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マグロ規制で日本がついた嘘
絶滅が危惧される北太平洋海域のクロマグロの資源管理が話し合われた今年9月の会合で、日本は米国が提案した規制強化案を拒否し、対案の実質的合意にこぎつけた。仮に新ルールが導入されても、適用されるのは再来年以降。こんな緩いマグロ規制で本当に大丈夫なのか。
絶滅が危惧される北太平洋海域のクロマグロの資源管理が話し合われた今年9月の会合で、日本は米国が提案した規制強化案を拒否し、対案の実質的合意にこぎつけた。仮に新ルールが導入されても、適用されるのは再来年以降。こんな緩いマグロ規制で本当に大丈夫なのか。
認識が甘すぎる

翌日の新聞各紙は、水産庁の遠藤久審議官による「進展があった」等のコメントとともに、クロマグロの資源管理が一歩進んだと報道した。あまりの“官製報道”ぶりに、「水産庁の大本営発表を鵜呑みにした記事が多くてがっかりした」(会議に出席した長崎県の壱岐で一本釣り漁法を行う富永友和さん)と、関係者からは深いため息が漏れている。
同じくWCPFC北小委員会に出席した早稲田大学地域・地域間研究機構客員次席研究員の真田康弘氏は「米国は2010~12年比で漁獲量を半減した場合、どのように資源回復するかなど、科学者に様々なパターンのシナリオ分析をしてもらおうとも提案した。しかし、日本のみが強硬に反対し、『現行規制』と『現行から10%削減』の2パターンのみのシナリオ分析を科学者に依頼することに決定した。とにかく余計なことはしたくない、そんな水産庁の姿勢が際立っていた」と話す。「職業柄、様々な国際会議に参加しているが、ここまでひどい会議はなかなかない」と呆れる(詳しくは真田氏の緊急寄稿を参照のこと)。
いま、クロマグロは悲惨な状況に置かれている。資源量は「歴史的最低水準付近」にあり、北太平洋マグロ類国際科学委員会(ISC)は、クロマグロは初期資源量(人間が漁をしていなかった時代の資源量)の3.6%しかいないと報告している。昨年11月には、国際自然保護連合(IUCN)が絶滅危惧種に指定した。クロマグロの資源については、こうした悲観的な情報で溢れている。
同じく資源が激減したミナミマグロや大西洋クロマグロは踏み込んだ漁獲規制を導入して資源を急回復させている実績がある。にもかかわらず、今回の会議では、日本は「太平洋クロマグロの新規加入が減少したとき」に適用される緊急ルールを提案した。すでに激減している状況にあるにもかかわらず、「来年もし、まずい状況だったら緊急時のルールを議論しましょう」と言っているのだ。認識が甘すぎると言わざるを得ない。仮に来年ルールが決められたとしても、適用されるのは再来年以降となる。 (Wedge編集部 伊藤悟) 日本はザル規制
日本は最大の漁獲国として、また圧倒的な消費国として交渉上きわめて強い立場にある。昨年のIATTC年次会議では、水産庁は日本企業への輸入自粛指導をちらつかせながら、第2位の漁獲国であるメキシコに近年比での大幅な漁獲削減を呑ませていた。
北小委員会では、日本の提案に基づき、幼魚の漁獲量を半減させ、親魚の漁獲量を増加させない措置が昨年採択されている。水産庁は最大の漁獲国としての責任を示したとしているが、実は資源状態がよかった02~04年比での規制としたため、近年比では幼魚も漁獲削減がほぼ不要で、親魚については大幅な漁獲増を許容し、日本に対する漁獲規制はザル規制になっていたのである。(クロマグロ「乱獲」に水産庁ザル規制 FACTA ONLINE)


■中国は取り放題 マグロは3年ほどで成魚になるので、日本などが漁獲を自粛すれば短期のうちに資源量を回復させることが可能なようにみえる。しかし、ことはそう単純ではない。中国のように、WCPFC加盟国であるにもかかわらず、漁獲量の数字を報告していない国があるのだ。よって中国については目標数字が設定できず、規制の対象から免れることになっている。中国は経済水準の上昇とともにマグロの消費量も増加しているため、不公平感は否めない。(東洋経済ONLINE 2014.11.18)
■韓国、日本に続いてクロマグロ完全養殖に成功=韓国ネット「やっぱり韓国人は優秀」(Record China 2015.08.25)
偏った水産政策やめよ

太平洋クロマグロは南西諸島沖と日本海の2カ所でしか産卵しないが、日本海では毎年産卵期に巻き網漁船によって、産卵前の卵を抱えたクロマグロが大量に漁獲される。日本海における巻き網漁船の拠点である鳥取県境港では、一本釣りで全国的に知られる青森県の大間1年分のクロマグロを、わずか1日で水揚げする能力をもつ。産卵期は多くのクロマグロが卵を産むため1カ所に集まってくるため、資源状態が悪くなっても獲りやすい。
日本海産卵場における漁獲規制を訴えた勝川俊雄氏の記事「絶滅危惧のクロマグロ 産卵場の漁獲規制を急げ」は、今年5月の参議院農林水産委員会で取り上げられ、本川一善水産庁長官(当時)は、「産卵場の漁業の影響はほとんどない」、「クロマグロは親が減っても子は減らない」等と主張し、勝川氏の記事を批判した。これに対する勝川氏の再反論「水産庁の“主張”に再反論する」もぜひご覧いただきたい。どちらが理に適っているかは明確だろう。
クロマグロを巡っては、国内漁業者の間に深刻な対立が発生する事態に及んでいる。今年6月に起きたのは、対馬の沿岸漁業者が、入港してきた巻き網漁船を102隻で取り囲むという事件。巻き網漁船は、日本水産やマルハニチロなど、世界最大級の水産会社のグループ会社をはじめ、資本力のある企業が運営している。一方で、取り囲んだほうの沿岸漁業者は家族経営的な零細の漁師が多い。
対馬では「収入の9割がクロマグロという沿岸漁業者も多い」(対馬市曳縄漁業連絡協議会の梅野萬寿男会長)ため、クロマグロの資源量減少は生活に直結する。「魚が大量にいた時代は巻き網漁船が大量に漁獲しても誰も文句は言わなかった。ただ、今はそういう状況じゃない」(対馬の沿岸漁業者・宮﨑義則氏)。対馬と壱岐の沿岸漁業者は今年、産卵期(6~7月)における禁漁を決定した。「目の前に魚があれば獲る」習性をもつ漁師が自主的に禁漁を行うことは、異常事態と言える。漁業現場の深刻な状況についてはこちらのレポートを参照していただきたい。
クロマグロの資源状態が危機的な状況にあることは明白だ。残された時間は少ない。水産庁は、巻き網漁業者に偏った水産政策をやめ、科学的根拠にもとづき、国際標準にのっとった漁獲規制を導入すべきである。(Wedge編集部 伊藤悟)