稀勢の里引退、日本人横綱の重圧
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稀勢の里引退、日本人横綱の重圧

「最弱横綱」と罵られ、在位2年で引退に追い込まれた稀勢の里の土俵人生が幕を閉じた。ガチンコ相撲道を貫き、日本人の期待を一身に背負いながら、晩年は度重なるけがに苦しんだ。唯一の日本人横綱としての重圧も計り知れない。「生真面目で不器用」。そんな稀勢の里の引き際を考えたい。

「最弱横綱」と罵られ、在位2年で引退に追い込まれた稀勢の里の土俵人生が幕を閉じた。ガチンコ相撲道を貫き、日本人の期待を一身に背負いながら、晩年は度重なるけがに苦しんだ。唯一の日本人横綱としての重圧も計り知れない。「生真面目で不器用」。そんな稀勢の里の引き際を考えたい。

伝統の「象徴」

「ほつれ」が魅力であり欠点

決して逃げず、言い訳せず

「理想の横綱」記憶は永遠に

 これでやっと、一身に背負ってきた重圧から解放される。支えてきた両親も同じ気持ちだろう。稀勢の里の最後の取組となった3日目の栃煌山戦を両国国技館の正面解説席から見つめた。戦う気力も体力も残っていなかったようにみえた。初日、2日目に敗れたショックで平常心を失ったせいだろうか。土俵を割った直後、踏ん切りをつけたかのように小さくうなずいた。「これでついに終わったか」とかみしめているようだった。
 平成29年初場所で初優勝し、横綱に昇進したばかりの稀勢の里のもとに、白鵬が出稽古に訪れたことがあった。こいつを倒さないと優勝はない、と脅威を感じていたのだろう。横綱のプライドをかけた本場所さながらの気迫のこもった稽古だった。2人の時代の幕が開けたと私の心は高ぶった。
2017年3月、大相撲春場所で日馬富士に敗れ、土俵下に転落する稀勢の里=エディオンアリーナ大阪
 翌春場所13日目の日馬富士戦。土俵下に転げ落ち、左肩から胸部を痛めた。感情を表に出さない稀勢の里が、あそこまで顔をゆがめたのは見たことがない。翌場所から8場所連続休場。横綱に昇進する前のけがであれば、引退に追い込まれることはなかった。
 けがの影響で生命線の「左」が衰えても、右から攻める技術があれば、状況は変わっていたかもしれない。今場所は足腰の衰えも顕著だった。足腰はさまざまなタイプの力士と稽古し、特に馬力のある力士を受け止めることで強化される。左腕に力が入らないことで番数をこなせなくなったことが響いたのだろう。
 15歳で角界の門を叩いた稀勢の里。番付を駆け上がっていったのはモンゴル勢隆盛の時代だった。日本人横綱の誕生を望む声は日に日に高まっていた。横綱が不祥事を起こし、引退する騒動もあった。ファンは昔の横綱はこうではなかったと嘆き、理想の横綱となってくれるのは稀勢の里しかいないとすがった。
 何度も綱取りに挑戦しながらはね返された。それでも心折れることなく稽古を重ねて初優勝を遂げ、最高位に上り詰めた。取り口が不器用で、見ているものをハラハラさせるところもファンを惹きつけた。
 勝負がついた後にだめ押しすることはない。勝って拳を突き上げ、喜びを表現することもない。静かに勝ち名乗りを受けて引き揚げていく姿に、大相撲が昔から大切にしてきた「抑制の美学」を見た気がした。
 横綱になって務めた場所数は少なく、責任を果たしていないという厳しい声もある。しかし、優勝争いを席巻していたモンゴル勢の強固な壁にひるむことなく一人立ち向かい、風穴を開けた。体だけではない、心にも痛みを抱えながら負け続けた「悲運の横綱」は、時を経て、必ずや再評価されると信じている。(元小結・舞の海秀平、産経ニュース 2019.01.17)

「一片の悔いなし」

日本人力士の高い壁

モンゴル勢を崩せるか

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