「社会主義ノスタルジー」で変貌する世界
82

「社会主義ノスタルジー」で変貌する世界

旧ソ連が共産党独裁を放棄して30年。この間、世界の大半を資本主義が覆い尽くし、事実上、社会主義は淘汰されたといっても過言ではない。ただ、ここにきて広がりつつあるのが「社会主義ノスタルジー」だという。米国でさえ格差社会への疲弊によって芽吹き始めているこの現象、世界を変貌させる原動力となるのか。

旧ソ連が共産党独裁を放棄して30年。この間、世界の大半を資本主義が覆い尽くし、事実上、社会主義は淘汰されたといっても過言ではない。ただ、ここにきて広がりつつあるのが「社会主義ノスタルジー」だという。米国でさえ格差社会への疲弊によって芽吹き始めているこの現象、世界を変貌させる原動力となるのか。

「支え合う社会」を現実に

信頼回復の「源泉」は

アメリカでさえ顕著

なぜ旧ソ連を懐かしむのか

 共産党の支配下に置かれたソ連。あの時代には強制労働や粛清、官僚支配といったイメージがまとわりつくが、実はソ連崩壊から現在に至るまで、ロシア人の半数以上が社会主義時代の生活を懐かしみ、半数近くがその体制の崩壊を嘆いているという。 
 ソ連崩壊以降、世論調査で定評のあるロシアの独立系研究機関「レヴァダ・センター」は、「ソ連崩壊を残念に思うか?」というテーマで調査を続けてきた。その調査結果によれば2018年の時点で、66%がソ連崩壊を嘆いているという。さらに「ソ連崩壊は不可避であったか」との問いでは、27%の「ソ連崩壊は必然であった」との回答に対して、60%がソ連崩壊を防ぐことは可能であったと考えていることが明らかとなった。
 実は旧ソ連諸国の間では、社会主義時代を回顧し、その政治、社会、文化を懐かしむ社会現象が続いている。英語では「Nostalgia for the Soviet Union」あるいは「Soviet Nostalgia」という名称があり、このようなノスタルジーは中でもソ連時代に青年期を経験した人々の間で観察されるという。筆者がこれまでに訪れたサンクトペテルブルク、モスクワ、ウラジオストクなどでも現地の人から実際に耳にしたことがある。特にモスクワには、ソ連時代を愛好する層をターゲットにした、社会主義時代を模倣した質素な雰囲気のレストランやカフェが今なお点在している。
 なぜ、彼らはソ連を懐かしむのか。レヴァダ・センターの分析によれば一つには大国への憧憬がある。冷戦時代の超大国と呼ばれ、米国とともに世界の政治を動かしてきたことへの誇りは今でも忘れられていない。だが、それ以上に最も大きな理由として挙げられるのは経済体制である。ソ連崩壊後、旧ソ連諸国に入り込んだ新自由主義は結局のところビジネスで成功した新たなオリガーキー(寡頭政)を生み出し、人々は競争社会に晒(さら)されることになった。ポスト共産主義時代の東欧研究で高名な米ペンシルベニア大教授のクリステン・ゴジーは次のような警句を促す。
 「誰も20世紀の全体主義の再来を望んではいない。しかし今日の民主主義と新自由主義的資本主義の欠陥に失望した人々のあいだでは、『共産主義へのノスタルジー』が共通言語となりつつある」
 当然歴史を学んでいれば手放しにソ連時代の経済体制を称賛することはできまい。だが、アメリカの政治学者、フランシス・フクヤマが『歴史の終わり』の中で行った、「人類のイデオロギーの生成が終点に達し、人類の統治の究極の形態としての西欧型自由民主主義が普遍化した」という宣言は、果たして妥当だったのであろうか。
 あの時代において、西側陣営の唱えてきた自由な市場経済と自由な民主政の勝利を宣言することは極めて自然であったであろう。一方で、フクヤマにとって、思想や意識の世界は歴史を動かす要素である。理念やイデオロギーの次元での決着はついた、と彼が考えていたことは、実のところ歴史が続くかぎり、終わることのない普遍的な問いなのではないか。思想や理念は受け継がれる。共産主義と結びつき、数々の悲劇を引き起こし、ついに前世紀の終わりに政治の表舞台から退いた社会主義であるが、その時代は今なお人々の脳裏に焼き付き、懐かしまれているのも現実だ。
 戦間期において、自由主義を信奉する諸国においても「ファシズム」に傾聴した人々がいたが、彼らの多くはコーポラティズム(経済政策決定の過程で企業や労働組合を参加させる考え方)というムッソリーニ・イタリアに見られた経済体制、ケインズ主義にも似た国家介入型の経済体制に目指すべき未来を見たのであった。結局、コーポラティズムの思想は第二次世界大戦の連合国側の勝利によっていったんは潰(つい)えたかに思われたものの、1970年代に再び息を吹き返した。対して共産主義はソ連崩壊により「消えて」しまった。だが、「消えた」のはあくまで体制である。フクヤマが著書『歴史の終わり』の中で述べた、思想レベルでの完全な勝利はいまだ果たされていないのではないか。「自由・民主主義の勝利」なるものは現存する政治体制を指しているかぎりにおいて指摘できることであって、旧ソ連諸国の人々の間には依然として「社会主義へのノスタルジー」が息づいている。自由主義の欠陥が浮き彫りになるにつれ、その思いは強まるのか。今後の調査にも注目したい(山本みずき)

今でも「消滅」悔やむのか

民主党の静かな「分断」

政変か、クーデターか

「社会主義ノスタルジー」で変貌する世界

みんなの投票

「社会主義」が見直される風潮についてどう思いますか?

  • 共感できる

    41

  • 共感できない

    39

  • 分からない

    2