大晦日だよ、テレビ特番考
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大晦日だよ、テレビ特番考

かつて大晦日のお茶の間は、NHK『紅白歌合戦』の一択だった。時代が変わり、ライフスタイルも激変した今、「テレビ離れ」は平成を象徴する言葉となった。お笑いや格闘技、ドラえもんといった定番化が進む年末特番の何が変わり、変わっていないのか。各局テレビ番組を考察する。(写真は日本テレビ提供)

かつて大晦日のお茶の間は、NHK『紅白歌合戦』の一択だった。時代が変わり、ライフスタイルも激変した今、「テレビ離れ」は平成を象徴する言葉となった。お笑いや格闘技、ドラえもんといった定番化が進む年末特番の何が変わり、変わっていないのか。各局テレビ番組を考察する。(写真は日本テレビ提供)

ある種の「ユルさ」が肝

多様化する「幸せの価値観」

メイウェザーの「価値」

誕生から半世紀「人気の秘密」

大みそかの顔だった「レコ大」

 神田共立講堂で始まった日本レコード大賞も、音楽業界だけでなく社会的に認知されると、1969年から会場を日比谷の帝国劇場に移し、開催も大みそかで、NHK紅白歌合戦が始まる前の生放送とした。
 大賞受賞者はその年の歌謡界の顔で、紅白出場者でもあったため、レコ大終了後わずか10分ほどで日比谷からNHKホールのある渋谷まで移動。パトカーが先導し、信号の操作が行われたこともあった。それほどの国民的関心事だったのだ。ただニューミュージックの旗手たちは受賞を拒否することが多かった。
 70年代後半になると、楽曲の音源制作がレコード会社からプロダクションへと移り、プロダクションの力が俄然強くなった。森進一『襟裳岬』(74年、ビクター)、布施明『シクラメンのかほり』(75年、キング)、沢田研二『勝手にしやがれ』(77年、ポリドール)と老舗プロダクションの1強時代が続いた。
「輝く!日本レコード大賞」を
放送するTBS社屋
(産経新聞社チャーターヘリから、桐原正道撮影)
 その牙城を崩したのはオーディション番組『スター誕生!』(日本テレビ)から出てきたアイドルたちの活躍だった。ホリプロの森昌子、山口百恵。サンミュージックには桜田淳子、松田聖子。桜田は73年に新人賞、森は83年に最優秀歌唱賞を受賞。ところが山口は国民的人気を誇りヒット曲にも恵まれたが“無冠の女王”とも書かれた。
 八代亜紀と五木ひろしが“五八戦争”といわれた賞レース争いを繰り広げたのは73年。五木の『夜空』(徳間音工)が大賞を受賞したが、対抗馬は八代の『なみだ恋』(テイチク)。80年の大賞は八代の『雨の慕情』で、対抗は五木の『おまえとふたり』。音楽評論家の安倍寧氏は「大賞レースは、用のないときにも審査員との親交を怠らない宣伝マンが勝ち取る」と当時を振り返る。
 85年『ミ・アモーレ』、86年『DESIRE』(ともにワーナーパイオニア)と中森明菜が2年連続大賞を受賞。翌年は近藤真彦の『愚か者』(CBSソニー)。ジャニーズ事務所初の大賞受賞者となり、88年の光GENJI『パラダイス銀河』、89年のWink『淋しい熱帯魚』とアイドルの受賞が続く。
 レコ大は70年代は視聴率がコンスタントに40%を超え、ピークは77年の沢田で50・8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。その後、アイドル時代になると下降をたどり、90年代には14~15%になった。
 アイドル戦国時代になり、握手会のために“箱買い”で何十枚、何百枚とひとりで購入するケースも珍しくないため、作品の良さがセールス枚数につながるとは限らない。2001年の浜崎あゆみ『Dearest』(avex trax)から昨年の乃木坂46『インフルエンサー』(ソニーミュージック)まで毎年のようにアイドルの受賞が続くことや、メディアミックスの時代とあってニューメディアも台頭し始め、レコ大のあり方も岐路に立たされている。外国曲にも関わらずDA PUMPの『U.S.A.』(エイベックス・エンタテインメント)が最有力でノミネートされるなど、新元号に向かう今、レコード大賞も確実に変革期を迎えている。(音楽プロデューサー・酒井政利、zakzak 2018.12.26

「エキシビション」で勝てる?

見え隠れする「弱体化」

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