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    郵政株の賢い買い方を考える 「絶対」はないのが相場

     日本郵政、ゆうちょ銀行、かんぽ生命の郵政関連3社が、11月4日にいよいよ株式を上場する。親子同時上場で、資金調達額が1兆数千億円に及ぶ大型上場。株式市場としては大イベントだ。 投資家としては、これら3社を買うべきか否か。 株式投資の原則論から結論をあっさり言ってしまえば、「買うべきではない」。様子を見て、株価が十分安いと思える水準に来てから買うのが正解だ。 上場時は不確実性が大きいし株価形成が安定しない。経験的には、リスクが大きい割にリターンは小さい傾向がある。 また、注目を集めている銘柄について、売りか買いかいずれかをどうしても決めなければならないという精神状態は株式投資に向いていない。郵政3社以外に上場銘柄はたくさんあるのだから、自分のペースで調べ、納得した銘柄に好きなタイミングで投資すればいい。 一方、機関投資家のファンドマネジャーにとっては、ベンチマーク(TOPIXなど運用成績の比較対象になる株価指数)との競争の関係上、そこそこの比率で持たないのはリスキーだ。他の株を売って資金を作ってでも少々は買うだろう。 大型の上場で思い出すのは、何と言っても1987年2月に売り出されたNTTだ。当時は、バブルの真っ最中で初回の上場後に株価が急騰したことを印象的に覚えておられる個人投資家もいることだろう。しかし、筆者個人にとって、もっと印象的だったのは2回目の売り出しだった。 当時筆者が勤めていた某機関投資家では有価証券運用部の部長氏が「NTTは国策による売り出しだから、絶対に損をしない銘柄だ」と言って、民間の筆頭株主になるくらいの株数を買ったのだが、NTT株は売り出し後から軟調で、その後二十数年経っても、あの株価には到底届かない。 郵政3社に関しても、「国策」とか「絶対」という言葉が聞こえてくるかもしれないが、相場に絶対はないし、株価は国が思うようにコントロールできる対象ではない。 株式の売却代金は震災復興の財源とされているが、お金に色は着いていないので、投資家は復興と関連付けて考えない方がいい。復興は株価に関係なく進めるべきだ。 現在の郵政3社はそれぞれに国策企業としての非効率性を抱える。配当利回りは高めだが、仮条件の上限に近い株価となる場合、PER(株価収益率)は現在の市場平均並みの15倍から16倍くらいで、割安感はない。 しかし、現在、経営上明らかな非効率性を抱えているとすれば、将来、これを改善するだけで業績もイメージも改善することができるので、投資対象として魅力的な物になる可能性はある。 気長に眺めて、魅力的な株価があれば買ってみるという方針がいい。 (経済評論家・山崎元)

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    TPP「対中包囲網」完成せり

    環太平洋経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意した。足掛け5年半に及んだ交渉は参加各国の思惑が絡み合い難航したが、発効すれば世界の国内総生産の約4割にあたる巨大な経済圏が誕生する。失速著しい中国経済を封殺する狙いも見え隠れするが、米国主導の「対中包囲網」は果たしてうまくいくのか。

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    TPPを国内改革の「テコ」にせよ 大筋合意3つの視線

    竹中平蔵(慶応大学教授) 環太平洋戦略的経済連携協定(TPP)交渉が大筋合意に達した。財貿易の関税引き下げに加え、投資・労働・知的財産など31項目の統一ルールを作る大作業であり、詳細は明らかではない。また来年初めの署名まで、細部の詰めが難航することもありうる。しかし、それを前提としながらも、TPP交渉の合意成立を歓迎したい。これを好機と捉え国内改革の梃子(てこ)にすることが求められる。日米ともに経済面での受益者 今回の合意は、3つの視点で前向きに評価される。第1は交渉が極めて速いスピードで進められたという点だ。日本が交渉参加を決めたのは2013年3月、実際に参加したのは7月だ。従って参加からわずか2年3カ月で交渉が妥結したことになる。日本国内では、交渉に参加するかどうかで実に2年の時間を費やした。安倍晋三政権になってすみやかに交渉参加を決め、タフな交渉を短時間で進めたことは評価されてよい。TPP交渉が閣僚会合で大筋合意し、共同記者会見する甘利明TPP担当相(左から3人目)ら各国代表=10月5日、米アトランタ(共同) 第2に、TPPは日本にとって経済面でのメリットをもたらす。経済効果をめぐっては、当初内閣府のプラス効果試算と農水省のマイナス効果試算の違いが話題になった。しかし、自由貿易の促進が“マクロ的に”プラスの経済効果をもたらすことは疑いようがない。交渉過程では日米の利害対立も話題になったが、間違いなく両国ともにTPPの受益者である。 日本の場合、農業への被害が議論される。過去のオレンジ、サクランボの自由化なども、その度に国内産業が崩壊するという意見があった。しかし結果は、より競争力の高い作物が作られるようになった。また、ISD条項(国家対投資家の紛争処理条項)を懸念する声もあるが、日本はすでに相当の国とISD条項を含む投資協定を締結している。競争条件に関する国内法が整備されている国では、こうしたことは大きな問題にならないというのが常識だ。 一方で、公的部門の調達ルールなど、日本は十分整備されているが、アメリカでは州政府ベースまでこれが徹底されてはいない。新興の諸国ではほとんどルールがない国もある。TPPによって日本の建設産業など、今後のアジア展開に大きなチャンスが生まれる。 また日本の場合、コメが手厚く保護されてきたが、今回はアメリカに年間7万トンの無関税輸入枠を設け、一方でアメリカの自動車部品輸入関税については87%が撤廃されることになった。問題は残るが、一つの現実的妥協といえる。自由化交渉の重要な基準に 評価される第3の点は政治的な意義だ。自由貿易を進めるにあたって、これまでは2国間自由貿易協定(FTA)がこの地域の主流となってきた。もっとも活用した国の一つが韓国であり、一方で日本はFTAに乗り遅れてきた。とりわけ日本では経済大国アメリカとの自由貿易に対する期待が高まった。しかしアメリカが2国間FTAから多国間協定に重点を移すなか、日本にとって唯一の現実的選択肢がTPPだったといえる。 とりわけTPPは国内総生産(GDP)ベースで世界の4割を占めることから、太平洋地域における今後の自由化交渉の重要な基準になると考えられる。ここには中国が含まれておらず、日米の価値観を反映したこのTPPがリードする形で、今後の自由化に中国を巻き込んでいくことになる。 日本にとって重要なのはここからだ。政府間で合意された内容について、各国は国会で「批准」する手続きをとらねばならない。日本の場合は交渉参加までに与野党を巻き込んだ議論を行っているので、状況はある程度見通せる。 しかしアメリカでは、批准の過程で議会が相当にもめることも予想される。知的財産権で、アメリカはオーストラリアなどの要求でかなり譲歩したという見方もある。アメリカ国内でこれが認められないと、TPPは文字通り絵に描いた餅に終わる。「アベノミクスの支柱」 日本においては、TPPを梃子に国内改革を進めることが重要になる。昨年1月のダボス会議の場で、安倍首相は「TPPはアベノミクスの支柱」と述べている。その趣旨はまさに、成長戦略の一丁目一番地である規制改革を進める上で、TPPという外部からの健全なプレッシャーが大きな役割を果たす、ということであろう。 その意味で筆者としては、TPPの正式調印を待つことなく臨時国会を開き、TPP対応のための改革推進と必要な補正予算の編成を期待したい。合意の詳細が明らかでないため、制約はあるがこれを国民に開示するという意味合いも大きい。国内ではGDP比マイナス1・7%の需給ギャップが存在し(内閣府試算)、対外的には中国経済の減速が懸念される。こうしたマクロ経済管理の視点とTPP対応型国内改革を結びつけ、有効な政策論議を期待したい。 懸念されるのは来年の参院選を意識して安易なバラマキ政策が行われることだ。TPPが日本経済にメリットをもたらすかどうかは、それと整合的な改革を進められるかどうかにかかっている。(たけなか へいぞう)

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    「TPPは対中戦略として不十分」は本当か

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 5月18日付の英フィナンシャル・タイムズ紙で、ギデオン・ラックマン同紙主席外交論説委員が、オバマ大統領が推進するTPPは、中国の勢いを削ぐことにはならないだろう、と論じています。 すなわち、オバマ米大統領はなぜTPP締結に必死なのか。公式には貿易障壁を撤廃し、繁栄を確保するためというが、本当の答えは中国である。 TPPは中国を排除した米、日本を含む12か国の貿易取り決めである。ワシントンでは農業、為替、知的財産権が議論されているが、オバマと安倍の動機は戦略的である。 米外交問題評議会のロバート・ブラックウエルとアシュリー・テリスは、「中国をリベラルな国際秩序に統合する努力は逆効果で、今や中国のパワーが米国のアジアでの優越を脅かしている」、これを押し戻すために「米国は意識的に中国を排除し、友好・同盟国と特恵的貿易取り決め」を結ぶようにと提言している。これはTPPのことである。 日本にとっては、この戦略的動機はさらに強い。安倍総理は中国の台頭を恐れ、TPPを日米同盟強化のために重要とみている。米議会での演説で、この取り決めは「民主主義と自由」という観点から、その戦略的意義は大きい、と述べた。 これらの発言には、日米両国の中国の台頭への恐れが反映されている。南シナ海では中国は埋め立てを進めている。米国はAIIBへの主要同盟国の参加を阻止できず、AIIBは中国の「一帯一路」政策の道具になっていくだろう。 オバマ政権はTPPを、米国のアジア・リバランス政策が生きていることを示すものとしている。 しかし、TPPはそれに求められている戦略的期待を満たすことにはならない。 第1に、まだ合意ができ、国内的支持が得られるか、不明である。 第2に、中国がアジア経済の中心になるのを阻止するには遅すぎる。すでに中国はTPP参加国の最大の貿易相手国である。TPPの交渉外の韓国・インドにとってもそうである。 オバマがTPPについて苦労している時、インドのモディ首相は訪中し、220億ドルの取引に署名した。ただモディは中国の台頭は懸念しており、米国がアジアでの軍事プレゼンスを強化するのを奨励している。 米国はまだアジア・太平洋で支配的な軍事強国であるが、中国は卓越した経済強国である。TPPはそれを変えるには効果が小さすぎ、かつ遅すぎる、と述べています。出典:Gideon Rachman‘Obama’s Pacific trade deal will not tame China’(Financial Times, May 18, 2015)http://www.ft.com/intl/cms/s/0/d0d6bc1a-fafa-11e4-9aed-00144feab7de.html#axzz3aTRdXRRr* * * 政策の議論に際して、その政策が達成しようとする目的が達成可能か否かは、重要な論点です。ある政策に反対するために、その政策が達成しようとする目的を恣意的に設定し、その目標達成にならないという議論をすることがよくあります。この論説はそういう議論の典型です。中国は、現在アジアで卓越した経済強国ですが、TPPはそれを変えられないと言います。これはTPPなど無意味という印象を与える論議です。 TPPは、アジアでの貿易秩序を自由貿易をベースにしたものにするという意味で、大きな意義があるでしょう。中国も国家資本主義的なやり方ではなく、TPPに参加できるほどの本当の市場経済化、貿易自由化を進めることが望ましいです。それにTPPは参加各国の経済成長にもつながります。特に日本にとっては、成長戦略を推し進めていく起爆剤にもなり得ます。この論説が言うように、TPPで中国の台頭を止めることはできないと思いますが、TPPはそれでも、対中戦略、参加国経済の強化の面で大きな意義があります。その意義を多面的に考えて、過大期待も過小評価もしないことが肝要でしょう。 中国の台頭に関しては軍事面での台頭を注意深く見ていく必要があります。経済の問題と安全保障の問題は違う性格を持ちます。プラスサム・ゲームとゼロサム・ゲームほどの違いがあります。最新の戦闘機の軍事バランスの維持は、TPPの成否よりアジアの平和にとっては重要でしょう。

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    ルールより「実需」でTPPに対抗する中国

    遠藤誉(東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士) TPP大筋合意に対して、中国はAIIBや一帯一路という「実需」および二国間の自由貿易協定FTA等で対抗しようとしている。「あれは部長級の合意に過ぎないと」と、TPPの最終的実現性にも疑問を呈している。中国は「TPPは対中国の経済包囲網」と認識している 中国はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を中国に対する経済包囲網だと位置づけ、早くからAIIB(アジアインフラ投資銀行)や一帯一路(21世紀の陸と海の新シルクロード経済ベルトと経済ロード)を用意して、日米などによる経済包囲網形成を阻止しようとした。 このたびのTPP参加12カ国による大筋合意を、中国の商務部(部:中央行政省庁。日本の「省」に当たる)関係者は、「あれは、たかだか部長級の合意に過ぎず、それぞれの参加国が自国に持ち帰って国の決議機関で賛同を取り付けなければならない」と言い放った。 その例として、アメリカでは来年、大統領選挙があり、共和党としてはオバマ叩きと民主党下しにTPPの難点を強調して攻撃を始めるだろうから、米議会を通らない可能性があるとしている。 またカナダでも10月19日に総選挙が行われることになっており、現政権のハーパー首相(親米保守党)が落選した場合、野党の新民主党が乳製品の市場開放に反対していることから、議会での賛同は得られないだろうと見ている。 いずれも、TPP交渉が長引き大統領選まで持ち込んでしまったことが、痛手になるだろうと踏んでいるのだ。 またTPP参加国のうち、オーストラリアとニュージーランドとは、二国間のFTA(自由貿易協定)をすでに結んでいるので、あとは少しずつFTAを増やしていこうと、TPPの完全成立までに切り崩していこうという考えも持っている。 AIIBに関しては、今さら言うまでもなく西側諸国(特にG7)の切り崩しに成功しているので、習近平国家主席は10月20日にエリザベス女王の招聘を受けて訪英することを決めている。イギリスは2015年3月18日の本コラムでも詳述したように、中国に弱みを握られていて、少なくとも経済に関してはほぼ中国の言いなりだ。 ヨーロッパを押さえておけば、「陸のシルクロード」と一帯一路に関しては、アメリカに圧力を与えることができると考えている。北京の人民大会堂で歓迎式典に出席する中国の習近平国家主席(左)とインドネシアのジョコ・ウィドド大統領=2015年3月26日(共同) 海のシルクロードの拠点としては、10月5日の本コラム「インドネシア高速鉄道、中国の計算」で考察したように、何としてもインドネシアを押さえておけば、南シナ海からインド洋へ抜けていく海路を掌握することができる。 日本は、たかだか一つの新幹線プロジェクトを逃しただけだと思っているかもしれないが、中国が高速鉄道事業を通してインドネシアに楔(くさび)を打ったことは、TPPに対抗するための「AIIBと一帯一路」構想としては、欠かせないコアだったのである。これを見逃してはいけない。 ギリシャのピレウス港運営権に関しても、7月2日の本コラム「ギリシャ危機と一帯一路」で書いたように、TPPにより形成される経済包囲網に対して、きちんと碇(いかり)を下ろしてある。「実需」戦略により勝負する中国 オバマ大統領は「中国のような国に、世界経済のルールを書かせない」と言っているようだが、中国は「ルールの統一」を図るTPPに対して、「実需」を取る政策を動かしている。 AIIBに対して、融資の基準の低さや不透明性を理由として参加しなかったアメリカだが、中国は「自分たちは発展途上国のニーズを緊急に満たす」という「実需」を優先して関係国を助けていくのだとしている(中国の言い分)。 それがインドネシアの高速鉄道に象徴されている。 TPP12カ国のうち、AIIBにも参加している国は「オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール、ブルネイ、マレーシア、ベトナム」の6カ国だ。このうちオーストラリアとニュージーランドとは、すでにFTAを結んでいる。残りの4カ国と結べば、TPP参加国の半数を落せる。これらは「実需」によって動く可能性のある国だ。(なお、シンガポールとはすでに交渉が煮詰まっている。) さらにAIIBには参加してないが、中国の「実需」戦略に乗り得るTPP参加国としては、「チリ、メキシコ、ペルー」などがある。この3カ国は一帯一路の線上にはないが、しかしFTAの対象にはなる可能性を持っている。(このうち、チリとは交渉が煮詰まっている。)中国は「普遍的価値観」を共有する気はない 日本の一部のメディアや研究者の間には、中国をTPP的価値観の中に入れていくことが望ましいと期待する向きもあるが、それは考えない方がいいだろう。 中国には巨大な独占企業のような国有企業がある。 この国有企業を民営化の方向に持っていって、何とか構造改革をしようとしてはいるが、大きな困難を伴うだろう。WTOに加盟して「国際ルール」に沿うのが精いっぱいで、オバマ大統領が主張するような「統一的ルール」には乗らない「国情」があるのである。 それに、中国が最も嫌うのは「普遍的価値観」だ。 西側諸国の価値観を中国内に持ち込めば、たちまち「民主化」が起こり、中国共産党による一党支配は崩壊する。だから、絶対に西側の価値観を持ち込ませないために、あらゆる手段を考えては言論統制をしているのである。 中国は普遍的価値観の代わりに「特色ある社会主義の核心的価値観」を必死になって植え付けようとしている。これがうまく行くはずもないのだが、ともかくこの「価値観」というファクターを、日本は頭に入れておいた方がいいだろう。 中韓のFTAは締結され、今は日中韓のFTAに関する交渉を日本は進めているようだが、TPP的精神で進める限り、妥協点を見い出すのは困難なのではないだろうか。東アジア地域包括的経済連携の展望 もっとも、日中韓とASEAN(東南アジア諸国連合)諸国およびインド、オーストラリア、ニュージーランドなどの16カ国の自由貿易をめざす東アジア地域包括的経済連携(RCEP、アールセップ)というのがあるが、ここにTPP的ルールを導入する限り、やはりうまくはいかないだろう。(中国とASEANのサービス貿易協定や投資協定などは締結されている。) 国際社会に二重三重のオーバーラップした連携を形成するより、中国は「社会主義的価値観」を崩さずにAIIBや一帯一路で「実需」を中心として動き、TPP参加国とも二国間FTAをできるだけ多く結んで中国の構想を推し進めていくだろう。 特に90年代半ばから陸の新シルクロードのコアとなっている中央アジア諸国の政治情勢は安定しているのに対し、アメリカがチョッカイを出し始めた中東は混乱を極めている。その間に中国はロシアを含めた中央アジア諸国との上海協力機構の枠組みで「陸」を安定させておき、「海路」にシフトしながら、「実需」に向けてまい進するものと推測される。 以上、特に「価値観」というファクターが横たわっていることを肝に命じつつ、中国の「実需」戦略が、どこまでTPPを食い止めることができるか、あるいは「共存」することができるか、注目したいところである。追記: その後(10月8日)、次期アメリカ大統領選の有力候補の一人であるヒラリー・クリントン氏がこれまでの主張を急に転換し、TPPに疑義を唱える発言をした。民主党内でも意見が割れそうだ。(『Yahoo!ニュース個人』より2015年10月7日分を転載)えんどう・ほまれ 1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。東京福祉大学国際交流センター長、筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会科学研究所客員研究員・教授などを歴任。著書に『チャイナ・セブン <紅い皇帝>習近平』『チャイナ・ナイン 中国を動かす9人の男たち』『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』『卡子(チャーズ) 中国建国の残火』『チャイナ・ジャッジ 毛沢東になれなかった男』『中国動漫新人類 日本のアニメと漫画が中国を動かす』『中国人が選んだワースト中国人番付 やはり紅い中国は腐敗で滅ぶ』『完全解読 中国外交戦略の狙い』等。11月に『毛沢東 日本軍と共謀した男』(新潮新書)出版予定。

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    習近平への国賓待遇は 大統領権限の乱用だ

     [世界潮流を読む 岡崎研究所論評集]岡崎研究所 アメリカン・エンタープライズ研究所(AEI)のブルーメンソール研究員(アジア研究部長)が、9月9日付でForeign Policy誌ウェブサイトに掲載された論説において、習近平の国賓訪米を批判し、米国はもっと現実主義に基づいた対中政策を取るべきだ、と共和党保守派の主張を展開しています。 すなわち、米国民は一貫して中国に厳しい見方をしている。国民は中国を押し戻すことを期待しているのに、政府は反対に米国を侮蔑する習近平を最高の栄誉で迎えようとしている。 2013年のサニーランズでの米中首脳会談から2年、中国は米国の人事管理局にまでハッカー攻撃をかけているし、南シナ海では驚くべき人工島建設を行っている。これはクリミア併合にも劣らない領土の現状変更だ。米国にとってはクリミアよりももっと大きな脅威になるかもしれない。 前回の首脳会談がこれほど失敗しているのに、米国は、安倍総理に与えたと同じ栄誉と尊厳を以て習近平を迎えようとしている。大統領権限の乱用だ。習近平は穏健化するどころか、国賓訪米の直前に、毛沢東流の抗日戦争勝利式典を挙行し、文字通りグアムを狙うための「グアム・キラー」ミサイルなどを披露している。ハワイへの奇襲攻撃を再現できると言わんばかりである。 軍事パレードと時を同じくして、中国海軍艦艇がアラスカ沿岸に来た。習近平の訪米前のこのタイミングでやったのは、米国に対する侮蔑の以外の何物でもない。一部政府関係者は中国艦艇の行動は、中国も同様のことを受け入れなければならなくなったという意味で好都合だと述べているが、敗北的な考えだ。 中国が裕福になれば穏健化する、との希望的観測が今の対中政策の根底にある。それは、中国共産党も徐々に世界のルールを受け入れてゆくだろうとの考えだが、中国共産党はリベラルな政党ではない。中国は独自の世界観を持っており、国内での権力堅持と海外での自国権益拡大が戦略だ。ハイレベル会談を何回行っても、米国のネットワークは攻撃されるし、安全保障は損なわれ、価値は軽蔑され、経済の安寧は脅威を受けている。 共和党に新しい指導者たちが登場している。彼らは中国を競争者、時として脅威になる国と捉える。冷戦勝利のためのパートナー、あるいは米国が作った国際システムを受け入れる新しい国としては捉えない。 新しい共和党のアジア政策は、「差異のある関与(Unequal engagement)」だ。米中関係は重要だが、外交関与の大半はアジアの同盟国・友邦国にむけるべきだ。第1の優先順位は、同盟国・友邦国との関与の強化である。国防予算を回復し、活発な同盟外交をする。第2は、真のTPPを支持することである。アジアに高度の自由貿易市場ができるのであれば台湾や韓国、その他の東南アジアの国にも拡大していく。TPPは米の対アジア政策の主柱になる。第3は、中国の人権問題重視である。国内の人権抑圧と海外での攻勢はリンクしている。人権抑圧が減れば攻勢も弱まる。 米の対中関与政策は、より現実主義的な、より大々的でないものにすべきだ。意味のないスローガンなどシンボリズムやレトリックはやめるべきだ。時には具体的な協力ができ、世界経済問題については一定の協力があるだろうが、中国が責任ある大国になるように、また、新たな大国間協調体制に中国が加わるように説得するという考え方は、当面無駄なこととして捨てるべきだ。安定の維持と紛争の回避が関与政策の中心目的である。両国の指導者は両国の利益が必要とする時に会えばよい。来る国賓訪米は、時期が間違っているし、場所も間違っている、と厳しく批判しています。出典:Daniel Blumenthal,‘Rolling Out the Red Carpet Won’t Make China Play Nice’(Foreign Policy, September 9, 2015)http://foreignpolicy.com/2015/09/09/rollingouttheredcarpetwontmakechinaplaynice/* * * オバマの対中関与政策に対する共和党保守派からの激しい批判です。不安を覚えるような、やや激しい表現も散見されますが、後半の三つの優先政策(中国よりも同盟国・友邦国との関与を重視する、真のTPPを支持する、中国の人権問題を重視する)と最後のやや落ち着いた対中政策の在り方に関する諸点(対中関係は重要だがより現実主義的な、より大々的でないものにすべき、首脳会談は必要な時にすればよいなど)は、今の米国の保守派のムードを知る上で興味深いと言えるでしょう。 無意味なシンボリズムはやめるべきだとの点は理解できます。習近平への国賓待遇付与は、おそらく中国がそれを要求しているからであり、米国としては安いコストだと思っているのかもしれないが、内容のない中国流のシンボリズムは意味がないように思います。 対中警戒感は、今、米で高まっています。オバマ政権下の8年、中国と関与しても一向に変化がなく、反対にどんどん中国が影響力を増すことに対する強い反発と懸念が基になっているものと思われます。案外広く共有されている感情かもしれません。 いずれにせよ次期政権は、どちらの党が勝利しても、対中政策はよりリアリズムを強調したものになる可能性が高いと思われます。共和党が勝てば尚更ですし、民主党のクリントンになっても、オバマの時代と比べれば対中外交はよりタフな外交になるでしょう。政権交代による微調整は必ずしも悪くありません。

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    中国AIIB対TPP「綱引き合戦」の鍵を握る日本

    吉崎達彦(双日総合研究所チーフエコノミスト) 9月30日から10月1日の2日間の予定で始まったアトランタでのTPP閣僚会議は、何度もの延長を経たうえで、とうとう10月4日(日本時間5日夜)に実質合意に達しました。交渉全体が始まってから丸5年、日本が交渉に参加してから約2年半、とうとうゴールしたと思うと感慨に絶えません。 本誌も過去5年間に、何度もTPPを取り上げてきました。その間に悲観と楽観の間を何度も行き来して、判断がブレまくったような気がしています。合意できて本当に良かったけれども、これから先も結構大変なことが多いと思います。国内、そして海外はこれからどう変わるのか。「TPP合意後」の情勢を考えてみたいと思います。 大化けした?日本の通商チーム アトランタで行われていたTPP閣僚会議の最終局面を見ていて、お世辞でもなんでもなく、わが国の交渉姿勢はずいぶん進化したものだと感心した。 かつて通商交渉の最終局面と言えば、日本は他国に「押し切ってもらう」のを待っているような情けない存在であった。ウルグアイラウンドでは、農業分野を守ることが最優先課題とされ、交渉の自由度は極めて小さかった。つまり「Aを捨ててBを取る」という交渉の基礎動作ができなかった。だから、口を開けば「日本の特殊性」に理解を求めるばかりで、日本としての要求を通すどころではなかった。 さらに交渉に際しては、いくつもの省庁の思惑が複雑に交錯し、政府全体としての方針が定まっていなかった。「日本政府は誰と話をすればいいのか分からない」などと揶揄されたものである。  その点、今回のTPP交渉における日本チームは全く違っていた。「ワールドカップにおける日本ラグビーのようだ」と評すると、さすがに褒め過ぎになってしまうだろうが、それでも往時を記憶する者としては隔世の感がある。 なにしろ最終局面で残っていた難問は、米国と豪州間のバイオ医薬品などであって、日本チームはほぼ仕事を終えていた。しかも対立する米豪の間で仲介役を果たしている。交渉の足を引っ張るどころか、ちゃんと全体に貢献していた。少なくとも、「日本が足手まといになっている」といった批判はついぞ聞かれなかった。  押す、引くの頃合いも、ちょうど良いくらいだったのではないか。報道によれば、日本が関税をかけている9,018品目のうち、約95%が撤廃されるとのこと。国内公約通り「農産物5品目」の関税を完全に維持していれば、撤廃品目は93.5%に留まる計算であった。すなわち「公約破り」になったわけだが、逆に言えばそれだけ踏み込んで高いレベルの自由化を実現したことになる。ちなみに農水省が撤廃を決めたのは、輸入実績の少ない品目が中心なので、「実害」はそれほど大きくはないはずである。  本誌が初めてTPPを取り上げた2010年11月11日号では、「FTA交渉で立ち遅れ気味の日本がTPPに参加するのは、かなり無謀な試み」「走り高跳びが出来ない人に、棒高跳びをさせようというに等しい」などと評している。それが5年後には、いきなり11か国との間でレベルの高いFTAを結んでしまった。もはや日本を「周回遅れのランナー」と見なす者はいないだろう。この間、押すべきところは押したし、切るべきカードは切った。通商交渉の世界において、日本はちゃんとしたプレイヤーとなっていたのである。 TPP交渉について記者の質問に答える甘利TPP相=2015年10月4日、米アトランタ(共同) どこが良かったか、といえば指揮命令系統がはっきりしていたことであろう。TPP交渉に参加するときは、交渉窓口を「TPP担当大臣―首席交渉官」というラインに一本化しなければならない。これなら国内がバラバラになって、「真の敵は××省」などという同士討ちにならなくて済む。1995年の日米自動車摩擦がそうであったように、単独の省庁が「一所懸命」で行う通商交渉では、日本は意外としぶとさを発揮するのである。 ところで、内閣官房のHPでわが国のTPP交渉体制を確認すると、「国内調整統括官」というポストがあって、首席交渉官と同格の扱いになっていることが分かる1。組織が発足してから既に2年半を経過しているのに、このことはほとんど知られていない。 国内調整統括官を務めているのは財務省出身の佐々木豊成氏。主計畑を長く務め、直前には内閣官房副長官補であったが、2013年4月にTPP政府対策本部が発足した際に一種の降格人事のような形で現職に就いている。  TPPの交渉期間中、農業団体などによる反対運動はきわめて抑制されたものであったが、このポストが有効に機能していたことは想像に難くない。国内が平静さを保っているからこそ、外に対して思い切った行動ができるというもの。「国内調整統括官」ポストは、今回の合意における「隠れたMVP」なのではないだろうか。 http://www.cas.go.jp/jp/tpp/pdf/2013/3/130326_tpp_taisei.pdf 1 通商交渉で米国の地位は低下 さらにアトランタ会議の最終局面では、ふらつきがちなフロマン米通商代表に対して、甘利TPP担当相が厳しい注文をつけるシーンがあったと伝えられている。他の10か国の代表は、おそらくテーブルの下で秘かに拍手を送っていたのではないかと思う。 かつて、米国が世界のGDPの半分程度を占めていた頃であれば、他国は対米輸出を伸ばすためには我慢を厭わなかった。「ファストトラック」(今のTPA)という制度が典型的だが、GATTなどの通商交渉などにおいて、米国議会が特権的な地位を有することも「致し方なし」と受け止められてきた。  ところが今では、米国経済の相対的な地位は低下している。日本も含めて、今や「最大の貿易相手国は中国」という国が100か国を超えている。これでは米国を特別扱いする理由は乏しい。今週のThe Economist誌では、カバーストーリー”Dominant and dangerous”おいて、「米国の経済力が相対的に小さくなっているのに、依然としてドルが圧倒的な支配力を有している」ことによるコスト、という問題を提起している(本号のP7-8を参照)。まったく同じことが通商交渉の世界にも当てはまる。  米国が少々頼りない中で、他の交渉参加国の間を取り持った日本の存在は小さくなかったことだろう。米国主導と言われてきたTPPは、最終局面では「日米を主軸とする」FTAになったと言えるのではないだろうか。  それというのも、米国内ではかつてほど自由貿易が支持を集めなくなっている。6月に可決したTPA法案も、下院を218対200、上院を60対38という際どい差で通っている(上院は6割の賛成が必要)。 象徴的なことに、ヒラリー・クリントン前国務長官が今週7日、「TPPを支持しない」と明言している。第1期オバマ政権下で「リバランス(アジア重視)政策」を推進したご本人がそれでは困ってしまうが、民主党予備選を勝ち抜くためにはそう言わざるを得ないのであろう。ついでに言えば、共和党のドナルド・トランプ氏も反TPPである。米国は景気回復途上で、失業率も5%前後に下がっているとはいえ、「貿易は米国から雇用を奪い、賃金を下げる」といった見方が広範な支持を得ているのである。  今後のTPP発効に向けては、交渉参加12か国の批准が必要になる。一部の国の手続きが進まない場合は、署名日から2年が経過した後で「GDPの合計が85%を占める6か国以上」の手続き終了をもって、その60日後に発効することになっている。TPP域内において米国は62%、日本は17%のシェアを占めるので、日米のどちらかが欠けると85%の基準は達成されないことになる。  つまり今後の条約批准プロセスにおいても、日米のいずれが欠けても発効は難しい。来年の米国は大統領選挙、日本は参議院選挙を控えているが、どうやって批准にこぎつけるのか。まだまだ先は長いのである。TPPに対抗する中国TPPに対抗する中国 TPPは世界経済の4割、貿易量の3分の1を占めるメガFTAである。WTOのドーハラウンドは長らく停滞しているが、世界の成長センターたるアジア太平洋地域でこれだけの規模のFTAが誕生するのは、貿易自由化にとって久々のブレークスルーと言える。  こうした中で、TPPに参加していない6割の国には一種の焦燥感が生じているだろう。韓国やタイはTPPへの参加を望むだろうし、台湾なども参加を検討しているはずである。実際にタイは、自動車産業などで日本企業のバリューチェーンの中核をなしている。それがTPPに入らないのでは、せっかくの関税削減のメリットを生かせないことになる。  あるいは欧州諸国は、アジアとの貿易で不利になることを懸念するのではないか。結果として、現在進行中の「日・EU」間のFTA交渉が加速することが考えられる。いわゆるFTAの「ドミノ現象」であって、ひとつの通商交渉の成果が他の交渉を加速するメカニズムである。今回のTPP合意が、世界全体の貿易自由化の誘い水となることを期待したい。  問題なのは中国の出方である。一時はTPP参加に関心を示していたし、2013年秋には上海自由貿易試験区を作って、国内の自由化に備える様子もあった。かつて朱鎔基首相が、WTO加盟をテコに国内改革を進めた時と同様の機運である。  しかるに最近の中国では、TPPを「西側が仕掛ける新たな経済冷戦時代の幕開け」と懐疑的に受け止める向きが多くなっている。あるいは、「自らを国際ルールに合わせることの難しさ」を自覚したのかもしれない。今はむしろ「一帯一路」計画などを通して、独自の経済圏をユーラシア大陸に広げようとしている。日米がTPPを使って「海のアジア」を統合するのなら、こちらは「陸のアジア」で経済圏を広げてしまおう、といった対抗意識があるのだろう。AIIBやシルクロード基金は、そのためのツールということになる。  ちなみに今月22~28日にかけて、安倍首相は中央アジア5か国を歴訪する予定である。中国側は、「こちらの勢力圏に、余計なちょっかいを入れに来たな」と陰謀論的に受け止めることだろう。  思うにインドネシア向けの高速鉄道を、中国がタダ同然で受注してしまったのも、アジアへの勢力拡大策の一環なのであろう。少しでも多くの国を味方につけるための「先行投資」(大盤振る舞い?)なのかもしれないが、その分のコストは将来、確実にプロジェクトの採算にのしかかる。かかる政治主導型のインフラ投資は、将来的に不良債権化するのではないか。これは「一帯一路」全体に通じる疑問点である。  TPP合意後のオバマ大統領は、「中国のような国にはルールは作らせない」と踏み込んだ発言をしている。何もそこまで中国を刺激しなくても、とは思うが、より多くの国が共有できる秩序は海のアジア(日米)と陸のアジア(中国)のどちらか。当面、アジアの多くの国は、両方にチップを張って天秤にかけるだろう。しかし「自由で民主的」で「法の支配に基づく」TPPには、本質的な比較優位があるはずである。 米国議会はいつ批准できるのか さて、今後のTPP批准プロセスはどうなるのか。  TPA法案のお陰で、米国議会における議決はイエスかノーの二者択一となる。共和党が多数を占めているので、さすがに「ノー」とはならないだろうが、かといって早い時期に「イエス」という答えが出るほど生易しい情勢でもない。  TPAが定める「90日ルール」により、オバマ大統領がTPP協定にサインするのは合意から3か月後となる。つまり早くても年明け後になってしまう。オバマ大統領は、1月末に行われる任期中最後の一般教書演説において、議会に早期の批准を求めるだろう。が、2月になればアイオワ州、ニューハンプシャー州を皮切りに、予備選挙シーズンが始まってしまう。そうなったらTPP批准どころではなくなる。どうかすると、通商問題が選挙戦のテーマとして浮上するかもしれない。早目に両党の候補者が決まってくれれば、7月の党大会前後に議決のチャンスがあるだろう。が、もちろん保証の限りではない。  ちなみに現在の米議会は、「債務上限問題」「2016年度予算」「高速道路信託基金の財源」などの難題を抱えている。特に債務上限問題により、11月5日前後に連邦政府の資金はショートするかもしれない。「財政の崖」に予算案がからむ、という毎度お馴染みのパターンである。  ただしこの問題については、10月末の引退を宣言したジョン・ベイナー下院議長が、「置き土産」として妥協案を何とか通してくれる、という淡い期待がある。同時に下院議員も引退してしまうので、共和党内の強硬派も含めてもう怖いものは何もないからだ。  この秋の米議会がどういう結果に終わるにせよ、年明けの与野党は対決モードであろう。オバマ大統領と共和党の関係が、大きく改善していることは考えにくい。TPA法案を通した時点では、共和党はここだけは大統領に花を持たせるつもりであった。しかし、得てしてこういうときに相手を怒らせてしまうのが、オバマ大統領が以前から得意としてきたところである。  こうして考えてみると、TPP法案の審議に入るのは来年11月の大統領選挙後のレイムダック議会になってから、という公算が高そうだ。そうだとすると、それまでに米国に対していかに外からプレッシャーをかけるかが課題となろう。  ひとつは今年の暮れに中国主導のAIIBが動き出し、「アジアにおけるルール作りの競争」で米国が出遅れてしまう場合。以前から何度も書いている通り、「AIIB対TPP」は、経済の世界においては全く別物であって、本質的に競合する存在ではないのだけれども、政治の世界においては、一種の綱引き状態となっている。  この場合、日本の役割が重要になってくる。早期にTPP批准を済ませておき、5月のG7伊勢志摩サミットなどの場で米国に圧力をかける、というシナリオが考えられる。ところが日本も7月に参議院選挙を控えていて、簡単ではないだろう。 日本も悩ましい批准プロセス もともと安倍内閣は、「TPPは7月のハワイ閣僚会議でまとまる」と思い込んでいた気配がある。それであれば、90日ルールがあってもこの秋には署名が済むので、臨時国会をTPP国会にする、という段取りが可能であった。同時に補正予算で農業対策費を打ち出せば、年内に問題を片づけられる、という読み筋である。  ところが批准は、年明けの通常国会にずれ込むことになった。最初は2016年度予算を審議することになり、3月末までに予算が仕上がった後にTPP法案を、ということになる。それでは7月の参議院選挙の直前に、微妙な話をしなければならなくなる。さて、どうしたらいいのか。「年初からTPPの審議に入り、予算案の前に仕上げてしまう」という離れ業も考えられるが、いささかトリッキー過ぎよう。  それ以前に気になるのは、足元の景気である。このところ8月の鉱工業生産、機械受注、9月の景気ウォッチャー調査など、景気の悪化を示す指標が相次いでいる。7-9月期の成長率は、2四半期連続のマイナス成長となるかもしれない。どうやら中国経済の減速が、予想以上に効いている感じである。  先日発表されたIMFの「世界経済見通し」(WEO)10月版は、3か月前に比べて以下のように見通しを下方修正している2。 ○World Economic Outlook*()内の数字は前回7月発表分との差異        2014年          2015年         2016年世界経済   3.4%            3.1% (-0.2)     3.6% (-0.2)日本経済   -0.1%           0.6% (-0.2%)   1.0% (-0.2)貿易量     3.3%           3.2% (-0.9)      4.1%(-0.3)石油価格  -7.5%           -46.6% (-7.6)     -2.4% (-11.5) 「世界経済も貿易量も前年比3%の伸び」とは前代未聞の低水準であって、まさしく「スロー・トレード」が問題の根幹にある。  前号でも触れた通り、安倍首相はこの秋に「安保モードから経済モード」への再転換を図っている。ただし景気後退局面に入ってしまうと、その後の政策運営は一気に難しくなるだろう。昨年は解散・総選挙で一気に雰囲気が変わったが、同じ手はもう使えない。  そうした中で、TPPの批准をどう進めるか。経済と安保の両面にまたがる問題であるだけに、扱いが悩ましいところである。 2 http://www.imf.org/external/pubs/ft/weo/2015/02/(公式ホームページ『溜池通信』より2015年10月9日のReportを転載)

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    「カネと力」中国式ルールは通用しない! TPPが分けた米中の明暗

    渡邉哲也(経済評論家) 先日、中国の習近平国家主席が米国を訪問した。この訪問は半年以上前から予定されていたものであり、米国と中国の関係を占う意味でも大きな意味を持つものであった。6月中旬から始まった中国株式バブルの崩壊、これは米中の関係にも大きな変化をもたらしたといえるのだろう。そして、米国の中国に対する対応は慇懃無礼なものであったといえる。そして、これは中国と米国との蜜月関係の終焉と決別を世界に宣言するものになってしまったといえよう。2015年9月25日、米ワシントンのホワイトハウスで共同記者会見するオバマ大統領(右)と中国の習近平国家主席(UPI=共同) ここ数年、中国と米国が共に世界を支配するG2体制の誕生などと言っている人が居たが、私はこれを常に否定してきた。何故ならば、世界の支配者は一つだけでよく、組織論的にも、他に敵が存在しない限り、2つの権力者が手を取り合うことなどありえないわけである。そして、既存の王者である米国がその座をすんなりと渡すわけもなく、米国側の利益が少なすぎるわけである。 そして、このような根底がありながら、米国が中国を支援してきた事には大きな理由が存在する。それは米国による中国投資の投資利益である。高い経済成長率=高い配当利益であり、GDPが8%で成長すれば8%の配当が期待できる。米国の調達金利は低い。低い調達金利で借りたものを成長が望める地域に投資すればその利ざやが稼げるわけである。特に中国の場合、通貨人民元は管理フロート制であり、事実上のドル連動通貨であった。そのため、為替リスク無しで利ざやが稼げる美味しい市場だったわけである。 また、金融面だけでなく実体経済の面でも、中国の市場の魅力は大きかったといえよう。基本的に先進国は物が溢れており、新たに物を販売するには困難が伴う。それに対して、新興国は物を持たない人がたくさんおり、ものを売りやすい環境があるといえるわけである。かつての日本でも三種の神器(テレビ、冷蔵後、洗濯機)がもてはやされ、それを持つことがあこがれであった時代もあった。しかし、今の日本で持たない人は限りなく少ない。それに対して、中国にはまだまだこれを持たぬ人がいるわけである。そこに市場があるわけだ。現在日本で起きている中国人の爆買いも持たぬ人がいるからこそである。 しかし、これは健全な経済成長が維持される前提のものであり、経済成長が低下すればこの前提が大きく変わるわけである。また、米国はサププライム以降の経済の混乱の中で、海外の投資資産を減らし、中国への投資も大きく減らしていたのも事実である。また、中国の安価な産品が米国の生産者を苦しめ、雇用にマイナスになっている実態もあり、これに対する米国の産業界の批判が強まってきたこともひとつの事実である。すでに米中の間では、中国のコピー商品やダンピングなど貿易摩擦が大きな社会問題になっていたのだった。 政治的にも、AIIBやBRICs銀行など米国と対立する形で世界の中での金融支配を強めようとしており、強い経済力を武器に世界の金融市場での位置づけの拡大と米国の基軸通貨としての地位を貶めようとしていたわけである。これに対して、米国は中国人民元のSDR(IMFの構成通貨)入りに反対するなど、これを抑制する動きを強めていたわけである。 そして、バブルが崩壊した・・・。 これが中国の成長が減退期に移行する事を意味し、これまでのような中国の振る舞いが困難になることを意味するわけである。そして、世界の中で力をつけてきた中国を叩くにはもっともよいタイミングであるといえる。大量破壊兵器が生まれた今、核を持つ大国間の戦争は地球の破壊を意味し、勝者のいない戦争になる可能性が高い。だからこそ、今、一番の戦争は経済であり、米国の保つ最大の力がドルによる世界の経済支配なのである。世界の債券の約60%はドル建てであり、世界の資源取引の基本はドル建てである。ドルで借りたものはドルで返さなくてはならず、ドルがなければ資源が買えないわけなのだ。そして、そのドルの供給を一手に握っているのが米国であり、ドルは米国の武器なのである。 中国は今回のバブル崩壊でこれを思い知ることになったともいえる。何故ならば、中国はバブル崩壊による実体経済の悪化を防ぐため、8月11日人民元の切り下げを行った。中国当局としては、これまでのように政府の意向で通貨をコントロールできると考えていたものと考えられる。しかし、予想以上のキャピタルフライトが発生し、大規模な介入と為替に対する規制をかけなければ為替を維持できなくなってしまったのであった。 また、これに連動する形で中国の外貨準備に対する不安も生まれ始めたのである。中国の外貨準備は額面上世界一であり、その額は約3.5兆ドル程度である。しかし、そのうち米国債は最大でも1.2兆ドルしかなく、その中に企業の返済用や決済用資金が含まれているため、実際に介入に使える資金がどの程度残っているのかわからないという実態が明らかになったわけだ。米国の当局者や金融関係者はこれを理解していたわけであるが、これが報道に乗り始めた意味は非常に大きいと言える。 そして、米中の首脳会談ということになったわけであるが、習近平の訪米日程とローマ法王の訪米が重なり、習近平はローマ法王の影に隠れる形になってしまったわけである。また、内容的にも習近平が望んでいた議会演説は拒否され、会談後の共同声明は出されずじまいであり、中国が望んでいたSDR入りへの支援表明も得られなかったのであった。世界に報じられた共同会見も明確な地球環境保護に対する基金設立程度のものであり、これが米国に対して、ローマ法王が与えた宿題を中国に押し付けたようなものである。これが世界に報じられたわけであり、メンツを重んじる中国にとっては大変屈辱的なものであったといえる。 このような状況の中国に対して、更に追い打ちを掛けるものがTPPの大筋合意ということになる。米国はTPPによりアジアにおける米国の経済支配を強化しようとしていたわけであり、中国抜きのアジア経済圏の構築というのがTPPの一つの側面である。中国がTPP加盟国とビジネスを行おうとした場合、TPPに規定されたルールを厳守しなくてはならない。また、ルールを厳守しても関税が撤廃されているわけではないので、加盟国よりも悪い条件でビジネスをしなくてはいけなくなるわけである。特許や知的財産権だけでなく、インフラや法制度にもこれは関係し、これは金と力で中国式のルールを押し付けてきた中国のこれまでのビジネスを否定するものにもなりかねないわけである。

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    TPP芸人の予言は全部外れた! 「支那包囲網」に揺らぐ習近平

    上念司(経済評論家) 世の中にはいろいろな芸人がいるが、中でもTPP芸人という興味深いカテゴリーがある。かつて、民主党政権時代に「TPPは亡国の協定」とか、「国民皆保険がなくなる」とか、「日本の農業が壊滅する!」とか、面白いことを言って拍手喝さいを受けた芸人たちだ。安倍政権が誕生し、2013年にTPPへの参加を表明すると、この芸人たちは「表明した瞬間にすべてはアメリカの思い通り決まっている!」などと言っていた。この時はファンたちと大いに盛り上がったものだが、それも今となってはなつかしい楽しい思い出である。残念ながら一発芸人の命は短い。TPP芸人バブルは完全に弾けてしまったようだ。 もちろん、日本の国益を守るためにTPPについて警戒すべき点があったことは事実だ。ISD条項やラチェット条項が本来とは違う意味でつかわれたりしたらこれは一大事である。 ISD条項とは事後的な法律の変更などにより、対外投資が水泡に帰した場合、その賠償を請求できる権利を明記した条項だ。1989年に日本は支那と投資協定を結んだが、そこにもISD条項は入っている。支那のように法律をコロコロ変える国と取引する場合は必須の条項である。 しかし、この条項をありもしない機会損失に対しても類推適用するようなことがあってはならない。例えば、為替操作で損をしたので賠償しろ、といった無理筋の要求が通ってしまったら却って自由貿易に支障をきたすだろう。この点について私は注目していたが、結局今回のTPPでは従来通りのISD条項が採用されたに過ぎない。 ラチェット条項については、すでに決まったものをひっくり返すことはできない規定と解釈されている。なので、日本がTPP交渉に参加してもタイミングが遅いので何も意見が言えないと、芸人たちは言っていた。 しかし、実際はどうだろう? 日本が交渉参加してから2年の間TPP交渉は「漂流」した。その間、日本側の意見もかなりの割合で採用されている。芸人たちはいったいこの条項の何を理解していたのだろうか? 確かに、ラチェット条項においては大筋で合意した分野をひっくり返すことはご法度である。しかし、逆に言えば合意前の分野はいくらでもひっくり返せるということにならないだろうか。今年8月の交渉の際に、ニュージーランドが乳製品の輸入枠をめぐってトンデモないちゃぶ台返しをした。産経新聞は次のように報じている。「TPPの設計者」ともいわれるニュージーランドのグローサー貿易相には「TPPが後発組の日米に乗っ取られた」(交渉筋)との苦々しい思いがあったようだ。http://www.sankei.com/economy/news/150801/ecn1508010025-n2.html 日米に交渉を乗っ取られた腹いせに、当初提示していた3万トン程度の乳製品の枠を、一気に3倍増の9万トンにしてきたわけだ。こんな無茶苦茶な連中がよく2年間の「漂流」でまとまったものだ。日本が参加した時点でまだまだ大筋合意に至っていない分野はまだまだたくさんあったのだ。 では、TPP芸人たちの予言はどの程度当たったのか、結果を見てみよう。国民皆保険はなくなっていない。というか、そもそも、そんな話し合いは最初から行われていない。「○○が食えなくなる」シリーズは今のところ全部ハズレだ。ISD条項で巨額賠償を払うこともなさそうだ。 逆に、工業製品に対する関税は即座に2割程度撤廃され、将来的に99%撤廃される。農産物についても、日本は海外産の農産物を受け入れる代わりに、海外向けの輸出について無税枠や大幅な関税の撤廃という「果実」を手に入れた。和牛や質の高い果物など、関税があった時代から輸出されていた農産物の生産者は大いに盛り上がっていることだろう。 商売をやったことがない人は人のうわさを信じやすい。「再開発で渋谷がダメになる!」という与太記事を読んで真に受けてしまったりする人がいる。都営大江戸線は開業当初、「いったい誰がこの電車に乗るんだ?」と言われるほどすいていた。税金の無駄遣いだと。しかし、今は大江戸線の乗降客は相当増えている。麻布十番などは大江戸線と南北線の交わるターミナルになり、また近くに六本木ヒルズなどもできたことから商店街は活況だ。 交通インフラや取引のルール変更などがあっても、そのことによってある地域や業界がダメになったりよくなったりすることが決まるわけではない。もちろん、各自が勝手に予想するのは自由だが、それがあたかも決められた未来であるかのように言うのは言い過ぎだ。ルールが変わったのなら、いち早く事業モデルをそれに適応させればよい。正解は分からないので、様々な挑戦を繰り返し、失敗しながら学べばいいだけだ。TPP参加国の民間企業は新しいルールに合わせて様々なチャレンジをするだろう。各国で多くの企業がチャレンジすることで経済は活性化する。日本の負けは決まったわけでもないし、勝ちも決まったわけではない。すべてはここからの努力次第なのだ。北京の人民大会堂で握手する韓国の朴槿恵大統領(左)と中国の習近平国家主席(共同) そういう意味でいうと、今回TPPに参加できなかった支那と韓国は大きなハンデを背負うことになった。自業自得だから仕方がない。TPP加盟国は支那や韓国にいくらでも関税をかけたり、輸入制限をしたりすることができる。(もちろん、個別に貿易協定は結んでいるだろうからその範囲内であるが…) TPPに入るためには、資本取引が自由化されているとか、投資家の権利が守られているとか、様々な前提条件がある。しかし、支那において共産党の権力は神にも匹敵する。というか、神以上でなければならない。そのため、世界的な貿易ルールよりも、支那共産党の都合が優先されないと困ったことになってしまう。もちろん、投資家の権利など守っていたら支那共産党のメンツは丸つぶれだ。常に、経済問題は政治問題化するリスクがある。 支那がTPPに参加しようとするなら、こういった宿題を自分でやってこなければならない。もちろん、宿題をやっている最中に共産党の仲間割れが修復不能になるかもしれないし、人民が暴動を起こして文字通り「爆発」するかもしれない。TPPに参加するメリットとこれらデメリットを比較して習近平は決断するのだろうか? 生暖かく見守りたい。 また、韓国はTPPに入れない支那にあくまでも付き従っていくのだろうか? もはや二股外交は完全に破たんした。事大主義を貫き通すなら、そろそろ新しいご主人様を探すタイミングなのかもしれない。 とはいえ、日本が韓国に救いの手を差し伸べるにはまだまだ早いのではないか? 国際的な反日キャンペーンについて、真摯な謝罪と賠償が終わっていない。まずはその問題を解決するのが先だ。韓国国内で大いに議論していただければいいのではないだろうか?

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    中国の金融緩和策が効かない最大の理由

    小笠原誠治(経済コラムニスト) 株価の急落に耐えかねて中国政府がまた動きました。先週からの急激な株価の下落に中国当局はただ黙って見ているだけなのかと思っていた矢先の出来事です。 その効果と言うべきか欧州市場では株価が反発したのです。 では、中国は今回どんな対策を打ち出したのかと言えば…0.25%の利下げと預金準備率の引き下げです。 つまり金融を一層緩和したということなのですが、別に目新しい内容ではありません。 案の定、米国のマーケットはそれほど反応を示さず、NYダウはまた下げているのです。 では、ここで皆さんに問いたいと思います。 金利の引き下げや預金準備率の引き下げといった金融緩和策は今の中国の経済にとって恵の雨になるのでしょうか? 如何でしょうか? 金利を引き下げると、何故景気を刺激するかと言えば… そうですよね、お金を借りて投資をする立場にある企業としては、金利が安くなるので投資をしやすくなるのです。そして、企業の設備投資が増えれば、GDPも引き上げられる、と。 では、今の中国経済にとって金利の引き下げは有効な手段と言えるのでしょうか? しかし、中国経済を少しでも理解している人からすれば、それは殆ど意味のないことだと分かるのです。 何故か? それは中国経済のより本質的な問題は、設備投資が盛り上がらないことではなく、逆に設備が過剰であることにあるからです。中国安徽省の証券会社で、株価の動きを見つめる個人投資家(共同) 例えば鉄鋼の生産設備ですが…世界の鉄鋼の年間の生産能力は23億トンに及ぶとされていますが、そのうち中国の能力は11.6億トンを占めています。 凄いですね。世界で毎年生産される鉄鋼のうち半分は中国で生産されているのです。 では、実際中国は最近どのくらいの鉄鋼を生産しているかといえば、約8億トン程度。因みに日本は、長い間約1億トン程度で推移しているので、日本の8倍ほどの鉄鋼を生産していることになるのです。 但し、中国の生産能力は11.6億トンもあるので、3.6億トン分は余剰生産能力ということになります。 そんなに生産設備が余っているのですから、金利を下げてやるから設備投資をしろと言っても、それがおかしな話であるのは自明のこと。 鉄鋼以外にも、例えば自動車の生産に関しては、2015年の中国の自動車生産能力は約5000万台に迫る見込みとされている一方で、実際の売り上げ見込みは2500万台にとどまると見られているので、稼働率は5割程度にとどまるのです。 これら以外にも、板ガラス、電解アルミ、太陽電池、エチレン、石炭、コンクリート、船舶、それに風力発電など、どれもこれも生産設備が過剰であることがむしろ中国経済の大きな問題になっているのです。 こんな中国なのに、投資を刺激するための金利の引き下げに何の意味があるのか、と。 そうでしょう? 確かに景気の悪化を防ぐべきだという意見も分からないではありませんが、しかし、景気の悪化を恐れるあまり、これまで投資を増やし続けてきた結果が、この過剰設備を生み出してしまったのです。 要するに問題を先送りしてきたツケが、今中国に回ってきているのです。 ここで金融を緩和したり、或いは財政出動をしても、それはまたしても問題を先送りするだけの話に過ぎないのです。 本当は、設備投資を促進するよりも、過剰設備の問題にもっと積極的に取り組む必要があるのに、それがなかなか実行できずに今日に到ったと言うべきなのです。  大体一人っ子政策をとっている中国なのですから、人口が増えない一方で、GDPがいつまでも伸び続けるなんてことはあり得ないのです。他国にない優れた技術力を保有しているという訳でもない訳ですから。それに賃金だって上がり続けている訳ですから、安い労働力を武器とした輸出に頼るのも限度があるのです。 ということで、中国の経済は調整期に突入したと言えるのです。そして、その調整のためには相当の時間を要すると考えた方がいいでしょう。(オフィシャルブログ『経済ニュースゼミ』より8月26日分を転載)おがさわら・せいじ 1976年3月九州大学法学部卒。1976年4月北九州財務局(大蔵省)入局。大蔵省国際金融局開発金融課課長補佐、財務総合政策研究所研修部長、中国財務局理財部長などを歴任し、2004年6月退官。以降、経済コラムニストとして活躍。メールマガジン「経済ニュースゼミ」(無料版・有料版)を配信中。著書に『マクロ経済学がよーくわかる本』(秀和システム)、『ミクロ経済学がよーくわかる本―市場経済の仕組み・動きが見えてくる』(秀和システム)、『経済指標の読み解き方がよーくわかる本』(秀和システム)がある。

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    中国の経済成長は終焉するのか 日本への影響は?

    釣雅雄(岡山大学経済学部准教授)(THE PAGEより転載) 中国上海市場の株価急落につられて世界同時株安が誘発され、日本でも株価が乱高下しています。世界同時株安はいったん沈静化したようにみえますが、中国経済の問題は解決したとはいえず、株価維持政策はそれらを先送りしただけかもしれません。中国経済が今後どう進んでいくのかを知るには、中期的な視点が必要です。日本の高度成長の経験からひもとき、その後、日本経済への影響を考えてみます。中国経済の高すぎる「投資」依存度[図](出所)中国の表:中国人民共和国国家統計局編、China Statistical Yearbook、日本の表:内閣府、国民経済計算、拙著(2014)『入門日本経済論』122頁 中国の経済成長には、投資の役割が大きいという特徴があります。中国の経済成長のおよそ半分が投資によるものです(このことは、投資と消費がGDP成長にどれくらい寄与したのか《寄与度》をみることで確認できます)。さらに、図で日本の高度成長期と比較してみても投資の占める割合が大きく、同じ高成長でも中国と日本とではずいぶんと異なることが分かります。 このような投資が大きいという特徴から、中国の抱える問題が見えてきます。・中国国内の経済格差が拡大してきた・過剰な投資は経済の成熟化に伴いいずれ縮小し、成長率も低くなる 投資の中身では、不動産が非常に大きな割合を占めています。2013年の中国の産業別投資割合(中国人民共和国国家統計局編「China Statistical Yearbook」)は、全体の投資に占める割合が一番大きいのは製造業の33%ですが、その次が不動産の27%です。中国証券監督管理委員会の前に集まった個人投資家ら(奥)=北京(共同) 通常は所得の増加に伴い消費が増えるはずです。中国では住宅が重要で、結婚の条件にもなるようなので日本とは異なると思いますが、それでも、所得が増えたから不動産投資をしようという人は、高い所得水準の人に限られます。そのため、国民と一部の富裕層、あるいは企業とに所得格差が生じていて、それぞれが異なる経済行動をしていると考えられます。 日本でも高度成長期に不動産投資は伸びていました。しかしながら、床面積でみると(建設省「建築物着工統計調査」)、1973年ころがピークでその後は居住用は1980年ころまで横ばいののち減少、鉱工業用は半減するような急速な縮小という状況になりました。これは、石油ショックの影響も大きいですが、基本的には、高度成長期の終焉によるものです。 人口移動(総務省統計局「住民基本台帳人口移動報告」)でみても、東京圏への超過転入は1962年がピークの38.8万人で、1970年代に入るとそれが急速に縮小しました。また、東京圏に限らず日本全体での都道府県間移動の総数をみると、1970年の424万人がピークとなっています。 すなわち、日本でも高度成長期に人々が移動している間は、不動産投資が拡大していたのですが、それを過ぎると急速に(たとえば5年程度の間で)縮小するという現象が見られました。移動先での住宅需要が縮小したり、製造業への産業構造の転換が終わったためです。 中国でもおそらく同じようなことが起こると思います。問題は、中国経済がかつての日本に比べて投資への依存度が高すぎる点、経済格差のために国民の消費需要への転換が進みにくいかもしれない点です。中期的には問題がある追加金融緩和[図](出所)中国人民共和国国家統計局、Yahoo! Finance さて、上海株の下落への対応として、中国の中央銀行である中国人民銀行が8月25日に追加金融緩和を決定しました。中国は2014年の終わりから現在まで断続的に金融緩和を行っており、そのため、今回も「追加」金融緩和となっています。背景には不動産の価格下落があり、直近でも6月27日に金利を引き下げています。株式市場においてこの追加緩和は好感される政策かもしれませんが、これには中期的に問題があります。 上海株のバブル的な上昇は、不動産から株式への資金移動が原因だと思われます。次の図は北京と上海の新築住宅販売価格の推移と、上海総合株価指数の推移を重ねて示したもので、昨年の夏ごろからそれぞれが反対方向に動く様子がみられます。不動産価格が下落していたため、投機的な資金が株式市場に流れ込んだのでしょう。そのため、今年の3月ごろを境に不動産価格が回復し始めると、逆に株価が下落しています。 金融緩和は株式のみならず、不動産にも影響を与えます。中国の中央銀行が直面する問題は、株価を支えるための追加金融緩和により、住宅など不動産のバブル的な価格上昇を加速させてしまうことです。もし、今回の混乱が収まるとしたら、これまでと異なり、今後は不動産も株式も、どちらも価格が上昇するかもしれません。 しかしながら、金融緩和は需要の「先食い」に過ぎず、日本の経験から考えても永久に不動産投資が伸び続けることはありません。この需要の先食いが強すぎる場合、将来、急速な不動産価格下落という経済ショックをもたらしてしまいます。日本のバブル崩壊もそうですが、米国のリーマンショックも同じ動きでした。日本でも1990年ごろのバブル崩壊から、不良債権問題、貸し渋り、投資の低迷などが不動産価格下落により生じました。さらに、中国では不動産投資が減少してしまうと、現在のような経済成長を維持できません。そのため、もし不動産価格にショックが生じた場合は、厳しい景気後退が発生してしまうでしょう。日本経済への影響は限定的か[図](出所)財務省、貿易統計 もし将来、中国経済が失速するとなれば、企業によっては大きな影響を受けると考えられます。それでも日本経済全体への影響は限定的でしょう。図で日本から中国、米国への輸出額の推移と内訳を示してみました。 中国への輸出品の構成は、米国への輸出とは異なります。一般機械や電気機器(主に電子半導体)など中間財と呼ばれるものが多く、それらの多くは間接的にはEUや米国への輸出につながっています。図で分かるように、リーマンショック後、2010年でも米国への輸出は回復していませんが、それは主に輸送機器(自動車)の輸出減が響いたためです。ところが、中国への輸出は元に戻っています。 もし中国経済が悪化すれば、日本経済が影響を受けるのは間違いありませんが、リーマンショックのような欧米での発生に比べると小さいものにとどまるはずです。ただ、隣国でもあり、単純に貿易だけを考えればよいわけでもないでしょう。 中国政府と中央銀行がどのような政策を採用するかによって、今後どうなるかはずいぶん異なります。そもそもの発端は、中国が経済成長を維持するための手段として金融政策を用いていることや、株式市場などで介入を強めたことです。中国は共産主義国でありながら、自由な経済活動を導入することで発展してきましたが、ここにきて、政府は経済成長維持のための介入を強め過ぎているようにみえます。日本の経験からもいずれ行き詰まることがあり得ますので、今回の混乱が落ち着いたとしても、日本の企業は中国経済の変動に対応できるようにしておいたほうがよいでしょう。

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    結局どうなる 中国経済

    失速する中国経済が最大の焦点だった主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は、空虚なメッセージに終始した。6月に発生した中国株バブル崩壊は、マクロ経済の綻びを示す1つの事象にすぎない。習近平政権は、共産党体制を維持するための政治政策と、経済政策の間で揺れている。

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    人民元切り下げと天津大爆発事故で習近平氏は今や崖っぷちか

     中国情勢が大揺れだ。中国人民銀行が8月11日から3日連続で人民元の対ドルレートを切り下げたと思ったら、12日には天津で爆発事故が起きて大惨事になった。 先の上海株価暴落と合わせて、背景に習近平政権首脳部と江沢民派(上海閥)、および胡錦濤派(共産主義青年団)との熾烈な権力闘争があるのか、ないのか。 真相はともかく、習政権による反腐敗運動で痛めつけられてきた反体制派にとって、一連の事態が反転攻勢をかける絶好の機会になったのは間違いない。いまや習政権は完全に足元が揺らいでいる。 全体情勢を整理しよう。まず7月8日から始まった株価暴落だ。これは「江沢民派が仕掛けた空売りが発端だった」という見方が定説になりつつある。暴落に慌てた政権が、本来は市場と無関係の公安省を動員して捜査に乗り出した事実がそれを如実に裏書きしている。 政権は「空売りを仕掛けた側には政権を揺さぶる意図がある」と見ているのだ。 人民銀が突如として人民元の切り下げに踏み切ったのも、なんとかして景気の落ち込みを防がないと反体制派につけいるスキを与えてしまう、と焦ったからだろう。 株価暴落そのものは1年前から始まっていた不動産バブル崩壊を後追いしたにすぎない。シャドーバンキングで溢れたマネーがバブルを起こしたものの、実需を無視した投資は結局、全国にゴーストタウンを作っただけだった。 肝心なのは、むしろ実体経済のほうだ。公式発表はいまだに7%成長をうたっているが、そんな数字を鵜呑みにして伝えているのは、いまや中国お抱えのエコノミストと日本のおめでたいマスコミくらいである。本当にそんなに調子がいいなら、そもそも元切り下げで輸出にドライブをかける必要はない。 政権が心配しているのは株価暴落もさることながら、景気悪化で不満が高まった国民の暴発である。中国ウォッチャーの石平氏によれば、中国ではフランス革命を分析した歴史家、トクヴィルの書物『旧体制と大革命』(和訳本は、ちくま学芸文庫)が大人気になっているという。指導部も国民も体制崩壊の先例を学んでいるのだ。 元切り下げは米国が要求してきた切り上げに逆行する。人為的な元安政策で輸出を拡大するのは不当というのが米国の言い分だ。9月に習主席訪米を控えたタイミングで、あえて米国の神経を逆なでするような行為に出たのは、それだけ政権が追い込まれた証拠である。なりふりかまっていられなかったのだ。 そこへタイミングを合わせたかのように大爆発事故が起きた。事故原因は不明だが、安全保安基準の扱いや事故対応をめぐって政権批判の口実を与えるのは必至だ。事故そのものが反体制派の仕業という見方も消えていない。8月16日、中国天津市で起きた大規模爆発で大破した消防車。犠牲者の多くは消防関係者とみられる(共同) 一連の事態をみると、習近平政権は国内で苦しい立場にあると分かる。となると、対外関係はどうなるのか。 選択肢は2つある。強硬路線か、当面は頭を低くした時間稼ぎかだ。どちらもありうるが、米国は南シナ海の埋め立て問題で妥協しないだろう。軍事基地化阻止と航行の自由維持は米国にとって生命線だ。 日本は毅然としながらも、中国を無用に刺激しないことが肝心である。ここで対日批判の口実を与えてしまえば、中国は国内の苦境を対日批判に転嫁する得意の作戦に出るだろう。安倍晋三首相が終戦70年談話におわびの言葉などを盛り込んで、穏便に事を済ませたのは正解である。■文・長谷川幸洋(はせがわ・ゆきひろ):東京新聞・中日新聞論説副主幹。1953年生まれ。ジョンズ・ホプキンス大学大学院卒。規制改革会議委員。近著に『2020年新聞は生き残れるか』(講談社)関連記事■ 人類滅亡――マヤ暦の予言とは異なる「2012年問題」の正体■ 中国鉄道車両メーカー 事故車両掘り起こしで株価下げ止まる■ ネットに登場の「中国人クズ番付」など中国の民意に迫った本■ 「人民元切り上げ」で日本にとばっちりの円高来ると専門家■ 米国製軍用ジープを丸パクリした中国製軍用ジープの写真公開

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    迷走する中国経済の行方―資産バブル崩壊の悪夢

    柯隆(富士通総研経済研究所・主席研究員)(「nippon.com」より転載)失速する中国経済への懸念が高まる中、中国政府は人民元切り下げに踏み切った。しかし国有セクターの改革などの本質的な構造改革が進まない中国経済の行く末には暗雲が立ち込める。ついに「資産バブル崩壊」へ 中国では、政治改革と国有セクターの改革が遅れているため、マーケットはその影響を受けて右往左往している。1年前までは、不動産価格が高騰したバブルだった。25年前の日本の轍(てつ)を踏まないために、中国政府は不動産投資のコントロールに乗り出した。行き場が失われた流動性(資金)は株式市場に流れ、株価の急騰をもたらした。中国政府にとって株価の高騰は都合の悪い話ではない。なによりも、隣国の日本では、アベノミクスで異次元の金融緩和を実施し、株価を上昇させ、「失われた20年」という景気の負のスパイラルを脱出できた。株高の資産効果は中国政府に大いなるヒントを与えたはずである。 しかし、金融緩和だけで株価を一時的に上げることはできるが、実体経済の改善がなければ、株価はいずれ下落してしまう。その悪夢をみたのは、今年の6月に入ってからだった。上海株価総合指数が5100ポイントを超えたところで、急落した。アベノミクスは株価を高位に維持しようとして第二、第三の矢(成長戦略)を放ち、実体経済の改善に取り組んでいる。それに対して、李克強首相は2年半前に首相に就任した当時に公約した構造転換が遅々として進んでいない。 中国経済のファンダメンタルズを考察すれば、景気が減速し、上場企業の業績も改善されていない中、株価の急落は当たり前のことといえる。国際通貨基金(IMF)の幹部は中国の資産バブルが崩壊したと明言している。大量の不良債権が生じているとの指摘も 今の中国経済は1990年代初期の日本経済によく似ている。資産バブルの崩壊とともに、景気も減速している。一つ異なる点は、今の中国の経済成長率(実質GDP伸び率)は公式統計では7%成長が続いているといわれていることだ(下表参照)。この7%成長の信憑性に問題があり、多くの研究者は実際の成長率が5%前後ではないかとみている。百歩譲って、成長率が確かに7%であっても、問題が残る。すなわち、今まで、8%成長以上続いていたものが7%に減速しているのだ。中国経済主要指標(2009~2015年1-6月)(注)①都市部住民の実質収入は一人当たり可処分所得、農村住民の収入は一人当たり純収入である。②都市部失業率は、2012年までは、登録失業率であるのに対して、13年以降は調査ベースの失業率である。③李克強指数=(鉄道貨物輸送量伸び率×25%)+(電力消費量伸び率×40%)+(銀行融資残高伸び率×35%)④都市部失業率は、各年の% (資料)中国国家統計局、中国商務部、中国人民銀行、中国人力資源社会保障部 多くの企業は、8%以上の成長を前提に、投資プランと資金調達プランを立ててビジネスを展開してきた。しかし、景気が急に減速して、多くの企業にとって資金返済が難しくなっている。確かな統計がまだ公表されていないが、多くの研究者は、中国の国有銀行に大量の不良債権が現れていると指摘している。仮に、経済成長率が2-3%から7%に上昇していれば、企業の経営は飛躍的に楽になる。したがって、7%成長という絶対値が問題ではなく、景気変動のトレンドが問題なのである。 中国政府は7%程度の成長を「新常態」(ニューノーマル)と定義して、それを受け入れる姿勢を示している。しかし、本心はそれ以上の成長を実現しようとしているはずである。なによりも、経済成長は共産党の正統性を立証する唯一の証左だからである。だからこそ中国政府はなりふり構わず急落する株価を力づくで押し上げた。国有セクターの改革も停滞 トータルしてみれば、中国経済は歴史的なターニングポイントに差し掛かっているといえる。世界第二の規模にまで発展している中国経済はこれまでの、もっぱら資源や労働力を投入する「要素投入型」の経済モデルを続けることができない。そして、輸出に依存する「外向型発展モデル」も限界に来ている。20年前から中国の指導者は内需依存の経済に転換すると明言した。これは正しい認識である。残念ながら、こうした構造転換は未だに実現していない。 もう一つのネックは国有セクター改革の遅れである。中国経済にとって肥大化している国有セクターは経済成長を妨げる障害になっている。国有セクターの何が問題なのだろうか。まず、国有企業は主要産業を独占しているため、独占利益を享受している結果、イノベーションに取り組む姿勢が弱い。そして、国有企業はもっぱら規模の拡大を追求するため、マクロ経済の非効率性をもたらしている。さらに、国有銀行は国有企業に巨額の流動性を供給しているため、毎年一定割合の融資が不良債権になっている。 国有セクターの弊害は明々白々だが、中国政府は本気で国有銀行と国有企業の改革に取り組まない。なぜならば、中国政府にとり国有セクターは第二の国家財政のような存在であり、巨額の流動性を供給してくれる都合のいい存在であるからだ。市場メカニズムを無視した人民元切り下げ 景気が減速する中で、中国政府はオーソドックスな金融政策(金利と預金準備率操作)を繰り返し実施したが、効果は現れていない。ここで、またもアベノミクスは中国政府にヒントを与えた。アベノミクスは金融緩和を進めた結果、行き過ぎた円高が是正され、大幅に円安が進んだ。為替レートの切り下げは間違いなく輸出製造業の価格競争力の強化に寄与する。 中国では、2005年7月から人民元が切り上がり、15年8月現在、累計35%も切り上がった。同時期に、中国の主要都市の最低賃金がほぼ毎年10%ずつ引き上げられた。このトレンドは間違いなく輸出製造業の価格競争力を低減させている。そこで、中国政府は為替レジームの改革を理由に、人民元の対ドルレートの切り下げに踏み切った。 そもそも為替レートは国際貿易の交易条件を定義するためのものである。中国の景気後退を考えれば、元安はやむを得ないことと判断される。問題は元の切り下げではなく、政府が切り下げを直接実施したことにある。先進国の為替レジームは市場メカニズムによるものであり、行き過ぎた変動があった場合、政府は市場プレーヤーの立場から市場に介入するが、市場の管理者として為替レートを直接決めることはできない。 それに対して、中国の為替レジームは、「中央銀行が前日の通貨バスケットの動きを参考に、当日の中間値(基準値)を決める」ことになっている。その基準値を決めるのは恣意的になりがちであり、市場の均衡レートと大きくかい離する可能性が高いため、市場に強い影響を与える。中国経済、ハードランディングの懸念も 元の切り下げについてもう一つの問題を指摘しておきたい。民主主義の国では、経済政策の変更はいきなり実施するのではなく、政策当局は繰り返し市場と対話しながら、市場と投資家の動向を見極めたうえで、最後に政策を実施する。その典型例は米国の利上げである。米連邦準備制度理事会(FRB)のイエレン議長は9月に利上げを実施するかどうかを判断するために、繰り返して市場にメッセージを送っている。 しかし、社会主義の政治指導者は選挙を経験していないため、記者会見について苦手意識を持っており、市場との対話も粗末である。中国の景気がこんなに減速しているにもかかわらず、李克強首相は一度も記者会見を開いていない。政策当局は市場と対話せずに、唐突に政策を実施するから、市場に大きなショックを与えてしまう。 中国経済のファンダメンタルズを考えれば、緩やかに減速していくことは自然の姿と思われる。政策の実施が下手だったため、景気変動、すなわち、ボラティリティは大きくなっている。共産党第18回党大会で採決された文章には、「市場メカニズムが正常に機能するように市場環境を整備する」という重要な一文が盛り込まれている。とても正しい問題意識といえるが、残念ながら、実際の政策運営をみると、政府は常に市場を凌駕しようとしている。 株価の暴落は市場からの警鐘と受け止めるべきである。元の切り下げは必要だが、政府の役割ではない。政府は市場取引が公正に行われているかどうかをモニタリングする監督者であるが、市場の管理者であってはならない。最後に、中国の資産バブルはすでに崩壊しているが、中国経済がハードランディングするかどうかは中国政府の政策次第であることを強調しておきたい。か・りゅう 富士通総研経済研究所・主席研究員。1963年中国南京市生まれ、1986年南京金陵科技大学日本語学科卒業、1988年来日。 1992年愛知大学法経学部卒業 。1994年名古屋大学大学院経済学修士 。長銀総合研究所国際調査部研究員を経て、1998年に富士通総研経済研究所主任研究員。2007年より現職。財務省外国為替審議会委員(2000-09年)、財務政策総合研究所中国研究会委員(2001-02年)。主著に『暴走する中国経済 』(ビジネス社, 2014年)、『中国が普通の大国になる日』(日本実業出版社, 2012年)等。

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    9・3天安門発のブラックジョーク 党指令型不況に気付かぬ首脳たち

    田村秀男(産経新聞編集委員) 9月3日、「抗日戦勝記念日」の北京・天安門。習近平中国共産党総書記・国家主席と並んで立つ、ロシアのプーチン大統領や韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領の顔が青空のもとで映えた。まるでブラックジョークだ。青天は8月下旬から北京とその周辺の工場、2万社近くに操業停止させた党中央の強権の成果だが、党指令による経済・金融政策はまさに支離滅裂。韓国、ロシアを含む世界のマーケットに巨大な嵐を送り込んでいるのだから。 中国当局の政策はことごとく逆効果、あるいは裏目に出ている。中国人民銀行は8月下旬に預金金利を追加利下げした。「金融緩和策」と全メディアが報道したが、精査してみると真逆の「金融引き締め」である。短期金融市場では銀行間融通金利上昇が止まらず、6月初めに1%強だった金利は9月2日、2%を超え、預金金利より高くなった。銀行は低い金利で集めた預金を短期金融市場で回せばもうかることになるので、景気てこ入れに必要な貸し出しは増えないだろう。 量のほうはどうか。中国人民銀行は一貫して発行する資金量(マネタリーベース)を増やす量的緩和を続けてきたが、この3月以降は減らし続けている。つまり、量的引き締め策をとっている。建前は金融緩和なのだが、内実は金融収縮策であり、デフレ圧力をもたらす。 政策効果を台無しにする主因は資本の対外逃避である。資本流出は2012年から13年の不動産バブル崩壊以降、起こり始めたが、昨年秋から加速している。中国当局は厳しい資本規制を敷いているはずだが、抜け穴だらけだ。党の特権層を中心に香港経由などで巨額の資金が持ち出される。預金金利が下がれば、あるいは人民元安になりそうだと、多くの富裕層が元を外貨に替えて持ち出す。 資本流出が怖い当局は金融緩和を表看板にしながら、実際には引き締めざるをえない。8月中旬、元相場を切り下げたが、その後は元相場の押し上げにきゅうきゅうとしている。どうみてもめちゃくちゃだ。 資本が逃げ出す最大の背景は実体経済の不振にあり、上海株価下落は資本流出と同時進行する。不動産バブル崩壊が景気悪化を招いたのだが、もとをたどると、党がカネ、モノ、ヒト、土地の配分や利用を仕切る党指令型経済モデルに行き着く。 08年9月のリーマンショックを受けて、党中央は資金を不動産開発部門に集中させた。国内総生産(GDP)の5割前後を固定資産投資が占め、いったんは2桁台の経済成長を実現したが、バブル崩壊とともに成長路線が行き詰まった。国有企業などの過剰投資、過剰生産があらわになり、国内では廃棄物や汚染物質をまき散らし、国外には輸出攻勢をかける。 過剰生産能力はすさまじい規模だ。自動車生産台数はリーマン前の3倍の年産2400万台、国内需要はその半分である。粗鋼生産の過剰能力は日本の4年分の生産量に相当する。北京の中国人民銀行(中央銀行) 過剰投資がたたって国有企業などの債務は急増している。習政権は株式ブームを作り上げ、増資や新規上場で調達した資金で企業の債務を減らそうとしたが、株式バブル崩壊とともにもくろみは外れた。不動産開発の失敗で地方政府の債務も膨れ上がっている。党中央は危機を切り抜けようと、円換算で70兆円に達するともみられる資金を株価てこ入れ用に投入したが、不発だ。株価が下落を続けた分、不良債務が増える。 リーマン後に膨れ上がった中国の生産規模は巨大すぎて調整は進みそうにない。党の強権で1週間程度は生産停止した北京近郊の不採算鉄鋼メーカーも、週明けからは操業を再開するだろう。大手国有企業は党幹部に直結しているのだから、大掛かりな整理淘汰(とうた)は無理だろう。 グラフは、中国の実体景気を比較的正直に反映するとされる鉄道貨物量と、主要な国際商品相場の推移である。一目瞭然、中国景気の下降とともに、商品市況が崩れていく。エネルギー価格下落はロシアを直撃している。一次産品市況の下落は軍事パレードに招かれた一部のアジアやアフリカなどの産出国の首脳たちを苦しめているだろう。天安門で満面の笑みを浮かべた朴大統領は中国市場依存の危うさを感じないのだろうか。 原油や原材料の消費国日本は商品市況下落の恩恵を受け、いっそうの金融緩和、円安の余地が生まれる。政府は中国景気に振り回されないよう、内需拡大策をとればよい。中国危機は日本にとってチャンスなのだ。

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    デフレ不況に近づく中国 必要なのは中国版リフレ

    梶谷懐(神戸大学大学院経済学研究科教授) 6月に急落した上海株式市場は、中国政府の露骨ともいえる「救市」(市場介入)にもかかわらず続落を続け、ついに8月下旬、「世界同時株安」をもたらすこととなった。日経平均株価が一時、937円も急落し、ニューヨークのダウ平均株価も一時、過去最大の1089ドルの値下がり幅を記録した8月24日は「ブラックマンデー」とすら呼ばれている。 中国経済にいったい何が起きているのか。重要なのは、株価下落そのものより、それをもたらす原因となったマクロ経済状況の変化である。現在中国が陥っているのは「デット・デフレーション」である(これは日本がバブル崩壊後に陥った「デフレ・スパイラル」とほぼ同義)。日本の高度経済成長期も超える過剰投資画像:iStock 中国では株式市場の高騰が昨年から続いてきた。だが、実体経済の指標とは全く連動しておらず、株高は不動産市場から流入した資金によって一時的に実現したものに過ぎない、というのが大方の見方だった。 2008年のリーマンショックによる世界金融危機以降、中国は地方政府による公共事業を中心とした投資をもって潜在的な消費不足を補ってきた。13年の公式統計によれば、GDPのうち国内投資(在庫投資含む)が占める比率(粗投資率)は47・8%に達している。日本の高度経済成長期でも粗投資率は35%程度だったことを考えると、この中国全体の数字だけでも投資が過剰な状態にあることは明らかだ。 しかしより深刻なのは、特に内陸部における投資依存度の高さである。例えば同じく13年に粗投資率が80%を超えている省・自治区は、全国で雲南、青海、チベット、内蒙古、寧夏、新疆の6つもある。このうちチベットと青海は投資率が100%を超えている。これは、投資の大部分が中央からの補助金で外の省から資本を購入することに充てられているためである。 これらの国内投資の多くはもともとフローの投資収益率は低く、キャピタルゲインが発生することを前提に行われてきた。しかし、14年の中ごろから全国の不動産市場が下落に転じ、資産価値の期待上昇率がしぼむことにより、それらは収益性が低いだけではなく、キャピタルロスをもたらす可能性の高い「無駄な投資」となってしまった。まさにデット・デフレーションが視野に入る状態となっていた。債務の拡大と不可分な投資の拡大 デット・デフレーションとは、企業などが抱える過剰な債務が原因となって経済が目詰まりを起こし、不況が拡がっていく現象を指したものである。消費や輸出と異なり、投資の拡大は債務の拡大と不可分である。特に中国のような投資への依存度が高い経済では、資産価格の下落などによって債務の返済が焦げ付いてしまうリスクを常に抱えているといってよい。 デット・デフレーションに陥ると、まず、物価の下落などによって資産価値や投資プロジェクトの収益性が徐々に下落し、企業の債務返済が次第に困難になるため、新規の投資を控えたり、従業員をリストラしたりするようになる。この状態が長引くと「デフレの罠」、つまり企業や金融機関の連鎖的な倒産が生じ、さらに不況が深刻化する状況に陥る。 現況においては中国の消費者物価水準はまだプラスだが、不動産価格と投資プロジェクトの収益性の下落は続いており、デット・デフレーションに近い状態にある、と考えられる。 デット・デフレーションを打開する一つの方法が「清算主義」である。これは低収益、高債務の企業を倒産させてでも債務を整理し、原因を根本からなくしてしまおうというものである。 もう一つの処方箋は、政府が積極的な金融緩和を行って物価水準を上昇させるという「リフレ政策」を採り、企業の実質的な債務負担を減少させるべきだ、というもので、米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ前議長らが唱えたものである。 清算主義的な主張にも一理はある。改革の「痛み」を和らげるために金融緩和を行えばまたしても投資が刺激されてしまうからだ。 しかしこのような清算主義は、適切な政策割り当ての観点からみると問題が多い。今後の持続的な成長を考えれば、同時に、投資の抑制を含め、供給面の生産性を引き上げるための改革を行うことは必須である。 加えて需要面でのショックを抑えるために、消費や輸出を刺激する政策と組み合わされる必要がある。急激に成長率が低下してしまうと、本来高い成長率を見込める民間企業から先に倒産に追い込まれ、人的資源が有効に活用されないため、かえって生産性が低下してしまうからだ。 以上を踏まえれば、不況に陥った中国経済にとって望ましい政策とは以下のようなものであるはずだ。 まず、高すぎる投資率を抑制し、資源配分の効率性を高めるための金融市場や社会保障制度などの改革を行う。その一方で、需要のショックを和らげるため一定のインフレ率をターゲットにした金融緩和を行い、為替レートを低めに誘導するというリフレ政策を行うのである。 景気を下支えするための金融緩和を持続的に行ってきた中国当局の政策スタンスは、一見このような望ましい方向を目指しているように見える。 確かに、中国人民銀行は預貸比率規制の撤廃や預貸基準金利と預金準備率の引き下げなど、6月下旬から継続的に金融緩和を行い、大都市の不動産指標も次第に上向きつつある。中国当局による不可解な元買い介入 中国人民銀行は8月11日から13日にかけての3日間、人民元レートの基準値を4.5%も切り下げた。 当局はこの1年ほど、一貫して元買い介入を行い、人民元の対ドルレートは1ドル=6.1元から6.2元台で推移してきた。しかし、対ドルの先物レートが14年末から大きく下落し1ドル=6.3元台の後半から6.4元台で推移するなど、市場に強い元安圧力が存在していた。 しかし、デット・デフレーションの発生により、国内需要の落ち込みが生じている状況のもとでは、このような介入は本来望ましくないものであった。元の下落を食い止めるために元買い介入を行うことは、市中から元を引き上げる引き締め効果を持ってしまい、デフレ脱却のための金融緩和を相殺する効果を持つからだ。 AIIBの設立やシルクロード基金を通じた資本輸出によってアジアにおけるインフラ建設を進めると同時に人民元の国際化を目指す中国政府としては、大幅な元の減価は避けたかった。しかし、なかなか反転しない株価を目にした当局は、国内経済が「デフレの罠」に陥っては本末転倒と考え、切り下げに踏み込んだのだろう。 また、資源配分の効率性という観点からは、金融緩和によって増加する銀行融資が、どのような貸出先に行われるかが問題となる。特に内陸部の省に関しては、過剰な投資を一定期間抑制し、その結果ある程度低成長が持続することになってもやむを得ない、という政治的な決断が必要になるかもしれない。 中国政府は7%という具体的な成長目標にこだわってきた。7月15日に中国政府は、4~6月期のGDP成長率が前年比7%に達したことも公表している。しかし、それにこだわることは決して得策ではない。内陸部を中心に効率性の低い投資が過剰に行われ、成長率を何とか下支えしてきた結果、不動産や株式市場のバブルを誘発してきた「投資過剰経済」の体質が温存されてしまうからだ。 いずれにせよ、現在の中国政府は、いくつもの異なる課題を同時に解決せねばならず、深刻なジレンマに陥っているようにもみえる。その中で、景気を下支えするための一連の経済政策が、生産性上昇のための改革と一体となって行われるのか、それとも非効率な投資を続け、問題を先送りさせる結果に終わるのか。そこに今後における中国経済の持続的な成長の可否がかかっていると言っても過言ではない。かじたに・かい 神戸大学大学院経済学研究科教授。専門は現代中国の財政・金融。2001年、神戸大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。神戸学院大学経済学部准教授などを経て、14年より現職。主な著書に『現代中国の財政金融システム:グローバル化と中央―地方関係の経済学』(名古屋大学出版会、11年)、『「壁と卵」の現代中国論』(人文書院、11年)、『日本と中国、「脱近代」の誘惑』(大田出版、15年)などがある。

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    鎮火できぬ中国、延焼する韓国 中国発ブラックマンデーはどこまで

    水谷幸資 (経済ジャーナリスト) 中国株バブルが崩壊した。株安が共産党の支配体制を揺さぶりかねないと、当局は株式相場の下支えに必死だが、市場の流れには抗しきれない。今や中国経済の失速がグローバルに及ぼす衝撃波に身構える段階に来ている。 「これは上海市場の天安門事件なのだろうか」。市場関係者がヒソヒソ声でささやき合っている。証券監督管理委員会(証監会)など当局が連日、「悪意ある空売り」を取り締まっているからだ。対象となった米ヘッジファンドのシタデルは、米連邦準備理事会(FRB)のバーナンキ前議長が顧問を務める、米国の有力ヘッジファンドだ。 「悪意」があるかどうかを認定するのは、中国当局にほかならない。当初は効果を挙げ、株式市場が小康を取り戻したかに見えたが、7月27日の月曜日、上海市場は前営業日比8.48%の下落幅を記録。「上海版ブラックマンデー」というべき売りの奔流に押し流された。中国人民銀行は8月11日に人民元切り下げを抜き打ちで始めたが、8月24日に再び8.49%下落。翌25日も7.63%下げた。24日は月曜日で、世界主要市場の株安に波及したことから、「中国版ブラックマンデー」に格上げ形容されている。6月12日に5100ポイント台を記録していた上海総合指数は3000ポイント付近をうろついている。2カ月半で4割下落した格好だ。 中国株の売り圧力がなぜ衰えないのか。理由はハッキリしている。割高だからだ。香港と中国本土に二重上場している企業の株価を見ても、中国本土はピークで5割、足元でも3割程度割高となっている。ではなぜ割高なのかというと、当の共産党自身が今年春先にかけて、株高を煽っていたからだ。6月12日の高値5100台は、1年前に比べれば約2.5倍の水準である。 今回の中国株バブルが深刻なのは、習近平政権が進めようとしていた「新常態(ニューノーマル)」政策が、根っこから揺らいでいることにある。投資と外需を原動力にした10%の二桁成長は、環境破壊や格差拡大という副作用を考えると、もう継続できない。消費と内需主導の7%程度の安定成長に、中国経済を軟着陸させる必要がある。その政策指針は決して間違ってはいない。 問題は習政権が「新常態」に向けて舵を切ったとたん、中国経済が予想以上のピッチで失速してしまったことだろう。背景には、習政権が鳴り物入りで進めた「反腐敗キャンペーン」が、消費を萎縮させてしまったことがある。 例えばマカオのカジノの営業収入は、今年上期には前年同期比で4割近く落ち込んだ。自動車販売も、日本車に比べて売れていたフォルクスワーゲンや現代自動車の現地販売が急減。余りの惨状から、現代自は7月から月次の現地販売実績の公表を取りやめたほどだ。事態はどんどん悪化しているというのが、現地の実感といってよい。 そもそも、春先に当局が株高を煽ったのも、景気失速を懸念していたからにほかならない。株高による資産効果で消費を刺激して、経済を軟着陸させようとしたのだ。ところが、肝心の株バブルが崩壊したことにより、保有株の値下がり損で自己破産する投資家が相次いでいる。皮肉にも株安による逆資産効果が、消費にブレーキをかけつつあるのだ。 日米欧の中央銀行が行ったように、中国人民銀行(中央銀行)も政策金利を下げてマネーサプライ(通貨供給量)を増加させようとしている。一時はブレーキをかけた公共事業の執行も、急いでいる。ところが、現実には空回りしている。背景には、すでに借金の山が積み上がっていることがある。膨れ上がった債務の主体は 国有企業や政府系金融機関だ (出所)マッキンゼー・グローバル・インスティチュート 「Debt and (not much) deleveraging 」(2015年2月) 2008年のリーマン・ショックを中国は見事に乗り切ったとされた。4兆元にのぼる景気対策によって、大々的なインフラ投資や設備増強を行って、10年には国内総生産(GDP)で日本を抜き、世界第二位の経済大国の座を手にしたのだ。しかしその引き換えに、中国全体の債務がそれまでの約4倍に膨れ上がってしまったのだ。 米コンサルティング会社のマッキンゼーによれば、債務の主体は企業や金融機関である。中国の場合、純粋な民間部門ではなく、国有企業や政府系金融機関が大きなウエートを占めている。4兆元対策の投資先は採算の覚束ないインフラ事業や過剰設備である。公共事業のメインプレーヤーである国有企業、金融機関はこの期に及んで、さらに債務を積み上げてまで利益の上がらない投資を行うことには、二の足を踏むだろう。輸入の回復が輸出に比べて鈍い中国 (出所)GLOBAL TRADE ATLAS資料でJETROが作成した資料をもとにウェッジ作成 既視感を覚えないだろうか。そう、90年にバブルが崩壊した後の日本である。成長モデルを見いだせないまま、採算度外視で公共投資による一時しのぎの経済対策を続けた結果、今日のような借金の山を積み上げてしまった。 中国の場合も、「国進民退」と呼ばれる国有企業優位の構造にメスを入れて、民間主導の経済に舵を切らなければいけないのに、実際には株価対策でみられるような当局による強権的な介入がまかり通っている。後から振り返れば、今年6月に始まった中国株バブルの崩壊は、そうした中国経済変調の屈折点として記憶されるに違いない。 もっとも、中国を見る世界の眼差しは、そうした根っこにある問題からはほど遠い。中国がこのタイミングでこけたら、世界経済も巻き添えを食ってしまう。そんな懸念から、国際通貨基金(IMF)のラガルド専務理事ら、国際金融界の大立者(おおだてもの)は、当局による市場介入に対し大目に見ている。まずは火事を止めてほしい、というわけだ。 中国が今すぐ頼れるのは外需だ。実際、輸出は対前年比プラスに回復しつつある。が、注目すべきは輸入だ。昨年11月から対前年比マイナスが続いており、いかに中国の内需と産業活動が不活発かを示している。 隣家延焼の恐れに、お隣の韓国はすでにパニック状態となっている。韓国のGDPの輸出依存度は5割を超え、しかも輸出の25%強は中国向けで、その比率は米国の2倍。日本や米国がブレーキを踏むのを尻目に、ここ数年は企業の対中直接投資を目いっぱい増やしてきた。その中国シフトが今や完全に裏目に出たのだ。韓国政府が9月1日に発表した8月の貿易統計によると、輸出は前年同月比14.7%減で、09年以来で最大の下げ幅となった。 もし中国株バブルの崩壊が不動産やシャドーバンキング(銀行を経由しない金融機能)に及べば、韓国経済はもたない。韓国のメディアは連日、そんな金切り声を上げる。日本としてはすでに変調を来している韓国経済が失速した場合の、とばっちりには十分備えておく必要があるだろう。 韓国ほどではないが、影響が大きそうなのは、自動車を中心に中国シフトのアクセルを踏んでいたドイツである。日本がバッシングを被っているのを尻目に、ドイツ企業はメルケル首相のトップセールスもあり、中国市場で着実に地歩を固めてきた。ドイツが巧みなのはブランド力を売り物に、伸び盛りで付加価値の高い分野でシェアを高めてきたことだ。 トヨタ自動車を抜いて今年上期に全世界の販売台数が世界トップになった、フォルクスワーゲンはその典型である。同社の販売高の実に4割は中国市場。皮肉にも、その路線は今まさに逆風に見舞われようとしている。 日本企業は尖閣摩擦以降、中国市場で韓国やドイツ企業のようにふるまうことができなかった。それが、結果として傷口の拡大を防いだと言える。とはいえ中国が世界同時不況を誘発してしまうような事態は、日本にとっても大きな打撃となる。しばらくは、中国株と中国経済から、目が離せない。

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    ついにきた中国バブル崩壊「第三波」が告げるもの

     中国発の世界的な株価下落が大きな社会問題になっている。6月中旬から始まった中国の株式バブル崩壊、これはギリシャ危機の影響を受ける形で7月8日9日の暴落によりそれが決定づけられたといえる。この事態を受けて中国政府はPKO(プライスキープオペレーション)買いや売却防止処置など積極的な株価対策を行い必死に株価を維持する努力をしていたわけであるが、これは虚しい努力であったといえよう。7月28日の二度目の暴落(セカンドショック)とお盆明けから始まったゆるやかな下落と先週末からの暴落により買い支え分が消滅し、回復の目処が立たない状況なのである。 実はバブル崩壊というのは、暴落などの急性期と一種の小康状態である慢性期を繰り返しながら、徐々に他の市場を侵食し、被害を拡大してゆくわけである。中国で起きている3つの波はこの典型であり、第一波が株式市場に限定されていたのに対して、第二波は商品市場などにも影響が拡大しており、今回の第三波はついに実体経済に辿り着いた形になる。そして、今回の暴落は単なる価格調整ではなく、実体経済の悪化予測を受けてのものであるため、企業の倒産や雇用の悪化に直接結びつくものになるわけだ。株価が下落し、北京の証券会社でうつむく個人投資家=8月24日(共同) とかく不幸は重なるものである。今回の場合、中国にとってさらに不幸だったのは天津大爆発が起きてしまったことであり、これによりチャイナリスクが再認識されワールドサプライチェーンから切り離される可能性が高まったことにある。今回事故が起きた天津は世界第4位の国際港湾であると同時に中国の首都北京の海運の窓口であり、中国北部の重要な産業拠点の一つである。特に今回の爆心地のあるTEDA(天津経済技術開発区)はその中核地点であり、日本などの海外企業の進出拠点であるとともに中国における技術開発拠点であったのである。 ただでさえ、バブル崩壊の影響により内需が冷え込むことが予測される中で、輸出や開発そして物流の拠点で事故が起きてしまった意味は大きく、さらにいえば、23億人の致死量に相当するシアン化ナトリウムを含む膨大な量の危険物質を大量拡散させてしまった意味は大きいといえる。また、発がん性など中長期的影響の懸念があるものが多数存在するとともに、それが交じり合い合成物になると同時に雨などで地中に浸透してしまっている現状を考えると将来的にも厳しいと言わざるを得ないだろう。 特に爆心地周辺はトヨタとその関連企業を中心に日系のグローバル企業が多く、日本や欧米などの環境基準に合わせた企業運営がなされているわけであり、汚染リスクが高い状態を放置したままで操業を再開するのは難しいと思われる。そして、現在のところトヨタのTEDA工場のある3km圏内は立ち入ることもできないため、被害と汚染の状況把握もできない状況にあると思われる。 今回の天津の大爆発は単なる爆発事故ではなく、1.港湾機能の低下とサプライチェーンからの切り離なされるリスク 2.中長期的な技術開発拠点の消失 3.企業運営のリスク上昇と貿易保険等の料率上昇 という大きなリスクをはらんだものであるのだ。そして、報道を通じて爆発のシーンと株価暴落が繰り返し流されたことにより、中国の壊滅という刷り込みが発生してしまっていることも大きな意味を持つ、これにより世界の共通認識になってしまったのである。当然、これも外国人の中国からのキャピタルフライト(資金逃避)の大きな要因になっているものと思われる。 この実体経済の悪化予測に対して中国政府は無策であったわけではない。中国政府は賃金上昇などにより失われた競争力回復のために人民元の切り下げを行ったわけである。これまで中国の人民元は通貨バスケットを基準値にして2%以内の変動を認める『管理フロート制』と言われる固定相場に近い制度を使用していた。通貨バスケットとはその名の通りいろいろな通貨を一つのバスケットに入れて基準値を決める仕組みなのであるが、バスケットの中身の米ドル比率が高いために事実上のドルペッグ状態になっていたわけである。  そして、8月11日の切り下げ後に新たに導入された仕組みは、前日の取引価格を参考に毎日変動の基準値を変更するという仕組みである。中国当局は、前日の価格が下がれば基準値も下がり、同水準であれば基準値は同じ水準、逆に上がれば引き上げられるという仕組みで『事実上の変動相場』であるとしている。 しかし、この変更にはいくつかの見方が存在する。 ひとつは国際社会から求められている完全変動相場移行のための段階処置と見る見方である。中国はIMF(国際通貨基金)に対して、5年毎に行われるクオータ(出資比率)改革にあわせ、出資の拡大と人民元のSDR(特別引出権)への組み込みを求めていた。IMFというのは世界各国が通貨危機などに陥った場合、ドルなど外貨を貸し出す国際機関であり、重要な決定を行う場合は出資比率の85%の賛成が必要となっている。中国の出資比率の拡大とSDRへの組み込みは、中国と人民元の国際的な地位の拡大に大きな意味を持つからである。 これに対して、5月末、G7は人民元のSDRへの年内組み込みの基本合意をしたわけであるが、それに対して、日本と米国は人民元の変動相場への移行という条件をつけたわけである。人民元を管理フロート制のままSDRに組み込んでも、管理フロート制は事実上ドル比率が高い仕組みなので人民元を組み込んだところでドルの比率があがるだけという理由であるが、これはIMFに最大の影響力を持つ米国の事実上の拒絶であると言われていた。そして、8月19日 中国が事実上の変動相場への移行を発表したにも関わらずIMFはSDRの来年10月までの凍結を決めた。 そして、もうひとつの見方は、変動相場への移行を理由とした単なる通貨切り下げではないかという見方である。中国の場合、バブル崩壊や実体経済の悪化などリスク要因が多く、必然的に通貨が下がる傾向にあるため、中国政府が後付的に市場を利用したという見方である。基本的に実体経済にとって、通貨高よりも通貨安のほうが望ましい。通貨が安ければ、輸出企業の国際競争力が上がり、内需にとっても国産品が安い海外商品との競争にさらされず、国内産業保護につながるからである。だからこそ、通貨安方向への為替操作は国際社会からの批判対象なのである。単なる通貨切り下げとした場合、国際社会から『為替操作』との批判を浴び、米国の為替操作国指定などペナルティを受ける可能性が高い。しかし、変動相場への移行処置というのではれば批判の対象になりえないからである。 そして、この人民元切り下げにはもうひとつの理由もある。中国では株式バブル崩壊により大規模なキャピタルフライトが起きていた。外国人投資家や中国人が人民元を売り、ドルなどに替えて海外に資産を移す動きである。それに対して、中国政府は人民元価格を守るために大規模な為替介入を行っていたわけである。これはドルを売り人民元を買うというものであり、これが継続すると保有する外貨準備が大量に失われることになる。しかし、人民元を切り下げ変動相場に近い状態にすれば失われる額が減少するわけである。 世界最大の外貨準備を持つと言われている中国であるが、これが大幅な減少傾向にあるのである。中国の2015年7月末時点の外貨準備は3兆6500億ドル、最大であった2014年6月末の3兆9900億と比較すると3400億ドルが失われていることになる。そして、今年の第二四半期だけで2000億ドル近くが失われたわけである。また、中国の場合、外貨準備の中身にも疑問符が付けられている。中国の外貨準備のうち、確実に換金できる米国債は1兆2700億ドル程度しかなく、他の資産がどうなっているのかよくわからないのである。このため、今回の事実上の変動相場の導入は、中国がこれまでのようなドル売り介入しきれなくなったという見方もあるわけである。  今回の事実上の変動相場への移行は、これまで上げてきた理由のどれか一つが原因ではなく、このような理由を総合判断した結果といえるわけであるが、どちらにしても、これまでの『強い経済と保有する外貨を利用した強気の外交』ができなくなりつつある現状を確認するものであり、中国弱体化の始まりを意味するものになるのだと思われる。そして、米国は9月の首脳会談で人民元の切り下げ問題などを議題とするとしており、中国の弱体化を前提とした国際社会の中国への圧力は今後も高まるものと思われるのである。

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    AIIBは国際金融の元寇か

    元駐ウクライナ大使)アメリカの失敗 ──第二次大戦後、とくに米ソ冷戦終結後の世界は、軍事よりもむしろ金融・経済の覇権争いに傾いて、その分野でも連合国のリーダーたるアメリカ主導で行われてきました。中国が設立をめざすAIIB(アジア・インフラ投資銀行)は、軍事のみならず経済覇権をも狙う中国の挑戦と考えられるのですが、まず初めに、戦後のアメリカ主導の経済システムのお話からうかがいたいと思います。山下 1944年にアメリカのブレトン・ウッズで45カ国が参加して連合国通貨金融会議が開かれ、そこでIMF(国際通貨基金)とIBRD(国際復興開発銀行、世銀)の設立が決議されました。その後の経済体制が、いわゆるブレトン・ウッズ体制です。 固定為替相場制度を核として、IMFが通貨価値と為替相場の安定を守るというブレトン・ウッズ体制は非常に安定したシステムで、戦後のおよそ25年間は経済成長率が最も高く、インフレ率は低い、間違いなく資本主義の黄金時代でした。資本主義は、1602年設立のオランダの東インド会社以来始まったという見方が有力だと思いますが、今日に至るまで、後にも先にも、世界経済がブレトン・ウッズ期を超える経済パフォーマンスを示した時期はありませんでした。ところが、資本主義の黄金時代は、1971年8月15日のニクソン・ショックで残念ながら約四半世紀で終焉を迎えてしまった。 IMFや世銀を、ブレトン・ウッズ機関と呼びます。これは構わないのですが、ブレトン・ウッズ体制というのは、ニクソン・ショックを契機に崩壊しました。したがって、今の国際金融体制をブレトン・ウッズ体制と呼ぶのは間違いです。AIIBに関する議論がいま盛んですが、非常に多くの論者がこの点を間違えています。 ブレトン・ウッズ体制が崩壊した要因は、ひとえにアメリカが国際収支の赤字を出し続けたからです。国際収支が赤字の国は、一国の責任でデフレ政策を採用し、景気を抑えて赤字を減らす、つまり赤字国責任論がブレトン・ウッズ体制の要でありゲームのルールだった。にもかかわらず、アメリカがそれを守らなかったために崩壊してしまったのです。ニクソン大統領がドルと金の兌換一時停止を宣言したことによってニクソン・ショック(ドル・ショック)が起こり、結果として変動相場制に移行した ブレトン・ウッズ体制というのは一種の金本位制でした。金とドルがリンクしていて、金1トロイ・オンス(約31グラム)=35ドルという固定平価をアメリカが保証し、アメリカが外国に負っている債務は、金でもドルでもどちらでも好きなほうで返済する。その際の金とドルとの交換比率は、常に1トロイ・オンス=35ドルであると約束していた。だからドルが信用されたのです。 ところが、アメリカの国際収支の赤字がどんどん膨らんでいく。いずれアメリカはその固定平価(金平価)を守れなくなるにちがいない、つまりドルを切り下げようとするだろう、各国がそう思い始めました。そこで、まずフランス、さらに最後にはイギリスまでもが、ドルではなく金で返せと言い出して、しかたなくアメリカは金で支払い、その結果、アメリカからヨーロッパに向けて金塊がどんどん流出してしまった。 これは大変だというので、当時のニクソン大統領がドルと金の兌換一時停止を宣言した。いわゆる「ニクソン・ショック」です。金に結びついた縄が首に巻きついて苦しいから、縄を切ってしまえばよいだろうという単純な発想で、金とドルのリンクをはずしただけだから、このときは固定相場制から変動相場制に移行するとは誰も思っていなかった。しかし、この金とドルとの兌換の約束がブレトン・ウッズ体制のまさに要でした。そのせいでドルがすっかり信用を失い、結果として変動相場制になってしまった。いわば、資本主義の黄金時代が、アメリカ一国の身勝手な行動のために終わってしまったのです。 ところで、固定相場制なら必ず赤字国責任論になる。赤字を続けると、限りある外貨準備がどんどん減っていきますから、大きな赤字を続けてはいけないという国際収支への節度がかかる。それが固定相場制のいいところです。いまはそういう規律がなくなってしまい、IMFは通貨安定という本来の仕事がなくなってしまったので、しかたなく対外債務危機に陥った国に緊急融資をする仕事に従事するようになった。馬渕 1997年のタイのバーツ下落に始まったアジア通貨危機のとき、大きな打撃を受けたタイ・韓国・インドネシアはIMFの管理下に入りましたが、私がタイで見ていた限りでは、IMFの処方箋、つまり融資条件とは何だったかというと、一言で言えば緊縮財政なんです。もうブレトン・ウッズ体制が崩壊しているのに、IMFは昔の赤字国責任論でとにかく緊縮財政の一点張りだったんですよ。だからタイでは建設途中のビルが全部ストップしたりして、一挙に不況になった。インドネシアもIMFの条件を受け入れて生活必需品の価格を上げたものだから、暴動が起こって当時のスハルト大統領が追い出されてしまった。AIIBの背景山下 変動相場制が諸悪の根源であるというのは、私の持論です。ところで、実は中国はずっと以前からインフラ投資銀行のことは言ってきているのです。非公式にはもっと前からですが、2007年にアフリカ投資ファンドを設立しているし、2008年には、「ASEAN+3」13カ国のアジア地域統合に関する枠組として2003年に発足したNEAT(東アジア・シンクタンク・ネットワーク)会議で、アジア・インフラ投資ファンドの設立を提案しています。NEATの日本側窓口が東アジア共同体評議会(CEAC)で、私も以前はそのメンバー(有識者議員)でした。私は、個人的にはその頃は、日本と中国は一緒に何かやったほうがいいと言っていたんですが、日本政府は常に中国の提案を潰そうとしてきました。 そして、2013年9月に習近平がカザフスタンのナザルバーエフ大学で「シルクロード経済体」(一帯)構想を語り、その翌月にバリ島のAPEC首脳会議で「二十一世紀海上シルクロード」(一路)構想とAIIB構想を打ち出した。「一帯一路」政策といわれるものを、不退転の決意で実現しようと提案しました。 昨年7月には、BRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)5カ国で、NDB(新開発銀行。旧称BRICS銀行)と1千億ドルのCRA(外貨準備資金)の設立で合意しています。まだ実際に設立されてはいませんが、NDBは世界銀行と競合し、国際収支危機に陥った場合に融通するCRAはIMFと競合する。NDBは5カ国がそれぞれ100億ドルずつ出し、CRAは1千億ドルのうち41%を中国が拠出するということになっています。NDBは、インドが発案したもので、総裁はインド人、本部は上海ということで合意しています。習近平 習近平が「一帯一路」構想を正式に打ち出したのは去年の11月。それとは別に12月に400億ドル規模の「シルクロード基金」を立ち上げました。これは中国人民銀行の所管で、一方、AIIBのほうは中国財務部の所管になっています。 中国国内の体制は、AIIBを「一帯一路」戦略小組が担当することになっていて、そのトップである組長が中国共産党のチャイナ・セブン(政治局常務委員)の一人、張高麗。副組長が政治局員の王滬寧と汪洋です。ここが事実上のエグゼクティブ・ボードとしてAIIBを牛耳ろうとしている。それがまず問題です。 要するに常任理事会を設けず、各国から選ばれた理事たちは本部ではなくそれぞれの国に留め置いて、実質的な決定権は張高麗が握っている。ということは、その背後にいる習近平がすべてを決める銀行だということになります。これはいくらなんでもまずいでしょう。 AIIBの背景は、中国国内の過剰生産設備の捌け口という意味が大きい。そういう意味では、これは良くも悪くも「中国版マーシャルプラン」と言えます。ご承知のように、第二次大戦後、アメリカの過剰生産設備の捌け口を求めて、1948年から51年の3年半ぐらいのあいだにヨーロッパ各国に102億ドルから136億ドル、現在の価値にして1千億から1300億ドルの援助を行った。その9割が無償援助だったことは評価できますが、戦後、競争相手がいなくなり、アメリカ製品をヨーロッパにどんどん供給できるようになって、アメリカはこれでようやく1930年代の大恐慌から完全に立ち直ったと言われています。 中国も、大変な過剰生産設備を持っているわけで、国際収支の経常収支が赤字になる気配もある。そうなると先進国入り前に成長が停滞する「中所得国の罠」にはまりやすくなるので、それを回避するためにも輸出を増やさなければいけない。それにはインフラ投資だという国内事情がある。IMFは「米国財務省の国際支店」「米国財務省の国際支店」馬渕 私もAIIBには慎重に対処しなければならないと思います。つまりADB(アジア開発銀行)を中国の思いどおりにできないからAIIBをつくろうとしているわけで、ADBとの協調融資の可能性はおそらく限りなくゼロに近い。協調融資ができるんだったらつくる必要がないし、世界銀行やADBとは違う中国方式でやるというのが、中国の根底にある考え方だと思う。 いま先生が言われたように、背景はひとえに国内要因でしょう。中国としては過剰生産設備を有効に使うことができないので、国際機関の名でカネを借りようということです。しかし、国際開発金融機関というのは国際金融マーケットで起債し、それに利子を上乗せして貸すわけです。これはあくまで融資ですから、無償ということはほとんどない。つまり、起債できないとAIIBはそもそも動き出せない。 中国が熱心に日本の参加を促しているのは、日本が入らないと起債できないからだと思います。国際マーケットでの信用がないわけだから、起債しようと思えば、ハイリスクだから利子が高くなる。そうなると、融資先は途上国なので、中国も含めて借りたほうは返せなくなるわけです。ADBは最も低い利率だと0・75%ぐらいで貸しているはずですが、AIIBにそんなことができるはずはない。 だから日本、あわよくばアメリカにも参加してほしいんでしょうが、最大の問題点はやっぱりガバナンスです。参加国が集まって融資案件を決める理事会はつくらない、中国人の総裁が一人で決めて、あとは事後承諾などというのは国際機関ではない。これから協定をつくって国際機関として発足して初めて起債できるわけですが、そもそも協定がつくれるのか。活動を始めるまでにまだまだいくつものハードルがある。 やはり共産党独裁体制というものは国際機関になじまない。金融機関は出資比率に応じて加重投票制になっていますが、仮にも国際機関である以上、基本的には主権国家は平等です。 もう一つの建前としては国際的な公共の福利のための活動をするのが国際機関ですが、中国共産党というより、そもそも中国人には公共福利という発想がない。彼らの発想はつねに自己中心の華夷秩序に基づいている。理事会がなければ中国のやりたい放題でしょう。 中国が経済的に重要だとか、好きとか嫌いとかの問題ではなく、日本が参加すれば、その起債を日本の証券会社が買って、それを個人投資家にも売るわけですから、その危険性と責任を考えなければならない。AIIB債券というのは実にハイリスクである気がします。山下 他方、現状のアメリカを中心とする国際金融システムに問題がないかというと、そんなことはない。むしろ問題だらけです。そのことを理解したうえで「日本はどうすべきか」を考えるべきでしょう。 結論を先に言ってしまえば、現状のアメリカを中心とするシステムも、中国がやろうとしていることも問題だから、日本としてはそのどちらでもない別の考え方を示すべきだと私は思います。そのためには、国際的な背景や要因をまず押えておかなければいけない。 まず、アジアにおける膨大なインフラ需要に応える必要がある。 ADBの試算では、2010年から2020年までの11年間に8兆ドルの需要があるということです。他方、ADBの年間の融資能力は去年が135億ドル。2017年から200億ドルに拡大するということですが、それでもまったく足りない。だから新たな資金ソースが出てきてもいい。 ただし、現行のアメリカを中心とする国際金融機関には、非常に大きな問題がある。 たとえばIMFは出資額で投票権シェアが決まっているわけですが、アメリカの投票権シェアはいまのところ17・1%です。ところが、IMF理事会における重要議案の決定にはQMV(Qualified Majority Vot-ing)つまり特定多数決で85%以上の賛成が必要なんです。 ということは、アメリカ以外のすべての理事が賛成しても、アメリカがノーと言えばその議案は通らない。つまりIMFにおいてはアメリカが単独拒否権を持っているわけです。このように、アメリカにはあたかも封建領主のような特権が与えられている。国連の安全保障理事会では五大国がそれぞれ拒否権を持っていますが、IMFは、それより遥かにアンフェアです。IMFはいかにも前近代的な国際機関であって、「米国財務省の国際支店」と言われてもしかたがない。 しかも、2010年12月にIMFの総務会で増資が決議されていますが、いまだに発効していない。それはアメリカの議会が批准しないからです。シェアが同じなのに増資すれば、当然拠出金が多くなる。それで米議会が反対して、増資が行き詰まっている。 要するに、アメリカ自身がつねにIMF改革の最大の障壁になっている。アメリカがリーダーシップを取っていること自体が問題なわけで、それに中国が対抗するのはけしからんという論理は成り立たない。両方ともけしからんのだから。米中という二つの厄介な大国馬渕 国際政治的に見れば、アメリカにとってIMFや世界銀行はグローバリズムを追求する機関なんです。だからこそアジア通貨危機を起こした。そして、緊縮財政をやらせたのは外資がその国の企業を買収するためです。つまり、各国独自の文化とか商慣行を全部破壊して、グローバルな、つまりIMF・世銀の基準、ワシントンの基準に統一しようという構造調整融資が最大の問題です。 アジアはもっと発言力を持つべきだと思いますが、ただ、肝心の日本と中国の発想がまったく違う。かつて日本は中国を近代化させようと努力したけれど、失敗に終わった。いまは中国が日本を従わせようとしている。これではうまくいくはずがない。山下 アメリカと中国という二つの厄介な大国があるということです。中国は、世界の現状はマネー・ゲームで、これをインフラという実需をベースにした金融に戻すのだと言っている。これは確かに一理ある。 国際通貨制度の問題点としては、ドルを牽制する有効かつ安定した枠組がなければいけない。その枠組をどうするかについては、私は固定相場制に復帰するしかないと思っているのですが、それには年月がかかります。馬渕 1997年のアジア通貨危機のときに、IMFのアジア版のような形で日本がアジア通貨基金(AMF)をつくろうとした。ところが、この構想はアメリカに潰されてしまいましたね。山下 タイ・バーツ危機を受けて、アジアの枠組が必要だということでタイが日本に相談してきた。それでAMF設立のために当時の大蔵省財務官だった榊原英資さんが努力したんだけれど、「アメリカの主導権に対する挑戦だ」と米政府が怒り出し、ロレンス・サマーズ財務副長官(当時)が榊原さんに脅しをかけてきた。 中国もAMF反対にまわりました。当時、榊原さんは要人と交渉するために北京に行ったんだけれど、断られて会えずに帰ったんです。その頃の中国はまだ国際金融システムの問題がよくわかっていなかった。要するにアメリカに脅かされ、中国に反対されてAMF構想は頓挫した。だけど榊原さん一人にまかせずに、日本政府がどっしり構えて対応していれば実現していたかもしれない。馬渕 アメリカ主導の世界の通貨体制から脱却して、より公平な、より民主的な通貨体制にすることを視野に入れて行動する必要が日本にはある。 ところで、日本が対アジア、あるいは世界に対する場合に、もう少しロシアというファクターを考えたほうがいいと思うんです。というのは、地政学的に考えてロシアと日本の関係が強化されたら、中国に対する大きな牽制になる。だけどいまは残念ながら日本のメディアはすべて反プーチンなんです。それは例のウクライナ危機のせいなんですが、あれはアメリカ主導の人為的なクーデターだったことがだんだん明らかになってきている。 今回のテーマから逸れてしまうのでくわしい話は別の機会に譲りますが、日本封じ込めのためにつくられたアメリカの戦後体制を換骨奪胎していって、少しずつ日本の主権を取り戻すための一つのファクターとなるのがロシアだと思います。別にアメリカと離れてロシアと同盟を結べというつもりはないけれど、日本がロシアとコミュニケーションできる関係にあるということがアメリカ及び中国に対して日本の存在感を高めることになる。日本にこそリーダーの資格がある日本にこそ資格がある山下 AIIBに話を戻すと、本部に理事が常駐するという形でないと、中国共産党の「一帯一路」戦略小組が実質的な理事会として支配することになる。ちなみに、「一帯一路」戦略小組は、今年1月に始動しました。 投票権シェアを決めるには、GDP規模のほかに、本来もう一つの重要な要素があります。それは債権国の地位を表す指標です。つまり、投票権シェアはGDP規模と純対外債権残高の多寡の加重平均とすべきなんです。 そうすると日本と中国の出資シェアの差はかなり小さくなるはずです。現在、日本が純対外債務残高では1位、中国は2位。3位はドイツ、4位がスイスです。本来なら、これら主たる債権国とともに、国際金融・通貨システムを作り直すべきなのに、世界最大の債務国がリーダーシップを握っているのが現状です。これは絶対矛盾なのです。つまりお金の貸し借りをするのに、多額の金を借りている側のロジックが通るシステムになっている。借り手のロジックがまかりとおる銀行システムなんか、アメリカを含めてどこの国にもない。貸し手のロジックが優先するのが当然なのに、いちばん借金している国が金融通貨システムのリーダーシップを握っているから、しょっちゅう危機が起こるのです。 だから、お金を一番多く貸している日本が考えるシステムが最も合理的なのです。この20年間世界最大の債権国であり続けている日本にこそリーダーの資格がある。 それから単独拒否権は中国も含めてどこの国にも持たせない。IMFのアメリカのようにはさせないことが重要です。 本部についても、言論統制が行われている中国のような国に置かれるべきではない。国際金融機関というのはさまざまな情報提供、情報交換の場でもあって、エコノミストをはじめ、政治アナリストや、都市計画・環境・人口問題の専門家など社会科学者の集まりなのです。それで、しょっちゅう様々なレポートを出さなければいけないんですが、経済問題だけでなく、政治的リスクもあるわけだから、政治問題についても書く必要がある。当然、言論統制にひっかかる恐れがあります。また、国際金融機関は、タイミングよく国際シンポジウムなどを開催する必要がありますが、そもそも、中国では、大規模な国際会議は、共産党の許可がなければ開催することすらできないはずです。 中国のような厳しい言論統制が行われている国では、社会科学者という存在自体、ほとんどジョークのようなものです。所在地がもう北京で決まったように言われているけれど、それじゃダメだ、せめて香港にしろということです。 それから、融資基準も信用基準を厳しくする、あるいは環境基準とかも厳しくする必要があります。馬渕 AIIBは、金立群という元ADB副総裁だった人が総裁になるともう決まっているようですが、初めから総裁が決まっている国際機関なんかあり得ませんよ。ADBをつくったときには日本が最大の出資国だから日本から総裁を出すということはあっても、最初から総裁を決めて引っ張って行くというのは相当強引なやり方ですね。山下 先ほど、ADBとAIIBが協調融資を図る可能性はないと馬渕さんはおっしゃいましたけれども、ADBが決めた案件にAIIBが下に入って資金を出すことはあり得ます。ADBとしては大口の資金の出し手が一人増えるということだから、それはあるかもしれない。しかし、融資基準が違うので、逆はあり得ない。馬渕 本部所在地を中国国内に置くべきではないというのは非常に重要なことで、国際機関に中国的発想はなじまないということを別の観点から言えばそういうことになる。要するに国際機関の本部と共産党独裁政権とは相容れないということです。 それから本来、こういうことは根回しの段階から参加国が集まって議論すべきなんですが、中国主導であれこれ決めて、それに対して日本の新聞がああでもない、こうでもないと書き立てているのは国際機関をつくるときのやり方としては異常です。 金融問題から離れて言えば、これはうまくいってもいかなくても、習近平政権にとってはマイナスでしょう。もしもうまくいったら、国際的な民主的な国際秩序に中国も従わざるを得なくなる。うまくいかなかったら、大々的に打ち上げたにもかかわらず失敗したことで責任を問われる。だから習近平としてはもう進むもならず、退くもならずで、なんとか日本に入ってもらって発足にこぎつけたいという気持ちになっているんじゃないか。だから日本がじっくり待っていれば、向こうのほうからどんどん敷居を下げてくる可能性はあります。山下 日本の強みは、この20年間、世界最大の純債権国だという実績があることです。これに「公正性」という理念を加え、公平で、債権者のロジックが貫かれた国際金融システム作りに尽力すべきです。国際通貨・金融システムの再構築に最も資格を有するのはわが国であって、アメリカには、その資格はまったくない。 IMFでも、中東でも、ウクライナでも、アメリカが世界中でやっていることはすべてアンフェアです。だからうまくいかない。アメリカの政策というのはほとんど失敗の連続じゃありませんか。成功したのは、いつまでも完全な独立国にさせないという対日政策だけです。これは、アメリカにとっては成功ですが、日本にとっては失敗です。 だから日本は全面的にフェアネスの理念を打ち出して、いかなる国にも拒否権を与えず、IMFも世銀もADBも、GDP規模と純債権残高のウェイトを反映したシェアにする、そういう新たな体制をつくるべきなのです。そうすれば世界最大の債務国であるアメリカの力はずっと弱まる。ただ、そうすると第一次大戦後のヴェルサイユ講和会議の国際連盟規約検討委員会で日本が人種差別撤廃を提案したときみたいに、アメリカが徹底的に潰しにかかるかもしれないけれど。馬渕 アメリカだけでなく、中国もフェアじゃない。それが大問題なんです。日本はもともと国柄も思想もフェアだったから、覇権主義とは無縁だった。山下 「八紘一宇」も決して覇権をめざしたものではなかったし。対米配慮という“妖怪”山下 返す返すも残念なのは、当時のマレーシア首相のマハティールが1990年に打ち出したEAEG(東アジア経済グループ)構想に日本が乗らなかったことです。これは日本の国家的痛恨事と言っていい。これもアメリカが反対したから、日本が参加できず、成立しなかった。国連で演説するマハティール元マレーシア首相(2003年) しかし、あのときもしマハティールのアジア地域統合構想に乗って、それがある程度うまくいっていたら、こんなことにはなっていなかったのではないか。日本と中国や韓国との関係も相当変わっていたでしょう。中国が単独でAIIB構想を出してついてこいなんていうこともなかっただろうし、日本と中国主導でアジア版IMFもとっくの昔にできていますよ。この時点から、日本がアメリカとの距離を取る方向へ政策変更し、アジアの地域統合にリーダーシップを発揮していたなら、わが国と近隣諸国との関係は、現在とは大きく異なるものとなった可能性がある。 フランスとは積年の敵同士だったドイツが、なぜ近隣諸国とうまくいっているのか。ドイツとフランスは伝統的に中国と日本より遥かに仲が悪くて、戦争ばかりしていたけれど、いまうまくいっているのは、一九七八年頃、ドイツがアメリカ離れを遂げ、自らが犠牲を払ってでも地域統合に身を投じたからです。馬渕 EAEGのときは、当時の米国務長官のジェイムズ・ベイカーに圧力をかけられて、日本はどうしようもなかった。山下 いや、日本はみんなが良いアイデアだと思ったんです。日本から地域統合を言い出すと、また「大東亜共栄圏」だの「八紘一宇」だのと内外から言われるけれど、マレーシアのほうから言ってきてくれたのですから。だけど、アメリカとあんなに敵対するマハティールに対して日本人はアンビバレントな感情を持ってしまっていたのです。しかし、結局アメリカが間違っていたことがはっきりした。マハティールは日本に対して本当に失望したでしょうね。馬渕 マハティールはIMFと喧嘩するぐらいの人でしたからね。でも、マハティールが正しかったことは、いまではIMFも認めている。山下 「マハティール=ソロス論争」というのがありましたね。馬渕 ああ、ありました。97年のIMFと世界銀行の年次総会で、マハティールが「アジア通貨危機は実物取引を伴わない投機的な為替取引が原因だ」と言って、ジョージ・ソロスたち国際投資家を不道徳で非生産的だと非難した。ソロスが反論して、マハティールをさんざんにこきおろしました。あのときは世論もソロスの側についていましたね。だけど、マレーシア経済だけが危機を脱したために見かたが変わった。山下 いまソロスが言っていることは、あのときマハティールが主張していたことと変わらない(笑)。 日本が単独で援助できることが、あの当時はたくさんあった。インドネシアも、韓国も日本に援助を求めてきたんだけれど、アメリカが嫉妬するというのでIMFと協議するということになった。韓国の場合、東京で会議を開き、IMFの人間も含め出席者のほとんどが日本人でした。日本にとっては常にアメリカがネックになっている。ここぞというときに、「対米配慮」という名の“妖怪”が永田町・霞が関・丸の内を徘徊するわけです。そのたびに、わが国はこれまで何回も国を誤っている。馬渕 戦後レジームからの脱却とは、実質的にアメリカに首根っこを押さえつけられている状況を少しずつ改革していくということです。それは軍事・防衛だけではない。経済・金融の問題も大きい。 中国がAIIB設立を提唱したことにメリットがあるとすれば、現行のIMF・世銀体制の問題点を国際世論に訴える一つの契機になることでしょう。日本が新しい国際金融秩序を提唱するチャンスかもしれません。やました・えいじ 1947年東京生まれ。1970年、慶應義塾大学経済学部卒業。東京銀行に入行し、調査部・国際投資部・海外部などに勤務後、1988年、大阪市立大学に移籍。同大学大学院経済学研究科教授を経て、現在、名誉教授。(財)日本国際フォーラム(JFIR)政策委員、東アジア共同体評議会(CEAC)有識者議員、欧州大学研究院(EUI)ロベール・シューマン高等研究所客員教授、対外経済貿易大学(UIBE、中国・北京)アジア経済共同体研究院客員教授。主著に『ヨーロッパ通貨統合─その成り立ちとアジアへのレッスン』(勁草書房)、『国際通貨システムの体制転換─変動相場制批判再論』(東洋経済新報社)、『東アジア共同体を考える─ヨーロッパに学ぶ地域統合の可能性』(編著、ミネルヴァ書房)など。まぶち・むつお 1946年京都府生まれ。京都大学法学部3年在学中に外務公務員採用上級試験に合格し、68年外務省入省。71年研修先のイギリス・ケンブリッジ大学経済学部卒業。2000年駐キューバ大使、05年駐ウクライナ兼モルドバ大使を経て、08年11月外務省退官。同年防衛大学校教授に就任し、11年3月定年退職。現吉備国際大学客員教授。著書に、『いま本当に伝えたい感動的な「日本」の力』『国難の正体』(以上、総和社)、『日本の敵』(渡部昇一氏との共著、飛鳥新社)、『世界を操る支配者の正体』(講談社)などがある。

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    出版不況を象徴する「栗田出版販売民事再生」と講談社『G2』休刊

     7月6日の栗田出版販売「民事再生手続き」債権者説明会に行ってきた。まず驚いたのは債権者の数の多さ。1千人は超えていたと思う。1社1人に限定された債権者はほとんどが出版社だから、主な出版社が一堂に会したということなのだろう。倒産とはいっても民事再生手続きに入るということで栗田出版販売がなくなるわけではないのだが、手続きを始めた6月26日以前の取引の支払は全面停止となった。売れた本の出版社への支払いを全面停止したわけだから、打撃を受けた出版社も多いに違いない。私が経営している創出版の場合も、6月末入金予定のお金が26日に突然、支払停止と通告されて「え?」という感じだった。栗田出版販売の債権者説明会 今の出版界がどんなに大変かは、業界の人間なら誰もが肌身に感じて理解しているから、栗田出版販売に対しても同情の見方と、「再生がんばれ」という声が多いと思う。私もそういう心情だが、ただそうは言っても、取引額の大きかった出版社には相当な痛手だろう。弊社についていうと、ちょうど「マスコミ就職読本」委託精算の時期で通常の月より金額の多い入金予定だったので、せめてもう1カ月後にしてほしかった、などとも思った(笑)。 企業が倒産した時の債権者の集会では、よく怒声が飛び交うといった話も聞くのだが、取次の場合は債権者が出版社だからだろう。会場につめかけた人たちはメモをとりながら淡々と説明を聞いていた。栗田出版販売は社長以下、役員も出席し、何度もお詫びし、頭を下げていた。確かに同社の場合は、仕入れの仕方など改善すべき点はあったのだろうが、戦後一貫して右肩上がりだった出版界では、いささかアバウトで牧歌的なやり方でもやっていけた時代が続いた。どんな経済不況に直面しても出版の売り上げは一貫して伸びていたという日本の出版をめぐる良き時代が終わりを告げてしまったということだろう。 この何年か、出版市場は予想を超えるペースで縮小している。特に雑誌市場はこの10年余で市場が約半分になるというものすごい状況だ。一部の雑誌を除いてはコミック誌も含めて大半の雑誌が赤字で、それを書籍化の利益げでカバーしているのが実情だ。ただ雑誌連載を書籍化してヒットが出るというのはほとんど小説やコミックで、ノンフィクションやジャーナリズム系はなかなかそうはいかない。 そういう状況を象徴するのが、この6月の講談社のノンフィクション誌『G2』の休刊だ。講談社が『月刊現代』を休刊させた2008年、このままではノンフィクションがジャンルごと死滅すると危機感が広がり、講談社はその後継誌として『G2』を創刊したのだが、それも赤字に耐えられず、ついに休刊となったわけだ。印象的だったのは、6月19日に開かれた大宅壮一ノンフィクション賞受賞式で、今回受賞した安田浩一さんが挨拶の中で、受賞作を掲載した『G2』が今月で休刊という話を披露したことだ。大宅賞を受賞した作品を載せていた雑誌が、その受賞式の時期に休刊というのは、ノンフィクション界の厳しい現状を象徴する出来事だ。大宅賞受賞式で挨拶する安田浩一さん それに輪をかけて、その『G2』休刊の話題を新聞が当初取り上げず、話題にもならなかったことに、私などは余計寂しい気持ちになったものだが、さすがにここへきて全国紙が相次いで『G2』休刊とノンフィクションの危機について次々と記事を掲載している。ノンフィクションは、金と労力がかかるのにそれほど売れないという典型的なジャンルで、苦境に立たされた大手出版社が2008~2009年に次々と月刊総合誌を休刊させた。その結果、作品の発表媒体がなくなったために、ノンフィクションを書いてきたライターが生活できなくなって、廃業が相次いでいる。 私も大きな事件の裁判傍聴などに足を運ぶ機会があるが、昔は佐木隆三さんや吉岡忍さんらノンフィクションに携わるライターとよく現場で顔を合わせた。狭山事件など大きな冤罪事件などでは何人ものライターが競うようにして取材にかかっていたものだ。ところが最近は、大きな事件の裁判傍聴や現場に行っても、事件を何年も追い続けているライターの姿をほとんど見かけない。ひとつの事件を何年もコツコツと追いかけるといった仕事をやっていては、確実に生活が破綻し廃業に追い込まれるからだ。 こういう状況が続けば、事件を記録し、後世に残すというノンフィクションの機能そのものが停止してしまう。だから『G2』という雑誌の休刊は、雑誌1誌の問題にとどまらず、講談社がノンフィクションというジャンルへの関わりを今後どう考えようとしているのか、という問題を提起している。雑誌休刊は、同社の取り組みが後退しているのではないか、という印象を与えたという意味で残念なことだ。 ちなみに私が月刊『創』を出し続けているのは、『月刊現代』休刊の時の議論などに関わり、次々と大手出版社が総合誌を廃刊していくのに対して、その流れに同調したくないと思ったからだ。『G2』も赤字で大変だったろうとは思うが、講談社全体の儲けを考えれば続けられないことはなかったはずだ。例えばテレビ局の場合も、金のかかる割に視聴率の稼げない報道番組を、バラエティ番組の稼ぐ利益で補うという構造になっているはずだ。 雑誌をやめてしまうと、長期的に書き手を始めノンフィクションの土壌を作り上げていくという営為がストップしてしまうことになる。そのあたりを講談社の上層部はいったいどう考えているのか。次に社長に会う機会があったら、ぜひ訊いてみたいと思っている。(『Yahoo!ニュース個人』2015年7月8日分を転載)

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    中国バブル崩壊はマジでヤバい

    中国株暴落が習近平政権を大きく揺さぶっている。中国の株式市場では、当局のなりふり構わぬ底支え策を尻目に投資家が売りを浴びせ、一時8%以上値を下げるなど時価総額400兆円超が吹き飛んだ。日本市場への影響はさらに広がるのか。中国バブル崩壊はマジでヤバい!

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    “苦境”中国株 生かせなかった日本株バブルの教訓

    山崎元(経済評論家) 遠くのギリシャより、近くの中国。上海総合指数が1カ月で約3割も暴落した中国の株価の行方が気になる。そう思っていたら、「中国の証券当局である証券監督管理委員会は4日、大手証券21社に対して、上場投資信託(ETF)への総額1200億元(約2兆4000億円)の投資を実行に移すよう求めた」というニュースが入ってきた。 1年間で約2・5倍に膨れあがってから暴落を始めた中国に対して、たった2・4兆円の買い支えは、多分「焼け石に水」であろうが、どのくらいの規模と勢いのバブル崩壊なのかを見る上で、今後の推移を注目したい。バブル景気真っ只中の東京証券取引所の場立ち=1988年6月10日 上海総合指数の株価推移を眺めると、1989年末に最高値を付けて暴落した日本のバブルの株価推移によく似た格好をしている。日本の場合も、92年の宮沢喜一内閣で公的年金資金を株価の買い支えに使うことを決めた。 今回の中国株バブル(「バブル」と呼んでもいいと思う)は、かつての日本株のバブルと崩壊の流れを早回しで見ているようだ。 株価に対して「即効性」のある対策は、株式を買うことか、又は売ることを制限する「需給対策」だ。需給型の株価対策は株価を一時的に上げるだけ。企業の実態が変わらず株式の価値自体が上がるわけではないので、一過性の効果しか持たないと考えるのが定石。しかし、需給型の株価対策以外にすぐに効く対策が無いので、時の為政者は需給型の対策の誘惑にかられやすい。 そこで焦って買いを入れると、そのこと自体が株価の割高に危機感を抱いている証拠だと足元を見られてしまう。 数年にわたって行われた日本の「公的資金の買い」は、買っている間だけ株価の支えとなり、買い終わると株価が下がることの繰り返しで、目端の利く市場参加者の食い物にされて、年金積立金に高値で買った株を積み上げる散々な結果に終わった。 今や大国を気取る中国政府が、没落した「ジャパン・アズ・ナンバーワン」の国の教訓を生かせないとは情けない話だが、「たまらなかった」のだろう。お気の毒なことだ。 中国の場合、バブル崩壊時の日本ほど市場の国際化が進んでいない。「公的資金の買い」の裏をかいて儲けた「外国人投資家」のような参加者層が薄いことや、経済を力ずくででも管理する意思を有する政府の下にあるので、あるいは、株価対策はかつての日本の場合よりも効果を発揮するかもしれない。 しかし、「需給対策によって上がった株価は信用できない」というのが、株式投資の大原則だ。 日本の教訓をもう一つ。株価下落の後には、少々遅れて不動産価格の下落がやって来るはずだ。中国経済の成長鈍化のペースは案外速いのかもしれない。注意しておこう。

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    中国バブルは崩壊したのか

    小幡績(慶應義塾大学ビジネススクール准教授) ギリシャ問題という実は世界経済にとっては全く重要でない問題にメディアが注目している間に、上海ではバブルの崩壊が始まっていた。ピークから30%以上の下落となり、気づいたときには、日本株は7月8日に大暴落をし、7月9日は、朝方の大暴落の後、大幅上昇となり、プラスとなったものの、異常な乱高下は、今後も混乱が続くことを示唆している。 この中国株の暴落が、バブル崩壊の第二ステージであるのか、最終章となるかは、今後の動き次第である。しかし、この1年で2倍半になったのだから、バブル崩壊が始まったとすれば、30%の下落で終わるはずがない。 暴落がバブルかどうかは、判断が分かれることが多いが、今回の中国株の上昇はバブルであることは間違いがなく、異論はないだろう。なぜなら、個人の信用取引によって急騰し、また不動産からの逃避資金がなだれ込んだこともあり、明らかな流動性相場、つまり、買いが増えたから上がったことは明らかであり、買うから上がる、上がるから買う、上がるという期待が現実の上昇で裏付けられる、だから、さらに期待が膨らみ、さらに信用を増やして買う。こういう循環であるから、明らかなバブルだ。 問題は、ここで一気に暴落してしまうのか、暴落するとすればどこまで下がるのか、反転する底はどの水準なのか、ということと、このバブル崩壊は、どのような影響を世界に与えるか、ということだ。 暴落の今後については、当局があからさまな株価防衛策を取ってきた、というのは、日本の経験からすると、さらに売り方がバブル崩壊で儲けるチャンスを増やすだけだが、中国の場合は、当局の個人投資家に対する力が圧倒的に強く、国際的な投資家が空売りを仕掛けにくいこともあり、一時的には効果を発揮する可能性がある。実際に、7月9日の動きはそうであり、上海株価指数は、下落の後、大きく反発した。 しかし、動かしがたい真理は、バブルにおいて買った投資家は、永久に持ち続けることはなく、一旦悲観論が相場に広がれば、今売らなくても、次ぎにチャンスが来たら売ろうとすることだ。恐怖にまで昇華した悲観が消えることはない。 したがって、一時的な株価反転があっても、それは次の売りを呼び込むだけであり、結局は、暴騰が始まった水準までは落ちていくことになる。 中国政府があらゆる手段を講じて株価対策を行ったのは、現状では、全く効果を発揮していないように見え、意味がないとか、さらに、むしろ逆効果だから、しない方がいい、などという有識者がいるが、それは大きな間違いだ。暴落においては、株価はオーバーシュートし、必要以上に下がる。政策には、これを止める効果はあり、その政策は、オーバーシュートが始まってからでは遅いので、何があっても、やれることはすぐにやった方がいいからだ。中国安徽省の証券会社で株価の動きを見る個人投資家=7日(共同) ただし、これで止まったと思うのは早計で、結局、個人投資家の売り場を作ることには変わりがなく、現在、取引停止銘柄が多いことから、これらの売りが出てくれば、今後、まだまだ下がる可能性はあると思う。あるいは、見かけ上の上海株価指数が下げ止まっても、市場のセンチメントや実態は、もっと下がっている、ということになるだろう。 一方、このバブル崩壊が、世界にどのような影響を与えるかは、長期にわたって、大きな影響を与えると思う。少なくとも、ギリシャの経済破綻よりは圧倒的に影響が大きいことは確実だが(ギリシャの世界への影響はほぼゼロであるから)、日本株もこれにつれて下落あるいは停滞が続くだろう。7月9日は、上海の戻りを受けて、急反発したが、この乱高下はむしろ、センチメントが過敏になっていることを示しており、今後も、乱高下が続き、不安定となるだろう。 ただし、今後も、中国株バブル崩壊は日本株式には直接は影響を与えない。世界同時株安と言われるような、株価の暴落伝染メカニズムは、今回は働かないはずだ。 なぜなら、中国国内の個人投資家が中心になって作ったバブルは、崩壊しても、中国個人投資家の損失に留まる。この株式バブルが中国不動産バブルから資金の移動により作られたことでも明らかなように、中国国内の問題なのだ。世界同時株安のメカニズムは、世界的な機関投資家が世界中に投資していることによる。つまり、同じ投資家が世界中に投資しているので、その投資家が一つの国で大きな損失を被れば、それをカバーするように他の国の市場でも売りが大量に発生し、下落が始まる。また、同じ投資家だから、そして、その投資家同士は非常に似ているから、センチメントは、全員が悲観に傾く。この悲観が伝染するので、すべての株価が下落するのだ。 しかし、中国の株式市場は、隔離させており、海外投資家が売り浴びせるのは難しく、また、中国の個人投資家は、中国株に集中投資している。だから伝染しないのだ。 それでも、日本株は警戒する必要がある。理由は5つだ。 第一に、ギリシャ経済崩壊とタイミングが重なった。これにより原油も再び大きく下げている。世界全体のリスクテイクセンチメントが低下し、世界全体の株が下がる可能性がある。第二に、日本株は急激に上がりすぎた、ということだ。今年の上昇は、中国株、欧州株が急騰を見せた。そこへ、日本が遅れて、再度上昇した。そして、中国、欧州は崩れた。となると、バブルが崩れるのは日本の番だ、ということになる。米国株は、今年は上がっていない。大きく上がった分、日本株は下落幅が大きくなる可能性が高いということだ。第三には、ギリシャ、上海が長引けば、米国FEDの金利引き上げと重なる可能性が出てくることだ。しかも、このイベントおよび6月の雇用統計で9月利上げが遠のいた、などと願望による楽観ムードがまた出てきたのが危険だ。FEDが淡々と上げたときには、ショックが生じる可能性がある。ただ、FEDもギリシャ問題は考慮することになるが、ギリシャが長引けば、あまり待ち続けることもできないので、年内利上げがなくなることはないと思われるので、どこかでは上がるので、ショックの大きさは、タイミング次第だが、必ずその場面は来る。 第四には、中国は個人投資家は信用で傷つくが、同時に、中国企業も、自社のバランスシートを使って投資していると見込まれ、この影響は大きく、後を引くと思われる。 そして、この事実が、第五の理由の影響を大きくする。つまり、中国の実体経済自体が大きく停滞する可能性が非常に高くなることだ。見かけ上は、7%成長行くかどうか、という議論で、要は5%以上は成長しているのだから、スピードはともかく、成長していることは間違いなく、それほど深刻に受け止めない向きもあるが、これは危険だ。成長ステージにある経済においては、スピードは重要で、成長スピードの原則は、経済を混乱に陥れる可能性がある。なぜなら、企業も経済システムも、政府の制度も、高い成長率を前提に回っているからで、減速しただけで、自転車が転倒するように、持続できなくなる可能性がある。 すでにその危険性が高まっている中で、株価が暴落となれば、個人消費は大ダメージで、企業までもが、財務的に毀損するとなれば、中国実体経済は停滞し、日本への影響も大きいだろう。 したがって、金融的な危機の伝染、バブル崩壊の連鎖自体は、心配することはないが、王道の実体経済原則による、景気停滞のリスクに対して準備する必要がある。 これが、上海株の本当のリスクだ。

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    窮地の中国に誰がファイナンスするのか

     現象面から見るいまの中国市場の混乱は、多くの経済メディアが盛んに書き立てている通り大変な状況に陥っており、株式市場を通じての銘柄そのものの売買停止や、報告が義務付けられている上場銘柄の株式の大量保有者に半年間の売却を禁じるなど、市場の混乱を抑えようと当局が躍起になっている姿ばかりが見受けられます。 まがりなりにも90年代から中国経済と係わり合いを持ってきた身としては、いつか中国がこのような問題をやらかすだろうとは思いつつも、中国共産党の懐の深さ、人材の豊富さが中国の金融政策のダイナミズムをうまく制御しているように見えてもいました。いわば「共産党員が資本主義を操縦している」にもかかわらず、そのお手並みは実に見事であって、シャドーバンキングが表面化し始めた2004年や、流行病であったSARS禍、リーマン・ショックといった事変の後の速やかな立ち直りはむしろ驚嘆に値するほど素晴らしい手腕であると感じられました。 私事ながら、私自身は2006年から07年までに、中国上海、深センでの事業の将来性に不安を感じ、大幅に規模を縮小しました。わずかに残した不動産を残余の不動産管理の部門を現地にいる法人との合弁会社に移管し、また英蘭系の金融会社経由でわずかな取引を残すのみの状態です。 中国市場から撤収した動機は単純に他の新興国への投資のほうが利幅が多く稼げるからであって、いまなお中国で頑張っておられる日本系企業ほか中国にとっての外資系企業は中国国内市場の大きさに魅力を感じていたり、中国市場も睨みつつ中間財を扱い、アメリカやオーストラリア、南米、EUといった消費地に輸出する事業に従事されています。我が国の貿易相手国としての中国の役割が大きいという直接の意味のほかに、これらの外-外、つまり日本資本下にある中国現地法人からその他市場への輸出による儲けが日本の経常収支のそれなりの部分を支えているということは良く踏まえておく必要はあるでしょう。つまり、中国経済の変調は、ただちに日本経済の行く末にも大きな悪い影響を及ぼす可能性が高く、また回避不能であるということです。 私達のように、事業性よりも市場の成長性といった相場を見て中国経済を判断している業種からしますと中国本土にある銀行にお金を預けること自体がリスクを孕みます。まず中国の銀行運営は仮に外資系であったとしても信用できない場合があり、中国の政策如何で突然海外送金が禁止されてしまったり、ファンドや法人に対する税制が変更になるリスクを拭い去れません。 日本人の中国経済に関わる知恵として、日本人だけでファンドを組まず、必ずアメリカ人やドイツ人、ロシア人とご一緒するであるとか、投資の元金になる口座は必ず香港に置いておいて、中国投資をする場合にはこれを担保にして中国本土の銀行から金を借り、いつ政策がおかしくなっても香港と本土の銀行間での取引上の問題になるよう仕組みを構築するとかいう技巧が求められます。つまり、理不尽に資金を凍結されたときに、政策上の問題で資産が不当に拘束されたのは中国当局のせいだ、といつでも言える体制にしておくことで資産を保全することができるということです。 逆に言えば、日本の外務省は中国政府なみに信用できません。中国本土で理由なく資本が差し押さえられたので現地の領事館に泣きついたところで日本の役所は何もしてくれない、何もできないことがほとんどです。結局は、現地で中国人弁護士を立て、不利な司法で戦い抜いて、稀にしか勝てない裁判を経るしか方法がありません。それならば、より中国政府や金融当局、地方政府に強硬な態度をとることのできる米独露といったコワモテでちゃんと対応してくれるような人たちをバックにつけない限りいつでも酷い取引を押し付けられることになるからです。 そういう不利でどうしようもない市場である中国に何故投資をするのかといえば、そのリスクを承知で踏み込んでいってもなお儲かる可能性があるからです。国際金融をある程度やっている人には当たり前のことですが、新興国に対する投資は、野蛮な政府、不可解なことをやる当局、無能な現地法人といった幾つもの障害がある以上に利益率が良いと見込んで投資するのです。ベトナムもラオスもミャンマーもカンボジアも、いまでこそそこそこ日本人を見るようになりましたが、参入した当初は見た目のインフラが整わない以上に常識も理屈も通じない現地政府の人たちとの接触を繰り返して、相互理解し、お互いきちんと儲けてしっかり発展しようと握手をし、酒を飲み交わしてようやく前に進む話ばかりです。日本でこんなビジネスをしたら単純に贈賄以外の何者でもないことでも、投資をするからには現地の人たちのやり方を知り、愛されなければならないということです。 これは新興国を笑う話ではなくて、かつての日本だって戦後初期はそうだったということです。田中角栄さんや自民党の55年体制といったいろんな仕組みがありましたが、経済成長というのはどこもだいたい似たような経路を踏むものです。 今回の中国の場合は、そういう途上国、新興国経済特有の、地域のボス、政府の権力者が振り回す経済から、徐々に発展を遂げて、世界貿易体制の一角としての中国、世界金融市場での存在感を大きく示す中国となったわけです。要は、もう新興国のようなボス政治で金を包めば利権を分け合える社会から脱却しなければなりません。しかしながら、いまの習近平国家主席が目指している反腐敗運動は過渡期であり将来の中国に絶対に必要なこととはいえ、豊かになると共に多くの蓄財をした中国共産党の要職にいた先人を見たいまの担当者が「俺だってああいう風に儲けたい」と思うのが人情です。中国は2012年ごろから不動産バブルの崩壊ともいえる地方都市での開発計画の失敗が繰り返され、値上がりする不動産を担保にして金を借りて投資を膨らませていくことでリッチになる道が閉ざされてしまいました。 不動産価格の低迷が実体経済の成長を押し下げる傾向を強めると、証券市場の盛り上がりで代替しようとするのは日本も同じ轍を踏みました。このあたりは、日本も中国もブラジルもあまり変わりません。課題は均衡な発展、富の再分配機能をいかに働かせるかであって、ここに中国はあまり気を払うことはありませんでした。 結果として、中国国民のみに解放されているA株に公的資金が注ぎ込まれますが、国民のみに押し込まれてもインデックス投資は外資系資本が現地法人を作って運用する分には開放されておりますので、結果的には外資系資本が入ってくるうちは値段は上がりますし、直接売買のできるB株やレッドチップ、各種商品先物も連動して価格が上昇することでその実態はともかく収益性は担保できるようになり、中国経済の成長率をやや底上げすることになります。市場参加者がドン引きする当局の泡食った対応市場参加者がドン引きする当局の泡食った対応 相場も循環するものであり、2013年水準からすれば暴落したとされる2015年6月下旬の平均株価でさえインデックス的には三割以上高くなっています。投資家としては、数年上昇水準にあったのだから、高値警戒から大幅な調整が入ることぐらいは普通にある話です。小さいとはいえ鉄鉱石やレアメタル相場もすでに下落リスクに晒されていましたから、中国株が下落したという話を聞いて、私どもとしても「ああ、調整局面に入るのだな」ぐらいにしか思っていませんでした。 しかしながら、中国当局はかなり踏み込んだ対策を始めました。上場している銘柄や商品先物などで取引が停止された銘柄は一説には全体の4割強を占める1,545銘柄にのぼり、売買水準も標準的な売買高から2割程度にまで減少。さらには、大量保有者の売買制限、空売り規制に中国系証券会社に対する2兆元もの買い指令、時間を限定した公的資金での買い取りの示唆など、脊髄反射のように打ち出す施策がすべて公平な市場、換金性の高い相場という観点からすると180度反対のものばかりで市場参加者としてはドン引きです。 確かに焦りはあるのでしょう。アジア通貨危機を中国発で起こしてはならないという危惧もあるでしょうし、かつてはマレーシアのマハティール元首相のように暴力的で投機的なヘッジファンドとの戦いの話もあるかもしれません。ただ、投資家としては仮に今回バブル崩壊的な価格下落を当局が恐れ、社会不安にならないようにしたいと願って行った施策だと性善的に考えたとしても、取引が停止になるようなところに投資家が金を突っ込むことはしません。というのも、価格が下落して損をするのは受け入れることはできても、市場が閉まって価格がつかないのでは引き揚げたくても投入した金額が全損になって新規の投資に資金を振り分けることができなくなるからです。 本当に暴落して80%損を出したとしても、20%を現金化して底値でもっと有望で価格が反転する銘柄を選別して再投資をするファンドはたくさんあります。押し目買いや、成長が期待できる割安銘柄の落ち穂拾いこそ新興国投資の王道であって、現物と信用取引の比率を調整しながら最善のポートフォリオを組もうと考えるまともな投資家ほど公平で安全な市場を求めるのは当然のことなのです。ここでいう安全というのは、下落しない市場という意味ではありません。換金性や流動性のある市場ということです。 こういう政策を中国当局がやるのだ、と分かってしまうと、中国市場に対する信頼は地に堕ちざるを得ません。たとえ、価格統制をしなければ社会不安を呼び中国経済全体に対する不信感を抱かれてしまうのでどうにか回避したいという気持ちであったとしても、です。投資家としては市場がちゃんと開いていてくれて初めて相場なのであって、当局の考えや心理で市場が開いたり閉じたりするのでは怖くて金を突っ込めませんし、信用取引などもっての外です。 中国市場については、テクニカルな部分で言いたいことはたくさんあるのですが、見通しとしては通貨さえも持っていたくない状態じゃないかと思います。少なくとも、中国国内で事業をやっているいないにかかわらず、現金預金は香港やマカオ、シンガポールといった別の国の口座で管理するでしょうし、ファンドはなおのこと中国への直接投資を見送ることになります。なんてったって、怖いですから。そういうリスクをとってでも欲しい銘柄を物色するにしても、それは真の意味で中国国内市場で独占的で、海外に出ても競争力があるようなぴかぴかの銘柄だけ、凄く割安だと思うものを選別して突っ込むことになるでしょう。しかし、そういう銘柄ほど今回は取引停止になってしまっています。それはもう、見事に有望な銘柄や国際競争力のあるところだけが停止になっているので、やはり中国当局は良く分かってるなと感じるところではあるんですが、しかし売買停止になってしまっていると彼ら自身が海外での取引をキャンセルされてしまい、調達面でリスクを抱えることになります。本当の意味で、ギリギリの調整を求められることでしょう。 このような情勢になると、通貨バスケットであるSDRに中国元を加える話も、AIIBのようなアジア全体を利権の対象にするような開発投資の枠組みもペースダウンせざるを得ません。同様に、民間ではアリババ集団その他中国市場とアメリカなどで平行上場している企業は下手をすると懲罰的制裁を受けて上場取り消しになる可能性すらあるかもしれません。企業が悪いわけではないのに。 相場を見る側としては、このぐらいの調整で泡を食ったような対応を中国当局がやった、ということそのものがサプライズでありました。何かするにしても、もっと堅実な打ち手を考えたんじゃないかと思いますし、世界経済に対しても間違いなく大きなマイナスのインパクトを与えます。そして、何より経済再建途上であった日本も大きなブレーキ局面になることは間違いないでしょう。今年の3Q(10月期から12月期)は大幅なマイナスに転じてせっかくアベノミクスで増えた税収も元通り以下に陥ることだって容易に想像できます。 これはもう、どうしようもありません。中国共産党が解体になって中国国内が内戦でも始まってまた軍閥が割拠するような停滞した中国にならないよう願うのみです。そういう危機感を強く持って日本は中国との外交に臨まなければならないでしょうし、中国で大規模な暴動が起きて日本人の生命や財産に危機が生じたときには速やかに対応できるような措置が取れる準備を考えておく必要さえもあるでしょう。 悪いシナリオばかりが頭をよぎりますが、中国国内で収拾のめどが立つことが絶対にない市場の混乱において、最大の味方は本来は投資家の押し目買い、落ち穂拾いです。彼らは善意で突っ込むのではなく、儲かるからお金を出すのです。そういうファイナンスが中国に舞い込むようにするために、一刻も早く信頼回復できる施策を取ってもらうほか方法はないので、日本人としてもパニックになることなく中国とどう向き合うか考えるべきなんじゃないかと強く思う次第です。

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    これから中国で地獄が始まる

     いつ弾けるのかと言われていた中国市場でついにバブルが崩壊した。このような場合必ずと言ってよいほど出てくるのは『私の損は誰かの得』という主張であり、これがよくある陰謀論の温床となっている部分がある。実は経済は『非ゼロサム』であり、自分が損をしたからといって誰かが得をしたのではないのだ。では、その金がどこに消えたのか?という疑問に突き当たるわけであるが、バブル(泡)という名の通り、一瞬にして消えてしまうのである。 これを理解するには『信用創造』というものを理解する必要がある。例えば、100万円の土地を持っている人がいるとしよう。この人が土地を担保に銀行から80万円(8掛け担保)を借り入れ、それを証拠金として入れて10倍の信用取引していたとする。 これを計算すると100万円が、100万+800万(80万×10倍)ということになり、100万円のお金が900万円に膨れ上がっていることになる。現金取引も証拠金取引も市場から見れば同じお金なのである。 しかし、これが下落に転じた場合、この逆転現象が起きる。特に信用取引などのレバレッジマネーでは、これが顕著になる。現金取引であれば、損が出たとしてもその投資額だけで済むが、信用取引では、損も信用倍率により増加するのである。 これを先の例に合わせると、10倍の取引では10%株価が落ちれば80万円の証拠金がなくなってしまう。この場合、不足分を『追証』として補うか、精算するしかなくなるわけだ。この場合、市場からは一気に800万円の価値が消えることになる。 そして、この80万円を返せなければ、担保にしていた不動産の売却を迫られることになる。そして、損を出した人が増えれば増えるほど、不動産価格が下落する。買い手がいない市場では、価格は落ちるしかないのである。そして、不動産価格の下落は他の不動産所有者にも影響を与える。例えば、先ほどの100万円の不動産が50万円まで落ちれば、銀行にとっては担保評価割れになり、所有者は売却しても債務の返済ができないことを意味する。また、他の人がお金を借りる場合においても、不動産価格の下落は借入限度額の減少を招くわけである。  そして、これは負の連鎖を起こすのである。このような信用創造の逆転現象を『逆ミンスキー現象』と呼ぶのだ。実はサブプライム問題にはじまるリーマン・ショックの際もこれが起きたのである。当時、債券バブルにより世界の金融市場は真水のお金の60倍程度まで膨れ上がっていた。しかし、サブプライム問題とそれに伴う信用不安によりこれが半分程度まで落ちてしまったわけである。その結果、世界の市場で資金量が急激に縮小し、不動産、債権、株式のトリプル安になってしまったわけである。そして、この資金量不足に対処するために行った政策が量的緩和という通貨増刷政策であったといえる。1(真水のお金)×60(倍率)=60から、倍率が半分になったのであれば真水のお金を2倍にすれば、2(真水のお金)×30=60で市場の資金規模を維持できるという理屈である。 そして、この量的緩和により米国の市場は回復したのであった。  では、今中国で何が起きているのかということになる。中国は成長の鈍化が伝えられる中で、上海総合指数は昨年7月から2.5倍、年初から60%の急上昇をしていた。これは異常な水準であるといえる。では、この資金がどこから生まれたのかということになるわけだが、この原資の多くは不動産や債券市場から離脱した資金であると言われているのだ。  実は、中国都市部の不動産価格は逆ざや状況になっていた。つまり、平均借入金利よりも家賃利回りが低い状況になっていたのだ。つまり、賃貸用に不動産を購入すると保有しているだけで目減りしたり損失が出る構造だったのである。例えば、1000万円の不動産を買ったとする。これが月5万で貸せれば5万×12=60万、つまり表面利回り6%ということになる。同じ不動産の価格が2倍に上がれば金利は3%という計算になる。中国の平均的な調達金利は8%以上、そして都市部の平均利回りは2%前後。これでは投資したくてもできないわけである。 また昨年以降、実体経済の悪化に伴い債券市場やシャドーバンキングにも不透明感が強まっていた。中国の場合、多くの企業に地方政府や政府関係者が関わっているため、政治的に潰れない(潰させない)と思われていた。つまり、このような商品に投資することで安全に高い金利が得られると思われてきたわけである。しかし昨年以降、中国政府は債権のデフォルトを容認したため、債権が安全なものという幻想が失われたわけである。また、中国政府は地方政府が係わる債券等に関しては、低金利での借り換えを促進する政策をとり始めたのである。その結果、債券市場が魅力的な市場ではなくなってきていたのである。 そして、この問題の根底には中国の脆弱な年金社会保障制度と金融システムの問題があるのだ。中国は年金制度がないに等しく脆弱である。その為、個人は老後資金を自ら運用しなくてはいけない。そうしなければ老後が保証されないのである。そして、中国の預貯金はインフレ率から見た場合、常に逆ざや状態にあったのである。例えば、物価上昇率5%の際に、3%の定期預金をしていれば実質2%目減りする計算になる。このマイナス金利を避けるため、多くの国民が高金利の運用商品を探し、一種のファンドである理財商品や不動産、株式市場を渡り歩いていたのであった。中国江西省の証券会社で、株価の動きを見る個人投資家=3日(共同) そのような環境の中で、不動産市場も債券市場も金利を得られない状況になり、だぶついた資金が一極集中的に株式市場に投入されたものと思われる。だからこそ、中国の株式市場の参加者の80%以上が個人投資家という構造なのである。また、その結果、中国株式市場の時価総額は中国のGDP規模と同じレベルの10兆ドルを超える水準まで上がり、売買高も市場規模2倍以上のNY市場を大きく超える状況になったわけである。  しかし、企業業績の悪化が予測され配当の減少が予測される中で、このような状況をいつまでも保持できるわけではなく、この臨界点を超えたのが6月12日から始まる継続した下落であったといえる。中国株式は約3週間で3割以上下落した。額で言えば3兆ドル以上、GDPの3割が一気に失われたことを意味する。ギリシャの危機とこの状況をうけて、7月6日から中国政府の意向を受けた証券会社によって2.6兆円規模のPKO(プライス・キープ・オペレーション)が行われたが、株価下落を抑制することができず、現在のところ失敗に終わったと判断される。7月8日、株価の暴落を抑制するため、上場株式の半数以上を売買停止(売買が停止されている限り、株価が決まらないため損失が出ない)にしたが、これでも株価下落を抑えきれなかった。 また、中国の中央銀行は、株価下落の影響を受ける証券会社に対して、特別融資を行う(中央銀行が証券会社にお金を貸し出す)として、金融不安を抑える政策も同時進行で取りはじめている。この件に関しては、中央銀行による間接的な株価購入ではないかという国際社会からの批判も出ている。そして、上場企業の大口株主などに対して、6ヶ月間の売却禁止を命じた。これも売却量が減れば価格が下がらないという理屈である。 しかし、このような強権的な政策をとっても、市場のひずみを拡大するだけだけという意見もあり、これが外国人投資家の離脱を促進する部分もある。バブル崩壊リスクだけでなく、政治的リスクとして認識されているからなのだ。いつ、自らが保有する株式を売却できなくなるかわからないからなのである。そもそも共産主義の国であり、どこまで権利が守られるかも不透明なのである。 中国ではこれから地獄が始まるのであろう。

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    経済の掟に逆らって高度成長を続けようとした中国共産党

    上念司(経済評論家) まず勘違いしてはいけないことがある。今回の暴落によって中国の実体経済が悪くなるのではない。元々中国の実体経済は悪かった。それなのに、株が上がっていた。みんながおかしいと思ったが、みんなで渡れば怖くない(ハーディング効果)と中国の個人投資家はこぞって株を買った。しかも、借金をして手持ち資金の何倍ものポジションを構築した。株価が右肩上がりであり続けるなら、彼らは巨万の富が得られたであろう。しかし、そうはならなかった。 そもそも、中国の実体経済を表す経済指標を信用できない。かつて李克強はそのように語ったことがウィキリークスに暴露されている。アテにならない数字の中で、多少でも参考になるのは電力消費量、鉄道貨物輸送量、銀行融資残高の3つだ。いま中国の経済政策を仕切る李克強首相さまがそう言っていたのだからきっとそうだろう。 5月の鉄道貨物輸送量は前年比-11.5%で、もう17ヵ月連続で減少が続いている。電力消費量は前年比+1.8%だが、昨年の+3.8%に比べると、伸び率が大幅に鈍化している。そんな中で、年末から銀行融資だけが前年比+14.3%と伸びている。 物流が減って、電力消費も減っているのに、銀行融資が伸びているということは何を意味するだろうか?つまり、実体経済はどんどん停滞しているのに、お金だけが市場に出回っているということだ。 元々、中国の経済的な停滞は日本のようなお金不足(デフレ)によってもたらされたものではない。どの国でも、高度経済成長は余剰農民が都市部に出稼ぎに出てくることで生じた無限の労働力に支えられている。この点では日本も中国も変わらない。しかし、その無限の労働力の供給が途絶えるとき、高度経済成長は終わる。これを「ルイスの転換点」という。 1960年代後半に入ると、日本では余剰農民がいなくなりルイスの転換点を迎えたと言われている。中国においても、リーマンショックが発生した2008年以降、同じようにルイスの転換点を迎えたと見るのが一般的だ。 しかし、中国共産党はこの経済の掟に逆らって、高度経済成長を続けようとした。7%という経済成長率の目標は、低成長社会に向けての通過点だとしても依然として高すぎる。それでも、彼らがこの目標を下げられない理由は、しょうもないメンツの問題だ。 中国共産党は「抗日戦争」など全く戦っていない。旧日本軍と戦ったのは国民党の国民革命軍であり、共産党はゲリラとして山に籠り、仲間同士で殺し合いをしていただけだ。そもそも、大東亜戦争の終結は1945年であり、中華人民共和国の建国は1949年である。一体どうやって日本と戦争したのであろうか? もっと正確に言えば、毛沢東は共産党ゲリラが日本軍と交戦することを禁止し、交戦して戦力を消耗した隊長には懲罰を与えていた。ひたすら戦力を温存し、日本と国民党軍を戦わせて双方を消耗させようとしていたのだ。つまり、抗日戦争などと言うもの自体がファンタジーであり、日本帝国主義者から中国を解放したという話自体が大嘘なのだ。 中国共産党にはあの土地を統治する正当な権限はない。日本軍を武装解除したソ連軍から武器を強奪し、蒋介石を本土から追い出して打ち立てた軍閥政権なのである。 しかし、そんな共産党であっても、経済、軍事で連戦連勝(?)を続ける限り、人民は支持して我慢する。だから、高度経済成長は本来なら永久に続かなければならないし、南シナ海や東シナ海で日米海軍を蹴散らさなければならない。もちろん、そんなことは無理だ。 特に経済に関しては、習近平は「新常態」などという詭弁を使って、高度成長は無理だということを共産党の方針にしようとしている。何のことはない、景気が減速するから人民は我慢しろという話だ。中国海南省博鰲で行われた「博鰲アジアフォーラム」の会合に出席した中国の習近平国家主席=3月(共同) ところが、景気の悪い話はやはり人民のウケが悪かったようだ。新常態よりも、株のフィーバーの方が圧倒的に盛り上がった。相次ぐ利下げと、官製メディアを使った煽りに、個人投資家はすっかり騙されてしまった。「株を買う事はいいことだ!」と気が狂ったように官製メディアが煽れば、中国人民は「この株高は共産党公認か!」と思ったに違いない。誰もがリスクに鈍感になった。そして、できるだけ大きなポジションを張ろうと、借金をしてまで株を購入した。その総額は日本円で42兆円と言われている。さすがにやり過ぎだ。 その兆候は昨年秋ごろからあった。2000ポイントを割っていた上海総合指数が俄かに上昇を開始したとき、私は香港の投資銀行関係者にその理由を尋ねてみた。そのときは「香港と上海の間の資本取引規制が緩和された。同じ会社の株でも上海の方が安い銘柄が多いので資金が上海に流れ込んでいる。」という説明だった。 その後、上海総合指数は急速に上昇し、3700ポイントを超えてきたので、私は再度説明を求めてみた。最初は「年末年始の3回の金融緩和が効いている」と言っていたが、4000ポイントを超える頃に訊きなおすと、「MSCIインデックスに中国株が組み入れられるので…」と説明が変わっていた。しかし、真相は株を買うための借金の総額が増えていたという全く笑えない話だったのだ。 今回起きている暴落は借金をして行った信用取引の解消に伴うバブル崩壊である。信用取引の残高がある程度減るまでは株価の下落は続くだろう。中国人民のうち、株式投資をしている人口は9000万人とも2億人とも言われている。彼らはどちらかというと裕福な人々になるだろう。今回の大暴落で老後の資金が吹き飛んでしまった人や、あるいは全財産をなくしてしまった人もいるだろう。彼らは共産党政権に対して強烈な不満を持つことはまず間違いない。 そんなとき、共産党は何をするだろう。国民の不満を逸らすために反日カードを切る可能性はないだろうか?尖閣諸島周辺で揉め事を起こして、それによって愛国心を喚起したり、「今回の株価暴落の真犯人は日本の機関投資家だ!」といった陰謀論を吹聴したりする可能性はないだろうか?共産党の歴史を紐解けば、彼らが一党独裁を続けるためなら、殺人、拷問など朝飯前であることを忘れてはいけない。 日本への影響について考える際に、輸出が減るとか爆買いが手控えられるとかいった話は枝葉末節だ。経済的な影響はきっとあるだろうが、日銀やFRBが本気になればこの程度の経済危機は難なく乗り越えられる。そんなことよりも、周辺海域における安全保障や中国在住の日本人の安全を心配すべきだと思う。

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    習政権がハマった「信用取引」のワナ 外国人投資家が株価暴落の引き金に

    田村秀男(産経新聞特別記者) 中国・上海株の下落に歯止めがかかりそうにない。ギリシャのデフォルト(債務不履行)に伴う世界の市場波乱のせいではない。習近平政権が進めてきた株価引き上げ策が今や裏目に出て、株価を押し下げる罠にはまってしまった。罠とは信用取引である。 信用取引は、投資家が証券会社からカネを借りて株式投資する。人民銀行が利下げすると、証券会社の資金調達コストと投資家の借り入れコストが下がるので、たちまち信用取引が活発になる。証券会社は投資家への貸し出しによる金利収入が大きな収益源になるので、新規株式公開(IPO)や増資で自己資本を拡充し、貸出余力を大きくしてきた。 上海株式市場での信用取引による買い残高は6月中旬時点で29兆円以上、3兆円弱の東京証券取引所の約10倍である。時価総額では上海は東証よりも2割弱大きい程度だから、上海の信用取引の度合いの大きさは、ず抜けているとみていい。昨年11月初めから今年6月初旬までの間に、上海株価は約2倍、信用取引残高は3倍に膨れ上がった。 グラフは上海株価指数と信用取引による1日当たりの信用買いである。信用買いの膨張とともに株価が大きく上に振れ、縮小とともに下落する連動ぶりがよくわかる。中国人民銀行は昨年11月、今年3月、5月、そして先週末に利下げしたが、そのたびに信用取引がぐんと伸び、株価上昇に弾みがついてきた。 人民銀行の利下げは、信用取引を拡大させて株価を引き上げる。人民銀行は日銀のように政府から独立しているわけではなく、党中央の指令下にあるのだから、習国家主席が株高の号令をかけるだけで株価が上がる仕組みなのだ。香港ハンセン指数を示す株価ボード 前回の本コラムで触れたが、上海株価暴落の引き金を引いたのは、党中央によるもう一つの株価引き上げ策である。11月の利下げとほぼ同時期に実施した上海と香港の株式の相互取引による上海市場への外国人投資家の呼び込みだ。 香港市場を経由すれば外国人投資家が初めて中国政府の認可なしに上海株に投資できるようにした。ところが、外国投資ファンドは逃げ足が速く、バブルとみるや、いち早く売り逃げて、巨額の売買益を懐にした。 株価の急落が始まると、信用取引が急激に縮小し、株価の崩落が加速する。株価がピークに達した6月12日以来、6月末までに信用買い残高は3兆円近く減った。株価が暴落すると、値上がり益で借金返済する当てが外れた投資家は期限までに証券会社に返せなくなる。証券会社は投資家への貸付資金を銀行から借り入れているので、最終的には銀行の不良債権となる。 銀行は不動産バブル崩壊に伴う地方政府や不動産開発業者向けに巨額の不良債権を潜在的に抱えている。北京はさらに利下げを連発するしか打つ手はないが、バブル延命策に過ぎず、効能はすぐに切れるだろう。

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    ギリシャ人よ、汝自身を知れ

    欧州連合(EU)が求める財政緊縮案の是非を問うギリシャの国民投票は、反対派が賛成派を大きく上回った。チプラス首相は、「民意」を盾にEU側と強硬姿勢で再協議に入る意向を示したが、交渉は難航が予想される。「借金」を踏み倒そうとするギリシャ人よ、古の賢者の言葉をいま一度思い出せ。

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    ギリシャに突きつけられた構造改革 受け入れ拒否でも茨の道

    矢嶋康次(ニッセイ基礎研究所・チーフエコノミスト) IMFは6月30日、ギリシャ政府に融資した約15億ユーロが、期限までに返済されなかったと発表した。7月1日ギリシャは先進国で初めてIMFへの支払いを延滞した国となった。 ユーロの創設以来の矛盾がギリシャから噴出した。政治同盟のないままユーロという単一の通貨同盟は本当に機能するのかということだ。金融政策をECBに一元化しても、政治的な意思を統一しなければ、各国の経済や財政政策はばらばらのままだ。 ギリシャは借金を返すために無理やり緊縮財政を強いられ半ば強制的に経常収支の黒字化を実現させられてきた。 しかしその代償は6年にわたるリセッションだった。第2次世界大戦以降で最悪の景気低迷に陥った後、失業率が20%台と過去最高水準付近で高止まりし、デフレスパイラルに見舞われている。2014年は少し上向きな動きも見えたがここ数年で失った経済レベルには到底及ばない。 経済がここまで疲弊すれば、普通であればギリシャ通貨は大幅に安くなり輸出拡大などをテコに経済政策が打てたはずである。しかしユーロは単一通貨であり、自国経済に比べて強すぎる通貨がさらにギリシャ経済に打撃を与えてきた。 観光などしか強い産業を持たないギリシャは結局のところEU(欧州連合)・ECB(欧州中央銀行)・IMF(国際通貨基金)などトロイカからの資金融資に頼る以外なく、支援策がうたれ続けてきたのだ。 この泥沼の状態に国民の我慢も限界となった。1月に反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA、党首:チプラス)が政権を握ったのも当然の帰結ともいえる。 今回も過去のようにぎりぎりの交渉の中でギリシャへの支援は継続されるとの見方が主流だったが、債権団から「年金カット、消費税引き上げ」との要求が強まると、チプラス政権は、交渉のテーブルをひっくり返し「国民投票」を行うとの手段にでた。交渉のテーブルをひっくり返された債権団の不信感が爆発、6月30日の救済融資プログラムの延長を拒絶することを決定した。 当面の注目は5日に行われる国民投票。EUなどが金融支援の条件として示した構造改革案の受け入れの賛否を問うものだ。少し前まで70%以上のギリシャ国民がユーロ離脱(Grexitギリシャのユーロ離脱)を望んでいなかった。 ただし、国民投票でユーロに残るという決断をした場合でも問題の先送りにしかすぎない。国民投票で構造改革への賛成派が勝利しても、「否決」を訴えるチプラス政権が改革に取り組むのかは見えない。またEUとチプラス政権の相互不信もそう簡単には解けない。 ギリシャでは預金流出がとまらない。今回チプラス首相は、「銀行休業、預金引き出し上限1日60ユーロ」という規制を導入した。これが撤廃されれば自国の銀行の信用はなく預金流出はさらに激しくなるに違いない。海外の企業にとっても休業する国の企業とは取引はしたくない。何よりも問題なのはギリシャの次世代を担う若者がギリシャからでていってしまっているという事実だ。債権団の改革案を受け入れても問題が先送りされるだけで、借金、稼げない国ではいずれ再度の債務不履行のシナリオしか見えない。 反対に国民投票で構造改革の受け入れが拒否されれば、1999年のユーロ成立以来、初の離脱が現実味を帯びる。ユーロ離脱となればギリシャ政府は対外債務の支払い停止延期をせざるを得なくなる。国際的な信用は失墜する。国民の生活も立ち行かなくなり今以上に過酷な生活が待ち受ける。 ただ、ギリシャがユーロから離脱しても欧州への経済・金融市場への影響はそれほど大きくないと見られている。 ギリシャ問題はもう5年以上もやっておりその間に、債務危機に陥った国を支援する恒久的な枠組みのESM(欧州金融安定化メカニズム)が発足、ECBも金額の上限を設けない国債購入プログラムであるOMTなど危機の波及を防ぐ様々安全網が整備されてきたからだ。 ただし、残るユーロ圏各国は短時間で統合を深めないといけなくなる。金融市場が「ギリシャの次の離脱候補」を探すにきまっているからだ。ギリシャ離脱となれば反EU、EU懐疑的な勢いはさらに増し、スペインやポルトガルなどでその動きは先鋭化するだろう。EUという大きな体制を揺るがす動きが確実に強まりユーロという共通通貨圏の存続意義を問われることになる。 また離脱となればロシア・中国はよりいっそうギリシャに近づく。ギリシャのチプラス首相は6月19日に訪露し、プーチン大統領との会談で経済関係強化に意欲を示した。中国も関係強化に高い関心を示している。ギリシャがロシア・中国に財政支援を仰ぐ可能性は極めて高い。NATOといった安全保障を含むEUの政策全体が立ち往生しかねない危険も意識せざるをえない。 6月28日、国民投票の実施が打ち上げられ、翌29日は世界同時株安が起こった。しかし、翌日にはその動きが収まっている。おそらく金融市場は「債務不履行」は想定内、たとえ国民投票となっても「離脱なし」と見ているからだ。 ただ、ボールはギリシャ国民に渡された。もし長く続くギリシャの苦境に国民がもう債権団のいうことは聞きたいという選択をし、離脱に動き出すこととなれば、安全保障をも含んだ政治問題となる。この動きを織り込んでいない金融市場にとっては最悪のシナリオである。(執筆7月3日時点)関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ フランス共和国が誇る「社会統合」の限界■ 国際金融市場から実質隔離されたギリシャ 金融的な影響は限定的だ

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    古代ギリシャからの警鐘 際限なき富への欲望

    「高校生クイズという番組ですが、〝狂えるソクラテスといわれ、たるの中で暮らした古代ギリシャの哲学者はだれ?〟という設問で大丈夫でしょうか」。東京のテレビ局から研究室に問い合わせがあった。高校生には難問と思ったが、答える力のある優等生が集う番組だという。古代ギリシャの哲学者、ディオゲネスの胸像 答えはディオゲネス。粗衣粗食に徹し、究極のシンプルライフを追求した最強のホームレス哲人だ。あっと驚くような奇行が多く、一休禅師と同様、風狂と呼ぶにふさわしい。よく知られているのは真っ昼間にランプをともして「真実の人間はいないか」と探し回ったり、世界帝国を築いたアレクサンダー大王から「何か欲しいものは」と聞かれ、「では、たるの前をどいてほしい。日が差さないから」と答えたりしたという伝説である。 たるとつえと皿以外に何も持たないディオゲネスの裸の人生は人間の根源的な姿そのものだった。子どもが両手で水をすくって飲むのを見ると、「そうか」とうなずき、皿さえも捨てた。そこに、ぜいたく病に取りつかれた現代人の心を癒やす不思議な魅力がある。2300年の時を経て今、ディオゲネスが欧米で脚光を浴びているのは、着膨れした現代文明の行方に不安を感じている人が多いからだろう。□  □ 現代ギリシャが放漫財政から国家的危機に陥り、欧州連合(EU)や世界経済に影を落としているのは、アポロン神殿に刻まれた「万事、度を超すなかれ」という古代の金言を忘れ、自制心を失ったためだ。 ユーロ圏への加入には、財政赤字比率などの経済基準をクリアする必要がある。ギリシャは基準を達成できず、第1陣に乗り遅れた。2年遅れて加盟したが、EUの政治判断という面が色濃かった。「ずぼらで自己中心的なギリシャを入れたら、規律が乱れ、危機に直面する」との反対論は当初から根強かった。だが、リスクが大きいとはいえ、西洋文明の礎を築いた偉大な国を見放すわけにはいかなかったのである。 弱小国を見捨てずに救済するところにこそ、欧州統合の意義はあるのだ。経済繁栄よりも「戦争か平和か」という歴史認識が統合の要になっている。そのために互いに自制し、分かち合う精神を尊重する。そうした共生の土台となるのが自足の心である。 世界市民思想をいち早く打ち出したたるの中の哲人は、歴史のかなたから現代人にほえ続ける。「際限のない富への欲望は大いなる貧困だ。自制心を持て。欲望に振り回されるな。さもなくば首つりひもを持て」◇やまもと・たけのぶ 山梨県立大教授(メディア論)。昭和年北九州市生まれ。九大卒。共同通信フランクフルト支局長、阪南大教授などを経て平成年4月から現職。著書に「地球メディア社会」「ユーロ生誕」など。 

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    自主的に窮乏生活を選択したギリシャ国民のプライド

     61%対39%。ギリシャで5日行われたEUが求めている財政緊縮策の受入れの是非を問う国民投票の結果は、「拮抗」という事前世論調査とかけ離れた「大差」での否決となった。 国民投票でEUが要求する財政緊縮策が「大差」で否決されたことで、今後の焦点は再びEUがギリシャ支援を続けるのかどうかに戻る格好になった。 「IMF融資は返済されていない。これはすぐにデフォルトとはならず、返済の遅滞になる」 6月30日に期限を迎えた国際通貨基金(IMF)への15億5000万ユーロ(約2100億円)の支払いが履行されず、ギリシャはIMFから受けた融資で事実上のデフォルト(債務不履行)状態に陥る史上初の先進国となった際に、欧州中央銀行(ECB)理事会メンバーのオーストリア中銀総裁はこのように述べ、「デフォルトではなく返済の遅滞に当たる」との認識を示した。 ギリシャの国民投票でEUが要求する財政緊縮策が否決されたことで、EUがギリシャへの支援を打ち切り、ギリシャがユーロ離脱に追い込まれることで、世界経済に大きな打撃が及ぶという見方も出て来ている。しかし、問題はそれほど単純なものではない。 ギリシャが抱える債務は約40兆円といわれており、負債総額においてはリーマン・ショックを引き起したリーマン・ブラザーズの約60兆円に匹敵する規模である。しかし、負債総額の大きさと世界の金融市場への影響の大きさは比例するものではない。リーマン・ショックと比較すると、金融市場に及ぼす影響はかなり限定的なものに留まる可能性が高い。それは、ギリシャの抱える債務約40兆円のうち、既に大半の約33兆円がIMFやECBといった公的機関の保有になっているからだ。 リーマン・ショックでは民間で起きた負の連鎖が金融システムを揺るがすことになったのに対して、今回は公的機関が既に大半の債務を引き受けていることで負の連鎖は起き難く、金融システムを揺るがす事態に至る可能性が低いということだ。負債はその規模だけでなく、誰に保有されているかによって影響は大きく異なってくるということを忘れてはならない。 国民投票でEUが要求する財政緊縮策が否決されたことで、ギリシャが財政緊縮策をとらなくなるという見方もある。しかし、今回の国民投票の結果に関らず、ギリシャが財政緊縮策を実施せざるを得ないことに変わりはない。 国民投票で緊縮財政を受け入れることになれば、EUの要求に沿ってまずはギリシャ国民が年金カットや支給年齢引き上げなどの痛みを負うことになったはずであるが、否決されたことで一旦これは棚上げされた。 しかし、ギリシャはデフォルトに追い込まれるか否かに関らず、EUやIMF、ECBからの資金援助が絶たれれば、今のような年金制度を始めとした社会制度を維持することは出来ないため、結局ギリシャ国民は緊縮財政を受け入れた場合と同じ負担を負うことになる。 ギリシャ国民にとっての違いは、ギリシャが抱える対外債務が減額される中で窮乏生活をするか、それとも借金を負ったままEUの監視下で窮乏生活を強いられるかである。結果が同じだとしたら、対外債務が減らせ、自主的に窮乏生活を選択した方が賢明ということになる。これは経済合理性だけではなく、国民のプライドの問題だ。 ギリシャのデフォルトが、これまで何回も起きている国家のデフォルトと決定的に違うことは、「先進国初」ということではなく、「統一通貨ユーロを採用している国初」であるところである。債権国側が懸念していることは、金融的に負の連鎖が限定的であったとしても、統一通貨を通した影響が未知数なところである。極論すれば、ギリシャ経済の行く末ではなく、ユーロの行く末だということだ。 金融市場の波乱を防ぐために必要なことは、市場にユーロ崩壊懸念を抱かせないことである。そのためには、安易にギリシャをユーロ離脱させるわけにはいかない。明確な追放ルールがない中でギリシャをユーロ離脱に追い込めば、金融市場に「第二のギリシャ」を探す口実を与えることになってしまうからだ。 ドイツを筆頭にEU首脳やオバマ大統領がギリシャのユーロ離脱を阻止する姿勢を示しているのも、ユーロ崩壊懸念の高まりが金融システムに大きな打撃になることを理解しているからに他ならない。 そうかといってEUやECBがデフォルトした国に支援を続けることは難しいし、支援しなければ資金が足りないギリシャはユーロに代わる代替通貨を発行せざるを得なくなる。これはユーロ圏の金融政策をECBが担うという統一通貨ユーロ制度を根幹から揺るがしかねないものであると同時に、ギリシャにユーロ離脱を迫るものでもある。 忘れてならないことは、経済格差が厳然と存在する国によって形成される統一通貨ユーロは、「どのように分割してもドイツが属するグループの通貨が強くなる」という宿命を抱えていることである。これはドイツの立場からいえば「常に国力よりも弱い通貨を持てる」というメリットがあるということである。 日米を筆頭に多くの国が金融緩和による通貨安政策によって景気を回復させようとしているのに対して、ドイツはユーロ内に財政的な脆弱な国を抱え込むことで通貨安を享受できる体制を持っているという現実を忘れてはならない。ギリシャをユーロから離脱させてしまえば、通貨ユーロは以前より強くなってしまい、ドイツなどユーロ内の勝組国は通貨安のメリットを享受出来なくなってしまう。 市場ではECBが保有するギリシャ国債4,900億円が償還を迎える7月20日がギリシャデフォルトの「Xデイ」だとする見方も多い。しかし、金融システムを守る立場にいる中央銀行(ECB)が、金融システムの崩壊を招きかねないデフォルトの引き金を引くだろうか。 リーマン・ショックもそうだが、世界の中央銀行は金融危機に対しては超法規的措置ともいえるような対応をしてまで、金融システムを守って来た歴史を持っている。ECBはこうした中央銀行の歴史に終止符を打つのだろうか。終止符を打つとしたら、それは「中央銀行は金融システムの番人である」という金融市場が抱いている常識に「解釈変更」を迫るものとなる。 このように考えると、債務の一部削減と、緊縮財政の一部受入れで合意し、EUとECBがギリシャ支援を続ける道筋を残すことで、統一通貨ユーロを維持ししていくというのが「大人の落としどころ」ではないか。 「デフォルトではなく遅滞」 IMFとECBが示した玉虫色の判断が、今後のギリシャ問題解決への道筋の全てを物語っているように思えてならない。今後の交渉は債務削減幅になりそうだ。関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ 国際金融市場から実質隔離されたギリシャ 金融的な影響は限定的だ■ 「EUは金融支援で駆け引きするギリシャを許すな」と大前氏

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    『働いたら負け、返したら負け』が悪化しているギリシャの現実

     ギリシャがついに破綻した。急進左派連合シリザ政権の誕生から始まったギリシャ危機であるが、ついに最悪の結果となってしまった。ギリシャは2012年の救済合意により、年金改革と公務員のリストラを中心にした緊縮財政を採ってきた。しかし、もともと産業の脆弱な国家であるため、これはギリシャの貧困化を招く結果になってしまっていたわけである。 この国民の不満に付け入ったのが急進左派連合シリザであり、年金の受給を従来通りに戻す、解雇した公務員を復職させる、公的企業の民営化は行わない、低所得者への給付を増やす、最低賃金を引き下げる、という「配る」政策を掲げ、その財源は債権者との交渉やドイツからの戦後賠償などで賄うとしたわけである。それを国民が支持し政権交代が発生したわけであるが、当然、このような政策を他国が認めるわけもなく、財政面から行き詰まったというのが今回の結果だといえる。 そして、この政権交代の最大の問題点は、モラルハザードの悪化である。もともと、労働意欲とモラルが低く産業基盤が脆弱であったギリシャであるが、極左政権の誕生でこれがさらに悪化してしまったのである。『借りたものは返さなくてはいけない』これは当たり前の道理であるが、これが通用しないのがギリシャであり、ただでさえ『働いたら負け、返したら負け』の社会が更にひどい状態になってしまったのである。近代史において、最も破綻した国がギリシャであり、過去200年の内、100年は破綻状態にあったのがギリシャなのである。このような国民性も近代化とユーロへの加盟により変わるかと思われたが、それは無理な話であったようだ。 2011年、私がギリシャに行った時もそれなりにひどかったが、今のギリシャはこれが更に悪い方向に進んでいるといえる。私が訪問した際も、アテネ空港で荷物が回転台に出てこない。クレームを付けてもまともに対応しようとしない。という有り様でほとほと困り果てた記憶がある。最終的に見つからなかったわけであるが、航空会社は保証をしようとせず、保証を得るのにも一苦労した覚えがある。これがギリシャの国民性なのだろう。5日、ギリシャ国民投票で財政再建策を拒否する反対派の勝利を確信し、アテネの広場で喜ぶ若者ら(沢田博之氏撮影・共同) また、今より良いと思われる2011年時点でも、地元の商店などは最悪の状況であった。タバコはあって1銘柄、ジュースなども1、2銘柄しかなく、商品棚はガラガラで、ものがない状態になっていた。その理由には様々なものが有ると思われるが、外資などが経営する品揃えがしっかりしたチェーン店に客を奪われたものと思われる。アテネオリンピックとユーロ加盟を機に、ギリシャにも海外の大手チェーンが参入し、それがギリシャの脆弱な地元産業を崩壊させてしまったわけである。 外国人に大人気であり、海外資金が潤沢に手に入るミコノスなど外国人観光客向けの島や施設は他の欧州諸国と変わらないが、それ以外の島や地域は開発途中のリゾート案件が雨ざらしになっており、建設中の建物や売り物件だらけの状態であった。バブルの爪痕といえばそのとおりなのだが、問題はその後の対応といえるのであろう。すべてそのまま止まっているのである。 また、港は役人とつるんだ得体のしれない人たちが支配しており、ヨットの係留には役人への支払いと別にチップを要求される有り様であった。そして、その役人たちも給料が払われていないので、係留代を給料代わりに貰っているというのである。また、有料道路や有料の橋も同様で、給料がもらえないから、料金を給料代わりに着服しているとのことであった。これでは公共事業の採算があうわけがない。 さらに、今回はシリザの選挙の公約と行政対応がそれを拡大させてしまっている。シリザは低所得者向け融資の差し押さえを許さないとしているので、借金を払わなくても差し押さえされることがないのだ。そのため、低所得者は払える払えないにかかわらず、借金を払おうとしないのである。 そして、これは個人の話だけではない。国や地方公共団体が公共事業の代金を払わず、公共事業を引き受けている企業も下請けや従業員に代金や給料を払えない状態になっており、これを手形のジャンプ(日付だけを先送りする)でごまかしている状態なのである。代金や借金を払わなくても許される社会が生まれてしまっているのである。これがギリシャの現実であり、社会であり文化なのだろう。  最後にギリシャ財務大臣の言葉で締めたいと思う。 「最も破綻した国に史上最大の融資を行うことは、人道に対する犯罪である」関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ 「ギリシャ危機」 欧州で広がる反緊縮気運■ フランス共和国が誇る「社会統合」の限界

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    ギリシャ人は「日本人並みに勤勉」!?

    福田直子(コラムニスト) 日本とギリシャは実は似ている  債務問題に揺れるギリシャ。その原因として「ギリシャ人は怠惰だ」ということがよく言われる。だが、ドイツを拠点に活動するジャーナリストの福田直子氏は、「実はギリシャ人は『勤勉』だ」と指摘する。意外にも日本人と共通点の多いギリシャ人の「本当の姿」について寄稿してもらった。 実はヨーロッパで最も労働時間が長いギリシャ  今、まさに正念場を迎えているギリシャ危機。ギリシャ人からすれば、まるで善人のギリシャ人を冷血なドイツ人がいじめているような構図なのだろうか。一方、ドイツ人からみれば、ギリシャの言い分はいかにも都合がよすぎる。  ギリシャが発端の「ユーロ危機」では、しばしばギリシャ人と債権者の代表、ドイツ人が対比されるが、ドイツ人にしてみれば、ギリシャ人は怠惰にさえ見える。ギリシャ人は実際、どういう働き方をしているのだろうか。  統計調査で知られるピュー研究所の調べによれば、英・仏・独・スペイン・伊・ギリシャなど、欧州の8カ国の人々が一番勤勉と思っているのは、ギリシャ人を除き、すべて「ドイツ」だという。  では、ギリシャ人はほんとうに怠惰なのか。否。驚いたことにギリシャ人は自分たちがヨーロッパで一番勤勉であると思っている。意外だが、これは案外、真実なのかもしれない。  というのも実は、統計上、ヨーロッパで一番労働時間が長いのはギリシャなのだ。年間の総労働時間は2017時間と欧州諸国のどの国よりも多い。ギリシャ人の一週間の平均労働時間は42時間と長く、EUの平均労働時間は37.5時間、ドイツ人の週の労働時間は35.3時間だ。「勤勉」といわれるドイツ人はギリシャ人に比べ、労働時間が40%も短い。そしてギリシャ人はドイツ人のように長い休暇を取らない。  実際に現地に行ってみると、ギリシャ人は確かに勤勉に見える。一般にサラリーマンは朝が早く、7時に会社に着くとお昼は抜きか、軽い軽食をオフィスでほおばり、午後3時には帰宅。きちんと昼食をとったあとは暑いこともあって休息。夕飯は遅く、9時過ぎか10時頃となる。暑い時期が長いギリシャは午後に休んで夜を楽しむ傾向にある。  ギリシャでは自営業が多く、町は夜もにぎやかだ。お店の営業時間が長いこともギリシャ人の平均労働時間を長くしているのだろう。ドイツでは閉店法があるため、デパートは遅くても夜の8時には閉まり、コンビニなどはまったくない。どこも9時を過ぎるとシーンとなり、次の日に備えて早めに就寝、というドイツの生活スタイルはギリシャと大違いである。 「別世界」で暮らす富裕層  ところで、ギリシャ問題は、富裕層と一般市民の格差問題であると解釈する経済評論家もいる。  造船業をはじめとするギリシャの富裕層はとてつもなくリッチで、山の頂上や私有地の島など、世間とは隔絶された場所に住んでいることが多い。移動は車だと渋滞するということで、ヘリコプターや豪華船であったりするが、彼らは財産をすべてギリシャ国外に持ち出している。富裕層はとても愛国的だが、税金は払わないし、苦境に陥った中流ギリシャ人への助け舟など出さない。  たとえば、アテネによく出張していた知人があるとき、ギリシャ人の取引相手にヨットに乗せてもらった。豪華船には常駐のスタッフもいて、100人あまりのパーティも船上で楽しむ。筆者の知るギリシャ人もみなパーティが大好きだ。ちなみに船の値段を聞いてみたら、「中古で2億ユーロぐらいかな」と臆面なく答えたそうだ。  自宅のプールも富裕税のうちに入るらしいが、税申告している人はほとんどいなかった。しかし、上空から衛星写真で撮ってみたところ、何万軒もの世帯がプールを持っていたとか。不動産登記もいいかげんというから、ドイツとは大違いである。  富裕層にきちんと課税し、ドイツより高い水準の年金制度を改革し、公務員を減らせば債務帳消しはすぐできるというのに、ギリシャの政治家たちは手が出せない。政治家たちは一部の特権を(自分たちの分も含めて)剥奪したくない。  しかし、一方で「EUの緊縮財政を許せない」と言う。むろん、ギリシャを借金漬けにした銀行はまったく責任をとらないばかりか、リーマンショック後の大量の公的資金投入で焼け太りをしている。 長時間労働、オリンピック……なぜか日本と重なる姿  ところで、筆者は昨年、アテネで合唱団のコンサートに行ったとき、道端で物乞いをする人たちを見た。どう見ても大学教授かサラリーマン風の外見のきちんとした身なりの男性が、アメリカ大使館の前で申し訳なさそうにすわっていた。2ユーロ差し出したところ、満面の笑みを浮かべ、「エファリストー(ありがとう)」と言われ、小銭しかあげなかった自分がちょっと恥ずかしくなった。  街は「売ります、貸します」のサインがところどころに見られ、そう遠い過去ではなかったオリンピックの熱狂が一体、どこへ行ったのかという沈滞ムードだった。  過大な債務、長時間労働、政治家の二枚舌、そしてオリンピック開催。ギリシャをよく知る日本人には、「ギリシャと日本はとても似ている」と指摘する人もいる。さらに言えば、ギリシャ人は情に厚く、親切な人が多い。ビジネスで短期間滞在しただけでもギリシャ人は家に招待してくれたりする。普段のギリシャの「おもてなし」は日本人以上だと思う。この時期にあっては、それはのぞめないだろうけれど。ふくだ・なおこ 東京生まれ。出版社にて雑誌編集者を経て、フリーに。現在、ドイツ、ミュンヘン在住。著書に『ドイツの犬はなぜ吠えない?』(平凡社)、『休むために働くドイツ人、働くために休む日本人』(PHP研究所)、『日本はどう報じられているか』(共著、新潮社)など。現在、戦争記念碑に関する本を執筆中。関連記事■ やってはいけない!「海外旅行のタブー」■ なぜ今、「ROE」がブームになっているのか?■ パックン流・相手の心をつかむ話し方

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    債務を全てカットしろと要求するギリシャの反対派たち

    小笠原誠治(経済コラムニスト)ギリシャの国民投票の結果が出ました。賛成と反対が拮抗するのかと思いきや、反対の票が遥かに上回ったのです。 ギリシャ国民の多くはユーロ圏に留まることを望んでいるのだから、国民投票では緊縮策の受け入れも止むを得ないと考え、イエスと答える筈だと予想したのはどこのどなたでしょう? 多くのギリシャ人の考えは、ユーロ圏から去りたくはないが、しかし、緊縮生活はもううんざりだ、というのが本音だということなのです。しかも、緊縮策は嫌だとつっぱねても、ユーロ圏から去ることにはつながらない、と。 でも、どうしてその二つの相矛盾する要望が両立し得るなんて考えることができるのでしょうか? やっぱり、お金を貸す側の論理が何も分かっていないとしか言いようがありません。 つまり、一方で、多額の借金を作っておきながら緊縮生活はもううんざりだというような理屈が成り立つのかということなのです。のみならず、反対派は勢いづいて、債務を全てカットしろだなんて叫んでいるとも言われています。 仮に、債務を全てカットしてもらったとしても…そうなると、今度は最後の拠り所であった欧州委員会やECB、それにIMFもギリシャの相手をすることはなくなるでしょう。 お金を貸しても、それを帳消しにしてくれというのが分かっている者に対し、お金を貸す訳にはいかないではないですか。 ギリシャの人々も冗談は休み休み言って欲しいものなのです。 いずれにしても、海外の債権者はギリシャの債務を減免せよと要求するギリシャの国民ですから、そうなれば、自国政府に対しても納税の義務を減免してくれと言い出しても何もおかしいことはない! 現に、今ギリシャで、まともにローンの返済をしている者とかまともに税金を納めている者は少数派なのだとか。 そのような国がどうして、財政を立て直すことなどできるでしょう。 トロイカが押し付けた緊縮策のせいでギリシャの経済がぼろぼろになってしまったなんて主張する輩が多いのですが…でも、一旦マイナスになっていた経済成長率も、現在のシリーザ政権が誕生した今年初め頃までには随分回復してきていたことを見逃してはいけません。 折角ギリシャ経済が立ち直りの気配を見せていたのに、緊縮はもううんざりだなんていう政権が誕生したので、却って混乱を招いてしまったのです。 いずれにしても、自分たちに救済の手を差し伸べてくれた相手方に向かって、いろいろな注文を付けるどころかテロリスト呼ばわりする者を誰が相手にするでしょうか。 そして、誰もギリシャにお金を貸すことがなければ、ギリシャの政府が機能しなくなるのは時間の問題。だって、公務員に給与を支払うことができなくなれば、役所を開くこともできないのですから。銀行の営業再開も難しいでしょう。7月7日からは、銀行の業務が再開される予定になっていますが、どうやって必要な資金を確保するつもりなのでしょう? 気の毒ですが、銀行の営業再開は相当難しいとしか思えません。 ということで、国民の多くがその厳しい現実に気が付くには、それほどの時間はかからないでしょう。 あと1週間もしたら、ギリシャの政情は極めて不安定になるのではないでしょうか。(オフィシャルブログ『経済ニュースゼミ』より7月6日分を転載)おがさわら・せいじ 1976年3月九州大学法学部卒。1976年4月北九州財務局(大蔵省)入局。大蔵省国際金融局開発金融課課長補佐、財務総合政策研究所研修部長、中国財務局理財部長などを歴任し、2004年6月退官。以降、経済コラムニストとして活躍。メールマガジン「経済ニュースゼミ」(無料版・有料版)を配信中。著書に『マクロ経済学がよーくわかる本』(秀和システム)、『ミクロ経済学がよーくわかる本―市場経済の仕組み・動きが見えてくる』(秀和システム)、『経済指標の読み解き方がよーくわかる本』(秀和システム)がある。

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    ギリシャは「リーマン」でも「悪役」でもない ユーロ圏に入ったのが間違いだ

    松浦肇(産経新聞ニューヨーク駐在編集委員) 「(2008年に起きた)米銀リーマン・ブラザースの破綻と比べて衝撃度は?」 ニューヨークのアナリストが毎月開催している投資会議。直近の会合では、国際通貨基金(IMF)に対してデフォルト(債務不履行)となり、5日の国民投票の結果次第ではユーロ通貨圏からの離脱が膾炙(かいしゃ)されているギリシャの経済危機が話題になった。 ギリシャの対IMF債務額は、6月分を含めて185億SDR(主要通貨バスケットの特別引き出し権)と米ドル換算で260億ドルある。戦後に対IMFで債務不履行となった合計額の4倍だ。 米バンクオブ・アメリカ・メリルリンチや英バークレイズがこのほど開催したマスコミ向けの勉強会も、ギリシャ経済に質問が殺到した。米政策金利の利上げ問題を差し置いてギリシャが人気となるのは、欧米人の性なのだろう。ギリシャは西洋文明の発祥の地であり、その末裔(まつえい)である彼らとしては人ごとではない。 欧州で銀行が初めて登場したのがギリシャだった。紀元前の都市国家時代に、奴隷を担保にした金融業が栄えた。公的組織のデフォルトが初めて起きた国でもある。紀元前4世紀、戦費がかさんだ都市国家はエーゲ海のデロス島にあった共同金庫への借金返済が不能となり、金庫は債務の8割をカットした。 感情的な思い入れが強い一方で、市場の反応は冷静だ。ギリシャのチプラス首相が国民投票を発表した直後は世界中の株式相場が急落したが、その後は下げ渋りの気配にある。「金融システミック・リスクの引き金になるとは考えにくい」(バークレイズ調査部門主任のラリー・カンター氏)のだ。 市場参加者が「ギリシャはリーマンではない」(米著名投資家のマリオ・ガベーリ氏)と考えるのには主に4つの理由がある。 第1に、欧州中央銀行(ECB)が量的緩和でギリシャ国債を買い入れ対象から外すなど、ギリシャ危機は想定の範囲内。ギリシャは債権者泣かせの常習犯で、1829年の独立から現在までの半分の期間はデフォルトか支払い遅延にある。 10、12年の金融支援を経て、会計上、ギリシャのデフォルトは織り込まれている、というのが2点目。ギリシャ国立銀行など金融機関の株価も数年前から低位にある。 3つ目は、市場の信用創造機能に対する影響度の小ささ。ギリシャの公的債務を保有しているのはECBやIMFといった公的機関、同民間債務はヘッジファンドといった短期資金が大半だ。 リーマン・ショックでは、リーマンの短期債務を当座預金のように換金性の高い公社債投資信託が保有し、市場発で信用不安が増幅された。 最後に、ギリシャの国内総生産(GDP)は220億ドル程度と、13年に破綻した米デトロイト市の規模でしかない。ユーロ圏のGDP比でも全体の2%だ。 チプラス首相の強硬路線で印象が悪化したギリシャだが、根っこにあるのは、99年に生まれた通貨統合の制度的な矛盾である。ギリシャはユーロ通貨圏に入るべきではなかったのだ。 ノーベル経済学賞を受賞したロバート・マンデル氏などが提唱した最適通貨圏理論によると、単一通貨の便益が費用を上回るためには、資本、労働市場の流動性、債務などリスク共有の制度などが必要条件となる。 圏内の一地域で景気過熱、他の地域で景気後退となるような非対称的ショックが起きても、生産財の移動が自由なら、不均衡は調整できる。 だが、ユーロ通貨圏の調整機能は不十分だ。ギリシャで財政難、景気悪化となっても、ギリシャ国民が好景気のドイツに自由に移動して職を探し、ドイツが財政移転してくれるわけではない。 皮肉にも、通貨統合で実力以下の通貨安を享受して外貨を稼いだドイツは、ギリシャに緊縮財政を要求し、矛先は社会保障費に向かっている。一方で、GDP比で2%超と北大西洋条約機構(NATO)加盟国としては突出して高いギリシャの軍事費にあまり触れないのは、ドイツやフランスにとってギリシャが兵器購入の得意客だからだ。 5日の国民投票で欧州連合(EU)側の提案に「イエス」なら社会保障費の削減、「ノー」なら将来的なユーロ圏脱退で物価は高騰。どちらを選んでもギリシャ国民には「いばらの道」が待っているわけだが、巷間言われる「ギリシャ論」は正確ではない。ギリシャはリーマンではないし、ギリシャだけが悪者ではないのである。関連記事■ ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか■ 「EUは金融支援で駆け引きするギリシャを許すな」と大前氏■ フランス共和国が誇る「社会統合」の限界

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    ギリシャ危機は怖くない

    財政危機にあるギリシャがデフォルト(債務不履行)に陥る可能性が高まった。EU発足以来初の離脱も現実味を増す中、日本市場は今年最大の下落幅を記録し、余波が広がった。危機回避の見通しはいまだ立っていない。日本市場は今後どうなるのか。ギリシャ危機を検証する。

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    「ギリシャ危機」 欧州で広がる反緊縮気運

     [WEDGE REPORT]伊藤さゆり(ニッセイ基礎研究所経済研究部 上席研究員)欧州で反緊縮、反EUの動きが広がっている。南欧は「緊縮疲れ」、「改革疲れ」に陥り、一方のドイツでは「支援疲れ」に陥っている。デフレ懸念、域内格差に歯止めをかけることはできるのか。欧州では緊張が高まっている─。勢いづくギリシャのチプラス新首相 (GETTYIMAGES) 1月25日のギリシャ総選挙は、政府債務の削減、緊縮財政路線の修正を唱えた「急進左派連合(SYRIZA)」の勝利に終わった。ギリシャは、2月末にEU・国際通貨基金(IMF)による支援プログラムの期限を迎える。総選挙前、新政権は発足後直ちに支援プログラムの最終審査を終えて、予防的な支援プログラムに移行することが内定していた。 しかし、SYRIZA党首のチプラス首相率いる新政権は、EU、IMF、欧州中央銀行(ECB)のいわゆるトロイカによる政策への監視を嫌い、支援プログラムを早期に離脱、債務交換を通じて過大な債務の元利払いの負担を軽減し、国内銀行などを主な引き受け手とする短期国債で当面の資金繰りをつなぐ道を模索する。 ECBがギリシャ国債を担保にギリシャの銀行に資金供給を継続してきたのは、トロイカの監視下で支援条件である財政緊縮や構造改革に取り組むことが前提だった。新政権が支援プログラムの早期離脱の方針を曲げなければ、債務不履行とユーロ離脱に発展しかねないとの不安から、預金が流出し始めている。 今年は1月のギリシャに続き、秋にポルトガル、年末にスペインが総選挙を行う。これら3カ国は財政危機に見舞われ、厳しい財政緊縮と構造改革を迫られた。景気は14年には持ち直し始め、失業率もピーク・アウトした。 とは言え、生産活動の水準は最も大きく落ち込んだギリシャの場合、世界金融危機前のピークを2割以上下回る。今もギリシャ、スペインでは、4人に1人が失業している。「緊縮疲れ・改革疲れ」はギリシャだけでなく、スペインの総選挙ではギリシャ同様に緊縮策の見直しを掲げる新党・PODEMOSが台風の目となるだろう。 ユーロ圏で長期不況に陥っているのは、財政危機に直撃された南欧の周辺国だけではない。イタリアでは景気の後退が止まらず、失業率は、世界金融危機前のボトムの5%台から、14年末には13.4%に達し、99年1月のユーロ導入以来の最悪の水準を更新中だ。 フランスも振るわない。景気後退こそ免れているが、ここ3年の成長率は、平均で前年比0.3%とおよそ1%の潜在成長率を大きく下回る。失業率は、世界金融危機直後の大幅な悪化の後も、じりじりと上昇し、ユーロ導入以来の最悪水準が迫る。 周辺国からイタリア、フランスへとデフレの脅威が迫り、ユーロ圏のインフレ率は昨年12月に、ついにマイナスに転落した。域内の景気格差、雇用格差の拡大も止まらず、反緊縮・反EUの気運が広がり、統合の遠心力が強まる悪循環に陥りつつある。 悪循環阻止にまず動いたのはECBだ。1月22日の政策理事会で、3月から月600億ユーロの国債等の資産を買い入れる量的緩和を開始、少なくとも16年9月まで継続することを決めた。 ECBの量的緩和決定までの道のりは平坦ではなかった。ユーロ圏は15年1月のリトアニアの参加で19カ国に広がった。19カ国はユーロを共有し、金融政策はECBが一元的に決める。しかし、財政の主権は各国に分散しており、国債市場の大きさや構造、信用力もばらばら。ユーロ圏共通国債はない。 ECBの国債買入れには、財政ファイナンスのリスク以外にもクリアすべき問題があった。そのため、政策金利の引き下げ余地がなくなった後も、非伝統的政策手段として、最長4年の民間貸出促進のための資金供給、次に資産担保証券(ABS)や金融機関が発行する担保付債券(カバードボンド)の買入れという順番を辿った。 ECBの国債買入れにドイツは反対してきた。14年は、ドイツ経済も、ウクライナ情勢の緊迫化、ロシアとの関係悪化の影響もあり減速した。とは言え、雇用・所得環境は良好で、失業率は5%と圏内で最も低く、東西ドイツ統一以来の最低水準を保つ。追加緩和の必要性に対して、南欧やフランスとドイツとの間には温度差があった。フランスのオランド大統領(左)と、ドイツのメルケル首相(右)。景気格差を背景に、両国の温度差が目立ってきている (REUTERS/AFLO) さらにドイツは、国債買入れは、必要な財政健全化措置や構造改革を妨げると主張した。ユーロ参加各国が出資するECBが国債買入れで損失を被り、参加各国が損失を分担することになれば、EUの基本原則に反するとした。結局、損失分担の問題について、ECBは、国債等の買入れに関わるリスクを共有する割合を2割に抑え、しかもその過半は信用力の高い欧州機関債とすることでドイツに配慮、ドイツは、政策理事会のコンセンサスでの決定を認める譲歩をした。 ECBの量的緩和の決定を、市場は概ね好意的に受け止めたがデフレの回避、域内格差の是正に、どのくらいの効果が期待できるのだろうか。 はっきりしていることは、米連邦準備制度理事会(FRB)の成功例を、ユーロ圏に当てはめるのは難しいということだ。資本市場が発達している米国と違い、ユーロ圏の金融システムは銀行が中心。市場メカニズムを通じた波及には限界がある。特に、南欧では、資本市場へのアクセスが限られる零細企業の割合が高く、量的緩和の効果が浸透しにくい。 そもそも今のユーロ圏で投資や雇用が伸び悩んでいるのは資金調達に問題があるからではない。障害となっているのは、経済の先行きの不透明さ、労働関連などの各種の規制や手続きの煩雑さ、税・社会保険料の負担の重さだ。 量的緩和はインフレ期待の変化とユーロ安を通じて一定の効果を発揮する見通しで、世界的な原油安とともにユーロ圏経済の回復を下支えするだろう。しかし、構造改革の進展がなければ、投資と雇用の問題は解決しない。 ECBのドラギ総裁も、金融政策が効果を発揮するためには、信頼を回復し、投資の拡大につながる構造改革と成長に優しい財政政策が必要とし、政府と欧州委員会の取り組みを促した。 財政危機以降、EUは、ユーロ参加国のマクロ経済政策の監視を強化し、財政の緊縮と歳出増につながらない規制改革で競争力を回復し、成長軌道を取り戻すことを目指した。こうした処方箋は、ドイツの強い主張で導入されたが、デフレの脅威の広がりという結果を招いた。ドラギ総裁は、自ら金融緩和の強化に動くとともに、政府と欧州委員会には財政緊縮一辺倒の姿勢を改めることを求めたのだ。限界が明らかになったドイツ型処方箋 なぜ、ドイツ型の処方箋はデフレの脅威を広げることになったのか。1つは、構造改革が、効果を発揮するまでに時間が掛かること。もう1つは、財政緊縮によって、長期にわたり公共投資が抑制され、構造改革の効果を高める支出も抑制されたことだ。 財政危機に見舞われた南欧では、労働市場を中心に異例のスピードで構造改革が進展したが、失業率の劇的な改善や成長の加速はみられない。むしろ、解雇規制緩和や賃金調整などのマイナス効果が強く現れている段階だ。ドイツは、社会保障と労働市場の一体改革で成果を挙げた成功例だが、改革を実行し、雇用が拡大に転じるまでに、5年を要した。南欧は、ドイツよりも産業基盤が脆弱なため、より幅広い改革が必要だ。効果が表れるまでに、より長い時間が掛かるだろう。 財政政策に関しても、名目GDPの3%を超える過剰な財政赤字の有無という側面だけでなく、中期財政目標に基づいて、債務残高の抑制や景気循環要因を除いた財政赤字の着実な解消を求められるようになった。結果、財政赤字の削減は進んだものの、中期的な成長に必要な投資や構造改革の効果を高める支出、例えば教育や積極的労働市場政策への支出も圧迫され、需要不足が拡大、潜在成長率も落ち込んだ。 すでに、12年頃から、EUでは、緊縮一辺倒から成長に配慮した健全化に軸足を移し始めていたが、これまでは企業の活動や就業のインセンティブを妨げないような税制への改革に力点があった。しかし、デフレの脅威が迫り、長期不況が続く国々で社会的な緊張が高まったことで、ここにきて、有効需要を生み出すと同時に潜在成長率の引き上げに通じるインフラ投資の拡大が重視されるようになってきた。 インフラ投資のための枠組みとして、昨年11月、欧州委員会の新委員長に就任したユンケル氏が早期の立ち上げを目指しているのが「欧州戦略投資基金(EFSI)」だ。EFSIは、EUからの資金を呼び水に官民の資金を動員し、15年から17年の3年間で3150億ユーロの長期投資を行う。欧州委員会は、財政的な余裕が乏しいEU加盟国政府に、基金の利用を通じたインフラ投資の拡大を促すため、基金への拠出が中期財政目標からの乖離の原因となった場合には、財政規律違反を問わない方針だ。併せて、南欧諸国のようにGDPギャップが4%を超えるような「例外的に悪い経済状況」の国には、財政健全化措置の一時凍結を認める方針も打ち出した。 ユーロ圏に共通国債市場があれば、ECBはより機動的で大規模に量的緩和を展開できる。域内の成長と雇用の格差是正に使える共通財源を備えていれば、需要不足と構造的な失業、潜在成長率の低下が目立つ国に集中的に投資することもできよう。財政危機の最悪期には、財政統合の議論が浮上しかけたが、結局はドイツ主導で各国の財政運営や構造改革に関するルールと監視が強化されただけで終わった。 足もとでは南欧の「緊縮疲れ・改革疲れ」の一方、ドイツでは「支援疲れ」が広がり、財政統合の議論が進むような状況にはない。結果として、ECBの量的緩和もEUと各国政府の財政出動も強い制約を受ける。デフレ懸念、域内格差からくる緊張を直ちに封じ込めることは難しいだろう。関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

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    ギリシャ問題で主導権を取れなかったドイツ

    岡本裕明(Blue Tree Management 株式会社 代表取締役) 世の中の仕組みは本当に複雑になりました。今回のギリシャのような金融問題、国家の問題、世界を震撼させるような経済問題は5年に一度程度は起きるようになったといってよいでしょう。人間が作り上げたシステム故に一長一短があるのは当然ですが、それ以上に世の中の進歩と共に物事の常識観、判断基準が変わってくることにシステムが十分対応していないこともあります。 今回のギリシャ問題の根本的原因はユーロの仕組みそのものにあります。通貨を一つにして、ECBという中央銀行を一つ作ったのはいいですが、加盟国はそれぞれの財政があり、経済的能力、社会、歴史、判断基準が存在する中でそれらの調整機能が十分ではないことは再三再四言われてきました。 何故ユーロを作ったのか、それはアメリカに対抗する市場を作ることにありました。欧州は小国の集まりでも一体となればアメリカという巨大市場に立ち向かうことが出来ると考えました。が、その仕組みには脱落者を認めないという厳しい掟があることも事実です。各国のGDPの3%以上の赤字はダメというルールもありましたが、実際にはそれを破る国が続出し、ペナルティは課されていません。 今回のギリシャ問題でユーロ圏は再び、その根幹問題を検討し直さなくてはいけないことになります。その時、我々、外部の者からするとそこまでしてユーロを維持する価値は何処にあるのか、という率直な疑問が浮かび上がります。 私は日本人論を語るとき、日本人が一塊にならず、小グループに分散する傾向が強いと述べてきました。ヨーロッパ諸国も歴史的に一つになることはありません。民族問題は根深いものがあり、最近では戦争こそしませんが、小競り合い程度はよくあるものです。ここカナダでも東部ヨーロッパ出身者が非常に多く、彼らは常に「あの人は○○の出身だから最低!」と平気でしゃべったりしているのです。 根本的にバラバラなものを束ねる力がどこにあるのかといえば北部ヨーロッパ諸国がtake it or leave it (加わるか、独自でやるのか)という強権的発想で進めたため、ギリシャの問題が起きようともユーロ加盟を求める国々は増え続けるのであります。 こういう問題が起きた時、いつもクールでユーロに加盟しないイギリスや中立を保つスイスが見直され、為替などのシーソーゲームの結果、影響を受けたくない理由でユーロに入っていなかったのにとばっちりを受ける羽目になります。 ましてやギリシャと日本が経済的にどれだけの関係があるか分かりませんが、少なくともこのニュースで資本市場では巨額の価値が一時的ながらも一気に吹き飛んでしまうことになります。個人的には日本に於けるこの衝撃は短期的なものにとどまり、株価はすぐに回復するとみています。なぜなら、世界をうろつくマネーはギリシャに最も縁遠い日本を安全資産とするのですからマネーが入り込んできてもおかしくないというシナリオです。 世界はリーダーがいる方がやりやすいことは事実です。ですが、アメリカは自国のことで精いっぱい、中国は期待外れで図体がでかいだけにコントロールは容易ではありません。ドイツのメルケル首相 現在の世界経済の運営は圧倒的リーダーが欠如していることに最大の問題があります。中国がAIIBを導入する素地を作ったのもそのあたりにあるでしょう。本来であれば、ユーロ圏の代表であるドイツがもっと世界経済の大局観を作るためにリーダーシップを取らねばならないところでした。が、小国のリーダーに振り回され続け、本来期待されているタスクに手をつけられないまま今日に至っているのです。これはドイツが大いに反省すべき点であります。 では日本ですが、早急に東南アジアの緩いアライアンスを作り上げ、日本がリーダーシップを取り、世界をリードしていく素地を作るべきかと思います。 今、世界はさまよえる羊になりかけています。TPPが発効してもどれだけ効力が発揮できるのか分からなくなるかもしれません。世界共通とは人類としての話であります。他方、国家としてはそれぞれの地政学的長短、歴史、宗教、社会など数多くの因子の中で作り上げられます。それ故に指導者たちはなんでも一束にするという発想がもはやナンセンスだという事に気がつかねばならないのです。(ブログ『外から見る日本、見られる日本人』(http://blog.livedoor.jp/fromvancouver/)より2015年06月29日分を転載)関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

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    夢果たせぬユーロ圏の構造問題

    榊原英資(青山学院大学教授) 現在、欧州連合(EU)加盟国は28カ国、そのうち19カ国がユーロを通貨として採用しユーロ圏と呼ばれている。EUに参加しながら自国通貨を維持しているのはイギリス、スウェーデン、ポーランド、ハンガリーなど9カ国。各国の成長率を見ると、自国通貨を維持している国の経済が好調だ。 イギリスは2013年は1・74%、14年は3・21%(14年はIMFによる予測)。スウェーデンは13年が1・64%で14年が2・11%。同様にポーランドは1・55%と3・25%、ハンガリーは1・10%と2・80%である。ユーロ導入で顕在化した格差 これに対しユーロ圏経済は停滞気味だ。ドイツは13年が0・53%で14年が1・39%、フランスも13年は0・29%で14年が0・37%。南ヨーロッパはさらに悪く、イタリアは13年がマイナス1・85%、14年が同0・17%。スペインは13年が同1・22%になっている。 実はユーロ圏はユーロという共通の通貨を持つことによって構造的な問題を抱えてしまっているのだ。ヨーロッパ諸国の経済力はドイツ、オランダなどの北ヨーロッパ諸国が強く、ギリシャ、スペインなどの経済力は相対的に弱い。 かつて通貨が別々の時はドイツマルクが継続的に切り上げられ、ギリシャドラクマが切り下げられることによって、通貨による競争力の調整が可能だった。周知のように1985年のプラザ合意によってドイツマルクは日本円とともに大幅に切り上げられている。 しかし99年のユーロ創設によってドイツもギリシャ、スペインも共通の土俵に上がることになってしまった。ギリシャなども当初は強い通貨に移行することによるメリットもあったのだが、次第にドイツなどとの競争に晒(さら)され、その経済は弱体化していった。 ユーロ導入以降、ドイツやオランダの国際収支は大きく改善し、2014年にはドイツは国内総生産(GDP)比で6・20%、オランダは9・88%の黒字を計上しているが、逆にフランスはマイナス1・42%、スペインは0・10%、イタリアは1・20%になってしまっている。独り勝ちとなったドイツ また、ギリシャもこのところの緊縮策で改善はしているものの(14年はGDP比で0・70%)、10年、11年には10・29%、9・86%の赤字を計上し、いわゆるギリシャ危機をおこしてしまった。フランスもイタリアもユーロ導入前は国際収支は黒字だったし、ギリシャの赤字もGDP比で4%以下だったのだから、ユーロ導入によって南ヨーロッパ諸国の国際収支は一気に悪化してしまったということなのである。 同様のことは財政収支についても見られる。つまり、ユーロ導入によってドイツの財政収支は改善し、11年にはほぼ収支均衡するところまでいったのだが、逆に、フランス、イタリア、ギリシャの財政収支は継続的に悪化していって、ついにはギリシャ危機ということになってしまった。 共通通貨ユーロの導入は、ドイツ、オランダなどの北ヨーロッパ諸国とイタリア、スペイン、ギリシャなどの南ヨーロッパ諸国が同じ土俵で競争する状況を作り出し、ドイツの独り勝ちという結果をもたらしたのである。ドイツはかつてのようにドイツマルクの切り上げというハンディキャップを課されることなく、共通通貨ユーロで輸出ができるようになったのだから、当然、国際収支は劇的に改善した。そしてそれが財政収支の均衡回復にも結びついていったのだ。見通し立たない財政の統合 確かに、ユーロの導入、そして欧州中央銀行(ECB)の設立による為替と金融の統合はヨーロッパ統合の重要なステップだった。あとは財政が統合されればヨーロッパの統合は完成し、「ヨーロッパ合衆国」ができるというわけである。しかし、財政の統合は容易ではないし、今のところ、その見通しは全く立っていないといっていいだろう。 とすれば、ヨーロッパは現在の中途半端な統合の状態をしばらく続けざるをえない。今さらドイツマルク、ギリシャドラクマ復活ということはできないからだ。 ユーロ導入による南ヨーロッパ諸国の低迷は、最終的にはドイツにもマイナス効果をもたらすことになっている。13年のドイツの成長率は0・53%とかつての成長率(02~11年の平均成長率は1・14%)から大きく落ち込んでいる。ギリシャやイタリアのマイナス成長の影響を受けているからだ。 ユーロという共通通貨を持っていることが、格差の拡大と低成長の原因なのだから問題は構造的であり深刻である。確かにユーロ創設はヨーロッパ統合への重要な一歩であったことは間違いないが、逆に格差を拡大し、統合を難しくしてしまったというわけなのだ。 財政の統合へ早急に歩みを進めなければ「ヨーロッパ合衆国」創設の夢は雲散霧消してしまいかねない。ドイツが腹をくくって、それなりの財政負担をすることが重要なのではないだろうか。(さかきばら えいすけ)

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    ギリシャが“借金”踏み倒したらどうなるのか

     ついに、ギリシャがデフォルトしようとしています。急進左派政党シリザの選挙勝利予測報道が流れ始めた昨年の11月下旬から始まったギリシャ危機ですが、ついに最悪の結果で終わりそうです。 ギリシャの現政権であるシリザは、1.年金を従来水準に戻す2.財政削減で解雇した公務員を復職させる3.公益企業の民営化を中止する という『政権公約』を掲げて選挙を勝ちました。 そして、その財源は欧州連合など債権者に債務放棄を認めさせることによって、十分に得られると国民に説明していました。 しかし、欧州連合など債権者側がこれを認めるわけもなく、その結果として、ギリシャに対する信用不安が増大し、大規模な資金の流出が発生し、これがギリシャを追い詰めてゆきました。この経済危機を受けて、2月からトロイカ(欧州連合、欧州中央銀行(ECB)、国際通貨基金(IMF)の連合体)とギリシャ政府は、破綻防止のための協議を繰り返してきましたが、ギリシャ政府が誠実な対応をしないため、会議は物別れの状態が続いていました。4月末までに自ら提出するとしていた改革案が出されたのは6月下旬になってからであり、その内容も到底債権者を満足させられるものではありませんでした。最終的には、トロイカ側が出した提案に対して、7月5日に国民投票を行い国民の信を問うのでそれまで支援を延期してほしいとしましたが、欧州連合側がこれを拒否し、現段階では手立てのない状態になっているわけです。 6月30日までに、ギリシャはIMFに対して、16億ユーロを支払わなくてはいけません。本来、この支払も6月中の複数の支払いを月末まで延期してもらったものであり、IMFがさらなる延期を認めるとも思えません。また、同時にギリシャの銀行に対するECBの緊急資金供給の期限も6月30日になっているため、すでに銀行危機も発生しています。 一番の問題はギリシャがデフォルトしたらどうなるのかということだと思います。一般的な債権ルールでは、発行体がデフォルトした場合、「クロスデフォルト」扱いになり、その発行体が発行するすべての債権がデフォルト扱いされます。また、同時に、「クロスアクセラレーション」が発生し、期限の利益を失います。 少し専門的ですので、これを簡単に説明すると、Aさんが、自動車ローンと住宅ローンとカード・ローンを抱えていたとします。そして、Aさんは自動車ローンを期日までに払いませんでした。この場合、Aさんの住宅ローンもカードローンも同時にデフォルト扱いになり、きちんと払っている限り分割払いで済んだ住宅ローンとカード・ローンの即時一括払いを求められてしまうわけです。 これをギリシャに当てはめると、IMFへの支払いが出来ない(デフォルト)。ギリシャ政府が発行するすべての債権がデフォルト扱いになる。また、分割払いの債務に関しては一括払いを求められる。ということになるのですが、欧州連合などはIMFへの支払いの遅れはデフォルトにならないとしています。また、格付機関もこれに同意しており、6月末に支払えなかったとしても、ギリシャ国債がデフォルト扱いされるかどうかはわかりません。これは市場への影響を配慮したものであると言えます。 しかし、たとえIMF向けの支払いがクロスデフォルト扱いにならなかったとしても、次から次へと返済期限がやってきます。次の大口返済は7月20日のECBが保有するギリシャ国債の償還であり、これは国債のデフォルトですから、クロスデフォルト条項が発動されると思われます。 また、時を同じくしてギリシャの金融市場も崩壊しようとしています。銀行は預金を貸付などで運用し、その利ざやを稼いでいます。そのため、銀行は預金を常に運用しており、現金で保有しているわけではありません。そのため、取り付け騒ぎなどのように一気に預金を引き出す動きが発生した場合、銀行は手元資金のショートを起こし、破綻に直面します。これを防止するのが『流動性供給』とよばれるものです。これは銀行の保有する国債などを担保に中央銀行が資金供給を行い、銀行の資金ショートを防止するわけです。そして、この緊急流動性供給の期限も支援合意がなされなかった場合、6月30日であったわけです。 このため、週末の支援協議の不調を受けて、ギリシャの国民はATMに殺到し、ATMからほとんどの現金が消えるという結果になりました。これを受けて、6月29日ギリシャ政府は銀行の資金規制(引き出しは一日60ユーロまで)と窓口の7月6日までの一時休業を決めました。また、株式市場も休場になることが決まっています。 では、今後どのような対応が行われるのでしょう。現在一部で出ている案はドラクマ(政府紙幣)の発行による通貨変更と銀行を通じたユーロ回収というものです。まず、欧州連合やユーロシステムがギリシャ政府によるドラクマの発行をみとめ一定期間の兌換(両替)の保証を行います。その上で、ギリシャ政府は年金や給料など国内向けの支払いにドラクマを使い、国内でのユーロの使用を禁じます。銀行はユーロを受け取りますが、支払いと払い出しはすべてドラクマで行うことになります。 その結果、銀行には市中に出回っているユーロが集まり、それを中央銀行がすべて集めることでギリシャ政府などの海外向けの債務償還に利用するわけです。 そうすればギリシャはユーロ建て債務を払うことができます。そして、これが完了した時点でギリシャはユーロを離れる可能性が高いといえるでしょう。関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

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    「EUは金融支援で駆け引きするギリシャを許すな」と大前氏

     金融危機やナショナリズム等の問題で、火種が燻るEU(欧州連合)。加盟国間の経済格差が顕著になり、それに対する国民の不満を煽るポピュリズム(大衆迎合)の政治家・政党が多くの国で存在感を増している。EUの未来を大前研一氏が占う。 * * * EUが岐路に立っている。 巨額の債務問題を抱えるギリシャで反緊縮派の急進左派連合(SYRIZA)政権が誕生した。同政権のチプラス首相は「壊滅的な緊縮は終わった」と宣言し、単一通貨ユーロからの離脱をちらつかせながら、金融支援策をめぐってEUと駆け引きしている。 2月末が期限だったギリシャへの支援は、とりあえず4か月間延長されたが、ギリシャで大きくなったポピュリズムの炎は、この先EU全体に燃え広がる恐れがある。もしEUがギリシャの無責任なふるまいを許したら、火の手は2009年のギリシャ危機の時と同じように財政破綻候補のポルトガル、そしてスペインへと燃え移り、さらにイタリアに波及するだろう。 では、今後ギリシャとユーロはどうなるのか? シナリオは二つに一つしかない。一つは、チプラス首相が反緊縮路線を転換してユーロ圏にとどまるというシナリオだ。 実は、ギリシャはユーロ圏から離脱することになったら、EUも脱退しなければならない。ユーロとEUは一体だからである。EUから出たら、当然、EUが各国から集めて州単位で分配している地方交付金はもらえなくなる。これはギリシャの地方にとっては死活問題だ。 なぜなら、いまギリシャの地方は国家から回ってくるお金がほとんどないため、EUからの地方交付金で人件費をまかない、公共工事などを行なっているからだ。 つまり、EUを脱退したら地方は破綻してしまうのである。そのことがわかった途端にチプラス首相に対する国民の批判が高まり、緊縮財政に戻ってEUの救済資金供与の条件を受け入れるしかなくなるだろう。 もう一つは、チプラス首相が反緊縮路線を固持してユーロ圏から離脱するというシナリオだ。チプラス首相が緊縮財政の約束を守らずに無責任なふるまいを続けるようなら、EUはギリシャをユーロから追い出すべきである。 冒頭で述べた通り、もしEUがギリシャのわがままを許して債務を反故にしたり、安易に救済したりするような方向にいけば、ポピュリズムの炎がEU全体に燃え広がって規律の塊であるユーロの崩壊、EUの瓦解につながってしまう。だからEUは絶対にギリシャを許してはならないのだ。関連記事■ 欧州経済 喩えるならばアリはドイツ、キリギリスはギリシャ■ ギリシャ危機に対処するEU首脳に関するジョークを3つ紹介■ 欧州危機 ユーロ解体以外に解決策なしと野口悠紀雄氏が指摘■ EUを危機に陥れたギリシャ 言語道断の詐欺行為と落合信彦氏■ ユーロでギリシャ、フィンランド離脱シミュレーションの概要

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    国際金融市場から実質隔離されたギリシャ 金融的な影響は限定的だ

    近藤駿介(経済評論家、コラムニスト) 6月29日の日経平均株価は、週末にギリシャへの金融支援を巡る協議が決裂し、同国の債務不履行(デフォルト)への懸念が強まったことに、中国上海市場の大幅下落が重なり、596円安と今年最大の下げを記録した。下げ幅は2014年2月4日(610円)以来ほぼ1年5か月ぶりの大きさとなった。デフォルトを避けたいのはどちらか 今回株価の下落幅が大きくなった一つの原因は、多くの投資家がギリシャ問題に対して2つの誤解を抱いていたことにあるように考えている。 まず一つ目は、ギリシャ側とEU側のどちらがデフォルトを避けたいと思っていたかという点である。 今回の金融支援交渉に関する日本メディアの論調は、「デフォルトを避けたいギリシャがEUからの支援を取り付けるために瀬戸際外交を行っている」というものであった。しかし、「ギリシャがデフォルトを回避したい」という見方は、先入観に基づいた一方的な思い込みであり、実際には「デフォルトを前提に再建策を求めるギリシャと、デフォルトを回避したいEU」という構図であった可能性が高い。 緊縮財政反対を表明して政権についたチプラス首相にとって最も重要なことは、緊縮財政を拒否することで、緊縮財政を条件とした金融支援を受け入れるという選択肢はほとんどなかったと言える。 緊縮財政を採らずに経済を再生させるとしたら、それは債務カットを伴うものにならざるを得ない。債務カットするということは、債務国であるギリシャも、債権国であるEU側も、実質ギリシャの破綻を認めなければならない。だとすると、一連の協議は、実質的に破綻していることを認めることで債務カットを取り付けたいギリシャと、債務カットを受け入れ難いためにギリシャの破綻を認めたくないEUとの瀬戸際の交渉だったということになる。 もし、投資家が「デフォルトを回避したいのはギリシャ側である」という先入観に取りつかれるのではなく、「デフォルトを回避したいのはEU側である」という認識を少しでも持っていれば、ギリシャのデフォルト懸念がこれほど金融市場に大きな衝撃を与えなかったはずだ。デフォルトとユーロ離脱は別問題 2つ目の誤解は、ギリシャのユーロ離脱に関するものである。 支援が打ち切られギリシャがデフォルトに向かえば、ギリシャはユーロ離脱に追い込まれるという見方が多い。しかし、ギリシャのデフォルトとユーロ離脱は別問題として捉えるべきである。 ギリシャがユーロ離脱に追い込まれ、独自の通貨ドラクマを復活させたとすると、ドラクマは対ユーロに対して大幅に安くなるはずである。ということは、EU側がギリシャに対して持つ債権をユーロ建にしようとドラクマ建にしようとEU側から見ればギリシャ向け債権は紙屑同様になり、ギリシャ側から見たら返済不可能な債務になるということである。 このように考えると、ギリシャがデフォルトに追い込まれようと回避しようと、ギリシャのユーロ離脱はギリシャ、EU双方にとって価値のない選択だといえる。 今回EU側が避けなければならないのは、ギリシャ危機が周辺国に広がりを見せることである。幸か不幸か、ユーロ参加には条件が設定されているが、ユーロ離脱に関する明確なルールはない。明確な離脱ルールがない中でEU側がギリシャをユーロ離脱に追い込むということは、マーケットに第2のギリシャを探すようそそのかすようなものである。こうした無用なリスクをEU側が抱え込むとは考えにくい。 メルケル独首相はオバマ米大統領と28日に電話で協議。ギリシャのユーロ残留が重要だという認識で一致した。またルー米財務長官はチプラス首相との電話協議で、危機への持続可能な解決策を見いだすことがギリシャの利益に最もかなうと話した。ギリシャ:銀行休業と資本規制-国内金融システム崩壊回避へ (Bloomberg、2015.06.29) 日本のメディアではあまり取り上げられていないが、今回のギリシャ問題に対して、メルケル独首相とオバマ米大統領が「ギリシャのユーロ残留が重要だという認識で一致した」ことは重要なニュースだと思っている。「リスク不感症」の日本市場打撃を受けるのは国際金融市場ではない 1980年代から中南米危機を時間をかけて処理して来た経験を持つ米国と、最大の債権国であるドイツが「ギリシャのユーロ残留」が重要であるという点で認識の一致を見たということは、EU側も米国側もギリシャをユーロ離脱に追い込むことが、国際金融市場に大きな打撃を与える可能性が高いことを認識していることを示唆したものであり、投資家にとって心強いものである。 ギリシャの四大銀行と呼ばれる最大手ナショナル銀行、ユーロバンク、アルファ銀行、ピレウス銀行の命綱がECBによる資金供給だ。各行の資料によると、5月時点で四大銀が利用したECB融資の金額は1千億ユーロを超え、国内預金残高に近い水準まで依存度を高めた。今回のECBの決定は大きな打撃となる。預金流出、半年で2割 ギリシャの銀行(日本経済新聞 電子版、2015.06.29) ECBがギリシャに対する資金供給の上限枠を引上げないという決定がギリシャの銀行に大きな打撃になるという報道もみられる。確かに、ギリシャの銀行にとって、今回のECBの決定が資金繰り上大きな打撃であることは事実である。 しかし、ギリシャの銀行にとって大きな打撃になるということと、国際金融市場にとって大きな打撃になることは別次元の問題である。ギリシャの銀行が、資金調達を国際金融市場からではなくECBに頼っているということは、言い換えればギリシャの銀行が破綻に追い込まれたとしても打撃を受けるのはECBであって、国際金融市場ではないということでもある。「リスク不感症」の日本市場 今回のギリシャ危機が、震源地でない日本株の大幅下落を招いたのは、多くの投資家がギリシャ問題に関して誤解を抱いていたことに加え、日本の株式市場が日銀のETF購入やGPIFの日本株組入れ比率の引上げなどによって「リスク不感症」になっていたからである。ギリシャのデフォルト懸念を受けて安値を示す株価ボード=6月29日午前、東京都中央区(長尾みなみ撮影) 金融的には、国際金融市場から実質隔離されているギリシャ危機の影響は、EU側がギリシャをユーロ離脱に追い込むというような誤った対応を採らない限り、限定的なものに留まる可能性が高いと思われる。 さらに、この2週間で20%以上の大幅な株価下落を記録している中国上海市場の影響も、中国市場が国際金融市場から隔離されていることを考えると、金融的な影響は限定的である。 ギリシャと中国という、国際金融市場から実質隔離されている国で起きた危機によって、日本株は今年最大の下落幅を記録した。しかし、国際金融市場から実質隔離された国で起きた危機は、金融的な影響という意味では限定的なものである可能性は高い。懸念しなければならないことは、ギリシャ危機に伴う欧州経済の変調や、株価急落による中国経済への影響である。これらは今後ボディーブローのように日本経済、日本市場に効いてくる可能性はある。 それによる影響を最小限に食い止めることが出来るか否かは、それまでに日本が「先入観による思い込み」と「リスク不感症」から脱しているかに掛かっている。関連記事■ シェール革命はサブプライム危機の二の舞か■ 混乱の時代に国家の意義見直せ■ 「高負担」受容し財政危機避けよ

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    AIIBにみる中国の金融野心と参加国の策略

    西尾幹二(評論家) 中国主導によるアジアインフラ投資銀行(AIIB)に、英国を先頭に仏独伊など西欧各国の参加意思が表明され、世界50カ国以上にその輪が広がったことが、わが国に少なからぬ衝撃を与えたように見える。中国による先進7カ国(G7)の分断は表向き功を奏し、米国の力の衰退と日本の自動的な「従米」が情けないと騒ぎ立てる向きもある。なぜ帝国主義台頭を許すのか もとより中央アジアからヨーロッパへ鉄道を敷き、東南アジアからインド洋を経てアフリカ大陸に至る海上ルートを開く中国の壮大な「一帯一路」計画は夢をかき立てるが、しかしそれが中国共産党に今必要な政治的経済的戦略構想であり、中華冊封体制の金融版にほかならぬことは、だれの目にもすぐに分かるような話ではある。 中国は鉄鋼、セメント、建材、石油製品などの生産過剰で、巷(ちまた)に失業者が溢(あふ)れ、国内だけでは経済はもう回らない。粗鋼1トンが卵1個の値段にしかならないという。 外へ膨張する欲求は習近平国家主席の「中華民族の偉大なる復興」のスローガンにも合致し、ドル基軸通貨体制を揺さぶろうとする年来の野心に直結している。それはまた南シナ海、中東、中央アジアという軍事的要衝を押さえようとする露骨な拡張への動機をまる見えにしてもいる。 それならなぜ、遅れてきたこのファシズム的帝国主義の台頭を世界は許し、手を貸すのだろうか。今まで論じられてきた論点に欠けている次の3点を指摘したい。人民大会堂前で、隊列を組んで行進する武装警察隊員=北京 計画の壮大さに目がくらみ、浮足立つ勢力に、実行可能なのかどうかを問うリアリズムが欠けている。中国の外貨準備高は2014年に4兆ドル近くに達しているが、以降急速に減少しているとみられている。中国の規律委員会が1兆ドル余は腐敗幹部により海外に持ち出されているとしているが、3兆7800億ドルが消えているとする報道もある。策略にたけた欧州の狙い 持ち出しだけではもちろんない。米国はカネのすべての移動を知っているだろう。日本の外貨準備高は中国の3分の1だが、カネを貸している側で対外純資産はプラスである。最近知られるところでは、中国政府は海外から猛烈に外貨を借りまくっている。どうやら底をつきかけているのである。 AIIBは中国が他国のカネを当てにし、自国の欲望を満たそうとする謀略である。日米が参加すれば巨額を出す側になる。日本の場合、ばかばかしい程の額を供出する羽目になる可能性がある。安倍晋三政権が不参加を表明したのは理の当然である。 第2に問われるべきは欧州諸国の参加の謎である。欧州はロシアには脅威を感じるが中国には感じない。強すぎるドルを抑制したいというのが欧州連合(EU)の一貫した政策だが、ユーロがドルへの対抗力となり得ないことが判明し、他に頼るべき術(すべ)もなく、人民元を利用しようとなったのだ。 中国の力を味方につけて中露分断を図り、ロシアを少しでも抑制したいのが今の欧州の政治的欲求でもある。それは安倍政権がロシア接近を企て、それによって中国を牽制(けんせい)したいと考える政治的方向と相通じるであろう。欧州は経済的に日米から、政治的にロシアから圧力を受けていて、そこから絶えず自由になろうとしているのがすべての前提である。日本の本当の隣国は米国だ それなら英国が率先したのはなぜか。英国が外交と情報力以外にない弱い国になったからである。英米はつねに利害の一致する兄弟国ではなく、1939年まで日本人も「英米可分」と考えていた。 第二次大戦もそれ以降も、英国は米国を利用してドイツとロシアを抑止する戦略国家だった。今また何か企(たくら)んでいる。中国はばか力があるように見えるが直接英国に危害を及ぼしそうにない。その中国を取り込み、操って政治的にロシアを牽制し、日本と米国の経済的パワーをそぐ。これは独仏も同じである。日本が大陸の大国と事を構えて手傷を負うのはむしろ望むところである。AIIBは仮にうまくいかなくても巨額は動く。欧州諸国の巧妙な策略である。 第3に中国と韓国は果たして日本の隣国か、という疑問を述べておく。地理的には隣国でも歴史はそうはいえない。隣国と上手に和解したドイツを引き合いに日本を非難する向きに言っておくが、ドイツが戦後一貫して気にかけ、頭が上がらなかった相手はフランスだった。それが「マルクの忍耐」を生んでEU成立にこぎ着けた。 それなら同様に戦後一貫して日本が気兼ねし、頭が上がらなかったのはどの国だったろうか。 中国・韓国ではない。アメリカである。ドイツにとってのフランスは日本にとっては戦勝国アメリカである。日本にとっての中国・韓国はドイツにとってはロシアとポーランドである。その位置づけが至当である。こう考えれば、日米の隣国関係は独仏関係以上に成功を収めているので、日本にとって隣国との和解問題はもはや存在しないといってよいのである。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

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    日米が警戒するAIIBの悪しき野望

    石井孝明(経済・環境ジャーナリスト) 中国が主導するアジアインフラ投資銀行(AIIB)の、悪しき野望がささやかれている。性能では劣るが、安価な中国製原子力発電所をアジア各国に輸出し、経済基盤を支配しようというものだ。AIIB参加に慎重な日米政府は、これを警戒しているという。原発など、エネルギー事情に詳しいジャーナリストの石井孝明氏が迫った。 「AIIBの狙いの1つは、『赤い原子炉』を輸出するための融資体制づくりではないのか」 アジア某国の外交官はこう語った。日本の当局者もこの疑惑を否定しなかった。中国がAIIBを使って、経済覇権をアジアで広げようとすることへの懸念が出ているが、原発が武器となる可能性があるという。 福島第1原発事故で日本では原発への信頼は地に落ちたが、アジア各国では電力・エネルギー不足を補うため、原発の建設計画がめじろ押しだ。中国は現在、30基を運転しているが、2030年までに約140基、50年までに約500基の原子炉稼働を計画している。 前出の外交官によれば、中国の政府関係者と原子力関係企業がアジア各国で、中国製原子炉をセールスしていることが確認されているという。 原発は、建設に約3000億円、操作・管理・修繕を請け負えば毎年数十億円が入ってくる。エネルギーは国の基盤であり、「原発を押さえれば、その国の経済を牛耳ることができる」(外交官)というわけだ。 日米が主導するアジア開発銀行(ADB)に、原発への融資の実績はない。新設となるAIIBは自然と、新しい取り組みである原発建設の支援に向かうとみられる。原発の建設費は巨額だが、AIIBを使えば問題は乗り越えられる。ホワイトハウスで共同記者会見を終え、握手する安倍首相(左)とオバマ米大統領=4月28日、ワシントン(共同) ただ、現時点で、中国の原子力関係企業や研究者の技術力は、日米欧の企業よりも劣るとされる。同国の十八番である工事の手抜きや、人為的ミスも心配される。 万が一、原発事故が起これば、その被害は破滅的だが、中国製原発はとにかく安価だ。中国のSNTPCグループが5月、アルゼンチンで原子炉建設を受注したが、相場よりも1、2割程度安い値段だったもようだ。 日本には、東芝と三菱重工、日立という原子炉を製造できる企業が3つもあり、国際的に優位性を持っている。だが、国の無策と社会の無理解ゆえ、「このままでは、日本の優位性が失われて、中国に負けてしまう。それでいいのか」(原子力関係の研究者)と懸念を示す声もある。 一方、中国は技術力の後れを取り戻すため、日米欧の最新技術の収集に全力を挙げている。 日米当局は、技術や情報の流出とともに、AIIBを利用した中国製原発の乱立を強く警戒しているという。 いしい・たかあき 経済・環境ジャーナリスト。1971年、東京都生まれ。慶応大学経済学部卒。時事通信記者、経済誌記者を経て、フリーに。エネルギー、温暖化、環境問題の取材・執筆活動を行う。アゴラ研究所運営のエネルギー情報サイト「GEPR」の編集を担当。著書に「京都議定書は実現できるのか」(平凡社)、「気分のエコでは救えない」(日刊工業新聞)など。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

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    AIIBは“借金大国”中国の偽装銀行だ

    【お金は知っている】田村秀男(産経新聞特別記者) 本欄前回で触れた「借金と経済」を、米国と中国の「2大経済超大国」にあてはめてみよう。 米国の経済モデルとは、家計が借金して消費することで景気をよくする。その借金の財源は国内では賄えないので、海外から借り入れる。その資金調達は難なくできる。ドルは世界の基軸通貨だし、ニューヨーク金融市場という世界最強、最大の金融取引場がある。 対する中国の経済モデルは借金による投資主導型である。家計消費は国内総生産(GDP)の35%程度で、米国の同7割の半分の水準でしかないが、固定資産投資は約5割もある(日米は2割前後)。 中国は経済を高度成長させるためには投資を増やせばよいわけで、リーマン・ショック後は党指令によって国有商業銀行が不動産開発資金を国有企業や地方政府に融資してきた。国内資金で足りない分は国有銀行や企業が海外の銀行からの借り入れで間に合わせる。 では、米国と中国のどちらの国際銀行借り入れが大きいか。毎年どれだけ銀行から借り入れているかを、国際決済銀行(BIS)の国際銀行融資統計でみると、中国は2012年から米国をしのぐ規模で海外から借金し続けている。 14年12月末の前年比では1422億ドル増、米国の830億ドル増はもとより、途上国全体の1300億ドル増を上回る。さらに、中国の債券(債務証券)による海外での資金調達額も14年は1656億ドルで米国の1571億ドルを上回る。中国は世界最大の借り手であり、借金で投資主導型経済モデルを維持しているわけだ。 ニューヨーク市場は多種多様な金融商品をそろえているので、世界の銀行、金持ち、機関投資家が喜んでカネを回す。対照的に、上海市場は規制だらけで、市場を埋め尽くす人民元は党直属同然の中国人民銀行によって発行され、外国為替市場は当局が決める交換レートで管理される。特権を持った党官僚が支配する国有企業、国有銀行のために存在するのが上海市場だ。さりとて、当局が金融市場を自由化すれば、党官僚など特権層が資産を海外に持ち出すだろうし、人民元相場は投機で乱高下し、党指令型経済は崩壊に至る恐れがある。 他方で、中国は投資主導以外、経済成長の減速を食い止める方法がない。そのためロンドンやニューヨーク市場での借金をこれまで以上に増やす必要があるが、不動産バブル崩壊不安の中国の信用力には難がある。欧州主要国が加わり多国間の看板を掲げるアジアインフラ投資銀行(AIIB)は、借金大国中国の偽装銀行なのである。 中国の借金投資は党独裁と党官僚の権益温存のためにある。日本は米国とともにAIIBに参加を拒否するのは当然だが、米国の家計債務は簡単に増やせないので消費の回復は遅い。中国式借金型経済モデルは論外としても、米国のそれもあてにならない以上、日本は独自の経済成長モデルを提起せねばなるまい。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

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    「米中冷戦時代」の到来か 対立も辞さない習近平

     [チャイナ・ウォッチャーの視点]石 平 (中国問題・日中問題評論家) 先月末から今月中旬までの日米中露の4カ国による一連の外交上の動きは、アジア太平洋地域における「新しい冷戦時代」の幕開けを予感させるものとなった。 まず注目すべきなのは、先月26日からの安倍晋三首相の米国訪問である。この訪問において、自衛隊と米軍との軍事連携の全面強化を意味するガイドラインの歴史的再改定が実現され、日米主導のアジア太平洋経済圏構築を目指すTPPの早期締結の合意がなされた。政治・経済・軍事の多方面における日米一体化はこれで一段と進むこととなろう。 オバマ大統領の安倍首相に対する歓待も、日米の親密ぶりを強く印象付けた。そして5月1日掲載の拙稿で指摘しているように、アメリカとの歴史的和解と未来志向を強く訴えた安倍首相の米国議会演説は、アメリカの議員たちの心を強く打った。この一連の外交日程を通じて、まさに安倍演説の訴えた通り、両国関係は未来に向けた「希望の同盟関係」の佳境に入った。 もちろんその際、日米同盟の強化に尽力した両国首脳の視線の先にあるのは、太平洋の向こうの中国という国である。ある意味で、日米関係強化の「裏の立役者」は習近平国家主席その人なのである。「アメリカとの対立も辞さない」という中国のメッセージ(画像:istock) 2012年11月の発足以来、習政権は鄧小平時代以来の「韬光養晦戦略」(能在る鷹は爪隠す)を放棄して、アジアにおける中国の覇権樹立を目指して本格的に動き出した。13年11月の防空識別圏設定はその第一歩であったが、それ以来、南シナ海の島々での埋め立てや軍事基地の建設を着々と進めるなど、中国はアジアの平和と秩序を根底から脅かすような冒険的行動を次から次へと起こしてきた。 習主席はまた、「アジアの安全はアジア人自身が守る」という意味合いの「アジア新安全観」を唱え始めたが、それはどう考えても、「アジア人」ではないアメリカの軍事的影響力をアジアから閉め出そうとするための理論武装である。「米国排除」を露骨に訴えたこのようなスローガンを掲げることによって、習政権はアメリカとの対立姿勢を明確にしている。 その一方、習主席はアメリカに対して、「太平洋は広いから米中両国を十分に収容できる」という趣旨のセリフを盛んに繰り返している。上述の「アジア新安全観」と照らし合わせてみると、中国の戦略的考えは明々白々である。要するに、太平洋を東側と西側にわけてその東側をアメリカの勢力範囲として容認する一方、太平洋の西側、すなわちアジア地域の南シナ海や東シナ海からアメリカの軍事力を閉め出し、中国の支配地域にする考えだ。 つまり、「太平洋における両国の覇権の棲み分けによって中国はアメリカと共存共栄できる用意がある」というのが、習主席がアメリカに持ちかけた「太平洋は広いから」という言葉の真意であるが、逆に、もしアメリカがアジア地域における中国の覇権を容認してくれなければ、中国はアメリカとの対立も辞さない、というのがこのセリフに隠されているもう一つのメッセージである。習近平は明確に、アジア太平洋地域における覇権を中国に明け渡すよう迫ったわけである。 もちろんアメリカにしてみれば、それはとてもできない相談であろう。アジア太平洋地域におけるアメリカのヘゲモニーは、世界大国としてのアメリカの国際的地位の最後の砦であり、死守しなければならない最後の一線である。近代以降の歴史において、まさにそれを守るがために、太平洋戦争、朝鮮戦争、ベトナム戦争という3つの対外戦争を戦い、夥しい若者たちの血が流れた。そうやって確保してきたアジア覇権を、今さら中国に易々と明け渡すわけにはいかない。 実際、オバマ政権になってからアメリカが「アジアへの回帰」を唱え始めたのも、2020年までに米海軍と空軍力の60%をアジア地域に配備する計画を立てたのも、まさに中国に対抗してこの地域におけるアメリカのヘゲモニーを守るためである。そういう意味では、アジア地域から米国を閉め出して中国の覇権を確立しようとする習近平戦略は宿命的に、アメリカとの対立を招くこととなろう。経済面でもアジア支配の確立を目指す経済面でもアジア支配の確立を目指す さらに、習政権は経済面での「アメリカ追い出し作戦」に取りかかっている。2015年の春から、アメリカにとって重要な国であるイギリスを含めた57カ国を巻き込んでアジアインフラ投資銀行(AIIB)設立の構想を一気に展開し始めた。これは明らかに、日米主導のアジア経済秩序を打ち壊して中国によるアジアの経済支配を確立するための戦略であるが、アメリカの経済的ヘゲモニーにまで触手を伸ばすことによって、習政権は米国との対立をいっそう深めたと言える。 ここまで追い詰められ、流石にオバマ政権は反転攻勢に出た。そうしなければ、アジア太平洋地域におけるアメリカのヘゲモニーは完全に崩壊してしまうからだ。前述の日米関係の空前の強化はまさにその反転戦略の一環であろうが、日米両国による軍事協力体制の強化とTPP経済圏の推進はすべて、「習近平戦略」に対する対抗手段の意味合いを持っている。 そして、4月下旬の日米首脳会談を受け、日本が先頭に立って中国のAIIB構想に対する対抗の措置を次から次へと打ち出した。 まずは5月4日、アジア開発銀行(ADB)は、アジアでのインフラ整備に民間企業が投資しやすくするための信託基金を設立したと発表した。その中で、日本は4000万ドル(約48億円)を拠出。カナダ、オーストラリアの各政府とADBからの拠出分を足して計7400万ドル(約90億円)を集めた。 さらに5月21日、安倍晋三首相は第21回国際交流会議「アジアの未来」の晩さん会で演説した。「質の高いインフラをアジアに広げていきたい」としてADBと連携し、アジアのインフラ整備に今後5年間で約1100億ドル(約13兆2000億円)を投じると表明した。それは明らかに、中国主導のAIIBへの対抗措置であると理解すべきであろう。このように、経済面での日米同盟の対中国反撃は着々と始まっているようだ。 それを受け、中国は今度、ロシアとのいっそうの関係強化に乗り出した。5月初旬に「主賓」としてロシアで行われた戦勝記念日の軍事パレードに参加し、プーチン大統領との親密ぶりを演じてみせる一方、地中海におけるロシア軍との合同軍事演習にも踏み切った。また、経済面においても、中露両国がそれぞれ主導する新シルクロード経済圏構想と、「ユーラシア経済連合」の2つを連携させることで一致したという。 おそらく習主席からすれば、日米同盟に対抗するためには、軍事と経済の両面におけるロシアとの「共闘体制」を作るしかないのだろうが、それによって、1950年代の日米VS中ソの冷戦構造が習主席の手により複製されたと言えるだろう。日本は、迷うことはない その数日後、米軍は南シナ海での中国の軍事的拡張に対し、海軍の航空機と艦船を使っての具体的な対抗措置を検討し始めたことが判明した。アメリカはようやく本気になってきたようである。このままでは、南シナ海での米中軍事対立は目の前の現実となる公算である。 こうした中で、ケリー米国務長官は今月16日から訪中し、南シナ海での盲動を中止するよう中国指導部に強く求めた。それに対し、中国の王毅外相は「中国の決意は強固で揺らぎないものだ」ときっぱりと拒否した。中国はもはやアメリカとの対立を隠そうともしない。自らの覇権戦略を進めていくためには、アメリカを敵に回しても構わないという強硬姿勢を示した。一方でケリー国務長官と会談した習主席は相変わらず「広い太平洋は米中両国を収容できる空間がある」とのセリフを持ち出して、アメリカに対して太平洋の西側の覇権を中国に明け渡すよう再び迫った。 そして21日、米国防総省のウォーレン報道部長は記者会見の中で、中国が岩礁埋め立てを進める南シナ海で航行の自由を確保するため、中国が人工島の「領海」と主張する12カイリ(約22キロ)内に米軍の航空機や艦船を進入させるのが「次の段階」となると明言した。 このような攻防からも、アジア太平洋地域における経済・軍事両面においての米中覇権争いがもはや決定的なものとなった感がある。対立構造が鮮明になり、新たな「米中冷戦」の時代がいよいよ幕を開けようとしている。今月20日、アメリカのCNNテレビが、南シナ海で人工島の建設を進める中国に対して偵察飛行を行うアメリカ軍機に中国海軍が8回も警告を発したという生々しい映像を放映したが、それはまさに、来るべき「米中冷戦」を象徴するような場面であると言えよう。 ベルリンの壁の崩壊をもってかつての冷戦時代が終焉してから26年、世界は再び、新しい冷戦時代に入ろうとしている。以前の冷戦構造の一方の主役はすでに消滅した旧ソ連であったが、今やそれに取って代わって、中国がその主役を買って出たのだ。 米中の対立構造がより鮮明になれば、日本にとってはむしろ分かりやすい状況である。戦後の日本はまさに冷戦構造の中で長い平和と繁栄を享受してきた歴史からすれば、「新しい冷戦」の始まりは別に悪いことでもない。その中で日本は、政治・経済・軍事などの多方面において、同じ価値観を持つ同盟国のアメリカと徹頭徹尾に連携して、アジア太平洋地域の既成秩序を守り抜けばそれで良い。ここまできたら、迷うことはもはや何もないのである。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

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    「人民元帝国」AIIBの罠

    田村秀男(産経新聞特別記者・編集委員)人民元戦略の仕上げ 朝日、日経、NHKなどメディア界では、加盟国が50カ国を超えたという中国主導によるAIIB(アジアインフラ投資銀行)について、参加を見送っている日本と米国が国際的に孤立した、という論調だらけだ。産業界や与野党議員の重鎮クラスも「バスに乗り遅れるじゃないか」と言い出しているが、いくら乗り遅れようとも、中国共産党が運転するバスにだけは乗ってはいけない。 AIIBの正体とは、中国共産党指令機関である。習近平党総書記・国家主席がめざす「人民元帝国」建設の第一歩であり、軍事プラス通貨・金融で覇権国の条件を満たした中国が、日本を圧倒するコースが筆者には見える。 米国との結束が欠かせないが、油断は禁物だ。人民元帝国の台頭によって日本が受ける脅威は経済・ビジネスから外交・安全保障まですべての面にわたるのだが、米国にとってみれば欧州と同様、経済の実利面ではプラスになりうるし、外交・安全保障では「いますぐそこにある危機」とはみなされないからである。人民元帝国が不可避とみれば、米国は日本を置き去りにして中国と組むだろう。 中国の人民元戦略がなぜ日本にとっての脅威になるのか、ひとことで言えば、それは中国の対アジア外交・軍事戦略を担うからである。 歴史を振り返れば、人民元を発行する中国人民銀行は人民解放軍と同様、1949年10月1日の中華人民共和国建国に先だって創立された。 日中戦争当時、日本軍の軍票や汪兆銘の親日政権が発行する銀行券は信用度において、蒋介石の国民党政府の通貨「法幣」にかなわなかった。法幣は英米の支援を受けて精巧につくられていた。日本軍は法幣を持たないと物資の調達に事欠く始末で戦線を拡大せざるをえなくなり、泥沼にはまってしまった。 ところが、蒋介石政権は日本敗退後、法幣を乱発して悪性インフレを引き起こし、住民に見放された。共産党が支配する解放区には高度の教育を受けた金融界などの高度な人材が腐敗した国民党政府を見限って集まり、規律ある発券銀行制度を整備した。共産党勢力は十年以上をかけて人民弊(人民元)を全土に浸透させ、国共内戦に勝利したのだが、言わば通貨戦争での勝利が大きな要因になった。 通貨、人民元は、建国後も中国国内でしか通用しないローカル通貨に長く甘んじてきた。その国際通貨化を党が最初に打ち出したのは1993年、党第14期中央委員会第三回総会まで遡る。このときの「人民元を逐次兌換可能な通貨にする」という決議は、党官僚や人民銀行首脳部に延々と引き継がれてきた。その仕上げを目論むのが習近平総書記である。まずは戦略物資入手 2008年9月のリーマン・ショックが起きると、中国は人民元を国際通貨の一角にしようと国際通貨基金(IMF)に働きかけ始めた。IMFはドル、ユーロ、円、英ポンドの四大国際通貨を合成した帳簿上だけの通貨「SDR」(特別引き出し権)を発行している。 SDRを構成する通貨はいつでもSDRを通じて他の通貨に交換できるので、世界の通貨当局や中央銀行が準備資産として組み込む。すると、世界の企業や金融機関も安心してその通貨で決済するので、SDR構成通貨は世界で通用する。そうなると、SDR構成通貨を発行する国は、お札を刷りさえすれば何でも買えるようになる。 ドルはその国際通貨中の国際通貨を意味する基軸通貨だが、原油など戦略資源や金融商品がドル建てで取引されているので、各国はドルを尺度にした外国為替取引をせざるをえない。ドイツやフランスは第二の基軸通貨を狙って、欧州共通通貨ユーロを創設した。中東産油国は一時、ユーロ建てで原油を売ろうとしたが、イラクのサダム・フセインがその先鞭を付けたところ、大量破壊兵器疑惑の大義名分で米軍によって放逐された。民家の庭に掘った穴からサダムが引きずり出されたとき、手にしていたのは逃走用資金の100ドルの札束だった。サウジアラビアなど周辺産油国は、ユーロ建て取引を口にしなくなった。 中国が目指すのは、まずは人民元で戦略物資を入手することだ。ロシアやイランなど中東産油国に対して、人民元による原油代金決済を働き掛けている。人民元が国際通貨として認定されれば、産油国も受け入れやすくなるだろう。新シルクロード経済圏 そればかりではない。地政学的に繋がるアジア各国に人民元が浸透すれば、中国外交の影響力は絶大になる。刷った人民元資金で、インフラ整備の名のもとに中国の軍艦が寄港できる港湾の建設や、石油パイプラインも敷設できる。人民解放軍を送り込める鉄道が敷設、延長される。中国製品の輸入が急増しているカンボジア、ラオス、ベトナム、タイ、ミャンマーなどは人民元を必要とするので、中国資本の進出を歓迎せざるをえない。 その結果、いまのところアジアの中国国境付近に留まっている人民元経済圏がアジア全域に広がるだろう。 すると、アジアにおける日本の影響力は衰退し、企業や銀行は円に代わって人民元で決済せざるをえなくなる。対中依存を強めた国相手との外交で、日本は劣勢に立たされるようになる。 中国が人民元をSDR構成通貨にしようとする企みはいま、AIIBと同様、習近平総書記の主唱による「新シルクロード経済圏」構想と同時に進行している。そのエリアは産油国のロシア、中東から、華人が支配する東南アジア、中国依存の度合が強い韓国、台湾と広大なエリアに広がる。 インド、パキスタンなど南アジア、カザフスタンなど中央アジア、さらに東アフリカや欧州の一部にも人民元が浸透して行くだろう。この経済圏建設の柱は、アジア全域を含むユーラシア大陸から中東・東アフリカを結ぶインフラ整備「一帯一路」のネットワークで、その建設資金をAIIBが受け持つというわけである。 AIIBの資金調達問題についてはのちほど詳述するが、資金源に人民元を使えるようすれば中国の主導性はますます強化されるので、ともかく人民元を国際通貨の座に押し上げなければならない。そのための北京のロビイングはいま、たけなわだ。 3月23日、ちょうど世界各国が相次いでAIIB参加を表明している最中に、中国の李克強首相は訪中していたラガルドIMF専務理事と北京で会談した。 新華社通信によると、首相は国際通貨基金(IMF)の特別引き出し権(SDR)の構成通貨に人民元を採用するよう、専務理事に申し入れた。首相はラガルド氏に対し、人民元による資本取引への取り組みを加速し、国内個人の海外投資や外国の機関投資家の中国資本市場への投資を支援する仕組みをさらに整える意向を示した。 さらに、人民元がSDR構成通貨に採用されることで、金融の安定維持や、中国の資本市場および金融分野の開放促進に向け、中国が国際社会で積極的な役割を担うことを期待していると語ったという。その前日にはやはり、93年の人民元国際化決議遵守を自身の政治的信条とする周小川人民銀行総裁がラガルド氏に会って、人民元のSDR通貨化で熱弁を振るった。中国のご機嫌をとるEU中国のご機嫌をとるEU IMFは、SDR構成通貨の見直しを5年ごとに行う。人民元は今年10月に、IMF理事会の議題に上がる予定だ。北京は2010年にも申請したが、IMF理事会は却下した。 IMFの審査基準は二つあり、通貨発行国の輸出量と、その通貨が国際的に自由利用可能通貨かどうかという点だ。2010年の審査では、人民元は第一の基準のみに適合していた。これから実施する新段階の審査は、人民元国際化への最新の進展状況を評価するという。 中国は10年以降、アジアを中心に国有商業銀行を現地進出させ、人民元資金を現地に供給して貿易の人民元決済を普及させてきた。習近平政権は、さらにロンドンなど国際金融センターに人民元の決済拠点を置き、国境を越えた銀行間の人民元取引を活発化させようとしている。 中国の要請に対するラガルド専務理事の態度は、中国では前向きとも受け取られている。北京より前に訪問した上海では、復旦大学で講演したあとの質疑応答で「採用されるかどうかの問題ではなく、いつ実現するかという時間の問題だ」と述べた。「依然として多くの作業が必要とされており、これは誰もが認識していることだ」とも付け加えたのは、国際官僚特有の処世術だ。 IMFの決定に米国と並んで最も強い影響力がある英、独、仏など欧州主要国は、英国を皮切りに雪崩を打つようにしてAIIBに参加したいきさつがある。英国はロンドン金融市場を海外での人民元決済の最大の拠点としようとして、対中譲歩を重ねてきた。 AIIB参加はもとより、習近平政権によるチベットなどでの人権抑圧、旧英国領の香港での民主化要求デモにも一切口をつぐみ、ウィリアム王子に北京を訪問させて習総書記の機嫌をとるなど、卑屈なばかりの対中配慮外交である。 フランスは欧州連合(EU)の対中武器禁輸の抜け道を使って2013年にヘリコプター着艦装置を輸出するなど、これも実利先行だ。ドイツもフランクフルト市場での人民元決済で英国に対抗しようとするほか、中国市場でのビジネス利権確保に躍起となっている。 10月のIMF理事会では、日本と米国だけが人民元のSDR通貨採用に反対しそうだが、米国も中国でのビジネス利権拡張の餌をちらつかされると最終的に転ぶかもしれない、という不安がないわけではない。日本の財務省筋は、「いずれにせよ時間の問題になっている」と無気力だ。財務官僚と言えば、IMFに気前よく資金を出しては消費税増税を対日勧告させる工作だけは熱心だが、国益がかかる人民元問題ではまるでおとなしい。本質は外交・安全保障 ここで、AIIBに立ち返って詳細に問題を検討してみる。 まず目に付くのは、日本を含め世界のメディアでは一般的に言って、中国の政治経済システムについてごく基本的な理解を欠いていることだ。それは中国のあらゆる政府組織、中央銀行(中国人民銀行)とも軍と同じく、習近平党総書記・国家主席を頂点とする共産党中央の指令下にあることだ。日米欧のように三権分立、民主主義制度が確立されている国とは根本的に異なる。 中国主導のAIIBも中国人民銀行と同じく党中央、あるいは習近平総書記の直轄下に位置づけられよう。AIIBは形式上では中国財政省に管轄されるが、財政相は党のランクでは下位にあるので、党中央政治局常務委員会の意向に従わなければならない。 だからこそ、AIIBは多国間の機関であっても、中国は当初から資本金の50%出資を表明し、今後出資国が増えても40%以上のシェアを維持する構えだ。総裁は元政府高官、本部も北京。主要言語は中国語。今後、何が起きるか、火を見るよりも明らかだ。 たとえば、党中央が必要と判断したら北朝鮮のAIIB加盟が直ちに決まり、同国向け低利融資が行われて日本の経済制裁は事実上、無力化するだろう。あるいは党の指令によって、東南アジアや南アジアでの中国の軍艦が寄港する港湾設備がAIIB融資によって建設される。AIIB問題の本質は外交・安全保障であり、平和なインフラ開発資金の融資話は表看板に過ぎない。 いま、政府内部や産業界、朝日、日経新聞などメディアの一部でAIIB出資論が出ているが、実質的には「党指令先の組織に日本もカネを出せ」という意味になり、ブラックジョークである。日本政府は参加のためには、融資基準などの透明性に疑問があるとして6月末までに参加するかどうかを先送りしたが、4月はじめには「対処方針」なるものをメディアにリークした。それによると、参加する場合は当初、1800億円出資するというが、国内の参加要求勢力に説明する必要に迫られたからだ。 事実、福田康夫元首相らAIIB賛同者には「親中派」の自民党重鎮もいる。彼らは、「AIIBは英独仏など欧州主要国も参加する多国間の協力機構ではないか、党中央に支配されるはずはない」という具合に反論するだろう。メディアの見立ての甘さ 世界銀行、アジア開発銀行、国際通貨基金(IMF)など既存の国際金融機関は主要出資国代表で理事会を構成し、運営されている。楼継偉財政相は3月22日に北京で開いた国際会合で、「西側諸国のルールが最適とは限らない」と強調した。 同財政相ら当局者はこれまで、世銀やアジア開銀などのように頻繁に開かれる理事会による決定方式を否定し、トップダウンによる即断即決方式を示唆してきた。AIIBの北京本部には常設理事会を置かず、各国代表の理事は各国に在住するままで、年に一度程度の総会に参加するだけだから、これではまるで党が指揮する議会、全国人民代表大会(全人代、年一度開催)同然である。 4月10日には、「日中議会交流委員会」のため来日した全人代代表がAIIBについて日本側から示されたガバナンス面での懸念に対し、「公開性、透明性をもってやっていく」と述べた。彼らにとっての透明性とは、党トップに指示された政策をそっくりそのまま公開、実行することなのだ。 圧倒的な出資シェアを持つ中国の意図は、世銀やアジア開銀などと全く違う中国共産党式の意思決定方式なのである。親中派のメディア、財界、政治家はその現実を直視しようとしない。むしろ党幹部との接点を持つとうきうきする。何と不見識で無知なことか。日経や欧米専門紙の甘さ日経や欧米専門紙の甘さ 日経新聞は「AIIBの否定や対立ではなく、むしろ積極的に関与し、関係国の立場から建設的に注文を出していく道があるはずだ」(3月20日付社説)と論じたが、仮に日本がマイナーな出資比率(1800億円でも、資本金500億ドルの場合で出資比率は3%)で参加したところで、党中央に伺いを立てるAIIB総裁の意思決定に影響力を持てるはずはないだろう。 日経に限らず、欧米の経済専門紙もその甘さには目を覆いたくなる。米国の制止を振り切って参加を決めた英国のメディアも、 「中国が3兆8000億ドルに上る外貨準備高のごく一部をAIIBに投じたいと思っている。中国が強い発言力を持っても、多国間機関で行いたいと言っていることは良いニュースだ」(3月25日付フィナンシャル・タイムズ紙)と持ち上げた。世界最大の外貨準備という「資力」を持つ中国が、アジアなどのインフラ建設資金融通を主導できるというのはとんでもない誤解である。 中国の外準残高は2014年末で3兆8430億ドル(世界2位の日本は1兆2000億ドル)もあるが、実は半年間で約1500億ドルも減った。ユーロ債の値下がりなど運用の失敗に加えて、景気の低迷や不動産相場の下落のなかで、資金流出が年間で4000億ドル以上に上るからである。無論、習近平政権による不正蓄財追及から逃れるために、一部党幹部らが裏ルートで資産を海外に持ち出していることも影響している。 外準は、人民銀行による人民元資金発行の原資になっている。外準が減ると、中国経済が貧血症状を起こす。そこで中国は急激な勢いで、国際金融市場から借り入れを増やしている。外準を対外融資に役立てるどころか、外から借金して外準のこれ以上の縮小に歯止めをかけようと躍起となっているのが実情だ。世界最大の外準は見せ金にしか過ぎず、惜しみなく対外信用供与に回すはずはない。中国は「債務大国」 以下はかなり専門的な話になるが大事なポイントなので、知っておいてもらいたい。 対外資産から対外負債を差し引いたものが「対外純資産」である。純資産が多ければ、それだけ外部からの借金に頼らず、外部により大きな債権を持つのだから「債権大国」と呼ばれる。第1位は日本、第2位が中国、第3位がドイツである。中国の対外純資産は14年9月末時で1・8兆ドルの対外純債権を持ち、日本に次ぐが、外準を除くと負債は資産を2・4兆ドルも上回る。 外準も資産には違いないが、融資や証券のような他の金融資産と同列に扱うことはできない。金融用語では、すぐに現金化できない資産のことを「流動性に乏しい」というが、外準はその類いである。おいそれとは動かせないのだ。つまり実質的な中身からすれば、中国は「債権大国」どころか債務大国なのである。 ロンドンなど国際金融市場にとってみれば、資本逃避に悩む中国は国際金融界にとって発展途上国のなかで最大の融資先、お得意先になっている。国際決済銀行(BIS、本部スイス・バーゼル)によると、中国の海外の銀行からの借入残高は14年9月末、1兆700億ドルで、前年比2800億ドル増えた。世界全体での国際銀行融資2700億ドル増を凌ぐ。 英国の参加はロンドンが取り仕切る国際金融界が中国の野心のあとを押し、その上がりで儲けようという強欲主義そのものだ。それは戦前、ナチスにカネを流した国際金融界の姿とダブる。英国はお得意さん中国のAIIB参加要請に応えたのだろうが、国際金融界はリスクに応じて高い金利を要求するだろう。 巨額のインフラ・プロジェクト融資が北京主導でできるはずはない。アジアのインフラ建設資金需要は、アジア開発銀行研究所が2009年9月にまとめた見積もりが唯一の参考資料である。それによると、2010年から2020年の11年間で総額8・3兆ドル、年間平均では約7500億ドルに上る。資金調達ができるのか? この巨額インフラ投資の経済効果に関して、報告書は、2010年以降、アジア開発途上国の実質所得が13兆ドルも増加する、と見込んでいる。具体的には中国が3兆5500億ドル、インドが3兆1400億ドルと突出しているが、インドネシア1兆2800億ドル、タイ1兆2400億ドル、マレーシア8300億ドル、ベトナム4000億ドルなどの実質所得押し上げ効果を持つという。 7500億ドルの資金調達と言ってもピンと来ないが、世銀、アジア開銀などの国際金融機関は、主として国際金融市場で債券を発行して調達した資金を融資する。その場合、各国政府および政府機関が債務返済保証をする。国際金融機関はメンバー国の政府が共同出資しているという信用があり、貸出先は政府が保証するのだから、国際金融機関が発行する債券はトリプルAの格付けが与えられる。 AIIBは当然、世銀やアジア開銀並みの格付けを狙うわけだが、ちょっと待ってほしい。そもそも、年間7500億ドルの資金を市場から調達できるのか。 そこでBIS統計から、国際金融市場でどのくらい債券による資金調達がなされているのか、調べてみた。 2013年は全世界で5130億ドル、2014年は6740億ドルである。このうち、世銀、アジア開銀など国際金融機関の調達分は13年が1140億ドル、14年が1387億ドルである。 最近の二年間をみる限り、年間7500億ドルもの資金を市場調達できるはずはない。 金利を高くするなど、よほど好条件で投資家を引きつけないことには資金調達できない。つまり、資金需要が一挙に高まるのだから金利が高騰してしまう。資金調達コストが上がれば、借り入れ国もたまったものではない。7500億ドルと言わないまでも、AIIBが巨額の資金を調達するのは市場の状況からみて不可能のように思える。 しかも、中国の債務証券発行額は増加の一途で、途上国全体の5割近いシェア(2014年)を占め、国際金融機関の発行額を上回っている。そんな情勢のもとで、AIIBという新しい国際金融機関が巨額の資金調達を行えるとは信じがたい。 4兆ドル近い中国の外貨準備はそもそも見せ金に過ぎないのだが、それを取り崩してAIIB融資の原資とするならよかろう。参加国は大いに結束して、中国に外準を吐き出せと迫るべきだ。が、北京はそれも合点承知、各国が徒党を組んで北京に迫る場になりかねない理事会を常設しないのだ。 真相はどうやら、中国は世界を巻き込む形で資金を調達し、行き詰まった経済成長モデルを建て直そうと狙っていることだ。甘い対中幻想をただせ甘い対中幻想をただせ AIIB加盟国のなかでもっとも多くのインフラ資金を必要としているのは中国であり、その規模は他国を圧倒している。その事実を明らかにしたのは、他ならぬ習近平党総書記・国家主席である。 3月下旬に海南省博鰲で開かれた国際会合で習氏は、「新シルクロード経済圏」構想の詳細を発表した。その付属文書で、「中国国内での建設中または建設予定のインフラ投資規模は1兆400億元(約1673億ドル、約20兆928億円)、中国以外では約524億ドル(約6兆2707億円)に上る」という。 AIIBは同経済圏に必要な資金を提供することになっているが、当面の資金需要の76%は中国発である。習政権は、自国単独では限界にきた国際金融市場からの資金調達を多国間機関名義にしようとするのである。 日本という世界最大のカネの出し手、債権国と、米国というドルの総元締めの参加抜きに、AIIBは世銀やアジア開銀のようにトリプルAの債券格付けを取得できず、せいぜい中国国債並みのシングルAが関の山だと債券の専門家はみる。要するに、低い金利での資金調達には難がある。 だとすれば前述したように、中国自身が人民元を発行してAIIBに貸し付ける手がある。それには、人民元が広く借入先に受け入れられることが条件になる。そのためには人民元が国際通貨である必要がある。だからこそ前述したように、IMFによるSDR構成通貨の認定を北京は渇望するわけだ。 中国がAIIBを創立し、アジア地域全体でインフラ投資ブームを演出する背景は、自身の窮状を打開するためだ。鉄道、港湾、道路などで需要を創出し、中国の過剰生産能力、余剰労働力を動員する。そのために必要な資金は、AIIBの名義で国際金融市場から調達する。人民元を受け入れてくれれば、外貨による調達を補える。 そして、中国主導の経済圏が拡大するにつれて、人民元が流通する領域を拡大させ、ゆくゆくは人民元を基軸とする経済圏を構築する。各国が人民元に頼るようになれば、外交面での中国の影響力が格段に強化される。AIIBは行き詰まりを見せている中国経済成長モデルの再構築と、党支配体制維持・強化のための先兵なのである。日本がそんな北京の思う壺にはまりこんでよいはずはない。 アジアでの中国の外交・軍事戦略を助長するという側面には、米国も無関心ではいられないはずだ。中国関連のビジネス利権に米国の目がくらまされないよう、日本はしっかりとワシントンに対し、日本やアジア各国が受ける脅威の大きさを説明し、AIIBや人民元帝国問題では日本が米国をリードする機会にすべきだろう。これまでのように対米追随であとは無思考というのでは、中国の人民元帝国膨張戦略に対抗できそうにない。 安倍政権は集団的自衛権など安全保障法制の整備などで日米同盟強化をめざすが、それだけでは人民元帝国の台頭には対応できそうにない。米国の対中外交をぐらつかせてはならない。日本は対米従属型と決別し、米国をリードする決意が必要だ。そのためには、国内の甘い対中幻想を厳しくただす必要があるのだ。関連記事■ 中国AIIBと対峙する日米の「剣」■ 中国、この腐肉に群がるハイエナ■ アジアインフラ銀は必ず失敗する

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    反・国債亡国論

    著者 daponte(東京都) この国の存立・発展にとって必須の要素はなにか。しばしば主張されることのひとつに「教育の改革、人材の育成」がある。そのとおりではないかと思われる。国の存立・発展のためには、各層・各分野における「人材の育成」が根本であろう。ただそのためには、あるべき教育についての確固たる理念、実行へ向けての強い意欲・覚悟が必要である。また財源(資金・予算)も大切で欠かせない要素であろう。 2020年に予定されるオリンピックの東京開催など短期的なテーマで毎日喧しいが、今こそ長期を展望した喫緊のテーマ、すなわち「教育」について徹底した議論を早急に行い具体的な施策を決定・実行すべきである。その重要な当事者は、中央政府、なかんずく総理大臣であろう。またそれを支える官僚・教育の現場の人たちであろう。 しかし、お金を握っている財務官僚が「国は貧乏で金はない。破産状態だ。教育なんぞに気前よく金を出せと言われても簡単には出せない」と考えているようだ。 今春、消費税が3%引き上げられた。それをもっとも喜んでいるのは財務官僚であろう。財政再建の第一歩が踏み出されたように見えるからである。財務官僚は、「消費税の8%、10%は当然、将来は15~20%への引き上げも視野に入れるべき」と考えている。そして「日本の政治家はもっと日本の財政の現状に留意すべきであろう」と述べている。はたしてそうだろうか。 財務官僚OBの榊原英資氏は、2013年10月2日の産経新聞「正論」で過去の数字をあげて「財務官僚としては新しい結論」を導いているように思われる。すなわち、「日本政府が大幅な財政赤字を出し続けていられたのも、日本の家計や企業の資産が増加し続け、それでファイナンスできたからだ。国債の発行を外国に依存する必要がなかったからだ」と書いている。そのとおりだ。 以下の式とデータをしばらく眺めていると、上記のことが納得できる。 経常収支=(民間貯蓄-民間国内投資)+(政府収入-政府支出)・・・ISバランス式 ここで民間貯蓄とは国民所得から民間消費と政府収入(税金等)を差し引いたものである。右辺の第1項が民間部門の貯蓄投資差額、第2項が政府部門の貯蓄投資差額と呼ばれる。そしてわが国の国債の所有はほとんど国内で占められている。 ただ、榊原氏がこんなことを言うのは初めて聞いた。 彼らは今まではこう言ってきた。「高額の国債を発行し続けると、金融マーケットは政府の償還能力に疑問を抱き、その結果国債の金利の高騰が避けられない。国債の支払い金利は激増し財政は破綻する。政府予算は組めなくなり、その機能は停止せざるをえない」と。しかし、上記の彼らの「新しい結論」が言っているように家計・企業の黒字が国債の原資となり、国債金利は暴騰しなかった。彼らが今まで主張してきたことは、嘘八百だったのだと言わざるをえない。 榊原氏はさらに「経常収支が黒字を維持している間に財政再建をしなくてはならない。再建のために残された時間はそれほど長くは残されていない」「経常収支黒字は急速に減少し、貿易収支は2011年から赤字に転じている」と主張している。本当にそうなのだろうか。 最近のdataを要約すると以下のようになる。国際収支一覧(財務省HP)本邦対外資産負債残高(同)政府(中央政府のみ)の資産・負債バランス          資産     負債    バランス 2009年末    647兆円  1,019兆円  -372兆円 2012年末    628      1,088      -459個人保有の金融資産残高 2012年末   1,570兆円 榊原氏も言うように、わが国の対外純資産・負債バランスは世界ナンバーワンである。すなわち稼ぎ過ぎなのである。かりに経常収支が恒常的に赤字になり、たとえば毎年10兆円の赤字が続いたと仮定しても、わが国の対外純資産・負債バランスがマイナスになるには30年以上の年月が必要である。わが国は、当分PIGS※にはならない。※編集部注 PIGSは、自力での財政・金融再建が不可能になったとみられる国を指す英造語。1990年代から使用例があり、2008年の世界金融危機以降に多用された。当初は欧州のポルトガル(P)、イタリアまたはアイルランド(I)、ギリシャ(G)、スペイン(S)を指した。 また、1992年に比較して2013年の輸出は25兆円(年間)も増加しており、貿易立国は健在である。ただし最近になって原子力発電が停止されたため原油・LNGの輸入が急増している。またその価格高騰も輸入金額増加の大きな要因である。そのため貿易収支は赤字に転じた。ただ経常収支は激減したものの黒字を続けている。そして経常収支が黒字ということは対外純資産・負債バランスは増加を続けていくことを意味している。 さらに付け加えるならば、所得収支はこの20年間に4.5兆円から15兆円へと、約10兆円(年間)増加している。これはわが国の企業や個人が外国で所有・運用する資産の増加によるものである。そして所得収支は今後とも増加を続けるであろう。 以上を総合してみると、この国の対外純資産・負債バランスがマイナスになることは当分の間、想像すらできない。そしてその間国債市場が破綻することはない。 また、榊原氏らは「国の借金が膨大だ」「国が破産する」と言っている。ただし榊原氏らが言う国というのは「中央政府」のことであり、国全体を指している訳ではない。「国」と言うならば企業も個人(家計)も地方政府もすべて含めて考えなければならない。また中央政府の借金は1,000兆円というのは嘘で、資産を差し引けば、約450兆円である。この額は個人保有の金融資産残高の3分の1にも満たない。 さらに最終的に重要なことは国全体の借金が多いかどうかである。つまり国の対外債務の残高である。対外債務は「民間企業」「個人」「政府」の3部門の総負債から総資産を差引いた額である。かりにある国の対外債務が膨大になった場合を考えてみると、外国に対する借金の元本の返済と利息の支払に追われて、その国が必要とする食料やエネルギーを買うことができなくなる。つまりは国が成り立たなくなる。ところがわが国においては 3部門の合計でみると対外純債務は存在していない。それどころか事実は逆であって、わが国は膨大な対外純資産を有している。その額は世界一である。外国から持ちすぎだと非難されているくらいなのである。 また国債残高が累積すると、将来の世代に借財を残すという議論がある。これもまやかしの議論である。確かに将来において国債を償還するためには、政府は増税によってその分の償還資金を調達しなければならない。したがってその点のみに注目すると将来 世代にとっては大きな負担ということになる。国民一人当たりに換算すると、約8百万円という巨額の負担になる。かりに10年賦にするとしても到底負担できる額ではないだろう。しかし 国債を償還するということはそれと同じ金額が国債保有者(わが国の場合はほとんど民間企業と個人=増税の負担者)に支払われるのである。全体ではプラスとマイナスで合計はゼロである。 償還資金を受け取るのは国債保有者のみであり、不公平ではないかという意見が出そうである。それも間違いである。国債保有者はもともとその金額に相当する資産を費消せずに国債を保有したのであって正当な権利の履行を将来に延ばしたのである。国債を保有しなかった民間企業なり個人はその時点でその資産を別の形で所有するかあるいは費消したのである。 最後に一般の金利水準が高騰した場合、国債の金利も上昇しそのため財政が破綻し、大幅な増税が不可避になるという考えがある。これも誤りである。金利が高騰するのはどういう時かというと、経済が過熱して生産手段が払底したり、遊休資金が不足した場合である。すなわちバブルなりインフレになった場合である。今わが国経済はこれと反対の状況に置かれているのであって、どうしたらデフレから脱却できるかが課題になっている。またわが国には1,500兆円もの個人金融資産が蓄積されていることに加えて民間企業にはかつてのような巨大な資金不足は存在していない。民間企業の設備投資資金はほとんど 自己金融でまかなっている状況にある。つまりわが国は構造的な資金過剰経済に変容したのである。金利が高騰する理由はどこにも見当たらない。 それでも国債残高(中央政府の借金)が多いのは問題だというならば、簡単で合理的な解決策がある。国債の日銀引受けである。中央政府の概念に日本銀行を含めて考えるとこの解決策はまったく意味をなしていないという批判を受けるであろう。そのとおりである。借りる相手が個人や企業から日本銀行に変わっただけのことだからである。しかし、それでなにか問題があるのだろうか。かつて通貨は兌換券であったが、ある時日銀券に変わった。そしてなんら問題は起きなかった。それと異なる話であるが、それよりは問題がないと言えると思われる。つめて言えば国債というものは、民間企業や個人の借金と異なり、最終的には返済を要しない(その資金の源泉が国内であるかぎり)ものだという直感的には受け入れがたい実に奇妙な事実なのである。 以上を要するに、国債の累積によってわが国が潰れることはない。そして国の存立にとって重要なことは、中央政府の借金の多寡などでは決してない。重要なことは、有能な人材の数とモラールであり、優れた技術の開発と伝承であり、確固たるインフラの構築・整備であり、国の安全保障が常に確保されていることである。強いて付け加えるならば、対外純資産・負債バランスがプラスであることである。 国債亡国論によって、わが国の持っている巨大なポテンシャルが圧縮され続けてきた。ここ数十年にわたってのその損害は想像を絶する大きさである。国債残高の累増を懸念するあまり、この国の将来にとって必要不可欠な投資や諸施策の実行が先送りされ、あるいは防衛力の涵養が控えられてきたのである。 教育・人材開発のためにもどしどしお金を使うべきである。子孫に借財を残さないことが大事だというならば、増税をして国債残高を減らすことに血道を上げるのではなく、立派な人材を各方面で育てることの方がずっと重要である。

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    アベノミクス「第二の矢」でデフレ不況を打ち抜け

    藤井聡(京都大学教授・内閣官房参与)――戦略的な財政政策こそが「最先端」の学説である周回遅れの正統派経済学 本稿は、財政政策、いわゆるアベノミクス「第二の矢」の重要性をあらためて論ずるものである。 筆者はこの主張を、「デフレ脱却のためには、財政政策が不可欠である」という趣旨にて、デフレが深刻化したリーマン・ショック以降、さまざまなデータに基づく客観的な理論実証結果を踏まえつつ、繰り返し主張し続けてきた。そうした研究、言論活動の延長として現在、第二次安倍内閣にて防災減災「ニューディール」を担当する内閣官房参与を仰せつかっている。 「ニューディール」とは、1929年に起こった世界大恐慌下で、ルーズベルト大統領が断行したケインズ理論の考え方に沿った「公共投資」を主軸とする経済政策である。当方がいま、「ニューディール」の言葉を冠した担当参与を仰せつかっているという事実は、「公共投資を主軸としたデフレ脱却策」の重要性が政治的に認識されたことを意味している。 ただし、日本の多くの方々は、「財政政策による経済対策なんて――昭和時代でもあるまいし、何を古くさい」と感じているのではないかと思う。 実際、筆者が主張する「財政政策・必要論」は、国会やメディア上でしばしば取り上げられてきたが、そのなかで、藤井は財政出動をすればそれで景気が良くなると主張しているにすぎず、かつその主張は「一世代前のもの」にすぎない、という趣旨で政治家、エコノミストに「揶揄」されることは少なくない。客観性を重んじるべきはずの学界ですら、「主流派経済学者」たちによって、公共投資の有効性は低いと繰り返し主張され続けている。 こうした状況のなか、「公共投資が日本を救う」というような筆者の主張は、「トンデモ論」として扱われることが一般的となりつつある。 しかし、こうした一般のメディアそして主流派経済学者たちの認識は、何重もの意味で間違っている。 そもそも、筆者も含めた多くの財政政策・必要論者は、景気対策では財政出動をやりさえすればよいなどと考えていない。デフレ不況下では国内の需要が少なく、かつ人びとの投資や消費が伸びないがゆえに、政府支出の拡大をせざるをえないと考えているにすぎない。したがって、デフレが「本当に」脱却できたのなら、財政の拡大は(少なくとも景気対策という意味においては)必要ない、というのが筆者らの平均的な見解だ。 ただし何よりも重要な誤りは、「財政政策・必要論は、一世代前の説だ」という説それ自体がすでに「一世代前」の説だ、という点にある。たしかにリーマン・ショックまでは、財政政策や公共投資の不要論は日本のみならず、世界の経済学者のあいだでも広く共有されていた。しかし、リーマン・ショックによって世界各国がデフレに陥ったあとは、多くの経済学者が前言を翻し、筆者と同様の「財政政策・必要論」を主張し始めている。 たとえば、ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツは、2010年の『Real Time Economics』誌上にて、リーマン・ショック以後アメリカの景気が改善しない「最大の問題」は、財政の「規模が小さすぎること」だと主張している。2013年6月に来日した折には安倍総理と会談し、「金融緩和のみならず、政府の拡張的な財政政策を連携させるべきであり、とくに長期的な成長の基礎(教育、技術、研究、インフラ強化)や社会問題の解決のために政府支出を拡大すべきだ」と総理に進言した旨が報道されている。 あるいは、同じくノーベル経済学賞を取ったクルーグマンは、2013年1月『ニューヨーク・タイムズ』紙上にて、安倍総理が断行したアベノミクスの「第二の矢」として決定した10兆円超の財政出動を高く評価しつつ、「長期不況からの脱却が非常に困難であることは確かであるが、それは主として、為政者に大胆な政策の必要性を理解させるのが難しいからだ」と述べている。まさに、国会で財政政策や公共投資の必要論を主張する筆者等を「揶揄」するような発言を繰り返す政治家たちこそが、「長期不況からの脱却」を妨げている諸悪の根源だと指摘しているのである。 しかもクルーグマンは同コラムにて、そうした政治家や経済学界の多くの学者たちが信じ込んでいる経済学を、「悪しき正統派経済学」と断じている。そして「世界の先進各国の経済政策は麻痺したままだ。これは皆、正統派経済学のくだらない思い込みのせいなのだ」と述べ、そんな悪しき正統派経済学と「決別」することこそが、デフレ脱却において必要なのだと論じている。 こうしたリーマン・ショック以後の米国経済学界を中心とした劇的な変化を受け、経済学者スキデルスキーは『なにがケインズを復活させたのか?』(日本経済新聞出版社)という書籍を取りまとめ、いままさに、その本が全世界の多数の経済学者たちに読み込まれている。実際米国では、こうした経済学者たちのケインズ政策への「転向」を受けて、景気対策としての公共投資が大きく注目されており、オバマ大統領はリーマン・ショック後、72兆円という、昨年度のアベノミクスの「第二の矢」のじつに「7倍」もの水準の超大型財政政策を断行した。それ以後も、年始の一般教書演説で、「毎年、インフラの老朽化対策や高速鉄道整備等のための公共投資の拡大を通して、雇用拡大、景気浮揚をめざす」と主張し続けている。 つまり――「景気対策として財政政策、公共投資を」という説こそが、デフレ不況が世界的に蔓延した今日においては「最先端」の説であり、わが国で幅を利かせる「悪しき正統派経済学」者たちが主張する「財政政策、公共投資なんて一世代古い」という説こそが、「周回遅れの一世代古い」考え方なのである。公共投資削減がデフレ不況を深刻化させた 以上、財政政策、公共投資の有効性を論ずる議論を紹介したが、これらは客観データでももちろん裏付けられている。 たとえばそれは、リーマン・ショックによって不況に陥った国のいずれが早く回復したのかについての国際比較分析からも、明らかにされている。この分析では、金融政策の程度(マネタリーベースの拡大率)や「公共投資額の拡大率」に加えて、産業構造や貿易状態、財政状態などの28個のマクロ指標と、OECD加盟の34の先進諸国のデータを用いて分析されている。 結果、「名目GDP、実質GDPと失業率」の3尺度すべてと統計的に意味のある関係をもっていたのは、28指標中、ただ1つ「公共投資額の拡大率」のみであった。図1は、そのなかの1つ、名目GDPの回復率と公共投資の拡大(変化)率との関係を示したグラフである。ご覧のように、公共投資を大きく拡大した国ほどGDPの回復率が高いことを示している。つまりリーマン・ショック後、いち早く公共投資の拡大を図った国がいち早くショックから立ち直り、その政治決断ができなかった国はショックから立ち直ることに失敗する傾向が明確に存在していたのである。 一方、わが国において公共投資は効果をもっていたのか。この点について、筆者らはバブル崩壊後の景気に対する公共投資の効果を分析した。 この景気に影響を及ぼす変数には多様なものが考えられる。そこではとくに、日本のマクロ経済に大きな影響を及ぼす政府系の建設投資額(以下、公共投資額と呼称)と総輸出額の2変数に着目し、これらが景気動向(名目GDPとデフレータ=物価)にどのように影響を及ぼしたのかを統計分析した。 その結果、図2、図3に示したような「関係式」(一般に、回帰式といわれる)が導かれたが、これらが示しているのは、「1兆円の公共投資が、2.43兆~4.55兆円の名目GDPの拡大と、0.002~0.008のデフレータの改善につながっている」ということであった。そしてこれらの「効果」は、「総輸出の拡大」に伴う効果よりも、格段に大きなものである。 ここで重要なのは、この「関係式」を用いると、図2、図3に示したように、実際の名目GDPやデフレータ(物価)の変動をほとんど綺麗に再現できる点である。つまり、「1兆円の公共投資が2兆~4兆円程度のGDPと0.002~0.008のデフレータの改善につながる」という数値は、それなりに高い再現性をもつ一定の信頼性のある数値と解釈できる。 これらの結果は、91年以降のバブル崩壊後の日本において公共投資は、物価下落というデフレ化を止め、名目GDPを改善させる巨大な景気浮揚効果を持ち続けていることを明確に示している。つまり、90年代前半ならびに、小渕政権下で行なった大型の公共投資の拡大がなければ、デフレはより一層深刻化し、物価も名目GDPもさらに下落していたこと、そして橋本政権、小泉政権以降に行なった公共投資の過激な削減が、日本のデフレ不況を深刻化させていたことが示されたのである。 クルーグマンは、先に紹介した『ニューヨーク・タイムズ』のコラムで、「(バブル崩壊後の日本で)公的事業への多額の支出が行なわれたが、政府は、負債増大への懸念から、順調な回復が確立する『前』に引き返してしまった。そしてその結果、1990年代の後半にはデフレが定着してしまった」と論じていたが、上記の分析は、このクルーグマンの指摘を実証的に裏付けるものである。「下駄」を履かされている実質GDP ところで、少々専門的な議論となるが、きわめて重要な論点であるので、1つ付記しておきたい。前記のように筆者は、デフレ脱却効果を「実質」GDPよりも「名目」GDPを重視して分析しているが、これはそもそも、実質GDPとは、名目GDPをデフレータの変化率(物価変動率)で除したうえで得られる「加工指標」だからである。したがって、ある政策を行なった場合、名目GDPとデフレータを「悪化」させても、デフレータに対する悪影響のほうが強い場合、見かけ上、実質GDPは「改善」するというきわめてトリッキーな効果が得られる。この「加工指標ゆえのトリッキーな特徴」ゆえに、デフレ下では、実質GDPのみに基づいて政策判断を行なうことは正当化しえないのである。 図4をじっくりご覧いただきたい。名目GDPはデフレに突入した1998年以降、途端に伸びなくなったものの、実質GDPは相変わらず伸び続けている(!)。これは、デフレになれば物価が下がり、それによって「下駄」が履かされていくからである。だから、この図からも明らかなように、実質GDPでは、デフレになったのかどうかが判別できず、デフレ脱却のための政策を実質GDP「のみ」で判断しては、日本経済をとんでもない方向に導くことにもなりかねない(ただしいうまでもなく、非デフレ下では、実質での評価は必須である)。 ところで、そうした「トリッキーな効果」は実際に観測されている。たとえば、デフレに突入した1998年以降、金融政策の規模を意味するMB(マネタリーベース)は、名目GDPとデフレータの双方に対して、(じつに驚くべきことにリフレ派が主張する方向とは真逆の)「マイナス相関」をもっていた。ところが、名目GDPとのマイナス相関の程度よりも、デフレータに対するマイナスの程度のほうが大きかったため、「見かけ上」MBの増加によって実質GDPが増えているように「見える」結果となった。しかし、これをして、「MBの拡大にデフレ脱却効果あり!」と主張することはできぬことは、愚か者でもないかぎり誰もが理解できるだろう。そもそもリフレ理論は、MB拡大が物価に影響を及ぼし、結果として消費・投資、そしてGDPの拡大を促すと主張するものであり、それ以前に、物価「低下」をもたらしたものにデフレ脱却効果があるといえぬのは、言葉の定義からして明白だ。 筆者はこの論点も含め、Voice誌上の「ついに暴かれたエコノミストの『虚偽』」(2014年5月号)にて、リフレ派論者が自説を正当化するために持ち出しているデータの多くが、科学的に正当化できない虚偽的主張だということを、実証的に「告発」し、反論を募集した。その後、本誌上も含めていくつかの反論を目にしたものの、残念ながら、当方の告発に対する有効な反論は文字どおり皆無であった(しかも、それらの反論の大半は事前に公表した想定反論に沿ったものであった)。紙面の都合上、それら反論の検証の詳細は当方の公表資料(たとえば、『統計的「裁判」としてのデータサイエンス』〔行動計量学会〕、『「政治のウソ」を暴くデータ・サイエンス』〔新日本経済新聞〕ならびに、それらで引用した諸文献を参照されたい。いずれも、藤井聡のホームページよりアクセス可能である)に譲るが、ここではその資料(データサイエンスについての学術原稿)のなかで述べた言葉をそのまま掲載する。すなわち、「リフレ論が『偽』であると申し立てた当方の『統計的裁判』において、もしも、データサイエンスを知悉した見識ある裁判長が存在するとすれば、少なくとも現状ではリフレ論の『有罪』は確定した状況にあるといって差し支えない」。「問題はこれからの第二の矢だ」 最後に、第二次安倍内閣が発足し、アベノミクスを展開した2013年のデータに着目し、財政政策の効果を確認してみよう。 2013年の名目GDPは、+0.9%、「4.6兆円」の成長を遂げているが、それが何によってもたらされたのかを確認したところ、「4.3兆円」が、財政政策によるものであることがGDP統計より明らかとなっている。 つまり、アベノミクスによって株や為替が大きく改善したものの、「実体経済」の景気回復のほとんど9割以上が「第二の矢」、財政政策によってもたらされていたのが実態だったのである(「第一の矢」は円安をもたらしたが、原発停止のあおりを受けて石油・ガスの輸入量が大幅に増えたことによって、貿易収支がかえって悪化した。これによって、株価増進による資産効果等が結果的に相殺され、「第一の矢」の景気浮揚効果は、2013年では残念ながら明確には検出されなかった)。 以上、いかがだろうか。国際比較データ、日本のバブル崩壊後のマクロデータ、そして昨年のアベノミクス効果データを見ても、いずれも「財政政策がデフレ脱却効果を強くもつ」ことを示している。 もちろん、財政政策を考えるのなら、日本の国益にかなう項目により効果的な支出を考えることが重要であり、したがって「戦略的な財政政策」が不可欠だ。たとえば、国会のデフレ脱却委員会にて参考人として当方が主張したのは、「防災・強靭化・老朽化対策」、「インフラ投資」、「研究・教育投資」、「民間投資を誘発するための投資・補助金」、「中小企業支援」などである。こうした主張は、スティグリッツ教授が安倍総理に「長期的な成長の基礎(教育、技術、研究、インフラ強化)」に投資すべきだと進言した内容に、奇しくも一致している。 デフレ脱却を確実なものにするために「第二の矢」を打ち抜くのなら、成長戦略を見据えたより効果的な財政出動が求められていることは論をまたない。折しも、岩田規久男日銀副総裁(6月3日『ロイター』参照)が主張したように「第三の矢の規制緩和にはデフレ促進の効果がある」ことが懸念されている以上、こうした戦略的な財政政策はいま、日本のデフレ脱却のために是が非でも求められている。 そしていま、デフレ脱却が進んでいるとはいえ、いまだ勤労者世帯の収入は下がり続け(消費税増税前で駆け込み需要があった3月でもマイナス3.3%、増税後の4月はじつにマイナス7.1%であった)、2013年のデフレータ(物価)は前年比マイナス0.6%の「デフレ」水準であった。非正規も含めた有効求人倍率は1を超えたものの、正社員の有効求人倍率は5月時点で0.67と1からは程遠い状況である。しかもこの状況下で、日本は消費税増税を行ない、補正予算額も昨年度から今年度にかけて4.5兆円規模で縮小されている。 スティグリッツ教授が「アベノミクスの第一の矢は成功したが、問題はこれからの第二の矢だ」と今年のダボス会議で発言したように、「第一の矢」である金融政策が果敢に進められているなか、この「第二の矢」をデフレ脱却が確実なものとなるまで果敢に打ち抜いていくことの必要不可欠性の吟味が、日本経済の最重要課題である。 何といっても、「第二の矢」は「第一の矢」と異なり、毎年毎年の是々非々の政治決断が必要なのだ。それができなければ――増税の影響も相まって、日本が再び、本格的なデフレ不況のどん底へと叩き落とされてしまうリスクは避けえない、と筆者は心の底から強く、科学的かつ冷静に懸念しているのである。藤井 聡(ふじい・さとし) 京都大学教授・内閣官房参与1968年、奈良県生まれ。京都大学大学院工学研究科修了後、同助教授、東京工業大学教授などを経て、現職。専門は国土計画論、公共政策論、土木工学。社会的ジレンマ研究にて、日本学術振興会賞など受賞多数。近著に、『巨大地震【メガクエイク】Ⅹデー』(光文社)がなどある。

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    好調だったマンション市況に異変!

     都心はもちろん郊外もダメ  弱るマンション需要。年収1000万円以上のアッパー層が狙う湾岸マンションにも500万~600万円の中堅層が流れる郊外マンションにも価格高騰の波が押し寄せ、需要を減退させはじめている。 好調なはずのマンション市況に異変が生じ始めている。不動産経済研究所(東京都新宿区)が5万6000戸と予想していた2014年の首都圏のマンション供給戸数をここに来て一気に引き下げたのだ。マンション市場調査が年初の予想をたった半年で下方修正するのは極めて異例。08年のリーマン・ショック前のミニバブル再燃かと沸き立っていたマンション市場だが、いったいどうなる。GETTYIMAGES  今年春以降、奇妙な現象が不動産業界で話題になっている。「池袋」や「上野」、「新宿」などのエリアのマンションの売れ行きが好調なのだという。だが、本来マンション立地として人気なのは表参道や広尾、自由が丘など地位(じぐらい)の高いエリア。池袋や上野、新宿などは、エリアは都心とはいっても環境は必ずしもいいとはいえず居住地としては人気が高くないエリアだったのだ。 では、なぜ今、こういったエリアのマンションが人気なのか。理由は「名前」にある。居住地としては人気のないエリアでも世界、とりわけアジアでは名前が通る。こういったエリアのマンションを「よく知られたエリア」の物件として台湾やシンガポールの富裕層が買いあさっているのだ。 昨年の後半から今年にかけてマンション市場の好調さを支えてきたのは、実はこうした海外の顧客たちだ。 例えば昨年、三菱地所が東京・千代田区で手掛けた「ザ・パークハウス グラン 千鳥ヶ淵」(最多販売価格帯2億7000万円)も発売した日に売り切れる即日完売となり業界で話題となったが、これも「中国や台湾などアジアの富裕層が購入者のかなりの割合を占めた」(不動産業界関係者)という。三菱地所の担当者によると「企業経営者や医師、弁護士といった富裕層に人気で、申し込みの平均倍率は5倍超」で、無理に外国人に売る必要はない状況だったというが、実態は「3割から5割が外国人だった」(同)。 不動産サービス会社のジョーンズ・ラング・ラサールなどマンション売買の仲介を手掛ける会社はわざわざシンガポールや台湾、香港などに出向き、大手不動産会社の物件を紹介する商談会を相次ぎ開催している。100人以上の商談会もあるといい、「日本の不動産市場への投資熱はかなりのもの」(大手不動産会社)だという。 ただし、リーマン・ショック前のように闇雲にマネーが流入しているわけではない。リーマン・ショック前は海外の投資ファンドが電話1本で「物件を見もしないでマンションを1棟単位で丸ごと買い取っていった」(中堅の不動産業者)が、今回は様相が異なる。投資先をかなり厳選しているという。 そんな中、投資ファンドが照準を合わせるのが湾岸エリアだ。20年の夏季五輪の開催地が東京に決まり、湾岸エリアでは今、急ピッチでインフラ整備が進む。五輪招致委員会は東京圏にある33競技会場のうち28会場を選手村から半径8キロ圏内に確保、ここに3500億円以上の資金を投じることにしており、これまで課題だった道路や鉄道などのインフラも拡充される見通しだ。そうなればマンションの価値も上がることが予想され、これを見込んで投資しているのだという。 とはいえ、こうした動きもそろそろ打ち止めになりつつある。 価格の高騰だ。リーマン・ショック以降、落ち込んでいたマンション価格も昨年から上昇、とりわけ人気が集中する東京・中央、港、江東3区の湾岸マンション価格は坪(3.3平方メートル)あたり300万円にまで上昇している。ここ3年で1~2割上昇した計算だが、もともと首都圏では割高なエリアだっただけに、これ以上の高値にはついていけない状況にある。中堅サラリーマンには郊外でも手が出せない となれば、どうなるか。不動産経済研究所が今年、首都圏のマンション供給戸数を5万6000戸と予想した時には都心の好立地物件がけん引すると見立てていた。しかし、そのけん引役が失速、達成は一気に難しくなりつつある。 もちろん、都心がダメでも郊外が堅調なら望みはある。だが、「郊外は都心とは比べようもないほど惨憺たる状況」(トータルブレイン)にあるのだという。 理由は簡単だ。建築費の高騰が郊外物件を直撃、湾岸エリア同様、郊外物件の場合、土地代の割合が低く、その分、上物であるマンションの価格が占める割合が高い。ものによっては全体の6~7割にもなる。この上物に含まれる建築費が上昇するため、郊外で建築費が高騰すると物件の販売価格を引き上げることになる。都心の物件に比べて、上昇の変化率が大きいわけだ。 もともと、郊外物件には投資ファンドはもちろん、年収1000万円を超えるアッパーサラリーマンは手を出さない。一方で主力の購買層である年収500万~600万円の中堅サラリーマンでは物件価格の上昇に対する許容度が低く、とてもついて行けない。このため建築費の高騰でマンション価格が上がると郊外では買い手が全くいなくなる現象が発生する。 最近、郊外ではデベロッパーがマンションを建設しようと1~2年前に土地を仕込み、「さあ、建設だ」という段になって着工をあきらめるケースも急増しているという。土地を買った時点に比べ建築費が10~20%も上がったため、とても利益がでる状況ではなくなったからだ。景気は回復、給与や賞与が上がってきたというものの、その恩恵をこうむる優良企業のサラリーマンは郊外には少なく、価格の上昇は受け入れられない。かくして、マンション市況は今、再び曲がり角にさしかかりつつある。