日本人がノーベル賞をとれなくなる日
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日本人がノーベル賞をとれなくなる日

旭化成の吉野彰名誉フェローがノーベル化学賞を受賞した。日本出身の受賞者は27人となる快挙だが、国を挙げて科学技術研究に取り組む中国に比べると、日本の研究支援はあまりにもお粗末だ。人文系も含め学問熱が冷めつつある日本。ノーベル賞受賞が途絶えるだけでなく、真の政治指導者も生まれない事態にならないか。

旭化成の吉野彰名誉フェローがノーベル化学賞を受賞した。日本出身の受賞者は27人となる快挙だが、国を挙げて科学技術研究に取り組む中国に比べると、日本の研究支援はあまりにもお粗末だ。人文系も含め学問熱が冷めつつある日本。ノーベル賞受賞が途絶えるだけでなく、真の政治指導者も生まれない事態にならないか。

モラル違反は問題だが…

特色を失った大学

受賞者の重い苦言

「理系出身」首相の挫折

 世界がものすごい勢いで高学歴社会に進んでいる中、日本は特に修士・博士号取得の面で他の先進国に大きく水をあけられている。米英をはじめ主要な7カ国を比較調査した結果、日本だけが修士・博士号の取得者が減少していたことが明らかとなった。
 人口100万人当たり取得者数を08年度と2014~17年度で比べると、修士号の取得者は、中国が08年度比1・63倍の366人、フランスが1・33倍の2072人と増加しているのに対して、唯一日本は08年度比0・97倍の569人と微減した。博士号取得者は、韓国が1・46倍の278人、英国は1・26倍の360人と増える一方、日本だけが0・90倍の118人と減少傾向にある。
 調査を実施した文部科学省科学技術・学術政策研究所によると、日本の取得者は自然科学に偏るが、他国では特に修士で人文・科学者の取得が多く、全体の取得者数に影響しているという。
 確かにいくら大学院での学位取得者が減少しているとはいえ、日本の自然科学の研究水準は世界的にも高い。その一例として、今年のノーベル化学賞はリチウム電池を開発した吉野彰氏ら3氏に授与されることが発表された。日本のノーベル化学賞受賞は10年の2氏に続き計8人となる。
 日本の学術の発展を支えている日本学術振興会の科研費の分野別の採択件数をみると、生物系・理工系を含む自然科学分野は64・3%を占めているのに対して人文科学系の研究の採択は19・8%にとどまっているのが現状だ(2017年度調査)。
 研究結果が明瞭であり、人類の科学技術の進歩に明らかに貢献してきた理系研究者の側からは、文系不要論が唱えられることもある。どこか漠然としていて学びへの手ごたえを得にくい人文科学は、なぜ必要であるのかなかなか理解されにくいのかもしれない。だが重要なのは、歴史学にせよ政治学にせよ、人文科学は「人間の営み」や「社会秩序」を研究する学問であり、人文科学を学んだ多くは、実は人間や社会とは何であるのか漠然とした問題意識をもって社会に出ているという点である。
 ところで、戦後日本の首相の中で理系出身の首相は何人いるかご存じだろうか。
 戦後の首相33人中、理系出身者は鳩山由紀夫元首相と菅直人元首相の2人のみである。鳩山氏は、東大工学部計数工学科を卒業後、スタンフォード大大学院で博士号を取得した経営工学者でもある。菅氏は東京工業大理学部に入学し、応用物理学科で学生生活を送った。戦後日本の唯一理系出身である2人の首相が、民主党政権下で大きな政治的挫折を経験したことはよく知られている。鳩山氏は普天間基地県外移設をめぐり、米国政府を失望させる結果となった。菅氏は福島原発事故の対応をめぐり国民から大きな批判を浴びた。
 政治指導者として必要な素養とは、原子力工学の詳細な知識があることや、戦闘機の構造を理解することではなく、核抑止の戦略を理解することや、国民のあいだで求められている政策を誠実に受け止めた上で最も国益にかなう選択を判断する力である。人文科学とは人間や社会を理解する学問である。そのような問題意識を持った指導者はいつの時代においても必要なのではないだろうか。
 日本がペリー来航により開国を余儀なくされたとき、幕末の知識人とも言われる佐久間象山は長期的な戦略を立てる重要性を説き、「ペリー艦隊に乗り込んで日本刀の切れ味をみせてやりたい」と興奮する吉田松陰をなだめたというエピソードがある。象山は、日本の大艦と巨砲がないことはあくまでも近因であり、長期的な海防策を有していないことが遠因として、外国の侮りを招いていることを指摘した。気概だけでは欧米列強に対抗できないことは、その後の薩英戦争や下関戦争でも明らかとなった。この佐久間象山とは、兵学者でありながら、同時に思想家として知られる人物である。
 それからの日本は明治維新を成し遂げ、第一次世界大戦を経て非西洋諸国で初めて主要国の一員として五大国にも加えられた。第二次世界大戦で敗北した後も経済成長を遂げ、世界第2位の経済大国として主要な地位を挽回した。だが、バブル崩壊、リーマンショックと経済危機が続き、すでに日本は中国に軍事力のみならず経済力でも先を越されてしまった。
 主要国の中で日本だけが世界と逆行して「学問離れ」が進んでいるようだが、大局的な視野をもって国や組織をかじ取りする指導者の存在が今ほど必要な時代はないのではないか。(山本みずき)

リチウムイオン電池の父

「魔法」なんてどこにもない

「変人」を育む土壌

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