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    もし信長が「日銀総裁」だったら

    歴史に「もし」は禁物だが、この人が今の日銀総裁だったらと思わずにはいられない。戦国大名、織田信長である。信長と言えば、型破りの発想で次々と難敵を打ち破ったことで知られるが、実は傑出した経済人でもあった。デフレ脱却が至上命題の現代ニッポン。「戦国の革命児」信長ならどう挑むか。

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    信長が日銀総裁なら必ず強行する現代版「土地より茶器」大作戦

    橋場日月(歴史研究家、歴史作家) 織田信長が日銀総裁になったら、というお題を頂戴した。「歴史にifは禁物」というが、魅力的な仮定でもある。さまざまな経済政策を実行した信長だけに、彼が現代日本の貨幣流通・金融管理の元締めをどうリードするのか、考えてみるのも面白いだろう。 史実の信長と経済との関わりでまず挙げられるのは「楽市楽座」だ。「楽」は自由、フリーという意味で、誰でも自由に商売ができ、免税され、領主の権力も介入しないという政策だ。信長はこれを美濃征服の翌永禄11(1568)年9月に、岐阜城下の加納(現在の岐阜県岐阜市加納)で実施した。 合戦で荒れた町を復興させるために手っ取り早く商人を集める手段だったのだが、この政策自体は南近江の六角氏による石寺新市(現在の滋賀県近江八幡市安土町石寺)や、駿河の今川氏による富士大宮(現在の静岡県富士宮市大宮町)の楽市指定など、先例がある。 それにこれはどちらかといえば経産省のテリトリーだろう。問題なのは、信長が加納市に宣言した「楽市」が、「借銭・借米・さかり銭」も免除した点だ。これは「楽市」に「徳政」を組み合わせたものといえる。借銭・借米はそのまま借金を指す。さかり銭は「下がり銭」、下がるは「後になる・後にする」という意味があるから、これは後払い=掛け売りに伴う手数料を指すらしい。 ということは、日銀の業務に例えれば、彼は割り引いた手形をそのまま発行元に返し、割引の手数料や利息分もタダにしたという形になるのではないか。あくまで特例的措置とはいえ、劇薬と言ってもいい金融政策だ。「何がなんでも町を立て直す」。信長の決意の固さが、ここに表れている(彼の懐は痛まず貸主が損をするだけの話だが)。「木造織田信長坐像」=大徳寺総見院所蔵(中田真弥撮影) 「現代の徳政」といわれる日本航空やりそな銀行などに対する公的資金注入にも似ているが、これは金融庁マターだから、日銀の関わりはとりあえず国庫金を払い出す業務のみだろう。 税を免除し、借金を棒引きにすれば、当然ながら短期的に市場の貨幣は増える。その分物価は上昇し、経済活動は活発化するだろう。大幅な金融緩和でデフレ脱却を目指す現在の日銀総裁と、ある意味共通した思想かもしれない。 ただ注意しておきたいのは、日銀総裁と違って信長は経済政策のすべてを総覧する立場だったことだ。彼は流通ルートの開発に励んだし、道路や橋の整備をおこない、舟運の保護にも熱心だった。市場は取引される商品がなければ成り立たないわけだが、その商品の生産についても、地元特産の瀬戸物を保護奨励し、後に志野焼や織部焼が生まれる基礎を作るなど、差別化や増産に努めたことを忘れてはいけない。信長の「新しい手法」 この年に上洛を果たした信長は、明くる永禄12(1569)年、京や奈良に「撰銭(えりぜに)令」を発する。撰銭とは、良質な貨幣とびた銭(劣化したもの、私鋳銭など)を選別して、その扱いに差をつける行為をいう。偽札が厳禁され、劣化した貨幣は回収される現代ではピンと来ないが、当時はそれが当たり前だった。信長は当初この行為を禁止したのだが、少しでも有利な貨幣をと考える人々には受け入れられなかった。 そこで彼は交換レートを定めて、撰銭も決済手段として安定的に用いられるようにし、売買取引がスムーズに行われるよう誘導したのだ。 これは必ずしもうまくはいかなかったが、銭が不足したり、撰銭のせいで流通が円滑に行われず、手っ取り早く米を代価にしたりするなど混乱した当時の状況の中で、信長がなんとか銭を基軸通貨にしようと努力したことは間違いない。それは、有名な「永楽通宝」の銭紋の旗印を掲げた信長にふさわしい政策だった。 おそらく彼が本能寺の変で死なずに天下を統一していれば、徳川家康のように貨幣鋳造事業に乗り出していただろう。この撰銭令も日本銀行の業務でいえば貨幣流通と為替の管理に相当するのではないか。 また、こうして金融政策を駆使して天下統一の歩みを進めていった信長は、「茶湯御政道」と呼ばれる新しい手法も生み出した。大金を投じて名物茶道具を集め、それを手柄のあった部下へ土地の代わりに恩賞として与えるというやり方だ。 信長から茶会を開くことを許され、茶湯に精通した文化人たちからもうらやまれるという名誉に、家臣たちは熱狂した。滝川一益など、「上野国(現在の群馬県)を賜るより茶器が欲しかった」と愚痴ったほどである。信長が新しい価値を創造し、土地に命をかける武士の価値観をガラリと変えてみせたのだ。そんな信長が日銀総裁ならば、おそらく仮想通貨を公認し、よりスピーディーな流通取引を目指すだろう。画像はイメージです(iStock) 以上を総合すると、「日銀総裁」織田信長は貨幣を増産して市場流通量を上昇させインフレに誘導し、金融緩和によって経済活動を活発化させた上に、仮想通貨という新たな基軸通貨を積極的に支持し、全く今までにない国内外の決済システムの構築に向けた取り組みを行っていたことだろう。

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    「優れた経済人」織田信長だったらデフレ脱却にどう挑むか

    中里幸聖(大和総研金融調査部主任研究員) 織田信長は天下統一をなし、全国平定の道半ばで倒れた。当時は畿内周辺が「天下」という認識であったことを考えれば、天下統一を成し遂げたといえよう。もし本能寺の変で倒れなければ、全国平定にとどまらず、東南アジアやインド、そして中国を目指したかもしれない。 いずれにしても「天下人」として、日本をまとめ上げようとしていた信長は、軍人としての側面よりも政治家としての側面が強い人物といえよう。また、経済人としての資質も優れていたと考えられている。 羽柴(豊臣)秀吉、明智光秀、柴田勝家といった個性ある武将たちに大軍団を任せ、各方面軍の軍事行動を継続するにはカネがかかる。本能寺の変直前では、中国方面軍(羽柴秀吉、明智光秀が助太刀予定)、北陸方面軍(柴田勝家)、関東方面軍(滝川一益、軍事的任務はほぼ終了)、四国方面軍(丹羽長秀、出陣準備中)が編成されていた。 また、新たに領地に編入した地域の領民の支持を得ることができなければ、領国経営は安定しない。領民の支持を得るための第一は、経済の活性化と税金の軽減であろう。これは古今東西変わらない。 信長は楽市楽座などの商業活性化、道路や港湾の修繕・整備、城および城下町の修築や建築などのインフラ整備を推進した。また、本人の趣味と実益を兼ねた大量の衣装類の発注や茶道の振興、それに伴う茶器の調達といったコンテンツ産業の育成など、多方面に及ぶ経済活性化策を実施している。 関所の廃止は商業流通の促進とともに、楽市楽座と同様に減税といった側面もある。堺などの商業都市には矢銭(軍事費)の提供を求めたりしているが、同時に商業都市の保護を前提としている。 つまり、信長が「天下人」に最も早く近づくことができたのは、効果的な経済活性化策を実施し、領国内の経済力強化を実現してきたからでもある。なお、前述の方面軍の話も含め、本稿は歴史的検証が主眼ではないので、歴史的事実については大ざっぱな話をしている点はご了承願いたい。 さて、現代のわが国の経済について、信長ならどう取り組むかということが本稿の主題である。そのために、わが国の経済の現状を簡単に振り返りたい。 2012年12月に安倍晋三首相が政権に返り咲いて以降、わが国の経済がそれ以前に比べれば良好な状態にあることは多くの経済指標が示している。民主党政権時の3年第1四半期間(2009年9月~2012年12月)における2011年基準の実質国内総生産(GDP)の単純平均は約493兆円(年率換算、以下同)だが、直近3年第1四半期間の実質GDPの単純平均は約523兆円と約6・0%増加している。2018年4月、首相官邸で安倍晋三首相(右)と会談する日銀の黒田東彦総裁(春名中撮影) また、民主党政権時の完全失業率の単純平均は約4・7%、直近3年第1四半期間の単純平均は約3・1%と1・6%ポイント改善している。なお、2017年第4四半期の実質GDPは約535兆円、2018年3月の完全失業率は2・5%である。 しかし、デフレからの完全脱却については、まだ道半ばであろう。安倍首相が任命した黒田東彦日銀総裁は2013年4月にいわゆる「異次元緩和」を掲げ、大胆な金融政策を実施してきた。 株式市場をはじめとする金融市場からは、一時期の暗い雰囲気が払拭(ふっしょく)されたといえるが、「物価上昇率2%」という目標は達成できていない。こうした数値目標にこだわり過ぎる必要はないと思うが、わが国が再びデフレ状態に陥る懸念は完全に過去のものになったと断言できないというのが現状であろう。「新人類」だからこそ デフレとは、世の中のモノやサービスの価格(物価)が全体的に継続して下落することである。ただし、わが国の経済がデフレ状況にあるかどうかの定義についてはさまざまな議論があった。 インフレはデフレの逆で物価が全体的に継続して上昇することを指す。細かな定義の議論は別にして、デフレ下では、価格低下→企業収益減少→賃金減少→節約志向→価格低下、といった経済の縮小サイクルが継続することになる。 デフレの原因を極めて単純に説明すると、需要<供給、つまり供給過剰需要不足ということである。インフレはその逆で、需要>供給、需要過剰供給不足となる。いわゆる「失われた20年」とはデフレ的な経済が続いていたことの比喩的な表現であり、少なくとも経済的な活力は感じにくい状況であった。 一方、信長が活躍した戦国時代後期から安土桃山時代というのは、経済的には高度成長時代であり、活力に満ちていた。各地の戦国大名が領国の維持や拡張のために、富国強兵策を展開していた。軍備充実や軍隊動員には多くの需要が発生する。また戦国時代は、従来の価値体系が崩れ去っていく中で、新しい価値の探求が行われていた時代であり、軍事面のみならず農工業分野でも技術革新が進み、農工業の生産性が上昇した。 農村での余剰人口は、商人や職人になるなどして経済全体の供給力拡大に寄与した。戦国大名が公募する足軽に応募して、需要拡大に寄与した側面もあろう。需要が拡大しているだけでなく、供給力も伸長していたのである。折からのキリスト教宣教師をはじめとする南蛮人(当初の主力はポルトガル人とスペイン人)の渡来も技術革新や文化生成に大きな刺激となっている。文化生成は新たな需要と供給を生み出すことにもつながる。 つまり、当時は旺盛な需要によるインフレ的な傾向があるものの、供給力も拡大しており、需給も相まって成長していたのが戦国から安土桃山にかけての時代である。信長はそうした傾向をさらに促進するようなさまざまな施策を実践していたといえる。 さらに、「天下人」としての信長は、こうした施策の実践を、自身の決裁でなし得ていく。いくら「天下人」とはいえ、民衆の支持を失ってしまえば持続性はないが、民衆の支持は施策を実践した結果に対する評価であり、実践段階では信長の自由度は高かった。もちろん、朝廷や家臣などの関係者と全く調整しないでも良いということではない。 翻って現代は、人口減少・少子高齢化が進行している。人口減少は基本的には需要減少要因である。今、わが国が直面しているデフレへの懸念の根本は、中長期的な需要減少が想像されることにあると考える。 こうした事態に対し、当面の対応として、第二次安倍政権発足当初に掲げられた「三本の矢」、すなわち「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」は方針としては正しい処方箋を打ち出していたと考える。「三本の矢の教え」で有名な毛利元就が生涯を過ごした広島県安芸高田市から「三本の矢」を贈られた安倍晋三首相=2013年2月(酒巻俊介撮影) さらに2015年9月には「新・三本の矢」として、「希望を生み出す強い経済」「夢をつむぐ子育て支援」「安心につながる社会保障」を打ち出している。このうち「希望を生み出す強い経済」は従来の三本の矢を強化するということだが、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」は、人口減少・少子高齢化というわが国の中長期的な需要減少に立ち向かうための政策とも言える。 しかし、「大胆な金融政策」は黒田日銀総裁が先頭に立って実施してきたが、デフレは金融的現象であると同時に実物経済的現象でもあり、金融政策のみで解決できるものではない。他の矢との相乗効果が求められるのだ。 一方、他の矢はさまざまな関係者が関わる政策であり、当初期待したほどに徹底して実施できたとは言いにくいのではないか。例えば「機動的な財政政策」は、首相が積極的であったとしても、国会や財務省の協力なしには進められない。 「民間投資を喚起する成長戦略」も国会や財務省に加え、関係省庁や地方自治体の協力が必要である。「民間投資を喚起する成長戦略」は、行政側の協力が得られたとしても、民間側の意欲が湧くようなものになっていなければ、前には進まない。 前述したように、信長も朝廷や家臣団、あるいは宗教勢力や町衆などとの調整を全くせずに政策を実施できたわけではないだろう。 しかし、各施策についての最終決裁者であるという強力な立場、直属の実戦部隊を持っていること、さらに彼自身が当時の言葉では傾奇者(かぶきもの)や婆娑羅(ばさら)といった「新人類」であったこともあって、これからを担う世代の民衆や家臣の強力な支持があり、多くの施策を積極的に進めることができたのだと推測される。信長ならデフレ脱却を成し遂げる 信長の凄(すご)みは徹底したリアリズムと愚直な実践にあると考える。与件の中でいかに効果を最大化するか、さらに与件をどう変えるか、を徹底的に追及し、できる所から愚直に実践し続けるのが彼の生涯であった。その際、民(たみ)のために天下を静謐(せいひつ)にするという明確な将来への意志があったからこそ、たゆまず努力を続けられ、人もついてきたのであろう。 与件の中でいかに効果を最大化するかの例としては、1578(天正6)年の御所周辺の築地塀の修理が挙げられよう。信長自身が全面的に請け負うこともできたが、京都の町人が請け負う方式が良いのではと、京都の町々に持ちかけた。 町ごとに組を編成させ、区分された築地塀の修理を担当させ、競争の原理を持ち込んだ。さらに当時は「風流踊り」という群衆音楽舞踊パフォーマンスの全盛期だったそうで、町々は自慢の歌手や踊り子を繰り出し、自分の街の分担区域の修理人員の士気を上げたそうである。 「即時にできた」といった内容が『信長公記』(太田牛一著)に記されているそうだが、最初から信長自身が全面的に請け負っていたら、そこまで早くはできなかったであろう。天皇や宮廷の女性たちも見物に来て楽しんだというから、単なる修理が明るい雰囲気の中で進んだことになる。 近年の日本経済では、安倍政権発足当初の「三本の矢」を打ち出し、実践に移していったことが、株式市場をはじめとする日本経済の雰囲気を明るく転換させたことが該当するであろう。 与件をどう変えるかの例としては、地味ではあるが長きにわたって継続してきた朝廷工作が挙げられよう。朝廷を味方につけることができれば、戦国大名の一人に過ぎない状況(実力はあるが公的な存在とは認められていない)から、国家の承認を得た立場となる。福井県越前町織田の「一族発祥の地」に立つ織田信長像(関厚夫撮影) 信長の父、織田信秀は、信長がまだ少年であった1543(天文12)年に朝廷の内裏の修理費用を献納している。信長も朝廷との交渉を早いうちから始めており、1568(永禄11)年の足利義昭を奉じての入京は、既に朝廷との間の了解事項であった。 朝廷から御所の建物の修理を要請されているという形で、信長が入京する手はずは整っていたのである。そこにたまたま足利義昭が頼ってきたタイミングが重なった。近年の日本経済で考えれば、今まさに取り組んでいる「夢をつむぐ子育て支援」などが与件を変えようとすることに該当するであろう。しかし、こうした与件を変えようとすることは地道な努力を長期にわたって続けることが必要であり、すぐに効果が出るものでもない。 信長が現代日本のデフレ脱却という課題にどう立ち向かうかということでは、大きな方針としては、現政権が打ち出している方向とあまり変わらないであろうと想像される。それを民衆の支持を維持しつつ、具体的に何をやるべきかを徹底的に追求し、愚直に実践し続けるということになろう。 ただし、当時のように「天下人」というポジションは存在しない以上、関係者の調整に多くの労力を費やすことになる。信長は理想を掲げて努力を惜しまないであろうから、不慮の死や失脚などがない限り、デフレ脱却をやり遂げるのではないだろうか。

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    信長もできなかった市場との対話、黒田日銀「物価2%」実現のヒント

    岡田晃(経済評論家、大阪経済大客員教授) 日本銀行の黒田東彦(はるひこ)総裁が再任され、2期目の任期に入った。黒田総裁は再任後初めてとなる記者会見で消費者物価上昇率「2%」の目標を堅持して金融緩和を継続する考えを強調し、出口戦略について「検討する局面にない」と明言した。2期目の黒田総裁にとって、2%の目標をどのように達成するかが最大の課題となる。 黒田総裁が5年前の就任直後に「異次元の金融緩和」に踏み切ったことは、従来の日銀の常識を破るものだったと言ってよい。その結果、景気は回復を続け、消費者物価もプラスに転じ、少なくともデフレ的な状況ではなくなりつつある。 しかし、それでもなお2%という目標には遠い。その一方で、長期間の超金融緩和を続けることで、さまざまな副作用も指摘され始めるなど、やや手詰まり感が出ているのも事実だ。それらを乗り越えて目標を達成するには、何らかの形で「常識破り」の次の手が必要なように見える。 では、2期目の黒田総裁は何をすべきか。ここで戦国時代に目を転じると、織田信長が行った数々の「常識破り」の政策にヒントがありそうな気がする。 信長は戦国時代の常識を越える新しいやり方で、天下統一を目指した。長篠の戦いでは、3000丁といわれる鉄砲の3段撃ちで武田騎馬軍団を打ち破ったことはあまりにも有名である。そのほかにも当時の人たちが考えもしなかったような画期的な戦術や政策を数多く打ち出している。 例えば、「兵農分離」などは代表的だろう。それまでの多くの戦国大名は戦が起きると農民を足軽兵士として動員するのが普通で、田植えや稲刈りの季節になると、戦を中断して、撤兵を余儀なくされていた。 しかし、信長は農家の次男、三男などを兵士として常時雇いにし、日ごろから訓練して一年中いつでも戦ができる態勢を整えた。織田軍の長期遠征を可能にしたのである。2018年4月、日銀本店で開かれた支店長会議に臨む黒田総裁(左から2人目)ら かたや、敵の兵士は農繁期が近づくと、自分の田畑がどうしても気になる。他の大名は農閑期に戦を仕掛けるしかないのである。その後の歴史を知っているわれわれは「兵農分離」は当たり前のように思えるが、それを初めて実行した信長は時代を先取りした発想の持ち主だったといえる。 さらに、兵農分離政策は軍律改革や本拠地の移転、城下町の発展という効果ももたらした。信長は戦いに勝利して敵の領地に進軍した際の略奪を禁止した。戦国時代には略奪は一般的に行われており、普段は貧しい農民兵士にとって一種のご褒美のような感覚もあったようだ。ぶれない男、信長 しかし、信長は兵農分離によって兵士の経済的な待遇を確立する一方で、略奪を固く禁じていたのである。実際、信長は上洛(じょうらく)した際に、京の街中で略奪行為を働いた兵士を斬首している。現代の感覚では厳しすぎる処分だが、いかに略奪禁止を重視していたかが分かる。これも当時では常識を越える方針だったといえる。 また、信長は清洲から小牧山、岐阜、そして安土へと本拠地を移転させていったが、これも兵農分離していたから可能だったことだ。信長は数多くの兵士を城下に住まわせることで、城下町を発展させた。このことが経済活性化にもつながったのである。 信長の経済活性化では「楽市楽座」も有名だ。鎌倉時代以来、商工業者は座と呼ばれる同業組合的な組織が独占的に販売を営んでいたが、信長はこれを解散させ、城下では自由に商業販売をさせた。今日風に言えば、徹底的な規制緩和によって既得権益を排除し経済を活性化させるものだった。 また、楽市楽座と同じような趣旨で、信長は関所の撤廃も行っている。関所というと、現代に生きるわれわれは箱根の関所のような公的なものを思い浮かべる。だが、この時代は地域の豪族や寺社、商工業者などが各地で勝手に関所を設け、関銭(通行料)を徴収していたのである。 本来は安全確保のための警備目的だったものが、実態は金もうけと既得権益のようになっていたのだ。このため物資が移動する際、何カ所もの関所を通るごとに通行料を取られるため、円滑な流通が阻害されて物価は高騰し、経済を疲弊させていた。信長はこれを廃止するとともに、主要街道の整備も大規模に実施し、物流や人の往来を活発化させた。 これらの政策、略奪禁止、楽市楽座、関所廃止、街道整備などは、庶民から歓迎されたという。このように、信長は強力なリーダーシップを発揮して天下統一に突き進んでいった。信長の政策はどれをとっても既存の常識にとらわれないものばかりで、信長という人物は時代を超える発想の持ち主でもあった。 こんな話が残っている。日本にやってきたイエズス会の宣教師が地球儀や世界地図を献上した際、信長は宣教師の説明を聞いて、献上品の「正体」をすぐに理解したという。当時、地球が丸いことを知っている日本人が誰もいなかった時代である。その場にいた家臣はだれも理解できなかったのも当然だったであろうが、信長の理解力には驚かされる。 また、宣教師が連れていたアフリカ出身の黒人を大変気に入って譲り受け、家臣にしている。黒人は奴隷出身だったと思われるが、信長は「弥助」という名前をつけて自分の側近にした。弥助は本能寺の変の際に信長に同行しており、明智光秀軍を相手に戦ったという。その際、明智軍に捕らえられた後に解放されたというが、その後の消息は不明だ。 このようなところにも、信長が偏見や既成概念にとらわれない人物であったことがうかがえる。しかも常に天下統一という大目標が軸に据えられていた。その意志は、本拠地の名を稲葉山から岐阜に改めたときから使っていた「天下布武」という言葉に表れている。比較的早い時期からはっきりとした目標を掲げ、一貫してブレなかったのである。主導すべきは日銀総裁だ そのような信長がもし日銀総裁だったら、どのような政策を採るだろうか。おそらく、デフレ脱却・消費者物価上昇率2%という目標達成のために、現在のわれわれの常識を越えた発想で政策を具体化してくれるのではないかと思う。 いや、もっと大きい目標を掲げるかもしれない。日本経済全体の本格復活のために徹底した改革を推し進めるだろう。それはもう日銀の枠を超えるものになりそうだ。 そもそも黒田総裁が5年前に打ち出した異次元緩和自体、従来の日銀の常識を打ち破る政策だったわけで、少なくとも物価を下落から上昇基調に転換させた効果は上げている。 しかし、日銀の金融政策だけでは限界があるのも事実だ。物価目標を達成してデフレ脱却を確実なものにするには、金融緩和を継続しつつ、同時に日本経済の成長力を高める抜本的な政策が不可欠である。別の言い方をすれば、最大目的はデフレ脱却と日本経済再生であり、2%はそのための数値的目標ということだ。 ただ、その目的を実現するのは、日銀というより政府の仕事だ。現状ではその点はまだ不十分で、もっと徹底した改革が欠かせない。もし信長が日銀総裁なら、経済改革を政府に迫るなどしてリードしていくだろう。むしろ信長総裁が改革を主導して政府を引っ張っていく構図になりそうで、それを期待したい。むろん、あくまで現在の制度や権限を無視して言えば、の話だが…。 黒田総裁が目標を達成するには、こうした信長的要素を取り入れて政策を具体化できるかが、一つのカギとなりそうだ。 その場合、一つ注意点がある。信長が部下や世間とのコミュニケーションでは課題を残したようにみえることだ。前述のように、信長は「天下布武」という大目標を掲げて数々の常識破りの政策を採ったわけだが、彼の真意や狙いを配下の武将たちがどこまで理解していたかどうか。京都市中京区にある本能寺跡の石碑=2016年4月(門井聡撮影) また、信長と敵対する戦国大名や宗教勢力らが「反信長連合」を形成して最後まで信長を悩ませたことも、世論形成ではうまくいかなかったといえる。 これを現在の日銀になぞらえれば、市場との対話がより重要だということである。今後は、金融緩和政策のあり方や出口戦略をめぐる議論が従来にも増して活発化することが予想される。そうであればあるほど、日銀の政策や考え方をしっかり市場に説明して理解を広げる努力が必要になるのである。

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    「歴史」を学べば、経済の仕組みが見えてくる

    渡邉哲也(経済評論家)素人にはわかりにくい「経済」の世界。とくに最近はパナマ文書関連で「オフショア」「タックスヘイブン」などの語が世間をにぎわせているが、その仕組みをきちんと理解している人はごくわずかだろう。なぜ、経済や金融の世界の話は難しく感じられるのか。その理由を「歴史を理解していないからだ」と説くのは、経済評論家の渡邉哲也氏。新著『「お金」と「経済」の法則は歴史から学べ!』を発刊した渡邉氏にお話を伺った。 至極当然のことですが、社会は巨大な仕組みで出来ています。それを仲介するのがお金です。そして、お金も仕組みで出来ています。その大きな変化が起きたのが明治維新であり、明治維新以降の歴史を知らなければ、お金のしくみも社会の仕組みも知ることが出来ません。 しかし、学校ではほとんど近代史を教えず、お金のしくみも教えてくれません。私はここに大きな問題があるのだと思います。 そして、そのための教科書を作るべきだと考えました。そして、出来上がったのが『「お金」と「経済」の法則は、歴史から学べ!』です。 すべての物事は、原因があり過程があって結果が生じます。日々接するニュースは所詮結果に過ぎず、結果だけを追いかけていても問題は解決しません。これを解決するには、原因と過程の分析が必要であり、それを行うためには仕組みを理解する事が大切なのです。 また、歴史は繰り返すというように、本質的な仕組みが変わらないかぎり、形を変えて同じような出来事が起きるわけです。これを理解することは未来予測にも非常に重要になります。 皆さんが日々当然のように使っているお金ですが、そのお金にも歴史と歴史が作り上げた仕組みが存在します。 現在のお金のしくみは明治維新以降の金本位制による中央銀行と中央銀行が発行する紙幣の仕組みに依存しており、第二次世界大戦末期に作られブレトンウッズ体制と呼ばれる仕組みがそれを支えています。これは基軸通貨ドルを生み出し、ドルの世界的な金融支配を生み出しているわけです。東京都中央区の日銀本店(早坂洋祐撮影) そして、これが覇権国家アメリカの最も大きな核であり、現在も最大の力の源になるのです。これを理解すれば、今の世界情勢も見えてくるわけです。 また、現在の日本の経済の仕組みもこれに依存します。そして、バブル以降の経済の変化とグローバリズムの本質を理解するためには、「金融ビックバン」を知ることが大切になります。 かつて鎖国状態であった日本の金融ですが、金融ビッグバンと呼ばれる大規模な自由化により世界の金融システムの一部になり、日本の金融を日本だけで語ることが出来なくなったわけです。同時にそれは株や為替だけでなく、日本のアジア戦略や世界戦略にも直結するわけです。 そして、本書では、このような本質的仕組みとデフレやインフレといった具体的用語と事例を徹底解説しているのです。大英帝国の統治が生んだ「オフショア」 本書では直接的には触れませんでしたが「パナマ文書」も英国の金融の歴史を学ぶと理解できます。 問題の「オフショア」ですが、これは英国の大英帝国時代の植民地統治のための仕組みであり、これが英国の金融システムを支えてきたわけです。英国の首都ロンドン。実はロンドンには二人の市長が存在します。1人は大ロンドン市の市長であり、これは選挙で選ばれた市長です。 そして、もう一人の市長はロンドンの中の治外法権の自由都市「シティ・オブ・ロンドン」(通称シティ)の市長で、様々なギルドの重鎮から選ばれる一年任期の名誉職なのです。 もともと、英国は世界各国に植民地を持っていました。そして、その植民地には英国女王が任命した領主が存在し、領主が自由な自治を行っていたわけです。 今も大英連邦の諸国にはその歴史が息づいています。独立国となったオーストラリアやカナダですら、この片鱗が残っているわけです。 オーストラリアやカナダには地域の領主を意味する「総督」が存在し、外交儀礼上の地域の最高責任者は首相ではなく「総督」なのです。ですから、国家のトップはNO2を意味する首相なのです。そして、未だに他国の外交官が赴任した場合、総督に任命状をお届けするわけです。ロンドン証券取引所(iStock) そして、この仕組を利用したのが「オフショア」であり「タックス・ヘイブン」だったわけです。英国の自治領に、「匿名で取引でき税金がかからない地域」を作り、ロンドンのシティの金融機関が世界中から資金を集め巨大な手数料ビジネスを行ってきました。 また、このような地域は英国領の一部ですから、英国の金融ルールが適用される仕組みになっており、英国の金融機関にとっては安全な地域でもあったのです。もともとは英国の貴族のための仕組みを新興貴族ともいえる富裕層が利用したのが今回の問題の本質といえるわけです。 そして、今回のパナマ文書で中国人やその関係者が多い理由もここに起因します。 かつて、英国の植民地の一部であった自由都市香港も英国の金融とアジア戦略の要でありました。しかし、香港は返還期限のある租借地であり、期限到来に伴い中国に返還されました。この際、多くの香港人特に富裕層は、これを恐れ英国の他のタックス・ヘイブンに資産を移したわけです。 この手助けをしたのがHSBCを中心とした英国の銀行であり、この現地代理人が今回文書の流出したパナマの法律事務所だったわけです。そして、この時の記録(設立に関するパスポートデータや資金移動など)がパナマ文書ということなのです。このように歴史を学ぶと本質的なものが見えてくるわけです。わたなべ・てつや 経済評論家。1969年生まれ。日本大学法学部経営法学科卒業。貿易会社に勤務した後、独立。複数の企業運営などに携わる。内外の経済・政治情勢のリサーチ分析に定評があり、さまざまな政策立案の支援から、雑誌の企画・監修まで幅広く活動を行なう。著書に、『中国壊滅』『ヤバイ中国』(以上、徳間書店)、『「瑞穂の国」の資本主義』『世界の未来は日本次第(共著)』(以上.PHP研究所)など多数。近著に『日本人が知らない世界の「お金」の流れ』(PHP研究所)がある。関連記事■ 人気エコノミストが教える「マイナス金利」■ 藤巻健史 私が「今はドルを買え」という理由■ 将来が不安な人のための「不動産投資」入門

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    日銀「黒田総裁続投」で日本経済は失われた30年へ突入

     日本国の中央銀行、日本銀行は行政機関では無いものの、金融政策については行政の範疇にあるとみられており、その決定は政財界に大きな影響力を及ぼす。経営コンサルタントの大前研一氏が、続投が決まった黒田東彦総裁により、日本経済の未来がどう変わるかについて解説する。* * * 日本銀行の黒田東彦総裁が再任された。日銀総裁を2期連続で務めるのは1961年に再任された第20代の山際正道総裁(やまぎわまさみち、1956~1964年)以来57年ぶりで、任期は2023年までの5年間。黒田総裁が任期満了まで務めれば、在任期間は一万田尚登総裁(いちまだひさと、1946~1954年)を超えて歴代最長となる。 本来、日銀は政府から距離を置いて独自に金融政策の舵取りをすべきなのに、安倍首相の肝煎りで起用され、「アベノミクス」の柱である異次元金融緩和を継続してきた黒田総裁がさらに5年も続投するというのは異常事態だ。 ところが、新聞・テレビはこの異例の人事をおおむね肯定的に報道している。これは全く理解不能だ。日銀は「物価上昇率2%」を目標に掲げ、2019年頃に実現できるとしているが、これまでに達成時期を6回も延期している。にもかかわらず、馬鹿の一つ覚えのように国債やETF(上場投資信託)を買うだけだ。そんな「異次元」の金融緩和をしても、この5年間の物価上昇率は原油などエネルギー価格の影響を除くと、ほとんど変わっていない。 結局、黒田総裁やその取り巻きは、20世紀の古い経済学に基づいた金融政策しか議論していないから間違えるのだ。実際に庶民の目から見て、どこにどんな需要があり、それがどう変化しているのか、20代の若者が70代の高齢者より出不精になっている時代にどんな政策が有効なのか、といったことを全く考えず、若い頃に学んだ経済理論を振り回して金利とマネタリーベース(資金供給量)をいじっているだけである。 だが、経済学は社会「科学」だから、黒田総裁が本物の社会科学者だったら、一つの手を打っても効果が上がらない場合、その原因を論理的に究明して次の手を考えるはずである。それをせずに異次元金融緩和を無神経に続けている黒田総裁には、論理思考力がないと言わざるを得ない。記者会見する日銀の黒田総裁=2017年10月31日、日銀本店 つまり、日本経済が低迷している最大の原因は、黒田総裁をはじめとする従来エリートと呼ばれていた人たちが、21世紀の経済の現実を全く理解できていないことなのだ。今後はさらに変化が加速してAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)が経済の中心になり、古い経済理論はいっそう的外れになっていく。安倍首相や黒田総裁のような古い考えの人はさっさと退場し、新しい経済に素早く対応できる人材に「反転攻勢」のための舵取りを任せるべきである。 一例を挙げれば、いま日本では所有者不明の土地や家、値段がつかない不動産が大量に余っている。所有者不明の土地を全部足すと九州ほどの大きさになり、2040年までには北海道並みの面積に達するとされている。 だが、この問題は解決可能だ。2017年の訪日外国人客数が過去最高の2869万人を記録したようにインバウンド需要は拡大の一途であり、しかも日本にはまだまだ外国人観光客を引き寄せる魅力があふれている。今後ますます宿泊施設が不足するのは明らかだから、空き家や余っている土地を活用して、ABS(※アセット・バックト・セキュリティ=将来のキャッシュフローを担保にしてお金を借りる仕組み)で銀行から資金を調達し、民泊やホテル・旅館を20軒、30軒まとめて事業展開すれば、大きなビジネスになるはずだ。 かつてのアメリカの石油王ロックフェラーや鉄鋼王カーネギー、鉄道王スタンフォードのような人物が21世紀の日本で生まれるとしたら、この「余っている不動産問題」を新たな富に変えた人物だと思う。 しかし現実は、余っている不動産を意欲ある事業家に開放する法的手段は全く整えられていない。そして20世紀の古い経済学しか知らない黒田総裁の下で、さらにこれから最長5年間も的外れな金融政策が続く。1990年代からの「失われた10年」は2000年代も続いて「失われた20年」になったが、このままいくと2010年代から2020年代にかけても好転の見込みはなく、「失われた30年」が確定する。黒田総裁の続投はそういう意味だということを、国民は肝に銘じるべきである。関連記事■ マンション最後の売り時 局地バブルエリアの価格は3分の2へ■ 日経平均4万円か1万円割れか 6月「第3の矢」の破壊力■ 安倍首相「お友達人事」の明暗 日銀総裁人事と官僚論功行賞■ 不動産バブル崩壊シナリオ「東京でも半値に暴落する」と識者■ 不動産は今こそ売り時 「グズグズしている余裕なし」の理由

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    過去のデータで将来を予測するのはバックミラーを見て運転するが如し

    塚崎公義(久留米大学商学部教授) データは重要です。データに基づかない議論は説得力がありませんし、独善に陥る可能性が高くなります。しかし、データを妄信することも危険です。バックミラーを見て運転するようなものだからです。データ至上主義者に「勘ピューターも加味しないと」と言っても、なかなか受け入れてもらえませんが。今回は、データ至上主義の危険性について考えてみましょう。 バブル期に不動産投資が過熱した一因に「土地神話」があったと言われています。「戦後、土地の値段は一度も下がったことがないから、今回も大丈夫だ」と人々が信じていた、というのです。バブル期の人々は、客観的な過去のデータから将来を予測していた、ということなのでしょう。 銀行内部でも、過去データが分析され、「過去の不動産担保融資の焦げ付き率は低い。特に、過去1年の焦げ付き率はゼロに近い。だから不動産担保融資は安全なのだ」といった議論が行われていたのでしょう。バブル期は地価が上がり続けていたので、融資が焦げ付くはずがありません。借金が返せない場合には不動産を売却して返済することが容易だったからです。そんな時期のデータを用いて「今後も不動産担保融資は焦げ付かない」と予想していたのだとすれば、問題でしょう。 リーマン・ショック前、米国で住宅バブルが発生していました。米国では住宅ローンを証券化して売却する手法が多用されていますが、その際に重要なのは格付けです。問題なのは、格付けが過去の焦げ付き率を参考に決められている事です。バブル期の邦銀と同様、米国で証券化商品を購入した人々は、格付けという過去データの分析結果を妄信した、ということだったわけです。 江戸時代のデータを用いて日本経済の将来を予想しようと考える人はいないでしょう。当時と今では、経済構造が全く異なっているからです。しかし、人々が経済構造が変化していることに気付いていない場合には、ミスリーディングなことが起こり得ます。かなり前のことですが、筆者が経済予測で珍しく(笑)大ヒットを飛ばした話をしましょう。 高度成長期の日本製品は、「安かろう悪かろう」と言われていました。「日本製品は、品質は悪いが値段が安いから買おう」と先進国の人々に思われていたわけです。しかし、その後の安定成長期に、日本製品は品質を大いに向上させ、プラザ合意(1985年)の頃には、世界中で「日本製品は品質が良いから買おう」と思われるようになっていたわけです。たまたま筆者はプラザ合意当時、米国留学中だったので、米国製自動車より日本製自動車の方が信頼性が高いことを熟知していたのです。(iStock) 留学から帰国して調査部に配属になった筆者は、貿易収支を担当することになりました。当時は、「円高になると、外国人から見て日本製品が割高になる。値段の安さで輸出を伸ばして来た日本製品にとって、大きな打撃だから輸出は激減するだろう」という予測が通説でした。当然、過去のデータからも「円高になると輸出数量が減少する」といった分析が多数導かれていたわけです。 そこに筆者が「日本製品は品質で売れているので、円高になって日本製品が割高になっても世界中で売れるはずだ」という「勘ピューター予測」を出したわけです。結果は大当たりでした。日本経済はもう成長出来ない? 後日、円高後のデータが出そろった後で、「高度成長期とプラザ合意後について、円高と輸出数量の関係を分析すると、明らかな違いがある。これは経済構造が変化した事の証拠である」というレポートを書いたのです。何十年も調査関連業務に従事していますが、最大のヒット作が駆け出しだった時の当該レポートだったというのは、ビギナーズ・ラックとしか言いようがありませんが(笑)。 最近の話としては、アベノミクスで労働力不足になったことが注目されます。「経済成長率はほとんどゼロなのに、労働力不足になった。ということは、日本経済は、もう成長出来ないのだ(潜在成長率がゼロである)」という人がいるからです。しかし、これも過去データ妄信による誤りでしょう。 これまでは、失業者が大勢いましたから、日本企業は省力化投資を行う必要がありませんでした。安い労働力が簡単に雇えたからです。しかし、最近では労働力が不足するようになって来ましたから、日本企業が省力化投資を本格化するでしょう。そうなれば、経済が成長しても労働力不足が深刻化しないかも知れません。言い換えれば、省力化投資をした分だけ経済が成長することが出来るようになるわけです。 これは経済構造が変化したというよりは、「変化が臨界点に達した」ということでしょう。氷に熱を加えると氷が溶けますが、温度は上がりません。氷が溶け終わると、従来同様に熱を加え続けているだけなのに、温度が上がります。水温が100度になると、再び温度が上がらなくなります。このように、同じ力が加わっても別のことが起きる場合があるのです。経済でも同様です。 景気が回復を始めても、失業者がいる間は省力化投資は行われませんが、失業者がいなくなると(正確には一定数以下にまで減ると、さらに正確には自然失業率に達すると)省力化投資が始まるのです。 本文は以上です。以下は、経済初心者用にデータを扱う際の留意点などを記したものです。一般の方も、復習のつもりで御読みいただければ幸いです。 いろいろ記して来ましたが、それ以前の問題として、データそのものが信頼に足るものである事は、最低限の必用条件です。その際、たとえば左派系新聞や右派系新聞の読者アンケートで支持政党を聞くことなどは、当然にバイアスがかかっているので、信頼度は大きく落ちるでしょう。(iStock) 因果関係にも注意が必用です。たとえば「警察官が多い街ほど犯罪が多い」というデータを見た時、「では警察官を減らそう」と考えてはいけません。「犯罪が多い街ほど警察官を雇うために予算を使う」「人口の多い街は警察官も犯罪も多い」といった因果関係があるからです。

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    消費増税廃止、マハティールにできて安倍首相にできない道理はない

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) マレーシアでマハティール政権が誕生したことは、英国からの独立後初めてとなる政権交代を実現させたこと以外に、二つの驚きをもたらした。一つは、マハティール氏が92歳の高齢にも関わらず、15年ぶりに首相の座につき意欲的な政治姿勢を鮮明にしたことである。特に中国の「一帯一路」政策について、厳しく批判している。 このマハティール氏の姿勢は正しい。中国の「国際的なインフラ事業」を偽装した、中国本位の安全保障対策に付き合うとロクなことにはならないだろう。そもそも、インフラ投資を名目にした「中華的帝国主義」の実体化である。付言すれば、この「一帯一路」政策をいかに骨抜きにし、無害化するかが今後、国際社会の求められる姿の一つだろう。 さらに、もう一つの驚きは、経済の安定化策として、「消費税」の廃止を公約にして、それを実行に移すことである。最近のマレーシアは、経済成長率が低下していて、その主因が消費の減少に求められていた。「元凶」は、ナジブ前政権が2015年に導入した物品サービス税(消費税)である。マハティール氏は、6月1日に税率を0%にすることで事実上廃止し、早速公約を実現したのである。 マレーシア経済も最近、発展が目覚ましいとはいえ、まだ発展途上国である。いわば所得格差も大きい。そのため、低所得層に負担の大きい消費税の導入には、国民世論的にも批判が高まっていた。特に、マハティール氏がかつて主導していた政策は、外資の積極的な導入による経済成長の促進策と、再分配政策の両輪を追求するものだった。これに対して、ナジブ前政権の消費増税政策は、過度に財政再建に傾きすぎていたと評価することができる。 これらのマハティール新政権の基本方針は、実は今の日本でも非常に参考になるはずだ。アジアインフラ投資銀行(AIIB)を中核とした中国の「一帯一路」政策は、巨大化しているようだが、かなり粉飾されているように見える。実際に、AIIBによるインフラ中心の投資額は、日本が主導するアジア開発銀行(ADB)の融資額に比べてまだまだ劣る。 だが、他方で最近、欧州の政策担当者たちから指摘されているように、AIIBのガバナンス(組織統治)が中国本位であるという批判は正当なものだろう。既にADBとAIIBは協調融資を実施している。2018年5月、マレーシア下院選勝利を受け、記者会見するマハティール元首相=クアラルンプール それでも、日本の政策当局者は「一帯一路」、そしてその手段の一つであるAIIBによる中国本位の融資の動きを常に監視し、警戒していく責務があると思う。また、それがアジアや中東などのインフラ需要を、中国本位ではない、それぞれの国民にとっての生活本位として満たすことにつながるだろう。 特に、ただ単に巨額の融資額に目がくらむようではダメだ。インフラ投資は、きちんと行えば経済成長に寄与し、国民の福祉を向上させる。だが、インフラ投資は投資先の国や地域の権力と結託することで、汚職の温床になったり、非効率的な投資につながることで、かえって経済成長を阻害することがある。 中国の政策当事者たちに、各国本位に立った政策構築を求めることは、度のすぎたジョークに等しいだろう。その意味でも、マハティール政権が中国資本による高速鉄道計画の見直しを表明していることは、国民本位のインフラ整備なのかどうかを再考するいい機会ではないだろうか。対案よりも「消費税廃止」 さらにマハティール政権の政策で注目すべきなのは、消費税の廃止である。今後の日本経済における最大の不安定要因は、2019年10月に予定されている消費増税である。現状の経済政策をざっとみれば、金融政策は緩和を継続する一方で、財政政策は積極的とはいえない状況である。今の国際情勢や経済情勢が運よくこのまま継続すれば、来年前半にはインフレ目標2%台に何とか到達し、そのときに雇用も最大化しているだろう。 しかし、情勢が運よくこのまま継続する保証などみじんもない。要するに、「2%台」も「雇用の最大化」もバカげた予測にすぎないのである。だからこそ、実際に経済が安定化するには、最大の国内障害である消費増税を凍結するか、もしくは廃止するのが理想的である。 そもそも現状の消費税のあり方についても、筆者は反対である。ただし今回は、来年の消費増税のみに議論を絞りたい。最近、財務省の宣伝工作と思われるが、新聞などで消費増税による悪影響への対案が報じられている。 このような悪影響がはっきりしているのであれば、対案を出すよりも、まず消費増税をやめることが第一である。ところが、財務官僚とそのパートナーである「増税政治家」と「増税マスコミ」には、そんな常識は通用しない。彼らにとっては「増税ありき」であり、理由などもはやどうでもいいのだ。 経済が安定化しつつある現状でさえ、税収の増加が顕著である。それをさらに軌道に乗せ、税収も安定すれば、財政再建の必要条件が満たされるだろう。だが、増税政治家と財務省にとってはそんな理屈はどうでもいいのだろう。消費税を上げるのは偏狂的な政治的姿勢が生み出した妄執であろう。そんな妄執は、国民にとって「経済災害」以外のなにものでもない。 与党だけではなく、対抗勢力である枝野幸男代表率いる立憲民主党、支持率が1%にも満たない国民民主党などの野党も含め、国会議員の大半がこの「消費増税病」にかかっている。ちなみに、日本共産党は消費増税に反対だが、経済回復の大前提である金融緩和に否定的なのでお話にならない。このように、国会議員ほぼ全員が消費増税病という事態は、本当に日本の深刻な危機である。2018年5月、立憲民主党の枝野幸男代表(右手前から4人目)ら幹部にあいさつする国民民主党の(左手前から)玉木雄一郎、大塚耕平両共同代表 最近、自民党のLINEを使ったアンケート結果を見たが、そこには経済対策を求める声が大きい。だが、その対策に消費増税が入っているとは思えない。ということは、自民党議員の多くは支持者を裏切るスタンスを採用しているともいえる。 そのような支持者たちを裏切る政治的背反はやめたほうがいい。そして何よりも、経済が安定化していない段階での消費増税は過去の失敗を見てもわかるように、いいかげん放棄すべき愚策である。 それを理解できない議員を政治的に排除していくことこそ、国民が選挙などで求められる視線かもしれない。その意味では、マレーシアのように、消費増税廃止を公約に掲げて国政選挙を行ってもいいぐらいだろう。 現状では、安倍晋三首相もこの消費増税路線を堅持している。首相の本音がどこにあるのかはわからない。過去2回延期したという貢献があるにせよ、今のところ消費増税路線を維持している限り、安倍政権もまた批判を免れることはできない。安倍政権には経済を安定化させる義務がある。それが対中安全保障を含め、この長期政権に今までも求められてきた最重要課題だからである。

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    現金大国ニッポンが「一万円札を廃止」したらどうなるか

    加谷珪一(経済評論家) 量的緩和策の導入から5年が経過したが、残念ながら十分な効果を発揮したとはいえない状況が続いている。一部ではこうした現状を打開するため、高額紙幣を廃止するという、いわゆる「1万円札廃止論」がささやかれている。では、1万円札を廃止することにどのような意味があるのか、そしてこの施策が量的緩和策の効果を増大させることができるのかについて考えてみたい。 量的緩和策は、日銀が積極的に国債などの資産を購入することで大量のマネーを供給し、市場にインフレ期待を発生させる施策である。インフレ期待が生じると実質金利が低下するので、企業の設備投資が促進され、これが経済成長を促すというメカニズムである。 量的緩和策がスタートした当初は、消費者物価指数がすぐにプラスに転じるなど、順調に物価が上昇するかに見えた。ところが消費税が8%に増税された直後から物価上昇率の鈍化が始まり、2015年2月には0%まで低下。16年7月にはマイナス0・5%にまで落ち込んだ。  日銀は量的緩和策を補完する目的で、16年1月にマイナス金利政策を導入したが、タンス預金が増えるなど完全に逆効果となってしまった。日銀はその後、「イールドカーブ・コントロール」という聞き慣れない手法の導入に踏み切り、マネー供給の量を追い求める政策は事実上、撤回した状態にある。 日銀はこれ以上前にも進めず、かといって明示的に量的緩和策を縮小することもできないという、非常に難しい立場に置かれている。このような中、専門家の一部でささやかれているのが1万円札廃止論である。 量的緩和策は本来、市場にインフレを発生させることを目的としている。インフレになった場合、現金を持っている人は損失を抱えてしまう。中央銀行がインフレを起こそうとしていると知れば、消費者はお金をモノに替えようとするはずである。つまりタンス預金というのは、インフレ政策の下ではまったく非合理的な行動ということになる。 だが、現実には多くの日本人が、マイナス金利政策の導入と同時にタンス預金を増やすという、全く逆の行動に出ている。タンス預金をした人の多くは、量的緩和策のメカニズムを理解していないものと思われるが、何よりも不安心理が先に立ち、これが現金保有を加速させた可能性が高い。2018年3月、金融政策決定会合に臨む日銀の黒田総裁 こうした状況から専門家の一部は、高額紙幣を廃止してしまえばタンス預金が減少し、市場にもっとお金が出回るのではないかと考えている。これが1万円札廃止論である。 確かに1万円札を廃止すればタンス預金は難しくなるので、現在、タンスに眠っているお金の一部は市場に出てくるかもしれない。だが高額紙幣の廃止が紙幣流通の拡大につながるのかは微妙なところだ。 そもそも日本の場合、先進諸外国と比較して現金の流通高が突出して高いという特徴がある。2016年末における日本国内の紙幣と硬貨の流通総額は約100兆円となっており、この金額は国内総生産(GDP)の2割近くに達する。タンス預金は消費低迷の「結果」 米国や欧州では7~10%程度の水準が標準的で、現金はあまり流通していない。しかも米ドルとユーロを現金で持っているのは、何らかの理由で資産を保全したいと考える外国人であることが多く、自国民はほとんど現金を持っていないというのが実情である。 つまり日本の場合、手元に大量の現金が存在するにもかかわらず消費が停滞しているという状況であり、タンス預金は消費低迷の結果として生じた現象にすぎない。したがって、ここで高額紙幣を廃止したとしても、すぐに景気の浮揚効果が生じる可能性は低いと考えられる。 ただ、日本の場合、現金決済の存在が社会全体の生産性を引き下げている可能性があり、高額紙幣の廃止をきっかけに電子決済への移行が進めば、経済にとってプラスの効果が生じる可能性はある。 先にも述べたように日本は先進国では突出した現金大国であり、現金流通を維持するためのコストがバカにならない状況となっている。もっとも大きいのは、現金自動預払機(ATM)網の維持コストと、店舗で働く労働者の負担である。 現在、国内では20万台ものATMが稼働しており、これが社会の現金決済を支えているが、金融機関が負担するコストは年間2兆円に達するといわれる。このコストは手数料などの形で消費者が負担しており、実は家計に見えない形で負担をかけている。 昨年末、メガバンク各行が大規模なリストラ計画を打ち出して話題となったが、その中には、実は店舗とATM網の縮小が盛り込まれている。銀行がこの負担に耐えきれなくなりつつあるのだ。 また、店舗における労働者の負荷も限界に達しつつある。飲食や小売りの業界では、深刻な人手不足から、できるだけ少人数で業務を回せるよう日々工夫を重ねているが、その大きな障壁となっているのが現金のやり取りである。店舗では現金を切らさぬよう、常に大量の現金を管理しており、これが従業員の生産性を大きく引き下げている。大阪市内の遺品整理で、タンスから見つかった一万円札の札束(エクシア提供) 昨年11月にファミリーレストランを展開するロイヤルが「現金お断り」の店舗を試験導入したが、その理由は従業員の負担を軽減するためである。  欧米各国や中国はすでにほぼ完全なキャッシュレス社会に移行しており、街中で現金を見かけるケースは極端に減った。日本でも電子マネーによる決済が増えれば、サービス業の生産性が向上し、その分の労働力を別なサービスの開発などに充当することができる。 1万円札の廃止は、タンス預金対策や金融政策的な景気浮揚策としてではなく、日本全体の生産性向上策と考えれば、検討に値するかもしれない。 日本はこれから空前の人手不足社会となり、従来の常識では社会システムが回らなくなる。現金と電子マネーのどちらが好きかといった牧歌的な議論ができる段階はすでに過ぎ去ったと考えるべきだろう。

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    「一万円札廃止論」のウラ側

    日本の一万円札は本当に必要なのか。こんな議論がにわかにささやかれている。表向きはタンス預金解消や電子決済の普及、マイナス金利政策との相乗効果などと言われるが、むろん高額紙幣廃止にはデメリットもある。いや、そもそも現金至上主義の日本人に受け入れられるのか。議論のウラ側を読む。

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    「一万円札廃止論」に隠された安倍政権のどす黒い意図

    なくなると金利正常化でタンス預金はなくなる。高額紙幣廃止論はタンス預金が問題ではなく、あくまで財政・金融・経済が問題なのである。

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    一万円札より硬貨廃止が先、世界の潮流「キャッシュレス経済」の衝撃

    小黒一正(法政大経済学部教授) 4月3日の衆院財務金融委員会で、日本銀行の宮野谷篤理事の発言がインターネット上で話題となっている。それは、日本維新の会の杉本和巳議員が高額紙幣廃止の必要性を質問したことに対して、宮野谷理事が「わが国における高額紙幣廃止の議論については、現時点で慎重に考える必要がある」などと答弁したのである。 「現時点で慎重に考える必要」とは、官僚答弁で「当分の間、廃止する予定はない」という否定的な側面を持つものだ。しかし、その発言に対して、ネット上では賛否両論で盛り上がっている。 否定的な側面を持つ証拠としては、宮野谷理事が、この答弁で「(高額紙幣である1万円札は)日本の現金流通システムにおいて非常に重要な役割を果たしている」と指摘したことからもうかがい知れる。また「諸外国の高額紙幣に比べると、1万円という額面金額はそれほど大きくない」という発言も行っている。 日銀が現在発行している発行銀行券には、1万円札、5千円札、2千円札、千円札がある。確かに、このうち1万円札の発行枚数は全紙幣の約6割、発行残高の約9割を占めている。 また、世界には、スイスの1000フラン紙幣、カナダの1000ドル紙幣、スウェーデンの1000クローナ紙幣、サウジアラビアの500リヤル紙幣といった高額紙幣もあり、日本の1万円札が突出して高くないという発言も正しい。 ただ、以前「iRONNA」でも指摘したように、情報通信技術(ICT)革命の次に起こるのは「データ産業革命」である。この「本丸」が金融、中でもデジタル通貨であるという認識が世界で広まる中、現金決済中心の経済では今後のグローバル競争に日本が敗北してしまう可能性も否定できない。 データ産業革命の本丸である「キャッシュレス経済」に向けて、スウェーデン、エストニア、インド、ベネズエラ、トルコ、ロシアなどのほか、中国もデジタル通貨の発行を検討しているとの噂もある。 また、企業レベルの動きだが、デジタル通貨の可能性に最も早く気づき、既に動き出している企業の一つが、中国の電子商取引最大手、アリババであろう。アリババが展開する電子決済サービス「支付宝(アリペイ)」の利用者は既に5億人を突破した。2013年が約1億人であったから、急成長を遂げている。(iStock) アリペイは「微信支付(ウィーチャットペイ)」や「騰訊控股(テンセント)」などの電子決済サービスとの激しい競争を繰り広げつつ、日々の取引で蓄積される膨大な決済のビッグデータを武器に利用して、融資や信用評価といった新たな事業領域にも進出し始めている。 融資は、決済データとリンクする個人の信用力に関する評価を利用している。その中核を担うのは「芝麻信用(セサミ・クレジット)」と呼ばれる信用評価システムだ。評価は毎月1回更新され、支払期日をしっかり守る高評価の利用者は融資の際に金利優遇や与信枠の拡大などの特典が受けられる。紙幣とデジタル通貨の決定的な「差」 この評価は、利用者がいつでも確認可能であり、ホテル利用時の保証金が不要になるケースもある。また、評価基準には学歴や職歴、交友関係なども設けられ、利用者がアリババに自らの個人情報を提供することで高い評価を得ることもできる。 そして、アリババは、この信用評価や蓄積する膨大な電子決済のビッグデータを利用して、人工知能(AI)の予測モデルで資金回収の不確実性などを判断し、融資を行う。なお、融資判断を行うのはAIの予測モデルであるため、融資業務の担当者は不要だ。しかも、利用者が融資申請に掛かる時間は3分、AI融資に至っては1秒という速さである。 以上から明らかなように、もし国家主導でデジタル通貨を導入することができれば、そのインパクトははるかに大きいことが予想できる。 ただ、デジタル通貨の導入にあたって、最も大きな問題となるのはプライバシー保護である。紙幣のすごい点は「紙」であるために、「誰が何を買ったか」、あるいは「誰が紙幣をどのくらい保有しているか」といった情報について、政府を含めて第三者が把握しにくいということである。このため、消費者は安心して買い物ができるし、人々や企業も安心して現金を保有できる。 この解決のために、何かいいアイデアはないだろうか。ブロックチェーン(分散型台帳)技術を利用する仮想通貨の中には、取引を行ったときにデータをシャッフルすることなどにより、仮想通貨の受け取り側と受け渡し側を匿名で行うことができるものも存在する。 そこで、これは筆者のアイデアであるが、日銀が発行するデジタル通貨にもこの技術を適用したらどうか。50万円未満など一定以下の金額の取引で、10%程度の追加手数料を支払えば、この技術を利用して匿名での取引を選択できるようにするのである。 取引を完全に透明化すると、息苦しい社会になってしまう。だから、取引全ての透明化が必ずしも「善」だとは限らない。そこで、一定のコストを支払うことで匿名化を許容し、追加手数料は国の収入とするのである。 ここで気をつけなければならないのは、デジタル通貨の受け取り側は「売り手(企業)」が多いことから、受領側のプライバシー保護をあまり気にする必要はないことである。だから、デジタル通貨を受け取った側のデータは蓄積しても、デジタル通貨を渡した側のデータを蓄積しないようにする対策も考えられる。(iStock) なお、クレジットや小切手による決済が主流の欧米と異なり、日本で現金決済が多いのは、日本の治安が極めて良い、という側面も忘れてはならない。このような状況の中では、高額紙幣である1万円札を廃止しようとしても、国民があまり利便性を感じないかもしれない。むしろ、このデジタル時代において、1円や5円、50円、100円、500円といった硬貨の持ち運びの方が財布もかさばり、面倒だと考えている国民も多いのではないか。 また、日銀が異次元の金融緩和を行う中で、デジタル通貨の導入が金融政策や金融セクターに及ぼす影響についても、一定の実験を行いつつ、十分に検討する必要がある。このため、デジタル通貨の導入にあたっては、高額紙幣である1万円札の廃止ではなく、まずは硬貨の廃止から議論や実験を進めることをおすすめしたい。

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    中国でキャッシュレス化が爆発的に進んだワケ

    高口康太 (ライター・翻訳家) 最近、中国のキャッシュレス社会化が話題となっている。・中国人の眼に映る今の日本は「20世紀」のままだった…|現代ビジネス(2017年6月13日)・中国「超キャッシュレス社会」の衝撃、日本はもはや追う側だ|ダイヤモンド・オンライン(2017年7月10日)・スマホ大国・中国、日本のはるか先を行くワケ|読売新聞(2017年8月16日) 中国の先進的なキャッシュレス社会、スマートフォン活用に驚き、日本社会に警鐘を鳴らす報道も少なくない。メディアだけではない。実際に中国を訪問した人の多くがその利便性に衝撃を受けている。 一方で中国を訪問したことがない人からは、報道を見てもぴんと来ないという声を聞く。「Suicaやおサイフケータイとは何が違うのか?」「QRコードだと何がそんなに便利なのか?」「スマートフォンのバッテリーが切れたら支払いができなくなるのって不便じゃないの?」「現金と比べて何が便利なの?小銭が不要になるから?」「中国は偽札が多いからモバイル決済が流行ったそうだけど、日本はそんな心配はないから不要なのでは?」などなど、根本的な疑問を聞かれることが多い。 中国のキャッシュレス革命を褒めたたえる記事はあっても、こうした根本的な疑問に答えたものは少ないように思う。そこで本稿では今、中国で何が起きつつあるのか、その全体像をお伝えしたい。 「一口にモバイル決済と言っても、中国と日本では状況が異なります。中国ではパソコンが先進国ほど普及しませんでした。いわばパソコンとインターネットの時代を跳び越えて、スマートフォンとモバイルインターネットの時代が到来したのです。日本ではパソコン向けのサービスがいろいろあるでしょうが、中国ではすべてがスマートフォンに集中している状況です」 筆者は7月、中国IT大手アリババ集団の関連会社で、モバイル決済アプリ「支付宝(アリペイ)」を展開するアントフィナンシャル(浙江省杭州市)を訪問した。上記の説明は同社広報担当である楊昕韻さんの発言だ。2017年7月10日、第2回世界女性創業者大会に登場したアリババの創業者ジャック・マー(馬雲)氏 最初に用語について説明しておこう。キャッシュレスとはクレジットカードや電子マネーを含む、現金以外の手法による決済を指す。一方、モバイル決済とはスマートフォンを使った決済を意味する。近年、中国で急成長を遂げているのはモバイル決済だ。モバイル決済は便利なスマホ利用の入り口 2012年以後、中国では爆発的にスマートフォンが普及した。モバイルインターネットユーザーは今年6月末の時点で7億2400万人に達している(『第40回中国インターネット発展状況統計報告』、2017年7月)。 モバイルインターネットの成長に伴い、すべてのサービスがスマホファーストを目指すようになった。日本では専用スマホアプリがないネットサービスも多いが、中国ではまずスマホアプリが第一だ。その結果としてスマートフォンの利便性は他国にないほどのレベルに達している。 モバイルインターネット活用のハード的インフラがスマートフォンならば、モバイル決済はソフト的インフラである。モバイル決済を利用することで、さまざまなサービスを平易に利用することができるわけだ。 各種アプリを利用するたびに信頼できる会社なのかと不安に思いながらクレジットカード番号を打ち込む日本とは手間が違う。モバイル決済は便利なスマホ利用の入り口だ。これが「日本と比べて何が便利なのか?」との問いの回答となる。 モバイルインターネットで便利になったジャンルは無数にあるが、我々外国人旅行者にとってもっとも印象的なのは鉄道切符の購入ではないか。かつては鉄道切符を買うのにも半日がかりだった中国だが、今では数分間、スマホを操作するだけで予約から決済まで終了してしまう。さらに先日から駅弁のスマホ予約も始まるなど、サービスは充実する一方だ。 中国ではなぜパソコンの時代をスキップして、モバイルインターネットの時代が到来したのか。 リープフロッグ(カエル跳び)という言葉がある。アフリカで固定電話が普及する前に携帯電話が普及したという事例が代表的だが、先進国の技術導入ステップと比較して一足飛びに新たな技術が導入される現象を意味する。中国においてはパソコン=インターネット時代が成熟する前にスマートフォン=モバイルインターネット時代が到来したというわけだ。杭州地下鉄の切符販売機 ちなみに中国のモバイル決済(携帯電話端末を用いた決済)利用者数は5億185万人。13億7900万人の国民のうち、38%が使っている計算となる(2017年6月時点、『CNNIC報告書』を参照)。日本や米国など先進国をはるかに上回っているが、ケニアでは全国民の70%超とさらに高い数字を示している(報告書『2017智慧生活指数報告』を参照)。 中国国内でもむしろ経済的に遅れた地域のほうがモバイルインターネットの成長率が高いという。 「中国でもモバイル決済の成長率が最も高いのはチベットです。パソコンの普及率がきわめて低かったので。スマートフォンならば様々な価格帯がありますし、すべてのサービスが集中するようになって利便性は大きく高まっています。中国のモバイル決済は現金を使わなくなったという意味ではなく、日常生活に伴うすべてがスマートフォンに集中することで、生活が便利になる、日常生活に伴うコストが下がることを意味しています」と楊さんは言う。中国でモバイル決済が普及した背景 モバイルインターネットの入り口として普及したモバイル決済だが、2014年からオフラインでの利用、すなわち店舗での決済が始まった。それからわずか3年で大都市では現金を持ち歩かなくとも生活できるレベルにまで普及している。 この爆発的な普及の背景について、楊さんは次のように説明する。 「中国の若者は新しいサービスを受け入れる能力がきわめて高かったのです。オフラインでのモバイル決済はちょうどスマートフォンの普及と同じタイミングだったので取り入れやすかったという側面もあります。中国だけではなく、インドもスマートフォンの普及期にQR決済が普及したので、爆発的な成長を見せました。アントフィナンシャルが提携するPaytmはすでに500万の加盟店を擁しています。一方で先進国ほど新しいQR決済の受け入れは難しいというのが実感です」 上述のリープフロッグ現象に加えタイミングがよかったとの分析だが、私見を付け加えるならば、莫大なマーケティング費用が投下されたことも大きい。「アリペイ払いで代金をキャッシュバック」といったキャンペーンが大々的に展開されたのだ。今年8月1日から8日まで行われた「無現金週間」のキャンペーンでは、毎日88万人に抽選で純金がプレゼントされた。 また決済手数料の安さも拡大の要因だ。代理店経由の契約では業種ごとに違うものの平均で0.6%未満だ。小店舗や屋台などで使われるユーザースキャン型では、決済手数料は無料である。(銀行口座振り込み時に0.1%の手数料)。 上述したとおり、日本では「中国は偽札が多いからモバイル決済が流行った」との説が広がっているようだ。偽札リスクがないのはもちろんメリットだが、それ以上に利便性の高さが普及を牽引したことをおわかりいただけただろうか。 ここまでモバイルインターネット、モバイル決済がなぜ爆発的に普及したのか、利用者にはどのような利便性があるのかを見てきた。では運営会社にとっては莫大なマーケティング費用を投じた価値はどこにあるのだろうか。杭州市のレストランにある音声式アリペイ決済機能を備えたレジ その答えは『ビッグデータ」にある。もはやバズワードとして聞き飽きた感のあるビッグデータだが、中国IT業界ではスマートフォンを通じて収集された大量のデータによって次々と革新的サービスが生み出されつつある。次回はその実情をリポートする。(※写真はすべて筆者撮影)たかぐち・こうた ライター・翻訳家。1976年生まれ。千葉大学人文社会科学研究科(博士課程)単位取得退学。中国・南開大学に留学後、ライター、翻訳者として活動。著書に『なぜ、習近平は激怒したのか 人気漫画家が亡命した理由』(祥伝社)。

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    イオンはキャッシュレス化邁進 レジ現金引き出しサービスも

     今年のゴールデンウイークは日並びも良く、有給休暇をうまく使えば9連休かそれ以上、という方もいるだろう。行楽地や商業施設、飲食店が潤う時期だが、混雑の大きな原因にもなっているのが“レジ待ち”だ。海外に比べると、日本はまだまだキャッシュレス社会とはほど遠いのが実情で、いまだ「現金以外はお断り」といった飲食店も少なくない。 そんな中、去る4月16日にイオンがビザ・ワールドワイド・ジャパン(以下Visa)とタッグを組み、国際標準規格の非接触決済(以下タッチ決済。サインも暗証番号も不要)導入を発表した。 Visaの安渕聖司社長によると「日本では5000円以下の決済市場は100兆円規模だが、いまだ91%が現金支払い」で、この部分でのキャッシュレス化を推し進めたいという。 後払いのクレジットカード、今払いのデビットカード、電子マネーなど先払いのプリペイドカードがあるが、クレジットカードは比較的高額の商品を、デビットカードでは3000円から5000円ぐらいの買い物、1000円以下の商品は電子マネーで、といった使い分けが消費者の間では一般的だが、今回のタッチ決済はそのすべてで使えるサービスだ。 前述したように、日本では現金社会から脱していないのが現状だが、そうした実情に照らすと、イオンやイオンモールでの消費者の買い物は7割がキャッシュレスというから、意外に進んでいる印象で、「7割の内訳は4割がイオンカード、3割が(イオン系電子マネーの)WAON」(岡崎双一・イオンリテール社長)だと言う。 キャッシュレス化が進めば、消費者側から見ればレジの混雑というストレス緩和につながり、企業側もレジ関連の人件費削減につながっていくわけだが、今回のタッチ決済導入について、岡崎氏はこう続けた。「2019年3月より順次導入し、1年後の2020年3月末までに整備して、イオングループのレジ10万台にVisaタッチ決済を導入していきます。また、今年9月からVisaマークの付いたイオンカードをお持ちの方は、タッチ決済用のカードに順次切り替えていく。 今後はスマホでも決済できるよう、スマホアプリの搭載も今年度中にはできるように取り組みたい。ただ、タッチ決済用のカードならお買い物で何%かオフにするとかまでは、まだ考えていません」(iStock) 要は今後2年かけて新カードへの移行を促進し、訪日外国人数がピークを迎えるであろう、2年後の東京五輪に間に合わせたいというわけだ。 ちなみに、イオンのライバルであるセブン&アイ・ホールディングスでも今夏にはグループ横断のスマホアプリをリリースし、来春にはセブン銀行が主導する形の決済アプリと紐付ける計画だ。2019年春以降、決済シーンでもセブンvsイオンの対決は新たなステージに入る(イオンのWAONとセブンの電子マネーnanacoも同じ2007年にサービスを開始している)。 また、岡崎氏はスピーチの冒頭、「おかげさまでイオングループの営業収益(=売上高と同義)は2018年2月期、8兆3900億円と過去最高を更新し、日本の小売業でナンバーワンです」と語っていたが、この売り上げスケールを武器に、タッチ決済導入では他の大手小売業より導入コストも有利にはなるだろう。“二刀流”企業が増えそうな理由 岡崎氏は、タッチ決済導入による効率化についても、次のように言及していた。「我々にとって現金の準備が減ります。これまでは、釣り銭用として、レジには相当な額のお金を充当してきましたから。大きなお店でレジの数が多いところならなおさらです」 タッチ決済の導入により、あらかじめレジに置いておく硬貨や紙幣の現金が少なくて済むようになるというわけだが、一方でイオンでは去る4月2日から、キャッシュレス化とは逆行する、あるいはレジの現金を減らすこととは真逆のサービスもスタートさせている。 キャッシュアウトと呼ばれる、欧米では日常風景になっているサービスで、要はレジでデビットカードを渡し、5000円とか1万円の現金をレジで出してもらい、その出金した金額分を、デビットカードの残高から即時に引き落とすというもの。再び岡崎氏の弁。「キャッシュアウトの需要はあるんですよ。このサービスを始めてからまだ日が浅いですが、ご利用データを見ると、そんなにびっくりするほどキャッシュアウトのご利用は多くはありませんが、確実に需要はある。無理やりキャッシュレス一辺倒に、という時代ではまだないと思います。 逆に、現金でお支払いする方々を我々のほうから敬遠してしまうと(売り上げにも)すごく影響が出てしまうので、強制的に全部、キャッシュレスの時代だから、全部そっちでやっていきますよというのはちょっと強引かと。 いまだ、銀行に振り込まれた給与から生活費分を引き出して封筒に入れ、そこから一万円札や千円札の1枚1枚を大事に使って生活していかれる方もいらっしゃいますから。もちろん、我々の努力でキャッシュレスのほうに誘導していくことでウチも効率的な店舗運営ができますので、早くそちらのほうに行けばいいなとは思いますし、キャッシュレス化の後押しはどんどんしていこうと考えています」イオンモール京都(iStock) イオンは、同業他社に比べて地方や郊外に店舗を持つ比率が高い。地方や郊外では当然、大都市部に比べると商業施設の密度が落ち、住民の高齢化も進んでいることが多く、そうなるとキャッシュアウトのようなサービスは必要というわけだ。レジでの混雑緩和には逆行して手間暇もかかるものの、イオンでは当面、レジで現金を引き出すサービスに手数料を課すことはないという。 最近はマイナス金利の余波で収益が厳しくなった銀行も増えており、コンビニ等にあるATMから現金を引き出す場合、引き出し手数料の無料回数を減らしている銀行が増えている。そういう意味では、イオンのレジでの現金引き出しが現状のまま無料なら、確かに今後も需要はありそうだ。 しかもサービスカウンター内のレジに限定し、通常のレジでは現金引き出しサービスは行っていない。また現金払いオンリーの人に比べ、レジでの引き出しにはデビットカードが必須であることから、結果的にデビットカード利用へ誘導していく機会にもなるとする向きもある。 そう考えれば、イオンを皮切りにキャッシュレス化とレジでのキャッシュアウトという“二刀流”の実施企業がこれから増えていきそうで、キャッシュレスに慣れた若年層はともかく、シニア層以上にはまだまだ二刀流が効きそうだ。●文/河野圭祐(ジャーナリスト)関連記事■ イオンのアジア出店加速 海外でも「イオニスト」増やす戦略■ イオン 郊外モールはイオニストで盛況なのに業績不振の理由■ イオンはアウトレットでも「新イオニスト」を生み出せるのか■ イオンで一日過ごす「イオニスト」増殖で消費の定石変わった■ クレジットカード ポイント還元で生涯600万円得することも

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    タンス預金が増加、盗難リスクにはどう備えるべきなのか

     各種統計により「自宅に置かれる現金」の急増が明らかになってきた。第一生命経済研究所の推計によると、総額約43兆円にのぼるという。それに伴い、金庫も昨今よく売れているという。ただし、自宅に大金を置くことにはリスクもある。盗難リスクにはどう備えるべきなのか。安全生活アドバイザーの佐伯幸子氏はこういう。「現金や貴重品を入れる金庫は常時カギをかけるのが当たり前ですが、家そのものについても同じ発想をしてほしい。たとえば風呂場の窓は格子があるから大丈夫だろう、と換気のために開け放す家が少なくありませんが、格子のビスを外せば簡単に入られてしまいます。侵入を許すような住まいでは頑丈な金庫も意味は半減します」 佐伯氏は金庫の隠し場所を一生懸命考えることよりも、自宅の施錠を徹底することを優先すべきだと強調する。さらに「情報を漏らさない」ことも重要だと付け加える。「2009年に東京都板橋区で資産家の夫婦が自宅で強盗に遭い、放火・殺害されるという事件が起きました。地元で有名な資産家だったといいます。“あの家には多額のお金がある”という情報、噂が広がることが一番のリスクです。 たとえば近所のファミレスやコーヒーショップなどで何気なく世間話をする中で、『金利が低いから、全部家に置いてあるのよ』などと話すのは御法度。たとえ周りにいる人が信頼できる人でも、情報がどこをどう巡って悪意のある人にたどり着くかはわかりません。現金を家にどのくらい置いてあるかは、外では絶対に口にしないことです」 災害リスクもある。地震や水害、火災などに遭った際、家に置いていた現金はどうなるのか。金庫メーカー大手の日本アイ・エス・ケイの広報担当者はこういう。「お客様が耐火金庫を求める理由の一つとして、東日本大震災があります。当時、津波で流されてしまった耐火金庫5700個が持ち主の手元に返ってきて、戻ってきた金額は総計22億円にのぼったという報道がありました」(iStock) それらのケースでは、現金以外に通帳や印鑑などが中に入っていたため、持ち主の特定につながったという。 まとまったお金は銀行に預けるのが当たり前──そんな常識は壊れつつある。政府も銀行も信用せず、「自分のお金は自分で守る」という決意を持った国民は、確実に増えている。関連記事■ ゼロ金利で注目 正しい「タンス預金」の方法■ 「タンス預金用」に売れる金庫 本当に買う意味はあるのか■ 金庫バカ売れ 富裕層が定期預金を解約・減額しタンス預金に■ 富裕層のタンス預金増加、銀行に預けるデメリットとは?■ 上原さくら 別居中の夫が自室侵入したと判断し110番通報

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    「ウナギが食べられない」歴史的不漁より影響が大きい噂の経済効果

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ゴールデンウイークの始まりとともに、今年のシラスウナギの採捕期間が終わる。ニホンウナギの稚魚であるシラスウナギは、12月から翌年4月末までが漁期である。この期間中、シラスウナギの劇的な減少が話題になった。 昨年末、国内の養殖池で育てるために主要取引先の香港から輸入されたシラスウナギの量が、前年同時期の92%減となった。この歴史的な不漁が明らかになり、インターネット上でも「ウナギが食べられなくなる」「ウナギを食べるのをやめよう」といった発言が活発化した。 その後、3月に入って採捕量が増加し、シラスウナギを養殖池に放流する「池入れ」の量は回復していったようだ。それでも、報道によれば、平年の6割程度の池入れ状況だという。 シラスウナギの不漁の原因にはさまざまな理由があり、海流の変化、乱獲、環境の悪化などが挙げられている。だが、回復への決定打はないようで、わかっているのは、シラスウナギの採捕量が毎年減少傾向にあるということだけである。 ところで、「土用の丑(うし)の日」にウナギを食べるというのはいつから始まったのだろうか。記憶が曖昧でなければ、筆者の子供のころである昭和30年代から40年代は、あまり一般的な風習でもなければ、巷で広まってもいなかったように思える。バレンタインデーや恵方巻きがいつの間にか季節の風物詩になったのと同じように、業界の思惑が見え隠れしている。 いずれにせよ、通説では江戸時代後期に、平賀源内が夏の売り上げ不振に悩む鰻(うなぎ)屋のために、「土用の丑の日」にウナギを食べることを宣伝文句として考え出したといわれる。これも真偽については諸説あるようだ。ウナギの稚魚シラスウナギ(第11管区海上保安本部提供) ただ、PR戦術としては、かなりうまい工夫だと思う。最近でこそ、「今日は××の日」などと記念日が連日あるように、特定の財やサービスの消費を促す仕組みには困らない。それどころか、同じ日にいろいろな名目の記念日が並ぶことさえも珍しくない。 例えば、7月7日は、ラッキーナンバーの「7」が並ぶせいか、記念日の「猛ラッシュ」である。七夕はもちろん、国土交通省が便乗した「川の日」、ポニーテールの日、乾麺デー、サマーバレンタインデー、冷やし中華の日、カルピスの日、ゆかたの日、果てはギフトの日まで、軽く2桁に届いてしまう。「ウナギ好き」を後押しした相乗効果 多くは関連業界の販促目的であり、いわば「現代の平賀源内」が活躍した成果でもある。ちなみに筆者の誕生日の9月7日は、オーストラリアでは「絶滅危惧種の日」だそうだ。 このように「今日は××の日だから」××を食べよう、着よう、買おうと促されると、ついつい財布のひもが緩んだりする消費者も少なくないだろう。これを経済学では「フレーミング効果」と名付けている。フレームとは「参照される枠組み」ということであり、つまり、何かにかこつけることができる人は不合理な行動に出てしまうというものである。 例えば、フェイスブックに「友達」というカテゴリーがある。私もこの「友達」に何人ものユーザーを登録している。そしてフェイスブックでは「友達」だけが、自分の書いた投稿を閲覧できる、公開範囲の設定機能がついている。つまり、「友達」というフェイスブック内のフレームが、ユーザーに一種の安心感を与えているのである。そのため、「友達」向けに書く内容は、一般に公開される投稿よりもプライベートな情報が多くなりやすい。 でも、その「友達」が本当にプライベートな情報について他に漏らさないことを、フェイスブックはもちろんのこと、誰も保証してはくれない。そのため、重要な情報が「友達」の外に漏れてしまい、ネットで炎上するなど思わぬ損害を招く可能性がある。 このように、フレーミングには人に合理的な判断を不可能にさせる心理的な効果がある。もちろん「友達」のフレームを信じて、「友達」同士がより親しくなり、信頼関係を強化していく効果もある。フレーミングは、非合理性が人の不幸にも幸福にも貢献することを示しているともいえるだろう。 さて、「土用の丑の日」にウナギを食べるというフレーミング効果が、かなり発揮されていることに疑いはない。しかも、個々人がフレーミング効果の「とりこ」になっているだけではなく、相乗効果もある。台湾から空輸されたウナギ。漁獲量の減少から絶滅危惧種に指定された=2017年7月、成田空港 みんなが「土用の丑の日」でウナギを食べているので、私も便乗して食べよう、という判断も生じるからである。これを「バンドワゴン効果」という。バンドワゴンとは、カーニバルなど行列の先頭に登場する巨大な楽隊車を指す。つまり、みんながお祭り気分になる効果である。これもまた合理的ではなく、非合理的な消費態度だといえるだろう。 日本人は20世紀まで世界のウナギ消費量の3分の2を占めていた。まさに平賀源内のフレーミング効果と、バンドワゴン効果の「合わせ技」がフル回転していたわけである。その消費量は15万トンに及んでいた。ところが、21世紀に入ると、日本の消費量は急減してしまう。2012年には3万7千トンにまで落ち込んでいる。21世紀中に、世界全体のウナギ消費量が中国などの需要増の影響で微増しているにも関わらずである。 他方で、ウナギが、国際自然保護連合から絶滅危惧種の指定を受けたことも記憶に新しいだろう。絶滅危惧種の指定自体は、ウナギの消費動向や捕獲に関する罰則付き規定の導入に直ちに結び付いているわけではない。ただ一部の論者の中には、この絶滅危惧を重大視し、水産庁の対応不足などを指摘している。つまり、規制を強化すべきだと主張しているのである。「噂」の経済効果の影 研究者や企業も、ウナギの完全養殖や代替可能な食品の製造などに取り組んではいるが、まだまだ道半ばである。その意味では、絶滅危惧種指定を重大視すれば、この種の規制が重要になるかもしれない。では、21世紀に入ってからの日本のウナギ消費の急減は、この環境意識の芽生えが貢献しているのだろうか。 だが、答えはどうも違うようである。実は、日本における21世紀のウナギの消費量急減の背景には、中国産ウナギについての評価が影響を及ぼしているという指摘がある。一説によれば、中国産のウナギについて、一時期話題になった残留薬物問題や産地偽装問題がいまだに尾を引いたために輸入が急減し、そのことがウナギの消費自体まで減少させたという。 もちろん明言しておくが、現在の中国産ウナギには厳格な管理・検査態勢が敷かれているので、不適当な食材として流通する可能性は皆無に等しいだろう。だが「噂」の経済効果はばかにはできない。これはフレーミング効果が反対に作用し、消費を減らす効果を持ったといってもいいだろう。 要するに、「中国産」というフレーミングの、消費に対するマイナス効果が、「土用の丑の日」というフレーミングのプラス効果をかなり打ち消してしまったのだろう。さらに、多数の人間がそのような嗜好(しこう)に変わってしまったことで、バンドワゴン効果も消費を減らすことに大きく貢献しまったのである。 中国産ウナギの安全性が保証されても、マイナスのフレーミングとバンドワゴン効果を打ち消すことがなかなかできない。人間の非合理性のやっかいなところでもある。 それでは、日本産ウナギの方はどうだろうか。これについてはそもそもの捕獲量の減少も加えて、21世紀になって高価格帯を推移している。冒頭にも書いたように、今年は例年にない高値になりそうだ。 今までのウナギのかば焼きの価格推移をみると、中国産ウナギの消費が好調であった90年代は、1匹当たり500円台から600円台で推移していた。それが21世紀に入った現在は、日本産ウナギの価格が急上昇し、1000円台になっている。ウナギのかば焼き この価格上昇が、日本のウナギ消費量を抑制する一因にもなっているだろう。ただし、消費抑制の一方で、ウナギの供給者にとっては、完全養殖ウナギの開発や、ウナギに近い触感や味わいを持つ食材の開発を刺激する効果も持つかもしれない。これは消費者にとって供給を増加させるから好ましい動きともいえる。 実は、筆者もウナギが大好物である。だから、絶滅の危険がさらに高まって、消費そのものが禁止されてしまうと非常に困る。ウナギの未来は、複雑な経済の動きにかかっているのである。

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    黒田総裁続投、マンネリ人事の意味

    黒田東彦日銀総裁の続投が固まった。首相は「黒田総裁の政策は間違っていなかった」と評価したが、これまで6度延期された2%の物価上昇目標や金融政策を正常化する「出口戦略」のタイミングなど、次の5年に待ち受ける難題は山積する。賛否が分かれるマンネリ人事の意味を問う。

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    「リスクを恐れた臆病な人事」黒田総裁再任をどう評価すべきか

    飯田泰之(明治大学政治経済学部准教授) 2月16日、日本銀行の次期執行部について、4月8日に任期満了となる黒田東彦総裁の再任、3月19日任期満了の2人の副総裁の後任に若田部昌澄・早稲田大教授と雨宮正佳・日銀理事を充てる人事案が提出された。 意外性に乏しい今次の提案に「リスクを恐れた臆病な選択」と評される側面もあろう。市場の反応も薄く、各種報道に反応しての新たな動きは見られない。それでもなお今次の選択が日本経済において現実的な選択肢の中では妥当なものであったと筆者は考えている。その理由を語るとともに、新執行部への期待を述べたい。日銀の副総裁候補として国会に提示された雨宮正佳・日銀理事(斎藤良雄撮影) まずは総裁人事からみてみよう。日銀総裁の再任は山際正道(1956-64年在任)以来であり、現行の日銀法の下では初めてのことだ。異例であることのみをもって今回の再任を批判する議論もあるようだが、他の事情はさておき、再任があり得るとの前例ができたことは望ましい。 近年、金融政策に関する将来予想や政策姿勢・レジームといった数字だけではとらえられない要因が経済に大きな影響を与えるようになっている。総裁任期が5年に限定されるものではない、より長期になり得ることが明確になったことは、今後の総裁・執行部にとって小さくない財産となる。現任期を超えた長期的な政策を打ち出しやすくなるからだ。 一方で、2013年4月の現体制発足時に掲げられた「2年を目安に2%のインフレ率を達成する」との当初目標の未達をもって、その責任を取るべきであるとの議論も根強い。この目標未達は、日銀現執行部の二つの見通しの甘さに起因すると、以前筆者がiRONNAでも指摘した通りだ。2013年時点の日銀は、消費増税の景気へのダメージ、労働力プール(国内における働く意思と能力ある労働者の数)をともに過小評価していた。そのため、2013年の急速な資産価格・雇用、さらには物価上昇率の改善をもって「労働市場の逼迫(ひっぱく)による賃上げの本格化は目前であり、一時的な消費増税ショックを財政出動で支えれば、目標の達成はそう遠いことではない」と判断した。これが誤りであったことは言をまたない。 なお、公平を期すために付記すると、筆者も雇用者数が350万人以上増加し、非正規社員以上に正社員数が増加してもなお雇用改善のペースが鈍らないとは予想していなかった。黒田氏の代わりはいなかったのか さて、ここからより強力な金融政策姿勢を打ち出し、さらには財政政策についても拡大志向の総裁を望む声が出るのは自然なことだろう。しかしながら、後者については無い物ねだりの感を否めない。中央銀行総裁は、財政政策に関していかなる権能も有していない。仮に日銀総裁が大規模な財政出動を主張したところで、政府がそれを採用する理由はないし、逆もまた真(しん)である。財政政策姿勢については政府の方針にこそ検討・批判を加えるべき話だ。2018年2月、衆院予算委で答弁する日銀の黒田総裁。右は安倍首相 より金融緩和に積極的な人選を望む声についても、その道は容易ではない。確かに、黒田総裁よりも積極的な金融緩和拡大を主張する論者は日銀内外に存在する。しかし、黒田総裁自身が示した「グローバルな視点と実践的な能力と理論的な分析」という中央銀行総裁の資質、中でも日本銀行という巨大な官僚組織を御していく力を併せ持つ者となると具体的な名前を挙げることは難しくなろう。 これとは逆に、目標達成ができなかったのだから金融緩和を収束させて出口戦略に向かう、つまりは早期に金融引き締めに転じる総裁を選ぶべきだとの議論もあるが、これは顧みるに値しない。株・為替・雇用はもとより、長くマイナス域に沈んでいた物価上昇率を曲がりなりにもプラス値が継続する状況まで改善した実績を無視することはできないはずだ。 これらの実績を、米国経済の好調さに支えられた偶然の結果だとする主張もある。しかし、すでに米経済の好調が明確になっていた2013年初頭においても、金融緩和に批判的なアナリストの多くが円安は進んでも90円台、株価上昇も1万1000円から1万2000円程度であると予想していたことを忘れてはならない。米国の好景気は日本経済にとって強力な追い風ではあるが、その追い風を生かすためにも継続的な金融緩和の果たした役割は大きい。90年代や2000年代前半にも米国の経済状況は良かったが、近年ほどの資産価格や雇用の改善は生じていない。 より素晴らしい総裁はどこかにいるのかもしれない。しかし、その人を発見することはできなかった。現在行われている金融緩和の継続性への信認を傷つけず、それでいて2期目に訪れるかもしれない2%目標達成時に市場とコミュニケーションを採りながらの政策変更を進める-そのための適任者と考えると、黒田総裁の再任は、現時点では妥当な人選だと判断せざるを得ないのかもしれない。 一方で、本来ならば事前に十分に準備すべき後継者の育成を果たせなかったことは黒田体制1期目の問題点の一つとして指摘されてしかるべきだ。そして、この後継者の育成が2期目には必須の仕事となる。ここで注目されるのが二人の副総裁だ。「プリンス」と「研究者」 日銀理事からの昇進である雨宮氏は、企画局長、大阪支店長を経験した「日銀のプリンス」であり、1期目の黒田体制においても政策遂行の実務的な側面を支えた「異次元緩和」の立役者の一人だ。氏の「実践的な能力」について高く評価する関係者の声を聞くことは多い。その一方で、黒田緩和の効果の源の一つである、明確な思想を持って政策パッケージを示し、市場の予想に働きかける発信力は未知数だ。その経歴から、受動的な金融政策を旨とするかつての日銀に近い人物と受け止められることも多い。今後、氏の政策思想が明らかになり、発信とコミュニケーションの力量が明らかになることで、気が早すぎるかもしれないが、次々期総裁への有力候補となるかもしれない。 もう一方の副総裁候補である若田部氏は、経済学史の研究者として経済危機の中での経済学・経済思想の変遷を追ってきた人物だ。2000年前後から強力な金融緩和の必要性を訴え続けた生粋のリフレ派でもある。その意味で、政策思想は既に明確になっている。国内の経済論壇はもとより、国際会議での活発な討論をみてもその発信力は高い。個人的には本人にその気があるとは思わないが、5年の副総裁任期中で総裁に求められる実務的な視座を得るならば、総裁候補になり得る人物である。日銀副総裁候補として国会に提示された早大政治経済学術院の若田部昌澄教授(飯田耕司撮影) もっとも、若田部氏には、ごく近い未来に別の役割を期待したい。それが経済学史からの経済理論、それも実務的な政策論への提言である。副総裁が金融政策の理論家や実証分析家以外から選ばれたことを不満に感じている経済学者は少なくないだろう。しかし、理論家や実証家はともすると、現時点で最も正解に近いと考えられる「学会での主流派見解」や「最先端の学説」によって政策を一刀両断に語り尽くすことを好みがちだ。もちろん、それらの「正統派」が正しかったことも多い。しかし、経済(学)の長い歴史をみると「正統派」は時に誤り、時に「正統派」そのものの交代を経験してきたのである。 正統派の誤謬(ごびゅう)、学会における正統派の転換があり得る環境で、より広い歴史的視点から金融政策決定会合の議論を俯瞰(ふかん)し、近視眼的な決定に陥ることのないよう多様性ある議論を提供する重要性は高い。歴史、それも思想史研究者ならではの視点を実務に提供していただきたい。 安定感ある総裁、後継者候補になり得る副総裁、新たな視点を提供する副総裁と整理すると、2期目の黒田体制のバランスの良さがよくわかる。もっとも「バランスが良いこと」と「正しく、実効性ある政策を行うこと」はイコールではない。4月からの第2期黒田体制がどのような政策姿勢を打ち出すのか。ここのところ面白みがない政策決定会合に久々に注目が集まろう。

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    物価の抑制か財政の救済か、黒田続投「通貨の番人」はどこへ

    小黒一正(法政大経済学部教授) 日本銀行の黒田東彦総裁が2018年4月8日、中曽宏、岩田規久男両副総裁は3月19日に任期満了となる。このような状況の中、政府は2月16日開催の衆参両院・議院運営委員会の理事会で日銀の正副総裁人事案を示した。2018年1月、経済・物価情勢の展望について会見する日銀の黒田東彦総裁(宮川浩和撮影) この人事案は、黒田総裁が続投し、日銀出身の雨宮正佳理事とリフレ派で早稲田大の若田部昌澄教授を副総裁に起用するというものだ。現行の金融政策の枠組みは変えず、現行体制の維持を示すものと考えられる。すなわち、日銀出身の中曽氏の後任は日銀出身の雨宮氏、リフレ派の岩田氏の後任はリフレ派の若田部氏が選出され、「日銀枠」「リフレ派枠」が維持されるということになる。 毎日新聞の記事によると、リフレ派枠の有力候補は財務省出身でスイス大使の本田悦朗氏であったという。だが、首相官邸や財務省・日銀内部の抵抗もあり、「岩田氏に続くリフレ派の重鎮が見当たらない」(財界関係者)という大きな問題を抱えていたもようである。 こうした状況の中、若田部氏がリフレ枠で選出されたわけだが、選出方法について、当の若田部氏は『「日銀デフレ」大不況』(講談社)という著書で、今回の人事案との関係で興味深い指摘をしている。「審議員の選出には、女性枠、産業(非金融・証券業)枠、金融・証券業枠、学者枠などあらかじめ選出される枠が決まっている」「この選出方法は、外部からの多様な人材を登用できるという利点もある反面、結局のところ、業界や学界から審議員をあまねく選出しようと考える、官僚的な選出方法になりかねない」「そもそも、経済学の女性研究者は日本では圧倒的に少ない。そのうえ、さらに金融専門となると、選ばれる人は限られてくる」『「日銀デフレ」大不況』若田部昌澄(講談社) また、少し前の話だが、日銀政策委員会のある委員の略歴に関して、「博士課程単位取得退学」と博士号取得者を意味する「博士課程修了」との違いがあったことが問題となった。この問題でも、若田部氏は著書で次のように指摘している。「日銀の審議員の学歴は大学卒・学士が中心であり、一つの組織や会社で経験を積んだ人物が多い」「一方、FOMC(米連邦公開市場委員会)のメンバーは大学院の博士号取得者が中心」『「日銀デフレ」大不況』若田部昌澄(講談社) だが、今回の人事案を含めても、原田泰氏を除き、政策委員で博士号取得者はゼロではないかと思われる。 ところで、岩田氏の後任について、リフレ派の若田部氏でなく、非リフレ派を起用すれば、金融政策の方向性を転換するシグナルとなり、市場が動揺する可能性がある。そのような状況を回避するため、リフレ派枠を維持するという政府内の戦略的な判断があった可能性も否定できない。 もっとも、続投する黒田総裁は財務省出身の「リアリスト(現実主義者)」である。リフレ派の政策の限界は十分に理解しているはずで、リフレ派枠の維持は実質的な意味を持たない。その証拠として、既に日銀は2016年9月下旬、異次元緩和を軌道修正している。短期金利をマイナス0・1%に誘導するマイナス金利政策を維持しながら、長期金利を0%に誘導する新しい金融政策の枠組みの決定がそれだ。この新たな枠組みは「量」重視から「金利」重視への政策転換を意味する。そして今、黒田総裁の下で日銀はひそかに異次元緩和を縮小する「ステルス・エグジット」を進めており、筆者はこれが続くと予想している。政策正常化に3つの課題 ただ、金融政策の正常化に向けての課題も多い。 第一は、増税判断や景気変動との関係である。政府は、2019年10月に消費税率を10%に引き上げる予定であり、安倍晋三首相がその判断を今年秋ごろに行うはずだ。消費増税を実施すれば、マクロ経済に一時的なショックが走るはずで、日銀が「ステルス・エグジット」を順調に進められるか否かを含め、黒田総裁の手腕が求められる。また、2020年の東京五輪開催後は、日本経済の「景色」も大きく変わるだろう。 第二は中長期的な課題だが、デフレ脱却後に、日銀が金利の正常化に向けて利上げできるか否かだ。物価上昇を抑制するために金融引き締めを行えば、どうしても長期金利の上昇を許容する必要がある。だが、巨額の政府債務が存在する中、それは利払い費の増加を通じて財政を直撃してしまう。したがって、日銀には政治的な独立性が認められているが、選挙で選ばれる政治家とそれほど離れておらず、世論やマスコミから批判を浴び、政治的な強い風圧にさらされることも確実である。 そうなると、日銀は国債購入を通じて長期金利の上昇抑制を優先し、その結果、貨幣供給が拡大してしまう。これは日銀が直接責任を問われる物価安定の放棄を意味する。つまり、日銀は直接責任を問われる実際の物価上昇の抑制か、財政の救済か、二者択一を迫られることになるのである。 第三は、米連邦準備制度理事会(FRB)が保有資産の縮小に着手し始め、欧州中央銀行(ECB)も2018年初から資産買い入れの縮小を開始しているという状況にある。この現状が日銀の抱える問題をさらに複雑にする。マネーが世界を駆け巡るグローバル経済の下では、国外の金利水準と比較して、国内の金利だけを低い水準に抑制するのは極めて難しい。世界的な大規模緩和は転換点を迎えており、米国などの長期金利が上昇していけば、日本の長期金利にも上昇圧力がかかるだろう。2018年2月、米下院金融委員会で証言するパウエルFRB議長(AP=共同) なお、最後に忘れていけないのは「There is no such thing as a free lunch.」(世の中にただのランチなどない)という経済学の重要なメッセージである。政府と日銀を一体で考える場合、日銀が国債を保有するか否かにかかわらず、統合債務の負債コストは基本的に変わらない。今は金利がおおむねゼロのために負債コストが顕在化していないが、デフレ脱却後に金利が正常化すると、財政赤字を無コストでファイナンス可能な状況は完全に終了し、巨額な債務コストが再び顕在化する。これがまさに「不都合な真実」である。

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    市場と政権の板挟み 「こっそり緩和縮小」黒田日銀の矛盾

    小野展克(名古屋外国語大学教授) 政府は2月16日に日銀の黒田東彦総裁の続投を国会に提示した。黒田総裁は「アベノミクス」の象徴的な存在であり、安倍晋三首相の決断をまずは支持したい。ただ、異次元緩和の出口を探る中で、「サプライズ」と「矛盾」を黒田総裁がどう説明できるかが大きな課題となることを指摘しておきたい。 森友、加計学園問題など安倍政権の運営力に疑問符がつく中、高い支持率が続いている背景には、政権の誕生以降、円安、株高、失業率の低下を実現したことが大きい。こうした経済好転の背景には、黒田日銀が導入した異次元緩和と称される、大胆な金融政策の貢献があるだろう。 安倍首相の経済政策であるアベノミクスは、「金融政策」「財政政策」「成長戦略」の3本の矢で構成されている。しかし、財政の大盤振る舞いで景気回復を目指す政策は、これまで多くの政権で採用されており、特に目新しさはない。成長戦略も規制緩和等での成果は乏しく、経済の押し上げに大きな効果があったとは思えない。つまりアベノミクスの実像は金融政策の1本足打法であり、異次元緩和こそが、安倍政権の長期化を実現させた原動力だと考えられる。平成30年度予算案についての衆院予算委員会に臨む安倍晋三首相=2018年2月20日、国会(斎藤良雄撮影) 安倍政権の経済政策に対して世論の支持があり、市場の期待感があることを考えれば、その中核である異次元緩和を担った黒田総裁を続投させる安倍首相の判断は理解できる。 しかし、2期目の黒田総裁には、多くの課題があり、中でも説明力が最大の懸念材料だ。 黒田総裁は就任直後の2013年4月と2014年10月の2度にわたり、大胆な金融緩和を導入、2016年1月にはマイナス金利の採用に踏み切った。 最初に黒田総裁が導入した金融緩和は、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を掲げ、これを2年程度で実現するため、長期国債・ETF等の保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上に延長する内容だった。いずれも市場やメディアの予測を超えたスケールで、「黒田バズーカ」と称された。 それに続く、年間の国債の購入額を80兆円規模に拡大する「黒田バズーカ第2弾」も、マイナス金利の導入も、市場やメディアの期待を上回る形で予測を裏切っており、「サプライズ」が黒田総裁の説明手法の特徴となった。安倍政権とのデリケートな関係 デフレは、物価が持続的に低下する経済の病であり、物価の下落は裏返せば通貨価値の上昇だ。つまりデフレは人々や企業が円という通貨を偏愛、抱え込んでしまう現象といえ、マネーは消費や設備投資に回らず、日本経済に負のスパイラルをもたらした。デフレを脱却するためには、物価が下がり続けるという人々の「物価観」を転換、緩やかなインフレに向かうという「期待」を生み出し、マネーを消費に回さなければならない。 つまり「黒田バズーカ」は、円の供給量を激増することで通貨としての価値を破壊し、デフレによって失ったモノやサービスを求める欲望を呼び覚ますことを目指したと考えられる。黒田総裁は、そのために「サプライズ」で人々を驚かせ、市場を揺さぶることが有効だと考えたのだろう。 ただ、これは米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)など米欧の中央銀行の説明方法とは大きく異なっている。FRBやECBは政策変更の可能性を徐々に示唆し、市場に浸透させながら、円滑に金融政策の変更を実施している。  黒田バズーカは、円安、株高、失業率の低下の実現に一定の効果をもたらした。ただ、最大の目標である年2%の物価上昇は達成できておらず、デフレ脱却はいまだに実現できていない。 一方でFEDが量的緩和の縮小、利上げに着手するなど、米欧は金融の引き締めに向かっている。景気回復やカネ余りを背景に米欧が金融の引き締めに向かう中、デフレ脱却の途上である日銀がどのような政策運営をするのか、日銀は極めて難しい政策運営を迫られる。記者団の質問に答える日銀の黒田東彦総裁=2018年1月25日、スイス・ダボス(共同) 特に安倍政権との関係はデリケートだ。景気を刺激する金融緩和は、政治と協調しやすい。しかし、景気の過熱を抑えるための金融引き締めは景気減速につながりかねず、政治との摩擦を生みやすい。アベノミクスの象徴として続投する黒田総裁にとって、引き締めへの政策転換は大きな困難を伴うだろう。 安倍首相は今年秋には自民党総裁選が控え、さらに国民的な議論を呼ぶであろう憲法改正を目指している。アベノミクスによって政権の支持率を高める「ポリティカルキャピタル」(政治的な資本)を蓄積しており、これをフルに活用する必要があるのだ。金融引き締めが円高や株安を生み、ポリティカルキャピタルが縮小することへの懸念は強いだろう。黒田総裁の矛盾 今回、新たに副総裁に就任する早大教授の若田部昌澄氏は、一段の金融緩和を提唱するリフレ派の理論的な支柱の一人として知られている。若田部氏の副総裁への起用は、異次元緩和の継続に向けた安倍政権のくさびといえるだろう。早稲田大学政治経済学術院の若田部昌澄教授=2016年6月1日午後、東京都(飯田耕司撮影) しかし、実は黒田日銀は既に、緩和の縮小へ向けて静かにかじを切り始めている。 日銀は異次元緩和の総括的な検証を経て、2016年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入した。黒田総裁は、長期金利をゼロ近辺に誘導することを軸とした新たな政策を「金融緩和強化のための新しい枠組み」と説明した。 しかし、この政策がスタートすると長期金利をゼロ近辺に誘導することが主軸となり、これまで目玉だった年80兆円国債購入の勢いは急速に鈍った。日銀のこうした手法は、市場では「ステルス・テーパリング」(ひそかな緩和の縮小)と呼ばれ、既に日銀の買い入れペースは50兆円程度までペースダウンしている。 ここで問題になるのは黒田総裁の説明力だ。 事実上の政策変更の背景にあるのは、80兆円のペースで買い入れを続ければ、近く市場に流通する国債を日銀が買い尽くしてしまうことにある。「財政ファイナンス」との批判がさらに高まる上、金融政策の正常化への道筋が困難になることへの懸念もあるだろう。 しかし、日銀は2%の物価目標をまだ達成できていない上、アベノミクスの推進という安倍政権と歩調を合わせることが求められている。 この難しい状況をすり抜けるために選択されたのが、異次元緩和の旗を掲げ続けながら、緩和をひそかに縮小するという矛盾を秘めた政策運営と説明だと考えられる。 「サプライズ」と「矛盾」。黒田総裁の説明は、市場や国民から見て分かりにくい上、予測が付かない。こうした説明は、疑心暗鬼を生みやすく市場に混乱をもたらすリスクがある。 黒田総裁は次の5年の任期中に、マイナス金利や異次元緩和の出口を探ることになるだろう。生みの親である安倍政権から緩和継続の圧力が強まると想定される中、市場との対話を円滑に進めながら、どう出口への道筋を探るのか。黒田総裁が、どのような説明力を見せるのか、注目される。

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    日銀総裁、黒田氏の再任は当然である

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授) 黒田東彦日銀総裁は財務省(旧大蔵省)時代の同僚であり、しかも財務官・国際金融局長(現国際局長)の筆者の後任でもあった。ともに1995年から99年の難しい時期に積極的な為替介入等を行った仲間でもある。それゆえ、筆者の黒田総裁に対するコメントはどうしても好意的になってしまうのだが、本稿ではできるだけ客観的に分析することにしたい。記者会見に臨む大蔵省の榊原英資前財務官(手前)と黒田東彦新財務官※共に当時=1999年 7月 9日、大蔵省 黒田総裁の日銀総裁就任は2013年3月、財務省財務官からアジア開発銀行総裁に転じて8年後のことだった。それまでも財務省から日銀総裁に就任することはあったが、元財務官の日銀総裁就任は異例だった。森永貞一郎総裁(1974~79年)、澄田智総裁(1984~89年)、松下康雄総裁(1994~98年)はすべて事務次官経験者である。黒田総裁の就任時も、財務省は元事務次官の武藤敏郎氏を推したと言われている。 黒田総裁を任命したのは安倍晋三首相である。首相は2000年7月から03年9月まで内閣官房副長官を務めているが、この時に黒田氏は短期間だが内閣官房参与として内閣官房に出向している。2人は積極的金融緩和の必要性について議論を交わし、意見の一致をみたとされる。 こうした経緯もあって、安倍首相は財務省から提示された武藤敏郎元事務次官ではなく、元財務官の黒田氏を選んだと言われる。そして黒田氏は日銀総裁に就任するや、安倍首相らの意向を受け、「異次元金融緩和」と呼ばれた極めてアグレッシブな金融緩和を実施した。この結果、2012年には1ドル80円を切っていた円ドルレートは13年には1ドル100円前後まで円安になった。その後も円安基調が続き、15年には年間平均レートで1ドル121・04円まで下落したのである。 そして日経平均株価も急速に上昇した。2012年12月の終値1万395円から実に56・7%も上昇し、13年12月の終値は1万6291円まで回復した。リーマン・ショック後、停滞していた株価もこれを契機に上昇に転じ、その後上がり続けた。17年12月の終値は2万2765円、政権交代から5年で株価は倍以上になったのである。世界的な株価上昇という要因もあったが、日本の場合、異次元金融緩和が契機になったことは間違いない。要するに、黒田総裁の積極的金融緩和は大きな成功を収めたと言うことができる。黒田総裁の後任と交代時期は? 日本経済全体の経済成長率も2011年のマイナス成長(マイナス0・12%)からプラスに転じ、13年には2・00%に達した。14年には消費税が5%から8%に引き上げられたこともあって成長率は0・34%に低下したが、15年以降は1%を上回る成長を達成している。(※注1)  日本経済のこのところの経済成長率は、平均1%前後なので(2000~2017年の年平均成長率は1・05%)、13年以降のパフォーマンスは消費税引き上げの影響を差し引けば、平均を上回っているように見える。記者会見を行う黒田東彦日銀総裁=2017年 9月25日、大阪市北区 全体的に見て黒田総裁就任以来の金融政策は順調に推移したといえるし、その意味で総裁再任に全く違和感はない。任命権者である安倍首相も自民党総裁に再任される可能性が高く、黒田総裁は2期目、安倍首相は連続3期目ということになる。日銀総裁の再任は先の大戦後3度目であり、過去には一万田尚登元総裁と山際正道元総裁が再任されている。 もっとも、再任された日銀総裁はいずれも再任の任期をまっとうせず、8年余りで勇退している(一万田元総裁は8年6カ月、山際元総裁は8年1カ月)。もし、黒田総裁が再任の任期5年をフルに務めると、明治以来最長ということなる。 日銀副総裁には、雨宮正佳現日銀理事と若田部昌澄早稲田大学教授が既に内定している。雨宮氏は企画部門が長く、企画局長、大阪支店長などを歴任し、「日銀のエース」と言われる重鎮だ。日銀総裁は従来、財務省出身者と日銀プロパーが相互に就くということが慣例化されている。例えば、森永貞一郎総裁(元大蔵事務次官)の後任は日銀出身の前川春雄総裁(1979~1984年)、澄田智総裁(元大蔵事務次官)の後任は日銀出身の三重野康総裁(1989~1994年)、松下康雄総裁(元大蔵事務次官)の後任は速水優総裁(1998~2003年)というパターンである。 このルールに従えば、黒田総裁の後任は雨宮氏ということになるのだろう。もし黒田総裁が一万田元総裁や山際元総裁のように8年前後で勇退することになれば、2021年前後には「雨宮総裁」が誕生することになる。2020年は東京五輪の年である。五輪は日銀総裁人事とは直接関係しないが、政府や日銀の要人にとって何かと忙しい年になる可能性が高い。2021年に黒田総裁は77歳になる。77歳という年齢は勇退するにはちょうどいいのかもしれない。(注1)2015年1・11%、2016年1・03%、2017年1・80%、17年の数字は18年1月の国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」による

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    なぜデフレ脱却ができなかったのか 黒田日銀の5年を振り返る

    渡辺努(東京大学大学院教授) 日銀の黒田総裁による異次元金融緩和の開始から間もなく5年になる。日銀は2%の消費者物価上昇を目標として掲げ大規模な量的緩和やマイナス金利政策を実施してきたが、現状、消費者物価上昇率(除く生鮮食品、エネルギー)は前年比0.3%(2017年12月)であり、デフレからの脱却を果たせていない。しかし5年間の緩和を通じ、デフレ発生の仕組みについて新たに見えてきたことは少なくなく、デフレ脱却に向けて今後何をすべきかも明らかになった。以下では企業の価格設定行動の視点から物価の現状を整理する。金融政策決定会合後の記者会見場を後にする日銀の黒田東彦総裁 =2016年 6月16日、東京都中央区の日銀本店 デフレ脱却のカギは何か。異次元緩和が始まった5年前にこの質問を何度も受けた。質問者の多くは、需要の不足がデフレの原因であり、需要さえ喚起できればデフレ脱却できる、問題は金融緩和で十分な需要喚起ができるかどうかだと考えていた。しかし物価は需要だけで決まるものではない。供給サイド、つまり価格を決める人たちの行動が物価のもう一つの決定要因だ。当時の日本で需要が不足していたのは間違いないが、それ以上に深刻なのは値決めをする人たちの行動だと筆者は考えていた。当時この認識は異端であったが、今では日銀を始め政策担当者の多くが共有する認識となっている。 筆者が供給サイドに注目したきっかけは、フィリップス曲線の変化である。物価上昇率と失業率の間には、失業率が下がる(上がる)と物価上昇率が上がる(下がる)という負の相関があり、フィリップス曲線と呼ばれている。日本でもかつては物価と失業率の間に負の関係が観察されていた。しかし2000年以降、その関係が非常に弱くなり、失業率が変化しても物価はごくわずかしか変化しないというように変わってしまった。例えば、リーマンショック直後には、需要が弱くなって失業率が大きく増えたが、物価はさほど下がらなかった。異次元緩和の5年間はこの逆で、失業率が足元3%を切るところまで改善したにもかかわらず、物価は上がっていない。 物価の反応が鈍くなったのはなぜか。その背景には価格の硬直化がある。消費者物価指数は典型的な消費者が購入する約600の品目(例えば「シャンプー」「理髪料」など)から構成されている。各品目について前年比の変化率を算出した上で、その値がゼロの近傍にある品目の消費金額が全体のどれだけに相当するかを計算した(図1を参照)。 ゼロ近傍の品目は価格が硬直的な品目ということだから、そうした品目がどの程度の割合を占めるかは価格硬直性の尺度だ。1990年代末から価格の硬直性が高まり、ゼロ近傍の割合は5割に達した。その状態が2013年4月の異次元緩和開始後も基本的には続いている。17年半ば以降、ゼロ近傍の割合が低下の方向にあるが、改善のピッチは緩やかであり、今なお半数近くの品目がゼロ近傍にある。 価格硬直化の原因の一つは趨勢(すうせい)的なインフレ率の低下である。インフレ率が趨勢的に高い国で、ある企業が価格を据え置くとすると、ライバル企業に比べて価格が安すぎて損をしてしまう。従ってそういう国では企業は価格を据え置くことはせず、頻繁に価格を改定する。これに対して趨勢インフレがゼロに近い日本のような国では、価格を据え置いたとしてもそれで損を被ることはないので、多くの企業が価格据え置きを選択する。この理由で価格が硬直化しているのであれば、趨勢インフレさえ元に戻れば硬直化も自動的に解消されるので問題ない。 しかし、日本の価格硬直化の理由はこれだけではない。日米を含む先進8か国の品目別価格データを用いて筆者らが行った国際比較によれば、日本の価格硬直性は米国などと比較して図抜けて高く、しかも、日本の趨勢インフレが低い分を調整してもなお高い。価格据え置き慣行のまん延 では日本の価格硬直化の原因は何なのか。価格上昇率を品目ごとに計算しその頻度分布の最頻値を推計すると、日本はゼロであるのに対して米国などでは正で、多くの国で2-3%の水準にある。この傾向は趨勢インフレの影響を調整しても変わらない。つまり、米国などでは企業が毎年価格を2-3%で引き上げるのが「デフォルト」(初期設定)であり、そうした企業が多数派なのに対して、日本では価格据え置きが「デフォルト」であり、この差が日本の高い価格硬直性を生んでいる。 1995年ごろに始まったデフレが社会に定着する中で、消費者は価格が据え置かれることを当然と受け止め、わずかな上昇も許容しないという行動をとるようになった。消費者の姿勢がこのように変化する中で、企業は自分の価格を少しでも上げれば顧客が大きく減ると恐れるようになり、コストが多少上がっても我慢して価格を据え置くという行動をとるようになったと考えられる。 価格据え置き慣行は商品の小型化という歪んだ現象を生み出している。昨年秋以降、「くいもんみんな小さくなってませんか日本」というハッシュタグがSNSで話題になり、表面上の値段は据え置きだが容量が小型化した商品の報告が相次いでいる。実質値上げである。図2は商品のリニューアル時におけるサイズの変化を数えたものである。実質値上げは穀物やエネルギーの輸入価格が上昇した2008年に急増した。この時は、価格据え置きの慣行がまん延する中で、企業はコストの増加を価格に転嫁できず、苦肉の策として容量減を選択した。経営者にとって価格据え置きは動かすことのできない制約であり、その制約内でとれる選択を探した結果、小型化に行きついたということであろう。 小型化はその後いったん減ったが、13年から15年にかけて再び増加した。この時期は異次元緩和で円安が進んだ時期であり、輸入原材料コストの上昇を価格転嫁できない企業が小型化に向かったと考えられる。足元では非正規雇用を中心に人件費が増加するなどのコスト増が起きているが、それを価格転嫁できず苦しむ企業が増えている可能性がある。 デフレ脱却に向けて最大の課題は、価格据え置き慣行をいかにして変えるかだ。価格据え置きは放置しておけば自然になくなるというものではなく、むしろ今後、デフレ経済しか経験したことのない若年層が社会の中核的な役割を担うようになるにつれ、社会により深くビルトインされる可能性が高い。価格据え置きという制約内で経営の解を探すことを続けていると、日本経済の活力はますます弱まってしまう。 価格据え置き慣行の源泉をたどると、安ければ安いほどよいという消費者の姿勢に行きつく。しかし、価格引き上げでぼろもうけというのは論外として、原価が上昇したときにその分を価格に転嫁するのは企業経営者として適切な行為であり、フェアなプライシングだ。消費者がそれを許容しないのは明らかに行き過ぎであり、企業経営をゆがめてしまう。消費者は立場を変えれば労働者であり、価格据え置き慣行が続けば労働条件が悪化するなど不利益を被ることを忘れてはならない。 企業側は、価格転嫁について消費者の理解を得る努力をすべきだ。昨年秋のヤマト運輸に続いて宅配便各社が値上げに踏み切ったのは、価格転嫁の成功事例だ。成功の背景には,トラック運転手の不足など現場の負担の大きさを消費者が理解し,負担軽減のための値上げに共感したことがあると言われている。コスト増を価格転嫁できない苦しさを内に秘めてこっそり商品を小型化する企業の対極ともいえる。フェアな価格とは何かについて健全な常識を取り戻せるか否かがデフレ脱却のカギを握っている。わたなべ・つとむ 東京大学大学院経済学研究科教授。専門はマクロ経済学(特に金融政策と物価)。1959年千葉県生まれ。東京大学経済学部卒。米ハーバード大学Ph.D.(経済学)。日本銀行に勤務後,一橋大学を経て2011年から現職。著書に『新しい物価理論:物価水準の財政理論と金融政策の役割』(共著,岩波書店,2004年),『慢性デフレ:真因の解明』(編著,日本経済新聞社,2016年),Property Price Index: Theory and Practice(共編著,Springer,近刊)など。

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    異次元緩和をやめてもデフレには戻らない

    塚崎公義 (久留米大学商学部教授)前向きに読み解く経済の裏側 「日銀の異次元緩和は、当初こそ偽薬効果で役に立ったけれども、今は効果より副作用の方が大きいのだから、止めるべき」と筆者は主張しています。「そんなことをすればデフレに逆戻りしてしまう」という御批判を数多く頂いていますので、反論しておきます。 「日銀が異次元緩和をやめたらデフレに戻る」という人々の論拠が不明ですが、筆者なりに推測すると、以下の2通りです。第1は、素朴な貨幣数量説、第2は「金融緩和が景気を回復させ、景気回復がデフレを止めたのに、その流れが逆転してしまう」というものです。 素朴な貨幣数量説というのは、「世の中に出回っている資金の量が増えると物価が上がり、減ると物価が下がる。ダイヤモンドが水より高いのは希少だからである。それと同じで、世の中に資金が出回れば物の方が資金より希少になり価値が上がるのだ」というわけです。 つまり、「異次元緩和で世の中に資金が出回ったから、世の中の資金と物の比率が変わり、物の値段が上がった。異次元緩和をやめると、世の中に出回る資金が減るから、物の値段が下がるはずだ」というわけですね。 これは、全くの誤りです。統計を見れば明らかなように、世の中に出回っている資金(マネーストック)は増えていないからです。黒田緩和によって日銀から銀行に出て行った札束は、世の中に出て行くことなく、日銀に送り返されて準備預金(銀行が日銀に持っている預金口座)に入金されてしまったからです。 では、第2の経路はどうでしょう。異次元緩和で景気が回復したのは確かですが、それはなぜだったのでしょうか。 そもそも金融の緩和は、景気を回復させる力が強くありません。工場の稼働率が低い時に「金利が下がったから、新しい工場を建てよう」と考える企業は稀だからです。企業が設備投資をしようか否かを判断する際の最大の材料は「投資をすれば儲かるか否か」であって、金利ではないのです。 まして、金利がゼロの時に日銀が金融を緩和しても、企業の設備投資が増えるわけではありません。短期金利は下がりませんし、長期金利も僅かに下がるだけですから。 今回、金融緩和が景気を回復させたのは、株やドルの値上がりを通じてです。株高やドル高になったから景気が回復し、デフレが止まったのです。そうであれば、「異次元緩和をやめれば株とドルが暴落する」のか否かが、デフレが再発するか否かを左右することになります。筆者は、株もドルも暴落しないと考えているので、デフレは再発しないと考えています。以下は、そう考える理由です。2013年4月、就任後初となる金融政策決定会合後の会見で、大規模な金融緩和について説明する日銀の黒田東彦総裁(財満朝則撮影) 黒田日銀総裁が就任した時、多くの投資家が「これで世の中に大量の資金が出回るから、株やドルが値上がりするだろう」と考えて、株やドルを買いました。それにより株やドルが値上がりして、景気が回復したのです。 しかし、実際には世の中に資金は出回りませんでした。日銀の金庫から銀行まで出て行った札束は、そのまま日銀に送り返されて「準備預金」に入金されてしまったからです。 医者が患者に小麦粉を渡し、「良い薬だ」と言うと、患者の病気が治癒することがあり、「偽薬効果」と呼ばれています。今回の黒田マジックは、まさに偽薬効果だったわけです。 偽薬効果は、患者が薬だと信じているから病気が治癒するわけで、皆が偽薬だったと知ってしまったら、続ける意味がありません。小麦粉の大量摂取だって副作用がありますから、止めるべきです。それと同じで、不況や失業という病気は治癒しており、しかも世の中にお金が出回らなかった事も皆が知っているわけですから、異次元緩和はやめても構わないわけです。異次元緩和にも少しは副作用がありますから、そろそろ出口戦略を真剣に考えるべきだと筆者は思っているわけです。美人投票だけでは株価の1万円割れは起きない 普通の病気の場合、偽薬効果で病気が治癒した人は、偽薬だったと知っても病が再発することはないはずです。偽薬だったと気づいていない患者に「薬が品切れで処方できない」と伝えても、病が再発することはない筈です。 しかし、「病は気から」ですから、不安が引き起こす病の場合には、そうとは限りません。「偽薬だと知っても再発しない」という点は同じでしょうが、「薬が品切れだ」と言われたら、再発してしまうかもしれません。 さて、今回はどうでしょう。人々が既に偽薬だと気づいていて、「偽薬で病気が治癒したのだからメデタイ」と考えているのであれば、出口戦略が景気を逆戻りさせることはないでしょう。筆者は、そうであると信じています。 しかし、人々が偽薬だと気づいていないとしたら、「異次元緩和をやめる」と宣言した途端に株やドルが暴落するかもしれません。株安やドル安は、人々の不安が引き起こす病気に似ていますから、人々の気持ち次第で再発しかねないのです。「偽薬だと気づいていない人は稀だ」と筆者は信じていますから、株やドルは暴落しないと筆者は信じていますが。(iStock) 筆者を批判している人の多くは、黒田緩和が偽薬であったことを知りながらも、「市場は美人投票の世界だから、皆が下がると思うと皆が売るので本当に下がるのだ。市場参加者の多くは黒田緩和が終われば株価が下がると考えているから、黒田緩和が終わったら、本当に株価は下がるだろう」と考えているのでしょう。 そうしたことは、起こり得ると思いますが、影響はそれほど大きくないでしょう。株価の上昇過程では、偽薬だと知らずに買っている人が大勢いて、「偽薬だと知らずに買っている人がいるから値上がりするだろう。自分も買おう」という人が大勢いて、結局皆が買ったから株価が大幅に上昇したのです。 しかし今回は、偽薬だと知らずに小麦粉の品切れを嘆いて売る人は少ないはずです。そうだとすれば、「偽薬だったと知らずに売っている人がいるから値下がりするだろう。自分も売ろう」という人も少ないはずです。 今ひとつ、株に関しては好材料があります。黒田緩和前は、日本経済の先行きに悲観的な投資家たちが、「割安だけども買えない」と考えていたため、株価が割安に放置されていました。それを適正水準に戻したのが黒田緩和だった、という面もあったのです。今回は、株が割高だということでもありませんから、出口戦略が暴落の引き金を引くという可能性は小さいわけです。 そうしたことを総合的に考えれば、ドルや株が黒田緩和前の水準まで値下がりすることは考えにくいでしょう。ある程度下がった所で割安感からの買いが出て止まるでしょう。 ちなみに筆者は、黒田緩和の時には「偽薬効果を信じている黒田教信者が買うだろうから株価は上がるだろう。自分も買おう」という美人投票的な行動をしましたが、今回はしないつもりです。もっとも、筆者の株価予想ほど当てにならないものはありませんので、読者各位は筆者を真似することのないように。投資は自己責任ですから(笑)。

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    2014年の消費増税なければ今頃日経平均3万円も…

     2019年10月に消費税が10%に引き上げられる。日経平均2万円台を回復し、連騰が続く株式市場だが、2014年の消費税8%引き上げの苦い経験がある。 アベノミクスの異次元金融緩和で一本調子で急上昇していた日経平均株価は2013年末の大納会でリーマンショック後の最高値(1万6291円)をつけた後、2014年に入ると4月の消費税率8%への引き上げをにらんで急落に転じ、増税実施後の4月11日には1万3960円まで14%(約2300円)も下がった。 下がったのは株価だけではない。増税の後遺症による景気の落ち込みはいまも続いている。安倍政権ブレーンもその懸念をはっきり認めている。内閣官房参与を務める藤井聡・京都大学大学院教授が語る。2018年2月7日、前日終値より一時700円以上上昇したことを示す日経平均株価の株価ボード(桐原正道撮影)「総務省の家計調査などをもとに試算すると、増税後の3年間で家計の実質消費は1か月あたり平均2万8000円も減少、実質賃金は4%以上ダウンしています。民間企業の投資も大きく落ち込み、日本の経済成長率は増税の直前には4%成長(2014年1~3月期)という近来にない高い伸びを示していたのに、増税後はいきなり1.3%に下がり、直近の名目GDPはマイナスに転じた。日本経済は再びデフレ化しつつある状況なのです」 そのことがこの間の株価回復のペースを大きく鈍らせた。「たかだか株価2万円」突破にこんなに時間がかかったのは前回の増税が足を引っぱっているからだ。「マスコミは株価が20年ぶりの高値更新と騒いでいますが、2014年の消費税率引き上げによる景気失速さえなければ、株価上昇のペースはこんなものではなかった。今頃、日経平均3万円の声を聞いていても不思議ではありません」(同前) その反省から、安倍首相はこれまで2回にわたって増税を延期してきたのではなかったのか。関連記事■ 2年後の消費税10%への引き上げは「最悪のタイミング」■ 2020年秋 75歳年金繰り下げ、増税、「五輪不況」へ■ 社会保障カットの決まり文句「子や孫にツケ回さない」の欺瞞■ 森永卓郎氏が選ぶ「消費税を問い直す」ために読みたい本3冊■ 赤字国債発行停止には消費税率16%引き上げが必要と専門家

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    山本一郎が読み解く仮想通貨流出「コインチェック事件」の本質

    山本一郎(個人投資家・作家) 仮想通貨取引で大変な騒ぎを現在進行形で引き起こしているコインチェック社(以下、CC社)の一件については、CC社から「盗難」されたとされる暗号通貨NEM(XEM)に対する補償が払われるのか、ということだけでなく、他の暗号通貨取引で預かっていた顧客資産もどこまで日本円で出金できるのかという結構な問題にまで立ち入ってしまっています。 仮想通貨やブロックチェーン(分散型台帳技術)がITと融合した新たな金融サービス「フィンテック」の大事な一角である以上、巷では「暗号通貨NEMの取引でCC社がやらかしても、ブロックチェーン技術は引き続き有望だ」という議論が出るのも分からないでもありません。 何しろ、CC社の問題というのはあくまでCC社のセキュリティの問題であって、ブロックチェーンが破られたかどうかという話ですらないからです。 一方で、金融庁が2月2日から検査局職員が常駐する形で資産の状況確認が進む中、警視庁サイバー課も関係者からの事情聴取を続けている状況です。漏れ伝わる状況を聞く限りでは、今回のNEM(XEM)は、何者かのハッカーによる犯行、ということになっていますが、犯行の状況や経緯がはっきりせず、とりわけ侵入を許す前後のログに不審な点がなかなか判然としないなどの問題もあって、捜査は難航しているようです。流出を受けて記者会見するコインチェック社の和田晃一良社長(左)=2018年1月、東京都中央区(佐藤徳昭撮影) 簡単に言えば、読者が仮に犯罪者であったとして、家屋に浸入し、運よく簡単に開けられる金庫を見つけたとします。その金庫を難なく開けてみると、ドルや人民元、ユーロ、日本円にルーブルとより取り見取りの紙幣がうなっていたので、その中から日本円「だけ」袋に入れて持ち去った、というのがこの事件です。犯罪者の心境として、この行動は合理的でしょうか。本稿では、判断は読者に委ねます。 「下手人」が誰であれ、技術的に日本の将来を担うと見られたフィンテックは、仮想通貨の盛り上がりとともに比較的緩い規制の中で「世界でリーダーシップが取れるよう育成していきたい」というビジネスになっていました。 ただし、すでに海外でもCC社のようなハッキングされる事例は後を絶たず、2月3日には韓国の暗号通貨取引所がハッキングされ、おそらく北朝鮮に日本円にして20億円前後が盗み出されてしまったのではないかと報じられました。さらには、アメリカでは大手取引所のビットフィネック(Bitfinex)とその関連でテザー(Tether)という暗号通貨の取引において、裏書となる資産が乏しいのではないかという疑惑が持ち上がり、アメリカ先物委員会が関係者を召喚するという事態にまで発展しました。 詳細は産経新聞の記事を御覧いただくとしても、このところのビットコイン(BTC)以下、暗号通貨各種の取引レートは非常に不自然で、このテザーに人民元による決済とみられる資金が流入すると、それ以外の暗号通貨にも「分配」されるようなアルゴリズムでもあるのか、均一に値上がりするということが繰り返されています。フェアでない暗号通貨の取引 人為的な相場であるとは、かねがね指摘されているのが暗号通貨界隈の泣き所です。胴元がいるからこの暗号通貨取引は相場操縦されており、価格はただのフェイクなのだと指弾されることが多いのです。 また、NEMに限らず多くの暗号通貨がこれらの人民元と見られる取引に伴う世界的な資金の流れに関係していること、さらにはもともとのブロックチェーンの開発者とされているサトシ・ナカモト氏が発表した「Satoshi Paper」とは無関係なところでビットフィネックからCC社まで暗号通貨の取引所が位置付けられているのも、すべては当初の「フィンテックは貨幣を国家や社会から自由にする民主的な存在」なのだという理想世界とは、ずいぶん実態は違うことの根拠となり得ます。 言われているほど暗号通貨の取引はフェアではなく、民主的でもないというのは、裏を返せば「では何のために仮想通貨をこれだけもてはやし、市場全体で20兆円以上も暗号通貨市場を構築してきたのか」という素直な疑問に立ち返ることになります。「コインチェック」の本社が入る建物の前に集まった報道陣=2018年1月、東京都渋谷区(飯田英男撮影) そして、ほとんどの暗号通貨は実質的に中国本土から流出する中国元の大きな流れを漂う小さな子船のようなものです。今回流出したNEMも、それ以外の暗号通貨もおよそ中国から世界へと流れ出る貨幣の奔流とともに浮き上がった存在でしかありません。 もちろん、技術的な裏付けで見るならば、非常に優秀な技術者がNEM.io財団を作り、流出したNEMを追跡できる仕組みを用意し、少なくともどのような取引でどう盗まれたNEMが広がっていったのか追いかけることはできます。しかしながら、今回は盗難であり流出であったから資産の流出を追いかけることは誰も反対しませんが、それ以外の取引も含めて、誰もが見られる状況にある仮想通貨上の価値が、最後まで追いかけられるというのは果たして妥当なことなのでしょうか。 NEM.io財団がいかに優れた技術者による善意の集まりであったとしても、選挙で代議士を送り込めるわけでもなく、名目上はどこの統治機能にも属していません。言うなれば、人々の代表でもない人たちが、技術的に可能だからといって誰かの資産を追跡できる仕組みが用意されている、というのが仮想通貨の難しいところです。仮想通貨は優れた技術 人によっては「政府は信用できない」とか「国家という概念が終わりかけているのに、その発行であるリアル通貨に依存しているのは良くない」などといった話をされるケースもあります。 政府が信用できないというのは、まあ分からないでもありません。しかしながら、インターネットというのは仮想通貨だけが技術ではありません。通信は偽装され、盗んだとされるハッカー本人は注意深く潜航していると見られます。 当然、今回のような犯行に対してウォレットに汚染されたマーカーをつけるという対策は、あくまでそのウォレットがおかしいということだけであって、実際にウォレットの持ち主が誰であり、その場所と人物を特定し、自宅のドアをノックするのは誰なのかといえば、結局は国家に雇われた警察官であることを、私たちは忘れてはなりません。 仮想通貨は優れた技術の総称であり、ブロックチェーンをはじめとしたフィンテックが私たちの暮らしをより良くするカギを握っていることは間違いないのです。 ただ、それは「技術の内容をきちんと知って、正しく夢を見る」必要があります。一獲千金の暗号通貨相場を狙って格安のうちからマイナーなアルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)を仕込む投機的な活動が、結果的に中国本土から流出する資金の流れの中でバブルを起こしたというのは、オランダのチューリップ球根の値上がりよりも実物がない分だけ儚(はかな)いものです。仮想通貨取引大手「コインチェック」本社が入るビル前には、顧客や報道各社が集まった=2018年1月、東京都渋谷区(春名中撮影) そう考えれば、技術者や起業家の性善説で成り立っていた資金決済法ではなく、問題が起きないようがんじがらめに規制している金融商品取引法がいかに必要で、優秀だったのかということがよく分かる事例だったという話になります。 金融庁のCC社への検査の結果、どこまできちんと会社資産と顧客からの預かり資産とが切り分けられ、どれだけの割合がきちんと顧客に返還されるのかは分かりませんが、多くの人たちにとって納得できる決着になってほしいと願っていますし、この程度の話で仮想通貨やブロックチェーンと言った新しい技術がだめになってしまわないよう冷静な議論ができることを心から望んでいます。

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    コインチェック事件は想定内、仮想通貨が抱える3つの問題

    上念司(経済評論家) コインチェックのNEM流出事件を受けて、にわかに仮想通貨のセキュリティー問題が注目されている。しかし、この問題を単なるサイバーセキュリティの問題に矮小(わいしょう)化して捉えては事の本質を見誤る。なぜなら、この問題は情報技術の問題であると同時に経済や市場の問題でもあるからだ。 本稿では、まず仮想通貨を象徴するビットコインが抱える三つの問題点について明らかにしたい。その上で、仮想通貨全体が抱える問題と取引所の抱える闇に迫っていきたいと思う。 一つ目は、仮想通貨の中でも特にビットコインの所有者は、一部に偏っているとの指摘がある点だ。名目上はわずか4%が、ビットコインの97%を所有しているそうだ。もちろん、この所有名義には取引所などもあり、単に顧客の預かり資産が取引所名義でカウントされている可能性もある。しかし、ブルームバーグなどの報道によれば、ビットコイン総発行数の約4割を1000人の「クジラ」が保有しているとのことだ。その記事に次のような指摘がある。仮想通貨「ビットコイン(BTC)」 マルチコイン・キャピタルのマネジング・パートナーを務めるカイル・サマニ氏は「お互いに連絡を取り合えるような大口保有者は恐らく数百人はいるだろう。恐らく、実際すでにそうしているだろう」と話す。つまり、所有者の偏りによって常に相場操縦のリスクに晒(さら)されているのである。 二つ目はビットコインのリスクについてである。ビットコインの仕組みはマイナー(採掘業者)と取引所の連携によって維持されている。マイナーとはブロックチェーンをつなぐ作業をする人で、最も早く複雑な計算を解いたマイナーは報償としてビットコインを得られるようになっている。 当初は市場規模が小さかったので個人のパソコンでもマイナーは作業できたが、これだけ市場が大きくなると専用のマシンで大量の電力を消費しないと計算が間に合わなくなってしまった。モルガンスタンレー証券の予想によると、ビットコインのマイニングだけで今年はアルゼンチンの年間使用量以上の電力を消費してしまうとのことだ。ブロックチェーンをつなぐ競争をして一番早い人にコインで報償を出すという仕組みそのものが極めて非効率的な電力消費を産んでいる点は構造的な問題と言えるだろう。 当然、各国がマイナーに対する消費電力規制は厳しくなっている。中国ではマイナー向けの電力供給停止、締め出しが進んでいる。全世界からマイナーが締め出されるとビットコインの取引市場も大幅な縮小を余儀なくされるだろう。 また、仮想通貨の美しい理念である「非中央集権」というコンセプトもかなり怪しい。コーネル大学の暗号通貨専門家、エミン・グン・シアー准教授によれば、ビットコインのマイニングは上位4社で53%を独占している。事実上はメガバンクのような電算センターが存在しているのと同じだ。 また、コインチェックのNEM流出においても、NEM財団が一時ハードフォークを検討し、これをやらないと宣言した。ハードフォークとは、NEM盗難前の状態にプログラムを書き換えることだが、これを検討した時点でNEMが構造上非中央主権的な通貨でないことが改めて明らかになってしまった。やはり、理想と現実の間には相当な開きがあるようだ。資金の流れはガラス張り そして三つ目はビットコインの実需についてだ。ビットコインは単なる電子データでサービスそのものは存在しない。唯一その価値を証明するのは、投機的な売買を除けば、通貨としての利便性のみである。しかし、現在ビットコインは取引量が増えすぎてトランザクション(取引)が遅延している。 例えば、ビットコインで買い物をした場合、買い手から売り手に実際に資金が移動するのに1日程度のタイムラグが必要である。もっと早く入金してもらうためには手数料を支払わねばならない。ネット上の体験談などによると、ビックカメラで1000円の買い物をし、ビットコインで支払いをすると手数料が約430円かかったそうだ。交通系ICカード「SUICA」で買った方が良かったのではないだろうか。 また、ビックカメラは受け取ったビットコインを換金して商品の仕入れや従業員の給料の支払いをするが、これだけビットコインの相場が激しく変動すると大きなリスクを抱えることになる。仕入れも給料の支払いもすべてビットコインになればいいのだが、おそらくそんな日は永久に来ないだろう。 最もニーズがあると思われていた匿名の送金だが、こちらもかなり微妙だ。ビットコインなどブロックチェーンを使った通貨はすべての取引情報が書き込まれたウォレットをプレイヤー全員が共有している。 つまり、プレイヤーは誰でも他のプレイヤーの送金記録を見ることができる。巨額の資金移動があれば、その資金がどのアカウントからどのアカウントに移動したかはすぐにバレてしまう。もちろん、そのアカウントの所有者の個人情報は見ることができないが、資金の流れ自体はガラス張りだ。仮想通貨取引大手「コインチェック」が入るビル=東京都渋谷区(春名中撮影) 実際に、NEM流出事件においてもこの構造を利用して盗まれたコインはトラック(追跡)され、犯人のアカウントは特定されてしまった。匿名送金の実需という点でもやはり厳しいのではないだろうか。 このように見てくると、仮想通貨の雄、ビットコインですら現時点ではまだ未来の技術である。況(いわん)や他の通貨においてをや。少なくとも、現時点では円やドルなどの法定通貨を仮想通貨が凌駕(りょうが)するのは無理そうだし、将来的にもそう簡単にはそんなことは起こりそうにない。非中央集権的電子通貨というのは、シリコンバレー式の大風呂敷としてなら大変興味深い話であるし、投資話としても非常によくできていた。 しかし、現実にはまだ克服しなければならない課題が山積みだ。もちろん、シードインベストメントとしてこういう技術に投資しておくのは大事なことだろう。しかし、ビットコインの価格は短期間で60倍になってしまった。シードからいきなり上場してしまったようなものだ。さすがにこれはやりすぎだった。 しかも、この相場自体が作られたものである可能性が出てきた。昨年12月、ビットフィネックスとテザーが米商品先物取引委員会から召喚命令受けていた。ビットフィネックスは香港の取引所、テザーとは米ドルと1:1の固定レートを保証する仮想通貨のことだ。 テザーは価格変動のない仮想通貨だが、事実上ドルの代わりに使えるので利便性が高い。どうも中国の資本取引規制の抜け道としてこの通貨が売れていたらしい。ビットフィネックスはテザーとほぼ同じメンバーが経営している仮想通貨の取引所である。流出の裏にあるインサイダー情報 さて、何が問題かというとテザーは顧客から預かった資金を勝手に流用していたのではないかという疑惑である。ドルとテザーとの1:1の固定レートを維持するには、それに見合った準備金がなければ大変だ。テザーの発行数よりも準備金が足らないとなれば取り付け騒ぎになる可能性もある。ところが、テザーは預かった準備金で大量のビットコインを買っていた疑惑がもたれている。テザーによる大量の買いでビットコインは暴騰した可能性すらある。 昨年、米商品先物取引委員会からの召喚命令を受けて、慌ててビットコインを売ってドルに換金した。それが今回の相場暴落の引き金になったのではないかという話もある(この件の詳細は八重洲イブニングラボのコミュに書いたので、関心のある人はそちらを読んでほしい)。 この暴落騒動の中で起こったのが今回のコインチェックのNEM流出事件である。ここまで指摘した通り、もともと仮想通貨市場には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)していた。儲けを求めてかなりアブない取引に手を染める人々がたくさんいたことは間違いなかった。そういう状況であれば何が起こっても不思議ではない。コインチェックの取引きを映した画面=2018年1月、東京都渋谷区(春名中撮影) 事件の発覚後、1月26日にコインチェックは1363億円の不可解な資金移動を行ったらしい。取引停止措置の直前に事情を知るインサイダーが資金を逃がした可能性を指摘されている。多くの顧客が取引停止で資金を引き出せない中、一部の関係者のみが逃げ切っていたとしたらこれは由々しき問題である。 テレビCMを見てコインチェックに口座を開いた人も多かったと思う。そう言う人は、仮想通貨市場の背後にさまざまな問題があったことは知らなかったのだろう。CMの考査を担当している代理店や局の担当者がそれほど仮想通貨問題に詳しいわけではない。金融庁がこの問題に本腰を入れ始めたのもごく最近のことだ。「CMを流しているぐらいだからあの会社は安全だ」と考えるのがどれほど危険なことか、改めて分かったのではないだろうか。 所詮、テレビはこの程度である。信じる者はバカを見る。

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    たかがコインチェック、されど仮想通貨

    約580億円分の仮想通貨NEM(ネム)が不正流出したコインチェック事件はどうなるのか。いまだ先行きが見えない騒動の一報を誰よりも早く伝えた人物がいたのをご存じだろうか。そう、iRONNAでもおなじみの投資家、山本一郎氏である。今回は事件の本質を山本氏ら3人の識者に読み解いてもらった。

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    コインチェック事件があっても侮れない仮想通貨の潜在力

    小黒一正(法政大経済学部教授) 仮想通貨取引所大手コインチェックが不正アクセスで約580億円の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出した事件が、金融庁の立ち入り検査もあり、注目を集めている。大蔵省や財務省・金融庁で行政を担った経験をもつ視点から、今回の事件が浮き彫りにした問題点や解決策について少し検討してみたい。 まず、今回の事件は、仮想通貨それ自体の問題でなく、仮想通貨の保管方法で発生した問題であるという視点が最も重要である。ただ、ネムの発行元であるNEM財団は流出したネムに「タグ」を付けて追跡中だが、顧客に100%戻るという保証はない。コインチェックが入るビルの案内板=2018年2月、東京・渋谷区 また、ネムもブロックチェーン(分散型台帳)技術を基盤とするため、2016年6月に起きた仮想通貨イーサリアム(Ethereum)の盗難事件のように、理論的には不正アクセス前の状態にブロックチェーンを巻き戻すことも可能なはずだ。このときはハードフォークという手法で不正送金前の状態に戻され、利用者の被害も解消されたが、禁じ手に批判が集まり、結局イーサリアムは分裂した。だが、現時点でNEM財団は否定的な立場のようであり、以下ではそれができないことを前提に議論したい。 では、今回の事件でネムが狙われた理由は何か。理由は単純で、ネムを預かるコインチェックは「ホット・ウォレット」と呼ばれる方式で保管していたためである。 仮想通貨は通常、電子財布(ウォレット)などで保管するケースが多いが、そもそも仮想通貨を保管するウォレットには「ホット・ウォレット」と「コールド・ウォレット」の2種類がある。このうち、ホット・ウォレットとは、オンラインでインターネットから常時アクセス可能にあるウォレットをいう。一方のコールド・ウォレットは、通常はオフラインでインターネットと切り離して管理しており、必要なときにオンラインで接続するウォレットである。 取引を行うための接続には「秘密鍵」が必要とするケースが多い。インターネットから隔離した場所に秘密鍵を保管するコールド・ウォレットと比ベて、インターネットに接続しているPCやスマートフォンを含むサーバーなどに保管するホット・ウォレットについては、不正アクセスで秘密鍵が盗まれるリスクが高くなるのは当然である。しかも、報道によると、コインチェックが預かるネムのケースでは秘密鍵が一つしかなかったという話である。リスクはネットバンキングでも同じ ただ、不正アクセスで資産被害を受けるリスクは、仮想通貨のみでなくインターネットバンキングでも存在するという視点を忘れてはいけない。例えば、警察庁の被害集計によると、利用者のPCやスマホなどの端末をウイルス感染させることで、2016年は約17億円、1291件の不正送金があった。記者会見を終え、退席するコインチェックの和田晃一良社長=2018年1月、東京都中央区(佐藤徳昭撮影) その前の2015年は約30億円(1495件)、2014年は29億円(1876件)の不正送金の被害が発生している。金額の規模は異なるが、今回の事件が特殊なわけでない。銀行などの預金残高の総額は約1000兆円であり、約17億円や約30億円の不正送金は預金総額の0・00017%~0・0003%にすぎない。だが、インターネットに接続する経路があれば、何らかの方法で、被害に遭遇するリスクが存在するのである。 では、インターネットバンキングで不正送金の被害が発生したら、どう対応しているのか。全体の枠組みは、預金者保護法(偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律)と、法制定時の附帯決議に基づき、全国銀行協会が公表する申し合わせなどで実務が動いている。 預金者保護法は、民法478条の適用除外として、金融機関に対し、預金者が不正送金などで受けた被害の補塡(ほてん)を義務付ける法律である。そこで、インターネットバンキングによる不正送金については、全国銀行協会の申し合わせで対応している。 その結果、インターネットバンキングによる預金の不正送金に関する補償については、銀行無過失の場合でも預金者個人に過失がないときは原則補償することとしている。この財源の一部については、金融機関は損害保険会社が開発した保険(一定のセキュリティー対策を行うと保険料の割引がある)に加入することや共済制度の構築で対応し、残りの財源については金融機関自らの収益で賄っていると考えられる。今回の事件を教訓とするには? では、仮想通貨において預金者保護法のような法令が存在するかというと、現在のところ存在しない。実際、預金者保護法の第2条第1項では規制対象とする「金融機関」を定め、同条第2項では「この法律において『預貯金者』とは、金融機関と預貯金等契約を締結する個人をいう」として、保護対象を定めている。ところがこの中に仮想通貨は含まれていない。実は、預金者保護法も歴史が長い法令でなく、不正送金の犯罪被害が急増する中で、預金者保護の観点から2005年8月3日に成立したものである。 また、海外の仮想通貨ニュースサイトによると、2018年1月末で仮想通貨は1506種類存在し、時価総額の合計は5088億ドル(56兆円)超となっている。今回の事件で流出したネムの総額(約580億円)は、仮想通貨全体の時価総額の0・1%にあたる。銀行預金の不正送金0・00017%~0・0003%と比較すると非常に高い割合であり、改善の余地が大きいことが分かる。 このため、今回の事件を教訓として、このような問題を解決するための一つの方法は、仮想通貨取引所(正式名称は「仮想通貨交換業者」)が預かる仮想通貨についても、預金者保護法の対象とするように法改正を行うことではないか。今回の事件ではコインチェック自らが自己資金で補填するとの話もある。しかし、金融庁の立ち入り検査などの結果、補填できないことが明らかになった場合はネムを預けていた人々に大きな損失が発生してしまう。(iStock) 仮想通貨取引所に対し、仮想通貨の所有者が不正アクセスなどで受けた被害の補填を義務付ければ、損害保険会社が新たな保険を開発する。その保険に加入することにより、取引所が自己資金で賄うことができない被害の補填の一部を賄うことができるのである。また、インターネットバンキングと同様、一定のセキュリティー対策を行えば、保険料の割引を行うような仕組みも出てくるはずだ。取引所の選別を厳格に行い、預かり資産の保全が最大限図られるようにする必要がある。 「ビットコイン」などの仮想通貨やそれが利用するブロックチェーン技術は、成長の起爆剤となる可能性や、不動産の権利移転をはじめ、さまざまな分野で応用可能なものだ。その芽をつむ方向に政治や世論が走ることがあってはならない。仮想通貨を含め、日本が先行してブロックチェーン技術に関するプラットフォームを構築し、覇権を握る視点をもつ必要がある。取引所が保管する仮想通貨についても、通常の預金と同様に保護する必要はないという意見もあるかもしれないが、今回の事件の本質を正しく理解し、その解決策について冷静な議論を期待したい。

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    仮想通貨業界で活動する「胴元」たちの素性

     仮想通貨取引所は、国内に約40社存在する。その経営者たちは、仮想通貨「NEM」を580億円分流出させた「コインチェック」の和田晃一良社長(27)に負けず劣らずの個性派ばかりだ。 ビットバンクの廣末紀之社長(49)は野村證券を経てGMOインターネットに転職し、常務にまでのぼり詰めた。が、「自分が働く場所はGMOじゃない」と突然会社を辞めてしまう。「GMO退職後は、ガーラというオンラインゲーム会社の社長になり、ジャスダックに上場させた。それだけでなく、ブームになるはるか前にカーシェアリングの会社を立ち上げ、2014年にビットバンクを創業している」(知人の投資家)(iStock) SBIバーチャル・カレンシーズの代表を務める北尾吉孝氏(67)は、金融界の“超大物”だけに、その名を知る人も多いだろう。野村證券出身で、ソフトバンクの孫正義社長にヘッドハンティングされ、1995年にソフトバンクの常務として迎えられた。 1999年、ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)のCEOに就任。ライブドアによるニッポン放送買収騒動では、“ホワイトナイト(*)”として注目を浴びた。【*敵対企業からの買収を防ぐために、先んじて買収してもらう友好企業のこと】「昨年10月にはビットコイン開発者・サトシナカモト氏と会ったことがあると発言し話題になりました。ただ、このナカモト氏はCIAですら居場所を特定できないといわれる謎の人物。いくら顔の広い北尾さんといえど、一体どうやって見つけ出したのか」(仮想通貨に投資する個人投資家・がおがお氏)関連記事■ コインチェック騒動で広告業界が「やばいよ」と青ざめる理由■ 芸人に仮想通貨ブーム 淳、吉村は大儲け? おかずは大損か■ コインチェック和田社長「学生が億万長者になったような男」■ 世界2位、ビットフライヤー「超エリート」社長の愛読書■ 出川哲朗 人気者への転身はストーリーテリング効果

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    VALUは金融商品取引法の規制を受けるのか

    河本秀介(弁護士)サムライ弁護士の一刀両断 先日、インターネット上の仮想通貨(ビットコイン)を用いた“マイクロトレードサービス”である「VALU」で、著名なYou Tuberが、不当な取引を行っていたとして騒動となりました。 同氏は、VALU上で発行する自分自身の「VA」について、SNSを通じて優待を仄めかすなどしてネットユーザーに対して購入を促し、高値が付いたところで自らが保有する「VA」を全て売りに出したとされています。これにより、「VA」の価格は暴落してしまいました。(iStock) また、同氏がVAを売りに出す直前に、所属する事務所の関係者がVAを暴落前に売却していたというのも騒動の一因となったようです。 このような方法によるVA取引に対しては、何らかの法規制は及ぶのでしょうか。 まず、今回話題となったVALUとはどういうサービスでしょうか。 VALUは、運営会社によると「ビットコインを用いたマイクロトレードサービス」とされていますが、簡単にいえば、個人が上場会社の株式のようなものを発行して資金調達することができるサービスです。 上場会社の場合、事業を行うため、株式を発行することで事業資金を調達することができます。この場合、投資家などは会社に出資することで株主になります。 いったん株主となった投資家は、自分が保有する株式を自由に第三者に売却することができます。売却時に会社の業績が向上しており、株価が値上がりしているような場合には、投資家は株式の売却によって利益を得ることができます。逆に会社の業績が低迷して株価が値下がりしているような場合、投資家には損失が生じることになります。 VALUは、アーティストやクリエイター、ブロガーなどの著名性のある「個人」が、自分自身の活動内容によって価値が上下する「株式のようなもの」(VALUの中では「VA」と呼ばれます)を発行し、それを一般のネットユーザーに買って貰うというサービスです。取引は仮想通貨のビットコインで行われますが、ビットコインは現実の通貨と交換可能ですので、実際にお金を出して売り買いしているのとほぼ変わりません。 また、いったん発行された「VA」は、上場会社の株式と同様にユーザー間で取引され、流通することになります。 VALUは、上場会社が株式を発行して資金調達する仕組みや、上場株式が市場で流通する仕組みを、個人に当てはめたようなサービスだと言えるでしょう。 もっともVALUにおける「VA」は、株式ではありません。 「株式」とは、会社法のルールにより株式会社が発行するものを指しますので、個人が発行するものは「株式」にはなりません。 また、株式の場合には、株主が株主総会を通じて会社の経営に直接的な影響を与えることができるのに対し、VAの場合、発行主体である個人の活動に直接的な影響を与えることはできないという違いもあります。金融取引に適用される厳しいルール さらに、VAには株式と異なり配当金の制度はありません。もっとも、VAの発行者は、自分のVAを保有する人に対して任意の優待を設定することができます。 VAは「上場株式と似て非なるもの」ということができるでしょう。 それでは「自分が発行するVAについて、価格を吊り上げて売却する」という行為には、どういう問題があるのでしょうか。このような取引行為には、何らかの法規制が及ぶのでしょうか。(iStock) この問題は、VAの取引に金融商品取引法の適用があるかどうかによって取扱いが大きく異なります。 VAと比較される上場株式の取引の場合には金融商品取引法が厳格なルールを定めています。株式を新たに発行したり、取引所内外で売買したり、あるいは取引を取り次いだりする場合には、いずれも金融商品取引法の定めるルールに従う必要があります。 例えば、上場会社が新株発行のために投資家を募集する場合、金額により有価証券通知書や有価証券届出書を提出して募集条件や会社の経営状況などの情報を開示しなければなりません(金融商品取引法5条)。また、株式発行後も有価証券報告書を提出し、継続的な情報開示をすることが必要です(24条1項)。 また、証券会社のように、上場株式の発行を取り扱ったり、株取引の仲介や取次ぎなどの業務を行う場合には許認可(第一種金融商品取引業の登録)が必要です(29条)。 そして登録を受けた「金融商品取引業者等」やその役職員は、業務を行うにあたって金融商品取引法が定める厳しいルールを守らなければなりません。例えば、証券会社が投資家を勧誘するにあたって「必ず利益がでる」などと断定的な説明をしたり、投資判断を誤らせるようなことを告げたりすること(断定的判断等の提供)は禁止されています(38条など)。 さらに、上場株式の場合、投資家を含む全ての取引関係者に対して、不正行為を禁止するルールが定められています(157条以下)。 不正行為の代表的なものとして、風説の流布等の禁止(158条)、相場操縦行為の禁止(159条)、インサイダー取引の禁止(166条)などが含まれており、これらに違反した場合には、刑事罰が科される場合もあります。金融商品取引法が適用されない「VA」 上場株式の場合、会社が新株の発行前に値段を吊り上げるために、架空のM&Aや新製品発売などの噂を市場に流すような行為は、金融商品取引法上の「風説の流布」にあたり、禁止されています。 価格を吊り上げる目的で、ことさらに「いま購入すると良いことがある。得をする。」などと宣伝してまわることは、上場株式の場合には「風説の流布」にあたる可能性もありそうです。 あるいは、証券会社などの金融商品取引業者等が「かならず得をする」などの発言をして投資家を勧誘した場合、断定的判断等の提供の禁止に抵触する可能性があります。 また、上場株式の場合、会社の関係者が、大規模な新株発行や自己株式の処分が予定されていることを知り、それらの公表前にその銘柄の取引を行うことは、同様に金融商品取引法が禁止するインサイダー取引にあたります。(iStock) もっとも、金融商品取引法が定める風説の流布の禁止やインサイダー取引の禁止は、あくまで「有価証券」の取引について適用されるルールです。 また、断定的判断の提供の禁止も、「金融商品取引業者等」やその役職員に適用されるルールです。 VAが「有価証券」にあたらないのであれば、VAの取引に、金融商品取引法の「風説の流布の禁止」や「インサイダー取引の禁止」は適用されません。 何が「有価証券」に含まれるかは金融商品取引法2条1項,2項で定義されており、株式のほか、国債や社債などの債券、投資信託や信託の受益権、ファンドの持分権などが含まれます。 しかし、先ほど説明した通り、VAは「株式」ではありません。また、VAのように「個人が発行し、運用等による利益配当もない権利」について、それにぴったりとあてはまるものは有価証券の定義の中には見当たりません。現時点ではVAを「有価証券」にあたると解釈するのは難しいといえます。 そして、VAを発行するユーザーや、VALUの運営主体は、登録を受けた金融商品取引業者等ではありません。有価証券でないVAを取り扱うことについて、金融商品取引業の登録を受けることも必要ないと考えられます。 そうすると、VAの取引において、「風説の流布」や「インサイダー取引」、あるいは「断定的判断等の提供」にあてはまる行為がなされたとしても、有価証券の取引の場面でなく、登録を受けた金融商品取引業者等が行ったものでもない以上、金融商品取引法の規制は及ばないということになりそうです。「金商法違反でないからセーフ」とはいかない それでは、VAについて、ことさらに値段を吊り上げてから売り抜けるようなことをしても、何の問題もないといえるのでしょうか。もちろん、そんなことはないでしょう。 金融商品取引法の適用を受けない場合でも、「不当な手段で値段を吊り上げて売却する」という行為が民法上の不法行為にあたり損害賠償の対象となる場合や、公序良俗に反するとして無効となる場合が考えられます。「金融商品取引法に反しないからセーフ」というわけではありません。 また、VALUの運営側が、不当取引が行われることを知っていたり、不正を予想できたのに適切な措置を取らなかったのであれば、運営側も民事責任に問われる可能性があります。 もっとも、この場合には何をもって「不当な手段」「公序良俗に反する」といえるのかという問題が出てきます。そのため、違法行為が明確に定義されている金融商品取引法と比べ、判断に難しい場面が多いと考えられます。 また、「後で暴落することを隠して値段を吊り上げる」という行為は、騙した相手から直接代金や出資金の支払いを受けたような場合でない限り、詐欺罪などの刑法上の犯罪の適用も難しい面があります。(iStock)  そうすると、実態としてVAが投資商品として取引されているのであれば、民法や刑法といった一般的な法律ではユーザーの保護に不十分であり、やはり金融商品取引法などの特別法による取引ルールの適用が求められるということになりそうです。 今回のケースは、VAという、金融商品取引法が現時点では想定していなかった、新しい金融商品類似のサービスについて起こった問題だといえます。 VAが「相場変動の影響を受けて価値が上下するものを売買する」という投資商品に似た性質を持っている以上、ユーザーが安心して取引することができる仕組みを作ることは必要でしょう。 今後、VAの取引市場が規模を拡大してゆき、あるいはVALU類似のサービスが登場するようになった場合には、いずれは金融商品取引法などの法律によって取引ルールが定められることになるものと推測されます。 ただし、法改正までの間は法律によるルールは適用されません。 これは「安心して取引をすることができることが法律上保障されていない」ということでもあります。法律の規制がないからといって、不当な取引が横行するようであれば、ユーザーからの信頼も得られないでしょう。 今回の騒動は、取引ルールや取引保護のシステムが未整備であったことから、ユーザーの利益を損ないかねない取引が行われるリスクが顕在化した形となりました。 VALUの運営サイドとしては、今後サービスを拡大してゆく過程でユーザーからの信頼を獲得するためには、自分自身でユーザー保護のための明確なルールを作り、それをシステムに反映させて厳格に運営するという、高度な自己規律の仕組みをつくる必要があると思われます。かわもと・しゅうすけ 弁護士。敬和綜合法律事務所所属。東京大学卒業後、三菱重工業での勤務経験を経て、2007年に弁護士登録。以後、会社関係訴訟、企業経営への助言、株主総会指導、M&Aアドバイスなど、コーポレート分野を中心に、幅広い内容の業務を遂行している。

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    コインチェック和田社長「学生が億万長者になったような男」

     仮想通貨取引所「コインチェック」から仮想通貨「NEM」が大量流出した事件で、被害額は580億円に上ると見られている。会見では、顧客が被った損失を同社が自己資金で全額返還すると説明され、「そんなに儲けているのか」と世間を驚かせた。 それとともに理解不能だったのは会見に臨んだ同社の和田晃一良社長(27)の平然とした様子である。それほどの巨額が一夜にして“消えた”にもかかわらず、うろたえるでもなく、平身低頭になるでもなく、ただ淡々と記者の質問に応じていた。「巨額損失の釈明」といえば大企業トップが頭を下げ、過剰なほどの悔恨の表情を浮かべる光景が常だ。しかし和田氏の醸し出す雰囲気は、そのような“伝統”とはまったく違った。記者会見で、質問に答えるコインチェックの和田晃一良社長(左)=2018年1月、東京証券取引所「和田さんが学生の頃から知っていますが、彼は経営者やビジネスマンというより“天才プログラマー”という印象が強い。表に出ていくよりも技術開発に取り組み、対外的な交渉は大塚雄介COO(最高執行責任者)に任せているとも聞く」(JX通信社代表取締役で仮想通貨に詳しい米重克洋氏) 和田氏は小学生の頃から「天才プログラマー」としてその名を轟かせていた。東工大学在学中にも「就活アプリ」を開発、プログラマーとして大会で何度も優勝するなど、その世界では数々の華々しい実績を残している。 2011年、大学3年の時にコインチェックの前身であるレジュプレスを立ち上げた。彼が開発した、ネット上に体験談を投稿するサイト「STORY’S.JP」は爆発的な人気となり、100万部を超える大ベストセラー『ビリギャル』もここから誕生した。和田氏は大学を中退し、2014年にコインチェックを創業。その後のビットコインブームに乗って会社は急成長した。和田氏の知人がいう。「創業直後は渋谷のワンルームマンションを借りて住んでいたが、いまは同じ渋谷の高級マンションで暮らしている」 しかし、世間が想像する当世ベンチャー起業家の華やかな暮らしとはほど遠いとも。「部屋は立派になったけど、服装や暮らしぶりは素朴そのもの。今でもリクルートスーツのような安物ばかり着ているし、食事もファーストフードばかりでグルメには興味がない。いくらでもぜいたくできると思うのですが……」(同前) 寡黙なことでも知られるが、ネット上では饒舌なようだ。過去にツイッターで、〈会計ソフト企業に勤める彼女に賃借対照表について教えてもらったけどめちゃめちゃ勉強になる〉(2014年2月13日。原文ママ)などとツイート。「学生がそのまま億万長者になったような男」(同前)なのだという。 そのギラギラ感のなさが、むしろ“得体の知れなさ”を漂わせているのかもしれない。関連記事■ コインチェック騒動で広告業界が「やばいよ」と青ざめる理由■ 本田圭佑が謎の投資セミナー 仮想通貨ビジネスに参画か■ 芸人に仮想通貨ブーム 淳、吉村は大儲け? おかずは大損か■ 資産14位のZOZO前澤友作氏の豪快伝説 3億円イタ車大破も■ フォーブス世界長者番付入りの日本人 パチンコ業界から3人

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    「歴史的大相場」の日本株、バブル超え3万8千円が見えてきた

    武者陵司(投資ストラテジスト) 2018年はすべての条件が整い、勇気凛凛(ゆうきりんりん)新たな船出に向かう、という年になるのではないか。ここ数十年、これほどの好条件で新年を迎えることは初めてである。平成最後の年は新たな繁栄時代の幕開けの年である、と考える。 世界同時好況に弾みがつき、世界経済に陰りが全く見られない。国際通貨基金(IMF)をはじめ各調査機関は軒並み、日米欧先進国経済の2017年、2018年見通しを上方修正した。消費に加えて投資の増加趨勢(すうせい)が顕著になっている。それは日本の機械受注、半導体製造装置のBBレシオ(出荷額に対する受注額の割合)、米国の耐久財や非国防資本財受注などに顕著に表れている。一様に先進国の失業率は大きく低下し需給ギャップは着実に縮小しており、賃金・物価に上昇圧力が高まるのは必至であろう。2018年1月4日、大阪取引所の大発会で、上げ幅400円を超えた日経平均株価のボードを背に写真撮影に臨む晴れ着姿の女性(鳥越瑞絵撮影) 金融政策は米欧で超金融緩和の転換が始まりつつあり、日本でも一段の緩和は見合わされている段階である。1980年以降、30年以上にわたって続いた長期金利の低下トレンドは2016年に底入れしたが、2018年は緩慢とはいえ、金利上昇傾向がさらに顕著になるだろう。 この趨勢をリードする米国では需給ギャップの顕著な縮小と賃金物価圧力の上昇がみられる。レーガン期以来、30年ぶりの本格的税制改革がさらに需要を押し上げるので、それは当然ドル高をもたらす。新産業革命の下で超過利潤を謳歌(おうか)する企業業績は好調であり、債券から株式への投資ウエートの転換、グレートローテーションは一段と進むだろう。 その上、日本では価格競争(ナンバーワン戦略)から抜け出し、技術品質のみに特化した新たなビジネスモデル(オンリーワン戦略)が咲き誇ろうとしている。ハイテク分野でもインバウンドでも、求められているものは日本の質である。世界的なIoT(モノのインターネット)関連投資、つまりあらゆるモノがつながる時代に向けたインフラストラクチャー構築がいよいよ本格化している。 加えて、中国がハイテク「爆投資」に邁進(まいしん)している。中国は投資によって経済成長が維持されている国家だが、換言すれば投資を止めた途端、経済成長も止まり、直ちに経済危機に陥る心配がある。その国がハイテクに照準を絞って巨額な投資を始めている。空前の企業収益をもたらすオンリーワン戦略 ハイテクブームにおいて日本は極めて有利なポジションに立っている。新たなイノベーションに必要な周辺技術、基盤技術のほぼすべてを兼ね備えている産業構造を持つ国は日本だけである。中国、韓国、台湾、ドイツはハイテクそのものには投資していても、その周辺や基盤技術の多くを日本に依存している。言い換えれば、日本のエレクトロニクス企業群は、このイノベーションブームの到来に際して、最も適切なソリューション(解決策)を世界の顧客に提案、提供できるという唯一無二の強みを持っている。2018年以降は、その強みが花開くのではないだろうか。 日本企業の技術品質で優位性を持つオンリーワン分野への特化という特徴は、観光などサービス業、内需産業においても当てはまることである。豊かになったアジアの中産階級が「高品質」日本に向かって群れをなして訪れている。中国人の人気旅行先で日本がトップになったとの報道があった。また、韓国の2017年対日渡航者数は約700万人で対人口比15%、台湾も同約450万人で対人口比20%と日本人気は著しく高く、うなぎ上りである。日本のオンリーワンのソフトパワーがものを言っていると考えられる。 このオンリーワン戦略の結実が、空前の企業収益をもたらしている。直近の企業収益は、営業利益対国内総生産(GDP)比11・9%で過去最高となっている。また、日銀短観による大企業製造業の売上高経常利益率は、2017年度は8・11%と予想され、それはバブル景気のピーク1989年度(5・75%)、リーマン・ショック直前のピーク2006年度(6・76%)を大きく上回るものである。 こうしたことから日本株式には大きな転換点が訪れていると観測される。日経平均株価は2017年9~10月に16連騰という、歴史上観測されたことがない「ギネスブック級の連騰」を記録した。さらに日経平均が高値からの半値戻しを達成した。「半値戻しは全値戻し」との格言に従えば、バブル期の1989年に付けた日経平均の史上最高値3万8915円が視野に入ってきたといえる。デフレマインドが和らぎ、人々が極端なリスク回避、安全志向を改め、積極的なリスクテイクで高いリターンを求めるようになってきたことの表れであろう。1989年1月、東京株3万298円を示す株価ボード=東京・大手町の山一証券 日本の投資の中心は、圧倒的に現預金、いわゆる安全資産で国民金融資産の実に7割を占める。これに対して、米国の金融資産内訳は、安全資産2割、リスク資産7割強と真逆である。米国の方向へ少し向かうだけで、強烈な需給改善と大幅な株高が期待できよう。新年に入って3日間で日経平均株価が1084円、4・5%上昇し2万3800円を突破したことは「歴史的大相場」に入っていることの証拠といえるのではないか。

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    「日本株バブル」はいつまで続く?

    「バブルが起きているという状況ではない」。日銀の黒田東彦総裁がこう強調するほど、日経平均株価は2018年に入っても上昇を続けている。だが、2万4千円台というバブル崩壊以来の高値をつける強気相場に波乱の芽がないわけではない。「バブル超え」の期待感も膨らむ日本株市場の先行きを読む。

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    2018年の日本株市場、波乱とリスクで「幸福感」は失われる

    近藤駿介(評論家、コラムニスト) 2018年の株式市場はロケットスタートとなった。それはトランプ米大統領誕生を警戒し過ぎて相場に乗り遅れた投資家が2017年の反省を踏まえて「膾(なます)吹きに懲りて羹(あつもの)を飲もう」としているかのようだ。 大発会で日経平均株価が741円39銭高と1996年以来、22年ぶりの大幅上昇を記録した日本を追いかけるように、NYダウ工業株30種平均も2018年に入って12日までの9営業日で7回、史上最高値更新を記録するという好調なスタートを切った。2018年1月、米ニューヨーク証券取引所でダウ平均が2万5000ドルを突破し、笑顔を見せるトレーダー(ロイター=共同) トランプ大統領が就任した2017年1月20日以降の248営業日で、NYダウの史上最高値更新は77回目、史上最高値が更新される確率は31%強と実に3営業日に1回のペースで史上最高値を更新してきた計算になる。特に、9月以降から12月末までの82営業日では36回、約44%の確率で史上最高値を更新しており、年末に向けて上昇基調に拍車がかかったことが鮮明となっている。 一方、2017年のNYダウの年間上昇率は約25%と、日本がバブルの絶頂にあった1989年の年間上昇率約29%には及ばなかった。とはいえ、1989年(249営業日)に日経平均株価が史上最高値を68回更新し、その更新率が27%強だったことを考えれば「トランプ相場」のまれにみる力強さがデータからも伝わってくる。 ファンドマネジャーにとって、強いベンチマーク(BM、指標)は「最大の敵」である。BMに勝つという目標を達成するためには、BMが弱いに越したことはない。特にポートフォリオ(資産構成)がBMに近づくという宿命を抱える、資金規模の大きいファンドマネジャーほど、強いBMの存在によって厳しい状況に置かれることになる。 日本では「運用先進国」と思われている米国だが、実はパフォーマンスのいいファンドにお金が集まるという「順張り」傾向の強い国でもある。それは戦後、ブラックマンデーやリーマン・ショックなど、短期的な暴落に見舞われたことはあるものの、トレンドとして下落したことがない国の特徴でもある。 2017年はNYダウが約25%の上昇を記録する一方、ヘッジファンド・インデックス(Eurekahedge North American Hedge Fund Index)のパフォーマンスは6・6%とNYダウの上昇率の4分の1程度にとどまった。 こうした状況から想像されることは、2018年はヘッジファンドなどのアクティブファンドよりも、インデックスファンド(指数に連動する投資信託)に資金が集まりやすいということだ。それはアクティブファンドのファンドマネジャーにとっては競争相手が一段とパワーアップすることを意味し、2018年も厳しい年になるという覚悟を強いられるものである。ロケットスタートの流れを変える事態 ファンドマネジャーが強いインデックスに勝つための必要条件は、インデックスの上昇に遅れず相場の上昇を享受しつつ、インデックスが下落する局面をうまく避けることである。言い換えれば「神業」が求められるということである。 「神業」が求められるファンドマネジャーにとって、直近3カ月40%強の確率で史上最高値を更新し続けている相場に乗らないという選択肢はない。日本銀行の黒田東彦総裁の発言を借りれば、「戦力の逐次導入」をする余裕はない。四の五の言わず、取りあえず上昇相場に乗り遅れないようにして、後は下落局面を避ける可能性、自らの運の強さに賭けるというのが現実的な選択肢となる。 こうした状況でロケットスタートを切った2018年の株式市場だが、その陰では市場の流れを変えかねない事態が起きる気配も見え始めている。そうした気配を醸し出しているのは、欧州中央銀行(ECB)と他ならぬ日銀である。2018年1月、記者会見を終え、引き揚げる日銀の黒田総裁 まず先陣を切ったのは日銀である。1月9日に実施された国債の買い入れオペレーション(公開市場操作)で、超長期国債の買い入れ額を100億円減額したことが市場でさまざまな思惑を生み、為替市場で円高が進む原因となった。 とはいえ、今回減額された超長期国債は10年国債などと違って世の中の金融取引の基準になるものではないため、そのこと自体が金融に直接的影響を及ぼすことはない。重要なことは、オペ減額によって「異次元金融緩和が曲がり角に来ている」という印象を市場に与えたことである。 日銀は2016年9月に「イールドカーブ・コントロール」(長短金利操作)を打ち出した時点から実質的に、市中に出回る現金と金融機関が日銀に預ける当座預金を合計したマネタリーベース(お金の量)のコントロールを直接的な目標から外している。年間80兆円増加させるという異次元の金融緩和におけるマネタリーベースの拡大方針は「めど」に降格され、実際に昨年からマネタリーベースの増加額は年間60兆円程度まで減少している。 メディアはこうしたマネタリーベース拡大の鈍化を日銀による「ステルステーパリング(ひそかな量的緩和縮小)」と称し、日銀が意図的に行っているかのように報じている。しかし、実態は「国債利回り(金利)」と「お金の量」を同時にコントロールすることはできないことが露呈し始めたということである。 日銀が「お金の量」とイールドカーブ(国債の利回り曲線)の両方をコントロールしようとするのであれば、国債利回りが0%以上である間は国債を購入し続けるはずである。10年国債の利回りが0・07%程度にあるタイミングで、日銀が今回、超長期国債の買い入れ額を減額したということは、10年国債利回りを0%に近づけることも、マネタリーベースを増やすことも放棄した印象を与えかねないものである。ETF連日買い入れの目的 1月9日に超長期国債の買い入れ額を100億円減額する一方で、日銀は続く1月11、12の連日で上場投資信託(ETF)を735億円ずつ、2日間合計で1470億円買い入れしている。したがって、日銀がマネタリーベースを増加させていることに変わりはない。しかし、異次元緩和で掲げてきた国債買い入れ額年間80兆円と比較すると、ETFの買い入れ額は年間6兆円程度に過ぎず、マネタリーベースを増やす政策としてさほど重要なものではない。 実際に黒田総裁は2017年9月の金融政策決定会合後の記者会見で「ETF買い入れはイールドカーブ・コントロールほど重要でない」と明言している。その日銀が、超長期国債の買い入れ額を減額した直後に、ETFを連日買い入れたというのは政策変更が行われているか、場当たり的に金融政策を発動しているか、どちらかであることを感じさせるものである。2017年12月、神戸市内の記者会見で上場投資信託(ETF)購入の必要性を強調した日銀の政井貴子審議委員 また、日経平均株価は1月23日に終値で2万4100円台をつけ、26年ぶりの高値水準にある。こうした状況下での日銀による連日のETF買い入れは、その目的が「株価維持」にあるという疑念を抱かせるものであり、中央銀行の政策として非難されても不思議ではない。 日銀の金融政策の変更に追い込まれる可能性が意識され始めた直後の11日には、昨年12月に開催されたECB理事会の議事要旨が発表され、フォワードガイダンス(将来の政策指針)の言い回しを今年の早い時期に見直すことが妥当との当局者らの見解が明らかになった。これによって、市場ではECBが市場の予想よりも早いタイミングで利上げに動くという見方が広がった。 2017年に世界の注目を浴びたのは、利上げやバランスシート縮小問題に加えて、イエレン議長の後任人事問題を抱えた米連邦準備制度理事会(FRB)だった。 FRBに関わるこれらの懸念について、イエレン氏の後任問題はこれまで連邦公開市場委員会(FOMC)で反対票を投じたことのないパウエル理事が就任することで、「穏やかな利上げ」という現状の金融政策の継続性が保たれるという見方が支配的になることで収まり、これが堅調な金融市場形成の大きな要因となった。 また、金融引き締め政策であるバランスシート縮小プログラムについては、FRBが具体的工程表を明らかにして市場に無用な混乱を起こさないよう配慮を示したことで、FRBに関する不透明感は一時的に消え去った格好になっている。 そうした中で浮かんできたのが、日銀とECBの政策変更が市場の期待、予想よりも早くなる可能性である。黒田総裁「後任」のタブー 日銀は黒田総裁が今年4月に、そしてECBのドラギ総裁は来年10月に任期終了を控えている。FRBに関してはパウエル理事が次期議長に就任することが決まったことでイエレン氏退任後のFRBがタカ派的スタンスになる懸念は薄らいだが、FRBとは対照的に総裁任期問題を抱える日銀とECBは、FRBよりもタカ派的な政策に転じる可能性が高い状況にあるといえる。米FRB次期議長に就任する人事が承認されたジェローム・パウエル氏=2017年11月、ワシントン(ロイター=共同) 金融緩和の「出口論」について、終始時期尚早だとする黒田総裁の後任問題については、国内では「出口論」同様、口にすることが許されないのかと勘繰ってしまうほど議論が活発化していない。それは、黒田氏の後任問題において「出口論」を避けて通れないことの証左でもある。 日本が「先進国」であれば、日銀は黒田日銀総裁の任期満了に伴って、金融政策の目標が「イールドカーブ・コントロール(金利)」なのか、「マネタリーベース(資金量)」なのか、再度明確にすることを求められるはずである。それとともに、「2%の物価安定目標」という目標設定が正しいのか、その目標を達成するための手段として異次元金融緩和が正しい政策なのかについて議論も出てくるはずである。 FRBもECBも「2%の物価上昇」という目標を達成できるめどが立っていない段階で「出口」に向かい始めた。そうした中で、日銀だけが達成するめどが全く立たない「2%の物価安定目標」を掲げ続け、目標達成時期を無期限延期する形で金融緩和を続けることにどれだけの正当性があるのか。こうした議論が出てくることの方が自然であり、政策議論として当然あるべき姿である。 政府と日銀がこうした議論を避ける中で、国債買い入れ金額の減額などが繰り返されていけば、日銀が「市場をコントロールする能力を失った」とみなされるリスクが高まってしまう。現在の金融市場で、円が低金利の通貨を借りて高金利の通貨で運用し、利ザヤを稼ぐキャリートレードの「調達通貨」となっていることを考えると、日銀の政策スタンスがタカ派的になる、あるいは市場をコントロールする能力を失ったと思われることは、市場を混乱させる大きな要因となり得るものである。 「トランプ相場」の中でFRB政策の継続性が保たれたことに安心しきっている投資家にとって、2017年は「脇役」に徹した日銀とECBにスポットが当たってくることは大きなリスクだといえる。「日本株」二つのキーワード 来年10月まで任期があるドラギ総裁の後任問題に絡んで、ECBの政策が市場の予想よりも早く引き締め方向に動く可能性があることには警戒が必要かもしれない。蛇足だが、ブラックマンデーの時は当時のブンデスバンク(西ドイツ中央銀行)、そしてリーマン・ショックの時にはECBによる利上げが最後の引き金になっている。 2018年のスタートが世界同時株高となったことで、「トランプ相場」がスタートした1年前とは打って変わって市場では強気な見方が支配的となっている。しかし、大発会の大幅上昇に始まった8年ぶりの3連騰が日経平均株価の「価格変動リスク」(ボラティリティー)を上昇させたことも見落としてはいけない。名実ともに新年度入りし「戦力の逐次導入」できない状況になる中でスタートした米国市場に対して、日本は3月の年度末に向けて神経質になる時期に突入している。 そうした中でのボラティリティー上昇は、リスク管理上の株式保有上限を下げる要因になる。日本株が昨年度末比で約25%上昇してきていることを考えると、実現益の確保を促すリスク管理上の指示は受け入れやすい状況にある。 国内では企業収益が堅調であることから、リスクは海外情勢であるという見方が支配的である。しかし、2018年の日本株市場にとっての最大のリスクともいえる黒田総裁の任期切れを4月に控えていることと、年初の株価の大幅上昇によって日本株の「価格変動リスク」が上昇したことを考え合わせると、日本の株式市場は投資家が考えるよりも早い時期に「国内要因」によって株式市場が波乱に見舞われる可能性は否定できない。2016年2月、衆院財務金融委で質問に答える日銀の黒田東彦総裁(中央)。左は安倍晋三首相(斎藤良雄撮影) 悲観の中で生まれた2017年の「トランプ相場」は、トランプ大統領に「懐疑」を抱き続けた市場参加者が「戦力の逐次導入」をした結果、77回も史上最高値を更新するという予想以上の長いブル相場となった。そして、年終盤には「ゴルディロックス相場」という堅調な株式市場を正当化する言葉が当たり前に受け入れられるほど「楽観的な雰囲気」が醸成され、ファンドマネジャーに「戦力の逐次導入」をする余裕さえ奪い取った。 2018年の株式市場は、2017年とは反対に多くの投資家が「戦力の逐次導入」をしなかったことでロケットスタートを切った。しかし、それは「戦力の逐次導入」をした2017年と比較すると、相場の持続性を弱める結果を招きかねない動きであり、相場が市場参加者の予想よりも早く息切れし「幸福感」とともに消えていく状況をつくり出す危険性をはらんでいる。 「もはや2017年ではない」「リスクは国内にあり」。この二つが2018年の日本株式市場のキーワードになりそうだ。

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    悲観論はもういらない「バブルなき株高」と断言できる理由

    岡田晃(経済評論家、大阪経済大客員教授) 2018年は年明けから株価上昇が続いている。1月23日の日経平均株価は、2万4000円台を回復した。1991年11月15日以来、およそ26年2カ月ぶりの高値である。この株高は日本経済の本格復活を示唆しており、今後も息の長い上昇相場が続くとみている。 株価はすでに昨年秋から上昇基調が鮮明となり、11月には1996年6月以来となるバブル崩壊後の戻り高値(2万2666円)を上回った。その後は一進一退もあったが、年末から再び騰勢を強め、年明けから一気に加速した格好だ。つまり現在の株価の動きは、バブル崩壊後で最も高い水準を上り続けているのである。これは長期的な株価回復が新たな段階に入ったことを意味する。一時2万4000円を超えた日経平均株価を示すモニター=2018年1月18日、東京・東新橋 短期的には米国の株価が史上最高値を更新し続けていることが追い風となっている。中期的にはアベノミクスによって日本の景気回復が一段と鮮明になっていること、そして長期的には日本経済がバブル崩壊後の低迷からようやく脱して本格回復が見えてきたことが背景にある。 では、日本経済の回復ぶりをいくつかのデータから見てみよう。最も顕著なのは雇用情勢だ。有効求人倍率の最新の数字である2017年11月は1・56倍。すでにバブル期のピーク(1・46倍=1990年7月)を大きく上回り、実に1974年1月以来、約44年ぶりの高水準に達している。雇用情勢は歴史的な改善を達成しているのである。  有効求人倍率の統計を都道府県別に見ると、さらに注目すべき変化が起きていることが分かる。前述の1974年1月の数字は1・64倍だったが、全国47都道府県のうち14道県では1・0倍未満にとどまっており、バブル期のピークでも6つの道県が1・0倍未満のままだった。 しかし、今回はすでに2016年6月に全ての都道府県で1・0倍を超え、同年10月からは1年以上にわたって全都道府県で1・0倍以上が続いている。全都道府県が1・0倍以上となるのは、有効求人倍率の統計開始以来初めてだ。これは地方でも雇用改善が進んでいることを示している。 有効求人倍率の上昇は、その裏返しとして人手不足という新たな問題を生じさせているが、そこまで雇用が改善したということは景気回復の証左であり、しかも地方にも波及していることを物語っている。改善する中小企業の景況感 また、雇用の改善は企業マインドが前向きになっていることの反映でもある。それは日銀短観からもうかがえる。昨年12月の製造業・大企業の業況判断指数(「良い」と答えた企業の割合-「悪い」と答えた企業の割合)はプラス25で、2006年12月調査以来、11年ぶりの高水準となった。 さらに中小企業・製造業ではプラス15で、1991年9月の調査以来、約26年ぶりの高水準だった。有効求人倍率の地方の改善と合わせて考えると、景気回復のすそ野は着実に広がりを見せている。 実際、企業業績は2017年3月期に過去最高益を更新したのに続き、今年3月期も増益の見通しだ。これは企業が構造改革を進め収益力を取り戻してきたことを表している。 このほかのさまざまな経済指標でも「○年ぶり」「リーマン・ショック以後で最高」などのデータが相次いでおり、中には有効求人倍率や日銀短観の中小企業のように「バブル期並み」「バブル期超え」などの数字も出始めている。よく「景気回復の実感がない」と言われるが、それでも着実に景気は回復しているのである。合同企業説明会で、採用担当者(壁側の3人)の説明を受ける学生。新卒採用で人手確保に苦慮する中小企業が多い=2017年10月、東京都新宿区 こうした変化は米国経済好調の恩恵もあるが、基本的にはアベノミクスがもたらしたものであり、日本経済の復活につながり始めているとみることができる。したがって株価も一時的な上昇ではなく、長期的な上昇トレンドに入っていると見ている。 しかし、一方で、ここまで株価が上昇してくると「バブルではないか」と懸念する声も聞こえてくる。確かに短期的には上昇スピードがやや速すぎる感はある。だが、現在の株価水準は、別に高すぎるわけではない。 一つの尺度としてPER(株価収益率)を見よう。PERは、1株当たり利益に対して株価が何倍あるかを示す指標(株価÷1株当たり利益)で、その倍率が大きいほど株価は割高、小さいほど割安と判断できる。別の表現をするなら、PERが大きくなりすぎると「バブルの恐れがある」とも言える。通常は14、15倍~17、18倍程度が適正水準と言われているが、直近では東証1部全銘柄のPER(連結・予想ベース)は17・52倍(1月17日現在)。妥当な水準でありバブルとは程遠い。過度な悲観論は不要 では、かつてのバブル期のPERはどうだったのだろうか。日経平均が史上最高値(3万8915円)となった1989年12月は70・6倍だった。確かにバブルだったことを物語る数字である。 現在の株価が1991年11月以来ということを考えれば、その当時の東証1部のPERも38・6倍と高い。この頃はすでにバブル崩壊が始まって2万4000円前後まで下落していたが、PERは現在の約2倍の水準である。株価が同水準なのにPERが2倍ということは、それだけ当時の利益が低かったことを意味しており、株価水準は高すぎだったといえる。しかも、当時の企業業績は悪化するばかりであったのに対し、現在は上向きに推移しており、これもバブル期とは正反対である(ただし、当時の企業決算は連結ではなく単体が主流だったためPERの計算式の分母となる1株当たり利益が単体ベースの数字で計算されており、現在と同じ基準ではない。ただPERの分子となる株価も、当時は単体決算が判断材料となっていたことを考慮すれば、大筋で現在と比較できる)。 また、「ITバブル」と言われた1999~2000年には、PERが算出不能の時期もあった。これは上場企業がトータルで赤字で、PERの計算式の分母がマイナスになったからだ。その前後の時期をみてもPERは100倍以上もあり、まさにバブル全盛だったということになる。 もちろん、PERだけで「バブルか否か」を論ずることはできないが、前述のように日本経済は着実に回復しており、現在の株価はそうした経済の実態を反映したものである。もっと言えば、まだまだ上昇余地があるとも判断できる。私見だが、日経平均株価は今年中に2万7000円程度まで上昇する可能性は十分にある。順調にいけば、年末から来年にかけて3万円台も視野に入ってくるかもしれない。東京証券取引所の大納会で手締めをする関係者ら=2017年12月29日、東京・日本橋兜町 もちろん一本調子で上昇するわけはなく、この間の上昇スピードの速さを考えれば短期的には調整も有り得るだろう。海外に目を向ければ、北朝鮮情勢や世界に拡散するテロの脅威、不安定なトランプ政権など、懸念材料はいくらでもある。場合によっては株式相場に波乱が起きてもおかしくない。 それでも日本経済そのものはかなり「粘り腰」になっており、中長期的には回復基調は持続できるとみている。これまで企業経営者も消費者も、長年の経済低迷の故か、日本人の元来の控え目な性格からか、過度な悲観論が強かったように思う。 そのことが経済活動や消費行動をより慎重にさせ、結果として景気や株価の頭を押さえる一因になっていたというのは言い過ぎだろうか。むろん、根拠なき楽観論は戒めなければならないが、これまでのような「過度な悲観論」はそろそろ修正してもよいのではないだろうか。

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    日経平均4万円か1万円割れか 6月「第3の矢」の破壊力

     2018年の日本経済には2回、大きな分かれ道が待ち受けている。最初は4月の日銀総裁人事だ。黒田東彦・総裁は異次元の金融緩和で株価上昇をもたらした立役者であり、安倍首相は続投させる意向だ。2018年1月、金融政策決定会合後、記者会見する日銀の黒田総裁=日銀本店 だが、日銀135年の歴史で総裁を2期10年続けて務めた人物はいない。さらに黒田氏は73歳と高齢であり、退任の意向を固めているとの見方もされる。そうなると後任人事次第で経済の先行きは“天国”と“地獄”とに分かれていく。 ポスト黒田に名前が挙がっている有力候補は2人。安倍首相の経済ブレーンの本田悦朗・スイス大使と中曽宏・日銀副総裁だ。投資顧問会社「マーケットバンク」代表の岡山憲史氏はこう指摘する。「本田氏はアベノミクスを構築したブレーンの1人で、消費増税にも反対しているリフレ派の代表格です。総裁になれば“本田バズーカ”で金融緩和をさらに強化するという期待がある。海外の投資筋も本田総裁誕生なら日本は買いと見て、株価はグングン上がっていく」 これまで総裁人事は財務省と日銀のたすき掛けで行なわれてきた。財務省出身の黒田氏が退任したら、順当なら次は元大蔵官僚の本田氏ではなく、中曽副総裁の順番になる。「中曽氏も金融緩和路線をすぐにやめることはないでしょう。それでも黒田路線からの『出口戦略』に転じる時期を考えるとみられている。その姿勢が見えたら市場は失望して海外勢が真っ先に売りに回る」(同前) バブル以後の最高値を更新している現在の株高の原動力は外国人投資家の「買い」だ。それが一斉に売りに出れば株価は急落する。 実は、その外国人投資家が最も注目しているのが毎年6月にまとめられる政府の「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)だ。安倍政権の5年間、アベノミクス第3の矢である規制撤廃だけが全く進んでいない。それが株価は上がっても日本経済が成長軌道に乗れない大きな原因だった。岡山氏が言う。「外国人投資家は日本が欧米並みに規制を撤廃するかを見ている。例えば、雇用の自由化など強力な第3の矢が打ち出されたら、日本企業は貯め込んだ内部留保を賃上げや新規分野への投資に使うようになり、消費は上向き、間違いなく経済の好循環が始まる。4月の日銀総裁人事で黒田路線が続き、6月の骨太の方針で成長戦略に乗る。そうすれば『株価3万円』を目指す展開になる」 さらに東京五輪など景気上昇要因が控える中では、バブル期の最高値を更新する『株価4万円』という道も見えてくるだろう。 だが、逆の可能性もある。黒田路線が転換され、成長戦略も期待外れに終われば、外国人投資家たちは「五輪前の景気が良いうちに売れ」と失望売りに走る。それが連鎖し、アベノミクスが始まる前の「株価1万円割れ」のデフレ時代に逆戻りするという可能性だ。 第3の矢は2万円台中盤で一進一退する日経平均株価の天井を突き破るか、それとも毒が塗られた鏃を国民に向けるのか、その答えは半年後に出る。関連記事■ 日本株 2020年五輪時“4万円”へ壮大な上昇相場の序章■ 米自動車ローン破綻 最悪展開なら日経平均7000円も■ 株価2倍で利益確定した投資家 それでも後悔しきりの理由■ 日銀黒田総裁 生涯収入は推定10億円を超える最高クラス待遇■ 日銀マンは老後の保障に特権 総裁は独自年金で月50万円以上

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    低迷が続いた日本経済が2018年「黄金時代」を迎えられる理由

    塚崎公義(久留米大学商学部教授) アベノミクス開始から5年、日本経済は概ね順調な回復・拡大を続けています。今年についても、この流れは続き、バブル崩壊後の長年の問題が解決に向かって行くでしょう。大いに期待される1年になりそうです。 経済指標は振れるので、景気判断は、大きな方向感が重要です。景気の方向がはっきりしない時には、強い経済指標と弱い経済指標が混在するので判断に迷う事も多いのですが、直近の経済指標は、押し並べて良い数字が並んでおり、判断に迷う事なく景気は拡大中だと言って良いでしょう。 景気は方向が重要です。それは、景気が自分で方向を変える事が無いからです。雇用が絶好調なので、給料を受け取った元失業者が消費をするでしょう。すると物が売れるので企業が増産するでしょう。実際、このところ鉱工業生産は増えています。増産のためには労働者を雇うでしょうから、更に元失業者の消費が増えるでしょう。増産のために設備投資も増えるでしょうから、設備機械が売れるようになるでしょう。 今次局面で重要なのは、省力化投資です。労働力不足が深刻化しており、今後も少子高齢化で労働力不足が長期的に深刻化していくと考えらえるため、企業が省力化投資に積極的になりつつあります。企業は収益が好調で設備投資の資金は潤沢ですし、仮に銀行から借りるとしても景気が良い時は企業が黒字なので銀行が融資に前向きでしょう。 普通は、景気が拡大を続けるとインフレ懸念が高まり、日銀が「景気をわざと悪くしてでもインフレを抑え込もう」と考えて金融を引き締めるのですが、今次局面では景気回復が5年以上続いているのに物価が上がらず、日銀は「もっと物価を上げたい」と考えているほどです。経済・物価情勢の展望について会見する黒田東彦(日銀総裁)=2018年1月23日午後、東京都中央区(宮川浩和撮影) 海外の景気が急激に悪化して日本の輸出が激減するリスクについても、明確なものは無さそうです。欧米経済の専門家は、景気が拡大を続けると見ています。欧米の中央銀行が金融緩和を縮小しようとしているという事も、彼らが景気に明るい見通しを持っているという事なので、日本にとっては大変心強い事です。 中国については不確定要因があるようですが、中国は政府の権限が強いので、万が一の時には政府が強権発動で景気を回復させるでしょう。したがって、日本の景気を腰折れさせるような大不況に陥る事は考えにくいでしょう。今一つ安心材料があります。日本の対中国輸出は巨額ですが、相当部分が中国から輸出される製品に組み込まれる心臓部の部品なのです。したがって、欧米が中国から輸入を続ける限り、日本の対中部品輸出も続くのです。 国内を見渡しても、崩壊しそうなバブルは見あたりません。都心の地価やビットコインはバブルかも知れませんが、仮に崩壊しても影響は限定的でしょう。貸家建設もバブルかも知れませんが、仮にそうだとしても、通常の価格高騰バブルとは異なり、一気に崩壊する事はないでしょうし、貸家建設資金の貸し倒れが一気に急増する事もなさそうです。 そう考えると、今年の日本経済は、順調な景気拡大が続きそうですね。ブラック企業が減っている理由 バブルが崩壊してから20年以上、景気は低迷を続けていました。ようやく回復しかけたら米国ITバブル崩壊やリーマン・ショックなどによって国内経済が手痛い打撃を被り、再び不況に逆戻りする、という事を繰り返していたのです。そうしている間に、日本人の家計にも企業経営者にも投資家にも、「多少良いことがあっても、どうせ遠からず再び事態は悪化するに違いない」という「デフレマインド」が染みついてしまったようです。 そうなると、企業は景気が良くなっても設備投資をせず、円安になっても海外生産を国内に戻そうとせず、家計は所得が増えても消費を増やそうとしないので、景気拡大の好循環がうまく働かないのです。 しかし、景気回復が5年を超え、ようやく人々の冷え切ったマインドも少しずつ温まって来たようです。消費は未だですが、設備投資も輸出も少しずつ増え始めたのです。株価の上昇を見ると、投資家のマインドも、ここに来て少しずつ温まって来ているようです。消費が増えるのも、時間の問題だと期待しましょう。(iStock) バブル崩壊後の日本経済は、長い間失業問題に悩んでいましたが、それは既に消え、今や労働力不足に悩むようになっています。これまで仕事探しを諦めていた主婦や高齢者も仕事が見つかるようになっているのです。 就職活動に失敗して非正規労働者となり、そのまま非正規労働で生計を立てている「ワーキング・プア」と呼ばれる人々も、労働力需給の引き締まりによって時給が上がり、少しはマトモな生活が出来るようになっていますし、中には正社員になれた人も出始めています。 ブラック企業も、減りつつあります。ブラック企業が存続出来ているのは、社員が辞めようと思っても、「辞めたら失業だよ」という企業側の脅しに屈するからです。しかし、労働力不足が本格化して来たため、ブラック企業を辞めても他社が雇ってくれるようになりました。そうなると、ブラック企業は待遇を改善して社員を引き留めるか社員が退職し続けて倒産するか、という事になるのです。 物価下落と景気悪化の悪循環であるデフレスパイラルも、既に止まっています。ヤマト運輸が値上げをしたら、ライバルが「価格を据え置いてヤマトの顧客を奪う」戦略を採らず、追随値上げをしたのです。労働力不足で苦しいのはライバルも同じだからです。ということは、似たような事は他の業界でも遠からず生じるでしょう。デフレを脱却して、インフレの時代に入ったのです。 こうした変化は、すでに生じています。今後も、景気が腰折れしない限り続くでしょう。そして、より大きな目で見れば、日本経済は、新しい時代を迎えつつあります。「黄金時代」とも呼ぶべき新しい時代の入り口に立っているのです。そのあたりについては、拙稿「少子高齢化で日本経済が迎える黄金時代」をご覧いただければ幸いです。つかさき・きみよし 久留米大学商学部教授。1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

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    前回増税延期で日経平均3400円上昇 凍結ならそれ以上の効果

     日経平均が16連騰するなど株式市場は活況を呈しているが、その勢いをかって日本経済を成長路線に乗せるには、2019年10月に予定されている消費税10%引き上げの「再々々延期」が必要だ。 増税を公約して選挙で国民の信任を受けた安倍晋三・首相が、増税を撤回する可能性はあるのか。国政選挙5連勝で再び求心力を取り戻した安倍首相は、消費税凍結を言える力を取り戻したといえる。2019年夏の参院選で「やはり五輪前に景気の腰を折るわけにはいかない」とやりたかった増税凍結を掲げて戦う可能性もある。 仮に、凍結を決断した場合、株価へのインパクトは絶大だ。消費税10%への増税を最初に延期した2014年秋の株価の動きがそれを示している。2016年6月、記者会見で消費増税の2年半延期を正式発表する安倍晋三首相(宮崎瑞穂撮影) その年4月の消費税率8%への引き上げで不況が深刻化すると、首相は「経済状況を見て総合的に判断する」と増税延期の検討に入った。日経平均株価は増税実施後の4月11日には1万3960円まで年初から14%(約2300円)も下がったが、増税延期への期待で一気に急騰をはじめ、10月17日の1万4532円から11月14日には1万7490円までわずか1か月で20%(約3000円)もハネ上がったのだ。その4日後、首相は正式に増税延期と衆院解散を表明した。「増税延期」で株価3400円アップの効果なら、消費税引き上げを「凍結」すると表明すれば株式市場にも景気にもそれ以上のインパクトを与えるのは間違いない。「リーマンショック級の出来事が起こらない限り、消費税を予定通り引き上げる」 総選挙の投開票日、安倍首相は民放テレビ各局の選挙特番に相次いで出演してそう繰り返した。 だが、この言葉は首相が伊勢志摩サミット後の2016年6月に2回目の増税延期を表明する直前まで国民に語っていたのと全く同じセリフだ。そして、「リーマンショック級の出来事」は起きなかったにもかかわらず、増税は見送った。 2度あることは3度ある。恥も外聞も捨てて安倍首相が「国民生活本位」の判断をできるかどうかに、景気と株価の行方がかかっている。関連記事■ 2014年の消費増税なければ今頃日経平均3万円も…■ 2年後の消費税10%への引き上げは「最悪のタイミング」■ 安倍首相が増税撤回する可能性は十分 その根拠とは■ 引き上げ延期の消費税 いっそ5%に下げたらどうか■ 消費増税 安倍・海江田の「談合質疑」は国民をバカにしている

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    エコノミストを忌み嫌った「保守の真髄」西部邁の過ち

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 保守派を代表する論客の西部邁(すすむ)氏が自殺したという報道は、多くの人たちに驚きと悲しみ、そして喪失感をもたらした。 筆者にとって西部氏の発言は、主にその「経済論」を中心に1980年代初頭からなじんできたものである。また80年代におけるテレビ朝日系『朝まで生テレビ!』の討論者としての活躍も印象に残る。個人的には、2013年に編集・執筆した『日本経済は復活するか』(藤原書店)で、いわゆるリフレ派論客の中に混じり、リフレ政策への批判的な立ち位置を代表する論者として、フランスの経済学者、ロベール・ボワイエ氏、榊原英資・青山学院大教授らとともに原稿を頂戴したことを、今も感謝とともに思い出す。ボワイエ氏も榊原氏も、そして西部氏もともに単なる経済評論ではなく、その主張には思想的または実践的な深みがあったので、彼らへの依頼は拙編著の中で太い柱になった。講演する西部邁さん=2010年3月(前川純一郎撮影) また06年に出版した拙著『経済政策を歴史に学ぶ』(ソフトバンク新書)の中では、西部氏の「経済論」やその背景になる主張を、筆者なりに読み説いて、批判的に論じた。先の『日本経済は復活するか』への依頼でもわかるように、筆者にとっては、「西部邁」は自分とは異なる主張の代表、しかも彼を批判することが自分の「勉強」にもなるということで、実に知的な「論争相手」だった。もちろん、いままで一度も実際にお会いすることはなかったのは残念である。おそらく、会っても彼の一番忌み嫌う「エコノミスト」の典型であったかもしれないが、それはそれでむしろ筆者の願うことでもあったろう。なぜなら、それだけ西部氏の「経済論」には賛同しがたい一面があるからだ。 だが他方で、評論家の古谷経衡氏が表した以下の喪失感も共有している。西部邁先生が居られない保守論壇なんて…考えただけでも恐ろしい。どんどんと劣化、トンデモ、陰謀論、区別という名の差別が跋扈するだろう。現在でもそうなのに。古谷経衡氏の2018年1月21日のツイート 西部氏はその最後の書『保守の真髄(しんずい)』(講談社現代新書)でも明らかなように、保守派の論客であった。だが、現在の自称「保守」の一部のように、例えば「韓国破たん論」をヘイトスピーチに誘導するような形で言及し、または各種の陰謀論を匂わすような手法も採ることはなかった。西部ファンは多くいても、「信者」のような形で囲いこむこともない。その意味では、西部氏の言動は現代の「保守」論壇の中でまれなものだった。 西部氏の「経済論」は、かなり昔からある「正統派経済学批判」の形を採っている。西部氏にとっての正統派経済学とは、1)人々は合理的な存在、2)市場は効率的な資源の配分を行う自律的なシステムである、という主張を核にしている。だが、西部氏にとって人間の社会的行動とは、そもそも合理的な面と不合理的な面の二重性をもっている。そしてこの不安定な二重性を平衡に保つ力を、西部氏は「慣習」あるいは「伝統」と名付けている。経済問題の文脈で理解するとどうなるか この「慣習」ないし「伝統」を経済問題の文脈で理解するとどうなるか。『保守の真髄』でも例示しているが、賃金など雇用関係がわかりやすい。賃金は「慣習」で決まることで、経済の安定と不安定との平衡化に寄与するのである。 企業の投資活動は将来の不確実性に必ず直面している。このような不確実性に対処するために企業は労使間のあつれきをできるだけ最小化することを選ぶ。なぜなら、労使でもめ事が発生すればそれだけ企業の直面する不確実性もまた増幅するからだ。これは経営者側に長期の雇用契約を結ぶ動機付けを与え、また労働者側も自らの生活の安定のために長期的雇用関係を結びたがる。このことが長期雇用関係を「慣習」や「伝統」として企業の中に、あるいは日本経済の中にビルト・インしていくことになる。 このような経済論は、初期の著作『ソシオ・エコノミックス』から最後の著作である『保守の真髄』まで一貫している。後者から引用しておく。 勤労者がその慣習賃金を受容するというのは、それで自分の家族の生活が賄えると思うからに違いない。ということは、勤労者の購入する主として消費財の価格について何らか安定した期待を持っているということでもある。総じていうと市場で取引される多くの商品の価格が公正価格の周辺で、需要と供給の差に反応しつつ少しばかり変動する、というのが市場なるものの標準的な姿である。『保守の真髄』142ページ ただし、このような「慣習」=公正価格や慣習賃金などは、平衡作用と同時に非平衡作用も生み出す力を持っている。例えば、長期的雇用関係は慣習賃金として、名目賃金の下方硬直性を生み出す。労使間の信頼ややる気などを損なわないために、不況であっても賃金を引き下げることを選ばない。すでに大企業に雇われている労働者は身分も賃金も保証される。だがその半面で、若者たちの新規採用を削減したり、または非正規雇用などを増加させるなど経済不安定化を生み出してしまう。(iStock) もちろん西部氏は、「伝統」や「慣習」は人間社会の合理性と非合理性の平衡を「綱渡り」的にとることができるとみなしているだけで、いま書いたように「伝統」や「慣習」が一部の人たちには安定的でも、経済自体に不安定化をもたらすことも想定していたと考えることはできる。 この「伝統」や「慣習」に二面性を求める見解、時には社会・経済を綱渡り的に平衡させ、時には非平衡化させてしまう働きというものは、西部氏の貨幣論にも典型的に表れている。 貨幣は社会的価値を交換可能にすることで社会の安定化に寄与するだろう。しかし他方で強烈な不確実性ショックに直面すると、この貨幣がかえって社会そのものの平衡を危うくする可能性を、西部氏は同時に示唆していた。過剰だった「官僚」への期待 例えば、強いデフレショックがもたらした貨幣価値の急騰(貨幣バブル)によって、人々は実物投資や消費、そして何よりも人間そのものにお金を使うこと(雇用、教育など)を控えてしまい、ひたすら貨幣をため込んでしまうかもしれない。西部氏自身は、多くの経済学批判者と同様にインフレの方がデフレよりも社会を非平衡化=不安定化するものと思っていたようだが、いずれにせよ、この「デフレ=貨幣バブル」を再平衡化するには「貨幣=慣習」の価値を微調整していくべきだ、というのが西部氏の政策論の核心である。 ただし、このとき西部氏は「貨幣=慣習」の平衡化は、金融政策よりもむしろ財政政策が担うものと考えていたし、また政策の担い手としては「官僚」に期待しすぎていた。 要するに、日本のデフレの長期化は、それが問題であるにしても、原因が金融政策の失敗というような観点についぞ、西部氏は立脚することはなかった。むしろ市場原理主義的なもの、グローバリゼーション的なものが、「慣習」や「伝統」の平衡化を阻害することで日本の長期停滞は生じたと、彼はみていたと思われる。そのため、デフレとデフレ期待の蔓延(まんえん)、それをもたらしている日本銀行の金融政策の失敗というリフレ派の主張には、西部氏は最後まで賛同しなかったと思われる。それは残念なことであり、西部氏の影響を受けている人たちの「経済政策鈍感」ともいえる現象を招いただけに、さらに残念さは募る。2000年11月、参院憲法調査会で意見を述べる参考人の西部邁さん さらに「官僚」への期待が過剰なようにも思える。ここでいう「官僚」というのは、実際の高級官僚たちだけではなく、政治家、言論人などを含むものだ。この「官僚」が「指示的計画」を策定し、市場経済の基盤であるインフラ整備を行うことで、社会を安定化させることを西部氏は期待した。しかしその「官僚」から、なぜか「エコノミスト」たちは排除されていた。なぜなら、「エコノミスト」たちは世論の好む意見しか表明しない、社会をよくする存在であるよりも、社会に巣くう連中であるにすぎないからだ。だが、他方で、西部氏の期待する「官僚」たちも大衆や世論が好むように発言し、活動するものがいるのではないか。 大衆や世論には、真理を求めるという姿勢よりも、常に自分たちの好むものだけを望む傾向があるのは確かだ。だが、他方で今日の財務省的な緊縮主義に対抗できているのは、大衆の反緊縮的姿勢だけではないだろうか。日本の言論人やマスコミ、政治家、そして高級官僚のほとんどすべてが、日々、緊縮主義の掛け声をあげているのが実情である。大衆に安易な依存も期待もできない。しかし他方で、そこにしか今の日本ではまともな政策、少なくとも経済政策の支持の声は強くない。この日本の特殊な言論・政策環境にこそ、日本の精神的病理があるようにも思える。 西部氏の著作や発言は膨大である。そこにはひょっとしたらこの問題への解もあるかもしれない。だが、いまはここまでにとどめておきたい。 最後になってしまいましたが、心からお悔やみ申し上げます。生前のご教示ありがとうございました。

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    デフレ不況の勝ち組「債券ムラ」と既存メディアの蜜月関係

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) テレビ報道を検証する任意団体「放送法遵守を求める視聴者の会」(百田尚樹代表理事)が興味深いアンケートを公表した。「最近のテレビは偏向報道が増えている」という質問に対して、「すごく増えている」と「増えていると思う」の回答両方で、67・8%にもなっているのである。 「偏向報道」というのは、専門的な知見や社会的な常識などから著しく偏った報道を一定期間行っているときに使われている言葉だろう。もちろん単に報道することだけではなく、いわゆる「報道しない」ことも含まれている。世界的に当たり前の知見や事実が日本だけ報道されていない事例などを指す。2017年3月、「放送法遵守を求める視聴者の会」の代表理事に就任し、あいさつする作家の百田尚樹氏(左から2人目) 特に日本では、放送法の第1条第2項で「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」とある。しかし、森友学園問題や加計学園問題などを中心に、テレビの報道は本当に「不偏不党」だったのか、しばしば議論の対象になっている。もちろん二つの学園問題だけではない。筆者の主なる関心である経済問題についても、専門的な知見というよりも特定の既得権団体、つまり財務省などの官庁、国債市場や民間金融機関の関係者などの意見だけが大きく取り上げられている傾向に思える。 素朴な観測をすると、全国放送レベルで、「ニュースウオッチ9」(NHK)「報道ステーション」(テレビ朝日系)といった平日午後9時以降の報道番組で、いわゆるリフレ派の経済学者やエコノミスト、経済評論家が出演して、経済政策についてコメントや解説することはまれといっていい。 リフレ派とは、日本の長期停滞の原因がデフレとデフレ期待にあるとし、その解決策として日本銀行の政策スタンスが重要だとする政策主張者たちである。特に政治的な主張と連動しておらず、政治スタンスはそれこそ保守からリベラル、左翼まで属している。ちなみに、日銀の政策スタンスのキーは、デフレ予想を転換することであり、インフレ目標と大胆な量的緩和を唱えるのが定番である。 政策レベルでいえば、アベノミクス「第一の矢」である大胆な金融緩和政策とほぼ同じになる。「ほぼ」としたのは、日本銀行の現状の政策に少なからぬリフレ派が不満足だからだ。海外では、リフレ派が主張する経済政策、つまりリフレ政策は「当たり前の政策」のひとつである。経済が停滞しているときに、積極的な金融緩和と財政拡張を行うことは、国際的には標準的な政策ツールである。ところが、日本のマスコミ報道ではその「国際標準」は例外扱いになっているわけだ。長期停滞で「勝ち組」になった人たち リフレ派は現実の政策的にも重要な専門家集団なのだが、存在が明らかになってきた1990年代後半から今日に至るまで、日本の報道番組に出演する機会はごくごく限られたものになっている。むしろ、テレビの経済解説では、彼らとは異なる財政再建論者や長期デフレ論者、消費増税論者などがテレビに出演する「専門家」の中心であり、あえて言えばほぼすべてである。 ちなみに、日本のテレビ報道の重要な特性だが、民間の主要キー局がすべて大新聞の関係組織であるため、新聞とテレビでの報道が極めて類似している。例えば、日本経済新聞にリフレ派の論客のコメントが掲載されたり解説記事を書いたりことは極めてまれだ。それの合わせ鏡で、関連会社のテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」にリフレ派の論者が出演することもめったにないのである。利付10年の日本国債 ところで、日本には「債券ムラ」と呼ばれる民間金融機関の債券部門が存在している。彼らは日本が長期停滞を続ける中で「勝ち組」といわれていた。長期停滞が続けば名目金利が趨勢(すうせい)的に低下していくので、取り立てて有能ではなくとも、その部署にいるだけで債券の売却益で荒稼ぎできたわけである。 短期国債の名目金利はゼロに早く到達したが、それでも長期金利はプラス域であった。デフレ期に多くの金融機関が国債保有の比率を増加させていたのは、債券購入と債券売却との利ざや(=売却益)を稼ぐためであった。 だが、最近では、長期名目金利もマイナス域から極めて低い金利でコントロールされている。そうなると債券ムラにとっては自分たちの不況で得てきた有利なポジションを奪われているという不満が募ってくる。しかも債券ムラの住人は、デフレ不況の期間において、新聞、テレビ、通信社など既存のマスメディアと長期的な関係を構築してきた。 なぜなら、長期デフレの間で、最も目覚ましい活躍(?)をしていたのが債券ムラの住人たちであり、その動向を報じることは、既存のメディアにとっても商売になったからである。そのためか、今もメディアの多くは、債券ムラの住人たちの意見に沿った報道をする傾向が強い。「出口戦略」を求めるムラの願望 例えば、日銀の黒田東彦総裁が何か発言するたびに、いわゆる「出口戦略」として解釈する傾向がそれだ。今の日銀は、インフレ目標が2%に到達し、場合によればそれを超えることをしばらく放任する姿勢を採用している。もちろん今の日本は、デフレ不況ではないが低いインフレ率のままであり、目標達成はまだまだ見通せない。だが、マスコミの報道は常に「出口戦略はまだか」という解釈で、日銀の政策を理解しようとするバイアス(偏向)がある。 実際に昨年、黒田総裁が「リバーサル・レート理論」について言及したとき、それを日銀の政策変更の予兆としてとらえる報道が相次いだ。リバーサル・レート理論とは、黒田総裁の当の発言がわかりやすいので引用しておく。「最近、『リバーサル・レート』の議論が注目を集めています。これは、金利を下げすぎると、預貸金利ざやの縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(reverse)する可能性があるという考え方です」2017年12月、会見場に入る日本銀行の黒田東彦総裁(桐原正道撮影) これは先ほどの債券ムラの理屈で読み直すと、国債の利回りがマイナスから極めて低い名目金利になると、国債の売却益が縮小してしまい、そのことが民間金融機関というか、債券ムラの収益を損ねてしまう、ということになる。つまり黒田総裁がこのリバーサル・レート理論を持ち出したことは、債券ムラ的な発想からは、黒田日銀の政策転換のシグナルに解釈できるのだ。 実際、この黒田発言以降の多くの報道記事は、金融関係や国債市場の関係者たちがこれを日銀の出口戦略のシグナルとしてみたとするものが相次いだ。のちに黒田総裁自身はそのような日銀の政策転換をもたらすものではないと否定するのだが、当初の報道の多くは、この黒田発言を日銀の政策が変わりつつあるシグナルとして伝えるものが多かった。しかも、いまだにこのリバーサル・レート発言を話の枕にして、今年の日銀の政策転換を解説するマスコミの記事に事欠かない。 念を押すまでもなく、もし、インフレ目標未達のままで日銀が政策転換を行えば、今後の政策の信頼性は著しく損なわれてしまうだろう。そのことは日銀の損失だけではなく、もちろん日本経済の損失にもなる。だが、「出口戦略」=日銀の金融緩和政策の終わりを求める、既存マスコミと債券ムラの関係者の願望はそんな日本経済や国民生活などはどうでもいいのだ。そう、彼らの利害こそがすべてだからである。

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    三橋貴明DV事件を機に考えたい「家庭内暴力の経済学」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 著名な経済評論家の三橋貴明氏が逮捕されたニュースは、経済など時事問題に関心の強い層を中心に大きな驚きを与えた。筆者が最初に目にした朝日新聞の報道によると、10代の妻を口論の末に「自宅で転倒させて腕にかみついたり、顔を平手で殴ったりして約1週間のけがを負わせた」とある。いわゆる家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)に該当する事象での逮捕だろう。他の報道では、去年2回にわたり、妻への暴力をやめるように警察から警告を受けていたという。 これらの報道の信憑(しんぴょう)性を含めて、今後この事件がどうなるのか推移を見ていかなくてはいけない。釈放された三橋氏本人のブログでは、彼の視点による「事実」の説明とおわびの言葉が書かれている。ブログには「最後に、妻がかなりきつい言葉を私にぶつけ、一瞬、カッとなった私は、妻の左ほほを平手打ちしてしまいました」とあるので、暴力があったことは少なくとも明白だろう。 三橋氏の釈放を受けた報道には「裁判所が身柄の拘束を認めなかったため、三橋さんは8日午後、釈放された。三橋さんは警視庁の調べ容疑を否認していたということで、今後は、在宅のまま捜査が続けられる」(日本テレビ系 NNN)とある。報道が正しければ、捜査は継続中のため予断を許さない。経済評論家の三橋貴明氏=2014年4月(宮崎裕士撮影) 三橋氏とは今まで何度か討論番組で同席し、またラジオでは日にちが違うが同じ番組のコメンテーターを務めるなど、面識がある。三橋氏の人柄について個人的な感想は特に今はない。彼が主張する経済論には、今までも厳しい批判の姿勢を持っていた。ただ、そのことと今回の事件は特に関連するものではない。 ネットではさまざまな「陰謀論」めいた話が交錯しているが、なんの根拠もない、身びいきあるいはその反対の悪意に満ちたものがあるだけで読む価値はない。以下は今回の事件を契機にして、日本の家庭内暴力について、経済学者としての視点を中心に簡単な考察を試みることにした。家庭内暴力は「隠れた貧困」 家庭内暴力については、個人的にもトラウマ(心的外傷)に似た経験を持っている。筆者の幼少のころに母親、そして筆者自身も、父親の苛烈な家庭内暴力に見舞われていた。詳細は控えるが、父親からの加害によって母親は生涯、片足に障害を負ってしまった。冬場になると古傷が痛むらしく、よく足を引きずるようにしていたのを思い出す。今は両親ともに鬼籍に入っているが、家庭内暴力は筆者にとっても無縁の出来事ではないのだ。(iStock) 内閣府の統計によると、全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられた相談件数は年間で10万件を超えている。ものすごい件数である。アンケートでは、配偶者(事実婚や別居中の夫婦、元配偶者も含む)から「身体的暴行」「心理的攻撃」「経済的圧迫」「性的強要」のいずれかを一つでも受けたことがある人の数は、女性では20%以上、男性は16%ほどにものぼるという。 相談件数自体も驚くほど多いが、ほぼ一貫して件数などが上昇傾向にあることは見逃すべきではないだろう。もちろん他のアプローチも存在するが、家庭内暴力を経済学の視点からどう考えるべきか。それは一種の「隠れた貧困」と考えるべきかもしれない。 貧困といえば、満足な栄養や最低限の所得に欠けるような「絶対的貧困」、社会の一定割合を貧困状態であるとみなす「相対的貧困」など、多様な貧困の基準がある。 最近、日本の貧困研究の第一人者である日本女子大学名誉教授の岩田正美氏が『貧困の戦後史』(筑摩書房)を出版した。同書では、幼児の虐待死や未受診・飛び込み出産を「『かたち』になっていない貧困」と定義して分析している。「かたち」になっていない貧困とは、貧困として社会的な注目の濃度にまだ乏しいが、実体は貧困に起因するものであるという視点だ。生活保護から閉ざされるなど経済的な制約のために、児童への虐待が見られるという可能性を岩田氏は指摘している。 現時点の経済学の成果をみると、家庭内暴力も経済的な要因が無視できないほど大きい。ブラウン大のアナ・エイザー教授は家庭内暴力の経済学を積極的に公表している。その中で、エイザー氏は男女間の賃金ギャップに注目している。この男女間の賃金ギャップが縮小するほど家庭内暴力が減少していくという。つまり、労働報酬で男女間の賃金ギャップが少なくなれば、家庭の中での女性パートナーの交渉力が増し、それにより家庭内暴力が減って女性の健康が促進されていくというのである。家庭内暴力は周期性を持つ また、家庭内暴力が周期性を持つことをエイザー氏は指摘している。家庭内暴力を振るわれた女性パートナーが、当局に助けを求めても、しばらくするとその男性パートナーと暴力的な関係性に戻ってしまう現象が存在するという。この時の原因は、心的な依存関係もあるが、経済的依存関係が大きく左右するだろう。例えば、男性パートナーだけが働いているために、女性パートナーは経済的に自立しにくいケースが典型的には考えられる。この家庭内暴力に経済的な依存関係が大きな役割を果たすことは、別の欧米の経済学者たちによっても指摘されている。 これは視点を変えると、家庭における男女分業への伝統的な経済学の解釈を再考するきっかけともなるだろう。例えば、異なる仕事それぞれに特化しても、そのカップルには効率性はあっても、心の幸福を得られないかもしれない。男性パートナーが会社などで高い報酬を得、一方で専業主婦の女性パートナーが家庭内労働で大きな成果を挙げていても、それによりこのカップルが幸福といえるかどうかは別問題というわけである。エイザー氏の視点では、ここには経済的な依存関係が発生していることになる。 ただし注意すべきは、一例として女性パートナーの男性パートナーへの経済的依存関係が強いときは、家庭内暴力が深刻であっても女性パートナーが声を上げることが難しいかもしれないことだ。離婚や別居することで十分な生活を今後送ることができるのかどうかが最重要な問題だろう。また今までの人間関係を失うコストも重大なものだ。これらのコストを払うことができないまま、家庭内暴力に泣き寝入りする可能性がある。これはまさに「隠れた貧困」といってもいいのではないか。(iStock) ブリティッシュ・コロンビア大学の講師マリナ・アドシェイド氏は、『セックスと恋愛の経済学』(東洋経済新報社)の中で、外国人の妻たちが離別した後や家庭内暴力についての声をどれほど頻繁に上げているかを解説している。理由を簡単にいえば、彼女たちがその時点では経済的な依存関係から脱却しているからである。別な角度からみれば、経済的依存関係が深ければ、そのような声が出にくいだろう。 アドシェイド氏は、さらに経済的に効率的ではないかもしれないが、幸せなカップルになるには似たもの同士が好ましいと書いている。ある人が教えてくれた古いことわざに「割れ鍋にとじぶた」というものがあるが、経済学からもそれと同じ含意が出てくるのは興味深い。 もちろん家庭内分業がうまくいっているカップルも多くある。また、ささいなトラブルはどの家庭にもあるだろう。だが、私は前述した個人的な経験も踏まえていうならば、家庭内暴力に安易な妥協はしないほうがいいと伝えたいのである。

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    「小国化ニッポン」の命運は2018年6月に決まる

    三橋貴明(経世論研究所所長) 「極論」というよりは「現実」の話として、日本国の運命は2018年6月に決まる可能性が高い。すなわち、安倍内閣の「骨太の方針2018」閣議決定だ。 骨太の方針2018に、プライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)黒字化目標が入るかどうか。これにより、日本の針路が決定的に変わってしまう。 現在の日本は、いまだにデフレーションという「総需要の不足」に苦しめられている。デフレ継続により、国民の貧困化、財政の悪化、インフラの老朽化、科学技術力凋落、防衛力弱体化、社会保障の崩壊、少子化の継続と人口減少など、さまざまな「深刻な問題」が引き起こされている。 誤解している読者が少なくないだろうが、日本国は、「人口が減っているため、デフレが継続し、経済が低迷している」わけではない。 2000年から2015年までの人口で比較すると、日本よりもハイペースで人口が減っている国々が18カ国ある。そして、人口が減っている国のほとんどが、わが国よりも高い成長率で経済規模を拡大していっているのだ。ちなみに、世界最速で人口が減っていっているジョージアの2000年から15年までの経済成長率の平均は、5.67パーセントだ。 日本の経済成長率が低迷しているのは、単純にデフレのためである。人口は関係ない。 デフレの国は、物価も確かに下がるのだが、それ以上のペースで所得が縮小する。すなわち、実質賃金が下がっていく。特に、若者の実質賃金の低迷は、婚姻率の低下をもたらす。婚姻率が下がると、当たり前の話として少子化になり、人口も停滞する。 例えば、日本以上に少子化が進む台湾も、やはり実質賃金が下がっている。日本や台湾の若者にとって、もはや「結婚」や「出産」は、ぜいたく品になってしまっているのだ。 日本の少子化や人口減少は、デフレーションの「結果」であって、「原因」ではない。デフレの原因はバブル崩壊と緊縮財政であり、他にはない。 90年代初頭、日本のバブルが崩壊。国民が借金返済や預金といった「貯蓄」を増やし、需要(消費、投資)を減らし始めた。そのタイミングで、1997年に橋本龍太郎政権が消費増税、公共投資削減といった「緊縮財政」を強行した結果、わが国はデフレになった。 日本のデフレが始まったのは、バブル崩壊後ではない。橋本政権の緊縮財政の翌年、98年こそが日本のデフレ元年だ。インフレギャップとデフレギャップ デフレの国は、図の右側。供給能力に対し、総需要が不足するデフレギャップ状態に陥る。デフレギャップになると、モノやサービスの価格が下がり、生産者の所得が下がる。所得下落はさらなる総需要の不足を生み出し、いつまでたってもデフレギャップが埋まらない悪循環に陥る。 また、所得下落は税収不足をも生み出す。何しろ、われわれは所得から税金を支払っているのだ。 デフレで所得が不足し、税収が減ると、当たり前だが財政は悪化し、 「国の借金で破綻する! 政府は支出を削れ! 増税だ」と、緊縮財政が推進される。 緊縮財政は、もちろん需要を減らすデフレ促進策だ。緊縮財政により、経済がデフレ化。国民の所得が縮小し、税収減少することで財政が悪化。財政悪化により「緊縮財政だ!」となり、悪循環がいつまでたっても終わらない。 デフレが継続する限り、国民の貧困化は続く。すでに、日本国民の実質賃金はピーク(17年1-3月期)と比較し、15%も落ちてしまった。 また、財政の悪化は公共投資や科学技術予算、防衛費の削減をもたらし、日本国のインフラ、科学技術力、防衛力はひたすら衰退していった。防衛費が20年前以下は狂っている 国土交通省によると、全国の自治体管理の橋の老朽化が進んだ結果、すでに16年4月時点で2559の橋が通行止めや片側通行などの規制をしているとのことだ。橋の点検強化を進めた結果、規制せざるを得ない橋梁数が8年前の2・6倍に拡大。生活に影響が出ているが、財政上の理由、つまりは「カネ」の問題で改修が進んでいない。 日本には、河川法で管理される一級河川が約1万4千もある。さらに、二級河川の数が約7千。2万を超す川により、土地や地域が「分断」されているのが日本の国土なのだ。 日本は、河川に橋を架け、土地と土地を結び付けることで発展してきた。それが今や、橋の架け替えについて「財政」を理由に怠り、土地と土地が分断されていっているのだ。 我が国は、退化していっている。 2017年6月2日に閣議決定された「2017年版 科学技術白書」では、研究価値が高いことを意味する「被引用論文件数」の国別順位について、日本が10位にまで後退したことが指摘された。 12~14年の平均で見ると、日本の被引用論文件数のシェアはわずかに5%にすぎなかったのだ。 トップはアメリカで、二位が中国、以下イギリス、ドイツ、フランス、カナダ、イタリア、オーストラリア、スペインと続き、ようやく日本である。 02年から04年の日本の被引用論文件数のシェアは7.2%で、アメリカ、イギリス、ドイツに次ぐ四位であった。凋落著しいとしか、表現のしようがない。 また、安倍政権は確かに防衛費の当初予算を伸ばしてはいる。とはいえ、いまだにピーク(1997年)の水準すら回復していない。 防衛面の安全保障上の危機は、現代は97年時点と比較し、明らかに深刻化している。それにも関わらず、防衛費は20年前以下。「狂っている」と表現するべきなのだろう。 日本のデフレを継続させ、国民の貧困化、財政の悪化、インフラ、科学技術、防衛面の衰退、さらには人口の減少をもたらしているのは、財務省の「PB黒字化目標」である。経済財政諮問会議に出席する安倍晋三首相(右)と茂木敏充経済再生担当相 =2017年12月1日、首相官邸(斎藤良雄撮影) PB黒字化目標がある限り、わが国は消費税増税など各種の増税を強いられ、公共投資、科学技術予算、防衛費などを削減せざるを得ない。増税も政府支出削減も、いずれもデフレ化政策だ。PB目標により、大げさでも何でもなく、わが国は小国化、発展途上国化しつつある。 日本政府が公共投資や科学技術予算、防衛費などを拡大する財政出動に踏み切り、さらに減税といった「総需要不足」を埋める正しいデフレ対策に乗り出せば、わが国は瞬く間にデフレから脱却する。デフレから脱却しさえすれば、国民は豊かさを取り戻し、財政も改善する(税収が増大するため)。 さらに、若者の所得が安定的に増えていけば、結婚が増え、少子化も解消。やがては、人口も増加に転じることだろう。 ところが、PB黒字化目標がある限り、政府が正しいデフレ対策に乗り出すことは不可能なのである。 2018年6月の「骨太の方針2018」に、現状のPB黒字化目標が残った場合、われわれ日本国民は、将来的な「亡国」を覚悟するべきである。

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    「日本の借金1108兆円」NHKの歪んだ報道が国民をさらに惑わす

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) たまたまNHKを見ていて非常に懸念を抱いたニュースがあった。「来年度予算案 1100兆円の借金 財政の先行き一段と不透明に」という記事で、インターネットでも読める。 簡単に要旨を書くと、政府予算案の規模が大きく、歳出が増加する一方で歳入では国債の発行額が3分の1を占めるのが問題と指摘する。そして、来年度末には国と地方を合わせた「借金」が1108兆円に上り、「先進国中最悪」になることに警鐘を鳴らすものである。報道は、このような財政状況が若い世代に将来不安をもたらしていると結んでいる。筆者から見れば、このようなNHKの報道こそが、財政状況へのゆがんだ認識を広めることで、若い世代に不安を与えていると思う。東京都渋谷区のNHK放送センター まず、どこがゆがんでいるのだろうか。それは政府の「1108兆円の借金」という見方である。単純に、日本の財政は借金=負債だけが存在するのではなく、資産も存在している。政府の持つ資産と負債を比較して、その上で事実上の「借金」を特定すべきである。負債の方が資産を上回っていれば、それを「純債務」と名付けよう。ただし、この純債務の大小だけがわかっても財政状況はまだ判断できない。だが、ここまでの議論を「政府のバランスシート問題」と名付けておく。 たとえ借金の方が資産よりも多くても、将来それが返済可能であれば問題はない。つまり返済できる金額と返済しなければいけない金額を比較して、それがほどほどのバランスであればまず問題はない。以下ではこの点を「政府のバランスシート問題」の観点から検討する。 政府の資産と負債を比較できるバランスシートを見る重要性は繰り返し指摘されてきている。今回のNHKニュースに代表されるような「政府の借金(負債)」の大きさだけに注目するのは全く妥当ではない。これでは国民が財政再建、増税路線、緊縮政策といった特定の政策に誘導されてしまうだろう。実際NHKニュースでも、いまのところ再来年に実施される消費増税が、教育無償化などに使われることよりも、むしろ国債償還という「借金」返済に使われるべきだとの趣旨として読むことができる。だが、そのような誘導はもちろん真実への誘導ではない。誤解への誘導である。「政府+日銀」の保有を無視するのか 政府のバランスシートの最新版は以下の通りである。 これを見ると平成27年度末で、政府の純債務はマイナス520兆円である。前年度よりも30兆円近く増えているし、ここ数年でもその傾向はある。だが他方で、この純債務と日本の名目国内総生産(GDP)を比較すると、名目GDPが同年度で531兆円なので約98%である。 さらに政府の概念をより広げてみよう。特に日本銀行との関係が重要である。数年前に日本経済新聞の紙上で、コロンビア大学のデイビット・ワインスタイン教授は、日銀の金融緩和政策を好意的に評価したうえで、日銀はその保有する国債を永久に所持できる(実際には償還期限がきたものから日銀のバランスシートから剥落)と指摘している。この考え方を採用すると、広義の政府、つまり統合政府は「政府+日銀」となる。両者のバランスシートのうち国債保有の関係だけをみると、日銀は現状で国債を438兆円保有している(営業毎旬報告12月20日)。参照:財務省 政府部門の最新のものは、2015年3月末までなので類推しなければいけない。いま年度ごとの純負債の増加額が、毎年度約30兆円としておくと、現時点の政府と政府関連機関の純債務は571兆円と考えられる。対して日銀の現時点の国債保有額が438兆円なのでこれを571兆円から引き算すると、統合政府の純債務は現状では、133兆円である。名目GDPは約540兆円としておこう。すると名目GDPと純債務の比率は、約25%になる。これは同様の推計をした2014年末の比率では、約41%なので大きな縮小である。 このような統合政府からみた見解を、どうもNHKは無視したいようである。NHKがなぜ無視したがるのか、記事には載っていないのでわからない。だがしばしば国の借金だけを強調する論者や政治家たち、マスコミが指摘しているのは「日本銀行のバランスシートを組み込んで、そのような財政膨張を弁護してもやはり財政の信認が失われる」というものだ。日銀の国債保有の「メリット」 この論点については、経済金融アナリストの吉松崇氏が論説「中央銀行のバランスシート拡大と財政への信認」(原田泰・片岡剛士・吉松崇編著『アベノミクスは進化する』中央経済社)で集中的に検討している。簡単に要旨だけ書く。日銀が「質的量的金融緩和」で多くの国債を保有している。日銀の保有する国債からは金利収入が発生する。他方で日銀当座預金には0・1%の金利がつき、この部分は民間銀行に支払われる(実際の日銀当座預金への金利適用は複雑だがここでは単純化する)。だから金利収入からこの0・1%を引いたものが、日銀の得る通貨発行益(シニョレッジ)となる。 吉松氏の解説の通り、この通貨発行益は、日銀の収益であると同時に、国庫に納付するため事実上の国の収益である。つまり通貨発行益がプラスで推移していくことは、日銀の国債保有が政府にとってもメリットがあり、狭い意味での政府の財政を安定化させることに寄与しているということだ。 なお、日銀の説明ではもっと単純に「日本銀行の利益の大部分は、銀行券(日本銀行にとっては無利子の負債)の発行と引き換えに保有する有利子の資産(国債、貸出金等)から発生する利息収入で、こうした利益は、通貨発行益」としている。2017年12月、記者会見する日本銀行の黒田東彦総裁(桐原正道撮影) 日銀の公式の説明通りだと、昨年度だと国債の利息収入(貸出金の利息収入は小規模なので無視する)は、1兆1800億円超である。今年度はそれ以上のペースで増加しているようだ。もちろん吉松氏が指摘している通り、この金額は財政の安定に寄与している。 さらに、日銀の国債保有は「インフレ税」の面でも政府の財政安定化に寄与している。もし日銀がインフレ目標を実現すれば、その実現の過程ないし実現後に、固定利回りの国債やその他の債券を保有している人たちは、名目金利が上昇し債券価格が低下することで「課税」されたことと同じ現象が生じる。これをインフレ税という。もちろん政府はこの分だけ、インフレになったことで国債の償還の負担が軽減される。このインフレ税の増加はもちろん政府の財政安定化に貢献するだろう。 ただし吉松氏も指摘しているように、通貨発行益もインフレ税も日本が事実上のデフレの間や、インフレ目標が達成され、しばらく金融緩和基調が続く間だけの「一時的な財政安定化」の効果しかもたない。もちろんそれでも大きな効果だ。ただし、さらに恒久的な財政の安定化は、インフレ目標の達成により経済成長が安定化し、税収が増えていくことで実現されていく。 要するに、日本の財政の維持可能性、つまり日本の財政危機は、きちんとした政府と日銀のマクロ経済政策の成功か失敗かに依存しているのである。今回のNHKに代表される「政府の借金」論の偏った報道こそが、この正しい政策の見方を誤らせ、ただの増税主義へ国民を誘導しかねないだろう。

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    ムガベ大統領と日銀、どっちの通貨政策が信用できる?

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ジンバブエのロバート・ムガベ大統領が、軍のクーデターによって退陣を迫られている。現段階では辞任を拒否しているようで、事態は混とんとしたままだ。ジンバブエといえば、経済学的には人類史上でもまれなハイパーインフレ(物価の異常な高騰)をもたらした国として有名である。また最近では、日本がアフリカ外交のひとつの拠点にしようと画策していた点でも注目されていた。 このジンバブエの経済の現状は、ハイパーインフレを防ぐための米ドルを中心とした複数外貨制を採用した結果、落ち着きを取り戻し、一時期は高めのプラス成長であった。だが、近年は低成長とデフレ経済に悩み、失業率が累増していた。つまり、社会的な不満がかなり蓄積されていたことが、今回のクーデターの背景にあったのかもしれない。ちなみにジンバブエ経済は、ギリシャ経済と似ている。自国独自の通貨を持たず、そのため金融政策は封じられている。他方で巨額の対外債務を抱え、また官僚や軍などの政府組織のリストラにも手がつけられない。金融・財政そして成長戦略ともに思うように動けないから、両国は似ているのである。テレビ演説するジンバブエのムガベ大統領=2017年11月19日、ハラレ(AP=共同) ジンバブエが過去に経験したハイパーインフレには、顕著な特徴が存在する。それは各国の中央銀行のマネーの供給量と物価の上昇レベルが「連動していない」ことだ。つまり、中央銀行が貨幣を刷る量をはるかに上回ってインフレ率が進んでいく。貨幣の量と物価の関係性が切断されている、とも表現できる。それだけ自国通貨への信頼が毀損(きそん)されてしまったのだ。 このハイパーインフレの状況は「貨幣の増加レベル+通貨の信認の低下=物価の急上昇」という公式で理解するとわかりやすい。左辺の第2項「通貨の信認の低下」がとりわけ重要だ。この「通貨の信認の低下」というものは、「そもそも貨幣とは何か」という問題に直結しているからだ。 貨幣とは何か、という基本的な問題に、最近の経済学者は「貨幣は貨幣として使われるから貨幣である」という「貨幣の自己循環論的定義」を与えている。つまり、貨幣として人々が使うがゆえに貨幣であるのだ。まるで禅問答のようだが、これがいまの経済学が貨幣を解明する上で与えた最先端の解である。代表的には、経済学者のコチャラコータ元米連邦準備制度理事会(FRB)理事や国際基督教大学の岩井克人客員教授がそのような主張である。インフレ5千億%でも使い続けた国民 貨幣が貨幣であることを保証するのは、人々がその紙や金属片を「貨幣」だと信認するときだけである。それだといかにも頼りなげであるが、存外にこの信認は強固である。例えば、ジンバブエでは5千億%のインフレになっても国民はまだこのジンバブエドルを使い続けた。物々交換や他国の通貨を闇で使うことはあったが、自国通貨を完全に放棄することはなかった。そのため、私も知人から譲ってもらったのだが、100兆ジンバブエドル紙幣まで登場していた。どんなに信用が下落しても、通貨の信用はゼロにはなりきれないのだ。(左から)10億、10兆、100兆ジンバブエドル(iStock) ただし、信認をほとんど失うことは可能で、それがジンバブエのハイパーインフレの背景だったろう。この経済危機を乗り越えて、ムガベ政権の安定性は高まったかにみえたが、前述した経済運営などの失敗が背景にあり、ムガベ大統領のほうが今度は信認を失ってしまったようだ。 さらにジンバブエの教訓は日本にも参考になる。「通貨の信認」は要するに政府や中央銀行の政策スタンスがかかわってくる。ハイパーインフレが、貨幣の発行量と連動していない、むしろ信認のキーになる政策スタンスが重要である。日本では長くデフレが問題視されてきた。デフレを脱出するためには、日本銀行がデフレ脱却に強いコミットメントを発揮する必要がある。しばしば、日銀のマネタリーベース、ざっくりいうと日銀がコントロール可能なマネーの残高や、マネーストック(通貨供給量)の残高などをみて、金融政策の評価をする人たちが多い。これらは完全に誤りではないにしても、いままで述べてきた話でいえば妥当な見解ではない。 先の式を書き換えると「貨幣の増加レベル+日銀の政策への信認=デフレからの脱却」という公式になる。貨幣の増加レベルには、マネタリーベースの増加レベルと考えていい。ただしそこが論点ではない。なぜなら、90年代からマネタリーベースを増加させても、デフレから脱却は難しかったからだ。 ところが、2012年終わりから13年を通じて、日銀が強くコミットしたインフレ目標の導入と大規模なマネタリーベースの拡大(水準でも変化率でも大幅増加)が極めて有効に働いた。消費者物価指数(CPI)では民主党政権末期のデフレ域から、総合でみて2%に迫る勢いで上昇し、また生鮮食料品やエネルギーを除くコアコアCPIでも0・7%まで上昇した。おそらく翌年の消費増税などの障害がなければインフレ目標に到達していた可能性が大きい。日銀「政策への信認」は強い? だが、いまの日銀にこの「日銀の政策への信認」が強いかといえば、筆者は正直かなり疑問を抱いている。以前の論説で書いたように、日銀には一段の金融緩和が必要である。だが、それに対して日銀の現在の執行部は慎重すぎる姿勢だ。これではデフレ脱却へのコミットについて疑義も生じかねない。 ちなみに、このような私と同じ疑義を抱いているのは、デフレ脱却を重視している人たちだけだ。他の「疑義」を日銀に抱いている人たちの多くは、単にいまの金融緩和を妨害して、できるだけ早く「出口戦略」(金融緩和の終わり)を目指したい人ばかりだ。そこは同じ日銀の政策への批判でも明瞭にわけてほしいものだ。 いずれにせよ、いまのままでの政策スタンスを継続していればよほど運のよい事態が生じないかぎり、早期のインフレ目標の達成は困難である。再びデフレ経済に戻ってしまう可能性は、ジンバブエ経済と同様に通貨への信認次第になる。もちろんデフレとハイパーインフレは真逆の現象だが、通貨への信認という点では共通する。このデフレ脱却への強い信認を得るための最も安上がりの方法は、日銀の正副総裁の交代であろう。筆者からみると、現在の黒田東彦総裁の続投は「最悪中の最善」でしかない。リフレ派の岩田規久男副総裁は交代するだろうから、副総裁もリフレ的な考えの人を入れないと市場からはリフレ的政策の交代とみなされるだろう。2017年11月18日、ジンバブエ・ハラレで「ムガベは去れ」とのポスターを掲げ、大統領退陣を求める集会に詰め掛けた人たち(中野智明氏撮影・共同) 黒田総裁に代わる人材や、リフレ的な副総裁はどれだけ在野に残っているだろうか。ブルームバーグの取材に本田悦朗駐スイス大使は、現執行部の退任とインフレ目標への強い再コミットを求めている。そして自身が総裁に任命されれば「命を懸ける」と言ったという。取材記事なのでどこまで本当かわからない。ただ本田氏の従来の発言からは矛盾はしない。本田氏以外に、在野にいるリフレ派で日銀の中で孤独を恐れず信念を貫ける人材はどれだけいるだろうか。その人数はおそらく6、7人ほどでしかない。ある意味で恐ろしいほどの人材難である。だが、それが日本の現実である。 ジンバブエでは大統領が辞任しなさそうで混乱が懸念される。日銀の正副総裁人事も、政治的に混乱することなく、デフレ脱却=リフレの本筋を貫き通してもらいたい。

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    「異次元金融緩和は成功した」数字が語るアベノミクスの5年間

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授) 第2次安倍晋三内閣が発足したのは2011年12月26日。既に第3次安倍内閣の第3次改造(17年8月3日)になっているが、この間の政策全体が「アベノミクス」と呼ばれた。 アベノミクスの3本の矢は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」であった。このうち、金融政策は13年から安倍総理によって任命された黒田東彦日本銀行総裁によって実施された。 「異次元金融緩和」と呼ばれた積極的な金融緩和によって円ドルレートは大きく円安に動き、日経平均株価も急速に上昇した。 【年間平均レート】2012年:1ドル79・79円、2013年:1ドル97・60円、2014年:105・94円、2015年:121・04円【終値】2012年12月:1万395円、2013年12月:1万6291円、2014年12月:1万7451円、2015年12月:1万9034円 経済成長率もリーマン・ショックによるマイナス成長(2008年マイナス1・09%、2009年マイナス5・42%、2011年マイナス0・12%)から1~2%のプラス成長に転じた。大胆な金融政策は明らかに成功し、日本経済は息を吹き返したのである。後場開始から高値を更新した日経平均株価 =10月11日、東京都中央区(春名中撮影) 2014年は5%から8%の消費税増税によって成長率は0.34%に鈍化したが、2015年には1・20%に戻し、その後も1~2%の成長が続いた。成熟段階に既に達している日本経済にとって1%前後の成長率は「巡航速度」といえるだろう。日本経済は1956~73年の高度成長期(年平均成長率9・1%)、1974~90年の安定成長期(年平均成長率4・2%)を経て、1990年から成熟期に入ったのである。(1991~2016年の年平均成長率1・00%) 経済成長率の低下に伴って、インフレ率もまた次第に低下した。高度成長期の年平均インフレ率は2桁に達することにあり、1970年代でも年平均9%、1980年代でも2・4%に達していた。90年代に成長率が鈍化し、日本経済が成熟期に入るとインフレ率も低下し、90年代は年平均1・21%、2000年代はデフレ状況になり年平均マイナス0・53%。2010年代に入ってデフレ状況は脱したものの、2010~16年の年平均インフレ率は0・27%と極めて低いものであった。日本は明らかに低成長、低インフレの局面に入ったのである。総裁人事のベストシナリオ この状況は日本だけの現象ではない。先進国は軒並み低成長、低インフレの局面に入っている。先進国の中では成長率が高いアメリカでも、2010~16年の年平均成長率は2・09%、年平均インフレ率は1・62%だった。同じく2010~16年のイギリス、ドイツ、フランス、イタリアの年平均成長率はそれぞれ1・96%、1・97%、1・13%、0・42%だった。 一方、インフレ率はイギリスが年平均2・18%、ドイツが1・23%、フランスが1・18%、イタリアが1・36%で、各国とも経済成長率は1~2%、インフレ率も1~2%に収斂(しゅうれん)しつつある。 こうした中で日本銀行は2%のインフレ・ターゲットを維持しているが、世界的な低成長、低インフレ時代に日本で2%のインフレ率を達成するのは極めて難しいだろう。「1%成長、1%インフレ率」が日本経済の巡航速度であり、それで大きな問題はないのではないだろうか。「2%ターゲット」を今すぐ引き下ろす必要はないだろうが、次第に1%に目標を下げることが妥当なのではないかと思われる。 アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和を終了し、引き締めに転じ、欧州中央銀行(ECB)も金融緩和の出口を探り出している。こうした状況の中、いつ日本銀行が出口を模索するのかが、次第にマーケットの関心事になってきている。日本銀行は今のところ、大規模金融緩和を維持するとしているが、そろそろ黒田東彦総裁も出口戦略を考え始めているのかもしれない。前述したように大規模金融緩和は成功し、日本経済はリーマン・ショック前の状況に戻っている。いつまでも緩和を継続する必要は次第になくなってきている。日経平均もこの4年間大きく上昇し、既に2万円の大台を突破した。当面インフレの懸念はないものの、FRB・ECBと同様、日本銀行も次第に舵(かじ)を穏やかな引き締めに切ってくるのではないだろうか。インタビューに答える日銀の雨宮正佳氏=2012年12月、大阪市北区(柿平博文撮影) 日本銀行の黒田東彦総裁の任期は2018年4月に切れる。このところ、日銀総裁は1期5年で交代している。総裁はこれまで財務省OBと日銀プロパーが交互に務めるケースが多く、これまでの慣例からいけば、次の総裁は日銀出身者から選ばれることになるだろう。現在、日銀出身の副総裁は中曽宏氏だが、中曽氏がそのまま総裁になる可能性はそれほど高くないと思う。むしろ、「日銀のエース」と言われる雨宮正佳理事が昇格する可能性もあるが、理事からそのまま総裁ポストに就くのは現実的に難しい。 総裁ポストをめぐっては、さまざまなシナリオが考えられるとはいえ、来年4月の任期満了後に黒田氏が再任され、雨宮氏を副総裁に指名した後、短期間で雨宮氏に交代するという筋書きが有力だろう。時として総裁人事が国会承認でもめるということがあったが、このシナリオに抵抗があるとは思えないし、「黒田―雨宮」のバトンタッチがスムーズに進む可能性は十分にある。黒田総裁は財務省の国際派。財務官を務め、アジア開発銀行の総裁も経験している。以前は財務省出身の総裁は事務次官経験者で、どちらかというと国内派(23代森永貞一郎、25代澄田智、27代松下康雄)だったが、金融の世界でも国際化が進む中、国際派の起用は適切だと言えよう。

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    アベノミクスの限界「3本目の矢」は放たれない

    加谷珪一(経済評論家) 解散総選挙は、希望の党と立憲民主党の誕生によって状況が流動化してきた。希望か立憲民主が多数の議席を獲得した場合には経済政策が大きく変わる可能性がある一方、自民党が勝利しても、今回の解散は失敗と見なされる可能性があり、そうなった場合にはポスト安倍が強く意識されることになる。いずれにせよ5年間続いてきたアベノミクスは今回の総選挙をきっかけに何らかの方向転換を余儀なくされる可能性が高い。本稿ではアベノミクスの成果について、あらためて検証していきたい。 アベノミクスは説明するまでもなく第二次安倍政権が掲げた経済政策のことだが、その内容は徐々に変化しており、現在では明確な定義が難しくなっている。 当初のアベノミクスは「3本の矢」というキーワードに象徴されるように、3つの柱からなる政策であった。1本目の矢は「大胆な金融政策」で、これは日銀の量的緩和策のことを指している。2本目は「機動的な財政政策」で、主に大規模な公共事業である。そして3本目が「成長戦略」である。   量的緩和策は、日銀が積極的に国債を購入することで、市場にマネーを大量供給し、世の中にインフレ期待(物価が上昇すると皆が考えること)を発生させるという金融政策である。期待インフレ率が高くなると、実質金利(名目金利から期待インフレ率を引いたもの)が低下するので、企業が資金を借りやすくなる。これによって設備投資が伸び、経済成長が実現するというメカニズムである。日銀本店=東京都中央区(早坂洋祐撮影) 日本は不景気が長期化し、デフレと低金利の状態が続いていた。名目上の金利は、これ以上引き下げることができないので、逆に物価を上げて、実質的な金利を下げようというのが量的緩和策の狙いであった。 しかし、物価が上がる見通しがついただけでは、経済を持続的に成長させることはできない。本当の意味での成長を実現するには、日本経済の体質を根本的に変える必要があると考えられており、それを実現する手段が成長戦略であった。 成長戦略の内容は、時間の経過とともに変わっていくのだが、少なくともアベノミクスが提唱された当初は、いわゆる構造改革のことを指していた。だが、構造改革を実施すると、一部の人は転職を余儀なくされたり、もらえていた補助金を失ってしまうなど、痛みを伴うことになる。また、構造改革が一定の成果を上げるまでには、それなりの時間が必要である。その間のショックを緩和するための措置として掲げられていたのが2本目の財政出動であった。  整理するとアベノミクスは、金融政策でデフレからの脱却を試み、財政出動で当面の景気を維持し、その間に痛みを伴う構造改革を実施するという流れだったことになる。 だが、アベノミクスは、当初描いていたような形には進展しなかった。構造改革に対する世論の反発が強く、安倍首相はやがてこの言葉を使わなくなり、構造改革の司令塔であった規制改革会議も有名無実化された。その後、成長戦略は何度か追加されたが、多くが予算措置を伴うものであり、3本目の矢は、実質的に2本目の矢に収れんしたとみてよい。つまり、アベノミクスは、量的緩和策と財政出動を組み合わせた2本立ての経済政策にシフトしたのである。 1本目の矢については、当初はうまく機能するかに見えた。量的緩和策がスタートした時点では、消費者物価指数(「生鮮食品を除く総合(コア指数)」)は前年同月比マイナスだったが、すぐにプラスに転じ、消費税が8%に増税された2014年5月にはプラス1・4%(消費税の影響除く)まで上昇した。2%という物価目標の達成はもうすぐかと思われたが、ここを境に物価は失速を開始し、2015年2月には0%まで低下。2016年に入るとマイナスが目立つようになってしまった。量的緩和策の限界 日銀は2016年1月にマイナス金利政策を導入し、同年9月にはイールドカーブ・コントロールという聞き慣れない手法の導入に踏み切っている。この手法は、購入額をコミットするという従来の考え方をあらため、購入額ではなく金利水準に軸足を置くというものだが、市場はこの措置について物価目標からの事実上の撤退と認識した。 結果として、消費者はデフレマインドを強めることになり、物価が上がるとイメージする人はほとんどいなくなってしまった。スーパー大手のイオンは、2度にわたって商品の値下げを敢行したほか、家具大手のイケアも大幅な値下げに踏み切っている。埼玉県越谷市にあるイオンの店舗 もっともアベノミクスがスタートして以後の実質GDP(国内総生産)成長率は、2013年度がプラス2・6%、2014年度がマイナス0・5%、2015年度がプラス1・3%、2016年度がプラス1・3%と微妙な状況が続く。直近の四半期については世界経済の回復もあって、1~3月期が年率換算でプラス1・2%、4~6月期が年率換算でプラス2・5%となっており、まずまずの結果だった。 かなりスローペースではあるものの、日本経済は回復しつつあると評価することもできるが、一方で、安倍政権が掲げていた名目3%、実質2%の成長目標という点からすると、現時点ではほど遠い状況にある。 ただ、量的緩和策については、国債の総量という上限があり、無制限に継続できるわけではない。市場では量的緩和策はそろそろ限界との見方が支配的であり、少なくとも緩和策の拡大という選択肢はなくなりつつある。消費増税については自民と希望で方針が異なっているが、アベノミクスの主軸であった量的緩和策が限界に近づいている以上、希望が獲得する議席数にかかわらず、何らかの形でアベノミクスが軌道修正される可能性は高いだろう。

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    前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない

    小野展克(名古屋外国語大学教授) 10月22日投開票の第48回衆院選で、安倍政権は国民に信を問う。日銀の異次元緩和はアベノミクスの心臓部ともいえる経済政策の中軸であるだけに、その成否が問われることになるだろう。来春には、異次元緩和を導入した日銀総裁の黒田東彦が5年の任期を迎える。異次元緩和の功罪をあらためて検証したい。 民進党代表の前原誠司は9月28日に開かれた両院議員総会で、希望の党との合流を提案した。これで民進党は事実上の解党となった。「自分勝手に政治をゆがめる安倍政権を退場に追い込む」 前原は、希望への合流の目的を安倍政権打破と位置付けた。そして、その際に前原が安倍政権の失政として最初に取り上げたのが、異次元緩和だった。 「日銀に大量に国債を買わせて無理矢理に金利を下げて、円安にして株価が上がったかもしれない。しかし所得は上がっていない。実質賃金は下がり続け、企業の利益は増えたけれども国民の生活は困窮している」 「日銀にETF(上場投資信託)を買わせて、みせかけで株価を上げて、アベノミクスはうまくいっているということを引きずっているだけだ」 前原はアベノミクスに反対する姿勢を鮮明に示し、「反異次元緩和宣言」に踏み込んだ。小池百合子率いる希望の党は公約で「ユリノミクス」を掲げ、「金融緩和や財政出動に過度に依存せず、民間の活力を引き出す」と訴える。前原のように異次元緩和にはっきりとノーを突き付けたわけではないが、異次元緩和の出口に早期に向かわせる公約とも読める。希望の党公認候補の応援演説に駆けつけた民進党の前原誠司代表=2017年10月14日、群馬県伊勢崎市(吉原実撮影) ただ、小池はロイター通信のインタビューに対して、日銀が国債を買い過ぎていると指摘したものの、「大きく方向性を変える必要はない」とし、次期総裁の資質についても「今の延長の部分はあろうかと思う。あまり急激に変えるということは、株式市場にも影響を与えるのではないか」と話し、黒田日銀の異次元緩和の基本的な枠組みは支持する考えを示した。 黒田の任期は来春に迫っている。日銀法では、総裁は衆参両院の同意を得て内閣が任命すると定められており、事実上、人事権を握るのは時の首相だ。自民単独で過半数を占め、安倍政権が安定的な基盤を維持すれば、黒田の続投か、コロンビア大教授の伊藤隆敏ら、異次元緩和の理論的なバックボーンであるリフレ派から総裁が起用される可能性が高くなるだろう。 しかし、安倍が首相の座から降りることになれば、次期総裁の行方は途端に混とんとする。実は、日銀が大胆な金融緩和に踏み出せた背景には、安倍の経済ブレーンにスイス大使の本田悦朗や嘉悦大教授の高橋洋一らリフレ派がそろっていたことに加えて、第2次安倍政権の誕生と日銀総裁交代のタイミングが合致していたことがある。「敗北宣言」黒田の思惑 日銀の金融政策は、日銀法で政府からの独立性が守られている。たとえ首相であっても、5年間の任期の途中で、総裁の首をすげ替えるわけにはいかない。 つまり次期衆院選の結果は、日銀総裁人事を通じて、金融政策の行方に決定的な影響を与える可能性があるのだ。市場では、安倍退陣となれば「円高、株安」に向かうとの観測も出始めている。   異次元緩和の目標は、物価が持続的に下落するデフレを解消することにある。裏を返せば、デフレは、持続的に円という通貨の価値が向上していることを意味する。円に対する過剰な信任を破壊し、モノやサービスへの欲望を取り戻すことが、その狙いだ。そのために、日銀が国債を大量に買い込み、円の供給を爆発的に増やすことで円の価値を破壊することが、異次元緩和の要諦といえるだろう。 黒田は2013年春に、デフレ脱却の旗印として2年で2%の物価目標を達成することを示した。しかし、物価目標の達成時期は繰り返し先送りされ、今年7月の「展望レポート」では「19年度ごろ」とされている。デフレ脱却の見通しは不透明なままなのだ。 「賃金の上昇が価格の上昇に転嫁されるのを控えるような行動がとられている面もあります」 黒田は物価が上昇しない理由について、9月21日の金融政策決定会合後の記者会見でこう指摘した。G20財務相・中央銀行総裁会議の開幕を前に、取材に応じる日銀の黒田東彦総裁=2017年10月12日、ワシントン(共同) その背景について、日銀は1年前に公表した「総括的な検証」で「適合的な予想形成」という分析を示した。過去のデフレに引きずられて企業や消費者が行動するため、異次元金融緩和を実施しても人々の物価観を転換できなかったという説明だ。1年後の今も、根強いデフレマインドから抜け出せていないのだ。 黒田は総括的な検証と合わせて昨年9月、異次元金融緩和とマイナス金利10年物国債の利回りをゼロ近辺に誘導する長期金利の目標を導入した。伝統的な金融政策では、中央銀行が操作するのは短期金利で、長期金利は操作できないと考えられていただけに、異例の政策といえる。 この政策の枠組みでは、日銀の国債購入は政府の国債発行の増減と表裏一体となり、金融政策は事実上、政府の財政政策に従属する形になった。 なぜなら長期金利の行方を左右する最大のファクターは、政府が発行する「10年物国債」の量だからだ。政府が財政再建を進めて、国債の発行量を絞れば、長期金利は下落傾向を示し、財政の拡大を進めれば、長期金利は上昇傾向を描く。結局、長期金利をゼロ近辺に誘導するという目標は、政府の国債発行の動きに連動するしかなくなるのだ。 黒田は、国債購入のげたを政府に預けてしまったのだ。市場では、これを「黒田の敗北宣言」と受け止め、この段階で、異次元緩和は事実上の終止符を打ち、出口に向かって舵を切り始めたと受け止められている。解散を後押しした異次元緩和 欧州も「出口戦略」へと進んでいる。米連邦準備制度理事会(FRB)は2008年のリーマンショック後に導入した量的緩和政策を終結、10月から拡大した保有資産の縮小に向かう。米欧の金融政策が引き締めに向かっていることで、日銀は現状維持していても、為替相場は円安に向きやすい。これは、日本経済にとって追い風だ。 ただ、世界的な経済ショックに見舞われたとき、日銀には、もう多くの手段は残されていない。金融機関の収益を圧迫し猛反発を浴びたマイナス金利を深掘りするのは難しいだろう。市場の価格形成をゆがめていると批判の強いETFの買い増しも採用できないと考えられる。  そうするとデフレ脱却に失敗した異次元緩和は、前原が指摘するように「国民を困窮させた」だけの失政だったのだろうか。 民主党政権時代の2011年から2012年、為替相場は1ドル=70円台後半を軸に推移、歴史的な円高になっていた。日経平均株価(225種)も2012年には9000円の大台を割り込む場面もあり、低迷が続いていた。 こうした円高の流れを変えたのが、異次元緩和であった面は否定できない。異次元緩和はデフレ脱却が目的だが、対ドルとの関係でいえば、円の供給量が増えれば円安に向かう効果は当初から期待されていた。 グルーバル企業の海外子会社において、円安は円換算の利益を押し上げる。この効果は大きく、日経平均株価も、円安を好感して上昇トレンドを描いた。最近では1ドル=110円前後が定着、日経平均株価も2万円の大台を回復している。 総務省が9月29日に発表した8月の完全失業率(季節調整値)は、前月と同じ2・8%となり、バブル期並みの高水準となった。団塊の世代の大量退職による循環的な人手不足の効果もあるものの、円安による企業収益の好転も企業の採用意欲にプラスの影響を与えたと考えられる。   株価の好転と雇用の増大は、安倍政権の支持率を支えていると言えるだろう。森友学園、加計学園問題をめぐる対応の不手際で、支持率を大きく下げた安倍政権だが、解散総選挙に踏み切る力を与えたのは、異次元緩和の効果も大きかったと考えられる。街頭演説する自民党総裁の安倍晋三首相=2017年10月15日、北海道 9月21日の金融政策決定会合で、新任審議委員の片岡剛士が「効果が不十分だ」と、むしろ緩和強化の必要性を訴え、大規模な金融緩和策の維持に反対した。一方で、審議委員を退任した木内登英はマスコミのインタビューに「金融緩和の副作用は膨らんでいる」「2%の目標を断念して柔軟化すべき」と主張、日銀のOBの中にも、異次元緩和の効果を疑問視する声もある。 果たして、国民は異次元緩和に、どのように審判を下すのか、注目される。(文中敬称略)

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    「戦時放送を流す安倍政権も怖い」北朝鮮危機で注目した謎のつぶやき

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)北朝鮮がミサイルを発射したことを伝えるJアラートの画面=8月29日午前6時24分、東京都港区 北朝鮮がミサイルを発射し、全国瞬時警報システム(Jアラート)を通じて「国民保護に関する情報」が流されたときに、私はちょうど文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」の本番中だった。番組開始して2、3分後には、スタジオの中にスタッフの方が緊張した顔で入ってこられ、メーンパーソナリティーの寺島尚正アナウンサーに、Jアラートの本文が記された用紙が手渡された。われわれはそれから1時間近く、北朝鮮のミサイルについての警報と、また政府の対応、そしてこれからの経済・社会に対する影響について放送させていただいた。 ミサイル発射による避難を呼びかける政府の警報が流れる中、それを伝える側として現場にいたことは、実に緊張した時間であった。もちろん避難を呼びかけられた地域にお住まいだった方々の不安はそれどころではなかったと思う。また日本や世界の多くの人たちが、この日本の上空を通過するミサイル発射の「無法」に心を痛めたことであろう。 私は、寺島さんやスタッフの誠実で、また緊張感のある仕事に感銘を受けるとともに、ジャーナリズムと災害警報、しかも天災ではなく他国によるミサイル発射という人災との関係にも深く思うところがあった。 Jアラートでは、北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県という極めて広範囲に対して、ミサイル発射に関しての避難勧告が出された。内容も「頑丈な建物や地下に避難してください」というものであった。ラジオでもコメントしたのだが、おそらく「頑丈な建物」や「地下」などが周囲になく、どうしていいのかわからなかった方々も多かったろう。 政府では事前にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで、ミサイルが墜落してくる場合の避難の仕方として、頑丈な建物や地下がない場合で、屋外にいるときは物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守ること、さらに屋内では窓から離れるか窓のない部屋に移動するように説明していた。しかし、その広報活動は必ずしも周知徹底されていたわけではなく、また今回のJアラートでも避難の仕方について、少なくとも窓から離れるなどの付加的な指示を明記すべきであったと思う。あえて注目したい金子勝氏のツイート 不幸中の幸いで、ミサイルによる国民への直接の被害は発生しなかった。今後は、ミサイル発射に対しての避難のあり方について、国民的な議論を行う必要があるだろう。もちろん北朝鮮に対する抗議を強めること、そして国際社会と連携して北朝鮮にこれ以上の暴挙を行わないように、さまざまな手段を講じる必要がある。個人的には、危機を過剰にあおることがないことを、政府や政治家だけではなく、言論に責任をもつ識者やマスコミにも賢慮を求めたい。危機や恐怖をあおることで、議論があさっての方向にいってしまえば、むしろ北朝鮮の狙いのひとつである、日本国内の世論分断や混乱とも合致してしまう不幸な展開になる。 もちろん多様な意見があるのは当然である。ただ同じ経済学者であることで、あえて注目したいのだが、慶応大経済学部の金子勝教授による以下の意見には賛同しかねる。テレビは「国民保護に関する情報」と称して北海道から関東甲信越まで「頑丈な建物に避難せよ」と、まるで戦時中の「空襲警報」を一斉に流す。北朝鮮も怖いが、「戦時放送」を流す安倍政権も怖い。出典:金子勝教授の公式ツイッター 「空襲警報」や「戦時放送」というのは、金子教授の独特レトリックでもあり、また彼の現状認識を反映しているのかもしれない。その表現については特に賛成も反対もない。だが、なんで警報を流す「安倍政権が怖い」のだろうか。 警報には余計な価値判断は一切含まれていない事実のみを伝えるものだ。問題があるとしたら、先ほど指摘したように、避難の対処法など説明が不足していたことを挙げることができる。私見では、正体不明の「恐怖」をつぶやくよりも、Jアラートが問題をはらむものならば具体的な批判を展開すべきではないだろうか。ただ、金子教授のつぶやきは現在も多くの議論を招いていて、その意味では多様な意見をぶつけあう場になっている貢献はあるかもしれない。市場が記憶する「北朝鮮リスク」 経済学の観点から、番組でも言及したのは「北朝鮮リスク」を反映した株式市場や為替レートなどへの影響である。実は、ミサイル発射の当日は、民間団体「放送法遵守を求める視聴者の会」を新たな体制で立ち上げた初日でもあった。この会の目的や活動については、リンク先を見ていただきたい。その会合で、作家の百田尚樹氏や評論家の上念司氏、米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏、ジャーナリストの福島香織氏らと、今後の北朝鮮問題やミサイル発射に伴う影響についても話す機会があった。私は経済学の観点から、「北朝鮮リスク」が、当面は株価に不安定な影響を与え、また為替レートも円高に振れるのではないかと意見を述べた(注)。 ここでは特に為替レートの動向についてのみ簡単にコメントをしておきたい。ミサイル発射を受けて、日経平均株価は下げ、また為替レートは円高に振れた。市場関係者はしばしば「リスクオフ」(リスク回避)をすると円や円資産(日本国債など)を購入するためだという。しかし、そもそも北朝鮮のリスクは、今回日本が最も大きくなるではないか、と誰でも思うことだろう。実際にこのリスクオフ仮説は、いささか根拠に乏しい。日経平均を示す株価ボード。北朝鮮のミサイル発射を受け、約4カ月ぶりの安値を付けた=8月29日、東京都中央区(松本健吾撮影) ひとつのあり得る仮説としては、日本の政策当局が過去、甚大な災害にあたって事実上の金融引き締め、そして増税にシフトした経験をもとにマーケットが判断しているからだ、というものがある。もちろん現在の日本銀行は、量的・質的金融緩和を継続中である。だが、直近では、東日本大震災に際して、民主党政権は野党であった自民党とともに、被災の状況もまだわからない中で、増税の相談を真っ先にしたことがあった。そして当時の日銀には、金融緩和姿勢をとる気配はなく、そのため急激に円高・デフレが進行したのである。実はこの事実上の金融引き締めスタンスは、阪神・淡路大震災のときにも観測される出来事であった。このような記憶が、日本の市場取引者の中で共有されている可能性はあるだろう。 ただ、現在の日銀の金融政策のスタンスは緩和姿勢を維持している。また、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策のスタンスは利上げを伺うなど「引き締め」スタンスである。そのため一時的には、円高ドル安に振れても、次第にミサイル発射前の為替レートの水準(円安トレンドの維持)に戻る可能性が大きいだろう。もっとも北朝鮮リスクが深刻化していけば、この日銀の金融緩和姿勢で基本的に決まる中長期の為替レート理論は、見直しを迫られることにはなる。 現状の日本経済は、ようやく長い停滞の時期を抜けつつある。今回の北朝鮮リスクの顕在化は、日本の経済復興にとっても無視できない障害となるだろう。その意味でも、過剰な不安を抱くことなく、冷静で具体的な議論をしていかなくてはいけない。(注)議論の詳細は上記HPで購入できるオーディオブックを参照にしていただきたい。

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    広がるビットコイン、仮想通貨の未来

    「ビットコイン」と呼ばれる仮想通貨をご存じだろうか。ネット上に流通するデジタル通貨で、中央銀行が発行する通貨ではないという。なんとなく怪しげだが、こうした通貨概念は世界で広がり始め、国内でも一部量販店で使用できるようになっている。とはいえ、いまだ現金決済が主流の日本、この先仮想通貨は広がっていくのか。

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    「仮想通貨は危ない」という人も知って損はないビットコインの潜在力

    加谷珪一(経済評論家) これまで、怪しげな存在とみなされることが多かったビットコインの普及が急速に進んでいる。一方、ビットコインが8月1日に分裂してしまうのではないかという騒動も発生しており、ビットコイン保有者は気を揉んでいる。 ビットコインに代表される仮想通貨については、賛否両論があるが、社会の仕組みを変える大きな破壊力を持っているのは確かだ。当面、仮想通貨を保有する気はないという人であっても、その仕組みについて理解しておいて損はない。 ビットコインはインターネット上に流通する仮想通貨である。既存通貨のように発行元になる国家や中央銀行が存在していないという点が最大の特徴となっている。 仮想通貨に関して、いわゆる電子マネーと混同している人が多いが、仮想通貨と電子マネーとは根本的に異なる存在である。電子マネーはあくまで既存通貨がベースであり、これを電子的に置き換えたものに過ぎないが、ビットコインはそれ自体が通貨であり、単独で価値を持っている。  国家が一元的に管理していなければ通貨とは呼べないと考える人も少なくないが、これは幻想に過ぎない。多くの人がその価値を認めれば政府が関与しなくても通貨は成立するのだ。 この話は、近代日本の歴史を振り返ればよく分かる。日本史の教科書を読むと、明治政府は日清戦争の勝利で得た賠償金を元に金本位制を開始したと書いてあるが、厳密に言うとこの記述は正しくない。清は日本に金の支払いができず、当時の覇権国である英国に対して外債を発行。金の価値に相当するポンドを借り入れ、それを日本に支払っている。つまり日本が受け取ったのは金ではなくポンド紙幣である。 ポンドは英国が保有する金を裏付けとして発行されたものだが、金そのものではない。しかし、当時のポンドは現在の米ドルと同様、グローバルに見てもっとも信用度の高い通貨だった。日本政府はこれを金とみなし、ポンドを担保に日本円を発行したのである。現代に当てはめれば、日本政府はたくさんドル紙幣を持っているので、それを担保に日本円を発行したことと同じになる。慌てて方針変更した日本政府 つまり、多くの人が、その通貨に裏付けがあると認識すれば、政府の信用がなくても、その通貨は流通させることができる。日本の通貨制度は、自国政府に対する信用ではなく、ポンド紙幣に対する信用でスタートしたわけだが、だからといって日本の通貨制度は否定されるべきものだろうか。筆者はそうは思わない。結果としてポンドをベースにした通貨制度は発展を遂げ、現在の日本を形作った経緯はあえて説明するまでもないだろう。 ビットコインは、電子的に管理されるという点では目新しいが、通貨としての基本的な概念は金本位制に近い。コインの発行総量については構造的な上限が決められており、一定量以上の発行は不可能な仕組みになっている。新しくコインを生み出すには、ビットコインの取引を管理するシステムに対してコンピュータの計算能力という「労働力」を提供しなければならず、この作業によって新しい価値が生み出される。 金本位制の考え方に、経済学でいうところの投下労働価値説をうまくミックスさせた仕組みであり、通貨として非常によくデザインされている。 こうした特徴を背景に、国家が集中管理しない通貨としてビットコインは全世界に普及した。すべてがネット上で管理されるので運営コストが極めて安く、安価な手数料で世界中とこにでも送金できるという利便性も利用者の増大に拍車をかけた。 これまでビットコインは、少額の海外送金や投機目的、あるいは経済危機が発生した国からの逃避手段としての保有が多かったが、最近では一般的な決済通貨としての利用も増えている。全世界で利用者が増えてくれば、各国通貨の為替レートを気にすることなく決済できる。旅行などで複数の国を移動している人にとってはなおさらである。多くの出国者で混雑する成田空港 日本政府は、ビットコインはいかがわしい存在としてこれを全否定してしまい、モノとして扱うことをいち早く決定してしまった。しかし、各国がビットコインを通貨として法整備する方向に進んだことから、日本政府も慌てて方針を変更。今年の4月に改正資金決済法が施行され、金融庁の監督の下、ビットコインは準通貨として利用できるようになった。法改正をきっかけに量販店のビックカメラが一部店舗においてビットコイン支払いに対応するなど、事業者も動き始めている。 もちろん、政府が一元管理しないというビットコインにはデメリットも多い。その典型例が、現在、ネットで話題となっているビットコインの「8月1日危機」である。通貨制度の隙間を埋めるビットコイン 現在のビットコインの仕様では、1日に数十万件の取引しか成立させることができない。普及が急速に進んだことから、この仕様では決済処理がパンクすることはほぼ確実な情勢となっている。こうした事態に対応するためには、ビットコインの仕様を変更する必要があるが、ここで問題となるのが、誰がそれを決めるのかという点である。政府が管理する通貨なら、最終的に政府が決断し、うまくいかなかった時の責任も政府が負えばよい。だがビットコインにはそのような仕組みは存在していない。 ビットコイン取引所など、ビットコインの運営に関わる人たちの間で議論が行われ、多数決に近い形で仕様変更が決定された。だが一部の関係者がこれに納得せず、ビットコインが分裂するリスクが出てきたというのが今回の騒動の発端である。仕様変更の期日が8月1日なので、「8月1日危機」などと呼ばれている。 最終的には、ビットコインの処理能力が向上し、現在のビットコインはそのまま継続して使えるという、妥当な形で騒動は終結すると思われるが、集中管理者が存在していないだけに何が起こるのかはまったく予測がつかない。 こうした不透明要素の存在が、決済通貨としての普及を妨げる要因になるのは確かである。だが一方で、政府という政治的な存在に左右されず、通貨というものを民主的に運営するためのコストと見なすこともできる。主要通貨の紙幣。(左から)米ドル、英ポンド、中国の人民元、日本円、ユーロ(共同) これまで多くの国家が恣意的に通貨を発行してハイパーインフレを起こしてきた歴史を考えると、どちらが信用できる通貨制度なのかを断定することはなかなか難しいことである。 わたしたちが理解しておくべきなのは、現代のテクノロジーを使えば、従来は国家レベルでなければ運営できなかった通貨制度もネット上でいとも簡単に構築できてしまうという現実である。 ビットコインのような仮想通貨が、政府による通貨制度を超越するとは筆者は考えないが、各国の通貨制度の隙間を埋める存在として、普及が進むことは間違いない。ポートフォリオの一部として仮想通貨を組み入れる人は確実に増えてくるはずだ。