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    一票に貴賤なし、されど言いたい徒党「N国」を支持した人たちへ

    ら国民を守る党」(以下N国)の立花孝志氏が当選し、N国は国政において初の1議席を確保しました。また、選挙区では政党要件の2%を上回る3・2%を得票したことにより、N国は政党助成金を受け取る政党と認められました。 このニュースを知ったとき、私は「冗談もいい加減にしてくれ」という気持ちになりました。そしてこれが冗談ではないと知ったとき、膝から崩れ落ちそうになる脱力感に見舞われ、日本の大衆の投票行動に対して暗澹(あんたん)たる絶望感を持つことになりました。 もちろん1票は1票です。投票に貴賤はありません。どんな形であれ、国民から信任を得て選ばれた人物を批判するのは、民主主義としてフェアじゃないことぐらい私も理解していますが、あえて言わせてください。立花氏は明らかにNHKに対する私怨と私憤にまみれただけのいわゆる「泡沫候補」です。そんな彼に投票した有権者に疑問を抱かざるを得ません。 N国の政見放送を見た人もいるかと思いますが、ひたすら「NHKをぶっ壊す!」と連呼し、NHK内部の不倫や不祥事をあげつらうだけ。まるでマンガみたいでした。立花氏はユーチューバーとしても有名ですが、NHKの受信料を拒否すべきだ、スクランブル(契約者だけが視聴できる)放送にすべきだ、という主張以外に何一つ日本の政策について語っていません。 国会議員を目指すのなら日本の国のあり方について、税制・財政、外交・安全保障、福祉・教育など何かしら政策を持ち、その考えを国民に問いかけるべきです。そしてその政策に基づいて議員になった曉(あかつき)には、考えを実行に移すべきです。それが保守であろうがリベラルであろうが、政治家としての当然の要件だと私は思っています。 N国は政党要件を満たしたかもしれませんが、立花氏は政治家として最低限の要件を満たしていない、そもそも政治家になる資格のない人物だと言わざるを得ないでしょう。自民党に対しては「NHKをスクランブル放送にしてくれるのなら、憲法改正に賛成する」と持ちかけているようですが、この人物にとっては憲法よりも受信料問題の方が重要だということになります。まったくあきれ返ります。比例代表で当選が決まり、支援者と喜ぶ立花孝志代表(中央)=2019年7月、東京・赤坂 ユーチューバーとしての立花氏の言動は、彼がNHKを内部告発して退職し、受信料不払い運動家として一人で情報発信を始めたころから知っています。頑(かたく)なまでのNHK批判と受信料不払い運動の徹底ぶりには、エキセントリックな狂気を感じ、私はふざけ半分で時々見ていました。私には彼が自分の辞めた組織に対して、別れた女房に対する逆恨みの感情を抱いているような、奇妙な印象をもたらしました。 一時期は「日本文化チャンネル桜」のネット放送に出演し、チャンネル桜の反韓・反中の思想に基づく受信料不払い訴訟に足並みを揃えているかのように見えたときもありました。この人物はアングラ右翼系なのかな、と私は思いましたが、やがて訴訟が失敗に終わると、立花氏はチャンネル桜の反韓・反中の活動には興味を示さなくなりました。彼にとっての興味の対象は、あくまで組織としてのNHKに対する復讐であり、受信料問題のみに集中していくのです。たかがテレビの話 NHKについては、私もiRONNAや自分のブログで散々書いてきましたし、NHKのあり方について、あるいは受信料制度について賛否両論あるのは知っています。私もNHK擁護一辺倒ではなく、最近はNHKのあり方に対して批判的な記事も書いています。 世の中にはNHKを見ない人、NHKが嫌いな人が一定割合いるのは知っています。それはむしろ当然のことであり、世の中が健全な証拠です。日本中の人が一人残らずNHKの信奉者だったら、それはそれで文化の多様性という観点から見て気持ちの悪い状態でしょう。 番組の一本一本についても、あるものは左翼的だと非難され、あるものは右翼的だと非難され、さまざまな世間の批判にさらされながら動的なバランスをとっているとしたら、それはNHKのあり方として間違っていないと思います。私もNHKで働いていた頃には、このような番組を放送するなら受信料を払わないぞ、とお叱りの声を受けることが、右派からも左派からも数えきれずありました。 NHKを見ない人が世の中に一定割合存在するのと同様に、受信料を払いたくない人が一定割合いることも当然のことでしょう。NHKを見ないから受信料を払わない人、NHKを見るけど受信料を払わない人、払いたくないけど義務だからしぶしぶ払っている人。さまざまな人がいると思います。自ら進んで、喜んで受信料を支払っている人は、むしろ少数派かもしれません。誰だって無料ならその方がありがたいと思うでしょう。 そんな中でNHKを見ず受信料を払わない人が、国民の中に一定割合存在することと、その一定割合の人の投票行動が、国政選挙での票数に結びつくこととは、無関係だと今まで私は思っていました。受信料問題はたかがテレビの話に過ぎないし、月に2千円程度の話。国政はもっと大きな年金や税金、外交や安全保障といった重要な話。全く次元の違うこれら二つが、同じ土俵で扱われるとは、よもや思ってもみませんでした。 立花氏は国民の中に一定割合存在するNHK嫌いな人の数を、そのまま国政選挙の票数に結びつけ、受信料問題と国政を同じテーブルに乗せるという、とんでもないことをやらかしたのです。それにまんまと引っかかった有権者が、これまた一定割合存在したというのが、ことの本質でしょう。 NHK嫌いな人の割合×引っかかった人の割合=0・03、という計算になります。NHK放送センター=東京都渋谷区(古厩正樹撮影) 先の参院選には、N国と並んで、佐野秀光氏が代表の「安楽死制度を考える会」という政治団体がポスターで目立っていて、ぎょっとしました。これもまた国民の中に一定割合存在する、安楽死を願う人の票をピンポイントで集めようとする作戦だったと思われます。佐野氏は前回「支持政党なし」という意表を突いた名称で届け出た人物です。 この安楽死には幸いなことに引っかかる人は少なく、議席獲得にはつながりませんでしたが、立花氏のN国も五十歩百歩です。どちらも政策を持たず、矮小化した身近な話題に論点を絞ることで票を集めようとする団体であることに変わりはありません。支離滅裂な徒党 有権者も軽く見られたものです。もっと賢くなってもらいたいです。せめて公式ウェブサイトくらいは見て、税制・財政、外交・安全保障、福祉・教育、これらに関する主義主張がちゃんと書かれているか、それが自分の望む政策と一致するか、それくらいは考えましょう。これらの政策が一切書かれていないN国のような政党に投票するとは、有権者はいったいどんな神経をしているのかと疑いたくなります。 小さな政党、新しく奇抜な政党だからダメだというわけではありません。最も重要な国の政策が何も存在しない政党だからダメなのです。NHKから受信料を取られなくなったからといって、あるいは安楽死制度が認められるようになったからといって、それだけで私たちの暮らしのさまざまな問題が根本から解決するわけがないでしょう。 小さく新しい政党でも、山本太郎氏が代表の「れいわ新選組」のように、財政をきちんと試算した政策を打ち出している政党は、一部の知識人の間で評価されていました。消費税撤廃という奇抜な政策でも、それがもたらす経済効果、失われる財源と補完する所得税・法人税のあり方まで計算されていて、その是非はともかく国政レベルの政策を訴えていたからです。 大きな政党の場合、政策をきちんと打ち出しているつもりでも、逆にそれが概念的になりすぎたり、抽象的になりすぎたりして、国民にピンと響き伝わることがないケースもあるようです。そんな既成政党の選挙戦の隙間を縫って、N国のように卑近な論点の政党が入り込んでしまったのだと言えるでしょう。 立花氏は7月29日には、北方領土を武力で取り戻すと発言して維新の会を除名になり与野党から議員辞職勧告を受けている丸山穂高衆院議員を受け入れたり、翌日30日には元行政改革大臣の渡辺喜美参議院議員と新会派「みんなの党」を結成したりと、支離滅裂な徒党を組んで党の勢力拡大を図っているようですが、N国は元々が政策のない党だっただけに期待は全く持てません。 渡辺氏も5年前にみんなの党を解党して以来、何があったのか分かりませんが、このような数合わせに走るとは、渡辺氏も焼きが回ったものだと言わざるをえないでしょう。渡辺氏ほどの大物議員ですから、あるいはこんな素行の悪い議員でも配下に収めて、駒として使おうという考えかもしれませんが、参議院最低の徒党であることは間違いありません。新会派結成を発表しNHKから国民を守る党の立花孝志代表(左)と握手する渡辺喜美参院議員=2019年7月、参院議員会館(萩原悠久人撮影) 投票率が過去2番目に低かった参院選。本命は次の衆院選です。衆院選は小選挙区制ですから参院選のような党名トリックは使えませんが、大局を左右する衆院選でも「分かりやすさ」は肝になると思われます。国民がより賢くなる必要があるのはもちろんのこと、各政党も自分たちの政策を分かりやすく国民に示し、論点をより明確にして具体的にアピールする工夫が求められているのだと、改めて思い知らされた参院選でした。■ 松井一郎さん、いっそ維新も「N国」と組んだらいかが?■ 豪雨報道より『鶴瓶の乾杯』を優先した首都圏NHKが嘆かわしい■ 元おじゃる丸声優、小西寛子手記「私を降板させたNHKに告ぐ!」

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    沖縄と秋田「落選の法則」が教えてくれた自民党に忍び寄る危機

    氏の「遺言」で擁立された自由党幹事長の玉城デニー氏に敗れてしまった。翁長前知事の就任以来、県内の衆院選挙区で当選したのは4区の西銘恒三郎氏だけで、参院選は全敗している。 この結果から、沖縄県民は他の都道府県民と比べ、強い反米感情を持っている革新地盤に見えるが、本当にそうだろうか。実は、過去の首長選からは、必ずしもそうとはいえないことが分かる。 沖縄県内には11市あるが、翁長県政以降の市長選を見てみよう。石垣、沖縄、うるま、浦添、糸満、宮古島、宜野湾、名護の8市は自民系の候補が当選している。 日米同盟を重視する自民党もかなりの支持を得ていることが分かる。負けたのは、翁長前知事の地盤である那覇市と保守分裂選挙となった豊見城市、そしてわずか65票差で負けた南城市の3市だ。沖縄選挙区で落選が決まり、支持者らに頭を下げる安里繁信氏=2019年7月21日夜、那覇市 大ざっぱに見たとしても、個別の特殊事情を除けば、辺野古が争点にならない市町村長選での自民系は強く、争点外しのできない国政選挙では落選するという「法則」が見られる。では、この法則は基地アレルギーが強い沖縄だけの特殊事情なのだろうか。 しかし、先の参議選では、沖縄と類似した落選パターンが他の選挙区でも見られた。それが秋田選挙区だ。「負けパターン」最大の原因 秋田選挙区は自民候補が過去3連勝し、3年前の参院選でも、東北6県で自民が唯一勝利した選挙区だった。ところが、今回、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」配備問題が争点に急浮上したとたんに逆風が吹き荒れ、自民の現職候補は敗北を喫した。 争点こそ辺野古とイージス・アショアで異なるが、その負け方は沖縄県の選挙とそっくりなのだ。秋田では、野党が沖縄と同じく、統一候補を擁立していた。そんな中、防衛省の不手際が続いたこともあり、イージス・アショアの配備が争点として大きくクローズアップされた。そして、自民党候補が争点外しのため、配備への賛否を明確にしなかったのである。 要するに、沖縄と秋田が負けパターンに陥った最大の原因は、ひとえに有権者が政府の安全保障政策に理解を示さなかったことにある。そうであるなら、ここで立ち止まって考えなければならない。 そもそも、安全保障問題に関する有権者への説明責任は誰にあるのだろうか。果たして国政選挙の候補者なのか、それとも都道府県知事なのか。 いずれもNOである。それは安全保障政策の執行者、すなわち防衛省であるべきだ。究極的には防衛大臣、そして自衛隊の最高指揮官たる総理大臣ということになる。 では、防衛大臣はこれまで、沖縄でどのような説明をしていたのだろうか。防衛大臣が沖縄入りした際には、知事と面談して辺野古移設への理解を求めるケースが非常に多い。秋田選挙区で当選を決め、支持者と握手する野党統一候補の無所属新人寺田静氏(右)=2019年7月21日夜、秋田市 しかし、仮に知事が理解を示したとしても、有権者に何らかの説明があるわけではない。有権者が理解していないから、選挙になれば、マスコミの報道に大きく影響されてしまう。 今回の秋田選挙区でも、安倍晋三首相が現地に応援に入り、イージス・アショアの必要性を懸命に訴えた。しかし、それも時遅し。選挙戦がスタートしてからでは、難しい話をしても誰も聞くわけがないのである。自民党が野党に転落する 結局、秋田の結果から言えるのは「安全保障政策を推進する立場の自民党が、安全保障が争点になった選挙には極めて弱い」と明らかになった選挙だったのではないだろうか。 つまり、沖縄での選挙の連敗は沖縄の特殊事情で敗れたのではない。国防の「最前線」にある沖縄の選挙で、最大の争点が安全保障だったから負けたのである。 そう考えれば、全国どの選挙区でも、安全保障が最大の争点に浮上すれば、沖縄や秋田と同じように自民系候補が落選の憂き目を見る可能性が高くなるのではないだろうか。 これは、日本の未来にとって危惧すべき問題だ。もし、安全保障を取り巻く環境がさらに厳しくなり、国防力の強化が必要になった最も重要な時にこそ、自民党が野党に転落する可能性が高くなるとは言えまいか。 だが、このような状況を作り出した原因は自民党にある。長く政権与党の座にある間、国防の大半を米軍に依存し、自ら国防政策についての議論を深めることもなく、国民の国防教育も怠ってきたことにある。そうして、政治家は国防に関する説明能力を失い、国民は安全保障に関する理解能力が奪われたのだ。 今からでも遅くない、自民党はこの課題を克服するためにあらゆる手を打つべきだ。選挙が始まってから国防政策を説明したのでは意味がない。会談後、秋田県の佐竹敬久知事(右)に歩み寄り、改めて頭を下げる岩屋防衛相=2019年6月17日、秋田県庁 本来なら、大学に地政学や軍事学のコースを設置し専門家を育成し、国民の素養を向上させるべきだが、急にはそこまでは届かない。 まずは、自民党所属の政治家全ての安全保障知識の素養を上げるとともに、選挙運動の最前線に立つ党員に選挙運動で自民党政府の国防政策を一般の有権者に説明できるように育成すべきではないだろうか。国民の国防に対する理解力と政治家の説明能力の向上こそが、日本の国防力の基礎につながっていくはずである。■ 政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白■ 選挙だけは強い「維新の会」に未来なんて感じない■ 「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷

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    選挙だけは強い「維新の会」に未来なんて感じない

    上西小百合(前衆院議員) 参議院選挙の結果を見て、今回は真新しい風景がたくさんあるなとしみじみ思っている。与党や維新はいつも通りなのだが、新しく出てきたばかりの野党が、彼らなりのやり方である種の奮闘を見せたことは意外だった。 私は大阪で生まれ育ち、選挙も大阪選挙区から出馬して、衆議院議員を二期務めたので保守が強いのが当たり前の空気に囲まれていたのだが、都心部周辺(東京など)をまわるとそれは一転する。リベラルがかなりの人気を誇っているのだ。 「れいわ新選組」山本太郎代表が各地で街頭演説をすると、とんでもない数の群衆が押し寄せる。そこには、維新の代表として、大阪でムーブメントを起こした時の橋下徹氏同様の熱狂的なものがあった。 リベラルと保守の違いはあれども、新しい政党が、どうにかして変えてくれるのではないかという淡い期待を抱いた日本国民が熱狂したのだ。れいわ新選組の山本太郎代表と当時の維新橋下徹氏の手腕は、カリスマ的だ。 私が衆議院議員の任期を終えてから、よく「なぜ、維新はこんなに選挙に強いのでしょうか」という取材を受ける。確かに、そう聞きたくなるのも分からないわけではない。唯一無二の維新の象徴であった橋下氏は維新を去り、写真も一切使用禁止というお触れが出ているのだから、危機的状況に陥ってもおかしくはなかった。 それに加えて、国政での維新の評価は、与党でも野党でもない「ゆ党」だの「虎(自民党)の威を借る狐(きつね)」だの「自民党の補完勢力」などと散々な言われようだ。中には再選を不安視した議員が存在感を出そうと国会質問の場で「あほ」「ばか」などと品位のない言葉を発し、懲罰委員会が開かれようが、特に気にも留めないで平然といるような状況だ。 私でさえも国会にいるときには「こんなことでは支持者が離れ、次の選挙で維新は議席を半減させてしまうのではないか」と心配したものだが、維新はとにかく選挙になると驚くべき底力で踏ん張るのだ。当選確実の報を受け、ガンバローコールする日本維新の会・東徹候補(左)と梅村みずほ候補(右)=2019年7月21日、大阪市北区(渡辺恭晃撮影) この部分には一目置くべきところがあって、彼らの「何としても当選するぞ」という議員であることへの執着心からくる戦略がいつも功(こう)を成すのである。大阪のプライドをくすぐる 2012年に日本維新の会が結党したときは全国的に議員を生みだし、政界の重鎮と言われるようなベテラン議員のアドバイスもあり、それなりに国政政党としての形はあったのだが、その後はほぼ大阪選出の議員ばかりになってしまい、もはや地域政党ばりのコンパクトな姿となった。 そこで維新は大阪での議席をまずは守ることに特化すべく、もう9年も前に行った2011年の大阪府議会の議員定数・議員報酬カットを所属議員がアピールし続け、「身を切る改革で大阪から日本を変える」というワンイシューで大阪人の大阪プライドをうまくくすぐり続けたのだ。 参院選挙のコマーシャルもその一点を声高々にアピールしているのが印象的だっただろう。私も議員時代の街頭演説で日々実感していたことだが、外交や経済など、幅広い話をするよりワンイシューで攻めると非常に受けがいい。なんといっても、とにかく簡単で分かりやすいのだから。「NHKから国民を守る党」が議席を獲得したことがいい例だ。 加えて、維新は話題性をつくり出すという点でも非常に戦略的だ。今年の統一地方選挙の前には、大阪都構想の住民投票をめぐってダブル選挙を行った。本来ならば、住民投票は一回限りだったはずなのだが、「反対するならば選挙や。首長を選ぶ選挙なら、まだ維新の方が強いんや」という、冷静に考えれば非常に強引とさえ思えるやり方で、維新の歯車を好転させることに成功した。首長の当選にけん引され、府議選、市議選共に「維新」の看板を掲げる候補者が圧勝。そして大阪の参院選挙でもその影響が持続し、圧勝した。 政党助成金をもらっているとはいえ、自民党ほど資金が潤沢ではない中でワンイシューを掲げるインパクトのあるコマーシャルも放送し、大阪以外でもそれなりに知名度のある候補者の擁立に成功した。そのようにして相乗効果を生みだし、議席を獲得していくやり方も狡猾(こうかつ)だった。 今後、維新の抱える課題としては国会で「自民党の補完勢力」と揶揄(やゆ)される状況から直ちに脱却することだ。自民党に仕えても、自民党は維新を眼中に入れてはいないし、維新にはもう衆議院は3期目、参議院は2期目を迎える所属議員がいる。自立したっていいのだ。記者会見に臨む日本維新の会の松井一郎代表=2019年7月21日、大阪市北区(須谷友郁撮影) 決して新党ではないし、なんなら今は爆発的なエネルギーを持つ新しい改革政党がめじろ押しだ。国会での「本当」の存在感を出していかなければ、いつの日かは大阪府民からも愛想をつかされてしまう日がやってくる。2011年の大阪維新の会の行動力をいまだ脳裏に焼き付け、あの奇跡が国政でも行われることを期待している支持者の声にそろそろ応えてほしい。【お知らせ】上西小百合氏を講師に迎えた「iRONNA」初のリアルイベントを開催! 大阪都構想、憲法改正のカギを握る一方で議員の不祥事が問題視されている維新の会の話を中心に講演します。■テーマ「(仮)維新の会を斬る!」■日時、会場 8月30日(金)午後2時~3時半、産経新聞大阪本社(大阪市浪速区)■定員 50人募集■参加費 3千円■申し込みは産経iDのサイトから。登録(入会金・年会費無料)が必要です。https://id.sankei.jp/※詳細は下記をご確認くださいhttps://ironna.jp/theme/1057関連記事■【上西小百合独占手記】橋下さん、私からはこれが最後の言葉です■橋下徹が私たち大阪人に残したのは「負の遺産」だけだった■自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由

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    政見放送でバズるしかなかった「マイナー新党」候補の独白

    スト) 参院選が終わった。静かな参院選だった。投票率は50%割れで戦後2番目の低さだった。 私はこの選挙に、政治素人ばかりで集まった政治団体から立候補した。私は、お役所の無駄遣いを取材するジャーナリストであり、汚職を減らす非政府組織(NGO)「トランスペアレンシー・インターナショナル」の日本代表を務めている。 今年5月に元レバノン大使で作家の天木直人氏から電話があった。 「ぜんぶ費用をもつから、参院選に出てくれないか? 比例代表で。新党を作ったので、候補を10人そろえなければならない。男性ばかりなので女性がほしい」  聞くと、元衆院議員の小林興起氏、千葉県議会議員の西尾憲一氏、市民運動家の黒川敦彦氏らと共に参院選出馬のために「オリーブの木」という政治団体を作り、資金を貯めてきたそうだ。  参院の選挙区で議席を得られるのは、自民や立憲、公明、共産といった、既存の大政党にほぼ限られる。天木氏は、作家として全国的な知名度がそこそこにある。そこで全国にわたる比例代表で立候補を目指していた。だが、参院比例は、個人では立候補できない。国会議員が5人以上いるか、直近の選挙で2%以上の票を得た政党、あるいは10人以上の候補を擁立する政治団体でなければならない。 そのため、既存の政党に入らずに立候補するには、10人を集めなければならないのだ。 ちょっと調べてみると、参院比例で当選するには、党名および個人名の票が計100万票必要だ。とてもそんな数はとれない。いったんは断った。 が、国会で「老後資金2000万円が不足する」との年金報告、消費増税、ホルムズ海峡での日本船への攻撃に端を発する米国によるイラン攻撃の呼びかけなど、私や天木氏の専門とする事件が次々に起こり、このタイミングなら当選があるやもしれないと思い、立候補することにした。 メディアは公示日(選挙運動の開始を告げる日)に「安倍政権の6年半を問う、年金・増税・憲法焦点に」などと報じた。だが、実際報じられるのは、自民、立憲、公明、国民、維新といった主要政党の党首や候補者の動向ばかり。 新党の動向は報じられず、私たちの政治団体はなかなか存在すら知ってもらえなかった。福島駅前で選挙活動する「オリーブの木」の黒川敦彦氏代表(右)ら 党は選挙区で一人300万円、比例区で600万円という高額の供託金を出すのが精いっぱいで、広告費は出せない。供託金は、選挙に立候補するために国に払い込む、いわば受験料のようなものだ。 遊び半分の立候補を防ぐためというが、事実上、一般の人が気軽に立候補できない壁となっている。既存の政党は、議員一人につき年に約1億円の政党助成金を税金から得ており、これを選挙費用や宣伝費に充てているようだ。話題になった政見放送 新党が無料で有権者にアピールできる手段は、テレビとラジオの政権放送と、新聞様式の選挙公報だけである。 選挙公報は、比例区5人分で、新聞の3段ほどのスペースが割り当てられる。党の政策である「対米自立、ベーシックインカムの研究、官民格差是正」などの言葉と候補者の名前と写真を並べるだけでいっぱいだ。 それに引き換え、政見放送は一党17分、比例候補が5人で一人4分。じっくり自分の主張をできる。念入りに準備をした。 「私は、皆さまの年金を守る、年金ビーナスになります」   私は、あえてスーツではなく、党のイメージカラーの緑のドレスをまとい、絵に描いた餅のような政策ではなく私の特異な体験と実績を語ることにした。 「私は消費税の増税には反対です。お役所には無駄遣いがたくさんあります。私が働いていたお役所の実態はこうでした。毎朝全員遅刻、昼休みは3時間、一日の実働10分、天下りの理事長は毎月税金で海外旅行」  この話は、支援者に対するミニ集会でとても驚かれ受ける話だ。 ところで、収録直前、ちょっとした事件があった。 天木氏ら4人いた共同代表のうち3人が辞任して一番若い41歳の黒川氏が代表になった。それに伴い、小林氏は立候補を取り止めた。 このことで予定が狂った。小林氏が話すはずだった時間が余ってしまい、収録の順番が最後だった私が間を埋める必要に迫られた。 そこで、とっさに、歌を歌うことにした。もともと、選挙の準備期間、自分の公約を「笹の葉さらさら」で知られる、七夕さまの曲の替え歌にして歌っていた。すると、家族から、「硬く難しい言葉を使うより、歌のほうが聞いてもらえるのでは」と言われて、街頭演説で歌ってみようと思っていた。 それを放送で披露することにしたのだ。視聴者の耳目を引いて話題になる、と思ったからでもある。 果たして、視聴者は度肝を抜かれ、話題になった。すぐに録画がインターネット上に上げられ、再生回数は半日で8000回、選挙期間を通じ、10万回を超えた。ネット上で、新党オリーブの木は一躍有名になった。 中には、「ふざけてる」という批判の意見もあったが、存在すら知られないよりはましだ。 ただし、元NHK職員で、今回初当選したNHKから国民を守る党の立花孝志氏によれば、政見放送の視聴率は2~5%という。視聴率が3%なら300万人、うち1割が私たちの党に入れてくれたとしても、30万票である。当選には及ばない。私たちに取材は来なかった 選挙期間中、私たちに取材は来なかった。選挙区の候補なら、一回は平等に紹介してもらえる。だが、比例候補については、大きな政党の候補も含め、あまり取材がない。特に、新党についてはゼロだ。 選挙の争点であるはずの、年金や憲法改正、消費増税について、選挙の公示前に大政党だけを集めた党首討論が行われ、報じられた。 年金については、与党は「老後資金が2000万円分不足する」とした報告書を受け取らないとしたことについて、そのままにして弁解も改善策も示さない。 野党は「年金増やせ、消費税を上げるな」というが、財源については言わないので実効性が乏しい。また、憲法改正について国民に与える影響の議論はあまりなく、する、しないを政局絡みで主張し合っているだけだ。 メディアもその矛盾を突いたり、議論を深める努力を怠っている。 各党の選挙戦が、国民を置き去りにして、旧来の主張をぶつけ合うだけの場になっている。参院選に挑む新党や政治団体の中には、その矛盾を突いたり、解決策を示したり、あるいは既存の政治家が取り上げない国民の関心事を取り上げている党があるが、そういう主張が報じられることはない。 だから、選挙戦が国民の関心を引かない。それが低い投票率に表れているのだと思う。 私たちは、インターネットでは一生懸命訴えた。けれども、まだまだネットを使わないお年寄りが多い中、テレビや新聞の威力にはかなわない。 人口の多い首都圏のターミナル駅、そして地方大都市と人の多いところに行って街頭演説はした。ただし、通りがかりの人に公約を聞いてもらうのはなかなか難しい。若い黒川代表が音楽や踊り、対話を入れた新しい選挙活動を試み、人々の注目を集めることには成功したが、大量の得票に結びつくかは疑問だった。 投票日、結果は、比例区で、私の個人得票が1万票、党全体での得票が17万票だった。議席獲得には遠く及ばなかった。けれども、選挙区での得票が9万票で、計26万票を得たことになり、結党から2カ月の短期間にしては健闘した。 けれども、供託金は没収されてしまった。比例では、たとえ惜敗であったとしても、当選者がいない限り、供託金は全没収なのである。演説する筆者の若林亜紀氏=東京・有楽町 一般国民は、国会で主張したいことがあり、一定の支持を得ていても、議員にはなるな、挑戦してもいいけど文無しにしてけり出してやる、と既存政党からあざ笑われているような、参入障壁に見える。  選挙を一般国民が参入しやすいものにすること、そして国民のための論戦の場にすることが望まれる。でなければ、いつの間にか国会が形骸化して、既存の政治家たちの独裁の場、なれ合いの場になって、国が衰退の一途をたどるからだ。■自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由■「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷■“選挙に強い泡沫候補”はすべて計算ずくのことである

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    参院選で浮き彫りになった「保守VS革新」イデオロギー軸の変化

    ならなかった。野党にとっては、年金不足問題を参院選の争点にできなかったことになる。 また、安倍首相が選挙戦でアピールした憲法論議も、公明党が慎重な立場を示したことや具体的な与野党間の論争にはならなかったことで、有権者にはもう一つ浸透しなかった。結局、大きな対立争点を巡る選挙ではなく、これまでの安倍政権の業績を評価する選挙となった格好である。このため、投票率は50%を下回る低投票率となった。 さて、安倍政権の業績については、安倍総理が5月にトランプ米大統領を国賓として招き、6月には20カ国・地域首脳会合(G20)の議長を務め、7月には韓国への輸出規制強化を打ち出すなど、外交や政治指導力を有権者に印象付ける機会が多かった。特に、韓国への輸出規制強化については有権者の6割以上が賛成しており、韓国に対する政府の対応を支持している。 ここで、安倍政権の業績評価をみると、財政政策や景気対策については評価するよりも評価しない者の方が多いが、外交や政治指導力になると評価する者の方が多い。これに関連する形で、全体としての安倍政権の仕事ぶりについても評価する者が多くなっている。 そのためか、党首に対する好感度を見ると、各党の党首の中で安倍自民党総裁が最も高く、日本維新の会の松井一郎代表が続いている。また、政党に対する好感度を見ても、自民党が頭一つ抜け出し、これに日本維新の会、立憲民主党が続いている。党首だけでなく自民党の印象も全ての党の中で最も良い点が特徴である。演説する自民党総裁の安倍晋三首相=2019年7月20日、東京都千代田区の秋葉原駅前(古厩正樹撮影) このことは、支持者の歩留まりを見ても明らかである。元々、自民党支持者は全体の33%と最も多い上に、その内の87%が参院選比例代表で自民党に投票しており、支持層を手堅くまとめて公明党に次いで高い歩留まりを示している。また、無党派層を見ても31%が自民党投票で立憲民主党投票の22%を上回っている。支持者の数で勝る自民党が無党派層の獲得でも野党第一党より多く、結果として前回より議席を増やすことになった。 なお、自民、公明、維新の改憲に前向きな三党で、非改選と合わせて参議院の発議に必要な85議席を獲得するかどうかが注目されたが、3分の2には4議席足りない81議席となった。このため、安倍首相は改憲議論自体には反対ではない野党の一部を取り込んで早期の憲法論議を目指す意向であるが、成案を得て発議に至るかどうかが注目される。 また、憲法改正について有権者の意識を聞くと、「改正すべき」が「改正すべきでない」を上回っており、さらに9条を改正して自衛隊を明記すべきかを尋ねても、「明記すべき」が「現行のまま」より多くなっている。(※注)投票行動研究会(研究代表者・小林良彰)調査:7月12日~16日、全国有権者対象、有効回収3000保守vs進歩は変わった 一方、今後の安倍政権がこのまま順調に推移するかどうかは経済面の業績次第である。前述の通り、財政政策や景気対策についての評価は厳しい。 例えば、アベノミクスを評価するかどうかを尋ねると、「評価しない」が「評価する」をわずかに上回っている。その背景には、景気について「悪い」が過半数を占め、「良い」は2割弱しかない。また、生活将来感について見ても「不安がある」が3分の2に達し、「不安がない」は1割余である。このため、景気が良くない東北地方で、地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」問題が争点となった秋田だけでなく、岩手、宮城、山形でも自民党候補が負けている。 つまり、2012年の政権奪還当初にアベノミクスを打ち上げ、経済などの生活争点で内閣支持率を維持した頃とは異なり、現在は対韓国問題や外交などの社会争点で支持率を維持している。このため、外交や政治指導力という安倍総理の長所を維持できるかどうかは参院選後に控えるトランプ米大統領との日米貿易交渉の結果や日韓関係の推移にかかっている。 なお、今回、議席を伸ばしているのが立憲民主党と日本維新の会である。この内、立憲民主党については野党第一党として自民批判の受け皿になっていることや、国民民主党の不人気さ故、旧民進党支持者が国民民主党支持から立憲民主党にくら替えしたことも原因となっている。 一方、日本維新の会は大阪の2議席獲得に加えて、関東東京の神奈川でも議席を得た。この背景については、世代によるイデオロギー軸の変化が原因ではないかと考えられる。かつて「保守vs革新」と言えば、「日米安全保障条約是か非か」や「在日米軍基地から米軍がベトナム戦争に出撃することの問題」などを通した軸として考えられ、極論すれば「タカ派vsハト派」と解釈する者もいた。しかし、都市部を席巻した革新自治体が衰退して以降、最近では「革新」という言葉自体を聞く機会が少なくなった。参院選の投票が行われる=2019年7月21日、大阪市福島区の吉野投票所(前川純一郎撮影) ここで有権者の政治意識を見ると、前述の通り、憲法改正や9条改正による自衛隊明記賛成が多いが、その一方で夫婦別姓については賛成が6割で反対を上回っており、原発再稼働についても反対が6割で賛成を上回っている。 つまり、かつてのタカ派vsハト派という対立軸でみれば「改憲=夫婦別姓反対=原発再稼働賛成」vs「護憲=夫婦別姓賛成=再稼働反対」となるが、今の多数派は「改憲+夫婦別姓賛成+再稼働反対」となる。つまり、少なからぬ有権者は「保守vs革新」を「タカ派vsハト派」ではなく、現状維持か改革志向かという「保守vs進歩」軸で認識しているのではないか。 そうした有権者にとって、日本維新の会は保守ではなく進歩になり、50代以上の有権者の認識とは異なっている。日本維新の会のベクトルについては賛否両論あるが、現状を変える提案をしているという印象を持つ有権者が増えている。このため、現在の政治に閉塞(へいそく)感をもつ一部の者が日本維新の会に投票したことになり、それとは反対のベクトルのれいわ新選組が2議席を得た理由でもある。 こうしたイデオロギー軸の変化に他の野党が追い付いているのかが問題となる。冒頭の年金不足問題で指摘したように、政府与党を批判するだけで実現可能な代替案を示すことができなければ、若い有権者からは与党と同じ「現状維持=保守」に見られることになる。常に各党のベクトルに則した新しい制度改革案を提示していくことが、いずれの政党にも求められている。■「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷■老後2000万円問題「参院選の争点化」に財部誠一がモノ申す■日本国憲法の語数は世界一少ない?70年間改正を阻む「分量」の盲点

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    自民党が参院選でついに「煽り」に出た理由

    三浦瑠麗(国際政治学者) 今回の参議院選挙は、夢のない、しかもダークな選挙でした。2013年に会員制交流サイト(SNS)での選挙戦が導入されてから、選挙期間中は党派ごとに全く分断された世界を生きていることが可視化されるようになりました。 自民党が保守の王道を行く勝ち組的な選挙戦を展開しなかったことも特徴的でしたし、最大野党である立憲民主党も政権を全否定しました。政策をめぐる論争よりも、互いに対する全否定の方が際立ってしまったのは残念なことです。 人々は自分が選んだ情報にのみ接し続けると、どんどん偏見(バイアス)が強まると言われています。インターネットの世界では、誰がどんな思想を持っているかがすぐ分かってしまうため、リアルな社会では経験しないような摩擦が多く生じがちです。 それでも、無党派層が多い日本では、中間にいる人たちがたくさん存在しており、彼らはそのような選挙戦の雰囲気から取り残されています。結果、初めからバイアスのある人は一層バイアスがかかり、そうでない若年層の多くや無党派層はそのような党派性に接するとむしろ意識的に価値中立的になる傾向が感じられます。 日本の高齢者はSNSやブログなどのインターネットに数多く接すると両極的な意見を持つようになりますが、若者だとむしろ中庸の政策志向に近づくという調査結果もあるのです。 自民党が王道の選挙よりも「煽り」に振ったのはおそらく戦略でしょう。野党バッシングの方が票になると判断したということです。大衆化が進展し、いよいよ自民党の中でエリート主義が終わったのだともいえます。 また、今回は政治団体、れいわ新選組が経済政策で、さらに左から立憲民主党を圧迫しました。これら他政党の戦略の結果、立憲民主党は左傾化していくと思われます。2019年7月20日、東京・新宿での街頭演説で支持を訴える「れいわ新選組」代表の山本太郎参院議員 先進国の中で、日本が稀に見る政治的安定を確保している理由は四つあります。消えた左右の「専売特許」 第一に、自民党が経済政策でどっかりと中道に位置していること。第二に、所得階層ではなく、憲法と日米安保条約をめぐる分断が投票行動を左右していること。第三に、小選挙区制度が導入されたこと、第四に、日本人がここしばらくの政治を経験してもはや「破壊」や「変化」を望んでいないように思われることです。 先進国には、グローバリゼーションの結果としての中産階級の地盤沈下と、富裕層との格差拡大に対する強い反発が生じています。政府の政策選択肢にはもはや大きな幅が残されていません。 また、冷戦が終結したことにより、冷戦下で出来上がった既存政党を軸とした政治的分断の効力が薄れつつあるということも指摘できます。かつてであれば、「社会主義対資本主義」「共産主義対民主主義」といった対立軸が有効でした。 ですが、移民や難民の受け入れ数が論点となり、グローバル化への対応が問題となる昨今においては、格差やQOL(生活の質)、環境保護などをめぐる論点はもはや「左派」の専売特許ではなく、独自の伝統や文化の保護などをめぐる論点も、もはや「右派」の専売特許ではなくなったからです。 既存の政党を分けてきた亀裂が、もはや有用ではなくなると、新勢力が台頭しやすくなります。欧州では多くの既存政党が力を喪っている現状が指摘されています。 しかし、日本では事情が異なります。安保や憲法といった冷戦期から持ち越した対立がいまだにビビッドに存在しているがゆえに、経済階層をめぐる分断が先鋭化せず、既存政党の有効性が持続しているからです。 人の移動を中心に十分なグローバル化がまだ進展していないという事情もありますし、戦後すぐに連合国軍総司令部(GHQ)が行った改革によって相当程度分配と経済の民主化が進んだことや、自民党がバラマキを行ってきたという歴史的経緯も影響しています。 そのうえ、民主党政権が「失敗」と総括されてしまったことにより、国民の多くは「既存秩序の破壊」に希望を見いださなくなりました。また、小選挙区制度の下で、いったん野党を経験した自民党の求心力が高まったために、かつてのように自民党が分裂することによる政権交代も難しい状況です。2019年7月16日、広島市内で街頭演説する立憲民主党の枝野代表 それでも、多くの先進国と同じように、日本には閉塞(へいそく)感が蓄積していっている。この安定が永遠に続くわけではなく、閉塞感打破がどのような形でいつ起きるかは、なかなかコントロールしづらいということです。もはや保守の余裕はない そうした中で、憲政史上最長の政権をうかがう安倍晋三政権はどのように評価されることになるでしょうか。安倍政権の特長は多くの場合、日本の置かれた構造や歴史的経緯の産物です。 安倍政権は、明らかにベースとしては既成の秩序を維持する側に立っています。社会保障や安全保障、経済政策の内実やスピードは漸進的変化にとどめ、保守的政策に徹しています。 ドラスティックな改憲を目指さず、徐々に自国防衛を強化しているのも、社会保障支出の自然増への対応以外には大きく財政政策を変化させていないのも、保守であるがゆえの特徴なのです。そうした姿勢への賛否は存在するでしょうが、グローバル化する世界への対応策として、保守にこれ以上を望むことはなかなか難しいでしょう。 その一方で、現在の自民党は大衆化の進む日本社会の現状を反映して、保守の余裕を感じさせない「左派バッシング」をメッセージの中心に据えた選挙戦を戦っています。これは典型的な「アイデンティティー・ポリティクス」です。 資源配分を変化させるような実利をめぐる論点でもなく、何か具体的な政策をめぐる論争でもない。功利主義とは異なる次元で存在している「アイデンティティー・ポリティクス」は、日本限定の事象ではもちろんありません。 既得権の打破のように、動く政治が実現しない場合、人々はアイデンティティーの領域でガス抜きを図ります。新聞などのメディアや識者はとかく、現代は理解しがたい時代だとしがちですが、人間の属性が何かいきなり変化して、そのような政治が登場したわけではありません。2019年7月14日、神戸市での街頭演説で有権者らに支持を訴える自民党総裁の安倍首相 とどのつまり、アイデンティティーの浮上は閉塞感の蓄積によるものでしかありません。アイデンティティー・ポリティクスの台頭による弊害はもちろん存在しますが、それへの本質的な解決策は、アイデンティティーとは無縁の功利主義にこそ存在します。 合理主義的改革を掲げる勢力が登場しない限りは、日本は停滞の絶望感の中でより極端な勢力が台頭する可能性があります。参院選後は、安倍政権後の日本を見据えながら合理主義的改革勢力を与野党ともに育てていく必要があるでしょう。■ なぜ安倍首相は憲政史上まれにみる長期政権を実現できたのか■ 小選挙区制度が変えた平成ニッポンの民主主義■ 「スイッチが入った政治家」安倍晋三のリベンジ

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    船田元手記「憲法改正の議論は波静かな時にしか進まない」

    船田元(衆議院議員) 長かった参院選も終わろうとしている。この度の選挙戦の争点として、安倍総理は憲法改正を進める政党か、そうでない政党かを見極めてほしいと訴えてきたが、実際にはそれほどの盛り上がりはなかった。私はもともと憲法改正を選挙の争点とすることはなじまないと主張してきたが、ここまで関心がないとは予想できなかった。自公はじめ改憲勢力が仮に参議院で3分の2を確保しても、そうすぐには憲法審査会の現場は動かないのではないかと危惧している。 これまでの憲法改正をめぐる国会の動きを少し振り返りたい。2000年から始まった憲法調査会では、現行憲法の意義と課題について調査を進め、5年後に両院議長に報告書を提出した。次に国民投票を実施する法律を作るため、憲法調査特別委員会を設置し、約2年間議論した。大方は与野党協調のもとで審議も進んだが、法案採決時の混乱のため、改正原案を審議できる憲法審査会のスタートが5年間遅れてしまった。 ようやく2012年から審査会が始まったが、まずは国民投票法の積み残しだった公務員の運動のあり方、選挙権も18歳以上に引き下げることなどを決めた。さあいよいよ改正の中身の議論を始めようとした途端、当時審議が難航していた平和安全法の憲法解釈をめぐって審査会で混乱を招き、再び会議が暗礁に乗り上げた。 こうした経験から、憲法改正の議論は政治的に波静かな時にしか進まないこと、少なくとも野党第1党との話し合いがきちんと行われる環境にないと、実質の議論ができないことを学んだ。 マスコミの多くは衆参両院の改憲勢力が3分の2を超えるか超えないかを、しきりに気にしているが、3分の2を超えなければ改憲ができないのかというと、決してそうではない。筆者の船田元衆院議員=2018年8月27日、衆院第2議員会館(酒巻俊介撮影) むしろ3分の2を超えてしまったがために、野党が警戒心を強くして後ろ向きになったとも言える。決して手加減しろという意味ではないが、結果として一院でも3分の2を超えない方が、野党の必要以上の警戒心を招かず、また与野党間で話し合う環境が整うという点で、かえって議論が前に進む可能性もある。安倍首相の前のめり発言 また識者や政治家の多くは、国民投票と国政選挙を同時に行うべきとの意見を持っている。選挙費用が節約できる効果は論外としても、改憲に対する関心を高める効果を期待する向きは多い。しかしこれにも私は賛成できない。 規制のあり方が根本的に異なる国民投票運動と選挙運動を同時に行うことは、現場を大混乱に陥れるからである。さらに根本的な問題は、政権選択を求める国政選挙と、基本的政策を問う国民投票を同時に行うことは、改憲に対する国民の意思表示をゆがめることになりかねないからである。 なお昨年来、私は憲法改正国民投票法に関する超党派の議員連盟に参加しているが、その中心議題はテレビCM規制をどうするかという点である。私は、この議題を投票環境の改善を目的とした国民投票法の改正や、憲法改正議論にスムーズに入っていくための呼び水にしようとしたが、どうもこれが改憲議論の前提、あるいは枕となって立ちはだかってしまったのではないかと反省している。 安倍総理の「憲法改正を早期に実現したい」との気持ちはよく分かるが、前のめりの発言をするたびに憲法議論が止まってしまうことを、これまで何度も経験して来た。自民党総裁としての発言なら問題はないのだが、総理大臣との人格的な切り離しができないという現実を、直視しなければならない。 今後の憲法改正議論は、このたびの参院選の結果がどうあろうと、審査会の場で与野党間が冷静に議論することが重要である。理想を言えば野党の一部、とりわけ野党第一党が積極的に参画し、最後に同意できないとしても、ともに議論したという過程が、極めて重要である。第21回公開憲法フォーラムの会場で上映された安倍晋三首相からのビデオメッセージ=2019年5月4日、東京都千代田区(桐原正道撮影) そのことが必ず、発議した後の国民投票運動に影響を与え、さらには国民投票の結果そのものにも影響を与えると思うからである。「急がば回れ」の精神を今こそ生かすべきではないか。これまで20年以上憲法改正議論に関与してきた私としても、静かな環境のもとで改正の中身の議論が盛んに行われるよう、最大限の努力をしていきたい。■「護憲」「改憲」の二元論を超えて■日本国憲法が70年間一度も改正できなかったホントの理由■「自衛隊は違憲の軍隊である」 この現実をあなたはどう思いますか?

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    政治に日本の閉塞感を破る力はあるのか

    の結果、改憲勢力が議席の3分の2を割り込んだ。争点が曖昧で、投票率も低調に終わり、盛り上がりに欠けた選挙戦だったが、政党要件を持たない「れいわ新選組」が、山本太郎代表の常識を超えた戦略で注目を集めたのは特筆すべきだろう。こうした動きが、日本に漂う閉塞感を打ち破る起爆剤になるか。

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    「理想主義は捨てよ」基地問題にかき消される沖縄の真実

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 沖縄で国政選挙や知事選挙など重要な選挙があるたびに、主要なメディアは「基地問題」が最大の争点であるとし、「辺野古埋め立てをめぐる国と県との対立」が大きく報道される。 国とは自公政権であり、県とは「埋め立て」に反対するオール沖縄勢力だから、自公が推す候補者(今回の参院選では維新も相乗り)と、オール沖縄が推す候補者(今回の参院選では野党統一候補)との対決という構図が描かれる。右派左派問わず、年輩者ほどこうした対立の構図にこだわる傾向が強い。 が、こうした構図の下での政治のあり方には「もううんざりだ」というのが率直な気持ちである。「基地問題は重要でない」と言いたいわけではない。必要以上に肥大化してしまった「沖縄の基地問題」が、沖縄にとって重要な他の問題を覆い尽くしてしまっているからだ。 たしかに国と県との対立は深刻ではある。2015年以降、この対立は法廷に持ち込まれ、16年の最高裁判決では埋め立ての適法性が認められたが、その後も係争は収まる気配はなく、今回の参院選挙の期間中にも新たな訴訟が県によって提起されている。埋め立て予定区域に軟弱地盤が存在することもこの問題を錯綜させ、今後際限のない訴訟合戦が続く可能性がある。 だが、沖縄の置かれている状況に踏み込んで、本当に深刻な問題は何かを見極めようとすると、基地問題にメディアで喧伝(けんでん)されるほどの重要性を見いだすことは難しくなってくる。 最大の問題は経済だ。少々遠回りだが、例の「年金不足2000万円問題」に絡めて沖縄の現状を説明しよう。ここで問題としたいのは、平均的な日本国民がいったいどの程度の貯蓄(純貯蓄)を備えているかである。 2014年の消費実態調査によれば、国民1世帯当たりの平均貯蓄額は1565万円だ。他方、1世帯当たりの平均負債額(借金)も見る必要がある。同じ調査によれば1世帯当たりの平均負債額は488万円である。貯蓄額と相殺すると1077万円という1世帯当たりの平均純貯蓄額を得る。沖縄県名護市辺野古の沿岸部=2019年3月 問題視したいのは地域間のバラツキだ。都道府県別に見ると、世帯別の貯蓄額が最も大きいのは東京都であり、一番小さいのは沖縄県である。東京都の貯蓄額は1997万円で、借金を差し引いた純貯蓄額は1396万円、沖縄県の貯蓄額は575万円で純貯蓄額はわずか61万円である。これは東京都の純貯蓄額の4・4%にすぎない。むろん沖縄県の数値は全国最低である。 純貯蓄額を「暮らしの糊代(のりしろ)」と見なすと、沖縄県の糊代の小ささは突出している。「2000万円問題」どころの騒ぎではない。糊代61万円では、ひとたび家計上の問題が起こった途端、あっというまに破綻してしまう。これは危機的な状況だ。暮らしという観点から見れば、基地問題の比ではない。必要なのはリアリズム 沖縄の純貯蓄額の突出した小ささがこれまで社会問題化しなかったのは、おそらく各種の社会保障制度にバックアップされているからだろうし、人口の高齢化が全国で最も緩慢なおかげだろう。しかしながら、このまま放置していたら、沖縄県民の家計は崩壊して県経済も立ちゆかなくなる。 なぜ、純貯蓄額がこれほど低いのかについてはさらなる検討が必要だが、貯蓄が所得と消費の差額の集積であるという事実からして、県民1人1人がより大きな所得を得られるような方策を地道に積み重ねていくほかない。県民の消費スタイルにも問題はあるかもしれないが、まずはより多く稼ぎ、より多く貯蓄することが必須だ。 目下、台湾や中国などからのインバウンド(訪日外国人)のおかげで、沖縄は空前の「観光景気」を迎えている。全国最低だった失業率も大幅に改善し、同じく全国最低だった1人当たりの所得も少しずつ上昇している。 一方で、一部に投機的な動きもあり、土地価格や賃貸価格には高騰の気配もある。いずれにせよ、「暮らしの糊代61万円」では、一時の好景気に浮かれている余裕などない。政府の全面的な協力の下、県独自の経済政策・産業政策の実施によって「経済成長」を図ると同時に、県民の間の所得の分配構造を改善することが急務だ。 今回の参院選沖縄選挙区では、先に述べたのと同じような問題意識を持って立候補した自民公認で公明と維新が推薦する沖縄経済界の若手リーダー、安里繁信氏と、埋め立てに反対する「オール沖縄」が選んだ無所属の野党統一候補で、立憲民主、国民民主、共産、社民、沖縄社会大衆党が推薦する琉球大名誉教授の高良鉄美氏ら4氏が立候補した。沖縄選挙区で当選を決め、玉城デニー沖縄県知事(左)と握手する高良鉄美氏(右)=2019年7月、那覇市 事実上、安里氏と高良氏の一騎打ちで高良氏に軍配が挙がった。が、冒頭で触れたように「辺野古埋め立て」にこだわり続けるような政治のあり方では、「暮らしの糊代」を増やすことは難しい。県民1人1人が、沖縄の直面するリアルな経済の現実に気づき、一刻も早く事態を改善しないと、予想を超えた厳しい事態を迎えることになるだろう。 人は万能ではない。一つのこと(たとえば埋め立て反対)に注力したら他のことがおろそかになるのが常だ。県民にとって何がより重要かを明確に認識することができる政治家だけが沖縄の現状を変えられる。もはやイデオロギーに基づくイデアリズム(理想主義)の時代は終わった。客観的なデータに基づくリアリズム(現実主義)こそが沖縄に求められているのである。■変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」■【独占手記】江田憲司が初めて明かす普天間合意「23年目の真実」■自衛隊を排斥しても「オール沖縄」玉城デニーのデタラメな論理

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    廃止された議員年金 政府・与党が参院選後に復活の準備

    えることになった。だが、それでは我慢ができなかったらしい。特権を復活させる動きが始まったのは、前回総選挙(2017年10月)で自民党が大勝した直後からだ。「若くして国会に出た議員は退職したら全員生活保護だ。ホームレスになった人もいる。こんな国は世界中にない」 自民党の竹下亘・元総務会長がそうぶちあげると、手始めに地方議員の年金復活にとりかかった。同党地方議員年金検討プロジェクトチームで法案をまとめ、昨年12月に自公幹事長会談で法整備の方針で一致した。 国民年金では生活を支えられないというのであれば、公的年金制度全体を改めて国民全体にセーフティネットをかけるのが政治というものだろう。しかし、国民そっちのけで自分たちの老後保障に走ったのである。次の国会でコッソリと 無論、賛成論ばかりだったわけではない。小泉進次郎氏ら若手の一部から「選挙で説明できるのか」と反対論があがったものの、全国1000近い地方議会が年金復活を求める意見書を次々に採択すると、県議出身の石田真敏・総務大臣が「地方議員の年金は復活してもいい。なり手不足対策の復活に反対というのは違和感がある」と推進を表明し、安倍首相側近で都議出身の萩生田光一・幹事長代行も「セーフティネットとしてあってもいい」と政府・与党一体で復活方針が事実上決まった。地方議員出身の自民党中堅議員が語る。2019年6月19日、党首討論が終わり、笑顔を見せる安倍晋三首相と麻生太郎財務相兼金融担当相ら(納冨康撮影)「もともとは参院選で地方議員に働いてもらうために今年の通常国会に法案を提出する予定だったが、統一地方選前に“議員年金復活”はやりにくいという政治判断で先送りされた。タイミング悪く金融庁の年金2000万円不足報告書問題に火がついてしまったから参院選では黙っているが、地方議会からの突き上げは強く、選挙が終われば次の国会で法案を成立させることが既定路線になっている」 推進派の石田総務大臣が、わざわざ参院選直前に冒頭の研究会を立ちあげたのも、議員年金復活の“アメ”をぶら下げて地方議員を参院選の票集めにフル稼動させる狙いがうかがえる。関連記事■保存版、60歳からの書き込み式「生活費寿命」診断シート■相続税徴収 膨大な財産情報持つKSKシステムとは■消費税増税に伴う年金生活者支援金、30年で180万円支給■韓国で女児の胸が大きくなる「性早熟症」、囁かれる原因■妻の年金が増える「振替加算」受給のためには

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    改憲勢力「3分の2」割り込む

    第25回参院選の投票が終了した。報道各社の世論調査では、自公で改選過半数(63議席)を上回る見通しだが、憲法改正に前向きな「改憲勢力」が国会発議に必要な3分の2(164議席)の維持が難しくなった。iRONNAでも開票速報をお届けする。

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    将来の首相候補 進次郎氏、河野太郎氏、橋下氏、細野氏の評価

    て絶対に落選しない地盤を引き継ぎ、その利点を活かして党内野党として政権のガス抜き要員の役割をこなし、選挙応援で全国に顔を売る。ザ・世襲サラリーマン議員で政治手法は令和という新しい時代ではなく、古い昭和政治の申し子といえる」(政治アナリスト・渡瀬裕哉氏) 渡瀬氏は河野太郎外相(17位)にも、「自分のツイッターから批判的な人をブロックしてイエスマンだけを集めてきた。外国要人とのコミュニケーションはできても、国民と会話ができないということを示している」と手厳しい。 その進次郎氏に対抗する“野党のホープ”と見られていた細野豪志氏だが、自民党二階派への加入で一気に評価がダウンした(7位・5票)。細野氏と当選同期だった元民主党代議士の政治評論家・木下厚氏がいう。「いずれは進次郎vs細野の対決があると期待していたが、細野氏は民主党離党で党の崩壊を促し、希望の党が解党されると二階派入り。裏切りと変節で陽の当たる所に行く。これでは総理は任せられない」2019年5月21日、安倍晋三首相へ自民党人生100年時代戦略本部取りまとめの提言書を渡し、記者団の質問に答える小泉進次郎事務局長(右)。左は岸田文雄本部長(春名中撮影) 本人はBS11の番組で「総理の夢は捨てた」と語っているが、令和の政治でどんな居場所を見出そうとしているのか。 現在は政治家ではないものの、根強い「待望論」と「警戒論」が半ばするのが橋下徹氏だ。維新の会が大阪ダブル選や大阪補選で勝利したことでいつ政界再進出するかと動向が注目され、今回のアンケートでも進次郎氏と並んで10位(4票)に入った。「めぼしい相手を“敵認定”しては、人々の攻撃が向かうように仕向ける大衆操作術は見事だが、その手法で国家を運営されると国内に分断が生じることは必至」(精神科医・香山リカ氏)「沸点が低く、政敵を徹底的に論破しようとする。強いリーダーシップが必要な大統領なら向いているかもしれないが、反対派との意見調整能力が求められる議院内閣制の指導者には向いていない」(日本大学教授・岩井奉信氏)関連記事■総理にしてはいけない政治家ランキング 2位に枝野氏と茂木氏■昭恵さんに呆れる安倍首相「離婚できるならとっくにしてる」■小泉孝太郎、芦名星と連泊愛 愛犬を連れてデート撮■衆参W選で自民大敗なら「石破の乱」勃発か 鍵握る進次郎氏■「僕は安倍晋三君が憎らしいわけじゃない」と小沢一郎氏

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    「売名行為」選挙報道でマスコミが負った致命傷

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 参院選もいよいよ終盤戦に突入した。大手マスコミの選挙情勢では、与党の自民・公明で改選議席の過半数をかなり上回ることが、共通して明らかになっている。野党では、立憲民主党がかなり躍進しそうだ。 ただし、与党が手堅いということは、他の野党勢力があまりにも体たらくだということでもある。他方で、マスコミがこぞって表現する「改憲勢力」は、参議院の3分の2を維持することが難しいとも報じられている。 もちろん「改憲勢力」というのはあくまでも(仮)とでも言うレベルであり、本当に改憲に熱意のある政党や政治家の集合体を意味してはいない。現状の選挙情勢のまま推移するならば、安倍晋三政権は安泰だが、その一方で、改憲はこの政権の下で極めてハードルの高いものになる。 私見を述べれば、財務省の「消費増税路線」を止めることができない政権には、もともと改憲などできる政治力があるわけもない。その点を厳しく国民は評価したのかもしれない。 しかも、年金などの社会保障や、そして何よりも10月に控える消費税率10%引き上げといった経済政策の諸問題は、韓国への輸出管理問題によって論点として目立たなくなってしまった。この韓国への輸出管理問題は、経済問題である以上に、安全保障の問題である。 この点については、報道番組などの党首討論の場で、立憲民主党をはじめ野党の多くが態度を鮮明にしなかった。これは国民にはかなりの失望を与えたろう。 いずれにせよ、韓国への輸出管理問題は、ある意味で与党に「神風」をもたらした側面がある。筆者はこの連載で何度も述べてきたように、韓国政府とは信頼関係が著しく毀損(きそん)している状態であり、その原因は元徴用工問題や慰安婦問題などでの国家間の約束を一方的に破った韓国側の「裏切り行為」に原因がある。半導体材料の輸出規制強化に関する事務レベル会合に臨む韓国側(右)と経産省の担当者=2019年7月12日午後、経産省(代表撮影) この「裏切り行為」には強烈なしっぺ返しこそが、かえって将来的には両国の安定的な関係を生み出すだろうとも主張してきた。現在はその苛烈(かれつ)なやりとりの真っ最中である。この側面を理解すれば、今回の輸出管理問題には即応できるはずだが、多くの野党の姿勢には失望しか与えない。歪んだ選挙報道 だが、野党の「体たらく」に輪をかけてこの選挙中に目立つのが、マスコミの報道姿勢の深刻な「歪(ゆが)み」である。この選挙期間中のマスコミの報道は、いつにも増して、とんでもない歪みとなっていることが、インターネットを通じて明らかにされている。 実際の選挙においては、改憲勢力(仮)と非改憲勢力との闘いかもしれないが、他方で「新聞・テレビvsネット」とでもいうべき攻防戦が繰り広げられている。そして、既存の新聞やテレビなどのマスコミは、その歪みによって、自沈ないし自壊しているのではないかとさえ思える。 特に驚いたのが、参院選比例代表に立候補している自民党現職の和田政宗氏の街頭活動中に起こった暴行をめぐるテレビ局公式ツイッターアカウントの「発言」だった。7月10日に和田氏が街頭演説後に商店街を練り歩きしているとき、通行中の男性に胸の辺りを素手で2度ほど強く小突かれたのである。この様子は動画でも記録されていて、事実に間違いない。 全く異様な行動であり、犯人は摘発され罰せられるべきである。一般論として、他人からこのような身体的な暴力をこうむることは、周囲が考える以上に当人にとって心理的にも打撃だろう。肉体的な傷を負わなかったことは不幸中の幸いである。 だが、メディアの意見は違うようである。中部日本放送(CBC)の報道部の公式ツイッターアカウントで、「ちょっと小突かれただけで、暴行事件とは。大げさというより、売名行為」と投稿されたのだ。あまりにも社会常識を逸脱した発言だろう。 先述の通り、和田氏は参院選の候補者であり、これを「売名行為」と評することは、要するに選挙目的だとでもいいたいのだろう。尋常ではない発想である。 当然和田氏本人、そしてネット世論の大勢が、この発言を猛烈に批判した。それに対して、CBC側は上記の投稿を削除し、「当該者の方に、大変ご迷惑をおかけいたしましたことをお詫(わ)びいたします」とホームページ上で謝罪した。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ) だが、この謝罪は納得し難いものだった。CBC側によると「弊社報道部の意思に基づくものではありません」と説明したうえで、アクセス権を有する報道部員が投稿した形跡は確認できなかった、と言い切っている。マスメディアとして致命的 誰の投稿になるかは調査中としたうえで、あたかも不正アクセスがあったかのような印象を与えたものだった。ただ、責任をあやふやにしているという批判は免れない。 政治活動を妨げる暴力を肯定したとも取れる発言は、マスメディアにとって致命的である。真実を明らかにしないまま放置するのはまずい。 もし、不正アクセスの可能性があるならば、警察当局の協力も含めて機敏に対処すべきだろう。CBCにはこの件でのさらなる説明責任に直面している。 和田氏とは、昨年の夏に対談する機会を得た(『WiLL』2018年7月号)。対談で和田氏は、消費増税について明瞭に反対する反緊縮政策を支持していた。また、事実の一部を切り張りすることで特定の方向に世論を誘導していく既存マスコミの手口について、実例を交えながら、その報道姿勢を厳しく批判していた。 とりわけ、テレビのワイドショーや既存のキー局の報道番組には厳しく批判していた。そこで、放送局の新規参入を促すため、電波の周波数帯の利用権を競争入札にかける「電波オークション」を導入する試みがある。 日本の電波はもちろん公共の資産であるが、それはムダに利用されている。特定のテレビ局が電波を不当に独占しているといっていい。この電波利用の「ムダ使い」を改めるのが電波オークションで、広く海外でも行われている。 しかし、この電波オークションに対して、テレビ局は総じて反対している。自らの既得権を侵されると思い込んでいるのだろう(詳細は上念司著『日本を亡ぼす岩盤規制』飛鳥新社を参照)。2017年11月、規制改革推進会議を終え、記者会見する大田弘子議長(中央)ら。電波オークションの導入は「検討継続」となった(斎藤良雄撮影) 電波帯域が広く開放されて、企業などの新規参入が起これば、消費者すなわち国民の大多数がさまざまな情報や利便性に接することが可能になり、利益を得るだろう。どんなことが国民の利益になるのか。消費増税への反対も、韓国への安全保障上の対応も、そして既存メディアへの対応も、さまざまな論点で、既得権にとらわれない本当の「自由」な発想の政治家を選ぶことができるように、今回の参院選の推移を見守っている。■ 「池上彰MeToo炎上」専門家は使い捨て、テレビの軽さに潜むリスク■ 「金正恩に足元見られた」報ステが言うほど北朝鮮は単純じゃない■ 「首相はトランプの運転手」朝日の安倍批判がイケてない

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    「老後2000万円」のウソとホント

    参院選の公示日を迎え、選挙戦がスタートした。最大の争点は、炎上した金融庁による「老後2000万円不足」問題となる様相だ。高齢社会の中、年金を含む社会保障制度問題は票の行方を左右するだけに野党は鼻息が荒いが、論評が交錯し、いま一つ真偽が分からない。参院選公示を機に、問題の本質を読み解く。

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    老後2000万円問題「参院選の争点化」に財部誠一がモノ申す

    財部誠一(ジャーナリスト) 正直言って「老後2000万円問題」を真面目に論じることほどバカバカしいことはない。 そもそもこの「騒動」はメディアが「政府が年金など公助の限界を認め、国民の『自助』を呼びかける内容になっている」などとミスリードしたことが発端だ。新聞、テレビお得意の、一部だけを切り取って問題化するいつもの手法だが影響力は絶大で、今度は「2000万円」という数字だけが一人歩きを始める。 参院選を目前に控えていた野党にとってはまさに棚から牡丹(ぼた)餅。「年金は100年安心ではなかったのか」と政府・与党を国会で追及した。これがまたとんちんかんな話で、「100年安心」は年金制度の持続可能に対する政治的キャッチコピーだ。そんなことくらい野党も分かっているだろうが、おいしい話である。「2000万円もの資産を自分で貯めろとは何事か」とフェイクニュースの政治利用を始めた。 もっともここまでの展開は、気分は悪いが、日本社会の日常風景である。本当に驚かされたのはこの後の政府の対応だった。金融庁を所管する麻生太郎財務大臣が報告書を「受理しない」と言い出したのだ。騒動が起こった当初は「遊ぶカネくらい自分で貯めるのは当然だろ」といつもの大雑把な言葉でメディアに反論していたが、公的年金だけでは老後の生活を支えられないと政府が認めるわけにはいかぬと翻意して、報告書を受理しないと言い始めたのである。 年金だけで老後は安泰などという能天気な人間がいるだろうか。老後のために少しでも貯蓄しておきたいと考えるのが日本人の性癖だ。若い世代は自分たちがとんでもない貧乏くじを引かされたことを明確に自覚しているから、年金に対する期待などはなからない。フェイクニュースに乗じて政府批判をする野党の仕掛けにのってデモで憂さ晴らしをする者もいるだろうが、若者の「公助」に対する期待感は恐ろしく低い。正常な反応だ。参院決算委員会で立憲民主党・蓮舫副代表兼参院幹事長(右)の質問に答弁する安倍晋三首相=2019年6月10日、参院第1委員会室(春名中撮影) しかし政治は権力闘争だから、ひとたび「老後2000万円問題」に火がつけば、野党はポジショントークで突っ走る。6月19日の1年ぶりに行われた党首討論も野党のパフォーマンスばかりが目立ち、不毛なことこの上なかった。そして揚げ句の果ては麻生財務大臣の問責決議案まで出す始末。脱線国会はフェイクニュースの醸成所と化してしまった。お粗末だ。それを思うと金融庁の報告書の見識の高さががぜん浮き上がってくる。滑稽な政府の怒り 論より証拠。「老後2000万円」の論拠となっている報告書の該当箇所を読んでもらおう。 夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職の世帯では毎月の不足額の平均は約5万円であり、まだ20~30年の人生があるとすれば、不足額の総額は単純計算で1300万円~2000万円になる。この金額はあくまで平均の不足額から導きだしたものであり、不足額は各々の収入・支出の状況やライフスタイル等によって大きく異なる。当然不足しない場合もありうるが、これまでより長く生きる以上、いずれにせよ今までより多くのお金が必要となり、長く生きることに応じて資産寿命を延ばすことが必要になってくるものと考えられる。重要なことは、長寿化の進展も踏まえて、年齢別、男女別の平均余命などを参考にしたうえで、老後の生活において公的年金以外で賄わなければいけない金額がどの程度になるか、考えてみることである。それを考え始めた時期が現役期であれば、後で述べる長期・積立・分散投資による資産形成の検討を、リタイヤ期前後であれば、自身の就労状況の見込みや保有している金融資産や退職金などを踏まえて後の資産管理をどう行っていくかなど、生涯に亘る計画的な長期の資産形成・管理の重要性を認識することが重要である。 極めて当然なことを、分かりやすく書いている。もう一カ所、引用したい。麻生財務大臣に「受理しない」と言わしめたところだ。  わが国では、バブル崩壊以降、「失われた20年」とも呼ばれる景気停滞の中、賃金も長く伸び悩んできた。年齢層別に見ても、時系列で見ても、高齢の世帯を含む各世代の収入は全体的に低下傾向となっている。公的年金の水準については、今後調整されていくことが見込まれているとともに、税・保険料の負担も年々増加しており、少子高齢化を踏まえると、今後も この傾向は一層強まることが見込まれる 「公的年金の水準については、今後調整されていくことが見込まれている」というくだりはなんとも婉曲(えんきょく)的だが、要は年金の支給額が減ったり、支給開始年齢が遅くなったりと、支給調整が起こるだろうと報告書は言っている。ここに政府は腹を立てているのだが、なんとも滑稽な話である。 そんなことも分かっていないのんきな日本人がどれだけいるというのか。とんでもなく割をくってしまう若者は例外なしに年金制度に絶望している。報告書の正しい読み方 そもそも公的年金は積み立て方式ではなく、皆で支えあう賦課方式である。少子高齢化に加えて、「人生100年時代」と言われるほど予想外に寿命が伸びてしまったのだから、支給調整は必然だ。本来なら、安倍政権は泰然自若として、この問題に本気で向き合っていく構えを見せれば良かったのだ。社会保障の部外者である金融庁が領空侵犯を犯した上に、よりによって参院選直前に、結果的とはいえ「炎上」させてしまったことに怒りが収まらなかったのだろう。 過ごしたい自分の老後のために、長期分散投資で資産寿命を延ばそうという「報告書」の主張は極めて当然の内容で、本来なら「炎上」するようなシロモノではない。良質な運用会社のファンドに長期間、積み立て投資をしていけば、かなりの確率で資産寿命を延ばすこともできるかもしれない。だが必ずしもそうならない場合もある。今回の「報告書」が金融商品販売のためのセールストークで終わってしまう可能性もある。 しかし「報告書」を読み込んでいくと全く違う結論に至る。 どんな老後を送りたいかは、結局、どう生きていくかだ。 それはお金だけの問題ではない。報告書は「夫婦2人で無職」をモデルに試算したが、いつまでも2人一緒というわけにはいかない。それどころか未婚、離婚、ノーキッズのお一人さまという選択をしている人も今後さらに増えてくるに違いない。 公的年金だけでは不足する収入を補うためではなく、生きがいを感じながら生きるためには「働く場所」が必要だ。ボランティアでもいいし、老後資産を減らしてしまうかもしれないが定年後にスタートアップに挑戦するのもいい。もちろん再雇用でもいい。日本人には「働く場所」が絶対的に必要だ。※写真はイメージです(GettyImages) 先日、国際会議で日本を訪れた欧米人が「死ぬまで働かなければならないなんて地獄」だと言っていたが、日本人は違う。「死ぬまで働く場所があったら天国」なのだ。社会保障制度維持のためなどではなく、自分が必要とされることに幸福感を抱く日本人が多いのではないだろうか。生きるためのコストだって暮らす場所で変わってくる。東京などの大都市と地方では雲泥の差だ。どこで、どう生きていくのか。その前提があって初めて個々人にふさわしいマネー計画ができるのではないだろうか。■「平成バブル崩壊」振り返れば日本の一人負けだった■「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた

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    面白みのない方法で解き明かす「年金崩壊」のウソ

    長尾義弘(ファイナンシャルプランナー) 金融庁の公表した報告書を発端とした「老後資金2000万円不足」問題が報道で取り上げられ、大きな話題になりました。このニュースを聞いたとき、「なぜ、これがそんなに騒がれるのか不思議だ」というのが、私の正直な感想でした。 というのも、老後資金に2千万円、3千万円が不足することについて、既に私の著書でも指摘していますし、何度も雑誌などでも書いてきたことだからです。また老後資金関係の記事やメディアでも、これらの金額がよく登場していました。 報告書に記載されているデータにしても、私も何度も目にしたほど頻繁に、実際に引用したことがあります。だからこそ、特に目新しいものではなく、よくまとまっている報告書という印象でした。 つまり、これはもう分かっていることでしょうが、公的な報告書で正直に伝えたことが問題になったというだけではないでしょうか。金融庁の報告書は「年金だけでは足りません」とストレートに書いていると言ってもいいでしょう。むしろ、多くのメディアで指摘されている批評が「的外れ」なのです。 そもそも、年金とは保険です。あくまでセーフティーネットの役割であって、年金があれば全てが安心という制度ではありません。「自助努力の上で年金がある」というのが本来の考えであります。 自助努力もなく、全てを頼ることができれば、誰も頑張るということをしなくなるので、どのような制度でも崩壊してしまうでしょう。政府が掲げた「年金100年安心」というスローガンも、単に「年金制度は崩壊しない」という意味でしかありません。 それに、年金に対する不安感を、マスコミがどうしても煽ってしまう傾向があります。そのために誤解されてしまうのかもしれません。正しい知識を持てば、こんな議論にはならないと思います。老後に2千万円の蓄えが必要と試算した金融庁金融審議会の報告書 一方で「年金制度が崩壊する」などと主張する人もいますが、これは間違いです。年金制度は崩壊しません。 多くの人たちは、老後の生活費の大半を公的年金などに依存しています。そのため、もし年金制度が崩壊してしまうと、彼らが老後生活を送れなくなってしまいます。そうなれば、生活保護者が急増し、生活保護に対する税金の投入額も膨らんで、公的年金の税負担額よりはるかに大きくなると考えられます。やはり最後は「自助努力」 ですから、政府としては、年金制度を崩壊させるわけにはいかないわけで、何としても維持していくでしょう。その代わり、制度を維持していくために、年金受給額が減っていくということになります。 また、年金が減っていくというのも、少子高齢化に応じて支給水準の伸びを抑える「マクロ経済スライド」という仕組みの導入の議論などからも、分かっていたことだと思います。これは仕方がありません。日本では少子化が進み、高齢化して高齢者が増えると、どうしてもそうなってしまいます。 良い悪い以前の話であり、人口動態はすぐには変えることができないので、現状を踏まえて考えていくしかないのです。今後、年金の受給額は減っていくとしても、それを何とか自助努力などで補っていくしかありません。 その自助努力の方法は後述します。別に政府の肩を持つわけではでありませんが、当たり前のことを言っているだけだと私は思っています。 よく「年金は減ってしまう」「年金は当てにならない」という人が多くいます。でも、冷静になって考えてみてください。 20歳から65歳まで働いたとすると、45年間です。例えば、その後65歳から95歳まで老後生活すると、30年間もあるのです。 つまり、45年間働いて稼いだお金を使って、30年間の老後生活を賄うということになります。現実的に考えれば、ムリがあることが分かるかと思います。30年間で約1億円以上の生活費が必要になると言われていますから、貯蓄だけでは難しいでしょう。首相官邸前で「年金払え」などと抗議する人たち=2019年6月26日 いずれ多くの人は選択の余地なく、年金に頼らざる得ないでのです。ですから年金をまったく当てにしないで老後生活というのは考えられないと思います。「当てにならない」という漠然とした理由で年金保険料を支払わなければ、後々で困った事態になるかもしれません。 では、今回の金融庁の2千万円足りないという「メッセージ」に対して、国民はどういった対応ができるのでしょうか。結局、それは「自助努力」で老後資金を用意することになります。「不都合」でも、それが真実 そのためには、個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」を使うのがいいでしょう。元々、イデコは老後資金を作るのには最も適している制度だといっていいでしょう。政府としても、イデコは「老後資金は自分で用意してね、その代わり税金を優遇しますよ」という感じでできた制度なのですから。 また、これから年金を受け取る人にとって有効な手段として、年金の繰り下げ受給があります。年金を繰り下げることによって、年8・4%増額されます。70歳まで繰り下げたら、42%もの増額になります。 仮に、夫婦の年金受給額が月額21万円の場合で、毎月5万円の赤字だったとすると、年金を3年間繰り下げれば、25・2%増額されますから、約5万円の増額になります。これで毎月の赤字分は解消されます。 仮に70歳まで繰り下げ受給すると、月額21万円のところ、約8・8万円増額されることになります。年金の受取額が将来減っていくと予想されるので、できるだけ70歳まで繰り下げて年金を増やすようにした方がいいでしょう。公的年金は終身で受け取ることができるので、老後資金として非常に役立つのです。 ただし、繰り下げ受給を選択した場合、「早死にすると損になる」と言われています。確かに、早く亡くなると年金の受取額が減るので損ですが、人はいつ死ぬか分かりません。 死亡しても本人は困らないでしょうが、長生きした場合には、老後資金が足りなければ老後破綻を迎えることになります。そうならないためにも、老後資金を少しでも多くする必要があるのです。 金融庁の報告書は、政府にとって「不都合な真実」かもしれませんが、それが真実であることは変わりません。無視をしても、真実は変わらないのです。金融庁が入る中央合同庁舎第7号館 政府としては、老後資金を貯めやすいように、より一層の制度改革や、金融機関の利益誘導にならないようなフィデューシャリー・デューティー(受託者責任)の徹底、さらに、低所得の高齢者に対するセーフティーネットが喫緊の課題だと思います。 そして、私たちは、この状況を踏まえて老後資金の資金計画を考えてみる必要があります。そのためには、金融リテラシーを身につけるのが一番重要だと考えます。 老後資金は可能な限り準備し、長く働いた上で、年金の繰り下げを考える。実に、一般的で面白みのない方法ではありますが、何よりも現実に即した対応ではないかと思います。■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■ 「人生100年時代」はっきり言って、そんなの無理です!■ このままでは「消費税率35%」になる日がやってくる

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    「家計再生」のプロが指南、年金不足に効く3つの処方箋

    横山光昭(家計再生コンサルタント) 金融庁から夫婦で95歳まで生きるには年金だけでは足りず、2千万円ほどの金融資産の取り崩しが必要になるとの報告があったことは、記憶に新しいと思います。各メディアが取り上げ、多くの人が批判をしているという報道が後を絶ちませんでした。 以前から老後資金は3千万円必要だ、いや6千万円必要だなどとされており、年金だけで老後の生活を維持するのが難しいことは、意識されてきたことだと思っていました。そのため、正論を押し付ける気はありませんが、正直個人的には足りなくなるという事実に、なぜこんなにも騒がれているのかと驚きを感じています。意識はされていたとしても「なんとなく」だったわけです。 もちろん、モデルケースの設定などもおかしく(一般的とは言えない)、今回の件に関しては、ツッコミどころが満載でした。自分にはいくらの老後資金が必要なのか、年金が受給できるまではどのような家計的なやりくりで暮らせばよいのか、年金は繰り下げすることがよいのかなどと今まで考えてきたはずなのに、改めて具体的な不足金額として国からの一例を提示されると、深刻さがより現実味を帯び、不安があおられてしまったように感じます。 一応、経緯に沿ってみますが、まずはこの2千万円という数字は、いったいどこから出てきたのか。総務省は毎月、約9千世帯を対象に家計調査をしています。収入や支出、負債や貯蓄などの家計状況を調べているのです。その結果を、1カ月ごとや年次にまとめて、発表しています。 その家計調査の2017年の結果によると、夫65歳以上、妻60歳以上の夫婦のみの無職世帯は、収入よりも支出が5万4500円ほど多い、つまり赤字であるという結果が出ています。この金額の30年分が約2千万円である、ということなのです。 要するに、平均的なデータに基づく参考値なのです。ゆえに、この結果が万人に合うとは言えません。また、この生活費の不足だけではなく、老後は介護医療、リフォーム、楽しみなどに備えた「予備費」も必要です。この平均的なデータについて言うならば、予備費を加えて「3千万円が不足する」という方が、妥当な気がします。 必要な老後資金についてお伝えすると、不安を抱かれるかもしれませんが、ここで理解してほしいのは、一般的な必要金額と「自分にとって必要な金額」は、全く違うということです。まずは自分が毎月の生活にいくらの金額を使っているのか、把握することが大切なのです。その必要生活費と毎月もらえる年金額(見込み額)が、今後準備すべき資金となります。自分がいくらの年金をもらえるのか、ということは分かりにくいことだと思いますが、「ねんきん定期便」を参考にしたり、「ねんきんネット」から試算したりしてみると、今よりも具体的になるでしょう。図解入りになる「ねんきん定期便」改善後のイメージ 老後に必要な資金を準備するにあたり、貯めたり、生活を維持するために必要なことは、1、毎月の収入金額を上げること2、毎月の支出金額を減らすこと3、運用などでお金を増やすことであると考えています。 今回の試算の元となった世帯は、夫は会社員、妻は専業主婦という世帯で、夫の厚生年金と妻の国民年金とその他で毎月約21万円の収入です。ですが、この妻がもし共働きで、厚生年金に加入していたとしたらどうでしょう。妻も厚生年金を受け取ることができれば、毎月の収入額は試算よりも増えることでしょう。今は共働き夫婦が多くなっていますから、そういう年金の増やし方も可能です。慌てることはない また、今は雇用延長や65歳、70歳を過ぎても働ける場所があるなど、老後も収入を得られる可能性が高くなっています。長く働くことができ、70歳の上限まで厚生年金に加入できれば、年金額を増やすことができます。働いて得たお金で毎月の暮らしが成りたち、年金の繰り下げができれば、もらう年金を最大42%増しにすることもできます。 年金生活でも、このように収入を増やす方法を考えることはできるのです。 また、支出の削減は必要不可欠です。年金受給額に生活費の金額が近づき、補てん額が少なくなれば、必要な老後資金は減ることになります。もし、年金の範囲で暮らすことができる幸せな状況であれば、老後資金は予備費と楽しみ代程度でよいでしょうし、2万~3万円の補てんで済ますことができれば、必要な老後資金は720万~1080万円と予備費です。退職金などをもらえる人であれば、すぐに何とかできてしまいそうです。 逆に生活の質を下げることがどうしてもできず、老後資金から生活費に補填する金額が10万円、20万円となれば、例え2千万円の退職金がもらえていたとしても、それは8~16年ほどしか持ちません。生活費のかけ方、暮らし方を早急に見直す必要があります。 そして、最後に運用の勧めです。今回の「2000万円不足」の話題では、多くの人が口々に「運用なんて」ということを話していました。たしかに日本人は運用慣れしていませんし、尻込みしている人も多いと思います。 ですが、ここ数年で、「iDeCo(個人型確定拠出年金)」「つみたてNISA」といった、長期分散が可能な、積立型の非課税投資制度を国が用意しています。運用なので全くリスクがないとは言えませんが、長期的に見れば預貯金よりも利回りがよく、老後資金作りには最適な投資制度です。  投資が肌に合わないという人は、無理に始めることはないと思っていますが、インフレリスクにも強く、複利でお金を育てやすい投資は、「貯蓄をしてもなかなかお金が増えない」という人、自営業で退職金制度はないという人にこそ継続的に取り組んでほしいものだと思っています。 iDeCoやNISAを国が勧めるということは、のんきに1500兆円もの個人金融資産を、預貯金などのままにしておいたら、いい加減マズイんですよ!というメッセージにも私には感じ取れるのです。このままでは…という思いはこれまでも幾度となく発信はされてはきたと思いますが、大きくは変わらなかったのです。何をやっても言っても無風、そこからやっと風が吹いたのです。2017年3月、個人型確定拠出年金「iDeCo(イデコ)」の広報イメージキャラクターを務めるフリーアナウンサーの加藤綾子。右は橋本岳厚労副大臣 このように3つのポイントを意識しながら、まだ老後まで時間がある人は準備をするとよいと思いますし、既に老後生活に近づいているという人は実践しつつ、可能な限り自己資金を増やすことに取り組んでいただけたら、老後もそんなに怖くはないと思います。 人生100年時代、現役時代を終了した30~40年を、国の保障だけで、または自分の資産だけで何とかしようとするのは簡単なことではありません。労働に費やした年月と同じ期間の生活費を社会保障や蓄えだけで何とかできる人は少ないのです。 だからこそ、生活費をある程度楽しみが持てる範囲を維持しつつ抑え、かつできるだけ長く働く。これが老後を乗り切るために必要なことだと私は考えています。慌てることはないのです。「自分の場合」を見据えていきましょう。■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■ 「老人を鞭打つ」ニッポンの働き方はここが変■ ヤンキーも逃げ出す「超おバカ社会」がニッポンにやってくる

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    安倍総理が断行すべき5つのニッポン大改革

    著者 daponte(東京都) 2013年の年初時点で「リフレ政策の目標として物価上昇2%の達成時期を2年以内とするが、状況によっては6年後(2019年)までは許容する」と政策当局が言明したと仮定してみよう。100人中99人は「それはないだろう」と言うに違いない。しかし、それが今現実になっている。普通の個人間の約束にしても、会社の株主総会の施策目標にしてもこんな約束が認められることはまず絶対にない。 そもそも政府や日銀が立てる目標の重要性は問わなくてよいとでも言うのだろうか。その反対である。あるいは経済政策の目標は単なる願望なり、気楽な予想でもよいということなのだろうか。そんなバカなことはない。特に財務省幹部や日銀総裁・副総裁クラスの幹部の責任は重大だ。 バブル期以降20年を経過してもデフレからの脱出は未だなされていない。この間に失われた国富の総額は1千兆円にもなろうとの試算がある。また、世界的にみてもこの20年間のわが国の経済成長率はほぼゼロであり、先進国の中で最下位である。どう見たってこれでだれも責任を取らず、しかも日々偉そうなことを宣っているのは実に不思議な現象である。国民は徹底的に甘く見られている。 マネタリーベースを増加させれば、マネーサプライも歩調をあわせて増加し、それが民間の資金需要を充足して設備投資の増加につながるものとされていた。しかし、そうはならなかったし、当初からそうはならないとの観測・主張もあった。民間企業がもともと確かな売上げ・収益をもたらす優れた投資対象を持っていて、かつ保有の資金に不足がある場合には、マネタリーベースの増加がその資金需要を満たすであろう。 ところが、すでに1990年代において、事態はまったく逆になっていたのだ。こんな循環は起こりようがなかったのである。財務省・日銀などの政策当局、学者、マスコミなどはそれに気が付いていなかったし、今でも分かっていないようだ。また、経済界は損得だけで判断するので全然存在意義がない。 資金供給があれば投資が増加するのではない。投資需要が先に存在しなければ、何も起こらない。単に日銀当座預金残高が増加するだけだ。普通に実世界で活動している人々にとっては当然至極のことで議論の余地がない事柄なのである。 どうしてこんな簡単なことが分からないかというと、政策当局、学者、マスコミなどの幹部がいわば「アホ」だからである。実態を知らないのだ。また、財務省、日銀の緊縮財政主義、インフレ嫌いでデフレに甘い気質、さらには彼らの特権意識・縄張り意識が強く影響している。霞が関の官庁街=2017年2月、東京都千代田区(産経新聞チャーターヘリから、桐原正道撮影) 彼らは天下の東大を上位の成績で卒業しており、中にはアメリカの有名大学で学位を取っている者も少なくない(でもそれが何だというのだろうか。東大やハーバード大の教育や経済理論が優れているのならば、2008年のリーマン・ショックのような混乱は起きなかったはずである)。 こうした彼らの上等な学歴がかえって仇になっている。彼らは現実経験が乏しい一方で、理論らしきものにすがり付き、またアメリカの学会の動きにすぐに同調する。エリート意識は人一倍強く、他の人々の意見や観測をバカにしているのだから困ったものである(ただ彼らのエリート意識をこれほどまでに育ててしまったのは他ならぬわれわれ国民と朝日新聞・岩波書店などを代表とする言論界なのだ)。 誠に遺憾ながらアベノミクスをめぐるこの7年間の政界、官界、経済界、言論界、学界などの行動・主張を仔細に見るとこのような動きが浮かび上がってくる。重要な財政出動 そしてこの状況下で、また消費税増税が強行されようとしている。2014年の教訓はどうしたのか。これは学説ではなく厳然たる事実である。万人が粛然と認めるべき事実である。若干の救いは、安倍首相は内心では増税を望ましいとは考えていないようだ。 しかし、財務省を初めとする勢力の圧力に押されてしまっている。しかも首相任期の残りは少なく、かつ党内の後継者候補はみな緊縮財政論者である。また野党の中に正論を主張しているところが見当たらない。彼らは多忙だろうが過去の歴史の勉強をしっかりしてもらいたい。 もともと、アベノミクスでは金融政策だけではなく「第二の矢」として財政政策の出動が予定されていた。そして2013年度においては財政の出動もあった。一時はこのデフレもいよいよ収束するかと見られた。しかし、その後財政は眠ったままで今日に至っている。 このところ盛んに議論されている現代貨幣理論(MMT)に対して守旧派の面々は必死で抵抗・否定を繰り返している。まさに喜劇の様相を呈している。そろそろ議論を終りにして実行に移るべきときなのにである。 わが国にとって今最も大切な経済政策は、財政の大幅かつ持続的な出動である。その根拠はMMTなどの場で散々議論されている通りである。民間に需要がないのだから政府がその需要を担うのである。財源に懸念はない。幸いインフラ、医療、福祉・介護、技術開発、学術・文化振興、防衛など重要な需要分野は多岐にわたっており、また、その規模は大きい。財政が本格的に出動すれば国富は飛躍的に成長することは確実である。 ところで、わが国は近世以降、二度にわたって根底からの革命的変革を経験してきた。明治維新と大東亜戦争の敗北である。そしてそれを契機として支配階層が交代を余儀なくされた。わが国は新しい体制のもとで、復活・発展・成長を遂げてきた。 しかし、そろそろ再び変革が必要な時期に来ているのではなかろうか。各界の中枢は老齢化・保守化しており、彼らは「明日も今日のごとくあれかし」と思っている。それが彼らにとって至極快適だからだ。残念だが、変革の兆しはほとんどみられない。 一方、世界の諸情勢は急速に変化している。米中の貿易戦争の妥協点がいずれに落ち着くか不明であるが、双方必死であり、長期化することは間違いない。この間中国はメンツを賭けて猛烈に経済発展・改革を進めるであろう。そうして建国100年の2049年には世界の覇権を握ることを目標としている。G20大阪サミットで、習近平国家主席(右)と握手する安倍晋三首相=2019年6月、大阪市北区(代表撮影) その推進体制は共産党独裁の強権的手法によっており、極めて強力である。重要なテーマに関しては政府中枢が先頭に立って迅速に決定し実行に移している。このまま推移すればわが国と中国との経済的・軍事的格差はさらに拡大していくであろう。 その結果、対等の関係を維持するのが困難になる懸念が強い。わが国が中国の属国に堕してしまう懸念である。われわれはそんな悲劇に耐えるべきなのだろうか。チベットや新彊ウイグル地区の惨状を見よ。答えは否である。中国に勝つために こうした事態を阻止するには、まず早急にわが国経済の停滞を脱し、次に中国と比肩できる成長を目指していくことが絶対に必要である。先方は独裁の国だ。当方は何事もまず話し合い民主的に進めねばならない国柄である。こうした体制上のハンデを背負いつつ戦うのは容易なことではない。政策課題に関して重点を絞りかつスピード感をもって取り組むことが必須の要件と言えるだろう。 そのためにわが国は戦後75年となる2020年を期し再び抜本的な改革を実行し、生まれ変わらねばならない。そこで、改革の手始めとして、まず以下の5点を提案したい。 一つ目は、基本テーマとして、各方面における優れた人材の育成と人工知能(AI)などの高度かつ先端技術の開発に向けて、保有する資源を集中的に活用する。 二つ目は、各界の幹部は60歳で引退し、50代の若手(?)に任せる。 三つ目は、立法府において国会を一院制とするとともに、行政府は大統領制に移行させ、大統領府は東京に置くが、国会は南東北(福島県)に置く。そして南関東、北関東、南東北の3地区を有機的に融合し国土発展の核とする。 四つ目は、緊縮財政主義を放棄する。 五つ目は、財務省・日銀、経済産業省などの経済官庁の政策・企画部門を統合し、大統領直轄の組織とする。各省・日銀はこの新組織が策定した政策(歳出予算を含む)を実行するための組織とする。新組織の構成員の選抜は主として官界・経済界から行う。選抜に際しては特に人品を重視する。そして彼らは古巣に帰還することはない。 安倍首相に残された時間は少ない。この5つの改革の実現にぜひ着手してもらいたい。■「異次元金融緩和は成功した」数字が語るアベノミクスの5年間■前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない■骨抜きの働き方改革をみれば「アホノミクス」批判も納得できる

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    「安倍打倒」に秘策もない、しがない野党共闘はもう飽きた

    は、テレビに向かって「国民の皆さんに聞いてみたい。郵政民営化は是か非か!」と力強く訴え、衆院解散・総選挙を断行した。なめられるのも無理はない 「参院」で法案が否決されたので「衆院」を解散して民意を問う、とは論理的にはむちゃくちゃだ。当時、野党のみならず自民党内からも激しい批判が噴出した。だが、小泉首相は全くブレなかった。その圧倒的な迫力は、日本全国の「空気」を変えた。総選挙は自民党の地滑り的大勝利をもたらした。 確かに今、衆院を解散されたら、野党が惨敗するだろう。参院選では、野党統一候補の調整をほぼ終えた。だが、衆院選は「政権選択選挙」であり、参院選とは全く性格が違うものである。基本政策の方向性がバラバラの「寄り合い所帯」の野党が、統一した政権構想を打ち出すのは難しい。 もし衆院が解散されて同日選となれば、野党はパニックになり、せっかくまとめた参院での野党共闘も大混乱になるだろう。しかし、たとえ負けるのがわかっていても、安倍政権が間違っていると思うならば、「国民に聞いてみようじゃないか!」と堂々と言うべきなのだ。 また、野党は党首討論の後、麻生太郎財務相兼金融担当相の問責決議案を参院に、不信任決議案を衆院に、それぞれ提出した。しかし、与党が大多数を占める国会では、問責決議も不信任決議も大差で否決された。麻生氏は余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)だった。 これまで野党は、閣僚の失言や不祥事に対して「首相の任免責任」を厳しく問うてきた。財務相と金融相の任免責任も首相にある。まず、首相の不信任を問うべきである。それなのに、解散の恐れがあるうちは首相の不信任決議を避ける。その代わり、否決されるだけで実際には何も起こらない財務相・金融相の不信任、問責決議を提出する。それでは、「野党は逃げ腰だ」と国民から嘲笑されても仕方がない。 枝野氏が、政界屈指の政策通であることは疑いようがない。だが政局については、小手先の策に走って信念が感じられず、いつもブレてばかりだ。 国民は枝野氏に失望してまった。結党当初は高かった立憲民主党の支持率が地に落ちるのも、自民党になめられるのも当然だ。自民党反主流派で、枝野氏に理解があるはずの石破茂元幹事長にまで「解散が怖い、本気で政権を取る気があるのかと国民に完全に見透かされた」と酷評されてしまうわけだ。2019年4月、衆院沖縄3区補欠選挙に立候補した無所属新人の事務所で、気勢を上げる立憲民主党の枝野代表(右端)ら野党4党首 立憲民主党と国民民主党、共産党、社民党に衆院会派「社会保障を立て直す国民会議」を加えた野党5党派は、参院選で32ある1人区全てで候補者を一本化する調整ができた。立憲民主党の福山哲郎幹事長は、「国民にとっては非常に分かりやすい選択肢をお示しができたと思っている。一日も早く勝てる体制づくりを加速させていきたい」と語った。だが、候補者を一本化すれば勝てるという野党の考え方は、あまりにも楽観的で、浅はかすぎる。 なぜなら、自民党は既に昨年から候補者を選挙区に張り付かせて、徹底的に地道な選挙活動をさせてきたからだ。佐賀選挙区から出馬を予定している自民党公認候補の山下雄平参院議員を例に挙げよう。自民必死の選挙運動 2018年10月の内閣改造・党役員人事で内閣府政務官を退任した山下氏は、地元で徹底した支持者回りを行ってきた。佐賀県では、自民党が進めてきた農協改革、環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)への参加に県農政協議会(農政連)が反発を強め、2015年以降の国政選挙で自民候補の推薦を見送ってきた。だが、今回は山下氏の粘り強い活動で、農政連が山下氏を推薦すると決定した。 約5万票を持つと言われる農政連の推薦決定のインパクトは大きく、佐賀選挙区は最後の最後まで、野党統一候補が決まらなかった。野党からの出馬が有力視されていた多久市の横尾俊彦市長は、ある農協幹部から「出馬はやめた方がいい。政治生命が終わる」とクギをさされて出馬を断念したという。結局、野党は犬塚直史元参院議員の擁立を決めた。ただ、犬塚氏は元々長崎選挙区から当選していて、佐賀に地盤のない「落下傘候補」で、出遅れ感は否めない。 自民党の参院選候補者には、山下氏のように役職を外れた人ばかりではなく、現職の政務官や副大臣も少なくない。役職についていた方が「箔(はく)が付く」という考えの候補者も多いからだ。 だが、彼らからは、災害などの緊急事態に週末備える「在京当番」で地元に帰れないことに悲鳴が上がっていると聞く。ただ、その悲鳴も裏を返せば、それだけ自民候補が必死で各選挙区で活動してきたということを示している。 一方、野党側はどうだろうか。東京の永田町に幹部が集まって、候補者が一本化できたら「これで勝てる」と満足しているようにみえる。 野党は「消えた年金」問題で第1次安倍政権を退陣に追い込んだ2007年の参院選と似てきたとして、「今回も勝てる」と豪語しているようだ。だが、当時は野党の活動量が今回とは全く違っていたことを忘れている。 12年前の野党第1党、民主党の代表は小沢一郎氏だった。小沢氏は参院選公認候補に対して、徹底した「ドブ板選挙」を命じた。 そして、自ら全国の選挙区に足を運び、「自民党流の業界団体回り、支持者回り」を行った。その結果、小泉内閣時代から「都市型選挙」にシフトしていた自民党を粉砕したのである。2007年7月、参院選最後の日曜日に、巣鴨で有権者と次々に握手をかわす民主党の小沢一郎代表(右、栗橋隆悦撮影) その小沢氏は今、自民支持団体を切り崩すために動くでもなく、経験不足の野党候補者に「ドブ板選挙」を指南するわけでもないようだ。永田町に鎮座して「野党が一つになれば勝てる」と何度も繰り返しているだけだ。平成時代を通じて、政界を振り回し続けた小沢氏も、ついに衰えたといわざるを得ない。 現在、野党は高齢無職世帯の平均的収支に毎月約5万円の赤字が出て、30年間で約2000万円が不足すると金融庁の金融審議会が試算し、麻生財務・金融相がその報告書の受け取りを拒否した問題に焦点を絞って、安倍政権に対する攻勢を強めている。だが、これは何度も野党が繰り返し、失敗してきた戦術だ。「救いようない」手法 これまで野党は「森友学園問題」「加計学園問題」「公文書偽造問題」「統計不正問題」などで政府側のスキャンダルを追及してきたが、野党が支持を得ることはなかった。各種世論調査が示すように、国民の多くは首相や財務相の「人柄が信頼できない」と思っている。だが、それでも「安倍政権は野党よりマシ」と考えているからだ。 また、何より野党の追及「手法」が国民の支持を得られなかった。それは、野党が官僚を国会内に呼び出して行う「野党合同ヒアリング」のことだ。 例えば、部屋の壁に「勤労統計不正 『賃金偽装』 野党合同ヒアリング」と大きな字で書かれた看板を掲げ、統計不正にかかわった総務省や厚労省の官僚を国会の部屋に呼び、多くの野党議員が次々と厳しい質問を続ける。その様子を、しっかりテレビ局に撮影させて、各局のニュース番組で放送させた。 だが、野党は自分たちが作った「民主党政権」が国民の支持を失って退陣に追い込まれ、今日に至るまで国民の信頼を取り戻せない一つの大きな理由を忘れてしまっているのだろう。それは「官僚と良好な関係を築けず、政権運営に窮してしまった」ということだ。「野党合同ヒアリング」の様子をテレビで見た多くの国民は、「やっぱり官僚と関係を築くことができない。政権を任せるわけにはいかない」と感じてしまう。そのことに気づけないのは、救いようがない。 それ以上に問題なのは、政府側のスキャンダルが出るたびに、野党が好機とばかりにこれに飛びつく一方で、政策を地道に練り上げることを放棄していることだ。敵失を攻撃するという安易な道に流れ続けることで、結局安倍政権の次に「どのような日本を作るか」という政策構想が後回しにされ続けて、国民に提示されないままでいる。 野党統一候補をそろえたところで、「寄り合い所帯」は変わらない。政策がバラバラな集団に、国民が政権を任せようと思うわけがない。だが、実は野党統一の政策構想など、簡単に作れると私は思っている。 要するに、安倍政権がやってきたことを全否定すればいいからだ。アベノミクスや消費税率8%引き上げ、国家安全保障会議、特定秘密保護法、安保法制、共謀罪、働き方改革などを全て廃止してしまう。 そうして、「2012年12月の第2次安倍政権発足以前にすべて戻す。改革は何も必要ない」と訴えればいいのだ。これならば「寄り合い所帯」の野党でも簡単に一致できる。2019年6月、金融審議会が策定した報告書を巡り、国会で開かれた野党合同ヒアリング 正直、「政策を練り上げる」という政党としてのまっとうな研鑽(けんさん)を怠り、スキャンダルに飛びつき続けた野党が、選挙の前になると政策構想として「空理空論」を出してくることに、もう飽きてしまった。 それよりは「安倍政権完全否定」を打ち出して、死ぬ気で選挙を戦ってもらいたい。今こそ、野党は「覚悟を決めよ」と言いたい。■ 「老後2000万円不足」報道、こうしてスキャンダルはつくられた■ 江田憲司手記「民主党政権より恐ろしい本当の悪夢を教えよう」■ 安倍の悲願を打ち砕く「マイルドリベラル旋風」はこうして生まれた

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    「令和おじさん」菅義偉、そろい始めたポスト安倍の3条件

    川上和久(国際医療福祉大学教授) 「亥(い)年選挙のジンクス」と言われている現象がある。亥年は、春の統一地方選と参院選が12年に1度重なる。統一地方選で地方議員が「選挙疲れ」することで、参院選で地方組織がフル回転せず、自民党が議席を思ったように取れない、というジンクスだ。 過去の亥年選挙は、比例代表制が初めて実施された1983年の参院選では自民党が68議席を獲得しているものの、95年の参院選では46議席、2007年の参院選では37議席と惨敗している。特に、07年は第1次安倍内閣の下で行われ、安倍晋三首相退陣の引き金ともなった。 選挙は歴史であり、その時々の政治事情が色濃く反映する。地方組織がフル回転しないで自民党の議席が伸び悩む、という仮説に対しては、「言い過ぎではないか」との批判も寄せられている。 2019年、統一地方選の前半戦では、41道府県議選で自民党が1158議席を獲得した。過半数に達し、15年の前回選挙の獲得議席を上回った。だが、「大乱の前兆」を感じ取った人も少なくないのではないか。 統一地方選で、本人が意識していたかどうかはともかくとして、「令和(れいわ)効果」を見せつけたのが菅義偉(よしひで)官房長官だ。11道府県知事選で唯一の与野党激突となった北海道知事選。自らの主導で38歳の鈴木直道前夕張市長を担ぎ出し、反発して他の候補を模索した自民党の道議会議員らをねじ伏せた。結果は鈴木氏が約162万票を獲得し、野党統一候補となった石川知裕元衆院議員に60万票以上の大差をつけた。 特筆すべきは投票日前日の4月6日、札幌市で行われた演説会に菅氏が登場した時だ。「あ、令和おじさんだ!」と観衆の大注目を浴び、スマートフォンのシャッターがひっきりなしに切られていたという。 もちろん、官房長官としての在任期間は2012年12月26日に就任してから既に6年半になろうとしており、記者会見でのやりとりがしょっちゅうニュースになる。東京新聞の望月衣塑子(いそこ)記者とのバトルでも、ポーカーフェースで淡々とこなす印象が強かった。2014年8月1日、閣議前の写真撮影で、安倍首相、麻生副総理らが不在のため、首相臨時代理として中央に座り、談笑する菅義偉官房長官(酒巻俊介撮影) しかし、「令和」発表記者会見での笑顔がそれを一気に覆した。ふだん官房長官の記者会見を見る人の数とは次元が違う。官房長官が「令和」を掲げた写真の号外は奪い合いの人気となり、「令和おじさん」の名前が一気に広がった。 4月13日に新宿御苑(ぎょえん)で行われた内閣主催の「桜を見る会」でも、菅官房長官との記念撮影のために並ぶ行列がひときわ目立った。政権支える重鎮の失態 それにひきかえ、この間、菅氏と並び「岸破義信」と言われたポスト安倍と目される自民党の岸田文雄政調会長、石破茂元幹事長、加藤勝信総務会長は「令和おじさん」の前に、圧倒的に存在感を欠いた。石破氏は「令和には違和感がある」というようなコメントをして、「これだから、『安倍政治ノー』などと言い続けている左派の連中から支持される野党政治家に成り下がったと言われるんだ」と、党内からもさらに顰蹙(ひんしゅく)を買った。 一方、菅氏と安倍政権を支える「三羽ガラス」麻生太郎副総理・財務相、二階俊博幹事長はどうか。麻生氏は、自らの地元、福岡県知事選で、現職の小川洋知事の対抗馬として元厚生労働省官僚の武内和久氏をぶつけ、安倍首相に直談判して自民党の推薦までもぎ取った。小川氏には、8年前に自分が主導して知事にしたにもかかわらず、補選の際に自分が立てた候補を応援してくれなかった意趣返しといわんばかりだ。 あげくの果てに、麻生氏の元秘書で麻生派所属の塚田一郎前国土交通副大臣が地元の道路建設をめぐり、安倍首相と麻生氏に「忖度した」と発言し、同5日に副大臣辞任に追い込まれた。 結果は小川氏が約129万票に対し、武内氏は約35万票とトリプルスコアで惨敗した。これでは、さすがに傲慢(ごうまん)な麻生氏も「自らの不徳の致すところ」と頭を下げざるを得なかった。 二階幹事長は、統一地方選前半で道府議選で自民党候補が過半数を得た。ところが、地元の和歌山県議選の御坊市選挙区で、鉄壁の当選8期を誇った自らの元秘書の現職が共産党新人の元同市議に敗北するというまさかの結果となった。3年前の御坊市長選で、二階氏が現職に対して長男を立てて敗れたこともあり、地元での対立が共産党候補に敗れるという結果になってしまった。 それに追い打ちをかけたのが、二階派の櫻田義孝五輪相の失言による辞任だ。岩手県選出の高橋比奈子衆院議員のパーティーのあいさつで、「復興よりも高橋さんが大事」と口を滑らせ、事実上の更迭となった。 元はといえば、櫻田氏を閣僚に推挙したのは派閥領袖(りょうしゅう)の二階氏だ。安倍首相は「任命責任は私にある」と殊勝に頭を下げたが、櫻田氏を押し込み、かばい立てした挙げ句にしりぬぐいさせられた二階氏への屈託は察するに余りあるものがある。 麻生、二階の両氏が傷つき、他のポスト安倍候補が存在感を示せない中にあって、菅氏が「令和効果」でダントツのポスト安倍候補に躍り出た。2013年10月、衆院予算委員会に臨み、二階俊博委員長(右)に話しかける麻生太郎副総理・財務金融相(酒巻俊介撮影) 産経新聞社とFNNが2019年4月に実施した合同世論調査では、次期首相にふさわしいとして、菅氏が5・8%の支持を集めた。自民党の小泉進次郎厚生労働部会長の25・9%、石破氏の20・7%らに次ぐ4位に浮上した。昨年10月の調査では、菅氏への支持は2・7%で、全体の6位にすぎなかった。しかも、自民党支持層に限ると、菅氏は9・4%の支持を集めている。 そこで思い起こされるのが、長く官房長官を務めて、首相に駆け上がった福田康夫氏の例だ。福田氏は、2000年10月27日から04年5月7日まで、森喜朗内閣、小泉純一郎内閣の二つの内閣にまたがって1289日間官房長官を務め、第1次内閣での安倍首相の退陣に伴って首相となった。官房長官が首相になれる三条件 官房長官は基本的に、首相官邸から離れることがほとんどできない。したがって、外務大臣のように、外交で華々しい脚光を浴びることもないし、幹事長のように、選挙を仕切って党内からその実力を認められることも難しい。最低限、三つの条件がかみ合わないと、たとえ官房長官を長く務めても、首相になるのは至難の業だ。 その三つの条件は「前職が、かなり急な形で首相の座を降りる形になった」「前職の首相の後を継ぐ政治家として、適材がいない」「官房長官としての手腕を認められており、幹事長経験や重要閣僚の経験がなくても、周囲がその手腕で政権を運営することを期待される」というものだ。 菅氏は5月9日から異例の訪米を行う。もちろん、安倍首相の指示による訪米だが、「安倍首相は、自分が万が一のときに備え、米国に『この政治家もよろしく』とサインを送っている」との見立てもある。当然、米国も菅氏が自らの国益に合致する人材かどうかを徹底的にマークし始めるだろう。 ポスト安倍として実績を伴う存在感がある政治家はいないし、菅氏は官僚への抑えも効いている。第2、第3の条件は整っていると見ていいだろう。そこに、「亥年ジンクス」で自民党の参院選大敗、安倍首相の退陣などという事態になれば、野党支持層に人気の高い石破氏などに絶対に政権は渡せない、という思いが安倍首相にはあろう。 菅氏は秋田県湯沢市の出身だ。これまでの歴代首相の中で、東北出身の首相は岩手県に偏っている。原敬(第19代)、斎藤実(第30代)、米内光政(第37代)、鈴木善幸(第70代)と4人の東北出身の首相はいずれも岩手県出身だ。 「秋田県から初の首相を」という期待は地元ではいやがうえにも高まっている。令和への改元効果と統一地方選による実力者の蹉跌(さてつ)で、菅氏の存在感は高まるばかりだ。 だが、当の菅氏は「絶対にない」とポーカーフェースを貫いている。おそらく、安倍首相が首相である限りは安倍首相を支え続ける、というスタンスを貫き続けながら、ここまで支えてくれた菅官房長官なら、自分の政治を引き継いでくれる、と思ってくれるような安倍首相との信頼関係を何より大事にしているのだろう。 天の時、地の利、人の和。「令和おじさん」への大きな流れができつつある。後継首相として解散・総選挙を打っても、「令和おじさん」のプラスのイメージは計り知れないだろう。選挙に強い、となれば、自分が落選したくない議員たちはますます「令和おじさん」に右に倣(なら)えとなる。2018年3月31日、衆院予算委で自らの携帯電話を楽しそうに安倍晋三首相(左)に見せる菅義偉官房長官(春名中撮影) しかし、菅氏は、こういうときこそ拙速を戒め、自らに課せられた使命を淡々と果たしていくしかないと、自らに言い聞かせているのではないか。一歩一歩、邪心なく安倍首相に仕え続けることが、さらに周囲の期待を高めることも織り込みながら、目立たないようにその時を待つ。 「令和」を掲げたとき以来の笑顔を見せるのは「その時」と、心に秘めているのかもしれない。■「節操のない裏切り者」政治家、細野豪志に同情する■「今の記者クラブはバカの集まり」官邸vs望月記者、舛添要一の苦言■「安倍時代の終焉」が現実的とは言えない理由

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    「橋下イズム」は地方自治をバカにする?

    た「クロス選」だろう。元大阪市長、橋下徹氏が掲げた「大阪都構想」の是非を再び問う奇策だが、これには「選挙制度の私物化」「地方自治の危機」などと批判も根強い。「橋下イズム」の象徴たる二度目の奇策の成否やいかに。

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    いい加減「大阪都構想」3つのウソを直視せよ

    木村收(大阪市立大学都市研究プラザ名誉研究員) 統一地方選挙にあわせて急遽(きゅうきょ)大阪府知事と大阪市長のダブル選挙が行われることとなった。 この選挙の特徴は、ともに連携して大阪都構想を推進してきた2人の首長が、任期を残し意表をつくかたちで突如辞意を表明(議会不同意後自動失職)したことに加えて、知事と市長がお互いに目指すポジションを取り替えて出馬したことにある。こうして異例のダブルクロス選挙となった。 一般論として、政治家である知事と市長がその政治的信条から別の職をルールに沿って目指すことに違和感はない。 しかし、今回のダブルクロス選挙は、11月に予定されている選挙を前倒しすることで経費の節減になるからだと公言されていることは理解できない。民主主義のルールは選挙経費より尊重されなければならない。 実態は、都構想の行き詰まり打開のために府・市の議員選挙との相乗効果を狙うとともに、相手陣営の機先を制しようとする党利党略に基づく奇策であるとしか考えられない。  ここで都構想をめぐる動きと今回のダブルクロス選挙に至る経緯を簡単に要約しておきたい。 都構想は2015年5月の住民投票で否決された。しかし、同年11月のダブル選挙で再度都構想を公約に掲げる大阪維新の会の松井一郎氏と吉村洋文氏がともに知事と市長に当選し、再び挑戦が始まった。 2017年6月には大都市制度(特別区設置)協議会(略して「法定協議会」)が設置され、今年3月まで23回の協議が重ねられた。特別区設置協定書の作成を目的とする協議会であるが、その構成員20人は府・市の首長と議員のみで構成されており、最終局面が近づくにつれて政治的対立が表面化することは避けられないと予見されていた。「大阪都構想」を議論する法定協議会が開かれた=2019年1月29日、大阪市中央区の大阪府庁(彦野公太朗撮影) 昨年までは事務局(府・市共同設置の副首都推進局)が項目ごとにたたき台となる考え方を提示し、委員との質疑応答を重ねてきた。その取りまとめとして「副首都大阪にふさわしい大都市制度《特別区(素案)》」がある。協議をする上での「たたき台」であり、大阪都構想の概要はこれによって知ることができる。分厚い資料は難解だが、その核心は大阪市を廃止し、その事務事業を府移管分と新たに基礎自治体となる60万~70万の人口規模の四つの特別区とに仕分けすることにある。 そしてその裏付けとなる財源は、府は市の有力財源である法人市民税、固定資産税、都市計画税、事業所税などで賄い、特別区は個人市民税などの限られた市町村税のほか、府から交付される財政調整財源に大きく依存する(地方交付税の直接交付はない)。実質的に府の管理下に入り、財政自治のない特別区は真に基礎的自治体といえるのか疑問である。混乱の始まり 淡々と回を重ねてきた法定協議会であるが、年末からの余震に続いて今年に入ると、会の進行などをめぐって不満が噴出し混乱が始まった。その原因は、①代表者会議のあり方②議会日程との調整③協定書のまとめ方、などをめぐってであった。 その根底には、委員間討議を早急に行って協定書を取りまとめ住民投票に持ち込みたい大阪維新の会、反対ではあるが素案についてより熟議を求める公明、都構想そのものに反対する立場から採決による決着を求める自民と共産、という委員間の対立の構図があった。 こうした経緯を経て、3月7日の法定協議会において今井豊会長(大阪維新の会)は「今後のスケジュール『工程表』(会長案)」を提案し採決が行われた。 その内容は、統一選挙後の5月から6月にかけて4回の協議会を開催して審議の到達点や方向性を確認の上6月には協定書(案)を取りまとめ、再開後第5回の法定協議会で協定書を決定、直ちに所定の手続き(議会での審議など)を経て本来の知事・市長のダブル選挙日であった11月24日に再度の住民投票を実施するというスケジュール案であった。 採決の結果は反対多数で否決された。 そしてこの結果を受けるかたちで翌3月8日に知事と市長は辞意を表明した。 今回の知事、市長、府議会議員、市会議員の選挙結果は、都構想論議の今後(終結か継続か)に決定的影響を与える重要な選挙となった。入れ替えダブル選への立候補を表明し、記者会見する大阪府の松井一郎知事(左)と大阪市の吉村洋文市長=2019年3月8日、大阪市中央区(彦野公太朗撮影) しかし、そもそも都構想には懸念が多い。都構想をめぐる「軽視・錯覚・誤解」について指摘したい。 都市ではヒト・モノ・情報が激しく流動し、相互依存関係を高めながら密集した場が形成され、そこで経済活動や市民生活が営まれる。そしてこれらの活動は多岐にわたる公務や都市装置の集積によって支えられている。 指定都市である大阪市は、多様な事務事業の担い手である有機的総合行政体として重要な役割を果たしてきた。 大阪市政130年の歴史は自治権拡充を求める歴史でもあった。戦前からの大都市の特別市制確立運動は、戦後、地方自治法上で特別市が条文化されたものの、五大府県と五大市との激しい対立によって特別市制は実現せず、代ってその妥協の産物として1956年に指定都市制度が創設された。事務権限移譲の流れは、国から地方へ、府県から市町村へ、をキャッチフレーズとする分権改革の流れに沿って今日なお途切れることなく続いている。 大阪都構想はこの流れを逆流させようとする動きである。この逆流は、一度は2015年の住民投票で反対多数の結果となったことで解消したかに見えた。しかし、その後のダブル選挙で都構想を目指す知事、市長が当選したことで、再び大阪の地方政治はこの問題に政治的エネルギーと行政資源を注入することとなった。都構想3つの真実 なぜいつまでもこの論議が延々と続くのか。 都構想の深層がよく理解されないままに、その深刻さは軽視され、錯覚や誤解が渦巻いているからではないだろうか。 以下、都構想の真実をこの観点から3点に絞って論じることとしたい。 一つ目は、合併を「足し算」と例えると分割は「割り算」であり、この二つは全く次元の違う問題であるということだ。市町村の廃置分合には、①分割②分立③合体④編入、の四つのパターンがあるが、昭和の大合併、平成の大合併の実態は③か④であって、基礎自治体が解体され、複数の基礎自治体となった前例を知ることはできない。 ③と④はいわば「足し算」による合併であり、②は分家する「引き算」、①は「割り算」に例えることができる。 大阪市を廃止し4特別区を設置するということは、①の分割に該当し、しかも市を廃止し複数の市を設置する(前記②)のではなく、その事務権限を大幅に縮小した基礎自治体(市町村以下と言ってよい)に転換しようとするものである。前例のない分割であるが、特別区への分割は「ありえない」ほど深刻な分割問題であるという認識を共有することが、議論の出発点とならなければならない。 合併は合意形成など苦労の多い大事業であるが、合併するA市とB町・C村の間には、同じ基礎自治体としての「行政の同質性と連続性」が確保できる。国による交付税措置や法的バックアップもあった。 しかし、大阪市の廃止・特別区設置(分割)には行政の連続性や同質性はなく、大阪市のヒト・カネ・モノ・システム・公文書などあらゆる行政資源をそれぞれの特別区へと選別解体する作業をともなう。しかも合併のような財政支援もない。 この「割り算」作業が現実問題としてスムーズに実現するとは思えない。反対派の集会「大阪市をなくすな!5/10市民大集会」で会場に掲げられたのぼり=2015年5月10日、大阪市北区(安元雄太撮影) 特別区移行の日(設置の日となるXデー)まで大阪市政は、直前までの指定都市としての役割に加えて、特別区への移行作業を全組織をあげて担わなければならない。Xデーには選挙で選ばれる特別区長も区議会の議員もいない。選出される日まで大阪市長が職務代理者となり移行作業の指揮をとらねばならないのだ。この二重の負担に耐えうるのか。 一方Xデーには、解体される大阪市の職員は、前日までの職務を終結させて、全員が大阪府、4特別区、そして前例のない一つの自治体にも比肩するマンモス一部事務組合へと配置替え、大異動が行われる。前後して書類・備品などの移管が必要である。今どき配送業者がタイミングよく確保できるかも心配だ。分割にともなう財政負担も甚大である。 さらに、混乱する職員に輪をかけて困惑するのは市民である。混乱ぶりが目に浮かぶではないか。行政は1日の停滞も許されない。 Xデーが万博前ともなると、万博への大きな悪影響も避けがたい。「割り算」と「足し算」とは次元の違う問題であることが認識されなければならない。 上記は一つのシミュレーションだが、移行期間そして大阪市廃止後の長期にわたる混乱に思いの至らない構想は大阪市民をミスリードする政治的ゲームの道具以外のなにものでもない。市民を欺く説明 大阪市を一度解体するということは、再び大阪市に戻ることのできない「片道切符」の制度であり、特別区は仲間のいない孤独な「異端自治体」であることの覚悟も重要である。特別区を「中核市並みの自治体」であるとの説明も市民を欺くものだ。消防も水道も分担せず、課税権も制約された基礎自治体は並の市町村以下の自治体である。 二つ目は、東京都区制度と大阪都構想は似て非なる制度である点だ。大阪府市再編による大阪市廃止・特別区設置構想が大阪都構想と称されて久しい。だが、この構想は、府市関係が府・4特別区の関係に移行するだけで、そこに「都」は存在しない。東京一極集中の勢いにあやかろうとする市民を欺く詐称である。 大阪市というビッグネームはなくなり、大阪府北区(仮称)などと個性のない半人前の基礎自治体に変換されるわけである。一方的に「広域」と仕分けされた市内の事務事業は府に移管され、調整財源の配分の主導権も府に握られた状態で、府内人口の30%、面積で10%程度の特別区民の府議会での立場は常に少数である。東京都23特別区が70%近い人口割合を占めているのと対比しても格段の差があるのである。 また、東京と大阪では、戦前、戦後の自治制度についてそれぞれ独自の軌跡を歩んできたという歴史の重みを忘れてはならない。 戦前東京、京都、大阪三市の区は法的に法人区であったが、東京市の区が区会をもち自治区と学区(区が単位)の議決機関としての役割を果たしてきたのにたいして、大阪市では区内に多数の学区が存在(1927年廃止時点で65の小学校学区)したものの区に区会はなく、区は行政区であった。市政としての統一性と総合性が重視されてきたのである。 さらに忘れてはならないのは財政力の違いで、東京23区と大阪4区とでは格段の差があることは明らかである。東京都区は地方交付税の不交団体であるが、大阪は府・市ともに交付団体で地方交付税に大きく依存した財政であるという違いがある。大阪の特別区は、大阪府・市分として府に交付されたものが調整財源に組み込まれるにとどまり、地方交付税の財源保障と特別区財政との直接の結びつきはない。開票作業を行う職員ら=2015年5月17日、大阪市淀川区の同区民センター(恵守乾撮影) また、法人市民税、固定資産税、都市計画税、事業所税といった有力な都市的税目はことごとく府税に移譲され、この結果特別区が課税する税は住民税中心となるが、この点でも23区と大阪市では税収水準に大きな格差があることが知られている。 2018年の『個人所得指標』によると、人口1人あたりの住民税課税対象所得は、全国平均を100として、東京23区平均が163・2に対して大阪市は全国平均を下回る93・9の指数となっている。東京23区は大阪市を1・7倍強上回っている。 特別区になることで成長するといった単純な話ではない。二重行政は理由にならない 三つ目は感覚的な「二重行政」論についてである。かつて大阪の二重行政を象徴する事例として流布されたのは、狭い市域に府立と市立の図書館と体育館が二つ併存しているということであった。だが、今日これを口にする人は稀(まれ)である。 なぜ変わったのか。それが必要で大切な役割を果たしていることが広く認知されているからである。類似した行政と二重行政とは違うにもかかわらず、「為にする」二重行政探しが今日なお続き、改悪としか思えない統合・合併が進められ検討されている事例が見られる。 府県と市町村の役割分担の基本は地方自治法と個別の法令で定められており、自治事務の中にはある意味で類似行政が存在する。しかし、これらが直ちに非効率や無駄というわけではなく、「多々益々(ますます)弁ず」と評価されるものもある。その評価は、有用か無用か有権者市民によって判断されるべきものであって、政治的に仕分けすべきものではない。 かつて地方制度調査会は、1970年の「大都市制度に関する答申」において、現地実地調査を踏まえ、大阪府市について、「市は都心部の再開発に専念し、府は周辺地域についての市町村行政を補完し、都市の経営に当たっているという現在の行政体制は府市の二重行政という理論上の問題があるにもかかわらず、その運営の実態においては、地域的な機能分担を図りつつ、それぞれの大都市問題の効率的処理に努力している状況を認めることができる」と述べている。日本万国博覧会開催を正式に承認され、中馬肇大阪市長から国際電話で承認を喜びあう左藤義詮知事=1966年5月12日、大阪市 また、当時左藤義詮(ぎせん)府知事が語った行政哲学「内野・外野守備論」がある。大阪市は都心部の再開発に専念し、外野である周辺都市で府は先行的に都市整備を行って副都心を育て、多核心都市への成長に努める中で府市連携を図るというものであった。この府市の役割分担の基本は今日なお存続しているものである。 1970年万博の地元受け入れ体制は、左藤知事と中馬(ちゅうま)馨市長との府市連携のもと、万全を期し成功に導いた。 いずれにしても二重行政問題は軽々と感覚的に論ずべき問題ではない。二重行政を理由に、府市再編により大阪市を廃止する必要があるとの論理には飛躍があり、人々をミスリードするものだ。■大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし■「橋下徹のしょぼい提案」をスケールのでかい構想に変える秘策がある■大阪が副首都になれば、日本はこんなにも変わる

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    「橋下政治」を終わらせてはいけない理由はこれだけある

    想」を持ち出すのはルール違反だとか、やや些末(さまつ)で矮小化された議論に陥りがちである。だが、この選挙戦に、私は非常に大きな意味があると考え、二つの点で注目してきた。 一つは、この国のあり方の基本が問われるかどうか。東京一極集中を食い止める切り札として新たな大阪づくり、副首都形成、二眼レフ国土構造への転換のきっかけとなるかだ。もう一つは、自民長期政権による「改革なき政治」の風土を一掃する機会になるかどうか。安倍政治と一線を画し、大阪独自の都構想を進める「維新政治」が大きく広がるかどうかだ。 当然、その選択はすべて有権者の投票行動に託されている。世の中では「東京一極集中」はけしからん、日本を歪めている「諸悪の根源」人口減の加速は、出生率ワーストワンの東京がブラックホールのように若い人を飲み込むからだ、と口をそろえて言う。 そこで、しからばどうするか聞くとみな黙ってしまう。国会での質疑もここはスルーだ。東京一極集中論議などどこ吹く風、相変わらずの「サービスは大きく、負担は小さく」との手品師のようなポピュリズム合戦を繰り広げている。 所得格差、機会格差を縮めるには教育の無償化も有効だが、これが人口減対策だと言われてもそうは思えない。選挙前のバラマキではないか。大都市からのUターン希望者にカネを出すというが、これで東京集中が緩むとでも考えているのか。2019年3月、大阪市役所前に設置された統一地方選挙の日程を知らせる看板(南雲都撮影) 地方の雇用の場、若者を吸引できる拠点性のある都市を育てなければならないのに、それを阻むさまざまな規制や集権構造の解体には手を付けない。大借金からどう脱出し、過疎・過密の同時併存する日本の構造的双子問題をどう解決するかという骨太の話もない。 確かに慣れ親しんだ日常を変えるのは容易でない。明治維新から150年、この間、日本はひたすら人は増え、所得は増え、税収は増え、拡大続きの「右肩上がり社会」だった。 しかし、この先は一転、人は減り、所得は減り、税収は減り、縮小続きの「右肩下がり社会」に向かう。下り坂も、年を追う毎に厳しいものとなっていく。80年後、大方の予想では良くて人口8千万人、悪くすると5千万人まで減るという。これをどう捉えるかだ。国土にも定員がある 私は、国土にも定員があるとみる。現状、日本の人口は定員大オーバーだ。府県制の始まった130年前の日本はたった3500万人だった。当時、新潟県が1番で東京府などは9番目。だが、その後、倍々ゲームのように人口爆発となり、1億2800万人に増え「東京大集中」となった。 果たして、この歴史上特異な20世紀の現象を維持するのが正しいのか。むしろ、21世紀に入って急減し始めているこの現象は、国土の定員に向かい正常化している動きと理解できないか。もちろん、急減に伴うひずみの解消は大きな課題だが、フランスを除く先進諸国はおしなべて人口減少期に入っている。 仮に、日本の人口が8千万人に落ち着くとして、今の国内総生産(GDP)500兆円を、ロボットや人工知能(AI)などハイテク技術を駆使して維持できるなら、世界で一番豊かな国になる。1億2800万人が暮らしやすいよう整備した道路、橋、河川、公共施設、住宅、鉄道、新幹線、高速道などさまざまな社会インフラを8千万人で使う。そこにはゆとりと豊かさが生まれる。 日本の人口問題は絶対数の多寡より、極端な地域偏在の方がより深刻な問題である。人口拡張期のトラウマで食うために「景気だ!経済だ!」と成長率ばかり追い求めた20世紀型政治から決別し、賢くたたむ、生活者起点の新たな日本づくりを目指すべきだ。その切り口を、この10年挑んできた大阪の維新政治は示している。大阪都構想はそのモデルとなる。有権者には、この維新改革の本質を見抜いた上での判断を望みたい。 振り返れば、大阪は明治時代に商都として日本一繁栄し、「民都」の魅力を有していた。だが、その繁栄も昭和45(1970)年の大阪万博までだった。半年間で世界から6500万人もの人を集め、昭和39年(1964)年の東京オリンピックをはるかに凌(しの)ぐ影響力があった。 しかし、昭和45年以降、大阪は右肩下がりの時代へ向い、関西経済の長期停滞が続くことになる。その要因の一つは、人々が共有すべき大阪の将来ビジョンがハッキリしなかったことだ。府と市の2元政治が、統合よりせめぎ合ういわゆる「府市合わせ」(不幸せ)構造でマイナスに作用した。 現在、大阪は日本第2の都市とはいえ、本社機能をはじめさまざまな中枢管理機能は東京に奪われ、経済活動の大半は地場の中小企業が中心で低迷している。東京一極集中は大阪凋落の裏返しでもある。生活面も所得、貧困、失業、犯罪、治安、離婚、学力などデータでみる限り、数々の分野でワーストワンに近い数値が並んでいる。 それを、旧来の公共投資を大量につぎ込む方法ではなく、統治の仕組み、意思決定の構造的欠陥を取り払う方法で立て直そうというのが維新政治、「大阪改革」だろう。私はそう見ている。自民政治と一線を画し、地域政党「大阪維新の会」をつくり、大阪の市政・府政改革に挑んできた。それにより二重行政の解消、地下鉄民営化、節減経費を教育投資に振り向けるなど、大阪の都市経営を「身を切る改革」思想で切り盛りしてきた。結果、改革が進み、子供たちの成績ランキングも上がってきている。2012年11月、大阪維新の会の合同集会終了後、握手する橋下徹氏(右)と堺屋太一さん=大阪市内 だが、現段階では、問題の本質が解けていない。構造的に低迷要因である司令塔の2元構造、財政規模もほぼ同じ大阪府と大阪市、その指揮官である知事、市長の2頭立てによる「不幸せ」構造は変わっていない。たまたま知事、市長が意気投合し、目指す改革方向を一体として進め、大阪の都市経営が前進しているに過ぎない。人が変われば、仮に同じ政党に所属していてもこうなる保証はない。 そうではなく、大阪都市経営の司令塔を一本化し、二度と過去に戻さないために、巨大な大阪市を廃止して4つの適正規模の特別区に衣替えし、住民の基礎自治を充実する。一方で、広域行政は府に統合し、大阪全体のかじ取りを担う「大阪都構想」は時宜に叶っている。だが、いよいよ本丸の大阪市解体、特別区創設、府市統合へ進む段階になっていながら、さまざまな抵抗に遭っている。それが今のゴタゴタ騒ぎではないか。それを乗り越えるためのダブル選、クロス選ではなかろうか。守旧派の抵抗の後に何が残る 有権者の多くがこの先「都構想の改革を進めるべし」と判断するなら、大阪はこう変わろう。今のかゆいところに手の届かない大規模市役所に代わり、公選の首長、議会を持つ60万人規模の中核市並みの4つの特別区が生まれ、ゆりかごから墓場まで住民生活の拠り所となる。そこを拠点に教育、医療、福祉、まちづくり、中小企業の支援など住民に直結した地方自治が営まれる。 これまでの大阪市の各出張所に過ぎなかった24行政区と違い、高槻市や豊中市並みの権限を持つ4特別区の誕生で市域に個性的なまちづくり競争が起こり、各区の自治体間競争によりもっと魅力的な大阪づくりが行われていく。図:大阪都構想(現行と対比) 一方で、広域行政の府市を統合すれば、大阪都知事を司令塔に大都市の一体性、リーダーシップが強化され、大規模インフラの整備や都市開発、成長戦略など大阪の方向性は明確になる。大阪全体で見ると、面積も狭く過密に喘いできた大阪市内だけでなく、他の42市町村も含め広い視野に立った広域政策が展開され、関西全体のけん引力が強化されよう。既に都知事一本化から70年経つ東京都政を見れば、そのことがよく分かるはずだ。 幸い今、大阪は上向き始めた。2025大阪万博、統合型リゾート施設(IR)の法整備など都市戦略を組む手立てもそろい始めている。残るはこれを実現できる統治の仕組みを変えるところにある。万博、IR、都構想の3点セットを三位一体で進める、これを「トリプルスリー構想」と呼んでよかろう。このネーミングは前大阪市長の橋下徹氏によるものだ。 万博、IRの2つにメドがついた今、残る大阪都構想も今回のダブル選挙を勝たせ、秋に住民投票の賛成で大きく前に進めたら、大阪は跳躍台に立つ。この流れを止めるべきではない。    「万博には賛成だが都構想には反対!」という意見もあるが、かつての大阪五輪招致の失敗など府市バラバラの政治で自滅してきた轍(てつ)を踏むべきではない。その時代に戻すことは、特定の業界や一部の政治勢力にとって利益かもしれないが、若い人たちを含め大阪市民、府民の全体の利益にはならない。経済界にとってもそうだ。  その点、今回の出直しダブル選は「住民投票をさせまいとする自公勢力との捨て身の戦い」という様相が強い。だが、残念ながら維新政治に代わる対案、大阪の都市経営、将来戦略があっての戦いではない。かつて郵政民営化を断行した際の小泉純一郎首相が唱えた「抵抗勢力」との戦いに近い。守旧派の抵抗の後に何が来るというのだろうか。 私は4年前の住民投票が「都構想」の最終決着とは見ていない。誹謗中傷も含め、流言飛語が飛び交う初の住民投票の現場を見ていた私にとって、あの結論はざっくり「誤差の範囲」「答えを出すには時期尚早」という住民の平衡感覚の証のように見えた。今回の出直し選で、4年前に全て決着がついた、終わったと喧伝する候補がいるが、統治の仕組みを変える大改革が一夜で成った歴史はない。少し冷静に過去の例を眺めてみたらどうか。 一つは明治期の廃藩置県だ。教科書的には明治4(1871)年に約300の藩が47府県に一夜にして統合されたかのように言うが、実際はそうでない。300の藩は同年に3府72県、5年に3府69県、6年に3府60県、8年に3府59県、9年に3府35県となった。「副首都」らしい大阪に しかし、ここで逆に面積が大き過ぎるとの地域紛争が起こり、一部の府県で分割が行われ、明治22年に3府42県(対象外だった北海道、沖縄県を除く)となった。18年間を要して今の47都道府県の区域割りができている。民意を問う住民投票などない時代だが、権力的な上からの再編でもさまざまな反対があり、これだけの時間がかかっている。 もう一つは昭和期の都制創設だ。昭和18(1943)年、戦時体制下で東京府と東京市の統合で東京都ができているが、大正デモクラシー運動の時期を除いてみても、大正12(1923)年の関東大震災時に改革が始まる。東京府内で約7万人も死者を出した関東大震災後、復興過程で東京市とその周辺の人口が急増するが、東京市と周辺町村はそれぞれ行政管轄が違い、包括行政ができなかった。 その打開のため、まず昭和7年に東京市と周辺82カ町村が合併し「大東京市」(35区)をつくる。これで東京府人口の約93%が東京市の帰属となり、府税総額の約96%も東京市民が納める形となった。 だが、府と市の所掌事務が異なり、なかなか復興も進まない。府市の分担を明確にする必要から大正12年に都制案が出てくる。都知事公選などを盛り込む斬新な案だったが、時の政府の反対で潰れた。 しかし、以後も都制導入の議論は衰えず、結局第2次世界大戦のさなか、二重行政解消、帝都防衛、生活物資補給、戦費捻出などを理由に府市合体が行われ、昭和18年に東京都が誕生している。都制度の提案から実に20年もかかっている。これだけ統治の仕組みを変えるのは難しい。大阪都構想が一度挫折したから「終わり」というのは、歴史からみても早計過ぎる。 今大阪は、都構想に一度「ノー」を突き付けた大阪市民も万博決定で賛成派が多数になってきているように見える。最近の世論調査(朝日新聞、4月1日付)をみても「賛成」(43%)が「反対」(36%)を上回っている。 大阪府市ではこの4年間、都市ビジョンが見えないとされた前回の反省を踏まえ「副首都ビジョン」を練ってきたはずだ。単なる都区改革ではなく、大阪を副首都にふさわしい風格ある大都市に育てていくための「都構想」であるという都市政策の視点から有権者に広く説明していくことが大事だ。東京都庁舎=2018年7月、東京・新宿区 最近、政府は安倍政権の長期化で弛んでいる。モリカケ問題、自衛隊の日報隠し、統計不正と目を覆いたくなるような事件が相次ぐ。日本の官僚機構そのものが肥大化し過ぎ、弛みが生まれ、官僚のムラ社会を政治がコントロールできていない。 これを変えるには、日本官僚制の組織規模の適正化を図ることが不可欠だ。東京一極集中是正のため、大阪都構想を実現し、大阪を副首都にする。そこに首都機能の3分の1を移す。併せて日本を47都道府県制から約10州への統治改革を進め、各州が内政の拠点になるよう大胆に分権化し、中央省庁はスリム化する。 日本の行政を「賢く、簡素で効率的な統治の仕組みに変える」その改革の先陣を切るのが大阪都構想だ。「改革なき政治」風土を一掃し、人口減時代にふさわしい新たな国のかたちをつくっていく。今回の大阪クロス選はそうした大きく深い意味を持っている。有権者の賢い選択に期待したい。■ 「橋下徹のしょぼい提案」をスケールのでかい構想に変える秘策がある■ 「大阪万博は夢のまた夢」スーパー南海地震のリスクも考慮せよ■ 大阪万博「経済効果2兆円」のまやかし

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    稲盛和夫氏、なぜ1人で政権交代をバックアップできたか

     平成という時代を振り返ると、政治や経済の重大な局面で必ずその存在が見え隠れする。表の権力者たちを支え、動かし、時に揺るがす「フィクサー」たちだ。確かに昭和の時代にも暗躍した「大物フィクサー」はいた。舞台回しのスケールでいえば、平成よりはるかに大きかったかもしれない。 だが、表の権力者が小粒化した平成の政界において「フィクサー」の存在感は相対的に増している。さらにいえば、彼らが「表の実力者」としての顔を持つことも特徴といえる。いったいなぜ彼らは、それほどの存在になり得たのか。 民主党への政権交代(2009年)の「陰の主役」といえば、京セラ創業者の稲盛和夫氏(86)だ。 政権交代を目前に控え、当時の小沢一郎・民主党代表はしばしば隠密行動を取った。「お忍びで京都に行ったらしい」──党内ではそんな噂がささやかれた。民主党事務局長を務めた政治アナリスト・伊藤惇夫氏が当時を振り返る。 「京都で稲盛さんにお世話になっていたのでしょう。それほど近い関係でした。その一方で前原誠司氏の後援会長を務めるなど、個々の民主党議員の面倒もよく見ていた」 自民党政権は財界主流が支えてきたが、民主党を支えた経済人といえば稲盛氏くらいだった。なぜたった1人で政権交代をバックアップすることができたのか。 「ベンチャー企業の創業者で、挑戦する立場に理解があった。京都の経営者だから東京の財界に対する対抗心もあったと思う。だから既存の自民党ではない政治勢力、政権交代可能な2大政党制の必要性を強く感じていたのではないか」(伊藤氏)2013年3月、取締役からの退任を発表する日本航空の稲盛和夫名誉会長(写真左)。右は植木義晴社長(大西史朗撮影) 2大政党制を作るために、稲盛氏は政権交代前の2003年民主党と自由党の民由合併の工作に関わった。当時、菅直人氏ら民主党内に“小沢アレルギー”が強く、合併に反対したが、それを説得して合併を成功させたのが稲盛氏だったとされる。合併民主党の事実上の“オーナー”だったことになる。しかし、政権交代後は民主党に使われた。伊藤氏はいう。 「経営破綻した日本航空の経営再建を担わされ、出資も求められた。稲盛さんが民主党のフィクサー的なポジションにあったのは政権交代前の野党時代までではないか」 民主党が分裂騒動を起こした菅政権時代、「大変落胆している。こういうことのために支援してきたのではなかった」と稲盛氏は記者会見で語り、以降は民主党と距離を置いた。関連記事■渡辺恒雄氏 なぜ一介の番記者から総理動かす政治力持ったか■最近のナベツネ氏「誰も分かっちゃくれない…」と周囲に弱音■孫正義、稲盛和夫、柳井正 成功を収めた大富豪の至言■靖国やNHK会長人事にJR東海名誉会長が影響力を持つ理由■稲盛和夫氏「不運でも耐えて明るく前向きに続けるのが人生」

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    仙谷由人氏お別れ会 旧民主党が勢揃いも呼ばれなかった元総理

     今や「影の総理」といえば、首相の名参謀として知られる菅義偉・官房長官の名前が思い浮かぶが、8年前の菅直人政権時代にも同じ異名をとった剛腕官房長官がいた。去る10月に死去した仙谷由人氏(享年72)だ。 同氏を偲ぶ「お別れの会」が11月30日に都内ホテルで行なわれるが、その案内状に“永田町の薄情さ”がにじみ出ていると話題になっている。会に出席予定の政界関係者が語る。 「仙谷さんは旧民主党政権の屋台骨のような存在だっただけに、発起人には菅(直人)さんや前原誠司さんら代表経験者から、枝野幸男さん(立憲民主党代表)や玉木雄一郎さん(国民民主党代表)ら現在の旧民主党系政党のトップまでズラリと名を連ねた。ところが、本来なら筆頭格でもおかしくない“あの人”がいないのです」 2009年の政権交代直後から、仙谷氏が民主党の実力者である小沢一郎氏(現自由党共同代表)と党内対立を繰り広げていたことは知られるが、“あの人”は小沢氏のことではない。民主党政権の“顔”として同党最初の総理大臣となった鳩山由紀夫氏だ。 「小沢さんが発起人にならないのは不思議ではありませんが、仙谷さんは鳩山内閣を行政刷新担当相として支えた関係。何よりこうした政界関係者のセレモニーでは、『首相経験者』の肩書きは別格です。現役政治家ではないが、鳩山さんの名前がないのは解せない話で、“最初から誰も声をかけなかったのでは”と思えてしまいます」(同前) 鳩山氏は総理辞任から2年後の2012年に政界引退するが、その後に訪れた中国で「尖閣は日中の係争地」と発言したり、ロシアが一方的に併合を宣言したウクライナのクリミア半島を訪問したりするなど独自の“民間人外交”を展開。そのたびに自民党から「おたくの元総理が問題を起こしている」と攻撃された苦々しい思い出が民主党側にある。 「“宇宙人”だから諫めても馬耳東風で、すぐに我々が予想できない言動をする。率直なところ“もう鳩山さんには関わりたくない”というのが本音」(旧民主党系の現役代議士) そんな事情が“ハト抜き”の遠因にあったようなのだ。もっとも、別の旧民主党系議員はこう言う。参院予算委で菅直人首相(右)と話す仙谷由人官房長官=2010年11月 「基地建設を争点として与野党対決となった9月末の沖縄県知事選の応援に入ったある立憲民主党の幹部は、演説で“私は鳩山政権の一員だった”としきりにアピールしていた。沖縄では『最低でも県外』と主張した鳩山さんに今も一定の人気がある。そんな時だけは鳩山の名前を利用するのだから現金なものです」 政権を失ってからの6年で、党もバラバラになった。それでも「言動をコロコロ変える、内ゲバ大好き」という民主党の“文化”は変わらない。その様を仙谷氏は草葉の陰でどう思うだろうか。関連記事■安倍首相に自民党内から「鳩山さんに似てきた」との批判■鳩山由紀夫氏が重慶爆撃を謝罪 中国人も「さすが宇宙人」■パソコン使えぬ桜田五輪相 権力の空気だけは読めるとの評価も■九重親方 「協会葬」ではなく「お別れの会」となった内幕■紀州のドン・ファン「急死の愛犬」のため訃報広告出していた

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    民主党政権が変えた「現役重視」シルバー民主主義を言い訳にするな

    ―高齢者を支える現役世代の負担が重くなると盛んに報じられてきました。また高齢者人口の増加にともない、選挙で大きな影響をもつ層として高齢者の意向が通りやすくなっているのではないかと指摘されています。実際に、このようなシルバー民主主義は日本で存在しているのでしょうか?島澤:現在の日本でシルバー民主主義が生じているかどうかについては否定的です。 シルバー民主主義とは、高齢者が直接的に政治に働きかけ、数の力で現行のシステムを維持・伸長する、または政治に直接的には働きかけないが、高齢者の数の力を政治側が忖度し、既得権の維持・伸長を図ることで、どちらにしろ、高齢者が政治プロセスを支配し、自分たちに都合の良いように振る舞うことです。それによって若者が困窮しているというのは、日本では30年以上前から、また西欧でも同様の指摘がありました。 ただ、そういったシルバー民主主義を批判する指摘のほとんどは、高齢世代ほど負担が低く若い世代ほど負担が大きくなっている世代会計の結果を根拠としています。 しかし、実際に世代会計の結果を虚心坦懐に読み込むと、また違った結果が見えてきます。図表1の世代会計の結果を見ると、65歳世代は0歳世代より生涯純負担率で見て10ポイント程度小さく確かに若い世代ほど負担が大きくなっていますが、マクロ経済環境も財政・社会保障制度の受益負担構造も全く同一の条件に直面しているはずの0歳世代と将来世代とでは、将来世代が27ポイントも負担が大きくなっていることが分かります。出所:『シルバー民主主義の政治経済学』(日本経済新聞出版社)108ページ 表2 つまり、現在の日本には、「現在生きている世代内における世代間格差」と「現在世代と将来世代の間の世代間格差」の二つが存在し、しかも、前者の格差より後者の格差の方が大きいので、要するに、高齢世代と現役世代は暗黙のうちに“結託”し、将来世代を財政的に“虐待”し続けている構図が明らかになります。実は将来世代から見れば現役世代も加害者側に区分されるのです。このようにデータとファクトとロジックを使ってシルバー民主主義が存在するのか否かについて調べたのが本書です。実態は「全世代型バラマキ」―シルバー民主主義の存在について否定的である根拠を具体的に教えて下さい。島澤:シルバー民主主義が存在しないと考える理由は次の通りです。確かに、少子化、高齢化の進行と高齢者ほど高い投票率を反映して高齢者の票数は無視できないほど大きくなっていますが、最近政治家たちが力を入れている幼児教育や大学教育の無償化、奨学金の拡充などの政策は、若者や現役世代を重視したものです。こうした政策からは高齢者は利益は受けませんから、シルバー民主主義が存在するならば高齢者は反対し、政治も高齢者の反対に追随するはず。しかし実際には、高齢世代を優遇したまま、現役世代を重視した政策が各党から相次いで提案されていますが、これはシルバー民主主義論では解けないパズルと言えます。こうした現象を見ても、シルバー民主主義には否定的です。 結局のところ、シルバー民主主義が存在しているように見えたのは、たまたまこれまでは高齢者のほうが票を計算しやすかったからに過ぎず、若者や現役世代が貧困化し、政党が彼ら彼女らに再分配を行うことで票を見込めるようになってからは、若者も重視されるようになりました。その転換点は旧民主党が「子ども手当て」や「コンクリートから人へ」といった現役世代重視の政策を掲げて、自民党政権下では給付が高齢者に偏っていた点に不満を抱いていた現役世代の票の取り込みに成功して政権交代を果たした2009年にあります。 政党から見れば、高齢世代の民意だろうが若者世代の民意だろうが、投票してくれる民意がよい民意であり、実態は民意ファーストな政治だったのです。―しかしながら、シルバー民主主義という言葉は世間に広がっています。島澤:シルバー民主主義という言葉が、人口に膾炙し始め、みなさん言い訳として使うようになったのではないかと思います。 たとえば若者が、何か政治的な行動を起こそうと考えても、高齢者の反対にあい頓挫するからと諦める。つまり、シルバー民主主義を言い訳にして諦めてしまう。それによって現状は維持されたままです。 また仮に高齢者が、自らの意見を主張し政治的に優位であったとしても、民主主義の枠内で行動しているので問題はありません。2009年8月、衆院選で政権交代を実現した民主党執行部。(左から)岡田克也幹事長、鳩山由紀夫代表、小沢一郎代表代行、菅直人代表代行(いずれも当時) さらに政治は、シルバー民主主義を克服し、全世代型社会保障を実現するため、高齢世代のへの給付は維持したまま若者の給付を拡大しようとしていますが、その実態は、将来世代に負担を先送りした「全世代型バラマキ」に過ぎません。つまり、幅広い世代から民意を獲得するための「全世代型バラマキ」の正当化のため、シルバー民主主義を利用しているのです。 このように、高齢者も政治も、そして若者までもが、シルバー民主主義の存在を自らあえて将来世代のために行動しない“言い訳”にしてしまっています。待ったなしの構造改革―シルバー民主主義は生じていなくても、世代間格差は生じています。そして日本の赤字財政は目を向けられないほど深刻な状況です。どうしてこういった状況に陥ってしまったのでしょうか?島澤:日本の根本的な問題として、政策を立てる上で、必要とする財源を財政赤字で賄おうとするケースが多い。そもそも財政法上“特例”のはずの赤字国債が1975年度から平成3年から5年度までの一時期を除いて現在に至るまで恒久的に発行され続けているわけですが、海外を見ても、そんな国はありません。ですから、まずはリーマンショック以降膨れ上がった歳出規模をそれ以前の規模にまでスリム化し、そして全世代が広く負担する消費税増税をするなどして、財政赤字をこれ以上増やさないようにすることですね。 現行の社会保障制度は、受益面は年齢が上がるほど受益が増加し、負担は勤労世代が高くなる仕組みです。例えば、厚生労働省の「所得再分配調査」によれば、60歳以上になると、再分配後の所得が、当初の所得を上回ります。 この調査結果を使い平均的な日本人の所得と再分配後の所得を計算したところ、給付が負担を89万円超過していることがわかりました。この超過分は、財政赤字に回されるのです。つまり、社会保障の受益負担の構造改革も待ったなしです。―平均的な日本人1人あたり、89万円も超過しているとは驚きですね。島澤:世代間格差を考える時に、現役世代と高齢世代の格差に目が行きがちですが、これから生まれてくる将来世代との格差も考えなければなりません。財政赤字が解消されない限り、そのツケは今後生まれてくる子どもたちに重くのしかかります。先ほどお話したように、新たな政策の財源を財政赤字で賄うのは、若者と高齢者、そして政府という鉄のトライアングルが結託し、将来世代の財布から同意を得ずにお金を調達している、つまり財政的幼児虐待を行っているのです。―財政赤字をなるべく減少させ、世代間格差がこれ以上開かないようにするには、どんな政策が考えられますか?島澤:まず、日本の財政赤字を考えるうえで、世間一般に誤解があるように思います。特に、政府や財務省の資料では、財政赤字が世代間格差を発生させ、この格差を埋めるためには増税しないとならない、と見て取れる。しかしながら、このロジックはミスリードです。実際には、世代間格差は財政赤字があるから発生するわけでもなく、財政赤字があったとしても世代間格差がないような仕組みを理論的にはつくることができます。 さらに言えば、財政黒字であったとしても世代間格差が存在することはあり得ます。要するに、増税と世代間格差の解消にはあまり関係はありません。 こうした点と先に指摘した2つの世代間格差(「現在生きている世代内における世代間格差」と「現在世代と将来世代の間の世代間格差」)の存在を念頭に考えますと、現在世代内の格差に対しては財政・社会保障制度の受益負担の構造改革で対応し、現在世代と将来世代間の世代間格差に対してはリーマンショックで膨れ上がった歳出規模の削減と消費増税で対応するのが最適解と考えます。―19年10月に消費税が引き上げられる予定です。それにより財政赤字は少しでも少なくなるのでしょうか?島澤:将来世代に先送りされる財政赤字の解消に充ててこそ増税の意味はあると思いますが、幼児教育の無償化に充てるなど結局現役世代に使うようですから、実態は何も変わらないと思います。近視眼の政治家―政治家がとにかく近視眼的になっている印象です。島澤:政治家は、本来目先の利益ではなくもう少し長いスパンの利益を考える存在だと思いますが、近視眼的な民意に引きずられ過ぎているきらいはありますね。現代日本の一つの問題は現役世代が貧困化し、これまでのような寛大な社会保障制度を維持するのが難しくなってきたことにあります。したがって、政治がなすべきは、現役世代の生活を安定化することですが、これには先にも言いました通り、財政・社会保障制度の受益負担の構造改革を断行する以外には実現できません。もちろん、これにより高齢世代と現役世代の対立の高まりによって世代間闘争が起きる可能性は否定できませんが、長期的なスパンで考えれば、いまのままの財政赤字を放っておいて良い訳はないので、そのために国民を説得してほしいですね。―それは選挙制度の問題ともつながってくるのでしょうか?島澤:現在の民意ファーストの政治は、小選挙区制の問題かもしれません。衆議院に関しては、政策を決定し実行していくことが重要ですから、小選挙区制のままで良いと思います。しかし、参議院の存在意義は、衆議院とは違う代表が選出され、違う視点から法案を審議することに意味があると思います。ですから、参議院は比例代表制だけにして、多様化した民意を反映できるようにするのが良いのではないでしょうか。―諸外国を見た時に、世代間格差の是正や財政赤字の解消など参考になる事例はありますか?島澤:年金などの国の社会保障の根本に関わるようなシステムの改革には、与党だけで決定するのではなく、野党や産業界などより広い利害関係者から成る会議を開き、合意に達するべきです。スウェーデンの年金改革はまさにそういった形で行われました。 ただ、日本のこれまでの政治を見ると合意の拘束力が弱すぎます。たとえば、橋本龍太郎内閣で合意した財政構造改革法は、与野党で合意したにもかかわらず、予想以上に不景気が長引いたため改正を余儀なくされ、小渕内閣では凍結する事態となりました。旧民主党・自民党・公明党による社会保障と税の一体改革に関する三党合意も結局なし崩し的に反故にされました。夏休みに入る子どもが宿題の計画を途中でひっくり返すのとは訳が違うのですから、一旦合意したら最後まで守って欲しいものです。※写真はイメージです(ゲッティイメージズ)――最後にメッセージをお願いします。島澤:読者の皆さんは、日常生活に精一杯でなかなか政治や財政赤字のことまで考える余裕はないと思います。しかも、巷ではインフレや経済成長によって痛みを感じることなく財政健全化が可能だという主張が流布され、安倍内閣もそれに乗っかっています。仮にそれが本当だとしても、受益負担の構造改革を避けていては世代間格差の解消は不可能です。現在の我々の生活が成り立っているのは、将来世代へツケを回し、政府の借金で賄っているということをしっかり認識する必要があります。また、現役世代の方々は、高齢世代に比べ、被害者意識を持つ傾向があります。しかし、将来世代から見えればどちらも加害者なんです。ただ、世代間のそうした対立は何も建設的な結果を生みません。そうではなくて、今後の日本の財政や社会保障、社会情勢がどうすれば良くなるかということに視点を置き換え、現状の生活だけでなく、もう少し将来の日本や子供たちの未来について考えていただければと思います。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。

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    沖縄の知事はそんなに甘くない

    沖縄県民の選択は4年前と同じ「辺野古反対」だった。急逝した翁長雄志前知事の遺志を継ぐ候補として出馬した玉城デニー氏が、安倍政権が支援した前宜野湾市長、佐喜真淳氏を大差で破った。「対立と分断」で揺れた民意をつかんだ玉城氏だが、とまれ沖縄の政治はそんなに甘くない。

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    稲嶺恵一独白「『反対』だけでは沖縄の声は届かない」

    稲嶺恵一(元沖縄県知事) 私は1998年の沖縄県知事選で、米軍普天間飛行場(宜野湾市)の「条件付き県内移設」を掲げ、現職の大田昌秀知事を破り、99年に辺野古(名護市)への移設を正式に表明しました。私にとって苦渋の選択でしたが、もちろん県民の方々にとっても苦渋の選択でした。 物事には理想論と現実論がありますが、あの時は、現実論を考えた場合、沖縄が苦渋の選択をしなければならないのではないか、と県民のマジョリティー(多数派)がそう考えたということです。 辺野古は、軍民共用で、将来は返還してもらい、基地を財産として使うこととし、固定化を避けるために「15年」という使用期限をつけました。あの時はまだ「最低でも県外」という鳩山由紀夫氏の発言がありませんでしたから、反対が60%程度だったわけです。十数パーセントが、こっちに賛成してくれれば進めることができる状況でした。 ところが、私の次に知事に就任した仲井真弘多さんの時代に、当時首相だった鳩山さんの「最低でも県外」発言があり、県民の意識を変えてしまった。政府がその気になればできるのではないか、沖縄が苦渋な選択をしなくて済むと。あの時、マスコミにあの鳩山さんの発言をどう思うかと聞かれて、私は「覆水盆に返らずです」と答えましたね。 人間は感情もあれば、理性もある。県外移設が難しいことは、県民も理解していたと思いますよ。でも、感情に火をつけたのは日本政府なんですよ。政府としてはっきり県外移設を明言したんだから。政府ができるというならそう思うでしょう。 移設に反対する沖縄県民がけしからんという人もいますが、そもそも沖縄県民に混乱をもたらしたのは、政府なんです。最もかわいそうなのは、仲井真さんですね。最初、首相は安倍晋三さんだったのに、福田康夫さん、麻生太郎さん、そして旧民主党への政権交代があって鳩山さん、菅直人さん、野田佳彦さんになった。その後、また政権が自民党に戻って安倍さんでしょ。その時々の首相、外務大臣、防衛大臣の言うことが違うわけです。 沖縄担当大臣だって、就任するたびに「初めまして」とあいさつする人が多い。政府側からはさまざまな発言が出てくるのに、沖縄側は仲井真さんがすべて1人で受け止めなければならなかった。こうした政治情勢に翻弄(ほんろう)され、それが今なお、基地問題の混乱に拍車をかけているのです。  私が知事のときは、はっきり言って、政府としょっちゅう喧嘩(けんか)ばかりでしたね。それでも、最後は落としどころを見つけ、苦渋の選択をした。それはなぜかと言うと、外交や防衛は国の専権事項だからです。はっきり基地反対と言えば、気持ちはいいけれども、解決できずにいつまでもズルズルとしていたら、沖縄県民全体にとっても不幸なことです。沖縄基地問題について語る稲嶺恵一氏=2018年9月(川畑希望撮影) 私の前に知事を務め、革新だった大田さんも、政府と対立したのは最後の最後でした。私から見れば、両者はうまくいくと思ってましたよ。それはなぜかと言うと、吉元政矩さんという、当時沖縄政界などで絶大な力を持った副知事がいて、政府との折衝を重ね、裏でいろいろ詰めながらやっていたわけです。 でも、共産党が吉元さんの考え方に反対したんですよ。自民党も、当時党の要職にいた野中広務さんが自民県連のメンバーに対して、「吉元を支持しろ」と電話をかけていたのですが、県連は野中さんの言うことを聞かず反対した。それから大田さんの政府との折衝は停滞していったんです。基地移設の始まりは「大田、諸井会談」 そもそもこの一件まで、大田さんは当時首相だった橋本龍太郎さんと17回も会っています。喧嘩して対立していたら17回も会いませんよ。しかも、一対一で、酒を飲みながら17回ですよ。密度が違います。だけど、その中身は誰もわからない。大田さんはその中身を口外しませんでしたから。 大田さんと橋本さんがこれほど密な関係だったことには理由があるんです。橋本さんのお父さん、龍伍さんが厚生大臣の時、戦時中の学童疎開で輸送中に米軍の攻撃を受けて沈没した「対馬丸」の問題がクローズアップされていました。このため、当時、橋本さんは慶応大の学生でしたが、対馬丸の関係者が龍伍さんの自宅をよく訪れていたんです。 おそらく、その時にお茶を出したとか、応対した関係で、対馬丸問題に詳しくなったんでしょう。自身は戦争体験はないが、沖縄は大変な思いをしたことを認識し、対馬丸の遺族と接することによって、戦争そのものや沖縄戦、そして沖縄を強く意識するようになったようです。 だから、普天間飛行場の移設問題のスタートは、実は、橋本さんが、当時財界の中枢にいた諸井虔さん(秩父セメント会長)を特使として沖縄に送ったんですよ。大田、諸井会談がすべてのスタートだったんです。 この時に大田さんが、普天間の返還が第一優先ですと言ったわけですよ。それで、橋本さんは、沖縄に思いを持っている人だから、外務省や防衛省が反対するにもかかわらず、自らモンデール(米駐日)大使と話をした。そして、大使がクリントン大統領に伝えて話が進んだわけです。 諸井さんは私にこう言ったことがあります。「稲嶺さん、国民の60~70%のコンセンサスが得られないものについては、いかに沖縄がどんな大きな声で、沖縄だけで言っても、通りませんよ」と。会うたびに何度も言っていた。多く人は、ただ反対するだけだったり、逆に甘い言葉はよく出ます。でも、沖縄のために、きれい事ではなく、本当の話をしてくれる人は少ない。基地問題で橋本龍太郎首相との会談を終え、報道陣に囲まれる大田昌秀・沖縄県知事=1997年12月 その中で、諸井さんはそうじゃなかった。私に何回も言ったのは、あの人はそれがどうしても重要なことだと思っていたからです。私は、今でもそれを言い続けています。これがポイントなんです。 私が一番悲しいのは、マスコミが、米国が尖閣諸島は日米安全保障条約の範囲内だと言うとほっとし、それを明確にしないとがっかりするという姿勢です。つまり、国防を国の問題、自分たちの問題ととらえられていないんです。このままでは、沖縄の問題は解決しません。 国民のコンセンサスを得るためには、沖縄が一つにならならなければ実現できないでしょう。今、大切なのは、沖縄を一本化して、国民のコンセンサスを得られるように努力することです。 国と沖縄が真っ向から対立し続けたままではマイナスが多いわけです。先方の言うことをストレートに聞くというわけではなく、沖縄が主張すべきことは強く主張しながら、一致点を見出すことが重要でしょう。(聞き手/iRONNA編集部、川畑希望)「対馬丸」事件 先の大戦中の昭和19年8月22日夜、沖縄から九州に疎開する学童ら約1800人を乗せた学童疎開船「対馬丸」が、鹿児島県のトカラ列島・悪石(あくせき)島沖を航行中、米潜水艦ボーフィン号の魚雷攻撃を受けて沈没。学童約780人を含む約1500人が犠牲となった。平成9年の海底捜索で船体が確認された。 いなみね・けいいち 1933年、中国大連生まれ。慶応大経済学部卒。いすゞ自動車、琉球石油(現在のりゅうせき)社長、沖縄県経営協会会長などを経て、平成10年から沖縄県知事を2期務めた。

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    変わらぬ対立構図、沖縄の政治が色濃く映す「ムラ社会」

    らす影響についての分析よりも少し巨視的な目で、変わらぬ対立構図について考えてみたいと思います。今回の選挙戦が映し出したものは何だったでしょうか。 争点は明確でした。ただ、それは従来の「基地」と中央からの「バラマキ」の不毛な対立に終始しました。それ以外の広範な有権者に訴えかけるメッセージは「暮らしを大事にする」「生活者の視点」といった、ふわっとした言葉ばかりでした。そこには大構想はなく、将来の沖縄県がどのように食べていくかを描く戦略も不足していました。 こうした停滞は日本全体についても言えることです。日本が21世紀にどうやって食べていくかを考え、実行に移すことができる政治家はあまり見当たらないからです。ましてや、日本の地方においてはそのような自律的な政策が唱えられることはまれです。 これまで注目されてきた地方公共団体の「改革」の多くは、小さな町で、長老と首長が重なりあっている場合に、首長が果断なリーダーシップを取った事例にとどまっています。町おこしの成功例としてよく挙げられる、隠岐諸島にある島根県海士(あま)町の事例を、全国津々浦々に適用できないのは言うまでもありません。 地方自治体が国に先駆けて、時に歯向かいながらも何らかの変革を訴えた例といえば、石原慎太郎氏の都政改革や橋下徹氏の「大阪都構想」くらいでしょう。沖縄の政治は、日本の「田舎」性を色濃く反映しているのです。2018年9月27日、沖縄県知事選で那覇市内の期日前投票所に並ぶ有権者ら 沖縄県知事選が象徴しているのは、自主性が低いからこそ政治的争点の領域が狭いという現象です。沖縄の場合、米軍基地問題や中央政府との距離感は大きな争点になりますが、他の都道府県と比べたときの沖縄の特殊性は、本土に対する感情や違和感ぐらいであって、そこまで特殊であるかのように捉えるのも当たらないと思っています。 基地問題が常に選挙で争点化するのは、ままならぬ「お上」との接点の最大のもの、あるいは摩擦の最大のものが基地問題であるからです。原発立地自治体の場合、それは原発の再稼働をめぐる問題ということになります。規模こそ違え、何らかの招致や受け入れなどをめぐって、自治体に摩擦が生じるのは当然です。日本政治のダイナミズムを阻むもの 地方分権の度合いが少ない日本においては、資源配分をめぐる政治は必然的に「お上」との関係性を中心としたものにならざるを得ません。県知事選は、地元負担と見返りを含むプロジェクトを「止める」あるいは「受け入れる」といった受動的な論点になりがちです。 中央政府にもずるいところがあります。米軍普天間飛行場の返還に膨大な時間がかかっているのも、沖縄に基地が集中しているのも、国家戦略レベルの話を県知事の責任に押し付けているところが大きいからです。国がリードしなければ、国家安全保障に関わる問題を解決することはできません。 そもそも、県知事が米国と交渉することなどできようはずもありません。地方に真の自主性はないのに、中央が責任転嫁をするから、こうした選挙が繰り返されるわけです。 沖縄に限らず、日本政治には有為なダイナミズムは存在しません。日本が先進国の中で際立って安定し、ポピュリズムにさらされておらず、またそれゆえに異端が力強く社会を変えることも少ないのは、明らかです。 その一因は、社会を分断する要素が日本にはごく少ないからです。英国では階級であり、米国では人種であるところの分断のようなものは、日本社会には存在しません。沖縄県にしても、そのような明確な亀裂は存在しないのです。存在するのは、中選挙区制の時以来の人間関係による対立構図であり、陣営です。 地方に行くたびに思うのですが、人間関係の積み重ねの歴史以外に、そこの土地における対立を説明できる要素がありません。それゆえに、選挙報道も政策ベースというよりはいわゆる政局(≒人間関係)の細かい知識比べにならざるを得ません。 プロ以外の一般人にとっては、「Who cares?(知るかよ)」というものになります。いきおい、政治に興味を持つ層は既得権層か、政治運動に居場所を求める人々に限られてきます。 ダイナミズムを阻んでいる最大のものは日本の「ムラ社会」です。ムラ社会は、人間関係で回っている社会であり、実力主義と階級秩序を足し合わせたものです。2018年9月1日、辺野古移設反対派の抗議集会に参加した玉城デニー氏(右)=沖縄県名護市辺野古の米軍キャンプ・シュワブゲート前 田舎では初めから、機会の格差は開いている。「イエ」の格による秩序も厳然と存在し、新たなチャレンジャーを阻む土壌があります。村社会の一番の問題は、人に迷惑をかけないことを主要なモチベーションとした行動が取られがちだということです。そして、それはダイナミズムを生む構造とは真逆の行動様式であるのです。 沖縄の問題は、政府の積極的なリーダーシップと真の地方分権以外に解決の糸口はありません。ところが、沖縄県知事選の報道は、どちらが勝った・負けたを安倍政権の政権運営への影響に変換してのみ理解しているものが多い。けれども、日本のいびつな中央=地方構造こそ、真の改革を阻むものなのです。

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    「玉城氏よ、痛みに耐えられるか」エルドリッヂが見た沖縄知事選

    県知事選は1972年の本土復帰以来13回目を数え、米国統治下だった琉球(りゅうきゅう)政府の行政主席選挙を含めると14回目となる。 1968年の主席選以来、今回の選挙は、沖縄の有権者が自らの知事を直接選ぶことができるようになってから50年という節目でもある。では、この50年、沖縄の有権者は誰を選んできたのだろうか。 この半世紀を振り返ると、沖縄県知事はこれまで、保守系政治家が28年務め、革新系が22年県政を担った。「政治的左派」のイメージが強い沖縄だが、実際には有権者の投票行動は保守的な傾向がみられる。 沖縄にはこれまで7人の知事がいたが、そのほとんどは2期8年在任し、西銘順治氏(公選後第3代)だけが3期12年務めた。他の2人は1期未満で退任した。前知事の翁長雄志氏は任期満了前に急逝し、それに伴う知事選も前倒しで実施された。第2代、平良幸市氏は就任2年目に脳血栓で倒れ、任期途中の辞職を余儀なくされた。 沖縄県知事は、時に厄介な立場に立たされ、精神的にも肉体的にも非常に過酷な職務である。実際、歴代知事の多くが任期中、極度の疲労などによって入院している。琉球政府の初代行政主席だった比嘉秀平氏は、米軍基地建設のための土地収用に反対する「島ぐるみ闘争」の最中に死去した。 今年8月に亡くなった翁長氏は比嘉氏とは異なり、中央政府との対決姿勢を鮮明にし、いろんな局面で物議を醸した。もともと教員だった比嘉氏が英語力を買われて、政治の世界に飛び込まざるを得なかったのに対し、翁長氏は長年抱いた知事への野望を実現するために、自ら多くの穏健保守派のライバルを政治的に排斥する道に突き進んだ。1972年5月、沖縄の日本返還後、新県知事として、初めて佐藤栄作首相(右)にあいさつする屋良朝苗知事 膵(すい)がんを公表した翁長氏の健康状態に懸念があったとはいえ、彼の任期満了は今秋だった。対立する保守陣営にとって、翁長氏の死去が予想外だったとはいえ、さして混乱を招くほどではなかった。むしろ左派陣営からは誰が出馬するのか、誰が保守系候補の出馬に反対するのか、それを見極めればよかったのである。佐喜真氏は宜野湾に集中すべきだった 他方、翁長氏の急逝は左派陣営を混乱に陥れた。翁長氏のいない選挙戦を想像したくなかったのか、左派陣営の統一戦線、いわゆる「オール沖縄」は候補者選びに難航した。陣営が擁立した玉城デニー氏の出馬会見の際、テーブルの上には翁長氏が生前愛用していたという帽子が置かれてあった。むろん、翁長氏の「弔い合戦」を演出するパフォーマンスだが、これが今回の知事選の結果に多少なりとも影響したことは言うまでもない。 私は、在沖縄米軍海兵隊政務外交部次長として、米軍普天間飛行場を抱える前宜野湾市長、佐喜真淳氏と緊密に連携する機会があったので、彼のことはとても尊敬している。だが、正直に言えば、今回、佐喜真氏が保守系の中で最もふさわしい候補とは思わなかった。佐喜真氏は宜野湾市長2期目の途中であり、市政に集中した方がいいと思ったからである。その旨を昨秋、直接本人にも伝えた。実はもっとおもしろい候補者がいると考えていた。 しかし一方で、もし佐喜真氏が知事になっても、専門性の高い2人の副知事を補佐役につけさえすれば、彼は十分リーダーシップを発揮できるという確信があった。政府与党から全面的な支援を受けることもできたはずだ。沖縄と日本、米国の三者の関係は、極めて安定した時代を迎えることができる、と評価していた。いや、もしかすると2003年以降で、米国と日本に加え、沖縄県と宜野湾市、基地移転先の名護市の五者が初めて、同じ方向性を共有できるかもしれない。この意味で、佐喜真氏は重要かつ必要な候補者であるという期待があった。 津波による被害から免れられる高台にあり、戦略的に日本にとっても重要な普天間飛行場の閉鎖と、問題が山積する辺野古への移転案について、かねてより私は反対だった。これは「反対のための反対」ではない。辺野古移設が日米同盟を空洞化し、弱体化するとの懸念があったからだ。 96年12月の沖縄特別行動委員会(SACO)による普天間問題の勧告から22年が経過しても、いまだ実現に至っていないのは、この15年間で日米、沖縄県、宜野湾市、名護市の五者の方針が一致しなかったことが最大の原因である。知事や上記の関係自治体の市長が、移設賛成派・反対派問わず選挙により交代したことで足並みがそろわず、それぞれが移設問題への対応でますます溝を深めていく結果となった。 鳩山由紀夫政権(2009~2010年)の下で、政府が「最低でも県外移設」との方針を打ち出し、当時保守系知事だった沖縄が基本的に「県内移設容認」だったことは、究極の皮肉としか言いようがない。元在沖縄米海兵隊政務外交部次長のロバート・D・エルドリッヂ氏(奥清博撮影) もともと佐喜真氏は、宜野湾市長として普天間飛行場の閉鎖・移設を求めた立ち位置だったこともあり、名護市長や沖縄県知事とは違って、沖縄の一般的なスタンスを守る必要はなかった。これに対し、玉城デニー氏はうるま市で生まれ、沖縄市や名護市のある沖縄3区を地盤とし、衆院議員を4期務めた。玉城氏は長年、普天間飛行場の県内移設に反対し、県外移設と米軍の整理縮小などを求める立場だった。とはいえ、私自身、玉城氏について明確な意見を持っているわけではない。 彼は選挙期間中、過去の政治的発言に矛盾した言動があるとたびたび指摘され、左派の支持者が理想とするクリーンな政治家像とはかけ離れている、との印象がある。それでも、若々しく気さくな人柄で、玉城氏は有権者の心をつかんだ。佐喜真氏より4歳年上の58歳だが、佐喜真氏の保守的な政治思想が玉城氏よりも年上に見られた可能性は否めない。玉城県政「対立」か「協調」か しかし、興味深いことに、玉城氏の支援団体の古参メンバーが彼の知事としての資質に疑問を呈し、後援会をまとめるのには随分苦労したようだ。事実、県内移設への反対や日米地位協定の改定以外に、玉城氏の具体的な政策は見えてこない。しかし、移設反対は「政策」ではない。あくまで「政治姿勢」でしかないのである。 確かに、左派系政治家でも、日本政府からの補助金や米軍関係からの直接、間接的な経済貢献が沖縄にもたらされることを認識している人はいる。つい最近まで、移設反対の声が大きくなればなるほど、沖縄にバラ撒かれる予算も多くなった。 沖縄県や県内自治体、そして沖縄に関わる政治家は皆、政府と沖縄の調整や折り合いを巧みに続けることが求められた。残念ながら、日本政府は沖縄に対する罪悪感や、または無気力のために何十年もの間、基地問題が進まなかった経緯がある。しかし、安倍晋三首相は、4年前の沖縄知事選で与党候補の敗北を受け、ようやく「自動操縦モード」から目覚めたのである。 沖縄に対する「アメからムチ」のアプローチについて、私は双方の視点から長年にわたって注視してきたが、いずれも痛みを伴うものだった。安倍政権と過去の政権とでは、沖縄に対する基本的認識はかなり異なる。 沖縄の議員も国政、地方を問わず質が低く、ただ議案に反対することや、利権を要求することだけを自分の仕事と考えている。これでは、沖縄が持つ「真の可能性」を模索することはできない。より持続可能で活力のある関係を日米が作り上げることは難しい。 沖縄知事選は単なる地方の首長選挙ではない。日本をはじめ、日米関係、インド太平洋の安全保障そのものに影響を与えかねない選挙である。玉城氏は県内人口3位のうるま市出身で、大票田の那覇市も革新市政であり、今回の当選にさほど驚きはない。2018年9月30日、沖縄県知事選で当選を決め、支援者らと万歳する玉城デニー氏(前列中央) ただ、沖縄は2022年に本土復帰50年を迎える。仮に佐喜真氏が知事だったら、基地問題のソフトランディングも可能だったかもしれない。それだけに玉城県政のスタートで、日米と沖縄はよほどの想像力と努力を重ねなければ、基地問題解決の道筋をつけることは難しいだろう。 それだけではない。玉城県政は本土復帰後6度目となる次期「沖縄振興計画」(期間は10年)を政府とともに22年までにまとめる作業にも関わる。中央政府と「対立」か「協調」か、そのスタンスによって内容も大きく変わる。さて、玉城氏はどっちの道を選ぶだろうか。

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    本気を出した自民党が翁長氏「弔い選挙」に負けた4つの敗因

    篠原章(評論家・批評.COM主宰) 翁長雄志前知事の死去に伴う沖縄県知事選挙で、開票とほぼ同時に、普天間飛行場の辺野古移設に反対する「オール沖縄」が支援する玉城デニー前衆院議員の当確が出た。 事前の調査や予測では一貫して玉城氏の優勢が伝えられ、当初は「ダブルスコアで玉城」という噂まで広がった。自民、公明、日本維新が推薦する佐喜真淳前宜野湾市長が猛追し、選挙終盤の世論調査では「互角の闘い」に持ち込んでいると報道されていたが、結局蓋(ふた)を開けてみれば、期日前投票でも当日の投票でも、佐喜真氏の得票は玉城氏のそれに及ばなかった。 佐喜真陣営にとっては、「票差」以上の惨敗だった。自民党からは菅義偉(よしひで)官房長官、二階俊博幹事長、小泉進次郎筆頭副幹事長が、それぞれ複数回にわたり沖縄に応援に駆けつけたほか、竹下亘総務会長が最前線で指揮を執るなど、それこそ総力戦で臨んだ。 公明党も全党をあげてこれまでにない支援態勢をとったが、「翁長前知事の遺言」で選ばれた玉城氏にまるで歯が立たなかった格好だ。はっきり言えば、自公の面目は丸つぶれである。 玉城氏が当選し、佐喜真氏が落選した要因については、今後さまざまな分析が行われることになろうが、おおよそ以下のように整理される。沖縄県知事選当確後、琉球新報の号外を持つ玉城デニー候補=2018年9月30日、沖縄県那覇市(安元雄太撮影) 最大の要因は、任期途中で翁長前知事が亡くなったことである。亡くなる直前まで翁長氏は知事選出馬の意思を表明していなかったが、翁長氏が出馬したとしても、厳しい選挙になるといわれていた。 県民の間に「辺野古疲れ」「辺野古離れ」のようなムードが蔓延(まんえん)し、2月の名護市長選挙では、自公の推す新人が「オール沖縄」の推す現職を下していた。知事選は当初11月に予定されていたが、翁長氏が病床からどこまで指揮を執れるのか疑問視する向きもあった。翁長氏が玉城氏を選んだ理由 ところが、翁長氏が亡くなった途端、「オール沖縄」にとっての追い風が吹き始めた。「弔い選挙」のモードに入ったのである。玉城氏は存在の有無を確認できない「翁長氏の遺言」で指名されたが、「翁長氏の遺志を継ぐ」と訴えることで、死して高まった翁長氏のカリスマ性に支えられて、選挙を有利に進めることができたのである。 二つ目の要因は、玉城デニーという最適な候補者を選んだことだ。「遺言」は確認されていないものの、「後継者指名」はおそらく翁長氏が死の床にあって下した結論だったと思われる。 唐突に「遺言」が飛び出すまで、玉城氏は有力候補者の名簿に入っていなかったが、選挙にすこぶる強い翁長氏は、これに危機感を覚え、「勝てる候補」として玉城氏を指名する決心をしたに違いない。 衆院沖縄3区で圧倒的な強さを見せ、県民の間で広く知られる玉城氏であれば、他のどの候補よりも有利に選挙を進められる。米兵を父に持ち、苦労して育った玉城氏なら有権者に訴える「ストーリー」にも事欠かない。 しかも、自由党幹事長の玉城氏であれば、小沢一郎同党代表が後見人として支えてくれる。小沢氏が背後にいれば、オール沖縄の主勢力である共産党の圧力も抑えられるだろう。翁長氏には以上のような「読み」があったに違いない。 もともと保守本流だった翁長氏だが、前回の知事選以降「オール沖縄」を率いて政府と対決し、しばしば「革新に変節した」といわれる。だが、翁長氏は保守政治家としての矜恃(きょうじ)を失いたくなかった。沖縄県知事選をめぐり会談した(左から)自由党の小沢一郎代表と玉城デニー幹事長、立憲民主党の枝野幸男代表=2018年8月28日、国会内(春名中撮影) 小沢氏が支える玉城氏であれば、「極端な革新」にぶれることはないだろう。自民党の基本的な政策に決定的なダメージを与えることもないに違いない。翁長氏は玉城氏を選ぶ際に、そこまで考えたとしてもおかしくない。 いずれにせよ、玉城氏は翁長氏にとって最適な候補者だったに違いないし、まさに翁長氏の読み通り、選挙を勝ち抜くことができた。自民党県連がだらしなかった 三つ目の要因は、自民党沖縄県連の体たらくだ。本部からさまざまな支援を受けて選挙を進めてきた自民党県連だが、最後まで「死に物狂いの選挙」を闘う態勢は整わなかった。 実は、前回知事選で翁長氏が自民党を離れるまで、自民党県連のかかわる主要選挙は、ことごとく翁長氏と腹心の安慶田光男氏(元副知事)が指揮してきた。両氏が自民党を離れてからは、翁長氏に近かった翁長政俊前県議が自民党県連を仕切ることになったが、今回の知事選では、その翁長政俊氏が10月に実施される那覇市長選に立候補することになったため、自民党県連は事実上司令塔を欠く形となった。 結果として、集票の主力部隊である県内各自民党支部や経済界との調整に失敗し、かけ声と焦りばかりが膨らんでいった。 公明党の支持母体である創価学会員の一部も佐喜真氏から離反するなど、「組織」が効果的に機能しないまま終盤を迎えてしまったのである。「自民党本部が介入し過ぎたから選挙に負けた」という声もあるが、むしろ自民党県連がだらしないから本部が介入したと見るほうが適切である。 四つ目の要因は、上記のような自民党県連の焦りを一因として、佐喜真氏の支持者・支援者によって相手候補をおとしめるようなソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)発信などが過剰に行われ、「自公は汚い選挙をしている」というイメージが生まれてしまったことである。沖縄県知事選で落選が決まり、うつむく佐喜真淳氏=2018年9月30日、沖縄県那覇市(上松亮介撮影) 玉城陣営からも、これに対抗するようなSNS発信が行われたが、トータルでいえば玉城陣営のほうがクリーンだったといえよう。玉城陣営からSNSで発信されるテキスト、画像、動画なども有権者の心をつかむような効果的なものが多く、これもまた玉城氏の勝利に寄与した。 結果的に辺野古移設問題を含む「政策論争」は、選挙中どちらかといえば棚上げされた格好だった。辺野古移設問題を除けば、両者とも「県民の暮らしを豊かにする」という政策を掲げていた点で大差なく、佐喜真氏が辺野古移設問題を避けるように選挙を闘ったことがかえってアダになった可能性もある。 ただ、投票率は前回を下回り、総じていえば県民の関心が高い選挙とはいえなかった。メディアが大きく報道する中、4割程度の有権者が棄権したが、「沖縄の未来」を考えたとき、「自公VSオール沖縄」という対決の構図をこのまま続けていいのか、今一度熟考する時期が訪れているかもしれない。

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    「オール沖縄」ってなんだ!?

    翁長雄志前知事の急逝に伴う沖縄知事選がきょう投開票される。米軍普天間飛行場(同県宜野湾市)の辺野古移設の是非が最大の争点となった構図は前回と同じだが、そういえば4年前ほど「オール沖縄」の合言葉が聞こえてこない。そもそもオール沖縄とはどんな組織なのか。現地リポートも交え、実態に迫る。

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    自衛隊を排斥しても「オール沖縄」玉城デニーのデタラメな論理

    ば以下はどうか。 「オール沖縄」-「おきなわ」=? 「オール沖縄」は辺野古移設反対派による統一戦線(選挙運動)組織として2015年12月に結成された「辺野古新基地を造らせないオール沖縄会議」の略称だ。社会民主党、日本共産党、自由党、沖縄社会大衆党、那覇市議会「新風会」、沖縄県議会「おきなわ」、などの政党や会派に加え、知事、那覇市長、名護市長らの首長も参加、県議会および那覇市議会で過半数の勢力を確保している。 ただし、移設反対派でも、公明党沖縄県本部、おきなわ維新の会、政党「そうぞう」は参加していない。ということは、そもそも「オール沖縄」と名乗る資格を欠くのではないだろうか。 さらに今年に入り、県内の観光大手「かりゆしグループ」が脱会を表明。新たに結成された別団体(オナガ雄志知事を支える政治経済懇和会)の総会に出席した。総会には、建設大手「金秀グループ」に加え、上記会派「おきなわ」の関係者も出席した。 産経新聞は「オール沖縄の名前を使うのはおかしい。有権者へのごまかしだ」と憤る「おきなわ」幹部の声や、「オール沖縄ではなくパーシャル沖縄だ」と揶揄(やゆ)する自民党県連幹部の声を紹介し、「事実上の分裂」と報じた。ならば、ますます「オール沖縄」を名乗る資格は怪しい。「オール沖縄」から会派「おきなわ」が離脱すれば、残るのは「オール」? 自称「オール沖縄」を読み解く方程式は複雑怪奇極まる。彼らの公式サイトを見てみよう。トップページにこうある。沖縄の基地問題について知ってほしい/私たちは、オール沖縄会議です/辺野古への新基地建設を止めたいー/オスプレイの配備撤回、普天間基地の閉鎖撤去、県内移設断念を求めた「建白書」の精神を実現させるため/2015年12月14日、「オール沖縄会議」は結成されました/「オール沖縄会議」は多くの市民団体や政党、労働組合や経済界、個人に支えられています/私たちは、本サイトをとおして、沖縄の基地問題について、正確な情報をわかりやすく発信していきます/2016年5月14日 言葉尻をとらえるようで恐縮だが、彼らが認める通り「多くの」であり「すべての」(オール)ではない。「正確な情報をわかりやすく発信していきます」というが、情報量にも正確性にも乏しい。「正しい情報」として7項目(「7POINTS」)がアップされ、その最初が「日本の米軍基地の約74%が沖縄に集中しています」と、使い古された表現と数字を挙げるが、「正確」には以下の通り。住宅地(手前)に隣接する米軍普天間飛行場=2009年、沖縄県宜野湾市 在日米軍施設・区域(専用施設)のうち、面積にして約70%が沖縄に集中し、県面積の約8%、沖縄本島の面積の約14%を占めている(2018年版「防衛白書」) まず数字が違う。彼らは、ここ数年の動きを踏まえていない。たとえば2016年12月22日、北部訓練場の過半(約4000ヘクタール)の返還が実現した。県内の在日米軍施設・区域(専用施設)の約2割にあたる広大な面積である。玉城氏のデタラメな主張 これは「沖縄の本土復帰後最大のものであり、1996年のSACO(沖縄特別行動委員会)最終報告以来、20年越しの課題であった」(前出白書)。ホームページの情報を更新する努力を怠ったのか、返還を実現させた政府の努力と実績を意図的に無視したのか。どちらにしても痛々しい。 さらに言えば、白書のごとく、最低でも(専用施設)と明記しなければ、論じる意味の乏しい数字である。上記の数字とも、基地問題に関心を持つ者なら常識に属する話だ。意図的に(専用施設)と書かなかったのか、単なる非常識なのか。どちらにしても度し難い。 上記7項目の五つ目は「沖縄に新しい基地を作る必要性はない」。本文でこう書く。「(前略)日本周辺に有事の危機が起こりアメリカ軍に出番があるとしても/最初に動くのは空軍か海軍第七艦隊であって米海兵隊ではありません(後略)」 海兵隊のスローガンは賛歌(公式軍歌)にもある「First to fight(for right and freedom)」。つまり「真っ先に戦う」。誰よりも早く、最初に動き、戦場に飛び込み戦う。それが海兵隊の使命である。第一次大戦以来、新兵募集のポスターにそう大書されてきた(野中郁次郎『アメリカ海兵隊』中公新書参照)。他人に「沖縄の基地問題について知ってほしい」と訴えるなら、自身もう少し勉強してほしい。 今回の県知事選挙で自称「オール沖縄」が担ぐのは玉城デニー候補。ネット検索すると、本人がこう語る動画にヒットした。飛んでくるミサイルを迎え撃つ、そういう戦争の有事の前提をつくっている。有事の前提をつくれば何でもできちゃうんですよ。だから安倍政権になり、どんどん安保法制とか特定秘密保護法とかいろんなものを、まるで戦時に備えてそういうことを整備していくんだというやり方は、およそ日本が取ってきた国のかたちをドンドンドンドン変えてきている。だから僕は、有事の前提を置かずに、平時における外交というものが一番大事で、相互関係で成り立っているのに基地を置くという事は、ある種の裏切り行為と捉えられてもおかしくない。(中略)基地をつくってしまえば、平和になるなんてことは絶対にありませんから(後略)沖縄県知事選で、街頭演説をする玉城デニー氏=2018年9月27日午後、沖縄県うるま市(共同) いまいち論旨不明瞭だが、どう好意的に受け取っても、主張の中身はデタラメというほかない。弾道ミサイルの破壊措置(迎撃)は警察権行使であり自衛権行使ではない(政府見解)。つまり「戦争の有事の前提」でもなんでもない。 いや、細かい間違いはもはやどうでもよい。まさに「飛んでくるミサイルを迎え撃つ」べく日夜、警戒監視や展開配備を続ける海上自衛隊員や航空自衛隊員が、これを聞いてどう感じるか。想像するだけでおぞましい。 当たり前だが、沖縄には陸海空の自衛官も多数いる。家族も多数住む。なのに、自衛隊関係者を排斥しながら「オール沖縄」と自称する。いったい、どういう神経の持ち主なのか。

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    ウチナーンチュは口に出すのも恥ずかしい「オール沖縄」の今

    ることが許される雰囲気があった。だが、翁長氏の死によって「オール沖縄」は事実上、とどめを刺された。 選挙期間中、私は何度か佐喜真、玉城両候補の演説を聞いたが、佐喜真氏はもとより、玉城氏の口からも「オール沖縄」という言葉はほとんど出なかった。沖縄の県紙の記事や見出しにも、この言葉はめったに登場しなくなった。翁長氏が初当選した2014年の知事選とは、全く状況が異なる。 そもそも「オール沖縄」とは何か。 私の見たところ、この言葉には二つの意味がある。米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に対し「県民はオール沖縄で反対だ」というニュアンスで使われる場合だ。これは2013年1月、県内全41市町村の首長が連名で安倍晋三首相に対し、同飛行場の県内移設断念などを求める「建白書」を提出したことがきっかけである。翁長雄志知事(左)と安倍晋三首相(右)のコラージュ(共同) しかし、翌年の知事選で状況は変わり、県内11市のうち、保守系市長が在任する9市は「反翁長」のスタンスを鮮明化。「オール沖縄」に対し「チーム沖縄」と名乗るようになった。その後の市長選で9市のうち名護市と南城市が入れ替わったが、現在でも9市は「反翁長」勢力で、安倍政権に近い。 だから、沖縄が辺野古反対一色に塗りつぶされているという意味での「オール沖縄」という言葉は、とうの昔にうそであることが証明されている。本土の人たちは、辺野古移設反対勢力が「オール沖縄」と名乗るだけで「沖縄は本当に大丈夫なのか」と懸念するが、移設反対が「オール沖縄」でないことは、誰よりも県民自身がよく理解している話だ。「オール沖縄」もう一つの意味 「オール沖縄」のもう一つの意味は、政治勢力としての「保守」と「革新」が、辺野古移設反対という一点で手を握って構築した「保革共同体」である。 「翁長知事」は、その象徴的存在だった。翁長氏は、那覇市議、県議、那覇市長とステップアップする過程で、常に沖縄の保守本流を歩んだ。自民党沖縄県連の幹事長なども歴任し、仲井真弘多前知事が再選された10年の知事選では、選対本部長を務めた。その翁長氏を、14年の知事選で、保守とは水と油のはずの共産党、社民党など「革新」勢力が推した。 翁長氏が「革新」に転向したわけではないという建前だったため、翁長氏の支持基盤である保守層は、多くが翁長氏に同調した。もともと保守系とされる、建設業や小売業などの「金秀グループ」、ホテル経営の「かりゆしグループ」は、その代表格だ。それを見た沖縄メディアは、翁長氏を中心とした政治勢力を「オール沖縄」と盛んに喧伝(けんでん)し、この言葉が本土と沖縄の双方で定着することになった。 前回知事選で翁長氏が叫んだスローガンが「イデオロギーよりアイデンティティー」である(これは玉城氏もそのまま今選挙で使っている)。保守、革新というイデオロギーより、沖縄人としてのアイデンティティーを優先し、辺野古移設反対に立ち上がろう、という意味である。 基地をめぐる長い政争にうんざりした多くの沖縄県民には、その訴えが斬新に響いたようだ。翁長氏は仲井真氏に約10万票の大差をつけ、初当選を果たすことになった。 知事選の余勢を駆って「オール沖縄」は沖縄政界を席巻した。2014年の衆院選、16年の参院選、同年の沖縄県議選と、主要選挙で連戦連勝し、一時は沖縄選出の国会の議席を衆参とも独占した。自民党議員は衆院の比例でわずかに生き残るありさま。「オール沖縄にあらずんば政治家にあらず」と言わんばかりの時代が到来し、沖縄で要職に就こうとする者が「辺野古容認」とは間違っても言えない、というムードがこの時決定的となった。この異様な空気は現在でも続いている。 転機になったのは16年12月、辺野古埋め立て承認取り消しをめぐる訴訟で、最高裁が県の上告を棄却し、県敗訴が確定したことだ。辺野古移設をめぐる初の司法判断である。翁長氏は「あらゆる知事権限を用いて新基地を造らせない」と抵抗を続ける考えを示したが、以降、移設工事は着実に進む。翁長氏の公約達成が困難であることが明らかになった。米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設をめぐる訴訟の上告審判決が言い渡された最高裁第2小法廷=2016年12月20日午後、東京都千代田区(桐原正道撮影) 国と県の対立が深刻化する中、安倍政権を批判する翁長氏の言動はどんどん革新リベラル寄りになり「オール沖縄」の保守色は薄れていった。これは保守層の支持離れを加速させた。「沖縄県民は自己決定権をないがしろにされている」などという翁長氏の過激発言は、沖縄と本土を分断するものであり、到底、保守層の受け入れるところではないからだ。オール沖縄が機能不全になったワケ 石垣市の中山義隆市長は「『オール沖縄』と称する勢力は共産党が主導しており、アイデンティティーよりイデオロギーになっている」と指摘する。共産党や社民党、労働組合などが発言力を増す中で「オール沖縄」は元自民党沖縄県連幹事長の翁長氏が総帥であるということ以外「保革共同体」と呼べる要素がほぼ皆無になってしまった。県議会では翁長県政を公然と「翁長革新県政」と呼ぶ議員も現れた。 「オール沖縄」の崩壊を決定づけた直接的な動きは、自民、公明、維新による「保守中道勢力」の結集が進んだことだ。前回知事選で自民は仲井真氏を推し、公明は自主投票、維新は下地幹郎衆院議員を事実上支援と、対応はバラバラだった。その三者がまとまったインパクトは大きかった。「オール沖縄」に取り込まれていた保守中道層が「復帰」し始めたのだ。 これにより「翁長知事」の誕生以降続いた「オール沖縄」対「自民」の構図が「オール沖縄と称する革新」対「保守中道」の構図に塗り替えられた。今年の名護市長選、石垣市長選は、自・公・維の「保守中道」が「オール沖縄と称する革新」に完勝。集票マシンとしての「オール沖縄」が機能不全に陥ったことが明らかになった。 保守系企業も「オール沖縄」の革新色に反発し、距離を置き始めた。「かりゆしグループ」は、オーナーの平良朝敬氏が沖縄観光コンベンションビューロー会長に指名されていたが、今年4月に「オール沖縄」を離脱。知事選での自主投票も決めた。金秀グループの呉屋守将会長も名護市長選敗北後の3月に「オール沖縄会議」の共同代表を辞任し、知事選で翁長氏の後継候補となることも辞退した。両グループの離脱は「オール沖縄」瓦解(がかい)を強く印象づけた。 「オール沖縄」の致命傷になったのは、改めて言うまでもなく8月の翁長氏死去である。「オール沖縄」の「保守」を代表するほぼ唯一の顔を失った。玉城氏は翁長氏後継として優秀な候補者には違いないが、翁長氏ほど保守層をつなぎとめる求心力はないとされる。知事選で、保守中道を支持基盤とする佐喜真氏の基礎票は、革新を支持基盤とする玉城氏を上回る。佐喜真氏が勝利するなら、その勝因は、単純に数の力だろう。記者会見する沖縄県の翁長雄志知事=2018年7月27日午前、沖縄県庁(共同) 玉城氏が勝利するなら、それは無党派層の取り込みに成功したからであり、翁長氏のように「オール沖縄」の構築に成功したからではない。 「オール沖縄」は、もはや存在しない。今どき大まじめで「オール沖縄」などと叫ぶ政治家や評論家は、それだけで恥ずかしい、というのが私の感覚だ。 本土の保守派からは「知事選を機会に、オール沖縄の欺瞞(ぎまん)を暴いてほしい」という要望がよく届く。しかし、何も心配するには及ばない。「オール沖縄」は、沖縄ではすでに亡霊だ。知事選で誰が勝者になったとしても、もうよみがえることはないだろう。

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    矛盾した県民感情に入り込む共産勢力と「オール沖縄」の限界

    政策研究フォーラム理事長) 全国の注目を集める沖縄県知事選は投開票日を迎えた。台風24号が最接近した選挙戦最終日まで激戦が繰り広げられた。急逝した翁長雄志前知事を支えた「オール沖縄」は前衆院議員の玉城デニー氏を支援している。 オール沖縄陣営は候補選定基準を、翁長氏の遺志を引き継ぐ者と定めたが、候補選びに難航していた。ところが、突然翁長氏の「遺言」テープが見つかったと発表され、そこに名前が挙がっていたとされる玉城氏が擁立されることになり、玉城氏も出馬要請を受諾した。 さて、ここで言葉の矛盾に気がつく方もいらっしゃるだろう。オール沖縄代表が立候補し、地元紙の世論調査でも接戦を繰り広げているということは、沖縄全体の代表でなく半分の支持しか得ていないことを意味する。つまり、その実態は「ハーフ沖縄」だということだ。オール沖縄の中核も、革新政党である日本共産党や社民党、社会大衆党であることから、ほぼ「革新統一候補」にしか見えない。 そこで、まずはオール沖縄体制がどのように構築されたか振り返ることで、沖縄の「保革共闘」の歴史を考察したい。きっかけは、2009年9月に発足した鳩山由紀夫内閣で、鳩山氏が米軍普天間飛行場の移設問題について「最低でも県外」と発言したところから始まった。 それまで名護市辺野古への移設でまとまっていたのに、民主党政権にはしごを外された自民党沖縄県連は、翌年1月に県外移設に舵を切った。同月の名護市長選でも、辺野古移設に反対する革新統一候補の稲嶺進氏が当選し、県外移設を求める流れが加速する。 その後、2月の沖縄県議会で普天間基地の国外・県外移設を求める意見書が自民党会派を含む全会一致で可決される。4月にも、国外・県外移設を求める県民大会が開催され、そこに仲井真弘多(ひろかず)知事の登壇を執拗(しつよう)に迫って実現することにより、オール沖縄体制が完成したのである。 翁長氏が注目を浴びるようになったのは、那覇市長時代の12年9月、オスプレイ配備反対県民大会の共同代表になってからだ。13年1月には、沖縄全県の市町村長と市町村議会議長、県議33人のほか、沖縄選出国会議員などを含め、総勢144人が「総理直訴代表団」と称して上京した。 彼らは、オスプレイ反対集会や銀座でデモ行進した後、安倍晋三首相に対し、全市町村長が署名、捺印(なついん)した辺野古移設断念と、オスプレイ配備反対を訴える「建白書」を手渡した。ここで、オール沖縄体制は「反政府闘争体制」にグレードアップしたのである。2006年11月、沖縄県知事選に当選し、万歳をする仲井真弘多氏(中央)と、稲嶺恵一沖縄県知事(左)、翁長雄志那覇市長(右) しかし、この体制は1年も続かなかった。14年1月の名護市長選で現職の稲嶺氏に対し、辺野古移設を掲げる島袋吉和前市長と、引き続き県外移設を公約にする自民県連が推す末松文信県議が、ともに立候補する構えを見せた。保守系の分裂だけではなく、党本部と県連のねじれが表面化してしまったのだ。 それに慌てた自民党の石破茂幹事長は13年11月、沖縄県選出5人の国会議員を呼び出し、辺野古への移設容認を確認し、候補者も末松氏に一本化された。12月に自民県連が辺野古への移設容認に転換することを表明した時点で、オール沖縄は事実上崩壊したのである。不完全でも「保革共闘」 しかし、オール沖縄は安倍首相に提出した建白書を金科玉条のように大切にし、建白書を実現する知事候補として、翁長氏の擁立に動き始める。6月、那覇市議会の自民党新風会は那覇市役所で翁長氏と面談し、知事選への出馬を正式に要請した。だが、自民県連はこれを問題視し、那覇市議会の自民党所属議員12人のうち、安慶田(あげだ)光男議長など3人を最も重い除名、9人を離党勧告とする処分を決めた。 7月には「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」結成大会が開催され、およそ100人が発起人に名前を連ねたという。だが、実際はその時点で県内の市長11人中、名護と那覇を除く9人が「反翁長」であった。つまり、オール沖縄が根拠とする、全市町村が要望した建白書の効力は半減しており、オール沖縄は有名無実化していたのである。 だが、その事実を隠蔽したまま、オール沖縄を前面に出した報道が繰り返されていった。9月に入ると、「島ぐるみ会議」の度重なる要請を受けて、翁長氏は知事選出馬を表明した。翁長氏は「これ以上の(基地の)押しつけは沖縄にとって限界で、地元の理解を得られない移設案を実現することは事実上不可能だ」と政府と仲井真知事への対抗姿勢を示した。 11月の知事選で、翁長氏は仲井真氏に10万票差を付けて初当選を果たした。翁長氏の下で、沖縄は県をあげての政府との対立路線に突入していくのである。 その後、オール沖縄の象徴で、唯一の保守系会派だった新風会が17年の那覇市議選で壊滅的敗北を喫する。また、翁長氏の懐刀だった安慶田氏が口利き疑惑で副知事を辞任するなど、保守層の支持基盤は風前のともしびとなった。 現在、オール沖縄という言葉をかろうじて使う根拠になっているのが、保守政党出身の一部政治家が支援し、また地元建設・小売り大手、金秀(かねひで)グループの呉屋守将会長やグループが選挙戦で玉城氏を支援しているからだ。「保革共闘」とはいえ、その体制はかなり不完全だ。 確かに、保革共闘は沖縄県以外でもいくつかの地方選で行われている。福島県でも「反原発」に関しては、保守も革新も同じだが、知事が先頭に立って反原発運動をすることはない。しかし、保革共闘で反政府闘争が実現するのは沖縄だけである。その原因は、中国や北朝鮮による、沖縄への目に見えない反米工作があるともいわれている。 しかし、現在日本にはスパイ防止法がないため、その関与がたとえ分かったとしても、合法的な場合止める手立てはない。今できることは、その関与を呼び込む沖縄の保革共闘を生み出す土壌の原因を知り、それを克服することだ。2017年6月、米軍普天間基地と米海兵隊のV-22オスプレイ(早坂洋祐撮影) ところで、「なぜ、沖縄には広大な米軍基地があるのか?」と聞かれた場合、本土の保守層の多くは「沖縄は安全保障の要であり、米軍の抑止力が必要だから」と答えるだろう。日米安保条約により、在沖米軍が駐留していると認識しがちだ。そして、「米軍駐留に反対する沖縄の人は左派だ」とレッテルを貼ってしまいがちになる。しかし、真実はそう単純ではない。 沖縄に巨大な米軍基地があるのは、先の大戦末期に米軍が沖縄に上陸し、その直後に本土上陸作戦のための基地の建設を始めたからである。捕虜収容所に入れられた沖縄県民は、戦時中から米軍基地の建設に駆り出されていた。昨日の敵は今日の友 終戦直後、連合国軍総司令部(GHQ)は沖縄の行政を日本から切り離したものの、連合国の関心が日本の戦後処理に集中した。こうして、沖縄の統治方針は定まらず、場当たり的な軍政が行われ、経済復興も遅々として進まなかった。 それが、1949年に中華人民共和国が成立し、翌年に朝鮮戦争が起きると、米国も沖縄の基地の価値を重要視し始めた。日本本土上陸作戦のために建設した沖縄の米軍基地が、今度は、大陸の共産主義勢力を封じ込めるために、「太平洋の要石(キーストーン)」として位置づけられ、恒久基地の建設が始まったのである。 当時のアイゼンハワー大統領は年頭の一般教書演説で沖縄を無期限に管理すると言明していた。つまり、当時の沖縄での「親米」とは米軍に従うだけで、永久に日本に復帰しないことを意味し、日本人の誇りを捨て去った「植民地根性」以外の何物でもなかった。日本への復帰を願う沖縄の愛国者は自然と反米的にならざるを得なかったのだ。 このような中で、在沖米軍の撤去と、日米安保破棄のために毛沢東が仕掛けたのが、沖縄県祖国復帰闘争だ。沖縄の祖国復帰に反対する人は皆無のため、1950年代以降の復帰運動への参加には保守も革新もなく、島ぐるみで盛り上がりを見せた。そこで、米国は施政権を返還して基地機能を維持する方針に転換した。 その直後から、中国共産党のコントロール下にあった革新勢力は、基地の残った復帰に反対し、米軍基地の即時・無条件・全面返還を唱え、日本政府と対立するようになる。一方、沖縄自民党は政府と協調し、基地抑止力を残したままでの復帰する方針を採り、保革共闘は事実上崩壊した。 だが、現在のオール沖縄と同じく、革新勢力の作った「沖縄県祖国復帰協議会」を中心とする復帰運動が、地元メディアではあたかも沖縄の世論のように報じられ続けた。そのピーク時の68年、琉球政府行政主席選が行われ、投票率90%の激戦の末に革新統一候補の屋良朝苗(やら・ちょうびょう)氏が当選した。その後、激しい沖縄返還協定粉砕を唱えるデモが繰り返される中で、71年6月17日に沖縄返還協定が調印され、翌年5月15日に沖縄の祖国復帰が実現することになる。 わずか27年間とはいえ、激動の占領期間だったが、米軍の抑止力が必要だと認識する沖縄の保守層といえども、米軍の言いなりになっていては復帰が実現せず、単純な親米だけでは沖縄の未来が開けなかったことを知っていたからである。 日本復帰後から46年後の現在は、軍事覇権を強める中国の脅威にさらされ、米軍の抑止力の重要性がなくなることはない。つまり、73年前に沖縄に上陸し全てを破壊した米軍は戦後に占領軍となり、そして復帰後はなくてはならない同盟軍だ。まさしく「昨日の敵は今日の友」である。1965年8月、佐藤栄作首相の沖縄訪問の影響で、琉球政府庁舎前で警官隊と衝突した、沖縄県祖国復帰協議会に参加する琉球大生たち 今、多くの沖縄県民は、理性的な現実認識と歴史的体験による感情を整理できないままでいる。そのような中で、矛盾した県民の心理を、共産主義勢力がターゲットにしている。 それは、沖縄戦や米軍による沖縄占領の歴史、そして沖縄県祖国復帰運動の歴史を、今後の沖縄の安全保障政策や沖縄の未来構築に生かしていくだけの整理、清算が終わっていないからだ。これこそが、保革共闘の土壌であり、沖縄問題の深因なのである。

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    選挙で投票しても政治が変わらない本当の理由

    竹井隆人(政治学者) 私は幾度か公言したことがあるが、これまで国会、地方議会を問わず代議員選挙の投票に出向いたことがない。そういう私を「政治学者と名乗っていながらとんでもないやつだ」と非難する方もいよう。しかし、このたびの衆院選では、選挙前後に所属政党や主張を平然と変える候補者が続出する様を見て、投票行為をばからしく思い、私の態度に内心では首肯される方も多いのではないだろうか。 私は争点がゴチャ混ぜとなっているにもかかわらず、表面上は祭典のように盛り上がる選挙戦に、いかほどの意味も見い出せないでいるが、今回の衆院選はいつにも増して無意味さやバカ騒ぎ度が際立ったように思う。 しかし、それでもなお、今回のドタバタ劇の選挙戦で投票などどうでもよいと思ったことに、後ろめたさを覚えるまじめな方もいよう。そこで、そういう方を安心させる?ためにも投票などは「政治」に関係なく、それどころか、それがむしろ真の「政治」というものをゆがめていることを論じてみよう。 選挙戦になると投票を促す「あなたの1票で政治が変わる」という呼び掛けがエスカレートするが、「変わる」のは候補者自身の当落ぐらいのもので、まず「政治が変わる」ことなどないだろう。 そもそも、その票の積み上げによる「政治」は民意を本当に反映しているのだろうか。例えば、今回の選挙では、政権与党が総議席の7割近くを獲得し、議席数としては「圧勝」した。また、第1党となった自民党の得票率は約48%で、連立与党を組む公明党と合わせると総得票数が過半に達するので、与党は十分に民意を得たように思えるかもしれない。 だが、今回の投票率は前回に引き続き低調で約53%であったことを加味すると「与党圧勝=過半数支持」という表面的な結果はだいぶ様変わりするはずだ。各政党の得票数を、全得票数でなく、投票していない有権者も含めた全有権者数で割った数値を「絶対得票率」というが、その「絶対得票率」をみると、自民党は小選挙区で有権者全体の2割台(0・53×0・48≒25%)の支持しか得られていない計算になる。比例代表だと自民党の得票率は約33%、「絶対得票率」は2割弱(0・53×0・33≒16%)にまで落ち込むのだ。2005年9月、当選者の名前の上にバラをつける小泉純一郎首相(当時)。郵政選挙で自民党は大勝した 以上の実態を私は「2割デモクラシー」と名付けているが、この現象は何も今回の選挙のみに当てはまるのではない。自民党が記録的大勝を挙げた2005年の「郵政解散選挙」だろうが、民主党が政権を奪取し「革命」などと持ち上げられた2009年の「政権交代選挙」だろうが、第1党の「絶対得票率」は2割台にとどまっている。投票はあくまで義務でなく権利 そして、今回の投票率に白票などの無効票が約3%を占めていることからすれば、実は全有権者の過半数((1-(0・53))+0・03≒0・5)が投票していないか、無効票を投じていることがみてとれる。民意は与党を選んだのではなく、投票などどうでもよいという態度だったのだ。ただし、私はこれを論拠に与党批判、あるいは野党礼賛をしたいわけでは全くないことを念のため断っておく。 では、投票などどうでもよいというのが「真の民意」だったとすると、「投票に行きましょう」という、いささか強迫じみた呼び掛けは問題ではないだろうか。この呼びかけに応じて投票してしまう(気弱な)人々には誤解があるようだが、そもそも投票はいわゆる「国民の義務」にはカウントされていない。投票が義務でなく何かといえば、それは「政治」の主役となるデモクラシーを具現化するために人々が政治参加する権利、「参政権」の一つである。 つまり、投票は人々にとって義務でなく権利なのだ。権利のうちの一つでしかない投票が義務と誤認されてしまうと、「政治」に対する参政権という権利には多くの意味合いや手段が含まれているにも関わらず、投票だけが「政治」に対する権利行使の唯一の機会と認識されかねない。 2017年10月22日、雨の中、衆院選投票所を訪れた有権者 また、権利とは自らの意思で行使するかどうかを決めるものだが、それを義務と認識してしまうと、自らの意思に何らかの強制力が働いてしまう。つまり自主性をもった「政治」たるデモクラシーから乖離(かいり)していく。 それに加えて、ある為政者を持ち上げたと思えば、今度はその為政者の難点を探り当てて失墜させるという「マッチポンプ」にマスコミが興じ、それに世間や専門家も流されている。それもこれも含め、投票を通じた他者(為政者)の信任という他律性が、現代の「政治」の前提となってしまっている。「政治」が基軸とするデモクラシーとは本来人々がその主役であるはずだが、投票は人々が自ら確かに社会を担い、統治の主体たることの自覚を阻んでしまう。 「政治」とは複数の人間から構成される社会における、集団的意思決定そのものであると私は定義している。これは国家だろうが、地方公共団体だろうが、地域社会だろうが、家庭だろうが同じことだ。特に国家や地方公共団体の「政治」では、人々自らが為政者となるデモクラシーが制度化されている。デモクラシーというからには自らが「政治」の責任を取らねばならない。「政治」の欺瞞性に背を向けろ 私はこれまで、人々の主体性に基づくデモクラシーを目指すために、「まち」に政府を設立する「究極の地方分権」を促し、人々自らが「政治」に直接関与する方策を主張してきた(拙著『デモクラシーをまちづくりから始めよう』(平凡社)などを参照)。「2割デモクラシー」が黙殺され、人々の投票が促され、投票のセレモニー性が強調されることで、人々は他律性を前提とする「政治」の欺瞞(ぎまん)性を受け入れてしまっているが、それに背を向けなければ、自律性を伴った「真のデモクラシー」が実現することはないと考えるのだ。 しかし、そんなのは理想論であって、絵空事だという向きもあろう。そして、「まち」の直接民主政など、人々に「政治」を強制するのは自由の侵害だなどと反論してくる方がいるものだ。しかし、そうした言い訳をもって参政権という権利を半ば放棄するならば、そして数年に1度あるかないかの選挙で投票し、誰かを最高為政者として待望するだけで満足してしまうだけならば、それはデモクラシーと対極にあるとされる君主政や貴族政と何が違うのだろうか。むしろ、他者に「政治」を任せるという他律性の点では同質であり、それはデモクラシーという名の貴族政にすぎないのではあるまいか。 そして私の主張が現実になりつつある情勢もある。地方自治体によっては代議員のなり手不足から「町村総会」が議論されたこともあった(高知県大川村)。代議員による議会を置かずに全町村民による総会を開いて「政治」をしていこうという動きだ。このような直接民主政は、代議員が介在することで可能なはずの冷静で客観的な政治的判断が阻害されると問題視されてきたが、現実の間接民主政での政治的判断では、しばしば偏向したマスメディアや、官僚主導によるごまかしに振り回されていることは一向に考慮されていない。高知県大川村議会=2017年6月(共同) 私のいう「まち」のデモクラシーも、「町村総会」で議論されたように、総会は皆が出席しやすい夜間や週末の開催を原則とすればよい。まさに、分譲マンションの管理組合のように、である。そして、この「まち」を基礎自治体とする直接民主政を敷き、「まち」でできない課題については、より大きい社会、つまり地方公共団体や国家という既存の間接民主政に任せればよい、というのが私の持論である。さすれば人々の手に「政治」は宿り、現状の他律性によるデモクラシーとは決別できるはずなのだ。

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    美濃加茂市長事件に思う「みそぎ選挙ってなんだ?」

    める必然性が昔からあったわけだが、政治の世界ではなおさら罪や穢れがついて回る。そして、困ったことに、選挙でそれを洗い清めるとする「みそぎ選挙」などという言葉もいつしか使われるようになった。 「みそぎ選挙」といわれて選挙に臨む立候補者は、自身がスキャンダルの渦中にあって選挙活動を行い、勝利することで民意からの信任が得られた、汚名がそそがれたと主張する。秘書を「このハゲー!」と怒鳴り散らして暴行を加えたり、不倫疑惑が報道されたりした候補が、そういったスキャンダルによってこうむったダメージを当選によってはね返す、という理屈は分からないではないが、法に触れて裁判で争っている最中に、選挙で自分が有罪になるのはおかしいとばかりに「みそぎ」だというのは、誰しも違和感を抱くだろう。 一般の国民は法を犯して起訴され、裁判となれば、裁判の中で自らの主張を行うのが普通だ。もちろん、支援者も含めて自らの正当性を訴えることができる場合もあるが、裁判で有罪が確定すれば、それに対して異議を申し立てる方法は極めて限られる。 被選挙権があれば公職に立候補するのは自由で、「自分がやっている裁判で自分は無実だ」と訴えて立候補することはできるものの、そんな候補を有権者は相手にしないだろう。現実には、現役の政治家だけが、自らの潔白をアピールする方法として、選挙という手段を利用できるという不公平感が、違和感につながっているのではないだろうか。 「みそぎ選挙」と言われた選挙は枚挙にいとまがないが、首相にまで登りつめた田中角栄氏の「みそぎ選挙」が多くの人たちの記憶に残っているだろう。米ロッキード社による日本への航空機売り込みのために30億円をこえる資金が投じられ、この詳細が1976年2月に米国で発覚した。1983年10月、ロッキード事件で懲役4年、追徴5億円の実刑判決を受けて東京地裁を出る田中角栄元首相 田中元首相は、商社の丸紅を通して5億円を収受、これが受託収賄にあたるとして、同年7月に逮捕された。その後の裁判は、実に長きにわたった。逮捕から7年近くを経て、83年10月に一審の東京地裁が受託収賄で田中元首相に懲役4年、追徴5億円の実刑判決を言い渡した。そして87年7月、二審の東京高裁判決で田中元首相の控訴は棄却された。最高裁に上告された公訴は93年12月、田中元首相の死亡により棄却されたが、実に17年以上の年月がかかったことになる。ゆるぎなかった田中元首相への支持 その間、田中元首相は無罪を主張し続け、76年12月5日に行われた第34回衆院選では中選挙区制下の新潟3区で16万8522票を獲得。ロッキード事件で逮捕されても、地元の田中元首相への支持はゆるぎないことを見せつけた。 一審で実刑判決が出た後の83年12月18日に行われた第37回衆院選では、22万761票という驚異的な得票でトップ当選。4万8324票で2位の村山達雄候補の4倍以上の得票で、定数5の新潟3区での得票率は、実に46・6%に達した。 ロッキード事件による逮捕、一審判決という節目での選挙で、選挙区の有権者から圧倒的な支持を受けたということが、職業裁判官の審理に影響を与えていいはずもなく、それがみそぎになる、ということでもあるまいが、実際「みそぎ選挙」として注目を集め、有権者の強固な支持が政治的アピールとなって、田中派の結束の維持などにつながった側面は否定できまい。 2010年に美濃加茂市議会議員となり、13年6月に当時28歳で全国最年少市長となった藤井浩人氏。だが、1年後の14年6月、「受託収賄」「事前収賄」などの疑いで逮捕された。贈収賄事件に揺れた岐阜県美濃加茂市役所 「受託収賄」の疑いは、基本的には田中角栄元首相と同じで、その立場を利用した収賄容疑だ。藤井氏は、市議会議員だった13年3月、経営コンサルタント会社の経営者から、市内の中学校に浄水プラントを設置したいとの依頼を受けて、市議会で提案した見返りに現金10万円を受け取った「受託収賄」の疑いがかけられた。 同時に「事前収賄」というのは聞きなれない言葉だが、公職に就くのを前提として、その立場に就いた場合に便宜を図ることを依頼されての収賄が事前収賄だ。藤井氏の場合、市長選への出馬の意思を固めた13年4月、市長に就任したら有利な取り計らいをするように同じ経営者から依頼され、現金20万円を受け取った疑いもかけられた。 藤井氏は一貫して容疑を否認し続けたが、判決のほうは変遷を続けた。15年3月、一審で名古屋地裁は無罪の判決を下したが、16年11月の二審名古屋高裁判決は逆転有罪となった。裁判では現金を渡したとする経営者の供述が信用できるかが争点となったが、名古屋地裁では経営者の供述が変遷しており、曖昧で不自然だとして、現金授受は認められないと判断したものの、名古屋高裁では、経営者の供述が信用できると判断し、有罪判決を言い渡した。 そして、17年12月、最高裁第三小法廷は被告の上告を棄却する決定をし、懲役1年6カ月、執行猶予3年、追徴金30万円とした二審の逆転有罪判決が確定した。藤井氏は12月14日付で市長を辞職した。公職選挙法第11条では、公職にある間に犯した収賄罪等により刑に処せられた者は、その執行猶予期間においては選挙権・被選挙権を有しないとされるので、藤井氏は3年間、公職に立候補できないこととなった。あの選挙はなんだったのか? この最高裁の決定について、藤井氏本人は「無実の人間を平気で罪に陥れる、冤罪(えんざい)が存在することを知ることができた」と記者会見で司法を批判し、異議申し立てなど必要な手段を講じたが、申し立ては退けられた。もちろん、さまざまな言い分はあろうが、職業裁判官が下した決定に対して、当事者以外が論評することは控えねばならないだろうし、判決が確定した以上、藤井氏が受託収賄・事前収賄で計30万円を受け取った、という裁判所の決定が正しかったことを前提とせざるを得まい。 ここでは裁判所の決定に対する論評ではなく、「政治と司法」という視点から問題点を指摘しておきたい。 実は藤井氏は、16年11月の二審名古屋高裁で逆転有罪となった後の16年12月19日、出直し選のため美濃加茂市長を辞職している。そして、17年1月29日の出直し市長選で再選されている。さらに同年5月には任期満了に伴う市長選が行われ、藤井氏が無投票で選ばれている。2017年1月、岐阜県美濃加茂市の出直し市長選が告示され、支援者らに手を振る藤井浩人前市長 裁判が進行中であるにもかかわらず、自らの無実を訴えて出直し市長選を行うことには当時も異論があった。選挙はさまざまな争点を掲げて行われるものだが、首長が自らの無実を訴えて選挙をするにも、市長選レベルであれば、人口によって異なるものの、選挙運動費の公費負担や掲示板などの設営費用、人件費などの執行のための費用も合わせれば、投じられる公費は数千万円単位ともなる。 5月に任期満了となる自らの市長としての残任任期のために辞職して市長選を行う必要があったのか。有罪判決が確定した中で、美濃加茂市民の間に「あの選挙はなんだったのか?」という思いが去来しているのではないだろうか。 裁判は裁判として自らの無実を訴え続けながら、市長の任期は全うする、という方法はとれなかったのか。裁判における被告の主張と選挙の争点がオーバーラップするという意味では、ロッキード事件の裁判と田中元首相がその間戦ってきた衆院選もそうだった。 一般人の有罪判決が確定したら、刑期を終えたり、執行猶予期間を満了することが「みそぎ」となる。政治の世界だけが選挙という手段で民意を問い、正当性をアピールすることができるというのは、制度上それが違法ではないということを割り引いても、望ましいこととは思われないのではあるまいか。 有権者は、司法がありながら選挙で政治家を洗い清めることができる存在なのか。政治の世界で「みそぎ」とは何なのか。これからも解くことができない課題であり続けるのかもしれない。

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    甘利氏 禊済んだかの質問に「はい!」で視聴者「はい!?」

    みたいなもの」(菅義偉・官房長官)、「このハゲーーー!」(豊田真由子・前衆院議員)もあった。 彼らは選挙が近づくと国民の怒りを恐れて「真摯」「反省」を繰り返したが、総選挙に勝利すると再び本性を現わした。甘利明・元経済再生相からも同じく“喉元過ぎれば”発言が飛び出した。「いまだ誤解があるようですので、正確に申し上げますが、私自身が何か問題を起こして大臣を辞任したわけではありません」 内閣府の大臣室で業者から現金50万円を受け取った問題(*注)で辞任に追い込まれた甘利氏は、総選挙が近づくとホームページにそう書いた。【*注/2016年1月、千葉県の建設会社役員が都市再生機構との補償交渉を有利に進めるために甘利事務所に口利きを依頼、総額1200万円を提供したと週刊文春が報道。甘利氏本人は大臣室と地元事務所で50万円を2回受け取ったとされたが、政治資金収支報告書には記載していなかった。甘利氏は「秘書がやったが監督責任を取る」と大臣を辞任した】「誤解」も何も、甘利氏は問題発覚後、「国民に説明する」といいながら2年経った今もその責任を果たしていない。衆院本会議出席後、記者の質問に答える甘利明氏=2016年8月1日午前、国会(桐原正道撮影)「元検事の弁護士に調査を依頼して『法律違反は認められない』との報告書を得た」と一方的に公表しただけで、調査にあたったとされる弁護士の名前さえ明らかにしていないのだ。そんな報告書で潔白といわれても、菅官房長官の言葉を借りれば“怪文書みたいなもの”でしかない。 甘利氏は総選挙に当選すると自民党行革本部長の要職に起用された。11月2日、BSジャパンの報道番組にテレビ出演した甘利氏は、「禊ぎは済んだか?」という司会者の質問に「はい!」と弾んだ声で答えた。 視聴者は「はい!?」と聞き直すしかないが、そんな声は甘利氏の耳には入らなかった。関連記事■ 「東北で良かった」「ハゲー!」政治家発言が国民怒らせた1年■ 落選続きの豊田真由子氏がトップ当選した「ある大賞」■ 二階俊博・自民党幹事長が中国人ビジネスマンに脅されていた■ 衆院解散風の威力強大 病床の甘利明氏を立ち上がらせる■ 暴言、路チュー議員以上に批判されるべき不祥事スター2人

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    小池百合子「排除発言」の責任は私にある

    第4次安倍内閣が発足した。先の総選挙で圧勝し安定政権を維持した安倍総理だが、この結末は図らずも新党を立ち上げた小池百合子東京都知事の「排除発言」によるところが大きい。小池氏はなぜ風を読み誤ったのか。

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    小池百合子「排除発言」は私が進言した

    上杉隆(メディアアナリスト) 今回の総選挙において、当初勢いのあった希望の党の潮目になったのが「排除の論理」という言葉だ。「排除の論理」は強烈な「呪文」である。うまく使えば武器になるが、使い方を間違えると凶器に変わる。民主党結成の呼びかけをする左から岡崎トミ子氏、鳩山由紀夫氏、菅直人氏、鳩山邦夫氏=1996年9月、第一議員会館  1996年、その「排除の論理」によって誕生したのが民主党(のち民進党)だ。新党立ち上げ直前、村山富市元首相、武村正義さきがけ代表の二人を斬るために行使したのがこの年流行語大賞にもなった「排除の論理」だ。 発案者は鳩山邦夫副代表(新進党)。決定者は菅直人、鳩山由紀夫の共同代表(ともにさきがけ)、仙谷由人代表幹事と横路孝弘副代表(ともに社民党)で、実行者には枝野幸男氏、前原誠司氏、玄葉光一郎氏(以上さきがけ)、赤松広隆氏(社民党)、海江田万里氏(市民リーグ)がいた。 「排除の論理」でスタートした民主党(民進党)が、その「呪文」によって、20年以上の歴史に自ら終止符を打つことになるとは、なんという歴史の皮肉であろう。 21年前、自民党と新進党とは違う、リベラル独自路線を歩むべくスタートを切った民主党は、最初の総選挙で52議席(参院と合わせて57議席)を獲得し、政界の台風の目になった。 それから21年、民主党の「創業者」のひとりで故人となった鳩山邦夫氏の創った「呪文」が再び政界に嵐をもたらした。 「希望の党」の結党直前、ほとんど政権交代を手中に収めるかにみえた小池百合子代表には大きな不安があった。それは「リベラル」の偽看板を掲げた民進党の護憲左派が、大挙して新党に押し寄せるという悪夢だった。 「憲法改正や安全保障政策だけは絶対に譲れない」 自民党で防衛大臣まで務めた小池代表がそう公言するのは当然のことであった。新党にまさか民進党左派や護憲派がやってくるとは思わなかったが、政治の世界はなにがあるかわからないし、特に選挙直前はなおさらだ。 実際、21年前の「排除の論理」の際の政治家たちの阿鼻(あび)叫喚を、鳩山邦夫秘書として目撃していた筆者は、小池氏の不安を十分理解できた。 「最終的には『排除の論理』を行使すればいいじゃないですか」 それほど深い意味はなかった。政策や方針を旗印に政党がまとまるのは当然のことだ。日本だけではない、世界中の政党が不断に「排除の論理」を行使して政治を行っている。 21年前、鳩山氏が「呪文」を唱えたからこそ、その後の民主党は世紀をまたいで成長し、ついには政権を獲得できたのではないか――。筆者は、その率直な気持ちを小池氏の前で吐露し、旧知の細野豪志氏の前でも語った。 実は、昨年の都知事選で小池氏と戦った後も、小池氏とは都政についての意見交換を続けたり、筆者の運営している報道番組『ニューズオプエド』等に出演してもらう中で交流を続けていた。そうした人間関係の中で、まさか自分の会話から、21年ぶりに「呪文」をよみがえらせることになろうとはいったい誰が想像しえたか。枝野氏がヒーローはおかしい ちなみに筆者の政治信条は排除の論理とは別だ。安倍政権を終わらせ、政権交代可能な健全な保守二大政党制のためには「右手に学会、左手に連合、非自民、非共産の新進党型の政党を作るしかない」と言い続けてきた。実際に小池氏や前原氏や小沢氏にもそう伝えている。 「排除の論理」自体の論理に瑕疵(かし)は無いと思う。表現方法だけの問題だろう。希望の党の鳩山太郎候補の応援演説を行う小池百合子代表、上杉隆氏(右) =2017年10月10日、東京都中央区 「排除の論理」は確かにキツい言葉だ。だが、しがらみを断ち切る健全な政党を創るためには不可欠な論理だと小池氏も細野氏も確信したからこそ、発言に至ったのだろう。 彼らの姿勢に同意したのは何も希望の党の「創業者」たちだけではない。立憲民主党の枝野氏も、菅氏も、海江田氏も、21年前から「排除の論理」を行使してきたではないか。 そもそも「政策的にきちんと分けないと国民は混乱する、だから右から左までごった煮の民進党(民主党)は支持が伸びないのだ」と延々と多様な政党のあり方への批判を繰り返して来たのは誰か? 今回、「排除の論理」で反射的に希望の党を批判しているメディアは過去の自らの言葉を直視できるか? いまだに多くのメディアが「排除の論理」を行使したとして希望の党の小池氏と前原氏を批判している。その一方で、選挙目当ての「野合」で議席を伸ばした立憲民主党を礼賛している。 日本人は忘れっぽすぎまいか。メディアは国民をバカにしすぎていないか? 思い出してみよう。この10年余、共産党も社民党もすべてひっくるめて、選挙に勝ち、自民党政権を終わらせるためならば、いかなる枠組みでも構わないとした小沢一郎氏の存在と言葉を批判していたのはいったいどこの誰か? 2014年、共産党や社民党との連携を目指す小沢氏を民主党から排除して、「いまの民主党こそ保守本流」(枝野憲法総合調査会会長/当時)だと宣言、純化路線を採ったのはいったい誰だったか? 9月27日朝、前原代表が先の代表選で戦ったばかりの代表代行に「解党」の説明をした際、すぐに賛成したのはいったい誰か? 前原代表は、枝野代表代行との話を受けて、常任幹事会を開催、両院議員総会で全会一致を経て、解党に向けて作業を始めている。代表選挙で勝ったばかりにも関わらず、代表として丁寧なデュー・プロセスをたどった前原誠司氏が一方的に責められ、勝手に政党を立ち上げ、選挙で対立候補を立てるという反党行為を続けた枝野幸男氏がヒーローになる。どこかおかしくはないだろうか。なぜ枝野氏は排除されたと振る舞ったか 実際に、民進党から希望の党側に出された最初の仮リストには民進党候補者全員の氏名が記載されていた。新人候補も含めて全員だ。 前原氏は約束を守ったのだ。だが、結果は数名の排除が行われた。それも数名だ。この数名の排除の責任を前原氏ひとりに帰するのは無理がありすぎる。 なぜなら、前原氏から最初に相談を受けて賛同した当時の党幹部の枝野代表代行も連帯責任を負うからだ。 結局、希望の党が正式に排除した議員は滋賀1区の嘉田由紀子氏だ(鹿児島一区の川内博史氏などのように別の選挙区を提示されて断った者を排除に入れなければ)。しかも、彼女は民進党議員ではない。 実は、「いの一番」に解党に賛成した枝野氏に至っては希望の党への公認申請すらしていない。申請の無い者を排除することができないのは自明の理であろう。しかも、そもそも枝野氏は排除対象ではなかった。申請すれば公認され、実際希望の党ではその準備もしていた。自らの当選を確実にし、支持者らに迎えられて事務所に入る 立憲民主党の枝野幸男代表=2017年10月22日、さいたま市 ではなぜ枝野氏は自らが排除されたと振る舞ったのか。実は、驚くべきことに、一部メディアの報じた「偽排除リスト」を根拠に、排除されると信じ込んだにすぎないのだ。 選挙に強くない枝野氏が無所属立候補を恐れたことは想像に難くない。ゆえに、前原誠司氏、玄葉光一郎氏、安住淳氏、岡田克也氏、野田佳彦氏、小沢一郎氏(全員無所属で立候補)などのように選挙に強い政治家と違って、自らの立場を守るため右往左往していたことは筆者のもとにも情報として伝わっていた。 「排除の論理」について、感情的な議論が幅を利かせている。いつものことだが、日本の言論空間に真実が広がるのはずっと後のことだろうし、場合によっては虚偽の政治史が作られ、続いていくのかもしれない。 しかし、歴史の検証に耐えられるのは事実に対して誠実であった者のみだ。その点で、批判の矛先に立たされている前原氏こそが有資格者だ。 「排除の論理」を政治の師匠、鳩山邦夫氏から伝承した筆者の責任はこれを断言することだと信じる。

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    マスコミの掌返し「小池バッシング」が浅ましい

    子は愚かである。しかし、考え無しに小池百合子を批判した者は、はるかに愚かである。 そもそも、今回の総選挙で小池百合子希望の党代表の勝利条件は何だったであろうか。 一、 過半数である233人をはるかに上回る数の候補者の即時擁立。 二、 衆議院選挙勝利、政権奪取。 三、 2018年3月の日銀人事勝利(参議院自民党の切り崩し)。 四、 創価学会・共産党に対抗しうる組織政党の構築。 一と二に関しては、総選挙の結果が明らかとなり、現在の小池と希望の党の惨状を見れば明らかだろう。一気に政権にありつけねば、空中分解する。今や昔となってしまった小池人気など、その程度の基盤しかなかったのだ。 三に関しては、多くの人が勘違いしている。希望の党が衆議院選挙で勝利したところで、参議院では自民党が単独過半数を握っているのである。仮に政権を明け渡しても、参議院で拒否権を行使して早期退陣に追い込むことも可能なのだ。少なくとも、衆参がねじれた場合、首相は野党第一党との妥協を強いられる。しかも、日銀人事には衆議院の優越が効かない。街頭演説する希望の党の小池百合子代表と民進党の前原誠司代表=2017年10月、東京都墨田区(松本健吾撮影) かつての民主党は参議院でのねじれを利用し、ことごとく拒否権を行使して死に体に追い込み、遂には政権を奪取した。特に、日銀人事では当時の自民党案をことごとく拒否した。逆に、安倍首相は日銀人事に勝利して意中の黒田東彦総裁と岩田規久男副総裁を送り込み、アベノミクスによる景気浮揚と支持率向上で長期政権の基盤としている。来年3月に任期が切れる日銀人事こそ、日本経済すなわち政権の死命を制する天王山なのだ。果たして、小池にいかなる成算があったか。“野党第一党の自民党”が聞き分けがいいか、あるいは参議院自民党を切り崩すかをしなければ、“小池首相”は短命政権に終わる可能性もあったのだ。かつての福田康夫や麻生太郎の内閣の如く。 四に関しては、組織の重要性を認識させられた選挙だったから、わかりやすかろう。自民党が創価学会抜きでは選挙で戦えない政党なのは自明である。立憲民主党が共産党との提携により息を吹き返したのは記憶に新しい。 今回、希望の党は連合の支持を固めることができなかった。仮に一気に政権を奪取したところで、組織政党の構築無くしては、かつての細川内閣の二の舞になる。これだけの条件がそろって、はじめて小池は勝利なのである。果たして、勝率はどれほどだっただろうか。 私が小池の参謀ならば指南しただろう。 明治維新よりは、楽勝だ。 その覚悟が無いならば、おとなしくしていればよかったのだ。「今回の総選挙で既成政党と野合しない。都政に専念する」と宣言しておけば存在感が増し、次の総選挙で決戦を挑むことができたかもしれない。民進党が死のうがどうなろうが、知ったことではない。その判断ができず、中途半端な対応に終わった。これを「小池百合子は愚かである」と評する理由である。 しかし、逆の立場で考えよう。小池の現実的な勝利条件は「明治維新よりは可能性がある」程度であった。それにもかかわらず、小池を批判した者は、どういう了見だったのか。極左勢力が息を吹き返すのを望んでいたのか。小池叩きに狂奔した論者の罪 ところで、我が国は長らく保革二大政党状態に苦しんできた。戦後史では常に野党第一党が革新(リベラル)勢力であった。民進党という、憲政史上に残る恥ずべき政党が、議会政治の常道をいかに蹂躙したか記憶に新しい。 民進党の前は、民主党だった。3年半の政権担当時は言うに及ばない。その前の野党第一党は、日本社会党だった。政権を取る意思が無い無責任な政党だが、拒否権だけは行使する。特に、日本国憲法の条文は誤植一文字たりとて改正させないことには血道を上げる。社会党は、衆参どちらでも良いから34%の議席を獲られれば政権のような責任を伴うものはいらないとの姿勢だった。こうした姿勢は、いかなる手段を講じてでも衆議院に51%の議席が欲しい政権亡者の自民党の思惑と一致する。かくして、自社「1・5大政党制」が成立した。これを55年体制と称する。 社会党が野党第一党の座を占めることで、他のまともな野党が伸長する余地が無くなる。「まさか社会党に政権を渡す訳にはいかない」という国民の常識は、自民党の無能と腐敗を助長する。昭和20年代の憲政史は、悲惨だった。保守二大勢力の抗争で、社会党を味方につけた方が勝つという状況だった。例外は第三次吉田内閣の2年半だけだった。保守合同による自民党結成は、このような状況を回避するためだった。 自民党は、自由党と日本民主党の合同で成立した。自由党の前身は政友会であり源流は地方の地主を代表する板垣退助の自由党に、民主党の前身は民政党であり源流は都市のインテリを代弁する大隈重信の改進党にさかのぼる。保守合同自体は対等合併だったが、自民党は本質的に地方の利益代表である。本質的に自由党~政友会の遺伝子の党なのである。自民党の存在意義は富の公正配分であり、極端な貧乏人を出さないこと、「日本人を食わせること」にある。これは裏を返せば、「都市が生み出した利益を地方にばら撒く」ことである。 ここに都市の主張が置き忘れられる。新自由クラブや日本新党から、最近に至るまでの新党がすべて都市から発生しているのはこれが理由だ。かくして、改進党~民政党の遺伝子は薄れ、野党第一党の地位は革新(勢力)に居座られた。 小池や希望の党の問題点など、山のようにあげられる。これは絶対評価だ。しかし、枝野幸男氏や立憲民主党の方が優れているというのか。これは相対評価だ。小池や希望の党を叩いたもので、その10倍、枝野氏や立憲民主党を叩かなかったものは愚か者か確信犯と決めつけよ。立憲民主党の両院議員総会に臨む枝野代表(右)と辻元政調会長=2017年10月、国会 7月のブームが嘘のように、マスコミの小池叩きにより希望の党は失速し、革新が野党第一党の地位を占める55年体制の継続が決まった。マスコミの掌返しは今に始まったことではないが、今回は保守二大政党制潰しが目的だ。小池が安倍をおろし革新政権を作るなら応援するが、その気がないなら潰す。小池叩きに狂奔した論者はそれに加担したのだ。威嚇していようといまいと。 かくして、民進党を牛耳っていた極左勢力をあぶり出し、一網打尽にして政界から放逐する好機は失われた。 二・二六事件を起こした青年将校たちは、純真に国を想い、多くの重臣を殺害した。何の考えも無しに。その後の結果は言うに及ばず。我が国の宿敵であるソ連だけが笑い転げる事態となった。現在では、二・二六事件の背後関係でソ連の介在も指摘されている。小池や希望の党を絶対評価のみで批判し、さらなる悪を伸長させたとしたら…。笑いをかみ殺していた志位委員長 筋を通す。マスコミは、選挙中に枝野幸男氏と立憲民主党を持ち上げた。しかし、希望の党に入れてもらえなかった者が新党を結成したにすぎない。何が筋を通したのか。偏向報道である。選挙前から最終日まで、三つの段階に分けられる。 第一段階:安倍叩きで小池に期待。 第二段階:小池叩き。枝野応援。特に安倍叩きをせず。 第三段階:小池失速、枝野躍進。特に安倍叩きをせず。 確かに、一部マスコミの安倍叩きは偏執的だ。一方的すぎる。安倍叩きへの偏向報道は批判されて然るべきだ。 ならば、マスコミが安倍叩きから鉾先を小池叩きに向けた時にも、マスコミの偏向報道を批判すべきではなかったか。信者や院外団でない限り。安倍首相と利害関係があることを公言しているならともかく、少なくとも公平中立を建前とする言論人ならば、己の言動に一貫性を持たすべきだっただろう。 開票3日前になり、立憲が希望を追い抜く形勢となった。ここでようやく立憲叩きを始めたが、後の祭りだ。第一段階と第三段階でマスコミの偏向報道を批判していた論者は多い。しかし、一貫してマスコミの偏向報道を批判した論者が何人いるのか。すべてあげてもらいたい。 そして、テレビで志位和夫共産党委員長は必死に沈痛の表情をしていたが、笑いをかみ殺していたのではないか。どういうことか。会見する共産党・志位和夫委員長=2017年10月、東京都渋谷区(川口良介撮影) 小選挙区制においては、野党が共闘して一本化しなければ勝ち目は薄い。自民党は、政権批判票が希望の党と立憲民主党に分散されて助けられた。そして立憲民主党に肩入れし、希望の党を逆転した。249の選挙区で共闘が成立したが、それには共産党が67人の候補者を取り下げたことが大きい。世の常として、お金をあげても感謝されるとは限らない。しかし、供託金没収の危機を免れて感謝される、お金を出さないで感謝されるのだ。それだけでも慢性的財政難に苦しむ共産党は笑いが止まるまい。普通の政党で候補者取り下げなど血の雨が降るが、共産党は組織があるので候補者の面倒を見られるので不満が出ない。他にこれができるのは公明党だけだ。 また、意外に注目されていないが、共産党が候補者を取り下げなかった場合、自民党の候補者の当選率が向上したのだ。一例をあげるが、東京8区である。  石原 伸晃(99,863)自民党 吉田 晴美(76,283)立憲民主党 木内 孝胤(41,175)希望の党 長内 史子(22,399)共産党 この選挙区は、自民党が鉄壁の強さを誇ってきた。それがこの接戦である。しかし、野党分裂に助けられたどころではない。共産党が「この候補者ならば当選させても良い」と考えたから、候補者を取り下げなかったと考えるべきだろう。民共共闘が実現していたら、石原氏はどうなっていたか。 自民党は「公明党抜きでも、希望の党と組めば改憲発議可能な3分の2を獲得した」と改憲勢力の勝利を誇っている。ところが、石原伸晃氏が憲法改正に熱心だなどと聞いた事が無い。それどころか、9条改正には慎重の立場だ。本気で改憲するには、公明党と自民党内護憲派を説得せねばなるまい。共産党からしたら、石原氏は与しやすしなのだ。今や共産党は立憲民主党を隠れ蓑に、昔の社会党の地位を得た。 マスコミはまたもやモリカケ騒動を蒸し返そうとしているし、安保法案騒動では一年を空費した。立憲民主党や共産党があの騒動を繰り返せば、良識ある国民は安倍自民党の支持に傾くだろう。それこそが共産党の望むところなのだ。なぜならば、「飯のタネ」だからだ。いっそ、憲法改正を政治日程に乗せてほしいと思っているだろう。最低一年は大騒ぎできる。いっそ、「毒にも薬にもならない憲法改正」「やらなければよかった憲法改正」なら大歓迎だろう。そうした改憲に「安倍右傾化」のレッテル張りをすれば、二度とまともな憲法論議などできなくなる。安倍内閣の生命線は日銀人事 そうでなくとも、野党第一党は立憲民主党だ。議事運営は、与党と野党第一党で決める。まともな国会審議を期待する方がどうかしているだろう。しかし、これすべて考え無しに小池叩きをした結果だ。そして安倍一強は、共産党との55年体制に変質し、維持されることとなった。 そもそも安倍首相は何の為に解散したのか。大義名分は北朝鮮危機だった。では、有事が起きなかった場合、「フェイクニュース」と批判する論者はいるだろうか。院外団や信者は安心されたし。左翼勢力(最近はパヨクと呼ばれる)も健忘症だ。一カ月前のことなど覚えていまい。 ただし、選挙民は「わざわざ解散しなければならないほどの事は何だったのか」と監視すべきだ。北朝鮮が何度も「日本列島を核で沈める」と宣言しているのだから、日本が核武装をしてもどこも文句は言えまい。また、トランプ大統領は「対等の同盟国(パートナー)として行動してほしい。まずは防衛費をGDP2%に引き上げを」と求めている。いきなり自主防衛ができるとは思えないが、まさかルーティンワークを続けるために「北朝鮮危機」を利用した訳ではあるまい。 さっそく麻生太郎副総理が「衆議院選挙勝利は北朝鮮のおかげ」と失言している(10月26日)。政権の弛緩が心配だ。 また、安倍首相は選挙中こそ争点隠しをしたが、「消費増税10%の使途変更」を公約に掲げた。消費税増税が前提なのだ。会見翌日に「リーマンショック級なら延期」と訂正したが、財務省が忘れるわけはない。また、その際には再び解散総選挙を行うのか。閣議に臨む安倍晋三首相(左)と麻生太郎副総理兼財務相=2017年10月、首相官邸(斎藤良雄撮影) 一部の「事情通氏」はまことしやかに「2年後のことなどわからない。安倍首相は増税すると決めた訳ではない」と苦しい怪しげな解説をする。だったら、2年後のことなど、最初から公約に掲げる必要などないではないか。安倍擁護者は希望の党の公約を無責任だと叩きつつ、「自民党の公約にはすべて財源の裏付けがある」と持ち上げた。財源は景気回復のよる税収増ではなかったのか。増税を公約、財源の裏付けのない政策は無責任、景気回復による税収増は財源にならない。すべて、故与謝野馨氏の主張だった。当然、安倍首相は与謝野氏に詫びてから、このような公約を掲げたのだろう。  しかし、いかに安倍首相の熱心すぎる支持者、信者とか院外団とでも呼ぶしかない連中が不愉快でも、日本のためには安倍内閣の継続は最善であったと思う。現時点での相対的最善ではあるが。 安倍内閣の生命線は、日銀人事である。3月に行われる日銀正副総裁人事で意中の人事を送り込み、景気回復政策を徹底すれば、支持率は上がる。本気で自主防衛や自主憲法をやりたい日本人は、3月に注目すべきだ。日銀人事に勝ってこそ、すべてがはじまる。(文中一部敬称略)

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    なぜ小池氏は「まともな野党」をつくれなかったのか

    櫻田淳(東洋学園大学教授) 先刻の衆議院議員選挙に際して自民・公明の政権与党が総議席の3分の2を獲得した流れを受けて、此度(このたび)の特別国会での首班指名選挙を経て第4次安倍晋三内閣が発足した。先刻の選挙の結果、冷戦期の「55年体制」にも似た自民党「一党優位体制」の様相が、昔日よりも鮮明に出現した。 此度の選挙は、野党第一党としての民進党が立憲民進党、希望の党、無所属の会、そして参議院を中心とする民進党残党の4政治勢力に分裂しただけの結果を招いた。日本政治の永年の宿婀(しゅくあ)としての「野党の弱さ」は再び世に印象付けられた。このことは、立憲民進党と希望の党という二つの野党の姿から説明される。 第一に、立憲民進党は先刻の選挙に際しての「躍進」が専ら語られているけれども、その「躍進」の実相はきちんと見ておく必要がある。立憲民主党の獲得議席は55であり、これに共産、社民両党を併せた「日本左派連合」の獲得議席は70に届くかという水準になる。「左派連合」が総議席の15%を占めるに過ぎない勢力にまで零落したということの意味は、「55年体制」下に社会、共産両党を含む「革新」勢力が最低でも20数%の線を保っていた事実に重ねれば、相当に重いものがある。 これに関連して、立憲民主党の今後の党勢を占う意味では「新人候補はどれだけ勝てたのか」を見ておくのが適切である。どの政党にとっても、「新しい血」がどれだけ入るかは先々の党勢に結び付くからである。この点、立憲民主党が小選挙区で獲った17議席中、新人候補が獲ったのは、北海道の2議席と神奈川の1議席の、併せて3議席に過ぎない。立憲民主党も結局、民進党のリベラル系議員が「看板」を付け替えただけというのが実態であろう。「民主」と掲げられた立憲民主党の選挙カー=2017年10月、新潟市中央区(太田泰撮影、画像の一部を処理しています) しかも、枝野幸男代表は「安保法制を前提とした9条改憲には反対。阻止に全力を挙げる」と語っているけれども、立憲民主党が共産、社民両党と同様に「反改憲」を党のアイデンティティーにしようとするならば、その党勢は尻すぼみであろう。立憲民主党の先々の党勢は、立憲民主党支持層の主体が若年層ではなく高齢層であるという事実にも示唆される。全然できていなかった「選別」 第二に、後世、先刻の選挙を象徴する風景として語られるかもしれないのは、希望の党の「竜頭蛇尾」とも表現すべき党勢の「隆盛」と「失速」、そして選挙後の「混乱」である。希望の党の「竜頭蛇尾」はそれが結局、代表である小池百合子東京都知事の「野心」と民進党の面々の「保身」の枠組みに過ぎないという印象が世の人々に植え付けられたことによっている。 まず、小池氏における「我」の強さは、彼女の姿勢に「独善性」と「利己性」を浮き上がらせた。希望の党が実質上「小池私党」であるかのように小池氏が演出したことこそ、希望の党から民心を離反させたのである。小池氏が選挙の投開票当日に訪問していたパリで発した「『鉄の天井』があることを改めて知った」という言葉は、彼女にとって先刻の選挙が持っていた意味を示唆する。希望の党公認候補の選挙事務所に貼られた小池百合子代表のポスター=2017年10月、兵庫県内 次に、希望の党に民進党が合流すると伝えられたことに端を発する紛糾は、希望の党の政党としての性格を誠に曖昧なものにした。実際、希望の党は候補公認の条件として「安保法制容認」を明示していたのであるけれども、10月27日付の朝日新聞は、選挙当選者の7割が安保法制に否定的に評価している事実を伝えていた。 それは、小池氏が「選別」を口にした割には、その「選別」が全然できていないということを意味した。安保法制評価のような安全保障案件で二言を弄(ろう)するような政治家は、信頼度において最低の部類に属するであろう。 しかも、選挙中に希望の党の失速が語られる段階に至って、公認候補から党への「離反」を示唆する発言が相次いだのは、喩(たと)えていえば「戦中に自陣の備えを崩す」が如き振る舞いであり、有権者に対して極めて不誠実であったと断ずる他はない。政党の根底にあるべき「信頼」において、希望の党が立憲民主党よりも格段に落ちると見られたのであれば、その失速も当然の成り行きであったと評すべきであろう。 加えて、立憲民主党や希望の党に「看板」を付け替えた面々の多くが民主党内閣三代の政権運営を担った事実に醸し出される憂鬱(ゆううつ)な空気は、立憲民主党の「躍進」と思(おぼ)しきものを前にしても払拭(ふっしょく)されるわけではないし、現下の希望の党の実態が伝えられれば余計に増幅されよう。日本の諸々のメディアに披露される幾多の政治評論において、自民党を中心とした政権与党の執政を批判することに忙しく、「まともな野党」を鍛えることに精力を割かなかった弊害は、今後次第に日本政治全体をむしばんでいくことになるかもしれない。

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    心理学者が読み解く小池百合子「4つの誤算」

    碓井真史(新潟青陵大学大学院教授) 私たちは真実を求める。だが、真実とはなんだろう。身だしなみも整えず、お世辞の一つも言わないことではないだろう。裸であることが真実ではない。私たちには伝えたいことがある。伝えたいことのために演出もする。それは真実を覆い隠す嘘ではない。 人はみな、自分をプレゼンする。自分のプレゼンの仕方を心得ている人は人間関係がうまくいく。普通の人はもちろん、芸能人や、そして支持率の高い政治家はことにそうだ。彼らは自分自身を売るための企画をし、プロデュースしていく。自分の見せ方こそが、芸能人の人気につながり、政治家としての力になっていく。 小池百合子東京都知事は、自分の見せ方を心得ている。元ニュースキャスターとして、見られること、聞かれることになれている。古い政治家とは全く異なり、ファッションも立ち居振る舞いも、言葉の選び方もタイミングも最適の選択をして、あの熱狂的な「小池ブーム」を作り出してきた。ほんの1年前、小池候補の演説を聴くために大通りを埋めつくす群衆が詰めかけていた。しかし、プレゼンで成功した人はプレゼンで失敗もする。党首討論会に参加した希望の党の小池百合子代表(中央)。左は自民党の安倍晋三首相、右は日本共産党の志位和夫委員長=2017年10月8日、東京都千代田区の日本記者クラブ(宮崎瑞穂撮影) 自分の見せ方のことを、心理学では「セルフ・プレゼンテーション(自己呈示)」と呼んでいる。人はみな、自分のイメージを演出し、自分の印象をコントロールしようとしている。これがセルフ・プレゼンテーション、自己呈示である。 子供から大人までみんながしていることだが、人気商売の人たちには専門のプロデューサーがついたり、スタイリストがついたり、芸能事務所や政党がついて、よりよく見せて売り出すための支援をしている。米大統領にも専門のスタッフがついてアドバイスし、専門家が演説の文章を考える。 セルフ・プレゼンテーションには、積極的にある印象を与えようとする積極的な「主張的自己呈示」と、逆に悪い印象を避けようとする「防衛的自己呈示」がある。政治家の中にも、攻撃に強い人や登り調子の時には強い人でも、攻められたとき、調子がくだり坂になったときには弱い人もいる。主張的自己呈示は得意でも、防衛的自己呈示の苦手な人はいるだろう。セルフ・プレゼンテーション五つの種類 主張的であれ防衛的であれ、自己呈示には次の五つの種類がある。まず、第一は「取り入り」である。これは相手から好意を持たれたい時に行う自己呈示である。小池氏も、お高くとまった政治家ではなく、庶民に寄り添う政治家を演じる。豊洲市場についても「安全だが安心がない、安心できるまでは移転しない」と庶民の声を代弁してくれるのだ。 自己呈示の二つ目は「自己宣伝」、つまり自己PRだ。これは自分の能力を高く見せたい時に行う自己呈示である。小池氏はとてもリーダーシップがあり、頭がよく能力も高いと、都知事選の時は多くの人が思っただろう。彼女は自己PRもうまい。第一声のあいさつをする候補の応援に駆けつけた自民党の二階俊博幹事長(左)の話を聞く小池百合子東京都知事=2016年9月、東京都・池袋駅西口前(納冨康撮影) 三つ目は「師範」である。師範とはお手本の意味であり、自分の道徳的評価を高めたい時に行う自己呈示である。うっかりすると政治家には不誠実な印象が付きまとう。だが、都知事選の時の小池氏はとても清廉潔白でさわやかに見えた。都議会自民党の「古だぬき」とは正反対に見えた。 四つ目は「威嚇」。これは他人を恐れさせたい時に使う自己呈示である。小池氏は敵にすると怖い存在だと、安倍晋三首相も感じていただろう。彼女は鉄の女のようであり、信念の人である。いざとなれば崖から飛び降りるように自民党とも戦い、堂々と都知事選に立候補してきた。 五つ目は「哀願」である。これは、自分の弱さを印象付け、相手から応援や援助を引き出したい時に使われる自己呈示である。小池氏は弱い存在でもないし、また男女平等を具現化したような存在だ。しかし、彼女は「女性性」を捨ててはいない。テレビのニュースキャスターのように、美しさやファッショナブルさを活用する。そして、強くて悪い男性政治家とひとり戦う女性政治家だった。 幸いにして、都議会自民党は見事な悪役ぶりを演じてくれたおかげで、彼女の「弱さ」は都民に印象付けられ、多くの人が彼女のサポーターになっていった。都議選の時に化粧の濃さを揶揄(やゆ)されたとき、怒ることもなく、自分の肌の問題を話した。この巧みさと正直さもファンを増やしたことだろう。戦う女は魅力的でも… しかし、彼女の見事なセルフ・プレゼンテーションも歯車が狂い始める。確かに人は食に安全だけではなく、安心を求める。そこに共感できれば支持は得られる。「取りいり」成功だ。だが本来のリーダーは、感情にされやすい大衆の誤解を解き、正しく導いてくれることも必要だ。安全の上に安心を求めすぎることで、トラブルが大きくなることもある。 小池氏はとても優秀だ。だが、国政にまで手を広げたとき、さまざまな準備不足が露呈する。完璧だと思われていた彼女もそうではないと感じられ始める。「自己宣伝」もうまくいかなくなる。「緑のたぬき」と小池百合子東京都知事を揶揄した角田義一元参院議員=2017年9月、前橋市内 清く正しい「師範」(お手本)のイメージだった小池氏だが、衆院選の後半には古だぬきならぬ「緑のたぬき」と揶揄する人まで現れた。彼女もまた、古い政治家と重なる部分があると感じた人々もいる。 現代では戦う女は魅力的だ。ドラマでも映画でも、強くて美しい戦う女は人気がある。「女だからとなめるな」といった「威嚇」も必要なのだ。だが、そのためには「敵」が必要だ。国政に打って出たとき、都議会自民党のようなわかりやすい敵は作れなかった。そうなると、強い女のイメージは必ずしも人気につながらない。威嚇はマイナスに作用することもある。 都知事選の時は、都議会自民党や古い男社会からいじめられる役を演じることができて、「哀願」が成功した。ところが、今度は自分が党首となると「哀願」を表現しにくくなる。「排除」という発言だけが希望の党の凋落(ちょうらく)の原因ではないだろうが、象徴的な出来事ではあっただろう。 私たちは、メディアを通して政治家を知る。政治家はメディアを活用して、セルフ・プレゼンテーションする。それは必ずしもありのままの姿ではないが、それで良いのだ。それは真実を伝えるための正しい演出だ。しかし、演出だからこそ、ほんの少しの狂いが生じると一気にイメージが崩れることがある。 小池氏は、小さな歯車の狂いでイメージ戦略に失敗しただけなのだろうか。それとも化けの皮が剥がれ、魔法が解けて、正体をさらしたのだろうか。答えを出すのはまだ早い。都知事の任期はまだ3年もあり、希望の党はスタートしたばかりだ。セルフ・プレゼンテーションは大切で必要だ。だが、私たちはその奥にある真実の姿を見る努力を続けなければならい。

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    「排除発言」よりタチが悪かった小池百合子の思いつき

    別として、内部留保に課税すると言い切るのであれば、それはそれで一つの考え方ではある。出張先のパリで総選挙について記者の質問に答える小池百合子知事=2017年10月(共同)   しかし、内部留保に対する課税を検討するだけのことならば、結局、実現することは不可能であっただろう。それに内部留保に対する課税については、そもそも二重課税の問題があり、専門家からすれば筋悪のアイデアでしかないからだ。企業が海外移転しないように、あるいは海外の企業が自国に本社を移すようにと、法人税率の引き下げ競争のようなことが世界的に起きているなか、どうして法人税率の引き上げよりも過酷な内部留保課税などできようか。 小池氏はベーシックインカムなんて横文字も口にしたが、今ある年金制度を維持することさえ至難の業なのに、どうして国民全員に生活に必要な資金を支給するなんて夢物語が実現するのか。もっと言えば、ベーシックインカムなんて有権者たちは端から期待していなかった。というよりも、今でもベーシックインカムって何?という国民が大半ではないのか。 分かりやすかったのは原発廃止を訴えたことであるが、しかし、これもどこまで本気か分からない。あとは、彼女のライフワークとでもいうべき電線の地中化。街中にある電柱、電線を地下に埋めるという事業である。これも、確かにオフィス街や観光地ではそれを切望する声が大きいことも事実ではあろうが、 しかし、日本中の電柱をすべて地下に埋める必要がどこまであるのか。そして、そのための莫大な財源はどこに求めるのか。花粉症をゼロにしたいとか満員電車をゼロにしたいのもあったが、国民の反応は、「ああ、そうですか」という程度のものでしかなかった。 これでは、安倍政権に終止符を打つのはいいとしても、小池政権になったからといって本当に希望が持てるとはとても思えない、と多くの有権者が感じたに違いない。 大義名分があり、そしてまた、本当に国民が希望を抱くような政策メニューを提示することができたとしたら小池氏に対する人気は続いていたかもしれない。例えば、小難しい話であっても、なぜアベノミクス、あるいは日銀の超緩和策がなぜ成功していないか、その理由を示した上で、それに代わる政策を提言できていれば彼女に対する信頼度は増した可能性はある。しかし、すでに述べたように彼女が提示した公約はほとんど思いつきの域を出ないものばかりであった。 都知事選や都議会選とは異なり、衆議院選では桃太郎の鬼退治の構図を描くことができなかったことと、小池氏の言葉の空虚さに有権者が気付いたことのために小池劇場の終演となったのだ。

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    小池百合子氏 「チャック女子」の聞き捨てならないセリフ

    ば全てと言ってもいい。 パリ出張中、小池百合子都知事はキャロライン・ケネディ前駐日米大使との対談で、選挙についてこう振り返りました。「都知事に当選してガラスの天井を一つ破ったかな。もう一つ、都議選もパーフェクトな戦いをしてガラスの天井を破ったかなと思ったが、今回の総選挙で鉄の天井があると改めて知りました」(2017.10.23 産経新聞)。 世を沸かせてきたはずの「役者」がパリの華やかな舞台で言い放ったセリフが、「ガラスの天井」「鉄の天井」。これは聞き捨てならない。看過できない。 女性の活躍を阻む見えない壁の意味として使われてきた「ガラスの天井」。そして「鉄の天井」をここでひきあいに出すとは………。まるで「希望の党」の失敗を「社会のせい」「他者のせい」にしていませんか。つまりは、女性だから不当な壁に阻まれ負けた、と? まったくのお門違い。 なぜなら小池さんは、「チャック女子」だからです。背中のチャックをおろして着ぐるみを脱ぐと、中から闘争本能ガチガチのマッチョが出てくるからです。(iStock)「チャック女子」という言葉について少し解説すれば……女性活躍推進プログラムの専門家、プロノバCEO岡島悦子氏による造語といわれ、「外見は女子の着ぐるみを着ているが、背中のチャックを下ろすと中身はおじさん、というオス化女子のことを指す。女性が視点も思考パターンもおじさんと同一化してしまう現象のこと」(「Woman type」2014.2.20)。 まさしくぴったり。戦士として政界を渡り歩いてきた小池さんの思考回路が今回、「排除します」というセリフではっきりと見えた。いくら女の着ぐるみを着ても、有権者はきちんと中味を見抜いているのです。 何よりも残念なのは、小池さんの着ぐるみの中にあるのが「政治闘争」の要素だけで、あとは空っぽだということ。戦いに勝つことしか眼中にないこと。勝っていったいどんな政治をしたいのか、どんな社会にしたいのか。伝わってこない。 一方、今回の選挙で「チャック女子」と対極の展開を見せたのが山尾志桜里さん。不倫スキャンダルで離党し無所属で立候補、自民党を破って薄氷の勝利を手にしました。 待機児童問題等、子育てに対する意識を変えようという意気込みが、不倫スキャンダルを超えて有権者の心に食い込んだ。 山尾さんの当確が出た現場で、文春の記者が結婚指輪を外していることについて山尾さんに質問したとか。山尾さんは「答える必要はないと思います」と一蹴。男の議員にも果たして同じような質問をするのでしょうか。こういうのが「ガラスの天井」を作り出す要素ではないでしょうか? 政治家の言葉に真実味があるか。そのセリフ、本気で語っているか。直感的に見抜く有権者が増えている昨今。だとすれば、勝った自民党が今やたら口にしている「ケンキョ、ケンキョ」も何だか怪しい。そもそも謙虚さって、自己宣伝するものではなくて他者から見ての評価、ではないでしょうか?  喧伝は謙虚に見えません。関連記事■ 小池百合子都知事 「弱者イメージ」崩れ、アンチ増やす■ 希望の党、小池百合子代表 戦い終えて「みじめな微笑み」■ 排除発言で負けた小池都知事 自民党は「小池さまさま」■ 希望の党 離党者続出で崩壊し“55年体制”復活か■ 44歳主婦「不倫への反発は怒りではなく、ズルいという気持ち」

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    反「安倍」選挙で顕在化、小池バブルの崩壊と健全な左派へのニーズ

    (中部圏社会経済研究所チームリーダー) 今月10日に公示され22日に投開票された第48回衆議院議員総選挙は、自民党単独で衆議院の全ての常任委員会で委員長を出したうえで、全委員会で野党を上回る過半数の委員を確保できる「絶対安定多数」を獲得し圧勝した。連立を組む公明党は議席を減らしたものの両党で定数の「3分の2」以上を維持、与党が大勝した。対する野党は、小池百合子東京都知事が率いる希望の党は公示前勢力57議席を割り込み、共産党、日本維新の会も議席を減らした。一方、枝野幸男元官房長官の立憲民主党は公示前勢力15議席から大きく躍進して野党第1党となった。 一般的に小選挙区制では与党の政権担当期間中の業績評価を中心に有権者の審判が下される。こうした民意の圧倒的な支持は、与党の業績が概ね国民に支持されたことを示すといえる。 衆院選の注目の一つは小池百合子都知事率いる希望の党であったのは確かである。解散表明当初は政権交代実現かとさえ言われた。解散序盤時点では、勢いに乗るように自民党に代わる政権交代可能な政党をアピールした。しかし、自らの議席を死守するために従来の主義主張を曲げてでも希望の党に駆け込んだ民進党議員の見苦しさが国民からの顰蹙を買う中、小池代表の失言とが相まって希望の党の勢いが失速すると「反対のために反対する」野党ではなく、建設的な野党の必要性をアピールしはじめた。それでも不利な情勢を挽回できないことがわかると、結局最後は「モリカケ(森友・加計学園疑惑)」で安倍総理批判を展開する普通の野党と化してしまった。このように、二大政党の一角を担える政党を希求する国民の希望が失望から絶望に変わるまで時間はそれほど要しなかった。 こうした希望の党失速は小池代表による「排除」宣言を契機としていることは多くのメディアが指摘しているところである。ただし、政党とは本来、同じ哲学、目標、政治信条を共有する者から構成されるのが筋であり、異分子を「排除」するのは当然ではある。しかし、誰を味方として迎え入れ、誰を排除するかについては、結党までに水面下でやっておくべきことであったのが、第44回衆院選に際しての小泉劇場の再現よろしく敢えて表舞台で行うことでメディアジャックを図るが、かえって排除された側にアンダードッグ効果(判官贔屓)を惹起してしまった。2017年10月、記者会見で衆院選公約を発表する希望の党代表の小池百合子都知事=東京都内のホテル そうした小池代表への不快感を起点に、開幕まで3年を切った2020年東京オリンピック・パラリンピックの準備や、長引く築地市場から豊洲市場への市場移転問題への対応をはじめとして都政でも実績を上げていないなかで、小池代表への都政と国政の二足の草鞋問題、そもそもの政治姿勢に疑問符がつけられるなど、負のスパイラルがはじまった。自民党に類似した右派政党にニーズなし さらに、希望の党が12日に公表した公約も、外交安保・憲法は右派的、経済政策は左派的と、結局、候補者だけではなく公約も寄せ集めであることを露呈させてしまった。また、「満員電車ゼロ」「花粉症ゼロ」など「12のゼロ」はあまりの荒唐無稽さにメディアにさえ黙殺されてしまう体たらくだった(ちなみに筆者の周りでは嘲笑の対象でしかなかった)。 このように、はじまりは小池代表の舌禍ではあったが、小池代表の政策遂行能力への疑問、政党としての理念の曖昧さ、公約の支離滅裂さ加減等が白日の下にさらされた結果、小池バブルが崩壊した。 そもそも希望の党への合流に舵を切った前原誠司民進党代表も保守二大政党による政権交代が持論であり、日本維新の会、日本のこころは自民党と同様、憲法改正を掲げ、場合によっては自民党より右寄りの主張を掲げていた。そうした自民党に類似した右派政党が軒並み議席を減らした点に鑑みると、最近右傾化したと指摘されがち日本にあっても自民党以外の右派政党にはそれほどのニーズが存在していないことが確認できた。 日本経済新聞によると、年代別の政党支持率は、「全年代を合わせた政党支持は自民が36.0%と最も高く、立憲民主党が14.0%と続いた。自民党の支持率は、20代が40.6%と最高で、次に70歳以上、18~19歳が続いた。一方、立憲民主党は60代の17.8%が最も高く、70歳以上がそれに次いで高かった。10~30代ではいずれも10%を下回り、高齢層ほど支持を集める傾向が強かった。共産党も高齢層のほうが若年層より支持率が高かった」とのことである。 こうした調査結果は、最近指摘される若年層の保守化と整合的なように思われる。しかし、元々若年層ほど重視する政策は、(財)明るい選挙推進協会のアンケート調査によれば、「景気対策」「雇用対策」であり、昨今の雇用環境の改善を考慮すると、経済状況の改善が与党である自民党支持をもたらしている可能性も指摘できる。しかも、若年層の多くは冷戦構造の崩壊以降に出生し、イデオロギーからは比較的自由である点も、経済改善という業績に対して与党への業績評価投票の傾向を促進したと考えられる。(iStock) したがって、若年層が与党である自民党への支持を強めているからといって、必ずしも保守化したわけではなく、さらに、若年層ほど特定の政党支持が低く無党派層の割合が高いことも含めると、自民党への支持が高かったのは、若年層が単に業績評価投票の原理に則って行動した結果に過ぎない点に留意する必要がある。躍進した立憲民主党、失速した共産党 これまでの安倍一強自民党への批判の受け皿は共産党が一手に引き受けてきた。しかし、そうした共産党への批判票の集中は他にめぼしい野党勢力が存在しなかったための消極的な支持であり、アレルギーは持ちつつも、仕方なく支持していただけであることが、先の東京都議会議員選挙での都議会自民党への批判票の受け皿が都民ファーストとされたこと同様、今回の選挙で、共産党が失速し、立憲民主党が大躍進した事実から読み取ることができるだろう。 つまり、自民党に類似した右派政党や、「日米安保条約の破棄」「憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)」等昨今の東アジア情勢等に鑑み非現実的な路線を堅持する共産党には支持が集まらず、現時点では「リベラル」イメージ先行の立憲民主党に支持が集まったことを考慮すると、国民は安倍一強に代表される右派に対して健全な左派政党としてのイメージを獲得することに成功した立憲民主党に票を投じることで左からバランスを保とうとしたとも考えられる。こうした国民のバランス感覚は、共同通信社の出口調査によると、無党派層の比例代表での投票先は立憲民主党が30.9%でトップであり、しかも「立憲民主、共産、社民3党」では42.8%と連立与党の27.3%を大きく引き離したことからも裏付けられる。衆院選の開票当日、インタビューに応じる共産党・志位和夫委員長=2017年10月22日、東京都渋谷区(川口良介撮影) ただし、日本では混乱して用いられている保守やリベラルのラベル、ひいては与野党の対立軸は、経済哲学ではなく憲法哲学といった旧態依然としたものである。 東西冷戦の終了により、それまでの資本主義と社会主義間での体制選択を軸とした党派的活動が世界的に弱まる中、欧米先進国では、社会主義陣営に対抗するため肥大化した政府の役割をどこまで小さくしていくのか、つまり、小さな政府対大きな政府が体制選択に変わる新たな対立軸として確立された。日本でもいわゆる55年体制確立以降対立してきた自民党と社会党(当時)による自社さ連立政権が1995 年に樹立されたことで、イデオロギーが政治の中心であった時代が完全に終焉したかのように見えた。しかし、日本では財政赤字ファイナンスの存在で給付面では中福祉、負担面では低負担が実現しており、政府の大きさは対立軸に成り得なかった(この点については、来月刊行予定の拙著『シルバー民主主義の政治経済学』日本経済新聞出版社で詳しく論じている)。 したがって、冷戦構造の崩壊以降現在に至るまで、政治的な対立軸は、自衛隊の意義や活動範囲を憲法上どのように位置付けるかという冷戦時代の残滓であることもまた明らかになった。新党バブルの読み方 希望の党が設立され、バブルが崩壊するまでごく短時間しかかからなかった。93年の新党ブーム以来最近に至るまで30を超える相次ぐ新党の誕生・消滅、看板の掛け替えが、政治に対する分かりにくさを増大させた。これまで何らかの理由により民意を集めることができなくなった既存の政党に所属する政治家は、離党して新党を立ち上げたり、あるいは政党そのものの名称を変更して、今までの所属政党の色を薄くし、政治的な立ち位置を曖昧にすることで、こうした特定の支持政党を持たない有権者に対する理解の困難性に付け込んで新たに民意獲得を狙ってきた。 有権者は有権者で、これまでの評価がいったんリセットされた既存の政治家グループに対して、実績がないにもかかわらず根拠に乏しい期待を抱き、風を起こす事態が生じる。まさに、勘違いが有権者の投票を支え、新党バブルを煽ることになるのだ。 しかし、希望の党のバブルの生成と崩壊を見ると、立憲民主党への支持がバブルであるか本物であるかは、今後どのようなスタンスで与党の政治に対峙していくのか、反対のための反対なのか、国民の利益を第一に与党との議論を重視し、課題の解決を図っていくのかが問われることとなる。 民進党が突然の希望の党への合流を決め、選挙目当てに逃げ込んだ先の希望の党が惨敗し、分裂した立憲民主党や無所属議員が健闘したことから、今後、野党の再編を巡る騒動が勃発するのは想像に難くない。しかも、今回の選挙でも政策論争が行われた形跡は全く見当たらない。2017年10月、立憲民主党本部の公開で会見に臨む枝野幸男代表(斎藤良雄撮影) しかし、いわゆる団塊の世代が後期高齢者になる2025年までに残された時間が少ないにもかかわらず、財政や社会保障の問題にはめどがついていないなど、相変わらず山積の課題の先送りが続いている。これまでも先送りができたから今後も先送り可能であるとは限らない。 政治の役割は、本来、こうした危機感をすべての国民と共有したうえで、国民に解決のための選択肢を提示し、熟議を重ねて決定していくことにある。 政党や政治家はいつまでも数あわせの政治ゲームにうつつを抜かす時間的余裕がないことを肝に銘じて、国民の利益のために国民から負託された権力と時間とお金を行使する必要がある。しまさわ・まなぶ 中部圏社会経済研究所チームリーダー。富山県生まれ。1994年東京大学経済学部卒業 同年4月経済企画庁入庁。調査局内国調査第一課、総合計画局計量班、調査局国際経済第一課等を経て2001年内閣府退官。02年秋田経済法科大学経済学部専任講師、04年10月秋田大学教育文化学部准教授。12年4月より現職。

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    「フェイクニュースの惨敗」メディアの腐敗が後押しした安倍一強

    はよう寺ちゃん活動中」で、コメンテーターの経済評論家、上念司氏は「フェイクニュースの惨敗だ」と今回の選挙を総括した。上念氏のいうフェイクニュース(嘘のニュース)は、朝日・毎日系列に代表される新聞やテレビが、今年冒頭から連日のように流してきた森友学園・加計学園に関する一連の疑惑報道のことを指している。疑惑の矛先は、安倍晋三首相に向けられてきた。両学園に関してなんらかの不正を首相が犯したのではないかという、現段階ではまったく事実の裏付けのない「疑惑」だ。 今回の選挙の勝利を受けて、安倍首相は今後も丁寧に説明するとしたうえで、自身への疑惑が根も葉もないことを指摘した。首相の言い分をこの場で擁護するつもりはないが、実際に森友・加計問題がマスコミで連日のように取り上げられた中で、筆者も何度もこの問題について書いてきた。結論だけ書くと、上念氏が明言したように、マスコミが首相に「悪魔の証明」(自分がしていないことを証明させる永久に立証できないもの)を求める悪質な偏向報道だということだ。 だが、今回の選挙後でも、朝日・毎日系列を中心にして、相変わらずこの両学園の問題に繰り返し言及している。一種の「社会的ストーカー」といってもいい事態だろう。もちろんマスコミには政治を客観的に批判、監視する役割がある。それが民主主義の根幹にもなっている。また時にはマスコミ自身が間違うこともあるだろう。それは選挙にかかる金銭と同じように、民主主義のコストだといえる。だが、さすがにこれだけ長期間にわたって、なんら具体的な証拠も証言も、またそもそも何が問題かさえ明白ではない「安倍首相の疑惑」を報道することは、マスコミの政治的偏向だと指摘されてもやむをえないだろう。 このようなマスコミによる政治的な誘導を狙っているとしか思えない偏向報道が長期化することは、今後の日本の政治・社会に暗雲をもたらす可能性が高い。世論調査をみると、まだ両学園問題について「(首相自身の)疑惑が解明されていない」という意見が多いようである。しかしそれが今回の投票に結び付いていない。これはなんでだろうか。筆者の推測でしかないが、ひとつは世論調査の仕方や対象に大きなゆがみがあることだろう。しばしば指摘されるのが、世論調査の方法が固定電話を対象にしたもので、そうなると高年齢の回答が多くなる。「フェイクニュース民主主義」誰が正す? 高齢者の多くは、ワイドショーなど特定のメディアで情報を入手するため、先ほどの偏向報道の影響をうけやすいといわれている。また高年齢層ほど、自民党の支持者が大きく減少することも各種の調査で明らかである。このような一種の世代効果(あるいはワイドショー効果)とでもいうべきものが本当に存在するのかどうか。この点の解明は専門家の分析を待つしかない。もうひとつは、たとえ「疑惑」があるにせよ、それが確証されていない段階では、現在の自公政権の枠組み維持のほうにメリットを感じる有権者が多いということだろう。それを示すように、安倍政権への支持率はいまだ不安定だが、他方で今回の選挙でも自民の圧勝をもたらしている。これはなかなか賢い国民の選択だともいえる。 筆者はこの連載で繰り返しているように、両学園問題は言葉の正しい意味で、首相の責任ということに関してはフェイクニュースであると確信している。その理由は前回の論説で書いた通りだ。その一方で、このフェイクニュースによって政治状況が左右される「フェイクニュース民主主義」とでもいう事態には警戒感を強めている。残念ながら、今回の選挙によってもこの種のフェイクニュース民主主義の芽がついえたわけではない。今後も警戒を続けなければいけないだろう。 経済学では、市場はお金、人材、設備などといった資源を効率的に利用できる経済環境であるとされている。だが、環境問題などに典型的なように、市場活動の結果、社会的な害悪をもたらす事実や可能性が絶えず存在する。そのとき、市場活動に問題の解決をまかせることはできない。政府の介入余地が必要になってくる。これを「市場の失敗」といい、社会的に望ましい状態と現状とのかい離を表現するものである。 ただし、このときの政府はしばしば賢く、また社会的に望ましい状況にむけて改善するものだと、一種の性善説を前提にしていることが多い。だが、実際には政府はそのような存在ではない。さまざまな既得権益や利害対立をはらむ存在である。つまり「政府の失敗」が存在する。 この「政府の失敗」を正すものはなんだろうか。それが実際にはマスコミの役割だったはずだ。だが、マスコミ自体も「報道の失敗」を引き起こす。マスコミも権力機構であり、腐敗するのだ。このようなマスコミの腐敗、またはフェイクニュース民主主義への誘導を厳しく検証する必要がある。その役割は誰がするのだろうか。 衆院解散の検討を厳しく批判した、2017年9月19日付の毎日新聞社説(左)と2017年9月18日付の朝日新聞社説 それは国民自らの関与でなくてはならない。インターネットでのマスコミ監視や、マスコミに代替・補完するさまざまな活動かもしれない。もちろん話は最初に戻り、われわれの経済活動の根幹をなす市場も失敗する。試行錯誤が続くだろう。だが、その活動をあきらめてはいけない。現状のフェイクニュース民主主義がもたらす弊害は深刻だ。そしてそれゆえに、われわれは失敗を恐れず、常に政治とマスコミの両方を冷静に事実と論理で検証していかなくてはいけないだろう。

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    またしても選挙報道がひどかった

    3年ぶりの総選挙は自民・公明与党の圧勝劇で終わった。国民は安定政権の継続を支持したわけだが、それにしても期間中にこれほど風向きがころころ変わった選挙も珍しい。その主因は言うまでもなく既存メディアの偏った選挙報道にある。罪深きはメディアか、それとも情報の受け手たる主権者のリテラシーか。

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    テレ朝、TBS「モリカケ報道」のどこが悪い

    山田順(ジャーナリスト) 今回の総選挙を主にマスメディアの報道から考えるというのが、本稿に与えられた命題である。しかし、そもそも現在の日本のマスメディアの選挙報道に、なにか大きな問題があるとは私は思っていない。やれ偏向報道だ、世論調査は操作されているなどとやかましいが、ネットメディアに比べたら、極めて常識的な範囲の中で報道が行われているのではなかろうか。 例えば、大新聞で言えば、安倍晋三首相が朝日新聞を嫌い、読売新聞を「御用メディア」とするのだから、そういう両極のメディアがあることが健全な証だと私は思う。そもそも、これまでマスメディアに要求されてきた「公正報道」ということ自体が間違っていたからだ。 ネットメディアが乱立し、ほとんどの国民がSNSを使っている現状で、公正報道を問うこと自体がおかしい。事実関係をゆがめたり、まったくの虚偽報道はあってはならないが、政治的に偏った報道はどんどんあるべきだろう。 朝日新聞、毎日新聞が「リベラル」を勝手に自認し、「平和」と「護憲」を訴えなかったら誰も見向きもしないし、部数も激減するだろう。逆に読売新聞と産経新聞が「体制擁護」に徹し、「首相と日本を守る」ための報道をしなかったら、読者は一気に離れるだろう。 テレビも同じだ。首相がことあるごとにTBSやテレビ朝日の報道番組に出演して、例えば「モリカケ問題」の潔白を訴え続けたら、両局は、それぞれTBSとテレビ朝日でなくなってしまうだろう。2017年9月、会談中に握手する安倍首相とトランプ米大統領=ニューヨーク(共同) 首相自らが「印象操作」と言うのだから、この状態は批判するようなことではない。なにしろトランプ「オレ様大統領」は自分がツイッターで言うこと自体が真実で、米主要メディアのワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズを「フェイクニュース」呼ばわりしたのだ。この世に「公正報道」など期待するのが無理というもので、そんなことをマスメディアがする必要もないのだ。国民全員が「ジャーナリスト」に? おバカな「地球市民」と、自分は庶民より利口だと思っている「小市民」は、いまもマスメディアに「公正報道」を求めている。しかし、なにが公正かと問えば、誰も答えられない。いまの日本にあるメディアで、いったいどこが「公正報道」ばかり行っているというのか。NHKと答えたら「それはブラックジョークですか?」と笑われるだろう。 そもそも現在のマスメディアは、近代国家の成立とともに誕生し、そこではジャーナリズムによって「権力監視」が行われるものとされてきた。「フリーダム・オブ・スピーチ(言論の自由)」と「フリーダム・オブ・プレス(出版の自由)」が保障され、新聞、雑誌、その後に登場したラジオ、テレビがそれを独占してきた。だからこそ、「公正報道」による「権力監視」がジャーナリズムの役割とされてきたのである。2017年2月、BPOの放送倫理検証委が公表したテレビの選挙報道を巡る意見書。右は記者会見する委員ら=東京都千代田区 しかし、ネット社会の現在は違う。SNSによって誰もが情報発信ができるし、ブログやネットメディアで記事を書ける。要するに、意図しようとしまいと、国民全員が「ジャーナリスト」となってしまったのだから「公正報道」など期待するほうが無理というものだ。 なにしろ、公正報道を心がけるように教育・訓練されてきたジャーナリストの記事と、取るに足らない自身の意見を書き連ねている「小市民」の記事が同列に並んでしまうのが、ネットメディアである。さらに、そこに最近では「プロ市民」によるプロパガンダ、偽ニュースを拡散するボットなどが登場し、なんでもありの世界になっている。 つまり、トランプ様のように言いたいことだけ言えばいいのが、この世界の最新ルールだ。そこにおいて、なぜ旧来のマスメディアだけが「公正報道」をしなければならないのか。 選挙報道において、マスメディアがもっとも尊重してきたのが、テレビの場合、放送法第4条にある「政治的に公平であること」「意見が対立している問題についてはできるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」だった。この公平の原則はこれまで「量」によって担保されてきた。報道の「質」で公平保たれたか 例えば、自民党総裁である安倍首相の演説を1分間流したら、共産党の志位和夫委員長の演説も1分間流すという「量による公平性」だった。これは、大新聞の紙面においても配慮されてきたことだ。なぜ、このように量を担保したかといえば、それは電波が希少だったからである。しかし、ネットのように無限のメディア空間ができてしまった現在、この理屈は成り立たない。 そこで、2月に放送倫理・番組向上機構(BPO)の放送倫理検証委員会は、テレビの選挙報道について「編集の自由が保障されている以上は、求められているのは出演者数や露出時間などの量的公平性ではない」とし、政治的公平性は報道の「質」で保つべきだとする意見書を公表した。「量」から「質」への転換である。したがって、今回の総選挙はテレビにとって報道の質を初めて問われることになった。 そこで、特にこの点を注視して報道を見てきたが、これまで大きく変わった点はそう見られなかったというのが私の見解だ。むしろ、各局は独自の姿勢に基づいて報道してもよかったのではないかと思う。 例えば、「希望」を「絶望」に変えた小池百合子東京都知事が大風呂敷を広げたにもかかわらず「敵前逃亡」してしまったことだ。初めから当日パリにいるつもりなら、なぜ民進党を巻き込んだのか。その国民をなめたやり方の無責任ぶりをもっと追及すれば、この国が抱えている政治的な問題がもっと明らかになっただろう。希望の党開票センターで、当確者の名前をボード張る樽床伸二代表代行(左)。右はテレビ中継で発言する細野豪志氏=2017年10月22日、東京都内のホテル(酒巻俊介撮影) また、日本の「リベラル」が実はリベラルではないこと、護憲とリベラルは一致しないことを立憲民主党の主張から導いてほしかった。リベラルが「改革・革新」を意味するなら、リベラルこそ改憲を唱えて社会を革新していく使命がある。それが、なぜ「平和憲法」といっても「日本の平和」ではなく「アメリカの平和」のために存在する第9条を変えてはいけないか。この摩訶(まか)不思議なリベラルをもっと解明してほしかった。 そして、選挙のために途切れてしまった「モリカケ問題」報道を、なぜこの期間に限ってほとんどやめてしまったのか教えてほしい。選挙結果と関係なく、「腹心の友」と「アッキー」は国民の前に出るべき義務から逃れられないはずだ。「すき好んでだまされる」情弱の人々 いずれにせよ、「大義なき選挙」「国難選挙」は終わった。この間、ネットを含めて膨大な情報が飛び交った。特にネット空間では、ネトウヨ、極右、リベラル、ネトサヨ、ネトサポなどの「血みどろ」の攻防が繰り広げられた。今や政権擁護のネット組織がギャラをもらってプロパガンダを流している、あるいは左翼系サイトを攻撃していることは広く知られている。また、テレビ報道では「電波芸者」と揶揄(やゆ)されるコメンテーターが「与党は正しい」コメントを流し続けた。 しかし、こうしたことすべてを批判するのはおかしい。なぜなら、繰り返し書くが「公正報道」はもはや無意味だからだ。したがって、こうした世界でたやすくだまされるとしたら、だまされた人間のほうが悪いのだ。雨の中、街頭演説に耳を傾ける有権者たち=2017年10月21日、東京都中野区 ネットの世界のプロパガンダには、本来、政治思想など存在しない。右も左もない。発信・運営する側はマネーで動いているからだ。 現在では、ビッグデータを人工知能(AI)で解析してプロパガンダがつくられている。例えば、トランプ大統領を誕生させたとされる英データ分析会社「ケンブリッジ・アナリティカ」は、ヘッジファンドの大物ロバート・マーサーが大金をつぎ込んでつくった。日本でも同じだ。ただ、日本の業者はいまのところ単におカネを得て、右や左に偏ったプロパガンダを製造し、さらに敵対サイトに書き込み攻撃をしているだけだ。だまされるほうがどうかしている。 よく、人は信じたいことを信じるといわれる。これは、ある意味で正しく、例えば左翼なら「政権は腐敗している」系の記事、右翼なら「日本は素晴らしい」系の記事ばかり喜んで読んでしまうという悲しい習性を持っている。これを「選択的接触」と呼ぶようだが、この傾向が強い人間ほど情弱であるのは間違いない。 要するに、情弱の人々というのは「すき好んでだまされる」のだ。果たして日本人はそれほど情弱ばかりなのだろうか。選挙結果を見て、考えてみることが大切だ。

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    「偏向報道だらけ」なら、なぜ自公が圧勝したのか

    事前の情勢が当たってしまうのである。 よって、投開票日のよる20時0秒にでる開票予測が、ほぼそのまま選挙結果とイコールになる。「事前に優勢(或いは劣勢)報道がでると、有権者が判官びいきで逆行動に走る」というは冷戦時代のお話。大平正芳や中曽根康弘時代の前提であって、現在では通用しない。 私は何が言いたいのかといえば、良くも悪くも現在の選挙報道の精度が高く、信頼に足る、ということだ。冷戦時代の選挙予測が聴診器だとすれば、現在のそれはMRI(核磁気共鳴診断装置)である。そのぐらい精度が上がっている。 だから、一昔前ならばあった「大番狂わせ」というのが、とんと無くなった。よほどの接戦区ならわからないが、大体読み通りになる。だから、つまらないと言えばつまらない。解散した時点で、おおよその結果は分かるのである。解散表明のテレビ画面に見入る家電量販店の来店者ら=2017年9月、横浜市 小池百合子が「希望の党」代表になった際(立憲民主が存在していない時分)、「反アベ」に血眼になった一部の週刊誌や予想屋が「自民単独過半数割れ、希望の党100議席に躍進」などと書いたが、大うそだ。 安倍総理の解散決断の時点で、私は直感的に自民党単独で270前後、ミニマム(最小)でも260、マックスで280議席超すらありうる、とテレビやラジオで公言してきた。本稿執筆時点は投開票日の2日前であるが、この予想はいささかも変わらない。自公あわせて300議席の攻防であろう(―結局、議員定数の母数が10減っているので、自公は現有を維持し、大きく変化ない)。創価学会と組まない希望の党が、100議席に新調することなど、選挙の常識から言ってあり得ない。公明党は常時700万票前後を保有している、現代日本で唯一残された組織票だ。 ここを味方にできなかった希望の党と小池に最初から勝利などありはしない。ガソリンを止められた戦車師団と同じで、学会に背を向けられたものは勝てない。現代日本政治の常識だ。逆に言えば先の都議会議員選挙で小池率いる「都F」(都民ファーストの会)が勝ったのは学会票が所以(ゆえん)である。小池の政治力のお陰ではない。ここを勘違いしている人が多い。 アベ憎しのあまり、選挙予測の常道を忘れて「自民党単独過半数割れ」などとした予想屋は、22日の20時0秒を以て赤っ恥をかくに違いない。断っておくが私は安倍政権からカネを貰っているわけでも、安倍政権を100%信任しているわけでもない。自民党員でもなければ、元来の自民党支持者でもない。自民党や安倍総理に対しては、どちらかと言えば冷淡な方だ。 単に、客観的な選挙の常道から言って、自公が勝つに決まっているという事実を述べただけだ。今次選挙に限ったことではないが、とりわけスポーツ紙などで煽情的な「自民壊滅」の報が出る。が、これらは統計的根拠に基づかない嘘なので信用しないように。 CNNと朝日新聞調査の方が1000倍信用できる。そのぐらい、現代の世論調査は進化している(―ちなみに、新聞やテレビが実施する電話世論調査には携帯電話しかもっていない青年層は除外され、固定電話を持つ高齢者世帯からのみ意見を抽出している、というデマが未だに一部でまかり通っているが、現在の電話世論調査は無作為に発生させた”ケータイユーザー”にもきちんと調査を実施しているので、騙されてはいけない)。賢くなったのは有権者 私は、今次衆院選における選挙報道は、つとめて新聞・テレビは客観的報道に「努めよう」と努力をした形跡が大である、と評価している。 たとえば2005年の郵政選挙(小泉内閣)の時はそうではなかった。小泉から「抵抗勢力」と名指しされた郵政造反組は、徹底的に悪辣な守旧派と罵られ、小泉の掲げる輝かしい大義「聖域なき構造改革」に無思慮に抵抗するだけの利権屋のごときイメージ報道をされた。 なにせ、郵政造反で自民党を離党した亀井静香氏に対し、「刺客」として広島に送り込まれた堀江貴文氏(当時ライブドア社長)が、なにかまぶしい日本の希望として喧伝された時代である。 当時(―すなわち12年前)のマスメディアにも、一定の基準はあったが、明らかに「小泉旋風」に肩入れした報道内容だった。しかしあれから12年がたち、「劇場政治」は一変した。この12年間、「劇場政治」に惑わされないだけの肥えた「目と耳と舌」を有権者は獲得した。有権者は馬鹿ではない。冷徹に現状を見つめている。池袋駅前で街頭演説を聞く有権者ら=2017年10月10日、東京都豊島区 メディアの側も、放送倫理・番組向上機構(BPO)を恐れてどちらか一方に偏った報道をしなくなった。いまだに一部ネット界隈では、例えば地上波テレビの〇〇局を「偏向報道!」と呪詛(じゅそ)するが、革新勢力からNHKやTOKYO MXが「右翼の偏向報道!」とデモ隊に包囲されるご時世である。12年前にはこんな様相はなかった。メディアはより公正、厳密になり、有権者は賢くなっている。 むろん、これが最適かどうかはまだわからない。しかし少なくとも、相対的に報道は中立性を強く意識するようになった。やおら公正なメディアの元、自公が信任されたのであれば、より安倍政権の民主的正当性は補強される。 アベは独裁者だ、という声にも、抗することのできる社会科学的根拠を有することができよう。いやはやよく言えばフェアーな、悪く言えば面白みのない時代になったものだ。しかしこのような時代だからこそ、イデオロギーの左右を超えて、客観体な数字をもとにした合理的な判断のできる識者が求められているのかもしれない。(文中一部敬称略)