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    黒田総裁続投、マンネリ人事の意味

    黒田東彦日銀総裁の続投が固まった。首相は「黒田総裁の政策は間違っていなかった」と評価したが、これまで6度延期された2%の物価上昇目標や金融政策を正常化する「出口戦略」のタイミングなど、次の5年に待ち受ける難題は山積する。賛否が分かれるマンネリ人事の意味を問う。

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    「リスクを恐れた臆病な人事」黒田総裁再任をどう評価すべきか

    飯田泰之(明治大学政治経済学部准教授) 2月16日、日本銀行の次期執行部について、4月8日に任期満了となる黒田東彦総裁の再任、3月19日任期満了の2人の副総裁の後任に若田部昌澄・早稲田大教授と雨宮正佳・日銀理事を充てる人事案が提出された。 意外性に乏しい今次の提案に「リスクを恐れた臆病な選択」と評される側面もあろう。市場の反応も薄く、各種報道に反応しての新たな動きは見られない。それでもなお今次の選択が日本経済において現実的な選択肢の中では妥当なものであったと筆者は考えている。その理由を語るとともに、新執行部への期待を述べたい。日銀の副総裁候補として国会に提示された雨宮正佳・日銀理事(斎藤良雄撮影) まずは総裁人事からみてみよう。日銀総裁の再任は山際正道(1956-64年在任)以来であり、現行の日銀法の下では初めてのことだ。異例であることのみをもって今回の再任を批判する議論もあるようだが、他の事情はさておき、再任があり得るとの前例ができたことは望ましい。 近年、金融政策に関する将来予想や政策姿勢・レジームといった数字だけではとらえられない要因が経済に大きな影響を与えるようになっている。総裁任期が5年に限定されるものではない、より長期になり得ることが明確になったことは、今後の総裁・執行部にとって小さくない財産となる。現任期を超えた長期的な政策を打ち出しやすくなるからだ。 一方で、2013年4月の現体制発足時に掲げられた「2年を目安に2%のインフレ率を達成する」との当初目標の未達をもって、その責任を取るべきであるとの議論も根強い。この目標未達は、日銀現執行部の二つの見通しの甘さに起因すると、以前筆者がiRONNAでも指摘した通りだ。2013年時点の日銀は、消費増税の景気へのダメージ、労働力プール(国内における働く意思と能力ある労働者の数)をともに過小評価していた。そのため、2013年の急速な資産価格・雇用、さらには物価上昇率の改善をもって「労働市場の逼迫(ひっぱく)による賃上げの本格化は目前であり、一時的な消費増税ショックを財政出動で支えれば、目標の達成はそう遠いことではない」と判断した。これが誤りであったことは言をまたない。 なお、公平を期すために付記すると、筆者も雇用者数が350万人以上増加し、非正規社員以上に正社員数が増加してもなお雇用改善のペースが鈍らないとは予想していなかった。黒田氏の代わりはいなかったのか さて、ここからより強力な金融政策姿勢を打ち出し、さらには財政政策についても拡大志向の総裁を望む声が出るのは自然なことだろう。しかしながら、後者については無い物ねだりの感を否めない。中央銀行総裁は、財政政策に関していかなる権能も有していない。仮に日銀総裁が大規模な財政出動を主張したところで、政府がそれを採用する理由はないし、逆もまた真(しん)である。財政政策姿勢については政府の方針にこそ検討・批判を加えるべき話だ。2018年2月、衆院予算委で答弁する日銀の黒田総裁。右は安倍首相 より金融緩和に積極的な人選を望む声についても、その道は容易ではない。確かに、黒田総裁よりも積極的な金融緩和拡大を主張する論者は日銀内外に存在する。しかし、黒田総裁自身が示した「グローバルな視点と実践的な能力と理論的な分析」という中央銀行総裁の資質、中でも日本銀行という巨大な官僚組織を御していく力を併せ持つ者となると具体的な名前を挙げることは難しくなろう。 これとは逆に、目標達成ができなかったのだから金融緩和を収束させて出口戦略に向かう、つまりは早期に金融引き締めに転じる総裁を選ぶべきだとの議論もあるが、これは顧みるに値しない。株・為替・雇用はもとより、長くマイナス域に沈んでいた物価上昇率を曲がりなりにもプラス値が継続する状況まで改善した実績を無視することはできないはずだ。 これらの実績を、米国経済の好調さに支えられた偶然の結果だとする主張もある。しかし、すでに米経済の好調が明確になっていた2013年初頭においても、金融緩和に批判的なアナリストの多くが円安は進んでも90円台、株価上昇も1万1000円から1万2000円程度であると予想していたことを忘れてはならない。米国の好景気は日本経済にとって強力な追い風ではあるが、その追い風を生かすためにも継続的な金融緩和の果たした役割は大きい。90年代や2000年代前半にも米国の経済状況は良かったが、近年ほどの資産価格や雇用の改善は生じていない。 より素晴らしい総裁はどこかにいるのかもしれない。しかし、その人を発見することはできなかった。現在行われている金融緩和の継続性への信認を傷つけず、それでいて2期目に訪れるかもしれない2%目標達成時に市場とコミュニケーションを採りながらの政策変更を進める-そのための適任者と考えると、黒田総裁の再任は、現時点では妥当な人選だと判断せざるを得ないのかもしれない。 一方で、本来ならば事前に十分に準備すべき後継者の育成を果たせなかったことは黒田体制1期目の問題点の一つとして指摘されてしかるべきだ。そして、この後継者の育成が2期目には必須の仕事となる。ここで注目されるのが二人の副総裁だ。「プリンス」と「研究者」 日銀理事からの昇進である雨宮氏は、企画局長、大阪支店長を経験した「日銀のプリンス」であり、1期目の黒田体制においても政策遂行の実務的な側面を支えた「異次元緩和」の立役者の一人だ。氏の「実践的な能力」について高く評価する関係者の声を聞くことは多い。その一方で、黒田緩和の効果の源の一つである、明確な思想を持って政策パッケージを示し、市場の予想に働きかける発信力は未知数だ。その経歴から、受動的な金融政策を旨とするかつての日銀に近い人物と受け止められることも多い。今後、氏の政策思想が明らかになり、発信とコミュニケーションの力量が明らかになることで、気が早すぎるかもしれないが、次々期総裁への有力候補となるかもしれない。 もう一方の副総裁候補である若田部氏は、経済学史の研究者として経済危機の中での経済学・経済思想の変遷を追ってきた人物だ。2000年前後から強力な金融緩和の必要性を訴え続けた生粋のリフレ派でもある。その意味で、政策思想は既に明確になっている。国内の経済論壇はもとより、国際会議での活発な討論をみてもその発信力は高い。個人的には本人にその気があるとは思わないが、5年の副総裁任期中で総裁に求められる実務的な視座を得るならば、総裁候補になり得る人物である。日銀副総裁候補として国会に提示された早大政治経済学術院の若田部昌澄教授(飯田耕司撮影) もっとも、若田部氏には、ごく近い未来に別の役割を期待したい。それが経済学史からの経済理論、それも実務的な政策論への提言である。副総裁が金融政策の理論家や実証分析家以外から選ばれたことを不満に感じている経済学者は少なくないだろう。しかし、理論家や実証家はともすると、現時点で最も正解に近いと考えられる「学会での主流派見解」や「最先端の学説」によって政策を一刀両断に語り尽くすことを好みがちだ。もちろん、それらの「正統派」が正しかったことも多い。しかし、経済(学)の長い歴史をみると「正統派」は時に誤り、時に「正統派」そのものの交代を経験してきたのである。 正統派の誤謬(ごびゅう)、学会における正統派の転換があり得る環境で、より広い歴史的視点から金融政策決定会合の議論を俯瞰(ふかん)し、近視眼的な決定に陥ることのないよう多様性ある議論を提供する重要性は高い。歴史、それも思想史研究者ならではの視点を実務に提供していただきたい。 安定感ある総裁、後継者候補になり得る副総裁、新たな視点を提供する副総裁と整理すると、2期目の黒田体制のバランスの良さがよくわかる。もっとも「バランスが良いこと」と「正しく、実効性ある政策を行うこと」はイコールではない。4月からの第2期黒田体制がどのような政策姿勢を打ち出すのか。ここのところ面白みがない政策決定会合に久々に注目が集まろう。

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    物価の抑制か財政の救済か、黒田続投「通貨の番人」はどこへ

    小黒一正(法政大経済学部教授) 日本銀行の黒田東彦総裁が2018年4月8日、中曽宏、岩田規久男両副総裁は3月19日に任期満了となる。このような状況の中、政府は2月16日開催の衆参両院・議院運営委員会の理事会で日銀の正副総裁人事案を示した。2018年1月、経済・物価情勢の展望について会見する日銀の黒田東彦総裁(宮川浩和撮影) この人事案は、黒田総裁が続投し、日銀出身の雨宮正佳理事とリフレ派で早稲田大の若田部昌澄教授を副総裁に起用するというものだ。現行の金融政策の枠組みは変えず、現行体制の維持を示すものと考えられる。すなわち、日銀出身の中曽氏の後任は日銀出身の雨宮氏、リフレ派の岩田氏の後任はリフレ派の若田部氏が選出され、「日銀枠」「リフレ派枠」が維持されるということになる。 毎日新聞の記事によると、リフレ派枠の有力候補は財務省出身でスイス大使の本田悦朗氏であったという。だが、首相官邸や財務省・日銀内部の抵抗もあり、「岩田氏に続くリフレ派の重鎮が見当たらない」(財界関係者)という大きな問題を抱えていたもようである。 こうした状況の中、若田部氏がリフレ枠で選出されたわけだが、選出方法について、当の若田部氏は『「日銀デフレ」大不況』(講談社)という著書で、今回の人事案との関係で興味深い指摘をしている。「審議員の選出には、女性枠、産業(非金融・証券業)枠、金融・証券業枠、学者枠などあらかじめ選出される枠が決まっている」「この選出方法は、外部からの多様な人材を登用できるという利点もある反面、結局のところ、業界や学界から審議員をあまねく選出しようと考える、官僚的な選出方法になりかねない」「そもそも、経済学の女性研究者は日本では圧倒的に少ない。そのうえ、さらに金融専門となると、選ばれる人は限られてくる」『「日銀デフレ」大不況』若田部昌澄(講談社) また、少し前の話だが、日銀政策委員会のある委員の略歴に関して、「博士課程単位取得退学」と博士号取得者を意味する「博士課程修了」との違いがあったことが問題となった。この問題でも、若田部氏は著書で次のように指摘している。「日銀の審議員の学歴は大学卒・学士が中心であり、一つの組織や会社で経験を積んだ人物が多い」「一方、FOMC(米連邦公開市場委員会)のメンバーは大学院の博士号取得者が中心」『「日銀デフレ」大不況』若田部昌澄(講談社) だが、今回の人事案を含めても、原田泰氏を除き、政策委員で博士号取得者はゼロではないかと思われる。 ところで、岩田氏の後任について、リフレ派の若田部氏でなく、非リフレ派を起用すれば、金融政策の方向性を転換するシグナルとなり、市場が動揺する可能性がある。そのような状況を回避するため、リフレ派枠を維持するという政府内の戦略的な判断があった可能性も否定できない。 もっとも、続投する黒田総裁は財務省出身の「リアリスト(現実主義者)」である。リフレ派の政策の限界は十分に理解しているはずで、リフレ派枠の維持は実質的な意味を持たない。その証拠として、既に日銀は2016年9月下旬、異次元緩和を軌道修正している。短期金利をマイナス0・1%に誘導するマイナス金利政策を維持しながら、長期金利を0%に誘導する新しい金融政策の枠組みの決定がそれだ。この新たな枠組みは「量」重視から「金利」重視への政策転換を意味する。そして今、黒田総裁の下で日銀はひそかに異次元緩和を縮小する「ステルス・エグジット」を進めており、筆者はこれが続くと予想している。政策正常化に3つの課題 ただ、金融政策の正常化に向けての課題も多い。 第一は、増税判断や景気変動との関係である。政府は、2019年10月に消費税率を10%に引き上げる予定であり、安倍晋三首相がその判断を今年秋ごろに行うはずだ。消費増税を実施すれば、マクロ経済に一時的なショックが走るはずで、日銀が「ステルス・エグジット」を順調に進められるか否かを含め、黒田総裁の手腕が求められる。また、2020年の東京五輪開催後は、日本経済の「景色」も大きく変わるだろう。 第二は中長期的な課題だが、デフレ脱却後に、日銀が金利の正常化に向けて利上げできるか否かだ。物価上昇を抑制するために金融引き締めを行えば、どうしても長期金利の上昇を許容する必要がある。だが、巨額の政府債務が存在する中、それは利払い費の増加を通じて財政を直撃してしまう。したがって、日銀には政治的な独立性が認められているが、選挙で選ばれる政治家とそれほど離れておらず、世論やマスコミから批判を浴び、政治的な強い風圧にさらされることも確実である。 そうなると、日銀は国債購入を通じて長期金利の上昇抑制を優先し、その結果、貨幣供給が拡大してしまう。これは日銀が直接責任を問われる物価安定の放棄を意味する。つまり、日銀は直接責任を問われる実際の物価上昇の抑制か、財政の救済か、二者択一を迫られることになるのである。 第三は、米連邦準備制度理事会(FRB)が保有資産の縮小に着手し始め、欧州中央銀行(ECB)も2018年初から資産買い入れの縮小を開始しているという状況にある。この現状が日銀の抱える問題をさらに複雑にする。マネーが世界を駆け巡るグローバル経済の下では、国外の金利水準と比較して、国内の金利だけを低い水準に抑制するのは極めて難しい。世界的な大規模緩和は転換点を迎えており、米国などの長期金利が上昇していけば、日本の長期金利にも上昇圧力がかかるだろう。2018年2月、米下院金融委員会で証言するパウエルFRB議長(AP=共同) なお、最後に忘れていけないのは「There is no such thing as a free lunch.」(世の中にただのランチなどない)という経済学の重要なメッセージである。政府と日銀を一体で考える場合、日銀が国債を保有するか否かにかかわらず、統合債務の負債コストは基本的に変わらない。今は金利がおおむねゼロのために負債コストが顕在化していないが、デフレ脱却後に金利が正常化すると、財政赤字を無コストでファイナンス可能な状況は完全に終了し、巨額な債務コストが再び顕在化する。これがまさに「不都合な真実」である。

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    市場と政権の板挟み 「こっそり緩和縮小」黒田日銀の矛盾

    小野展克(名古屋外国語大学教授) 政府は2月16日に日銀の黒田東彦総裁の続投を国会に提示した。黒田総裁は「アベノミクス」の象徴的な存在であり、安倍晋三首相の決断をまずは支持したい。ただ、異次元緩和の出口を探る中で、「サプライズ」と「矛盾」を黒田総裁がどう説明できるかが大きな課題となることを指摘しておきたい。 森友、加計学園問題など安倍政権の運営力に疑問符がつく中、高い支持率が続いている背景には、政権の誕生以降、円安、株高、失業率の低下を実現したことが大きい。こうした経済好転の背景には、黒田日銀が導入した異次元緩和と称される、大胆な金融政策の貢献があるだろう。 安倍首相の経済政策であるアベノミクスは、「金融政策」「財政政策」「成長戦略」の3本の矢で構成されている。しかし、財政の大盤振る舞いで景気回復を目指す政策は、これまで多くの政権で採用されており、特に目新しさはない。成長戦略も規制緩和等での成果は乏しく、経済の押し上げに大きな効果があったとは思えない。つまりアベノミクスの実像は金融政策の1本足打法であり、異次元緩和こそが、安倍政権の長期化を実現させた原動力だと考えられる。平成30年度予算案についての衆院予算委員会に臨む安倍晋三首相=2018年2月20日、国会(斎藤良雄撮影) 安倍政権の経済政策に対して世論の支持があり、市場の期待感があることを考えれば、その中核である異次元緩和を担った黒田総裁を続投させる安倍首相の判断は理解できる。 しかし、2期目の黒田総裁には、多くの課題があり、中でも説明力が最大の懸念材料だ。 黒田総裁は就任直後の2013年4月と2014年10月の2度にわたり、大胆な金融緩和を導入、2016年1月にはマイナス金利の採用に踏み切った。 最初に黒田総裁が導入した金融緩和は、消費者物価の前年比上昇率2%の「物価安定の目標」を掲げ、これを2年程度で実現するため、長期国債・ETF等の保有額を2年間で2倍に拡大し、長期国債買い入れの平均残存期間を2倍以上に延長する内容だった。いずれも市場やメディアの予測を超えたスケールで、「黒田バズーカ」と称された。 それに続く、年間の国債の購入額を80兆円規模に拡大する「黒田バズーカ第2弾」も、マイナス金利の導入も、市場やメディアの期待を上回る形で予測を裏切っており、「サプライズ」が黒田総裁の説明手法の特徴となった。安倍政権とのデリケートな関係 デフレは、物価が持続的に低下する経済の病であり、物価の下落は裏返せば通貨価値の上昇だ。つまりデフレは人々や企業が円という通貨を偏愛、抱え込んでしまう現象といえ、マネーは消費や設備投資に回らず、日本経済に負のスパイラルをもたらした。デフレを脱却するためには、物価が下がり続けるという人々の「物価観」を転換、緩やかなインフレに向かうという「期待」を生み出し、マネーを消費に回さなければならない。 つまり「黒田バズーカ」は、円の供給量を激増することで通貨としての価値を破壊し、デフレによって失ったモノやサービスを求める欲望を呼び覚ますことを目指したと考えられる。黒田総裁は、そのために「サプライズ」で人々を驚かせ、市場を揺さぶることが有効だと考えたのだろう。 ただ、これは米連邦準備制度理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)など米欧の中央銀行の説明方法とは大きく異なっている。FRBやECBは政策変更の可能性を徐々に示唆し、市場に浸透させながら、円滑に金融政策の変更を実施している。  黒田バズーカは、円安、株高、失業率の低下の実現に一定の効果をもたらした。ただ、最大の目標である年2%の物価上昇は達成できておらず、デフレ脱却はいまだに実現できていない。 一方でFEDが量的緩和の縮小、利上げに着手するなど、米欧は金融の引き締めに向かっている。景気回復やカネ余りを背景に米欧が金融の引き締めに向かう中、デフレ脱却の途上である日銀がどのような政策運営をするのか、日銀は極めて難しい政策運営を迫られる。記者団の質問に答える日銀の黒田東彦総裁=2018年1月25日、スイス・ダボス(共同) 特に安倍政権との関係はデリケートだ。景気を刺激する金融緩和は、政治と協調しやすい。しかし、景気の過熱を抑えるための金融引き締めは景気減速につながりかねず、政治との摩擦を生みやすい。アベノミクスの象徴として続投する黒田総裁にとって、引き締めへの政策転換は大きな困難を伴うだろう。 安倍首相は今年秋には自民党総裁選が控え、さらに国民的な議論を呼ぶであろう憲法改正を目指している。アベノミクスによって政権の支持率を高める「ポリティカルキャピタル」(政治的な資本)を蓄積しており、これをフルに活用する必要があるのだ。金融引き締めが円高や株安を生み、ポリティカルキャピタルが縮小することへの懸念は強いだろう。黒田総裁の矛盾 今回、新たに副総裁に就任する早大教授の若田部昌澄氏は、一段の金融緩和を提唱するリフレ派の理論的な支柱の一人として知られている。若田部氏の副総裁への起用は、異次元緩和の継続に向けた安倍政権のくさびといえるだろう。早稲田大学政治経済学術院の若田部昌澄教授=2016年6月1日午後、東京都(飯田耕司撮影) しかし、実は黒田日銀は既に、緩和の縮小へ向けて静かにかじを切り始めている。 日銀は異次元緩和の総括的な検証を経て、2016年9月に「長短金利操作付き量的・質的金融緩和」を導入した。黒田総裁は、長期金利をゼロ近辺に誘導することを軸とした新たな政策を「金融緩和強化のための新しい枠組み」と説明した。 しかし、この政策がスタートすると長期金利をゼロ近辺に誘導することが主軸となり、これまで目玉だった年80兆円国債購入の勢いは急速に鈍った。日銀のこうした手法は、市場では「ステルス・テーパリング」(ひそかな緩和の縮小)と呼ばれ、既に日銀の買い入れペースは50兆円程度までペースダウンしている。 ここで問題になるのは黒田総裁の説明力だ。 事実上の政策変更の背景にあるのは、80兆円のペースで買い入れを続ければ、近く市場に流通する国債を日銀が買い尽くしてしまうことにある。「財政ファイナンス」との批判がさらに高まる上、金融政策の正常化への道筋が困難になることへの懸念もあるだろう。 しかし、日銀は2%の物価目標をまだ達成できていない上、アベノミクスの推進という安倍政権と歩調を合わせることが求められている。 この難しい状況をすり抜けるために選択されたのが、異次元緩和の旗を掲げ続けながら、緩和をひそかに縮小するという矛盾を秘めた政策運営と説明だと考えられる。 「サプライズ」と「矛盾」。黒田総裁の説明は、市場や国民から見て分かりにくい上、予測が付かない。こうした説明は、疑心暗鬼を生みやすく市場に混乱をもたらすリスクがある。 黒田総裁は次の5年の任期中に、マイナス金利や異次元緩和の出口を探ることになるだろう。生みの親である安倍政権から緩和継続の圧力が強まると想定される中、市場との対話を円滑に進めながら、どう出口への道筋を探るのか。黒田総裁が、どのような説明力を見せるのか、注目される。

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    日銀総裁、黒田氏の再任は当然である

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授) 黒田東彦日銀総裁は財務省(旧大蔵省)時代の同僚であり、しかも財務官・国際金融局長(現国際局長)の筆者の後任でもあった。ともに1995年から99年の難しい時期に積極的な為替介入等を行った仲間でもある。それゆえ、筆者の黒田総裁に対するコメントはどうしても好意的になってしまうのだが、本稿ではできるだけ客観的に分析することにしたい。記者会見に臨む大蔵省の榊原英資前財務官(手前)と黒田東彦新財務官※共に当時=1999年 7月 9日、大蔵省 黒田総裁の日銀総裁就任は2013年3月、財務省財務官からアジア開発銀行総裁に転じて8年後のことだった。それまでも財務省から日銀総裁に就任することはあったが、元財務官の日銀総裁就任は異例だった。森永貞一郎総裁(1974~79年)、澄田智総裁(1984~89年)、松下康雄総裁(1994~98年)はすべて事務次官経験者である。黒田総裁の就任時も、財務省は元事務次官の武藤敏郎氏を推したと言われている。 黒田総裁を任命したのは安倍晋三首相である。首相は2000年7月から03年9月まで内閣官房副長官を務めているが、この時に黒田氏は短期間だが内閣官房参与として内閣官房に出向している。2人は積極的金融緩和の必要性について議論を交わし、意見の一致をみたとされる。 こうした経緯もあって、安倍首相は財務省から提示された武藤敏郎元事務次官ではなく、元財務官の黒田氏を選んだと言われる。そして黒田氏は日銀総裁に就任するや、安倍首相らの意向を受け、「異次元金融緩和」と呼ばれた極めてアグレッシブな金融緩和を実施した。この結果、2012年には1ドル80円を切っていた円ドルレートは13年には1ドル100円前後まで円安になった。その後も円安基調が続き、15年には年間平均レートで1ドル121・04円まで下落したのである。 そして日経平均株価も急速に上昇した。2012年12月の終値1万395円から実に56・7%も上昇し、13年12月の終値は1万6291円まで回復した。リーマン・ショック後、停滞していた株価もこれを契機に上昇に転じ、その後上がり続けた。17年12月の終値は2万2765円、政権交代から5年で株価は倍以上になったのである。世界的な株価上昇という要因もあったが、日本の場合、異次元金融緩和が契機になったことは間違いない。要するに、黒田総裁の積極的金融緩和は大きな成功を収めたと言うことができる。黒田総裁の後任と交代時期は? 日本経済全体の経済成長率も2011年のマイナス成長(マイナス0・12%)からプラスに転じ、13年には2・00%に達した。14年には消費税が5%から8%に引き上げられたこともあって成長率は0・34%に低下したが、15年以降は1%を上回る成長を達成している。(※注1)  日本経済のこのところの経済成長率は、平均1%前後なので(2000~2017年の年平均成長率は1・05%)、13年以降のパフォーマンスは消費税引き上げの影響を差し引けば、平均を上回っているように見える。記者会見を行う黒田東彦日銀総裁=2017年 9月25日、大阪市北区 全体的に見て黒田総裁就任以来の金融政策は順調に推移したといえるし、その意味で総裁再任に全く違和感はない。任命権者である安倍首相も自民党総裁に再任される可能性が高く、黒田総裁は2期目、安倍首相は連続3期目ということになる。日銀総裁の再任は先の大戦後3度目であり、過去には一万田尚登元総裁と山際正道元総裁が再任されている。 もっとも、再任された日銀総裁はいずれも再任の任期をまっとうせず、8年余りで勇退している(一万田元総裁は8年6カ月、山際元総裁は8年1カ月)。もし、黒田総裁が再任の任期5年をフルに務めると、明治以来最長ということなる。 日銀副総裁には、雨宮正佳現日銀理事と若田部昌澄早稲田大学教授が既に内定している。雨宮氏は企画部門が長く、企画局長、大阪支店長などを歴任し、「日銀のエース」と言われる重鎮だ。日銀総裁は従来、財務省出身者と日銀プロパーが相互に就くということが慣例化されている。例えば、森永貞一郎総裁(元大蔵事務次官)の後任は日銀出身の前川春雄総裁(1979~1984年)、澄田智総裁(元大蔵事務次官)の後任は日銀出身の三重野康総裁(1989~1994年)、松下康雄総裁(元大蔵事務次官)の後任は速水優総裁(1998~2003年)というパターンである。 このルールに従えば、黒田総裁の後任は雨宮氏ということになるのだろう。もし黒田総裁が一万田元総裁や山際元総裁のように8年前後で勇退することになれば、2021年前後には「雨宮総裁」が誕生することになる。2020年は東京五輪の年である。五輪は日銀総裁人事とは直接関係しないが、政府や日銀の要人にとって何かと忙しい年になる可能性が高い。2021年に黒田総裁は77歳になる。77歳という年齢は勇退するにはちょうどいいのかもしれない。(注1)2015年1・11%、2016年1・03%、2017年1・80%、17年の数字は18年1月の国際通貨基金(IMF)の「世界経済見通し」による

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    なぜデフレ脱却ができなかったのか 黒田日銀の5年を振り返る

    渡辺努(東京大学大学院教授) 日銀の黒田総裁による異次元金融緩和の開始から間もなく5年になる。日銀は2%の消費者物価上昇を目標として掲げ大規模な量的緩和やマイナス金利政策を実施してきたが、現状、消費者物価上昇率(除く生鮮食品、エネルギー)は前年比0.3%(2017年12月)であり、デフレからの脱却を果たせていない。しかし5年間の緩和を通じ、デフレ発生の仕組みについて新たに見えてきたことは少なくなく、デフレ脱却に向けて今後何をすべきかも明らかになった。以下では企業の価格設定行動の視点から物価の現状を整理する。金融政策決定会合後の記者会見場を後にする日銀の黒田東彦総裁 =2016年 6月16日、東京都中央区の日銀本店 デフレ脱却のカギは何か。異次元緩和が始まった5年前にこの質問を何度も受けた。質問者の多くは、需要の不足がデフレの原因であり、需要さえ喚起できればデフレ脱却できる、問題は金融緩和で十分な需要喚起ができるかどうかだと考えていた。しかし物価は需要だけで決まるものではない。供給サイド、つまり価格を決める人たちの行動が物価のもう一つの決定要因だ。当時の日本で需要が不足していたのは間違いないが、それ以上に深刻なのは値決めをする人たちの行動だと筆者は考えていた。当時この認識は異端であったが、今では日銀を始め政策担当者の多くが共有する認識となっている。 筆者が供給サイドに注目したきっかけは、フィリップス曲線の変化である。物価上昇率と失業率の間には、失業率が下がる(上がる)と物価上昇率が上がる(下がる)という負の相関があり、フィリップス曲線と呼ばれている。日本でもかつては物価と失業率の間に負の関係が観察されていた。しかし2000年以降、その関係が非常に弱くなり、失業率が変化しても物価はごくわずかしか変化しないというように変わってしまった。例えば、リーマンショック直後には、需要が弱くなって失業率が大きく増えたが、物価はさほど下がらなかった。異次元緩和の5年間はこの逆で、失業率が足元3%を切るところまで改善したにもかかわらず、物価は上がっていない。 物価の反応が鈍くなったのはなぜか。その背景には価格の硬直化がある。消費者物価指数は典型的な消費者が購入する約600の品目(例えば「シャンプー」「理髪料」など)から構成されている。各品目について前年比の変化率を算出した上で、その値がゼロの近傍にある品目の消費金額が全体のどれだけに相当するかを計算した(図1を参照)。 ゼロ近傍の品目は価格が硬直的な品目ということだから、そうした品目がどの程度の割合を占めるかは価格硬直性の尺度だ。1990年代末から価格の硬直性が高まり、ゼロ近傍の割合は5割に達した。その状態が2013年4月の異次元緩和開始後も基本的には続いている。17年半ば以降、ゼロ近傍の割合が低下の方向にあるが、改善のピッチは緩やかであり、今なお半数近くの品目がゼロ近傍にある。 価格硬直化の原因の一つは趨勢(すうせい)的なインフレ率の低下である。インフレ率が趨勢的に高い国で、ある企業が価格を据え置くとすると、ライバル企業に比べて価格が安すぎて損をしてしまう。従ってそういう国では企業は価格を据え置くことはせず、頻繁に価格を改定する。これに対して趨勢インフレがゼロに近い日本のような国では、価格を据え置いたとしてもそれで損を被ることはないので、多くの企業が価格据え置きを選択する。この理由で価格が硬直化しているのであれば、趨勢インフレさえ元に戻れば硬直化も自動的に解消されるので問題ない。 しかし、日本の価格硬直化の理由はこれだけではない。日米を含む先進8か国の品目別価格データを用いて筆者らが行った国際比較によれば、日本の価格硬直性は米国などと比較して図抜けて高く、しかも、日本の趨勢インフレが低い分を調整してもなお高い。価格据え置き慣行のまん延 では日本の価格硬直化の原因は何なのか。価格上昇率を品目ごとに計算しその頻度分布の最頻値を推計すると、日本はゼロであるのに対して米国などでは正で、多くの国で2-3%の水準にある。この傾向は趨勢インフレの影響を調整しても変わらない。つまり、米国などでは企業が毎年価格を2-3%で引き上げるのが「デフォルト」(初期設定)であり、そうした企業が多数派なのに対して、日本では価格据え置きが「デフォルト」であり、この差が日本の高い価格硬直性を生んでいる。 1995年ごろに始まったデフレが社会に定着する中で、消費者は価格が据え置かれることを当然と受け止め、わずかな上昇も許容しないという行動をとるようになった。消費者の姿勢がこのように変化する中で、企業は自分の価格を少しでも上げれば顧客が大きく減ると恐れるようになり、コストが多少上がっても我慢して価格を据え置くという行動をとるようになったと考えられる。 価格据え置き慣行は商品の小型化という歪んだ現象を生み出している。昨年秋以降、「くいもんみんな小さくなってませんか日本」というハッシュタグがSNSで話題になり、表面上の値段は据え置きだが容量が小型化した商品の報告が相次いでいる。実質値上げである。図2は商品のリニューアル時におけるサイズの変化を数えたものである。実質値上げは穀物やエネルギーの輸入価格が上昇した2008年に急増した。この時は、価格据え置きの慣行がまん延する中で、企業はコストの増加を価格に転嫁できず、苦肉の策として容量減を選択した。経営者にとって価格据え置きは動かすことのできない制約であり、その制約内でとれる選択を探した結果、小型化に行きついたということであろう。 小型化はその後いったん減ったが、13年から15年にかけて再び増加した。この時期は異次元緩和で円安が進んだ時期であり、輸入原材料コストの上昇を価格転嫁できない企業が小型化に向かったと考えられる。足元では非正規雇用を中心に人件費が増加するなどのコスト増が起きているが、それを価格転嫁できず苦しむ企業が増えている可能性がある。 デフレ脱却に向けて最大の課題は、価格据え置き慣行をいかにして変えるかだ。価格据え置きは放置しておけば自然になくなるというものではなく、むしろ今後、デフレ経済しか経験したことのない若年層が社会の中核的な役割を担うようになるにつれ、社会により深くビルトインされる可能性が高い。価格据え置きという制約内で経営の解を探すことを続けていると、日本経済の活力はますます弱まってしまう。 価格据え置き慣行の源泉をたどると、安ければ安いほどよいという消費者の姿勢に行きつく。しかし、価格引き上げでぼろもうけというのは論外として、原価が上昇したときにその分を価格に転嫁するのは企業経営者として適切な行為であり、フェアなプライシングだ。消費者がそれを許容しないのは明らかに行き過ぎであり、企業経営をゆがめてしまう。消費者は立場を変えれば労働者であり、価格据え置き慣行が続けば労働条件が悪化するなど不利益を被ることを忘れてはならない。 企業側は、価格転嫁について消費者の理解を得る努力をすべきだ。昨年秋のヤマト運輸に続いて宅配便各社が値上げに踏み切ったのは、価格転嫁の成功事例だ。成功の背景には,トラック運転手の不足など現場の負担の大きさを消費者が理解し,負担軽減のための値上げに共感したことがあると言われている。コスト増を価格転嫁できない苦しさを内に秘めてこっそり商品を小型化する企業の対極ともいえる。フェアな価格とは何かについて健全な常識を取り戻せるか否かがデフレ脱却のカギを握っている。わたなべ・つとむ 東京大学大学院経済学研究科教授。専門はマクロ経済学(特に金融政策と物価)。1959年千葉県生まれ。東京大学経済学部卒。米ハーバード大学Ph.D.(経済学)。日本銀行に勤務後,一橋大学を経て2011年から現職。著書に『新しい物価理論:物価水準の財政理論と金融政策の役割』(共著,岩波書店,2004年),『慢性デフレ:真因の解明』(編著,日本経済新聞社,2016年),Property Price Index: Theory and Practice(共編著,Springer,近刊)など。

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    異次元緩和をやめてもデフレには戻らない

    塚崎公義 (久留米大学商学部教授)前向きに読み解く経済の裏側 「日銀の異次元緩和は、当初こそ偽薬効果で役に立ったけれども、今は効果より副作用の方が大きいのだから、止めるべき」と筆者は主張しています。「そんなことをすればデフレに逆戻りしてしまう」という御批判を数多く頂いていますので、反論しておきます。 「日銀が異次元緩和をやめたらデフレに戻る」という人々の論拠が不明ですが、筆者なりに推測すると、以下の2通りです。第1は、素朴な貨幣数量説、第2は「金融緩和が景気を回復させ、景気回復がデフレを止めたのに、その流れが逆転してしまう」というものです。 素朴な貨幣数量説というのは、「世の中に出回っている資金の量が増えると物価が上がり、減ると物価が下がる。ダイヤモンドが水より高いのは希少だからである。それと同じで、世の中に資金が出回れば物の方が資金より希少になり価値が上がるのだ」というわけです。 つまり、「異次元緩和で世の中に資金が出回ったから、世の中の資金と物の比率が変わり、物の値段が上がった。異次元緩和をやめると、世の中に出回る資金が減るから、物の値段が下がるはずだ」というわけですね。 これは、全くの誤りです。統計を見れば明らかなように、世の中に出回っている資金(マネーストック)は増えていないからです。黒田緩和によって日銀から銀行に出て行った札束は、世の中に出て行くことなく、日銀に送り返されて準備預金(銀行が日銀に持っている預金口座)に入金されてしまったからです。 では、第2の経路はどうでしょう。異次元緩和で景気が回復したのは確かですが、それはなぜだったのでしょうか。 そもそも金融の緩和は、景気を回復させる力が強くありません。工場の稼働率が低い時に「金利が下がったから、新しい工場を建てよう」と考える企業は稀だからです。企業が設備投資をしようか否かを判断する際の最大の材料は「投資をすれば儲かるか否か」であって、金利ではないのです。 まして、金利がゼロの時に日銀が金融を緩和しても、企業の設備投資が増えるわけではありません。短期金利は下がりませんし、長期金利も僅かに下がるだけですから。 今回、金融緩和が景気を回復させたのは、株やドルの値上がりを通じてです。株高やドル高になったから景気が回復し、デフレが止まったのです。そうであれば、「異次元緩和をやめれば株とドルが暴落する」のか否かが、デフレが再発するか否かを左右することになります。筆者は、株もドルも暴落しないと考えているので、デフレは再発しないと考えています。以下は、そう考える理由です。2013年4月、就任後初となる金融政策決定会合後の会見で、大規模な金融緩和について説明する日銀の黒田東彦総裁(財満朝則撮影) 黒田日銀総裁が就任した時、多くの投資家が「これで世の中に大量の資金が出回るから、株やドルが値上がりするだろう」と考えて、株やドルを買いました。それにより株やドルが値上がりして、景気が回復したのです。 しかし、実際には世の中に資金は出回りませんでした。日銀の金庫から銀行まで出て行った札束は、そのまま日銀に送り返されて「準備預金」に入金されてしまったからです。 医者が患者に小麦粉を渡し、「良い薬だ」と言うと、患者の病気が治癒することがあり、「偽薬効果」と呼ばれています。今回の黒田マジックは、まさに偽薬効果だったわけです。 偽薬効果は、患者が薬だと信じているから病気が治癒するわけで、皆が偽薬だったと知ってしまったら、続ける意味がありません。小麦粉の大量摂取だって副作用がありますから、止めるべきです。それと同じで、不況や失業という病気は治癒しており、しかも世の中にお金が出回らなかった事も皆が知っているわけですから、異次元緩和はやめても構わないわけです。異次元緩和にも少しは副作用がありますから、そろそろ出口戦略を真剣に考えるべきだと筆者は思っているわけです。美人投票だけでは株価の1万円割れは起きない 普通の病気の場合、偽薬効果で病気が治癒した人は、偽薬だったと知っても病が再発することはないはずです。偽薬だったと気づいていない患者に「薬が品切れで処方できない」と伝えても、病が再発することはない筈です。 しかし、「病は気から」ですから、不安が引き起こす病の場合には、そうとは限りません。「偽薬だと知っても再発しない」という点は同じでしょうが、「薬が品切れだ」と言われたら、再発してしまうかもしれません。 さて、今回はどうでしょう。人々が既に偽薬だと気づいていて、「偽薬で病気が治癒したのだからメデタイ」と考えているのであれば、出口戦略が景気を逆戻りさせることはないでしょう。筆者は、そうであると信じています。 しかし、人々が偽薬だと気づいていないとしたら、「異次元緩和をやめる」と宣言した途端に株やドルが暴落するかもしれません。株安やドル安は、人々の不安が引き起こす病気に似ていますから、人々の気持ち次第で再発しかねないのです。「偽薬だと気づいていない人は稀だ」と筆者は信じていますから、株やドルは暴落しないと筆者は信じていますが。(iStock) 筆者を批判している人の多くは、黒田緩和が偽薬であったことを知りながらも、「市場は美人投票の世界だから、皆が下がると思うと皆が売るので本当に下がるのだ。市場参加者の多くは黒田緩和が終われば株価が下がると考えているから、黒田緩和が終わったら、本当に株価は下がるだろう」と考えているのでしょう。 そうしたことは、起こり得ると思いますが、影響はそれほど大きくないでしょう。株価の上昇過程では、偽薬だと知らずに買っている人が大勢いて、「偽薬だと知らずに買っている人がいるから値上がりするだろう。自分も買おう」という人が大勢いて、結局皆が買ったから株価が大幅に上昇したのです。 しかし今回は、偽薬だと知らずに小麦粉の品切れを嘆いて売る人は少ないはずです。そうだとすれば、「偽薬だったと知らずに売っている人がいるから値下がりするだろう。自分も売ろう」という人も少ないはずです。 今ひとつ、株に関しては好材料があります。黒田緩和前は、日本経済の先行きに悲観的な投資家たちが、「割安だけども買えない」と考えていたため、株価が割安に放置されていました。それを適正水準に戻したのが黒田緩和だった、という面もあったのです。今回は、株が割高だということでもありませんから、出口戦略が暴落の引き金を引くという可能性は小さいわけです。 そうしたことを総合的に考えれば、ドルや株が黒田緩和前の水準まで値下がりすることは考えにくいでしょう。ある程度下がった所で割安感からの買いが出て止まるでしょう。 ちなみに筆者は、黒田緩和の時には「偽薬効果を信じている黒田教信者が買うだろうから株価は上がるだろう。自分も買おう」という美人投票的な行動をしましたが、今回はしないつもりです。もっとも、筆者の株価予想ほど当てにならないものはありませんので、読者各位は筆者を真似することのないように。投資は自己責任ですから(笑)。

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    2014年の消費増税なければ今頃日経平均3万円も…

     2019年10月に消費税が10%に引き上げられる。日経平均2万円台を回復し、連騰が続く株式市場だが、2014年の消費税8%引き上げの苦い経験がある。 アベノミクスの異次元金融緩和で一本調子で急上昇していた日経平均株価は2013年末の大納会でリーマンショック後の最高値(1万6291円)をつけた後、2014年に入ると4月の消費税率8%への引き上げをにらんで急落に転じ、増税実施後の4月11日には1万3960円まで14%(約2300円)も下がった。 下がったのは株価だけではない。増税の後遺症による景気の落ち込みはいまも続いている。安倍政権ブレーンもその懸念をはっきり認めている。内閣官房参与を務める藤井聡・京都大学大学院教授が語る。2018年2月7日、前日終値より一時700円以上上昇したことを示す日経平均株価の株価ボード(桐原正道撮影)「総務省の家計調査などをもとに試算すると、増税後の3年間で家計の実質消費は1か月あたり平均2万8000円も減少、実質賃金は4%以上ダウンしています。民間企業の投資も大きく落ち込み、日本の経済成長率は増税の直前には4%成長(2014年1~3月期)という近来にない高い伸びを示していたのに、増税後はいきなり1.3%に下がり、直近の名目GDPはマイナスに転じた。日本経済は再びデフレ化しつつある状況なのです」 そのことがこの間の株価回復のペースを大きく鈍らせた。「たかだか株価2万円」突破にこんなに時間がかかったのは前回の増税が足を引っぱっているからだ。「マスコミは株価が20年ぶりの高値更新と騒いでいますが、2014年の消費税率引き上げによる景気失速さえなければ、株価上昇のペースはこんなものではなかった。今頃、日経平均3万円の声を聞いていても不思議ではありません」(同前) その反省から、安倍首相はこれまで2回にわたって増税を延期してきたのではなかったのか。関連記事■ 2年後の消費税10%への引き上げは「最悪のタイミング」■ 2020年秋 75歳年金繰り下げ、増税、「五輪不況」へ■ 社会保障カットの決まり文句「子や孫にツケ回さない」の欺瞞■ 森永卓郎氏が選ぶ「消費税を問い直す」ために読みたい本3冊■ 赤字国債発行停止には消費税率16%引き上げが必要と専門家

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    山本一郎が読み解く仮想通貨流出「コインチェック事件」の本質

    山本一郎(個人投資家・作家) 仮想通貨取引で大変な騒ぎを現在進行形で引き起こしているコインチェック社(以下、CC社)の一件については、CC社から「盗難」されたとされる暗号通貨NEM(XEM)に対する補償が払われるのか、ということだけでなく、他の暗号通貨取引で預かっていた顧客資産もどこまで日本円で出金できるのかという結構な問題にまで立ち入ってしまっています。 仮想通貨やブロックチェーン(分散型台帳技術)がITと融合した新たな金融サービス「フィンテック」の大事な一角である以上、巷では「暗号通貨NEMの取引でCC社がやらかしても、ブロックチェーン技術は引き続き有望だ」という議論が出るのも分からないでもありません。 何しろ、CC社の問題というのはあくまでCC社のセキュリティの問題であって、ブロックチェーンが破られたかどうかという話ですらないからです。 一方で、金融庁が2月2日から検査局職員が常駐する形で資産の状況確認が進む中、警視庁サイバー課も関係者からの事情聴取を続けている状況です。漏れ伝わる状況を聞く限りでは、今回のNEM(XEM)は、何者かのハッカーによる犯行、ということになっていますが、犯行の状況や経緯がはっきりせず、とりわけ侵入を許す前後のログに不審な点がなかなか判然としないなどの問題もあって、捜査は難航しているようです。流出を受けて記者会見するコインチェック社の和田晃一良社長(左)=2018年1月、東京都中央区(佐藤徳昭撮影) 簡単に言えば、読者が仮に犯罪者であったとして、家屋に浸入し、運よく簡単に開けられる金庫を見つけたとします。その金庫を難なく開けてみると、ドルや人民元、ユーロ、日本円にルーブルとより取り見取りの紙幣がうなっていたので、その中から日本円「だけ」袋に入れて持ち去った、というのがこの事件です。犯罪者の心境として、この行動は合理的でしょうか。本稿では、判断は読者に委ねます。 「下手人」が誰であれ、技術的に日本の将来を担うと見られたフィンテックは、仮想通貨の盛り上がりとともに比較的緩い規制の中で「世界でリーダーシップが取れるよう育成していきたい」というビジネスになっていました。 ただし、すでに海外でもCC社のようなハッキングされる事例は後を絶たず、2月3日には韓国の暗号通貨取引所がハッキングされ、おそらく北朝鮮に日本円にして20億円前後が盗み出されてしまったのではないかと報じられました。さらには、アメリカでは大手取引所のビットフィネック(Bitfinex)とその関連でテザー(Tether)という暗号通貨の取引において、裏書となる資産が乏しいのではないかという疑惑が持ち上がり、アメリカ先物委員会が関係者を召喚するという事態にまで発展しました。 詳細は産経新聞の記事を御覧いただくとしても、このところのビットコイン(BTC)以下、暗号通貨各種の取引レートは非常に不自然で、このテザーに人民元による決済とみられる資金が流入すると、それ以外の暗号通貨にも「分配」されるようなアルゴリズムでもあるのか、均一に値上がりするということが繰り返されています。フェアでない暗号通貨の取引 人為的な相場であるとは、かねがね指摘されているのが暗号通貨界隈の泣き所です。胴元がいるからこの暗号通貨取引は相場操縦されており、価格はただのフェイクなのだと指弾されることが多いのです。 また、NEMに限らず多くの暗号通貨がこれらの人民元と見られる取引に伴う世界的な資金の流れに関係していること、さらにはもともとのブロックチェーンの開発者とされているサトシ・ナカモト氏が発表した「Satoshi Paper」とは無関係なところでビットフィネックからCC社まで暗号通貨の取引所が位置付けられているのも、すべては当初の「フィンテックは貨幣を国家や社会から自由にする民主的な存在」なのだという理想世界とは、ずいぶん実態は違うことの根拠となり得ます。 言われているほど暗号通貨の取引はフェアではなく、民主的でもないというのは、裏を返せば「では何のために仮想通貨をこれだけもてはやし、市場全体で20兆円以上も暗号通貨市場を構築してきたのか」という素直な疑問に立ち返ることになります。「コインチェック」の本社が入る建物の前に集まった報道陣=2018年1月、東京都渋谷区(飯田英男撮影) そして、ほとんどの暗号通貨は実質的に中国本土から流出する中国元の大きな流れを漂う小さな子船のようなものです。今回流出したNEMも、それ以外の暗号通貨もおよそ中国から世界へと流れ出る貨幣の奔流とともに浮き上がった存在でしかありません。 もちろん、技術的な裏付けで見るならば、非常に優秀な技術者がNEM.io財団を作り、流出したNEMを追跡できる仕組みを用意し、少なくともどのような取引でどう盗まれたNEMが広がっていったのか追いかけることはできます。しかしながら、今回は盗難であり流出であったから資産の流出を追いかけることは誰も反対しませんが、それ以外の取引も含めて、誰もが見られる状況にある仮想通貨上の価値が、最後まで追いかけられるというのは果たして妥当なことなのでしょうか。 NEM.io財団がいかに優れた技術者による善意の集まりであったとしても、選挙で代議士を送り込めるわけでもなく、名目上はどこの統治機能にも属していません。言うなれば、人々の代表でもない人たちが、技術的に可能だからといって誰かの資産を追跡できる仕組みが用意されている、というのが仮想通貨の難しいところです。仮想通貨は優れた技術 人によっては「政府は信用できない」とか「国家という概念が終わりかけているのに、その発行であるリアル通貨に依存しているのは良くない」などといった話をされるケースもあります。 政府が信用できないというのは、まあ分からないでもありません。しかしながら、インターネットというのは仮想通貨だけが技術ではありません。通信は偽装され、盗んだとされるハッカー本人は注意深く潜航していると見られます。 当然、今回のような犯行に対してウォレットに汚染されたマーカーをつけるという対策は、あくまでそのウォレットがおかしいということだけであって、実際にウォレットの持ち主が誰であり、その場所と人物を特定し、自宅のドアをノックするのは誰なのかといえば、結局は国家に雇われた警察官であることを、私たちは忘れてはなりません。 仮想通貨は優れた技術の総称であり、ブロックチェーンをはじめとしたフィンテックが私たちの暮らしをより良くするカギを握っていることは間違いないのです。 ただ、それは「技術の内容をきちんと知って、正しく夢を見る」必要があります。一獲千金の暗号通貨相場を狙って格安のうちからマイナーなアルトコイン(ビットコイン以外の仮想通貨)を仕込む投機的な活動が、結果的に中国本土から流出する資金の流れの中でバブルを起こしたというのは、オランダのチューリップ球根の値上がりよりも実物がない分だけ儚(はかな)いものです。仮想通貨取引大手「コインチェック」本社が入るビル前には、顧客や報道各社が集まった=2018年1月、東京都渋谷区(春名中撮影) そう考えれば、技術者や起業家の性善説で成り立っていた資金決済法ではなく、問題が起きないようがんじがらめに規制している金融商品取引法がいかに必要で、優秀だったのかということがよく分かる事例だったという話になります。 金融庁のCC社への検査の結果、どこまできちんと会社資産と顧客からの預かり資産とが切り分けられ、どれだけの割合がきちんと顧客に返還されるのかは分かりませんが、多くの人たちにとって納得できる決着になってほしいと願っていますし、この程度の話で仮想通貨やブロックチェーンと言った新しい技術がだめになってしまわないよう冷静な議論ができることを心から望んでいます。

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    コインチェック事件は想定内、仮想通貨が抱える3つの問題

    上念司(経済評論家) コインチェックのNEM流出事件を受けて、にわかに仮想通貨のセキュリティー問題が注目されている。しかし、この問題を単なるサイバーセキュリティの問題に矮小(わいしょう)化して捉えては事の本質を見誤る。なぜなら、この問題は情報技術の問題であると同時に経済や市場の問題でもあるからだ。 本稿では、まず仮想通貨を象徴するビットコインが抱える三つの問題点について明らかにしたい。その上で、仮想通貨全体が抱える問題と取引所の抱える闇に迫っていきたいと思う。 一つ目は、仮想通貨の中でも特にビットコインの所有者は、一部に偏っているとの指摘がある点だ。名目上はわずか4%が、ビットコインの97%を所有しているそうだ。もちろん、この所有名義には取引所などもあり、単に顧客の預かり資産が取引所名義でカウントされている可能性もある。しかし、ブルームバーグなどの報道によれば、ビットコイン総発行数の約4割を1000人の「クジラ」が保有しているとのことだ。その記事に次のような指摘がある。仮想通貨「ビットコイン(BTC)」 マルチコイン・キャピタルのマネジング・パートナーを務めるカイル・サマニ氏は「お互いに連絡を取り合えるような大口保有者は恐らく数百人はいるだろう。恐らく、実際すでにそうしているだろう」と話す。つまり、所有者の偏りによって常に相場操縦のリスクに晒(さら)されているのである。 二つ目はビットコインのリスクについてである。ビットコインの仕組みはマイナー(採掘業者)と取引所の連携によって維持されている。マイナーとはブロックチェーンをつなぐ作業をする人で、最も早く複雑な計算を解いたマイナーは報償としてビットコインを得られるようになっている。 当初は市場規模が小さかったので個人のパソコンでもマイナーは作業できたが、これだけ市場が大きくなると専用のマシンで大量の電力を消費しないと計算が間に合わなくなってしまった。モルガンスタンレー証券の予想によると、ビットコインのマイニングだけで今年はアルゼンチンの年間使用量以上の電力を消費してしまうとのことだ。ブロックチェーンをつなぐ競争をして一番早い人にコインで報償を出すという仕組みそのものが極めて非効率的な電力消費を産んでいる点は構造的な問題と言えるだろう。 当然、各国がマイナーに対する消費電力規制は厳しくなっている。中国ではマイナー向けの電力供給停止、締め出しが進んでいる。全世界からマイナーが締め出されるとビットコインの取引市場も大幅な縮小を余儀なくされるだろう。 また、仮想通貨の美しい理念である「非中央集権」というコンセプトもかなり怪しい。コーネル大学の暗号通貨専門家、エミン・グン・シアー准教授によれば、ビットコインのマイニングは上位4社で53%を独占している。事実上はメガバンクのような電算センターが存在しているのと同じだ。 また、コインチェックのNEM流出においても、NEM財団が一時ハードフォークを検討し、これをやらないと宣言した。ハードフォークとは、NEM盗難前の状態にプログラムを書き換えることだが、これを検討した時点でNEMが構造上非中央主権的な通貨でないことが改めて明らかになってしまった。やはり、理想と現実の間には相当な開きがあるようだ。資金の流れはガラス張り そして三つ目はビットコインの実需についてだ。ビットコインは単なる電子データでサービスそのものは存在しない。唯一その価値を証明するのは、投機的な売買を除けば、通貨としての利便性のみである。しかし、現在ビットコインは取引量が増えすぎてトランザクション(取引)が遅延している。 例えば、ビットコインで買い物をした場合、買い手から売り手に実際に資金が移動するのに1日程度のタイムラグが必要である。もっと早く入金してもらうためには手数料を支払わねばならない。ネット上の体験談などによると、ビックカメラで1000円の買い物をし、ビットコインで支払いをすると手数料が約430円かかったそうだ。交通系ICカード「SUICA」で買った方が良かったのではないだろうか。 また、ビックカメラは受け取ったビットコインを換金して商品の仕入れや従業員の給料の支払いをするが、これだけビットコインの相場が激しく変動すると大きなリスクを抱えることになる。仕入れも給料の支払いもすべてビットコインになればいいのだが、おそらくそんな日は永久に来ないだろう。 最もニーズがあると思われていた匿名の送金だが、こちらもかなり微妙だ。ビットコインなどブロックチェーンを使った通貨はすべての取引情報が書き込まれたウォレットをプレイヤー全員が共有している。 つまり、プレイヤーは誰でも他のプレイヤーの送金記録を見ることができる。巨額の資金移動があれば、その資金がどのアカウントからどのアカウントに移動したかはすぐにバレてしまう。もちろん、そのアカウントの所有者の個人情報は見ることができないが、資金の流れ自体はガラス張りだ。仮想通貨取引大手「コインチェック」が入るビル=東京都渋谷区(春名中撮影) 実際に、NEM流出事件においてもこの構造を利用して盗まれたコインはトラック(追跡)され、犯人のアカウントは特定されてしまった。匿名送金の実需という点でもやはり厳しいのではないだろうか。 このように見てくると、仮想通貨の雄、ビットコインですら現時点ではまだ未来の技術である。況(いわん)や他の通貨においてをや。少なくとも、現時点では円やドルなどの法定通貨を仮想通貨が凌駕(りょうが)するのは無理そうだし、将来的にもそう簡単にはそんなことは起こりそうにない。非中央集権的電子通貨というのは、シリコンバレー式の大風呂敷としてなら大変興味深い話であるし、投資話としても非常によくできていた。 しかし、現実にはまだ克服しなければならない課題が山積みだ。もちろん、シードインベストメントとしてこういう技術に投資しておくのは大事なことだろう。しかし、ビットコインの価格は短期間で60倍になってしまった。シードからいきなり上場してしまったようなものだ。さすがにこれはやりすぎだった。 しかも、この相場自体が作られたものである可能性が出てきた。昨年12月、ビットフィネックスとテザーが米商品先物取引委員会から召喚命令受けていた。ビットフィネックスは香港の取引所、テザーとは米ドルと1:1の固定レートを保証する仮想通貨のことだ。 テザーは価格変動のない仮想通貨だが、事実上ドルの代わりに使えるので利便性が高い。どうも中国の資本取引規制の抜け道としてこの通貨が売れていたらしい。ビットフィネックスはテザーとほぼ同じメンバーが経営している仮想通貨の取引所である。流出の裏にあるインサイダー情報 さて、何が問題かというとテザーは顧客から預かった資金を勝手に流用していたのではないかという疑惑である。ドルとテザーとの1:1の固定レートを維持するには、それに見合った準備金がなければ大変だ。テザーの発行数よりも準備金が足らないとなれば取り付け騒ぎになる可能性もある。ところが、テザーは預かった準備金で大量のビットコインを買っていた疑惑がもたれている。テザーによる大量の買いでビットコインは暴騰した可能性すらある。 昨年、米商品先物取引委員会からの召喚命令を受けて、慌ててビットコインを売ってドルに換金した。それが今回の相場暴落の引き金になったのではないかという話もある(この件の詳細は八重洲イブニングラボのコミュに書いたので、関心のある人はそちらを読んでほしい)。 この暴落騒動の中で起こったのが今回のコインチェックのNEM流出事件である。ここまで指摘した通り、もともと仮想通貨市場には魑魅魍魎(ちみもうりょう)が跋扈(ばっこ)していた。儲けを求めてかなりアブない取引に手を染める人々がたくさんいたことは間違いなかった。そういう状況であれば何が起こっても不思議ではない。コインチェックの取引きを映した画面=2018年1月、東京都渋谷区(春名中撮影) 事件の発覚後、1月26日にコインチェックは1363億円の不可解な資金移動を行ったらしい。取引停止措置の直前に事情を知るインサイダーが資金を逃がした可能性を指摘されている。多くの顧客が取引停止で資金を引き出せない中、一部の関係者のみが逃げ切っていたとしたらこれは由々しき問題である。 テレビCMを見てコインチェックに口座を開いた人も多かったと思う。そう言う人は、仮想通貨市場の背後にさまざまな問題があったことは知らなかったのだろう。CMの考査を担当している代理店や局の担当者がそれほど仮想通貨問題に詳しいわけではない。金融庁がこの問題に本腰を入れ始めたのもごく最近のことだ。「CMを流しているぐらいだからあの会社は安全だ」と考えるのがどれほど危険なことか、改めて分かったのではないだろうか。 所詮、テレビはこの程度である。信じる者はバカを見る。

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    たかがコインチェック、されど仮想通貨

    約580億円分の仮想通貨NEM(ネム)が不正流出したコインチェック事件はどうなるのか。いまだ先行きが見えない騒動の一報を誰よりも早く伝えた人物がいたのをご存じだろうか。そう、iRONNAでもおなじみの投資家、山本一郎氏である。今回は事件の本質を山本氏ら3人の識者に読み解いてもらった。

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    コインチェック事件があっても侮れない仮想通貨の潜在力

    小黒一正(法政大経済学部教授) 仮想通貨取引所大手コインチェックが不正アクセスで約580億円の仮想通貨「NEM(ネム)」が流出した事件が、金融庁の立ち入り検査もあり、注目を集めている。大蔵省や財務省・金融庁で行政を担った経験をもつ視点から、今回の事件が浮き彫りにした問題点や解決策について少し検討してみたい。 まず、今回の事件は、仮想通貨それ自体の問題でなく、仮想通貨の保管方法で発生した問題であるという視点が最も重要である。ただ、ネムの発行元であるNEM財団は流出したネムに「タグ」を付けて追跡中だが、顧客に100%戻るという保証はない。コインチェックが入るビルの案内板=2018年2月、東京・渋谷区 また、ネムもブロックチェーン(分散型台帳)技術を基盤とするため、2016年6月に起きた仮想通貨イーサリアム(Ethereum)の盗難事件のように、理論的には不正アクセス前の状態にブロックチェーンを巻き戻すことも可能なはずだ。このときはハードフォークという手法で不正送金前の状態に戻され、利用者の被害も解消されたが、禁じ手に批判が集まり、結局イーサリアムは分裂した。だが、現時点でNEM財団は否定的な立場のようであり、以下ではそれができないことを前提に議論したい。 では、今回の事件でネムが狙われた理由は何か。理由は単純で、ネムを預かるコインチェックは「ホット・ウォレット」と呼ばれる方式で保管していたためである。 仮想通貨は通常、電子財布(ウォレット)などで保管するケースが多いが、そもそも仮想通貨を保管するウォレットには「ホット・ウォレット」と「コールド・ウォレット」の2種類がある。このうち、ホット・ウォレットとは、オンラインでインターネットから常時アクセス可能にあるウォレットをいう。一方のコールド・ウォレットは、通常はオフラインでインターネットと切り離して管理しており、必要なときにオンラインで接続するウォレットである。 取引を行うための接続には「秘密鍵」が必要とするケースが多い。インターネットから隔離した場所に秘密鍵を保管するコールド・ウォレットと比ベて、インターネットに接続しているPCやスマートフォンを含むサーバーなどに保管するホット・ウォレットについては、不正アクセスで秘密鍵が盗まれるリスクが高くなるのは当然である。しかも、報道によると、コインチェックが預かるネムのケースでは秘密鍵が一つしかなかったという話である。リスクはネットバンキングでも同じ ただ、不正アクセスで資産被害を受けるリスクは、仮想通貨のみでなくインターネットバンキングでも存在するという視点を忘れてはいけない。例えば、警察庁の被害集計によると、利用者のPCやスマホなどの端末をウイルス感染させることで、2016年は約17億円、1291件の不正送金があった。記者会見を終え、退席するコインチェックの和田晃一良社長=2018年1月、東京都中央区(佐藤徳昭撮影) その前の2015年は約30億円(1495件)、2014年は29億円(1876件)の不正送金の被害が発生している。金額の規模は異なるが、今回の事件が特殊なわけでない。銀行などの預金残高の総額は約1000兆円であり、約17億円や約30億円の不正送金は預金総額の0・00017%~0・0003%にすぎない。だが、インターネットに接続する経路があれば、何らかの方法で、被害に遭遇するリスクが存在するのである。 では、インターネットバンキングで不正送金の被害が発生したら、どう対応しているのか。全体の枠組みは、預金者保護法(偽造カード等及び盗難カード等を用いて行われる不正な機械式預貯金払戻し等からの預貯金者の保護等に関する法律)と、法制定時の附帯決議に基づき、全国銀行協会が公表する申し合わせなどで実務が動いている。 預金者保護法は、民法478条の適用除外として、金融機関に対し、預金者が不正送金などで受けた被害の補塡(ほてん)を義務付ける法律である。そこで、インターネットバンキングによる不正送金については、全国銀行協会の申し合わせで対応している。 その結果、インターネットバンキングによる預金の不正送金に関する補償については、銀行無過失の場合でも預金者個人に過失がないときは原則補償することとしている。この財源の一部については、金融機関は損害保険会社が開発した保険(一定のセキュリティー対策を行うと保険料の割引がある)に加入することや共済制度の構築で対応し、残りの財源については金融機関自らの収益で賄っていると考えられる。今回の事件を教訓とするには? では、仮想通貨において預金者保護法のような法令が存在するかというと、現在のところ存在しない。実際、預金者保護法の第2条第1項では規制対象とする「金融機関」を定め、同条第2項では「この法律において『預貯金者』とは、金融機関と預貯金等契約を締結する個人をいう」として、保護対象を定めている。ところがこの中に仮想通貨は含まれていない。実は、預金者保護法も歴史が長い法令でなく、不正送金の犯罪被害が急増する中で、預金者保護の観点から2005年8月3日に成立したものである。 また、海外の仮想通貨ニュースサイトによると、2018年1月末で仮想通貨は1506種類存在し、時価総額の合計は5088億ドル(56兆円)超となっている。今回の事件で流出したネムの総額(約580億円)は、仮想通貨全体の時価総額の0・1%にあたる。銀行預金の不正送金0・00017%~0・0003%と比較すると非常に高い割合であり、改善の余地が大きいことが分かる。 このため、今回の事件を教訓として、このような問題を解決するための一つの方法は、仮想通貨取引所(正式名称は「仮想通貨交換業者」)が預かる仮想通貨についても、預金者保護法の対象とするように法改正を行うことではないか。今回の事件ではコインチェック自らが自己資金で補填するとの話もある。しかし、金融庁の立ち入り検査などの結果、補填できないことが明らかになった場合はネムを預けていた人々に大きな損失が発生してしまう。(iStock) 仮想通貨取引所に対し、仮想通貨の所有者が不正アクセスなどで受けた被害の補填を義務付ければ、損害保険会社が新たな保険を開発する。その保険に加入することにより、取引所が自己資金で賄うことができない被害の補填の一部を賄うことができるのである。また、インターネットバンキングと同様、一定のセキュリティー対策を行えば、保険料の割引を行うような仕組みも出てくるはずだ。取引所の選別を厳格に行い、預かり資産の保全が最大限図られるようにする必要がある。 「ビットコイン」などの仮想通貨やそれが利用するブロックチェーン技術は、成長の起爆剤となる可能性や、不動産の権利移転をはじめ、さまざまな分野で応用可能なものだ。その芽をつむ方向に政治や世論が走ることがあってはならない。仮想通貨を含め、日本が先行してブロックチェーン技術に関するプラットフォームを構築し、覇権を握る視点をもつ必要がある。取引所が保管する仮想通貨についても、通常の預金と同様に保護する必要はないという意見もあるかもしれないが、今回の事件の本質を正しく理解し、その解決策について冷静な議論を期待したい。

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    VALUは金融商品取引法の規制を受けるのか

    河本秀介(弁護士)サムライ弁護士の一刀両断 先日、インターネット上の仮想通貨(ビットコイン)を用いた“マイクロトレードサービス”である「VALU」で、著名なYou Tuberが、不当な取引を行っていたとして騒動となりました。 同氏は、VALU上で発行する自分自身の「VA」について、SNSを通じて優待を仄めかすなどしてネットユーザーに対して購入を促し、高値が付いたところで自らが保有する「VA」を全て売りに出したとされています。これにより、「VA」の価格は暴落してしまいました。(iStock) また、同氏がVAを売りに出す直前に、所属する事務所の関係者がVAを暴落前に売却していたというのも騒動の一因となったようです。 このような方法によるVA取引に対しては、何らかの法規制は及ぶのでしょうか。 まず、今回話題となったVALUとはどういうサービスでしょうか。 VALUは、運営会社によると「ビットコインを用いたマイクロトレードサービス」とされていますが、簡単にいえば、個人が上場会社の株式のようなものを発行して資金調達することができるサービスです。 上場会社の場合、事業を行うため、株式を発行することで事業資金を調達することができます。この場合、投資家などは会社に出資することで株主になります。 いったん株主となった投資家は、自分が保有する株式を自由に第三者に売却することができます。売却時に会社の業績が向上しており、株価が値上がりしているような場合には、投資家は株式の売却によって利益を得ることができます。逆に会社の業績が低迷して株価が値下がりしているような場合、投資家には損失が生じることになります。 VALUは、アーティストやクリエイター、ブロガーなどの著名性のある「個人」が、自分自身の活動内容によって価値が上下する「株式のようなもの」(VALUの中では「VA」と呼ばれます)を発行し、それを一般のネットユーザーに買って貰うというサービスです。取引は仮想通貨のビットコインで行われますが、ビットコインは現実の通貨と交換可能ですので、実際にお金を出して売り買いしているのとほぼ変わりません。 また、いったん発行された「VA」は、上場会社の株式と同様にユーザー間で取引され、流通することになります。 VALUは、上場会社が株式を発行して資金調達する仕組みや、上場株式が市場で流通する仕組みを、個人に当てはめたようなサービスだと言えるでしょう。 もっともVALUにおける「VA」は、株式ではありません。 「株式」とは、会社法のルールにより株式会社が発行するものを指しますので、個人が発行するものは「株式」にはなりません。 また、株式の場合には、株主が株主総会を通じて会社の経営に直接的な影響を与えることができるのに対し、VAの場合、発行主体である個人の活動に直接的な影響を与えることはできないという違いもあります。金融取引に適用される厳しいルール さらに、VAには株式と異なり配当金の制度はありません。もっとも、VAの発行者は、自分のVAを保有する人に対して任意の優待を設定することができます。 VAは「上場株式と似て非なるもの」ということができるでしょう。 それでは「自分が発行するVAについて、価格を吊り上げて売却する」という行為には、どういう問題があるのでしょうか。このような取引行為には、何らかの法規制が及ぶのでしょうか。(iStock) この問題は、VAの取引に金融商品取引法の適用があるかどうかによって取扱いが大きく異なります。 VAと比較される上場株式の取引の場合には金融商品取引法が厳格なルールを定めています。株式を新たに発行したり、取引所内外で売買したり、あるいは取引を取り次いだりする場合には、いずれも金融商品取引法の定めるルールに従う必要があります。 例えば、上場会社が新株発行のために投資家を募集する場合、金額により有価証券通知書や有価証券届出書を提出して募集条件や会社の経営状況などの情報を開示しなければなりません(金融商品取引法5条)。また、株式発行後も有価証券報告書を提出し、継続的な情報開示をすることが必要です(24条1項)。 また、証券会社のように、上場株式の発行を取り扱ったり、株取引の仲介や取次ぎなどの業務を行う場合には許認可(第一種金融商品取引業の登録)が必要です(29条)。 そして登録を受けた「金融商品取引業者等」やその役職員は、業務を行うにあたって金融商品取引法が定める厳しいルールを守らなければなりません。例えば、証券会社が投資家を勧誘するにあたって「必ず利益がでる」などと断定的な説明をしたり、投資判断を誤らせるようなことを告げたりすること(断定的判断等の提供)は禁止されています(38条など)。 さらに、上場株式の場合、投資家を含む全ての取引関係者に対して、不正行為を禁止するルールが定められています(157条以下)。 不正行為の代表的なものとして、風説の流布等の禁止(158条)、相場操縦行為の禁止(159条)、インサイダー取引の禁止(166条)などが含まれており、これらに違反した場合には、刑事罰が科される場合もあります。金融商品取引法が適用されない「VA」 上場株式の場合、会社が新株の発行前に値段を吊り上げるために、架空のM&Aや新製品発売などの噂を市場に流すような行為は、金融商品取引法上の「風説の流布」にあたり、禁止されています。 価格を吊り上げる目的で、ことさらに「いま購入すると良いことがある。得をする。」などと宣伝してまわることは、上場株式の場合には「風説の流布」にあたる可能性もありそうです。 あるいは、証券会社などの金融商品取引業者等が「かならず得をする」などの発言をして投資家を勧誘した場合、断定的判断等の提供の禁止に抵触する可能性があります。 また、上場株式の場合、会社の関係者が、大規模な新株発行や自己株式の処分が予定されていることを知り、それらの公表前にその銘柄の取引を行うことは、同様に金融商品取引法が禁止するインサイダー取引にあたります。(iStock) もっとも、金融商品取引法が定める風説の流布の禁止やインサイダー取引の禁止は、あくまで「有価証券」の取引について適用されるルールです。 また、断定的判断の提供の禁止も、「金融商品取引業者等」やその役職員に適用されるルールです。 VAが「有価証券」にあたらないのであれば、VAの取引に、金融商品取引法の「風説の流布の禁止」や「インサイダー取引の禁止」は適用されません。 何が「有価証券」に含まれるかは金融商品取引法2条1項,2項で定義されており、株式のほか、国債や社債などの債券、投資信託や信託の受益権、ファンドの持分権などが含まれます。 しかし、先ほど説明した通り、VAは「株式」ではありません。また、VAのように「個人が発行し、運用等による利益配当もない権利」について、それにぴったりとあてはまるものは有価証券の定義の中には見当たりません。現時点ではVAを「有価証券」にあたると解釈するのは難しいといえます。 そして、VAを発行するユーザーや、VALUの運営主体は、登録を受けた金融商品取引業者等ではありません。有価証券でないVAを取り扱うことについて、金融商品取引業の登録を受けることも必要ないと考えられます。 そうすると、VAの取引において、「風説の流布」や「インサイダー取引」、あるいは「断定的判断等の提供」にあてはまる行為がなされたとしても、有価証券の取引の場面でなく、登録を受けた金融商品取引業者等が行ったものでもない以上、金融商品取引法の規制は及ばないということになりそうです。「金商法違反でないからセーフ」とはいかない それでは、VAについて、ことさらに値段を吊り上げてから売り抜けるようなことをしても、何の問題もないといえるのでしょうか。もちろん、そんなことはないでしょう。 金融商品取引法の適用を受けない場合でも、「不当な手段で値段を吊り上げて売却する」という行為が民法上の不法行為にあたり損害賠償の対象となる場合や、公序良俗に反するとして無効となる場合が考えられます。「金融商品取引法に反しないからセーフ」というわけではありません。 また、VALUの運営側が、不当取引が行われることを知っていたり、不正を予想できたのに適切な措置を取らなかったのであれば、運営側も民事責任に問われる可能性があります。 もっとも、この場合には何をもって「不当な手段」「公序良俗に反する」といえるのかという問題が出てきます。そのため、違法行為が明確に定義されている金融商品取引法と比べ、判断に難しい場面が多いと考えられます。 また、「後で暴落することを隠して値段を吊り上げる」という行為は、騙した相手から直接代金や出資金の支払いを受けたような場合でない限り、詐欺罪などの刑法上の犯罪の適用も難しい面があります。(iStock)  そうすると、実態としてVAが投資商品として取引されているのであれば、民法や刑法といった一般的な法律ではユーザーの保護に不十分であり、やはり金融商品取引法などの特別法による取引ルールの適用が求められるということになりそうです。 今回のケースは、VAという、金融商品取引法が現時点では想定していなかった、新しい金融商品類似のサービスについて起こった問題だといえます。 VAが「相場変動の影響を受けて価値が上下するものを売買する」という投資商品に似た性質を持っている以上、ユーザーが安心して取引することができる仕組みを作ることは必要でしょう。 今後、VAの取引市場が規模を拡大してゆき、あるいはVALU類似のサービスが登場するようになった場合には、いずれは金融商品取引法などの法律によって取引ルールが定められることになるものと推測されます。 ただし、法改正までの間は法律によるルールは適用されません。 これは「安心して取引をすることができることが法律上保障されていない」ということでもあります。法律の規制がないからといって、不当な取引が横行するようであれば、ユーザーからの信頼も得られないでしょう。 今回の騒動は、取引ルールや取引保護のシステムが未整備であったことから、ユーザーの利益を損ないかねない取引が行われるリスクが顕在化した形となりました。 VALUの運営サイドとしては、今後サービスを拡大してゆく過程でユーザーからの信頼を獲得するためには、自分自身でユーザー保護のための明確なルールを作り、それをシステムに反映させて厳格に運営するという、高度な自己規律の仕組みをつくる必要があると思われます。かわもと・しゅうすけ 弁護士。敬和綜合法律事務所所属。東京大学卒業後、三菱重工業での勤務経験を経て、2007年に弁護士登録。以後、会社関係訴訟、企業経営への助言、株主総会指導、M&Aアドバイスなど、コーポレート分野を中心に、幅広い内容の業務を遂行している。

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    コインチェック和田社長「学生が億万長者になったような男」

     仮想通貨取引所「コインチェック」から仮想通貨「NEM」が大量流出した事件で、被害額は580億円に上ると見られている。会見では、顧客が被った損失を同社が自己資金で全額返還すると説明され、「そんなに儲けているのか」と世間を驚かせた。 それとともに理解不能だったのは会見に臨んだ同社の和田晃一良社長(27)の平然とした様子である。それほどの巨額が一夜にして“消えた”にもかかわらず、うろたえるでもなく、平身低頭になるでもなく、ただ淡々と記者の質問に応じていた。「巨額損失の釈明」といえば大企業トップが頭を下げ、過剰なほどの悔恨の表情を浮かべる光景が常だ。しかし和田氏の醸し出す雰囲気は、そのような“伝統”とはまったく違った。記者会見で、質問に答えるコインチェックの和田晃一良社長(左)=2018年1月、東京証券取引所「和田さんが学生の頃から知っていますが、彼は経営者やビジネスマンというより“天才プログラマー”という印象が強い。表に出ていくよりも技術開発に取り組み、対外的な交渉は大塚雄介COO(最高執行責任者)に任せているとも聞く」(JX通信社代表取締役で仮想通貨に詳しい米重克洋氏) 和田氏は小学生の頃から「天才プログラマー」としてその名を轟かせていた。東工大学在学中にも「就活アプリ」を開発、プログラマーとして大会で何度も優勝するなど、その世界では数々の華々しい実績を残している。 2011年、大学3年の時にコインチェックの前身であるレジュプレスを立ち上げた。彼が開発した、ネット上に体験談を投稿するサイト「STORY’S.JP」は爆発的な人気となり、100万部を超える大ベストセラー『ビリギャル』もここから誕生した。和田氏は大学を中退し、2014年にコインチェックを創業。その後のビットコインブームに乗って会社は急成長した。和田氏の知人がいう。「創業直後は渋谷のワンルームマンションを借りて住んでいたが、いまは同じ渋谷の高級マンションで暮らしている」 しかし、世間が想像する当世ベンチャー起業家の華やかな暮らしとはほど遠いとも。「部屋は立派になったけど、服装や暮らしぶりは素朴そのもの。今でもリクルートスーツのような安物ばかり着ているし、食事もファーストフードばかりでグルメには興味がない。いくらでもぜいたくできると思うのですが……」(同前) 寡黙なことでも知られるが、ネット上では饒舌なようだ。過去にツイッターで、〈会計ソフト企業に勤める彼女に賃借対照表について教えてもらったけどめちゃめちゃ勉強になる〉(2014年2月13日。原文ママ)などとツイート。「学生がそのまま億万長者になったような男」(同前)なのだという。 そのギラギラ感のなさが、むしろ“得体の知れなさ”を漂わせているのかもしれない。関連記事■ コインチェック騒動で広告業界が「やばいよ」と青ざめる理由■ 本田圭佑が謎の投資セミナー 仮想通貨ビジネスに参画か■ 芸人に仮想通貨ブーム 淳、吉村は大儲け? おかずは大損か■ 資産14位のZOZO前澤友作氏の豪快伝説 3億円イタ車大破も■ フォーブス世界長者番付入りの日本人 パチンコ業界から3人

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    仮想通貨業界で活動する「胴元」たちの素性

     仮想通貨取引所は、国内に約40社存在する。その経営者たちは、仮想通貨「NEM」を580億円分流出させた「コインチェック」の和田晃一良社長(27)に負けず劣らずの個性派ばかりだ。 ビットバンクの廣末紀之社長(49)は野村證券を経てGMOインターネットに転職し、常務にまでのぼり詰めた。が、「自分が働く場所はGMOじゃない」と突然会社を辞めてしまう。「GMO退職後は、ガーラというオンラインゲーム会社の社長になり、ジャスダックに上場させた。それだけでなく、ブームになるはるか前にカーシェアリングの会社を立ち上げ、2014年にビットバンクを創業している」(知人の投資家)(iStock) SBIバーチャル・カレンシーズの代表を務める北尾吉孝氏(67)は、金融界の“超大物”だけに、その名を知る人も多いだろう。野村證券出身で、ソフトバンクの孫正義社長にヘッドハンティングされ、1995年にソフトバンクの常務として迎えられた。 1999年、ソフトバンク・インベストメント(現・SBIホールディングス)のCEOに就任。ライブドアによるニッポン放送買収騒動では、“ホワイトナイト(*)”として注目を浴びた。【*敵対企業からの買収を防ぐために、先んじて買収してもらう友好企業のこと】「昨年10月にはビットコイン開発者・サトシナカモト氏と会ったことがあると発言し話題になりました。ただ、このナカモト氏はCIAですら居場所を特定できないといわれる謎の人物。いくら顔の広い北尾さんといえど、一体どうやって見つけ出したのか」(仮想通貨に投資する個人投資家・がおがお氏)関連記事■ コインチェック騒動で広告業界が「やばいよ」と青ざめる理由■ 芸人に仮想通貨ブーム 淳、吉村は大儲け? おかずは大損か■ コインチェック和田社長「学生が億万長者になったような男」■ 世界2位、ビットフライヤー「超エリート」社長の愛読書■ 出川哲朗 人気者への転身はストーリーテリング効果

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    「日本株バブル」はいつまで続く?

    「バブルが起きているという状況ではない」。日銀の黒田東彦総裁がこう強調するほど、日経平均株価は2018年に入っても上昇を続けている。だが、2万4千円台というバブル崩壊以来の高値をつける強気相場に波乱の芽がないわけではない。「バブル超え」の期待感も膨らむ日本株市場の先行きを読む。

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    「歴史的大相場」の日本株、バブル超え3万8千円が見えてきた

    武者陵司(投資ストラテジスト) 2018年はすべての条件が整い、勇気凛凛(ゆうきりんりん)新たな船出に向かう、という年になるのではないか。ここ数十年、これほどの好条件で新年を迎えることは初めてである。平成最後の年は新たな繁栄時代の幕開けの年である、と考える。 世界同時好況に弾みがつき、世界経済に陰りが全く見られない。国際通貨基金(IMF)をはじめ各調査機関は軒並み、日米欧先進国経済の2017年、2018年見通しを上方修正した。消費に加えて投資の増加趨勢(すうせい)が顕著になっている。それは日本の機械受注、半導体製造装置のBBレシオ(出荷額に対する受注額の割合)、米国の耐久財や非国防資本財受注などに顕著に表れている。一様に先進国の失業率は大きく低下し需給ギャップは着実に縮小しており、賃金・物価に上昇圧力が高まるのは必至であろう。2018年1月4日、大阪取引所の大発会で、上げ幅400円を超えた日経平均株価のボードを背に写真撮影に臨む晴れ着姿の女性(鳥越瑞絵撮影) 金融政策は米欧で超金融緩和の転換が始まりつつあり、日本でも一段の緩和は見合わされている段階である。1980年以降、30年以上にわたって続いた長期金利の低下トレンドは2016年に底入れしたが、2018年は緩慢とはいえ、金利上昇傾向がさらに顕著になるだろう。 この趨勢をリードする米国では需給ギャップの顕著な縮小と賃金物価圧力の上昇がみられる。レーガン期以来、30年ぶりの本格的税制改革がさらに需要を押し上げるので、それは当然ドル高をもたらす。新産業革命の下で超過利潤を謳歌(おうか)する企業業績は好調であり、債券から株式への投資ウエートの転換、グレートローテーションは一段と進むだろう。 その上、日本では価格競争(ナンバーワン戦略)から抜け出し、技術品質のみに特化した新たなビジネスモデル(オンリーワン戦略)が咲き誇ろうとしている。ハイテク分野でもインバウンドでも、求められているものは日本の質である。世界的なIoT(モノのインターネット)関連投資、つまりあらゆるモノがつながる時代に向けたインフラストラクチャー構築がいよいよ本格化している。 加えて、中国がハイテク「爆投資」に邁進(まいしん)している。中国は投資によって経済成長が維持されている国家だが、換言すれば投資を止めた途端、経済成長も止まり、直ちに経済危機に陥る心配がある。その国がハイテクに照準を絞って巨額な投資を始めている。空前の企業収益をもたらすオンリーワン戦略 ハイテクブームにおいて日本は極めて有利なポジションに立っている。新たなイノベーションに必要な周辺技術、基盤技術のほぼすべてを兼ね備えている産業構造を持つ国は日本だけである。中国、韓国、台湾、ドイツはハイテクそのものには投資していても、その周辺や基盤技術の多くを日本に依存している。言い換えれば、日本のエレクトロニクス企業群は、このイノベーションブームの到来に際して、最も適切なソリューション(解決策)を世界の顧客に提案、提供できるという唯一無二の強みを持っている。2018年以降は、その強みが花開くのではないだろうか。 日本企業の技術品質で優位性を持つオンリーワン分野への特化という特徴は、観光などサービス業、内需産業においても当てはまることである。豊かになったアジアの中産階級が「高品質」日本に向かって群れをなして訪れている。中国人の人気旅行先で日本がトップになったとの報道があった。また、韓国の2017年対日渡航者数は約700万人で対人口比15%、台湾も同約450万人で対人口比20%と日本人気は著しく高く、うなぎ上りである。日本のオンリーワンのソフトパワーがものを言っていると考えられる。 このオンリーワン戦略の結実が、空前の企業収益をもたらしている。直近の企業収益は、営業利益対国内総生産(GDP)比11・9%で過去最高となっている。また、日銀短観による大企業製造業の売上高経常利益率は、2017年度は8・11%と予想され、それはバブル景気のピーク1989年度(5・75%)、リーマン・ショック直前のピーク2006年度(6・76%)を大きく上回るものである。 こうしたことから日本株式には大きな転換点が訪れていると観測される。日経平均株価は2017年9~10月に16連騰という、歴史上観測されたことがない「ギネスブック級の連騰」を記録した。さらに日経平均が高値からの半値戻しを達成した。「半値戻しは全値戻し」との格言に従えば、バブル期の1989年に付けた日経平均の史上最高値3万8915円が視野に入ってきたといえる。デフレマインドが和らぎ、人々が極端なリスク回避、安全志向を改め、積極的なリスクテイクで高いリターンを求めるようになってきたことの表れであろう。1989年1月、東京株3万298円を示す株価ボード=東京・大手町の山一証券 日本の投資の中心は、圧倒的に現預金、いわゆる安全資産で国民金融資産の実に7割を占める。これに対して、米国の金融資産内訳は、安全資産2割、リスク資産7割強と真逆である。米国の方向へ少し向かうだけで、強烈な需給改善と大幅な株高が期待できよう。新年に入って3日間で日経平均株価が1084円、4・5%上昇し2万3800円を突破したことは「歴史的大相場」に入っていることの証拠といえるのではないか。

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    2018年の日本株市場、波乱とリスクで「幸福感」は失われる

    近藤駿介(評論家、コラムニスト) 2018年の株式市場はロケットスタートとなった。それはトランプ米大統領誕生を警戒し過ぎて相場に乗り遅れた投資家が2017年の反省を踏まえて「膾(なます)吹きに懲りて羹(あつもの)を飲もう」としているかのようだ。 大発会で日経平均株価が741円39銭高と1996年以来、22年ぶりの大幅上昇を記録した日本を追いかけるように、NYダウ工業株30種平均も2018年に入って12日までの9営業日で7回、史上最高値更新を記録するという好調なスタートを切った。2018年1月、米ニューヨーク証券取引所でダウ平均が2万5000ドルを突破し、笑顔を見せるトレーダー(ロイター=共同) トランプ大統領が就任した2017年1月20日以降の248営業日で、NYダウの史上最高値更新は77回目、史上最高値が更新される確率は31%強と実に3営業日に1回のペースで史上最高値を更新してきた計算になる。特に、9月以降から12月末までの82営業日では36回、約44%の確率で史上最高値を更新しており、年末に向けて上昇基調に拍車がかかったことが鮮明となっている。 一方、2017年のNYダウの年間上昇率は約25%と、日本がバブルの絶頂にあった1989年の年間上昇率約29%には及ばなかった。とはいえ、1989年(249営業日)に日経平均株価が史上最高値を68回更新し、その更新率が27%強だったことを考えれば「トランプ相場」のまれにみる力強さがデータからも伝わってくる。 ファンドマネジャーにとって、強いベンチマーク(BM、指標)は「最大の敵」である。BMに勝つという目標を達成するためには、BMが弱いに越したことはない。特にポートフォリオ(資産構成)がBMに近づくという宿命を抱える、資金規模の大きいファンドマネジャーほど、強いBMの存在によって厳しい状況に置かれることになる。 日本では「運用先進国」と思われている米国だが、実はパフォーマンスのいいファンドにお金が集まるという「順張り」傾向の強い国でもある。それは戦後、ブラックマンデーやリーマン・ショックなど、短期的な暴落に見舞われたことはあるものの、トレンドとして下落したことがない国の特徴でもある。 2017年はNYダウが約25%の上昇を記録する一方、ヘッジファンド・インデックス(Eurekahedge North American Hedge Fund Index)のパフォーマンスは6・6%とNYダウの上昇率の4分の1程度にとどまった。 こうした状況から想像されることは、2018年はヘッジファンドなどのアクティブファンドよりも、インデックスファンド(指数に連動する投資信託)に資金が集まりやすいということだ。それはアクティブファンドのファンドマネジャーにとっては競争相手が一段とパワーアップすることを意味し、2018年も厳しい年になるという覚悟を強いられるものである。ロケットスタートの流れを変える事態 ファンドマネジャーが強いインデックスに勝つための必要条件は、インデックスの上昇に遅れず相場の上昇を享受しつつ、インデックスが下落する局面をうまく避けることである。言い換えれば「神業」が求められるということである。 「神業」が求められるファンドマネジャーにとって、直近3カ月40%強の確率で史上最高値を更新し続けている相場に乗らないという選択肢はない。日本銀行の黒田東彦総裁の発言を借りれば、「戦力の逐次導入」をする余裕はない。四の五の言わず、取りあえず上昇相場に乗り遅れないようにして、後は下落局面を避ける可能性、自らの運の強さに賭けるというのが現実的な選択肢となる。 こうした状況でロケットスタートを切った2018年の株式市場だが、その陰では市場の流れを変えかねない事態が起きる気配も見え始めている。そうした気配を醸し出しているのは、欧州中央銀行(ECB)と他ならぬ日銀である。2018年1月、記者会見を終え、引き揚げる日銀の黒田総裁 まず先陣を切ったのは日銀である。1月9日に実施された国債の買い入れオペレーション(公開市場操作)で、超長期国債の買い入れ額を100億円減額したことが市場でさまざまな思惑を生み、為替市場で円高が進む原因となった。 とはいえ、今回減額された超長期国債は10年国債などと違って世の中の金融取引の基準になるものではないため、そのこと自体が金融に直接的影響を及ぼすことはない。重要なことは、オペ減額によって「異次元金融緩和が曲がり角に来ている」という印象を市場に与えたことである。 日銀は2016年9月に「イールドカーブ・コントロール」(長短金利操作)を打ち出した時点から実質的に、市中に出回る現金と金融機関が日銀に預ける当座預金を合計したマネタリーベース(お金の量)のコントロールを直接的な目標から外している。年間80兆円増加させるという異次元の金融緩和におけるマネタリーベースの拡大方針は「めど」に降格され、実際に昨年からマネタリーベースの増加額は年間60兆円程度まで減少している。 メディアはこうしたマネタリーベース拡大の鈍化を日銀による「ステルステーパリング(ひそかな量的緩和縮小)」と称し、日銀が意図的に行っているかのように報じている。しかし、実態は「国債利回り(金利)」と「お金の量」を同時にコントロールすることはできないことが露呈し始めたということである。 日銀が「お金の量」とイールドカーブ(国債の利回り曲線)の両方をコントロールしようとするのであれば、国債利回りが0%以上である間は国債を購入し続けるはずである。10年国債の利回りが0・07%程度にあるタイミングで、日銀が今回、超長期国債の買い入れ額を減額したということは、10年国債利回りを0%に近づけることも、マネタリーベースを増やすことも放棄した印象を与えかねないものである。ETF連日買い入れの目的 1月9日に超長期国債の買い入れ額を100億円減額する一方で、日銀は続く1月11、12の連日で上場投資信託(ETF)を735億円ずつ、2日間合計で1470億円買い入れしている。したがって、日銀がマネタリーベースを増加させていることに変わりはない。しかし、異次元緩和で掲げてきた国債買い入れ額年間80兆円と比較すると、ETFの買い入れ額は年間6兆円程度に過ぎず、マネタリーベースを増やす政策としてさほど重要なものではない。 実際に黒田総裁は2017年9月の金融政策決定会合後の記者会見で「ETF買い入れはイールドカーブ・コントロールほど重要でない」と明言している。その日銀が、超長期国債の買い入れ額を減額した直後に、ETFを連日買い入れたというのは政策変更が行われているか、場当たり的に金融政策を発動しているか、どちらかであることを感じさせるものである。2017年12月、神戸市内の記者会見で上場投資信託(ETF)購入の必要性を強調した日銀の政井貴子審議委員 また、日経平均株価は1月23日に終値で2万4100円台をつけ、26年ぶりの高値水準にある。こうした状況下での日銀による連日のETF買い入れは、その目的が「株価維持」にあるという疑念を抱かせるものであり、中央銀行の政策として非難されても不思議ではない。 日銀の金融政策の変更に追い込まれる可能性が意識され始めた直後の11日には、昨年12月に開催されたECB理事会の議事要旨が発表され、フォワードガイダンス(将来の政策指針)の言い回しを今年の早い時期に見直すことが妥当との当局者らの見解が明らかになった。これによって、市場ではECBが市場の予想よりも早いタイミングで利上げに動くという見方が広がった。 2017年に世界の注目を浴びたのは、利上げやバランスシート縮小問題に加えて、イエレン議長の後任人事問題を抱えた米連邦準備制度理事会(FRB)だった。 FRBに関わるこれらの懸念について、イエレン氏の後任問題はこれまで連邦公開市場委員会(FOMC)で反対票を投じたことのないパウエル理事が就任することで、「穏やかな利上げ」という現状の金融政策の継続性が保たれるという見方が支配的になることで収まり、これが堅調な金融市場形成の大きな要因となった。 また、金融引き締め政策であるバランスシート縮小プログラムについては、FRBが具体的工程表を明らかにして市場に無用な混乱を起こさないよう配慮を示したことで、FRBに関する不透明感は一時的に消え去った格好になっている。 そうした中で浮かんできたのが、日銀とECBの政策変更が市場の期待、予想よりも早くなる可能性である。黒田総裁「後任」のタブー 日銀は黒田総裁が今年4月に、そしてECBのドラギ総裁は来年10月に任期終了を控えている。FRBに関してはパウエル理事が次期議長に就任することが決まったことでイエレン氏退任後のFRBがタカ派的スタンスになる懸念は薄らいだが、FRBとは対照的に総裁任期問題を抱える日銀とECBは、FRBよりもタカ派的な政策に転じる可能性が高い状況にあるといえる。米FRB次期議長に就任する人事が承認されたジェローム・パウエル氏=2017年11月、ワシントン(ロイター=共同) 金融緩和の「出口論」について、終始時期尚早だとする黒田総裁の後任問題については、国内では「出口論」同様、口にすることが許されないのかと勘繰ってしまうほど議論が活発化していない。それは、黒田氏の後任問題において「出口論」を避けて通れないことの証左でもある。 日本が「先進国」であれば、日銀は黒田日銀総裁の任期満了に伴って、金融政策の目標が「イールドカーブ・コントロール(金利)」なのか、「マネタリーベース(資金量)」なのか、再度明確にすることを求められるはずである。それとともに、「2%の物価安定目標」という目標設定が正しいのか、その目標を達成するための手段として異次元金融緩和が正しい政策なのかについて議論も出てくるはずである。 FRBもECBも「2%の物価上昇」という目標を達成できるめどが立っていない段階で「出口」に向かい始めた。そうした中で、日銀だけが達成するめどが全く立たない「2%の物価安定目標」を掲げ続け、目標達成時期を無期限延期する形で金融緩和を続けることにどれだけの正当性があるのか。こうした議論が出てくることの方が自然であり、政策議論として当然あるべき姿である。 政府と日銀がこうした議論を避ける中で、国債買い入れ金額の減額などが繰り返されていけば、日銀が「市場をコントロールする能力を失った」とみなされるリスクが高まってしまう。現在の金融市場で、円が低金利の通貨を借りて高金利の通貨で運用し、利ザヤを稼ぐキャリートレードの「調達通貨」となっていることを考えると、日銀の政策スタンスがタカ派的になる、あるいは市場をコントロールする能力を失ったと思われることは、市場を混乱させる大きな要因となり得るものである。 「トランプ相場」の中でFRB政策の継続性が保たれたことに安心しきっている投資家にとって、2017年は「脇役」に徹した日銀とECBにスポットが当たってくることは大きなリスクだといえる。「日本株」二つのキーワード 来年10月まで任期があるドラギ総裁の後任問題に絡んで、ECBの政策が市場の予想よりも早く引き締め方向に動く可能性があることには警戒が必要かもしれない。蛇足だが、ブラックマンデーの時は当時のブンデスバンク(西ドイツ中央銀行)、そしてリーマン・ショックの時にはECBによる利上げが最後の引き金になっている。 2018年のスタートが世界同時株高となったことで、「トランプ相場」がスタートした1年前とは打って変わって市場では強気な見方が支配的となっている。しかし、大発会の大幅上昇に始まった8年ぶりの3連騰が日経平均株価の「価格変動リスク」(ボラティリティー)を上昇させたことも見落としてはいけない。名実ともに新年度入りし「戦力の逐次導入」できない状況になる中でスタートした米国市場に対して、日本は3月の年度末に向けて神経質になる時期に突入している。 そうした中でのボラティリティー上昇は、リスク管理上の株式保有上限を下げる要因になる。日本株が昨年度末比で約25%上昇してきていることを考えると、実現益の確保を促すリスク管理上の指示は受け入れやすい状況にある。 国内では企業収益が堅調であることから、リスクは海外情勢であるという見方が支配的である。しかし、2018年の日本株市場にとっての最大のリスクともいえる黒田総裁の任期切れを4月に控えていることと、年初の株価の大幅上昇によって日本株の「価格変動リスク」が上昇したことを考え合わせると、日本の株式市場は投資家が考えるよりも早い時期に「国内要因」によって株式市場が波乱に見舞われる可能性は否定できない。2016年2月、衆院財務金融委で質問に答える日銀の黒田東彦総裁(中央)。左は安倍晋三首相(斎藤良雄撮影) 悲観の中で生まれた2017年の「トランプ相場」は、トランプ大統領に「懐疑」を抱き続けた市場参加者が「戦力の逐次導入」をした結果、77回も史上最高値を更新するという予想以上の長いブル相場となった。そして、年終盤には「ゴルディロックス相場」という堅調な株式市場を正当化する言葉が当たり前に受け入れられるほど「楽観的な雰囲気」が醸成され、ファンドマネジャーに「戦力の逐次導入」をする余裕さえ奪い取った。 2018年の株式市場は、2017年とは反対に多くの投資家が「戦力の逐次導入」をしなかったことでロケットスタートを切った。しかし、それは「戦力の逐次導入」をした2017年と比較すると、相場の持続性を弱める結果を招きかねない動きであり、相場が市場参加者の予想よりも早く息切れし「幸福感」とともに消えていく状況をつくり出す危険性をはらんでいる。 「もはや2017年ではない」「リスクは国内にあり」。この二つが2018年の日本株式市場のキーワードになりそうだ。

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    悲観論はもういらない「バブルなき株高」と断言できる理由

    岡田晃(経済評論家、大阪経済大客員教授) 2018年は年明けから株価上昇が続いている。1月23日の日経平均株価は、2万4000円台を回復した。1991年11月15日以来、およそ26年2カ月ぶりの高値である。この株高は日本経済の本格復活を示唆しており、今後も息の長い上昇相場が続くとみている。 株価はすでに昨年秋から上昇基調が鮮明となり、11月には1996年6月以来となるバブル崩壊後の戻り高値(2万2666円)を上回った。その後は一進一退もあったが、年末から再び騰勢を強め、年明けから一気に加速した格好だ。つまり現在の株価の動きは、バブル崩壊後で最も高い水準を上り続けているのである。これは長期的な株価回復が新たな段階に入ったことを意味する。一時2万4000円を超えた日経平均株価を示すモニター=2018年1月18日、東京・東新橋 短期的には米国の株価が史上最高値を更新し続けていることが追い風となっている。中期的にはアベノミクスによって日本の景気回復が一段と鮮明になっていること、そして長期的には日本経済がバブル崩壊後の低迷からようやく脱して本格回復が見えてきたことが背景にある。 では、日本経済の回復ぶりをいくつかのデータから見てみよう。最も顕著なのは雇用情勢だ。有効求人倍率の最新の数字である2017年11月は1・56倍。すでにバブル期のピーク(1・46倍=1990年7月)を大きく上回り、実に1974年1月以来、約44年ぶりの高水準に達している。雇用情勢は歴史的な改善を達成しているのである。  有効求人倍率の統計を都道府県別に見ると、さらに注目すべき変化が起きていることが分かる。前述の1974年1月の数字は1・64倍だったが、全国47都道府県のうち14道県では1・0倍未満にとどまっており、バブル期のピークでも6つの道県が1・0倍未満のままだった。 しかし、今回はすでに2016年6月に全ての都道府県で1・0倍を超え、同年10月からは1年以上にわたって全都道府県で1・0倍以上が続いている。全都道府県が1・0倍以上となるのは、有効求人倍率の統計開始以来初めてだ。これは地方でも雇用改善が進んでいることを示している。 有効求人倍率の上昇は、その裏返しとして人手不足という新たな問題を生じさせているが、そこまで雇用が改善したということは景気回復の証左であり、しかも地方にも波及していることを物語っている。改善する中小企業の景況感 また、雇用の改善は企業マインドが前向きになっていることの反映でもある。それは日銀短観からもうかがえる。昨年12月の製造業・大企業の業況判断指数(「良い」と答えた企業の割合-「悪い」と答えた企業の割合)はプラス25で、2006年12月調査以来、11年ぶりの高水準となった。 さらに中小企業・製造業ではプラス15で、1991年9月の調査以来、約26年ぶりの高水準だった。有効求人倍率の地方の改善と合わせて考えると、景気回復のすそ野は着実に広がりを見せている。 実際、企業業績は2017年3月期に過去最高益を更新したのに続き、今年3月期も増益の見通しだ。これは企業が構造改革を進め収益力を取り戻してきたことを表している。 このほかのさまざまな経済指標でも「○年ぶり」「リーマン・ショック以後で最高」などのデータが相次いでおり、中には有効求人倍率や日銀短観の中小企業のように「バブル期並み」「バブル期超え」などの数字も出始めている。よく「景気回復の実感がない」と言われるが、それでも着実に景気は回復しているのである。合同企業説明会で、採用担当者(壁側の3人)の説明を受ける学生。新卒採用で人手確保に苦慮する中小企業が多い=2017年10月、東京都新宿区 こうした変化は米国経済好調の恩恵もあるが、基本的にはアベノミクスがもたらしたものであり、日本経済の復活につながり始めているとみることができる。したがって株価も一時的な上昇ではなく、長期的な上昇トレンドに入っていると見ている。 しかし、一方で、ここまで株価が上昇してくると「バブルではないか」と懸念する声も聞こえてくる。確かに短期的には上昇スピードがやや速すぎる感はある。だが、現在の株価水準は、別に高すぎるわけではない。 一つの尺度としてPER(株価収益率)を見よう。PERは、1株当たり利益に対して株価が何倍あるかを示す指標(株価÷1株当たり利益)で、その倍率が大きいほど株価は割高、小さいほど割安と判断できる。別の表現をするなら、PERが大きくなりすぎると「バブルの恐れがある」とも言える。通常は14、15倍~17、18倍程度が適正水準と言われているが、直近では東証1部全銘柄のPER(連結・予想ベース)は17・52倍(1月17日現在)。妥当な水準でありバブルとは程遠い。過度な悲観論は不要 では、かつてのバブル期のPERはどうだったのだろうか。日経平均が史上最高値(3万8915円)となった1989年12月は70・6倍だった。確かにバブルだったことを物語る数字である。 現在の株価が1991年11月以来ということを考えれば、その当時の東証1部のPERも38・6倍と高い。この頃はすでにバブル崩壊が始まって2万4000円前後まで下落していたが、PERは現在の約2倍の水準である。株価が同水準なのにPERが2倍ということは、それだけ当時の利益が低かったことを意味しており、株価水準は高すぎだったといえる。しかも、当時の企業業績は悪化するばかりであったのに対し、現在は上向きに推移しており、これもバブル期とは正反対である(ただし、当時の企業決算は連結ではなく単体が主流だったためPERの計算式の分母となる1株当たり利益が単体ベースの数字で計算されており、現在と同じ基準ではない。ただPERの分子となる株価も、当時は単体決算が判断材料となっていたことを考慮すれば、大筋で現在と比較できる)。 また、「ITバブル」と言われた1999~2000年には、PERが算出不能の時期もあった。これは上場企業がトータルで赤字で、PERの計算式の分母がマイナスになったからだ。その前後の時期をみてもPERは100倍以上もあり、まさにバブル全盛だったということになる。 もちろん、PERだけで「バブルか否か」を論ずることはできないが、前述のように日本経済は着実に回復しており、現在の株価はそうした経済の実態を反映したものである。もっと言えば、まだまだ上昇余地があるとも判断できる。私見だが、日経平均株価は今年中に2万7000円程度まで上昇する可能性は十分にある。順調にいけば、年末から来年にかけて3万円台も視野に入ってくるかもしれない。東京証券取引所の大納会で手締めをする関係者ら=2017年12月29日、東京・日本橋兜町 もちろん一本調子で上昇するわけはなく、この間の上昇スピードの速さを考えれば短期的には調整も有り得るだろう。海外に目を向ければ、北朝鮮情勢や世界に拡散するテロの脅威、不安定なトランプ政権など、懸念材料はいくらでもある。場合によっては株式相場に波乱が起きてもおかしくない。 それでも日本経済そのものはかなり「粘り腰」になっており、中長期的には回復基調は持続できるとみている。これまで企業経営者も消費者も、長年の経済低迷の故か、日本人の元来の控え目な性格からか、過度な悲観論が強かったように思う。 そのことが経済活動や消費行動をより慎重にさせ、結果として景気や株価の頭を押さえる一因になっていたというのは言い過ぎだろうか。むろん、根拠なき楽観論は戒めなければならないが、これまでのような「過度な悲観論」はそろそろ修正してもよいのではないだろうか。

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    低迷が続いた日本経済が2018年「黄金時代」を迎えられる理由

    塚崎公義(久留米大学商学部教授) アベノミクス開始から5年、日本経済は概ね順調な回復・拡大を続けています。今年についても、この流れは続き、バブル崩壊後の長年の問題が解決に向かって行くでしょう。大いに期待される1年になりそうです。 経済指標は振れるので、景気判断は、大きな方向感が重要です。景気の方向がはっきりしない時には、強い経済指標と弱い経済指標が混在するので判断に迷う事も多いのですが、直近の経済指標は、押し並べて良い数字が並んでおり、判断に迷う事なく景気は拡大中だと言って良いでしょう。 景気は方向が重要です。それは、景気が自分で方向を変える事が無いからです。雇用が絶好調なので、給料を受け取った元失業者が消費をするでしょう。すると物が売れるので企業が増産するでしょう。実際、このところ鉱工業生産は増えています。増産のためには労働者を雇うでしょうから、更に元失業者の消費が増えるでしょう。増産のために設備投資も増えるでしょうから、設備機械が売れるようになるでしょう。 今次局面で重要なのは、省力化投資です。労働力不足が深刻化しており、今後も少子高齢化で労働力不足が長期的に深刻化していくと考えらえるため、企業が省力化投資に積極的になりつつあります。企業は収益が好調で設備投資の資金は潤沢ですし、仮に銀行から借りるとしても景気が良い時は企業が黒字なので銀行が融資に前向きでしょう。 普通は、景気が拡大を続けるとインフレ懸念が高まり、日銀が「景気をわざと悪くしてでもインフレを抑え込もう」と考えて金融を引き締めるのですが、今次局面では景気回復が5年以上続いているのに物価が上がらず、日銀は「もっと物価を上げたい」と考えているほどです。経済・物価情勢の展望について会見する黒田東彦(日銀総裁)=2018年1月23日午後、東京都中央区(宮川浩和撮影) 海外の景気が急激に悪化して日本の輸出が激減するリスクについても、明確なものは無さそうです。欧米経済の専門家は、景気が拡大を続けると見ています。欧米の中央銀行が金融緩和を縮小しようとしているという事も、彼らが景気に明るい見通しを持っているという事なので、日本にとっては大変心強い事です。 中国については不確定要因があるようですが、中国は政府の権限が強いので、万が一の時には政府が強権発動で景気を回復させるでしょう。したがって、日本の景気を腰折れさせるような大不況に陥る事は考えにくいでしょう。今一つ安心材料があります。日本の対中国輸出は巨額ですが、相当部分が中国から輸出される製品に組み込まれる心臓部の部品なのです。したがって、欧米が中国から輸入を続ける限り、日本の対中部品輸出も続くのです。 国内を見渡しても、崩壊しそうなバブルは見あたりません。都心の地価やビットコインはバブルかも知れませんが、仮に崩壊しても影響は限定的でしょう。貸家建設もバブルかも知れませんが、仮にそうだとしても、通常の価格高騰バブルとは異なり、一気に崩壊する事はないでしょうし、貸家建設資金の貸し倒れが一気に急増する事もなさそうです。 そう考えると、今年の日本経済は、順調な景気拡大が続きそうですね。ブラック企業が減っている理由 バブルが崩壊してから20年以上、景気は低迷を続けていました。ようやく回復しかけたら米国ITバブル崩壊やリーマン・ショックなどによって国内経済が手痛い打撃を被り、再び不況に逆戻りする、という事を繰り返していたのです。そうしている間に、日本人の家計にも企業経営者にも投資家にも、「多少良いことがあっても、どうせ遠からず再び事態は悪化するに違いない」という「デフレマインド」が染みついてしまったようです。 そうなると、企業は景気が良くなっても設備投資をせず、円安になっても海外生産を国内に戻そうとせず、家計は所得が増えても消費を増やそうとしないので、景気拡大の好循環がうまく働かないのです。 しかし、景気回復が5年を超え、ようやく人々の冷え切ったマインドも少しずつ温まって来たようです。消費は未だですが、設備投資も輸出も少しずつ増え始めたのです。株価の上昇を見ると、投資家のマインドも、ここに来て少しずつ温まって来ているようです。消費が増えるのも、時間の問題だと期待しましょう。(iStock) バブル崩壊後の日本経済は、長い間失業問題に悩んでいましたが、それは既に消え、今や労働力不足に悩むようになっています。これまで仕事探しを諦めていた主婦や高齢者も仕事が見つかるようになっているのです。 就職活動に失敗して非正規労働者となり、そのまま非正規労働で生計を立てている「ワーキング・プア」と呼ばれる人々も、労働力需給の引き締まりによって時給が上がり、少しはマトモな生活が出来るようになっていますし、中には正社員になれた人も出始めています。 ブラック企業も、減りつつあります。ブラック企業が存続出来ているのは、社員が辞めようと思っても、「辞めたら失業だよ」という企業側の脅しに屈するからです。しかし、労働力不足が本格化して来たため、ブラック企業を辞めても他社が雇ってくれるようになりました。そうなると、ブラック企業は待遇を改善して社員を引き留めるか社員が退職し続けて倒産するか、という事になるのです。 物価下落と景気悪化の悪循環であるデフレスパイラルも、既に止まっています。ヤマト運輸が値上げをしたら、ライバルが「価格を据え置いてヤマトの顧客を奪う」戦略を採らず、追随値上げをしたのです。労働力不足で苦しいのはライバルも同じだからです。ということは、似たような事は他の業界でも遠からず生じるでしょう。デフレを脱却して、インフレの時代に入ったのです。 こうした変化は、すでに生じています。今後も、景気が腰折れしない限り続くでしょう。そして、より大きな目で見れば、日本経済は、新しい時代を迎えつつあります。「黄金時代」とも呼ぶべき新しい時代の入り口に立っているのです。そのあたりについては、拙稿「少子高齢化で日本経済が迎える黄金時代」をご覧いただければ幸いです。つかさき・きみよし 久留米大学商学部教授。1981年、東京大学法学部卒業後、日本興業銀行(現みずほ銀行)に入行。主に調査関連部署に勤務した後、2005年に銀行を退行して久留米大学へ。著書に『増補改訂 よくわかる日本経済入門』(朝日新書)、『老後破産しないためのお金の教科書』(東洋経済新報社)、『世界でいちばんやさしくて役立つ経済の教科書』(宝島社)、『なんだ、そうなのか! 経済入門』(日本経済新聞出版社)など多数。

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    日経平均4万円か1万円割れか 6月「第3の矢」の破壊力

     2018年の日本経済には2回、大きな分かれ道が待ち受けている。最初は4月の日銀総裁人事だ。黒田東彦・総裁は異次元の金融緩和で株価上昇をもたらした立役者であり、安倍首相は続投させる意向だ。2018年1月、金融政策決定会合後、記者会見する日銀の黒田総裁=日銀本店 だが、日銀135年の歴史で総裁を2期10年続けて務めた人物はいない。さらに黒田氏は73歳と高齢であり、退任の意向を固めているとの見方もされる。そうなると後任人事次第で経済の先行きは“天国”と“地獄”とに分かれていく。 ポスト黒田に名前が挙がっている有力候補は2人。安倍首相の経済ブレーンの本田悦朗・スイス大使と中曽宏・日銀副総裁だ。投資顧問会社「マーケットバンク」代表の岡山憲史氏はこう指摘する。「本田氏はアベノミクスを構築したブレーンの1人で、消費増税にも反対しているリフレ派の代表格です。総裁になれば“本田バズーカ”で金融緩和をさらに強化するという期待がある。海外の投資筋も本田総裁誕生なら日本は買いと見て、株価はグングン上がっていく」 これまで総裁人事は財務省と日銀のたすき掛けで行なわれてきた。財務省出身の黒田氏が退任したら、順当なら次は元大蔵官僚の本田氏ではなく、中曽副総裁の順番になる。「中曽氏も金融緩和路線をすぐにやめることはないでしょう。それでも黒田路線からの『出口戦略』に転じる時期を考えるとみられている。その姿勢が見えたら市場は失望して海外勢が真っ先に売りに回る」(同前) バブル以後の最高値を更新している現在の株高の原動力は外国人投資家の「買い」だ。それが一斉に売りに出れば株価は急落する。 実は、その外国人投資家が最も注目しているのが毎年6月にまとめられる政府の「骨太の方針」(経済財政運営と改革の基本方針)だ。安倍政権の5年間、アベノミクス第3の矢である規制撤廃だけが全く進んでいない。それが株価は上がっても日本経済が成長軌道に乗れない大きな原因だった。岡山氏が言う。「外国人投資家は日本が欧米並みに規制を撤廃するかを見ている。例えば、雇用の自由化など強力な第3の矢が打ち出されたら、日本企業は貯め込んだ内部留保を賃上げや新規分野への投資に使うようになり、消費は上向き、間違いなく経済の好循環が始まる。4月の日銀総裁人事で黒田路線が続き、6月の骨太の方針で成長戦略に乗る。そうすれば『株価3万円』を目指す展開になる」 さらに東京五輪など景気上昇要因が控える中では、バブル期の最高値を更新する『株価4万円』という道も見えてくるだろう。 だが、逆の可能性もある。黒田路線が転換され、成長戦略も期待外れに終われば、外国人投資家たちは「五輪前の景気が良いうちに売れ」と失望売りに走る。それが連鎖し、アベノミクスが始まる前の「株価1万円割れ」のデフレ時代に逆戻りするという可能性だ。 第3の矢は2万円台中盤で一進一退する日経平均株価の天井を突き破るか、それとも毒が塗られた鏃を国民に向けるのか、その答えは半年後に出る。関連記事■ 日本株 2020年五輪時“4万円”へ壮大な上昇相場の序章■ 米自動車ローン破綻 最悪展開なら日経平均7000円も■ 株価2倍で利益確定した投資家 それでも後悔しきりの理由■ 日銀黒田総裁 生涯収入は推定10億円を超える最高クラス待遇■ 日銀マンは老後の保障に特権 総裁は独自年金で月50万円以上

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    前回増税延期で日経平均3400円上昇 凍結ならそれ以上の効果

     日経平均が16連騰するなど株式市場は活況を呈しているが、その勢いをかって日本経済を成長路線に乗せるには、2019年10月に予定されている消費税10%引き上げの「再々々延期」が必要だ。 増税を公約して選挙で国民の信任を受けた安倍晋三・首相が、増税を撤回する可能性はあるのか。国政選挙5連勝で再び求心力を取り戻した安倍首相は、消費税凍結を言える力を取り戻したといえる。2019年夏の参院選で「やはり五輪前に景気の腰を折るわけにはいかない」とやりたかった増税凍結を掲げて戦う可能性もある。 仮に、凍結を決断した場合、株価へのインパクトは絶大だ。消費税10%への増税を最初に延期した2014年秋の株価の動きがそれを示している。2016年6月、記者会見で消費増税の2年半延期を正式発表する安倍晋三首相(宮崎瑞穂撮影) その年4月の消費税率8%への引き上げで不況が深刻化すると、首相は「経済状況を見て総合的に判断する」と増税延期の検討に入った。日経平均株価は増税実施後の4月11日には1万3960円まで年初から14%(約2300円)も下がったが、増税延期への期待で一気に急騰をはじめ、10月17日の1万4532円から11月14日には1万7490円までわずか1か月で20%(約3000円)もハネ上がったのだ。その4日後、首相は正式に増税延期と衆院解散を表明した。「増税延期」で株価3400円アップの効果なら、消費税引き上げを「凍結」すると表明すれば株式市場にも景気にもそれ以上のインパクトを与えるのは間違いない。「リーマンショック級の出来事が起こらない限り、消費税を予定通り引き上げる」 総選挙の投開票日、安倍首相は民放テレビ各局の選挙特番に相次いで出演してそう繰り返した。 だが、この言葉は首相が伊勢志摩サミット後の2016年6月に2回目の増税延期を表明する直前まで国民に語っていたのと全く同じセリフだ。そして、「リーマンショック級の出来事」は起きなかったにもかかわらず、増税は見送った。 2度あることは3度ある。恥も外聞も捨てて安倍首相が「国民生活本位」の判断をできるかどうかに、景気と株価の行方がかかっている。関連記事■ 2014年の消費増税なければ今頃日経平均3万円も…■ 2年後の消費税10%への引き上げは「最悪のタイミング」■ 安倍首相が増税撤回する可能性は十分 その根拠とは■ 引き上げ延期の消費税 いっそ5%に下げたらどうか■ 消費増税 安倍・海江田の「談合質疑」は国民をバカにしている

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    エコノミストを忌み嫌った「保守の真髄」西部邁の過ち

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 保守派を代表する論客の西部邁(すすむ)氏が自殺したという報道は、多くの人たちに驚きと悲しみ、そして喪失感をもたらした。 筆者にとって西部氏の発言は、主にその「経済論」を中心に1980年代初頭からなじんできたものである。また80年代におけるテレビ朝日系『朝まで生テレビ!』の討論者としての活躍も印象に残る。個人的には、2013年に編集・執筆した『日本経済は復活するか』(藤原書店)で、いわゆるリフレ派論客の中に混じり、リフレ政策への批判的な立ち位置を代表する論者として、フランスの経済学者、ロベール・ボワイエ氏、榊原英資・青山学院大教授らとともに原稿を頂戴したことを、今も感謝とともに思い出す。ボワイエ氏も榊原氏も、そして西部氏もともに単なる経済評論ではなく、その主張には思想的または実践的な深みがあったので、彼らへの依頼は拙編著の中で太い柱になった。講演する西部邁さん=2010年3月(前川純一郎撮影) また06年に出版した拙著『経済政策を歴史に学ぶ』(ソフトバンク新書)の中では、西部氏の「経済論」やその背景になる主張を、筆者なりに読み説いて、批判的に論じた。先の『日本経済は復活するか』への依頼でもわかるように、筆者にとっては、「西部邁」は自分とは異なる主張の代表、しかも彼を批判することが自分の「勉強」にもなるということで、実に知的な「論争相手」だった。もちろん、いままで一度も実際にお会いすることはなかったのは残念である。おそらく、会っても彼の一番忌み嫌う「エコノミスト」の典型であったかもしれないが、それはそれでむしろ筆者の願うことでもあったろう。なぜなら、それだけ西部氏の「経済論」には賛同しがたい一面があるからだ。 だが他方で、評論家の古谷経衡氏が表した以下の喪失感も共有している。西部邁先生が居られない保守論壇なんて…考えただけでも恐ろしい。どんどんと劣化、トンデモ、陰謀論、区別という名の差別が跋扈するだろう。現在でもそうなのに。古谷経衡氏の2018年1月21日のツイート 西部氏はその最後の書『保守の真髄(しんずい)』(講談社現代新書)でも明らかなように、保守派の論客であった。だが、現在の自称「保守」の一部のように、例えば「韓国破たん論」をヘイトスピーチに誘導するような形で言及し、または各種の陰謀論を匂わすような手法も採ることはなかった。西部ファンは多くいても、「信者」のような形で囲いこむこともない。その意味では、西部氏の言動は現代の「保守」論壇の中でまれなものだった。 西部氏の「経済論」は、かなり昔からある「正統派経済学批判」の形を採っている。西部氏にとっての正統派経済学とは、1)人々は合理的な存在、2)市場は効率的な資源の配分を行う自律的なシステムである、という主張を核にしている。だが、西部氏にとって人間の社会的行動とは、そもそも合理的な面と不合理的な面の二重性をもっている。そしてこの不安定な二重性を平衡に保つ力を、西部氏は「慣習」あるいは「伝統」と名付けている。経済問題の文脈で理解するとどうなるか この「慣習」ないし「伝統」を経済問題の文脈で理解するとどうなるか。『保守の真髄』でも例示しているが、賃金など雇用関係がわかりやすい。賃金は「慣習」で決まることで、経済の安定と不安定との平衡化に寄与するのである。 企業の投資活動は将来の不確実性に必ず直面している。このような不確実性に対処するために企業は労使間のあつれきをできるだけ最小化することを選ぶ。なぜなら、労使でもめ事が発生すればそれだけ企業の直面する不確実性もまた増幅するからだ。これは経営者側に長期の雇用契約を結ぶ動機付けを与え、また労働者側も自らの生活の安定のために長期的雇用関係を結びたがる。このことが長期雇用関係を「慣習」や「伝統」として企業の中に、あるいは日本経済の中にビルト・インしていくことになる。 このような経済論は、初期の著作『ソシオ・エコノミックス』から最後の著作である『保守の真髄』まで一貫している。後者から引用しておく。 勤労者がその慣習賃金を受容するというのは、それで自分の家族の生活が賄えると思うからに違いない。ということは、勤労者の購入する主として消費財の価格について何らか安定した期待を持っているということでもある。総じていうと市場で取引される多くの商品の価格が公正価格の周辺で、需要と供給の差に反応しつつ少しばかり変動する、というのが市場なるものの標準的な姿である。『保守の真髄』142ページ ただし、このような「慣習」=公正価格や慣習賃金などは、平衡作用と同時に非平衡作用も生み出す力を持っている。例えば、長期的雇用関係は慣習賃金として、名目賃金の下方硬直性を生み出す。労使間の信頼ややる気などを損なわないために、不況であっても賃金を引き下げることを選ばない。すでに大企業に雇われている労働者は身分も賃金も保証される。だがその半面で、若者たちの新規採用を削減したり、または非正規雇用などを増加させるなど経済不安定化を生み出してしまう。(iStock) もちろん西部氏は、「伝統」や「慣習」は人間社会の合理性と非合理性の平衡を「綱渡り」的にとることができるとみなしているだけで、いま書いたように「伝統」や「慣習」が一部の人たちには安定的でも、経済自体に不安定化をもたらすことも想定していたと考えることはできる。 この「伝統」や「慣習」に二面性を求める見解、時には社会・経済を綱渡り的に平衡させ、時には非平衡化させてしまう働きというものは、西部氏の貨幣論にも典型的に表れている。 貨幣は社会的価値を交換可能にすることで社会の安定化に寄与するだろう。しかし他方で強烈な不確実性ショックに直面すると、この貨幣がかえって社会そのものの平衡を危うくする可能性を、西部氏は同時に示唆していた。過剰だった「官僚」への期待 例えば、強いデフレショックがもたらした貨幣価値の急騰(貨幣バブル)によって、人々は実物投資や消費、そして何よりも人間そのものにお金を使うこと(雇用、教育など)を控えてしまい、ひたすら貨幣をため込んでしまうかもしれない。西部氏自身は、多くの経済学批判者と同様にインフレの方がデフレよりも社会を非平衡化=不安定化するものと思っていたようだが、いずれにせよ、この「デフレ=貨幣バブル」を再平衡化するには「貨幣=慣習」の価値を微調整していくべきだ、というのが西部氏の政策論の核心である。 ただし、このとき西部氏は「貨幣=慣習」の平衡化は、金融政策よりもむしろ財政政策が担うものと考えていたし、また政策の担い手としては「官僚」に期待しすぎていた。 要するに、日本のデフレの長期化は、それが問題であるにしても、原因が金融政策の失敗というような観点についぞ、西部氏は立脚することはなかった。むしろ市場原理主義的なもの、グローバリゼーション的なものが、「慣習」や「伝統」の平衡化を阻害することで日本の長期停滞は生じたと、彼はみていたと思われる。そのため、デフレとデフレ期待の蔓延(まんえん)、それをもたらしている日本銀行の金融政策の失敗というリフレ派の主張には、西部氏は最後まで賛同しなかったと思われる。それは残念なことであり、西部氏の影響を受けている人たちの「経済政策鈍感」ともいえる現象を招いただけに、さらに残念さは募る。2000年11月、参院憲法調査会で意見を述べる参考人の西部邁さん さらに「官僚」への期待が過剰なようにも思える。ここでいう「官僚」というのは、実際の高級官僚たちだけではなく、政治家、言論人などを含むものだ。この「官僚」が「指示的計画」を策定し、市場経済の基盤であるインフラ整備を行うことで、社会を安定化させることを西部氏は期待した。しかしその「官僚」から、なぜか「エコノミスト」たちは排除されていた。なぜなら、「エコノミスト」たちは世論の好む意見しか表明しない、社会をよくする存在であるよりも、社会に巣くう連中であるにすぎないからだ。だが、他方で、西部氏の期待する「官僚」たちも大衆や世論が好むように発言し、活動するものがいるのではないか。 大衆や世論には、真理を求めるという姿勢よりも、常に自分たちの好むものだけを望む傾向があるのは確かだ。だが、他方で今日の財務省的な緊縮主義に対抗できているのは、大衆の反緊縮的姿勢だけではないだろうか。日本の言論人やマスコミ、政治家、そして高級官僚のほとんどすべてが、日々、緊縮主義の掛け声をあげているのが実情である。大衆に安易な依存も期待もできない。しかし他方で、そこにしか今の日本ではまともな政策、少なくとも経済政策の支持の声は強くない。この日本の特殊な言論・政策環境にこそ、日本の精神的病理があるようにも思える。 西部氏の著作や発言は膨大である。そこにはひょっとしたらこの問題への解もあるかもしれない。だが、いまはここまでにとどめておきたい。 最後になってしまいましたが、心からお悔やみ申し上げます。生前のご教示ありがとうございました。

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    デフレ不況の勝ち組「債券ムラ」と既存メディアの蜜月関係

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) テレビ報道を検証する任意団体「放送法遵守を求める視聴者の会」(百田尚樹代表理事)が興味深いアンケートを公表した。「最近のテレビは偏向報道が増えている」という質問に対して、「すごく増えている」と「増えていると思う」の回答両方で、67・8%にもなっているのである。 「偏向報道」というのは、専門的な知見や社会的な常識などから著しく偏った報道を一定期間行っているときに使われている言葉だろう。もちろん単に報道することだけではなく、いわゆる「報道しない」ことも含まれている。世界的に当たり前の知見や事実が日本だけ報道されていない事例などを指す。2017年3月、「放送法遵守を求める視聴者の会」の代表理事に就任し、あいさつする作家の百田尚樹氏(左から2人目) 特に日本では、放送法の第1条第2項で「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」とある。しかし、森友学園問題や加計学園問題などを中心に、テレビの報道は本当に「不偏不党」だったのか、しばしば議論の対象になっている。もちろん二つの学園問題だけではない。筆者の主なる関心である経済問題についても、専門的な知見というよりも特定の既得権団体、つまり財務省などの官庁、国債市場や民間金融機関の関係者などの意見だけが大きく取り上げられている傾向に思える。 素朴な観測をすると、全国放送レベルで、「ニュースウオッチ9」(NHK)「報道ステーション」(テレビ朝日系)といった平日午後9時以降の報道番組で、いわゆるリフレ派の経済学者やエコノミスト、経済評論家が出演して、経済政策についてコメントや解説することはまれといっていい。 リフレ派とは、日本の長期停滞の原因がデフレとデフレ期待にあるとし、その解決策として日本銀行の政策スタンスが重要だとする政策主張者たちである。特に政治的な主張と連動しておらず、政治スタンスはそれこそ保守からリベラル、左翼まで属している。ちなみに、日銀の政策スタンスのキーは、デフレ予想を転換することであり、インフレ目標と大胆な量的緩和を唱えるのが定番である。 政策レベルでいえば、アベノミクス「第一の矢」である大胆な金融緩和政策とほぼ同じになる。「ほぼ」としたのは、日本銀行の現状の政策に少なからぬリフレ派が不満足だからだ。海外では、リフレ派が主張する経済政策、つまりリフレ政策は「当たり前の政策」のひとつである。経済が停滞しているときに、積極的な金融緩和と財政拡張を行うことは、国際的には標準的な政策ツールである。ところが、日本のマスコミ報道ではその「国際標準」は例外扱いになっているわけだ。長期停滞で「勝ち組」になった人たち リフレ派は現実の政策的にも重要な専門家集団なのだが、存在が明らかになってきた1990年代後半から今日に至るまで、日本の報道番組に出演する機会はごくごく限られたものになっている。むしろ、テレビの経済解説では、彼らとは異なる財政再建論者や長期デフレ論者、消費増税論者などがテレビに出演する「専門家」の中心であり、あえて言えばほぼすべてである。 ちなみに、日本のテレビ報道の重要な特性だが、民間の主要キー局がすべて大新聞の関係組織であるため、新聞とテレビでの報道が極めて類似している。例えば、日本経済新聞にリフレ派の論客のコメントが掲載されたり解説記事を書いたりことは極めてまれだ。それの合わせ鏡で、関連会社のテレビ東京「ワールドビジネスサテライト」にリフレ派の論者が出演することもめったにないのである。利付10年の日本国債 ところで、日本には「債券ムラ」と呼ばれる民間金融機関の債券部門が存在している。彼らは日本が長期停滞を続ける中で「勝ち組」といわれていた。長期停滞が続けば名目金利が趨勢(すうせい)的に低下していくので、取り立てて有能ではなくとも、その部署にいるだけで債券の売却益で荒稼ぎできたわけである。 短期国債の名目金利はゼロに早く到達したが、それでも長期金利はプラス域であった。デフレ期に多くの金融機関が国債保有の比率を増加させていたのは、債券購入と債券売却との利ざや(=売却益)を稼ぐためであった。 だが、最近では、長期名目金利もマイナス域から極めて低い金利でコントロールされている。そうなると債券ムラにとっては自分たちの不況で得てきた有利なポジションを奪われているという不満が募ってくる。しかも債券ムラの住人は、デフレ不況の期間において、新聞、テレビ、通信社など既存のマスメディアと長期的な関係を構築してきた。 なぜなら、長期デフレの間で、最も目覚ましい活躍(?)をしていたのが債券ムラの住人たちであり、その動向を報じることは、既存のメディアにとっても商売になったからである。そのためか、今もメディアの多くは、債券ムラの住人たちの意見に沿った報道をする傾向が強い。「出口戦略」を求めるムラの願望 例えば、日銀の黒田東彦総裁が何か発言するたびに、いわゆる「出口戦略」として解釈する傾向がそれだ。今の日銀は、インフレ目標が2%に到達し、場合によればそれを超えることをしばらく放任する姿勢を採用している。もちろん今の日本は、デフレ不況ではないが低いインフレ率のままであり、目標達成はまだまだ見通せない。だが、マスコミの報道は常に「出口戦略はまだか」という解釈で、日銀の政策を理解しようとするバイアス(偏向)がある。 実際に昨年、黒田総裁が「リバーサル・レート理論」について言及したとき、それを日銀の政策変更の予兆としてとらえる報道が相次いだ。リバーサル・レート理論とは、黒田総裁の当の発言がわかりやすいので引用しておく。「最近、『リバーサル・レート』の議論が注目を集めています。これは、金利を下げすぎると、預貸金利ざやの縮小を通じて銀行部門の自己資本制約がタイト化し、金融仲介機能が阻害されるため、かえって金融緩和の効果が反転(reverse)する可能性があるという考え方です」2017年12月、会見場に入る日本銀行の黒田東彦総裁(桐原正道撮影) これは先ほどの債券ムラの理屈で読み直すと、国債の利回りがマイナスから極めて低い名目金利になると、国債の売却益が縮小してしまい、そのことが民間金融機関というか、債券ムラの収益を損ねてしまう、ということになる。つまり黒田総裁がこのリバーサル・レート理論を持ち出したことは、債券ムラ的な発想からは、黒田日銀の政策転換のシグナルに解釈できるのだ。 実際、この黒田発言以降の多くの報道記事は、金融関係や国債市場の関係者たちがこれを日銀の出口戦略のシグナルとしてみたとするものが相次いだ。のちに黒田総裁自身はそのような日銀の政策転換をもたらすものではないと否定するのだが、当初の報道の多くは、この黒田発言を日銀の政策が変わりつつあるシグナルとして伝えるものが多かった。しかも、いまだにこのリバーサル・レート発言を話の枕にして、今年の日銀の政策転換を解説するマスコミの記事に事欠かない。 念を押すまでもなく、もし、インフレ目標未達のままで日銀が政策転換を行えば、今後の政策の信頼性は著しく損なわれてしまうだろう。そのことは日銀の損失だけではなく、もちろん日本経済の損失にもなる。だが、「出口戦略」=日銀の金融緩和政策の終わりを求める、既存マスコミと債券ムラの関係者の願望はそんな日本経済や国民生活などはどうでもいいのだ。そう、彼らの利害こそがすべてだからである。

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    三橋貴明DV事件を機に考えたい「家庭内暴力の経済学」

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) 著名な経済評論家の三橋貴明氏が逮捕されたニュースは、経済など時事問題に関心の強い層を中心に大きな驚きを与えた。筆者が最初に目にした朝日新聞の報道によると、10代の妻を口論の末に「自宅で転倒させて腕にかみついたり、顔を平手で殴ったりして約1週間のけがを負わせた」とある。いわゆる家庭内暴力(ドメスティック・バイオレンス)に該当する事象での逮捕だろう。他の報道では、去年2回にわたり、妻への暴力をやめるように警察から警告を受けていたという。 これらの報道の信憑(しんぴょう)性を含めて、今後この事件がどうなるのか推移を見ていかなくてはいけない。釈放された三橋氏本人のブログでは、彼の視点による「事実」の説明とおわびの言葉が書かれている。ブログには「最後に、妻がかなりきつい言葉を私にぶつけ、一瞬、カッとなった私は、妻の左ほほを平手打ちしてしまいました」とあるので、暴力があったことは少なくとも明白だろう。 三橋氏の釈放を受けた報道には「裁判所が身柄の拘束を認めなかったため、三橋さんは8日午後、釈放された。三橋さんは警視庁の調べ容疑を否認していたということで、今後は、在宅のまま捜査が続けられる」(日本テレビ系 NNN)とある。報道が正しければ、捜査は継続中のため予断を許さない。経済評論家の三橋貴明氏=2014年4月(宮崎裕士撮影) 三橋氏とは今まで何度か討論番組で同席し、またラジオでは日にちが違うが同じ番組のコメンテーターを務めるなど、面識がある。三橋氏の人柄について個人的な感想は特に今はない。彼が主張する経済論には、今までも厳しい批判の姿勢を持っていた。ただ、そのことと今回の事件は特に関連するものではない。 ネットではさまざまな「陰謀論」めいた話が交錯しているが、なんの根拠もない、身びいきあるいはその反対の悪意に満ちたものがあるだけで読む価値はない。以下は今回の事件を契機にして、日本の家庭内暴力について、経済学者としての視点を中心に簡単な考察を試みることにした。家庭内暴力は「隠れた貧困」 家庭内暴力については、個人的にもトラウマ(心的外傷)に似た経験を持っている。筆者の幼少のころに母親、そして筆者自身も、父親の苛烈な家庭内暴力に見舞われていた。詳細は控えるが、父親からの加害によって母親は生涯、片足に障害を負ってしまった。冬場になると古傷が痛むらしく、よく足を引きずるようにしていたのを思い出す。今は両親ともに鬼籍に入っているが、家庭内暴力は筆者にとっても無縁の出来事ではないのだ。(iStock) 内閣府の統計によると、全国の配偶者暴力相談支援センターに寄せられた相談件数は年間で10万件を超えている。ものすごい件数である。アンケートでは、配偶者(事実婚や別居中の夫婦、元配偶者も含む)から「身体的暴行」「心理的攻撃」「経済的圧迫」「性的強要」のいずれかを一つでも受けたことがある人の数は、女性では20%以上、男性は16%ほどにものぼるという。 相談件数自体も驚くほど多いが、ほぼ一貫して件数などが上昇傾向にあることは見逃すべきではないだろう。もちろん他のアプローチも存在するが、家庭内暴力を経済学の視点からどう考えるべきか。それは一種の「隠れた貧困」と考えるべきかもしれない。 貧困といえば、満足な栄養や最低限の所得に欠けるような「絶対的貧困」、社会の一定割合を貧困状態であるとみなす「相対的貧困」など、多様な貧困の基準がある。 最近、日本の貧困研究の第一人者である日本女子大学名誉教授の岩田正美氏が『貧困の戦後史』(筑摩書房)を出版した。同書では、幼児の虐待死や未受診・飛び込み出産を「『かたち』になっていない貧困」と定義して分析している。「かたち」になっていない貧困とは、貧困として社会的な注目の濃度にまだ乏しいが、実体は貧困に起因するものであるという視点だ。生活保護から閉ざされるなど経済的な制約のために、児童への虐待が見られるという可能性を岩田氏は指摘している。 現時点の経済学の成果をみると、家庭内暴力も経済的な要因が無視できないほど大きい。ブラウン大のアナ・エイザー教授は家庭内暴力の経済学を積極的に公表している。その中で、エイザー氏は男女間の賃金ギャップに注目している。この男女間の賃金ギャップが縮小するほど家庭内暴力が減少していくという。つまり、労働報酬で男女間の賃金ギャップが少なくなれば、家庭の中での女性パートナーの交渉力が増し、それにより家庭内暴力が減って女性の健康が促進されていくというのである。家庭内暴力は周期性を持つ また、家庭内暴力が周期性を持つことをエイザー氏は指摘している。家庭内暴力を振るわれた女性パートナーが、当局に助けを求めても、しばらくするとその男性パートナーと暴力的な関係性に戻ってしまう現象が存在するという。この時の原因は、心的な依存関係もあるが、経済的依存関係が大きく左右するだろう。例えば、男性パートナーだけが働いているために、女性パートナーは経済的に自立しにくいケースが典型的には考えられる。この家庭内暴力に経済的な依存関係が大きな役割を果たすことは、別の欧米の経済学者たちによっても指摘されている。 これは視点を変えると、家庭における男女分業への伝統的な経済学の解釈を再考するきっかけともなるだろう。例えば、異なる仕事それぞれに特化しても、そのカップルには効率性はあっても、心の幸福を得られないかもしれない。男性パートナーが会社などで高い報酬を得、一方で専業主婦の女性パートナーが家庭内労働で大きな成果を挙げていても、それによりこのカップルが幸福といえるかどうかは別問題というわけである。エイザー氏の視点では、ここには経済的な依存関係が発生していることになる。 ただし注意すべきは、一例として女性パートナーの男性パートナーへの経済的依存関係が強いときは、家庭内暴力が深刻であっても女性パートナーが声を上げることが難しいかもしれないことだ。離婚や別居することで十分な生活を今後送ることができるのかどうかが最重要な問題だろう。また今までの人間関係を失うコストも重大なものだ。これらのコストを払うことができないまま、家庭内暴力に泣き寝入りする可能性がある。これはまさに「隠れた貧困」といってもいいのではないか。(iStock) ブリティッシュ・コロンビア大学の講師マリナ・アドシェイド氏は、『セックスと恋愛の経済学』(東洋経済新報社)の中で、外国人の妻たちが離別した後や家庭内暴力についての声をどれほど頻繁に上げているかを解説している。理由を簡単にいえば、彼女たちがその時点では経済的な依存関係から脱却しているからである。別な角度からみれば、経済的依存関係が深ければ、そのような声が出にくいだろう。 アドシェイド氏は、さらに経済的に効率的ではないかもしれないが、幸せなカップルになるには似たもの同士が好ましいと書いている。ある人が教えてくれた古いことわざに「割れ鍋にとじぶた」というものがあるが、経済学からもそれと同じ含意が出てくるのは興味深い。 もちろん家庭内分業がうまくいっているカップルも多くある。また、ささいなトラブルはどの家庭にもあるだろう。だが、私は前述した個人的な経験も踏まえていうならば、家庭内暴力に安易な妥協はしないほうがいいと伝えたいのである。

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    「小国化ニッポン」の命運は2018年6月に決まる

    三橋貴明(経世論研究所所長) 「極論」というよりは「現実」の話として、日本国の運命は2018年6月に決まる可能性が高い。すなわち、安倍内閣の「骨太の方針2018」閣議決定だ。 骨太の方針2018に、プライマリーバランス(基礎的財政収支、以下PB)黒字化目標が入るかどうか。これにより、日本の針路が決定的に変わってしまう。 現在の日本は、いまだにデフレーションという「総需要の不足」に苦しめられている。デフレ継続により、国民の貧困化、財政の悪化、インフラの老朽化、科学技術力凋落、防衛力弱体化、社会保障の崩壊、少子化の継続と人口減少など、さまざまな「深刻な問題」が引き起こされている。 誤解している読者が少なくないだろうが、日本国は、「人口が減っているため、デフレが継続し、経済が低迷している」わけではない。 2000年から2015年までの人口で比較すると、日本よりもハイペースで人口が減っている国々が18カ国ある。そして、人口が減っている国のほとんどが、わが国よりも高い成長率で経済規模を拡大していっているのだ。ちなみに、世界最速で人口が減っていっているジョージアの2000年から15年までの経済成長率の平均は、5.67パーセントだ。 日本の経済成長率が低迷しているのは、単純にデフレのためである。人口は関係ない。 デフレの国は、物価も確かに下がるのだが、それ以上のペースで所得が縮小する。すなわち、実質賃金が下がっていく。特に、若者の実質賃金の低迷は、婚姻率の低下をもたらす。婚姻率が下がると、当たり前の話として少子化になり、人口も停滞する。 例えば、日本以上に少子化が進む台湾も、やはり実質賃金が下がっている。日本や台湾の若者にとって、もはや「結婚」や「出産」は、ぜいたく品になってしまっているのだ。 日本の少子化や人口減少は、デフレーションの「結果」であって、「原因」ではない。デフレの原因はバブル崩壊と緊縮財政であり、他にはない。 90年代初頭、日本のバブルが崩壊。国民が借金返済や預金といった「貯蓄」を増やし、需要(消費、投資)を減らし始めた。そのタイミングで、1997年に橋本龍太郎政権が消費増税、公共投資削減といった「緊縮財政」を強行した結果、わが国はデフレになった。 日本のデフレが始まったのは、バブル崩壊後ではない。橋本政権の緊縮財政の翌年、98年こそが日本のデフレ元年だ。インフレギャップとデフレギャップ デフレの国は、図の右側。供給能力に対し、総需要が不足するデフレギャップ状態に陥る。デフレギャップになると、モノやサービスの価格が下がり、生産者の所得が下がる。所得下落はさらなる総需要の不足を生み出し、いつまでたってもデフレギャップが埋まらない悪循環に陥る。 また、所得下落は税収不足をも生み出す。何しろ、われわれは所得から税金を支払っているのだ。 デフレで所得が不足し、税収が減ると、当たり前だが財政は悪化し、 「国の借金で破綻する! 政府は支出を削れ! 増税だ」と、緊縮財政が推進される。 緊縮財政は、もちろん需要を減らすデフレ促進策だ。緊縮財政により、経済がデフレ化。国民の所得が縮小し、税収減少することで財政が悪化。財政悪化により「緊縮財政だ!」となり、悪循環がいつまでたっても終わらない。 デフレが継続する限り、国民の貧困化は続く。すでに、日本国民の実質賃金はピーク(17年1-3月期)と比較し、15%も落ちてしまった。 また、財政の悪化は公共投資や科学技術予算、防衛費の削減をもたらし、日本国のインフラ、科学技術力、防衛力はひたすら衰退していった。防衛費が20年前以下は狂っている 国土交通省によると、全国の自治体管理の橋の老朽化が進んだ結果、すでに16年4月時点で2559の橋が通行止めや片側通行などの規制をしているとのことだ。橋の点検強化を進めた結果、規制せざるを得ない橋梁数が8年前の2・6倍に拡大。生活に影響が出ているが、財政上の理由、つまりは「カネ」の問題で改修が進んでいない。 日本には、河川法で管理される一級河川が約1万4千もある。さらに、二級河川の数が約7千。2万を超す川により、土地や地域が「分断」されているのが日本の国土なのだ。 日本は、河川に橋を架け、土地と土地を結び付けることで発展してきた。それが今や、橋の架け替えについて「財政」を理由に怠り、土地と土地が分断されていっているのだ。 我が国は、退化していっている。 2017年6月2日に閣議決定された「2017年版 科学技術白書」では、研究価値が高いことを意味する「被引用論文件数」の国別順位について、日本が10位にまで後退したことが指摘された。 12~14年の平均で見ると、日本の被引用論文件数のシェアはわずかに5%にすぎなかったのだ。 トップはアメリカで、二位が中国、以下イギリス、ドイツ、フランス、カナダ、イタリア、オーストラリア、スペインと続き、ようやく日本である。 02年から04年の日本の被引用論文件数のシェアは7.2%で、アメリカ、イギリス、ドイツに次ぐ四位であった。凋落著しいとしか、表現のしようがない。 また、安倍政権は確かに防衛費の当初予算を伸ばしてはいる。とはいえ、いまだにピーク(1997年)の水準すら回復していない。 防衛面の安全保障上の危機は、現代は97年時点と比較し、明らかに深刻化している。それにも関わらず、防衛費は20年前以下。「狂っている」と表現するべきなのだろう。 日本のデフレを継続させ、国民の貧困化、財政の悪化、インフラ、科学技術、防衛面の衰退、さらには人口の減少をもたらしているのは、財務省の「PB黒字化目標」である。経済財政諮問会議に出席する安倍晋三首相(右)と茂木敏充経済再生担当相 =2017年12月1日、首相官邸(斎藤良雄撮影) PB黒字化目標がある限り、わが国は消費税増税など各種の増税を強いられ、公共投資、科学技術予算、防衛費などを削減せざるを得ない。増税も政府支出削減も、いずれもデフレ化政策だ。PB目標により、大げさでも何でもなく、わが国は小国化、発展途上国化しつつある。 日本政府が公共投資や科学技術予算、防衛費などを拡大する財政出動に踏み切り、さらに減税といった「総需要不足」を埋める正しいデフレ対策に乗り出せば、わが国は瞬く間にデフレから脱却する。デフレから脱却しさえすれば、国民は豊かさを取り戻し、財政も改善する(税収が増大するため)。 さらに、若者の所得が安定的に増えていけば、結婚が増え、少子化も解消。やがては、人口も増加に転じることだろう。 ところが、PB黒字化目標がある限り、政府が正しいデフレ対策に乗り出すことは不可能なのである。 2018年6月の「骨太の方針2018」に、現状のPB黒字化目標が残った場合、われわれ日本国民は、将来的な「亡国」を覚悟するべきである。

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    「日本の借金1108兆円」NHKの歪んだ報道が国民をさらに惑わす

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) たまたまNHKを見ていて非常に懸念を抱いたニュースがあった。「来年度予算案 1100兆円の借金 財政の先行き一段と不透明に」という記事で、インターネットでも読める。 簡単に要旨を書くと、政府予算案の規模が大きく、歳出が増加する一方で歳入では国債の発行額が3分の1を占めるのが問題と指摘する。そして、来年度末には国と地方を合わせた「借金」が1108兆円に上り、「先進国中最悪」になることに警鐘を鳴らすものである。報道は、このような財政状況が若い世代に将来不安をもたらしていると結んでいる。筆者から見れば、このようなNHKの報道こそが、財政状況へのゆがんだ認識を広めることで、若い世代に不安を与えていると思う。東京都渋谷区のNHK放送センター まず、どこがゆがんでいるのだろうか。それは政府の「1108兆円の借金」という見方である。単純に、日本の財政は借金=負債だけが存在するのではなく、資産も存在している。政府の持つ資産と負債を比較して、その上で事実上の「借金」を特定すべきである。負債の方が資産を上回っていれば、それを「純債務」と名付けよう。ただし、この純債務の大小だけがわかっても財政状況はまだ判断できない。だが、ここまでの議論を「政府のバランスシート問題」と名付けておく。 たとえ借金の方が資産よりも多くても、将来それが返済可能であれば問題はない。つまり返済できる金額と返済しなければいけない金額を比較して、それがほどほどのバランスであればまず問題はない。以下ではこの点を「政府のバランスシート問題」の観点から検討する。 政府の資産と負債を比較できるバランスシートを見る重要性は繰り返し指摘されてきている。今回のNHKニュースに代表されるような「政府の借金(負債)」の大きさだけに注目するのは全く妥当ではない。これでは国民が財政再建、増税路線、緊縮政策といった特定の政策に誘導されてしまうだろう。実際NHKニュースでも、いまのところ再来年に実施される消費増税が、教育無償化などに使われることよりも、むしろ国債償還という「借金」返済に使われるべきだとの趣旨として読むことができる。だが、そのような誘導はもちろん真実への誘導ではない。誤解への誘導である。「政府+日銀」の保有を無視するのか 政府のバランスシートの最新版は以下の通りである。 これを見ると平成27年度末で、政府の純債務はマイナス520兆円である。前年度よりも30兆円近く増えているし、ここ数年でもその傾向はある。だが他方で、この純債務と日本の名目国内総生産(GDP)を比較すると、名目GDPが同年度で531兆円なので約98%である。 さらに政府の概念をより広げてみよう。特に日本銀行との関係が重要である。数年前に日本経済新聞の紙上で、コロンビア大学のデイビット・ワインスタイン教授は、日銀の金融緩和政策を好意的に評価したうえで、日銀はその保有する国債を永久に所持できる(実際には償還期限がきたものから日銀のバランスシートから剥落)と指摘している。この考え方を採用すると、広義の政府、つまり統合政府は「政府+日銀」となる。両者のバランスシートのうち国債保有の関係だけをみると、日銀は現状で国債を438兆円保有している(営業毎旬報告12月20日)。参照:財務省 政府部門の最新のものは、2015年3月末までなので類推しなければいけない。いま年度ごとの純負債の増加額が、毎年度約30兆円としておくと、現時点の政府と政府関連機関の純債務は571兆円と考えられる。対して日銀の現時点の国債保有額が438兆円なのでこれを571兆円から引き算すると、統合政府の純債務は現状では、133兆円である。名目GDPは約540兆円としておこう。すると名目GDPと純債務の比率は、約25%になる。これは同様の推計をした2014年末の比率では、約41%なので大きな縮小である。 このような統合政府からみた見解を、どうもNHKは無視したいようである。NHKがなぜ無視したがるのか、記事には載っていないのでわからない。だがしばしば国の借金だけを強調する論者や政治家たち、マスコミが指摘しているのは「日本銀行のバランスシートを組み込んで、そのような財政膨張を弁護してもやはり財政の信認が失われる」というものだ。日銀の国債保有の「メリット」 この論点については、経済金融アナリストの吉松崇氏が論説「中央銀行のバランスシート拡大と財政への信認」(原田泰・片岡剛士・吉松崇編著『アベノミクスは進化する』中央経済社)で集中的に検討している。簡単に要旨だけ書く。日銀が「質的量的金融緩和」で多くの国債を保有している。日銀の保有する国債からは金利収入が発生する。他方で日銀当座預金には0・1%の金利がつき、この部分は民間銀行に支払われる(実際の日銀当座預金への金利適用は複雑だがここでは単純化する)。だから金利収入からこの0・1%を引いたものが、日銀の得る通貨発行益(シニョレッジ)となる。 吉松氏の解説の通り、この通貨発行益は、日銀の収益であると同時に、国庫に納付するため事実上の国の収益である。つまり通貨発行益がプラスで推移していくことは、日銀の国債保有が政府にとってもメリットがあり、狭い意味での政府の財政を安定化させることに寄与しているということだ。 なお、日銀の説明ではもっと単純に「日本銀行の利益の大部分は、銀行券(日本銀行にとっては無利子の負債)の発行と引き換えに保有する有利子の資産(国債、貸出金等)から発生する利息収入で、こうした利益は、通貨発行益」としている。2017年12月、記者会見する日本銀行の黒田東彦総裁(桐原正道撮影) 日銀の公式の説明通りだと、昨年度だと国債の利息収入(貸出金の利息収入は小規模なので無視する)は、1兆1800億円超である。今年度はそれ以上のペースで増加しているようだ。もちろん吉松氏が指摘している通り、この金額は財政の安定に寄与している。 さらに、日銀の国債保有は「インフレ税」の面でも政府の財政安定化に寄与している。もし日銀がインフレ目標を実現すれば、その実現の過程ないし実現後に、固定利回りの国債やその他の債券を保有している人たちは、名目金利が上昇し債券価格が低下することで「課税」されたことと同じ現象が生じる。これをインフレ税という。もちろん政府はこの分だけ、インフレになったことで国債の償還の負担が軽減される。このインフレ税の増加はもちろん政府の財政安定化に貢献するだろう。 ただし吉松氏も指摘しているように、通貨発行益もインフレ税も日本が事実上のデフレの間や、インフレ目標が達成され、しばらく金融緩和基調が続く間だけの「一時的な財政安定化」の効果しかもたない。もちろんそれでも大きな効果だ。ただし、さらに恒久的な財政の安定化は、インフレ目標の達成により経済成長が安定化し、税収が増えていくことで実現されていく。 要するに、日本の財政の維持可能性、つまり日本の財政危機は、きちんとした政府と日銀のマクロ経済政策の成功か失敗かに依存しているのである。今回のNHKに代表される「政府の借金」論の偏った報道こそが、この正しい政策の見方を誤らせ、ただの増税主義へ国民を誘導しかねないだろう。

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    ムガベ大統領と日銀、どっちの通貨政策が信用できる?

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) ジンバブエのロバート・ムガベ大統領が、軍のクーデターによって退陣を迫られている。現段階では辞任を拒否しているようで、事態は混とんとしたままだ。ジンバブエといえば、経済学的には人類史上でもまれなハイパーインフレ(物価の異常な高騰)をもたらした国として有名である。また最近では、日本がアフリカ外交のひとつの拠点にしようと画策していた点でも注目されていた。 このジンバブエの経済の現状は、ハイパーインフレを防ぐための米ドルを中心とした複数外貨制を採用した結果、落ち着きを取り戻し、一時期は高めのプラス成長であった。だが、近年は低成長とデフレ経済に悩み、失業率が累増していた。つまり、社会的な不満がかなり蓄積されていたことが、今回のクーデターの背景にあったのかもしれない。ちなみにジンバブエ経済は、ギリシャ経済と似ている。自国独自の通貨を持たず、そのため金融政策は封じられている。他方で巨額の対外債務を抱え、また官僚や軍などの政府組織のリストラにも手がつけられない。金融・財政そして成長戦略ともに思うように動けないから、両国は似ているのである。テレビ演説するジンバブエのムガベ大統領=2017年11月19日、ハラレ(AP=共同) ジンバブエが過去に経験したハイパーインフレには、顕著な特徴が存在する。それは各国の中央銀行のマネーの供給量と物価の上昇レベルが「連動していない」ことだ。つまり、中央銀行が貨幣を刷る量をはるかに上回ってインフレ率が進んでいく。貨幣の量と物価の関係性が切断されている、とも表現できる。それだけ自国通貨への信頼が毀損(きそん)されてしまったのだ。 このハイパーインフレの状況は「貨幣の増加レベル+通貨の信認の低下=物価の急上昇」という公式で理解するとわかりやすい。左辺の第2項「通貨の信認の低下」がとりわけ重要だ。この「通貨の信認の低下」というものは、「そもそも貨幣とは何か」という問題に直結しているからだ。 貨幣とは何か、という基本的な問題に、最近の経済学者は「貨幣は貨幣として使われるから貨幣である」という「貨幣の自己循環論的定義」を与えている。つまり、貨幣として人々が使うがゆえに貨幣であるのだ。まるで禅問答のようだが、これがいまの経済学が貨幣を解明する上で与えた最先端の解である。代表的には、経済学者のコチャラコータ元米連邦準備制度理事会(FRB)理事や国際基督教大学の岩井克人客員教授がそのような主張である。インフレ5千億%でも使い続けた国民 貨幣が貨幣であることを保証するのは、人々がその紙や金属片を「貨幣」だと信認するときだけである。それだといかにも頼りなげであるが、存外にこの信認は強固である。例えば、ジンバブエでは5千億%のインフレになっても国民はまだこのジンバブエドルを使い続けた。物々交換や他国の通貨を闇で使うことはあったが、自国通貨を完全に放棄することはなかった。そのため、私も知人から譲ってもらったのだが、100兆ジンバブエドル紙幣まで登場していた。どんなに信用が下落しても、通貨の信用はゼロにはなりきれないのだ。(左から)10億、10兆、100兆ジンバブエドル(iStock) ただし、信認をほとんど失うことは可能で、それがジンバブエのハイパーインフレの背景だったろう。この経済危機を乗り越えて、ムガベ政権の安定性は高まったかにみえたが、前述した経済運営などの失敗が背景にあり、ムガベ大統領のほうが今度は信認を失ってしまったようだ。 さらにジンバブエの教訓は日本にも参考になる。「通貨の信認」は要するに政府や中央銀行の政策スタンスがかかわってくる。ハイパーインフレが、貨幣の発行量と連動していない、むしろ信認のキーになる政策スタンスが重要である。日本では長くデフレが問題視されてきた。デフレを脱出するためには、日本銀行がデフレ脱却に強いコミットメントを発揮する必要がある。しばしば、日銀のマネタリーベース、ざっくりいうと日銀がコントロール可能なマネーの残高や、マネーストック(通貨供給量)の残高などをみて、金融政策の評価をする人たちが多い。これらは完全に誤りではないにしても、いままで述べてきた話でいえば妥当な見解ではない。 先の式を書き換えると「貨幣の増加レベル+日銀の政策への信認=デフレからの脱却」という公式になる。貨幣の増加レベルには、マネタリーベースの増加レベルと考えていい。ただしそこが論点ではない。なぜなら、90年代からマネタリーベースを増加させても、デフレから脱却は難しかったからだ。 ところが、2012年終わりから13年を通じて、日銀が強くコミットしたインフレ目標の導入と大規模なマネタリーベースの拡大(水準でも変化率でも大幅増加)が極めて有効に働いた。消費者物価指数(CPI)では民主党政権末期のデフレ域から、総合でみて2%に迫る勢いで上昇し、また生鮮食料品やエネルギーを除くコアコアCPIでも0・7%まで上昇した。おそらく翌年の消費増税などの障害がなければインフレ目標に到達していた可能性が大きい。日銀「政策への信認」は強い? だが、いまの日銀にこの「日銀の政策への信認」が強いかといえば、筆者は正直かなり疑問を抱いている。以前の論説で書いたように、日銀には一段の金融緩和が必要である。だが、それに対して日銀の現在の執行部は慎重すぎる姿勢だ。これではデフレ脱却へのコミットについて疑義も生じかねない。 ちなみに、このような私と同じ疑義を抱いているのは、デフレ脱却を重視している人たちだけだ。他の「疑義」を日銀に抱いている人たちの多くは、単にいまの金融緩和を妨害して、できるだけ早く「出口戦略」(金融緩和の終わり)を目指したい人ばかりだ。そこは同じ日銀の政策への批判でも明瞭にわけてほしいものだ。 いずれにせよ、いまのままでの政策スタンスを継続していればよほど運のよい事態が生じないかぎり、早期のインフレ目標の達成は困難である。再びデフレ経済に戻ってしまう可能性は、ジンバブエ経済と同様に通貨への信認次第になる。もちろんデフレとハイパーインフレは真逆の現象だが、通貨への信認という点では共通する。このデフレ脱却への強い信認を得るための最も安上がりの方法は、日銀の正副総裁の交代であろう。筆者からみると、現在の黒田東彦総裁の続投は「最悪中の最善」でしかない。リフレ派の岩田規久男副総裁は交代するだろうから、副総裁もリフレ的な考えの人を入れないと市場からはリフレ的政策の交代とみなされるだろう。2017年11月18日、ジンバブエ・ハラレで「ムガベは去れ」とのポスターを掲げ、大統領退陣を求める集会に詰め掛けた人たち(中野智明氏撮影・共同) 黒田総裁に代わる人材や、リフレ的な副総裁はどれだけ在野に残っているだろうか。ブルームバーグの取材に本田悦朗駐スイス大使は、現執行部の退任とインフレ目標への強い再コミットを求めている。そして自身が総裁に任命されれば「命を懸ける」と言ったという。取材記事なのでどこまで本当かわからない。ただ本田氏の従来の発言からは矛盾はしない。本田氏以外に、在野にいるリフレ派で日銀の中で孤独を恐れず信念を貫ける人材はどれだけいるだろうか。その人数はおそらく6、7人ほどでしかない。ある意味で恐ろしいほどの人材難である。だが、それが日本の現実である。 ジンバブエでは大統領が辞任しなさそうで混乱が懸念される。日銀の正副総裁人事も、政治的に混乱することなく、デフレ脱却=リフレの本筋を貫き通してもらいたい。

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    「異次元金融緩和は成功した」数字が語るアベノミクスの5年間

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授) 第2次安倍晋三内閣が発足したのは2011年12月26日。既に第3次安倍内閣の第3次改造(17年8月3日)になっているが、この間の政策全体が「アベノミクス」と呼ばれた。 アベノミクスの3本の矢は「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起する成長戦略」であった。このうち、金融政策は13年から安倍総理によって任命された黒田東彦日本銀行総裁によって実施された。 「異次元金融緩和」と呼ばれた積極的な金融緩和によって円ドルレートは大きく円安に動き、日経平均株価も急速に上昇した。 【年間平均レート】2012年:1ドル79・79円、2013年:1ドル97・60円、2014年:105・94円、2015年:121・04円【終値】2012年12月:1万395円、2013年12月:1万6291円、2014年12月:1万7451円、2015年12月:1万9034円 経済成長率もリーマン・ショックによるマイナス成長(2008年マイナス1・09%、2009年マイナス5・42%、2011年マイナス0・12%)から1~2%のプラス成長に転じた。大胆な金融政策は明らかに成功し、日本経済は息を吹き返したのである。後場開始から高値を更新した日経平均株価 =10月11日、東京都中央区(春名中撮影) 2014年は5%から8%の消費税増税によって成長率は0.34%に鈍化したが、2015年には1・20%に戻し、その後も1~2%の成長が続いた。成熟段階に既に達している日本経済にとって1%前後の成長率は「巡航速度」といえるだろう。日本経済は1956~73年の高度成長期(年平均成長率9・1%)、1974~90年の安定成長期(年平均成長率4・2%)を経て、1990年から成熟期に入ったのである。(1991~2016年の年平均成長率1・00%) 経済成長率の低下に伴って、インフレ率もまた次第に低下した。高度成長期の年平均インフレ率は2桁に達することにあり、1970年代でも年平均9%、1980年代でも2・4%に達していた。90年代に成長率が鈍化し、日本経済が成熟期に入るとインフレ率も低下し、90年代は年平均1・21%、2000年代はデフレ状況になり年平均マイナス0・53%。2010年代に入ってデフレ状況は脱したものの、2010~16年の年平均インフレ率は0・27%と極めて低いものであった。日本は明らかに低成長、低インフレの局面に入ったのである。総裁人事のベストシナリオ この状況は日本だけの現象ではない。先進国は軒並み低成長、低インフレの局面に入っている。先進国の中では成長率が高いアメリカでも、2010~16年の年平均成長率は2・09%、年平均インフレ率は1・62%だった。同じく2010~16年のイギリス、ドイツ、フランス、イタリアの年平均成長率はそれぞれ1・96%、1・97%、1・13%、0・42%だった。 一方、インフレ率はイギリスが年平均2・18%、ドイツが1・23%、フランスが1・18%、イタリアが1・36%で、各国とも経済成長率は1~2%、インフレ率も1~2%に収斂(しゅうれん)しつつある。 こうした中で日本銀行は2%のインフレ・ターゲットを維持しているが、世界的な低成長、低インフレ時代に日本で2%のインフレ率を達成するのは極めて難しいだろう。「1%成長、1%インフレ率」が日本経済の巡航速度であり、それで大きな問題はないのではないだろうか。「2%ターゲット」を今すぐ引き下ろす必要はないだろうが、次第に1%に目標を下げることが妥当なのではないかと思われる。 アメリカの連邦準備制度理事会(FRB)が金融緩和を終了し、引き締めに転じ、欧州中央銀行(ECB)も金融緩和の出口を探り出している。こうした状況の中、いつ日本銀行が出口を模索するのかが、次第にマーケットの関心事になってきている。日本銀行は今のところ、大規模金融緩和を維持するとしているが、そろそろ黒田東彦総裁も出口戦略を考え始めているのかもしれない。前述したように大規模金融緩和は成功し、日本経済はリーマン・ショック前の状況に戻っている。いつまでも緩和を継続する必要は次第になくなってきている。日経平均もこの4年間大きく上昇し、既に2万円の大台を突破した。当面インフレの懸念はないものの、FRB・ECBと同様、日本銀行も次第に舵(かじ)を穏やかな引き締めに切ってくるのではないだろうか。インタビューに答える日銀の雨宮正佳氏=2012年12月、大阪市北区(柿平博文撮影) 日本銀行の黒田東彦総裁の任期は2018年4月に切れる。このところ、日銀総裁は1期5年で交代している。総裁はこれまで財務省OBと日銀プロパーが交互に務めるケースが多く、これまでの慣例からいけば、次の総裁は日銀出身者から選ばれることになるだろう。現在、日銀出身の副総裁は中曽宏氏だが、中曽氏がそのまま総裁になる可能性はそれほど高くないと思う。むしろ、「日銀のエース」と言われる雨宮正佳理事が昇格する可能性もあるが、理事からそのまま総裁ポストに就くのは現実的に難しい。 総裁ポストをめぐっては、さまざまなシナリオが考えられるとはいえ、来年4月の任期満了後に黒田氏が再任され、雨宮氏を副総裁に指名した後、短期間で雨宮氏に交代するという筋書きが有力だろう。時として総裁人事が国会承認でもめるということがあったが、このシナリオに抵抗があるとは思えないし、「黒田―雨宮」のバトンタッチがスムーズに進む可能性は十分にある。黒田総裁は財務省の国際派。財務官を務め、アジア開発銀行の総裁も経験している。以前は財務省出身の総裁は事務次官経験者で、どちらかというと国内派(23代森永貞一郎、25代澄田智、27代松下康雄)だったが、金融の世界でも国際化が進む中、国際派の起用は適切だと言えよう。

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    アベノミクスの限界「3本目の矢」は放たれない

    加谷珪一(経済評論家) 解散総選挙は、希望の党と立憲民主党の誕生によって状況が流動化してきた。希望か立憲民主が多数の議席を獲得した場合には経済政策が大きく変わる可能性がある一方、自民党が勝利しても、今回の解散は失敗と見なされる可能性があり、そうなった場合にはポスト安倍が強く意識されることになる。いずれにせよ5年間続いてきたアベノミクスは今回の総選挙をきっかけに何らかの方向転換を余儀なくされる可能性が高い。本稿ではアベノミクスの成果について、あらためて検証していきたい。 アベノミクスは説明するまでもなく第二次安倍政権が掲げた経済政策のことだが、その内容は徐々に変化しており、現在では明確な定義が難しくなっている。 当初のアベノミクスは「3本の矢」というキーワードに象徴されるように、3つの柱からなる政策であった。1本目の矢は「大胆な金融政策」で、これは日銀の量的緩和策のことを指している。2本目は「機動的な財政政策」で、主に大規模な公共事業である。そして3本目が「成長戦略」である。   量的緩和策は、日銀が積極的に国債を購入することで、市場にマネーを大量供給し、世の中にインフレ期待(物価が上昇すると皆が考えること)を発生させるという金融政策である。期待インフレ率が高くなると、実質金利(名目金利から期待インフレ率を引いたもの)が低下するので、企業が資金を借りやすくなる。これによって設備投資が伸び、経済成長が実現するというメカニズムである。日銀本店=東京都中央区(早坂洋祐撮影) 日本は不景気が長期化し、デフレと低金利の状態が続いていた。名目上の金利は、これ以上引き下げることができないので、逆に物価を上げて、実質的な金利を下げようというのが量的緩和策の狙いであった。 しかし、物価が上がる見通しがついただけでは、経済を持続的に成長させることはできない。本当の意味での成長を実現するには、日本経済の体質を根本的に変える必要があると考えられており、それを実現する手段が成長戦略であった。 成長戦略の内容は、時間の経過とともに変わっていくのだが、少なくともアベノミクスが提唱された当初は、いわゆる構造改革のことを指していた。だが、構造改革を実施すると、一部の人は転職を余儀なくされたり、もらえていた補助金を失ってしまうなど、痛みを伴うことになる。また、構造改革が一定の成果を上げるまでには、それなりの時間が必要である。その間のショックを緩和するための措置として掲げられていたのが2本目の財政出動であった。  整理するとアベノミクスは、金融政策でデフレからの脱却を試み、財政出動で当面の景気を維持し、その間に痛みを伴う構造改革を実施するという流れだったことになる。 だが、アベノミクスは、当初描いていたような形には進展しなかった。構造改革に対する世論の反発が強く、安倍首相はやがてこの言葉を使わなくなり、構造改革の司令塔であった規制改革会議も有名無実化された。その後、成長戦略は何度か追加されたが、多くが予算措置を伴うものであり、3本目の矢は、実質的に2本目の矢に収れんしたとみてよい。つまり、アベノミクスは、量的緩和策と財政出動を組み合わせた2本立ての経済政策にシフトしたのである。 1本目の矢については、当初はうまく機能するかに見えた。量的緩和策がスタートした時点では、消費者物価指数(「生鮮食品を除く総合(コア指数)」)は前年同月比マイナスだったが、すぐにプラスに転じ、消費税が8%に増税された2014年5月にはプラス1・4%(消費税の影響除く)まで上昇した。2%という物価目標の達成はもうすぐかと思われたが、ここを境に物価は失速を開始し、2015年2月には0%まで低下。2016年に入るとマイナスが目立つようになってしまった。量的緩和策の限界 日銀は2016年1月にマイナス金利政策を導入し、同年9月にはイールドカーブ・コントロールという聞き慣れない手法の導入に踏み切っている。この手法は、購入額をコミットするという従来の考え方をあらため、購入額ではなく金利水準に軸足を置くというものだが、市場はこの措置について物価目標からの事実上の撤退と認識した。 結果として、消費者はデフレマインドを強めることになり、物価が上がるとイメージする人はほとんどいなくなってしまった。スーパー大手のイオンは、2度にわたって商品の値下げを敢行したほか、家具大手のイケアも大幅な値下げに踏み切っている。埼玉県越谷市にあるイオンの店舗 もっともアベノミクスがスタートして以後の実質GDP(国内総生産)成長率は、2013年度がプラス2・6%、2014年度がマイナス0・5%、2015年度がプラス1・3%、2016年度がプラス1・3%と微妙な状況が続く。直近の四半期については世界経済の回復もあって、1~3月期が年率換算でプラス1・2%、4~6月期が年率換算でプラス2・5%となっており、まずまずの結果だった。 かなりスローペースではあるものの、日本経済は回復しつつあると評価することもできるが、一方で、安倍政権が掲げていた名目3%、実質2%の成長目標という点からすると、現時点ではほど遠い状況にある。 ただ、量的緩和策については、国債の総量という上限があり、無制限に継続できるわけではない。市場では量的緩和策はそろそろ限界との見方が支配的であり、少なくとも緩和策の拡大という選択肢はなくなりつつある。消費増税については自民と希望で方針が異なっているが、アベノミクスの主軸であった量的緩和策が限界に近づいている以上、希望が獲得する議席数にかかわらず、何らかの形でアベノミクスが軌道修正される可能性は高いだろう。

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    前原誠司のアベノミクス批判はあながち間違っていない

    小野展克(名古屋外国語大学教授) 10月22日投開票の第48回衆院選で、安倍政権は国民に信を問う。日銀の異次元緩和はアベノミクスの心臓部ともいえる経済政策の中軸であるだけに、その成否が問われることになるだろう。来春には、異次元緩和を導入した日銀総裁の黒田東彦が5年の任期を迎える。異次元緩和の功罪をあらためて検証したい。 民進党代表の前原誠司は9月28日に開かれた両院議員総会で、希望の党との合流を提案した。これで民進党は事実上の解党となった。「自分勝手に政治をゆがめる安倍政権を退場に追い込む」 前原は、希望への合流の目的を安倍政権打破と位置付けた。そして、その際に前原が安倍政権の失政として最初に取り上げたのが、異次元緩和だった。 「日銀に大量に国債を買わせて無理矢理に金利を下げて、円安にして株価が上がったかもしれない。しかし所得は上がっていない。実質賃金は下がり続け、企業の利益は増えたけれども国民の生活は困窮している」 「日銀にETF(上場投資信託)を買わせて、みせかけで株価を上げて、アベノミクスはうまくいっているということを引きずっているだけだ」 前原はアベノミクスに反対する姿勢を鮮明に示し、「反異次元緩和宣言」に踏み込んだ。小池百合子率いる希望の党は公約で「ユリノミクス」を掲げ、「金融緩和や財政出動に過度に依存せず、民間の活力を引き出す」と訴える。前原のように異次元緩和にはっきりとノーを突き付けたわけではないが、異次元緩和の出口に早期に向かわせる公約とも読める。希望の党公認候補の応援演説に駆けつけた民進党の前原誠司代表=2017年10月14日、群馬県伊勢崎市(吉原実撮影) ただ、小池はロイター通信のインタビューに対して、日銀が国債を買い過ぎていると指摘したものの、「大きく方向性を変える必要はない」とし、次期総裁の資質についても「今の延長の部分はあろうかと思う。あまり急激に変えるということは、株式市場にも影響を与えるのではないか」と話し、黒田日銀の異次元緩和の基本的な枠組みは支持する考えを示した。 黒田の任期は来春に迫っている。日銀法では、総裁は衆参両院の同意を得て内閣が任命すると定められており、事実上、人事権を握るのは時の首相だ。自民単独で過半数を占め、安倍政権が安定的な基盤を維持すれば、黒田の続投か、コロンビア大教授の伊藤隆敏ら、異次元緩和の理論的なバックボーンであるリフレ派から総裁が起用される可能性が高くなるだろう。 しかし、安倍が首相の座から降りることになれば、次期総裁の行方は途端に混とんとする。実は、日銀が大胆な金融緩和に踏み出せた背景には、安倍の経済ブレーンにスイス大使の本田悦朗や嘉悦大教授の高橋洋一らリフレ派がそろっていたことに加えて、第2次安倍政権の誕生と日銀総裁交代のタイミングが合致していたことがある。「敗北宣言」黒田の思惑 日銀の金融政策は、日銀法で政府からの独立性が守られている。たとえ首相であっても、5年間の任期の途中で、総裁の首をすげ替えるわけにはいかない。 つまり次期衆院選の結果は、日銀総裁人事を通じて、金融政策の行方に決定的な影響を与える可能性があるのだ。市場では、安倍退陣となれば「円高、株安」に向かうとの観測も出始めている。   異次元緩和の目標は、物価が持続的に下落するデフレを解消することにある。裏を返せば、デフレは、持続的に円という通貨の価値が向上していることを意味する。円に対する過剰な信任を破壊し、モノやサービスへの欲望を取り戻すことが、その狙いだ。そのために、日銀が国債を大量に買い込み、円の供給を爆発的に増やすことで円の価値を破壊することが、異次元緩和の要諦といえるだろう。 黒田は2013年春に、デフレ脱却の旗印として2年で2%の物価目標を達成することを示した。しかし、物価目標の達成時期は繰り返し先送りされ、今年7月の「展望レポート」では「19年度ごろ」とされている。デフレ脱却の見通しは不透明なままなのだ。 「賃金の上昇が価格の上昇に転嫁されるのを控えるような行動がとられている面もあります」 黒田は物価が上昇しない理由について、9月21日の金融政策決定会合後の記者会見でこう指摘した。G20財務相・中央銀行総裁会議の開幕を前に、取材に応じる日銀の黒田東彦総裁=2017年10月12日、ワシントン(共同) その背景について、日銀は1年前に公表した「総括的な検証」で「適合的な予想形成」という分析を示した。過去のデフレに引きずられて企業や消費者が行動するため、異次元金融緩和を実施しても人々の物価観を転換できなかったという説明だ。1年後の今も、根強いデフレマインドから抜け出せていないのだ。 黒田は総括的な検証と合わせて昨年9月、異次元金融緩和とマイナス金利10年物国債の利回りをゼロ近辺に誘導する長期金利の目標を導入した。伝統的な金融政策では、中央銀行が操作するのは短期金利で、長期金利は操作できないと考えられていただけに、異例の政策といえる。 この政策の枠組みでは、日銀の国債購入は政府の国債発行の増減と表裏一体となり、金融政策は事実上、政府の財政政策に従属する形になった。 なぜなら長期金利の行方を左右する最大のファクターは、政府が発行する「10年物国債」の量だからだ。政府が財政再建を進めて、国債の発行量を絞れば、長期金利は下落傾向を示し、財政の拡大を進めれば、長期金利は上昇傾向を描く。結局、長期金利をゼロ近辺に誘導するという目標は、政府の国債発行の動きに連動するしかなくなるのだ。 黒田は、国債購入のげたを政府に預けてしまったのだ。市場では、これを「黒田の敗北宣言」と受け止め、この段階で、異次元緩和は事実上の終止符を打ち、出口に向かって舵を切り始めたと受け止められている。解散を後押しした異次元緩和 欧州も「出口戦略」へと進んでいる。米連邦準備制度理事会(FRB)は2008年のリーマンショック後に導入した量的緩和政策を終結、10月から拡大した保有資産の縮小に向かう。米欧の金融政策が引き締めに向かっていることで、日銀は現状維持していても、為替相場は円安に向きやすい。これは、日本経済にとって追い風だ。 ただ、世界的な経済ショックに見舞われたとき、日銀には、もう多くの手段は残されていない。金融機関の収益を圧迫し猛反発を浴びたマイナス金利を深掘りするのは難しいだろう。市場の価格形成をゆがめていると批判の強いETFの買い増しも採用できないと考えられる。  そうするとデフレ脱却に失敗した異次元緩和は、前原が指摘するように「国民を困窮させた」だけの失政だったのだろうか。 民主党政権時代の2011年から2012年、為替相場は1ドル=70円台後半を軸に推移、歴史的な円高になっていた。日経平均株価(225種)も2012年には9000円の大台を割り込む場面もあり、低迷が続いていた。 こうした円高の流れを変えたのが、異次元緩和であった面は否定できない。異次元緩和はデフレ脱却が目的だが、対ドルとの関係でいえば、円の供給量が増えれば円安に向かう効果は当初から期待されていた。 グルーバル企業の海外子会社において、円安は円換算の利益を押し上げる。この効果は大きく、日経平均株価も、円安を好感して上昇トレンドを描いた。最近では1ドル=110円前後が定着、日経平均株価も2万円の大台を回復している。 総務省が9月29日に発表した8月の完全失業率(季節調整値)は、前月と同じ2・8%となり、バブル期並みの高水準となった。団塊の世代の大量退職による循環的な人手不足の効果もあるものの、円安による企業収益の好転も企業の採用意欲にプラスの影響を与えたと考えられる。   株価の好転と雇用の増大は、安倍政権の支持率を支えていると言えるだろう。森友学園、加計学園問題をめぐる対応の不手際で、支持率を大きく下げた安倍政権だが、解散総選挙に踏み切る力を与えたのは、異次元緩和の効果も大きかったと考えられる。街頭演説する自民党総裁の安倍晋三首相=2017年10月15日、北海道 9月21日の金融政策決定会合で、新任審議委員の片岡剛士が「効果が不十分だ」と、むしろ緩和強化の必要性を訴え、大規模な金融緩和策の維持に反対した。一方で、審議委員を退任した木内登英はマスコミのインタビューに「金融緩和の副作用は膨らんでいる」「2%の目標を断念して柔軟化すべき」と主張、日銀のOBの中にも、異次元緩和の効果を疑問視する声もある。 果たして、国民は異次元緩和に、どのように審判を下すのか、注目される。(文中敬称略)

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    「戦時放送を流す安倍政権も怖い」北朝鮮危機で注目した謎のつぶやき

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授)北朝鮮がミサイルを発射したことを伝えるJアラートの画面=8月29日午前6時24分、東京都港区 北朝鮮がミサイルを発射し、全国瞬時警報システム(Jアラート)を通じて「国民保護に関する情報」が流されたときに、私はちょうど文化放送「おはよう寺ちゃん 活動中」の本番中だった。番組開始して2、3分後には、スタジオの中にスタッフの方が緊張した顔で入ってこられ、メーンパーソナリティーの寺島尚正アナウンサーに、Jアラートの本文が記された用紙が手渡された。われわれはそれから1時間近く、北朝鮮のミサイルについての警報と、また政府の対応、そしてこれからの経済・社会に対する影響について放送させていただいた。 ミサイル発射による避難を呼びかける政府の警報が流れる中、それを伝える側として現場にいたことは、実に緊張した時間であった。もちろん避難を呼びかけられた地域にお住まいだった方々の不安はそれどころではなかったと思う。また日本や世界の多くの人たちが、この日本の上空を通過するミサイル発射の「無法」に心を痛めたことであろう。 私は、寺島さんやスタッフの誠実で、また緊張感のある仕事に感銘を受けるとともに、ジャーナリズムと災害警報、しかも天災ではなく他国によるミサイル発射という人災との関係にも深く思うところがあった。 Jアラートでは、北海道、青森県、岩手県、宮城県、秋田県、山形県、福島県、茨城県、栃木県、群馬県、新潟県、長野県という極めて広範囲に対して、ミサイル発射に関しての避難勧告が出された。内容も「頑丈な建物や地下に避難してください」というものであった。ラジオでもコメントしたのだが、おそらく「頑丈な建物」や「地下」などが周囲になく、どうしていいのかわからなかった方々も多かったろう。 政府では事前にソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などで、ミサイルが墜落してくる場合の避難の仕方として、頑丈な建物や地下がない場合で、屋外にいるときは物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守ること、さらに屋内では窓から離れるか窓のない部屋に移動するように説明していた。しかし、その広報活動は必ずしも周知徹底されていたわけではなく、また今回のJアラートでも避難の仕方について、少なくとも窓から離れるなどの付加的な指示を明記すべきであったと思う。あえて注目したい金子勝氏のツイート 不幸中の幸いで、ミサイルによる国民への直接の被害は発生しなかった。今後は、ミサイル発射に対しての避難のあり方について、国民的な議論を行う必要があるだろう。もちろん北朝鮮に対する抗議を強めること、そして国際社会と連携して北朝鮮にこれ以上の暴挙を行わないように、さまざまな手段を講じる必要がある。個人的には、危機を過剰にあおることがないことを、政府や政治家だけではなく、言論に責任をもつ識者やマスコミにも賢慮を求めたい。危機や恐怖をあおることで、議論があさっての方向にいってしまえば、むしろ北朝鮮の狙いのひとつである、日本国内の世論分断や混乱とも合致してしまう不幸な展開になる。 もちろん多様な意見があるのは当然である。ただ同じ経済学者であることで、あえて注目したいのだが、慶応大経済学部の金子勝教授による以下の意見には賛同しかねる。テレビは「国民保護に関する情報」と称して北海道から関東甲信越まで「頑丈な建物に避難せよ」と、まるで戦時中の「空襲警報」を一斉に流す。北朝鮮も怖いが、「戦時放送」を流す安倍政権も怖い。出典:金子勝教授の公式ツイッター 「空襲警報」や「戦時放送」というのは、金子教授の独特レトリックでもあり、また彼の現状認識を反映しているのかもしれない。その表現については特に賛成も反対もない。だが、なんで警報を流す「安倍政権が怖い」のだろうか。 警報には余計な価値判断は一切含まれていない事実のみを伝えるものだ。問題があるとしたら、先ほど指摘したように、避難の対処法など説明が不足していたことを挙げることができる。私見では、正体不明の「恐怖」をつぶやくよりも、Jアラートが問題をはらむものならば具体的な批判を展開すべきではないだろうか。ただ、金子教授のつぶやきは現在も多くの議論を招いていて、その意味では多様な意見をぶつけあう場になっている貢献はあるかもしれない。市場が記憶する「北朝鮮リスク」 経済学の観点から、番組でも言及したのは「北朝鮮リスク」を反映した株式市場や為替レートなどへの影響である。実は、ミサイル発射の当日は、民間団体「放送法遵守を求める視聴者の会」を新たな体制で立ち上げた初日でもあった。この会の目的や活動については、リンク先を見ていただきたい。その会合で、作家の百田尚樹氏や評論家の上念司氏、米カリフォルニア州弁護士のケント・ギルバート氏、ジャーナリストの福島香織氏らと、今後の北朝鮮問題やミサイル発射に伴う影響についても話す機会があった。私は経済学の観点から、「北朝鮮リスク」が、当面は株価に不安定な影響を与え、また為替レートも円高に振れるのではないかと意見を述べた(注)。 ここでは特に為替レートの動向についてのみ簡単にコメントをしておきたい。ミサイル発射を受けて、日経平均株価は下げ、また為替レートは円高に振れた。市場関係者はしばしば「リスクオフ」(リスク回避)をすると円や円資産(日本国債など)を購入するためだという。しかし、そもそも北朝鮮のリスクは、今回日本が最も大きくなるではないか、と誰でも思うことだろう。実際にこのリスクオフ仮説は、いささか根拠に乏しい。日経平均を示す株価ボード。北朝鮮のミサイル発射を受け、約4カ月ぶりの安値を付けた=8月29日、東京都中央区(松本健吾撮影) ひとつのあり得る仮説としては、日本の政策当局が過去、甚大な災害にあたって事実上の金融引き締め、そして増税にシフトした経験をもとにマーケットが判断しているからだ、というものがある。もちろん現在の日本銀行は、量的・質的金融緩和を継続中である。だが、直近では、東日本大震災に際して、民主党政権は野党であった自民党とともに、被災の状況もまだわからない中で、増税の相談を真っ先にしたことがあった。そして当時の日銀には、金融緩和姿勢をとる気配はなく、そのため急激に円高・デフレが進行したのである。実はこの事実上の金融引き締めスタンスは、阪神・淡路大震災のときにも観測される出来事であった。このような記憶が、日本の市場取引者の中で共有されている可能性はあるだろう。 ただ、現在の日銀の金融政策のスタンスは緩和姿勢を維持している。また、米国の中央銀行である連邦準備制度理事会(FRB)の金融政策のスタンスは利上げを伺うなど「引き締め」スタンスである。そのため一時的には、円高ドル安に振れても、次第にミサイル発射前の為替レートの水準(円安トレンドの維持)に戻る可能性が大きいだろう。もっとも北朝鮮リスクが深刻化していけば、この日銀の金融緩和姿勢で基本的に決まる中長期の為替レート理論は、見直しを迫られることにはなる。 現状の日本経済は、ようやく長い停滞の時期を抜けつつある。今回の北朝鮮リスクの顕在化は、日本の経済復興にとっても無視できない障害となるだろう。その意味でも、過剰な不安を抱くことなく、冷静で具体的な議論をしていかなくてはいけない。(注)議論の詳細は上記HPで購入できるオーディオブックを参照にしていただきたい。

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    広がるビットコイン、仮想通貨の未来

    「ビットコイン」と呼ばれる仮想通貨をご存じだろうか。ネット上に流通するデジタル通貨で、中央銀行が発行する通貨ではないという。なんとなく怪しげだが、こうした通貨概念は世界で広がり始め、国内でも一部量販店で使用できるようになっている。とはいえ、いまだ現金決済が主流の日本、この先仮想通貨は広がっていくのか。

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    「仮想通貨は危ない」という人も知って損はないビットコインの潜在力

    加谷珪一(経済評論家) これまで、怪しげな存在とみなされることが多かったビットコインの普及が急速に進んでいる。一方、ビットコインが8月1日に分裂してしまうのではないかという騒動も発生しており、ビットコイン保有者は気を揉んでいる。 ビットコインに代表される仮想通貨については、賛否両論があるが、社会の仕組みを変える大きな破壊力を持っているのは確かだ。当面、仮想通貨を保有する気はないという人であっても、その仕組みについて理解しておいて損はない。 ビットコインはインターネット上に流通する仮想通貨である。既存通貨のように発行元になる国家や中央銀行が存在していないという点が最大の特徴となっている。 仮想通貨に関して、いわゆる電子マネーと混同している人が多いが、仮想通貨と電子マネーとは根本的に異なる存在である。電子マネーはあくまで既存通貨がベースであり、これを電子的に置き換えたものに過ぎないが、ビットコインはそれ自体が通貨であり、単独で価値を持っている。  国家が一元的に管理していなければ通貨とは呼べないと考える人も少なくないが、これは幻想に過ぎない。多くの人がその価値を認めれば政府が関与しなくても通貨は成立するのだ。 この話は、近代日本の歴史を振り返ればよく分かる。日本史の教科書を読むと、明治政府は日清戦争の勝利で得た賠償金を元に金本位制を開始したと書いてあるが、厳密に言うとこの記述は正しくない。清は日本に金の支払いができず、当時の覇権国である英国に対して外債を発行。金の価値に相当するポンドを借り入れ、それを日本に支払っている。つまり日本が受け取ったのは金ではなくポンド紙幣である。 ポンドは英国が保有する金を裏付けとして発行されたものだが、金そのものではない。しかし、当時のポンドは現在の米ドルと同様、グローバルに見てもっとも信用度の高い通貨だった。日本政府はこれを金とみなし、ポンドを担保に日本円を発行したのである。現代に当てはめれば、日本政府はたくさんドル紙幣を持っているので、それを担保に日本円を発行したことと同じになる。慌てて方針変更した日本政府 つまり、多くの人が、その通貨に裏付けがあると認識すれば、政府の信用がなくても、その通貨は流通させることができる。日本の通貨制度は、自国政府に対する信用ではなく、ポンド紙幣に対する信用でスタートしたわけだが、だからといって日本の通貨制度は否定されるべきものだろうか。筆者はそうは思わない。結果としてポンドをベースにした通貨制度は発展を遂げ、現在の日本を形作った経緯はあえて説明するまでもないだろう。 ビットコインは、電子的に管理されるという点では目新しいが、通貨としての基本的な概念は金本位制に近い。コインの発行総量については構造的な上限が決められており、一定量以上の発行は不可能な仕組みになっている。新しくコインを生み出すには、ビットコインの取引を管理するシステムに対してコンピュータの計算能力という「労働力」を提供しなければならず、この作業によって新しい価値が生み出される。 金本位制の考え方に、経済学でいうところの投下労働価値説をうまくミックスさせた仕組みであり、通貨として非常によくデザインされている。 こうした特徴を背景に、国家が集中管理しない通貨としてビットコインは全世界に普及した。すべてがネット上で管理されるので運営コストが極めて安く、安価な手数料で世界中とこにでも送金できるという利便性も利用者の増大に拍車をかけた。 これまでビットコインは、少額の海外送金や投機目的、あるいは経済危機が発生した国からの逃避手段としての保有が多かったが、最近では一般的な決済通貨としての利用も増えている。全世界で利用者が増えてくれば、各国通貨の為替レートを気にすることなく決済できる。旅行などで複数の国を移動している人にとってはなおさらである。多くの出国者で混雑する成田空港 日本政府は、ビットコインはいかがわしい存在としてこれを全否定してしまい、モノとして扱うことをいち早く決定してしまった。しかし、各国がビットコインを通貨として法整備する方向に進んだことから、日本政府も慌てて方針を変更。今年の4月に改正資金決済法が施行され、金融庁の監督の下、ビットコインは準通貨として利用できるようになった。法改正をきっかけに量販店のビックカメラが一部店舗においてビットコイン支払いに対応するなど、事業者も動き始めている。 もちろん、政府が一元管理しないというビットコインにはデメリットも多い。その典型例が、現在、ネットで話題となっているビットコインの「8月1日危機」である。通貨制度の隙間を埋めるビットコイン 現在のビットコインの仕様では、1日に数十万件の取引しか成立させることができない。普及が急速に進んだことから、この仕様では決済処理がパンクすることはほぼ確実な情勢となっている。こうした事態に対応するためには、ビットコインの仕様を変更する必要があるが、ここで問題となるのが、誰がそれを決めるのかという点である。政府が管理する通貨なら、最終的に政府が決断し、うまくいかなかった時の責任も政府が負えばよい。だがビットコインにはそのような仕組みは存在していない。 ビットコイン取引所など、ビットコインの運営に関わる人たちの間で議論が行われ、多数決に近い形で仕様変更が決定された。だが一部の関係者がこれに納得せず、ビットコインが分裂するリスクが出てきたというのが今回の騒動の発端である。仕様変更の期日が8月1日なので、「8月1日危機」などと呼ばれている。 最終的には、ビットコインの処理能力が向上し、現在のビットコインはそのまま継続して使えるという、妥当な形で騒動は終結すると思われるが、集中管理者が存在していないだけに何が起こるのかはまったく予測がつかない。 こうした不透明要素の存在が、決済通貨としての普及を妨げる要因になるのは確かである。だが一方で、政府という政治的な存在に左右されず、通貨というものを民主的に運営するためのコストと見なすこともできる。主要通貨の紙幣。(左から)米ドル、英ポンド、中国の人民元、日本円、ユーロ(共同) これまで多くの国家が恣意的に通貨を発行してハイパーインフレを起こしてきた歴史を考えると、どちらが信用できる通貨制度なのかを断定することはなかなか難しいことである。 わたしたちが理解しておくべきなのは、現代のテクノロジーを使えば、従来は国家レベルでなければ運営できなかった通貨制度もネット上でいとも簡単に構築できてしまうという現実である。 ビットコインのような仮想通貨が、政府による通貨制度を超越するとは筆者は考えないが、各国の通貨制度の隙間を埋める存在として、普及が進むことは間違いない。ポートフォリオの一部として仮想通貨を組み入れる人は確実に増えてくるはずだ。 

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    「8月1日問題」でビットコインは消滅してしまうのか?

    志波和幸(国際通貨研究所 主任研究員)  仮想通貨の利用者保護と取引業者の監視強化を目的とした「改正資金決済法(いわゆる「仮想通貨法」)」が4月1日に施行され、ビックカメラなどの小売店でビットコインでの決済が可能になったという報道を受け、3月末に1ビットコイン当たり約13万円で取引されていた相場が5月下旬には34万円台に急騰した。仮想通貨「ビットコイン」の支払いで使用されるスマートフォンの画面=4月7日、東京都千代田区のビックカメラ有楽町店(川口良介撮影) しかし、6月中旬以降、ビットコインの相場に急ブレーキがかかっている。7月16日には一時20万円まで下落した。回復したとはいえ、現在その価格は25万円前後と5月下旬のピーク時点から約25%を下回る水準で推移している(7月19日現在)。その主な理由として「8月1日問題」が挙げられる。 「8月1日問題」とは、ビットコイン記録方式の規格変更の是非をめぐり関係者の利害が対立し、一部のシステム利用者が8月1日から新規格の導入を一方的に宣言したことに端を発するものである。 ここで、あらためてビットコインについて簡潔に説明したい。2009年初めに運用を開始したシステムでは、下記の作業が繰り返される。①世界中のビットコインの取引データを、およそ10分ごとに「ブロック(データの塊)」にまとめる。②次に、世界中に分散しているサーバーが、「ブロック」に格納した取引データに誤りがないことを確認し合う。そして、すべてのサーバーがその確認を終了した時点で、送金作業が実行される。③最後に、その「ブロック」をその10分前に生成された「ブロック」とつなげる。つなげる作業を行うのは「マイナー」と呼ばれる業者で、最も早く「ブロック」同士をつなげたマイナー業者には一定額の報酬が与えられる。 なお、このシステムを運用するに当たり、1つのブロックに格納することができる取引データ量の上限値は1MB(メガバイト)と定められている。少なくとも昨年までは10分ごとの取引データをブロックに格納することができていた。しかし、昨今のビットコインの認知度の高まりとともにその取引件数が急増したため、2017年4月頃から10分間の取引データ量が1MBを超過する状態が発生した。そのため、取引相手の指定した口座(「アドレス」と呼ぶ)にビットコインの送金指示をしたにもかかわらず、その取引データがブロックに収まらず、次の10分後のブロックに格納する取引データ候補に繰り延べられ、さらにそのブロックも1MBの容量上限を超過すると、次の10分後のブロックに格納する取引データ候補に繰り延べられる。その結果、相手方の指定アドレスに着金するのが遅れてしまうという事態に至った。取引容量のパンクを解決するには この問題を解決するに当たり、各ビットコイン取引業者は、過去10分間の取引データを遅延なくブロックに収めるために、ビットコインの送金者に対し高額な手数料を要求して、取引件数を意図的に減らそうと試みた。その結果、報道によると6月初旬にはその手数料が1取引当たり550円程度まで上昇したとのことである。 その間に、イーサリアムやリップルなどの他の仮想通貨が台頭し始めたことで、ビットコインの取引件数が自然に減少した。それに伴い7月19日時点のビットコイン取引手数料は10円程度に低下している。しかし、この解決方法は一時的かつ暫定的なものに過ぎない。今後ビットコインの人気が再燃して取引件数が増加すれば、ブロックの容量を恒常的に逼迫(ひっぱく)することになり、送金手数料が上昇する可能性がある。 この「ブロックの容量問題(「スケーラビリティ問題」とも呼ばれる)」は既に2014年頃から提起されていた。今まで、取引業者などのシステム利用者とマイナー業者などが協議し、ブロック容量の拡張などさまざまな対策が提案されたが、その運用システムのプログラム改良の同意・実行には至らなかった。 その理由として、ビットコインの運用システムのルールの1つである「システム改良時にはマイナー業者の95%以上の賛同を得なければならないこと」が障壁となっていたといわれている。 仮にブロックの容量を2倍に拡張したとすると、マイナー業者はマイニング作業による報酬を受け取る機会が半減するため、プログラムの改良に消極的であった。 しかし、前述の通りブロック容量の逼迫(ひっぱく)が恒常化すると、ビットコインは既存の金融機関を介した送金作業と比べ手数料が安価であるという最大の利便性を失い、さらにそれが今後のビットコインの価値低下を招きかねないという懸念が高まった。そのため、3月に一部のシステム利用者が「マイナー業者の賛否に関わらず、8月1日からプログラムを改良する」と一方的に宣言した(この宣言は「UASF-BIP148」と呼ばれる)。 言い換えると、8月1日からは「すべての取引データを特殊プログラムで圧縮し(「segwit」と呼ばれる)、ブロックに格納可能な取引データ量を増加させることで容量問題を根本的に解決する」と宣言したのである。もう1つの解決法と衝突 これに対し、一部マイナー業者はその対抗策として6月に「ビットコイン運用ネットワークのなかで『既存取引データを格納する旧ブロック』と『特殊プログラム(segwit)で圧縮したデータを格納した新ブロック』とを併存させる。つまり、1つのネットワークのなかに2種類の性質が異なるビットコインを流通させる」案を提唱した(この提案は「UAHF」と呼ばれる)。 これら2案の発表後、有識者がビットコインの取引データが新旧ブロックのいずれかまたは両方に同時に記録されることにより運用システムに支障が生じるおそれがあること、そして保有しているビットコインが8月1日以降に消滅するおそれがあること、などを指摘した。これを受けて、一部のビットコイン保有者が大量に売却したことが引き金となり、6月中旬に価格が急落したのである。 では、果たして「8月1日問題」は解決するのであろうか?上記2つの案(「UASF-BIP148」と「UAHF」)が提案された6月中旬以降のビットコインの価格は、前述の通り一時1ビットコイン当たり20万円に下落したものの、その後は25万円前後で推移している。これは、ビットコイン保有者の多数は「7月31日までには利用者とマイナー業者間でシステム改善に関し何らかの妥協点を見いだす」と楽観的な見方をしているためと思われる。 しかしながら、8月1日まで残り2週間を切るなか、いまだ問題解決方法が明らかになっていないため、噂や思惑でビットコインの価格が急変動する場合があろう。かつ、多くのマイナー業者が「UAHF」案を支持した場合、その価格が急落するおそれがある。 このような状況下、7月18日に本邦の日本仮想通貨事業者協会(JCBA)に加盟する仮想通貨取引業者13社は、顧客資産の保全を優先するべく、ビットコインの受け入れや引き出しの受付を8月1日から一時停止すると発表した。 ビットコインは日本円や米ドルなどの既存の法定通貨と異なり、政府や中央銀行などの管理主体が存在しないという利便性から「仮想通貨の代表格」として支持され、取引・流通してきた。しかし、今回のように何らかのシステム的な問題が発生した場合に、合意形成が困難であるという脆弱(ぜいじゃく)さも露呈した。 7月19日現在、仮想通貨は確認できるものだけでも約800種類存在する。大多数の仮想通貨は、ビットコインをより高度化したものや異なる運用システムの構成および運用方法が用いられている。しかし、この「8月1日問題」の解決可否は、ビットコインのみならずその他の仮想通貨が今後世の中に浸透するのか、あるいはその市場が収縮するのか、真価が問われるものとなろう。

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    デジタル通貨が生む「宝の山」 データ産業革命が社会を変える

    小黒一正(法政大経済学部教授) 思想や技術革新は世界を動かす。第4次産業革命の成否を最初に握るのは「データ」であり、情報通信技術(ICT)革命の次は「データ産業革命」という認識が、世界トップ層の中でひそかに浸透しつつある。この本丸は金融、中でも仮想通貨やデジタル通貨であり、米経済誌フォーブスでは「どこかの中央銀行が5年以内にデジタル通貨を実現するだろう」という予測も登場している。 というのは、データ産業革命の行き着く先に見えているのは、次のような世界であるからである。まず、一番上に人工知能(AI)という「脳」があり、その下にはハイテク機器にモノのインターネット(IoT)などが組み込まれ、そこが人間でいうと神経細胞のようになる。当然、この神経細胞には、インターネットで張り巡らされた既存の情報ネットワークやそこから生成されるさまざまな情報なども含まれ、これらの情報(ビッグデータ)は特定の場所にプールされる。 ただ、ビッグデータも頭脳がなければ意味がなく、人間が目指す目的を設定・制御しつつ、人工知能が解析しながら深層学習(ディープラーニング)で価値を見いだしていく。この意味で、ビッグデータは人工知能が進化するために必要不可欠な「食糧」に相当し、経済学的には「資産」でもあり、さまざまなデータを融合することで莫大(ばくだい)な価値を創造できる。 すなわち、データ産業革命の本丸は「金融」、中でも、ネットワークで結んだ複数のコンピューターが取引を記録するブロックチェーン技術を活用した仮想通貨といっても過言ではなく、ITを使った金融サービス、フィンテックはその一部でしかない。理由は単純で、われわれが経済活動で何か取引を行ったときに必ず動くものは「マネー」であり、仮想通貨が経済取引の裏側で生成するビッグデータは「スーパー・ビッグデータ」であるからである。 このような状況の中、スウェーデンの中央銀行、リクスバンク副総裁のスキングスレー氏がeクローナと呼ばれるデジタル通貨の発行に向けて本格的な検討を開始することを講演で明らかにした。 また、英国の中央銀行、イングランド銀行(BOE)も、デジタル通貨に関する興味深い論文を公表した。この論文では、米国経済をモデルに分析を行っており、対国内総生産(GDP)比で30%のデジタル通貨を導入すると、金融取引のコストなどが抑制でき、定常状態のGDPが3%押し上げられる可能性などを明らかにしている。GDPで500兆円の規模を有する日本でいえば、15兆円の経済効果に相当する。 さらに最近では、インド準備銀行(中央銀行、RBI)が実証実験を行った後、デジタル・ルピーの発行を推奨する報告書を発表した。インドのプラサド電子・情報技術相も「電子決済や電子行政を含む同国の「デジタル経済の規模が3-4年で倍増し1兆ドル(約110兆円)に達する」との見方」(日本経済新聞2017年7月5日朝刊)を示している。中国もデジタル通貨の発行を検討しているとの噂もある。データこそが「資産」になる スウェーデンやインドがデジタル通貨の発行を急ぐ背景にはさまざまな戦略が存在するはずだが、デジタル通貨を利用した取引が生成するビッグデータは、さまざまな可能性を秘めていることを考えると納得がいく。 例えば、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が1カ所のクラウド(インターネット上のサーバー)に収集することができれば、マネーの動きが詳細に把握でき、成長産業の「芽」を分析・予測できよう。また、家計消費や企業投資の動きも把握でき、いま日本で問題になっているGDP統計の問題解決にも利用できることが期待できる。 もしデータ・プラットホームを構築し、個人情報が特定不可能な形式に加工した上で、誰でも利用できる形で公開すれば、さまざまなビジネスに利用できよう。 ところで、中央銀行が発行する現代の紙幣は、偽造防止技術(ホログラム)や特殊な紙・印章を含めて最高水準のテクノロジーを利用したものだが、紙であるために「誰が何を買ったか」「誰が紙幣を保有しているか」といった情報は、紙幣を発行した者から切り離されているという視点も重要である。すなわち、現代の紙幣は、民主的・分権的でプライバシー保護に役立っており、消費者は安心して買い物ができる。 中央銀行が仮想通貨を発行するとき、最も注意する必要があるのはこの視点である。つまり、経済取引の裏側で生成されるビッグデータを政府が1カ所のクラウドに収集する場合、仮想通貨を受け取った側のデータは蓄積するが、家計・企業といった簡単な属性区分を除き、仮想通貨を渡した側のデータは基本的に蓄積してはならない。 なお、サービス産業の生産性を高める観点から、北欧諸国では「キャッシュレス経済」が進展しつつあるが、中央銀行による仮想通貨の発行はその動きを加速するはずだ。 しかも、中国では政府主導でビッグデータの取引市場の整備が始まっている(例:貴州省貴陽に設立されたビッグデータ取引所)。データの生成量は人口規模や経済規模に依存するため、中国やインドなど人口で日本を上回る国々の情報をどこまで日本の市場で活用できるかも、これから考えていかなければならない。ICT革命が急速に進んだのと同様に、データ産業革命も急速に進むことが予想され、いまこそ日本の戦略が問われている。 いずれにせよ、いま世界では「データ=アセット(資産)」になる時代が近づいている。ICT革命では「GAFA」(グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾンの米大手4社)に日本企業は敗北したが、データ産業革命はこれからが本番だ。成長戦略の一環として、日本版デジタル通貨である「J-coin」(仮称)の発行を含め、日銀・財務省を中心に日本もデータ産業革命の推進を本気で検討してはどうか。

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    電子決済の普及で中国人が「道徳的」に?

    塚越健司 (拓殖大学非常勤講師)  前回はコンピュータと人間の脳を接続することで新たな展望を図る、Facebookをはじめとした様々な試みを取り上げた。そこでは、病気などの対処として期待が持てる一方、SF小説が描いてきた未来のコミュニケーションにおける盲点について考察した。我々は不完全であるが故に向上心を持つ存在なのだろう。 技術は我々の生活に大きな影響を与えるが、今回は中国で生じている興味深い事例について検討したい。それは驚くべき現象であり、疑問を抱く点も多い一方、単純に否定できない複雑な問題を我々に提示している。 日本人は現金払いが他国に比べて多いと言われている。カードと言えばクレジットではなく各企業が発行するポイントカードであり、それらが財布の幅を広げている。ところが中国では現金を利用する機会が近年急激に減っており、代わりにスマホを利用した決済手段が使われている。 利用方法は簡単だ。まずスマホに決済アプリをインストールし銀行口座などと紐付け、そこからアプリに指定した金額をチャージする。日本は電子決済に専用の読み取り装置が必要であり、装置の費用を店舗が負担することもあるが、中国ではQRコードをかざすだけで決済画面が表示され、そこで支払いを済ませることが可能だ。店舗はQRコードを印刷したシールひとつ用意するだけで電子決済が可能となるばかりか、通常クレジットカードや電子決済時に支払われる手数料もかからないか、あったとしても極く小額ということもあり、急激に中国で拡大している。 電子決済普及の背景には、現金の強盗や現金詐欺等を回避するほか、決済時に履歴が残ることから汚職が減少するともみられている。実際電子決済化が進むインドでは、政府が高額紙幣の使用を禁止し、電子決済を国民に普及させるための政策が進んでいるが、それらの目的は紙幣による汚職の防止が理由のひとつだ。 中国における電子決済の拡大スピードは著しく、屋台や神社の賽銭箱にもQRコード、つまり電子決済が用いられており、現金を扱う機会が急激に減少しているという。中国における電子決済のシェアは2つの大企業が競争しているが、ひとつはネット通販最大手のアリババグループが運営する「アリペイ(Alipay)」。もう1つは中国のLINEともいわれる「ウィーチャット(We chat)」で有名な企業「テンセント」が運営する「ウィーチャット・ペイ(WeChat Pay)」。どちらも多くのユーザーを獲得しているが、国連の報告では、両者のアプリ等を利用した2016年の中国における電子決済額は3兆ドルに達しているという。個人情報の開示によって信用を得る人々 電子決済(モバイルペイメント)はビットコインに代表される仮想通貨と並んで今後の市場経済において重要な意味を持つが、本稿は経済的側面ではなく、決済情報から生じる諸問題を考えたい。 電子決済は小売りだけでなく、納税や年金、公共料金からローンの支払い、あるいは金銭の貸し借りまであらゆる決済を可能にすることから、現金を持ち歩かない人も多いという。だが実のところこの電子決済、企業が様々な情報からユーザーの信用度を格付けし、点数化と高得点者を優遇する点に特徴がある。 例えばアリペイには、アリババグループ傘下の信用調査機関「芝麻信用」が深く関わっている。芝麻信用は独自の基準でユーザーを査定し、信用度を350〜950点で評価。ポイントの高いユーザーには低利融資や保証金を不要としたり、ビザがとりやすくなったり、病院の支払いを診療後にできたり(長蛇の列に並ぶことがなくなったり)と、様々に優遇処置が施される(ウィーチャット・ペイを運営するテンセントにも、同様の信用情報システムが存在する)。 芝麻信用は決済情報だけでなく、信用度を5つの観点(身分、支払い能力、信用情報、交友関係、消費の特徴)から検討し、ユーザーに公表する。学歴や資産状況等の公開は任意だが、違反がなく社会的身分の高い人々は自己情報を多く登録し、高得点を叩き出している。 交友関係も調査されるこの信用度だが、ユーザーに示されるのは自身の点数のみであり、点数評価の詳細な基準は公開されていない。故に中国のインターネット上ではどうすれば点数が高くなるかが議論されており、募金をしたり友人の買い物の肩代わりをするとポイントがあがると言われている。要するに、「良い人」であれば点数が高く、優遇されるというわけだ。 上海在住のコンサルタント・アドバイザーの田中信彦氏はこうした点を述べた上で、信用度システムによって高得点を目指す人々が多くなり、「品行方正な中国人が増える」との指摘を行っている。もちろんこの指摘は単純に賞賛されるものではない、複雑な問題を抱えている。 高得点者もいれば、当然低得点者もいる。まずもって問題は後者の人々の扱いだ。高得点者が優遇されるだけなら不満も少ないが、低得点者が「冷遇」されるようであれば、事態は深刻さを帯びる。 すでに「芝麻信用」が持つ信用情報は、民間企業によって利用されはじめている。例えば北京市にあるレンタルマンション企業は芝麻信用と提携しているが、そこでは高得点者には予約や料金の優遇を行う一方、低得点者には最悪の場合予約を断る可能性があるという。同様に、就職や出会い系アプリなども信用情報をもとに優遇と冷遇がなされており、中国社会では少なくとも表向きには「品行方正」でなければ社会生活に大きな支障をきたすようになりはじめている。 さらに政府が民間企業の信用情報を利用するに至り、問題は決定的となる。中国政府は独自に国民の情報を取得・分析しているが、前述の田中氏によれば、政府保有の情報にもとづき、問題行為のあった人々には列車や航空機などチケット購入禁止措置が取られたという(中国では高速鉄道や航空機には身分証の提示が必要)。 そして貴州省では政府と「芝麻信用」が利用協定を結び、優遇と冷遇処置に取り組むと述べている。今後は政府データと民間の信用情報がますますタッグを組んで行くだろう。もちろんこれらは中国の治安維持のためのツールとして機能する一方で、人々は信用を得なければ相対的に損をすることから、人々はより道徳的な行動を「利益」の観点から行うことになる。 付言すれば、中国は2017年4月から国内で就労する外国人を点数化し、3つのランクに分けて優遇と冷遇を行う新制度を導入している。すでに信用や点数化は、日本人が中国で労働する際にも重要な問題となっている。本稿はこうした問題を前提として、この信用度システムについてさらに考察を深めていきたい。「意志の自由」をどのように行使するか 中国の信用度システムは、まずもって日本や欧米諸国のプライバシー観からは看過できない論点を多く含んでいる(プライバシー権についての詳細は本稿では割愛する)。日本やアメリカにも個人の信用度をチェックする機関は存在するが、それらは基本的に金融取引情報から査定されるに留まる。中国は社会生活全般に関わる行動から個人が評価されるが、日本や欧米諸国では許さない事例であろう。故に今回の問題は独自のプライバシー観を持った中国に特化したものとも言えるかもしれない。とはいえ、電子情報を利用した制度設計(アーキテクチャ)が、我々の自発的な意志に干渉するという問題設定自体はこの連載でも多く述べてきたことであり、中国を越えて一定の普遍性を持ち得る。どういうことか。 中国ではみてきたように、電子決済と信用システムを利用しなければ、利用しないというだけで他者との相対的な比較において損をすることになってしまう。これは日本におけるポイントカードの利用者と非利用者の間の相対的損と根本的に同じ構造だが、その影響力は人々の道徳や人権にまで介入しているという意味において、より重大な問題となる。いずれにせよユーザーはデファクト・スタンダード(事実上の基準)となった信用システムを、好むと好むと好まざるにかかわらず利用しなければならない。その意味で一種の強制的なシステム設計であるという批判は妥当だ。 しかし、だからといって中国の人々が強制的に電子決済&信用システムを強要されているかといえば、そうでもない。ユーザーが電子決済や信用システムを利用するかどうかは、使わなければ損をするとはいえ、基本的に個人の自発性、つまり自由意志にもとづいている。利用に関して個人に裁量権が残されており、その点において自己の道徳や倫理が介在する隙が存在しているとも解釈できる。それはどういう意味を持つのだろうか。 米憲法学者のキャス・サンスティーン(1954年〜)は、アーキテクチャ=制度設計によって人々が一定の行動を促されること自体を、必ずしも否定的に捉えない。むしろ人は多くの選択肢の前では適切な選択を行えないという行動経済学的知見を取り入れ、個人の選択肢にあらかじめフィルタリングを施すことで、適切な自己決定を行えるようなアーキテクチャを構想すべきと主張し、これを「リバタリアン・パターナリズム(穏やかな介入主義)」と呼んでいる。 我々の社会にはすでに多くのアーキテクチャが存在しており、実際それらの技術的・制度的な設計によって我々は道徳的な存在になっている。運転手がシートベルトを締めない限り異音を発し続ける自動車システムは、我々を道徳的な存在にするための有益な設計であり、個人の道徳的振る舞いをサポートしている。 一方、中国の信用情報システムが道徳的な振る舞いをサポートするかといえば、そこに問題が山積みである点は上述の通りだ。制度設計を行使する政府・企業の影響力は圧倒的なものであり、ある種の強制的な道徳の押し付けが、中国の信用システムには読み取れる。 とはいえ、便利な技術を人々が簡単に手放すかといえばそうとも言えず、批判してもこのシステムがなくなるとは思えない。ここで重要なのは、技術を単に否定するのではなく、どうすればよりよい技術と我々の関係が構築できるかを考えるべきだろう。注目すべき点は、アーキテクチャが個人の自発性=行動の自由を担保しているという点だ。 信用システムによって中国の人々が品行方正になるかもしれないが、それは表向きであって、いわば信用システムの前に面従腹背しているとも言えるだろう。そして行動に対する意志の自由が確保されているという点において、過度な信用システムの悪用などが生じれば、中国の人々にはボイコット等を行う余地が残されているとも解釈できる。 アーキテクチャの興味深い点は、完全監視をベースにした人々の服従を目的にしているのではない、ということだ。人々の自発的な行動により反対の声が上がるのであれば、政府や企業はより適切なアーキテクチャを構想するだろう。技術はその意味において、批判対象であると同時に適切に利用する重要なツールでもあるのだ。 情報社会化が社会に及ぼす影響力はとてつもない。批判も重要であるが、より詳細な点に踏み込み、利用できるものとそうでないものを見極めていく姿勢が必要であるように思われる。つかごし・けんじ 拓殖大学非常勤講師。1984年生。専攻は情報社会学、社会哲学。著書に『ハクティビズムとは何か』(ソフトバンク新書)、共編著に『「統治」を創造する』(春秋社)、など。TBSラジオ『荒川強啓デイ・キャッチ!』火曜ニュースクリップ担当としてレギュラー出演中

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    ポケモンGOでCIAが誘導実験? そんな陰謀論も存在

     テレビでは、お笑い芸人の“Mr.都市伝説”関暁夫らが陰謀論を披露するバラエティ番組『やりすぎ都市伝説』(テレビ東京系)が人気を集め、ネットでは陰謀論や不思議科学などを扱うオカルトニュースサイト『TOCANA』が月間4500万PVを稼いでいる。『TOCANA』編集長の角由紀子氏は最近の陰謀論の傾向について、「電子空間の関心が高い」と話す。「SNSやスマホに搭載された最新テクノロジーは、人間を監視し、情報を集めて奴隷化するために作られたという陰謀論です。米国の国家安全保障局(NSA)の元局員で、米政府による情報収集活動を暴露したエドワード・スノーデン氏が、『サイバー空間上のやりとりはすべて監視されている』と警告したことで信憑性を増しました」(角氏) 当局による監視・情報収集はSNSに限らない。昨年、全世界で5億ダウンロードを記録した「ポケモンGO」にもある陰謀が隠されているとの説がある。「ポケモンGOは人間を誘導するために作られたという陰謀論です。『あそこにポケモンがいるぞ』との情報が流れると、ユーザーはこぞってその地に集結します。実は人々は、知らず知らずのうちに誘導実験に参加させられていて、そのデータは有事のシミュレーションや監視のために使われているというものです。 その根拠となるのが、ポケモンGOを開発した会社がもともとGoogle傘下にあったことで、Googleの情報はCIA(米中央情報局)に提供されていると信じている人々の間では、ポケモンGOで収集した情報もすべてCIAに送られていると思われているということです」(同前) 陰謀論者の間で現在、新潮流とされるのが「電子マネー」に関わる近未来像だ。「最も注目されるのが、仮想通貨ビットコインを開発したサトシ・ナカモト氏が考案した『ブロックチェーン』というテクノロジーです。簡単に言うと、電子マネーの動きを監視して、取引を透明化できるシステム。こうした技術が主流になれば、資金の移動がすべてコンピューター上で管理されることになり、現在流通している紙幣が紙くずになる可能性がある。そのため、既存の富裕層支配に革命を起こすために考案されたという説があります」(同前) 興味深いことに、全く逆の視点の陰謀論も存在する。「既存の富裕層はブロックチェーンの普及を阻止しようと動いているとされ、実際、2013年にビットコインの勢いが止まった背景には、“何者かの力”が働いたとも囁かれました」(同前)関連記事■ ポケモンGO 高橋名人が得する「カーブボール」の投げ方指南■ ポケGO 捕獲率を上げる「アイテム虎の巻」とは■ ポケモンGO挑戦男 「ミニスカ」「キョニュウ」をゲット■ 東京都内「レアポケモンを捕まえるならここ!」リスト■ 中川翔子「水族館デートあきらめない」と肉食っぷり披露?

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    金融とITの融合「フィンテック」が起こす変化と4つの原理

     金融とITを組み合わせた「フィンテック」は、株式市場でも大きなテーマとして注目を集めている新技術だ。はたしてこの技術はどういう原理で成り立っており、どのような変化をもたらすのか、経営コンサルタントの大前研一氏が解説する。* * * 金融とIT(情報技術)を組み合わせた「フィンテック(FinTech)」の普及を促進するための改正銀行法と、ビットコインなどの仮想通貨を規制する改正資金決済法が成立し、金融機関側でも三菱東京UFJ銀行が独自の仮想通貨を開発中と報じられるなど、フィンテックを駆使した新たな金融サービスが身近なものになりつつある。「フィンテック」はファイナンスとテクノロジーを合わせた造語だが、単に金融分野にITを活用する、という話ではない。その本質は、送金、投資、決済、融資、預金、経理・会計といった従来のファイナンスのあらゆる領域をテクノロジーが再定義し、これまで金融機関がやっていたことを金融機関ではない企業が奪っていく、ということだ。 これは既存の金融機関にとっては実に恐ろしい話である。すでにアメリカでフィンテックは巨大な産業になって「金融業界におけるウーバー」とも形容されており、たとえば銀行の株式時価総額で世界1位の米ウェルズ・ファーゴのジョン・スタンフ会長兼CEOは「新しいフィンテック企業から学ぶべきものは多い。積極的に協業していく」と述べている。 具体的にはどのような変化が起きているのか? もう少しわかりやすく説明しよう。たとえば、ビットコインに代表される仮想通貨の基盤技術である「ブロックチェーン」は、すべてのトランザクション(取引)を、それに関係するすべてのコンピューターが記録することで人間の指紋のように複製や偽造ができなくなり、特定の権威なしにトランザクションの正当性を保証するという仕組みである。 実は、通貨というものはすべて新しい技術とセットだった。石を通貨にしていた時代は丸くする技術が難しかったし、金貨や銀貨や銅貨を同じ大きさと重さと形で大量に作る技術も為政者(中央政府)以外にはなかなか持ち得なかった。それが“信用”を生んできたのである。その後、紙幣になってからは偽札防止技術が進化し、その価値を国家などが保証することで決済のための交換媒体となった。本人が信用を持ち歩けるようになる そして今度の仮想通貨は、ブロックチェーンという新技術によって信頼できる(紙幣よりも便利な)通貨の交換・決済ができるようになった、ということだ。 簡単な例を挙げると、今はクレジットカードを使うと3~4%の手数料を取られる。これは、まずクレジットカード利用者の中に支払い不能になる人がいるため、その回収コストや不良債権になった時のコストが発生するからだ。さらに、店舗の端末からNTTデータのCAFISなどのカード決済サービスと全銀システム(全国銀行データ通信システム)を経由した個人口座へのアクセスにも高い手数料が必要になる。 しかし、ブロックチェーンでトランザクションの証明ができて複製や偽造が不可能な仮想通貨なら、CAFISや全銀システムのようなものを通る必要がなく、スマートフォン(スマホ)やPCからのわずかなパケット料金だけで済むので、決済コストが著しく安くなる上、第三者ではなく個人個人が自分で自分の信用を証明できる。 私が考えるフィンテックの「四つの原理」は次の通りだ。(1)価値があるものは何でも貨幣と置き換えて考えられる。(2)価値は時間の関数である。(3)スマホセントリックのエコシステム(スマホ中心の生態系)を使えば、ほぼ瞬時に全世界のどことでも誰とでも取引することができる。(4)以上三つの原理を実行するために必要な“信用”を(サイバー空間で)提供するものが、国家や金融機関に取って代わる。 要するに、ユビキタス社会では国家や金融機関に頼ることなく「本人が信用を持ち歩けるようになる」わけで、これは画期的なことである。関連記事■ 大前研一氏「フィンテック革命で日本経済は何倍にも膨らむ」■ 金融分野でフィンテック企業が勃興 銀行は淘汰されるか■ SAPIO人気連載・業田良家4コマ漫画「日韓スワップ」■ 『SAPIO』人気連載・業田良家4コマ「日韓通貨スワップ」■ 為替相場は「通貨マフィア」が水面下で裏交渉している説

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    「国債亡国論」に騙されてはいけない

    著者 Don Giovanni  蝸牛庵居士と墨堤居士は、ともに東京の下町に住む知合いである。二人は永い付合いであり、いわば親友である。時々暇をみては(実はいつも暇なのだが)お茶を飲みながら雑談を交わしている。筆者のDon Giovanniがそれを傍で聴いていて文章にまとめてみたというわけである。なお、蝸牛庵(かぎゅうあん)は幸田露伴の旧宅、墨堤(ぼくてい)は言うまでもなく向島の隅田川堤のことである。二人の老人はこの墨堤の近くに住まっている。雑談 その1 蝸牛庵居士(以下K) やあしばらくですな。お元気ですか。 墨堤居士(以下B) やあやあ、なんとかやっていますよ。ただご近所のみなさんはすっかり歳を取ってしまい、だんだん元気がなくなってきていて心配です。世間全体でも老齢化が進んでいるようで、この国の将来がどうなっていくのか心配ですよ。 K そうですなあ。われわれが若い頃は、世間は活気に満ちていてみな忙しそうに飛び回っていたが、今はすっかり様変わりしたように見える。景気もはっきりしないので、みなさんじっと耐えて我慢をしているようだ。私は永く当地でささやかな料理屋をやっているが、商売はさっぱりだよ。墨堤さんは学生時代に経済の勉強をされてきたというし、また大きな会社の経営者としての経験もあるので、このデフレがどうなっていくのか解説していただけませんか。 B 1980年代のバブルがはじけて日本経済は今までの記録にない長期にわたる低迷を続けている。国全体の所得を表すGDPは1997年をピークとしてそれ以降一度もその水準を上回っていない。いわゆる「失われた20年」という長期のデフレーション(物価の継続的な下落と不況)が続いている。 2012年末の自民党政権の復活によって新しい経済政策が実行に移された。アベノミクスである。当初は為替、株価の回復が見られ政策は成功に向かっていくと期待されたが、ここへきて政策の中核をなすリフレ策の効果の限界が確かになってきている。このままではデフレからの脱出は絶望的であり、強力な財政政策の出動が必要との見方が有力である。期待される財政出動の額は最低でも年15~20兆円規模であり、かつそれを数年続ける必要があると見られている。 しかし7月末に発表された経済対策案によると、いわゆる真水による追加の財政支出(主として公共事業)は2~3兆円規模に留まりまったく不足である。これでは個人消費の回復や企業の設備投資意欲の復活などは到底望めない。 K 本当に大胆な財政支出が必要ということならば、もっと思い切ってやったらどうなのかな。それができない訳でもあるのかな。「国債亡国論」の嘘 B 根本的には財政支出に限界があるとされていることが問題だ。国債発行残高が1,000兆円を超えており、財務省を中心にして、これ以上財政赤字を続けるわけにはいかない、いわゆるプライマリーバランス(PB)ゼロを早急に達成しなければならないとの声が根強くある。これを「財政均衡主義」と言っている。また以下では国債の増加を制約すべしとの主張を「国債亡国論」と言うこととしたい。 しかし、国債残高の累増によって、わが国全体あるいはわが国の財政が破綻することはありえないということが今やはっきりしている。ここがポイントである。この辺のことは、現時点では遺憾ながらまだ多数意見とは言えないが、次第に認知されつつある。具体的には以下の方々の著述を見れば分かる。また他にもそういう考えの論者はおられると思う。蝸牛庵さんも一度勉強してみてはいかがかな。 三橋貴明氏、藤井聡氏、青木泰樹氏、島倉原氏、小野誠司氏、青山繁晴氏、田村秀男氏、中野剛志氏、菊池英博氏、高橋洋一氏、R.Koo氏などである(順不同)。 K 安倍総理や官邸はこうした事態を理解しているのだろうか。理解しているのならば、強引にでも旧来の考えを捨てて積極的な財政政策に踏み込んでいったらどうなのか。安倍晋三首相(左)と麻生太郎副総理兼財務相=12月20日、首相官邸 B 最近の安倍総理や副総理の麻生財務大臣は理解しているようにも見える。 2016年6月に出版された藤井聡京都大学教授による「国民所得を80万円増やす経済政策」が具体的な提言を示している。藤井教授は内閣官房参与であり、また本書に対して安倍総理は「日本経済再生に必要な、具体的かつ実践的な提案だ」と述べている(本書の帯を参照)。しかし永年にわたって流布された「国債亡国論」の嘘を蹴散らしていくのは容易なことではない。「嘘も100回言えば本当になる」と言うが、今ではほとんどすべての人々が「国債亡国論」は真実であると信じている。 財務省だけではなく、政治家、日本銀行・経済界の指導者層、経済学者、評論家・エコノミスト、マスコミには「国債亡国論」が根強くはびこっている。またほとんどの国民は国債の累積がいずれ国を滅ぼすと信じている。すなわち事態はそう簡単に動くとは考えられない。 K 財務省が「財政均衡主義」や「国債亡国論」の中心にあるようだが、どのような背景・理由によるのだろうか。 B 財務省はもともと国(中央政府)のお金の管理をするのが使命の役所だから、始めからお金に関して保守的な考えを持っていることが当然でそれが伝統になっている。まあ自然の成り行きである。財政均衡主義と言われる考え方である。 K しかし時代・環境が変わったわけだから、そういう考え方を変えさせるわけにはいかないのだろうか。エリートにとって借金は辛い話 B かねて知り合いの某記者から聞いている話をしよう。彼は長い間官界の担当をしていてその実情に詳しい。以下に述べるように、蝸牛庵さんの期待するようにはいかない事情・経緯がある。 財務省の伝統としてその幹部はほとんど東大法学部出身の優等生で構成されている。在学中に司法試験合格、外交官試験合格、国家公務員試験合格(かつ順位一桁以内)といったキャリアが尊ばれている世界である。彼らは小学生の頃から優等生であり、いつも周囲から羨望と尊敬を集めてきた経験に満ちている。その結果強烈なエリート意識と権力意識を持っており、自分たちこそが財務省の仕事を通じて国を動かしていくのが当然だという野望と信念を持っている。そして阿呆な話だが、世の中はそれを認めている。財務省=東京・霞が関 財務省の仕事の中心は財政資金の配分(予算案の作成)と財政資金の収集(税金の徴収)である。そしてこのことこそが財務省の権限の源泉である。そして国債残高が累増していくことは、そうした仕事にとって決して好ましい状態とは言えないであろう。安月給に甘んじて徹夜でがんばってお国のために働いているのに、学校時代にさっぱり成績の良くなかった国会議員の連中が騒いだのでこんなに国債が増えてしまった。この巨額の国債を返済することは可能なのだろうか。多分無理であろう。困ったことだ、と彼らは思っている。 言うまでもなく国債とは国(正しくは中央政府)の借金である。そして借金をするには人様に頭を下げねばならないであろう。しかも借金が多ければ多いほど自由に使える資金量は自ずと制約されざるをえない。つまりはエリートたちにとって借金はとてつもなく辛い話なのである。 財政資金の配分に与りたい国会議員を始め、他の省庁や全国の都道府県の役所の連中、あるいは民間企業の連中を、床の間に座って悠々と指導したいと思っていたのに、この様はなんたることかということなのであろう。 財務省幹部が財政均衡主義から離れられない深層にはこうした事情があるのである。わが国民1億2千万人の福祉・幸福・安全のためには財政均衡主義では対応できなくなってきている現実がある。そして今や財務省幹部は、そのことを分かっていないわけではないと思われる。そう、彼らは優秀で頭は決して悪くはないのであって、この程度のことは頭では十分に理解しているはずなのである(なかにはあまり頭脳明晰ではないボンクラが若干はいるかもしれないが、それはきわめて少数であろう)。しかしだからと言って彼らが財政均衡主義を放棄することはありえない。財政均衡主義の放棄は彼ら自身がよって立つ基盤の崩壊と同義だからである。彼らにとっては、国民の福祉・幸福・安全などということは、二の次のテーマである。どこまでいっても財政は健全で均衡していなければならないのである。積極的な成長政策転換は? ノブレス・オブリージェ(noblesseoblige)という言葉はこの国の第1級のエリートである財務省幹部のためにあったのではないだろうか。しかし彼らの言動を見ると誠に遺憾ながらこうした期待をするのは無駄なことだと諦めざるをえない。もちろん少数ながら国債亡国論が間違っていることを理解してこうした大勢に抵抗したいと考える人もあるだろう。それを信じる。しかし多勢に無勢であり抵抗を続ければ組織からはじき出されるか、左遷されるかが落ちである。どんな組織においても内部からの変革を実現するのはとんでもなく困難なことなのだ。 財務省は財政均衡主義の重要性をあらゆるルートを通じて、国会議員、他の主要官庁、日本銀行・経済界の指導者層、経済学者、評論家・エコノミスト、マスコミに浸透させてきた。また新聞・テレビ・雑誌などのマスメディアを通じて国民一般に国債亡国論を吹き込んできた。 浸透のメカニズムはこうである。財務省は国会議員に対しては予算編成時などの機会を捉えて「ご説明」と称して繰り返し財政危機について説得をしていく。国債亡国論はある意味で直感的に分かったような気がするテーマである。家計などに比較して説明されると本当らしく見えてしまうのである。とくに民主党の議員は上手に財務省の手に乗らされてしまった。民主党政権時代の鳩山、菅、野田の3氏はすっかり取り込まれてしまい、消費税増税の先鋒に立ったのはそんなに昔のことではない。情けない話である。 他の主要官庁に対しては予算上で絶対的な権限を行使する。日本銀行に対しては日本銀行法および総裁人事(現在の総裁は財務省出身である)などを通じて影響力を行使してきた。 また経済界は多額の受注を財政資金に依存している。税制についても財務省との関連が深い。またかつての石坂泰三氏のように国全体の将来を真剣に論ずる人材が現在の経済界にはなかなか見当たらない。それどころか財界の枢要な地位にある人物が自分の会社・属する業界の利害に敏感な行動を取った例が少なくない。話にならない。 一方、学者やエコノミスト、マスコミのなかには国債亡国論が間違っていることを認識している人たちがここへきて増えつつあるようだ。しかし、それでもまだ依然として少数派である。本来、学者やエコノミスト、マスコミは言論統制・圧力に対して抵抗すべき最後の砦である。しかし総体として見ると財務省からの圧力に対して彼らが十分に対抗しているとは到底言えない。その証拠は数々ある。また彼らが自らフェイバー(favor)を財務省に求めることもある。ひとつだけ例を挙げれば、新聞購読料金が消費税の軽減税率の対象になることは既定路線になっているようである。ギブアンドテイクの関係が成立していると言わざるをえない。このように大変残念な状況にある。 K 墨堤さんの言うとおりとすると困ったことだなあ。なんとかならないものだろうか。 B 遺憾ながらなんともなりそうもない。事態は悲観的である。財政政策が根本的に変更されることは当面期待できそうもない。したがってわが国はいつになっても20年も続いているこのデフレから脱出できないことになる。過去20年間において、わが国経済が年々若干でも成長を遂げていれば、わが国のGDPは累計で1000兆円程度は実績よりも大きかったはずだとの試算がある。当らずとも遠からずであろう。大変な金額である。そして今わが国の現状をつぶさに点検してみると、防災、防衛、インフラの整備、科学技術の振興、福祉・医療、教育などの重要な分野において優れた人材と巨額の資金が強く求められていることが明らかである。その資金の源泉になる経済成長を促す積極的な成長政策への転換の可能性はない。すなわち事態は大変悲観的である。強烈な焦りを感ずる。なんとかならないのであろうか。 K 私も本当に焦りを感じる。安倍内閣が希望の光雑談その2 K やあ墨堤さん、先日はいろいろとありがとう。でも暗い話でしたね。 B そうでした。蝸牛庵さん、なにかいいお知恵はありませんか。未来投資会議で挨拶する安倍晋三首相(右)=12月19日、首相官邸 K そう言われてもなんだが、私なりに考えてみたよ。一つは安倍内閣が希望の光ではないか。安倍さんは財務省の考えや行動をよく理解しているようなので、やすやすと財務省の手に乗ってしまうことはないのでは、と期待したい。でも総理大臣は忙しすぎてこのことばかりに時間を振り分ける余裕がないのが心配だ。ただ与党内には、力もあり見識のある議員も少なからずいるのでそういう人たちのバックアップや独自の活動を期待したいところだ。 それからやはり良識がありかつ度胸のあるエコノミストや学者の活躍を期待したいところだ。なにかと圧力がかかると思うが、今こそそういう方々ががんばってマスコミを動かし、そして世論を動かしていくべき大切な時だと思うよ。あえて言うと東大など体制派の学者や民間大手の研究機関所属のエコノミストには期待できない。むしろこういう人たちは圧力の一端を担ぐ懸念がある。 墨堤さんの話の要点の一つは、現在の支配階級が強固な連帯を形成している点にある。すなわち、官・政・財・学・言論・マスコミなどの各界がそれぞれ役割は異なるが、お互いに弱点を押さえ合い、場合によっては弱点を補い合い、最終的には個々の、そして結局は全体の利益を擁護する構造になっているということだ。大きな利益擁護のための共同体になっている。そして政策やシステムの変革が共同体の利益と矛盾する場合がある。 たとえば「財政均衡主義」や「国債亡国論」を放棄して積極財政を進めようとの正論は、この共同体の利益にとって好ましくないと考えられている。そしてこの共同体の構造はきわめて強固であり内部からの力では到底打ち壊すことはできない。しかしこの体制・構造を打破しなければ新しいパラダイムを築くことは絶望的に困難だ。本格的なデフレ対策の実行を妨げ、邪魔をしているのは、ひとり財務省だけではなく、上に述べた利益共同体でもあるのだ。 近世以降のわが国の歴史を見ると、このような時代遅れの体制が国の変革・発展の壁になっていたことが過去2回指摘できる。その一つは明治維新直前の幕藩体制であり、他の一つは大東亜戦争末期の政・官・財・軍の非常時体制である。いずれの体制も明治維新と敗戦によって完璧に打破され指導層がすっかり入れ替えられ、そして新しい時代への歩みが始まった。 現今のわが国が置かれている状況を見ると、新しい時代を迎えるためには同様の大変革が必要ではないかと思うが、どうかな。 B なるほど、蝸牛庵さんの言われるとおりかもしれない。今思いついたのだが、明治維新(1868年)から大東亜戦争の敗戦(1945年)までが77年、敗戦から今年(2016年)までが71年とほぼ同じ期間になる。かりに敗戦から77年は2022年ということだ。77年という時間はこの国の歴史にとって区切りの一単位、つまり竹の節から節のような期間を表しているのではなかろうか。いよいよ指導層の総入れ替えのタイミングかもしれない。 明治維新の直前も大東亜戦争の敗戦の直前もこの国は袋小路に迷い入って、にっちもさっちもいかない苦境に喘いでいた。今回の「失われた20年」もそういう時期の前段階の到来として受け止めるのが正しいのかもしれない。2022年に拘るわけではないが、2022年までのこれからの6年は一層きびしい最終の受難の時期に当たるのかもしれないな。本当の苦境はこれからなのだ。私どもはそれに気づいていないということなのだろうか。今は平成の爛熟期なのか K 同感だ。私は、次の二つの事象がそのきっかけになるのではと、心配している。一つは地震などの天災の発生だ。とくに首都圏での大地震の発生が心配だ。関東大震災も東京に大きな被害をもたらしたが、今回は首都圏の人口が激増していることに加え、コンピュータ社会になっているので情報網の破壊が社会の致命傷に繋がる。完全な復興には相当長い時間(多分数十年)が必要となる。そして指導層が全面交代し、新しい時代が始まる。破壊と再生である。北京の人民大会堂で、孫文の生誕150周年の式典で講演する習近平国家主席=11月11日 他の一つは中国との戦争の勃発だ。みなさん、そんなことはないと思っているだろうが、10年単位で考えると尖閣列島の占拠は言うに及ばずもっと広範囲な争いが発生する懸念が十分にある。いつまでという時間を区切らなければ、紛争発生の確率は100%だ。なぜなら中国は、アメリカの衰退を見ていよいよ太平洋の覇権獲得に乗り出すからである。第二次太平洋戦争が始まる。アメリカは日本を助けてくれない。安保条約は無効化する。なぜならもうアメリカには他国を助ける余力が残されていないからである。助けたくても助けられないのである。ドルは暴落して紙くずになる。世界経済はほとんど破滅するだろう。逆説的に言うならば、わが国は安保条約の相手をアメリカから中国に変えて置かなければならなかったのである。でもそうもいかないであろう。この場合も指導層が全面交代し、新しい時代が始まる。やはり破壊と再生である。 B テレビの番組をたまには見るが、この国はなんと平和でのんびりした国かと感心している。文化文政期は江戸文化の爛熟期だったと言われる。そんな格好のいい話でもなかろうが、今は平成の爛熟期なのだろうか。今のわが国は戦争だ天災だといった耳にしたくないことは棚に上げて、遊びまくっているように見える。激動の変革期を前にして本当にこんなことでいいのかと心配でならない。 世の中のほとんどの人は戦争や大地震などは当面起こらないと思って毎日を過ごしている。過去においても大多数の人は阪神・淡路の大震災や東北の大震災・福島の原発事故などといったことは起こらないし、起こっても軽微に留まるだろうと思っていた。そのように思っていたのは事実だ。しかし実際に災害は発生した。 地震が発生する確率なるものを学者はいろいろと発表している。でも本当は過去の数字を解説している程度の話だ。所詮今の地震学のレベルでは予測など不可能というのが正しいらしい。でもそれにすがるしかないので、そういう予測を前提にして考えざるをえない。一方戦争が発生する確率など分かるはずがない。これも過去の戦争の歴史などをもとにして適当に考えてみるよりない。 大胆な推定であるが、これから10年~15年くらいの期間に首都圏大地震あるいは中国との戦争のどちらかが発生する確率を50%くらいに見ておいてもいいのではないかということになった。少なくともnegligibleな数字にはならないようである。場合によってはこうした恐ろしい事象が同時に、あるいはきわめて近い時期に起こることだってありうる。 K 10~15年の間に50%の確率でそうした大惨事が起きるとすると、事前の対策には相当の時間と莫大な資金が必要となるだろう。やや楽観的に見て、発生確率が50%まではいかないとしても、墨堤さんの言われるようにネグリジブルな数字にはならないだろうから、われわれはとんでもなく恐ろしいことが起こることを予めしっかりと覚悟し、準備しておかねばならないわけだ。日本人の特質論 B 秋の臨時国会で防災と防衛の予算を10兆円でも20兆円でも追加してすぐにその準備に着手すべきだ。それがまた同時に不況対策になる。「失われた20年」からの脱出につながる。そして急速に景気が回復する。必ずみんながハッピーになる。その結果税収も増えていずれ国債の発行も不要になる。このように申すと、人は私が適当なことを言っていると思うかもしれない。そんなことはない。以上のことは先日名前を挙げさせてもらったエコノミスト諸氏が口を揃えて主張されていることばかりなのである。 K 話をちょっと戻したい。幸いにして大震災や中国との紛争が起こらなかった場合のことだが、その場合には指導層の全面交代は起こりそうもないので経済・財政政策の転換は期待できないということになるのだろうか。 B そうだなあ。震災や戦争が起きないのは本当に喜ばしいが、その場合にはやはり積極政策への転換はきわめてむずかしいと思う。妙案のある人がいたら聞いてみたい。 私の判断の背景には、わが日本人の特質論といったものがあり、その特質が「国債亡国論」の跋扈を許している大きな要因と考えている。その特質の第一は、ごく普通の日本人に共通して見られる根拠なき官僚・官学に対する尊崇・尊敬である。とくに財務省と東京大学はその代表格である。わが日本人の大半はこの両者に対してはいわば盲目的に尊崇の態度を取ってきた。明治期あるいはもっと以前から日本人は官僚(あるいは武士階級)に対して尊敬の態度を示してきた。明治期以降もそういう伝統が延々と今日まで続いている。そうすることが無難だし場合によっては安全であり、また時によっては利得すらもたらしたからであろう。人々は東大教授や財務省幹部の言うことに対してまったく無批判に正しいものだとして受け入れてきたのである。一方東大や財務省の幹部は世間のそういう無批判な支持がほとんど根拠のないものだということを十分に知りつつ、その支持や尊崇を受け止め、利用してきたのである。ガリ勉に明け暮れ、東大から財務省に入ることがどうして尊敬の対象たりうるのか、理解に苦しむ。馬鹿馬鹿しい話ではなかろうか。 その特質の第二は、わが日本人は近隣の人や何かで関連のある人の言うことに安易に同調する傾向がある。これを「和の精神」の表れと言えば聞こえがいいが、はっきり言うと主体性に乏しいということだ。自分の頭で考えることを疎かにする。「国債亡国論」がこれほど流布されたのは好個の例ではないかと思う。新聞が「大変だ、大変だ」とどんどん書く、テレビはこぞって「後世に莫大な借金が付け回される」と騒ぐのでそうかなあと思ってしまう。加えて親しい友人も近隣のおじさんたちも大変だと言う。やっぱりそうなのだと今度は確信するわけだ。偉そうな言い方で気が引けるが、自業自得ということになる。これがわが日本人の器量であり、限界だということになる。遺憾ながらわが国もこの辺で店仕舞いをする運命にあるのかと諦めたくなる。悔しいな。 K いやあ、そんなことを言わないでもらいたいな。諦めずに打開策を考えてみたいな。次回までの宿題として置こうではではないか。 B それもそうだね。では、また。

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    「銀行の時代」は終わった ドイツ発金融危機に日本は耐えられるか

    榊原英資(青山学院大学特別招聘教授)  米国司法省が住宅担保ローンに絡む不正販売をめぐってドイツ銀行に対して140億米ドルの支払いを求めたことがきっかけになってドイツ銀行の経営危機説が市場を揺さぶっている。 ドイツ銀行の負債総額は260兆円に達するといわれている。2008年に破綻したリーマン・ブラザーズの4倍に近い額だ。もしドイツ銀行が破綻すればリーマン・ショックの再来ではすまない規模のショックが世界経済を襲うと噂されている。 ちなみにリーマン・ショックを受け、2008年アメリカの経済成長率はマイナス0.29%に下落し、2009年にはマイナス2.78%まで下がっている。全世界が影響を受け、日本も2008年にはマイナス1.04%、2009年にはマイナス5.53%まで落ち込んでいる。ヨーロッパも同様で、ドイツは2008年0.81%、2009年マイナス5.57%、フランスも2008年0.20%、2009年マイナス2.94%まで成長率を落している。フランクフルトにあるドイツ銀行本社ビル もしドイツ銀行が破綻すれば2008~09年を上回る大不況が世界経済にやってくると懸念されているのだ。ドイツのメルケル首相は「(ドイツ銀行を)救済しない」と言明しており、ドイツ銀行の株価はこの1年下落し続けている。2015年10月30ユーロだったのが1年で半分以下に、2016年10月には13ユーロ前後まで落ち込んでいる。大幅下落と小幅反発を繰り返しながらの下落で典型的な下落トレンドが続いていており、1桁ユーロの株価がつく可能性もあるといわれている。 ドイツ銀行の株価の下落は世界的な銀行株の下落をもたらしており、日本でも三菱UFJフィナンシャル・グループの株価は2015年10月の800円前後から、ここ1年で500円前後まで下落、みずほフィナンシャルグループの株価も1年前の250円前後から170円前後にまで下がってきている。 経済成長率もドイツは2015年1.45%、2016年も1.45%と予測されている。フランスは2015年1.14%、2016年1.14%、イタリアは2015年0.76%、2016年0.95%と大陸ヨーロッパ諸国は1%前後の成長率だ。アメリカ・イギリスは2%を超えるなど、今のところ順調に推移しているが、アメリカ・イギリスにも次第に翳りが出始めている。「リーマン・ショック前の状況に戻ることは容易ではない」 ハーバード大学のローレンス・サマーズ教授は2013年末から先進国の長期停滞(Secular Stagnation)を論じ始めているが、リーマン・ショック後の先進国の景気回復は弱いもので「リーマン・ショック前の状況に戻ることは容易ではない」と論じている。先進国が過剰な設備・貯蓄・労働力を抱えており、これらを十分活用するような投資機関が不足しているとの判断が根底にあるようだ。 たしかに、先進国の成長率は1980年代・1990年代に比べると大きく低下している。先進国の中では成長率の高いアメリカでもここ10年(2007~2016年)の平均成長率は1.38%と1980年代の3.14%、1990年代の3.24%から大きく下げてきている。ちなみに、日本は2007~2016年は0.39%、1980年代は4.41%、1990年代は1.47%だった。 多くの先進国では高度成長期・安定成長期が終焉し、成熟期に入ってきたのだ。しかし、1人当たりのGDPは高く、ほとんどが4万~5万米ドルのレベルに達している。「豊かなゼロ成長の時代」とでもいえるのだろう。成長率の低下という点では長期停滞かもしれないが、他方では成熟段階に入ったということもできるのだ。当然、インフレ率も低下し、低成長・低インフレの状況が一般的になっている。メガバンクの看板=2012年9月13日、東京都 こうした豊かなゼロ成長の時代は銀行にとっても必ずしも望ましものではない。多くの企業はかなりの手元流動性を抱え、多額の銀行融資を必要とするような企業は次第に減ってきているのだ。日本でも高度成長期は銀行の時代だった。多くの企業は大きな設備投資需要を抱え、銀行から多額の融資を受け、業容を大きく拡大していった。それぞれの企業がメインバンクを持ち、銀行ごとの系列が形成された時代でもあったのである。 高度成長時代、日本の都市銀行は第一・三井・富士・三菱・協和・日本勧業・三和・住友・大和・東海・北海道拓殖・神戸・東京と13行あった。そしてそれぞれが系列の企業を有していた。トヨタ自動車でさえ、三井銀行をメインとした三井グループ企業とされたのである。 高度成長・安定成長の終焉とともに銀行の時代も次第に終焉を迎える。1997~98年には北海道拓殖銀行・日本長期信用銀行・日本債権信用銀行が破綻、金融危機が訪れることになる。都市銀行が破綻するなど、高度成長期・安定成長期には考えられないことだった。そして都銀13行体制は1990年代後半には崩れ、2000年代には三菱東京UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3大メガバンクとりそな銀行/埼玉りそな銀行、そして新生銀行の5行体制に入った。 ある意味で銀行の時代は終わったのだといえるのだろう。銀行が企業グループを支配するということはなくなったし、トヨタ自動車・パナソニック等の企業の力が相対的に強くなっていったのだった。ドイツ銀行ショックも、日本だけではなく、ヨーロッパでも銀行の時代が終わったことを象徴しているのではないか。 ドイツ銀行の破綻はある程度は世界的な混乱をもたらすかもしれないが、リーマン・ショックを上回る大きな危機になることはないと思われる。それは一つの時代の終わり、「銀行の時代」の終焉を示す事件だといえよう。当面、日本では円高・株安が進むだろうが、世界的大不況ということにはならないだろう。

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    ドイツ銀行危機、日本株大暴落のXデー

    米司法省から住宅担保ローン(MBS)に絡む不正転売で巨額の制裁金を求められたドイツ銀行が破綻危機に瀕している。ドイツのメルケル首相は支援しない方針を打ち出しているだけに懸念は拡大の一途のたどる。ドイツ発金融危機の日本への影響は必至とみられ、「日本株大暴落のXデー」もいよいよ現実味を帯び始めた。

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    欧州金融機関の不良債権問題 やがて欧米金融は日本の軍門に降る

    長谷川慶太郎(国際エコノミスト)(『「世界大波乱」でも日本の優位は続く』より) 欧州はデフレが続いており、経済状態が悪い。担保である不動産価格の下落が続くと、金融機関は不良債権を抱える。すでに各国の銀行が不良債権処理を迫られている状態であり、そうした金融機関の不良債権が今後、欧州の最大の問題となる。 一時期はギリシア問題が欧州最大の問題とされていたが、欧州先進国の銀行問題はギリシア問題よりはるかに大きい。ギリシア問題自体がなくなるわけではないが、相対的に小さくなっていく。 ギリシア国民は賢くなっていて、「ユーロ」離脱を求めなくなった。「ユーロ」から離脱したら、その瞬間にギリシア経済は崩壊することを理解し、どんなに負担が重くても「ユーロ」(EU)に残留しなければならないと思っている。ギリシアの昔の通貨「ドラクマ」では、誰も原油を売ってくれない。「ユーロ」から追い出されないためには、財政赤字を削減する努力を続けるしかない。 ギリシア問題は、欧州にとって大きな問題ではなくなってきて、銀行問題のほうがはるかに大きな危機となりつつある。 イギリスのEU離脱でイギリスの銀行が一行でも潰れたら、どうなるか。そのときに、フランスとドイツが無事でいられるのか。 イギリスの銀行が破綻したら、フランス、ドイツは無傷でいられるはずがない。フランスとドイツの銀行も大打撃を受ける。ドイチェ・バンクは、すでに経営が厳しい状態にあるなかで、イギリス発の金融危機が起これば深刻な問題だ。 ドイツは製造業の強い国だが、銀行が潰れて資金供給が停まれば、製造業も打撃を受ける。メルケル首相はエアバス機を中国に売りたくて足繁く中国に通っているが、資金がなければつくれない。 現在の世界経済の中で、長期資金に余裕があるのは日本だけだ。それは、10年物の長期国債の利回りを比べてみればわかる。 欧米各国の利回りと比べると、日本の利回りは圧倒的に低い。10年物の国債には中央銀行は直接介入しないから、需給バランスで価格が決まっている。利回りの低さは、長期資金に余裕があることを意味している。 アメリカにもヨーロッパにも、資金の余裕はない。そのため、欧米の超一流企業が日本の資金を当てにしている。金融面でも日本の地位が向上しているわけである。 窮地に陥った欧州に対して、唯一、資金の出し手となれるのは、不良債権処理を済ませている日本だけだ。 最後の長期資金の出し手として、日本しか頼るところがないことを世界の首脳はわかっている。 少し前の話になるが、モルガン・スタンレーはリーマン・ショック後に経営危機に陥り、三菱UFJ証券が救済したおかげで復活することができた。日本では三菱UFJモルガン・スタンレー証券として活動している。 野村證券はリーマン・ブラザーズから支援を求められて欧州部門を買ったが、こちらはうまくいかなかった。リーマン・ブラザーズのリストラが十分に終わらないうちに買収したので、野村がリストラをしなければいけなくなった。野村傘下に入ってから、かなりのリストラが行われている。 日本の金融機関が買収して経営再建を成功させられるかどうかはともかくとして、欧米の金融機関が日本に支援を求めてくる兆しはすでに出ている。 今後は、それがいっそう強まる。ヨーロッパのトップクラスの大銀行が「日本の同業者の系列に入れてください」とお願いしてくる可能性が十分にありうる。 場合によっては、もっと大きな救済の依頼が来るかもしれない。 長期資金に余裕があり、世界の金融を支えることのできる力が残っているのは、日本しかない。逆に言うと、日本は国際的に非常に有利な立場にあるということである。 安倍首相の言った「リーマン・ショック前夜」の認識は正しいものであり、世界はその備えをしておかなければならない。もし危機が起こってしまったとしたら、世界を支えることができるのは日本だけである。はせがわ・けいたろう 国際エコノミスト。1927年、京都府生まれ。大阪大学工学部卒業。新聞記者、証券アナリストを経て、1963年から評論活動を始める。以後、その優れた先見力と分析力で、つねに第一線ジャーナリストの地位を保つ。1983 年、『世界が日本を見倣う日』(東洋経済新報社)で第3回石橋湛山賞受賞。著書に、『日&米堅調 EU&中国消滅─世界はこう動く国際篇(共著)』『マイナス金利の標的─世界はこう動く国内篇(共著)』(以上、徳間書店)、米中激突で中国は敗退する(共著)』(東洋経済新報社)、『今世紀は日本が世界を牽引する』(悟空出版)、『日本経済は盤石である』(PHP研究所)など多数。関連記事■ 安倍発言「リーマン・ショック前夜の状況」は本当である■ イギリス解体、EU崩落、ロシア台頭■ あれから2か月、英国のEU離脱は本当に「愚か」だったのか?

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    「リーマン・ショックの亡霊」ドイツ銀危機におびえる日本の株式市場

    近藤駿介(評論家、コラムニスト) 奇しくも8年前の2008年に世界を震撼させたリーマン・ショックが発生した9月15日、米国司法省がドイツ銀行に対して、過去の住宅ローン担保証券(MBS)の販売を巡って140億ドル(約1兆4000億円)という巨額の和解金支払いを要求していることが明らかになった。 過去のMBS販売を巡っては17の金融機関が訴えられており、すでにJPモルガンや(130億ドル)、米シティ(70億ドル)、バンク・オブ・アメリカ(166.5億ドル)など複数の米国大手金融機関が多額の和解金を支払ってきている。 したがって、ドイツ銀行に和解金支払い要求があることは周知のことでもあり、ドイツ銀行の順番が回ってきたということに過ぎないともいえる。 それでも市場に大きな影響を及ぼしたのは、司法省の要求した和解金が140億ドルと、ドイツ銀行が和解金のために引当てた60億ドルを大きく上回る規模で、2016年2月にも債券利払い懸念に見舞われた現在のドイツ銀行にはとても支払える額ではなかったからだ。 ドイツ銀行の支払い能力に対する疑念が高まったことでドイツ銀行の破綻懸念も高まり、株価は大きく下落することになった。しかし、株価の下落幅を事の重大さを測る基準にするのは危険なことだ。今回ドイツ銀行の株価が大きく下落した背景には、ドイツ銀行が発行していたCoCo債(Contingent Convertible Bonds:偶発転換社債)の存在があったからだ。 CoCo債は、発行体である金融機関の自己資本比率が予め定められた水準を下回るなど経営に問題が起きた際に、発行体の意思で元本の一部または全部を削減したり強制的に株式に転換したりすることができる条件の付いた特殊な債券である。 ドイツ銀行は46億ユーロ(約5240億円)のCoCo債を発行しており、仮にドイツ銀行が経営危機に陥った場合、このCoCo債は強制的に株式に転換される可能性がある。経営危機に直面した発行体の株価は通常大きく下落するので、CoCo債が株式に転換される事態になれば、安い株価で大量の株式が発行され株式の希薄化を招くことになる。こうした希薄化を嫌がる投資家は株式の売却に走り、株価下落を加速させることになる。 米司法省がドイツ銀行に多額の和解金を要求したことが明らかになった9月中旬からのドイツ銀行株急落の背景には、ドイツ銀行に対する経営不安に加え、CoCo債を発行していたことによるテクニカル的要因が加わっていたことを忘れてはいけない。リーマン・ショックの再来はあるのか ドイツ銀行の株価が昨年末の半分の水準にまで下落したことで、一部からはリーマン・ショックの再来を懸念する声が強まってきている。 確かに、ドイツ銀行はドイツGDPの約55%に相当する総資産2兆671億ドルを誇る世界8位の銀行(「2016年版世界のベストバンク50」)である。2008年に破綻したリーマン・ブラザーズの総資産が6910億ドルであったから、その4倍近い総資産を持つドイツ銀行が万が一経営破綻に追い込まれるようなことがあれば、リーマン・ショックを上回る金融危機を招くことは想像に難くない。 しかし、今回のドイツ銀行の経営危機がリーマン・ショックのような金融ショックに繋がる可能性は決して高くない。それは、今回の危機があくまで個別銀行の危機であり、金融システム危機によるものではなく、現時点で封じ込めが可能だからだ。 リーマン・ショックはサブプライムローンなど証券化商品に組み込まれた資産価格の下落の影響で、銀行が、提供していたシニアローン(融資)が棄損するという「バランスシート危機」に直面したことで短期間連鎖的に世界的に広がっていった金融危機であった。このように業界全体が「バランスシート危機」に陥った場合、その危機を食い止めるのは極めて難しい。 これに対して、ドイツ銀行の破綻懸念の原因は140億ドルという巨額な和解金を支払うだけの備えと収益力がないという、ドイツ銀行自身の問題だ。したがって、ドイツ銀行が抱える問題さえ封じ込めてしまえば、リーマン・ショックのような世界的金融危機は防ぐことが出来る。 ドイツ銀行の経営不安が高まる中、一部の大手ヘッジファンドがドイツ銀行から資金を引き揚げた(プライムブローカー契約の解除)というニュースがドイツ銀行の信用不安を一層掻き立てることになった。 こうした動きはヘッジファンド業界におけるドイツ銀行のステイタスの凋落を示すものではあるし、資金確保が急務のドイツ銀行にとって痛手であることは確かである。 しかし、金融システムに打撃を与える出来事ではない。ドイツ銀行とのプライムブローカー契約を解除したヘッジファンドは、JPモルガンやゴールドマン・サックス等と新たな契約を結ぶことで業務を続けることは可能だからだ。ドイツ銀行に代わるブローカーは存在するのだ。 これがリーマン・ショックのような金融危機の場合は、ドイツ銀行とのプライムブローカー契約を破棄しても、すぐに新たに契約先を決められるとは限らない。危機がドイツ銀行1行の問題でなく、銀行全体の問題であるから、どこと契約しても同じリスクを負うことになるからだ。 新しいプライムブローカーが決まらなければ、ヘッジファンドの運用の滞りを招き、それが金融全体の滞りを招くことになる。ドイツ銀行に代わる受け皿がある状況か否か、この点がリーマン・ショックのような金融危機と今回のドイツ銀行の経営危機の根本的な違いである。「ドイツ銀行ショック」に日本株は巻き込まれるのか 実際に、9月末には米司法省とドイツ銀行の間で、和解金を140億ドルから54億ドルに減額する交渉が合意間近であることが報じられ、金融市場の混乱も一旦収まる気配を見せている。 新たに示された54億ドルという和解案は、ドイツ銀行がこの問題のために積み立てた60億ドルの引当金の範囲内である。もし、この額で折り合うことが出来れば、ドイツ銀行は新たな資金を調達せずにこれまで通り存続することが出来ることになる。 リーマン・ショックのような金融危機の恐ろしいところは、いつ、どのような形で問題が収束するのか想像がつかないことである。これに対して今回のドイツ銀行の経営危機では問題解決の糸口は初めから見えている。和解金が140億ドルなら問題だが、54億ドルなら問題にならないことが明らかな中で金融危機が起こることはない。しかも、その和解金の額を決定するのは米司法省なのだから。 つまり、リーマン・ショックが「金融危機」であったのに対して、今回のドイツ銀行の経営危機は「政治危機」の色合いが強いということだ。 政治的配慮で解決できる問題を、世界の金融システムを壊すリスクを冒してまでドイツ銀行に140億ドルを出させようとするほど、米国の政策当局は愚かではないはずだ。仮に今回の和解金問題でドイツ銀行が破綻に追い込まれるようなことがあれば、それは政治的失敗でしかない。 日本の株式市場がドイツ銀行の経営危機による金融ショックに巻き込まれることを懸念する声もあるが、そうした不安は杞憂である。ドイツ銀行の経営不安が解決するわけではないが、この問題は政治的な配慮で収束に向かうと考えておいてよさそうだ。 リーマン・ショック前に行ったMBSの不正販売がリーマン・ショックを招き、リーマン・ショックが発生したその日に明らかになった多額の和解金請求によって経営危機が叫ばれ、リーマン・ショック後に欧州を中心に広がった「金融機関破綻の際に株主だけでなく債権者にも損失負担をさせる」という理念に基づいて発行していたCoCo債が株価を大幅に押し下げる要因になったというのは何とも皮肉である。 こうした現実から言えることは、今でも世界は「リーマン・ショックという十字架」を背負い続けているということである。

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    世界的株安は回避できるか ドイツ銀行が破綻危機から脱せない理由

    加谷珪一(経済評論家) ドイツ銀行の経営破たん懸念がにわかに高まっている。同行の株価は一時10ユーロを割り、利上げ観測後退で楽観ムードとなっていた米国の株式市場にも冷や水を浴びせた。一部からは、欧州危機が再来するとの声も聞かれるが、よく見ると事情はもう少し複雑だ。ドイツ銀行の経営は確かに厳しい状況だが、これが欧州全体の危機に結びつく可能性は今のところ低い。むしろ一連の破たん懸念は、政治的色彩を帯びている。株価が大幅に下落した米ニューヨーク証券取引所のトレーダー(ロイター) ドイツ銀行の経営が苦しくなっていることは、かなり以前から知られていた。2015年7月時点で30ユーロを突破していた同行の株価は急速に値を下げ、今年の4月には15ユーロを切った。直近ではさらに株価が下がり、一時は10ユーロを切る水準まで売り込まれている。欧州ではイタリアの銀行の不良債権問題が取り沙汰されており、特に多額の不良債権を抱えているモンテ・デイ・パスキ・ディ・シエナ(モンテ・パスキ)は危機的な状況と言われる。  EU(欧州連合)の銀行監督機関であるEBA(欧州銀行監督機構)は7月29日、欧州主要51行の健全性を点検するストレステストの結果を公表している。それによるとモンテ・パスキは、2018年にかけて欧州域内の景気が一時マイナス成長に陥るという事態が発生した場合、同行の中核的自己資本比率が、マイナス2.44%になるという厳しい結果となっている。同行は50億ユーロ(約5700億円)の増資を含む再建策を発表しているが、不良債権処理と増資がスムーズに進むのかは何とも言えない状況だ。 これに対してドイツ銀行は、同じ条件において7.8%の自己資本比率を維持している。こうしたシミュレーションは条件設定で大きく結果が変わる可能性があるが、モンテ・パスキのような銀行と比較した場合、ドイツ銀行は過大な不良債権によって、すぐに存続が危ぶまれるというほどの状況ではない。さらに言えばドイツ経済は成長が鈍化しているものの、まずまずの状況が続いている。2015年の実質GDP(国内総生産)成長率は1.5%、2016年についても1.6%が見込まれている。失業率も過去最低水準だ。 ではなぜドイツ銀行の経営破たんが懸念される事態になっているのだろうか。それは、マイナス金利の導入によって銀行の利ざやが急激に減少し、利益を確保することが難しくなっているからである。銀行は預金など低金利の手段で資金を集め、比較的に金利の高い商品に投資したり、資金を融資することで収益を得ている。マイナス金利が導入されてしまうと、この利ざや限りなく小さくなってしまうため、融資業務に依存する銀行の経営は厳しくなる。低金利で利益が上げられないドイツ銀行 ドイツ銀行の2016年4~6月期の決算における利子収入は67億2100万ユーロであり、支払った利子の額は30億2900万ユーロだった。結果として同行は36億9200万ユーロの利ざやを得ている。しかし、1年前の2015年4~6月期における利子収入は69億3600万ユーロと今より多く、逆に支払った利子の金額は28億1500万ドルと少ない。利ざやの額は41億2100万ユーロと今年より1割も大きかった。 ドイツ銀行は利ざやの収入に加えて、投資銀行業務など各種の手数料収入がある。この金額は利ざやとほぼ同額だが、こちらも景気の鈍化によって減収傾向が鮮明となっている。利ざやに加えて手数料収入も減ったことで、同行はなかなか利益を上げられなくなっている。つまりドイツ銀行の問題は、不良債権ではなく経営問題ということになる。ちなみにモンテ・パスキは利ざやの収入が6割と高めで、低金利による収益悪化の影響を受けやすい。不良債権の比率が高く、収益性も弱い同行は真っ先に危機が表面化したわけだ。 ドイツ銀行は行員が極めて高額なボーナスを得ていることで知られており、大規模なコスト削減を実施できれば、自力で経営を再建することは不可能ではないと思われる。だが、ここには政治的な思惑が絡んでおり、そうはいかない可能性も出てきている。 今回、ドイツ銀行の株価が急落したのは、従来から取り沙汰されている経営危機に加え、米司法省がモーゲージ担保証券(MBS)の不正販売問題で同行に制裁金を求めたことと深く関係している。米司法省は、同行に対して140億ドル(約1兆4300億円)に上る巨額の和解金を提示しており、減額交渉は難航しているといわれる。 これは同行の経常収益(一般企業の売上高)の約4割にあたる数字であり、これを支払ってしまうと、同社が保有するキャッシュの1割を失う。経営破たんするほどの水準ではないが、同社の経営にとって大きなマイナス要因であることは間違いない。ドイツ銀行危機は経済問題ではなく政治問題 ドイツはこれまでスペインやギリシャなど債務問題が顕在化した国々に対して厳しい姿勢で臨んできた。その手前、仮にドイツ銀行の経営が不安定な状況になっても、安易に政府が支援することは難しい。独誌が「メルケル首相に支援の意思はない」と報じたことから、さらに不安が高まった格好だ。ドイツのメルケル首相(ロイター=共同) もっとも有力な解決策はドイツ第2位のコメルツ銀行と合併することだが、ドイツ銀行と同様、コメルツ銀行も低金利による利ざや縮小にあえいでおり、9月29日には、何と1万人の人員削減と配当支払い停止を表明している。日本であれば、弱者連合での合併も許容されるかもしれないが、グローバル競争を是とするドイツ社会ではおそらく通用しないだろう。 そこで急浮上してくるのが、米銀による買収である。これはあくまで筆者の憶測であり、確実な情報を得た話ではないが、JPモルガン・チェースやシティといった米銀にとってドイツ銀行が持つ顧客基盤は魅力的である。重要なのは米銀にとって魅力的なのは投資銀行部門であって、リテール部門ではないという点だ。 今回の経営危機でドイツ銀行は支店網を大幅に縮小する必要に迫られている。リテール部門ではなく収益性の高い投資銀行部門が欲しい米銀にとってはまさに渡りに船である。司法省の不正販売に対する制裁は、ドイツ銀行に対するものが特別に厳しいともいわれる。一種の政治的なシナリオが背景にあるのだとすると、一連の騒動に対する見方は大きく変わってくる。ドイツ銀行問題がどう推移するのかは、欧州危機の再来といった経済問題としてではなく、むしろ政治問題として注視していく必要があるかもしれない。

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    岐路に立つドイツ 世界経済を揺るがす8つの衝撃

    児玉克哉(社会貢献推進機構理事長) この10年のメルケル首相をトップにしたドイツの存在感は素晴らしかった。メルケル首相は、2005年11月22日に首相に就任してから「ドイツのお母さん」と称され、高い支持率を誇ってきた。ドイツ経済も好調で、EUを牽引する役割を担った。ちょうどこの時期は日本が混乱し続ける時期であった。経済は低迷を続け、1年ごとに首相が交代し、国の方向が定まらない状態であった。メルケル・ドイツはヨーロッパの盟主として、アメリカに対抗できる国際的な影響力をもってきた。 そのドイツに異変がみられる。1.中国との関係 メルケル・ドイツは中国との蜜月関係を持ち、それがお互いに大きな利益をもたらしてきた。10年余りの就任期間でメルケル首相が中国を訪問したのは実に9回だ。ドイツと中国との距離を考えると異常な回数だ。ちなみにメルケル首相の日本訪問はわずかに3回だ。しかもそのうち2回は洞爺湖サミットと伊勢志摩サミットのサミット参加で、残りの1回はエルマウ・サミットに向けた事前調整のためというから、サミット絡みだけといっていい。メルケル首相の親中のスタンスは明らかだ。 ドイツと中国の貿易は拡大し、ドイツ経済の成長の柱となった。中国は生産拠点としても、大市場としても魅力のある国であった。経済の発展が素晴らしい時には様々な不平等的な問題も隠されてきた。ドイツと中国は密接なパートナーとして活動し、中国はEU、つまりヨーロッパへの参入権を得た形になった。しかし、中国経済の成長が鈍ると、問題が噴出してきた。中国との貿易が停滞しながらも、ドイツ企業は撤退しようにも撤退できにくい状況に置かれる。しかし、中国の企業はドイツの優良企業を買収していく。中国家電大手の美的集団は、ドイツの産業用ロボット大手クーカを買収した。中国との貿易は好調な時には問題が隠されるが、不調になると問題が噴出してきた。中国との貿易拡大で成長してきたメルケル・ドイツは方向転換を迫られている。2.ロシアとの関係 これも重要なポイントだ。EU諸国はプーチン・ロシアにはやや距離をおいた付き合いをするが、メルケル首相は、親露政策を打ち出してきた。特にロシアの油田・ガス田にはドイツ企業は多額の投資を行い、原油や天然ガスを買ってきた。原油価格が高騰する時期と重なり、ロシアにもドイツにも多大な収益をもたらした。アメリカの敵といえるロシアと中国と連携を強め、ヨーロッパをまとめるという戦略をとったのだ。そしてそれがことごとく経済的にもあたった。しかし、これも原油価格が急落すると状況が一変する。そしてその時期がロシアがウクライナと問題を起こす時期と重なる。ロシアとの関係も見直さざるを得なくなる。「将来的な労働力」難民への寛容政策が崩れた3.増え続ける難民・移民問題 ドイツにとって難民の受け入れは、ドイツの将来的な労働力という位置づけもあった。メルケル首相の人道的な思想もあるが、それだけでは難民の受け入れはできない。ドイツの好調な経済を反映して、ドイツの失業率は低く抑えられてきた。基本的に労働力不足の状態であり、難民や移民が増えることに大きな反対はなかった。安い労働力の確保という要素もあり、国際的な評価が高まることなどから、ドイツ国内でも難民・移民の受け入れはかなり好意的なものであった。 しかし、最近、難民・移民に対する国民感情が悪化した。イギリスはこれを嫌ってEU離脱の国民投票で離脱を決めた。フランス、スペイン、デンマーク、スウェーデン、イタリアなどでも反難民・移民の流れができつつある。ドイツもかなり激しくなってきた。テロなどが起きたこと、異文化・異宗教に対する苛立ちなどもその要因だ。また経済の不安がでてくると、これ以上の労働力はいらない、という判断もある。メルケル・ドイツの難民・移民への寛容政策が批判を浴びている。4.為替レート安定のユーロ戦略 一般的には経済が好調であれば通貨が強くなり、輸出が鈍るようになる。まさに為替においても「神の手」があるはずなのだが、ドイツだけでなくヨーロッパ全体での通貨となると、ドイツの経済が好調でもユーロ高は抑えられる。この構造は輸出国ドイツにとって好都合であった。EU、ユーロ維持をすることは、ギリシャ経済破綻危機などでドイツが財政的に支えても構わないくらいの利益をもたらす。この構造が強いドイツと安定したEUを作ってきたのだが、ドイツが諸々の案件で追い込まれると、EUの仕組み自体が見直されなければならなくなる。すでにイギリスが去ろうとしている。ギリシャ危機もまだ終わったわけではない。ドイツが支えることができなければ、EUのシステムが見直されなければならない。ドイツの発展の前提の一つが壊れる可能性がある。5.VWの排ガス不正問題の後始末 VW社の不正ソフト事件が明るみに出てから約1年が過ぎた。最近はあまりニュースにならないが、問題が解決したわけではない。これから巨額の制裁金などが科せられると予想される。またVW社の自動車売り上げも厳しい。ドイツ国内やヨーロッパでは落ちていないので、格好は保っているが、アメリカ、南米、ロシアではかなり落ち込んでいる。中国の売り上げはまだ大きいが、これは中国市場の冷え込みもあり、依存することができない。つまり中国での展開がつまづき始めれば、相当に厳しい状況に置かれそうなのだ。VW社はドイツの優良企業であっただけに、今後の展開によってはドイツ経済の足を引っ張りかねない。ドイツ銀行の低迷がドイツ経済を長期に苦しめる6.ドイツ銀行ショック さらにドイツの経済を揺らす問題が持ち上がっている。ドイツ銀行がアメリカでの住宅担保ローンに絡む不正販売から、アメリカ司法省が同行に対し140億ドル(約1兆4000億円)の支払いを求めるというニュースだ。制裁金が1兆4000億円となると半端ではない。金融機関の不安定化は、経済全体に悪影響を与える。本当にどれだけの制裁になるのかはわからないが、この可能性がある中で、決着が長引けば、株式市場への悪影響とともに、ドイツ銀行からの資金の流出が起こりうる。すでにヘッジファンドの客が逃げ始めているといわれる。ドイツ銀行の低迷は長期にわたってドイツ経済を苦しめることになるかも知れない。7.メルケル首相の支持低下 こうした諸々の状況は政治を混乱させつつある。高かったメルケル首相の支持率もかなり落ちている。来年の首相選への出馬はまだ不明だが、おそらくないのではないか。再出馬しても当選する可能性は低くなっている。経済も社会も政治も安定しているといわれたドイツだが、すべてに状況は不安定化している。メルケル首相の後の展望もわからない。8.アメリカのドイツ潰し ドイツ銀行問題などではアメリカがドイツを潰しにかかっているという見方もある。中国、ロシアと親密な関係になり、アメリカに対抗できるヨーロッパの盟主としてのドイツは、アメリカにとっては望ましい存在ではなかった。米ソ冷戦時代は、ドイツは日本とともにアメリカの従順な手下であったが、ドイツはアメリカに楯突くことができる国になりつつあった。それは、中国潰し、ロシア潰しにもつながり、アメリカのヨーロッパへの影響力を高めることになる。逆の視点からみれば、メルケル首相はアメリカが一目置くだけの世界的な影響力を持ったとも言える。トランプ大統領の誕生ともなれば、状況はさらに不透明になる。ドイツ銀行への制裁がトランプ大統領のもとで行われたらどうなるか。恐れている関係者は少なくない。 今、ABCDショックとも言われる。Aはアメリカ(America)で、アメリカのドイツ潰しやトランプ大統領誕生のリスク、BはイギリスのEU離脱で(Brexit)、Cはチャイナリスク(China Risk)で、Dはドイツ銀行(Deutsche Bank)である。 好調だったドイツが一気に苦境に置かれつつある。これはヨーロッパ経済、ひいては世界経済に与える影響は大きい。次の首相が誰になるかも興味深い。

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    ドイツ銀危機、本当に間が悪かったマイナス金利導入

    小笠原誠治(経済コラムニスト) 欧米市場の流れを受け、そして、円高、原油安もあり、本日は株価が下がるだろうと思っていましたが…こんなに下がるとは。 この流れだと、日経平均は再びNYダウを下回るかもしれませんね。 それから、本日、長期金利が一時0%に達したとされています。 10年物国債を購入しても、利回りはゼロですか。 いずれにしても何故こんなにも株価が下がるのかと言えば… 本日、銀行株が大きく値を下げているようで、それは欧州の流れを受けたものではないかと見られるのです。 特に、ドイツ銀行の株価が急落しているようで…8日には10%ほど下落し、年初からの下落率は40%近くになっているようなのです。フランクフルトにあるドイツ銀行の本部(AP) では、何故ドイツ銀行の株価が下がるかと言えば… 多数の訴訟案件を抱えており、損害賠償が多額に及ぶ恐れがあることや、原油価格の低下のためにエネルギー産業向けの融資が不良債権化する恐れがあること、さらには、ECBのマイナス金利政策のために、利ザヤが稼ぎにくくなっていることなどが理由だとされています。 で、その結果、資金繰りがタイトになる恐れがあり、ドイツ銀行が発行している偶発転換社債(CoCo債)の利払いが来年以降難しくなるのではないかという観測が強くなっているのです。 因みに、何故CoCoと言うかと言えば…カレー屋とは関係なく、Contingent Convertible Bondsの略なのだとか。 さらに参考までに言っておくと、CoCoは、発行者の自己資本比率が一定の水準を切ると、自動的に株式に転換されてしまうのだとか。つまり、お金はもう返ってこないのです。怖いですね。 ということで、CoCo債の価格も昨年の12月には93程度あったものが、昨日は75程度まで落ちているというのです。 信じられますか? ドイツ銀行と言えば…誤解のないように言っておきますが、ドイツ銀行はドイツの中央銀行ではありません。しかし、ドイツを代表する、否、世界的な大銀行と言っていいでしょう。 そのドイツ銀行の債券がデフォルトの可能性に晒されているなんていう訳ですから、これはただ事ではありません。 ただ、フォルクスワーゲンがあのような不祥事を起こす昨今ですから、今や何が起きてもおかしくはないのでしょう。 ところで、上に述べたドイツ銀行を含む欧州の銀行にとってマイナス金利政策が重荷になっているという話ですが…何故そのようなことが起きているかと言えば…預金金利については、預金者の反発を恐れ、マイナスにすることが困難である一方、貸出金利が下がっているので利ザヤの確保が難しくなっているというのです。 でも、それが本当だとすれば、日本の銀行の株価が下がるのも頷けるところです。 ついでに言えば、欧州ではマイナス金利政策のなか、銀行は利益確保のために貸出金利をむしろ上げる動きがでてきているとも。 日本のマイナス金利導入は、本当に魔の悪いときに行ったと思います。(2016年02月09日「小笠原誠治の経済ニュースゼミ」より転載)

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    株価は景気の先行指標だが、景気は改善しそうな理由

    塚崎公義(久留米大学商学部教授) 株価が軟調に推移していて、16日の東京市場も大幅な下落となりました。「株価も下がっているし、景気は悪いんだろう」などと心配している人も多いかもしれません。株価は景気の先行指標と言われていますが、景気は悪くなるのでしょうか?今回は、景気と株価の関係について考えてみましょう。株価は内閣府の景気先行指数の計算に使われている 景気先行指数を発表している内閣府は、指数を計算する際に、株価の動きも利用しています。ということは、内閣府も「株価が動くと、その後から景気が動く場合が多い」と認めているのでしょう。それは、筆者も認めるところです。 株式市場の投資家が、景気が悪化すると予想し、その予想が当たったとします。投資家たちは直ちに株を売るので直ちに株価が下がりますが、景気が悪化するのはその後ですから、株価の動きが景気に先行した事になります。つまり、投資家たちの景気予想が5割以上の確率で当たるならば、株価は景気の先行指標となり得る、というわけです。世界的な株安を受け、前週末比895円15銭安となった日経平均株価終値を示す電光掲示板=5月24日、東京都中央区(小野淳一撮影) 日銀が金融を思い切って引き締めたとします。金利は高騰し、株式市場に廻る資金も減りますから、株価は直ちに下落します。一方で、景気は日銀が金融を引き締めてからしばらくして悪化しますから、この場合にも株価は景気の先行指標となり得ます。 米国でリーマン・ショックのような事件が起きたとき、日本の株価もただちに暴落しますが、日本の景気が悪化するのは米国向けの輸出が激減してからですから、しばらく後になります。この場合にも、株価は景気の先行指標となり得ます。株価が景気を動かすわけではない しかし、ここで重要なことは、株価が景気を動かしているわけではない、ということです。せいぜい、大量の株を持っている富裕層が贅沢を控えるようになるとか、株価の下落を見て「景気が悪くなりそうだ」と考えた庶民が少しだけ倹約する、といった程度でしょう。日本は家計の株式保有が少ないので、株価が下がっても実損を被る人は多くないはずで、景気への影響も小さいはずです。 株価が景気より先に動く場合でも、因果関係として景気が原因であったり(投資家が景気を予想)、他に原因があったり(日銀の引き締めやリーマン・ショックなど)するのです。 もしも株価が景気を動かしているのであれば、景気を予想する時には株価をしっかり見ておく必要があるのですが、景気予測の専門家の中で、株価に注目している人は決して多くないと思われます。景気の専門家は景気悪化を予想せず景気の専門家は景気悪化を予想せず 景気の専門家たちの見方を知るための手段としては、内閣府の月例経済報告、日銀の展望レポート、ESPフォーキャスト調査を見るのが手っ取り早い方法ですが、いずれを見ても、景気は緩やかな回復・拡大を続けるだろうと言っています。つまり、景気の専門家たちは、「株価が下がっているが、景気は悪化しないだろう」と考えているわけです。 投資家が景気の悪化を予測して株を売っているとも思われませんが、仮にそうだとしても、株式市場の投資家が景気予測の専門家よりも景気の予測に秀でているとも思われません。もしもそうなら、景気予測の専門家は大量失職しているはずですから。ドイツ銀行本社ビル=フランクフルト(ロイター) 日銀が金融を引き締めているわけではありませんし、リーマン・ショック並みのショックが来ているわけでもありませんから、「株価を下落させた要因がタイムラグを経て景気を悪化させる」という事もなさそうです。したがって、ここでは景気は拡大を続けると信じておきましょう。 では、なぜ株価は下落しているのでしょうか?筆者は株価のことは全く詳しくないので、よくわかりませんが、特に説得的な説明は聞こえて来ていないようです。 年初来の世界同時株安も、不思議な現象でした。「ドイツ銀行が破産する」という噂などで世界の株価が下がったのですが、当のドイツ銀行では取付け騒ぎが起きたわけでも無いようです。 昨今の日本株は、欧州の株式以上に冴えない動きとなっています。ドイツはともかく、英国のEU離脱で欧州経済が大打撃を被るといった理由で株価が下がっているのだとすれば、欧州株の方が日本株よりも大きく下落するはずですが、そうでもありません。 もしかすると、日本株の投資家たちが、噂や思惑などで「騒ぎ過ぎている」だけなのかも知れません。まあ、筆者は株価のことはわかりませんから、株価のことは市場参加者に御任せして、株価に惑わされずに淡々と景気予測に励むことと致します。その際に、スタート台となるのは、「景気予測の専門家たちは、景気の緩やかな回復・拡大を予想している」ということです。専門家達の見解に異論を唱える特段の材料があれば別ですが、そうでない以上は、「景気は緩やかな拡大を続ける」と考えておくべきでしょう。【参考記事】■経済情報の捉え方(塚崎公義)http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12149245775.html■景気を語る人々(塚崎公義)http://ameblo.jp/kimiyoshi-tsukasaki/entry-12158101067.html■大学教授が教える、本当に役に立つ就活テクニック(塚崎公義)http://sharescafe.net/48796600-20160609.html■就活の手を抜くと、過去の自分を恨んで生きる事になる(塚崎公義)http://sharescafe.net/48827988-20160614.html■就活は企業との相性だから、落ちる以上に受けるべし(塚崎公義)http://sharescafe.net/48827663-20160613.html

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    マイナス金利だからこそ円高・株安は今のレベルで留まってる

     日本銀行がマイナス金利を導入したことで、2月9日、長期金利が初のマイナスをつけた。翌10日には日経平均が1万6000円を割り込み、11日にドル円相場は海外市場で110円台にまで上昇した。 新聞各紙は〈日経平均918円安〉〈預金金利下げ加速も〉と見出しを立て、〈マイナス金利政策の副作用への不安が高まっている〉(朝日新聞)と先行きへの不安を煽った。国会では民主党の細野豪志氏が「マイナス金利によってこれだけの株安、円高だ」と日銀を非難した。 あたかも「マイナス金利が株安を招いた」との印象を受けるが、「円高、株安に振れているのは、マイナス金利とは無関係」と断じるのは、第一生命経済研究所・主席エコノミストの永濱利廣氏である。「ドイツ銀行の2015年の最終赤字が過去最大の68億ユーロ(約8800億円)に拡大して信用不安を招いたのに加え、米国の景気減速懸念、中国経済の先行き不透明感、さらに原油安への懸念が広がった。円が買われ、株が下がったのはこれらの要因によるもので、決してマイナス金利が原因ではない」 それどころか、マイナス金利にしていなければ、より深刻な事態に陥っていた可能性が高いという。「他の国はもともと金利が高いため、リスクを回避しなければならない状況になると、日本以上に金利の下げ幅が大きくなる。日本の金利も下がっているけれども、それ以上にアメリカやヨーロッパの金利が下がったから円高になった。仮にマイナス金利でなかったらもっと円高、株安が進んでいた」(永濱氏) マイナス金利だからこそ、円高・株安は今のレベルで留まっているのである──そんな見立てである。関連記事■ マイナス金利政策の落とし穴 欧州で珍事続発■ 日銀のマイナス金利導入 円安誘導し物価上昇で国民に負担も■ 規模が大きい日本のマイナス金利 世界へのインパクト大■ マイナス金利でメガバンク株価急落 貸し渋る銀行の自業自得■ マイナス金利導入 不動産市場はバブルを迎えるか

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    日本の年金運用はココが危ない! 株高頼みのツケは必ずやって来る

    小笠原誠治(経済コラムニスト)はじめに 先日、GPIFの2016年4~6月期の運用成績が発表されたが、結果は5兆2342億円の赤字であった。既に明らかになっていた2015年度の運用成績も5兆3098億円の赤字であったので、安倍政権下でGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)が国内債券の運用比率を減らし株式運用比率を倍増したことが正しかったのかという声が出ている。 ただ、その一方で、それまでに得た利益の方が大きいとか、損失が発生したからといってすぐに株式運用比率を引き下げるべきだというのはおかしな議論だという指摘もある。 しかし、そもそも公的年金の運用成績がどうであるかがそれほど大きな問題になり得るのだろうか?株価下落で公的年金の運用損が発生した 確かに、高齢者に支給される年金の財源が上手な運用の結果少しでも増えることは一見望ましいようにも見える。 しかし、忘れてはいけないことは、この公的年金積立金は国から独立して存在している訳ではないということである。つまり、実際に支給される年金の大部分は若者が納める年金保険料から充てられているが、二番目に多いのは国庫負担分、つまり税金であるからだ。積立金の取り崩し分は、年金として支給される財源のごく一部でしかない。従って、ある時期、運用で多額の損失を発生させても、足りない分は税金で補てんされるしかないし、逆にある時期、多額の運用益を計上することができたとしても、その一方で、政府の一般会計には1千兆円を超える借金が積み上がっているのだから喜ぶことはできないのだ。 要するに、政府にはいろいろな財布があって、それぞれの財布にお金が潤沢にあることが望ましいが、重要なことは全体でどのような収支になっているかなのである。 多くの国民、そしてマスコミはそのことについて気が付いているのであろうか? 問題は他にもある。 そもそも、国が一般の市場参加者とは全く異なる地位と情報を保有した上で、言わば財テクに走ることに問題はないのだろうか? というのも、GPIFの投資対象となる企業は政府の許認可の対象になっているようなものも多く、そうなると癒着やインサイダー取引が起こりやすくなるからだ。それに余りにも巨額な資金を有するGPIFが株式市場に参入することで市場の価格形成機能が阻害されてしまう恐れもある。 さらには、年金積立金の株式運用で大損を発生させたような場合に、GPIFが世論に押されてやむを得ず株式の売却に動かざるを得なくなることが考えられるが、そうなるとさらなる株価の下落を招くという問題もある。なぜ株式運用比率は引き上げられたのか?なぜ株式運用比率は引き上げられたのか? 安倍政権は、民主党から政権を奪還して以降、公的年金の運用を国債から株式にシフトさせてきたが、2014年10月、運用ポートフォリオの見直しを行った。即ち、それまで60%とされていた国債などの国内債の運用比率を35%に引き下げる一方で、国内株式のそれを12%から25%に引き上げると同時に、外国株式のそれも12%から25%へ引き上げたのである。 では、何故株式運用比率を高くしたかと言えば、一つには、国内金利が異常に低い状況になり、主に国債などで運用するだけでは期待される運用益を計上することができなくなったこと、そして、もう一つには、株式運用比率を引き上げることで、株価の上昇が期待されたからである。 しかし、国内金利が何故異常に低下したかと言えば、アベノミクスがスタートして以降、インフレターゲットが正式に採用され、金融緩和が一段と進められたからなのだ。 というよりも、日銀が大量に市場から国債を買い上げることにより金利を大きく低下させて国債の魅力をなくし、そうしたことによって行き場をなくした資金を株式投資に向かわせようとしたと見ることもできる。 つまり、安倍政権は金利をさらに低下させることによって株式投資の魅力を増し、そして、公的資金の運用を相対的に魅力が増した株式投資へシフトさせることによりさらに株価の上昇を目指したと言えるのである。 しかし、そうした人為的な政策でいつまでも株価の上昇が続く筈はない。何故かと言えば、一つには、さらなる株価の上昇をもたらすためには継続的に株式運用比率を上げていく必要があるが、いつまでもそうすることは不可能であるからだ。極端な話、株式の運用比率を100%にまで引き上げた後は、それ以上上げようがないし、また、積立金の額を大きく増やすことも不可能であるからだ。というよりも、積立金は毎年5兆円ほど取り崩されているのである。 従って、株価の運用比率が限度いっぱいになるとその後は株価を上昇させる要因にはなり得ず、他の外的要因による株価の変動をただ受け入れるしかなくなるのである。そもそもGPIFはなぜ公的年金積立金の運用を行うのか?そもそもGPIFはなぜ公的年金積立金の運用を行うのか? ところで、そもそも何故GPIFは、130兆円とか140兆円と言われるほどの巨額な年金積立金を有していて、それを運用する必要があるのであろうか? そう質問されると、多くの方は、公的年金の受給資格者が受け取る年金は、公的年金の積立金を取り崩して支払われるからと考えるのではないだろうか? しかし、それは不正解とまでは言わないものの正解とは言えない。何故ならば、支給される年金の大部分は若者たちが負担する保険料から支払われ、その次に国庫負担(税金)が来て、年金積立金の取り崩し分は全体のごく一部に過ぎないからだ。衆院予算委員会で答弁する安倍晋三首相=2016年2月5日、国会・衆院第1委員室(斎藤良雄撮影) 要するに、今の日本の公的年金システムは純粋の積立方式ではなく、実態は賦課方式に近いものなのだ。 だとすれば、本来積立金を保有しておく必要が必ずしもある訳ではなく、また、積立金の運用も必ずしも必要ではない。 では、何故いつまでもそのような巨額な積立金が維持され運用が続けられているかと言えば、その積立金がもたらす果実に官民の関係者が群がるからだと言える。 要するに、巨額な積立金の運用を行うためには、それなりの組織が必要となるが、それは天下り先確保にやっきとなる官側にとって好都合であるだけでなく、民間も積立金の運用ビジネスに伴って巨額の手数料を稼ぐことができるからである。 しかし、考えてみれば、公的年金を支給するために国が、一方でその財源の一部を負担しながら、他方で積立金を運用しているというのでは、国は借金をしながら、そのお金で国債や株式に投資しているのと等しいと考えられる。お金に余裕があって株式投資をするのであればまだ分かるが、借金をしてまで国が株式投資をする必要があるのだろうか? そうしたことから考えるならば、年金積立金を保有する余力があるならばその分国債の償還に充てればいいという議論も成り立つ。GPIFが株式投資を行うことに伴う弊害国(GPIF)が株式投資を行うことに伴う弊害 国が株式投資を行うのであれば、少しでも利益を多く出し、少しでも損失を抑えようとするのは理に適っている。 しかし、国と投資対象となる企業とは複雑な関係にあるものも多いのだ。例えば、国が民間銀行の株式を保有しようとした場合、国側が有する様々な情報が利用される恐れは絶対にないと言えるのか?  それに、投資対象の企業の経営が危うくなり株価が下がり始めると、いつも以上にそうした企業を支援するインセンティブが高くなってしまうであろうが、そうしたことは日本経済の健全な発展にとって望ましいことなのだろうか? 或いはまた、国が主要株主になることによって、天下りの受け入れが半ば当然になってしまう恐れもあろう。 それに、GPIFはクジラとも呼ばれるほどの大きな存在なので、市場における株価形成に思わぬ影響を与えることも懸念される。 そうしたこと以外に、そもそも役人に財テクをさせてお金儲けをさせることが適切なことなのかという疑問も生じる。損失が発生した場合の責任の取りようがないからである。GPIFの株式運用に伴う3つのリスクGPIFの株式運用に伴う3つのリスク(1) 株式運用比率の引き下げによる株価低下リスク 今のところ、安倍政権とその支持者たちは、野党がどのように批判しようともGPIFの株式運用比率を元の水準にまで下げることには同意しないであろうし、株価の動向に一喜一憂するよりも現在の株式運用比率を維持する方がマシであることは容易に想像される。 ただ、安倍政権がそのように強気の姿勢でいられるのは、今のところは株価下落に伴うGPIFの損失額がそれほど大きなものではなく、国民も過敏な反応は見せていないからなのだ。 しかし、これが仮に再び日経平均が1万円を切り、これまでに得た利益が全てふっとぶような事態になったらどうであろうか? そのようなことが起こった場合、政府は冷静な対応を取れるのであろうか? つまり、そのような非常事態に陥った場合でも、GPIFはそれまでどおり株式運用比率を高めたままでいられると言えるのか? しかし、政治家は本当に世論には弱いもの。 恐らく、政治家のなかから「何故そんなに株価が下がるなかでいつまでもGPIFが株式投資を続けるのか」というような批判が出るのは必至であろう。しかし、仮にそうしてGPIFが株式を売りに出せば、株価はさらに下がるという悪循環に陥ってしまうのである。(2) 年金積立金減少に伴う株価下落リスク 既に見たように、株式の運用比率を引き下げないとしても、積立金の総額が減少するならばGPIFの株式運用額は減少するので、それが株価を下落させる要因になり得る。 見方によってはとてつもない額とも言える140兆円ほどの年金積立金であっても、仮に毎年5兆円ほど取り崩していくと、あと30年間で使い果たしてしまう。 つまり、GPIFが株式運用比率を高めることよって株価上昇を狙ったとしても、その効果は長くは続かず、むしろ長期的にみれば下押し圧力をかけることになるのだ。(3) インフレが起きた場合の株式運用比率低下に伴うリスク GPIFが株式運用比率を高めたのは、金利が異常に低くなった状況下で運用益を少しでも確保したいという思いからであるが、仮に今後2%のインフレ目標が達成されるような状況になった場合、日銀は金融緩和策を転換することが余儀なくされるであろうが、そうなるとGPIFとしても今度は金利上昇を前提としてポートフォリオの構築を考え直さざるを得なくなる。つまり、再び国債での運用利率を高めると同時に株式運用比率を引き下げることとなろうが、インフレの発生が景気回復に伴うものであれば問題はないが、そうでなく景気が回復しないなかで単にインフレが発生した場合には、株価の上昇がないなかにおいて株式運用比率を引き下げることになり、そうなるとそれによって株価を下げてしまうことが懸念される。 最後に 要するに、GPIFが株式運用にシフトすればするほど、後々起きることが予想される株式運用の巻き戻しの影響が懸念されるのだ。株価が上昇する局面では、GPIFが株式運用の比率を高めることによってさらに株価を上昇させるので、好循環がスタートしたかに見えるものの、逆に何らかの理由によって株価が下落し続けるなかでGPIFが損失を回避するために株式を売却すれば、さらに株価を下落させる恐れがあり、だからといって株価の下落に対して手をこまねいていれば、みすみす損失を被ってしまう。 つまり、GPIFが今のように株式の運用比率を高めてしまったということは、将来起きると思われる問題がより深刻なものになることを意味しているのだが、その際、如何にして対応するか政府やGPIFにその心構えができているのだろうか? とてもそうとは思えない。 仮に将来、株価が急落した際、政治家が世論に押されてGPIFに株式の売却を迫るようなことになれば、まずい事態になってしまうことが容易に想像される。