
両陛下、被災地「祈りの旅路」
東日本大震災は、きょう発生から8年を迎えた。4月30日に譲位する天皇陛下と皇后さまは、この間幾度となく被災地に足を運ばれ、被災者に寄り添われた。そのお姿にどれだけ国民が勇気づけられたか。平成最後の年。両陛下の被災地訪問の歩みを改めて振り返る。
東日本大震災は、きょう発生から8年を迎えた。4月30日に譲位する天皇陛下と皇后さまは、この間幾度となく被災地に足を運ばれ、被災者に寄り添われた。そのお姿にどれだけ国民が勇気づけられたか。平成最後の年。両陛下の被災地訪問の歩みを改めて振り返る。
被災地を勇気づけるお心
天皇皇后両陛下は震災の起きた平成23年3月末から5月にかけて、7週間連続で1都6県にわたって被災地・被災者を見舞われた。瓦礫(がれき)の前や海に向かって黙祷(もくとう)され、避難所では正座されたり床に膝をつかれたりして被災者一人ひとりに声を掛けられ、話を聞かれた。
お出ましはいずれも、車や航空自衛隊輸送機、ヘリコプター、ミニバスを乗り継ぐ日帰りの強行軍で、往復7時間という長時間のドライブもあった。御所への到着は夜8時を過ぎることもあり、天皇陛下はその夜もご公務をなさったという。過密なご公務の中での被災地ご訪問であった。

避難所を訪れ、被災者に
声を掛けられる天皇陛下(代表撮影)
「穏やかに人々に対されていても、こうした人々の悲しみを受け止められる両陛下御自身も、悲しみの『気』を心の中に擁したまま、その後の生活を続けておられるものと思う。そしてまた御二人の中には、被災者の悲しみを、被災しなかった者が理解できるのかという恐れにも似た控えた気持ちが常におありになるようだ。それ故に、慣れるということの決して出来ない辛いお仕事を、それでも、そこに行って、その人たちの側にあることを御自分方の役割としてなさっているように拝察している」(文芸春秋2011年8月号)
天皇皇后両陛下のご長女の黒田清子さんがご結婚前に、皇后陛下がこれまで体現されてきた「皇族のあり方」の中で深く心に留めているものとして、「皇室は祈りでありたい」というお言葉と、「心を寄せ続ける」という変わらないご姿勢を挙げられたことがある(平成15年4月18日のお誕生日に際しての文書回答)。「皇室は祈りでありたい」−。「祈りである」と言い切り、しかし、それを周囲に押し付けるのではない。「祈りでありたい」と願いつつ、それができていないのではないか、とご自身を問う姿勢が、そこにうかがえる。「心を寄せ続ける」にも同様に、一時にとどまらず、ずっと心を寄せ続けているだろうか、その人たちの身の上を自分は本当に理解できているだろうか、というご苦悩がうかがえる。
「心を寄せ続ける」ことは簡単ではない。一時はできても、続けることは難しい。しかし、両陛下はそれをなさっている。人々の悲しみを受け止め、その「気」を心の中に擁しながら生活をされている。しかも、果たしてそれができているのか、と「恐れにも似た控えた気持ち」でご自身を問われている。これがどれほど被災者の心を慰め、勇気付けるものになっていることだろうか。
皇后陛下が平成23年の大震災後に発表された「手紙」と題する御歌がある。
「生きてるといいねママお元気ですか」文(ふみ)に項傾(うなかぶ)し幼な児眠る
宮内庁が付した解説には、「東日本大震災に伴う津波に両親と妹をさらわれた四歳の少女が、母に宛てて手紙を書きながら、その上にうつぶして寝入ってしまっている写真を新聞紙上でご覧になり、そのいじらしさに打たれて詠まれた御歌。なお、少女の記した原文は、『ままへ。いきてるといいね おげんきですか』」とある。両陛下とともに被災地に心を寄せ続けたい。(八木秀次、産経新聞「正論」 2013.03.13)