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    サッカーW杯「渋谷フーリガン」の薄っぺらい愛国心が危ない

    清義明(フリーライター/オン・ザ・コーナー代表) サッカー日本代表の試合の夜になると、渋谷のスクランブル交差点に集まる、あの「ハイタッチ・フーリガン」の皆さんに話を聞いたことがある。 クールジャパンの象徴とも言えるあの渋谷に、関係ない者からすれば、はた迷惑な連中が集まる光景はもはやお約束の光景だ。その彼らが何者であるか、ほとんどの人は知らないだろう。ましてや、その自然発生のメカニズムはもっとわからないだろう。 集まった彼らの表情は本当に楽しそうで、天真爛漫といった風情である。話を聞くと、知らない人と街中を占拠して感情を発露できる楽しさを語る。では、彼らが本当にサッカーに興味があるかというと、それはまた別だ。 不思議なことに、彼らのほとんどはいわゆる「サッカーサポーター」ではない。サッカーなどほとんど普段見ないし、Jリーグや海外サッカーの知識も、せいぜいワイドショーやニュースのダイジェスト映像で知っている程度のもので、それは日本国民の平均的なサッカー知識と変わらないだろう。肝心の日本代表の選手といえども、名前と顔が一致するのはベテランや人気選手程度のものという人までいる。 ここで豆知識。彼らが普段サッカーに興味がないというのを判別するのは、彼らが歌う日本代表のサポートソングをよく聞けばいい。「オー、ニッポン!」という歌声には、本来スタジアムで歌われている「バモ!」(スペイン語で「行け!」という意味)という歌詞が抜けている。 スタジアムに通ったり、毎週末に海外サッカーをテレビで熱心に見ているようなサッカーファンなら、この「バモ」の意味はおおよそわかるだろうが、普通の人は確かに知らないだろう。もちろん、こんなことは知らないでもよろしいウンチクにすぎないものではあるけれど。  このようなことは別にサッカーに限ることではない。平昌五輪では、皆さんは羽生結弦や高木美帆や葛西紀明などの日本人選手に声援を送り、その活躍を誇らしく思ったことだろう。テレビなどのメディアでもアイドル並みの扱いだ。 しかし、私たちはフィギュアスケートやスピートスケートやスキーのジャンプ競技など、普段見ることはない。これが話題になるのは、日の丸のワッペンが彼らの華やかなウエアの胸に貼られ、頭上に日の丸の旗が翻る時だけだ。もちろん、テレビで話題になるのは、さらにその選手がメダルを取る可能性がある時だけだ。 そうすると私たちは本当にスポーツに興味があって、オリンピックやワールドカップで選手やチームを応援するのかというと、それはやはり甚だ疑問と言わざるを得ない。私たちは本当のところ、好きなのはスポーツなのではなく日の丸なのではないかとも思う。2002年6月、サッカーW杯のチュニジア戦で日本が勝利し、渋谷ハチ公前交差点のど真ん中で騒ぐサポーター(大西史朗撮影) 2002年に日本で初めてワールドカップ開催された。この時、一つ何かが変わった。大きな日の丸を振って若者が「ニッポン!」と熱狂する。渋谷のスクランブル交差点はこの時は初めてハイタッチフーリガンが出現した。しかし、その表情には、例えば識者が危惧するような右派的な「愛国」の真剣さは感じられない。 イギリスのサッカージャーナリスト、サイモン・クーパーはこれを「休日用のナショナリズム」と呼んだ。日本にはサッカーに託して他国を憎悪することによって得られるナショナリズムは感じられない。得体のしれない国家 むしろ、これらの日の丸に集うサッカーファンは、他国と同じようにカラフルな国旗のもとに喜びを謳歌(おうか)しているのであって、むしろ国際的なのではないか。政治や民族主義や、果てはビジネスまでもが複雑に絡み合う世界中のサッカーシーンを見聞きしてきたジャーナリストは、日本のおおらかなサッカーが巻き起こす風景を、いわば「害のない」ものと考えた。 しかし、これは本当にそうなのだろうか。 RADWIMPSというバンドが、サッカー番組用につくった曲のカップリング『HINOMARU』が復古調ということで批判を浴びたのはW杯開幕直前のことだ。意味もなく懐かしくなり こみ上げるこの気持ちはなに胸に手をあて見上げれば 高鳴る血潮、誇り高くこの身体に流れゆくは 気高きこの御国の御霊さぁいざゆかん 日出づる国の御名の下に 靖国神社の絵馬にでも書いてありそうな、どこからか引っ張り出した語彙(ごい)でつづられており、申し訳ないが、稚拙な愛国ポエムでしかない。これに感情移入できる若者がどれだけ日本にいるかについては興味深いが、その一方で、このような戦前復古を感じさせる歌詞への批判が、より多く集まるのはわからないでもない。 サッカーに政治を持ち込むな、というのは大方のサッカーファンは同意するだろう。無邪気なナショナリズムならば、それはスパイスとしては香り高いものになるだろうが、そちらが目的ということであれば、単にサッカーを楽しみたいという人にとっては迷惑この上ない。 なぜなら、これまでサッカーがナショナリズムを引き寄せて、酷いことになった例は枚挙にいとまないからだ。そして、それは簡単に差別的な思考に直結する。 国家とは得体の知れないものだ、というのが自分の理解である。その得体の知れなさは、ある時はW杯で日本代表が優勝候補のベルギーを相手に善戦し、それにより私たちの仲間が世界で名を挙げたことが、老若男女、貴賤も職業も年収も問わずに熱狂させることもある。2018年7月、日本の敗戦に肩を落として東京・渋谷駅前の交差点を渡るサポーターら かたや、危険な愛国主義のダークサイドの誘惑もありうることは強調しておきたい。私がこれまで多数話を聞いてきたいわゆる「ネット右翼」の人たちが、2002年のワールドカップが彼らの転機になったと語った。 サッカーそのもののコンセプトにはもともとナショナリズムとコスモポリタニズムが表裏一体となっているところがある。人はそのどちらかに、ある時は全く矛盾することなく両方に誘引されていく。渋谷のハイタッチフーリガンは、休日用のナショナリズムを謳歌しながら、その危うい境界線上にいるわけだ。 もちろん、大方の人は休日が終われば日常に帰り、仕事や趣味や恋愛や育児といった自分たちの幸福のために時間を費やしていくことになる。そしてその中から、本当にサッカーにハマってしまう人もいるだろう。サッカーは世界をつなぐ共通言語だというコスモポリタニズムを素直に受け入れる人もいるだろう。だが、一方で、私たちは境界線から転げ落ちてしまう人も見ることになる。

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    日本人はなぜ「4年に一度の祭り」としてサッカーを消費するのか

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) 「日本にはサッカー文化がない」という話をよく耳にします。1993年、日本サッカー史上でワールドカップ(W杯)に最も近づきながらも敗退した「ドーハの悲劇」からすでに四半世紀が過ぎましたが、その当時からずっと言われているような気がします。多くはサッカー文化のなさを「勝負どころで勝ちきれない一因」として論じているように思えます。 日本におけるサッカー文化については、かなり評価が分かれるテーマだと思われます。「サッカー先進国」と呼ばれる欧州や南米とは違う独自のサッカー文化が展開されているので、先進国の基準で考えると「文化がない」ように見える、という可能性もあります。 また、仮にドーハの悲劇の当時に文化がなかったとしたら、25年という歳月は文化を形作るのに十分な時間だったのか、という評価も必要でしょう。その一方で、サッカージャーナリストの湯浅健二氏の著作『日本人はなぜシュートを打たないのか?』のように、日本人の国民性とサッカー文化を絡める識者もいます。本稿では日本、サッカー、文化、この三つのキーワードから心理学的に考察してみましょう。 文化を考える手がかりには、家族制度、贈与交換など多様な切り口がありますが、筆者はサッカーと日本文化を結びつける手がかりの一つとして「祭り」に注目しています。実は、日本人は古来「祭り」を精神的な支えとして生きてきた民族なのです。 民俗学者の櫻井徳太郎(1917~2007)は娯楽も少なく、簡素で単調な日々の生産活動に追われる「ムラ社会」での暮らしの中で、心理的なエネルギーが枯れることに注目しました。このエネルギーを補填するものが「祭り」です。 日本の民俗学では近代以前のムラ社会には、おおむね月に1回は何らかの祭りがあったと言われています。祭りの主役は男の子、女の子、ムラの奥さま方…と基本的に毎月変わるわけですが、秋祭りと正月(旧)では、みんなが主役として盛大に行われていました。この祭りを通して華やかな気分を共有して、日々の単調な生産活動を営むエネルギーをもらっていたわけです。 ムラ社会では、祭りは基本的にムラを挙げて行われますので、「村八分」などの例外もありますが、基本的に誰もが祭りに巻き込まれて気分的なエネルギーを得ることができました。また、多くの日本人はムラ社会以外の生き方も知らなかったので、このシステムに疑問を持つこともなく参加していたことでしょう。セネガル戦で応援する日本サポーター=2018年6月、ロシア・エカテリンブルク(甘利慈撮影) しかし、近代化とともに、生産単位がムラから「カイシャ」に移行する中で、ムラ社会の役割は薄れてきました。ムラ社会以外の生き方も覚え始めた日本人の多くは、ムラ社会から離れた生き方も探り始めたのです。その結果、半ば強制的にでも巻き込んでもらえる祭りも失いました。現代の日本人は自分で自分の「祭り」を探し、時に創作しなければならなくなったのです。 日本が出場するW杯で盛り上がる人々の中には、「自分たちの祭り」としてサッカーを楽しんでいる人々も少なくないように思えます。そして、古来日本人が行ってきたように、祭りでエネルギーをもらって日々の暮らしに戻るのです。 もちろん、サッカーを通してのサポーターコミュニティーは日ごろからつながっているかもしれませんし、日々の楽しみとしてひいきのクラブチームを応援しているかもしれません。その中で、よりよい応援者としての文化が熟成されているかもしれません。サッカーは4年に一度の「祭り」 しかし、「祭り」は心のエネルギー補填のために消費されてしまうものでもあります。「祭りのあと」は消費された残骸しか残らず、ちょっとしたむなしさも伴います。 つまり、競技としてのサッカーには、何も積み上がっていないのです。仮に、競技として育てる文化をサッカー文化と考えるなら「4年に一度の祭り」として消費されるサッカーを見ると「サッカー文化が根付いていない」と歯がゆくなることでしょう。 私はただの心理学評論家であり、サッカーの専門家ではありませんが、識者が言うサッカー文化とは競技としてのサッカーを育てる文化ではないかと思うことがあります。 例えば、週末のスタジアムではひいきチームの勝敗だけでなく、敵味方を問わぬ良いプレーを楽しむ。また、名プレーヤーには子供のお手本が求められ、学齢期の少年少女はそのプレーヤーに憧れて、そのプレーや振る舞いをまねし、そんな様子を大人が温かく見守る、こんな文化ではないかと思われます。 このような文化は、学齢期のサッカー大会の優勝やプロを目指す育成だけでは根付きません。優劣や勝ち負けが目標になると、日々の楽しみとして心の中に位置づけにくくなるからです。 実は、大学教育界では大会で成果を出す競技スポーツではなく、レジャー・レクリエーションとして楽しむ競技スポーツが注目されています。日本では野球がその大きな地位を占めていますが、世代を超えて家族で楽しむスポーツとしてサッカーが選ばれるようになると、本当のサッカー文化が育っていくものと思われます。ベルギー戦の後半、パブリックビューイング会場で悔しがる日本サポーター=2018年7月3日、東京都港区(佐藤徳昭撮影) サッカーは世界で最も愛されているスポーツです。私はサッカーの素人ですが、その魅力は直感的に、そして心理学的に理解できるところもあります。ボール1個と広場さえあれば、サッカーは誰でもどこでも行えるわけです。 だからこそ、優劣を競う競技としてではなく、お互いに楽しむ競技として世代を超えた日々の楽しみになる可能性を秘めたスポーツでもあるのです。親と子がともに楽しめて、さらに祖父と孫もともに楽しめる。このよう伝統ができれば、競技としてのサッカーが育つ文化になることでしょう。素人も素人なりに競技としてのサッカーを楽しむことがサッカー文化の礎になるのかもしれません。

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    西野ジャパンの原点はカズ、ラモスが演じた「ドーハの悲劇」にある

    著者 永井文治朗 「だって4年に1回しかないしね」。先日、街を歩いていて看護学校に通う若い女の子たちがワールドカップの話題で盛り上がっていた。私はしれっと「そのうちの3大会ぐらいしか見てないでしょ」と内心舌を出した。   ところで、日本-ベルギー戦は「世紀の一戦」だった。ただ、今大会特有のあり得ない配分のアディショナルタイム(前半が1分で後半が4分)ゆえの必然なのか、「ドーハの悲劇」の再来ともいえる状況で日本代表は力尽きた。  とはいえ、この20年間で、日本代表は大きく変わった。今でこそ予選突破が当たり前になり、ベスト8以上を狙うまでになったのは、まさにアディショナルタイムの同点弾で出場を逃した「ドーハの悲劇」からだろう。あのとき、すんなり三浦知良(カズ)やラモス瑠偉らが1994年W杯アメリカ大会に出場していたら、日本代表の歴史は全然違うものになっていたと感じている。 そしてロシア大会はベスト16で敗退したが、これから日本代表が目標とすべきサッカーはある。フランスだ。サイドから崩し、相手にピッチを走り回らせてジワジワと体力を削る。さらにボール回しで相手をイライラさせ、小突かせたり引っ張らせたりする。アルゼンチン戦でチーム3点目を決めるフランスのエムバペ=2018年6月30日、カザン プレースキックは全員で守り、持ちすぎずワンタッチの連続でつなげる。30秒後の味方の布陣を予測する。なんでそこにいるんだという位置に張る。日本がこの20年間やってきたサッカーそのままだ。あとは精度の問題であり、今まで10回やって3回成功する3割のところを倍の6割に上げれば確実に結果は出る。 確かに元仏領出身のアフリカ系選手たちと日本人とではフィジカルの差はあるが、絶望的と言うほどでもない。それに酒井高徳のようにそもそも両親とも日本人じゃない選手も代表になっていて体格が良い。 平均身長からして代表メンバーは、20年前とは違う。そして皮肉にもかなり平均身長を下げているのが、世界最速最高のサイドバックの一人、長友佑都だ。図体だけデカくて走れない選手はそもそも代表に呼ばれない。 ただ、それ以上に誰がピッチに立っても同じ事ができる信頼関係が重要であり、その日、そのとき一番コンディションが良い選手にピッチに立つ権利を持たせることが大切だ。 そもそもサッカー選手同士だけで身体能力を比較しない方がいい。身体能力に関しては、今ならメジャーリーグの大谷翔平やフィギュアスケートの羽生結弦と徹底比較したらいい。 ひょっとしたら別の競技のアスリートにサッカーの役に立つ身体能力が備わっているかもしれないからだ。だとしたら科学的に検証して習得方法を模索するべきだ。サッカー選手にベースランニングさせるというのも一つの方法かもしれない。 単純にピッチの上をダッシュさせるよりも、状況判断を混ぜながら加速と減速、次の塁を陥れるか、帰塁するかの判断力を磨く。フライやライナーを取るのがうまくなってもサッカーでは何の役にも立たないが、ピンチランナーとして実戦で訓練してみたら脚質が変わって飛躍的にうまくなるかもしれない。 あるいは箱根は無理でも出雲なり全日本なりの大学駅伝にアンダー23の代表選手たちをオープン参加させてもらえるよう日本陸連にかけあってみるのもいい。パスを繋ぐことと襷(たすき)を繋ぐことは「気持ちを繋げる」という意味で意外と似ている。 走る距離にしてもピッチの上の90分とそう変わらない。なによりサッカー選手に負けたら陸上部の沽券(こけん)に関わるので刺激になるだろう。 このためにも結果を出した西野朗監督には総監督として立ってもらい、アシスタントコーチとしてJリーグでの実績(優勝だけでなく、低予算や意識改革での昇格実績など)で日本人を中心に人材を広く募るべきだ。狙うは8年後の北米大会 門外漢(サッカー以外の競技指導者)でもいい。外国人もいいが、あくまでコーチの一人として参加してもらう。そして、まずコーチ陣が激論を交わして大きな目標を共有し、各世代の代表戦については総監督が指名する監督と助監督が各選手一人一人に課題を与えて仕切る。 「勝つ」とか「得点する」ことは素人でもわかる成果だが、90分間での走破量や、有効パスの比率など科学的数値で具体的に示せる。あるいは単になんでもいいから勝って来いではなく、「スコアは前半で1-0。もらって良いカードは1枚まで。プレースキックは3本まで」と具体的かつ状況想定した試合のマネジメントをすればいい。 もはやサッカーは科学技術の結晶たる競技であり、精神論うんぬんではない。科学的にやれることをやって雰囲気が良ければ結果が出るスポーツだからだ。 また、外国人監督から学ぶことなどもうないというわけではない。それがあるならJ1の監督は全員が日本人になるはずだ。そうではなく、そもそも10代から才能ある選手たちは海を渡って欧州などの海外チームでプレーしている。 そして所属チームの監督が日本人だということはまずない。つまり外国人が監督だということが当たり前の環境で常日頃戦っている。なにより誰より選手達自身が世界のクラブチームには色々な考え方をする監督がいると肌身で知っている。 位負けもない。レアルだろうがバルサだろうが乾貴志はそれらの所属するスペインリーグで戦っている。インテルで長くプレーした長友を知らない選手は相手の方が格下だ。 日本人は水が合うらしいドイツのプロサッカーリーグ「ブンデスリーガ」が代表の大半だ。しかもロシアのチェスカでプレーしていたことが今大会で本田圭佑の追い風になった。イタリアのミランでは散々な評価だったが、ロシアの人たちは金髪のサムライをしっかり覚えていた。 だからこそ、逆に顔も経歴も昔の活躍もよく知っていて日本語の通じる日本人監督なら安心して「代表チームに『帰ってきた』」という感覚になるかもしれない。言いたいことが母国語で伝えられるし、たとえば「勝ったら監督を胴上げしようぜ」みたいな日本人でしか通じ合わない感覚をチームの仲間と共有できる。イジりやすい存在だというのも監督の資質だと今回証明された。ベルギーのルカク(中央)と競り合う長谷部(左)と吉田=2018年7月、ロストフナドヌー(共同) 8年後、奇しくもアメリカ大陸で行われるW杯は北米3カ国共催大会だ。それこそMLBさながらに気候も湿度も標高も異なる開催地での熾烈な戦いになりそうだ。サッカー日本代表チームが30年越しにやっと北米大陸に乗り込んで戦える。  ところで、筆者は、なぜ8年後にこだわるのか。それは次のカタール大会には何も期待できないと思うからだ。代表チームにではなく、カネまみれで開催権を得た灼熱の地で将来ある大事な選手たちに無理をさせたくない。アジア予選で慣れている関係でヨーロッパチームよりは環境適応できるだろうが、我慢比べ選手権になりそうで怖い。いっそ「出場辞退」してFIFAのやり方に反発してみてもいい。 そもそもアジア代表枠は開催国除外により緩いので予選は突破できるだろう。カタールのスタジアムは冷房付きらしいが、エアコンはあっても電力供給が不安定で停電続発・・・といったことになりそうだ。また、スタジアムはともかく、ホテルや合宿地にも問題が出てくるだろう。不安要素しかないカタール大会は、こういった環境面を考慮すれば期待できないのだ。

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    「おっさんのギラギラ感」長友佑都のヒデ超えが意味するもの

    藤江直人(ノンフィクションライター) 偉大な記録が生まれようとしている。日本時間3日午前3時にロシア南部のロストフ・アリーナでキックオフを迎える、ベルギー代表との決勝トーナメント1回戦。31歳のDF長友佑都(トルコ、ガラタサライ)がピッチに立った瞬間、ワールドカップの舞台における最多出場選手の一人となる。 日本代表が悲願のワールドカップ初出場を果たした1998年のフランス大会を皮切りに、2002年の日韓共催大会、2006年のドイツ大会の10試合すべてで先発。ドイツ大会でグループリーグ敗退を喫した直後に、29歳の若さで現役を引退した中田英寿がロシア大会前における記録保持者だった。 そして、中田と入れ替わるように、2010年の南アフリカ大会で颯爽(さっそう)とワールドカップでデビュー。前回のブラジル大会、そして2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出を果たした今大会ですべて先発フル出場してきた長友は、日本時間6月28日深夜のポーランド代表戦で中田に肩を並べた。 ポーランド戦で先発したGK川島永嗣(仏、FCメス)とFW岡崎慎司(英、レスター・シティ)、途中出場したMF長谷部誠(独、アイントラハト・フランクフルト)も通算10試合出場となった。しかし、全試合で先発し、しかもフル出場を続けているのは長友と川島だけだ。 しかも、中田は1試合だけ、後半途中でベンチへ退いている。チュニジア代表との日韓共催大会のグループリーグ最終戦。自らのワールドカップ初ゴールでリードを2点に広げ、勝利と決勝トーナメント進出を確実なものとした後半39分に、MF小笠原満男(鹿島アントラーズ)と交代した。セネガル戦の前半、攻め上がる長友佑都=エカテリンブルク(中井誠撮影) 攻守両面で真っ赤な炎を放つ左サイドバックとして、不動の居場所を築き上げた長友は、ポーランド戦の後半途中で中田がピッチに立った894分間を超えた。そして、川島とともにプレー時間を930分に延ばし、ベルギー戦でフィールドプレーヤーとして金字塔を打ち立てようとしている。 日本代表でデビューしてから、10年以上の歳月が過ぎた。2008年5月24日。愛知・豊田スタジアムでコートジボワール代表と対峙(たいじ)した国際親善試合で、当時の岡田武史監督に大抜てきされた。コートジボワールを率いていたのは、奇遇にも後に日本を率いるヴァイッド・ハリルホジッチ氏だった。競輪選手だった祖父 当時の長友は明治大政治経済学部に籍を置きながら、周囲の理解もあって最上級生に進級する直前に体育会サッカー部を退部。FC東京とプロ契約を結び、J1でデビューしたばかりだった。まったくの無名だった長友は、日本代表に対する思いをこんな言葉で振り返ったことがある。サイドバックでは初めて通算100試合出場が目前に迫っていた昨秋のことだった。 「憧れの存在どころか、僕から見れば本当に考えられないような位置にいる人たちでした。その日本代表の中に自分がいる。どこで何の奇跡が起きたのか。人生は本当に分からないと思うし、だからこそ才能がなくても努力でやっていけるということを、子供たちにも伝えていきたいですよね」 努力――。この二文字こそが170センチ、68キロと決してサイズに恵まれているわけでもなく、2008年の北京五輪代表に出場するまでは年代別の日本代表にも無縁だった長友を、日本サッカー界の歴史に残る名サイドバックへと成長させた唯一無二のキーワードだった。 「アイツが上半身裸になった時を見たら、本当に驚きますよ。まったく無駄がないですから」 大学生の時点で鋼の肉体を持っていたと明かしてくれたのは、長友が明大サッカー部に所属していた時に監督を務めていた神川明彦氏(現明大附属明治中高サッカー部総監督)だ。長友は東福岡高校(福岡県)時代から、独学による筋力トレーニングを自らに課してきた。 理由は明白だ。身長の伸びが今現在と同じ170センチで止まったことを受けて、将来を見すえて体を鍛え抜こうと決意した。脂肪分が多いカップラーメンなどは一切口にしない。大学時代には体脂肪率が、人間が生きていけるぎりぎりの数字とされる3・5%と計測されたこともあった。2008年5月、キリン杯のコートジボワール戦、初代表で先発したDF長友佑都(左)(大橋純人撮影) さらには驚異的なスタミナも搭載されていた。ルーツは生まれ育った故郷の愛媛・西条北中時代。今も長友が恩師と慕うサッカー部顧問の井上博教諭が、夏場で部活を引退する3年生が卒業までブランクを抱える状況を避けるために駅伝部を創設。長友を入部させたことにさかのぼる。 メニューの一例を挙げれば、10本の400メートル走に2キロを走り、さらに裏山でクロスカントリーを走破する。悲鳴をあげる元サッカー部員が少なくない中で、長友は意地でも弱音を吐かない。しかも、練習後にはサッカー部の後輩たちと一緒にボールを追い、帰宅後には自宅の周りを黙々と走り込んだ。 母方の祖父が一世を風靡(ふうび)した競輪選手だったこともあり、隔世遺伝された脚力の強さに絶対の自信を持っていた長友は、年末の駅伝大会でアンカーを拝命する。しかも、100人近くが競う中で区間3位の快走を演じた。天性とも言えるスタミナをさらに増幅させた要因として、井上教諭は今も長友の中に脈打つ負けん気の強さをあげてくれた。 「やると決めた時の集中力は、本当にものすごいものがある。5キロを走れと言えば倍の10キロを走るし、ライバルの子がグラウンドを10周走れば11周走る、と言い出していたくらいですから。ただ、あれで間違いなくスタミナがついたはずです。東福岡に入ってすぐの校内マラソン大会で、1位になったと連絡が来ましたからね」サイドバックは嫌だった 1対1の攻防を制する源になるフィジカルの強さと、相手を圧倒する走力を導く無尽蔵のスタミナ。サイドバックに必要な2つの要素を完璧に満たしていたことを見抜いた神川氏は、長友が大学1年生だった2005年の年末にボランチからのコンバートを指示する。 「嫌でしたよ。攻撃が大好きだったし、サイドバックは無難にパスをつないで、守って、たまに攻め上がるというイメージでしたから」 当時をこう振り返る長友は、幾度となく中盤でプレーさせてほしいと直訴する。しかし、これからはサイドバックが勝敗のカギを握る時代が訪れる、と確信していた神川氏も絶対に譲らない。これ以上逆らうと退部せざるを得ない、と観念した長友の価値観はすぐに180度覆ることになる。 「自分からどんどん攻め上がって、いい形でボールをもらって、1対1で勝負して。それを何度も繰り返しているうちに、本当に面白く感じてきた。自分にすごく合っている、と」 中学時代から積み重ねてきた努力との相乗効果で、瞬く間に台頭してきた長友には、すぐに熱い視線が注がれるようになる。五輪代表の反町康治監督(現松本山雅FC監督)に続き、明大と練習試合を行ったFC東京の原博実監督(現Jリーグ副理事長)も魅せられ、卒業を待たずしてのプロ契約につながった。 前述したように日本代表の岡田監督もひと目ぼれし、相手チームのエースキラーとして存在感を放った南アフリカ大会後の2010年7月にはセリエAのチェゼーナへ移籍。わずか半年後にはインテル・ミラノの一員となり、セリエAを代表する名門クラブでいつしか最古参選手となった。 長友自身をして「成り上がっていった」と言わしめたこともある、右肩上がりの軌跡を描いたサッカー人生を、神川氏はこんな言葉で振り返ったことがある。 「FC東京へ送り出した時から、いつかは海外に挑戦できる選手になると思っていました。僕に転向を決断させるだけのサイドバックとしての能力を持っていた、ということと長友がそれを真正面から受け止めてくれて、彼なりに『サイドバック長友佑都』を表現してくれたからですよね。自信がそうさせているのか、どんどん精かんな顔つきになっていく。しかも、長友は進化することを止めない。お前ならできる、星を持っている、とみんなに言わせるような人間性を持っているんですよ」 そして、日本代表における第一歩となったコートジボワール戦のメンバーを見れば、約1年半ぶりに代表復帰を果たした長谷部(当時・独、ヴォルフスブルク)が、ボランチとして今現在に至る存在感を示した一戦でもあった。2010年6月、南アフリカW杯のデンマーク戦前半、先制ゴールを決め、長谷部誠(右)、長友佑都(左)らと喜ぶ本田圭佑=ルステンブルク(財満朝則撮影) 後半30分からは19歳だったMF香川真司(当時セレッソ大阪、現・独、ボルシア・ドルトムント)もデビュー。平成生まれで初めてのA代表選手となった。あれから10年。弱肉強食が絶対的な掟(おきて)となる勝負の世界で居場所を死守しながら、一方で複雑な思いも募らせてきた。 「遅かれ早かれ突き上げられる時は訪れるし、若い選手が出てくることによって僕も刺激を受けて頑張ることができる。僕や(本田)圭佑、オカ(岡崎慎司)がそうだったように、若い選手たちも遠慮することなくポジションを奪いに来ないと。30歳を超えた選手が何人も、何年も出ている点で世代交代というか、チーム内の底上げがうまくいっていない証拠だと思うので」「ギラギラしたものを心の底から」 長友とMF本田圭佑(メキシコ、パチューカ)、そしてFW岡崎は1986年生まれの盟友同士だ。特に本田とは南アフリカ大会の決勝トーナメント1回戦で、PK戦の末に苦杯をなめさせられた直後に「これからはオレたちが代表を引っ張っていこう」と誓い合った。 日本代表を心の底から愛し、常に畏敬の念をささげてきた。だからこそ、30歳を超えた時に、思いを新たにするかのようにこんな言葉も残している。 「もちろん長く代表でプレーさせてもらっている選手が、その経験から来る落ち着きをもたらすことも大切。僕たちを押しのけるような選手がどんどん出てこないと、世界の舞台で勝つためには厳しくなってくるけど、僕たちもいま一度、ギラギラしたものを心の底から出すことも大事になる。そういうベテランの背中を見ると、若い選手たちもまた刺激を受けると思うので」 今冬の移籍市場で、7年間在籍したインテル・ミラノからトルコの名門ガラタサライへ期限付き移籍した。理由は単純明快だ。失いつつあった出場機会を貪欲に追い求めた末に決断した。最古参選手だろうが何だろうが、センチメンタルな感情が入り込む余地はなかった。 「僕自身はまったく自分のことを心配していないんです。本当にシンプルなことですけど、クラブに必要とされないのであれば、荷物をまとめて出ていきます。自分が必要とされる場所で、輝きを放つための努力を積み重ねていくだけなので」 こう語っていた長友は、新天地ですぐに左サイドバックのレギュラーを獲得。デビュー戦からリーグ戦の全試合で先発し、ガラタサライの3シーズンぶり21度目の優勝に貢献した。意外にもプロになって初めてリーグ戦を制するまでの過程で、ギラギラした思いが腹の底から沸いてきたのだろう。 自身のツイッターで「サッカー選手としての誇りと、自信を与えてくれた。決断を正解にするかどうかは日々のプロセスで決まる」とガラタサライへの移籍は大正解だったと呟(つぶや)いた長友は、西野ジャパンに合流した時に不敵な笑みを浮かべた。「皆さんはベテランだと言いますけど、僕は自分を若いと思っています。精神面を含めて、キャリアの中で一番コンディションがいいと言えるくらい、年齢のことはまったく感じていないので」 ベルギーとの大一番を前に吉報も届いた。ガラタサライへの完全移籍の決定。クラブでも代表でも、必要とされていると強く感じるたびに長友が放つオーラは輝きを増してきた。ピッチの外では夫人で女優の平愛梨さんとの間に、待望の第一子となる長男が2月5日に生まれている。リーグ優勝を決め、チームメートと喜ぶガラタサライの長友(上)=イズミル(共同) 「家族が増えたことで責任も感じています。カッコいい親父でありたいし、下手なところは見せられない、という気持ちでずっとやっています」 中田を超えるベルギー戦も通過点とばかりに、生き様を色濃くピッチに反映させる長友の心技体は最高潮のハーモニーを奏でている。3度目の挑戦にして、初めてベスト8へと通じる扉をこじ開けようと意気込む西野ジャパンの中で、充実感を漂わせる31歳のベテランほど頼りになる存在はない。

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    スポーツ哲学のない西野ジャパンに心底失望した

    小林信也(作家、スポーツライター) サッカーW杯ロシア大会で、日本代表が決勝トーナメント進出を決めた。だが、ポーランド戦の最後の数分間を見た筆者に感動は全くない。 ポーランド戦を除けば、今大会の日本代表の戦いぶりはすばらしかった。特に2試合目のセネガル戦は、1点を先制されたが、前半34分にMF乾貴士のシュートで同点。後半26分にはセネガルDFワゲのゴールで再び突き放されたが、6分後の後半33分にMF本田圭佑のシュートでまた追いつく粘りを見せた。 この試合を通して、日本代表のたくましさに心が動いた。セネガルの前評判を考慮すれば、たとえ「穴がある」とは言っても、あの攻撃力をはねのけて日本代表が勝つのは、かなり厳しいと感じていた。正直、引き分けでさえ想定しておらず、悲観的な思いの方が強かっただけに貴重な勝ち点「1」を得たことは、勝ちに等しい引き分けだったと素直に喜んだ。 スポーツを見る者が、選手やチームを応援したいと心動かされる瞬間は、こういう体験を共有したときに訪れるのではないだろうか。熱い思いが自然に芽生え、その選手やチームに対する「愛」が育っていく。 当然のことながら、日本代表を応援するのは、そのほとんどが日本で生まれ育った人たちである。とはいえ、誰もがサッカー好き、代表チームが好きとは限らない。彼らがひたむきに戦う姿に感動があり、敬意があってこそ応援にも熱がこもる。 これは私見だが、サッカーを応援する人には「サポーター」と「ファン」の区別が必要だと思っている。サポーターというのは、既にサッカー日本代表との長い時間を共有し、虜(とりこ)になった人たちだ。だが、ファンは全然違う。サッカーを語るとき、ファンを自称すると笑われるかもしれないが、自らをサポーターと呼ぶほど、熱烈な支持者ではない人たちのことを指す。ポーランド戦の後半、時間稼ぎでパスを回す長谷部誠選手(右端)ら日本イレブンを見るサポーター=2018年6月28日、ボルゴグラード そのファンにしてみれば、決勝トーナメント進出がかかっていたとはいえ、チームが敗北を選択して最後の数分間、時間稼ぎのパス回しをピッチ上で繰り広げた光景をどう受け止めただろうか。 後半37分、3人目の交代枠にMF長谷部誠が投入された。この瞬間、MF本田圭佑の出場は消え、一部のファンはガッカリしたかもしれない。「本田投入で同点に追いつく」という淡い期待さえも幻に終わったのである。 しかし、ファンは同時に行われていたコロンビア対セネガル戦で、後半29分にコロンビアが先制し「このまま敗戦しても、日本が決勝トーナメントに行ける可能性が出てきた」と、大いに戸惑ったことだろう。 もし、そのままコロンビアが逃げ切れば、一次リーグH組はコロンビアが1位、日本が2位で決勝トーナメントに進出が決まる。セネガルと日本は勝ち点4、得失点差も0で並ぶが、次の基準となる警告や退場を数値化した「フェアプレーポイント」で上回る日本が2位となる状況になった。「負けるが勝ち」ではない ゆえに、本田ではなく、長谷部を投入した交代には、西野朗(あきら)監督の次のようなメッセージが込められていたことになる。「このまま負けでいい。決して無理はするな。ましてや、イエローカードも許さない」。そんな意図を長谷部がピッチの選手たちに代弁して伝えたのである。 もちろん、セネガル対コロンビアの試合速報を逐一確認しているスタッフからも、コロンビア先制の一報とともに、セネガルが追いつく可能性は低いとの状況判断もあったのだろう。 そもそも日本人の精神として、勝利を求めて戦うスポーツの世界にも「負けるが勝ち」という考え方がある。ただ、これはかなり高齢世代に残っている考え方であり、サッカー日本代表を構成する若い世代にも、これが浸透していたのかと初めは驚いた。 だが、ポーランド戦で日本代表が取った戦術は、本来の「負けるが勝ち」と同義であるとは必ずしも言えない。世界が鋭い眼差しを注ぐ大舞台で、日本は結果的に「負ける」選択をしたに過ぎない。「無気力プレー」と断罪されてもやむを得ない約10分間を彼らは確信を持って展開したのである。 決勝トーナメント進出だけにこだわれば「妥当な判断だった」「これもサッカーの戦い方だ」という声が大勢だ。もし仮に、この見方に異議を唱えれば「サッカーを知らないくせに」「理想論だ」と非難を浴びたことだろう。実際に一部のSNSアカウントは炎上騒ぎに発展したそうだが、こんな風潮の中でも筆者はあえて異議を唱えたい。 ポーランド戦で先制を許した日本は、決勝トーナメント進出のために、セネガルの負けに賭けた。言い換えれば、この時点で日本は真剣勝負を放棄したのである。これほど失礼極まりなく、非スポーツマン的な行動が他にあっただろうか。言葉は悪いが、日本代表は史上最もアンフェアなプレーで、フェアプレーポイントの恩恵をモノにしたとも言えるのである。決勝トーナメント進出を決め、西野監督(左から2人目)と喜ぶ本田(同3人目)=2018年6月、ボルゴグラード(共同) こう断言するには理由がある。日本には自力で決勝トーナメント進出できる可能性が残っていたからだ。もし1点でも取っていれば、他会場の試合結果に関係なく、進出が決まっていた。にもかかわらず、最後までゴールを奪いに行かなかったのはなぜだろうか。 もちろん、無理に攻めた結果、逆に失点し墓穴を掘る可能性もあった。だが、もしそうなったとしても、指揮官は胸を張って、こう説明できたはずだ。「セネガルが1点でも取れば、その時点で望みは断たれる。であれば、全力でゴールを奪って、決勝トーナメント進出をつかみ取ろうとするのがスポーツマンとして当然だ。それが日本代表の矜持(きょうじ)である」と。 むろん、感情や理想論だけで指摘しているのではない。人は心を揺さぶるものに興味を抱き、その魅力を肌で感じる。スポーツ、いやサッカーもそれは同じである。サッカー行動規範にも反する そもそもW杯は、国同士の尊厳をかけた戦いの場だ。それなのに、日本はサッカーを通して何を世界に表現したかったのか。ただ勝ち進むことだけが目的だったのか。日本は今、女子レスリングのパワハラや日大アメフト部の危険タックル問題などが相次いで表面化し、スポーツ哲学を共有できていない危機にある、と筆者は感じている。だからと言って、あの無気力なパス回しを明確にジャッジする基準がないのも事実である。    ところが、サッカーには明確な行動規範も示されている。FIFA(国際サッカー連盟)が定める「サッカー行動規範」の冒頭には次のような記述がある。◎サッカー行動規範第1条「勝つためにプレーする」 勝つことは、どのゲームにおいても試合の目的である。決して負けるためではない。もし勝つためにプレーしなければ、あなたは対戦相手を戸惑わせ、観客を欺き、あなた自身に嘘をつくことになる。強い相手に対して決してあきらめてはいけないし、弱い相手に加減をしてもいけない。それは、相手が全力で戦うことを侮辱することになる。最後の笛が鳴るまで、勝つためにプレーしなければならない。 この規範は、日本サッカー協会のホームページにも「JFAサッカー行動規範」として簡潔にこう転載されている。 どんな状況でも、勝利のため、またひとつのゴールのために、最後まで全力を尽くしてプレーする。 ポーランド戦終盤の日本代表のパス回しは、明らかにこの理念に背いている。本来なら、日本サッカー協会会長、監督以下選手全員が、あの行為を正当化するような発言は許されないはずだ。 だが、勝ち点も得失点差も同じ場合、フェアプレーポイントで進出チームを決めるルールをつくったのはFIFAである。むろん、今回の件で日本が彼らに責められることはないだろう。ただ、過去にも同様の例があり、批判が渦巻いたこともあり、このルールは次回から変更になる可能性が高い。つまり、日本代表の判断は必ずしもサッカーの世界常識ではなかったのである。ポーランド戦で日本代表選手らに指示を出す西野朗監督(右)=2018年6月28日、ロシア・ボルゴグラード(中井誠撮影) 日本代表のサポーターは、今大会でも試合後のゴミ拾いなどが世界から称賛され、その行動は他国のサポーターにも広まった。それこそが、日本が誇るべき伝統的な精神であり、美しい自己表現の在り方ではないのか。 こうしたサポーターの評価に相反するような日本代表の姿勢を見る限り、決勝トーナメント初戦となるベルギー戦で、何か見えない力をまとって「奇跡」を起こすことはないだろう。あるとすれば、私たちが想像もできない幸運に恵まれることぐらいか。抽象的な表現かもしれないが、単なる幸運には再現性がなく、次につながることはない。そのような戦いに果たして歴史的な価値があると言えるのか。

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    「それはないって」川島永嗣が背負った重い十字架の意味

    藤江直人(ノンフィクションライター) ゴールラインテクノロジーによる判定が映し出されたテレビ映像では、ゴールライン上にボールの3分の1ほどがかかっていた。ロシアワールドカップ(W杯)の公式球、アディダス社の『テルスター18』の直径は約22センチ。つまり、10センチに満たない差で失点を免れたことになる。 引き分け以上で決勝トーナメントへ自力で進出できた、日本時間28日深夜のポーランド代表とのグループリーグ最終戦。世界中で賛否両論を巻き起こしている結果をあらためて振り返れば、GK川島永嗣(仏、FCメス)が前半32分に見せたビッグセーブが日本代表を救ったことが分かる。 日本の守備陣から見て左サイドから放たれたクロスに対して、DF酒井宏樹(仏、オリンピック・マルセイユ)のマークを瞬時に外したMFカミル・グロシツキ(英、ハル・シティ)がヘディングを一閃(いっせん)。角度を変えたボールは緩やかな軌道を描き、ゴール右隅へと吸い込まれていく。 クロスが送られたとき、川島は左ゴールポスト付近、いわゆるニアサイドにポジションを取っていた。しかし、グロシツキのシュートは逆サイドに飛んでくる。必死に体勢を立て直してダッシュし、最後は185センチ、74キロの巨体を宙に舞わせる。懸命に伸ばした右手で、ボールを必死にかき出した。 この瞬間、冒頭で記したように、ボールの約3分の2はゴールラインの内側にあった。ポーランドの先制点を阻止した川島は勢い余ってゴール内へ転がり込む。こぼれ球へFWロベルト・レバンドフスキ(独、バイエルン・ミュンヘン)が詰めてきたが、酒井宏がクリアして事なきを得た。 生中継していたテレビによる試合後のフラッシュインタビューで、川島はこんな言葉を残している。「この2試合、チームにかなり迷惑をかけていたので、今度は自分がチームを救う番だと思っていた」ポーランド戦の前半、ポーランドのグロシツキのシュートを好セーブするGK川島=ボルゴグラード(共同) 試合はポーランドに負けた。というよりも、アディショナルタイムを含めた残り約10分の段階で、日本が0-1のスコアのままで負けることを選んだ。同時間帯で行われていたグループHのもう1戦では、コロンビア代表がセネガル代表を1-0でリードしていた。 この状況のままで終われば、コロンビアが勝ち点6で1位となり、日本とセネガルが勝ち点4で並ぶ。得失点差も総得点もすべて同じ。直接対決の結果も2-2のドローだ。この場合は、今大会から導入されたフェアプレーポイント(FPP)、つまり警告数や退場数の少ないほうが上位となる。 ポーランド戦で警告を受けたDF槙野智章(浦和レッズ)を含めて、日本は3試合で4枚のイエローカードをもらっていた。対するセネガルは6枚。失点をせず、余計なイエローカードももらわなければ日本の2位が決まる。西野朗(あきら)監督は一世一代の大ばくちに打って出ることを決めた。キャプテンを託されたワケ 後半37分に投入した、チームキャプテンのMF長谷部誠(独、アイントラハト・フランクフルト)を介して明確な指示を与える。最終ラインの4人と長谷部、MF柴崎岳(スペイン、ヘタフェ)とMF山口蛍(セレッソ大阪)の両ボランチで、リスクを冒すことなく無難にボールを回し続けた。 コロンビアの勝利を想定した、いわば「他力本願」の消極的な戦法は、それまで日本を称賛していた世界中のメディアから手のひら返しのようなバッシングを浴びた。西野監督も試合後に「本意ではない」と複雑な胸中を明かしたが、前半のピンチで失点していたならば、腹をくくる前に可能性が潰えていた。 殊勲の川島は左腕にキャプテンマークを巻いていた。グループリーグ初戦、第2戦へ同じ先発メンバーを送り出した西野監督は、ポーランド戦で6人を一挙に代えた。サイドバックが本職のDF酒井高徳(独、ハンブルガーSV)を右MFで起用した点を含めて、大胆なさい配を振るった。 その中で、西野監督は川島を代えなかった。しかも、試合前日に行われる公式会見に同席させる選手として指名し、長谷部がベンチに座る中でゲームキャプテンを託した。インターネット上で激しいバッシングにさらされていることを承知の上で、揺るぎない信頼感をキャプテンマークに込めたのである。 振り返れば、西野ジャパンの初陣となった、先月30日のガーナ代表との壮行試合(日産スタジアム)から、川島のパフォーマンスは安定さを欠いていた。所属するFCメスが最下位となり、来シーズンから2部へ降格することもメンタル面に微妙な影を落としていたのかもしれない。 ロシア大会に入っても、精彩を欠いているように映った。FW大迫勇也(独、ベルダー・ブレーメン)の劇的なゴールで、コロンビアを2-1で撃破したグループリーグ初戦では、直接フリーキックをジャンプした壁の下に通される形で一時同点とされた。 これは壁を作った味方選手とのコミュニケーション不足も一因だった。しかし、セネガルとの同2戦で許した先制点は、川島の完全なボーンヘッドだった。川島自身も試合後に「自分の判断ミスだった」と認めた場面は、前半11分に不意に訪れた。セネガル戦の前半、先制ゴールを決めるセネガルのマネ。左はGK川島=エカテリンブルク(AP=共同) 日本から見てペナルティーエリア内の右サイドから、DFユスフ・サバリ(仏、ボルドー)が放ったシュートは、低い弾道で川島のほぼ正面に飛んできた。本来ならばキャッチにいくべき状況で、目の前にFWサディオ・マネ(英、リヴァプール)がいたこともあり、川島はパンチングを選択する。 しかし、慎重に処理したい思いも加わったのか。ひざまずいた体勢から両手を伸ばし、なおかつシュートそのものがやや沈む軌道を描いたために、ボールを地面に叩きつけてしまう。これが詰めてきたマネの左膝あたりにハーフバウンドで当たり、無情にもゴールインしてしまった。 めったにお目にかかれないミスだったからか。国際サッカー連盟(FIFA)の公式サイトでも、逆サイドからのクロスを中途半端にクリアし、サバリへパスしてしまったMF原口元気(独、ハノーファー)のミスと合わせて、速報で「コメディー・オブ・エラーズ」と報じられてしまった。「それはないって」からの逆転 これには日本で応援するファンやサポーターも敏感に反応する。大迫を称賛する枕詞(まくらことば)として一気に流行語となった「大迫半端ないって」を引き合いにする形で、ネット上には心ない言葉が飛び交った。「川島それはないって」 生身の人間である以上は、スポーツに携わる誰もがミスを犯す。サッカー、それもGKとなれば失点に直結するだけに、いやが応でもクローズアップされる。ナショナルチームのゴールマウスに立つ時には、国を背負うプレッシャーも加わってくる。 計り知れないほど重い十字架を、川島は逃げることなく、むしろ望んで背負ってきた。日本代表史上で初めて、3大会連続でW杯の守護神を務めた。青天の霹靂(へきれき)にも映るレギュラー昇格を告げられたのは、2010年の南アフリカ大会直前だった。 宿敵・韓国代表との壮行試合で惨敗を喫するなど、W杯イヤーに入って低空飛行を続けていたチームに対して、当時の岡田武史監督(現JFL・FC今治オーナー)は「何とかして流れを変えたい」と模索していた。はじき出された答えの一つがGKの交代だった。 オーストリアのグラーツで5月30日に行われたイングランド代表とのテストマッチ。キックオフの2時間前になって、岡田監督はそれまで守護神を務めてきた楢崎正剛(名古屋グランパス)ではなく、川島を先発させることを決めた。2010年5月、国際親善試合のイングランド戦後半、ランパードのPKを止め、雄たけびを上げるGK川島(中央)=オーストリア・グラーツ(共同) 当時27歳で川崎フロンターレに所属していた川島にとって、イングランド戦は日本代表でプレーするわずか9試合目だった。もっとも、国際経験こそ少なかったものの、メンタル面を含めて準備は怠らなかった。イングランド戦をこんな言葉で振り返ったことがある。「こういう強い相手と戦うために準備してきた。大事なのはメンタル。絶対に怯(ひる)まないこと。熱く燃えながらも、冷静に判断することを自分に言い聞かせていた」 初めてベンチ入りを果たしたのが、イビチャ・オシム監督時代の2007年3月24日に行われたペルー代表との国際親善試合だ。要は、3年とちょっとの間に数えるほどしかピッチに立っていなかった。楢崎、そして42歳の今も現役を続ける川口能活(現SC相模原)の後塵(こうじん)を拝してきたのである。 川口は悲願のW杯初出場を果たした1998年フランス大会と2006年ドイツ大会で、楢崎は2大会目にして初めて決勝トーナメントへ進出した2002年日韓大会でゴールマウスを守った。2人のレジェンドと同じ空気、同じ時間を共有しながら貪欲に学び取った。川島の「揺るぎない哲学」「2人を見ていて、自分はどのようなゴールキーパーになればいいのか、どのようなゴールキーパーになりたいのか、という目標を明確に持つことができた」 アグレッシブな立ち居振る舞いから、いつしか「炎の守護神」と呼ばれた川口。冷静沈着さで味方に安心感を与えた楢崎。2人のレジェンドのストロングポイントを、絶妙のバランスで同居させるGKを目標にすえて精進を重ねてきた。 南アフリカ大会では2度目の決勝トーナメント進出を果たし、絶対の自信を持って臨んだ前回ブラジル大会ではグループCの最下位で姿を消した。その後は一時無所属となり、日本代表から遠ざかったこともある日々を、川島はこんな言葉で振り返ったことがある。「いい経験もしてきたし、ある意味でよくないというか、悔しい経験もしてきた。日々の積み重ねが、W杯という舞台につながればいいと、自分としてはずっと思ってきた。どちらかと言えば苦しい時間の方が長かったけど、そうした経験が必ずいい結果につながっていくと信じて、今この(日本代表という)場所にいられることに幸せを感じながら、経験を生かせるようにしたい」 ポーランド戦で日本代表における出場試合数は「88」に伸びた。いつしか楢崎の「77」を超え、川口の「116」に少しずつ近づいている。今年3月で35歳になった。リザーブに回った南アフリカ大会で自身をフォローしてくれた当時の楢崎を上回り、チームキャプテンとして雰囲気作りに奔走した当時の川口に並んだ今、深く感じることがある。「日本代表に長くいさせてもらうほど、(川口)能活さんとナラさん(楢崎)の偉大さを常に感じています。自分の次世代の刺激になるような存在にならないといけない、という思いもあるし、そのためにも自分自身をさらに成長させて、いい影響を与えられる存在になりたいですね」 濃密な経験を伝授させていく上で、揺るぎない哲学を抱いている。それは「ただ単に話すだけではなく、自分のプレーを通して示さなければ意味がない」―。自分自身を奮い立たせてゴールマウスに立ったポーランド戦では、後半に入っても存在感を放ち続けた。ポーランド戦に向けて調整する(左から)GKの中村、川島、東口=カザン(共同) 電光石火のカウンターを食らった8分には、MFピオトル・ジエリンスキ(伊、ナポリ)がシュートを放とうとする寸前に、果敢な飛び出しからスルーパスをキャッチした。36分にはあわやオウンゴールになりかけた槙野のクリアを、横っ飛びしながら左手一本ではじき出した。 後半14分の失点は、セットプレーから警戒すべきDFヤン・ベドナレク(英、サウサンプトン)をフリーにしたことで生まれた。川島にとってはノーチャンスであり、だからこそすぐにメンタルを立て直し、最後尾から檄(げき)を飛ばし続けた。 相手の3ゴールを無に帰した川島の鬼気迫るセーブは、川口と楢崎の魂をも託された聖なるブルーのバトンと化して、ベンチで声を枯らしていた32歳の東口順昭(ガンバ大阪)、2年前のリオデジャネイロ五輪にも出場した23歳のホープ、中村航輔(柏レイソル)へしっかりと紡がれた。

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    韓国のラフプレーもかすむドイツ「歴史的惨敗」の伏線

    小澤一郎(サッカージャーナリスト) 誰も予想できなかった結末、試合となった。前回ブラジル大会の王者ドイツがアディショナルタイムに2点を奪われ、0-2で韓国に敗れ、史上初となるグループリーグ敗退が決まった。 確かに2010年南アフリカ大会優勝のスペイン、2006年ドイツ大会優勝のイタリアと、過去2大会連続でW杯王者がグループリーグ敗退を喫しており、連覇どころかディフェンディングチャンピオンがグループリーグを突破することすら「鬼門」となっていたのが近年のW杯だった。 ドイツは、初戦でメキシコ戦に敗れたとはいえ、第2戦のスウェーデン戦ではアディショナルタイムでの決勝弾で2-1と逆転勝利を収めていた。「さすがに敗退はないだろう」という希望的観測が広がっていた矢先の出来事だけに、世界中に衝撃が走った。 ましてや、対戦相手の韓国はすでに2敗でグループリーグ敗退が決まっていたチームだ。そうした状況の相手に勝てば、決勝トーナメント進出が見えてくるドイツ。実際、試合終盤も、同時開催の試合でスウェーデンがメキシコに着々と得点を重ねたことで「1-0で勝てば自力で決勝トーナメント進出」となっていた状況での自滅である。事態は深刻だ。 ドイツの敗退を分析する前に、アジア勢として大金星を挙げた韓国をまずは讃えたい。強豪ぞろいのグループとはいえ、連敗であっさりとグループリーグ敗退となりながらも、申台竜(シン・テヨン)監督率いるチームはエースのFW孫興民(ソン・フンミン)を中心に勝利を目指して、貪欲かつ真摯(しんし)に戦った。 このドイツ戦は3戦で1番ファウル数の少ない16とはなったが、3戦での累計ファウル数は「63」。イエローカードの枚数も「10」と、まだグループリーグ終了とはなっていないが暫定でどちらの数も出場32カ国でワーストワンという不名誉な数字(記録)をたたき出している。ドイツ戦の前半、激しく競り合う韓国の鄭又栄(上)=2018年6月27日、カザン(共同) それゆえに、相手チームや韓国国内からも「ラフプレーが多い」という批判が大会中に出ていた。確かに、このドイツ戦においても球際での厳しさを各選手が求めるあまり、序盤からアフター気味のファウルとイエローカードが出ていた。 ただし、気持ちで球際の勝負に挑んでいくスタイルは、韓国サッカーが持つデメリットでありメリットでもある。少なくとも、このドイツ戦に臨んだ韓国選手のメンタルは、過剰に熱くなり過ぎることなく冷静にファイトできていた。W杯のみならず、世界のサッカー史に間違いなく1ページを刻むことになった「ドイツの史上初W杯グループリーグ敗退」の相手が韓国であったことは、同じアジア勢として誇りに思う。政治も絡むドイツのほころび ドイツに話を戻す。この韓国戦のスタメンには第2戦(スウェーデン戦)で先発落ちした2人のMF、サミ・ケディラとメスト・エジルが戻り、右サイドハーフにはMFレオン・ゴレツカが初先発した。初戦ではMFトニ・クロースにマンマークを付けてカウンターを狙ったメキシコの対策にまんまとはまり、なすすべなく敗れたドイツだが、第2戦は初戦でプレーの強度と精度が低かったケディラ、エジルを思い切って外し、チームのパフォーマンスは上がっていた。 この2選手が「戦犯」というわけではないのだが、ボール保持のスタイルからどうしても相手に引かれてしまう。遅攻から突破、シュートを狙うドイツサッカーの中では、中盤でボールを追い越せる選手、縦方向にパスを通せる選手が必要で、今大会のケディラ、エジルはそのタイプの選手ではなかった。 けがで昨シーズンの大半を欠場したマヌエル・ノイアーを正GKに選び、逆にキャリアハイとも呼べる素晴らしいシーズンをバルセロナで送ったテア・シュテーゲンをベンチに追いやったGK選考、そして大会前に世界中の話題をさらったMFレロイ・サネのメンバー外。連覇を狙い順調な仕上がりを表面上は見せていたドイツだが、選手選考では「過去の実績重視」という不可解なジャッジが直前に目立ち、国内では初戦後から「ヨアヒム・レーブ監督のマネジメントの失敗」が叫ばれていた。 初戦のメキシコ戦であれだけカウンターの餌食となりながらも、DFジェローム・ボアテング、DFマッツ・フンメルス、ノイアーといったリーダー格の選手間でのコミュニケーションや議論がピッチ上で一切ないように映り、ベンチからの修正の指示や対策がなかった点も、チーム内部にあるほころび、崩壊への序章に見えた。 サッカーとは全く関係のない政治的問題ながら、トルコ系ドイツ人のMFイルカイ・ギュンドアンとエジルが、大会直前にトルコのエルドアン大統領を表敬訪問したことで、ドイツ国内から批判が殺到した出来事もあった。2選手からすれば「大した問題」ではなかったのだろうが、移民と難民が深刻な社会問題と化しているドイツだからこそ、国をも揺るがす一大事件に発展したのである。 欧州で表面化するローカリズムや右傾化の流れがドイツでも大きくなる中、異なるルーツの選手が一つのチームにまとまり団結すること、多様性を受け入れる寛容性を示すことで前回大会の優勝という結果をドイツ代表は出した。その国を象徴する組織(ロールモデル)に分断の危機が迫っていることを、この事件は明らかにしてしまったのである。韓国に敗れて1次リーグ敗退が決まり、手で顔を覆うドイツのミュラー=2018年6月27日、カザン(ゲッティ=共同) 大会前に次回のカタールW杯がある2022年までの契約延長を結んだレーブ監督ではあるが、史上初となるグループリーグ敗退の責任を取る形での退任ないし解任は必至だ。エジルやクロースを中心に据えたスペイン顔負けの「パスサッカー」、ボール保持のプレーモデルの変更も強いられることになるだろう。 ただ、ドイツにはピラミッドの頂点である代表がこけたくらいでは揺るがない屋台骨、確固たる育成システムが根付いており、ドイツサッカー自体が傾くことにはない。ロシアW杯でのショッキングかつスキャンダルな敗退を受けて、強い代表を取り戻すためのドイツサッカーの再生に期待したい。

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    魂の抜けたメッシに届いたアルゼンチンの激情

    小澤一郎(サッカージャーナリスト) 「崩壊」。21日に行われたグループリーグ第2戦、クロアチアに3失点の大敗を喫した翌日のアルゼンチンのスポーツ紙『オレ』の1面トップにはFWメッシが額に手を当て、目を閉じている写真とともにこのインパクトある見出しが付いた。 同紙はクロアチア戦のメッシについて「何もしなかった。プレーに関与することすらなかった」と厳しく糾弾。初戦のアイスランド戦でも「メッシ依存症」のチームは機能不全を起こし、人口33万人ほどのW杯初出場国に「辛うじて引き分け」と表現するにふさわしい低調なパフォーマンスを露呈したのである。 ただ、クロアチア戦の大敗後に同組のナイジェリアがアイスランドを下したことで、同時開催のアイスランド-クロアチア戦の結果次第ではあるが、アルゼンチンはこの第3戦でナイジェリアに勝利すれば、決勝トーナメント進出の可能性を残した。これは悪い流れから抜け出せないアルゼンチンにとって一つの朗報だった。 アルゼンチン国内で、メッシ以上の批判にさらされたのが、長年続くメッシ依存症の代表チームに何ら改善を加えることができないホルヘ・サンパオリ監督だった。クロアチア戦直後には「解任」の噂も飛び交った。 結果的に、ナイジェリア戦もサンパオリ監督が指揮を執ることとなったが、国内外の報道を整理する限り、チーム内での求心力はゼロに近いレベルまで低下したという。「指揮権剥奪」とまでは言わないまでも、選手リーダーのDFマスチェラーノとメッシを中心にして、選手主体でのメンバーや戦術の選考によるチームの立て直しが図られた。 注目のアルゼンチンのスタメンは事前の報道通り、カバジェロからアルマーニへのGK変更も含め、システムも3バックから4バック、中盤にはこれまで起用のなかったゲームメーカーのMFエベル・バネガが名を連ねた。 ここまでの2戦では、どうしてもメッシが中盤に下がってボールを受ける分、攻撃のテンポやスピードは低下していた。結局アルゼンチンは、ボールを持っていても相手にしっかりとスペースと時間を消され、うまく守られてしまう展開を余儀なくされたのである。しかし、この試合はバネガの起用で攻撃に少し変化が見えた。 その変化の象徴が前半14分、メッシの先制点のシーンだ。中盤のバネガから高精度のミドルパスを受けたメッシが抜け出し、右足でゴールネットを揺らしたが、今大会メッシがDFラインの背後に抜け出すようなシーンはほとんど見られなかった。ナイジェリア―アルゼンチン 前半、先制ゴールを決め喜ぶアルゼンチンのメッシ=サンクトペテルブルク(共同) 万能なメッシはゲームメーカーもフィニッシャーも、どちらのタスクも務めることのできる選手である。だが、過去2戦はボランチにマスチェラーノ、MFビリア、MFエンソ・ペレスという攻撃のゲームメークよりも守備やボール奪取能力で持ち味を発揮する選手が配置されたため、チームの構造上、メッシが中盤まで下りてゲームメークする役を担わざるを得なかった。アルゼンチンの快進撃は今から始まる だからナイジェリア戦で、中盤でボールを受け、長短のパスを織り交ぜてゲームを作ることのできるバネガの起用は、メッシのポジションを高く維持することに貢献したのである。アルゼンチンは先制点以降も、素早い攻撃から決定機を作り、34分にはメッシの直接フリーキックがポストを叩く。 2点目は時間の問題と思えるほどのいい内容で前半を1-0で折り返したアルゼンチンだが、後半開始直後のコーナーキックからPKを献上し、51分にそのPKをFWモーゼスに決められてしまう。同点に追いつかれたアルゼンチンの選手たちには、不必要な焦りや力みが見られ始め、メッシ依存症が再び出てしまった。 ただし、ここに効果的な「処方箋」を出したのが、他でもないサンパオリ監督だった。エンソ・ペレスに変えて、スピードが武器のMFパボンを投入。彼を右サイドに配置して、「5-3-2」のシステムでサイド攻撃から、後方に分厚く人数をかけて守るナイジェリアの牙城を崩す試みに出たのである。 追いついたナイジェリアも守るだけではなく、前線のFWムサや、途中出場のFWイガロのスピードと突破力を生かして、カウンターから勝ち越しを狙い、決定機も作ったが、サンパオリ監督はその後もMFメサ、FWアグエロと攻撃的な選手を投入して猛攻を仕掛けた。 試合が動いたのは86分、パボンからのパスを受けた右サイドバック(SB)メルカドからのクロスにセンターバック(CB)ロホが右ボレーで合わせ、アルゼンチンが2-1と勝ち越した。メッシでもイグアインでもアグエロでもなく、DFのロホが流れの中からクロスにボレーシュートを決めるという意外な決勝弾ではあったが、クロアチア戦後に国内メディアから「魂の抜けた選手、チーム」と揶揄(やゆ)されたアルゼンチンの選手たちが魂と意地を見せた勝ち越しゴールだった。 戦術面で冷静に分析すれば、特に攻撃のオーガナイズ(組織化)において、メッシに頼りすぎる、ボールを預けすぎる点がいまだマイナスに働いているシーンや時間が多く、改善の余地がある。しかし、このナイジェリア戦で必要だったのは、熱狂的かつ激情あふれるアルゼンチン国民を納得させる戦いと勝利だったのである。ナイジェリア―アルゼンチン 後半、決勝ゴールを決めたロホ(16)と抱き合って喜ぶアルゼンチンのメッシ=サンクトペテルブルク(共同) そういう意味では、リーダーとしての振る舞いとストライカーとしてのゴールという結果を見せたメッシを筆頭に、ナイジェリア戦でのアルゼンチンの選手からは大きなプレッシャーをはね返す底力、リバウンドメンタリティを感じることができた。 3連勝のクロアチアに次ぐ2位に滑り込んだアルゼンチンだが、決勝トーナメントでいきなりフランスとの対戦が決まった。とはいえ、前回ブラジル大会決勝までの道のり同様、困難を乗り越えた時のアルゼンチンは伝統的に勝ち上がる傾向にある。 おそらく今回が「最後のW杯」と言われているメッシがナイジェリア戦を大きなきっかけとして、ピッチ内外で真のリーダーとして力を発揮する下地は整った。アルゼンチンが今大会の主役に一気に躍り出る可能性も出てきた。

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    「道化」を演じ続ける本田圭佑の男気が泣けてくる

    藤江直人(ノンフィクションライター) ペロリと出した舌には、どのような意味が込められていたのだろうか。運を持っている自分をアピールしたかったのか。あるいは、散々のように浴びせられてきた批判への、ちょっとした意趣返しの思いも込められていたのだろうか。 セネガル代表に1点を勝ち越された瞬間だった。日本代表を率いる西野朗監督は、スタンバイさせていた交代選手をFW岡崎慎司(英、レスター・シティ)からMF本田圭佑(メキシコ、パチューカ)へと代えた。 岡崎を投入する意図は、前線からのプレスを強化して、1-1のまま逃げ切ることも視野に入れていたはずだ。翻って本田を先に投入した狙いは明白だ。点を取って来い。追いつき、そして追い越せ。そして、「4番」がピッチに入って6分後の後半33分、歓喜の瞬間が訪れる。 右サイドからFW大迫勇也(独、ベルダー・ブレーメン)がクロスを入れる。本田に続いて3分前に投入されていた岡崎がつぶれたことで、相手GKがうまく反応できない。逆サイドへこぼれたボールに、前半34分に一時は同点に追いつくゴールを決めていたMF乾貴士(スペイン、レアル・ベティス)が追いつく。 ゴールラインぎりぎりから、マイナス方向へワンタッチでクロスが折り返される。すぐに立ち上がった岡崎が再びつぶれたことで、相手GKも体勢を整えられない。果たして、ゴール前の密集地帯をすり抜けてきたボールは、反対側となる右サイドへ詰めてきた本田の目の前に転がってきた。 決して簡単なシュートではなかったはずだ。パスにスピードがあったうえに、本田の目の前で微妙に弾んでいた。それでも落ち着き払った32歳は、利き足の左足のインサイドを完璧に合わせる。目の前には195cm、89kgの巨漢DFカリドゥ・クリバリ(伊、ナポリ)がいたが、シュートは右ポストとの間を射抜いてゴールへと吸い込まれていった。 「今回も同じように一発目のシュートが決まる気もするし、そういうのを決めないと話にならないと思っている。これまでもぶっつけ本番で結果を出してきたことが何度もあるし、いろいろなシチュエーションを想像する、というところは自分の強みのひとつだと思っているので」 日本を発つ前に、本田は不敵な笑みを浮かべながらこんな言葉を残していた。コロンビア代表との初戦を見すえた言葉だったが、実際のコロンビア戦ではゴールではなく、交代出場から3分後に決まった大迫の決勝ゴールを絶妙な左コーナーキックからアシストしている。ゴールを決める本田圭佑=2018年6月、エカテリンブルク ちなみに過去2度のワールドカップでは、本田は7試合すべてで先発フル出場を果たしている。ここで言及した「ぶっつけ本番」や「いろいろなシチュエーション」には、日本代表ではなかなか縁がなかった、試合の流れを変えるスーパーサブを想定していたのかもしれない。 そして、セネガル戦で放った最初にして唯一のシュートで、有言実行を成就させた瞬間にさまざまな記録が生まれた。ワールドカップにおける日本代表の最年長ゴール。すべてアフリカ勢から奪った、日本人初のワールドカップ3大会連続ゴール。アジア勢でも初めてとなるワールドカップ3大会連続のゴール&アシストは、世界を見渡しても6人目の偉業となった。本田が見つけた居場所 何よりも特筆されるのは、突出した個々の能力に組織力を融合させた強敵セネガルと引き分けたことで、日本時間28日深夜にキックオフを迎えるポーランド代表との最終戦で引き分け以上の結果を残せば、2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出を決められる状況を作り上げたことだ。 ヒーローとなった本田はしかし、コロンビア戦の前から逆風にさらされていた。大迫の決勝弾をアシストしたとはいえ、その後は日本にとって危険な場所でのボールロストが目立ち、失点を招きかねない不用意なミスパスもあった。 プレーそのものにスピードが欠ける分だけ、どうしても日本の攻撃がノックダウンを起こしているようにも映った。武器としてきたボールキープ術を支えてきた、強靱(きょうじん)なフィジカルコンタクトも衰えてしまったのか。簡単にピッチに転がされるシーンも少なくなかった。 それでも、前出の「一発目のシュートが決まる気もする」に象徴されるような、いわゆるビッグマウスを放つことを本田は厭(いと)わない。しかし、確固たる結果を残していない以上は、ファンやサポーターから寄せられる批判がさらにヒートアップする悪循環を招く。 自身と香川真司(独、ボルシア・ドルトムント)がベンチに座ったまま、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督に率いられた日本代表が昨年8月のオーストラリア代表戦で快勝。6大会連続6度目のワールドカップ出場を決めた直後には、本田はこんな言葉を残した。 「一番の収穫は、僕や(香川)真司が出なくても勝てたということ。当然ながら僕や真司はそこに危機感を覚えるわけですよ。いままでだと、統計的に見ても僕や真司が出なければ、よくない試合や勝てない試合が多かった。でも、実際に勝ってしまった。僕らはもう必要ないんじゃないかと当然ながら言われるわけですけど、それがいいことやと思っています。それが次につながりますし、逆に僕らとしてはまたコンディションを上げていかなければいけないわけですから」 そのハリルホジッチ氏の電撃解任に日本サッカー界が揺れていた最中の今年5月14日には、本田をフィーチャーしたNHK総合の『プロフェッショナル 仕事の流儀』がオンエア。そのなかで本田が発した言葉が、大きな波紋を広げてもいる。 「ハリルのやるサッカーに、すべてを服従して選ばれていく。そのことの方が僕は恥ずかしいと思っているので。自分を貫いた自分に誇りは持っています」ベンチで試合を見つめる本田圭佑=2018年6月、エカテリンブルク 収録そのものはハリルホジッチ氏の解任前であり、ハリルジャパンの最後の活動となった、3月下旬のベルギー遠征で指揮官の要求に対して目に見える結果を残せなかったことへの言葉でもあった。 しかし、日本サッカー協会の田嶋幸三会長が、前監督の解任理由を「選手たちのコミュニケーションや信頼関係が薄らいできた」と説明していたことと相まって、水面下で本田が絡んでいるのでは、という臆測がより激しく飛び交う状況も招いた。西野ジャパンの防波堤に 西野ジャパンの先行きに対して懐疑的な視線が向けられながら千葉県内でスタートした、先月下旬の日本代表合宿中にはこんな言葉も発している。 「前々回の(南アフリカ大会の)ほうが、精神的には少し近いですかね。前々回はジタバタしても仕方がないという状況でしたし、覚悟を決めて、とにかく冷静に大会へ入ることだけに集中していた。今回もジタバタしている状況であるのは間違いなく、だからといって焦っても、プレッシャーを感じても仕方がない。いまの時点でネガティブなことを言ったところで、大事な試合はやって来るし、そこでは勝利を求められる。その意味では、いまはネガティブな部分はあえて封印すべきだと思っているので」 そのうえで、一部メディアから「代表はやりやすくなったか」と問われると、不敵な笑みを浮かべた本田はこんな言葉を返してもいる。 「そうですね。やりやすくなってきました」 メディアを介して伝えられれば、火に油を注ぐかのごとく、批判の嵐がさらに激しくなりかねない。そうした状況を承知のうえで、本田はエッジの効いた言葉を発し続ける。その意図はどこにあるのか。ひとつは逆風を前へ進むためのエネルギーに変えてきた、本田の生きざまに求めることができる。 「追い込まれるほど力を発揮する。だから『本田圭佑』なんです」 前出のNHK総合の番組内ではこう言い放った本田は、ACミラン(伊)に所属していたときに訪れた、ミラノ市内の日本人学校で子どもたちにビッグマウスの裏側を明かしている。 「自分が弱い人間だということを知っているから、僕は逃げ道を遮断しようとしたんですね」 自分自身に最大級のプレッシャーをかけることで、結果を残さなければいけない状況を進んで作り出す。メディアに対して虚勢を張り続ける、不器用にも映るサッカー人生の軌跡には、セネガル戦で決めた歴史的なゴールが鮮明に刻まれた。その瞬間に批判を称賛の嵐に変えて見せた。舌を出して喜ぶ本田圭佑=2018年6月、エカテリンブルク もうひとつはチームのなかでは、対照的な役割を演じていることだ。陽気なキャラクターでムードメーカーを自負するDF槙野智章(浦和レッズ)が、ファンやサポーター、そしてメディアからはうかがい知れない、ホテル内でのこんな一幕を明かしてくれたことがある。 「食事会場における笑い声や話し声、あるいは話し方で自然と中心にいるのは間違いなく本田選手だと思います。僕は本田選手に引っついて、わちゃわちゃしていますけど」 もしかすると、笑顔の中心となり、時にはいじられ役にもなるという本田が本当の素顔なのかもしれない。屈強なメンタルの持ち主でもある本田が対外的な批判を一身に浴びて、一致団結すべき西野ジャパンの防波堤をなしてきた―。そう見るのはちょっと考えすぎだろうか。 いずれにしても、本田自身は3度目となるロシア大会を、最後のワールドカップと位置づけている。スーパーサブにしてムードメーカーという新境地で、どんな状況でもブレない芯の強さを触媒としながらいぶし銀の存在感を放ち、西野ジャパンを縁の下から支えている。

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    西野ジャパン快進撃の次は「経済のW杯出場」だ

    田中秀臣(上武大学ビジネス情報学部教授) サッカーのワールドカップ(W杯)ロシア大会、日本代表はセネガルと引き分け、グループリーグの勝ち点を4とした。セネガルに2度も先行を許しながらも、その都度激しく敵陣に切り込んで同点に追いついた。ひいき目にみなくても「勝てた試合」だったかもしれないが、本当に日本代表は強いな、という素朴な印象を強くした。 W杯は各国を熱狂させるが、日本でも同様である。熱狂には、純粋にサッカーそのものを楽しむものもあるが、他にも重要な「熱視線」というものがある。その一つが、W杯がもたらす経済効果への熱視線である。 W杯が近づくと、運営組織やシンクタンクなどから恒例行事のように、「W杯開催によって生み出される経済効果は○○億(兆)円」といった予測が発表される。もちろんW杯だけに限らず、オリンピックのような国際的なスポーツイベントから特定チームの優勝まで、さまざまな経済予測が行われている。今回のW杯でも、ロシアの組織委員会が2013年から2023年の10年間で約3兆円の経済効果に達すると公表している。 ところで、そもそも「経済効果」とはいったいなんだろうか。これは厳密に説明すると結構大変なのだが、簡単に言うと、W杯というイベントで生じる「追加的需要」が経済全体でどれだけ需要を増やしたかを計測するものである。 W杯について考えるときに重要な追加的需要とは、一つは競技場やその周辺のインフラへの投資、そしてもう一つは内外の観光客がもたらす消費があげられる。前者の競技場やインフラの整備は、ロシア政府の支出によって生み出される経済効果で、別名「乗数効果」というものだ。 W杯のスタジアム建設や周囲のインフレ整備のための公的な支出を行うと、この支出によって公共事業に従事した人たちが収入を得る。この収入の一部は他の財やサービスの購入に向けられる。さらにこれらの財やサービスを販売した人たちの所得は別な財やサービスの購入に向かう。このように、一連の過程が繰り返されることで、始めに支出された公共投資額をはるかに上回る規模の経済効果が実現されるというのが、この乗数効果である。 ただし、公共投資で大会の運営期間中は黒字経営でも、大会が終わってみると設備を維持するために膨大な維持費用を要してしまうこともある。かえって、地域経済を圧迫してしまう可能性もあるのである。サウジアラビアに大勝し喜ぶロシアサポーター=モスクワ(共同) もう一つの需要、観光客の消費はどうだろうか。国内の観光客の落としていくお金が本当にロシア経済に追加的な需要を生み出すかどうかは、ロシア経済の動向に大きく依存している。 ロシアの消費者が自分たちの収入が思わしくないと判断したのであれば、W杯で使った分を他の支出を切り詰めることでしのぐかもしれない。そうなると、国内消費はプラスマイナス、両方の面を考慮に入れなければいけないだろう。 現在のロシア経済はそれほどいい状況ではない。ウクライナ問題に端を発した経済制裁や原油価格の低迷でここ数年は経済が大きく減速していたからである。日本の「W杯の経済効果」は? 2017年はどうにか1・5%ほどの経済成長率を実現させたが、政府目標の2%には及ばなかった。さらに今年に入って、米トランプ政権による追加制裁が関連する企業を直撃しており、経済の再減速が懸念されている。 日本でも長期停滞のうち、90年代前半から21世紀初めにかけての新卒世代を「ロスジェネ世代」と呼ばれるが、実はロシアでも若年失業率が長期間高止まりしたままである。ロシアの失業率自体は現状で4・9%であるが、これはロシアの失業率のトレンドからみるとかなり低い水準だ。ただし、全体の失業率に対する15~24歳の若年失業率の比率は約3倍で高止まりしているのである。 この比率は、先進国の中でイタリアに次いで第2位である。あの「ヘル朝鮮(地獄の韓国)」といわれるほど若年雇用が深刻な韓国よりも上回っているのである。このような状況の中、ロシアの若い世代がW杯関連で消費しようとすれば、所得の制約が厳しいので他の支出を減らさざるをえない。 では、海外からの観光客がもたらす消費はどうだろうか。この追加的需要はある程度見込める。日本とロシアの関係でみてみると、ロシアを訪問する日本人観光客の数は、前年比26・8%増の10万7300人だという。 また、最近では中国からの観光客の激増も報じられている。ただしこの場合でも、追加需要が発生しているかどうかは慎重に見ておかなくてはいけない。海外の観光客の激増を嫌って、ロシア人の観光客が減少するかもしれないからである。 実際に、ロシアでは激増する中国人観光客に対する批判も生じているようだ。そうなれば、開催期間中、ロシア人観光客がスタジアムのある11都市への観光を避けるケースも出るかもしれない。実際に98年W杯が行われたフランスでは、期間中に通常の観光客が激減してしまい、海外からの増加があっても全体での純増はみられなかったというケースも発生している。 このように「W杯の経済効果」といっても、大会関係者の考えるほど単純には行かない側面が多々ある。特に、先に指摘したように、国内の経済状況が大きく影響するからだ。開催中は多少景気がよくなっても、その後はどうなるかは、まさにロシアの経済政策の運営や、経済制裁に対する外交手腕に大きく関わってくるのである。 このことは、W杯だけではなく他の国際的なビッグイベントにも共通して言えることである。かつて、日本銀行の原田泰審議委員が検証したところ、五輪などのイベント後に不況が来やすいかどうかは、そのイベントが終わったことによる消費や投資の減少に依存するというよりも、その後の経済運営に大きく関わってくるという(原田泰『コンパクト日本経済論』新世社)。その意味では、W杯後のロシア経済には暗雲が立ち込めている。セネガル戦で「大迫半端ないって」と書かれたゲートフラッグを掲げる日本サポーター=エカテリンブルク(甘利慈撮影) 最後に、日本の「W杯の経済効果」はどうだろうか。セネガル戦も深夜まで日本国内で熱い観戦が続いた。「ブルーマンデー」など吹き飛ばす熱気、と伝えるメディアもあった。筆者もその熱気をともにした一人だ。 ただし経済効果となると、連載で指摘し続けてきた通り、W杯自体の経済効果よりも政府や日銀の経済政策が重要なのは明らかだ。日本の消費は相変わらず低迷したままであり、さえない。安倍晋三首相も日本代表のユニホームを着て観戦するのは結構だが、その熱気を経済に伝える努力をすべきだろう。まずは消費増税の再凍結、そして消費減税に着手するのが好ましい。それぐらいできなければ、「経済政策のW杯」出場にはほど遠いだろう。

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    涙を見せたスター、ネイマールですら駒になる「最強ブラジル」の秘密

    小澤一郎(サッカージャーナリスト) 試合後のFWネイマールの号泣ぶりが、ブラジルの苦労とエースの苦悩を物語っていた。 今大会のブラジルは数ある優勝候補の中でも「本命」であり、南米予選での勝ち上がりと直前の親善試合を見ても、死角や弱点が少しも見えないほどの強さと安定感を披露していた。 それだけに初戦のスイス戦での引き分け発進は世界中を驚かせた。事実、ブラジルの引き分けスタートは、1978年大会以来40年ぶりだ。ここ9大会連続で初戦勝利を飾っていたのだから、引き分けスタート自体がブラジルにとっては負けに等しいネガティブなニュースだった。 スイス戦ではまた、ケガから復帰したネイマールのキレのなさ、パフォーマンスの悪さも目立った。大会直前のクロアチア(3日)、オーストラリア(10日)との親善試合では、ともにゴールを決めるなど復調をアピールしたが、スイス戦では強引なドリブル突破からのボールロストが何度もあった。 初戦後には再びケガやコンディション悪化のニュースが流れ、このコスタリカ戦前の出場も危ぶまれた。結局スタメンにはネイマールの名前もあり、特にコンディション面での仕上がりには注目が集まった。 対するコスタリカは、初戦のセルビア戦に敗れたとはいえ、「5−4−1」と後方に人数と重心を置くシステムで堅守速攻を打ち出すスタイルで、この日もブラジル相手に見事な戦いを見せるのである。 日本においては「ボールポゼッション(パスサッカー)=善」、「引いて守る=悪」というイメージや価値観が何となく根底に根付いているのだが、サッカーにおいては「絶対に勝てる」システムや戦術は存在しない。であるからこそ、チームや監督が採用するシステム、戦術の狙いを理解し、「狙いが戦いでうまく出ている」か「出ていない」か、という機能性を検証することが大切だ。 その視点で見れば、コスタリカがブラジル相手に用いたシステムと戦術は「機能していた」といえる。自陣で5−4のブロックを敷きながらも、ボールホルダーに対しては近い選手が躊躇(ちゅうちょ)なくアプローチに出て行って自由を奪い、「サイド<中央」という優先順位でブラジルのボール循環を外に追い出しながらサイドで数的優位を作ってうまく対応した。ブラジル―コスタリカ 試合終了間際、ゴールを決め喜ぶブラジルのネイマール。右はコスタリカのGKナバス=サンクトペテルブルク(共同) そうして、サッカーにおいて90分守り続けることが困難であることも理解した上で、特に攻撃重視となるブラジルの左サイドバック、マルセロの背後のスペースを突くカウンターを序盤から意図的に繰り出したのである。しかも、「決定機」という意味では、ブラジルよりも先にコスタリカが前半13分に作っている。 マルセロのサイドを攻略したMFガンボアからのクロスに、MFボルヘスがゴール前で完全フリーのシュートを打つ。ミートせず惜しくも枠を外れたが、決まっていればまた違った試合展開と結果が待っていたはずだ。 試合のスタッツ(データ)上、ブラジルが試合を「圧倒」したのは事実だ。ボール支配率は「66%対34%」、シュート数「23本対4本」、枠内シュート数「9本対0本」と全てブラジルに軍配が上がっている。ネイマール、涙の本当の意味 一方で、最終スコアも2−0にはなったが、ブラジルが90分を過ぎてアディショナルタイムまで得点を奪えなかったのもまた事実だ。この試合を放送した民放局だけの話ではないが、全般的に今大会を中継する日本の地上波においては、すぐに目立つ「個」を「チーム(戦術)度外視」でフォーカスしようとする。案の定、この試合でも「ネイマール対GKケイラー・ナバス」、「ブラジル対ナバス」といったテロップや表現が用いられていた。 確かに、ナバスは欧州サッカー連盟(UEFA)チャンピオンズリーグ3連覇という偉業を達成したレアル・マドリードの守護神で、「わかりやすい個」である。だが、超人的な反射神経から繰り出すシュートストップの前に「コスタリカがエリア内でシュートを打たせないような守備対応」をしていたことについては、中継でほとんど言及されていなかった。 一方、ネイマールだが、個人を評価する前に大会2試合をきちんと見れば、「ネイマールのコンディションがすぐ上がるものではない」ことを前提に、チッチ監督が左サイドのキャスティングやネイマール周辺の選手にうまくタスクを与えているのがよくわかった。 スイス戦に続き、この試合でも91分に貴重な先制点を奪ったMFコウチーニョの左インサイドハーフ起用がまさにチッチ監督のキャスティングの肝だ。コウチーニョも、キレが戻らず縦への突破のドリブルをあまり繰り出せないネイマールを見越して「ネイマールが空けたスペースに動き出す」タスクを忠実に遂行している。 ある意味で、ブラジルの本当の「強さの秘訣(ひけつ)」はコウチーニョほどの圧倒的な個、世界的スター選手がこうしたタスク、チーム戦術を徹底的に実行し、「駒として働く」ことを受け入れている点にある。 ネイマールに話を戻すと、コスタリカ戦の彼は足元でボールを受けるのみならず、相手DFラインの背後に抜け出すスプリントを何度か見せていた。これは彼のコンディションが上がってきている証拠だ。72分に相手のクリアミスを拾ってドリブルから惜しいシュートを放ったシーンにおけるドリブルの初動などを見ても、試合を重ねるごとにいいプレーを披露してくれるのは間違いない。 97分にネイマールは今大会初得点を奪ったが、MFカゼミーロが相手ボールを拾ってドリブルからカウンターを仕掛けた際、中央に待つネイマールは自分ではなく右で待つ「FWドウグラス・コスタにまずボールを出せ」というジェスチャーを出している。 実際、カゼミーロからコスタにボールが出た瞬間にうまく相手マークを外して中央でフリーとなるネイマールの動き出しは完全に「ゴールから逆算した完璧な動き」だった。ここでは2手だったが、ドリブル突破や華麗なボール扱いのみならず、2手、3手先の展開を読んで先読みした動き出し、ボールのないところでの駆け引きのうまさもネイマールの特長の一つだ。ブラジル―コスタリカ 後半、倒れこむブラジルのネイマール。PKがVARによる判定で覆された=サンクトペテルブルク(中井誠撮影) 一度はPKを奪いながら今大会初の「PK取り消し」となったビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)による判定や、イライラからボールを叩いてイエロカードを受けたことなど、ネイマールの「未熟さ」を指摘されるシーンはいくつかあった。それでも、試合後の涙の中には「ブラジルにふさわしい場所に導くことのできる最低限の自分」を取り戻したことへの安堵(あんど)感もあったに違いない。

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    異次元の数字「56」が示す原口元気、究極の献身スタイル

    藤江直人(ノンフィクションライター) その両目にはうっすらと涙がにじんでいたようにも映った。強敵コロンビア代表を撃破する主審のホイッスルが、ロシア中部のサランスクの空に鳴り響いた瞬間だった。右MFで先発フル出場した原口元気(ハノーファー)は、ピッチ上にひざまずいてしまった。 精も根も尽き果てていたのだろう。走った。だれよりも走った。倒れてもすぐに立ち上がり、歯を食いしばってコロンビアの選手を追いかけた。ゴールはもちろん、アシストもマークしていない。放ったシュート数もゼロ。それでも、スプリント回数で実に「56」と異次元の数字をマークした、原口の献身的な頑張りを抜きには2大会ぶりの白星発進は語れない。 「次こそは絶対に自分が日本代表の中心となって、ワールドカップに出るだけではなく、ワールドカップで勝つための選手になりたいと思ってきました」 ロシア大会に臨む代表メンバー23人が、西野朗監督から発表された先月31日。会見場となった都内のホテルに偶然にも居合わせた原口が、日本サッカー協会(JFA)広報の粋な計らいもあって、隣接する部屋で緊急の囲み会見に臨んだ。その際に放った、第一声通りの90分間を演じてみせた。 出場資格があった2012年のロンドン五輪に続いて、14年のW杯ブラジル大会でもザックジャパンの中に名前を連ねることができなかった。そして、ロンドン五輪後あたりから、原口は自問自答を始めている。「自分に足りないものは何なのか」と。 1991年5月9日に埼玉県熊谷市で産声をあげた原口は、小学生時代から「怪童」として埼玉県下で知られた存在だった。浦和レッズの犬飼基昭社長(当時)の厳命のもと、傘下のジュニアユースに加入した2004年。犬飼氏はジュニアユースのコーチにある指示を出している。 「きちんとあいさつができて、仲間と一緒にプレーできるまでは、ボールを蹴らせなくてもいい」 その真意を後に聞いたことがある。JFAの第11代会長を務めていた犬飼氏は「とんでもないやんちゃ坊主でね」と中学1年だった原口を思い出し、苦笑いしながらこんな言葉を紡いだ。 「1年か2年がたった頃に、コーチから『大丈夫です。ハートができあがりました』と報告を受けたのでボールを蹴らせてみたら、トップチームの選手たちを子供扱いにするくらいの技術を持っていたんですよね」コロンビア対日本の前半で、コロンビア代表のフアン・クアドラードと競り合う原口元気=ロシア・サランスク(中井誠撮影) トップチームへ昇格したのは、高校3年生に進級する直前の09年1月。記録を見れば順風満帆な成長の跡を刻んでいたが、同時に犬飼氏をして「とんでもない」と言わしめた、桁違いの「やんちゃ坊主ぶり」も幾度となく顔をのぞかせている。 練習中の悪ふざけが高じてチームメイトとけんかとなり、蹴りを見舞って左肩を脱臼させ、謹慎処分を科された。途中交代に激怒して試合中にミハイロ・ペトロヴィッチ監督(現北海道コンサドーレ札幌監督)へ詰め寄り、サポーターへあいさつすることなく帰宅し、翌日に謝罪させられたこともある。 紅白戦中に出された指示に激怒し、クーラーボックスを蹴り上げて練習を中止に追い込んでしまったのは12年の夏。その後も根気強く原口を指導した日々を、ペトロヴィッチ監督は「私にとっても闘いの連続だった」と振り返ったことがある。 「私は元気が不得意とする部分を常に求めてきた。彼にとっても簡単な時期ではなかったと思うが、サッカーにおいて何が重要なのかを学んでくれた結果としてプレースタイルが広がり、ボールを持っている時だけでなく、オフ・ザ・ボールの動き、チームのために献身的に守備をする精神を学んでくれた」武器は献身的な泥臭さ ペトロヴィッチ監督がレッズを率いたのは2012シーズンから。ちょうど原口が自問自答を始めた時期と一致する。ドリブルを十八番の武器とする元祖やんちゃ坊主が、ボールを持っていない時に何をすべきなのかを考えた始めた時に、原口の脳裏にはある考えが頭をもたげてきた。 「何度も何度もぶつかりながら、接してくれたミシャ(ペトロヴィッチ監督の愛称)には本当に感謝している。ミシャのおかげで、ストロングな部分だけの選手ではなくなった」 ペトロヴィッチ監督のもとで得意とする左サイドだけでなく、右サイド、トップ下、ときにはワントップも務めた。泥臭いプレーも厭(いと)わなくなった自分自身の変化を喜び、指揮官に心の底から感謝しながらも、今こそが新たなステップを踏み出す時期だ、と強く思うようになった。 そして、レッズのエースストライカーが背負ってきた「9番」を託された2014シーズン。わずか半年で愛着が深く、居場所も約束されたチームを去り、ブンデスリーガ1部のヘルタ・ベルリンへの移籍を決めた心境を原口はこう明かしたことがある。 「自分がこのタイミングでレッズから出ることは、ある程度予測ができていたというか。レッズというチームはいい意味でいろいろと助けてくれるし、悪い意味ではどんな時でも優しく接してくれる人がいた。そういうものがない環境に、自分を追い込んでいきたかった」 ちょうどブラジル大会に挑むザックジャパンが、開幕直前の国際親善試合でコスタリア、ザンビア両代表に連勝し、ファンやサポーターから熱い視線を浴びていた2014年6月上旬。原口は冒頭で記した捲土重来の思いを胸中に秘めて、静かにドイツへと飛び立った。 武器としたのはドリブルと、レッズ時代の終盤に搭載した献身的で泥臭い姿勢。ピッチ上で誰よりもがむしゃらに頑張るプレースタイルの持ち主はヘルタ・ベルリンだけでなく、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督が就任した日本代表でも必要不可欠な存在となる。日本―コロンビアの前半、倒される原口元気(右)=ロシア・サランスク UAE(アラブ首長国連邦)代表との初戦で苦杯をなめさせられながら、その後の4試合を3勝1分けとV字回復。首位でターンしたアジア最終予選の前半戦は、タイ代表との第2戦から左ウイングに定着し、4試合連続ゴールをマークした原口の存在を抜きには語れない。 契約延長の打診を拒否したとして、ヘルタ・ベルリンでは2017―18シーズンの前半戦で実質的な戦力外の扱いを受けた。必然的にハリルジャパンにおける居場所も失いかけたが、今年1月に期限付き移籍したブンデスリーガ2部のフォルトゥナ・デュッセルドルフで再び輝きを取り戻した。 「ヘルタで試合に出られなかった時も、それほどネガティブになっていなかった。僕自身、成長するために毎日の練習へ臨んでいたし、日本代表に呼ばれてもベンチ、ということも多い中で、いい時も悪い時もいろいろなことを勉強させてもらったと思っているので」 来シーズンからはハノーファーへ移籍することも決まった。2021年6月までの3年契約で、サッカー人生では初めてとなる「10番」を背負う。やんちゃ坊主から大人への階段を駆け上がっていくスピードを、さらに加速させた時にロシア大会を迎えたことになる。「誰よりも多く走り、チームのために働くことが僕の大前提。この4年間はすごく長かったけど、4年前と今現在の自分を客観的に比較すれば、いろいろなことを経験してきた分、すべてにおいて成長できたと思う。ロシアの地ではそれを表現したい」究極の「鈍感力」 余談になるが、レッズにおける最後の試合となった2014年6月1日の名古屋グランパスとのヤマザキナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)予選リーグ。試合後に臨んだ旅立ちのスピーチで、原口は会場となった埼玉スタジアムを騒然とさせている。 「チームメイト、監督、スタッフ、アカデミーのスタッフ、家族、友人、恋人、そしてこの最高の浦和レッズのサポーター。本当に心から感謝しています。ありがとうございます!」 文言を注意深く読んでいくと、思わず「ん?」と再確認したくなる単語に遭遇することがお分かりだろうか。感謝の思いを伝える一人に「恋人」が加えられたことに、公私両面で原口を弟分のようにかわいがってきたDF槙野智章は苦笑いを浮かべるしかなかった。 「結婚していれば家族と言えますけど、なかなか恋人とは言えないですよね」 終了後のロッカールームで、原口はチームメイトたちから「恋人」の件を突っ込まれた。取材エリアとなるミックスゾーンも色めき立ったが、原口自身は不思議そうな表情を浮かべていた。 「ただ単に感謝したい人を思い浮かべていったら、恋人が入っちゃっただけなんですけど。別に僕の中では普通なんですけどね。そういえば、お客さんもどよめいていましたね」 ロッカールームで原口を“事情聴取”した、と再び苦笑いした槙野は、新天地へ旅立つ原口の将来に思わず太鼓判を押した。浦和レッズ対名古屋グランパスの後半で、ゴールを決めた浦和・槙野智章(右)とともに喜ぶ原口元気=埼玉スタジアム2002(中井誠撮影) 「元気に聞いたら、数日前からあのスピーチを考えていたというんですね。考え抜いた中で、あれ(恋人)をチョイスすることが元気は普通だと思っているんですけど、その時点で普通ではないですね。つまり、そういうところが海外向きだと思います」 いわば究極の「鈍感力」とでも呼ぶべきか。いい意味での図太さを存分に発揮できるからこそ、夢にまで見てきたW杯の初舞台で臆することも緊張することもなく、コロンビアを相手に現時点におけるストロングポイントを前面に押し出すことができた。 後半28分に決まった大迫勇也(ベルダー・ブレーメン)の決勝ゴールの場面。右ポスト際には万が一、ボールがこぼれてきた時には押し込もうと、原口がフルスピードで滑り込んでいた。労を惜しまないがむしゃらさと、大舞台でも動じない天性の図太さ。原口のボディに搭載された2つの武器は、2大会ぶり3度目の決勝トーナメント進出を目指す西野ジャパンを泥臭く支えていく。

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    ロシアW杯、注目したい選手の「狂気」

    本多カツヒロ (ライター) サッカーのロシアワールドカップが6月14日に開幕する。日本代表は、ヴァイド・ハリルホジッチ前監督が突如解任され、代表監督を評価する立場の技術委員長だった西野朗氏が新監督に就任するなど4年に1度の大会直前に混迷する事態となった。 また、今年3月に行われたヨーロッパ遠征では、マリに1対1、ウクライナに1対2と未勝利に終わると、西野新監督就任後のガーナ戦、スイス戦でも無得点の末、2連敗を喫したが、最後のテストマッチとなった12日のパラグアイ戦は4対2と新体制後、初勝利をおさめた。ブラジルワールドカップの予選リーグ敗退以降、期待感が薄れてきた代表チームに対し、監督解任劇と直近の試合結果が輪をかけ、期待度、注目度ともに下がっているように感じる。 しかし、開幕すれば日本代表の試合をはじめ、4年に1度の祝祭を楽しみたいものだ。そこで注目度が下がっているように感じる理由や、日本代表まで上り詰めた選手たちの「狂気」について『アホが勝ち組、利口は負け組~サッカー日本代表進化論~』(秋田書店)を上梓したサッカーライターの清水英斗氏に話を聞いた。 ――今回の本は、前半部分はハリルホジッチ前監督の解任騒動についての見解、後半は取材を通して知った選手たちのある意味での「狂気」や背景といったドラマ的な部分に焦点を当てています。なぜ「狂気」に注目したのでしょうか? 清水:元となったコラムを連載していた『ヤングチャンピオン』(秋田書店)は、サッカーファンだけが読むものではなかったので、コラムの入り口をわかりやすく、日本代表の個人に設定する必要がありました。選手のキャラが立つ部分で入り口を作り、サッカーの深く面白いところへ突き進んでほしいなと考えた結果、『サッカー選手の狂気』というキーワードが自然と出てきました。 サッカーに限ったことではないと思いますが、その世界のトップレベルで活躍する人間は、何かしらの狂気を秘めています。だからこそ、トップレベルまで上り詰めることができる。そこがすごく面白い。アスリートを見る醍醐味だと思うんです。会見に臨む日本代表のハリルホジッチ前監督=2018年4月、日本記者クラブ(蔵賢斗撮影) ――現状の日本代表に目を移すと、ワールドカップ出場決定後、結果が出ず。先日のガーナ戦、スイス戦ともに無得点で破れました。そうした結果を反映してか、1998年の初のワールドカップ出場以来、もっとも盛り上がっていないように感じます。盛り上がりに欠ける理由について、どう考えていますか? 清水:栄枯盛衰。当然の現象です。競争の世界なので、かつてスターになった有名選手が、調子を落としたり、メンバーから外れたりすることはサッカーの世界ではよくあることです。その結果、話題性が落ちるのは避けようがありません。 そもそも4年に一度だけ開催されるワールドカップという非日常的な大会の盛り上がりに、リスクも成功もすべてがかかっているとしたら、それはサッカー界にとっては不健康なことだと思います。日々のサッカー、つまり各国のリーグ戦がベースにあり、その上で祝祭としての「ワールドカップ」があります。 Jリーグがイニエスタ(編注:スペイン代表ミッドフィルダー、今年5月にヴィッセル神戸加入が発表された。推定年俸はJリーグ史上最高の30億円超とも報じられる)やフェルナンド・トーレス(編注:リーガ・エスパニョーラの強豪アトレチコ・マドリー所属、Jリーグチームへの加入が噂されている)、ポドルスキ(元ドイツ代表、現ヴィッセル神戸所属)の加入騒ぎで日常的に盛り上がる昨今、今後は日本代表とJリーグのバランスが変わってくるのではないかと思います。「クラブ>代表」という構図は、欧州では当たり前で、日本もそれに近づくかもしれません。 好調なJリーグに将来性を期待できる今、ワールドカップが盛り上がっていないことを、ネガティブには考える必要はありません。ビジネスサイドは大慌てかもしれませんが……。ただし、モデルの転換期にあるとすれば、僕を含めたサッカーに関わる全員が変化を迫られることになるでしょう。本田圭佑に共感できない理由 ――代表チームの試合だけがゴールデンタイムに地上波のテレビで生放送され、Jリーグはニュース番組のスポーツコーナーで結果のみ伝えられる、という状況は、サッカーを応援しているのか、それともナショナリズムの発露として代表チームを応援しているのか、複雑な状況です。とは言ってもワールドカップグループステージ第1戦のコロンビア戦は6月19日に迫っています。サッカーに普段興味がない人でも、選手の「狂気」や背景を知ることで、試合観戦が楽しみになると思うのですが、日本代表の注目選手について教えてください。 清水:連載コラムに書いた個々の狂気には、僕が共感するものと、共感しないものがありました。たとえば、「ワールドカップ優勝」と大言壮語で自分にプレッシャーをかける本田圭佑のやり方は、理解はできるけど、真似はしたくない、というのが率直な感想です。また、自分のやり方を、結果的にチームに押し付けてしまうことも良くない。サッカーのような団体競技ではなく個人競技なら、好きにやればいいと思いますが。 僕自身はGKの川島永嗣のように、結果にとらわれず、自分のやることに日々充実感を持って取り組み、結果は後からついてくるもの、と考えるほうが性に合っています。他人の評価によって結果が決まる世界なので、逆に本田のように結果にモチベーションの源を置きすぎると、自身がブレてしまう。僕は自分に集中したいので、それは嫌だなと。GK思考に近いのかもしれません。この辺りはスポーツ心理学の考え方がもとになっています。 そういう共感、非共感も、本書の面白いところかなと思います。そんなマジメな話ばかりではないですが。――思考が共感できる選手だと感情移入しやすく、応援したくなりますね。私個人としては、Jリーグも見ていることもあり、最近の試合で存在感が増している大島僚太選手に注目していますが、残念ながら本書ではまだ取り上げられていませんでした。 清水:まだ彼の狂気がよくわからず、ズバッと書く自信もなかったので、取り上げていません。連載中のヤングチャンピオンで、彼だけに限らず、まだ取り上げていない選手について近日中に書くことになると思います。練習に臨む、本田圭佑(左)と乾貴士(中央)=オーストリア・ゼーフェルト(中井誠撮影) ――日本代表に関しては、盛り上がり具合も、結果に関しても悲観的な予測を多く目にします。それでは日本代表を離れ、今回のワールドカップ全体に目を向けて、清水さんが特に注目している試合はありますか? 清水:やはり、ネイマール擁するブラジルとドイツの再戦ではないでしょうか。前回のブラジル・ワールドカップ決勝では1-7の大差で、母国開催にもかかわらずブラジルは大敗を喫しました。プライドを傷つけられたサッカー王国が雪辱に燃えています。最注目ですね。決勝トーナメント1回戦か、決勝で当たる可能性があります。(編注:ブラジルはグループE組、ドイツはグループF組、グループステージでブラジルが1位、ドイツが2位なら7月2日に行われる決勝トーナメント1回戦で、グループステージでブラジルが2位、ドイツが1位なら決勝に進むまで対戦はない) ――最後に出版後の反響や、あえて本書を薦めたい人たちについて教えてください。 清水:出版後の反響はまだ少ないのが現状です。『アホが勝ち組、利口は負け組』というわかりづらいタイトルが、若干敬遠されているのかもしれません。でも、読んだ人は100%面白いと言ってくれます。ですから、多くの人にオススメしたいです。ほんだ・かつひろ ライター。1977年横浜生まれ。2009年よりフリーランスライターとして活動。政治、経済から社会問題まで幅広くカバーし、主に研究者や学者などのインタビュー記事を執筆。現在、日刊サイゾーなどに執筆中。

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    ロナウドの「個」より輝いた欧州王者ポルトガルの「献身力」

    小澤一郎(サッカージャーナリスト) 「グループリーグ屈指の好カード」。W杯の組み合わせ抽選会が決まった直後から世界中がこう語り、注目したイベリア半島ダービーのポルトガル対スペインは、注目度の高さに見合ったスペクタクルな試合で3−3の引き分けに終わった。 ブラジル、ドイツに次ぐ優勝候補の一角としてロシア入りしたスペインだが、この初戦2日前に衝撃が走る。5月22日にスペインサッカー連盟と2020年までの契約延長を結んだばかりのフレン・ロペテギ監督が、6月12日に突如、来季からのレアル・マドリードの監督就任を発表したのだ。 W杯を率いた監督が大会後にクラブチームの監督に就任すること自体は珍しいことではないが、契約延長発表直後、しかもW杯開幕と初戦を直前に控えたタイミングで連盟のルビアレス会長の許可なくレアル・マドリード行きを発表したことで会長の逆鱗に触れた。 「発表の5分前に突然、知らせを受けた。こうしたやり方は断じて許されない」 13日に会見を開いたルビアレス会長は冒頭でロペテギ監督の解任をアナウンス。後任監督にはテクニカル・ダイレクターとして代表チームを支えてきたフェルナンド・イエロが抜擢された。 前代未聞の事態に試合前日のイエロ新監督とセルヒオ・ラモスの記者会見では監督交代の質問が集中した。セルヒオ・ラモスは「僕らはまるで葬儀場にいるみたいだ」と苦笑いする次第で、イエロ監督も「いつも通りのスペイン代表を見せる」と平常心を取り戻すことに躍起だった。 スペインがこうした一大騒動の中で迎えた初戦は、EURO2016王者のポルトガル、中でもあの男が相手の隙を見逃すはずがない。大舞台になればなるほど、結果を出すのがクリスティアーノ・ロナウドだ。 監督交代の動揺もあるスペインが慎重な試合の入りになることを見越してか、開始からロングボールを駆使して揺さぶりをかけたポルトガル。3分にロナウドがドリブル突破からPKを獲得し、4分にそのロナウドが先制点を奪う。 鍛え上げた強靭な肉体は健在ながらロナウドもすでに33歳。全盛期のスピードはなくなり、所属クラブのレアル・マドリードでもサイドアタッカーではなくワンタッチゴールを狙うフィニッシャーとして新境地を切り開いている。【ロシアW杯2018】ポルトガル対スペイン 同点ゴールがハットトリックとなり、喜ぶクリスティアーノ・ロナウド=ロシア・ソチ(中井誠撮影) 今大会のポルトガルもロナウドの決定力を引き出すためのシステム、戦術を採用しており、このスペイン戦ではそれが見事に功を奏した。 結果的にロナウドはこの初戦でハットトリック(3ゴール)を達成するわけだが、1点目のPKを獲得するまでの流れ、2点目の流れともにDFライン(ペペ)から中盤を省略したロングボールを前線に挿し込み、そこで起点を作った落としをロナウドが受けてドリブル突破、シュートした形だ。 「4−4−2」システムを採用してスペインの2センターバックとロナウド、ゲデスの2トップで「2対2」のマッチアップができるよう仕向けたことも含め、ポルトガルの知将フェルナンド・サントスは意図的に相手DFラインの前でロナウドにボールを持たせる攻撃のオーガナイズをチームに落とし込んでいた。ドローの敗者はポルトガル スペイン相手の初戦でロナウドがいきなり派手な活躍をしたことで世界中が「ロナウド、ロナウド」となっているが、日頃あまりサッカーを見ない人には逆に世界的スター選手の「個」以上に、個が輝くために確実に監督やチームメイトが用意している「戦術」に注目してもらいたい。 他の団体スポーツであれ、ビジネスの世界であれ、本当の意味で「個人」が活躍するためには、そのチーム、グループとしての行動規範(サッカーにおいては戦術、プレーモデル)があり、その中で個人に求められるポジションやタスクが明確化されていなければいけない。 このスペイン戦のポルトガルのプレーモデルはざっくり説明するとこういうものだった。 「ボールはスペインに持たせた中で、奪ったボールを素早く前線2トップのゲデスに入れる。スペースがある場合にはゲデスを走らせてのカウンター。スペースがない場合はゲデスの胸か頭に入れて、ロナウドに落とす。それをロナウドが突破かシュート」 88分のロナウドの直接FKからのポルトガルの3点目も中盤のウィリアン・カルバーリョから2トップめがけて入ったロングボールをロナウドが収め、相手DFにファールを受けたことがきっかけだった。つまり、上記のポルトガルのプレーモデル通りの攻撃の実行に起因している。 試合としてはスペインが一旦は3−2と逆転に成功するもポルトガルが試合終了間際のロナウドの同点FK弾で追いつき、ドローとなったことでスペインにとっては「勝ち点3をとりこぼした試合」に映るかもしれない。 しかし、両チームのプレーモデルから試合内容を評価した場合、逆に「勝ち点3を逃したのはポルトガルだった」と言及しておきたい。 なぜなら、スペインのプレーモデルとは、66%のボール支配率に象徴されるように「ボールを保持しながら敵陣に人数をかけて攻撃し、ボールを失ったとしても敵陣で即時回収して相手のカウンターを封じる」というものであるにもかかわらず、失点シーン以外にもスペインはポルトガルのカウンターを何度も受けていたからだ。ポルトガル-スペイン 後半、2点目のゴールを決めるスペインのディエゴ・コスタ(右)=ロシア・ソチ(ロイター=共同) 実際のスペインの得点の形もディエゴ・コスタの2点はロングボールを前線に放り込んでコスタ一人の力で打開した形と、FKからのものでスペインがこれまで築き上げてきた「攻撃も守備も敵陣で行うサッカー」からの形ではなかった。 ただし、スペインが本来のサッカーを実行できなかったのは監督交代の影響以上にポルトガルという「相手の良さ」が原因だ。このようにサッカーは必ず「相手がある」相対的なスポーツであり、チームの勝ち負け、個人の良し悪しは「相手との噛み合わせ」も含めて判断しなければいけない。 3−3という派手な打ち合い、優勝できる実力国同士の痺(しび)れるシーソーゲームの裏で、サッカーという知的な駆け引きの面白さも存分に垣間見える素晴らしい大一番だった。中でも好発進をしたポルトガルとロナウドには要注目だ。