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    沖縄の知事はそんなに甘くない

    沖縄県民の選択は4年前と同じ「辺野古反対」だった。急逝した翁長雄志前知事の遺志を継ぐ候補として出馬した玉城デニー氏が、安倍政権が支援した前宜野湾市長、佐喜真淳氏を大差で破った。「対立と分断」で揺れた民意をつかんだ玉城氏だが、とまれ沖縄の政治はそんなに甘くない。

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    稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」

    稲嶺恵一(元沖縄県知事) 私は1998年の沖縄県知事選で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の「条件付き県内移設」を掲げ、現職の大田昌秀知事を破り、99年に辺野古(名護市)への移設を正式に表明しました。私にとって苦渋の選択でしたが、もちろん県民の方々にとっても苦渋の選択でした。 物事には理想論と現実論がありますが、あの時は、現実論を考えた場合、沖縄が苦渋の選択をしなければならないのではないか、と県民のマジョリティー(多数派)がそう考えたということです。 辺野古は、軍民共用で、将来は返還してもらい、基地を財産として使うこととし、固定化を避けるために「15年」という使用期限をつけました。あの時はまだ「最低でも県外」という鳩山由紀夫氏の発言がありませんでしたから、反対が60%程度だったわけです。十数パーセントが、こっちに賛成してくれれば進めることができる状況でした。 ところが、私の次に知事に就任した仲井真弘多さんの時代に、当時首相だった鳩山さんの「最低でも県外」発言があり、県民の意識を変えてしまった。政府がその気になればできるのではないか、沖縄が苦渋な選択をしなくて済むと。あの時、マスコミにあの鳩山さんの発言をどう思うかと聞かれて、私は「覆水盆に返らずです」と答えましたね。 人間は感情もあれば、理性もある。県外移設が難しいことは、県民も理解していたと思いますよ。でも、感情に火をつけたのは日本政府なんですよ。政府としてはっきり県外移設を明言したんだから。政府ができるというならそう思うでしょう。 移設に反対する沖縄県民がけしからんという人もいますが、そもそも沖縄県民に混乱をもたらしたのは、政府なんです。最もかわいそうなのは、仲井真さんですね。最初、首相は安倍晋三さんだったのに、福田康夫さん、麻生太郎さん、そして旧民主党への政権交代があって鳩山さん、菅直人さん、野田佳彦さんになった。その後、また政権が自民党に戻って安倍さんでしょ。その時々の首相、外務大臣、防衛大臣の言うことが違うわけです。 沖縄担当大臣だって、就任するたびに「初めまして」とあいさつする人が多い。政府側からはさまざまな発言が出てくるのに、沖縄側は仲井真さんがすべて1人で受け止めなければならなかった。こうした政治情勢に翻弄(ほんろう)され、それが今なお、基地問題の混乱に拍車をかけているのです。  私が知事のときは、はっきり言って、政府としょっちゅう喧嘩(けんか)ばかりでしたね。それでも、最後は落としどころを見つけ、苦渋の選択をした。それはなぜかと言うと、外交や防衛は国の専権事項だからです。はっきり基地反対と言えば、気持ちはいいけれども、解決できずにいつまでもズルズルとしていたら、沖縄県民全体にとっても不幸なことです。沖縄基地問題について語る稲嶺恵一氏=2018年9月(川畑希望撮影) 私の前に知事を務め、革新だった大田さんも、政府と対立したのは最後の最後でした。私から見れば、両者はうまくいくと思ってましたよ。それはなぜかと言うと、吉元政矩さんという、当時沖縄政界などで絶大な力を持った副知事がいて、政府との折衝を重ね、裏でいろいろ詰めながらやっていたわけです。 でも、共産党が吉元さんの考え方に反対したんですよ。自民党も、当時党の要職にいた野中広務さんが自民県連のメンバーに対して、「吉元を支持しろ」と電話をかけていたのですが、県連は野中さんの言うことを聞かず反対した。それから大田さんの政府との折衝は停滞していったんです。基地移設の始まりは「大田、諸井会談」 そもそもこの一件まで、大田さんは当時首相だった橋本龍太郎さんと17回も会っています。喧嘩して対立していたら17回も会いませんよ。しかも、一対一で、酒を飲みながら17回ですよ。密度が違います。だけど、その中身は誰もわからない。大田さんはその中身を口外しませんでしたから。 大田さんと橋本さんがこれほど密な関係だったことには理由があるんです。橋本さんのお父さん、龍伍さんが厚生大臣の時、戦時中の学童疎開で輸送中に米軍の攻撃を受けて沈没した「対馬丸」の問題がクローズアップされていました。このため、当時、橋本さんは慶応大の学生でしたが、対馬丸の関係者が龍伍さんの自宅をよく訪れていたんです。 おそらく、その時にお茶を出したとか、応対した関係で、対馬丸問題に詳しくなったんでしょう。自身は戦争体験はないが、沖縄は大変な思いをしたことを認識し、対馬丸の遺族と接することによって、戦争そのものや沖縄戦、そして沖縄を強く意識するようになったようです。 だから、普天間飛行場の移設問題のスタートは、実は、橋本さんが、当時財界の中枢にいた諸井虔さん(秩父セメント会長)を特使として沖縄に送ったんですよ。大田、諸井会談がすべてのスタートだったんです。 この時に大田さんが、普天間の返還が第一優先ですと言ったわけですよ。それで、橋本さんは、沖縄に思いを持っている人だから、外務省や防衛省が反対するにもかかわらず、自らモンデール(米駐日)大使と話をした。そして、大使がクリントン大統領に伝えて話が進んだわけです。 諸井さんは私にこう言ったことがあります。「稲嶺さん、国民の60~70%のコンセンサスが得られないものについては、いかに沖縄がどんな大きな声で、沖縄だけで言っても、通りませんよ」と。会うたびに何度も言っていた。多く人は、ただ反対するだけだったり、逆に甘い言葉はよく出ます。でも、沖縄のために、きれい事ではなく、本当の話をしてくれる人は少ない。基地問題で橋本龍太郎首相との会談を終え、報道陣に囲まれる大田昌秀・沖縄県知事=1997年12月 その中で、諸井さんはそうじゃなかった。私に何回も言ったのは、あの人はそれがどうしても重要なことだと思っていたからです。私は、今でもそれを言い続けています。これがポイントなんです。 私が一番悲しいのは、マスコミが、米国が尖閣諸島は日米安全保障条約の範囲内だと言うとほっとし、それを明確にしないとがっかりするという姿勢です。つまり、国防を国の問題、自分たちの問題ととらえられていないんです。このままでは、沖縄の問題は解決しません。 国民のコンセンサスを得るためには、沖縄が一つにならならなければ実現できないでしょう。今、大切なのは、沖縄を一本化して、国民のコンセンサスを得られるように努力することです。 国と沖縄が真っ向から対立し続けたままではマイナスが多いわけです。先方の言うことをストレートに聞くというわけではなく、沖縄が主張すべきことは強く主張しながら、一致点を見出すことが重要でしょう。(聞き手/iRONNA編集部、川畑希望)「対馬丸」事件 先の大戦中の昭和19年8月22日夜、沖縄から九州に疎開する学童ら約1800人を乗せた学童疎開船「対馬丸」が、鹿児島県のトカラ列島・悪石(あくせき)島沖を航行中、米潜水艦ボーフィン号の魚雷攻撃を受けて沈没。学童約780人を含む約1500人が犠牲となった。平成9年の海底捜索で船体が確認された。 いなみね・けいいち 1933年、中国大連生まれ。慶応大経済学部卒。いすゞ自動車、琉球石油(現在のりゅうせき)社長、沖縄県経営協会会長などを経て、平成10年から沖縄県知事を2期務めた。

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    変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」

    らす影響についての分析よりも少し巨視的な目で、変わらぬ対立構図について考えてみたいと思います。今回の選挙戦が映し出したものは何だったでしょうか。 争点は明確でした。ただ、それは従来の「基地」と中央からの「バラマキ」の不毛な対立に終始しました。それ以外の広範な有権者に訴えかけるメッセージは「暮らしを大事にする」「生活者の視点」といった、ふわっとした言葉ばかりでした。そこには大構想はなく、将来の沖縄県がどのように食べていくかを描く戦略も不足していました。 こうした停滞は日本全体についても言えることです。日本が21世紀にどうやって食べていくかを考え、実行に移すことができる政治家はあまり見当たらないからです。ましてや、日本の地方においてはそのような自律的な政策が唱えられることはまれです。 これまで注目されてきた地方公共団体の「改革」の多くは、小さな町で、長老と首長が重なりあっている場合に、首長が果断なリーダーシップを取った事例にとどまっています。町おこしの成功例としてよく挙げられる、隠岐諸島にある島根県海士(あま)町の事例を、全国津々浦々に適用できないのは言うまでもありません。 地方自治体が国に先駆けて、時に歯向かいながらも何らかの変革を訴えた例といえば、石原慎太郎氏の都政改革や橋下徹氏の「大阪都構想」くらいでしょう。沖縄の政治は、日本の「田舎」性を色濃く反映しているのです。2018年9月27日、沖縄県知事選で那覇市内の期日前投票所に並ぶ有権者ら 沖縄県知事選が象徴しているのは、自主性が低いからこそ政治的争点の領域が狭いという現象です。沖縄の場合、米軍基地問題や中央政府との距離感は大きな争点になりますが、他の都道府県と比べたときの沖縄の特殊性は、本土に対する感情や違和感ぐらいであって、そこまで特殊であるかのように捉えるのも当たらないと思っています。 基地問題が常に選挙で争点化するのは、ままならぬ「お上」との接点の最大のもの、あるいは摩擦の最大のものが基地問題であるからです。原発立地自治体の場合、それは原発の再稼働をめぐる問題ということになります。規模こそ違え、何らかの招致や受け入れなどをめぐって、自治体に摩擦が生じるのは当然です。日本政治のダイナミズムを阻むもの 地方分権の度合いが少ない日本においては、資源配分をめぐる政治は必然的に「お上」との関係性を中心としたものにならざるを得ません。県知事選は、地元負担と見返りを含むプロジェクトを「止める」あるいは「受け入れる」といった受動的な論点になりがちです。 中央政府にもずるいところがあります。米軍普天間飛行場の返還に膨大な時間がかかっているのも、沖縄に基地が集中しているのも、国家戦略レベルの話を県知事の責任に押し付けているところが大きいからです。国がリードしなければ、国家安全保障に関わる問題を解決することはできません。 そもそも、県知事が米国と交渉することなどできようはずもありません。地方に真の自主性はないのに、中央が責任転嫁をするから、こうした選挙が繰り返されるわけです。 沖縄に限らず、日本政治には有為なダイナミズムは存在しません。日本が先進国の中で際立って安定し、ポピュリズムにさらされておらず、またそれゆえに異端が力強く社会を変えることも少ないのは、明らかです。 その一因は、社会を分断する要素が日本にはごく少ないからです。英国では階級であり、米国では人種であるところの分断のようなものは、日本社会には存在しません。沖縄県にしても、そのような明確な亀裂は存在しないのです。存在するのは、中選挙区制の時以来の人間関係による対立構図であり、陣営です。 地方に行くたびに思うのですが、人間関係の積み重ねの歴史以外に、そこの土地における対立を説明できる要素がありません。それゆえに、選挙報道も政策ベースというよりはいわゆる政局(≒人間関係)の細かい知識比べにならざるを得ません。 プロ以外の一般人にとっては、「Who cares?(知るかよ)」というものになります。いきおい、政治に興味を持つ層は既得権層か、政治運動に居場所を求める人々に限られてきます。 ダイナミズムを阻んでいる最大のものは日本の「ムラ社会」です。ムラ社会は、人間関係で回っている社会であり、実力主義と階級秩序を足し合わせたものです。2018年9月1日、辺野古移設反対派の抗議集会に参加した玉城デニー氏(右)=沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前 田舎では初めから、機会の格差は開いている。「イエ」の格による秩序も厳然と存在し、新たなチャレンジャーを阻む土壌があります。村社会の一番の問題は、人に迷惑をかけないことを主要なモチベーションとした行動が取られがちだということです。そして、それはダイナミズムを生む構造とは真逆の行動様式であるのです。 沖縄の問題は、政府の積極的なリーダーシップと真の地方分権以外に解決の糸口はありません。ところが、沖縄県知事選の報道は、どちらが勝った・負けたを安倍政権の政権運営への影響に変換してのみ理解しているものが多い。けれども、日本のいびつな中央=地方構造こそ、真の改革を阻むものなのです。

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    「玉城氏よ、痛みに耐えられるか」エルドリッヂが見た沖縄知事選

    県知事選は1972年の本土復帰以来13回目を数え、米国統治下だった琉球(りゅうきゅう)政府の行政主席選挙を含めると14回目となる。 1968年の主席選以来、今回の選挙は、沖縄の有権者が自らの知事を直接選ぶことができるようになってから50年という節目でもある。では、この50年、沖縄の有権者は誰を選んできたのだろうか。 この半世紀を振り返ると、沖縄県知事はこれまで、保守系政治家が28年務め、革新系が22年県政を担った。「政治的左派」のイメージが強い沖縄だが、実際には有権者の投票行動は保守的な傾向がみられる。 沖縄にはこれまで7人の知事がいたが、そのほとんどは2期8年在任し、西銘順治氏(公選後第3代)だけが3期12年務めた。他の2人は1期未満で退任した。前知事の翁長雄志氏は任期満了前に急逝し、それに伴う知事選も前倒しで実施された。第2代、平良幸市氏は就任2年目に脳血栓で倒れ、任期途中の辞職を余儀なくされた。 沖縄県知事は、時に厄介な立場に立たされ、精神的にも肉体的にも非常に過酷な職務である。実際、歴代知事の多くが任期中、極度の疲労などによって入院している。琉球政府の初代行政主席だった比嘉秀平氏は、米軍基地建設のための土地収用に反対する「島ぐるみ闘争」の最中に死去した。 今年8月に亡くなった翁長氏は比嘉氏とは異なり、中央政府との対決姿勢を鮮明にし、いろんな局面で物議を醸した。もともと教員だった比嘉氏が英語力を買われて、政治の世界に飛び込まざるを得なかったのに対し、翁長氏は長年抱いた知事への野望を実現するために、自ら多くの穏健保守派のライバルを政治的に排斥する道に突き進んだ。1972年5月、沖縄の日本返還後、新県知事として、初めて佐藤栄作首相(右)にあいさつする屋良朝苗知事 膵(すい)がんを公表した翁長氏の健康状態に懸念があったとはいえ、彼の任期満了は今秋だった。対立する保守陣営にとって、翁長氏の死去が予想外だったとはいえ、さして混乱を招くほどではなかった。むしろ左派陣営からは誰が出馬するのか、誰が保守系候補の出馬に反対するのか、それを見極めればよかったのである。佐喜真氏は宜野湾に集中すべきだった 他方、翁長氏の急逝は左派陣営を混乱に陥れた。翁長氏のいない選挙戦を想像したくなかったのか、左派陣営の統一戦線、いわゆる「オール沖縄」は候補者選びに難航した。陣営が擁立した玉城デニー氏の出馬会見の際、テーブルの上には翁長氏が生前愛用していたという帽子が置かれてあった。むろん、翁長氏の「弔い合戦」を演出するパフォーマンスだが、これが今回の知事選の結果に多少なりとも影響したことは言うまでもない。 私は、在沖縄米軍海兵隊政務外交部次長として、米軍普天間飛行場を抱える前宜野湾市長、佐喜真淳氏と緊密に連携する機会があったので、彼のことはとても尊敬している。だが、正直に言えば、今回、佐喜真氏が保守系の中で最もふさわしい候補とは思わなかった。佐喜真氏は宜野湾市長2期目の途中であり、市政に集中した方がいいと思ったからである。その旨を昨秋、直接本人にも伝えた。実はもっとおもしろい候補者がいると考えていた。 しかし一方で、もし佐喜真氏が知事になっても、専門性の高い2人の副知事を補佐役につけさえすれば、彼は十分リーダーシップを発揮できるという確信があった。政府与党から全面的な支援を受けることもできたはずだ。沖縄と日本、米国の三者の関係は、極めて安定した時代を迎えることができる、と評価していた。いや、もしかすると2003年以降で、米国と日本に加え、沖縄県と宜野湾市、基地移転先の名護市の五者が初めて、同じ方向性を共有できるかもしれない。この意味で、佐喜真氏は重要かつ必要な候補者であるという期待があった。 津波による被害から免れられる高台にあり、戦略的に日本にとっても重要な普天間飛行場の閉鎖と、問題が山積する辺野古への移転案について、かねてより私は反対だった。これは「反対のための反対」ではない。辺野古移設が日米同盟を空洞化し、弱体化するとの懸念があったからだ。 96年12月の沖縄特別行動委員会(SACO)による普天間問題の勧告から22年が経過しても、いまだ実現に至っていないのは、この15年間で日米、沖縄県、宜野湾市、名護市の五者の方針が一致しなかったことが最大の原因である。知事や上記の関係自治体の市長が、移設賛成派・反対派問わず選挙により交代したことで足並みがそろわず、それぞれが移設問題への対応でますます溝を深めていく結果となった。 鳩山由紀夫政権(2009~2010年)の下で、政府が「最低でも県外移設」との方針を打ち出し、当時保守系知事だった沖縄が基本的に「県内移設容認」だったことは、究極の皮肉としか言いようがない。元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏(奥清博撮影) もともと佐喜真氏は、宜野湾市長として普天間飛行場の閉鎖・移設を求めた立ち位置だったこともあり、名護市長や沖縄県知事とは違って、沖縄の一般的なスタンスを守る必要はなかった。これに対し、玉城デニー氏はうるま市で生まれ、沖縄市や名護市のある沖縄3区を地盤とし、衆院議員を4期務めた。玉城氏は長年、普天間飛行場の県内移設に反対し、県外移設と米軍の整理縮小などを求める立場だった。とはいえ、私自身、玉城氏について明確な意見を持っているわけではない。 彼は選挙期間中、過去の政治的発言に矛盾した言動があるとたびたび指摘され、左派の支持者が理想とするクリーンな政治家像とはかけ離れている、との印象がある。それでも、若々しく気さくな人柄で、玉城氏は有権者の心をつかんだ。佐喜真氏より4歳年上の58歳だが、佐喜真氏の保守的な政治思想が玉城氏よりも年上に見られた可能性は否めない。玉城県政「対立」か「協調」か しかし、興味深いことに、玉城氏の支援団体の古参メンバーが彼の知事としての資質に疑問を呈し、後援会をまとめるのには随分苦労したようだ。事実、県内移設への反対や日米地位協定の改定以外に、玉城氏の具体的な政策は見えてこない。しかし、移設反対は「政策」ではない。あくまで「政治姿勢」でしかないのである。 確かに、左派系政治家でも、日本政府からの補助金や米軍関係からの直接、間接的な経済貢献が沖縄にもたらされることを認識している人はいる。つい最近まで、移設反対の声が大きくなればなるほど、沖縄にバラ撒かれる予算も多くなった。 沖縄県や県内自治体、そして沖縄に関わる政治家は皆、政府と沖縄の調整や折り合いを巧みに続けることが求められた。残念ながら、日本政府は沖縄に対する罪悪感や、または無気力のために何十年もの間、基地問題が進まなかった経緯がある。しかし、安倍晋三首相は、4年前の沖縄知事選で与党候補の敗北を受け、ようやく「自動操縦モード」から目覚めたのである。 沖縄に対する「アメからムチ」のアプローチについて、私は双方の視点から長年にわたって注視してきたが、いずれも痛みを伴うものだった。安倍政権と過去の政権とでは、沖縄に対する基本的認識はかなり異なる。 沖縄の議員も国政、地方を問わず質が低く、ただ議案に反対することや、利権を要求することだけを自分の仕事と考えている。これでは、沖縄が持つ「真の可能性」を模索することはできない。より持続可能で活力のある関係を日米が作り上げることは難しい。 沖縄知事選は単なる地方の首長選挙ではない。日本をはじめ、日米関係、インド太平洋の安全保障そのものに影響を与えかねない選挙である。玉城氏は県内人口3位のうるま市出身で、大票田の那覇市も革新市政であり、今回の当選にさほど驚きはない。2018年9月30日、沖縄県知事選で当選を決め、支援者らと万歳する玉城デニー氏(前列中央) ただ、沖縄は2022年に本土復帰50年を迎える。仮に佐喜真氏が知事だったら、基地問題のソフトランディングも可能だったかもしれない。それだけに玉城県政のスタートで、日米と沖縄はよほどの想像力と努力を重ねなければ、基地問題解決の道筋をつけることは難しいだろう。 それだけではない。玉城県政は本土復帰後6度目となる次期「沖縄振興計画」(期間は10年)を政府とともに22年までにまとめる作業にも関わる。中央政府と「対立」か「協調」か、そのスタンスによって内容も大きく変わる。さて、玉城氏はどっちの道を選ぶだろうか。

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    本気を出した自民党が翁長氏「弔い選挙」に負けた4つの敗因

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 翁長雄志前知事の死去に伴う沖縄県知事選挙で、開票とほぼ同時に、普天間飛行場の辺野古移設に反対する「オール沖縄」が支援する玉城デニー前衆院議員の当確が出た。 事前の調査や予測では一貫して玉城氏の優勢が伝えられ、当初は「ダブルスコアで玉城」という噂まで広がった。自民、公明、日本維新が推薦する佐喜真淳前宜野湾市長が猛追し、選挙終盤の世論調査では「互角の闘い」に持ち込んでいると報道されていたが、結局蓋(ふた)を開けてみれば、期日前投票でも当日の投票でも、佐喜真氏の得票は玉城氏のそれに及ばなかった。 佐喜真陣営にとっては、「票差」以上の惨敗だった。自民党からは菅義偉(よしひで)官房長官、二階俊博幹事長、小泉進次郎筆頭副幹事長が、それぞれ複数回にわたり沖縄に応援に駆けつけたほか、竹下亘総務会長が最前線で指揮を執るなど、それこそ総力戦で臨んだ。 公明党も全党をあげてこれまでにない支援態勢をとったが、「翁長前知事の遺言」で選ばれた玉城氏にまるで歯が立たなかった格好だ。はっきり言えば、自公の面目は丸つぶれである。 玉城氏が当選し、佐喜真氏が落選した要因については、今後さまざまな分析が行われることになろうが、おおよそ以下のように整理される。沖縄県知事選当確後、琉球新報の号外を持つ玉城デニー候補=2018年9月30日、沖縄県那覇市(安元雄太撮影) 最大の要因は、任期途中で翁長前知事が亡くなったことである。亡くなる直前まで翁長氏は知事選出馬の意思を表明していなかったが、翁長氏が出馬したとしても、厳しい選挙になるといわれていた。 県民の間に「辺野古疲れ」「辺野古離れ」のようなムードが蔓延(まんえん)し、2月の名護市長選挙では、自公の推す新人が「オール沖縄」の推す現職を下していた。知事選は当初11月に予定されていたが、翁長氏が病床からどこまで指揮を執れるのか疑問視する向きもあった。翁長氏が玉城氏を選んだ理由 ところが、翁長氏が亡くなった途端、「オール沖縄」にとっての追い風が吹き始めた。「弔い選挙」のモードに入ったのである。玉城氏は存在の有無を確認できない「翁長氏の遺言」で指名されたが、「翁長氏の遺志を継ぐ」と訴えることで、死して高まった翁長氏のカリスマ性に支えられて、選挙を有利に進めることができたのである。 二つ目の要因は、玉城デニーという最適な候補者を選んだことだ。「遺言」は確認されていないものの、「後継者指名」はおそらく翁長氏が死の床にあって下した結論だったと思われる。 唐突に「遺言」が飛び出すまで、玉城氏は有力候補者の名簿に入っていなかったが、選挙にすこぶる強い翁長氏は、これに危機感を覚え、「勝てる候補」として玉城氏を指名する決心をしたに違いない。 衆院沖縄3区で圧倒的な強さを見せ、県民の間で広く知られる玉城氏であれば、他のどの候補よりも有利に選挙を進められる。米兵を父に持ち、苦労して育った玉城氏なら有権者に訴える「ストーリー」にも事欠かない。 しかも、自由党幹事長の玉城氏であれば、小沢一郎同党代表が後見人として支えてくれる。小沢氏が背後にいれば、オール沖縄の主勢力である共産党の圧力も抑えられるだろう。翁長氏には以上のような「読み」があったに違いない。 もともと保守本流だった翁長氏だが、前回の知事選以降「オール沖縄」を率いて政府と対決し、しばしば「革新に変節した」といわれる。だが、翁長氏は保守政治家としての矜恃(きょうじ)を失いたくなかった。沖縄県知事選をめぐり会談した(左から)自由党の小沢一郎代表と玉城デニー幹事長、立憲民主党の枝野幸男代表=2018年8月28日、国会内(春名中撮影) 小沢氏が支える玉城氏であれば、「極端な革新」にぶれることはないだろう。自民党の基本的な政策に決定的なダメージを与えることもないに違いない。翁長氏は玉城氏を選ぶ際に、そこまで考えたとしてもおかしくない。 いずれにせよ、玉城氏は翁長氏にとって最適な候補者だったに違いないし、まさに翁長氏の読み通り、選挙を勝ち抜くことができた。自民党県連がだらしなかった 三つ目の要因は、自民党沖縄県連の体たらくだ。本部からさまざまな支援を受けて選挙を進めてきた自民党県連だが、最後まで「死に物狂いの選挙」を闘う態勢は整わなかった。 実は、前回知事選で翁長氏が自民党を離れるまで、自民党県連のかかわる主要選挙は、ことごとく翁長氏と腹心の安慶田光男氏(元副知事)が指揮してきた。両氏が自民党を離れてからは、翁長氏に近かった翁長政俊前県議が自民党県連を仕切ることになったが、今回の知事選では、その翁長政俊氏が10月に実施される那覇市長選に立候補することになったため、自民党県連は事実上司令塔を欠く形となった。 結果として、集票の主力部隊である県内各自民党支部や経済界との調整に失敗し、かけ声と焦りばかりが膨らんでいった。 公明党の支持母体である創価学会員の一部も佐喜真氏から離反するなど、「組織」が効果的に機能しないまま終盤を迎えてしまったのである。「自民党本部が介入し過ぎたから選挙に負けた」という声もあるが、むしろ自民党県連がだらしないから本部が介入したと見るほうが適切である。 四つ目の要因は、上記のような自民党県連の焦りを一因として、佐喜真氏の支持者・支援者によって相手候補をおとしめるようなソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)発信などが過剰に行われ、「自公は汚い選挙をしている」というイメージが生まれてしまったことである。沖縄県知事選で落選が決まり、うつむく佐喜真淳氏=2018年9月30日、沖縄県那覇市(上松亮介撮影) 玉城陣営からも、これに対抗するようなSNS発信が行われたが、トータルでいえば玉城陣営のほうがクリーンだったといえよう。玉城陣営からSNSで発信されるテキスト、画像、動画なども有権者の心をつかむような効果的なものが多く、これもまた玉城氏の勝利に寄与した。 結果的に辺野古移設問題を含む「政策論争」は、選挙中どちらかといえば棚上げされた格好だった。辺野古移設問題を除けば、両者とも「県民の暮らしを豊かにする」という政策を掲げていた点で大差なく、佐喜真氏が辺野古移設問題を避けるように選挙を闘ったことがかえってアダになった可能性もある。 ただ、投票率は前回を下回り、総じていえば県民の関心が高い選挙とはいえなかった。メディアが大きく報道する中、4割程度の有権者が棄権したが、「沖縄の未来」を考えたとき、「自公VSオール沖縄」という対決の構図をこのまま続けていいのか、今一度熟考する時期が訪れているかもしれない。

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    「オール沖縄」ってなんだ!?

    翁長雄志前知事の急逝に伴う沖縄知事選がきょう投開票される。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古移設の是非が最大の争点となった構図は前回と同じだが、そういえば4年前ほど「オール沖縄」の合言葉が聞こえてこない。そもそもオール沖縄とはどんな組織なのか。現地リポートも交え、実態に迫る。

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    自衛隊を排斥しても「オール沖縄」玉城デニーのデタラメな論理

    ば以下はどうか。 「オール沖縄」-「おきなわ」=? 「オール沖縄」は辺野古移設反対派による統一戦線(選挙運動)組織として2015年12月に結成された「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」の略称だ。社会民主党、日本共産党、自由党、沖縄社会大衆党、那覇市議会「新風会」、沖縄県議会「おきなわ」、などの政党や会派に加え、知事、那覇市長、名護市長らの首長も参加、県議会および那覇市議会で過半数の勢力を確保している。 ただし、移設反対派でも、公明党沖縄県本部、おきなわ維新の会、政党「そうぞう」は参加していない。ということは、そもそも「オール沖縄」と名乗る資格を欠くのではないだろうか。 さらに今年に入り、県内の観光大手「かりゆしグループ」が脱会を表明。新たに結成された別団体(オナガ雄志知事を支える政治経済懇和会)の総会に出席した。総会には、建設大手「金秀グループ」に加え、上記会派「おきなわ」の関係者も出席した。 産経新聞は「オール沖縄の名前を使うのはおかしい。有権者へのごまかしだ」と憤る「おきなわ」幹部の声や、「オール沖縄ではなくパーシャル沖縄だ」と揶揄(やゆ)する自民党県連幹部の声を紹介し、「事実上の分裂」と報じた。ならば、ますます「オール沖縄」を名乗る資格は怪しい。「オール沖縄」から会派「おきなわ」が離脱すれば、残るのは「オール」? 自称「オール沖縄」を読み解く方程式は複雑怪奇極まる。彼らの公式サイトを見てみよう。トップページにこうある。沖縄の基地問題について知ってほしい/私たちは、オール沖縄会議です/辺野古への新基地建設を止めたいー/オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖撤去、県内移設断念を求めた「建白書」の精神を実現させるため/2015年12月14日、「オール沖縄会議」は結成されました/「オール沖縄会議」は多くの市民団体や政党、労働組合や経済界、個人に支えられています/私たちは、本サイトをとおして、沖縄の基地問題について、正確な情報をわかりやすく発信していきます/2016年5月14日 言葉尻をとらえるようで恐縮だが、彼らが認める通り「多くの」であり「すべての」(オール)ではない。「正確な情報をわかりやすく発信していきます」というが、情報量にも正確性にも乏しい。「正しい情報」として7項目(「7POINTS」)がアップされ、その最初が「日本の米軍基地の約74%が沖縄に集中しています」と、使い古された表現と数字を挙げるが、「正確」には以下の通り。住宅地(手前)に隣接する米軍普天間飛行場=2009年、沖縄県宜野湾市 在日米軍施設・区域(専用施設)のうち、面積にして約70%が沖縄に集中し、県面積の約8%、沖縄本島の面積の約14%を占めている(2018年版「防衛白書」) まず数字が違う。彼らは、ここ数年の動きを踏まえていない。たとえば2016年12月22日、北部訓練場の過半(約4000ヘクタール)の返還が実現した。県内の在日米軍施設・区域(専用施設)の約2割にあたる広大な面積である。玉城氏のデタラメな主張 これは「沖縄の本土復帰後最大のものであり、1996年のSACO(沖縄特別行動委員会)最終報告以来、20年越しの課題であった」(前出白書)。ホームページの情報を更新する努力を怠ったのか、返還を実現させた政府の努力と実績を意図的に無視したのか。どちらにしても痛々しい。 さらに言えば、白書のごとく、最低でも(専用施設)と明記しなければ、論じる意味の乏しい数字である。上記の数字とも、基地問題に関心を持つ者なら常識に属する話だ。意図的に(専用施設)と書かなかったのか、単なる非常識なのか。どちらにしても度し難い。 上記7項目の五つ目は「沖縄に新しい基地を作る必要性はない」。本文でこう書く。「(前略)日本周辺に有事の危機が起こりアメリカ軍に出番があるとしても/最初に動くのは空軍か海軍第七艦隊であって米海兵隊ではありません(後略)」 海兵隊のスローガンは賛歌(公式軍歌)にもある「First to fight(for right and freedom)」。つまり「真っ先に戦う」。誰よりも早く、最初に動き、戦場に飛び込み戦う。それが海兵隊の使命である。第一次大戦以来、新兵募集のポスターにそう大書されてきた(野中郁次郎『アメリカ海兵隊』中公新書参照)。他人に「沖縄の基地問題について知ってほしい」と訴えるなら、自身もう少し勉強してほしい。 今回の県知事選挙で自称「オール沖縄」が担ぐのは玉城デニー候補。ネット検索すると、本人がこう語る動画にヒットした。飛んでくるミサイルを迎え撃つ、そういう戦争の有事の前提をつくっている。有事の前提をつくれば何でもできちゃうんですよ。だから安倍政権になり、どんどん安保法制とか特定秘密保護法とかいろんなものを、まるで戦時に備えてそういうことを整備していくんだというやり方は、およそ日本が取ってきた国のかたちをドンドンドンドン変えてきている。だから僕は、有事の前提を置かずに、平時における外交というものが一番大事で、相互関係で成り立っているのに基地を置くという事は、ある種の裏切り行為と捉えられてもおかしくない。(中略)基地をつくってしまえば、平和になるなんてことは絶対にありませんから(後略)沖縄県知事選で、街頭演説をする玉城デニー氏=2018年9月27日午後、沖縄県うるま市(共同) いまいち論旨不明瞭だが、どう好意的に受け取っても、主張の中身はデタラメというほかない。弾道ミサイルの破壊措置(迎撃)は警察権行使であり自衛権行使ではない(政府見解)。つまり「戦争の有事の前提」でもなんでもない。 いや、細かい間違いはもはやどうでもよい。まさに「飛んでくるミサイルを迎え撃つ」べく日夜、警戒監視や展開配備を続ける海上自衛隊員や航空自衛隊員が、これを聞いてどう感じるか。想像するだけでおぞましい。 当たり前だが、沖縄には陸海空の自衛官も多数いる。家族も多数住む。なのに、自衛隊関係者を排斥しながら「オール沖縄」と自称する。いったい、どういう神経の持ち主なのか。

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    ウチナーンチュは口に出すのも恥ずかしい「オール沖縄」の今

    ることが許される雰囲気があった。だが、翁長氏の死によって「オール沖縄」は事実上、とどめを刺された。 選挙期間中、私は何度か佐喜真、玉城両候補の演説を聞いたが、佐喜真氏はもとより、玉城氏の口からも「オール沖縄」という言葉はほとんど出なかった。沖縄の県紙の記事や見出しにも、この言葉はめったに登場しなくなった。翁長氏が初当選した2014年の知事選とは、全く状況が異なる。 そもそも「オール沖縄」とは何か。 私の見たところ、この言葉には二つの意味がある。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に対し「県民はオール沖縄で反対だ」というニュアンスで使われる場合だ。これは2013年1月、県内全41市町村の首長が連名で安倍晋三首相に対し、同飛行場の県内移設断念などを求める「建白書」を提出したことがきっかけである。翁長雄志知事(左)と安倍晋三首相(右)のコラージュ(共同) しかし、翌年の知事選で状況は変わり、県内11市のうち、保守系市長が在任する9市は「反翁長」のスタンスを鮮明化。「オール沖縄」に対し「チーム沖縄」と名乗るようになった。その後の市長選で9市のうち名護市と南城市が入れ替わったが、現在でも9市は「反翁長」勢力で、安倍政権に近い。 だから、沖縄が辺野古反対一色に塗りつぶされているという意味での「オール沖縄」という言葉は、とうの昔にうそであることが証明されている。本土の人たちは、辺野古移設反対勢力が「オール沖縄」と名乗るだけで「沖縄は本当に大丈夫なのか」と懸念するが、移設反対が「オール沖縄」でないことは、誰よりも県民自身がよく理解している話だ。「オール沖縄」もう一つの意味 「オール沖縄」のもう一つの意味は、政治勢力としての「保守」と「革新」が、辺野古移設反対という一点で手を握って構築した「保革共同体」である。 「翁長知事」は、その象徴的存在だった。翁長氏は、那覇市議、県議、那覇市長とステップアップする過程で、常に沖縄の保守本流を歩んだ。自民党沖縄県連の幹事長なども歴任し、仲井真弘多前知事が再選された10年の知事選では、選対本部長を務めた。その翁長氏を、14年の知事選で、保守とは水と油のはずの共産党、社民党など「革新」勢力が推した。 翁長氏が「革新」に転向したわけではないという建前だったため、翁長氏の支持基盤である保守層は、多くが翁長氏に同調した。もともと保守系とされる、建設業や小売業などの「金秀グループ」、ホテル経営の「かりゆしグループ」は、その代表格だ。それを見た沖縄メディアは、翁長氏を中心とした政治勢力を「オール沖縄」と盛んに喧伝(けんでん)し、この言葉が本土と沖縄の双方で定着することになった。 前回知事選で翁長氏が叫んだスローガンが「イデオロギーよりアイデンティティー」である(これは玉城氏もそのまま今選挙で使っている)。保守、革新というイデオロギーより、沖縄人としてのアイデンティティーを優先し、辺野古移設反対に立ち上がろう、という意味である。 基地をめぐる長い政争にうんざりした多くの沖縄県民には、その訴えが斬新に響いたようだ。翁長氏は仲井真氏に約10万票の大差をつけ、初当選を果たすことになった。 知事選の余勢を駆って「オール沖縄」は沖縄政界を席巻した。2014年の衆院選、16年の参院選、同年の沖縄県議選と、主要選挙で連戦連勝し、一時は沖縄選出の国会の議席を衆参とも独占した。自民党議員は衆院の比例でわずかに生き残るありさま。「オール沖縄にあらずんば政治家にあらず」と言わんばかりの時代が到来し、沖縄で要職に就こうとする者が「辺野古容認」とは間違っても言えない、というムードがこの時決定的となった。この異様な空気は現在でも続いている。 転機になったのは16年12月、辺野古埋め立て承認取り消しをめぐる訴訟で、最高裁が県の上告を棄却し、県敗訴が確定したことだ。辺野古移設をめぐる初の司法判断である。翁長氏は「あらゆる知事権限を用いて新基地を造らせない」と抵抗を続ける考えを示したが、以降、移設工事は着実に進む。翁長氏の公約達成が困難であることが明らかになった。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐる訴訟の上告審判決が言い渡された最高裁第2小法廷=2016年12月20日午後、東京都千代田区(桐原正道撮影) 国と県の対立が深刻化する中、安倍政権を批判する翁長氏の言動はどんどん革新リベラル寄りになり「オール沖縄」の保守色は薄れていった。これは保守層の支持離れを加速させた。「沖縄県民は自己決定権をないがしろにされている」などという翁長氏の過激発言は、沖縄と本土を分断するものであり、到底、保守層の受け入れるところではないからだ。オール沖縄が機能不全になったワケ 石垣市の中山義隆市長は「『オール沖縄』と称する勢力は共産党が主導しており、アイデンティティーよりイデオロギーになっている」と指摘する。共産党や社民党、労働組合などが発言力を増す中で「オール沖縄」は元自民党沖縄県連幹事長の翁長氏が総帥であるということ以外「保革共同体」と呼べる要素がほぼ皆無になってしまった。県議会では翁長県政を公然と「翁長革新県政」と呼ぶ議員も現れた。 「オール沖縄」の崩壊を決定づけた直接的な動きは、自民、公明、維新による「保守中道勢力」の結集が進んだことだ。前回知事選で自民は仲井真氏を推し、公明は自主投票、維新は下地幹郎衆院議員を事実上支援と、対応はバラバラだった。その三者がまとまったインパクトは大きかった。「オール沖縄」に取り込まれていた保守中道層が「復帰」し始めたのだ。 これにより「翁長知事」の誕生以降続いた「オール沖縄」対「自民」の構図が「オール沖縄と称する革新」対「保守中道」の構図に塗り替えられた。今年の名護市長選、石垣市長選は、自・公・維の「保守中道」が「オール沖縄と称する革新」に完勝。集票マシンとしての「オール沖縄」が機能不全に陥ったことが明らかになった。 保守系企業も「オール沖縄」の革新色に反発し、距離を置き始めた。「かりゆしグループ」は、オーナーの平良朝敬氏が沖縄観光コンベンションビューロー会長に指名されていたが、今年4月に「オール沖縄」を離脱。知事選での自主投票も決めた。金秀グループの呉屋守将会長も名護市長選敗北後の3月に「オール沖縄会議」の共同代表を辞任し、知事選で翁長氏の後継候補となることも辞退した。両グループの離脱は「オール沖縄」瓦解(がかい)を強く印象づけた。 「オール沖縄」の致命傷になったのは、改めて言うまでもなく8月の翁長氏死去である。「オール沖縄」の「保守」を代表するほぼ唯一の顔を失った。玉城氏は翁長氏後継として優秀な候補者には違いないが、翁長氏ほど保守層をつなぎとめる求心力はないとされる。知事選で、保守中道を支持基盤とする佐喜真氏の基礎票は、革新を支持基盤とする玉城氏を上回る。佐喜真氏が勝利するなら、その勝因は、単純に数の力だろう。記者会見する沖縄県の翁長雄志知事=2018年7月27日午前、沖縄県庁(共同) 玉城氏が勝利するなら、それは無党派層の取り込みに成功したからであり、翁長氏のように「オール沖縄」の構築に成功したからではない。 「オール沖縄」は、もはや存在しない。今どき大まじめで「オール沖縄」などと叫ぶ政治家や評論家は、それだけで恥ずかしい、というのが私の感覚だ。 本土の保守派からは「知事選を機会に、オール沖縄の欺瞞(ぎまん)を暴いてほしい」という要望がよく届く。しかし、何も心配するには及ばない。「オール沖縄」は、沖縄ではすでに亡霊だ。知事選で誰が勝者になったとしても、もうよみがえることはないだろう。

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    矛盾した県民感情に入り込む共産勢力と「オール沖縄」の限界

    政策研究フォーラム理事長) 全国の注目を集める沖縄県知事選は投開票日を迎えた。台風24号が最接近した選挙戦最終日まで激戦が繰り広げられた。急逝した翁長雄志前知事を支えた「オール沖縄」は前衆院議員の玉城デニー氏を支援している。 オール沖縄陣営は候補選定基準を、翁長氏の遺志を引き継ぐ者と定めたが、候補選びに難航していた。ところが、突然翁長氏の「遺言」テープが見つかったと発表され、そこに名前が挙がっていたとされる玉城氏が擁立されることになり、玉城氏も出馬要請を受諾した。 さて、ここで言葉の矛盾に気がつく方もいらっしゃるだろう。オール沖縄代表が立候補し、地元紙の世論調査でも接戦を繰り広げているということは、沖縄全体の代表でなく半分の支持しか得ていないことを意味する。つまり、その実態は「ハーフ沖縄」だということだ。オール沖縄の中核も、革新政党である日本共産党や社民党、社会大衆党であることから、ほぼ「革新統一候補」にしか見えない。 そこで、まずはオール沖縄体制がどのように構築されたか振り返ることで、沖縄の「保革共闘」の歴史を考察したい。きっかけは、2009年9月に発足した鳩山由紀夫内閣で、鳩山氏が米軍普天間飛行場の移設問題について「最低でも県外」と発言したところから始まった。 それまで名護市辺野古への移設でまとまっていたのに、民主党政権にはしごを外された自民党沖縄県連は、翌年1月に県外移設に舵を切った。同月の名護市長選でも、辺野古移設に反対する革新統一候補の稲嶺進氏が当選し、県外移設を求める流れが加速する。 その後、2月の沖縄県議会で普天間基地の国外・県外移設を求める意見書が自民党会派を含む全会一致で可決される。4月にも、国外・県外移設を求める県民大会が開催され、そこに仲井真弘多(ひろかず)知事の登壇を執拗(しつよう)に迫って実現することにより、オール沖縄体制が完成したのである。 翁長氏が注目を浴びるようになったのは、那覇市長時代の12年9月、オスプレイ配備反対県民大会の共同代表になってからだ。13年1月には、沖縄全県の市町村長と市町村議会議長、県議33人のほか、沖縄選出国会議員などを含め、総勢144人が「総理直訴代表団」と称して上京した。 彼らは、オスプレイ反対集会や銀座でデモ行進した後、安倍晋三首相に対し、全市町村長が署名、捺印(なついん)した辺野古移設断念と、オスプレイ配備反対を訴える「建白書」を手渡した。ここで、オール沖縄体制は「反政府闘争体制」にグレードアップしたのである。2006年11月、沖縄県知事選に当選し、万歳をする仲井真弘多氏(中央)と、稲嶺恵一沖縄県知事(左)、翁長雄志那覇市長(右) しかし、この体制は1年も続かなかった。14年1月の名護市長選で現職の稲嶺氏に対し、辺野古移設を掲げる島袋吉和前市長と、引き続き県外移設を公約にする自民県連が推す末松文信県議が、ともに立候補する構えを見せた。保守系の分裂だけではなく、党本部と県連のねじれが表面化してしまったのだ。 それに慌てた自民党の石破茂幹事長は13年11月、沖縄県選出5人の国会議員を呼び出し、辺野古への移設容認を確認し、候補者も末松氏に一本化された。12月に自民県連が辺野古への移設容認に転換することを表明した時点で、オール沖縄は事実上崩壊したのである。不完全でも「保革共闘」 しかし、オール沖縄は安倍首相に提出した建白書を金科玉条のように大切にし、建白書を実現する知事候補として、翁長氏の擁立に動き始める。6月、那覇市議会の自民党新風会は那覇市役所で翁長氏と面談し、知事選への出馬を正式に要請した。だが、自民県連はこれを問題視し、那覇市議会の自民党所属議員12人のうち、安慶田(あげだ)光男議長など3人を最も重い除名、9人を離党勧告とする処分を決めた。 7月には「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」結成大会が開催され、およそ100人が発起人に名前を連ねたという。だが、実際はその時点で県内の市長11人中、名護と那覇を除く9人が「反翁長」であった。つまり、オール沖縄が根拠とする、全市町村が要望した建白書の効力は半減しており、オール沖縄は有名無実化していたのである。 だが、その事実を隠蔽したまま、オール沖縄を前面に出した報道が繰り返されていった。9月に入ると、「島ぐるみ会議」の度重なる要請を受けて、翁長氏は知事選出馬を表明した。翁長氏は「これ以上の(基地の)押しつけは沖縄にとって限界で、地元の理解を得られない移設案を実現することは事実上不可能だ」と政府と仲井真知事への対抗姿勢を示した。 11月の知事選で、翁長氏は仲井真氏に10万票差を付けて初当選を果たした。翁長氏の下で、沖縄は県をあげての政府との対立路線に突入していくのである。 その後、オール沖縄の象徴で、唯一の保守系会派だった新風会が17年の那覇市議選で壊滅的敗北を喫する。また、翁長氏の懐刀だった安慶田氏が口利き疑惑で副知事を辞任するなど、保守層の支持基盤は風前のともしびとなった。 現在、オール沖縄という言葉をかろうじて使う根拠になっているのが、保守政党出身の一部政治家が支援し、また地元建設・小売り大手、金秀(かねひで)グループの呉屋守将会長やグループが選挙戦で玉城氏を支援しているからだ。「保革共闘」とはいえ、その体制はかなり不完全だ。 確かに、保革共闘は沖縄県以外でもいくつかの地方選で行われている。福島県でも「反原発」に関しては、保守も革新も同じだが、知事が先頭に立って反原発運動をすることはない。しかし、保革共闘で反政府闘争が実現するのは沖縄だけである。その原因は、中国や北朝鮮による、沖縄への目に見えない反米工作があるともいわれている。 しかし、現在日本にはスパイ防止法がないため、その関与がたとえ分かったとしても、合法的な場合止める手立てはない。今できることは、その関与を呼び込む沖縄の保革共闘を生み出す土壌の原因を知り、それを克服することだ。2017年6月、米軍普天間基地と米海兵隊のV-22オスプレイ(早坂洋祐撮影) ところで、「なぜ、沖縄には広大な米軍基地があるのか?」と聞かれた場合、本土の保守層の多くは「沖縄は安全保障の要であり、米軍の抑止力が必要だから」と答えるだろう。日米安保条約により、在沖米軍が駐留していると認識しがちだ。そして、「米軍駐留に反対する沖縄の人は左派だ」とレッテルを貼ってしまいがちになる。しかし、真実はそう単純ではない。 沖縄に巨大な米軍基地があるのは、先の大戦末期に米軍が沖縄に上陸し、その直後に本土上陸作戦のための基地の建設を始めたからである。捕虜収容所に入れられた沖縄県民は、戦時中から米軍基地の建設に駆り出されていた。昨日の敵は今日の友 終戦直後、連合国軍総司令部(GHQ)は沖縄の行政を日本から切り離したものの、連合国の関心が日本の戦後処理に集中した。こうして、沖縄の統治方針は定まらず、場当たり的な軍政が行われ、経済復興も遅々として進まなかった。 それが、1949年に中華人民共和国が成立し、翌年に朝鮮戦争が起きると、米国も沖縄の基地の価値を重要視し始めた。日本本土上陸作戦のために建設した沖縄の米軍基地が、今度は、大陸の共産主義勢力を封じ込めるために、「太平洋の要石(キーストーン)」として位置づけられ、恒久基地の建設が始まったのである。 当時のアイゼンハワー大統領は年頭の一般教書演説で沖縄を無期限に管理すると言明していた。つまり、当時の沖縄での「親米」とは米軍に従うだけで、永久に日本に復帰しないことを意味し、日本人の誇りを捨て去った「植民地根性」以外の何物でもなかった。日本への復帰を願う沖縄の愛国者は自然と反米的にならざるを得なかったのだ。 このような中で、在沖米軍の撤去と、日米安保破棄のために毛沢東が仕掛けたのが、沖縄県祖国復帰闘争だ。沖縄の祖国復帰に反対する人は皆無のため、1950年代以降の復帰運動への参加には保守も革新もなく、島ぐるみで盛り上がりを見せた。そこで、米国は施政権を返還して基地機能を維持する方針に転換した。 その直後から、中国共産党のコントロール下にあった革新勢力は、基地の残った復帰に反対し、米軍基地の即時・無条件・全面返還を唱え、日本政府と対立するようになる。一方、沖縄自民党は政府と協調し、基地抑止力を残したままでの復帰する方針を採り、保革共闘は事実上崩壊した。 だが、現在のオール沖縄と同じく、革新勢力の作った「沖縄県祖国復帰協議会」を中心とする復帰運動が、地元メディアではあたかも沖縄の世論のように報じられ続けた。そのピーク時の68年、琉球政府行政主席選が行われ、投票率90%の激戦の末に革新統一候補の屋良朝苗(やら・ちょうびょう)氏が当選した。その後、激しい沖縄返還協定粉砕を唱えるデモが繰り返される中で、71年6月17日に沖縄返還協定が調印され、翌年5月15日に沖縄の祖国復帰が実現することになる。 わずか27年間とはいえ、激動の占領期間だったが、米軍の抑止力が必要だと認識する沖縄の保守層といえども、米軍の言いなりになっていては復帰が実現せず、単純な親米だけでは沖縄の未来が開けなかったことを知っていたからである。 日本復帰後から46年後の現在は、軍事覇権を強める中国の脅威にさらされ、米軍の抑止力の重要性がなくなることはない。つまり、73年前に沖縄に上陸し全てを破壊した米軍は戦後に占領軍となり、そして復帰後はなくてはならない同盟軍だ。まさしく「昨日の敵は今日の友」である。1965年8月、佐藤栄作首相の沖縄訪問の影響で、琉球政府庁舎前で警官隊と衝突した、沖縄県祖国復帰協議会に参加する琉球大生たち 今、多くの沖縄県民は、理性的な現実認識と歴史的体験による感情を整理できないままでいる。そのような中で、矛盾した県民の心理を、共産主義勢力がターゲットにしている。 それは、沖縄戦や米軍による沖縄占領の歴史、そして沖縄県祖国復帰運動の歴史を、今後の沖縄の安全保障政策や沖縄の未来構築に生かしていくだけの整理、清算が終わっていないからだ。これこそが、保革共闘の土壌であり、沖縄問題の深因なのである。

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    選挙で投票しても政治が変わらない本当の理由

    竹井隆人(政治学者) 私は幾度か公言したことがあるが、これまで国会、地方議会を問わず代議員選挙の投票に出向いたことがない。そういう私を「政治学者と名乗っていながらとんでもないやつだ」と非難する方もいよう。しかし、このたびの衆院選では、選挙前後に所属政党や主張を平然と変える候補者が続出する様を見て、投票行為をばからしく思い、私の態度に内心では首肯される方も多いのではないだろうか。 私は争点がゴチャ混ぜとなっているにもかかわらず、表面上は祭典のように盛り上がる選挙戦に、いかほどの意味も見い出せないでいるが、今回の衆院選はいつにも増して無意味さやバカ騒ぎ度が際立ったように思う。 しかし、それでもなお、今回のドタバタ劇の選挙戦で投票などどうでもよいと思ったことに、後ろめたさを覚えるまじめな方もいよう。そこで、そういう方を安心させる?ためにも投票などは「政治」に関係なく、それどころか、それがむしろ真の「政治」というものをゆがめていることを論じてみよう。 選挙戦になると投票を促す「あなたの1票で政治が変わる」という呼び掛けがエスカレートするが、「変わる」のは候補者自身の当落ぐらいのもので、まず「政治が変わる」ことなどないだろう。 そもそも、その票の積み上げによる「政治」は民意を本当に反映しているのだろうか。例えば、今回の選挙では、政権与党が総議席の7割近くを獲得し、議席数としては「圧勝」した。また、第1党となった自民党の得票率は約48%で、連立与党を組む公明党と合わせると総得票数が過半に達するので、与党は十分に民意を得たように思えるかもしれない。 だが、今回の投票率は前回に引き続き低調で約53%であったことを加味すると「与党圧勝=過半数支持」という表面的な結果はだいぶ様変わりするはずだ。各政党の得票数を、全得票数でなく、投票していない有権者も含めた全有権者数で割った数値を「絶対得票率」というが、その「絶対得票率」をみると、自民党は小選挙区で有権者全体の2割台(0・53×0・48≒25%)の支持しか得られていない計算になる。比例代表だと自民党の得票率は約33%、「絶対得票率」は2割弱(0・53×0・33≒16%)にまで落ち込むのだ。2005年9月、当選者の名前の上にバラをつける小泉純一郎首相(当時)。郵政選挙で自民党は大勝した 以上の実態を私は「2割デモクラシー」と名付けているが、この現象は何も今回の選挙のみに当てはまるのではない。自民党が記録的大勝を挙げた2005年の「郵政解散選挙」だろうが、民主党が政権を奪取し「革命」などと持ち上げられた2009年の「政権交代選挙」だろうが、第1党の「絶対得票率」は2割台にとどまっている。投票はあくまで義務でなく権利 そして、今回の投票率に白票などの無効票が約3%を占めていることからすれば、実は全有権者の過半数((1-(0・53))+0・03≒0・5)が投票していないか、無効票を投じていることがみてとれる。民意は与党を選んだのではなく、投票などどうでもよいという態度だったのだ。ただし、私はこれを論拠に与党批判、あるいは野党礼賛をしたいわけでは全くないことを念のため断っておく。 では、投票などどうでもよいというのが「真の民意」だったとすると、「投票に行きましょう」という、いささか強迫じみた呼び掛けは問題ではないだろうか。この呼びかけに応じて投票してしまう(気弱な)人々には誤解があるようだが、そもそも投票はいわゆる「国民の義務」にはカウントされていない。投票が義務でなく何かといえば、それは「政治」の主役となるデモクラシーを具現化するために人々が政治参加する権利、「参政権」の一つである。 つまり、投票は人々にとって義務でなく権利なのだ。権利のうちの一つでしかない投票が義務と誤認されてしまうと、「政治」に対する参政権という権利には多くの意味合いや手段が含まれているにも関わらず、投票だけが「政治」に対する権利行使の唯一の機会と認識されかねない。 2017年10月22日、雨の中、衆院選投票所を訪れた有権者 また、権利とは自らの意思で行使するかどうかを決めるものだが、それを義務と認識してしまうと、自らの意思に何らかの強制力が働いてしまう。つまり自主性をもった「政治」たるデモクラシーから乖離(かいり)していく。 それに加えて、ある為政者を持ち上げたと思えば、今度はその為政者の難点を探り当てて失墜させるという「マッチポンプ」にマスコミが興じ、それに世間や専門家も流されている。それもこれも含め、投票を通じた他者(為政者)の信任という他律性が、現代の「政治」の前提となってしまっている。「政治」が基軸とするデモクラシーとは本来人々がその主役であるはずだが、投票は人々が自ら確かに社会を担い、統治の主体たることの自覚を阻んでしまう。 「政治」とは複数の人間から構成される社会における、集団的意思決定そのものであると私は定義している。これは国家だろうが、地方公共団体だろうが、地域社会だろうが、家庭だろうが同じことだ。特に国家や地方公共団体の「政治」では、人々自らが為政者となるデモクラシーが制度化されている。デモクラシーというからには自らが「政治」の責任を取らねばならない。「政治」の欺瞞性に背を向けろ 私はこれまで、人々の主体性に基づくデモクラシーを目指すために、「まち」に政府を設立する「究極の地方分権」を促し、人々自らが「政治」に直接関与する方策を主張してきた(拙著『デモクラシーをまちづくりから始めよう』(平凡社)などを参照)。「2割デモクラシー」が黙殺され、人々の投票が促され、投票のセレモニー性が強調されることで、人々は他律性を前提とする「政治」の欺瞞(ぎまん)性を受け入れてしまっているが、それに背を向けなければ、自律性を伴った「真のデモクラシー」が実現することはないと考えるのだ。 しかし、そんなのは理想論であって、絵空事だという向きもあろう。そして、「まち」の直接民主政など、人々に「政治」を強制するのは自由の侵害だなどと反論してくる方がいるものだ。しかし、そうした言い訳をもって参政権という権利を半ば放棄するならば、そして数年に1度あるかないかの選挙で投票し、誰かを最高為政者として待望するだけで満足してしまうだけならば、それはデモクラシーと対極にあるとされる君主政や貴族政と何が違うのだろうか。むしろ、他者に「政治」を任せるという他律性の点では同質であり、それはデモクラシーという名の貴族政にすぎないのではあるまいか。 そして私の主張が現実になりつつある情勢もある。地方自治体によっては代議員のなり手不足から「町村総会」が議論されたこともあった(高知県大川村)。代議員による議会を置かずに全町村民による総会を開いて「政治」をしていこうという動きだ。このような直接民主政は、代議員が介在することで可能なはずの冷静で客観的な政治的判断が阻害されると問題視されてきたが、現実の間接民主政での政治的判断では、しばしば偏向したマスメディアや、官僚主導によるごまかしに振り回されていることは一向に考慮されていない。高知県大川村議会=2017年6月(共同) 私のいう「まち」のデモクラシーも、「町村総会」で議論されたように、総会は皆が出席しやすい夜間や週末の開催を原則とすればよい。まさに、分譲マンションの管理組合のように、である。そして、この「まち」を基礎自治体とする直接民主政を敷き、「まち」でできない課題については、より大きい社会、つまり地方公共団体や国家という既存の間接民主政に任せればよい、というのが私の持論である。さすれば人々の手に「政治」は宿り、現状の他律性によるデモクラシーとは決別できるはずなのだ。

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    美濃加茂市長事件に思う「みそぎ選挙ってなんだ?」

    める必然性が昔からあったわけだが、政治の世界ではなおさら罪や穢れがついて回る。そして、困ったことに、選挙でそれを洗い清めるとする「みそぎ選挙」などという言葉もいつしか使われるようになった。 「みそぎ選挙」といわれて選挙に臨む立候補者は、自身がスキャンダルの渦中にあって選挙活動を行い、勝利することで民意からの信任が得られた、汚名がそそがれたと主張する。秘書を「このハゲー!」と怒鳴り散らして暴行を加えたり、不倫疑惑が報道されたりした候補が、そういったスキャンダルによってこうむったダメージを当選によってはね返す、という理屈は分からないではないが、法に触れて裁判で争っている最中に、選挙で自分が有罪になるのはおかしいとばかりに「みそぎ」だというのは、誰しも違和感を抱くだろう。 一般の国民は法を犯して起訴され、裁判となれば、裁判の中で自らの主張を行うのが普通だ。もちろん、支援者も含めて自らの正当性を訴えることができる場合もあるが、裁判で有罪が確定すれば、それに対して異議を申し立てる方法は極めて限られる。 被選挙権があれば公職に立候補するのは自由で、「自分がやっている裁判で自分は無実だ」と訴えて立候補することはできるものの、そんな候補を有権者は相手にしないだろう。現実には、現役の政治家だけが、自らの潔白をアピールする方法として、選挙という手段を利用できるという不公平感が、違和感につながっているのではないだろうか。 「みそぎ選挙」と言われた選挙は枚挙にいとまがないが、首相にまで登りつめた田中角栄氏の「みそぎ選挙」が多くの人たちの記憶に残っているだろう。米ロッキード社による日本への航空機売り込みのために30億円をこえる資金が投じられ、この詳細が1976年2月に米国で発覚した。1983年10月、ロッキード事件で懲役4年、追徴5億円の実刑判決を受けて東京地裁を出る田中角栄元首相 田中元首相は、商社の丸紅を通して5億円を収受、これが受託収賄にあたるとして、同年7月に逮捕された。その後の裁判は、実に長きにわたった。逮捕から7年近くを経て、83年10月に一審の東京地裁が受託収賄で田中元首相に懲役4年、追徴5億円の実刑判決を言い渡した。そして87年7月、二審の東京高裁判決で田中元首相の控訴は棄却された。最高裁に上告された公訴は93年12月、田中元首相の死亡により棄却されたが、実に17年以上の年月がかかったことになる。ゆるぎなかった田中元首相への支持 その間、田中元首相は無罪を主張し続け、76年12月5日に行われた第34回衆院選では中選挙区制下の新潟3区で16万8522票を獲得。ロッキード事件で逮捕されても、地元の田中元首相への支持はゆるぎないことを見せつけた。 一審で実刑判決が出た後の83年12月18日に行われた第37回衆院選では、22万761票という驚異的な得票でトップ当選。4万8324票で2位の村山達雄候補の4倍以上の得票で、定数5の新潟3区での得票率は、実に46・6%に達した。 ロッキード事件による逮捕、一審判決という節目での選挙で、選挙区の有権者から圧倒的な支持を受けたということが、職業裁判官の審理に影響を与えていいはずもなく、それがみそぎになる、ということでもあるまいが、実際「みそぎ選挙」として注目を集め、有権者の強固な支持が政治的アピールとなって、田中派の結束の維持などにつながった側面は否定できまい。 2010年に美濃加茂市議会議員となり、13年6月に当時28歳で全国最年少市長となった藤井浩人氏。だが、1年後の14年6月、「受託収賄」「事前収賄」などの疑いで逮捕された。贈収賄事件に揺れた岐阜県美濃加茂市役所 「受託収賄」の疑いは、基本的には田中角栄元首相と同じで、その立場を利用した収賄容疑だ。藤井氏は、市議会議員だった13年3月、経営コンサルタント会社の経営者から、市内の中学校に浄水プラントを設置したいとの依頼を受けて、市議会で提案した見返りに現金10万円を受け取った「受託収賄」の疑いがかけられた。 同時に「事前収賄」というのは聞きなれない言葉だが、公職に就くのを前提として、その立場に就いた場合に便宜を図ることを依頼されての収賄が事前収賄だ。藤井氏の場合、市長選への出馬の意思を固めた13年4月、市長に就任したら有利な取り計らいをするように同じ経営者から依頼され、現金20万円を受け取った疑いもかけられた。 藤井氏は一貫して容疑を否認し続けたが、判決のほうは変遷を続けた。15年3月、一審で名古屋地裁は無罪の判決を下したが、16年11月の二審名古屋高裁判決は逆転有罪となった。裁判では現金を渡したとする経営者の供述が信用できるかが争点となったが、名古屋地裁では経営者の供述が変遷しており、曖昧で不自然だとして、現金授受は認められないと判断したものの、名古屋高裁では、経営者の供述が信用できると判断し、有罪判決を言い渡した。 そして、17年12月、最高裁第三小法廷は被告の上告を棄却する決定をし、懲役1年6カ月、執行猶予3年、追徴金30万円とした二審の逆転有罪判決が確定した。藤井氏は12月14日付で市長を辞職した。公職選挙法第11条では、公職にある間に犯した収賄罪等により刑に処せられた者は、その執行猶予期間においては選挙権・被選挙権を有しないとされるので、藤井氏は3年間、公職に立候補できないこととなった。あの選挙はなんだったのか? この最高裁の決定について、藤井氏本人は「無実の人間を平気で罪に陥れる、冤罪(えんざい)が存在することを知ることができた」と記者会見で司法を批判し、異議申し立てなど必要な手段を講じたが、申し立ては退けられた。もちろん、さまざまな言い分はあろうが、職業裁判官が下した決定に対して、当事者以外が論評することは控えねばならないだろうし、判決が確定した以上、藤井氏が受託収賄・事前収賄で計30万円を受け取った、という裁判所の決定が正しかったことを前提とせざるを得まい。 ここでは裁判所の決定に対する論評ではなく、「政治と司法」という視点から問題点を指摘しておきたい。 実は藤井氏は、16年11月の二審名古屋高裁で逆転有罪となった後の16年12月19日、出直し選のため美濃加茂市長を辞職している。そして、17年1月29日の出直し市長選で再選されている。さらに同年5月には任期満了に伴う市長選が行われ、藤井氏が無投票で選ばれている。2017年1月、岐阜県美濃加茂市の出直し市長選が告示され、支援者らに手を振る藤井浩人前市長 裁判が進行中であるにもかかわらず、自らの無実を訴えて出直し市長選を行うことには当時も異論があった。選挙はさまざまな争点を掲げて行われるものだが、首長が自らの無実を訴えて選挙をするにも、市長選レベルであれば、人口によって異なるものの、選挙運動費の公費負担や掲示板などの設営費用、人件費などの執行のための費用も合わせれば、投じられる公費は数千万円単位ともなる。 5月に任期満了となる自らの市長としての残任任期のために辞職して市長選を行う必要があったのか。有罪判決が確定した中で、美濃加茂市民の間に「あの選挙はなんだったのか?」という思いが去来しているのではないだろうか。 裁判は裁判として自らの無実を訴え続けながら、市長の任期は全うする、という方法はとれなかったのか。裁判における被告の主張と選挙の争点がオーバーラップするという意味では、ロッキード事件の裁判と田中元首相がその間戦ってきた衆院選もそうだった。 一般人の有罪判決が確定したら、刑期を終えたり、執行猶予期間を満了することが「みそぎ」となる。政治の世界だけが選挙という手段で民意を問い、正当性をアピールすることができるというのは、制度上それが違法ではないということを割り引いても、望ましいこととは思われないのではあるまいか。 有権者は、司法がありながら選挙で政治家を洗い清めることができる存在なのか。政治の世界で「みそぎ」とは何なのか。これからも解くことができない課題であり続けるのかもしれない。

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    甘利氏 禊済んだかの質問に「はい!」で視聴者「はい!?」

    みたいなもの」(菅義偉・官房長官)、「このハゲーーー!」(豊田真由子・前衆院議員)もあった。 彼らは選挙が近づくと国民の怒りを恐れて「真摯」「反省」を繰り返したが、総選挙に勝利すると再び本性を現わした。甘利明・元経済再生相からも同じく“喉元過ぎれば”発言が飛び出した。「いまだ誤解があるようですので、正確に申し上げますが、私自身が何か問題を起こして大臣を辞任したわけではありません」 内閣府の大臣室で業者から現金50万円を受け取った問題(*注)で辞任に追い込まれた甘利氏は、総選挙が近づくとホームページにそう書いた。【*注/2016年1月、千葉県の建設会社役員が都市再生機構との補償交渉を有利に進めるために甘利事務所に口利きを依頼、総額1200万円を提供したと週刊文春が報道。甘利氏本人は大臣室と地元事務所で50万円を2回受け取ったとされたが、政治資金収支報告書には記載していなかった。甘利氏は「秘書がやったが監督責任を取る」と大臣を辞任した】「誤解」も何も、甘利氏は問題発覚後、「国民に説明する」といいながら2年経った今もその責任を果たしていない。衆院本会議出席後、記者の質問に答える甘利明氏=2016年8月1日午前、国会(桐原正道撮影)「元検事の弁護士に調査を依頼して『法律違反は認められない』との報告書を得た」と一方的に公表しただけで、調査にあたったとされる弁護士の名前さえ明らかにしていないのだ。そんな報告書で潔白といわれても、菅官房長官の言葉を借りれば“怪文書みたいなもの”でしかない。 甘利氏は総選挙に当選すると自民党行革本部長の要職に起用された。11月2日、BSジャパンの報道番組にテレビ出演した甘利氏は、「禊ぎは済んだか?」という司会者の質問に「はい!」と弾んだ声で答えた。 視聴者は「はい!?」と聞き直すしかないが、そんな声は甘利氏の耳には入らなかった。関連記事■ 「東北で良かった」「ハゲー!」政治家発言が国民怒らせた1年■ 落選続きの豊田真由子氏がトップ当選した「ある大賞」■ 二階俊博・自民党幹事長が中国人ビジネスマンに脅されていた■ 衆院解散風の威力強大 病床の甘利明氏を立ち上がらせる■ 暴言、路チュー議員以上に批判されるべき不祥事スター2人

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    小池百合子「排除発言」は私が進言した

    上杉隆(メディアアナリスト) 今回の総選挙において、当初勢いのあった希望の党の潮目になったのが「排除の論理」という言葉だ。「排除の論理」は強烈な「呪文」である。うまく使えば武器になるが、使い方を間違えると凶器に変わる。民主党結成の呼びかけをする左から岡崎トミ子氏、鳩山由紀夫氏、菅直人氏、鳩山邦夫氏=1996年9月、第一議員会館  1996年、その「排除の論理」によって誕生したのが民主党(のち民進党)だ。新党立ち上げ直前、村山富市元首相、武村正義さきがけ代表の二人を斬るために行使したのがこの年流行語大賞にもなった「排除の論理」だ。 発案者は鳩山邦夫副代表(新進党)。決定者は菅直人、鳩山由紀夫の共同代表(ともにさきがけ)、仙谷由人代表幹事と横路孝弘副代表(ともに社民党)で、実行者には枝野幸男氏、前原誠司氏、玄葉光一郎氏(以上さきがけ)、赤松広隆氏(社民党)、海江田万里氏(市民リーグ)がいた。 「排除の論理」でスタートした民主党(民進党)が、その「呪文」によって、20年以上の歴史に自ら終止符を打つことになるとは、なんという歴史の皮肉であろう。 21年前、自民党と新進党とは違う、リベラル独自路線を歩むべくスタートを切った民主党は、最初の総選挙で52議席(参院と合わせて57議席)を獲得し、政界の台風の目になった。 それから21年、民主党の「創業者」のひとりで故人となった鳩山邦夫氏の創った「呪文」が再び政界に嵐をもたらした。 「希望の党」の結党直前、ほとんど政権交代を手中に収めるかにみえた小池百合子代表には大きな不安があった。それは「リベラル」の偽看板を掲げた民進党の護憲左派が、大挙して新党に押し寄せるという悪夢だった。 「憲法改正や安全保障政策だけは絶対に譲れない」 自民党で防衛大臣まで務めた小池代表がそう公言するのは当然のことであった。新党にまさか民進党左派や護憲派がやってくるとは思わなかったが、政治の世界はなにがあるかわからないし、特に選挙直前はなおさらだ。 実際、21年前の「排除の論理」の際の政治家たちの阿鼻(あび)叫喚を、鳩山邦夫秘書として目撃していた筆者は、小池氏の不安を十分理解できた。 「最終的には『排除の論理』を行使すればいいじゃないですか」 それほど深い意味はなかった。政策や方針を旗印に政党がまとまるのは当然のことだ。日本だけではない、世界中の政党が不断に「排除の論理」を行使して政治を行っている。 21年前、鳩山氏が「呪文」を唱えたからこそ、その後の民主党は世紀をまたいで成長し、ついには政権を獲得できたのではないか――。筆者は、その率直な気持ちを小池氏の前で吐露し、旧知の細野豪志氏の前でも語った。 実は、昨年の都知事選で小池氏と戦った後も、小池氏とは都政についての意見交換を続けたり、筆者の運営している報道番組『ニューズオプエド』等に出演してもらう中で交流を続けていた。そうした人間関係の中で、まさか自分の会話から、21年ぶりに「呪文」をよみがえらせることになろうとはいったい誰が想像しえたか。枝野氏がヒーローはおかしい ちなみに筆者の政治信条は排除の論理とは別だ。安倍政権を終わらせ、政権交代可能な健全な保守二大政党制のためには「右手に学会、左手に連合、非自民、非共産の新進党型の政党を作るしかない」と言い続けてきた。実際に小池氏や前原氏や小沢氏にもそう伝えている。 「排除の論理」自体の論理に瑕疵(かし)は無いと思う。表現方法だけの問題だろう。希望の党の鳩山太郎候補の応援演説を行う小池百合子代表、上杉隆氏(右) =2017年10月10日、東京都中央区 「排除の論理」は確かにキツい言葉だ。だが、しがらみを断ち切る健全な政党を創るためには不可欠な論理だと小池氏も細野氏も確信したからこそ、発言に至ったのだろう。 彼らの姿勢に同意したのは何も希望の党の「創業者」たちだけではない。立憲民主党の枝野氏も、菅氏も、海江田氏も、21年前から「排除の論理」を行使してきたではないか。 そもそも「政策的にきちんと分けないと国民は混乱する、だから右から左までごった煮の民進党(民主党)は支持が伸びないのだ」と延々と多様な政党のあり方への批判を繰り返して来たのは誰か? 今回、「排除の論理」で反射的に希望の党を批判しているメディアは過去の自らの言葉を直視できるか? いまだに多くのメディアが「排除の論理」を行使したとして希望の党の小池氏と前原氏を批判している。その一方で、選挙目当ての「野合」で議席を伸ばした立憲民主党を礼賛している。 日本人は忘れっぽすぎまいか。メディアは国民をバカにしすぎていないか? 思い出してみよう。この10年余、共産党も社民党もすべてひっくるめて、選挙に勝ち、自民党政権を終わらせるためならば、いかなる枠組みでも構わないとした小沢一郎氏の存在と言葉を批判していたのはいったいどこの誰か? 2014年、共産党や社民党との連携を目指す小沢氏を民主党から排除して、「いまの民主党こそ保守本流」(枝野憲法総合調査会会長/当時)だと宣言、純化路線を採ったのはいったい誰だったか? 9月27日朝、前原代表が先の代表選で戦ったばかりの代表代行に「解党」の説明をした際、すぐに賛成したのはいったい誰か? 前原代表は、枝野代表代行との話を受けて、常任幹事会を開催、両院議員総会で全会一致を経て、解党に向けて作業を始めている。代表選挙で勝ったばかりにも関わらず、代表として丁寧なデュー・プロセスをたどった前原誠司氏が一方的に責められ、勝手に政党を立ち上げ、選挙で対立候補を立てるという反党行為を続けた枝野幸男氏がヒーローになる。どこかおかしくはないだろうか。なぜ枝野氏は排除されたと振る舞ったか 実際に、民進党から希望の党側に出された最初の仮リストには民進党候補者全員の氏名が記載されていた。新人候補も含めて全員だ。 前原氏は約束を守ったのだ。だが、結果は数名の排除が行われた。それも数名だ。この数名の排除の責任を前原氏ひとりに帰するのは無理がありすぎる。 なぜなら、前原氏から最初に相談を受けて賛同した当時の党幹部の枝野代表代行も連帯責任を負うからだ。 結局、希望の党が正式に排除した議員は滋賀1区の嘉田由紀子氏だ(鹿児島一区の川内博史氏などのように別の選挙区を提示されて断った者を排除に入れなければ)。しかも、彼女は民進党議員ではない。 実は、「いの一番」に解党に賛成した枝野氏に至っては希望の党への公認申請すらしていない。申請の無い者を排除することができないのは自明の理であろう。しかも、そもそも枝野氏は排除対象ではなかった。申請すれば公認され、実際希望の党ではその準備もしていた。自らの当選を確実にし、支持者らに迎えられて事務所に入る 立憲民主党の枝野幸男代表=2017年10月22日、さいたま市 ではなぜ枝野氏は自らが排除されたと振る舞ったのか。実は、驚くべきことに、一部メディアの報じた「偽排除リスト」を根拠に、排除されると信じ込んだにすぎないのだ。 選挙に強くない枝野氏が無所属立候補を恐れたことは想像に難くない。ゆえに、前原誠司氏、玄葉光一郎氏、安住淳氏、岡田克也氏、野田佳彦氏、小沢一郎氏(全員無所属で立候補)などのように選挙に強い政治家と違って、自らの立場を守るため右往左往していたことは筆者のもとにも情報として伝わっていた。 「排除の論理」について、感情的な議論が幅を利かせている。いつものことだが、日本の言論空間に真実が広がるのはずっと後のことだろうし、場合によっては虚偽の政治史が作られ、続いていくのかもしれない。 しかし、歴史の検証に耐えられるのは事実に対して誠実であった者のみだ。その点で、批判の矛先に立たされている前原氏こそが有資格者だ。 「排除の論理」を政治の師匠、鳩山邦夫氏から伝承した筆者の責任はこれを断言することだと信じる。

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    小池百合子「排除発言」の責任は私にある

    第4次安倍内閣が発足した。先の総選挙で圧勝し安定政権を維持した安倍総理だが、この結末は図らずも新党を立ち上げた小池百合子東京都知事の「排除発言」によるところが大きい。小池氏はなぜ風を読み誤ったのか。

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    マスコミの掌返し「小池バッシング」が浅ましい

    子は愚かである。しかし、考え無しに小池百合子を批判した者は、はるかに愚かである。 そもそも、今回の総選挙で小池百合子希望の党代表の勝利条件は何だったであろうか。 一、 過半数である233人をはるかに上回る数の候補者の即時擁立。 二、 衆議院選挙勝利、政権奪取。 三、 2018年3月の日銀人事勝利(参議院自民党の切り崩し)。 四、 創価学会・共産党に対抗しうる組織政党の構築。 一と二に関しては、総選挙の結果が明らかとなり、現在の小池と希望の党の惨状を見れば明らかだろう。一気に政権にありつけねば、空中分解する。今や昔となってしまった小池人気など、その程度の基盤しかなかったのだ。 三に関しては、多くの人が勘違いしている。希望の党が衆議院選挙で勝利したところで、参議院では自民党が単独過半数を握っているのである。仮に政権を明け渡しても、参議院で拒否権を行使して早期退陣に追い込むことも可能なのだ。少なくとも、衆参がねじれた場合、首相は野党第一党との妥協を強いられる。しかも、日銀人事には衆議院の優越が効かない。街頭演説する希望の党の小池百合子代表と民進党の前原誠司代表=2017年10月、東京都墨田区(松本健吾撮影) かつての民主党は参議院でのねじれを利用し、ことごとく拒否権を行使して死に体に追い込み、遂には政権を奪取した。特に、日銀人事では当時の自民党案をことごとく拒否した。逆に、安倍首相は日銀人事に勝利して意中の黒田東彦総裁と岩田規久男副総裁を送り込み、アベノミクスによる景気浮揚と支持率向上で長期政権の基盤としている。来年3月に任期が切れる日銀人事こそ、日本経済すなわち政権の死命を制する天王山なのだ。果たして、小池にいかなる成算があったか。“野党第一党の自民党”が聞き分けがいいか、あるいは参議院自民党を切り崩すかをしなければ、“小池首相”は短命政権に終わる可能性もあったのだ。かつての福田康夫や麻生太郎の内閣の如く。 四に関しては、組織の重要性を認識させられた選挙だったから、わかりやすかろう。自民党が創価学会抜きでは選挙で戦えない政党なのは自明である。立憲民主党が共産党との提携により息を吹き返したのは記憶に新しい。 今回、希望の党は連合の支持を固めることができなかった。仮に一気に政権を奪取したところで、組織政党の構築無くしては、かつての細川内閣の二の舞になる。これだけの条件がそろって、はじめて小池は勝利なのである。果たして、勝率はどれほどだっただろうか。 私が小池の参謀ならば指南しただろう。 明治維新よりは、楽勝だ。 その覚悟が無いならば、おとなしくしていればよかったのだ。「今回の総選挙で既成政党と野合しない。都政に専念する」と宣言しておけば存在感が増し、次の総選挙で決戦を挑むことができたかもしれない。民進党が死のうがどうなろうが、知ったことではない。その判断ができず、中途半端な対応に終わった。これを「小池百合子は愚かである」と評する理由である。 しかし、逆の立場で考えよう。小池の現実的な勝利条件は「明治維新よりは可能性がある」程度であった。それにもかかわらず、小池を批判した者は、どういう了見だったのか。極左勢力が息を吹き返すのを望んでいたのか。小池叩きに狂奔した論者の罪 ところで、我が国は長らく保革二大政党状態に苦しんできた。戦後史では常に野党第一党が革新(リベラル)勢力であった。民進党という、憲政史上に残る恥ずべき政党が、議会政治の常道をいかに蹂躙したか記憶に新しい。 民進党の前は、民主党だった。3年半の政権担当時は言うに及ばない。その前の野党第一党は、日本社会党だった。政権を取る意思が無い無責任な政党だが、拒否権だけは行使する。特に、日本国憲法の条文は誤植一文字たりとて改正させないことには血道を上げる。社会党は、衆参どちらでも良いから34%の議席を獲られれば政権のような責任を伴うものはいらないとの姿勢だった。こうした姿勢は、いかなる手段を講じてでも衆議院に51%の議席が欲しい政権亡者の自民党の思惑と一致する。かくして、自社「1・5大政党制」が成立した。これを55年体制と称する。 社会党が野党第一党の座を占めることで、他のまともな野党が伸長する余地が無くなる。「まさか社会党に政権を渡す訳にはいかない」という国民の常識は、自民党の無能と腐敗を助長する。昭和20年代の憲政史は、悲惨だった。保守二大勢力の抗争で、社会党を味方につけた方が勝つという状況だった。例外は第三次吉田内閣の2年半だけだった。保守合同による自民党結成は、このような状況を回避するためだった。 自民党は、自由党と日本民主党の合同で成立した。自由党の前身は政友会であり源流は地方の地主を代表する板垣退助の自由党に、民主党の前身は民政党であり源流は都市のインテリを代弁する大隈重信の改進党にさかのぼる。保守合同自体は対等合併だったが、自民党は本質的に地方の利益代表である。本質的に自由党~政友会の遺伝子の党なのである。自民党の存在意義は富の公正配分であり、極端な貧乏人を出さないこと、「日本人を食わせること」にある。これは裏を返せば、「都市が生み出した利益を地方にばら撒く」ことである。 ここに都市の主張が置き忘れられる。新自由クラブや日本新党から、最近に至るまでの新党がすべて都市から発生しているのはこれが理由だ。かくして、改進党~民政党の遺伝子は薄れ、野党第一党の地位は革新(勢力)に居座られた。 小池や希望の党の問題点など、山のようにあげられる。これは絶対評価だ。しかし、枝野幸男氏や立憲民主党の方が優れているというのか。これは相対評価だ。小池や希望の党を叩いたもので、その10倍、枝野氏や立憲民主党を叩かなかったものは愚か者か確信犯と決めつけよ。立憲民主党の両院議員総会に臨む枝野代表(右)と辻元政調会長=2017年10月、国会 7月のブームが嘘のように、マスコミの小池叩きにより希望の党は失速し、革新が野党第一党の地位を占める55年体制の継続が決まった。マスコミの掌返しは今に始まったことではないが、今回は保守二大政党制潰しが目的だ。小池が安倍をおろし革新政権を作るなら応援するが、その気がないなら潰す。小池叩きに狂奔した論者はそれに加担したのだ。威嚇していようといまいと。 かくして、民進党を牛耳っていた極左勢力をあぶり出し、一網打尽にして政界から放逐する好機は失われた。 二・二六事件を起こした青年将校たちは、純真に国を想い、多くの重臣を殺害した。何の考えも無しに。その後の結果は言うに及ばず。我が国の宿敵であるソ連だけが笑い転げる事態となった。現在では、二・二六事件の背後関係でソ連の介在も指摘されている。小池や希望の党を絶対評価のみで批判し、さらなる悪を伸長させたとしたら…。笑いをかみ殺していた志位委員長 筋を通す。マスコミは、選挙中に枝野幸男氏と立憲民主党を持ち上げた。しかし、希望の党に入れてもらえなかった者が新党を結成したにすぎない。何が筋を通したのか。偏向報道である。選挙前から最終日まで、三つの段階に分けられる。 第一段階:安倍叩きで小池に期待。 第二段階:小池叩き。枝野応援。特に安倍叩きをせず。 第三段階:小池失速、枝野躍進。特に安倍叩きをせず。 確かに、一部マスコミの安倍叩きは偏執的だ。一方的すぎる。安倍叩きへの偏向報道は批判されて然るべきだ。 ならば、マスコミが安倍叩きから鉾先を小池叩きに向けた時にも、マスコミの偏向報道を批判すべきではなかったか。信者や院外団でない限り。安倍首相と利害関係があることを公言しているならともかく、少なくとも公平中立を建前とする言論人ならば、己の言動に一貫性を持たすべきだっただろう。 開票3日前になり、立憲が希望を追い抜く形勢となった。ここでようやく立憲叩きを始めたが、後の祭りだ。第一段階と第三段階でマスコミの偏向報道を批判していた論者は多い。しかし、一貫してマスコミの偏向報道を批判した論者が何人いるのか。すべてあげてもらいたい。 そして、テレビで志位和夫共産党委員長は必死に沈痛の表情をしていたが、笑いをかみ殺していたのではないか。どういうことか。会見する共産党・志位和夫委員長=2017年10月、東京都渋谷区(川口良介撮影) 小選挙区制においては、野党が共闘して一本化しなければ勝ち目は薄い。自民党は、政権批判票が希望の党と立憲民主党に分散されて助けられた。そして立憲民主党に肩入れし、希望の党を逆転した。249の選挙区で共闘が成立したが、それには共産党が67人の候補者を取り下げたことが大きい。世の常として、お金をあげても感謝されるとは限らない。しかし、供託金没収の危機を免れて感謝される、お金を出さないで感謝されるのだ。それだけでも慢性的財政難に苦しむ共産党は笑いが止まるまい。普通の政党で候補者取り下げなど血の雨が降るが、共産党は組織があるので候補者の面倒を見られるので不満が出ない。他にこれができるのは公明党だけだ。 また、意外に注目されていないが、共産党が候補者を取り下げなかった場合、自民党の候補者の当選率が向上したのだ。一例をあげるが、東京8区である。  石原 伸晃(99,863)自民党 吉田 晴美(76,283)立憲民主党 木内 孝胤(41,175)希望の党 長内 史子(22,399)共産党 この選挙区は、自民党が鉄壁の強さを誇ってきた。それがこの接戦である。しかし、野党分裂に助けられたどころではない。共産党が「この候補者ならば当選させても良い」と考えたから、候補者を取り下げなかったと考えるべきだろう。民共共闘が実現していたら、石原氏はどうなっていたか。 自民党は「公明党抜きでも、希望の党と組めば改憲発議可能な3分の2を獲得した」と改憲勢力の勝利を誇っている。ところが、石原伸晃氏が憲法改正に熱心だなどと聞いた事が無い。それどころか、9条改正には慎重の立場だ。本気で改憲するには、公明党と自民党内護憲派を説得せねばなるまい。共産党からしたら、石原氏は与しやすしなのだ。今や共産党は立憲民主党を隠れ蓑に、昔の社会党の地位を得た。 マスコミはまたもやモリカケ騒動を蒸し返そうとしているし、安保法案騒動では一年を空費した。立憲民主党や共産党があの騒動を繰り返せば、良識ある国民は安倍自民党の支持に傾くだろう。それこそが共産党の望むところなのだ。なぜならば、「飯のタネ」だからだ。いっそ、憲法改正を政治日程に乗せてほしいと思っているだろう。最低一年は大騒ぎできる。いっそ、「毒にも薬にもならない憲法改正」「やらなければよかった憲法改正」なら大歓迎だろう。そうした改憲に「安倍右傾化」のレッテル張りをすれば、二度とまともな憲法論議などできなくなる。安倍内閣の生命線は日銀人事 そうでなくとも、野党第一党は立憲民主党だ。議事運営は、与党と野党第一党で決める。まともな国会審議を期待する方がどうかしているだろう。しかし、これすべて考え無しに小池叩きをした結果だ。そして安倍一強は、共産党との55年体制に変質し、維持されることとなった。 そもそも安倍首相は何の為に解散したのか。大義名分は北朝鮮危機だった。では、有事が起きなかった場合、「フェイクニュース」と批判する論者はいるだろうか。院外団や信者は安心されたし。左翼勢力(最近はパヨクと呼ばれる)も健忘症だ。一カ月前のことなど覚えていまい。 ただし、選挙民は「わざわざ解散しなければならないほどの事は何だったのか」と監視すべきだ。北朝鮮が何度も「日本列島を核で沈める」と宣言しているのだから、日本が核武装をしてもどこも文句は言えまい。また、トランプ大統領は「対等の同盟国(パートナー)として行動してほしい。まずは防衛費をGDP2%に引き上げを」と求めている。いきなり自主防衛ができるとは思えないが、まさかルーティンワークを続けるために「北朝鮮危機」を利用した訳ではあるまい。 さっそく麻生太郎副総理が「衆議院選挙勝利は北朝鮮のおかげ」と失言している(10月26日)。政権の弛緩が心配だ。 また、安倍首相は選挙中こそ争点隠しをしたが、「消費増税10%の使途変更」を公約に掲げた。消費税増税が前提なのだ。会見翌日に「リーマンショック級なら延期」と訂正したが、財務省が忘れるわけはない。また、その際には再び解散総選挙を行うのか。閣議に臨む安倍晋三首相(左)と麻生太郎副総理兼財務相=2017年10月、首相官邸(斎藤良雄撮影) 一部の「事情通氏」はまことしやかに「2年後のことなどわからない。安倍首相は増税すると決めた訳ではない」と苦しい怪しげな解説をする。だったら、2年後のことなど、最初から公約に掲げる必要などないではないか。安倍擁護者は希望の党の公約を無責任だと叩きつつ、「自民党の公約にはすべて財源の裏付けがある」と持ち上げた。財源は景気回復のよる税収増ではなかったのか。増税を公約、財源の裏付けのない政策は無責任、景気回復による税収増は財源にならない。すべて、故与謝野馨氏の主張だった。当然、安倍首相は与謝野氏に詫びてから、このような公約を掲げたのだろう。  しかし、いかに安倍首相の熱心すぎる支持者、信者とか院外団とでも呼ぶしかない連中が不愉快でも、日本のためには安倍内閣の継続は最善であったと思う。現時点での相対的最善ではあるが。 安倍内閣の生命線は、日銀人事である。3月に行われる日銀正副総裁人事で意中の人事を送り込み、景気回復政策を徹底すれば、支持率は上がる。本気で自主防衛や自主憲法をやりたい日本人は、3月に注目すべきだ。日銀人事に勝ってこそ、すべてがはじまる。(文中一部敬称略)

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    なぜ小池氏は「まともな野党」をつくれなかったのか

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 先刻の衆議院議員選挙に際して自民・公明の政権与党が総議席の3分の2を獲得した流れを受けて、此度(このたび)の特別国会での首班指名選挙を経て第4次安倍晋三内閣が発足した。先刻の選挙の結果、冷戦期の「55年体制」にも似た自民党「一党優位体制」の様相が、昔日よりも鮮明に出現した。 此度の選挙は、野党第一党としての民進党が立憲民進党、希望の党、無所属の会、そして参議院を中心とする民進党残党の4政治勢力に分裂しただけの結果を招いた。日本政治の永年の宿婀(しゅくあ)としての「野党の弱さ」は再び世に印象付けられた。このことは、立憲民進党と希望の党という二つの野党の姿から説明される。 第一に、立憲民進党は先刻の選挙に際しての「躍進」が専ら語られているけれども、その「躍進」の実相はきちんと見ておく必要がある。立憲民主党の獲得議席は55であり、これに共産、社民両党を併せた「日本左派連合」の獲得議席は70に届くかという水準になる。「左派連合」が総議席の15%を占めるに過ぎない勢力にまで零落したということの意味は、「55年体制」下に社会、共産両党を含む「革新」勢力が最低でも20数%の線を保っていた事実に重ねれば、相当に重いものがある。 これに関連して、立憲民主党の今後の党勢を占う意味では「新人候補はどれだけ勝てたのか」を見ておくのが適切である。どの政党にとっても、「新しい血」がどれだけ入るかは先々の党勢に結び付くからである。この点、立憲民主党が小選挙区で獲った17議席中、新人候補が獲ったのは、北海道の2議席と神奈川の1議席の、併せて3議席に過ぎない。立憲民主党も結局、民進党のリベラル系議員が「看板」を付け替えただけというのが実態であろう。「民主」と掲げられた立憲民主党の選挙カー=2017年10月、新潟市中央区(太田泰撮影、画像の一部を処理しています) しかも、枝野幸男代表は「安保法制を前提とした9条改憲には反対。阻止に全力を挙げる」と語っているけれども、立憲民主党が共産、社民両党と同様に「反改憲」を党のアイデンティティーにしようとするならば、その党勢は尻すぼみであろう。立憲民主党の先々の党勢は、立憲民主党支持層の主体が若年層ではなく高齢層であるという事実にも示唆される。全然できていなかった「選別」 第二に、後世、先刻の選挙を象徴する風景として語られるかもしれないのは、希望の党の「竜頭蛇尾」とも表現すべき党勢の「隆盛」と「失速」、そして選挙後の「混乱」である。希望の党の「竜頭蛇尾」はそれが結局、代表である小池百合子東京都知事の「野心」と民進党の面々の「保身」の枠組みに過ぎないという印象が世の人々に植え付けられたことによっている。 まず、小池氏における「我」の強さは、彼女の姿勢に「独善性」と「利己性」を浮き上がらせた。希望の党が実質上「小池私党」であるかのように小池氏が演出したことこそ、希望の党から民心を離反させたのである。小池氏が選挙の投開票当日に訪問していたパリで発した「『鉄の天井』があることを改めて知った」という言葉は、彼女にとって先刻の選挙が持っていた意味を示唆する。希望の党公認候補の選挙事務所に貼られた小池百合子代表のポスター=2017年10月、兵庫県内 次に、希望の党に民進党が合流すると伝えられたことに端を発する紛糾は、希望の党の政党としての性格を誠に曖昧なものにした。実際、希望の党は候補公認の条件として「安保法制容認」を明示していたのであるけれども、10月27日付の朝日新聞は、選挙当選者の7割が安保法制に否定的に評価している事実を伝えていた。 それは、小池氏が「選別」を口にした割には、その「選別」が全然できていないということを意味した。安保法制評価のような安全保障案件で二言を弄(ろう)するような政治家は、信頼度において最低の部類に属するであろう。 しかも、選挙中に希望の党の失速が語られる段階に至って、公認候補から党への「離反」を示唆する発言が相次いだのは、喩(たと)えていえば「戦中に自陣の備えを崩す」が如き振る舞いであり、有権者に対して極めて不誠実であったと断ずる他はない。政党の根底にあるべき「信頼」において、希望の党が立憲民主党よりも格段に落ちると見られたのであれば、その失速も当然の成り行きであったと評すべきであろう。 加えて、立憲民主党や希望の党に「看板」を付け替えた面々の多くが民主党内閣三代の政権運営を担った事実に醸し出される憂鬱(ゆううつ)な空気は、立憲民主党の「躍進」と思(おぼ)しきものを前にしても払拭(ふっしょく)されるわけではないし、現下の希望の党の実態が伝えられれば余計に増幅されよう。日本の諸々のメディアに披露される幾多の政治評論において、自民党を中心とした政権与党の執政を批判することに忙しく、「まともな野党」を鍛えることに精力を割かなかった弊害は、今後次第に日本政治全体をむしばんでいくことになるかもしれない。

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    心理学者が読み解く小池百合子「4つの誤算」

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 私たちは真実を求める。だが、真実とはなんだろう。身だしなみも整えず、お世辞の一つも言わないことではないだろう。裸であることが真実ではない。私たちには伝えたいことがある。伝えたいことのために演出もする。それは真実を覆い隠す嘘ではない。 人はみな、自分をプレゼンする。自分のプレゼンの仕方を心得ている人は人間関係がうまくいく。普通の人はもちろん、芸能人や、そして支持率の高い政治家はことにそうだ。彼らは自分自身を売るための企画をし、プロデュースしていく。自分の見せ方こそが、芸能人の人気につながり、政治家としての力になっていく。 小池百合子東京都知事は、自分の見せ方を心得ている。元ニュースキャスターとして、見られること、聞かれることになれている。古い政治家とは全く異なり、ファッションも立ち居振る舞いも、言葉の選び方もタイミングも最適の選択をして、あの熱狂的な「小池ブーム」を作り出してきた。ほんの1年前、小池候補の演説を聴くために大通りを埋めつくす群衆が詰めかけていた。しかし、プレゼンで成功した人はプレゼンで失敗もする。党首討論会に参加した希望の党の小池百合子代表(中央)。左は自民党の安倍晋三首相、右は日本共産党の志位和夫委員長=2017年10月8日、東京都千代田区の日本記者クラブ(宮崎瑞穂撮影) 自分の見せ方のことを、心理学では「セルフ・プレゼンテーション(自己呈示)」と呼んでいる。人はみな、自分のイメージを演出し、自分の印象をコントロールしようとしている。これがセルフ・プレゼンテーション、自己呈示である。 子供から大人までみんながしていることだが、人気商売の人たちには専門のプロデューサーがついたり、スタイリストがついたり、芸能事務所や政党がついて、よりよく見せて売り出すための支援をしている。米大統領にも専門のスタッフがついてアドバイスし、専門家が演説の文章を考える。 セルフ・プレゼンテーションには、積極的にある印象を与えようとする積極的な「主張的自己呈示」と、逆に悪い印象を避けようとする「防衛的自己呈示」がある。政治家の中にも、攻撃に強い人や登り調子の時には強い人でも、攻められたとき、調子がくだり坂になったときには弱い人もいる。主張的自己呈示は得意でも、防衛的自己呈示の苦手な人はいるだろう。セルフ・プレゼンテーション五つの種類 主張的であれ防衛的であれ、自己呈示には次の五つの種類がある。まず、第一は「取り入り」である。これは相手から好意を持たれたい時に行う自己呈示である。小池氏も、お高くとまった政治家ではなく、庶民に寄り添う政治家を演じる。豊洲市場についても「安全だが安心がない、安心できるまでは移転しない」と庶民の声を代弁してくれるのだ。 自己呈示の二つ目は「自己宣伝」、つまり自己PRだ。これは自分の能力を高く見せたい時に行う自己呈示である。小池氏はとてもリーダーシップがあり、頭がよく能力も高いと、都知事選の時は多くの人が思っただろう。彼女は自己PRもうまい。第一声のあいさつをする候補の応援に駆けつけた自民党の二階俊博幹事長(左)の話を聞く小池百合子東京都知事=2016年9月、東京都・池袋駅西口前(納冨康撮影) 三つ目は「師範」である。師範とはお手本の意味であり、自分の道徳的評価を高めたい時に行う自己呈示である。うっかりすると政治家には不誠実な印象が付きまとう。だが、都知事選の時の小池氏はとても清廉潔白でさわやかに見えた。都議会自民党の「古だぬき」とは正反対に見えた。 四つ目は「威嚇」。これは他人を恐れさせたい時に使う自己呈示である。小池氏は敵にすると怖い存在だと、安倍晋三首相も感じていただろう。彼女は鉄の女のようであり、信念の人である。いざとなれば崖から飛び降りるように自民党とも戦い、堂々と都知事選に立候補してきた。 五つ目は「哀願」である。これは、自分の弱さを印象付け、相手から応援や援助を引き出したい時に使われる自己呈示である。小池氏は弱い存在でもないし、また男女平等を具現化したような存在だ。しかし、彼女は「女性性」を捨ててはいない。テレビのニュースキャスターのように、美しさやファッショナブルさを活用する。そして、強くて悪い男性政治家とひとり戦う女性政治家だった。 幸いにして、都議会自民党は見事な悪役ぶりを演じてくれたおかげで、彼女の「弱さ」は都民に印象付けられ、多くの人が彼女のサポーターになっていった。都議選の時に化粧の濃さを揶揄(やゆ)されたとき、怒ることもなく、自分の肌の問題を話した。この巧みさと正直さもファンを増やしたことだろう。戦う女は魅力的でも… しかし、彼女の見事なセルフ・プレゼンテーションも歯車が狂い始める。確かに人は食に安全だけではなく、安心を求める。そこに共感できれば支持は得られる。「取りいり」成功だ。だが本来のリーダーは、感情にされやすい大衆の誤解を解き、正しく導いてくれることも必要だ。安全の上に安心を求めすぎることで、トラブルが大きくなることもある。 小池氏はとても優秀だ。だが、国政にまで手を広げたとき、さまざまな準備不足が露呈する。完璧だと思われていた彼女もそうではないと感じられ始める。「自己宣伝」もうまくいかなくなる。「緑のたぬき」と小池百合子東京都知事を揶揄した角田義一元参院議員=2017年9月、前橋市内 清く正しい「師範」(お手本)のイメージだった小池氏だが、衆院選の後半には古だぬきならぬ「緑のたぬき」と揶揄する人まで現れた。彼女もまた、古い政治家と重なる部分があると感じた人々もいる。 現代では戦う女は魅力的だ。ドラマでも映画でも、強くて美しい戦う女は人気がある。「女だからとなめるな」といった「威嚇」も必要なのだ。だが、そのためには「敵」が必要だ。国政に打って出たとき、都議会自民党のようなわかりやすい敵は作れなかった。そうなると、強い女のイメージは必ずしも人気につながらない。威嚇はマイナスに作用することもある。 都知事選の時は、都議会自民党や古い男社会からいじめられる役を演じることができて、「哀願」が成功した。ところが、今度は自分が党首となると「哀願」を表現しにくくなる。「排除」という発言だけが希望の党の凋落(ちょうらく)の原因ではないだろうが、象徴的な出来事ではあっただろう。 私たちは、メディアを通して政治家を知る。政治家はメディアを活用して、セルフ・プレゼンテーションする。それは必ずしもありのままの姿ではないが、それで良いのだ。それは真実を伝えるための正しい演出だ。しかし、演出だからこそ、ほんの少しの狂いが生じると一気にイメージが崩れることがある。 小池氏は、小さな歯車の狂いでイメージ戦略に失敗しただけなのだろうか。それとも化けの皮が剥がれ、魔法が解けて、正体をさらしたのだろうか。答えを出すのはまだ早い。都知事の任期はまだ3年もあり、希望の党はスタートしたばかりだ。セルフ・プレゼンテーションは大切で必要だ。だが、私たちはその奥にある真実の姿を見る努力を続けなければならい。

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    「排除発言」よりタチが悪かった小池百合子の思いつき

    別として、内部留保に課税すると言い切るのであれば、それはそれで一つの考え方ではある。出張先のパリで総選挙について記者の質問に答える小池百合子知事=2017年10月(共同)   しかし、内部留保に対する課税を検討するだけのことならば、結局、実現することは不可能であっただろう。それに内部留保に対する課税については、そもそも二重課税の問題があり、専門家からすれば筋悪のアイデアでしかないからだ。企業が海外移転しないように、あるいは海外の企業が自国に本社を移すようにと、法人税率の引き下げ競争のようなことが世界的に起きているなか、どうして法人税率の引き上げよりも過酷な内部留保課税などできようか。 小池氏はベーシックインカムなんて横文字も口にしたが、今ある年金制度を維持することさえ至難の業なのに、どうして国民全員に生活に必要な資金を支給するなんて夢物語が実現するのか。もっと言えば、ベーシックインカムなんて有権者たちは端から期待していなかった。というよりも、今でもベーシックインカムって何?という国民が大半ではないのか。 分かりやすかったのは原発廃止を訴えたことであるが、しかし、これもどこまで本気か分からない。あとは、彼女のライフワークとでもいうべき電線の地中化。街中にある電柱、電線を地下に埋めるという事業である。これも、確かにオフィス街や観光地ではそれを切望する声が大きいことも事実ではあろうが、 しかし、日本中の電柱をすべて地下に埋める必要がどこまであるのか。そして、そのための莫大な財源はどこに求めるのか。花粉症をゼロにしたいとか満員電車をゼロにしたいのもあったが、国民の反応は、「ああ、そうですか」という程度のものでしかなかった。 これでは、安倍政権に終止符を打つのはいいとしても、小池政権になったからといって本当に希望が持てるとはとても思えない、と多くの有権者が感じたに違いない。 大義名分があり、そしてまた、本当に国民が希望を抱くような政策メニューを提示することができたとしたら小池氏に対する人気は続いていたかもしれない。例えば、小難しい話であっても、なぜアベノミクス、あるいは日銀の超緩和策がなぜ成功していないか、その理由を示した上で、それに代わる政策を提言できていれば彼女に対する信頼度は増した可能性はある。しかし、すでに述べたように彼女が提示した公約はほとんど思いつきの域を出ないものばかりであった。 都知事選や都議会選とは異なり、衆議院選では桃太郎の鬼退治の構図を描くことができなかったことと、小池氏の言葉の空虚さに有権者が気付いたことのために小池劇場の終演となったのだ。

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    反「安倍」選挙で顕在化、小池バブルの崩壊と健全な左派へのニーズ

    (中部圏社会経済研究所チームリーダー) 今月10日に公示され22日に投開票された第48回衆議院議員総選挙は、自民党単独で衆議院の全ての常任委員会で委員長を出したうえで、全委員会で野党を上回る過半数の委員を確保できる「絶対安定多数」を獲得し圧勝した。連立を組む公明党は議席を減らしたものの両党で定数の「3分の2」以上を維持、与党が大勝した。対する野党は、小池百合子東京都知事が率いる希望の党は公示前勢力57議席を割り込み、共産党、日本維新の会も議席を減らした。一方、枝野幸男元官房長官の立憲民主党は公示前勢力15議席から大きく躍進して野党第1党となった。 一般的に小選挙区制では与党の政権担当期間中の業績評価を中心に有権者の審判が下される。こうした民意の圧倒的な支持は、与党の業績が概ね国民に支持されたことを示すといえる。 衆院選の注目の一つは小池百合子都知事率いる希望の党であったのは確かである。解散表明当初は政権交代実現かとさえ言われた。解散序盤時点では、勢いに乗るように自民党に代わる政権交代可能な政党をアピールした。しかし、自らの議席を死守するために従来の主義主張を曲げてでも希望の党に駆け込んだ民進党議員の見苦しさが国民からの顰蹙を買う中、小池代表の失言とが相まって希望の党の勢いが失速すると「反対のために反対する」野党ではなく、建設的な野党の必要性をアピールしはじめた。それでも不利な情勢を挽回できないことがわかると、結局最後は「モリカケ(森友・加計学園疑惑)」で安倍総理批判を展開する普通の野党と化してしまった。このように、二大政党の一角を担える政党を希求する国民の希望が失望から絶望に変わるまで時間はそれほど要しなかった。 こうした希望の党失速は小池代表による「排除」宣言を契機としていることは多くのメディアが指摘しているところである。ただし、政党とは本来、同じ哲学、目標、政治信条を共有する者から構成されるのが筋であり、異分子を「排除」するのは当然ではある。しかし、誰を味方として迎え入れ、誰を排除するかについては、結党までに水面下でやっておくべきことであったのが、第44回衆院選に際しての小泉劇場の再現よろしく敢えて表舞台で行うことでメディアジャックを図るが、かえって排除された側にアンダードッグ効果(判官贔屓)を惹起してしまった。2017年10月、記者会見で衆院選公約を発表する希望の党代表の小池百合子都知事=東京都内のホテル そうした小池代表への不快感を起点に、開幕まで3年を切った2020年東京オリンピック・パラリンピックの準備や、長引く築地市場から豊洲市場への市場移転問題への対応をはじめとして都政でも実績を上げていないなかで、小池代表への都政と国政の二足の草鞋問題、そもそもの政治姿勢に疑問符がつけられるなど、負のスパイラルがはじまった。自民党に類似した右派政党にニーズなし さらに、希望の党が12日に公表した公約も、外交安保・憲法は右派的、経済政策は左派的と、結局、候補者だけではなく公約も寄せ集めであることを露呈させてしまった。また、「満員電車ゼロ」「花粉症ゼロ」など「12のゼロ」はあまりの荒唐無稽さにメディアにさえ黙殺されてしまう体たらくだった(ちなみに筆者の周りでは嘲笑の対象でしかなかった)。 このように、はじまりは小池代表の舌禍ではあったが、小池代表の政策遂行能力への疑問、政党としての理念の曖昧さ、公約の支離滅裂さ加減等が白日の下にさらされた結果、小池バブルが崩壊した。 そもそも希望の党への合流に舵を切った前原誠司民進党代表も保守二大政党による政権交代が持論であり、日本維新の会、日本のこころは自民党と同様、憲法改正を掲げ、場合によっては自民党より右寄りの主張を掲げていた。そうした自民党に類似した右派政党が軒並み議席を減らした点に鑑みると、最近右傾化したと指摘されがち日本にあっても自民党以外の右派政党にはそれほどのニーズが存在していないことが確認できた。 日本経済新聞によると、年代別の政党支持率は、「全年代を合わせた政党支持は自民が36.0%と最も高く、立憲民主党が14.0%と続いた。自民党の支持率は、20代が40.6%と最高で、次に70歳以上、18~19歳が続いた。一方、立憲民主党は60代の17.8%が最も高く、70歳以上がそれに次いで高かった。10~30代ではいずれも10%を下回り、高齢層ほど支持を集める傾向が強かった。共産党も高齢層のほうが若年層より支持率が高かった」とのことである。 こうした調査結果は、最近指摘される若年層の保守化と整合的なように思われる。しかし、元々若年層ほど重視する政策は、(財)明るい選挙推進協会のアンケート調査によれば、「景気対策」「雇用対策」であり、昨今の雇用環境の改善を考慮すると、経済状況の改善が与党である自民党支持をもたらしている可能性も指摘できる。しかも、若年層の多くは冷戦構造の崩壊以降に出生し、イデオロギーからは比較的自由である点も、経済改善という業績に対して与党への業績評価投票の傾向を促進したと考えられる。(iStock) したがって、若年層が与党である自民党への支持を強めているからといって、必ずしも保守化したわけではなく、さらに、若年層ほど特定の政党支持が低く無党派層の割合が高いことも含めると、自民党への支持が高かったのは、若年層が単に業績評価投票の原理に則って行動した結果に過ぎない点に留意する必要がある。躍進した立憲民主党、失速した共産党 これまでの安倍一強自民党への批判の受け皿は共産党が一手に引き受けてきた。しかし、そうした共産党への批判票の集中は他にめぼしい野党勢力が存在しなかったための消極的な支持であり、アレルギーは持ちつつも、仕方なく支持していただけであることが、先の東京都議会議員選挙での都議会自民党への批判票の受け皿が都民ファーストとされたこと同様、今回の選挙で、共産党が失速し、立憲民主党が大躍進した事実から読み取ることができるだろう。 つまり、自民党に類似した右派政党や、「日米安保条約の破棄」「憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)」等昨今の東アジア情勢等に鑑み非現実的な路線を堅持する共産党には支持が集まらず、現時点では「リベラル」イメージ先行の立憲民主党に支持が集まったことを考慮すると、国民は安倍一強に代表される右派に対して健全な左派政党としてのイメージを獲得することに成功した立憲民主党に票を投じることで左からバランスを保とうとしたとも考えられる。こうした国民のバランス感覚は、共同通信社の出口調査によると、無党派層の比例代表での投票先は立憲民主党が30.9%でトップであり、しかも「立憲民主、共産、社民3党」では42.8%と連立与党の27.3%を大きく引き離したことからも裏付けられる。衆院選の開票当日、インタビューに応じる共産党・志位和夫委員長=2017年10月22日、東京都渋谷区(川口良介撮影) ただし、日本では混乱して用いられている保守やリベラルのラベル、ひいては与野党の対立軸は、経済哲学ではなく憲法哲学といった旧態依然としたものである。 東西冷戦の終了により、それまでの資本主義と社会主義間での体制選択を軸とした党派的活動が世界的に弱まる中、欧米先進国では、社会主義陣営に対抗するため肥大化した政府の役割をどこまで小さくしていくのか、つまり、小さな政府対大きな政府が体制選択に変わる新たな対立軸として確立された。日本でもいわゆる55年体制確立以降対立してきた自民党と社会党(当時)による自社さ連立政権が1995 年に樹立されたことで、イデオロギーが政治の中心であった時代が完全に終焉したかのように見えた。しかし、日本では財政赤字ファイナンスの存在で給付面では中福祉、負担面では低負担が実現しており、政府の大きさは対立軸に成り得なかった(この点については、来月刊行予定の拙著『シルバー民主主義の政治経済学』日本経済新聞出版社で詳しく論じている)。 したがって、冷戦構造の崩壊以降現在に至るまで、政治的な対立軸は、自衛隊の意義や活動範囲を憲法上どのように位置付けるかという冷戦時代の残滓であることもまた明らかになった。新党バブルの読み方 希望の党が設立され、バブルが崩壊するまでごく短時間しかかからなかった。93年の新党ブーム以来最近に至るまで30を超える相次ぐ新党の誕生・消滅、看板の掛け替えが、政治に対する分かりにくさを増大させた。これまで何らかの理由により民意を集めることができなくなった既存の政党に所属する政治家は、離党して新党を立ち上げたり、あるいは政党そのものの名称を変更して、今までの所属政党の色を薄くし、政治的な立ち位置を曖昧にすることで、こうした特定の支持政党を持たない有権者に対する理解の困難性に付け込んで新たに民意獲得を狙ってきた。 有権者は有権者で、これまでの評価がいったんリセットされた既存の政治家グループに対して、実績がないにもかかわらず根拠に乏しい期待を抱き、風を起こす事態が生じる。まさに、勘違いが有権者の投票を支え、新党バブルを煽ることになるのだ。 しかし、希望の党のバブルの生成と崩壊を見ると、立憲民主党への支持がバブルであるか本物であるかは、今後どのようなスタンスで与党の政治に対峙していくのか、反対のための反対なのか、国民の利益を第一に与党との議論を重視し、課題の解決を図っていくのかが問われることとなる。 民進党が突然の希望の党への合流を決め、選挙目当てに逃げ込んだ先の希望の党が惨敗し、分裂した立憲民主党や無所属議員が健闘したことから、今後、野党の再編を巡る騒動が勃発するのは想像に難くない。しかも、今回の選挙でも政策論争が行われた形跡は全く見当たらない。2017年10月、立憲民主党本部の公開で会見に臨む枝野幸男代表(斎藤良雄撮影) しかし、いわゆる団塊の世代が後期高齢者になる2025年までに残された時間が少ないにもかかわらず、財政や社会保障の問題にはめどがついていないなど、相変わらず山積の課題の先送りが続いている。これまでも先送りができたから今後も先送り可能であるとは限らない。 政治の役割は、本来、こうした危機感をすべての国民と共有したうえで、国民に解決のための選択肢を提示し、熟議を重ねて決定していくことにある。 政党や政治家はいつまでも数あわせの政治ゲームにうつつを抜かす時間的余裕がないことを肝に銘じて、国民の利益のために国民から負託された権力と時間とお金を行使する必要がある。しまさわ・まなぶ 中部圏社会経済研究所チームリーダー。富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。12年4月より現職。

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    小池百合子氏 「チャック女子」の聞き捨てならないセリフ

    ば全てと言ってもいい。 パリ出張中、小池百合子都知事はキャロライン・ケネディ前駐日米大使との対談で、選挙についてこう振り返りました。「都知事に当選してガラスの天井を一つ破ったかな。もう一つ、都議選もパーフェクトな戦いをしてガラスの天井を破ったかなと思ったが、今回の総選挙で鉄の天井があると改めて知りました」(2017.10.23 産経新聞)。 世を沸かせてきたはずの「役者」がパリの華やかな舞台で言い放ったセリフが、「ガラスの天井」「鉄の天井」。これは聞き捨てならない。看過できない。 女性の活躍を阻む見えない壁の意味として使われてきた「ガラスの天井」。そして「鉄の天井」をここでひきあいに出すとは………。まるで「希望の党」の失敗を「社会のせい」「他者のせい」にしていませんか。つまりは、女性だから不当な壁に阻まれ負けた、と? まったくのお門違い。 なぜなら小池さんは、「チャック女子」だからです。背中のチャックをおろして着ぐるみを脱ぐと、中から闘争本能ガチガチのマッチョが出てくるからです。(iStock)「チャック女子」という言葉について少し解説すれば……女性活躍推進プログラムの専門家、プロノバCEO岡島悦子氏による造語といわれ、「外見は女子の着ぐるみを着ているが、背中のチャックを下ろすと中身はおじさん、というオス化女子のことを指す。女性が視点も思考パターンもおじさんと同一化してしまう現象のこと」(「Woman type」2014.2.20)。 まさしくぴったり。戦士として政界を渡り歩いてきた小池さんの思考回路が今回、「排除します」というセリフではっきりと見えた。いくら女の着ぐるみを着ても、有権者はきちんと中味を見抜いているのです。 何よりも残念なのは、小池さんの着ぐるみの中にあるのが「政治闘争」の要素だけで、あとは空っぽだということ。戦いに勝つことしか眼中にないこと。勝っていったいどんな政治をしたいのか、どんな社会にしたいのか。伝わってこない。 一方、今回の選挙で「チャック女子」と対極の展開を見せたのが山尾志桜里さん。不倫スキャンダルで離党し無所属で立候補、自民党を破って薄氷の勝利を手にしました。 待機児童問題等、子育てに対する意識を変えようという意気込みが、不倫スキャンダルを超えて有権者の心に食い込んだ。 山尾さんの当確が出た現場で、文春の記者が結婚指輪を外していることについて山尾さんに質問したとか。山尾さんは「答える必要はないと思います」と一蹴。男の議員にも果たして同じような質問をするのでしょうか。こういうのが「ガラスの天井」を作り出す要素ではないでしょうか? 政治家の言葉に真実味があるか。そのセリフ、本気で語っているか。直感的に見抜く有権者が増えている昨今。だとすれば、勝った自民党が今やたら口にしている「ケンキョ、ケンキョ」も何だか怪しい。そもそも謙虚さって、自己宣伝するものではなくて他者から見ての評価、ではないでしょうか?  喧伝は謙虚に見えません。関連記事■ 小池百合子都知事 「弱者イメージ」崩れ、アンチ増やす■ 希望の党、小池百合子代表 戦い終えて「みじめな微笑み」■ 排除発言で負けた小池都知事 自民党は「小池さまさま」■ 希望の党 離党者続出で崩壊し“55年体制”復活か■ 44歳主婦「不倫への反発は怒りではなく、ズルいという気持ち」

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    「フェイクニュースの惨敗」メディアの腐敗が後押しした安倍一強

    はよう寺ちゃん活動中」で、コメンテーターの経済評論家、上念司氏は「フェイクニュースの惨敗だ」と今回の選挙を総括した。上念氏のいうフェイクニュース(嘘のニュース)は、朝日・毎日系列に代表される新聞やテレビが、今年冒頭から連日のように流してきた森友学園・加計学園に関する一連の疑惑報道のことを指している。疑惑の矛先は、安倍晋三首相に向けられてきた。両学園に関してなんらかの不正を首相が犯したのではないかという、現段階ではまったく事実の裏付けのない「疑惑」だ。 今回の選挙の勝利を受けて、安倍首相は今後も丁寧に説明するとしたうえで、自身への疑惑が根も葉もないことを指摘した。首相の言い分をこの場で擁護するつもりはないが、実際に森友・加計問題がマスコミで連日のように取り上げられた中で、筆者も何度もこの問題について書いてきた。結論だけ書くと、上念氏が明言したように、マスコミが首相に「悪魔の証明」(自分がしていないことを証明させる永久に立証できないもの)を求める悪質な偏向報道だということだ。 だが、今回の選挙後でも、朝日・毎日系列を中心にして、相変わらずこの両学園の問題に繰り返し言及している。一種の「社会的ストーカー」といってもいい事態だろう。もちろんマスコミには政治を客観的に批判、監視する役割がある。それが民主主義の根幹にもなっている。また時にはマスコミ自身が間違うこともあるだろう。それは選挙にかかる金銭と同じように、民主主義のコストだといえる。だが、さすがにこれだけ長期間にわたって、なんら具体的な証拠も証言も、またそもそも何が問題かさえ明白ではない「安倍首相の疑惑」を報道することは、マスコミの政治的偏向だと指摘されてもやむをえないだろう。 このようなマスコミによる政治的な誘導を狙っているとしか思えない偏向報道が長期化することは、今後の日本の政治・社会に暗雲をもたらす可能性が高い。世論調査をみると、まだ両学園問題について「(首相自身の)疑惑が解明されていない」という意見が多いようである。しかしそれが今回の投票に結び付いていない。これはなんでだろうか。筆者の推測でしかないが、ひとつは世論調査の仕方や対象に大きなゆがみがあることだろう。しばしば指摘されるのが、世論調査の方法が固定電話を対象にしたもので、そうなると高年齢の回答が多くなる。「フェイクニュース民主主義」誰が正す? 高齢者の多くは、ワイドショーなど特定のメディアで情報を入手するため、先ほどの偏向報道の影響をうけやすいといわれている。また高年齢層ほど、自民党の支持者が大きく減少することも各種の調査で明らかである。このような一種の世代効果(あるいはワイドショー効果)とでもいうべきものが本当に存在するのかどうか。この点の解明は専門家の分析を待つしかない。もうひとつは、たとえ「疑惑」があるにせよ、それが確証されていない段階では、現在の自公政権の枠組み維持のほうにメリットを感じる有権者が多いということだろう。それを示すように、安倍政権への支持率はいまだ不安定だが、他方で今回の選挙でも自民の圧勝をもたらしている。これはなかなか賢い国民の選択だともいえる。 筆者はこの連載で繰り返しているように、両学園問題は言葉の正しい意味で、首相の責任ということに関してはフェイクニュースであると確信している。その理由は前回の論説で書いた通りだ。その一方で、このフェイクニュースによって政治状況が左右される「フェイクニュース民主主義」とでもいう事態には警戒感を強めている。残念ながら、今回の選挙によってもこの種のフェイクニュース民主主義の芽がついえたわけではない。今後も警戒を続けなければいけないだろう。 経済学では、市場はお金、人材、設備などといった資源を効率的に利用できる経済環境であるとされている。だが、環境問題などに典型的なように、市場活動の結果、社会的な害悪をもたらす事実や可能性が絶えず存在する。そのとき、市場活動に問題の解決をまかせることはできない。政府の介入余地が必要になってくる。これを「市場の失敗」といい、社会的に望ましい状態と現状とのかい離を表現するものである。 ただし、このときの政府はしばしば賢く、また社会的に望ましい状況にむけて改善するものだと、一種の性善説を前提にしていることが多い。だが、実際には政府はそのような存在ではない。さまざまな既得権益や利害対立をはらむ存在である。つまり「政府の失敗」が存在する。 この「政府の失敗」を正すものはなんだろうか。それが実際にはマスコミの役割だったはずだ。だが、マスコミ自体も「報道の失敗」を引き起こす。マスコミも権力機構であり、腐敗するのだ。このようなマスコミの腐敗、またはフェイクニュース民主主義への誘導を厳しく検証する必要がある。その役割は誰がするのだろうか。 衆院解散の検討を厳しく批判した、2017年9月19日付の毎日新聞社説(左)と2017年9月18日付の朝日新聞社説 それは国民自らの関与でなくてはならない。インターネットでのマスコミ監視や、マスコミに代替・補完するさまざまな活動かもしれない。もちろん話は最初に戻り、われわれの経済活動の根幹をなす市場も失敗する。試行錯誤が続くだろう。だが、その活動をあきらめてはいけない。現状のフェイクニュース民主主義がもたらす弊害は深刻だ。そしてそれゆえに、われわれは失敗を恐れず、常に政治とマスコミの両方を冷静に事実と論理で検証していかなくてはいけないだろう。

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    またしても選挙報道がひどかった

    3年ぶりの総選挙は自民・公明与党の圧勝劇で終わった。国民は安定政権の継続を支持したわけだが、それにしても期間中にこれほど風向きがころころ変わった選挙も珍しい。その主因は言うまでもなく既存メディアの偏った選挙報道にある。罪深きはメディアか、それとも情報の受け手たる主権者のリテラシーか。

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    テレ朝、TBS「モリカケ報道」のどこが悪い

    山田順(ジャーナリスト) 今回の総選挙を主にマスメディアの報道から考えるというのが、本稿に与えられた命題である。しかし、そもそも現在の日本のマスメディアの選挙報道に、なにか大きな問題があるとは私は思っていない。やれ偏向報道だ、世論調査は操作されているなどとやかましいが、ネットメディアに比べたら、極めて常識的な範囲の中で報道が行われているのではなかろうか。 例えば、大新聞で言えば、安倍晋三首相が朝日新聞を嫌い、読売新聞を「御用メディア」とするのだから、そういう両極のメディアがあることが健全な証だと私は思う。そもそも、これまでマスメディアに要求されてきた「公正報道」ということ自体が間違っていたからだ。 ネットメディアが乱立し、ほとんどの国民がSNSを使っている現状で、公正報道を問うこと自体がおかしい。事実関係をゆがめたり、まったくの虚偽報道はあってはならないが、政治的に偏った報道はどんどんあるべきだろう。 朝日新聞、毎日新聞が「リベラル」を勝手に自認し、「平和」と「護憲」を訴えなかったら誰も見向きもしないし、部数も激減するだろう。逆に読売新聞と産経新聞が「体制擁護」に徹し、「首相と日本を守る」ための報道をしなかったら、読者は一気に離れるだろう。 テレビも同じだ。首相がことあるごとにTBSやテレビ朝日の報道番組に出演して、例えば「モリカケ問題」の潔白を訴え続けたら、両局は、それぞれTBSとテレビ朝日でなくなってしまうだろう。2017年9月、会談中に握手する安倍首相とトランプ米大統領=ニューヨーク(共同) 首相自らが「印象操作」と言うのだから、この状態は批判するようなことではない。なにしろトランプ「オレ様大統領」は自分がツイッターで言うこと自体が真実で、米主要メディアのワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズを「フェイクニュース」呼ばわりしたのだ。この世に「公正報道」など期待するのが無理というもので、そんなことをマスメディアがする必要もないのだ。国民全員が「ジャーナリスト」に? おバカな「地球市民」と、自分は庶民より利口だと思っている「小市民」は、いまもマスメディアに「公正報道」を求めている。しかし、なにが公正かと問えば、誰も答えられない。いまの日本にあるメディアで、いったいどこが「公正報道」ばかり行っているというのか。NHKと答えたら「それはブラックジョークですか?」と笑われるだろう。 そもそも現在のマスメディアは、近代国家の成立とともに誕生し、そこではジャーナリズムによって「権力監視」が行われるものとされてきた。「フリーダム・オブ・スピーチ(言論の自由)」と「フリーダム・オブ・プレス(出版の自由)」が保障され、新聞、雑誌、その後に登場したラジオ、テレビがそれを独占してきた。だからこそ、「公正報道」による「権力監視」がジャーナリズムの役割とされてきたのである。2017年2月、BPOの放送倫理検証委が公表したテレビの選挙報道を巡る意見書。右は記者会見する委員ら=東京都千代田区 しかし、ネット社会の現在は違う。SNSによって誰もが情報発信ができるし、ブログやネットメディアで記事を書ける。要するに、意図しようとしまいと、国民全員が「ジャーナリスト」となってしまったのだから「公正報道」など期待するほうが無理というものだ。 なにしろ、公正報道を心がけるように教育・訓練されてきたジャーナリストの記事と、取るに足らない自身の意見を書き連ねている「小市民」の記事が同列に並んでしまうのが、ネットメディアである。さらに、そこに最近では「プロ市民」によるプロパガンダ、偽ニュースを拡散するボットなどが登場し、なんでもありの世界になっている。 つまり、トランプ様のように言いたいことだけ言えばいいのが、この世界の最新ルールだ。そこにおいて、なぜ旧来のマスメディアだけが「公正報道」をしなければならないのか。 選挙報道において、マスメディアがもっとも尊重してきたのが、テレビの場合、放送法第4条にある「政治的に公平であること」「意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」だった。この公平の原則はこれまで「量」によって担保されてきた。報道の「質」で公平保たれたか 例えば、自民党総裁である安倍首相の演説を1分間流したら、共産党の志位和夫委員長の演説も1分間流すという「量による公平性」だった。これは、大新聞の紙面においても配慮されてきたことだ。なぜ、このように量を担保したかといえば、それは電波が希少だったからである。しかし、ネットのように無限のメディア空間ができてしまった現在、この理屈は成り立たない。 そこで、2月に放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は、テレビの選挙報道について「編集の自由が保障されている以上は、求められているのは出演者数や露出時間などの量的公平性ではない」とし、政治的公平性は報道の「質」で保つべきだとする意見書を公表した。「量」から「質」への転換である。したがって、今回の総選挙はテレビにとって報道の質を初めて問われることになった。 そこで、特にこの点を注視して報道を見てきたが、これまで大きく変わった点はそう見られなかったというのが私の見解だ。むしろ、各局は独自の姿勢に基づいて報道してもよかったのではないかと思う。 例えば、「希望」を「絶望」に変えた小池百合子東京都知事が大風呂敷を広げたにもかかわらず「敵前逃亡」してしまったことだ。初めから当日パリにいるつもりなら、なぜ民進党を巻き込んだのか。その国民をなめたやり方の無責任ぶりをもっと追及すれば、この国が抱えている政治的な問題がもっと明らかになっただろう。希望の党開票センターで、当確者の名前をボード張る樽床伸二代表代行(左)。右はテレビ中継で発言する細野豪志氏=2017年10月22日、東京都内のホテル(酒巻俊介撮影) また、日本の「リベラル」が実はリベラルではないこと、護憲とリベラルは一致しないことを立憲民主党の主張から導いてほしかった。リベラルが「改革・革新」を意味するなら、リベラルこそ改憲を唱えて社会を革新していく使命がある。それが、なぜ「平和憲法」といっても「日本の平和」ではなく「アメリカの平和」のために存在する第9条を変えてはいけないか。この摩訶(まか)不思議なリベラルをもっと解明してほしかった。 そして、選挙のために途切れてしまった「モリカケ問題」報道を、なぜこの期間に限ってほとんどやめてしまったのか教えてほしい。選挙結果と関係なく、「腹心の友」と「アッキー」は国民の前に出るべき義務から逃れられないはずだ。「すき好んでだまされる」情弱の人々 いずれにせよ、「大義なき選挙」「国難選挙」は終わった。この間、ネットを含めて膨大な情報が飛び交った。特にネット空間では、ネトウヨ、極右、リベラル、ネトサヨ、ネトサポなどの「血みどろ」の攻防が繰り広げられた。今や政権擁護のネット組織がギャラをもらってプロパガンダを流している、あるいは左翼系サイトを攻撃していることは広く知られている。また、テレビ報道では「電波芸者」と揶揄(やゆ)されるコメンテーターが「与党は正しい」コメントを流し続けた。 しかし、こうしたことすべてを批判するのはおかしい。なぜなら、繰り返し書くが「公正報道」はもはや無意味だからだ。したがって、こうした世界でたやすくだまされるとしたら、だまされた人間のほうが悪いのだ。雨の中、街頭演説に耳を傾ける有権者たち=2017年10月21日、東京都中野区 ネットの世界のプロパガンダには、本来、政治思想など存在しない。右も左もない。発信・運営する側はマネーで動いているからだ。 現在では、ビッグデータを人工知能(AI)で解析してプロパガンダがつくられている。例えば、トランプ大統領を誕生させたとされる英データ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ」は、ヘッジファンドの大物ロバート・マーサーが大金をつぎ込んでつくった。日本でも同じだ。ただ、日本の業者はいまのところ単におカネを得て、右や左に偏ったプロパガンダを製造し、さらに敵対サイトに書き込み攻撃をしているだけだ。だまされるほうがどうかしている。 よく、人は信じたいことを信じるといわれる。これは、ある意味で正しく、例えば左翼なら「政権は腐敗している」系の記事、右翼なら「日本は素晴らしい」系の記事ばかり喜んで読んでしまうという悲しい習性を持っている。これを「選択的接触」と呼ぶようだが、この傾向が強い人間ほど情弱であるのは間違いない。 要するに、情弱の人々というのは「すき好んでだまされる」のだ。果たして日本人はそれほど情弱ばかりなのだろうか。選挙結果を見て、考えてみることが大切だ。

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    「偏向報道だらけ」なら、なぜ自公が圧勝したのか

    事前の情勢が当たってしまうのである。 よって、投開票日のよる20時0秒にでる開票予測が、ほぼそのまま選挙結果とイコールになる。「事前に優勢(或いは劣勢)報道がでると、有権者が判官びいきで逆行動に走る」というは冷戦時代のお話。大平正芳や中曽根康弘時代の前提であって、現在では通用しない。 私は何が言いたいのかといえば、良くも悪くも現在の選挙報道の精度が高く、信頼に足る、ということだ。冷戦時代の選挙予測が聴診器だとすれば、現在のそれはMRI(核磁気共鳴診断装置)である。そのぐらい精度が上がっている。 だから、一昔前ならばあった「大番狂わせ」というのが、とんと無くなった。よほどの接戦区ならわからないが、大体読み通りになる。だから、つまらないと言えばつまらない。解散した時点で、おおよその結果は分かるのである。解散表明のテレビ画面に見入る家電量販店の来店者ら=2017年9月、横浜市 小池百合子が「希望の党」代表になった際(立憲民主が存在していない時分)、「反アベ」に血眼になった一部の週刊誌や予想屋が「自民単独過半数割れ、希望の党100議席に躍進」などと書いたが、大うそだ。 安倍総理の解散決断の時点で、私は直感的に自民党単独で270前後、ミニマム(最小)でも260、マックスで280議席超すらありうる、とテレビやラジオで公言してきた。本稿執筆時点は投開票日の2日前であるが、この予想はいささかも変わらない。自公あわせて300議席の攻防であろう(―結局、議員定数の母数が10減っているので、自公は現有を維持し、大きく変化ない)。創価学会と組まない希望の党が、100議席に新調することなど、選挙の常識から言ってあり得ない。公明党は常時700万票前後を保有している、現代日本で唯一残された組織票だ。 ここを味方にできなかった希望の党と小池に最初から勝利などありはしない。ガソリンを止められた戦車師団と同じで、学会に背を向けられたものは勝てない。現代日本政治の常識だ。逆に言えば先の都議会議員選挙で小池率いる「都F」(都民ファーストの会)が勝ったのは学会票が所以(ゆえん)である。小池の政治力のお陰ではない。ここを勘違いしている人が多い。 アベ憎しのあまり、選挙予測の常道を忘れて「自民党単独過半数割れ」などとした予想屋は、22日の20時0秒を以て赤っ恥をかくに違いない。断っておくが私は安倍政権からカネを貰っているわけでも、安倍政権を100%信任しているわけでもない。自民党員でもなければ、元来の自民党支持者でもない。自民党や安倍総理に対しては、どちらかと言えば冷淡な方だ。 単に、客観的な選挙の常道から言って、自公が勝つに決まっているという事実を述べただけだ。今次選挙に限ったことではないが、とりわけスポーツ紙などで煽情的な「自民壊滅」の報が出る。が、これらは統計的根拠に基づかない嘘なので信用しないように。 CNNと朝日新聞調査の方が1000倍信用できる。そのぐらい、現代の世論調査は進化している(―ちなみに、新聞やテレビが実施する電話世論調査には携帯電話しかもっていない青年層は除外され、固定電話を持つ高齢者世帯からのみ意見を抽出している、というデマが未だに一部でまかり通っているが、現在の電話世論調査は無作為に発生させた”ケータイユーザー”にもきちんと調査を実施しているので、騙されてはいけない)。賢くなったのは有権者 私は、今次衆院選における選挙報道は、つとめて新聞・テレビは客観的報道に「努めよう」と努力をした形跡が大である、と評価している。 たとえば2005年の郵政選挙(小泉内閣)の時はそうではなかった。小泉から「抵抗勢力」と名指しされた郵政造反組は、徹底的に悪辣な守旧派と罵られ、小泉の掲げる輝かしい大義「聖域なき構造改革」に無思慮に抵抗するだけの利権屋のごときイメージ報道をされた。 なにせ、郵政造反で自民党を離党した亀井静香氏に対し、「刺客」として広島に送り込まれた堀江貴文氏(当時ライブドア社長)が、なにかまぶしい日本の希望として喧伝された時代である。 当時(―すなわち12年前)のマスメディアにも、一定の基準はあったが、明らかに「小泉旋風」に肩入れした報道内容だった。しかしあれから12年がたち、「劇場政治」は一変した。この12年間、「劇場政治」に惑わされないだけの肥えた「目と耳と舌」を有権者は獲得した。有権者は馬鹿ではない。冷徹に現状を見つめている。池袋駅前で街頭演説を聞く有権者ら=2017年10月10日、東京都豊島区 メディアの側も、放送倫理・番組向上機構(BPO)を恐れてどちらか一方に偏った報道をしなくなった。いまだに一部ネット界隈では、例えば地上波テレビの〇〇局を「偏向報道!」と呪詛(じゅそ)するが、革新勢力からNHKやTOKYO MXが「右翼の偏向報道!」とデモ隊に包囲されるご時世である。12年前にはこんな様相はなかった。メディアはより公正、厳密になり、有権者は賢くなっている。 むろん、これが最適かどうかはまだわからない。しかし少なくとも、相対的に報道は中立性を強く意識するようになった。やおら公正なメディアの元、自公が信任されたのであれば、より安倍政権の民主的正当性は補強される。 アベは独裁者だ、という声にも、抗することのできる社会科学的根拠を有することができよう。いやはやよく言えばフェアーな、悪く言えば面白みのない時代になったものだ。しかしこのような時代だからこそ、イデオロギーの左右を超えて、客観体な数字をもとにした合理的な判断のできる識者が求められているのかもしれない。(文中一部敬称略)

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    TBS『サンモニ』の選挙報道はなぜやりたい放題なのか

    中宮崇(左翼ウォッチャー) 衆議院総選挙を控えた10月15日、「反日」「捏造(ねつぞう)」で定評のあるTBSの「サンデーモーニング」がまたやらかした。産経新聞はこのように報じている。 出演者が野党に投票を促すかのような発言があった。番組は放送法4条で「政治的に公平であること」を求められており、あらためて問題視されそうだ。出演した東京大学名誉教授の姜尚中氏は「見どころは選挙の中で野党のビッグバンが起きるかどうか。選挙後にどこが主導権を握るのか。投票先を決めてない54・4%の人は選挙に行かなければいけない。そして次回に何をするか賭けてみることが必要」とコメント」 産経ニュース 2017年10月15日  TBSやテレビ朝日による悪質な世論操作、選挙操作は今に始まったことではない。特に1993年の「椿事件」においては、「今は自民党政権の存続を絶対に阻止して、なんでもよいから反自民の連立政権を成立させる手助けになるような報道をしようではないか」とテレビ朝日の取締役が臆面(おくめん)もなく言い放ったことで、国民に衝撃を与えた。TBSの報道姿勢に対するデモ行進=2017年9月9日、東京都港区 記事でも触れられているように、これに先立つ9月9日にTBS本社前で「TBS偏向報道糾弾大会・デモ」が行われた。この抗議集会でも特に名指しで批判されているのは「サンデーモーニング」である。 私が2006年に『天晴れ!筑紫哲也NEWS23』(文春新書)を書いた当時、「捏造TBS」の筆頭偏向番組といえば「筑紫哲也News23」であった。サンデーモーニングは日曜の朝という放送時間のせいか、仕事帰りのサラリーマンらのチェックが入りやすいNews23と比べて、その偏向ぶりはそれほど注目されてはいなかった。当時、私がNews23と並ぶほどの危険性を指摘しても、あまり反響は得られなかった。 しかしインターネットの普及により、日曜朝の放送をライブで見ていなくても放送内容のチェックが比較的容易になった現在、かつてはやりたい放題であったサンデーモーニングも今や厳しい批判を免れることはできない。 サンデーモーニングのこれまでの捏造・偏向事件をすべてまとめようとすると、本が一冊書けてしまうので、到底本稿のスペースではすべてを網羅することはできない。私はかつてある記事で、 「『馬鹿だ』。自分たちのずうずうしい街頭インタビューに足を止めて答えてくれた日本国民に言い放つテレビ番組がある。『東京オリンピックは辞退すべき』。五輪招致に喜ぶ日本の人々に向かって公共の電波で口角泡を飛ばしてプロパガンダするテレビ番組がある。『日本のロケットはゴミになる』。打ち上げ成功に湧き立つ人々をあざ笑うテレビ局がある」 と書いたことがあるが、そういう発言が毎週のように繰り返されている番組なのだ。「報道番組」とか「マスコミ」などとは到底言えない、ただの「反日プロパガンダ」であるとしか言いようがない、あきれたシロモノである。87年の放送開始以来すでに30年間、中国や北朝鮮の虐殺、独裁をスルーどころか時には応援しつつ、「日本の民主主義は終わった」「安倍独裁政治」などと罵るだけの無責任な番組をつくってきたのだから救いようもない。 しかも私は何度か指摘してきたが、司会の関口宏以外にも、レギュラーの「ゲスト」コメンテーターのほとんどは比喩的な意味でなく、文字通り関口が社長を務める会社と何らかの関わりがあるのである。本当に「意図的」でないのか そんな「利権番組」サンデーモーニングによる、毎週繰り返される卑劣なプロパガンダは枚挙にいとまがないが、最も有名なのは、やはりこれも2003年の選挙直前に発生した「石原発言テロップ捏造事件」である。TBSテレビ外観 当時、東京都知事の石原慎太郎の「私は日韓合併100%正当化するつもりはないが」という発言に「私は日韓合併100%正当化するつもりだ」という正反対のテロップをつけ、音声・映像もテロップに合わせるように「…つもりは…」と切って編集し、出演したコメンテーターたちもその映像やテロップに沿って都知事を批判した、世界のマスコミ史上類を見ない呆れた事件はもはや「伝説」と化している。いや、サンモニが愛する北朝鮮や中国にはいくらでもその類はあるが…。 この「事件」について、TBSは「意図的な捏造」であることは全く認めていない。しかし、一回や二回にとどまらず、毎週のように行われている捏造・偏向、反日プロパガンダを見れば、これが「意図的ではない」と言い張る人なんているのか。 サンデーモーニングの「意図」は、冒頭の姜尚中をいまだ出演させ続けていることだけでも十分証明可能である。姜尚中と言えば、2002年の小泉訪朝により北朝鮮が拉致犯罪を認めるその瞬間まで「共和国が拉致犯罪を行う合理的理由はない」として、この卑劣な犯罪の存在を否定してきたのは有名な話である。 そればかりか北朝鮮の拉致や核・ミサイル開発を批判する日本の対応を「文明国ではない」とまで言い放った人物である。これは日本テレビ系「爆笑問題のススメ」なるトークショーに出演した時の発言だ。 いわく「植民地になっていた国と正常な関係が結べないというのは、実はヨーロッパ的な基準からすると先進国ではないわけです」とのこと。いまだにこんなことを言い続けている人物なのだ。 それ以外にもトンデモ発言の例には枚挙にいとまがない。「(北朝鮮との)交渉による解決の可能性はより大きくなったと見るべきです」(週刊金曜日、1999年6月24日号)「5人の(ようやく帰ってきた拉致被害者)家族を(一旦北朝鮮に)帰す。どんな形でも良い。返す」(2003年元旦朝まで生テレビ)「防衛予算は4兆円も必要なのか」「北朝鮮がほんとうに脅威でしょうか」(「アジアから日本を問う」岩波ブックレット)「日本とはどうかというと、ミサイルや「拉致疑惑」で正常化交渉は遅々として進まない」(「東北アジア共同の家をめざして」平凡社)「よく“北朝鮮が日本を攻撃するかもしれない”という報道があるけれど、“なぜ?何の目的で?”と、僕が聞きたいたいですね」(日経ウーマン2003年9月号) こんな人物をいまだ出演させ続けているのが、TBSの「サンデーモーニング」なのである。なぜ抗議デモまで起きるのか。まともな良心の持ち主であれば、もはや説明の必要はなかろう。 これが今回の選挙でも野党に投票を促すかのような発言をした番組の正体なのだ。(文中一部敬称略)

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    テレビのやらせと同じ? SNSフォロワー数で煽った選挙報道のウソ

    ・博士(学術)、メディア学者) 多くの議論と話題を振りまきつつ2013年に解禁された「インターネット選挙」も今回の衆院選で4回目を迎えた。しかし、有権者の多くが感じていることは「で、結局何だったの?」という拍子抜け感であろう。今回の総選挙は、スマホ・ネーティブ(初めて持った携帯がスマホ)世代である18歳が参加する初の総選挙ではあるが、何ら変化が起きているようにも見えない。候補者の選挙活動の様子を携帯電話で 撮影するスタッフ=2015年4月、大津市内 一方で、政党や候補者たちは、SNSでの情報拡散に躍起だ。また、それを後押しするように、SNSで得られる数値を指標にした動向分析に必死に取り組む選挙報道を見ると、筆者はある種の危機感すら覚える。 SNS情報の客観的な数値化と一般化は、その母集団が明確ではないため非常に難しい。世論とSNSの投稿動向を関連づけようとする分析も多いが、そのほとんどはこじつけや偶然の域を出ない。メディアにおいては都合のよい投稿だけを抽出して、「SNSでは…」という枕詞(まくらことば)を付けることで、フェイクニュースや意図的な偏向報道を「客観報道」にカムフラージュする古典的な手法もまだまだ現役で利用されている。 それらは「おおむねフェイクニュース」と言っても過言ではない。「SNSで挽回を図る」とか「SNSで優勢に」といった政党側の論調でさえ、そんなフェイクニュースをよりどころにしつつ、実際は単なる「願望」にすぎないことばかりだ。 本稿では、前回の参議院選挙の頃から急速に登場してきた、選挙の動向分析の新しい指標である「SNSから得られる数値」を選挙報道で利用することの無意味さと危険性について詳述したい。 今日、選挙報道で利用される「SNSから得られる数値」には大きく二つある。 まず、SNSアカウントのフォロワー数である。具体的には政党のTwitter公式アカウントのフォロワー数によって人気や勢いが計られる。 そして二つ目が「SNS上での言及数」である。FacebookやTwitterなどのSNSの投稿内で言及された政党名の総数でランキングをつけ、なにがしかの傾向や支持の変動を見いだそうとする。 これらをひとことで言ってしまえば、フォロワー数が多ければ支持者が多いのではないか、政党名の言及数が多ければ関心を持たれている(得票につながる)のではないか、という単純で楽観的な解釈である。しかしながら、多少なりともSNSを利用している人であれば、このSNSの数値による選挙分析に違和感を覚える人は少なくないはずだ。 フォロワー数で大騒ぎ 例えば、以下が10月20日現在のおおよその主要政党Twitter公式アカウントのフォロワー数である。(カッコ)内は解散時の衆議院議席数・党員数である。立憲民主党:18万3000(16人・/)自民党:12万8000(286人・約104万人)公明党:7万5000(35人・約46万人)共産党:4万(21人・約30万人)日本のこころ:4万(0人・約5000人)社民党:2万3000(2人・約1万5000人)日本維新の会:1万4000(15人・/)希望の党:1万2000(11人・/) 今現在の瞬間風速的な話題性の反映はあるが、少なくともその数値が現実の党勢や支持率と必ずしもリンクしているようには見えない。むしろ脈略(みゃくらく)のない数値といっても良い。 数値の違いも注意が必要だ。最大18万と最低1万程度ではその数値に大きな差があるように見えるが、1万から20万程度のフォロワー数の違いは100万オーダーのネットやSNSの世界では「ほとんど誤差」と言えるような数値である。テレビを賑(にぎ)わすような話題があれば、その程度の数値は瞬時に増減する。実際社会の投票動向を反映するとは言いがたい数値を比較して「抜いた、抜かれた」を報道していることになる。 参考までに同水準のアカウントをあげれば、「ほぼ日刊イトイ新聞」「NHKクローズアップ現代+」がそれぞれ約18万5000である。 SNSでの政党名の言及数なども選挙時の党勢を知るための参考にはならない。 もちろん、今日の社会においてSNSのフォロワー数や投稿での言及数が、話題の尺度になっていることは間違いない。特に芸能人やテレビ番組などでは、SNSでの言及数の広がりが視聴率と伍(ご)するほどに重要視されるようにもなっている。例えば、2016年のTBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」のヒットの要因は徹底したSNSマーケティングにあったことは有名だ。 しかし、このようなSNSによるマーケティングと情報コントロールがうまく機能するのは、あくまでも芸能人やテレビ番組のように、仮に賛否両論があったとしても、それが露出や知名度向上がビジネスへと直結するという場合に限られる。選挙時におけるネガティブな話題での言及数などは、マイナス以外何の価値も持っていない。今回の選挙には無関係な多くの政党名の投稿も含め、玉石混合で話題の尺度にはなっても、それが投票行動にリンクするような類いのものではないことは明らかだ。ネット戦術に依存する新設政党 例えば、10月2日に結成を表明した立憲民主党が、4日に開設した公式Twitterのフォロワー数が、わずか2日目にして自民党のフォロワー数(約12万人)を追い越した、というニュースが大きく報じられた。そのTwitterの勢いから、大手メディアまでもが党勢の「躍進」と表現した。中にはあたかも自民党の支持率や議席数にもリアルに影響するかのごとき表現すらあった。街頭演説で支持を訴える立憲民主党の枝野代表 =2017年10月17日、福島市 しかし、Twitterのフォロワー数は党員数ではないし、支持率でもない。開設2日で自民党のフォロワー数を抜き、10月15日には17万人を突破したものの、10月20日現在のフォロワー数は18万3200人。15日から20日までの伸びが1万人程度という現状を見れば、「躍進」というよりも、最初の数日でフォロワー数(元々の支持者+ネットウォッチャー層)の上限に達し、その後は平行線をたどっていると見るべきが妥当だ。ネット戦術に依存せざるを得ない新設政党と一定の基盤を持つ既成政党ではSNSに対する接し方がそもそも異なるのだ。 民進党からの分裂劇など、これまでになく混乱する「劇場型選挙」になった立憲民主党の場合、支持の有無とは無関係にウォッチングされる。そのような時事的な話題性に基づく短期間でのフォロワー数急増という現象は、SNSではよくあることだ。特に、今回の選挙のようなケースであれば、単に野党の選挙情報を知るためにフォローしているような人もかなりの数いるはずだ。 SNSとは今日、最も身近で最も簡単で最も手軽な情報収集手段である。そうであるからこそ、フォローという行為が必ずしも支持の表明という特別な意味を有しているわけではない。単に「情報を選別して受け取るための登録」という意味であることは非常に多い。 今回の衆院選では、SNS上の党名言及数において、立憲民主党が自民党にも届く勢いにまで伸びていることを理由に、党勢の躍進を報じているニュースは多い。 しかし、SNSでの政党名の言及数は全てが応援というわけではない。選挙時におけるSNSでの言及は、一部の著名人候補を除けば、必ずしも積極的な関心でも、プラスに働いているとも限らない。特に、Twitterの場合、その媒体特性を考えれば、短期間での急激な発言数の増加は、むしろネガティブな罵詈(ばり)雑言の拡散装置として機能の方が、肯定的な話題よりは多いと考えた方がよい。 例えば、「ハゲ暴言」でおなじみの豊田真由子氏は今年、Twitterで最も言及された政治家の一人だろうが、政治家として勢いがあるとは言い難い。今、Twitter上で最も話題になっている髪型は「金正恩ヘア」と言われているが、このスタイルが今年のファッション業界で流行するとも思えない。同様に、どういった内容や文脈であるかまでは加味されないSNSでの言及数という指標は、選挙報道や投票行動の参考にはなり得ないのだ。SNS万能論の勘違い SNSから抽出される数値は、選挙での意思決定を左右する支持のバロメーターというよりも、「ゆるい関心」のバロメーターと見るべきが妥当だ。だからこそ、芸能人やテレビ番組のような場合には人気のバロメーターとして機能するのである。むしろ、強く働くのは、ネガティブな反応が多いだろう。 特にそれまで地道にネットやSNSを駆使した政治活動を展開していたような政治家・候補者以外が、突如選挙シーズンになってから積極的なSNS戦略を展開したところで、それに突き動かされて一票を投じるほど、愚かなSNSユーザーが多いとは思えない。政党やメディアが考えているほど、SNSの使い方、使われ方は単純ではないのだ。 それでもなお、SNSから得られた「なにがしかの数値」を指標にし、大手メディアまでもがその数値から選挙の趨勢(すうせい)を見いだそうとするのはなぜか。 その理由として以下の二つをあげたい。ジャスミン革命後の自由をアピールするチュニジアの人々=2011年4月 まず一つ目が、SNSが若者層を中心に生活の一部として定着し、大きな影響力と情報伝播(でんぱ)力をもっているという事実が生み出す「あらゆる場面で影響力を発揮可能」というSNS万能論の存在だ。特に2011年のチュニジア民主化運動「ジャスミン革命」で、FacebookなどのSNSが運動の成功に大きな役割を果たしたことなどから、SNSと政治運動は親和性が高いと印象づけたことも大きい。 しかし、言うまでもなく、ジャスミン革命で利用されたSNSは、情報共有・情報拡散ツールとしてであり、マーケティングツールとしてではない。もちろん、ジャスミン革命からの数年で、SNSのあり方、使われ方も大きく変容しているので、「SNS=社会変革ツール」という認識はあまりにも古い。しかし、SNS万能論は選挙が始まるといたるところで散見される。 そして二つ目に指摘できるのが、印象操作や偏向報道のテクニックの一つとして利用しやすい、というメディアの側の都合である。リアリティーの薄いSNSのフォロワー数や言及数という数値を、客観データとして党勢を推し量る指標にする。それを意図的に利用することで、暗に特定政党の支持が急速に伸びている(あるいは追い抜かれている)という印象操作をすることも可能になるからだ。SNSの数値という有機的で明確ではない指標を自分たちなりの解釈で利活用することで、状況や「民意」はどのようにでも描けてしまう。数値を乱用することで人心を惑わす「おおむねフェイクニュース」と言っても良い。ネットの声は市民の声? 一応、統計データ、定量データとしての体裁を整えることができる分、悪質に感じる場合も多い。「あくまでもSNSに投稿され、言及された政党名の数でしかなく、内容は考慮されていない」と明言している良心的なメディアもあるが、あたかも「民意」の反映のように表現するメディアも少なくない。 このようなことが今後まかり通るようなことになれば、SNSの数値を利用したような「おおむねフェイクニュース」は、新しい偏向報道のテクニックの主要な一つになるだろう。 数値を使ったトリックはなかなか見破るのが難しい、ということも事実だ。冷静に見聞きすれば荒唐無稽な内容でも、数値化されて一覧にして提示されると、思わず信用してしまう数値化マジックは「おおむねフェイクニュース」の常とう手段でもある。衆院選最終日、「最後の訴え」に聞き入る聴衆ら =2017年10月21日、東京都新宿区 もちろん、SNSから抽出した情報から組み立てられる報道やニュースの怖さは、数値の利用だけに限った話ではない。SNSで検索した面白い(あるいは刺激的な)投稿のいくつかを抜き出して、「ネットではこんな反応もある」といった、「市民の声」として一般化して出すような場面を見ると、偏向報道を超えて、単なる捏造報道なのではないか、と感じることさえある。その「市民の声」を関係者が自作自演で作っていないとも限らない。 テレビの情報番組で「町の声」「市民の声」として取材に応じる一般人が、実は一般人ではなく、テレビ局が用意した役者だった、という問題が発覚する騒動は多いが、それよりも発覚リスクが低く、しかもテクニカルに作り込むことができる分、有権者や視聴者が被る不利益は大きい。 フェイクニュースよりも信ぴょう性がありそうな体裁をとるわかりづらい「おおむねフェイクニュース」が溢(あふ)れる今日。その狡猾(こうかつ)なテクニックに翻弄(ほんろう)されず、「情報の確からしさ」を検証し、情報を選別するには、何よりも有権者自身のリテラシー能力を高めることが必要だ。

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    小池百合子を持ち上げて地獄に落としたワイドショーの「ご都合主義」

    レギュラー陣、ビートたけし(中央)、俳優の大竹まこと、エッセイストの阿川佐和子 そしてインターネット選挙が13年に解禁となってから既に4年がたった。何が変わって何が変わっていないのか。まず、変わった点は政党、政治家のメディア戦略が進化した。国会における討論はテレビ中継を意識したものとなり、国民からしてみればわかりやすいものとなった。大きなフリップを使い、テレビの視聴者が一目でわかるように各議員も工夫するようになった。 政党がインターネットを使いこなすようになってきたのも顕著だ。自民党の動画チャンネル「Cafe Sta」はその典型だ。生放送もあれば録画で見逃し視聴もできる。FacebookやTwitter、YouTube、ニコ生、FreshなどSNSや動画配信プラットホームがフルに活用されている。それ自体は悪いことではない。有権者は、より多くのメディアで政治関連情報に触れることができるようになったのだから。ポピュリズムを助長するテレビ 一方で、各メディアの役割はその分高まったかというと極めて懐疑的にならざるを得ない。テレポリティクスという言葉は使われなくなっても、テレビの役割は全く進化していないと言っていいだろう。いや、むしろ「ポピュリズム」を助長しているとしか思えないのだ。 とりわけ朝や昼過ぎのワイドショーに大きな問題がある。政治に多くの時間を割くこと自体は問題ない。むしろ好ましいことであろう。しかし、それはあくまで公平公正に扱っている限りにおいて、である。 特に、一部の局で「モリカケ問題」にほとんどの時間を割いたことに違和感を抱いた視聴者も多かろう。問題の本質がなんなのか、今でもわからない人が多いのではないか。 国家戦略特区そのものに問題があるのか、決定プロセスに問題があるのか、請託があったのか、国家公務員法に抵触する取引があったのか、国会議員の関与があったのか、地方議員の関与があったのか、一向にわからない。「オトモダチ」優遇が悪いといっても、世の中そんなことはごまんとあるわけで、やはり法的にどのような瑕疵(かし)があるのか明確にするのがメディアの役割だろう。 それを当事者の言うことを断片的に垂れ流すだけでは視聴者をミスリードするだけでなく、政局すら左右しかねない。本来テレビは慎重の上にも慎重を期すべきだろう。キャラが立つ人物が現れると出しまくり、潮目が変わると一斉に手を引くのがテレビの常套(じょうとう)手段だ。2017年3月、森友学園の籠池泰典前理事長を単独インタビューし、報道陣に囲まれる著述家の菅野完氏(中央)(宮崎瑞穂撮影) 一時、渦中の籠池泰典氏に単独インタビューを敢行した著述家の菅野完氏を出しまくっていたのはなんだったのか。また、あれだけワイドショーの常連だったTBS出身のジャーナリスト、山口敬之氏も暴行疑惑が持ち上がってから一切画面から姿を消した。その後の経緯は読者諸氏もご承知の通りだが、検察審査会が不起訴相当の判断を出したにもかかわらず、テレビで顔を見ることはない。全てはご都合主義なのだ。もうあぐらをかいている場合じゃない 小池百合子東京都知事についての報道も同じ構図だ。都知事選、千代田区長選、都議選と、「小池旋風」が吹いているときはそれほどでもなかったが、希望の党を立ち上げ、民進党の前原誠司代表と手を組んでから風向きがガラッと変わった。小池都政1年の検証はそっちのけで小池批判に舵を切った感がある。そこにはなんのポリシーもない。豊洲市場問題、オリンピック問題などどこかに消え去ってしまった。これでいいのか。2017年10月、パリへ出発する小池百合子東京都知事=羽田空港国際線ターミナル(宮崎瑞穂撮影) 北朝鮮問題しかり、だ。最大の脅威なら日本は安全保障をどうしたら良いのか、拉致問題をどう進展させるべきなのか、政治家に考えさせるような報道が必要だろう。 一部政党の消費税先送りや原発ゼロといったポピュリズム政策をちゃんと検証しているといえるだろうか。自民党の政策でも、消費税の使途変更で国の借金返済は遅れることが明白だ。政策ごとに各党の公約をちゃんと比較・評価して視聴者に届ける努力をしているだろうか。 そうした中、日本でも偽ニュースを検証する、ファクトチェックの動きがようやく出てきた。国内初の本格的な検証団体「ファクトチェック・イニシアチブ」が立ち上がり、その趣旨に呼応してネットメディアのBuzzFeed JapanやGoHoo、ニュースのタネ、そしてJapan In-depthらが参加し、総選挙に関する報道や政治家の発言などを検証し始めた。朝日新聞などマスコミにもその動きが見られた。これは健全なことであり、メディア同士のチェックもこれからますます進んでいくだろう。 こうした動きはメディアに対する国民の信頼を取り戻すことにつながることから歓迎すべきことだ。しかし、テレビはファクトチェックに熱心とは思えない。 報道以外の番組で批判が集まることも珍しくない中、自ら批判しその内容を公表することが、信頼回復につながり、評価が高まるということを理解すべきである。 もはやメディアは「第4の権力」などといってあぐらをかいている場合ではない。インターネット上で誰でもニュースを検証でき、その結果をSNSで拡散することが容易になった。ファクトチェックはますます進むだろう。 今後テレビはワイドショーやドラマ、バラエティーなども含め、発信する情報全ての品質管理を厳しくしていかねばならない。さもなくば、テレビだけ置いてけぼりを食らうのは間違いない。

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    安倍氏VSメディア イヤホン騒動など「ガキの喧嘩」の醜悪

     希望の党の失速で、見るべきところがほとんどなくなった総選挙報道。目立つのは安倍晋三首相と大メディアの“不毛な論戦”ばかりだ。 安倍首相ほど、メディアの好き嫌いがハッキリしている総理大臣も珍しい。今回の選挙戦を通じて「嫌い」なメディアがどこか、改めてはっきりわかった。 日本記者クラブの党首討論会(8日)で、朝日新聞の論説委員から加計疑惑について問われると、“朝日の報道こそおかしい”と色をなして反論した。「朝日新聞は先ほど申し上げた八田(達夫・国家戦略特区WG座長)さんの(加計の特区決定に一点の曇りもない、との発言の)報道もしておられない」 対する朝日は論説委員が「(報道)しています」と言い返すだけでなく、わざわざ翌朝の紙面で〈今年3月下旬以降に10回以上、八田氏の発言や内閣府のホームページで公表された見解などを掲載〉とやり返した。 もちろん、総理大臣の政策論を聞き、選挙記事を読んで投票先を決めたいと考える有権者にとっては、不毛な応酬でしかない。街頭演説を終え、聴衆に手を振る安倍首相=2017年10月、埼玉県上尾市 『NEWS23』(TBS系)での諍いもそうだ。きっかけは解散表明当日、同番組に出演した安倍首相が、“解散の大義”を延々と語っている最中に突然、「2人でモリカケ!」という音声が流れた一件だった。 「流れてしまったのは森友・加計問題に話題を移すよう指示する番組ディレクターの声で、キャスターの星浩氏が外していたイヤホンから音が漏れ、それをマイクが拾った。初歩的なミスだが、安倍首相は“敵失”がよほど面白かったのか、公示前日に再び同番組に出演すると、話題が森友・加計に及んだ時、わざわざ星氏に『イヤホンは大丈夫ですか』と当てこすってみせた」(TBS関係者) 政権に批判的なメディアには“口撃”を繰り返しているわけだ。田島泰彦・上智大文学部新聞学科教授はこう嘆く。 「権力者がメディアに監視され、批判的検証の対象になるのは当然のこと。安倍首相の対応はあまりに子供じみている。また、メディアの側も“報じたかどうか”といったレベルに合わせるのではなく、疑惑の本質を伝える報道に絞るのがあるべき姿ではないか」 与野党間のやり取りも、首相とメディアの諍いも、まるで「子供のケンカ」である。関連記事■ 「安倍ヤメロ!隊」完封するため最強「安倍応援団」組織登場■ 小池知事が来春国政復帰も まさかの自民復党シナリオ■ 安倍首相 11月のトランプ会談後に“禅譲”の可能性も■ 安倍首相「過半数は堅い」の報告も喜ばず 目標喪失原因か■ 公明中心に自民、希望連立の場合 山口総理誕生の可能性は?

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    大メディア 解散で100億円の「総選挙特需」でウハウハ

     大メディアがこぞって解散総選挙を煽りまくっている。〈首相が解散権を行使し、衆院選に勝利することで、重要政策を遂行する推進力を得ようとすることは理解できる〉(読売新聞9月19日付社説)〈安倍首相による、安倍首相のための、大義なき解散である〉(朝日新聞9月20日付社説) 主張こそ正反対に見えるが、国民のために解散をやめろとは書かない。それもそのはずで、新聞・テレビなど大メディアにとって解散は100億円を超える「総選挙特需」が待っているからだ。 国政選挙には候補者のポスター代や公選ハガキ、選挙カーのレンタル費用やガソリン代から政見放送、新聞広告まで税金で負担する「選挙公営」という仕組みがある。安倍首相が衆院を解散し総選挙を行うと表明したニュースを報じるビジョン=2017年9月25日、大阪市北区(彦野公太朗撮影) 新聞広告に落ちる金額は巨額にのぼる。まず政党は比例代表名簿の登載者数に応じて税金で新聞広告が打てる。全国版の全面広告は読売で1回ざっと5000万円。 前回2014年総選挙の期間中(12日間)で国(中央選管分)が新聞社に出稿した比例代表候補の政党広告代のランキングと金額を見ると、【1】読売・5億5000万円【2】朝日・2億3700万円【3】中日・1億6400万円【4】北海道・8900万円【5】毎日・7500万円 ──など56社で総額15億円となっている。 これとは別に小選挙区の候補者(全国で959人)は1人につき5回分の新聞広告(1回誌面2段、幅9.6センチ)を税金で好きな新聞に掲載できる。 掲載料は最高額の読売(東京本社版)が1回約262万円(税抜き)。候補者1人が5回分すべて読売に広告を出せば1300万円を超える。東京ブロックの小選挙区には97人の候補者が出馬したから、新聞広告費は東京だけで10億円前後にのぼったと推計できる。それが全国の小選挙区で地方紙にも落ちる。 選挙公営の仕組みが新聞に有利なのは、広告費は候補者を通さずに国(選管)から新聞社に直接支払われることだ。候補者にとっても一定得票数に届かないと自腹になるポスター代やビラ代と違い、全額公費負担が保障されている。候補者は安心して血税を大新聞に注げるというわけだ。 テレビ局の選挙収入はもっぱら政党のテレビCMだ。放映料は「15秒のスポット広告」で300万円から500万円が相場とされ、こちらは選挙公営ではなく政党が支払う。前回総選挙が行なわれた2014年の各党の宣伝事業費は自民党が約20億円、民主党が約24億円で両党だけで44億円に達した。 財源は主に政党助成金であり、国民の税金から出されるのは同じだ。さらに2013年の参院選からは「資金力のない小政党や無所属候補も金をかけずに有権者に政策を訴えることができる」という触れ込みでインターネットでの選挙運動が解禁され、政党のバナー広告が認められた。 しかし、新聞・テレビ各社はこのネット選挙もビジネスチャンスとみて、自社ニュースサイトのトップ面や速報面に政党のバナー広告を呼び込む営業にも力を入れた。朝日新聞デジタルの場合、最高額の「ビルボードプラン」の料金はなんと1000万円である。 選挙特需は告示から投開票までの12日間でざっと100億円は超え、テレビは選挙の開票特番で多くのCM収入を稼ぐことができる。まさに大メディアにとって「選挙ほどおいしい商売はない」のである。関連記事■ 解散煽る大新聞・テレビ 税金から260億円選挙特需あるため■ ネット選挙広告 新聞社バナー広告は見る人半分でも料金6倍■ 国政選挙 新聞・TVには料金取りっぱぐれない重要かき入れ時■ 安倍晋三氏に総理再選を諦めさせる本当の勝敗ラインを検証■ 稲田朋美氏 地元のオジサマから「パンツ姿もいいねェ」

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    自公勝利、改憲議席確保へ

    憲民主党が躍進する見通しだ。小池百合子東京都知事の希望の党創設に端を発し、「政局」に終始した今回の総選挙。iRONNAでも開票速報をお届けする。

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    リベラル潰しの功罪

    希望の党を立ち上げた小池百合子東京都知事の戦略は浅はかだったのか。リベラル切りを宣言した「排除の論理」は結局、左派勢力の受け皿となる立憲民主党の台頭を許し、希望の党は図らずも失速した。小池氏主導の「リベラル潰し」に正義はあったのか。功罪を問う。

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    安倍の悲願を打ち砕く「マイルドリベラル旋風」はこうして生まれた

    民進党は「三分裂」の憂き目に遭った。どれがミソでどれがクソなのか、ここでは問うまい。 10月10日に選挙の号砲が鳴ったが、新聞各社などの序盤世論調査に共通するのは「自公が300議席を伺う勢い」「希望の党は失速」「立憲民主党の健闘」だ。上記三つの傾向の原因を作ったのは、解散した安倍首相や、希望の党へのまるごと合流を袖にされた前原氏よりも、やはり小池氏だろう。小池氏は有権者の「五つの疑問や不安」に答えられず、有権者の不信を招いたからだ。ポピュリスト・小池百合子への不安 第一は「敵をたたくポピュリズムへの疑問」だ。昨年夏の都知事選で広がった「百合子グリーン旋風」は、ひとことで言えば「既成政治破壊への期待」だった。1993年衆院選での日本新党の「改革派vs守旧派」、2005年衆院選での郵政民営化「賛成派vs反対派」もそうだった。さらに小池氏は「都議会自民党はブラックボックス」と攻め立て、築地市場の移転延期などメディアの注目を集めそうな争点も持ち出した。 この手法は大成功、約291万票を獲得した。今年7月の都議選でも、自民党のオウンゴールもあったにせよ、都議会自民党を23議席の大惨敗に追い込み、小池氏率いる都民ファーストの会は、都議会第1党に躍り出た。 選挙は戦である以上、敵をたたかなければならないが、「破壊」だけで「創造」がともなうのか。今度の敵は「安倍政権」だが、政権を倒した後に政策も含めてどういった「創造」ができるのか。小池氏得意の「曖昧戦術」で、首班指名も衆院選の結果で判断、というのでは、有権者の不安は払拭(ふっしょく)できまい。焦りから、またぞろ森友・加計学園問題を持ち出して忖度(そんたく)政治を批判しているが、都議会の知事への「忖度」はもっとあからさまだ。 第二は「政策への不安」だ。機を見るに敏で、世論の風を読み、耳障りのいい政策をアピールするのがポピュリズムの最大の特徴だ。小池氏が都知事選で使った「築地市場移転の見直し」もそうだったはずだ。それが、豊洲市場への移転を「決められない」都知事との批判が高まるや、都議選の公示直前になって「豊洲市場に移転、5年後をめどに築地市場も再開発」という、極めて中途半端な公約を打ち出した。それでも、都民の過半数はその曖昧な公約に納得した。2017年9月、豊洲市場で行われた地域住民向けの見学会を視察に訪れた東京都の小池百合子知事(手前)。約1年1カ月ぶりに豊洲市場を訪れた 政策の中身より、政策イメージで世論を動かそうとするのがポピュリズム。衆院選でも、自民党との政策の違いをどこかで際立たせようと「消費税引き上げの凍結」を希望の党はうたっている。党首討論会でも、「いったん立ち止まって考える」と小池代表は述べていたが、注目を集めそうな争点を取り出して「立ち止まって考える」は、都知事選での築地市場移転でも使われたフレーズ。有権者にとっては既視夢だ。19年10月に予定されている消費増税まであと2年もある。それまでの社会状況の変化で、どうなるか分からない課題に、より口当たりがいい「増税凍結」など、単なる票目当てのイメージ戦略との批判がつきまとった。 経済政策にしても、政権与党の成果を真っ向から否定できないからといって「ユリノミクス」とは疑問符だらけだ。大阪、名古屋と連携して「三都物語」をアピールしたが、選挙のための同床異夢、大村秀章愛知県知事は「一抜けた」となり、三都物語どころか「打算とファンタジー」に終わり、かえって小池氏へのボディーブローとなった。カタカナ言葉満載で、言葉は踊っているが、政権与党に対抗できるような政策なのかどうか。「実質は政権与党の政策」に、違いを出そうとして味付けしている感がどうしても否めない。言葉遊びもほどほどに、と有権者は考えないか。独善批判で飛び出した「自爆テロ」 第三は「変節者を抱え込む不信」だ。小池氏は「安倍政権打倒」のためにすべてを抱え込むリスクはとらず、政策協定書への署名を求め、特に安保法制や憲法改正で納得できない勢力の排除に成功、立憲民主党に追いやった。だが、「排除します」「受け入れる気はさらさらない」といった強い言辞は、希望の党にとってプラスになったか。選挙期間中に玄葉光一郎元外相が「失言だった、あれがなければ200議席取れていた」と慨嘆するありさまだ。 リベラル勢力の排除は、時間切れで中途半端になったとはいえ、共産党や社民党も含めたリベラル勢力の選挙協力結集を促した。一方で、政策協定書の中身に問題はない、踏み絵ではないとはいっても、有権者の間に「民進党は安保法制に反対したのに、小池人気にあやかろうとして変節して希望の党にはせ参じた」というネガティブなイメージは払拭されない。 政治にとって、「ブレた」というイメージは致命傷になりかねない。もちろん、ここは有権者の評価だが、「安保法制と憲法改正で変節した」というイメージの候補を抱えていることで、希望の党のイメージダウンは避けられまい。 第四は「独善性への不協和音」だ。都議会で都民ファーストの荒木千陽(ちひろ)新代表が決まる際、都民ファーストの都議には何の相談もなかった、と不満が噴出した。また、自由に取材を受けることを制限するなど、小池氏が看板とする「オープンな政治」とは程遠い「言論統制」「小池独裁」への批判が高まりつつある。「お友達政治」「しがらみ政治」を批判しているが、独善的な党運営になるのではないか、という懸念が消えない。2017年10月、地域政党「都民ファーストの会」に離党届を提出し、記者会見する音喜多駿都議(左)と上田令子都議 それが「自爆テロ」となって爆発したのが、都知事選から小池氏を支援していた、いわば「譜代の臣」である音喜多駿、上田令子両都議による都民ファーストからの離党劇だ。都民ファースト内部で冷や飯を食わされていることへの不満など、表向きの離党理由以外にもさまざまな要因が取り沙汰されているものの、離党のタイミングといい、「オープンな政治」「情報公開」を掲げる小池氏にとって、そのスローガンとは裏腹の、都民ファーストの独善的な運営のマイナスイメージは計り知れない。希望の党も、都民ファースト同様「小池商店」で、小池氏個人の差配で何でも決まるのでは、果たして国政政党の体をなすのか、ましてや政権政党としてふさわしいのか、という疑問符がつきつつある。リベラルな衣をまとったご都合主義 第五は「二足のわらじへの冷めた目」だ。小池氏は圧倒的な得票で都知事の座に就きながら、わずか1年余で国政政党の代表となった。読売新聞社が10月7~8日に行った全国世論調査では、小池氏が希望の党の代表を務めていることについて、「都知事の仕事に専念すべきだ」が71%と7割を超えた。「今のまま、希望の党の代表と都知事の兼務を続けるべきだ」は19%、「都知事を辞職して、衆議院選挙に立候補すべきだ」は7%にすぎなかった。 都知事辞職、衆院選出馬していれば、総スカンの逆サプライズは必至だった。結局出馬しなかったが、党首討論や街頭演説で映る小池氏をテレビで見ている人たちは「都知事なのになぜ国政?」と思い続け、マイナスは増幅する。希望の党は「小池代表の二足のわらじ」への評価も含めて衆院選を戦わなければならない。 同じ読売新聞社の世論調査で衆院比例選の投票先は、自民党が32%、希望の党が13%。立憲民主党が7%だ。希望の党の失速、立憲民主党の躍進は、その後ますます顕著になりつつある。安倍内閣の支持率は41%、不支持率は46%で、いまだに「安倍嫌い」が根強いなかで、にわかに浮上した「リベラル勢力」。 小池氏は「リベラルを排除します」「リベラルを受け入れる気はさらさらない」などという強い表現でリベラルを排除し、「保守二大政党」を志向することを鮮明にした。それはそれで、一つの考え方ではある。小池氏としては、排除発言の時点では「リベラル潰し」をしたつもりだろう。その「功」といえば、「有権者にとって分かりやすい構図になった」ということだろうか。 1994年に「自社さ連立」の村山富市政権が誕生した際には、55年体制下で政策的にも対立した自民党と社会党が政権奪還のために組んだことで有権者を驚かせた。だが、村山首相も「自衛隊は合憲」とこれまでの主張を覆し、現実政治をリベラルが追っていくことで、有権者にとって、リベラル勢力が目指す政治の姿が見えにくくなった。新内閣組閣後、橋本龍太郎通産相(右)と握手する村山富市首相=1994年6月、首相官邸 その後、民主党が結党され、リベラルから保守勢力まで幅広いウイングが一つの党に同居することで、とりわけ安全保障などで政策の一致ができているのか、有権者には懸念が付きまとった。安保法制でも「反対すれば野党に有利」というような、リベラルな衣をまとったご都合主義が鼻についた。純化されたリベラルが首相の悲願に牙を向く しかし、小池氏がリベラルを排除したことで、共産党のように「護憲」「自衛隊は違憲」「だが憲法に定められた天皇制は否定」というような極端な主張ではなく、「マイルドリベラル」の立憲民主党が誕生し、リベラルな傾向を持つ層にとって、投票しやすくなったといえる。 衆院選の序盤情勢でも、小池氏に排除された同情だけでなく、護憲・自衛隊違憲の「教条主義」にはついていけないマイルドリベラル層が立憲民主党に流れている。リベラル系の有権者は根っからの「安倍嫌い」で、もとより自民党や公明党に投票する層ではない。共産党にも抵抗感がある層にとって、立憲民主党は「投票しやすい」側面があり、リベラル系有権者の票を集めて一定の支持を集めるだろう。しかし、リベラル勢力で衆議院の過半数を制して政権を奪取できるとは考えられない。2017年10月、「立憲民主党」を結党すると表明した記者会見を終え、写真に納まる枝野幸男代表 一方の「罪」は、マイルドリベラル層が支持する政党が誕生したことで、「安倍一強」対「その他」の構図が、「保守」対「リベラル」の構図に単純化されていくリスクだ。失速した希望の党は、いずれ自民党の切り崩しにあい、消滅していくかもしれない。しかし、選挙期間中であるにもかかわらず、早くも参議院の民進党は、政党助成金のことがからんでいるとも取り沙汰されているが、前原代表を解任して民進党に再結集するなどと、有権者不在のあぜんとするようなことを言い始めている。 民進党のリベラル派が参議院も含め、立憲民主党として一定の勢力を占めれば、憲法改正反対で、小池氏ばりの「ポピュリズム」をあおるリスクが高い。衆参で3分の2以上の議席を占めても、国民投票に向けて、純化されたリベラル勢力がマイルドリベラルにアピールして憲法改正反対のポピュリズムをあおれば、2012年の政権奪取以来の悲願だった安倍首相の憲法改正が頓挫することになる。 日本政治の中で、長年表舞台から遠ざかってきた「リベラルの旗」が掲げられた分かりやすさを、マイルドリベラルの有権者は歓迎するだろうが、「憲法改正反対」のポピュリズムに巻き込まれれば、それはまた日本政治停滞のリスクにもなる。 歴史の歯車を回した3人、安倍首相、前原氏、小池氏の誰が新しい歴史を作った「功労者」として後世に名をとどめることになるのか。それとも、日本政治に混乱と停滞をもたらした「戦犯」と名指しされるか。有権者も衆院選後の政治の動きを固唾(かたず)をのんで見守っている。

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    小池百合子の「リベラル潰し」はなぜ失敗したのか

    佐藤健志(作家、評論家) 今回の総選挙では、「リベラル壊滅」が生じたとする見方が強い。壊滅論のポイントを整理すれば、次のようになろう。 (1)民進党が希望の党への合流を決めたことで、リベラル系政党の連携、いわゆる「野党共闘」が打撃を受けた。 (2)希望の党の公認を得るべく、多くの民進党出身者がみずからの姿勢を保守化させ、リベラルから転向した。 (3)希望の党に合流せず、リベラルの姿勢を維持している者は、もはや少数派にすぎず、政権獲得をめざすどころか、改憲発議を阻止する勢力にもなりえない。 (4)民進党が希望の党への合流を決めたのは、「今のままでは選挙を戦えない」という判断の産物であった。 つまりリベラルは国民から愛想をつかされていたのであり、希望の党への合流をめぐる騒動によって、それが決定的に浮き彫りになったというわけなのだ。会見する希望の党代表の小池百合子氏=2017年9月、東京都庁(飯田英男撮影) ここで言う「リベラル(派)」は、「往年の『革新(派)』ほど、左翼的な反政府・反体制志向が顕著ではないものの、ナショナリズムや積極的な安全保障政策の追求には否定的で、経済政策に関しても、平等志向に基づく弱者擁護の姿勢を強調したがる立場の者たち」と定義できる。 希望の党代表である小池百合子東京都知事は、同党からの公認を申請した民進党候補について、平和安全法制や憲法改正を肯定するかどうかで選別を行った。しかもその際、「(選別は)リベラル派大量虐殺なのか?」と質問された小池氏は、これを打ち消すのではなく、次のように返答したと伝えられる。 「排除致します。というか、絞らせていただくということです。それはやはり、安全保障や憲法観という根幹部分で一致していくことが政党の構成員として必要最低限のことではないかと思っています」 くだんの選別、ないし排除によって、選挙の構図は大きく変わる。希望の党と民進党の合流が伝えられた当初は、「自民党VS希望の党」の構図も、「保守とリベラルの競合」としての側面を持っていた。民進党はもともとリベラル色が強く、希望の党はできたばかりの新党だからだ。 しかるに希望の党が公認に関するリベラル排除を打ち出したとたん、この構図は「保守と保守の競合」に変貌した。ハフィントンポストの記事によると、民進党の前議員88人のうち、希望の党の公認を得た者は約60%。あとの40%のうち、リベラル系新党「立憲民主党」に参加した者はさらに約40%で、残りは無所属で出馬したという。 上記の経緯を見るかぎり、リベラル壊滅論は相応の説得力を持つ。しかるに、注目すべきは、公認に関するリベラル排除を打ち出したとたん、希望の党のブームがいきなり失速したことである。 同党の獲得議席については、一時は150を超えるとか、200をうかがうかもしれないとまで言われた。ところが現時点では、良くて公示前の57を多少上回る程度、下手をすれば割り込むと予想されている。選挙の主役は枝野幸男? 逆に立憲民主党は躍進の勢いだ。10月13日に発表された朝日新聞の情勢調査は、獲得議席上限を49と、公示前(15議席)の3倍以上に設定した。同調査における希望の党の獲得議席下限は45なので、希望と立憲民主の勢力逆転すらありうることになる。 はたせるかな、10月16日にJNNが発表した世論調査では、立憲民主党の支持率が希望の党を上回った。10月17日にFNNが発表した調査も、小池氏の支持率が急落する一方、立憲民主党が「希望の党との間で、野党第一党を競り合う勢い」だと報じている。 国民から愛想をつかされていた(はずの)リベラルを排除するや、喝采を浴びるどころか大ヒンシュクを買うとは、一体どういうことだろうか? しかも排除されたリベラルは、総崩れのまま消滅の道をたどるかと思いきや、予想外の健闘を見せている。 これで選挙後、希望の党の民進系議員がこぞってリベラルに再転向、同党を出て立憲民主党に合流するような事態が生じればどうなるか? 共産党や社民党と合わせて、改憲発議を阻止できる勢力となることすらありうるかもしれない。 今回の選挙の主役は、安倍総理でもなければ小池氏でもなく、立憲民主党の枝野幸男代表だという声まで出た。リベラル壊滅論の妥当性も、こうなると再検討する必要が生じよう。その際のキーワードは、ずばり「政局」である。連合の神津里季生会長と会談後、取材に応じる立憲民主党の枝野幸男氏=2017年10月、東京都千代田区(飯田英男撮影) 『広辞苑』は「政局」について、「政治の局面。その時の政界の有様。政界のなりゆき。政権にかかわる動向」と定義する。けれども現在、この言葉は「政界における自分の立場を有利にすることを唯一最大の目標とする行動パターン」の意味で使われる場合が多い。 一寸先は闇という政界の特徴を思えば、これは「自分の立場を有利にするためなら、その時々で主義主張をどんどん変える」ことを意味しよう。政局重視の発想のもとでは、御都合主義的な振る舞いこそ適切なのであり、政策理念に関する一貫性や整合性へのこだわりなど、脇に追いやられるのだ。 今回の総選挙にいたる経緯は、まさしく「政局と政局の化かし合い」とも呼ぶべきものだった。安倍総理が解散に打って出たこと自体、「民進党の内紛が続き、小池氏の新党づくりも十分進んでいない時点で選挙をやるのが最も有利」という判断によるものだったのは否定しえまい。 アベノミクスのさらなる展開(いわゆる「生産性革命」や「人づくり革命」)であれ、消費増税分の使い道の変更であれ、少子高齢化対策であれ、はたまた北朝鮮問題への対処であれ、今ここで選挙を行い、国民の信を問わなければ推進できないなどということがあろうか。これらのうち、何が最大のポイントかさえ、実のところ判然としない。 だからこそ小池氏は、「与党がそこまで御都合主義に走ったのだから、急ごしらえで新党を立ち上げても、大義名分が立つので勝てる」という判断のもと、希望の党を旗揚げしたに違いない。さしずめ「御都合主義と御都合主義の競合」だが、政局重視に徹する姿勢の鮮やかさにおいて、小池氏は明らかに総理より優っていた。 旗揚げ直後、希望の党が圧勝して政権に王手をかけるのではと言われたのも無理からぬことだろう。現に安倍総理は、「誠実に愚直に政策を訴えていきたい」と演説するなど、政局重視の姿勢を撤回するかのような動きまで見せた。リベラル風が吹いたら最後 民進党が希望の党への合流を決めたのも、「政局と政局の化かし合い」という視点に立てば、批判されるべきことではない。政局重視とは「自分の立場を有利にできるなら、無節操に振る舞ってもよい」と構えることなのだ。 「政局の女王」として、寛容の精神、ないし御都合主義を発揮し、公認希望者をことごとく受け入れることこそ、小池氏にふさわしい対応だったはずである。ところが小池氏は、政策理念の一貫性や整合性にこだわり、リベラルの排除に踏み切った。希望の党候補の応援に駆けつけた小池百合子氏(左)と民進党の前原誠司代表=2017年10月、東京都品川区(桐原正道撮影) 御都合主義的な態度を取らずに筋を通した、そう肯定的に評価することもできるのだが、こうなると「希望の党の旗揚げ自体が巨大な御都合主義ではないのか」という点が際立ってしまう。政局重視に徹することでブームをつくりだしておきながら、政策面で筋を通そうとするのは、これまた一つの破綻にほかならない。 安倍総理の「愚直に政策を訴えていきたい」発言も、その意味では破綻しているのだが、小池氏の場合、政局重視の姿勢が鮮やかだっただけに、破綻も鮮烈なものとなってしまう。リベラルの排除が、希望の党ブームの失速や、小池氏の人気失墜を引き起こしたのは、必然の帰結だったのだ。 だとしても、政策面で筋を通そうとすることがヒンシュクを買うというのは、憂慮すべき事態と評さねばならない。それは国民が、政治家、または政党に対して、「主義主張なんかどうでもいい、とにかく世の風向きを敏感に読み取り、相手を痛快に出し抜いてみせろ」と求めていることを意味する。 ならばリベラル壊滅についても、額面通り受け止めることはできない。たとえ現時点では国民の多くから愛想を尽かされていようと、世の風向きがリベラルのほうに吹いたら最後、今度はそちらに走るのが望ましいことになるのだ。リベラル派の前身たる「革新派」は、敗戦直後、まさにそのような風潮のもとで生まれた。 リベラル壊滅の陰には、「筋の通った政策論に対する関心の消滅」という、きわめて厄介な問題がひそんでいる。そのような政局至上主義が横行するもとでは、どの党が政権を担ったところで、国のあり方が良くなるとは信じがたい。平和安全法制や憲法改正に賛成であろうと、今回の事態を喜んではいられないのである。

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    枝野新党にもぐり込んだ「筋を通さない偽リベラル」の正体

    ベラル派を左派と訳しているのだ。日本の左派がリベラルと名乗るのは、左派ではイメージが悪いからだろう。選挙で票にならないので、必死にリベラルという呼称を確保しようと、アピールしているように見える。左派勢力こそ全く筋が通っていない 要するに、日本ではリベラルではない左派の政治家が、自由民主主義の本家本元である欧州での言葉の意味を無視して、リベラルの呼称を奪って、勝手に使っているのである。 次に、立憲民主党に結集した左派勢力が、踏み絵を踏まずに護憲・安保法制反対を守った姿勢が「筋が通っている」と評価されていることに反論したい。むしろ彼らの言動こそ、全く筋が通っていないのではないだろうか。 そもそも、前原氏が「みんなで希望の党に行きましょう!」と演説し、事実上の解党を決めたとき、みんな拍手喝采していた。左派のほとんどが希望の党の公認を得るつもりだったのである。小池氏が保守色が強い政治家であることは、百も承知であったはずだ。「基本政策の違いなんか、大したことない。とにかく小池氏の人気にあやかって、当選することだ」と、あまり深刻に考えていなかったのは間違いない。街頭演説後、記者の質問に答える辻元清美氏=2017年10月、JR高槻駅前(水島啓輔撮影) 左派は「基本政策の不一致」を理由に、希望の党から公認を得られないことが判明したときに、初めて慌て騒ぎ出したのだ。「筋が通っている」というならば、前原代表が最初に合流案を提案したときに反対すべきだったはずだ。だが、あの辻元清美氏でさえ黙っていたのである。 彼らは、希望の党の公認を得られなかったから新党を作ったのであり、もし公認を得られていたら、そのまま希望の党に入っていたのだ。この過程を時系列的に整理してみれば、左派の行動こそ筋が通っていないのは明らかだ。逆に、希望の党の公認を得た民進党右派の候補者は「当選のために魂を売った」と批判され続けているが、それは正確ではない。彼らは民進党から出ることで「売っていた魂を取り戻した」のだ。 確かに、彼らは2015年の安保法制の審議で徹底的に法案を批判し、採決の際に反対票を投じた。しかし、当時は共産党との共闘関係があり、党議拘束でがんじがらめであった。また、安倍首相が法案審議開始前に米議会で演説し、安保法制の成立を約束してしまったことで、「国会軽視」「野党軽視」だと感情的に首相に反発してしまった経緯があった。 本来、前原氏ら右派が保守的な安全保障観を持っていることは、国民に幅広く知られている。彼らの中には、民主党政権期に外交や安全保障政策に取り組んだ議員が少なくない。米軍普天間基地の移設問題や、尖閣諸島沖の日本領海に侵入した中国漁船と海上保安庁巡視船の衝突事故、尖閣諸島の国有化など、非常に難しい判断を迫られる政治課題に直面した経験を持っている。もちろん、民主党政権の運営の稚拙さは批判されてきた。判断の間違いもあった。だが、少なくとも彼らは、厳しい国際情勢にリアリスティックに対応することの重要性を知ることにはなった。野党「戦後最悪の惨敗」 安保法制の国会審議が始まる前、旧民主党のホームページには「安保法制の対案」が掲載されていた。そこには、安保法制をめぐる国会審議への準備として「安全保障法制に関する民主党の考え方」がまとめられていた。この中で、旧民主党は「憲法の平和主義を貫き、専守防衛に徹することを基本とし、近くは現実的に、遠くは抑制的に、人道支援は積極的に対応する」という安全保障政策の基本方針を示し、「国民の命と平和な暮らしを守るのに必要なのは個別自衛権であり、集団的自衛権は必要ない」と主張を展開していた。野党なので、安倍政権との違いを明確に出そうとしたのは当然のことだ。 一方で、旧民主党は「日本を取り巻く安全保障環境が近年大きく変わりつつある」と、安倍政権と共通する国際情勢認識を持っていることを記していたし、「離島などわが国の領土が武装漁民に占拠される『グレーゾーン事態』への対応は最優先課題」「周辺有事における米軍への後方支援は極めて重要である」としている。要するに、安保法制に関して安倍政権と全て相いれないということはなく、国会審議において政権と是々非々で議論をする準備をしていたということなのだ。 それなのに、安保法制の審議が始まったときには、旧民主党の右派議員たちは感情的になり、まともな審議ができる状態ではなくなった。安倍政権の強引な手法に大激怒してしまい、「安保法制の全てに反対ではないが、安倍にだけはやらせない」と言い放ち、安倍政権の安保法制に全面的反対の姿勢を取ったのだ。 その後、旧民主党は維新の党と合流して民進党となったが、共産党との共闘関係が強固になり、安全保障や消費税で政策の幅の広さ、柔軟性を奪われた。野党共闘は選挙においては一定の有効性があったが、政策面ではリアリティーを失い、無党派層を全て与党側に取られてしまうことになった。安保法制成立後の16年7月の参院選で、野党共闘は、自民党、公明党の連立与党に維新の党などを加えた「改憲勢力」に、改憲の国民投票発議を可能とする衆参両院で3分の2の議席を与えることになった。参院選、開票センターで取材に答える民進党の岡田克也代表。当確者の名前を張るスペースは広く空いたままだった。野党統一候補で一定の成果を挙げるも、党自体は大きく議席を減らした=2016年7月10日(大西史朗撮影) 戦後政治の野党にとって、国会で改憲勢力が3分の2を占めることを阻止することは最低限の目標であった。それを許してしまったことは、まさに「戦後最悪の惨敗」を喫したと断ぜざるを得ない。野党共闘によって、民進党から政権の座は完全に遠ざかり、「万年野党化」が進んでいたといえる。政権交代可能な野党復活へ「急がば回れ」 その後の民進党は、東京都知事選の野党共闘候補の惨敗、都議選での公認候補者の「離党ドミノ」と泡沫(ほうまつ)政党化、蓮舫氏の代表辞任、所属議員のスキャンダルと党勢低迷と混乱が続いた。共産党との共闘が党内の意思決定をゆがめ、党内ガバナンスが失われた結果だということは、離党した右派議員が口々に主張していたことだ。 党に残っていた保守系議員も、野党共闘に対するストレスは頂点に達していた。前原氏は、希望の党への合流を決断した理由に関して、自身のツイッターで「野党共闘に懸念を持っていた」「支持者や関係者から民進党は左傾化し、共産党や社民党との違いが分からなくなった、と指摘される度に悩んでいた」と語っている。また、「民進党が左派化したことで憲法改正の議論や現実的な安全保障政策の議論すらできなかった。そんな状況を打破したい。これが、今回の挑戦の原点です。私は、大きな塊を作る政治のダイナミズムが必要だと思い定めました。小池百合子さんとともに、新たな理念・政策の旗を掲げ、安倍一強の現状を打ち破るために大同団結しようと決意しました」などと主張していた。2017年9月、希望の党代表の小池都知事との会談後、取材に応じる民進党の前原代表 つまり、希望の党に移った民進党右派とは「失っていた信念を取り戻そうとした政治家たち」である。一方、立憲民主党を作った左派は「信念が合わなくても大丈夫と軽く考えたが、拒否されて、慌てて信念を貫くと言い出した政治家たち」だ。どちらが筋が通っているかといえば、信念を取り戻そうとした右派である。 筆者は、野党側が再び「政権交代可能な勢力」に復活するためには「急がば回れ」だと主張してきた。国民の野党に対する根強い不信感は、突き詰めると政策志向がバラバラな政治家が集まっている「寄り合い所帯」にあると思うからだ。 確かに、かつて自民党に数で対抗することで「非自民政権」を作ってきた歴史はある。しかし、細川護熙政権と羽田孜政権は政治改革や安全保障で社会党の造反によって混乱した。民主党政権では、憲法、安全保障、財政・税制など基本政策をめぐって、党内が分裂して足を引っ張り合うような醜態をさらし続けた。寄り合い所帯に対する国民の不信感は頂点に達していて、政策の違いを無視して自民党に数で対抗する戦略は、もはや国民に理解してもらえないのだ。小池氏への厳しい批判は必然だった希望の党の候補者の応援演説を行う小池百合子代表=2017年10月10日、東京都中央区(納冨康撮影) 野党が政権交代可能な勢力になるには、特に安全保障政策という基本政策が一致する政治家で二つくらいに集まる「政策別野党再編」が必要だと考えてきた。それが、野党が国民の信頼を取り戻す第一歩だからだ。その意味で、小池氏が安全保障政策で一致を求めたのは、全く正しい。 小池氏が「排除の論理」を持ち出したことが厳しく批判されているが、全ての民進党出身の候補者を希望の党の公認候補としていたら、どうだっただろうか。おそらく、現在以上の厳しい批判にさらされることになったはずだ。 「保守色」が強い小池氏と、安保法制反対や護憲を訴える左派の議員が無条件で合同したら、寄り合い所帯以外の何物でもない。それ以上に問題なのは、小池氏が民進党を丸ごと受け入れることは、小池氏が民進党代表に就任するのと同じことになるということだ。選挙で敗色濃厚な党が、人気のある大衆政治家を代表にしてなりふり構わず生き残ろうとする「究極的な大衆迎合」だという批判も巻き起こったはずだ。 つまり、今回の総選挙は排除の論理を持ち出そうが、持ち出すまいが、どちらにしても小池氏は厳しい批判にさらされることになっていた。しかし、民進党からの合流がなければ候補者すらそろえることはできなかっただろう。 一方、野党が共闘して統一候補を出せば政権交代できると主張する方がいるが、それも甘い考えだと思う。日本の無党派層の多くは、基本的には自民党支持、時に自民党批判票を投じる「消極的保守支持層」である。共産党に引きずられて改憲も安保も原発も「何でも反対」では無党派層の票は取れない。なにより、アベノミクスはサラリーマン層や就職活動が好調な若者にしっかり支持されている。野党が、これを崩す説得力ある論理を構築できているとは思えない。 要するに、野党にはそもそも一挙に政権交代を実現する実力などないということなのだ。基本政策の一致を軽んじて選挙のためだけに一緒にいた集団が、政策をまじめに考えてきたはずがない。だから、突然選挙になったときに説得力ある対案など出てこないのは当然だ。まずは、政策別に分かれることで、初めて真剣に政策立案に取り組もうという気になるものだ。今回の民進党分裂で、ようやく野党は政権奪取の長い道のりのスタート地点に立ったと考えるべきだ。「急がば回れ」なのである。小池・前原が起こした「創造的破壊」 今回、小池氏と前原氏が起こしたことは、古臭い保守・革新の対立を超えた、新しい政治勢力の誕生という「政界の創造的破壊」ではないだろうか。それは、「安全保障政策を争点にしない」という、欧米の自由民主主義国では当たり前の政治を実現したことである。 例えば、英国では野党は国内のさまざまな政策課題で激しく政府・与党を批判していても、政府・与党が海外への軍隊の派遣を決定するときは、「首相の偉大なる決断」を称賛する演説を行うものだ。このように、欧米の民主主義諸国では、野党は安全保障政策で対立を挑まないし、たとえ政権交代となっても政策の継続性を重視する。国民の生命と安全がかかっている最重要政策を政争の具にはしないということだ。 もちろん、欧米の議会でも安全保障政策をめぐる議論が行われないわけではない。しかし、日本の、15年の安全保障法制をめぐる与野党の激突のような、とにかく法案を潰すためにありとあらゆる方向から反対するようなことはあり得ない。強固な安全保障体制を確立し、抑止力を強化するためにはどうすればいいかという観点で、建設的な議論が行われるのだ。 小池氏と前原氏は故意犯的に「安全保障政策を政争化しない政治」を実現しようとしたと考えられる。前原氏は立憲民主党が立ち上がったとき、「想定の範囲内だ」とコメントしている。最初から小池氏の蛮勇を使って、自ら手を汚さず左派と縁を切るつもりだったのだろう。 一部のメディアや識者が「リベラル勢力の結集」とはしゃいでいるのを見ると、いまだに古臭い東西冷戦期の保革対立という構図のまま、物事を考えているようだ。だから保守色の強い小池氏に左派が排除されることに感情的な反発をしてしまったのだろう。あえていえば、彼らは対立構図を死守したいがために、徹底的な小池バッシングに走ったといえる。2017年10月、麻布十番駅前で街頭演説後、有権者に手を振る立憲民主党の枝野幸男代表(佐藤徳昭撮影) 北朝鮮の核開発や中国の海洋進出、世界で頻発するテロの問題に対して、日本は安全保障政策で最悪の事態に備えなければならない。また、日本は世界で競争力を失ってしまっている。IT産業の発展、人工知能(AI)を使った無人工場や自動運転の開発など、米国、ドイツのみならず、中国の後塵(こうじん)をも拝しているのが現実だ。日本は「何でも反対」で足を引っ張り合っている場合ではない。国会で建設的な議論を行い、「政府の改革は手ぬるい、よりよき政策はこれだ!」と競い合う新しい政治を創るのが急務だ。古臭い対立構図の死守にこだわらず、現在日本政治に起こっている現象の意義を、冷静に評価すべきなのである。

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    比例票はどこへ? 3千人意識調査から見えた「自民圧勝ムード」のワケ

    小林良彰(慶応大学法学部教授) 突然の衆議院解散に伴う総選挙の投開票日が間近に迫っている。現時点までのメディア報道では与党が堅調に推移しており、今年7月に行われた東京都議会議員選挙における自民党惨敗とは様変わりな状況である。 そこで、当研究室でも全国の有権者を対象に意識調査(注)を行った。まず投票意欲は、「すでに期日前投票や不在者投票をした」と「必ず投票に行く」を合わせると、前回2014年衆院選調査時よりも数ポイント高くなっており、有権者の関心の高さがうかがえる。ただし、投開票日の天候次第によっては前回よりも下がる可能性も残されている。 ここ数年、政党支持率では自民党が他党を圧倒している。その自民党が2009年総選挙で負けた原因は、自民党を支持しながら約25%が民主党に投票したことと、政党支持を持たない無党派層の取り合いで「民主党60%vs自民党30%」とダブルスコアで負けたことである。それにより、基礎票は多いのにもかかわらず、選挙結果では大敗したのだった。 今回はどうだろうか。調査回答者の内、「すでに期日前投票や不在者投票をした」と「必ず投票に行く」と回答した者に限ってみてみると、自民党支持者の88・8%が小選挙区で自民党に投票すると答え、比例代表でも85・2%が同様に答えている。つまり、今度の総選挙では自民党の歩留まり率がこれまでにないほど高く、支持者の票が他党にこぼれていない。 また、同様に無党派層の投票行動をみると、小選挙区では25・8%が自民党に投票すると答え、希望の党の27・5%と並び、立憲民主党の13・1%を引き離している。ただし、比例代表では、逆に無党派層の28・3%が立憲民主党に投票すると答え、これに希望の党の27・0%が続き、自民党は22・1%である。いずれにしろ、2009年総選挙のように、特定の野党にダブルスコアで引き離される状況ではない。街頭演説する立憲民主党の枝野代表=2017年10月18日、新潟県長岡市(中島悠撮影) 衆院選序盤では人気が高かった希望の党は、メディアが調査をする度に支持を落とし、今回の調査でも、比例代表では立憲民主党と逆転している。その立憲民主党も準備期間が足りなかったことから、小選挙区で十分な候補者を立てることができずにいる。こうして東京では野党の希望の党と立憲民主党、大阪では日本維新の会と立憲民主党が票を取り合って分散することで、与党の自民党が50%に届かなくても小選挙区で当選することができる構図になっている。安倍総理の「ある戦略」が成功した それでは、どうして3カ月前の東京都議会議員選挙時の都民ファーストのようなブームが起きなかったのであろうか。それは、希望の党代表の小池百合子氏が「民進党候補を全部受け入れる気はさらさらない」と言ったことで独断的に見え、自民党支持だが首相の独断は好きではないという一部有権者の票の受け皿にならなくなったからではないか。 また、これまでの国会で安保法案に反対していた民進党議員が、希望の党の公認を得るために安保法制の実施や憲法改正に賛成する協定書に同意したことによって、政策や信念よりも自分が議員でいることの方が大事なのかという思いを持った有権者もいるのではないか。さらに、党の代表自身が立候補しないことも、希望の党の人気が盛り上がりに欠けた一因となったのではないか。 その上、安倍晋三氏が野党の政策を先取りして行う戦略が成功している面も否定できない。安倍氏が小泉純一郎氏の後を継いだときは、「ジェンダー」という言葉の使い方をめぐり、女性に冷たいのではないかと思われて支持率を落としたこともあったが、首相に返り咲いてからは男女共同参画を主張し、国家公務員試験の合格者の3割を女性にするようにしている。 また、「保育園落ちた。日本死ね」と批判されたこともあったが、今回の総選挙では消費税を10%に上げた分を保育園などの幼児教育に使うことを公約に掲げている。つまり、本来、野党が言い出すべき政策を先取りして実行することで、自民党のウイングを広げる戦略が功を奏しているとも言える。街頭演説後、つめかけた人らとハイタッチを交わす安倍晋三・自民党総裁(右)=2017年10月19日、生駒市の近鉄生駒駅前(神田啓晴撮影) その結果、自公連立政権が過半数割れする可能性は低くなり、憲法改正の発議に必要な3分の2の議席をどのような枠組みでとるのかに焦点が移っている。自公+日本のこころ+保守系無所属の追加公認で届くのか、それとも他党の議席も必要となるのか。一方、野党側からみれば、立憲民主党+社民党+共産党で3分の1を確保することはかなりハードルが高いことから、総選挙後の野党再編が再度、話題になるのではないか。 いずれにしろ政治家の都合による勝手な離合集散で、選挙前の公約と選挙後の行動が異なることだけはあってはならない。注:全国の18歳以上の男女を対象に、居住地域と都市規模による層化を行った上で、性別と年齢による割り当てを行い、10月13~16日に実施。有効回答3000を得た。

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    選挙区改定の限界「地盤変動」に焦る議員、戸惑う住民

    を誇る。それは中曽根内閣の任期延長をもたらした「死んだふり解散」(59%)より高い。 この背景には小選挙区比例代表並立制という制度的要因がある。この制度は安倍内閣のみならず、2005年(自民61%)、09年(民主64%)と強い与党を創出してきた。政権交代を可能にすると謳われた小選挙区制は、今、長期政権をもたらす制度的基盤となっている。 もっとも、私たちが選挙の結果である議席数に囚われていることは否めない。それが選挙区レベルでの支持・不支持の積み重ねであることを忘れがちである。ひとたび個々の選挙区のあり方に目を向けてみると、その政治的な空間が現代日本の民主主義を強く規定していることに気づかされる。選挙区とは何か、改めて考えてみたい。 というのも、まさに今、選挙区の改定が進められている。いわゆる「一票の格差」に関する最高裁の「違憲状態」判断を受け、格差を2倍未満に収めるべく、衆議院議員選挙区画定審議会(以下、区割り審)による見直しが行われている最中だ。その規模は20都道府県約100選挙区と戦後最大である(注:改定対象は鳥取県を除いた19都道府県に変更)。 その大きさから、区割りの改定は政局にも影響を与えている。7月に予定される改定より前に、早期の解散総選挙を望む声があるからだ。解散の可能性が囁かれ続けるのはここにも原因がある。しかし、そうなれば最長で4年間、違憲状態が続くこととなる。中選挙区と何が変わった? 「一票の格差」をめぐる議論が顕著になった1970年代は中選挙区制の時代だった。これは格差是正との相性がよい。選挙区あたりの議席数に3~5と幅があり、人口変動に応じた増減で対応可能だからだ。参院選・一票の格差「違憲状態」との判決を批判する久保利英明弁護士ら原告弁護団=2016年10月、岡山市北区 しかし、94年以降の小選挙区制下ではそうはいかない。選挙区あたりの議席数は1であり、増減による調整は利かない。このため選挙区の線引きを変更せざるを得ない。2002年、13年の改定でも、候補者は地盤が切られることに抵抗し、有権者は新しい選挙区では自分たちの声が国政に届きにくくなると不安を口にした。 なかでも格差是正のために切り分けられた基礎自治体の住民は強い不安に駆られていた。「○○区と△△区の一部」といったよく目につくケースである。「△△区の一部」とされた住民からすれば、これは堪え難いことであろう。自治体を跨ぐことで選挙事務の混乱が生じる恐れもある。 その意味において今回の改定は画期的なものとなりそうだ。昨年末、区割り審が、基礎自治体は原則として切り分けない方針を示したからだ。今回、区割り審が都道府県知事に対して行った意見照会で最も目立ったのが、基礎自治体の分割に対する反対だったという。平成の市町村合併が基礎自治体の領域を生活圏に合わせるという論理で行われたことに鑑みても、妥当な方針転換と評価できるだろう。 では、選挙区から選ばれる国会議員は誰を代表しているのか。理論上、代議士は国民の代表であるとされる。しかし、私たちの肌感覚では、選挙区の声を代弁する地域代表という見方の方が素直に受け容れられるだろう。 国民代表か地域代表か。その議論は、実に衆議院議員選挙制度が創設された1889年から続いている。この時、政府は選挙区の単位を市町村ではなく郡とした。自治体である市町村ではなく行政区画である郡を単位とすることで、そこから選出される議員は地域代表ではなく国民代表であるという論理を示したのだ。 しかし、同時に政府は小選挙区制を採用した。明治憲法と同様に選挙法についても欧米の事例が詳細に検討されたが、当時、大選挙区制を取る国はいまだわずかだった。選挙管理の観点からも広域に及ぶ大選挙区制は非現実的だった。区割りも変更が加えられた 加えて、政府による区割り案は地方長官たちへの諮問を経て、大きく変更された。政府が地図と人口表を基に機械的に行った区割りを、地方長官たちは旧藩の領域に寄せて人為的に線引きし直したのである。行政区画が中央集権を目指して旧秩序の断絶を図ったのに対して、選挙区画は選挙の安定的な実施を求めて旧秩序との連続性を持たせたのである。 こうして選挙区が国民代表を標榜しつつ地域代表を選出する区画としてスタートしたことは、今日に及ぶまで色濃く影響を与えている。江戸時代以来の地方有力者たちが代議士選出の母体となったことで、代議士は地域の利害関係に強く縛られることとなった。その構造は1900年の大選挙区制でもしぶとく生き残り、19年の小選挙区制でふたたび息を吹き返し、25年の中選挙区制に組み込まれた。 中選挙区制の区割りは既存の小選挙区を3~5組み合わせたものであった。有力者たちは代議士後援会を立ち上げて自らの利益代表を輩出する仕組みを維持し、地域代表の性格を持った代議士たちが連続当選を重ねていった。そして70年ののち、ふたたび採用された小選挙区制度のもとで代議士たちは名実ともに地域代表としての基盤を得て今日に至る。今回の改定によって基礎自治体の分割が是正されれば、なお一層その性格は強まるだろう。 もちろん、議員たちは国政にあっては政党の一員として、国民代表としての機能を見せる。国民代表論と地域代表論は択一ではなく、そのバランスのあり方を考えるべきものだろう。しかし、現在は地域代表としての側面がいささか強く出ているように思われる。(iStock) 一方で、参議院議員を地域代表とすべきという議論がある。先の参議院議員選挙では、やはり「一票の格差」を解消するために鳥取・島根、徳島・高知の4県で合区が行われた。参議院は3年ごとの半数改選であるため1選挙区に最低でも2議席が充てられており、現状の人口分布では合区を行わない限り「一票の格差」が解消されないからだ。合区へ反対の声も ところが、この措置には対象となった4県から猛烈な反発が生じ、改正法採決の際には同県選出の与党議員が棄権する事態に至った。4県では現在も合区解消を求める声が強い。 このため、参議院議員は地域代表として「一票の格差」とは別の代表制を認めるべきとする議論が現れている。参議院議員の選挙区は都道府県と一致しており、地域代表性と馴染みやすい。合区解消の弁法と評する向きもあるが一考すべき議論だろう。 しかし、参議院を地域代表の府とした場合、衆議院との関係はどうなるのか。選挙の実態から考えても、地域代表としての性格が濃いのは衆議院議員と見るのが一般的だろう。衆参両院については、選挙制度のズレによって異なる民意が表出される問題が指摘されているが、両院の性格と制度を改めて考える時期に来ているといえよう。 より大きなトレンドで見れば、国内における人口の偏在にどう対応していくかという問題がある。偏在の進行は「一票の格差」の拡大に繋がる。現行制度での是正可能性には疑問が残る。 偏在が拡大していけば、区割り変更の頻度は増えるだろう。一方で頻繁な区割りの変更は国政に自分たちの声が届かないという有権者の不安を招く。それは政治的有効性感覚の低さに繋がり、政治不信に拍車をかけ、投票率をさらに低下させる恐れがある。解決は容易ではない。(iStock) しかし、政治的な安定がある今こそ、代議制民主主義と「一票の格差」、それに国民代表論と地域代表論という連立方程式の解を探る好機だろう。そのためには選挙区はもちろん、衆議院、参議院のあり方を含めた統治構造全般を対象とした議論が行われることが期待される。 現内閣は、主要閣僚と官邸スタッフを留任させ、人材の力によって当面の課題に対処し、長期安定政権を現出してきた。その内閣が折り返し地点を迎えた今、次を見据えた抜本的な制度的な改革に着手するタイミングが訪れている。

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    共産党 立憲民主・社民と合流し党名変更のラストチャンスか

     日本共産党の志位和夫・委員長は選挙後の首班指名で「(立憲民主党の)枝野幸男・首相」に投票する可能性を示唆したことで驚かれた。党首討論会で、訴えたいことをパネルに掲げる日本共産党の志位和夫委員長=2017年10月、東京・内幸町(宮崎瑞穂撮影) 小池百合子・東京都知事の「排除の論理」で希望の党からの出馬を拒否された民進党の候補を救済するために急遽、旗揚げした立憲民主党が希望以上の勢いで“台風の目”になりつつある。それを支えているのが共産党との連携だ。共産党は各小選挙区に1万5000から5万近い票を持つ。自民党幹部が語る。「組織力ゼロの希望の党は恐くないが、立憲民主党には、共産党の組織力と行動力、そして民進党が持っていた労組の動員力の3つの力が備わっているから侮れない」 志位氏は2年前、「国民連合政府」構想を掲げて当時の民主党に共闘をもちかけたことがある。 本誌・週刊ポストはその当時、共産党支持者の間から、党名を変更して「国民政党」への脱皮を求める声があがっていることを報じた(2016年1月8日号)。しかし、共産党の運動員には党名への誇りが強く、志位氏ら指導部は踏み切れなかった。 立憲民主党の結党は共産党にとって党名変更の最後のチャンスかもしれない。西欧の共産党は党名を変えて現実路線に転換している。ドイツでは東西統一後、共産党メンバーが左派政党に合流、「左翼党」という名で野党第一党となり、イタリア共産党は1990年代に「左翼民主党」と名を変えて左翼連合「オリーブの木」の一角として政権に加わった。「選挙後に枝野氏の首班指名をきっかけにドイツのように左派政党と合流し、日本労働党など新しい党を結成すれば、事実上、共産党の指導部がコントロールする国民政党になることができる」(共産党関係者) こちらも数を集めるための政治に変わりはない。しかも共産党の希望への刺客作戦で、「野党連合」は壊れ、自民党を利することになっている。

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    徹底検証「アベノミクス5年間の実績」

    日経平均株価が21年ぶりの高値をつけた。連騰が続く株価に「いざなぎ超え」への期待も高まる。解散総選挙に臨む安倍首相は遊説先で自らの経済政策の実績を強調するが、それを実感できない国民の声が止まないのも、事実である。アベノミクスの5年間は本当に正しかったのか。徹底検証する。

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    「異次元金融緩和は成功した」数字が語るアベノミクスの5年間

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授) 第2次安倍晋三内閣が発足したのは2011年12月26日。既に第3次安倍内閣の第3次改造(17年8月3日)になっているが、この間の政策全体が「アベノミクス」と呼ばれた。 アベノミクスの3本の矢は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」であった。このうち、金融政策は13年から安倍総理によって任命された黒田東彦日本銀行総裁によって実施された。 「異次元金融緩和」と呼ばれた積極的な金融緩和によって円ドルレートは大きく円安に動き、日経平均株価も急速に上昇した。 【年間平均レート】2012年:1ドル79・79円、2013年:1ドル97・60円、2014年:105・94円、2015年:121・04円【終値】2012年12月:1万395円、2013年12月:1万6291円、2014年12月:1万7451円、2015年12月:1万9034円 経済成長率もリーマン・ショックによるマイナス成長(2008年マイナス1・09%、2009年マイナス5・42%、2011年マイナス0・12%)から1~2%のプラス成長に転じた。大胆な金融政策は明らかに成功し、日本経済は息を吹き返したのである。後場開始から高値を更新した日経平均株価 =10月11日、東京都中央区(春名中撮影) 2014年は5%から8%の消費税増税によって成長率は0.34%に鈍化したが、2015年には1・20%に戻し、その後も1~2%の成長が続いた。成熟段階に既に達している日本経済にとって1%前後の成長率は「巡航速度」といえるだろう。日本経済は1956~73年の高度成長期(年平均成長率9・1%)、1974~90年の安定成長期(年平均成長率4・2%)を経て、1990年から成熟期に入ったのである。(1991~2016年の年平均成長率1・00%) 経済成長率の低下に伴って、インフレ率もまた次第に低下した。高度成長期の年平均インフレ率は2桁に達することにあり、1970年代でも年平均9%、1980年代でも2・4%に達していた。90年代に成長率が鈍化し、日本経済が成熟期に入るとインフレ率も低下し、90年代は年平均1・21%、2000年代はデフレ状況になり年平均マイナス0・53%。2010年代に入ってデフレ状況は脱したものの、2010~16年の年平均インフレ率は0・27%と極めて低いものであった。日本は明らかに低成長、低インフレの局面に入ったのである。総裁人事のベストシナリオ この状況は日本だけの現象ではない。先進国は軒並み低成長、低インフレの局面に入っている。先進国の中では成長率が高いアメリカでも、2010~16年の年平均成長率は2・09%、年平均インフレ率は1・62%だった。同じく2010~16年のイギリス、ドイツ、フランス、イタリアの年平均成長率はそれぞれ1・96%、1・97%、1・13%、0・42%だった。 一方、インフレ率はイギリスが年平均2・18%、ドイツが1・23%、フランスが1・18%、イタリアが1・36%で、各国とも経済成長率は1~2%、インフレ率も1~2%に収斂(しゅうれん)しつつある。 こうした中で日本銀行は2%のインフレ・ターゲットを維持しているが、世界的な低成長、低インフレ時代に日本で2%のインフレ率を達成するのは極めて難しいだろう。「1%成長、1%インフレ率」が日本経済の巡航速度であり、それで大きな問題はないのではないだろうか。「2%ターゲット」を今すぐ引き下ろす必要はないだろうが、次第に1%に目標を下げることが妥当なのではないかと思われる。 アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和を終了し、引き締めに転じ、欧州中央銀行(ECB)も金融緩和の出口を探り出している。こうした状況の中、いつ日本銀行が出口を模索するのかが、次第にマーケットの関心事になってきている。日本銀行は今のところ、大規模金融緩和を維持するとしているが、そろそろ黒田東彦総裁も出口戦略を考え始めているのかもしれない。前述したように大規模金融緩和は成功し、日本経済はリーマン・ショック前の状況に戻っている。いつまでも緩和を継続する必要は次第になくなってきている。日経平均もこの4年間大きく上昇し、既に2万円の大台を突破した。当面インフレの懸念はないものの、FRB・ECBと同様、日本銀行も次第に舵(かじ)を穏やかな引き締めに切ってくるのではないだろうか。インタビューに答える日銀の雨宮正佳氏=2012年12月、大阪市北区(柿平博文撮影) 日本銀行の黒田東彦総裁の任期は2018年4月に切れる。このところ、日銀総裁は1期5年で交代している。総裁はこれまで財務省OBと日銀プロパーが交互に務めるケースが多く、これまでの慣例からいけば、次の総裁は日銀出身者から選ばれることになるだろう。現在、日銀出身の副総裁は中曽宏氏だが、中曽氏がそのまま総裁になる可能性はそれほど高くないと思う。むしろ、「日銀のエース」と言われる雨宮正佳理事が昇格する可能性もあるが、理事からそのまま総裁ポストに就くのは現実的に難しい。 総裁ポストをめぐっては、さまざまなシナリオが考えられるとはいえ、来年4月の任期満了後に黒田氏が再任され、雨宮氏を副総裁に指名した後、短期間で雨宮氏に交代するという筋書きが有力だろう。時として総裁人事が国会承認でもめるということがあったが、このシナリオに抵抗があるとは思えないし、「黒田―雨宮」のバトンタッチがスムーズに進む可能性は十分にある。黒田総裁は財務省の国際派。財務官を務め、アジア開発銀行の総裁も経験している。以前は財務省出身の総裁は事務次官経験者で、どちらかというと国内派(23代森永貞一郎、25代澄田智、27代松下康雄)だったが、金融の世界でも国際化が進む中、国際派の起用は適切だと言えよう。

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    アベノミクスの限界「3本目の矢」は放たれない

    加谷珪一(経済評論家) 解散総選挙は、希望の党と立憲民主党の誕生によって状況が流動化してきた。希望か立憲民主が多数の議席を獲得した場合には経済政策が大きく変わる可能性がある一方、自民党が勝利しても、今回の解散は失敗と見なされる可能性があり、そうなった場合にはポスト安倍が強く意識されることになる。いずれにせよ5年間続いてきたアベノミクスは今回の総選挙をきっかけに何らかの方向転換を余儀なくされる可能性が高い。本稿ではアベノミクスの成果について、あらためて検証していきたい。 アベノミクスは説明するまでもなく第二次安倍政権が掲げた経済政策のことだが、その内容は徐々に変化しており、現在では明確な定義が難しくなっている。 当初のアベノミクスは「3本の矢」というキーワードに象徴されるように、3つの柱からなる政策であった。1本目の矢は「大胆な金融政策」で、これは日銀の量的緩和策のことを指している。2本目は「機動的な財政政策」で、主に大規模な公共事業である。そして3本目が「成長戦略」である。   量的緩和策は、日銀が積極的に国債を購入することで、市場にマネーを大量供給し、世の中にインフレ期待(物価が上昇すると皆が考えること)を発生させるという金融政策である。期待インフレ率が高くなると、実質金利(名目金利から期待インフレ率を引いたもの)が低下するので、企業が資金を借りやすくなる。これによって設備投資が伸び、経済成長が実現するというメカニズムである。日銀本店=東京都中央区(早坂洋祐撮影) 日本は不景気が長期化し、デフレと低金利の状態が続いていた。名目上の金利は、これ以上引き下げることができないので、逆に物価を上げて、実質的な金利を下げようというのが量的緩和策の狙いであった。 しかし、物価が上がる見通しがついただけでは、経済を持続的に成長させることはできない。本当の意味での成長を実現するには、日本経済の体質を根本的に変える必要があると考えられており、それを実現する手段が成長戦略であった。 成長戦略の内容は、時間の経過とともに変わっていくのだが、少なくともアベノミクスが提唱された当初は、いわゆる構造改革のことを指していた。だが、構造改革を実施すると、一部の人は転職を余儀なくされたり、もらえていた補助金を失ってしまうなど、痛みを伴うことになる。また、構造改革が一定の成果を上げるまでには、それなりの時間が必要である。その間のショックを緩和するための措置として掲げられていたのが2本目の財政出動であった。  整理するとアベノミクスは、金融政策でデフレからの脱却を試み、財政出動で当面の景気を維持し、その間に痛みを伴う構造改革を実施するという流れだったことになる。 だが、アベノミクスは、当初描いていたような形には進展しなかった。構造改革に対する世論の反発が強く、安倍首相はやがてこの言葉を使わなくなり、構造改革の司令塔であった規制改革会議も有名無実化された。その後、成長戦略は何度か追加されたが、多くが予算措置を伴うものであり、3本目の矢は、実質的に2本目の矢に収れんしたとみてよい。つまり、アベノミクスは、量的緩和策と財政出動を組み合わせた2本立ての経済政策にシフトしたのである。 1本目の矢については、当初はうまく機能するかに見えた。量的緩和策がスタートした時点では、消費者物価指数(「生鮮食品を除く総合(コア指数)」)は前年同月比マイナスだったが、すぐにプラスに転じ、消費税が8%に増税された2014年5月にはプラス1・4%(消費税の影響除く)まで上昇した。2%という物価目標の達成はもうすぐかと思われたが、ここを境に物価は失速を開始し、2015年2月には0%まで低下。2016年に入るとマイナスが目立つようになってしまった。量的緩和策の限界 日銀は2016年1月にマイナス金利政策を導入し、同年9月にはイールドカーブ・コントロールという聞き慣れない手法の導入に踏み切っている。この手法は、購入額をコミットするという従来の考え方をあらため、購入額ではなく金利水準に軸足を置くというものだが、市場はこの措置について物価目標からの事実上の撤退と認識した。 結果として、消費者はデフレマインドを強めることになり、物価が上がるとイメージする人はほとんどいなくなってしまった。スーパー大手のイオンは、2度にわたって商品の値下げを敢行したほか、家具大手のイケアも大幅な値下げに踏み切っている。埼玉県越谷市にあるイオンの店舗 もっともアベノミクスがスタートして以後の実質GDP(国内総生産)成長率は、2013年度がプラス2・6%、2014年度がマイナス0・5%、2015年度がプラス1・3%、2016年度がプラス1・3%と微妙な状況が続く。直近の四半期については世界経済の回復もあって、1~3月期が年率換算でプラス1・2%、4~6月期が年率換算でプラス2・5%となっており、まずまずの結果だった。 かなりスローペースではあるものの、日本経済は回復しつつあると評価することもできるが、一方で、安倍政権が掲げていた名目3%、実質2%の成長目標という点からすると、現時点ではほど遠い状況にある。 ただ、量的緩和策については、国債の総量という上限があり、無制限に継続できるわけではない。市場では量的緩和策はそろそろ限界との見方が支配的であり、少なくとも緩和策の拡大という選択肢はなくなりつつある。消費増税については自民と希望で方針が異なっているが、アベノミクスの主軸であった量的緩和策が限界に近づいている以上、希望が獲得する議席数にかかわらず、何らかの形でアベノミクスが軌道修正される可能性は高いだろう。

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    前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない

    言えるだろう。森友学園、加計学園問題をめぐる対応の不手際で、支持率を大きく下げた安倍政権だが、解散総選挙に踏み切る力を与えたのは、異次元緩和の効果も大きかったと考えられる。街頭演説する自民党総裁の安倍晋三首相=2017年10月15日、北海道 9月21日の金融政策決定会合で、新任審議委員の片岡剛士が「効果が不十分だ」と、むしろ緩和強化の必要性を訴え、大規模な金融緩和策の維持に反対した。一方で、審議委員を退任した木内登英はマスコミのインタビューに「金融緩和の副作用は膨らんでいる」「2%の目標を断念して柔軟化すべき」と主張、日銀のOBの中にも、異次元緩和の効果を疑問視する声もある。 果たして、国民は異次元緩和に、どのように審判を下すのか、注目される。(文中敬称略)

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    このままでは政権維持しても「アベノミクスの果実」を享受できない

    飯田泰之(明治大学政治経済学部准教授) 2012年末の政権交代以降、日本経済の「潮目」が明確に変わったことは確かだ。株価・為替・雇用についてその数字を繰り返す必要はないだろう。 さらに、アベノミクスの勢いを大きくそぐこととなった14年の消費増税ショックもようやく一巡しつつある。先日発表された9月の日銀短観で、景気が「良い」と答えた企業の割合から「悪い」と答えた割合を引いた「業況判断DI」は、大企業で製造業・非製造業ともに20を超える。これは10年ぶりの水準であり、大企業の景況感がリーマン・ショック前まで回復していることを示している。そして、中小・中堅企業を含めても同指数は15となっており、これは27年ぶりの数字である。製造業・非製造業間、地域間、企業規模間の格差が相対的に小さい点も今回の景気拡大の特徴だ。 アベノミクスの政策目標である2%のインフレは達成されていないが、その意味するところは政策の失敗ではない。昨夏の寄稿で指摘したように、鈍い賃金上昇、その結果としての低インフレといまなお続く雇用の拡大が同居している状況は、日本経済の潜在能力の高さを意味している。2013年2月、「三矢の訓」を説いた戦国武将・毛利元就が本拠地とした広島県安芸高田市から贈られた「三本の矢」を手にする安倍晋三首相(酒巻俊介撮影) ここであらためてアベノミクスとは何かを振り返ってみよう。当初のアベノミクスは「大胆な金融緩和」「機動的な財政出動」「民間投資を誘発する成長戦略」の三本の矢であるとされていた。金融政策において大きな転換が行われたことは確かである。だが、成長戦略についてはようやく働き方改革の検討が始まったばかりだし、社会保障改革については手つかずと言ってよい。まだまだ不十分というのは多くの論者の見解が一致するところだろう。しかし、後述するように成長戦略はいわゆる構造改革のみによって達成されるわけではない点にも注意が必要だ。 一方、アベノミクスへの評価をめぐる議論でいつも混乱の元となるのが財政政策である。「財政・金融政策をフル稼働させて短期的な経済浮揚を果たしただけだ」といった言及が行われることがあるが、これは二重に誤りである。第一に、安倍政権下の財政運営は拡張的なものではない。アベノミクスのマクロ政策運営の基本方針は「金融緩和+財政再建」である。 政府支出(正確には公的需要)の対国内総生産(GDP)比は12年第4四半期の25・3%から17年第2四半期には24・5%まで低下している。また、政府の赤字を示す資金循環勘定の国と地方の資金過不足の対GDP比は-7%台から17年第2四半期には-1・8%(季節調整値)まで改善した。14年の消費増税だけでなく、支出の抑制や景況の回復による自然増徴によって財政再建が進んでいる。終盤を迎える衆院選をめぐる政策論争に際し、ここ数年の日本経済が抑制的な財政運営の中、事実上金融政策のみで一定の経済浮揚効果を得てきたという点を忘れてはならない。日本が人手不足対応型経済の先進国になる 第二に、財政政策・金融政策は短期的な経済の改善のみをもたらすものではない。短期の蓄積が長期なのだ。 労働者の能力・技能は現場で形成される。短期的な経済停滞によって青年期に仕事の経験を積み、その能力を向上させる機会を得られなかった労働者が多いと、10年後・20年後の日本の生産性に大きな足かせとなる。逆もまた真(しん)なりだ。さらに、労働市場の逼迫(ひっぱく)が深刻になる、つまりは人手不足が深刻化すると、企業は自動化・機械化といった省力化投資を余儀なくされる。 長期的な人口減少傾向の中で、その初期から人手不足対応型の経済にシフトしていくことは将来の日本経済にとっても必要な変化である。人手不足という圧力により、企業のみならず社会・制度が人工知能(AI)やモノのインターネット(IoT)にむけたシステムに変化していくことが予想される。制度や構造問題が景気に押されて変化するケースは、海外でも労働者保護的な制度改正などで頻繁に観察されてきた。 現下の短期的な(?)景気回復は、日本の企業・社会を「人手不足対応型経済」に変えていく上で大きな原動力となり得る。近年の東アジア、そして東南アジアの出生率の低下をかんがみると、日本が人手不足対応型経済の先進国となる意味は大きい。少子化・高齢化にマッチした商品・サービス、経営手法はより長期にわたる日本経済の成長の源泉なのだ。(iStock) 企業行動の変化、制度改革を後押しする人手不足状態を創り出したという点で、アベノミクスは短期的にとどまらない成果を残しつつある。次に課題となるのは、この状態をどうやって維持し、さらなる成長に結びつけていくかだ。そのためには、(1)安定政権による将来予想可能な政策運営、(2)適度の人手不足プレッシャーを引き続き維持するための財政・金融政策の組み合わせが必要となる。 この両条件が満たされるか否かに日本経済の未来はかかっている。第一の条件に関するリスクは当然衆院選にある。いずれの党も安定的な議席数を確保できず、連立の枠組みや政策協調が猫の目のように変わるようになると、政策の継続性に疑問符がつくことになり、経済政策は「効くモノも効かない」状態に陥る。 そして、第一の条件が満たされたとしても、第二の条件に配慮した政策運営が行われなければ、日本経済は「人手不足の果実」を享受することはできないだろう。10月22日以降の政権には、これまでの金融政策の効果を軽視することなく、そして2014年の消費増税ショックの教訓を生かして、財政・金融一体での「適度の人手不足プレッシャー」の維持をはかっていただきたい。

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    有権者をそそのかす報道ステーション「依存効果」の罠

    田中秀臣(上武大ビジネス情報学部教授) 各社の選挙戦中盤までの情勢分析が出ているが、いまのところ総じて与党が300議席に届くかどうかという、いわゆる「与党圧勝」を伝えている。わずか2週間ほど前は、希望の党が民進党をすべて飲み込む形で、小池百合子東京都知事が国政に転じて、安倍政権が終焉(しゅうえん)するという予測を伝える報道が大半だっただけに、この様変わりは驚きに値するだろう。もっともこの「与党圧勝」という情勢分析が本当にその通りになるかどうかはわからない。いまの選挙はいわゆる「風」に依存しているし、その「風」はワイドショーなどテレビの印象で激しく変化するだろう。2017年10月、衆院選の街頭演説に集まった大勢の有権者ら=札幌市(政党名などを画像加工しています) かつて日本でもベストセラーになった『不確実性の時代』を著した米国の経済学者、ジョン・K・ガルブレイスが「依存効果」という概念を提唱したことがある。依存効果は、広告・宣伝によって消費者の購買意欲が大きく左右されることを示すものだ。依存効果が強まれば、消費者は合理的な判断ができなくなり、広告にあおられて過剰な消費に走ってしまう。政治の状況も似ていて、ワイドショーや報道番組の問題設定やそこでの映像の加工・編集、そしてコメンテーターや識者たちの発言の断片で、視聴者の意見は大きく左右されているようだ。 例えば、公示前は小池新党への期待や、その後の同党と立憲民主党の話題が、各メディアともに激増していた。ところが選挙戦が始まると、これは一例だが、10月11日にテレビ朝日系「報道ステーション」で放送された党首討論では、森友・加計学園問題が内容全体の6割を占めていた。これは国民の選挙への関心とは大きくずれた問題設定であるといえる。例えば、その報道ステーション自身が9月31日・10月1日に実施した世論調査によれば、森友・加計問題など政権固有の「スキャンダル」を論点化したいと考えている国民はほとんどいないのである。 多くの国民の関心は経済政策、安全保障問題に集中している。その他の報道機関での世論調査でもほぼ同様の傾向がみられる。国民の関心では、森友・加計問題はもう争点ではなくなっているのだろう。それだけに報道ステーションの森友・加計問題への党首討論での過度な傾斜は異様にさえ思える。ちなみに同問題については、私はかなり早い段階に本連載で、安倍首相個人や政権の固有の問題ではない、その意味での議論は事実上フェイクであると指摘してきた。マスコミがあおりたい対決図式 現状では、関係者ともいえる国家戦略特区ワーキンググループの八田達夫座長から、朝日新聞など事実上のフェイクニュースをただす公開質問が出されているが、それに対して朝日新聞の応答はまったくない(参照:「岩盤規制」を死守する朝日新聞)。その他にも多くの識者・関係者らから同問題の報道姿勢について、マスコミに批判が加えられている。その意味では、上記した朝日新聞や報道ステーションなどの、あまりに政治的に過度に偏った報道姿勢が問われている局面ではないだろうか。マスコミのあり方が、実はいまの選挙でも問われている隠れた論争点かもしれない。 マスコミの多くは選挙における政策的論争点を、「消費増税(与党)vs消費税凍結(野党)」という対立図式であおりたいようだった。この図式がいかに誤っているかは前回の寄稿で解説した。 簡単にまとめると、現在の日本経済は総需要不足、つまり国民にお金が不足している状態である。過去20年の停滞期よりははるかに改善されているが、まだ不十分である。このはるかにましになった状況は、政府と日本銀行がデフレ脱却にコミットした持続的な金融緩和の成果である。財政政策は2013年こそ拡大基調だったが、それからは14年の消費増税や以降の財政緊縮スタンスであまり効果は発揮されていない。そのため金融緩和政策を否定する政党には、日本経済の改善をストップさせてしまうから評価はできない。また消費増税はそもそも2年後であり、そのときの経済状況に大きく依存する話である。 もちろん減税をいまの段階で決めることがベストだが、それでも金融緩和政策という経済回復の前提条件を否定してまでやるとすれば、それは単に倒錯した政策スタンスでしかない。つまり何が重要かは、「いまの段階でどんな政策をやるか」そして特に「金融緩和政策への姿勢」こそが問われる。2017年10月、党首討論会を終えた(左から)公明党の山口那津男代表、自民党の安倍晋三首相、日本共産党の志位和夫委員長、希望の党の小池百合子代表、立憲民主党の枝野幸男代表=日本記者クラブ(宮崎瑞穂撮影) その点から評価すれば、自公政権のスタンスは金融緩和政策の継続であり、この経済回復のための前提条件を満たしている。ただし2年後の消費増税を現時点で許容していることで、今後も大きな政策的争点になる。また財政政策については基礎的財政収支(プライマリーバランス)の2020年の黒字化目標を取り下げたため、目前の財政政策の制約がなくなり拡大スタンスを取りやすくなっている。もちろん取りやすくなっただけで実際にデフレ脱却のために財政政策も積極的にやるかどうかは厳しく今後も検証すべきだろう。少なくとも衆院選後の補正予算の構築が大きな経済政策上のテーマになる。一番の争点はやっぱりこれだ さて、対する与党の最大ライバルである希望の党、立憲民主党は公約を見る限り、現時点の経済政策については、緊縮スタンスと反リフレ政策(デフレ脱却政策の否定)を主にしている。そのためそもそもの経済回復の前提条件を満たす政策を、この両党は提起しえないでいる。せいぜい2年後の消費税を凍結するといっているだけだ。つまり、これから2年間は緊縮政策とリフレ政策の見直しを続けると明言しているのである。 確かに2年たてば「凍結」せざるをえないかもしれない。ただし、日本経済がどうにもならない危機的状況になっていて、政治的に「凍結」しないとその時の政権が持たなくなるからだ。その意味では、希望の党も立憲民主党もともに危機的な政党といえる。ちなみに各党の経済政策についての評価は、エコノミストの安達誠司氏とネット放送で徹底的に議論したのでそれを参照していただきたい。 以上書いた理由から、消費増税vs消費税凍結というのはニセの論点であり、むしろ経済政策全体をみていく必要がある。この常識的な観点が、マスコミの問題設定に誘導されるとみえなくなるおそれがあるだろう。 さらに投開票日が差し迫った選挙の論点は経済問題だけではない。やはり「北朝鮮リスク」こそが選挙で問われる本当のテーマであったろう。この点についてはあまり議論が盛り上がっていないというのが率直なところだ。だが北朝鮮リスクが今後、高まることはあれ低くなることがない情勢である。2017年10月9日、平壌駅前に設置された朝鮮労働党創建記念日の飾り(共同) 端的にいえば北朝鮮リスクが戦争状態にまでなるのか、それとも北朝鮮の政治体制の大きな変更になるのか、その選択になっている状況といえるかもしれない。そのときに日本はどのような状況におかれるのか。さまざまなシナリオが具体的に考えなければいけない局面だろう。例えば、難民問題をどうとらえるのか、国連軍が立ち上がったときに日本はどう関与するのかしないのか。北朝鮮リスクを客観的に考えることは今後ともに極めて重要になるだろう。

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    小池流「ワイドショー政治」はもうウンザリです

    れた票の「受け皿」にはなりえないのではないか。その象徴的な例が自民党東京都連である。街頭演説を前に、選挙カーに乗り込む希望の党の小池百合子代表=2017年10月、仙台市(佐藤徳昭撮影) 自民党東京都連は9月27日、「都連支部長・常任総務合同会議」で会長を鴨下一郎氏に決め、トップ以外の執行部4役は前体制を引き継いだ。7月の都議選で歴史的大敗を受けて辞意表明した下村博文・前会長の後任がようやく決まったことは前進ではある。しかし実質的には23日の幹部会で決めた内容の追認で、再び会長人事という最重要事項の決定が「密室」で行われるかたちになった。 しかもこの決定までには、実に3カ月もの時間を要した。都連では初となる会長選を行う方針を打ち出したのは、都議選から2カ月近くも経った8月24日のことだ。 さらに実施方法をめぐって①10万人近い党員による投票とするか、②国会議員や都議、区市町村議ら1000人規模で投票を行うかをめぐって綱引きとなり、後者に落ち着きかけたところで、解散総選挙が急浮上した。 総選挙となればこれに向けた準備が第一となるのは当然で、その時点で、唯一手があがっていた鴨下氏に決まったこと自体は不合理なことではない。だがその結果として会長選は「幻」に終わり、都連が「脱ブラックボックス」をアピールして小池都政に対抗する最良の好機を逸した損失は小さくない。 都民ファーストの会が半年間で4度も密室で代表を決めたことに意を強くしたのか、「向こうと同じ、ブラックボックス返しだ」(都連幹部)とうそぶいてみる声もあるが、こうした優先順位を履き違える鈍感さに自民党都連の病巣がある、と私は思う。 この1年で、都議や都連の感覚が有権者から乖離(かいり)していたことにスポットライトがあてられたからこそ、都議選の壊滅的な選挙結果に至ったのではなかったのか。小池「情報公開は一丁目一番地」は方便 このところ、都連を不透明と批判してきた小池氏自身が、不透明な決定を繰り返している。 都議選直前の6月に唐突に公表した築地と豊洲の市場両立案は都庁官僚の誰とも討議した形跡はなく、毎日新聞の情報公開請求にも「記録なし」。小池氏自身も会見で「最後に決めたのは人工知能、つまり私」とはぐらかした。 移転延期に伴う補償先や補償額を求めた筆者の情報公開請求に対しても黒塗りだったし、特別秘書の給与の情報公開請求も黒塗り。後者については非開示決定に対しジャーナリストから裁判を起こされそうになると、慌てて公開する始末だった。 小池氏が強調する「情報公開は一丁目一番地」というキャッチフレーズは、あくまで権力奪取のための方便で、自らに刃が向かう情報については非公開という自己都合である。 それでも小池氏の存在がここまでクローズアップされたのは、安倍自民党の森友・加計疑惑への反感から、有権者が投じる先を探し求めていたからだ。 小池氏はこの1年、繰り返し敵対勢力の「失点」をテコに騒動を拡大させ、影響力はそのたびに高まった。都議会のドン、内田茂前都議に偏重した都連への「口撃」が喝采を浴びたのも、内田氏に依存した都連の不透明な決定プロセスという「つけ入る隙」があったからだ。 その総括はどれだけ組織内でなされたのだろうか。強力なカリスマである内田氏が存在する間、「弱点」は知事選後も見直されずに2月の千代田区長選、7月の都議選と持ち越された。これらの選挙に連戦連敗し、内田氏が引退した今が変革の最大のチャンスである。自民党千代田総支部総会後、議員引退を表明した内田茂都議=2017年2月、東京都(鈴木健児撮影) 会長選の方式をめぐる対立は、内田氏に近い丸川珠代前五輪相を推す萩生田光一党幹事長代行ら細田派系の旧執行部と、鴨下一郎氏を推す石破派系議員との間の主導権争いの側面が指摘されたが、果たしてそんなことをしている場合なのだろうか。 「政権交代を目指す」としながら首相候補についてははぐらかし続けた小池氏は、選挙後、大連立をいとわぬ戦術を仕掛けるだろう。「疑心暗鬼」を抱かせ、存在感を大きく見せるテクニックだとの見方もある。 有権者不在のこうした便法に軽々しく応じるような政党や政治家こそ、次の「ブラックボックス」になる。 総選挙後、自民党東京都連が脱ブラックボックスの政治に意識的に取り組めば、小池都政への明確なアンチテーゼとなる。さもなくば、ブラックボックスの中心が「内田氏」から「小池氏」に移転しただけ。再びわかりにくい行政が、首都で繰り広げられることになるだろう。

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    「ワイドショー政治」はもうたくさん

    第48回衆院選の序盤情勢は、新聞各紙の世論調査で自民・公明与党が「300議席超の勢い」と伝えられた。一方、民進党の乗っ取りを画策し、新党ブームに乗るはずだった希望の党は伸び悩んでおり、小池人気の陰りも鮮明になった。有権者へのパフォーマンスに明け暮れる「ワイドショー政治」もそろそろ潮時か?

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    小池騒動よりも変だよ、ニッポンのシルバー民主主義

    山本一郎(個人投資家・作家) 今回の衆議院選挙では公示までの道のりの中でどうしても民進党代表・前原誠司さんの大決断からの小池百合子女史の「希望の党合流」のすったもんだと、枝野幸男さんや辻元清美女史が結成した立憲民主党に話題が集まりがちです。 大きな野党再編のおかげで、「自民党+公明党」による安倍晋三政権に対する是非だけでなく、野党も非自民の保守系である「維新の会+希望の党」と、革新系の流れをくむ「立憲民主党+共産党+諸派」の3極に日本の政治が移り変わっていくことが見て取れます。二大政党制を目指して日本の政治が動いてきたところ、自民対非自民の構造が非自民のアプローチが変容したというのは大事な意味合いを持つのではないかと思います。2017年10月10日、衆院選が公示され、候補者の第一声を聞くお年寄りたち 一方で、総務省の発表では一票の格差は2倍を切り、1.9倍あまりまで差が縮まってきました。これは日本の政治において「0増10減」という大きな議席数の変化があっただけでなく、それに伴って人口割で小選挙区の区割り変更、合区が行われて、東京でも地方選挙区でも区割りが人口減少に見合った反映を行ってきた結果でもあります。 今回、希望の党の立ち上げで一定の貢献をした若狭勝さんは、民進党を事前に離党した長島昭久さんや細野豪志さんに対して希望の党への合流に際し一院制の重要性を繰り返し説くというエピソードも聞かれました。政治改革を志すにあたって今回の選挙で一院制の是非を前提とする若狭勝さんの政治的センスの良しあしは別としても、少子高齢化から人口減少時代に差し掛かる日本の政治が、いままでの利益代表を政界に送り込むだけでは政治改革を満足に行えないという問題意識はもう少し持たれてもよいのではないか、と感じる部分はあります。 例えば、目下国政最大の争点となっているのは、いまや景気対策や雇用の充実、産業育成などではなく、高齢者の年金、福祉、介護といった社会保障がトップに躍り出ています。ここで問題となるのは、高齢者ほど投票に足を向けやすく、また有権者の人口比でも高齢者が大きな割合を占めるシルバーデモクラシーという現象です。日本の政治において、シルバーデモクラシーの影響は非常に大きく、今回解散に打って出た安倍政権も高齢者向けの社会保障を削減しなければならない政治課題を言い換えるようにして「全世代対応の社会保障」というオブラートに包んで公示日に突入しています。 この問題は極めて大きい課題を日本社会に突きつけていて、社会保障の削減はもちろん年金に頼った暮らしをしている高齢者の生活を直撃するだけでなく、その子供の世代に大きな負担を強いることになります。つまり、介護離職に代表される福祉の問題は、突き詰めれば高齢者を誰が面倒を見るのかという話であり、国家が税金や保険料で高齢者を養う余力がなくなったので、地域や家庭でご自身のお父さんお母さんの面倒を見てくださいという流れなのですが、その高齢者を食べさせ、介護をし、病気やけがをすれば病院に連れて行くのは家族の負担となって、結果として日中独居老人や介護離職といった課題を日本社会に突きつけます。もっと議論すべきことがある! しかも、少子化が進んでいる以上、こういう年老いた親の介護は少ない子供、下手をすると1人しかいない子供が仕事を辞めてでも介護しなければならないという状況になり、とても「結婚しない人の自己責任」とか「子供ももうけないで自業自得」などとはとても突き放せない問題として日本社会に降り掛かってきます。期日前投票に一番乗りし、一票を投じる高校生=2017年10月11日、大阪府箕面市(共同) そうなると、利益代表という意味において地域で区切られたいまの選挙制度は日本の政治改革を考えるにあたって本当にふさわしいのか、ひょっとしたら、年齢別の利益代表や、利害関係の異なる層に対するより包括的な選挙制度を考えなければならない時代に入ったのではないかとさえ思います。地域の代表が70代の衆院議員であって良かった時代は、それこそ地元に大地主がいて、名士がいて、地域を代表する人物が住民から選ばれて議員となる政治プロセスを意味していました。 しかしながら、デジタル全盛時代になってくると、もはや個別の政策論争を国会で議論するよりも、より簡便で多くの人たちが参画できる政治手法も出てくることになります。電子投票はいまだ認められておらず、公職選挙法ではインターネットの利活用もきちんと解禁されているとは言いにくい状況です。社会の発展や技術の進歩が私たちの暮らしに与える影響が大きくなっているにも関わらず、立法も行政もこれに追いつかないのは、文字通り議員代表制、間接民主主義そのものが制度疲労を起こしているからではないかとさえ思います。 有権者の意見を広く取り入れるためにも18歳以上に選挙権を与える改革や、区割りの変更などで一票の格差を是正するというのは極めて大事なアプローチであり、一歩一歩進めていくべきものです。その一方、今回の選挙は古色蒼然(そうぜん)とした選挙戦での勝った負けたが目の前の国難である安全保障と社会保障について適切な議論を向けきれていない、議院内閣制や政党政治が持つ枠組みが遅すぎてさまざまな問題解決の阻害要因になっているようにも感じます。 今回、さほど争点にもならない消費税10%への引き上げや、それに伴う「社会保障と税の一体改革」で日本の形もある程度の道筋がもたらされるかもしれない割に、どのように行政が国民の声を吸い上げて技術革新や国際競争の中で日本の取るべきポジションやリーダーシップを確保するのか、また、より産業の前線で戦っている日本人や、家族の暮らしで困窮している日本人がより良く生きていくことのできる環境を実現するために間接民主主義、政党政治にどんな改革を必要とするかは、もう少しきちんとした議論を積み上げていくべき状況であることは言うまでもありません。少子高齢化で衰退に向かう日本の未来の青写真を描けるような議論は、今回の選挙では沸き起こらないものなのでしょうか。

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    安倍政権にあって「小池劇場」に足りなかったモノ

    松竹伸幸(ジャーナリスト、編集者) 安倍晋三首相による解散・総選挙は唐突に始まったが、その後の「小池劇場」が生み出した政界再編の動きは目まぐるしく、大方の予想を超える激動的なものだった。ただ、現時点で冷静に振り返ってみると、野党側の混乱の背景には安倍政権への対決軸をどう構築するか、その準備が成熟していなかったことが大きかったように思う。とりわけ安全保障に関する対決軸が未成熟と言わざるを得ない。本稿ではその点について考察してみたい。 小池百合子東京都知事が希望の党の公認を求める民進党出身候補に対して、憲法改正と新安保法制への賛成が条件であり、それが飲めない人を「排除する」と明言したことは、今回の経緯の核心をなす問題だと感じる。希望の党の動きがなければ、今回の選挙は、新安保法制を踏まえて北朝鮮情勢などに対処するという政権側と、新安保法制を廃止する枠内で対処するという野党側が、正面からぶつかる二項対立の構図になる可能性があった。小池発言は、結果だけから見れば、民進党の新安保法制に対する「反対」勢力の弱さを露呈させ、想定されていた対決構図が浮上するのを押しとどめるという役割を担うことになったのである。 ただ、これは小池知事にグチを言っても仕方のないことである。野党側にも問題があるからだ。 では、何が問題だったのか。端的に言えば、新安保法制に反対したとしても、どんな安全保障政策で対処すればいいのか、という対案に説得力が欠けていたことである。野党間の政策協議で一致していたのは「新安保法制に反対」ということだけであり、新安保法制廃止後の国防政策をどうするのかということへの言及はない。つまり、建設的な防衛政策が法案反対野党にはなかったということである。 野党共闘を市民の側から主導したのは「安保法制の廃止と立憲主義の回復を求める市民連合」(市民連合)である。その市民連合は9月26日、民進・自由・社民・共産の野党4党に対し、衆院選での「野党の戦い方と政策に関する要望書」を提出した。そこにも9条改正への「反対」や新安保法制などの「白紙撤回」はあったが、防衛政策での要望と呼べるようなものは見られなかった。「市民連合」と面会し、プラカードを掲げる(左2人目から)共産党の小池書記局長、立憲民主党の福山幹事長、社民党の吉田党首=2017年10月、東京都千代田区 いま、わが国の眼前で進行しているのは、北朝鮮による核ミサイル開発である。有権者の多くが関心を持っているのに、この問題が政策協議で議題になったとも聞かないし、市民運動も言及しない。国民意識と野党共闘の間には深い溝があったわけだ。 この間、北朝鮮の「完全な破壊」を叫ぶトランプ政権の下で、安倍政権がそれに追随し、新安保法制に基づいて米艦防護などを実施している状況は、有事の際には日本も巻き込まれる危険を示すものであり、この法制の「廃止」には安全保障上の危機が生じる。しかし、法律を廃止したからといって、北朝鮮の核ミサイルに対処できる態勢ができるわけではない。自民党の一部にあるような敵基地攻撃論にはくみしないにせよ、ミサイル防衛システムを整備、改良するという程度の政策も打ち出せないのが一連の野党共闘であった。「総論賛成、各論反対」の共産党 むろん、野党共闘に期待する人々もいたと思う。同時に、目の前の事態に不安を感じる大多数の国民にとって、野党は弱々しく映ったに違いない。このままでは当選できないと感じた民進党議員の中から、持論を曲げてでも希望の党に移りたいという動きが生まれたのには、そういう背景もあろう。 しかし、野党にその気があれば、安全保障問題でも政策協議できたはずだ。この間の野党共闘は、共産党が日米安保条約の廃棄と自衛隊の解消という独自の立場を持ち込まないと明確にしたことで、ようやく成り立っていたものだ。しかも、共産党はただ持ち込まないというだけではなく、新安保法制以前の条約や法律で安保や自衛隊を運用するとまで明言していたのである。志位 私たちは、日米安保条約を廃棄するという大方針、それから自衛隊は、日米安保条約を廃棄した新しい日本が平和外交をやるなかで、国民合意で一歩一歩、解消に向かっての前進をはかろうという大方針は堅持していきたいと思っています。ただ、その方針を『国民連合政府』に求めるということはしない。これをしたら他の党と一致にならない。そういう点では方針を『凍結』する。 ですから、『国民連合政府』の対応としては、安保条約にかかわる問題は『凍結』する。すなわち戦争法の廃止は前提にして、これまでの(戦争法成立前の)条約と法律の枠内で対応する。現状からの改悪はやらない。『廃棄』に向かっての措置もとらない。現状維持ということですね。これできちんと対応する。「赤旗」2015年11月8日、テレビ東京系番組「週刊ニュース新書」での田勢康弘氏とのやり取り 「戦争法廃止以前の条約と法律」と言えば、安倍政権以前の自民党政権時代の条約と法律ということである。そこには条約で言えば、日米地位協定もあるだろうし、「思いやり予算」の特別協定も含まれるということだ。法律といえば、自衛隊法はもちろん、日本防衛とは距離のある周辺事態法も含まれる。これらはすべて、共産党が野党として反対してきたものだ。それでも新安保法制を廃止するために、ここまで踏み切ったのである。この考え方で行けば、既に配備されているミサイル防衛システムの発動や改良にだって「賛成」を明言できたはずである。 ところが、その共産党もメディアに尋ねられれば、ここまで踏み込むのに機関紙「しんぶん赤旗」の記事では、自衛隊について肯定的な報道をすることが一切ない。ミサイル防衛システムを改善するイージス・アショアについても、猛反対の記事ばかりが掲載される。つまり、総論では現状の枠内なら賛成と言いつつ、各論になると賛成できるものを提示できないのである。街頭演説で支持を訴える共産党の志位和夫委員長=2017年10月、東京・新宿 そういう現状では、共産党から他の野党に防衛問題を提起することができなかったのは仕方がない。国民が信頼できる防衛政策を野党共闘が打ち出せなかった理由の一つはここにある。エキスパートでも提起できなかった民進党 一方の民進党には、共産党と共闘することへの躊躇(ちゅうちょ)がもともとあることは理解できる。けれども、民進党が総崩れになったことの本質は別のところにあったのではないか。最初に離党した長島昭久元防衛副大臣は、離党の理由を次のように述べたが、そこから見えてくるものが実に興味深い。 野党共闘そのものを否定しているわけでもありません。まず民進党がしっかりと政策の柱を立てる。その政策に共産党が賛同していただけたとする。そうなれば、『ともに闘う』という形も納得できます。 (しかし)野党共闘路線に引きずられる党の現状に非常に強い『危機感』を持っていました。つまり、共産党が主導するなかで、野党がいわば『左に全員集合』する形になりつつある。 これまで私が書いてきたことを理解していただける方は、この長島氏の言明に違和感を覚えてもらえるのではないだろうか。共産党は、左か右かを分ける分水嶺(ぶんすいれい)である安全保障問題で、魅力ある政策を自分から打ち出せていないとはいえ、野党共闘に独自の立場を持ち込まなかったのである。安全保障に関しては、新安保法制に反対するということを除き、民進党は自由にできる立場にあったのである。だから、長島氏が言っているように「まず民進党がしっかりと政策の柱を立てる。その政策に共産党が賛同していただけた」ということが可能だったのである。 それなのに、長島氏は安全保障政策について「しっかりと柱を立てる」努力をしてこなかった。共産党に賛同を求めるには、まず自分たちの政策の柱が必要だといいながら、実際には何もしてこなかった。その結果、野党共闘は安全保障政策に関しては何一つ提示できなかったのである。少なくとも、この分野では「左に全員集合」の政策など影も形も存在しない。2017年10月、党本部で会見する民進党の前原誠司代表(佐藤徳昭撮影) 民進党の中で安全保障政策の第一人者である長島氏が提示できないわけだから、他の民進党議員が提示できるはずもない。というより、長島氏も含め民進党の議員たちは、そもそも安全保障で安倍政権に代わる「政策の柱」が必要だとも思っていなかったのではないだろうか。 民進党の中にも、安倍政権に対抗するだけのリベラルな防衛政策の必要性を自覚している人が個々にはいる。民主党時代に政権奪取に成功した理由の一つも、「対等平等の日米関係」とか「米軍普天間基地は最低でも国外」として、自民党と異なる選択肢を有権者に示せたことが大きい。しかし、鳩山由紀夫政権が「抑止力のことを考えれば考えるほど」と述べて普天間基地の辺野古移設に回帰して以来、防衛問題で自民党との対抗軸を打ち出す気風はなくなり、現在も全体として問題意識は希薄である。公示直前に立憲民主党を立ち上げた枝野幸男代表も含め、安全保障政策は自民党とあまり変わらなくていいという人が多数だったのである。もう護憲派にも防衛政策は必要だ 結局、問題の根源はここにある。新安保法制への賛否というのは、あくまで安全保障政策全体の中の一部である。民進党の中でその一部を大事に思う人が多かったから、これまで「廃止」で結束し、野党共闘も成り立ってきた。 しかし、そうはいっても新安保法制は安全保障政策全体の一部に過ぎないのである。その安全保障政策が「自民党と一緒でいい」というままでは、民進党あるいは野党共闘は自民党の対抗軸になり得なかったということだ。いや、少なくとも希望の党は、憲法でも安全保障でも自民党と足並みをそろえるが、それでも対決の構図を打ち出している。そういう道も不可能ではないのかもしれない。それに意味があるかどうかは別にして。 しかし、どの野党であれ、自民党に代わる政権を本気で目指すなら、安全保障問題でも対抗軸となるものを打ち出すことが求められるだろう。それがないと、今回のように「自民党と変わらない政党」の軍門にあっさり下ることになる。2017年10月、盛岡市での街頭演説を終え、JR盛岡駅の新幹線ホームで携帯電話を操作する希望の党の小池代表 わが国では、安全保障政策といえば、これまでは政権側のものしか存在してこなかった。というより、米国の抑止力に頼るというのが、わが国の安全保障政策のすべてであり、そういう意味では政策を考えるのは米国であり、現政権側も含め自分たちで政策を考える人はいなかったのかもしれない。一方、政権と対峙(たいじ)すべき護憲派は、防衛政策を持たないことを誇りにしてきたのである。冷戦時代はそれでも良かったかもしれない。旧ソ連の影響下に入らないようにする点で、米国と日本の国益は一致していたからだ。だが、現在は明らかに違う。 中国との関係をめぐって、日本は尖閣諸島の主権が侵されることを心配しているが、米国が関心を持つのはこの地域における自国の覇権、自国主導の秩序を侵されないようにすることである。北朝鮮の核ミサイル開発についても、仮に核弾頭が米本土に到達する事態になれば、自国民を犠牲にしてでも、わが国を「核の傘」で守ることができるのかという問題も生じる。 つまり、米国と日本の国益には、微妙なズレがあるのだ。その時に、ただ米国の核抑止力に頼るという安全保障政策でいいのか、無思考のままでいいのかが、今まさに問われているのである。 野党が政権に接近しようとすれば、安保と自衛隊の維持を前提にして、しかし自民党政権とは違って抑止力を疑い、安全保障とは何か、日本の国益はどこにあるのかということをトコトン突き詰め、安保と自衛隊をどう使いこなすのかということを提示する必要がある。それができない野党は結局、他党に飲み込まれていくか、小勢力のまま生き永らえるしかないのである。いずれにせよ、小池氏が主導した今回の政界再編は、そのことを野党に自覚させたという点では、大いに意味があったのかもしれない。

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    “排除”宣言で幻に 「小池総理&野田聖子都知事」構想

     総選挙の幕は上がったばかりなのに、「小池劇場」のクライマックスはすでに終了した様子。「女性総理誕生」のラストシーンが見たくて切符を買った人たちからは「カネ返せ!」と野次が飛びそうだが、まずは冷静にダメ出ししてみよう。快進撃を続けた小池百合子東京都知事は、どこでしくじったのか。 立候補者が出そろう「公示日」は、選挙戦の火ぶたが切って落とされる初日。ニュースでは、党首や注目候補の街頭演説の第一声がこれでもかというほど流され、列島はこの日を境に選挙モードへと突入していく。さる10月10日、かつてこれほどまでに総選挙の公示日が“失望”に包まれたことがあっただろうか。 振り返ると、この選挙が最も注目を集めたのは、公示の2週間前、小池百合子東京都知事(65才)が「希望の党」の結党を宣言した日だった。「これは政権選択選挙になる」。小池氏のこの一言で、「安倍自民圧勝」の予測が一気に吹っ飛ぶ。“どうせ投票に行っても同じ”という有権者の雰囲気がガラリと変わって、選挙への関心が一気に高まった。「“政権を選ぶ”ということは、“首相を選ぶ”ということですよね。小池さんが選挙に出て、“私か安倍さん、どちらを首相に選ぶんですか?”と有権者に訴えるんでしょ? しかも、もし小池さんが総理大臣になったら、女性初。歴史的な選挙になるかもしれませんよね」(50代主婦) そんな期待は、公示日に裏切られることになる。小池氏が衆院選出馬を見送ったのだ。「結党の日から小池さんはメディアに対して一貫して、“私は出ませんよ”と言い続けてきました。いくら“政権選択”なんて挑戦的な言葉を使っても、世間を煽っただけで、もともと出馬するつもりなんてなかったんじゃないですか」(自民党関係者)街頭演説で有権者に支持を訴える希望の党の小池代表=2017年10月、東京(鈴木大介撮影) 本当に彼女は最初から「女性初の総理大臣」の椅子なんて狙っていなかったのか。小池氏に近い政界関係者が明かす。「小池さんが衆院選に出馬するとなれば、都知事を辞任しなければなりません。そうなると、都知事選もやり直すことになります。実は小池さんは、東京都の選挙管理委員会に、“11月19日日曜日の投開票で都知事選を行うことはできるか”とシミュレーションを指示していました。つまり、小池さんは公示日ギリギリまで、出馬の可能性を探っていたんです」なぜ女性ツートップ計画は幻に終わったのか 小池氏はただ都政を放り出そうとしていたわけではない。後任の知事には、自分が打ち出してきた政策を引き継いでもらえる人になってもらいたいと、後任候補の人選も進めてきた。「そこで白羽の矢を立てたのが、“初の女性総理候補”のライバル関係にありながらも、お互いを政治家として認め合う関係だった野田聖子総務相(57才)でした」(前出・政界関係者)衆院が解散され、拍手する安倍晋三首相(右)と野田聖子総務相=2017年9月28日、国会(松本健吾撮影) 小池氏と野田氏は盟友ともいえる間柄だ。2015年、野田氏が自民党総裁選への出馬を目指した際には、小池氏が野田氏を支援。逆に、昨年7月の都知事選では、野田氏が自民党の禁を破ってまで小池氏を応援するなど、2人は党のしがらみを超えた深い信頼関係で結ばれている。「今年7月頃には、2人で国政政党を立ち上げて共同代表になるという動きもありました。その企みを裏で支援していたのが、かつてテレビキャスターだった小池さんを政治家にスカウトした細川護熙元首相でした。しかし、その情報は事前に自民党サイドに漏れてしまいます。そこで安倍首相は内閣改造で野田さんを入閣させて、計画をご破算にさせたんです」(政治ジャーナリスト) 今回の解散・総選挙を受けての「小池総理、野田都知事」構想はそれほど突飛なものではなく、以前からその伏線はあったということだ。「打診を受けていた野田氏も前向きに検討していました。実際、小池さんサイドは、希望の党からは野田氏の選挙区に対抗馬を立てないことにしました。もし野田氏が都知事選に転じ、選挙区では後任の新人候補が出馬しても、当選を妨げないようにするためです。2人とも、かなり本気でした」(前出・政界関係者) しかし、結局、小池氏は出馬を断念せざるを得なかった。なぜ女性ツートップ計画は幻に終わってしまったのか。 希望の党の立ち上げ直後ぐらいまでは、民進党との合流も決まり、小泉純一郎元総理を味方につけるなど、トントン拍子でうまくいっていた小池氏。「安倍自民党を倒そうとするならば、“野党を1つにまとめる”のが正攻法でした。しかし、彼女はより難しい戦略を選びました。それは“自民党の中から味方を引っこ抜いて、自民党を内部から崩壊させる”というものでした。まさに『策士、策に溺れる』です。打つ手がことごとくうまくいくので、調子に乗ったところがあるのでしょう。そこで飛び出したのが、政治的主張が合わない野党議員を仲間から締め出す“排除いたします”宣言でした」(前出・政治ジャーナリスト)小池氏は次の次を狙っている その発言は、小池氏にとって大きな逆風になる。一部の革新系議員を切り捨てることによって、自分を保守系だとアピールする。そうすれば、安倍首相に不満を持つ自民党内の保守系議員が味方になってくれるのではないか──そんな作戦だったのだが、目論見は外れた。 小池氏の後ろ盾ともいえる前出の細川元首相は、小池氏を「女帝っぽくなってきて」と、こう眉をひそめた。「排除の論理を振り回すようでは、私はこの試みの先に懐疑的にならざるを得ません」「排除宣言」は、世間の小池氏のイメージを「冷酷な人」というものに変えてしまっただけではない。「永田町は日本で“最強最古の男社会”です。水面下で交渉をして、相手のメンツを立てて、もし決裂したとしても、お互いが納得した上で物事を進めていく。ある意味で“馴れ合い”が必要なわけです。小池さんが毛嫌いする“ブラックボックス”ですが、それが、いろいろな立場の人の利害関係を調整してきました。しかし、小池さんは水面下のネゴを拒否してスパッと主張の合わない人たちを切り捨ててしまいました。彼らが怒り心頭なのはもちろんですが、“そのやり方はいくらなんでも…”と仲間からも反感を買ってしまった。排除宣言によって、旧来の『男型政治』からアレルギー拒否反応を受けてしまったんです」(前出・自民党関係者)本会議に臨む小池百合子都知事=27日、都庁(酒巻俊介撮影) いつの間にか四面楚歌になっていた小池氏は、かくして出馬を見送らざるを得なくなった。だが、もちろんこのまま黙っているわけではないだろう。「選挙の結果を見て、“次の次”を虎視眈々と狙うはずです。場合によっては、希望の党の誰かを議員辞職させ、小池氏が補選に打って出て国政へ、なんていう仰天のシナリオも絶対にないとはいえません」(前出・政界関係者)「ガラスの天井」は高く、厚かった、と言うのは簡単。まだチャンスはある。関連記事■ 梅沢富美男が小池百合子に一言「下手打ったんじゃないかな」■ 小池都知事の手法は「しがらみ政治そのもの」ではないか■ 中居正広、6年交際のダンサー恋人と破局 「結婚より仕事」■ 満島ひかり 新作映画で見せた覚悟の初体験に試写室どよめく■ 『民衆の敵』で女性議員演じる篠原涼子 小池氏よりも期待大か

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    もし希望の党が安倍政権を倒したら「首班指名」どうなる?

     急転直下の「希望の党」誕生と事実上の民進党の合流により、安倍政権が「余裕の戦い」と見ていた選挙戦は、一気に風向きが変わってきた。7月の参院選では小池百合子氏の都民ファーストと共闘した公明党が自民離れを起こせば、全国的に自民党候補者がピンチに陥ることも考えられる。そして「劇的な与野党大逆転」が仮に現実となった場合は、その後の特別国会での首班指名は混迷を極める。 安倍政権を倒した立役者は間違いなく希望の党首(代表)である小池都知事になるが、知事の座を捨てて自ら総選挙に出馬しない限り、「日本初の女性総理大臣」の権利はない。自宅を出る「希望の党」代表の小池都知事=2017年9月28日、東京都内 では、希望の党は誰を総理に担ぐのか。小池氏は「(公明党代表の)山口那津男さんがいいと思います」と語ったが、それは連立工作になった時に公明党を引き込むためのリップサービスだろう。 「当選2回の若狭(勝)さんはその器じゃない。かといって民進党を離党してきたばかりの細野(豪志)さんが総理というのも不自然で、国民の支持を得られない。結党メンバーの国会議員14人の中に適任者は誰もいない」(前出の小池ブレーン) かといって民進党を“解党”し、無所属で出馬する前原誠司氏に投票する展開は、細野氏や若狭氏以上に不自然だ。調整がつかなければ、“最大野党”の自民党総裁が首班指名され、少数政権を樹立する展開にもなりかねない。小池ブレーンと民進党中堅は奇しくも同じ言い方をした。 「突き詰めて言えば、希望の党は“小池党”だ。最終的には首班指名で『小池百合子』と書く意外の選択肢はない」 どういう意味か。 「希望の中では、“もはや小池さんの出馬しかない”との意見が強まっている。前原さん(誠司・民進党代表)も同意見です。1年余りで知事を辞めれば批判を浴び、後任の都知事候補の目処も立っていないが、政権を取る好機を逃してはいけない。それは誰よりも政治勘がある小池さんが分かっているはず。公示直前に出馬を決断すると期待している」(小池ブレーン) すでに橋下徹・前大阪市長らを後継都知事候補にリストアップしているとの情報も駆け巡る中、小池氏はどんな決断を下すのか。 それが解散権を弄んで奇襲作戦に出た安倍首相に対する「とどめの一撃」となるかもしれない。関連記事■ 自民党選対「パールハーバーと思ったらミッドウェーだった」■ 公明票の自民離れが広がれば「与野党逆転」の展開もある■ 豊田真由子氏が孤立無援状態 後援会幹部はカンカンに■ 稲田朋美氏 地元のオジサマから「パンツ姿もいいねェ」■ 国会議員 年収2000万+非課税で1200万、世界有数の厚遇

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    「腰の据わらない保守」希望の党に可能性はない

    認められない、あるいは拒否したグループが立憲民主党を掲げ、社民・共産と連携しつつ第3の勢力をつくる-選挙情勢はこうして固まりつつある。 しかし、表面的な事実から見ても、政治情勢の推移からしても、今回の三つどもえの選挙戦は全く新しい事態では「ない」。筆者はこれまでにも複数の講演で、現在の日本政治は、今から30年近く前に注目することが必要だ、と述べることから始めてきた。 国会前デモが起きれば1960年代が参照され、選挙になれば安倍政権「5年」の採点だと騒ぐが、前者は長きにすぎ、後者は短すぎる。 今回の選挙は90年代初頭、とりわけ細川護煕政権前後の政治状況から復習せねばならない。構造が似ている、というよりその延長線上にあるからだ。 細川政権誕生の経緯を略述しておこう。「55年体制」の自民党一党支配に対する国民の食傷感が、日本新党と新生党などの出現に新鮮さを感じさせ期待をもたせた。細川内閣が発足し、シャンパンで乾杯する細川護熙首相(中央)、羽田孜副総理兼外相(左)ら=1993年8月9日、首相官邸 理由は紋切り型の批判だけを吐き続け、実際の政権担当能力を欠いた社会党への違和感を、これら保守新党がすくい取る役目を果たしたからだ。新政権の「顔」だった細川氏を担いだのは、二大政党制の必要性を掲げて自民党を飛びだした小沢一郎氏だった。 小沢氏だけではない、細川氏も羽田孜氏も武村正義氏すら自民党出身だといえば、今回の希望の党の顔ぶれに重なってしまう。 大前研一氏なる人物が登場する際に掲げた政策が「規制緩和」と「地方分権」であり、その政党名が「平成維新の会」だったといえば、膝を叩(たた)く人も多いのではないだろうか。 また当時、小沢氏の自民党批判は、東西冷戦構造でアメリカ側についているだけで十分だという「アメリカ追従保守」自民党に揺さぶりをかけることだった。憲法9条に「第3項」を付け加え、国連との関係を意識した自衛隊の性格を明記せよ、とは他ならぬ小沢氏の考えであった。 国際社会秩序の激変に敏感に反応し、だからこそ国内改革も必要だ、その改革こそ選挙制度改革なのだというのが、小沢氏の考えだったのである。希望の党は腰の据わった保守か 冷戦以後の国際情勢に目を転じてみるがよい。2017年の今日は、冷戦崩壊とアメリカの国力衰退によって、世界を二極で説明する時代が終わり、「多極化」の時代がやってきた。つまり「世界情勢が見えにくい」時代になった。 これはわが国周辺の極東アジアが、本来であれば1990年代から、世界情勢と同様に多極化・混沌(こんとん)化し始めたということである。 しかし日米安保関係を自明の前提とし、また世論全体が国際情勢=経済情勢で眺めることに慣れ切った日本では、90年代からつい最近まで、注目はひたすら中国の経済成長を中心に語られてきた。 だから今回、北朝鮮情勢がトランプ米大統領の出現によってにわかに顕在化し、それに対応する安倍政権が、これまた「にわかに」強硬策に出ているように見えるのは間違いである。 国内政治からみても、国際政治の推移からしても、私たちは90年代に始まった出来事の渦中に、現在も直面しているのだ。30年も前から、今日の北朝鮮情勢を含めた混乱は予想できたことだし、対応策は公開の場で議論されているべきであった。 つまり、今回の「国難」とは、直近の北朝鮮情勢を言うのではない。また総選挙の意義を「ここ5年の安倍政権の総括」だというのも短期的に過ぎることが分かるだろう。改革保守政党を掲げる希望の党が、この時期の細川・小沢両氏が構想した政治改革路線を、いよいよ実現するために出現した政党であることは、一目瞭然のはずである。 だとすれば、希望の党という小池新党は、次のような可能性と危険性を孕(はら)んでいると指摘することができよう。第1に、アメリカ追従保守・自民党に反旗を翻す以上、希望の党は対米追従ではない、日本独自の防衛政策と国家像を追求するような政党になるのかどうか。国政新党「希望の党」の政策について話す東京都の小池百合子知事=9月25日、東京都庁 第2として、国内の諸制度を「リセット」すると言っている以上、規制緩和をこれまで以上に進め、結果、日本の「相互扶助」のよき伝統を破壊するかもしれないこと。第1は可能性であり、第2が危険性の指摘ということになる。 しかし、希望の党に可能性はないだろう。腰の据わった保守政党ではないからである。かくして筆者は第2の危険性、伝統の喪失を「国難」だと見なすものである。