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    いかにして信長の龍パワーは封じられたか

    信長には、神仏をも恐れぬイメージが色濃く残るが、彼が主に龍のパワーを拠りどころにしていたことは、本連載の読者にはお分かりいただけただろう。一方で、信長の最期である「本能寺」は、いまだ日本史最大のミステリーだ。ただ、この謎を解くヒントは、まさに信長が信仰する「龍パワー」にあったのかもしれない。

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    本能寺で潰えた信長の龍パワー、本陣を「鳥羽」に置いた光秀の真意

    橋場日月(歴史研究家、歴史作家) 天正9(1581)年1月15日の大々的な安土馬揃(うまぞろえ)を催した織田信長。参加者は700人、見物の群衆は20万人にも及んだが(フロイス「日本史」)、混乱もなくスムーズに進行し大盛況の内に幕を閉じる。実はこの成功の立役者は、明智光秀だった。1月23日付けの朱印状(写)で彼はこう光秀に言葉をかけている。先度は、爆竹諸道具拵(こしらえ)、ことにきらびやかに相調へ(ととのえ)、思い寄らずの音信、細々の心がけ神妙(しんびょう)候。 この文言の通り、光秀が山車(だし)や爆竹の仕掛けを整えて安土に送り届けたのだ。そしてそれがまた素晴らしく豪華絢爛な出来で、信長はそれを予想外のプレゼントだったと喜び、細かい気配りが秀逸だと絶賛した。 かくして信長の期待をはるかに上回る準備をやってのけた光秀だが、彼は1月6日に坂本城で連歌会を行い、13日には訪問してきた公家の吉田兼見に対し、「近日所労之間(最近病気だから)」と対面を断っている。 前年、大和国に駐在して指揮した検地や城破(しろわり、城の破却)の激務の疲れが出て体調不良だったにもかかわらず、信長の大イベントの準備にも余念がなかったのは、さすが当時「天下の面目を施した」と信長が最も高評価を与えるお気に入り家臣だった光秀だけのことはある。 さて、光秀が自分の体を顧みず心血を注いで支度した用意が信長のお気に召したのは、彼が信長の安土馬揃に籠める「自己神格化」の狙いを完璧に理解し忠実に実現しようとしていたことに他ならない。光秀について宣教師のフロイスはこう評している。 彼(信長)を喜ばせることは万事につけて調べているほどであり、彼の嗜好や希望に関しては、いささかもこれに逆らうことがないよう心掛け(た)ルイス・フロイス「日本史」 光秀には「御ツマキ」という名の妹がいた。信長の奥向きの女官として非常に信頼が厚く、表向き担当の猪子兵介とともに、信長在京中はさまざまな陳情客の取り次ぎなどに活躍していた有能な女性だったらしい。 光秀は彼女を通じて信長の公私両面での一言一句、一挙手一投足のすべてを知り、その考えや好みを完璧に把握してその意に沿うべく行動していた。 かつて元亀2(1571)年12月に比叡山延暦寺の焼き討ちが行われた2年後、信長が将軍の足利義昭と対立して上京を焼き払おうとした際に「比叡山の破滅は王城の災いになるのか」と吉田兼見へ諮問し、自分の延暦寺焼き討ちが伝承を裏付けることになるかどうかを気にする素振りを見せたことは以前の回で述べたが、光秀はそんな信長を上回る積極性で延暦寺方の勢力を「ぜひとも撫で斬りに」しなければならない、と主張していた。ある意味、信長以上に信長イズムを主導する男だったと言えるだろう。 そんな光秀が手配したのだから、安土馬揃における左義長の道具や仕掛けに抜かりがあるはずがないのである。 信長の全面的信頼の下で神格化に貢献する光秀。惟任の名字を与えられ、将来的には九州の経略にも携わるだろう彼は、四国の長宗我部元親に対する申次(もうしつぎ、外交交渉の窓口役)を務めていた。大阪府岸和田市の本徳寺に明智光秀像として伝わる肖像画 (模本、東大史料編纂所蔵) 当然ながら、元親が信長に完全に臣従すれば、織田軍は長宗我部勢を先鋒として九州を攻略する形となり、逆に元親が離反すれば、光秀が四国入りして長宗我部家を攻め滅ぼし、余勢を駆って九州まで攻め込むという流れになることが予想された。ド派手にライトアップした安土城 光秀はこの予定調和を確かなものにするため、前年の天正8(1580)年5月に中国地方の毛利家に対して「宇喜多家は信用できないから、毛利家との講和を推進したい」と申し入れている。むろん、これは信長の意向としてなのだが、光秀のロビー活動の結果であり、御ツマキも重要な役割を果たしただろうことは想像に難くない。毛利との戦争を中止させれば、彼のライバルである羽柴秀吉の中国制圧プロジェクトは立ち消えとなり、光秀の四国路線がいよいよ確かなものとなるのだ。 だが、この目論見はその直後に崩壊のきざしを見せていた。秀吉は11月に「来年には信長様が中国地方にご出馬される」と黒田官兵衛に伝えたのを皮切りに、しきりに信長の親征を言い立て、信長の安土馬揃直後には「(出馬の際に必要となる)『御座所』(進軍ルート上で信長が滞在宿泊するための城砦。資材・兵糧もストックする)の築造作業に全力を注いでいることもアピールした。 これは信長の意向というよりも、お膳立てを整えることによって信長を引きずり出し、毛利征伐を何が何でも既成事実化しようと考えたのだろう。このあたり、光秀も秀吉も敵というより味方の動きを監視しながらライバルに一歩先んじようとしている。 そして、光秀が信長から差配を命じられた京での大馬揃が2月28日盛大に挙行され大成功裡に終わる中、秀吉は中国戦線から信長側近の長谷川秀一にこう書き送っている。今度の御馬揃が見られなかったのは残念でしかたない。皆々の仕立て(準備の案配、様子)など詳細に教えていただきたい。 一見、秀吉は馬揃に参加したメンバーの装いを知りたがっているようにも見えるが、実はそうではない。それぞれがどんな人間とどういう関係にあるか、特に光秀がどう動いているかをチェックしたかったのだ。信長の中国地方親征実現という大逆転の大詰めだけに、どれほど慎重に情報を集めても足りない。 そして、秀吉の努力の甲斐はあった。5月、光秀は伯耆国(現在の鳥取県の中・西部)の織田方領主に対し、「毛利・小早川と対陣している秀吉の加勢として伯耆に出陣する」と報せ、協力を求めたのだ。今回について信長様はまず秀吉の担当方面に全力を注ぐとお決めになられた(此度之義は、先至彼面相勤之旨上意に候)。 言外に自分の本意ではないという無念さをにじませる文言に、この時点で彼の親である毛利路線が反毛利路線の秀吉に完敗したことが明白に現れているではないか。翌月、秀吉は因幡鳥取城攻めを開始している。大宮神社で見つかった等身大の豊臣秀吉坐像=2020年5月20日、大阪市旭区 悪いことは重なるもの。8月には光秀が頼りとする妹の御ツマキもこの世を去る。信長に影響力を持つ彼女の死に、光秀は「比類無く力落とし」たという(「多聞院日記」)。これで彼に起死回生の目はまったくなくなった。本能寺の変まで、あと1年を切っている。 話を信長中心に戻そう。御ツマキの死の前、7月15日。旧暦ではお盆にあたるこの日、信長はまたも斬新なイベントを挙行した。「無数の提灯の群れは、まるで上(空)で燃えているように見え、鮮やかな景観を呈していた」(同書)。そう、有名な安土城ライトアップである。 現在でもお盆に門前で火を焚いて死者の霊を迎え、盆灯籠や盆提灯で故人の冥福を祈る風習はあるが、信長の当時も当然それは同じだ。この日、信長は安土城7層天主の各階の縁側にカラフルな無数の盆提灯を吊させ、夏の夜空に煌々と浮かび上がらせた。信長を危険視した欧州各国 一見、平和を享受するような前代未聞のイルミネーションだが、これはイエズス会の巡察師ヴァリニャーノに見せるための壮大な仕掛けでもある。信長は前後して彼に城内を案内し、城を描いた図屏風(安土城図屏風)を贈っているが、一連のもてなしはすべて彼を通じてヨーロッパに信長の力と勢威を知らしめることを目的としていた。 「例年ならば家臣たちはすべて各自の家の前で火を焚き、信長の城では何も焚かない習わしであったが、同夜はまったく反対のことが行なわれた。すなわち信長は、いかなる家臣も家の前で火を焚くことを禁じ(た)」という、フロイスの記述が物語るように、信長は通常の盆行事そのものを禁止し、盆提灯を天主のみに集中させたわけだが、これは信長が家臣たちの祖先の祭祀をも超越する存在だという宣言でもある。 そして、ヴァリニャーニやフロイスらは摠見寺も見学したようだ。天主の一層目の書院には盆山が置かれていたことは以前に述べたが、この寺の一番高い所─現存する三重塔の最上階だろうか─にも盆山(盆石)が安置されたことをフロイスは記している。 世界を表す盆山は、ミニ枯山水とも言える。庭園にしつらえられる枯山水は中国に起源し、秦の始皇帝が都・咸陽の宮廷の庭園に池を造らせ、その中に築山を築いて不老不死の仙境・蓬莱島(蓬莱山)を再現し、永遠の命と繁栄の理想世界を表現したのが代表的な例だ(「中国庭園の初期的風格と日本古代庭園」田中淡)。この水を砂に置き換えたのが枯山水、さらにそれを極小化しポータブル化したのが盆山(盆石)ということになる。 信長は盆山だけでなくこの枯山水にも執着していたようで、最近になって彼の「火車輪城」こと小牧山城の天守すぐ下からも、玉石と立石が組み合わされた枯山水と推定できる庭園の跡が発掘されている。(写真)そして、信長は安土城天主にも摠見寺=俗と聖、政治と宗教の双方に永遠の理想世界である枯山水の縮小版・盆山(盆石)を飾らせた。 ここで興味深い話を紹介しよう。時間は遡って永禄11(1568)年10月、彼が上洛戦を敢行した際、松永久秀が献上して来た茶入(ちゃいれ)「九十九髪茄子(つくもがみなす)」についてである。 「作物記(つくものき)」(「総見記(織田軍記)」「信長記」)というこの茶器についての当時の解説文が残っているのだが、それによれば昔、中国ではこの茶入を蓬莱假山の頂きに安置し、如意宝珠(にょいほうじゅ)として崇めていた。如意宝珠は全ての願いが叶う霊力を持つ珠(たま)で、日本では院政期以来、中世王権の象徴と考えられてきた。ここでいう「蓬莱假山」は無論屋外の庭園の枯山水の築山ではなく、屋内に置かれた盆山(盆石)を指す。その上に九十九髪茄子を置けば、それは如意宝珠と化すのだ。 如意宝珠は龍が持つ宝珠(ドラゴンボール)でもあり、天下人の象徴として九十九髪茄子を献上した久秀に対し、信長は文字通り愛する盆山の意味を補完し、万能・全権を実現するアイテムと捉えて非常に喜んだ。後に久秀が2度に渡って謀反を起こしても許そうとしたのは、このときの喜びが大きく影響したのではないだろうか。 さておき、信長は安土城天主と摠見寺の2箇所に安置した盆山のいずれかの頂きに、この九十九髪茄子を安置したものと思われる。龍神のパワーを追求し続ける信長は、ついに蓬莱山と如意宝珠という究極のアイテムの組み合わせを公開したのである。織田信長の肖像画=鳴虎報恩寺所蔵(iRONNA編集部撮影) 全てのものの上に立つ。彼はもはやその野望を隠そうともしていない。翌8月には畳職人の石見宗珍に〝天下一〟の称号を与えてお抱えとし諸税を免除。続いて9月には絵画の狩野永徳、金工の後藤平四郎、大工の岡部又右衛門、奈良大工らに多数の小袖を下賜したのも、美術工芸分野の技能でも信長こそが日本唯一の価値基準となることが高らかに宣言されたわけだ。 もちろんヴァリニャーニらも信長の意図は完全に理解していた。フロイスが「デウスにのみ捧げられるべき祭祀と礼拝を押領するほどの途方もなく狂気じみた言行と暴挙」と評したのがまさにそれだ。ヨーロッパでも世俗の権力はスペインのフェリペ国王ら、宗教的権力はローマ教皇と完全に分立しており、聖俗両方の絶対的な独裁者たらんとする信長の存在は、もはや危険極まりないものにしか映らなかったのである。灰塵に帰した信長 長い話もようやく信長の最後の年に行き着いた。天正10(1582)年の元日、安土城の信長は大量の家臣団の新年の霊を受け、天主東南下の御殿(清涼殿を模したもの)の御幸の間(天皇が行幸の際に用いる居室)を見物させ、裏口の白洲を経て北の台所に付随する厩の入り口へと誘導した。 そこには信長自身が立って待ち、皆から一人あたり100文の見物料を直に受け取って後ろ手で屋内に放り投げている。それはまさに、神社の拝殿で賽銭を集める神そのものといった風情だったろう。 そして15日には前年から引き続き御爆竹(さぎっちょう、左義長)を開催。25日、伊勢大神宮の正遷宮(内宮が100年以上、外宮が20年以上途絶していた)を実行するため3千貫(現在の価値で2億円程度)の寄進を決定。神宮側は信長に1千貫の協力を頼んで残りは他への募金で賄うつもりだったのだが、信長は「足りなければまたいくらでも出す」とオンリー・ワンの出資者となることを選ぶ。天皇家のルーツ、日本の神社の頂点にある神宮までをも、信長は独占する挙に出たのだ。 3月11日、信長の嫡男である信忠を大将とした討伐軍により、甲斐の武田勝頼が滅亡。信忠は勝頼がかつて名跡を継いでいた諏訪家の当主が大祝(おおほうり)を務める諏訪社(現在の諏訪大社)の上社を焼き討ちしたが、第26回で述べたように信濃善光寺へのルート上にある諏訪社から完全に武田家の余韻を焼き浄めるためでもあったろう。 そして信忠は、甲斐に進んで甲斐善光寺からその本尊を没収した。これもすでに紹介した通りで、「かの地で大いに尊崇されていた一つの偶像を持ち帰った」というフロイスの証言もある。阿弥陀如来像はいったん尾張清洲に送られ、それからさらに岐阜へと移された。安土─岐阜─諏訪社─信濃善光寺のパワーラインはこうして完成した。 だが、その直後、自分の政治的発言力の消滅に絶望していた重臣の明智光秀は、秀吉の応援のために中国方面へ出陣するよう命じられると、信長が京に出て本能寺で茶会を開くことを知った。7年前にも九十九髪茄子を京の茶会に持ち出した信長だが、今回も同様、九十九髪茄子を携えて5月29日に上洛し本能寺に入っている。亀山城の光秀はおそらくその情報にも接しただろう。 「如意宝珠が、蓬莱山から離れたか!」。光秀にとってそれは天啓だった。彼は27日に愛宕山に参籠し、有名な「時は今。天が下なる 五月哉」の発句を詠んでいるが(「愛宕百韻」)、このときはまだその叛意は確定しておらず、懊悩(おうのう)の中にあったのではないか。 しかし、信長の力の源(と、信長自身もその周囲も信じていた)である龍のパワーが分散するという絶好の機会に接して、光秀の心は定まった。6月2日未明、彼の軍勢は京・本能寺になだれこみ、信長を炎の中に葬ったのである。 なお、このとき光秀が本陣を本能寺付近ではなく鳥羽に置いたという説が『乙夜之書物(いつやのかきもの)』を史料として富山市郷土博物館主査学芸員、萩原大輔氏によって唱えられ、話題となっている。 「光秀ハ鳥羽ニヒカエタリ」というものだが、変から100年近く経って成立した史料の記述が真実だとすれば、本能寺をはるかに通過して鳥羽に陣を布いたのには何らかの特別な目的がなければ単なるムダな動きでしかない。京都市中京区にある現在の本能寺 おそらく光秀は近江坂本城・丹波亀山城という2つの本拠と鳥羽で逆三角形の結界を作り、その中に信長を取り籠めて龍のパワーを封じようと考えたのだろう。 彼の狙い通り、信長は何ら神通力を発揮することもなく九十九髪茄子ともども灰塵に帰した。そして6月15日、安土城天主もまた、炎上する。いまだにその原因も確定していないが、焼けたのが天主と本丸だけである以上、軍勢による焼き討ち放火の類いではないだろう。 石を割るほどの高熱を発した形跡が残っているので、天主は猛烈な炎の柱と化したことが想像できる。それはあたかも、龍が天に昇る姿を思わせるものだったに違いない。

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    NHK大河ドラマ、かくありたい!

    新型コロナの影響など困難に見舞われたNHK大河ドラマ「麒麟がくる」は、それなりの高評価を得て終了した。ただ、戦国期などをテーマにした大河ドラマは主人公を「正義」として描くなど、ワンパターン化が否めない。時代劇が姿を消しつつある中、貴重な大河ドラマだけに、今回はもっと面白くなる策を提案したい。(写真はゲッティイメージズ)

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    大河ドラマ批判は愛あるゆえ、もっと面白くなる「五箇条の御提案」

    口批評にならざるを得なかったのは事実である。しかし、辛口批評になるということは、自殺行為だったことを連載後に知る。 あまり深く考えていなかったが、ネット上でのマスコミ関係の記事は、さまざまな視聴者層に配慮して、おおむね好意的なことを書く。「さすが神演出!」「〇〇〇〇さんの神演技!」「満を持して〇〇〇〇さんが登場!」などなどである。手厳しい批評は皆無といっても過言ではない。 しかし、私も同じように賞賛をしてもしょうがないので、辛口路線でいくことにした。これが悲劇の始まりだった。私の辛口路線は、2つの見方からなっていた。1つは史実に沿っているか、もう1つはドラマそのものがおもしろいか、ということである。 悲しいことに、私はある程度の事実関係を知っているので、毎回イライラしながら「平清盛」を見ていた。「史実と違う!」と。最初は、かなり丁寧な口調で事実関係をひも解きながら解説していたが、私のコラムに関する読者の怒りは頂点に達した。理由は簡単である。 まず、視聴者の中には、あまり事実関係を知らない人もいる。そういう人は、せっかく大河ドラマを楽しんでみているのに、「史実と違う!」と連呼されると腹が立つのである。私が行ったことは、人々が「うまい!」と思っているラーメンに対して、ラーメン評論家がケチをつけているようなものだ。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そのうち、だんだん大河ドラマの演出などにもケチをつけるようになった。これも極めて不評で、視聴者からはずいぶんとボロカスに言われた。ミジメなものである…。そのうち「文句があるなら見るな!」とまでいわれる始末。トホホである。「大河ドラマ愛」ゆえに だが、私の大河ドラマ批評が厳しくなるのは、「大河ドラマ愛」があるからだ。ちょうど、目を掛けたスポーツ選手に「君はやったらできるんや!」と、叱責しているようなものである。とはいえ、今では厳しい叱責がパワハラになるのだから、私のしたことは時代遅れだったのかもしれない。 私なりに考えると、大河ドラマにはいくつかの問題があると思うのである。以下、そのうちのいくつかを挙げておこう。 最も重要なことは、大河ドラマがフィクションであることを明確にすることだ。時代考証者の存在が重要なのは承知しているが、あまりに前面に出すぎかもしれない。最新の研究を反映させている面は評価するものの、そういうことを強調するのはいかがかと思うのである。 歴史の研究をしていると分かることだが、歴史上のあらゆる出来事を信頼できる史料(一次史料)で調べ尽くすことはできない。極端に言えば、分かることよりも分からないことのほうが圧倒的に多い。 大河ドラマに限らず、歴史ドラマは一定の史実を踏まえながら、「主人公はこう考えたに違いない」などと想像力と創造力を働かせることが肝要になろう。しかし、そこには時代の雰囲気を伝える配慮が必要ではないだろうか。したがって、部分部分で「最新の研究成果」を強調することに、何か意味があるのかと思ってしまう。 いつも思うのは、大河ドラマの主人公のキャラクターがワンパターンなのである。ワンパターンというのは、おおむね次のように整理できる(戦国時代のものに限る)。(1)主人公は、常に正義の人であること(2)主人公は乱世にあって、平和な時代を築こうとしたこと(3)主人公は、民衆思いで慕われていたこと これにドラマの性格の困った点を挙げると、概してホームドラマであることと、ときにコント仕立ての脚本であること、になろう。 などなどであるが、要するに主人公は「良い人」なのである。それは、現代の価値観から見たものであり、いささか辟易するのだ。 なぜ、そうなってしまったのかは不明であるが、主人公の地元への配慮、野心でギラギラした主人公では具合が悪かったのかもしれない。しかし、盛んに主人公が「平和な世を築くのだ!」と連呼すればするほど、大変申し訳ないが、私にはうそ臭く聞こえるのである。 終了した「麒麟がくる」の光秀のケースで言えば、比叡山の焼き討ちに出陣していたこと、丹波八上城攻めで残虐な行為を行っていたことは周知のである。それは、当時の戦国武将として、さほど珍しいことではなかった。 しかし、ドラマの中の光秀は、比叡山の焼き討ちで女、子供、僧侶を逃がしていた。本当にそんなことがあったと想定できるのか。 つまり、戦国時代という時代性を考慮すると、いたずらに主人公を「良い人」に仕立て上げるのは、問題があると言わざるを得ないのである。 たとえば、戦時中のユダヤ人虐殺を扱った映画に「シンドラーのリスト」がある。これは何度見ても感動する映画だ。なぜ感動するのかといえば、最初はタダでユダヤ人をこき使って金儲けをしていた主人公は、やがて自分のやっていることに疑問を持つようになり、自分はどうすべきか苦悩する。決して最初から良い人として描くのではなく、等身大の人間像を描いていることになろう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) そして、また描写も残酷である。ナチスがユダヤ人を並べて銃殺するなど、悲劇そのものだが、かえってドラマの信憑性なりを際立たせている。残酷な事実に目を背けることがあれば、誰もこの映画に共感しないのではないだろうか。ワンパターンから脱却せよ また、大河ドラマの内容とは別であるが、付随した問題も多々ある。特に、大河ドラマが始まると、珍説、奇説の類がマスコミで盛んに取り上げられ、人々が飛びつくことである。これは、悲劇である。 その一つ一つを書くことはしないが、マスコミにはいろいろと配慮をお願いしたいところだ。むろん、そうした説を取り上げるなとは言わない。慎重なマスコミの場合は、複数の識者に意見を求め、両論併記している。とはいえ、結局はおもしろいほうが勝ってしまうので、珍説、奇説が独り歩きしてしまう。 同時に、行政の大河ドラマへの関わり方にも問題があるケースが散見する。承知の通り、大河ドラマが放映されると、観光客を呼び込むのに有利になる。それゆえ、行政がデタラメな説に飛びつくという、勇み足をしてしまう例も散見する。 それにより観光客を呼び込もうとするのだが、本末転倒ではないだろうか。というのも、誤った説を信奉するような「〇〇顕彰会」の類が設立されることもあり、そこに所属する人は「それが真実だ」と思い込んでいるからだ。そういう活動を行政が後押しすることもあるので、誠に罪深い。大河ドラマは、実に影響が大きいのである。 ちょっと苦言を呈したが、先に「大河ドラマ愛」に触れたように、頑張ってほしいと思っている。というのも、ご存じの通り時代劇は衰退の一途をたどっているからだ。もはや同じ曜日時間帯で長期にわたり連続して放映される時代劇は、大河ドラマしかない。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 亡くなった私の父は、時代劇が大好きだった。しかし、時代の流れとともに時代劇は姿を消し、悲しがっていた。 そこで、私なり考えて、大河ドラマに以下5つの提案をしたい。(1)主人公は常に正義の人であるというワンパターンはやめ、常に悩み苦しむ等身大の人物として描くこと(2)主人公は平和主義というワンパターンはやめ、ときに残虐で狡猾な姿を見せること(3)主人公は民衆思いで慕われていたというワンパターンはやめ、戦争の残酷さなどを真摯に描くこと(4)家族愛、きょうだい愛、親子愛を強調するホームドラマをやめ、ときに親子、兄弟が殺しあうような悲惨な現実を描くこと(5)コント仕立ての脚本はやめ、重厚長大な大河ドラマであってほしい むろん、これには異論があるだろう。しかし、ここ10年ほど大河ドラマを見てきた者としては、ぜひお願いしたいところである。

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    この期に及んで緊縮思想、薄っぺらい「民主党的なる」懲りない面々

    も言うべきものに、結局、政権が交代し、安倍政権となりアベノミクスになってからも縛られてきたことは、本連載の読者に説明するまでもないだろう。今も続く「呪縛」 「呪い」をかけたのは12年当時の首相、野田佳彦議員(現立憲民主党)である。当時の日本経済は長期停滞を脱していなかったが、そんなことお構いなしに増税路線に傾斜したことは大きな批判を招いた。結果的には、民主党政権の下野にも影響したと言える。 その後、さまざまに分派したり、名称だけ変更したり、あるいは内輪もめなどを繰り返したが、この「民主党的なるもの」たちは、いまだに国会の中で大きな勢力を維持している。新型コロナ危機で日本経済の痛みがひどい中で、やるべき政策は、積極的な金融・財政政策であることは世界的な常識である。だが、そんな常識とは違う次元で「民主党的なるものたち」は国会の中で「棲息」しているようだ。 2月15日の衆議院予算委員会で、野田氏は「党首討論のつもりだ」として、菅義偉(すが・よしひで)首相にさまざまな質問を行った。報道で注目されたのは、菅首相が公邸に住まないことによる危機管理や税金の無駄遣いなどの論点だ。率直に言って、ワイドショー受け狙いや「民主党的なるもの」に魅(ひ)かれ続ける人たち向けの話題でしかない。 だが、注目すべきなのは、野田氏が緊急事態宣言での積極的な財政政策によって、財政が緊急事態を迎えていると財政規律の必要性を強調したことだ。相変わらずの緊縮思想である。問題なのは、立憲民主党が野田氏にこの質問を認め、それをさせたことだろう。要するに、立憲民主党もまた、新型コロナ危機において財政規律を求める姿勢を優先させているのだ。 同日、国民民主党の岸本周平議員(元民主党)も上記の緊縮思想と共通する発言をしている。「復興増税」のように、今回のコロナ対策を「コロナ税」的なもので行うことを求めるものだった。岸本氏は「コロナ(対策)のお金をなんとか私たちの世代で払う、その覚悟をみんなで持つべきだ」と述べ、国民の負担増を伴う議論を避けないよう首相に迫った。SANSPO.COM 2021.2.15 岸本氏も国民民主党を代表しての質問なので、同党のスタンスがこれで明瞭だろう。民主党政権の経済政策思想は、立憲民主党、国民民主党に引き継がれているのだ。懲りない面々である。 もちろん、与党にも課題はある。現時点で必要な経済政策は3つの段階に分かれる。緊急事態宣言のような感染拡大が懸念されている時は、雇用や企業を維持する支援策の拡充に努めること、これが第1の段階である。このときに検討されるべき政策は、持続化給付金のような、コロナ危機に起因する企業の売上減少を補塡(ほてん)する政策だ。 感染抑制が行われて、しかしまだ経済活動を本格化できない「過渡的な状態」では、慎重にターゲットを絞った景気刺激政策がさらに要請される。これが第2の段階である。具体的には、GoToキャンペーンや公共事業などの実施と拡充である。さらに、この2つの段階では、同時並行的にコロナ対応の病床と医療従事者の確保と待遇改善などの医療支援体制の充実が求められるし、また、予備費の積極的な活用がないといけない。特に予備費については、20年度予算で計上した予備費残高約3兆円の早期支出が求められる。また、来年度予算の予備費5兆円も早期に支出しなければいけない。 ワクチン接種が本格化し、人々の間で新型コロナ危機の本格的な終焉(しゅうえん)が期待される中で本格的な景気刺激策を採用するのが3段階目の政策対応である。もちろん、新型コロナとはこれから何年かにわたり「共存」していく可能性があるが、ワクチン接種とその効果が顕現することは、国民に「新型コロナ危機の終焉」を期待させるに十分だろう。衆院予算委員会で答弁する菅義偉首相=2021年2月15日、国会・衆院第1委員室(春名中撮影) この段階での景気刺激政策は、消費や投資の拡大に貢献するに違いない。減税、給付金、防災インフラへのさらなる投資など、さまざまな具体策が考えられるだろう。肝要なのは、「民主党的なるもの」たちが主張するような、早期の増税による財政規律のスタンスを見せないことだ。特に、消費増税や「コロナ税」は禁物である。 そのような政府のスタンスが明らかになる段階で、国民の消費への姿勢がしぼんでしまい、景気回復が後退してしまうだろう。また、金融緩和政策との連動も必要だ。政府と日本銀行はさらに協調関係を強化し、インフレ目標到達までその積極的な姿勢を示すべきだ。

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    問うべきは雇用契約、本質を突く慰安婦新論文に秘められた価値

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 米ハーバード大ロースクールのJ・マーク・ラムザイヤー教授の論文が国際的な波紋を招いている。「太平洋戦争における性契約」と題された論文で、学術誌「インターナショナル・レビュー・オブ・ロー・アンド・エコノミクス」の65巻に掲載予定である。 内容は慰安婦問題に関するものであり、「慰安婦=性奴隷」説に反論し、「慰安婦」を性的サービスの問題として解釈して瑕疵(かし)を明らかにしている。 ラムザイヤー教授の論文は学術的な性格のものである。論文の要旨は産経新聞が的確に要約している。しかし、この論文に対して、ハーバード大の韓国系の学生らが抗議の声をあげたと韓国大手紙の中央日報が報じている。 ラムザイヤー教授の業績は、人の経済合理性を基準にして、法、制度、経済政策などを鋭利に分析することで日本でもよく知られている。F・ローゼンブルース教授との共著「日本政治の経済学 政権政党の合理的選択」や、東大名誉教授の三輪芳朗氏との一連の共著で、戦後日本の経済、特に産業政策についての通説を打破したことが著名である。 分析においては、人の合理的な選択を前提にすることに特徴がある。例えば、日本の官僚たちが極めて有能であり、そのリーダシップで日本の産業が戦後「奇跡的な経済復興」を成し遂げたと見なす俗説に立ち向かったことでも明らかである。城山三郎氏の小説「官僚たちの夏」では、そのような有能な官僚による産業政策の「裏側」がフィクションとして提供されている。 民間の企業家たちが、政府や官僚に従属する主体性のないものとして描かれていることにラムザイヤー教授は疑問を呈した。企業も、政治家も、官僚たちも合理的な選択を行うプレーヤーであり、その観点から日本の産業政策を省察することにあった。その結果、官僚たちの役割はむしろ民間の企業の選択をゆがめ、非効率的なものにすることにこそ貢献したという通説の打破につながった。ソウルの日本大使館前に設置された従軍慰安婦の被害を象徴する少女像=2021年1月8日(共同) 今回の慰安婦論文に関連して筆者が思い出すのは、ラムザイヤー教授による「官僚の天下り」の解釈である。以前、拙著「不謹慎な経済学」(講談社)で紹介したことがある。簡単にいうと、天下りそのものは社会悪ではない、とするものである。 与党政治家と官僚のキャリア形成に関わる一種の「雇用関係」として天下りを見なしている。与党の政治家は、官僚に自分たちの利益にかなうような仕事をしてもらう。官僚たちは現役のときは相対的に低い給料に甘んじながらも、その見返りとして退職後は政府関連機関などで、天下りによるの高所得を享受する。 官僚たちの過酷な労働に見えるものも、生涯報酬の観点からはつじつまが合い、与党政治家も官僚たちもお互いがこの「契約関係」に満足しているというものだ。しかし、ラムザイヤー教授らはこれでいいとは思っていないことに注意が必要だ。経済の視点から読み解く 天下り契約自体は効率的なものであっても、その天下りそのものが社会に負担を強いるか否かは別途解明されなければならない。天下り先の政府関連機関が、国民にとって社会悪といっていいような浪費を繰り返すのであれば、それは問題だ。 天下り官僚たちが、特定の人物や集団に利益誘導することで、競争を阻害してしまうことは社会的損失になる。これは先に指摘した、ラムザイヤー教授の産業政策神話への批判につながることは明らかである。 今回の論文は、まず「慰安婦」をそれ以前から日本、そして当時統治下にあった朝鮮の公娼(こうしょう)制度の海外(域外)軍隊バージョンとして位置付けていることに特徴がある。つまり「慰安婦」制度が、日本軍の海外派兵によっていきなり出現したのではなく、それ以前から存在した公娼制度の一類型という認識である。 この解釈は、日本でも話題になった「反日種族主義」(李栄薫・元ソウル大教授編著)での主張と同じである。李氏らが経済史という観点から慰安婦問題を理解し始めたのと同様に、ラムザイヤー教授もまた経済学的手法でこの問題に光をあてようとしていることは注目すべきことだろう。 ラムザイヤー教授も李氏らも「慰安婦=性奴隷」説を否定している。女性らの意思を無視して、強制的に性的労働を課したわけではない。当時の公娼制度の典型的なパターンであるが、本人と慰安所経営者との雇用契約、年季奉公契約をもとに働いていた。 この雇用契約は、本人や親へ前もって支払われた対価(前借金)の返済のため行われていた。もちろん、その雇用契約が、起こりうることを明らかにした上で結ばれる「完備契約」であったかどうかは問われなければいけない。李氏らが主張しているように、当時の韓国の家族内における父親の権威がゆがんで強まっていたことにより、娘たちの選択の自由が奪われていた可能性はある。 また、契約の内容をよく知らないために、意図しない形で慰安婦になってしまったケースもあるだろう。特に慰安婦は、日本や朝鮮とは異なる「外地」であり、戦時中では特にリスクの高い環境で働くことになる。この高いリスクがきちんと慰安婦側に理解されていたかどうかも論点になる。 だが、いずれにせよ「慰安婦=性奴隷」説は間違いだ。多くでは債務を履行するか、契約期間満了のどちらかで、その身体は自由であり、およそ性奴隷的なものではない。また「公娼」の多くは、衣食住や給料の水準でも他の業態に従事する女性たちよりも恵まれていた。当然だが、今日的な観点からは、このような「公娼」制度が認められていいわけはなく、単に当時の歴史的な文脈の中で解説しているにすぎないことをお断りしておく。 産経新聞のラムザイヤー論文の要旨を引用すると、「内務省はすでに売春婦として働いている女性のみ慰安婦として雇うことを募集業者に求め、所轄警察には、女性が自らの意思で応募していることを本人に直接確認するとともに、契約満了後ただちに帰国するよう女性たちに伝えることを指示した」とあった。ソウル市内で「反日種族主義との闘争」の発刊の記者会見に臨む李栄薫氏(右から3人目)=2020年5月(名村隆寛撮影) だが、ラムザイヤー氏はこの契約が、先にも指摘したように「完備契約」ではなかったとする。その理由は、主に雇用者と慰安婦の仲介をした朝鮮での募集業者であった。募集業者が、この雇用契約を「不完備」なものにしていた。きちんとした契約内容を伝えることなく、募集を行っていた業者も多かったのではないか。それがラムザイヤー論文の指摘である。 このとき日本軍、当時の日本政府の「責任」とはなんだろうか。「性奴隷」を生み出したことではないことは、ラムザイヤー論文や李氏らの著作からも明らかであり、現在の日本政府が否定していることでもある。こうした新たな視点を持った論文などを、慰安婦問題を実証的で合理的に検討するための一つの契機にすべきだろう。

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    信長の神格化に一役?疫病終息祈願で広まった安土「人魚」騒動

    橋場日月(歴史研究家、歴史作家) 天正9(1581)年1月8日、織田信長の正月イベントは御爆竹(おんさぎっちょう)=左義長(さぎっちょう)として行われたわけだが、現在でも続く神社でのお焚き上げやどんと焼きのような左義長とは様相が異なったようだ。 近江八幡の八幡山城のふもとにある日牟禮(ひむれ)八幡宮では、信長による安土の左義長を継承したという「八幡の左義長」が現在も連綿と続いている。それは左義長と呼ばれる青竹やわら、干支にちなんだ飾りで組まれた山車同士を激しく衝突させ(左義長のけんか)、最後の夜にはその左義長に火を放つという派手なものだ。 水分を多く含んだ青竹は火によって大きく爆(は)ぜる。おそらく信長の時代も破裂音が炸裂したのだろう。 熱狂した観衆がどっと喚声を上げて囃(はや)し立てる中を、黒の南蛮笠(とんがり帽子形で、ぐるりと周囲につばをめぐらせた笠)に天上眉を描き、紅い公家装束に唐錦の袖無し羽織、虎皮の前垂れという何とも〝映え〟でシュールな出で立ちの主役、信長以下が馬場を駆け回る。中には爆竹の音に驚いて暴れる馬もあっただろう。 それを見事に御する馬乗りには万雷の拍手が贈られたに違いない。それはあたかもスペイン・バルセロナのメルセ祭りや中華圏の元宵節、アメリカのロデオを一緒くたにしたパレードだったというべきか。 ひとしきり馬場で暴れた信長は左義長に火を点けさせると大盛り上がりの中をそのまま町中にも馬を繰り出し、見物の大衆を熱狂させた。こちらは、まるでF1のモナコグランプリを連想させるような光景だ。 こうして、いかにも信長らしい豪快で賑やかなイベントが挙行されたわけだが、この信長流左義長、5年前に彼が安土城の建設を開始して以来、これが初めての開催だった(少なくとも「信長公記」にはそれより以前に実行された記述は見当たらない)。なぜ信長はこの天正9(1581)年というタイミングで左義長を開催したのだろうか。左義長まつりで、日牟禮八幡宮を出発する山車=2015年3月、滋賀県近江八幡市(甘利慈撮影) 左義長は昔も今も、火によって厄を祓う行事。信長のそれも、魔除けの意味が込められていたことは間違いない。 ただ、いくら魔除けオタクの信長とはいえ、彼は1月1日に側近の長谷川秀一ほかに命じて馬場の設営工事を開始させ、8日に開催告知を出し、15日のイベント当日を迎えている。元関白の近衛前久や元室町幕府重臣の伊勢貞為、織田家一門衆、近江衆を動員するという大がかりなものだから、とても伊達や酔狂だけで唐突に実行できるものでもない。これだけ大がかりなイベントを特に差し迫った必要もなく、わざわざ実行するとは考えにくい。 では、信長の真の狙いは何か。祈祷は信長の指示 少し話が変わるが、昨令和2(2020)年3月に駒澤大の禅文化歴史博物館が所蔵する「松平家忠日記」が国の重要文化財に指定された。 徳川家康に属する松平一族家忠は三河国深溝(現在の愛知県額田郡幸田町の内)を本領とし、主に城や砦の土木工事関係を得意とするテクノクラートだった。のち関ヶ原合戦の前哨である伏見城防衛戦で討ち死にすることになる彼の日記は家康だけでなく信長の動静にも触れており、当時の動きを知るための貴重な史料となっている。 その「家忠日記」のこの年4月の記事の空白に「人魚」の絵が描かれている(ページ下部の写真参照)。このイラストには説明文も添えられている。曰く、「正月22日に(安土で)干上がった田んぼに出現した。安土で人を食った。〝トノコーシ〟と鳴き身長は6尺2寸(180センチ余り)、名称は〝人魚〟という」 1月22日に信長のお膝元の安土で人魚が出現したという噂が、4月になって三河の家忠の耳にも入ったという流れなのだろう。 この家忠による人魚像、ヒトの頭と鱗(うろこ)の生えた両腕を有していて、人間の上半身と魚の下半身を併せ持つ人魚の日本史における先駆けのようなもので、黒髪を生やしているあたりは、昨年新型コロナウイルス禍の中で話題になった「アマビエ」を思わせる。いや、人魚=アマビエと言ってもよいだろう。 というのは、肥後=熊本で目撃された「アマビエ」の「アマ」は尼・海女・海士で人、「ヒエ」は熊本弁で「魚」に関係するからだ。つまり、人魚の方言でしかない。 人魚には古くから吉兆としてとらえる考えが存在し、江戸時代後期に記録されたアマビエもその流れの中にあって肥後国の沿岸に姿を現して「疫病が流行するから早く私の姿を描いて回覧せよ」と告げたという幕末の瓦版がネタというが、人魚自体が「八百比丘尼」の例でも分かるように無病息災・延命長寿の象徴でもあった。文科大学史誌叢書「家忠日記 二」国立国会図書館デジタルコレクション そこで安土の人魚騒動である。人を食ったというのは、近江から三河まで噂が伝播していく途中で付いた尾ひれだろう。 この前年の天正8(1580)年、日本は富山で豪雨水害が起こる(「富山市史」)など天候不順で、諸国に疫病が大流行し多数の死者が出た(「日本災異志」)。このため、奈良では筒井順慶が春日大社と興福寺に疫病退散の祈祷をおこなわせている(「増補筒井家記」)。11月に大和国で祭礼が一切行われなかった(「多聞院日記」)のも、この伝染病の関係だったのではないか。 筒井順慶は冬に信長から大和一国を任されるのだが、いずれにしても全国的な疫病のエピデミック終息を祈る立場ではもちろんないから、この祈祷は天下人たる信長の指示によるものだ。 ちょうどこの頃、安土城では西の尾根沿いに建てられていた摠見寺が完成に至った(といっても、近江国の各地から建物を寄せ集めたモザイク仕様だったことは以前に述べた通り)。 「正仲剛可置文」という江戸時代最初期の史料には、この摠見寺の本尊は観世音菩薩だが、信長が拝礼する「遍いさいてん」も安置されていたとある。これは「べいざいてん」=弁才天で、のちにはこれが竹生島から移されてきたものだと説く史料もあるが、モザイク摠見寺としてはあり得る話だ。「人魚」で疫病退散祈願? 言うまでもなく弁才天は水神であり、信長はわが身の一部として大切にしたのだろう。問題なのは、竣工して安土城を登り下り生活する諸人の前に信長が掲げた文言だ。この寺を信仰すると、以下のご利益がある。一、金持ちはより金持ちになり、貧乏人も金持ちになる。一、子が無く悩む者は子を得、末裔まで繁栄し、本人は延命長寿を享受する。これを信じて信長の誕生日に寺へ参詣しろ。そうすれば、ご利益は必ず実現する。反対に信じない者は現世でも来世でも滅亡する これを記録した宣教師のフロイスは、信長が自分自身を神として崇めさせようとしたと非難している。唯一神、エホバの信者であるキリスト教徒としては当然の反応だが、日本は多神教、八百万(やおよろず)の神々の国だ。 菅原道真が天神様として祀られ、のちに豊臣秀吉、徳川家康も豊国大明神・東照大権現となったことを見ても、信長の行為はそれほど責められるべきことではない。秀吉と家康は信長の前例を踏まえてよりスマートに、朝廷を巻き込んでより手続き的で説得力のある神となる方法をとっただけだ。 信長が彼らより直接の手段で神になろうとしたのは、彼自身の性格もあるだろうが、龍・大蛇のパワーと一体化し、水を操り、世界を支配するという若い頃からの目標へ一直線にたどり着こうという情熱のなせる業である。 とにかく、信長にとって、疫病の蔓延は非常に具合が悪い。天下人として政治的にまずいのは当たり前であるし、水害と関連性が深い疫病を沈静化できなければ水神としての沽券(こけん)にも関わる。疫病除けの神農=牛頭天王の信用も地に墜ち、二重三重の意味でそれらと関わり深い信長の権威にも傷がつく。摠見寺三重塔=2016年12月、滋賀県近江八幡市 何よりも、彼自身が摠見寺に掲げた高札のご利益が絵に描いた餅になってしまうではないか。 「なんだ、無病息災で長生きできて金持ちになるといっても疫病一つ解決できない神様なんか何もありがたくないよ」という話だ。 こうして安土の城と町は、信長以下疫病退散を願う熱気に包まれた。信長は南都の大寺院に祈祷を命じ、人々は人魚の絵を描いて疾病の退散を祈ることが広く行われたのではないか。そう、後世のアマビエがその民間信仰を受け継いで絵にされ、現代においてもそれが再現されたように。 ここで思い出されるのは、3年前の天正6(1578)年5月に近畿地方で大豪雨が発生した際の彼の動きだ。信長は京で祇園祭を見物したのだが、これが洪水被害による疫病の発生を抑える願いを込めた行動だったのと同様、今回も具体的な目的があったわけだ。

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    財政規律に拘泥、マスコミの「トンデモ」が日本の足かせになる日

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナ危機が1年以上も続く中で、ポストコロナというべき経済論点が注目を浴びている。それはデジタルトランスフォーメーション(DX)を志向した社会の変革や「新しい生活様式(ニューノーマル)」というものではない。コロナ危機以前からある二つの問題、「財政危機」と「バブル崩壊」という論点だ。今回は特に前者の問題について書いておきたい。 例えば、朝日新聞は昨年末、社説で「追加経済対策 財政規律を壊すのか」「来年度予算案 財政規律のたが外れた」と連発して、菅政権の第3次補正予算と令和3年度予算案の批判を展開した。最近では毎日新聞も「コロナ下の財政見通し 現実に向き合わぬ無責任」という社説で「暮らしを守る支出は惜しんではならない。だが、それに乗じて財政規律を緩めるのは許されない」と批判している。 バブル崩壊のほうは、ここ数日の米国株式市場でのゲームストップ株を中心とする、株価の乱高下が、「米国含めて先進国の株価は実体経済と乖離(かいり)したバブルではないか」という懸念をいっそう強めている。 「財政危機」も「バブル崩壊」も新型コロナ対策で、先進国を中心にして世界が積極的な財政政策と金融緩和を継続していることを背景にしている。日本もそうだが、医療支援制度の拡充やワクチン接種の体制の構築、そして各種給付金や資金援助などで巨額のおカネが政府から出されている。 国際通貨基金(IMF)の最新の論説では、「世界全体の財政支援は2020年12月末時点で14兆ドル近くに達した。2020年10月以降、約2・2兆ドル増加したことになる。内訳は追加支出あるいは(規模はそれより少ないが)歳入の見送りが7・8兆ドル、政府保証、融資、資本注入が6兆ドルを占める」と指摘されている。 日本はなぜか「緊縮スタンス」という批判を浴びることがあるが、国内総生産(GDP)比でみても国際水準でみてもトップクラスの成績である。 ただし、それだけの巨額でも新型コロナ危機では、飲食や観光業その関連業種を中心にダメージは大きく、またそこで働く非正規の人たち、特に女性層に強く悪影響が出てしまっている。特定の部門に悪影響が強く出て、それが経済全体を低迷させているという図式は、日本だけでなく世界の主要国で共通している。世界共通の課題 また、金融緩和も積極的に行われている。日本を含め、主要国はマイナス域からゼロ近傍まで金利を低め、積極的に自国通貨(おカネ)を市場に積極的に投じている。財政政策と方向性を合わせて、雇用の安定、銀行など金融システムが不安定化しないこと、そして新型コロナ危機で運転資金が危うい企業に貸出を行うことなどである。そのため先進国の金利は長期間にわたって低金利環境にあると予測されている。 このような積極的な財政政策や金融緩和の環境が続くことは、新型コロナ危機で傷んでいる経済を救済する上で極めて重要だ。日本では緊急事態宣言の再発令がさらに1カ月ほど延長されるのではないか、という見方がある。財政・金融ともにいっそうの積極的な介入が必要であり、それ以外の選択肢はない。 それは世界の流れでもあり、この10年でかなり変化したとはいえ緊縮政策の牙城のイメージも強いIMFが、前述の論説の題名を「各国がワクチン接種を急ぐ中でも政府支援は重要」としていることでも明瞭である。 もちろん、一部の極端な論調にある「自国通貨を発行できる国は政府の予算制約を考えること自体が間違いである」として、どんどん政府支出を増やせ、というロジックを持ち出す人がいる。だが、これは極端な論である。 新型コロナ危機対応を超えて、経済の不平等という長めの問題に積極的な財政・金融政策の必要を訴えている米国のジャネット・イエレン財務長官も、米国の債務水準について危機感を抱いている。だが、それは冒頭に挙げた朝日新聞や毎日新聞の社説に見られる典型的な「財政規律」の要求とはおよそ違う視点だ。そして「政府の予算制約」を無視した議論とも異なる。 イエレン財務長官の視点は、国際的には「ふつう」の経済学に視点でもある。景気や経済の安定を図る中で、結果として「財政規律」を生み出すというのが標準的な思考だ。「財政規律」が目的ではない。あくまで経済が良くなる結果として生み出されるものだ。このときの「財政規律」問題を考えるには以下の式が便利である。似たような式はいろいろあるが、その一例である。 この名目純国債残高は、政府と公的機関そして日本銀行が有する資産と負債から求められる、言ってみれば広い意味の「政府の借金」である。それが日本経済の規模(名目GDP)との比率で左辺は表現されている。簡単に表現すると債務GDP比率といわれるものだ。この比率がどんどん大きくなると「財政危機」的な状況であり、反対に縮小していくか安定していると「財政規律」的な状況である。衆院本会議で新型コロナ特措法改正案について答弁する菅義偉首相=2021年1月29日、国会(春名中撮影) 新型コロナ危機前のアベノミクスの期間では、上式の意味で「財政規律」が守られていた。名目GDP自体は、民間の経済活動の帰結であるが、ただし金融政策、財政政策の影響を受ける。特に金融政策の影響は顕著であり、インフレ目標2%を目指してからの名目GDPの増加、すなわち上記の債務GDP比の安定は顕著であった。「トンデモ」に異議あり 政府支出-税収がプライマリーバランス(基礎的財政収支)と呼ばれるものだが、この式の右辺第2項をみるように名目GDPの成長率が利子率を上回れば、プライマリーバランスにかかわらず国債の新規発行分・名目GDP比率はある一定の値に収束する(=財政危機の回避)。 逆に名目GDPの成長率が利子率を下回ると発散する(=財政危機の到来)。すなわち、しばしば「財政規律」論議で話題になるプライマリーバランスの構造的な改善よりも財政危機を回避する際に極めて重要なのは、名目利子率と名目GDP成長率の大小関係ということになる。 もちろん、名目利子率と名目GDP成長率が安定していても(例えば、後者が前者を上回っても)プライマリーバランスの赤字によって「財政危機」が発生する恐れがないわけではない。日本や米国などでは極めて蓋然性が低いだろうが、債務GDP比率が発散する可能性はあるかもしれない。 そのために「長期的」には、このプライマリーバランス、成長率、金利をバランスよく見ていかなければならない。こうした議論は、田代毅経済産業省経済産業政策局企画官の「日本経済 最後の戦略」(日本経済新聞出版社)や、経済学者のオリビエ・ブランシャール氏と田代氏の「日本財政政策の選択」を参照されたい。 他方では、新型コロナ危機や、経済格差の深刻さが解消されるまでは、そんな「長期」の問題を心配するのは間違いだというのがイエレン財務長官の認識であろう。 それは「ふつう」の経済学の視点であり、筆者も共有する。新型コロナ危機を脱し、経済が安定化する前に(この実際の時間はかなり長期間だろう。数年、10年単位かもしれない)、増税などでプライマリーバランス黒字などを追求すれば、経済や雇用は不安定化し、むしろ「財政規律」は達成できなくなるだろう。今の政府のように2025年の黒字化維持などという経済の実体で判断するのではなく、単なる年限で切る発想は「財政規律」を本当に達成する上で、極めて危険である。記者会見するイエレン前米連邦準備制度理事会(FRB)議長=2017年、ワシントン(ロイター=共同) 簡単な議論がお好みであれば、今、プライマリーバランスの黒字化などを議論するのは「トンデモ」である、と言い切ってもいいだろう。ただし、少しだけ複雑な議論に興味がおありなら、現在、「財政規律」を持ち出すマスコミや政治家・官僚、識者がいかにトンデモだろうと、プライマリーバランスのことも少しは忘れないで心にとどめてね(=嫌いにならないでください)、というのが財政危機問題を考えるポイントになる。

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    政府のしくじり優先、娯楽的に「反ワクチン」を煽る偏向報道の罪深さ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) マスコミの報道は、一つの娯楽の提供だと考えたほうが分かりやすい。真実の追求や社会的問題の提起という側面はあるが、それでも営利的な動機からニュースという娯楽を供給し、それを視聴者や読者が消費していく。 娯楽には日ごろのストレスを発散する効用がある。今の新型コロナ危機の感染対策や経済対策を巡る報道を見ていると、まさに国民の不満解消を狙いすぎているのではないか。 この種の報道のパターンは簡単で、①悪魔理論②全否定か全肯定かの判定、である。 ①の悪魔理論は、単純明快な二元論で、善(天使)VS悪(悪魔)という二項対立で物事をとらえる。例えば、現在の第3波の拡大は政府の「GoToトラベル」が原因だった、と「悪」として見なしてしまう。今日、その「悪」のイメージは「第3次補正予算にはGoToトラベルが入っているが、今はそれよりも優先する政策があるので予算組み替えが必要だ」という議論に結びついている。 また、政府は「悪魔」になりやすく、政府のやることはすべて失敗が運命づけられているような報道を好む。さらに、この悪魔理論では、政策ベースで議論することよりも「人間」そのものやゴシップを好む。面白い娯楽になるからであり、それ以外の理由はない。菅義偉(すが・よしひで)首相の言い間違いや会食などが極めて大きくクローズアップされるのもその一例であろう。衆院予算委員会で答弁する菅義偉首相=2021年1月25日、国会・第1委員室(春名中撮影) ②の全否定か全肯定か、という報道の手法は、「あいまいさの不寛容」と言われている。最近の新型コロナのワクチンに関する話題は、反ワクチン活動かと思うほどに偏っていた。例えば、週刊誌「アエラ」(朝日新聞出版)のツイッター公式アカウントが投稿した見出しが偏ったものであったことは明瞭である。医師1726人の本音 ワクチン『いますぐ接種』は3割さらに、「米国内でのワクチン接種でインフルエンザワクチンの10倍の副反応が出ていることをどう評価するか」「世界一多いといわれる病床を活用できないのはなぜか」についても記事を掲載しています。「AERA」公式アカウント アエラだけではなく、他のマスコミ報道やテレビなどでも、副反応が過度な注目を集めている。もちろん、副反応が「ない」などと言っているのではない。確率的には生じるのが低いとされる問題に、今の日本の報道が偏っていることを言いたいのだ。不毛な「GoToたたき」 ここには確率的な事象への無関心がある。バランスを欠いたのは見出しだけで、記事の中身では中立的な議論がなされているという指摘もあるだろう。だが、その種の批判は妥当ではない。記事の中身のバランスがいいのならば、見出しもバランスよくすればいいだけなのだから。 「日本で接種が予定されているワクチンは新型コロナに対してかなりの効果があり、副反応があったとしても確率的にわずかなものである」という話が、いつの間にか「副反応があるので、ワクチン接種はするよりも慎重になるか、しないほうがいい」という話になってしまっていないだろうか。 このような「反ワクチン」的な報道や世論の一部の動きに対しては、政府も何もしていないわけではない。ネットなど情報発信に優れている河野太郎行政改革担当相をワクチン担当相に指名したのは、マスコミの報道姿勢への対抗でもあるだろう。 ところで、「第3次補正予算にはGoToトラベルが入っているが、今はそれよりも優先する政策があるので予算組み替えが必要だ」という発言を考えてみる。GoToトラベルたたきは今も盛んであり、「悪」の象徴のように扱われている。 GoToトラベルの経済効果はかなり顕著であった。感染拡大が抑制され(感染がゼロになるわけではないことに注意)、経済の再起動に重点を置くときに必要な政策である。 政府の非公式な経済効果試算では約1兆円。明治大の飯田泰之准教授は規模は示していないが、いくつかの統計データからGoToトラベルの経済効果が大きいことを指摘している。 現状では経済の活発化に伴い、感染も次第に再拡大していく恐れが大きい。医療体制支援の拡充や、一人一人の感染対応が重要なのは変わらない。 今は緊急事態宣言の真っただ中なので、感染抑制に人々の視点が集まってしまいがちだが、第3次補正予算が順調に審議、可決され、予算が執行されるのは緊急事態宣言が解除になっている時期である。 最悪、再延長されたとしても感染拡大期が無限に続くわけもない。感染拡大期が終わって、経済活動を刺激するときに、このGoToトラベルの予算を確保していることは十分な「備え」になる。参院本会議で答弁する河野太郎行政改革担当相兼ワクチン接種担当相=2021年1月22日、国会(春名中撮影) しばしば、野党やマスコミは「緊急事態宣言は後手にまわっている」と菅首相を批判してきた。だが、昨年の補正予算の審議で、予備費を計上したときに、その金額が巨大である、国会を軽視しているなどと批判を展開してきた人たちがいた。現在の緊急事態宣言の中で、予備費から飲食店への一時協力金が出ているが、この人たちは「備え」を否定していたことになる。 予備費を批判した同じ口で「自粛と補償は一体」と言う人も多い。まさに反政権が優先しているだけで、国民の生活目線とはとても言えないだろう。

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    兵法教育は優れど、「軍師」はウソだったといえるこれだけの理由

    渡邊大門(歴史学者) 最近は流行らなくなったが、少し昔のビジネス雑誌をひも解くと、戦国時代の「軍師」をモデルにして、いかにビジネスを成功させるかといった記事をよく目にした。 たとえば、豊臣秀吉の「軍師」だった黒田官兵衛(孝高、如水)は、「偉大なるナンバー2」と持ち上げられ、「ナンバー2」の美学なるものがまことしやかに語られた。しかし、戦国時代に「軍師」なる言葉はなく、「鶴翼の陣」などの陣形も嘘と考えたほうがよさそうだ。それらは、いい加減な史料に書かれたもので、信用に値しないのである。 以下、「軍師」などについて考えてみよう。 わが国では、座学としての戦争研究が発達していた。これは事実である。戦国大名には刀、弓、槍、鉄砲などの鍛錬が必要である一方、座学である兵法書を読むことも重要だった。「論語」「中庸(ちゅうよう)」「史記」「貞観政要」などの中国の古典が代表的なものである。 また、「延喜式(えんぎしき)」「吾妻鑑(あづまかがみ)」といった日本の典籍など、為政者としての心得を学ぶための書物も含まれていた。ただ、戦国大名がそのまま読むには難解だったため、公家や僧侶から講義を受けることもあった。 兵法書には、武経七書と称される「孫子」「呉子」「尉繚子(うつりょうし)」「六韜(りくとう)」「三略」「司馬法」「李衛公問対」が代表的なものとして存在する。それらの兵法書は、すでに奈良・平安時代に日本に入っていたといわれている。しかし、これらの書物は日本の古典と同じく難解で、とても戦国武将がすらすらと読めるものではなかった。 室町時代には足利学校(栃木県足利市)という儒学などを学ぶ機関があり、その卒業生が戦国大名に兵法書の講義をした。 小早川隆景は、足利学校出身の玉仲宗琇(ぎょくちゅう・そうしゅう)と白鴎玄修(はくおう・げんしゅう)の2人を、鍋島直茂も不鉄桂文(ふてつ・けいもん)を招いていた。直江兼続のもとには、足利学校出身の涸轍祖博(こてつ・そはく)がいた。 徳川家康のブレーンである天海も、足利学校の卒業生である。実際には、彼らが兵法書の解説などを行っていたのだろう。 足利学校の歴史が明らかになるのは、室町時代中期頃である。鎌倉から禅僧の快元を招き初代庠主(しょうしゅ、校長)とし、学問の興隆と学生の教育に力を入れた。 その後、関東管領の上杉憲忠が易経「周易注疏」を寄進し、子孫の憲房も貴重な典籍を送ったという。永正、天文年間(1504~54)には約3千の学徒が在籍したといわれている。天文18(1549)年に日本を訪れた宣教師のザビエルは、「日本国中最も大にして最も有名なる坂東の大学」であると足利学校を称えたという。史跡足利学校内の庫裏(手前)などの建造物=栃木県足利市 (川岸等撮影) 足利学校は軍師養成学校と称されるが、それは大きな誤解である。足利学校で学んだ僧侶は中国の古典に優れ、また軍配の際の占いや易学に精通していたので、そう呼ばれたにすぎない。「軍師」ではなく「軍配師」 戦国武将は実技たる武芸の技を磨くのみならず、座学での兵法書の読解にも励まねばならなかった。実技と座学が一体化してこそ、優れた武将として評価されたのである。 では、いったい「軍師」とはどういう存在だったのだろうか。その点を詳しく掘り下げてみよう。 辞書類によれば、「軍師」とは大将の配下にあって、戦陣で計略、作戦を考えめぐらす人を意味する。単に戦場で計略や作戦をめぐらすだけでなく、ときに外交にも携わるなど、多彩な能力を発揮した。 とりわけ戦国時代には、著名な「軍師」が数多く存在した。武田氏の山本勘助、今川氏の雪斎、上杉氏の宇佐美定行、毛利氏の安国寺恵瓊(あんこくじ・えけい)など、数え上げればキリがないほどである。 中にはその存在を示す一次史料に乏しく、出自や動向があまり分からない人物がいるのも事実である。山本勘助はその代表であったが、近年多くの一次史料が発見され、注目を集めている。 ところが、そもそも「軍師」という言葉は近世に生まれたもので、戦国時代に「軍師」という言葉が使われていた形跡は確認できない。「日本国語大辞典 第二版」(小学館)を確認しても、用例は近世以降である。東大史料編纂所の史料データベースを検索しても、「軍師」という言葉がヒットすることはない。 戦国時代には、「軍師」なる言葉は存在しなかった可能性が極めて高い。実際は「軍師」でなく、後述する「軍配師」と称するのが正しいようだ。当時、戦場でどのように戦ったのかは、後世に成立した軍記物語などの影響が大きく、当時の史料で探ることは困難である。 ましてや、「軍師」の立てた作戦が功を奏し、勝利を得た事実は確認できない。詳しくは後述するが、「第四次川中島の戦い」において山本勘助が用いたとされる「啄木鳥(きつつき)戦法」や、それに対抗した上杉氏の「車懸りの陣」なども、本当にあったのか否か、確認のしようがないのだ。 近世に至ると兵学が発達するようになるが、軍記物語にはその影響を受けた〝後付けの〟著述や理論も少なからず見受けられる。その点には、注意を払う必要があるだろう。 次に、軍配兵法の発展について考えてみよう。 日本に兵法が伝わったのは、奈良時代にさかのぼる。六国史の一つ「日本書紀」には、兵法を駆使したと思しき人々が登場する。出身地と伝えられる旧真備町に立つ吉備真備像=岡山県倉敷市 留学生として唐に渡った吉備真備(695~775)は、儒学、天文学、兵学を修め帰国した。兵法に通じた真備は城を築くなど、「軍師第一号」といわれている。なお、真備は陰陽道にも通じていた。実態は「縁起担ぎ」 わが国では「孫子」「呉子」「六韜」「三略」などを参考にして、多くの兵法書が編まれた。やがて戦いが恒常化する時代に入り、戦いの経験を積むことにより戦法が洗練されると同時に、兵法も大いに発達した。 南北朝期から室町期にかけて執筆された「張良一巻書」「兵法秘術一巻書」「義経虎之巻」「兵法霊瑞書」などは、代表的な兵法書といえよう。 これらの兵法書は中国では集団戦法を重視しているのに対し、一騎打ちの戦闘法に特化している特長がある。当該期の兵法は、宿星、雲気、日取、時取、方位などを重要視した軍配術が基本であった。これに弓馬礼法や武家故実が結びつき、軍配兵法が発達したのである。 つまり、一種の縁起担ぎに基づいていた。現代では合理的な考え方が重視されるわけであるが、戦国時代は必ずしもそうとはいえなかったのだ。軍配者は占星術や陰陽道に通じており、武将の命により合戦の日取りを決定した。その萌芽は、すでに12世紀初頭に確認することができる。 平安時代に賀茂家栄が撰した「陰陽雑書」によると、戦いに適した日は己巳以下の14日であるとされている。もっとも、諸書によって合戦に適した日は一定しないようである。したがって、各家の独自の理論に基づいていたと考えられる。確かで合理的な根拠に基づいていないのだ。 合戦に適した日時にこだわった例は、康平3(1062)年8月の前九年の役で確認することができる。 源頼義は安倍宗任の叔父で僧侶の良照の籠もる小松柵を攻撃しようとしたが、その日は日取りが良くないとの理由で延期している(「陸奥話記」)。日時にこだわる考えは、すでに平安時代から見られたのだ。 出陣の日については、足利将軍家が陰陽頭に依頼して吉日を選択していたことが知られている(「殿中以下年中行事」)。戦国大名の場合は軍配者に託したが、易者や山伏に委ねられることもあった。現代の感覚からすれば迷信頼みに見えるかもしれないが、当時はそれが信じるに値する「真実」だった。 その「真実」に基づき、戦国大名は出陣の日を定めていたわけであり、やみくもな判断に基づくものではなかったのである。神仏に畏敬の念を抱いていた当時の人は、日時も神や運を委ねていたのである。 つまり、私たちは戦国大名の配下には「軍師」なる司令塔が存在し、理論的に完成された「陣形」「戦法」で戦ってきたと思っていたが、それは間違いなのである。そもそも戦国時代に「軍師」は存在せず、後世に伝わった「陣形」「戦法」もまったく信用できないのが実情だ。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 戦国大名は軍配者に出陣の日取りを決めてもらい、戦闘はそれなりの作戦はあっただろうが、おおむねこれまでの戦いの経験則に拠ったというが実際だったに違いない。 もう嘘八百の「軍師」論は、お止めいただきたいものである。※主要参考文献 渡邊大門「戦国大名の戦さ事情」(柏書房)

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    芸人「流出」テレビ戦線に異常あり

    活躍の場をユーチューブに求める著名人が増えている。特にお笑い界では昨年、大物芸人らの「参入」が話題を呼び、テレビ業界から見れば「流出」だ。テレビ業界も調査指標を変えるなどして番組制作に勤しむが、「主戦場」が変わりつつある中、テレビはいつまで優位でいられるだろうか。(写真はゲッティイメージズ)

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    「トランプ言論封殺」騒動で見え隠れ、巨大IT企業と欧州の下心

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 米連邦議会の議事堂襲撃事件後に、会員制交流サイト(SNS)のツイッターがトランプ大統領のアカウントを「永久凍結」し、フェイスブックも同様の措置をとった。 ネットの世界だけではなくリアルな国際政治の場でも議論が起きた。ドイツのメルケル首相は報道官を通じて、言論の自由を制限する行為は一企業の判断によるべきではなく、立法府の決めた法に基づくべきだとして両社の対応を批判した。フランスの閣僚らもメルケル首相と同様に批判し、ウェブサービスの基盤を提供する「プラットフォーマー企業」への規制も視野に入れるべきだと、より立ち入った主張をしている。 だが、トランプ大統領に関する規制はさらに進展している。トランプ支持者が集うとされるSNS「パーラー」はネットの世界から姿を消した。アップルとグーグルは1月9日までに、それぞれのスマートフォン向けアプリストアからパーラーのアプリを排除していた。さらに、ウォール・ストリート・ジャーナルなどの報道によれば、パーラーのウェブサイトやデータを支えていたアマゾン・コムが支援を停止した。事実上の「消滅」だ。 ツイッターやGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)などが、トランプ大統領とその支持者への言論の機会を根元から奪った行為は、まさに大企業による私権の制限と言えるだろう。端的に不適切極まりない行為だと思う。 ただし、冒頭のメルケル首相やフランスの閣僚たちの発言を、単なる「言論の自由」の観点からのみとらえるのは妥当ではないだろう。経済金融アナリストの吉松崇氏から教えを受けたが、これは巨大IT企業と先進国政府のどちらが表現の自由をめぐる規制の実権を握るかの争いと見るのが正しいのではないか。 つまり、メルケル首相らは言論の自由をトランプ大統領やその支持者に認めるべきだ、という観点から発言したというよりも、実はその規制も含めて旧来の政府が担うのが正しいのだ、と言ったにすぎないのだ。2020年1月6日、米ワシントンの連邦議会議事堂の前に集結するトランプ大統領支持者ら(ゲッティ=共同) この吉松氏の指摘は興味深い。このことは今までの「デジタル課税」をめぐるフランス、ドイツと大手IT企業との攻防戦を見ても傍証することができる。GAFAなどのIT企業は「拠点なくして課税なし」という各国の課税ルールの原則から多額の「税逃れ」をしてきた。例えば、ネットを経由して大手IT企業が、ある国の消費者にさまざまなサービスを提供して利益を得ても、その国に恒久的な拠点(本店、支店、工場など)がなければ課税されない。新政権への「賄賂」? このため自国に拠点を持っている国内企業と大手IT企業との間には、税負担の点で不公正が発生し、また国際競争力の点で国内企業が不利になってしまう。欧州委員会は国内企業の課税負担は23・2%であるのに対して大手IT企業は9・5%だと報告している。 この税制上の大手IT企業への「優遇」を国際的な協調として是正しようという動きが、欧州勢には強かった。今までの国際課税のルール「拠点なくして課税なし」を変更して、IT企業に直接課税する提案や、また各国個別の対応が相次いで出されてきた。それに反対してきたのがトランプ政権であった。 最近は妥協点を見いだそうという動きもあったが、基本的にトランプ政権のGAFAなどへの課税議論は消極的なものだった。米国では、共和党よりも民主党のほうが大手IT企業の独占力への規制に積極的であり、バイデン政権になればその動きが加速化すると言われてきた。 現時点の大手IT企業の「トランプ封じ込め」ともいうべき現象は、発足まで秒読み段階に入ったバイデン政権への政治的「賄賂」に思えなくもない。そんな印象を抱いてしまうほど、あまりにも過剰な「言論弾圧」である。 もちろん、メルケル首相らのIT企業への批判をトランプ寄りと見なすことはできない。一国の大統領の発言を封じてしまうような大手IT企業の危険性を世界に知らせることで、デジタル課税などの規制強化をしやすくしたいという思惑もあるのではないだろうか。 米国の大統領選出をめぐっては、米国だけでなく日本でも、意見の分断や対立は激しい。トランプ大統領の業績について支持派は全肯定、反対派は全否定という大きな意見の隔たりも見られる。だが、誰が大統領であるにせよ、日本の備えを強めればいいだけではないか、と筆者は思う。 バイデン氏は中国の環太平洋地域への覇権的介入に、トランプ大統領ほど関心がないかもしれない。対中国よりも対ロシア、つまり大西洋の方をバイデン氏は重視しているという見方が有力である。現在の日米の基本的な外交方針である「自由で開かれたインド太平洋構想」という、事実上の中国包囲網をバイデン氏は積極的に推進しないかもしれない。米ワシントンで開かれた大規模集会で演説するトランプ大統領=2020年1月6日(AP=共同) だが、他方で米国では党派を超えて中国への警戒が強まっているのも事実である。バイデン氏は同盟国との協調も訴えているのだ。ならば、日本が積極的にバイデン氏に働きかけ、韓国を除いた環太平洋の同盟諸国が共通して抱いている、中国の覇権主義に対する枠組みを進展させるべきである。 米国に依存するのではなく、米国を日本の国益のために利用する。言うは簡単で行うのは難しいかもしれない。しかし、その気概がなくては、日本国の行方は危うい。

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    イエズス会急拡大!信長を魅了した宣教師のド派手プロデュース能力

    橋場日月(歴史研究家、歴史作家) 天正8(1580)年8月2日、教如(きょうにょ)が紀州雑賀の鷺森へ退城した。あらかじめ雑賀や淡路島の水軍衆が迎えの船団数百艘を大坂湾から大川・堂島川(淀川)に出し、支城や出丸の兵たちもみなそれに乗って海上に去ったという。朝から行われただろう撤収が完了したのは、未刻(ひつじのこく、午後2時)頃だった。 ところがこの直後、変事が起こる。城内から火が出たのだ。火は折からの風に吹き熾(おこ)されてまたたく間に燃え広がり、3日3晩炎上し続け石山城を焼き尽くしてしまった。 「信長公記」はこの火災について退城する教如ら一行の松明の火の粉が燃え移ったとし、一説にはこれが城接収の責任者、佐久間信盛の失態だと怒った信長が10日後に信盛を追放する主因になったともされているが、それはない。 たしかに信盛は本願寺攻めの担当司令官ではあったが、接収に関しては信長と本願寺の講和をあっせんした正親町(おおぎまち)天皇の勅使のあいさつを信長に取り次ぎ、勅使と一緒に出向いて本願寺の明け渡し交渉を最終確認しただけだ。 実際の交渉責任者は信長側近の奉行衆、矢部家定で、彼は前日の1日以前から本願寺側とシビアな駆け引きを行い、信長に「開城を急がせろ」とハッパをかけられ、この日の開城合意にこぎつけていた。 接収検分も彼が担当者だから、石山城に不測の事態が発生すればそれは家定に責めが及ぶ案件だ。 何しろ、織田軍を11年にわたって寄せ付けなかった難攻不落の堅城・名城の全域へ一気に火が広がるには、あらかじめ火薬や油などを各所へセットしておかなければならない。本願寺側がそんな仕込みをしていたとすれば、検使としてそれに気付かなかった家定は信長から斬首されても仕方ない失態ということになる。 しかし、実際には家定におとがめは何もなかった。彼は18日後に大和国に出張して城破(しろわり、城砦の破却)の指揮管理役を務め、その後も信長お気に入りの筆頭側近衆の一人として活動している。 そんなわけで、信盛の追放は石山城の炎上が理由ではなかった。22日頃に信盛に渡した折檻状に「大坂本願寺を大敵と恐れて攻めることもせず調略活動も行わず、ただ城の守りを固めて何年もムダに過ごした」とあり、24日付けの大和の筒井順慶宛て朱印状に「(佐久間信盛は)大坂向けの働き、不届き」とあるように、信盛の罪はあくまでも攻囲作戦における消極性によるものとされ、石山城焼失については彼に責めを負わせるような態度をとっていない。岐阜県大垣市の施設内にある信長像(iRONNA編集部撮影) そもそも、信長は石山城の焼失を本当に惜しんだのだろうか?紅蓮の炎に包まれた石山城 本願寺側に「石山退去録」という史料がある。江戸時代の写本が1冊残るのみで、成立年代も不明な説法用の「説教本」なのだが、それだけに当時の口語がふんだんに用いられていて「ああ、こうやって信仰の歴史や功徳を民衆にレクチャーしたんだなぁ」と感じさせてくれる。本の後半では信長に「公」を付けて敬称するようになるあたり、現在進行形に近い状態で口伝され成立したリアリティーに満ちている。 この「退去録」、自分たちの〝メッカ〟大坂石山城炎上についてこう語っている。 (信長が石山城を)受け取り、情けなくも一宇残らず焼き払い、ただ一片の煙となしてしまったが、織田信長の悪逆なり。 すべては信長の仕業というのだ。なるほど、それなら矢部家定がおとがめなしだったのも当たり前。石山城を退去した本願寺の人々にもなんら追及がなかったのも、当たり前、ということになる。こちらのほうが真相に近いのではないだろうか。 「多聞院日記」は「(石山城を)受け取った後、焼くる様に仕掛けるか」と記録しているが、奈良の人々にもそのような憶測が飛び交ったのだろう。 滞在中の京で矢部家定に開城を急がせるよう訓令するとともに「今こそ11年にもおよぶ我らの辛苦を散ずるべし。比叡山延暦寺と同様、本願寺の聖地もその痕跡を地上から完全に抹殺してやろうず」と、城内に火薬や油を仕掛けさせるよう命じた。 そして、接収と同時に一気に点火するよう、指示したのだろう。かくして、武具、家具調度や兵糧の一つ一つに至るまで細かく完璧に整理されて引き渡された直後、石山城の各所に松明を掲げた兵たちが散って点火したと思われる。紅蓮の炎が巨大な城塞をあっという間に飲み込んだ。 炎は圧倒的な熱量で安土城の裏鬼門を邪魔していた障害物を取り除き、織田家の勝利を祝う3日3晩限りの燃えるモニュメントとなって黒煙が一面を覆う空を赤く染めあげる、文字どおりの紅炎(こうえん、プロミネンス)が立ち昇った。1万℃を超える太陽のプロミネンスのように、それは京から南を望み首尾を謀っていた信長の目にも入ったことだろう。 「見よや」。彼は声高な調子で周囲の者たちへ「我が化身の龍が石山城の上を飛翔(とん)で魍魎どもを焼き浄めておるわ」と、満足げに語った。山科本願寺を法華宗と六角氏の連合軍に焼き払われ、大坂へ本拠を移したのが47年前。「人間(じんかん)五十年にも満たぬ半端な運命(さだめ)も、自業自得というものよ」。高笑いする信長の瞳は、遠く大坂の空を映して赤く燃えていた。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) さて、本願寺の象徴だった石山城が紅蓮の炎の中で焼け落ちたちょうどその頃、九州ではキリスト教イエズス会の巡察師、ヴァリニャーノが肥前の大名である大村純忠から長崎の譲渡申し入れを受け、総長とローマ教皇の許可を得るべく関係者との連絡に追われている。 純忠はキリスト教徒でもあり、同じ肥前の強豪、龍造寺隆信の圧力から逃れるために海外貿易の拠点である長崎をイエズス会に譲渡することによってキリスト教勢力(大名も含めて)の力で守ってもらおうと考えた。群を抜くオルガンティーノの演出力 だが、この頃の北九州でどれほどキリスト教信者の力が無視できなくなっていたかが想像できる。ヴァリニャーノ自身が3カ月間で4千人に洗礼を授けるほどだったから、すさまじい。 そしてこのキリスト教大流行のムーブメントは、畿内でも起こり、河内国の三箇(大阪府大東市三箇)、若江(同府東大阪市若江北町周辺)、岡山(同府四條畷市岡山)、摂津国の高槻で爆発的に信徒が増え続けた。 九州のヴァリニャーノが京を中心とした〝都教区〟について「一年に一万人の改宗者」を獲得していると書状にしたため、信長の寵愛のおかげだとも認めているが、言うまでもなく宣教師自身の努力も大いに貢献していた。 都教区での躍進を招いた立役者は、ニェッキ、ソルド、オルガンティーノ。京に南蛮寺を建て、安土にセミナリヨ(小神学校)を開いたオルガンティーノは、日本人の優秀性を高く評価したうえで、その風習や思考方法を尊重してそれに順応する形での布教を提唱したが、めざましい布教効果の理由はそれだけではなかった。 「儀式こそはもっとも効果的(な布教の)方法」(書簡)という彼の信条であり、また身上こそが、最大の成功要因だったのだ。 オルガンティーノと活動を共にしていたルイス・フロイス(彼はこの頃九州におりヴァリニャーノを迎えてその通訳を務めていた)は「日本史」の中で1577(天正5)年にオルガンティーノが1年のうちの主なキリスト教の祝日に、各地の信者をすべて一カ所に集まらせて豪華で壮麗な行列を開催するよう指示した、と記している。 これによって好奇心に満ちた群衆を呼び集め、信者たちの団結心と信仰心を見せつけてキリスト教に興味を持つように仕向け、同時に若江・三箇・岡山・高槻信者たちは互いに信仰への忠誠を競い合わせたわけだ。 オルガンティーノは、まさに戦国日本にまったく新しいイベント概念とそのノウハウを持ち込んだプロデューサーだったと言えるだろう。その結果、ヴァリニャーノが1万人、「Theology of Culture in a Japanese Context: A Believers' Church PerspectiveAtsuyoshi Fujiwara(藤原淳賀), Wipf and Stock Publishers, 2012」では3年で1万3500人とする新規の信者がイエズス会の門を叩いたのである。 そして信長は、豊かな識見と構想力、実行力を持ち、安土セミナリヨの院長を兼ねるオルガンティーノを寵愛した。当然、オルガンティーノの宣伝・演出の手法は信長の目と耳にも入っている。滋賀県近江八幡市にあるセミナリヨ跡(筆者提供) そんな中で天正8(1580)年は暮れ、天正9年を迎える。この年の正月1日、安土では信長の命令により城の北、琵琶湖の内湖に面する浜際の土地に馬場の造成工事が開始された。 そして8日、竣工した馬場に大群衆が集まったのだった。まず信長以下、織田家の一門と近江衆が登場した。信長は小姓衆を露払いとして黒の南蛮笠をかぶり、天上眉を描き、赤の衣装に唐錦の袖無し羽織に虎の毛皮の行縢(むかばき、騎乗のとき腰や足をカバーする)を着け、葦毛(灰色)の名馬にまたがって馬場に入る。 続いて次男の信雄、弟の信包、三男の信孝、弟の長益(有楽)、甥の信澄(信勝の子)も華麗な装束で馬上姿を現し、近江衆が後に従う。そして、「信長公記」が「御爆竹(おんさぎっちょう)」と表記するように、中国の正月のように文字通りパチパチ!と派手に爆竹を鳴らしたのだ。

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    本質見失う朝日の釣り見出し、コロナ苦学生を救う一歩はこれしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 危機をあおるのがマスコミの仕事なのだろうか。12月18日に、インターネットに掲載された朝日新聞の記事の見出しが批判を招いている。「コロナ禍で休退学5千人超 大学生・院生、文科省が調査」という記事である。 見出しだけを見ると、新型コロナ危機で休学・退学した大学生や院生が増加したように読み取れてしまう。しかし、記事では、現段階で大学生・院生の休退学者は前年よりそれぞれ6千人ほど減少したと伝えている。実際に、新型コロナ危機で休退学者が増加したと解釈した人もいたようだった。 今年4~10月に全国の国公私立の大学や短大を中退した学生は2万5008人で、うち新型コロナウイルスの影響と確認されたのは1033人に上ることが18日、文部科学省の調査で分かった。中退者全体は昨年同時期より6833人減っており、文科省は、困窮する学生に最大20万円を現金給付した支援策などが一定の効果を上げたとみている。コロナ中退1033人 大学・短大生、文科省調査(産経ニュース) 新聞社は一般の人よりも早く、こうした資料を手に入れることができるのだから、見出しぐらいはあおらず、正確につけるべきだろう。18日に行われた記者会見で萩生田光一文部科学相も「大学の中途退学者数については昨年度よりやや少ない状況で、休学者数についても現時点においては大きな変化は見られない」と述べているのだ。 千葉商科大の常見陽平准教授や明治大の飯田泰之准教授らは、この記事の見出しのつけ方や、記事自体の問題意識に疑問を呈した。常見氏はツイッターにこう書いている。すでに多くの方が指摘していますが、見出しと中身は違います。そして、あくまで現場感ですが、学生からの相談は経済的理由よりも、心の安定、さらには将来の夢が一部、壊れたことが大きいです。常見陽平氏のツイッター 常見氏とは政治的な意見が異なり、失礼ながら度々突っ込みを入れている関係だが、学生の就活を巡る彼の問題意識についてはいつも参考にしている。今回もまた、常見氏の指摘は筆者の実感に近い。萩生田光一文科相=2020年12月18日、首相官邸(春名中撮影) 実感だけでは仕方がないので、ここでは秋田大の学生に対するうつ、不眠症、アルコール依存などのメンタルヘルスの調査を参考にしよう。この調査では、メンタルヘルスを損なうことに貢献する要因として、相談できる人の不在や運動不足などが挙げられた。「月4万円」が学生救う 相談できる人の不在については、オンライン講義への移行によって、あまりキャンパスに行かなくなったことも影響しているかもしれない。しかし、それよりも学業や自分の人生が今後どうなるのか、就職や将来の夢が思うように描けない人たちが増えているのではないか。そもそも、この学生たちの不安に応えられる人が大学にどれだけいるだろうか。 学生だけでなく教職員にとっても、新型コロナ危機のこれからの推移と、アフターコロナの社会が見えてこないというのが率直なところだろう。「相談できる人の根源的な不在」というべき状況がある。 新型コロナ危機の本質は、経済学でいう「ナイトの不確実性」にある。ナイトの不確実性とは、感染拡大や終息といった事象に確率を付与することができないことである。簡単にいえば、天気予報のように「明日の晴れの確率は60%」などのように予測できない。 これが経済全体だけでなく、学生たちの心理にも悪影響を及ぼしているのではないか。ナイトの不確実性を背景にした不安に対処するには、相当な覚悟が求められる。メンタルヘルスのケアや、そのためのカウンセリング体制の充実はもちろん必要だろう。ここでは、新型コロナ危機の持つナイトの不確実性に、どう対処するかを経済対策の面から考えてみたい。 ポイントは2つある。1つは新型コロナ危機が終わるまで、政策の維持をコミットすることである。例えば、大阪大の安田洋祐准教授が提案している、感染終息まで週1万円を国民全員に支給する政策である。いわばコロナ危機限定のベーシックインカムだ。 日本学生支援機構(JASSO)の調査によれば、大学生のひと月あたりの平均アルバイト収入は約3万円。ひと月に、これを上回る平均4万円が支給されるとなれば、家計ベースで見ても経済的なセーフティーネットとして機能することだろう。 もう1つのポイントは予算の規模をなるべく大きくすることだ。明日の天気が分からないのであれば、晴れでも雨でもいいように支度を整えるだろう。そのときに、どちらか一方の用意しかできない小さいカバンで旅行するとなったら、両方の用意ができる大き目のカバンを持ってくる。このときのカバンが、経済で言えば政府の「予算」になる。 菅政権の第3次補正予算案が明らかになり、規模感が不足していることが分かった。今年の7~9月のGDPギャップ(望ましい経済水準に至るまでに不足しているおカネの総額)は約34兆円だ。それ以降、経済は11月初頭までは改善したが、同月半ばから感染の「第3波」によって、再び経済が失速している可能性が大きい。 そうなると、GDPギャップの開きはそれほど縮小していないかもしれない。そこに「真水」19兆円では不足感がぬぐえない。上記の定額給付金政策や、弱った中小企業と個人事業主を救うための持続化給付金の再給付など、経済を維持する政策を至急、打ち出していく必要がある。オンライン授業が続く京都大学。入学試験以降、一度もキャンパスに足を踏み入れていない学生もいる=2020年8月17日午後、京都市左京区(永田直也撮影) 政府が積極的な経済政策でナイトの不確実性に抗しなければ、冒頭の朝日新聞のような見出しにあおられてしまい、われわれの不安が募るだけになってしまうだろう。

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    エリート武将が島流し、宇喜多秀家「関ヶ原敗北」後の転落人生

    渡邊大門(歴史学者) 前回、慶長5(1600)年に勃発した関ヶ原合戦後、西軍に属して敗北した大名の悲惨な最期を書いた。実は、その中で最も特筆すべきなのが、西軍の首謀者でもあった宇喜多秀家である。 秀家は関ヶ原から離脱すると、島津氏を頼って薩摩へ渡海。長い薩摩での潜伏生活を経て、徳川家康のもとに送られた。その後、駿河久能(静岡市)へ連行され、八丈島に送られることになった。 秀家は、八丈島の「流人第1号」でもあった。八丈島における生活は苦難に満ちたものであり、数多くのエピソードが残っている。以下、その全貌を明らかにしよう。 慶長11(1606)年4月、秀家は八丈島へ配流された(「八丈島記事」)。駿河国久能で幽閉生活を送って、3年が経過してからの措置だった。なお、秀家の八丈島での生活については、一次史料が非常に少なく、二次史料に拠らざるを得ないので、あらかじめその点をお断りしておきたい。 駿河国久能から八丈島まで、直線距離で約250キロもある。秀家は出発直前に久能から下田(静岡県下田市)に移され、同地から八丈島に向かったと考えられる。 八丈島は周囲約59キロ、面積約70平方キロの小島にすぎない。今でこそ航空機などで八丈島に行けるが、当時の航海術では八丈島への渡航は相当な困難を伴ったことだろう。 秀家に同行したのは、子の秀高、秀継を含め計13人だけだった(「八丈島記事」)。「七島志髄」によると、秀家ら3人以外では、家臣の浮田次兵衛、田口太郎左衛門、寺尾久七、村田助六、乳母の「あい」の名が挙がっており、残りは「奴隷等」と書かれている。 「流人御赦免并死亡帳」には、具体的に名前が記されている。先述した面々を除くと、半十郎、中間の弥助と市若、浮田次兵衛の下人の才若、乳母「あい」下女の「とら」である。 秀家が八丈島に流された際、上乗したのが渡邊織部とされている(「譜蝶餘録後編」)。上乗とは船に乗り組み、目的港まで積荷の管理に当たる荷主の代理人のことを意味する。織部はもと北条氏に仕えていたが、のちに家康に仕官したという。八丈島にある宇喜多秀家と豪姫の像=東京都八丈町大賀郷の南原海岸 実際は織部が秀家を連行したのではなく、喜兵衛なる人物に命じて新島の者たちを動員させ、秀家を八丈島に送り届けたようだ。その際、船中で秀家が書写した漢詩文「和漢朗詠集」を贈られたと伝わる。 当時の八丈島は、米も収穫できないような非情に貧しい島であった。大名時代の秀家は、少なからず豊かな生活を享受していたに違いない。秀家にとって島での生活は、大変厳しいものがあったと推測される。その点は、後世のエピソードになってしまうが、のちほど取り上げることにしたい。なじめなかった島の生活 秀家らは、八丈島の中央部の大賀郷で生活を送ることとなった。住居跡や墓は、今も観光地として人気のスポットである。ただ、大変残念なことであるが、今やかつて秀家が生活をしていた痕跡は、ほとんど残っていない。 現在、秀家の墓は大賀郷にあり、東京都の文化財にも指定されている。もともと秀家の墓は、小さな卒塔婆の形をした石塔にすぎなかった。表面には「南無阿弥陀仏」と刻まれていたが、もはや判読が不可能なほど風化している。秀家は罪人だったため、幕府を憚(はばか)り小さな墓しか建てられなかったのだ。 天保12(1841)年、墓は子孫の手で作り直され、表面に秀家の院号「尊光院殿秀月久福大居士」が刻まれた五輪塔になった。宇喜多一族の墓は低い石垣に囲まれており、墓地を囲む石垣の上には「岡山城天守閣礎石」と刻まれた石が設置された。このようにして、秀家の墓は建立されたのである。 大賀郷の海岸部には、秀家と豪姫の碑が建立された。一説によると、豪姫は秀家とともに八丈島に行くことを希望したというが、それは叶わなかった。その意を汲んで、この碑は建てられたのであろう。 秀家に対しては、旧臣たちが気遣って書状などをたびたび送っている。その一部を紹介することにしよう。 最初に取り上げるのは、関ヶ原合戦後の秀家の逃亡生活を手助けした進藤三左衛門正次である。正次自身は幕府に仕えていたが、決してかつての主のことを忘れなかった。 慶長14(1609)年に比定される秀家の書状は、正次に宛てたものである(「進藤文書」)。書状の冒頭で、秀家は正次が元気で暮らしていることを喜び、米2俵を届けてくれたことに丁重なお礼の言葉を述べている。しかし、秀家は島の生活での心細さや老病を患ったこと、そして病により臥せていることも切々と訴えている。 さらに秀家は、金子(きんす)2、3両の支給を正次に申し出た。それは、飯米を借用するためのものだった。食糧事情が厳しかったのだろう。書状の追伸部分では、去年の手紙が手元に届いているのか、またいろいろと伝えたいことがあるが、急いでいるので詳細は書けないと結ばれている。いずれにしても、秀家は心身ともに島の生活になじめなかったと推測される。 かつての家臣である花房氏も、八丈島の秀家に仕送りをしていた1人である。秀家は2人の子と連署して、花房氏に仕送りのお礼をした(「花房文書」)。米5斗が秀家のもとに送られてきたのは、誠にありがたいことだった。一方で、秀家は書状の中で八丈島での生活が耐え難いことを吐露し、花房氏が赦免の運動をしてくれていることに感謝の言葉を述べている。花房氏は、頼るべき大切な旧臣だった。宇喜多秀家像 (岡山城提供) 「落穂集」によると、秀家は幕府に赦免を願い、本土への帰国を願っていたと書いている。何よりも「米の飯を腹一杯食べて死にたい」という秀家の言葉は、後世の編纂物ではあるが、秀家の偽らざる心情を物語っている。この言葉を伝え聞いた花房氏は目に涙をため、白米20俵を秀家に送りたいと幕府に申し出たと伝わる。後世の逸話とはいえ、あながち嘘とは決めつけられないだろう。窮乏に苦しんだ秀家 難波氏も秀家を気遣った旧臣の1人である。年未詳の5月13日付の秀家書状には、八丈島での生活がつらいこと、一命を赦免されて難波氏と面会を果たしたい旨が記されている。秀家の本土(備前岡山)に帰りたい気持ちは、相当に強かったようである(「難波文書」)。 「難波経之詠草案」には八丈島へ備前西大寺船が向かったとき、秀家とお目通りが叶い、下された短冊がある。その歌は「ふる里も かわらさりけり 鈴虫の なるをの野辺の 夕暮れの声」という、ふるさと備前岡山を思うものだった。 八丈島における秀家の生活は、すでに触れた通り一次史料で再現するのは困難である。エピソードというものは、多くの後世に成った書物に描かれている。いずれも史実か否かは不明であるが、いくつか取り上げておこう。 「浮田秀家記」という史料には、次のような話が載っている。 あるとき秀家は、八丈島の代官、谷庄兵衛に招かれ、食事を共にする機会に恵まれた。しかし、秀家は出された食事を前にして、突然箸(はし)を下ろした。理由を尋ねる谷に対して、秀家は次のように答えた。 「私は勘気を被った者であるがゆえに、代官と同じ膳をいただくことは、憚られるのではないかという懸念があります」。秀家には、罪人であるという意識があったのだ。すると、秀家は懐から古い手拭を取り出し、膳の食べ物をおもむろに包みだした。再び谷が理由を尋ねると、秀家は次のように答えた。 「私は八丈島に来てから妻子を持ちましたが、このように豪華な食事は八丈島で見たことがありません。だから、妻子に食べさせてやろうと思い、手ぬぐいに食べ物を包んで持ち帰ろうとしたのです」 代官の谷は秀家の言葉を聞いて哀れに思い、同じ膳を妻子のために用意し、持ち帰らせたといわれている。むろん、秀家の窮乏ぶりを強調する逸話であろうが、秀家が食事にも事欠く状況を伝えている。同様の逸話は、「兵家茶話」にも書かれている。 「黄薇古簡集」には、備前船が八丈島へ漂着した際の逸話が載せられている。80余歳になった秀家は、漂着したのが備前からの船だと聞き、懐かしさのあまり船に乗っていた人物に声をかけた。もちろん、船の人物は老人が誰であるのか知らない。 秀家の質問の内容とは、「今の備前では、誰が国の支配をしているのか」という質問であった。船の人物は、「松平新太郎である」と答えた。岡山城 秀家は「松平といってもたくさんいるが、本姓は何か」と再び問うた。というのも、秀家がまだ本土にいた頃には、徳川家が有力な大名に松平姓を与えていたからだった。秀家はそのことを知っていたので、敢えて尋ねたのであろう。「宇喜多」から「浮田」に 船の人物が「池田である」と答えると、秀家は「それは輝政の孫か曾孫ではないか」と述べている。備前を離れて50年近く経っていたが、ふるさと備前岡山のことは気になっていたにちがいない。しかし、秀家は池田氏が備前岡山を支配していると知って、どのように思ったのであろうか。同様のエピソードは、「常山紀談」にも収録されている。 また、秀家には、お酒に関するエピソードも残っている。 「明良洪範」によると、あるとき酒を積んだ福島正則の船が難破し、八丈島に漂着することがあった。そこに40歳くらいの男がやって来て、福島正則の家臣に声をかけた。 内容は、男の「なぜこんな所にいるのか」という質問から始まると、やがて男は酒を分けてくれるように懇願したのである。この時点で、福島氏の家臣は、男が誰なのかを知らない。 男は酒を1杯傾ければ、今の憂さを晴らし、故郷の恋しさも忘れることができると述べた。実は、その男とは秀家その人であった。福島氏の家臣は秀家を大変憐れみ、酒1樽に干魚を添えて分け与えたという。もしかしたら、秀家は大変みずぼらしい姿で、とても元大名とは思えないような風体だったのかもしれない。 家士は無断で秀家に酒を分けたことを咎められると恐れたが、かえって正則から褒められたと伝わっている。むろん、この話も史実であるか否は不明である。おそらく酒すらも事欠くような、秀家の哀れな姿を強調したかったのだろうか。 八丈島時代の秀家の逸話は、窮乏生活を揶揄(やゆ)したものが多い。それは、大名から転落した秀家の姿を面白おかしく描こうとしたからに違いない。 秀家が八丈島へ流されたのは、慶長11(1606)年の35歳のときであった。前述の通り、以来本土へ戻ることなく、秀家は厳しい生活に耐え忍んできた。そして秀家が亡くなったのは、明暦元(1655)年11月20日。死因は病死とだけあり、年齢は84歳であった(「流人御赦免并死亡帳」)。宇喜多秀家の墓=東京・八丈島 八丈島での生活は、すっかり本土での生活期間よりも長くなっていた。「南方海島志」には、法名として「尊光院秀月久復居士」と書いている。墓は先述の通り、長らく秀家が生活基盤とした大賀郷に築かれている。 その後の宇喜多氏は前田氏らの支援を受けながら、幕末まで存続した。その間、「宇喜多」を「浮田」に改め、流人頭に任命されるなど、すっかり八丈島に根付いていた。ようやく本土に戻ったのは、明治維新後のことだった。

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    民族弾圧助長する中国投資、日本の経営者はこれを直視しているか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 下村治(1910~1989)は、日本の独自性と真の独立を願った気骨あるエコノミストだった。彼の最晩年の著作「日本は悪くない 悪いのはアメリカだ」(1987年)では、連合国軍総司令部(GHQ)の日本弱体化を目指した占領政策によって「日本人として主体的にモノを考えることができなくなった」と指摘している。 下村は特に「経済問題に限っていえば、国民経済として経済をとらえる視点がない」と断じ、当時過熱していた日米貿易摩擦問題を例示して、日本は米国に防衛問題で守られているために「防衛は防衛、経済は経済だ」ときちんと割り切って発言できず、ずるずると交渉で言い負けてしまう、と鋭く指摘していた。 簡単に言うと、下村が指摘したのは、戦後日本に定着したあいまいで、日和見主義で、強い権威に安易にすがってしまう心性であった。そして、この心性はGHQの占領政策の影響であり、占領が終わった後も日本人が自らその「弱体化」を引きずってきたと見なしていた。 今も日本は、「アメリカの影」を意識的にも無意識にも引きずっている。最近では、非民主的で、政治的な自由を否定する中国の影響力が増しており、その軍事的圧力や経済的影響力に、かなり多くの日本人が「弱体化」を自ら選択している。「アメリカの影」にさらに「中国の影」が重なり、日本人の思考に生じる歪みの濃度が増している。 現代の下村ともいうべきジャーナリストの田村秀男氏は、近著「景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興」(ワニブックス)の中で、この「中国の影」について批判的に検証している。 例えば、新型コロナウイルス危機で中国中心の世界的なサプライチェーン(供給網)が破綻し、各国ともに脱中国を見据えてサプライチェーンの再構築をしている点だ。日本政府も本年度第1次補正予算では、生産拠点を国内などに移転する民間企業を支援するとして総額2435億円を盛り込んだ。だが、肝心の日本の経営者らはどうだろうか?中国広東省潮州市の電子部品工場を視察する習近平国家主席(手前左)=2020年10月(新華社=共同) 他の国が中国への投資を手控え、投資の回収を増加させているのに対し、日本の経営者らは逆に対中投資を増やし、投資の回収をせずにそのまま再投資を繰り返している。その傾向はコロナ後も堅調である。「パクリ」暴いたトランプ氏 中国共産党の宣伝工作に利するサイトなどを見ると、日本の経営者たちはコロナ禍以降も経営戦略の基本方針を変えず、今後も投資を増やすだろうと述べている。完全に「従属化意識」を見透かされプロパガンダに利用されているのだ。 日本の製造業が最先端の技術を利用した生産拠点を中国で展開することは、中国のお得意の「パクリ経済」にいたずらに寄与することになるだろう。トランプ政権の対中経済制裁は、この「パクリ経済」を経済と安全保障の両面から、自国民だけではく海外にも分かりやすく伝えた効果があった。 やや長いが、重要なので田村氏の主張を引用しておく。 習近平政権はEVやAI、5Gなどの将来性のある分野の普及に向け、外資の投資を催促しています。いずれも軍事に転用されうる最先端技術をともなう分野です。加えてAIは、共産党政権が弾圧してきたウイグル人やチベット人などの少数民族への監視体制を強化するための主力技術にもなります。 日本企業が中国にビジネスチャンスを求めて、最新鋭技術を携えて対中投資をするのは、軍拡や人権侵害をともなう中国の全体主義路線を助長することにもつながります。「景気回復こそが国守り 脱中国、消費税減税で日本再興」田村秀男 田村氏のこの主張には賛同する。中国との取引が、場合によれば反人権・軍拡への寄与という、まともな企業では採用することのない異常な路線への加担になることを日本の経営者はもっと自覚すべきだ。 日本政府もまた、反民主的・反人権的な動きに、現状で加担している日本企業などを公表し、警告を与えるのはどうだろうか。そのような企業には「レッドカード」を突きつけるべきだ。コロナ危機ほどの出来事でも対中依存が日本の経営者に芽生えないのであれば、日本政府は補助金での脱中国の拡充とともに、日本企業のコンプライアンスの見直しをレッドカード的な手法で強制していくことが望ましい。 米中貿易戦争の経験で言えば、日本政府がレッドカード的戦略を採用すると、中国側も同様の対応をしてくるだろう。そのために事前の準備も必要だ。記者会見で、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉参加を表明する安倍晋三首相=2013年3月、首相官邸(酒巻俊介撮影) まずは環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)参加に最近急速に色気を見せている中国に強くけん制をしておく必要がある。TPP参加には原則、すべての国の承認が必要だ。日本側は、TPPが「自由、民主主義、基本的人権、法の支配といった普遍的価値を共有する国々」(安倍晋三前首相のTPP交渉参加時の演説)との自由貿易圏であることを基本理念としている。反人権・反自由主義国家に出番はないのは自明のことだ。混乱招く報道も 日本はアジア諸国、米国、インド、オーストラリア、ニュージーランド、英国などの諸国と、経済と安全保障の分野で強固な協力関係を築き、あるいは同盟関係を結んで「中国の影」と対峙(たいじ)する必要がある。ここには米国が加わるが、それは下村が批判した「アメリカの影」を引きずるものであってはならない。自主的な経済と安全保障政策の構築が必要だ。米国はそのための手段でしかない。 日本にとって、さらに必要なのは経済力の底上げだ。この点について、下村は「アメリカの影」を脱するために「忘れてはならない基本的な問題は、日本の一億二千万人の生活をどうするのか、よりよい就業の機会を与えるにはどうすべきか、という点」を重視すべきだとした。この見方は、今日の「中国の影」に対してもまったく同様だ。 この点でも田村氏は下村と同じで、積極的なポリシーミックス(財政政策と金融政策の組み合わせ)の採用によって、政府は国債を発行して積極的な財政政策を行い、日本銀行は金融緩和政策を行うべきだとしている。田村氏のケインズ経済学的なポリシーミックス論は、日本の現状では正しい政策の在り方の一つだ。筆者のリフレ理論(正確にはニューケインジアン積極派)との違いは、最近、高橋洋一氏との共著「日本経済再起動」(かや書房)にも書いた。興味のある方は参照していただきたいが、問題はそんな理論的な差異ではない。 田村氏は、「ありえない日本の財政破綻のリスクよりも、現実として起きている中国の膨張によるリスクのほうがよっぽど『次世代にツケを回してはいけない』大問題」だと断言している。この主張にも全面的に賛同する。そのためには日本経済を再起動させていかなくてはならない。 だが、日本の財政当局は緊縮スタンスをとることで、中国の全体主義に間接的に寄与している。最近でも話題になった報道では「財務当局は『悔しさもいくつかあるが、めいっぱい闘った。給付金はほぼ排除できたし、雇用調整助成金も持続化給付金もGoToキャンペーンも、春にやったバラマキはすべて出口を描けた』と胸を張った」という、どうしようもないみみっちい官僚目線が伝えられている。 第3次補正予算には多くのメディアが財政規律の観点で「過大」だと声をそろえる。日本経済の国内総生産(GDP)ギャップの拡大規模からいって、政府の「真水」の規模は不足こそあれ、「過大」などとは国民経済の目線では決して言うことができないはずだ。 もちろん田村氏が指摘するように、財務官僚ばかり批判しても始まらないかもしれない。政治の意志の強さがやはり求められる。そのためには国民の支援も必要だ。しかし、マスコミの世論誘導の成果なのか、今の世論では新型コロナ感染症抑制と経済活動の再開が二者択一で、どちらかを選ばないといけないかのような見方をされている。その典型が「GoToキャンペーンたたき」だ。マスク姿で通勤する会社員ら=2020年12月8日、大阪市北区(沢野貴信撮影) ここでも田村氏の警告が役立つ。「コロナを正しく恐れて、そして経済再生に力を入れよ」というのが、彼の最近の主張の核である。この言葉をわれわれは正しく理解しなくてはいけない。

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    コロナ苦の限界と「リスキーシフト」の罠

    新型コロナ禍が長期化する中、まるで感染を罪のように認識する風潮が広がっている。専門家は、感染を恐れるあまり合理性を欠いていても社会集団の合意になってしまう「リスキーシフト」だと分析。みだりに恐怖心を煽る報道も相まって、科学的根拠より同調圧力が上回ってしまう社会に警鐘を鳴らす。(写真はゲッティイメージズ)

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    コロナ長期化、無意識に「リスキーシフト」が蔓延するニッポン

    ースもありますし。杉山 おっしゃる通りで、我慢する力が全般的に弱くなっているのかもしれません。私は本連載の第2回で触れたように「サルの脳」と呼んでいますが、人間は社会的な刺激を受ける中で、自分の立場とか自分の役割を自覚して我慢できるところがあります。ところが、テレワークでは社会的な刺激がすごく制限されました。外出自粛でずっと家にいると、好き勝手できるんですよ。それが当たり前のようになって、社会的な刺激の少なさから立場や役割への自覚が弱くなる。自分が我慢できない状態になっていると気が付けない人が増えている感じがするんですね。ただ、これは時間の問題で、自分がいらつきやすくなっている、無駄なことが気に障って事態をややこしくしていることに、だんだん気付けるようになると思います。今は過渡期なので問題が増えているのかもしれません。梅田 麻生さん、例えば街中とかで人とぶつかって舌打ちされるとか、そういう嫌な感じのことがあったりしませんか? 麻生 コンビニやスーパーの店員さんに聞くと、イライラしているお客さんが多いそうです。店員さんには気の毒な話ですが、立場の弱い人に八つ当たりしているわけですね。レジのビニールカーテンを持ち上げて、マスクもせず大声で店員さんを怒鳴りつけている人もいました。聞こえてきた内容からすると、近隣のお店に1日に何度も行ってクレームをつけているようで、そういうのを目撃したら迷わず110番だな、と。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)梅田 日本でそれですか。欧州では感染拡大が続いています。夜間外出禁止などの措置もとられていますが、直前までマスクをしていない人が多かったのには驚きました。合理的に考える教育を受けたはずの人たちなのに。「合理性」判断の基準は杉山 そこは、マスク着用の合理性を判断する基準や情報の有無だと思います。自分たちには判断できる基準も情報もないので、政府判断に任せているのではないでしょうか。自分で判断するより有効な判断が提供されるなら、それに従うのも、ある意味では合理性です。不安でマスクを手放せない、という非合理的なことをしない代わりに、行政が責任をもって危険を発信したらそれに従う、という合理性が顕(あらわ)れているように思います。自分で判断できることであれば、彼らの合理性の基準は変わってきます。 ドイツに出向していた友人が言っていましたが、「ドイツ人は他の国の人よりもルールを守ろうとする。だが、ルール至上主義ではない」。ルールを科学的というか合理的に考えているわけですね。このルールを守ったら、逆に破ったらどういう結果になるだろうか、と。破っても問題ないのであれば、もう知らないよ、という態度だそうです。梅田 コロナ禍の日本では、介護の必要な親を高齢の子供が世話をするなどの「老老介護」の家庭の問題もあります。子供が失職したり、給料を減らされたりするリスクもありますが、親子が家の中に閉じこもりがちだと悩みを抱え込んでしまうのでは。杉山 僕たちの業界でよく問題になるのは、家庭内で煮詰まって心中まで進んでしまうことです。特に認知症が入ると深刻で、意思疎通が取れないから介護しているほうが絶望的な気分になる。コロナ禍で外からの人の出入りも少なくなってしまうと、虐待やコロナ離婚の問題で話したように、気分が切り替わらなくて、ますます深刻なことになります。支援者側はそういうリスクが高まらないように、社会から孤立させないためにはどうすればいいかを考えているところです。梅田 老老介護に行き詰まった末の心中や、経済的に困って親子で飢え死にしたとみられる事件は以前からありましたが、今後も続くかもしれません。麻生 恥の文化とも関係があるかもしれませんが、介護の悩みがあっても誰かに助けを求められないで、家の中だけで抱え込んでしまうというのはありえることです。自分を子供時代に虐待していた親の介護では、虐待が起きることもあります。私が接した事例でも要介護の親御さんのことを「蹴りたい衝動に駆られる。自分が蹴られて育てられたから」という方や、老いて弱った親に復讐(ふくしゅう)心を持ってしまうことに対する罪悪感や葛藤と戦っている方など、さまざまです。かつて暴力を受けた側が振るう側になってしまう、「被害者の加害者化」は避けるべき悲劇ですし防ぎたいと考えています。 虐待サバイバーの介護は大きくわけて3択。慈愛をもって「守る」のか、「捨てる」のか、「復讐をする」のか。どれを選んでも苦しいので、お金を払って「捨てる」、つまりプロに任せるのが一番良いんでしょうけど、施設もそう簡単に入れるわけではありませんし、そこに至るまでの間に介護虐待が起きてしまうこともあります。また、プロの手を借りたとしても、まったく関わらないわけにはいきません。杉山 人生100年時代と言われる中、高齢者の定義を見直すという考え方があります。労働力が足りなくなるので、65歳でリタイアして年金生活という考え方ではなくて、働ける人は75歳、場合によっては80歳まで働いてもらえる世の中にしていこうと。厚労省と経済産業省は、仕事を通してみんながもっと活気ある生活を送れる働き方を目指すとしています。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 高齢者が年金生活ではなく、継続して仕事をする生活になれば、それなりに経済的な余裕も出てくるので、介護のプロに助けてもらえる。そうすると気分的に煮詰まりませんし、介護を受けるほうもプロに世話してもらうと心地いいんですよ。親族は介護の素人ですから。そういう老老介護の在り方が次のビジョンかなと私は認識しているところですね。「長期バブル」の終焉か梅田 介護のプロの人数を確保できるかが課題になりそうですが、その点についてはいかがでしょう。杉山 2000年代の初頭は介護職が花形産業扱いでした。いろんな大学が社会福祉を掲げる学部を作って、受験生もそれなりに集まっていました。当時は私もそういう大学の教員だったのですが、介護教育専門スタッフの女性の言葉が印象に残りました。彼女は「おじいちゃん、おばあちゃんたち、しわくちゃでカワイイ!」と、高齢者に会ってテンションを上げていたんです。私も日本人なので、高齢者を敬い尊重するという価値観を身につけていますが、尊重のさらに上を行く感性というか、「これが介護の感性か」と妙に納得したんですね。 高齢者が死ぬのを待つような介護ではなく、愛されながらその時を迎えられるような介護というか、幸せな終活をクリエイトする介護であれば、こうした若い人たちもやりがいを感じられるのではないでしょうか。私は延命治療を限界まで続けるより、納得しながら旅立てる終活のほうがいいと思うのです。今はテクノロジー・イノベーションである程度の設備投資ができれば介護の負担も軽減できます。認知症の問題もあるので、幸せな終活ばかりとはいかないかもしれませんが、理想としては、介護についての議論が深まり、若者が希望を持って参入できるビジネスモデルになればと思っています。梅田 今、都心を離れて人口密度が「密」でない地方に引っ越したい人が増えているそうです。ただ、いわゆる田舎ほど同調圧力と「よそ者」への警戒心が強いので、移住とその後の暮らしがスムーズにいくかは分かりません。ワーケーションは一時的な滞在なので、GoToトラベルと同様に人気ですが…。杉山 テレワークの普及で地方の価値が見直されています。通勤に1、2時間かかる土地に住むと考えたときに、出勤が週5日だときついけど週2日ならいいという判断もあるはずです。ライフスタイルの多様化がどんどん進むと思われるので、それぞれの価値観に合った人生を送りやすい時代になることでしょう。梅田 これが最後の質問です。先ほど杉山先生がリスキーシフトの問題に言及されましたが、各国の政府や軍もイライラしていると思います。誤った政策や指導者の選択により、最悪の場合、戦争に発展する可能性はあると思いますか。杉山 私はwithコロナが長引くことで「超長期のバブル経済」の崩壊が始まって、その混乱で社会が荒れることを心配しています。バブル経済とは、もっと価値が上がるという過剰な期待が投機を促して、実体経済の成長以上に商品の価値が高騰する状態ですが、実は「フロンティア」への期待が高まった大航海時代からずっとバブル経済だと言われています。実際、現代の経済はずっと次の「フロンティア」を探している状態ですから。 バブル経済は期待が生み出すので、心理学でも考察されている分野なのですが、withコロナによって、さまざまな期待が失望に変わりました。例えば、東京オリンピックに向けて東京・千駄ヶ谷には大金を注ぎ込んで新国立競技場も、とてもすてきで豪華なホテルもできました。オリンピック景気への期待が投機を促した分かりやすい例です。しかし、オリンピックが延期になり、新国立競技場もホテルも期待した価値に見合った「果実」を生み出せていません。本当にオリンピックを開催できるのかと不安を訴える声も聞こえてきます。新国立競技場=2019年11月29日、東京都新宿区(産経新聞チャーターヘリから、桐山弘太撮影) 今、世界の至るところで似たような現象が起きているんです。失望が失望を生み、「どうなるか分からない」という不安から期待をしなくなる。そうなると、世界規模で信用収縮が起こって、お金が回らなくなる。大航海時代以前のような、いい意味では穏やかな、悪い意味ではイノベーションに乏しい時代に突入するかもしれない。これだけならまだいいのですが、強引にフロンティアを作る方法の一つが戦争です。期待という「フロンティア」を失うことへの抵抗から戦争を始める国があっても不思議ではありません。withコロナで生まれた同調圧力が、戦争への同調圧力にならないことを願っています。* * * すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    児童虐待アラート!コロナ禍が増幅させる「裏切り者探索モジュール」

    ーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 本連載では、3つのテーマを6回にわたり取り上げてきた。締めくくりのテーマとして、社会の最小ユニットである「家庭」について掘り下げていきたい。 コロナ禍を受けて学校が休校になり、子供の面倒を見るために親が会社を休む家庭が増えた。また、緊急事態宣言後にリモートワークが普及し、親たちが自宅で過ごす時間が長くなると、子供の虐待や夫婦関係の終焉などのネガティブ話題が聞こえてくるようになった。 東京都では1日あたりの感染者数が500人を超える日もあり、全国的に感染が拡大しつつある。「第3波」の到来で政府は11月21日、経済支援策の「GoTo」事業の運用見直しを表明した。この先、再び「巣ごもり生活」が広がることも考えられる。 家庭は本来、ほっとする居場所ではなかったのか。コロナ禍は、そんな根源的な問いさえも見直さざるを得ない事態を引き起こしている。* * *梅田 人間にとって「家族」にはどんな心理的側面があるんでしょう。杉山 家族は心理学だと「マイクロシステム」と呼ばれています。社会の最小ユニットという考え方です。生活を共にする中で、行動様式や価値観などの最小単位ですし、子孫を残す生殖活動にも欠かせません。 子供はどんなユニットに生まれてくるかは選べませんが、逆に言うとユニットがしっかり機能しているから生まれてくるわけです。ユニットがしっかりしていないと生存できないんですよね。 怖い話ですけど、子供を育てられない若者が妊娠して、赤ちゃんを遺棄する事件が起きています。これはユニットとして成立していないところに生まれ落ちると生存できない例の一つと言えます。家庭がユニットとして最低限機能しているから、子供は生存が可能なのです。 なので、生存した子供にとっては、自分が生まれる前から存在している親はまるで神話のようなもので、自分にはどうしようもない世界です。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)梅田 コロナ禍で巣ごもりが始まって以来、「コロナ離婚」や夫婦げんかが増えたと話題になりました。これはどういう心理的なメカニズムから起きているのでしょう。杉山 単純に接触する時間が長くなったことが原因だと考えられます。お互いの嫌なところも、ますます目につくわけです。人間は嫌がれば嫌がるほど、相手の嫌なところしか見えなくなります。巣ごもりしていると気分をリセットできなくなり、相手の嫌なところばかり見えるようになると、けんかや離婚ということになるわけです。巣ごもりで「爆発」梅田 麻生さん、実例は何かご存じですか。麻生 自分が接している中では、コロナ以前からの不満が噴出するみたいな話が多かったですね。コロナ以前から、例えば不倫や経済的なこととか、何かしら火種があって、それがコロナの巣ごもりで爆発するみたいなケースです。 あと、発散方法がなくなったというか、例えば女性の方では、パート先でおしゃべりするとか、愚痴るとか発散できる場があったのに、コロナ禍でそれができなくなった面もあるでしょう。梅田 この時期に結婚した夫婦もいるはずです。新婚のときって、妙にベタベタするじゃないですか。そういうカップルはどうだったんでしょう。麻生 コロナ禍で結婚式の延期や規模の縮小、キャンセルなどを余儀なくされた方もいたようです。キャンセル料はいくらになるのか、引っ越しもしなくちゃいけない、とか。もともと、結婚式は火種になりやすかったりするので。梅田 たしかに結婚式の打ち合わせの段階で、もめますよね。麻生 もめますね(笑)。お互いの家の価値観が合わない、この結婚やめとこう、なんていうこともありえるイベントですから。それに加えて、コロナ禍で結婚式に人を集められないということで、式の延期やキャンセルなどで意見が合わず「やっぱりこの人じゃなかった」と思った人たちもいたかもしれません。梅田 結構な決断を迫られますからね。先生の周りでは、コロナでもめた話はありましたか?杉山 テレワークで働くようになった50代女性から、「家にいた間は夫婦関係がやばかった」という話を聞きました。出勤できるようになってよかったと。あと、ご主人が家にいるので、少しは家事を手伝ってくれると期待した奥さんが「ここまで何もしないとは思わなかった」と幻滅したというか、期待を裏切られた感じを抱いたそうです。そうなると、ご主人が裏切り者に見えてしまう。梅田 ああ(笑)。でも、子供にとっては毎日お父さんがいるので、うれしいのかな。それとも飽きるのかな。杉山 これは家庭によりますね。コロナ離婚も問題なんですけど、私が心配していたのは「コロナ虐待」のほうです。もともと虐待傾向があったお父さんやお母さんが、ずっと子供と顔を突き合わせている中で逃げ場を失うことを心配していました。 例えば子供が身体にあざを作って登校したら、学校の先生が気付けますが、コロナ禍では家庭が密室化されるので、コロナ虐待の増加が懸念されていました。梅田 子供を虐待する心理は、なぜ生まれてしまうのでしょうか。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)麻生 子供たちの声を直接聞くことができたらと考え、春先に大人も子供も利用できる無料電話相談を設けました。学校の教員、児童相談所や児童養護施設の職員からお話をうかがうと、学校の施設を開放する「学校開放」のような形で休校中に子供が学校に来られる機会を作ると、給食が提供されないため弁当を持たせるといった、親の負担が増えるケースも多少あったようでした。 教員の方によると、虐待リスクの高い家庭では、親御さんが子供に学校開放に参加させないことがあるそうです。学校開放の趣旨に理解して子供を通わせますという、保護者の許可証がいるのですが、これを書かず、行かせない。結果的に子供が一日中家にいてイライラを募らせ、虐待に発展する危険性があると聞きました。「助けて先生」梅田 許可証を書かないのはなぜなのでしょう。趣旨が理解できないのか、面倒なのか、それとも虐待がばれるからなのか。麻生 いろんなケースがあると思います。休校期間中、子供からメッセージアプリのLINEで「助けて先生」と助けを求められたという学校の教員もいました。以前、児童相談所へ緊急一時保護をしてもらった子供で、親の型落ちスマホを契約せずにWi-Fiだけで使っていたそうです。 個人情報の問題や、先生のお仕事の範囲を超えているけれども、そうでもしなければ救えない子供が現実にいるわけです。 また、コロナを大義名分に、児童相談所の面会を断る保護者もいるようでした。「こういう時期なので、訪問も控えてくれませんか」というのは、断る理由としてはまっとうですが、それが虐待の隠れみのになり得るのは問題です。梅田 虐待する心理的なメカニズムについて教えてください。杉山 心理学でよく注目されるのは、親から子供へと伝わる「世代間連鎖」です。虐待を受けたことのある人には、虐待の事実を自覚して「これはよくないことだ」と認識できている人と、あまり認識がない人がいます。 認識がない人は、それが子育てだと思い込んでしまう。直感的に、家庭教育とはこういうものだと思っているので、自分もためらうことなく虐待をしてしまう。このような世代間連鎖があります。 もちろん、虐待サバイバーが皆、虐待するわけではなくて、自覚がしっかりしていると「自分はしない」ということができるんです。自覚がないまま大人になり、親になった場合、虐待してしまうことはありえます。梅田 虐待をする側が「しつけだった」と暴行を正当化するような発言をすることは少なくありませんし、虐待をした親が、自分自身も日常的に体罰を受ける環境で育ったことをうかがわせるケースもあります。世代間連鎖は無視できない要素かもしれません。杉山 その可能性もありますが、そもそも人間の本能として、子供が自分にとって都合が悪い存在になると自分を邪魔する裏切り者だと脳が認識してしまいます。そのとき、親としての自覚があると「子供は裏切り者じゃない」と考えを修正して違う行動ができます。それを「親としての自覚」や「制御力」といいます。 ただ、自分の感情の制御力が弱い人だと、裏切り者を「殲滅」する人間の本能に支配されて、子供を裏切り者と認識してしまいます。「裏切り者探索モジュール」といいますが、防衛するための行動が子供に対する虐待行為になってしまうのです。 虐待は、このような感情に基づいて行われるとされていますが、裏切り者を「殲滅」するような感情はアクションを起こすと消えるというか、軽くなります。感情って、もともとアクションを起こすための原動力なんですよ。だから、アクションを起こした後、感情は急激に軽くなる。 そうなると自分の立場を気にする脳がまた活性化し始めて、「これはまずい」となるわけで、自分を正当化する言い訳を考え始めます。自分自身に「これはしつけだ」と信じ込ませないと、人に対して説得力もないので、しつけだった、教育だったと強く主張するようになるのです。麻生 虐待サバイバーの話が出てきましたけど、虐待を受けて育ち、自分の子供を虐待している親の中には、子供時代の自分の身に起きた理不尽な出来事を正当化したいというか、自己防衛機制(不安を軽減しようとする心の働き)として、自分の中で「あれは親の愛だった」と置き換えて、子供に同じことをする事例も見られます。これは愛です、しつけです、と。訓練で、抵抗する親から子供を保護する児童相談所の職員=2019年2月、和歌山市 それを虐待だと認めると、子供時代の自分も傷つくんですよ。親に愛されていた、親にきちんとした教育を受けて、しつけてもらったと自分に納得させていることが覆って全否定されてしまうので、過去を正当化することで自分の心を守っているわけです。子育てに自信持てる環境を 大切なのは、大半の親は「どこまでがしつけだろう、どこまでが虐待だろう」と悩みながら一生懸命子育てしているということです。しつけと虐待の境目が分からない、虐待事件を見聞きするたびに人ごととは思えない、自分の子育ても虐待なのではないかと不安を訴える相談は非常に多いです。でも、そうやって自分の子育てに不安を抱えながら育てていらっしゃる方は大丈夫。もっと安心して、自信を持って子育てを楽しんでいけるような環境や社会になるといいですね。 でも、自分が受けてない育て方をするのは、想像以上に難しいことなのです。今って、子供を褒めて伸ばす時代じゃないですか。でも私たちの世代は周りと比べられて、親に褒められなかった人が多いので、子供を肯定してあげたくても褒め方が分かりません、という悩みもよく聞きます。梅田 結構多いと思うのが、特に小さい子は、何回叱っても同じことをするので、つい手が出てしまうことです。日常的なことでなければ、虐待とは言えないかなと思うのですが、悩んでしまう方もいるようです。麻生 います。すごく多いんですよ。ただ、体罰に教育としての効果はありませんし、体罰によらない指導方法を親が学ぶ必要性があります。虐待を監視する世間の目強くなる一方で、子育てを温かく見守ろうというまなざしが足りないと感じます。虐待対策は子育て支援とワンセットで行われるべきだということを、ずっと訴えているのですが…。梅田 とはいえ、毎日のように子供を罵倒する声が響いているとなれば、虐待の疑いが強まります。親がいくら「しつけ」と思い込んでいたとしても、子供がけがをしていたり、満足な食事を与えられずに衰弱していたりする様子を見れば、自分が虐待をしている事実に気付くと思うのですが、なぜ知らないふりができるのでしょうか。杉山 信じたくないことですが、自分にとって都合の悪いものは見ないようにする心理が働くのです。心の中で、都合の悪いことはなかったことにして、違うことに没頭し、本当に考えなければならないことから逃げてしまうのです。精神分析学で「抑圧・否認」と呼ばれます。 幼い命が失われる痛ましい事件も起きています。離婚して5歳の息子と暮らしていた父親が、妻が勝手に出ていった悔しさを思い出すので自宅に帰るのが嫌になって、子供をほったらかしにしたまま何日も家に帰りませんでした。 家に食べるものがあるから、何とかやれるだろうと思っていたようです。 ところが、帰ってみたら子供がガリガリにやせ衰え、立ち上がれないぐらいの状態だったと。それを見て、このままだと自分が虐待をしたことがばれる、育児放棄(ネグレクト)したと社会的に責められると思い、病院に連れて行くこともなく、また出て行ったんです。 子供は「パパ」って追いすがっても振り払われて、その後、衰弱死してしまいました。息子の死を隠したかった父親は、事件が発覚するまでの約7年間、賃貸だったその家の家賃を払い続け、別の女性と別の家で暮らしていたそうです。悲惨な事例ではありますが、人間の中にはそういうことできる人がいるのです。 ネグレクトする心理は、「他の虐待より心理的ハードルが低い」と私はよく解説をしています。苦しんでいる子供が目の前にいないから、違うことに没頭できる。子供が見えないから心が痛まないんですね。 もう一つ、子供の親である自分を否定したいという点もあります。子供の親である自分って、ちょっと言葉が悪いけど、子供に縛り付けられている存在だから、とても不自由なんですよね。母性本能というのは「神話」にすぎないので。梅田 母性本能は存在しないんですか。杉山 心理学的には確認されてないですね。そもそも学術用語ではありません。だから、母性本能があることを前提とした子育て論はナンセンスです。麻生 母性本能神話や、母親は子供が3歳になるまで育児に専念すべきという「3歳児神話」もお母さんたちをすごく苦しめるもので、きついと思いますよ。梅田 でも1、2歳の頃、世間のお母さんたちは子供をすごくかわいがるじゃないですか。杉山 その時期の子供は手がかかるけれども、まだ自己主張をしないし、宇宙人なんですよ。人間というよりは動物に近いと言っていいでしょう。「ベビーシェマ反応」というのがあって、赤ちゃんのような存在を本能的にかわいいと思って、何かしてあげたくなる哺乳類共通の本能があるんです。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ)梅田 それは母性本能ではないのでしょうか。人間だけでなく動物のお母さんも一生懸命に子育てしますが、あれは遺伝子レベルでやっている本能的な種の保存活動なのでは。杉山 そうです。本能をどうとらえるか、ということになりますが、哺乳類全般がそういう本能を持っており、種を保存することができているのです。DVと児童虐待梅田 動物の赤ちゃんは小さいけれど目が大きくてかわいいですが、動物には関係ないのでしょうか。杉山 かわいいという概念を持っているみたいですね、動物のインタビューをして聞けるわけじゃないんですけど(笑)。ベビーシェマ反応は種を超えてあるようで、ある種のメスが、別の種の赤ちゃんを育てることもあります。 メスのライオンが草食動物の子供を育てていたという、びっくりするような事例もあります。結局、子供はオスライオンに食べられてしまったのですが、そんなケースもあるのでベビーシェマ反応は種を越えて起こると考えられます。 人間だって子猫や子犬をかわいがりますよね。でも、これも母性本能ではないんです。 人間の場合、子供が0~1歳だと、それが非常に強く働くんですよ。2歳くらいになると口答えができるようになります。「テリブル(terrible)2」や「魔の2歳児」とも呼ばれる、いわゆる「イヤイヤ期」です。ここでお母さんの忍耐力が試されることになります。梅田 子供を虐待し始めるのは親のどちらかだと思います。一方が虐待しだしたら、もう一方の親も加担する、もしくは制止しない。これはなぜなのでしょう。杉山 私の印象ベースでエビデンスがあるわけではありませんが、仮に、父親が子供に暴力的になるとします。子供に暴力的な父親は恐怖で母親を支配している可能性があり、母親は逆らうと自分も被害を受けると考えて怯える。だから、父親を止められなくなり、虐待に「協力」してしまうということが考えられるのではないでしょうか。 今年、生後1カ月の子供を、父親がドアにたたきつけて死なせてしまった事件がありましたが、母親は自分も暴力を振るわれるのが恐ろしくて、虐待を止められなかったなどと説明していました。麻生 そういう家庭では、子供に暴力を振るわれること自体が、彼女にとって心理的な家庭内暴力(DV)なのではないでしょうか。「わが子に暴力を振るわれるというDV」を受けているような感じを受けます。また、そこでわが子を救えず、何をやっても無駄なんだという「学習性無力感」に陥ったという印象を受けます。杉山 多くの場合、恐怖による支配は学習性無力感を伴うので、もうどうにもできないという諦めがあると思います。梅田 ところが、家庭内で虐待があっても、近所の人からは家族仲良さそうだったと語られる場合もあります。麻生 DVを行う人にしても、虐待を行う人にしても、非常に外面(そとづら)がいいんですよね。日本では家が閉ざされた空間であり、世間様の目が一番気になる存在だったりするので、そこに対する取り繕いには長けている人もいます。母親役の女性に事情を聴く警察官や児童相談所の職員ら=2019年11月、京都市伏見区杉山 逆に言うと、取り繕いが上手いので、周りが気づきにくく、深刻な事態を招いてしまうところがあるのかもしれません。1人になれる時間を大切に梅田 それがコロナ禍の巣ごもりで増えたのは、イライラの行き場がなかった部分もあると思います。ということは、家族でも不快な距離感があるのでしょうか。杉山 家族といえども、それぞれ1人になる時間はある程度必要です。人間の心って、人に最も反応しやすくて、同じ刺激ばかり受けていると、心と脳の同じところばかりが働くことになります。すると、バランスが崩れてくるんですね。 違うところも働かせるためには、1人になる時間で違う刺激を受けることが必要です。同じ刺激ばかりだと「この刺激はもうたくさんだ」と心と脳が悲鳴をあげてしまいますから。それで、家族の間でも不快に感じることが起こり得ます。梅田 日本の住宅事情を考えると、小さい子供がいる家庭ではいつも子供を囲んで生活することになりがちです。目が離せない年頃だと、特に。麻生 日本では家庭で問題が起きると、家庭内での解決にこだわって悪循環に陥り、かえって解決から遠ざかってしまうんですね。欧米だと乳児期から子供に1人部屋を与えて、日本のような母子同室の育児はしませんし、成人後は親と同居しない風潮があります。「個」として家族の外に出ようとする意識が強いのです。 世間体を守り、家の中で問題を抱え込むようになっていくのは日本の文化特性かもしれません。「引きこもり」という言葉が、英語圏でも日本語のまま「HIKIKOMORI」と表現されることがあるのは象徴的です。杉山 日本は世間体の文化というか、「恥の文化」なんですよね。同調圧力の強い村社会の傾向があるので、「この家は恥ずかしい」となると、家単位で村社会から排除されるリスクが高まります。良くて村八分、悪いと「この家は代々問題ばかり起こすから潰してしまえ」という圧力が働いてしまう。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 同調圧力が高い村社会って、本当に怖いところがあります。仲間だと思われていれば守ってもらえるメリットがありますが、いったん村の秩序を壊す存在だと見なされると、一斉に排除圧力がかかってきます。そういう怖さの中で、家の恥はどんどん隠そうという方向に行くのではないでしょうか。* * * 次回は、コロナ禍で広まった新しい生活様式やライフスタイルが、個人や家族にどう影響するのかを議論する。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    GoToたたきに御執心、無責任な野党とメディアが導く「経済死」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 新型コロナウイルスの感染拡大が続き、マスコミや野党などを中心に政府の観光支援事業「GoToトラベル」を悪玉にする「GoToトラベルたたき」というべき現象が起きているが、全く感心しない。 11月22日のTBS系情報番組『サンデーモーニング』では、司会の関口宏氏をはじめ出演者の多くがGoToトラベルをやり玉にあげて、政権批判の気炎をあげていた。 いつものパターンで、元文部科学事務次官の前川喜平氏は「GoToは国民を犠牲にして業界を潤す政策だ」などとツイートしている。サンデーモーニングでも同様のことを出演者が言っていた。 ワイドショーなどでは羽田空港などの3連休の混雑ぶりが映し出された。これについて、感染を避けるために旅行取りやめを検討したが、高額のキャンセル料が発生するので無理だったなどの声が紹介されることで、視聴者は知らないうちに印象誘導されることになる。もちろん誘導される先はGoToトラベルという重要な景気刺激政策への否定的なイメージだ。 GoToトラベルは、新型コロナ危機で落ち込みが極めて厳しい旅客業、飲食部門を再生するために重要な景気刺激政策である。これらの産業は日本経済の中で雇用が多く、また地域経済の要でもある。これを行うことは、今回の新型コロナ危機で苦境に陥っている国民を救う政策としてスジがいい。 GoToトラベルは7月から東京を除いた各地で始まり、10月1日になって東京が新たに対象に加えられた。10月中は東京、全国の大半で大規模な感染拡大は見られていない。利用客らで混雑する羽田空港の出発ロビー=2020年11月21日 感染拡大の気配は11月第1週後半から始まっており、この動きにGoToトラベルが影響していたとしても、直接的とは言えない。GoTo批判が政争の具に 11月1日から入国時の水際対策を緩和したことを典型とする、経済全体の再開本格化の中で始まったと考えた方がいい。GoToトラベル批判は、政権批判したい人たちにとって単なる道具でしかなく、それによって生活を脅かされる人たちはたまったものではない。 手洗い、うがい、マスク着用、そして3密回避などの対応を「具体性がない」という批判をする人がいるが、愚昧な見解である。ワクチン不在の中、これほど具体的な新型コロナ対応策はない。 政府がこうした重要な感染予防を奨励しながら、他方でGoToトラベルを見直すとしても、期間や地域を絞った限定的な停止にすべきだ。そして、これらの状況に応じた運用見直しをいちいち批判するのは賢くない。 なぜなら新型コロナ危機の感染拡大は、どんなタイミングで、どれだけの範囲と規模で起こるか、不確実性が高いからだ。不確実性が極度に高い事象に対しては、朝令暮改は十分「あり」な政策対応だ。 ここでいう不確実性とは、天気予報のように確率を予測できるケースではない。晴れか雨か、はたまた想定外の天候になるか、分からない状況に近い。このようなケースを経済学では「ナイトの不確実性」という。 不確実性が深刻なときには、できるだけ政府は柔軟に方針を見直していくことが肝要である。先ほどの朝令暮改を恐れるな、というのはそうした意味だ。 ちなみに立憲民主党の枝野幸男代表は、GoToトラベル運用見直しを批判して、感染拡大時の対応を決めておくべきだった、と発言している。 立憲民主党の枝野幸男代表は22日、新型コロナウイルス対策の観光支援事業「GoToトラベル」の運用見直しをめぐる政府対応を「泥縄式だ」と批判した。兵庫県明石市で記者会見し「GoToを始める段階で感染拡大時の対応を決めておくべきだった」と準備不足を指摘した。産経ニュース紅葉シーズンのピークで迎えた3連休初日、観光客でにぎわう京都・嵐山の天龍寺=2020年11月21日、京都市右京区(渡辺恭晃撮影) 発言の趣旨は理解できるが、同時に枝野代表は「検査体制の拡充こそが、経済を回し感染拡大を防ぐために必要」だとも言っている。これはさすがに噴飯ものである。「経済死」を避けるには また、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会の尾身茂会長は、拡充は当然だとしながら「感染拡大の防止には役立たない」と切って捨てている。PCR検査などは単に検査するだけであり、感染拡大の防止策そのものではない。 むしろ、GoToトラベル運用見直しで重要になるのは、経済損失が出ると予想される人たちに十分な金銭的補償を行うことだ。感染拡大に備えた医療資源の確保ももちろん重視すべきである。 そのために第2次補正予算で予備費が積みあがっている。そもそも枝野代表ら立憲民主党は、この予備費自体を批判し、用途をがんじがらめにしようとした。そのときの政治的な拘束が強く今も残り、予備費の弾力的な運用に支障が出ているのではないか。 感染拡大を声高に連呼するマスコミの手法にも正直疑問がある。1人の感染者が平均何人にうつしたかを示す指標「実効再生産数」を見ると、11月5日の1・11を底に上昇に転じ、同月12、13日にピークとなる1・42を記録し、それ以後は減少トレンドである。 もちろん、まだ高い水準ではある。だが、どんどん感染が急上昇しているというイメージを抱くのは避けるべきだ。 われわれはできるだけの感染予防に努めながら、それでも経済の再起動を進めていかなくてはならない。そうしなければ「経済死」による犠牲者がますます増えてしまうだろう。 「GoToトラベルの全否定は単なる政権批判のためにする議論でしかない。感染予防に留意しながらも、政府はより積極的な経済政策を採用するべき段階である。記者会見に臨む西村康稔経済再生相=2020年11月21日、東京・永田町(松井英幸撮影) だが、第3次補正予算をめぐる動きが遅い。11月24日の文化放送「おはよう寺ちゃん活動中」の番組中での私のコメントを最後に紹介しておきたい。 「政府から景気刺激の具体策が全く挙がってこない。消費減税、定額給付、公共事業の拡大、持続化給付金の青天井化と言った力強い景気刺激策が全くない。こんなことをやってたら菅政権に対する期待が急速にしぼんでいって政治的な空白状態になる。経済的にも社会的にもまずいと思う」

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    災厄封じは完璧!信長が構築した入念な龍パワー「表裏」鬼門ライン

    橋場日月(歴史研究家、歴史作家) 一見短気でせっかちな印象を受けがちな信長だが、ここ一番で慎重さが必要というとき、彼は誰よりも念には念を入れるタイプだった。 こんなエピソードが残っている。甲斐の虎・武田信玄が強勢だった当時、信長は誼(よしみ)を通じるために贈り物をした。 信玄の家臣たちが「信長は油断ならぬ男。贈り物などで信用されませぬように」と進言すると、信玄は「わしもそう思っていた。だが、これを見てみよ」と贈り物が収められていた箱を示す。「ためしにこの箱の角を削ってみたが、漆が何重にも塗り重ねられた大変な高級品だ。信長の誠意が感じられるではないか」と言うのだ。 権謀術数に長けた信玄ですら、だまされるほどだったというこの逸話は史実と確認できるわけではないが、上杉謙信に贈った「洛中洛外図屏風」に謙信の姿を描き入れさせて媚びを売ってみたり、姉川の戦いで勝った後、浅井長政の小谷城を一気に攻め落とそうとしなかったこと、長篠の戦いで大規模な陣城を築いて勝ち、逃げる武田勝頼を追撃しようとしなかったこと、大坂本願寺の石山城攻略に11年もかけたことなど、彼の慎重さ、用意周到ぶりを示すネタには事欠かない。 そんな信長が、裏鬼門の方角を三輪山の神木に秘められた蛇神パワーで補修した石清水八幡宮で固めたこともその入念ぶりの表れだが、彼が常人にあらざるところはそれをさらに確実なものにする工夫をほどこした点だ。 それは安土城から石清水八幡宮へのルート上に別のパワースポットを置き、さらにその力を高めるという手法だった。南西へ5キロあまり、現在の滋賀県近江八幡市中村町726に龍亀山大雲院西光寺という浄土宗の寺院がある。 天正7年(1579)年5月11日、安土城天主に移り住んだ信長が、直後城下で浄土宗と日蓮宗の論争が起こったときに「安土宗論」と呼ばれる宗教対決を行わせたことはよく知られている。 両宗派の論客が信長の命によって集合させられた会場は、金勝山浄厳院。天正5(1577)年に信長の肝煎りで創建された。これも浄土宗の寺院だが、安土城下町の西南端に位置することで分かるように、信長はこの寺を安土城本丸から摠見寺を経てつながる方位ラインとして既定された。いわば、安土城裏鬼門構想のファーストステージとなる。 この浄厳院で実施された安土宗論で浄土宗方の論者となったのは貞安(ていあん)。これに対して日蓮宗方は日珖(にちこう)だった。そして「法華の妙を、あなたは知らぬのか」と突っ込む貞安に対し日珖は返答につまり、審判の南禅寺・景秀が浄土宗側の勝利を宣言。浄厳院本堂=滋賀県近江八幡市(筆者撮影) 日蓮宗側は殴られ嘲笑されて袈裟をはぎとられたうえ、後日莫大な罰金を科されて京だけでなく堺の傘下寺院からもかき集め、なんとか200枚の黄金(2千両、現在の価値で5億円前後)を支払う羽目となった。しかも、日蓮宗は「負けを認め、今後他宗派を攻撃しない」という一筆も取られて、のちに豊臣秀吉から赦免をもらうまで逼塞(ひっそく)することとなる。 信長は、排他的で強い攻撃性を持ち、かつては天文法華の乱を起こすなど世俗の権力を無視して社会不安の要因ともなった日蓮宗を徹底的に無力化して統制下に置こうとしたわけだ。縁起良すぎる「龍亀山」 それはさておき、ここでの問題はこの貞安という学識高い僧についてである。彼について、この宗論の経緯を記した『信長公記』はこう説明している。 「安土田中の貞安長老」。安土田中というのは安土の町の田中というところにある西光寺のことで、貞安はその住持だった。現在の住所では滋賀県近江八幡市中村町726となっており、今も同地に龍亀山大雲院西光寺はある。 寺伝によれば安土宗論での功績によって貞安が信長から寺地を与えられて翌天正8(1580)年に創建したということになっており、『信長公記』とは時系列が違うのだが、同書の筆者である太田牛一はリアルタイムのメモ書きを後から並べて清書する手法をとっていたために齟齬が生じたのだろうか。 いずれにしても、安土城竣工の前後期間に西光寺が開創されたのは間違いない。しかも、山号の「龍亀山」はまさに信長が信奉した龍と、そして龍の子とされる亀(古代中国では亀の形をし、頭に角を生やした「贔屓(ひいき)」という架空の聖獣を〝龍の子〟として尊んだ。壷の足などにその象形が施されており、のちに時代がくだるにつれて亀と混同される)のパワーを取り込むための拠点としての命名ではないか。 浄土宗のやり手で知られる貞安が主僧を務める西光寺。この寺が浄厳院と石清水八幡宮をつなぐ最後のミッシングリンクで、これにより安土城本丸―摠見寺―浄厳院―西光寺―京―石清水八幡宮の裏鬼門ラインが完成したことになるのだ。 フロイス『日本史』はこのライン(安土街道)の京までの部分について「畳5、6枚分の広さを持ち、平坦で直線的で両側に松と柳の並木が整備され、常に清掃され、一定間隔で休憩用の茶屋が置かれている」と描写している。 次に、安土城の南の方角の固めはどうなっていたのだろうか。南を吉相にしておくと第六感が冴え才能を発揮できるというが、この方角についてはまったく疑問の余地がない。日本有数のパワースポット、熊野三山だ。本宮大社、那智大社、速玉大社(新宮)が鎮座する「熊野三山」のトライアングルは最強の魔除けと言えるだろう。 特に那智大社の滝には龍が宿るとされ、全国に勧請された熊野神社でも、龍をあしらった神輿が用いられた。 しかも、この方角についても信長はライン上に別のパワースポットを置いて効果を高めるという手法をとっている。それは、安土城のすぐ東隣りの観音寺山(繖山)の尾根が南へ伸びる終端部分にある竜石山だ。現在ではJR東海道線の安土駅をはさんでちょうど城跡と線対称に位置しており、名前からして、龍が鎮座する石の山ということだろう。観音寺山(繖山)=滋賀県近江八幡市(筆者撮影) 信長は安土城下町を開発するにあたって、この竜石山の南に道を開き、老蘇から浄厳院・城へ続く活発な往来を可能にした。それは単に城下町とその周縁部のインフラ整備というだけでなく、「竜」の名を持つ山を取り込んだ南北の道によってはるか南の熊野との連携を強めるという目的があったと考えてよい。表鬼門も入念に そしていよいよ風水で最もよく知られる「表鬼門(鬼門)」にかかろう。安土城の表鬼門にあたる北東には雨宮龍神社が坐(ましま)すことは既に触れた。 だが、北が竹生島弁才天から織田劔神社、西が大嶋神社、奥津嶋神社、日牟禮八幡宮、南が竜石山から熊野三山、そして裏鬼門の南西が摠見寺―浄厳院―西光寺―石清水八幡宮と万全の構えであるのにくらべて肝心の表鬼門が弱い印象を受けるのは否めない。これはなぜなのだろうか。 その疑問を解決する鍵は、8年前の出来事にある。元亀2(1571)年の比叡山延暦寺焼き討ちだ。これについても以前詳しく述べたが、延暦寺は京の表鬼門を守る国家鎮護の場だった。それを信長が焼き討ちし、豊臣秀吉による再建事業が始まるまで逼塞を余儀なくされている。このあたりは日蓮宗の受難と同様で、信長は反抗的態度をとる仏教宗派を決して許さないという態度を貫いているようだ。 しかし、京の御所(皇居)の表鬼門を破壊するにあたって「何か朝廷に災いが起こりはしないか」と吉田兼見に確認した信長が、自分の本拠の表鬼門を万全の備えで固めたとあっては立場がない。 そこで、信長はこの方角をはるか遠方のパワースポットで固めることとしたらしい。それは、信濃北部の善光寺だ。善光寺は日本最古といわれる一光三尊阿弥陀如来を本尊とする古刹であり、安土から陸路を進むと大蛇(龍)をご神体とし軍神としても崇められる諏訪明神の諏訪神社(現在の諏訪大社)を経るという抜群のポジションにある。 その門前町は諸国から集まる参詣者たちによって大いに栄え、武田信玄や上杉謙信がその繁栄を自分のものにしようとむりやり甲斐善光寺、越後善光寺を勧請(かんじょう)したほどだ。 信長が善光寺を重視していた傍証もある。のち天正10(1582)年、武田征伐後のことだ。 「甲斐・信濃に信長さまが討ち入りされたとき、信忠殿(信長嫡男)は甲斐善光寺を美濃へ移された」(『家忠日記』)「信長さまが甲斐善光寺の本尊を尾張清洲の甚目寺に移した」(『甲斐善光寺建立記』) 信長としては武田勝頼を滅ぼして信濃善光寺が直接支配下に入っただけでは物足らず、甲斐善光寺の本尊を岐阜に移して信濃善光寺に至る表鬼門の中継点とするつもりだったのだろう。大徳寺総見院に所蔵されている「木造織田信長坐像」=京都市北区(iRONNA編集部撮影) 以上のような表鬼門構築の計算を胸に秘めて、信長は龍の結界を張った安土城とその城下町(安土山下)を出現させた。 翌天正8(1580)年8年1月17日、播磨三木城の別所長治が自害すると、完全に孤立した大坂本願寺は閏3月に開城を決定。4月9日は門跡の顕如が大坂を退去した。 5月26日には石清水八幡宮が正遷宮を行い、スポンサーである信長も参列している。このとき『信長公記』が言祝(ことほ)いだ「信長御武運長久、御家門繁栄」はまさに安土城を中心とした龍のパワーによってもたらされたのだった。 8月2日、大坂本願寺に居残っていた教如(顕如の子)と抗戦派も城を退去。これで近畿には信長に敵対する勢力が完全に姿を消したことになる。

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    中韓同舟RCEP批判は的外れ、日本の使命は習近平の「オレ様」阻止

    落ち込みを他の先進国に比べて防いだが、他方で景気回復という観点からは力が弱いことも鮮明である。 この連載でも何度も強調しているように、新型コロナ危機では感染拡大期の経済対策と景気刺激期の経済対策を分けることが重要である。現在は感染拡大に配慮しながら、景気刺激を行う段階のちょうどハイブリッド的な期間、過渡期である。そして、比重はむしろ景気刺激にある。 今回のGDP統計のベースになる家計調査によると、GoToトラベルの政策効果がかなり大きいことが明白だ。パック旅行費は8月が前年同月比87・3%減だったのに対し、9月は同61・4%減。宿泊料は8月の同47・1%減から、9月は同25・7%減だった。新型コロナ危機の前の水準には遠いが、回復効果が明瞭なのも事実だろう。 感染拡大に配慮しながら、GoToトラベルを含むキャンペーン自体の期間延長や対象事業の拡大が必要だ。また、海外の景気回復の戻りが早い国の特徴は、やはり持続的な家計支援にある。日本ではなぜか一律の定額給付金や消費減税の効果を否定する向きがあるが、まったく不可解な考えだ。公共事業の拡大は確実に地方経済と雇用の下支えをするだろう。「GoToトラベル」の対象に東京が追加されて初の週末を迎え、大勢の観光客でにぎわう東京・浅草の仲見世通り=2020年10月3日 ただ、朝日新聞など旧来型のメディアでは、いまだに公共事業たたきの色彩が強いが、これは愚かしい見解でしかない。現状の日本経済には積極的な財政・金融政策でやらなくていいものはほとんどない。「すべてやる」という姿勢で臨むべきだ。

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    戦国武将の明暗、関ヶ原後に吹き荒れた無慈悲な「改易」の真実

    渡邊大門(歴史学者) 社長が代わると、幹部社員が総入れ替えということも珍しくない。旧社長の人脈をすべて断ち、新社長が気心の知れた部下を登用する。旧社長の勢力は一掃され、新社長のもとで、新たな社員たちが強い結束を結ぶ。極端かもしれないが、ありがちな話である。 実は、戦国時代から江戸時代にかけては、まさしくこのような改易(かいえき)の嵐が吹き荒れ、覚えがめでたくない大名は一掃された。 なぜそうなったのか、理由を考えてみることにしよう。 慶長3(1598)年8月、時の最高権力者である豊臣秀吉が没すると、徳川家康は満を持していたかのように、天下取りに名乗りを上げた。家康が秀吉の遺言を次々と破り(私婚を進めるなど)、秀吉の後継者である秀頼を蔑ろにしたことは、あまりに有名である。 やがて家康は西軍を率いる毛利輝元、石田三成と対立し、慶長5年9月に関ヶ原合戦が勃発した。この戦いでは家康率いる東軍が圧勝し、敗れた西軍の諸将の中には厳しい処分を受ける者もいた。いくつか例を挙げておこう。 西軍のリーダーである石田三成、小西行長、そして秀吉の側近であった安国寺恵瓊(あんこくじ・えけい)は斬首となり、死をもって敗北の責任を負わなければならなかった。当然、彼らの所領は没収された。恵瓊に至っては、毛利氏がすべての敗北した責任を後世に押し付けた。 また、若き五大老として名を馳せた宇喜多秀家は、後述するが備前・美作などの所領を没収され、長い逃亡生活を余儀なくされた。むろんこの例以外にも、多くの大名が改易の憂き目に遭った。徳川家による大名改易の原形は、この時点に遡ることができよう。 このように家康が戦勝者となり、大名を処分しうる立場になったことは、必然的に秀頼の地位低下を意味した。 慶長8年、家康は征夷大将軍に就任し江戸幕府を開幕した。続く慶長19年、20年の大坂の陣で豊臣家を滅ぼすと、名実ともに天下を掌握し、大名政策に力を入れた。そして、大名統制を意図して制定されたのが、「一国一城令」と「武家諸法度」なのである。  家康が全国統治権を行使する中で、大名統制を積極的に行うことは必然の帰結だった。後に「徳川300年」とはいうものの、江戸幕府開幕直後はまだ安泰と言い得るような状況ではない。そのため、関係する法の制定と整備・運用が喫緊の課題だったのである。江戸幕府が置かれて400年を機に初めて一般公開された徳川家康像=2003年11月、京都市東山区の知恩院 その第一弾というべきものが、元和元(1615)年閏6月に制定された「一国一城令」である。豊臣家滅亡直後という、格好のタイミングであった。「一国一城令」とは、その名が示す通り一つの領国に一つの城しか認めない法である。 「一国一城令」により、本城を除く支城はすべて破却が命じられた。この法令は、必然的に各大名の戦力を削減し、戦闘意欲を削ぐ効果があった。ベースとなった「武家諸法度」 その翌月に発布されたのが、「武家諸法度」である。「武家諸法度」は政僧の金地院崇伝(こんちいん・すうでん)が家康の命を受けて起草したもので、2代将軍である秀忠の名前で発布された。その内容で重要なのは、①城郭修理の禁止②徒党の禁止③婚姻の許可制④参勤作法⑤大名の国政、であった。 こうして幕府は武家法の体系を整え、以後、何度かの改定を行って精度を高めた。そして、違反者に対しては、厳しい処分をもって臨んだのである。これまでも後継者の不在、御家騒動などによって改易される例があったが、「武家諸法度」によって法的根拠が整ったのだ。 次に、関ヶ原合戦直後も含め、改易に遭った事例をいくつか確認することにしよう。  関ヶ原合戦後の事例として、冒頭で触れた宇喜多秀家を取り上げたい。秀家は関ヶ原合戦における西軍の事実上のトップであったが、敗北後に大逃走劇を演じている。秀家は敗北直後、わずかな従者と近江国伊吹山中をさまよったが、意を決して薩摩国の島津義弘を頼ることになった。 島津氏は関ヶ原合戦の最中、敵中突破という奇策を用いて、無事に本国の薩摩国に帰還した。しかし、合戦直後は徳川氏の許しを得ておらず、薩摩国は言うならば治外法権のような様相を呈していた。おそらく秀家はそのような事情も考慮して、島津氏に助けを求めたのであろう。 しかし、慶長7年に島津氏が上洛し、家康に謝罪をすると、辛うじて本領を安堵された。そうなると、クローズアップされるのが庇護していた秀家の存在である。島津氏にとって、宇喜多氏は厄介者になったのである。 翌年、秀家は島津氏の家臣らに護送され、上洛の途についた。本来、秀家は死罪となるべきところを、島津氏の嘆願によって免れた。 そして秀家は駿河国久能(静岡市駿河区)に移され、幽閉生活を送ることになった。八丈島に流人第一号として流されたのは、その3年後のことである。このように長い逃亡生活を経て、死罪を免れた例は、珍しいと言えるであろう。「八丈島に送られた最初の流人」といわれる宇喜多秀家の墓=東京・八丈島 次に取り上げるのは、前田茂勝である。  前田茂勝は五奉行の前田玄以の子で、関ヶ原合戦では西軍に味方した。しかし、玄以が朝廷との太いパイプを持っていたことや、実際には東軍と交戦して被害をもたらさなかったことが考慮され、処分を免れた。そして、玄以の没後、茂勝は家督を継承し、丹波国八上城(兵庫県丹波篠山市)を拠点とする大名に取り立てられた。 コンスタンチノの洗礼名を持つ茂勝は、熱心なキリスト教徒であった。それゆえに、禁教政策を推進していた幕府からは、危険視されていたと言われている。そのようなことが影響したのか、茂勝は警戒心ですっかりおびえてしまい、その行動は異常さを増すところとなった。 茂勝は内政を蔑ろにし、京都で乱行・放蕩三昧の生活を送ったという。当主としては、あるまじき行為であった。事態を憂慮した家臣の尾池清左衛門父子は、茂勝に諫言するが、これは聞き入れられなかった。それどころか、尾池父子以下の家臣は切腹を命じられるなど、極めて理不尽な処分を下したのである。「東軍」武将も厳しく対処 この状況を幕府が見逃すわけがなかった。慶長13年、茂勝は幕府から改易を申し渡され、所領を没収されることになった。そして、甥である出雲国松江(島根県松江市)の堀尾忠晴に茂勝は預けられた。のちに茂勝は悔い改め、クリスチャンとして真面目な生活を送ったという。 この事例は、「当主乱行」から執り行われた改易として知られるものである。  では、元和元年に制定された「武家諸法度」の制定後には、どのような事例があるのであろうか。ここでは、福島正則の例を見ることにしよう。 「賤ケ岳の七本鎗」と称せられた福島正則は、秀吉子飼いの大名として知られるが、関ヶ原合戦では東軍に味方し、以後も家康に従った。その軍功により、備後、安芸の両国49万石を与えられ、名実ともに大大名となった。 このような正則に隙があったのは事実である。元和5(1619)年に正則が上洛しようとする直前、その前年から広島城を改修していることが幕府に伝わった。城郭の改修には事前の許可が必要であり、「武家諸法度」に反した行為である。 この事実を聞き及んだ秀忠は、広島城の本丸以外(二の丸、三の丸、惣構え)をすべて破却することで、いったんは赦免しようと考えた。安堵に胸を撫で下ろした正則は、早速指示に従うことにした。しかし、正則が行ったのは、本丸の壁を取り、土や石を取り除くという簡単なものであった。 正則としては、簡単に対応したことが幕府に対する「降参」の意であり、処分を形式的なものと軽く受け流した様子がある。だが、この一報を耳にした秀忠は破却が不十分であるとして、直ちに正則の領国(安芸・備後)を没収したのである。青天の霹靂(へきれき)とは、まさしくこのことであろう。広島城二の丸=広島市 その後、正則は信濃国(高井郡)・越後国(魚沼郡)に移され、自らは子の忠勝に家督を譲り蟄居(ちっきょ)した。翌年、忠勝が早世すると、2万5千石を返上した。 そして、正則が亡くなった際、幕府検使が到着する前に、遺骸は無断で荼毘(だび)に付された。そのため残りの2万石も取り上げられ、正則の子正利は3千石の旗本にまで身分を落としたのである。 このように、いったん改易処分を受けると、その後の復活は難しく、それどころか這い上がれないほどに転落することもあった。正則の例は、その悲惨なものの一つであるといえよう。  むろん、改易は福島氏のような外様大名に限らず、同じ徳川家の者にも及んだ。狙い撃ちされた豊臣系の外様 たとえば、松平忠輝は家康の6男であったが、その容貌が原因で、忌み嫌われていたという。しかし、忠輝は伊達政宗の娘五郎八姫と結婚し、後に越後国高田城(新潟県上越市)主として、60万石を領した。大坂の陣にも出陣しているのである。 事件が起こったのは、家康が亡くなった翌年の元和2年のことである。突如、秀忠は忠輝の領地を没収し、伊勢国朝熊(三重県伊勢市)へ配流とすることを決定した。それには理由がいくつかあった。 一つには、忠輝が日頃から酒に溺れ、乱暴な振る舞いがあったという理由である。もう一つは、大坂の陣での行状であり、参陣の命があったにもかかわらず、戦場へ遅参したことと、軍列を追い越した秀忠直属の旗本を斬り殺したことである。さらにもう一つは、大坂の陣の戦勝を朝廷に奏上する際、忠輝は病気を理由にして参内に応じなかったことである。 このような理由によって忠輝は改易されたが、生母の執り成しも聞き入れられなかったという。その後、忠輝は朝熊から飛騨国高山(岐阜県高山市)、信濃国諏訪(長野県諏訪市)へと移され、亡くなったのは天和3年。92歳であった。 このように、改易処分は徳川家の縁者であっても及ぶことがあり、容赦がなかったのである。  以上の通り、関ヶ原合戦以後、徳川氏は次々と改易を行ってきた。事例では特に挙げていないが、他の改易理由としては、後継者の不在、御家騒動などがある。関ヶ原合戦の戦後処理は別として、江戸幕府以後の改易はどのように考えればよいのであろうか。 家康という絶大な権力は別格として、子の秀忠、家光への家督の継承過程は、不安視されたと考えられる。こうした不安定さを克服するためには、必然的に大名抑制政策を採らざるを得なかった。特にターゲットとなったのは、豊臣系の有力外様大名であった。 先述の福島正則や加藤忠広(加藤清正の子)は、その代表と言えるであろう。こうして、将来の火種となりかねない大身の外様大名は、改易の憂き目にあったのである。代わりに登用されたのは、池田光政や細川忠利などの親徳川派の外様大名であった。 また、小規模な大名の改易や転封も盛んに行われ、特に譜代大名を西国方面に配置することが重要視された。幕府の基盤を西国に根付かせるためである。同時に、関東や東北の重要拠点にも、譜代大名が配置された。関ヶ原合戦の地に建てられた石碑(ゲッティイメージズ) こうして幕府は国内に絶対的権力を確立し、おおむね17世紀中に改易・転封は一段落した。時代はちょうど、5代将軍綱吉の頃である。しかし一方で、改易は浪人を大量に生み出すことにつながり、社会不安を増大させたことも忘れてはならない。

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    「命を重んじるバイデン」朝日新聞が見向きもしないトランプの功績

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 米国の大統領選は日本でも大きな注目を集めた。主要メディアは、次期大統領として民主党候補のジョー・バイデン前副大統領の当確を伝え、各国首脳の多くがバイデン氏に会員制交流サイト(SNS)などを利用して祝意を伝えた。 菅義偉(すが・よしひで)首相はツイッターを使い、日本語と英語で、バイデン氏と女性初の副大統領になる見込みのカマラ・ハリス氏にメッセージを送った。それは、短くともポイントを押さえたものになっていた。ジョー・バイデン氏及びカマラ・ハリス氏に心よりお祝い申し上げます。日米同盟をさらに強固なものとするために,また,インド太平洋地域及び世界の平和,自由及び繁栄を確保するために,ともに取り組んでいくことを楽しみにしております。菅首相の公式ツイッター 特に「インド太平洋地域」が入っていることに注意したい。オーストラリアのモリソン首相やニュージーランドのアーダーン首相も同じように「インド太平洋地域」の安全保障に期待する旨をバイデン氏に伝えている。 来年始動するであろうバイデン政権は不確実性を抱える。その一つが、不透明な対アジア戦略だ。要するに中国にどう向き合うのかという問題である。 トランプ政権は日本、米国、オーストラリア、インドの4カ国を軸にした「インド太平洋構想」を採用している。アジア圏には、欧米の北大西洋条約機構(NATO)のような、多国間の集団安全保障体制は構築されていない。それに代わるものとして、中国の覇権に抗することを狙いとしている構想である。当選確実となったバイデン氏との今後の日米関係について記者団の取材に応じる菅義偉首相=2020年11月9日、首相官邸(春名中撮影) 菅首相やモリソン首相らがこの「インド太平洋地域」をわざわざ文言に入れたのは、この構想へのコミットメントを明瞭にしていないバイデン氏へのシグナルだろう。もちろん、この「インド太平洋構想」は、中国の「一帯一路」構想に政治経済面で対抗する意味もある。米国、TPP復帰は 経済面では、米国を除く11カ国による環太平洋戦略的経済連携協定(TPP11)がその要だ。トランプ政権で米国はTPPから離脱した。TPPを主導したオバマ政権同様に、バイデン政権が復帰するのかどうか、またどの段階で復帰するかが重要になる。 日本はTPP11を主導した経験を活用し、さらにこの自由貿易圏にイギリス、インドを加盟させるべく努力しなければならない。米国の論者には、米国がTPPに復帰しないまま、中国が現状の加盟条件が緩いことを狙ってTPPに入ることを警戒する意見もある。 実際に、今年5月に中国の李克強首相は、TPPへの参加意思を記者会見で問われ、その可能性を否定しなかった。 中国は自国への資本投資の自由化を行っていない。そのため財、サービスの貿易自由化だけではなく、また投資の自由化を目的とするTPPには乗れないのではないか、という見方が一般的だった。 しかし、李首相の発言は、米国がいないすきを狙ってTPPになんとか加入し、この経済圏でも政治的影響力を強めたい考えがあるのかもしれない。バイデン氏は中国に対するデカップリング(切り離し)を見直すのか、それとも促進するのか。そこに、米国のTPP再加入、そしてTPPを重要な経済面の核として持つ「インド太平洋構想」の成否がかかっている。 日本の保守層は、バイデン政権が中国に融和的な態度を採用するのではないか、と警戒感を強めている。それはバイデン氏が副大統領を務めたオバマ政権が、中国に対してとった弱腰の態度に起因する。 だが、米国内の専門家たちの多くは、オバマ政権と現在では米国の世論、そして議会の中国に対する態度が、まるで違う厳しいものになったとしている。米デラウェア州ウィルミントンで勝利宣言した民主党のバイデン前副大統領(右)とハリス上院議員=2020年11月7日(AP=共同) カート・M・キャンベル元米国務次官補とミラ・ラップ=フーパー外交問題評議会シニアフェローは、米外交問題評議会が発行するフォーリン・アフェアーズ・リポート(2020年8月号)の論説「外交的自制をかなぐり捨てた中国――覇権の時を待つ北京」の中で、米国内の意見の変化は、中国の外交姿勢が露骨なほどの対外覇権に転じたことにあると指摘した。経済が守る命、人権 例えば、中国がオーストラリア産大麦に追加関税をかけるなどの措置をとったことは、オーストラリアが新型コロナウイルスの発生源の調査を中国に要求したことに対する「貿易制裁」ではないかと指摘されている。さらに、中国の関与が疑われるオーストラリアへのサイバー攻撃や、度重なる威圧的警告を北京は発している。サイバー情報活動の専門家らはしばらく前から、オーストラリアで起きたハッキングは中国と関連があるとしている。彼らは中国について、ロシア、イラン、北朝鮮などと共に、こうした攻撃を仕掛ける能力をもち、オーストラリアとは同盟関係にない数少ない国の1つだと説明している。BBCニュース キャンベルとフーパーの論説では、この中国の外交的頑迷さ、対外リスク回避の放棄ともいえる姿勢は、中国の指導体制が習近平国家主席に集中している結果だとしている。つまり、中国の集団指導体制から「習強権体制」への移行である。 中国の「独裁制」のリスクを世界に明らかにしたのは、トランプ政権の「遺産」でもあるだろう。日本のマスコミの多く、特に朝日新聞的な報道やワイドショーなどでは、トランプ大統領が人権を軽視し、経済を重視するというイメージを流布しようと必死である。 しかし、トランプ大統領の最大の功績に、武力や経済力で他国を脅し、香港やウイグル自治区などで人権弾圧を繰り返す中国のやり口に、国際社会が関心を持つ機会を作ったことが挙げられる。これは最大の「人権」的貢献だろう。 だが、日本ではワイドショー的な「経済のトランプVS人権のバイデン」のような、安易で薄っぺらい二元論で考える人も多い。まさにテレビの見過ぎの、思考停止タイプでしかない。 新政権になっても対中強硬姿勢は変わらず、場合によればトランプ政権よりも日本など同盟諸国を巻き込んで、より積極的に行動するという見立てをする人たちも多い。今のところまだ不透明感が強く、この対中姿勢は日本国民にとっても極めて重要な問題だけに、今後の動きに注意しなければならない。 朝日新聞も米大統領選の記事で、トランプ大統領とバイデン氏を比較して、バイデン氏を「命を重んじる」と評価していた。これほど愚かしいレッテル貼りはない。日本のワイドショーなどで「経済のトランプVS人権のバイデン」という安直な図式を採用しているのも、この朝日新聞的な二元論と同根だろう。 その根深いところには、日本型リベラルや左翼に共通する「経済問題は人権問題ではない」という偏見がある。だが、トランプ大統領が政策の根幹に据えた雇用確保は、まさに人の生活面、そして社会的地位の安定などを通じて、人の命と権利を保障するものだった。おそらく、バイデン氏もこのことに異論を唱えないだろう。米ワシントンのホワイトハウスで演説する共和党のトランプ大統領=2020年11月5日(ゲッティ=共同) 日本のワイドショーや朝日新聞的なるものに感化された人たちを中心に、経済と人権は対立関係にあるという妄信がはびこっている。そして、経済よりも人権を重視することこそ素晴らしいと褒めたたえ、経済問題の軽視を誘発しているのだろう。経済の見方もそうだが、人権意識の見方についてもお粗末だとしか言えない。

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    再否決の大阪都構想が陥った「小泉構造改革」との共通点

    一郎大阪市長は、維新の代表を辞任する意向を示している。維新にとっては大きな痛手であろう。 以前、この連載でも指摘したが、大阪都構想は経済の効率性を重視する政策であった。他方で既得権重視政策というものがある。これはいってみれば「効率と平等のトレードオフ」に近い。 効率性を追求することで損害を被る人たちが出てくる。そのときに仮想的な補償を行うとして、補償をしてでも便益が上回るのであれば、その政策を行うことが望ましい。「仮想的な補償」なので、本当にお金や現物給付などで補償を行うとは限らない。実際にはしないことが大半だ。 それでもこのような効率重視政策がどんどん行われれば、全体の経済状況が良くなると考えるのが、伝統的な経済学の思考法で、「ヒックスの楽観主義」とも呼ばれる。維新は、この効率的重視政策をどんどんやることを、大阪都構想というビッグバンで一気に実現しようとしたと考えられる。 ただしヒックスの楽観主義は、しばしば現状維持を好んだり、効率性よりも平等を重視したりする意見によって実現されないことがある。これを既得権重視政策という。 仮想的な補償を実際に行え、と主張する動きも事実上そうなるだろう。このとき、効率重視政策と既得権重視政策の対立をどのように調停するかの問題がある。率直に言えば、国全体でも地方自治体でも効率性を重視しないところは長期的には衰退は必然である。住民投票で反対多数が確実となり会見する、(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文・大阪府知事、同代表の松井一郎・大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(寺口純平撮影) もちろんおカネ不足で不況に直面し、優良な企業が倒産し、または働きたい人が働けないという非効率がないことが最優先される。だが、本格的に国や都市の潜在成長を決めるのは効率性である。こう言うと効率性至上主義に思えるだろうが、それは違う。既得権維持政策(平等、再分配重視)とのトレードオフが常に課題になることは変わらない。扇動に流される「ワイドショー民」 このトレードオフで、効率性をより重視するか、あるいは既得権をより重視するかが、今回は問われた。その選択は大阪の住民の方々が行うだけである。そして民主的な結論が何よりも優先される。それだけの話だ。 経済学者は「である」という政策を提唱することはしても、効率と平等のトレードオフでどちらに比重を置くのが望ましいか、という「べきである」という提言を、普通はしない。ただ、長期的に効率性を追求しなければ、やがて国も都市も衰退するという「である」話を提示するのみである。 ただし、ここでも注意が必要だ。今回の大阪都構想は、上述のようにさまざまな効率性重視政策を、どかんとまとめてやろうとしたビッグバン型であった。そのようなビッグバン型の効率性重視政策ではなく、漸進的な効率性重視政策を望む人たちも多いだろう。ビッグバン型が良いのか悪いのか、それが問われたのが5年前と今回の住民投票だと思われる。 その点については以前書いた論説で結論した。ただ効率性重視を嫌う人、維新の話題になると頭に血が上る人、今回の毎日新聞の誤報のようなワイドショー的扇動に弱い「ワイドショー民」には、常に極端な選択しか頭にないことが多い。0か1か、全否定か全肯定かの2択である。 これは「あいまいさの不寛容」といわれるものだ。これに陥っているワイドショー民にとっては、効率と既得権のトレードオフが持ち出されることが理解できないらしい。しばしば前回の論説を「大阪都構想」賛成に読んでしまうワイドショー民も多かった。認知的バイアスと不合理な無知の問題なのでなかなか解決は難しい。 だが、そもそもビッグバン型の効率性重視政策自体にも、このような「あいまいさの不寛容」という認知バイアスを引き起こすものがある。二極の選択を迫るビッグバン型の効率性重視政策の典型は、小泉純一郎政権の構造改革路線だ。今回の大阪都構想も小泉構造改革が当初ブームになった成功体験を継承しようとしたのかもしれない。 構造改革自体は、規制緩和や民営化などで効率性を改善していく政策だった。だが、当時の小泉構造改革はいわば間違った構造改革=構造改革主義だった。なんでもかんでも「構造」の中に入れてしまうので、政策目的と手段の適切な配分などまったく考慮されなかった。参院選公示日に第一声を上げる小泉純一郎首相=2001年7月 「構造改革なくして景気回復なし」という、大ブームを巻き起こした標語が代表例だ。日本の長期停滞の主因は、長期にわたるおカネ不足だった。過度の清算主義は悲劇招く そのため、おカネ不足には、金融政策と財政政策が政策手段ではベストであり、基本的に構造改革ではない。小泉政権の「構造改革なくして景気回復なし」はその点を考慮していない間違った政策認識である。 最近でも、この考えに陥った人たちは多い。菅義偉(すが・よしひで)首相の経済政策の「指南役」の1人として脚光を浴びるデービッド・アトキンソン氏や、東洋大教授の竹中平蔵氏らの新型コロナ危機での経済政策観はその典型であろう。両者ともに新型コロナ危機を利用した過度の清算主義に陥っている。 清算主義というのは、下記の図表のような経済観である。 現実の経済(GDP)がおカネ不足でその潜在能力以下に落ち込んでいるとする(B点)。しかし、ここで財政政策や金融政策で苦境に陥った企業や労働者を救済すべきではない、というのが清算主義者の主張だ。 不況対策により、本来は淘汰(とうた)されるべき「非効率な」企業や労働者が救済されることで、かえって経済の停滞が長期化すると彼らは考えているのだ。 アトキンソン氏は、むしろ中小企業のうち小規模企業は淘汰した方がいいとの考えを示し、竹中氏は労働者の流動性を阻害するとして政府の雇用調整助成金に疑問を呈している。不況による淘汰はやがて経済を強靱(きょうじん)化して、以前よりも高い成長経路(D点のライン)を実現するだろう、という目論見だ。日本の失業率は2・6%と低い。しかし失業者178万人に対し「休業者」が652万人。潜在失業率は11%になる。政府が雇用調整助成金を出し、雇用を繋ぎ止めるからだ。不況が短期間でかつ産業構造が変わらないなら、それもいい。しかしそうではないだろう。こうした点が国会などで一切議論されないのは問題だ。竹中平蔵氏の公式ツイッター、2020年6月4日 このような清算主義は単に不況を深めてしまい、優良な企業の発展を妨げるのは自明である。どんな優良な財やサービスでも、おカネが不足していれば単に買えないからだ。清算主義の経済観を示した図表 ただ、竹中氏は清算主義と同時に、しばしば日銀の大胆な金融緩和政策を主張しており、かなり本格的に論じている。この辺りを竹中氏の矛盾ととるのか、それとも政策提言者の面妖さ、したたかさとるのか、再考してみる余地を感じている。 いずれにせよ新型コロナ危機の今、深刻なおカネ不足が問題であり、それを立て直すことが最優先である。 甚大なおカネ不足においては、ビッグバン型の効率性重視政策の出番ではないし、清算主義の出番となれば国民の悲劇である。そのことだけは確かだ。

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    夢破れし「大阪都構想」、混乱もたらした維新はどうケジメをつけるか

    上西小百合(元衆院議員) まさに「露と消えにし我が身」といったところだろうか。 大阪維新の会(国政政党は日本維新の会)が掲げる「大阪都構想」の是非を問う住民投票は11月1日、投開票が行われたが、5年前と同様、再び僅差での反対多数で否決となった。 維新代表の松井一郎大阪市長はこの結果を受け政界引退を表明し、代表代行の吉村洋文知事は「大阪都構想に再挑戦することはもうありません」と述べた上で、自身の進退については「満了前に判断したい」と言葉を濁した。 開票日直前まで各メディアによる世論調査は賛否が拮抗(きっこう)し、最後まで全く結果の予想できない状況であった。最終の投票率は前回より4・4ポイント下がったものの、10月31日時点の期日前投票者数は前回より約6万人増だったことから、大阪市民がより真剣かつ深刻に、大阪都構想によって生じる大阪市への影響を考え、行動を起こしたということだ。 しかし、議員らからなされる説明はお粗末で、賛成派は「二重行政を解消します」と言い立て、一方の反対派は「賛成派はありもしない二重行政をあるように見せかけ、大阪市を廃止しようとしている」と終始主張していた。 双方の意見を聞いて、正直「どっちやねん!」とツッコミたくなるような非常に分かりにくいものであった今回の住民投票だったが、明るい大阪市の未来を願って貴重な1票を投じられた大阪市民の皆さんには「お疲れ様でした」と申し上げたい。 そしてコロナ禍での大変な時期に、大阪市民をある意味で政治家の闘争に巻き込み、多額の税金を投入しての住民投票の実行を推し進めた議員らには猛省を促したい。特に大阪維新の幹事長は「コロナ禍で(都構想を)訴えるのが大変だった、理解を深めるのが難しかった」というような総括をしていたが、こんな時期に無責任に住民投票を行ったのは誰なのかと問いたいものだ。 維新の前代表であった橋下徹氏が「住民投票は1回限り」と大阪市民に訴え、金輪際行わないはずだった住民投票をゴリ押しで2回目に持ち込んだのだから、大阪都構想を推進した維新は負けるわけにはいかない、全身全霊をささげての闘いだった。そのエネルギーは本来ならむしろ、コロナ対策に向けるべきではあったが。 さらに事前の世論調査で賛成派が反対派に押されていると分かると、維新は公明の山口那津男代表に大阪入りの応援演説を依頼したとも言われている。 これは「俺たちに逆らえば、公明の大阪の地盤に候補者を立てるからな」という維新の強圧的な態度が一転し、なりふり構わない、プライドを捨てての奮闘ぶりを見せた。 ただ、公明との交換条件が存在しないとは到底考えられないので、維新は今後、大阪の衆議院小選挙区で公明の地盤に候補者を擁立することはないに違いない。 つまり維新は次回以降、大阪で大きく衆議院の議席を伸ばす可能性は低くなった。そして、都構想が否決されたことにで、全国的な支持層拡大も壊滅的であろうし、大阪以外の維新所属議員らが離脱していく可能性も大いにある。維新に代わって大阪の自民が矛先を公明の選挙区に向け、衆院候補者擁立を企てる可能性もあるだろうが、これは自民党本部から怒られて実現しない。しかも、今回公明支持層は賛成票反対票がほぼ半分ずつで、結果として公明は維新にも自民にもうまく立ち回ることができている。良いポジションをしっかり持っていくいつもの公明党にはちょっと感心してしまう。 松井代表お気に入りの落選議員が税金で本部で雇用され、そんなお友達メンツで「大阪府民は何が何でも維新が好きやから」とあぐらをかいて運営を進めているような維新とは異なり、公明には強いブレーンがいるのであろう。否決が確実となり、会見冒頭で頭を下げる(左から)大阪維新の会代表代行の吉村洋文知事と同代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 一方で都構想の反対派も前回の住民投票時の活動よりは、市民の反応を見ながら人々が気になっている部分を簡潔に説明していくなど、戦略的には巧みだった。 ただ、課題として、いつでも反対派はヒステリックに映ってしまうので、ここは今後の野党の改善ポイントになるだろう。議員が感情的になればなるほど、国民の大部分を占める無党派層はその圧についていけず傍観者側に回ってしまい、同調にはつながりにくくなる。 だからこそ私は議員時代、国会でプラカードを掲げる野党国会議員に「せっかく良い問題提起をしていても、その行為に国民が引くからやめてほしい」とツイッターで意見を表明したことがある。偶然か功を奏したかは定かではないが、その後いったんは国会内でのプラカード掲示はなくなった。失った維新のアイデンティティー 話を住民投票の結果に戻そう。大阪府内で圧倒的な支持率を持つ維新が10年以上にわたり、「一丁目一番地」としてきた大阪都構想は結局のところ、約1万7千票という僅差ではあるが大阪市民によって否決された。 今回は、議員選挙のときのように政党を好きか嫌いかではなく、政策の中身の良否で有権者が判断した結果が数字となって現れた、住民投票本来の姿でもあった。だからこそ今回は、大阪市民が「自分たちの生活が脅かされるのではないか」という強烈な危機感を、維新に対して抱いたということではないだろうか。 市民は生活に直結する住民投票に直面したことで、維新のキャッチフレーズである「身を切る改革」や「クリーンな政治」、「高齢者を担う次世代のために」という言葉を落ち着いて見たときに、ハリボテだと気付かされてしまった。 維新は口では素晴らしいことを言いつつも、現実には橋下氏の後援会会長の子息を特別秘書として税金で雇用したことをはじめ、維新所属の議員らは政党助成金(税金)を使って銀座で飲み歩き、市民からの税金を私的に流用したりとやりたい放題だ。バレれば小さな政党の「全国的にはほぼ注目されない」という強みを活かし、コメントを控えるという作戦でこれまで乗り切ってきた。 「高齢者を担う次世代のために」という言葉を信じた高齢者世代にとっても、少しの間と言うのであれば明るい高齢化社会のために我慢も致し方ないと思っていたのが、気づけば10年以上待てど暮らせど高齢者福祉に目新しい向上は見られず、不安は日増しに大きくなる一方だ。 加えて維新のハリボテ感の極めつけといえる出来事が、10月29日に橋下氏が更新したツイッターのコメントだ。橋下氏は「大阪都構想は世界と勝負するための令和の『大大阪』構想なのだ」とつぶやいた。 この言葉を見て私は、維新がいかに言葉遊びで大阪府民を惑わせてきたことを証明するかのようなこの内容に、心底残念な気持ちになった。東京にも追いつくどころか、企業をどんどん奪われ、息も絶え絶えの経済状況である大阪が、なぜいきなり世界と勝負するのかさっぱり意味が分からない。 このツイートが「この僕が『令和』や『大大阪』とか言っておけば、大阪市民は喜ぶでしょ。ちょっと住民投票を手伝ったんだから、維新議員はまた自分のパーティーの講演会に呼べよ」という橋下氏の心の声だとしか、私には聞こえないのだ。 私自身の考えとしては、大阪都構想が実現しようがしまいが、基本的に大阪市民の生活は何ら変化はなかっただろうから、「大阪市」という名称を残せたことだし、結果はこれで良かったのではと思う。たとえ今後大阪府知事と大阪市長が他会派になったとしても「あの人とは考え方が合わないから、維新が現れる10年前の状況に戻すぞ」なんてことを言いだすわけもない。 最後に私が注目したいのは、大阪維新の魂である大阪都構想を二度も否決された、維新議員の今後の身の振り方である。橋下氏はかつて「維新議員は都構想を実現させるためにつくった。それは国会議員だって同じだ」と、会合で何度も何度も話してきた。 となると「都構想」という、大阪を今後どのように導くのかという道しるべを失った維新議員たちは、自身の存在意義を顧みて引退するのが筋だと私は思う。しかし、維新議員のほとんどが生活の糧を議員報酬に頼っているので、その潔さはない。 維新の議員たちは地元市民に今後の大阪について問い詰められる度に、苦笑いを振りまき、時間薬である忘れ薬の効き目を待つのであろうが、それが大阪府民の求めるものなのかということを自問自答していただきたい。否決確実を受け、会見する大阪維新の会代表の松井一郎大阪市長=2020年11月1日、大阪市北区(鳥越瑞絵撮影) 大阪の街並みと経済は、発展どころか衰退の途をたどっている。そろそろ維新の実らぬ改革にお付き合いする余力も大阪にはなくなってきたところいうことを大阪府民の心に刻む良い機会が、この住民投票だったのではないだろうか。

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    ビジネスモデル崩壊?コロナで現実味を帯びる「芸能事務所」不要論

    片岡亮(ジャーナリスト) 芸能事務所が岐路に立たされている。従来のビジネスモデルが成り立ちにくくなってきたからだ。 これまでは「勝手に事務所を辞めたら仕事を干す」という見えない掟で、タレントの長期契約が慣例とされてきた。だが、公正取引委員会は2018年2月、芸能人などのフリーランスにも独占禁止法が適用されるとの見解をまとめ、芸能界の暗黙の了解にメスが入ると、事務所側がタレントを長期的に「独占」することへの賛否が渦巻いた。 人気タレントはテレビ、映画、雑誌などにとって大きな集客の要素となっているだけに、各業界が芸能事務所に忖度(そんたく)する。 そのため、タレントが報酬や仕事内容に不満を持ったとしても、事務所と対等な交渉がしにくいといった問題があった。また、契約書が1年ごとの更新であっても、タレント側の事情を顧みずに事務所側が自動更新を続けるということも珍しくなかった。 誰もおおっぴらには口にしないが、かつて暴力団が芸能界に関わっていた時代の名残でもある。もちろん、現在では反社会的勢力とのつながりがあれば厳しく処分され、業界追放もあり得るほどにコンプライアンス意識が高まっている。公正取引委員会と検察庁の看板=東京都千代田区(宮川浩和撮影) 「現状はタレントとの契約は長くても3年、もし自動更新なんてしたら無効にさせられてしまう」とは大手芸能プロ関係者の話。公取委が見解を出した影響は大きく、続々と有名タレントが独立を始めた。人気タレントの独立ラッシュ のん(旧名・能年玲奈)が所属事務所からの独立騒動をめぐり、一時的に開店休業状態に陥ったのが約5年前。以降、状況は急変し、中居正広、米倉涼子、柴咲コウ、小雪、栗山千明、菊池桃子、神田うの、城田優、剛力彩芽、手越祐也、江頭2:50などが所属事務所を辞めている。 来年3月いっぱいでTOKIOの長瀬智也もジャニーズ事務所を退所する予定で、まるでタレントが一斉に「縛り」から解き放たれたかのようである。 こうした事情の背景には、インターネットの会員制交流サイト(SNS)や動画共有サイトの普及で、タレントが自らプロモーション活動できるようになったことがある。しかし、本来であれば欧米の映画スターのように、成功して大金を得た時点で「自前」のマネジャーとスタッフを雇った方が、タレントにとって収支的には得なのである。 育ててもらった恩は誰もが事務所に対して持っているものだが、そうした感情論を抜きに極論すれば「芸能事務所不要論」さえ浮上してくるわけだ。 事務所側にも言い分がある。関係者と話をすると、決まって聞かれるのが「無名時代からコストをかけて育成してきたのに、売れたらハイさようなら、というのはおかしい」という主張だ。 確かに心情的には頷ける部分もあるが、そもそも「育成してあげる代わりにスターになったら利益を回収させろ」というビジネスモデル自体が正しいのか、という議論もある。女優の米倉涼子=2018年10月、東京都港区(川口良介撮影) もし、フィットネスジムで熱心な指導者の下、トレーニングして人がうらやむようなナイスボディーになったとして、それを生かした仕事をしようと思ったら、ジム側から「仕事はウチのジムを通してくれ、それ以外は許さん」なんて言われたら簡単に納得できないだろう。マツコの事務所に異変 週刊誌『女性自身』は先日、突然のレギュラー番組降板と芸能界引退発言で注目を集めたマツコ・デラックスの所属事務所が、社員のリストラに着手したと報じた。同事務所の社長は、新型コロナウイルスの影響で経営が苦しくなり、事務所の閉鎖もほのめかしているという内容だった。 おそらく、一握りの売れっ子が大勢を食べさせているという、多くの芸能事務所に共通する歪(いびつ)な収支モデルが関係しているのだろう。稼ぎ頭のビートたけしの独立に合わせてスタッフとタレントから退職希望者が出たというオフィス北野しかり、一般企業と違って芸能事務所は、大きく稼ぐ一部のタレントと、彼らの恩恵にあずかって仕事をもらう者らの集合体になりがちである。 マツコの場合は事務所との関係が良好なのかもしれない。しかし、もし他で起きているように、芸能事務所が所属タレントの「独立リスク」を抱え続けるのであれば、従来のビジネスモデルは通用しなくなる。 「これからは人気タレントをたくさん抱えて、かつ辞めない状況でなければ、芸能界以外の収益があるとか強力スポンサーがあるとかじゃないと事務所は成り立たなくなってくると思いますよ」と前出の芸能プロ関係者も話す。 「吉本興業みたいにテレビ局を株主にするのは特例中の特例。あのジャニーズ事務所だって、グループ主体にして売っているのは、メンバーの1人が辞めてもグループそのものは残り、ファンクラブなどの収益モデルが崩れないからなんです。大手は簡単に崩れない規模を持ってますが、中堅以下になると10年、20年後に生き残っているところは現在の半分以下でしょう」 大相撲で例えれば、相撲部屋ありきだった力士たちが独自に契約したトレーニングジム、指導者、付け人を持って活動していくようなものだ。ルールで認められていないから、そんなことをする力士はいないが、もし可能になったら相撲部屋は早々に役目を終えるかもしれない。トヨタ「パッソ」のPRイベントに出席したタレントのマツコ・デラックス=2016年4月、東京都内 芸能事務所には芸能ビジネスに精通したプロフェッショナル人材が多く在籍しており、タレントの育成・輩出機関としての役割を失わないとしても、それだけで事業を維持することは難しい。 今後の芸能事務所は、それぞれ新たなビジネスモデルを模索しなければならなくなるだろう。変化の波に乗れなければ、コロナ禍がなくとも弱体化は避けられないのではないか、と思うのだ。

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    コロナで進む国力低下、克服の鍵は報われぬ庶民の脱「学習性無力感」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 働くほど豊かになれるとされた高度経済成長期、多くの日本人が家計に不安のない暮らしを手に入れた。しかし、規制緩和で外資系企業が国内に入り込み、企業は製造拠点を海外に求めるようになり、非正規雇用が当たり前のものになると、収入格差が国民を二分化させ始めた。 日本を代表するメーカーであるトヨタが9月30日、昇給ゼロもあり得る「成果主義的昇給制度」を来年導入する方針を示したように、時代は確実に変わり始めている。 また、外国人労働者が急増し、少子高齢化に伴う労働力の減少をカバーしている。労働をめぐる環境が大きな変化を迎えている今、改めて国力とは何かを考える。* * *梅田 「一億総中流」は高度経済成長期のキャッチフレーズですが、今となっては本当にそんな時代があったのか、と疑わしく思えるようになってしまいました。杉山 本当にそうですね。当時は、国内産業を保護する規制をかけることで、国家が企業を守っていました。そして、企業は従業員とその家族を守る役目を担いました。結果的に、ほぼすべての国民の生活を守ることができた時代ですから、大成功ですね。 ところが、今はグローバル化で国家が企業を守ることができなくなりました。規制をどんどん外して「グローバルなマーケットで戦ってください」となっています。 国家が企業を守らないのに、企業が従業員と家族の暮らしを守り続けるのはどうなんだ、というところから日本型雇用の見直しを求める声が経団連から出たりしますし、トヨタの豊田章男社長も「終身雇用を守っていくのは難しい」というメッセージを出したりするわけです。 経営者の本音としては、人件費という固定費を減らしたい。社会保険や交通費、住宅手当なども考えると、実質給料の2倍くらいになりますから。 そこで正社員になって生活を守られている人と、非正規雇用で生活を守られていない人たちとの格差が、これから先、社会不安につながらないか懸念されます。麻生 現行の労働者派遣法では、同一事業所の同一部署へ、同じ労働者を派遣できる期間は最長3年です。3年を超えて派遣される見込みの労働者の雇用安定措置として、労使合意のもと、派遣事業者や派遣先企業は直接雇用などの措置を講じます。しかし、実際のところ、その目前で切られてしまうことが起きています。いわゆる雇い止めです。梅田 大企業では、同じ仕事であれば雇用形態を問わず同じ賃金を支払う「同一労働同一賃金」が定められていますが、守られているのでしょうか?杉山 正社員には責任が伴うという理由で、差をつけています。企業の側としても、派遣社員はずっと勤めてもらう前提ではありませんからね。しかし、正社員はスキルがたまっていきます。正社員の一人一人が蓄積した経験値も、企業の財産なんです。だから財産のプールである正社員を厚遇したいわけで、責任が違うから賃金に差をつけることが、実際続いているようですね。高度経済成長期の真っただ中に行われた東京五輪=1964年10月10日、国立競技場梅田 長期雇用の派遣社員でも価値は認められないのでしょうか? 先日、郵便局員の契約社員の待遇をめぐる裁判では、一部の手当や処遇は認められましたが。杉山 経験値を下の世代に伝えていくのは正社員の役割だと思いますが、そういうことを派遣社員にさせている企業もあるでしょう。とはいえ、派遣社員には人手が足りないときに助けてもらう人材という前提があるので、その経験値を会社の財産と考えている企業がどれほどあるのかは分かりません。40、50代を襲う雇い止め麻生 「3年間スキルを磨くことができます、そのスキルを次の会社で生かしてステップアップして」という建前をとる派遣事業者もあります。若手ならば、それもキャリア形成の一つになるかもしれませんが、今、雇い止めにあっているのは40代、50代以上の方々です。まったくの異業種で仕事をしてきた方が、介護職のアルバイトでなんとか食いつないでいたり、アルバイトすら決まらず路頭に迷っていたりするんですよ。 契約社員、パート、アルバイトの方の雇用が不安定に感じられるかもしれませんが、実際はコロナ禍で派遣社員を先に切って、パートやアルバイトの方を残す企業が多かったようです。杉山 パートやアルバイトは確かに企業と雇用関係が発生していますから。雇用関係があると、アルバイトであっても簡単には切りにくいです。麻生 ただ、中には企業の責任として、非正規雇用の方を感染リスクにさらすわけにはいかないから出勤させられない、当面は社員だけで業務を回そうと決断した企業もありました。杉山 やはり、日本で国力が安定していたのは、社会的不安が少なかったからでしょう。その背景には「正社員で中流」という意識がありました。そうすると、あまり格差を実感しないので、不満も生まれません。ところが現在、コロナ禍で格差が目に見える形となり、各個人の問題として浮き上がってしまったわけです。梅田 これから先、再び自粛要請が出されたときのために、家計を助けるスキルや資格があるほうがよさそうですか? 手に職をつけるべきでしょうか?杉山 手に職というか、これからは仕事を掛け持ちするダブルワークがスタンダードになっていくと思います。副業を許す会社も増えており、ダブルワークの部分は自己実現ができるような働き方ができると理想なのかなと。 例えば、何かしらの資格をとって、ビッグマネーにはならなくても趣味と実益を兼ねた仕事をダブルワークでしていく、ということです。前にも話しましたが、理想的な生き方は仕事の中で生きがいを感じることです。生活のための仕事と、生活の足しになるくらいの稼ぎだけど生きがいの感じられる仕事のダブルワークが理想ですね。梅田 器用さを求められそうですね。個人的には怠け者なので、何カ所も回って働きたくないなという気もしますが(笑)。杉山 そこは人生の選択ですね。幸せをどこに求めるかにもよるでしょう。私はキャリアコンサルティングの研究をしており、仕事を通してもっと楽しくなろう、もっとイキイキしようと勧める立場なので、そう考えてしまいます。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)梅田 社員の独立を支援し、社内ベンチャーを作る制度を持つ企業もありますね。杉山 そうですね。企業側から見ると、とても良い制度です。結局のところ、企業の年功序列型賃金ってそんなに変わってないんですよ。成果型の賃金制度が大企業で失敗するケースもあり、日本にはなじまないと捉えられているので、年功序列型賃金が生き残っているわけなんです。 だから、企業の本音として必要以上の従業員は置いておきたくないんですよ。役員やブレーンになるような人たち以外は、できれば早めに辞めてほしい。独立を支援すると、会社の事業を広げることにもなるし、上手くやって「ウィンウィン」でいきましょうと。それに高い給料を払わずに済みますしね。麻生 あと、スキルシェアのような形で、プロフェッショナルな人間を、業務委託契約などで使うケースも増えてきそうです。資格や自分の得意なことや好きなこと、すでに持っているスキルを生かして空いた時間にお金を稼ぐとか。技術を母国に「持ち帰り」梅田 話は変わりますが、非正規雇用の外国人労働者が増えています。これも含めて国力と見ていいのでしょうか?杉山 稼いだお金を日本国内で使ってくれるのであれば、そこまで国力の低下にならないですけど、母国に送金するのであれば円が海外に流出してしまうことになります。麻生 母国の家族に送金をしている方が多いでしょうし、また、ゆくゆくは本国に帰るという方も少なくないのではないでしょうか。杉山 そうなると技術もお金も持ち帰っちゃうので、そこが心配ですね。梅田 建設の現場や工場で活躍する外国人が増え、農業や漁業でも欠かせない存在になっています。コンビニの店員さんも多いですよね。杉山 現場は技術が集約されているところなので、技術を持った外国人が主体になると、日本の技術力の流出につながる可能性もあります。梅田 とはいえ、建設業界は細かい作業工程に分かれているので、全体を把握しているのは企業の社員で、ノウハウも企業が提供しているわけですからね。杉山 私の友人の企業がビルのダクトを作っていて、職場見学させてもらったことがあるんですが、ベトナム人が多く、結構な技術力でしたね。ビルに合わせてダクトを個別に作るんですが、複雑な形のビルには複雑な形のダクトを作らないといけないので、職人技で機械じゃ作れない。そういう技術で支えてくれている。彼らのほとんどは日本にずっと住んでいるので、日本で共に働く仲間みたいな感覚はあるんですけどね。中には技術を身につけて帰国してしまう人もいますが。麻生 ベトナム、タイ、インドなどの方々と仕事をする建設業界の方へ聞くと「技術だけ持ち帰られて、それを自分のところのものみたいにされるのはいい気持ちがしない」という声もありました。 また企業側、経営者側の立場でいうと、外国人労働者を雇い入れると、次から同じ国の労働者を雇ったとき、先輩の外国人労働者が仕事を教えられます。細かいニュアンスを母国語で伝えられるので、それは企業側にとってメリットになります。梅田 「外国人技能実習制度」の実習生はどうでしょう。杉山 日本の農業技術はすごく高く、国内で生産されている糖度の高いイチゴなどは、他国では簡単に作れないんです。そういう高い技術を身につけてくれるのはありがたい反面、技術を持ち出されると国力が心配ですね。実習生だと帰らなければいけませんから。岩手県山田町の水産加工会社で働くベトナム人技能実習生(右)=2020年8月4日麻生 国際社会の中で、資源の乏しい日本が技術力を輸出するというのは、戦略として間違っていなかったとは思います。ただ、国力という視点で見ると一抹の不安はあります。杉山 とはいえ、日本は発展途上国を支援したほうがいいと考えています。これから国際社会のパワーバランスがどうなるか分かりませんが、日本に好感を持ってくれる国が増えないと危ないと思うんですよね。国力は心配な一面、発展途上国とは共に発展しましょうという姿勢がいいと思います。そのあたり、国力はパワーバランスで友好国が増えるということも含めて広く考えたいですね。梅田 日本と近隣国との関係や、パワーバランス、また国連決議での採決など日本だけで考えるわけにいかなくなっていますね。味方は多いほうがいい。麻生 コロナで全世界が困っているわけですから、世界という視線は大事ですよね。杉山 日本は決して、ばかにはされていない国ですから。梅田 これからは、国力の在り方が変わってきそうですね。杉山 日本は軍事力を国力にできないわけで、そうすると経済力と国際的な信頼関係を尊敬してもらえるかどうかが大切です。そういう面を国力に生かして行くべきだと思います。東京の人口も頭打ちに麻生 途上国支援でいうと、アフリカ諸国の国内総生産(GDP)成長率は高いです。携帯電話が普及しスマートフォンへ移行していますし、技術革新も進んでいます。伸びしろがありますよね。インド、ベトナム、バングラデシュ、パキスタンなどの成長率も大きいです。梅田 大学の留学生にはコロナ禍の影響が出ていますか?杉山 留学生試験を受ける外国人のほとんどは、日本で日本語学校に通っています。わざわざ日本と母国を行き来する人はいないので、そんなに影響がないかもしれません。梅田 あと、国力で気になるのは、新型コロナで注目を浴びることになった地方自治体です。東京は人も企業が集中しているので資金も潤沢ですが、地方も力をつけないと国力低下につながりかねないのではないでしょうか。杉山 地方の問題は、人材がどんどん流出することです。しかし、コロナ禍でテレワークが進む中、東京のオフィスでしていた仕事が地方でもできるようになりそうなので、これから地方の人口は増えていくのではないかと思えます。麻生 ビフォーコロナの2018年の時点で、東京都、神奈川県、大阪府の人口は2030年までにピークを迎え、漸減すると国立社会保障・人口問題研究所が予測していました。 都市部からの人口流出は、コロナ禍で加速化しています。東京都に神奈川県、千葉県、埼玉県を含めた首都圏の規模で見ても、転出超過になりました。大阪府、愛知県、福岡県でも人口減の傾向が見られ、都市部から人が離れているようです。地方財政の逼迫(ひっぱく)を懸念しますね。梅田 街中での「密」や通勤ラッシュを避けたいという本音もあるでしょうね。麻生 今年のお盆には、ビデオ通話などのテクノロジーを駆使したオンライン帰省が推奨されましたが、大切な人と会いたくても会えないという状況下で、故郷で暮らす高齢の親が心配だから田舎に帰って面倒を見ようという方々もいます。 仕事だって都市部でなくともできるわけで。実業家の堀江貴文さんが「スマートフォンは小さなコンピューター。スマホ一つで仕事できる。長い間、パソコンを開いていない」とおっしゃっていますが、マルチデバイスに対応したキーボードがあれば、タブレットとスマホで、いつでもどこでも仕事ができる時代です。モノがいらなくなっていきますね。5Gが普及すれば、なおのこと。場所や時間に縛られる必要性がないんです。 ただし、セキュリティー対策との兼ね合いが課題になるでしょう。顧客の個人情報などを扱う場合、セキュリティーの高い環境で仕事をするために出社する必要性があるかもしれませんが、それ以外のデスクワークは出勤しなくても可能になっていくのではないでしょうか。梅田 先日、日本の実質GDPが戦後最大の下げ幅を更新しましたが、国力を考えると、まずはこの状況を脱するマインドが必要になりそうです。心理学的に有効な方法はありますか?フランスの経済学者、トマ・ピケティ氏=2014年12月1日(三井美奈撮影)杉山 世界的に先進国はGDPが低下する傾向が続いていますが、この一因は世界的な需要の低迷です。なぜ、需要が低迷するかと言うと、収入を貯蓄に回せる余裕のある富裕層に富が集中しているからです。 富裕層はお金がお金を生むことを知っていますし、満たされているから欲しい物もそんなにありません。そこで貯蓄に回します。つまり、需要が高い層にお金が回らなくなります。 現代社会では、預金や不動産などの資本の収益率は経済成長率を上回る(r>g)とするフランスの経済学者、トマ・ピケティ氏の方程式がずっと機能しているんです。戦争や革命が起きず、資本家にお金が集まる仕組みが長く続いているので、資本家はどんどんお金持ちになるんです。学習性無力感のワナ この状態が長く続くと庶民は諦めモード、絶望モードになってしまう。心理学では学習性無力感と呼ばれています。どんなにがんばっても、お金は資本家に回ってしまうわけですから…。 私を含め、庶民は資本にお金が回る仕組みを変える努力をしなければならないと思います。自分にできることに注目すれば、学習性無力感に陥るのを避けられます。資本家がどうやって今の仕組みを築いたのか学び、スケールは小さいながらも自分たちもそれを作れるように考え続けることが重要です。梅田 麻生さんは、いかがですか?麻生 今後の米中関係に左右されるところではありますが、GDPベースでいうと日本はインドに抜かれ、アメリカ・中国・インドが大国になるだろうと言われていました。中国の成長を見ていて、資本主義の敗北とさえ感じたこともあります。 これまで述べてきた教育と労働の課題は、日本の社会、そして国力へと直結する問題です。 東日本大震災のときから指摘されていた、日本の情報通信技術(ICT)教育の遅れは、今回のコロナ休校でも如実になりました。こんな事態だからこそのユニークな発想、個性を育む教育を日本はしてこなかったし、また、それが受け入れられるような社会でもありませんでした。ムラ社会の同調圧力が強く、出るくいは打たれる社会ですから、優秀な人材は海外へ流出してしまいます。 都市部が先進的で、地方は遅れているというのも幻想です。児童、生徒に1人1台のタブレット端末を配布している、熊本県高森町の小中学校と義務教育学校では、無線LAN(Wi-Fi)環境のない家庭をサポートすることで、コロナ休校中もオンラインで授業を継続できました。町内全戸のインターネット利用料を全額町が負担しており、ICTを高齢者の見守りにも活用しています。リモートワークやテレワークにも活用できるでしょう。オンライン授業のリハーサルを行う教員ら=2020年5月11日、奈良市立春日中学校(桑島浩任撮影) こうした逆転現象も起きている時代ですから、これまで価値が置かれていた物事を根底から疑ってみることが重要になります。情報過多の時代に、本質を見極め取捨選択する力も必要になるでしょう。既存の価値基準や枠に縛られることなく、柔軟に、個人から社会全体の経済を含め、これからの時代を生き抜く術を考えていきましょう。* * * 次回から2回にわたり、最終テーマであるコロナ禍の「個人・家庭」について、心も関係性も壊さない方法を探っていく。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『いつまでも消えない怒りがなくなる 許す練習』(あさ出版)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    国難の今、「日本学術会議」の国会論戦など愚の骨頂でしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 10月26日から臨時国会が召集され、そこで菅義偉(すが・よしひで)内閣発足後初めて、本格的な国会論戦が始まることになる。 新型コロナ危機で落ち込みの激しい経済状況の立て直し、そして欧米で急拡大する感染拡大への警戒も必要だ。まさに「国難」に直面している。 政府と議員たちとの国民にとって実のある論戦が期待されるのは当然だ。だが、マスコミ各社は総じて日本学術会議の問題が取り上げられると報道する。 改めて言うまでもないが、 日本学術会議問題とは、同会議の会員候補6人の任命が拒否された問題である。同会議は政府の組織であり、その会員は非常勤の特別職の国家公務員である。 いわば非常勤の公務員に候補となった6人がなれなかっただけの問題を、あたかも菅総理が独裁者であるかのように、「学問の自由の侵害」と騒いでいるのが実情だ。 日本学術会議は、そもそも政府に対して政策提言を行う組織である。大学や教育機関で議論される「学問の自由」とは異なり、政府のための政策提言作りがその職務になる。個々の会員の研究活動はそれぞれが自由にやればいいだけで、誰もその自由を侵していない。単に当該組織とご縁がなかったということだけである。 不況による就職難で、会社から不採用をもらって失業状態が続き、その人が困窮に陥れば、社会的な問題につながる重大な面がある。しかし、この日本学術会議会員の不採用には、そのような就職難や生活苦に結びつく側面はない。採用されれば多少の報酬は出るが、それを目的にしている人はさすがにいないと思う。 むしろ、こんなくだらない問題よりも、日本が今直面している雇用危機の方がよほど大事な問題である。日本学術会議問題のような、問題以前でしかない話題に国会の時間を浪費するのは本当に愚かしい。衆院本会議で就任後、初の所信表明演説を行う菅義偉首相=2020年10月26日、国会(松井英幸撮影) 日本学術会議は政府の一組織である。民主的統制が必要になるのは当たり前である。内閣府も2018年11月、学術会議の推薦通りに任命する義務は内閣総理大臣にはない、としている。日本共産党が影響 ごく当たり前の見解に思えるが、その当たり前が日本学術会議では通用しなかった歴史がある。すでに多くの論者たちが指摘していることだが、日本学術会議は長く特定政党の影響を強く受けていた。特定政党とは日本共産党のことである。 共産党の事実上の影響を強く受けた日本学術会議が、政府への提言よりも反政府の牙城として利用されてきた過去は、大和大の岩田温准教授の論説『「学問の自由」とは笑止千万!』(『WiLL』2020年12月号)や、政治評論家の屋山太郎氏の論説『日本学術会議 首相、「6人任命せず」は当然』などで指摘されている。 めったに手に入らない書籍だが、『赤い巨塔「学者の国会」日本学術会議の内幕』(時事問題研究所、1970年)には、詳細に日本学術会議の「左傾化」が報告されている。日本学術会議をどのように左翼的な組織に変えていったのか、その手法もかなり具体的に書かれている。 簡単に説明しよう。平均的な学者たちは、その時間のすべてを日本学術会議の活動にささげることはできない。多くの学者は、それこそ政策提言よりも研究活動の方を優先するからだ。これを「日本学術会議の活動の機会費用が高い」と経済学的には言い換えることができる。 それに対して共産党やその影響下にある組織に属している会員は、研究よりも日本学術会議にすべての時間をささげることが可能だった。つまり時間の機会費用が低い。研究優先の人から見れば、暇人か物好きに見えるかもしれない。 分業の利益が働いたことにより、日本学術会議は、研究よりも同会議を政治的に利用しようとする、ごく一部の会員のコントロール下に置かれてしまう。これは一般社会でもよくあることで、会社や組織に本当に貢献する人材よりも、上司にすり寄ったり、社内だけの内向きな人間関係しか頭にない人ほど出世したりするのに似ている。 もちろん、日本学術会議に全霊を尽くして貢献すること自体が悪いわけではない。政策提言も、中身の正しさの議論を脇に置けば、ほとんどが高度な専門的業務であり、特殊な知識や経験が必要だ。問題なのは、日本学術会議の活動や政策提言が特定の政党にコントロールされてしまい、しかも、そのことについて民主的な統制が働かなかったからだ。菅義偉首相との会談を終え記者団の取材に応じる日本学術会議梶田隆章会長=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) この日本学術会議の共産党支配の時代における典型的な人物像については、上記の『赤い巨塔』の他に、東京大と国際基督教大(ICU)の名誉教授、村上陽一郎氏の論説『学術会議問題は「学問の自由」が論点であるべきなのか?』、そして、東京外国語大の篠田英朗教授の論説『日本学術会議の任命拒否問題は「学問の自由」とは全く関係がない』に詳しい。70年代まで共産党が支配 政府の組織でありながら、反政府の政治的活動の拠点にされていることは、戦後まもなくから問題視されていた。しかし実際には、1970年代まで共産党の強い支配は続く。 それに対して、中曽根内閣の時代から改革が始まった。当時の問題点である「談合取引」については篠田論説を参照されたい。21世紀に入ってからの日本学術会議の民営化議論、そして会員の推薦方法などを改めた2004年の日本学術会議法改正などを経て、次第に特定政党の影響力を排除する動きが続いた。しかし、篠田論説などでは、今回の人事でも特定の政治的な勢力の影響が問題であり、その是正こそが問われているという指摘がある。 もともと日本学術会議は政府への政策提言を行うという、政治的な色合いを与えられたものである。専修大の野口旭教授が、論説『学者による政策提言の正しいあり方──学術会議問題をめぐって』(ニューズウィーク日本版)で明瞭に示している。結局のところ、日本学術会議がそもそも政治的目的を付与された存在であり、実際に無自覚にせよそのように振る舞ってきた以上、その組織は政府の政策的意図と本来無関係ではあり得なかったのである。にもかかわらず、それをあたかも純粋な学術組織であるかのように言い募って「政府からの独立」や「学問の自由」を主張するのは、それこそ統帥権の独立を楯に政治介入を繰り返した旧軍の行動そのものである。ニューズウィーク日本版「ケイザイを読み解く」 しかも、その「旧軍」は政府の政策的意図と協調するどころか、特定の政治的イデオロギーで反政府的に動く可能性さえあるならば、二重に問題は深まる。 すでに日本学術会議がここ10年の間に提言してきた経済政策の問題点も以前の論説で批判したので今回は省略するが、日本経済を破綻させようとしているとしか考えられないレベルだった。この点については、嘉悦大の高橋洋一教授らもくり返し同様の指摘をしている。 前内閣官房参与で米イェール大名誉教授の浜田宏一氏が、論説『スガノミクスは構造改革を目玉にせよ──安倍政権ブレーンが贈る3つのアドバイス』で、菅総理に3つの提言を送っている。それは金融緩和の継続、財政再建論などを言う専門家にアドバイスを参考にしないこと=積極的な財政政策の採用、そして日本の潜在成長力を高める構造改革と成長戦略に重心を置くことである。日本学術会議の会員候補任命拒否を巡り、東京・渋谷で開かれた抗議集会=2020年10月18日 日本学術会議問題は、この浜田提言の3番目に該当する問題だ。民営化よりも、廃止した方が日本学術会議の政治的バイアスにまみれた権威付けが残らないので、個人的には推奨したい。

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    菅首相に提言!私たちが追加の定額給付金に込めた真意

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(すが・よしひで)政権が発足して1カ月以上が経過した。マスコミの新しい世論調査が明らかになり、支持率は当初より下がってはいるものの、いわば「ご祝儀相場」が終わった段階としてはかなり高い。菅内閣の支持率は前回9月の調査と比べ5・9ポイント減の60・5%となった。不支持は5・7ポイント増の21・9%。産経ニュース 菅政権にとっては、新型コロナウイルス危機とそれ以前からの景気減速、消費増税の悪影響という三重苦経済の再生に取り組む必要がさらに増すだろう。世論の大半も経済・生活問題への取り組みを重視している。 経済政策を理論で考えるとアベノミクスはよくできていて、景気問題には大胆な金融緩和と機動的な財政政策で対応し、長期的な日本経済の活力をアップするために成長戦略を政策的に割り当てていた。 アベノミクスの継承を菅政権は唱えているので、その意味では経済政策論としては合格点の枠組みを引き継ぎ、実際の政策を運用していくことになる。 もっとも、菅首相は既得権や因習の打破、規制緩和といった成長戦略への関心が高く、また、これまでも政策手腕を磨いてきていた。そのためマスコミや世論の一部では、菅政権が成長戦略「だけ」に傾斜を深めるのではないか、という懸念や批判が出ている。だが、それは実像と大きく異なる。新内閣発足から1カ月の受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) 筆者は10月14日、国会議員の有志による勉強会「経世済民政策研究会」の方々と一緒に、菅首相と面談することができた。その場で感じたことは、雇用や金融政策ついての意識が極めて高いということだ。専門的にいえば、マクロ経済(景気問題)に関する問題意識が深く鋭い。問題は「本当の失業率」 具体的には、公式の失業率だけではなく、「本当の失業率は(公式の完全失業率よりも)高い」のが問題だ、と積極的に口にされていた。 「本当の失業率」には、公式の完全失業率(現在は3%)以外にも、より長く働きたくても不況で実現できない人や休業者、不況で働く場がなくて求職自体を断念した人たちが含まれる。2020年第2四半期(4~6月)の「本当の失業率」は7・7%で、昨年の第4四半期(2019年10~12月)の5・7%から急増している。 ちなみにこの「本当の失業率」の5・7%という数値は、先進国の中では抜きん出て低く、まさにアベノミクスの成果だったと言える。菅首相が「本当の失業率」の増加に危機意識を持っていることは明らかであった。 さらに、失業率の高まりは、経済全般の所得の喪失と深く結ばれている。失業の拡大と、それによる所得の喪失の関係は「オークンの法則」で示される。この法則の利点は、失業率が上昇すると、どれだけ所得、つまり実質国内総生産(GDP)が低下するかが分かることにある。 なお、このときに計測に利用される失業率は、公式統計の完全失業率を使うのが普通で、先ほどの「本当の失業率」ではないことに注意が必要だ。さまざまな計測があるが、従来の研究ではオークン係数は10から5まで広がりがある。 ここでは厚生労働省の推計であるオークン係数8を採用しておこう。仮に新型コロナ危機によって今年末までに失業率が年初から1%上昇したとすると、それによってGDPは昨年から8%低下、金額にすると40兆円ほど喪失する。 新型コロナ危機の前の完全失業率は2・4%であった。現在の完全失業率は3%である。失業率を完全に予測することは難しいが、多くのエコノミストたちは3%台の真ん中まで上昇すると予測している。この40兆円のGDPの喪失を、より分かりやすく説明すれば、われわれにとって40兆円の「おカネの不足」が生まれる可能性があるということになる。 この問題への政策対応は、上述した大胆な金融緩和と積極的な財政政策が両輪になる。われわれの提言では、金融政策については、「大胆に」2021年度中に、日本銀行にインフレ目標2%の達成を政府が要請することを盛り込んだ。これが実現すると、いまの日本銀行には衝撃が走るだろう。ここ数年のぬるま湯的な政策スタンスの見直しが必要になるからだ。日本銀行本店=2020年3月16日、東京都中央区(川口良介撮影) それに加えて、日銀の金融政策に関わる政策委員会の人選では、従来の産業枠や銀行枠などという既得権と旧弊にとらわれず、インフレ目標の達成にコミットした人材を選ぶべきだ、とも提言した。医療業界などに経済対応を 実は経世済民政策研究会が、菅首相に提言を手渡すのは2回目である。前回は官房長官時代であり、そのとき、筆者は大学院のオンライン講義初日だったために同席することができなかった。日本経済も心配だが、新型コロナ危機で新学期が始まってもまったく会うことができず、不安になっている学生たちへの対応も重要だからだ。その際の提案にも、今回と類似した金融政策を利用した新型コロナ危機への対応策が書かれていた。 当時は官房長官だった菅首相から「このような金融政策は常に頭のど真ん中にある」と真っ先に言われたと、同席した議員の方々からお聞きした。今回は自分で菅首相に提言をご説明し、金融政策が経済政策の核心であるという首相の理解をじかに感じとった。これは日本経済にとって幸運なことだろう。ぜひ実現していただきたい。 財政政策については、われわれの提言の一部分である予備費を活用した5万円の定額給付金がワイドショーやニュース番組をはじめ、マスコミでかなり注目された。注目されるのはいいことだが、あくまでもそれは予備費の消化のために先行して提起した政策部分である。 総額40兆円の経済損失をカバーするには、予備費約8兆円を全額使っても不足するのは自明である。提言では、第3次補正予算で、5万円以外に定額給付金の継続を主張している。 特に、菅政権が推進するデジタル化と歩調を合わせて、社会保障の情報基盤を整えて、さらなる定額給付金の支給をする。いわば菅首相の最重点課題であるデジタル経済化という成長戦略と、定額給付金というマクロ経済政策を組み合わせたものとなる。 この第3次補正予算の定額給付金の額は、明示しなかった。これからの経済情勢の不確実性が高いためだ。ただし、現状でも40兆円のおカネ不足が予測されるならば、その方向性は自明である。 研究会では当初、金額を明記して国民1人当たり10万円という話もあった。方向性としては、この金額がこれからの具体的な金額のベースになると私見では思っている。すなわち予備費利用と含めて総額15万円の定額給付金となる。新内閣発足から1カ月、記者団の問いかけに受け止めを語る菅義偉首相=2020年10月16日、首相官邸(春名中撮影) これで財政政策が終わるわけではない。提言には、医療関係、地域経済、エンターテインメント業界など大打撃を受けた業界への直接的な経済対応が提言されている。ちょうど第3次補正予算の話題が出てきたタイミングや、また筆者と同じ主張を持つ嘉悦大の高橋洋一教授が、内閣官房参与に就任すると報じられた翌日でもあり、われわれ経世済民政策研究会の提言は、かなりの反響を呼んだ。 これらの提言が実現するまでの道のりは、まだまだ長い。1人の経済学者として、また、この国難を共有する日本国民としてもこれからも微力を尽くしたい。叱咤(しった)激励を読者の皆さんに改めてお願いしたい次第である。

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    不要不急の大阪都構想、今回は「賛成でも反対でもない」が民意では?

    上西小百合(前衆院議員) 日本全国が新型コロナウイルス禍による景気低迷やその混乱に頭を抱え、各自治体職員が市民の支援策の対応に忙殺される中、大阪市では少し違う様相を見せている。 今、大阪市でとりわけ注目されているのは新型コロナへの対応ではなく、「大阪都構想」の住民投票なのだ。大阪市では、日々街頭や説明会の会場などで各党の賛成派議員や反対派議員に加え、それぞれの支持者が11月1日の投開票日に向けしのぎを削っている。 しかし、大阪府全体ではコロナ対策によって特筆すべき成果が得られているわけでもなく、他県同様に新規感染者も連日報告されている。 吉村洋文知事が矢継ぎ早に繰り出したコロナ対策の一つであった「新型コロナウイルスの予防ワクチンの9月実用化」が実現していればよかったのだが、これは彼が自らを「ヒーロー」とするべく、とりあえず言ってみただけであるし、もちろんそんな絵空事は実現されるわけもない。 ただ、この対策は大阪府民が大変な期待を寄せた部分でもあるので、ここは吉村知事も知らん顔せずに状況説明をしていただきたいところではある。何せ住民投票に向けて各議員らの活動期間中に、都構想を主導する地域政党「大阪維新の会」(国政政党は日本維新の会)所属の府議会議員2人が新型コロナに感染しているのだ。会見する大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長=2015年5月大阪市北区(門井聡撮影) これに関しての詳細は維新からいまだ何の説明もないので、個人的にはやじ馬精神がむくむくと湧いてきてしまう。住民投票の活動下での感染か、懇親会という名の「クラブ活動」の下での感染なのかは非常に興味がある。 賛成派も反対派も一応それなりの感染予防対策はしていると思うが、演説を聞く人々への飛沫(ひまつ)感染などが生じないものかと一抹の不安を覚えている。 また、何よりも気の毒なのは大阪市の職員だ。前述したように、コロナ禍における業務で目が回るほどの忙しさの中、松井一郎大阪市長の思い付きで始まった雨がっぱの収集と配布といった関連業務に加え、住民投票実施に関する業務まで増えるのだ。自分たちの職員には「ロクな仕事もせずに税金から高い給料をもらっている」と悪のレッテル張りをし人気取りをした維新のために、現場の職員が疲弊しているのは何ともやるせない。 この混乱期に、わざわざ住民投票をしなければならない理由は何なのであろうか。私が思うに住民投票を開催する理由はただ一つ、「維新の都合」のみである。前回(2015年5月)の住民投票では、当時党の象徴であった橋下徹前市長が「(大阪都構想の住民投票は)何度もやるようなものではない。1回限りだ」と決意を示した上で大阪都構想への賛同を市民に訴えたが、あえなくその決意と都構想は撃沈した。 つまり、よほど維新がノリに乗りまくっているタイミングでないと、大阪都構想は絶対に実現不可能なのだ。というのも、今の日本の主権者教育(政治教育)レベルでは「大阪都構想の中身をどう思うか?」ではなく、「維新が好き?嫌い?」という投票にすぎないからだ。 都構想実現は、コロナ禍でマスコミを集めてはとっぴなことを言って注目を浴び、ヒーローとなった吉村知事の人気が残っている今しかない。ましてや新型コロナの終息を待って行う住民投票実施など、維新からすればあり得ないだろう。維新としては住民投票で成功を収め、その勢いで衆院選での議席増につなげたいはずだ。説明できない維新議員 実際に維新は大阪都構想成功のためになりふり構わず活動を繰り広げている。維新の代表である松井市長は、中立であるべき市選挙管理委員会に対して、投票用紙の記載を「『(大阪)市』ではなく『大阪市役所』を廃止」と求めたところ却下された。さらには維新が大阪都構想を推進する文言を書いたPR旗を繁華街に設置し、大阪市建設局から道路占拠許可基準違反を指摘された上、撤去を求められた。まさにルール無用とも言わんばかりのやりたい放題である。 また、少人数利用・飲食店応援という目的で、大阪市のミナミエリアで特別に1予約につき、5千円以上の食事に最大で4千円分の還元キャンペーンを実施したのも、住民投票の前日までの予約・来店が対象であることを鑑みるに、都構想を成功させるために維新が実施した作戦あると私は見ている。おかげで10月だけは大阪のミナミエリアも人があふれ、密状態が多発している。 ところで、8月11日に大阪市は大阪都構想の住民投票にかかる経費約10億7200万円を盛り込んだ補正予算案の概要を明らかにした。前回の住民投票にかかった費用は9億3200万円であるから、実際にその程度はかかるのだろうが、むしろその分をコロナ禍で生活苦にあえぐ市民へ回すべきだったのではないか。 このような姿勢では、市民の安心安全などは二の次だと思われても仕方ない。新型コロナの感染拡大により収入が激減し、生活に困窮する事態に陥った大阪市民の中には、そんな市民感情を無視した議員による街頭活動に「今は他にすることがあるのではないか?」だとか、「住民投票に使うお金をまわすところがあるだろう!」と、憤りとむなしさを感じてしまう人もいる。大阪で常々言われているのが「大阪都構想ってよく分からない」、「説明不足なのでは?」という声だ。さらに言えば、私は維新の所属議員ですらまともに大阪都構想を理解している者は少ないのではないかと感じている。 私が衆院議員時代、地元行事にて市民が維新の地方議員に対して「大阪都構想って何をするのですか?」と尋ねる場面に幾度か遭遇したことがあった。私自身も興味があったので、そのたびに横で聞き耳を立ててみた。すると皆、十中八九、次のような受け答えをするのだ。 最初はまず「今の大阪には二重行政があるので、それをなくして税金の無駄をなくしたいです」と議員は答える。「例えば?」と市民に聞かれると、「大学とか市役所とか、いろいろある。ネットで松井代表も説明しているので見てください。とりあえず頑張っているので応援してくださいね」と皆必死にその場を乗り切っている。こんなことで市民のモヤモヤがとれるわけはないし、市民に対してその対応は失礼すぎるだろう。維新は「マスコミが大阪都構想をまともに報じてくれない」と批判ばかりするが、そういった地方議員の草の根活動の低レベルさに、理解が進まない要因が間違いなくある。あべのキューズモール前で都構想への賛成を訴える大阪維新の会の守島正市議=2020年9月22日、大阪市阿倍野区(恵守乾撮影) 今でこそ維新が支援者などを動員して説明会を開催しているが、出席者の感想はやはり「分かりにくかったので、賛否は少し考えます」というものが目立つようだ。賛成派はメリットを中心に、反対派はデメリットを中心にしか説明しないため、市民のこの反応は至極当然であるものの、当の議員の態度はまったく変わらない。まさに政策に対する自信のなさの表れと言える。自分たちにとって不利なことを隠したい気持ちは分かるが、正直に包み隠さず話す誠実さも、政治家には必要ではないか。残したい「大阪府」の名 2011年6月の政治資金パーティーで、当時大阪府知事だった橋下氏は、大阪都構想のことを「大阪市が持っている権限、力、お金をむしり取る」と説明している。ゆえに大阪市民にとって都構想はそれほど喜ばしいものではないことは、このコメントを見るに確かである。では大阪市からむしりとった税金が周辺自治体にまわることで大阪市民以外の地域福祉が充実するのかと言えば、ほとんど強く実感できるものはないのではないか。大阪市営地下鉄民営化など、既に大阪都構想のスタート地点で掲げられていた内容は実施されている。せいぜい吉村知事が新型コロナの指標として通天閣をライトアップした程度の恩恵が受けられるか否かであろう。 そして先月23日に開かれた会見で松井市長は「『僕の時代に』もう二度と都構想の話はしない」、「(都構想の住民投票に)負けたら政治家としては終了です」と表明した。一方で吉村知事は「都構想が否決されたから(政治家を)辞めるとは考えていない」と語っている。ただその後、10月6日に吉村知事は「大阪維新の会としても、再度の住民投票は『難しい』」とも語っている。 議員経験者の私がこの文言を解釈すると、これは「また住民投票するかもしれません」というようにしか聞こえない。橋下氏が「住民投票は二度としない」と断言しても、維新は平気で再チャレンジしたのだ。それゆえ維新は都構想が可決されるまで、エンドレスに住民投票を実施するだろう。 それは橋下氏が言っていたように、維新議員の存在意義が大阪都構想に他ならず、大阪都構想を諦めることは維新の存在意義が消滅してしまうことになるからだ。だからこそ、そのようなことを維新議員たちは容認するわけにはいかない。 それゆえに私は大阪市民の皆さんにこうアドバイスをしたい。「大阪都構想への理解がまだ深まらないのならば『今回は』投票を見合わせてはいかがですか」と。 本来であれば「投票にはぜひ参加してください」とお伝えすべきだが、大阪市民にとっては見切り発車で決断してはならない大切な局面である。それに住民投票に参加しないという判断は、賛成派ないし反対派の議員双方に「NO」をつきつけ、議員の説明に問題があるという意思表明にもなる。 最後に一つ、私の個人的な希望を述べたい。もし住民投票で大阪都構想が可決されても、大阪府という名前を「大阪都」に変えないでほしい。東京でビジネスに一定期間携わった大阪府民はなんとなく分かると思うが、もはや東京都と大阪府の差は詰め切れないところまで離れている。残念なことに、既に大阪府は県内総生産で日本全国では2位ですらない、東京都民に「私は大阪都民なんです」と自己紹介をする場面を想像したら気恥ずかしくて仕方ない。多くの人で賑わうミナミの様子=2020年8月15日、大阪市中央区(須谷友郁撮影) 東京都民に「東京に何を憧れてんだよ」と失笑されそうだし、大阪府民の東京コンプレックスがそこまでむき出しになるのも嫌だからだ。もちろん、一般論として東京コンプレックスを持ち、それをバネに歯を食いしばって頑張る大阪の姿は素晴らしいと思っている。 そして何よりも「大阪府」という地名には、大阪府民の歴史や文化が詰まっている。それゆえ特に必要ないのであれば名称変更はやめて欲しい。何も東京のまねっこをしなくとも、大阪府には魅力的な誇れるものが数多く存在するのだから。「大阪府」という名称は雅(みやび)だと私は思う。大阪府民はそんなに「大阪府」という名称を嫌っていないはずなんだけどな。

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    看過できない、日本学術会議と中国「スパイ」組織との協力覚書

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 日本学術会議問題で「炎上」が続いている。日本学術会議の会員任命で、菅義偉(すが・よしひで)政権が推薦者のうち6人を拒否したことが、「学問の自由の侵害」だとして問題化した。 会員の任命拒否によって「学問の自由」が、具体的にどう毀損(きそん)するのか、筆者にはまったく分からない。 学者たちは本務の雇用が安定している。日本学術会議会員という特別職の公務員になれないからといって、生活の心配もない。また、何か候補者たちでしか成し得ない「学問」も、とりたててないだろう。 2004年の日本学術会議法の一部改正によって、現在の会員が候補者たちを直接選抜・推薦しているのが実情で、簡単にいうと既得権だけがモノを言うムラ社会である。もちろん個々の会員について、日本学術会議側の推薦理由は明らかではない。 一応、2008年に起草された日本学術会議憲章に合う基準で選ばれたというのが、ざっくりした理由だろう。ざっくりした理由には、政府側もその任命を拒否した理由をざっくり示すのが道理だ。現段階では、菅首相は記者会見で「広い視野に立ってバランスの取れた活動を行い、国民に理解される存在であることを念頭に判断した」と述べているが、妥当な発言だ。 安倍政権への批判スキルの応用で一部のマスコミ、野党、背後から撃つのが得意な与党政治家、あるいは一部の識者らは、飽きることなく、問題の「モリカケ化」を狙うだろう。いずれにせよ、見飽きた光景が続くことになる。日本学術会議会員の任命拒否問題を受け、プラカードを手に抗議する人たち=2020年10月8日、首相官邸前 新型コロナウイルス危機によって、民間の就職も公務員の状況も厳しい。だが、日本学術会議は経済政策については、「財政再建」を重視する伝統があり、ろくな政策提言をしてこなかった。むしろ経済を失速させることに加担してきた組織である。民営化どころか「廃止」を この点については、前回の論説で詳細に記述したので参照されたい。率直に言えば、国民の血税で運営されているにもかかわらず、国民の生活を苦しめることに貢献してきたのだ。 あくまでも私見だが、日本学術会議は民営化どころか廃止が妥当だと思っている。ネットでは、日本学術会議は学者の自己犠牲に等しいボランティア精神に支えられており、既得権などないかのような匿名の「若手研究者」の意見が流布していた。だが、実際には日本政府の研究予算4兆円の配分に影響を与える助言機関である。 巨額の予算の配分には金銭的、名誉的な既得権が結びつく。また、日本の防衛装備品の研究開発に関する否定的な姿勢など、安全保障面にも直接の影響を及ぼしてきたことは自明である。 自分たちの権限は示すが、他方で自らの機構改革には最大限消極的である。この点は嘉悦大学の高橋洋一教授の論説が詳しい。 要点をいえば、なぜ税金で運営される国の組織でなければならないのか、合理的な理由がないのである。「学問の自由」を強く主張するならば、政府から独立する方が望ましい。 日本学術会議は、財政再建に極端に偏った緊縮経済政策を提起し、日本の長期停滞のお先棒を担いでいたと筆者は先に指摘した。さらに、この長期停滞をもたらした経済学者の意見を、日本学術会議は、2013年に「経済学分野の参照基準(原案)」として提起し、日本の経済学の多様性を大学教育の場から排除しようとした。 さすがにこの露骨なやり方は、さまざまな立場の経済学者やその所属学会によって批判された。だが、日本学術会議を通じて緊縮政策を公表してきたメンバーらが所属する日本経済学会は、何の反対声明も出さなかった。日本学術会議の総会後、取材に応じる梶田隆章会長(左端)=2020年10月2日、東京都内 さて、日本学術会議と、中国政府が海外の研究者や技術者を知的財産窃取のためのスパイとして活用しているとされる通称「千人計画」との関係が話題を集めている。「覚書」は問題ではないのか 日本学術会議は千人計画と関わりを持ち、軍事研究などに協力しているという情報が会員制交流サイト(SNS)で拡散されたのを受け、ネットメディアのBuzzFeedが熱心にファクトチェック(真偽検証)をして、否定した。 同記事では、「日本学術会議と中国の関係についていえば、中国科学技術協会との間に2015年に『協力覚書』を結んでいる」が、予算などの関係から「軍事研究や千人計画以前に、学術会議として他国との間で『研究(計画)に協力』」しているという事実がない、ということだ」と結論づけた。 だが、他方で、このファクトチェックは重要な「ファクト」には無批判的だった。日本学術会議と中国科学技術協会との「協力覚書」問題は問題以前であるかのような、一面的とも言える主張をしているのである。 この協力覚書に問題性がある可能性を除外しているBuzzFeedの主張を真に受けるのは危険だ。中国問題グローバル研究所の遠藤誉所長は論説で、「協力覚書」を結んだこと自体が、中国の習近平国家主席が主導していた「中国製造2025」の戦略と符合することを指摘している。習近平が国家主席に選ばれた2013年3月15日、中国工程院は中国科学技術協会と戦略的提携枠組み合意書の調印式を開いた。中国科学技術協会は430万人ほどの会員を擁する科学技術者の民間組織だ。(中略)アメリカと対立する可能性が大きければ、国家戦略的に先ず惹きつけておかなければならないのは日本だ。日本経済は減衰しても、日本にはまだ高い技術力がある。十分に利用できると中国は考えていた。こうして、2015年9月に日本学術会議と協力するための覚書を結んだのである。ニューズウィーク日本版「日本学術会議と中国科学技術協会」協力の陰に中国ハイテク国家戦略「中国製造2025」 「中国製造2025」は軍事面の強化も含んだハイテク立国政策、中国工程院は政府系研究機関である。さらに、一応は民間組織であるものの、中国科学技術協会は人的な交流を通じて事実上軍部と密接につながり、党中央の意思決定に強く従属する枠組みに取り込まれている。 そんな中国の民間組織と「協力覚書」を交わしたままであることは、日本の安全保障の点から厳しく批判されるべきである。人材交流の実績が本当にないならば、実害がでないうちに明日にでも「覚書」を破棄した方がいいのではないか。新型コロナウイルス対策の功労者に勲章を授与する式典に臨む中国の習近平国家主席(中央)=2020年9月8日、北京の人民大会堂(共同) いずれにせよ、日本学術会議の任命問題が話題になればなるほど、同会議の問題性が指摘されてくるのは、以前からその緊縮的な経済政策提言にあきれ果てていた筆者からすると「いい傾向」だと思っている。

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    籠城の最後は地獄絵図!秀吉が多用した「兵糧攻め」戦法の脅威

    渡邊大門(歴史学者)  桶狭間の戦いや長篠の戦いのような野戦は短期間で決着し、戦闘経過が分かりづらい。その反面、兵糧攻めは戦いが長期に及ぶので、戦闘経過の詳細詳が分かるケースもある。意外に史料も豊富である。そもそも兵糧攻めとは、どういう戦いだったのだろうか。 兵糧攻めとは文字通り「敵の兵糧補給路を断ち、兵糧を欠乏させることによって打ち負かす攻め方」のことであり、「兵糧詰め」「食攻め」ともいう。中世においては、築城技術が発達した戦国時代に多用された作戦である。では、兵糧攻めには、どんなメリットとデメリットがあったのだろうか。まずは、攻撃側から確認しよう。 第1のメリットとしては、将兵の消耗が少なくて済むという点だ。野戦などで敵と交戦すると、死傷者が続出するのが常であり、決して避けることができなかった。しかし、兵糧攻めは基本的に敵の城を攻囲するだけなので、籠城側が果敢に戦いを挑んでこない限り、将兵の死傷者が少なくて済む。 第2のメリットとしては、敵の補給路を断つこと、それに伴って情報も遮断することができるという点である。敵は兵糧や武器がなくなると、当然長く籠城を続けることができない。また、情報が入手できなくなると、不安に陥るのは当然であろう。こうして敵は、最終的に降参せざるを得ない状況に追い込まれた。 籠城戦のメリットは、中国古代の兵法書『孫子』にあるように、「戦わずして勝つ」という点にあろう。 次に、攻撃側のデメリットを考えてみよう。大きなデメリットは、長期戦になる点である。長期戦になることにより、兵糧や武器の調達が長期にわたるなど、多大な財政支出を必要とした。 また、暑い夏、寒い冬になると暑さ寒さが堪え、長期にわたる籠城戦は困難になる。同時に、将兵の士気を維持するのが難しく、ときに戦場から故郷へと逃亡する者もいた。 したがって、攻撃側は籠城戦が長期間にわたるという覚悟はあったに違いないが、できるだけ早く敵の城を落城させる必要があった。戦いの途中で攻撃側の兵糧や武器が不足し、攻囲を解いて自国に逃げ帰る例は少なくない。兵站(へいたん)の準備は、先述した通り非常に重要な意味を持ったのである。 次に、籠城側のメリットとデメリットを考えてみよう。まずはメリットである。 第1のメリットとしては攻撃側と同じく、将兵の消耗が少なくて済むという点である。基本的に出撃することは少なく、城に籠っているだけだからである。とはいえ、ときには敵の虚を突いて、出撃することはあった。 第2のメリットとしては、堅牢な城に守られているため、少ない将兵で大軍と対抗できた点である。野戦では将兵の数が勝敗のカギを握ることが多いものの、籠城すれば少ない兵でも十分に渡り合えたのである。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 第3のメリットとしては、第2のメリットを生かしつつ、援軍を期待できるという点である。援軍のことを後巻(うしろまき)という。城内の将兵と援軍とで敵を挟撃し、撤退させることも十分に可能だった。 デメリットは攻撃側と同じく、食糧や武器の調達が困難になることだ。攻撃側は、まず城の周囲に付城を築き、交通路を遮断する。同時に水の手を断った。やがて、籠城側の食糧や武器が尽き、降参に追い込まれる。援軍が来れば状況は異なるが、来なければ(あるいは近づくことができなければ)敗北は必至だった。籠城側の食糧調達方法とは まず、籠城戦では、どのように兵糧を調達していたのだろうか。基本的に戦国時代の戦争では、各将兵が当座の兵糧を自弁することになっていた。しかし、長期の兵糧攻めでは、個人的な努力で準備するのが困難なのは自明である。 戦国大名には御用商人が存在し、彼らが兵糧調達をサポートした。御用商人は兵糧と武器を調達し、小荷駄隊と称する兵站を担当する部隊がこれを運搬した。 また、戦地が遠隔地の場合は、海路を船で運搬し、馬に乗せて陸路から兵糧を運ぶこともあった。むろん、言い値で買うのではなく価格交渉をし、折り合いがつかなければ、別の商人から買うこともあった。 御用商人から調達した兵糧が足りない場合は、周辺の村々から強奪することもあった。また、生育中の農作物を刈って兵糧とすることもあり、これは籠城側の兵糧を奪うことにもつながった。 ほかにも、兵糧調達の方法があった。たとえば、川や海が近くにあれば、魚、貝、海藻などを採集し、調理することもあった。さらに食べることができる野草なども採集し、兵糧としたのである。 一方、籠城側は城内に食糧を備蓄していたが、それでも足りないことがあるので、御用商人から購入した。あるいは、同盟関係にある大名から兵糧を提供されることがあった。 そこで、攻撃側は「米留」「荷留」といって、商人の籠城側への食糧搬入を阻もうとした。同じく、攻撃側は城へ通じる主要な街道を封鎖し、武器なども含めて補給路を断ったのである。 では、兵糧攻めの手順を確認しておこう。 攻撃側は本陣を定めると、敵を包囲すべく土塁や柵を築いた。また、付城という小さな砦(とりで)を随所に築き、軍勢を置いた。こうして城を完全に包囲し、兵糧攻めの準備は完了する。 その後、攻撃側は籠城側の補給路を断ち、同時に稲を刈るなどし、本格的な兵糧攻めを展開する。また、城内に通じる水の手を断つことも重要なことだった。水がなければ、人間は生きていけないからだ。 籠城側も周囲に付城を築き、また味方の支城と連携することで対抗するが、攻撃側はそれらを落とすことで戦いを有利に進めようとした。籠城側には後巻という援軍がやって来るが、これを攻撃側が撃退すれば、もはやほとんど勝利を手にしたようなものだ。こうして籠城側は孤立を余儀なくされ、やがて城内に厭戦ムードが漂うことになる。 その後、攻撃側は調略戦を仕掛け、城内から内応者を募った。調略がうまくいけば、内応者が城内で反乱を起こしたりするので、その動きに乗じて一気に城内へと突撃する。あるいは、降伏するよう求め、一定の条件を付けた。城主やその一族に切腹を科し、代わりに城兵の命を助けるという条件が多かった。籠城側が条件を飲めば、降伏・開城へと手続きは進んでいく。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 兵糧攻めで忘れてならないのは、城内で飢えに苦しむ将兵たちである。餓死者が出ると、城内には伝染病が蔓延することもあった。兵糧不足に苦しむ城兵は、馬や鼠などの小動物、壁の漆喰(しっくい)の藁(わら)を食し、最後は人肉すら食らったという。ある意味で、兵糧攻めは非人道的な作戦だったのかもしれない。凄惨な「三木の干殺し」 兵糧攻めは、単なる長期戦ではなかった。攻撃側は城を取り巻きながらも、できるだけ短期で終結するようあらゆる策を講じ、同時に調略戦を仕掛けるなどし、多方面から降伏・開城を迫った。戦国の早い段階では、攻撃側の兵糧が尽きて撤退することもあったが、秀吉の時代になると、圧倒的な物量戦で籠城側を落城に追い込んだのだ。 以下、兵糧攻めの代表例を取り上げるが、煩雑さもあるので、史料(特に一次史料)の注記は最小限にしている。また適宜、二次史料の記述を挙げて、兵糧攻めの残酷な状況をあらわした。 天正5(1577)年10月、織田信長は毛利氏と対決すべく、羽柴(豊臣)秀吉に中国計略を命じた(『信長公記』)。秀吉は信長の期待に応え、上月城(兵庫県佐用町)などの諸城を次々と落とした。 秀吉が中国計略を進めるうえで、最も頼りにした武将が三木城(兵庫県三木市)の別所長治である。しかし、天正6(1578)年2月、長治は秀吉に叛旗を翻し、毛利方に寝返ったのである。 ここから戦国史上に例を見ない凄惨な兵糧攻め「三木の干殺し」が展開される。 三木城をめぐる攻防で注目されるのは、付近の諸城での戦いだ。天正6年4月、毛利氏は加古郡別府(兵庫県加古川市)から侵攻しようとし、阿閉城で別所重棟と戦った。秀吉は黒田官兵衛を遣わし、これを撃退している。 ほぼ同じ頃、付近の野口城主の長井氏、神吉城主の神吉氏、志方城主の櫛橋氏が、それぞれ秀吉に降参した。別所氏は加古川付近の城を次々と落とされ、苦境に立たされる。 秀吉が加古川付近の別所方の城を落とした理由は、毛利方が海上から三木城へ兵糧を運搬する経路を断つためである。海上から三木への経路を立たれた毛利氏は、ただ戦況を見守るしかなかった。 天正6年7月、秀吉は三木城を見下ろす平井山に城を築くと、一斉に付城を構築した。三木城の周囲に付城を築いたのは、兵糧や情報のルートを断つためだ。秀吉が築いた付城の数は、尋常な数でなかった。 当初、付城は2、3カ所ほど、三木城の向かいに築城された。その後、加古口にも築かれ、海上からの毛利氏の上陸を困難なものした。さらに、三木城の西方面の道場河原、三本松(兵庫県神戸市)にも、付城は築かれた。天正8(1580)年になると、付城の数は50か60にもなったという(『信長公記』)。こうした秀吉の付城による包囲網は、じわじわと別所陣営を追い詰める。 秀吉に付城を築かれたので、別所氏の兵糧搬入は極めて困難になった。天正6年10月に荒木村重が信長を裏切った直後、有岡城(兵庫県伊丹市)から花隈城、丹生山、淡河(いずれも神戸市)というルートで兵糧が搬入されていたが、秀吉は淡河(おうご)に砦を築いて阻止した。この時点において、三木城への兵糧搬入ルートはほぼ断たれたのである。馬上の別所長治像が立つ三木城跡=兵庫県三木市 天正7(1579)年6月、毛利氏は配下の鵜飼氏らを派遣し、三木城に兵糧を搬入しようとした。鵜飼氏らは明石の魚住に着岸し、三木城へ兵糧を運ぼうとしたが、秀吉は三木から魚住のルートを遮断すべく付城を築いた。 付城には番屋、堀、柵、乱杭、逆茂木を設け、表には荊(いばら)を引き、深い堀が設置された。それは、獣や鳥も逃れ難い包囲網だったという(『播州御征伐之事』)。それでも毛利方は、兵糧の搬入を試みた。最後は「人肉」まで 同年9月10日、芸州(毛利氏)、雑賀、播磨の衆が三木城に兵糧を搬入すべく動いた。御着(小寺氏)、曽禰、衣笠の諸氏ら播磨の衆の援軍には、別所方の勢力も加わった。毛利方の軍勢は美嚢川を北に迂回、大村の付城の谷衛好(もりよし)を襲撃し、これを討った(大村合戦)。この戦いで、三木城にはわずかばかりの兵糧が入ったのかもしれないが、到底十分なものではなかったに違いない。 天正7年10月以降、秀吉は南の八幡山、西の平田、北の長屋、東の大塚に付城を築き、三木城を本格的に包囲した。付城の二重にした塀には石を投げ入れて、重ねて柵を設けた。 また、川面には簗杭(やなぐい)を打ち込んで籠を伏せて置き、橋の上には見張りを置いた。城戸を設けた辻々には、秀吉の近習が交代で見張りをしたのである。 付城に入るには守将が発行する通行手形がなければ、一切通過を認めなかった。夜は篝火(かがりび)を煌々(こうこう)と焚き、まるで昼間のようだったという。もし油断する者があれば、上下を問わず処罰し、重い場合は磔となった。当然、三木城には兵糧が入らず、やがて城内には飢餓に伴う惨劇が発生した。 三木城内の兵糧が底を尽くと、餓死者が数千人に及んだという。はじめは糠(ぬか)や飼葉(馬の餌)を食していたが、それが尽きると牛、馬、鶏、犬を食べた。当時、あまり口にされなかった肉食類にも手が及んだのである(『播州御征伐之事』)。 それだけでなく、ついには人を刺し殺し、その肉を食らったと伝える。その空腹感は、想像を絶するものがあった。「本朝(日本)では前代未聞のこと」と記録されており、城内の厳しい兵糧事情を端的に物語っている。 年が明けて天正8(1580)年1月、秀吉は三木城への総攻撃を開始し、落城寸前にまで追い込んだ。秀吉は三木城内の長治、賀相(がそう)、友之に切腹を促し、引き換えに城兵を助命する条件を提示した。 結果、別所一族は切腹して長い戦争は終結した。近年、秀吉は約束を反故にし、長治らの切腹後に別所方の城兵は皆殺しになったという説も提起されており、今も議論が続いている。大宮神社で見つかった等身大の豊臣秀吉坐像=2020年5月20日、大阪市旭区 別所氏の敗因は、毛利氏の後巻(援軍)を得て、秀吉の付城を突き崩すことができなかったからだ。それゆえ、毛利氏の播磨上陸が不可能になると、兵糧も武器も搬入されず、まったくの孤立無援になった。有岡城における荒木村重の苦戦も大きな誤算だったであろう。つまり、秀吉の付城の包囲網が功を奏したといえよう。 一方の秀吉は、戦いで将兵を消耗することなく、長期戦に持ち込んだことが勝因だった。加えて、戦いの途中で宇喜多直家は毛利氏が不利と考え、織田方に寝返った。兵糧攻めは、周囲に優勢を伝える大きな宣伝になった。この戦いを機にして、秀吉は兵糧攻め、水攻めを多用するようになる。 このように、籠城戦にはメリット、デメリットがあるものの、豊富な物量に恵まれた場合は、圧倒的に攻城側が有利だったのだ。

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    「学者の国会」なんぞ笑止千万、日本学術会議に蔓延した知的退廃

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 科学者で構成する政府機関、日本学術会議がにわかに注目を集めている。日本学術会議が推薦した会員候補6人について、菅義偉(すが・よしひで)首相が任命を拒否したからだ。 「学問の自由」を危険に陥れると、ひと月ほど前までは反安倍政権だったマスコミ、識者らを中心に批判の声をあげている。野党の一部も国会でこの件を審議するという。いつもながらご苦労なことである。 日本学術会議については、既得権が異様に強い組織であり、その提言の類いも経済政策関係では弊害があるか、まったく使い物にならない、日本の経済学者の傲慢(ごうまん)と無残さの象徴であると以前から思ってきた。 この機会に、ぜひ日本学術会議は民営化するなり、組織廃止するなりした方がいいのではないか、と個人的には強く思っている。 日本学術会議とはそもそも何か。公式サイトに設置根拠となる法律とともに解説されている。昭和24年(1949年)1月、内閣総理大臣の所轄の下、政府から独立して職務を行う「特別の機関」として設立されました。職務は、以下の2つです。・科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。・科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。日本学術会議とは また、日本の科学者を内外に代表し、210人の会員と約2千人の連携会員で職務を行うとしている。勝手に代表されても困るが、後述するように経済政策に関しては知的腐敗臭すらする提言しかしていないので、日本の経済学者の「代表」がいかにダメかを内外に広報する結果になっている。 菅政権の任命拒否の理由は、具体的には明らかにならないだろう。もちろんリーク的なものはあるかもしれないが、個人投資家で作家の山本一郎氏がここで指摘しているように、現在の政権批判という基準で任命が拒否されたかどうかは分からない。日本学術会議の会員に任命されなかった大学教授(左奥)らに質問する野党議員ら=2020年10月2日午前、国会 安倍政権の政策に批判的で、その趣旨の発言がマスコミでも取り上げられていた劇作家の平田オリザ氏は今回、会員に任命されている。今回の任命拒否の理由として注目されている集団安全保障法制でも、平田氏は反対の立場だ。「拒否」権能は政府側にあり そもそも論として、拒否できる権能が政府側にあるのだから、それを行使したことは批判にあたらない。政治的な思惑で批判されているのだろうが、その次元でしかない。個人的には、またこんなつまらない問題で国会の審議時間を浪費するのか、とあきれているだけだ。 日本学術会議が既得権を荒らされたので、抗議するのは分かるが、これまた国民には無縁な話だ。既得権、つまり会員になる権威付けが、そんなに「うまい」のだろうかという感想しかない。 日本学術会議が明日なくなっても、ほとんどの国民にも研究者にも関係がない。「学者の国会」という意味不明な形容があるが、多くの研究者はこのオーバーな形容に噴き出していることだろう。 今回の会員候補たちが、日本の科学者たちに事前に提示され、選出されたわけでもない。勝手に日本学術会議の内部で、既得権や忖度(そんたく)にまみれながら選んだだけだろう。 むしろ「学者の記者クラブ」とでも言うべき存在だ。本家の記者クラブのメンツと同じように、自分たちが選ばれたわけでもないのに「国民の代表」だと勘違いして、官房長官らにくだらない質問を繰り返し、「巨悪と対峙(たいじ)している」と悦に入る記者たちと大差ない。 「学問の自由」も侵されないだろう。むしろこの機会に、政府の影響を完全に離れた組織になるのはどうだろうか。年間10億5千万円が政府支出として日本学術会議にあてがわれ、また日本学術会議会員は非常勤の特別職国家公務員でもある。 政府にすがって権威付けされていながら、自分たちの既得権を侵されたことで大騒ぎすることが、いかに知的な醜悪さを伴っているか。権威にすがる学者には分からないかもしれないが、多くの国民の率直な感想は、税金にあぐらをかいている学者たちに厳しいだろう。一言でいえば、甘えきっているのである。 ちなみに、10億5千万円をポスドクや院生など若い研究者たちにまわせ、という意見を見たが、それでは足りない。無償の奨学金拡充とともに、どかんと何千億円も増やすべきだ。こんな少額では若手研究者も大して救えない。日本学術会議の新会員任命拒否問題について、首相官邸前で抗議する人たち=2020年10月3日午後 さて、この日本学術会議は、最近でも経済政策に関してはまさに知的腐臭の強い提言を繰り返してきた。例えば、東日本大震災での復興増税への後押しである。中国の千人計画に協力か 当時の第三次緊急提言では、財政破綻の懸念から復興増税が提言されている。この提言が出る前の学者たちの審議内容をまとめた報告書を見ると、日本の経済学者の知的堕落ぶりが明瞭である。経済の停滞を解消するための財政・金融の積極的な政策を回避するマインドが鮮明である。(3)このような拡張的政策の一部は緊急の救済策や復興支援によって先取りされているが、さらに追加すべきかに疑念を表明する経済学者もいる。特に、物価インフレは日本の名目利子率に上昇傾向をもたらし、国債負担を増加させ、日本の財政規律に対する信認を揺るがす可能性があるからである。その時、日銀による金融政策はゼロ金利の時よりもさらに難しい舵取りが必要になるだろう。東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 また当時、筆者たちが主張していた日本銀行に復興債を引き受けさせ、それで大胆な金融緩和と財政支出をすべきだという正攻法については、日本の経済学者たちは下記のような認識だった。アベノミクスから新型コロナ危機を体験しているわれわれから見ると、日本の経済学者の大半がいかに使い物にならないか明瞭である。復興債の日銀引き受けに関しては、すでに国の債務残高が860兆円に達している日本において、財政規律がさらに緩んだというメッセージを国の内外に与える可能性が高い。それは、長期金利の高騰などの大きな副作用をもたらすことになり、日本のギリシャ化の回避という立場から極力避けるべきだという意見が圧倒的に多い。 東日本大震災に対応する第三次緊急提言のための審議資料 日本の債務残高は現在、1300兆円ほどだが、長期金利の高騰もなく、ギリシャ化の懸念もない。むしろ国際通貨基金(IMF)など国際機関は新型コロナ危機でできるだけ財政政策で国民を救済し、またそれができない低所得途上国には日本などが財政支援すべきだとしている。 いかに日本の経済学者たちが使えないしろものかを示す代表例である。ちなみに2013年の提言では、日本の長期停滞を脱出するのに、具体的には財政再建しか言及していない。 アベノミクスのように積極的な金融政策と財政政策が主張されていたが、そのときも日本の経済学者は一貫して使えない提言を繰り返していた。金融緩和については、基本的には反対ともとれる姿勢を打ち出し、また経済成長との両立と言いながら、財政再建だけは具体的な提言をし続ける。その後の日本経済を考えると、これまた驚くべき知的退廃である。日本も含めた先進国は、現在、高齢化の進行過程で低成長を余儀なくされていて、膨大な財政赤字から財政政策の選択肢が大きく制約される状況にある。この局面では、実体経済の底上げのために、金融緩和の強化が選択される傾向がある。一般的に、デフレ脱却のために金融政策は有効な筈だが、現在のデフレの背景には金融緩和だけでは解決できない需要不足等の要因もある。伝統的な金融政策の効果に限界がみられ、国債残高が膨大に積み上がるなかでの金融緩和の強化は、国債の信認維持にとりわけ注意しつつ運営していく必要がある。日本の経済政策の構想と実践を目指して日本学術会議の建物=東京都港区 単に会員たちの権威好きを満たしているだけの腐臭の強い組織だと、何度も強調しておきたい。ちなみに日本の防衛に非協力的でいながら、中国の軍備増強に協力的で、スパイ行為の疑いも強い中国の千人計画を後押ししているという疑惑もある。本当だとしたら、これこそ国会で追及すべきだろう。

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    失望の進次郎留任とベールに包まれた菅内閣の不気味な深謀遠慮

    上西小百合(前衆議院議員) 菅義偉(すが・よしひで)内閣が発足しておよそ半月が経過したが、改めてこの間の政局を振り返ってみたい。去る8月28日、安倍晋三前総理は持病の悪化が国政に影響を及ぼす事態を避けたいとして、辞意を表明した。第2次政権以降の連続在職日数は憲政史上最長の2822日に上った。 残念なことに、政権長期化に伴う弊害とも言える負の遺産として、内閣人事局の新設後に報じられた官僚による忖度疑惑や、財務省による公文書改ざんに発展した、いわゆる「モリカケ問題」などが残った。国民からは怒りの声も上がったが、外交面では短期間でコロコロと変わるこれまでの総理とは異なり、国際的な信用を得て地に足のついた動きも取れていたと思う。ひとまずは敬意を表し、お疲れさまでしたと申し上げたい。 世論の中には「モリカケ問題追及から逃げたいがための辞職ではないか」と訝(いぶか)る声もあるが、安倍前総理は最後に、新型コロナウイルス対策の指針をまとめ上げてから辞任した。総理として国政に尽力したかったという気持ちはひしひしと伝わってくる。国が難病に指定する潰瘍性大腸炎を持つことを口惜しく思ったのではないか。元も子もないことを言ってしまえば、国のトップであるポジションを手放したい人などいないのだから。 その後、自民党総裁選へと突入していったが、石破茂元幹事長と岸田文雄前政調会長がのんきにメディア露出を増やす中、官房長官だった菅氏は出馬の意向をなかなか明らかにしなかった。 総裁選は国民によって選出された自民党所属議員らによって決定されるものであり、国民による直接投票で決められるものではない。今回は党員・党友も投票することができずに無視される形になった。緊急性があるとの理由付けがなされたが、それでは一体何のために副総理を任命しているのか甚だ疑問だ。東京五輪大会組織委の森喜朗会長と談笑する安倍晋三前総理(左)=2020年9月28日、東京都港区(三尾郁恵撮影) ゆえに、いくらメディアに出て政策を主張したとて当落にはほとんど影響はない。メディア露出が次回につながるという見方もあるが、自民党総裁選はそんなに甘いものではない。 メディアで浮き足立つ2人を尻目に菅氏は着実に支持票獲得を進めていた。見事な動き方であったし、党内支持派閥からの信頼度も上がったことだろう。「菅カラー」見えず 国民によって選出された自民党所属の国会議員らから出馬要請を受けたという「絵」を描き、票をまとめた上で候補者の中で最後に出馬表明の意思を示す。これこそが昔ながらの、勝利を収める選挙戦略である。ただし、現代の議員で実現できる者は極めて少ない。 届け出に必要な20人の推薦人を獲得するために、石破氏が悪戦苦闘していたのを見れば分かるだろう。野田聖子幹事長代行や小泉進次郎環境相のように知名度が高く、アンケートなどで国民から「総理になってほしい」と期待される議員であっても総裁選立候補というスタート地点に立てない者がほとんどなのだから、菅氏は大変な策士と言えよう。 だからこそ私は、現時点では安倍前総理の政策を踏襲する方向性を打ち出し、「菅カラー」をはっきり見せない菅内閣に不気味さを覚えながらも、不気味だからこそ期待できるのではないかと考えている。 今後、これまでのように安倍前総理が国会で答弁することはありえず、モリカケ問題や安倍前総理主催の「桜を見る会」の問題が菅政権下で再調査されるとは考えにくい。これだけの年数をかけたにもかかわらず追及しきれなかった以上、野党・マスコミの惨敗ということだ。タイムオーバーである。野党には気持ちを切り替えて、国民の大多数を占める無党派層、無関心層の心に響く戦略を打ち出してほしいものだ。 他方面では、戦略家で話上手な菅氏が党内でバランスを取りながら、国政にあたることも期待できるのではないだろうか。そもそも、菅氏がどこまで本気で「安倍前総理の政策を踏襲する」と思っているのかは定かでない。むしろ表向きはそう言ってはいるが、裏では自身の政策を黙々と進めているように感じてしまうのだ。 新政権誕生後、よく耳にするようになった携帯電話料金引き下げ、デジタル庁創設、不妊治療の保険適用の検討などについて安倍前総理はさほど言及してこなかった。少なくとも、菅内閣が安倍内閣のカーボンコピーというわけではないだろう。衆院本会議で首班指名され、拍手を受ける菅義偉氏(中央)=2020年9月16日午後、国会・衆院本会議場(三尾郁恵撮影) また、菅氏が総理に任命される前から、会員制交流サイト(SNS)で「#スガヤメロ」「庶民出身なんてうそだ」などの書き込みが相次いだ。まだ始まったばかりのうちに批判ばかりは悲しすぎるし、これでは政治にチャレンジしてみたいという有能な若者はますます現れなくなる。文句ばかり言われるのならば、民間で能力を発揮して稼いだ方がいいではないか、という話になってしまう。 私も議員に初当選した直後、「維新議員なんて死ね」「若い女に何ができるんだ。税金泥棒」などとファクスや郵便物による嫌がらせを受けた。その数は夥(おびただ)しく、議員になった途端にこれでは前途多難だな、と思った。 加えて、近親者に政界関係者がおらず、地元の名士でもない者が総理になれるわけがないとの考えも根強いが、そもそも庶民出身だから仕事ができるというロジックも一切ないのだから出自は関係ない。菅氏の出自に関する批判や追及を行うのは愚かな行為だ。小泉環境相の留任に落胆 さて、菅氏は当初、自民党総裁選に立候補しないような雰囲気を醸し出しつつも、裏では華麗な当選に必要な支持票をきっちり固めていた人物だ。発言の裏にある戦略は、これから見てみないと評価などできない。 閣僚人事の顔ぶれは、改革を掲げる菅内閣にはふさわしくない気もする。だが、総裁選で多くの重鎮議員に支えられて当選したのだから、それをないがしろにしては国政をスムーズに進めていくことは絶対にできない。恩をあだで返せば、足を引っ張られて成果を残せずに菅内閣は終わってしまう。TBSのドラマ『半沢直樹』風に言えば、「施されたら施し返す、恩返しです」。議員も人の子、感情がある。 ただ、小泉環境相の留任には大いに落胆した。お父さまの小泉純一郎元総理にお世話になった人があまたいるので、そのつながりでやむを得なかったのかもしれないが、これっぽっちも国民のためになる人事とは思えない。 小泉環境相には大臣職に就くための勉強期間や、大臣として政策を実現するための仲間集めの期間がまだ必要だったのではないかと思う。コロナ禍で国民が疲弊している今年4月、「ごみ袋にメッセージを書きましょう」なんてお気楽なことを記者会見で真剣に話すような大臣が留任とは、いくらなんでも見るに堪えない。 たくさんいすぎて、重要視されていないようにしか見えない副大臣や政務官のような「充て職」ではないのだから、ここは考えていただきたかったと菅氏に申し上げたい。 高齢の重鎮議員を重用すれば、若者世代のためにならないという批判もあるが、次の解散総選挙までは長くとも約1年しかない。この超短期間で大きな成果を残すことは至難の業だ。菅氏は安定した閣僚人事を行い、彼らの下についている派閥議員らも一緒に動かすことを目論んだに違いない。そして、少しでも成果を残し、解散後にも引き続き総理の座に就くことを狙っているだろう。衆院本会議に臨む小泉進次郎環境相=2020年9月16日、国会・衆院本会議場(酒巻俊介撮影) 次の衆院選までに菅氏がどのような成果を出すか注視し、国民の利益にならぬ不適切な部分が見受けられたら正していくのが、野党の政務の一部となる。こういうときに、自称「与党でも野党でもない」日本維新の会は、国政でどういう役割を果たすのだろうか。お題目のように、是々非々で臨むと言っていれば、熱烈な維新支持者には「やったふり」ができると思っているのだろうが、そろそろ仕事をしていただきたいものだ。 長期にわたる安倍政権が終わり、菅政権が誕生した今、国民にとっては、国政選挙に1票を投じる判断材料として、新しい目で各党のお手並みを拝見できるよきチャンスだ。

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    コロナ下の自殺者傾向に異変、働く女性が抱く「罪悪感」を救えるか

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 今から20年前の話になるが、専修大教授の野口旭氏との共著『構造改革論の誤解』(東洋経済新報社)や拙著『日本型サラリーマンは復活する』(NHK出版)などで、景気の持続的な悪化と自殺者数の増加の関係について詳説したことがある。当時は、著名な評論家から「あまりにも自殺の原因を単純化して考えている」という批判を頂戴した。 確かに、人が自死する動機は他人からは測りがたい側面がある。ただ個々人のケースを尊重することと、経済政策の失敗が自殺者を増やすことは両立するし、後者の要因が日本ではあまりにも軽視されていると思ったのも事実だった。 その後、公衆衛生学の進展などで、不況の中で緊縮政策を採用することが、自殺者を増加させてしまうことがより確固たる事実として鮮明になってきた。日本でも、伊ボッコーニ大教授のデヴィッド・スタックラー氏とハーバード・メディカル・スクールのサンジェイ・バス氏の『経済政策で人は死ぬか?』(草思社)が注目を浴びた。 野口・田中説もスタックラー氏らも共通しているのは、不況そのものが自殺者を増やすということではない。不況を放置し、深刻化させる政府・中央銀行の緊縮政策の採用が、自殺者数を増加させるのである。 不況の初期段階では、ハードな仕事から離れることができたり、交通量が減ることなどで環境が改善して、人々は心身ともに健康になるかもしれない。だが、失業が長期間放置されれば、それはうつ病や社会的地位の喪失感などで自死を激増させてしまう。 失業は自然現象ではなく、政府や中央銀行が対応可能な問題だ。不況における自殺者の増加に関しては、政治家や政策担当者の責任が強く問われるのである。 新型コロナ危機は感染抑制のために経済活動を厳しく制限した。都市封鎖(ロックダウン)や日本の緊急事態宣言だけではなく、今も「社会的距離(ソーシャルディスタンス)」を十分に取るように推奨されている。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) また、観光業や娯楽関係、飲食サービスなどでは経済再開の力は弱く、先行きが不透明だ。経済が低迷すれば、もちろん雇用にも大きく悪影響が及ぶ。 リスボン新大のユードラ・リベイロ氏は最近の展望論文で、新型コロナ危機による世界的な失業率と自殺者を推計した研究を紹介している。それは、世界的な失業率が4・9%から5・6%に上昇すると、年間約9570人の自殺者が追加的に増加してしまう「高」シナリオと、失業率が5・1%に上昇し、それに伴う年間自殺者数が約2135人増加する「低」シナリオの二つだ。新型コロナ「メンタルヘルス」の危機 日本でも新型コロナ危機による自殺者数の増加が顕在化してきている。緊急事態宣言のときは、前述した初期効果のためか自殺者数が急減した。しかしその後、失業率の上昇とともに自殺者数が急増に転じている。 特に筆者は、今回の新型コロナ危機が、自死に至るメンタルヘルスの毀損(きそん)の点で、今までにない深刻さを有していると推測している。 どの国も、男女の自殺者の比率はほぼ一定で推移している。そして、どの国も男性の方が女性よりも目立って自殺者の数が多い。 日本では、この10年の男性自殺者の総数に占める割合は、70~68%で「安定」的に推移している。しかし、図1で分かるように、月別では、7、8月の2カ月でその男女比に大きな変化が見られる。図1 男女ともに緊急事態宣言の解除後に、自殺者が急増しているが、その変化が女性の方が男性よりも急激である。そのため「安定」的な男女比率が変化している。 これが構造的な変化かどうかは、まだ学術的な検証が必要だ。しかし、政策的には緊急の対応をすべきだと思っている。当たり前だが、データが揃うのを人の死が待っているわけではないからだ。 この自殺者の男女比の変化は、新型コロナ危機が、普通の不況よりも厳しいメンタルヘルスの毀損を男性にももちろん与えているが、それ以上に女性に影響している可能性を示唆している。野口・田中説やスタックラー・バス説を援用すれば、雇用環境に注目すべきだろう。 完全失業率(季節調整値)で、男性は現状で3・0%、女性は2・7%で、むしろ男性の方が高い。しかし、これは「見かけ」のデータでしかない。 図2を見れば分かるように、労働力人口と就業者数の双方ともに、男性よりも女性の方が対前年同月比で大きく減少している。つまり、働く意思を持った人たちと実際に働いている人たち、どちらでも女性により悪影響が出ていることになる。図2 この女性の労働力人口と就業者の大幅な減少は、新型コロナ危機の前には実際に働いていた女性たちで、現在は働く意欲を失っているか、働く場所を得ていない人数が大きく増加していることを示している。では、この女性における雇用ダメージはどのような理由に基づくのだろうか。女性が負う「強い罪悪感」 国際通貨基金(IMF)のエコノミスト、青柳智恵氏がメンタルヘルスとの関係からも重要な研究を示している。青柳氏の論考「罪悪感、ジェンダー、包摂的な景気回復 日本に学ぶ教訓」から、重要な指摘なので長いが引用する。 新型コロナウイルスに伴い、日本では今年4月から1か月半にわたる緊急事態宣言のもと外出自粛が行われたが、女性が男性よりも大きな負担を背負う結果となった。男性と女性の間には「罪悪感の差」が存在し、女性はキャリアを犠牲にしないといけないと感じやすいことが大きな理由となっている。 12月から4月の間に100万人近くの女性が離職したが、その大半が期間限定雇用やパートタイムの非正規社員だった。 保育園や学校の休業などにより大規模な混乱が生じた中で、IMFワーキングペーパーの研究が普遍的な真実を見い出す貢献をしている。女性の方が男性よりも大きな責任を背負い、理想的な親でも、理想的な労働者でもいられないことに強い罪悪感を感じるのだ。 この日本の働く女性が抱く大きな責任感や、過度な罪悪感は、メンタルヘルスの毀損に結びつきやすいのではないか。注意すべきなのは、この過度な罪悪感は、職を現時点で得ている女性にも、また働くことを断念したり、職を求めている女性にも等しく重圧になっていることだ。 果たして、この「生命の危機」にどう対処すべきか。対策は三つの方向で考えられる。 マクロ的な景気対策としての雇用の回復、そして自殺予防を含むメンタルヘルスへの公的支出の増加がまず即応可能な「両輪」だ。だが、それだけではない。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 青柳氏が指摘しているように、日本の女性のワークライフバランスに配慮した柔軟な雇用環境の整備も必要だ。これは中長期的な対応になるが、政治家や政策担当者が負うべき課題であることは言うまでもない。◇【相談窓口】 「日本いのちの電話」 0570・783・556(ナビダイヤル)…午前10時~午後10時 0120・783・556(フリーダイヤル)…毎日午後4時~9時、毎月10日:午前8時~翌日午前8時

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    安土を「四神相応の都」に仕立て上げた信長流オカルト演出

    )、石清水八幡宮にも期待するところは大きかったのだろう。一般的には意外と思われるかもしれないが、この連載の読者の方には信長の験担ぎは事新しいことではない。 さらに言えば、信長が石清水八幡宮に期待し保護した理由は、戦勝祈願のご利益だけではなかった。京の裏鬼門(南西)にあって王城を守る「国家鎮護」の神として尊崇され、平清盛や源頼朝、足利尊氏ら武家の棟梁からも篤く敬われた重要な祭祀(さいし)の場だ。 信長はこの前年に三河国岡崎を訪れたが、その際「御家門様」と呼ばれている。名家の一員を指す言葉であり、同時代では関東公方の足利義氏も「御家門方」と呼ばれた。 つまり、信長は将軍に準じる立場として目され、石清水八幡宮の修理事業を主導する「天下人」と認められていたわけだ。彼の言う「末代まで」は、どうやらその名誉も永久に残るように、という意味もあったらしい。修理を終えた孔雀の欄間彫刻を幣殿に設置した石清水八幡宮=京都府八幡市 三輪山のご神木は、こうして宇治橋と石清水八幡宮へと運ばれていった。おそらく大木は根こそぎ切り出されただろう。蛇=龍のパワーを持つご神木によって、安土城の裏鬼門(南西)の方角は強化されたことになる。 北の守護は、前回も書いたように水神の弁財天が坐す竹生島(ちくぶじま)。そのラインをさらに延長すると、信長の織田家の氏神である越前国織田の劔(つるぎ)神社が鎮座している。 東は無論、津島の天王社から信長の少年時代を形成した那古野城内のの亀尾天王社(現・那古野神社)が守り、西は大国主命を祭神とする大嶋神社・奥津嶋社(おきつしま)神社・日牟禮(ひむれ)八幡宮がガッチリと固める。王城にふさわしいのは「四神相応(しじんそうおう)の地」というが、安土城の三つの方角も裏鬼門と同様に、信長ワールドの守護を担ったのだ。

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    「縦割り行政」打破だけでは物足りない、スガノミクス成功のカギ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 菅義偉(すが・よしひで)政権の経済政策を「スガノミクス」と呼称することが、国際的に広まりつつあるが、国内ではいまだ馴染みがないのかもしれない。その理由はどのような政権であれ、現在の日本が直面している最大の課題が新型コロナ危機であり、危機対応にはそう大差がないからだ。 つまり、菅政権の個性が出にくい状況になっているのである。コロナ危機において、求められている政策を単純化して説明すれば、感染を抑制しながら、経済を危機前の水準まで回復させることだ。 そのためには、さまざまな分野での自粛要請や規制の緩和、そしておカネが不足している個人や企業への支援が必要である。 この新型コロナ危機前の経済水準に回復しなければ、菅政権だけではなく、いかなる政権も「失政」と判断されるだろう。そのためできるだけ早期に危機前の状況に戻ることが求められている。 国際通貨基金(IMF)など国際機関の推計で、2022年には日本経済が危機前の水準に戻るとされている。その時期を早められるかどうかで、菅政権のコロナ対策に対する評価が決まってくる。 だが、無個性というわけではもちろんない。例えば、前例主義や悪しき慣習、そして既得権益によって継続しているような「縦割り行政」の弊害をなくすことが、やはり菅政権の個性になるだろう。 河野太郎行政改革担当相は日ごろから行政改革に強い意欲を示していたので、適材適所だろう。政権が掲げるデジタル庁の設置は最も分かりやすい縦割り行政の打破に繋がる可能性がある。記者会見に臨む河野太郎行政改革・規制改革担当相=2020年9月17日、首相官邸(佐藤徳昭撮影) 平井卓也デジタル改革相は2021年中の新設の意向を表明しているが、時限的なデジタル庁の設置も、その期間内に成果を出すことが目標化しやすい。そして、デジタル庁の縦割り行政の打破の一例は、やはりマイナンバーカードを利用した一元的な税や社会保険料、NHKの受信料などの歳入管理だろう。新型コロナ危機で国民一人当たりの定額給付金を支給することが遅れた背景の一つに、このマイナンバーカードを効率的に政府が運用できていなかったことが指摘されている。 ただ、米国のように政府発行小切手の形での支給方法もあったとする批判もある。いずれにせよ、今後も同様の経済危機が発生しないとは限らない。手前勝手な「財政再建」 また、年金保険料の徴収漏れを防ぐことが、最も単純明快に年金財政の改善に資するともいわれている。あるいは全ての銀行口座とマイナンバーカードのひも付けができれば、税徴収がより公平かつ効率的になるだろう。 マイナンバーカードを通してだけでも、デジタル庁の業務が重要なのが分かる。しかし、反対する既得権益層も多いだろう。 特に、マイナンバーカードを利用して、税や社会保険の徴収を一元化するとなると、縦割り行政で甘い汁を吸っていた省庁が抵抗することは間違いない。税金であれば財務省、国民年金や雇用保険は厚生労働省、そしてNHK受信料などは総務省の反対が容易に想像できる。 中でも、最も注目したいのが財務省の出方である。上述した税と社会保険の一元的な徴収は、従来から「歳入庁」構想と言われてきたものである。財務省はこの構想に猛烈に反対してきた。 歳入庁を作り、税や社会保険の徴収を効率化すれば、財務省が常日頃から主張している「財政再建」にも役立つのに、同省は一貫してこの構想に反対している。財務省としては税務関係の利権を手放したくないのだろう。 これを考えると、財務省が増税の理由にしている「財政再建」がいかに手前勝手な理由かも分かる。自分たちの利権を守るためには、むしろ税や社会保険料がちゃんと徴収できない方がいいのだ。 言い換えれば、自分たちの利権のツケを国民に増税という形で回していることになる。何という「デタラメ行政」だろうか。デジタル庁を通じて、どこまで「デジタル歳入庁」的なものが実現できるかどうか、注目すべきポイントである。デジタル庁設立に向けた検討会に出席した平井デジタル改革相=2020年9月19日、東京都港区 行政改革だけではなく、地方銀行の「過剰」を問題視し、中小企業基本法の見直しを検討したいと述べるなど、菅首相の経済思想の核心は、彼が政治家として経験を積み上げてきた小泉純一郎政権での「構造改革」的なものを想起させる。アベノミクスの「三本の矢」では、成長戦略と呼ばれていたものだ。構造改革とはどういうことか、改めて説明しておきたい。 資源配分の効率的改善へのインセンティブを生み出すような各種の制度改革のことであり、具体的には、公的企業の民営化、政府規制の緩和、貿易制限の撤廃、独占企業の分割による競争促進政策などがそれにあたる。それによって、一国経済において、資本や労働という生産資源の配分が適正化され、既存の生産資源の下でより効率的な生産が達成される。すなわち、潜在GDPないし潜在成長率が上昇する。野口旭・田中秀臣『構造改革論の誤解』小泉流構造改革の「誤用」 日本経済の潜在的な力を規制緩和や行政改革で改善するというのが、構造改革の分かりやすい表現だろう。ところが小泉政権の、特に初期において、本来の構造改革が誤用されていた。 代表的には、小泉元首相が発した「構造改革なくして景気回復なし」に表れている。この小泉流構造改革は、本来のものとは異なる。 先の構造改革の定義の中には、景気回復がそもそも入っていない。景気回復のためには、おカネの不足を解消することが必要だ。その役目は、金融政策や財政政策が担う。 しかし、構造改革は全く異なる問題を扱っているのである。つまり、いくら構造改革をしても景気がよくなることはない。むしろ構造改革ばかりやっていては、景気を悪化することにもつながる。 例えば、景気が悪化している中で、個々の企業が経営を立て直すためにリストラ(事業再構築)をするとしよう。これは個々の企業の「構造改革」である。 だが、リストラされることで職を失う人が増えたり、残った従業員も給料やボーナスなどをカットされれば、経済全体から見れば、ますます景気が悪くなってしまうだろう。それと同じように、日本経済全体でおカネが不足している状況で、政府のリストラを極端に進めてしまい、政府から出るおカネが絞られると、さらに景気は悪化するだろう。 この景気対策と構造改革が異なる政策目的を持つことを十分に理解しなかったのが、前期の小泉政権だった。後半でかなり改善したとはいえ、それでも財政政策や金融政策をフル回転させて長期停滞を完全に克服することは、やはり構造改革のよりも優先順位が低かった。小此木彦三郎氏の墓を訪れた後、集まった人たちに手を振る菅義偉首相=2020年9月、横浜市西区(代表撮影) その証拠に、郵政民営化の見通しが立ったところで、首相を辞任してしまった。そのために日本の最大の問題であった長期停滞からの脱出は不十分なままに終わった。 2012年末からの第2次安倍晋三政権はこの小泉政権の経済政策への「反省」にも立脚していたことは間違いない。少なくとも「構造改革なくして景気回復なし」という間違った構造改革主義に陥ることはなかった。「構造」に傾斜する菅首相の個性 むしろ、インフレ目標付きの量的緩和を主軸に据えるなど、長期停滞脱却に全力を尽くした。その政策割り当ては、日本政治の中で傑出した「政策イノベーション」であった。もちろん民主党政権の負の遺産である消費増税に妨害されたため、長期停滞を脱しても、デフレを完全に克服するところまではいかなかった。 スガノミクスは、基本的にアベノミクスの遺産を継承している。つまり、正しい政策の割り当てに準拠する、と菅首相自身が明言しているのだ。 おカネ不足=景気の問題には金融政策と財政政策で、縦割り行政の弊害などには構造改革で、という政策の割り当てを強く意識している。その意味では、経済政策の「スジがいい」政権だといえるだろう。 ただし、菅首相自身の個性はやはり構造改革に傾斜していることに間違いない。そのため、景気悪化が続く際には、今よりも積極的な景気対策を出せるかどうかが今後問われることになるかもしれない。 定額給付金の追加支給や携帯電話料金の大幅引き下げ、NHK受信料の引き下げだけではなく、本命である消費減税や防災インフラの拡充などにも乗り出す必要が出てくるだろう。 日本銀行との協調も見直すべきだ。インフレ目標の引き上げを迫ると同時に、日銀側に政府として「約束」することから財政再建を外すべきである。むしろ雇用の最大化を政府が約束し、日銀はインフレ目標の達成を約束するという形で協調の「中味」を変更すべきだ。 これは理由がある。日銀がいくら景気の改善でインフレ目標の達成を目指しても、他方で政府というよりも財務省が財政再建を理由に増税してしまえば景気が悪化するからだ。菅義偉首相との会談後、記者団の取材に応じる日銀・黒田東彦総裁=2020年9月23日、首相官邸(春名中撮影) 金融緩和の威力の方が、財政政策の緊縮度合いを上回っていたために、なんとか長期停滞を脱することができた。それでも、デフレを完全に脱却できなかったのは、このちぐはぐな政府と日銀の協調の「中味」に依存している。ちぐはぐを正すためにも、政府と日銀の協調の見直しが必要だ。 そもそもインフレ目標が達成され、雇用が最大化していれば、経済成長は安定化し、それによって財政も安定化することは自明である。スガノミクスが成功するかどうかは、この自明な政策の割り当てを追求していけるかどうかにかかっている。

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    日本の将来を左右する、コロナ禍が生む教育格差という「負の連鎖」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授)麻生マリ子(家族心理ジャーナリスト)司会・対談構成:梅田勝司(フリーライター、編集者、「PressRoom.jp」記者) 第2波の真っ只中にあるのではないか、という言葉が専門家の口から語られる中、日本の国内総生産(GDP)が新型コロナ禍の影響もあって戦後最悪の落ち込みを記録した。果たしてこれが底なのか、まだ下がるのかは誰にも分からない。 新型コロナ禍によってさまざまな市民生活が制限されたが、その影響が数字として明確になってきたといえる。しかし、教育についてはもう少し長い目でどんな影響を生徒たちにもたらしたかを見守る必要がありそうだ。 そして、心配になるのは日本の国力への影響だ。世界でどの先進国も新型コロナの影響であえいでいるが、まずは自国の現状を確認したい。* * * 梅田 杉山先生は新型コロナ禍で日本の国力が低下することを懸念しておられるそうですが、具体的にどのようなことを心配されているのでしょうか? 杉山 一斉休校とその余波による、生徒の学力低下が心配ですね。特に公立校は、緊急事態宣言の前後から授業をしなかった。私立校の先生方は結構頑張ってオンライン授業をしていたようですが、公立でできたところは少なかったようですね。 文部科学省は学習の遅れを正式に認めていて、政府も危機感を持っているのは間違いないですね。 梅田 夏休みは期間短縮され、お盆明けに1学期の続きがあったり、2学期が始まりました。これで遅れた分を取り返せるのでしょうか? 杉山 問題は学校だけの話ではないんです。家庭でする学習の習慣が崩れてしまったことが大きいですね。教育熱心な親は、家庭での学習習慣を崩さないよう頑張っていたと思うんですけど、それでも学習習慣が崩れる子はいます。そうなると、崩れた子供と崩れなかった子供との格差が広がることが考えられます。新学期が始まり登校する小学生たち=2020年8月17日、岐阜県大垣市 麻生 私は教育格差の連鎖がさらに深刻化するのではと懸念しています。もともと世帯年収や親自身の受けた教育水準が、子供の教育格差に連動する傾向があります。経済的に豊かな家庭で高い水準の教育を受けて育った子供が、社会に出て高収入を得られるようになる。そして親になったとき、わが子にも高水準の教育を受けさせることができますからね。 全国一斉休校の要請があったのが年度末でしたから、その時点で授業をどこまで終えられていたかで差が生じます。また休校中や夏休みの課題にも地域や学校、学級で致し方ない差がある中、オンライン授業の有無や、親が子供の勉強を見たり教えたりする素養があるかどうかも、子供の家庭学習を左右しています。 そもそも家庭学習に向く子と向かない子がいますし、発達特性のある子供たちを含め、どういう形であれば学習しやすいかに個人差があるのも事実です。 基礎学力でいうと、公立校の小中生は大変ですね。ましてや小学校では2017年3月に改訂された学習指導要領が、ちょうど20年度から全面実施となるタイミングでしたから。移行措置として、直前2年間で先行実施する必要性がありますが、休校となった時点で、それを終えていた学校と終えられていなかった学校とがありました。「生きる力」教えるのは難しい? 梅田 新しい学習指導要領は大規模なものだったんですか? 麻生 大きなところでいうと、小学校での外国語(英語)教科化ですよね。それに伴って、従来は中学1年生で履修していた内容を小学校高学年で学ぶといったように前倒しで難易度が高くなっていますし、授業時間数も増えています。 そのほか新しい学習指導要領は、中学校では18年度から3年間の先行実施を経て、21年度に全面実施されます。高校でも19年度から3年間の先行実施が行われ、22年度からの全面実施となります。 文科省は「生きる力」を掲げていて、今回は「主体的・対話的で深い学び」というアクティブラーニングを重視しています。知識と技能を身につけさせ、思考力、判断力、表現力を高めよ、ということです。学力向上はもちろん、実社会やグローバル社会で求められる力を育もうという方向性ですね。日本の国際競争力を高めることを目指してもいるのでしょう。 社会で受け身型の指示待ち人間が問題視されましたが、学校教育の中でコミュニケーションを通じて、主体的な動きのできる人間に育ってほしい狙いがあるのではと考えています。ただ、今の学校教員も保護者自身もそうした教育を受けて育っていません。自分が経験していないことを教えるというのは、想像以上に難しいことだと感じます。 学校が再開されてから、各学校とも前年度の未履修分を含めた休校期間中の巻き返しを図っていますが、教員から「子供たちの十分な理解度を図りながら進めていくことが困難だ」「つめこみ教育といわれても仕方ないが、そうするしかない」など悲痛な声を聞いています。それも、学校内の感染症対策や、新型コロナをきっかけにしたいじめや差別に配慮しながら進めているわけですからね。 さらに、休校中から聞かれたのは「実技を伴う理科・社会、生活科はどうしようもない」というものです。 学校再開後の弊害に関して具体例を挙げると、地域にもよりますが、社会科見学はほぼ中止となっていますし、理科の自然観察は本来4月に行うはずの授業が6〜7月にずれ込みました。しかし季節が変わっているので、予定通りの授業を行うことは現実的にできません。教員も映像や写真などの視覚教材を用いてフォローしてはいますが、やはり子供たちには理解が難しいようで、例年よりテストの点数が明らかに低かったそうです。 梅田 よりによってこんな年に、ですね。結果論ですが。国語の授業で児童は互いの意見を聞き合い、考えを深めていた=2020年2月、京都府南丹市の市立園部小学校 麻生 塾などでフォローできない家庭は、教育格差を突きつけられます。また、タイミングとして学年末や夏休み前後は転出入をする家庭も多いですよね。教科書も変わる、環境も変わる、前の学校でどこまで授業が進んでいたかなど、何重もの壁があるわけです。 杉山 私はどちらかといえば、「学校教育だけで、そこまで人生の格差は生じないだろう派」なんです。キャリアコンサルタントとしての立場から見ると、大学のブランド力は社会人としてのスタートダッシュ時に役立ちます。ですが、ブランド力のある有名大出身なのに、スタートダッシュしないまま成果を上げずに終わってしまう人も結構いるんです。 成果という点では、最後は学歴の格差ではなく、個人の才覚、仕事の才覚になると思うんですよ。だから偏差値中位の大学で教える面白さを感じています。「受験のランキングは仕事で逆転しよう」というところですかね。実際、私の所属する大学の卒業生たちは、社長や役員の数では全国で20位前後に入っていたりします。大学の規模とか偏差値を考えると、かなり頑張っている方ではないでしょうか。そこが面白いかな。受験での学力はそれほど高くなくても、仕事で挽回する人が好きです。 梅田 それでは、あまり心配する必要もなさそうですが。本当に憂慮すべき教育格差 杉山 いえ。本当の問題は国内での教育格差ではないんです。日本は「教育大国」と自分たちで信じていますが、実はそうではないんですよ。 経済協力開発機構(OECD)の「世界教育水準ランキング」で、日本は総合で40カ国中7位ですが、読解力となると真ん中あたりの15位になってしまいます。それに、何より怖いのは、1位が中国なんですよ。  中国の教育システムは、日本人が思っている以上に徹底していています。学力だけが国力ではないですが、少なくとも学力面では、日本の子供たちにはそれほどアドバンテージはないですね。 特に、読解力は、文章をしっかり読める力ですから、この能力が弱いと契約書の締結で騙されてしまいかねない。今、中国は読解力が伸びているので、中国を相手に交渉する中で、中国側が複雑で分かりにくい内容の契約書を作ってきたら、自分たちに不利な内容だと読み取れない日本人がこれから増えるかもしれないんです。 麻生 読解力は、学力だけでなく、生きていく上で基盤となる大切な力です。新しい高校の学習指導要領は、2015年にOECDが世界の15歳を対象に実施した学習到達度調査(PISA)で読解力が著しく低下したことを受けて導入され、2022年から全面実施となります。 その要領では、「現代文」を「文学国語」と「論理国語」の選択科目に分け、論理国語で契約書や企画書、報告書、手順書や取扱説明書、業務メールなど、実社会を想定した実務的な内容を教えることになり、物議を醸しました。私もこの再編を問題視しています。 中国勤務の弁護士など、周りの法曹関係者に聞くと、契約書を学校教育で取り上げることの危険性を指摘する人がいました。また、「生きる上で契約書に触れないことはないから、ある程度は教育しておくべき。しかし、文学国語を削るのは問題。文学は生きる上でもっと大切な他者の立場を考える想像力を高めるもの。情報化社会で論理的な読解力や思考能力を高めるなら、プログラミング学習や数学でやればよい」という声もあります。 グローバル社会で生きていく上でも、まずは母語である日本語をしっかりと身につけ、日本文化を学ぶことの方が大切だと考えています。外国語はそのあとで十分です。 梅田 では、高校から先の進路についてはどうしょうか? 実は、進学率が減少気味で就職率が増えているということはありませんか? それがイコール国力につながるとは思いません。 杉山 大学・短大・高専・専門学校など高等教育機関への進学率は、日本では2019年で82・6%と、前年から1%以上伸びています。不都合な真実かもしれませんが、1回目の対談で説明したように、日本人遺伝子は同調圧力を生む遺伝子です。少数派になるより、多数派になった方が現在の日本では何かと有利になりがちなようですね。 梅田 進学率こそ8割を超えていますが、中退してしまう生徒はどの程度いるのでしょうか? 杉山 退学率は統計手法で変わりますが、概ね7%程度という結果もありました。今、大学・専門学校では退学率を下げるための取り組みをやっていて、私も心理検査の開発をしていますが、それも対策の一つですね。退学リスクなどを評価して、どのような指導をしたら本人の能力を伸ばせるかを見極めます。そこに危機感を持っている学校さんが多いのも実情です。 梅田 専門学校は別として、大学に入れない子供もいるじゃないですか、家庭の都合や金銭面などの問題で。特に今年は新型コロナ禍により、仕事でダメージを負った両親も多く、塾や予備校の学費負担が大変です。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) 杉山 これは私も結構問題だと思っています。原因が学力不振の子供は、決して頭が悪いわけではなくて、勉強のやり方が分からないし、勉強する習慣もついてないんです。 勉強する習慣というのは、我慢する習慣なんです。勉強って、つまらなく感じることが多いじゃないですか。大学入試では、学力だけではなくて、どれだけ我慢できたかが求められるんです。要するに、入試は「ガマン大会」という側面もあるので、そこも見ているんです。我慢してやれる子だから、これからも我慢して社会の期待に応えて立派な社会人になるだろうというところを見極めているんです。 私も成績の振るわない生徒の多い予備校の講師をやっていたことがあるから分かるんですけれど、ちょっと我慢すれば勉強はできるんですよ。問題はその我慢させる仕組みをどう作るか。今年は特に我慢する力を試される可能性が高いですね。社畜では生き残れない 梅田 それは、会社に入って「社畜」になる人間を育てるということですよね? 矛盾だらけの会社でも文句を言わない。 杉山 大学が社畜候補を育てている部分はあるでしょうが、これからはただ従順な社畜だけでは、企業で生き残れません。 withコロナを経て、これからはイノベーション(技術革新)力がすごく求められるようになるはずなので、社畜のフリをしつつ、イノベーションの力を少しずつ蓄えて、ここぞというタイミングで頭角を現したり、ブレイクする。そういう社会人像が、大卒の若い人たちに求められるようになっていくと思います。 新型コロナ禍の話に絡めると、今後はオフィスワークが減る方向なので、会社で上司に言われたことをそのままやったり、マニュアルに沿って仕事するだけではなくなっていくでしょう。自分で課題を見つけ、ソリューション(課題解決)を作って、そこにみんなを巻き込んでいく。そういう力のない人は、これから仕事がなくなるかもしれません。 麻生 自分で仕事を作っていくタイプ、極端に言うと職業を作っていくぐらいの人じゃないと生き残れない、というわけですね。 梅田 そんな未来でも、やはり大学を出ることに意味はあるんでしょうか? 杉山 日本で学生が大学に払っている金額は、学費だけでなくて、その大学のブランド価値を買っている面があると思います。 麻生 私もそう思います。何を学んだかよりも、どの大学を出ているかということに価値が置かれている。就職にしても何にしても。でも、学んだ内容ではなくて、学部やゼミより、大学名の方が評価されているのは問題ではないかなと。 杉山 そうですね。実際、「学歴フィルター」というワードが一時期話題になりましたけど、今もたしかにありますよね。長い目で見ると、大学のブランド力が物を言うのは、就職活動のときと、20代の間までですね。 30歳を超えてくると、大学ブランド力の高い人はチャンスが多いことはみんな分かっているので、チャンスを上手にものにした人は評価されますけど、ブランド力の高い大学を出ている割にたいした実績を出していないと、評価が逆転してしまう。大学のブランド力を持て余し始める人が出てくるわけです。受験勉強ができると仕事ができるは別なので。 麻生 勉強ができることと、本質的な頭の良さ、インテリジェンスというのは全く違うものだと思います。仕事のやり方も。 梅田 今、みんな新型コロナに怯える異常な日々を過ごしているわけですが、学生はこの先心理的に影響が出たり、引きずっていくことにならないでしょうか?スペイン風邪の流行で90人以上の住民が亡くなったことを伝える福井県の面谷鉱山の石碑(大野市教委提供) 杉山 スペイン風邪もパンデミック(世界的大流行)が起こったんですが、2、3年後にはみんな忘れている状態になったそうなんです。それにウイルスは人間社会に長くとどまっていると、どんどん弱毒化していく例も多いようです。 私は「感染症の法則」と勝手に呼んでいます。簡単に言うと、毒性の強いウイルスだと宿主が活動できないし、殺してしまうので、感染力を失うんですね。結果的に人間社会から消えていくんです。 新型コロナウイルスといいますが、では新型以外のコロナウイルスはどうなのかといえば、常在化しているんです。鼻風邪を引き起こす程度です。新型も最終的にはそのレベルの毒性になるのではないかと言われています。そうなると、数年後には新型コロナのことをみんな忘れてしまうかもしれない。 これがトラウマになるかというと、ウイルスがトラウマになるのでなくて、ウイルスに対するリアクションや温度差が価値観の違いにつながるかもしれません。この価値観の違いが浮き彫りになって、新型コロナをめぐる考え方の違いから不信感を募らせていくのを懸念していて、人間関係が悪化したり社会不安にならないかが心配ですね。不安が募る就活生 梅田 今年度に就職活動をしている学生はどうですか? かなり大変だと思えますが。 杉山 就活している学生はとても不安がっています。対面面接を行っている企業さんもありますからね。オンライン面接でも部分的の場合もあるようです。 麻生 感染症対策を講じた上とはいえ、この最中に対面面接を行う企業姿勢に不安を覚える学生もいます。売り手市場と言われていたのが、新型コロナの影響で一転厳しい就職活動を強いられた学生たちにとって、面接してもらえるのはもちろん有難いことです。でも、「この会社は大丈夫なのだろうか。仮に受かったとしても従業員を大切にする会社なのだろうか」という疑問を抱く人もいました。 また、ビデオ通話で面接に臨んだ学生の話ですが、企業側がアイコンだけ表示されて、非常に話しにくかったそうなんです。面接担当者の表情が見えないし、声に出して相槌を打ってくれない担当者もいて、話すタイミングが掴みづらく、なにを求められているか、どこまで話せばよいか分からず戸惑ったそうです。そこで次の選考に進めなかったとなると、学生側はオンライン面接で力を発揮できなかったと思いたくなる。その心情は分かりますね。 梅田 オンライン面接でその人となりを見抜けるかも不安が残りますね。 杉山 採用する側は基本的に就活生にプレッシャーをかけて動揺させ、そのときにどういうリアクションをとるかを見ます。 麻生 かつては「圧迫面接」という言葉もありましたね。 杉山 今は分かりやすい圧迫をしませんけど、学生が困りそうな質問をするようですね。答えに困りそうな質問を考えるのが面接担当者の腕ですから。 麻生 その状況から想定外の事態に臨機応変な対応ができるか、柔軟性、レジリエンス(強靭=きょうじん=性)など、仕事に必要な力が見えてくるんでしょうね。ウェブ形式で実施された三井住友海上火災保険の採用面接で、モニター越しに学生と話す採用担当者ら=2020年6月、東京都内 杉山 企業はそういう力が欲しいですからね。学生が準備してきた内容を聴くだけでは面接になりません。なかなか内定が出ない生徒は、本当にいつまでも出ないんですが、例年よりそういう学生の数が多いですね。 それと、計画通りに採用活動を進めている企業と、計画を見直し始めた企業に分かれているようです。withコロナの社会が見通せないから、企業も慎重になっている部分は確かにあるようです。* * * 次回はグローバル化した世界情勢の中で、日本が国力を落とさないための方策について考えたい。 すぎやま・たかし 神奈川大人間科学部教授、同大心理相談センター所長、臨床心理士、1級キャリアコンサルティング技能士。昭和45年、山口県生まれ。学習院大大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。心理学専攻博士後期課程単位取得。専門は臨床心理学、応用社会心理学、産業心理学など。心理学オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになる心の使い方」を主催する。著書に『ウルトラ不倫学』(主婦の友社)など多数。監修書に『マンガでわかる 心理学的に正しいモンスター社員の取扱説明書』(双葉社)。 あそう・まりこ 家族心理ジャーナリスト。昭和52年、福岡県生まれ。出版社勤務などを経て現職。生きづらさの背景として、親子・母子関係に着目。家族問題、母娘関係や子育て、孫育てなどをテーマに取材活動を続ける。そのほかにも家族問題に関する心理相談を行っている。

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    内閣支持率爆上げ、「菅政権」も弄ばれるワイドショー民の不合理

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 「ワイドショー民」たちほど信用できないものはないな。ここ数日、そういう言葉が自然と浮かんでくる。 安倍晋三首相が健康を理由に辞任を表明した後に行ったマスコミ各社の世論調査で、内閣支持率が異例の急上昇を見せ、不支持率を大きく上回った。辞任前の各社調査では、不支持率が支持率を上回り、その差が拡大傾向にあったが、一変してしまった。 特に、安倍政権の「宿敵」朝日新聞の世論調査では、7年8カ月の安倍政権を「評価する」声が71%に達した。安倍首相の辞任表明前と政策的な変化は全くないので、まさに世論が単に辞任報道を受けて意見変更したに他ならない。 そしてこの「意見変更」により、「世論」の大部分が、いかにテレビや新聞などの印象だけで判断しているか、との疑いを強めることにもなる。政策本位の評価ではなく、テレビや新聞での印象に左右され、感情的に判断する世論のコア、これを個人的に「ワイドショー民」と呼んでいる。 このワイドショー民とどこまで重なるか分からないが、この安倍政権に対する世論の在り方を分析している政治学者もいる。早稲田大政治経済学術院の河野勝教授の分析はその代表的なものである。 河野氏の分析を紹介する前に、世論調査で筆者が問題にしている点をいくつか指摘したい。安倍政権に関する世論調査の動向を分析すると、20〜30代の若年層では、内閣支持率が安定的に高水準で推移している。一方で、世代が上になればなるほど、政権の年数経過によって支持率が下落傾向にあり、時には急落した後に反転することを繰り返している。 安倍政権の経済政策の成果によって若年層の雇用状況が改善し、その状況が支持の高止まりを形成している、というのは分かりやすい仮説である。だが他方で、若年層より上の世代の支持率の急減少と回復という「支持率の循環」をどう説明すべきか。台風10号に関する関係閣僚会議に臨む安倍晋三首相(手前)。奥は菅義偉官房長官=2020年9月6日、首相官邸(川口良介撮影) 2点目はインターネットで熱い話題となっている消費税に関してだ。2014年4月と2019年10月に実施した消費税率引き上げが内閣支持率に大きな変化を示したかといえば、NHKの調査を含めてはっきりとしないのである。政策よりも「お灸効果」 むしろワイドショーなどで、安保法制議論や首相主催の「桜を見る会」関係を「スキャンダル」として連日取り上げた方が勢いよく上下動を起こす。財政政策上の最大の課題が、さほど内閣支持率に有意な変化を与えていない。これは注目すべきことだ。 実際に、河野氏は株価などと内閣支持率が連動していないことにも注目している。現在の日本では、安倍政権に考え方の近い層が厚く存在し、その層が政権の説明不足を求めて不支持を決めるという「合理的」な判断をしているというのだ。 確かに各種世論調査では、「スキャンダル」的な動きがあるたびに「説明が足りない」とする割合が上昇し、そして他方で内閣支持率は低下し、不支持率が上昇する傾向にある。いわば潜在支持層の政権に対する「お灸効果」だ。 そう見れば、今の国民の中には安倍政権と考えの近い支持層が非常に厚いのかもしれない。ただ、河野仮説のように本当に潜在的支持層の判断が「合理的」ならば、自分の利用できる情報を全て活用するはずだ。 経済データだけその判断に影響を与えないということは、特定のバイアスが存在していて、「合理的」、あるいはそれほど賢明な判断をしているとはいえないのではないか。それを示す代表例が、冒頭でも紹介した今回の内閣支持率のジャンプアップだ。 先述の通り、政権では、辞任表明以外に何の政策決定も起きていない。つまり、利用できるデータに変化がないにもかかわらず、世論の支持が大きく変わったのである。 これこそ、まさにテレビのワイドショーの話題の取り上げ方で政治への印象が大きく影響されているのではないか。個人的には、世論のコアにあるワイドショー民の存在を裏付けているのではないかと思う。空手道推進議員連盟設立総会に臨み、菅義偉官房長官(左)に話しかける自民党の石破茂幹事長=2014年6月(酒巻俊介撮影) さらに、これまでは、ほとんどの世論調査で「ポスト安倍」候補は断トツで石破茂元幹事長だったが、最新では軒並み菅義偉(よしひで)官房長官がぶっちぎりの首位となっている。このことも、最近テレビの露出の多さに影響されたワイドショー民の選択の結果だろう。「反緊縮」に煽られる人たち それでも筆者は前回で指摘したように、政策では石破氏や岸田文雄政調会長よりも菅氏の方が断然に優位だと考えているので「結果オーライ」だと黙っていればいいのかもしれない。しかし、このワイドショー民の存在が確かならば、最近ワイドショーが見せる「まき餌」を再びちらつかせる動きに注意すべきだろう。 多くのマスコミが石破氏に好意的なのはほぼ自明である。その中のいくつかの媒体で、石破氏を消費減税派に、菅氏を消費増税派として、それを「反緊縮vs緊縮」までに仕立て上げようという動きもあるようだ。 個人的には、金融緩和に否定的な石破氏が反緊縮派ということはありえないと思っている。それでも、この構図に煽られる人たちは多いだろう。 確かに、10%の消費税率を維持したまま反緊縮政策を目指すことも理論としては十分可能だろう。全品目軽減税率を導入したり、定額給付金を国民全員や特定層に向けて配布する考えもある。携帯電話代やNHKの受信料を政策的に「大幅」減少させたり、貧困家庭への光熱費免除もあり得る。 ただ、それらの政策を進めるために重要なのが、金融緩和のサポートだということは、言うまでもなく大前提になる。まさにこの考えに、菅氏が肯定的で、石破氏は否定的なのである。ワイドショーなどで見られる、消費税の在り方だけで両者を単純な対立図式とすることに、筆者が異論を唱える根拠でもある。 消費税は重要な政策だが、それでも財政政策のオプションの一つにすぎず、それを硬直的に消費減税原理主義と捉えるのはおかしい。ただ、いずれにせよ、新型コロナ危機以後、「コロナ税」のような動きに徹底して反対を唱えることは、日本経済のことを考えれば最重要である。この点については、「菅政権」の動きを注視していかなければならない。特別定額給付金でマイナンバーの手続きに訪れた住民らで混雑する大阪市浪速区役所の窓口=2020年5月11日(寺口純平撮影) 一方、立憲民主党など野党が、選挙のたびに消費税の減税や廃止を主張するにもかかわらず、国会が開会すると事実上忘れてしまうことを何度も繰り返している。だが、懲りもせずこの種の「煽り」に引き込まれる人は多い。 しかも、そのような「煽り」を批判しているだけなのに、なぜだか筆者が「消費増税賛成」や「消費税減税反対」派になってしまうようだ。個人的には、このようなタイプの人にならないことを多くの人に願うだけである。

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    コロナ禍の日本経済を救うのは「最強の盾」スガノミクスしかない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 先週の連載では、安倍晋三首相の連続在任「2800日」を記念して、これまでのアベノミクスの総括と今後の課題を書いた。結論部分を引用しよう。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。 この論考が掲載された3日後に、安倍首相は健康悪化を理由に突然辞任を表明した。国民の多くは驚いたに違いない。 7年8カ月もの間、その強い責任感とリーダーシップで、日本の長期停滞を終わらせたことに、ここで改めて感謝と「お疲れ様でした」の言葉を送りたいと思う。もちろん残されたさまざまな課題は、われわれ国民がこれからも取り組んでいかなければならない。 現在「ポスト安倍」をめぐる政界の動きが急である。自民党は総裁選出を国会議員と各都道府県の代表による多数決で決める方向だという。 総裁選の主軸は、菅義偉(よしひで)官房長官と岸田文雄政調会長である。その他立候補を噂されている石破茂元幹事長や河野太郎防衛相らにとって、上記の選出方法が決まれば、今回は芽がないだろう。 菅、岸田両氏の政策の違いは、とりわけ経済政策において鮮明になる。前者はアベノミクスの継承であり、後者は財務省の主導する緊縮政策により立脚するであろう。 もちろん岸田氏も、当面は安倍政権の経済政策を継承すると口では言うかもしれないが、実際には財政再建を極めて重視することは間違いない。取材に応じる自民党の岸田文雄政調会長=2020年8月30日午後、東京都千代田区(萩原悠久人撮影) 筆者は、現状の日本経済で財政規律を持ち出すことは、日本社会の「死亡宣告」に等しいと思っている。新型コロナ危機で積極的な財政政策を続けなければ、失業者と倒産が雪崩のように出現してしまうだろう。財政規律を一時棚上げし、今は金融政策と財政政策の積極的な対応を行うべきだ。 実際に先進国や主要国際機関で、新型コロナ危機に直面する中で、財政再建に注力する政治勢力が中心になることはありえない。だが、日本では岸田氏が典型的だが、財政再建を公言する政治家が主流になりがちであり、その流れがそのまま日本経済を長く低迷させてきた人的要因でもあった。 率直に言って、筆者は菅義偉政権の誕生以外に、現在の日本経済には選択肢はない、と判断している。すなわちアベノミクスを継承し、それを超えていく「スガノミクス」こそが求められる。菅氏が築く経済の「防御帯」 アベノミクスの遺産は、前回の論考でも整理したように、日本経済に三つの防御帯を構築したことにある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」だ。それぞれの詳細な成果については、前回の論考をぜひ読んで頂きたい。 スガノミクスにはこれらの防御帯をさらに強固にしていくことが望まれる。特に主力に置くべきポイントが「雇用のさらなる改善」と「国民個々の所得増加」である。 雇用について特に重要視されるのが質的な改善だ。もちろん現在、新型コロナ危機で悪化している失業率や急減している有効求人倍率を回復させることは当然である。 しかし同時に、雇用の質的改善もさらに行うべきだ。失業率や有効求人倍率ほどには話題に挙がらないが、安倍政権の下で2018年から採用されている経済指標に「未活用労働指標」がある。これは簡単に言えば、失業者数、職に就いているものの現況をさらに改善したくて転職を希望している「追加就労希望就業者」や、不況で仕事を探すこと自体を断念した「潜在労働力人口」を広範囲に含めた指標である。 パートやアルバイトなど非正規雇用者のうち、正規雇用に転じたいと考えている人たちは「未活用労働指標」の中に含まれる。この数値が低ければ低いほど、雇用の質は改善される。 新型コロナ危機以前は、アベノミクスの成果で未活用労働指標の数値は年々低下していた。各国比較でも、図1のように断トツに良好なパフォーマンスを示していた。参照:厚生労働省。%は速報値 だが、現状では新型コロナ危機の影響で7・7%に上昇し、事態は悪化している。まずスガノミクスの課題は、この水準を昨年末の5・7%(確定値)まで引き下げ、さらに改善していくことである。 そのための政策上のイノベーション(革新)は何か。それは「菅政権」と日本銀行の協調による、名目国内総生産(GDP)成長率目標政策を採用することである。 日銀には雇用の重視を今以上に求めることになる。場合によっては日銀法を改正して、物価の安定と雇用の最大化について、日銀に対して明瞭にコミットさせる必要も出てくるだろう。会見で辞任の意向を表明、退席する安倍晋三首相。奥は菅義偉官房長官=2020年8月28日、首相官邸(春名中撮影) これには官僚勢力の強い抵抗も予想される。ただ、菅氏が官房長官時代に培った抜群の官僚抑止の手腕が発揮できるに違いない。 菅氏の官僚操縦術を支える官房長官には、やはりその面で抜群のセンスを誇る河野太郎防衛相が適任かもしれない。これは嘉悦大の高橋洋一教授らのアイデアでもあるが、さすがにどうなるかは分からない。「政策協調」カギ握るのは 余談は控えて、経済政策に戻ろう。名目GDP成長率では、4%の政策目標を掲げるべきだ。 ただし、過去に政府が掲げたような実質成長率の明示までは特に必要ではない。あくまで名目GDPの成長率に徹した方が日本経済にとって得策である。なぜなら日銀の金融緩和に大きな改善の余地を与える必要があるからだ。 最近、米中央銀行である連邦制度準備理事会(FRB)は、雇用の最大化を目指して、「一定期間の平均で」2%のインフレ目標に向かうように試みると発表した。これはエコノミストのラルス・クリステンセン氏らが指摘しているように、従来のインフレ目標の上限値2%を2・5%に引き上げたのと同じ効果を持っており、大きな緩和効果が期待できるだろう。 日銀も、現状ではインフレ目標2%を超えても、しばらくは放置するといっている。おそらく今の黒田東彦(はるひこ)総裁率いる日銀の公式見解では、FRBの政策変更と日銀の現状の政策は同じであると述べるだろう。 だが、それは正しくない。特に黒田日銀の現状では、あまりにインフレ目標へのこだわり(≒コミットメント)が弱まっているのが問題だ。 これを「菅政権」との政策協調で、4%の名目GDP成長率目標政策を約束させるのである。今の日本の経済の潜在能力を考えれば、事実上2%以上のインフレ目標を国民に約束したことに等しくなる。 現状の日本経済の潜在能力は、経済回復が進めば徐々に上昇していくと考えられるが、当面は1~1・5%程度だろう。そうなると2%以上のインフレ目標が当面必要になる。 黒田日銀は、政府との4%の名目GDP成長率目標政策の協調を確約した段階で、FRBと同様に「平均して2%のインフレ目標に向かうように努力する」と宣言すべきだ。さらに一段増やして「3%のインフレ目標の引上げ」でも構わない。金融政策決定会合後、記者会見を行った日銀の黒田東彦総裁=2020年7月15日、日銀本店(代表撮影) この4%の名目GDP成長率目標政策の協調のためには、名目GDP成長率の上昇を損なう財務省、つまり「岸田的な増税路線」、財政再建路線の放棄が必然的になる。 4%の名目GDP成長率目標が達成された段階で、そこから今度は5年、10年先をめどにして名目GDP「水準」目標に切り替えていく。そうすれば、消費増税を実施しない期間のアベノミクスがそうだったように、債務残高とGDP比率が安定的に推移し、財政破綻の危機はなくなるだろう。 実際に菅政権が誕生するかどうかは分からない。政権が誕生しても派閥のない菅氏がどこまで自民党の増税勢力を抑え込むことができるか未知数だ。だが、現状のポスト安倍の布陣を見る限り、菅氏以外に選択の余地はない。 日本経済と社会の再生のためにも、スガノミクスの誕生に期待したい。

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    迂回か正面か、桶狭間の信長軍「奇襲戦術」論争に打てない終止符

    渡邊大門(歴史学者) 新型コロナウイルスの猛威が止まらない。以前から、私の今夏の講演会は全滅したとお伝えしていたが、実は秋以降もかなりヤバい。中止になった分を秋以降に振り替えるケースもあるが、東京都内でのコロナ感染者の増加を受けて、「やっぱり止めます!」というところも増えてきた。だんだん開催するのか開催しないのか、わけが分からなくなっている状況である。 前回も少々触れたが、講演と言えば、参加者からの質問である。困った質問もあるが、中には核心をつくような鋭い質問もある。「ムムッ!」と怯(ひる)むときがあるが、結論を言えば「今残っている史料だけでは、分かりません」と答えざるを得ないこともままある。諦める方もいれば、「何や知らんのか!」と悪態をつかれることも…。 しかし、歴史研究(いや、ほかの学問分野でも!)においては、分からないことが多すぎるのが実情だ。極端に言えば、分かっていることの方が少ないのかもしれない。たとえば、そこそこ名の知れた戦国武将であっても、生没年や前半生が不明な人も少なくない。ましてや、合戦の具体的な中身は余計に分からない。 そこで今回は、織田信長が今川義元を打ち破った桶狭間の戦いの具体例を挙げて、考えてみることにしよう。問題になっているのは、信長が仕掛けたのは奇襲攻撃(「迂回奇襲説」)か正面攻撃(「正面攻撃説」)かということである。 永禄2(1559)年、尾張国内をほぼ統一した信長は、いまだ今川氏方の勢力下にあった鳴海城(名古屋市緑区)、大高城(同上)の奪還を目論んだ。信長は鳴海城に丹下・善照寺・中島の三砦、大高城に鷲津・丸根の2つの砦を付城として築き、今川氏に対して積極的な軍事行動を展開する。 信長の動きに対して、翌永禄3年5月12日、今川義元は信長を討つべく駿府(静岡市葵区)を発った。そして、義元は三河を通過して、同月18日に尾張沓掛城(愛知県豊明市)に入ったのである。なお、義元が出陣した理由については、上洛を目指したとの説もあるが、明らかにするのは難しい。 今川氏が率いた軍勢は、『信長公記』では4万5千人と書かれている。しかし、そのほかの二次史料では2万~6万人と書かれており、大きな幅がある。正確な数は分からないが、この場合は良質な『信長公記』の数をとるべきだろう。とはいえ、それでも今川軍は多すぎるのではないだろうか。 慶長期の段階で、今川領国の駿河・遠江の石高は約40万石である。これを基準にして、100石に3人の軍役ならば1万2千人になる。100石に4人の軍役ならば1万6千人、100石に5人の軍役ならば2万である。つまり、『信長公記』に書かれた4万5千人という数字は、通常の約3・7倍から約2・2倍になる。常識外れだ。 むろん、『信長公記』を書いた太田牛一が数えたわけではないだろうから、少数で大軍を破ったことを誇張して書いたか、感覚的にそう書いたのかのどちらかだろう。ただ非常に考えにくいが、今川方が総力戦で臨んだとするならば、4万5千人というのもありえたかもしれない。桶狭間古戦場公園にある信長と義元の銅像=名古屋市緑区 義元が沓掛城に到着した日、松平元康(のちの徳川家康)に命じて、大高城に兵糧を搬入させた。大高城は信長軍によって、長期にわたって兵糧の補給路を断たれていたからである。翌5月19日、義元は配下の武将に命じて、鷲津・丸根両砦を攻撃させた。そして、桶狭間まで進み、今川氏は本陣を置いた。桶狭間は、名古屋市緑区と愛知県豊明市にまたがる広範な地域である。一時通説となった「迂回」説 次に、信長の動きを『信長公記』で確認しておこう。5月18日夜、信長は今川軍が翌朝に織田方の付城を攻撃する予定であるとの報告を家臣から受けた。しかし、信長はまったく意に介する様子もなく、家臣と今川軍への対抗策について協議しようとはしなかった。逆に信長は、終始雑談に興じていたと伝わっている。 5月19日の明け方、鷲津・丸根両砦が今川軍に攻撃されているとの一報が信長にもたらされた。すると、信長はにわかに幸若舞の「敦盛」を舞うと、その直後に騎馬6騎・雑兵200人を率いて出陣した。やがて、信長は鳴海城の付城・善照寺砦に入ると、後続の軍勢約2千~3千人がやって来るのを待ったという。 その一方で、信長家臣の佐々隼人正、千秋四郎が率いる300余の軍勢は、今川軍へ攻撃を仕掛けた。しかし、佐々らの軍勢は奮戦虚しく敗北を喫し、佐々、千秋らを含めて50騎ほどが討ち死にする。戦況は、信長にとって不利に傾いていた。 ここから、信長は一計を案じ、今川軍への奇襲攻撃を敢行する。以下、小瀬甫庵の『信長記』(以下、太田牛一の『信長公記』と区別するため、『甫庵信長記』で表記を統一)により、奇襲攻撃の経過を確認しておこう。 善照寺砦を出た信長は、今川義元の本隊が窪地になっている桶狭間で休息をとっていることを知った。信長は前田利家が敵の首を持参したので、これは幸先がよいと大いに喜んだ。利家は信長から出仕の停止を受けていたが、独断で行動していたようだ。 そして、信長は味方の軍勢に敵、つまり今川氏本陣の後ろの山に移動するよう命令した。この移動が奇襲戦の端緒になった。さらに、信長は山の近くまでは旗を巻いて忍び寄り、義元がいる今川本陣に攻撃するよう命じたのである。旗を巻いたというのは、目立たないようにするためだ。桶狭間古戦場内にある今川義元の墓=愛知県豊明市 信長が密かに軍事行動を起こした頃、急に大雨が降りだし、その後は霧が深くなっていたという。義元の方も、このような悪天候の日にまさか信長軍が攻めて来ないだろうと油断していた。信長の作戦は、天候も運も作用した。そうした状況をも信長は味方にし、今川氏の本陣を密かに迂回。気付かれぬように背後の高台から奇襲攻撃を仕掛け、今川軍が大混乱に陥るなか、義元の首を獲ったのである。 以上の流れが通説となった「迂回奇襲説」である。 「迂回奇襲説」が通説となり、長らく信じられてきたのには、もちろん理由がある。近世になると、『甫庵信長記』は太田牛一の『信長公記』よりも広く知られるようになり、強い影響力を持つようになったからだ。 日本陸軍参謀本部が明治32(1899)年に『日本戦史・桶狭間役』を編纂すると、『甫庵信長記』の説を採用した。結果、日本陸軍参謀本部が信長の奇襲攻撃にお墨付きを与えたことになり、権威を持って世間に広く受け入れられたのである。では、『甫庵信長記』はどういう書物なのか。「迂回」説を批判した藤本氏 『甫庵信長記』は元和8(1622)年に成立したといわれてきたが、今では慶長16・17(1611・12)年説が有力である。江戸時代に広く読まれたが、創作なども含まれ儒教の影響も強い。 そもそも『甫庵信長記』は、太田牛一の『信長公記』を下敷きとして書いたものである。しかも、『信長公記』が客観性と正確性を重んじているのに対し、甫庵は自身の仕官を目的として、かなりの創作を施したといわれている。それゆえ、内容は小説さながらの面白さで、江戸時代には刊本として公刊され、『信長公記』よりも広く読まれた。しかし、現在では、歴史史料として適さないと評価されている。 「迂回奇襲説」は通説となったが、果敢に批判を試みたのが歴史研究者の藤本正行氏である。藤本氏は『甫庵信長記』と『信長公記』の記述内容を比較検討し、両者の記述に食い違いがあることを問題とした。詳細に分析した藤本氏は、『信長公記』を根拠にした「正面攻撃説」を提唱したのである。 改めて『信長公記』の記述内容により、戦闘の経過と「正面攻撃説」を検証しよう。 信長は佐々らの敗北を知った後、家臣の制止を振り切って出陣した。そして、信長率いる軍勢は、中島砦へ向け進軍していた今川軍の前軍へ正面から軍を進めたのである。前軍は先陣、先鋒、先手ともいい、前方の軍隊や先頭に立つ軍隊のことを意味する。信長軍が山の裾野まで来ると大雨が降ったものの、信長は雨が止むと即座に今川軍への攻撃命令を下した。 信長軍が怒涛の勢いで攻め込んできたので、今川軍の前軍は総崩れになった。信長はそのまま勢いに乗じて今川軍の前軍を押し込めると、義元の本陣までどっと雪崩れ込んだのである。信長軍の攻撃を受けた義元は、約300騎の将兵に守られつつ本陣を退いた。その後も今川軍は信長軍と交戦したが、将兵は次々と討ちとられ、ついに義元は毛利新介(良勝)に首を獲られたのである。 「正面攻撃説」の根拠となった『信長公記』は、信長の家臣で執筆者の太田牛一が、日頃からメモを残しており、慶長8年頃には『信長公記』を完成させたという。牛一の執筆態度は、事実に即して書いていると指摘されており、一次史料と照合しても正確な点が多い。そうした理由から『信長公記』は二次史料とはいえ、信長研究で必要不可欠な史料であり、おおむね記事の内容は信頼できると高く評価されている。 現時点において、「正面攻撃説」は信憑性の高い『信長公記』に書かれているので、史料的な質が劣る『甫庵信長記』に書かれた「迂回奇襲説」より有力な説となっている。とはいえ、『信長公記』は二次史料であることを忘れてはならず、一つの有力な説にすぎないと考えるべきだろう。 その後、桶狭間の戦いについては、なぜ少数の信長軍が、大軍の今川氏を打ち破ることができたのかについて、種々新説が提起された。たとえば、信長軍の将兵はよく訓練された少数精鋭だったので、今川氏の大軍を打ち破ることができたという説もその一つだ。この説は正しいのだろうか?「竹千代君像」(左)と並んで設置されている今川義元の銅像=JR静岡駅前 信長配下の兵卒は、兵農分離を遂げた職業軍人だったとの説がある。信長が兵農分離を行ったという根拠は、『信長公記』天正6(1578)年1月29日条の記事である。信長は天正4年から安土城(滋賀県近江八幡市)築城を開始し、3年後の天正7年に完成させると、徐々に配下の者を城下に住まわせていた。信長が近世の先駆けといわれるゆえんである。ところが、天正6年1月、安土城下に住む弓衆の福田与一の家が失火した。誠実な歴史家の在り方とは 与一は一人で居宅に住んでおり、そのことを信長が問題視した。家族がいれば、火事の被害を抑えることができたと考えたのだろう。調べると、120人もの馬廻衆・弓衆は、尾張に家族を残しており、今でいう「単身赴任」であることが発覚した。怒った信長は、尾張支配を任せていた長男の信忠に命じ、彼らの尾張国内の家を焼き払った。こうして家を失った廻衆・弓衆の家族は、安土城下に住むことを余儀なくされたのである。 この事例から明らかなように、信長は馬廻衆・弓衆を城下に集住させ、兵農分離策をすでに行ったと指摘されている。近世に入ると、城下町に武士を住まわせ、身分に応じて居住区を定めたのは周知のことだろう。その先駆を成し遂げたのが、信長であると指摘され、その兆候は安土城に移る以前から確認できるという。 考古学の発掘調査によると、信長が永禄6(1563)年から4年間にわたり居城とした小牧山城(愛知県小牧市)には、武家屋敷の跡が残っているとの指摘がある。また、永禄10年から使用した稲葉山城(岐阜城、岐阜市)のふもとには信長の居館があったが、その周辺には重臣らの館があったという。つまり、信長は城下に兵を集住させるという、兵農分離を早い段階から実行していたということになろう。 もう少しほかの例を確認しておこう。 信長の配下の兼松氏は、天正4年に近江国に所領を与えられた(「兼松文書」)。兼松氏は尾張国葉栗郡島村(愛知県一宮市)を本拠とする武将で、もとの所領は尾張国内にあった。本来、武士と土地とが分離不可分な関係だったことを考慮すると、これも武士の安土城下への集住つまり兵農分離策の第一歩と認識されている。信長は兼松氏を安土城下に強制移住させる代償として、近江国内に所領を与えた。 信長は槍や鉄砲などを効果的に用いた作戦を行ったので、兵農分離を遂げた配下の将兵は軍事的な専門訓練を受けたと考えられてきた。特に、鉄砲のような新兵器は、専門的な軍事教練なしにして、実戦で用いるのは困難であると考えたのだろう。 一方で、ここまでの事例だけでは、信長により兵農分離が実施されたとは言い難いという、慎重な意見がある。当時、戦国大名の直臣(馬廻衆など)が城下町に住むことは、決して珍しいことではなかった。したがって、政策的に家臣を城下町に住まわせた兵農分離と、信長の事例を同列に考えてはいけないという指摘がある。つまり、兼松氏の場合は、兵農分離に該当するか否か検討が必要である。 戦国最強と言われる信長の軍隊は、兵農分離を成し遂げた専門的軍事集団だったとのイメージがあるが、現存する史料だけでは必ずしもそうとは言えないようだ。いまだに十分な分析が必要であることを述べておきたい。したがって、「信長軍の将兵はよく訓練された少数精鋭だった」ということは証明できない。清洲公園にある織田信長公像=愛知県清須市 ほかにも信長勝利を収めた理由を挙げている研究者がいるが、もはや確かめようがない。それらの新説は、おおむね信頼度の低い二次史料に基づく憶測や想像のようなもので、納得できるものではない。一方で、それらの説がたとえ常識はずれなデタラメであっても、一般の人は面白ければ受け入れるという嘆かわしい現状がある。 あれこれ諸説を披露しても、結論として「分からないことは分からない」と正直に言うのが誠実な歴史家の姿である。分からないことを分かろうとするのは無理なのだ。しかし、現状ではマスコミ受けを狙ったり、人気者になるために平気で嘘やデマを垂れ流す面々もいるので、注意が必要である。【主要参考文献】藤本正行『信長の戦争 『信長公記』に見る戦国軍事学』(講談社学術文庫)

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    コロナ禍でも踏ん張れるアベノミクス2800日の「レガシー」

    も、民主国家の日本でこれほどの長期政権を続けられるのは、国民の支持がなければあり得ないことだ。 この連載でも常に指摘していることだが、安倍政権が継続してきた主因は経済政策の成果にある。新型コロナ危機を一般化して、安倍政権の経済政策の成果を全否定する感情的な人たちもいるが、論外である。 もちろん景気下降の中で消費税率の10%引き上げを2019年10月に実施した「失政」を忘れてはならない。さらにさかのぼれば、二つの経済失政がある。2014年4月の8%への消費税引き上げと、18年前半にインフレ目標の到達寸前まで近づいたにもかかわらず、財政政策も金融政策も事実上無策に終わらせたことだ。2020年2月18日付の社説で、安倍政権の消費税率引き上げについて「大失態」だったと酷評する米紙ウォールストリート・ジャーナル(右)と英紙フィナンシャル・タイムズ(寺河内美奈撮影) ただし、きょう2800日を迎える中で、新型コロナ危機以前の経済状況については、雇用を中心に大きく前進していた。「長期デフレ不況」の「不況」の字が取れ、「長期デフレ」だけになっていたのが、2度目の消費増税に踏み切る19年10月以前の経済状況だったといえる。 このことは、経済に「ため」、つまり経済危機への防御帯を構築したことでも明らかである。安倍政権の経済政策「アベノミクス」の防御帯は主に3点ある。「雇用の改善」「株価、不動産価格など資産価格の安定」「為替レートが過度な円高に陥ることがないこと」である。 これらのほぼ全てを事実上、アベノミクスの「三本の矢」の金融政策だけで実現している。この状況に、積極財政の成果も急いで加えることができたら、インフレ目標の早期実現も可能となり、経済はさらに安定化しただろう。めちゃくちゃな経済批判のマスコミ 雇用改善については、第2次安倍政権発足時の完全失業率(季節調整値)が4・3%で、新型コロナ危機前には2・2%に低下していた。現状は2・8%まで悪化しているが、あえていえばまだこのレベルなのは経済に「ため」があるからだ。 有効求人倍率も、政権発足時の0・83倍から、新型コロナ危機で急速に悪化したとはいえ、1・11倍で持ちこたえているのも同じ理由による。ただし、「ため」「防御帯」がいつまで持続するかは、今後の経済政策に大きく依存することは言うまでもない。 このような雇用の改善傾向が、若い世代の活躍の場を広げ、高齢者の再雇用や非正規雇用者の待遇改善、無理のない最低賃金の切り上げなどを実現することになった。 そのような中で、朝日新聞は首相連続在職最長になった24日に「政策より続いたことがレガシー」という東京大の御厨(みくりや)貴名誉教授のインタビュー記事を掲載していた。現在の朝日の主要読者層には受けるのかもしれないが、7年にわたる雇用の改善状況を知っている若い世代にはまるで理解できないのではないか。 日経平均株価は政権発足前の1万230円から2万3千円近くに値上がりし、コロナ危機でも安定している。為替レートも1ドル85円台の過剰な円高が解消されて、今は105円台だ。これらは日本の企業の財務状況や経営体質を強化することに大きく貢献している。 ところが、24日の日本経済新聞や読売新聞では、新型コロナ危機下であっても、財政規律や基礎的財政収支(プライマリーバランス)の黒字化の先送りを問題視する社説や記事を相変わらず掲載している。産経新聞は、比較的アベノミクスの貢献を詳しく書き、消費増税のミスにも言及している。 ただ、今回は別にして、産経新聞も財政規律を重んじる論評をよく目にすることは注記しなければならない。他にもツチノコのような新聞があったが、今はいいだろう。2万3000円台を回復した日経平均株価の終値を示す株価ボード=2020年8月13日午後、東京・日本橋茅場町 これらのマスコミは経済失速を問題視する一方で、その主因の消費増税などをもたらす財政規律=緊縮主義を唱えているのだ。まさにめちゃくちゃな論理である。 感情的な印象論で決めがちなワイドショー民、健康を政争にすることを恥じない野党勢力、不況を責めながら不況をもたらす財政規律を言い続けるめちゃくちゃなマスコミ。こんな環境の中で、安倍首相はよく2800日も政権を続ける強い意志を持ち続けたと思う。本当に「偉業」だと率直に評価したい。

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    「イソジン」大炎上、吉村洋文知事の暴走で近づく維新の落日

    と何の根拠もなく発信する。だが結果としてそれがたたり、今では化けの皮が剝がれつつもある。 以前、私は連載で「維新は検証をしない」と述べたが、維新や吉村氏の発表した対策が、実際にはどのような効果をもたらしたか検証されることなく、これまではうやむやにして逃げ切ることができた。しかし、今回の新型コロナのように一つの事案が長期にわたることはまれなため、今回はそうもいかないであろう。 そういえば今年4月、吉村氏は新型コロナの予防ワクチンについて「大阪府と市がしっかりとコーディネイトし、早ければ7月から治験を開始し、9月から実用化を図りたい」と述べていたが、その後何の音沙汰もない。府民だけでなく、国民の期待を集めるだけ集めておきながら、その後の報告もなくあっさりと裏切ることができてしまうのだ。 また、大阪府での新型コロナウイルスの重症者数が全国最多になったことに関しても「大阪は、できるだけ早めに気管切開して、人工呼吸器をつけて命を救う治療を優先している」と発表したこともあった。新型コロナウイルス専門病院となった大阪市立十三市民病院の外観=2020年6月30日、大阪市淀川区(鳥越瑞絵) しかし、大阪だけが本当にそうしているかというデータもなく、大阪府医師会の茂松茂人会長も「どこでも同じ治療を提供しています」と反論を行った。 吉村氏は「ヒーローとして扱われるためなら、市民の感情など踏みにじっても構わない。うそも方便だ。何をしたって、どうせ府民は維新を応援するんだろ」と言わんばかりだ。平時はそんなうぬぼれが大目に見られたとしても、緊急事態には許されることではない。 「イソジン会見」では「ウソみたいなホントの話」などと緊急事態下での発言とは思えない寒いギャグを飛ばしていたが、「ウソみたいだったけど、やっぱりウソだった話」を気まぐれで言って、市民が混乱するような発言は止めていただきたい。 未曽有の時代だからこそ、自分より市井の人々を大切にしてくれる人が求められる。この言葉を理解できる人だけが一生政治家でいられるはずなんですが、吉村氏は本当に理解できているんでしょうか。

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    「ベテラン斬り」コロナを言い訳にできないテレビ界の黄昏

    片岡亮(ジャーナリスト) 「小倉智昭“勇退”で『とくダネ!』が来年3月終了」。7月末、このようなタイトルの記事が『週刊文春』に掲載された。 記事には、1999年4月から始まったフジテレビ系平日朝の情報番組『とくダネ!』の2021年3月終了が決まり、司会を務めるタレントの小倉智昭にも7月上旬に伝えられたとしている。 さらにその背景として、新型コロナウイルスの影響で広告収入が減ったフジが制作費を削減するため、出演者に高額なギャラを支払っている番組の見直しを迫られていることを挙げている。『とくダネ!』に先立ち、安藤優子がキャスターを務める午後の情報番組『直撃LIVE グッディ!』の9月終了も決定したという。 筆者がスタッフに聞いたところ、記事掲載前に飛び交っていたのは、「文春に記事が出るらしいけど、どんな内容だろうね」という話だった。つまり、現場サイドでは、小倉の降板話が出ていなかったということになる。ただし、読んでみた感想は少し期待外れだったという。 「『文春砲』のことだから、もう少し突っ込んだ内幕が出ているのかと思ったので」 スタッフがそう言うのも、コストカットに伴う高額タレントのリストラは新型コロナウイルスの感染拡大前から、フジに限らず各テレビ局の課題となってきたからだ。 小倉に対しても、昨年末に「東京五輪のキャスターを花道に退くかもしれない」という話がささやかれていた。五輪延期で白紙になったものの、「小倉さんの勇退自体は既定路線ですから。その先の、僕ら現場の知らないところで上層部が決めた具体的な最新情報が記事にあるのかと思った」と先のスタッフが言う。キャスターの安藤優子=2015年3月(小倉元司撮影) 近年、各局は既に経費削減に関して、かなり努力を続けている。各番組ごとに出していた取材も、映像素材を共有化することで取材班を縮小したり、編集責任者であるデスクに複数番組をまとめて担当させている。 ただ、その中で高額なギャラの芸能人をリストラするのは、最もハードルが高い。毎度話題にはなっても実際に決断されないことも多く、かなり詳細な話でなければ、スタッフ間では「またか」との感想を抱きがちなのである。高報酬もらえない「お決まり」 テレビ界で、ベテラン芸能人やキャスターが視聴率に見合わなくても高額ギャラをキープできる理由がある。基本「ギャラ相場」は上げることはあっても下げることがないのが、業界の不文律だからだ。そして、一度定まった相場は、各局で密かに情報交換され、足並みを揃える習慣もある。 「ギャラの管理は番組ではなく、経理が行いますからね。番組で初めて起用するタレントには、タレント側の芸能プロダクションよりも、まず経理に『過去いくらでした?』と聞くか、他局にいる知人に教えてもらうので、自然と相場が出来上がるようになるんです」と、あるバラエティ番組のプロデューサーも習慣の存在を裏付ける。 実は、この慣習こそ「日本型雇用」の代名詞である終身雇用や年功序列からきているものでもある。成果を出す若手社員がいても、それに見合う報酬はすぐには得られず、いわゆる「後払い」要素が強い。人事評価にもキャリアが含まれていて、長期間務めてきた人の報酬アップが優先される。 テレビ界でもこれに近いものがある。若いタレントにどれほど人気が出ても、すぐには高報酬を得られないのが芸能界の「お決まり」であった。 つまり、「若手時代では安い給料に見合わない仕事量でも、長くこなせるようになれば、将来報われる」という日本の一般社会と同様の概念がある。小倉は「絶対に局側から辞めてくれとは言えない方」と断言する『とくダネ!』の元ディレクターが理由を次のように説明している。 「とくダネは現在の情報番組の基本スタイルを作った草分け的存在で、それまでビッグニュースを1時間かけてやっていたのを、ネタを細かく分けて矢継ぎ早に放送する画期的な手法で視聴率を伸ばしたんです。今では他局の情報番組もこぞって真似するようになり、それは当時のスタッフ全員の功績でもありますが、その方向性で司会をこなしてくれた小倉さんも当然大きな功労者です。大幅な経費削減の役目を担った宮内正喜前社長は、『局員の給与を見直す』とまで公言しましたが、あの方でさえ小倉さんの肩は叩けなかった」タレントの小倉智昭=2017年12月 ただ、一般社会では近年、長期雇用に対する信頼性が崩れ、若い人材が「10年先には報われる」などという気の遠い目標に我慢できなくなってきている。企業でも、スピードアップした成果主義により、即戦力になるなら新入社員でも高く買った方が得だという考え方が増えている。そうでもしなければ、優秀な人材を確保できなくなるからだ。 これはテレビ局にも同じことがいえる。ベテランタレントの多くが一定の視聴率こそ取れていても、高額のギャラに見合うとは必ずしも言えず、過去から積み重なった「功労金」込みとなっている芸能人が大半だ。それにベテランに頼りきりでは、番組は若い人気タレントの確保に遅れをとってしまう。「お役御免」 日本のテレビ局は基本、放送法や電波法などによる免許制の下で「電波利権」が守られ、大きな収益が保証されてきた。だから、割高に思えるギャラであっても許されてきたわけだ。 ところが、インターネットの普及という時代の波にテレビも押され始め、ついには広告費もネットに首位を明け渡すほどのビジネスモデルの変化をもたらし、新型コロナ禍がダメを押した格好だ。背に腹はかえられなくなった各局も、どこかで区切りを付けることを余儀なくされている。 7月末、タレントの上沼恵美子が放送25年を迎えたばかりの長寿番組『快傑!えみちゃんねる』を放り投げるように突然終わらせてしまったのも、例外ではなかったといえるだろう。 一部では、他の出演者とのトラブルが原因のように伝えられているが、筆者が関係者から聞いた話では「番組の将来についての話を切り出したところ、上沼さんの逆鱗に触れた」というものだった。この先、番組の終了やリニューアルにあたって何らかの提案をしたが受け入れてもらえず、「だったらすぐ辞める」となってしまったのではないか。 安藤も5年前に夕方の報道番組『スーパーニュース』の終了が取り沙汰された際、経費削減のあおりを受けて「BS番組に移るらしい」などという噂が立った。このときは、さすがにフジ報道の功労者だったこともあり、新番組『グッディ!』へのスライドにとどまった。 これは報道に限らず、あらゆるジャンルの番組で見られる傾向だ。お笑い芸人やジャニーズアイドルでも、ギャラの適正化を促すように「高いベテラン」より「若いタレント」を起用する話があちこちで聞かれるようになった。安藤にしても「お役御免」の判断を下されたというより、方向性の変化といえる。ABCラジオ「上沼恵美子のこころ晴天」の放送を終え、車で朝日放送を出るタレントの上沼恵美子=2020年7月27日 約2年前、筆者が『グッディ!』に出演した際に目の当たりにしたのは、安藤の「番組采配」の妙だ。台本に頼ることなく臨機応変に進める姿に、さすが33年にわたってフジの報道・情報番組で一線を張ってきた凄みを感じた。このように、ベテランタレントのスキルには他に代えがたいものがあるから、ギャラなどの条件さえ合えば、活躍の場はあるだろう。 ただ、テレビ界では、ギャラをいきなり半額に値下げして交渉するような習慣がないため、下手をすると突然画面から消えて、一切姿を見なくなることもある。最近は大手プロダクションから独立して個人事務所を設立する芸能人も増えているだけに、直接的な条件交渉の方がやりやすいタレントなら生き残れるかもしれない。 それも無理なら、ネット番組やユーチューブで最後の勝負に出るということもあるだろう。ただ、ネット番組はテレビと違って成果主義の傾向がより強いため、プライドの高い芸能人ほど勝負するには勇気が必要になることを忘れてはならない。

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    錦織圭も感染、withコロナに弱い宿命のプロテニス復活への道

    し迫った課題だろう。同協会の川廷尚弘(かわてい・なおひろ)副会長は、専門誌『テニスマガジン』8月号の連載コラムでこう書く。 国際テニス連盟(ITF)では(中略)各国テニス協会に国内大会の積極的な開催を働きかけています。(中略)低コストかつ短期間で開催が可能であったり、低コストで参加できたりする大会が求められる時代になると考えます。川延尚弘の「アラウンド・ザ・ワールド」、『テニスマガジン』2020年8月号 世界のテニスに親しみ、目の肥えたテニスファンの関心を引くのは容易なことではないが、選手との「距離」の近さは熱心なファンへのアピールになるだろう。米国に拠点を持つ錦織圭(日清食品)や大坂なおみ(日清食品)の参戦は期待薄だが、世界ランキング上位の西岡良仁(ミキハウス)、ダニエル太郎(エイブル)、日比野菜緒(ブラス)、土居美咲(ミキハウス)といった選手がこぞって参加すれば、魅力あるイベントになる。東レパンパシフィックオープンのシングル決勝で、アナスタシア・パブリウチェンコに勝利し、優勝トロフィーを手にする大坂なおみ=2019年9月、ITC靱TC(岡田茂撮影) 次に、半ば希望的観測だが、ツアーが縮小すれば現在の過密日程が解消する可能性がある。シーズンの長さと過密日程はここ数年、男女プロツアーが直面してきた課題だ。大坂に大きなチャンスも 選手たちはシーズンオフに気力と体力を回復させて新シーズンに備えるが、開幕の数週間前にはトレーニングを再開する必要があるため、休暇をとれるのは11~12月の数週間、または、せいぜい1カ月しかない。 しかも、男子は国別対抗戦、デビス杯の決勝トーナメントなどが昨年から11月に開催されるようになり、さらにオフ期間が短くなった。日程の厳しさと、選手の故障の因果関係を指摘する見方もある。仮にコロナ禍で消滅する大会が出てくれば、必然的に年間スケジュールの見直しが行われ、過密日程の改善につながるのではないか。 短いスパンで見れば、コロナ禍で導入された暫定のランキング制度がツアーの様相を変えることが考えられる。世界ランキングは過去52週(約12カ月)の成績で決まり、獲得したランキングポイントは52週後に失効する。 だが、暫定ランキングの制度では19年3月~20年12月の22カ月の成績から算出し、男子は獲得ポイント上位の18大会、女子は16大会を加算する。2年続けて同じ大会に出た場合は、成績の良い方がカウントされるようになっているので、今年同じ大会で昨年を上回る成績を収めれば、獲得ポイントがランキングに反映されることになる。したがって、前年大会より早く敗退してもポイントは減らないのだ。 どの選手も、ポイントの失効には常に神経をすり減らしている。08年にツアー初優勝、ランキングを急上昇させた錦織も、優勝の直後に1年後のポイント失効への不安を口にしたほどだ。だが、失効を気にせず戦えるなら、重圧はぐんと軽くなる。 「みんな、ノンプレッシャーでプレーすると思う。試合の雰囲気が変わる」と予想するのは西岡だ。失うものはない、浮上のチャンスと意気込む選手は少なくないだろう。 また西岡は、敗色が濃くなって早々にあきらめる選手が出る可能性にも言及した。ツアー中断で選手が試合勘を失っていることも予想され、しばらくは少々荒れ模様の試合、番狂わせの多いスリリングな大会が増えそうだ。 大坂は昨秋、東レ・パンパシフィック・オープンと中国オープンで優勝したが、今年は両大会とも開催中止が決まっている。優勝で得たポイントはそのまま残るため、全米や、9月27日に開幕する全仏オープン(例年は5~6月開催)での頑張り次第ではランキングを大きく上げる可能性がある。 錦織は、故障を抱えながら粘り強く戦った昨季中盤戦での獲得ポイントが残るのが大きい。右ひじの故障で昨年の全米を最後にツアーを離脱、1年に及んだブランクは痛いが、公式戦から長く離れたのは他の選手も同様で、錦織にとっては長期離脱のハンディが消えたのと同じだ。8月16日に新型コロナ感染と復帰戦の欠場を公表したが、症状は極めて軽いという。臨時病院として稼働したビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンター=2020年4月、ニューヨーク(ロイター=共同) 新型コロナウイルス感染拡大が収まらないとして、四大大会に次ぐ格付けのマドリード・オープンの主催者は8月4日に開催中止を発表した。5月開催予定を9月に延期した末の、苦渋の決断だった。ツアーの先行きはいまだ不透明だが、まずは全米が無事に開催されることを祈りたい。 全米の舞台は、ニューヨークのビリー・ジーン・キング・ナショナル・テニスセンター。同市の新型コロナウイルス感染拡大が最も深刻だった4月、臨時の医療施設として使われた施設である。

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    「戦後最悪」GDP減があぶり出す、悪意に満ちた恥知らずな面々

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 内閣府が発表した2020年第2四半期(4~6月)の実質の国内総生産(GDP、季節調整値)速報値は前期比7・8%減、年率換算では27・8%減となった。4月から6月の間は、緊急事態宣言の発令期間を含むため、当初から大きく経済が落ち込むことが予想されていたが、ほぼその見込み通りとなった。 ワイドショーや報道番組などマスコミは、この減少幅からリーマン・ショックを超える「戦後最大の落ち込み」と報じている。「補正予算の効果が入ってこれだけの落ち込み、大変だ!」と騒いだり、一部の野党のように「アベノミクスの失敗だ」という見方を示す人たちもいるが、おそらくこの種の人たちは、今回の「新型コロナウイルスの経済危機」をきちんと理解していない。 まず、そもそもリーマン・ショックといった通常の経済危機と比較すること自体が間違っている。 その前に、年率換算で経済の落ち込みを評価する「慣習」もばからしいので、そろそろやめた方がいいだろう。なぜなら年率換算とは、今期の経済の落ち込みが同じように1年続くという想定で出した数値である。 冒頭でも指摘したが、今期は緊急事態宣言という経済のほぼ強制的な停止と、その後の再開を含んでいる期間だ。これと同じことが1年継続すると想定する方がおかしいのは自明である。 その上で、リーマン・ショックのような通常の経済危機との違いも明瞭である。通常の経済危機の多くは「総需要不足」によって引き起こされる。簡単にいえば、おカネが不足していて、モノやサービスを買いたくてもできない状況によって生じるのである。 だが、今回の新型コロナ危機は事情がかなり違う。政府が経済を強制的に停止したことによって引き起こされているからだ。4~6月期の国内総生産(GDP)速報値の発表を受け、「アベノミクスが失敗に終わったことを示すものでもある」とのコメントを発表した立憲民主党の逢坂誠二政調会長=2020年7月(春名中撮影) それによっておカネが不足することもあるが、そもそもの主因は強制停止自体に基づく。そのためこの強制的な経済の停止期間を乗り切れるかどうかが、経済対策のポイントになる。 もちろん新型コロナ危機の前から、景気後退局面にあった2019年10月に消費税率を10%に引き上げたという「失政」もある。これは忘れてはいけないポイントだが、本稿では当面新型コロナ危機の話だけに絞りたい。 ここで、新型コロナの経済危機の特徴をおさらいしておこう。「コロナ経済危機」三つの特徴 1)新型コロナの感染がいつ終息するか、誰も分からない。これを「根源的不確実性」が高いという。天気でいえば、明日の予想確率が全く分からない状況だ。雨かもしれないし、晴かもしれない。ひょっとしたら大雪か、はたまた酷暑かもしれない。 つまり、予想が困難な状況を意味する。最近はワクチン開発や感染予防、早期治療のノウハウも蓄積してきているため、「根源的不確実性」のレベルはかなり低下してきているが、いまだに国内外で新型コロナ危機の終わるめどは立っていない。 2)経済活動と感染症抑制はトレードオフ関係にある。経済活動が進めば、それだけ感染症の抑制が難しくなり、抑制を優先すれば経済活動を自粛しなければならない。この発想に基本的に立脚して、日本は緊急事態宣言を発令し、諸外国はそれよりも厳しい都市封鎖(ロックダウン)政策を採用した。 ただし、最近の研究では、ロックダウンと感染症抑制は相関しないという検証結果が相次いで出ている。むしろ、ソーシャルディスタンス(社会的距離)やマスク利用の徹底のような日常的な感染症対策や、医療サービスの確保などに留意し、その上で経済活動を進めていく方が望ましい。経済活動を自粛するにせよ、限定的なものが最適になる。 いずれにせよ、緊急事態宣言の効果は、今回のGDP速報値に含まれているので、経済の落ち込みへの「寄与度」を分析してみたい。この場合、既に指摘したように年率換算や単なる前年同期比で比較するのはセンスがない。 分かりやすくいえば、経済の落ち込みと再開が短期的にかつ急激に現れているのが、新型コロナ危機の特徴だった。そうであれば、むしろ前期比(季節調整済)を利用した方がいい。 今期の経済全体の落ち込みは前期比で7・8%減だった。この「マイナス成長」はどのような要因でもたらされたかといえば、4・5%減の消費と3・1%減の輸出である。 理由は分かりやすいだろう。緊急事態宣言中で消費が委縮し、国際的な感染拡大の影響が輸出に及んでいるからである。GDP速報値が年率換算で27・8%減となり、記者会見する西村経済再生相=2020年8月17日 3)経済対策は、感染が終息しない時期の対策(感染期の経済対策)と、その後の経済の本格的な再開時期に採用される政策(景気刺激期の経済対策)では、かなり内容が異なる。 感染期は感染抑止が最優先されるため、限定的にせよ全面的にせよ経済活動がほぼ強制的に停止することになる。客が来なくてもどの店も潰れず、仕事がなくても労働者が解雇されない、そういうサバイバルを可能にする政策を採用する必要がある。注:IMFブログより引用 多くの国では、給付金や減税などの「真水」政策と、融資などの政策を組み合わせて、そのサバイバルを目指した。この感染期の経済対策についてGDP比で見ると、日本は国際水準でトップクラスである。落ち込み「批判ありき」では分からない ただし、景気刺激政策に関して、日本政府はいまだ無策に等しい。「GoToトラベル」が景気刺激期の経済対策の一つだったが、感染終息がまだ見えない段階で始めてしまったために、その効果は大きく削減された。 さらに、景気刺激期の政策であるため、感染抑制に配慮していないことも問題視されている。だが、繰り返すが、日本の感染期の経済対策は、不十分な点はあるかもしれないが、それでもかなりの成果を上げていることを忘れてはならない。 国際通貨基金(IMF)の今年度の経済成長率予測で、日本は先進国の中で最も落ち込みが少ない。それは先のGDP比で見たように、給付金や融資拡大といった感染期の経済対策が貢献しているのは自明である。 ここまでは、新型コロナの経済危機について、大きく三つの特徴をおさらいしてみた。それでは、今回の経済の落ち込みの国内の主因である消費について見てみよう。この点では、明治大の飯田泰之准教授による明快な説明がある。 飯田氏は「『家計調査』をみると、消費の低下は4-5月が大底となり、6月には年初の水準まで回復していることが分かります」と指摘している。その上で「ただし、消費については4-5月の消費手控えの反動(4-5月に買わなかった分6月にまとめて買った)可能性が高いでしょう。今後の回復の強さについては7月分の消費統計に注目する必要があります」とも言及している。 これは、緊急事態宣言の発令中には、そもそも消費したくてもお店が閉まっていることや、感染拡大を忌避して、積極的な買い物をする動機付けが起きない人々のマインドゆえに消費が急減少したことだ。 そして総需要不足、つまりおカネ不足がそもそもの主因ではないために、宣言解除後から急激に消費が戻っていることが明瞭である。この消費の急激な回復には、感染症へのマインド改善とともに、定額給付金効果もあったに違いない。ただ、今後については分からないのも確かだ。東京・新宿の慶応大病院に入る安倍晋三首相が乗ったとみられる車=2020年8月17日(児玉佳子撮影) このように政府の経済対策では、評価すべきところは評価しなければならない。政権批判ありきの悪意の人たちは、ともかく「アベノミクス失敗」「無策」と全否定しがちだ。それは政治的な煽動でしかない愚かな行為で、より望ましい経済政策を議論する基礎にはなりえない。 さらには、安倍晋三首相が検査のために慶応大病院(新宿区)に行ったことを、鬼の首をとったかのように、政権批判や首相の健康批判に結びつける論外な人たちもいる。この点については、タレントのダレノガレ明美の真っ当な意見を本稿で紹介し、悪意の人たちに猛省を促したい。タレントのダレノガレ明美のツイート 経済対策に話を戻す。今後最も懸念される事態は先述の通り、本格的な景気刺激策が採用されていないことだ。この点については、問題意識と具体的な対策に関して、8月17日の「夕刊フジ」で解説したので、ぜひ参照してほしい。 付言すれば、定額給付金については、もう一度10万円配布でもいいが、それよりも「感染終息まで毎週1万円の給付金を全国民に」という大阪大の安田洋祐准教授の案が望ましい。この政策は長期のコミットメントにもなることで、金融政策とも折り合いがいい。恒久的な消費減税の代替や補完にもなるだろう。

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    被害者ゆえに考えた、エスカレートする誹謗中傷SNSの「真犯人」

    上西小百合(前衆院議員) インターネットに会員制交流サイト(SNS)。これらの便利なツールは、今や私たちの生活に深く浸透している。 これさえあれば、気楽に外出できないコロナ禍でも自宅にいながら何でも買い物ができるし、観光地の動画を見ながら旅行に行った気分にもなれる。さらには家にいながら家族や友人、見知らぬ人とも交流できて、ニュースだって自分で確認しなくても、どんどん送られてくる。 新しいものは苦手だと言っていた人々も、6月まで導入されていたキャッシュレス決済のポイント還元ができると知れば、スマートフォン決済アプリを使い始めたりと、随分ネットに慣れ親しんできている。もはや「高齢者はネットに疎い」と言われていたのも昔の話だ。 そしてどんな世代であろうと、スマホやパソコンを開けば、いや応なしに膨大な情報の波に乗せられる。中にはネットニュースにとても精通し、私に会うと「こんなニュース見たよ」と親切に教えてくれる人もいる。 だが時折、その内容が何のことかさっぱり分からず「どのニュースですか」と見せてもらうと、出典不明の情報サイトだったりすることがある。そして「こんな真偽不明なものを信じてしまうのだな。ネットには正しい情報も間違った情報も同列に並んでいるから、危険だな」と複雑な気持ちになる。 現代はまごうことなき情報過多時代だ。新聞社やテレビ局でなくても、個人が不特定多数に向けて瞬時に情報を発信することができる。利用方法さえ間違えなければ、これほど便利なツールはないだろう。 実際、大阪では親から虐待を受けている子供が密かにその様子を録画し、SNSに投稿したことで事態が発覚、救出されたこともあった。尊い命を守ったネットとSNSの素晴らしい一面だ。 しかし、非常に残念なことに、SNSの影響で自らの尊い命にピリオドを打ってしまうケースも、近年非常に多く耳にするようになった。友人からSNS上で悪口を言われた子供たちが精神的に追い詰められ自殺してしまった例や、最近では芸能人への誹謗(ひぼう)中傷が取りざたされている。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) 例えば、日本でも高い人気を誇った韓国の歌手グループKARAの元メンバーであるク・ハラさんや、女子プロレスラーの木村花さん、俳優の三浦春馬さん。どなたも活躍されていた最中でありながら、SNSやニュースサイトへのいわれなき悪質な書き込みが続いていたことに悩んでいたとされている。 何よりも尊く、かけがえのない「命」がこれほどまでに簡単に奪われていいはずがない。 現代は不景気が続き、人間関係や生活面でも生きづらさを感じる人が多いストレスフルな社会ではある。しかし、その発散の一環で、匿名で書き込めることをよいことに誹謗中傷を行い、安易な考えで人を傷つけようとするなど決してあってはならないし、そのような人々を許してはならない。 自分で言うのもなんだが、私こそ、おそらく過去一番と言っていいほどにSNSなどでめちゃくちゃな誹謗中傷を受けた一人であろう。いわれなき誹謗中傷 5年ほど前の話になるが、私の衆院議員時代のことである。「国会をズル休みしたのではないか」などという、当初は単に「疑惑」とだけ称した週刊誌の小さな記事をきっかけにSNSが大炎上した。一切身に覚えもなく、証拠写真も目撃証言も全くないのにもかかわらずだ。 私の政敵であろう、悪意を持った誰かが週刊誌に流したその小さな噂が、SNSの力によって一気に全国で「事実化」され、猛バッシングを受けた。このときばかりは、幼い頃から楽天家で、クラスの寄せ書きには「いつも明るいね」と書かれ、議員になってからは「鋼のハートを持つ」と称された私も、さすがに少し疲れてしまった。 記者会見を開き、ブログでも説明に努め、懸命に「事実と異なる」と説明しても、大炎上したSNS世論には決して追いつかないし、届かないのだ。ここまでくると、誰も話など聞いてくれない。いきなり「あなたは最低な人間」がスタート時点だからだ。 当時話を聞いてくれたのは、心にゆとりのある、いわゆる大御所の方々だけだった。ビートたけしさんのテレビ番組にお招きいただいたときは、私の話を聞いて「なんだよ、全然悪くないじゃないか」とおっしゃっていただき、後に秘書とともに「ビートたけしのエンターテインメント賞」授賞式にまで呼んでくださった。 このような経験から、私はSNSでの誹謗中傷や、学校、職場での卑劣な嫌がらせに悩まされる国民を守るため、国会議員として法務委員会にてそれまで以上に人々の「人権」に重きを置いて質問を行った。それが功を奏したかは分からないけれど、その後ほんの少しずつではあるが、報道の在り方が変わってきたのではないかと感じている。記者会見で国会を病欠した理由などを釈明する維新の党の上西小百合衆院議員(左)と、大阪維新の会代表の橋下徹大阪市長=2015年4月、大阪市中央区(寺口純平撮影) ただ一つ悔やまれるのは、私が衆院議員時代にSNSで事実無根の情報を流されたり、脅迫まがいの誹謗中傷を行ってきた人々に対して、とりわけ身に危険を感じたものを除き、刑事事件としてほとんど対処しなかったことだ。当時の私は「国民の代表である国会議員が国民を罪に問うというのはよく分からない。議員なのだから、自分の口で説明し尽くすんだ」という信念にとらわれ、一人で闘っていた。 だが、私がこのときに大騒ぎして片っ端から民事訴訟を起こすほか、名誉毀損(きそん)という違法行為を行った人々に刑事告訴も視野に入れて注意喚起していれば、もっと劇的に何かを変えられたのかもしれないと思うこともある。 女優の春名風花さんがツイッター上で虚偽の内容を投稿され、名誉を毀損されたとして書き込みをした人物を相手取り、慰謝料を求めた訴訟は、先日、投稿者が315万円を支払うことなどで示談・和解が成立して話題となった。 過去には、橋下徹元大阪市長が自身に関する中傷記事をジャーナリストにリツイートされ、名誉を毀損されたとして損害賠償を請求したが、一審、二審ともに勝訴した。これをきっかけに、リツイートするだけでも名誉毀損となる判例ができた。もっとも橋下氏が勝訴した要因として、このジャーナリストがそれなりの社会的地位を持ち、影響力が大きかったという側面もあるのではないか。 それでも、SNSで何気なく書き込みやリツイートをした人物は、自身の行動でまさか多額の慰謝料を支払わなければならなくなるとは、つゆほども想像もしていなかっただろう。よほど青ざめたに違いない。自ら調べる姿勢 こうした訴訟が増え、より情報が拡散されることで、「誹謗中傷すると、とんでもない目に合うかもしれない」という意識が多くの人に芽生えれば、SNSによって人の命を奪うような悲しい事例が少なくなり、ネットやSNSが本来持つメリットがより生かせるようになるだろう。 匿名で投稿可能なSNS上で安易に人を誹謗中傷する人に話を聞くと、大抵「暇だったので」だとか「匿名なのでバレないと思い、気が大きくなった」「『いいね』が欲しかった」といった答えが帰ってくる。その行為自体が人を傷つけ、最悪の場合には人の命まで奪うということになるという想像力を全く持っていないことが多い。 私は、これを情報過多時代の弊害だと感じている。現代は一つの事象に対して与えられる情報量が多すぎて、「どれが必要で正しい情報か」を頭で処理するところまで追いつかず、その場で見たものだけを正しい情報だと信じ込んでしまう人が多い。 本来、社会情報を取得するという面では、新聞やテレビの報道だけで十分に事足りるはずだ。それなのに、広告料などの収益を目的に、出典不明の情報を載せたアフィリエイト(成功報酬型広告)サイトやまとめサイト、個人ブログなどが乱立しすぎている。 そこでは小難しい報道番組を引用した情報ではなく、面白おかしく簡単にアレンジされたり、最悪事実無根の内容がサイトに掲載されていたりする。それを読んだ読者は自身の頭で考えることなく、気の向くままに当人のSNSへ誹謗中傷を書き込んでしまう。 私がツイッターに投稿すると、それに対してさまざまな反応があるのだが、中には「それはどういうこと?」だとか「この制度を詳しく教えて」と母親にでも甘えているかのごとく、自分で簡単に調べられるようなことでも恥ずかしげもなく聞いてくる人がいる。 私の学生時代では先生に質問した際、「図書室に本があるから自分で調べてごらん」と言われていたこともあり、自分で調査・思考する能力が養われていた。けれども、最近は先生の方から何でも懇切丁寧に教えると聞く。 そうしなければ「モンスターペアレントから怒りの声が寄せられるかもしれない」という恐れゆえらしいが、この「自分で調べずに安易に聞く」という姿勢に現代における調査や思考、想像という能力の低下が感じられる。この部分にこそ、SNSでの安易な誹謗中傷へとつながる要因があるように思う。 前科がつく可能性があるにもかかわらず、一部の人々は「匿名」という張りぼての印籠を絶対的に信じ込んで、一瞬の暇潰しや出来心で人の尊い命を奪ってしまったり、自身の人生に汚点をつける。当人は何も考えずにネットで誹謗中傷をしたのかもしれないが、結果として情報開示請求され、身元が明らかにされてしまい、刑事事件や民事訴訟に発展して、初めて事態の深刻さを知る。※写真はイメージ(ゲッティイメージズ) SNSに関する法律を含めた社会情報学的教育もそうだが、ネットリテラシーを含めた日頃の教育方法に関しても、今一度社会で見直す節目にきているのではないだろうか。もちろん、ネットやSNSは若者だけでなく世代を超えて利用されているからこそ、この問題は社会全体で考えなくてはならない。 他者を傷つけず、そして自身を守るためにも、SNS利用者にはより一層の法的知識と冷静さが求められる。

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    周庭氏の逮捕でも日本メディアの「中国幻想」は消えないらしい

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 中国の「狂気」は拡大するばかりである。香港警察は8月10日夜、香港の民主化運動の象徴ともいえる周庭(アグネス・チョウ)氏を香港国家安全維持法(国安法)違反容疑で逮捕した。周氏はここ数日、香港郊外にある自宅周辺で不審な人物が多数いることをフェイスブック上で伝えていた。既に警察の監視下に置かれていたのだろう。 香港の新聞界で、国際的にも民主化運動の広がりに寄与していた蘋果(ひんか)日報(アップル・デイリー)を発行する壱伝媒(ネクスト・デジタル)の創業者、黎智英(ジミー・ライ)氏や同紙社長ら少なくとも9人が、やはり同法違反で逮捕された矢先だった。 周氏もフェイスブックで、「今日『アップル』で起きたことは、将来また起きるかもしれません」と書いていた。自身への波及を予知していたのかもしれない。 翌日の11日夜になって、警察は周氏を保釈した。黎氏も近く保釈される見通しだという。警察署から出てきた周氏は会見を行い、パスポートを没収されたことを明らかにし、「どうして逮捕されたのか全く理解できない。政治的な弾圧だ」と語った。 ただ、周氏や黎氏の逮捕容疑の詳細はいまだ不明である。国安法が成立と同時に施行されたのが6月30日のことだ。それ以来、両氏に目立つ政治的な活動はない。 香港紙によれば、黎氏については、国安法第29条に禁止されている「外国勢力と結託して国家の安全に危害を与えた」とする容疑だという。しかし、多くの報道や識者たちが指摘しているように、黎氏にも周氏にも国安法施行後、容疑に該当する行為はない。 疑いがあるとすれば、ただ一つある。国安法は施行以前の言動を対象としていないが、法適用を恣意的に、つまりでたらめに援用した疑いが香港警察自体に生じる。 さらに言えば、そのように香港当局を行動させている中国政府の意志そのものが違法である。つまり、罪を犯しているのは中国政府自身なのだ。この場合の「法」とは、国安法のようなちんけな法律を意味していない。国際社会で通念として受け入れられる言論と表現の自由を守る法である。2020年8月11日、保釈後に香港の警察署前で記者会見する周庭氏(左)(藤本欣也撮影) おそらく、今後はかなりの拡大解釈が行われ、周氏らの「容疑」がでっち上げられるだろう。注意しなければいけないのは、国安法の適用は海外で活動している他国民にも及ぶことだ。 特に、メディア関係者や言論人に危害が及ぶ可能性がある。危害の可能性があること自体、海外メディアや言論を委縮させる効果につながる。中国の狙いが世界のマスコミへの牽制(けんせい)であることは疑いない。米中対立の狭間で ジャーナリストの福島香織氏は自身のツイッターでこの点を的確に指摘している。 中共の恫喝の相手は私たちメディアだということだ。外国記者たちは今後、香港の市民からコメントをとることすら、ブレーキがかかる。取材を受けたことを扇動罪とすることは、外国メディアに対する恫喝だ。中国や香港のメディアだけでなく、外国メディアもコントロールしようということだ。 そして、今回の周氏らの逮捕は、米中対立の高まりを受けた対応でもあるだろう。トランプ政権は、今月7日に林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官を含む香港政府高官や中国共産党幹部ら11人が米国内に有する資産凍結と米国人との取引を禁止する制裁対象に指定した。これに対して、中国側も米上院議員や国際人権団体代表ら11人を制裁対象にしたと発表した。 周氏の自宅周辺に警察関係者と思しき連中が姿を見せたタイミングと符合もしている。郵便学者で国際的なプロパガンダ(国家利益のための情報利用)にも詳しい内藤陽介氏がブログで指摘しているように、周氏らの逮捕はまさにこの米国に対する報復の延長線にあるのだろう。 さらにトランプ政権は、台湾にアザー厚生長官を派遣した。米閣僚の訪台は6年ぶりとなる。 新型コロナウイルスの抑制で目覚ましい実績を挙げている台湾との情報交換が表向きの理由である。だが、もちろん米国側には、南シナ海や尖閣諸島、そして台湾に対して軍事的脅威を強めている中国への牽制が思惑にあることは明白である。 中国側も、共産党系メディアなどを通じて、米国への批判をエスカレートさせ、中国空軍も台湾空域に侵入して威嚇を行っている。もちろん尖閣諸島への連日の中国の侵入行為や、これから懸念される中国の民間漁船を利用した「違法操業カード」も忘れてはならない。台湾総統府で会談する蔡英文総統(右)とアザー米厚生長官(左)=2020年8月10日(台湾総統府提供・共同) 全ては連動しているのだ。香港、台湾、尖閣がバラバラに進行しているのではない。また、周氏らの逮捕は香港の言論弾圧だけではなく、福島氏の指摘のように海外メディアの報道の自由を危うくさせる手段でもあるのだ。 ところが、ここで驚くべき認識に遭遇した。10日夜のテレビ朝日系『報道ステーション』で、アザー長官と蔡総統との会談を報じたときのことだ。 米中の緊張の高まりを報じる映像の後で、レギュラーコメンテーターがまず「台湾に自粛を求めたい」と発言したのである。すぐに付け足すように「米中台の自粛」と言っていたが、「台湾への自粛」を求める発言が優先して飛び出すことに、筆者は何より驚いた。本当に恐ろしい「懐疑的無差別」 このような「自粛」発言こそが、中国政府が最も外国メディアに求めている姿勢だろう。また『報ステ』にも、先述のように台湾、香港、そして尖閣問題が全て連動していること、それだけではなく、中国の対外工作がいよいよ過激化していることに対する問題意識が希薄なことは明らかだ。 現在、インターネット上では「#FreeAgnes」のハッシュタグをつけた抗議活動が盛り上がっている。もちろん抗議はどんどん行うべきだろう。 だが、他方でそのハッシュタグ運動を進めている日本国内の「リベラル」言論人の多くに対しては、何とも薄っぺらい気がしてならない。その「リベラル仕草」とでもいうべき人たちは、中国政府がわれわれと同じ価値観や政治観に立脚していると思っているからだ。 中には「大国」としての自覚を中国政府に求めている「リベラル」系識者もいるが、本当に愚かしいことである。中国の「大国」化は、貪欲なカネへの志向と専制的な振る舞いへの傾斜、その意味での大型化というだけだ。だから、われわれと同じ価値観における振る舞いを求めるような合理的説得は幻想でしかないのである。 これから中国政府は、対外プロパガンダ工作をさらに推し進めていくことだろう。ネット上の工作もあるだろうが、警戒すべきは官庁や大学などを通じた言論弾圧行為である。中国政府に対する批判を「差別的な行為」として自粛や禁止する動きが最も警戒される。この点については、盆休みなどを利用して、ぜひ次の書籍をまず読まれることを期待したい。 一つは、福島氏が訳した経済学者でジャーナリストの何清漣(か・せいれん)氏の『中国の大プロパガンダ』(扶桑社)だ。これには中国の対外宣伝工作の歴史と手法が詳細に綴られている。 もう一冊は、評論家の江崎道朗氏の『インテリジェンスと保守主義』(青林堂)だ。江崎氏は、インテリジェンスの重要性を強調してきたこの分野の第一人者である。本書には、対中国に関しても「戦争は宣伝戦から始まる」として、多様な視点から分析を行っている。これからの日本国内の政策を考える上で必携の書だろう。香港・九竜地区の裁判所に出廷する民主活動家、周庭氏=2020年8月5日(共同) 最近の経済学の研究では、対立する主張や、フェイクニュースの類いが出てくると、本当は正しい情報だろうがフェイクニュースだろうが、多くの人はどちらにも懐疑的になってしまうという。つまり、情報を操るプロパガンダが強まるほど、人々が真実にアクセスしづらくなる可能性が高まる。これを「懐疑的無差別」と呼んでいる。 幸いにも、中国に対する「懐疑的無差別」の状況に、日本の世論はまだ陥っていない。だが、その危険性は日増しに強まるだろう。 おそらく、これから対中国に関して、日本の言論や世論は決定的に深刻な局面を迎えるに違いない。そのときにぶれない軸を持つことが重要だ。今回挙げた福島氏や内藤氏、江崎氏らの著作や発言を参考にして、そこからさらに自分たちの目でこれからの事態を読み解いていくことを、読者の皆さんに強くお願いしたい。

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    「数字の恐怖」に騙されない!経済と両立できるコロナ第2波への良薬

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ワイドショーの煽りがやまない。新型コロナウイルスに関するほとんどの報道が、全国や都道府県別の新規感染者数や、家庭内や若者に代表される感染経路に偏って報じられているからだ。 前者は、特に「過去最高」という視点からの報道が主流になっている。これは新聞など他媒体でも変わらない。 8月2日の朝日新聞デジタルでも、ほぼ感染者数の動向しか記載していない。確かに感染者数だけ見ると「過去最高」の数字は深刻に思える。しかし、新規感染者数の全国・都道府県別の総数だけを強調することが、本当にバランスのとれた報道といえるのだろうか。 政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会が7月31日に提出した「今後想定される感染状況の考え方(暫定合意)」を見ても、そうでないことは明らかだ。感染者数「だけ」の推移を見たり、3〜4月ごろの感染者数の動向と単純比較するのが正しくないことが明瞭に解説されている。 3、4月と6、7月の感染拡大を比較すると、後者では検査能力の拡充による無症状病原体保有者なども計上されていることや、医療機関や高齢者施設などの感染防止対策の成果等もあり、若年層を中心とした感染拡大が生じている。そのため、現在までのところ感染者数の増加に対して、入院者や重症者の割合が低くなっている。 この結果、3、4月の感染拡大時に用いた新規感染者数や倍加時間、感染経路の不明な症例の割合といった指標は、そのままでは医療提供体制のダメージなど、防がなければならない事態との関係性が、以前とは同等ではなくなっている。 検査の在り方や医療機関や高齢者施設における感染症対策の向上、そして治療法の確立が、3〜4月期に比べて変わった点だ。これは経済学でも「政策レジーム転換」といわれるものにあたる。いわば「ゲームのルール」が変わったのである。 野球でいえば、三振でアウトになっていたのが四振でアウトに変われば、間違いなくゲームの大きなルール変更だろう。それまでの選手データは当然、直接的に比較するのが難しくなる。 同じことは経済政策でも言えて、経済環境が従来から大きく変化するときに、これまでと同じような政策を用いても効果があるとは限らない、という意味である。 政策ルールをいつまでもデフレを継続するようなものから、デフレ脱却にコミットするルールに変更する。この政策レジームの変更と同じことが、感染症対策の評価についてもいえる、と政府の分科会は指摘しているのだ。新型コロナウイルス感染症対策分科会の冒頭、あいさつする同会の尾身茂座長=2020年7月6日(川口良介撮影) つまり、ワイドショーや他の媒体で、3〜4月期の感染者数と直近の感染者数の多寡を比べるのは適切な報道の在り方ではない。こうしたことは政府の公式資料を見れば、数分で気が付くことだ。だが、マスコミはそのような配慮をせずに、単純な「数字の恐怖」を煽るだけである。 では、今はどの点に留意すべきか。この点についても、先の分科会の文書が明瞭に指摘している。夏の「接触機会」減らすには? 検査体制(PCR陽性率など)、公衆衛生への負荷(新規報告数、直近1週間と先週の1週間との比較、感染経路不明の割合 など)に加えて、「新しいルール」では、特に医療提供体制への負荷(医療提供体制の逼迫(ひっぱく)具合)への注意を強調している。この指摘を踏まえて、今の政府の判断はどうなっているのか。 分科会の暫定合意は、単にマスコミ報道のように感染者数の人数のグラフで煽っているような爆発的拡大ではない。ただ、上図のように、既に緊急事態宣言といった強制性のある対応を検討する段階であり、メリハリの利いた接触機会の逓減を提起している。 特に挙げられる論点は、やはり夏休みの帰省だろう。それも、単に移動距離が大きい旅行だからではないことは明らかだ。 若い家族が自らの実家や田舎に帰る。そこには高齢の親戚がいるかもしれない。若い人たちに感染が拡大している状況では、かなり深刻な感染リスクをもたらすだろう。 この論考を書いている段階でも、新型コロナ対策を務める西村康稔(やすとし)経済再生相が分科会で対策を検討すると述べているので、掲載された時点では何らかの対応が発表されているかもしれない。いずれにせよ、お盆休みが接触機会の逓減を実現できるかどうかの山場となるであろう。 3〜4月期に比べると、今回は感染症対策と経済対策のトレードオフについて、合理的な解を見つけようと政府と分科会はかなり苦闘しているように思える。分科会の小林慶一郎委員は相変わらず「PCR至上主義」ともとれる資料を提出しているが、それに関してはノイズでしかないだろう。 ただし、不況が企業を淘汰してより高い生産性を実現する「清算主義」という「トンデモ経済学」で批判されている小林氏でさえ、中小企業の現状の深刻さを示す資料も提供している。もし、前回の緊急事態宣言と同じことを実施すれば、日本経済を決定的に悪化させ、中小企業の多数の倒産や営業停止、失業の高止まりなどが発生するだろう。これは小林氏だけではなく、筆者ら多くの経済学者やエコノミストが指摘していることである。 そのため、新しいルールで示されているような医療体制の充実と、それに伴う予算措置が必要になるだろう。もちろん、医療従事者に十分な給与を保障し、医療施設が経済的に困窮しない支援を併せて行うべきだ。そのための予備費活用も重要になってくる。 さらに、緊急事態宣言のような強制的な接触機会の制限がどれほど有効なのか、米国で経済学者と公衆衛生学の専門家が共同で取り組んでいる。 一例として、米カリフォルニア大ロサンゼルス校(UCLA)のデビッド・バカーイ助教授ら経済学者と、公衆衛生学の専門家たちが、分野を超えて提起した論文「第2波への対策」(Baqaee et al. 2020)がある。この論文では、米国を事例とした第2波対策を二つのシナリオでシミュレーションし、その結果を比較している。結論は次の図で示した通りだ。  この二つの図はともに、垂直軸に死亡者数と失業率を同時にとっている。水平軸は時間の経過を示す。失業率と感染者数、低下させるには? この論文では、第2波は7月以降に起きると想定されていた。両方の図にある点線の垂直線は、左側がこの論文が発表されたときまでの現実の動きを示している。垂直線の右側はこれからの「予想」を描いていることになる。 この前提を踏まえて二つの図を確認すると、明瞭に異なる点がある。左の図は、仮に第2波がきたときに、今まで欧米で採用された厳しい外出制限や営業禁止などを伴う経済的なシャットダウン(ロックダウン)を再び行った場合のシミュレーションだ。 失業率は高いまま推移し、シャットダウンしたにもかかわらず、感染による死者数が減るどころか、むしろ増加している。これは家庭内感染や小規模な友人・知人などのクラスター、病院や老人ホームなどで感染者数が激増し、死亡者も増えるということだ。店が閉まっていても、最低限の人付き合いまでなくなったわけではないからである。 右の図は一切シャットダウンしないケースだ。そうなると経済活動は普通に行われるので、失業率は急激に下がる。そして同時に「あること」を実行すれば、感染者数も劇的に低下する。 これらの仮想的な比較実験から、バカ―イ氏らは次の結論を導いた。1.経済的介入(シャットダウン)と死亡者の減少は相関していない。むしろ、経済的介入は失業率の上昇と死亡者数の増加の両方を実現してしまう。2.感染拡大と相関してないので、仕事の継続は可能だ。ただ、同時に上記の「あること」をする必要がある。それは、米疾病予防管理センター(CDC)のガイドラインに従った生活方針、ソーシャルディスタンス(社会的距離)の継続やマスク着用などを採用することである。これは、日本でも同様のことを「三密」対策や「新しい生活様式」として提示している。 2-1.屋内での大人数集会の制限。劇場、スポーツ、その他のライブエンタテインメント(米経済の消費量の1%未満を占める)などリスクの高いビジネスの当面の閉鎖。→限定的なシャットダウンの採用。 2-2.マスクの着用、社会的距離の維持。 2-3.ウイルス検査と接触追跡の増加、自己隔離のサポート。 2-4.高齢者(75歳以上の人々)のための特別な保護、そのような補助生活施設や老人養護施設のスタッフや住民の定期検査実施のための財政支援、および高齢者を介護する労働者のための個人的保護具(マスク、フェイスシールドなど)の常備。そのための財政的な支援の実施。東京都庁で記者会見する小池百合子知事=2020年7月31日 バカ―イ氏らの研究は、今の日本でも大いに参考になるだろう。例えば、次の点が指摘できる。1)日本でも「第2波」が来たときに、全面的な休業要請よりも地域・業態を絞った休業要請に可能な限り留める。失業率の上昇など経済的な損失をできるだけ防ぐ。2)高齢者や持病を抱えている人たちなど、高リスクの人たちへの検査体制・追跡調査(接触確認アプリ「COCOA」の積極的推奨)・クラスター対策、医療・隔離施設の充実。その点に集中的に予算を配分する。3)マスク、社会的距離など「自主防衛」の徹底を促す。 もちろん、これとは別に、積極的な財政・金融政策を、その一部である予備費の有効活用を含めて実施することは言うまでもない。