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    傷だらけのクロアチア「不屈の360分」

    サッカーW杯に「史上最長ファイナリスト」が誕生した。クロアチアが3試合連続の延長戦でイングランドを下した。満身創痍で挑むフランスとの決勝。360分を戦い抜いた不屈の精神、その原動力は何か。

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    最強フランスに挑む「不屈の精神」クロアチアの歴史的偉業

    清水英斗(サッカーライター) W杯に「史上最長のファイナリスト」が誕生した。決勝トーナメント1回戦のデンマーク戦、準々決勝のロシア戦と、クロアチアはともに延長戦の末にPK戦を制して勝ち上がり、この日の準決勝イングランド戦を迎えていた。 イングランドに先制を許したクロアチアだったが、後半23分にFWイバン・ペリシッチが同点ゴールを決め、3試合連続の延長戦に突入した。言うまでもなく、クロアチアは満身創痍(そうい)だったが、選手自身はそれをおくびにも出さない。かえって不屈の精神を発揮し、逆にコンディションで優位に立つはずのイングランドに襲いかかったのである。 同点弾の後は、むしろクロアチアの積極性すら目立った。すると延長後半4分、クロアチアはFWマリオ・マンジュキッチが逆転ゴールを挙げ、2-1。スタジアムは歓喜の渦へ。 延長戦で4枚目の交代カードを切り、粘りを見せたいイングランドだったが、直後にDFキーラン・トリッピアーが負傷でプレー不可能になるアクシデントが起きる。最後は10人になり、反撃の手を出せないイングランドは沈黙。不屈のクロアチアが、衝撃的な決勝進出を決めた。 3試合連続で延長戦を戦い、決勝にたどり着いたのは、クロアチアが歴史上初めてのチームである。 それにしても、前半が終わった時点では、この展開は予想していなかった。それまではイングランドのパーフェクトゲームだった。前半5分にトリッピアーがフリーキックで先制ゴールを挙げたことに加え、試合のコントロールが完璧だったからである。イングランド戦の延長後半、決勝ゴールを決めるクロアチアのマンジュキッチ=モスクワ(共同) カギを握ったのは、3バックの真ん中に立つDFジョン・ストーンズだ。ビルドアップ時に3バックを常に維持することはなく、機を見て相手センターフォワード、マンジュキッチの裏へ入り、中盤のアンカーのような場所にポジションを取った。 この動きで相手MFのルカ・モドリッチと、イバン・ラキティッチを引きつける。すると、クロアチアの中盤に大きなスペースが空いた。イングランドは中盤でスペースと数的優位を獲得し、快適にボールを運ぶことができた。「完璧」イングランドの暗転 クロアチアはアンカーのMFマルセロ・ブロゾビッチが、あまり前へ出て来ない。センターバックの近くで、スペースを常に埋めているため、モドリッチとラキティッチが相手に食いつくと、中盤に広大なスペースが生まれる。これをイングランドは狙っていたのである。特にターゲットとしたのは、相手センターバックのDFドマゴイ・ビダである。 準々決勝でロシアに勝利した後、「ウクライナに栄光あれ。この勝利をささげる」とフェイスブックに投稿し、物議を醸していたビダは、この日もスタジアム中のロシア人から、ボールを持つたびに大ブーイングを受けていた。イングランドが狙ったのは、このDFだ。 スピード豊かなFWラヒム・スターリングが、ビダの裏へ斜めに飛び出し、ビダの手前では、右インサイドハーフのMFジェシー・リンガードが足元でボールを受ける。前半、この形でリンガードがフリーになって前を向く回数が多く、パターンの再現性が高かった。 このようにポジショニングを工夫しながら、ピッチ上に優位を生み出す組織的な戦術を「ポジショナルプレー」と呼ぶ。イングランドは見事なサッカーを見せていた。 GKジョーダン・ピックフォードも、出色のパフォーマンスである。ロングキックはアリの眉間さえ貫くほどの精度で、FWハリー・ケインへ届く。アグレッシブに高いポジションを取り、ゴールを空けた状態でクロスをキャッチする。 身長は185センチと、イングランド3人のGKの中で最も上背のないピックフォードだが、正GKの座をつかんでいる。技術と運動能力を生かしたプレーは、日本代表がGKを育成する上でも参考になりそうだ。クロアチア戦の前半、先制のFKを決め、駆けだすイングランドのトリッピアー(右から2人目)=モスクワ(共同) ブラボー、イングランド。それがなぜ、あんなことになってしまうのか。 イングランドの守備システム「5-3-2」は、3人しかいない中盤の両サイドにスペースが空きやすい。前半のクロアチアはそこでボールを持った後、攻めあぐねていたが、後半は割り切ってクロス、クロス、クロス。このチャレンジが実を結んだ。 DFシメ・ブルサリコのクロスに、ファーサイドからペリシッチが飛び込み、イングランドのDFカイル・ウォーカーの前にアクロバティックな左足を出す。ファウル気味にも思えたが、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)の修正はかからず、クロアチアの同点ゴールは認められた。感動的だった「不屈」の瞬間 イングランドの慢心は否めない。2点目を取って試合をクローズできなかった。逆に、クロアチアは前半のミドルゾーンで構える守備から、後半はハイプレスに転じた。どこにそんな体力が残っているのか…。 感動すら覚えるクロアチアの粘りの前に、すでにこれまでの健闘でお祭りムードになっていたイングランドは防戦一方だ。これでは、慢心以外のキーワードが浮かばない。 あれは延長に入ったころだったか。クロアチアは、モドリッチがボールを懸命に追いかけた後、ピッチに崩れ落ちるように座り込んでしまった。 そりゃそうだ。もう身体の限界だ…と思った瞬間だった。そこへ走ってきたブルサリコが、モドリッチを後ろから抱え込み、自力で立つことができない主将を持ち上げ、スッと立たせた。そして、ぽん、ぽんと背中をたたくと、自分のポジションへ走り去った。あのときブワッと湧いた感動を、生涯忘れることはできないだろう。 そして延長後半、マンジュキッチが逆転ゴールを挙げた。不屈のクロアチア。結束のクロアチア。真のブラボーは、君たちだった。 120分、120分、120分。決勝トーナメントで360分を戦い抜いたクロアチア。まさに史上最長のファイナリストである。イングランドを破って初の決勝進出を決め、大喜びするクロアチアのモドリッチら=モスクワ(共同) 一方、90分、90分、90分。アルゼンチン、ウルグアイ、ベルギーと、決勝トーナメントで対戦した強豪を、すべて90分でなぎ倒し、盤石の強さで勝ち上がったのがフランスである。パフォーマンスと安定感は、今大会最強と言ってもいい。「最強vs最長」のファイナル。果たして、その結果は?

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    渋すぎた準決勝「アメーバサッカー」は日本の解説者じゃ手に余る

    小澤一郎(サッカージャーナリスト) 98年大会以来2度目の優勝を狙うフランスと、本命のブラジルを撃破して初優勝に向けて視界良好のベルギーが対戦した準決勝は、51分のDFサミュエル・ウンティティのゴールを守りきったフランスが1-0で勝利した。 試合を振り返る上ではまず、ベルギーが採ったフランス対策のシステムと戦術がポイントになる。準々決勝でも「対ブラジル」のシステム、戦術を完璧に近いレベルで準備、遂行したベルギーだったが、策士のロベルト・マルティネス監督は、この準決勝でも攻撃ではベースとなる「3-4-2-1」、守備局面では「4-2-3-1」へと可変するシステムを採用した。 ベルギーにとってこの試合で最大の不安要素は、獅子奮迅の活躍をみせていた右ウイングバック(WB)、DFトマ・ムニエの出場停止だった。そこには予想通り、日本戦で決勝ゴールを奪ったMFナセル・シャドリを起用してきたマルティネス監督だが、左にはサプライズでエースのFWエデン・アザールを置いた。 アザールの左WB起用により、当然守備時にはフランスの右サイドバック(SB)、DFベンジャマン・パヴァールがフリーとなる局面が多くなっていた。しかしベルギーとしては、フランスのSBがそれほど攻撃参加することなく守備の安定を最優先にするチーム構造を分析した上で、あえてそこを突くための戦略的システムだった。右にMFケヴィン・デ・ブライネを配置したことも含めて、マルティネス監督の巧妙な狙いが序盤から形として出ていた。 一方のフランスは、準々決勝で出場停止だったMFブレーズ・マテュイディが先発に復帰し、ベスト布陣かつ今大会中に確立した「4-2-3-1」のシステムを採用。ただし、マテュイディの特徴であるプレーエリアの広さを生かして、彼が中盤に入れば左サイドのスペースにFWアントワーヌ・グリーズマンが流れるという補完関係を保ち、その場合は「4-3-3」となる、こちらも可変のシステムだ。 パッと見ではフランスもベルギーも「どういうシステムなのか」を理解することは難しい。ある意味で、システムを数字に当てはめること自体がナンセンスに映るほど瞬時にその数字は変化する。後半先制点を決める、フランス代表のサミュエル・ウンティティ(右)=2018年7月、ロシア・サンクトペテルブルク(撮影・中井誠) 欧州のクラブレベルでは、攻撃と守備のフェイズによってシステムが可変するのは今や当たり前だが、今大会ではとうとう代表レベルでも、勝ち残る強豪国は試合中のシステムと戦術の変更を当然のごとく実行するようになっている。 だからこそ、サッカーの試合中継の解説者には、そのチーム(国)の構造とベースの戦術、システムから派生する多様性を目の前の現象に合わせて解説することが求められている。しかし、少なくとも日本の地上波の中継においてそれをできる解説者は、残念ながら片手どころか3本の指も必要ないほどの人数に限られることが露呈した。「渋い準決勝」注目すべきは脇役 サッカーを伝えるメディアというくくりで見ても、例えばこの準決勝もボールを持った時のフランスのFWキリアン・エムバペとベルギーのアザールは確かに目立っていた。彼らは違いを生み出すことのできるタレントであり、世界的スター選手としてこの先も世界のサッカー界をけん引していくだけの異彩を放つ。 しかし、例えばフランスの若きエース、エムバペの爆発的なスピード、スプリント能力を引き出すため、チームとして守備をしながら右サイドにスペースを作り、ボールを奪った瞬間に彼の前方のスペースを活用する攻撃戦術をチームに落とし込んでいるディディエ・デシャン監督の手腕や、そのために脇役の座を買って出ているグリーズマンの存在は見逃してはいけない。 バロンドール(欧州年間最優秀選手)を独占するFWリオネル・メッシとFWクリスティアーノ・ロナウドの2人に割って入る3番手の最有力として、今や世界が認めるグリーズマンは、ここまで大会3得点を奪いながらもチームや大会の主役とまではなりきっていないように映る。 しかし、試合を重ねる事にグリーズマンは攻守で気の利いたプレーを実行し、チームへの貢献度を高めている。この準決勝でも前線の3選手の中でただ1人、10キロ超えとなる「10・9キロ」の走行距離をたたき出し、特に終盤は守備における貢献を随所に披露した。 フランスの1トップとしてグループリーグ第2戦(対ペルー)から先発しているFWオリヴィエ・ジルーも同じで、今大会はいまだ無得点でシュートの本数自体も少ない。しかし、デシャン監督が「チームのバランスを取るために多くのことを行ってくれている」と擁護するように、彼もチームとして得点を生み出すために、前線で特長である高さ、身体の強さを全面に出し、ポストプレーやつぶれ役としてチームに貢献している。 フォワードがゴールという数字で評価されることは致し方ないことでもあるが、チームの中でどういうタスクを背負い、そのタスクを実行することによってチームや攻撃がどの程度機能しているのかを注意深く見ていけば、数字だけではない選手の確かな評価もしっかりと出てくるはずだ。だからこそ、サッカーというスポーツは単純なデータだけで選手の評価はできない。ましてや「チーム戦術」を度外視し、選手単体で個人評価や採点することは本来できない。攻め上がる、フランス代表のアントワヌ・グリーズマン=2018年7月、ロシア・サンクトペテルブルク(撮影・中井誠) ある意味でフランス、ベルギーのような強豪国になれば、出場している22人、どの選手をフォーカスしても何かしらを語ることができる。22人のみならず、ベンチに座る選手も含めてメンバー23名全員がスター選手であり、それだけ豪華なチームなのだ。 決勝点がコーナーからディフェンダーが決めたこともあり、この準決勝は日本のメディアが取り上げやすいスター選手の目立った活躍が、一見なかったように映る「渋い試合」となった。 だからこそ、改めてグリーズマンやジルーのような脇役の機能性が勝敗を分けたことに着目すべきであろう。それこそがサッカーの持つ奥深さであり真の面白さでもあるのではないだろうか。

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    「2-0は安全なスコアだ」日本代表はフランスのキープ力に学ぶべし

    清水英斗(サッカーライター) 2-0は安全なスコアだった! 私たち日本人にとっては、ショッキングな事実だ。 W杯準々決勝のウルグアイ対フランスは、前半40分にDFラファエル・バランがヘディングで先制ゴールを挙げると、後半16分にMFアントワーヌ・グリーズマンがブレ球ミドルシュートで追加点を挙げ、2-0へ。そして、そのまま終わった。 後半の残り30分は、何も起こらなかった。いや、起こさせなかったのだ。試合をコントロールし、閉じる。フランスのゲーム戦略は完璧だった。手が届かなかった「ベスト8の戦い」。ベルギー戦で2-0から逆転を許した日本代表にとって、足りなかったゲーム・クオリティーが、そこにはある。 ゲームの前半、興味深い戦術を見せたのはウルグアイのほうだった。「4-4-2」のシステムで、MF4人が、ディフェンス時は真ん中にギュッと固まったひし形を形成するが、攻撃に転じると、MFナイタン・ナンデスが右サイドのタッチライン際に開く。トップ下のMFロドリゴ・ベンタンクールも真ん中にポジションを取り、全体が右サイドに固まった状況を作り出した。「ワンサイド寄せ」である。 前半のウルグアイの攻撃エリアを、データで確認すると、中盤は右サイドが25%、真ん中が16%、左サイドは5%を記録。前線も右サイドが11%、真ん中が9%、左サイドが5%を記録した。つまり、ウルグアイが右サイドに攻撃を固めたのは、データからも明らかだ。これは過去の試合に共通する傾向ではなく、このフランス戦特有の現象だった。 なぜ、ウルグアイはこのような「ワンサイド寄せ」を行ったのか? それはプレーエリアを、コンパクトに縮めるためだ。片方のサイドに寄ることで、「1対1」を「多対多」に近づけ、身体の大きな選手をそろえたフランスに対し、狭いエリアの敏しょう性で上回る。仮にボールを奪われたときも、味方が近くにいて取り返しやすい。さらに相手のキープレーヤーであるFWキリアン・エムバペを、逆サイドで孤立させる効果もあった。全ては戦術である。 そのウルグアイにとって、前半は決して悪くなかった。前半40分にグリーズマンの絶妙なフリーキックからバランにヘディングを許し、セットプレーで失点したものの、直後にウルグアイもフリーキックで決定機を迎えている。しかし、これはフランスGKウーゴ・ロリスのスーパーセーブに防がれた。ウルグアイ戦の後半、2点目のゴールを決めるフランスのグリーズマン=ニジニーノブゴロド(ゲッティ=共同) 事実、1-0でフランスがリードして折り返したが、前半のシュート数はウルグアイが7本(枠内4本)、フランスが6本(枠内1本)と、チャンスはしっかりと作れている。スーパーセーブさえ無ければ、間違いなく1-1だった。 とにもかくにも、1点のアドバンテージを得たフランスは、ここから老獪(ろうかい)さを見せる。まず、前半に孤立しがちだったエムバペが、ポジションを離れて逆サイドまで顔を出し、相手のワンサイド戦略に消されないように動きを修正した。なぜフランスはキープできたのか ゴールが遠いウルグアイは、後半14分に2枚替えを行い、ギアを入れようとする。その直後の後半16分だった。フランスは中盤でMFポール・ポグバがボールを奪い、カウンターへ。テンポ良くつないだボールがグリーズマンに渡り、左足でブレ球のミドルシュート。相手の勢いをそぐ形で2-0と突き放した。 さて。問題の2-0である。なぜ、フランスはこの2-0をキープできたのか? 理由の一つは、ポゼッション能力だ。フランスのボール支配率は全体で58%と、前後半を通じて高い数字をキープした。日本がベルギーに対して、支配率で44%と下回ったのとは状況が違う。フランスは敵陣へボールを運んだ後も、無理にシュートまで行かず、落ち着けるようにパスを回していた。 二つめの理由は、後半22分に見られた。ボールを受けようとしたエムバペの足先が、相手選手とソフトに当たったとき、痛がって転んだ。あまりにも大げさに感じたウルグアイの選手たちは激高し、詰め寄る。両チームが入り乱れ、乱闘寸前になった。ここで2分の時間が消費されている。 もちろん、この2分はアディショナルタイムに加算されるのだが、相手の勢いや雰囲気をそぐ意味では大きい。身体を休め、もう一度守備の強度を高められる。全く褒められるものではないが、このような行為はゲームコントロール上、有意であるのも確かだ。日本はそれをやらないので、ちょっと損はしている。 そして三つ目の理由は、監督の采配だ。後半35分、フランスは197センチのMFスティーブン・ヌゾンジを投入し、アンカーに据えた。試合の終盤にパワープレーを仕掛けてくるであろう相手に対し、空中戦の強さを保証している。それに伴い、小兵のボールハンター、MFエンゴロ・カンテを左サイドへ出し、クロスやパスの出どころにプレッシャーをかけさせた。役割分担は完璧だ。ウルグアイ戦の後半、激しいチャージを受け、倒れるフランスのエムバペ=ニジニーノブゴロド(共同) この采配がピタリとはまった。ウルグアイは後半の残り30分で、ゴールの匂いを感じさせる攻撃がほとんどなかった。フランスにとって、2-0は安全なスコアだったのである。 日本もこのような試合運びができないものか。そもそもゴール前の守備力、ポゼッション力で差がある上に、采配でも後れを取っていては厳しい。 もちろん、長身で足元の技術も確かなヌゾンジのような選手は、日本がたやすく得られるものではないが、W杯がこのような駆け引きになることを見越し、4年の間に準備することは可能だろう。例えば、比較的背の高いセンターバックの選手を、中盤のアンカーにコンバートして起用し、チームのオプションとして持っておく。W杯は何を要求してくるのか。それを知った上で、準備するのだ。 ベスト8を目指す上で、日本がやるべきことはたくさん残されている。それをフランスは教えてくれた。まだ、W杯は終わっていないのだ。このハイレベルな試合の数々に、未来を見ようではないか。

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    西野朗は日本サッカーの何を変えたのか

    藤江直人(ノンフィクションライター) ひな壇から発せられる一言一句がロシアの地で繰り広げられた、まだ記憶に新しい死闘の数々を鮮明に思い起こさせる。7月5日に行われた日本代表の帰国会見。会場となった千葉・成田市内のホテル2階の宴会場を埋めたメディアから、時には笑い声も沸き起こる中で進んでいた雰囲気が一変した。 それは、登壇した日本サッカー協会(JFA)の田嶋幸三会長、日本代表の西野朗監督、そしてキャプテンのMF長谷部誠(独、アイントラハト・フランクフルト)がそれぞれロシア大会を総括。メディアからの代表質問や質疑応答を終え、司会者から「最後にひと言」と促された直後だった。 「監督の任を西野さんにお願いする時に、西野さんからあったのは『結果がどうであれ、この大会で終わる』ということでした。僕はその約束をしっかりと守りたいと思いましたので、慰留はしませんでした。7月末をもって日本代表監督の任を終了することになりますが、また違った形で日本サッカー界に貢献し、サポートしていただければと思っています」 田嶋会長がおもむろに明言したのは、今月末でJFAとの契約が切れる西野監督の退任だった。3戦全敗でのグループリーグ敗退もやむなし、とされた開幕前の下馬評を鮮やかに覆し、2大会ぶり3度目のグループリーグ突破へ日本を導いた指揮官に対する評価は右肩上がりの曲線を描いていた。 初戦で強敵コロンビア代表を2‐1で撃破し、第2戦では難敵セネガル代表と2‐2で引き分けると、一転して「ロシア大会後も続投へ」と報じたスポーツ紙もあった。しかし、優勝候補ベルギー代表と歴史に残る死闘を演じ、後半アディショナルタイムにカウンターから喫した失点で敗れた決勝トーナメント1回戦を境に風向きが大きく変わった。 一夜明けた4日には、現役時代は西ドイツ代表FWとして1990年のイタリア大会を制した、ユルゲン・クリンスマン前ドイツ代表監督の次期日本代表就任が決定的になったと、一部スポーツ紙が1面で大々的にスクープを打った。一方では西野監督の続投論も根強く報じられる中で、代表が帰国した5日に突如として西野監督の可能性が潰えたわけだ。帰国会見で話す日本代表・西野朗監督(左は、長谷部誠)=2018年7月5日、千葉県成田市(撮影・加藤圭祐) 「契約が今月の末日までですので、(日本代表監督という)この任を受けた瞬間から、ワールドカップ終了までという気持ちだけでやってこさせてもらいました。途中でこういう形になりましたけど、今は任期をまっとうしたという気持ちでいます」 一時はベルギーから2点のリードを奪い、日本がまだ見ぬベスト8以降の世界へ通じる扉に手をかけながら、無念の逆転負けを喫した幕切れに西野監督は努めて前を向いた。一方では初めてワールドカップの舞台で指揮を執った自分の、ある意味で限界を認めるような言葉も残している。 「試合展開が日本にとって好転していっている中で、あのシナリオは自分の中ではまったく考えられませんでした。ベルギーから3点目が取れるとチーム力に対して自信を持っていましたし、実際にそうなるチャンスもありました。それでも、紙一重のところで流れが変わってしまった。私だけでなく、選手たちもまさかと感じた30分間だったと思います」パニックになった西野監督 指揮官が言及した30分間とは、2点を追うベルギーのロベルト・マルティネス監督が、ナセル・シャドリ(英、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン)、アルマン・フェライニ(英、マンチェスター・ユナイテッド)の両MFを一気に投入した後半20分以降を指している。 前者は187センチ、後者に至っては194センチの長身を誇る。日本が持ち合わせない「高さ」が加わったベルギーは、前線をフェライニと190センチ、94キロの怪物ロメル・ルカク(英、マンチェスター・ユナイテッド)の2トップに変えて、試合の流れを強引に引き戻そうとしてきた。 果たして、4分後の後半24分にDFヤン・フェルトンゲン(英、トッテナム・ホットスパー)がヘディングで放った、パスにも映った山なりの一撃がGK川島永嗣(仏、メス)の頭上を越えてしまう。ラッキーな形で1点を返したベルギーは、さらに攻勢を強めてきた。 わずか5分後には、左サイドからFWエデン・アザール(英、チェルシー)が放ったクロスに、飛び込んできたフェライニが頭ひとつ抜け出す形で強烈なヘディングを一閃。瞬く間に同点に追いつき、試合終了まで1分を切った土壇場でもぎ取った劇的な逆転勝利に至る流れを作った。 選手交代を介してベルギーがシナリオを練り直したのならば、日本も交代のカードを切って対抗すべきだった。しかし、西野監督は動かなかった。いや、動けなかったと言っていい。コメントから察するに半ばパニック状態に陥っていたのと、何よりも流れを押し返せる武器を持ち合わせていなかった。 例えば189センチのDF吉田麻也(サウサンプトン)に次ぐ高さを持つ、186センチのDF植田直通(鹿島アントラーズ)を投入。最終ラインの形を4バックから3バックに変えて、吉田と植田でもってルカクとフェライニの高さに対抗する手もあった。 しかし、植田はグループリーグでワールドカップの舞台に立っていなかった。開幕前のテストマッチでも6月12日のパラグアイ戦に出場しただけで、何よりも3バック自体も初陣となったガーナ代表とのワールドカップ壮行試合で、後半途中まで試してからは事実上封印していた。 初ゴール及び初勝利を挙げた件のパラグアイ戦で、ようやく軸になる11人が固まった。本田圭佑(メキシコ、パチューカ)ではなく香川真司(独、ボルシア・ドルトムント)をトップ下、ジョーカーとして考えていた乾貴士(スペイン、レアル・ベティス)を左MFにすえ、ボランチの一角には柴崎岳(スペイン、ヘタフェ)を、センターバックには昌子源(鹿島アントラーズ)をそれぞれ抜擢した。パラグアイ戦でゴールを決め歓喜する乾貴士(中央)=2018年6月12日、オーストリア・インスブルック(撮影・中井誠) いわゆる「プランA」はギリギリで出来上がったものの、戦い方に幅を持たせる「プランB」の構築は残念ながら間に合わなかった。西野監督が初めて交代のカードを切ったのは後半36分。本田とMF山口蛍(セレッソ大阪)を同時に投入したが、高さで対抗するわけでもなく、疲れが見え始めた時間帯で相手が嫌がる速さも日本に加えることもできなかった。 それでも3点目を奪いにいった末に決勝点をもぎ取られた。カウンターの起点となったのは、199センチの高さを誇る絶対的守護神ティボー・クルトワ(英、チェルシー)。本田が放った左コーナーキックを難なくキャッチし、素早いハンドスローをすでに走り出していた司令塔、ケビン・デ・ブライネ(英、マンチェスター・シティ)へつなげ、さらに4人の選手も一気呵成に連動した。またもや「手のひら返し」 最後まで攻めたのは、ポーランド代表とのグループリーグ最終戦が関係していたのかもしれない。1点を追う状況で攻撃を放棄し、アディショナルタイムを含めた後半の最後の約10分間を、リスクを冒さないパス回しに終始。あえて敗北を受け入れ、同時間帯に戦っていたセネガルとの2位争いを、今大会から導入されたフェアプレー・ポイントの差で制した。 引き分け以上ならば、日本は自力でグループリーグを突破できた。それだけに消極的に映る戦い方に対しては、それまで日本を称賛していた世界中のメディアから、手のひらを返すようなバッシングが浴びせられた。日本国内でも賛否が真っ二つに分かれる状況を生んだほどだ。 西野監督としては、日本が追いつく確率、攻勢に出てカウンターで失点する確率、コロンビアがそのままセネガルを下す確率、セネガルが同点に追いつく確率――の4点を冷静かつ迅速に比較。その中からコロンビアが勝利する確率が最も高いと判断し、他力に委ねる前代未聞の作戦を、ベンチで休養させる予定だった長谷部をピッチへ送り込んでまで徹底させた。 もしセネガルが同点に追いついていれば、日本は敗退していた。勇気を振り絞った究極の選択を、指揮官は試合後のテレビのインタビューで「本意ではない」と位置づけた。グループリーグ突破を果たしたにもかかわらず、不本意な戦いを強いたとして翌日には選手たちへ謝罪している。 そうした伏線や、延長戦に入れば体力面でベルギーの後塵を拝するという判断も手伝って、90分間での勝利を目指した。結果として3度目の挑戦でもベスト8の壁にはね返されてしまったが、だからといって西野ジャパンとして実際に活動してきた、千葉県内における国内合宿をスタートさせた5月21日以降の46日間が否定されるわけではない。 選手たちとのコミュニケーションや信頼関係がやや薄らいできた、という不可解な理由でヴァイッド・ハリルホジッチ前監督が電撃解任されたのが4月7日。その5日後に慌ただしく就任した西野監督は、合宿初日に「それまでのチーム力だけではロシアへ向かえない」と危機感を募らせた。 「ブラジル大会での敗戦から選手たちやサッカー界が試行錯誤してきた中で、ロシアの切符を取った大きな財産もがある。その後も強化を継続してきた中で、(技術委員長として)チームを客観的に見ていて、素直にそう思いました。ただ、選手それぞれの能力は非常に高く、培ってきたことにプラス、短い準備期間で何かを足すことが対抗できるのではないかと」コロンビア対日本。本田圭佑(左)と交代し、西野朗監督(中央)に労われる香川真司=2018年6月19日、サランスクのモルドビア・アリーナ (撮影・中井誠) 西野監督が言及した「財産」とは、ハリルジャパンで3年間にわたって叩き込まれてきた縦への速さと、フランス語で「1対1の決闘」を意味するデュエル。ゆえに代表メンバーの顔ぶれはほとんど変わらず、さらにボーダーライン上にいた本田やFW岡崎慎司(レスター・シティー)も招集した。 必然的に平均年齢は跳ね上がり、メンバー発表時の28・17歳は日本が臨んだ6大会の中で最も高くなった。一部から「おっさんジャパン」と揶揄される中で、日本を発った6月2日に乾が30歳に、開幕直前の13日には本田が32歳になって平均年齢をさらに押し上げた。ハリルに制された練習中の話し合い もっとも、サプライズなしの顔ぶれには、一緒にプレーした機会の多い選手たちによる連携を色濃く生かし、そこへベテランと呼ばれる選手たちの経験と、ヨーロッパの舞台でもがき、苦しみながらも選手たちが体得してきた個人戦術を融合させる即効性のチーム作りを選択した。 そこで前述した「何かを足す」という作業が加わる。注入された「何か」の正体とは、首脳陣と選手、あるいは選手同士による相互理解となる。千葉県内の合宿では、長く日本代表で採用されたことのない3バックの習熟にほとんどの時間が割かれた。DF槙野智章(浦和レッズ)は、ハリルジャパン時代との変化をこう指摘したことがあった。 「西野監督もそうですし、手倉森(誠)コーチに加えて森保(一)コーチも入ったことで、非常に密なフィードバックが選手たちに対してある。そこが大きな違いのひとつですし、あとは練習の中でディスカッションする時間が増えていますよね。ハリルさんの時は、練習中にみんなが話すと『やめろ』と制限されましたから。そうしたストレスがない、という意味でディスカッションする時間があるのも非常に大きな変化だと思います」 不慣れな戦い方を、急いで統一しなければならない必要性に駆られたのか。千葉合宿中にピッチの至るところで見られた話し合いは、日本語だけが飛び交うという状況にも後押しされ、選手間の相互理解を急ピッチで加速させた。時間が極めて限られていることを逆手に取ったと言っていい。 しかも、ガーナ戦の後半途中で4バックへスイッチされてからは、3バックは一度も披露されていない。あくまでも推測の域を出ないが、チーム間のディスカッションを促成させる狙いも、唐突に映った3バックの導入には込められていたのではないだろうか。 結果として国内組は昌子だけという、ロシア大会におけるファーストチョイスが固まった。ハリルホジッチ監督は日本が主導権を握られる展開を大前提としていたが、西野監督のもとでロシアの地で披露されたのはハリルジャパン時代の遺産にテクニックの高さや勤勉性、献身性、運動量の多さにコンビネーションを融合させて、状況や時間帯によっては主導権を握り、試合を支配する日本の姿だった。 ベルギーを相手に2点のリードを奪ってからの試合運びを冷静に振り返れば、指導者の一人として納得できない思いが込みあげてきたのだろう。ロシア大会全体を「十分に大きな成果を挙げてきたわけではない」と総括した西野監督は、一方でこんな言葉も残している。ベルギー対日本、涙を流す乾貴士をねぎらう西野朗監督=2018年7月2日、ロシア・ロストフナドヌー(撮影・甘利慈) 「半分は素直に申し訳ないと思いながらも、1ページか、あるいは半ページくらいは次につながるものを示せたチームを指揮したという気持ちがあります。これまでは8年周期でベスト16へチャレンジしてきましたが、この周期ではダメです。次のカタール大会では間違いなくベスト16の壁を突破できる段階にある、という状態につなげたという成果だけは感じたいと思う」 毀誉褒貶(きよほうへん)の激しい戦いを演じた末に、日本独自のスタイルへつながる手応えを手土産に帰国した西野ジャパンは解散した。本田に続いて長谷部も代表引退を表明し、ひとつの時代が終わりを告げた中で、早ければ7月中に就任が決まる新監督には、ロシアで生まれたベクトルを未来へ向けて力強く、なおかつ鮮明に伸ばしていく作業が課されなければならない。

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    日本代表「世界との差」はどこにある?

    サッカー日本代表の闘いが終わった。屈指のタレントがそろう強豪国、ベルギーを相手に互角以上に戦った試合内容に世界が驚きをもって伝えた。とはいえ、またしても16強の壁を超えることはできなった。世界との差はわずかなのか、それとも大きいのか。西野ジャパンを総括検証する。

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    昌子源が届かなかった「50センチ」に世界との差を見た

    藤江直人(ノンフィクションライター) ロストフ・アリーナのピッチに仰(あお)向けに倒れながら、夜空を見上げていたDF昌子源(鹿島アントラーズ)がおもむろに体を反転させた。突っ伏した体勢で何度も、何度も拳を芝生に打ちつけている。 悔しさ。ふがいなさ。無力な自分に対する腹立たしさ。ほんの数分前に刻まれた残像とともに、さまざまな思いが脳裏を駆け巡っている。あまりに残酷な幕切れとともに、憧れ続けてきたワールドカップの夢舞台から去る寂しさももちろん含まれていた。 国際サッカー連盟(FIFA)ランキング3位の強豪にして今大会の優勝候補、ベルギー代表と激突した日本時間3日未明の決勝トーナメント1回戦。後半に入って日本代表が奪った2点のリードを追いつかれ、もつれ込んだ4分間のアディショナルタイムの最後に、未知の世界だったベスト8へ通じる道を断ち切られる悪夢のシーンが待っていた。 勝ち越しゴールへの期待を託し、MF本田圭佑(メキシコ、パチューカ)が放った左CKを、GKティボー・クルトワ(英、チェルシー)が難なくキャッチ。199センチ、91キロのサイズを誇る絶対的守護神は、すかさずペナルティーエリア内をダッシュ。素早いハンドスローからカウンターを発動させた。 ターゲットに定められたのは、すでに右前方でスプリントを開始していたMFケビン・デ・ブライネ(英、マンチェスター・シティ)。プレミアリーグで2年連続アシスト王を獲得している司令塔が、ドリブルをどんどん加速させながら中央突破を図る。 日本のゴールへ近づく「7番」の背中に、大いなる危機感を覚えたのだろう。ゴールを奪おうと攻め上がっていた昌子が必死に追走を開始する。グループリーグで大会最多の9ゴールをあげた、ベルギーの強力攻撃陣と対峙(たいじ)し続けてきた。体力は削られようとも、気力は萎(な)えていない。 ボールはデ・ブライネから、右サイドを攻め上がるDFトーマス・ムニエ(仏、パリ・サンジェルマン)を介して、ゴール前にポジションを取っていた190センチ、94キロの怪物FWロメル・ルカク(英、マンチェスター・ユナイテッド)へ渡ろうとしている。 キャプテンのMF長谷部誠(独、アイントラハト・フランクフルト)がルカクのマークについていたが、昌子は自陣へ戻るスピードをさらに加速させた。デ・ブライネを追い越したその視界は、フリーで左サイドを攻め上がっていたMFナセル・シャドリ(英、ウェスト・ブロムウィッチ・アルビオン)をとらえていた。ベルギー戦に敗れ、グラウンドに倒れ込む昌子源=2018年7月3日、ロシア・ロストフナドヌー(中井誠撮影) 背後の状況を完璧に把握していたからか。シュートを放つと見かけて、巧みにスルーしたルカクのフェイントにGK川島永嗣(仏、FCメス)が体勢を崩す。走り込んできたシャドリがシュート体勢へ入った背後から、実に80メートル近い距離を突っ走ってきた昌子がスライディングを見舞う。 それでも届かないと見るや、執念で左足を伸ばす。しかし、あと50センチほど及ばない。これが土壇場でカウンターを仕掛けられる世界との差なのか。体勢を立て直し、ダイブしてきた川島と交錯したその先で、ボールは無情にもゴールネットを揺らしていた。 クルトワがボールをキャッチしてから、シャドリの左足から放たれた一撃がゴールネットを揺らすまで要した時間はわずか13秒。そのまま仰向けに倒れていた昌子が気力を振り絞り、立ち上がってから間もなくして、ロシアの地で繰り広げてきた波乱万丈に富んだ冒険が終焉(しゅうえん)を迎えた。レアル・マドリード戦で「覚醒」 開催国代表としてアントラーズが臨んだ2016年12月のFIFAクラブワールドカップ。破竹の快進撃を続け、アジア勢として初めて立った決勝の舞台で、ヨーロッパ代表のレアル・マドリード(スペイン)に2ゴールを見舞ったMF柴崎岳(スペイン、ヘタフェ)とともに名を上げたのが昌子だった。 一時は逆転に成功し、世界中に驚きを与えたものの、最終的には延長戦の末に2-4で敗れた。ロシア大会でも4ゴールをあげたポルトガル代表のスーパースター、FWクリスティアーノ・ロナウドにはハットトリックを達成された。 後半終了間際にはそのロナウドがカウンターで抜け出し、アントラーズのゴールに迫った場面があった。必死に追走した昌子がファウルなしで止め、ボールを奪い取る場面をファンの一人として見ていた中村憲剛(川崎フロンターレ)は、昌子に対してこんな言葉を残している。 「試合ごとに成長していく彼の姿を見ていましたけど、特にレアル・マドリード戦では『最後は自分が守る』という気概を感じました。これだけたくましい日本人のディフェンダーが、若い選手のなかから出てきたことを、率直にうれしく思います」 もっとも、昌子は心の底から喜べなかった。その後にテレビの向こう側で、ラ・リーガ1部やUEFAチャンピオンズリーグを戦うレアル・マドリード、そしてロナウドの姿を見た時に、もやもやした思いの正体が分かったと明かしてくれたことがある。 「間違いなく自信になった大会ですし、あの時点では世界一をかけて戦いましたけど、彼らが本気じゃなかったことは対戦した僕たちが一番分かっている。ああいう選手たちともっと真剣勝負ができる舞台に立ちたいとあらためて思ったし、それはやっぱりワールドカップになるんですよね」鹿島アントラーズでプレーする昌子源=2017年6月、県立カシマサッカースタジアム 米子北高校(鳥取県)から常勝軍団アントラーズへ加入して8年目になる。青森山田高校(青森県)から加入した同期生、柴崎が瞬く間に居場所を築き上げたのとは対照的に、昌子は我慢の時間を強いられた。 「高校生の時にできていたことは、プロの世界では通用しないぞ」 プロの世界に入っていきなり、一からたたき直せという厳しい言葉を浴びせられた。声の主はアントラーズの最終ラインを支え、前年の2010シーズン限りで引退した大岩剛コーチ(現監督)だった。その言葉を額面通りに受け取ることができなかった昌子は、すぐに伸びかけていた天狗(てんぐ)の鼻をへし折られる。 高校時代はU-19日本代表候補に選出されたこともある昌子だが、最初の3年間はリーグ戦でわずか13試合に出場しただけだった。 主戦場とするセンターバックではなく、けが人や出場停止者が出た穴を埋めるために、不慣れな左サイドバックで出場したこともある日々を「あのころはホンマにヒヨッ子だったからね」と苦笑いしながら振り返ったことがある。 「やっぱり自信はあったわけですよ。高校の時にけっこう相手を抑えられていたから。それをそのままプロで出したら、まったく歯が立たんかったよね。(岩政)大樹さんや(中田)浩二さんに、何回同じことを言われたか。何回同じミスをするねん、何でそこでそんな余計な足が出るねんと。僕としては『いやぁ』と言うしかなかったですよね」  歴代のディフェンスリーダーが背負う「3番」の前任者、岩政大樹(現東京ユナイテッドFC)。アントラーズのレジェンドの一人、中田浩二(現鹿島アントラーズ・クラブ・リレーションズ・オフィサー)から落とされた、数え切れないほどのカミナリを糧に昌子は成長を続けてきた。失点に絡んで号泣 自信を打ち砕かれるたびに「絶対にうまくなってやる」と歯を食いしばりながら立ち上がってきた。機は熟したと判断したのか。2013シーズンのオフに、アントラーズの強化部は10年間在籍した岩政との契約更新を見送っている。 そこには当時21歳の昌子に、世代交代のバトンを託すという判断が下されていた。クラブの思いを尊重し、笑顔で退団した岩政から「お前なら絶対にできる」とエールを送られた2014シーズン。リーグ戦で全34試合に先発した昌子は、翌2015シーズンから「3番」の継承者となった。 もちろん、追い風だけが吹いていたわけではない。2015シーズン以降で、チームの低迷から2度の監督解任を経験した。2016シーズンこそチャンピオンシップを下克上の形で制し、クラブワールドカップを経て臨んだ天皇杯決勝も制覇。シーズン二冠を達成し、獲得した国内タイトル数をライバル勢に大差をつける「19」に伸ばした。 一転して昨シーズンは、J1連覇に王手をかけながら終盤戦に失速。川崎フロンターレの歴史的な逆転優勝をアシストする立場となり、あまりのふがいなさに人目をはばかることなく号泣した。サッカー人生に喜怒哀楽を刻んできた中で、今では独自のセンターバック像を確立している。 「ミスを引きずったら2点、3点とまたやられて負ける。失点に絡んだことのないセンターバックなんて絶対におらんと思うし、これまでのいろいろな人たちも、こうやって上り詰めてきたはずなので。大きな大会や舞台になるほど、失点した時の責任の重さは増してくる。そういう痛い思いを積み重ねながら、強くなる。もちろん無失点にこだわるけど、サッカーは何が起こるかわからんし、たとえまた失点に絡んだとしてもスパッと切り替えたい」ベルギー戦前日の会見に出席した昌子源=2018年7月1日、ロストフナドヌー 日本代表における軌跡も然(しか)り。アギーレジャパン、そしてハリルジャパンに継続的に招集されながら、なかなかピッチに立つ機会を得られなかった。それでも失わなかったファイティングポーズが、ワールドカップ出場を決めた昨年8月のオーストラリア代表とのアジア最終予選における先発フル出場につながった。韓国戦での痛烈なブーイング そして吉田麻也(英、サウサンプトン)とコンビを組むセンターバックのファーストチョイス争い。ロシア行きの切符を獲得した後、槙野智章(浦和レッズ)が台頭し、一時はレギュラーを不動のものとした。その槙野が不在だった昨年12月のEAFF(東アジアサッカー連盟)E-1サッカー選手権では、国内組だけで編成されたメンバーの中でヴァイッド・ハリルホジッチ前監督からキャプテンに指名された。 優勝をかけた宿敵・韓国代表との最終戦で1-4の歴史的惨敗を喫すると、会場となった味の素スタジアムに駆けつけたファンやサポーターから痛烈なブーイングを浴びせられた。観戦した日本サッカー協会の田嶋幸三会長、Jリーグの村井満チェアマンから「この悔しさだけは忘れないでほしい」と檄(げき)を飛ばされた。味わされてきた艱難(かんなん)辛苦のすべてが、昌子を成長させてきた。 「今回キャプテンをやらせてもらって、自分の未熟さをすごく感じた。でも、いい経験になった、という言葉で片付けるつもりはない。顔を上げて、ここからはい上がっていくだけなので」 迎えたワールドカップイヤー。開幕直前に行われたパラグアイ代表とのテストマッチ(オーストリア・インスブルック)で演じた好パフォーマンスで、西野朗監督が描く序列の中で槙野との序列を逆転させた昌子は、コロンビア代表とのグループリーグ初戦で先発フル出場を果たす。 しかも、前線で脅威を放ち続けた点取り屋ラダメル・ファルカオ(仏、モナコ)を封じ込めた昌子は、先発メンバーの中で唯一のJリーガーだったことと相まって、FIFAの公式サイトでこう報じられた。 「一番の驚きはゲン・ショウジだ」 同じ先発メンバーで臨んだセネガル代表との第2戦でも、スピードと強さを併せ持つFWエムバイェ・ニアン(伊、トリノ)と壮絶な肉弾戦を展開。攻めては果敢なインターセプトから、本田の同点ゴールにつながる鮮やかな縦パスを前線へ通した。 ベルギー戦でも今大会で4ゴールをあげているルカクを、吉田との共同作業で封じ込めた。最後の最後に目の当たりにした残酷なシーンもいつかきっと、あの悔しさがあったからと、笑顔で振り返ることができる時が訪れる。昌子源とベルギーのロメル・ルカク=2018年7月3日、ロシア・ロストフナドヌー 今大会で与えたサプライズとともに、国際的な評価が急上昇した。もしかすると盟友・柴崎の背中を追うように、ヨーロッパへ活躍の舞台を移すかもしれない。もっとも、国内組から海外組に立場が変わったとしても、昌子の胸中に強く脈打つ信念は変わらない。 「目の前の試合で、自分が一番いいプレーをしようとは思わない。チームが勝つために何をしなければいけないのかを考え抜くことが、自分のいいプレーにつながる。だからこそ、チームを勝たせることのできる選手にならないといけない」 次回のカタール大会を29歳で迎える。経験も必要とされるセンターバックとして、ちょうど脂がのり切った年齢と言っていい。悔しさを次世代に伝え、夢の続編を追い求めていくためにも、強さと上手(うま)さ、そして泥臭さを融合させた昌子はロシア大会を通過点として、貪欲に未来へと進み続けていく。

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    西野ジャパンの限界、足りないのは「高さ」だけではなかった

    清水英斗(サッカーライター) 後半アディショナルタイム。MF本田圭佑のフリーキックをGKティボ・クルトワがセーブし、コーナーキックになった場面だ。 左利きの本田が蹴ったボールは、アウトスイング。つまり、ゴールから離れる方向へ曲がる軌道だった。ゴールを直接脅かす可能性は少ない。長身GKのクルトワは、果敢に前へ出て、このクロスを難なくキャッチした。 すると、それに呼応したMFケビン・デ・ブライネが走りだす。高速ドリブルでピッチを切り裂くと、FWロメル・ルカクのおとりでフリーになった右サイドのMFトーマス・ムニエへパス。さらに、グラウンダーの折り返しをルカクはスルーし、大外から走り込んだMFナセル・チャドリが押し込んだ。 デ・ブライネのドリブル、ルカクの2度にわたるおとりの動き、ムニエ、チャドリと勝負どころでわき出す爆発的ランニング。「ワールドクラス」の美しいカウンターだった。 そのスイッチを入れたのは、間違いなくクルトワである。昨今の現代的なGKはシュートストップに優れるだけではなく、スルーパスを防いだり、クロスを捕ったりと、シュートの一つ前の場面にもアグレッシブに飛び出し、プレー範囲を増やしている。その象徴的な存在は、4年前にブラジルで大活躍したドイツ代表GKマヌエル・ノイアーだ。ベルギー戦後半のアディショナルタイム、コーナーキックを蹴るMF本田圭佑=ロストフナドヌー(中井誠撮影) このようなプレーが効果的である理由の一つに、カウンターの起点になることが挙げられる。シュートを防ぐ場面とは異なり、相手が前へ飛び出してくるタイミングで、GKが前へ出てボールをキャッチするため、その瞬間に何人かの相手と入れ替わることになる。カウンターとしては絶好の場面だ。そして、素早くデ・ブライネへディストリビューション(配球)を行い、日本選手を何人も置き去りにして、カウンターを成功させた。 日本は、本田のキックがクルトワの罠にかかったともいえるし、クルトワが捕った瞬間、これが本当に危ないシーンであることを察知できず、戻りの出足で遅れてしまった、ともいえる。 ほんのわずかの差。世界の舞台では、何がピンチの引き金になるのか。どこまではOKで、どこまではNGなのか。経験がモノを言う。その線引きも、試合の大半ではうまくできていたが、最後の最後、アディショナルタイムの緊迫感と疲労、逃げ切りたいという願望が重なるギリギリの環境下で、適切な対応ができなかった。改革のキーワードは? 日本をその状況に引きずり込んだのは、パワープレーだった。後半、ベルギーはMFマルアン・フェライニを投入し、コーナーキックを起点に空中戦から2点を挙げ、同点に追いついた。 日本は単純に高さが足りないと言ってしまえば、それまでだが、あまりにもゴールに近い位置で何度もパワープレーを受けすぎた。日本がやられるとしたらこの形以外になかったが、それにしても、その形を作らせすぎた。 この素晴らしいパフォーマンスを見せた日本代表は、「高さ」をキーワードに改革を始めるわけにはいかない。全てが瓦解(がかい)してしまう。日本の良さを生かした上で、なおかつベルギーのパワープレーを防ぐためには-。ペナルティーエリアの外で勝負するしかない。押し込まれないように、ディフェンスラインをいかに高く保つか。 もっと体力があれば、走ってボールにプレッシャーをかけ、ベルギーの前進を止められたかもしれない。しかし、この過密日程の中で、ファーストチームしか出来上がっていない正味2カ月の西野ジャパンでは、これが限界だった。 また、主力のパターンが一つしかないため、一部の選手に疲労が集中する。DF酒井宏樹が足をつったり、MF柴崎岳が「ちょっと身体が重かった」とポーランド戦に続いて語るなど、インスタント・チームの難点が出ていた。日本―ベルギー 後半、同点ゴールを決めるベルギーのフェライニ(中央)=ロストフナドヌー(共同) もっと戦術が複数パターンあれば、フェライニの投入に対し、DFの槙野智章や植田直通を入れて、対抗力を高める采配もあり得た。だが、親善試合からここまで、パワープレーにさらされた展開はなく、西野ジャパンとしての経験値が足りない。 試合の流れを変える交代カードも、バリエーションがなかった。やはり、インスタント・チームの弊害が出ている。 あるいは技術があれば、ボールをさらに保持できたかもしれない。ポゼッション率(支配率)はベルギーが56%で、日本は44%にとどまった。これでは押し込まれるのも無理はない。足りないのは「高さ」だけじゃない だが、2-0の状況でボールを保持するためには、逆転を狙う対戦相手の強烈なプレッシングをかわす必要がある。より高い技術が求められるが、これができれば、相手の体力や気力をかなりそぐことができたはずだ。 ベルギーのロベルト・マルティネス監督は、試合前に「日本のポゼッションには対策をしなければいけない」と語っていた。実際、その起点となるFW大迫勇也は、かなり潰された。押し込まれた場面で、大迫に向けてロングボールを蹴っても、潰されてなかなか収まらない。2次攻撃、3次攻撃を食らって押し込まれてしまう。 大迫は相手に身体を預けながら、ボールを収めるポストプレーがうまいが、ベルギーDFは落下地点を先に抑えてしまい、大迫がいくら押してもビクともしなかった。ベルギーは後半途中まで3バックだったので、空中戦でボールを後ろにそらしても、カバーが入りやすい。 そのため、一人一人が大迫の前に思い切って出て、競り合いやすい、という事情もあっただろう。前線に起点を作れない日本は、押し込まれる時間が長くなってしまった。 その分、中盤を日本がもっと支配する。それができた時間帯もあったが、その回数をもっと増やす。すると、パワープレーの失点は1点で済んだかもしれない。ベルギー戦後、MF乾貴士らを労う西野朗監督=ロストフナドヌー(中井誠撮影) 足りないのは、「高さ」だけではなかった。それを補うべき、何もかもが、少しずつ足りない。今回の日本代表は、現場でできる限りのことを全てやったが、それでも勝てなかった。 今後の課題は、いかにこのレベルの戦いを日常化し、自分を鍛えられるか。 そして、もう一つ。迷走した日本サッカー協会が、今度こそ明確な計画を立て、チームを強化できるか。インスタント・チームになって弊害を生んだ過程を振り返り、もう一度、個人を競争させながら日本代表を底上げしなければならないのである。

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    乾と柴崎「ボールがない時間」で示した世界レベル

    小澤一郎(サッカージャーナリスト) 日本としては全てを出し尽くした試合であり、間違いなく今大会のベストパフォーマンスだった。4年に一度のワールドカップ、しかもラウンド16という緊張感あふれる大舞台では、ただでさえ普段のパフォーマンスを発揮することが難しい。それは日本と同じくこのラウンドで姿を消したアルゼンチン、スペイン、ポルトガルといった大国を見てもわかる。 このベルギー戦では、交代出場の2人を含めた出場13選手全てが持てる力を存分に発揮するプレーで、優勝候補の一角であるベルギーを最後の最後まで追い詰めた。そのこと自体が日本サッカー史に残る偉業であり快挙。敗れたとはいえ、この激闘には感謝、感激といった感情しか持ち合わせることができない。 大会2カ月前の監督交代劇、用意周到な準備期間がない中で開幕を迎え、周囲の期待値も低い中で最低限の目標であったベスト16入りを果たした。さらに史上初となるベスト8入り、ベルギーというFIFAランク3位の大国に大金星を挙げる直前まで行ったことは大いに評価できる。 だからといって、すでに多くのマスメディアがそうであるように、冷静な分析、検証なしに「感動をありがとう」とロシアW杯で躍動した日本代表ブームを消費するだけでは、この先に何もつながらない。 W杯経験の豊富な今大会の日本代表メンバーの中で、一躍主役として躍り出たのが柴崎岳と乾貴士の2人だ。共にスペインのラ・リーガで活躍する選手である。ラ・リーガは欧州の中でも格段に戦術レベルの高いリーグだ。 スペインサッカーといえば「華麗なパスサッカー」のイメージがいまだ根強くあるものの、スペインサッカーの根幹には育成年代からの緻密な戦術指導がある。ベルギー対日本戦前半、競り合う柴崎岳=2018年7月2日、ロシア・ロストフナドヌー(撮影・甘利慈) 今大会のスペイン代表は初戦2日前の監督交代の影響もあり、低調な内容でラウンド16敗退となった。しかし、トップに君臨するイニエスタ、イスコ、シルバといった日本では「テクニシャン」と表現される中盤の技巧派たちは、テクニック以上に頭脳が抜群に秀でている。 一言で表現すれば「サッカーを知っている選手」なわけだが、柴崎、乾はスペインで「サッカーをプレーする」ということを習得した。例えば、今大会2得点、このベルギー戦でも見事な無回転ミドルシュートをたたき込んだ乾だが、彼が最も成長したのはドリブルやシュートの技術ではなく、守備におけるポジショニングと駆け引きだ。 90分の試合において、1人の選手がボールに触れる時間は1〜2分といわれる中、選手の知性や頭脳はボールがない時間、特に守備に見える。見事なアシストパスを原口に通した柴崎も、今大会を通じてポジショニングの良さからボランチとして何度もインターセプト、ボール奪取を成功させていた。ベスト8入りへの道筋が見えた 2選手共にスペインサッカーへの憧れがあり、意を決して乾はドイツから、柴崎は日本から情熱の国にやってきた。乾は移籍先のフランクフルト時代から大幅減の年俸を受け入れ、柴崎は2部、しかもテネリフェというアフリカ大陸横の島暮らしからスタートしている。 2人が来る前にも、大勢の日本人選手がスペインの門をたたきながらも思うような活躍を見せることなく帰国、移籍を強いられていた。そんな中、彼らはスペインで確かな評価と活躍を残している。彼らの活躍の背景には、まず何より「今の条件を落としてでもスペインで挑戦する」という覚悟があった。 欧州のトップリーグ、トップクラブと比較すればまだまだ年俸やプレー環境面で追いつかないJリーグながら、J1ともなるとそこそこの年俸やプレー環境を手にできる。Jリーガーの中でも「海外でプレーしたい」と口にする選手は多いが、彼らのように例え条件が下がったとしても、本気で覚悟を持って、あえて苦しい環境に身を投じるような選手は実際には少ない。 また、2人は日本で流通しているスペインサッカーのイメージ(=華麗なパスサッカー)をもともと持っていないか、あるいは即座に放棄している。昨季彼らが所属をしたエイバル(乾)、ヘタフェ(柴崎)はラ・リーガ1部で残留を目標に守備的に戦うチームだが、彼らは自らの理想や攻撃のイメージをいったん横に置いて、きちんと守備やチーム戦術と体得しようとする姿勢を見せ素早く吸収している。 海外移籍に失敗する選手は間違いなく、うまくいかない時に「こんなはずではなかった」と現状を嘆くか愚痴を言うのだが、特に柴崎は2部テネリフェ移籍当初、適応にとても苦しみながらも一切弱気な発言、逃げる姿勢を見せなかった。 もちろん、今回取り上げたスペインでプレーする2選手のみではなく、今回の日本代表の躍進を支えた主力選手の大半は欧州でプレーしているわけで、海外組はどの選手も確実に自分なりの覚悟と苦労を持って日常を過ごしているはずだ。後半、ゴールを決めた乾貴士=ロシア・ロストフナドヌー(撮影・甘利慈) しかし、特に戦術面での負荷が高く「サッカーを知っているかどうか」がストレートに問われるスペインでプレーする乾と柴崎の2人は、今大会で「日頃プレーしているレベルの高さ」をわれわれに示してくれた。それは同時に、今大会の躍進、奮闘を踏まえて、本気で日本代表がベスト8入りを目指すためには、彼らのような厳しい日常を送る選手が最低でも23人そろう代表チームになる必要があるということだ。 現状維持は停滞。それくらいの向上心と野心を持って厳しい欧州の環境に身を投じることのできる選手が、日本国内からこの後どのくらい出てくるのか。今回の日本代表がともしてくれたこの火を消さないためにも、これからの日本サッカーを担う若手がもっともっと早いタイミングで、できれば10代で欧州に挑戦することが当たり前となる環境とシステムを、日本サッカー界として意図して作っていかなければいけない。

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    西野ジャパン、強すぎた「恐れの心理」がほころびに変わった瞬間

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) サッカーW杯ロシア大会に臨んだ西野ジャパンは非常に残念な終戦となりました。それでも、ベスト16は大会前のネガティブな評価を覆す見事な成果でした。ただ、世界ランキング3位のベルギーに2-0とリードしながらの逆転負けは、西野朗(あきら)監督の言葉を借りれば、「勝機を拾う」はずが逆に相手に勝機を与えてしまった試合展開になったといえるのかもしれません。 敗戦後のインタビューで、西野監督も「何が足りないんでしょうね…」と言葉に詰まっていました。ベルギーのマルティネス監督も日本の戦いぶりをたたえる中での敗戦です。 試合の勝敗を分けたのは、サッカーの差ではなく、メンタリティーの差といえるかもしれません。そこで、本稿では日本中に感動を与えた戦いに感謝しつつ、心理面から足りなかったものを考えてみたいと思います。  試合は、後半直後にMF原口元気、MF乾貴士のスーパーゴールで2点を勝ち越す理想的な流れでした。しかしその後、自分たちのパス回しの失敗を起点として1点を返されました。ここで立て直せればよかったのですが、結果的に69分、ロスタイムと失点を重ねて2-3の逆転負けを喫しました。 試合の印象や考え方としては、「ベルギーが強かったから返されてしまった」「日本の限界だった」と捉えることもできるかもしれません。しかし、筆者には勝ち越しから失点までの間に、自分たちのパスミスに対して苦笑いして、足が止まっている選手がいたことが気になりました。勝ち越したことで、一瞬でも挑戦者のメンタリティーを失ってしまったように見えたからです。 挑戦者のメンタリティーとは、良い意味で相手を恐れて、自分の全力を出せるメンタリティーです。実は、恐れというものは高い集中力を生む感情なのです。 恐れは強すぎると人をうろたえさせるため、自らのパフォーマンスを下げてしまいます。しかし、恐れを適度に保(たも)てれば、自分にできることに集中して全力を出せる原動力になるのです。いわゆる「敵を知り、己を知れば」の心境です。敵の強さをよく知っているわけですから、苦笑いをする余裕も、足を止める時間もあるはずがありません。 勝ち越しまでの日本は挑戦者のメンタリティーがチーム全体を覆って、引き締まった好ゲームを闘っていたように思えます。前半、MF柴崎岳がイエローカードをもらった場面では、直前に柴崎のキープを狙われて、ボールロストしました。攻撃の起点である柴崎がキープすれば、チーム全体が攻撃に備えます。その中での敵のカウンターは非常に恐ろしい展開です。柴崎は攻撃を組み立てるモードから、瞬時に失点を恐れるモードに切り替えて、半ばイエローカード覚悟で必死に止めに行ったように見えました。ベルギー戦の前半、ベルギーのE・アザール(右)にタックルする柴崎。イエローカードを受ける=ロストフナドヌー(共同) 日本の1点目も、原口の挑戦者のメンタリティーから生まれたゴールに見えました。柴崎からの縦に早いパスを受けた原口は慎重にゴールに迫り、わずかなフェイントでタイミングを外して敵DFとGKのスキを作っての得点でした。入った瞬間、原口の「信じられない」といった表情からも、無心で「自分にできること」に集中したシュートだったことがうかがえます。 2点目の乾の得点もDFが重なる中で、わずかなスキを狙っての見事なゴールでした。このように勝ち越しまでは素晴らしい集中力が続いていたように見えます。  ただ、勝ち越し後の日本は前掛かりになってきたベルギーをいなす形になりました。日本のパス回しのうまさがわかってきたベルギーは無理に追い回さなくなり、日本選手は余裕があったようにも見えました。ベルギー「真逆」のメンタリティー ただ、ベルギーは逆襲を諦めたわけではありません。一見歩いているようでも、ボール奪取のチャンスとみると一気にスピードアップする場面もありました。体力を温存しているような不気味さもありました。 筆者はそのようなベルギーに勝者のメンタリティーを感じました。勝者のメンタリティーとは、勝者としての誇りのために、自分にできることを全力で行うメンタリティーです。 メンタリティーとは、原動力が「恐れ」か「誇り」かで大きく変わります。相手を恐れての集中力ではなく、楽に流される自分を嫌がるメンタリティーです。ですから、相手がどうあれ常に全力を出す準備ができていますし、相手の状況にかかわらず集中力が途切れません。 そうして、ベルギーは日本のパス回しの乱れを見逃さず、カウンター気味に一気に波状攻撃を仕掛けます。日本は集中力を取り戻さざるを得ないわけですが、その中で最初の失点場面を迎えます。 ここで慌ててしまったのか、GKの川島永嗣をはじめ日本選手の多くが、敵ボールを警戒してニアサイドに集中してしまいました。結果、ベルギー選手のシュートかセンタリングか曖昧なヘディングが、誰もケアしていなかったファーサイドに突き刺さることになりました。 この場面、日本の選手はほぼ自陣に戻ってはいましたが、ニアサイドとパスの受け手になりそうな選手のマークに集中しすぎていました。ファーサイドのケアは、冷静に考えれば誰かがすべきだったのですが、失点の恐れの強度が強すぎたのかもしれません。ベルギー戦の後半、この試合最初の失点となるゴールを決められたGK川島永嗣=ロストフナドヌー(共同) 挑戦者のメンタリティーは一度ほころび始めると、なかなか戻ってこないのです。なぜなら、恐れは心身を疲れさせるからです。そこから開放されてしまうと、なかなか戻るのが難しいのです。 ベルギー戦の日本に限れば、最後まで挑戦者のメンタリティーを途切らせるべきではなかったと言えるでしょう。ただ、理想を言えば、勝ち越し後の日本は勝者のメンタリティーに切り替えて闘ってほしいところでした。 厳しいサポーターから常勝を義務付けられた欧州の名門クラブチームには、チーム文化としてこのメンタリティーが受け継がれていると言われています。ベルギーの選手はほとんどがそのような名門チームの所属または出身です。 一方で、日本には、イタリア・セリアAのACミラン出身のMF本田圭佑、インテル・ミラノ出身のDF長友佑都などがいるものの、彼らは少数派です。アジアでは強豪の日本ですが、W杯では挑戦者にならざるを得ません。しかし、W杯は挑戦者のメンタリティーだけでは勝ち進めないのかもしれません。 ただ、ベスト8まで残り30分まで迫ったことは一つの成果です。私たちに諦めずに全力をつくすことを教えてくれました。私たちは日々の闘いの中で、西野ジャパンを見習うことができるでしょうか。

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    「おっさんJAPAN」メディアの手のひら返し、半端ないって!

    〈期待感ゼロ〉〈W杯開幕を目前に、ここまで日本代表への期待が高まらないことも珍しい〉 週刊ポスト6月11日発売号で、本誌はそう書いてしまった。さらにコロンビア戦直前の6月18日発売号では、勝利は到底望めないだろうと考えて、〈「4年後のW杯」の話をしよう〉と題した2022年カタールW杯のメンバー予想までやってしまった。 素直に謝るほかない。 本誌が“期待感ゼロ”と報じた西野ジャパンは、コロンビア戦で勝利を収め、第2戦ではセネガルと引き分け。そして6月28日の第3戦ではポーランドを相手に0-1で敗れたものの、セネガルとの“フェアプレーポイント”の差で、2大会ぶりの決勝トーナメント進出を果たした。第3戦の終盤は、他会場の経過を踏まえ、ビハインドのまま時間稼ぎのパス回しに徹する“凄まじい執念”を見せた。 5月末にメンバーが決まった時、本誌は平均年齢28.17歳と“過去最高齢”であることをもって〈おっさんジャパン〉と貶し、西野監督の選手起用について〈年功序列フォーメーション〉とまで書いた。 ところが、いざフタを開けてみたら、ピッチ上では“おっさん”たちが躍動し、“おっさんの経験”が得点を生み出した。練習する長友佑都、岡崎慎司、本田圭佑ら=ロシア・カザン(甘利慈撮影) コロンビア戦で開始早々PKを獲得してゴールを決め、快進撃の口火を切った香川真司(29、ドルトムント)は、豊富な運動量で攻守の要となった。セネガル戦では長友佑都(31、ガラタサライ)が、ロングボールに技ありのトラップで反応し、相手DF2人を置き去りにして、乾貴士(30、ベティス)のゴールをアシスト。 何より、本田圭佑(32、パチューカ)である。コロンビア戦、セネガル戦の2試合で出場時間は45分ほどにもかかわらず、1ゴール1アシスト。セネガル戦での落ち着きはらってのゴールは若造には真似できない、まさに“おっさん力”の真骨頂だった。 出場時間を限定する西野監督の起用が奏功した格好だ。本誌は見出しに〈本田は出さなくていい〉(6月25日発売号)とも掲げてしまっていた。これも素直に間違いを認めてお詫びします。 ただ、酷評していたのが本誌だけではないことは書き添えておきたい。 メンバー発表翌日の6月1日、スポーツ紙には〈忖度ジャパン〉(日刊スポーツ)といった見出しが並んでいた。チームが成田から出発した際には、見送るファンが前回ブラジル大会の700人に対し、150人しかいなかったことについて、〈チームへの世間の関心度を表すような人数となった〉(スポーツ報知、6月3日付)など、これでもかというほど冷たい書きぶり。 それが開幕後の快進撃を受けて、いきなり礼賛の嵐。“手のひら返し半端ないって”状態である。 本田には、〈ベッカムに並んだ〉(サンスポ、6月26日付)、〈本田の偉業に最敬礼〉(デイリー、同)と称賛の言葉が並び、西野采配を、〈采配ズバッ!ズバッ!“西野マジック”〉(サンスポ、同)とまで持ち上げていたのである。関連記事■ だから本田圭佑は必要だ──「カズ落選」を経た日本代表の成長■ 釜本邦茂氏「不用意に反則する選手は外せ」で具体名挙げる■ 日テレ水卜麻美アナ、W杯中継の出演が少ない局内事情■ W杯直前、元日本代表エースとテレ朝アナが幸せ映画デート■ 西野ジャパンで流行「ハセベる」という単語の意味

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    釜本邦茂氏「西野監督に謝る? そんなこと必要ない!」

    「3戦全敗」の予想もあったなか、見事に決勝トーナメント進出を果たした西野ジャパン。本誌・週刊ポストも6月11日発売号で〈期待感ゼロ〉〈W杯開幕を目前に、ここまで日本代表への期待が高まらないことも珍しい〉などと書いてしまった。素直に謝るしかない。 その翌週、本誌6月25日発売号で本田圭佑(32、パチューカ)について、「活躍できる場所はない」とコメントしていたのは、メキシコ五輪得点王、“世界のカマモト”こと釜本邦茂氏(元サッカー協会副会長)だ。このコメントの取材後のセネガル戦で、本田は値千金の同点ゴールを決めた。恐る恐る、「一緒に謝りませんか?」と聞いてみると、こんな答えが返ってきた。「西野監督に“ごめんなさい”という記事を書く? そんなことやる必要はない! たまたま大事な初戦が開始3分で10対11になり、そのおかげで勝てた。それで勢いに乗ったことが大きかったわけですからね。戦力分析を大きく外したとは思っていませんし、その評価は1次リーグを終えた今も変わらない。 ただ、本田を90分フルに使うのでなく、残り20分のスーパーサブとして使うのは機能しましたね。西野監督の采配が的中したということでしょう。各選手の役割がはっきりして、責任をもって自分のプレーをしようとしている」 たしかに、西野監督の判断は冴え渡っている。決勝トーナメント進出のかかったポーランド戦の終盤には会場から大ブーイングを受ける露骨な時間稼ぎに走ったが、他会場の展開次第では“勝ちを放棄した挙げ句に敗退”となりかねない大博打だった。賛否はあったが、結果は出した。この結果に面食らっているのは、人間だけではない。厳しい予想をしていた釜本氏はいま何を語る『那須どうぶつ王国』の予想ヨウム(大型インコ)のオリビアちゃんは、13歳で占い歴9年の“大ベテラン”だ。W杯では、対戦する2チームの国旗と引き分けの旗の3つのうち、どれをくわえるかで勝敗予想をする。2014年のブラジル大会では7戦中5戦を的中させていたが、今回は初戦で「コロンビア勝利」を予想するなど大外れだった。同園の広報担当者は取材にこう答えた。「予想が外れた後、オリビアと飼育員とで反省会をしました。オリビアは試合を観戦していませんが、飼育員の顔色を見るのが得意なので、予想が外れたことをわかっていると思います。申し訳なさそうな表情を浮かべて落ち込んでいる様子でした」 人間の5歳児並みの知能を持つといわれるヨウムだけに、自分の“間違い”を悔いているのだろう。 2010年の南アフリカW杯でも、大会前の低評価を跳ね返した当時の岡田武史監督に謝る“岡ちゃんごめん”が流行語になった。今回、謝るか謝らないかは人(とインコ)によって対応が分かれたが、本誌は潔く頭を下げた上で、日本代表の次の戦いを見守りたい。関連記事■ 「おっさんJAPAN」メディアの手のひら返し、半端ないって!■ W杯「3戦全敗」を予想した高原直泰氏と中西哲生氏の言い分■ だから本田圭佑は必要だ──「カズ落選」を経た日本代表の成長■ テレ朝久冨アナ 元日本代表と結婚で「近すぎる」悩ましさ■ テレ朝三谷紬アナ 関係者も目を丸くした衝撃の胸トラップ

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    日本より格下ロシアを8強進出に後押しした「ブレない一体感」

    清水英斗(サッカーライター)「私はマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)ではない。選ばれるべきはチームだ。そして、ファンだ」(ロシアGKイゴール・アキンフェーフ) ワールドカップ(W杯)では当該試合のMOMに輝いた選手は、試合直後の記者会見に登壇し、質問に答える決まりになっている。日本代表も、コロンビア戦では大迫勇也がMOMに輝き、会見でコメントしていた。 決勝トーナメント1回戦のスペイン対ロシア。この試合でマン・オブ・ザ・マッチに輝いたのは、ロシアのGKアキンフェーフだった。試合中にファインセーブを連発し、1-1の末に迎えたPK戦では、2つのセーブで母国を勝利に導く。このGKが選ばれたことに、異論を挟む余地はないだろう。 ところが唯一、異論を唱えたのが本人だった。アキンフェーフはドーピング検査の対象となったため、短いコメントのみの登壇となったが、その席で彼がズバッと言い切ったのが、上記の言葉である。 MOMに選ばれるべきはチーム。そして、ファンだ―。 あの試合を見た者であれば、この言葉に少なからず、感銘を受けるのではないだろうか。7万8千人を集めたモスクワのルジニキ・スタジアムは、圧倒的に開催国びいきの雰囲気が出来上がっていた。スペインが得意のボール回しを始めると、すぐに観客から強烈なブーイングが浴びせられる。悠々とパスを回すはずのスペインに、思わぬ圧力がかかった。スペイン―ロシア PK戦でスペインのアスパスのキックを止めるロシアのGKアキンフェーフ。ロシアが勝利=モスクワ(ロイター=共同) さらにロシアがボールを奪うと、大歓声が起こり、カウンターに出ようものなら、割れんばかりの興奮のるつぼと化す。スペインの選手は、自分を保つのが大変だったはずだ。逆にロシアは、大きな勇気を得て戦うことができた。 スタジアムにいた観客は、ロシア人だけではない。特に決勝トーナメント1回戦は、自国の代表チームがグループリーグを突破すると信じて疑わなかったサポーターを含めて、色とりどりのユニホームを着た観客で埋め尽くされる。スペインがかすむ圧倒的ホーム そして、彼らはW杯の楽しみ方を知っており、必ずどちらか一方のチームに入れ込む。その対象は間違いなく、開催国であり、かつ強豪国を倒そうとするチャレンジャーのロシアだった。 ロシア人の情熱と、サッカーファン独特の「ノリ」。2つの要因が重なったルジニキ・スタジアムには、スペインの居場所をなくすほどの圧倒的なロシアのホームが出来上がっていた。 また、スペインを困らせたのは、ファンだけではなかった。この試合に向けてロシアが整えた戦術も大きなポイントになった。「4-4-2」の布陣でアグレッシブに戦うことを信条とするロシアだが、この試合は「5-4-1」で3人のセンターバックを起用し、お尻を重くして守備ブロックを固めた。その狙いについて、ロシア代表のチェルチェソフ監督は次のように語っている。「スペイン戦のために用意した。カウンターがベースで、オープンなフットボールを避けた。4バックなら、もっと攻めることができただろう。5バックは決して好きなシステムではない。しかし、やるしかなかった。正しい戦術を選んだと思っている。選手を説得し、落とし込む必要があった。彼らは納得し、賢くやってくれた」 スペインはウインガーのMFアセンシオをスタメン起用したので、ロシアが「4-4-2」を敷くと予想し、その外側を突き崩す狙いがあったのかもしれない。ところが、ロシアは5バックに変化したため、ウインガーが快適にプレーするスペースの横幅はなかった。ロシアにPK戦で敗れ、肩を落とすイニエスタ(6)らスペインイレブン=モスクワ(ロイター=共同) また、スペインは「4-2-3-1」でダブルボランチを敷いたが、中盤の底を増やすよりも、より前方、相手のライン間でプレーできる選手を増やす方が、ロシアを困らせることができたはずだ。スペインの対ロシア戦術はもくろみが外れており、効果的ではなかった。 とはいえ、崩し切る画面がそれほど多くなくても、終始ボールをポゼッションしたのは、やはりスペインだ。ハードワークを続けるロシアも刻一刻と疲労がたまっていく。ロシアは、どこまで我慢できるか。PK戦に持ち込み、万に一つの勝機をつかめるか。ロシア監督はあの人似? 実はこれまでのチェルチェソフ監督のキャリアには、一つのパターンがあった。それは次のような流れだ。規律とハードワークを重視し、チームを変革する↓チームが結果を残す↓主力選手が反乱を起こし、解任される どこかで聞いたような話ではあるが、規律とハードワークを重視するタイプの監督にとっては、常にくすぶる火種とも言える。人間はロボットではない。やられ続ければ、我慢できなくなり、いつか規律を失ったり、監督の戦術に疑問を持ち始めるかもしれない。「おれはもっと攻めたいのに! その能力があるのに!」と。 だが、この圧倒的なスタジアムの雰囲気は、チェルチェソフ率いるロシアの背中を、どこまでも押し続けた。選手が戦い方に疑問を持ったり、自信を失ったりする余地など、一切ないほどに。 一体感のあふれるロシアは、なんと120分を走り切った。カウンターは精度を欠き、ほぼ全てのボールをスペインに奪い返されたため、ポゼッション率(支配率)はわずか25%。本当にほとんどの時間を自陣で守っていた。泥水をすするようなロシアの勝利を、観客は最大ボリュームのスタンディングオベーションでたたえた。PK戦でスペインを下し、イエロ監督(左)と握手するロシアのチェルチェソフ監督=モスクワ(ロイター=共同) ところが、徹底したリアリストのチェルチェソフは、この感動的な勝利にも、一切浸る気はないようだ。会見で記者に質問され、次のように答えている。「感動的な勝利だった? チームも試合も、君が見た通りだ。今は次の試合のことだけを考えている。明日はメディカルチェックを行う。休みが必要だ。次の試合に向けて、誰がフィットして行けるのかを見極める。感動に満足する暇はない」 どことなく、あの人に似ているロシア代表の監督。どこまで突き進むことができるか。開催国が盛り上がれば、W杯が盛り上がる。今後も期待しよう。

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    西野監督、それはないって

    サッカーW杯ロシア大会で日本代表が辛くも決勝トーナメント進出を決めた。指揮官自ら「不本意な選択だった」と述べた通り、敗北もやむなしの戦術を取った最後の10分間は物議を醸した。ベスト16への執念か、死力を尽くした勝負へのこだわりか。賛否が渦巻く西野ジャパン「苦渋の決断」を徹底議論したい。

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    西野監督「ゴールを目指さない」バクチの真意はここにある

    清水英斗(サッカーライター) グループCの3戦目、デンマーク対フランスで見た風景が、そのままグループHの日本対ポーランドでも見られることになった。 ゴールを目指さない、無気力ポゼッションによる時間潰し-。両チームの選手がプレーを止め、それに対して観客の大ブーイングが注がれる。グループリーグ最終節は、勝ち点や得失点の計算により、対戦した両チームの「落とし所」が生まれるケースが往々にしてある。 リーグ戦とはすなわち、目の前の相手との単純な勝負ではないため、「勝負」が持つ意味、そのものが複雑だ。そして、サッカーは複雑なスポーツである。 ただし、上記二つの試合において、「落とし所」の中身は大きく異なるものだった。デンマーク対フランスでは、勝ち点6のフランスが1位確定、勝ち点4のデンマークが突破確定を望み、お互いに引き分けOKで、最後は0-0のままプレーを止めた。そのため、勝ち点1で追う、別会場のオーストラリアが涙をのむことになった。ある意味、談合としてはパーフェクト。一分の隙もない。 ところが、日本のケースは違う。日本はかなり大きなリスクを負っていた。 0-1でポーランドにリードされた段階で、警告や退場を数値化した「フェアプレーポイント」ではセネガルに勝っていたものの、セネガルが1-0でリードされているコロンビアに同点ゴールを挙げないとも限らない。2018年6月28日、ポーランド戦の後半、長谷部(左)に指示を出す西野監督=ボルゴグラード(共同) その場合、日本と勝ち点4で並ぶ相手がコロンビアになり、得失点差で日本が敗退してしまう。これを「談合」と呼ぶには、あまりに穴だらけだ。セネガルにも、しっかりチャンスがあるからだ。 だから、西野ジャパンが、この穴だらけの「落とし所」に身を委ねたとき、筆者は相当ハラハラドキドキした。下手をすれば、この落とし所から、落ちてしまうぞ、と。 それはベンチも同じで、MF宇佐美貴史によれば「セネガルが追いついたらどうすんねん」という空気はあったらしい。ただし、ピッチ内でプレーしている選手は、細かい状況まではわからない。MF長谷部誠が投入され、「そのままキープしろ! 追加の失点もイエローカードも避けろ!」と指示を受け、遂行した。 もし、本当にセネガルがコロンビアに追いついていたら? 日本はグループリーグ敗退に終わり、それこそ目も当てられない事態になっていた。試合終了後、この「穴だらけの談合」を指示した西野朗(あきら)監督は強く引きつった顔から、大きく息を吐いた。よほどのプレッシャーがかかっていたのだろう。まさにギリギリの選択。大バクチに勝った。大バクチに頼った理由 しかし、そもそもなぜ、この落とし所に頼る必要があったのだろうか。 西野監督のバクチは、この日のスタメン選びから始まっていた。過去2戦で固定したメンバーから、なんと6人を入れ替える大胆なターンオーバーを行った。DF槙野智章によれば、セネガル戦が終わった直後に起用を伝えられたらしく、当初からの方針だったのだろう。 サッカーでは、過密日程の試合は3戦目でパフォーマンスが落ちると統計的に結論が出ている。まして、ポーランド戦が行われたボルゴグラードは最高気温が40度近い暑さだ。ロシアのピッチは芝が長く、疲労がたまりやすい。日本は引き分け以上でグループリーグ突破が確定する。 そして対戦相手のポーランドは、ポゼッションが不得手で、センターバックにスピードが無いため、セネガル戦とは異なるカウンターや一発ロングボールの戦法に変えたほうがハマる。これらの条件や環境を考慮するなら、ターンオーバーは正解だった。 その狙いは悪くない。しかし、ゴールで結果を残せず、守備面でも運動量が上がらない宇佐美は完全に期待外れだった。 FW武藤嘉紀も、他のチームならもっとフィットするかもしれないが、コンビネーション主体の日本代表では今ひとつ活躍の場が少ない。むしろ判断の悪さが目立ってしまう。実際、ガーナ戦の前に日本で合宿をしたころも、コンビネーションの練習はあまりスムーズな様子ではなかった。西野監督の戦略は悪くないが、そのための人選が裏目に出た。ポーランド戦の後半、宇佐美(左)に代わって途中出場する乾=ボルゴグラード(中井誠撮影) そして、FW岡崎慎司にアクシデントがあり、FW大迫勇也に代えた後に日本は失点する。後半20分にMF乾貴士を投入した。だが、この交代もあまり機能しなかった。なぜなら、先制したポーランドが引いてしまい、前半ほどのスペースを与えなくなったからだ。 ペナルティーエリアの外から乾が狙ったところで、GKファビアンスキの牙城はびくともしない。むしろ、宇佐美の質の高いピンポイントクロスの方が、得点の可能性は高かった。 同点ゴールを奪える気配はどんどん小さくなり、カウンターはよく食らう。その上、オープンに打ち合ってイエローカードやレッドカードを受ければ、フェアプレーポイントでもセネガルを下回りかねない。そこに「コロンビア得点」の情報が入ったわけである。批判したい人は批判すればいい 西野監督は、いろいろうまくいかなかったこの試合を損切りした。自分のチームが失点も警告も避けながらゴールして追いつく可能性よりも、コロンビアがセネガルを防ぎ切る可能性の方が高いと見極めたのである。 是も非もない。今はそれだけの実力しかない、ということ。それは認めるしかない。 一方で、この決断がもたらした効果は大きかった。日本は半分の選手を休ませることができた。次はベルギー戦。次がある。何より、それが大事だ。 この選択を批判したい人は、批判すればいい。美しさだけを頑固に求める人は、美術館に行けばいい。 だが、これは勝負の世界だ。美しさだけでは語れない。人は美しく、同時に醜いものだ。サッカーは人間の匂いが強いスポーツであり、そこには美しさも、醜さも、汚さも、すべてがある。 以前、WOWOWで放送されたアーセナル監督だったアーセン・ベンゲルと、当時日本代表監督のバイド・ハリルホジッチの対談で、「ずる賢さ」とは、定められたルールを最大限に自分寄りに生かすことだと、語られていた。そして、それが日本に足りない要素だと。今回の件も、その一つだろう。そのずる賢さを、ハリルホジッチの後任であり、日本人の西野監督が見せるとは皮肉なものだ。 もちろん、スタジアムを訪れたファンやサポーターには、ブーイングする権利がある。ファンにとっても、グループリーグ3戦目のチケットを買うのは、ある意味ではバクチだ。とんでもなく緊張感のあるシーソーゲームが見られるかもしれないし、談合ゲームになるかもしれない。決勝トーナメント進出が決まり、サポーターへあいさつに向かう長谷部(中央)ら日本イレブン=ボルゴグラード(共同) 「3戦目」とは、そういう言葉だ。もし、3戦目だけを目当てに観戦に来た人がいたとすれば、私は「勝負師だね!」と茶化すだろう。そんな解釈の複雑さを含めた、サッカーの面白さなのである。 もし、その価値観が、時代が求めるものに合わなくなれば、根本的な改革が行われるだろう。リーグ戦をやめて、全てトーナメントにすればいいだけだ。対処自体は簡単なことだ。しかし、今はこの複雑さを楽しんでいる。

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    親鸞もびっくり「他力本願」戦術は弱小ジャパンだから面白い

    上杉隆(メディアアナリスト) 「他力本願のサッカーになりましたが…」(MF乾貴士)。「他力本願」という文字がこれほどまでに新聞紙面を飾り、テレビで繰り返し聞かされる日が来るとは、浄土の親鸞上人も想像だにしなかっただろう。 サッカー日本代表がワールドカップ(W杯)の決勝トーナメント進出を決めた6月29日未明、対戦相手のポーランドに1点差で負けていながら、ボール回しに入って試合を終えたことが世界中で話題になっている。 同じ予選グループで行われていたもう一つの試合、コロンビア対セネガル戦で後半にコロンビアが1点リードしたことで、得失点差で再びセネガルに並んだ日本は奇策を講じた。 警告や退場を数値化したフェアプレーポイントで上回っていたために、セネガルのゴールがないことを祈りながら、負けを狙いに行くという賭けに出たのだ。その奇策が「前代未聞だ」と大騒ぎになっている。 実は、予選グループのパス回しで試合を事実上終わらせる戦術はそれほど珍しいことではない。1982年スペイン大会からずっとW杯を見続けてきた元中学サッカー部の筆者が知るだけでも、同点のチーム同士がともに決勝トーナメントに進むために、パス回しをし合って試合を終わらせるということが、たびたびあった。 W杯が難しいのは、単に目の前の試合に勝つだけではなく、次の試合、場合によっては次の次の試合まで考えて、選手起用や戦術を立てなくてはならないことにある。だからこそ、見ているファンからすれば、心理的な駆け引きも含めてW杯は面白いのだ。日本代表は最も困難な敗北と勝利を同時に世界に示すことができた。上杉隆氏のツイッター(2018年6月29日)より 試合終了直後、筆者はツイッターでこうつぶやいた。試合には負けたが、決勝トーナメントには駒を進められたのだから、大会全体としてみれば堂々たる勝利だ。「困難な敗北と勝利」とはそういうことだ。ポーランド戦の終了間際、時間稼ぎでパスを出す乾(左)=ボルゴグラード(共同) それにしても、今回、日本代表が「負けて勝つ」という奇策を採らざるを得なかったのはなぜか。選手自らも「他力本願」という言葉を使って、戦術の特殊性を認めている。 会場のブーイングは画面を通じても届いているくらい大きかった。ピッチ上の選手からすれば、攻めて終わりたかったに違いない。弱いチームなりの「奇策」 端的にいえば、奇策の理由は「日本が弱いから」、それに尽きる。 グループ内での日本の国際サッカー連盟(FIFA)ランキングでは最下位、一方、相手のポーランドは8位の強豪国である。冷静に考えれば、コロンビアがセルビアに失点を許すよりも、日本がポーランドから得点する可能性が低いことは自明だ。 つまり、日本は、戦術というよりも、コロンビアにすがった賭けに勝ったにすぎないのだ。そもそも、あの奇策の採用こそが、自らの弱さを認めているに他ならない。 ただ、勝負は結果が全てだ。決勝トーナメント進出という結果を残した以上、それが賭けであろうと、西野朗(あきら)監督の采配は成功したといえよう。 とはいえ、気になるのはFIFAの規定だ。あらゆる試合は勝利を目的とすべし。勝利を目指さないことは、相手を騙し、観客を欺き、自らをおとしめる行為に他ならない。強敵に対しても最後まで諦めず、弱い相手にも手を抜かず、全力で戦わないことは、いかなる相手であろうと侮辱にあたる。終了の笛まで、勝つためにプレーすることを求める。(FIFA「フットボール行動規範」第1条) 観客からのブーイングや内外のメディアからの批判も、この規範を読めばうなずけないこともない。福井・本覚寺にある等身大の親鸞聖人座像「他力というは、如来の本願力なり」。これは、親鸞(1173-1262)の主著『教行信証』「行巻」にある言葉です。親鸞の言葉の中でも、最も大切な意味を持つものの一つと言えるでしょう。「他力の信心」や「他力をたのむ」などは、親鸞思想の根本を表現したものであります。 (中略)「他力」とは、例外なく阿弥陀仏の本願力を意味します。しかも「たのむ」とは、「あてにする」という意味の「頼む」ではなく、「憑む」という漢字を書きます。これは「よりどころとする」という意味です。つまり「他力をたのむ」とは、「阿弥陀仏の本願をよりどころとする」という意味なのです。大谷大学「教員エッセイ 読むページ」より 西野ニッポンは自らの弱さを認めている。その弱い日本が、「他力本願」(本来は誤用)という奇策を見つけ、採用したことは批判されることではないと考える。 1試合の勝ちか? 大会の勝利か? 親鸞上人の他力本願とは意味は違うが、コロンビアという力をよりどころにした日本の勝利は、十分に戦略的であり、批判されるべきでないと考える。 弱いチームは、弱いチームなりの戦術があってしかるべきだ。それこそが4年に1回のW杯を面白くしているのではないか。

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    「半端ないW杯」アシスト王はVARで決まりだが…

    佐山一郎(作家) ポーランド代表チームとの対戦歴がある元日本代表選手は、すでに30人近くいた。 初対戦は96年2月19日。カールスバーグカップの初戦として香港で行われ、結果は5-0。ゴールスコアラーは、MF山口素弘、FW高木琢也、DF小村徳男、FW三浦知良。現在、J1、V・ファーレン長崎の監督を務める高木は2ゴールを挙げている。加茂周監督&岡田武史コーチ時代の快勝で、現日本代表コーチと東京五輪監督を兼ねる森保一もMFで先発していた。 両国は6年後の2002年3月27日に再びポルトガル・ウッジで対戦、日本はそこでも2-0の快勝を収めている。得点者はMF中田英寿とFW高原直泰。この試合ではとりわけ中田英寿の奮闘が光った。日韓共催ワールドカップを目前に控えた双方がFIFAランキング30位台の頃で、GKは2試合とも川口能活だった。 わずか2戦とはいえ、イタリアを苦手としてきたドイツのように、日本はポーランドとの相性がいいはずだった。 この間、西野朗・現日本代表監督は、Jクラブでの監督歴をスタートさせている。柏レイソル時代の2000年には、45歳でJリーグ最優秀監督に選ばれ、翌2001年には初の解任も体験している。 ショーアップの極限に挑む今のワールドカップ特番では語られることもない昔話だが、ポーランドとの相性の良さを支えに比較的自信を持って1次リーグ最終戦を見ていられた。ただしそれは、後半14分までのこと。最悪のシナリオは、敗色濃厚な日本を意識したコロンビアとセネガルが、終盤、引き分け狙いのパス回しを始めることだった。その場合は、コロンビアが1位でセネガルが2位突破という痛恨事になるところだった。 1次リーグのコロンビア・サポーターだらけの初戦は、事実上の敵地状態だった。日本代表は歴代0勝1分け2敗な上に、対アルゼンチン(0-1/98年フランス大会)、ブラジル(1-4/06年ドイツ大会)、コロンビア(1-4/14年ブラジル大会)と、南米勢にW杯未勝利3連敗の現実。しかもコロンビアとの初対戦は、2003年と古くはなく、3戦してわずか1ゴール。国民レベルで悲観し、デリケートになるのも無理はなかった。サッカーW杯ロシア大会、日本代表は19日の試合でコロンビアを破り白星発進した(甘利慈撮影) 「サランスクの奇跡」と言われたコロンビア戦の先制ゴールは、FW大迫勇也のシュートから生まれている。GKダビド・オスピナのボールを拾ったMF香川真司のシュートが、経験豊富なはずの中盤の防波堤、MFカルロス・サンチェスの右腕に当たりPK獲得。サンチェスは意図的なハンドで得点機会を阻止したとして退場を命じられる。開始2分56秒の出来事だった。「誤審もスポーツの一部」では済まされない 香川のアシスト役は、ビデオ・アシスタント・レフェリー(VAR)だった。 ハンドリングの見極めは、「を」か「が」かで違ってくる。「手や腕『を』ボールに当てたのか」、それとも「ボール『が』手や腕に当たったのか」。前者の確認でVARを生かしたのは、スロベニアのダミル・スコミナ主審だった。 今大会のアシスト王は、どうやらラストパスを送った「Mr.VAR」で決定のようだ。おかげでスペインも1次リーグ敗退を免れた。直近の試合ではF組最終第3戦、韓国-ドイツ戦の後半アディショナルタイムでの2ゴールにも関与している。確信的な表情でオフサイドの旗を上げたイラン人の人間アシスタント・レフェリーをあざ笑うかのように判定はオンサイドに覆り、DF金英権(キム・ヨングォン)のゴールが認められた。 その間の40秒間は、苦戦してきた韓国代表にとって一時的な疲労回復効果にもなり、FW孫興民(ソン・フンミン)による2点目も呼び込んだ。 試合に負けても、後半37分からの「ロシアンルーレット」には勝った最終第3戦対ポーランドでは、GK川島永嗣が「ゴールライン・テクノロジー(GLT)」にアシストされた。ライン幅は12センチだから、ボールの直径22センチの1~2センチを残したところで、きわどくかき出されたことになる。前半、シュートをセーブする川島=2018年6月28日、ボルゴグラード(中井誠撮影) それで思い浮かんだのが、あるベテラン審判員からもらったばかりの手紙の内容だ。「GLTはいいと思いますが、VARには反対です。4年前、ブラジルW杯の開幕戦でVARが採用されていたら果たして…」 3-1でブラジルがクロアチアに勝利したその試合では、西村雄一主審によるブラジルに与えた後半26分のPK判定が問題視され、騒然となった。 しかし、それを言い出せば、1930年に始まるワールドカップの歴史自体を修正しなくてはならなくなる。日本に関して言えば、2002年日韓共催W杯、対ロシア戦(横浜国際)後半6分のMF稲本潤一のゴールにもオフサイド疑惑が付きまとう。 日本代表は、ここまで強豪国が一度ならず味わってきた「世紀の誤審体験」を味わっていない。しかもこれから先は、GLTとMr.VARが、もめ事を激減させてくれる。 そうした意味では、判定をめぐる乱闘寸前状態が除菌効果のごとく激減し、ますます衛生的な人類最大の球技大会になっていきそうだ。機械技術の導入によって本質的な威厳が審判から失われたことを懸念するか否かで、その人の文明観が問われてしまう。 「誤審もスポーツの一部」では済まされないポストヒューマン時代の到来を予感させる、半端「を」ないものにする大会になっている。

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    「不本意な選択」西野監督の決断はそれでも妥当だった

    河治良幸(サッカージャーナリスト) 西野朗(あきら)監督は決勝トーナメント進出がかかったポーランド戦の終盤に大きな決断をした。同時刻に行われていたコロンビア対セネガルの試合の途中経過で決勝トーナメント進出が見えてくると、DFラインでボールを回す時間稼ぎの戦術をとった。 西野監督は試合後に下記のようなコメントを残している。非常に厳しい選択。万一という状況はこのピッチ上でも考えられましたし、もちろん他会場でも万一はあり得た。それで選択したのは、そのままの状態をキープすること。このピッチで万一が起こらない状況。これは間違いなく他力の選択だったということで。ゲーム自体で負けている状況をキープしている自分というのも納得いかない。不本意な選択をしている。  ロシアのファンは、ポーランドと自国が宿敵関係にあるため日本代表を応援しているファンが多く、ポーランド戦の勝利を捨てて時間稼ぎをしたことに失望した人が多かったようだ。ただ、4年に一度しかない大会である。こうした時間稼ぎはどこにも起こり得ることで、相手側のポーランドも途中でボールを追うのをやめていた。彼らもまた1−0の勝利を得ることができれば満足であり、明らかに日本側の意を汲んだ流れだった。 今回の問題は、他会場での結果が変わっていたら、日本がポーランドと0−1のまま試合を終えても敗退になる可能性があり、非常にリスクのある選択だった。 もし本当にそうなっていれば、西野監督の立場にも大きく影響しただろう。ただ、確率論から言えば日本があのままポーランドと普通に試合を続けて失点するか、イエローカードをもらう可能性の方が、セネガルがコロンビアに追いつく可能性より高いと想定できる内容だった。だからこそ、西野監督の苦渋の決断そのものは妥当だった。それでも、いざ結果が覆ったときのショックは大きかったはずで、これは極めて大きな賭けだったとも言える。 また、西野監督はポーランド戦でこれまでの2試合から6人もメンバーを入れ替えた。4-4-2の左センターバックにDF槙野智章、ボランチの1人に山口蛍、右サイドハーフにMF酒井高徳、左にMF宇佐美貴史、そして2トップにFW岡崎慎司とFW武藤嘉紀を並べた。会見に臨む、西野朗監督=2018年6月28日、ロシア・ボルゴグラード(撮影・中井誠) 「6人を起用したのは、いい状態であったし、間違いなく同じようなチームスピリッツでやれる選手を起用しました」と西野監督は語っていた。気温が30度を大きく上回る過酷な環境の中、日本はMF柴崎岳を主な起点としてシンプルに2トップ、宇佐美を使い、「スピードがあまりない」と武藤が指摘していた相手センターバックの裏を狙った。 前半13分には柴崎のロングパスを宇佐美が頭で落とし、そこから武藤がドリブルを仕掛けてシュートに持ち込んだが、GKファビアンスキのセーブにあった。その3分後には武藤のボールキープを起点に宇佐美がワンタッチでつなぎ、ペナルティーエリア右に飛び込んだ酒井高徳が左足で合わせたが、ファビアンスキに再びセーブされた。 ポーランドはワイドに展開し、そこからエースのFWレバンドフスキを走らせるが、ディフェンス陣が常に挟み込む形で決定的なプレーをさせなかった。最も危険だった前半32分のピンチにもGK川島永嗣が横っ飛びでワンハンドセーブ。ゴールラインテクノロジー(ゴールラインを割ったかどうかを判定するために設置されている計測機器)の判定もボールはオンライン上でゴールにならなかった。日本代表に失うものはない 前半は日本のペースにも思われたが、後半開始にアクシデントが起こる。前線で鋭い動き出しを見せていた岡崎が後半開始早々ピッチに座り込んだのだ。 ここで2試合スタメンだったFW大迫勇也に代わるが、日本は徐々に間延びが目立つようになり、ポーランドのシンプルで力強いロングボールやクロス、セカンドボールに後手の対応を強いられるようになる。そして後半14分、山口の接触で与えたフリーキックから、DFクルザワが左足で放ったボールを長身DFのベドナレクに右足で合わされる。それまで安定したセーブを見せていた川島も止められなかった。 疲労感がさらに強くなっていく日本。後半20分から宇佐美に代わって入ったMF乾貴士がカットインからシュートを放つが、ゴール右外に外れた。逆に日本のペースダウンを待っていたかのようにカウンターの鋭さを増すポーランドは後半29分、自陣でボールをカットしたMFクリホビアクから縦パスをMFジエリンスキが受けて右サイドに展開すると、右ワイドからMFグロシツキがクロス。そこにレバンドフスキが勢いよく飛び込んで合わせた。完璧にやられた形だったが、ボールは大きくクロスバーを越えた。 そして後半19分、いつ失点してもおかしくない状況の中で、コロンビアのDFジェリー・ミナがセネガルから得点したという情報が入り、会場が騒然とする。 もし、そのまま日本が0-1で敗れても、他会場の結果がそのままであれば、セネガルと勝ち点、得失点が並び、今大会から適用されたフェアプレーポイント(イエローカード、レッドカードの数でポイントが増え、少ない方が有利となる)により日本が決勝トーナメント進出を決める。ここで西野監督は大きな賭けに出たのである。日本対ポーランド後半攻め上がる、長谷部誠=2018年6月28日、ロシア・ボルゴグラード(撮影・中井誠) 武藤に代えて、MF長谷部誠を投入した。指揮官の意を汲んだキャプテンはピッチの選手たちに状況と方針を伝え、自陣でのボール回しに入ると最初はプレッシャーをかけてきたポーランドもやがて追わなくなった。会場からは大ブーイングが起き、試合終了を待たずに立ち去る観客が増える中で0-1のまま試合を終えると、コロンビア対セネガルの結果を聞いた選手たちは安堵(あんど)の表情を浮かべた。 「ゲームの敗戦を考えれば、これは(次の)ステージに上がれたというところだけですかね、救いは」  西野監督はそう語ったが、確かに次のステージへの道はつながった。 相手はイングランドを破り、G組で堂々の首位通過を果たしたFIFAランク3位のベルギーだ。61位の日本がこの舞台で挑むには強大な相手だが、すでに日本代表に失うものはない。総力戦で史上初のベスト8進出にチャレンジする。

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    ロシアW杯・西野ジャパン「マイアミの奇跡」との奇妙な符号

     1996年のアトランタ五輪では、ブラジルに勝利した「マイアミの奇跡」と呼ばれた大金星の後に、チームは内紛で沈んだ。その苦い経験をもつ西野朗・サッカー日本代表監督は、6月28日、ロシア・ボルゴグラードで迎えるW杯予選第3戦、ポーランドとの大一番でどんな決断を下すのか。チームは一つになって向き合えるのか。思い起こされるのは22年前に西野監督が経験した蹉跌だ。 1996年アトランタ五輪での“西野ジャパン”の状況は今回と奇妙なほど符合する。 同五輪の予選リーグは1戦目がブラジル、2戦目がナイジェリア、3戦目がハンガリー。「南米→アフリカ→東欧」という対戦順は今回と全く同じで、初戦で“奇跡的勝利”を収めたところも一致する。 アトランタでは初戦の大金星のあと、2戦目を落とし、3戦目は勝利。2勝1敗ながら、得失点差で決勝トーナメント進出を逃した。 この時に、「内紛」があったことはよく知られている。2戦目のナイジェリア戦のハーフタイム、中田英寿らと西野監督が衝突。険悪なムードのまま後半戦に入り、0-2で敗れた。 そして西野監督は3戦目のメンバーから中田を外した。「マイアミの奇跡」で背番号10をつけ、勝利に貢献した遠藤彰弘氏は、当時をこう振り返る。1996年7月、アトランタ五輪男子サッカーブラジルから大金星を挙げた日本代表の(右から)城彰二、(一人おいて)伊東輝悦、前園真聖、西野朗監督、松田直樹=マイアミ「世間がいうような内紛ではなく、単なる意見の食い違い……だったと思っています。ブラジル戦に勝った勢いがあって、ナイジェリア戦でもヒデさんやゾノさん(前園真聖)、城(彰二)は世界に自分をアピールしたいという気持ちがあったのでしょう。ヒデさんが“勝てる、攻撃に出よう”と主張して、ゾノさんや城が加勢した。そうした意見を聞いた上で、西野監督はチームのことを考え、勝つための決断を下した。 結局3戦目にヒデさんを外して予選敗退しましたが、西野監督は自分の決断に迷いがない人だから、後悔はないんじゃないか。今回も、大会直前までスタメンが有力視されていたベテランの槙野(智章)を外しましたが、迷いなく決めて結果につなげているのだと思います」 ただ、果敢な決断の末に、22年前は予選リーグ敗退に終わった。その経験によってポーランド戦を前に、判断に迷いが生まれはしないか──日本代表は史上初となるベスト8以上を目指すために、重大局面を迎えている。関連記事■ サッカー西野ジャパンに帯同する「謎の美女医」のカネとコネ■ 西野ジャパンで流行「ハセベる」という単語の意味■ 今なお響くオシム金言「信じよ。相手をモンスターと思うな」■ ロシアW杯で熱烈応援「スタジアムの美女たち」アジア編■ スピード劣る本田圭佑にボールが渡ると連携がとれなくなる…

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    西野監督との冷戦乗り越えた本田圭佑 崖っぷちがエネルギー

     誤解を恐れずにいえば、「不言実行」はズルい男のやることだ。本田圭佑(32才)はいつも「有言実行」だった。時に“ビッグマウス”と呼ばれても、まず壮大な目標を口にして、厳しく自分を追い込み、失敗することがあっても再び立ち上がって目標を語り、さらに自分を追い込む。そして、結果を出す。だから、彼の姿は大きな感動を呼ぶ。 サッカーW杯の長い歴史の中で、3大会連続でゴールとアシストの両方を記録した選手は、5人しかいなかった。イギリスの“貴公子”デビッド・ベッカム(43才)ら名だたるスタープレーヤーたちに今大会で肩を並べた「6人目」が、本田圭佑選手だ。 連日、熱戦が繰り広げられるW杯ロシア大会(6月14日~7月15日)。本田は6月19日のコロンビア戦で勝ち越しゴールをアシストすると、24日のセネガル戦では絶体絶命のピンチから同点に追いつくゴールを決めた。「ぼくは叩かれるのに感謝して楽しんでる部分もあるんですけど、(チームメートには)そうじゃない人もたくさんいるから。そこの上げ下げを楽しむのはぼくだけにしておいてほしいと思います」 セネガル戦後、前評判を覆す大躍進について、本田はそう話していた。だが、大会前の状況は最悪だった。親善試合で結果が出せなかったバヒド・ハリルホジッチ監督(66才)が大会2か月前に解任された。「監督の戦術に疑問を唱える声が選手からあがり、解任につながりました。特に本田のプレースタイルは監督の求めるものとまったく違っていた。代表落ちも囁かれていただけに、解任劇を首謀したとされています。“自分が代表入りするために、監督を『告発』した”とさえ揶揄する人もいます」(スポーツ紙記者)セネガル戦の後半、同点ゴールを決め、喜ぶ本田(左から2人目)ら=エカテリンブルク(共同) 急遽指揮を執ることになった西野朗監督(63才)のもとで、本田はメンバーに滑り込むも、世間では「本田不要論」が叫ばれた。《「本田の無理心中で日本惨敗」》。『週刊新潮』(6月21日号)にはそんな見出しが躍り、解説者は軒並み苦戦を予想。本田自身にとっても、先の2試合はスタメンではなく、途中投入の「スーパーサブ」という扱いだ。そんな逆境で、本田は列島を歓喜させる活躍を見せた。「本田選手、ごめんなさい。あなたがいてくれて本当によかった」逆境の連続だったサッカー人生 セネガル戦の後、多くの日本のサッカー好きは口々にそう呟いた。出番が回ってこない可能性もあった 本田のサッカー人生は、逆境の連続だった。1986年、大阪で生まれた本田は、幼い頃に両親が離婚し父親に引き取られたため、母親と離れた環境で育った。「幼い本田にとって、母親のいない寂しさは相当なものだったでしょう。それを紛らわせたのがサッカーでした。3才年上のお兄さんと、毎日暗くなるまでボールを蹴っていたそうです。小学校の卒業アルバムには《必ず世界一になる》と書いているんです。活躍する姿を、お母さんに見せたいというのもあったのかもしれません。父親も指導に熱心で、練習を休んでいると、“今、ブラジルでは選手が練習しているぞ。置いていかれるぞ!”と発破をかけられたそうです。本田の負けん気の強さは、その頃に育まれたんでしょう」(サッカージャーナリスト) 中学時代、本田はガンバ大阪の下部チームに所属していた。だが高校進学時、ガンバ大阪の1つ上のクラスに進むことはできなかった。「プロチームの指導者が見て判断したわけですから、“サッカー選手としての才能や将来性がない”と、失格の烙印を押されたようなものです。中学生にとっては酷な宣告ですよ。ところが、本田は失意に暮れることなく、地元から遠く離れたサッカーの強豪・星稜高校(石川県)への進学を決めます。 “ここに入ったらおれはのし上がれる”と父親を説得したそうです」(前出・ジャーナリスト) 高校3年生のときには、キャプテンとしてチームを全国高校サッカーベスト4に導き、一度閉じかけたプロサッカー選手への扉を再びこじ開けた。プロ入団後の本田を知る人物が明かす。「試合はもちろん、練習でもちょっとした遊びでも負けたくない。ある日、ジュースを賭けて練習後に何人かでリフティングゲームをして、本田が負けた。そうしたら何も言わずプイッとその場から立ち去ったんです。先輩たちは“なんだアイツ”ってなってましたけど、ロッカールームに引き揚げたら、勝った選手のロッカーに100円玉が2枚、ちゃんと置かれていました。本田の姿はもうなかったですけどね(笑い)。よっぽど負けを認めたくなかったんでしょう」 2006年に初めて日本代表に選ばれると、2008年には日本を飛び出し、オランダ、ロシアを渡り歩いた。2013年末にはイタリアの超名門・ACミランに移籍した。だが、世界の壁は厚かった。本番直前にも逆境にいた「思うような活躍ができず、バッシングされることも多かった。プレッシャーをはねのけてきた本田も、さすがにつらい部分もあったようです。しかも、後から後から世界トップレベルの同じポジションの選手がチームメートとしてやってくる。その中で本田は埋もれ、満足に試合に出ることさえできませんでした」(前出・スポーツ紙記者) W杯を1年後に控えた昨年7月、本田は新天地にメキシコのチームを選んだ。ヨーロッパに比べれば、レベルは格段に低い。「『都落ち』という言葉に対しては、その通りだと思います。(中略)これは結構誤解してる人いますけど、ほんまに別にいくらでもオファーありました。ヨーロッパから」 今年5月、本田は『プロフェッショナル』(NHK)でそう明かしていた。「メキシコを選んだのは、チームの本拠地が標高2400mという高地にあるから。年齢的なこともあり、スピードやスタミナの衰えを指摘されていた本田は、日常的に高地で練習していれば、自然と心肺機能が鍛えられるという思惑があったようです」(別のサッカージャーナリスト) その甲斐あって、今回のW杯でめざましい活躍を見せる本田。だが、本番直前にも彼は逆境にいた。2018年6月4日、練習を見守る西野監督。手前は本田=ゼーフェルト(共同)「攻撃的なポジションの本田が、ある練習の時に守備的な選手の動きに指示を出したことがあったそうです。その時、西野監督は、露骨に厳しい表情を浮かべたそうです。“戦術を決めるのは監督の役目だろう”と。それから、西野監督と本田は“冷戦状態”になった。大会中の本田のスタメン落ちはおろか、出番が回ってこない可能性さえ囁かれました。それでも数少ないチャンスをものにして、本番で大活躍した。むしろ直前の崖っぷちが、彼の爆発のエネルギーになったんじゃないですかね」(前出・スポーツ紙記者) 最近のインタビューで、本田は次のように語っている。《僕が大事だと思うのは、失敗してどーんと落ちた後に盛り返す力なんですよ。失敗したときにこそ、真価が問われる》関連記事■ だから本田圭佑は必要だ──「カズ落選」を経た日本代表の成長■ ポーランド戦 それでもGK川島を起用せざるを得ないか■ ロシアW杯・西野ジャパン「マイアミの奇跡」との奇妙な符号■ 釜本邦茂氏「不用意に反則する選手は外せ」で具体名挙げる■ テレ朝三谷紬アナ 関係者も目を丸くした衝撃の胸トラップ

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    ロナウドとネイマール、柴崎岳を超成長させた「世界の差」

    藤江直人(ノンフィクションライター) 瞬く間に西野ジャパンの中に確固たる居場所を築き上げた。もはやこの男を抜きにして、日本代表は機能しないと言っていい。攻守両面でうまさ、強さ、激しさを状況に応じて奏でられるボランチ。柴崎岳(スペイン、ヘタフェ)が「日本の司令塔」として輝きを増している。 世界中をうならせたのが、セネガル代表とのグループリーグ第2戦の前半34分に見せたプレーとなるだろう。ハーフウエーラインの手前でボールを受け、ルックアップした直後だった。素早く振り抜かれた右足から放たれた鮮やかなロングパスが、1点のビハインドをはね返す序章になった。 ロングパスのターゲットは、ペナルティーエリア内の左サイドへ攻め上がっていたDF長友佑都(トルコ、ガラタサライ)。トップスピードで走り込んだ先へ、寸分の狂いもなく着弾したボールはMF乾貴士(スペイン、レアル・ベティス)へ渡り、右足から放たれたシュートは美しい弧を描きながらゴールへ吸い込まれていった。 柴崎がパスを受けてから、ゴールが生まれるまでわずか10秒しか要していない。セネガル守備陣の両サイドにスペースが生じることが、スタッフによるスカウティングで分かっていたのだろう。チャンスの匂いを嗅ぎ取り、最終ラインから一気呵成(かせい)にスプリントを駆ける長友の姿を、自陣にいた柴崎は見逃さなかった。 正確無比な軌道を描くロングパスをテレビ越しに見ていて、ある言葉を思い出さずにはいられなかった。青森山田高校(青森県)時代の恩師、黒田剛監督は、3年生の柴崎がキャプテンを務めていた2010年度の全国高校サッカー選手権大会中にこう語っている。 「攻撃に関して一番いいエリアを瞬時に選択して、そこへピンポイントのパスを送れるところが、(柴崎)岳のすごさだと思います」 この時点で柴崎は鹿島アントラーズ入りが内定していたが、仮契約を結んだのはまだ2年生だった2010年1月だった。複数のJクラブが争奪戦を繰り広げ、最後は名古屋グランパスとの一騎打ちをアントラーズが制した形となった。セネガル戦にフル出場し、攻守にわたって大きな活躍を見せた柴崎岳=エカテリンブルク(甘利慈撮影) 1996年から23年間にわたって強化の最高責任者を務める、アントラーズの鈴木満常務取締役強化部長は「満男の後継者となり得る素材」と語っていた。今シーズンもキャプテンを務める大黒柱、MF小笠原満男からいずれバトンを託させたいと期待をかけながら、柴崎のプロ意識の高さを称賛していた。 「もっと、もっと上のレベルを目指していくために、いろいろな課題を自分の中で整理しながら、自分自身を客観的に評価していくことができる選手ですね」 柴崎自身は決して饒舌(じょうぜつ)ではない。胸中に抱く熱き思いを、言葉で表現することを不得手としてきたからか。スペインの名門レアル・マドリードから2ゴールを奪い、世界中を驚かせた2016年12月の国際サッカー連盟(FIFA)クラブワールドカップ決勝後も、クールな仮面を脱ぎ去ることはなかった。 「僕だけの力で取ったゴールではないので。チームの流れなどがあった中でのゴールなので、チームのみんなに感謝したい。勝てていれば、もっと喜べたとは思うんですけど」 延長戦にもつれ込んだ死闘の末に、試合は2-4の逆転負けを喫した。相手のエース、ポルトガル代表FWクリスティアーノ・ロナウドにハットトリックを達成されたこともあって、スーパーゴールの余韻が残る試合後の取材エリアでも感情をあらわにすることもなかった。決勝前に左足のシュート練習 しかし、当時のアントラーズを率いていた石井正忠監督(現・大宮アルディージャ監督)から、柴崎に関して興味深いエピソードを聞いたことがある。 「岳はずっとラ・リーガに行きたがっていたと、後になって聞きました。だからこそ、決勝戦にかける思いは誰よりも強かったと思います。今思えば、決勝の前に左足のシュートをよく練習していた。レアルを崩すイメージを描いていたのかと思うくらいでしたし、実際に2点とも左足で決めていますよね。自分の欠点を探して、改善していく作業を常に課していく姿勢が岳のすごいところだし、目いっぱいの戦いが続いた中でどんどん伸びていったと思います」 2016シーズンから柴崎はアントラーズの「10番」を託されている。クラブの黎明(れいめい)期に元ブラジル代表の神様ジーコが背負った、常勝軍団の象徴でもある背番号を1年で返上。挑戦の舞台を、憧憬(しょうけい)の念を抱き続けてきたスペインへと移した。 2ゴールを見舞ったクラブワールドカップ決勝は、世界へ衝撃を与えるとともに、柴崎に明確な課題を突きつけていた。実際、柴崎はレアル・マドリードとの差をこんな言葉で表している。 「流れやプレーで見れば通用した部分がフォーカスされているかもしれませんけど、まだまだやらなければいけないことがたくさんある。むしろ大変なのはこれからであり、これからどうしていくのかが重要になってくる」 柴崎自身も機が熟した、と感じ取っていたのだろう。プロ意識の高さを熟知していたからこそ、大黒柱を託したいと思い描いてきた柴崎の旅立ちが近いことを、鈴木常務取締役も感じていた。2016年12月、クラブW杯決勝のレアル・マドリード戦の前半、同点ゴールを決める鹿島のMF柴崎=日産スタジアム(中井誠撮影) 「おそらくオファーはある。いつ来るかは分からないけど、覚悟はしています」 こう語っていたのは川崎フロンターレとの天皇杯全日本サッカー選手権決勝を制し、シーズン二冠を達成した2017年の元日。実際に1カ月後に、柴崎はラ・リーガ2部のテネリフェの一員になった。 しかし、夢と期待を胸に抱きながら降り立った新天地で待っていたのは、思いもよらない苦しみだった。言葉も文化も食事も風習もすべてが日本とは違うと理解はしていたが、スペインへ適応することに心が急ブレーキをかけた。 テネリフェでデビューを果たすまでに、約1カ月半もの時間を要した。ホテルの一室に閉じこもる日々がその後の自分を強くしたと、柴崎は語ったことがある。 「海外でプレーしている選手は改めてすごいと思いましたし、尊敬もしました。異国の地でプレーすること自体が大変だというのは、実際に行ってみないと理解できない。それらが分かったことで、選手としても人間としても大きくなっていくと感じました」 日本代表の一員として体感とした世界との差も、柴崎の中に芽生えていた、現状に対する危機感を高じさせたのかもしれない。2014年10月14日。中立地シンガポールでブラジル代表と対峙(たいじ)したアギーレジャパンは、0-4の大敗を喫している。アギーレ監督は見抜いていた インサイドハーフとして先発した柴崎だったが、後半開始早々に世界の洗礼を浴びる。トラップミスしたわずかな隙(すき)を突かれてボールを奪われ、電光石火のカウンターを仕掛けられ、FWネイマールにゴールを決められた。最終的にネイマールはハットトリックを達成している。 「ああいう選手がいるチームと対峙し、上回ることを常に目指していかないといけない。並大抵の成長速度では僕の現役時代の中では対応できないと思うので、自分のトップフォームの期間の中で成長速度を上げながらやっていく必要があると思う」 試合後に残した柴崎の言葉をあらためて読み返しても、26歳で迎えるワールドカップ・ロシア大会へ向けた意気込みが伝わってくる。クリスティアーノ・ロナウドとネイマール。くしくも今大会で活躍している2人のスーパースターが、柴崎のターニングポイントに関わっている。 そして、当時の日本代表を率いていた、選手および監督としてメキシコ代表を経験しているハビエル・アギーレ氏は柴崎の輝く未来を確信していた。 「柴崎はワールドクラスだ。まるで20年も経験を積んだかのようなプレーを見せてくれる。彼はかなり遠いステージまで行き着くことができるだろう」 しかし、ハリルジャパンが発足して半年ほどが過ぎると、アギーレジャパンが発足してから順調に刻まれてきた、日本代表における柴崎の軌跡に2年近くものブランクが生じてしまう。 復帰を果たしたのは6大会連続6度目のワールドカップ出場がかかった、昨年8月のオーストラリア代表とのアジア最終予選第9節の直前。その間に所属チームをアントラーズからテネリフェ、そしてラ・リーガ1部のヘタフェに変えていた柴崎は、泰然自若としていた。 「運命というか、ベストを尽くして自分なりのサッカー人生を歩んでいれば縁のある場所だと思っていました。ただ、選ばれたいと思ってもコントロールできることでもない。こうして選ばれたということはやってきたことが認められた証拠ですし、選ばれたからには果たすべき責任もあるので」 自らの強い意志で切り開き、歩んできた道に絶対の自信を持っていたからこそ、柴崎は「運命」あるいは「縁のある」という言葉を用いたのだろう。実際、9月に入ると、今度はFCバルセロナ相手に目の覚めるようなスーパーボレーを決めている。 そのバルセロナ戦で左足中足骨を骨折。長期離脱を強いられた柴崎は、ヘタフェがトップ下を置かないシステムに変更したこともあって、復帰後は出場機会をなかなか得られなくなった。アラベス戦の後半、競り合うヘタフェの柴崎(右)=ビトリア(共同) 結果としてハリルジャパンの最後の活動となった3月下旬のベルギー遠征でも、大きなインパクトを残せなかった。4月に慌ただしく船出した西野ジャパンでも、長谷部誠(ドイツ、アイントラハト・フランクフルト)と組むボランチの序列で大島僚太(川崎フロンターレ)よりも下だった。 それでも、柴崎はいい意味でひょうひょうとしていた。千葉県内で代表合宿が行われていた先月28日に、26歳の誕生日を迎えた。ロシア大会が行われる年という意味で、以前から2018年を強く意識してきた柴崎は抑揚のないトーンながら、胸中に脈打つ熱き血潮を垣間見せている。 「高校を卒業して8年ですか。プロに入ってから時間が流れるのがすごく早い。もしかすると引退するまでに、こういった気持ちをまた抱くかもしれない。だからこそ悔いのないように、これからも自分らしくサッカー人生を歩んでいきたい」 西野ジャパンで初先発を果たした、今月12日のパラグアイ代表とのテストマッチ(オーストリア・インスブルック)でフル出場。一発回答で大島との序列を逆転させた柴崎が、ロシアの地で見せてきたパフォーマンスの数々に、国際サッカー連盟(FIFA)の公式サイトも驚きを隠せない。 「柴崎の正確無比なパスは、すべて称賛に値するものだった」 パスセンスだけではない。球際の激しい攻防も厭(いと)わない闘争心。試合終盤になっても運動量が落ちない驚異的なスタミナは、西野ジャパンの快進撃を導く源泉になっている、やや華奢(きゃしゃ)に映る175センチ、62キロの体に搭載された柴崎の無限の可能性に世界中が注目している。

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    一枚上手だった西野ジャパン「カメレオン攻撃」とホンダ采配の妙

    小澤一郎(サッカージャーナリスト)  試合前の会見で西野朗監督が「肉体的な強さや速さだけでなく、非常にチームがオーガナイズされている」と話した通り、初戦でポーランドを撃破した今大会のセネガルは、規律や戦術がしっかりと落とし込まれた好チームだ。 そのセネガルとの戦いは初戦のコロンビア以上に苦しい劣勢が予想されたが、この日の日本は11対11という数的同数の90分を勇敢かつ攻撃的に戦うことで、勝ち点1という確かな結果と、さらなる自信を得ることに成功した。 コロンビア戦と同じスタメンをリピートした日本に対して、セネガルは明らかに日本の中盤センターを警戒した「4−1−4−1」のシステムを採用。日本がボール保持時にキーマンとなる長谷部誠、柴崎岳、香川真司に対して、マンツーマン対応がしやすい配置を敷いてきた。 2−2のドローという結果だったが、西野監督や日本の選手から「勝ちきりたかった」、「勝てる内容だった」というコメント、感想が次々と出てきた。セネガルが常にスコアで先行する展開だったとはいえ、90分トータルでは内容面で日本が上回っていたといえる試合となった。 その最大の要因はセネガルを混乱に陥れた日本の「多様性あるビルドアップ」にある。日本対策をしっかりと練ってきたセネガルのシセ監督は、長谷部が2人のセンターバック(CB)の間に降りて3枚ビルドアップの形を作った時、インサイドハーフのバドゥ・エンディアイェを前線に押し出しFWエムバイェ・ニアンと2枚で前線のファーストプレスを形成する守備を準備してきた。 おそらく、セネガルのスタメン(4−1−4−1を予想できる人選)を見た日本は、長谷部が2CB間に降りる一つの形だけでは通用しないことを悟っていたはず。だからこそ、長谷部と柴崎の役割を入れ替えたり、トップ下から香川がDFラインに降りてくる異なる形を序盤から繰り出したりして、セネガルの守備、特に中盤の選手を混乱に陥れた。日本対セネガル戦でゴールを決める乾貴士=2018年6月24日、ロシア・エカテリンブルク(撮影・中井誠) それと同時に酒井宏樹と長友佑都の両サイドバック(SB)が高い位置を取り、サイドハーフの乾貴士と原口元気が中央寄りにポジションを取ることで、セネガルの守備を前線の2人とそれ以外のフィールド8人に分断した。結果、日本はノーストレスで「ボール保持→前進」という攻撃の2段階を実行することに成功したのだ。西野監督は「待っていた」 サッカーというスポーツの目的は、攻撃では「ゴールを奪う」、守備では「ゴールを守る」こと。日本でよく使われる「パスサッカー」や「ボールポゼッション」はあくまで目的を達成するための手段でしかない。 サッカーにおける攻撃には①ボール保持、②前進、③フィニッシュという3局面があり、「ビルドアップ」とは「最終ラインでボールを保持し、ボールを敵陣に前進させることを狙う」状況、つまりは①から②への移行を探る局面のことを指す。 相手の前線でのプレスの陣形を事前に予想して「カメレオン式」とでも呼べる多様なビルドアップの形を複数用意したこと、セネガルのサイドの守備がマンマーク対応になることを見越して両SBを高い位置に配置したことで、結果として日本は試合を有利に進めることができた。それは端的に「日本スカウティング能力の勝利」と表現することができるだろう。 また、71分に1−2とセネガルに勝ち越されながらも、本田圭佑、岡崎慎司と矢継ぎ早に前線の交代カードを切って、同点弾をもぎとった西野監督の采配の妙もこの試合では出た。初戦コロンビア戦同様、西野監督はこの日も「持っていた」。日本―セネガル戦、試合を見つめる西野監督=2018年6月24日、エカテリンブルク(共同) 不要論、逆風が吹き荒れていた本田も、この同点弾で改めて決定力と勝負強さをアピールした。大会直前のガーナ、スイスとの親善試合における本田のパフォーマンスと、試合を重ねるごとに上がる香川のコンディションとのコントラストから、このゴールを奪ったところで本田が次のポーランド戦で先発することはないだろう。 しかし、途中交代で短い時間の出場にとどまったとしても、本田はベンチからしっかりと戦況を分析し、監督からのタスクを踏まえて「チームとして個人として結果を出すためにすべきプレー」を理解して試合に入ることのできる、頭の良い選手だ。「日本にホンダあり」を知らしめた 2試合共に途中出場ながら1ゴール、1アシストという結果をW杯という大舞台であっさりと出してしまう点は「さすが本田」としか言いようがない。これで3大会連続のゴール記録を達成し、改めて世界に「日本にホンダあり」をアピールした。 本田のゴールをお膳立てすべくゴール前でつぶれ役となるプレーを連続してやってのけた岡崎も含め、今の日本代表にはW杯の経験があるベテラン選手が「脇役」を買って出る犠牲心がプレーの端々から見える。もちろん、彼らとてベンチを温める現状に満足はしていないであろうし、心中穏やかではないはずだ。 しかし、その悔しさを不満ではなくプラスのモチベーションに変えてプレーしているのが本田、岡崎といったベテラン選手たちだ。ここでは短い時間とはいえ出番をもらえている本田、岡崎の名前を挙げたが、まだベンチにはロシアW杯のピッチに立てていない選手が多数控えている。 23名ものプロサッカー選手が集まれば当然のように個人のエゴや思惑がうごめくもの。ましてやW杯のように4年に1度、レベルの高い選手にとっても「キャリアで一度出場できるかどうか」の大会ともなればなおさらだ。 われわれはピッチ上での試合しか目にすることができないが、日常生活を含めて1日24時間の変遷の中で、「生き物」として見た時のチームには、われわれの日常と同じ喜怒哀楽と問題が必ず存在する。日本対セネガル戦、ゴールを決め祝福を受ける本田圭佑=2018年6月24日、ロシア・エカテリンブルク(撮影・中井誠) 毎試合後のフラッシュインタビューでは神妙な面持ちで言葉を選んでコメントする本田ではあるが、人として選手として多くの修羅場をくぐり抜けてきている彼は、今の日本代表チームという生き物には欠かすことのできない心臓部だ。 過去2大会とは異なり、ピッチ上で絶対エースではなくなった。それは事実。しかし、同時にピッチ内外で必要な存在であることもいまだ変わらぬ事実である。それをゴールというインパクトで知らしめたセネガル戦ではなかったか。

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    今なお響くオシム金言「信じよ。相手をモンスターと思うな」

     ロシアW杯大会2か月前の突然の代表監督交代劇は、その背景の不透明さから様々な憶測を呼び、メディアやサポーターからもサッカー協会に対する批判が挙がった。しかし、日本が初戦に勝利すると世間の論調は一転。かつて日本代表の指揮を執ったイビツァ・オシムは、そんな状況に「客観性を保つことが重要。希望的観測で飾られた言葉には意味がない」と警鐘を鳴らしてきた。『オシム 終わりなき闘い』(小学館文庫)を上梓したジャーナリストの木村元彦氏は、「今一度、オシムの仕事を伝えたいと強烈に思った」という。2018年の今なぜオシムなのかを、木村氏が解説する。* * * 6月12日。トランプ大統領と金正恩労働党委員長が対面し、歴史上初めてのアメリカと北朝鮮の首脳会談が行われた。70年に渡って対立の続いた両国であるが、直接対話がついに始まった。米朝の歩み寄りに尽力したのは、朝鮮戦争の当事者でもある韓国の文在寅大統領だった。その功績を讃える声があがる一方で、韓国内では拉致被害者の遺族などから、「北のスパイ」「アカの手先」というバッシングも少なくなかった。 4月に済州島4・3事件の70周年の取材にソウルに入った際、光化門広場の前で星条旗と太極旗、そしてイスラエル国旗を振りながら、「文在寅を殺せ!」と叫んでいる女性に遭遇した。なぜイスラエル国旗なのか?と問いかけると、「国を売り渡した文在寅をモサドに暗殺して欲しいのだ」と即答された。街頭では文大統領をディスりまくるラップが流され、アンチのデモも路上に姿を現した。 殺し合いをさせられ、その後も分断が長期化するとそのパワーバランスの中では、何もしない方が楽なのだ。さらに言えば、分断されていることで既得権益を生み、表向き「統一」を叫びながら、実は統合を望まない勢力が確かにいる。敢えて下世話な言い方をすれば、平和の仲介者ほど割が合わないものはない。それでもどんな苦難があろうが、前に進まなければならない。元日本代表監督のイビチャ・オシム氏=2009年12月撮影 背景も歴史も異なるが、私はあらためてイビツァ・オシムが4年前のブラジルW杯に向けて行った民族融和の闘いに思いを馳せた。 オシムの故郷、ボスニアでは、ユーゴスラビア崩壊に伴い、かつて共存していたムスリム、クロアチア、セルビアの三民族の間で血で血を洗う凄惨な紛争が起きた。1992年に始まったそれは、約3年半続き、互いに異なる民族を排除、殺害する『民族浄化』や女性に対する集団レイプ、収容所で強姦して堕胎が出来ない時期になるまで拘束する強制出産など、ヨーロッパ最悪の紛争となった。 1995年に米国など調整グループの調停で「デイトン合意」がなされると、ボスニアはムスリムとクロアチア人が主体の「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」とセルビア人を中心とした「スルプスカ共和国」の二つのエンティティー(構成体)に分割された。とりあえず戦争は終結したが、遺恨は温存されて解決が先送りにされたに過ぎなかった。「まず信じることだ」 デイトン合意では、国家元首を一人にすることは叶わず、8か月ごとに三民族の代表が輪番制で就任する大統領評議会が設けられた。そして、三民族の代表たちは融和など望んでいなかった。相手を罵倒し、「愛国者」になることで求心力を得て、それぞれの利権を確立した政治家は対立をむしろ利用し合っていた。ボスニアサッカー協会もこれに準じたわけである。 モラルは低下し、汚職にまみれた。ひとつの協会に3つの民族の会長が君臨したことを問題視したFIFAは、一元化をするように勧告したが、ボスニア協会はこれを実現できず、2011年4月、ついには除名されてしまった。ボスニアからサッカーが消滅したのだ。そこで乗り出したのが、オシムだった。 オシムは脳梗塞で倒れた身体にむち打ち、それぞれの民族派の最高権力者たちに説得を重ねた。セルビア人共和国大統領のミロラド・ドディックに会いに行ったときは、さすがのオシムに対しても首都サラエボで批判の声が上がった。「ボスニア・ヘルツェゴビナ連邦」の二つの民族は「セルビア人共和国」をセルビア人による民族浄化によって強引に作られた侵略支配地域と見ている。侵略者に対して一緒にやろうと請願に行くとは、何という裏切り行為かというわけである。 他方「セルビア人共和国」のセルビア人はそもそもボスニアのユーゴからの独立をセルビア人の承諾の無いままに作られた憲法違反の建国と考えている。ドディック大統領はロシアのプーチン大統領の後ろ盾を得て、ボスニアから分離してセルビア本国との合併を公約に掲げて宣言しており、サラエボからの使者を「外国人」としてずっと軽視していた。しかし、ドディックはオシムの説得に応じた。「イヴァン(オシム)は私に来てくれた。それが何より大きかった」(ドディック) 2011年5月26日に開かれたボスニアサッカー協会の総会では会長一元化のための規約改定が満場一致で決議された。こうしてボスニアは国際舞台に再び復帰することができ、盛り上がったモチベーションのままに予選を勝ち抜いてW杯ブラジル大会に出場を決めたのである。 EUや欧州議会をはじめとする国際的な調整機関が何度もトライしては破たんして来たことをオシムはついに成し遂げたのである。セネガル戦に望む西野監督(左)と手倉森コーチ=エカテリンブルク(共同) 統一に向けて何が決め手であったのかをブラジル大会の直前に聞くと、オシムはこう言った。「まず信じることだ。相手をモンスターだと思ってしまうと自分もモンスターになってしまう」勝利のとたん「名将扱い」 すべてはそこにあるのだ。W杯ロシア大会が開幕する5日前の6月9日には、旧ユーゴに属したコソボサッカー協会のヴォークリ会長が急逝したとニュースが飛び込んできた。彼もまたオシムの教え子であった。ユーゴ内で被差別の対象とされていたアルバニア人でありながら、「その選手がすぐれていたら、私はコソボのアルバニアで11人を選ぶ」というオシムの抜擢によってユーゴ代表で活躍し、才能を開花させた男である。 コソボも紛争を経てナショナリズムの台頭は激しいが、それでもオシムを慕うサッカー関係者がほとんどなのは、この振る舞いからである。属性から言えば、敵性にあたるボスニアのセルビア人であるサボ・ミロシェビッチ(現セルビアサッカー協会副会長)にも4月に会ったが、彼もパルチザン・ベオグラード時代に薫陶を受けたオシムへの感謝を何度も口にした(そのインタビューを文庫本に収録した)。 戦争で殺し合いをさせられた旧ユーゴのすべての民族の選手から今でもオシムがリスペクトを集めるのは、偏見や先入観で一切の排除をせず明確に態度で示し続けたことが大きい。そして1991年にユーゴ紛争が始まって現在に至るまで27年間一切ぶれていない長年の信頼の力である。 W杯初戦で日本代表はコロンビアに勝利した。とたんに西野監督を名将扱いし始めたマスコミにも驚く。コロンビア戦での勝因はハリルホジッチが提起していたデュエル(1対1)の数値が向上していることをあげて、ハリルの遺産でもあることをエビデンスから検証したメディアもある一方で、かような分析もせず、結果オーライでほんの2か月前のことをもはや記憶の彼方に葬ってしまったかのような報道には違和感を禁じえない。 なぜ、日本サッカー協会はハリルホジッチを突然解任したのか。信頼を失っていたと言うならば、なぜそれを回復させるような仲介の努力をしなかったのか。田嶋会長が言った「我々はもう前を向いている」は検証と自省の放棄、「これからはオールジャパンで」という言葉は責任を外国人であることに押しつける仕打ち。デットマール・クラマーからオシムに至るまで日本サッカーのために貢献してくれた外国人指導者に対する侮辱であろう。例えこのままグループリーグを突破したとしても、またしてもこの監督交代劇の説明責任がうやむやにされるのは堪らない。2018年4月、解任後初めて来日し、会見に臨むサッカー日本代表のハリルホジッチ前監督(中井誠撮影)  結果による瞬間風速的な求心力は結果が出なくなると衰退する。それよりも信頼を得るのは、不義を働かずに来たプロセスにある。そんな思いも込めて「オシム 終わりなき闘い」を加筆した。【プロフィール】木村元彦(きむら・ゆきひこ)/ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒。スポーツ人物論、民族問題の取材を続けている。主な著書に『悪者見参 ユーゴスラビアサッカー戦記』『オシムの言葉』『争うは本意ならねど』『徳は孤ならず 日本サッカーの育将 今西和男』『爆走社長の天国と地獄 大分トリニータv.s.溝畑宏』など。6月24日(日)、大阪隆祥刊書店にて『オシム 終わりなき闘い』発刊記念トークイベントを開催予定。http:/atta2.weblogs.jp/ryushokan/関連記事■ 「不思議ちゃん」評の香川真司 ストレスは長友の歌声か■ 西野ジャパンで流行「ハセベる」という単語の意味■ 本田圭佑 孤高の存在どころかチームのムードメーカーに■ ヘーレンフェーン小林祐希 「目前で消えたW杯」を語る■ 本田圭佑に唯一ツッコめる槙野智章、控室BGMの選曲も担当

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    フランス伝説の主将、デシャン監督が「後継者」カンテに求める戦術眼

    河治良幸(サッカージャーナリスト) 優勝候補のフランスが南米のペルーを相手に、難しい戦いを強いられながらも、19歳の新鋭FWムバッペが挙げたW杯代表最年少ゴールを守りきり、オーストリア戦に次いで連勝。勝ち点6としてグループリーグ突破を確定させた。 前半34分、中盤でボールを奪ったMFポグバを起点に長身FWジルーが仕掛け、ディフェンスにスライディングされながらもボールを折り返すと、そこにムバッペが飛び込んで合わせた。 早い時間帯にリードを奪ったとはいえ、ボール保持率が43%とペルーを大きく下回ったフランスの試合展開に、デシャン監督も「なかなかボールを持てなかった」と認めざるを得なかった。それでも、DFバランとDFウンティティのセンターバック2人とGKロリスが慌てることなくペルーの攻撃に対処できていたのは、バランスの取れた組織に加え、中盤である選手のディフェンスが非常に効果的だったためだ。 エンゴロ・カンテ。現在はイングランドのチェルシーに所属しているが、2015-2016シーズンには岡崎慎司とともにレスター・シティで奇跡的なプレミアリーグ優勝の立役者となった。そこからチェルシーで戦術眼を磨き、世界トップクラスのMFの一人と認められる選手だ。そのカンテにとっても初のW杯となるが、全く臆することなく持ち味を発揮して、エンジンがかかり切らないフランスを幅広く支えている。 そのカンテは「4-4-2」のフォーメーションで、ボランチを大型MFのポグバとともに務める。主にカバーリングを担当しながら、機を見て前での守備にも参加する。天才肌のポグバが持ち場を離れて周囲に絡めば、中盤の底を1人で守りながら危険の芽を摘んでいくという役割だ。ペルー戦で競り合うフランスのカンテ(右)=エカテリンブルク(タス=共同) 攻撃に回れば、シンプルにボールをさばくだけでなく、前に持ち出して相手のプレッシャーを吸収して、前を向いたサイドの選手に正確なパスを通すように、カンテが単なる守備的MFではないことは明らかである。実際、この日のフランスが作り出した、そう多くはないチャンスの大半に、カンテが起点や中継点として絡んでいる。 そうでありながらも、カンテが際立つのは、やはり守備での研ぎ澄まされたポジショニングと、ボール保持者へ的確にチェックしていくディフェンスだ。「攻め込まれているようで落ち着いている」 ペルーは「4-2-3-1」のフォーメーションのボランチにジョトゥン、アキノのMF2人が並ぶ。トップ下にはブラジルのサンパウロで10番を背負うMFクエバが構える三角形の布陣で、中盤のセンターが2枚のフランスより多い。その数的優位を生かして高い位置で起点を作ろうとするが、ことごとくカンテのチェックにあってしまった。 そのため、ペルーはボランチが深い位置にポジションを下げて左右のサイドにパスを展開し、そこから右サイドハーフのカリジョとサイドバックのアドビンクラが仕掛けて、前線のFWゲレロにクロスを送る。もしくは、左サイドのフロレスがワイドから中よりに流れて、カンテに寄せられる前にゲレロにパスを出すといった形に活路を見いだすことになった。 そこから何度かピンチもあったが、フランスがペルーにボールを持たれながら守備のブロックを維持してゲームをコントロールできたのは、中央でカンテとポグバが大きな働きをしていたため、ペルーが本来得意とする中央突破をさせなかったからだ。「攻め込まれているようで落ち着いている」という状況はそうして生まれていたわけだ。 51分には左サイドからボールを受けたアキノがディフェンスの手前から放ったミドルシュートがクロスバーに直撃するシーンはあったものの、ペルーの攻撃のキーマンであるクエバも、中央の高い位置でほとんどボールに絡めず、ボランチと同じ高さやサイドに移動して絡むことしかできなかった。 そこで、ペルーのガレカ監督はベテランFWのファルファンを入れて2トップ気味の布陣への変更を余儀なくされ、終盤にはクエバを下げて純粋なFWのルイディアスを投入するというパワープレーに出てきた。 そうした状況でも、カンテは運動量と機動力を落とすことなく中盤の起点を潰し続け、カウンターの起点としても機能した。最後はポグバに代わって入ったヌゾンジに中盤の底を預けて、周囲の守備をサポートする形で試合を締めくくることに成功した。 記者から「ゴールを決めたムバッペがマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)を受賞したが、カンテがふさわしかったのではないか」と質問されたデシャン監督は、笑いながら「こういう賞はアタッカーの選手がもらうものだが、カンテはMOMに値する働きを見せてくれたと思う」と答え、その働きを絶賛したのである。主将としてフランス代表でプレーしていたデシャン監督=1998年3月撮影 元フランス代表のキャプテンとして、自国開催だった1998年のW杯に優勝した経験を持つデシャン監督。やはり中盤の守備的な仕事や攻撃面で、司令塔のMFジダンや前線の選手がプレーしやすい状況をサポートしていただけに、カンテの姿を自身の現役時代に重ね合わせているのかもしれない。 これでグループリーグ1試合を残して決勝トーナメントを決めたフランス。ここから優勝に向けて調子を上げていくだろうが、カンテの存在がますます大きな支えとなり、チームの生命線となっていくことは間違いなさそうだ。

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    東京と大阪、熱狂サポーター対決

    サッカー日本代表が南米の強豪コロンビアをW杯初戦で撃破した夜。iRONNAは、ロシアにいる選手たちに「全力」で応援を届ける熱狂サポーターたちを追った。東京と大阪、熱いのはどっち?!■動画のテーマはこちら

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    サッカーW杯、日本代表がハンパない

    「半端ない」。この言葉が今年の流行語になりそうな勢いである。サッカー日本代表が南米の強豪コロンビアをW杯初戦で撃破した。ハンパないが代名詞のFW大迫勇也の決勝ゴール。海外メディアも驚愕した西野ジャパンの「番狂わせ」はなぜ起きたのか。

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    あの失点を「川島永嗣のミス」と断罪するのはフェアじゃない

    清水英斗(サッカーライター) フリーキックの守備局面では、フィールドプレーヤーが並んで壁を作り、GKとコースを分担して守るのがセオリーだ。一般的には壁がニアサイドに立ち、GKはファーサイドを守る。このときファーサイドのことを、GKサイドと呼ぶこともある。 なぜ、並べられたフィールドプレーヤーを『壁』と呼ぶのか。それは壁の機能を果たすことが求められるからだ。壁であるからには、その間をボールがすり抜けることは、本来あってはならない。そんな事態が起きれば、コースを分担するという守備の前提が崩れてしまう。 その視点を持った上で、コロンビア戦を振り返ってみよう。前半39分、DF長友佑都のクリアミスからMF長谷部誠が与えたファウルにより、コロンビアはフリーキックを獲得した。キッカーは、MFフアン・キンテロ。左足で蹴ったボールは壁の下をすり抜け、ゴールを割った。前半3分にPKから先制した日本だが、数的優位を生かせないまま、互角で試合を進めてしまい、ついには1-1の同点に追いつかれてしまった。 強いシュートではなく、角度も正面ではなかったので、「何となく防げそうな感じ」がするのだろう。「何だよ! 川島!」と、まるでGKが犯したミスかのように嘆く声が聞こえてくる。そのシーンについて、川島本人は次のように語る。「壁の下を抜けた時点で、かなり厳しいなと。なんとかゴールラインぎりぎりのところで捕れると思っていたけど、難しかったですね」 川島は決して、自分のミスから逃げるような選手ではない。むしろ、積極的に向かい合おうとするタイプだ。その彼がこの失点を自分のミスとは言わず、「厳しい」「難しかった」と表現した。 振り返ってみよう。日本の壁に入った選手たちは、キンテロが蹴る瞬間にジャンプしている。これは相手キッカーが頭越しにカーブさせ、ニアサイドに落とすキックを得意としているからだ。しかし、キンテロはその裏をかき、跳んだ壁の下を狙った。 壁が担当したニアサイドは破られてしまったのである。こうなると、壁の存在はGKにとってはむしろ、目線をさえぎる邪魔者でしかない。川島は反応のタイミングが遅れた。 付け加えるなら、キンテロのキックは、ファーサイドを狙う身体の向きのまま、最後に足首や身体をひねり、インサイドキック気味にニアサイドへ引っ張っている。シュートに勢いがなかったのは、そのためだ。バチーンと足の甲でストレートに蹴れば、もっと強いシュートになるが、その蹴り方はコースを読みやすい。キンテロは蹴り方でも、GKに対して駆け引きを仕掛けていた。日本-コロンビア 前半に同点ゴールを許した(左から)長谷部誠、昌子源、川島永嗣、吉田麻也、大迫勇也=サランスク(中井誠撮影)-壁の下を狙ってくるのは予想していなかった?川島 チームの中で話はしていたが、実際にゲームの中では起きてしまった。それは修正できることだし、今後の相手とも駆け引きになってくる。うまく自分たちで生かさなければいけないと思います。-壁はジャンプしてOKだった?川島 それは今後の試合もあるので言わないです。 この点については、DF昌子源が細かく説明したようだ。日本としては、相手が壁の下を狙ってくるのは予想しており、本来はつま先立ちで背伸びする格好で、壁を作る約束事だった。ところが、試合のテンションに流されたのか、壁は思いっきりジャンプしてしまった。壁が壁の役割を果たしていない。川島としては想定外の行動だった。シュートはその下を抜けてきたのである。「GKミス」はフェアじゃない われわれは上方から見るカメラ映像を元に、シュートの勢いとコース「だけ」を見て、「捕れそう!」と判断してしまうが、GKの目線では違う。そのコロコロのボールは、幾多の駆け引きと味方のミスが重なり、すでに大きなアドバンテージを獲得したシュートだったのだ。 これだけの悪条件にもかかわらず、GKが驚異的な反応で止めていたら、まさしくスーパーセーブだ。その意味では、川島のプレーはスペシャルではなかったかもしれない。身長が195センチ以上あるGKならば、手が届いたかもしれない。だが、それは特別な話でしかない。 少なくとも、この失点を「GKのミス」と断罪するのは、フェアな評価ではない。もし、このプレーで川島を責めるのなら、決定機を外したFW乾貴士や、同じく決定機を外して1得点に留まったFW大迫勇也、クリアミスした長友、ファウルを犯した長谷部も、同様に責められなければならない。 人は叩きやすいものを叩く。サッカーではそれがGKにあたる。 なぜ、筆者がこのシーンを取り上げたのか。それは、GKに対する「不当な炎上」が、日本のGKの成長を妨げる要因になっているからだ。 川島永嗣。特にこのタイプのGKは、日本では評価されにくい。 彼のスタイルは、ボールに対してアグレッシブに向かうことが信条だ。シュートだけでなく、クロスやスルーパスに対しても積極的にアクションを起こす。その結果、飛び出したプレーでミスが起きることは避けられず、「隙が多いGK」のイメージが刷り込まれる。日本―コロンビア 前半、同点ゴールを許すGK川島=サランスク(共同) しかし、実は世界的に、GKのトレンドは川島と同じ方向に進んでいる。いや、正確に言えば、GKの最高峰となるトレンドを、川島が必死に追いかけているのである。例えば、ドイツ代表GKマヌエル・ノイアーを筆頭に、より多くのシーンでアグレッシブにアクションを起こし、広い守備範囲でGKの存在感を高めている。セービングも含め、ボールを待つのではなく、向かっていくGK。それが一流の舞台では当たり前になっているのである。 アグレッシブじゃないGKは、ミスが少ない安定したGKに見えるかもしれない。当然だろう。チャレンジの機会が少ないのだから。相手がフリーでクロスを受け、シュートを打ち、それがズバンと隅に決まったとする。GKとしてはノーチャンスか? …いや、果たしてそうだろうか。 打たれる前に、飛び出してクロスをキャッチできる可能性はなかったのか。そのレベルをGKが目指せば、結果としてミスが増えるのは当然である。日本代表の親善試合で川島のミスが増えるのは、彼がチーム連係の中で、アグレッシブに行けるギリギリのラインを見定めようとしているからだ。「GK大国」ドイツの育成 もちろん、スタイル云々にかかわらず、W杯のような本番ではミスは許されない。その上、川島のスタイルはコロンビアも事前情報として持っているし、直前の親善試合であるガーナ戦などでミスが起きていたことも当然知っている。そこを突かれる恐れはあった。筆者は川島に質問を投げかけてみた。-ディフェンスラインとの連係を突こうと、コロンビアは狙ってきていたと思う。一方、それに対して川島選手は、いつものように飛び出さず、慎重なポジションを取ったように、僕には見えた。どういう意識でプレーしていた?川島 ラインの部分に関しては、ディフェンスとも話をしていました。自分の中で出るところと、出ないところは決めていたので、そういった意味では、逆にはっきりと判断基準を守っていた部分もある。ああいうシーンは絶対に、かなり狙ってくるチームだと思っていたので、落ち着いて、ある程度は対応ができたと思います。 ここが大事なところだ。日ごろのアグレッシブなチャレンジがあり、そして、ここ一番の大事な試合に向けては、相手の分析を踏まえて、プレーが修正された。そのため、ラインとの連係の隙を突こうとしたコロンビアの狙いは空を切っている。 川島のように、普段からアグレッシブに出るタイプのGKが、本番で「行かない方向」に調整するのはスムーズだ。ところが、逆は難しい。普段から「待つGK」が、いきなり本番で「行くGK」になることは出来ない。 何を目指すか。高みを目指すのか。成長という視点、試合の重要度や状況を含めて、日ごろのGKのミスをどう捉えていくべきか。 ドイツはGK大国として知られるが、この国のGK育成において、いちばん強く指導されるのは、「チャレンジできる機会でアクションを起こさなかった場面」だそうだ。待っているだけでゴールを許してしまったら、そのGKは何もしていないのと同じだ。そうして厳しい評価が下される。これはフィールドプレーヤーの守備も同様で、チャレンジしない守備には厳しい目が向けられる。 逆にGKがチャレンジした結果として、ミスが起きたら、それは仕方がない。グッドではないが、バッドでもない。そのチャレンジで、どんな利益を得ようとしたのか。そこが大事なところである。ドイツでは、そのような考え方をするそうだ。 GKとミスは切っても切り離せない危険な関係にある。ミスは極力避けなければいけないが、それを恐れすぎると、チャレンジできないGKになってしまう。守備陣を含めてGKのレベルが一定で止まってしまう。日本―コロンビア 後半、クリアするGK川島(右)=サランスク(共同) だからこそ、ミスのマネージメントが大事になる。なぜ、ドイツがいつの時代も優れたGKを輩出するのか。その理由の一端が垣間見える。 逆に、ミスの炎上に精を出してしまう国からは、残念ながらレベルの高いGKは生まれにくい。GKの見方は、今の日本では最も未熟なところだ。日本のGK育成は、10年以上前から危機が叫ばれていたが、GKの見方について含蓄のある議論が少ないことも状況は連動している。 ミス刈りとは一線を画すGKの話を、この日本で生み出したい。

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    心理学が教える西野ジャパン「成熟した俺たちのサッカー」

    杉山崇(神奈川大人間科学部教授) サッカーW杯ロシア大会、西野ジャパンが初戦を迎え、2-1でコロンビアを下しました。彼らの戦いぶりは褒めたたえられるものです。実際、試合後はコロンビアの知将、ペケルマン監督も「日本は自信を持っていた」と脱帽していました。ここでは、この勝利を心理学から考えて続くセネガル戦、ポーランド戦のさらなる楽しみ方を探ってみましょう。 この試合を通して感じられたのが、ほぼすべての先発メンバーには一切の迷いが見られずに、組織的な攻撃と守備をしていたことです。代表メンバー発表の際に、西野朗(あきら)監督がGK以外の選手をフィールドプレーヤーと呼んだように、「FW、MF、DFは関係ない」という理念をまさに体現したかのようです。 マイボール時には後ろの選手も積極的に攻撃参加していました。カットされたものの、DF吉田麻也が縦パスを試みる場面もありました。サッカーの定石ではなく、ディフェンスの要の吉田が攻撃の起点になろうと試みたことに、私は「俺たちみんなで勝つ」という熱い思いを感じました。そして、先発メンバー全員が自分の、そしてこのチームのサッカーに迷いなき自信を持っている様子がうかがえたのです。 また、ディフェンス時には全員がDFの意識を持ち、コロンビアの選手に迷いなくアタックしていました。右ウイングのMF原口元気も丁寧なディフェンスをしていましたが、象徴的だったのは1トップのFW大迫勇也のファインプレーです。大迫は、自陣のペナルティーエリアに戻って、途中出場のMFハメス・ロドリゲスの決定的なシュートをブロックしたのです。 実は、大迫はテストマッチのスイス戦後、1トップがファーストDFとして走り回るスタイルについて「30分で死ぬ」と発言していました。ところがこの日、ディフェンスにおいては、トップ下のMF香川真司と役割を分け合って、コロンビアにプレッシャーを掛けていました。前線の守備がより組織的に改善されたことで、このようなファインプレーにつながったものと思われます。 では、西野ジャパンはどうして攻守に全員で自信を持って戦える集団になれたのでしょうか。その答えの一つとして、西野監督の「自分たちで問題解決をさせる」というアプローチにあったと思われます。日本-コロンビア 後半途中出場し、仕掛ける本田圭佑。(左から)ハメス・ロドリゲス、大迫勇也=サランスク(中井誠撮影) 西野監督はガーナ戦から始まった三つのテストマッチを通して出てきた問題を、成熟した大人の選手たちに対し、自分たちで話し合って考えさせたと言われています。トップダウンで指示を受け続けると、心理的リアクタンス(自由を奪われる不快感)が発生して、誰でもスムーズに動けなくなります。場合によっては、リーダーに対する感情的な問題にも発展します。チーム作りに時間の制約がある中で、西野ジャパンがこのような事態に陥るのは致命的です。 そこで、西野監督は最終登録メンバーで、自分が指示を出して戦わせる選手ではなく、経験豊富で先行きが見通せる選手、さらには人間的にも成熟し責任感も協調性もある選手を選んだのでしょう。結果的に、一部で「年功序列ジャパン」「おっさんジャパン」と揶揄(やゆ)されるような平均年齢の高いメンバーが集まりました。 ですが、心理学の常識として、経験値は問題解決能力の必要条件です。だからこそ、西野監督は自発的に問題発見と解決法の探索ができるメンバーを集めたわけです。ガラリ変わった「俺たちのサッカー」 問題解決能力に優れた選手を集めれば、課題に直面するごとに自分たちに最適な解決法、すなわち「自分(俺)たちのサッカー」を見つけ出すことができるはずです。コロンビア戦を見る限り、西野監督の賭けは大成功でした。選手たちは自信を持って、「課題を乗り越えて自分たちで見つけた、俺たちの最善のサッカー」をプレーできたのだと思われます。 ところで、「俺たちのサッカー」で日本は4年前に玉砕したはずです。当時のW杯直後には自分に酔いしれているだけの「俺たちの○○」という言葉が、悪い意味で流行語にもなりました。確かに、当時は「俺たち(一部の主力選手)がやりたいだけのサッカー」を、からかいの意味で「俺たちのサッカー」と呼んだこともあったようです。ブラジル大会からの主力選手たちにはその反省が深いのかもしれません。 コロンビア戦では、現実的な問題や弱点をみんなで解決するために考え抜いた「成熟した俺たちのサッカー」が披露されたように思えました。4年前の反省があるからこそ、テストマッチで見えてきた問題に真剣に向き合い、「みんなでどのようにプレーするべきか」を考え抜いて、本当の意味での「俺たちのサッカー」を見つけ出したように思えます。 実は、心理学では「協力し合えなければ解決できない問題」を共有することで、人は仲間になれることがわかっています。このチームは、日本人にフィットするのか疑問視されたハリル前監督の戦術や、監督交代、戦術の喪失、結果の伴わないW杯出場国とのテストマッチなど、多くの課題をともに乗り越えてきた仲間がベースとなっています。その仲間で作り上げた「自分たちのサッカー」だからこそ、団結して自信を持って試合に臨めたのだと思われます。 こうして考えると、試合を決定づけたともいえるコロンビアMFのC・サンチェスのハンドは、ある意味で必然だったのかもしれません。世界最高峰のスペインリーグで活躍する32歳のベテランが、不用意に手を伸ばしてしまったことは驚きをもって見られています。 しかし、世界中のメディアが西野ジャパンについてネガティブな印象しか語らない中で、ひそかにポジティブなチームの醸成が進んでいたのです。察するに、コロンビアは日本には絶対に負けない、すなわち勝ち点3を計算に入れて試合に臨んでいたのではないでしょうか。 その中で開始3分もたたないうちに、立て続けに強烈なシュートを受けるとは思ってもいなかったのでしょう。どんなに経験豊富な人であっても、想定外の出来事には弱いものです。経験は次に何が起こるかを予測させてくれる力ですが、意識的に使わないと何の役にも立ちません。日本―コロンビア 前半、ハンドの反則を犯すコロンビアのC・サンチェス(左)。日本がPKを得て先制した=サランスク(タス=共同) もしかしたら、C・サンチェスは自分たちのピンチを予想しておらず、驚きと負けたくない気持ちが交錯して思わず手を伸ばしてしまったのかもしれません。もしそうなら、ハンドは単なる不運ではないように思われます。 最後に交代出場のMF本田圭佑だけはプレーに少し迷いがあるように見えました。決勝ゴールのアシストは見事でしたが、本田らしくないパスミスも見られ、試合後のインタビューも一部では「お通夜状態」と報じられるほど元気なく見えます。これが次戦に向けての「勝ってかぶとの緒を締める」であってほしいと願うところです。 次のセネガル、そして最終戦の相手であるポーランドも難敵です。西野ジャパンがコロンビアを破ったことで、油断することなく攻めてくるでしょう。その中で成熟した「俺たちのサッカー」がどこまで通用するのか、その中で潜在力をまだまだ発揮しきれていない本田、出番のなかった宇佐美などの選手がどのように入っていくのか、楽しんで見届けたいと思います。

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    「不思議ちゃん」評の香川真司 ストレスは長友の歌声か

     5月31日に行われたサッカーW杯日本代表のメンバー発表で注目されたのが、本田圭佑(32・パチューカ)、香川真司(29・ドルトムント)、岡崎慎司(32・レスター)の“ビッグ3”の去就。結果的には3人ともメンバー入りしたが、2大会連続で10番を背負う香川は存在感を示せずにいる。「本人も焦っているのか、練習後もチームの輪から離れ、居残り練習を繰り返しています。元々、周りの選手からも“不思議ちゃん”と評されていて、交流は苦手です。隣の部屋の長友佑都(31・ガラタサライ)の歌声が聞こえてくるのがストレスだと報道陣にコメントしていましたが、冗談か本音かわからず、現場は微妙な空気が流れた。 代表復帰のガーナ戦で決定力不足を露呈した以上、チームメイトの信頼を得られなければ試合でどれだけパスが回ってくるかもわからない」(現地記者)パラグアイ戦でチーム4点目を決めた香川真司(右)を祝福する長友佑都=オーストリア・インスブルック(中井誠撮影) それゆえ、香川はベンチスタートが濃厚とされているが、本田が「俺と真司の共存もあり得る」と“監督”のような発言をし、起用法を巡る波風が立ちそうだ。一方、岡崎に至っては左足首故障の回復が遅れ、練習では控え組に回っている。「西野(朗)監督でなければ、選ばれることもなかったでしょう。本番にも間に合うとは思えません」(同前)関連記事■ サッカー西野ジャパンに帯同する「謎の美女医」のカネとコネ■ サッカーW杯代表選手を支える平愛梨ら妻たちの献身■ 本田圭佑 孤高の存在どころかチームのムードメーカーに■ 合宿中の西野J、高級リゾート地で和気藹々と英気養う■ 本田圭佑に唯一ツッコめる槙野智章、控室BGMの選曲も担当

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    本田圭佑 孤高の存在どころかチームのムードメーカーに

     直前での監督解任という“劇薬”を使ったサッカー日本代表。カギを握るのが本田圭佑(32・パチューカ)だが、彼自身の振る舞いにも大きな変化があるという。「孤高の存在どころか、選手だけの場ではムードメーカーです」と証言する代表スタッフもいる。 キャンプ地であるオーストリアへ向かう機内で撮影された集合写真を長友佑都(31・ガラタサライ)らがSNSに投稿したところ、本田が写っていなかったことで“また本田が和を乱している”と話題になった。だが、これは本田の“戦略”だという。「“オレが写ったら(メディアは)面白くないだろう”と笑っていたそうです。食事の場でもサッカーからプライベートな話まで自ら話を振っています」(同前) 本番を目前にいかなる心境の変化があったのか。「本人も肉体の衰えを痛感しているからではないでしょうか。全盛期の活躍を知る選手は合宿中、本田のスピードが落ちていることにショックを受けていた。フィジカルの強さは健在ながらも、周りには“パスのタイミングがつかめない”という困惑もある。コロンビアに勝利し、本田(右)と握手する西野監督=サランスク(共同) この状態でチームから孤立していては絶対の自信を持つFKすら、西野監督と師弟関係にある宇佐美貴史(26・デュッセルドルフ)に奪われかねない。そんな危機感を覚えていてもおかしくない」(スポーツ紙デスク)関連記事■ 本田圭佑に唯一ツッコめる槙野智章、控室BGMの選曲も担当■ 合宿中の西野J、高級リゾート地で和気藹々と英気養う■ サッカー西野ジャパンに帯同する「謎の美女医」のカネとコネ■ 西野ジャパンで流行「ハセベる」という単語の意味■ 本田圭佑が謎の投資セミナー 仮想通貨ビジネスに参画か

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    「サッカー人生の大逆転」日本代表を勝利に導く香川真司の誇り

    藤江直人(ノンフィクションライター) データは冷酷な現実を突きつけてくる。W杯の出場国数が現行の「32」となり、4チームずつ8つのグループに分かれた中で上位2位まで、合計16チームが決勝トーナメントに進出する方式となった1998年のフランス大会以降では、例えば「91・25%」という数字がはじき出されている。 何を表すデータかといえば、過去5大会で決勝トーナメントへ進出した延べ80チームの初戦における結果だ。初戦で勝利したチームが「51」、引き分けたチームが「22」をそれぞれ数える。要は80チームのうち、初戦で勝ち点を獲得したチームが、実に「73」を数え、確率は「91・25%」となる。 逆に見れば初戦を落としながら短期間で立て直し、グループリーグを突破した例はわずか「7」で、確率は「8・75%」に激減する。2010年南アフリカ大会を制したスペイン代表や、日本代表のバイド・ハリルホジッチ前監督に率いられた前回ブラジル大会のアルジェリア代表が該当する。 日本代表の歴史を振り返っても、初戦が持つ重要性がはっきりと伝わってくる。ベルギー代表と引き分けた2002年日韓共催大会、カメルーン代表を撃破した南アフリカ大会はともに決勝トーナメント進出を果たしたが、黒星発進した残る三つの大会はすべてグループリーグで姿を消している。 特に攻撃的なスタイルを掲げ、期待値が非常に高かった前回ブラジル大会はMF本田圭佑のゴールで先制しながら、コートジボワール代表による怒涛(どとう)の猛攻の前に、後半の3分間で2ゴールを奪われた。グループCの最下位に終わった理由を、DF長友佑都がこう振り返ったことがある。「ブラジルの前は完全に力んでいましたよね。先ばかりを見て、ものすごく高くジャンプしようとしていた。一気に飛んでいきたいくらいの気持ちでしたけど、物事はそんなに簡単にはいかない。自信が過信に変わっていて、そこを相手に突かれて足元をすくわれたというか。足元をしっかり固めないと、うまくいかなくなったときに崩れるのも早い。土台となる部分がどれだけ大事なのかが、ブラジル大会までの4年間で学んだ部分だと思っています」 いかにして勝ち点を手にするか。ロシア中部サランスクのモルドビア・アリーナで、日本時間19日午後9時にコロンビア代表との初戦に臨む西野ジャパンのテーマは明確だ。勝利はもちろんのこと、負けないという観点で見れば、引き分け発進でもベターと言っていい。 もっとも、前回大会得点王ハメス・ロドリゲス、「点取り屋」ラダメル・ファルカオを擁するコロンビアを相手に自陣に引く形で耐え忍び、引き分けに持ち込むプランは現実的ではないだろう。ワールドクラスを誇る攻撃力の脅威にさらされ続けた揚げ句、守備網が決壊する光景が目に浮かんでくる。 コロンビアの武器の一つでもあるカウンターに細心の注意を払いながら、相手のゴールネットを揺らす。難しい戦い方を演じる上でカギを握る選手が、西野ジャパンが発足3戦目で初勝利を挙げた、12日のパラグアイ代表との国際親善試合(オーストリア・インスブルック)で見えてきた。パラグアイ戦の後半、4点目のゴールを決め喜ぶ香川=2018年6月12日、インスブルック(共同) 西野ジャパンとして臨んだガーナ代表戦、スイス代表戦でともに途中出場だったMF香川真司は、パラグアイ戦ではトップ下で先発フル出場した。1点のビハインドで迎えた後半、香川はMF乾貴士の連続ゴールをアシストしただけでなく、アディショナルタイムに約8カ月ぶりの一発となる代表通算30得点目をたたき込んだ。変なことは考えたくない 相手に囲まれた密集状態の中で正確なテクニックとスピードを見せ、確かなる戦術眼を発揮する。右からのグラウンダーのクロスに対して、右足のアウトサイドを軽くタッチ。微妙にコースを変えながら、フリーで走り込んできた乾の目の前に落とした2点目のアシストには、香川のセンスが凝縮されていた。 攻撃面で確固たる数字を残した香川だが、守備面での貢献も見逃せない。1トップのFW岡崎慎司とのコンビネーションで、パラグアイのボールホルダーへ執拗(しつよう)にプレスをかけ続ける。ロシア大会出場を逃しているパラグアイのモチベーションが落ちることを差し引いても、「10番」の存在感は際立っていた。 自身にとって初めてのW杯だった前回ブラジル大会。シュート0本のままコートジボワール戦の後半途中でベンチへ下がった香川は、ギリシャ代表との第2戦はベンチスタート。先発に戻ったコロンビアとの最終戦では、最多となる5本のシュートを放つもすべて「空砲」に終わった。 胸中を覆い尽くした悔しさ、ふがいなさに涙した香川は後になって、ブラジル大会に臨むまでの1年間に「問題があった」と自己分析している。「あのときはまだ25歳で、今考えればまだまだ未熟だった部分がたくさんあった。そうした経験を得たからこそ、メンタル的なところですごく安定していると、今は感じている。個人的な技術やスキルに関しては積み上げてきたベースがあるし、劇的な変化を僕自身が望んでいなかったので」 2013-14年シーズンは英マンチェスター・ユナイテッドで出場機会を失い、セレッソ大阪でプロになった2006年シーズン以来、初めて無得点でシーズンを終えた。自分自身に対して自信を持てず、悪い流れを引きずったままブラジル大会を迎えるまで、立ち直るきっかけすら得られなかった。2014年06月、ブラジルW杯のコロンビア戦の後半、シュートが枠を外れ悔しがる香川真司(吉澤良太撮影) だからこそ、ブラジル大会後に電撃移籍した古巣ボルシア・ドルトムント(独)で通算6シーズン目となる、2017-18年シーズンをとりわけ重視したのである。左肩の脱臼で出遅れても決して焦らず、指揮官がピーター・ボスからペーター・シュテーガーに代わった昨年末を機に、先発出場の回数を一気に増やした。 香川が求めたのはピッチ上で発揮されるテクニックではなく、どんな困難に直面してもブレることのない強い心だった。前出の長友のコメント内でも言及された「土台となる部分」を極めたいからこそ、昨秋あたりから同じ言葉を繰り返すようになった。 ちょうど日本代表がロシア大会の出場を決めながら、香川がハリルジャパンから遠ざかりかけていたころだった。幾度となく耳にした「集大成」という言葉に込められた真意を聞くと、29歳で迎える2度目のW杯へかける、不退転の熱き思いが返ってきた。「年齢を含めていろいろなことを経験して、感じたこともたくさんある。それらを踏まえて来年(のロシア大会)があるわけで、自分の集大成となるW杯だと思っているし、どのように迎えるかという意味でも、個人的には徹底してやっていきたい。もちろん(ロシア大会の)次は正直、分からないし、その次があるとか変なことは考えたくないので」もう前を向くしかない ドルトムントで何度も見せた傑出したプレーが、日本代表ではなかなか見られない。日の丸を背負うたびに笑顔と輝きが消え、ファンやサポーターに失望感を与えてきた原因をメンタルの弱さに求めた香川は、自らを追い込むために、2022年のカタール大会へと通じる道をあえて遮断した。 しかし、「好事魔多し」と言うべきか。いよいよ好調をキープしていた矢先の、今年2月10日の独ハンブルガーSV戦で左足首を負傷してしまう。すぐに復帰できる、という当初の見込みはどんどん先送りにされ、最終的には5月12日のホッフェンハイムとの最終節まで、約3カ月もの長期離脱を強いられた。 ガーナ戦へ向けたメンバーの中に香川を招集した西野朗(あきら)監督だったが、ロシア大会に臨む23人に選ぶか否かに関しては、歯切れの悪いコメントに終始した。「香川については彼の選手生命というか、本当にデリケートに考えないといけない。彼の状態を期待しながら、このキャンプで最終的に確認したいということ。間違いなく代えの利かないプレースタイルを持った選手ですから、トップフォームに戻ることを期待したい」 5月下旬から千葉県内で行われた代表合宿でも、主力組ではなくリザーブ組で戦術練習に臨む時間が圧倒的に多かった。それでも自らに言い聞かせるように、香川は「左足に関しては、まったく問題がない」とメディアに、そして西野監督に言い続けてきた。「ドルトムントでもずっと練習はできていた。だから今回の合宿でもネガティブな思いは排除して、常に『自分なら必ずできる』と言い聞かせてきた。それは今後も同じこと。もう前を向くしかないので」 言葉通りに23人の中に名前を連ね、西野ジャパンで初先発を果たしたパラグアイ戦で見せたパフォーマンスで、西野監督が描く青写真において、相手ゴール前におけるスピードと運動量に欠ける本田との序列を逆転させた。2018年6月1日、ロシアW杯を前に、報道陣の取材に応じる日本代表MFの香川真司(吉沢良太撮影) コロンビア戦を直前に控えた今現在の偽らざる思いは、日本を発つ前に残したこの言葉に凝縮されている。「今は『香川真司』としての誇りを持ってプレーするだけだと思っている」 かつて名波浩や中村俊輔の象徴だった、日本代表の「10番」を託されて8年目。退路を断って臨むロシアの地で、自らの背中をゴールとコロンビア戦での勝ち点獲得への羅針盤に変える瞬間から、毀誉褒貶(きよほうへん)が激しかったサッカー人生を大逆転させるための香川の挑戦が幕を開ける。

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    天才メッシを封じた小国アイスランドの「団子サッカー」

    清水英斗(サッカーライター) 「メッシは育てられたのではない。天から降ってきたのだ」。どうやってリオネル・メッシを育てたのか。その秘密をアルゼンチンで聞くと、このような答えが返ってくるかもしれない。天才は育てるものではなく、見つけるものだ、と。南米ではこのような考え方をよく聞く。 そして、天才を輩出するための重要ポイントは、なんと言っても競技人口だ。わずか100人からメッシを探すよりも、1万人から探したほうが、見つかる可能性は高い。 アイスランドの人口は約33万人。東京都新宿区の人口とほぼ同じだ。サッカー競技人口は約2万人にすぎない。一方、アルゼンチンの人口は約4000万人。サッカー競技人口は260万人もいる。そこには100倍もの差があり、後者は実際に、メッシを見つけた。 サッカー小国と、サッカー大国の対決。ロシアW杯3日目、16日に行われたグループDの初戦は、大会初出場のアイスランドが、強豪アルゼンチンに挑む構図となった。 試合はアルゼンチンがポゼッション率(支配率)72%をキープし、一方的に攻撃を仕掛ける展開だった。その流れの中、先制にも成功した。 前半19分に左センターバックのマルコス・ロホが、ボールを持ってフリーで持ち上がると、思い切りシュートか、あるいはシュート性の縦パスと思われるボールを蹴った。これをゴール正面でセルヒオ・アグエロが受け止め、相手のマークから離れつつ、左足で強烈なシュート。ゴール上隅に突き刺し、先制弾を挙げた。 ところが、先制されても、ボールを持たれっぱなしでも、アイスランドはへこたれない。すぐに前半23分、得意のサイド攻撃からシンプルに右サイドを突破し、クロスを上げた。こぼれ球を再び左サイドから折り返し、さらにこぼれ球をもう一度、右サイドからクロス。右から左から、しつこく攻め立てられたアルゼンチンの守備は後手に回り、最後はギルフィ・シグルズソンのクロスを、GKウィリー・カバジェロがはじき、こぼれ球にアルフレッド・フィンボガソンが詰めて1-1の同点に追いついた。 その後も「4-4-2」システムで整った守備ブロックを組むアイスランドが、アルゼンチンの攻撃に粘り強く対応し、1-1をキープした。アイスランドのハミル・ハルグリムソン監督は、その戦術的な狙いを、次のように語っている。アルゼンチン-アイスランド 後半、アイスランドの選手に囲まれるアルゼンチンのメッシ(中央)=モスクワ(共同) 「アルゼンチンは素晴らしいスキルを持った選手が、攻撃を仕掛けてくる。彼らと1対1で戦うのではなく、チームが一つになって、ピッチ上のすべての場所で団結して戦うようにした。11人全員が守備に走り、選手たちもそれに納得し、よく頑張ってくれたと思う。彼らを称賛したい」 アルゼンチンはメッシにボールを集めて仕掛けてくるが、アイスランドは緊密なブロックチェーンを作り、どこか一カ所がやられそうになっても、すぐにその門を閉じて対応した。脱却できない「メッシ頼み」 時に、ペナルティーエリア内は子供たちの試合でなりがちな「団子サッカー」のように密集したが、アイスランドはそこまで徹底して、ドリブルのコースを消し切った。そして、内をガチガチに締める一方、外から入れてくるクロスに対しては、自慢の高さと強さではね返す戦略を徹底していたのである。 「メッシ頼み」。一方、タレントを多く集めるアルゼンチンだが、南米予選でもメッシ依存の傾向は強く出ており、この試合も同様だった。メッシ1人で11本ものシュートを記録したが、狭いスペースをワンパターンで突破する攻撃に対し、アイスランドは11人で耐えた。 アルゼンチンのホルヘ・サンパオリ監督は「アイスランドが非常に守備的に戦ったため、メッシはスペースを見つけられず、快適な状況ではなかった。前半はプレーテンポが遅く、後半は改善してスピードと創造性を増したが、ゴールを割ることはできなかった」と語っている。ホイッスル後のメッシの表情からも、彼がこの試合で受けたストレスは明らかだろう。 それでも、アルゼンチンにとって千載一遇のチャンスは、後半19分に訪れた。PKを獲得した場面だ。キッカーは当然メッシ。アイスランドのゴールマウスを守るのは、GKハネス・ハルドルソンである。  「メッシのPKを研究した。自分のPKにおけるプレーも振り返った」と語るGKは、メッシが蹴るぎりぎりの瞬間まで我慢し、右へ跳んだ。そして見事にセーブ。「思い描いた通りだった」と語るハルドルソンが、大きな仕事を果たした。ハルドルソンはマン・オブ・ザ・マッチ(MOM)にも選出されている。 ハルグリムソン監督は「時間と共に快適になった」と、守備がはまっていく手応えを感じていた。さらに攻撃についても、一定の評価を与えた。「守備だけではなく、私たちはいくつかのチャンスを作ることもできた。本当はそれ以上に、彼らの裏のスペースを使いたかったけれど…。でも、ボールを持たなければ、それは難しいことだ」と振り返っている。アルゼンチン-アイスランド 後半、PKをGKに阻まれたアルゼンチンのメッシ(中央)=モスクワ(共同) 試合はそのまま1-1のドローで終了した。クロアチア、ナイジェリアと、くせ者ぞろいのグループDにおいて、初戦から勝利を飾りたかったアルゼンチンだが、残念ながら引き分けに終わった。 逆にアイスランドは大興奮だ。ハルグリムソン監督は「これはアイスランドにとって大きな成功だ。アルゼンチンは間違いなく、今後も勝ち進むチームだと信じている。だからこそ、われわれにとってはファンタスティックな結果だったんだ」と喜びを語っている。 初出場チームがアルゼンチンと対戦する構図は、1998年のフランスW杯で、日本も経験した。当時の日本は0-1で敗れたが、強豪との対戦経験がなかった日本とは違い、アイスランドは欧州のハイレベルな予選でもまれている。2016年の欧州選手権でもベスト8に躍進し、彼らは自信に満ちあふれていた。  メッシを望めない人口33万人の小国が、一致団結し、至高の天才を生み出したサッカー大国と、勝ち点1を分け合った。これ以上、見事な結果はないだろう。

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    「こぼれ球奪取が勝利のカギ」ロシア圧勝は西野Jのヒントになる

    河治良幸(サッカージャーナリスト) ロシアW杯の開幕戦は5−0という結果が示す通り、開催国の圧勝だった。試合のデータを見るとボール保持率はサウジアラビアが60%、パス成功率も86%で76%のロシアを大きく上回っている。しかしながら、試合内容を見るとそうしたデータは逆説的な意味を物語っているように受け取れる。 開幕前には3バックが予想されたロシアだが「4−3−2−1」のフォーメーションで「4−1−4−1」のサウジアラビアと対峙(たいじ)してきた。前半の12分に左コーナーキックの流れからMFゴロビンがクロスを入れて、MFガジンスキーがヘッドで合わせて早くも先制したロシアは高い位置からボールを奪いに行かず、中盤まではある程度サウジアラビアにボールを回させ、縦に入れようとするところでタイトに締めてボールを奪う。 そこから前線のFWスモロフに当てて、効率よくゴロビンやMFジャゴエフが前を向いて仕掛ける局面を作り出した。前半の途中に攻撃の要であるジャゴエフが負傷退場したことはチェルチェソフ監督にとっても誤算だったに違いないが、代わりに入ったチェリシェフが個人技の高さを発揮してサウジアラビアのディフェンスを翻弄(ほんろう)したため、ロシアの勢いはさらに高まった。 前半43分の2点目は右サイドバックのフェルナンデスが相手ディフェンスの裏にグラウンダー(ゴロ)のボールを出し、スモロフからパスを受けたMFゾブニンがうまくためて左を走るMFチェリシェフに通すと、DFアルブライクのタックルを鮮やかにかわしたチェリシェフが左足でゴールに蹴り込んだ。後半にもクロスから交代出場で入ったFWジューバのヘッド、さらにチェリシェフの技巧的なシュートによる4点目、ゴロビンの右足FKでダメを押した。 終盤は明らかにサウジアラビアの意気消沈が見られたが、そもそも90分を通して変わらなかったのがデュエル(1対1)とセカンドボールの奪取力の差だ。ロシア―サウジアラビア 前半、パスを出すロシアのゴロビン(中央)=モスクワ(共同) 最終予選後に監督が二度にわたって交代し、現在はチリ代表の前監督、ピッツィが指揮するサウジアラビア。しっかりとトライアングルを作りながらのパス回しはトレーニングされているが、ピッチの前3分の1に入るところから侵入していくことができず、こぼれ球をほとんどロシアに回収された。歴然としたデュエルの差 しかも、そこからロシアはほとんど手数をかけることなくサウジアラビアのゴール前まで難なく運ぶ展開が続いた。それでも何とかペナルティエリアの手前で持ちこたえるシーンが目立ったのは中盤の底に構えるオタイフ、センターバックのオマル・ハウサウィとオサマ・ハウサウィの奮闘によるところが大きいが、彼らが頑張るだけでは厚みのある守備にはなりえず、押し切られるように失点を重ねることとなった。 ロシア陣内まで攻めかかったところからボールを奪われると一気に自陣深くまで押し込まれるという繰り返しの中で、サウジアラビアの攻撃陣はあまりスムーズに上下動できず、ロシア側のボール保持者に対して組織でプレッシャーをかけることもできず、1対1では全くボールを奪えないため、最後に後手後手で体を張るしかない。 デュエルの差はあらゆるシーンで歴然としていたが、それを補おうとするハードワークがサウジアラビアに全く見られなかった。実際データを参照するとロシアのチーム走行距離が118キロだったのに対してサウジアラビアは105キロ。つまり、一人当たり平均1キロ以上も差があったのだ。 これでは勝負にならない。18時キックオフだった試合時の気温は17度、湿度43%と快適だったが、攻めてはボールを持たされる状況でボールを持っていない選手の動き出しが少なく、守備ではロシアの推進力になかなか付いていけなかった。 ロシアとしては勝ち点3がほしい相手から勝ち点3を取り、しかも大きく得失点差を付けて開催国のノルマとも言えるグループリーグ突破に前進した。同組のエジプト、ウルグアイはサウジアラビアより格段に強敵だが、堅守からのカウンターで相手を仕留めることを得意としており、この日のように待ち構えて懐深い位置でボールを奪う戦い方も有効ではあるだろう。 サウジアラビアより前線がはるかに強力であり、攻撃でも開幕戦のように簡単にボールを運ぶことはできないだろうが、最低スコアレスドローを2試合続けても勝ち点5となり、得失点差を考えても突破の芽は大きくなる。ロシア-サウジアラビア 後半、フリーキックでチーム5点目を決め、祝福されるロシアのゴロビン(中央・17番)=モスクワ(中井誠撮影) それにしてもサウジアラビアの惨状は目を覆うばかりで、下手をすればカバーニやスアレスを擁するウルグアイ、プレミアリーグ得点王のサラーを擁するエジプト相手にさらなる大量失点を重ねて敗退する可能性も十分にある。同じアジア勢としては日本も対岸の火事ではすまされないが、スペースの活用の仕方の差に加えて、力が落ちる側がハードワークの部分で相手を下回るとこうなるという事例が示された試合だった。