石破茂元幹事長である。自身のパーティーであいさつする自民党の石破茂元幹事長=2018年12月17日夜、東京都内のホテル 石破氏もまた、輸出管理問題を日韓の歴史問題の文脈で理解しているようである。GSOMIAの破棄についても、「日韓関係は問題解決の見込みの立たない状態に陥った。わが国が敗戦後、戦争責任と正面から向き合ってこなかったことが多くの問題の根底にあり、さまざまな形で表面化している」とブログで評している。 本当に文大統領らと同じ方向での「想像力」が豊富である。日本の総理大臣に石破氏が就いたら、と想像すると、彼の緊縮政策志向も踏まえれば、日本が沈没しないか心配になってしまう。■ 韓国GSOMIA破棄、懸念表明の裏で「歓迎」する日米のホンネ■ 韓国に「本当の制裁」を行う覚悟はあるか■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗

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    家康に翻弄された李氏朝鮮の女捕虜「おたあ・ジュリア」の運命

    渡邊大門(歴史学者) 前回、取り上げた通り、多くの朝鮮人が文禄・慶長の役において、日本に連行された。彼らは日本に連行されると、朝鮮人町と称されるようになった地域に居住する。今回は、その経緯や実態などをもう少し詳しく取り上げることにしよう。 朝鮮人町を記録した史料として、『土佐物語』という編纂物がある。これは紀貫之の『土佐日記』と類似したタイトルであるが、まったくの別物で、土佐国の戦国大名、長宗我部氏の興亡を描いた軍記物である。『土佐物語』は宝永5(1708)年に成立し、著者は吉田孝世である。 孝世の父祖は、代々、土佐の戦国大名の長宗我部氏に仕えていた。したがって、同書は少しばかり長宗我部氏贔屓(びいき)のところがあるかもしれない。『土佐物語』には、連行された朝鮮人の名医である経東について書かれている。内容は、次の通りである。 生け捕った朝鮮人80余人を土佐国に連行し、不便ながらも町屋を立て置いて、唐人町と称した。朝鮮人は豆腐というものを調理して売買し、1日の糧として年月を過ごした。その中に吉田市左衛門が朝鮮で組み伏し、生け捕りにした朴好仁は、名のある軍将だったので、賓客のように丁寧に饗応していた。情けのほどがありがたい。朴好仁の子孫は、いかなる理由か不明であるが、今は秋月氏というそうだ。 経東は文禄の役において、長宗我部氏によって土佐に連行された人物である。彼は現在の土佐市内に居を構え、病に効く薬草を採集し、その名医ぶりを発揮した。長宗我部氏の厚い信頼も得ていたが、経東に嫉妬心を抱いた医師によって毒を盛られ、悲惨な死を迎えたといわれている(『土佐国人物誌』)。同じく、朴好仁も普州の戦いにおいて、吉田市左衛門政重に捕らえられた人物である(『土佐物語』)。 この記事には唐人町の具体的な位置が示されていないが、慶長6(1601)年に山内一豊が高知城を築城後、その城下に形成されたといわれている。おそらく朝鮮人は、特定の場所に集住を命じられたのだろう。 そして、何よりも問題になるのが豆腐であり、朝鮮から伝わったことが判明する。豆腐は純粋な日本の食べ物と考えられているが、この記事やその他の史料類を参照すると、必ずしもそうとは言えないようである。 天保5(1834)年に成立した『虚南留別志(うそなるべし)』という料理書には、豆腐の起源について、次のように記している。 豆腐は豊臣秀吉公の文禄・慶長の役のとき、兵粮奉行の岡部治郎右衛門という者がおり、のちに豆腐の製法を朝鮮の人から学んできた。日本で初めて豆腐を作った。 この記述を見る限り、現在のわれわれの食卓に並ぶ豆腐は、朝鮮が起源だったことが分かる。ちなみに『広文庫』によると、豆腐は文禄・慶長の役の際、生け捕りした朝鮮人によって伝わったと記されている。高知城の天守=高知市(門井聡撮影) 土佐国では、高知城の城下において唐人町が形成され、豆腐職人が集住するようになった。やがて、彼らは日本人と混じることにより、姓名も日本のものに改めたのであろう。こうして代数を重ねて、日本人になっていった。国籍より能力重視 生け捕られた朝鮮人の中には、召抱えられて学者になった者もあった。彼らの多くは両班(やんばん)という、朝鮮の特権支配階級だったと考えられる。その点については、『細川家記』という史料に記されている。 同書は、全73巻から成る肥後熊本藩主、細川氏の家史であり、編者による書名は『綿考輯録(しゅうろく)』という。『綿考輯録』には、「連綿と考え輯(あつ)める」との意味がある。細川家では、単に『御家譜』と呼んでいる。そして、同書には、学者になった朝鮮人について、次のように記している。 南条元宅のもとに生け捕られた李宗果という者が日本に残り、のちに豊前へ行って、細川忠利と懇意になり、たびたび御前に召し出された。李宗果の子息の慶宅は8歳であったが、忠利が貰い受け、高本の名字と御紋を与えた。のちに知行を与えられ、医師となった。今の高本慶蔵の先祖である。慶蔵の本知行は200石、足高300石。学校教授職を仰せ付けられた。 冒頭の南条元宅(姓は小鴨とも)は、もと伯耆国の武将であったが、羽柴(豊臣)秀吉の中国計略に屈し、以後はその配下に収まった。天正10(1582)年6月に本能寺の変が勃発すると、その2年後には伯耆東部に所領を得て、晴れて大名として復帰した。以後、秀吉に従って各地を転戦し、文禄・慶長の役にも出陣した。そのとき、李宗果を生け捕ったのである。 その後、元宅は主家筋に当たる南条元忠と確執が生じ、肥後の小西行長のもとに預けられた。慶長5(1600)年9月の関ヶ原合戦後は、肥後の加藤清正の家臣となった。慶長19(1614)年の大坂冬の陣において、元宅は豊臣方に与するため大坂城に向かうが、その船中で病に伏し、帰らぬ人となった。李宗果が豊前に行った時期は不明であるが、タイミング的に関ヶ原合戦後だった可能性が高い。 宗果の子は慶宅と名乗ったが、おそらく元宅の「宅」の字を与えられたのであろう。肥後藩主の細川忠利はその利発さを見抜き、貰い受けて高本姓などを与えたと考えられる。能力が優先され、国籍は関係なかった。 高本慶蔵は、肥後藩の藩校「時習館」の第4代教授を務めた人物である。その子で5代目の慶蔵は、明和8(1771)年に時習館訓導(教師)に任じられ、天明8(1788)年に教授に就任した。彼は、時習館で国学の指導を行った。 このように肥後藩では、のちに朝鮮から連行された者の子孫が学者となり、指導的な立場に立った。彼らは並々ならぬ努力をし、その結果、才能が花開いたのであろう。『壬辰倭乱図』(和歌山県立博物館提供) 儒学者といえば、文禄の役で浅野長政の軍に捕らえられ、日本に連行された李真栄(李一恕とも)も有名な人物である。 李真栄は、朝鮮慶尚道霊山の貴族の家に誕生したという。文禄2(1593)年に捕らえられた時点で22歳か23歳だったので、誕生は1571年か72年ということになろう。身分も高貴であり、前途ある青年だった。 同年、生け捕りにされた真栄は、羽根田長門守により肥前・名護屋(佐賀県唐津市)に送られた。その後、真栄は大坂で過ごすこともあったが、そのときに紀州名草郡西松江(和歌山市)の西右衛門なる人物に出会い、同地に赴いた。儒学で藩政に貢献 やがて真栄は、和歌山城下の海善寺の僧である中岸松院西養にその境遇を哀れに思われ、引き取られることになった。真栄は寺に住むことになったが、仏門での生活が肌に合わなかったらしい。しばらくすると、真栄は海善寺をあとにして、再び大坂へと向かった。そして、程なくして大坂冬の陣が勃発したのである。 慶長19(1614)年に大坂の陣が始まると、真栄は戦火を避けて、再び紀州へと戻った。真栄は有田郡で土豪の末裔と称する宮崎三郎右衛門の娘を娶(めと)り、久保町(和歌山市)に居を構えた。 2人の間に誕生したのが、梅渓と立卓という2人の男子である。そして、真栄は卜筮(ぼくぜい、占い)により生活を支え、合わせて儒学を講じて糊口を凌いでいた。このとき、すでに真栄は多くの弟子を抱えていたようである。 元和5(1619)年、徳川頼宣が紀州藩主として入部すると、真栄は儒学者として召抱えられることになった。南麻主計尉なる人物の推薦があったという。真栄は毎晩、頼宣に講義を実施し、元和8年に切米30石を与えられた。 寛永3(1626)年、朝鮮の物産が必要になったため、真栄は御金奉行である羽賀三郎兵衛、堀部佐右衛門らとともに対馬に赴いた。そこで、朝鮮人と交渉し、無事に役目を終えたのである。その功績により、真栄は被服と白銀300枚を与えられたという。真栄が亡くなったのは、寛永10(1633)年のことである。 真栄の子息の梅渓は、父以上に知られる存在であった。梅渓は、真栄の嫡男として元和9(1623)年に誕生した。幼い頃から詩文に秀でており、豊かな才能を持っていたようである。父が亡くなった翌年の寛永11(1634)年に家督を相続し、儒者として切米30石を与えられた。 のちに頼宣の儒者、永田善斎のもとで学び、京都に留学する機会を得た。その間に切米は、80石にまで加増された。梅渓は、藩主徳川頼宣の子である光貞にも学問を教授した。また、朝鮮通信使が来航したときには、通訳を務めるなどし、大いに貢献したことが知られている。 万治3(1660)年以降、梅渓は農民に対する教育も行い、また家臣に対して儒学を講釈している。さらに、徳川家の「年譜」の編纂で中心的な役割を果たし、30年もの年月を経て『徳川創業記』などを完成し、江戸幕府に献上することができた。梅渓はその功を称えられ、寛文12(1672)年には知行を300石に加増された。 その後も梅渓は儒学を講じ、また熊野で古跡の調査を行うなどした。書画に優れていたことから、ときに友ヶ島の額や和歌浦の碑文を揮毫(きごう)したこともある。亡くなったのは天和2(1682)年で、66歳であった。このように、親子2代にわたって紀州藩に貢献したことは、特筆に価するであろう。 また、文禄・慶長の役の際、日本に連行された女性に「おたあ・ジュリア」という女性がいる。ジュリアは、朝鮮出兵のときに最前線で戦った小西行長とともに来日したといわれている。ジュリアは李氏朝鮮の貴族の娘だったとされるが、その根拠は次の史料である(『日本西教史』)。東京都神津島村にある「おたあ・ジュリア」の石碑(写真は同村提供) この婦人(=ジュリア)は高麗の貴族で、かつて秀吉が朝鮮に出兵したとき、ドム・オーギュスタン(アウグスティヌス、小西行長)によって捕虜になり、幼くして日本にやって来た。容貌や才気ともに人より優れた婦人になる素質があった。 『日本西教史』はイエズス会の宣教師、クラッセの手になるもので、1689年に刊行された。ポルトガル人宣教師、フロイスの『日本史』や『イエズス会日本年報』をもとに叙述されているが、史料的な価値は低いと指摘されている。韓国では「聖女」のジュリア しかし、同書はジュリアの出自を記す数少ない史料である。周知の通り、小西行長はキリシタン大名であり、その縁でジュリアもキリスト教の洗礼を受けたといわれている。ジュリアとは、そのときに授けられた洗礼名である。行長は同じクリスチャンであるジュリアに対して、何らかの感情を抱いていたのかもしれない。 ところが、その後、ジュリアの運命に暗い影が差す。慶長5(1600)年9月に関ヶ原合戦が勃発すると、小西行長は西軍に与して出陣し、あっけなく東軍の徳川家康に敗れ去った。やがて行長が斬首されると、ジュリアは家康に連行され、「奥方ノ御物仕」として仕えた。奥座敷の女官のような役割であったと推測される。 時を同じくして禁教令が徹底され、キリスト教への風当たりが徐々に強くなってきた。ジュリアはキリスト教を捨てることなく、伏見城、駿府城にあったときも宣教師との接触を続けた。特に、駿府城内では礼拝堂を設け、厳しい弾圧の中にあっても、他の女官たちにもキリスト教への入信を薦めている。 『ビスカイノ金銀探検報告』には、次のような記述がある。 私が旅館に帰ったところ、そこに皇帝の宮中の女性の奴隷、いや女官と称したほうがよいであろう。ジュリアという女性が大使を訪問し、ミサ聖堂に参列するため待っていた。この婦人(=ジュリア)を歓待し、ガラス細工やそのほかのものを与えると、影像や数珠など信心を示す品々に心を寄せていた。彼女は良いキリシタンといわれているが、その態度はそのことを示すと思われた。 慶長17(1612)年にキリシタン禁教令が発布されると、ジュリアは棄教を迫られた。しかし、ジュリアは棄教を拒否したため、伊豆大島、新島そして神津島へと流された。その7年後には島を脱し、長崎に滞在したようで、さらに大坂に逃れたことがわかる。各地を転々として、追及から逃れたのである。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 大坂では、パシェコ神父の経済的支援を受けた。その後の様子は明らかではないが、神津島の流人墓地にはジュリアの墓と称するものがある。韓国では「聖女」として崇められており、現在も敬愛されている。 このように、日本には多くの朝鮮人が連行されたが、それぞれの分野で大いに貢献したことが知られている。次回は、日本に定住した朝鮮人をさらに紹介することにしよう。※主要参考文献 渡邊大門『人身売買・奴隷・拉致の日本史』(柏書房)■「朝鮮出兵」波乱に満ちた生け捕り奴隷の人生■南蛮人が大いに利用した「武勇の民」日本人奴隷の戦闘力■「奴隷を売る日本人が悪い」天正遣欧使節、千々石ミゲルのモヤモヤ

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    日本版「共に民主党」の野合を待ち受ける円高シンドローム

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」(代表・野田佳彦前首相)が、既に衆参両院での統一会派に合意していた立憲民主党と国民民主党とともに、会派を作る協議に乗り出すと報じられたときに、やはり旧民主党政権(あるいは旧民進党勢力)はなんの反省もなく野合を繰り返すだけだ、と筆者はあきれ返った。 先の参院選では、立憲民主党も国民民主党もそれぞれ消費増税反対を訴えていた。それが全くの掛け声だけで、実際には政策の目玉でもなんでもないことが、この政治的野合で示されている。国民もなめられたものである。 なぜなら、野田代表率いる「社会保障を立て直す国民会議」は、会派名が示すように、消費増税などの緊縮政策を中心に支持する政治家の集まりだからだ。野田代表が、現在も日本経済の足かせになっている消費増税を組み込んだ法案を通したことは、誰でも知っていることだろう。 「社会保障を立て直す国民会議」のメンバーは、会派合流後も存在感を示すべきだと発言している。もちろんその「存在感」の中には、消費増税の実現が前提にされているだろう。 立憲民主党と国民民主党が本当に消費増税反対を中核的な政策としているならば、このような枠組みでの統一会派の話など出てこないはずだ。しかし、おそらく旧民主党政権の時の反省が全くないため、このような野合を今後も繰り返すのだろう。総会に臨む社会保障を立て直す国民会議の所属議員ら。中央は野田佳彦代表=2019年8月(春名中撮影)  経済と外交の失政を繰り返す韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領を支える与党として「共に民主党」があるが、日本の「共に民主党」もまた経済失政を顧みない人たちの集まりかもしれない。ただ、国民民主党の玉木雄一郎代表が、ツイッター上で以下のように発言していることも紹介しないと、もちろんフェアではない。急速に円高が進んでいる。CME日経平均先物も20,000円割れ。いよいよ日本経済の局面が変わろうとしている。今からでも遅くはない。少なくとも10月からの消費税増税はやめるべきだ。10月になる前に国会を開いて速やかに議論したい。日本経済、国民生活のために議論させてもらいたい。玉木雄一郎氏の公式ツイッターより(2019.08.26) 今のところ、政治業界のうわさでは9月中旬に内閣改造を実施し、そして10月中旬に臨時国会を開催するといわれている。消費税の10%への引き上げは10月1日からなので、臨時国会の開催を待っていると、事前にストップをかけるには当然遅い。本当に増税を止められる? もし、玉木代表が本当に消費増税を止める気があるならば、野党を消費増税反対でまとめる政治的アクションを今すぐにも起こすべきだろう。 そのためには「社会保障を立て直す国民会議」をどう説得するのだろうか。また、説得が可能であっても、10月の増税を止めるためには法案を提出しなければいけない。これを野党主導でできるのだろうか。 「ツイッター政治」は米国のトランプ大統領だけではなく、今や日本政府でも政治的手法の中心にまでなっている。世耕弘成経済産業相による一連の輸出管理問題についてのつぶやきは、その代表例だろう。 玉木代表のつぶやきが、単に評論ではなく、一党を代表する政治家の意見表明だとしたら、まずはアクションすべきだろう。個人的には、玉木代表の貢献といえば、単にモリカケ問題を中心にして、国会運営を無駄に浪費したこと以外に知らないので、どうなるだろうか。消費増税が迫る中で、日本経済の不安定度は増すばかりである。 26日の東京株式市場の日経平均株価は大きく下落し、前週末(23日)比449円87銭安(2・17%減)の2万261円04銭で取引を終えた。ここ数カ月、日本の株式市場は乱高下を繰り返す傾向にある。その変動の主因が、米中貿易戦争の影響だとするのは分かりやすい解説だろう。 ただ、米中貿易戦争が日本経済にもたらす経済効果については、時間軸に応じて考えるべきだ。一つは短期的な側面、もう一つは中長期的な側面である。広島県福山市内で街頭演説する国民民主党の玉木代表。左は立憲民主党の枝野代表=2019年7月 短期的な側面としては、海外経済の冷え込みを背景にして輸出が伸び悩むことが考えられる。実際に直近の国内総生産(GDP)統計(第2四半期2次速報)では輸出が減少し(他方で輸入増加)、それによって純輸出も減少したために経済成長にマイナスの効果を与えている。 これに関しては、国際通貨基金(IMF)元チーフエコノミストのオリビエ・ブランシャール氏が指摘するように、各国の金融緩和政策が効果を発揮するだろう。つまり、米中貿易戦争に対しては、世界中でマネーの量を増やすことで短期的な対処をするのが望ましい。個人で考えれば、使えるお金の額を増やすということになる。「円高シンドローム」の謎 一方、中長期的視点に移ると、問題は複雑になっていく。関税競争の結果、米国と中国が関わる国際的な部品供給網(サプライチェーン)が変貌し、それが各国経済の足かせになることもあるだろう。お金が不足するだけでは解決できない問題も生じるだろう。 中長期的な問題は、米大統領選の推移のような政治的な要因もあり、不透明だ。だが、取りあえずお金の不足している事態だけはどうにかしないといけないことは、自明である。 そこで日本経済を見てみよう。先述の株価暴落や、円ドル相場で見ると、為替レートも最近は円高傾向が進展している。 「円高」は簡単にいえば、デフレの進行とほぼ同じである。デフレは日本経済の悪化を示している。お金が足りないのでモノを買うことが十分にできない。そういう日本経済の状況を、国際的なお金の観点から見直したのが「円高」である。 以下の図表は、21世紀に入ってからの日本の為替レートの推移を描いたものである。 この図表での注意点は「購買力平価」である。これは日本とアメリカの長期的な為替レートの水準である。 ただし、21世紀に入ってから、現実の為替レートはこの長期的な水準よりも「円高ドル安」で大半が推移している。2013年に購買力平価を上回る円安水準になるまで、ずっと「円高ドル安」である。これを「円高シンドローム」といっている。 円高はデフレ、そして不況の裏返しでもある。それが長期継続していたことを示すものでもある。 つまり、円高シンドロームとは、日本の長期デフレ不況の言い換えでしかない。それが解消されていったのが、13年以降ということになる。再び待ち受けるデフレの世界 現状では、購買力平価を上回る円安を何とか維持している。大ざっぱな試算ではあるが、おそらく円ドル相場で1ドル100円を切る円高が続くと、日本は、デフレが再び定着する世界に逆戻りしてしまうだろう。 現在は、1ドル104円から105円の水準で推移している。デフレを安定的に脱却できる水準(私見では1ドル110円を超える円安)には遠い。 例えば、日本の物価予想がどうなっているかを示すブレーク・イーブン・インフレ率を見てみよう。以下の図である。 最近の物価予想は今年に入ってから、さらに低下している。このままでは、物価予想がデフレ予想に反転することも近いように思われる。 現状の実際の物価水準は、生鮮食品及びエネルギーを除く総合指数では0・6%である。今の統計の取り方では、本当の物価よりも指数が高めに出る傾向にある、いわゆる物価指数の上方バイアスはあまりない。 つまり、この0・6%をほぼ額面通り受け取っていいだろう。そうすると、一応デフレではない。しかし、日本銀行が目標とする2%の水準には程遠い。むしろ、デフレの世界にたちまち戻りやすい水準でもある。 為替レートを見れば、「円高シンドローム」=デフレ不況に再び陥りかねない。また予想の世界から分析しても、デフレの世界が大きな口を開けて、われわれを待っているように思える。 果たして、消費増税が実際にどのような影響をもたらすか。国際環境次第ではあるが、急激な悪化をもたらすのか、しばらくは財政支出などの効果で次第に悪化していくのか、それはまだはっきりしない。だが、いずれのシナリオであっても、悪化が避けられないのは間違いないだろう。■ 「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた■ 枝野幸男の「自慢」が文在寅とダブって仕方がない■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた

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    あおり運転暴行、自らハマった「囚人のジレンマ」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) お盆休みの日本列島の注目を集めた事件は、茨城県の常磐自動車道で起きた「あおり運転暴行事件」だろう。若い男性が運転する乗用車に対して、白いSUV(スポーツタイプ多目的車)タイプの高級外車が過剰なあおり運転を繰り返したドライブレコーダーの映像が、SNS(会員制交流サイト)などで拡散した。 しまいには、男性の車の前に入るなどして停止させたそのSUVから男女2人が出てきて、中年の男の方が、若い男性に暴行を加えた。その一部始終は録画され、その日のニュースやインターネットで大きな反響を招いた。 あおり運転のうえに暴行した中年の男は数日後、傷害の疑いで全国に指名手配され、やがて大阪市内で逮捕された。この逮捕時の様子も近くの住民によって動画で収録されて、SNSやテレビなどで多くの国民が目にすることになった。 筆者も仕事で高速道路を利用することがよくある。自分で運転する場合もあるが、ラジオやテレビに出演するときは、タクシーに身を任せることも多い。 日常的に高速で運転していると気が付くことは、普段はあおり運転をあまり経験しないことだ。無茶な運転をする人はそれほどおらず、特に平日は日ごろ高速を利用している人が多いのか、流れがスムーズで、互いに無理をしない印象が強い。 今までも高速で運転していて、幅寄せや急激なブレーキ、パッシングなどを受けることは、それほど多くはなかった。単に運がいいだけなのかもしれないが、日本の実態調査を確認すると、高速で起きているあおり運転は全体の1割ほどで、それほど多くない。このような個人的経験もあって、今回の事件は極めて衝撃的だった。帰省ラッシュで下り線が渋滞する神奈川・海老名SA付近の東名高速道路=2019年8月11日午前(共同通信社ヘリから) 警視庁交通局交通指導課の矢武陽子氏が、ここ最近のあおり運転を統計的にまとめている(「日本におけるあおり運転の事例調査」2019年)。この調査は限られた期間と事例ではあったが、いくつか興味深い点が見て取れる。 まず、あおり運転の加害者は、同調査の対象期間中は全て男性であり、被害者もまた大半が男性であった。加害者の年齢では、30代が最も多く、50代にも2番目のピークが存在する。被害者は40代が最も多い。加害者と被害者の「実像」 この調査で興味深いのは、経済的な階層分析に近い視点があることだ。被害者と加害者の車種や車の価格による分類をしている。 その分類によると、加害者の40%が500万円以上の四輪車に乗っていたことだ(2番目に多いのは200万円以上499万円までの四輪車で29%)。一方被害者は、高級車両(500万円以上の四輪車)はわずか10%で、調査対象の中で最もウエートが低い。 被害者の車種で一番多かったのが、200万円から499万円までの四輪車で40%、次いで200万円未満の四輪車が35%となり、合わせて8割近くになる。トラックは被害、加害両方ともに1割程度である。 つまり、中高年の高級車を運転している男性が、中年の比較的安い車に乗っている多くの場合は男性をあおっているということが、この調査からイメージとして浮かび上がる。今後、この典型例が正しいかどうか、より緻密で包括的な調査が行われることを期待したい。 あおり運転の発生しやすい時間について、ドイツなどの研究では、車が集中する通勤時間帯だという。ただし日本の上記調査だと、時間帯・曜日では目立った違いがない。 あおり運転が発生するメカニズムは、「怒り」だという。「路上の激怒=ロードレイジ」と専門的には名付けられている。 このロードレイジが発生するメカニズムは、道路という公共空間と運転手が互いに閉ざされている匿名性の高い空間にいることが、環境的要因として重要視されている。この場合、交通心理学や社会心理学からの視点は、それぞれの専門家の考察を参考にすべきだ。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 特に、道幅の広い公共道路では多くの人が参入する。交通心理学では、このとき多くの人との交流が突然に発生することで、対人行動が攻撃的なものになりやすいという。いわば、過剰警戒しているのである。 また、車の中にいるために、互いがコミュニケーションを取りにくい状況にある。例えば、道を譲ってくれたときには、譲られた車が軽くクラクションを鳴らしたり、ハザードランプをつけたりして、相手に「あいさつ」することがあるだろう。「路上の激怒」のメカニズム だが、この軽いクラクションやハザードさえも、ひょっとしたら相手には違うメッセージを伝えている可能性がある。あるいは、譲られた車がその「習慣」を知らなかったために、「せっかく道を譲ったのになんのあいさつもない」と不満に思うこともあるかもしれない。 実際、コミュニケーションが十分に取れないときに、対人関係で最適な行動をすることは非常に難しい。経済学で「囚人のジレンマ」といわれる状況がそれにあたる。共同で犯罪を行った者たちが全く連絡を取ることができない取調室に入れられたときに発生する事例である。 警察は、おのおのの共犯者に「お前だけが自白すれば罪を許し、相手は罰する」という取引を持ち出す。互いに黙秘した方が有利なのに、互いが連絡を取れないために確認できる手段がない。結局、それぞれが自白してしまい、「自分だけが自白して罪を逃れる」という選択肢が実現されず、両方が最も重い罪を科されるというジレンマである。 車の運転は、「暗黙の了解」ともいえる共通ルールを互いに守っている限り、このような極端な「囚人のジレンマ」に陥ることはない。また、相手の顔もしぐさもはっきり確認できない運転中では、運転手の持つ匿名性が過剰な攻撃に移りやすい要因であることも、専門家は指摘している。 先の調査では、「路上の激怒」の引き金は、進行を邪魔されたり、割り込まれた場合などが4割ほどに上る。これに車内でのジェスチャー(指を立てるなど)や信号無視などを加えると7割を超える。 では、経済学の見地からはどのようなことが言えるだろうか。まず、広い公共道路に多くの人が自由に参入可能であり、彼らを排除することが難しいことが、注目に値する。これは典型的なフリーライダー(ただ乗り)が発生しやすい状況である。大阪市東住吉区の路上で、茨城県警の捜査員らに確保される宮崎文夫容疑者(左端)=2019年8月18日(近隣住民提供) あおり運転をする人には「怒り」を発揮するメリットがある。対して、「怒り」にはさらなるストレスを招き、他者の批判を被(こうむ)るというコストも存在する。 このメリットがコストよりも大きいときに、「路上の激怒」は発生する。何車線もある広い道であおり運転が起きやすいのは、「怒り」を示した後に、それこそ現場からすぐに走って逃げることがしやすいからではないか。これが「路上の激怒」のコストを引き下げる。 今回の常磐道の「あおり暴行事件」は、被害者のドライブレコーダーに一部始終が記録されていたために、加害者は逃げることができなかった。これは「路上の激怒」のコストを高める役割を担っている。「怒り」を鎮める有効な手段の一つは、暴力の可視化と記録なのかもしれない。■ 「路上のクレーマー」あおり運転はこうすれば回避できる!■ 身近に潜む「あおり運転」危険ドライバーの深層心理■ 心理学者が指摘する「あおり運転」しやすい人の身体的特徴

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    「報復除外」韓国政府が幼稚な対日政策をやめられない理由

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 韓国政府は、12日午後、日本を輸出管理上の優遇措置を取る「ホワイト国」から外す制度改正案を発表し、9月からの実施を見込んでいるとした。この韓国政府の対応は、もちろん日本政府による同国への輸出管理の変更に対する「報復措置」である。 しかも、この韓国の「報復措置」は、同国のずさんな輸出管理体制そのものを表している。日本をホワイト国から外すだけではなく、明らかに恣意(しい)的な区分で、日本だけを対象とした新グループを創設していることからも明瞭である。簡単に言って「嫌がらせ」だ。 正直、ここまで恣意的な運用は、むしろ韓国の輸出管理体制がいかに国際的な基準から問題をはらんでいるかを、自ら証明しているともいえる。ルールに基づいた運用を行っていないのだ。 確かに、日本側はホワイト国から除外したが、それでも他の諸国よりも優遇した扱いを維持している。具体的には、「ホワイト国」をグループAにし、「非ホワイト国」をグループB、C、Dにした。 韓国は国際的な輸出管理レジームに参加し、一定要件をみなす国としてバルト3国などと同じ扱いである。韓国のように日本だけの「別扱い=嫌がらせ」はしていない。 言っても仕方がないことではあるが、なんともお粗末な対応である。ルールなき人治主義の表れだと思う。 ちなみに、韓国からホワイト国を外されても、日本が被る経済的な影響は軽微だ。韓国政府は日本に対する「ホワイト国外し」を交渉材料にしたいようだが、日本は相手にすべきではない。「経済報復」などと書かれた紙を細断するパフォーマンスを行い、日本の輸出規制強化に抗議する韓国の若者ら=2019年8月10日、ソウル(共同) ここで輸出管理問題について、おさらいしておこう。対外的な取引には主に二つの面がある。一つは経済的な貿易面、そしてもう一つは安全保障面の交渉である。 輸出管理問題は、この貿易面と安全保障面の接点に位置する話題である。核兵器などの大量破壊兵器の開発、または通常兵器に利用される可能性の高い輸出案件に関する問題が今回の「輸出管理問題」の全てである。この領域に関わる財の数量は極めて限定的である。幼稚な対日政策 元経済産業省貿易管理部長で、中部大の細川昌彦特任教授は、先行して行われた半導体などの原材料となるフッ化ポリイミドなど3品目の日本への依存度は高いものの、今回の管理強化で対象となるのはごくわずかであると指摘している。細川氏は一例として、「許可の対象は日本供給のレジストのうちたった0・1%で、新製品の試作段階のもの。半導体の量産品に使われるものは許可不要」とツイッターでの投稿やテレビ番組で説明している。 韓国の半導体産業や国際的なサプライチェーンの脅威になることはあり得ない。もちろん「禁輸」でもなく、全ての品目でいちいち個別許可が必要という話でもない。今回の輸出管理については、一般財団法人安全保障貿易情報貿易センターの解説が参考になる。 もっとざっくりした言い方をすれば、本当に危ない事例だけを管理したいだけの話である。韓国がテロ支援国家でもなければ、大きな経済問題になりえない水準なのだ。 いくら文在寅(ムン・ジェイン)大統領は「北朝鮮びいき」とはいえ、韓国がそのような核兵器開発を極秘裏に進めることもありえないだろう。日本政府があらかじめ懸念しているいくつかの事例さえ払拭(ふっしょく)されればいいだけの話を、自ら日本政府の信頼を損ねる対応を重ねてしまうという政策の失敗により、ホワイト国から外されたわけである。まずは韓国政府が輸出管理の不備を進んで正す、それが最優先の課題なのだ。 文大統領をはじめとして、韓国側は政治もマスコミも、そして一部の韓国民もみんな、日本の輸出管理問題を同国の経済に甚大な脅威として捉えているが、それは誤りである。ただ韓国政府関係者は、十分にこのことを理解しているに違いない。 むしろ文政権は、同国の経済的な困窮を日本の責任に転嫁する機会として捉えている可能性が大きい。実際に、輸出管理問題が生じてから、文政権の支持率は上昇して人気回復に貢献している。 さらに注目すべきは、日本と韓国の間での紛争事項である元徴用工問題やレーダー照射事件、慰安婦問題における「ちゃぶ台返し」などについて、日本側は今後、事態によっては報復措置も辞さない構えであることだ。 韓国政府は、もちろん報復措置の可能性を十分に認識しているだろう。そのため、韓国経済に与える影響が少ない輸出管理問題を大げさに取り上げ、日本製品不買運動など韓国民をあおることに加担し、日本による「本当の報復措置」を大きくけん制しようとしているのかもしれない。「輸出管理でも、われらはこれだけ反発しているので、日本側が本当に報復措置をするなら覚悟したほうがいい」とでもいうように、国を挙げて「けん制」しているかのようだ。2019年8月12日、ソウルの大統領府で開かれた会議に出席した文在寅大統領(韓国大統領府提供・共同) 日本政府はこのような韓国政府の脅しに屈することがないようにお願いしたい。ここで安易な妥協をすることは、韓国政府が長年続けている、国内の苦境を日本の責任に転じる政策を止めることはないだろう。 日本は韓国の都合のいい欲求不満のはけ口ではない。韓国の「幼稚な対日政策」を完全に転換させるためには、日本政府は国際ルールに沿いつつ、国際世論の闘いに負けることなく、その姿勢を強固なものにする必要がある。■ なんでもありの「世論戦」韓国に日本が捧ぐべきメッセージ■ 対韓「輸出規制」で安倍政権によぎる中国の失敗■ 韓国人の反日感情はこうして増幅されていく